相模原市 - Sagamihara...本市ダぎ神奈川県北西部ぎ東京都心ヾペ概ゾRO~UO⁴ゼ位置ヵシヽホぎ北部ダ東京都ぎ西部 ダ山梨県ス接ヵぎ面積ダRQKWXP⁄\(RQWMXP¤⁷)ジガく
せ完結ぜヵブペチペチペ チペ=斬ホ増ヵ版=き...
Transcript of せ完結ぜヵブペチペチペ チペ=斬ホ増ヵ版=き...
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【完結】しゅらばらばらばら━斬り増し版━
トロ
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【注意事項】
このPDFファイルは「ハーメルン」で掲載中の作品を自動的にPDF化したもので
す。
小説の作者、「ハーメルン」の運営者に無断でPDFファイル及び作品を引用の範囲を
超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁じます。
【あらすじ】
麻帆良学園都市。
近日、英雄の息子として噂されている少年、ネギ・スプリングフィールドが立派な魔
法使いになるため訪れることになるその少し前に、一人の男が学園都市を訪れた。
神鳴流宗家と同じ名を持ちながら、誰もが忌み嫌い、恐れを込めて蔑む寡黙な青年。
名を、青山。
その見た目とは裏腹に、神鳴流から追放されるほどの悪行を起こしたこの男、しかし
その本質を知る者はこの世にたった一人しか存在しない。
無限にあるとされる人間の可能性、その一つを極めてしまった男の本質。
-
それは、斬撃。
斬るために斬る。常人には理解出来ぬ価値観で生きる修羅外道。そんな人間が英雄
の息子に出会う時、物語は本来の道筋を外れ、大団円など望めない惨劇へと変わってい
く──
凛と奏でる鈴の音。花と散らすは全てであれば、いつしか斬るのは己もか。
これは、刃に込めた斬気を手に、正邪の解では言葉に出来ぬ修羅外道が描く、冷たく
透明な修羅場LOVER物語。
※ようは何処にでもありそうなオリ主転生最強物です。よければ読んでください。
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目 次
第一章【死亡遊戯】
───
第一話【青山という男】
1
─────
第二話【斬り斬れ】
37
────
第三話【愛の値打ち】
63
第四話【福音、鳴る鳴る、斬り斬りと
────────────
(上)】
83
第五話【福音、鳴る鳴る、斬り斬りと
────────────
(中)】
129
第六話【福音、鳴る鳴る、斬り斬りと
────────────
(下)】
155
エピローグ【A simply de
sultary philippic】
───────────────
177
第二章【京都地獄変】
────
第一話【京都、遊楽】
211
────
第二話【花、散らす】
249
─
第三話【迷いを振り切る拳】
276
──────
第四話【地獄変】
334
第五話【修羅よ、人の子よ(上)】
──────────────────────
371 第五話【修羅よ、人の子よ(中)】
──────────────────────
402 第五話【修羅よ、人の子よ(下)】
──────────────────────
443
───
第六話【愛の斬りかた】
461
-
エピローグ【21st centur
y schizoid man】
──────────────────────────────────────────
485第三章【無貌の仮面━仮面喪失━】─
【無貌の仮面━選択する色━】
506
──
【無貌の仮面━無色斬撃━】
547
【無貌の仮面━鈴の音、凛と━】
──────────────────────────────────────────
575 【point of no retu
rn━永遠迷子━】(close to
──────────
youへ)
627
【point of no retu
rn━視線交差━】(『遥かなる影』へ)
──────────────────────
640
────────
【無貌の仮面】
657
【close to you】(Aルー
────────────
トへ)
664
──
【遥かなる影】(第四章へ)
676
Aルート【しゅらばらばらばら】
─────
第一話【閃光刹那】
691
────
第二話【覚悟の証明】
721
────
第三話【鋭利な愚鈍】
734
───
第四話【麻帆良、決戦】
761
第五話【終わりなく赤き九天】
──────────────────────
792
─
第六話【行く者、留まる者】
816
-
───
第七話【修羅外道(上)】
851
───
第七話【修羅外道(終)】
866
最終話【修羅場LOVER(上)】
──────────────────────────────────────────
897 最終話【修羅場LOVER(中)】
──────────────────────────────────────────
913 最終話【修羅場LOVER(下)】
──────────────────────────────────────────
934 最終話【修羅場LOVER(了)】
──────────────────────────────────────────
969 エピローグ【我が斬撃は無感に至る】
──────────────────────────────────────────
984断章【ありあーLascia chi'
o piangaー】
─────
第一話【外道断罪】
1007
───
第二話【鬼と修羅(上)】
1011
───
第二話【鬼と修羅(中)】
1032
───
第二話【鬼と修羅(下)】
1053
─
エピローグ【青山の始め方】
1070
第四章【その音は君に似ている】
─────
第一話【閃光刹那】
1082
──────
第二話【木乃香】
1115
第三話【それぞれにとっての真実】
──────────────────────
1132 第四話【御伽噺の英雄が如く】
──────────────────────
1147
-
────
第五話【化け物談義】
1170
第六話【叔父と姪とその祖父と】
──────────────────────────────────────────
1180
──────
第七話【げどう】
1197
───
第八話【生を伴う痛み】
1213
────
第九話【傷の癒し方】
1224
─
エピローグ【再びの京都へ】
1236
第五章【青】
─────
第一話【奈落の理】
1248
────
第二話【外道、散る】
1272
─────
第三話【蠱毒の庭】
1291
第四話【我が斬撃は無感を超える(上)】
───────────────
1307
第四話【我が斬撃は無感を超える(完)】
───────────────
1321
────
エピローグ【斬った】
1345
Bルート【らぶいずおーばー】
第一話【Day after day】
───────────────
1365
───
第二話【言葉、足りず】
1386
─────
第三話【死と踊る】
1399
第四話【「立ち上がれ」とは言えないけ
──────────
れど(上)】
1419
第四話【「立ち上がれ」とは言えないけ
──────────
れど(下)】
1436
───
第五話【どなどな(上)】
1468
-
───
第五話【どなどな(下)】
1486
第六話【小さな英雄、小さな抵抗(上)】
───────────────
1497
第六話【小さな英雄、小さな抵抗(下)】
───────────────
1515
第七話【半身、半生、半分こ(上)】
──────────────────────────────────────────
1550 第七話【半身、半生、半分こ(中)】
──────────────────────────────────────────
1574 第七話【半身、半生、半分こ(下の上)】
───────────────
1595
第七話【半身、半生、半分こ(下の下)】
───────────────
1617
第八話【極み過ぎ去りこの超越で】
──────────────────────
1650 最終話【そう、お前は──(上)】
──────────────────────
1671 最終話【そう、お前は──(下)】
──────────────────────
1695 エピローグ【しゅらばらばらばら】
──────────────────────
1722
─
エピローグ2【流星の結末】
1743
─────────
【なんて様】
1758
【しゅらばら語り】
──
トゥルーエンド【鞘の刀】
1781
─────────
主人公設定
1794
-
──
AルートIF【修羅王道】
1800
-
第一章【死亡遊戯】
第一話【青山という男】
凶器を扱う者は、狂気に陥る。
殺すということを意識する道具は、それだけで人の中に眠る魔性を引き出すのだ。
冷たい殺意をその鈍い輝きを放つ鉄に込めて、凶器は子どもにすら殺人を選択肢に与
える。
まさに、狂気的だ。
だからこそ、凶器を、武器を扱う者は道を外してはならない。
邪道を正道に。
狂気を侠気に。
一歩、一歩。恐れながらその扱いを研鑽していかなければならない。
「……」
男はそれをわかっていた。わかっていたのに、踏み外した。
その行いは悪である。男は、邪道に走った。
冷たい刃の輝きに魅せられた。
1 第一話【青山という男】
-
狂気になれと囁く甘美に身を任せた。
研鑽を積み。
知られることなく狂気を育てていった。
「……」
その全てを、今暴かれた。
婚約をすることになり、引退するといった姉。全盛期を維持できるのはこれが最後だ
と思ったから、だから無理矢理呼び止めて、真剣を用いた殺し合いに近い決闘を持ちか
けた。
そして、全てを見抜かれたのだ。
正しくは、見せ付けるように、見抜かせた。
決闘の場所となった空き地は、あらゆる場所にミサイルでも着弾したようなクレー
ターが出来ている。だが対峙する二人の体には、埃による汚れ以外は見られなかった。
この惨状を作り上げたと言うのに。そんな破壊を持ってしても、まるで無傷だった。
「……」
男は静かに刀を正眼に構えた。
いや、本来なら男というには、些か精悍さに欠ける幼い顔立ちだ。それは無理もなく、
彼は十を僅かに過ぎたばかりの少年に過ぎない。
2
-
だが、感情を表さない冷たい表情と、何よりも無感動な瞳が、彼から少年らしさを剥
ぎ取っていた。
対峙する女性もまた、普段の柔らかな笑みを浮かべることもなく刀を持つ。
その内心に浮かんでいるのは──後悔だ。
この数年、本気で試合をしたことがなかった弟。無言で、無表情のまま、ひたすら自
己の内側で研鑽を続けていたその狂気を、肉親でありながら知ることが出来なかった。
なんて、無様なことか。
僅かに歪みそうになる顔を無理矢理とどめて、女性は天まで届くようだった気をさら
に充実させた。嵐のように激烈な気の奔流を前に、男は無表情のまま、静かに内部で気
を練り上げる。
秘境の奥にある静寂の水面を思わせるような静けさだった。女性とはまるで逆。ひ
たすら己の内部に没頭するそのあり方が、終ぞその内側に眠る狂気を感づかれることを
させなかった所以か。
人を殺すこと。妖を滅ぼすこと。
そこに快楽を求めているわけではない。
そんなわかりやすい狂気ではなく。
誰よりも、圧倒的に、強くなる。
3 第一話【青山という男】
-
たったそれだけの単純な狂気を、見逃してしまった。
「……」
なら、その狂気を鎮める方法は一つだけ。
ここで、敗北させる。
強くなり続けるという願望を。そのために殺すことすら躊躇わない本質を。敗北と
いう鎖で押さえ込む。
でなければ、この青年は最強になってしまう。最強などというもののために、人を守
るという本質はおろか、自分自身という、絶対に守らないといけない人間すら守れなく
なってしまう。
──最も、人を守るという役割を放棄しようとしている自分が言えた義理はないのか
もしれないが。
小さな微笑。いや、苦笑。
そこに、男は隙を見出した。
男の体が消えたと同時、女性の目の前に突如として現れた。
瞬動と呼ばれる高度な歩法だ。そして、男や相手の女性レベルの戦闘力を保有してい
れば、基本として修めている技術でもある。
だから、別段驚きもしないし、そもそもこの破壊を撒き散らしている間にそんなのは
4
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何度も見た。
「シッ!」
男の持つ刀が振るわれる。上から下への振り下ろし、単純なその軌跡は、単純ゆえに
激烈。風すら斬られたことに後で気付くほどの神速は、女性の眼をもってしても見切る
ことは不可能だ。
瞬動よりも速い斬撃。冗談のような神速を、事前に軌跡を予知することで回避する。
冷たい殺気は女性の長く美しい黒髪を切り裂くに終わり、空を裂く。だがこんなこと
は先程から何度も繰り返したことでしかない。
続いて女性が動く。右斜めに飛んで、振りぬかれた死を避けきり、男の背後を奪った。
最短距離を詰めるのに瞬動は要らない。男の体を通り抜けたように無駄なく回り込み、
その肩の付け根を狙って刃を振り下ろす。
しかしこれも避けられる。巧みに体を逸らした男は、光の宿らぬ瞳で振り向いた。
あぁ、その冷たさに嘆く。どうしてこの冷たさに気付かなかったのか。常に無表情。
常に無言。沈黙の塊ゆえに注視しなかった。
こんな化け物になるまで気付かぬ。気付かせぬ。
姉さん。あなたは悪くない。男はその内心で優しく語りかけた。
姉さん。あなたは斬ります。男はその内心で優しく語りかけた。
5 第一話【青山という男】
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同じように、語りかけた。
「ッ!」
無言の気迫とともに、振り向きざまの加速を合わせて、男が刃を解き放った。上半身
と下半身を泣き別れにする一撃は、咄嗟に後ろに飛んだ女性の体を──服を浅く切り裂
く。
着地と同時に、女性の顔に焦りの色が浮かんだ。服を切り裂かれただけで、体には傷
一つすらない。
しかし、これまで互いに無傷だった状態が、服一枚とはいえ拮抗が崩れた。
やはり強くなっている。この一瞬の間にも着々と、好敵手に対応するために、己の内
部に沈んでいき、より速く、より強く、その速度を増していく。
末恐ろしい。今ですら恐ろしいのに、これ以上何処に行こうというのか。奥義を撃つ
溜めすら作れなくなった現状、振るう刃はどれもが一撃必殺で、ひたすらに回避、回避、
回避。
絶技の応酬だった。まず間違いなく、世界中の全てを含めて、近距離戦では右に出る
者がいない二人の激突は熾烈を極める。
危険を冒さずには、この敵手は打倒できない。その思考に至った二人の刃は、次第に
その身を危険に晒すことを躊躇わなくなっていく。
6
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これまで傷一つつかなかった二人の体に、ゆっくりと、だが確実に裂傷が刻まれ始め
た。余裕が失われていく。思考は余分なことを失っていき、凍りつくように冷たくなっ
ていく。
闘争の行き着く果てなど、殺し合いの帰結など、結局はこの場所だ。
冷たい、無感動。
こんな場所にしか、最強は存在しない。人としてのあり方を見失った場所に、戦いの
極みは存在する。
そんな場所に、弟を行かせたくはなかった。冷たく鋭利な思考はそのままに、人とし
ての心が女性の内側から炎となり、冷たい思考を熱くさせていく。
人を守るために振るう刀は、最強である必要は何処にもない。
守るための意思は、時として最強すら超えるのだから。
だから、ここで倒す。
冷たい刃と、熱き刃が激突した。刃毀れを嫌い、受けをしてこなかった両者の得物が
拮抗する。名刀と呼ばれる互いの刃が、持ち主の気と敵手の気に板ばさみとなって悲鳴
をあげた。
こんな鍔迫り合いを後数秒でも行えば、半生を共にした刀が砕け散る。
それを嫌って女性は飛び退き。
7 第一話【青山という男】
-
そんなことは関係ないと男は飛び込んだ。
「ッ!」
「くぅ!?」
己を厭わぬ特攻が来る。死して勝利を拾う。その光を宿さぬ瞳の奥の感情を読み
取った女性は、苦悶の声をあげながらも、真っ向から向かえ撃った。
互いに瞬動。音だけが響き渡り、虚空で火花が飛び散った。
虚空瞬動を含めた空中戦は、防御を捨てた男の猛攻に女性が気おされる形となってい
る。
殺しに来い。そう誘っているような無防備に、女性は躊躇った。
殺せるわけがない。苦渋に満ちた女性の顔を見て、男は。
「斬ります」
ただ静かに、涙を流した。
その数年後、少年は神鳴流を破門となる。
─
前世の人格を宿した子どもというのは、異常そのものだ。
8
-
幼少の、おそらく三歳の半ばほどの頃、俺はかつての人格を手にした。
そのときの記憶はない。
ただ、例えば読み書きや、色んなスポーツ、料理等の雑学から、学校で習うような学
業の内容について等の記憶は残っていた。前世の記憶は失っているが、体験した数々の
知識は残っているといったなんとも都合のいい感じのものと解釈していただければい
い。
だから、この世界が前世の俺の常識とはまるで違うものだと理解したときの感動は凄
かった。
俺が新たな生を受けた青山と呼ばれるさる名家は、神鳴流と呼ばれる、簡単に言うと
退魔を生業とする流派の宗家だった。当時は退魔などというオカルトは眉唾もので
あったが、それはすぐ、己の体に流れている『青山の血』を知ったことで消し飛んだ。
ともかく、青山という才能は恐ろしかった。幼少の頃から稽古を始めた俺は、ひたす
らに没頭して、前世ではファンタジーとも言えるほどの恐るべき身体能力、気、技を身
につけることが出来た。
その途中で感情を表に出すことが難しくなったが、まぁそれはどうでもいい。
結果として俺は強くなった。まるでゲームのRPGでもやっているかのように、稽古
を重ね、実戦を積み、死線を潜り続けた。
9 第一話【青山という男】
-
そして今、俺がこの世に人格を覚醒させ、常にその背中を追っていた女性の一人が、目
の前にいる。
戦いは、彼女のほうから仕掛けてきた。
長女を降した俺に、彼女は仕合を申しこんでくれた。
まるで、追い求めてもらえたようで嬉しかった。
そして戦い、愛し合うように戦った。少なくとも俺は、愛し合っていたと思う。
だけど、そんな気持ちは俺の独りよがりで。やっぱし俺は皆と違うんだなぁと、見せ
付けられたような気がした。
だから、閃き。
「強く、なったなぁ」
その一言に喜びの感情は見られなかった。それも仕方ないな、と心の隅で思う。
俺は強さに魅せられた。青山という体の持つ、とてつもない才覚を開放する楽しさに
歓喜し続けた。
それは、人を守るという神鳴流のあり方とは決定的にずれていた。
俺は気付けば修羅になっていたのだ。これがもしも、前世の人格に目覚めていなかっ
たのならば、あるいは正統な青山の後継者として、神鳴流を受け継いでいたかもしれな
い。
10
-
だが最早それは叶わない。俺は俺で、青山という玩具を得た童だ。
殺人の技術を研鑽することに歓喜する化け物だ。
そんな化け物が強くなった。そのことを女性は、青山として追い続けた幾人のうちの
一人の背中、俺の二人目の姉、青山素子が嘆いていた。
「姉上を降し、そして、私も降し……誰もお前を、止められなかった。最も、当時の姉上
にすら勝ったお前を、私が止められるわけもない、か」
自嘲するような物言いに、俺は首を振っていた。
そんなことはなかった。姉はとても強く、当時の、全盛期の鶴子すら凌駕する力で応
えてくれた。
強くて、強くて。
斬った。
姉が手に持っている野太刀は半ばから絶たれ、斬り飛ばされた刀身が大地に虚しく突
き立っている。とはいえ未だその戦闘力は失われたわけではない。
対して俺はといえば、持っていた刀は完全に砕け散り、残骸が周り一面に散らばって
徒手空拳。神鳴流であればそれでも戦えるが、半ばから折れているとはいえ、業物を
持っている姉と俺では、戦力の差は決定的である。
互いに傷は幾つも刻まれていた。しかしそれは決して戦闘を阻害できるほど深い傷
11 第一話【青山という男】
-
ではなく、このまま対峙し続ければ、充実する気による活性化ですぐに塞がれるだろう。
絶対的に不利な状況だ。今、姉に襲われれば、俺は敗北をする。
だが、勝ったのは俺だった。
「斬ったのか……」
姉は悲しげに手に持った野太刀を掲げた。
「斬れるのか?」
「……はい」
「そんな様で、斬れるのか」
「……はい」
そう。
斬れる。
斬れるのだ。
俺は斬れる。
だから斬った。
俺は、斬った。
姉が放った渾身の太刀を、断ち切った。絶ち斬れた。
その代償として、必殺すら斬り飛ばした十代目の相棒は砕け散ったが。
12
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まぁいい。
そんなことは。
どうでもいい。
「斬れるのです。素子姉さん」
斬るのだ。刀があれば、斬れるのだ。
ありとあらゆる全てを斬る。
斬って。
「この様だから、斬るのです」
斬れたんだ。
「果てに、何を求める?」
姉の問いに、俺は答えを持っていない。
強くなれるから、強くなった。
それだけだ。
それだけだったのだ。
そうして果てに待っていたのが、斬撃だっただけ。
それだけのこと。
「理由などない、か」
13 第一話【青山という男】
-
「最早、果てに至った、ゆえに。理由もなき、刀です……ですが、かつて、願いは、あり
ました」
苦笑する姉に対して、俺は久しぶりに長く使ったことで疲れてしまった舌をもつれさ
せないように、一言一言、慎重に言葉を重ねた。
「強く、なりたかったのです」
青山が。俺の体になった青山が。
この青山の血は、何処まで行くのか。
「知りたかったのです。俺は」
もっと先に。
もっと高く。
強くなっていく、この肉体が向かう先を。
俺は見たかったのだ。
「この体が、何処に、行くのか」
そのために、斬った。
だから最早、人を守る刀ではない
そんな狂気の果てが、この戦いで見せた俺の到達点─斬撃─だった。
斬るということだった。
14
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「修羅に生きるか」
「……」
「……負けた私には、お前を止めることは出来ない。いや、お前はもう、進み終わったの
か。だから、斬れたのか」
「……はい」
人の道に終わりはない。誰かが言っていそうな言葉は、俺には通じない。
俺は、到達している。
斬るという道の最後に、至ってしまった。
だから姉を斬れたのだ。
そうして俺は斬ったから。そうして姉は斬られたから。剣士として認めざるを得な
いほど、俺は、姉の刀を斬ったから。
だから、俺は勝者で。
姉は、素子姉さんは、敗者だ。
「……一手、ありがとうございました」
頭を下げて、踵を返す。強き者と戦えた、そして降せたという充実感を胸に宿して。
そしてもう、二度と会えないことへの悲しみを僅かに感じながら、静かに、帰路につ
く。
15 第一話【青山という男】
-
空が、煤けているな。
─
「……」
その背中を、素子は静かに見届けた。
「時代の、落ち子か」
ある日、姉が呟いた弟への評価を口にしていた。
弟は、時代がずれた。と。
青山という骨と神鳴流という肉が作り上げてしまった、神鳴流の塊にして、神鳴流の
闇。
青山という化生。
強さを求める修羅。
だが、こことは違う場所で行われた、英雄が闊歩する戦いには間に合わなかった。
もし、あと少しだけ時代がずれていたのならば、そうすれば彼は英雄になっただろう。
しかしもうそれは叶わない。世界を揺るがした闘争は終わり、時代に取り残された修
羅は、孤独となった。
「姉上。私達は、遅すぎた……もう、たどり着いていたのです。道半ばではなく、到達し
16
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ていました。私では、道半ばの私では、あの領域には届かない……だから」
ならば、その極点に至った技は、何処に向かうというのだろう。
時代は過ぎた。
闘争の時代は終わった。
だからこのまま。
「平和に眠るといい──。いや……青山よ」
弟の名前を言い直し、その名称を呟く。最早、素子の弟であった青山──は死んだ。
あそこに居たのは、青山と呼ばれる修羅だ。
そうして、いつからか弟を指して呟かれるようになったその言葉を最後に。
素子は静かに弟とは逆の方向に向かって歩いていった。
空では、今にも泣き出しそうな灰色の雲だけが漂っている。
眠れる修羅は、時代の落とし子。
行き場を失ったその狂気は、何処へ行く。
─
社会としての枠組みで見た場合の青山は、不適合者の烙印を押されても仕方ないだろ
17 第一話【青山という男】
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う。
常に無表情で、喋ることもほとんどない。
そんな彼を雇う場所など何処にあるのだろうか。破門されてから暫くは、魑魅魍魎の
討伐や、かつて戦っていた頃に蓄えた貯金で生きていける。だがそれとは別に、表向き
の職というものは必要である。
「青山、です……お願いします」
そんな彼が奇跡的にも就職できたのは、麻帆良と呼ばれる学園都市の清掃員としての
仕事であった。無口、無表情、しかも剣の鬼ではあるが、日常生活では害のない素朴な
男だ。周りの従業員が、人生を長く経験した年長の人ばかりということもあり、若輩で
ある青山は概ね受け入れられることになった。
これから、少しずつ慣れていこう。前世の記憶はないが、きっと前世でも働きはして
いたはずだと、無表情の奥でやる気を漲らせる。そんな彼は周囲の大人たちに肩を叩か
れつつ満更でもなさそうに、長く付き合ってきた肉親にすらわからないくらい小さく、
その目じりを緩めた。
「まぁここはとにかく広い。清掃場所なんて腐るほどあるから疲れるんじゃねぇぞ?」
18
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「はい。錦、さん」
「声が小さい! っても兄ちゃん。ちょっと訳ありっぽいからな。そこまでとやかくは
言わないが、出来るだけ話すように努力はしろよ?」
俺が小さく頷くと、俺の教育担当兼、パートナーとなった明朗快活なおじさんである
錦さんは、眩しいくらいの笑顔を浮かべてくれた。
麻帆良学園の敷地は広い。今日は初めてということで、初等部の敷地の清掃だ。清掃
用具を片手に俺は錦さんに言われたとおりに黙々と掃除をこなす。
悪くない時間だった。幼少時、あんなにも没頭した非日常のせいか、戻りたくないと
思った当たり前の日常。
それがここまで落ち着けるものだとは思わなかった。こうして一人の人間として、た
だの青山として掃除をしているとそう思う。敷地を綺麗にするごとに、自分の心の中も
洗われるような気がするのは。
それは、きっと気のせいだ。
「錦、さん。終わりました……」
回らない舌をどうにか回して錦さんに声をかける。思いのほか速かった俺の掃除の
速度に僅かに驚いているが、「やるじぁねぇか」と笑顔で褒められる。
この程度なら、鍛えた肉体を行使すれば他愛ない。それに掃除というのもまた鍛錬に
19 第一話【青山という男】
-
なるので、やりがいがあった。
いかに早く汚れを見つけ、どうすれば早く全てを清掃できるか、頭にプランを立てる。
観察眼と状況判断。この二つが養われる立派な鍛錬だ。
……ほらやっぱしこんな思考。心が洗われているなんて、気のせい。
「ちっと早いが、飯にするか」
錦さんの提案に頷いて応える。昼よりも少し前、暖かな陽気に包まれた俺は、グラウ
ンドで元気にサッカーの授業を楽しんでいる、初等部の子どもたちの様子を見ながら食
事をすることにした。
隣には、コンビニ弁当とペットボトルのお茶を持ってきた錦さん。俺は自分で作った
内臓を鍛える特別なメニューだ。興味を持った人に食べてもらったりもしたが、どうに
も味は最悪らしい。
まぁ、味覚なんてものがあるからそう感じるのだろう。俺には味がわからないのだか
ら、こういうのも悪くはないのである。ちょっとばかし健康に悪そうな煮物を箸で摘む
と、静かに食事を始めた。
「しかし、兄ちゃんみたいな若いのがこういう職につくなんて珍しいこともあるもんだ」
錦さんは弁当を食べながらそんなことを呟いた。言うからには多分、そうなのかもし
れない。こういうとき、前世で生きてきた記憶がないというのは心苦しい。今世では力
20
-
ばかりに没頭したため、世間の常識というのには何かと疎い俺である。
答えることも叶わずに沈黙していると、錦さんも答えを求めたわけではないのだろ
う、そのまま食事を続けた。
そんなとき、グラウンドで遊んでいた子どもたちが蹴ったボールが俺のほうまで飛ん
できた。白と黒のサッカーボール。コロコロと転がってきて、つま先に触れる。
「すみませーん!」
担任の女性教師と子どもたちが俺に向かって手を振ってきた。僅か、その光景に動き
を止めていると、錦さんが俺の脇腹を軽く小突く。
「ほれ、返してやんなって」
そう言われるのと、子どもたちの一人が我慢できずに走りよってくるのは同時だっ
た。
俺は静かに立ち上がってボールを片手で掴む。それを走ってくる少年に向かって軽
く投げてやった。
放物線を描いて見事に胸元へ。「ありがとうございます!」快活で、聞いていて気分の
よくなる声に、手を上げて応じる。深々と被った帽子の下は見られなかっただろうか。
微笑なんて出来ないから、そうすることでしか感情を示せない。
よかった。傍に寄られていたら、子どもはきっと、泣いてしまったはずだ。
21 第一話【青山という男】
-
「笑わないな、兄ちゃんは」
「……すみません」
「いや……いいんだよ。若いからって俺らより苦労をしてねぇってわけじゃない。色々
とあったんだろ? お前さんは」
悟られているなぁ。申し訳なさを感じても、頭を下げるしか出来ない。
そう、色々とあった。
色々とあって、全部斬った。
そんなものだ。
「……」
やはり、斬るのだろう。斬るしか、答えは見つからない。
所詮、日常などは程遠い。
少し肌寒くも、それでも穏やかな陽気に包まれながら、この職についた本当の理由を
思い出していた。
あれは今から二週間ほど前、素子姉さんとの仕合が終わってから少し経った頃だっ
た。
寂れたあばら家に届いた一枚の封筒。その中身は二度と会うこともないと思ってい
た鶴子姉さんからであった。
22
-
それは、神鳴流の青山にではなく、俺という青山に向けて送られてきた手紙だった。
内容は、簡単に述べると、英雄の息子が麻帆良学園という場所に教師として赴任する
ので、影ながらその護衛を担当するように、ということだ。
英雄の息子というのがどういうのかは知らないが、目下、何かしらしようとすること
はなかったので、その依頼を受けることにした。
他にも、学園長には従うようにという旨も書かれていた。ともかくはここで働け、そ
ういうことらしい。
何を考えて俺を推薦したのかは知らないが、こうして来たにはやることはやるし、出
来ないことはしないつもりだ。
それに、英雄の息子というのがどれ程の有名で、どんな厄介を引き連れてくるのか興
味もあったし。
そんなこんなで、俺はネギ・スプリングフィールドという少年を護衛するために、こ
こにこうして清掃員として着任したのであった。
最も、護衛よりも楽しいことがありそうなので、個人的にはそっちのほうが楽しみで
はあるのだけれど。
どうせ。
うん。
23 第一話【青山という男】
-
どうせ、斬るのだ。
─
青山と言えば、神鳴流においては頭をあげることの出来ない名前である。化け物を打
ち倒す剣術の使い手の頂点、宗家にして最強の名前。
それが、青山だ。
だが現在、神鳴流、そして一部の術者による青山という呼び名は、羨望と憧れに満ち
てはなく、畏怖と恐怖の別名とさえ言われている。
青山。
そう呼ばれるとき、それは宗家の青山を指す言葉ではない。
神鳴流が生み出した生きる修羅を、彼らはそう呼んでいる。
かつては、歴代でも最強と言われるようになると言われていた青山家唯一の男子は、
数年前、姉である鶴子を殺し合いの如き決闘の末、半死半生にまで追い込む。
それを皮切りに、その男は日本中のあらゆる妖魔、あるいは人間にいたるまで、強き
者であればどのような手段を持ってしても、そう、封印されているのであれば、それす
ら抉じ開けて、戦いを行い続けた。
24
-
驚異的なのは、彼が全ての戦いにおいて勝利を収めてきたということだ。
そしていつしか、あらゆる猛者を殺して回る、化け物の如き男を指して、『青山』と誰
もが呼ぶようになった。
何故、青山と呼ばれるようになったのかはわからない。だが誰もが青山と呼んだ。
もしかしたら、あえて青山と呼ぶことで、その男は宗家とは別の人間だと言いたかっ
たのかもしれない。
ともかく、青山が暴走してからの日本は、一時期混乱に陥っていたと言ってもいい。
それでも外聞を気にした神鳴流と関西呪術協会のトップの者達の手によって、青山の名
を畏怖と恐怖で呼ぶ者は、神鳴流と、一部の実力者などに収まった。
青山自体が、強者以外との戦いを望まなかったというのも大きい。
そうして、人間は青山から隠れ、妖魔も、青山一人で開放できる全ての封印が解け、そ
こに眠っていた妖魔が絶え、生きていた妖魔達も皆青山の刀に斬り伏せられ、その件は
ようやく落ち着きを取り戻した。
だが青山と恐れられた男が残した爪痕は、深く、深くあらゆる場所に刻まれたので
あった。
「まぁそう固くならんでゆっくりしなさい」
25 第一話【青山という男】
-
そう朗らかに言ってきたのは、ここの学園長さんだ。
慣れ親しみやすそうな笑顔に思わずこちらも安堵する。最も、俺の表情はまるで変わ
らないので、この気持ちを伝えることは出来ないのだが。
「よろしく、お願いいたします。不足ながら、学園の、礎になれればと」
代わりに、深々と頭を下げる。真摯な態度は、表情以上に物を言う。俺の経験則だ。
「なに、鶴子ちゃんのご指名じゃからの、腕前のほうは心配しておらんよ。のぉ、高畑君
や」
「えぇ。よろしく頼むよ、青山君」
学園長さんの隣に立っている優しそうな男性、高畑さんが優しく声をかけてくれた。
こうして人の優しさに触れるのはいつ振りのことになるのか。その暖かさに感動を
覚えながら、そも、その優しさを手放したのは自業自得であることを忘れてはいけない。
こういう世界を、見ることが出来たはずなのだ。
だが、俺は青山だった。
それだけの話である。
「それで、件の、英雄の息子は? 高畑さんのこと、ですか?」
「ほぉ? これは驚いた。英雄の息子といえば有名なのじゃが……知らないのかね?」
「生憎と、俗世には、疎く」
26
-
斬ることだけは、怠らなかったが。
「安心せい、高畑君は護衛を必要とするほど柔ではないし、彼は英雄の息子などではない
よ」
そうか。どうやら勘違いをしてしまったらしい。
これは恥ずかしいものだ。
「不快な、思いをさせて、申し訳、ありません」
俺はいそいそと高畑さんに向かって頭を下げた。
そうすると、逆に申し訳なさそうに高畑さんが苦笑した。
「気にしないでくれ。何、君には優男に見えてしまったんだろう。僕もまだまだ修行が
足りないってことか」
「いや、そのような、ことは……ありません」
むしろ、そそる。
出来れば、学園長と二人一緒に相手していただけたら、それはきっと甘美なことで。
などと、全く。
なんともまぁ度し難い己の阿呆加減に、余計にいたたまれなくなる。
「話に聞いていたよりも、ずっと素朴な青年ですね」
「うむ。青山と聞いて、もっと恐ろしい人だと思ったのじゃがのぉ……と、本人を前に失
27 第一話【青山という男】
-
礼な話じゃったか」
「いえ……事実、ですから」
青山と言えば、知っている人間は怯える。
俺が、高名な宗家の名前を地に落とした。
斬って、落とした。
「俺は、青山です。そういう、ものです。己のために、全部、斬りました」
「そうかい……それは」
言葉に詰まった高畑さんが、どこか寂しげに笑みを浮かべた。その笑みは、寂しいけ
れど優しい人の微笑だ。
嬉しくなる。こんな自分に同情してくれる人がいるというのは、この上なく幸せなこ
とだ。
だからそんな優しい人に共感されるというのは、俺にはとても悲しいことだった。
「お気に、なさらずに。俺は、俺しか見ていません。そんな俺に、同情など。高畑さんに
申し訳ない」
「僕は……いや、わかった。そうだね」
「はい」
こんな人に同情されてしまったら、問題が発生してしまう。
28
-
いざというとき、俺を殺しにきてくれないではないか。
それは、とてもとても、悲しいことである。
という思考は置いておこう。
「ところで、俺は、英雄の息子の、護衛として、どのようにすれば、よろしいのでしょう
か?」
ようやく本題に入る。最も、俺が勘違いしたせいで話が脱線したのだけれど。
学園長さんもそんな俺の考えを見抜いたのだろう。コホンと咳払いを一つすると、静
かに語り始めた。
「君には、この学園内で起こる諸問題に対する指導員としての立場をとってもらいたい
のじゃが」
「指導員、というと?」
「要は、生徒間の揉め事を解決する立場じゃよ。そういう立場であれば、一ヵ月後に来る
英雄の息子を護衛するにあたっても、いい位置にいることが出来るじゃろうて」
なるほど。と思った。
表向きは普通に仕事をこなしながら、裏では護衛としての仕事を全うする。
実に理に叶っている。
だがまぁ。
29 第一話【青山という男】
-
「それは、よろしくないと」
俺は、辞退することにした。
「どうして、と聞いてもいいかな?」
と言う高畑さんの言葉に、俺は正直に答える。
「俺が、青山だからです」
理由なんて、それだけで充分だが、少し当惑の色が見える二人に対して、もう少し説
明する必要があるだろう。
「少なくとも、二人。神鳴流の使い手の、気配を、感じました」
「……わかるのかね」
学園長さんの視線が鋭くなる。だが特に怯むことなく、俺は頷きを返した。
「まぁ、この学園の、敷地内程度でしたら……把握は、容易で、ございます」
複数を相手に一人で戦うということは珍しいことではなかった。その結果培われた
レーダーのようなものだ。魔力と気を察知する、その程度のものである。そこから推察
して神鳴流らしき使い手を見つけた。
それだけだ。
所詮は、その程度。
「青山という名は、神鳴流の、禁です。宗家を潰した、宗家の出来損ない。侮蔑の、総称
30
-
で、あります」
「なるほど。つまり」
「……俺は、可能な限り、接触を控えるよう、心がけます」
だがまぁ、この学園に居る限り、いずれは彼女、あるいは彼らと出会うことになるだ
ろう。
そのときは。
そうだなぁ。
斬るのかなぁ。
「しかし、そこまで根が深いのかね?」
「まぁ……」
一応、殺してきた妖魔や人間は、全てが人間界には害となるような者を選んできたつ
もりだ。
勿論、俺の噂を何処からか聞きつけて戦いを挑んできたら、それは善悪問わずに斬っ
たが。
しかしそのやり方は、神鳴流の理念には反する行いだ。
冒涜的で。
異常者のやり口だ。
31 第一話【青山という男】
-
「宗家の名も、継承者も、まとめて、潰した相手を、許すわけが、ないでしょう」
だがそれでも、鶴子姉さんは俺を推薦してくれたのだ。
ならば、俺は可能な限り姉さんの期待に応えなければならない。
「……無論、やはり、駄目だと、言うことならば……今すぐに、出て行きます」
「いや、そんなことはせんよ。君を推薦したのも、何かしら意味があってのことじゃろ
う」
「では……」
「君の希望を汲んで、可能な限り目立たない職を探すことにしよう。本当は夜の見回り
も頼みたかったのじゃが……まぁそこも上手くすり合わせてみよう」
「ありがとう、ございます。その寛大さに、礼を」
「じゃあ、今日のところは案内するから、ついでに僕の部屋をそのまま寝床に使ってもら
おう。この後、時間は空いているかい?」
高畑さんが朗らかに笑いながらそう言ってきた。
いい加減舌が疲れてしまった俺は、頷きをもって返すと、いっそう笑顔が深くなる。
確か、教師だと言っていたなぁ。
人格者なのか。
惜しいなぁ。
32
-
そういう人は、本気で斬ってくれないんだ。
「案内、よろしく、お願いします」
俺は深々と頭を下げた。
こんな俺に優しくしてくれる高畑さんの気持ちが、嬉しかった。
優しい人は、大好きだ。
でも。
「それじゃ、早速行こうか」
「お願い、します」
斬らないのだろうなぁ。
─
タカミチと共に、青山は部屋を出て行った。
一人になった右衛門は、今しがた出て行った青年のことを思い返す。
「あれが、青山、のぉ」
髭を撫で付けながら、聞いていた話とは随分と違う印象を受けたことに、僅かな戸惑
いと、大きな安堵を覚えていた。
33 第一話【青山という男】
-
「いや……」
違うのだろう。
鶴子から貰った手紙には、弟は内側で全てを完結していると書いてあった。
表面上に見えるものは、その無表情と同じように意味なし。
あの内側は、地獄なのだとも書いてあった。
そこまで。
そこまで実の姉に言わせる彼が、感情が出せず、口数が少ないけれど、根は優しい素
朴な青年であるわけがない。
孕んでいるのだ。
無表情の内側に、あの冷たい瞳の奥に。
「それでも、ワシを頼りにしたのじゃろ?」
ここの、麻帆良の中でなら、彼も狂気を薄れさせることが出来るのではないか。内側
に沈殿している、ヘドロのようなどす黒いものを、少しずつ、少しずつだけど掬われて
いき、いずれ、全うな男として、恐れられるべき青山ではなく、人の上に立つ青山にな
れるのではないか。
そんな祈りを、鶴子は無理を承知でこの学園に託したのだ。
肉親としての情愛が、半死半生に追い込まれた今ですら残っている。
34
-
その優しさを右衛門は無碍にしたくなかった。
ならば、光の道を行かせてみせよう。一人で塞ぎこんだその殻を破り、広い世界を見
せてあげようと思う。
ただ、一人の教師として。タカミチもその気持ちは同じだから。
「まぁ、任せておきなさい。鶴子ちゃん」
必ず、あの子を立派な子にしてみせる。そう誓いを新たにするのだった。
だが、もしこれを、もう一人の姉である素子が聞いたのなら、首を横に振っていただ
ろう。
そんな奇跡なんてありえない。剣を交えて理解した。戦う前は、敗北を突きつければ
狂気を鎮めることも出来ると、姉と同じ気持ちを抱いていた。
だが、最早あれは、敗北ですら止まらない。
いや、止まらないのではない。
すでに、終わっている。
この世界で今は、素子だけが青山のことをわかっていた。
修羅を行き。
修羅に生き。
そして、アレは果てに行き着いた。刀という道の、一つの極点に。幼少の頃からの修
35 第一話【青山という男】
-
練が産んだ、自己以外を省みなかったから得られた極地。
人は、何処まで行けるのか。
その答えを、アレは得ている。
36
-
第二話【斬り斬れ】
暗がりの森を駆ける。
月明かりすら遮る木々の影の間を、俺は無音で駆けていた。
冷たい空気に、白い息が淡く溶ける。息と共に、今にも消えそうになる体、でも月光
に濡れた暗い瞳だけは、何もかも飲み込む闇として、確かにそこに存在していると思う。
一寸先もわからぬ闇を、我が庭の如く容易に駆け抜ける。木々を縫いながら、迷いな
く疾駆して向かう先からは、聞こえてくる僅かなざわめきが聞こえた。
「……」
言葉もなく、ざわめき元へと駆けつける。そこに現れている無数の妖怪変化を、俺は
腰の鞘から抜刀した冷たい鋼の煌きで、歓迎した。
月夜の光は、濡らすように鋼の鈍さを照らし出す。
直後、解き放った銀色が、その場に居た全ての妖魔を斬り滅ぼした。
空気すらも、斬り裂かない。
斬りたいものだけ、今回は妖怪だけを斬り裂く刃。
37 第二話【斬り斬れ】
-
俺は、俺の斬りたいものしか斬らない。だから、この生い茂る自然も、空気も、全部
全部、斬るつもりはない。
でも、妖怪だけは、正しくはその繋がりは斬る。
単純だ。
選択された斬撃対象。結果、俺の振りに耐えられなかった刀の刀身が半ばから斬れた
のは、まぁ、悲しいことで。
「……うん」
煙に消える妖怪達を見送るでもなく、今の斬撃で半ばから失われた刀身を、ぼんやり
と見つめた。
「……」
俺は、俺の太刀に耐え切れぬ刀に申し訳なさを感じていた。
君を斬ってしまった。敵を斬るだけではなく、俺は君の鋭利すら斬ってしまった。
悲しいと思う。刀に生き、刀と進みながら、刀を殺してしまう。そんな自分が情けな
くもあり、仕方なく感じる。
素子姉さんの仕合で使った十代目なら、この斬撃にも二千くらいなら耐えたのだが、
ないものねだりは意味なしである。
なんにせよ、俺は斬るのだ。
38
-
それは、使うべき刀に関しても同じである。
斬る対象は決められる。
その分だけ、刀─俺─も斬ってしまう。
それが、俺が見つけた、斬るということへの答えだったから。
まぁ、斬れるのだから斬るだけで。
それ以上もそれ以下もないだけの話なのだ。
とても、つまらない話である。
「……冷たい、いや、暖かい?」
軽いとはいえ運動をしたために、夜の空気が体を冷やす。一方、内側から火照った体
は熱く、胃袋にカイロを突っ込んだような感覚。
そんな当たり前の感覚を、当たり前のように自覚して、ほぅっとため息が漏れる。
清掃員として働き始めてから一週間。
この学園に現れた侵入者を、今日始めて斬った。
といっても、妖魔達と現世を繋ぐ糸のようなものを斬っただけなのだが。
これは、なるべく殺しはしてはいけないと、学園長さんに頼まれたからだ。
なんというか、ちょっとばかし納得がいかないところがある。確かに俺は青山ではあ
るが、別に好き好んで人や妖魔を殺しているわけではない。
39 第二話【斬り斬れ】
-
ただ、斬っただけである。
それだけだったのになぁ。
いやいや。違うだろう。
結果、殺している者もいるのだ。ちょっと我がまま過ぎたな。学園長さん達から見れ
ば俺は危険人物である。ちょっとばかしのんびりしただけで、それを忘れるとは恥ずか
しい。
何たる無様。
恥ずかしいなぁ。
「まぁ……」
どうせ、斬るけど。
にしても、面白い境遇だ。
初仕事、のち、初仕事である。まぁしかし、一週間という期間で二つも仕事をこなす
のだから、もしかしたら俺はなかなか忙しいご身分ではないのだろうか。
歩く。というよりかは、コソ泥の如き逃走。周囲から殺到してくる気やら魔力やらか
ら逃れつつである。夜道を一人、暗い森を散策するのは乙なものだ。
とはいえ、同僚に会えないのは、少々寂しさを感じないでもないが。
俺である。
40
-
俺は、青山である。
であれば、可能な限り、出会わないほうがいい。
「……」
さておき、麻帆良学園には、こうして時たまに侵入者のようなものが現れるらしい。
らしい、というのも、まぁあれだ。俺はこの仕事が初めてなのである。だから、そう
何度も襲撃が来るものかと、心のどこかで疑いを持っているのだが。
斬れるのならなんでもいいやという短絡思考によって、その疑いも彼方に飛ぶ。我が
身ながら、恥ずかしい、思考を手放すやり方というのは、どうにも刹那的過ぎて、人に
は誇れぬ考えだ。
恥ずかしく。
恥ずべき。
でも、斬るのかなぁ。
「……お?」
少し離れた場所で、大きな気と魔力の膨らみを感じた。
どうやら、いい感じに戦っているらしい。中々の使い手が揃っているようで、正直俺
などという者は必要ないのではないのだろうか。
だがまぁ、こうして俺が戦えば、それだけで周りの苦労が少しはなくなるのであれば、
41 第二話【斬り斬れ】
-
俺も社会に貢献できていると実感できるので、別に余計なおせっかいというわけでもな
いのだろう。
いいこと。
嬉しいことだ。
人のためとは、よき響き。
俺の刀が、平穏を守っている。
うんうん。これは、よきことだ。
「……」
そういうわけで足取りは軽く。また新たに発生した別働隊の元に俺は走る。腰には
残り三本の刀。といっても、そこらに転がっていた真剣なのだが。
急ごしらえのため、これしか用意できなかった。
まぁ、ないものねだりは意味なしである。
夜闇を裂いて、一直線。周りの気配は──あぁ、高畑さんが同じ場所に向かっている。
他は、まだ少しだけかかりそうだ。
どうしようかなぁ。
会ってもいいのかなぁ。
「……」
42
-
走りながら思考。あまりよろしくないが、そこはご愛嬌。
どうやら高畑さんはそこまで本気で駆けつけているわけではないらしい。場所は俺
よりも近いが、これなら瞬き程度先に俺が到着するだろう。
どれどれ。
ここは初仕事ということで、少しはいいところを見せてみよう。やる気が沸けば俄
然、足も軽くなる。
無論、そんなの気のせいだけど。
そして、月を背中に俺は刃を解き放った。月光と刀の相性はいい。冷たい光が、冷た
い鋼を、冷たくする。その様にいつ見ても心が落ち着く。
斬れるのだ。
そう、わかる。
「……」
音もなく現れた俺に、妖怪達が気付くことはなかった。見ている方向は、どうやらも
う目の前まで来た高畑さんのほうである。
ちょうどいい。
斬った。
それだけ。
43 第二話【斬り斬れ】
-
─
タカミチが見たのは、常軌を逸した光景であった。
それは突然のこと。
目の前で、そこにいた妖魔が全員、真一文字に泣き別れしたのだ。
まるで最初からそうだったかのように。
あっさりと。
とりとめもなく。
違和感なんて、まるでない。さっきまで繋がっていた姿を確認していなかったら、目
の前の妖魔は、最初から身体が真っ二つであったのだと納得してしまうくらい。
それは当たり前のように。
綺麗さっぱり、斬られていた。
当然、痛烈な一撃を受けた妖魔達は煙となって消えていく。
驚きは特になかった。ということにタカミチは驚いた。最初からそうであったとい
う事実に、一瞬前までそうではなかったことを、あたかもそうであるとした太刀筋、太
刀筋か? をぼんやりと見て、ぼんやりしていた自分に驚く。
44
-
その直後、鈴の音のような清涼な響きが周囲に鳴った。
「ッ……!?」
タカミチの背筋が凍った。喉元はおろか、体中に刃を突きつけられたような錯覚。死
を意識するのではなく、斬られると意識してしまう。
それほど冷たい空気に、タカミチは咄嗟に、だが遅いと感じながらも最大級の警戒態
勢に入り。
音もなく、砕けた刃と共に着地した男を見て、目を疑った。
「……青山、君?」
砕けた刀を手に持った男は、つい先日も会ったばかりの青年だった。だというのに、
タカミチは目の前の青年が、先日も会ったあの素朴な青年とは見えなかった。
夜の闇のせいとは言えない。ちょうど月明かりが照らす場所に青山は立っており、強
化された身体を持つタカミチであれば、この程度の闇は視界を妨げることはない。
だというのに、その顔を正しく直視したというのに、タカミチは青山のことを疑って
しまった。
無表情も、無感動な瞳も、何一つ変わっていないというのに。
そこにいるのは、別の何かであった。
「……」
45 第二話【斬り斬れ】
-
青山は静かに会釈をした。常と変わらない、礼儀正しい所作だ。
だがその腰に携えられた刀が、何処にでもありそうな、ただの刀があるだけで、彼の
印象はまるで様変わりしていた。
なんということだ。
タカミチはこれまで、沢山の人間、人間でない種族、それらが持つあらゆる善と悪を
見てきた経験がある。だから、人の善悪を感じ取る術には、常人よりかは長けている自
信はあった。
だが目の前のそれは、尊敬すべき正義でもなく、唾棄すべき邪悪でもない。
そこにいるそれは、どちらともかけ離れていた。
「君、は……」
──なんて、様なんだ。
その言葉を、教師として、立派な魔法使いとして、ぎりぎりのところで飲み込んだ。相
手は人間である。生きている、考えもする、それに礼儀もしっかりしている人間である。
そんな人間に、僕はなんてことを言おうとしたのか。
なんて言い訳を、そう、彼の印象を、自分が覚えた彼のいいところを、タカミチは全
て、その様を否定したいがために、言い訳に使ってしまった。そんな言葉を、頭の中に
思い浮かべてしまった。
46
-
それは、青山という化生を認めたということに他ならぬ。
だがしかしタカミチは、それでも青山を、青山とは認めようとはしなかった。それは
タカミチの優しさであり、まさに立派な魔法使いとして、人々を助ける崇高な精神がな
せる心である。
だって、それでは、そう認めてしまったら──
そんな彼の思考を察したように、青山は再び頭を下げた。
「この様、なのです」
「……」
「だから、斬れます」
何よりも説得力のある言葉だった。
人は、人間は、『ここまで行けてしまう』。恐るべきは、若干二十歳前後の年齢であり
ながら、青山がそこに到達していたということである。
人間は行けるのだ。道の果て、道の終わりで、完結できる。それ以上行けない場所へ、
行けてしまう。
だから青年は、『青山』と呼ばれている。
「……初仕事、お疲れ様」
苦し紛れの一言に近かった。青山はそれを聞き届けると、ここに集まってくる気配を
47 第二話【斬り斬れ】
-
察して闇の中に消えていく。
完璧な隠行だ。少なくとも、タカミチですら、青山が消えたのを見なければ、そこに
いた事実にも気付かなかっただろう。
タカミチはそれを見届けるしか出来なかった。かける言葉は見つからなかった。何
を言えばいいのか、全部が全部、言い訳にしかならない気がした。
「高畑先生?」
直後、森の木々を潜り抜けて一番に到着したのは、教え子でもある桜咲刹那であった。
呆然と、いや、憔悴しきった顔で立つタカミチの顔を、訝しげに見上げている。
「いや……なんでもないよ」
タカミチは懐から煙草を取り出すと、まるでその内心を覆い隠すように火を点けて、
紫煙で顔を覆い隠した。
そんなあからさまな動揺を見せる彼の動作に、刹那は驚きを隠せない。
一体、この場所で何があったというのか。あっという間に、この学園でも最強の使い
手が妖魔を一掃した、それ以外の何かがあったのか。
刹那はまるで戦いの痕跡すら残っていないその場所の中央にまで向かい、ふと、月明
かりに照らされた大地が光っていることに気付いた。
「これは……」
48
-
光に近づき、拾い上げる。それは砕けた鋼の一欠けらであった。よく見れば、それは
あたり一面に、月の光を反射して、まるで空に輝く星のように散乱している。
やはり、何かがあったのだ。刹那はそう直感した。だが何があったのかすらわからな
い。散乱する鋼以外、まるで問題などなかった空間では、それ以上の推察は不可能だ。
本当に、何もなかった。
だが刹那は気付いていない。最も重要な違和感に、気付くことも出来ない。
そもそも、妖魔が居たはずの場所が何もなかったように思えること自体、異常なのだ
ということに。
タカミチだけは、その違和感に気付く。どうしてそうなったのか、アレを見たからこ
そわかる。
「斬った、のか」
「え?」
「……独り言さ」
繋がりを、斬った。
だからここには、何もない。
あの青年はそれが出来る。あんな状態だというのに、こんな絶技が出来てしまう。
それが、あの有り様でそれが出来ることに、タカミチは末恐ろしい何かを感じる。
49 第二話【斬り斬れ】
-
ふとタカミチは空を見上げた。雲がかかった月が、何処となく波紋が波打つ日本刀に
似ているような。
そんな、気がした。
─
麻帆良学園で働き始めてから、もう二週間もの時間が流れた。警備の仕事からは一週
間、英雄の息子さんが来るまでは大体残り二週間といったところである。
そういうわけで、まだ仕事を始めて二週間しか経っていないというのに、俺は一週間
のお休みをいただくことにした。大丈夫なのかとも思ったけれど、学園長自ら一筆書い
てくれたこともあり、清掃員の皆様にはからかわれつつも、概ね受け入れてもらえた。
勿論、警護、侵入者を撃退する仕事は、そもそも俺はいないという前提なので、いよ
うがいまいが関係ない。
気分は人知れず学園の平和を守るヒーローである。ちょっと寂しいけれど、こういう
立場も悪くはないと思うのだ。
さて。
何故俺が一週間もの休みをいただいたのかというと、それはここで英雄の息子を護衛
50
-
するにあたって使うことになる刀を作るためである。主兵装になる十一代目の真剣は、
素子姉さんに十代目を砕かれてからこれまで、暇があれば元になる鋼に気を浸透させ続
けていたので、多分あと二ヶ月もすれば完成する。
だがいつもの護衛で真剣を持ち歩くわけにもいかない。夜道ともなれば、見つかる可
能性はまずないとはいえ、もし見つかった場合、真剣なぞをぶら下げていたら捕まるの
は自明の理である。
そういうわけで、上手く擬態した刀作り。使うのは気の浸透率が高い木をモップ大の
長さの棒にしたものを七つ。材質が木であるために、耐久性には些か不安が残るが、
ちょっと組み立てればあら不思議、いつでもモップ部分が着脱可能な棒の出来上がりと
なる。
これを一つずつ、七日かけて気を浸透させるのが、この一週間の休みで行うことだ。
まぁ俺はそこらへんが下手糞なので七日もかかってしまうのが恥ずかしい限り。
しかも浸透中は気が外部に漏れてしまうので、気付かれないようにやるのは一苦労
だ。
「……」
そういうわけで、一週間、楽しく製作に取り掛かるぞ。
51 第二話【斬り斬れ】
-
─
青山が一週間の暇を貰ったと学園長から聞いたとき、タカミチはいい機会かもしれな
いと思い、青山が住んでいる麻帆良の郊外にある小屋に向けて歩いていた。
一週間前、あの夜。月光に照らされた姿を見て思ったことを、タカミチは悔やんでい
た。
無表情で、言葉も少ない、だが根は素朴で、空気のような自然体は、沈黙が続いても
苦しくない雰囲気を作り出してくれる。
いい友人になれると、そう思ったのだ。学園を案内している間、感情は読めないけれ
ど、色んな場所を見て興味を示している姿は子どものようで、見ていて面白かった。常
に自分を下にする態度は、謙虚というにはやや過剰すぎるが、それでも彼の人柄を表し
ているようで、好感を覚えた。
そんな全てを、一週間前、タカミチは砕かれた。
酷いのでも、見るにも耐えられないのでも、気持ち悪いのでも、怖いのでもない。
何たる様だと、そう思ってしまった。
刀を携えただけで、それ以外、最初に会ったときの印象とまるで変わりはなかった。
なのに、刀があるだけで崩れてしまう。
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それは、立派な魔法使いとして、抱いてはいけない感情だとタカミチは思っていた。
同時に、そんな彼に人としての道を示してあげなくてはと、そうも思った。
傲慢な考えなのかもしれないし、そんなことは不要だと言われるかもしれない。だ
が、アレを見たからにはそうしなければならない。教師として、立派な魔法使いとして、
タカミチはそんな使命感を感じていた。
「……それにしても、随分と遠いな」
驚いたことに、青山の住居は麻帆良郊外の山の方に存在していた。敷地内どころの騒
ぎではない。これでは毎日学園に来るのさえ一苦労ではないかと思い、その考えを振り
払う。
何せ、青山だ。この程度の草木を掻き分けて、車よりも速く走ることなど造作もない
だろう。
朝の鍛錬ついでと考えれば、この場所にあるのも、納得。
「いや、納得は出来ないなぁ」
タカミチは僅かに苦笑した。
仕事終わりということもあり、もう日の光は落ちきっていた。あの日を思い出すよう
で何とも言えなくなるが、出来るだけあの日を思い出さないようにしてタカミチは青山
の住居を目指して進む。
53 第二話【斬り斬れ】
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学園長が言うには、一週間家からは出ないと言っていたので、多分この時間帯はいる
はずだ。
そうこう考えながら山を登っていき、タカミチはようやく僅かな明かりを発見した。
小さな小屋だ。物置といわれても不思議ではない木造の小屋は、どうやら建てられて
まだ日が浅いせいか、随分と小奇麗であった。
周囲には人避けの札が貼られており、どうやら可能な限り接触は控えると言った言葉
は本当だったらしい。
「青山君」
タカミチは小屋の入り口をノックした。すると、僅かに床が軋む音が聞こえてから、
ゆっくりと小屋の入り口の扉が開く。
現れたのは、藍色に染められた着物を着た青山であった。光のない瞳で僅かにタカミ
チを見つめると、ゆっくり頭を下げてから、タカミチに見せるように、自分の喉下を指
差した。
「喉が渇いて、声が出せないのかい?」
「……」
声が出せるのなら、「恥ずかしながら」とでも言いそうな感じで小さく頷く。
ならちょうどいい、タカミチはビニール袋一杯に入れた酒やら飲み物やらつまみやら
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を掲げて、明るく笑った。
「どうだい? 君がよかったら今日は一緒に飲みでもしないか?」
青山は当然として、タカミチも明日は休日である。
ならば新しく出来た同僚と飲み明かす、そういうのも悪くないのではないか。そんな
タカミチの思いに、青山は身体を半身にして、タカミチを誘うように道を開けることで
応えた。
「お邪魔します」
そう言って中に入ったタカミチが見たのは、壁に立てかけられた無数の真剣だ。その
どれもが野太刀と呼ばれる、神鳴流の使い手が扱う長大な刀身の刀だけではなく、小太
刀から鍔もついた立派な刀まで、狭い小屋の壁に隙間なく刀が置かれていた。
だというのに、ポツンとスペースを確保している冷蔵庫が何とも言えぬ哀愁を漂わせ
ている。僅かに驚いたものの、タカミチは部屋の中央、囲炉裏のあるところまで進んだ。
「……」
遅れて入ってきた青山は、急いで出した座布団をタカミチに渡す。「ありがとう」と声
を掛ければ、青山は会釈をして、タカミチと向かい合うように腰を下ろした。
タカミチも座布団を敷いてそこに腰を下ろす。そして持ってきたビニール袋からお
茶と紙コップを取り出して、まずは並々と注ぎ青山に手渡した。
55 第二話【斬り斬れ】
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「まずは喉を潤さないと」
青山は頭を下げ、貪るようにコップの中身を飲み干した。よほど喉が渇いていたのだ
ろう。何処となくその表情は満足そうに、見えないでもないような、気がするような、多
分、そんな感じがした。
タカミチはお茶のボトルを青山に寄越した。礼を一つしてから、どんどんお茶を飲ん
でいく。二リットルのお茶はたちまち半分にまで減り、そこでようやく青山はため息を
一つ吐き出した。
「はしたない、ところを、お見せ、しました……」
「いいよ、気にしないで。君と飲むために買ってきたものだからね」
「お金、は」
「それも気にしない。今日は遅れながら君の歓迎パーティーのようなものだから。一週
間前はご苦労様、清掃のほうも含めて、初仕事はどうだった?」
朗らかに話し出すタカミチに対して、青山は常の無表情のまま軽く頷いた。
「誇らしい、仕事である、と」
「ほぅ」
「生徒のため、心地良い、場を作り。平穏のため、刀を、振るう……誇らしい、充実が、
ありました」
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言葉に嘘は出せない。感情が出せないから、青山の言葉はいつだって正直だ。紡がれ
た言葉の節々に感じる誇らしさは本物で、それを聞けただけでも、タカミチはここに来
たかいがあったものだと内心で考えた。
「よかった。慣れないうちに仕事を二つもこなしたからね。疲れているんじゃないかと
も思ったけど、それを聞いて安心したよ……ところで、お酒は?」
「嗜む、程度には」
「なら、一杯やろう。紙コップというのが味気なくはあるけどね」
取り出した一升瓶の口を開けて、新たに取り出した二つのコップに半分ほど注いでか
ら、一方を青山に手渡した。
「それじゃ、初仕事兼、就任おめでとう記念で、乾杯」
「乾、杯」
紙コップを掲げてから一口つける。度数の高いお酒ではあったが、囲炉裏から零れる
暖かな炎のせいか、幾ら飲んでも酔いが回らないような気がした。
暫くは買ってきたつまみを食べながら、話すこともなく酒を飲み進める。飲みなが
ら、タカミチは部屋の様子を改めて見渡した。
冷蔵庫がなかったら、ただの物置といわれても驚きもしなかっただろう。冷たい刃
は、窓から射す月の光に照らされて、とても綺麗な物に見えた。
57 第二話【斬り斬れ】
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「ところで、一体どうして一週間も休みを貰ったんだい?」
「……」
タカミチの素朴な質問に、青山は静かに立ち上がると、部屋の隅っこに立てかけられ
ていた、札を貼り付けられた木製の大きな箱からモップを取り出して、タカミチに見せ
た。
それはただのモップではなかった。ある程度以上、気や魔力に精通しているものが居
たら、一目でわかるくらい、そのモップに漲る充実した気は、タカミチすら驚くほどで
ある。
「後は、擬態用の、札を貼れば……」
そういって、囲炉裏の傍に置かれていた木箱を開いて、一枚の札を取り出すと、モッ
プ部分を外して、その溝部分に札を押し込んだ。
小さく呪文を唱えると、貼られていたはずの札は溶けるように消え、改めて棒を取り
付ければ、先程までの気の圧力は途端に失われた。
そこにあるのは、何の変哲もないただのモップである。それを見てタカミチは、青山
が護衛用の武器を製作するために、一週間の休みを貰ったのだと理解した。
「凄いな。随分と仕事熱心なんだね」
タカミチの惜しみない賞賛に、青山は首を横に振って、モップを横に置いた。
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「仕事は、好きです。誇らしく、あります……ですが、俺は、俺なのです」
仕事はこなす。可能な限り最大限、自分に出来ることはする。まぁ、こうして準備は
しているが、俗世に疎い分、護衛では色々とミスをしてしまうだろう。
だが、そういう部分を除いても、青年は青山だ。
「仕事より、優先すべきことが、あります」
──斬るのです。
そう一言、タカミチを真っ直ぐに見つめて呟いた。抜き身の刀のように鋭利な視線
だった。冷たく、迷いのない直刃のように一直線で、そんな自分を誇るでもなく、淡々
と事実のみを語るように告げていた。
タカミチはそんな視線を受けながら、怯むでもなく優しく微笑んだ。そういうあり方
を受け入れることから始めるという、彼なりの歩み寄りだった。
「……それでも、君が仕事に対して真摯なことには変わりないよ。それに、優先すること
があるのは、仕方ないことじゃないかな? 例えば、家族や友人と仕事のどちらをとる
と言われたら、家族や友人を優先する。それが君の場合、たまたま斬ることだった。そ
れだけなのさ」
本当は、人を守るためにその刃を振るって欲しいのが、タカミチや近右衛門、そして
肉親である鶴子の願いだ。
59 第二話【斬り斬れ】
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だが急にやれと言っても、出来るはずがない。それが生涯を賭けて行ってきたことな
らば尚更だ。
青山は、青山だ。生涯を賭けて積み上げたその業は深く。一朝一夕で変化するおど、
簡単なものではない。だから、少しだけでいい。まずは、この仕事に誇りを持ってくれ