日本の証券・金融市場第2章 日本の金融市場 3 第2章 日本の金融市場 1...

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市場と経済の分析 第2次レベル・第3回 日本の証券・金融市場 第1章 はじめに 第2章 日本の金融市場 第3章 日本の金融政策 第4章 おわりに 執筆者 竹田陽介 上智大学 経済学部教授 矢嶋康次 ニッセイ基礎研究所 チーフエコノミスト

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市場と経済の分析

第2次レベル・第3回

日本の証券・金融市場

第1章 はじめに

第2章 日本の金融市場

第3章 日本の金融政策

第4章 おわりに

執筆者

   竹田陽介   上智大学 経済学部教授

   矢嶋康次   ニッセイ基礎研究所 チーフエコノミスト

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第1章 はじめに

  「金融」とは、お金の流れをスムーズにするための「制度」である。金融制度は表立っ

ていつも意識されるという訳ではないが、そのおかげで、わたしたちの生活は利便性と豊か

さを享受している。

 本テキストでは、近年の中央銀行が表明してきた「金融市場との対話」を通じた金融政策

の運営を考慮して、多様に進化する金融制度のうち、金融市場と金融政策に焦点を当てる。

とりわけ、金融市場のグローバル化が進行した1990年代後半以降、日本銀行が非伝統的金融

政策を余儀なくされてきた現在までを扱う。

 構成は以下のとおりである。

  第1章 はじめに

  第2章 日本の金融市場

  1 日本の金融システム

  2 短期金融市場

  3 長期金融市場

  4 株式市場

  5 外国為替市場

  6 投資信託

  第3章 日本の金融政策

  1 テイラー・ルール

  2 デフレ均衡

  3 非伝統的金融政策

  4 FED View 対 BIS View

  5 法制度

  6 中央銀行のバランスシート

  第4章 おわりに

  参考文献

第3回 日本の証券・金融市場

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第2章 日本の金融市場

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第2章 日本の金融市場

1 日本の金融システム

 金融市場とは、資金を運用・調達する場を指すが、貸借取引の範囲や資金の性格によって、

金融市場の意味も様々な解釈がなされている。広義には、銀行などが資金を調達する預貯金

市場や、企業に資金を貸し出す貸付市場といった相対市場も含まれる。狭義には、資金の貸

借取引が行われる場、あるいは資金需給が調整される場(市場)を通じた取引市場を金融市

場と呼ぶ。一般的に金融市場とは狭義の金融市場を指すことが多く、本テキストでも主に狭

義の金融市場について触れる。

 金融市場は、取引期間の長短によって、短期金融市場と長期金融市場に分けられる。短期

金融市場とは、期間1年未満の資金を融通する市場で、長期金融市場とは、1年以上の資金

を融通する市場を意味する(図表2-1)。

図表2-1 日本の金融市場

スワップ

オプション

顧客市場渡先・物先品商生派融金

流通市場

株式市場 発行市場

流通市場

外国為替市場

CD市場

CP市場

国庫短期証券市場

長期金融市場 公社債市場 起債市場

債券レポ市場

金融市場 預貯金市場

貸付市場

短期金融市場

手形売買市場

東京ドル・コール市場

東京オフショア市場

オープン市場

インターバンク市場

コール市場インターバンク市場

債券現先市場

(出所)�金森久雄・香西 泰・大守 隆編「日本経済読本(第16版)」、東洋経済新聞社、2004年より作成

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 2015年末時点の市場規模は短期金融市場が326兆円、長期金融市場が1,617兆円と、長期金

融市場の規模がはるかに大きい。その長期金融市場は、公社債市場(1,027兆円)と株式市

場(590兆円)からなり、公社債市場は、2000年代半ばこそ横ばいで推移しているものの、

財政赤字拡大に伴い国債が増加し一貫して市場は拡大している。株式市場は、市場動向に左

右され、大きく変動しており、足元は2011年を底に上昇している(図表2-2)。なお、上

場会社数は2000年末には2,055社だったが、15年末には3,502社までに増加している。

⑴ 資金過不足 経済活動は、企業が財やサービスを生産し、家計がそれらを消費するといった活動であり、

お金を仲介して行われている。企業と家計の間で財やサービスを売買したとき、買い手は財

やサービスを受取り、その代償としてお金を支払う。こうした経済活動の結果、「家計」、「民

間非金融法人企業(企業)」、「一般政府」、「海外」の経済部門間で、お金の過不足が発生する。

経済活動を円滑に行うためには、黒字主体から赤字主体へ、お金を融通することが必要で、

これが金融の重要な役割となっている。

 図表2-3は1960年代から日本の部門別の資金過不足の推移である。資金過不足とは、経

済部門別に見た場合、資金が余剰で他部門に資金を供給している状態にあるか、資金が不足

して他部門から資金の供給を受けている状態にあるかを示している。

 日本では、家計は、戦後一貫して黒字主体(資金余剰)である。1960年代から70年代初め

頃には、高度経済成長時代を反映して企業が旺盛な設備投資を行い資金不足が続いたが、家

計の資金により解消された。家計の貯蓄が金融機関を介して企業に貸し出されたのである。

(資料)日本銀行「金融経済統計月報」、日本証券業協会「債券貸借取引状況」、東京証券取引所

0.0

200.0

400.0

600.0

800.0

1000.0

1200.0

2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015

(兆円)

短期市場

公社債市場

株式市場

図表2-2 金融市場の規模

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第2章 日本の金融市場

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 1970年代初めから80年代中頃までは、景気鈍化による税収減、社会保障支出の増加などか

ら一般政府の資金不足(赤字)が増加した。一般政府が公債を発行して家計から直接資金を

吸収したり、家計が金融機関に預けた資金が国債に投資する形で資金が融通された。1994年

以降は、バブル経済が崩壊し急速に景気が悪化する中、企業が大幅に設備投資を絞ったため、

企業が黒字に転じた。一般政府の大幅な資金不足を家計と企業の資金余剰がまかなう構図に

なった。

 2000年前半以降には、景気拡大が続く中、企業の設備投資意欲も高まったため、企業の資

金余剰幅は03年をピークに縮小に向かう。一方、家計の資金余剰幅は03年をボトムに拡大し

た。この間、一般政府の資金不足は、景気拡大による税収増などから07年度にかけて縮小し

ていくが、08年9月のリーマン・ショックにより景気後退が深刻化し、相次ぐ大規模な経済

対策を講じたことから、再び大幅な資金不足が発生した。安倍政権になり2013年からの景気

回復により税収が増加すると、一般政府の資金不足は大きく改善した。

 経済情勢により部門間の資金の流れは変化を伴いつつも、長期的には家計から企業、一般

政府、海外に資金が供給されてきたが、1990年以降は企業も資金余剰主体に転じ、家計と企

業の資金が一般政府、海外に供給される構図となっている。

⑵ 日本の金融市場の歴史:戦間期から引き続く、銀行中心の金融システム 資金を必要とする企業などが、銀行などの第三者を介入させずに、社債・株式などを発行

して、証券市場を通じ直接貸手から資金を調達することを直接金融という。また企業などが

必要な資金を、銀行など金融機関からの借入で調達することを間接金融という。

図表2-3 部門別資金過不足の推移

(出所)日本銀行「資金循環統計」

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 日本は、個人金融資産に占める銀行などへの預貯金の割合が欧米諸国に比べて大きく間接

金融の比率が高い。この日本の特徴は1940年前後の戦時経済・国家総動員体制期に作られた

システムといわれている。1938年の国家総動員法以降、規制や統制が強化され、①銀行経由

の資産配分重視(間接金融)、②軍需産業への協調融資(メインバンクの形成)、③起債条件

の厳格化による直接金融の比重の低下、④価格統制、金利統制(国債消化のため)、⑤行政指

導の強化、が進み、敗戦によっても40年体制は、無傷で連続して存在したとされている(注1)。

1980年代に入ると各種市場改革が行われ、銀行を中心とした金融システムにいくつかの風穴

が開くようになってくる。

 例えば1980年には外為法が改正されて、外貨為替取引が自由化され、82年には東京証券取

引所が外国証券会社へ会員権を開放した。さらに損保業界初の現地法人も認められた。また

83年11月には、日米双方で構成する円・ドル問題検討委員会が設置され、その後の日米金融

協議となった。

(注1)岡崎哲二・奥野正寛編「現代日本経済システムの源流シリーズ現代経済研究6」、日本経済新聞社、1993年

図表2-4

⑵ 非金融法人企業部門の資金運用フロー

⑴ 非金融法人企業部門の資金調達フロー

(出所)日本銀行「資金循環統計」

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 1996年から2001年にかけて行われた金融市場改革(日本版ビッグバン)により、銀行・信

託・証券・保険などの各業態間の垣根が取り払われ、相互参入が行われた。これは、国内、

海外のマネーを金融市場に呼び込み、間接金融から直接金融への移行を狙ったものだった。

 このように、日本でも市場改革が行われ直接金融の流れが強まってはいるが、諸外国と比

較すれば、まだまだ間接金融主体の金融システムであるといえる(図表2-4、2-5)。

⑶ 世界の金融市場 世界の金融市場はイギリス・ロンドンとアメリカ・ニューヨークが最も発達している。

 ロンドン、ニューヨークなどの金融市場は国際金融市場と呼ばれ、自国と海外との貿易決

済や投資が行われるだけでなく、第三国同士の資金決済も集中している。発達の理由は、ニ

ューヨーク市場の場合、米ドルが基軸通貨であることが大きく影響している。またロンドン

市場は、英ポンドがドルに基軸通貨の地位を奪われた後もユーロ・ダラー、ユーロ円といっ

図表2-5

0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%

0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%

1991年3月末(1048兆円)

2016年3月末(1706兆円)

(参考)米国2016年3月末(71.7兆ドル)

1991年3月末(1774兆円)

2016年3月末(1428兆円)

(参考)米国2016年3月末(39.1兆ドル)

⑴ 非金融部門の資金調達残高の構成

⑵ 家計金融資産の構成

借入 証券 その他

現金・預金 保険・年金準備金 証券 その他

(出所)日本銀行「経済点描2002-02」、「資金循環の日米欧比較(2016年6月)」より作成

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たユーロ・カレンシー取引の中心として機能していることが大きい。

 日本も1970年代後半以降、国債の大量発行と金融の国際化の進展にともなって長短金融市

場は急速に拡大し、金利の自由化も進展、外国為替市場も急テンポで拡大した。円の国際化

が進み、1986年12月には、非居住者間の金融取引に租税や為替管理上の特典を与えられた東

京オフショア市場が設立されるに至ってはいるが、円の国際的な地位向上には結び付いてい

ない。

 国際決済銀行(BIS)が3年ごとに公表している統計によると、2013年4月の1日当たり

の外国為替市場における取引高は5.3兆円ドルに上る。通貨別のシェアでは、ドルが87.0%と

最も高く、次にユーロ(33.4%)、円(23.0%)と続く(全通貨のシェアを合計すると200%

となる)。

 世界の株式市場規模(時価総額)は1980年は約3兆ドルの規模だったが、2000年には10倍

以上の32兆ドルに拡大した。08年の世界金融危機で大幅に減少したが、現在はその減少分を

取り戻し、67兆ドル(15年末)にまで増加している。そのうち、日本の東京証券取引所は大

阪証券取引所と合併したこともあって世界第3位の位置にあるが、それでも規模ではナスダ

ックの7割弱、ニューヨーク証券取引所には遠く及ばない。

 世界の債券市場は、1989年15兆ドル、1999年35兆ドル、現在は100兆ドルまで拡大(BIS

のデータ)している。この間、新興国債券、社債、資産担保証券が大幅に増加した。しかし

日本の社債市場は2000年代以降、伸び悩んでいる。日本社債市場の構造的な問題として、銀

行部門が社債全体の4割超を保有しており投資家層が偏っていること、流通市場の厚みがな

く流動性が欠けること、事実上、財務安定性の高い企業しか社債が発行できない(ハイ・イ

ールド債市場がない)ことなどが挙げられており、社債市場の活性化は今後の課題となって

いる。

 世界の国債市場は約20兆ドル(約2,120兆円)ある。現在流通市場でマイナス金利のもの

が広がっており、世界の国債の半分以上、11.7兆ドルに上っている。ユーロ圏19 ヵ国にス

ウェーデン、デンマーク、スイス、ハンガリー、そして日本の24 ヵ国、GDPベースでは約

25%の国でマイナス金利が採用されているためである。日本で最も発行量が多い10年物国債

の利回りは2016年4月にマイナス圏に突入、7月には20年物国債も一時マイナスに沈み、日

本国債の9割以上がマイナス金利となった。ドイツ国債の10年物、スイス国債に至っては50

年物までマイナス金利になっている。

2 短期金融市場

 短期金融市場とは、期間1年未満の金融取引が行われる市場で、マネーマーケットとも呼

ばれている。短期金融市場は、取引参加者が金融機関に限定されるインターバンク市場と、

一般の事業法人が自由に参加できるオープン市場に分けられる。

 短期金融市場は、日本銀行が公開市場操作などを行って金融を調節する場でもあり、伝統

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的な金融政策の波及経路の起点となっている。短期金融市場で形成される金利の動向は、長

期金利形成の起点となっているほか、債券、為替、株式市場等の他の金融市場に流動性を供

給する役割も担っている。

⑴ インターバンク市場 インターバンク市場は、金融機関が相互の資金の運用と調達を行う場である。取引参加者

は銀行、証券会社、短資会社などの金融機関に限定されている。インターバンク市場には、

コール市場、手形売買市場、東京ドル・コール市場があり、資金の出し手、取り手の間を短

資会社が仲介している。

 コール市場はいろいろな期間の貸借取引が行われているが、1日(オーバーナイト物)が

中心的となっている。残高は1990年代に40兆円を超える規模まで拡大したが、99年以降は20

兆円前後で推移している。これは97年11月以降の金融システム不安の台頭や、無担保コール

市場でのデフォルトを引き金とした三洋証券の経営破綻により、無担保コールを中心にコー

ル市場取引が大きく減少したことが影響している。このとき市場参加者の間では、カウンタ

ーパーティ・リスク管理の厳格化、有担保取引の有用性の再認識などが進んだ。この教訓を

踏まえ、1つの決済不能を決済システム全体に波及させない観点から、決済システムの改善

に向けた取組みが始まり、2001年に日銀当座預金取引の「RTGS」(即時グロス決済)化が

実現した。

 コール市場取引は、日銀がゼロ金利政策の解除した00年8月、06年7月、追加利上げを行

った07年2月に盛り上がる場面もあった。しかし、2008年夏場以降は、世界金融危機の影響

で外銀が無担保コール市場での資金調達を大幅に減らしたため、大きく減少した。さらに、

16年1月に日銀がマイナス金利の導入を決定して導入した2月16日以降は、コール市場の取

引は一段と細った。短期金利が急低下し、利ざやが確保できなくなったため、取引を停止す

る金融機関が相次いだ(図表2-6)。

 1990年代手形売買市場は1週間から6ヵ月までの長めの貸借取引が中心だったが、印紙税

節約のため企業による取引は低下し、ほとんどが日銀の手形オペレーションによるものとな

った。さらに、2006年6月には日銀が共通担保資金供給オペを導入して手形買入オペを廃止

し、現在は、日銀の手形売出オペのみとなっている。共通担保資金供給オペは、民間金融機

関があらかじめ日本銀行に差し入れた国債等の根担保を、日本銀行と民間金融機関との間の

当座貸越約定等他の取引との共通の担保として用いて、手形を用いず日銀ネットにより行う

電子貸付である。

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⑵ オープン市場 オープン市場は、法人であれば誰でも参加できる市場である。金融機関のほか、事業法人、

外国企業、公的機関が取引に参加している。オープン市場は、CD(譲渡性預金、Certificate

of Deposit)、債券現先、債券レポ、CP、FB(政府短期証券、Financing Bill)、TB(短期国

債、Treasury Bills)、円建BAなどの取引市場から成り立っている。

 1990年代は、債券レポ市場(現金担保付債券貸借取引)の発足(1996年4月)やCP市場

の拡大等もあって、市場規模が飛躍的に拡大したが、2000年代に入ると、日本銀行の量的緩

和政策の影響を受け、02年にかけて規模が一時縮小した。03年度には、政府・日銀の大規模

な円売り・ドル買い介入によってFBの発行残高が急増したほか、国債の大量発行を背景に

債券レポ市場やTB市場も拡大した(図表2-7)。

 

図表2-6 コール市場残高の推移

図表2-6

(出所)日本銀行

図表2-7 短期金融市場規模� (年末、兆円)

2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 インターバンク市場有担保コール 17.6 6.9 4.2 6.2 5.8 7.6 12.4 16.6 6.5 4.4 3.9 3.7 6.0 5.7 5.2 5.6無担保コール 5.3 10.2 10.9 12.6 12.5 13.6 9.3 9.1 10.3 13.1 12.0 13.9 13.4 11.3 11.6 13.7 オープン市場債券現先市場 22.4 6.1 10.2 17.0 23.2 28.1 29.0 36.7 26.7 19.4 12.3 21.7 20.7 27.9 35.0 30.4債券レポ市場 57.0 45.2 37.0 48.3 58.3 58.2 65.0 72.4 56.0 62.3 72.3 68.7 72.2 94.4 98.7 103.8CD市場 38.5 44.7 30.5 30.8 30.7 30.6 31.1 32.3 33.6 32.9 35.1 35.6 37.1 39.0 46.9 48.5CP市場 5.2 16.5 15.3 16.3 17.2 18.6 15.4 17.4 14.4 12.5 11.0 10.7 11.0 - - -国庫短期証券(T-bill)市場 73.6 73.7 78.8 109.7 132.2 140.8 142.9 129.8 136.1 145.8 150.1 164.2 175.5 158.4 138.0 124.4

(出所)日本銀行「金融経済統計月報」、日本証券業協会「債券貸借取引状況」

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第2章 日本の金融市場

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⑶ 短期金利のデリバティブ取引 ユーロ円は、ユーロ・カレンシーの1つで、主に日本国内以外の市場において取引される

円通貨のことを指し、ロンドンやニューヨーク、シンガポール、香港など、母国市場である

日本以外にある外国銀行や邦銀の海外支店に預けられた円預金や円建ての貸出などを行う。

また、日本の東京オフショア市場で、オフショア勘定でも取引されている。

 短期金利のデリバティブ取引であるユーロ円金利先物の取引高は、無担保コール・レート

が歴史的水準となった1996年以降減少傾向をたどり、特に量的緩和導入後は、金利リスクの

ヘッジニーズが低下し取引高の減少に拍車がかかった。

 代表的なユーロ円3ヵ月金利先物の取引数量は、ボトムの2003年にはピークの1993年に比

べ、約10分の1の水準まで落ち込んだ。こうしたユーロ円金利先物の取引も2004年以降は

持ち直し傾向にあり、量的緩和政策が解除された07年には、金利ヘッジニーズの復活から、

1995年の水準を上回るまで回復した。しかし、08年以降は、日本銀行が金融緩和を強化して

いることから、金利ヘッジニーズが後退し、取引量が再び減少傾向をたどっている。

 この間、短期金融市場の新しいデリバティブ取引であるオーバーナイト・インデックス・

スワップ(OIS)の取引高も、2006年半ば以降拡大傾向を示した。OISは、金利スワップの

一種で、OTC(Over the Counter;店頭における相対取引)で行われている。一定期間の

無担保コールレート・オーバーナイト物(翌日物)と固定金利を交換する取引であり、市

場参加者による翌日物金利の先行きに対する見方が反映される。アメリカでも、FF金利先

物(30 Day Fed Funds Futures)のように中央銀行であるFRBの直接の操作目標を取引対

象としたデリバティブがシカゴ商品取引所(CBOT)で取引されている。市場が織り込んで

いるFOMCにおける利上げ確率を計算することができるため、注目されている。日本では、

1997年半ば頃から取引が開始されたが、ゼロ金利・マイナス金利の長期化から市場参加者の

裾野の広がりは見られていない。

3 長期金融市場

 長期金融市場は、取引期間1年以上の長期にわたる金融取引が行われる場で資本市場(キ

ャピタルマーケット)とも呼ばれている。長期金融市場の代表的な市場に、証券市場がある。

⑴ 証券市場 証券市場では、有価証券の売買を行うことで資金を取引している。企業は、証券市場で株

式や債券を発行することによって資金を調達する。証券市場は、公社債市場と株式市場に大

別される。また市場は、発行市場(プライマリーマーケット)と流通市場(セガンダリーマ

ーケット)に分けることができる。発行市場では、新たに発行された証券を証券会社などが

引き受け、投資家に分売される。企業や国、地方公共団体は発行市場を通じて新たな証券を

発行することで資金調達を行う。一方、流通市場では、すでに発行された証券が投資家同士

で売買される市場をいう。株式は主に取引所取引で、債券は主に店頭取引(相対取引)で売

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買される。この2つの市場は車の両輪に例えられるように、発行市場で新規に発行される証

券価格は流通市場の価格が基準となる。

⑵ 公社債市場 公社債市場は、国債や社債などの債券を取引する市場である。公社債は、公共債(国や地

方公共団体の発行する債券)と社債(企業が発行する債券)の総称である。

 公社債の流通方法には、①金融商品取引所が開設する市場での売買、②投資者と証券会社

等の市場仲介者との相対売買、の2つが存在し、①を取引所取引、②を店頭取引と呼ぶ。公

社債流通市場における取引の大部分は店頭取引により行われているという特徴がある。

 従前、公社債の流通市場の売買高は限定的であり、1975年度には58兆円に過ぎなかったが、

その後拡大を続け、2007年には1京円の大台を突破した。いったん7,500兆円台まで減少し

たものの、最近においては再び増加傾向を示し、2014年には再度1京円を上回る水準となっ

ている。

 公社債の売買高をその種類別にみると、国債の売買が全体の90%超を占めており、国債が

大量に発行され、その残高が大きく増加してきたことが公社債流通市場の拡大の大きな要因

と考えられる。2010年と14年を比較すると公社債店頭市場の売買高は2,630兆円増加したが、

そのうち国債の増加分は2,623兆円である。

⑶ 国債市場 国債市場は、政府にとって政策遂行に必要な資金を調達する場だけでなく、短期金融市場

や金融政策と深い関係がある極めて重要な市場である。

 まず、国債市場は、日本銀行の金融調節の際国庫短期証券(T-bill)、長期国債の買いオペ

や、国債現先オペの形態で、オペレーションの主要な手段となっている。共通担保資金供給

オペレーション等のために、日本銀行が受けている担保の残高をみても、2016年6月末で約

49%を国債が占めている。

 また国債市場は、金融政策の運営に欠かせない様々な情報を伝えてくれる。国債の流通市

場で形成される利回りや、イールド・カーブの形状は、市場参加者の期待の変化を通じて時々

刻々変化する。そうした点を分析することは、政策効果の浸透状況を見極める材料となるだ

けでなく、将来の金融政策判断にとっても役立つ貴重な情報をもたらす。

 バブルのピーク時には日本の財政収支は黒字に転じ、政府債務比率も名目GDPの60%程

度と、OECD諸国では最も良好な状態にあった。しかし、バブル崩壊後の景気後退に対応し

て、1990年代半ば頃までは公共投資の増加、それ以降は減税措置の相次ぐ実施というかたち

で拡張的な財政運営がとられたため、国債、国庫短期証券、借入金を合わせた政府債務残

高は90年代半ば以降急速な増加傾向をたどり、2015年度末の政府債務残高は約1,050兆円と、

1990年代初頭に比べ約4倍の規模に膨らんでいる。名目GDPとの対比でも200%を超える高

水準に達している(図表2-8)。

 こうした国債発行の著しい増加にもかかわらず、国債流通市場の動向をみると、国債ス

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第2章 日本の金融市場

13

トックの累増に比べて国債売買高の伸び悩み傾向が顕著である。国債の年間売買回転率は、

1990年代前半の15回程度から90年代末にかけて大きく低下し、2000年代に入ってからも10回

程度の水準で低迷を続けていたことがわかる。

 2006年3月に量的緩和政策が解除されたあと国債の売買回転率もようやく底入れし、07年

度には約18回と1990年代初頭の水準まで回復したが、08年のリーマン・ショックに起因した

図表2-8 政府債務残高の推移

0

200

400

600

800

1,000

1,200

1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015

(兆円)

(年度末)

借入金等国庫短期証券国債

(出所)日本銀行「時系列データ」

図表2-9 国債売買高・売買回転率の推移

0

5

10

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20

25

30

35

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0

2,000

4,000

6,000

8,000

10,000

12,000

14,000

16,000

87 89 91 93 95 97 99 01 03 05 07 09 11 13 15

国債売買高(左軸)売買回転率(右軸)

(年)

(兆円) (回)

(出所)財務省

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世界金融危機後は日銀が再び超低金利政策を持続していることから、低下傾向にある(図表

2-9)。

① 国債市場の機能向上と課題

 1975年以降の国債大量発行を契機に、国債市場では、発行市場、流通市場の両面で様々な

改革が実施されてきた。そうした一連の改革に続き、90年代末以降の発行市場の動きに限っ

ても、さらなる改革が進展した。具体的に見ると、10年利付国債への偏重傾向を是正する観

点から、99年の1年物割引短期国債、30年利付国債の発行開始、2000年の5年利付国債、15

年変動利付国債の発行開始、01年の中期国債の5年利付国債への統合、03年の個人向け国債

の発行開始、04年の物価連動債の発行開始など、国債の種類と期間の多様化が一段と進展し

た。中でも物価連動債については、10万円単位で購入できる個人版が、17年2月から販売さ

れる予定で、日銀や機関投資家に偏った国債の買い手の裾野を外国人や個人に広げる効果が

期待されている。

 また、懸案となっていた政府短期証券(FB)の発行方式についても、1999年には市中公

募入札を開始し、2000年からは、完全市中公募入札方式に移行した。さらに、03年1月から

は、新しい国債振替決済制度の導入により、それ以降発行される国債の完全ペーパーレス化

が実現した。

 国債流通市場に関する改革でも、1999年の有価証券取引税廃止に続き、同年9月には、非

居住者の保有する国債の利子源泉徴収が一定の条件の下で免除されたほか、2003年4月には

事業法人(資本金1億円以上)が保有する国債の利子の源泉徴収が免除された。これらの措

置によって、国債の非課税玉と課税玉の並存が市場流動性を妨げてきたという状況がかなり

の程度改善されたことになる。

 こうした国債市場改革の努力によって、日本の国債市場の流動性は一段と向上した。2000

年代に入ってからは、国債流通市場で形成されるイールド・カーブも理論値との乖離が縮小

し、市場流動性が高まっていると指摘されている。

 このように、日本の国債市場の流動性は改善されているが、国債の安定消化や国債の適正

な利回り形成を実現していくという観点からは、なお課題も少なくない。

 日本国債(財投債、国庫短期証券含む)の保有状況をみると、保有者構造に大きな偏りが

あることが特徴的である。日本銀行の資金循環統計によると、2016年3月末時点で、日本銀

行が33.9%、銀行が22.3%、生命・損害保険が19.8%とこの3つに大きく偏っていることが

わかる。これに対して、非居住者(海外)の保有比率は5.3%、家計の保有比率は1.4%とな

っている。非居住者の保有比率が低い点は、非居住者が5割程度を保有している米国国債や

外国人保有比率が30%近い日本の株式市場とは対照的な姿となっている(図表2-10)。

 また2016年2月のマイナス金利導入後、大手銀行は財務省から落札した国債を短い期間で

日銀などに転売する「日銀トレード」を拡大させてきた。しかし、国債中心の運用が困難な

状況下では、国債を長期保有すれば損失を被りかねない事態となっていたため、同年7月、

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第2章 日本の金融市場

15

国債入札に有利な条件で参加できる特別資格を三菱東京UFJ銀行が返上した。邦銀の特別資

格の指定が取り消しとなるのは初めてのことだった。銀行が国債の売買益に頼る構図は、低

金利や金融規制の強化を背景に崩れつつあるといえよう(図表2-11)。

図表2-11 10年・20年国債利回りの推移

-1.0

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

5.0

6.0

7.0

8.0

9.0

86 88 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 10 12 14 16

(%)

(年)

20年国債利回り

10年国債利回り

(出所)財務省 国債金利情報より作成

図表2-10 国債保有割合の推移

0

5

10

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05/3 06/3 07/3 08/3 09/3 10/3 11/3 12/3 13/3 14/3 15/3

(%)

(年・四半期)

日本銀行銀行

生命・損害保険

海外その他

家計

年金

(注)財投債、国庫短期証券含む。年金は公的年金と年金基金の合計。(出所)日本銀行「資金循環統計」

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⑷ 社債市場 今後のわが国の公社債流通市場の発展には、国債以外の公社債も活発に売買されることが

重要である。中でも、企業金融の重要な一翼を担っている社債市場の活性化が重要となる。

2009年に日本証券業協会(日証協)は、「社債市場の活性化に向けて」とする報告書の中で、

わが国社債市場が抱える課題を整理するとともに、一層効率的で、透明性と流動性の高い社

債市場の実現のための具体的な取組みを提示した。その上で、わが国社債市場の活性化は、

今後、経済の新たな成長戦略の重要な要素の1つとして、官民挙げた積極的な取組みが期待

されるとしているが、足元の日銀のマイナス金利政策により市場の縮小とともに歪みが顕在

化してきている。

 日銀のマイナス金利政策により年限が短い社債を中心にマイナス利回りとなる銘柄が増え

ており、投資しても損失を計上しかねない状況となった。投資家は流通市場での取引を敬遠

する一方で、プラス利回りを求めて新規発行市場に殺到している。

 2016年5月の社債売買高は1兆327億円と、1998年12月以降(日経QUICKデータを取得可

能な期間)で過去最低だった。過去最高だった2004年10月(8兆6,943億円)のおよそ1割

の水準に落ち込んだ。また、普通社債2,449銘柄のうち24%に相当する587銘柄で利回りがマ

イナスとなった(「公社債店頭売買参考統計値」2016年7月15日発表分)。

 日銀の社債買入れオペの平均落札レートはマイナス幅が拡大しており、6月20日はマイナ

ス0.217%と過去最低を記録した。投資家にとってはマイナス利回り銘柄であっても日銀に

高値で転売できれば利益が出る。しかし社債でも、日本国債で先行して見られた “日銀トレ

ード” を前提にしない限り、投資家が損失覚悟で流通市場で投資する理由は乏しくなってい

た。

 日銀が社債買い入れオペの対象としない3年超の社債の売買も低調で、プラス利回りを維

持しているとはいえ、利回りが低すぎて、売買に伴うコストを賄うことすらできない状況と

なった。

 流通市場とは対照的に、プラスの利回りを確保できる社債の新規発行市場は過熱気味であ

る。主幹事証券会社による投資家への割当額が投資家の購入希望額に満たない事例が一般的

になり、プラス利回りを求める『イールド・ハンティング』の動きが強まっている。投資家

の多くは新発の社債を購入した後、償還まで持ち続ける手法に傾き、流通市場での取引がさ

らに少なくなる悪循環につながっている。

 社債市場で高まる日銀の存在感は、発行市場に活況をもたらす一方、流通市場での流動性

や価格発見機能の低下という大きなダメージを与えつつある。

4 株式市場

 株式市場は、企業が発行する株式を取引する市場である。証券取引所が開設する取引所市

場がその代表で、投資家から委託を受けた証券会社が株式の売買を行う。日本の取引所市場

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第2章 日本の金融市場

17

は、日本取引所(東京証券取引所と大阪証券取引所(現大阪取引所)が2013年1月に経営統

合され、現物市場が7月に統合)、名古屋、札幌、福岡と合わせて4つの取引所がある。

 日本の証券市場の歴史は明治時代に始まった。当時、財閥が傘下の優良企業株を保有して

おり、市場への上場はほとんどなかった。第2次世界大戦に向かう戦時経済体制の中で、全

国に11 ヵ所あった株式取引所が統合され、日本証券取引所になり、本格的な統制市場とな

り、株式の買い支えも含めてあらゆる行為を取引所が行っていた。そしてこの頃の株価維持

システムは戦後にも残ることになる(図表2-12)。

 終戦により、取引所はGHQに接収され、1947年に日本証券取引所は解散となった。東京

証券取引所での取引再開が認められたのは1949年5月のことだった。取引再開までの間に、

財閥解体と、それら非公開会社の株式の市場への放出が進められた。そして法律面でも証券

取引法が改正され、全証券会社の登録制と、取引所の会員制という形態が形作られた。

 1950年代後半に入ると、日本は第1次高度経済成長期に入り、株価は、1955年後半以降

1961年7月まで、ほぼ一貫して上昇を続けた。1965年5月下旬、山一証券の経営危機が報道

されると、市場は恐慌状態に陥ったが、政府が戦後初の赤字国債発行方針を明らかにしたこ

とで、株価は回復に転じ、第2次高度成長期を迎える。

 ニクソンショック(1971年)を経て72年外国証券会社初の証券業免許が付与され、外国人

の株式取得制限は徐々に緩和されていく。その逆に外資による支配権拡大に対抗して、上場

会社は株式持ち合いによる安定株主工作を行い、個人の株式保有比率が低下し、法人の株式

保有比率が高まっていく。

 変動相場制の導入(73年)、第1次石油ショック(73年)、第2次石油ショック(79年)の

図表2-12 日経平均株価の長期推移

(出所)日本経済新聞社HP「日経平均プロフィル」

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経済の動乱を乗り越え、80年12月、「外国為替及び外国貿易法」改正(新外為法)によって、

海外との資金・資本取引が原則自由となった。

 1985年の「プラザ合意」で、1ドル=240円前後から年明けに200円の大台を突破した。日

銀が、86年1月以降、相次いで公定歩合を引き下げ、いったんは日本経済は景気回復過程に

入ったが、87年10月19日に金融政策を巡る米独の対立などから、アメリカ・ニューヨーク株

式市場で508ドル、22.6%という過去最大規模の暴落が発生した(ブラック・マンデー)。こ

れにより、世界同時株安が引き起こされた。

 各国で不況回避のために金融緩和が行われ、日本もそれに追随した。その後日本は景気回

復過程にあったにも関わらず、公定歩合を低利のままで据え置いたため、地価や株価は上昇

を続けた。それら資産価格の上昇を背景に、非金融企業による「財テク」が活発化し、融資

先の減少に悩む金融機関も、証券投資を積極化した。

 バブル経済の広がりの中、1989年末、史上最高となる日経平均株価は38,915円87銭を記録

し、4年で3倍になった。東証上場企業の株式時価総額はこの頃、世界の株式市場の約3分

の1のシェアを占めたこともある。

 なお、この時期には、新しい投資手法(1985年の債券先物取引、87年には株価指数先物取

引、89年には株価指数オプション取引が開始)も確立された。これら手法が金融商品の開発

や投資戦略の発展に寄与したことは、特筆すべき点である。

 またこの時期、全国銀行の自由金利調達比率は、1984年度末の7.5%から89年には53%へ

と急増し、銀行の資金調達コストを上昇させた。そのため大企業の資金調達は、銀行融資か

ら証券発行へと変化し、大手銀行は主要取引先への融資を縮小させていた。そのため、大手

銀行は、融資対象の拡大(不動産、建設業など)、国際業務への進出とともに、証券業務へ

の参入を企図し、証券界との業際問題が本格化した。

 1990年代になると、層の金融改革バブル経済の反動で、金融・証券不祥事の発覚が相次ぎ、

証券市場への不信が高まった。91年9月には「臨時行政改革推進審議会」が、不祥事の再発

防止策として手数料自由化、新規参入の促進、検査監督機関の大蔵省からの分離を答申し、

92年7月に証券取引等監視委員会が創設。臨時行政改革推進審議会による他の答申内容は、

後に実施される日本版ビッグバンに繋がった。なお、同じ92年には金融制度改正法によっ

て、銀行が証券事業に参入できるようになった。96年、5年後に東京市場をニューヨークや

ロンドンのような国際市場にすることを目指して、英国に倣った金融自由化が進められた

(日本版ビッグバン)。銀行・信託・証券・保険などの各業態間の垣根が取り払われ、相互参

入が行われたほか、国内、海外のマネーを金融市場に呼び込み、間接金融から直接金融への

移行が図られた。

 なお、1990年代の株価は低迷を続けた。90年に入ってから株価は低下し続け、2万円を割

って89年最高値のほぼ半値になった。93年以降、回復傾向が見られたが、95年には円相場が

1ドル=80円の最高値を付け、97年には山一証券の自主廃業など金融機関の破綻が相次ぎ、

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第2章 日本の金融市場

19

消費税や社会保険料の引上げなど性急な財政再建政策で、弱々しかった景気回復は腰砕けと

なった。貸し渋りと金融システム不安のピークの98年10月には日経平均は当時のバブル崩壊

後の最安値を更新し、1万2,879円となった。

 2000年頃 ITバブルで株価は高まったが、バブル崩壊や米国同時多発テロ発生等の混乱で

日経平均は9,000円を割った。その後は景気回復への期待から上昇を続けたが、サブプライ

ム・ローン問題とリーマン・ショックによる金融市場の混乱により再度株価は低迷した。10

年初め、外投資家の取引を呼び込むため、東京証券取引所が株式売買新システム、「アロー

ヘッド」を導入し、市場の信頼性をさらに高めた。

 それ以降、日本国内でもコンピュータプログラムを使って高速の株式売買を繰り返す「超

高速取引」(HFT)の利用が増加している。HFTが株価の乱高下の原因との指摘があり、こ

うした指摘を受けて金融庁は近年HFTに対する規制の検討に入っている。欧米ではすでに

HFT利用者の登録制導入などの規制の動きが出ている。

 近年、マーケット・マイクロストラクチャー(市場取引の具体的な仕組みや規制・規則や

情報が市場の価格形成にどのように影響するのかを研究する学問)が注目されている。金融

市場には、需給をマッチさせる以外に、情報を価格に翻訳する機能もある。例えば、企業の

発表やアナリストによるレポートの発表によって、その銘柄の株価はどれくらい動くものな

のか、情報が持っているインパクトを、価格の変動に翻訳してみせるのも金融市場の機能で

ある。この場合の市場は、巨大なリアルタイム情報伝達システムともいえる。

 「マーケット・マイクロストラクチャー」分野では、コンピュータによるアルゴリズム取

引や高頻度取引が注文の3割超のシェアを占めるに至っている。これは目にもとまらぬスピ

ードで売買される「高速化する市場」の影響であり、市場参加者の構成を変化させつつあ

る。これが市場の活力を高める要因になるようにこれまでの制度を見直すべきだとの指摘も

ある。

 2013年1月、東京証券取引所と大阪証券取引所が合併し、日本取引所グループが誕生し

た。上場企業数は約3,500社、現物株の売買代金で世界3位のグループが誕生した。デリバ

ティブ(金融派生商品)市場は大阪取引所に一本化され国内のほとんどの証券・債券の先物

を1ヵ所で売買できるようになった。しかし、世界の取引所と比べたとき、日本取引所グル

ープは現物市場依存度が高い。

 2012年末に第2次安倍政権が誕生し、アベノミクスといわれる一連の経済政策を展開し

た。この影響で、日本のデフレ脱却に期待が高まり、2014年春までの間、国債から株へ資金

が流れた。

 直近でいえば、2015年度に外国人投資家が日本株を売り越した金額は、5兆円を越えた。

これは前述のブラック・マンデーが発生した1987年以来の金額だった。海外投資家の存在感

が増す中で、次に述べるようなコーポレート・ガバナンスの取組みも重要になってきている。

 株式を保有している主体は、個人をはじめ、銀行や保険会社といった金融機関、事業法人、

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外国法人など多様である。そして、これら主体別の保有割合、すなわち、日本企業の株主の

構成は近年大きく様変わりしている。従来、日本の株式保有構造は長らく株式持ち合いを中

心としていた。1990年代半ば頃までは、銀行や保険会社(生命保険・損害保険)の保有割合

が高かったが、90年代後半から低下し、外国法人による保有割合は増加した。特に、アベノ

ミクス相場と呼ばれる2013年以降、外国人保有比率は上昇し、保有割合は13、14年度に30%

を超え、過去最高の水準に達した(図表2-13)。保有比率だけでなく、14年の日々の売買

では外国人比率が63.8%に達している。

① コーポレート・ガバナンス

 コーポレート・ガバナンス(企業統治)は、企業の関係者(ステークホルダー)全員が、

企業価値の維持・向上に向け、適切な経営を行うよう監視する仕組みづくりを意味する。

 企業経営に影響を及ぼすのは、社内の経営者や従業員だけではなく、外部からも多くの関

係者が影響を及ぼしている。コーポレート・ガバナンスという言葉には、社外の関係者、と

りわけますます役割が拡大している株主を重視する姿勢が含まれている。

 日本では従来、株主の影響力は小さく、企業の株主や投資家に対する意識は低かった。そ

の原因として、協調を重視する日本独自の人事制度の慣行や、戦後から続いたメインバンク

中心の株式持ち合いの構造が指摘されている。

 日本の経営者は内部昇進者がほとんどで、株主の声よりも企業内部への配慮を重視する。

株式持ち合いのコアを形成するメインバンクは、企業を支えるため、株主権を行使しなかっ

た。一般株主には株主権を行使する余地はなく、株主総会は経営への関与という点では形骸

化していた。

���-133

(出所)東京証券取引所

図表2-13 投資部門別株式保有割合の推移

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第2章 日本の金融市場

21

 しかし、日本でも、株式持ち合いの解消と、間接金融から直接金融へのシフトが進むと同

時に、株主や投資家の経営への関与が高まった。そして経済のグローバル化が進む中で、欧

米と同等の基準が求められた。

 1990年代後半の金融改革が終わり、2000年以降、米国の大企業が粉飾決算を原因として立

て続けに破綻した。01年12月の総合エネルギー会社エンロン、02年7月のワールドコムであ

る。こうした不正による会計不信を受けて03年に企業改革法(SOX法)が制定され、経営

者への罰則が強化された。

 日本でも財務情報の信頼性向上を目的に、08年に金融商品取引法が制定された。同法の内

部統制部分は上場企業に内部統制ルールの策定・適用を義務付け、「日本版SOX法」といわ

れた。

 しかし、08年には、サブプライム・ローン問題の拡大の結果、リーマン・ショックに端を

発する世界的な金融危機が発生した。その原因となった金融機関による過度のリスク資産保

有は、機関投資家の監視不足が原因と指摘された。これを受け、英国では、10年に機関投資

家の行動規範「スチュワードシップ・コード」が策定され、米国では経営に積極的に関与す

る機関投資家(アクティビスト)の発言力が高まった。

 日本でも投資家の積極関与が求められる。外国人投資家の持ち株比率は高まり、2013年度

ベースでは30.8%と金融機関のそれを初めて上回った。さらに、収益性や競争力向上の観点

からも株主の意見を経営に反映させるべきだとされ、政府も関わり、コーポレート・ガバナ

ンス領域での施策が進められた。

 具体的には、2014年2月の「日本版スチュワードシップ・コード」策定と、15年6月のコ

ーポレートガバナンス・コード適用開始の2点である。

 日本版スチュワードシップ・コードは機関投資家からの上場企業への働きかけのための行

動規範である。13年版の日本再興戦略を踏まえて、英国版を参考に金融庁内の有識者検討会

が14年2月に作成・公表したものである。法的拘束力はないが、機関投資家向けの行動規範

として導入が進められており、16年7月時点で、210社もの機関投資家等に受け入れられて

いる。

 機関投資家は、投資先に関して理解を深め、建設的な「目的を持った対話」などを通じて、

当該企業の企業価値の向上や持続的成長を促すことが求められている。それによって、顧

客・受益者の中長期的な投資リターンの拡大を図る責任(スチュワードシップ責任)を果た

すことが最終的な目的である。

 スチュワードシップ・コードが機関投資家に求める投資先企業に対する行動は、①モニタ

リング(原則3.企業の状況を的確に継続的かつ実効的に把握する)、②エンゲージメント

(原則4.投資先企業と認識の共有を図ること)、③議決権行使(原則5.モニタリング・エ

ンゲージ面との2点を踏まえた判断をもとに、保有株式について議決権を行使すること)の

3点である。財務面だけでなく、非財務面の事項も含めた状況把握や、投資先企業に問題が

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22

あれば、建設的な「目的を持った対話」を行うこと、明確な対話方針の事前策定と公表も必

要とされている。

 コーポレートガバナンス・コードは、上場企業の様々なステークホルダーとの関係を踏ま

えた適正なコーポレート・ガバナンスと持続的な成長を実現するための行動規範、として位

置付けられている。2014年6月の『「日本再興戦略」改定2014』の提言や、金融庁・東京証

券取引所の共同設置有識者会議での検討等を経て、企業行動規範の「遵守すべき事項」とし

て規定された。企業は、コードを踏まえた企業統治の基本方針等の策定・公表と、「コーポ

レート・ガバナンスに関する報告書」による “Comply or Explain”(原則を実施するか、実

施しない場合にはその理由を説明するか)の表明が求められる。

 法令とは異なり法的拘束力はないが、事実上、コーポレート・ガバナンスを実現するため

のベスト・プラクティスとみなされる可能性がある。中でも上場企業に影響を与えたのが、

(原則4-8)、上場会社は「独立社外取締役を少なくとも2名以上選任すべきである」とい

う規定である。コーポレートガバナンス・コード適用後、独立社外取締役を選任する上場会

社(市場第一部)の比率は高まり、96.2%になった。規定どおりの2名以上の独立社外取締

役を選任する上場会社(市場第一部)の比率についても、77.9%(昨年比+29.5%)と大幅

に増加している(ともに2016年6月17日東京証券取引所発表の数値)。

 それ以外のものも含め、コード原則は概ね実施される方向にあるが、今後実施予定とされ

ることが多い原則が、「取締役会評価」である。海外と異なり、日本企業は取締役の評価を

自己評価によって行っている場合が多いためである。

 コーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コードが広まることで、日本に

おける実効的なコーポレート・ガバナンスの実現に寄与することが期待されている。

 機関投資家は、企業の中長期的な成長を促すため、投資先企業のガバナンスのモニタリン

グと、建設的な対話を行う。そして企業は、株主をはじめ、様々なステークホルダーの立場

を踏まえ、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行わなければならない。そうした協力を

通じて、両者が中長期的に企業価値向上を図ることが求められている。

5 外国為替市場

 外国為替は、自国通貨を対価に行う外国通貨との売買、または外国通貨間の売買を指す。

その取引は、「銀行間取引(インターバンク取引)」と、個人や企業が銀行で小口の両替や外

貨預金をする「対顧客取引」に分けられる。そうした通貨交換の場が外国為替市場だが、狭

義では、外国為替市場といったときはインターバンク取引の市場を指す。

 市場での異なる通貨同士の交換比率を外国為替相場といい、その表示方法を「建て方」と

いう。なお、インターバンク取引の為替相場を、「銀行間相場」、「インターバンク・レート」

などといい、為替市場の実勢に基づき国内外の銀行間取引で決定される。それに対して、対

顧客取引の為替相場(対顧客相場)は、対顧客の様々な取引に使用されるもので、原則1日

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第2章 日本の金融市場

23

1回公示される。従来各銀行が一律に仲値を決定し適用してきたが、金融自由化の進展に伴

い、1990年9月からは各行が独自の判断で値決めをするようになった。

 建て方は、自国通貨建てと外国通貨建てに分けられる。自国通貨建ては外貨1単位を自国

通貨量で表したもので、外国通貨建ては自国通貨1単位を外国通貨量で表したものである。

日本を例にとってみると、前者は「1ドル=100円」、後者は「1円=0.01ドル」という具合

である。

 取引には、直ちに通貨の交換が行われる直物(じきもの)取引(スポット)と、将来のあ

る時点やある期間の間に、約定日に予約した価格で売買を行う先物取引(フォワード)があ

る。直物取引は、銀行間取引では、約定日の2営業日後に決済(T+2)され、対顧客取引

では、即日に決裁され、当日に通貨の受渡しを行う。先物取引は、直物取引を超える3営業

日以降に受渡しを行うことで、将来における為替の変動リスクを回避(ヘッジ)や持高(ポ

ジション)を調整する目的などに使われる。

 先物為替レートは、直物相場の為替レートと交換する通貨の金利から算出する。例えば、

ドル円の直物相場が1ドル100円、1年物円金利が1%、1年物ドル金利が2%とする。こ

のとき、100円を1年物円金利1%で運用すると、1年後に101円となる。1ドルを1年物ド

ル金利2%で運用すると、1年後に1.02ドルとなる。

 よって、1年先のドル円の先物相場は1ドル99.02円(101÷1.02)と、直物相場よりも減算

(ディスカウント)したレートとなる。これはドルの方が円より高金利通貨になっているか

らである。もし、ドルが低金利通貨であれば、プレミアムが加算され、先物相場のレートは

直物相場のレートよりも高くなる。

 日本で近代的な外国為替市場が確立されたのは、第1次世界大戦後である。大戦勃発に伴

う輸出増加により、財閥系の銀行が為替業務に進出し、それまでの横浜正金銀行と外国銀行

による独占状況が払拭された。その後、保護貿易主義が拡大し、日本でも1932年の資本逃避

防止法、1933年の外国為替管理法によって、為替の自由な取引が制限された。

 第2次世界大戦後は金とドルを基軸通貨とした固定相場制(ブレトンウッズ体制)が確立

された。1960年代半ば以降は、インフレの進行が米国の国際収支赤字幅を拡大させ、71年8

月にはドルと金の交換が停止された(ニクソンショック)、そして73年3月には変動相場制

移行により戦後のブレトンウッズ体制は崩壊した。

 米国が貿易赤字に苦しむようになると日本円・ドイツマルクが存在感を増した。この中で

円の国際通貨化が図られ、各種法改正が行われる。日本の外国為替市場規模は、1980年12月

の外国為替管理法の施行後に拡大した。80年12月、「外国為替及び外国貿易法」改正(新外

為法)によって、海外との資金・資本取引が原則自由となり、84年4月には実需原則が撤廃

された。実需原則の撤廃には3つの背景があった。実需原則のもとでは、為替投機による市

場への悪影響を防ぐため、外貨建て証券の売買契約が結ばれていないと為替予約ができなか

ったが、この制約は為替リスク回避のための機動的な行動をも制限していると批判が多かっ

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24

た。また、東京外国為替市場での取引は拡大しており、それ以前に比べると投機的な取引に

より悪影響を受ける恐れも小さくなっていた。そして、海外の為替市場では、自由に円の先

物取引がされており、国内とのギャップは金融国際化を目指す中で説明のつかないものだっ

た。

 これ以降、資金取引や資産運用での外国為替利用ニーズが広がり、インターバンク取引が

飛躍的に拡大した。その後も慣行上認められていなかった取引が解禁された。まず、銀行同

士の直接外為取引(ダイレクト・ディーリング)が解禁され、1984年7月、米ドル以外の取

引が開始された。これはブローカーの収入が急減して経営状況が悪化するのを避けるために

とられた措置だった。その後米ドルについても解禁された。次に外国通貨間の為替取引イン

ターナショナル・ブローキングが認められ、同年8月以降ドルと外国通貨で開始、85年2月

からはドルと円も開始された。

 1990年代には、日本の景気や円相場が一部のアジアの国の景気を左右するようになってい

た。こうした状況と金融ビッグバンといわれる一連の改革を受けて、大蔵大臣の諮問機関で

ある外国為替等審議会が99年に「円の国際化」を求める答申をまとめた。「債券市場などを

改革し、外国人投資家が円資産を持ちやすい環境を整備すれば、円の国際化が進み、円建て

の貿易も拡大する」という内容だった。しかし、既に日本企業が海外生産を活発化するな

ど、ドル機軸通貨の体制に適応する策をとっており、円の国際化が歓迎されることはなかっ

た。2010年時点で、世界の外国為替市場に占める円の売買シェアは90年代初頭に比べ低下し

ている。

 2013年の統計によると、外国為替市場は、シドニー、東京、香港、シンガポール、ロンド

ン、ニューヨークなど世界各国の市場で取引されており、24時間売買されている。1日当た

りの平均取引高は、1998年4月には1.5兆ドルに過ぎなかったが、13年4月には5.3兆ドルに

まで拡大した(図表2-14)。

図表2ー 14 外国為替市場の平均取引高(1日当たり)

(単位:10億ドル)1998年 2001年 2004年 2007年 2010年 2013年

平均取引高 1,527 1,239 1,934 3,324 3,971 5,345(内訳)スポット 568 386 631 1,005 1,488 2,046フォワード 128 130 209 362 475 680為替スワップ 734 656 954 1,714 1,759 2,228通貨スワップ 10 7 21 31 43 54オプション・その他 87 60 119 212 207 337

(注)各年4月の平均取引高。取引高は、国内・海外での二重取引を調整(出所)BIS「Central�Bank�Survey�of�Foreign�Exchange�and�Derivatives�Market�Activity」

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第2章 日本の金融市場

25

 また、13年4月における各国の1日当たりの平均取引高は、英国が最も市場規模が大きく、

世界の取引の4割を占めている。次に、米国、シンガポール、日本と続く。日本は91年には

3位の市場規模だったが、13年には4位になり、シェアも低下している(図表2-15)。

6 投資信託

 近年、投資信託市場の拡大も見逃せない。特に、ETF・J-REITは市場規模が急速に拡大

している。日本銀行も2016年7月現在、金融緩和策の1つとして、指数連動型上場投資信託

(ETF;Exchange Traded Fund)の保有残高を年約3兆円、J-REITの保有残高を年間約

900億円のペースで増加するよう買い入れており、保有割合は増加している。

 投資信託は不特定多数から金銭の信託を受けて、専門家が有価証券や不動産などを投資対

象として運用を行う。投資家は少額で幅広い分野に投資することができる。投資信託は設立

形態の違いにより、「会社型」と「契約型」に分類される。一般的に投資信託は契約型が主

流で、委託者(運用会社)と受託者(信託銀行)との間で結ぶ信託契約から生じた受益権を

分割した受益証券を、投資家が購入する。一方、J-REITに代表される会社型は、投資法人

と呼ばれる会社(法人)を設立し、投資法人が発行する投資証券を投資家が購入する。

 ETFは東京証券取引所などの取引所で上場している投資信託である。TOPIXや日経平均

株価、ニューヨークダウなどの株式指数や債券、REIT、通貨、金や原油や小麦などの商品

(コモディティ)といった指数に連動するETFが存在する。日本では、1995年に日経300型

上場投資信託が誕生したのがはじまりである。バブル崩壊による低迷が続く株式市場を背景

に残高は伸び悩んでいたが、規制緩和(2008年、金融庁の「金融・資本市場競争力強化プラ

ン」に基づき、株価指数連動型ETFの多様化と株式以外の上場有価証券等を投資対象とす

るETFの解禁)を受けて、09年頃から先進国の債券や株式に連動するETFなど銘柄数は増

図表2-15 各国の外国為替市場の取引高(1日平均)とシェア

(取引高:10億ドル、シェア:%)2001年 2007年 2013年

1位 英国(541.7,31.8)

英国(1,438.2,34.6)

英国(2,726.0,40.9)

2位 米国(272.6,16.0)

米国(745.2,17.4)

米国(1,262.8,18.9)

3位 日本(152.7,9.0)

スイス(253.6,5.9)

シンガポール(383.1,5.7)

4位 シンガポール(103.7,6.1)

日本(250.2,5.8)

日本(374.2,5.6)

5位 ドイツ(91.5,5.4)

シンガポール(241.8,5.6)

香港(274.6,4.1)

(注)各年4月の平均取引高。取引高は、国内での二重取引を調整(出所)�BIS「Central�Bank�Survey� of�Foreign�Exchange� and�Derivatives�

Market�Activity」

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加していき、活発化していった。特に、金融危機後も高い成長率を誇ったBRICs(ブラジル・

ロシア・インド・中国の4ヵ国)諸国を投資対象としたETFは人気を集めた。また、01年

10月から導入された401k(確定拠出年金)は、2016年4月には、企業型に約580万人、個人

型に約26万人が利用するまでに拡大したことも投資信託の市場拡大に寄与しているといえよ

う(図表2-16)。

 REIT(Real Estate Investment Trust;不動産投資信託)は、主に不動産や不動産信託

受益権へ投資する。具体的には、多数の投資家から資金を調達して専門家が不動産などに投

資して、不動産の賃貸収入や売却益などの運用益は投資家に分配される。日本では、2001年

9月にJ-REITが誕生し、資産規模は15兆円に達した。100兆円の市場規模を誇るUS-REITに

次ぐ世界2位のREIT市場にまで発展した。J-REITは投資証券として証券取引所に上場され

ている。投資対象もオフィスビル、マンション、ホテル、商業施設、物流センターなど多様

化が進んでいる(図表2-17)。

図表2-16 ETF(指数連動型上場投信)の市場規模

0

20

40

60

80

100

120

140

160

0

2

4

6

8

10

12

14

16

18

2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015

(兆円) (本)

(年)

純資産総額(左軸)

ファンド数(右軸)

(出所)投資信託協会

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第2章 日本の金融市場

27

図表2-17 J-REIT市場規模の推移

0

500

1,000

1,500

2,000

2,500

3,000

3,500

4,000

2

4

6

8

10

12

14

16

01/9 02/9 03/9 04/9 05/9 06/9 07/9 08/9 09/9 10/9 11/9 12/9 13/9 14/9 15/9

(兆円)

(年/月)

(件)

保有残高(左軸) 保有資産数(右軸)

(注)保有残高は取得価格ベース(出所)J-REIT.jp

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第3章 日本の金融政策

 本章では、1990年代半ば以降続くデフレーションの現実を前にして、日本銀行が採用して

きた非伝統的金融政策に焦点を当てる。金融政策の操作手段である名目金利のゼロ下限制約

の下で、日本銀行は様々な政策パッケージを実施してきた。

 図表3-1は、量的緩和期を除き、日本銀行の金融政策の操作目標である無担保コール・

レート(%)の推移を表わしている。ゼロ金利政策の開始された1999年2月から2000年8月

の解除まで(第一次ゼロ金利時期)、および量的緩和政策とともに再導入された01年3月か

ら06年7月の解除まで(第二次ゼロ金利+量的金融緩和)、そして08年12月の再々導入以降

(第三次ゼロ金利時期)、無担保コール・レートの水準がゼロ下限に直面していることがわか

る。直近においては、08年11月に制定された補完当座預金制度により、日銀当座預金の超過

準備に対して0.1%の付利が実施されるようになったため、無担保コール・レートの下限が

0.1%となっている。

 以下では、まずデフレ均衡が生まれるメカニズムについて簡便な説明を行う。また、デフ

レ均衡における量的緩和政策の効果の可能性について、経済主体の合理性の条件である「横

断性条件」に着目しながら、説明する。次に、日本銀行が実施してきた非伝統的金融政策の

経緯について概説する。最後に、新しい「正常」を探し求める現在の中央銀行にとって重要

-0.1

0.1

0.3

0.5

0.7

0.9

1.1

1.3

1.5

1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012

(%)

(出所)日本銀行

図表3-1 無担保コール・レートの推移と下限

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第3章 日本の金融政策

29

な論点を3つ挙げる。

1 テイラー・ルール

 金融政策に関する代表的な政策ルールとして、以下の式によって表されるテイラー・ルー

ル(Taylor,1993)がある。操作手段である名目利子率 it のターゲットを、インフレ率 tπ と

GDPギャップ )y-(y 0.5+ 1.51% +

i

=i *ttt

1-t

t π

ρ

から決めるルールである。Taylor(1993)は、90年代初頭までのフェ

デラル・ファンド・レートに関して、均衡実質金利 r t*、目標インフレ率π t*をそれぞれ2%

と設定する以下のルールによって十分説明できることを発見した。

= ( + π t**r t ) + 1.5 (π t π t* ) + 0.5 (yt y t* ) = )y--- (y 0.5+ 1.51% + *tttπi t

 インフレ率にかかる係数は、インフレ率が1%上昇したときに、何パーセント、名目利子

率を引き上げ、金融引締めを行うかを表わす。テイラー・ルールの場合1.5、つまり1%の

インフレ率上昇に対して、0.5%だけ実質利子率を引き上げることを意味するので、アクテ

ィブな金融政策ルールに分類される。一方、係数が1より小さい政策ルールは、パッシブな

政策といわれる。

⑴ ゼロ金利下の非線型のテイラー・ルールと非伝統的金融政策の効果 ゼロ制約を考慮したテイラー・ルールに関する理論的研究 Benhabib, Schmitt-Grohe and

Uribe(2002)は、ゼロ金利の非線型性を有するテイラー・ルールが、1%のインフレ率の上

昇に対して1%以上名目金利を引き上げるという「テイラー原則」を局所的に満たすが故に、

大域的な安定性をもつデフレ均衡に陥らせる危険性があることを示唆した。ここでは、金融

政策の原因を表わすテイラー・ルールに関しては、名目金利のゼロ制約を明示的に考慮した

非線型のテイラー・ルールについて説明する。

 ここで、図表3-2、式(3-1)に示される非線型のテイラー・ルールを考える。i は、日

本銀行の操作目標である名目コール・レート it(無担保翌日物;%)の下限(フロア)とな

る水準を指す。図表3-1からわかるとおり、第一次ゼロ金利政策・量的緩和政策の時期に

図表3-2 非線型のテイラー・ルール

-2

i

y,π

−i

tttt yii βπαρ ++= −1*

 

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30

おいては、下限 i は0.1%であり、第二次ゼロ金利政策の時期においては、0.2%の水準が妥

当な設定である。

|⎩

|⎨⎧

+++=

=

ttttt

tt

yii

iii

εβπαρ 1*

*},max{ (3-1)

 非線型テイラー・ルールにおける潜在変数

|⎩

|⎨⎧

+++=

=

ttttt

tt

yii

iii

εβπαρ 1*

*},max{ を説明する変数として、需給ギャップ yt とイ

ンフレ率 tπ を考える。ここでは、例えば均衡実質金利、目標インフレ率とも0%である場合

を想定しよう。さらに、中央銀行による名目金利の平準化をテイラー・ルールにおいて表わ

すために、コール・レートの前月値|⎩

|⎨⎧

+++=

=

ttttt

tt

yii

iii

εβπαρ 1*

*},max{

が説明変数に加わり、係数を|⎩

|⎨⎧

+++=

=

ttttt

tt

yii

iii

εβπαρ 1*

*},max{

とする。

 式(3-2)にあるように、下限 itが時間に関して可変的であると考える理由は、2008年12月

に再々導入されたゼロ金利政策においては、前月の11月に導入された補完当座預金制度によ

り準備預金への0.1%の付利が可能となり、コール・レートの下限として機能するようにな

ったことによる。また、2016年2月に導入された日銀当座預金の超過準備の一部に適用され

るマイナス金利も、名目コール・レートの下限の可変性を正当化している。

|⎩

|⎨

+++=

=

ttttt

ttt

yii

iii

εβπαρ 1*

*},max{ (3-2)

① 金融政策の情報変数としての資産価格

 ここでは、資産バブルへの対応、金融危機の未然の防止の目的を含めて、中央銀行は、金融

政策運営のための情報変数として、資産価格を用いていると考える。式(3-3)に見られる

ように、金融政策ルールにおける潜在変数 ti*を説明する変数として、資産価格 ta が加わる。

++++=

=

tttttt

tt

ayii

iii

εγβπαρ 1*

*},max{

|⎩

|⎨

(3-3)

② 非伝統的金融政策の効果

 資産価格の変動は、金融政策の決定に反映される。ところが、資産価格の変動はそれ自体、

内生変数であり、名目金利の水準で表わされる金融政策の決定による同時決定性の問題があ

る。また、金融政策ルールにおいて、資産価格 ta のみならず、インフレ率 tπ および需給ギ

ャップytというマクロ経済指標も、内生変数である可能性がある。

 ここでは、内生変数の候補であるt

t

t

y

aπ||⎩

||⎨

⎧ ||⎩

||⎨

の操作変数として、金融政策の操作目標変数のラ

グ項 に加えて、非伝統的金融政策の指標を用いることにする。非伝統的金融政策の指標

の操作変数としての関連性(relevancy)が高いと考えられる理由は、これまで述べてきた

ように、非伝統的金融政策は、金融政策の操作目標が名目金利である平時において採用され

ず、金融政策ルールの誤差項 との相関はゼロである一方、資産価格をはじめとする内生

−ti 1

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第3章 日本の金融政策

31

変数の誤差項 tΞ との相関は、金融危機時のみならず、平時においても高いと考えられるか

らである。その場合、構造は式(3-4)のように表わされる。Δ(小文字はδ)、Θ(小文字はθ)、

tΞ はそれぞれ、内生変数の金融政策の操作目標変数のラグ項 −ti 1にかかる係数ベクトル(小

文字は係数成分)、非伝統的金融政策の指標 qt にかかる係数行列(小文字は係数成分)、内

生変数の誤差項ベクトルを表示したものである。このとき、図表3-3が示すように、非伝

統的金融政策qt は、内生変数である資産価格 ta (係数成分θ)、インフレ率 tπ および需給ギ

ャップyt の変動により、ゼロ金利制約の解除を可能にする効果が考えられる。

ttt

tttttt

tt

qi

ayii

iii

Ξ++∆=

++++=

=

1

1*

*},max{

εγβπαρ

t

t

t

y

aπ||⎩

||⎨

⎧ ||⎩

||⎨

Θ

(3-4)

2 デフレ均衡

 以上では、非伝統的金融政策が、インフレ率、需給ギャップあるいは資産価格の上昇を通

じて、名目金利のゼロ制約を解除する効果をもつ可能性を指摘した。ここでは、非伝統的金

融政策のうち、ベースマネーの増加による量的緩和政策が自己実現的デフレ期待を食い止め

る可能性について説明する。そこで大きな役割を果たすのが、横断性条件である。

⑴ 大域的に安定なデフレ均衡 以下では、家計と中央銀行から成るマクロ経済を考える。家計は無限期間にわたる効用の

割引現在価値を最大化するように、消費および貨幣残高について意思決定している。最適化

の一階条件として、消費の経路に関するオイラー方程式と実質貨幣残高に関する貨幣需要関

数が得られる。ここでは、議論を簡潔にするため、消費の経路のオイラー方程式が、名目金

利 it と実質金利 rt の差が期待インフレ率 E tπt+1に等しいという「フィッシャー方程式」に帰

図表3-3 非伝統的金融政策の効果

-4

a

i

−i

ttttt ayii γβπαρ +++= −1*

ttt qia θδ += −1

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着するとしよう。実質金利が一定である rt=r 、期待インフレ率が現実のインフレ率に等し

くなる完全予見 E tπt+1=πt+1を仮定すると、フィッシャー方程式は、以下の式で表わされる。

    it = r+πt+1

また、t 期における実質貨幣残高に対する需要 Mt―pt は、貨幣保有の機会費用に当たる名目金

利 it の減少関数 L( it )として表わされるとしよう。

     Mt―pt=L( it ), dL―

dit0

 このとき、家計の無限期間にわたる効用最大化の十分条件として、横断性条件がある。こ

の場合、横断性条件とは、家計が合理的な経済主体であれば、無限期先における実質貨幣残

高 Mt―ptを主観的割引率 β で割り引いた現在価値はゼロに収束するはずであることを意味する。

もしそうでなければ、同じ家計が正の割引現在価値をもつ実質貨幣残高を保持しながら、最

期を迎える無駄をしていることになるからである。具体的には、横断性条件は以下の式で表

わされる。

0lim M∞

=( )→β

tt t

pt

 一方、中央銀行は、先に取り上げた名目金利のゼロ制約に直面する非線型のテイラー・ル

ールにしたがって金融政策を運営しているとしよう。簡単化のために、ここでは需給ギャッ

プはゼロであり、中央銀行は資産価格を情報変数として利用しないと仮定する。ここでは、

中央銀行は、インフレ率の係数を1より大きくするインフレ警戒的な「テイラー原則」を均

衡π*の近傍において局所的に満たしているとする。

ttTTi >

== 1

*} ,max{ π d

d0, ( )tπ tπ π

 このとき、図表3-4に示されるように、非線型のテイラー・ルールとフィッシャー方程

式の交点に対応する均衡のインフレ率は2つ存在する。

1つは、中央銀行が、インフレ警戒的なテイラー原則に基づき、局所的な近傍での安定化を

図りたい均衡π* である。もう1つの均衡が、名目金利のゼロ制約がもたらすデフレ均衡で

ある。

 この2つの均衡のうち、大域的に安定であるのは、デフレ均衡であることがわかる。今期、

現実のインフレ率 πt が局所的な均衡π* から微小に低下するとしよう。次の期のインフレ率

πt+1は、今期のインフレ率 πt に対応するテイラー・ルール上の名目金利 it をもたらす、フィ

ッシャー方程式上のインフレ率に等しくなる。また次の期のインフレ率 πt+2 は、同様にして、

インフレ率 πt+1に対応するテイラー・ルール上の名目金利 it+1をもたらす、フィッシャー方

程式上のインフレ率になる。このプロセスは、非線型のテイラー・ルールとフィッシャー方

程式とが左下の領域で交わる点、つまりデフレ均衡に行き着くまで続くデフレ・スパイラル

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第3章 日本の金融政策

33

を生む。よって、デフレ均衡は大域的に安定であることになる。

⑵ ベースマネーの持続的成長へのコミットメントはデフレ均衡を消去する それでは、中央銀行の金融政策は、大域的に安定なデフレ均衡は払拭できないのか。金融

政策がテイラー・ルールに従っているケースについて、デフレ均衡を排除するために、正の

成長率でベースマネーを供給する政策を取り上げたのが、Woodford(2001)である。

 テイラー・ルールの下では、デフレ均衡が大域的に安定的であるので、家計がその期待を

抱けば、デフレ均衡に至る経路は、均衡経路になる。現在までの日本のデフレをWoodford

(2001)のように自己実現的メカニズムに基づき発生していると解釈すれば、大域的に安定

なデフレ均衡を回避するためには、中央銀行が、正のベースマネー成長率のコミットメント

を続けるだけで十分である。デフレ均衡に至る経路を物価水準(ptの低下)が進むと、増え

続ける名目貨幣残高Mtに比べて、実質貨幣残高 Mt―pt が発散し、上記の横断性条件が満たされ

なくなる。したがって、人々の期待において、デフレ均衡そのものが自己実現しなくなる。

3 非伝統的金融政策

 本テキストでは、非伝統的金融政策を「伝統的な政策手段であった超短期の銀行間貸借市

場における金利がゼロの下限制約に直面した下での金融政策」と定義する。政策割当論の観

点から、非伝統的金融政策とは、金融機関への流動性の供与とデフレ懸念の払拭という2つ

の目的を背負い、時間軸効果、ベースマネーの操作、そして非伝統的オペレーションという

3つの手段に訴える政策である(植田、2001)。本テキストでは、非伝統的金融政策の類型

として、以下の分類に従う。

 第1は、ゼロ金利政策である。将来の短期金利の予想を引き下げ、中長期のターム物金利

の低下を図る時間軸効果(フォワード・ガイダンス)を政策意図とする。第2は、量的緩和

政策である。中央銀行当座預金あるいはベースマネーの量に目標を掲げ、金融機関の資金流

ャップはゼロであり,中央銀行は資産価格を情報変数として利用しないと仮定する.ここ

では,中央銀行は,インフレ率の係数を 1 より大きくするインフレ警戒的な「テイラー原則」を均衡𝜋𝜋∗の近傍において局所的に満たしているとする.

𝑖𝑖𝑡𝑡 = max 0,𝑇𝑇 𝜋𝜋𝑡𝑡 , 𝑑𝑑𝑇𝑇𝑑𝑑𝜋𝜋𝑡𝑡

𝜋𝜋𝑡𝑡=𝜋𝜋∗

> 1

このとき,図表 3-4に示されるように,非線型のテイラー・ルールとフィッシャー方程式の交点に対応する均衡のインフレ率は二つ存在する.

図表 3-4 デフレ均衡

一つは,中央銀行が,インフレ警戒的なテイラー原則に基づき,局所的な近傍での安定化

を図りたい均衡𝜋𝜋∗である.もう一つの均衡が,名目金利のゼロ制約がもたらすデフレ均衡

である. この二つの均衡のうち,大域的に安定であるのは,デフレ均衡であることがわかる.今

期,現実のインフレ率𝜋𝜋𝑡𝑡が局所的な均衡𝜋𝜋∗から微小に低下するとしよう.次の期のインフ

レ率𝜋𝜋𝑡𝑡+1は,今期のインフレ率𝜋𝜋𝑡𝑡に対応するテイラー・ルール上の名目金利𝑖𝑖𝑡𝑡をもたらす,フィッシャー方程式上のインフレ率に等しくなる.また次の期のインフレ率𝜋𝜋𝑡𝑡+2は,同様に

して,インフレ率𝜋𝜋𝑡𝑡+1に対応するテイラー・ルール上の名目金利𝑖𝑖𝑡𝑡+1をもたらす,フィッシャー方程式上のインフレ率になる.このプロセスは,非線型のテイラー・ルールとフィッ

シャー方程式とが左下の領域で交わる点,つまりデフレ均衡に行き着くまで続く.よって,

デフレ均衡は大域的に安定であることになる. (2) ベースマネーの持続的成長へのコミットメントはデフレ均衡を消去する それでは,中央銀行の金融政策は,大域的に安定なデフレ均衡は払拭できないのか.金

𝜋𝜋t

it 𝑖𝑖𝑡𝑡 = max 0,𝑇𝑇 𝜋𝜋𝑡𝑡

𝑖𝑖𝑡𝑡 = 𝑟𝑟 + 𝜋𝜋𝑡𝑡+1

𝜋𝜋∗

図表3-4 デフレ均衡

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動性の増加を図る。第3は、信用緩和政策である。ターム物や株式等、ストレス下の市場で

の資産買取りにより、金融資産の市場流動性を高めることを目的とする。Ueda(2012)では、

信用緩和政策のうち、ストレス下の市場での資産購入を、より正常な市場での資産買取りと

区別し、前者を流動性プレミアムの抑制を狙う大規模資産購入1(LSAP1)、後者をポー

トフォリオ・バランス効果を発揮する大規模資産購入2(LSAP2)と呼んでいる。第4は、

マイナス金利政策である。準備預金のうち、所要準備を超過する分に対して付利される金利

をマイナスの水準にし、金融市場全体への金利低下を図る。これらの分類は、多くの国にお

ける金融政策の実務において、共通していると考えられる。

 各国主要中央銀行のバランスシート運営は年代により大きく異なっている。各国のマネタ

リーベースの名目GDP比で見ると、日本は足元で25%と欧米の水準をかなり上回っており、

大規模緩和が行われているとの評価ができる(図表3-5)。一方、リーマン・ショック以

降の増加のベーシスポイントを見ると日本は5ポイント程度だが、欧米は10ポイント以上と

急激に増加しており、リーマン・ショック以降で日銀は緩和の消極的だったとの批判がでて

いる。

 リーマン・ショックを受け米国は2008年10月以降、非伝統的政策QE1、QE2が実施された。

2008年の11月に、QE1をスタートさせ、MBS(住宅ローン担保証券)を1.25兆ドル米国債

も3,000億ドル購入することを決定した。QE1が実施された08年11月~ 10年6月の1年半の

間に合計で1.7兆ドルもの資産を購入した。また10年11月~11年6月でQE2も実施され(6,000

億ドルの米国債を購入)、FRBは2008年6月末から2010年末までの1年半で、バランスシー

図表3-5 マネタリーベースの名目GDP比

0

5

10

15

20

25

30

日本 米国 ユーロ圏 英国

1995年 2000年 2005年 2011年

N/A N/AN/A

(%)

(注)英国のみ2006年のデータを使用(出所)内閣府、日本銀行、BEA、FRB、Eurostat、ECB、ONS、BOE

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第3章 日本の金融政策

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トを約2.5倍に拡大させた。またQE2が終了した2011年6月までの3年間では、バランスシ

ートは3.2倍にも膨らんでいる。一方で、日銀は2008 ~ 10年末までの期間に、約20%程度し

かバランスシートは拡大していない(図表3-6)。

⑴ 「伝統」の何が問題か これまでの金融政策に関する理論は、中央銀行の「伝統」に依拠している。一体、伝統の

何が問題となっているのかについて、以下の議論のために理論的に整理しておきたい。

① 金融政策の波及メカニズム

 中央銀行による金融政策の運営に関して、伝統的な「三段階アプローチ」がある。教科書

的に記述すれば、中央銀行が直接コントロールすることのできるコール・レートあるいは準

備預金量を操作目標として操作することによって、消費者・企業の経済活動により大きな影

響を与える長期金利あるいはマネーサプライを中間目標としてコントロールすることを通じ

て、物価の安定と完全雇用という政策目標を達成する仕組みである。従来まで、中央銀行の

金融政策の運営に関する指針となってきた考え方である。

 三段階アプローチに即して、様々な金融理論が打ち立てられてきた。操作目標の1つであ

るコール・レートから中間目標の1つである長期金利への影響について、期待仮説等の利

子率の期間構造の理論がある。同じく操作目標の1つである準備預金から中間目標の1つで

あるマネーサプライへの伝播については、準備預金制度の下での信用乗数理論が考えられて

きた。また、操作目標と中間目標を合わせた運営目標として、大きく分けてコール・レー

トや長期金利といった利子率か、準備預金やマネーサプライという貨幣集計量かの選択が考

えられる。運営目標の選択に関しては、マクロ経済を左右するショックが ISショックの場

図表3-6 日米欧英の中銀保有資産の名目GDP比

0

5

10

15

20

25

30

35

03/1 04/1 05/1 06/1 07/1 08/1 09/1 10/1 11/1 12/1 13/1

(%)

米国 英国日本 ユーロ圏

(出所)トムソン・ロイター

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合、貨幣集計量、LMショックの場合、利子率を選択すべきとするWilliam Pooleの理論モデ

ル(Poole,1970)がある。さらに、運営目標から政策目標への効果に関して、IS-LM分析

とAD-AS分析による金融政策の有効性の議論がある。

 ところが、名目金利がゼロの下限にあるとき、以上述べた三段階アプローチに基づく金

融政策の運営の理論は、すべて無効となることが知られている。第1に、利子率の期間構造

の理論、とりわけ期待仮説によれば、短期の利回りの予想変化率が現在の長期利回りの決定

要因となり、ゼロ金利政策という将来の短期金利の推移に関するコミットメントは、現在

の長期金利に影響を及ぼす時間軸効果が期待できる。しかし、Mankiw and Miron(1987)、

McCallum(2005)らが示したように、期待仮説の実証的妥当性は、中央銀行による利子率

の平準化の程度によって左右される。ゼロ金利政策という極端な利子率平準化は、期待仮説

に基づく時間軸効果の有効性に疑問を投げ掛ける。

 第2に、信用乗数理論によれば、中央銀行の負債項目である準備を含むハイパワード・マ

ネーの増減が、民間非金融部門全体の資産項目であるマネーサプライを信用乗数倍だけ増減

させる。民間金融部門にある預金取扱銀行は、準備預金制度の下で原則、付利のない超過準

備を保有する誘因をもたず、超過準備を解消するために、民間非金融部門への貸付を行い、

マネーサプライの増加をもたらすと考えられる。ところが、ゼロ金利の下では、民間金融部

門の銀行に超過準備を解消する誘因は存在しないため、準備の増加が銀行貸出の増加に繋が

らない。よって、ゼロ金利の下では、信用乗数メカニズムも働かない。

 第3に、GDPの変動を最小化する中央銀行を想定するWilliam Pooleの運営目標の選択の

議論によれば、金融危機などLMショックに直面する中央銀行は、利子率をコントロールす

るべきである一方、地震などの実体経済に被害を与えるISショックにおいては、貨幣集計量

が運営目標として選択されるべきとなる。しかしながら、ゼロ金利の下では、運営目標と

して利子率をコントロールしても、貨幣集計量をコントロールしても、利子率の水準はゼ

ロのまま変化せず、中央銀行が最小化するGDPの変動に変わりはない。ゼロ金利の下では、

William Pooleの理論も無効となる。

 最後に、IS-LM分析に基づく金融政策の有効性に関しても、LM曲線がゼロ金利の下で水

平になる流動性の罠においては、LM曲線をシフトさせる金融政策は無効となる。流動性選

好が絶対的になる流動性の罠においては、金融政策による貨幣供給をもってしても無限大の

貨幣需要を賄うことはできず、実体経済への波及は期待できないことになる。

② 金融調節と「最後の貸し手」機能

 中央銀行の歴史的な設立の経緯として、貨幣需要の季節性に対して利子率の乱高下を防ぐ

ために利子率の平準化を行うことが挙げられる(竹田、1997)。金融機関の間のリスク・シ

ェアリングの場であるインターバンク市場において、受動的貨幣供給を通じた中央銀行の

業務は、金融調節と呼ばれ、先の三段階アプローチに見られる物価の安定・完全雇用を政

策目標とする金融政策とは区別されるのが、中央銀行の伝統となってきた。イングランド

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第3章 日本の金融政策

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銀行による「最後の貸し手」としての金融調節の原則について説いたバジョット(Walter

Bagehot)によれば、「最後の貸し手」機能は、担保価値から判断して、一時的に流動性不

足に陥っている民間銀行に対してのみ、ペナルティを課した利子率で、いつでも貸す用意の

あることを事前に明らかにしながら行うべきであるとした。このバジョットの原則に基づき、

中央銀行は「最後の貸し手」として機能することが、伝統となっている。

 ところが、非伝統的金融政策の下では、ペナルティを課されないゼロ金利で超過準備が供

給され、バジョットの原則は適用できていない。むしろ、金融危機時において、金融機関が

資金流動性を確保するために、保有資産を投げ売りすることによるリスクを軽減するために、

金融資産の市場流動性を高める政策が有効となる。こうした中央銀行の機能は、金融機関の

資金流動性を高める「最後の貸し手」ではなく、金融資産の市場流動性を高める「最後の買

い手」と呼ばれる。

 とりわけ、リーマン・ショックを端緒として、中央銀行に要求されるようになったマクロ・

プルーデンス政策においては、個々の金融機関の健全性ではなく、金融システムの安定性を

維持するため、資産バブルの早期発見が中央銀行に求められる。金融機関の取引する金融資

産の市場流動性が低下し、資産価格の変動が大きくなることのないように、中央銀行の「最

後の買い手」機能がますます重要となり、「最後の貸し手」機能に関する旧いバジョット原

則に代わる、新しいバジョット原則の確立が求められる。

③ 中央銀行の独立性

 かつてGoodhart and Meade(2003)は、中央銀行を最高裁判所に喩え、その独立性の重

要性を説いた。1990年代に始まった中央銀行の独立性を高める制度変更は、インフレーショ

ン・ターゲティングを含めて、物価の安定への寄与を意図した改革であった。実際、米国の

Great Moderationにおいて顕著なように、低インフレが多くの国で実現し、物価の番人とし

ての中央銀行の独立性が正当化されてきた。

 中央銀行の独立性は、実務の面から見て2つの捉え方がある。Fischer(1994)によれば、

手段独立性(Instrument independence)と目標独立性(Goal independence)の相反があ

る。インフレーション・ターゲティングの枠組みの下では、目標独立性は低いのに対して、

手段独立性は保証される。一方、Goodfriend(2012)では、運営上の独立性(Operational

independence)と財務的独立性(Financial independence)の相反が指摘された。運営上の

独立性に従い中央銀行が購入した資産のキャピタル・ロスは、財務的独立性の下で中央銀行

の裁量で処理される必要があり、今度は運営上の独立性を制約する可能性がある。中央銀行

のバランスシート運営に見られるように、中央銀行自体のリスクテイクが欠如してきた理由

として、財政補填の禁止による財務的独立性が考えられる。Wallace(1981)が示したように、

中央銀行がバランスシート運営において、如何なるリスク資産を公開市場操作によって購入

しても、価格変動によるリスクの顕在に対して、財政当局による財政補填が存在すれば、資

本コストは同一になる。この公開市場操作に関するMM定理は、非伝統的金融政策において

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中央銀行は如何なる資産を買うべきかを議論する際のベンチマークとなる。しかしながら、

1998年に施行された新しい日本銀行法に見られるように、多くの中央銀行は、財政当局から

財政的に独立し、財政補填を禁止されるようになった。財政補填の禁止は、中央銀行が「最

後の買い手」機能を発揮し、リスクテイク能力を高めるのを阻害する要因となっていると考

えられる。時間稼ぎのための政策に終始することのないよう、財政補填の復活に向けた議論

が急がれる。

⑵ 日本銀行の金融政策の推移 日本銀行の金融政策は、バブル崩壊後、1991年7月における利下げ(公定歩合:6.0%

→5.5%)を皮切りに、(ゼロ金利解除を除き)一貫して緩和政策が続けられてきた。公定歩

合は、91年7月以降、計9回引き下げられ、95年には過去最低の水準となる0.5%になった。

2001年になってさらに引下げが実施され、01年9月以降0.1%となっている。95年7月から

は公定歩合を下回る水準に無担保コール・レートの誘導目標が設定され、公定歩合から無担

保コール・レートに操作目標としての役割がシフトした。金利による従来の金融政策が限界

に差し掛かる中、日本銀行は非伝統的な領域に突入していく(図表3-7、3-8)。

① 速水総裁時代:ゼロ金利政策から量的金融緩和へ

 新日銀法が1998年にスタートし、最初の総裁となった速水優氏は98年9月には0.25%に引

き下げ、その後99年2月には「ゼロ金利政策」を導入した。

 景気の持直しとともに、ゼロ金利政策は2000年8月にはいったん解除された。しかし、00

年後半から景気後退・デフレが深刻化し01年3月に一段の金融緩和策が実施された。その際、

操作目標は金利から量に変更された。いわゆる「量的緩和政策」のスタートである。

0

5

10

15

20

25

30

35

40

0

1

2

3

4

5

6

7

8

9

1990/01 1992/01 1994/01 1996/01 1998/01 2000/01 2002/01 2004/01 2006/01

当座預金残高(右メモリ)無担保コールレート公定歩合

(%) (兆円)

(注)2004年3月以前の当座預金残高は、準備預金残高の数値となっている。(出所)日本銀行

図表3-7 金利と当座預金残高の推移

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第3章 日本の金融政策

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 量への変更とは、具体的には日本銀行当座預金残高を操作目標とし、2001年3月の変更時

点では1兆円程度積み増し5兆円程度とした。同時にこの量的金融緩和政策の枠組みを「消

費者物価指数(CPI)の前年比が安定的に0%以上となるまで継続する」ということをコミ

ットし、いわゆる「時間軸効果」を導入した。時間軸効果は、イールド・カーブを水平化す

ることを意図した。こうしたマクロ経済指標の1つにすぎないCPIに日本銀行の金融政策ス

タンスを依存させる政策が採られたことにより、金融市場は公表されるCPIの数字、および

それに対する事前の予想に大きく反応するようになった。その後、操作目標である当座残高

は、図表3-9のように順次引上げが実施され、速水総裁(在任期間1998年3月20 ~ 2003

年3月19日)のもとで当座預金残高は15-20兆円に引き上げられた。量的金融緩和政策への

図表3-9 量的金融緩和の変遷

変更日 目標当座預金残高 総裁01/03/19 5兆円程度

速水総裁01/08/14 6兆円程度01/09/18 6兆円を上回る01/12/19 10-15兆円程度02/10/30 15-20兆円程度03/04/01 17-22兆円程度

福井総裁03/04/30 22-27兆円程度03/05/20 27-30兆円程度03/10/10 27-32兆円程度04/01/20 30-35兆円程度

(出所)日本銀行資料をもとに筆者作成

図表3-8 金融政策の変遷

総裁 速水 優 福井俊彦 白川方明 黒田東彦(就任)(98/3~03/3) (08/4~13/3)

2013/4~・物価目標の達成時期の明確化 2%を2年程度で達成

・マネタリーベースを目標に 2年で2倍

・国債買入れ増額、年限長期化 長期国債:年間50兆円

        →年間80兆円(2014/10) 平均残存年数:7年程度 →3年拡大(2014/10)

・リスク資産の買入れ増額 ETF年間1兆円 →年間3兆円(2014/10)

 J-REIT年間300億円 →年間900億円(2014/10)

・銀行券ルールの一時撤廃

2010/10~2013/32001/3~2006/31999/2~2000/8・当座預金残高を 目標に

・時間軸導入 解除条件   :4ヵ月連続

        CPIゼロ以上

・日銀当座預金の増額 

4兆円強→35兆円へ 段階的に引き上げ

・長期国債の買入れ 増額

・「中長期的な物価安定の 理解に基づく時間軸の 明確化」 -当面1%を目途に(2012/2) →2%を目標に(2013/1)

・資産買入れ基金の創設 国債、社債、ETF、J-REIT

 等の買入、固定金利オペを 行う基金を創設 ※基金枠35兆円(2010/10)

     →101兆円(2012/12)

特徴

・政策金利の引き 下げ 

無担保コールを 事実上ゼロに

時期

(03/3~08/3) (13/3~)

ゼロ金利政策 量的緩和政策 包括的な金融緩和政策

量的・質的金融緩和政策

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転換は、金融政策の操作目標が公定歩合やコール・レートなどの金利水準から、日本銀行当

座預金残高という貨幣集計量へと変更した劇的な転換を意味する。

② 福井総裁時代:量的金融緩和の強化

 2003年3月20日に福井俊彦総裁にバトンタッチされると当座預金残高の引上げピッチは加

速し、就任から10 ヵ月の間に15兆円程度の引上げが実施された。04年1月20日以降、30-

35兆円という量的金融緩和スタート時点から6~7倍程度の水準に引き上げられている。

 また福井総裁は、2003年10月に従来の「消費者物価指数(CPI)の前年比が安定的に0%

以上」というコミットメントを、単月でゼロ%以上となるだけでなく、基調的な動きとして

ゼロ%以上であると判断できること、日本銀行の消費者物価の予測が再びマイナスにはなら

ないなどの条件を新たに提示し、コミットメントの強化も実施している。具体的には以下の

3つの条件を新たにコミットした。第1に、直近公表の消費者物価指数の前年比上昇率が、

単月でゼロ%以上となるだけでなく、基調的な動きとしてゼロ%以上であると判断できるこ

とが必要である(具体的には数ヵ月均してみて確認する)、第2に、消費者物価指数の前年

比上昇率が、先行き再びマイナスとなると見込まれない、第3に総合判断を行うこと、である。

 2006年3月9日の金融政策決定会合で、消費者物価指数の前年比が4ヵ月連続してゼロ%

以上になったことから、解除のための条件が満たされたと判断、約5年ぶりに量的金融緩和

は解除されることとなった。

③ 白川総裁時代:包括的金融緩和

 その後2008年4月より白川方明総裁体制へと引き継がれる。9月に就任からわずか半年で

リーマン・ショックが発生、世界同時株安、円高、世界同時不況に突入した。12月に政策金

利を0.1%に引き下げ、2010年10月には実質ゼロ金利政策と資産買い入れ基金の創設などを

柱とする「包括的な金融緩和政策」を導入した。

 2011年3月に東日本大震災が発生、10月には円相場が対ドルで75円32銭と戦後最高値を更

新するなどデフレ、円高への対応を進める中、包括緩和で基金買取は約100兆円に達するま

でとなった。基金増額の中、12年2月には物価上昇率で当面1%を目指す「中長期的な物価

安定の目途」を導入、さらに13年1月に物価上昇率で2%を目指す「物価安定の目標」とコ

ミットメントの強化を実施した。

④ 黒田総裁:量的・質的金融緩和、マイナス金利付き量的・質的緩和

 白川総裁は2013年3月退任し、2013年3月に就任した黒田東彦総裁は、2%の上昇目標を

2年程度で達成すると公約。そのため世の中に供給するお金の量を示す「マネタリーベース」

を倍増させ、国債に加えてETF・REITなども大規模に買い増す「量的・質的金融緩和」の

導入を決め、「異次元の金融緩和」でデフレから脱却して物価上昇率2%を目指すリフレ政

策を実行に移した。

 その後消費税率引上げ後の需要面での弱めの動きや原油価格の大幅な下落が、物価の下押

し要因として働き始め、デフレマインドの転換が遅延するリスクが高まったと判断し、14年

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第3章 日本の金融政策

41

10月にいわゆるハロウィン緩和を実施した。

 長期国債の買入れを「保有残高が年間約80兆円に相当するペース」に増やすほか、指数連

動型上場投資信託(ETF)と不動産投資信託(J-REIT)の買入れも「それぞれ年間約3兆円、

年間約900億円に相当するペース」に拡大する。

 マネタリーベース目標額は「年間約80兆円に相当するペースで増加するよう金融市場調節

を行う」として、従来の「年間約60兆-70兆円」から引き上げた。今会合まで長期国債は「保

有残高が年間約50兆円に相当するペース」で、ETFとJ-REITはそれぞれ年間約1兆円、同

約300億円に相当するペースで買入れを行っていた(図表3-10)。

 2015年12月には現在の金融緩和を補完するための措置を導入した。保有する国債の償還ま

での平均期間を「7~ 10年程度」から「7~ 12年程度」に延長、さらに、上場投資信託(ETF)

の買い入れペースを、現在の年3兆円から3,000億円増額する。

 2016年初めから市場で急激に円高・株安が進行し、16年1月にはマイナス金利政策を導入

し「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」をスタートさせた。

4 FED View 対 BIS View

⑴ 金融政策の情報変数としての資産価格 サブプライム・ローン危機への反省から、金融危機への対応を含んだ金融政策運営に関

して、近年多くの提言がなされている(Leamer(2007), Farmer(2009),Taylor(2008),

Cúrdia and Woodford(2009))。とりわけ、米国FRB(Federal Reserve Board)のグリー

ンスパン元議長、バーナンキ前議長が採用してきた「グリーンスパン主義」の妥当性につい

て疑義が挟まれてきた(Bernanke,2002;Greenspan,2004)。資産バブルの発生過程にお

けるバブル潰しのためのコストを過大に評価し、バブル破裂による金融市場の機能不全の修

図表3-10 資産買入れ額の推移-13

10/10開始

11/3 11/8 11/10 12/2 12/4 12/7 12/9 12/10 12/1212/10

買入残高

総額 35兆円 40兆円 50兆円 55兆円 65兆円 70兆円 70兆円 80兆円 91兆円 101兆円 67.0兆円

長期国債 1.5 2 4 9 19 29 29 34 39 44 24

国庫短期証券 2 3 4.5 4.5 4.5 4.5 9.5 14.5 19.5 24.5 9

CP等 0.5 2 2.1 2.1 2.1 2.1 2.1 2.1 2.2 2.2 1.8

社債等 0.5 2 2.9 2.9 2.9 2.9 2.9 2.9 3.2 3.2 3.1

ETF 0.45 0.9 1.4 1.4 1.4 1.6 1.6 1.6 2.1 2.1 1.5

J-REIT 0.05 0.1 0.11 0.11 0.11 0.12 0.12 0.12 0.13 0.13 0.11

固定金利オペ 30 30 35 35 35 30 25 25 25 25 28

増額完了の目途 11/12末 12/6末 12/12末 12/12末 12/12末 13/6末 13/6末 13/12末 13/12末 13/12末

注)日本銀行は、資産買入等の基金とは別に、年間21.6 兆円の長期国債の買入れを行っている。(注)日本銀行は、資産買入等の基金とは別に、年間21.6兆円の長期国債の買入れを行っている。

Page 42: 日本の証券・金融市場第2章 日本の金融市場 3 第2章 日本の金融市場 1 日本の金融システム 金融市場とは、資金を運用・調達する場を指すが、貸借取引の範囲や資金の性格によって、

42

復のためのコストを過小に評価してきたと批判されてきた。事後的に見れば、確かに正当な

批判であるが、事前的にも、米国FRBが住宅・株式の資産バブルを予知できたか否かにつ

いて、様々な金融市場変数を組合せた指標により可能であったとされる(Borio and Lowe,

2002)。

① 外国為替

 第1に、外国為替レートを取り上げる。図表3-11で、ドル/円・レート(左軸;実線)

と無担保コール・レート(以下、同様に右軸;破線;%)の推移を比較する。ドル安への誘

導を目的とした1985年のプラザ合意、行過ぎた円高を阻止させる目的での86年のルーブル合

意の国際協調の下で、日本銀行の金融政策は、80年代後半に金融緩和を行い、株価・地価の

バブルを招いた(翁・白川・白塚、2000)。その反動から、90年を跨いで金融の引締めを行い、

バブル潰しを強行した。

 また、図表3-11から、コール・レートの水準が当時の公定歩合0.5%を下回った1995年

半ば以降、いったんは円安傾向が見られたものの、長期的には円高化の方向に傾いているこ

とがわかる。量的緩和政策の一環として、外国為替市場への非・不胎化介入の効果について

議論された(Hamada and Okada,2009)。

② 株式

 第2の資産価格として、株価を取り上げる。図表3-12は、日経平均(左軸;実線)の推

移を示す。1980年代半ばから膨らんだ株価バブルが、90年に一気に萎んだことがわかる。当

時の日本銀行の金融政策を巡って、Bernanke and Gertler(1999;2001)は、株価をターゲ

ットにする金融政策ルールは、マクロ経済の安定性にとって望ましくないと主張した。株価

図表3-11 資産価格変動に対する反応:外国為替レート

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85/7 88/1 90/7 93/1 95/7 98/1 00/7 03/1 05/7 08/1 10/7 13/1

円ドルレート(左軸) 無担保コール(右軸)

(円) (%)

(年/月)(出所)日本銀行

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第3章 日本の金融政策

43

が金融政策ルールにおいて有用であるのは、株価がインフレ率と需給ギャップを予測する情

報変数として機能するケースに限られると指摘した。

 近年では、Lansing(2008)やFarmer(2009)が、プラグマティックな政策の選択肢とし

て、株価をターゲットした金融政策の有効性を指摘する。Lansing(2008)は、S&P500株

価指数の前年比変化率を加えたテイラー・ルールが、実際の米国FFレートに対して高い説

明力を有することを明らかにした。しかしながら、Taylor(2009)が問題にした2003年から

2005年にかけての米国FFレートの低水準の動向は、株価指数を含むテイラー・ルールでも

説明できないとしている。また、Farmer(2009)は、雇用変動における期待形成の重要性

の観点から、株価指数を直接的な操作目標とする政策提案を行った。現実性はともかく、期

待形成における株価の役割に着目し、期待を安定化させる金融政策が実体経済に与えるメリ

ットを指摘している。

③ 国債

 高い売買高のある日本国債(10年)の金利を、第3の資産価格として取り上げる。米国に

関してIreland(1996)、わが国に関して実証的に示すように、長期国債の金利変動を左右し

ている要因は、インフレ・リスクに対するプレミアムである。実際、日本銀行金融市場局(2004)

は、「日本銀行にとっての国債市場の重要性」(P.1-3)において、国債市場が、「リスクフ

リー(信用リスクのない)金利の水準を示す」役割、「金融調節を実行する場」としての役

割に加えて、「金融政策判断を行ううえでの情報源」としての役割を果たすとしている。イ

ンフレ・リスクの評価は、中央銀行による金融政策の判断にとって肝要であり、そのための

情報変数として国債金利が活かされる。

図表3-12 資産価格変動に対する反応:株価

0.0

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35,000

40,000

85/7 88/1 90/7 93/1 95/7 98/1 00/7 03/1 05/7 08/1 10/7 13/1

日経平均(左軸) 無担保コール(右軸)

(円) (%)

(年/月)(出所)日本経済新聞社、日本銀行

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④ 信用スプレッド

 第4に取り上げる資産価格は、様々な信用スプレッドの指標である。図表3-13は、代表

的な信用スプレッドである格付投資情報センター(R & I)の格付別利回りについて、残存

期間3年のBaa格の利回りとA格の利回りのスプレッド(左軸;実線;%)を指している。

サブプライム・ローン危機の表面化を反映して、2008年4月から徐々にスプレッドが高くな

り、2009年8月には、約4.8%のスパイクが見られる。

 こうした事実を眼前として、金融政策ルールにおける信用スプレッドの役割について、多

くの議論がなされている。理論研究であるCúrdia and Woodford(2009)では、信用スプレ

ッドを加味したテイラー・ルールの社会厚生上のメリットを指摘し、信用スプレッドの上昇

を100%ではなく不完全に相殺する金融政策が望ましいことを明らかにした。また、信用ス

プレッドを含む修正されたテイラー・ルールに関して、実証分析であるTalyor(2008)や

McCulley andToloui(2008)は実証的側面から支持した。

 信用スプレッドのもう1つの指標として、邦銀が金融危機に見舞われた1997年から98年

にかけて発生したとされる、いわゆる「ジャパン・プレミアム」がある(Ito and Harada,

2005)。図表3-14は、3ヵ月の円Tiborと円Liborのスプレッドで定義されたジャパン・プ

レミアム(左軸;実線;%)の推移を指す。Ito and Harada(2005)が分析対象とした1997

年~ 98年のジャパン・プレミアムのスパイクは、ゼロ金利政策期以降解消し、量的緩和政

策の解除後はむしろ、負の値を示している。ゼロ金利政策の再々導入後は、再びジャパン・

プレミアムが発生していることも見てとれる。

図表3-13 資産価格変動に対する反応:信用スプレッド(R&I 格付別)

0.0

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98/4 99/4 00/4 01/4 02/4 03/4 04/4 05/4 06/4 07/4 08/4 09/4 10/4 11/4 12/4 13/4

無担保コール(右軸)

(%) (%)

(年/月)

スプレッド[BBB格-A格](左軸)

(出所)日本証券業協会、日本銀行

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第3章 日本の金融政策

45

⑤ ターム・スプレッド

 第5の資産価格として、ターム・スプレッドを取り上げる。図表3-15は、3ヵ月の円

Tiborと無担保コール・レートのスプレッドで定義されたターム・スプレッド(左軸;%)

の推移である。1999年末のY2K問題、2001年9月の9・11、2008年9月のリーマン・シ

図表3-15 資産価格変動に対する反応:ターム・スプレッド

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95/12 97/12 99/12 01/12 03/12 05/12 07/12 09/12 11/12

タームスプレッド(左軸)無担保コール(右軸)

(%) (%)

(年/月)(出所)日本銀行、全銀協など

図表3-14 資産価格変動に対する反応:ジャパン・プレミアム

0.0

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0.15

0.20

0.25

98/12 99/12 00/12 01/12 02/12 03/12 04/12 05/12 06/12 07/12 08/12 09/12 10/12 11/12 12/12

ジャパンプレミアム(左軸)無担保コール(右軸)

(%) (%)

(年/月)(出所)日本銀行、全銀協など

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ョックなどの流動性イベントに際して、ターム・スプレッドの拡大が観察される。また、

Baba, Nakashima, Shigemi and Ueda(2006)、竹田・小巻・矢嶋(2005)第8章で分析され

たように、強化されたゼロ金利政策、量的緩和政策の持ついわゆる「時間軸効果」が、ター

ム・スプレッドの縮小に効果があったことが示唆される。

⑥ その他:原油・住宅

 最後に、その他の資産価格として、原油価格及び住宅価格を取り上げる。1973年、79年の

2度の石油ショックにおいて、輸入を通じた国内物価への波及を経験してきたわが国におい

て、原油価格は、日本銀行の金融政策運営にとって必要な情報変数の1つであろう。また、

サブプライム・ローン危機の端緒となった米国の住宅価格の暴落は、住宅価格バブルの発生

をFRBが看過してきたことが背景にある。1980年代半ば以降、90年代初頭にかけてのわが

国の不動産バブルにも、共通する点である。

 図表3-16は、代表的な指標であるドバイ原油価格(左軸)の推移を示す。2009年11月25

日のいわゆる「ドバイ・ショック」は、高騰してきた原油価格の急落をもたらした。産油国

に投資された資金は、ドバイ・ショック後、日本円への逃避を呼び、1ドル=90円割れを引

き起こす円高の急激な進行をもたらした。

⑵ 資産価格変動と金融政策 米国FRBのグリーンスパン議長は、1987年8月から2006年1月まで議長を務めた。グリ

ーンスパン議長の時代は、80年代後半以降、サブプライム・ローン危機が顕在化した07年ま

での米国の “Great Moderation” と呼ばれる低インフレ、安定成長の時期と重なる。巧みな

金融市場との対話、政界・金融界との太いパイプなどを駆使し、87年10月のブラック・マン

図表3-16 資産価格変動に対する反応:石油価格

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89/1 91/1 93/1 95/1 97/1 99/1 01/1 03/1 05/1 07/1 09/1 11/1 13/1

ドバイ原油(左軸)無担保コール(右軸)

(ドル/バレル) (%)

(年/月)(出所)日本銀行など

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第3章 日本の金融政策

47

デー、94年末のメキシコ金融危機、97年のアジア通貨危機など幾度の危機を次々に乗り切

ってきた。市場経済の信奉者ながら、96年末には加熱気味の米国の株式相場を「irrational

exuberance」(根拠なき熱狂)と表現するなど、ときには市場を牽制する姿勢を保ち、その

手腕はmaestro(名指揮者)と称されるようになった。

 Greenspan(2004)は、自らが率いてきたFRBの金融政策を資産価格の観点から振り返り、

前議長であるBernanke(2002)と同じ考えを表明し、「株式・債券・住宅・不動産・外国為替、

これら全ての資産価格は、GDPに影響する。しかし、少なくとも今日、多くの中央銀行の

選択は、資産価格が金融政策の直接の目標ではなく、金融政策の最終目標のプリズムを通し

て考慮されるべき経済変数であるという考え方である」(p.40)と述べた。Bernanke(2002)、

Greenspan(2004)に見られるように、資産価格におけるバブル形成に対する中央銀行の中

立的な態度を、「グリーンスパン主義」と呼ぶ(DeLong, 2008)。

 一方、国際決済銀行(BIS)のエコノミストによるBorio and Zhu(2008)は、金融政策

の新たな波及経路としての投資家のリスクテイクを促す効果(Risk-Taking Channel)を強

調する。投資家のリスクテイクを促す効果とは、金融政策が経済主体のリスク認知あるい

はリスク許容度に働きかける経路を指す(Adrian and Shin,2011)。上記のグリーンスパン

主義が、バブル識別の困難性、後始末の効率性を内容とするFed Viewと呼ばれるのに対し

て、金融的不均衡の早期警報の必要性,中央銀行として掲げる雇用と物価という2つのマク

ロ経済の目標に対して、資産価格の変動が及ぼす影響について注視するべきだとするlean-

against-the-bubble strategyの必要性を説くのが、BIS Viewである。

5 法制度

 日本銀行を取り巻く様々な法制度のうち、日本銀行の今日の金融政策に大きく関わる点に

焦点を当てる。

⑴ 日本銀行法 金融政策の目的は各国の中央銀行法において規定されている。主要国のうち、日本銀行の

新日本銀行法(以下、日銀法)は、1998年4月に改正施行された。1942年に施行された旧日

銀法では、「国家経済総力ノ適切ナル発揮ヲ図ル為国家ノ政策ニ即シ通貨ノ調節、金融ノ調

整及信用制度ノ保持ニ任ズルヲ以テ目的トス」(第1条)、「日本銀行ハ専ラ国家目的ノ達成

ヲ使命トシテ運営セラレルベシ」(第2条)と規定され、国家総動員体制いわゆる「1940年体制」

の歯車の役割を金融政策が果たしていた。

 一方、新日銀法では、第1条第1項において、「日本銀行は、我が国の中央銀行として、

銀行券を発行するとともに、通貨及び金融の調節を行うことを目的とする」と、通貨発行お

よび金融調節が金融政策と解されている。また、「日本銀行は、通貨及び金融の調節を行う

に当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、

その理念とする」(第2条)ことにより、物価安定こそが金融政策の目的として明文化され

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ている。

 また、新法の第1条第2項において、「日本銀行は、前項に規定するもののほか、銀行そ

の他の金融機関の間で行われる資金決済の円滑の確保を図り、もって信用秩序の維持に資す

ることを目的とする」とし、金融秩序の維持も目的とされている。

 さらに、第3条第1項で、「日本銀行の通貨及び金融の調節における自主性は、尊重され

なければならない」と中央銀行の独立性が表明され、同第2項において、「日本銀行は、通

貨及び金融の調節に関する意思決定の内容及び課程を国民に明らかにするよう努めなければ

ならない」と透明性・説明責任が求められている。

 一方で、第4条において政府との関係が記され、「日本銀行は、その行う通貨及び金融の

調節が経済政策の一環をなすものであることを踏まえ、それが政府の経済政策の基本方針と

整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならな

い」。

⑵ 財政法 国の予算その他財政の基本に関する法律である財政法において、第5条では「すべて、公

債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本

銀行からこれを借り入れてはならない。但し、特別の事由がある場合において、国会の議決

を経た金額の範囲内では、この限りでない」としている。原則として、日銀による国債引き

受けは禁止されている。

 しかしながら、日銀が保有する国債のうち償還期限が到来したものについて、財政法第5

条の但し書に基づき、特別会計の予算総則に記載され、国会の議決を経た金額の範囲内で、

日銀は国による借換えに応じる「日銀乗換」が行われている。満期償還を迎えた国債を1年

間に限って現金償還を延長し、発行される短期国債を日銀が引き受けるという形で行われる。

⑶ 金融法委員会 金融法委員会とは、近年における国際化・自由化の進展、技術革新等を背景にして、金融

取引の生成発展の速度が著しく高まっているわが国の金融取引を巡る状況に対処するため、

「金融取引について実務経験を有する弁護士および金融取引に関する法律を専門とする学者

が1998年6月に自発的に設立した委員会である」(http://www.flb.gr.jp/jabout.htm)。事務

局は、日本銀行に委託されている。

 金融法委員会の目的は、「金融分野において実務上困難を招来していると考えられる法律

問題について、それぞれの問題の性格に応じ、適切な解決方法を提言することによって、金

融取引に関するルールの透明性を高め、わが国の金融分野における法的不確実性を可能な限

り取り除いていこうとすることにある」。

 金融法委員会は、日本銀行がマイナス金利を導入した2016年2月16日の後、「マイナス

金利の導入に伴って生ずる契約解釈上の問題に対する考え方の整理」を提言した(http://

www.flb.gr.jp/jdoc/publication49-j.pdf)。その中で、「マイナス金利を想定した明示の定め

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第3章 日本の金融政策

49

のない金融取引において、契約解釈上生じ得る不明確性をできる限り解消し、取引の安定性

を高めることを目的として」、銀行が普通預金・変動金利定期預金などに適用する店頭表示

利率としてマイナスの値を定め、利息金額を利息支払日に預金残高から差し引くことができ

るかについて考え方を表明した。

 回答は、「金銭消費寄託における利息も、通常は、金銭消費貸借における利息と同様に、

預金受入金融機関が預金者に支払うべきものであり、預金者が支払うべきものとは解されな

い。預金約款(規定)上も、預金者からの支払は予定されていない。したがって、寄託の対

価又は預金口座を通じたサービスの対価を預金約款に従って徴収する余地はあるにしても、

市中金利がマイナスとなった場合に」、上記の行為は「預金当事者の合理的な意思解釈によ

れば、できないと考えられる」であった。マイナス金利政策が消費者の銀行預金あるいは銀

行貸出の金利にまで波及する上での法的規制の存在が示唆される。

6 中央銀行のバランスシート

 本テキストでは、日本銀行の採用してきた非伝統的金融政策の効果について考える際に必

要となる概念について論じる。ここでは、非伝統的金融政策が資産価格の形成に効果を発揮

する3つの経路について、わが国のデータを概観しながら概説する。

⑴ 金融機関の資金流動性 非伝統的金融政策の資産価格に対する効果の第1の経路として、従来までの「最後の貸し

手」機能を有する中央銀行は、たとえ金融政策手段が非伝統的であるにしても、金融機関の

資金流動性を緩和することにより、投資家の流動性制約を緩め、資産価格の形成に正の影響

をもつ。

 図表3-17は、金融機関の資金流動性の指標として、日銀当座預金残高の発行銀行券残高

あるいは銀行預金残高(国内銀行・外銀在日支店・信用金庫の合計)に対する比率(%)の

推移を表わす。安定したトレンド推移をもつ発行銀行券に対する比率(左軸;実線)、およ

び準備預金率に対応する銀行預金残高比率(右軸;破線)は、オーダーの違いこそあれ、Y

2K問題(1999年末)、同年度の閏年(2000年2月)、みずほ銀行統合によるコンピュータ・

システム障害(02年4月)などにおけるスパイクを含めて、近似した推移を示している。01

年3月から06年7月までの量的緩和政策の期間中(点線で示された期間)、操作目標であっ

た日銀当座預金が、急激な増減を経てきたことがわかる。また、08年12月に再導入されたゼ

ロ金利政策では、現在のところ、日銀当座預金の顕著な増加は図られていない。

⑵ 金融資産の市場流動性 第2の経路として、中央銀行が資産あるいは担保として保有することにより、金融資産の

市場流動性が高まり、流動性プレミアムが低下し、資産価格が上昇する可能性がある。金融

危機の局面において、中央銀行は、投資家間の資産の投売り・凍結を防ぐために、金融資産

の「最後の買い手」機能を発揮し得る。

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50

 図表3-18は、市場流動性の指標として、(1)東証一部の売買代金(兆円;実線)・利付

長期国債の店頭売買高(兆円;破線)、および(2)1ヵ月のドル/円・レート・オプション

のインプライド・ボラティリティ(%;破線)・東証の月最終日の30日ヒストリカル・ボラ

ティリティ(%;実線)を示す。量的緩和政策の施行期間中、長期国債の売買高が急増して

いることがわかる。そのペースは、量的緩和の解除後も引き続いてきたが、サブプライム・

ローン危機の中で急減した。東証のヒストリカル・ボラティリティも、ゼロ金利政策の再々

導入の前後に急激な昇降を経てきた。

図表3-17 日銀当座預金(発行銀行券・銀行預金に対する比率)

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対発行銀行券(左軸)対銀行預金(右軸)

(%) (%)

(年/月)(出所)日本銀行

図表3-18 売買高とボラティリティ

050100150200250300350400450

90/1 92/1 94/1 96/1 98/1 00/1 02/1 04/1 06/1 08/1 10/1 12/1

利付長期国債東証一部

0102030405060708090

90/1 92/1 94/1 96/1 98/1 00/1 02/1 04/1 06/1 08/1 10/1 12/1

TOPIXドル円

(兆円) (%)

(年/月) (年/月)

⑴ 売買代金 ⑵ ボラティリティ

(出所)東京証券取引所、日本証券業協会

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第3章 日本の金融政策

51

⑶ 中央銀行のバランスシート 非伝統的金融政策の資産価格に対する効果の第3の経路として、中央銀行のバランスシー

トを考える。一般論として、中央銀行のバランスシートの変化が、資産価格に対して与える

影響の仕方は不明であるが、Auerbach and Obstfeld(2005)やEggertsson and Woodford

(2003)らによれば、国債買切による量的緩和政策が、中央銀行のバランスシートにおける

政府債務の累積を通じて、インフレーションを引き起こす可能性が示唆される。インフレ・

リスクの高まりは、名目資産の価格形成に負の影響を及ぼす。インフレ・リスクの影響は、

中央銀行の保有する国債等の資産にも及び、中央銀行の財務状況の健全性を損なう危険性が

ある。

 日本銀行がバランスシートの調整において、特に注意してきた2つの指標がある。1つは、

量的緩和政策の長期国債買切の増額時において言明されてきた、長期国債保有残高が、発行

銀行券残高を下回るという「銀行券ルール」である。図表3-19において、発行銀行券残高

(兆円;実線)および長期国債保有残高(兆円;破線)の推移は、量的緩和政策の長期国債

買切増額の局面において、上限としての発行銀行券の制約が、有名無実となったことを示唆

している。もう1つの指標は、サブプライム・ローン危機において邦銀などの米ドル通貨に

対する需要増加に対応する目的で実施されてきた米ドル建ての資金供給オペによる貸付残高

である。このオペでは、米国FRBとの通貨スワップ協定に基づき、日本銀行・邦銀双方の

ニューヨーク連銀における米ドル口座が用いられ、日銀当座預金とは別のバランスシート科

目に反映される。米ドル通貨への高い需要を反映し、オペの大半は、金利入札方式ではなく、

固定金利での貸付である。リーマン・ショック後の2008年9月の開始から10年2月の終了ま

での間に、最高で約1,227億ドル(2008年12月)に上る残高が記録された。

図表3-19 日本銀行のバランスシート

3-22

日本銀行のバランスシート(発行銀行券、長期国債)

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

96/1 97/1 98/1 99/1 00/1 01/1 02/1 03/1 04/1 05/1 06/1 07/1 08/1 09/1 10/1 11/1 12/1 13/1(年月)

(兆円)

発行銀行券

長期国債

(資料)日本銀行(出所)日本銀行

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第4章 おわりに

 金融という制度を創造してきた歴史は、わたしたち人類の叡智の賜物である。一度はわた

したちの生活を一新させると創られた制度も、時代とともに旧くなるのが宿命である。便利

であるはずの制度が逆に、わたしたちの生活の重石になるという矛盾を露呈してきたのも、

金融の歴史である。

 わたしたちが現在眼にしている金融制度も、例外ではない。金融市場のグローバル化によ

って、現在の金融制度が多くの矛盾を孕んでいることが、明らかになりつつある。金融技術

が発展し、国境を越える金融取引が一般的になることにより、国を単位とする従来までの金

融制度では対応できない事態が生じている。

 2008年9月のリーマン・ショック時に見られた、個別金融機関の破綻が海外を含めた他の

金融機関への信用不安に波及するシステミック・リスクが顕在化しないための「マクロ・プ

ルーデンス政策」は、これまでの金融規制のあり方を根本から考え直させている。また、15

年から始まったFRBの利上げが、多くの海外資本が流入するエマージング・マーケットへ

の影響をFRBが考慮するべきかが問われるように、G20などの場における国際的政策協調の

役割が、過去よりも大きくなりつつある。

 グローバル化の進展の下で、将来の金融制度をどのように設計するべきか。この問いこそ、

現代に生きるわたしたちにとっての金融論のテーマであるはずである。

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【参考文献】

・白川方明、『現代の金融政策‐理論と実際』、日本経済新聞出版社、2008年

・竹田陽介、『コア・テキスト金融論』、新世社、2013年

・竹田陽介・矢嶋康次、『非伝統的金融政策の経済分析』、日本経済新聞出版社、2013年

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【アルファベット】

BIS View ……………………………… 47Comply or Explain …………………… 22ETF(Exchange Traded Fund;指数連動型上場投資信託) ……………………… 25Fed View ……………………………… 47MBS(住宅ローン担保証券) ………… 34MM定理 ………………………………… 37OTC(Over the Counter;店頭における相対取引) ……………………………… 11REIT(Real Estate Investment Trust;不動産投資信託) ………………………… 26RTGS(即時グロス決済) …………… 9

【あ行】

横断性条件……………………………… 32オーバーナイト物……………………… 9オーバーナイト・インデックス・スワップ

(OIS) …………………………………… 11

【か行】

公社債店頭売買参考統計値…………… 16コーポレートガバナンス・コード…… 22国際決済銀行(BIS) ………………… 8コミットメント………………………… 33

【さ行】

最後の買い手…………………………… 37最後の貸し手…………………………… 37サブプライム・ローン………………… 46三段階アプローチ……………………… 35市中公募入札…………………………… 14時間軸効果……………………………… 39資金流動性……………………………… 49自己実現的デフレ期待………………… 31市場流動性……………………………… 49ジャパン・プレミアム………………… 44情報変数………………………………… 30

スチュワードシップ・コード(機関投資家の行動規範) …………………………… 21ゼロ金利政策…………………………… 38

【た行】

大域的に安定…………………………… 32中央銀行の独立性……………………… 37中央銀行のバランスシート…………… 51超高速取引(HFT) …………………… 19テイラー・ルール……………………… 29

【な行】

日銀トレード……………………… 14, 16日本証券業協会(日証協) …………… 16日本版ビッグバン……………………… 7

【は行】

非伝統的金融政策……………………… 31フィッシャー方程式…………………… 31物価連動債……………………………… 14プラザ合意……………………………… 18ブラック・マンデー……………… 18, 46包括的な金融緩和政策………………… 40

【ま行】

マイナス金利付き量的・質的金融緩和 … 41

【ら行】

リーマン・ショック………………… 5, 19量的緩和政策…………………………… 38量的・質的金融緩和…………………… 40

索  引