なぜ寡占市場のリーダーがシェアを失うのか? - Sophia...

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1 2015 年度 上智大学経済学部経営学科 網倉ゼミナール 卒業論文 なぜ寡占市場のリーダーがシェアを失うのか? A1242991 小川智裕 2015年1月15日

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2015年度 上智大学経済学部経営学科 網倉ゼミナール 卒業論文

なぜ寡占市場のリーダーがシェアを失うのか?

A1242991

小川智裕

2015年 1月 15日

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目次

序論 はじめに

1章 仮説について

2章 定義について

3章 任天堂の寡占市場の構造

3-1 家庭用ゲームの歴史

3-2 任天堂のビジネスモデル構造

4章 90年代付近の状況

4-1 技術の変化

4-2 競合の対応

4-3 任天堂の決断

4-4 財務状況

5章 品質の低下について

6章 まとめ

6-1 結論

6-2 付加価値

7章 参考文献

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序論 はじめに

今回、卒論を書くにあたって私はゲーム業界に焦点を当てている。それは単に興味があるから

という安易な理由からであったが、実際調べてみると非常に短い期間で市場がダイナミックに変

化している業界であることが分かった。その変化の際に、大きなシェアを持っている企業がシェ

アを崩していくケースがいくつか見られた。そこから私は、市場のリーダーがどのように負けて

いくのかという点に興味を持ち、他の事例にも当てはまる理論を導きだそうと考えた。

1章 仮説について

この論文では、「寡占市場のリーダーがシェアを落とす」という現象に疑問を投げかけている。

なぜなら、リーダーというのはそもそも量的、質的資源が多く簡単にはシェアを落とさないと考

えられるからである。また、寡占市場だと競争が少なくなるため、よりリーダーのシェアは落ち

る可能性が少なくなる。そのようなリーダーがシェアを落とすのはなぜなのか、その現象に対し、

「ビジネスモデルの優位性を崩すことができないことを背景に、相対的な品質が落ちること」を

仮説としている。また、この理論は寡占市場のリーダーに限定している。なぜなら、寡占になる

ほどの収益力と他を寄せ付けないビジネスモデルがあるからこそ、その魅力からビジネスモデル

を転換できない構図が出来上がるからである。寡占市場ではなく、競争市場のリーダーを仮定す

ると寡占市場に比べて利益率が低く地位が安定していないため、ビジネスモデルを比較的簡単に

変えることができると想定することができる。

2章 定義について

以下に上記の命題の定義を記す。

寡占市場

ある産業に複数かつ少数の企業が存在する市場。

リーダー

ある市場でシェアの順位が一番であること。

この論文では、作業定義として1970年代前半から1990年代後半に任天堂がシェアを低下させたケ

ースを考える。

3章 任天堂の寡占市場の構造

3-1 家庭用ゲームの歴史

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まず全体像の理解の助けとするため、任天堂の盛衰の歴史を記す。

ゲーム業界は1975年、米のアタリの「HOME-PONG」というゲームが発端となっている。その後、

1977年にアタリVCSによって巨大ブームができ、ゲーム業界は大きな市場となっていった。しか

し、この市場は需要によって裏付けられたものではなく、一時的なバブルであった。また、アタ

リはアタリVCSに対応するソフトウェアを管理していなかったため、粗悪品が市場に蔓延してい

た。以上の二つの要素から1983年から急速にゲーム業界の市場はしぼんでいく。このことをアタ

リショックという。

ちょうどこの年、任天堂はファミリーコンピューターを発売する。ゲームに特化したハード

ウェアはそれまでの日本には存在せず、ゲーム業界のシェアを大きくとることができた。当時、

ライバルはホビーパソコンというものであったが、これはゲーム機というより、様々な用途を持

つパソコンであり、ゲームに特化したファミリーコンピューターにくらべ表現力でおとっていた。

そのため、ファミリーコンピューターは販売当初から一気にシェアをとり不動の存在となってい

た。それに対抗しようとしたのが、セガによるセガマークⅢであった。アーケードゲームでシェ

アをもっていたセガは、自社に優良なコンテンツを保持していた。そのアーケードゲームのコン

テンツが自宅で行うことができるという点をセールスポイントとしたセガマークⅢでファミリ

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ーコンピューターに対抗しようとしたが、後発であったがためにすでに大量かつ優良なコンテン

ツをもっていたファミリーコンピューターのシェアを切り崩すことはできなかった。

家庭用ゲーム機興亡史 より作成

技術の発展によって8ビットの要領を持つファミリーコンピューターのスペックが見劣りす

るようになった1987年に、8ビットのハードではなく、16ビットのハードであるPCエンジンが、

翌年1988年にはセガからメガドライブが発売された。その2年後の1990年に任天堂がスーパーフ

ァミコンを販売する。スーパーファミコンは後発だったこともあり、ファミリーコンピューター

ほどのシェアをとることはできなかったが、優良なコンテンツ多かったこともあり、全体の半分

以上のシェアをとっている。

家庭用ゲーム機興亡史 より作成

その後、1994年に家庭用ゲーム業界に初参戦のソニーがプレイステーションをセガがセガサタ

ーンを販売し、任天堂は1996年にNINTENDO64をだしこれに対抗するが、プレイステーションに大

きくシェアを奪われ、任天堂の牙城は崩されることになる。

各ゲーム機の国内シェア比率

ファミコン

セガマークⅢ

各ゲーム機の国内シェア比率

スーパーファミ

コン

PCエンジン

メガドライブ

NEOGEO(

SNK)

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3-2 任天堂のビジネスモデル構造

任天堂がゲーム業界でトップのシェアを持っていた時(1985年前後)のビジネスモデルを分

析する。

図は任天堂のビジネスモデルをファイブフォースの形で記したものである。

以下、各領域を順番に見ていく。

特に特徴がない領域が買い手である。買い手は家電量販店などである。

次に、代替品はホビーパソコンであったが、上記のとおりゲームに特化したわけではなかったた

め、ファミリーコンピューターの強力な代替品となりうるものはなかった。

任天堂のモデルに関して一番重要なのは売り手である。売り手には、ソフト供給メーカーをおい

ている。家庭用ゲーム機にとって、一番重要なのはコンテンツであり、そのハードウェアではな

い。顧客はゲーム機そのものを求めるのではなく、コンテンツをやりたいがために、それに対応

するゲーム機を求めるのである。つまり、ハードウェアの価値はコンテンツの価値によって左右

されるのである。そのため、任天堂はソフト供給メーカーを徹底的に管理した。背景にはソフト

供給メーカーの管理を怠り、自滅していったアタリの反省があった。ちょうどアタリショックが

起こっているタイミングで任天堂はファミリーコンピューターを出している。供給メーカーの管

理はアタリと同じ轍を踏まないための対策であった。

任天堂がソフト供給メーカーに提示した条件は以下のとおりである。

全ソフトの互換性及び品質のチェック

カートリッジの製造は任天堂が生産するOEM生産の形をとる

製造費とロイヤリティは全額前払い

以上の条件により、任天堂はソフトウェアの品質、タイトル数を管理して、ソフトの供給と流通

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をコントロールした。このようなビジネスモデルはゲームライセンスビジネスといい、任天堂が

つくった、現在まで続いている画期的なモデルであった。しかし、これは任天堂優位のモデルに

なっており、ソフト供給メーカーにとっては不満のある体系であった。

ソフトメーカー管理による高い利益率と、新規の市場を作ったブルーオーシャン戦略、また先行

者の利益によりソフトメーカーの囲い込みが行われ、その結果ネットワーク外部性によりファミ

リーコンピューターの価値は不動のものとなり、新規企業が参入しづらい市場をつくった。また、

ネットワーク外部性により、競合企業であるセガのセガマークⅢが自社のコンテンツをもちいて

も太刀打ちできない価値を作り上げた。

以上の要因により、当時ファミリーコンピューターは圧倒的な強さをほこっていた。

4章 90年代付近の状況

4-1 技術の変化

90年付近になると技術が進歩してくる。それまで主流としてつかわれていた記憶媒体である

ROMカートリッジよりもより高性能で安価なCD-ROMが登場した時期であった。両者の要点を以下

の図に記す。

容量が大きいほどコンテンツ内容を豊富にすることができ、コストが低下するので商品をより安

価で提供できるようになった。そのため、ROMカートリッジに比べ、CD-ROMの方が家庭用ゲーム

業界にとって都合のいい製品であった。

4-2 競合の対応

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記憶媒体の技術革新が起こった90年前後では、主なプレイヤーはハドソンのPCエンジンとセガ

のメガドライブの2つであった。その2機種はもともとROMカートリッジに対応していたが、CD-ROM

の登場により、新しくCD-ROMに対応したデバイスを販売した。

ハードウェアが新しい媒体に対応するようになり、ソフトメーカーはよりクオリティの高い製品

を提供できるようになった。

4-3 任天堂の決断

他社がCD-ROMに対応した機種を続々と販売していくなか、任天堂も同様にCD-ROMに対応したハ

ードウェアを作るべく、ソニーと手を組みCD-ROMに対応したプレイステーション(任天堂Ver)

を作り上げた。

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しかし、このハードウェアは製品も完成し、価格も決まっていたが、直前に任天堂が販売を停

止している。その理由としてそれまでの任天堂のビジネスモデルの強みが原因であると考えられ

る。

それまでの任天堂の競争優位性は以下のものである。

任天堂優位でのソフト供給メーカーの管理

ソフト供給メーカーの囲い込みによるネットワーク外部性

ファミリーコンピューター時に隆盛していたROMカートリッジの生産はすべて任天堂が行って

おり、そしてソフトウェアが売れればロイヤリティが任天堂に入ってくる仕組みになっていた。

しかし、もしプレイステーション(任天堂Ver)が販売されてしまうと、CD-ROMの生産はソニー

が受け持つため、ロイヤリティはソニーに入ってしまう恐れがあった。そのため、それまで任天

堂を支えてきたビジネスモデルが崩れてしまう恐れがあったと考えられる。

その結果、ソニーと任天堂の提携は破綻し、任天堂は性能が低いROMカートリッジを採用した

新しいハードウェアを製造する選択肢をとった。それがNINTENDO64である。

ハードウェアとして劣ったNINTENDO64は、ソフト供給メーカーにとっては魅力的ではなく、だ

んだん任天堂から離れていった。スーパーファミコン時代のキラーコンテンツだった、ドラゴン

クエストやファイナルファンタジーも任天堂からソニーに鞍替えをしたため、ネットワーク外部

性が薄れ、NINTENDO64は価値がなくなっていき、任天堂は家庭用ゲーム業界でのシェアを大きく

落とす結果となった。

4-4 財務状況

上記の事象が起こった結果、財務の方面では以下のようになっている。

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93年ごろから徐々に売り上げを落としていき、94年にはライバル企業であるセガにシェアを追い

越されているのがうかがえる。

5章 品質の低下について

任天堂は、ROM-CDを用いずROMカートリッジを使い続けたために相対的な品質の低下を招いて

いるといえる。

「品質の低下に対する消費者の離脱はどのようなものであれ、企業収益の低下をもたらす。」(A.O.

Hirschman,1970)

ハーシュマンによると品質により、顧客がEXITを起こし、それが企業収益の低下をもたらすとし

ている。このケースでは任天堂の決断により、まずはソフト供給メーカがEXITし、そして最終ユ

ーザーがEXITした構図になっている。

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6章 まとめ

6-1 結論

以上の議論を踏まえ、任天堂のシェアの低下させた原因は、サードパーティを押さえつけ、高

利益を生み出し続けたビジネスモデルから脱却できず、ROMカートリッジを使い続けたことであ

ると結論付ける。

任天堂のケースを作業定義として導きだせる理論は「ビジネスモデルの優位性を崩すことができ

ないことを背景に、相対的な品質が落ちること」が「寡占市場のリーダーがシェアを落とす」原

因となるというものである。

6-2 付加価値

NINTENDO64がプレイステーションに敗北した理由として、一般的には外部性ネットワークで説

明がつくとされる。しかし私は、これは本質的な説明になっていないと考える。キラーコンテン

ツを含むソフトウェアが任天堂から離れていったことが、NINTENDO64が負けた直接的な理由では

あるがそれは結果論であり、任天堂がそのような選択をせざる得なかった事象こそが本質的な原

因であると考える。

ビジネスモデルを転換できずに品質を下げ、シェアを落としたケースはほかにも存在すると考え

られ、ソーシャルゲームで隆盛を誇ったグリーがパズドラなどが代表するネイティブゲームにと

ってかわられたケースや写真フィルムのコダックがあげられると考える。

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7章 参考文献

網倉久永、新宅純二郎 『経営戦略入門』 日本経済新聞出版社,2011.

Albert O. Hirschman (1970) Exit, Voice, and Loyalty: Responses to Decline in

Firms, Organizations, and States, Harvard University Press (Albert O.

Hirschman 矢野修一(訳)(2005).離脱・発言・忠誠――企業・組織・国家に

おける衰退への反応 ミネルヴァ書房)

高根正昭 『創造の方法学』講談社現代新書,1979.

野矢茂樹 『論理トレーニング』 産業図書, 2006.

前田尋之 『家庭用ゲーム機興亡史 ゲームシェア争奪30年の歴史』オークラ出

版,2014.

逸見啓、大西勝明 『任天堂 セガ エンターテインメント産業の躍進と大競争』

大月書店,1997.

沼上 幹 『戦略分析ケースブック vol.2』 東洋経済新報社,2012.