小児甲状腺疾患診療のPitfall 5 バセドウ病、甲状腺...

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広島赤十字・原爆病院 小児科 西 美和 先生 vol. 17 小児甲状腺疾患診療のPitfall [ 5 ] バセドウ病、甲状腺機能亢進症の診断・治療 1 バセドウ病 診療のPoints 甲状腺機能亢進症 バセドウ病  1 診療のPoints バセドウ病は、甲状腺中毒症所見、びまん性に腫大する甲状腺腫、眼球突出または特有の眼症状を3主 徴とする自己免疫疾患であり、この臨床所見が1つ以上あり、 TSH測定感度以下、FT4 (FT3)高値に加 えて、 抗TSH受容体抗体(TRAb)陽性でバセドウ病と確定診断できる。成人では本症の約10%が TRAb陰性であるので、その場合には甲状腺刺激抗体(TSAb)測定、超音波検査、RI検査などでの検 討を要する。 1 抗TSH受容体抗体(TSH receptor antibody:TRAb)は検査上では、 刺激型 (thyroid stimulation antibody: TSAb)と阻害型 (thyroid stimulation blocking antibody: TSBAb :保険未収載) の両方を含む。 2 刺激型(TSAb)と阻害型(TSBAb)の両方ともに陽性で、 刺激型のTSAbが優勢の場合には機能亢進 を示し、 阻害型のTSBAbが優勢の場合には機能低下を呈する。⇒ 両型のバランスによって機能が亢進 したり低下する例もある。 3 TSBAbは保険未収載なのでTRAbを測定する。(の理由による) 4 TRAbとTSAbを同時に検査した場合には、保険では一方のみの算定となる。 5 FT3、FT4、TSHは、検査施設、測定キットによって成人基準値が多少違うので、検査をしている成人基準 値を知っておいて判断する。また、小児期、特に新生児・乳幼児期のFT3、FT4、 TSHは成人基準値よりも 高値であることを念頭に検査値を判定する。自院の成人基準値と外注の成人基準値とを比較しておく。 6 まれに、初期にはTRAbが陰性で後に陽性になるバセドウ病もある。 2 成人になったバセドウ病、橋本病女性は、適切な内科に紹介したほうがよい!⇔ 妊娠・分娩・授乳による 母体・胎児・新生児・乳児期への影響があるから。 6 若い女性(小児例もある)に、まれにもやもや病が合併することがある。 8 甲状腺機能は正常でバセドウ病ではないが、甲状腺機能亢進症の症状・所見である動悸、イライラ感、 落ち着きがないなどの訴えで受診する心身症や注意欠陥性多動性障害(ADHD)も、まれにある。 4 インフルエンザワクチン接種を! 治療中(特に維持量になるまで)にインフルエンザ罹患で、甲状腺機能悪化、高熱、ふるえなどのクリ ーゼ様症状・所見を示す場合もある。 Crisisを起こすような疾患(糖尿病1型、先天性副腎皮質過形成症、ACTH分泌不全症など)には、イ ンフルエンザワクチン接種を!→ ワクチンを接種しても罹るが――。 9 無痛性甲状腺炎や亜急性甲状腺炎による破壊性甲状腺中毒症や甲状腺ホルモン不応症を、バセドウ病 と誤診しないこと! 7 不登校や心身症などを契機にバセドウ病や甲状腺ホルモン不応症が発見される場合もある。 3 バセドウ病から甲状腺機能低下症への移行 阻害型(TSBAb)抗体の出現や過剰な抗甲状腺薬の投与。 5

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広島赤十字・原爆病院 小児科

西 美和 先生vol. 17

小児甲状腺疾患診療のPitfall[5]バセドウ病、甲状腺機能亢進症の診断・治療

1 バセドウ病

診療のPoints

甲状腺機能亢進症=バセドウ病 1

診療のPoints

バセドウ病は、甲状腺中毒症所見、びまん性に腫大する甲状腺腫、眼球突出または特有の眼症状を3主徴とする自己免疫疾患であり、この臨床所見が1つ以上あり、TSH測定感度以下、FT4(FT3)高値に加えて、抗TSH受容体抗体(TRAb)陽性でバセドウ病と確定診断できる。成人では本症の約10%がTRAb陰性であるので、その場合には甲状腺刺激抗体(TSAb)測定、超音波検査、RI検査などでの検討を要する。

1

抗TSH受容体抗体(TSH receptor antibody:TRAb)は検査上では、刺激型(thyroid stimulation antibody:TSAb)と阻害型(thyroid stimulation blocking antibody:TSBAb:保険未収載)の両方を含む。

2

刺激型(TSAb)と阻害型(TSBAb)の両方ともに陽性で、刺激型のTSAbが優勢の場合には機能亢進を示し、阻害型のTSBAbが優勢の場合には機能低下を呈する。⇒両型のバランスによって機能が亢進したり低下する例もある。

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TSBAbは保険未収載なのでTRAbを測定する。(❷の理由による)4

TRAbとTSAbを同時に検査した場合には、保険では一方のみの算定となる。5

FT3、FT4、TSHは、検査施設、測定キットによって成人基準値が多少違うので、検査をしている成人基準値を知っておいて判断する。また、小児期、特に新生児・乳幼児期のFT3、FT4、TSHは成人基準値よりも高値であることを念頭に検査値を判定する。自院の成人基準値と外注の成人基準値とを比較しておく。

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まれに、初期にはTRAbが陰性で後に陽性になるバセドウ病もある。2

成人になったバセドウ病、橋本病女性は、適切な内科に紹介したほうがよい!⇔ 妊娠・分娩・授乳による母体・胎児・新生児・乳児期への影響があるから。

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若い女性(小児例もある)に、まれにもやもや病が合併することがある。8

甲状腺機能は正常でバセドウ病ではないが、甲状腺機能亢進症の症状・所見である動悸、イライラ感、落ち着きがないなどの訴えで受診する心身症や注意欠陥性多動性障害(ADHD)も、まれにある。

4

インフルエンザワクチン接種を!●治療中(特に維持量になるまで)にインフルエンザ罹患で、甲状腺機能悪化、高熱、ふるえなどのクリーゼ様症状・所見を示す場合もある。●Crisisを起こすような疾患(糖尿病1型、先天性副腎皮質過形成症、ACTH分泌不全症など)には、インフルエンザワクチン接種を! → ワクチンを接種しても罹るが――。

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無痛性甲状腺炎や亜急性甲状腺炎による破壊性甲状腺中毒症や甲状腺ホルモン不応症を、バセドウ病と誤診しないこと!

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不登校や心身症などを契機にバセドウ病や甲状腺ホルモン不応症が発見される場合もある。3

バセドウ病から甲状腺機能低下症への移行 ⇒ 阻害型(TSBAb)抗体の出現や過剰な抗甲状腺薬の投与。5

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〈治 療〉第1選択は抗甲状腺薬で、チアマゾール(MMI、メルカゾールⓇ)とプロピルチオウラシル(PTU)がある。MMIが第1選択薬として勧められる。

2 薬物治療を開始する際、2年間以上内服する必要性、再発の可能性、副作用などをよく説明し、内服継続のコンプライアンスを高めるように指導することが大切である。

3 初期投与量としてMMI0.5~1mg/kg/日・分1(~2)が成人の15~30mg/日に相当すると考えられるので、原則として上限を成人量の30mg/日とする(PTUでは5~10mg/kg/日・分3)。

4 心不全症状を呈するような重症例や巨大な甲状腺腫例などではMMI1mg/kg/日で開始し、それ以外の例では0.5mg/kg/日から開始する。

5 初期投与量を続けると、1~3、4カ月後にFT4値は正常化する。初期投与量を1~2カ月間投与してもFT4値が正常化方向への傾向がなければ、抗甲状腺薬の増量を考慮する。

6 FT4が正常化あるいは基準値上限に近い値になったら、投与量を2/3くらいに減量する。FT4とTSHが同時期に正常化するとは限らず、TSHはFT4より1~3、4カ月遅れて正常化するのでTSHが感度以下でもFT4値が1.0ng/dL(測定キットのばらつきがあるので、自院検査の基準値の平均値)を下回らないように調節する。TSH値が測定感度以下から上昇して基準値範囲内で測定されるようになれば、TSHおよびFT4値正常を目標に投与量を調節し、正常を保つ必要最少量(維持量)に持っていく。維持量はMMI(メルカゾールⓇ)5~10mg/日程度である。

7 治療開始後FT4は低値~基準値内でTSHは感度以下の場合。中枢性甲状腺機能低下症のパターンだが、甲状腺腫も大きいので、決して中枢性甲状腺機能低下症と誤解しないこと。バセドウ病の治療開始後数カ月間は、FT4が基準値以下となっても、FT4高値のときのTSHの抑制が持続しており、抑制されていたTSHが、甲状腺ホルモンの低下に遅れて回復・出現するからである。

8 日常診療で判断に迷うのは、治療開始後数カ月経ってもFT4は低値~基準値下限なのにFT3は基準値内~高値で、TSHが測定感度以下の場合である。以下のBlock & Replace法も考える。

9 機能安定化を目的に、L-T4(チラーヂンⓇS)を併用することもある(Block&Replace法):抗甲状腺薬で甲状腺ホルモン合成をしっかりBlockし、低下した甲状腺ホルモンをT4製剤でReplaceし、これにより甲状腺ホルモンの変動を抑える。

10 一定期間TSH値の正常化が続けば、投与量を減量していく。減量中にTSHが測定感度以下になれば、減量前の量に戻す。

11 受験などの学校生活を考慮して中止時期を決める。

12 治療中止基準は確立していないが、維持量で1年以上、治療開始から少なくとも2年間は継続投与する。維持量で甲状腺機能が正常でかつTRAb(またはTSAb)が1年以上陰性であれば治療中止を考慮する。ただ、必ずしもTRAb(またはTSAb)が1年以上陰性になるとは限らないので、弱陽性の時でも考慮してもよい。

13 再発は、中止後1年以内が多いが、それ以降も再発する可能性があるので、定期的な検査が必要である。このことを本人、家族によく説明しておく。

14 安静時や睡眠時の脈数を測定しておいて、脈が増加したり、甲状腺が大きくなったりするようなら検査を受けるように説明しておく。

15

難治例の治療は、専門医に任す。

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コントロール不良の原因の第一位は、抗甲状腺薬の内服不良。

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小児における寛解率は意外と低く、8~10年くらいの投薬で50%程度の報告もある1)。

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6、7歳以下の小児では、コントロールが意外に難しい。

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1 よく見られる副作用として皮膚のかゆみ、発疹があり、抗アレルギー薬などで対応する。肝機能障害は多くは一時的で軽度(AST100~200IU/L)であり、抗甲状腺薬の変更を必要としないが、まれに重篤な場合が見られるので注意を要する(劇症肝炎、胆汁うっ滞性肝障害、多発性関節炎が報告されている)。

2 頻度は低いが、重篤な副作用として無顆粒球症が要注意である。多くは治療開始から2~3カ月以内に起こることが多いので、2週間に一度の白血球数・分画のチェックをする。ただ、無顆粒球症は、2週間ごとの検査では予見できないし、治療中のいつの時期でも起こる可能性がある。初発症状は高熱、咽頭痛で、上気道炎とは区別がつかないので、白血球数・分画を確認し、本症と診断したら、抗甲状腺薬を中止し、専門医に紹介する。

3 高熱、咽頭痛などの炎症症状が出現したら、すぐに白血球数・分画を測定する。

4 MPO-ANCA関連血管腎炎を見逃さないために、尿検査が必要である。PTUで多いが、MMI(メルカゾールⓇ)でも見られる。成人を含めた検討では、PTUのほうが、MMIよりも40倍多いとの報告がある。治療開始後1年以上経過後に起こることが多い。

5 PTUの治療が長い例では、時に、血清MPO-ANCAを測定し、高値ならMMIへの変更を考慮する。

6 副作用で薬物療法ができない例や長期薬物療法で寛解に至らない例では、次の治療として外科治療、RI治療について本人および家族と相談する。専門医に紹介する。

成人では、バセドウ病を疑う患者の約10%が無痛性甲状腺炎や亜急性甲状腺炎の経過中に起きる破壊性甲状腺炎の破壊性甲状腺中毒症期であると言われているので、バセドウ病と間違って抗甲状腺薬を投与しないことが重要である。

1

甲状腺濾胞の障害によって甲状腺ホルモンが血中に漏出して甲状腺中毒症となる。2

慢性甲状腺炎や寛解中のバセドウ病を基礎に発症することが多い。3

無痛性甲状腺炎(出産後や慢性甲状腺炎の経過中に自己免疫的機序により発症するが、詳細な原因は不明)による中毒症は、眼球突出はないことが多く、亢進症状も軽く、甲状腺エコー検査で血流が増加しておらず、TRAb陰性(時に軽度陽性)、123I 摂取率低下、尿中ヨード高値(図2)。

4

無治療で中毒症期間は、FT4は次第に低下して多くは1~2カ月、長くても4カ月以内に収まるのが普通である。まれに、4カ月以上続く例もあるが、FT4が低下傾向に向かっていることと症状が軽い、TRAb陰性を確認する。また、甲状腺ホルモン不応症も考える。

5

中毒症期後に甲状腺機能低下症→正常と経過をとるが、20~30%は永続的甲状腺機能低下症にもなる。また、一生のうちで何回も繰り返し起こすこともある。

6

破壊性甲状腺中毒症期が夏場であれば、機能は軽度高値~基準値内であっても、多汗、倦怠感など甲状腺機能亢進症状・所見が見られ、甲状腺機能悪化やバセドウ病ではないかと思われる例もある。

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2 バセドウ病と鑑別すべき疾患 : TRAbは陰性(~弱陽性)(Euthyroid Graves disease 以外)

1)破壊性甲状腺中毒症期、2)甲状腺ホルモン不応症 : くれぐれもバセドウ病として治療しないこと!

1)無痛性甲状腺炎や亜急性甲状腺炎の破壊性甲状腺中毒症期(図1、表1)

〈抗甲状腺薬の副作用〉

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vol. 17

血中TSHはFT4の変動に比べ動きが遅いため、破壊性甲状腺炎などでFT4が急速に上昇した場合にはTSHは正常~高値で、一過性SITSH〔不適切TSH分泌症候群:Syndrome of inappropriate secretion for TSH(SITSH)〕を呈する症例もある。⇒ SITSHの検査所見が得られた1カ月後に再検査を実施し、さらにSITSHが再現された症例では、さらに1、2カ月後、3カ月後に甲状腺機能検査を行う。可能ならば別の検査方法により再検する。

8

図1. 破壊性甲状腺中毒症期

くれぐれも甲状腺機能亢進期に

バセドウ病として治療しないこと

無痛性甲状腺炎

甲状腺機能亢進期 甲状腺機能低下期

破壊性甲状腺炎の一過性甲状腺機能低下時期を永続的甲状腺機能低下症と誤診しないこと

甲状腺機能正常期

FT4

正常

正常

a b c

TSH

TRAb陰性が多い!時に弱陽性

破壊性甲状腺中毒症

本症では、甲状腺機能検査の解釈が一般の症例とは大きく異なる。したがって、甲状腺機能低下症や亢進症を診療する際に、FT4とTSHの解離がある症例では本症の可能性があることを認識していることが重要である。

1

トリヨードサイロニンT3受容体β型(TRβ)機能障害による。2

T3受容体には、α型(心、脳に優勢)、β型(肝、下垂体に優勢)がある。3

家系の約85%がTRβ変異によって発症する。4

常染色体優性遺伝性疾患なので家族歴を問診する。意外と、家系内で甲状腺ホルモン不応症とは診断されずに、甲状腺腫やバセドウ病などの病名を告げられている人もいる。

5

慢性的なTSH刺激によるびまん性甲状腺腫を認める。6

2)甲状腺ホルモン不応症(Refetoff syndrome)

図2. 主な甲状腺中毒症の鑑別診断フローチャート2)※1 : 抗TSH受容体抗体が陽性でもまれに無痛性甲状腺炎などの場合がある。※2 : シンチ・摂取率の代わりに甲状腺超音波検査での血量流測定も参考となる。

TSH低値、FT3、FT4高値

陽性※1

なし あり

なし あり

陰性

バセドウ病

摂取率低値摂取率高値、びまん性取り込み

摂取率正~高値、結節への取り込み

プランマー病 破壊性甲状腺中毒症

無痛性甲状腺炎 亜急性甲状腺炎

作為的甲状腺中毒症

抗TSH受容体抗体

甲状腺シンチ ・ 摂取率※2

甲状腺ホルモン服用

甲状腺の痛み

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北海道のFT4とTSHを指標としたスクリーニングで、オレゴン州とほぼ同じ83,232人で2人が発見されている。 ⇒ 発症頻度は約40,000人に1人と推定される。

15

日本の総人口からは、約3,000人の症例が存在することになる。 16

しかし、2009年日本甲状腺学会アンケート調査では、98例(71家系)のみ。 17

日本では、多くの症例が未診断 ⇒ この点が問題! ⇒ 心身症、不登校やADHDの中の一部が未診断の本症の可能性がある。

18

甲状腺ホルモン不応症と鑑別すべき他のまれな疾患●TSH産生腫瘍 (TSHoma)●甲状腺ホルモン活性化障害(SBP2遺伝子異常症)●甲状腺ホルモン輸送異常(MCT8遺伝子異常症)●家族性異常アルブミン血症●測定上の問題(測定系への干渉物質の存在、抗T4抗体)

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TRAb陰性で家族歴ありの甲状腺機能亢進症に、非自己免疫性甲状腺機能亢進症(機能獲得型TSHR遺伝子変異)も考える。

1

3) 非自己免疫性甲状腺機能亢進症(機能獲得型TSHR遺伝子変異)

バセドウ病に特有の眼症状はある。 1

血中の甲状腺ホルモン(FT3、FT4、TSH)は正常。 2

TRAbのうちの刺激型(TSAb)の陽性率が80%と高い。 3

4)Euthyroid Graves disease

甲状腺ホルモンを含むサプリメントややせ薬の摂取。1

5)甲状腺ホルモンの過剰服用

表1. バセドウ病と破壊性甲状腺中毒症の主な鑑別点鑑別点

眼球突出 あり

バセドウ病

ない(ことが多い)症状が軽い

破壊性甲状腺中毒症

TSH受容体抗体TRAb 陽性 陰性時に弱陽性

中毒症の期間 持続 1~2、3カ月間

FT3(pg/mL)/FT4(ng/dL)比 2.5<が多い 2.5>が多い123I摂取率(RAIU) 増加 低下

エコー : 甲状腺血流 増加 増加していない尿中ヨード 低値 高値

本症では、α型受容体(心、脳に優勢)は異常ないので、血中甲状腺ホルモン濃度上昇による甲状腺機能亢進症の症状・所見である動悸、息切れ、イライラ感、落ち着きがないなどの訴えで、心身症、不登校や注意欠陥性多動性障害(ADHD)と誤診されている例も少なからずある。本症の約半数にADHDが認められるとの報告もある3)。

7

心身症、不登校やADHDには、未診断の本症やバセドウ病もあるので、必ず甲状腺腫、頻脈など甲状腺機能亢進症の症状・所見や甲状腺疾患の家族歴の有無をチェックする。必要なら甲状腺機能検査をする。

8

甲状腺機能亢進症状・所見があるのに、FT4は上昇(基準値内の例もある)(多くはFT3も上昇)していてもTSHは基準値内~軽度高値な症例が多い〔不適切TSH分泌症候群(SITSH)〕。TRAbも陰性 ⇒ バセドウ病と誤診しないこと!

9

バセドウ病と誤診して不適切な治療が開始され、治療開始後FT4、FT3、TSHの変動が激しく甲状腺腫大がさらに大きくなるようなら甲状腺ホルモン不応症を疑う。⇒ 意外と誤診されて治療を受けている。

10

多くの症例では、甲状腺ホルモンに対する標的臓器の反応性の低下はFT4およびFT3が上昇することで代償されており、治療を必要としない。

12

新生児スクリーニングなどで高TSH血症と診断され、チラーヂンⓇSによる治療を開始してもTSH値が低下しない場合には本症を疑う。

13

本症を疑えば、TRβ遺伝子解析を実施することが望ましい。11

TSHのみのスクリーニングでは本症を発見することはできない。14

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MM 30 KYOOT 314-1 1405

vol. 17

作為的に大量の甲状腺ホルモンを服用する詐病性(作為的)甲状腺中毒症、あるいは甲状腺剤甲状腺中毒症(factitious thyrotoxicosis)。

2

アメリカで1980年代に流行したハンバーガーの牛ミンチ肉に混在していたウシ甲状腺による甲状腺中毒症(ハンバーガー甲状腺中毒症)。

3

アミオダロン、甲状腺ホルモン製剤、インターフェロン製剤、抗HIV薬、高用量のゴナドトロピン放出ホルモン(gonadotropin releasing hormone:GnRH)の誘導体(リュープリンⓇ)の長期間使用。

1

抗不整脈薬アミオダロン●1錠100mg中にヨウ素が37mg含有される。成人のヨウ素の1日必要量は150μg/日であるので、1錠(100mg)は成人のヨウ素1日必要量の約250倍を含むことになる。●投与前に抗サイログロブリン抗体(anti-thyroglobulin antibody:TgAb)と抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(anti-thyroid peroxidase antibody:TPOAb)や、TSH、FT4、FT3を測定しておくことが望ましい。特に甲状腺基礎疾患のある患者には、あらかじめ甲状腺機能検査を施行しておく。●長期服用者2割程度に甲状腺機能低下症が発症するが、基礎に慢性甲状腺炎(橋本病)を持つ人や女性は特になりやすい。●内服中に急性あるいは亜急性に甲状腺が破壊され、甲状腺ホルモンが大量に血中に漏出してくることもある(破壊性甲状腺中毒症タイプ)。アミオダロン自体に甲状腺細胞傷害性があるためと推測されている。⇒ 甲状腺中毒症。●甲状腺中毒症は急性~亜急性に起こるので、本剤内服中は、3カ月に1回ほど、甲状腺機能検査を定期的に実施することが望ましい。

2

6)甲状腺機能検査に影響を及ぼす薬剤の使用

若年者に多く、TRAbが強陽性で病勢が強く変化しやすく、甲状腺腫が大きく、FT4を正常にコントロールしてもFT3は高値を持続し甲状腺内の血流増加を認める。FT3の正常化を目指して抗甲状腺薬を増量するとFT4が低下しTSHが上昇してくる。

1

少し多めの抗甲状腺薬で機能を低下させておいて、そこに甲状腺ホルモンを補うことによって機能を安定させることができることもある(Block & Replace法)が、小児でも抗甲状腺薬では寛解が難しい。

3

FT3とFT4がともに正常化することはない。2

成人のバセドウ病の約10%。 4

成人では手術する例が多い。5

T3thyrotoxicosis(FT3上昇で、FT4上昇しない)ではない。 6

T3優位の原因 ●甲状腺内におけるT4からT3への転換が亢進。●甲状腺内ヨウ素の代謝回転が促進。

7

3 T3優位型バセドウ病

<参考文献>1)2)3)4)5)

重篤副作用疾患別対応マニュアル 甲状腺機能低下症 http://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/dl/tp1122-1d11.pdf佐藤浩一, 他 : 日本小児科学会雑誌 2008 ; 112 : 946-952.深田修司 : 甲状腺疾患の診断と治療. 東京, ベクトル・コア, 2003.浜田 昇 : 甲状腺疾患診療のパーフェクトガイド. 東京, 診断と治療社, 2011.西 美和, 神野和彦 : 小児科臨床 2010 ; 63 : 837-844.

<引用文献>1)2)3)

Léger J, et al : J Clin Endocrinol Metab 2012 ; 110 : 110-119.重篤副作用疾患別対応マニュアル 甲状腺中毒症 http://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/dl/tp1122-1d07.pdf甲状腺ホルモン不応症 http://www.nanbyou.or.jp/kenkyuhan_pdf2013/s-naibunpitu1.pdf