開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia 3.詳細結果:事例 3.1 日本編 事例 1 松下電器:「企業は社会の公器」をアジアで実践 1)取り組み企業の概要 松下電器産業株式会社 事業内容: 電子機器の生産・販売等 従業員数:約 290,000 創業年:1918 本社:日本(大阪府) 2CSR の理念、戦略、概要 「企業は社会の公器」――あまりに有名となった松下電器創業者の松下幸之助の言葉は、CSR の本質を問うとき必ず引用される理念でもある。この理念をもとに、松下電器は、同社及び顧客 を取り巻く社会を①家庭・くらし、②地域コミュニティ、③社会システム、④国際社会、⑤地球 環境――の 5 つの層にわけ、そのそれぞれの課題に対して事業活動を通じて取り組むことにより、 持続可能な社会の実現を目指している。現在の中村社長は「スーパー正直」という表現を多用し いるが、この言葉もさまざまなステークホルダーと誠実に向き合う同社の価値観と結びついてい る。 新しい豊かさのシミュレーション、ファクターX 指標の開発、エコリュックサックの試算、マ テリアルフローコスト会計など、盛りだくさんの同社の環境経営報告書は、自らの事業活動の評 価を通じて、新しい価値観を広げていくことに野心的に取り組んでいることを表している。この ように同社は、日本における環境経営、CSR の議論の牽引車としての役割を果たしている。 環境経営については、特に①クリーンプロダクツ、②クリーンファクトリー、③製品リサイク ル、④環境・エネルギー事業、⑤販売・物流のグリーン化、⑥環境コミュニケーション、⑦環境 経営人づくり――の 7 つの分野それぞれに関するコミットメントからなる環境ビジョンを推進し ている。 このような同社の哲学を背景に、アジア各地においてもそれぞれの国の法制度や国情を踏まえ た取り組みが推進されている。 3)取り組みの背景 海外における環境法規制の進展に対応して、地球規模での環境経営を推進するため、同社は地 域ごとに「リージョナル環境会議」を設置している(アジアではシンガポールに設置)。ここでは、 各地域それぞれの課題をとりあげ、その解決に向けた方針を決定している。さらに国ごとに環境 委員会を設けている場合もある(アジアでは各国に設置)。 2006 7 月に EU で「電気・電子機器に対する特定有害物質使用制限指令(RoHS 指令)」が適 用され、同指令で指定されたカドミウム等 6 物質を含む電機電子製品が域内で販売ができなくな る。この動きを受けて電機・電子業界においては各社が対応に追われているが、松下電器におい 35

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

3.詳細結果:事例 3.1 日本編 事例 1 松下電器:「企業は社会の公器」をアジアで実践 1)取り組み企業の概要

松下電器産業株式会社 事業内容: 電子機器の生産・販売等 従業員数:約 290,000人 創業年:1918年 本社:日本(大阪府)

2)CSRの理念、戦略、概要 「企業は社会の公器」――あまりに有名となった松下電器創業者の松下幸之助の言葉は、CSRの本質を問うとき必ず引用される理念でもある。この理念をもとに、松下電器は、同社及び顧客

を取り巻く社会を①家庭・くらし、②地域コミュニティ、③社会システム、④国際社会、⑤地球

環境――の 5つの層にわけ、そのそれぞれの課題に対して事業活動を通じて取り組むことにより、持続可能な社会の実現を目指している。現在の中村社長は「スーパー正直」という表現を多用し

いるが、この言葉もさまざまなステークホルダーと誠実に向き合う同社の価値観と結びついてい

る。 新しい豊かさのシミュレーション、ファクターX 指標の開発、エコリュックサックの試算、マテリアルフローコスト会計など、盛りだくさんの同社の環境経営報告書は、自らの事業活動の評

価を通じて、新しい価値観を広げていくことに野心的に取り組んでいることを表している。この

ように同社は、日本における環境経営、CSRの議論の牽引車としての役割を果たしている。 環境経営については、特に①クリーンプロダクツ、②クリーンファクトリー、③製品リサイク

ル、④環境・エネルギー事業、⑤販売・物流のグリーン化、⑥環境コミュニケーション、⑦環境

経営人づくり――の 7つの分野それぞれに関するコミットメントからなる環境ビジョンを推進している。

このような同社の哲学を背景に、アジア各地においてもそれぞれの国の法制度や国情を踏まえ

た取り組みが推進されている。 3)取り組みの背景 海外における環境法規制の進展に対応して、地球規模での環境経営を推進するため、同社は地

域ごとに「リージョナル環境会議」を設置している(アジアではシンガポールに設置)。ここでは、

各地域それぞれの課題をとりあげ、その解決に向けた方針を決定している。さらに国ごとに環境

委員会を設けている場合もある(アジアでは各国に設置)。

2006年 7月に EUで「電気・電子機器に対する特定有害物質使用制限指令(RoHS指令)」が適用され、同指令で指定されたカドミウム等 6物質を含む電機電子製品が域内で販売ができなくなる。この動きを受けて電機・電子業界においては各社が対応に追われているが、松下電器におい

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ては EU以外の地域も含めた全世界において、2005年 4月出荷製品からこれらの規制物質を使用禁止とすることを決めている。これに向けて、環境、品質、資材、生産技術といった部門が参画

する「製品有害物質不使用プロジェクト」が発足している。 4)取り組みの内容 中国~クリーンプロダクツ、クリーンファクトリーの推進 中国においては、特に拡大生産者責任の考え方に基づく製造過程での環境負荷の最小化、有害

物質不使用の徹底、エネルギーロスの最小化に取り組んできた。 これらのすべてにおいて、キーワードとなっているのが、従業員やサプライチェーンなどの関

係者に対する環境コミュニケーションであり、環境教育と環境情報普及に力を入れている。 例えば、有害物質不使用のための環境教育としては、以下のような取り組みが行われてきた。

項目 場所 参加状況 内容

テクノスクール初級

研修会

中国部材試験セ

ンター(アモイ) 2回

37社/92名 有害物質の法律規定、不使用化の手順、

分析・評価の方法、判定基準など

GP-Web47インストラク

ター研修会初級コース 華北・華東・華南

地区で計 3回実施47社/95名 化学物質の管理とシステムの説明

在中国各企業のインストラクター候補

1,700社 購入先に対する説明会 購入先への GP-Web 説明会

華北・華東・華南

地区で計 6回実施 約 2,000名 化学物質の管理とシステムの説明

さらに、2004年 2月、松下電器中国有限公司において、資材調達本部・生産革新本部・品質本部・環境本部などが参画する「中国モノづくり強化センター」が設置され、生産性向上、品質保

証体制の向上などと併せて、製品部材の調達から廃棄後のリサイクルにわたる環境対応プロセス

の管理が強化された。 このような実践的な活動強化、また、ウェブ、展示会、メディアなどを通じて、積極的な対外

環境情報発信を図ることにより、同社の中国国内における存在感は確固たるものとして根付いて

おり、例えば、2004年 5月から 10月にかけての同社の環境活動に関するメディア報道は 75件にも及んでいるという。 インドネシア~RoHS対応 インドネシアの現地法人 PT Panasonic Manufacturing Indonesia (PMI)においても、2004年 3月から、部品の X線分析装置による検査の実施をはじめ、検査データシートの作成、部品検査ガイドラインの制定、部材調達先に対する ISO14001 の要求及び社内監査にによって RoHS 対応を着実に進めてきている。この過程でもっとも力を入れてきたのは、新しいシステムの構築とともに、

現地法人及びサプライヤーへの説明であったという。

47 多数の部品に含まれている化学物質の含有という膨大な情報を一元管理するための製品化学物質管理システム。2004年より、日本の資材調達先約 5,000社に導入。現在、海外の資材調達先 6,000社への展開を進めている。

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シンガポール 松下グループでは、海外地域を四つ(欧州、アメリカ、中国、アジア・オセアニア)に分けて

いる。シンガポールにある Panasonic Asia Pacific Pte. Ltd.は、アジア・オセアニア地域の統括会社である。 松下グループの世界的な環境分野の行動計画として 2001年 10月に策定された「グリーンプラン 2010」にもとづいて、グリーン調達や化学物質対応がアジア・オセアニア地域でも進められている。松下グループ全体で定められているグリーン調達基準に照らし合わせ、地域のサプライヤ

ーのデータベースが構築され、日本本社の管轄下でモニタリンク、トラッキングを実施している。

また、アジア・オセアニア地域で生産されている製品のおよそ 60%が欧州と米国に輸出・販売されていることから、化学物質への対応は欠かせないものとなっている。

CSRに関する具体的な取り組みとしては、工場における安全・衛生問題が優先事項として挙げられている。将来的には、これまで品質、環境と進められてきた工場での取り組みに従業員の安

全・衛生を組み込みこんだ形での統合的な取り組みを展開し、それを本社がモニタリングするこ

とになるだろうが、現在のところは各国での個別対応に留まっている。 なお、このほかにも、同社の技術力を活かして、シンガポール国内における職業訓練、福祉活

動、鉛フリーはんだテクノスクールなどの数々の社会貢献を行うことにより、地域密着型の CSRに取り組んでいる。 【一口コメント】 確固とした CSR経営哲学のもとに、技術力を総動員して理念を追求している同社の取り組みの幅広さは圧倒的である。環境の分野では企業の牽引役を果たしている。 「例えばインドとオーストラリアでは貧困の度合いがまったく違うように、多様なアジア・パ

シフィックでは、CSRの取り組みも一様にはできない。地域統括会社としての悩みはそこにある。しかしながら、各国の事情が違ったとしても、企業としての CSRへの取り組み姿勢は変わらないものでなくてはならない」と今後のアジアの現場での取り組みを期待させるコメントが印象に残

った。 なお、サプライチェーン管理における社会配慮については、「全社的に社会環境項目を管理する

しくみは現段階では構築されておらず、次年度以降、取引基本契約書を児童労働、人権、労働安

全衛生面等への配慮を盛り込んだ内容に全面見直しを行い、再締結をしていく予定」とのことで

あった。これに先立ち、2003年、2004年には、資材調達本部長が世界各地のビジネスパートナーに対して、多様性を重視した人材活用、従業員への説明責任等の重要性について説明を行ってい

る。

(満田夏花/坂本有希)

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事例 2 リコーグループ:構成員の全員参加で CSR浸透を図る 1) 取り組み企業の概要

株式会社リコー 事業内容:事務機器の製造、販売 従業員数:73,000人(連結対象子会社含む) 創業年:1936年 本社:日本(東京都)

2) CSRの理念・戦略・概要 リコーグループは、その創業の精神である「三愛精神」を出発点として、2004年 1月、CSR憲章を制定した。同時に、リコーグループとその構成員一人ひとりが心がけるべき行動、あるいは

心構えを示した「リコーグループ行動規範」を策定した。日本語版の行動規範をもとに、各国語

版の行動規範を策定し、各地域・各国の事情に応じた展開を図っている。 同社は世界各地で事業展開するグループ各社を、日本極、米州極、欧州極、中国極、アジア太

平洋極(AP 極)の 5 極に分けているが、CSR 全般にわたる活動については、まずは日本極の対応から着手している。 CSR領域の中でも環境や顧客サービスについては、ISOなどの基準に基づいた経営システムとしてすでに国際的に確立しており、それに基づく活動が推進されている。社会貢献面については、

当該地域に応じて各社が個別に対応している。 3) 取り組みの背景 同社では、経営のあらゆる面に環境の視点を取り入れた「環境経営」を世界各国で推進してお

り、環境と経済の両立を実現している先進企業である。この企業姿勢を CSR にまで広げるべく、他社に先駆けて 2003年 1月に CSR室を設置した。CSRに関する活動は、環境経営と同様に従業員が一人一人それぞれの立場から考え参加するべきものと位置づけている。 4) 取り組みの内容 アジア地域におけるCSR推進 ・環境 AP極は 17ヶ国にある販売・サービス拠点(9社 16代理店)を含んでいる。環境対策については、AP極の域内における環境管理体制が確立しており、域内企業各社は環境整備推進と ISO14001認証取得・維持を行っている。主要な活動分野としては、①リサイクル、②省エネルギー・省資

源、③汚染予防、④環境社会貢献、⑤グリーンマーケティング――である。域内各社は 2002年からこれらの分野に関する自己評価を実施しており、改善・向上につなげている。 ・CSR 2005年 1月、AP極の各販売会社の社長、CSR担当者、人事担当者を対象とした CSR会議をマレーシアで初めて開催した。同極内では、行動規範の各国語版の策定は終了しており、これを小

冊子にして社員に普及啓発しているところである。法令遵守をはじめとして、すでにグループ全

体に浸透している TQM(全社的品質管理手法)システムにもとづく自己評価を実施するほか、CSR の重要な要素である「顧客の視点の重視」に基づく経営を意識的に展開しようとしている。今後は、各国で個別に行っている社会貢献の取り組みについて方向付けの統一を行う一方、単に

本社から画一的な方針を押し付けるのではなく、各国の自発性を尊重していきたいと考えている。

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労務管理では、香港の販売会社で従業員にとって働きやすい環境づくりや研修制度の充実など

を進めた結果、離職率が低くなり、従業員の満足度も上がったというグッドプラクティスを有し

ている。 2004 年 12 月に中国の生産拠点である深圳(しんせん)の工場にフランスの顧客企業から労働の倫理分野での国際的な規格である SA8000 に基づく監査の要求があった。監査の要請があった深圳工場の監査結果は特に問題はなくほぼ満足のいく結果であった。 リコーグループでは中国極での CSR 展開の起点となる中国語版の行動規範策定を予定しているが、このように本社ではなく、現地工場への査察を経験したことで、CSRのグローバル展開の必要性をリコー自身が強く感じる良い機会となったという。 CSRの監査体制についても、日本国内だけでなく、海外拠点、さらには関係するサプライヤーをも対象として展開する必要があると考えている、とのことであった。 【一口コメント】 顧客からの CSR 監査が日本ではなく中国の生産拠点に入ったことが、CSR において取り扱われる諸問題が、経営の重要課題であり、リスクでもあることの認識のきっかけになったことが伺

えた。CSRを単に一過性の現象として終わらせるのではなく、グローバル経済の枠組みの中での自社の責任として認識し、今後さらに取り組みを本格化させるという担当者の意気込みが伝わっ

てきた。今後は日本的経営の中にグローバルな CSRの要求基準を取り込み、真に世界から信頼される企業活動がさらに展開されるものと考えられる。CSRの先進企業として他の日本企業への波及効果も大きいことから、今後の展開に期待したい。

(海野みづえ)

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事例 3 ソニー:サプライチェーン管理で、製品に含まれる化学物質を徹底的に管理 1)取り組み企業の概要

ソニー株式会社 業種・事業内容:エレクトロニクス製品の製造、販売等 従業員数:162,000人(2003年度末) 創業年:1946年 本社:日本(東京都)

2)CSRの理念、戦略、概要 ソニーグループは、2003年 5月、グループのすべての取締役、役員、従業員が守らなければならない基本的な事項をまとめ、「ソニーグループ行動規範」として制定した。これは、経済協力開

発機構(OECD)多国籍企業ガイドライン、国連グローバル・コンパクト、国際労働機関(ILO)の「基本的人権規約」など、主要な国際基準やガイドラインを参考にして作られており、法令遵

守に加え、人権尊重、製品・サービスの安全、環境保全、情報開示など、企業倫理や事業活動に

かかわる基本方針を定めたものである。 CSR の基本的な考え方としては、「事業活動が、直接、間接を問わず、さまざまな形で社会に影響を与えており、そのため健全な事業活動を営むためには、株主、顧客、社員、調達先(サプ

ライヤー)、ビジネスパートナー、地域社会、その他の機関を含むソニーグループのステークホル

ダーの関心に配慮して経営上の意思決定を行う必要があると認識し」、「このことを踏まえて、事

業を遂行するよう努力」するとしている。 これとは別に、特に環境についての方針としては、「理念」「コミットメント」「原動力」から成

る「ソニー環境ビジョン」を 2000 年に制定している(2003 年にソニーグループ環境ビジョンとして改訂)。 3)取り組みの背景 現在サプライチェーンの中でもっとも危急の課題であり、ソニーが力を入れているのが化学物

質の管理である。これは、製品に有害な化学物質が含まれると環境を汚染する可能性があるため

であるが、同社には一つの苦い経験があったことも大きい。 ソニーは、2001 年にゲーム機 PS one の周辺機器に規制値を超えるカドミウムが含まれていることをオランダ当局より指摘され、このため、全在庫を回収、当該部品を交換しなければならな

い事態となった。これを契機に、同様な問題の再発防止と今後の規制強化に備えて、それまでの

サプライチェーンと社内の管理体制を根本的に見直し、包括的な管理の仕組みを導入し、実施し

ている。 さらに、欧州では、2006年 7月に、RoHS指令(p.11参照)が施行される。これにソニーとして対応するためには、全製品に含まれる RoHS指令対象物質を管理しなければならず、グループ内の活動だけではなく、部品、材料を製造するサプライチェーンを適切に管理することが必要に

なる。製品のサプライチェーンは、材料メーカーから部品メーカーまで数段階にわたり構成され

ており、そのどの段階で対象物質が混入しても、結果的に最終製品にその物質が含有されること

になる。ソニーが製品生産で使用する部品や材料は数十万点にもおよび、そこに含まれる化学物

質の組成は、サプライチェーンの状況により変化する可能性があり、すべての部品、材料に含有

される化学物質を管理するのは容易ではない。

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4)取り組みの内容 徹底した化学物質管理 製品に含まれる化学物質を管理する

ために、『①源流管理、②品質管理への

組み込み、③測点原則の適用』(右図)

の基本 3原則を実施している。源流管理のためには 2003年 4月に「グリーンパートナー環境品質認定制度」の運用

を開始した。同制度の中で明確な化学

物質管理基準(グリーンパートナー基

準)を設けており、同社は、この基準

に基づいてサプライヤーの監査を実施

し、合格したサプライヤーからだけ調

達を行っている。また製造を委託して

いる OEM(ソニーの商標をつけた製品の生産者)にも同様の仕組みを導入している。 ソニーでは2003年度末までに全世界のほぼすべてのサプライヤー約4,000社と、OEMの約2,000社の監査を実施している。また、化学物質の管理を品質管理の仕組みに組み込むために、新規の

部品、材料を使用する際には、通常の品質基準に加え、「部品・材料における環境管理物質管理規

定(SS-00259)」に準拠していることを確認し、これに合格して始めてその部品、材料を利用することが可能になる。そして書類上の管理だけでは禁止物質が混入する可能性が生ずることを防ぐ

ことが難しいために、サプライヤーに対しては規定した禁止物質が含まれていないことを証明す

る不使用証明書と測定データの提出を義務づけている。さらに内部管理として、全世界の事業所

で実際に調達した部品や材料の測定を行っている。これが「測定原則の適用」である。 化学物質管理基準 ソニーでは前述のように、部品及び材料に含有される化学物質の管理を徹底する目的で、全世

界共通の管理基準を導入している。その管理基準を定めた「部品・材料における環境管理物質管

理規定(SS-00259)」では、まず全世界共通の基準として禁止する物質・用途を明確化し、次に許容濃度と測定基準についても明確化している。さらに物質と用途について時間軸で区分けし、禁

止または削減目標を明確化している。具体的には、対象とする化学物質とその用途を、即時使用

禁止(レベル 1)、ある期日をもって使用禁止(レベル 2)、削減対象(レベル 3)に分類している。 サプライヤー選定の基本方針 サプライヤー選定における基本条件としては「安定した経営基盤」「法令や社会規範を遵守した

経営」「地球環境保全に向けた環境マネジメント」「ソニー製品作りに貢献できる高い技術力」を

有していることとなっているが、さらにグリーンパートナー基準があることが注目される。これ

は 2001年に ISO14001に準拠して作られたものであり、環境管理システム・業務管理・工程管理の 3側面から約 60項目についての環境品質監査により確認するというものである。これと環境管理物質管理規定(SS-00259)の遵守を求めることにより、環境管理と化学物質管理が確実に行えるサプライヤーのみが選択される仕組みとなっている。

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ソニーグループにおける化学物質管理の仕組み

サプライヤーへの情報提供 サプライヤーが化学物質の管理を確実に、効率的に行えるように、ソニーでは 2003年秋から同社の直接取引先である一次サプライヤーに対して、原材料データベース「グリーンブック」を電

子調達システム上で公開している。この「グリーンブック」には複数の一次サプライヤーで共通

して用いられることの多い基本的な材料を対象として、ソニーが測定を実施し、SS-00259基準への適合が確認されたもののみが登録されている。サプライヤーは、「グリーンブック」上の材料を

用いる場合は、測定データの提出が不要となる。「グリーンブック」には、2003年度末時点で 9,000点を上回る原材料が登録されている。 【一口コメント】 化学物質は直接目に見えず、また複雑な製造過程のどこで混入するかもわからず、管理するの

が非常に困難であることは容易に想像できる。これを全世界で徹底的に管理する取り組みは、法

律対応とはいえ、高く評価すべきであろう。一方、社会面におけるサプライチェーン管理はまだ

本格的に始動しているわけではないようだ。例えば、サプライヤーにおける児童労働については

現地の法令遵守ということで担保しているが、今後は化学物質の場合と同様、世界同一の基準の

もと、監査も含めた体制の構築が必要になってくるのではないだろうか。現在、BSR(Business for Social Responsibility)48のエレクトロニクスのワーキング・グループに参加しており、サプライヤー

向けの行動基準を作っているということであるが、これがどのような形にまとまるのか注目した

い。 (足立直樹)

48 BSRは、会員企業に対して、情報やトレーニング、アドバイザリー・サービスを提供することにより、企業の社会的責任を促進することを目的として 1992年設立された非営利国際組織。

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事例 4 サラヤ:持続可能なパーム・プロジェクトを開始 1)取り組み企業の概要

サラヤ株式会社 事業内容:トイレタリー、感染予防関連商品、健康補助製品等の製造、販売 従業員数:1,075 人(連結:2003年 10月現在) 創業年:1952年 本社:日本(大阪府)

2)CSRの理念、戦略、概要 事業の柱は創業以来、衛生、環境、健康の三本柱。現社長の更家悠介氏は、20世紀には図1のように衛生、環境、健康を等しく位置づけて事業展開してきたが、21世紀は図2のように健康を核として位置づけていくと述べている。 図1 図2 そして、環境、衛生、健康それぞれの分野における考え方を以下のようにまとめている49。

①環境について 第一に企業活動によって生じる環境負荷を減らす。そのために、ゼロエミッションをめざ

し、天然素材の活用、リユース・リサイクルの推進、エコデザインを導入する50。 また、企業活動の一環として世界の恵まれない子どもたちに対して、セーブ・ザ・チルド

レンなどの NGOと協力して、生活改善に協力する。 ②衛生について 食品衛生と感染予防の2つで開発を行う。食の生産から流通、消費にわたる総合的なプロ

セスで安全・安心確保の支援事業を行う。感染予防については米国疾病予防センター(CDC)などの多種多様なガイドラインに沿って手洗い・洗浄・消毒・滅菌のプロセスを明確にし、

49 更家章太『開発一筋』サラヤ株式会社、2004年、pp.88-93。 50 サラヤでは「地球市民の立場に立って、設計、生産、流通、消費、廃棄、リサイクルなどすべての社会・経済活動を地球環境負荷低減の視点で見直し、循環・環境共生型社会を実現し、合わせて生活の質の向上

をはかるべく新たな価値観を創り出すこと。」としている

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必要なソフト、用具・薬剤を開発し販売する。特に手洗いについてサラヤ商品を世界標準と

して提唱し、普及を図り、「世界の手洗い企業ナンバーワン」をめざす。機器や器具の滅菌の

最適方法も開発・販売するほか、ニーズに応じた応用開発・商品改善も行う。 ③健康について 21世紀は健康の領域を、環境・衛生の中核に位置づける。生活の質を向上させるサプリメント、健康情報、サービスなどの開発を行う。糖尿病などの生活習慣の予防と改善の商品を

つくる。健康チェック・改善のための機器の開発を進める。 3)取り組みの背景 代表取締役会長の更家章太氏は、「私は、三重県熊野の山奥で代々林業を営む家に生まれ、清流

で鮎や鰻、川海老を捕り、豊かな自然の恵みに育まれて成長しました。林業を営む父母の山に対

する深い愛着やこの少年時代を過ごした熊野の川や山での思い出が、今も心に深く残っています。

この頃の自然観、生活感を忘れることなく、商品開発に取り組んでいます」と、ホームページに

記している。このことが同社の、地球環境負荷低減の観点からの企業活動につながっていると考

えられる。 加えて、独創性を重視し、他社が手がけないことを事業化し、大手と伍すことをモットーとし

て事業活動を展開してきた。この創業の精神や社風を事業活動、社員教育等によって伝えている。 4)取り組みの内容 創業以来からの取り組み 上記の3つの領域のうち、創業以来、衛生の分野に注力して事業化に取り組んできている。習

慣にしやすい「手洗い」「うがい」、病気の予防につなげるせっけん液の開発、販売を行ってきた。

トイレ等で緑のせっけん液が蛇口の横についていることを見かけるが、これはサラヤの代表的な

商品のひとつである。 また、せっけん液を入れる器を開発するなど、一般消費者等の衛生に資する行動の習慣づけの

ために商品の使い方の工夫の提案なども行っている。そのほか栄養士、医師などの協力も得て、

栄養関連の講座等も開催している。 環境関連の取り組みは、①環境負荷の削減、②環境対応型商品、③環境改善のためのネットワ

ークの創設の3点を推進している。2001年に ISO14001 認証を全社で取得し、全社一体となって継続的に改善を進めており、環境報告書も毎年発行している。 環境対応商品については、パーム油以外の天然界面活性剤の安定的大量生産の方法の開発、及

び洗剤への応用や柑橘類の皮の廃棄物を再利用した洗剤開発など、強い洗浄力と少ない環境負荷

を両立する製品開発に努めている。 現社長は大学時代に、微生物による排水処理を研究するなど、環境に特に関心が高く、1975年に日本青年会議所に入所以来、率先して「地球人」(市民、企業人、国民という立場を超えた人間)

の実践を広めている。また、生ゴミのリサイクル ネットワーク「株式会社関西再資源ネットワーク」を創設もした。その他、NPO法人ゼリ・ジャパン、NPO法人エコデザインネットワーク、セーブ・ザ・チルドレンを支援するなど、社外組織のネットワークへの参加も熱心である。 持続可能なパーム油の使用 創業以来生産・販売しているせっけん液は、量的にも化学的にも安定しており取り扱いやすい

パーム油を原料として生産を行っている。 近年、マレーシアやインドネシアで大規模なアブラヤシのプランテーション開発が進み、熱帯

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雨林の破壊、野生動植物の生息への多大な影響が懸念されている。またプランテーションの労働

者の労働環境も社会問題化している。 2004年夏のテレビ放送で、マレーシアのアブラヤシの大規模プランテーション開発のため、ボルネオゾウの生息地がなくなってしまっているという問題が取り上げられた時、サラヤは日本企

業として唯一取材を受けた。これをきっかけにサラヤは、この問題に対して企業としてどう取り

組むのか検討を開始した。そして、「21 世紀のビジネスモデルとして先進国と開発途上国がお互いの立場をよく理解し、持続的発展を維持しながらビジネスを展開して行くことが大切」という

認識にたち、「サステイナブルパーム」プロジェクトを立ち上げた。同プロジェクトは発足したば

かりであり、現在、今後の行動のための情報を収集中であるが、2004年度においては以下のような行動を行った。 ① 持続可能なパームオイルのための円卓会議(RSPO:Roundtable on Sustainable Palm Oil)51へ

の参加。 ② 象の救出支援・確認52

【一口コメント】 創業者の心に熊野の森の生態系があり、それが事業活動に根付き、いま、アジアのプランテー

ションの生態系保全、社会問題への取り組みにつながっている。経営者の「心の地図」にこのよ

うな風景が描けなければ、いくら体制等システムを導入しても、CSRは表層的な取り組みになるのではないだろうか。テレビ取材は本来であれば、パーム油を大量に輸入しているような商社、

原料として利用している大手メーカーが受けるべきだろうが、サラヤしか対応しなかったのは何

が原因なのだろうか。 いずれにせよ、パーム油のような原材料調達の持続可能性に取り組むのは、企業にとって困難

ではあるが重要な課題である。サラヤの今後の取り組みに期待するとともに、サラヤの取り組み

が他のメーカー、商社にも波及することを大いに期待したい。 (角田季美枝)

51 RSPOはパーム油の生産国もしくは輸入国の様々なステークホルダー、プランテーション企業、パーム油製造者、小売業者、環境NGO、社会活動NGOによって構成され、持続可能なパーム油のための取り組みを行っている。2004年 8月に設立。詳細は、(財)地球・人間環境フォーラム「環境政策提言「開発途上地域における原材料調達のグリーン化支援事業」事前調査報告書」(2005年 3月)参照。

52 プランテーション開発による森林減少で本来の生息域がなくなり、ゾウは人里近くに出没するようになった。「素敵な宇宙船地球号」では、2004年 8月、一匹の傷ついた子ゾウの映像を流した。このゾウは、人間が鹿などを捕るために仕掛けた罠に掛かり、鼻にヒモが食い込んで今にもちぎれそうになっていたもの

である。他に罠が足や鼻に絡まってしまった象は、ボルネオのキナバタンガン流域で6頭確認されている。

マレーシア政府機関のサバ州野生生物局(SWD:Sabah Wildlife Department)などが捜索し、2005年 1月 30日1頭の小象を捕らえ、足に絡まっていた縄などを取り除いた。サラヤはこの活動に自動車を提供し、ス

タッフを送り込み、探索から捕獲、治療までを確認したという。

45

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事例 5 坂口電熱:技術力で CSRに対応 1) 取り組み企業の概要

坂口電熱株式会社 事業内容:電熱機器製造販売、研究開発 従業員数:150名 創業年:1923年 本社:日本(東京都)

2) CSRの理念、戦略、概要 坂口電熱は、「聖賢の教学にのっとり、社業を通して国家社会の進化発展と人類の安心平和幸福

の実現に貢献せん事を念願とする」を CSRの理念としている。この理念に基づき、2003年 12月には、日本企業としてはいち早く、グローバル・コンパクトに署名した。 署名後の変化は、大いに社員の士気が上がった点。国連という世界規模の取り組みに同社が参

加し、社員一人一人がグローバル・コンパクトを実践しているとの自覚と自信がついたことであ

るという。 また、製造関連会社のアルファ・イーコーも ISO14001、ISO9001の認証を取得し、グローバル・コンパクトに署名するなど、グループとしての CSR推進を図っている。 3) 取り組みの背景 現在、企業はサプライチェーン管理をも射程に入れた CSR推進が求められてきており、最終製品メーカーも部品、設備など取引先の環境面、社会面等の取り組みに配慮する必要が高まってき

た。例えば、EU の RoHS 指令等の規制を満たさない場合、ヨーロッパ市場で事業展開できなくなるため、取引先に対し基準を設けてその達成を求め、それを満たさない場合は取引を継続しな

い大手企業も増えている。 4) 取り組みの内容 ①取引先の取り組み確認 坂口電熱の輸入取引先は韓国に 4社、台湾に 2社、代理店が韓国、台湾各 1社である。 新規取引先の場合、取引を始める前にトップ自ら現地に赴き、環境への取り組み、人権への配

慮状況を調査する。配慮していないところとは取引をしないという方針である。 ②環境管理体制の推進 環境への取り組みとしては、坂口グループで ISO14001 を一括認証取得済みである。特に現在は、EU の RoHS 指令への対応に注力している。同グループが掲げる環境関連の目的は、①環境に配慮した設計(技術開発)、②環境配慮型製品購入・提案(毎月 1件以上)、③環境に関連した販売の提案(各営業部、毎月 3件)、④廃棄物の適正処理(廃棄物発生量毎年5%削減)、⑤紙の使用削減(毎年3%削減)――と数値目標を設定して達成をめざしている。

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

③女性従業員の働きやすさ促進 環境以外の取り組みでは、労働環境の整備53や労働者の自己啓発の促進に取り組んでいる。特

に女性の労働条件の公平性(チャンスや業務内容の公平等)を追求している(女性従業員数は正

社員 5名、契約社員 34名)。産休制度は努力規定といわれていた頃、すでに社内規定に入れていた。出産後の女性の再就職など、女性のライフプランを考慮した女性の労働条件を整備している。

再就職した女性のうち 3名は、管理職である(管理職総数は 25名)。また、現場に管理職を必要としないシステムは、女性のQCサークル活動の成果であり、女性も積極的に労働条件改善に参加している(安全パトロールへの積極的な参加、QC委員会を設け、原則として毎日昼休み 10 分を改善のための懇談にあてている)。また現在、女性中心のグループ「ニューモラル」で輪読会など行

い、職場や生活の改善を行っている。このような積極的な取り組みは、現社長の坂口美代子氏が

創業者の娘であるということも大きいようだ。 ④社会貢献活動 同社は社会貢献活動にも熱心であり、財団法人、NPO法人を設立して活動を展開している。具体的には、(財)坂口国際育英奨学財団(1988 年設立)で外国人私費留学生の援助を行い、NPO法人さくら会(1986 年活動開始。NPO 法人格取得は 2000 年)を「心の生涯学習」を掲げる(財)モラロジー研究所の地方機関として設立、生涯学習の振興、地域間・世代間の相互交流、外国人

留学生支援などの事業を行っている。 【一口コメント】 坂口電熱の名前や活動をおそらく一般消費者はほとんど知らないだろうが、ヒーターのメーカ

ーとしては国際的にも名をはせている企業だ。一口にヒーターといっても宇宙開発に使うものか

ら、家庭の電気ストーブまで多種多様にある。多様な分野のメーカーの細かな注文にも「ノーは

いわない」という技術力を誇っている。そもそも大正時代、洋服の仕立屋で炭火アイロンを使い、

その火起こしのため丁稚奉公の作業軽減、勉強時間創出のために、電気ヒーターを使った職業用

アイロンを開発したというのが創業の端緒だったというから、ニーズへの対応の徹底が社員一人

ひとりにしみこんでいるようだ。 特に CSRの名を冠した体制、システムを導入しているわけではないが、それを導入しなくてもすでに実質的に CSR が組み込まれているという印象をもった。1990 年代半ばに、ある大手光学機器メーカーの環境配慮の取り組みを取材した時に、環境担当取締役が「環境が企業のあらゆる

場面に根づいたら、環境担当部署は不要。それが本物の環境配慮企業。早くそうなりたい」と語

っていたことを思い出した。 ただ、ホームページにも CSRに関する情報発信はほとんどなされていないし、環境報告書なども発行していない。今後は CSR的な文脈の情報発信が課題ではないかと感じた。

(角田季美枝)

53 平成 4年には年間休日 124日、完全週休2日制をとり、労働時間も年間 1868時間の実績で佐倉事業所が「ゆとり創造賞(千葉県労働基準局)」を受賞した(坂口電熱「会社案内(H6年版)」)。

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事例 6 イオン:取引行動規範に基づき、サプライヤーに環境・社会配慮を促す 1)取り組み企業の概要

イオン株式会社 事業内容: 総合小売業 従業員数:65,000人 店舗数:364店舗(2004年 2月現在) 創業年:1926年 本社:日本(千葉県)

2)CSRの理念、戦略、概要 イオンは「平和」「人間」「地域」を軸とした基本理

念を打ち出しており、これに基づき顧客、地域社会、

取引先、株主、雇用者に対する考え方と具体的な行動

基準を「イオン行動規範」としてまとめている(2003年 4月)。例えば地域との関係では、地域社会に密着した経営、地域社会の要望の実現、取引先との関係では、

取引内容・条件の文書化、国際基準の遵守・実践、金

品の贈与・もてなしの禁止など、雇用者に対しては、

機会の均等な提供、差別の撤廃などを定めている。 さらに、サプライヤーと共同で、製品の製造過程に

関する説明責任を向上させることを狙い、2003年 5月、「イオンサプライヤーCoC54(取引行動規範)」を策定

している。 近年では、国産牛肉、青果物などの生産地・生産履歴表示、環境にこだわった独自農産物「グ

リーンアイ」の販売、コーヒー、T シャツなどのフェアトレード商品の積極的な販売など、原産地に遡った環境社会配慮の取り組み、トレーサビリティなど透明性維持のための取り組みが注目

を集めている。 3)取り組みの背景 製品の製造過程においての、環境、安全、労働、人権といった面での説明責任を向上させてい

く必要性が国際的に高まってきている。例えば、欧米のアパレル、小売業界などにおいて、製造

過程における環境・社会問題の取り組みが進展してきている。日本においては、BSE(牛海綿状脳症)、アレルギー問題など食品がらみの事件をきっかけとして、主として食の安全性確保のため

の議論が進展している。 4)取り組みの内容 イオンサプライヤーCoC(取引行動規範) イオンサプライヤーCoCは、2003年 5月に制定された。商品が安くて品質が良いというだけでなく、その工場が労働者の人権、労働条件や環境などにおいて、当該国・地域の法令を遵守して

54 Code of Conductの略。

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

いること、すなわち製品の製造過程の説明責任を果たそうという目的であった。 CoCの内容は、児童労働、強制労働、差別、懲罰の禁止、賃金及び福利厚生、経営責任、環境など 13項目からなる(次頁囲み参照)。 これまで、イオンの独自ブランド「トップバリュ」の製造委託先など約 400社に対して CoCに関する説明会を実施(国内、中国、タイなど)、さらにイオンサプライヤーCoC の遵守の宣言書を得ている。

2003年秋に、約 236項目にも及ぶ事前質問状をサプライヤーに送り回答してもらっている。これに基づき、すでに、中国・タイ・マレーシアなどでイオンの委託を受けた第三者機関又はイオ

ンによる監査を実施し、製造委託工場の改善要請を実施している。反応は、「若干の戸惑いもあっ

たが、すでに ISO14001 を取得している企業、欧米と取引を行っている企業はスムーズに理解してくれた。改善提案に関して感謝してくれる取引先も多かった」とのことである。 現在、CoCに基づいて認証されたサプライヤーは 27社にのぼる(2005年 3月 20日現在)。

<囲み>イオンサプライヤーCoC(取引行動規範)要求内容 製造・調達を行う国において法的に定められている社会的責任標準に適合すること 法令遵守:その国の法律・規制に適合する 1. 児童労働 違法な児童労働は許されない 2. 強制労働 強制・囚人・拘束労働は許されない 3. 安全衛生および健康 安全で健康な職場を提供すること 4. 結社の自由および団体交渉の権利

従業員の権利を尊重すること

5. 差別 生まれた背景・信条で差別してはならない 6. 懲罰 従業員に過酷な懲罰を課してはならない 7. 労働時間 労働時間に関する法令を遵守 8. 賃金および福利厚生 賃金および福利厚生に関する法令の遵守 9. 経営責任 イオンサプライヤーCoCの遵守宣言をすること10. 環境 環境汚染・破壊防止に取り組むこと 11. 商取引 地域の商取引に関する法令を遵守すること 12. 認証・監査・監視(モニタリング)

イオンサプライヤーCoC の認証・監査・監視を受けること

13. 贈答禁止 イオンとサプライヤーの贈答禁止 フェアトレード55

イオンは 2003年 9月からフェアトレード・コーヒー、2004年 7月からフェアトレードTシャツを販売している。フェアトレードをはじめたきっかけは、「イオン 21 キャンペーン56」に寄せら

れた「イオンの店頭をより多くの人がフェアトレードを通じて国際協力に気軽に参加できる場に

したら」という顧客からの声であった。支援の仕組みや現地調査などを行った結果、㈱ユニカフ

ェ等との協力により、インドネシア産の 2種類のコーヒーを店頭に並べた。

55 フェアトレードとは、途上国の人々が生産したものを、公正な条件の商取引で輸入・販売することにより、生産者経済的自立を促進するという活動。消費者が購買行動という形で参加できる身近な国際

協力の形態であるとも言える。 56 顧客と従業員から店舗、サービス、商品などに関するアイディアを募るキャンペーン。

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さらに、フェアトレードカンパニー社(p.51)とオーガニックコットン製の T シャツを共同開発し、エコロジーショップ「セルフサービス」などで販売を開始した。 同社としては、フェアトレード商品を積極的に扱うことにより、小規模農家・生産者に配慮す

る取り組みの一歩とすると同時に、店舗を通じて、何気なく買い物をした顧客が、「フェアトレー

ド」というものを知るきっかけにもしたいとしている。 【一口コメント】 全国的に食の産地偽装事件や違法農薬の使用発覚事件などが相次いだこともあり、現在、消費

者の「食の安全」に向ける目は非常に厳しいものがある。一方で、生産現場における農薬の不適

切な使用は、農薬を散布する農民やその家族、さらには地域住民の健康被害にもつながることが

あるが、こういった生産現場の環境社会配慮については、日本国内では世論が盛り上がるという

ところにまでは至っていないのが現状である。イオンなどの先進企業の取り組みが、消費者の意

識を喚起し、環境教育、消費者教育の役割を果たしていることが注目される。 (満田夏花)

50

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

事例 7 フェアトレードカンパニー:CSRのビジネスモデルを実践する 1)取り組み企業の概要

フェアトレードカンパニー株式会社 事業内容: フェアトレード製品の輸入・販売 従業員数:34名(2004年 12月現在) 創業年:1995年 本社:日本(東京都)

2)CSRの理念、戦略、概要 フェアトレードカンパニーの広報・人事ディレクター、胤森(たねもり)なお子氏は、「フェア

トレードは CSRの実践。当社は CSRのビジネス実践モデルのひとつ」と胸をはる。 途上国の貧困解消運動として始まったフェアトレードは、途上国の中でも特に立場の弱い農村

部の女性、小規模農家、都市スラム住民などの自立を目指し、現地の NGO や協同組合などからの輸入を通じて、日本に製品だけではなく現地の情報も伝えている。 フェアトレードカンパニーは、創業者サフィア・ミニー氏が設立した NGO グローバル・ヴィレッジの事業部門として発足した。当初はミニー氏がつながりのあるイギリスのフェアトレード

団体から仕入れた製品を販売していたが、次第に輸入取引先を開拓。2004年現在、アジア、アフリカ、南米の 20か国、70団体の生産者パートナーから衣料品、アクセサリー、食料品、紙製品・雑貨などを輸入し、日本全国約 500軒の小売店に販売している。 同社は、国際フェアトレード連盟(IFAT)が定める「フェアトレード基準」(p.53)を遵守している団体と認証され、関係しているステークホルダーに活動を評価してもらう「ソーシャル・レ

ビュー」を 2年に 1回実施し、報告書を発行している。ソーシャル・レビュー報告の内容は、ステークホルダーによる同社の事業に対するアンケート調査結果およびその自己分析が中心である。

なお、日本で IFATに加盟しているのは、同社を含めて3社だけである。 同社が事業を展開するにあたり、特に留意しているのは「組織としていかにプロフェッショナ

ルになるか」という点である。フェアトレードで扱う製品の魅力を品質、デザインなど含めて向

上させている。たとえば、スタッフの中には、衣料品のデザイナーが2名、雑貨のデザイナーが

2名おり、カタログのグラフィックデザインはプロに発注、モデルも半数がプロである。「どうい

うものがいま市場で受けているか」というリサーチは、「フェアトレードであるなしにかかわらず

必須」という。 また、生産者を日本に招待し、日本市場で何が売れているか、日本人がどのような暮らしをし

ているか、道行く人がどのようなファッションをしているのかを見聞してもらっている。途上国

のパートナーに技術力があっても、日本で求められる品質の水準を知ってもらわなければ、それ

に合う製品づくりは難しいからだ。 現地確認に行くときも常にその点を丁寧に何度も説明して理解してもらい、お互いに品質向上

の解決策を探っている。日本市場の品質要求に応えられるようになると、生産者の誇りにもつな

がる。 フェアトレード製品を販売する場合、ターゲットは「ふつうの人」。フェアトレードについて知

らずに店にふらりと入ってきたお客様に、フェアトレードについて情報提供する方法や接客技術

の向上も不可欠としている。

51

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3) 取り組みの背景 CSRでは、製品のライフサイクル全般にわたる社会的配慮、環境配慮が求められているが、特に途上国の労働者の人権、生態系保全について、クリスチャン・エイドなど欧米の NGO がいくつもの活動を展開している。ナイキのスポーツシューズがベトナム等の強制児童労働で生産され

ていたことに対するキャンペーンや、サッカーのワールドカップで使用するサッカーボールの製

造過程における労働環境改善に関するキャンペーンは、国際社会ではよく知られている。 その一方、公正な労働条件で生産された製品の輸入・販売も取り組まれている。欧米ではフェ

アトレードは 1940年代後半から始まっているが、日本でも 1980年代後半以降、フィリピンのバナナ農家の生活環境やエビ養殖による環境破壊を改善するために、フェアトレードで生産された

バナナ、エビを輸入する動きが生協等を中心に取り組まれている。最近では、大手流通各社でフ

ェアトレード製品を扱う動きも出始めた(イオンの事例:p.49を参照)。 4)取り組みの内容 フェアトレードで扱われる製品の品質向上については先述したので、ここではフェアトレード

で扱われる製品の「フェアに生産されている」ことの保証にどのように取り組んでいるのかを紹

介しよう。 同社では製品に対する信頼性の担保について、製品カテゴリの特性により多様な方法で行って

いる。 手作業が主の衣料品や手工芸品については、農村などの生産者グループを同社や現地のパート

ナー団体のスタッフが定期的に訪れ、生産者の労働状況を確認している。工場生産されている製

品は少ないが、カットソーの生地などは機械生産しているため、その工場の労働条件については

パートナーの生産管理のマネージャーが立ち会って確認し、フェアトレードの基準を満たさない

状況である場合、できるだけ改善するように要求している。 また、衣料品、手工芸品など原料から加工までの工程が多く複雑な場合、すべての段階で第三

者認証をすることは膨大なコストもかかり、「途上国の貧困解消、人々の自立」という本来の目的

がかなえられなくなりかねない。たとえば、手織りの職人のグループでは材料の原綿を市場から

調達しているが、その原綿の生産工程までは確認できない。しかし、そこを完璧に追求すると、

製品の生産自体ができなくなり、労働の場もなくなりかねない。そのため、同社が最優先で確認

しているのは製品の加工過程である。 一方、フェアトレードカンパニーに対する信頼性を確保するために、フェアトレードカンパニ

ーの常連の顧客でもあるグローバル・ヴィレッジの会員約 1,200 人に対して、年次報告書、ソーシャル・レビューなどさまざまな媒体で情報開示をしている。一般消費者に対しては、商品カタ

ログやホームページ、店頭でのPOP57、接客時のコミュニケーションなどで製品の生産者や背景情

報を伝えている。 【一口コメント】 大手流通等でフェアトレード製品が入手できるようになることは一見、消費者にとって入手経

路の多様性の確保につながり良いことのように思われる。しかし、もともと営利を追求し大量安

定供給をめざす企業と、途上国の貧困問題解消をめざす市民企業では、フェアトレードの位置づ

けや扱いも異なる。胤森氏は「小規模の手作り生産が基本のフェアトレードでは、大手が求める

納期などの条件を満たすことは簡単でない。安定した継続的な発注や長い生産期間などを受け入

57 Point-of-Purchase(店頭で直接商品を宣伝するツール)

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

れてくれるのでない限り、大量の取引は逆に大きなリスクとなる。大手から引き合いが来るのは

うれしいが、フェアトレードのほうに条件を合わせてほしい」と語る。同感である。

とはいえ、一般消費者には製品の値段がどのようにつけられているのかという情報はほとんど

伝わっていない。フェアトレード製品に接することは、製品の値段のからくり、製品の生産の背

景事情を学び、「私も購買によって世界につながっている」と気づく機会なのだ。その意味で大手

流通がフェアトレード製品を扱う意義は大きい。

また、魅力のある製品づくりは「フェアトレード以前の話」とのコメントに、非常に共感した。

それはビジネスなら当然のスタンスであるし、途上国の生産者の自信のベースになる。

行政への要望として、「フェアトレードは、環境保護や途上国の自立支援を目的としているが、

商行為のため行政のサポート対象になっていないようだ」と指摘した上で、「フェアトレードでは

インフラの整っていない地域で製品の品質を向上させたり、生産者の技術向上のために交通の便

が悪い農村にスタッフが出張するなど、ビジネス・コストが高くなる。そういったコストをまか

なうための助成制度があるとよい」とのことであった。

(角田季美枝)

国際フェアウッド連盟(IFAT)が定めるフェアトレード基準 1.生産者に仕事の機会を提供する

貿易によって貧困を減らすことを目指し、経済的に立場の弱い生産者が収入を得て自立できるよ

う支援します。

2.事業の透明性を保つ

生産者、消費者などすべての関係者に対して公正に接し、必要な情報を提供します。

3.生産者の資質の向上を目指す

生産者が技術を向上させ商品を流通させられるよう支援します。また、そのために継続的なパー

トナーシップを築きます。

4.フェアトレードを推進する

フェアトレードの目標と活動について広報や啓発を行ないます。また、消費者に対して商品の生

産の背景について情報を提供します。

5.生産者に公正な対価を支払う

生産者に対し、生産者自身が望ましいと考える水準の生活を保てるだけの公正な対価を支払いま

す。また、必要な場合は代金を前払いして生産者を支援します。

6.性別に関わりなく平等な機会を提供する

女性にも男性にも平等な賃金を支払い、技術向上やリーダーシップ訓練の機会を提供します。ま

た、その土地の文化や伝統を尊重し、宗教や階層、年齢などによる差別をなくすよう努力します。

7.安全で健康的な労働条件を守る

生産者が安全で健康的な環境で働くことができるよう、生産地の法律や ILO(世界労働機関)で

定められた条件を守ります。

8.子どもの権利を守る

子どもが生産に参加することがある場合、それが子どもの健全な成長や安全、教育を妨げないよ

うに生産者と話し合います。また、国連の「子どもの権利条約」および、現地の法律や社会的慣

習を尊重します。

9.環境に配慮する

入手可能である限り、持続可能な生産が確保された資源を原材料に用います。生産工程では環境

にやさしい適正技術を使い、包装や輸送にも環境負荷の低い素材や手段を用います。

(出典)http://www.peopletree.co.jp/pages/ifat_02.html

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事例 8 ミズノ:サプライチェーンの社会面からの配慮を進める 1)取り組み企業の概要

ミズノ株式会社 事業内容: スポーツ用品の製造・販売、スポーツ施設関連事業、その他の事業 従業員数:1,975人 店舗数:364店舗(2004年 2月現在) 創業年:1906年 本社:日本(大阪府)

2)CSRの理念、戦略、概要 ミズノは「より良いスポーツ品とスポーツの振興を通じて社会に貢献する」ことを経営理念に

すえ、社会的規範、倫理、法の遵守と差別の撤廃、自助努力などを掲げた「倫理規範」を策定し

ている。これを基盤にミズノおよびグループの役員、従業員の行動を示した「行動規範」(2004年 9月)を打ち出し、「社会への貢献」や「製品・サービスへの配慮」など 13項目を設定、社会的な責任を果たすために必要な法令や倫理を守る姿勢を社内外に明確に示している。 3)取り組みの背景 ミズノは、2008 年の北京五輪をにらみ、中国におけるビジネス強化を打ち出している。2008年に中国国内での売上高 160億円をめざしている。 競合するスポーツ用品各社との競争にあたり、いかに「ミズノ・ブランド」を打ち出すかが課

題となっている。そうした中で、下記の NGO の指摘をも踏まえ、同社としての社会的責任に関するアカウンタビリティの確保についても、着実に取り組みを進めつつある。

2004年 3月、アテネオリンピックを前に、オックスファム等 3つのNGO58が「オリンピック・

キャンペーン(Play Fair at Olympic)」を立ち上げた。これは国際オリンピック委員会(IOC)及びいくつかのスポンサー企業59に対するもので、スポーツ用品を生産する労働者の権利向上を呼

びかけたものである。キャンペーンでは、サプライヤーが納期をせかされる結果、労働現場で、

時間外労働、休日が保証されないなどの状況が生じていること、あるいは最低賃金が支払われて

いない現状があるこがを指摘された60。 4)取り組みの内容 「供給者基本原則」の策定 指摘を受けたミズノは、改善のための検討を開始した。現状確認のため、中国の主要サプライ

ヤー5 社に依頼し、従業員計 125 人に直接インタビューを行った。この結果、①時間外労働、②最低賃金、③無休勤務の状況が確かに見られることを確認。他社の経験の調査、社内の議論を経

て、①強制労働、児童労働、差別、残業、組合と団体交渉の自由等の労働慣行、②地域社会との

関わり、情報伝達、法令及び基準遵守などの環境保全慣行――を二本の柱にする要望項目を盛り

込んだ「供給者基本原則」を策定。製品を仲介する商社を通じて説明・配布をしてもらった。各

サプライヤーはこれを受け、確かにこれを遵守するという「Letter of Trust」を提出した。また、サプライヤーが自らこれらの状況をチェックするための 54 項目からなる労働環境チェックリス

58 Oxfam、Clean Clothes Campaign、Global Union。 59 フィラ、ピューマ、アンブロ、アシックス、ミズノ。 60 http://www.fairolympics.com/

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

トを作成し、自主管理のツールとしている。 これらの対応とともに、サプライヤーとの協議、対話を頻繁に行い、監査を行うこととした。

まず重点的に取り組む対象を中国とし、年間の取引額、相手方のミズノの占有率などによりサプ

ライヤー50社を絞り込んだ。さらに、ミズノグループとしての監査員を養成すべく、中国の研修期間のコースを終了した社員 4名からなる、監査チームをつくった。 ミズノとしては、サプライヤーを変えるということは考えておらず、対話と働きかけによって、

状況の改善を図っていくとしている。 【一口コメント】 これまで日本企業が、サプライヤーの労働環境の問題で国際 NGO のターゲットとされることは少なかった中、こうしたミズノの経験は非常に貴重なものと考えられる。NGOの指摘にあっても徒らに反発することなく、他社の経験をよく研究し、サプライヤーとの協議と対話により、現

実を把握した上で着実に取り組みを進めている。このようなミズノの手法は、CSR経営の基本を着実に積み重ねていると感じられた。NGOとの対話も積極的に進めている。現在よりよい解決方法を模索中とのことであったが、これに成功すれば、社会環境配慮については日本企業の先駆的

な事例になることが期待される。 (満田夏花)

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事例 9 アミタ:利他的ビジネスモデルを追求 1) 取り組み企業の概要

アミタ株式会社 事業内容:環境ソリューション 従業員数:65名(2005年 3月現在) 創業:1977年 本社:日本(東京都)

2) CSRの理念、戦略、概要 創業当初はニッケル、銅のインゴットなどを販売していたが、オイルショックにより原料高と

なり売れなくなったときに転機が訪れた。原料と同じ物質が同等に廃棄物に含まれており、しか

も安いことを発見。品質が安定していれば買うという企業のニーズに対応すべく、「品質管理」と

いう考え方を初めて資源化事業の中に持ち込み、1989年、「市場のイノベーション」(廃棄物のリサイクルではなく、商品としてリサイクル資源を生産)を起こした。 「現在の大量生産社会は利己的欲求を具現化する欲望の YES モデルである」とし、「環境と福祉を統合する利他的モデル」「人間と自然と社会の 3つの全体最適を演出するビジネスモデル」への転換が必要という観点から、さまざまな環境ソリューション事業を展開している。 グローバル・コンパクトが提唱された当初はその意味するところがわからなかったが、エンロ

ンなどグローバル企業への失望から、環境、労働、人権への取り組みをそろって向上させないと

企業活動の意味がないのでは、とグローバル・コンパクトの重要性を再認識し、2002年 6月に署名したという(中小企業としては初めての署名)。また、ゼロエミッションフォーラム61も 2000年 4月、4社目に参加(中小企業では初めての加盟)している。 3) 取り組みの背景 生じた廃棄物を資源として利用するということを超え、最初からリサイクル資源を生み出すよ

うな製造工程に変革するという発想で事業展開をしてきたアミタは、いま、「環境の産業化」では

なく「産業の環境化」こそが必要と、さまざまな事業を進めている。持続可能な社会の実現に向

けて今までにはない新たな枠組みを見据えたビジネスモデルの提唱、事業展開が必要だ。CSRには経営者の志や手腕がいままで以上に問われている。 4) 取り組みの内容 アミタは、ISO14001の認証取得(1999年)、環境ラベルのコンサルティング開始(1997年~)、

FSC認証事業 の開始(1999年~)と相次いで前述の観点からの環境事業を展開。2002年 2月に設立されたエコ産業創出協議会では会長企業を務め、リサイクルが容易な素材を利用した環境配

慮型製品の開発・製造や適正生産など新しいビジネスモデルの実践に挑んでいる。 そのほか 2002年 6月、京都府弥栄町(現・京丹後市)に開講された環境教育施設「風のがっこう京都」を弥栄町(現・京丹後市)役場及びケンジ・ステファン・スズキさん(デンマークの環境・エネルギー政策研修施設「風のがっこう」の開設者)と共同運営している。デンマークの「風のが

61 1999年、国連大学により設置されたゼロエミッション関連の活動を促進していくための国際組織。日本においては企業、地方自治体、学界やNPOからの代表者ら約 150名の会員を擁する。

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

っこう」日本版として自然エネルギー、バイオマス普及の政策などを研修する施設をめざす。 また、社員が若い(平均年齢 31)という特徴があり、社員教育も若い社員の発想を「自然に磨く」ような取り組みが行われている。この取り組みは「業態改革プロジェクト」と名づけられ、部署

横断型のチームを組み、アイデア交換する。そのアイデアの事業化を精査し、「改善モデル」には

金一封、「イノベーションモデル」には出資するという「報酬」を出す。イノベーションモデルは

まだ出ていないそうだ。半年に 1回発表会を行うが、2004 年夏には 60 件の発表があり、その中から 10本が改善モデルとして認められたという。 また、事業活動の環境、社会、経済面の社会への影響を情報開示する「CSR報告書」(名称未定)を公表する予定もある。 【一口コメント】 熊野英介社長は、これからの企業のあり方の変革が必要という点を異なる表現で力説する。な

かでも日本ならではの文化の重要性、中小企業こそ CSRが必要という切実感はおそらく大企業の取材からでは得がたいコメントであろうと思われるので、紹介しておきたい。

• 技術力で環境立国ではなく文化立国になる必要がある。青竹の音で沈黙を演出し、宇宙

を感じさせるような演出など、日本には他国が真似できない文化がたくさんある。自国

の文化価値をもっと見直すべきだ。 • 企業は本来は社会の僕(しもべ)だが、株主の中にはファンドという経済的利益しか求めない人もいる。社会的事業を行う企業の支持者を増やす努力に、SRI の取り組みは非常に有効だろう。

• 中小企業が技術力だけで勝負できる時代ではなくなってきた。中小企業は安易にもうか

る領域で事業してはいけない。コストで競争すると中国に負ける。市場ニーズを開拓す

る「真剣味」、市民企業的な取り組みが求められている。その意味で中小企業こそ企業経

営に CSRが必要だ。社長とともに知恵を出す人間を、CSRの旗の下に集めることが重要だ。

• 利益は顧客からの最高のメッセージ。したがって、(企業の魅力という)無形固定資産を

大事にしないと、利益を生み出す原資となる社員が企業からいなくなってしまう。人を

大事にするような経営が必要だ。

(角田季美枝)

57

Page 24: 開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

3.2 イギリス・オランダ編 事例 10 マークス&スペンサー:魚、木材、綿などの持続可能な調達に戦略的に対応 1)取り組み企業の概要

Marks & Spencer(以下マークス&スペンサー) 事業内容:小売チェーン(食料品、衣料、家具、金融) 従業員数:約 70,000人(UK内に 375店舗。香港に 9店舗。155のフランチャイズをヨーロッパ、中東、アジアに展開) 創業年::1884年 本社:イギリス

2)CSRの理念、戦略、概要 マークス&スペンサーは、雇用者、サプライヤー、社会と良好な関係を築くことが長期にわた

る成功の秘訣であるという創設者の信念のもとに、CSR経営により、とかく後回しにされがちな会社としての環境社会リスクをいち早く特定し、それに取り組むことによって、競合企業と一線

を画すことに成功してきた。社会的な責任に関しては、格付け機関のみならず、消費者、NGOからの評価も高く、特に化学薬品、遺伝子組み換え農産物、農産物の原産地表示などに関してはい

ち早く取り組み、定評を得ている。さらに海産物、綿、木材といった原材料の持続可能な調達に

向けて取り組みを進めている。 同社の CSR 戦略の特徴は、同社の「品質」「サービス」「価値」「信用」といった理念と実際の取り組みが強くリンクされているところにある。同社は、比較的、社会的な問題に関心の高い消

費者(安さのみを追求するのではない消費者)をターゲットにし、持続可能な原材料調達などの

分野で先進的な取り組みを進めることによって、顧客・社会の長期的な信用を勝ち取ることを目

指している。 時代とともに、増大・多様化する社会の要請にこたえつつ、現在、同社は、①高品質な製品と

サービスの提供に関して責任を持つこと、②働き甲斐のある職場を創出すること、③コミュニテ

ィを暮らしやすく働きやすくすることに貢献すること――の 3つの原則のもとに、同社がもっとも優先して取り組む分野として以下のような課題を設定している。

i) 持続可能な原材料調達 ii) 技術の責任のある使用(化学物質、遺伝子組み換え等) iii) 動物保護 iv) 倫理的な取引 v) コミュニティ・プログラム

本稿では同社が現在もっとも力を入れて取り組んでいるという持続可能な原材料調達について

取り上げる。

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

3)取り組みの背景 マークス&スペンサーの取り組みの背景には、イギリスの高い消費者意識及びそれに支えられ

た活発なNGO活動が挙げられる62。前述の通り、同社の顧客は「ある程度」の意識を持った消費

者層であり、企業の言うことを鵜呑みにせず、NGOの意見に耳を傾ける。このため、NGOによる小売店ランキングのスコアが消費者の動向を左右することもあるという。 また、イギリスにおいては、BBCなどのメディアで、たびたびエビ養殖問題、漁業資源の問題、開発途上国の森林に関する問題、労働問題などが取り上げられ、ときにはメディアによる告発も

行われてきた。これにより、開発途上国における原材料の生産現場での環境社会問題がより身近

に議論され、企業の責任と関連づけて論じられる傾向が促進された。 これらを背景に、マークス&スペンサー社は、1999年「Global Sourcing Principles(世界調達原則)」を策定、サプライヤーに対して、法令遵守、とりわけ、労働時間及び労働条件、健康・安全、

賃金、最低雇用年齢などを遵守することを求めてきた。さらに、すべての製品に原産地に関する

ラベルを貼り、食品には、原材料の原産地の情報を記載したラベルを貼ることにした。これによ

り、こだわりのある消費者が、自らの信念にもとづいて、ある国のある材料を買ったり、買わな

かったりすることを可能とした。 また、同年、「倫理的取引イニシアティブEthical Trading Initiative(ETI)」63に加入しており、ETIの規約を遵守している。 現在、同社は、食品に関しては、非遺伝子組み換え食品の規範、農薬の削減、養殖、天然魚類、

有機食品、労働基準、フェアトレード、包装、輸送にかかるフードマイル等、多岐にわたる 16の基準を有している。 4)取り組みの内容 持続可能な漁業への貢献~漁業者とともに マークス&スペンサーは、現在、過剰な漁獲が漁業資源の枯渇を招いている64という現状に危

機感を有しており、同社が取り扱う魚について、いくつかの方針を策定した。 すなわち、①生産地が不明な魚介類は取り扱わない、②MSC(Marine Stewardship Council)65の

認証した魚介類を優先的に買う、③漁獲をさけたほうがよいとされている魚(20種類)を取り扱わない――ことである。 ③のうち、例外的なものにハドック(haddock)が挙げられる。ハドック自体の数が減っているわけではないが、他の危機に瀕している貴重なタラを混穫する恐れがあるため、ブラックリスト

に掲載された。同社はスコットランドのハドックの 60%を取り扱っているため、もしハドックを取り扱わなくなれば、この地方の漁業は大きな打撃をうけることになる。このため、同社は漁業

者と一緒になりこの地域のハドックの漁法を改善することを考えた。その結果、漁場の選定の際

62 イギリスのNGOがいかに市民から支持されているかというのは、その会員の規模でも知られる。FoE-UKやGreenpeace の支持者は、それぞれ 10万人、22万人であり、日本の同様の環境団体と比較すれば桁違いに多い(FoE-Japanの会員数は約 500人)。また、多くの専門家をそろえ、膨大なデータに基づくNGOによる批判は、多くの場合、科学的な信憑性も高い。このため、多くの企業が、熱心にNGOの意見に耳を傾ける素地がある。

63 企業、NGO、貿易関連団体の連合であり、サプライチェーンを遡って企業の行動規範が遵守され、世界中の労働者が、国際的な基準に沿った労働環境で働けることを目指している。

64 現在、海洋性魚類の 24%が乱獲により「枯渇」、「過剰漁獲」といった状態にあり、それらを除き 52%が持続可能収量いっぱいの漁獲状況にあるとされている(“Review of the state of world marine fishery resources”, FAO, 2005)。

65 資源・環境配慮型の漁業を認証する、世界的な機関。

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に、貴重種とされているタラが少ない漁場を選ぶこと、また網の設置の方法を変えること66によ

り、この問題を解決することにした。 MSCの認証魚介類を積極的に購入することは、最も水準の高い取り組みを支援することになるが、大部分の魚介類は、MSC認証(高水準ライン)とブラックリスト掲載種(ミニマム・ライン)の中間に属する。そこで、マークス&スペンサーは、イギリスの国内の漁業者と一緒になって、

より持続可能な漁業をめざした Invest in Fishという活動を行っている(WWF-UK, イギリス漁業者連合との共同事業)。これはイギリスの南西部のある地域において、漁業者、圧力団体、小売業、

地域社会、レクリエーション業、釣り、観光関係者が一つのテーブルを囲んで当該地域の漁業が

どうあるべきかを話し合ったもので、2005年までに、漁業資源の持続可能性と漁業者の生計維持を両立させるための方針に合意することをめざしている。この過程においては、科学的な見解よ

りも、人間による合意の上での決断というものを優先させた。当該地域においては、長年政府主

導で、科学的な知見による漁業管理に取り組んできたが、科学者、環境団体、漁業者の間に相互

不信があり、うまくいっていなかった。そのためのこの円卓会議では、徹底的な話し合いを通じ

た合意形成プロセスを重視することにしたのである。これは、漁業のみならず、他の分野でも応

用可能なモデルである。 木材について~圧力から戦略を生み出す

M&S社が木材について目を向けたきっかけは、グリーンピースによる圧力だったという。2003年秋、「販売している家具の木材が持続可能な森林から来ていることを担保するための行動をとる

ことを強く求める」というグリーンピースの働きかけにより、同社は持続可能な木材を調達する

ための調査を開始した。まずは、インドネシアにおもむき、生産現場を調査する一方で、さまざ

まなNGOと意見を交換した。中でも、生産者が合法性67・持続可能性についてのパフォーマンス

を向上させる過程を支援し、それを評価するというTFT(Tropical Forest Trust)68の戦略は、同社

のニーズと合致したため、さっそくTFTのメンバー企業となることにした。 M&S 社が扱う木材由来の調達品として最も大きいのは年間 26,500 トン消費する板紙であり、衣料にも 400トン程度の木の繊維を使っている。一方、家具は 500トンに過ぎない。同社の金融サービスでは、銀行取引明細書だけで、毎月 1億 3000万枚もの紙を使っている。同社は、グリーンピースの標的にされた家具のみならず、これらの木材製品のサプライチェーン管理を構築する

としている。 まずは、サプライヤーへの質問を通じて、家具、オフィス用品、板紙、包装などの材料ごとの

量及び出所、すなわち「サプライチェーンに関するマップ」を作ることから開始した。そのため

に、以前 WWFの木材バイヤーズグループで働いていたことのある専門性のあるコンサルタントを雇用した。 66 捕獲されそうになったとき、ハドックは上方に逃げ、貴重種のタラは下方に逃げるという習性を利用し、網の向きを変えることとしたという。

67 現在、違法伐採の問題は、森林の持続可能な経営に対する大きな脅威として国際的な課題となっている。WWFなどによれば、木材生産における違法伐採の推定割合は、極東ロシア 50%、インドネシア 73%、中国 20%、フィリピン 46%、ベトナム 22~39%、ブラジル・アマゾン盆地 80%、ブラジル・パラ州 66%、ペルー80%、エクアドル 70%。世界銀行によれば、違法伐採による直接的な経済的損失は年間 100~150億米ドルに上る。 参考URL:http://www.fairwood.jp/68 スイスを拠点とする木材専門の国際非営利団体。消費国の企業による売り上げを資金源に、生産者の持続可能な木材生産を支援するための専門組織。

60

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

次のステップとして段階的な目標を定めることにしており、「2006 年までに、取り扱うすべての木材を合法だと確認できたものとする。2008年までに、数字はまだ決めていないが、例えば 5割の木材を FSC(Forest Stewardship Council)認証のものとする」等である。 現在までのレビュー、およびサプライヤーとの対話の結果、あるインドネシアのサプライヤー

との取引は打ち切らざるを得ない結果となったという。 2004~2005年は、極東地域からの木製家具、及びパッケージとして利用されている板紙の持続可能性を重点的に改善していく予定である。 【一口コメント】 厳しい NGO や顧客からの要求に応えつつも、マークス&スペンサーは、それらの要求への対応を図るのみならず、「信用できる企業である」という企業価値の増進に結びつけることに成功し

ている。例えば、木材に関しては NGO からの申し入れは熱帯木材を使った家具に関するものだったが、これを契機に、生産現場の調査や NGO 対話、世界的な森林に関する諸問題の吸収、自社の木材利用のマッピングを通じて、自らの戦略を考え、持続可能な木材調達方針の策定に繋げ

ていこうという姿勢には感銘を受けた。 (満田夏花)

Interview サプライチェーン管理を行う要因~NGOからの圧力(談話) マークス&スペンサーの CSR 担当、マイク・バリー氏に、同社及びイギリスの小売業界がサプライチェーン管理を行う要因について聞いた。

イギリスの小売業界が、サプライチェーンに気をつかう理由の第一は NGO の影響です。小売業界は、持続可能性という点でも競争を強いられており、その動機の 95%は、法律面からの要求ではなく、市場からの要求なのです。この市場からの要求を利用する戦略を用いているという意味で

グリーンピース及び FoEなどの NGOは成功しています。企業の CSR担当者は、常に NGOとコミュニケーションを図っています。我が社の場合、現在までは化学物質への対応に注力しており、グ

リーンピースが化学物質に強いため、よりグリーンピースと密接に協議していました。 グリーンピースや FoEは、多くの会員に支えられ、独立した資金源を持っており、それだけ、その独立した意見は貴重とされています。もし、グリーンピースから「マークス&スペンサーは素晴らしい」と評価されれば(そんなことはなかなかないですが)、その宣伝効果は計り知れないもの

があります。 株主は、我が社の評判に気を使い、スキャンダルを避けるようにと圧力はかけてきます。それは

すべて、当社の売り上げが落ち、株価に影響しないようにするためでしょう。我が社として一番大

きい圧力は NGO、次に NGOに影響を受けた顧客、そして市場での競争、イギリス政府、EU議会、最後に株主と続きます。

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事例 11 シェル:地域住民との協働や生物多様性の保全に力を入れる 1)取り組み企業の概要

The Royal Dutch /Shell Group(以下、シェル・グループ) 業種・事業内容:石油・天然ガス等の採掘、精製、販売 従業員数:119,000人 創業年:1907年 本社:イギリス

2)CSRの理念、戦略、概要 シェル・グループの企業理念としてもっとも上位に設定されているのが、シェル・ビジネス原

則(Shell General Business Principles) である。その下に分野別にいくつかの方針があり、健康・安全性・環境に関わるのは 1997年に制定された「健康・安全・環境に関するシェル・グループのコミットメントと方針」(Group HSE Commitment and Policy)である。この中には環境管理、生物多様性、健康管理、動物試験に関する基準が含まれている。社会性に関するものとしては、多様

性と包含性に関する基準(Diversity and Inclusiveness Standard)などがある。 3)取り組みの背景 シェルはビジネスを行う中で、その方法を常に改善し続けてきた。最近は、地域住民の声をよ

り重視している。地域住民には、ガソリンスタンドの近隣住民も、石油を採掘する地域の地元住

民も含まれる。これは一つには、かつて石油開発において地元住民や環境 NGO から激しい攻撃を受けたことが反省材料になっている。世論から攻撃を受けるだけではなく、場合によっては採

掘装置を破壊されたり、ストライキを起こされたりして、操業そのものが継続できなくなってし

まったこともある。また、こうした問題が発生することにより操業免許が取り消しになるリスク

もある。したがって、現在、新しい国や地域に進出する際には、そこでどのような問題が生じう

るかを知るために、地元住民や NGO を始め、なるべく広いステークホルダーを招いて、円卓会議(ラウンドテーブル)を開催している。誰か特定の人やグループを招かないということはなく、

むしろ反対意見の人を積極的に巻き込むことにしている。1990年代後半には、環境に加えて人権問題についても NGOとの議論をはじめた。今はこうした環境・社会的な様々な要素が総合され、「サステナビリティ」が議論のテーマになっている。 4)取り組みの内容 生物多様性に関するシェル・グループの基準 シェル・グループは生物多様性の重要性を認識し、以下のことにコミットしている。

• 生態系を維持するために社外の人々と協働する。 • 保護地域の基本的概念を尊重する。 • シェルが各地の生物多様性を保全することに貢献ができることを可能にするパートナーを

探す。 また、シェル・グループは以下のことを実行している。

• すべての新規事業、及び既存の事業の重大な変更においては、事前に生物多様性への潜在的

な影響を含めた環境アセスメントを実施する。 • 国際的に認識されたホットスポット69における活動の管理に特に注意を払い、その際には鍵

69 生物多様性の観点から、特に重要な地域。

62

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

をにぎるステークホルダーを見つけ、早期から協議する。 生物多様性を保護するための活動 生物多様性を保護するために、具体的には、以下のような活動を実施している。

• オンラインの地図情報システムを作り、石油やガスの採掘地、あるいはパイプラインが保護

地域や環境が影響を受けやすい地域と重ならないかを確認し、プロジェクト設計の早い段階

で環境上の問題がないかどうかをチェックできる仕組みを作った。 • プロジェクトの設計、開発において地元の生物多様性の専門家に相談するように努めるとと

もに、社内の環境社会健康影響評価の中に生物多様性の項目を組み込んだ。 • 生物多様性を管理システムの中に組み込み、影響や影響緩和手段の有効性を監視している。

UNEP-WCMC(国連環境計画-世界保全モニタリングセンター)と協力して生態学的情報を共有している。

• 経営陣が生物多様性を深刻にとらえるように、内部の保証プロセスの中に組み込んだ。 個別の活動としては、世界中で 120の生物多様性関連のプロジェクトに参加している。その内容は、科学的プログラム、保護、教育、能力開発、環境保全が地元の人々の生計に役立つための

ものなどである。 社会的側面を管理する手法 シェルが操業を行う地域コミュニティや社会に与える正負両面の直接的、間接的なすべてのこ

とがらを「社会パフォーマンス」と定義し、これを管理するための枠組みとして「社会パフォー

マンス・ガイドライン」を設定している。もっとも基本になるのは「ステークホルダーの参加」

であり、さらに「影響評価」「悪影響の制限」「利益供与」「計画、資源、人々」「測定とコミュニ

ケーション」――という全部で6つの考え方の中にさまざまな手法が開発されている。これらの

ツールはガイダンス・ノートという形で文書化され、それを活用することにより、世界中のシェ

ル・グループで同レベルの管理を行うことが可能になっている。 天然資源の開発だけでなく、地元の人材開発も行っているガボンの例 ガボンに残された石油資源は森の中にあり、これを開発すれば生物多様性には大きな影響を与

えざるを得ない。また、石油は掘ればいつかはなくなってしまう。そこで、石油以外にガボンの

人が将来生き残るための方法を、地域住民と共同で開発していくことを考えた。そのために、ま

ず地元の人たちが何を望んでいるのを理解してから、地元の人々の能力を開発する活動を行って

いる。また、ガボンの生物多様性の評価とモニタリングを、米国のスミソニアン研究所と共同で

進めている。 【一口コメント】 石油や天然ガスの採掘は非常に環境負荷の高いビジネスであり、それ故にこれまで様々な論争

や、批判もあった。過去においてかなり高い授業料を払ったであろうシェルは、こうした教訓を

生かし、現在は社外のステークホルダーと協働することを重視している。その一つが地域住民な

どとのラウンドテーブルであり、もう一つは NGO を含む専門家との協働である。ラウンドテーブルを成功させるための秘訣(次頁)を聞いていると、石油開発会社のイメージには程遠く、ま

るで自然保護 NGO と話をしているように感じるほどである。また、社外の専門家とのネットワークも充実しており、IUCN, WWF, Fauna Flora International(FFI), The Nature Conservancy (TNC), Earthwatch, Wetland Internationalなどの国際的に著名な団体はもちろん、各地域の地元 NGOとも密接な連携をとっており、その層の厚さには驚かされる。 (足立直樹)

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Interview シェルの地域住民との対話手法(談話) ~Do it early. Do it often. Don’t exclude anyone シェルの社会パフォーマンス・マネージャーの Barnaby Griggs氏に、シェルが世界各地で行っている地域住民との対話手法であるラウンドテーブルについて尋ねた。 Q. ラウンドテーブルにはどのような人を招くのですか? ――関係のある人すべてです。過去の石油開発の行為のために、製油所に不信感を持っている人た

ちもいます。そういう人たちもラウンドテーブルに招きます。コミュニティ、学識経験者、政府、

シェルが同じテーブルに着き、科学ではなく、まず地元の言うことに従って信頼関係を作っていき

ます。誰か特定の人を占め出すことは、かえって問題を引き起こすことになります。 Q. 地元の人の言うことに従うとは具体的にどういうことでしょうか? ――例えば、数学モデルを使えばその場所でモニタリングをしなくても、少し離れた場所でのモニ

タリングの数値からある物質の大気中の濃度を評価できるかもしれません。一ヶ所測れば科学的に

は十分であっても、地元の人が 6ヶ所で測って欲しいと言えば、そのようにするということです。 Q. 地元の人の要求にすべて従っていてはきりがないのではないでしょうか? 中には無理な、あるいは過剰な要求をする人たちもいるのではないですか? ――すべてに無制限に従うわけではありません。合理的でない要求にはノーと言っています。オー

プンに、合理的に議論をすることが重要で、地域住民にすべてを決定してもらうわけではありませ

ん。ビジネスの責任は常にシェルの側にあるわけですから。 Q. ラウンドテーブルを成功させるための秘訣は何でしょうか? ――成功させるためのルールはシンプルです。早い段階から、何度も行い、誰でも受け入れること、

この 3つでしょう。

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

事例 12 BP:事業における環境社会評価(ESIA)に徹底して取り組む 1)取り組み企業の概要

BP plc 事業内容: 原油、天然ガス、自然エネルギーの開発、精製、供給及び運搬 従業員数:10万人以上 創業年::1901年 本社:イギリス

2)CSRの理念、戦略、概要

BPは、①倫理的な行動、②従業員、③関係、④健康・安全・環境(HSE)パフォーマンス、⑤コントロールとファイナンスの 5分野に経営戦略の焦点を置き、以下についてコミットしている。

・ 法令を遵守し、場所・分野に関わりなく、人権、個人の権利の尊重を示すこと ・ 信頼を得るために相互利益の関係を創出すること ・ 自然環境を尊重することを示し、自己、人々への害、環境への悪影響を無くすことを目指し

て努力すること ・ 財務的なパフォーマンスの長期的な価値を最大化する経営を行うこと

また、上記の 5分野のそれぞれに関する詳細な規範と目標を打ち出している。 この中で、最低限守るべき点としてそれぞれの地域における法令遵守を掲げる一方、事業を展

開する国々の法令基準を超えた BPとしての世界基準をさまざまな分野において作成している。 3)取り組みの背景 全世界的な原油の生産、精製、販売に携わり、その技術力・資金力で国際石油市場をリードす

るメジャーズの一員である BP 社。世界的に展開するエネルギー産業はその事業活動自体が、環境社会インパクトが甚大であることから、これまでたびたび環境 NGO からの厳しい批判にさらされてきた。その中で培われてきた経験により、法令遵守を超えたより高い基準に対する自主的

なコミットメントにより、リスクの回避や企業価値の向上を図ってきたとも言える。私企業とい

いながら、公的セクターによる開発事業と同レベルの数々の事業を展開してきた同社は、洗練さ

れた環境社会影響評価の手法、ステークホルダーとの対話手法、NGOとの協働、生物多様性保全へのコミットメントなどにおいて注目される。 4)取り組みの内容 開発事業における環境社会影響評価(ESIA)

BPは、自らが行う開発事業(例:油田開発、ガスパイプライン建設等)において、BPとしての基準を満たす70環境影響評価(EIA: Environment Impact Assessment)を行うことにしている。また、幾つかの事業においては社会影響評価(SIA: Social Impact Assessment)も実施している(以下、

70 現在のところ世界銀行の環境影響評価に係るセーフガード政策(OP/BP4.01)を採用しつつ、さらに自社の事業の形態や経験にあわせた独自の影響評価のプロセスを構築中とのこと。SEIA実施の際は、当該国の環境影響評価法などに基づきすでに調査が実施されている場合は、それを最大限活用するが、

BP自らが専門家チームを雇用してSEIAを実施することもある。

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両者を併せたものを環境社会影響評価:ESIAと表記)。ESIAの目的は、主要なリスク・課題を早期に明らかにし、事業の影響が確実に回避・緩和されるようにすることである。ESIAの過程において、NGOや専門家グループを含む様々なステークホルダーとの協議を行い透明性を確保する。ESIAを実施した結果、リスクが甚大である場合には、事業に参画しないことを決めた例もある。 さらに、BTCパイプライン建設事業71や、タングーLNG事業72においては、ESIAのプロセスの一環として環境社会配慮に関する専門家パネルを設けて、その意見を事業に組み入れた。 このうち、BTCパイプライン建設事業においては、EBRD(欧州復興開発銀行)やIFC(国際金融公社)などの融資者グループがそれぞれ独自の政策に基づく環境社会審査を実施し、この段階

から何度もパブリック・コンサルテーションが繰り返されてきた。生態系、地質、生物多様性、

水質、考古学、土地所有形態、社会・雇用状態などにかかる独立した専門家が調査を行い、その

結果作成された 11,000 頁にわたるEIAがウェブ上に公開された。さらに同評価に基づき、BTCはパイプライン建設に伴い移転しなくてはならない住民が生じることを避けるようなルートを選定

するなどの措置をとった。さらに、現地コミュニティとNGOとその他のステークホルダーとの対話を各地で継続的に実施してきた73。

中国においては、広東の LNGターミナル事業に際し大規模な ESIAを実施した。BPによれば、中国にとって LNG ターミナルを建設したことがなかったため、初めて国際的な基準を融合させた国内の環境社会影響評価の仕組みを作ったという。これは、中国の EIAコンサルタントと香港の国際コンサルタントで行われた。特に社会影響評価はターミナルの周辺地域への影響を把握す

るもので、以下の 3段階で進められた。まずは、地域自治体や住民へのアンケート調査で具体的な問題点をあげていく。そして、主要なステークホルダーと一対一の対話をして何が課題かを聞

き取る。3 段階目はより詳細な評価であり、これまでに特定された問題(周辺の交通安全、環境汚染、通勤、周辺労働者の住環境への影響など)について深く掘り下げ、ステークホルダーとと

もに対策を検討するものであった。このような徹底した評価プロジェクトを行うケースは少ない

が、BPが率先して行った事は欧米の機関投資家の間から高く評価されているという。 生物多様性保全

BPは生物多様性保全に力を入れており、「エネルギーと生物多様性イニシアティブ」74のメンバ

ーとして、開発事業のサイトの選定や操業のための実践的なツールの策定に当たってきた。自社

の操業サイトにおいても、すでに 20の生物多様性保全行動計画を策定している。 世界遺産やラムサール条約登録湿地などの保護地域に関しては「環境へのリスクを的確に管理

できると確信できなければ、保護地域内あるいはその周辺での操業は行わない」という指針をた

てている。また、IUCN(国際自然保護連合)のカテゴリⅠ~IV の保護地域内において現在 BP

71 ACG油田(カスピ海)から生産される原油を輸送するためのパイプラインであり、アゼルバイジャンのバクー、グルジアのトビリシ、トルコのジェイハンを結ぶ総延長 1,760km。総工費約 36億米ドル。BPは本事業実施会社BTCの最大株主であり 30.1%を出資、そのほか国際石油会社 11社(伊藤忠、インペックスを含む)が参画している。

72タングーLNGプロジェクトは、インドネシアのタングーガスフィールドから海底パイプラインで輸送される天然ガスをビンツニ建設サイト経由で、年産 760万トンのLNGを中国、韓国、米国等に供給するもの。

73 一方、アムネスティ・インターナショナルなどのNGOなどからは、被影響住民の人権に対して配慮が必要等の指摘が供せられている。

74 BP、ChevronTexaco、Shell、Statoilの 4つの石油・ガス会社、Conservation International、Fauna & Flora International、IUCN、TNC、スミソニアン研究所といった国際保全機関からなる。

66

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

が操業している 16のサイトのリストを公表し、今後これらの保護地域内における操業を決定する際は、リスクアセスメントの結果を公表するとしている。2003年には、この公約に基づき、2件のリスクアセスメントが公表されている。また、Birdlife International等の国際自然保護団体と協力し、過去 18 年にわたり、200 以上の生物多様性保全事業を支援する「Conservation Awards Programme」を実施している。

地球規模の倫理行動規範の地域レベルでの運用~中国の場合

BPが地球規模で規定している行動規範を各国で運用する場合、その国の慣行などに配慮しながら行っている。例えば中国では、合弁事業での取り組みが重要な課題であり、それには2つの方

法で取り組んでいる。ひとつは、プロジェクトの初期の段階で、その合弁企業で両者が合意でき

る(独自の)価値観、方針、行動規範を作り上げるようにすることである。2つ目の方法は、合

弁相手の親会社を使う、つまり親会社と一緒に活動し課題や懸念事項を考え、その解決に取り組

むことである。いずれのケースにおいても、実際にどのレベルで価値観を共有できるのかを見極

め、なぜ物事が違う風に進むのか、なぜ現地においては人々の行動が異なるのかを検討している

とのことである。 また自社事業内での展開だけにとどまらず、国際的なビジネス・リーダーによる贈収賄を含む

ビジネス倫理上の課題を検討する取り組みに BP も参画している。中国政府、中国の学識者(大学)、中国企業にも呼びかけ、これらがパートナーシップを組んでの展開が始まっている。中国政

府も最近はこの問題に対処することに関心を持っており、大規模な国営企業は安全や贈収賄に対

して取り組みを始めている。 【一口コメント】 エネルギー会社は、世界での産業界のリーダー役であり、BPにおいてもそのように自社の行いが産業界や社会に影響しているという意識を強くもって、CSRでも先陣を切っていることが伺えた。中国のビジネスについても、その国の特徴は尊重しつつも、不合理な慣行については時間を

かけて他者と協力しつつ改善していく展開は、やはり世界でのトップという意識ならではと感じ

た。 (海野みづえ)

巨大な国際石油・ガス会社としての BP は、文字通り、企業の生き残りをかけて、CSR に取り組んでいるという感がある。石油流出対策から大気汚染防止、道路における安全確保から生物多

様性保全まで、同社が対応すべき分野は幅が広い。一方で、同社のビジネスの基本であるエネル

ギーについても、石油・ガスからの集中を分散させようと、「Beyond Petroleum(石油を超えて)」というキャッチフレーズで、太陽光等の再生エネルギーへの事業展開を図っている点が注目され

る。 (満田夏花)

67

Page 34: 開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

68

Interview NGOとの対話について(談話) BPのグラハム・G・バクスター氏(VP, Corporate Responsibility)に NGOとの対話の意義について聞いた。 私たちは、信頼できる NGO との建設的かつオープンな関係は BP にとって大きな利益となることを認識しています。その理由は、多額のコストがかかり、ダメージも大きい抗議活動を避け

られると言うだけでなく、彼らからいろいろと学ぶことができるからです。環境・社会 NGOで活動する人々の多くは専門的な知識や技術を持っています。ある分野について経験があり、専門

的知識を持つ NGOの話を聞くことは非常に有益です。これは我々に対する抗議活動をやめさせるための受身の態度なのではなく、彼らの専門的知識を聞こうとする自然な行動なのです。 ですから、私たちは国際的レベル、ローカルレベル、さまざまなレベルの関係を築くことがで

きる「relationship plan(関係構築のための計画)」に注目しています。たとえば、大規模な環境NGOであるWWFとは世界中の多くの場所で協力関係を築いており、非常に役立っていますし、昨日もアムネスティ・インターナショナルとインドネシアの問題について議論するなど日常的に

NGO とは接しています。各事業ごとに地元で議論を行うことができれば重要ですが、マネジメント・レベルで議論することができればさらに有効です。また、反資本主義や反石油、反 BPとの考えで建設的な対話を維持できない NGOもあるのですが、BPは常にドアを開くようにしています。

BPはサハリンでの石油・ガス開発に深く関与していますが、サハリンでは環境・社会 NGOのほとんどが活動しており、BPはそのほとんどと対話を続けています。国際 NGOは 20以上、ローカル NGO、ロシアの NGO、極東 NGOは 40。BPは対話を希望する NGOとはすべて話し合おうとしており、当然ながらサハリンの地元コミュニティに対しても対話を実施しています。特に、

「サハリン環境ウォッチ」とは、事業の極めて早い段階から対話をしており、彼らの専門知識、

アドバイスを事業に活用させてもらっています。

Page 35: 開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

事例 13 リオ・ティント:地元社会と生物多様性の保全を重視しはじめた世界的鉱山グループ 1)取り組み企業の概要

Rio Tinto Group75(以下リオ・ティント) 業種・事業内容:鉱山開発、鉱石等の採掘 創業年:1873年 従業員数: 36,000人 本社:イギリス及びオーストラリア

2)CSRの理念、戦略、概要 リオ・ティントは、持続可能な開発のためには鉱物や金属が必要であり、次世代にも利益をもた

らすようなやり方でこうした資源の採掘と供給ができるようベストを尽くすという考えを持って

いる。そのために、全社員を対象としたグループの原則と方針をまとめた「リオ・ティント就業

指針」(The way we work, 1998年制定、2003年改訂)を持つ。ここには、コミュニティ、雇用、環境、人権、土地へのアクセス、職場における健康、政治への関与、安全、持続可能な開発の 9項目についての企業方針が含まれている。さらに補助的なものとして、環境基準、安全基準、職業

健康基準、人権ガイダンスなどがある。 内部保証プログラムとしては、これらの方針や基準が守られているかどうかを、社内の保証部

門(assurance division)が確認している。このプログラムには、法令遵守、監査プロセス、見直しプロセスが含まれており、その結果は、毎年、報告書を通して外部に報告されている。これ以外

に、第三者による報告、検証、保証メカニズムも有する。 3)取り組みの背景 リオ・ティントのビジネスは、新しい鉱床を発見、開発、操業し、いずれは安全かつ効率的に

責任ある方法でそれを閉鎖するという流れに沿って行われる。このビジネスの特質上、また多く

の鉱床が途上国で開発されている76という現状のもと、途上国の環境や地元コミュニティへの影

響は様々である。環境への負の影響もあれば、雇用を生み出し地元経済を潤すこともある。地域

コミュニティや操業国と共存するために、負の影響は少なくする持続可能な操業方法を心掛け、

逆に経済・社会・環境への正の影響は大きくするようにするのが基本方針となっている。株主も

長期メリットを考慮し、特にリスクには大きな興味を持つようになってきている。したがって、

ビジネスが利益を上げながら長続きするために、安全、健康、環境、リスクマネジメントについ

ては、経営層のみならず株主の理解も深まってきている。こうしたことを背景に、リオ・ティン

トの年次報告は、財務情報だけではなく、環境や社会面でも多くのページを費やしている。 4)取り組みの内容 操業前のアセスメント等 鉱山開発は一般に大きな環境負荷を与え、また、いずれは閉山するという性格を持つ。すなわ

ち、鉱業はある一定の期間その場所を借りて操業するので、操業する地域には正の遺産を残した

いと考えている。 操業前には経営上の計画に加えて、環境リスク、コミュニティリスク、健康リスクの 3側面の

75 イギリスのRio Tionto plc.及びオーストラリアのRio Tinto Limitedの 2本社体制をしいているが、実質的な本社機能は前者にある。

76 アジア地域において同社はインドネシア、パプア・ニューギニア、インド等で鉱山開発を行っている。インドネシアではグラスベルグ鉱山の周辺探鉱を積極的に行っている。中国では、甘粛省で中国企業

と共同で、銅-ニッケル鉱床の探査を実施している。

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Page 36: 開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

評価を行う。さらに、操業する際には、必ず ISO14001かそれと同等の EMS(環境管理システム)が必要となっている。常に、リスク、機会、パートナー機関の 3つの観点から操業をチェックするようにしている。 外部評価の方法 外部保証プログラムとしては、コンサルタント会社が操業会社を実際に訪問して、1.会社の方針を理解しているか、2. それが実施されているか、3.結果はどうなっているか、の 3 段階で評価している。

コミュニティと積極的なパートナーシップ 企業方針の中でコミュニティについては「『相互的な尊厳の認識、積極的なパートナーシップ、

長期的なコミットメント』を合い言葉に、操業各地のコミュニティと長期的な関係構築を目指す」

としている。良好なコミュニティ関係を構築維持するために、操業各地のコミュニティ関連課題

をグループ企業全社が提出し、毎年更新する「コミュニティ 5カ年計画書」で報告している。実際の活動においては、コミュニティの文化、ライフスタイル、嗜好等を考慮するように最大限の

努力を払い、雇用や事業機会を作るだけではなく、途上国では必要に応じて保険、教育、農業プ

ログラムの支援に参画することもある。 生物多様性保全プログラム

1996 年に社内の研究者で戦略レビューを行い今後 20~30 年の間のリスクを検討した結果、生物多様性が重要な問題になることがわかった。もちろん、特定の問題については NGO など外部の団体からの圧力もあったが、一般的な生物多様性についてあったわけではない。このレビュー

を通じて、リオ・ティントは生物多様性に着目するようになった。外部アドバイザリー・ボード

を設置して、多くの保全プログラムを展開している。プログラムの実施にあたっても、外部専門

家と協働している。例えば、Flora & Fauna International(FFI)、Birdlife International(BLI)、Earthwatch、Royal Botanic Gardens Kew(RBGK), UNEP-WCMCなどの国際 NGOや国際研究機関と提携している。FFI、BLI、RBGKの専門家は、リオ・ティントの世界中のサイトを訪問し、潜在的問題のチェックを行っている。 【一口コメント】 リオ・ティントは日本では馴染みが少ないかもしれないが、世界最大の鉱山会社の一つであり、

アルミニウム、銅、ダイヤモンド、石炭、ウラン、金、産業鉱石、鉄鉱石を世界中から採掘して

いる。鉱山開発という事業の特性上、環境や地域コミュニティに与える影響は大きく、また現在

のビジネスモデルは持続可能とは言い難い。にも関わらず、いやだからこそ、いくつかの点で先

進的な取り組みを行っている。 中でも特筆すべきは、地元コミュニティとそこで働く人々の健康と安全の重視である。ビジネ

スそのものは、一つの場所では一定の期間しか続けることができないので、創業中の健康、安全

に十分に配慮し、また操業を終え閉山するときに、地元に正の遺産を残すよう努力をしている。

その成果がどれだけ上がっているのかは今回のヒアリングだけでは確認できなかったが、取り組

みの積極的な姿勢は伝わってきた。もちろんこうした取り組みの背景にあるのは、過去の様々な

問題、軋轢と、同様のことが将来に起きた場合のリスクの大きさに対する懸念であろう。しかし、

こうした過去の教訓を生かし、戦略的に課題に挑戦する姿勢は、十分に評価に値するものと感じ

た。一方、NGOもこうした企業の姿勢は正当に評価し、同時にまだ問題があればそれはきちんと指摘し、責任ある対応を求めるている。こうした緊張関係こそ、責任ある企業が持続可能になる

ために必要なことなのであろう。 (足立直樹)

70

Page 37: 開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

事例 14 キャドバリー・シュウェプス:「倫理的な調達」への挑戦 1)取り組み企業の概要

Cadbury Schweppes plc(以下キャドバリー・シュウェプス) 事業内容:国際的な飲料及び菓子製造 従業員数:55,000人 創業年::1783年 本社:イギリス

2)CSRの理念、戦略、概要 キャドバリー・シュウェプスは、社会及び従業員からの信頼の増大により、企業価値を増大さ

せることを目標に、①人権及び雇用水準、②倫理的な調達、③食品及び消費者問題、④環境、健

康、安全、⑤コミュニティを CSR経営の 5つの柱として、取り組みを進めている。 3)取り組みの背景

p.59 で記述したように、イギリス社会においては、開発途上国における環境社会問題が、しばしばマスコミを賑わし、企業の責任と関連して論じられることもしばしばある。そのため、キャ

ドバリー・シュウェプスとしても、特に開発途上国の同社製品の原材料の生産現場や加工の状況

に関しては、注意を払ってきた。 4)取り組みの内容 人権及び倫理的取引に関する方針 キャドバリー・シュウェプスは、①労働者の基本的な権利及び尊厳、②職場における健康及び

安全、③公平な報酬、④多様性及び差異を尊重すること、⑤昇進やキャリア開発の機会――から

なる人権及び倫理的取引に関する方針(Human Rights and Ethical Trading Policy:以下 HRET)を打ち出しており、自社のすべての部署及びサプライヤーに対してその遵守を求めている。また、

役員会レベルの CSR委員会を設置するとともに、人事、調達、監査、リスクマネジメント、法務及び広報からなる HRETワーキング・グループを設置し、サプライヤーと協働して取り組みを進めている。キャドバリー・シュウェプスは世界中に約 40,000のサプライヤーを有しており、主たるサプライヤーについては、訪問によるチェックを実施している。さらに、HRET が実際に機能するかどうかを検証するためのパイロット・スタディを行い、その結果を踏まえて、サプライヤ

ー支援、情報提供、コミュニケーションからなる「HRET サプライヤー・コミュニケーション・プログラム」を実施している。新しいサプライヤーは、資格認定のためにアンケートに回答し、

HRET遵守を約束しなければならない。 主要な原材料を産出している国のうち、環境社会面でリスクが高いと考えられる国において、

多くの調査を実施した。例えば、ガーナではカカオ豆について、トルコでは、チョコレート用の

ヘーゼルナッツについて、特に人権との関連を調査してきた。また、インドネシアではカカオ豆

とココナッツについて調査した。さらに、中国、メキシコのほか、アメリカやEU諸国においてすら、特に移民の労働の状況について調査を行った。調査に当たっては、Transparency International77

77 腐敗・汚職などをテーマにしている国際NGO。

71

Page 38: 開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

が行っている人権に関する調査及び各国のランキングを参考にしている。 カカオの生産現場の改善①~児童労働の廃絶に向けて

2000年の末、西アフリカのコート・ジ・ボアールのカカオ豆農家の 95%がカカオ豆栽培に「奴隷」を使っているというショッキングなドキュメンタリーが放映されたことがある。番組は、カ

カオの多くがイギリスに輸入されていることを指摘、イギリス社会の責任をも問う内容であった。

キャドバリー・シュウェプスは、さまざまな菓子の原料として、カカオを多く使用していたため、

この番組に衝撃を受け、調査を行った。結果としては、カカオ豆農家で働く労働者の多くが、他

の貧しい国・地域から生活の糧を求めて自発的に移住してきたものであることがわかった。彼ら

は小規模な農場で働き、収入が少ないため、家族の労働力を頻繁に利用する。子供たちはあまり

学校には行かず、場合によっては、重く、有毒な殺虫剤を散布するスプレー機を持つような、危

険な仕事も行う。さらに、UNICEF(国連児童基金)によれば、西アフリカ・中央アフリカ諸国から、子供の労働力が「密輸」されていることも疑われている。 キャドバリー・シュウェプスは、この問題を解決すべく、産業界、政府、NGO、第三者機関などとともに活動を開始した。 この活動の最大の成果の一つが、2001年 9月に、チョコレート製造協会、世界カカオ豆基金が、アメリカの上院議員、国際児童労働廃絶計画などの協力のもとに採択した議定書(正式名称:「カ

カオ豆およびその製造品の生産及び加工において、最悪の形態の児童労働の禁止及びその根絶に

向けた即座の行動に関する ILO第 82号条約を遵守するための議定書」)である。本協定は、世界のココア・チョコレート産業から児童労働をなくすことを目的とし、独立した監視・報告システ

ムを伴う、信頼性がある国際基準の開発、チョコレートまたは関連製品が強制的な児童労働を用

いずに生産されたことを示す公的認証システムについて規定している。さらに、2005年 7月までに、児童労働を根絶するために必要な一連の行動計画について記載している。現在に至るまで、

同行動計画にもとづき、実態調査、改善のためのパイロット・プロジェクトとのその成果の普及、

監査・認証などが実施されている。 キャドバリー・シュウェプスは、これらのプロジェクトにおいて得られた情報、また生産現場

の映像などからなるビデオを作製し、カカオ豆のバイヤーに対するトレーニングを行っている。 カカオ豆の生産現場の改善②~生物多様性

2004 年、キャドバリー・シュウェプスは、アースウォッチ78及びガーナ自然保全研究センター

とパートナーシップを組んで、ガーナにおけるカカオ豆農業の生物多様性の水準を向上し、また

カカオ豆農場によるエコツーリズムをはじめて開始することを目的とした 3年間プロジェクトを実施することを発表した。このプロジェクトは、ガーナの東部で実施され、カカオ豆栽培の手法

を改善し、野生生物の生息地を残すことによって、生物多様性の向上と、カカオ豆の収量の増加

を同時に実現することを目指す。また、カカオ豆農家の副収入を増やすために、エコツーリズム

が実現可能にするように、研究事業及び農家向けのサポートを行う。 同社はまた、本事業を資金面でサポートするのみならず、自社の従業員に本事業においてボラ

ンティア活動を行うことを奨励し、本事業を通じて、①生産者への支援、②生産者との長期間に

わたる関係構築、②原料の持続可能性の促進、③社員の知識習得、④世界的な生物多様性の保全

の貢献――が行えるとしている。 へ

78 国際環境NGO。持続可能な環境に対する理解と必要な行動を促進するため、科学的野外調査と教育に世界中の人々の参加を促すことを目的とする。

72

Page 39: 開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

その他の原材料 キャドバリー・シュウェプスは、FoE-UKから、「インドネシアにおける大規模なオイルパーム・プランテーション開発が生態系を破壊し、人権を侵害している」という指摘を受け、「持続可能な

パーム油に関する円卓会議 Round Table on Sustainable Palm Oil (RSPO)」と呼ばれるイニシアティブに参加することとした。RSPOはパーム油の生産国もしくは輸入国の様々なステークホルダー、プランテーション企業、パーム油製造者、小売業者、環境 NGO、社会活動 NGOによって構成され、持続可能なパーム油のための取り組みを行っている。円卓会議では持続可能なパーム油につ

いて定義する基準を作成し、詳細な議論が行われている。 同社はさらに、大豆油についても、同様のイニシアティブに参加している。

【一口コメント】 多様な製品の多岐にわたる原材料生産の環境社会配慮は、企業にとっては非常に難しい問題で

ある。今回取材したキャドバリー・シュウェプスの Ethical Sourcing Advisorのトニー・ラス氏も「どこまで取り組むのかは難しい」としつつも、同社の取り扱う主要原材料の性格、生産地の「リ

スク」を見極め、マスコミから叩かれることへの防衛としてではなく、自社の哲学に即して誠実

に対応していこうという姿勢には共感を覚えた。 また、今回紹介したようなカカオ豆やパーム油のように、複雑な社会・経済の背景があるよう

な問題については、一社のみでは対応が難しい。しかし、だから放置するというわけではなく、

国際機関、市民団体や原産国政府、産業団体を巻き込んだ「行動計画」の策定(カカオ豆)、円卓

会議による合意(パーム油)といったすべてのステークホルダーによるコンセンサスづくりによ

って、問題の解決を目指していくというのが現実的なのであろう79。 (満田夏花)

79 (財)地球・人間環境フォーラム「開発途上地域における原材料調達のグリーン化支援事業予備調査報告書」(2005年 3月)参照。

73

Page 40: 開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

事例 15 ハイネケン:地元に根付いたブランドを守り、HIV/AIDS対策にも貢献 1)取り組み企業の概要

Heineken International (以下ハイネケン) 業種・事業内容:ビール等の製造(65ヶ国以上)、販売(170ヶ国以上) 従業員数:61,000人 創業年:1864年 本社:オランダ

2)CSRの理念、戦略、概要 ハイネケンは、以下の3つを同社の核となる価値(コア・バリュー)としている。 ・個人、社会、環境を尊重する ・お客様に喜びをもたらすのが、私たちの楽しみ ・品質に情熱をかける また、ビジネスを進める上で、ビジネス全般、法令・規則、品質、行動についての原則を、さ

らにアルコール、健康と安全、環境、ビジネス・コンダクト(ビジネス上のふるまい)、内部通報、

人権、品質(Product Integrity)の 7項目についての方針を持っている。 CSRを担当する部門である Corporate Affairsは 2年前に設置され、ディレクター1人、マネージャー2 人など 7 人からなる。ビジネス・コンダクト、インテグリティ(誠実・高潔なふるまい)、社内規則、CSR レポート、ステークホルダーとの関与、医療部門(アルコールに関する方針)、民族文化(ethnic culture)、人権などについて全社の方針を決め、実務は各部門が担当する仕組みである。 ハイネケンが CSR に取り組むのは、「今日行っているビジネスを、明日もそのまま続けていきたい」からである。そしてそのためには、企業としてきちんとした責任を果たしていないと、い

つどこで足を掬われるかわからないリスクがあると考えているからでもある。しかし、こうした

取り組みを取り立てて宣伝したり、マーケティングの道具には使ったりしないのがハイネケンの

方針である。 3)取り組みの背景 ビールは非常に古い歴史を持つ飲料で、かつては醸造所のすぐ近くのコミュニティで消費され

ていた。ヨーロッパ中の町に数千もの醸造所があり、オランダで 16世紀に最初にできたフリーメソン80がビール組合だったほどである。そういう意味で、元々地域との密接な関係があった。今

も、顧客とのコミュニケーションを重視している。それはハイネケンにとって顧客のロイヤルテ

ィ(忠誠心)が重要だからである。ロイヤルティは顧客と一緒に作るものであり、そのことがそ

のままブランディングにもなっている。 オランダでは、環境に対する取り組みが次第に、労働環境や人権といった社会的側面にも広が

っている傾向がある。これは第一にはこれまでの取り組みの拡張と言える。つまり、企業の責任

は環境面に限られたものではなく、社会面についても応分の配慮が必要であるとの NGO や消費者の見方の広がりに対応したものである。そして次に、企業の責任は醸造所の内部だけで終わる

ものではなく、その上流にも下流にも広がっていくという考え方である。もちろん前述のように

社外からのプレッシャーも理由の一つになっているし、また社員の「無責任な会社では働きたく

い」という意思も後押ししていると言える。 な

80 石工組合に起源を持つ相互扶助組織。

74

Page 41: 開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

4)取り組みの内容 基本的な環境配慮 ビールの原料は水、モルト化した大麦、ホップ、イーストである。地域によって、これに米、

ソルガム、トウモロコシなどを加えることもあるが、いずれにしろ主要な原料は水である。大

麦やホップは先進国で作られるが、大豆、ソルガムなどの副原料は、醸造所のある場所の近く

で生産されている。労働力と瓶や缶などのパッケージはすべて現地調達なので、材料のおおよ

そ 50%は現地調達していると言える。環境への負荷は何を中心に計算するかで変わってくるが、ハイネケンとしては水へのアクセスと、水質をもっとも重視しており、環境についての 3つのターゲットは、1)水の使用量、2)排水、3)エネルギー消費である。 ハイネケンの原料調達ガイドラインには、農薬や肥料の使用量などが定めてある。規制する

法律がない国や地域ではハイネケンの世界統一の独自基準、あるいは FAO(国連食糧農業機関)や世界的な食品規格である CODEXなどの国際基準を採用している。 環境モニタリングのための醸造所比較システムがあり、醸造所ごとの比較評価ができるよう

になっている。環境報告書にあるデータは、このシステムで集めたものである。 プロモーションガールの労働環境配慮 レストラン等で若い女性がビールを勧めるプロモーションガールは、東南アジア諸国では一

般的な販促手法である。例えばカンボジアもそのような国の一つであるが、こうしたプロモー

ションガールの安全な労働環条件整備の一環として、HIV の危険性などについて教育を行っている。西洋社会からはそもそもプロモーションガールを使うことを問題視する意見もあるが、

必要性がある以上は出来るだけの配慮をするというのが方針である。 HIV/AIDS対策 サハラ以南のサブアフリカでは、HIV/AIDS の蔓延が社会全体を揺るがす深刻な問題となっている。そこでハイネケンは、従業員とその家族を対象に 2001年 8月から HIVの治療を開始し、既に 4万人が医療措置を受けた。基本的な医療措置は会社の負担により行うとの方針なのだが、HIVの治療を始めたのはハイネケンが世界で最初である。このことは特に宣伝はしていないが、今では地域の多くの人々がこのことを知っている。

サプライヤー支援 現在、サプライヤーを支援するための体制を整備中である。化学物質は既に実施しており、

製造方法については、2005年にスタートできるように開発中である。サプライチェーンについては、20ページにわたり 300問からなる質問票を作って調査し、検証は第三者機関に依頼している。 このような体制を整えることで、サプライヤーはハイネケンに 1)公正な扱い、2)種々の問題への共同での取り組み、3)ノウハウの共有を期待することができる。例えば児童労働を解決するために、ハイネケンとサプライヤーが協議し、ベストプラクティスを共有している。

その他 ・ 環境報告書の読者は専門家を想定しており、従業員にはケースブックを配っている。ケ

ースブックでは、環境報告書でコラムとしてとりあげている 16の事例について、より詳しく紹介し、従業員のモチベーションを高めることに役立てている

・ 排出基準などの全社基準(general standard)については、ダブル・スタンダードはなく、世界中で同じ基準を運用している。

(足立直樹)

75

Page 42: 開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

事例 16 ボディショップ:高品質の商品を通じて世界の価値観の変革を狙う 1)取り組み企業の概要

The Body Shop(以下、ボディショップ) 事業内容:化粧品等の製造・販売 従業員数:5,754人(全世界) 創業年:1976年 本社:イギリス

2)CSRの理念、戦略、概要 ボディショップは 1976年の創業以来、以下の 5つの価値感を重視した経営を行っている。 ・ 化粧品の動物実験に反対する。 ・ 公正な取引を通じて、社会を変えたい。 ・ 一人ひとりの人権を大切にする。 ・ ありのままの自分を尊重する。 ・ 私たちをとりまく環境を守る。 こうした考えは、飾り立てた容器を使用せず簡易な容器を使用したり、化学物質を使用せずに

自然の原料を使用したり、さらにするリフィル(詰め替え)・サービスを提供したりという、これ

までの化粧品業界の常識を打ち破る行動にも現れている。 3)取り組みの背景 ボディショップは 1976年、動物実験をせずに商品開発をする化粧品会社としてイギリスで創業した。当時は誰も動物実験を行うことに疑問をもっていなかったが、ボディショップはそれが本

当に必要なことなのか、倫理的であるのかを世に問うたのである。これは、倫理的、道徳的な考

え方を製品と結びつけたという意味で、ビジネスの改革と呼ぶべき出来事であった。 オランダのボディショップはそのフランチャイズであるが、オランダは小さな国であるため、

環境汚染の問題は早くから顕在化していた。そのため、オランダのボディショップではリフィル・

サービスに加えて容器のリサイクルも取り入れ、これは世界のボディショップ81に広がった。 4)取り組みの内容 より持続可能な原料への切り替え ボディショップは他の化粧品メーカーとは異なり、もともと自然の原料を使ってきた。自然の

原料には、動物性のものと植物性のものがあり、ボディショップでもラノリン(羊の脂)やゼラ

チンという動物性の原料を使用していたこともある。しかし、植物性の原料は再生可能であるこ

とから、なるべく植物性の原料に切り替え、例えば動物性油脂の代わりにココアバターやシアバ

ター(シアは樹種名)を使うようになった。 その後さらにもう一歩配慮を進め、自然の生態系を壊さずに持続可能な形で原料を得ることを

重視し、植物も有機栽培のものを求め始めた。その際に重視したことは、なるべく原料の作られ

る場所に近いところから仕入れるということである。原料となる植物を作っている農民から直接

買えば、農民の生活を安定させ、また植物を栽培する環境にも配慮できる。このような取引82に

おいて重要なことは、なるべくアフリカ、ブラジル、ロシアなど、比較的貧しいと考えられる国

81 アジア等開発途上地域における事業展開の形態(事業所展開、輸入等):The Body Shop Internationalは、世界 55ヶ国に店舗を持つ。原料の一部は途上国から調達している。

82 同社では、現在は特にコミュニティとの関係を重視し、「コミュニティ・トレード」と呼んでいる。

76

Page 43: 開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

や地域から購入することと、農民から直接、市場価格よりも高い価格で買うことである。そのこ

とが、その地域が経済的な利益を得ることにも、働いている人たちへの正当な対価を保証し彼ら

の基本的な人権を守ることにもなり、ともすると壊れやすいこうしたコミュニティの自然を守る

ことにもつながるからである。 こうしてボディショップでは、コミュニティ・トレードでココアバターを調達するようになっ

た。しかし、ココアは本来、自然の生態系に存在している植物ではなく、プランテーションで栽

培されている。ボディショップは生態系にもともと存在するものを持続可能な形で手に入れたい

と考え、さらに一歩進んだ形として、アマゾン流域に生育する木から取れるブラジルナッツの利

用も始めた。この木はプランテーションでは育たず、古くから地元の人やインディオの人に利用

されてきた植物である。現在ではこのブラジルナッツを調達しながら、インディオの人々の生活

向上も支援し、実際その成果も上がっている。 このように、ボディショップの原料調達は、より持続可能な原料を求めて進化してきた。最終

的には生態系の配慮に行き着いたが、これは動物の世界を守ることにつながり、最初の動物実験

をしないという価値観にもつながっている。このように、ボディショップの核となる価値観はす

べて互いに結びついていると言える。 メッセージを伝える方法 ボディショップは通常の企業であると同時に、社会運動をする企業であると自負している。ビ

ジネスだけでなく、価値観も大切にしており、ボディショップの商品を知ることで消費者も違っ

た視点を持つようになってくる。したがって、商品は、コミュニケーションのための道具とも言

える。つまり、商品を通してボディショップの考え方を伝えることになると考えてきた。 最近は、より多くの消費者を惹きつけるための「視覚的な質」(魅力的な外観)、使い勝手、安

全などの商品の「機能上の質」、人権や自然保護などの環境社会配慮などの「材料の無形の質」の

「質」を重要視している。これらの質が高い商品であって初めて、消費者は気持ちよく使うこと

ができると考えるからである。ボディショップはこれらの質を高めることで消費者を惹きつけ、

商品を通じて消費者に明確なメッセージを伝えることを目指している。 【一口コメント】 今回、ボディショップ・ベネルクス社長のヤン・オースタヴェイク氏から直接話を聞くことが

できた。氏は、ボディショップの創業者アニータ・ロディック氏に環境面からのアドバイスを与

え、1990年代にはボディショップ・インターナショナルの役員でもあった。 彼は「私は環境保全を重視しています。生態系が壊れてしまえば、私たちは誰一人生きていく

ことができません。私たちは大きな家族なのです。」と言い、その行動は明確な価値観に貫かれて

いる。価値観に裏打ちされた商品を通して、「多くの人の目を開くこと」が、目標なのだという。

もちろんすべての人がその考え方をすぐに受け入れられるわけではない。数年前までは「すべて

の人にすべてのものを」と考えていたが、それでは結局「すべての人に何も与えられない」こと

になってしまうと気付き、ターゲットを絞ることにしたそうである。そのために、伝えたいメッ

セージをより明確にする必要があり、高品質な製品を作るために価格も上げなければならなかっ

たという。また、ボディショップが世界的な企業に成長するにつれ、ボディショップの中でもす

べての人が同じ考えを持つわけではなくなりつつあるという。しかし、オースタヴェイク氏も言

うように、ボディショップは良い意味でのウィルスであり、周りに影響を与えずにはおかない。

一度ウィルスに感染すると、取り除くことはできないのだ。ボディショップがイギリスの一部の

動物愛護主義者にのみ受け入れられているわけではなく、世界 55ヶ国に広がったことがこのことの何よりもの証拠であろう。 (足立直樹)

77

Page 44: 開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

事例 17 Ahold:全世界に散在するスーパーマーケットのブランド管理に向けた挑戦 1)取り組み企業の概要

Ahold (以下アホールド) 業種・事業内容:食品等の小売販売 創業年:1887年 従業員:30万人以上(全世界、2004年) 本社:オランダ

2)CSRの理念、戦略、概要 アホールドは、以下のような CSRビジョンを掲げている。 • アホールドは、事業を行うすべての地域において、社会的にも環境的にも責任を果たす

企業である。 • 公衆の健康と安全、そして環境を守ることを、また、持続可能な発展のより広い目的に

貢献するような手法で事業を行うことを目指す。 • アホールドは財務上のステークホルダーに対する約束を実現するだけでなく、従業員、

顧客、サプライヤー、操業している地域コミュニティ、そして広く社会全体に対する責

務を果たすべく最善を尽くす。多くの人々の生活の質を向上させることが、アホールド

の重要な目的である。 このようにアホールドは事業を行うすべての市場において、また環境だけでなく社会的にも、

さらに株主以外の広く一般のステークホルダーに対して、責任ある企業となることにコミットし

ている。 コミットメントとしては、ステークホルダーごとにではなく、社会における自らの役割を以下

のように大きく 4つに分類し、それぞれについて具体的な活動方針を示している。 アホールドの社会における役割 食品供給業者として - 品質、価格、品揃え、利便性、サービスの最良の組み合わせで地域の市場に貢献する - もっとも安全な製品を消費者に提供し、消費者の環境や社会についての懸念をサプライチェーンに伝える

雇用者として - すべての事業地域において、業界の中で選ばれる職場になる - すべての事業地域において、多様性、機会均等、基本的な権利の原則にしたがった操業をする

事業者として - ビジネスの環境影響を管理するように務める

社会の中の市民として - 地域の経済発展を支援し、事業を行っているコミュニティの一員として積極的に貢献する

78

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

3)取り組みの背景 アホールドは、元々さまざまな地域にあったスーパー等のブランド83を買収して、一つの世界

共通の運営をしている。これらの企業は 100%子会社であり、アホールドがその持ち株会社であるが、それぞれの企業のブランドは各地域に密着したものであるので、アホールドとしては、買

収後もブランドは変更しないし、それぞれの良さを維持するようにしている。また各社の経営は、

それぞれのブランドのCEOが行う。何が一番重要な問題か、あるいは優先度が高いかと言えば、それは地域ごとに異なってくる。例えば、スウェーデンではサプライチェーンにおける社会問題

などが重視されているし、オランダでは環境問題が重要かと思えば、アメリカではコミュニティ

における社会貢献が求められている。これらの問題への対応を考えたとき、世界中でビジネスを

行っていることの責任と、効率という点からすると、世界中でより統合化を進めることも必要で

ある。そのため、各地の独自性や文化を尊重しながらも、共通化できるところは共通・統合し、

またお互いの経験を共有することができるよう、本社の新CEOのもと、方向転換をしつつある。 4)取り組みの内容 持続可能性を計測する試み アホールドの事業によって付加された社会的価値、環境的価値を計測するため、企業の持続可

能性に関わる活動の統合モデルをフローニンゲン大学(オランダ)の研究者と開発している。2001年に大学が基礎モデルを作成し、2002年にはアホールド社内でテストをし、現在はこれに興味を持ついくつかの企業が参加してテストをしている段階である。最終的な成果は近く公表する予定

であるという。 世界レベルでの調達データベースの構築 商品の調達は、地域によっては共同で行うこともあるが、例えばアメリカとヨーロッパで一緒

に調達を行うことは現実的ではない。したがって、世界レベルでの調達から、地域レベルでの調

達まで、様々な形態のものがある。しかし、現在世界中で共通の調達データベースを開発中であ

り、これがあれば、いつ、どこで、どこから、いくらで調達したかがすぐにわかるようになる。

このことは、安全性、品質、環境・社会パフォーマンスに関する情報を世界的に共有することが

できるようになるという点において重要である。アホールドはブランドごと、地域ごとの自律性

を重視しており、CSRの課題は地域によって異なる。しかし、このような調達に関するデータや、ベストプラクティス、知識を共有することで、世界中で各地域の CSR活動の質を加速度的に高めていくことができると考えている。

83 ここで言うブランドとは、スーパー等の名称およびその名称のもとで営業するスーパー等のチェーン、さらにはそれを運営する企業のことを指す。一つの企業がある一つの名称の元で複数のスーパーを運営す

ることが多いが、場合によっては一つの企業が複数の名称のチェーンを保有していることもあり得る。ア

ホールドはこうした各国のブランドを買収することにより成長した。

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ブランド独自の取り組み ■EUREGAP84の規格づくりへの参加 ヨーロッパのサプライヤーはすべて製品の安全、減農薬、環境保護、労働安全に関する

EUREGAPという基準の認証を受けなくてはならない。さらにいくつかの特定の製品については、これに追加して要求事項がある。アホールド傘下のブランドである ICA と Albert Heijin は、EUREGAPの規格作りにも参加している。 ■エコサウンド(環境に優しい)・プロジェクト ここ数年、アメリカの消費者の間で、過剰漁獲や、海洋生態系への影響、養殖による海洋汚染、

混獲、誤獲など、水産物の環境負荷への関心が高まっている。アホールド傘下のブランドの一つ

である Stop&Shop は 2001 年にニューイングランド水族館と提携して調査を行い、長期の調達方針を立て、持続可能な漁業を行っているサプライヤーを優先的に選ぶようにした。 ■ アース&バリュー・プログラム 消費者は、農産物が作られる際のプロセス、人や動物の取り扱われ方、そして環境への配慮に

ついても気にかけるようになってきている。そこでアホールド傘下のブランドの一つである

Albert Heijinは「Earth & Value」プログラムを立ち上げ、果物や野菜を作る際の農薬の使用を減らし、豚の飼育環境を改善し、鶏、子牛、魚についても同様の配慮をするようにしている。 ■Utz Kapeh(責任あるコーヒー) アホールドは毎年 15,000トンものコーヒーを調達している。アホールドブランドのコーヒーの社会・環境パフォーマンスを挙げるために、EUREGAP 基準を参考にして、体系的で、一歩一歩前進するアプローチを開発した。これは「責任あるコーヒー」の意味である Utz Kapeh基準と名付けられ、同じ名前の NGOをグアテマラのサプライヤーと設立した。1999年のことである。現在はこれに、ホンジュラス、ボリビア、コロンビア、ウガンダの農家も参加している。

(http://www.utzkapeh.org/) 【一口コメント】 アホールドは世界 28 ヶ国で、30 近い食料品スーパーのブランドを有する。それぞれのブランドはもともと地域で発生したものであり、既に地域との強い絆があるため、買収後もブランド名

と独自性を残した経営をしている。このことに、消費者との信頼関係を重視する立場が象徴され

ていると言える。 食品の安全性やサプライチェーン、特に製品がつくられるプロセスについて、海洋生態系への

影響の軽減、コーヒー生産者への配慮、動物を飼育する環境の改善など、さまざまな取り組みを

進めている。しかし、これらもアホールド全体ではなく、ブランドごとの取り組みとなっている。

これは第一には、CSR活動そのものが、各地域の必要性に応じて優先順位を付けるというやり方を取っているためと思われる。CSR活動の対象としては、消費者と従業員を特に重視しているが、NGOからの要求が活動のきっかけになることも多いようである。サプライチェーン管理については、消費者がサプライヤーへの様々な配慮を求めるので、「消費者の社会的・環境的懸念をサプラ

イヤーに伝える」と言っていることが注目される。 (足立直樹)

84 1997年に欧州小売・製造業者ワーキング・グループ(EUREP)に所属する小売り業者によって始められたイニシアティブであり、農業生産者と小売業者のパートナーシップに発展している。良い農業の慣行に関

する世界的な認証を開発することを目的としている。基準の設定にあたっては、消費者、環境団体、政府

など、農業関係者以外のステークホルダーも加わり、オープンなものになっている。

80

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

事例 18 TPG:国連食料機関とのパートナーシップで、飢餓解消へ本業のノウハウを提供 1)取り組み企業の概要

TPG(TNTポスト・グループ) 事業内容:TPGはオランダ政府が出資した持株会社で、総合物流を提供するTNT

Logistics、国際宅配便等を手がけるTNT Express、郵便サービスのTPG Postから構成される85。

創業年:1989年 従業員:16万人 本社:オランダ

2)CSRの理念、戦略、概要

TPG は、国連グローバル・コンパクトを支持しており、自らも、雇用、安全、環境、法令遵守などについての「ビジネス原則規範」を策定している。 この規範に準拠するために、サプライチェーン全体において責任を持つこととしており、サプ

ライヤーにも TPG と同様の目的と目標を支持するためのプログラムを導入することを支援している。

CEOである Peter Bekker氏は、「ビジネスにおいてリーダーシップを発揮するのはもちろんのことだが、現在の世の中では、本当のリーダーシップは、社会的なリーダーシップも含むものでな

ければならないと信じる」として、CSRを推進している。 3)取り組みの背景

TPG が持続可能であるために、社会的なリーダーシップを取ろうという抱負がある。これは、これから将来、企業が競争から生き残るためには社会からの良い評判が不可欠であると考えてい

るからである。したがって、多くの他の企業は悪いことをしないことが重要だと考えているのに

対して、TPGは良いことを積極的にすることこそ重要であると考えている。 したがって、TPG の環境や社会に関する活動は、NGO など社外からの圧力があって始めたものではなく、内部から発生したものである。このような活動を行うことが、

1. 社員が TPGで働くことに誇りをもつ 2. 社会からの良い評判を確立する 3. 株主への付加的な価値の提供 の 3つに役立つと考えている。 4)取り組みの内容 「管理」、「改善」、「差別化」

TPGが社会的なリーダーシップを発揮し、持続可能であるために、3段階のコミットメント(「管理」、「改善」、「差別化」)を進めている。 このもっとも基礎になるのが「管理」であり、企業統治規約を守るために、ISO9001、OHSAS18001、

ISO14001、IIP(Investmenters in People)、SA8000などの国際的規格や、GRIガイドラインによる管理を行っている。そして業界全体の評判を向上させるための「改善」として、WEF(World Economic Forum)/GRIのステークホルダーダイアログの議長を務め、合意した原則や KPI(主要なパフォー

85 63ヶ国に事業所があり、200ヶ国に荷物を配達している。

81

Page 48: 開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

マンス指標)を実施している。さらには業界をリードする「差別化」として、独自のプログラムを行っている。このように、TPG にとって CSR を進めることは、企業としての差別化戦略と言える。 以下の 3つの活動も、いずれも TPGが他社との「差別化」のための活動と定義しているものである。 WFPとの協働で飢餓と戦う

WFP(国連食料機関 UN’s World Food Program)との協働で、2002年 12月から、「もっとも必要とされているところに食料を届ける」という物流にとってもっとも深遠な課題に取り組んでいる。

具体的には、輸送・物流という TPGの核となる専門性と、人的資源の提供という二つで貢献している。社員は、専門家ボランティアと一般ボランティアの二つの形で参加できる。物流の専門家

は必要な物流システムを作ったり、より効率良いシステムにするための技術的支援を行う。それ

以外の社員は一般ボランティアとして参加する。数ヶ月にわたるボランティア活動を終えた社員

は、職場に戻った後で、同僚や近所の人へその経験を伝える。ガンビアやタンザニアといった国

は、一般の人にとってはあまりにも遠い国であるが、こうしたボランティアの経験を聞くことで、

より身近に感じられるようになり、そのことが地域コミュニティを動かすことにつながる。この

ような効果を期待して、社員がボランティアとして参加することは、”moving the city”活動と呼ばれている。 「クリーンな配達(delivering clean)」プログラム トラックからはCO2やNOxなどが排出される。これをなるべく少なく、クリーンにしようというもの。特に各国の下請け業者では、クリーンでないトラックがたくさん使われている。まずは

自社保有のトラックをクリーンなものにし、その次に下請け業者の問題に取り組む予定。UNEPと一緒に進めており、技術的なことはイタリアの自動車メーカーであるFIATとも協働している。 安全運転キャンペーン

2005年の大きなプロジェクトである。例えば中国では急速にモータリゼーションが進んでいるが、運転マナーが悪く、事故が急増している。この問題を解決するために、地域社会へ安全運転

の教育などをすることで貢献することを考えている。また、世界 63 ヶ国で安全性を基準化し(global safety)、「道路上でもっとも安全な企業(“safest company in road”)」となることを目指す。

【一口コメント】 TPGは「CSRは差別化のためである」と明確に言い切るが、業界全体のリーダーシップをとり、また本業における本質的な取り組みを進めている。その上で、その効果を正確に計算していると

ころは、ビジネスがどう環境と社会に貢献するかを考える上で、一つのモデルになる可能性があ

る。ただし、TPG は WFP との協働プロジェクトを、広告宣伝活動には一切使用していない。ビジネスの持続可能性の戦略はあるが、だからこそ表面的な活動に留まらず、本質に踏み込んだ活

動を選んだのであろう。なお、TPGが一般的なフィランソロピーではなく、より本格的な社会貢献をするようになったのは、若き CEOの Peter Bakker氏が本業の物流を活かすべきであると考えたからだったという。

(足立直樹)

82

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

Interview サプライヤー管理のコツと難点~フィリップスの経験より エレクトロニクス大手のフィリップスは、先進的な環境管理体制で有名である。世界のエレクト

ロニクス各社が EU の RoHS 指令の発効前にサプライ・チェーン管理の構築を急ぐ中、長年、フィリップスのサプライヤー管理に取り組んできた同社 Senior Advisor Environmental Engineeringの Ir. Ab. Stevels博士(デルフト大学教授)に、その「コツと難点」について聞いた。 サプライヤーマネジメント、調達管理について フィリップスは 1994年から、化学物質管理プログラムを開始しました。下請け会社 やサプライヤーから納品される原材料や部品に含まれる化学物質を把握することが目的です。1994 年からこのプロジェクトを実施していますから、今では私たちが購入している原材料や部品の 99.5%について、それらに含まれる化学物質を理解しています。 このプログラムでは化学物質を、1)使用が禁止されているもの、2)十分な情報を得ておきた

いもの(多くの場合、有害であるかもしれないとの疑念が挙がっているものや、将来、当局の規制

が入る可能性があるもの)、3)使用が容認されているもの、の3つに分類しています。これはフ

ィリップスが国際基準に則って全世界で実施しているプログラムですので、ヨーロッパ、アジア、

開発途上国、先進国の別に関わらず、同じように扱われています。 まず、サプライヤーにこのプログラムの必要性と方針を説明し、納品する物品に含まれる化学物

質に関して明確な情報を提供するようお願いします。それを私たちがチェックし、承認します。1994年にこのプロジェクトを導入したときは、サプライヤーの意識も今ほど高くなかったので、これは

骨の折れる仕事でした。 化学物質管理プログラムを始めたきっかけ 特に外圧があったわけではありません。近い将来、化学物質含有が重要な問題となると見込んで、

このプログラムに投資することに決めたのです。それは予想通りとなり、他の企業は2年ぐらい前

から大慌てしています。これは、ただ単に、アンケートを送ればいいという問題ではありません。

サプライヤーには、アンケートに答えたくても、十分な知識がないところもありますし、また、不

誠実な会社もあります。フィリップスやソニー、パナソニックやヒューレットパッカード(HP)などの大企業が、このような問題に取り組むためには、何年もの月日をかけて管理体制を整えなけ

ればなりません。良いサプライヤーか、悪いサプライヤーか判断するには、彼らと対話しなければ

なりませんし、彼らに情報を提供しなければなりません。彼らが期待に応えてくれなければ、プレ

ッシャーをかけなければなりません。フィリップスでは、プログラムの開始から、フルタイムのス

タッフ2人がこの問題に取り組んでいます。フィリップス程の大企業はこのぐらい多大な努力をし

なければならないわけです。 サプライヤーの管理方法 3分類された化学物質のリストとなっているアンケート調査表を送って、回答してもらいます。

これは、購買プロセスの一環として行われます。購買は、量、配達条件、価格など様々な条件によ

って決定がなされますが、その一つが環境問題ということになります。化学物質管理プログラムと

して始まりましたが、最近では、サステナビリティ憲章に拡大しました。ですから、監査は化学物

質に関するものが個別に実施されているのではなく、通常のサプライヤー監査に含まれています。

私たちは重要な方針として、環境問題やサステナビリティの問題を個別の問題としてではなく、

ビジネスをする上で包括的に取り扱うようにしています。ですから、購買というビジネスの1プロ

セスがあって、それに化学物質管理、さらに広く言えば、サステナビリティの問題が組み込まれて

83

Page 50: 開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

いるわけです。ですから、事業全般の監査に、環境問題についての監査も含まれているということ

になります。 そして、会社のそれぞれの部門には、環境センターが設けられています。そこには、専門家が配

置されており、違反の疑いが浮上した場合には、サンプルをとってさらに踏み込んだ検証をします。

そして、疑いが正しいものであるか、誤りであったか、決定するわけです。 サプライヤー管理で困難な点 フィリップスには数千にのぼる業者が、合計で 20,000の原材料や部品を納品しています。これは、家電部門のみの数値です。これだけの業者を管理するシステムを確立するのはとても困難でした。

始めは、アンケート調査表を送っても、サプライヤーには意味が分からなかったり、質問にそぐわ

ない回答を送ってきたりした会社もありました。状況は改善していますが、10 年経って、サプライヤーのスコープも変わってきています。現在では、多数の中国の業者がフィリップスに納品して

いますので、中国に焦点がシフトしています。既にお話しましたが、これはグローバル・プログラ

ムですから、中国であろうと、ベトナムであろうと、インドであろうと、貧しい国であろうと同じ

扱いです。知らなければ、学ばなければならない。それで私たちは中国のサプライヤー向けにセミ

ナーを開催しているのです。 新規サプライヤーへのサポート まずは、フィリップスの行動方針を学んでもらわないといけませんので、新規サプライヤー向け

にセミナーを実施しています。行動方針には、環境やサステナビリティの基準が含まれますので、

まずはこれらを理解してもらいます。その後、アンケート調査に協力してもらいますが、彼らには

慣れないことも多いですから、注意を払います。現在は中国に力を入れています。 中小企業 中小企業の方が、環境に関する規制を遵守するのが難しく、取引を停止される可能性が高いとは

思いません。これはアジア、特に中国で見られる文化でもあると思うのですが、サプライヤーは私

たちを喜ばせるために宣言書に署名しようとします。しかし、環境や社会への配慮は私たちを喜ば

せるためではなく、良い効果をもたらすために実施することになるのです。そして、これはサプラ

イヤー自身にも利益をもたらします。とにかく、中国の中小企業は、ヨーロッパ、日本、もしくは

韓国企業と取引しようと思えば、これらの規定を遵守しなければならないと理解し、必死に対応し

ます。しかし、大企業となると、「自分達は自分達のやり方でやる。中国の市場は大きいので、私

たちがいずれ世界を制覇する」と考えるメンタリティーが働くことがあります。ですから、私たち

の経験では、一度、宣言書の趣旨を理解してもらえば、中小企業の方が、大企業よりも、対応が速

いと思います。 コツは 100%に拘らないこと コスト面から、ISO14000(以下 ISO 14000s)シリーズを適用することは、大企業と比べて、中小企業の方が困難だというのは、その問題をどう見るかによります。まず、これらの基準の趣旨や信

念を理解するということでは、中小企業が有利だと思います。組織が小さく、また、家族経営とい

うところも多いですから、一度ボスが決定すれば、すべてが敏速に動くということも少なくありま

せん。大企業の場合はより正式な手続きをふまなければなりませんから、困難も多いでしょう。ISO 14000sだろうと、化学物質管理だろうと、隅から隅まで記録を取ろうとすれば、多大な事務処理に追われることになるわけです。 一方で、中小企業にすれば、記録を残すための人手が足りないということもあります。大企業は

84

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

人手を増やすことはできても、それにはコストがかかるとの不満が出ます。 結局、問題は、環境に関する法規制、ISO14000sの信念、精神に、同意し、その達成に向けて努力し、結果を残せるかどうかということです。100%の遵守を証明するのは難しいかもしれない。でも、ある程度十分な証拠さえ見せられれば、後は信頼関係に基づき、それでよしとすることも必

要でしょう。自分達の取り組みが環境保護に関する法の精神に則っていることを、70%、80%証明でき、残りもそうだと主張するのであれば、後はそのビジネスパートナーを信じられるか、信じら

れないかにかかってきます。 しかし、これはアジアの文化ではなかなか理解されにくいです。アジア的な、例えば、日本人的

な目で法に目を通せば、『これを全て実行するには、巨額な資金がかかる』と恐れおののくわけで

す。それで、今、法令遵守のための鍵が欧州にあるのではないかと、各企業が代表者を送ってきて

いるのです。フィリップスは他の人が知らないことを知っているわけではありません。何も特別な

対応策を持っているわけではありません。ただ、私たちの考え方が違うのです。私たちは、法の精

神に同意し、行動し、それが認められれば、それで良いと考えています。法規制を一語一句読み、

それに従い、遵守しているという 100%の証拠を提供しなければならないと考える人たちは、結局、紙の山と官僚主義に直面するだけです。東ドイツでもこのような問題が浮上しています。フランス

ではありません。やはり文化によるのでしょう。 ただ、信頼関係に頼るということは、他のサプライヤーに、遵守を避ける隙を与えることになり

ますので、気をつけなければなりません。嘘をついていると思われるサプライヤーを見極めなけれ

ばなりません。 オランダの実用本位主義 オランダの歴史は貿易に基づきます。貿易の原則は、ギブ・アンド・テイクで、そこから、相互

利益が生まれます。どちらか一方だけが得をしているのでは、取引関係は長続きしません。ここで

大事なのは、自分が相手よりも優れていると考えないことです。自分達と取引したければ、自分達

の言うことを聞けと命令するのではありません。フィリップス側の必要事項を明確にしますが、取

引相手にも、それを満たせば、他の欧米企業と取引を開始するのに必要な信頼を得られるというよ

うな利点があることを理解してもらいます。欧州だけでなく、中国政府でも、早いスピードで環境

規制を取り入れようとしていますから、フィリップスの基準を準拠することは、中国国内でビジネ

スをやっていく上でも有益なのです。 しかし、よい関係を保つために、私たちの基準を妥協するということはありません。これはグロ

ーバルな取り組みですから、中国だろうと、途上国だろうと、米国であろうと、同じ扱いです。 CSR活動を実施するうえでの難点 フィリップスはグローバル企業ですから、国際基準に則って活動したいと考えますが、実際、文

化となると、この世の中に、全世界共通のもの、普遍的なものなどはないのです。ですから、テク

ニカルな問題だと比較的簡単に対処できますが、人々の考え方が絡んでくると困難です。 妥協できない基準や行動について、実用主義的なアプローチをしていかなければなりません。世

界はあなたが望む原則や原理で成り立っているわけではありません。ということは、いつも、私た

ちが望むものと、得られるものの間で緊張が生まれるわけです。また、正しくあることと正しいと

思うものを得ることには大きな違いがあります。人と交わらなければ、正しくあることは比較的簡

単です。しかし、正しいと思うものを得ることは、他の人の価値観が入ってきますから、とても難

しいことです。

85

Page 52: 開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

3.3 シンガポール編 事例 19 YKKアジア:国ごとに異なる文化・慣習に柔軟な CSR対応を進める 1) 取り組み企業の概要

企業名:YKK Holding Asia Pte. Ltd.(以下、YHA) 事業内容:ファスナーおよび建材の生産・販売 従業員数:49人86(地域グループ全体:6,314人) 本社:日本(東京都) 立地場所:シンガポール87

2) CSRの理念、戦略、概要

YHA の日本本社である YKK では、創業者吉田忠雄氏が提唱した「善の巡環」(=他人の利益を図らずして自らの繁栄はない)を YKK 精神として、事業活動の基本に受け継いでいる。これは、事業活動の中で発明や創意工夫をこらし、常に新しい価値を創造することによって、事業の

発展を図り、それが得意先、取引先の反映につながり社会貢献できるという考え方である。 これを受けて、経営理念「更なる CORPORATE VALUEを求めて」において、「公正」を基盤とした方針に基づいた経営を展開している。 この創業の精神は海外でも同様に浸透しており、事業展開している世界各国において「土地っ

子になる」「利益三分配」という思想(その土地への還元、雇用の創出、納税など)を展開してき

た歴史がある。 3) 取り組みの背景

YKK は、90 年代に入ってから世界 6 地域に分割して地域統括会社を置く方針をとるようになった。YHAは、中国・韓国・台湾を除くアジア・オセアニア地域の統括会社である。 アジア・オセアニア地域において、地域における雇用は優先順位の高い課題にあげられる。YHAは創業時から地域に根付いた経営として人事にも特に配慮してきている。ただし、YKKの海外戦略が地域統括ベースになってからは、各国の現場事業所と本社の間に YHA が置かれるようになったため、現場とすれば、これまでより管理が厳しくなったという状況の変化がある。地域統括

制を根付かせるには、現場の CSRに関する理解を得ることが重要であり、これからの課題である。特にアジア地域は地理的な範囲が広いだけでなく、経済状態や慣行などが国ごとにかなりのばら

つきがあり、統括することが非常に難しい。 どのように企業の社会責任を果たすべきかと考えると、最終目的には企業のブランド価値をあ

げることにつながるものととらえている。それは、事業を実施し、よりよいサービスを提供する

中で、顧客、地域社会、社員などとの関係をよりよいものとするということにつながる。テーマ

としては、法令遵守、株主に対する責任、従業員との関係、人事政策の確立、環境などが考えら

れる。 4) 取り組みの内容 環境対策については、ISO14001認証については域内ほぼ全社取得済みである。現地の基準を守

86 シンガポール 27人。インドネシアにあるR&D部局が 22人。 87 中国・韓国・台湾を除くアジア・オセアニア地域の 16ヶ国に展開する 27社のグループ企業の地域統括会社となっている。

86

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

るということは言うに及ばず、製造を中心に、省エネ・省資源の取り組みを積極的に進めている。

また製品に含まれる有害物質への対応は、地域で取り組む課題というよりは、グループ全体(日

本本社)で製品開発分野として取り組んでいる。アジア太平洋地域において生産された製品は欧

米などへ輸出されるため、「欧米市場が何を求めているのか?」という視点が基本になっている。 製品開発については YKK として世界で共通の基準で考えるが、経営のその他の部分(労務、

環境、地域との関係)については各国・地域の文化・慣習に合わせることが必要。その土地その

土地で企業活動をしているだけで地域への還元になっているということがこれまでの考え方であ

ったが、CSRにあたって改めて何のために企業があるのかということを考えるきっかけになっている。例えば、2004 年 12 月のスマトラ沖地震による津波の被害は社会・地域に対して何ができるのかを考えるきっかけになった。 法令遵守については、統括会社には法務部門がないので目が届かない分野がある。これからき

ちんと体制作りをすることで、問題点を挙げるだけでなくグッド・プラクティスを集めることにも

なると考えている。 YHAはこれから、統括会社として地域を統制する途上にあるが、まずは納期や品質からはじめ、それから調達・物流のあり方などについても管理・統制していくことになる。この過程で重要な

のは現場とのコミュニケーションであり、そのなかで地域ごとの事態が把握できる。地域統括会

社の役割はそこにあり、「各社がアクセルを踏み、統括会社はブレーキをかける役割」ともいえる。 今後 YHA 社としては、グループ各社が共通に対応すべき分野について取り組まざるを得ないが、一方で、16ヶ国にわたる地域グループを 1つのものさしに当てはめていくことには無理があり、柔軟な方策も必要と考えている。「Communication & Teamwork」を重視して対処していく方針である。 【一口コメント】 創業以来培ってきた YKKの土着精神が今日の CSR対応として評価される一方で、グローバルな事業戦略としての地域統括の難しさが感じられた。異なる文化や慣習のなかでのビジネス展開

において、CSRとは結局「人」の問題なのだと思わせてくれた。 伝統的な思想、地域との関係、その思想をいかに次世代または日本人以外の人々に伝えるかと

いうのがこれからの課題だと言われた点に、今後、YKK の CSR の取り組みが進んでいくのではないかという期待がもてる。

(海野みづえ)

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Page 54: 開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

事例 20 OCBCバンク:地域のリーダーとして社会貢献を積極支援する金融機関 1)取り組み企業の概要

企業名:Overseas-Chinese Banking Corporation Limited(以下 OCBCバンク) 事業内容:シンガポール、マレーシアにおける主要金融機関 従業員数:全世界で 7,500人 事業展開:総資産 1,100億シンガポールドル。14ヶ国において 110支店を展開 創業年:1932年(中国系の 3銀行の統合により設立。事業は 1912年より操業) 本社:シンガポール

2)CSRの理念、戦略、概要

OCBCバンクはその創立者 Lee Kong Chian氏の遺志がそのまま、現在の企業理念として脈うっている。同氏は、1950年代に若者の教育や勉学をサポートする貢献活動に非常に熱心であり、同行は教育を軸としたプログラムを現在でも展開しシンガポール社会に貢献している。 4)取り組みの内容 教育プログラムとしては、1970 年代より研究支援のための 12 の奨学金制度を展開している。若者に将来の夢や熱意を持たせる機会を提供することが自社の役割と考えているので、これらの

制度は返済などの条件をつけず利用者の意思を尊重している。このほかにも、以下のようにシン

ガポール内の NPOの各種教育プログラムに参加、支援をしている。 ・ シンガポール児童協会(SCS: Singapore Children’s Society):5年間で 250万シンガポールドルの支援。また社員による同協会の地域活動プログラムへのボランティア参加など、各種

のプログラムを実施。 ・ リー・クアン・ユー校:5年間で 100万シンガポールドルの支援

地域活動においては、自社単独での支援だけでなく、他機関との共同プロジェクトにも積極的

である。その主だったものは、全国労働組合会議(NTUC: National Trade Union Congress)との連携である。NTUC-OCBCカードを 2004年 9月に発行し、カード利用額の 1%を、今後 5年間 SCSのガン基金に寄付するというものである。 またシンガポール赤十字社と協力して、スマトラ沖津波被害救済への支援を行った。この時は、

同社の顧客に義援金を呼びかけ 87万シンガポールドルを集めるとともに、社員による食料支援ボランティアも行った。 芸術支援活動も、重要な貢献活動である。全国芸術協議会に 6年連続でスポンサーをしている。

【一口コメント】 中国系の金融機関として、シンガポール内で地域との共存があってこその事業という姿勢が強

く伺えた。金融機関の性質から、独自でプログラムを立ち上げるよりも NGO などの他機関の活動を支援することが中心であるが、今後は融資などの金融事業においても環境や社会を配慮した

展開に広がることを期待したい。 (海野みづえ)

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Page 55: 開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

3.4 フィリピン編 事例 21 富士通テン・フィリピン:日本国内と同等の徹底した環境パフォーマンス管理を進める 1)取り組み企業の概要

Fujitsu Ten Corporation of the Philippines(以下富士通テン・フィリピン) 事業内容:自動車用エレクトロニクス製品の製造 従業員数:1,200人 創業年:1991年 工場立地場所:フィリピン・マニラ南方のラグーナ・テクノパーク(工業団地) 本社:日本(兵庫県)

2)CSRの理念、戦略、概要

1992年に「富士通テン地球環境憲章」を制定し、事業活動のあらゆる段階で環境への配慮を展開している。同社の環境配慮の特徴は、社内の全部門はもとより、内外の関係・関連会社、取引

先・仕入先と協力して環境保全に積極的に取り組むこと(総合的な取り組み)、開発・設計から、

調達、生産、販売から商品廃棄にいたる全ての段階において環境汚染の未然防止、省資源・省エ

ネルギーなど環境負荷の低減に取り組むこと(企業責任の遂行)、そして、良き企業市民として、

政策レベルや社会・地域における環境保全への支援・協力を積極的に行うこと(社会への貢献)

である。 3)取り組みの背景 同社の製品の 95%が輸出向けであり、日本メーカーはもちろん、FordやGMにも納入している。自動車メーカーはいずれも環境への配慮を徹底しており、日本メーカーの場合には、海外の事業

所においても、日本とまったく同等の品質、コスト、納期、環境配慮が求められる。こうした納

入先の要求に応えるために、1998年には ISO14001 の認証を取得した。また、米国3大自動車メーカーが中心となって策定された自動車業界のための品質管理基準である QS9000 も取得している。日本メーカーからはこれまでのところないが、米国メーカーは労働環境についても、賃金や

労働時間などに関する要求がある。そのため、自動車業界の技術基準である ISO/TS16949の認証を 2005年 9月に取得する予定である。 4)取り組みの内容 サプライヤー・クラブの結成 富士通テン・フィリピンは、「トヨタ・サプライヤーズ・クラブ」のリーダーを務めている。こ

のクラブは 2002年に正式に発足した NPO である。100社程度の構成企業は、すべて地元企業である。原則として ISO14001の認証取得が必要であり、すべての企業が環境管理システム(EMS)を持っているが、ISOの認証を取得したのはこれまでのところ半数である。いつまでに 100%にするという具体的な数値目標はない。 サプライヤーズ・クラブでは、環境配慮や品質、経費節減や人材等に関するプログラムを作成

し、またトレーニング・プログラムや啓発活動などを行なっている。所属サプライヤーは 23もしくは 24からなる多くの規則を遵守しており、定められた環境配慮基準や品質等を守れないサプライヤーとは取引を行なわない。ただし、基準を満たしていないからといってすぐに退会させるわ

けではない。サプライヤーから納入された製品は毎週、分析調査を行なっており、環境面等で問

題があるサプライヤーは毎週金曜日に召集し、ミーティングを行なっている。 サプライヤーへの指導と監査 社の方針として従業員のみならずサプライヤーに対しても省エネ面等において同等もしくは同

89

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レベルの目標を設定することを求めているので、ISO14001や環境啓発に関するサプライヤー向けの講座を開き、年に 1 回サプライヤー会議を開いている。また QS9000 においてサプライヤーの品質管理及び環境管理を高めることが求められており、富士通テンで品質及び環境に関するチェ

ックリストを作成し、それを用いてサプライヤーのモニタリングを行っている。達成度が低いサ

プライヤーに対しては毎月書簡等で勧告を行い、過去 4年間で 3,4社とは取引を停止した。 チェックリストにはリソース・マネジメントという項目が含まれており、この項目には環境だ

けでなく、社会的配慮も含んでいる。具体的には、1. 資源供給(Provision of Resources)、2. 人権、3. インフラ、4. 労働環境(workplace)となっている。 省エネについてはサプライヤー各社にまかせているが、化学製品などの特定の事柄については

詳細にチェック項目が決められている。単なる聞き取り調査ではなく実際に現場におもむいてチ

ェックする。22の主要なサプライヤーに対して毎年行なわれているが、優良なサプライヤーに対しては行っていない。 従業員のより良い人生(スーパーライフ)を支援する活動 社外を対象とした社会的責任活動は特に行っていないが、従業員により良い価値観を持たせる

ことに力を入れている。富士通テンには「スーパーライフ」、すなわちより豊かな人生を達成しよ

うという考え方がある。親会社から特に指示があったわけではないが、フィリピンでもこの「ス

ーパーライフ」をテーマにしたプログラムを実施している。その一例としては、フィリピンは親

戚と一緒に住む大家族の人が多いので、しばしば従業員が自分の直接の家族以外の親戚を支える

必要がある。そこで、社員の家族が新しく事業を始める際の資金の貸付を行ったり、銀行から資

金を借り入れたりする際の保証人を引き受けるなどしている。 このような制度があることから、毎年行う従業員の満足度調査では 80%が満足しており、不満足は 5%に過ぎない。 【一口コメント】 日本流の徹底した環境パフォーマンス管理を行っており、中にはそこまでする必要があるのか

と思える取り組みすらあるが、こうした徹底さが、社員の意識を高め、高い品質を作り出してい

ることは間違いないだろう。また、他の企業とクラブを作ったり、サプライヤーに対しての指導

や監査を進めたりしており、環境や品質に関するサプライチェーン管理(SCM)はかなり進んでいると思える。一方、社会面についての取り組みは、社員向けのものが中心になっている。米国の

納入先からは例えば労働配慮を既に求められており、そうした要求には対応している。したがっ

て、日本の自動車メーカーが同様の要求をしても、すぐにそれに対応できるだろう。社会面での

SCMの浸透は、納入先が、いつ、どのような形で労働面における配慮を求めるようになるかにかかっていると言える。

(足立直樹) Interview 富士通テン・フィリピンの徹底した廃棄物管理(談話) 富士通テン・フィリピンのアントン・ジャヴィエ氏(Assisstant Vice President)に同社の徹底した廃棄物管理について聞いた。 固形廃棄物(solid waste)の削減も重点目標です。工場で発生する廃棄物は、木製パレット、段ボール、プラスティックなどの包装材が主で、これを減らす努力をしています。オフィスの紙も徹

底的に減らしており、7 人のスタッフがいるグローバル部では月に 4‐5 枚の紙しか使用していません。もしそれ以上の紙を使用した場合は、使用理由の説明義務が生じます。厳しい設定ですが、

これにより従業員の環境に対する意識が高められると考えています。そのようなわけで、日常業

はすべて IT化されていますが、使用済みのコンピュータの処理は頭の痛い問題となっています。務

90

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

事例 22 ミラント・フィリピン:地域コミュニティの自立に貢献する電力会社 1)取り組み企業の概要

Mirant Philippines(以下ミラント・フィリピン) 事業内容:電力供給(発電と販売のみで、送電は除く) 従業員数:1,500人 創業年:1989年 本社:アメリカ88

2)CSRの理念、戦略、概要 ミラント・フィリピンは、社会貢献などを行う財団を有しており、これがフィリピンの各地で

活動を行っている。またミラント・フィリピンの CSR活動については、財団がミラント・フィリピンに提案する。ミラント・フィリピン本体には環境部があり、これが環境配慮活動の主体とな

っている。 3)取り組みの背景 フィリピン全体では、かなり多くの独立系発電事業者(IPP: Independent Power Producer)があり、ルソン島にはミラント・フィリピンともう一社、発電所を持つ大きな会社がある。送電線は国

が管理するため、ミラント・フィリピンは発電と販売のみを行なっている。 フィリピンの電力業界における最大の課題は、二酸化炭素の排出である。燃料構成は 40~50%が石炭、35%が石油、天然ガスは 8%程度、あとはわずかに水力と地熱による発電を行っているという状況である。化石燃料はほとんどを輸入に頼っており、現在石油から石炭と天然ガスへ燃料

を移行中である。再生可能エネルギーへの転換として、バイオマスと地熱発電を増やしていく計

画だが、具体的な数値目標は設定されていない。バイオマス燃料としては、籾殻など豊富な農業

廃棄物の利用が期待されている。 一方、経済発展著しいフィリピンにおいては、毎年 6~8%の割合で電力需要が増加しており、

2010 年には 2000 年の倍の電力供給が必要と予測されている。国全体としてはさらに経済発展を目指しているために、再生可能エネルギーの促進と経済との両立は、先進国以上に困難であると

も言える。 このように二酸化炭素排出量削減のためには、先進国の電力業界と同種の課題を抱える一方、

貧困や特に地方における生活・教育インフラの未整備など、途上国に特有の問題もあり、企業が

積極的に取り組んでいる。なぜなら、政府のみではこれらの問題の全面的な対処は期待できず、

企業も自らの存続・発展のために取り組む必要があったし、もう一つには企業自身がその活動を

PRしたがっていたという事情もあるからである。こうした動きは 1970~80年代、企業市民の動きが出てきたことに端を発している。当時は鉱山会社が活動の中心であったが、これが今はフィ

リピン企業の CSRにつながっている。こうした状況の中で、ミラント・フィリピンは特に地域開発を支援する活動を続けている。

88 アジア等開発途上地域における事業展開の形態(事業所展開、輸入等):もともとは香港イギリス資本であったが、アメリカのMirantに買収された。親会社のMirant Internationlは米国アトランタに本社があり、Mirant Philippinesの 90%の株を持つ。

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4)取り組みの内容 マングローブなどの植林 二酸化炭素の排出は電力業界の最大の問題であるため、ミラント・フィリピンは、少しでも炭

素吸収源を増やすために、フィリピン企業としては初めて植林活動を開始した。同社は、マング

ローブなど 200haを植え始めているが、この程度で排出している二酸化炭素の量を相殺できるわけではないし、将来どこまで増やすという数値目標も未設定であるという課題も認識している。 また水資源へのアクセスも重要な問題で、地方では多くの人が困難を抱えている。そこで海域

のサンクチュアリ(marine sanctuary)作りなどもしている。 国レベルでのコミュニティ開発への支援 フィリピンにおいては、貧困が大きな社会問題である。特に地方のコミュニティでは、飲料や

衛生などの最低限の社会的ニーズすら満たされていることが少ないので、同社はこれらの課題に

対して政府と共同で対処している。例えば送電網から遠く電気がまだ来ていない村には、太陽発

電パネルを設置するなど、電気にかかわる活動も含まれる。こうしたプロジェクトは、地域開発

の全国的なバランスを考慮して、政府主導で場所やプログラムの内容が決定される。パートナー

は、エネルギー省(Dept. of Energy)や環境天然資源省(Dept. of Environment and Natural Resources)など政府機関や地方政府、NGO、他の民間企業などである。企業単体で出来ることは限られているので、パートナーシップを重視する方針を持っている。 発電所周辺のコミュニティへの配慮 発電所を作る際には、必ず環境影響評価を行う。そのための独自のガイドラインがあり、評価

は以下の手順で実施する。 1. すべてのステークホルダーと対話を行う 2. 環境アセスメントを実施 3. 健康影響を含む社会アセスメントを実施 4. 経済性アセスメントを実施 ステークホルダーとの対話は、十分なコミュニケーションが行えるように 5~7人程度となるべく少人数で行うようにしている。こうした対話の場では、発電所が森林、水産資源を破壊するの

ではないかという懸念や、社会的容認可能性プログラムに関する質問が聞かれることが多い。何

回も繰り返し対話を行い、通常は 4~5ヶ月かけて合意を得る。 また、すべての発電所の周辺地域で、独自のプロジェクトを公平に行っている。バランガイ

(balangai:フィリピンにおける最小の行政単位)の最低限の住民の基本ニーズを満たすための支援を行っており、年間の社会投資額は 10億ペソにのぼる。 【一口コメント】 電力会社が発電所のみならず、地方のコミュニティの生活レベルを上げるために協力をしてい

ることが注目される。1970年代から企業市民として社会貢献に参加してきたことが、CSRの時代になりさらに活動が広がったと言える。 一方、今後ますます増え続ける電力需要に応えながら、温室効果ガスを削減することは、非常

に大きな課題としてのしかかる。おそらくは国際的な支援も必要になるだろうが、そのときに日

本政府や日本企業がどのような協力をできるかによって、日本の存在感、リーダーシップが問わ

れるのではないだろうか。 (足立直樹)

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

事例 23 ネスレ・フィリピン:サプライ・チェーンのグリーン化プログラム 1)取り組み企業の概要

Nestlé Philippines, Inc.(以下、ネスレ・フィリピン) 事業内容:インスタント・コーヒー、乳製品、栄養食品、インスタント食品等

の製造 従業員数:3,500人 創業年:1962年 本社:スイス

2)CSRの理念、戦略、概要 ネスレ本社においては、1998年、「ネスレ・ビジネス原則 Nestlé' Corporate Business Principles」を定め、消費者、幼児の健康・栄養、人権、雇用・労働環境、児童労働、ビジネスパートナー、

環境保全、水に関するネスレ基準、農産物、法令遵守に関するネスレの国際基準を打ち出した。 また、1991年に環境方針を策定(1999年改定)、環境配慮型ビジネスの原則を示し、研究開発、サプライ・チェーン、農産物、製造工程、梱包、配送、マーケティング、情報・訓練、法令遵守な

どについての指針を打ち出している。 さらに、1995年策定した「ネスレ調達方針」の中では、ネスレのビジネス原則及び環境方針をネスレ自身が遵守していくために、サプライヤーの選定、契約管理、サプライヤーの監査につい

ての方針を盛り込み、サプライヤーとして取り組むべき方向性を示している。 3)取り組みの背景 ネスレ・フィリピン社は、同社の従業員に対し、本社の環境方針に基づいた法令遵守及び社内

の環境パフォーマンスの向上のみならず、社外でも、フィリピンの国情に根ざした環境配慮行動

を奨励している。また、従業員、取引先、そして、全ステークホルダーを対象に、環境に関する

啓発活動を行っているほか、ネスレの工場及び取引先が、環境関連の法規制を確実に遵守できる

ような支援プログラムを実施している。 1995年策定されたネスレ本社の「調達方針」に基づき、ネスレ・フィリピン社が取引先に同方針を適応することが可能かどうか尋ねたところ、多くのサプライヤーが特に環境面における法令

遵守について困難をかかえていることがわかった。そこで、取引先が適切な EMS を構築することを支援するための手法を考案した結果がこの支援プログラムである。

なお、フィリピンの PBSP(Philippine Business for Social Progress)(p.24参照)が現在、会員企業を中心に推進しているサプライチェーンのグリーン化プログラムは、ネスレ・フィリピン社の

本プログラムをモデルとしたものである。 4)取り組みの内容 プログラムの内容 「サプライ・チェーンのグリーン化プログラム」は、ネスレ・フィリピン社がサプライヤーにさ

まざまな支援を提供し、また、サプライヤー同士が対話・情報交換し、環境管理能力を強化する

方法を見出すことを目的にしたもの。US-AEP(米国アジア環境パートナーシップ)との連携で、2000年に開始された。背景には、ネスレ本社の高水準の「調達方針」がある。

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2000年8月、プログラムの開始にあたり、ネスレ・フィリピン社のサントス・CEO、社長兼会長(当時)は 42の参加企業から、CEO、社長、オーナーを招聘し、環境管理システムを導入することは単なる法規制の遵守のためでだけなく、事業運営の能率向上に役立つということを力説し

た。これは、同プログラム参加の意義を経営者レベルで再確認するためであった。 各企業からの本プログラムへの参加者は、それぞれの技術、経営、調達担当者など各1~2人。

それぞれの企業の実情の把握、初期環境レビュー(IER)の実施、EMSに関する 18ページにわたるアンケートへの回答を行うことを求められる。それに沿って、環境に関わる問題点などを検証、

最優先事項を確認し、自社の EMSを計画・作成することになる。この年は、2日間にわたる EMSトレーニングを3回開催した。そして、6-8ヶ月後に再び集まり、計画の進捗状況を確認する。これまでこのような研修を 12回開催し、112社から 196人が参加した。 サプライヤー同士の経験共有 さらに、3-4ヶ月に一度、トレーニング参加者を集めて、フォーラムを開催している。これは、「サプライチェーン・グリーン化プログラム」の目玉とも言えるもの。午前の部では、短いテク

ニカル・トレーニングと、環境関連問題に関する最新の情報に関する講義が行われる。ここでは

特に法的な面での最新情報を提供している。午後は、少数グループに分けて、この 3-4 ヶ月間、EMSを通して各社が経験したことを共有する円卓会議を設けている。ここでは成功例を挙げたり、問題があればその解決のためにグループ間で意見交換をしたり、議論したりする機会が提供され

る。これは、たとえ競合相手同士でも、高い相乗効果が得られており、好評である。 表彰制度 参加者の士気を高めるために、フォローアップと監査が終わって、一定の基準をクリアした企

業には賞が贈られている。法規制の遵守はもちろんのこと、排ガス、排水が一定基準をクリアし

ているか、資源利用の改善プログラムが導入されているかなどが、基準となっている。 プログラムの効果 本プログラムによって、今まで環境問題についてそれほど関心・知識がなく、あるいは環境管

理システムを構築する余力がなかったサプライヤーが、取り組みを始める気運となるとともに、

ネスレ・フィリピン社においても、自社の方針の遵守を確実にするという意味で大きな効果があ

った。例えば、以下のようなサプライヤーの取り組みが推進されたことは注目に値するとしてい

る。 ・ ある紙パック製造業者は、700ドルの投資で、経済的な排水処理装置を考案・設置。政府の基準をクリアするほか、他のサプライヤーとも、これらの知識や技術を共有している。

・ ある食品工場はスペースがなかったので、建物の間の通路に排水処理施設を設置した。また、

製造方法を変えることで水の消費量を減らし、36,000ドルのコスト削減に成功した。 ・ またある企業は、比較的きれいな最後のすすぎに使った水を、次のクリーニングサイクルの

一度目のすすぎに再利用することで、水の使用量を 30%削減した。また、容器の大きさを変更することで、LPGの消費量を 25%減らすことができた。別の企業は、洗浄に雨水を利用することにより、節水に成功した。

・ ある砂糖のサプライヤー(Central Aqucarera de Don Pedro)は、近隣バランガイ(フィリピンの最小行政単位)と協力し、26 の堆肥化装置を含む再資源化施設を設置。これを地域住民が運用している。

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

なお、本プログラムは、2003年アジアCSR賞を受賞している89。

【一口コメント】 サプライヤーの環境管理システム構築への支援は、サプライチェーン管理の重要な要素として、

多くの先進企業によって取り組まれているが、ネスレ・フィリピン社のプログラムの優れている点

は、そのきめの細かさとフォローアップ体制であろう。 このプログラムで開催されるさまざまな会合が、サプライヤー企業が、互いに経験や技術を共

有しあえるような場となっていることが特筆される。 さらに、同社は自らがフィリピンの各工場において、排水処理・水消費削減、生態系保全など

さまざまなプログラムに取り組んでいるが、これらの経験もサプライヤーと共有を図っており、

「こういう活動をすれば、このようなコスト削減につながる、このような効果が上がる」という

実例を示しながらプログラムを行っていることが強みとなっている。 (満田夏花)

89 2003年開かれた第1回CSR賞は、Asian Institute of Management Ramon V. Del Rosario, Sr. Center for Corporate Social Responsibility, the Population and Community Development Association of Thailand及びフォード財団の共催。

http://www.rvr.aim.edu.ph/csr_awards.htm

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事例 24 Levi Strauss:労働側面での対応――サプライヤー監査は警察型から自立支援へ進化中 1)取り組み企業の概要

Levi Strauss & Co.(以下リーバイ・ストラウス)(取材先:同社 Asia Pacific Division) 事業内容:ジーンズ等の衣料品の製造・販売 従業員数:8,850人(全世界) 創業年:1853年 本社:アメリカ

2)CSRの理念、戦略、概要 エンパシー(相手の立場で考える)、オリジナリティ(本物でありつつ、革新的であること)、

インテグリティ(正しいことをする)、勇気(信念を守るために立ち向かう)の 4つがリーバイ・ストラウス創業以来の価値観である。この価値観のもと、「世界中どこであっても、私たちの製品

の製造に携わる人は皆、安全で健康な労働環境のもとで、人としての尊厳を侵されることなく、

敬意を持って処遇されるべきである」というのが同社の基本的な考え方である。そして、1991年には全世界のリーバイ・ストラウスに共通する「グローバル・ソーシング&オペレーティング・

ガイドライン」(以下ガイドライン)を策定した。ガイドラインは大きく二つの要素からなり、一

つが「相手国選定のためのガイドライン」、もう一つが「ビジネスパートナーに対する契約条件

(Business Partner Terms of Engagement、以下 TOE)」である。前者は、ビジネスパートナーが管理できる範囲を超えた問題について定めたもので、主に人権や政治的な基準から操業しない国をサ

ンフランシスコの本社で決めている。後者の TOEはビジネスパートナーに対して、倫理基準、法令遵守、環境に対する基本方針、社会貢献、雇用基準について、リーバイ・ストラウスと同等の

取り組みを求めるものである。特に雇用基準については、児童労働、受刑者労働・強制労働、処

罰措置を禁止し、労働時間は週 60時間以内、賃金・福利厚生の提供、結社の自由の尊重、差別の禁止、健康と安全の配慮を含んでいる。縫製と仕上げ加工に関わるすべての工場において、TOEの事前監査を行い、条件を満たしていることを確認してからでないと、試作品の製造を含め、一

切の操業は行えない。

3)取り組みの背景 アメリカの国民服とも言うべきジーンズを「発明」したリーバイ・ストラウスは、操業当時よ

りアメリカを中心にジーンズの製造を続けてきた。しかし、1990年代になり、アメリカ以外の国からの取引も増えるようになり、リーバイ・ストラウスと同じ考えの会社とビジネスをしたいと

考えた。そこで 1991年に、グローバル・ソーシング&オペレーティング・ガイドラインを策定した。アパレル産業においては、海外での児童労働や強制労働など、著しく劣悪な労働条件につい

て非難される企業もあった。しかし、リーバイ・ストラウスは問題を指摘されてそれを改善する

対策としてではなく、自分たちと同じ価値観を持つパートナーと取引するために、自主的にガイ

ドラインは策定した。実際、リーバイ・ストラウスは労働条件等が原因で糾弾されたり、不買運

動を受けたりしたことはない。 4)取り組みの内容 サプライヤーの監査 サプライヤーが TOEを守っていることを確認するために、リーバイ・ストラウスには専任の監

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

査員(assessors)がいる。アジア太平洋ディビジョンには約 20 名の監査員がいるが、監査対象国の人間であることが基本である。例えば、工場の作業員と話をするためにはその国の言葉が話せな

ければならないし、その国固有のいろいろな事情も理解している必要がある。国によっては、女

性の労働者から話を聞くためには、同性の監査員でないと難しいこともある。基本的には監査員

は社員だが、外部に委託している場合もある。 監査のプロセスとしては、縫製と仕上げ加工に関わるすべての工場において、新たに契約して

操業を開始する前に TOEの事前監査を行い、条件を満たしていることを確認してから操業を開始する。多くの場合、最初は何らかの問題が見つかるので、それが解決されたことを確認した後で

操業開始となる。また、この事前の監査にパスしても、生産が継続されている限り、毎年監査を

実施する。万一、問題が発見されれば、改善が要求される。 充実したガイドブック サプライヤーの TOE に対する理解を深めるために、「TOE ガイドブック」が用意されている。これは、カラーで 68 ページにわたるマニュアルで、TOE の基本的な考え方から、それぞれの項目についての要求事項について、詳しく解説されてある。各要求項目は、ZT(zero tolerance:許容できない)、IA(immediate action:直ちに対処)、CI(continuous improvement:継続的に改善)の 3 つに分けられており、例えば ZT に該当する項目が条件を満たしていなければ、その工場は操業できないことになる。また、違反例が豊富に掲載され、それぞれについてどのように、いつ

までに改善すれば良いのか、そしてそのことをどのように確認すれば良いかが示され、具体的に

理解できるようになっている。 サプライチェーンの支援

1991 年に TOE を策定して監査を始めた当初は、監査員は「警察」のようだった。しかし、その後、役割を警察的なものから、サプライヤーが自分で自分を律することができるような、より

持続可能な方法に進化させている。そのためにトレーニングや教育も実施している。トレーニン

グのためのツールは既に用意してあり、2005年にはサプライヤーがこれを最大限効果的に活用する手法を開発するためのパイロット・プログラムを開始する。 【一口コメント】 サプライヤー監査に関する論理的な体系ができればそれで良しとするのではなく、すべてのサ

プライヤーが同じ考えでビジネスができるように、一つひとつの課題に丁寧に取り組んでいる様

子が会話の端々から感じられた。一見、非効率に見えるようなアプローチについても、なぜそれ

が必要なのか、いずれも具体的な説明があった。既に社内に数多くの有益な経験が蓄積されてい

ることがうかがわれる。例えば、サプライヤー向けに用意されている TOEガイドブックは、カラーで、アイコンを使い、豊富な具体例を含み、大変にわかりやすく、親しみやすいものとなって

いる。これを見るだけで、サプライヤーと同じ目線で問題に取り組もうとしていることがよくわ

かった。 (足立直樹)

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図:TOEガイドブック

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

3.5 タイ編 事例 25 タイ味の素:副生物を肥料として農地へ還元、新会社も発足 1)取り組み企業の概要

タイ味の素株式会社 事業内容:うまみ調味料の製造 従業員数:タイ味の素グループ全体:4,000人、 うち、カンペンペット工場:161人 創業年:1960年 工場立地場所:バンコク北方約 330kmカンペンペット県 本社:日本(東京都)

2)CSRの理念、戦略、概要 味の素の日本本社は、2000 年 4 月、グループ経営の根幹をなす指針として、「味の素グループ理念」、「同経営基本方針」「同行動規範」から構成される「Ajinomoto Group Principles」を制定している。このうち、「行動規範」は、品質、取引、社会とのコミュニケーション、環境、職場環境

などを含む 10の項目から構成されており、同社の CSR理念の基本を示すものとなっている。 日本本社の CSR関連の取り組みは、独自の品質保証・トレーサビリティシステムの構築、原材料調達に当たっての環境管理、「食・栄養・保健」をテーマとしたさまざまな国際協力事業など多

岐にわたる。海外進出に当たっては、地域とのコミュニケーション、ローカリゼーションに力を

入れており、海外の非日本人役員比率は 36%と高い。 アジアにおいても、同社のアジア進出の長い経験及びきめ細かな生産・販売ネットワークを強

みに、各国各地の事情に合わせた地域関係を構築しているという。 3)取り組みの背景 味の素グループのタイへの進出は 1960年からで、バンコク近郊の第 1工場ですでに 40年間以上操業している。現在は、調味料、インスタント麺、冷凍食品、飲料等多彩な製品を取り扱い、

グループ企業全体で 4,000人を雇用している。 第2工場は、第1工場の立地上の制約と生産力の増強の必要性から、建設が計画された。バン

コク近郊においては、多量に発生する液体副生液の処理が大きな課題となった。このため、周辺

にたくさんの農地を有し、安定した用水の確保、副生液の農地還元が容易なカンペンペット市近

郊を工場の立地先として選定した。 味の素グループは、産業排水処理コストの低減のみならず、地域での雇用の創出、及び化学肥

料の低減による農業の価値向上にもつながることから、副生液からの肥料製造・販売を世界各地

で積極的に推進してきた。 4)取り組みの内容 副生物から有機肥料を製造 カンペンペット周辺は、水田、さとうきび、キャッサバ、とうもろこしの栽培が行われており、

農業が主産業である。 カンペンペット工場においては、年間 3万トンの生産規模であるが、大量に発生する副生液については、当初から、肥料として活用することを前提に取り組んできた。 アミノ酸の生産には、サトウキビから砂糖を生産する際に生じる廃糖蜜と、キャッサバからと

れるでんぷん(スターチ)を市場から購入し、これを発酵させてアミノ酸を生産している。 製品を産出した後の廃菌体を主成分とする副生液が大量に発生するが、この副生物は窒素とミ

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ネラルを含有しているので肥料としての価値が高い。実際、サトウキビ、とうもろこし、キャッ

サバなどにも化学肥料より安価であり、効果があると評判になっている。特に液肥の「アミアミ」

は大人気であり、常に在庫切れの状態が続いているという。 周辺農家によれば、サトウキビについては、「アミアミ」を使用することにより、収穫が 1haあたり 56トンから 94トンにまで向上したという。また、化学肥料の散布が年に2回必要であったのが、1回ですむ、はるかに安価である、などの利点があるとのことだった。 一方、製品の脱色に使用する活性炭、活性汚泥処理の余剰汚泥などの固形副生物についても、

肥料として活用している。 副生物肥料の製造・販売で専門会社を設立 肥料の製造、販売は、当初は、社内チームで行っていたが、2001年から、FD Greenという新会社を設立。これにより事業展開のモチベーションが高まったという。現在、社員は 20人(タイ味の素からの出向 11人)。販売員は毎日のように農家を訪問し営業をする傍ら、農業指導を行ったり、感想や需要をきいたりと、コミュニケーションを密接にとっている。当初は、肥料の不適切

な散布などもあったが、散布方法を丁寧に指導することにより、現在はそのような問題は起こっ

ていない。さらに、年に2回程度、顧客である農家との会合を持つことにより、経験の共有を促

進している。 主力製品の「アミアミ」は、同じ効果の化学肥料よりも安く価格を設定しており、効果も長持

ちすることから農家からの評判は非常に良い。会社が散布用車両を 14台保有しており、農家の要望に応じて、散布サービス「アミアミの出前散布」を提供している。

タイ味の素の副生物の農地還元循環図

砂糖 Sugar

農地 Farm land

さとうきび Sugar cane

キャッサバ Cassava

うまみ調味料

MSG

発酵 Fermentation

廃糖蜜 Sugar mlasses

固形肥料 Solid fertilizer

液体肥料 Liquid fertilizer

でんぷん Starch

その他 工場設立当初から、活性汚泥法による高度の排水処理施設を併設している。また、特に排水処

理技術などについて工場の公開を積極的に行っている。 (満田夏花)

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

事例 26 トヨタ自動車タイ:サプライヤー、販売店を巻き込んだ EMS構築を促進 1)取り組み企業の概要

Toyota Motor Thailand Co., Ltd.(以下トヨタ自動車タイ) 事業内容:自動車製造 従業員数:9,541人(内訳:正社員 5,010人、契約社員 4,531人) 創業年:1962年 工場立地場所:タイ・サムットプラカーン県 本社:日本

2)CSRの理念、戦略、概要 トヨタ自動車株式会社は、「国際社会から信頼される企業市民」、「各国、各地域の文化、慣習を

尊重」、等からなる「トヨタ基本理念」((1992 年に制定、1997 年に改正))に基づき、「顧客、取引先、地域社会・グローバル社会を重視した経営とコミュニケーション」を打ち出している。ま

た、「トヨタ地球環境憲章」(1992年策定、2000年改訂)、「環境取組プラン」を策定し、海外へ進出している工場はいずれも、これらの方針に基づいた行動、基準の達成を求められている。 3)取り組みの背景 トヨタ自動車タイにおいても、上記の地球環境憲章に基づき、環境管理システムの確立、生産

活動における環境負荷の低減などを行ってきた。 同社では、1994年に生産系の副社長をトップとする環境委員会を設置し、水質汚濁防止、大気汚染防止、廃棄物低減、地球温暖化対応などに取り組んできた。委員会の下に排水処理、エネル

ギー、廃棄物、VOC(揮発性化合有機物)などの活動グループを置いた。これらの活動を推進し、とりまとめる部署として工務部の中に環境グループを設置した。このように環境対策の社内体制

が整っていたので、ISO14001 の認証取得も順調に進み、1997年 4月に操業を開始したゲートウェイ工場は1997年12月に、サムロン工場は1998年7月にイギリスの認証機関で認証を取得した。 同社の最近の取り組みとして注目されることとしては、仕入先及び販売店への環境管理システ

ム取り組みのための働きかけ及び支援である。 4)取り組みの内容 サプライヤー、販売店のISO14001認証取得に向けた取り組み

2001 年、トヨタ自動車タイは、「環境購入ガイドライン」を策定し、すべての自動車部品及び素材のサプライヤーが環境管理システムを構築することを求めた。2002年、18のサプライヤーが参加して、ISO14001認証を取得するパイロット事業を実施。セレモニーや表彰などによる取得への気運を盛り上げ、経験やノウハウの提供などにより取得を支援した。その後、同認証を取得し

たサプライヤーは 55%に広がった。2005年末までに、ISO14001認証取得サプライヤーを 80%にまで拡大する目標を立てている。 トヨタ自動車タイは、販売店(約 100 店)に対しても、同様に ISO14001 の認証取得を働きかけている。販売店が環境改善を図り、環境管理システムを構築するためのガイドラインを策定し、

また、トヨタ自動車タイのアフターセールス部門は、その「販売店パフォーマンス評価システム」

に環境管理に関する基準を加えた。これらの働きかけにより、2002 年 12 月には、モデル店として、「トヨタ・Nangrong店」が最初の ISO14001を取得した。2004年初めには 52の販売店が同取得へのコミットメントを表明した。トヨタ自動車タイは、広報、表彰、講習会の開催などにより、

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販売店を支援している。 物流効率の改善(「ミルク・ラン方式」) トヨタ自動車タイは、CO2の削減及び梱包材の削減を目的に、サプライヤーからの物流の効率

化に取り組んできた。 全国 132のサプライヤーのうち、72のサプライヤーを 5地域に分類。近隣のサプライヤーごとに集荷を行い、共同の運送システムを使うようにした(ミルクの配送方式と同じため、「ミルク・

ラン方式」と名づけている)。 このシステムの採用により、1日あたりのCO2排出量はCO2換算で 94トンから 56トンに減少した。 その他 タイの社会問題の一つであり、またトヨタ自動車タイの事業活動ともかかわりの深いものとし

て、特にバンコク及びその周辺の渋滞問題が挙げられる。トヨタ自動車タイは、「自動車産業とし

て、この問題にも無関心ではいられない」として、上記の「ミルク・ラン方式」や積載効率の改

善に取り組んできた。また、まず現状を把握するために、コンサルタントに委託し、バンコク近

郊の渋滞現状調査を実施するなど、一企業として可能な取り組みを模索中である。 (満田夏花)

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

事例 27 スウィフト:農家の自立支援で、新たなビジネスモデルを確立 1)取り組み企業の概要

Swift Co., Ltd.(以下スウィフト社) 事業内容:有機野菜の買い付け、輸出 従業員数:約 300人 創業年:1986年 本社:タイ

2)CSRの理念、戦略、概要 スウィフト社の創業者である現社長 Paphavee Suthavivat氏の信念は、以下の通り。 「ビジネスはふつうは利益を追求することが目的だが、私は自分が幸福であることに加え、他

人の役に立つことを望む。いくらお金があっても一人が食べる量は変わらない。お金は役に立つ

こともあるが、それよりも人の役に立つ方が幸せに感じる。農家は自分たちのパートナーであり、

私たちはフェアトレードを追求している。タイの農家が自立することを助けることが、私たちの

役割である。」 3)取り組みの背景 タイの多くの農民は小規模な家族経営であり、国際市場がどのような作物を求めているかを調

べ、国際市場で高く評価されるような作物を作るノウハウは持ち合わせていない。それどころか、

国内市場にも自分たちで直接出荷するのではなく仲買人を通して出荷するため、安く買い叩かれ

たり、あるいは遠くの市場までは出荷することができないのが現状であった。一方、タイは農作

物を生産するのには恵まれた気候であり、高品質の作物を作りまとめて出荷することができれば、

農業が重要な輸出産業となる潜在的可能性は十分にあった。 そのような状況の中、かつて輸出企業に勤務し、タイのパイナップルの輸出を担当していた

Paphavee Suthavivat氏が中心になり、志を同じくする数人で 1986年に設立したのがスウィフト社である。もともと輸出を目的として始めたので当初から販売先の 100%が海外、特に欧州であった。しかし高品質で安全な野菜を出荷することが知られ、最近では地元のマーケットでも販売す

るようになった。 日本では消費者の食品に対する安全性への関心が高まるにつれ、日本企業は食品のトレーサビ

リティを高めるための工夫を始めた。例えばイオングループで販売されているスウィフト社が出

荷した農産物には、一つひとつに個別の ID がつけられており、この番号をたどれば、最終的にどの農家が栽培したものなのかまで調べることができる。また、トレーサビリティは、CSRの大きな課題の一つであるサプライチェーン管理(SCM)とも密接な関係がある。すなわち、サプライヤーにおいても最終的に販売する企業と同様に環境、社会、経済の 3つの面において十分な配慮がなされているかどうかを管理することができていればこそ、自信をもってトレーサビリティ情

報を公開することができる。イオングループのサプライヤー向けの取引行動規範(イオンサプラ

イヤーCoC、以下 CoC)は、海外の農産物サプライヤーにまで CoC の遵守を求めたという点で、先進的かつ画期的なものとして知られる。スウィフト社はこの求めに従い、CoCを遵守している模範的サプライヤーの一つである。 しかし実際には、生産、出荷時における各種配慮を求めてきたのはイオングループが最初では

なかった。もともと欧州に野菜を出荷していたスウィフト社は、イオンが求めた CoCと同様の内容を既に実現していたのである。また児童労働について言えば、地元農家とのパートナーシップ

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を尊重し、農家の生活向上を活動目標にするスウィフト社にとっては、もともと自社の方針とし

てあり得ないことであった。 またタイではかつての「緑の革命」によって、大量に農薬と化学肥料を使用する農業形態が浸

透したが、このことがむしろ化学薬品による環境汚染という大きな環境問題を引き起こしている。

現在は「自然に還る」努力がなされており、そのためにも有機農業は人気が出てきている。

3)取り組みの内容 高品質の有機野菜の出荷(輸出) スウィフト社では、ケール、アスパラガス、ベビーコーンなどの野菜に加え、ドリアン、マ

ンゴー、ロンガン90、ライチ、マンゴスチン等のトロピカル・フルーツを契約農家91に原則とし

て有機農法で栽培してもらい、それを買い付け、消毒、パッキング等必要な処理をして輸出す

る。ちなみに、日本で輸入されているマンゴーの 30~40%はスウィフト社が出荷したものである。 これらの有機野菜は、通常タイの市場で販売されているものより高品質であると同時に、高

価格である。例えばホウレンソウは通常 1キロで 5~7バーツなのに対し、スウィフト社のものは 15~16バーツする。しかし、海外のバイヤーはもちろん、最近では国内からも引き合いがある。高品質で痛みが少なく、結局は得であるという判断である。 有機栽培の野菜は消費者にとって安全で高品質であるだけでなく、農家や地域の人たちにと

っても、危険な農薬に接触する機会が減るというメリットもある。 地元農家の自立支援 スウィフト社では契約農家を自分たちのパートナーとして捉えており、常に彼らと Win-Winの関係を築くことを目指している。そのため、ビジネス上のリスクは、より体力のあるスウィ

フト社が取ることを基本としている。具体的には、買い取り価格は農家側が設定する価格を元

に、作付け前に決められる。このことにより農家は、種苗や肥料等を買うのに必要な経費への

投資額と比べ、最低でも 100~200%と、十分なマージンを労働対価として得ることが約束される。また、豊作などで当初の予定より多く収穫できた場合でも、スウィフト社は原則として全

量買い上げるので、無駄な廃棄物を出すこともなく、値崩れもなく、むしろより多くの収入を

得ることができる。こうして農家が得る収入は、工場等で働いてえる賃金よりも多いぐらいで、

子供は働き手になる必要もなく、大学に進学することも可能になっている。また、出稼ぎ等の

ために離散していた家族が、再び一つの場所で生活できるようになったという事例も報告され

ている。 これ以外にもスウィフト社は農家の自立を支援するためのさまざまな取り組みを行っている。

具体的な例として、以下のようなものが挙げられる。 • 経済支援

個々の農家ではなく農家グループに資金を無利子で貸し付け、収穫後に少しずつ返済して

もらう。 • 技術支援

農業大学を卒業した農学者のスタッフが各グループを担当し、生産過程のチェックをする

と同時に、問題発生時には一緒に解決を図る。毎月これらのスタッフとグループの全メン

90 熱帯地域で広く栽培されているフルーツ。インド原産。 91 契約農家数は本社周辺で約 600戸。

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

バーが参加するミーティングを開催し、最新の技術情報等も提供する。 • 奨学金制度

地元の小学校に通う子供たちを対象に、学校費や食費などを支援。 • 資源循環の仕組み作り

ベビーコーンの皮を牛のエサとして販売。それを食べて育った牛の糞を堆肥として、次の

農作物に利用。 タイ社会への貢献 タイでは、バンコク周辺は工業の発達により比較的発展しているが、農村部ではいまだ貧困が

大きな問題になっているのが現実である。例えば、カンボジアとの国境近くのサラケオ州はバ

ンコクから遠く離れており、農民は良い収入を得ることができなかった。そこで有機農法でア

スパラガスを栽培させ、バンコクへの出荷ルートを整備し、生産量を増やしてビジネスとして

成立するようにした。最初の農家が有機農法で行って良い収入を得たので、他の多くの農家も

真似を始めた。今では有機農法がこの州の方針になり、州全体の全ての農家が有機栽培を行っ

ている。したがって、この州の農家と契約すれば、どの企業が何の作物について契約しても、

有機栽培したものになる。有機栽培されたカンタロープ(別名ロック・メロン)は、日本にも

輸出されている。 タイと周辺諸国の農業モデルに スウィフト社は既にタイで最大の有機作物販売会社である。その活動のゴールは国のモデルに

なる企業となることであり、それがこの国の農業にかかわる問題を解決する唯一の方法である

と考えている。タイの多くの農家は 1 エーカー(0.4ha)程度の小面積で農業を行っており、自力でマーケットに出荷する手段を持っていない。同社は、これらの農家が自立するために、技

術的経済的に支援しながら、こうした農家を束ね、高品質で安全な作物を高価格で買い取るこ

とにより、農家の生活を安定、向上させている。この方法はタイの契約農業のモデルになって

おり、タイ政府の DOAE(農業環境省)や国際機関(FAO,ADB等)、国際援助団体(JICA等)も注目している。また UNESCAP(国連アジア太平洋経済社会委員会)のケーススタディの対象ともなっている。この方法は機械化なども不要なので、他の途上国にも容易に適用可能である

ことから、同社はこれが東南アジア諸国の農業を発展させるための最善の方法であると考えて

いる。 【一口コメント】 ビジネスというよりは、社会貢献活動のようにすら思える事業内容であるが、国際市場の要求

を着実に捉え、農作物に高い付加価値を与えるビジネスモデルは見事である。イオンサプライヤ

ーCoCは日本国内では非常に先進的なものであるが、サプライヤー側であるスウィフト社は既に十分にそれに対応可能な体制を整えており、一見高そうに見えるハードルを安々と超えていた。

案ずるより産むが易しであったとも言えるが、その背景に欧州の先進的なバイヤーからの影響が

あることを見逃してはならない。東南アジアが日本にとっての重要な生産拠点であると同時に、

欧州との密接な関係も見逃してはならないということの証左であろう。 (足立直樹)

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3.6 中国編 事例 28 東芝・中国:生産者としての製品責任、地域に還元する意識

1)取り組み企業の概要 企業名:東芝(中国)有限公司92、以下東芝・中国

事業内容:中国地域統括 中国全体のグループ事業内容:

中国国内でのグループ展開は 60社(統括(1)、生産拠点(3)、販売(53)、物流(3))。OA 機器から家電、産業用機器などあらゆる電気・電機製品を取り扱う。

従業員数: 約 17,000人 創業年:1995年 本社:日本(東京都)

2)CSRの理念、戦略、概要 東芝グループでは、経営理念をもとにグループ全員が共有する価値観を示す経営ビジョンを制

定している。さらに社員の具体的な行動の指針となる行動基準を 2004年 1月抜本的に改定した。同社の事業は、エレクトロニクスやエネルギーを中心に広範囲にわたっており、経営ビジョン

や行動基準を全グループで推進するために、2003年 7月に CSR本部を設置し、法令遵守、人権、環境、顧客満足、社会貢献など CSRに関する活動を体系化している。また国連グローバル・コンパクトにも加盟するなど、体制を整えている。 同社は、ほぼすべての事業分野、機能分野において中国に進出している。グループ内の 60社には中国側との合弁企業も含まれ、規模も様々であり、CSR の行動基準についてまずグループ会社への周知からはじめている。

3) 中国での CSR推進の背景 中国における全体的な環境政策は国家環境保護総局(SEPA)が担っており、今後の方針として循環型社会の構築が示されている。具体的には、リサイクルの推進と有害物質の管理に重点

が置かれている。このような方針を受けて新たな法整備も進められ、例えば、国家発展改革委

員会が中国版家電リサイクル法(「廃旧家電及び電子製品回収処理管理条例」)の制定を進めて

いる。2005年中に公布、2006年 7月施行の予定である。また、有害物質管理についても情報産業部において「電子情報製品汚染防止管理弁法」の立法化が進められ、2005年 7月公布予定と言われている。 このように、中国政府としては環境政策に本腰を入れており、日系企業をはじめとした外資系

企業は、現在その具体的な法令内容の提示を待っている状況である。このような変化に対応す

るために、東芝では 2004年 4月に東芝(中国)内に環境部を設立した。現在環境部で立法の動向を見つつ、今後の制度の仕組み、基準が決まることを待っている状況であり、施行の際には

即時対応できるように準備は進めている。 中国政府は、厳しい法律をまず公布するが、施行については市場の様子を見つつ少しずつ調整

していくというやり方が多いので、企業側の対応も様子を見ながらということになる。

92 東芝グループの中国地域統括の機能を担っている。

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

4) 中国での CSRの取り組み 環境 生産拠点を中心に、規模が大きく環境負荷も高い事業場については ISO14001 の認証を取得済みである。監査にあたっては、本社の監査員による東芝総合環境監査システム(EASTER)を行っている。今後、適用を徐々に拡大していく予定。 リサイクル法の対策として、まず東芝製品が使用後どう流れているのかをつぶさに調査した。

中国では「二手市場」「旧貨市場」といった中古市場が全国に点在し、民間でリユース、リサイク

ルのシステムができあがり、同社の製品についても部品・素材レベルまで徹底的に再利用されて

いることを確認した。日本や欧州と異なり、しばらくは廃家電の処分は大きな問題ではないと考

えている。それでも将来的な課題として、引き取りや処分の対応を中国政府に確認している。

有害物質管理については、有害物質含有の有無の基準をどう設定し、審査を誰が行うのかとい

ったところが実務展開のかぎとなるが、まだこういった制度については検討されていない。

さらに、中国政府と意見交換、情報収集を行うことを目的に、投資性公司工作委員会(ECFIC)の汚染防止・廃旧家電回収ワーキング・グループに他の外国企業 20社とともにメンバーとなっている。同社が属する電機・電子業界は日系企業が強いこともあり、日系 16社でも情報交換会を立ち上げ、ロビー活動を展開中である。

CSR 待遇、福利厚生などの労務面については、同社雇用の従業員に関しては十分に対応している。

基本的には 1年契約で、優秀なら継続という体制で、生産ピークに応じた季節契約の労働者もいる。同社の直接雇用社員のほかに人材派遣会社の採用による労働者もいる。 東芝グループでは、本社の主導でグループ全体の CSR調査を実施している。CSR報告書の基礎資料となるもので、法令遵守、人権、従業員(安全・健康)、CS(顧客満足)、社会貢献、取引先、情報開示、コミュニケーションといった広範囲の現状把握を目的としているが、全ての項目を完

全にやっているところはまだない。安全・衛生面のマネジメントなどは中国では重要視されてお

り、特に課題だと考えている。また、今後一番進めていく必要があるのは、サプライヤーに対し

ての対応である。現状は品質、価格、納期が優先で、グリーン調達はまだこれからである。ノー

ト PC などサプライヤーのほとんどが日系/外資企業の場合はよいが、今後は中国企業からの調達が増える見込みで、その対応が今後の課題であると認識している。 中国版の環境・CSR報告書作成 中国での活動や東芝の環境・CSRについての方針をアピールするものとして、中国版の環境・

CSR報告書作成が必要ではと考えている。CSRを広報とうまく融合させていきたいので、広報担当が CSRも担当している。CSRの推進がビジネスにもプラスとなることが重要である。 中国内には、外資企業は儲けるだけで何も残さないという批判もある。企業としてきちんと社

会的責任を果たさなければ、中国に来てもらう意味がないと主張する学識者もでてきた。日本製

品としてしか残らない、古い日本のイメージではなく、日本企業が中国で行っていることやどう

いう企業なのかを正しく理解してもらうことが、企業の責任、さらには企業の生き残りのために

も必要である。中国で企業活動を行っている以上、何らかのかたちで中国社会に還元していくと

いう意識が重要だといえる。

【一口コメント】

これまで販売し続けてきた同社の製品への責任感が、今回の調査において聞き取った同社の徹

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底した中古品調査についての話の中で強く伝わってきた。また中国で事業を展開することは、そ

の土地に根付いていくことだという言葉も CSRの根本で、形だけの対応でなく経営そのもののあり方と理解していることが伺えた。今後は、世界各地での CSR展開を、本社を中心としたグループ体制でどう把握し管理していくかが課題であると思われる。

(海野みづえ)

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

事例 29 BASF中国:明確な方針の提示と実行で中国 CSRのリーダーシップを展開 1)取り組み企業の概要

企業名: BASF China Co. Ltd.(以下 BASF中国) 事業内容: 化学製品の生産、販売 従業員数: 約 2,600人 本社:ドイツ

2)CSRの理念、戦略、概要 世界でトップクラスの化学企業として、持続可能な発展の推進を経営の基本としている。化学

産業に特有のレスポンシブル・ケア93を実行しながら、これに留まらずに環境、社会、経済側面

それぞれの活動を行っている。これは、環境保全、製品責任、職場の安全・衛生、工程管理と緊

急対応、物流の安全そしてダイアログの分野を視野にいれている。本社中心に全世界をカバーし

たサステナビリティ協議会(Sustainable Council)が組織されており、それにそって中国など各国の展開をはかっている。同社はグローバル・コンパクトのメンバーでもある。 また企業倫理の徹底などを図っており、これについても本社で全世界的な基準を整備しており、

各国でこれを展開している。 3)CSR推進の背景 同社は 1885年より中国で事業を展開しており、歴史が長いだけでなく中国での投資額が大きく(30億US$)、存在感が強い94。また、成長が著しい中国市場でもCSRについて果たす役割が大きいと考え、化学業界のリーディング企業として取り組む必要性を感じている。 特に、CSR を進める背景として、一般に欧米は株式市場からの要請が大きいと言われている。

CSRに取り組むために資金を使うことが推奨され、取り組みが評価されれば結果としてさらに市場から資金を得ることもできる。また倫理面からの圧力も要因の一つだが、株式市場からの要請

と異なり資金の確保が難しいなど、実務面で牽引力になりにくい面がある。 4)中国での CSRの取り組み 環境 中国は、同社のアジア太平洋地域統括会社の統括下にあり、その拠点はシンガポールだが、サ

ステナビリティに関する取り組みについては香港が指揮を取っている。 中国における同社のサステナビリティ戦略展開にあたって、まず環境面については工場へのク

リーナー・プロダクションの導入として、複数の工場を 1ヵ所に集め統合サイトとすることで、原材料の移動距離を少なくし、エネルギー使用量を減らすなどの工夫をしている。 また、こうした自社内での取り組みだけでなく、顧客や社会一般に対しても、環境配慮製品を

導入することのメリットをアピールして、ビジネスとしての利益につなげている。例えば、断熱

性に優れた製品はエネルギーの消費減につながるし、水資源が限られた地域では高吸水性樹脂の

活用が有効であるということをアピールしている。こうした効果(利点)を、顧客をはじめとす

る中国市場に広く理解してもらうため、政府が実施する教育、研究などに関するプログラムへの

93 化学物質を製造または取り扱う業者が、自己決定・自己責任の原則に基づき、化学物質の開発・製造・流通・最終使用を経て廃棄に至る全サイクルにわたって安全・健康・環境を確保することを、経営方針に

おいて宣誓し、対策を実行し、改善を図っていく自主管理活動。 94製造・販売拠点含め中国国内に 100%本社出資の子会社 10社と合弁企業が 7社(出資比率は各社による)。

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協力も行っている。 地域 地域との連携については、次世代の教育に力を入れており、環境をテーマに 6~12才の子供たちに実験を提供する「Kids’ Lab」というプログラムを展開している。子供たちに科学への興味を持たせるとともに、科学と環境保護の関係性を認識してもらう試みである。 社内の取り組みとしては、内部監査の中に地域との連携についての項目を設け、通常の EHS(環境・衛生・安全)のチェックやレビューに組み込んでいる。また、開発、建設プロジェクトがあ

る場合には、事前に環境影響評価を必ず実施し、大規模なサイトであれば社会影響評価も行う。 サステナビリティの運用体制 運用体制については、全社のサステナビリティ協議会(Sustainable Council)のもとに中国レベルで同様の組織があり、地域内で活動を展開している。トップマネジメントと現場のスタッフが

同時にメンバーとなって、事業のためだけでなく、ステークホルダーにも有益であると考えるプ

ロジェクトを実施、監督する。 行動基準の実施体制

BASF は本社レベルで厳しい行動基準を策定しており、その運用を各国で徹底している。ただし、中国において特に考慮すべき点(発言の自由、宗教の自由など)への対応として、同国内で

は若干文章の変更などを取り入れている。こうした慣行を本社に納得してもらうことは、BASF中国としては骨が折れるが、地元の事情に合わせた運用も重要だと考えている。 しかし、基本的な部分は中国内であっても徹底して行う。例えば中国で蔓延している価格協定

には決して準じない。同社は 4~5年前に価格協定で有罪となり、倒産の危機に瀕する程の罰金を支払った苦い経験があり、現在は厳重かつ慎重に再発防止に努めている。管理職はすべてのセー

ルス・リポートに目を通し、一つでも問題があれば報告しなければならない。具体的な対策とし

ては、中国における資材調達機能を上海で一括管理し、リベートや賄賂の可能性をなくす努力を

している。営業には価格協定やリベートの可能性を見つけたら報告させ、顧客に対しても賄賂を

断るように働きかけている。従業員に対しては、行動基準の遵守に同意するかどうかを確認し、

同意のサインをさせる。これが守られなければ解雇する。 自社内だけの行動に留まらず、CSR 推進のための企業ネットワークである CBCSD(China

Business Council for Sustainable Development)の設立メンバーとして尽力するなど対外的にも積極的である。例えば中国の大学での研究者と共同で企業倫理のワークショップを行い、成果を出版

した。同著は大学の授業で活用され、こうした取り組みの必要性を広める努力をしている。 従業員に対しては、BASF100%出資の販売拠点で、2 年ごとに従業員の満足度に関するアンケートを行っている。結果をもとに課題を明らかにし改善につなげる活動をしており、従業員にと

っても自分の声をあげる機会になっている。 サプライヤー管理については、主要なサプライヤーに対して EHS(環境・健康・安全)監査を実施している。当該分野のチェックだけでなく、監査を通じてサプライヤーとのコミュニケーシ

ョンをはかり、透明性の高い事業活動を行う基本ともしている。 【一口コメント】 環境、安全・衛生を中心としながらも地域など多様なステークホルダーへの配慮を取り込んだ

サステナビリティの考え方は、化学業界でのモデルといえる展開だろう。企業倫理やサプライ・

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開発途上地域における企業の社会的責任 CSR in Asia

チェーン対応はこれとは別の位置付けでの CSR と考えており、このように CSR 課題を整理しつつ必要な状況に応じて対応していくことの必要性を感じた。中国の産業界でのリーダーシップを

意識して、自社の対応だけでなく公正かつ規律ある行動を対外的にも展開する姿勢は非常に評価

できる。 (海野みづえ)

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