ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物...

859
W2

Transcript of ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物...

Page 1: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物

らむだぜろ

Page 2: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

【注意事項】

 このPDFファイルは「ハーメルン」で掲載中の作品を自動的にPDF化したもので

す。

 小説の作者、「ハーメルン」の運営者に無断でPDFファイル及び作品を引用の範囲を

超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁じます。

  【あらすじ】

  二年前、イッシュ地方を黒き伝説のドラゴンと共に救った英雄がいた。

 黒きドラゴンは理想を実現しようとする人間に力を貸すとされている、伝説のポケモ

ン。

 素人が多少マシになった程度の実力しかなかったのに、成り行き上何故かそんな厄介

な事に巻き込まれ、結果的にイッシュ地方を支配しようとしていた悪党、プラズマ団の

長、ゲーチスを倒した少女がいた。

 彼女は全ての事件が静まった後、仲のよかった仲間に何も告げず、人知れずイッシュ

Page 3: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

の地から逃げ出すように姿を消したという──。

 二年後。再び、イッシュの地に戻ってきたのは二年前、英雄としてこのイッシュを

救ったとされる少女。

 まるで居場所を求めるように外世界に逃げ出し、それっきりだった彼女は、再びイッ

シュ地方に戻ってきた。現在の過去の英雄には、二年前の忘れ物を自らの手で取り戻す

という目的があった。

 たったの二年。二年しか経過していないというのに、イッシュは彼女の知るイッシュ

ではなくなっていた。

 発展を遂げて更に成長する街。そこに行き交う、知らない人々。ポケモンの分布。何

もかも違った。

 その月日は確かにそこに住む人々に変化をもたらし、よくなったのかはわからないけ

れど、変わっていた。

 自分は二年前から、何一つ変わってない……結局、二年前自分は何を理想としていた

のか、今の彼女は覚えていなかった。

「……ああ、忘れ物……取りにいかないと……」

 彼女は一人、二年前に置いていってしまった忘れ物を取りにイッシュを一人、旅をま

た始めて行く。

Page 4: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 今度こそ、失敗をしないために……。

  慣れていませんが、お手柔らかにお願い致します。

Page 5: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

  目   次  

一章 帰ってきた少女

────────

 英雄の忘れ物 

1

─────────

 英雄の後悔 

11

─────────

 英雄の相棒 

17

───────

 英雄のトラウマ 

28

─────────

 英雄の帰還 

40

─────────

 英雄の再会 

50

─────────

 英雄の遠征 

64

─────────

 英雄の決意 

75

────────

 英雄の出会い 

87

─────────

 英雄の助言 

104

─────────

 英雄の戦闘 

115

─────────

 英雄の決別 

128

二章 心繋いで

────

 英雄の旅立ち 二回目 

139

──────

 逃げた彼らの真実 

155

──────

 思い出、出発の日 

160

 VS カロス地方のトレーナー 

──────────────────────

170 VS カロス地方のトレーナー 2 

──────────────────────

185

───────

 繰り返す、怨嗟 

203

────

 彼と彼女とプラズマ団 

210

 プラズマ団は本件には関与していませ

──────────────

ん 

226

Page 6: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

───────

 自己満足の贖罪 

238

────

 無駄じゃなかった過去 

253

三章 傷だらけの理想

 ごめんなさいともう一つの目的 

──────────────────────────────────────────

269

─────────

 影を進む白 

283

───────

 お人好しの少女 

289

──────

 ココロを、開いて 

302

───

 心を共に、痛みを堪えて 

320

─────────

 彼らの過去 

338

─────────

 伝説、起動 

354

四章 進むべき未来─

───────

 追って逃げて 

372

─────

 プラズマフリゲート 

384

────────────

 再会 

401

─────

 VS プラズマ一味 

418

───

 VS プラズマ一味 2 

434

──────

 問題を乗り越えて 

452

五章 癒す傷

─────────

 ゆっくりと 

464

──────────

 びっくり 

474

──────────

 白き決意 

486

───────

 気付いた間違い 

491

───────

 受け入れた過去 

501

六章 覚醒した英雄

─────────

 新たな少女 

513

Page 7: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

──────

 ココロ、解き放つ 

523

───────

 メガラティアス 

536

───────

 大きな穴の怪物 

547

─────

 伝説らしからぬ伝説 

561

最終章 理想と現実、二人の英雄

─────

 白の残照、黒の解放 

576

────────

 動き出す歯車 

592

────────

 大決戦 前編 

605

────────

 大決戦 中編 

621

────────

 大決戦 後編 

638

──

 白の敗北、科学者の裏切り 

656

───────

 重なった襲撃  

667

─────────

 使命と理想 

681

────────

 見上げた夜空 

694

──────

 踏み躙られる想い 

705

───────────

 再出発 

709

 VSヒュウ&メイ 覚悟の違い 

──────────────────────

725

──────────

 共に往く 

743

───────

 揺るぎなき信念 

755

─────

 黒と白、運命の再会 

765

───

 懺悔の言葉と根本の恐怖 

788

────

 ヒュウの過去と可能性 

802

───

 八つ目のバッチと足止め 

816

──

 この理想をチカラに変えて 

828

─────────

 無理でした 

843

Page 8: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく
Page 9: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

一章 帰ってきた少女

英雄の忘れ物

   私は、どこで道を間違えていたんだろう。

 帰ってきた大都会のコンクリートジャングルを見上げて、彼女は思った。

 二年前に、この街を訪れたときは何もかもがキラキラと輝いていて、眩しかったはず

なのに。

 今はこの煌びやかな光も、人々の喧騒も、ただ単に虚しいだけだった。

 どうして、こんな風に思うようになっちゃったのだろう。私は、理想をどこで諦めて

しまったんだろう。

 考えても考えても出てくる答えはただひとつ。

 ──大人になったってことさ──

 誰かがそんなことを教えてくれた。私は、青臭い理想なんてもう思い描かない。

 真っ直ぐ、目の前にある現実を受け止めて生きていくと決めた。

 もう、真実も理想も関係ない。知ったことか。大切なことなんて、その人が決めれば

1

Page 10: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

いい。

 所詮なるようにしかならない世界だ。そのことを、これまでの二年の旅で嫌というほ

ど知った。

 そこにあるものはそこにあるもの。現実は現実で、なるようにしかならない。

 フッ、と自嘲的に笑ってしまう。

 そんなんだから、みんなに愛想を尽かされて去られてしまったんだろう。

 気高き理想のない彼女なんて、まるで価値のないようにと、嘗ての仲間はみな、彼女

のもとを去っていった。

 強制なんてできない。ボールを盾に、言うことを聞けなんていう暴挙は嫌だった。

 だからボールを自ら壊して、これでみんなは自由だよ、どうしたいかはみんなで決め

てと嘗ての彼女は言った。

 その結果が、多くの彼女の相棒たちは去っていった。

 失望したり、見切りを付けて、もうついていけないと。

 今でもその傷は彼女の心に大きな痛みと恐怖を残していた。

ジャローダ

リー

(そういえば、最初の相棒だったのよね、

……。あの子は、最初に私を見限っ

て去っていったし……。所詮、仮初とは理想を失った私なんて、あの子からすれば価値

のないトレーナーなんだろうな……)

2 英雄の忘れ物

Page 11: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 そう、価値なんてない。今の私は、意味の無いトレーナーということなのだろう。

 意味がないなら、もう、誰かの為に戦わなくてもいい。

 元イッシュ地方チャンピオンという経歴も、今は最年少チャンピオンに塗り替えられ

ているし、新しくなったというジムリーダーをぶっ倒してもう一度ポケモンリーグに挑

むのもいい。

 四天王はどうやらあの日から変わってないようだし、手土産でも持って……。

(ああ、ダメだ。リーグに行く前に、あの城にいかないといけない……)

 後日の新聞で、山の中に沈んでしまったというあの城。

 奴らの繁栄を象徴するかのような巨大なあの建築物は、今や山の中に消えてしまった

というから驚きだった。

 おかげで大規模な改修工事がリーグの足元にある山では行われていたらしいが、もう

終わっているらしいから、入っても大丈夫だろう。

 でも、と彼女は自分がもっているバッジケースを取り出して中身を見た。

 褪せてしまったかのように輝きを失ったかつての冒険の日々を思い出す。

 それを目の当たりにするかのように、手に入れていた8つのバッチは錆びたい放題赤

錆にその身を蝕まれていた。

 そういえば、持ってるだけで手入れなんてまるでしてなかったな、とふと思い出す。

3

Page 12: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 それを見ていると、あの日三人で旅にでたあの記憶が、自分の中ではトラウマのよう

な扱いになっていることを思い出す。

(ははっ……。私、やっぱり空っぽだぁ……。ベルみたいに弱さを認めることもできな

い、チェレンみたいに強さを探求することもできない……。中途半端なんだ、私……)

 このバッジを見ているだけであの日の旅立ちをしなければ良かった、あのまま図鑑の

手伝いなんて申し出なければ、もう少し穏やかな時間を過ごせたのではないかという馬

鹿らしい考えまで浮かび出す。

(母さん言ってたっけ。冒険を通じれば成長することができるって。母さん、私成長で

きてないよ。私、ずっと迷って、後悔して、立ち止まってばっかだよ……)

 母は強い人だった。こんな彼女に冒険のイロハを教えてくれた。

 そんな母の期待すら裏切ったと思うと、もう死にたくなる。

 何で、傷ついた思い出しかないこの地に戻ってきてしまったんだろうと。

 二年前はただただ必死だった。

 怒涛のように押し寄せる不安を、仲間と共に乗り越えるので精一杯で、それ以外のこ

とを見ている余裕なんてなかった。

 そして気付けばチャンピオンなんて大層なモノをいただいていた。

 でも、その頂きに立って、リーグを去るときに彼女の脳裏に過ぎる思い。

4 英雄の忘れ物

Page 13: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

(私……本当は何がしたかったんだろう?)

 周りに言われるがままに進み、周りに言われるがままにバトルし、周りに言われるが

ままにリーグに挑み、勝ちを収めた。

 でもそこに、彼女の意思はひとつも、一度もなかった。

 ただ、やれと言われて、君ならできると期待されて、その通りにやったらみんな喜ん

だから。

 だから、そうしたにすぎなかったことに。そのことに気が付いた。

(……ああ、分かった。私は人形なんだ。チェレンのような真摯さもない、ベルのように

現実を受け止める強さもない、言われたとおりに動いて、期待通りの結果を出すだけの

……)

 そう思うようになって、何故あの時黒き龍が自分に手を貸したのか、さっぱり理解で

きなかった。

 自分の中に明確な理想なんてなかった。

 自分は多くの人間にただしろ、と言われたことを実行し、成功させただけだった。

 あの時対峙した彼は、その目で真実を見つけ出していたのに、空っぽな自分が勝って

しまった。

 彼が弱かったから。あの時の彼は焦燥感にとりつかれて、まるで取り乱すようにバト

5

Page 14: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ルを行なっ た。

 対して自分は何も考えず、周囲が待ち焦がれる結果のみを追求した未来のため淡々と

戦った。

 どちらが人間らしいと言えば、感情を発露させていた彼の方が余程人間味があった。

 白い龍は、どこか悲しそうな瞳で黒い龍を見ていたことはまだ覚えている。

 黒い龍はきっと勘違いをしていたんだ。大層な理想をこの少女が抱いていると。

 だが、現実は違った。その戦いが終わったあと、改めて黒き龍は訪ねてきた。

 ──お前の思い描く理想とはなんだ、と。

 少女は、脳内にテレパシーのように入り込んでくる声に、答えることができなかった。

 呆然と、目の前にいる龍を見上げているだけだった。

 だって、彼女にはなかったから。

 誰かに語れるような御大層な理想なんてモノは、彼女の中で形になってなかった。

 彼女はただ、多くの他者の望む未来を実現できるように使われただけの、傀儡にすぎ

ないことを自覚してしまったから。

 確かにそれは穿った見方だ。誰もそんなことは思ってない。

 だけれど、結果として多くの人間がそうあって欲しいと思ったことを、代わりに実行

した彼女は事実人形だった。

6 英雄の忘れ物

Page 15: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 だから、黒い龍は失望した。白き龍の選択が正しかったことを、己で示してしまった。

 龍は告げた。此度の邂逅は一度きり。もう、お前には力を貸さないとハッキリ言っ

た。

 それでもいい、とこの時初めて少女は口を開いた。

 私は、都合のいい誰かの為にしか動けない人間で、結果としてあの男と同じだった。

 貴方を同じように使ってしまったのは、事実だもの。 

 悪意がなかろうがあろうが、関係ない。

 貴方は、貴方の存在を必要としている人に、その力を貸してあげて欲しい。

 そう言って、その時に龍とは別れた。あれ以来、あの龍とはあっていない。

 いや、それには語弊があるか。今も黒い龍は彼女とともにいる。

 だが、その姿は黒い龍ではなく、単なる黒い石になってとして、だが。

 無機物となった龍とはあれ以来話してもいないし、意思疎通もしていない。

 そういう意味じゃ、この石も二年もの間、持ち歩いていたことも彼女の後悔の一つ

だった。

 結局、ここまできたからリーグも制覇してみたらどうだ、という周囲の応援に押し出

されるように 制覇したリーグ戦。

 チャンピオンになっても、嬉しくもなんともなかった。

7

Page 16: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ただ、ああ終わったな、という感情だけ。ようやく、解放されたんだなという安堵だ

け。

 こんな女が、イッシュを救った英雄? 馬鹿を言わないで欲しかった。

 本当の英雄は、彼だ。虚偽の私に負けてしまっても、決して折れなかったあの人なの

だ。

 今も何処かで理想と真実の為に奔走している、あの人こそ真なる英雄なのに。

 私が表立った英雄として祭り上げられるのは耐えられない。だから、イッシュから逃

げ出した。

 ホウエン、シンオウとその噂が来ない場所まで、必死になって逃げた。

 恥ずかしかった。なんて、厚顔無恥なんだろう。何も知らない子供が、英雄?

 違う、私は英雄じゃない。偽物の人形だ。

 大勢の誰かの為にしか動けなかった、ただの空っぽな子供。

 偽善者、とも言うのかもしれない。私に、強さなんてものはない。

 彼女は人気の無くなった港に一人立ち、ビルの立ち並ぶ街を見上げて、これからのこ

とを考える。

(……まずは、新しいジムリーダーを倒そう。どうせすぐに終わる。四天王より弱いな

ら、今の私でも簡単に勝てるわね。そして、足りない分のバッジを手に入れて、リーグ

8 英雄の忘れ物

Page 17: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

に向かって、入場許可を貰って、そのあと沈んだっていう城に入ろう。あの場所で黒い

石をあの場所に届けて、彼には眠ってもらおう。それで、私の忘れ物は、終わりだ……

それだけでもう、イッシュには用事はないし……宛もないし、何処に行こうかな……)

 おういトウコー、と誰かが呼ぶ声がした。

(ああ、そうだった。母さんにも謝りにいかないと。そんでもって、図鑑も届けておかな

いといけないか……。アララギ博士には悪いことしたままね……。ホント、私は後悔ば

かり……)

 もう一度、トウコ、と誰かの呼ぶ声。

(ベルには今更合わせる顔がないし、チェレンも……あ、そうだ。あいつ、そういえば

どっかのジムリーダーになったんだっけな。あちゃぁ……じゃあリーグ行く前に、あい

つとは顔合わせしないといけないのか……。うぅん、いっそ家に忍び込んでバッジだけ

掻払おうかな……。そうするかな、どうせ合鍵の場所とか変わってないだろうし)

 トウコ、と誰かに呼ばれる声に気付かない彼女は、ショルダーバック一つで全ての荷

物を引っさげて、人の波の中を目指して歩き出す。

 その後ろ姿は、二年前は一つに纏めた茶髪のポニーテールに帽子、薄手の半袖にジャ

ケット、ホットパンツという姿から、黒いジーンズに黒いジャケットに、手入れをして

いなかったせいで伸び放題伸びたロングヘアをストレートにさげるという成長した姿。

9

Page 18: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 一番違うのは、当時纏っていたであろう溢れんばかりの明るさがなりを潜め、滲み出

ているダウナーな雰囲気だった。

 髪を揺らしながら消えていくその姿を、声をかけた二人は、驚いたように見送ってい

た。

「トウコ……彼女、帰ってきていたのか……」

「でも、どうして無視して行っちゃったのかなあ……」

10 英雄の忘れ物

Page 19: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

英雄の後悔

    イッシュの地に帰ってきて二週間が経過した。

 やはり、彼女──トウコの知っているイッシュではなかった。

 トウコの知っていたホドモエの街は、冷凍コンテナのあった場所には妙な施設ができ

ていたのを見た。

 何か、強いトレーナーを全世界から集めて競い合わせる施設のようだ。

 ホワイトフォレストのあった場所は、何やら巨木がすくすくと育ち、見上げる大樹に

なってその洞の中ではこれまた強いトレーナーが腕を競うような施設ができている。

 その他、知っている場所が知らない場所に変化しているのが驚いた。

 時間は、刻々と進んでいたのだという現実に、軽く打ちのめされた気分だった。

(やっぱり、私はちっとも成長していない……)

 彼女はこの二週間、一人で動いていた。

 まず、足りなくなったバッチ──新しいジムが二年前に比べて増えて、二年前までジ

11

Page 20: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ムだった場所は色々変わっていた──を片っ端から掻き集めた。

 ホミカとかいう毒タイプのジムリーダーは一蹴した。というか、弱すぎて話にならな

かった。

 挑んで勝利したとき、キレていた彼女に「前チャンピオンが挑みに来るなんて非常識

だ!」と指摘されたが、常識云々言ってたんだからいいだろうに。

 二つ目程度なら、一匹で十分だった。

 七人目は、まさかの過去の知り合いで、慌てて顔を隠して、匿名で挑んで勝ちを奪っ

た。

 一応変装はしていたが、だけどあの爺様の態度からして、気付かれた可能性は否定で

きなかった。

 あの人、思い出したが今でも市長なんてやってるから、情報を拡散されたりしたら困

る。

 しかし気にしてはいられなかったのでとっとと街から逃げることで事なきを得た。

 二年前、同じ場所で戦った彼女は、現チャンピオンであることは知っている。

 だって、自分が彼女にお願いするように、前チャンピオンにお願いしたから。

 アデクの爺様は、何か思うことがあってチャンピオンをトウコに譲ったがトウコはそ

れを拒否、結果的に白羽の矢が立ったのはあの子だったという事の顛末。

12 英雄の後悔

Page 21: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 押し付けられても嫌な顔一つしないで引き受けてくれたあの子には、今でもとても感

謝している。

 そして、サザナミタウンから少し入ったところにあるリゾート地で有名な街で、最後

のジムリーダーを徹底的に叩き潰した。

 あの人の言っていることは訛りが強すぎて理解できなかったが、やはり驚いていたよ

うだ。

 何でチャンピオンが挑みに来ているんだ? 的な意味で。

 そして。一番会いたくなかった、最初のジムのバッチは。

 ──新米ジムリーダーの自宅に忍び込んで、掻払ってきた。やっぱり案の定、上手く

いった。

 相変わらず合鍵を隠す場所を考えない。彼の幼馴染としてちょっと悲しくなった。

 彼の部屋はキチンと整理整頓されていて、本人は不在であることは経験上知ってい

た。

 窓から覗き込んだときにベッドに誰も寝てなかったから。外泊だろうと判断し、彼の

部屋と隣接するベランダの合鍵を拝借して、侵入。

 彼の両親は、事前にいないことを確認済みだった。

 目的の品を彼のパソコンの置いてあるデスクの中から発見、一つパクって脱出。

13

Page 22: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 普通に成功した。呆気なく。

 冗談じゃない。

 彼と今更顔を合わせてどうしろというのか。

 どうせ、無様に泣いてしまうに決まっている。

 彼のことを羨んで、彼に絶望される顔を見られるのが怖くて、逃げ出してしまうに決

まっている。

 だから、合わなかった。

 真夜中に自分の故郷に帰り、一時間でまた去った。

 自宅に鍵を使って入り込んだとき、寝室で寝ていたはずの母が、

「おかえり、トウコ」

 と、リビングで出迎えてくれたのは、心臓が止まるかと思った。

 二年ぶりに見た母は記憶の中と大して変わっておらず、この二年間連絡をあまりして

なかったことをその場で頭を下げて謝り、そして母は笑って許してくれた。

「トウコ。また、すぐに出かけるの?」

「うん。まだ、私……忘れ物あるから」

 母に問われて、トウコはそう答えた。

 母は何も聞かず、そして何も問わなかった。

14 英雄の後悔

Page 23: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 この二年間でトウコが経験したであろう辛い体験談を、何も。

 逃げ出したことも責めず、またすぐに逃げようとしている事も咎めない。

 その優しさに、娘は確かに救われた。

 30分ほど世間話と久しぶりに食べた母の手料理に罪悪感が膨らみ続けるのに耐え

切れなかった。

「じゃあ、そろそろ行くね。心配しないで。今度はもう、勝手にいなくなったりしないか

ら。それにライブキャスター、持っていくわ」

「そう。できたら、定期的に連絡ちょうだい」

 家を出るとき、母はリビングで椅子に座って、彼女を見て手を振って送り出してくれ

た。

 トウコの腕には、二年前に逃げるとき、投げ捨てるように置いていった、腕時計型ト

ランシーバー、ライブキャスターがまた装備された。これで、母とは何時でも連絡でき

る。

 私の母は偉大だ。そう、思った。

 何も聞かない優しさだけじゃない。娘のわがままに近いことを、笑顔で赦してくれる

その懐の広さ。

「……ぐすっ……それじゃ、かあさん……。私、いってくるねっ……」

15

Page 24: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 やっぱりだった。予想通り、トウコは涙腺が緩んだ。涙があふれそうになる。

 この人の娘でよかった、この人に愛されてよかった、そしてごめんなさいと。

 咄嗟に俯き、母にはバレないようにしたが、優しげな微笑みを浮かべて、母は言う。

「いってらっしゃい」

 その声と母の愛情に背中を押されて、トウコは自宅を後にした。

 これでもう、心残りはない。あの場所を目指す。

 今は地中深くに眠るという王の城。

 嘗ての決戦の場、Nの城を。

16 英雄の後悔

Page 25: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

英雄の相棒

    ──急がなければ。常にトウコは焦燥感にかられていた。

 イッシュにはいい思い出はあまりない。だから、駆け足で物事を進めようとする節が

あった。

 長居すると精神衛生上あまりよろしくない。多少の力ずくは仕方ない。

 それをするだけの最低限のトレーナーとしての能力は二年前から持ち合わせている。

 伊達にイッシュから逃げ出して、宛もなくホウエンとシンオウをさ迷ってはいない。

 そして、二年間の逃亡の期間は決して無駄ではないことも、証明済みだ。

 イッシュの冒険をしていた時に捕まえたポケモンたちは一匹足りとももう手元には

いない。

 今彼女の手持ちにいるのは、冒険を一緒にしていた過去のポケモンたちではなく、そ

の逃亡生活を始めた上で、道中出会った仲間たち。

 リーグ制覇後、ボールを自分で破壊して、話し合って、みんなは満場一致で去った。

17

Page 26: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 リーグまでむしろ一緒にいてくれたのが不思議なほど、彼女は彼らに嫌われていた。

 何故だろうか? 酷いことをした覚えはない。そんな命令をした覚えなんてないの

に。

 旅の途中で出会ったポケモンの声がわかるといっていた彼が、忠告を言っていたでは

ないか。

「──キミはポケモンに無理強いをさせすぎている」

 その言葉の意味を当時はさっぱり分からなかった。

 無理強い? どこが? ただ一緒に戦って、ポケセンにいって治療して、ただ一緒に

旅をする。

 変なことなんて何もしてない。

 たまに、タブンネをみつけてはレベルアップするために狩りまくったりした程度だ。

 でもそんなの、みんなしている。

 それのどこが無理強いなのだろう? 

 プラズマ団みたいに理不尽な暴力を振るったり、殺してしまったりしたわけじゃない

のに。

 その考えが自分のエゴだと分かったのは、全ての元兇に追い詰められた時だった。

 圧倒的脅威、圧倒的強者に太刀打ちできず、黒き龍すら敗れたプラズマ団総帥とのバ

18 英雄の相棒

Page 27: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

トル。

 馬鹿みたいに強かったあのサザンドラと戦った時に、トウコの手持ちは全滅しかけ

た。

 一撃必殺。まさにそれを実体化したかのように、黒き伝説の龍すら初撃で葬り去っ

た、あの怪物は最後の手持ちになったときに拍子抜けするように吼えた。

 そのトレーナーである男は、弱い、弱すぎると嘲り、トウコの心も折れかけた。

 最後の手持ちだった最初の相棒、ジャローダもまたひるむようにサザンドラから逃げ

ようとした。

 闘え、戦ってと言ってもジャローダは首を振って嫌がった。

 何でこんな勝ち目のない戦いをしないといけないんだ、と。

 あいつには勝てないんだから、さっさと逃げ帰るべきだろうと。

 ……あの子の言うとおりだった。

 だって、伝説のポケモン、ゼクロムすら勝てなかったような相手だ。

 ゼクロムはりゅうのはどうで一撃で敗北し、後ろに巨体を横たえていた。

 ──馬鹿な、このゼクロムを一撃だとッ……!?

 本人すら目を見開いて驚愕していた。

 そこは彼自身の油断大敵で片付けられるが、しかし不自然なほどあのサザンドラは強

19

Page 28: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

かった。

 何をどう育てれば、あんな怪物じみたポケモンが生まれる。今でも疑問だ。

 遺伝子操作でもされて、意図的に戦闘能力を跳ね上げたような、物理的におかしい強

さだった。

 彼女の当時の手持ちは、瀕死の状態で顔を上げ、敵ではなくトウコ自身をその時睨ん

でいた。

 どうしてこんな理不尽な戦いをさせる。

 どうしてこんな痛い思いをさせる。

 どうしてお前は戦わない。

 どうしてお前は見ているだけなんだ。

 非難するような視線だった。みんな、トウコを恨めしい目で睨んでいた。

 トウコはその目に困惑した。どうして、みんな私をそんな目で見るの?

 私、そんな酷い事を言った? 酷いこと、したの? してないよ、私は普通にしてい

ただけ。

 最初から致命的なズレがあったのだ。トウコの普通と、彼らの普通は全く異なってい

た。

 そう、トウコは知らなかったのだ。彼らの苦悩、彼らの怒り、彼らの痛みを。

20 英雄の相棒

Page 29: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 だから平然と死ねというような命令ができた。

 次元違いの怪物に特攻して死んで来いというカミカゼのような命令を平気でする。

 ポケモンたちは、少なくてもそう感じていたようだ。

 結局、その場は散乱した道具の中から、げんきのかけらを錯乱するトウコから自ら

ひったくって使い復活したゼクロムが、頭に血が登って怒り狂ったクロスサンダーで何

とか辛くも勝利を奪ったのだ。

 こんなことをしていれば、みんな愛想を尽かすだろう。それはそうだ。

 トウコは、今でも分からない。冒険の日々は、無理難題を彼らに押し付けた覚えは未

だにない。

 なのに、彼らは彼女を嫌っていた。埋まらない溝が、確かに彼らとの間には存在して

いた。

 でも、今は違う。トウコはそれ以来、ポケモンたちとの接し方を変えた。

 一方的な命令系や、ボールを使った捕獲という事をやめた。

 彼女はイッシュに出る前に出会った一匹の相棒によって、今までとは違ったポケモン

との向き合いに成功し、今の彼女の手持ちは確かな信頼で繋がることができた。

「……なぁ、トウコよ? お前さ、さっきから何難しい顔してるんだ?」

「……。ごめん、今話しかけないで」

21

Page 30: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「なんだよ、俺が心配してやってんのにその言い方は」

「悪いとは思ってんのよ。でもあんた、お喋りすぎ。うるさいから黙ってて」

「おいトウコ、お前自分のポケモンに何言ってくれてんの。俺から口先とったら残って

るのあんまねえじゃん」

「私そっくりな声でしゃべるなって言ってるの。独り言みたいでしょ」

「うわぁ素っ気ねえ。それが長年付き添ってきた相棒への態度かよ?」

「だから、女の声で男言葉やめて。なんか気持ち悪い」

「なんかってなんだよ」

「いいから黙る、他の連中にみつかるでしょ?」

「ちぇー」

 そらをとぶでポケモンリーグの山頂に到着し、リーグの門番に見つかり不法侵入で撃

墜されそうになったが、顔を見たら彼らも思い出したようで失礼しましたと言って、念

の為にバッジ新旧合わせて一応8つみせて、現在チャンピオンロードを下っている。

 で、その隣で相棒がボールの外から出て一方的に話しかけてきている。非常に喧し

い。

 イラついている訳じゃないが、騒がしいのは勘弁願いたい。

 別に元気付けようとしているのではなく、あの子の場合は単に口数が多いだけだ。

22 英雄の相棒

Page 31: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 その姿は、ポケモンではなく、人間そのものだ。

 トウコそっくり、というか今のトウコよりも少し幼くした感じの顔立ちに、帽子を

被って茶髪をポニーテールにしている、双子のように良く似ている少女が、若い女の子

のソプラノの声で、雑な男言葉を喋っているのである。

 普段、人前に出るときは無言かあるいはカタコトな言葉遣いなのに、トウコと一緒に

いるときはまあ、遠慮せずに喋りたい放題喋る。うるさいことこの上ない時が多い。

「トウコー。俺腹減った〜」

 頭の後ろで手を組んで、やる気なさそうに歩くこいつは一応、相棒である。

 今の生活を支えてくれる、大切な。

「さっき私の朝飯勝手に食べたくせに……しれっとこいつ……」

 しかし時々殴りたくなる。無性に。

 子供のように人の飯を盗み食いしたり、勝手にトウコの財布から小銭をパクっては知

らないところで買い食いしているし。

 本当に人知れず森の中で暮らしていたのかと思うほどの適応能力である。

「アーク、あんたそろそろいい加減にしないと、ハッ倒すわよ?」

 何時までも黙らない相棒に、とうとう堪忍袋の緒が切れそうなトウコはギロッと睨

む。

23

Page 32: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 しかし、しゃあしゃあと相棒は肩をすくめるだけ。

「俺のかえんほうしゃで丸こげにされてえのか? だったらやってもいいぜ?」

「ねぇ、あんたそろそろボールの中にぶち込まれたいの?」

「あっれぇ〜? そういうのはやめたんじゃないのかなぁ〜? そこんとこどうなん

しょ〜ねぇ〜トウコすゎ〜ん?」

「あんた、私のことバカにしてるでしょッ!! いい加減にしないとぶっ殺すわよ!?」

 口喧嘩をするその光景はまるで仲の良い姉妹だ。だが、その実態はトレーナーとポケ

モン。

 男言葉を使っている方は、ゾロアークというポケモンだった。

 二年前、イッシュにある迷いの森という場所でトウコが出会った、逃亡を図ろうとし

た最初の時の相棒である。

 ゾロアークには彼らにしかない、イリュージョンという特性が備わっている。

 これは簡単に言ってしまえば高度な変身能力で、他のポケモンにだって化けることが

できる、あるいは人間にだって化けられる。

 昔話によくある人を小馬鹿にする化けギツネ、そんなイメージであっている。

 事実彼らは人間に変身している時は人間の言葉を喋ることだって出来る。

 そんなポケモンは世界的にも稀で、よく彼らは研究者たちから血眼になって探されて

24 英雄の相棒

Page 33: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

いる。

 だが、見つけるのは非常に困難だ。

 彼らの変身のメカニズムはまだ完全に解明されておらず、一度変身されてしまえば見

分けるのは非常に難しい。

ニックネーム

 トウコからすれば、長年付き添っているゾロアークにつけた

、アークは目の前で

手を打ち鳴らすと吃驚して元の姿にもどるので、見分け方は簡単だ。

 彼とのやりとりはだいたいいつもこう。アークが小馬鹿にして、トウコで遊ぶ。

「アーク、あんたって奴は……私をバカにして楽しいのっ!?」

 つい素の感情が彼との会話で露呈してしまうトウコ。

 これが実は彼女の一種の救いになっているのだが、認めたくないのである。

 だって相手は……。

「ああ、とってもとっても楽しいサ!!」

 笑顔でサムズアップするようなやつである。しかも超楽しそうに。

 キラキラするエフェクトすら見えたような気がしたトウコ。

 あっさりキレた。

「アアアアアアアアアアアクウウウウウウウウ!!!!」

 人気のない道の真ん中で、ポケモンとのじゃれ合い開始。

25

Page 34: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ぱっと見、仲の良い姉妹喧嘩。なお、アークの一人称は俺、立派なオスである。

「だははははははは!! バカトウコバカトウコ! やれるもんならやってみやがれ〜

!」

「ぶっ殺したらぁーーーーー!!」

 拳骨を振り上げて殴りかかるトウコを、ひょいっと回避して逃げ出すアーク。

 見事な逃げ足だ。トウコは意味不明な内容を叫びながら追いかける。

 大体、こんな感じでいつも終わる。三十六計逃げるに如かず、勝つのはいつもアーク

である。

 追記だが、ゾロアークというポケモンは、変身する対象を何もかも完璧にコピーする。

 それは二年前のトウコの姿を模した今のアークは、成長して多少なりとも外見に変化

してきたトウコにだって変身できるということ。

 アークなりに、色々考えて今のトウコには変身する気はない。

 二年前の姿をアークが模写することで、お前は少しでも前に進んでいる、ということ

をトウコに示すために彼が行なっている行為だから。

 しかし今んところ、短気なトウコはそれに気付く様子はない。

「アアアアアアアアアアクウウウウウウウウ!!! 待ちなさいよコラーーーー!」

「待てと言われて待つ奴がいるわけねえだろうバーカ!」

26 英雄の相棒

Page 35: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「絶対ぶっ殺すうううううううう!!」

 いつになったら終わるかというと、トウコの燃料切れを起こすまでである。

 アークはそれまで、たっぷりと相棒を小馬鹿にして楽しむのであった。

27

Page 36: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

英雄のトラウマ

  チャンピオンロードに到着した。

 整備された道とはいえ、相変わらず舗装が甘い。足が疲れた。

 整備するなら山ごとしてなさいよと悪態を付きつつ、人に見られないようにアークを

ボールの中に戻し、というかアークが戻るといったので入れて、一人でまた歩き出す。

 チャンピオンロードはそこらじゅうがまだ生々しい傷痕を残し、工事中の立看板がそ

こかしこに置いてあった。

 こんな不安定な状況でもリーグは運営されているのが恐ろしい。足元がガタガタだ。

 この山の中に、彼との嘗ての最終決戦をし、そして無様に勝ってしまったあの場所が

眠っている。

 歩み出してから気付く。自分の足取りが、一歩ずつ重くなっていっている。

 ああ、やっぱりあの場所は記憶の中でも現実でも、ただの恐怖しかないのかと自覚し

てしまう。

 大丈夫、あそこにはもう誰もいない。だって、今はただの廃墟だから。

 言い聞かせるように自分に言って、重くなった足を持ち上げる。

28 英雄のトラウマ

Page 37: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 大丈夫、あの場所はもう、誰もいない。伝説もない、理想も真実もない、あるのは壊

れた過去だけ。

 怖くない、怖くない、怖くない。

 逃げるなら、逃げるならあと少しだけ。あと、少しだけ頑張って、私。

 奮い立たせる自分自身。大丈夫、もうあんなことは起きない。

 誰も私に期待しない、誰も私を英雄となんてしない。私はもう、他人の意思で動く傀

儡じゃない。

 私がそうしたいから、行く。あの負の遺産に。

 行こう、私。

 そう決めて、拳を強く握り、歩き出す。過去と決別をしよう。

 英雄の忘れ物、本来は私がもっているべきじゃないこれを、手放して終わらせよう。

 そうして、彼女は向かっていく。Nの、城へ……。

  チャンピオンロードは以前よりも複雑に絡み合っていた。

 そこらじゅうにいる好戦的なトレーナーに、工事の関係者と誤魔化してバトルを避け

て貰い(事実 彼女が一代前のチャンピオンとしれば皆目の色を変えて襲ってくるので

その必要がある)、ポケモン避けのシルバースプレーを噴霧し、下るように急勾配の階段

29

Page 38: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

を下っていく。

 山を刳り貫くように開けられた穴、そこに繋がる洞窟を抜けて、懐中電灯片手に探っ

ていく。

 そして……見つけた。

 出て入るを繰り返し、幾拍かののち、その場所を。

「……うっ……がはっ……」

 その禍々しい色褪せた白を見ただけで、胃袋から何かが湧き上がってくる。

 思ったとおり、強烈な吐き気に襲われた。道端に退いて片膝を付き、吐瀉した。

 精神的な苦痛と身体的苦痛を同時に味わった。久々の感覚に、意識が逃げ出だそうと

する。

 胃袋の中を空っぽにしておくべきだった。

 単なる子供が、下手すれば生死を賭けるようなあんな経験をしたのだ、後遺症という

か、この程度のダメージは考慮しておくべきだったかもしれない。

 耳障りな声をだして吐き出したおかげで、多少は楽になった。

 腹の中が空っぽになるぐらい、吐いた。

「ミスったわね……」

 自分が吐き出した高レベル放射性廃棄物みたいな胃袋の中身に目を落とし、はぁ……

30 英雄のトラウマ

Page 39: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

とため息をつく。

 口の中が気持ち悪い。胸もムカムカする。胃痛もする。酷い痛みだ。

 これはもう、トラウマかもしれない。でも、行かなければ。

 トウコは持ってきていたペットボトルに入れてある水で口を濯ぎ、吐瀉物を放置して

歩き出す。

 眼下には、忌々しい白い外壁がそのまま地中に埋もれていた。

 運良く、中に入れそうな階段を発見して、慎重に入っていく。

 外も相当損傷が激しい。いつ崩落してもおかしくない。

 Nの城。過去にはプラズマ団の本拠地として作られていた、大きな城。

 まさか、誰も悪党がリーグの下にこんなモノを建築しているなどとは思うまい。

 地下アジトのように作られたこいつが二年前、一度だけ地表に頭角を現し、そのまま

また地に墜ちた。

 原因は、ポケモンの暴れたことによる大規模崩壊のせいだ。

 主にトウコが破壊したに等しい。ゼクロムが暴れてぶっ壊したんだから。

 その傷跡は凄まじく、中に入って唖然とした。

「……これ、どうすればこんな風になるの?」

 思わず独り言を言ってしまうほどだった。

31

Page 40: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 多くの柱は倒壊し、そこら中の石畳の床は陥没して抜け落ちて、一部の壁はクモの巣

状にヒビが入り、一部は大穴があいていた。

 野生ポケモンが入り込んだ形跡などはないから、自然的に壊れていったんだろう。

「……」

 ここまで損傷が激しいとは予想外だった。

 如何に、リーグの連中がこの城を歴史に埋めてしまいたいかを知った気分だ。

「……まぁ、表沙汰にはできないか……」

 自嘲的に笑い、彼女は人気も明かりもない建物の中に入っていく。

 「……何で、ここだけ……無事なのよ……?」

 その部屋に入ったとき、トウコは思わず呟いた。

 そこは城に相応しくない、一言で言えば子供部屋のような室内だった。

 青い空、白い雲がかかれた床、白黒のモノトーンの壁紙、乱雑に転がったレールと電

車の玩具、倒れた室内用バスケットゴールとその前にあるコート、部屋の奥に鎮座して

いるスケボー用のハーフパイプ。

 幾何学模様のアートは壁から落ちて、中身のぶち撒かれたおもちゃ箱は二つほど。

 やっぱり、あの外見からは信じられない彼の部屋。

32 英雄のトラウマ

Page 41: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 時を止め、訪問者を待っていたようにここは在った。

 気のせいか、ここだけ、部屋の中が余計に薄暗い。

「なんでよ……どうして……ここだけ……」

 声が、震える。部屋に入り、自分の身体が恐怖で強ばっているのが自覚できた。

 そこは、あの青年が数年前まで暮らしていたという部屋だった。

 年齢の割に不自然に部屋の中は幼くなっていた二年前。そして、今。

 あの当時そのままに、多少の差異はあれど、ほぼ原型を保っていた。

 二年前、彼の生い立ちを聞いて、この部屋を見たときに感じた恐怖が、またよみがえっ

た。

 なぜだ、なぜこの部屋だけはこんな風にあの時のまま、止まっている。

 彼女の足は、意識に反して、歩み出した。

 バスケットゴールの前に落ちていた、薄汚れたバスケットボール。

 刻まれた名前は「ハルモニア」。落ちていたそれを、徐ろに持ち上げて、名を目に入れ

てしまった。

「ひッ!?」

 畏れに似た感情で、ボールを投げ捨てる。

 今なんで拾った。あのボールは彼のボールだったもの。

33

Page 42: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 今は持ち主のいない、ただのガレキなのに。

 なんとなしに、拾ってしまった。

「あ……あぁ……あ……」

 右を見ても、左を見ても、上を見ても、下を見ても、前を見ても、目に入るのは苦痛

の思い出。

 あの時、彼に勝ってしまった、あのバトル、彼のことを知ってしまったあの日の記憶。

 嫌がっても、否応なく思い出してしまう。頭を抱えて、崩れるトウコ。

 脳裏に過ぎる、彼との戦い、彼との記憶、彼の言葉、彼の表情。

 その一つ一つが、今のトウコには激痛だった。

 トウコの目は、どんどん虚ろになっていく。

 この部屋は、ダメだ。いてはいけない。本能的に分かってる。

 でも、足が、竦んで、動かない。

「え、ぬ……私……わたし……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 頭を抱え、膝に顔を埋めて、ただ只管に謝る。

 もう、何も見たくない、聴きたくない、思い出したくない。

 誰か許して、あの人に勝ってしまった私を、あの人を苦しめてしまった私を、誰か、誰

か。

34 英雄のトラウマ

Page 43: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「──おい、しっかりしろトウコ! オイ、どうしたんだよトウコ!」

 完全に動けなくなってしまったトウコのベルトのボールが勝手に開き、光が現れる。

 光はカタチを成し、一瞬だけ別のシルエットになったがそれが着地すると同時に人の

形になった。

 飛び出してきたのは、慌てていたアークだった。トウコの姿を借りて、怯えるトウコ

の肩を揺する。

 トウコの今のボールは、中のポケモンたちの意思で外部の鍵が外れなくても勝手に出

てこれる特注の品。

 ポケモン達に対する拘束力が全くない、ただの入れ物としてのボールに過ぎない。

 それが今のトウコの選んだやり方だった。

「トウコ! トウコ! しっかりしろ、気を強く持て!! 振り切るって決めたんだろう

!? 忘れ物にケリを付けるって一緒に決めただろ! こんなところで足踏みしてる場

合か!? トウコッ!!」

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 アークが怒鳴るが、トウコには聞こえてなかった。

 肩を揺すっても、その目には光がなく、上げた視線は虚空をさ迷い、焦点が定まらな

い。

35

Page 44: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 壊れたラジオのように繰り返す、ごめんなさいの六文字。

「チッ……結局無理してもダメじゃねえか……。我慢してこんなとこまできやがって

……」

 アークは一度舌打ちし、力の入らないトウコに手を回す。

 全く動かないトウコの脇の下に腕を突っ込み、そのままズルズルと引き摺って行く。

「トウコ、もういい! もう帰ろう! これ以上は謝らなくてもいい!」

 抵抗もせず、瞳の代わりにガラス玉でも嵌め込まれたような目をしたトウコ。

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 俯き、床に投げられる言葉は謝罪だけ。もう、それ以外の言葉を知らないように。

「やめろ、それ以上謝るんじゃねえ!! お前自分を追い詰めてどうするんだよ!?」

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい

……」

「クソッ! これ以上時間かけられるかよッ! おいディー! ココロ! ホルス! 

ギガス! シア! ちょっとこいつ引っ張るの手伝え……じゃねえ、おい待て聞け、ギ

ガスお前はやめろ!! 出てくるな、建物が崩壊するッ!!」

 次々、彼女のボールから飛び出す相棒たち。通常時、人の姿ができるアークがリー

ダー格なのだ。

36 英雄のトラウマ

Page 45: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 キズナで繋がった彼らは、動けないトウコのジーンズの裾に噛み付き持ち上げを助

け、背中に下に入りそこから支え、道案内に買って出て、アークのポニーテールにかぶ

りついた。

「──くあああぁああああああんっ!?」

「?」

 一匹が飛び跳ねてポニーテールを噛み付いた痛みで、イリュージョンが解けてアーク

はポケモンの姿に戻ってしまった。

 ブチギレてトウコを投げ捨ててその噛み付いた一匹と喧嘩をおっぱじめるバカリー

ダー。

 副リーダーに一声、「ガウッ!」と吼えられて我に帰り、彼女を軽く蹴飛ばしてすぐに

またトウコの姿に戻る。

「──悪い悪いディー。すぐに持ち上げてもって帰るから。ホルス、背中に後で乗っけ

るから準備しておいてくれ! シア遊ぶな!! はしゃいでる場合じゃねえから!! コ

コロ、お前も時間短いけど人型になれるんだよな!? だったら早くなって手を貸してく

れ!!」

 アークがココロ、とNNのついた彼女に言うと、一瞬だけ一匹のポケモンのシルエッ

トがぶれる。

37

Page 46: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ジーンズの裾に噛み付いていたポケモンだった。

(……わたしはそれで構わないけど、お姉ちゃんをどうするの? このまま家に連れて

帰る?)

 一瞬の間。

 刹那、そこにいたのは、もう一人のトウコ。

 同じ格好、同じ声、同じ髪型、同じ顔。

 全くの同一人物がそこにはいた。

 腕を組んで、困ったような表情でぶつぶつと謝るトウコを見る。

 言葉は発さずに、テレパシーのようなやりとりで彼らと会話している。

「バカ、そんなことしたら俺達何されるかわかんねえだろう!? 俺やお前はあいつに守

られてるようなものなんだぞ?」

(だからって、置いていくわけにもいかない。あの黒いおじさんが動いてくれれば、背中

に乗っけて帰れるんじゃ?)

「それが出来ても苦労しねえよ! ゼクロムなんざ当てにできるかあんな奴!」

 この場に三人のトウコが出現しているという非常識な光景な、彼女にとっては日常の

ことだった。

 一人がトウコ本人。アークが化ける二年前のトウコ。

38 英雄のトラウマ

Page 47: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 そしてもう一人の少女は、トウコのように見えるがそれはある種の幻覚で、本物はポ

ケモンのままだ。

 普段は、非常時にしか変身はしない。今は、それだけ切羽詰っている。

(分かった。見られないようにわたしも頑張る。取り敢えず、ここから脱出しよう)

「ああ、そのあとホルスの背中に乗っけて……取り敢えずあいつん家に特急で帰ろう。

いいな、ホルス!?」

 ピィー! とホルスと呼ばれた鳥ポケモンは甲高い特徴的な声で返事をする。

 一致団結、彼女の逃亡中に出会った特殊な相棒たちは、えっちらおっちらと彼女を担

ぎだして、洞窟から脱出し、そのまま鳥ポケモンの背中に乗っけて、自分たちはガチャ

ガチャボールをいじって何とか戻って、ホルスはトウコの自宅へと超特急で飛んでいっ

た……。

39

Page 48: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

英雄の帰還

   その日の昼ごろ、カノコタウン。

 数件の住宅と、ポケモン学を進めるアララギ博士の研究所がある以外、特に変わった

ことのないこの閑古鳥の鳴いている平和な街に。

 ──突如天空から、一人の少女が一羽の鳥ポケモンと共に墜落して研究所にある納屋

の屋根を突き破って倒壊させたという、センセーショナルなニュースがその周辺の街で

は流れることとなる……。

 「……ごめんね、ホルス。みんなが助けてくれたのね?」

「ピィー」

「そう……。ねえ、そういえば私、さっきまでの記憶がないのだけれど……今まで何処に

行っていたの?」

「ピピッ」

「知らないの……? 何で?」

40 英雄の帰還

Page 49: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「ピッ。ピィーピッ!」

「……そっか。アークが口止めしてるの。じゃあ、聞かないでおくわ」

 それは上空300メートル程の場所を、翔いている鳥ポケモン、ウォーグルの背中に

乗って会話をしていた少女、トウコだった。

 先程までの記憶があやふやで、何をしていたのか覚えていない。

 確か、リーグに用事があって出かけているハズなのに、大した時間の消費もせず今こ

うして帰路についている。

 どうやら、何か自分が無茶なことをしたらしく、その記憶が抜け落ちたことを知らさ

れて彼女は口を噤んだ。

 トウコは二年前イッシュから逃げ出して以来、何か精神的に無理をしたりすると、そ

のまま記憶が抜けてしまうという症状があった。

 医者に見てもらったわけじゃないが、急性ストレス障害か何かだと自分では思ってい

る。

 まあ、特別普通に生きているなら気にする必要もないだろうと思って、ずっと放置し

ていた。

 誰にもこのことは言っていないし、知っているのは仲間たちだけ。それ以外は口外す

る気はない。

41

Page 50: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……」

 別に不思議なことじゃない。生物はストレスは受けたくないから、本能的に忌避行為

はして当たり前。

 そのことに疑いはないのだが。

 思考の海にダイブしていたトウコは、そのせいで気付くのが遅れた。

 ──実は、ホルスの体力がもう限界ギリギリで、というか尽きる寸前だったことを。

 目的地寸前で、急激にさがる高度。

 トウコはぼーっとしている。まだ考え事をしていた。

 ようやくホルスが(トウコ、悪い……俺は、限界だ……すまない……)というメッセー

ジを彼女に送り、それで今更気付いた。

「えっ。ホルス、ちょ、何で急降下して──」

「ぴぃ〜……」

 力なく返事するホルス。訳すると(ごめん、疲れた、休ませてくれ)だった。

 トウコに長いこと接していたおかげで、トウコと仲間達は明確な意思疎通ができる。

 でも、こういう時は伝える前に羽ばたくべきだった。

「ちょ、ホルス、前! 前ェーーーーッ!?」

 ばしばしと背中を叩いて、前方を指さすトウコ。

42 英雄の帰還

Page 51: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 風の切る音を聞きながら、斜め45度の勾配を凄まじい速度で落下。

「きゃあああああーーーーーーーーーー!!!!」

 大絶叫を上げて半泣きでホルスを頼るトウコ。ホルスはへばってもう頑張れず、遂に

は真逆様。

 10秒もなかっただろう。

 ──どかあああああああんっ!! どんがらがっしゃーーーーーんっ!!

 隕石よろしく、降ってきた元チャンピオンとその相棒たちは、慌ただしく、そして大

袈裟に故郷へと帰ってきたのだった……。

 というか、よく生きていた。トウコが。

 「……トウコ、あんた結局何がしたかったの」

「……聞かないで。そんで、ごめんなさい。色んな意味で」

 墜落から一時間後。

 下敷きになったホロスのおかげで奇跡的に打撲だけで済んだトウコは自宅で湿布を

貼られていた。

 呆れた母は、突然帰ってきた愛娘に苦笑しつつ、家の隅でひっくり返ってイビキをか

いて寝ているホルスに見て微笑んでいた。ホルスも大したダメージなし。タフだから。

43

Page 52: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ちなみに家の中にいるのはウィンディのディーと、グレイシアのシアが遊んでいる。

 なかにいるのは二匹のみ。

 一体は物理的にデカすぎて家に入れず、一匹は顔を出したくないという理由だった。

「しかし……トウコが二人に増えたときはビックリしたわ」

 母は、今現在飯をカッ食らっているいるはずのないもう一人の娘を見て言った。

駄狐だ

「いや、だからアークはポケモン。一応、びっくりでもドッキリでもないし。ただの

よ」

 ソファーに座って、治療が終わったトウコが白い目で彼を睨む。今は彼女、か。

「聞こえてるぞオイ、ったくよお。人が助けてやったのになんて言い草だお前」

 リビングと一体化したダイニングでに置かれた机の上に出された白米をガツガツと

貪っていたアークがトゲのある言葉で返す。

 というか、ポケモンなのに人間と同じ食事している。問題ないらしいのだが。

 ぱっと見、人間だからおかしいところはない。見た目だけ。

「飯をカッ食らってるあんたに言われたくないわね」

「うるせーなー。腹減ったんだからしょうがねえだろ? あ、ママさん。おかわりっす」

「はいはい、アーくん待っててね」

「ちょ、何勝手に馴染んでるのよ!?」

44 英雄の帰還

Page 53: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 何時の間にか母にアーくんとか呼ばれてる。

 しかもお茶碗を差し出してせがむあたり、もう実家に馴染んでた。

 あと関係ないが、白米のみでオカズなしでよく食える。

 口の周りに御半粒をつけたまま、今度は自分で勝手に用意したインスタントの味噌汁

にポットのお湯を入れている。

 長年親しんだ室内のような無駄のない動きだ。

「アーク!? あんた私の家の構造知ってたっけ!?」

 アークはトウコ宅にきたのは今日が初である。

「ん〜? 知らんがね、なんかあったから飲むことにした」

「アーーーーーークーーーーー!!」

 しれっと味噌汁までずず〜っと啜り横目で一瞥する厚顔無恥なアークに、ブチッとキ

レるトウコ。

 打撲した足を引き摺って「殺す! 絶対殺すッ!」と怒り狂って手元にあったほうき

を振り回して食事中のアークに襲いかかるが、ご飯をよそっていた母の「やめなさいっ

!」という覇者の一喝をされて、小さくなった。

「バーカバーカ! 怒られてやんの〜! ……あ、どうもママさん」

「一杯食べてねアーくん」

45

Page 54: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「あざ〜すっ!」

 小馬鹿にしたように指をさして笑って、差し出されたお茶碗を受け取ってまた掻き込

み始めた。

「アークあんた覚えてなさい……」

 何時の間にか母までアークの味方をするようになった。トウコは軽く現実を疑いた

くなった。

 何だあのアークの適応っぷり。

 行く先行く先真っ先に馴染んでいるのは何時もアークだったが、実家でもそうだっ

た。

 キレたいが、ここは母の手前、諦めるしかない。

「ふぁーかふぁーか」

 頬を膨らませてもぐもぐしてもなお、ニヤニヤしてトウコを馬鹿にするアーク。

 トウコのバカはアークの口癖だったりする。母は妹を見るよう目でアークを見つめ

ていた。

「ああああああくううううう〜〜〜〜〜〜……」

 腰掛けた拳でソファーを殴り、悔しい気持ちを発散するトウコだった。

 

46 英雄の帰還

Page 55: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 取り敢えずおかわりコールが治まらないバカを放置して、一度家を出る。

 家の外、見えるのは二件の家。二つとも、知り合いの家。

 片方がこの間侵入して、片方は結構訪ねていない。

「……」

 正式に、帰ってきたということを知らせたほうがいいだろうか。迷いがある。

 だって、やっぱり合わせる顔なんてなくて。今更どう謝ればいいんだろうか。

 勝手に居なくなったことを。何も言わずに消え去ってしまった二年間のことを。

 あの子は優しいから、多分笑顔で許してくれるとは思う。でも、それじゃダメ。

 トウコはあの子のことが好きだった。大好きだった。

 この意味は、よくわかんないけれど、好きなものは好きだ。それは、今でも。

 小さい頃から、理屈ばかりで小うるさい幼馴染とは違い、トウコは感覚で生きていた。

 楽しいことは感覚で楽しみ、悲しいことは感覚で悲しい。

 一々理屈をつけては水を差すあいつとはよく衝突し、その間に立って仲裁してくれた

のは彼女。

 だからだろうか。今まっ先に知らせるべき存在は、あの子──ベルな気が知る。

 チェレンだって一緒に知らせればいいんだろうが……。

 彼の場合、小言を言われるのが何よりも怖いし、あとは怒らせると一番怖いのも彼。

47

Page 56: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 でもやっぱり、自分に従って動こうと思う。

 ベルの顔が見たい。もう、なんていうか、衝動的というか。

 連絡すると決めたら突然、今すぐ居場所を調べて突撃したくなってきた。

 頭を振って、くだらない本能を振り払う。頬が赤いのは気のせいにして。

 ライブキャスターで呼び出す程度にしよう。それ以上の我慢は多分出来ない。

 我慢我慢。怒られてもいいから、ベルに会いたいのはわかったから落ち着け私。

 番号を入れる指まで震えてきた。多分興奮で。

「……」

 砂嵐の呼び出し画面中には、遅すぎてこいつを壊したくなった。

 早く早くと急かす本能。

 一度深呼吸して、精神を落ち着かせる。

 よし、と気合を入れたときに慌てたように画面が切り替わった。

『──もしもし!? トウコ!?』

 懐かしい顔が、見えた。メガネをしているのはちょっとびっくり。

 髪型とか可愛くなってて嬉しかった。あと、ベレー帽は変わってない。

「…………。ベル坊、少し老けた?」

『誰も老けてないよお!! あとベル坊って酷いよお!!』

48 英雄の帰還

Page 57: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 もっと気の利く事を言おうと思ってたら、変なことを言ってしまった。

「ごめん、久しぶりベル」

 ……二年ぶりの再会は、こうして馬鹿な会話から始まった。

49

Page 58: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

英雄の再会

   ──連絡してから、あの子がカノコタウンに戻ってくるまで丸一日かかった。

 何でも、アララギ博士から頼まれた、新しい図鑑の調査をするであろう子供たちにポ

ケモンを渡しに遠い街に出かけていたらしい。

 あと冒険の簡単なレクチャーをして、そのあと彼女はすっ飛んで帰ってきたという。

 その間、トウコは挙動不審で部屋の中をウロウロしては奇声を上げて悶え苦しむ時間

を過ごしていた。まるで禁断症状が起きたヤク中の人みたいだった。

 その主の醜態を、アークとディーが呆れ半分のジト目で眺めていた……。

  「こんばんわっ!! あの、おばさんっ! トウコ、帰ってきてますかっ!?」

 下の階で、そんな息の荒い懐かしい声を聞いたとき、心臓が爆発するかのような思い

をした。

「…………」

50 英雄の再会

Page 59: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 普段のダウナーさが消えたトウコ、長年使っていなかったのにシミ一つないシーツの

頭から被って、ベッドの上で震えていた。

 電気もつけず、息を殺してじっとしている。主に、恐怖のせいで。

 自分から連絡したくせ、いざ逢うとなると小心者なトウコは竦み上がって、迎えに行

くことができなかった。

 本当に、何を言われるか想像しただけで怖い。

 あの幼馴染のことだから、泣いて怒るか泣いて喜ぶか泣いて引っぱたくかどれかだろ

う。

 泣いて、以外の選択肢は多分ない。

『おいトウコ、例の幼馴染来たぜ?』

 部屋の隅っこに置いてある、ラジカセにイリュージョンで変身したアークの、ノイズ

混じりの男の声がする。

 念の為、アークには部屋の中で見張っててもらうことにした。何かされたら逃げられ

るように。

『何時までビビってんだよ、お前が呼び出したんだろうが』

「……」

『やれやれ……相変わらずチキンだな……。まあ、何かあったらすぐ助けてやるから、頑

51

Page 60: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

張んな』

 それっきり、アークラジカセは黙り込んだ。

 彼女の手持ちたちは、棚にボール置きに設置されている。

 何かあれば、みんなトウコを守るために人間にだって牙を向く。

 そういう、仲間意識で繋がっているから、こうして監視の目を光らせている。

 階段を駆け上げる乱暴な足音が近づいてくる。

 ああ、そんな、急がないで、心の余裕を頂戴と思うけれど、彼女はそんな余裕はない

だろう。

『トーコ! トーコ!』

 何かイントネーションがおかしくなっているが、間違いなく彼女の声だ。

 少し大人っぽくなった彼女の声で、トウコの名を呼ぶ。

「っ!」

 思わず耳を塞ぐ。ひっ、と喉から潰れ損なった悲鳴が漏れる。

 声の雰囲気からして怒ってはないが、だが穏やかじゃない空気も感じる。

 トウコにはそれだけで、何か攻撃の意思を感じさせるには十分だった。

『トウコそこにいるんでしょおー!? ドア開けてよおー!』

 ドアに鍵をかけておいたので、ドンドンドンッ! とドアを雑に叩くベルらしき人

52 英雄の再会

Page 61: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

物。

「……」

 ドアの鍵を閉めたのは、最後の最後で拒絶の意思が出てしまったから。

 逢いたいのは本心なのに、同時に成長したベルに困惑して逃げ出そうとしている自分

もいる。

 どっちなんだろう。逢いたいのか、逢いたくないのか。

 多分両方だ。逢いたいけど、逢いたくない。それで正解。

 どうせ今の彼女は、過去の全てに怯える小心者。

 それが幼馴染だったとしても、二年間離れていれば過去になる。

 過去に怯えるから、変化した幼馴染にも怯える。変化が怖い。

 どんな世界だろうが、どんな人間だろうが時間の流れは確実にある。

 どんな意味でも変化をしていくのが世界であり、人間であり、ポケモンだ。

 だが、トウコは変化を拒んでいる。それは、変化する万物から置いてけぼりにされて

いくことだ。

 時間の流れに足を止めて、突っ立っていることだ。

 その意味はつまり、取り残されて居場所を失うということだ。

 自分のやっている愚かしい行為など自覚している。でも、それでも怖い。

53

Page 62: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 自分の前にいるベルが、手を振ってこっちに来いと言っても行けない。

 自分が変化していないことを知っているから。

 英雄の重荷に堪え切れず逃げ出した過去を今でも引き摺っている自分は、何一つ成長

していないから。

「……」

 きっとベルも、新しい事を何か始めているのだろう。その目先は、間違いなく前を見

ている。

 自分はどうだ。トウコは振り返ってばかりで、見ている先は過ぎ去った過去ばかり

で、目線は決して前を見ることはない。

 それが違いだ。未来を見ている人間と、過去を振り返っている人間。

 かつて、理想と真実は相容れないとトウコは誰かに言った。

 これも同じだ。過去と未来は相容れない。やはり、間違っていたのだ。

 ベルに逢いたいと思った気持ちは、過去の傷痕に自ら刃を突き立てる行為にほかなら

なかった。

 なんて馬鹿なんだろう。泣きたくなった。

 自分は過去に囚われた英雄の成り損ない。

 やっぱり、イッシュのどこにも現在の居場所なんてなかった。

54 英雄の再会

Page 63: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 戻ろう、放浪の旅へ。また、逃げ出してしまおう。何もかも捨てて、何もかも振り切っ

て。

 イッシュに戻ってくるまで悩みに悩んだくせに、逆の選択肢はこうも容易く選べたこ

とに、トウコは濁った瞳で自分を手を見た。

 この手が生み出したのは、トウコにとっては居心地の悪い世界だった。

 所詮、他人事のために動いてたトウコに、未来なんてなかったんだ。

 傀儡のトウコにはお似合いの結末だ、と鼻で笑ってしまう。

 トウコにとってはこれが真実で。

 誰かにとっては、これは理想で。

 自分勝手な人間が心底羨ましい。あんな風に振る舞えれば。

 多少なりとも自我があれば。こんな結末、訪れなかったのに──

『いい加減に、しろおおおおおーーーーーっ!!』

 どーーーーーーんっ!!

「え゛っ……」

 何か、過去に聞いたことのないほど怒り狂った幼馴染の声が聞こえた。

 あと、何かが爆ぜるような断末魔も。シーツから頭を出して、ドアを見て。

 トウコは戦慄し、言葉を失った。

55

Page 64: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「はぁー……。はぁー……」

 ──そこには、トウコのイメージとはあまりにもかけ離れた光景が広がっていた。

 完全に血走った目でベッドの上のトウコを睨むベル。

 メガネをした表情は鬼のごとく、温厚な彼女からは想像できない。

 慌ててきたのか、荷物は廊下からちらっと見える。

 彼女に付き添うように座っているのはムーランド。

 ひさしぶりトウコさん、という感じで一声鳴いた。

 彼女の相棒の一匹で、木屑がパラパラ頭に降りかかっている。

 足元には、破壊されたドアノブと木片が飛び散っていた。

「トーコー……? 自分から、呼び出しておいて……部屋に閉じこもってるって、どうい

う了見かなぁ〜……?」

 あは、あはは……と乾いた笑い声を上げるベル。青筋が浮かんでいる。

 あれはあれだ、怒りすぎて笑うしかないというベルのマジギレの状態だ。

 数年前に、ベルの楽しみにしていたお菓子を全部トウコが盗み食いした時以来の、マ

ジギレだ。

 普段はもう一人のメガネが一番怖い。その理由は、小言をずっと言っているからだ。

 だが感情の発露という意味では、ベルが一番怖い。

56 英雄の再会

Page 65: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 理由は、火山の噴火よろしく切れてしまうから。

 多分もう、話し合いでは解決しない。

 経験で知ったが、普段おとなしい人ほど怒るとマジで怖い。ベルはそのタイプ。

「ひぃぃぃぃぃっ!?」

 トウコは悲鳴を上げて震え上がった。

 当然、チキンだからであるがそれ以上にベルの予想以上の怒りが全神経を活性化させ

る。

 反射的に逃走準備をしておいた荷物を持って逃げようとする。

「させないよっ! ムーランド、荷物押さえて!」

「ガウッ!」

 ぴしっと命令、素早いムーランドがトウコの荷物を銜えて差し押さえ。

「そんなっ!?」

 手を伸ばした先で奪われる荷物、トウコは一瞬フリーズした。

「隙ありぃっ!」

 その間に、駆け寄ったベルがベッドに向かって突貫した。

「え゛っ?」

 振り返るとベルが突撃してきていた。

57

Page 66: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ぶっ殺スイッチ入ってる鬼フェイスで。

「トオオオオーーーーコオオオオオオーーーーー!!」

「きゃあああああああああーーーーーーーーーー!?」

 トウコにとって、予想斜め上の地獄が始まった。

 ポケモンを置いておいた、人間同士のリアルファイトである。

 結果、ベルは二年経ってもキレると怖かった。

 アークはとっとと逃げ出していて、役に立たなかった。みんな怖くて助けてくれな

かった。

 二階で悲鳴と怒号と破壊音で騒がしいのを、母は初めて冒険に出たとき、室内でポケ

モンバトルをしてしっちゃかめっちゃかにされていたことを思い出して一人お茶を

啜っていた……。

  「──改めて、おかえりトウコ」

「……ただいま、ベル……」

 色々爆発してしまった喧嘩から一時間後。散らかり放題の室内で、再会の挨拶をする

二人。

58 英雄の再会

Page 67: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 比較的被害の少ないベッドの上で、二人は座る。

 トウコはベルを横目で見た。ベルは少し髪の毛が伸びていた。

 大きな触覚みたいに跳ねた髪の毛は健在で、今はメガネを外しているが、どうやら視

力が悪くなったわけではないみたい。

 全体的に明るく真っ直ぐ大人っぽくなったベルは、心配そうにトウコを見る。

 トウコは決して目を合わせようとしない。そっぽをむいている。

 ベレー帽はあの時のものとは違うようだが、でもしっかり被っていた。

 パーカーとジーンズと、あの頃とは違って随分とラフな格好になったものだ。

 対してトウコは、あの頃にしていた帽子は家において、今は壁に引っかっている。

 適当に伸ばした髪の毛は一つにまとめることも嫌になって放置して伸ばしている。

 雰囲気もどこかダークになっており、顔も疲れたような表情だ。

 ベルとは違って、悪い意味で成長しているような印象が強い。

 ベルは聞きたいことが山ほどあった。

 なぜこのタイミングで帰ってきたのか。

 この二年間、どこで何をしていたのか。

 どうしてももっと早く連絡してくれなかったのか。

 そして。

59

Page 68: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 最初のポケモンたちは、何処に行ってしまったのか。

 ここに来る前に、疑問をぶつける気でいたのに。

 だが、

「……」

 ──今のトウコは、それをシャットアウトするような強い拒絶感を纏っていた。

 二年前とは、別人のように黒く、暗く成長した幼馴染。

「……トウコ……」

 静かに名を呼ぶ。

 だが、トウコは遠い目で違う場所を見ているだけ。

 しばらく、気まずい静寂が包む。

 やがて。

 小さく、トウコが切り出した。

「──失望したでしょ。これが、今の私よ」

「えっ……?」

 最初、何を言い出したのか、分からなかった。

 トウコは、暗い瞳でベルを見て、ニコリと笑った。

 まるで、油を切らして壊れてしまったロボットのように、ぎこちない動きで、顔を歪

60 英雄の再会

Page 69: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

めて、わざとらしい笑顔で。

「今の私はね、元々誰とも逢うつもりはなかったの。戻っても、どうせ人形のようにかつ

て冒険していただけの日々を思い出すだけだから。でも、どうしてもケリをつけなく

ちゃいけないコトがあったから、イッシュに戻ってきた。そして、私は忘れ物を清算し

ようとして、どうやら失敗したみたい」

「……トウコ?」

 トウコは、一方的に続ける。

「ベル。私は、忘れ物を片付けたらまた旅に出るわ。今度はもっと遠く、イッシュから

もっと遠くへ。当分は戻ってくるつもりはないし、最悪もう帰ってこない。だから最後

に、ベルに顔を合わせておこうと思って連絡したのよ。前みたいに、黙っていなくなる

のは流石にいけないと思ったから」

 肩を竦めるトウコは、哀しそうだった。苦しそうだった。

 遠くへ行く。イッシュから出ていく。帰ってこない。

 それだけが、長い説明の中でベルの中にすんなりと入ってきた。

 それは、永遠のオワカレの予感がした。

「……トウコ、また遠くへ行くの?」

「ええ」

61

Page 70: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……今度は、帰ってこないの?」

「ええ」

「どうして?」

「イッシュが嫌いだから」

「何で?」

「嫌な思い出しかないから」

 トウコは淡々と答える。事務的な会話の中、ベルはトウコとの壁を感じた。

 突き放すような、冷たい壁を。

「……それは、Nさんのこと?」

「ええ。Nに関しても大きいわ」

 禁断かと思った質問も、すんなりと答える。

 顔は相変わらずのわざとらしい笑顔。

「…………。今のイッシュも、嫌い?」

「ええ。とびっきり、大嫌い」

 なんて歪な笑顔だろう。

 これが、あの頃と同じ少女なのだろうか? 

 空白の二年間、そしてあの冒険中に。

62 英雄の再会

Page 71: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 一体、彼女に何があったのか。

 ベルには予想もつかなかった。

63

Page 72: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

英雄の遠征

    ──トウコがカノコに帰ってきてからというもの、ベルが頻りにトウコを外に連れ出

そうとしていた。

 トウコというと、ベルが引っ張り出さないと自分でドアの修復した自室に引き篭って

常に外界との繋がりを絶とうとしていた。要は、引き篭り化した。

 部屋の中でコソコソとイッシュから逃げ出そうと策を策を練っているのはベルも長

年の経験で分かっていた。

 トウコは何か人に言えないこと準備するとき、露骨に人目を避ける。

 そして夜のうちに実行するのだ。

 そんなことはさせてたまるかと、漸く帰ってきたトウコを二度と逃がすまいとベルも

忙しい中躍起になり、あーだこーだ言って連れ回そうとする。

 主にベルは、現在アララギ博士の助手となって、本格的にフィールドワークなどを担

当しているのだそうだ。

64 英雄の遠征

Page 73: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 博士に命じられてポケモンの分布を調べたり、外来種がいたりしないかどうかなどの

調査やちょっとしたお使い、更には自分の専門分野なども含めると二足の草鞋を履いた

状態なのだ。

 もう歴とした助手だ。ベルはまだ自分のしたいことは見つけてはいないというけれ

ど、少なくてもトウコよりはマシだ。

 トウコは現実から目を逸らして、逃げ場所を求めてまたここから去ろうとしているの

だから。

 部屋に篭れないと知ったトウコは、今度はチャンスさえあれば何処かに逃げようとす

るようになった。

「トウコは! もう、またそんなことしてえ!」

「あっ……!」

 今日も朝っぱらから、人目につかず、こっそりと荷物を纏めて逃げようとしていたト

ウコを、後ろから羽交い締めに捕獲してぷりぷり怒る。

 じたばたして暴れてまだ抵抗するトウコに素早くチョップを入れて、呻く彼女に言

う。

「トウコ。後悔してるのは分かるけど、いい加減前を見よう? もう、独りじゃないよ。

あたしだってここに、トウコと一緒にいるんだから」

65

Page 74: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……」

 何となくだが、トウコが苦しんでいるのは、ベルには分かった。

 言葉なんてなくても、彼女は誰かに何かを求めている。

 それこそ、幼馴染だからこそわかるような、些細なサインをしっかりとベルは受け

取った。

 今やトウコはイッシュでは、プラズマ団を潰しイッシュを救った英雄として祀られて

いる。

 トウコという人間は、常に「英雄」というイロメガネで周囲から見られているが故に、

彼女個人を見る者は最早希少となった。

 それこそ、彼女に近しい人くらいなもの。

 それが嫌で、ベルはトウコが周囲と間に壁を作っている気がしていた。

 本当は、トウコ自身の問題もあって、彼女が経験してきた体験談を知らなければ正確

な判断などできやしない。

 だがトウコは誰にも話すつもりなんてない。

 どうせ言っても英雄が泣き言を言っていると失望されるだけ。知っている。

 勝手な希望を押し付けておいて、勝手に失望する周りは本当に勝手な連中。

 もう、誰の気持ちも受けとりたくない。彼らの希望なんて、理想なんて、もう真平ゴ

66 英雄の遠征

Page 75: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

メンだった。

「……トウコ、あたしはトウコに何も期待なんてしないよ。トウコはトウコだから。自

分のしたいことをすればいいんだよ」

 そう言っても、彼女は決まっていつもこう返す。

「なら、逃げさせてよ」

 それは立ち向かうなんて馬鹿らしい、逃げる道を選ぶのが正解だと思っているから言

えるセリフ。

「それはダメ。現実から逃げるなんて、あたしはダメだと思う。逃げてたら、何時までも

この場所はトウコにとっては辛いだけの場所になるよ」

 頑ななトウコに、説得なんて出来るはずはないと思う。

 でも、それでも縋るように、ここにいてと彼女は言葉にしなくてもトウコに言い続け

ている。

 伝わっているとは思う。

 事実、トウコは逃げようとしているけれど、決まってベルの動く時間帯にしている。

 やろうと思えば、黙って去ることだって出来るのに。

 それはつまり、止めて欲しいという彼女の意思なのかな、とベルは理解している。

「……なによ、何も知らないくせに。私がどんな事を思っていたとしても、誰も聞いてく

67

Page 76: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

れさえしなかったくせに。私がどういっても、相手すらしなかったくせに」

 まるで毒を吐くように、彼女は吐き捨てた。

「そうだよ。あたしはトウコに何があったのか、なんにも知らない。何もわかんない。

でも、トウコが苦しいのだけは知ってる。つもりじゃないよ、ちゃんとトウコのことを

見て、分かりたい」

 それが本心。それだけは、分かって欲しい気持ちだった。

 伝えるだけで、彼女が信じてくれるとは思えない。だけど、言わないとわかんない気

持ちもある。

 そう思っているから、何度でも彼女に言葉を伝えていく。それしかベルには出来ない

から。

「……バカ。ベルのバカ……」

 ぷいっとそっぽをむいて抵抗をやめるトウコ。頬が、随分と赤かった。

 ははん、さては照れてるな……とベルは微笑ましく感じた。でも同時に嬉しかった。

 どうやらトウコは、トウコの母とベルにだけは、心を開いてくれている。

 だから、振り切れるはずのこの腕を振り払うことをせず、まだ留まっている。

 そんな感じで、ベルはトウコ説得もとい、トウコ懐柔をずっと続けていく……。

 

68 英雄の遠征

Page 77: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 わりとすんなり懐柔された。いや、もうこの場合は洗脳かもしれない。

 戻ってくるまでに、辛い経験をしているトウコだが、元々ベルにはよく懐いている事

もあって、真摯に接してもらってるうち、数日も一緒に過ごしているとあっさり彼女の

意固地は陥落した。

 ベルと一緒なら基本的にどこでも呼ばれればついていく、という感じに。

 最初の引き篭りから一週間ほどで、ベルの根気勝ちだった。

「トウコ、あたしね、今日から少しの間ヒウンシティに行くんだっ。それでね、出来れば

トウコにも付き合って欲しいの」

 この日は、ベルは用事でイッシュ一大きな街に泊りがけで行くと伝えた。

 カノコで意味も無くいるだけのトウコに、そこまで同行して欲しいと。

「…………」

「ん? なんて言った?」

「ついて行くわよ……もう、勝手にして……」

 小声で「どうせ私が拒否できないのを知ってるくせに」とか、「確信犯のくせに卑怯だ」

とかぶつぶつ文句を言っていたが、準備を終えて出発の際、年甲斐もなく楽しそうに手

を繋いで彼女を引っ張っていくベルに連れて行かれるトウコは、イッシュに来てから

久々の、楽しむという笑顔を浮かべることができていた。

69

Page 78: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ヒウンシティは、最初トウコがシンオウ地方から帰ってくる船で降り立った街だ。

 ポケモンの足なら、早ければ数時間で到着する。

 だが、そうは問屋が下ろさない。

「……囲まれてるよう……と、トウコどうしよう……」

 ベルとトウコは、そのへんの道で待ち構えるように大量発生していたミルホッグの群

れに遭遇、呆然としている間何故か唸り声を上げている彼らに周囲を囲まれてしまっ

た。

 ミルホッグは腕を組んで名のとおり、鋭い眼光で彼女達を睨みつけている。

 正直ヤクザのガン飛ばしのほうがまだ怖くない。

 睨まれるだけで、人間っていうのは竦み上がるものなんだなとベルは研究者の助手の

くせに改めて知った。

 ビビってトウコを頼るベル。何時ぞや何も期待しないというのは嘘だったらしい。

 当の本人は、涼しい顔でミルホッグの群れを一瞥。まるで慣れているかのよう。

 今にも襲いかかってきそうな彼らは、牙を向けて威嚇している。

 バトルするにも相手の数が多過ぎる。

 完全に孤立無援だった。

「いっそ、空にでも逃げる?」

70 英雄の遠征

Page 79: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 けろっと打開策を耳打ちして、逃げ出すことを提案した。

「どうやって……?」

「どうやってって。ベル、ひこうタイプ持ってるわよね?」

「ご、ごめんトウコ。あたしもってない……」

「……あんた普段、どうやって移動してたのよ。やれやれ……」

 呆れられたベルは少し傷ついたが、それ以上に呆れているトウコはパチンッ、と指を

鳴らした。

「ホルス、お願いね」

 すると、ボールが何もしてないのに一人でに開き、中からポケモンが飛び出した。

 ピィー! と翔いて現れたのは。

「ウォーグル……」

 無駄にカラフルな大きな鷲だ。

 頭部にはウォー・ボネットに酷似した毛が生えている。

 ウォーグルという、イッシュ原産のポケモンだった。

「そ。私の今の仲間よ。ホルス、ベルつれてとっととずらかるわよ」

 周囲が更に一段階、警戒を強めたのを知ってホルスの背中に乱暴にベルを乗っける。

「うわわっ!?」

71

Page 80: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 鳥臭い背中に乗ると、下のウォーグルは低い声で唸っている。

「ホルス、嫌がらないの。ベルはいい娘だから、平気よ」

「……」

 トウコが一言口添えすると、顔だけ振り返って猛禽類特有の眼光で射抜かれ竦み上が

るベルを一瞥し、トウコに向かって一声鳴いた。

「少しでも暴れたりしたらフリーフォールしてやるから覚悟しておけ、だそうよ」

「えっ? トウコ、ポケモンの言葉がわかるの?」

 まるで会話するように、ウォーグルと話すトウコ。

 あの、ポケモンと話すことができるNと同じ才能を、トウコも……。

 そう、一瞬不気味に思えたが、トウコはあっさり否定。

「別に明確じゃないわ。ニュアンスよニュアンス。自分の仲間だから言ってることが何

となく分かるだけ。ポケモンだって馬鹿じゃないわ。こっちの言ってること理解して

いるし、会話だってやろうと思えばいくらでも出来るじゃない。ベルだってそうしてる

でしょ?」

「ま、まあね……」

 ポケモンに話しかけること自体は珍しいことじゃない。

 会話できると言えば、確かにできる。ポケモンの知性はかなり高い。

72 英雄の遠征

Page 81: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 話すことなど造作もないことは研究で分かっている。

 そういうと、トウコの行なっている行為は説明が出来る。

 ポケモンの言ったことをニュアンスで感じ取り、変換して伝えただけ。

 成程、それなら納得いく。

「それよか、いくよ。──ホルス、出して」

 指示して、ウォーグルは力強く翔いて、飛翔する。

 強い風が発生し、まだ地面に立っているトウコの髪が雑に踊る。

 まだ、突っ立ったまま。

「ちょ、トウコ!?」

 ベルが慌てた声で叫ぶ。

 背中にはベルが乗っている。

 そこには彼女の分のスペースはない。

 トウコはどうやって逃げるつもりか。

 吼え始めたミルホッグたちは、一斉に飛びかかる寸前だ。

 まさか、このまま犠牲に──

「──ッ!」

 羽ばたいたのに合わせて襲ってくる野生のポケモン。

73

Page 82: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 だが、間一髪、という絶妙なタイミングでトウコがジャンプ。

 両腕を上に伸ばし、ウォーグルの足をしっかりと掴んだ。

「あがって、ホルスッ!」

「ピィィィッ!」

 鋭い命令に、甲高い声で応と答えたウォーグルが急上昇。

 トウコに飛び掛った弾みで頭をぶつけ合い、顔を上げて負け惜しみに叫ぶミルホッ

グ。

「トウコ、危ないよそれ!?」

 ベルが背中の上で叫ぶ。

 暴れると落とされるらしいので騒ぐしかできないが、対してバタバタ羽ばたくホルス

の足に命綱無しで掴んでいる彼女は冷静だった。

 特に恐怖感もなく、取り敢えずヒウンを目指そうとホルスに言って、そのまま二人は

ヒウンシティを目指すことになったのだった……。

74 英雄の遠征

Page 83: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

英雄の決意

    ヒウンシティに到着した一行。

「し、死ぬかと思った……」

「あの程度で? ベル、少し鈍ったんじゃないかしら?」

「トウコのやってたことにあたしの心臓が死ぬかと思ったんだよおっ!!」

「……別に普通じゃない? ホルスに無理言わないで。背中にベル乗っけたら私は足し

かないじゃない」

「そういう問題じゃないよ!?」

 入口のゲート付近に着地した二人+ホルスは、主にトウコが数メートル上から足から

手を離して、上のベルの悲鳴を聞きながら華麗に着地、ホルスが迷惑そうにしつつ、ゆっ

くりと下降してベルも降りたのだった。

「トウコ……あんな心臓破りなことしないで、ね?」

「私には普通なんだけど……」

75

Page 84: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 べそかきながら、ベルがやめてやめてと言うので渋々、危険行為は自粛することにし

た。

「はぁ……行く前から疲れた……」

「悪かったわよ、もうしないから……」

 ベルは確かに妙に疲れた声で、トウコと街の入口で別れる。

 彼女は彼女でやることがあるので、夜まで時間がないらしい。それまでの自由行動だ

という。

 念の為、「また勝手に何処かに行ったら……。恨んで恨んで恨み尽くすからね?」と怖

い笑顔で完全に主導権を握ったベルに脅され、トウコは逆らう気力を根刮ぎ奪われた。

 元々、もうベルには反抗する気なんてないけれど。

 機械のように頷いて、じゃあ行ってくるねと見たかった懐かしい笑顔を浮かべて、彼

女は手を振ってパタパタ走っていった。人ごみの中に紛れていくまで、トウコも手を

振って見送った。

「……はぁ……」

 深いため息をつきつつ、彼女も適当に時間を過ごすことにした。

 そんなトウコの肩を叩き、後ろから気さくな声が呼ぶ。

「お疲れさん。幼馴染兼研究者の助手の相手ってのは、結構大変なもんだなぁ」

76 英雄の決意

Page 85: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……あんたはいつから隠れていたのよ?」

「ホルスが降りたあたりだが?」

「……いつのまに……」

 子供トウコの姿に化けたアークが、頭の後ろで手を組んで朗らかに笑っていた。

 何時の間にかボールから出て、暇潰しに付き合ってくれるらしい。

 二人の意識の外で事を勧めている辺り、さすがは狐といったところか。

「しかし、あのベルって奴ぁ悪い奴じゃなさそうだが……研究者って面してやがるな。

俺達はああいうやつ、苦手だぜ」

「でしょうね」

 二人は人混みに紛れて歩き出す。

 ベルはアークのことを知らない。一度も姿を見せていないし、話してもいないから。

 理由は簡単だった。

「あんたもココロも、研究者嫌いだしね。私もそのへんは気を遣ってるつもりよ」

「気遣いあんがとよ。だが、あの嬢ちゃんは見た感じ、悪い感じがしねえってさっきも

言っただろ? だから嫌うっていうか、苦手なんだよ」

「へぇ……。苦手程度で済んでいるのは、あの子の人徳?」

「そんなもんだ。悪意はねえ。変な好奇心もねえ。言い方は悪いが、研究者向きじゃね

77

Page 86: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

えなありゃ」

「……本当に言いたい放題ね」

「これでも好評価だがな?」

 アークもココロも、まだ研究者の中では希少なポケモンとして研究対象になってい

る。

 しつこく過去に追い回された経験があり、ああ言った人間は二匹は毛嫌いしていた。

 アークはその高度な変身能力、ココロは姿を消すことができる能力とテレパシー関係

で、まだ未解明な部分がある。

 人間は、未解明を嫌がってどんなものでも理屈付けしたい生物だ。

 故に、彼らは追い回されて居場所を奪われた。

 人間の、エゴのせいで。

「ココロはまだあのベルって奴に対して警戒心を解いていねえが、俺はある程度認めて

んだぜ? 分野が違うからかもしれねえが、少なくても争うような真似はしなくてよさ

そうだ、今んとこは」

「……いまんところは、ね」

「いざとなりゃ、こっちも襲うけどさ」

「ベルにはあんまり手を出さないでね。あの子、良い子だから」

78 英雄の決意

Page 87: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「俺は出すつもりはねえけど、他の連中はまだ嫌ってるぞ」

 ホルスは背中に乗っけている間、不機嫌だったのはそのせいのようだ。

 確かに、トウコの手持ちはみな訳あり、人間に嫌気が差している子が殆どだ。

 ホルス然り、アーク然り、ココロ然り、シア然り。ディーはそんな甘いものではなく、

人を憎んでいる節があるし、ギガスはまあ……あのマイペースな奴なので、気にしてい

ないだろう。

「兎に角、適当に時間潰そうぜ」

「そうね……」

 二人は、仲の良い姉妹のように雑談しながら、ヒウンの街の中を歩いていく。

 この時の行動が、後に大きな転換になるとは、まだトウコは知らない。

   街中にいると、彼女は歩きながら、喧騒に混じっていた不穏な単語を感じて、足を止

めた。

 隣にいた、アークもまた足を止めて、名物ヒウンアイスを食べながら、周囲を見回す。

「……アーク、今の聞こえた?」

 低い声で、トウコは問う。

79

Page 88: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 その目付きは、今までにないほど尖っており、ダダ漏れの殺気に彼女の近くを通りか

かる通行人が変な顔で彼女を見る。

「ああ、聞こえた。『ヒウンの何処かににプラズマ団が潜伏してるらしい』だってな」

 アイスのコーンを齧って飲み込んで、食べ終えたアークは苦い顔でそう言う。

「……」

 どこか、トウコは逡巡しているような気がして、アークは釘を指す。

「トウコ、やめときな。お前奴らを関わって、人生を歪められたんだろ? なら、もう関

わるな」

 気遣っての発言に、トウコは更に迷う。今、ここが大きな分岐点であることは自覚で

きた。

 道の真ん中から、アークに手引きされて端っこに移動し、もう一度やめておけと言わ

れる。

 しかし、トウコは反論した。

「…………。だけど、『忘れ物』には奴らが大きく関係しているわ」

「それは知ってる。だが、お前にとってはまた傷をえぐり出す羽目になるぞ。いいのか

?」

「……………………」

80 英雄の決意

Page 89: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 えぐり出す傷。思い出したくもない思い出とすら呼べない負の遺産。

 そんなことをして、記憶が飛ぶようなストレスをうけて、なおそれでもやらなければ

いけないこと。

「俺達はお前に付き合う。そこがたとえ地獄の底だろうが、天国の果てだろうが、あの世

の川だろうが。お前が決めたんなら文句は言わねえ。だが、助言程度はさせてもらう

ぞ。奴らに下手に関わるべきじゃねえ。お前は余計に苦しむだけだ」

「アーク……」

 アークは腕を組んで、渋い顔でそう言った。

 そう言われると、確かに関われば二年前のあの事を思い出して、余計に苦しむだけ。

 それは辛いことだ。だけど、『忘れ物』を清算する上では、プラズマ団は避けては通れ

ない存在。

 ……そのことは、彼も知っている。故に、だが、と続けた。

「お前が今度も、逃げ出さずに最後まで貫く覚悟があんなら、俺たちは手伝う。俺達は前

の連中とは違う。最終決戦でいきなりお前を責めたりしないし、死ぬような命令をされ

ても文句はない。元より、俺達はお前に拾われなければあの場で死んでいるか孤独に晒

されれていたような連中だしな。俺達のことは、気にするな。が、覚悟しておけよ。関

わった以上、ポケモンを言い訳にして、逃げるんじゃねえぞ。逃げ出すことができなく

81

Page 90: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

なるんだ。奴らとの因縁を絶つのも、お前の『忘れ物』の一端だって言うなら、それぐ

らい腹を決めておけ」

「……アーク……」

 アークは真面目な顔でトウコを見上げ、幼い当時の面影をしたアークの姿。

 二年前の再来。また、同じようなことが起きるかもしれない。

 そんな予感があった。あいつらは、そういう集団だ。

「最後に聞くぞ、トウコ。俺達の主さんよ。お前は、どうしたいんだ?」

現在い

 真っ直ぐ見上げた二年前の姿の自分自身、過去に問われた

のトウコはしばし沈黙

した。

 ──お前は、どうしたい?

 二年前は、多くの人間に無意識のうちにいいように使われて、何時の間にか彼らの理

想とするようなただの英雄としての人形が出来上がっていた。

 それが原因で、そんな中身のない英雄が嫌で逃げ出した過去。

 本当は彼が勝つべきだった青年に勝利してしまったあの時、誠の真実を見ていれば

空っぽの理想なんて振り回さなくてよかったのに。

 白い龍とまた戦うことがあるのだろうか。

 いや、ない。

82 英雄の決意

Page 91: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 今の彼は所在不明だが、多分自分の答えを見つけているだろう。

 トウコとは違って、しっかり真実を見えているから。

 理想が空っぽのまま、逃げ出した彼女と違って。

 現在はどうだ? 空っぽの理想、空虚な夢物語。

 そんなモノを胸に抱いてまた戦うのか?

傀儡かいらい

 また、誰かの理想実現のための

と成り果てて、意思もなく戦うのか?

 ……違う。自

分トウコ

 今度は、

自身の意思だ。

 自分が、プラズマ団と決別したいから、もう一度奴らを潰す。

 今度こそ、完膚なきまでに再起不能にして、全員ムショにぶち込んでやる。

 いや、最悪この手で殺してやる。もしも、あの外道が生きているとしたなら。

 もう、生かす価値もないようなクズだ。死んだって、誰も悲しまない、あんな男なん

て。

 二年前、しっかり仕留めておけばよかった。それも「忘れ物」の一つだったことを、忘

れていた。

 だから、もしもまたしゃしゃり出てきたら、今度は再建できないようにこの手で殺し

てやる。

83

Page 92: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 二年前に、中途半端に潰すなんてマネをしたから、二年経った今でも奴らは活動し続

けていたんだ。

 表向きには解散しているようだが、それは偽りだ。

 Nと戦って、あの男を倒して終わりだと思っていた。でも違った。

 あの話を聞く限り、そして自力で調べた限りではまだ奴らは組織として「生きてい

る」。

 無名の人形に潰される程度の弱小組織の分際で、しぶといゴキブリのように水面下で

またしつこくねちっこく生きていやがった。

 ポケモンを人から解放する、なんて大義名分を掲げておきながらやりたかったことは

ただのイッシュの力による征服だった。

 馬鹿らしい。宗教団体のようなことをしておいて、実際は単なるテロリストに過ぎな

かったのだ。

 テロリストは、世界の敵だ。もう、誰の必要とされていない暴力が好きな、クズの集

団だ。

 存在理由もないし、人様に迷惑しかかけないような集団は、ぶっ潰して頭を仕留める

のが一番だ。

 そして過去との繋がりを、絶つ。忘れ物を回収して、それで終わり。

84 英雄の決意

Page 93: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……アーク。私、プラズマ団をこの手で潰したいわ。今度こそ、完全に、全部、根刮ぎ、

再起不能にしたい。解散なんて生温いことじゃなくて、絶滅させたい。私のこの手で、

私の意思で」

 大きく息を吸って、吐いて、彼女は自分の意思で言った。

 これが、彼女の意思。彼女の気持ち。彼女の本音。彼女の、理想。

「そうか。なら、俺達はお前の言うとおりに戦うだけだ」

 アークはにやっと歯を見せて笑うと、サムズアップした。

「どうやら、あいつらはこの街でどっかに隠れているようだが、俺は地下アジト的な場所

にいると思うんだよ」

「……地下アジト? また?」

「またとはなんだ。前科あんだろ? 城と同じような感覚で、どっかに潜んでやがると

思うわけ」

「たとえば?」

「バーカ。大都市の地下と言えば、あれしかねえだろう? いや、街ならどこでもあるだ

ろうけどよ」

 と、見当がついているらしいアークは、再び腕を組んで、いたずらを思いついたよう

な顔でトウコに言った。

85

Page 94: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「たとえば……この街の下水処理施設とかな」

86 英雄の決意

Page 95: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

英雄の出会い

   アークが怪しいといった場所は、ヒウンのゲート近くにあった、下水施設への入口

だった。

 案内板に記された場所であっている。

 しかし周囲にいた工事現場の関係者に聞いてみると、がらの悪いトレーナーが屯って

るということで、用心に越したことはないみたいだった。

「な、怪しいだろ?」

「ご尤もね……。まあ、どこにいようとも逃がしはしないし、手心も加えないけど」

 今のトウコを見れば、誰だって分かる。

 いきり立つトウコは、目を澱めたまま、敵を探すように周囲を見回している。

 血迷ったポケモンのように、ナニカを探してウロウロしている、そんな印象。

「じゃあ、俺はここまでだな。ボールん中に戻るが、何かあったらすぐに呼べよ?」

 アークは人気がないのを確認して、素早くボールの中に自ら戻っていった。

 一人きりになったトウコの呟きは、爽やかな潮風に濁りを混ぜて消えていく。

87

Page 96: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……見つけ出す。……消してやる。……滅ぼしてやる」

 ゆらりと進み始め、トウコは幽鬼のような殺気と平常心のトレーナーとは思えない雰

囲気のまま、下水道を目指していった……。

  入口は、海に面した細長いコンクリートの通路の奥にあった。

 鍵がかかってなかったが、潮風で錆び付いて上手く開かなかったので、病んだ目のト

ウコは無表情で女性らしからぬやり方をした。即ち、豪快に蹴り開けた。

 金具ははじけ飛び、金属の悲鳴が聞こえる中、彼女は特に気にもせず中に進んでいく。

 中はすぐにくだる階段、意外に臭いのしない薄暗い空間に過ぎなかった。

 だが、気配からして野生のポケモンはいるらしい。しかし知ったことではない。

 かかってくればいい。その時はトウコ自身が追っ払うのみ。

篦棒べらぼう

 こう見えて、この二年間、トウコは喧嘩に

に強くなった。

 人間相手なら大抵の人間でもかなりの確率で互角やりあえる。

 年齢差、体格差、武装など何ら問題などない。

 もっと強い連中とやりあってきた経験がある。

 しかもアークなどにふざけ半分とはいえ酷く痛み付けられた的な意味でも、強く鍛え

られたおかげで多少ポケモンともやれるという、とんでもないことになっているのだ。

88 英雄の出会い

Page 97: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 これも、ポケモンを使うぐらいなら自分で追っ払うという信念のもと。

 こう聞くと彼女が怪物のように聞こえるが、小型のポケモンのみなのでそこまで万能

というわけでもない。

 鋼タイプや岩タイプみたいな奴は完全に無理だ。

「……」

 普段のダウナーを通り越してメンタルがおかしくなっているトウコ。

 言ってしまえばサイコパスにも見える血走った目で、周りを警戒していた。

 一度プラズマ団をぶっ潰すと決めたら、心は面白いようにどんどん闇の方に転がって

いく。

 そうだ、自分の為だ。自分の為なら、手段なんて気にしない。する必要もない。

 誰にも関係ないんだから口出しなんてさせない。

 相手は人じゃない。万人が首を縦に振る、単なる『悪』だ。

 そこに人間の尊厳なんて、在りはしない。

 法律は「人」を守るためにあるのであって、外道──要は、道から外れた存在には適

応されないと自己正当をするだけで、自分は何もしても良いという感覚が今のトウコに

はあった。

 自分の為に、あいつらを潰す。

89

Page 98: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

プラズマ団総帥

 

は、見つけ次第自分の手で殺す。

 正義とか、常識なんて関係ない。自分の為だ。自分の為だけに、今は行動する。

 トウコの中で、ケリをつけたい過去の『忘れ物』の存在が、まるで今までの行動への

八つ当たりのように彼らに対する根拠のない『憎悪』に変化し、もう彼女には『復讐』と

いうふた文字が似合う。

 それも、意味の無い復讐で、誰の特にもならない。

 自分のため、自分のためと言い聞かせるだけで、自分は奴らに対しては何をしても許

される、誰もトウコを糾弾できないと自分を奮い立たせ、それが結果的にこの惨状を生

み出すこととなった。

 運が悪かったのは、見張りを任されていたプラズマ団の男性団員二人だ。

 いかにも悪党です、と言ったような見覚えのない制服姿の、暇だなぁとか呑気に雑談

している団員の背後に、影から見つめて気配を殺してトウコは素早く近づき、

「退け」

「がぁっ!?」

 一人はボールを使わせる前に、首に思いっきり拳を叩き込み、嫌な音をさせて倒れさ

せる。

「なっ──」

90 英雄の出会い

Page 99: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 一人が驚き、反射的に腰のボールに手を伸ばそうとするが、落ちていた石ころを拾い

上げると、コンパクトに投擲。

 ボールを持とうとしていた手の甲をぶつける。

 まるでバトルを自分で行なっているかのように無駄のない一連の動作。

 思わず痛みで一瞬隙が出来た団員に、止めの飛膝蹴りを食らわせて、昏倒させた。

 倒れる二人は、応援の連絡するまでもなく沈黙し、トウコは倒れる二人を容赦なく意

識のないのを知っていて、下水の中に蹴り落とした。

 どぼんっ! と音を立てて、団員二人は下水に流れていった。浮かんでいるから死に

はしない。

 一応、腰にしていたベルトからボールは剥ぎ取って、中身のポケモンを取り出してみ

た。

「シャーーー!」

 チョロネコだ。小さな猫のようなポケモンで、気まぐれで手癖の悪いのが特徴のポケ

モン。

 数匹、トウコを見上げて毛を逆立てて威嚇している。

 トウコは冷たい目をしていたが、彼らに対してだけは優しい普段の目に戻る。

「……私は何もしないわ。とっとと捕まる前に帰りなさいな」

91

Page 100: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 彼らの入っていたボールを、外壁が剥がれ落ちたときに出来たであろう大きめの瓦礫

を両手に抱えて、警戒するポケモンが威嚇する中、ボールの上に叩き落とす。

 大きな音がして、下敷きになったボールが爆ぜて煙を上げて壊れた。

 それを見て、目を丸くしたチョロネコ達。理解できないように。

 トウコは、完全にポケモンたちを縛り付けていたボールが壊れたのを確認して、もう

一度微笑みかけた。

「ほらね。私は何もしないわ。それに、もうあんたらを縛るものはないわ。奴らの言う

ことを聞かなくてもいい。逃げたいなら逃げなさい。帰るなら、帰りなさい。それは、

あんたらの自由よ」

 トウコはそれだけ言うと、優しかった目がまた澱んだ目に逆戻り、そのままポケモン

に背を向けて、奥に進んでいった。

 団員を自分で叩きのめし、ポケモンを奪って解放する。

 自分のやっていることは、かつてのプラズマ団と大して変わっていないことに、彼女

はまだ気付いていない。

 奥にはもっと多くの団員たちが屯っていた。

 数が多すぎて、流石に対処できないかと一瞬だけトウコも迷ったが、気にせず実行し

た。

92 英雄の出会い

Page 101: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 わざと怪しい音を立てて、様子を見に来た団員一人の影から飛び出し首を後ろから組

み付き絞め上げて、体格差を物ともせずに酸欠で気絶させ、何時までも帰ってこない団

員たちに騒めき始めたのを好機と見て、一気に制圧することにした。

 人数的にも10名そこそこ。一々闇討ちしていたらきりがない。

 武器になりそうなモノを探し、ぶっ倒れている団員がもっていた長い棒っぽいモノを

奪って、気絶したそいつもボールだけ奪って下水に流す。

 こんなことにポケモンは使いたくない。彼らに失望されたくない。

 自分に出来ることは自分でする。当たり前のことだ。

 兎に角、とトウコは闇にまぎれて行動開始。

 一人になった奴らから、頭を殴りつけ、股座を蹴飛ばし、後ろから下水に突き飛ばし、

ベルトで首を絞め、殺すつもりで行動する。

 かなり時間は掛かったが、これといった反撃も受けずに全員を潰すことに成功した。

 伊達に二年も鍛えていたわけではない。

 私隠密行動にも意外にむいているのかも、壊れているくせに少し思った。

 全員多分ケガは負っている。だがまあ死んではいまい。

 死んでもいいと思っているので、ボールだけ剥ぎ取ってポケモンを解放し、あとは下

水処理してもらおう。

93

Page 102: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 意識のない団員達を次々汚水の中にぶち込んで流していく。

 気分は家庭によくある、夏場の三角コーナーの生ごみ処理だ。

 いい感じに腐っているのでニオイがするし、最悪な気分になる。そんな感じだ。

 トウコは後処理をしながら、遠くで人の気配がするに気づいた。

 複数の足音がする。足音を消そうともしない当たり、素人だと思われる。

 嫌でもプラズマ団と関係を持つものは、自分のポケモンを取り戻しにノコノコきて、

返り討ちにされる。数の暴力に素人が勝てるわけはないのだ。

 団員たちはポケモンを道具として本部から支給されているらしく、その道具に使うこ

とを前提として動いているため、常に複数で動いている。

 そして、ポケモンバトルとも言えない集団リンチで相手を叩きのめしてポケモンを奪

うのだ。

 時にはポケモン自身に人間が暴力をすることだってある。

 二年前、その光景を見たことがあるから。

 悲しみ、泣き叫ぶベルの声を聞きながらその光景を黙って見つめていた自分が、今で

も許せない。

 だから、同じことを奴らにする場合、躊躇いなど沸き上がらない。

 なによりも、奴らには弱点がある。

94 英雄の出会い

Page 103: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

道具ポケモン

 それは、

を使う前に叩きのめされることだ。トウコが今実践してみせた。

 奴らはポケモンをただ使うことにしか脳みそがいってないので、自分自身のスペック

はガタ落ちだ。

 奴らの能力は凡人とさしたる違いはない。あるのは頭の悪さがひどいぐらい。

 口では偉そうなことを言うが、実際には弱者を虐げることしか能のない無能の集ま

り。

 道具さえ奪ってしまえば、烏合の衆以下なのである。

 ポケモンとと共に武道に励むからておうなどの方が絶対に人間的には強い。

 道具を使う前に強襲してしまえば、これといった反撃は出来ないのだ。

 トウコの場合、手段を選ばないコトで一気に殲滅に成功したということもある。

 そういう意味では、今のトウコには敵はいない。

 この足音の相手が奴らの増援とも限らない。

 こんな素人臭い相手がそうなのかはさて置き、攻撃する理由にはなる。

 足音が近づいてくるのを確認し、息を殺して陰に隠れ先手必勝。

 その足音が無警戒で近づいてくるのを確認し、

「──ッ!」

 影から飛び出して、足払いをかけた。

95

Page 104: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「うわッ!?」

 足を払われた男と思われる相手は、情けない声を上げて仰向けになるようにすっ転ん

だ。

「えっ!?」

 若い女の声もした。

 連れがいたか、と舌打ちしつつ、すっ転んだ男の鳩尾に体勢を立て直し、軽めだが踵

をぶち込む。

「がはっ……!」

 空気の抜ける悲鳴を上げて、腹を押さえて悶える男。

 これで気絶まではいかなくても時間は稼げる。

 トウコは棒立ちしている女の胸ぐらに手を伸ばす。

「ひゃっ……!?」

 可愛らしい声を上げて怯える女だが、トウコは止まらない。

 服をしっかり五本の指で掴んで、そのまま思い切り手前に引いて、女の身体をこっち

に引き寄せ、空いた手で首を掴む。

「!?」

 恐怖で強ばる女は、トウコよりも少し小さい程度の身長だった。

96 英雄の出会い

Page 105: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「黙って」

 顔が近いほどに引き寄せて、睨む。

「あんた達も、プラズマ団?」

 女は薄暗い空間の中でもハッキリと顔に恐怖を浮かべて、首を横に必死で振る。

 暴れて抵抗するので、強く身体を一度揺さぶると強ばったように大人しくなった。

 女の目には涙を浮かんでおり、まだ年下の子供であることは見て取れた。

 理解できない敵の襲来に、頭がパニックを起こしてついていってないようだ。

 こんな子供がプラズマ団に関係しているのかとも思うが、容赦なく突き飛ばす。

 女は咳き込み、苦しそうに呻いている。

 腹を押さえて、トウコを睨むツンツン頭の男は、前屈みになったまま、聞いた。

「なんだ、お前……突然、何しやがるッ……?」

 苦しかろうに、しかしその精神には確実に怒りの炎が燃え上がっていた。

子供ガ

が調子に乗ってこんなところまで来るから、大人としてお灸を添えてやっただけ

よ。そして名乗るときは自分から名乗りなさい。その程度の常識も知らないの」

 トウコは特に悪びれず、殴った男を睨み返して言い放つ。

「ガキはガキらしく、表で大人しく遊んでればいいのよ。なんでこう、厄介なことに首を

突っ込みたがるのかしらね」

97

Page 106: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ため息をつき、見れば怒った男がふらふらと掴み掛るが、

「バカ」

 まだやる気らしいその闘志は賞賛に値するが、トウコは中指を引き絞ったデコピンを

食らわせた。

「いだぁッ!?」

 乾いた良い音と共に見事に命中し、今度は額を押さえる。

「勝ち目がないの時は大人しく引っ込んでなさい。利口じゃない子は長生き出来ないわ

よ」

 妙に年寄り臭いことを言ってる気がするが、気にしないとして。

「ヒュウ……大丈夫?」

 脅されていた、女の方が痛い思いをした男に駆け寄る。ヒュウ、とかいう名前らしい。

「いってえ……腹になんか食らったの、チョロネコに頭突きされたとき以来だ……」

 男は呻いていたようだが、数分もすると白い顔をしたが、自力で立ち上がった。

「クソッ……いきなり出会い頭に蹴りやがって。お前、本当になにものだよ!?」

 食ってかかるのだが、トウコが拳を作ってやんの? と脅すと少しビビって腰が引け

ていた。

 トウコは少しばかり、悪いことをしたかなと今更思った。少しだけ。

98 英雄の出会い

Page 107: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「五月蝿いわね。単なる通りすがりのトレーナーよ」

「……」

 懐疑心に塗れた視線を二人から受ける。

 あっちからすれば、突然暴力を振るって脅してきたプラズマ団はお前なんじゃないか

と思われても仕方ない。

 トウコはやれやれ、と澱んだ瞳が何時の間にか通常通りになっていたのに気付かず、

彼らに説明した。

「私ね、過去にちょっと奴らと因縁があって、奴らが何かしてるって言うから、探りに来

たのよ。で、案の定何かやってるぽかったから、見かけた連中全員叩きのめしてきただ

け」

 これでいい? と視線で問うと、男の方が怖々聞いた。

「……ちょっと待て。まさか、入口付近の下水溝に流れていたあいつらをやったの、あん

たか?」

「見たの? まあ、そうね。ポケモンを出させる前に殴り倒したの。素手で」

 実際はもっと外道な方法を行なったが、そのへんは言わなくても良い、と判断した。

「……。あんた、からておうかよ……」

 酷いことを言われた。確かにやってることは似たようなものだが。

99

Page 108: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「失礼ねあんたも。こんな華奢な腕でどうやって空手しろってのよ?」

「……」

 実際蹴られた身なので畏怖の対象になったのはしょうがないのか。

 はぁ、と溜息をついてとにかくとトウコは切り出す。

「私はまだ奥にいるであろう奴らを潰しに行くわ。あんた達はおイタする前に帰りなさ

い。じゃないと下水に叩き落とすわよ」

 身の安全を確保できない足でまといは邪魔だと言ったのだが、彼らは反論してきた。

「待てよ。俺だって、そういう意味じゃ因縁があるんだ。お子様扱いして勝手に置いて

行くんじゃねえ。お前だって俺達と年齢は変わらないだろ」

「わ、わたしも……逃げたくない……」

 ……そう言われると、自分の意思が過去になかったトウコとしては、渋々でも聞くし

かない。

 自分の意思で誰かに反抗したことのなかったトウコには。

 それに言われるまでもなく、少し年上なだけでこんな扱いをされれば誰だって怒る。

「私のほうが事実年上よ。大体そんな隙だらけで、どうやってあいつらと戦うつもり?

 こんな地下でポケモンバトルなんてしようものなら、万が一下水施設に影響がでて、

バレたらヒウンシティからあんたの実家に賠償金が請求されるわよ? 言っとくと、億

100 英雄の出会い

Page 109: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

単位でね」

「うっ……!」

 リアリティのある事を言われて、ビビる男、ではなく少年。

 女ではなく、少女もついていけない金の話になると、頭を抱えた。

 トウコは更に追い打ちをかける。

「ここ、ヒウンシティの真下の地下だからね? バトルして衝撃で地盤沈下とかありえ

る話よ? あんた達、そこまで考えて行動してなかったの?」

「……してなかった……」

 呆れた子たちだ。もしも大型のポケモンを出したりすれば、暴れただけで街が崩壊す

る。

 ボールの中にはどんな大きなポケモンだって入る。

 出してバトル=地下なら生き埋めだってありえる。

 それを分かった上で行動しなければ、後々泣くのは金を払う家族なのである。

 下手すれば事故死でくたばるのは自分。

「アホらしい。もういいわ、ついてくるのは止めやしないけど、間違ってもバトルするん

じゃないわよ。上手く立ち回る自信があればいいけど、なければ特に。後で高額の金を

要求されたくなければね」

101

Page 110: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコは追い返しても、帰り途中で変なことされて巻き込まれるのは嫌なので連れて

いくことにした。

「お金……マネー……賠償金……高額……」

 女の子はお小遣いじゃ足りないよね……と言っているが、脅しすぎたか。

 トウコは取り敢えず、金の驚異にすくみ上がる二人に名を訊ねる。

 その時、

「私は……ベル。あんた達、名前は?」

 ──名を偽った。黒き英雄のトウコの名は、知れ渡っている。

 その名を使うのは、なんとしてでも避けたかった。

 だから、あの子の名を借りた。

「ベル?」

「ベルさん?」

 その名を口にした途端、二人の顔がキョトンとした。

「えっ?」

 何か、まずいことを言っただろうか。動揺を悟られないようにしつつ、なにか? と

問う。

「あっ……ごめんなさい。わたしにポケモンと図鑑をくれた研究者の助手の女の人も、

102 英雄の出会い

Page 111: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ベルって名前だったから」

 女の子の方が、よくある名前だから偶然だよね、と納得したように言った。

 ツンツン頭の男の子も、俺に図鑑くれた人と同じ名前だなと女の子に言っている。

「!!」

 ──やばい、地雷を踏んだと思った。

 この子達、まさかとは思うがベルが用事を果たしていた相手ってこの二人か。

 話には聞いていたが、なぜこんなところに。

 凄まじい偶然だ。

 イタズラが過ぎる運命の女神にこの時ばかりはトウコは呪いたかった。

「えーと、わたしはメイっていうの」

「俺はヒュウ。えーと、ベル。よろしく」

「そ、そう……。あんた、邪魔したらまた蹴るからね」

「分かったよッ!」

 女の子はメイ、男の子がヒュウ。

 この最悪な出会いがのちのち、事あるごとに面倒なことを引き起こすとは、この時ト

ウコは露にも思ってなかった。

103

Page 112: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

英雄の助言

    ──予想通り、ヒウン下水道にはまだ多くのプラズマ団の団員が残っていた。

 あっちにうろうろ、こっちにウロウロ。

 やる気なさそうに誰もこんな場所くるわけねえよなぁ、とかまた雑談している。

 にやり、とベルもといトウコが邪悪に笑った。

 ぶるりと危険予知のようにヒュウの背筋に恐ろしいモノが走る。

「ちょっと待ってて」

 そう言い、トウコがヒュウとメイの視界からきえるたび薄暗い闇の向こう側で、「がっ

!?」だの「ぐぁっ!」だの「ぎゃあ!?」だの「ぷらーずまー!?」だのと男の悲鳴が聞こ

えてくる。

 ちなみに最後のは団員がよく負けたりすると言う口癖のようなものである。

 ついでに暴力の振るったと思われる音、どう考えても死ぬんじゃないかというような

耳障りな音すらさせて、トウコは彼らを片付けていった。

104 英雄の助言

Page 113: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「ざっとこんなものね。自業自得だけど」

 パンパン、と手を払ってもういいわよと怖々出てくる二人の目の前には、いい年した

大人が山積みになって、回収されたボールが列をなし、団員は順々にトウコに下水に蹴

落されていた。

「……ベル、あんたバケモノかよ……」

 ヒュウは唖然として、先程の暴力は暴力のうちに入らなかったんじゃないかと思っ

た。

 様子見で腹にかかと落としを受けたが、アレはまだ優しい方だ。これをみれば分か

る。

 それほど、対人間に対してトウコは慣れた手付きで片付けていく。

 リアルファイトをあまり見たことのない田舎者からすれば、異様な光景かもしれな

かった。

「……ベルさん、それはやりすぎじゃ……」

 メイが控えめに進言するも、自業自得の一言で切り払われる。

「こいつら、こうされてもいいようなことしかしてないじゃない。手加減するほうがど

うかと思うけど」

「いや……それにしたって、一方的すぎるだろ。あんた、あいつらを殺すつもりなのか

105

Page 114: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

?」

 道中、プラズマ団許すまじ的なことをぶつぶつ言っていたヒュウだが、実際許すまじ

ならこれぐらい当然というトウコの言動に流石に苦言を呈する。

「否定しないわね」

 しかし懲りていないこの女、最後の一人も下水に落として流した。

 周囲に人気がないのを不信に思って進み、最奥に到着した。

 だが、そこは蛻の殻だった。何かしていた形跡すらない。

 ただの下水道の通路と、奥にあったのは下水処理場だった。

 特に異常もなく、落胆したトウコとヒュウ、ついてくるメイ達は来た道を引き返す。

 何かの怪しい機械の試作品でも稼働していると推察していたトウコだったが、実際は

何もなく肩透かしを食らった気分だ。

 無言で歩くのもなんなので適当に話題をふると、ヒュウは先程の事を口にした。

「あんた、それでも人間かよ……。まるで人殺しに付き合ってたみたいで気分悪いぜ

……」

「人殺し、ねぇ……。ポケモン殺ししてる連中なら死んだってどうってことないでしょ」

 しれっとそれも辞さないというニュアンスに、さすがのメイも怯えていた。

 ましてやあれだけのことを平然として、それを真顔で言うのだから、疑う余地など今

106 英雄の助言

Page 115: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

更ない。

「おい。メイをビビらせるようなこと言うなよな。こいつただでさえチキンなのに」

 ヒュウが、メイを庇うようなことを言い、うるさいから黙らせようと思ったトウコ。

 しかし、

「ち、違うよ!!」

 意外なところから反撃が来た。メイだ。

 チキンと言われて怒ったように頬を膨らませてヒュウに突っかかっていく。

 聞くところによると、二人はどうやら幼馴染だとかなんとかで、仲がよいのはそのせ

いかと思う。

「ほぉー、よく言うぜ。最初にクルミル見て青くなってぶっ倒れ気絶したのはどこのど

いつだ?」

「うぅ……。違うよ、あれは怖かっただけ! わたし虫タイプ怖いだけだよ!」

 ……ヒュウによる、メイへの妙なイジリが始まっていた。

 メイは虫ポケモンの外見がダメらしく、フシデなんて見た日には声を大にして悲鳴を

上げて逃げ出すらしい。

「……はぁ……」

 なんて緊張感のない子達……まあいい。

107

Page 116: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコは五月蝿いから黙れ、とヒュウに軽くジャブをする真似をすると、完全に青く

なったヒュウにやめろヤメレやめてください、と謝罪の間違った三段活用された。

 話を変えるために、メイがトウコに何気なく言ったことが、再びトウコを追い詰める

地雷になるとは露知らず。

「あの、ベルさん……。ベルさんは、いくつジムバッジ持ってるの?」

「……」

 びくり、と背筋のかわりにロングヘアが毛先から波打つトウコ。

 まさかそんなことを初対面で聞いてくる奴がいるとは思っていなかった。

 普通、ある程度仲が良くなったら見せ合うものだ。

 理由としては、自分の実力を周囲にばらすことになる。

 そうすると、自分よりも強い相手、弱い相手に対する差別感も生まれる。

 弱い奴には傲慢になり、強い奴には媚び諂う、そんな二分化された態度をトウコは

知っていた。

 仮にもってないというと、こいつ新米かと見下される。それは癪だ。

 だからといって素直に見せると身元がバレる。

 トウコの名は、イッシュ中に広まっている。黒き英雄として。

 しかし、顔まで知っている相手はジムリーダーや四天王、チャンピオン、あとは近し

108 英雄の助言

Page 117: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

い人のみだ。

 話を又聞きしている相手になら平気かもしれないが、怖い気もする。

 そもそもが、何処の地方に、新旧合わせて10以上バッジを持ってそのへんをウロウ

ロしているトレーナーがいる。

 しかもそのひとつは知り合いのうちに忍び込んでパクってきたものとは言えない。

 そんな奴は大体、チャンピオンになっているか他の仕事を見つけて働いているような

ものだ。

 ……トウコはそれだけの実力はあるけれど、結局することなくてフラフラしている

が。

 無邪気なのか、あるいは距離感を知らないだけなのか。

 どっちにせよ、この場は上手く乗り越えないといけない。

 トウコは手持ちのバッグをあさるフリをして、どこか棒読みで言った。

「あら、折角みせようと思ったのに、見当たらないわね私のバッジケース。家に置いてき

てしまったかな〜」

 ごめんね、置いてきてしまったようで見当たらないわと説明して誤魔化すつもりだっ

た。

 見るからに怪しい態度だったが……。

109

Page 118: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「?」

 かなり下手な演技だったが、ヒュウは不信そうに目を細めるだけで、メイはちょっと

しょんぼりしていた。

 ごまかせた、と想いたい。多分ダメだろうが、事情は察してくれただろう。

 そう自分に言い聞かせて、戻ろうとした途端、

「あんた、もしかしてどっかの諜報機関の人間か?」

「ぶっ!?」

 ヒュウの素っ頓狂な発言に思わず吹き出した。

 何を言い出すんだと思ったら、

「俺、見たことあるぜ。そういう連中って、自分の身分を明かすものは決して見せない

し、名前も偽って過ごそうとするんだよな。あんた、最初から態度が不自然だから、そ

うだろ? どこかのエージェントなんだな?」

 ふふんっ、と胸を張って言い放つヒュウに、振り返りげんなりした顔でトウコは彼を

見る。

 メイはヒュウ凄い、と何か感動した目で見ている。

 ……バレバレな態度なのは認めよう。名前を偽ったのも事実だ。

 だが、トウコは決して警察などの秘密国家組織の人間ではない。

110 英雄の助言

Page 119: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ただの一般人だ。断じてそこは違う。

 まあ、否定する理由もないのでそんな感じよと曖昧に肯定。

 ヒュウはトウコの不自然な態度をそう解釈したようで、あんたの事情も詳しくは聞か

ないが、あんたも俺に力を貸してくれ的なことを言い出した。

「俺さ、どうしてもやらなきゃいけないことがあるんだ。この手で、プラズマ団にケリを

つけないといけないことが。あんたも、因縁があるんだろ? なら、協力してくれない

か? 互いに目的のために」

 真剣な表情で、ヒュウはトウコを見ている。何時の間にか名前では呼ばなくなってい

た。

 メイも、何か事情を知らないようで、ハテナマークが頭に浮かんでいる。

 要するに、本名不明なトウコに対して何かを手伝えと言ってきた。

 もう誰かの為には動かないと決めたトウコ、お断りよと一蹴した。

「そんなこと、自分で果たしなさい。バレているならしょうがないけど、私には私のやり

方、私の目的があるの。ヒュウ、あんただってもう子供じゃないなら、その程度のコト

は他人の力を借りずに自分でやるべきじゃないの? どうしてもやらなきゃいけな

いってのは、自分で果たす覚悟がある時初めてどうしても、って言い方ができるのよ」

「……」

111

Page 120: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「それが、先人からのアドバイスよ。安易に人の力は借りないの。借りる時は、本当に自

分が追い詰められて、手段を失って、あとがない……絶体絶命のときだけ。そして借り

る相手も間違えないことね。一度失敗したら、ズルズル引きずる羽目になる」

「……まるで経験があるみたいな言い方をするな、あんた」

 アドバイスくらいは、と思って言った助言。

 ヒュウという少年は中々洞察力があるようだ。

 バレバレだったあの態度ならまだしも、普通のトウコの声と雰囲気、表情だけで彼女

が後悔をしていることを見抜いた。

 この子は見た目よりも馬鹿じゃない。なら、大丈夫だろうか。

「私みたいに、過去から逃げるために全てを投げ捨てて飛び出すのは嫌でしょう? メ

イも肝に銘じといて。一度起こした大きな間違いは、取り戻すのは決して容易じゃない

ことをね」

 突然話を振られたメイは、「はいっ?」と首を傾げていた。

 子供には難しい話だったか。この子は見た目通りの幼い感じが強い。

 トウコはここで初めて、クスクス笑い始めた。この子たち、ベルが目をつけるだけ

あって面白い。

 ヒュウは強い正義感と覚悟がある。メイは幼さが抜けていないが、真っ直ぐで綺麗な

112 英雄の助言

Page 121: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

心がある。

 それに、良い子だ。

 話して、見て、感じた限りではまだ真っ直ぐ進んでいるようだし、様子を見るのも悪

くないかもしれない。

 この子──まだ白にも黒にも染まっていない、無垢な色のメイには、何かを感じる。

 それは、陳腐だが言うなれば運命の糸のような不思議な感覚。

 ヒュウにも、強い意思がある気がする。トウコが持ち合わせていなかった、精神を。

 偽とはいえ、トウコとて一度は英雄の器に選ばれた身。

 もしかしたら、新たな理想を抱くものとして、持ち歩いているあの石が、彼と彼女を

見てみたいと言っているのかもしれない。

「そうね……。どうせ、ここは空振りだったのだし……少し、暇潰しにはいいかもしれな

いわ……」

「えっ?」

 メイがトウコの独り言に反応して、見つめてきた。

 濁りのない瞳。綺麗な目。ああ、この子はもしかしたらゼクロムが選ぶかもしれな

い。

 トウコとは違って、最後まで貫いてくれる。そんな気すらした。

113

Page 122: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「ねえ、二人とも。この後暇かしら?」

 ふと、二人にそんなことを言っていた。

 目の前にいるのはかつての英雄と揶揄される負け犬。

 まだ、名を告げるわけにはいかない。

 逃げ出した臆病者。しかし、この子達のような新しい子達なら。

 理想を抱いても潰れることもなく、支え合って、現実と戦えると思える。

「時間? まあ、あるけど……メイ、お前は?」

「わたしも大丈夫。まだジムにはいかないし」

 時間はあるらしい。トウコは二人をランチに誘った。

 丁度、朝っぱらから大暴れしていたので空腹を感じている。

 それに時間もお昼時。丁度よいだろう。

 夕方まで暇なので、もう少しこの子達の触れ合っていたい。

 トウコは苦笑して、こう言った。

「ヒウンシティジムリーダー……アーティの攻略法、詳しく教えてあげる」

 一度は戦っている身であるから言えたセリフだが、二人の食いつきがよかったのは言

う間も出なかった。

114 英雄の助言

Page 123: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

英雄の戦闘

   ──三人は、下水道から脱出し、メインストリートにあるオープンカフェで昼食にし

た。

 トウコの奢りで、メイとヒュウはお昼をいただいている。

 最初は遠慮していたが、トウコが奢らせてくれと言って、甘えて二人は奢られている。

 トウコはフルーツサンドにコーヒー。メイはイチゴサンドにアイスティー。

 ヒュウはカツサンドにコーラだ。

「ここは美味しいって話だったのよ。味はハズレじゃないわね」

 優雅にコーヒーを飲みながらトウコは微笑む。

 足を組んでストリートを行き交う人々を物憂うに見つめている。

「確かに美味いけど……何か、店自体が凄く上品な感じがするな。俺、浮いてないか?」

「……」

「別に浮いてないわ。そんなこと言ったら、私だって十分浮いているし」

「あんたはまだいいだろ。取り繕うっていうか、そういうこと出来てるからッ」

115

Page 124: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ヒュウは行儀悪くカツサンドをコーラで流し込む。

 メイは明らかに沈んだ目で、サンドイッチをもそもそと食べている。

 先ほど聞いた話が、余程きつかったらしい。

「わたし……ジム挑むのやめようかな……」

 ぼそっとメイが呟いた。

 虫ポケモンが苦手らしいメイ、しかし次のジムは虫ポケモン専門であった。

 それは精神的にキツイ。

 何しろ、虫を見ただけで卒倒するレベルらしく、どうも見てしまうとまともにバトル

できないとか。

 インセクトなんちゃらの通り名を持つ、アーティはまさに天敵ということだ。

 アーティはハハコモリが確かエースで、虫と草の複合タイプ。

 バカみたいな加速を持っており、当時のトウコもかなり苦戦した記憶がある。

 伊達にジムリーダーはやってない。弱点タイプも難なく倒すあの実力は相当だった。

 それには冷静な判断能力が必要になるのだが、今のメイではとても無理だ。

「……これじゃダメね、折角の情報を知っても活かせないでそのまま敗北するわ」

「……悔しいけど、あんたの言うとおりだな。メイ、頑張ってみろよ」

「うぅ……昆虫怖いよぅ……気持ち悪いよぅ……」

116 英雄の戦闘

Page 125: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコが指摘しても、メイは呻くだけだった。

 そういうトウコもぶっちゃけ虫タイプは苦手な意識がある。

 ペンドラーみたいな巨大昆虫がおっかけてきたら気を失うと思う。

 それは本人がダメだというのだ。どうしようもない。

「……そこまで言うなら、仕方ないわね」

 やれやれ、としてトウコは食べ終えて立ち上がる。

 ずーんと沈んでいたメイとカツサンドをコーラで流し込めず苦しんでいたヒュウが

顔を上げる。

「何なら、私が後で相手してあげてもいいわ。少しだけならね」

 あまりにも不憫だったので、トウコはバトルの約束をした。

 メイのことを見ているのは楽しいのは食事の時には分かっている。

 ただ、アーティ程度にやる前に自滅に近く負けてるようでは、お話にならない。

 それに、少し彼女達の実力も気になる。

 多分、アーティに挑むということはバッジは多く見積もっても二つ。

 大した相手ではない。一匹で勝てる。いや、相手には不足すぎる。

 でも、気晴らしにはちょうどいいかもしれない。

 バトルの約束をして、一度メイとヒュウとは別れた。

117

Page 126: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 一時間後、大通りのポケモンバトル場に来いと言っておいた。

 ヒウンを含めて、大きな都市ではストリートバトルができるように専用の施設がそこ

かしこに存在する。

 しかも利用料はタダ。ただし器物破壊の場合は弁償する。

 よくまあ、やんちゃな坊主たちが大暴れして壊れては弁償させられているようだ。

 かなり頑丈らしいが、いくらなんでもハガネールの突貫は耐えられない。

 そんなハイパワーは設計の埒外なのだ。

 ギャラリーも存在し、道行く人がたまに見かけては見ていく。

 時間潰しに最適だし、まだ時間はある。

 彼女はストリートの流れに入ると、慌てて食べ始めたメイに笑って、歩きだした。

「……バトルしてもいい?」

 一本道を外れ、人気のない場所で、誰ともなく問いを投げる。

 反応するように、ボールがカタカタと動いてる。これは、別に構わないという意思だ。

「……イッシュに帰ってきて、久々のバトル……上手くいくといいけど……」

 強さは大丈夫だ、だが問題は相手を倒しすぎないコト。

 加減、出来るだろうか。将来の希望を摘み取らないために、上手く手抜きしないと。

 兎に角、バトルの準備をする。トウコは腹ごなしにストレッチをすることにした。

118 英雄の戦闘

Page 127: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

   時間前になり、大通りに出ると……何やら騒がしい。

 小さな子供が、母親らしき人に連れられて目の前で逃げていく。

「イリスの、イリスのピカチュウ取られちゃった! ママ、ママおろしてよおっ!!」

「ダメよ、早く逃げないと危ないの!」

 子供が嫌がるのを抱きかかえて走る母親。

 ……取られた? まさか、と思って逃げ去っていく親娘とは逆方向に走り出す。

 人混みは、一斉に逃げ惑う民へと変わっていた。向こうの方で、凄まじい破壊音がす

る。

 誰かの怒号、悲鳴。何度聞いても、これだけは絶対に慣れない。

(嘘……っ!?)

 嫌な予感が加速する。トウコは流れに逆らい押し寄せる人の波を掻き分けて進んだ。

  ──思っていた、惨劇の現場にトウコは居合わせた。

 港前のメインストリートで、コンクリートを破砕する勢いで、誰かが暴れている。

「ハハハッ! やれぇ、ピカチュウ! エレキボールッ!」

119

Page 128: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「ピカァーーーーッ!!」

「いけるわねこいつ! ヒトモシ、シャドーボールッ!」

「ひともーーーーーっ!」

「こっちも最高だ! チョロネコ、ひっかく!」

 ──プラズマ団。

 団員たちが、一般人相手にポケモンを使って略奪行為を白昼堂々行なっていた。

 逃げそこない、ポケモンを奪われていく人は、縋ってでも取り返そうとして蹴飛ばさ

れている。

 子供が泣き叫び、大人の断末魔があげ、ポケモンの奏でる破壊音が最悪の音楽を作り

出す。

 誰しも逃げるだけで、止めようとはしない。調子に乗って広がる破壊の連鎖。

「……」

 呆然と立ち尽くし、トウコは目を疑った。

 なんてことを。これが、現実なのか。二年後のイッシュだと、これが。

 こんな誰も救いのない、こんな世界が……。

「そこのお前、ポケモンを寄越せぇっ!」

 増長した団員が一人、逃げようともしないトウコにチョロネコを嗾けて、痛みつけよ

120 英雄の戦闘

Page 129: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

うと命令した。

 目の前の現実に言葉を失っていたトウコは、飛び出してきたチョロネコの顔を見た。

 半分濁ったような、悲しい瞳をしたまま、唸りトウコに飛び掛った。

『──助けて。助けて。こんなの、嫌だよ──』

 あのチョロネコはきっとこう思っていたんだろう。

 その心が、ダイレクトにトウコにつたわってきた。

『──お姉さん、僕たちを、解放して──』

 これは、恐らくボールの中で怒りに震えているココロの仕業だ。

 ココロは、テレパシーで人間とポケモンを繋ぐ能力がある。

 それを使って、棒立ちしているトウコを動かすべく、能力を使った。

『──お姉さん、僕たちを、助けて──』

 その助けを求める声は、トウコの中で想いに響いた。

 Nは、こんな想いを毎日していたのか。

 ポケモンの苦しむ声を聞いて、毎日悲劇の連鎖を見て。

 こんな、心が軋むような苦痛を味わっていたのか。

 目の前で、行われているこんな理不尽に使われているポケモンたちの声を。

 聞き続けていたというのか。

121

Page 130: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「──うああああああああああああああっ!!」

 トウコの中で理性と良心のタガが、知性の蓋が、外れた。

 この外道共、よくもこんな酷いことを! 

 許せない、赦さない、絶対に、ポケモンだけは助け出すッ!

 飛びかかってきたチョロネコを受け止めて流し、トウコは叫んだ。

 その目には、うっすらと涙さえ浮かんでいた。

「──ディー! 殺ってェッ!!」

 ボールが勝手に開く。

 光が飛び出し、形を成し、素早く先手をうって動く。

「なにぃっ!?」

 男の団員が驚いている間に、光はウインディの姿をなり、トレーナーである団員に襲

いかかる。

 その巨体を活かし腕を噛み付き、振るい回し、ビルの壁に向かって吹っ飛ばした。

 人間の形に壁に穴が空いた。人間には耐えられないような衝撃で、投げた。

 勢いでマスクを外れた団員は、かはっ……と吐血して壁から剥がれ落ちる。

 あれはただでは済むまい。それは誰の目でも明らかだった。

「なっ」

122 英雄の戦闘

Page 131: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「うそ」

「なんてことを……」

 思わず暴れていた団員たちが動きが止まる。

 今、目の前で、ポケモンを使った殺人未遂が行われた。

 それを命じた本人は。

「…………私の前で、こんなことをしたのが、間違いだったわね……」

 こちらに向かって歩いていた。

 後ろに唸るウインディを従え、おぞましい闇色の瞳を宿らせ、ふらりふらり。

 左右に身体の重心が移動しながら、ゆっくりと。

「殺してやる。プラズマ団、あんたたちに慈悲はないわ。綺麗にこのままここで死ね」

 ボールを一つ、手に取り投げる。現れたウォーグルが、翼を広げて雄叫びを上げる。

「みんなみんな死んでしまえ。生きる価値のない盗人風情が、人のポケモンを道具にし

やがって」

 ボールを一つ、手にして投げる。現れたゾロアークが、嘲笑するように顔を歪める。

「……殺してやる。今すぐここで、皆殺しにしてやる」

 もう一つ、ボールを投げる。出てきたのはグレイシア、毛を逆立てて牙を出して威嚇

している。

123

Page 132: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「死ね、プラズマ団ならみんな死ね。死ぬまで死ね。あんた達は、ここで終わりよ」

 虚ろな目で死ね、死ねと繰り返し、言葉が意味を持たない音の羅列になりつつあった。

「死ね、死ね、死ね……」

 右手を伸ばし、人差し指で連中を示し、

「ディー。あいつらにかえんほうしゃ。殺しなさい」

 轟、と音を立てて口から漏れ出す爆炎をもつ獅子のごときポケモンが、背後から猛烈

な火炎を吐き出し、プラズマ団の団員たちを逃げる暇すら与えず、視界一杯を山吹色に

染め上げて襲った。

  「──ううん、んんとね。トウコ。久々に会ったのはいいけど、これ、あきらかやりすぎ

だからね?」

「……」

「相手は大やけどに再生困難な凍傷に全身強打、挙句には骨折、裂傷、後遺症が残るケガ

が殆どだねえ。狙ってやったでしょ? もうね、彼ら全員病院送り必須」

「……」

「んぬう……。これは流石にいけないねぇ。後で警察にいかないといけない。まあ、

124 英雄の戦闘

Page 133: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

つっても相手はあの非合法組織のプラズマ団だし。っていうか相手からポケモンを

使って手を出しているのは目撃者が多いから、そのへんは平気だと思うけど。トウコも

怪我してるしね。正当防衛というよりは過剰防衛? でも、ほかの人のポケモンを取り

返すために必死になってたから、多分情状酌量の余地はあるし、ボクも口添えする。な

んとかなるよ」

「……チッ……。殺しそこねたの……」

「んぬ? 今何か、怖いこと言わなかった?」

「気のせいよアーティ」

「そ? んじゃ、騒ぎの代償だよトウコ。ボクもいくから、ケーサツ行こうか」

「はいはい……」

「ちなみにボクも、彼ら相手には結構過激なことしてたりする」

「アーティよりも私の方が過激よ」

 あの後。

 騒ぎに気付いて駆け付けた警察と共に現れた茶髪の癖っ毛、首元の赤いスカーフ、翠

の上着に翠と紅の縞ズボンという格好のジムリーダー、アーティに仲裁されるまでトウ

コの暴走は止まらなかった。

 あくまで人間のみに狙いを絞って、トウコ自身も満身創痍になりながらも、その場で

125

Page 134: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

いたプラズマ団を全員病院送りにしてやった。

 無論、大怪我のレベルを負わせてやった。

 トウコも腕や足、顔に挙句には腹にまで数箇所にものぼるポケモンに噛み付かれて

引っ掻かれてどつかれて、重症を負った。

 今も腕や顔には見える形で包帯がされて、足を引き摺るように歩いている。

 幸い、ポケモンたちは一切怪我をさせておらず、事件性はプラズマ団の襲撃事件で処

理されるそうだ。

「……しかし、連絡なしに突然戻ってきたと思ったら、なにしてるのこんなところで」

 アーティは不器用に歩く少女を見下ろして問う。

 すっかり夜の帳がおりたヒウンシティ。一時は騒然となった街も、落ち着きを取り戻

している。

 トウコは闇色の瞳のまま、ぼそりと言う。

「私は奴らとの因縁を晴らすだけよ」

「因縁?」

「そう。二年前の、忘れ物を……片付けるの為に今ここにいるだけ」

「ぬうん……」

 忘れ物の意味は分からないが、トウコには重要な問題らしい。

126 英雄の戦闘

Page 135: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 あのあと、メイとヒュウも騒ぎに気付いて駆けつけたが、激変したトウコを見て、早々

に逃げ出したらしい。

 正しい判断だ。あの時はキレていたから、仕方ない。

 何時かまた逢えるとしたら、また逢いたい。勝手な願いだけれど。

「……」

 ベルになんて言い訳しよう、と思ったが、ベルはまだ仕事を終えてないので、きたら

アーティがなんとかしてくれるというので任せることにした。

 ほんと、奴らが絡むと自制が効かなくなる。

 トウコは、頭を冷やすことにした。実行するならもっとスマートにすればいい。

 潰すなら、徹底的にだ。

 まだ、トウコの復讐は始まったばかりだから。

127

Page 136: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

英雄の決別

    ──結局、あのあと警察に連れて行かれたトウコは、処分を厳重注意に留められた。

 理由として、アーティが口添えしてくれたこと、トウコ自身が負傷していること。

 更に、ポケモンを奪われた人々が、あの子に厳罰をするのはおかしい、彼女は正しい

ことをしたのだと主張し、警察署前に殺到したのだ。

 ポケモンを奪われた子供達の為に身を張って取り返し、結果大怪我をしたということ

で、その子供たちの両親まで押し掛けて、彼女のことを渋い顔で処分しようとしてたヒ

ウン警察署のトップは、その剣幕に唖然とした。

 偶然、彼女が庇った子供の親の中に市議会議員がたまたま存在していて、トウコはヒ

ウンの為にプラズマ団と戦い、そして勝利した。

 悪いのは悪事を白昼堂々と働いたプラズマ団であり、彼女のそれは過剰防衛とはい

え、街の治安を守るために善処した。

 そもそもが、先手をしたのはあちらである。

128 英雄の決別

Page 137: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ものは言いようだ。

 口のうまい議会議員で、口先だけで警察を丸め込み、そしてその警察署のトップは何

やらその議会議員と繋がりがあるようで、都合の悪い事実を揉み消すようにでも言われ

たんだろう。

 彼女のやったド派手な行為に対する処罰は無いも等しいモノになった。

 注意といっても、「君はよくやってくれたが、もう少し自分の身を考えろ」程度のコト

で、全く糾弾されなかった。

 ……彼女の行なったあの殺人未遂などが周囲によって正当化され、「正義」とされたの

だ。

過激武装集団

 相手は、あの

、プラズマ団。

 自業自得とはいえ、彼らも人だ。

 無法者だろうが、法を無視した方法で仕返しをしていい理由にはならない。

 トウコも事実、あの刹那にはプラズマ団と同じことをしていた。

 力ずくで相手を叩き伏せ、ポケモンを奪い、そして半殺しにした。

 トウコのやったことは、決して正義とは言い難い。

 だが、人間とは不思議なことに、多くの人に支持される事は正当化され、相手の今ま

でやって来たことが悪ければ悪いほど、報復行動が過激になっても責められない節があ

129

Page 138: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

るのは誰でも知っている。

 そう、大人の事情というやつだ。

 相手がどんな大悪党であろうが、報復としてあんなことをいい訳がない。

 そんなことは知っていながら、然し世界を動かすのは時として、感情にもなりえる。

 多くの人の代弁として、彼女はまた、知らぬまま人の理想を体現していることになっ

た。

 彼女の思惑がたとえ個人的復讐だろうが、結果として多くの人が救われた。

 これでまた、トウコという少女は「理想の英雄」に返り咲くことになってしまう。

 ──自覚したときには遅かった。でも、それでももういいと決めた。

 トウコは悟る。これは「必要悪」という行動理念だと。

 絶対悪を叩き潰すには、「理想」だけでは現実は何も変わらない。

 逆に、「真実」だけを見出しても、現実を変化させるには至らない。

 大切なのは、実現可能な事を想像し、それを実行するだけの覚悟。

 トウコにはもう、それがある。

 絶対悪の体現者がプラズマ団という集団ならば。

 トウコはその絶対悪を排除する、英雄という名前の必要悪。

 多くの人が英雄を必要とし、自分が奴らを潰すと決めた瞬間から。

130 英雄の決別

Page 139: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 彼女は、また英雄となるのだ。それがどんな意味だとしても。

 トウコは、小さいながら二年ぶりに、人からまた英雄と言われるようになったのだっ

た。

 理想なんて抱かない。真実なんて見る必要もない。

 現実を変えるのは、大きなものを消し去るための小さな必要悪だ。

 今のトウコは、黒き理想の英雄でもない。白き真実の英雄でもない。

 灰色の必要悪の代行者。

 語り継がれるようなフィクションではなく、尤もリアリティのある、それこそが真な

る英雄の姿。

 新たな英雄は、相手には手段を選ばない汚れきった少女が器を務めるのだった。

  「トウコ。君のしたことは間違っている」

正義

やったこと

 だけれど、彼女の

を、真っ向から否定する少年がいた。

 彼女の幼馴染で、今は新米のジムリーダーを務める、たった一人の少年が。

「……うるさいわね。絵空事ばかり探している、あんたに言われたってウザいだけよ。

綺麗事ばかりで、吐き気がする」

131

Page 140: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「君だって分かっているハズだ。他にうまくやれたかもしれないって。後悔しているん

だろう?」

 自宅に戻ってきた、満身創痍の少女は久々に顔をあわせた途端、君のしたことは間

違っていると指摘され、鼻で笑ってその指摘を蹴飛ばしていた。

 二年前はメガネをしていてアホ毛の生えている男の子だったのに、今はメガネを外し

て白いYシャツに紅いネクタイに、青いスラックスという学生に似た格好の幼馴染、

チェレン。

 雰囲気もどこかめんどくさがりな印象から、優しげがあって、まるっきり正反対の好

青年に成長した姿を見たときは、心臓が止まるかと思ったトウコ。

 ベル曰く、トウコは二年前と違い、雰囲気はダウナーでダークで、思考は常にネガティ

ブでリアリストになっている。

 対してチェレンは真っ当な社会性を身に付け、しっかりとトウコとは真逆の意味で現

実を見つめることができるようになったとトウコは思う。

 チェレンは小さな頃から思慮深く知的で理論派、理屈や筋を通していた。

 トウコはというと、短絡的で感情的、猪突猛進という対極的な性格だった。

 まさか成長してまで真逆を行くとは、思ってもみなかったが。

 ちなみにベルは二人の影響を受けたのか、両方の部分がある。

132 英雄の決別

Page 141: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 現在、綺麗になったトウコの部屋で、ベッドに寝っ転がっているトウコは壁の方を見

て、顔を合わせようともしない。

 彼女は結局ボロボロで、二の腕や肘、脇腹、太腿や脛にポケモンの噛み付きによって

出来た裂傷を保護するためにガーゼと包帯を巻いている。

 頬もチョロネコの引っかき傷がまだ蚯蚓脹れで残っているのでガーゼで覆っている、

見るからに怪我人である。

 ベルはオロオロと二人の険悪なムードに戸惑って、声をかけるべきか迷っていた。

 チェレンはというと、椅子に腰掛けてネクタイを直しながら、まだトウコを責めてい

た。

「君は昔からそうだ。相手にムカつけばすぐに手をだして、相手を怪我させるまで暴れ

て。今回だってそうだ。今回は相手だって死にかけたんだぞ。二年経ってもその癖は

直ってないのか……」

「うっさいわね。あんたのそういう理屈ばっかりのお説教も、相変わらずで何よりよ。

一々私のした行動に口出ししないと、気が済まないわけ?」

「ああ、そうだな。あの件は多くの人が庇ってくれたし、表向きには解決したと発表され

たからもう追求しないとしても、僕の見ていない場所で勝手にジム指定のバッジをパ

クっていった件は、今此処でじっくり追求させてもらう」

133

Page 142: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「あんたと逢うとこういうことになるからパクッたんでしょうが……。口煩いだけで、

相手の意見なんて聞きゃしない。そんなんでよくもまあ、一丁前に人に教えられる立場

になったもんね」

「トウコに言われる筋合いはないよ。聞き分けの悪い生徒は、生憎と僕の所には一人も

いないものでね」

「そりゃあ皮肉な話。チェレンに習って出来ることなんて……まあ実際問題、結構多く

あるだろうけど、私には関係ないわ」

「トウコ、僕を認めてるのか認めてないのかハッキリさせてくれないか? 本音が漏れ

てるぞ」

「細かいところまでほんっとにうるさいわね。認めてるわよ、よかったじゃない、ジム

リーダー就任おめでとう。これからも頑張んなさいよ、チェレンなら問題ないだろうけ

ど。あと此の度は色々迷惑かけて悪かったわ、あんたにもベルにもごめんなさい!」

「トウコ、結局謝ってるよ……?」

「──ハッ!?」

「……。やっぱり意地を張っていただけか。相も変わらず君は成長してないな……」

 何時の間にか反省していたのを引き出されて、謝罪させられた、応援もしてしまった、

我に帰れば後の祭り。

134 英雄の決別

Page 143: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 飛び起きて自分が今何を言ったのか思い出し、ガックリ項垂れた。

「やっぱ、私チェレン怖いわ。口喧嘩で勝てた試しがない……」

 チェレンは肩を竦めて、雰囲気を柔らかくしてから苦笑いして言った。

「本人がいるのに堂々と怖い発言とか、トウコの口の悪さだけは何時も通りでよかった

よ。まあ、大事に至ってなかったならいいけどね。兎に角、パクッたバッジを返してく

れないか。それは非公認の代物だろう?」

「はいはい……」

 ベッドから降りて、ほっと胸を撫で下ろすベルにごめんね、と軽く謝ってバッグを漁

り、バッジケースを開ける。

 一番最初の所に無理やり上乗せしていた代物を剥ぎ取り、放る。

「ん、確かに返してもらったからね。一応、トウコの挑戦は何時でもうけるけど、僕も本

気を出させてもらうよ」

「やめなさいよ、あんたが本気出したら泣くのは新しいチャレンジャーよ?」

 チェレンが担当しているのは一つ目のバッジ。当然、実力は低いと思われがち。

 しかし、チェレンはあくまで「ジム用」のポケモンを育てて、挑戦者と戦っているら

しい。

 真のチェレンの実力は、ぶっちゃけ現八人のジムリーダーの中でも一番強い。

135

Page 144: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 なにせ、二年前に一通り、トウコとベルと共に制覇している経験があるから。

 曰く、規定で他のジムには挑めないが交流試合では無敗らしい。

 ついでに、新しいジムと同時にトレーナーズスクールという塾っぽい施設の先生も兼

ねているらしい。

 あの二年まで口癖が面倒だな、だった彼が今や数人の生徒を抱える先生とは。

 時間の流れは偉大であるとつくづくトウコは感じた。

「そういえば、トウコ。ヒウンでプラズマ団をあんな目に合わせたときに使っていたポ

ケモン、僕の知っているメンツじゃないんだけど何かあったのか?」

 ふと思い出したかのように、バッジを受け取ったチェレンが何気なく問うた。

 その瞬間、室内の空気が凍った。

「チェレン、それダメ──」

 事情を察しっているベルが制止する頃には遅かった。

「……………………」

 一気に纏う空気が腐った、澱んでいるものに変化したトウコ。

 その変わりっぷりに、チェレンが目を丸くした。

 トウコにとって、それが禁句であるということをまだ知らなかった彼は、無自覚にト

ウコの傷を抉った。

136 英雄の決別

Page 145: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 慌ててベルがチェレンの耳を引っ張って、部屋の外まで連れていき事情を話す。

 要するに、この二年間の間にどうやら彼女のポケモンとトウコの中で何らかのトラブ

ルが発生し、今の手持ちは二年前のポケモンが一匹も存在しないと。

 それを聞いているうちに、見る見る顔が真剣な表情になっていく。

 トウコは再びベッドに横たわると、壁の方に向いて黙った。

 彼女の態度が、言外に拒絶となっているのを感じ取ったチェレンは、すまないと戻っ

てきてそうそう、口にした。

「何も知らずに、悪いことを聞いてしまった。不躾な事を言って、ごめんトウコ」

「…………」

 トウコは頭を下げているチェレンを見もせず、沈黙を守る。

 もう話しかけないで、とその背中から発せられるメッセージを受け取ったチェレン

は、お大事にと言って立ち去ろうとする。

 頭を抱えるベルが、口には気を付けてよと嗜める中、

「──私の方こそ、なんも成長してなくてごめん……」

 そう、チェレンに呟いたのを彼は聞き逃さなかった。

 自分がこの二年間で、大きく前進したと同時に、彼女の中にはとてつもなく大きな闇

が出来上がっていることを、チェレンはこの時理解した。

137

Page 146: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 聡明であるが故に、彼女の傷を感情として理解できず、建前だけを述べていた。

 あの説教は間違いなく、トウコを追い詰める意味で失態であったと思い返し、頭をか

いた。

「チェレン、今はトウコのこと、そっとしておいてあげてくれる?」

 ダメ出しのように、ベルの一言がチェレンの久しぶりの後悔に拍車をかける。

「……そうだね。僕も、まだ勉強が足りないようだ……」

 彼も、幼馴染の心情を理解できなかった不甲斐なさに、自分を呆れてしまう。

 トウコ、ベル、チェレン。

 二年前、同時にあの一番道路を踏み出した瞬間は同じだったのに。

 あの時のワクワクやドキドキ、世界が輝いていた日々は、少なくてもベルやチェレン

の中ではまだ色褪せていない。

 でも。

 トウコの中で、あの日々が忘れたい記憶であることを、二人は目の当たりにしたよう

な気がした。

138 英雄の決別

Page 147: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

二章 心繋いで

英雄の旅立ち 二回目

    ヒウンでの乱闘騒ぎから一週間とちょっと経過した。

 また、家に引き篭るようになってしまったトウコは、身体の療養に入っていた。

 なにせ、一つ一つが軽傷とはいえ、数多くのポケモンによって傷つけられた身体だ。

 下手をすれば、感染症にかかってしまうかもしれない、と周囲の人間の過保護によっ

て、彼女は事実上の軟禁状態に近かった。

 今朝も、治りかけの傷に包帯とガーゼを張り替えて、顔の傷は何とか治癒して傷跡が

目立たなくなってきので外す。

「ねえ、母さん。私何時まで家にいないといけないの?」

 ボサボサになった髪の毛を梳きたいと言い出し、放置していた髪の毛を手入れされる

ようになってようやく、綺麗になったそれを櫛で撫でる母は言う。

「さあね? ベルちゃんとチェレン君がいいって言うまでかしら」

139

Page 148: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……それじゃあ、まだ当分ダメじゃない。もう私は平気なのに」

「あんたの平気は大体強がりだってこと、二人にはバレてるから無駄」

「……アーク。助けて」

 同じリビングで朝食中の手持ちの相棒に頼み込むが……。

「ママさーん、ご飯おかわりいただきます〜」

「どんどん食べていいわよ〜」

「……ウチの食費のエンゲル係数が……」

相棒アーク

 

は、一人過去トウコの姿で、座ってバクバク白米をかきこんでいやがった。

 しかももう四杯目。どんだけ食うつもりなのだろうか。

 ここのところ、袋単位で米だけが減っている気がする。

 しかもオカズを食わない。セットなのは基本インスタントの味噌汁程度。

 この間も、母は米袋を四つほどポケモンと一緒に買いにスーパーに出かけていた。

 罰として、アークにも命令して手伝いをさせたが、あの野郎自分が消費してることに

気付くや嬉々として手伝い始めた。

 おおよそ、ここをおのれの第二の家にするつもりなのだろう。

 慇懃無礼なやつである。

 現在も笑顔で、母のお古だという小型の炊飯器を引っくり返して中身を取り出し、

140 英雄の旅立ち 二回目

Page 149: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

マックスに炊いたはずの米を食い尽くす。

 あのシュールな光景を見ていると、旅の道中は結構食欲に関してはリミットしていた

んだなと思う。

 というか、あいつがあそこまで白米が好きだなんて知らなかった。

 人型の時は基本何でも食っていたが、あんな中毒性のある行動はしていない。

 確かに、一日にあいつが飯を食うのは朝の一度だが、一度で三食分は食っている。

 一回につき、大体一人暮らし用の小型炊飯器マックス分。量にして換算したくない。

「いやぁ、人間社会も侮れねえなぁ。こんな美味いもんがあるなんて、世の中広いわ〜」

「……」

 アークは、勢い良くまたかきこんでいる……。

 母、朗らかに微笑んでいるがあいつ今炊飯器を空にしたから。

 迷いの森で暮らしている頃はきのみを主食にしていたとか聞いていたが、あいつ米の

方が好きなのか。

 イッシュ地方は基本主食はパンやフレークが多いけど、トウコ家は昔から米だった。

 母は昔旅行で訪れたカントー地方なる所で、米の美味しさを知ったとかで。

 それはいいとして。あいつのおかげで我が家の食費のエンゲル係数が跳ね上がって

いる。

141

Page 150: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 近所で少ししか扱ってない米袋を全部買ってきても、わずか一週間で終わらせるとか

どんだけハイペースなんだろうか。

 戻ってきて早々に買いに行った奴は昨日終わった。

「ママさーん、今度お米買いに行くときは俺もまた付き合いますぜ〜」

「あらあら。ありがとうね、アーくん」

「……」

 トウコは考える。

 アークのやつ、何とかしないといけないかもしれない。

 綺麗に梳き終えた髪の毛を撫でながら遠い目をして、そう思った。

  その日の午後。

 やることもなく、自室でテレビを見ていたトウコ。

 番組はバトルに関してのことを題材にした番組で、現在漫才のようにおねーさんとミ

ルホッグが道具について説明している。

 おねーさんはドジなのか、彼女は説明するハズの風船を派手な音をさせて割ってし

まってあたふたし、相棒のミルホッグが呆れて肩をすくめるというシュールな光景が

映っている。

142 英雄の旅立ち 二回目

Page 151: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 そんな番組をぼーっと眺めているとき、派手に階段を駆け上がる音。

 直したばかりのドアを勢いよく開かれて、飛び込んできたのは息を切らすベルだっ

た。

「トウコ、一緒にホドモエまで行こうよお!」

 唐突に、ベッドに腰掛けていたトウコにそう話を持ちかけた。

「……。ベル。あんた、突然押しかけてきて、なにいっているの?」

「だってだってだってえ!!」

「落ち着いて。話が見えないわ、何があったの?」

 落ち着きのない彼女が、順々に説明する。

 ホドモエ。

 一度、トウコは一人で訪れて、その様変わりした風景に時間の流れを感じてしまった

あの場所だ。 そこにもう一度、ベルは一緒に行こうと言う。

 何故と問うと。

「あたし、やっぱり思うんだ。ここで引き篭って一人でいるよりも、色々外に出て、二年

の間に変わったイッシュをトウコに見て欲しい! トウコに今必要なのは、心身の療養

だよ。あたしもいるから、大丈夫でしょ? でね、湯治が出来るっていう山間部の街の

話も聞いてきたんだ。丁度あたし、そこに調査しにいく用事も出来てるし、一緒にいこ

143

Page 152: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

うよ、トウコ!」

 ベルはもう家から出ようよ、最低限の治癒は終わったみたいだしと言う。

 ……どうやら、トウコには拒否権がないらしい。

 NOと言えない、拒否ったらベルは多分、強引にトウコを連れていくだろう。

 というか、行かないとか絶対認めないからね、と怖い笑顔で脅された。

 何でとトウコが言う前に、ニコッとされただけで背筋に怖いものが走る。

 従うしかあるまい。一度は勝手に逃げ出して、先日は黙って騒ぎを起こして迷惑をか

けた身だ。

 負い目があるのは事実。

 彼女には沢山の借りがある。故に、拒否する考えは無くす。

 二年間で随分と逞しくなった。この有無を言わせない強引さは昔のトウコに似たん

だろうが。

 異様に距離が近く真剣な表情で詰め寄ってくるベルに、微妙に逃げ腰になりつつ理由

を問う。

「……で、なぜホドモエ?」

「あ、それはね。あたしと一緒に、PWTに一緒に出たいからなんだあ」

「なによ、それ?」

144 英雄の旅立ち 二回目

Page 153: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「要は世界中の強い人と戦う施設。ヤーコンさんが作ったんだってえ」

 例の冷凍コンテナがあった場所に作られた施設だという。

イッシュ

こっ

 そういえば、

に帰ってきてから、勝負らしい勝負はしていない。

 協力したヒウンのあれは、バトルですらないただの襲撃。

 そんなことにポケモンを使ったトウコは、普通からすれば立派な異常者だ。 

 相手があのプラズマ団だから成り立つ、ギリギリの常識。

 そんなことをしていると、いずれ常識を見失う。

 それを心配した、近所の博士がベルに頼み込んだみたいだ。

 二人でエントリーしたいとベルは説明した。

 対してトウコは。

「……いやよ。どうしてそんなことしないといけないの?」

 渋い顔で、頑なに嫌がった。

 前なら、笑っていいよと言ってくれたのに。

 ベルは困惑して、どうしてと聞くと。

「……あの子達は、私にとって、大切な仲間よ。そして、同時に家族だと思っているわ。

ならベル、あんたはどうしてそんな大切なあの子達を、娯楽の道具にしようと思うの?

 それは非道の考えることよ」

145

Page 154: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……?」

 娯楽の道具? トウコの言っていることが、ベルにはよく分からない。

 これは決して見下すような遊びではない。

 ポケモンとトレーナーが心を通じ合わせること、その一番シンプルで手っ取り早い方

法。

 かつて、同じことを言っていた青年とあったことがあると思い出すベル。

 一瞬、脳裏をデジャブが駆け抜けた。視界にノイズが入り、トウコの姿が彼に被った。

「私は絶対に、そんな意味の伴わない戦いはしない。ポケモンバトルは、私にとっても

う、遊びじゃないのよ。娯楽のためだけにあの子達を辛い目に合わせるなんて、冗談

じゃない。だったら私は弱いままでいい。意味のある戦い以外は、決してしない。そう

心に誓っているし、あの子達との約束だもの、破りたくない」

 同じだ。あの時のあの人と、同じことを言っている。

 何度も、嫌だと拒否する。

 彼女の価値観が変わったのか、あるいはベルの言い分が変わったのか。

 どちらが変化したのかは不明だが、少なくても今の二人は平行線だった。

「……トウコ、あたしにはそういうのって、よくわかんないよ」

「……私だって、ベルの言ってることが理解できないわ」

146 英雄の旅立ち 二回目

Page 155: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「何で? 何で理解できないの?」

「どうして? どうしてわからないの?」

「……」

「……」

 何が違うのだろう。

 何がおかしいのだろう。

 すれ違う価値観、ベルとトウコは互いの顔を見やる。

「……ねえ、これで分かったでしょう? 私は、今はこういう考え方なの。もう、誰かの

都合で支配されたくない。これは私の意思。自分の意思で嫌なの。戦いたくないのよ。

分かって、ベル」

 トウコは懇願するように、ベルに言った。

「……トウコ、それは自分の都合の悪いことから逃げているだけじゃないの?」

 その姿は、明らかに現実から目を逸らして逃げようとしているだけ。

 ベルには、そう見えてしまった。

 思わず、言ってはいけないことを言ってしまったベル。

 言葉にしてしまってから、慌てて口を塞ぐが遅かった。

 トウコは然し、大したダメージもなく言い返す。

147

Page 156: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「逃げることの何が悪いの? 忘れようとするどこが悪いの? 何でもかんでも受け入

れて前に進めるって理屈はね、挫折しても起き上がれる人間の暴論よ。世の中、全員が

強者になれるわけじゃない。たとえ負け犬の遠吠え、安易な責任逃れだと糾弾されて

も、私はそんなこともう知ったことじゃない。言いたければ言ってればいいわ。私はこ

の二年間で弱くなった。そんなもん、見ればわかるわよ。過去に残されているって、わ

かってるわよ。だけど、立ち止まることが悪だって勝手に決め付けないで。ベルだって

身に覚えがあるでしょう? 『誰しもが、強くなれるわけじゃない』。二年前、Nがベル

に告げた言葉よ」

「っ!」

 ──誰しもが強くなれるわけじゃない。その真実を、ベルはしっていた。

 直向きに強さの意味を求めて冒険したチェレン。

 意思の抜けていたとはいえ、誰かの為にただ進んだトウコ。

 その背中を、羨ましいと思いつつも、必死に追いかけていた、ベル。

 一人だけ取り残された気がしていた、二年前。

 あの頃は、自分だけが三人の中で弱いと思っていた。

 バトルの実力では負け越しで、トウコにもチェレンにも勝てたことのない弱い自分。

 チェレンは行くところで無敗、トウコはただ言われるがままにバトルして勝利をもぎ

148 英雄の旅立ち 二回目

Page 157: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

取った。

 でも、自分はどうだ。惨めに敗北を重ね、無様にポケモンに苦痛を与え、結局勝つま

で遠回り。

 そんな回り道が嫌になって、一時ヤケクソになっていた時だってあった。

 そんな時に、出会ったポケモンの声が聞こえるという青年に言われたのがあの言葉。

 心がへし折れるかと思った。もう、冒険をやめようとすら思った。

 でも、ベルは立ち直った。逃げ出さずに冒険を続けて、自分なりの意味を見つけ出し

た。

 全てが終わり、魂の消えた抜け殻になってしまったトウコに、そのことを伝えようと

したときには、トウコの姿はイッシュには無かった。

 ──ベルだって、後悔がないわけじゃない。悔いなんて、いくらでもある。

 でもそれを受け入れて、前に進んでいるのだ。

 ポケモンバトルとは、ポケモンと人を繋ぐ架け橋にして手段。そう、彼女なりに結論

を出した。

 自分でも、答えを出すことができた。

 それを、トウコに伝えたかった。

 ……今のトウコは、全てから逃げている。

149

Page 158: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 自分が傷つくのが嫌で、ポケモンに裏切られるのが嫌で、そんな自分がまた破滅の道

に向かうのを嫌がっている。

 だから、保身の為にバトルを拒否し、ポケモンと日常を過ごすことだけを考え、表面

上の関係を必死に守ろうとしている。

 ──それが間違っているとは言わない。そういう関係で、成り立っている人もいる。

 だけれど、トウコはもっと違う関係を築き上げることだってできるはずだ。

 過去に、彼女にはそれが出来ていたのだから。

 そんな考えの読んだかのごとく、トウコは自嘲的に笑って言った。

「私は二年前、失敗したわ。ただ一緒にいればいい。そんな風に安易に思っていたから、

愛想を尽かされた。私が、ダメなトレーナーだったから。私が、弱かったから。あの子

達の気持ちを考えずに、無闇に命令して、戦えと言って、裏切って、傷つけて。私はも

うそんな間違いは犯さない。もう、道を踏み外さない。あの子達が望むことだけをす

る。私がそうしたいから。言っちゃえば結局、二年前の私がしたことは、全部無駄だっ

た訳ね。ほんと、クダラナイ……。バカみたいね、今からすれば」

 トウコも、もういいでしょと顔を背けた。

 背けたときに、目から光の粒が飛び散ったのをベルは、見逃さなかった。

 傷つけている。トウコを、追い詰めている。その自覚は、ちゃんとあった。

150 英雄の旅立ち 二回目

Page 159: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 あの頃の自分を全否定し、これ以上ないほど自分を貶めて、傷つけて、嘲笑って。

 もう、ここから先は踏み込んでくるなと壁をつくる。

 でも、今度はベルも怯まない。

 幼馴染の、大切なトウコのためになけなしの勇気をだして、彼女に真実を告げる。

 後悔と懺悔に塗れたイッシュの思い出を、上書きしたいから。

 トウコにこの想い、今度こそ届けてみせる。 

「違うよ。それだけは絶対に、違う。トウコがあの時してきたことは、決して無駄じゃな

い。事実、二年前のあたしは、トウコに救われた。トウコのおかげで、自分の結論を、出

せた」

「……」

「トウコがあたしの前を行ってくれたから。あたしは何があっても諦めずに進めた。ト

ウコが自分の意思がなかったとしても、トウコのやったことが、誰かの理想を代行する

だけのことだったとしても。トウコがしたことまでが、意味の無い日々だったなんて、

それこそトウコの暴論だよ。トウコの自暴自棄が生み出した、下らない妄言じゃない」

「……なんですって?」

 トウコの声に、怒気が混じった。顔を背けたまま、震える声を出す。

 ああ、やはり予想していたとおり。

151

Page 160: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 これは、確実に彼女の一線に触れた。堪忍袋がキレる寸前の、そんな雰囲気になった。

「トウコ、過去を否定しないで。そんな悲しいこと、しないでよ。どうして、あの頃が無

駄なんてハッキリ簡単に言っちゃえるの? あたし達と一緒に冒険してきたあの日々

は、たった一回の失敗くらいで、意味がないって言えるくらいの価値しかないの? ふ

ざけないで。あたし達には、凄く大切な時間なのに。そんなの、ただ駄々をこねている

だけの子供の言い分じゃない。あたしのこと、バカにしてるのはトウコでしょ」

「……なによ、偉そうに……。上から目線で言ってくれて。そうやって、優越感に浸って

私を追い詰めて、何が楽しいの?」

 キッ、と睨んだトウコの目には、涙が浮かんでいる。

 怒っている。そして、同時に悲しんでいる。

 トウコの中で必死に、自分を正当化出来る言い分を探している。

 だけど、そんなことさせない。

 逃がさない、今度は絶対に。

 トウコを追い詰めてでも現実を見させて、トウコの殻を粉々にぶっ壊すと決めたか

ら。

「楽しくなんてない。むしろ辛い。あたしだって泣きたい。どうしてトウコの言い分は

いつも無駄と後悔から始まるの? あたし達のこと成長しているとか、してないとか。

152 英雄の旅立ち 二回目

Page 161: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

あたしだってね、してないところはしてないんだから。トウコわかってるの? 自分を

見つめなおして、やり直したいと思って帰ってきたくせに、諦めるの早すぎ。何でみん

なを頼らないの? そんなに絶望されるのが怖いの? 失望されて、見捨てられるかも

しれないから、だから逃げてるの?」

 図星の指摘をされて、怯むトウコ。

 ぐうの音も出ない正論に、早速逃げようとする。

「……どうせ……私の言い分なんて、下らないの一言で片付けるくせに。聞いてくれや

しないくせに……。知ったようなことを、言わないで──」

 簡単に逃げ道を封じられることを知らずに。

「あたしは少なくても、片付けてない。ちゃんと聴いてるよ。話してるでしょ。一方的

に終わらせようとしてないで。目の前にいるあたしをしっかり見て」

 顔を、視線をまた、何処かにやろうとする。

 手を伸ばし、顔を固定し、視線を逃げさない。

 暴れることだって出来る。でも、トウコはそうはしなかった。

「……前にも言ったよね? あたしは、トウコをトウコとしか見てないって。英雄とか、

柵しがらみ

理想とか、そんな

はあたしには関係ない。あたしは、二人しかいないトウコの幼馴染

だよ。小さい頃から、トウコと一緒にいる、あたしだよ? トウコは、あたしを信じら

153

Page 162: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

れないの?」

「っ……」

 驚いたように、トウコはベルを見た。

 信じる。たったそれだけの事を、見失いかけていた自分を言われて、我に帰ったよう

に。

「……トウコ。これ以上、一人で思いつめなくてもいいの。トウコは、もう立派に一人前

なんだよ。あたしたちと、一緒。ね? またさ、一緒に旅にでて、一緒に強くなって、一

緒に新しい冒険を始めよう? あたしも一緒に、行くから」

「……」

 トウコは一人だと弱いかもしれない。

 でも、二人なら強くなれる。

 今度は、ベルがトウコと共に行く。

 ベルがトウコを支える。そうすれば、トウコだって答えを見つけられるはずだ。

 かつて、ベルがそう出来たように。

 だって、彼女は本当は強い人だから。

 ベルは、そう信じている。

154 英雄の旅立ち 二回目

Page 163: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

逃げた彼らの真実

   ──彼女はかつて大きな間違いを犯した。そう、本人は思っている。

 だが、そうではなかったとしたら? 真実は、もう一面にあったとしたら?

 彼女が自分を責めるのと同時に、彼らも自分たちを責めていたとすれば。

 それは、救いのない悲劇の連鎖の始まりだったのかもしれない。

 彼女のもとを去った彼らもまた、過去を振り返り、どうしてあんなことをしてしまっ

たのか。

 どうして、彼女をもっと信頼し、あの時に責めることをしてしまったのか。

 あんなこと、しなければよかった。

 彼女だって必死だったはずだ。逃げ出したかったはずだ。

 それでも、恐怖で竦み上がる足を決死の思いで立たせ、強大な悪に立ち向かおうとし

ていたではないか。

 自分達は、我が身可愛さで彼女を裏切り、そして彼女に一人責任を押し付けて、事実

逃げ出した。

155

Page 164: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 彼女を一人きりにして。

 それは全ての裏切りで、全ての痛みを彼女に擦り付けた。

 二年もの間、イッシュ中をさ迷った。無論、逃げ出したポケモンに居場所などなかっ

た。

 結果として、徒労に終わった。

 彼女以上の相棒に巡りあうことなどできず、結局道具にされかけた。

 逃げて、逃げて、逃げ続けた。

 野生のポケモンからも敵視され、人間にも利用され、どうすることもできなくなった。

 一度の裏切りで、彼らは全部を失った。

 温かい帰る場所、自分を信じてくれたパートナー、そして、彼女の思いを。

相棒ポケモン

(俺は、馬鹿だ。どうしようもねえ、大馬鹿野郎だ。俺達は、最低の

だ……)

(トウコ、逢いたいよ。もうあんなことしないから、私達を置いていかないで……)

(姉ちゃん……。オラたちが悪かったんだべ、もう一度だけチャンスをくれ……)

(わたくしが……マスターを裏切らなければ……マスターは……あんなことには……)

(あたしが、あいつを見捨てたんだ。あたしが、あいつを……トウコを……)

 彼らは、ずっと後悔していた。

 取り返しのつかない過去を、失ってしまった大切な絆を。

156 逃げた彼らの真実

Page 165: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 彼らはあらゆる地方を、あらゆる世界を旅をしていた。

 苛む罪悪感と共に、「彼」に拾われ、そして再び「彼女」と相見える為に。

(この口で、あいつに謝りたい。俺は、俺達は間違っていたと、自分の口で)

(トウコ。トウコ。逢いたいよ。トウコ……一緒に、いたいよう……)

(姉ちゃん……オラ達、次は姉ちゃんのこと、信じるからよお……)

(もう一度だけで良いのです。お願いですわ、マスター……)

(あたし達に、あと一度のチャンスを……チャンスを頂戴……)

 今一度の邂逅を、切実に願っていた。

『あなたたちが、彼女を見切りをつけ、そして行なった行動ならば、責任は全てあなたた

ちにあります。

現在い

 それが

の真実でしょう。

 ならば、それを悔やみ、改めるのもあなたたち自身。

 私が彼と歩み、見つけた真実の一つ。「自らの行なった過ちは自らで手で取り戻す」。

 部外者である私と彼に出来るのは、あなたたちをもう一度彼女と交わらせることの

み。

 彼女に言いたければ、自分の口で言いなさい。

 謝罪の言葉を。

157

Page 166: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 後悔の念を。

 この二年間、溜めていた想いの全てを、彼女にぶつけるしか、もう和解の道はない。

 あなたたちがあの時したことは、それだけの大罪であるのです。

 そして、それらの罪を赦すことが出来るのは、微かにでも抱いていたはずの理想を、あ

なたたちのせいで見失い、黒き龍にすら見捨てられた黒き英雄のみ。

 この空白の時間の中、あなたたちの胸を締め付けていた感情を、どう未来に転換する

か。

 私と彼は見届けましょう。

 あなたたちの行く末を。そこにある真実を、見定めましょう』

 白き龍はまるで母親のように、優しく、厳しく、彼らを糾弾する。

 間違いを間違いと教えなければ、そして二度としたくないほど辛くさせなければ、過

ちを繰り返す。

 痛みで思い出せるなら、まだマシだ。

 ……黒き英雄は、痛みに耐えきることすらもう出来ない。

 彼女は、もう限界寸前。後悔を復讐に転換させて、暴走すらしているのだ。

 もう一度、同じことをされたとき。彼女に待つのは終焉のみだ。

 個体としての終焉か。人間としての終焉か。

158 逃げた彼らの真実

Page 167: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 どちらにせよ、未来は消えて無くなるだけだろう。

「レシラム。もういいんだ」

『いいのですか?』

「ああ。彼らの数式は、彼らだけが答えを出せる。故に、これ以上の口出しはしなくてい

い」

『あなたがそういうなら、それが真実なのでしょう……』

 遥か天空を舞う、白き龍とその背に乗る、一人の青年。

 イッシュに向かって、猛スピードで戻っている最中だった。

「ジャローダ、チラチーノ、シンボラー、ミロカロス、ブースター……レシラム。さあ、

行こう」

 青年は、深く帽子を被り直して、柔らかく微笑み呟いた。

 遠い日の、彼女の相棒たちと白き龍を連れて……。

159

Page 168: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

思い出、出発の日

    心は、繋がることで強くなることだってある。

 そう、トウコは改めて知った。

 一人で殻にこもって。自分の世界だけで自分を正しいと自己暗示して。

 そんなことをしていたって、人間は一人で生きていけない。

 近くにいるあの子達を真の意味で護りたいなら、尚更。

 この殻を打ち破って、外の世界を見なければいけない。

 不用意にポケモンのことを傷つけたくない。それは、本音だ。

 でも、自分だけでは限界があるし、護れないことだってある。

 ──どうして周りを頼らないの?

 頼れる訳がないと思っていた。

 だって自分は周囲の期待を一心に背負った、仮初でも英雄と言われている。

 英雄は常に一人孤独に戦っているものと思っていた。

160 思い出、出発の日

Page 169: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 だってそうだろう?

 英雄の心を分かってくれる人なんていない。仲間は、自分を見限った。

 そして自分は、見捨てられるようなことばかりをしていた。

 彼女の方から、彼らを裏切っていたんだから。

 だから、頼っちゃいけないと思っていた。

 また、見捨てられてしまう。失望されてしまう。

 怖かった。そうやって、誰かの勝手で自分を傷つけられるのが。

 必死にやっていたのに、結局誰も救えない。

 トウコにとって、自分なんてそのくらいの価値しかない。

 知らぬうちに彼らを苦しめていた。知っていれば、しなかった。

 無知ゆえに、彼らを苦しめ、痛み付け、そして、殺そうとした。

 そんな自分なんて、英雄じゃない。英雄にすらふわさしくない、ただのクズだ。

 彼らの身のことを考えず、特攻のような命令を何度も叫んだあの時のことは、今でも

ハッキリ覚えている。

 ──みんな、早く戦ってよっ! じゃないとイッシュがあの人に奪われちゃうっ!!

 ──無様だ。レシラムを連れたNを倒しても、所詮この程度。私の敵ではない。

 冷静に嘲笑う敵対者の声。無力を嗤い、力無き理想は絵空事だと言う。

161

Page 170: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 そのとおりだった。無力は罪だった。理想を貫くなら、強くなければいけなかった。

 でも、トウコは弱かった。心が、精神が、中身が。

 本当に、幼子のようにただ自分の無力さに泣き叫んで、助けを乞いそうになった。

 自分は英雄ではなかったのだ。黒い龍はやはり間違いを……。

 ──黙るがいい。

 そう、脳裏に響く低い声。

 あの男にも聞こえたのか、倒れ伏す黒い巨体を鋭く見下す。

英雄トウコ

 ──我の選んだ

を、貴様風情が、嗤うな。この身の程知らずめ。

 ──貴様は分からぬか。なぜ我らが貴様に力を貸さなかったか、まだ分からぬのか。

 のっそりと、動けぬトレーナーから勝手に奪い取ったげんきのかけらで復活していた

伝説の黒い龍が、起き上がる。

 大きな影が、呆然として見上げる、腰を抜かして座っていた少女の影を、上書きする。

 龍は男に告げていた。

 ──理想も真実も、千差万別あるのは貴様も知っているだろう。

 ──人の数だけ真実があるように、人の数だけ理想が無数に存在するのがこの世界

だ。

 ──ならば、だ。

162 思い出、出発の日

Page 171: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ──貴様の息子が白き龍に選ばれているのに、それならば貴様はなぜ、我らに選ばれ

なかった?

 ──貴様だって、大層な理想や真実を持ち合わせているから、このようなことを仕出

かした。

 ──つまり、我の選んだこの娘も、白い龍に選ばれた貴様の息子も、そして貴様自身

も、我らに選ばれる条件は平等に満たしていたのだ。

 ──だが、貴様はこうして我と今、敵対している。その現実の意味にすら気付かぬの

か。

 ──フッ。愚かだな、貴様というニンゲンは、何処までも。

 ──フフッ……ハッハッハッハッハッ!!

 龍も、笑っていた。テレパシーで脳内に伝える声で、大きな笑い声を上げた。

 途端、血相を変えて男は龍に怒鳴り散らす。

 怒号に怯えて耳を塞ぐトウコを尻目に、男は龍を口汚く罵倒する。

 所詮ポケモンは人の道具。道具の分際で人に意見し、剰え笑うなどふざけるなと。

 だが、龍は笑い続けた。まるで答えを知らない子供を、大人が嘲るように。

 ──分からぬか。分からぬなら教えてやろう、愚かなニンゲンよ。

 ──白き龍も、我も、貴様のような下衆に付き添う程、馬鹿ではないということだ。

163

Page 172: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ──貴様の中にあるそれは何だ? 

 ──己以外の誰かの為の理想か? 

 ──万物を見極める真実か? 

 ──いいや、全く違うな。

 ──貴様を満たしているその感情は、野望と言うのだ。欲望というのだ。

 ──選ばれぬのは当然であろう。貴様の願いは貴様一人を満たすもの。

 ──そのような矮小なモノで、誰を従えるというのだ。

 ──そもそもが貴様は我らが求める一人の人間としての器もないのだ。

現在い

 ──貴様は過去も、

も、未来も、ずっと独りだ。

 ──独りで、孤独の世界を行くがいい。

 ──我らポケモンを道具と蔑み、利用した罪は重い。そして、よく覚えておけ。

 ──貴様は、その道具と言っている無数の存在たちの手により、願い続けた一つの望

みを破壊され、潰えることになるのだからな!

 言い終えると、龍は咆哮した。

 凄まじい音量で、声の音域を超えた周波数を挙げて、翔いた。

 ふわりと持ち上がる体躯、怒り狂うように唸りを上げ、拳を握る。

 もう一度雄叫びを上げ、黒い龍──ゼクロムは男の願った未来を、破壊する。

164 思い出、出発の日

Page 173: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ──この少女は、確かに我の選んだ英雄だ。

 ──虚空の心が、理想でまだ満たされなかったとしても。

 ──僅かにでも抱いていたその理想が、未来にまた蘇る事を、信じているぞ……。

 理想を司る龍は、この後彼女に問うた。理想は何だと。

 少女は、答えられなかった。龍は、だが彼女に失望したわけではなかった。

 彼女の心の中に、しっかりと刻まれていた微かな理想の存在を知っていた。

 しかしそれはまだ彼女自身のものでなかったから、姿を消した。

 龍はずっと見守っていた。

 彼女がポケモンと別れ、逃げるような生活を始めた時から。

 大きな傷が、彼女を苦しめている事を知っていてなお、信じている。

 彼女は決して消えることのない、自分だけの強い理想を持っていることを。

 それが綺麗事だと罵られても、それが実現不可能と言われても。

 彼女の理想は、決して無くならない。

 彼女は、逃げる度に傷を増やしていった。痛みに悲鳴を上げていた。

 ホウエン、シンオウと逃げ回り、舐め合うように同じような仲間を集めて、二年後イッ

シュに戻ってきた。

 その頃には、歴とした彼女の心の中の理想が、出来上がっていた。

165

Page 174: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 同時に、その純粋な理想の周りには、拭えない闇と耐えられない痛みに、消せない悲

しみ、全てを嘆く諦めが分厚く包み、理想の実現を阻んでいたが。

 彼女が、「忘れ物」と称している一連の行動。

 それは、一度は抱き、しかし消えかけていた理想の体現。

 本当はやり直したいと思っている、言葉のない叫びだった。

 彼女は願っている。傷だらけの心で。痛みしかしない心で。

 ポケモンと、人間が、平和に暮らせる、そんな世界を──。

  翌日には、すぐに出発した。

 ベルに捨て身で、あれだけのことをされたのだ。

 トウコは目を覚ました。多少なりとも。

 みんなに確認した。自分のワガママで戦ってもいいかと。

 過去トウコ姿で現れ、みんなの代表してアークは「トウコの好きにしな。俺達はお前

に従うだけだぜ」と笑顔で言ってくれた。

 よかった。彼らがいいと言ってくれるなら、少し我侭を言おうと思う。

 まあ、今まで好き勝手ワガママを言っていた自分だ。今更な気もして、ベルにしっか

り謝った。

166 思い出、出発の日

Page 175: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ベルも、ついでに話を隠れて聞いていたらしいチェレンも別にいいと言ってくれて、

救われた気がした。

 翌日の朝。

「じゃあ、行こう。トウコ」

「……ええ」

 何か嬉しそうなベルに手を引かれ、前の時みたいに、一緒に旅に出る。

 二年前のように、新しい旅へ。

 母は「トウコのことよろしくね」とベルに言って、ベルは大丈夫ですよおと受け答え

していた。

 トウコは今までの行動の恥ずかしさのあまり、知り合いとは顔合わせだってしたくな

い。

 でも、それは逃げているだけだ。未来の先延ばしに過ぎない。

 どうせ苦しいだけの未来なら、さっさと終わらせて楽しく過ごしたい。

 そう思うことにして、トウコは逃げることをやめた。

 根本的な解決などしていない。

 でも、現状打破にはこのくらいしか情けないけど出来なかった。

 ベルはまだフィールドワークの関係で、ホドモエについてから、少しすることがある

167

Page 176: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

らしい。

 トウコは先に、PWT──ポケモンワールドトーナメントに行っていることになっ

た。

 ヒウンの二の舞は絶対に演じない、と同時に固く約束した。

 ベルはこんな自分を導いてくれた人だ。もう、裏切るなんてことはしなくない。

 二年前のように、勝手に居なくなったり、一人で抱え込むようなことはしないと。

 辛くなったら、打ち明ける。自分だけで抱え込まない。

 そうすれば、後悔だけの過去だって、少しは楽になるかもしれない。

「一緒に、頑張ろうね。トウコ」

 まだ少し怯えてるような彼女を連れて、一番道路を踏み出したベル。

「ええ。色々ありがとう、ベル」

 その後ろを、トウコはついて行く。

「いいよお。トウコだってやれば出来るんだから」

「さり気無く子供扱いしてないかしら……?」

 ニコニコしているベルに、控えめながら微笑むトウコ。

 久しぶりに、人と一緒にいて本気で笑えた。ベルのおかげで。

 久しく、徒歩で歩む一番道路。懐かしさで、少しくすぐったい感じがする。

168 思い出、出発の日

Page 177: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 でも、悪い気はしない。

 つい先日の一人の時とは違う、苦しみだけのイッシュじゃない。

 今は、ベルがいるから。少しは、変化を受け入れることができるイッシュになれれば

いい。

 そう、思った。

  ……二人が歩んでいくその後を、隠れるようにして、こそこそとチェレンがついて

行っているのは取り敢えずなんか事情があると思いたい。

169

Page 178: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

VS カロス地方のトレーナー

    ホドモエまでは、基本的にポケモンの足を使えば早く着く。

「──だからって、この方法はないんじゃないのトウコおーーーーーー!?」

 風を斬る音と共に、ベルの悲鳴と疑問が蒼穹に木霊する。

「……」

 トウコは華麗にスルーする。

「いやあああああああ! あた、あたし死ぬううううううう!?」

「……」

「うわああああああケンホロウがああああーーー!?」

「……」

「にゃあああああオニドリルがあああああーーーー!?」

「……」

「ふえええええええピカチュウがああああああーーー!?」

170 VS カロス地方のトレーナー

Page 179: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「それは幻覚じゃない?」

「ピカチュウが風船で浮いてるううううううう!?」

「……んなアホな……」

 現在、ホドモエに向かうためにホルスに乗って空を移動中。

 ホルスの顔からして「こいつ下でマジうるせえんだけど……トウコ降ろしていいか

?」的なことを思っているに違いない。

 後頭部を引っぱたいて止めさせる。

 なにせ今のホルスの背中に優雅に乗っているのはトウコで、ベルはホルスの足にしっ

かり捕獲されて連れ去られているのだから。

 恰も、獲物を攫う猛禽類のように。

 下の方で命綱なしの空中散歩を愉しむ……とおもいきや、ベルにはジェットコース

ターよりも怖いらしい。ずっと悲鳴が止まらない。

 トウコはわりと慣れているから、足を掴んで空中散歩は昔からよくやっていた。

 時々事故って海に落ちたり川に落ちたり森に墜落したりするが、ケガはそこまで酷く

ない。

 今もう怪我しているけど。治療中なので今する勇気はないけど。

 後日談が、ベルが見たと証言していた空飛ぶ風船ピカチュウだが。

171

Page 180: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 マジでいたらしい。というか、風で流されて漂っていたとかなんとか。

 その他、海の方では泳げないくせに波乗りしたいとサーフボードを持ち出したお馬鹿

ピカチュウが溺れて死にかけたとか言うニュースも聞いた。

 実にアホらしい。

「──いいいいいいやああああああああっ!?」

 何時までこの声聞いてないといけないんだろう。喧しい。

 自分でやったくせに、責任のないトウコであった。

  程なくして目的地に到着した。

 ベルが泣きべそをかいて、もうやめてと怒られて、トウコはホドモエのポケセン前で

一度別れる。

 ベル、意外にああいう絶叫系はダメなんだと覚えて、用事を果たしに行くベルを見つ

めてざまあと北叟笑んでいたホルスを殴ってボールに戻す。

 街をふらふらするつもりもない。PWTに早速向かって歩いていく。

 多少、やはり足にある傷が痛むが、気にするほどでもない。

 トウコは、一人になった途端、人を寄せ付けない物憂つげな表情を浮かべていた……。

 もと冷凍コンテナの場所は知っている。

172 VS カロス地方のトレーナー

Page 181: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 街の下った方向にあり、のろい足でもすぐについた。

 専用のゲートの案内に従い、会場に入ると……。

「……へえ……」

 トウコは目に入る未知の領域に、思わず声に出して感嘆した。

 会場は広々した敷地になっており、圧倒的な数のトレーナーがそこかしこの野外会場

で腕を競い合っていた。

 遠くで爆発音がしたり、ポケモンが宙を舞っていたり、近場の海まで吹っ飛ばされて

いたり、ギャラリーが冷やかしてポケモンに丸焦げにされていたりと、この手の施設に

はよくある光景である。

 真ん中には大きなドーム上の建物があり、あの中に入れるのは野外フィールドで一定

の戦績を残したものだけだとか。

 トウコは特に興味もなく、施設内を歩き回る。

 ベルが来るまで、一切戦うつもりはない。

 どうせこのへんでは敵無しだ。相手など……。

「──ライボルト、メガシンカ!」

 ふと、通りかかった会場で気になる声が聞こえた。

 続いて、眩しい光とポケモンの声。

173

Page 182: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 多分メガシンカしたと思われるライボルトだろう。

(メガシンカ……? ってことは、カロス地方からの子かしら?)

 メガシンカ。

 全世界でもカロス地方にしか見られないという、ポケモンの新しい概念。

 トウコが調べた限りでは、戦闘中に見られる、ポケモンの一時的な活性化による擬似

進化のようなもの。

 戦闘が終われば元に戻るし、詳しい仕組みはわかってないが専用のアイテムをトレー

ナーと一緒に持つことで初めて可能になるんだそうだ。

 あとは信頼関係が大きく関係しているとかいないとか。

(へぇ……アレが、メガシンカ……)

 トウコもギャラリーに混じってその様子を見る。

 フィールドに立って唸っているポケモン。見た感じ、見慣れたライボルトの姿ではな

い。

 ライボルトは頭に立派なトサカがあるが、ひとまわり大型化して、稲妻に似た体毛を

生やして、それを着ぐるみよろしくかぶってるように見える、言ってしまえばより威嚇

的なフォルムになっていた。

 メガシンカの真価は、それだけじゃない。

174 VS カロス地方のトレーナー

Page 183: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 姿だけではなく、性能も大きく変わるらしいし、下手すればタイプすら変化するらし

い。

(見た感じ、タイプが電気なのは変わってないし、対処は難しくないわね)

 初めて目にするメガシンカ、然しトウコは大して驚いておらず、資料通りの強さだろ

うと判断。

 ライボルトととは何度か戦ったことがあるから、その範疇は越えないと判断。

 案の定、相手のポケモンを電気の特殊技で先手で出して、一撃で倒して終わった。

 戦い終えて、姿を戻すライボルト。上機嫌の様子だ。

 ああみると、外見の変化は相手に与えるプレッシャーが大きいと思う。

 一瞬で決めてしまったから判断しずらいが、主に上がるのは加速力だろうか? 

 早かったのはみたが、追いつけない速度ではない。

(……でもあの火力もバカにならないわね……。不利なタイプをゴリ押ししてるみたい

だし……。生半可なポケモンじゃ、まともに受ければ一溜りもない……)

 疎らな拍手が起こる中。

 こっそりとトウコは相手の分析をしている。

 ライボルトのトレーナーが周囲に向けて声を張り上げた。

「俺に挑戦するトレーナーがいねえのか! この、メガライボルトを打ち倒おうって意

175

Page 184: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

気込みのいいやつは、もうこの場にはいねえのかよ!?」

 自分の勝利に酔いしれ、天狗になった調子だ。俺は強い、と言外に言っている上から

目線。

 これは、挑む気も失せるだろう。あるいは、燃え上がって挑む馬鹿もいるか。

「……」

 ちょっと周りの動きを観察してみる。

 周囲は立ち去ったり拍手をやめて、次の試合を見学に行こうとしていた。

「……なんだよ、弱い連中ばかりで話にならないぜ」

 トレーナーは外見を見るからに、トウコよりも年下だが、エリートのようだ。

 ナルシストの入った動作で、自分を褒め称えている。自分で。

 正直気持ち悪い。

「エリートな俺に挑むという勇者はいないのだな。フッ、強すぎる俺様、罪な男だぜ

……」

 髪の毛を整え、意気揚々にライボルトをボールに戻そうとする、その時だった。

「……自分が本当に強いと思ってるなら、余計な挑発はしないことね、坊や。必死になっ

てるメッキが剥がれるわよ」

 トウコは一歩、苦笑して前に出た。

176 VS カロス地方のトレーナー

Page 185: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 人混みを抜け、フィールド内に入り込む。手にはボールを一つ持って。

 対峙するように、反対側に入っていく。

「なにぃっ!? いきなり失礼なことを言う貴様はなんだっ!?」

 気分良く独り言を言ってるつもりだったのに、そこに水を差されて不機嫌になったト

レーナー。

 トウコは、肩を竦めて言った。

「イッシュでよくある、ブラックジョークみたいなもんよ。違う地方に来て、興奮して自

分の強さを無駄にアピールするのは結構だけれど……。やりすぎてみっともないから

過剰に飾り立てるのはやめなさいな。正直キショいわよ、今のあんた」

 いけない、面白そうだからついからかいがてら勝負を自分で挑んでしまった。

 メガシンカしたポケモンとの戦い、というのを一度でいいから経験してみたい。

 イッシュで最強の地位を手に入れているから、安易に地元では戦いをしたくなかった

が。

 こうも未知の存在を振り回す奴がいると何だろう。

 今まで封印していたバトルへの情熱みたいのが湧き上がってくる。

 胸が熱くなってきた、気がする。あのライボルトに挑みたくなってきた。

 ベルに言われて背中を押され、少しは、自分の中にあった迷いや躊躇いが吹っ切れた

177

Page 186: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

からだろうか。

 不思議なことにバトルに対して躊躇いなんて微塵も感じない。

 少なくても、今は。楽しいと、思える時間だからだろうか。

 ボールの中の相棒たちが、ボールを揺らす。

 奴と戦いたいと言っているように

 無論、トウコ自身も。戦いたい。

「し、失礼極まりないな貴様!?」

「だって事実じゃない。周りを見なさいよ、主にギャラリーとか」

「あ゛ぁっ!?」

 視線を周りに向けると、トレーナーたちの明らかな失笑と、小物を見るような目線が

彼に突き刺さる。

「……」

 顔が青くなって固まった。自分がなにげに痛いことをしていたのが理解できたよう

だ。

 トウコは続ける。

「ね? 悪いことは言わないわ。そういう言動は、周囲の顰蹙を買って、敵を増やすだ

け。んでもって、主人を馬鹿にされてるのが分かってるそこの賢いライボルトのために

178 VS カロス地方のトレーナー

Page 187: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

も、調子に乗るのは程々に」

「ぐるるるる……」

 彼のライボルトが主人を馬鹿にされて頭にきたようで、睨んでいる。

「お、おのれ貴様! この俺に恥をかかせたな!? おのれ、許さん! 今此処で勝負しろ

!」

 居た堪れない気分になったのか、ヤケ糞のようにトウコを指さし叫ぶ。

「……もともと、私もその気だったからいいけど」

 ぽんぽん、と相棒の入ったボールを弄びながら、ライボルトを嗾けようとしている彼

に、不敵な笑みを浮かべて、ハッキリ言う。

「こんなことを自分でいうとアレだけど、最初に言っておくわ。私は、この地方でトップ

クラスに、強いわよ?」

   そうして始まる、ナルシストとのポケモンバトル。

 数ヶ月ぶりの勝負。これが、トウコの本当の意味での第一歩。

 トウコはボールをフィールドに投げ込んだ。

「一緒に、お願い。シア、行ってきて!」

179

Page 188: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ボールから飛び出し、フィールドに立ったのは。

「ふあっ?」

 能天気に毛づくろいをしていた、グレイシアのシアだった。

 相手が目を細める。それは歴戦のトレーナーとしての行為だろう。

 シアはというと。

 ふあああ〜……と大口を開けて欠伸をして、スタスタ戻ってトウコの足にスリスリ

よってきた。

 完全に甘えている。

 周りを気にしてない。なんとも緊張感のかけらもない行動である。

 この子にバトルする気あるのだろうか……?

「えっ……? もしかして、シアってばまだ寝てたの?」

 呆然と、戻ってきたボールをキャッチしてベルトに戻し、シアを抱き上げる。

「……シア、バトルよ、シア?」

 腕の中で、眠そうに目を細めているシア。完璧やる気なかった。

「にゃ〜」

「いや、にゃ〜って。チョロネコじゃないんだからあんた……」

「にゃ〜?」

180 VS カロス地方のトレーナー

Page 189: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「いや、あの。私、バトルしたいの。分かる? 眠たいのはわかってるけど、私バトルし

たいの。聞いてる? シア?」

「ふああああ〜……」

「シア、あんたねぇ……」

 もう、誰が見ても寝ぼけ声である。

 首根っこを掴んで、フィールドにシアを投げる。

 寝ぼけてて言うことを聞いてない。

 なので敵を目の前に確認させる。

「ふぁっ?」

 ちゃんと着地したシアは、目の前で呆然と闘争心を殺がれているライボルトを見つけ

た。

 とことこ近づき、誰? と首を傾げ、円な瞳で見た。

 ライボルト、少々困惑。どうしようこの子、と主人を見上げる。

 相手も、それには唖然としているほかない。

「……シアというのか、そのグレイシアは」

 こっちも何か素っ頓狂なことを聞いてきた。

「まあ……」

181

Page 190: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 周囲はあの子可愛いー、とシアを変な目で見る不埒な女トレーナーたちの目がハート

になっているではないか。

「……」

 頼む相手間違えた、と今更後悔。

 シアは基本誰であろうが甘えん坊で、気に入った相手にはふらふらついていく危な

かっしい性格なのだ。

「シア、おいで」

「にゃ〜」

 あと鳴き声が妙に猫っぽい。

 もう一度抱きかかえて、だから勝負するの、と言い聞かせるとようやくスイッチが

入って、「にゃっ!」と元気に返事をした。

 下ろすと、フィールドインしてにゃー! と鳴いた。

 それがやっぱり微笑ましいのか周囲からかーいいー! と黄色い悲鳴が上がる。

 それでも、かなり頼りないのだが……。

「ぐぅっ! な、何という無邪気な愛くるしさだ……。メスのニャオニクスと同ランク

だ……」

 何のことだか知らないが、向こうのポケモンにも似たような種類がいるらしい。

182 VS カロス地方のトレーナー

Page 191: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 よくみると相手は鼻血を流している。それを手で押さえて優雅にはなをかむ。

「ふ、ふむっ。大変愛くるしいモノを見せてもらった礼だ。先程の無礼は水に流し、正々

堂々戦おうではないか!」

 ティッシュを鼻に突っ込んで、興奮している彼はそれでも胸を張っていった。

「……いいけど……」

 今度は恥ずかしいのはトウコである。

 アレだけの見栄を張っておきながら、実際のシアがこれでは……。

 周囲はそんなことよりも、シアに注目していて、可愛いからイーブイ育てようかな、と

か相談しているトレーナーもいる。あと写真撮ってる人もいる。

「にゃあー!」

 振り返って気合入れてくからね、とでも言いたいだろうが。

 ただ萌える人がいるだけだから出来ればやめて欲しい。

「いや、気合はいいから前を見るのシア」

「にゃ?」

「にゃ? じゃなくて、前を見て、前!」

 もうだめだこの子。能天気すぎる。

「る、ルールは互いに一匹のみのシングルバトル。戦闘不能、降参を含めての勝敗をする

183

Page 192: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

とする。いいかな?」

 相手のルール確認もそこそこに、一応バトルを開始する。

「にゃーーーーー!」

 頭を抱えるトウコ。

 もうやめて、シアお願いだから、気合入ったのはわかったから。

 そうやって周囲を無差別に萌えで悩殺するのをやめて。

 ……この後、相手は後悔することになる。

 シアというのは、可愛いだけじゃない。

 実は恐ろしい子だったということを……。

184 VS カロス地方のトレーナー

Page 193: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

VS カロス地方のトレーナー 2

   「──では、改めて。バトル開始!」

 ポケモン技、メロメロを覚えさせてないのに勝手に周りをメロメロにしまくったシア

は、「にゃあ!」と掛け声一つ、元気にバトルに望む。

 審判が駆けつけ、ルールを聞いて開始を宣言した。

 テッシュを鼻に詰め込んだエリートは、ふがふが言いつつ先手を奪った。

「では小手調べとさせてもらおう──ライボルト、でんこうせっか!」

 ライボルトが吼え、疾駆する。

 これは中々に早い。トウコはへえ、と感心した。

 光の残滓を残し、シアに向かってジグザグに動きながら突撃してくる。

 そう広くはないフィールドだ。一秒あれば到達する。

「バリアー」

「にゃ!」

185

Page 194: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコは落ち着いていた。

 シアに命じ、動かぬシアは周囲に無色透明な、目を凝らしてみると分厚い長方形の壁

を作り出す。

「なにっ!?」

 相手は迎撃にわざを繰り出し、攻撃をしてくると思っていたのだろう。

 驚いたように目を開き、しかし今更怖気つくかと開き直ってバリアーに突貫させた。

 嫌な音をさせて、ライボルトの頭が壁にぶち当たる。

 拮抗するかとに思われたが、呆気なくバリアーに弾かれて仰け反るライボルト。

 シアのバリアーの方が力が強く、相手を弾いたのだ。

「ほぉ、大した防御力だが……これはどうだ! ワイルドボルトでもう一度突貫しろ!」

 ライボルトは体勢を立て直し、再び突っ込んでくる。

 先程との違いは、今度は全身に強い電撃を帯びていること。あれは電気タイプの物理

技。

 なるほど、火力で突破するつもりらしい。

 トウコはその単純な突撃思考に呆れつつ、逃げなかった行動には感服した。

 そんな火力だけでバトルは勝てるほど、甘くはない。

「まもる」

186 VS カロス地方のトレーナー 2

Page 195: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「にゃ!」

 今度はシアを囲むように、薄い半透明のドームがシアを包む。

 シアはライボルトの動きを目で追いつつ、じっと佇む。

 頭から突っ込んできたライボルト、二の舞を演じるようにまもるにぶつかる。

「馬鹿ね。まもるは最強クラスの防御技よ。そんな火力で押し切れるわけないわよ」

 頭を振って、シアにそのまま放置してていいわ、と視線だけで言う。

 ちらっと振り返ったシアは、こくりと頷くと棒立ちのままライボルトの頭を眺めてい

る。

 その目は、明らかに肩透かしを食らったように、残念がっていた。

 シアは気が早い。まだ、何をもっているかわかってないのに。

 ライボルトは負けず嫌いなのか、無理やりまもるをぶち抜こうと躍起になっている。

 しかし、薄いようで実はあらゆる技を遮断する鉄壁の壁であるまもるは、大半の技を

無効化する。

 中のポケモンは大抵、無傷で。

「チッ……下がれ、ライボルト!!」

 無駄だとようやく悟った彼に命令され、一度距離を離すライボルト。

 ニヤリと笑うトレーナーと、下がっていながらそれがどうしたという顔のライボル

187

Page 196: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ト。

 口から漏れ出す小さな火の粉、それを見た瞬間、まもるを解除したシアが身を強ばら

せた。

「!」

 トウコが僅かに目を見開いた。あの技、まさか──

「かえんほうしゃ!」

 口を上げ、空に向かって口を開け。

 漏れ出す火の粉が大気を燃料に真っ直ぐ、シアに向かって吐き出された。

 かえんほうしゃ。炎タイプの主力技で、名のとおり火炎を吐き出す技だ。

 氷タイプのシアには効果抜群で、当たってしまえば大ダメージは必須。

 なんて技を覚えさせているんだろう。

 さすがはエリート、多くの相手に必勝の技は持たせているということか。

「決まったな!」

 思わずガッツポーズをする彼に、トウコは呆れた目で見ている。

「シア、かえんほうしゃにみずのはどう」

 シアも負けていない。身を守るため、顔の前にみずの球体を生み出し、射出。

 燃え盛る炎目掛け、水の玉は勢いよく飛ぶ。

188 VS カロス地方のトレーナー 2

Page 197: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「はっ!?」

「がっ!?」

 相手、ライボルトとも驚嘆。

 氷タイプが水技を駆使してきた。複合タイプでもないのに。

 もしかして、初めて見たのだろうか。

 炎と水がぶつかり合い、両者の威力を殺し爆散。

 シアは、ふぅ……と溜息をついて安堵している。危なかったと思ったのだろう。

 トウコはそんなシアに一言。

「シア、相手は電気タイプよ? 過去に受けた、リザードンの猛火発動時のフルパワーだ

いもんじに比べれば、怖くはないでしょ?」

「にゃぁ……」

 あれはもう例外だよ、二度と受けたくないと言っているようだ。

 首を左右に振って、いやだいやだとシアは一度、息を吐き出す。

「な、何て子だ……まさか、炎への対処技を持っていたのか……?」

 エリートは本当に驚いているようだ。

 何がそこまでびっくりなのか、逆にトウコには疑問が浮かぶ。

「あんた、こんなのも見たことないの? グレイシアってのはね、水技少ないけど覚える

189

Page 198: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

のよ。数が少ないし、威力はないし、自衛技に留まってるけど」

 爆散して少し離れた場所で、ライボルトはシアを睨んで低く唸っている。

 侮っていたのは、自分の方か。お前は敵に相応しい。そんな高圧的で好戦的な目。 

 シアは、そんなライボルトに子供っぽくべーっ、と舌を出してバカにし返している。

「ぐるるるる……」

 牙を見せて威嚇するライボルト。怒ってる怒ってる。

 トウコはシアにやめなさいと窘めて相手を見ると。

「自衛、だと……?」

 トレーナーも何か変だった。肩が震えている。

 これまでのやり合い、でんこうせっか、ワイルドボルト、かえんほうしゃ。

 三つ揃って、シアにはダメージなど与えてすらいない。そもそも、届いていない。

 ギャラリーが、シアを見る目が変わる。あの子は、強い。

 トレーナーであるトウコへの視線も、懐疑的なものになった。

 まだ何か隠しているのだろうという疑いの眼差しだ。

 シアは毛づくろいをしながら、欠伸をしている。

 ライボルトのことなど、もう興味もないのか、見向きすらしていない。

「……。この俺に向かって、攻撃の意思すらない、だと?」

190 VS カロス地方のトレーナー 2

Page 199: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「は?」

 拳を握り締めて、怒りの炎を瞳に宿した彼は、トウコに言う。

「貴様、俺を舐めているのか? このカロナ地方のエリートたる、この俺を」

「なに?」

「何が自衛技だ。ふざけやがって。なぜ貴様は先程から攻撃してこない? こちらに反

撃のチャンスがあっても打ち込んでこず見逃し、挙句に自衛だと? 貴様、それは俺を

見下しているというのか!?」

「……」

「小手調べだというなら、攻撃して見極めるのが真のトレーナーの素質だろう。貴様の

行なっている様子見とは、防戦ばかりで相手を見物するようなやり方なのか。ならば、

そんなやり方はバトルにあらず。いっそこのまま降参するがいい、臆病者に用はない」

「……」

 プライドを傷つけられのか、かなり強い怒気を感じる。

 ついでに何か言い出した。

 トウコはこの程度で? と信じられなかったが様子を見るからに多分そうだ。 

 どれだけ人としての器が小さいんだろう。

 トウコは勝手にキレている相手に、頭をかいて言う。

191

Page 200: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……私は元々、こういうやり方だけど。っていうか、気に入らないだけで相手のことを

否定して、自分のことばかり優先しているようで、よくエリートできるわね」

「なにっ……!?」

 相手が更に文句を言おうとしているので、言ってやる。

「だってそうじゃない。バトルする者同士、相手の育成方法にいちゃもんをつけるのは

負けた時の言い訳がしたいだけでしょう? 『相性が悪かったんだ』、『あいつが卑怯な

ことをしたから』。そういう言い分が欲しいだけの言いがかりなら、やめてくれないか

しら。生暖かいだけの痛いのが、本格的に痛い目で見られるわよ」

「貴様、何を知ったふうな口を! 臆病者が!」

「なら、あんたが痴れ者ね。もう一度周りを見なさい。あんたにその意図が無くとも、周

りはそう受け取ればそうなるのよ」

 怒る彼は、指摘され周囲に目をやり、言われたとおりの現象が起きていると知ると、逆

ギレして周囲にまで文句を言い始めた。

 俺は正しい、俺は強い、俺は間違ってない。

 内容、態度。全てが子供の癇癪だ。

 トウコは過去、リーグ戦に行くまで数多くの戦いを経験している。そして、多くが勝

ち越しだ。

192 VS カロス地方のトレーナー 2

Page 201: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 故に、敗者の負け惜しみとやっかみには慣れている。

 ああいう風に、人に意味も無くプライドがどうのこうの言って食ったかかる奴は大

抵、負けた後に言い訳を相手に擦り付ける。

 そうしないと自分が正当化できないのだ。

 まさに『人のふり見て我がふり直せ』。

 今までのトウコもあんな風だったと思うと、恥の上乗せをしていた気分だ。

「確かに今までは、舐めてはいないわ。ただ、もうあんたの器の底が見えた……。見下す

相手にも値しない。そのへんの駆け出しトレーナーの方がまだマシ」

 喚いている彼に、トウコは静かに言う。

「雑魚が粋がって偉そうに私にご高説垂れてんじゃないわよ。そんな価値のないプライ

ドは野良ポケモンにでも食わせておきなさい」

 振り返った彼は、血走った目で彼女に吼える。

「き、貴様ァッ!」

 ここまでトウコは酷くはない。

 プライドなんてそもそも縁のない人間だし、どちらかというと見下されると思ってい

て、被害妄想のように勝手にビクビクしている人間だ。

 成程。『臆病者』、か。

193

Page 202: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 それは正しい。トウコは臆病者だ。

 あらゆることから逃げて、過去すら清算して切り離そうとしていた。

 今もその気持ちは変わってない。無くしてしまいたい。

 だけど、今は違う。ベルとチェレンが、仲間が一緒だから。

 ベルがいてくれる。チェレンがいてくれる。独りぼっちじゃない。

 今はもう、臆病を言い訳に逃げたりしない。したくない。

 あの喚き散らす彼は、何処かで見たことある感じがする。

 記憶を探り、すぐに該当者を思い出す。

 ──取り乱したあの男にそっくりなのだ。

 どう足掻いても自分が間違ってるのに、自分のしていることに疑いを持たない、あの

男に。

 目の前のエリートが、ふとした瞬間に、過去の幻影に重なる言動のせいで、また感情

が沸騰しているのを自覚した。

 あの無駄に喧しい口を、黙らせたい。あいつの時は、恐怖で動けなかった。

 今は、憎悪で壊れてしまいそうな気がする。

あの男

「罵りを、蔑みを見返したいなら、私を倒してみなさいよ。あんたを見てると、

思い出して、イライラする……」

194 VS カロス地方のトレーナー 2

Page 203: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 何時の間にか、トウコもまたイラついたように舌打ち。

 相手の言葉が耳に入らない。

雑音ノイズ

 耳障りな

が、頭を左右に激しく揺さぶる。

 あの時、と同じだ。ヒウンの時の、プラズマ団を半殺しに仕掛けた時の、あの時と。

 自分の中で何かが崩壊していく。倫理、常識、良心、そういう大切なものが消えてい

く……。

 正常な、思考が……出来なくなってくる……。

 思わず、手で何かで痛み出す頭を押さえて、言った。

「……そこまで攻撃して欲しいなら、してあげるわ。結果的にライボルトが死んだって、

私は知らないからねッ!!」

 両者、とうとう怒鳴り散らし、命令した。

 周囲の制止、審判の言葉を完全に無視した、二人だけの戦闘空間で。

「ライボルト、メガシンカしろォッ!」

「シア、全力で相手を殺してェッ!」

   戦いは再開される。

195

Page 204: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 頭に血が登った二人のトレーナーは、もう誰の声も届かない。

 遺伝子のような模様が刻まれた石を持ち出し、彼が叫ぶとライボルトがメガシンカす

る。

「オオオオオオオオオッ!!」

 彼は裂帛の声を上げ、

「ガァァァァァァァッ!!」

 応えるように姿を進化へと変えていくライボルト。

 激しい光で、周囲を包み、姿を昇華させたライボルトがフィールドに立つ。

 やはり、威嚇的なフォルムにかわり、攻撃性が一段と増した。

 いつものシアなら怯えて腰を抜かしていただろう。

 今は、相手がいくら大声を出そうが、関係ない。

 トウコの目が、彼女の中にある腐臭のする闇を全面に押し出して、瞳孔が開く。

 黒い穴のようになった目が、激情を表す方法がないことを示すように。

 何も言わない。怒気も収まった。だが、その代わり異様な殺気だけが彼女から発せら

れる。

 人なのか。その場に立っているはずなのに、雰囲気が尋常ではない。

 幽霊が実体を得て人を殺し回ろうとしているような、異物がそこにはいた。

196 VS カロス地方のトレーナー 2

Page 205: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 彼女のことを見ているギャラリーが、異様さに数歩下がった。

 シアも違う。

主トウコ

 今は

の指示を信じて、本気の力を見せる。

 初めて、シアは相手を倒すつもりで、やる気を出す。手加減なんてしない。

 格下だろうが、トウコが言うなら倒すだけ。

 全身の蒼い毛を自らの冷気を通り越した凍気で凍らせ逆立てて、シアの周りの空気の

温度が劇的に下がる。

 結果、シアの周りを包むように氷の結晶で満たされた空間が出来上がる。

「ライボルト、10まんボルトッ!」

 相手が先手を取る。

 バチバチと、凄まじく膨張した鬣に電撃を集めて増大させようとするその隙に、

「こおりのつぶて」

 トウコはぼそっと言うだけ。シアは忠実に実行する。

 シアが一瞬の間に創り出した幾多の氷の塊が、メガライボルトに飛来する。

「なっ!?」

 一個一個が拳大の氷だ。

 空から降ってきたら住宅の屋根だって貫通するような威力のそれを、重ね重ねに打ち

197

Page 206: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

出し、相手を打ちのめす。

 全身を氷塊で叩きのめされてもなお、闘志を失わずに立ちつづけ、電気を撃って反撃

しようとするライボルト。

 だが、頭が過去を思い出させる憎悪で支配されているトウコに慈悲はない。

「でんこうせっか」

 シアはもう、「にゃー」なんて力のない声では鳴かなかった。

 完全に、彼女のポケモンとして覚醒している。

「フゥー……」

 低く、小さく、呼吸して、突撃。

 先ほどのライボルトよりも数段早いでんこうせっか。

 残像が見えるほどの移動で、シアの姿が掻き消える。

「!?」

 乾いた炸裂音が響く。

 ライボルトが、早すぎる影に連続で攻撃されている音だった。

 影は光と氷の粒子を残し、シアは高速で駆け回り、相手を容赦なく痛み付けている。

 体制を崩す度持ちこたえるライボルトの背後から突撃し、前に仰け反れば先回りして

更に追撃。

198 VS カロス地方のトレーナー 2

Page 207: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ライボルトをまるでサンドバックにしているように、弱るまでただ続ける。

 反撃の体力をあっという間に奪い去る。

「な、にっ……!?」

 我に帰ったのはエリートの彼だった。

 その異常性は、誰の目にも明らか。

 手も足も出させず、一方的に蹂躙するバトルなど、バトルと言えるのだろうか。

 審判ですら言葉を失い、ルールに則った合法の暴力を見守るしかなかった。

 メガシンカという一段階上の形状を出したとしても。

 今のシアとトウコは、それを凌駕している。

 メガシンカを使ってもなお、いかんともしがたい経験の差があるということだ。

 トウコは新旧合わせて10近くのバッジ、そしてリーグを制覇した経歴がある。

 そんなトウコの折り紙つきの実力は、ひっくり返せる相手はそうそういない。

 覇者とは知らずに逆鱗に触れて、勝負を挑んだ愚か者の末路は最初から決定済みだっ

た。

「アイアンテール」

 トウコの指示のもと、ふらふらだったライボルトを轢き飛ばし、空中にかち上げる。

 それを超える勢いで、飛翔するシア。

199

Page 208: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 鬣をかち割るように、空中で一回転して、銀色に硬化した尻尾を背中に叩きつける。

「れいとうビーム」

 悲鳴すら上げさせない。地面に向かって急降下したライボルトに、上から蒼白い稲妻

が走る。

 冷たい目のシアが発した、れいとうビームだ。

 倒れ踏むライボルトを上から襲撃した氷技は、忽ち地面に身体を縫いつける。

 身動きを封じられて、動けないライボルト。藻掻く以前に、その余裕を与えてすらい

ない。

「ま、まってくれ、もうこちらは──」

 ようやく、実力の違いを思い知ったエリートが、降参をしようとするが、一歩遅かっ

た。

「はかいこうせん」

 トウコは止まる気がもうない。

 しゅた、と半分凍り付けにされたライボルトの前に降り立った愛らしい断罪者は、顔

を上げるライボルトの目の前で、口の前に溜めた超威力の光の塊を、抵抗できない相手

に躊躇いなく、至近距離で、ぶっぱなした──。

 

200 VS カロス地方のトレーナー 2

Page 209: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 「……」

 トウコはその場から立ち去っていた。

 結果は文句なしのトウコの大勝。

 シアに徹底的に潰されたライボルトは半殺しで、終わり次第ポケセンに救急搬送され

ていった。

 ギャラリーはトウコのやり方を批判し、しかしトウコは別に何とも思わずその場でシ

アをボールに戻して去った。

 あれだけ大人数に過剰攻撃だ、とかまともにバトルをする気あるのか、と言われても。

 心には、漣程度の不安やショックも訪れない。

 だから言ったのだ。どうなろうがしったことではないと。

 こうなることは結果的に見えているのに。

「……熱くなりすぎたわね……」

 人ごみを離れ、自販機で買った水を飲みながら独りぼやく。

 どうも、未だに過去を思い出させたり連想させる相手を見ると、知らぬ間に逆上して

暴走するらしい。

 自制が効かないが故に、これもまた問題だなと自覚する。

201

Page 210: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「やれやれ……。私、こんなんで大丈夫かしらね……」

 過去の事は、自分なりに頼って解決すると決めた。

 それで今のところはいいはずなのだが、感情的にどうもついていってない。

 大人にならないといけないのに。そこは、割り切る努力をしよう。

 早くベルが戻ってこないか、と晴れた空を見上げながら考える。

 ヒウンのような大騒ぎにならなくてよかった。本当に、そう思った。

202 VS カロス地方のトレーナー 2

Page 211: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

繰り返す、怨嗟

    PWTが、俄に騒がしくなる。

 ベンチに座って一服していたトウコは、耳を疑う。

 元々喧騒がしていたというのに、その声の波に、嫌なものが、また混じり始めた。

「……」

 耳に入る声たちが伝える、嫌な現実。

 ──プラズマ団がライモンシティに現れた──

 ──プラズマ団がまた悪事を働こうとしている──

 ──また、ヒウンみたいなことが起きる──

 「……」

 ライモンシティ。隣町の、バトルが盛んな割と大きな街だ。

 ホドモエとは、大きな橋を通じて繋がっている。

203

Page 212: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 隣町に、奴らが、また、現れている。

 何の為に、何の理由で、何の意味があって。

 そんなもの、関係ない。トウコには、関係ない。

 そう、思うのに。

 どうして。

 どうして、ペットボトルを握る手に力が入る。音をして潰れていく。

 どうして、歯を食いしばる。口の中が、気持ち悪くなる。

 どうして、全身の血が沸騰したように熱くなるんだ。

 どうして、目の前が真っ赤になる幻覚が見えるんだ。

 どうして、耳から入る情報にノイズが混じるんだ。

 どうして、ドウシテ、どうして、ドウシテ──。

 誰かが駆け寄ってくる気配にも気付かず、トウコは俯き空のペットボトルをべきべき

と壊していく。

「……」

 今すぐ、この場所を離れて奴らが出没したというライモンに向かって、奴らを殺した

い。

 今度こそ、殺したい。一人でも多くの団員を。

204 繰り返す、怨嗟

Page 213: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 理不尽を命じる奴らを皆殺しにしたい。

 今度こそ、助けたい。一匹でも多くのポケモンを。

 理不尽を命じられているポケモンを、助けたい。

 殺したい。助けたい。殺したい。助けたい。

 殺したい? 助けたい? 誰を殺して、誰を助ける?

 相反するモノを交互に考えるうちに、順番がめちゃめちゃになりそうになる。

 誰を殺す? 人を、殺す。

 誰を助ける? ポケモンを、助ける。

 人を、殺す? どうして?

 ポケモンを、助ける? どうして? 

「──ごめんごめんトウコ、お待た……せ?」

 「どうして」の四文字が頭の中をぐるぐる回る。

 自分に投げる質問。

 ええと、何がしたいんだっけ、トウコは。

 殺したいんでしょ? 人間を。

 助けたいんでしょ? ポケモンを。

 答えは、そうか。それだけか。

205

Page 214: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 人を殺してポケモンを解放する。

 うん、シンプルだ。

 殺そうか。殺すか。よっしゃ、殺そう。

 相手、人だけど。

 人? 人ってのは、無法者には言わないよね?

 そうだよ。人は清く正しく生きる存在を人って言うんだから。

 あいつらは、殺しても誰も文句は言わない。感謝しかされない。

トウコ

 でも、そうすると

は、何だろう。

 私は、ナニ?

 私は、改めて考えると何だろう。

 少なくても私は……英雄じゃない。

 英雄と呼ばれていても、英雄じゃない。

 必要悪の、代行者。そう、自らに定義付けたのがあった。

 そうだ。私も結局「悪」なんだ。

絶対悪

プラズマ団

 

に対して独善を振りかざし、偽善で人を助けようとする、必要悪。

 私は、正義なんてものどうでもいいけど。さっきだって言ったばかり。

 そう、自分にそんなつもりなくても他者がそうと決めればそうなってしまう。

206 繰り返す、怨嗟

Page 215: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 私にその気がなくても英雄と呼ばれたように。

「トウコ? トウコ、大丈夫?」

 私は、最後まで英雄になれなかった、成り損ないの失敗作で。

 そのくせ、プラズマ団と聞くだけで感情が暴走して、奴らを殺したくなる。

 全ては、二年前、あいつを殺しておけば。

 恐怖で動かない身体を、衝動のスイッチさえ入れば、殺せたのに。

 殺しておけばよかったな、あの男。

 思い出すだけでも嫌だ。見るのも嫌だ、聞くのも嫌だ。

 死ねばいいのに。あんな奴。今度会ったら殺すしいいか。

 諸悪の根源、絶対悪の象徴者、ゲーチス。

 あいつだけは、生かしておけない。

 ここであったが二年目だ、次は逃がさない。

 勝手に死んだら地獄まで追いかけてこの手で殺す。絶対にだ。

 奴を地獄に叩き落とすのは、私だ。

 思考が立派な異常者になっている気もするけど、いい。

 だって、そうしたいからそうなったんだから。

 私の意思で理想があるというならそれは奴の死だけだ。

207

Page 216: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 それだけで、私は満足だ。それだけでももう、何も要らない。

 何処に隠れてやがるのだろう。

 プラズマ団がまだ活動しているなら、奴も何処かで生きているはず。

 見つけ出してやる。殺してやる。この手で。

 プラズマ団は、全部敵だ。殺すべき敵だ。それは絶対に変わらない。

 ゲーチスが死ねば、プラズマ団は解体される。それで、平和になる。

 私も、後悔から解き放たれるのだ。

 そうだ。

 全てが終わったら、ベルとチェレンと一緒に平和に暮らすのも悪くない。

 いっそ、チャンピオンに戻って四天王入りもいいかもしれない。

 そんな未来が、今では少しだけ思い浮かべることができる。

 全ては皆のおかげだ。感謝しても足りないくらいだ。

「……トウコ? また、怖いこと考えてるんだね?」

 怖いこと? 違う、今考えているのは未来のこと。

 後ろばかり見つめていた自分が、ようやく見いだせた僅かな可能性の先。

「……トウコが今考えてることは、あたしは正しくないと思うけどなあ……」

 いけないことなの? でも、私は必要悪を代行する仮初の器だから。

208 繰り返す、怨嗟

Page 217: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 私もそうしたいし、そうすれば、みんなシアワセになれる。良いことだよ。

「……トウコ、もう少し、目の前を見ようね。大丈夫、そんなことしなくても。トウコに

はあたしも、みんなもいるから……」

「……」

 何か、凄く否定された気がする。全部丸く収まるハズの計画が。

 でも……それはあくまで一人で考えた計画だ。

 ベルがそういうなら、見直す必要もある。

 うん、そうしよう。ベル、ありがとう……。

 ……で、今私は何をしているのか。

 「あれ、私何してた? ってベル、いつのまに!」

「……気づいてなかったんだ。トウコ、寝てたんじゃない?」

209

Page 218: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

彼と彼女とプラズマ団

    PWTにいる間、トウコはずっと上の空だった。

「トウコ、お疲れさまあ」

「……ええ。本当に疲れたわ……」

 勝負を終えて、なかにはいる権利を勝ち取って戻ってきたベルに、疲れきっているト

ウコは言う。

「私に勝てるわけないのは見りゃわかるでしょうに……まったく」

「トウコ、だからってバトル中に「殺せ」発言ってのいうのは流石に野蛮すぎるよお。

ルールは守るの、いい?」

「……分かったわよ……反省してる」

 二人はベンチに座り、人の流れを見つめている。

 時刻はもう午後だ。用事の終えたベルはフリーで、トウコは言うまでもない。

 このまま、夜までここにいる予定だという。

210 彼と彼女とプラズマ団

Page 219: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ホテルの予約も何時の間にかベルが済ませておいてくれたようだ。

 ちなみにお金は研究所持ちである。ベルだって一応研究員の端くれなので。

 トウコのは、掛け合って出してもらったらしい。トウコは感謝でベルには頭が上がら

ない。

 ベルはいつも被っているベレー帽の位置を直し、トウコはジャケットのポケットから

硬貨を取り出して、自販機で飲み物を購入。これで5本目だ。

 自棄飲みに近い行為にも、ベルは何も言わず笑顔で付き合う。

 トウコの、最初の暴力のようなあの惨状をみた連中が、逃げるようにトウコから逃げ

出してしまい、しかも噂が拡散してしまってトウコに勝負を挑むと危険、ということが

周りに広まってしまった。

 勝負を挑む前に避けられる事態になっていた。

 が、何処にでも強者に挑みたがる無謀な人はいるわけで。

 数人、むしろ挑みたいとかかってきたバカを見るも無残な結果を出して追い返し、な

かにはいる権利は楽勝だった。

 その代わり、悪名は更に轟き、ポケモン虐殺者みたいな扱いになっていることをベル

は知っていた。

 強すぎるモノはどこでも疎まれる。そういうのは、何となく感じたことはある。

211

Page 220: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 だが露骨にここまで酷いとは思ってなかったけれど。

 トウコは慣れているのか、気にしていない。それは、とても哀しいことなのだろう。

 こんな嫌な視線をずっと、トウコは一人で受けてきたとでも。

 トウコの闇が、少しずつベルにも理解できてきた。

 ──トウコは、ずっと独りだったのだ。

 それは、言ってしまえば英雄の孤独とでも言おうか。

 何処に行っても、本音を話せる人間の相手がいなくて、自分の中で生まれた迷いや苦

しみを打ち明けることが出来るのは今の彼女のポケモンたちだけで。

 ポケモンと人のつながりは全く違う。

 人間に、信じるということができなくなったのかもしれない。

 故にトウコは周囲に壁を作って必死に護ろうとしていたのだ。

 弱くて、それでも繋がりを求めてしまう自分を隠す為に。

「……トウコ」

 思わず、ベルはトウコを見る。

 はぁ……と重い溜息をついているトウコは気だるそうにこっちを振り返る。

「……なに? 何か、哀れみの視線を感じるわね」

 鋭い。人のこういった感情にはやはり過敏に反応するのは、過去のことがあるから

212 彼と彼女とプラズマ団

Page 221: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

だ。

「トウコは……今でもやっぱり、一人のほうがいいの?」

 周囲から失望されるのが怖いなら、人との繋がりを絶つしかない。

 それ以外に、逃げる術などないから。

 思い切って、今どう思っているのかを聞いてみた。

「……独り、ね」

 唐突なベルの質問にも、トウコしばし考え、答えた。

「……。本当の私のことを知ってくれている人がいれば……別に、一人じゃなくてもい

い」

 ベルの事を見て、彼女は優しく微笑した。

 ベルと共に行動し始め、少しずつだがトウコは笑うようになった。

 彼女からすれば、ベルがいなければきっと今でも、同じことの繰り返し。

 沸き上がる憎悪、憤怒に任せて復讐にかられ、やがて全てを失うまで走り続けていた

かもしれない。

 だって、我慢できないから。

 理由はそれだけでいい。他者から理解なんてされなくていい。

 そんな自己正当で動き出し、トウコはベルが一緒に連れていかなければ、きっと壊れ

213

Page 222: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ていた。

安全装置

セー

ティ

 良くも悪くもトウコの中の最後の

の役目を、ベルはこなしている。

「そっかあ……」

 ベルは安心した。トウコはまだ、大丈夫そうだから。

 彼女だって分かっている。

 トウコの理性の均衡は、呆気なく壊れてしまうことを。

 下手すれば一回の出来事で全てなかったことにしてしまう程、過激なことをしてしま

う。

 ヒウンの時がいい例だ。あんなことをもう一度繰り返せば、間違いなくトウコのタガ

が壊れる。

 自分を正しいと信じてしまうと、もうベルやチェレンが何を言っても彼女は止まら

ず、邪魔をするなら二人とも戦い、倒してしまうかもしれない。

 それは、彼女が最も嫌うあの男と根本がそっくりな事をトウコだけだ。分かってない

のは。

 再開してまだそんなに月日は経過していなくても、幼馴染二人には分かる。

 トウコという少女の、腐った感情を発散するカタチは、爆発ということだ。

 元々短絡思考でカッカするような激情家だ。

214 彼と彼女とプラズマ団

Page 223: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 成長しても根っこが良い意味で成長していなければ、悪い意味で成長していれば、犯

罪者の考え方になる。

 落ち着くまでの間、トウコの行動には、常に制限がいる。

 監視する人がいる。悪いけれど、ベルにはそういう意図もあった。

 首輪を外してしまえばトウコは限定した相手を噛み殺すまで暴れる猛獣だ。

 復讐という牙で、ポケモンという弱者を救うためなら同じ人間ですら、躊躇いなく殺

す。

 その為に協力している彼女のポケモンだって、どこか人間に対して否定的なところで

もあるんだろう。

 普通なら、止めているところをむしろ助長させているような印象がある気がする。

 顔を上げたトウコは、また遠い目でどこかを見つめている。

 ライモンシティに行きたいんだろう。彼らを、見つけ出して、殲滅したいに違いない。

 あの億劫そうな目の中に、濃い泥のような液状化した何かがたまっているのは見れば

わかる。

(また、揺らいでる……。トウコが、動き出す前に……早く……)

 ベルは現場に急行している幼馴染に祈るしかない。

 裏方と共謀して、トウコの足枷、手錠に首輪と三重に重ねたとしても、トウコはスイッ

215

Page 224: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

チが入ればそれを振り切るのは火を見るまでもない。

 これも、トウコへの一種の裏切りの行為なのだとしても。

 それでも、裏切ってでも。トウコを傷つけることをしたとしても。

 護りたい笑顔がある。護りたい人がいる。

 だから汚いことも、出来る。

(お願い……急いで……! トウコの自制が、効かなくなる前に……!)

 ベルは、祈ることしかできなかった。

   その頃、ライモンシティ。

 ホドモエに繋がるゲート通りを遮るように、多数のプラズマ団の制服を着た大人たち

が、周囲を威嚇しながら通りを塞いでいた。

 迷惑そうな顔をしたり、怯えて逃げ出す住人がいる中。

 一人の少年と、巻き込まれた一人の少女が果敢に彼らに歯向かっている。

「お前ら……こんな所で何してやがる?」

 ハリーセンみたいな、ツンツン頭の少年が低い声で、彼らに問う。

 そこだけ、空気が一段階、重い。

216 彼と彼女とプラズマ団

Page 225: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 嵐の前の静けさを感じ、変わった髪型の少女はやめようと袖を引っ張り少年に言う

が、少年は聞いていない。

 睨みつけ、拳を握り締めているだけだ。

「……別に何もしていないだろう。逆に聞くぞ、俺たちがお前に何かしたのか?」

 大人たちは少し相談し、挑発するように少年に言う。

 ハッキリと聞こえる音で舌打ちし、彼は言い返す。

「俺は何もされてねえよ。だがな、あんたらみたいなポケモン泥棒を俺は絶対に許さね

え」

 堪えている理不尽な大人に対する怒りが、込み上げてくるのを我慢してるような声。

「ハッ! なにもされてねえのに、大人に噛み付くのか?」

 団員の一人が見下し全開で言った。

「最近のトレーナーはマジで物騒だな、ヒウンの大騒ぎの次はこれか?」

「アレか、ポケモンの力をテメェの力と勘違いしちまった系?」

「調子に乗ってんじゃねえぞクソガキ。痛い目を見てぇのか!」

 次々下品な笑い声を上げて挑発する団員たち。

 子供だからと馬鹿にしきって、笑っている腐った大人共。

 どういう風に大人になれば、こんな奴らになるのか少年は疑問にすら思う。

217

Page 226: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……」

 その安っぽい言葉を、黙って睨みつけて聞いている少年。

「ひゅ、ヒュウ……。やめようよ、わたしたちの出る幕じゃないってば。警察に任せよう

?」

 賢い少女は、ヒュウと呼ぶ彼を連れて謝ってこの場を切り抜けたい。

 だが……。

「……最初に一つ、言っておく」

 それを聞いて、少女は自分一人だけでも逃げようと真剣に思った。

 幼馴染である彼がこのセリフを言うと、大体荒事に発展するのを経験で知っている。

怒いか

「──俺は、今から

るぜッ!」

 ボールを片手に、それを突きつけるように、彼は宣言した。

 出た、彼──ヒュウの口癖。「今から怒るぜ」。

 いつも、それをいう前に大抵キレているというツッコミをするとそれをキッカケにセ

リフを言われて喧嘩になる。

「……帰りたい……」

 また巻き込まれる、と項垂れるのは幼馴染のメイ。

 何でこう、彼はプラズマ団と聞くとすっ飛んでいって首を突っ込みたがるのか。

218 彼と彼女とプラズマ団

Page 227: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 勘弁願いたいけれど、相手もやるのかゴルァ!? と怒鳴ってボールを取り出してくる

し。

 もう、バトる空気満々なのですが。メイは決めた。速やかに自分だけ逃げる。

 厄介事に引きずり込まれるのは毎回だが、相手が悪いときはメイは何時も一人逃げ

る。

 母からも言われている。危ないことには首を突っ込むな。

 こいつは例外として、メイとしては、ようやく安定してきた冒険生活。

 荒波を起こしたくないので、じゃ、じゃあわたしはこれで……と頭を下げて逃げよう

とするが。

「メイ、お前も手伝ってくれッ!」

「いやだよ!」

 ヒュウは振り返らず叫ぶ。

 同時に言うと思ったので、速攻で断る。

「いいから手伝ってくれッ!」

「いーやー! 何でわたしまで巻き込むのよ毎回毎回!? 一人でやってよわたしプラズ

マ団に関わりたくないの!!」

「この場を俺一人でくぐり抜けろってのか!?」

219

Page 228: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「わたし関係ないもん! ヒュウが勝手に始めたことでしょ!? 何で都合が悪くなると

わたしまで共犯させようとするの!? いい加減にしてよね!!」

 ぎゃあぎゃあ場違いに喧嘩を始める二人に、やる気を殺がれた団員たち。

 一人がひそひそ話して、代表してメイに問う。 

「……おい、そっちのチビ。お前、俺らとやる気か? やる気ねえのか? どっちだ?」

 呼ばれた途端、特徴的なツーテールは震え上がり、なぜか敬礼して答えた。

「な、ないですっ! こっちの人は、わたしには無関係ですっ! やるならこっちとやっ

てください!」

 慌てて、踵を返して逃げようとすると、ヒュウに長い髪の毛を掴まれた。

「痛あッ!?」

 逃げ損ねる。ぐいぐい女の子の髪の毛を引っ張るヒュウ。

「おい、俺んとこ見捨てる気か!?」

「ちょ、勝手にわたしの髪の毛触んないでよ、痛いってば! はーなーせー!」

「待てって! 手をかせって言ってんだろッ!? 聞けよッ!」

「だから、いやだって言ってんでしょ!! 聞いてないのそっちじゃん!!」

 ……何かもう、よくわからない空気になってきた。

 女の子が半泣きでツンツン頭の足を蹴飛ばして魔の手から逃れて、言い合いを始め

220 彼と彼女とプラズマ団

Page 229: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

る。

 要するにあのガキンチョ共は、何がしたいんだろうか。

 団員たちはもう一度軽くひそひそ話。

「……」

 面倒なので、纏めて排除に決定。

「おいチビ。お前、一応ぶっ飛ばすけどいいな」

 大人に言われて、ええ、なんで!? と大袈裟に驚く少女。

 やっぱり巻き込まれた。プチッ、とキレるメイ。

「ヒュウのバカぁッ! なんでわたしまで一々巻き込むわけ!? 勝手にやればよかった

のに!」

「いた、痛ぇッ! やめろばか、今はそんな時じゃ」

「ヒュウがわたしまで巻き添えにしたんじゃないの!」

 げしげしと逃げるツンツン頭にローキックを放ち、相手が違う相手が、という前に。

 何か見ていて段々イライラしてくる団員たち。

 なにあのバカップルみたいな喧嘩。

 仲睦まじいのは結構だけれど、いちゃつくならほかでやってくれませんかね。

 っつーか、何だろう。

221

Page 230: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ガキンチョのバカップル相手にするの時間の無駄だし、とっととハッ倒して行くか。

 そんな表情で互いの顔を見る。満場一致でげんなりしていた。

「……おい、いいからかかってくるならはよ来いや」

 ボールを本人に投げつけたい思いに駆られる一人が、目元に陰りを宿していう。

 この団員、彼女いない歴年齢と同じ、の負け組である。

 女といちゃつくとか見てるだけでイライラする。

 この時ライモンシティに集まっていた団員は、女に無関係の人生を歩んできた、悲し

い独身男性ばかりだったのが不幸だった。

 二人してバカップルと認定、モテる男の馬鹿野郎的な、妬みたっぷりの八つ当たりを

大いに含んだポケモンバトル開始である。

「時間を無駄にしたくねえんだよこっちゃあ」

「っつうか、これみよがしとか見せつけてくれてんじゃねえよこのクソガキ共」

「色々な意味で腹立ってしょうがねえからお前らまとめてぶっ飛ばす」

「たった二人で俺らに楯突いた勇気を認めて、ポケモンは奪わねえけどプラズマ団の流

儀で現実を教えてやるよ」

「この妙に微笑ましいバカップルめ、ぶっ潰してやる」

「今の俺たちは、ガキンチョだからって容赦しねえぞ」

222 彼と彼女とプラズマ団

Page 231: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「ハリーセンみたいな頭してるくせに、カッコいいこと言いやがって」

「お前ら、あのチビは泣かすなよ。自分が惨めになって余計に虚しくなるから」

「あいあいさー」

 完全に僻みだった。

 ボールを、投げつけるのは誰にしようかとか迷っている団員もいる。

 私怨で戦うなどもってのほか。

 プラズマ団の崇高なる矜持はどうした、と問う上層部はここにはいない。

「……何か、違う意味で怒ってないあの人たち?」

 メイはギラギラする大人の嫉妬に、完全に怖がっていた。

 何か悪いことしたかとおもうが悪いのはヒュウであると思う。

「知るかッ! やるぞメイ、こんな連中すぐに終わらせてやるッ!」

 ボールを投げつけ、メイとヒュウのバカップル認定された二人とモテないプラズマ団

の戦いは始まる。

 「……さて、あれはどうするべきかな」

 某幼馴染は、近くに立っているビルの屋上から隠れて様子を双眼鏡で伺い、頭をかい

ていた。

223

Page 232: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 丁度、見下ろしたあたりだろうか。

 視線の向こうでは、通りのど真ん中で、何時ぞやのチャレンジャー二人が協力して、プ

ラズマ団のポケモンたちと戦っている。

 二人だけとはいえ、優勢のようだ。

 見事なコンビネーションで、相手を翻弄して次々倒している。

「まあ、僕がでなくても彼らが追っ払ってくれるなら、それでもいいか……」

 彼がここに来た理由は、あいつらを追っ払うため。

 逆に言えば、誰かが相手していればそれでいい。

 ここはあの子達に任せるか、と立ち去ろうとした時だった。

 ──プラズマ団は、私が潰してやる──

「ッ!?」

 聞いたことのある女性の黒い声が、風に乗って流れてきた。

 彼がいるのは人気のない屋上。

 そして、その声を流すべき彼女は隣町で監視役と一緒にいるはずだ。

 周りを見るが、誰もいない。

「……空耳、か?」

 一人しかいないはずの、この場所に彼女がいる訳がない。

224 彼と彼女とプラズマ団

Page 233: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 彼は念の為周囲を一周し、問題ないことを確認した後、その場を去っていった。

225

Page 234: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

プラズマ団は本件には関与していません

     夜になった。

 PWTで時間を過ごした二人は、結局中には入らなかった。

 トウコが十戦全勝、ベルも八戦全勝だったのだが、トウコが妙に嫌がる素振りを見せ

始めたのだ。

「……表舞台で戦いたくないわ……。注目されるの、嫌だもの……」

「あちゃあ……」

 やっぱり土壇場で逃げ出した。

 ベル的には少しでも早く、人間に慣れさせるつもりだったのだが、やはりハードルが

いきなり高かったか。

 戻ろうと弱気になってせがむトウコを宥めつつ、同い年のはずが、年下のように頼

りっきりにしてくるトウコが可愛いなぁと思いつつ、戦略的撤退。

226 プラズマ団は本件には関与していません

Page 235: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 いい時間になったので、今晩泊まるホテルの同室になっている二人はそれぞれの事を

始める。

 ベルは備え付けの机に座って本日最後の雑務の片付けにかかり、トウコはベッドの上

で膝を組んで顔を埋めて自己嫌悪。

 何を自己嫌悪しているのかは分からないが、大凡恥の上乗せみたいなバトルをしてし

まったことだろう。

 ポケモン達は、専用のルームに預けてある。

 トウコは最後まで嫌そうだったが、ベルが嗜めて、渋々従って今に至る。

「……」

 トウコの方からどんよりとした空気が漂ってきて、居た堪れないベル。

 駆け足でペンを走らせ、トウコになんて声をかけるか頭を悩ませる。

「……もう死にたい……」

 ぼそっとトンデモ発言をしてからというもの、更に誰か殺してとか、表出るのもう嫌

だとか、他の人怖いとか、いっそこのまま引き篭って何もかも忘れてやるとか、ネガティ

ブ思考全開でとうとう部屋の隅っこで丸くなってしまった。

 もう何ていうか、分かりやすい程に落ち込んでいるので慰めたほうがよさそうだ。

(トウコ、取り敢えず落ち着こう……って言ったら、多分もう今日は口聞いてくれないか

227

Page 236: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

なあ……)

 様子を見ながらペースを上げる。

 仕事を終えて彼女に近づくと、座ったまま無言で器用に移動して逃げていく。

「あれっ……?」

 足を高速移動させて、ちょこちょこ逃げるトウコ。追いかけるベル。

 顔をうずめたまま前を見ていないので、ベッドの脇に肘をぶつけたりしながら室内中

を逃げる。

「ちょっ、トウコ、待ってよお!」

「……」

 逃げる、追う、逃げる、追う。

 それを10分ほど続けていると、今度はベッドの下に逃げ込まれた。

「ああっ!? もうトウコ、子供じゃないんだからあ!」

「今だけは子供でいさせて……」

 ベッドの下で怪しく光るトウコの目。

 覗き込んで引きずり出そうと手を突っ込むと、ぺしっと手を叩かれる。

 腹が立つというか、ムカつく態度。子供か。

 ベルはそういうことをするなら、とバッグを漁り、餌でトウコを釣り上げることにし

228 プラズマ団は本件には関与していません

Page 237: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

た。

 夕飯をベルに合わせている結果、トウコもまだ食事をとっていない。

 よって空腹のハズ。

「ほらー、トウコ〜。お菓子あるよお〜」

 心を開かないポケモン相手に言うように、優しく言いながらベッドの下にお菓子を放

り投げる。

 ベッドの上で捕獲体勢に入っているので、ノコノコ出てきたら捕まえる。

 トウコは無類のお菓子好きだ。特に安っぽい味を好む。

 駄菓子と呼ばれる安いお菓子を大量購入し、いざとなれば、これで懐柔するつもり

だったベル。

 どうやら成長しても短絡的な彼女のことだ。

 ウジウジ悩んでいるくらいなら、満腹になって寝れば治るかもしれない。

 少なくても子供の頃は治った。

(今はどうかな……)

 下の方で音がする。包装紙を破いて、中身を貪り食っている音だ。

 数秒後、ポイっと空き箱が放り出された。

(よしよし、いい感じ……)

229

Page 238: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ベルはたまに発揮するチェレン顔負けの黒さを全面に出し、お菓子を放っては徐々に

間隔を短くしていく。

 ポケモン相手の懐柔は手馴れている。トウコもそんな感じでオッケーのようだ。

 貪っては投げ捨てを繰り返すトウコ。ごそごそと外に近づいてくる音。

 然し、寸前で思い止まったのか、奥に逃げていこうとしているのが分かった。

 だってベルの耳に「しまったっ!?」というトウコの声が聞こえたから。

 ここで勘づかれては今までの努力が水の泡。

「トウコ〜。チョコ食べたいでしょお? レア物あげるから、出ておいでえ〜」

 素早く畳み掛けるベル。チラつかせるように、大きな板チョコをぶら下げてみる。

「うっ……美味しそう……」

 心が揺れ動いているのか、トウコのギラギラする目が暗闇の中、チョコを睨んでいる。

「ほらほらあ〜。これ美味しいそうでしょ〜? トウコがいらないならあたしがたべ

ちゃうよ〜?」

「うぅ……」

 効いている。これはイケる!

 そう判断したベル、トウコが迷っているうちに包装紙に手をかけ音をさせて破くと、

バタバタと下から這いずる物音。

230 プラズマ団は本件には関与していません

Page 239: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

(ふぃっしゅ!)

 意味不明な言葉がベルの頭にファンファーレ付きで鳴り響いた。

 少しだけでも頭を見せたトウコにあわせ、獲物のチョコを遠くに放り、それを追うよ

うにベッドの下から出てきたトウコを上から襲撃。

「きゃあっ!?」

 両手にチョコをゲットし頬張ろうとしていたトウコは不意打ちにびくりと強ばった。

「そのチャンス貰ったよお、トウコ!」

 どすんっ、と背中に飛び乗るベル。一度でいいからこのセリフ言ってみたかった。

「げふっ!?」

 トウコは潰れたカエルのような声を出して下敷きに。

 背中を取ったベルに、律儀にチョコを口に放り込んでから暴れだす。

 マルノームもびっくり、大きめの板チョコを一回で口の中にいれ込んだ。

 何というやり方だ。焦って食べているのだろうが、しかし意地汚いトウコである。

 子供の頃となんら変化してなかった。

「そのへんは全然変わってないんだねトウコ……」

 ベルは呆れつつ、羽交い締めにしようとする。

「もがーっ! もがーっ!」

231

Page 240: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 もぐもぐ頬張りながら何か叫んでいるが理解できない。

 大凡、重いから降りろとでも抜かしているのか。

「だーめ、もう。そのチョコ食べていいから、何時までもいじけてないの。いい?」

「……」

 最初こそ不服そうだったが、歯の溶けるような糖度のチョコを屈服し、美味しそうに

頬張る彼女を見てると、何かこっちもどうでもよい気がしてきた。

「はい、もう自己嫌悪タイム終わり。おっけい?」

 背中から降りて、ご飯でも買いに行こうと誘うベル。

 通常は、不機嫌そうな表情をしていたトウコだが。

「んーん」

 よくわからないが一緒に行きたいらしい。

 行こうか、と手招きするとトウコはごっくんと飲み込んでついてきた。

 取り敢えず、平和な夜になりそうだった。

   ならなかった。

「ベル、これ買ってくるわね」

232 プラズマ団は本件には関与していません

Page 241: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「トウコそれお酒!」

「違うわよ、ノンアルコール」

「……ややこしいよお……」

 ホテルから少し行ったところにあるコンビニで晩ご飯を買う二人。

 宿泊先では食事は出ないので、買う必要があった。

 経費で落とすのであまり大量には買えない。

 トウコは自腹で買いたい放題、買いまくる。

 曰く、ここまでくるのに勝負で巻き上げた多額の賞金が懐を潤しているらしい。

 強い=金持ち。その認識はおおよそ間違っていなかった。

「オカズにエビフライとアジフライと、バスラオのお刺身……と」

 ぶつぶつ言いながら、商品棚の中身をカゴにドサドサと入れていく。

 最後に、あからさまにやばそうな単語を言ったのをベルは聞き逃さなかった。 

「え゛っ!?」

「ん?」

 いま、なんのお刺身ともうされましたかトウコ、と震える指でその商品を指差す。

 パックされたそれは、ただの赤身魚のお刺身に見えるけれど……。

「なにって、バスラオ?」

233

Page 242: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 けろりと最悪な答えが返ってきた。

 真顔で言うトウコに、ベルは指摘する。

「バスラッ……。それポケモンだよ!?」

「だから何? 知らないのベル。バスラオって、食べられるのよ?」

「……えっ……?」

 ちょっと待ってて、と普段持ち歩いている研究者必須アイテム、ポケモン図鑑を取り

出して検索をかけてみる。

 30秒後。

「……イッシュって、あたしの知らない場所でも進んでいたんだね」

 青くなったベルが、パタンと図鑑を閉じる。

 アップデートされた図鑑には、バスラオの項目にしっかりと書かれていた。

 食べると意外と美味しいらしい。つまり、食用だと。

「……いつからイッシュの人たちは、ポケモンまで食べるようになったんだろうね?」

「昔からよ。違う地方じゃ、スピアーの子供だって食べるところもあるんだから」

 確かカントー地方の奥地だったかしら、と顎に手を当てて思い出すトウコ。

 研究者として、そこにはツッコミを入れてしまうベル。

「それビードルのこと!?」

234 プラズマ団は本件には関与していません

Page 243: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「ううん、コクーンも。佃煮にするんですって。結構美味しいらしいわよ。珍味的な意

味で」

「……。あのサイズで?」

 ちなみにコクーンのサイズが60センチの10キロ、ビードルが30センチの三キロ

弱。

 ……どう、佃煮にするのだろうか。トウコも、苦笑して言った。

「そうね。私も最初は目を疑ったけど、事実よ……。好きな人には美味しいというから

驚きね」

 人間がこの世界で一番強い生命体、だと思うのは二人の気のせいか。

 トウコ曰く「野生のビートルとコクーンは農作物の食害をするから、駆除するついで

に食ってたんですって」と言う。

 ついでに食うとは、向こうの人々はどういう食生活をしているのは、気になるベル

だった。

 知っているトウコですら、ついていけないらしい。

「人間って、怖いね……」

「その通りね……」

 結論。人間様が一番強い。

235

Page 244: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 なにせ頼れる相棒として活躍するポケモンを食うなどという蛮行を行なっているの

だ。

 これは、プラズマ団が人間からポケモン解放を謳い文句にするだけある。

 まあ、解放したとしてもバスラオが食われることは多分変わらないのだろうが。

 実際、怖々食べたトウコが好むくらい、バスラオの料理は美味しいので。

「流石にミツハニーは食べないらしいけどね。なにせ、ビークインが危なすぎるから」

「知ってる。ビークインはしょうがないよ」

 ビークインは手下を従えて、人間を襲撃することも多いのは有名だ。

 食おうなどすれば、危険極まりない。

「あと、食べられるって有名なのは……」

 嫌がらせのように思い出そうとするトウコ。

「やめてトウコ! あたしにそれを聞かせないで!!」

 研究者の卵であるベルに対して、これ以上有効な意地悪はない。

 もうやめてと言っているに、トウコは聞かなかった。

 勉強になるから聞いておくべきよ、と一蹴したのである。

 それからベルは、トウコの知っているポケモン食文化の事をいろいろ聞かされる羽目

になった。

236 プラズマ団は本件には関与していません

Page 245: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 食欲の無くなったベルに対し、トウコは美味しそうにバスラオのお刺身を平らげてい

たという……。

237

Page 246: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

自己満足の贖罪

    不思議な夢を見た。

 誰かが、奪われたポケモンが帰ってくることを願っている。

 誰かが、奪ったポケモンの世話を後悔の表情でしている。 

 誰かが、怒り狂って糾弾して、掴みかかっている。

 誰かが、戒めの意味を自らに付けるために傷ついている。

 誰かが、真実の意味を分からなくなって闇に染まっていく。

 誰かが、染まりゆくのを必死に止めている。

 誰かが、理想を見失って悪に心を惹かれていく。

 誰かが、裏切ってでもそれを阻止しようとしている。

 一人は見覚えがあった。トウコの、傍から見た自分自身だ。

(私は、そばにいる人から見れば、理想を見失っているのね)

 夢だと自覚できた。だってそれは、今していることそのものだから。

238 自己満足の贖罪

Page 247: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 自分自身を客観的に見れば、失望されるのがむしろ当然の行いだろう。

 望まれて英雄になる者。望んで英雄になる者。

 意図せず巻き込まれて祭り上げられる者。

 トウコは、そんなつもりなくとも何時の間にか出来上がった英雄の偶像を押し込める

ための器にされた。

 誰に分かる。人形となってしまった一人の少女の感情を、苦痛を、本音を。

過去そ

現在い

 その通りに動くしかなかった過去。そして

を否定する

 これは、一種の仕返しだ。周りの言うことなんてもう知らない。

私トウコ

 

という存在を周りが殺していた二年前の、仕返し。

 今は周りという連中の存在をトウコの中で殺している。

 誰が何を言おうが、知ったことか。勝手にしたければすればいい。

(……そう、私のしていることは所詮自己満足。だけど、自己満足の何が悪いの? 私が

そうしたいからそうするのよ。私は自分勝手よ。あの時、あんたたちが私にそういう理

想を押し付けた自分勝手と同じでね)

 開き直りでもなんでも良かった。

 正当化出来るなんて思ってない。

 失望されるのは怖い。でも、それはあくまで彼らが勝手に期待して、勝手に失望され

239

Page 248: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ることだ。

 そんな理不尽な失望をされれば、どうすればいいのか分からないから。

 でも、自分から。自分から失望されることをしているなら。自分の意思だから、怖く

ない。

 自分の意思で裏切りに近いことをしているから、もうどうでもいい。

 全部、周りの意見なんて捨てた。聞く耳もたず、突き進むつもりだった。

 あの時までは。

(──ベルが言っていた、信頼すること、か……。忘れていたわ。今まで周りは全部、敵

だと思っていたから)

 そう。ベルが、彼女を導いた。

 信じること。助け合おうこと。それは、決して一方的なものではないと。

 確かに多くの人はトウコを苦しめる。だけれど、それは全てじゃない。

 トウコをトウコとして見てくれる人は、確かにいる。ベル、チェレン、母。

 そういう、温かい存在を、トウコは忘れていた。

(私は、もう一人じゃない。英雄じゃなくて、「私」として見てくれる人がいる。なら、そ

れでいい。それに、二年前に行なったこと、全部が無駄じゃなかったって、思えるかも

しれないから……)

240 自己満足の贖罪

Page 249: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 もしかして、とは思ってたのだ。

 ヒウンでみかけた、プラズマ団。

 過去の制服とは違った、黒を基調としたいかにも悪党のような格好になっていた。

 二年前は、白を基調にした、ゆったりした民族衣装みたいな格好だったのに。

(多分、奴らの中でも二年の間に、何かあった。黒い連中は、ぶっ殺すのは間違いないけ

ど、他の連中の動きも、調べておかないと……)

 プラズマ団と聞くと後先考えず猪のように突っ込んでいくだけだったトウコ。

 しかし、ベルと共にいるウチに本来持っている、歳相応の冷静さと知性を発揮できる

ようになった。

 逃亡生活をしているうちに身に付けた、周囲への過剰なほどの敏感な神経。

 相手の出方を伺って、不利になれば直ぐ様逃げられるように、と重ねてきた彼女なり

の成長。

 人はそれを卑屈とか、小心者などと言うのだが……トウコには大切な武器の一つだ。

 自分なりに情報を分析し、周囲の騒めく波に聞き耳を立て、冷たく行動すればいい。

 あくまで、ベルと一緒にいれば、だが。

 トウコ一人になるとやはり、プラズマ団テメェら全員ぶっ殺す、的な展開になりかね

ない。

241

Page 250: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 沸点が低い彼女には、それを止める防波堤が必要だった。

 なのに。

 その日の朝方、ホテルのフロントで訝しげに見る従業員からポケモンを受け取って、

一人出ていくトウコの姿があった。

 洗濯を終えて乾燥機から引っ張り出してきた私服に着替えて、誰かに引かれるよう

に、ふらふらと……。

   ──ホドモエには、小高い丘がある。

 そこには、協会のような建物が建設されていた。

 二年前、こんなものはあったかと思っていたが、トウコはそこに導かれるように、現

れる。

 丁度、建物の前を早朝の掃除でもしていたんだろう、若い男性がほうきとちりとりを

をもって忙しく働いていた。

 傍らには、数匹のポケモンの姿があり、ジャレついて遊んでいる。

 男性も適当に合わせつつ、笑っていた。とても、幸せそうに見える。

「……」

242 自己満足の贖罪

Page 251: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 その様子をトウコは遠くから、見つめていた。

「バカトウコ、顔がバケモノみてえになってるぜ」

「……」

 傍にいる、過去トウコの姿で立っているアークがからかうように言うが、トウコは

ノーリアクション。

 帽子のかぶる頭の後ろで手を組んで、つまらなそうに舌打ちするアーク。

「こんな朝っぱらから引っ張り出してよお。俺たちゃ眠ぃんだぜ? って聞いてるのか

トウコ?」 

「……成程。もしかして、アレは……」

 聞いておらず、目もくれないトウコは、一人目線をそのまま、一人小声で何か言って

いる。

 自分の中で今初めて歯車の噛み合って、パズルが解けたかのような。

「トウコ? おい、ココロ。トウコなんだって?」

 目を細めて見つめるトウコに声をかけても無駄と判断し、アークはボールの中のココ

ロに声をかける。

 精神と精神を繋ぐ能力のあるココロは、勝手にトウコの中を覗き込み、アークにテレ

パシーで伝える。

243

Page 252: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『……お姉ちゃんの中で、何かが分かったみたい。寝てる間に、不思議な夢を見たんだっ

て』

「不思議な夢?」

『そう。多分、ムシャーナの影響じゃない? あの研究者が持っているみたいだし。そ

れに、お姉ちゃんと過去に何かあったみたいだから……多分、わたし達と似たような経

験が』

「……ああ、俺たちの知らねえことか。まぁ、互いに詮索しねえのもルールだしな」

 ボールの中から伝えられた事実。

 ココロが推測したのは、ベルが持っている相棒の一匹、ムシャーナの存在だ。

 ムシャーナは何でも、夢を食べるとかで、夢に干渉する能力が備わっている。

 ムシャーナは最初、魘されていたトウコの見ていた夢を食おうとして、内容があまり

にもアレだったんで一瞬躊躇って、お腹を壊そうなので主のベルの夢を食べようとして

いたら、どういう原理か二人の夢が重なってしまい、シンクロしてしまったんだそうだ。

 それでもって、食べ損ねて空腹状態のようである。

 混ざり合ってしまった夢はカオスなお味でもしたんだろう。

「スリーパーかよおい、夢を重ねるって……」

わたし達

『夢ってのは、記憶の整理と人間は解釈している。

のみる夢とは違う。お姉

244 自己満足の贖罪

Page 253: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ちゃんの夢は、二年前の──言ってしまえば悪夢だったのね。しかも猛毒みたいな。だ

から、ムシャーナは食べるのを躊躇したんじゃないかな?』

「トウコ、夢の中まで苦しんでるのか……」

『うん。プラズマ団関係で、その時に研究者が見てきた二年後の情報が、お姉ちゃんの方

に流れて、伝わった。お姉ちゃんは知らない間に、情報を上書きされていたの。それを

確かめるために、今ここにいる。あの研究者、お姉ちゃんに黙ってることが凄く多いよ。

お姉ちゃんを裏切ってる』

精神なかみ

 ココロは何時の間にかベルの

を調べていた。

 未だに警戒を解かず、悪者扱いしているのココロとディーぐらいなものだ。

 だが、その態度には理由がある。

「……それは、仕方ねえことだろう? 俺には、あの女が悪ぃ奴には見えねえよ」

『アーク。人間を信じ過ぎたらダメ。お姉ちゃんのお母さん程、強い人はいないけど、簡

単に信じれば後で辛いのはお姉ちゃんとわたし達なんだよ』

「……それは、わかってるけどよ……」

 何だかんだ、母のことはココロも信頼している。

 あの人間不信のディーですら、姿を現して撫でることを許したほどだ。

 やはり、血の繋がった親娘は違う。どこか、トウコに似ていた。

245

Page 254: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「まあ、一つ二つ隠し事をするのが人間の関係だ。ココロ、お前が思うほど人間ってのは

潔癖でいられねえんだ」

『そんなの詭弁よ。わたしは出来るもの。お姉ちゃんに全てを打ち明けているし。アー

クだってそうじゃない』

「……お前はとことん、人が嫌いだな」

『人なんて、信じるに値しないよ。お姉ちゃんとか以外は』

 ココロは人が嫌いだ。過去に、色々なことをされたから。

 そのことを否定する気はない。

 アークだって、トウコ以外は疑惑の目を常に向けている。

 人の言葉を話せる数少ないポケモンとして、アークは思うのだ。

 いつかは、みんなが幸せになる未来が来てほしいと。

 今は、ただの願望に過ぎないけれど……。

「……アーク、行くわよ」

 ここで初めて、ずっと蚊帳の外だったトウコは一言声をかけた。

 そして、返事を待たずに歩き出す。

 見える背中は、なんとも言い難い雰囲気だった。

「あ、おい! 待てよトウコっ!」

246 自己満足の贖罪

Page 255: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 慌ててその後を追いかけるアークだった。

 「──朝っぱらから悪いけど、ちょっといいかしらそこの人」

「はいっ?」

 掃除をしている男性に、トウコを真っ直ぐ声をかけた。

 アークはボールの中に入り、固唾を呑んで見守っている。

 ココロは警戒しながら、何時でも飛びかかれる準備をしている。

「……なにかご用で?」

 怪訝そうに、トウコを見つめる男性。

 トウコは、黙って男性の言動を見つめていた。

 トウコはこの顔を知っている。朧気だが、気に入らないと当時は思っていた。

 男性は、トウコの顔を見て、そして格好を見て、やがて驚いたように、目を見開いた。

「お前は……! まさか、あの時の、子供ッ!?」

 それは、二年前、トウコに叩きのめされている大人の一人。

「やっと思い出したようね、プラズマ団。こんなところで何をしているか知ったこと

じゃないけど、ごく個人的な理由で二年前の御礼参りに来てやったわ。今すぐ血祭りに

される覚悟はある? 遺言は聞いてあげないから、とっとと死になさい」

247

Page 256: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコは、表情を変えずに自分の中でシュミレーションしておいた言葉を告げる。

 男性は狼狽えた。

「ま、待て。お前の言うことは間違ってないが、今の私たちは……」

 慌てたようにほうきとちりとりを捨てて、説得に入ろうとする男性。

「うるさい。ごちゃごちゃ抜かさずに、一発殴られろ」

 トウコは腕を引き、素早く駆け寄ってストレートパンチを放つ。

「ぐぁっ!?」

 体格差を無視した拳が、男性の顎をヒットする。

 仰向けに仰け反って倒れる男性。呻き声を上げて、周囲のポケモンたちが何事かとト

ウコを睨む。

「プラズマ団、何がどうしてこんな慈善事業をしているか知らないけれど。これは二年

前、あんた達をぶっ潰しそこねた馬鹿な子供からの反撃よ。今ここにいる理由を話せ。

そして中に連れていきなさい。事情を説明しなさい。わかるようにね。万が一、断った

らあんたを今すぐここで殺すわ」

 がつっ! と悶える男性の鳩尾をカカトで踏みつけて見下ろす。

 肺の空気が抜けているのを確認して、蹴飛ばして逃げないようにする。

「分かってるの? 二年前、あんた達がやったことは、こうして殴られて蹴られて踏まれ

248 自己満足の贖罪

Page 257: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

てもなおお釣りが来るぐらいの悪行をしていたってこと。少しでも良心の呵責がある

なら、今苦しんでいる連中の為に死んで詫びなさい。死が詫びにならないと思って生き

ているなら、被害者に殺されてなさい。あるいは奪ったポケモンを全部解放して、イッ

シュ中に土下座をして謝りなさい。そして最後に償いとして死ぬことね」

 罪を糾弾するように、一人を蹴飛ばし、踏みつけ罵倒する。

 男性の近くにいたポケモンたちがトウコに襲いかかろうとするが、

「──お前ら、まさか昔されたことを棚上げしてこいつらに味方するんじゃねえだろう

な?」

 いつの間にか現れていた人間の姿のアークに低く脅されて止まる。

 ポケモンにはひと目でわかった。

 あれは人じゃなくて、ポケモンが化けているだけだと。

 なにせ、人にはない長い犬歯を向けて威嚇する動作が、獣そのものだ。

「かつての恩人をほっぽり出して、新しいご主人様に尻尾振るのがそんなに幸せか?

 ったく、奴らも奴らだが、こっちもそうだ。お前らは恩知らずの裏切り者の挙句に最

低のクズだ。同罪だろ。お前らもああされたいならかかってこい」

 アークが言葉で相手をプレッシャーをかけて、トウコは暴力で痛みつける。

 男性は暴力を振るわれても、決して反撃しなかった。それが自分への罰であるかのよ

249

Page 258: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

うに。

 一通り、トウコは罵倒と暴力を終えると、最後に顔を蹴る。

「立て。とっとと中を案内しなさい。ヒウンで奴らにしたみたいに、あんたも病院送り

にされたいの?」

「……ッ。やはり、ヒウンでの騒ぎはお前だったのか……」

 起き上がった男性は、顔中が酷い生傷だらけだ。

 青タンに不格好に晴れ上がった頬が痛々しい。

 それだけの事をしたトウコは、悪びれてもいない。

「今のはね、私のあんた達に対する復讐よ。殺されないだけマシでしょ」

 腕を組んで、顎で建物の入口を示す。

「……そうだな。あの頃の私達は、本当にクズだった……。今こうされても、仕方ないほ

どにな……」

「自覚があるなら早いわね。いっそ私に殺される?」

 男性は苦痛に顔を歪めながら、ついてこいと言った。

 彼のあとを、ポケモンたちが道具を銜えて続く。

「いいや。この命を、贖罪の為に使うと決めた。たとえお前だろうが、命をやるわけには

いかない」

250 自己満足の贖罪

Page 259: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「どの口がそんな世迷言を抜かすのよ。自己満足の贖罪程度で許されると思ってるの

?」

 後ろでトウコが毒を吐く。アークはまたボールに一人でに戻っていた。

「自己満足であってもいい。何もしないまま、過去を振り返って懊悩しているくらいな

ら、私は私にできることをしたい」

「それが、あんたたちに幸せを奪われた連中からすれば、傷に塩を塗られるのと同じなの

よ」

 がちゃりと、鍵を開いた男性は振り返る。

「だとしてもだ。私は、どんなに世間から罵倒されてもいい。糾弾されてもいい。だが、

行動は起こさねば永遠に償いは出来ない。罪は、償わなけれならないのだから。死す

ら、今の私達には生温い」

 ドアを開く前に、彼は言った。

「ゼクロムに選ばれた黒き英雄よ。成長したお前に問いたい。この先に、何を求めてお

前はここに来た?」

 厳かに、男性に問われてトウコは間入れずに返答した。

「私は私のやり方で、過去のやり残したことを終わらせる。理想なんて捨てたわ。今の

私は、自分の考えで必要悪になると決めた。ゲーチスをこの手で殺すために。そのため

251

Page 260: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

の手掛かりを、知りに来ただけよ」

「……理想を失い、復讐にかられた哀れな英雄、か……」

 自嘲的に笑う男性に、トウコも指摘する。

「理想なんてね、もっていたって実現できなければ意味なんてないのよ。絵空事で終わ

るだけ。その分、必要悪なら、それが誰かの代理でもなんでも、とりあえずは現実にで

きるでしょ。それが多くの人の理想になってももう私には関係ない。あんたも、そう

やって勝手に失望してなさいよ。勝手な理屈で周りを振り回したくせに、偉そうに嗤う

な、この偽善者」

「……」

 顔を顰めるトウコに、男性はどこか安心したような表情で、手招きした。

 今のプラズマ団が何をしているか。トウコはここで知ることになる。

252 自己満足の贖罪

Page 261: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

無駄じゃなかった過去

    ──その中は、質素なものだった。

 中はそうは広くないが、そこかしこにポケモンたちが朝飯と思われる食事を取ってい

た。

 突如現れた客人に、不信な目を向けるが特に関心はないらしい。素っ気ない。

 ボコボコに腫れた顔をした男性を見て、作業をしていた別の男性が何があったと慌て

て救急箱を持ってきて駆け寄り、腕を組んで壁に寄りかかるトウコは黙ってその様子を

見つめている。

 男性は何も言わずに首を振り、それだけで事情を察した。そしてトウコを見つめる。

「何か、ご用のようですが……」

 困惑顔だ。トウコの知っている顔じゃないので、もしかしたら関係者じゃないのか

も。

 トウコはただ見返し、喋らない。

253

Page 262: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「彼女は二年前の関係者だ。ゼクロムに選ばれた、あの少女だよ」

「ッ!? あの、ロット様の話に出てきていた、英雄の少女か……っ!?」

 男性が、顔に湿布を貼りながら説明すると、驚愕の目でトウコを見る。

「……だったら悪い? この建物ごと吹っ飛ばされたくなければ、とっととゲーチスの

居場所を吐いて。黙ったり嘘を言ったら、ここにいる人間を皆殺しにするわ、残らず」

 トウコの口から飛び出した言葉に、目を見開き、彼女が本気で言っていることに気付

く。

 みれば、トウコはすぐにでも誰しも構わず殴りたい衝動を抑えていて、怒らせなくて

も血を見るのは間違いない発火寸前を辛うじて保っていた。

七賢人

ななけんじん

「それに、今ロットって言ったわね。あの

の一人が、ここにいるわけ? ならロッ

トを連れてきてもいいわ。奴に居場所を聞いてやるから」

「……おい、ロット様はまだご就寝だぞ。起こしてくるべきか?」

 男性は、手当を終えた男性に小声で問う。

 傷だらけになってもなお、トウコに何も言わない彼は、言った。

「言うとおりにしておこう。彼女は本気だ。ゼクロムにここを壊されでもしたら、また

一からやり直さないといけないくなるぞ」

 トウコは黙ったままギロッと睨んで、早くしろと目で命令し、男性は奥に向かって

254 無駄じゃなかった過去

Page 263: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

いった。

 小声で呟いた独り言が、トウコの耳にも入ってくる。

「……あれが、ロット様の話の中の黒き英雄だと? なんなんだ、あの殺気と闇に満ちた

眼は……」

 お前らが私をそうしたんだ──言外に、そう伝えている彼女はかつての仇敵、七賢人

が一人に、二年ぶりに顔を合わせることになる。

  「トウコッ!? トウコーッ!!」

 一方その頃、目を覚ましたベルがパニックを起こしてホテル中を寝巻き姿のまま駆け

回っていた。

 トウコがまた、いない。一人きりで、何処かに行ってしまった。

 連絡もなしに、何処にも行かないと言ったばかりなのに。

 あの言葉は、嘘だったのか。

 あるいは、また激情に飲み込まれて自分を抑えきれなくなって飛び出していってし

まったのか。

 その可能性があるから、「あのこと」は黙っていたのに。

255

Page 264: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 まさか、誰かからその情報を入手して、あの場所に向かったというのか。

 最悪の未来が脳裏を過ぎる。

 あのプラズマ団に対して、憎しみの塊のようなトウコのことだ。

 行ってしまったら、もう取り返しがつかない。

 今度こそ、人を殺す。あの場所にいる、新しい未来に歩き始めた彼らを、全員。

 誰がいくらなにを言っても、耳に入らず、憤怒と憎悪に身を任せて暴れて、皆殺しに

して血の海を作り出してしまう。

(トウコ、それだけはダメだよ、トウコ──!)

 禁忌である人殺し。

 今のトウコは、その理性のリミットが限定的に外れてしまう。

 首輪が外れ、手枷が引きちぎられる寸前で、足枷を引っこ抜いて彼女は行ってしまう。

 油断していた。いや、信じていたと言っても良かった。

 彼女なら、きっと分かってくれる。信じて、一緒にいてくれることを選んでくれると。

 だが、トウコは一人で動いた。ベルを置いて、一人で出かけていた。

(あたしが、信じられなかったの!? どうして、トウコ!?)

 問いかけてもその返事ができる人は、血に手を染めているかもしれない。

(抑えて、堪えて。その一線は超えたら戻って来れなくなっちゃうよ、トウコ)

256 無駄じゃなかった過去

Page 265: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 急がなければ。ベルはすぐに部屋に戻り、着替えを始める。

 バタバタしているが、頭だけは冷静になろうと必死だった。

「……あれ?」

 そして不意に気付く。トウコの寝ていたベッドに、一枚のメモ用紙が置いてあった。

 慌ててそれをひったくるように掴むと、中にはこう書かれている。

 ──ベル、これを見てるってことは私はいないんでしょう? 

 慌てないで。私は少し出かけてくるわ。

 もしかしたら、あのことを受け入れることができるかもしれないから。

 頑張ってみることにしたの。だから、心配しないで。私は、もう間違えないから。

 でも、もしも。万が一、私がダメだったときは、私をベルの手で止めて欲しい。

 それでもまだ私が暴走していたときは、ベルがその手で私を殺して。

 そうしないと私、多分止まれないから。

 こんなこと、頼めるのはベルしかいないの。私は、ベルとチェレンとは戦いたくない。

 だから、私が壊れてしまって最早言葉すら届かなくなったら。

 その時は、躊躇いないで私を殺して下さい。それが私の望み。

 これが、最後の別れになるかもしれないから、こんなネガティブなことを書いている

けれど、そうしないために私は向かうつもりです。

257

Page 266: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 お願いします。

 トウコ。

「……トウコ、やっぱり……」

 ベルは青ざめて、呟いた。

 目的地は分かった。つまり、トウコはあの場所に向かったのだ。

 黙っていたハズの、協会に。

 過去の過ちの償いをしている人がいる、あの場所に。

「……っ!!」

 ベルは着替えを再開する。

 間違いない。トウコは、自分なりに前に進むためにあえて一人で行ったのだ。

 過去を受け入れる覚悟をもって。

 だけれど、最後の最後でまた足が竦んで、こんなネガティブな書置きを残していった。

 こんな、遺書みたいな書置きを。

「トウコ、あたしもすぐに行くから……!」

 大切なハズの荷物をほっぽり出して、貴重品も面倒なので置いていって、財布だけ

持ってベルは部屋を飛び出して言った。

 今大切なのはトウコひとり。

258 無駄じゃなかった過去

Page 267: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 走るベルの頭には、怒りに堪えているトウコの横顔がずっとこびりついていた。

   トウコは、紅いシャツに黒いジャケット、黒いジーンズにボサボサに伸ばした黒髪の

ロングヘアという格好だ。

 表情はぶっきらぼうで、全体的に強い憎しみのオーラを放っている彼女。

 二年ぶりに顔を見たその男は、トウコを見るなり、どこか孫を見た祖父のように優し

い笑顔を浮かべていた。

「久しいな。二年ぶりの再会か。達者にしていたようだな、カノコタウンの少女よ」

 大きめの民族衣装のような服装の男、ロットは外見は何も変わっていなかった。

 だが確実に、あの二年前の時の狂気じみた雰囲気を削ぎ落としていた。

 教祖と信ずるゲーチスを崇拝していた狂信者はそこにはなく、ただの人間として、

ロットは立っていた。

 席を進められて、トウコは壁から背を離し、木の座席に腰をおろす。

「いや……トウコ、という名がお前にはあったな。見る限り、立派に成長したとおもった

のだが……。その前に、少し怪我を負っているか。ヒウンの話は聞いている。お前があ

れを起こしたんだそうだな」

259

Page 268: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 目を細め、指摘した。鋭い。

 まだどこかぎこちないトウコの動きをみただけで、ヒウン事件の時に負った怪我と見

抜いた。

 相変わらずの観察眼に、トウコは素直に応じることにした。

 少なくても今のこの人に悪意は感じない。

 手当てをするかと問われても、トウコは辞退した。

「……あんたも随分と丸くなったわね、ロット。さっきはあんたんところの人、突然殴り

倒して悪かったわ」

 驚くほど素直に、忌み嫌っていたはずのプラズマ団幹部に、謝罪を言うことができた。

 ロットの纏う空気は、それ程劇的に変化していた。

「いいや、構わないと彼は言っている。我らも、承知の上だ。私達に日々浴びせられる罵

倒も、直接振るわれる暴力も、全ては二年前おのれの起こしたことが原因。感情を抑え

ることができないのは、被害者ならば同じだ」

 ロットはそう言って、穏やかに笑う。

 トウコは急にあの暴力が意味のなさない八つ当たりであることを自覚して恥ずかし

くなった。

 相手が無抵抗なのをいいことに、やりたい放題してしまった。

260 無駄じゃなかった過去

Page 269: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコはもう一度、丁寧に謝罪して、話を切り出す。

「ねえロット。こっちもまっすぐ言うから、正直に答えて。今のプラズマ団は、二つに分

かれているんでしょ?」

 トウコが問うと、ロットは少々驚き、そして何故か褒めた。

「……ほお、ここにきただけでそれを見抜いていたか。流石に、英雄と呼ばれるだけの観

察眼は持っているようだ」

「茶化さないで。ヒウンでみた連中と、私の記憶の中の制服姿が違うのよ。前は白かっ

たけど、今は黒いでしょう? それに、奴らは何が目的なの? ヒウンでは何かしてい

るかと思ったら、何もしていなかった。ただ暴れていただけ。でも、奴らだって馬鹿

じゃない。何か、大きなコトをまたしでかそうとしているから、その戦力増強の為にポ

ケモンを奪っているのよね?」

「……そう急かすな。質問は一つずつ、答えていこう」

 近くにいた女性が、トウコに頭を下げてお盆に乗っけてきたお茶を差し出す。

 トウコはありがとう、と言いながらこんな無礼な客にも茶を出すなんてこの人たちは

やはり違う、と自分を恥じつつロットの話に耳を傾ける。

「まずは、最初の質問だ。私達は、今はプラズマ団を脱退している。元、プラズマ団とい

うことになるな。世間ではどちらも大差はないと思われているが」

261

Page 270: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ロットはそう言って、周囲を見る。

 ポケモンの世話をしながら、世間から爪弾きにされた元団員達がここでは生活してい

るのだと彼は説明する。

 過去、プラズマ団の無差別搾取のおかげで居場所を失ってしまったポケモンたちがこ

こで静かに、新しい主人、または奪われた主人が取り返しに来るのを待っているのだと

いう。 

「……あんた達は、私に潰されて以来、目を覚ましてくれたの?」

「そうだな。ゲーチスの真なる目的を知り、利用されていただけと分かっただけで、もう

奴に手を貸す理由もない。故に、プラズマ団から分岐したのだ。ここにいるのは、名も

ない過去の罪を贖罪するだけの協会。周りからは今更偽善者ぶるな、自己満足の罪滅ぼ

しと謗られているがね」

 自嘲的に笑い、ロットも湯気の立つ茶を啜る。

「…………」

 ロットが言うと、トウコは小さく溜息をついて、闇色の目をして言った。

「私も、今のあんた達と大差ないわ。偽善と独善を持って、ゲーチスを追っている。も

う、英雄はやめたの。周りが勝手に言ってるだけだけど。今の私は、必要悪だと自分に

言い聞かせて、進んでいるのよ」

262 無駄じゃなかった過去

Page 271: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 初めて吐露する心の闇。ベルにだって言えない闇が、ロットにはスラスラと出てき

た。

 それは、恐らくロットがその闇に深い繋がりがあったから。

 ベルはこの闇を知らない。少なくても語ってないから、察していても、同感できる訳

はないのだ。

 チェレンには言える訳がない。絶対に反対することは見えている。

 ロットという、過去の仇敵だからこそ、言える言葉。

「……ロット。あんた達の姿を見て、私のしてきた二年間は無駄じゃなかったと思えた

のは、よかったと思う。あんた達は、あんた達の理想を貫いて。私は、もう理想を持て

ないから。せめて、自分の過去に関わった人達は、正しくいて欲しい。都合の良いお願

いだって、それはわかってるわ。でも、これから私は、どんどん間違った方向に進むつ

もりなのよ」

 トウコは、初めて今の目的を誰かに話すと決めた。

 ベルには言えず、チェレンにも言えず、母にも言えないたった一つの目的を。

 そのためなら、かつてのプラズマ団を越える悪だってなる。

「……トウコ。お前は、何が目的だ?」

 尋常ならざるトウコの目を見て、ロットが訪ねる。

263

Page 272: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「──プラズマ団を、本当の意味でぶっ壊すことよ。そして、ゲーチスを、私が殺したい

の。もう、あいつを生かしておく理由がないから。この手で、今度こそ殺したいのよ。

ゲーチスという、諸悪の根源を、プラズマ団を真にぶっ潰すには、もうそれしかないか

ら……」

 濁った闇が、ロットの目には穴に見えた。

 周囲で話を聞いていた元団員は、とうとう現れたかという表情だった。

 ゲーチスはその性質上、殺したいほど恨まれていても別段違和感のない程の悪党だ。

 そして、直接の関係があるトウコがそれを申し出ても、おかしくはない。

「……トウコ、お前はゲーチスを殺してどうしたい?」

「殺すだけでいいの。殺せれば、それで……。私があいつを殺せば、あんた達も少しは楽

になるでしょう? 利用されて、悔しくなかったの? 裏切られて、悲しくなかったの

? ロット、あんたもほかの連中も、言ってしまえば被害者の一人だって自覚をしなさ

いよ。ゲーチスは多くの人間を利用した、ただの「邪悪」だってこと」

「……そんなことを面と向かって言われたのは、初めてだ……」

 ロットは少々、予想外のことを言われて驚愕していた。

 常に加害者と言われ続けてた彼らを、真っ向から被害者と言ったのはトウコが初めて

であった。

264 無駄じゃなかった過去

Page 273: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……いま、あんた達と敵対しているあいつらを潰せば、少しは世間の評価も変わるはず

よ。プラズマ団には二通りあるってことを、私が世間に知らしめるわ。いいわよ、今に

始まった復讐じゃないもの。私は私の目的を晴らす。そのついでにあんた達をちっと

はマシな評価にする。ついででよければ、あんた達に私が味方するわ」

 トウコはニヤリと口の端を釣り上げて邪悪に顔を歪めた。

「……我らは、彼らと争っている訳ではないぞ?」

「そのうちあんた達も襲われるわよ。何をしているかは知らないけど、手段を選ばない

のはプラズマ団の常套句でしょ。元だろうが現だろうが、やり方を変えていないなら、

同じやり方をする奴がいたほうが便利」

「……」

 流石は一度敵対した組織。

 内部事情までよく知っている。

 ロットは、渋い顔で言った。

「……我らに出来ることはないぞ」

「あるわ。ただ、あんた達は理想を貫くだけ。要は何時もどおりしていてくれれば、それ

だけで十分。私が、下らない目論見をしている連中をぶっ潰す。二度と再建できないよ

うに、徹底的にね」

265

Page 274: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……いいのか? 我らとて、元をたどれば同じなんだぞ?」

 ロットの質問に、鼻で笑い飛ばすトウコ。

「今が違えばそれでいいのよ。過去は問わない。今が今なら、未来だって違う方向に行

く。それをあんた達に教えてもらったわ」

 ロットにそれから、トウコは聞けるだけのことを聞いた。

 彼らもゲーチスの居場所は知らず、しかし今も活動しているプラズマ団は、何かを血

眼になって探しているらしいとの情報は掴めた。

「なにか?」

「それが何なのかは私たちにも分からない。だが、それを使ってゲーチスが何をしよう

としているかは想像がつく。大凡、二年前と違いはないだろう」

 ロットは言うと、現実味がある。

「またイッシュの支配が目的か……。懲りない男ね」

 二年前にゲーチスが企んだ、イッシュの実力支配。

 自分だけがポケモンを持って恐怖で全てを支配する世界。

 それを阻止したのが、トウコともう一人の白い英雄。

「……まぁ、今度も大丈夫よ。私がそんなこと、させないから。絶対にね。人を殺してで

も奴らを止めてみせるわ」

266 無駄じゃなかった過去

Page 275: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコはロットに握手を求めた。

 それは、元プラズマ団幹部、七賢者との和解の証。

 今は、助け合う存在であると。

 ロットも、それに応じた。

 ロットは握手を終えて、トウコにこう、警告した。

「トウコよ。道を外してでも、彼らを潰したいとしても、決して間違うな。我らのよう

に、無くしてしまったモノを取り返すには、相応の時間がかかる」

 それは先人の言葉。トウコは言う。

「努力するけど、保身に走っていたらそれこそ取り返しのつかないことになり得るわ。

その時は、自分くらいは見捨てるだけよ。どうせ、価値のない抜け殻みたいなものだか

ら、今の私」

 少し前に進んでも、引き摺る痛みが彼女にその言葉を吐かせた。

「……自分を大切にしろ」

「価値がないものを大切にしてどうするの?」

 ロットの苦言にも怯まず問い返すトウコ。

「今の私が未来を待てるくらいの価値が出来るのは、全部片付いてから。それまでは、自

分なんてどうでもいいわ」

267

Page 276: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 肩を竦めて言ったトウコを見つめるロットの目は、どこか寂しげなモノだった。

268 無駄じゃなかった過去

Page 277: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

三章 傷だらけの理想

ごめんなさいともう一つの目的

     トウコは協会を後にした。

 入った頃にあった憎悪は霞と消え、今トウコにあるのは、ある種の満足だけだった。

(私があのときしたことは無駄じゃなかった。少しでも意味があったのなら……)

 それだけ知れれば、今は十分。

 真の敵を倒せば、それでいい。

 ロット達にくれぐれも気をつけろとだけ言って、立ち去る。

 トウコはここに長居していい人間ではない。

 ここは過去の清算をするために、必死に足掻いている彼らの戦場だ。

 目的が似ているだけの部外者が、これ以上無粋に荒らしていいところではないのだ。

『機嫌いいじゃねえか。取り敢えず少しは悔いは晴れたか?』

269

Page 278: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『お姉ちゃん、もういいの? あの人たち、元はといえば……』

 ボールの中でアークとココロがテレパシーで問いかけてくる。

「……まあね……」

 トウコは短く、頷いた。

「いいのよココロ。大切なことを、あの人たちはもう持っている。なら、これ以上は野暮

というものよ」

『……そうかなぁ……』

「私を信じて。あの人たちはもう、痛い目を見ているわ。間違えないでしょ」

 一度振り返り、見つめ返す協会。

 これからも人に怒鳴られたりするのだろうが、きっと乗り越えられるだろう。

 激しい痛みは、そうそうに忘れることなど出来やしないから。

『ハッキリ言い切れる当たりが、痛みにチキンなトウコらしいな』

 アークが折角の余韻をぶち壊すことをのたまう。

 不機嫌に逆戻りのトウコが一言。

「あんたは黙りなさい、この駄狐」

『だれがダコだテメェ!?』

『アークうるさい』

270 ごめんなさいともう一つの目的

Page 279: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『んだと!?』

「……」

 ボールの中で揉め始めたがほっておく。

 と、その時だった。

「──トオオオオーーーーコオオオーーーーッ!!」

 遠くから、聞き覚えのある声が響いている。

 早朝に響くその声に、ぶわりと汗が吹き出すトウコ。

 身が固まり、眼が猛烈に泳ぎ始めた。

『……バカトウコ、げきおこなんたらまるさんの相棒さんが来たぜ。どうすんだ?』

『うわっ、もう追いかけてきたんだ。早いねあの研究者』

 アークとココロも気付いて、声の方を見ているらしい。

 着替えて、トレードマークの翠のベレー帽を揺らして、メガネをかけた女の子が走っ

てくる。

 ……表情が遠目で見てもわかる。完全に怒っている。何ていうか、般若っぽい。

「……」

 顔を引き攣らせて、トウコは真剣に回れ右して逃げようかと思った。

 やばい。あの様子は、完全に折檻コース間違いなし。歯向かえば心が折れる。

271

Page 280: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「ああーっ! 見つけた、トウコォーッ!!」

 腕を振り上げて、トウコを発見するやずんずん近づいてくる般若、ベル様のご登場

だった。

「ひぃっ!?」

 トウコ、反射的に逃げ出した。

 怖すぎる。ベルマジで怖い。

 本能が本能の名において命ずる。逃げろ今すぐ回れ右、と。

「あっ、待ちなさいトウコ、トウコォーッ!!」

 追いかけるベル、一先ず安堵したようだがまた般若フェイスを引っ提げて追いかけて

くる。

『……トウコ。あの置き手紙がまずったんじゃねえ?』

『そうだよね。半分死地に向かう兵隊さんみたいな内容だったし』

 呆れ半分の相棒たちの声が脳裏に届くが、それどころではない。

 取り敢えず、全力でトウコは逃げ出した。

 うまく逃げ切れた。

  しかし逃げ切れなかった。当然であるが。

272 ごめんなさいともう一つの目的

Page 281: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 追いかけっこにポケモン投入、ムーランドの足に勝てるわけもなくあっさり後ろから

どつかれて倒れ、とっ捕まえるトウコ。

 ベルが怖い顔で、ホテルの部屋に朝ごはんを買って連行していった……。

「トウコ、よりによってなんであんな置き手紙していったの? 理由を説明しなさいっ」

 ベッドに座って縮こまるトウコに容赦ない尋問をするベル。

 ビクビクするトウコが布団をかぶって逃げようとすると、首根っこを押さえる。

「……あの……。えと……。その……」

 視線をせめて逸らして、言い訳を探すトウコ。無駄だった。

「すぐにっ!」

 脅しをかけるように言うと、竦み上がったトウコは素直に応じた。

「……まあ、無事に終えられる自信なかったから、一応の意味を込めて置いていっただけ

で……」

「ややこしいよおっ!」

 べしっと頭を叩かれ「なにごともなかったからいいけど」と追加してから、真剣な表

情で怒る。

「こういうのは、心臓に悪いよ。あたし、本気でトウコが一人で何処かに行っちゃったか

と思ったじゃない」

273

Page 282: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ベルは必死に探し回ってくれていたと言い、トウコの行動を批難した。

 それには、潔く非を認めるしかない。

「………ええ。そうね、今回のは、先走りすぎたと思う。ごめんなさい、ベル」

 トウコも悪いことをしたと思って反省している。

 あんな遺書みたいな内容は余計な心配をかけるだけだった。

「一人で行くことに意味があると思っていたから、ベルのこと考えてなかった。ごめん

なさい」

 深く謝罪する。ベルは、しばらく怒っていたがやがて許してくれた。

「……うん。無事に何もせず、帰ってきてくれたからいいけど……。結局、何をするつも

りだったの?」

「それは……」

 目的を話す時が来たようだ。

 覚悟を決め、深呼吸をする。

 トウコは、それから目的と、ロットから聞いた出来事を全てベルにも打ち明けた。

 聞いているうちに、ベルの表情も曇ってくる。

 多少なりとも事情を知っているから、また悲劇が起こる予感が彼女にも分かったのだ

ろう。

274 ごめんなさいともう一つの目的

Page 283: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「ベル。私、その湯治を含めて、少しやることができた」

「……もう一度、プラズマ団を倒すこと?」

「!」

 トウコを目を見開いた。

 明確に、目的を告げたわけじゃないがこう面向かって言われると、驚く。

 ベルは、悲しい目で言った。

「流石にわかるよ。トウコが、プラズマ団を憎んでるってことくらい。二年前、完全に潰

しておけば良かったって思ってることくらい。あたしだって、少しはあの事件に関係の

ある人間なんだから」

 ベルの言うとおり、二年前、彼女も、ポケモンを奪われた被害者。

 トウコがいなければ、今頃彼女のポケモンはさよならをしていた可能性が高い。

「トウコが、後悔を晴らす方法は、その目的を終わらせることだけなんだよね?」

 トウコは、ベルにバレバレだったことを実感して、頷く。

「……そう。なら、わかってるわねベル。……私は、プラズマ団総帥であるゲーチスを

……この手で、殺すわ」

「!」

 殺す、と言った。

275

Page 284: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 明確に殺意があると、告げた。

 倒すという誤魔化しの言葉があるのに。

 トウコは、あえてそれを使わずに言った。

「殺人をする、って意味よ。抽象的な意味でも、比喩でもない。私が、あの男を、私の手

で殺すと言っている。そうね、いうなれば殺人予告ってやつかしら。私のただ一つの理

想は、あの男の死んだあとの世界で、みんながシアワセになること。それだけが、今私

が旅をする理由。そして、あらゆる不幸を作り出したあの男との因縁に決着をつける。

私が、英雄でもなく、トレーナーとしてでもなく、一人の人間として、するべきことよ」

 全部を言い終えると、ベルは青ざめて、震える声で、責める。

「……トウコ、自分が何言ってるか、わかってるの?」

「わかってるわ。人殺しでしょ。だけど、それが何? 私が私の意思で、奴を殺すと言っ

ているの。誰でもない、私の気持ちがそうしたいから。殺すしかもう、手段はないのよ。

それ以外があれば、もう実現しているはずだし。大人が当てにならないなら、私がこの

手で直接下すしかないじゃない?」

「トウコッ……!!」

 思わず、ベルが立ち上がる。

 でも、トウコも譲らない。

276 ごめんなさいともう一つの目的

Page 285: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「トウコ、それは何が何でも暴論すぎるよ! 何で!? 何で、人を殺さなきゃいけないの

!? どうしてトウコがそんな事を言い出すほど、トウコが責任を負わなきゃいけないの

!? おかしいよ!」

 怒鳴るように、泣き叫ぶように、ベルは問い詰めてくる。

 トウコは穏やかに、口を開く。

 ワガママを言っているのは、トウコなのに。

 彼らと出会って、明確になってしまった、どす黒く染まっている理想を、彼女に届け

る。

 言い聞かせるように、言った。

「おかしくないわ。暴論でもないわ。責任を負っているわけでもない。私自らが、私に

課しているただの決まり。いい、ベル。聞いて頂戴。あんたも、チェレンも、あの人た

ちも、その他大勢の人たちが、奴らのせいで、苦しんで、嘆いて、涙を流して、痛いの

を我慢してきたでしょ。私は、そんな世界が許せない。プラズマ団なんて連中を野放し

にする、この世界そのものが許せないの。一度は逃げ出した身よ、だからこそ。この世

界には、色んな悪意がそこらじゅうに存在するわ。でも、そこで生きているなら、堪え

なきゃいけないこともあると思う。だからっていって、ならあの悪意をほっておいてい

いと思う? 私はそうは思わない。誰しもが、悪意のひとつでも少ない世界で暮らして

277

Page 286: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

欲しい。私はせめて、イッシュだけでも作り替えたいと思う。プラズマ団だけでもい

い。数多くの悪党のうちの一つをぶっ潰して、みんなが楽に生きられればそれだけで、

私はいいの。私はただ復讐したいだけかもしれない。そうだとしても、それで救われる

人もいると思うの。あいつらの脅威がなくなれば、ポケモンを道具にする人も減る。私

は、人の悪意ばかり見てきたけれど。人にはきっと、そんな優しい善意もあるのよ。ベ

ルがそうであるように。チェレンが、母さんがそうであるように。私の大切な人のため

に、そうしたいの。だから、お願い。止めないでベル。私は、ゲーチスを殺す。殺して、

プラズマ団を、破壊する。二度と再建しないように、根本を滅する」

 彼女なりの理想が、しっかりとカタチになっていた。

 それは多くの負の感情を取り込んで、最終的には必要悪という答えになってしまっ

た。

「ダメッ! 人を殺す復讐なんて、絶対ダメッ!」

 とうとう、ベルは泣きながら掴みかかってきた。

 胸ぐらをつかまれても、トウコは平常のトーンで言う。

「綺麗事だけで、現実は変えられないわ。泥を被る覚悟がなければ、奴らは倒せない」

「できるよ! 周りの人がトウコを手伝ってくれる! チェレンだって、あたしだって

!」

278 ごめんなさいともう一つの目的

Page 287: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 そのとおりだ。助けを求めれば、彼らはきっと手を貸してくれる。

 だが。

「それじゃ、意味がないのよ。汚いのは、英雄って仮にも呼ばれている、私が全て被らな

現在い

いと。二人とも、

を犠牲にしてまですることじゃないわ。簡単に失っていいもの

じゃないでしょう? これは、時代に取り残された忘れ物なんだから。忘れ物は、忘れ

物係が片付けないといけないじゃない」

「それがトウコだっていうの!? 折角、いまに帰ってこれたのに、また過去に立ち戻るの

!?」

「……そうなるわね。でも、それまでは今のイッシュを見ていくつもりだけど」

「明日それをやめるかもしれないんでしょ!? それじゃ、意味がないよ! ずっと、この

先未来を見ていかないと、何の意味もないんだよ!?」

 ベルは必死だった。また、トウコが遠くに行くようなことを言っている。

 理解できないことを言っている。

 やっぱり、トウコは何も言っても根っこを変える気はないのだ。

 どんな言葉を並べても、どんなに行動で示しても。

 彼女は、一人で全部の罪を、人殺しの咎を背負う気でいる。

「やめてよおっ! トウコ、どうしてそこまでこだわるの!? 一緒にいるって言った

279

Page 288: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

じゃない! これから、イッシュを見て回るって言ったじゃない!」

 自分のことは棚上げにしていることはわかってる。でも、それでも言いたかった。

 どうしてこの幼馴染は、話を聞いてくれないのだろう。悲しいことばかりを言うのだ

ろう。

「そのための通過儀礼よ。偽物だろうが、空っぽだろうが、英雄って一度呼ばれた以上、

責務は果たすべきなの。ベルには理解できないと思うけど……何時か、分かってくれる

日が来るわ」

「そんなの、わかんないよお! トウコ、そこまで気負って最後にはどうするつもりなの

!? 自分のことなんだと思ってるのよお!」

 手が動く。全く動じないトウコに苛立ち、平手打ちしてしまった。

 乾いた音がして、紅くなるトウコの頬。痛いはずなのに、トウコは微笑んでいる。

「……今の私には、何の価値もないわ。まだ、ね。価値が生まれるのは、全てが片付いて、

二人と笑い会える価値があると思えた時、かしら。今は、笑い合う資格なんてない。私

はそう思ってる」

「そんなの、自分勝手だよ! あたしの声も言葉も、聞いてくれないの!?」

「聞いていたら、間に合いそうにないしね。その探してる奴を見つけられたら最後、全部

壊れてしまうわ」

280 ごめんなさいともう一つの目的

Page 289: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「トウコ、そんなことやめてよ!」

「ダメよ。やめないわ」

 いつか、こういう言い合いになることは予感していた。

 トウコは、破滅に向かう覚悟がある。

 そこに、一人で行くつもりなのだ。共に行くのは、地獄の底までついて行くポケモン

だけ。

 人を連れていくつもりなんて、ない。

 言葉の争いは、平行線だった。取り乱すベルと、平常心のトウコ。

 やがて、正気を取り戻したベルは、言った。

「……じゃあ、あたしも、トウコの敵になっちゃうね。あたし、そんなの絶対に認めない

から」

 ベルが重い覚悟でそう告げると、軽く茶化すように、トウコは肩を竦める。

「そうなるわね。それも覚悟のうちよ。どうする? ここで白黒付ける? 万が一私に

勝ったとしても、私は聞く耳もたないわ」

 この勝負、分が悪い。トウコは絶対に折れない。聞かない。

 手段を一つに決めている。なら、ベルも出来ることは一つ。

「……そんな馬鹿なことさせないように、あたしが考えを改めさせるよ」

281

Page 290: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ベルがいうと、力ずくと思っていたトウコは驚いた。

「出来るの? 私、これだけは譲らないからね」

「あたしだって、譲らない」

 ベルとトウコ。大切なはずの人と、心の中で、決別してしまった。

 二人はこの件に関しては、「その時」まで触れないと約束した。

 これは、関係を崩すかもしれない程デリケートなことだ。

 安易に触れていいことじゃない。

 トウコとベルは、真逆だから。

 相容れないとしても。絶対に、あきらめない。

 ベルは心に誓ったのだった。

282 ごめんなさいともう一つの目的

Page 291: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

影を進む白

    彼は、一人孤高の旅をしていた。

 一人の少女に礼を言うために、彼女の歩いてきた道を辿り、彼女の元に往こうと。

 然し、彼は同時に悟っていた。

 今彼女に逢えば、間違いなく戦いに発展し、軈ては過去と現在の殺し合いにまでなっ

てしまうと。

 彼女が取り乱すのが容易に想像できる。彼女は、言ってしまえばまだ弱い。

 過去を僅かばかり受け入れた程度では、過去を、犯した罪を、完全に自分の歴史とし

ている彼とは次元が違いすぎる。

 認める者と認めぬ者の差は歴然。

 彼女はまだ、全てを自分のものにはできていない。

『なあ、ハルモニア。お前は、俺達のことを責めないのか?』

「なぜ、彼女のトモダチである君たちを僕が責める必要があるんだい?」

283

Page 292: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 彼女のかつてのトモダチは、今の仮の主である彼を、ハルモニアと呼ぶ。

 本名、ナチュラル・ハルモニア・グロピウス。縮めて、Nと周囲には呼ばれている。

 だけど、彼女のトモダチは決して彼をNとは呼ばなかった。

 翠の髪の毛を風に躍らせ、天空を泳ぐ白き龍の背中で、ボールの中のリーダー格のポ

ケモンが彼に問い、彼は逆に問うと彼は黙った。

『あたし達、思うのよねハルモニア。トウコを裏切ってるあたし達が、今たとえ逢えたと

しても、許してもらえない気がするの。多分、今のトウコの手持ちに排除されるかしら。

まあ、言っちゃえば憎まれている身だし……下手すれば、殺されるんじゃないかって』

 違うポケモンが言う。

「……そうだね。その可能性はゼロではないだろう」

 青年は冷たく答える。冷徹にも見えるその言葉は、事実として彼らの罪悪感を痛み付

ける。

『オラたち、姉ちゃんに今更合わせる顔がねえ気がするべ……。オラ、特になぁ……』

『わたくしもあなたのことを言えませんわ。マスターを糾弾する眼で見てしまったあの

頃の夢を、未だに見ますもの……』

『バカ、みんな言えないわよ。あたしなんて、あいつに噛み付いたのよ? それで怪我さ

せているのに、謝ることすらしないで、逆ギレして……ホント、サイテー』

284 影を進む白

Page 293: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『チールも悪いよ。チール、トウコのこと誤解してた……』

『みんな。俺たちが悪いと思っていても、その気持ちを伝えても、あいつは簡単には赦し

てくれねえよ。間違えちゃいけねえ時に、間違えちゃいけねえことを、俺たちは間違え

た。その行動が生む結果や責任を全てあいつに擦り付けて、後悔で潰されそうなあいつ

を責めて、去ったんだ。傷つけるだけ傷つけて、そのあと知らん顔だぜ? こんなこと

して、命取られる程度で赦されるなら誰だって苦労しねえ』

「……」

 彼らは互いが悪いと言っている。

 だが、そんな問題で済め程、もう事態は甘くない。

 彼女のプラズマ団に対する憎悪を自覚させるキッカケになったのは、彼らの裏切り

だ。

 そして、彼女の心に大きな傷跡を残したのも、その事だと思われる。

 Nの耳にも、ヒウン事件のことは入っている。

 黒髪を真っ直ぐにおろした若い女性が、狂ったようにプラズマ団たちをポケモンで襲

わせて半殺しにして、病院送りにしたという。

 その目的は、白昼堂々人のポケモンを奪うという彼らの行動に問題があり、事実彼女

はそれを阻止する上で仕方なく襲わせた、と周囲には知らされている。

285

Page 294: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 だが、事情を何となくだが知っているNは分かっていた。

 彼女は、率先して彼らを襲わせていたのだろうと。

 その時の彼女は、恐らく理性のリミッターが外れて、過去の痛みがフラッシュバック

した。

 彼女はポケモンを奪われたわけではないようだが、知り合いが奪われかけていたと

か、何度も目撃しているうちに徐々にプラズマ団に対してだけは、倫理観が壊れてし

まったのだろうと。

 誰だってそうなる。

 プラズマ団はイッシュではテロリスト扱いで、恨み憎んでいる人は多い。

 そしてその王の器としてある男に利用されていたNも、当然恨まれている。

 裏事情を知らない一般市民からすれば、Nとてプラズマ団の一員で、然もトップとく

れば恨まれないほうがおかしい。

 今の彼女は、過去に囚われた復讐者。

 憎悪の対象は、どんなことをしても排除するとしたら。

 彼女の中では良心の呵責なんて優しさは、崩壊しているとしたら。

 プラズマ団だけじゃないだろう。

 過去に裏切り、去っていったポケモンが今更現れて復縁しようとしたり、謝罪の言葉

286 影を進む白

Page 295: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

を届けに来たとすれば。

「……」

 怒り狂ったトウコに、同じような事をされるだけだ。

 彼女と、どうやらゼクロムは今は協力関係ではないようでもある。

 レシラム曰く、『彼の気配は、イッシュにいればどこにいても感じます。しかし、此処

最近は全く感じませんから、もしかしたらダークストーンになってしまっているのかも

しれません』と言っていた。

 Nには、ゼクロムの真意はわからない。顔を合わせて話さない限りでもしないと。

 だとしても、石を持っているのはトウコ自身。

 逢えば、殺し合いになる。

 言葉を失った英雄がどういう結末を辿るか、想像するより簡単だ。

「……まだ、トウコとは会う時じゃないか……」

 それがNの出した結論だった。

『そうでしょう。N、哀しいだけの真実を見たとしても。私達にはそれを見届ける義務

があります』

「……分かっているよ、レシラム」

 白き龍は、前を見たまま彼に言った。

287

Page 296: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 自分の意思で一度選んだ道だ。

 逃げることも、退くことも、出来ない。

 トウコは、自分で道を選ぶことすら出来なかった二年前。

 そのこと全てを疎ましく思い、破壊したい気持ちも漠然とだが理解できなくもない。

 今は、まだ。

 彼女の進むところには歩み寄ることは、出来ない。

 時間がくれば。時間がくれば、Nも、彼らも言えるだろう。

 あの時言えなかった一言。

 Nはありがとう、という言葉を。

 彼らはごめんなさい、という言葉を……。

288 影を進む白

Page 297: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

お人好しの少女

     過去に大きな負けを経験したからか、楽しく勝利という事にトウコはこだわりは無く

なった。

 昨日感じた胸の熱さは、潮が引いていくようにすっかり冷めてしまった。

 やはり勝てれば何だっていいし、勝負を楽しむよりも勝つのを優先するほうが、自分

にはあっている。

 敗北は絶対にしたくないから、手段も選ばない。

 相手を挑発して、冷静さを欠けさせている状態で勝負して完封したり。

 そういう姑息な方が、楽だし早い。

 そんなことをしなくても、普通にバトルして勝てるけれど。

 長い間、無機質な勝利というものに浸りすぎたせいで、一度や二度の感情程度では再

燃することはできない。

289

Page 298: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 強すぎると、弱者の相手をするのも億劫になる。

 挑発して頭にきて一度でもすれば、圧倒的実力差で相手を叩き潰してしまう。

「……私は、やっぱり、勝てれば何でもいいわ」

 喧嘩をした後、表面上は仲直りして、ベルとトウコは、PWTにきていた。

 簡素な控え室で、トウコは壁に寄りかかって気だるそうに、ベルはベンチに座ってポ

ケモンの体調をチェックしている。

 今日はドームの中でトーナメントに挑むと、取り繕うようにベルがいって、付いてき

たトウコ。

「……トウコ。だからって、あの態度は何かなあ? 酷すぎるよ、相手に喧嘩売ってるの

?」

「それでもいいわ。バトルも勝てる、喧嘩も勝てる。かかってくればいい」

「……トウコ、真面目にやる気ない?」

「あるわよ。なければきてないし」

「……はあ……。そこなんだ、まず」

 PWT、二人で挑むダブルバトル。

 午前中に行われた二回のトーナメント戦を軽く勝利して、午後の決勝戦前。

 本当に控え室かと思うくらい物の少ない室内で、彼女たちは話す。

290 お人好しの少女

Page 299: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 この時点で一つ、大きな問題が発生していた。

 ぽーんぽーんとボールを手の上で遊ばせているトウコの態度が、問題になった。

 いや、本来ならPWTにおいて、それは問題にならない。トウコが露骨かつ悪すぎる

のだ。

 別に違反行為をしたわけでもない。

 ただ単に、常時にやる気のない態度と見下した口調が、相手の顰蹙を買っているだけ。

 しかもそれに比例して、勝利数も高い。

 相手に何もさせずにベルの指示に合わせて一方的に伸している。

 それが更に周囲の嫌味を買っているという現実。

 ベルが謝っていると、トウコが余計なことを言って、更に場の空気を最悪にする。

 そんなこんなで、精神的疲労がピークなベル。

 トウコにとって、ベルと一緒に戦うダブルバトルは、楽しむというよりも勝ってしま

えばそれでいい。

 ベルとしては、勝負の楽しさを思い出して欲しいようだが、生憎と一度は火がつきか

けただけで、結果はアレだったし、もう面倒だし楽しむつもりなんて毛頭ない。

「……トウコ。少しはさ、周りの空気を読んで」

 一応、忠告しておくが……。

291

Page 300: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「ふんっ……。弱いくせに相手の技量も分からず噛み付いてくるほうがいけないんじゃ

ない」

「……」

 そういう問題か、と指摘するとますます悪化して、常時ダウナーから今度はメンタル

でヤバイ空気になりそうな感じがしたので、ベルは口をつぐんだ。

 トウコはどこか無気力で、ボールの中の彼らとも視線を落として話し合う。

『お姉ちゃん、研究者少し悲しそうだよ。話、聞いてあげれば?』

 ココロの声が聞こえる。

(……わかってるわよ。話は聞いてるわ。でも、言うことを聞きたくないだけ)

『それは聞いてないって言うんだよ……』

 ココロは呆れて、もう何も言う気はないらしい。

 相棒たちの大半、同じような感じだ。

 一体以外の彼らの手に負えない、という感情がココロを通じて感じる。

 朝の喧嘩以来、トウコらしくないと誰も言う気はない。

 こいつ以外は。

『トウコ。お前よぉ、悄気ているからって、あの子に八つ当たりしてるんじゃねえよ。

みっともねえ』

292 お人好しの少女

Page 301: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「誰が、誰が八つ当たりですって!?」

 思わず、ボールに向かって叫ぶトウコ。

 見るからに分かる怒りの表情で、ボールを否定と怒号で捲し立てる。

「えっ?」

 座るベルが怪訝そうに見つめるのも気付かず、トウコは怒り狂う。

「うるさいうるさいうるさいっ!! 私だって、私だって本当はこんなこと……ッ! 

アーク、あんた分かって言ってるんでしょう!? どうなのよっ!」

『……まあ、わかっちゃいるぜ。ショックなんだろ。さっきのアレが、全面否定されたの

目的

ふくしゅう

がよ。だが一方で、理解されないってことは覚悟していたはずだぜ。お前の

はお前

一人のものだ。俺達以外、誰も賛同してくれやしねえ。復讐ってのはそういうもんだろ

? お前が言ったことだ。間違った道を行く、とな』

「それは……ッ!」

『もう一度言うぜ、俺達のパートナー。覚悟を決めろよ。俺達は地獄の底まで付き合っ

てやる。だから、復讐でも何でも、好きなことをしろよ。俺達は、味方だから。だが、周

囲は理解しねえってことも、覚えておけ。今回のはいい機会だっただろ?』

「……」

 アークの言うとおりだった。

293

Page 302: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 結局、人には理解されない言動をするということは、受け入れてもらえない。

 いつか、決めていたはずだ。一人で行くから、人なんていらない。トウコには、彼ら

がいると。

 暫く、頭を冷やしながら、黙る。トウコの沈黙が、ベルには何か嫌な予感をさせる。

「……そうね、アークの言うとおり。私は、何を勘違いしていたのかしら。私の事を理解

してくれる人なんて……こんな事をしようとしている私を、支えてくれる人なんている

わけないのにね」

 哀しみを湛えて、トウコは小さくボールに向かって呟いた。

「!!」

 ベルは聞こえてしまった。息を呑む。

 先程のアレは、トウコとのなかにあった埋まりかけていた溝を、また掘り返してしま

うことだったのだ。

 トウコは、手の中のボールに向かってポツポツと喋りかける。

 その中身が、全てネガティブを連想させ、彼女の中の闇の欠片が顔を見せている。

「……」

 ベルは横目で彼女を見るけれど、闇色の瞳をしているトウコはこちらを見てすらいな

い。

294 お人好しの少女

Page 303: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 自分の中で、自分の解決方法を見つけ出して、また、一人で歩こうとしている。

「……トウコ?」

 怖々声をかけてみると、

「……何?」

 顔を向けたトウコは、虚ろな目でベルを見た。

 こうしてみると、ハッキリ目に見えてわかる。

 彼女との中に、壁が再び築かれそうになっている。

 ここからもう入ってくるな。そういう目で、ベルを見ている。

 トウコだって、トウコなりに苦悩して、あの答えを出したはずなのに。

 過程をすっ飛ばして、答えだけを聞いてしまった。

 ベルはよく聞かず、頭ごなしに全部否定していた。

 無論、今でも認めるつもりなんてない。

 殺しは良くない、でもそうなる過程において、何があったのか。

 せめて、聞くべきだったのかもしれない。

 そうすれば、こんな風に接されることもなかったのに。

「トウコ。気が向いたときでいいよ」

 ベルは、そう考えを改めて、言った。

295

Page 304: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 なるべく、誠意が伝わるように。

「?」

「気が向いたとき、また教えて欲しいな。あたし、さっきは頭に血が上ってたから。話も

聞かないで、酷いこと言っちゃったと思う。ごめんなさい。確かに、今でもいけないこ

とだと思うよ。でも、トウコの考えもう少し聞いてみるべきじゃないかと思うの。全部

否定していたら、相手のこと認めないってことになりえるでしょう。あたしさ、自分の

考えが全てだとは思ってない。建前の一般論だってことくらいは分かってる。また、教

えて。今度は、全部否定しないで、トウコの話をしっかり聞くって約束する。だから、あ

と一度だけでいい。あたしを、信じてくれない?」

「……」

 トウコの目が見開かれる。

 ベルが言い出した、ベルから寄り添った妥協案とも取れる内容に、少なくても驚いて

いた。

 暫し逡巡し、色が戻った視線をさ迷わせ、オロオロと狼狽えて、混乱する思考を纏め

ようと必死になる。

 トウコにとっては、絶対に理解できないと先に否定されたばかりなのに。

 トウコが頭を冷やしたように、ベルもまた頭を冷やして、冷静になった。

296 お人好しの少女

Page 305: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 そして、表面上じゃなくて、本当の意味の仲直りがしたいと言い出したのだ。

『……。お姉ちゃん、研究者は本気だよ。本気で、お姉ちゃんの望む内容を理解しようと

努力するつもりみたい。だから、嘘は言ってない』

 ベルの精神の中身を覗いたのだろう、ココロがそう助言した。

 ココロの言うことに間違いはない。精神を覗けるということは、考えがわかるという

ことだ。

 ココロに嘘をいう理由もないし、つまりベルは本気で……。

『トウコ。あっちが仲直りの手を差し伸べてるのに、お前はそれを突っ撥ねるのか? 

それはそれでどうかと思うぞ? あの子、筋金入りのお人好しだな。お前を理解したい

から、間違っていると分かっているのに近づこうとしてくれてる。お前のコト、知りた

いから。そんな友情を、トウコ。お前は耳を塞いで切り捨てるのか?』

 アークもまた、ベルの行動が予想外だったようだが、彼女の評価を大きく変えた。

 そう。ベルは、お人好しだ。筋金入りの。

 トウコの事が大切で、彼女に言えないことも沢山あるけれど、それでももう失いたく

ない人で。

 また、彼女が一人で何処かに逃げ出して、一人で哀しみも、痛みも、抱え込んで欲し

くないから。

297

Page 306: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 そんな辛いだけの想いを、二度とさせたくないから。

 だから、あたしにも痛みを教えて、苦しみを伝えて、と。

 ベルは歩み寄る。トウコだけに、全てを背負わせる選択肢だけは、決してもう誰にも

選ばせない。

 トウコ自身にも、ベル自身にも。突き放すというのは、またトウコを独りぼっちにす

る。

 未来のことはわからない。トウコは道を誤るつもりだとしても。

 それでも、常識に囚われていては、トウコの事が理解できないというなら。

「あたし、トウコのこと知りたい。トウコが目指すもの、トウコの思い描くものを、一緒

に見たいよ。たとえ間違っていても、それでも一人で進むつもりなんでしょう? トウ

コ。一人で進むっていうのは、凄く辛いってこと知ってるのにまたそんなことするの

?」

「……」

「今度は、その未来にせめてついていけなかったとしても、誰にも反対されたとしても。

あたしは、少しでもいいからトウコが持ってる理想を、知って考えたい。一人で考える

よりも、二人で考えたほうがいい案、浮かぶかもしれないよ。だからさ、教えて。また

今度でいいの。気が向いたときで。あたし、ちゃんと聞くから。最後まで、しっかりと」

298 お人好しの少女

Page 307: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……」

 ベルは、妥協してくれた。

 間違っていると指摘するのも優しさだとすれば、言ってもダメな奴が、破滅する未来

に向かって突き進むのをせめて理解したい、というのは優しさか?

 トウコにはその想いが大きすぎて、深すぎて、さっぱり理解できない。

 でも、ベルはそうしたいと言ってくれている。

 今度は、トウコが歩み寄る番だ。

「ベル……。本当に、いいの? ここから先は、知れば知るだけ絶望の片道切符よ? 私

がやろうとしていることは、悪党相手とはいえ、単なる人殺し。それを、わかってるの

?」

 脅すように、真意を試すように、問う。

「分かってる。そうでもしないと変わらないと、少なくてもトウコは思っているんで

しょ?」

「……そうだけど……」

 ベルは、微笑んだ。

 とても温かい、笑顔。

「なら、そうしなくてもいいかもしれない案を考えよう。一緒に。殺すってのは、本当に

299

Page 308: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

最終手段だよ。あのゲーチス相手だから、そうしないといけないほど切羽詰まったって

のは、分かった。あたしも少し、楽観視しすぎていたかもしれない。目先の常識にとら

われてた。プラズマ団だもん。何したっておかしくない集団だってこと、忘れていた。

少し色々あたしも調査するから、トウコも手伝って」

「……」

 強引に手段を変えろとは言わない。

 ただ、もう少し方法を考えてみよう。二人で。

 それでもダメなときは、その時考える。

 それで、今はいい。

「……」

 トウコは迷った。迷って、迷って、迷い抜く。

 ベルはずっと笑顔で、待っていた。どんな答えをされても、受け入れるように。

 トウコは、俯き、深呼吸して、顔を上げた。

 そこには、もう迷いはない。

「……分かったわ。ベル、ありがとう。私も、頑張る」

「うん。こっちも、ごめんね」

 壁から背を離し、近寄って、座るベルの差し出す手を、しっかり掴む。

300 お人好しの少女

Page 309: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 仲直りの握手。

 喧嘩したあとは、いつもこうして、互いにごめんなさいと謝って仲直りしていたのを

思い出す。

 ベルは大人になった、そう感じた瞬間だった。トウコには到底真似出来ない。

 ベルも、心がとても強い人だ。だからこそ、信じると決めたら、今度は何があっても、

信じたい。

 壊れていくだけの未来を、理想を抱いていても。この手は、もう離さない。

 その想いを込めて、がっちりと握手する二人だった。

301

Page 310: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ココロを、開いて

    ──トウコとベルは、決勝戦に出た。

 周りが観客で騒がしい中、勝手なキャラ付けをされたトウコの扱いが酷い。

 これまでの戦いにおいて、トウコのそのやる気のなさに比例した強さが妙なことに

なっている。

 実況者が、赤コーナーから入ってきた二人を面白おかしく脚色して説明する。

 堅実な戦術で勝利を導き出すベルと、唯我独尊で相手を嘲笑う絶対強者のトウコの異

色コンビ、とか何とか。

「……誰が唯我独尊の絶対強者よ……」

 トウコが渋い顔で、円形の室内フィールドに続く特設通路を歩き出す。

 左右から好機の目で見る観客の視線が痛い。

 その隣を、ベルが苦笑気味に歩き、言う。

「今までそういうやり方してたから、そう見えてもしょうがないでしょお? 自業自得」

302 ココロを、開いて

Page 311: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……」

 ベルの言うとおりだ。

 八つ当たり気味に戦って勝っていただけの勝負、周りからそう見えても否定できな

い。

「トウコ、何を出すの?」

 ベルは歩きながら、ボールをバックから引っ張り出して問う。

 トウコの手持ちを、現在断片的に知っているベルは、それによってこっちも選ぶと

言った。

 ベルが知っているトウコの手持ちが、シアとアーク、ホルスにディーの四匹のみ。

 普段からボールの外に出る機会のおおい彼らだけだ。

 ここにくるまで、シアの雑なゴリ押しで勝ってしまっている。

 その時はベルがノロノロとしていて、仕留めそこねた相手を速やかに倒し終えたシア

が嫌々ながら倒している、という状況だった。

(……シアは?)

 ベルに少し待ってて、と言ってからボールの中の「彼女」に問う。

 ボールの中で待機していたほかの相棒たちとの中継役の「彼女」は、はぁ、と溜息を

ついたように思念を飛ばす。

303

Page 312: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『シア、不貞腐れている……。もう出たくないって。ディーは冗談じゃないって一蹴さ

れちゃった。ホルスは鼾かいて寝てるし。アーク、出られる?』

『あぁ? 俺? 悪いけど腹減って力出ねえ。悪いけど今回はパス』

 肝心のリーダーは、空腹を理由に断った。

『肝心なときに役に立たないな……。あっ、ギガスが出ても構わないって言ってるけど、

どうするお姉ちゃん?』

 立候補したそのポケモンに、思わず顔がひきつるトウコ。

 相棒たちも、ギクッと身をこわばらせたようだ。

(ご、ごめんねって言っておいて。ギガス出たら、建物が崩壊するでしょう? いえ、私

達も含めてこの場にいる全員が生き埋めになるわ。ギガスはあくまで大事とかにしか

手伝ってもらえない。ギガス、あんた前に自分が外に出たときに周囲がどうなったか忘

れたの?)

『……』

 あの子は普段から喋らないが、この時ばかりは直接言うと凄く残念そうだった。

 ギガス。それはトウコの手持ちの中で最も強く、最も危険なポケモン。

 ひと度外に出れば、建物を崩壊させ、地盤沈下を起こし、自身が動く震源地にすら成

り得る危険なパワーを秘めている。

304 ココロを、開いて

Page 313: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 前回、どうしても力を借りなければいけなかったときに手を貸してもらったときは悲

惨だった。

 民家を倒壊させそうになったり、軽トラック系の自動車をいくつも爆発し、道路を陥

没させ、標識を何本もへし折り、街路樹を引っこ抜いて散乱させ、クレーターを拵えた

ほどのハイパワーで大暴れした。

 丁度、竜巻にあったかのような被害状況だ。あんな感じを、ギガスが暴れるだけでそ

うなる。

 それでもなお、本来のパワーの半分しか出せていないというから、驚きである。

 あの子はぶっちゃけ、キレやすいゼクロムよりタチが悪いポケモンであるとトウコは

思っている。

 普段はマイペースにねているくせ、たまに起きると手伝うと言い出してくれるのは、

嬉しいのだが……。

 シンオウで出会って以来、あの子が戦ったのは数度程度だが、被害総額は間違いなく

一番高い。

 そんでもってお金の桁も違う。

 故に、よほどがない限り、あの子は出さないとみんなで決めている。

 ぎょっとして、ボールの中から困惑の声。

305

Page 314: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『えぇっ。じゃあ、わたしが出るの?』

(そうなるわね……。ココロ、お願いできる?)

『やだなぁ……人間の前に出るの、嫌いなんだけど……』

 消去法で残されたココロが、今回の相棒となった。

 ココロも滅多に人前に姿を出さないようにしている。

 然し、今回ばかりは仕方ない。

 ディーを無理に出せば彼は暴れるし、アークは力が出ないなら話にならず、シアに無

理強いは出来ないし、ホルスは寝ているので全然ダメ。

 バトル=暴れるだけで大きな被害が周囲に出るギガスは論外だ。

(ココロ。大丈夫よ。私が今のココロを守るから。絶対に)

 トウコが言い聞かせるように、言った。

『……まあ、お姉ちゃんがそう言うならいいけど……。はぁ、気が重い……』

 渋々ながら了承してくれた。

 ぶつぶつと小言を言って、アークに茶化されて怒っているようだ。

「ベル。私、ベルの知らないポケモンを出すわ」

 決定したので、赤コーナーの階段の前で彼女に告げた。

「……? あたしの知らないポケモン?」

306 ココロを、開いて

Page 315: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「そう。ちょっとワケありでね。滅多に人前にでたがらないけど、今回は事情が事情だ

から。出てくれるって」

 トウコがそう言うと、ベルは不思議そうに言った。

「……トウコって、まるでポケモンたちと会話できるみたいだね」

 前には、ホルスと話している光景も見ているベル。

 そう、思っても仕方なかった。

 ポケモンの言葉がわかるという、あの青年のように──

 ベルには、そんな風に言うつもりはなかったのだろうが、トウコは一瞬顔を顰めた。

 過敏に反応して、ベルがごめん、と謝る。

 トウコも肩を竦めるように言った。

「私はポケモンの言葉はわからないけど、人間の言葉を喋るポケモンならいるからね」

 彼の存在を知られている今、隠す必要もない。

 これでも研究者の端くれであるベルは、それだけで理解した。

「ああ、ゾロアークのことか……。確かに人の言葉も喋れるし、っていうか変身もできる

しねえ」

『人を特撮の悪役みたいに言ってんじゃねえよコラ』

『顔はそのまま悪役でしょ』

307

Page 316: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『うるせえよココロ!』

 あはは、と張り詰めた空気を壊すように笑うベル。トウコも軽く笑う。

 ボールの中で空腹で欠席する当の本人が文句を言うがスルー。

 しれっとココロが毒を吐くがまあ気にしない。

 トウコは、そこでふと思い出してバックの中身をあさる。

「? どうかしたの?」

「ちょっとね……。いつも、あの子と一緒にバトルするときは、アレをするって決めてる

のよ……」

 あさって、該当するモノを見つけ出して取り出し、首から下げる。

 綺麗なネックレスだ。大きめの宝石らしきモノが、シルバーのチェーンに繋がれてい

る。

「ん? なにそれ?」

 ベルがそのネックレスを見つめ、問う。

「これ? これは、凄く大切なモノ。言うなれば、私とあの子の一生の絆の証……かしら

ね」

 トウコは詳しく言及は避けたが、光を受けて七色に反射するその宝石は、とても美し

いとベルの目には映る。

308 ココロを、開いて

Page 317: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 実況に入場を呼ばれた。

 ベルとの、仲直りして初めてのバトルが始まった。

   決勝戦の相手は、カロス地方のトレーナーの二人だった。

 活発そうなショートヘアのネックレスをした女の子と、メガネをしている頭の良さそ

うな腕輪をしている男の子。

 青コーナーに立つ二人は、駆け出しのような雰囲気を感じる。

「決勝戦、悔いのないように、よろしくお願いしますっ!」

 女の子が元気よく、二人に向かって言った。

「よろしくねえ!」

 ベルが手を振ってフレンドリーに答えるのに対し。

「……おい、あんまり馴れ馴れしくするな」

 女の子に横目で睨む男の子と、

「コミュニケーションは任せるわ」

 そっぽをむいて準備するトウコ。

 相棒は似た者同士だった。

309

Page 318: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……トウコ……」

 呆れて見つめるベルと、向こう側で言い合いを始める二人を見る。

 何かじゃれ合いのようにも見える。

「はぁ……」

 どうやら仲良しの二人で参加していたようだ。

 トウコはため息をついて、相手を観察する。

 数秒でやめた。

 主にあのイチャイチャにしか見えない空気を見ているのが嫌になっただけだ。

 周囲が音の洪水状態で、何を言っているか聞こえないがみるからに痴話喧嘩である。

 ベルですら、苦笑いをしているだけだった。

 実況が、審判を入れて試合を開始すると宣言。

 ルールは、ダブルバトルで互いにポケモン一匹ずつ。

 交換は認められず、一度出したら変えられない。

 また、あまりにも巨大なポケモンなども不可。これは建物の関係だろう。

 そして、破壊力の高すぎる技も不可。

 壊れて大惨事になったらたまったものじゃないからだ。

 勝敗は戦闘不能で全滅するか、降参をした場合につく。

310 ココロを、開いて

Page 319: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 二対一でも試合は続行されるので、注意が必要。

 その他、細かいルールは規定通り。

 以上である。

 バトル開始と審判が叫び、一歩下がる。

「──よし、いっけえぇー! ルカリオッ!」

「──行ってこい。バシャーモ」

 二人がボールを投げる。ボールがアーチ状に軌跡を描き、開く。

 飛び出してきたのはルカリオとバシャーモだった。

 ずしんっ、と着地して構えを取るルカリオと、片足を上げて臨戦態勢に入るバシャー

モ。

 ……よく見れば、二匹とも首に何か下げている。

「ふええ!? な、なにあのポケモン!?」

 ベルがそれを見て、凄く驚いていた。

 慌てて図鑑を取り出そうとして、それは反則だと審判に注意されてしょんぼりしてや

める。

 相手のポケモンのデータを図鑑に頼るのはルール違反なのである。

「どっちに驚いているの?」

311

Page 320: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコは両方見たことがあるので気にしてないが、聞いてみる。

「あの、あの、ルカリオは知ってるけど、紅いほう! 足上げてる方!」

 興奮したように、両腕を激しく上下に振って叫ぶベル。

「……バシャーモのこと?」

「そうそう。ばしゃーもう? ってポケモン! 初めて見たよお!」

 研究者としての血が騒いだのか、きゃあきゃあ言いながら「バシャーモカッコイイよ

お!」と指差して騒ぐ。

「バシャーモはほのお・かくとうの複合タイプなの。ホウエン地方じゃ、最初の一匹とし

て貰えるって話を聞いたことあるわ。まあ、わりとあっちの地方じゃポピュラーなポケ

モンよ」

 ホウエンに行ったことのあるトウコが丁寧に説明すると、バシャーモの主が腕を組ん

だまま、口をはさむ。

「よく知っているな。俺が一流のバシャーモ使いだと、見ただけで見抜く眼力……。お

前も、決勝にきただけのことはある。只者じゃないということか。面白い」

「……」

 妙に芝居がかった声だが、あえて無視した。

 トウコは、褒められているよバシャーモ! とバシャーモに話しかけている女の子も

312 ココロを、開いて

Page 321: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

加えて言った。

「お褒めいただいて光栄の限り。まさか、カロス地方出身のトレーナーでそのポケモン

を持っている人がいるなんて思わなかったけど。ってことはアレね。そのネックレス

と腕輪に入ってる石と、二匹が首から下げているそれはメガストーン。つまり、二匹し

てメガシンカするってことよね」

「「!!」」

 特定のワードを言ったとたん、二人の動きが止まる。

 知っていたのか、とトウコを驚愕の目で見つめる。

 やはりか、とトウコはボールを手にして不敵に笑った。

 これで不意打ちの進化、という有効打を一つ潰した。

「目が進化……?」

 ベルだけは知らないのかついていけず、ポカンとしている。

「ベル、何で目が進化するの? そんな恐ろしい進化じゃなくて、メガシンカ。私が昨日

相手したライボルトと同じ現象よ」

 一応話をしておいたのに、忘れていたらしい。直後に喧嘩していたからしょうがない

として。

 そう言うと、ベルはメガネの奥の目を丸くした。

313

Page 322: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「ええっ!? メガシンカって、そんな沢山のポケモンがするのお!?」

「いや……私も全部知ってるわけじゃないけど。ルカリオとバシャーモは知ってるわ」

 ぽんぽん、とボールの中で『凄い面倒なのがきたね……』と項垂れているであろうコ

コロに、いいからいくよと合図を飛ばす。

「すごいすごい! 目の前でメガシンカを見られるなんてえ! あたし、すごくラッ

キーだよお!」

「……まだすると決まったわけじゃないけど……」

 ダメだ、研究者の血が沸騰しているベルは聞いてない。

 バシャーモもルカリオも、何か困惑気味にベルを見ている。というか、若干引いてい

る。

「チッ……手の内がバレているならしょうがないな。なら、後でご所望通りに見せてや

る」

「それよりも、そっちも早くポケモン出して! バトル始まらないよ!」

 指摘されて、我に帰るベル。呆れるトウコ。

 お先にどうぞ、とするとベルも元気よくボールを投げた。

「やろう、ダイケンキ!」

「!」

314 ココロを、開いて

Page 323: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 その名を聞いて、身を固くするトウコ。

 ダイケンキ。それは二年前、初めて貰ったベルのポケモン。

 ボールから飛び出したダイケンキ。大きな体躯に四足で着地し、一度振り返ってトウ

コを見る。

 その目は、久しぶりだなと言うような優しげな目だった。

 雄叫びを上げる。戦意は十分のようだ。

「さて……じゃあ、行くわよココロ」

 ボールを投擲する前に、小さく言う。

『わたし、やりたくないよ〜……』

 まだ渋っていたらしい。

「我侭言わないで、今度何か奢るから!」

 そうまるで友達に言うように叫び、ボールを投げた。

 そこで彼らが目にしたのは、ボールから高速で射出されたと言うしかない、何かだっ

た。

 ──ひゅあああんっ!!

 イルカのような甲高い声。戦闘機のような紅と白のフォルム。

 一度フィールドを横断するように飛行し、上昇して旋回、トウコのいる場所へと戻る。

315

Page 324: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「えっ……?」

 ベルが、そのポケモンを見て唖然とする。

 愛らしい顔をしたポケモンが、トウコに不満そうに小突くように突っかかっていた。

 細長い首には、トウコと同じような宝石のネックレスをしている。

 トウコは宥めるような優しい表情で、そのポケモンに話しかける。

「だから、後でヒウンアイスでも何でも取り寄せて奢るわ。もう、怒らないで。……違う

のよ、それはアークに言って。私の問題じゃないでしょ? それにこころのしずくだっ

て、ほら。してるじゃないの。約束は守ってるわ」

 優しく話しかけるトウコのそんな顔は、ベルはあまり見たことのなかった。

 仲の良い姉妹のように、人間と同じように会話するトウコ。頭を撫でて、嗜める。

「トウコ……。なに、このポケモン……?」

 相手も絶句し、バシャーモも、ルカリオも、観客も、実況も、審判も、突然出てきた

見たことのないポケモンに言葉を失っていた。

 不自然に静まり返る会場。

 多くの人が奏でるノイズの渦が消えて、トウコが周囲を見て、失敗したように笑った。

「ああ、やっぱり見たことのない人の方が多いみたいね。紹介するわ。この子の名前は

ラティアス。むげんポケモンと呼ばれているの。遠い地方のおとぎ話や伝承に出てく

316 ココロを、開いて

Page 325: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

る、滅多に人に姿を見せないポケモンの一体よ。私は、彼女をココロと呼んでいるわ。

私の大切な、家族で、相棒だから」

 ──ひゅああああ!

 ラティアス──ココロと紹介されたポケモンは、浮遊したまま翼を広がて威嚇するよ

うに鳴いた。

 こっちを見るな、と言いたげな顔をして。

『何で黙ってるの!? わたしがそんなに珍しいの!? だから人前に出るの嫌だったのに

!』

 トウコにしか聞こえない声で、憤慨しているココロ。

「分かった分かった。もう、後で頭下げて謝るから。今はバトルして? ね?」

 抱き寄せて、頭を撫でるトウコ。復讐にかられたときとは見せない、姉のような一面

だった。

『うぅ〜……』

 拗ねたように人前に出たココロは、べしべしと羽でトウコのかおをつつく。

「痛い、痛いってば。ココロ、やめて頂戴」

『なんで、わたし、なの? アークに、出させれば、よかった、じゃない』

 ココロはまだ文句があるらしい。

317

Page 326: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 実況が図鑑を調べて、実在するポケモンだと叫ぶと、観客が騒ぎ出す。

 伝説のポケモンをあの少女は相棒にしている、とんでもない実力者だと思われたらし

い。

(……伝承に出てくるポケモンはココロもギガスも変わらないけどね……)

 彼らの過去を知っているトウコは、無知とはやはり罪なのかもしれないと思いつつ、

呆然としているベルとココロを幽霊のように見つめているダイケンキを我に戻し、

フィールドに嫌がるココロを押し込む。

『おーぼーえーてーろー……』

 怖い声で、振り返って呪詛を流してくるココロ。

 隣に立つダイケンキが「お前マジで戦えるのか? そんな細っこいなりで? 伝説の

ポケモンとか冗談だろ?」という疑っている目線で見ていることに気付いたココロが睨

みつけて、訂正させた。

 相手の二人は、伝説相手と知ったとたんに早くメガシンカしないと危険だと判断した

のか、相談し合っている。

「……トウコ、いつのまにあんなポケモンを……」

 ベルは放心状態で、トウコを見ていた。

 ゼクロムといい、あのラティアスとかいうポケモンといい、トウコは伝説と呼ばれる

318 ココロを、開いて

Page 327: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ポケモンに好かれるのだろうか。

 それはそれで、トウコの知らなかった一面を知れたのはよかった、と自己完結するし

かなかった。

 ともあれ、少々手間取ったがこれにてゴングが鳴り響く。

 ココロの秘められた実力が、明かされる……。

319

Page 328: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

心を共に、痛みを堪えて

    バトルが始まった。

 相手がココロにプレッシャーを感じて、直ぐ様本気になる。

「伝説が相手なら、こっちも本気でいかないとね! ルカリオやるよ! メガシンカ!!」

「……あのポケモンは並みじゃない。やるぞバシャーモ。メガシンカだ」

 女の子がネックレスに触れて、男の子が腕輪に触れる。

 腕輪とネックレス、ポケモンたちがしていた石から猛烈な光が漏れ出し、一帯を包み

込む。

「うっ……」

 ベルがその眩さに腕で目を隠す。

 トウコはそれを予想していて、背中を向けて光を塞ぐ。

『……お姉ちゃん、わかってるね?』

 ココロの声が聞こえる。光で背中に熱さを感じながら、トウコは不敵に笑っていた。

320 心を共に、痛みを堪えて

Page 329: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

(私とココロの心を一つに、ココロの痛みは私の痛み。私の苦しみはココロの苦しみ。

そうだったわね。大丈夫よ、忘れてない)

 そう言うと、脅すようにココロが言う。

『痛いの、お姉ちゃんにも直に通るよ。おねえちゃんの身体だって無事じゃ済まない。

怪我を負う覚悟、出来てる?』

(出来てなきゃ、ココロを出したりしないわ。上等よ、ココロも私が自分を見失なわない

ように見張ってて)

『うん。分かった』

 それを聞いて、トウコは微笑む。

 ココロもきっと笑っていてくれるだろう。

(痛いのも、一緒よ)

『辛いのも、一緒だよ』

(倒れる時も、一緒)

『負ける時も、一緒』

(ココロ)

『お姉ちゃん』

(勝つわよ)

321

Page 330: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『勝とうね』

 二人を繋ぐ絆の証。メガストーンと同じ、不思議なアイテム。

 こころのしずくが、優しく、淡く、輝き出す──。

  光が収まった時、そこにいたのはメガシンカを終えていた二匹だった。

 より攻撃的になったメガバシャーモ。

 配色に変化があり、紅に加えて黒っぽい毛も入っている。

 手首からも炎を吹き出していた。

「うわぁ……」

 ベルも、目を輝かせてもう一匹も見る。

 メガシンカしたルカリオだ。

 波動のチカラに目覚めたのか、手足が紅く変色し角が生え、身体も一回り大きくなっ

ている。

 目付きも鋭くなって、威圧感が増している。

 生暖かい風をルカリオから感じる。これが波動のパワーなのだろう。

「凄い……これが、これがメガシンカなんだねえっ!! 見てみて、トウコ──」

 ベルが両手を合わせて感動している一方。

322 心を共に、痛みを堪えて

Page 331: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 相手も、変化しているそれに、絶句していた。

 トウコとココロ──ラティアスにも変化があった。

「……ココロ。準備ができたみたいね。こっちもいいわ。……そう。分かったわ。私?

 負荷は承知の上。一緒に戦うってのは、そういうことでもあるでしょ? いいのよ。

痛いのは、ココロだけじゃない。私だって、一緒に。ね?」

 背を向けていたトウコがゆっくりと、振り返る。

 外見は長い黒髪、黒いジャケットに黒いジーンズなのは変わってない。

 ただ、トウコの口からまた誰かと話すような内容が出た。

 そして何よりも、トウコの瞳が、虹色に変わっていた。

 まるで虹色のコンタクトをしたかのように。

 そんな不自然なコンタクトがあるわけないのに。

 虹彩の色が、光を吸収して淡く、弱く、光る。

 首にしているネックレスも、先程の光ほどではないが確かに薄く輝いている。

 その姿を見たベルの興奮も、一度停止した。

 トウコは自分の手を見下ろし、ココロを見つめた。

 遠巻きの周囲だけが、トウコの変化に気付かない。

「ベル。固まってないで、とっとと始めるわよ。もう、時間が経過してるんだから」

323

Page 332: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 こちらをみたトウコは、七色に変化する不思議な瞳を揺らして、告げた。

「……えっ?」

 トウコがトウコの声を出したことに我に帰り、ダイケンキを見る。

 ダイケンキも口を半開きにして放心状態であったが、淡い光を纏うココロが鋭く睨む

と首を振って向き直る。

 トウコは文字通り虹色の目で、メガシンカしたポケモンを見る。

 バトルは……もう始まっている。そう告げた。

 相手がこちらの変化についていけないでほうけているなら、丁度よい。先手は頂き

だ。

 右手を鋭く伸ばし、ココロに命じるトウコ。

「さあて──ココロ、いくわよ! はかいこうせ……じゃなくて、10万ボルト!」

 一発目から超火力の禁止技をぶっぱなそうとして慌てて言い直す。

「ひゅああああんっ!!」

 命令通り、ココロが動く。

 ふわりと浮いていた身体が急加速して突撃、激しく身体が帯電し、撃ち放たれた電撃

が何と二匹同時に襲いかかる。

 普通なら、一匹しか狙えないはずの電撃が、意思を持つように別々に枝分かれして、空

324 心を共に、痛みを堪えて

Page 333: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

気の中を疾走する。

「なんだ、アレは!? チッ、バシャーモ、後ろに下がって避けろ!」

「聞いてないよあんなの……っ! ルカリオ、兎に角逃げて!」

 トレーナーですら驚く型破りな攻撃に、慌てて回避を命じて、忠実に動く二匹。

 しかしその後を追尾する電撃。

 地面を叩きながら、あるいは観客席の真上まで届くように広範囲に音を立てて激走す

る。

 見れば、ラティアス自身が動いて先回りしたり、追いかけるように高速で空中を動い

ている。

 逃げ惑う二匹。二匹を圧倒するラティアス。

 実況が突如始まったバトルに大興奮して何かを叫びながら実況開始。

 二匹が何とか反撃しようにも雷撃の束が次々彼らに飛来し、一瞬でも停止すると纏め

て襲いかかる。

 だが流石はメガシンカ。

 俊敏性ではラティアスの雷撃にも勝るとも劣らない。

 その機動は、常人の目には霞んで見えるほど早い。

 俗に言う、残像しか見えていないのだ。

325

Page 334: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 それに慣れている相手トレーナーは上手く指示を飛ばしているが、如何せんラティア

スというポケモンも知らない彼らだ。

 反撃の糸口を探し出すので精一杯だ。

「ええと……。だ、ダイケンキ、バシャーモにハイドロポンプ──」

 ベルもその剣幕に圧倒されつつ、分断されたバシャーモに水撃をぶち当てようとする

けれど、

「ベル!!」

 トウコが鋭く牽制した。

「えっ!?」

 止められるとは思っておらず、吃驚してとまるベル。

 トウコは虹色の瞳で残像と共に消える二匹を追いかけたまま、叫ぶ。

「ベル、あの加速力の相手に当てられるの? 当てられる自信がないのに適当に技を

ぶっぱなすのは牽制じゃないわ、単なる無駄打ちよ! ダイケンキのことををしっかり

見なさい! ココロ、れいとうビーム!」

「ひゅああ!!」

 トウコの目には、あの残像が出る速度が見えているのだろうか?

 あの虹色の目が激しく動いている先には、しっかりと相手を捉えているのか?

326 心を共に、痛みを堪えて

Page 335: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 困惑気味にダイケンキを見ると、ベルと大して変わっていない。

 キョロキョロ相手を探して棒立ちするダイケンキは、二匹の動きを全く捉えていな

かった。

 そう、速すぎてついていけてないのだ。そのことに、ベルは気づいていなかった。

 自分のことと、トウコの変化に手一杯で、状況を判断できてなかった。

 ココロの口から放つ空色の電撃、それは触れれば凍りつく氷のビーム。

 二匹同時にはさすがに捉えることができず、ラティアスは頭部と、左の翼に加えて背

中にまで反撃を受けてしまう。

 メガルカリオの回避間際に放ったはどうだん、メガバシャーモのストーンエッジだ。

 ラティアスは怯みそうになったが、トウコの指示を貰うことなく自己判断でじこさい

せいを行い、傷を即座に回復させた。

「うッ……!?」

 顔を顰めて、左肩を押さえるトウコ。苦悶の声を上げた。

 額に突然小さな裂傷が走り、ひと雫の鮮血が流れる。

 気付かれないようにすぐに頭を振り、払い除け、深呼吸する。

痛みモ

 ──大丈夫、まだこんな

じゃ私は壊れない。

 ──お姉ちゃん、無理しないで!

327

Page 336: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ココロに伝わる想いが、彼女を奮い立たせた。

 回避した所を次々に、フィールドを凍結させる。

「グオオアアッ!?」

 ダイケンキが慌てて下がって、立っていた場所にまでビームが到達して凍り付けせ

た。

 一歩遅ければ海獣モドキの巨大氷像が出来上がるところだった。

「トウコ、ダイケンキを巻き込まないで!」

 ベルが血迷ったか、とトウコに怒鳴ると、

「バカ、よく見なさい!!」

 トウコが逆ギレして叫んだ。

 ラティアスの動きが変わる。大きく空中を旋回、トウコの元に戻る。

 それまで早すぎる二匹を追い回すようにれいとうビームを放っていた結果、フィール

ドが完全に氷に覆い尽くされ、足場を失った二匹は氷の上に着地してしまう。

 ダイケンキの前方で、上から降ってきた二匹は盛大にすっころんだ。目を丸くするダ

イケンキ。

 そこには、メガルカリオが手にオーラを纏っていながら氷に足を取られて立ち上がる

こともできず滑り、メガバシャーモがかえんほうしゃで氷を溶かそうとしていた。

328 心を共に、痛みを堪えて

Page 337: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「今よベル、やって!」

 トウコが言った。

 作ったチャンスを無駄にしないで、と。

「ッ……! ダイケンキ、シェルブレード!」

 反射的に、口が動く。

 目の前に相手がいる。ならば、と命令。

 ダイケンキは前足に装備された貝殻型専用ブレード「アシガタナ」を、後ろ足で立ち

上がってフリーになった前足ならぬ両手で抜き出すと、気合を入れて切りかかる。

 回避しようにも足場に足止めされて満足に動けない二匹。

 みずタイプで氷のフィールドにもある程度耐性のあるダイケンキとは相性が悪い。

 かえんほうしゃで迫ってくるダイケンキを止めようとするバシャーモ。

 はどうだんで迎撃するルカリオ。

「ココロ、ひかりのかべ!」

 サポートに回ったココロが素早く、ダイケンキよりも前に透明の薄い壁を作り出し、

放たれたかえんほうしゃとはどうだんを阻止。

 爆発して壁は壊されたが、それがむしろ幸運となった。

 爆炎によって生じた煙が、視界を奪ったのだ。

329

Page 338: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「ダイケンキ、そのまま進んで!」

 トウコがベルに、目配せで正しい方向を教えてくれた。

 トウコには、あの煙は関係なく、相手が見えるらしい。

 トウコを信じて、ベルは言って、ベルを信じて、ダイケンキは進む。

 バシャーモは何とか足場を確保し、ルカリオを助け起こして体勢を立て直す。

 その頃にはもう遅かった。

 煙の中を二刀を手にして疾駆する海獣が、煙を突破して、得物を大きく振りかざした

状態で現れた。

 まさかあの中を、と二匹が鬼気迫るダイケンキの気迫に気圧されて竦んでしまったの

が、一撃を受ける最大の理由。

 降りおろされた剣劇が、二匹を大きく吹っ飛ばす。

 受身も取れずに仰け反るルカリオ、氷の上をバウントして吹き飛ばされた。

炎の蹴り

ブレイズキック

 バシャーモは咄嗟に

をアシガタナにぶち当てて威力を殺すことには成功し

たが、みずタイプにほのおの技はハッキリ言えば効果は薄い。

 大した衝撃も感じず、ダイケンキの力任せの一刀は確かにバシャーモにも届いた。

 体勢を崩さずも、大きく後退したバシャーモは、下がり間際にかえんほうしゃで反撃

してきた。

330 心を共に、痛みを堪えて

Page 339: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 あの男の子の指示もあって、バシャーモ使いを一流を自称するだけあり、手練だ。

 動きに無駄が一切ない。対して、ルカリオは無駄しかない。今もジタバタ氷の上でも

がいている。

「ひかりのかべ!」

 もう一度、ココロの生み出した壁に阻まれかえんほうしゃは相殺される。

「逃がしちゃダメ! エアスラッシュ!」

 ダイケンキが手にした得物を振るう。

 そこから生まれた無色な風の刃が、バシャーモに向かって飛来する。

 風を切って高速で進むそれは、不可視の刃。決してただの人間の見えるものじゃな

い。

 バシャーモは知らぬうちに迫っていた凶刃に追撃されていた。直撃だ。

 それでもなお、折れぬ闘志を持って手首から炎を燃やして果敢にも走ってくる。

「ルカリオ、早く立ってよ!」

 もう一人の方は、フィールドを砕こうとグロウパンチで氷を殴って、見た目に反して

分厚いそれを一回で砕けず、パンチを連続させて足場を確保していた。

 あれは放っておいてもまだ大丈夫。

 バシャーモは飛翔した。氷を足の炎で溶かして、無効化している。

331

Page 340: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「ブレイズキック!」

 狙いは、サポートに回ってばかりのココロだ。

 特撮のヒーロよろしく、空中からの急降下の蹴りがラティアスを襲う。

「迎え撃つわ、ココロ。サイコキネシス」

 虹色の瞳を、天井のライトの逆光を浴びて見えにくいバシャーモにむけて細め、静か

に言う。

「ひゅあ!」

 紫の光がココロの瞳に宿る。

「グオアッ!?」

 顔を向けた先にいたその子が悲鳴を上げる。

 何故かそのサイコキネシスの相手は、ダイケンキだった。

 強力な念力によって、抵抗できずに引っ張りこまれるダイケンキ。

「なにぃっ!?」

 それには相手も驚いた。

 あの女性、一体どこまで型破りなことをすれば気が済むのか。

 そして戦術が全く予想できず困惑する。

「えっ、ちょ、トウコお!?」

332 心を共に、痛みを堪えて

Page 341: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ベルも驚いた。何をしたいのか、さっぱり理解できない。

 ココロは迫り来るバシャーモの蹴りを防ぐために、ダイケンキを楯の代わりにしよう

としているように見えた。

「ごめん、手を貸して!」

 トウコがこっちを見て言った。

 手を貸して、それはつまりさっきと同じ……?

 刹那に考え、閃いた。トウコがどうしたいのかを。

 さっきは言うとおりにして、上手くいった。なら今度だって。

 ベルはトウコを信じて、ダイケンキに言った。

「ダイケンキ、落ち着いて! ハイドロポンプ!」

「ぐあっ!?」

 どっちに!? と暴れるダイケンキが聞いてきた気がする。

 ラティアスが唸って早く、と急かしている。

「決まってるでしょ! バシャーモ!」

 ダイケンキとの目と鼻の先に迫る紅蓮の足。

 ええいもうままよこんちくしょう、と目を閉じてありったけの水を口から放出したダ

イケンキ。

333

Page 342: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「ぶあぁっ!」

 足が鎮火されて、間欠泉のように吹き上がった鉄砲水が墜ちてきたバシャーモを下か

ら襲う。

 流石にかえんほうしゃで迎撃もできずに、水の流れに飲み込まれて場外──観客席の

方ギリギリまで押し出された。

 最後にダメ出しのように、ラティアスがずぶ濡れのバシャーモに10まんボルトを浴

びせる。

 それでもなお、不屈の闘志で立ち上がるので、トドメにダイケンキのメガホーンで突

き出して壁まで完全に吹っ飛ばす。

 フィールドの壁にのめり込むバシャーモ。

「な、なんてやり方だ……」

 男の子は呆然として、最大火力技を受けてメガシンカが解けたバシャーモが、目をバ

ツマークにして壁から剥がれてぶっ倒れているのを見る。

 ボールに戻す頃には、凄まじい相手コンビに脱帽していた。

「あれっ……? バシャーモ、もしかしてやられちゃった!?」

 自分の足場を確保している最中に二匹による過剰攻撃を受けて撃沈したバシャーモ

に代わって、ルカリオに迫る海獣と伝説。

334 心を共に、痛みを堪えて

Page 343: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……と言う音が聞こえてきそうな殺気を纏う(と本人は思った)

アシガタナを手に鬼の顔をしたダイケンキと、メガシンカよろしく全身が発光している

伝説のポケモンが、次なる獲物を求めるようにゆらゆらと揺れてこっちに来る。

「ひっ……!?」

 女の子、完全に竦み上がった。

 闘争心を根刮ぎ奪われて、降参しますと三回ほど叫んでルカリオ共々ビビって隅っこ

に逃げた。

 二人して、二匹の剣幕に抱き合って震え上がっている。

 はちゃめちゃすぎる内容に頭を痛めている審判の動作を見た実況が、バトル終了の宣

言を大声で告げる。

 途端、観客が盛り上がって音が爆発した。

 メガシンカした相手に、絶妙なコンビネーションで勝利を収めた二人を讃える声が、

そこらじゅうから沸き上がる。

 二人は、最初棒立ちしていた。周りが、騒がしいのをどこか遠くで聞いているような

錯覚。

 時間差で、実感はやってきた。

「……やった! やったよトウコ! あたし達、優勝だよお!!」

335

Page 344: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ようやく自分が勝った、と認識したベルが喜ぶダイケンキを戻してトウコに言った。

「…………。そう、勝ったのね…………。ココロ、お疲れ様………」

『それはいいの。お姉ちゃん、時間だよ。気を付けてね。早めに、対処しておいて』

「……覚悟の上」

 トウコは、酷く冷静だった。

 いや、それどころじゃないような余裕のない表情で、ココロを戻した。

 ネックレスを、震える指先で外して、バックに押し込む。

 視界が、グラグラしているのを、我慢して。

「トウコ……?」

 トウコの様子がおかしいことに、ベルはすぐに気が付いた。

「……やっぱり、無理、しすぎたか……。知ってたけど、痛い……わね。バトルって……」

 はあはあ、と息が荒いトウコが、左肩を押さえて片膝を付いた。

 脂汗を滲ませながら、唾を飲み込んで、元に戻った瞳で、ベルを見上げる。

「良かったわね、ベル。勝てたなら、万々歳じゃない……。痛ッ……」

 そのまま、ふらふらと、身体が崩れていく。

「トウコ? ねぇ、トウコ? トウッ……!?」

 遂には、フィールドの上で、トウコは倒れてしまった。

336 心を共に、痛みを堪えて

Page 345: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 駆け寄ったベルはそれを目にして、絶句した。

 トウコの押さえていた左肩からは、赤黒い液体がどくどくと漏れ出していた。

 黒いジャケットでも分かるほど、酷い出血を起こしている。

 背中からも、何か鉄臭いニオイがする。

 うつ伏せに倒れたトウコの頭からも、紅い液体が流れ出していた。

 見る見る、トウコの倒れているところに紅い池が出来上がっていく。

 これが、ココロと戦ったことによる代償という事を、まだベルは知らなかった。

 実況が、倒れたトウコを気遣うようなことを言い、観客も事態の急変にようやく目を

向けた。

「トウコ!? トウコ!! トウコォーッ!!」

 問いかけても、トウコは反応しない。

 突然倒れたPWTの優勝者の事態に、そのあとのPWTは大騒ぎになったのだった

……。

337

Page 346: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

彼らの過去

     ──夢を、見た。

 それは、彼らとの出会いの思い出。

 イッシュから逃げるように始まった旅で、出会った彼らとの断片的な事を夢に見た。

 これは、遠い過去の日の話。

 黒き英雄が、全てを無くしていた頃の、悲しい記憶……。

   そこは、イッシュにある迷いの森という場所だった。

 世界そのものが信じられなくなっていた当時のトウコは、全部を拒絶した。

 去っていった相棒たちのこと。理想を抱けなかった空っぽの自分のこと。

 なにより、英雄と呼ばれる現実が辛すぎて、逃げ出したこと。

338 彼らの過去

Page 347: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 全部、私が悪いんだとふさぎ込み、一人ここで誰にも知られず死のうと思って訪れて

いた、深い深い森の中。

 適当に歩き回り、足が棒になってもなお、気力だけで動かし続けて、誰も知らない場

所で一人果てたいと願い、こんな場所に来た。

 大樹の根元にポッカリと空いていた洞の中で、トウコは耳を塞いで横たわる。

 これでいいんだ。

 このまま、ここで死んでしまおう。誰にも知られないこの森の中で。

 そうすれば、全ての苦しみから解き放たれる。

 私はポケモンに酷いことをしていた。

 警告した彼を蹴散らし、最後まで何も気付かなかった愚か者。

 そんな奴は、ここで、死んでしまえば……。もう、ポケモンを傷つけることはない。

 私は、酷いことをしなくても済む。そんな保身的なことを思っている自分も嫌気が差

す。

「殺して……誰か、私を、殺して……」

 殺して。そんな言葉が口癖になっていた、トウコ。

 ポケモンに頼んで死ぬなんてダメだろう。

 自殺なんてする勇気があれば、こんなことをしていない。

339

Page 348: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 結局トウコは弱いまま、誰かを頼って死を望む。

 そんな現実も嫌だ。何もかも嫌だ。

 死にたい。誰でもいい。殺して。いいえ、死なせて。

 もう、死ぬから。死んで、お詫びするから。

 だから──赦して。

 涙を流し、トウコは耳を塞いで世界を拒む。

 そんな時……。

「くぁん?」

 そんな驚いたような声が聞こえた。

 野生のポケモンの根城だったか。トウコはふと思う。

 野生のポケモンなら、自分を容赦なく殺すこともできるかな。

 そう思ってトウコはその鳴き声の主との出会いを喜んだ。

 物言わぬ死骸になって、土の栄養になれるのがこんなに嬉しいことだなんて、知らな

かった。

 これは、救い。己を否定していた彼女への、救済だったのだ。

 でも、その時は訪れない。何時までも白々しい静寂が包む。

 トウコが、怪訝そうに顔を上げて、夜空の見える洞の入口を見ると。

340 彼らの過去

Page 349: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「お前……どうやってここまで入ってきた? 俺を狙ってるわけじゃなさそうだし……

何者だ?」

 目の前にいたのは、自分だった。

 自分の声だった。

 逆光で見えにくかったが、困った顔をした、トウコ自身がトウコを見下ろし、怪訝そ

うに人の言葉で問うた。

「っ!?」

 びくりとトウコは固まった。

 とうとう、自分の魂は生き霊にでもなってしまったのか、と自分の手を見る。

「……お前、なんで泣いている?」

 もう一人のトウコは、顔を真面目なものにして、泣き顔で狼狽えるトウコを見て、聞

いてきた。

 トウコは、どうすることもできなくて、そのままもう一人の自分に、泣いている理由

を、心の痛みを、明かした……。

 これは、アークとの出会いだ。

 迷いの森の、アークの根城に迷い込んだトウコとの出会い。

 このときから、アークはトウコと共にいる。

341

Page 350: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 他の人間とは違うと、信じてくれて……。

   次に見たのは、一番最後の記憶だ。

 なぜか、最初の回想をしてからいきなり最後に飛ぶという現象だったが、特に困らな

い。

 この出会いは本当に奇妙だった。

 シンオウ地方の雪深い山岳地帯を訪れていた頃。

 この少し前に出会ったシアの手当てをするために、猛吹雪の中を突き進み、見えてき

た寂れた神殿と思われる大きな石造りの建物の中に飛び込んだとき。

 石造りで、壁にも床にも古代文字らしきモノが刻まれている空間に逃げ込んだ。

「雪まみれね……あなた、大丈夫?」

 全身雪だるまと化したトウコは、その時もう仲間だったディーやホルス、ココロに温

めてもらいながら、抱き上げて拾ってきたシアの手当をすると、アークに通訳を頼んで

説明している時だった。

「ぐるるる……」

 シアは足に怪我を負っていた。

342 彼らの過去

Page 351: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 牙をむいて威嚇されてしまう。

 今では考えられないほどトウコに殺気立つ彼女に、人に化けたアークは呆れて言っ

た。

「人間は信用しねえってさ。そうやって、痛いことをするから、もう信じないってよ」

「……やっぱり、あなた……。研究機関から逃げてきたのね」

 そう言って濡れたコートをディーに引っ掛けて乾かしてもらっている最中、包帯を巻

こうとして嫌がられて無理強いは出来ないと、困っていた。

 背後には古代のモノらしき巨大な像が石造りの椅子に鎮座しており、寒く薄暗い不気

味な神殿の中に存在感を醸し出す。

 夜目の効くアークたちに、中で焚き火に使えそうなモノを探してきてもらっていた。

 トウコは、見上げるほど巨大なその像が、妙に気になっていた。

 像の胴体と一体化して、首がないらしい不自然なフォルムの頭らしき部分の模様、ホ

ウエンで見覚えがあるような気がしていた。

 ホウエンもそれなりに旅していたが、この像の顔の模様、何処かで……。

 一人、見上げてしばし考える。

 気のせいか、最終的に思ってまだ唸っているシアに駆け寄ろうと振り返ったその瞬

間。

343

Page 352: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 背後で、薄暗い空間を照らす、変な音と光を見た。

 点滅するように、次々消えては点灯をしたその光に、トウコが振り返る。

 猛烈に嫌な予感がした。

 ──レ、ジ、ギ、ガ、ス──

 そんな数人の人間が同時にボイスチェンジャーで喋っているような、声を聞いた。

 地響きを立てて、胴体から左右対称に三つの目の模様を光らせるその像は、長年動い

てなかった証拠に、砂埃を上げながら、立ち上がっていた。

 空間自体が揺れている。重厚さが半端でない。

「んなっ……!?」

 トウコは口を開けたまま、それを呆然と見上げる。

 全体的に白いフォルム、腹には三色の光る目玉模様、足や肩など一部に翠の苔むしっ

ている像の巨人は、ゆっくりと暗闇の中を、顔で点滅する円……いや、眼をもって立っ

ていた。

 点滅するその目で見られ、トウコは本能的に恐怖感にかられた。

(こいつはヤバい奴だ……逃げないと!)

 駆け出すように、皆に指示を飛ばす。

「ホルス、アーク、ココロ、戻って!! ディー、その子を乗っけて! 早くッ!!」

344 彼らの過去

Page 353: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 駆け出した。像の動きはまだ鈍い。然しこちらの大きさの倍はあるその腕のリーチ。

 目一杯振り回せば、この神殿が崩壊するかもしれない。

 薄闇の中から戻ってきた三匹が困惑しながらトウコを囲む。

『何……っ? 像が動いてる……!? 機械!?』

 ココロが像を見上げて、テレバシーを送ってくる。パニクっていた。

「あんな古ぼけた機械あったら文明もっと発展してるわよ! ポケモンじゃないの、ア

レ! いいから、逃げるわよ!」

 人型のアークが切羽詰った叫びを上げる。

「逃げるってどこに逃げるんだよ!? 外は猛吹雪だぞ! 死ぬ気かよ!!」

「じゃあこの場で戦えっての!? この密閉空間で!? 生き埋めになるだけよ!」

「うまくやるしかねえよ!! チッ……みんな、行くぞ!! あのバケモノ何とかするぜ!」

 当時からリーダー格だったアークが指令を飛ばして、ディーもホルスも臨戦態勢にな

る。

『わ、わたしもやる! お姉ちゃん、下がってて!』

 ざっ、とトウコの前に躍り出るココロ。

「え、ええ……」

 トウコも一歩下がった。

345

Page 354: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「おい、そこのチビ! お前も死にたくねえなら手を貸せ! 痛い思いする前に殺され

るぞ!」

 イリュージョンを解く前にアークが自失状態だった手負いのシアに怒鳴りつけ、自我

を取り戻したシアが、ノロノロと逃げ出そうとする。

 しかし逃げ場のないことをすぐに理解し、窮鼠猫を噛むように、牙をむいてその像に

むかって低い声で唸る。

 像は、立ったまま点滅を繰り返し、静止している。

 目立って動く様子はないが、そこにいるだけでまるで具現化した天災を相手している

かのような圧倒的威圧感と恐怖が皆を襲う。

 とうとう、その緊迫感に耐え切れなくなって、トウコがキレた。

「なんなの……! なんなのよあんたはっ!? 突然人前に出てきて! どうせ人の言葉

が通じるんでしょう!? なら、答えなさいッ!! あんたは何がしたいのよ!! じゃない

と殺すわよこのバケモノッ!!」

 それに呼応するように、ディーとアークが吼え、ホルスが翼を広げて威嚇し、シアが

牽制攻撃をした。

 足元で爆ぜる攻撃に、だが像はただ立つのみ。

『……』

346 彼らの過去

Page 355: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 静かに、目を点滅させている。

 像は、無言を貫く。何も、喋らない。

「……ああ、そう!! あくまで、私達に語ることは何もないっての!? だったら上等よ!

 バケモノがッ! この場で殺してやるッ!! みんな、殺すつもりで襲っていいわ!!」

 我慢の限界が来たトウコがブチギレて命令し、ディーとホルスが飛びかかる、その時

だった。

『──待って、お姉ちゃんっ!』

 ココロのテレパシーに制止され、動きが止まった。

 一斉にココロを見ると、ココロは点滅する目を見て、語りだす。

『わたし、こいつの言葉が分かったよっ! 今、翻訳するね。「貴殿ら、この神殿に何用

古いにしえ

があって訪れた。ここはレジギガスを閉ざす為に

の人間が創り出した、封印の神殿。

聖域である。人であろうが、ポケモンであろうが、何人もこの空間に足を踏み入れるこ

とは許されぬ。足早に去れ」だって』

 ココロが訳すと、その白い巨人──レジギガスと言う像は、足を折り曲げて胡座をか

いた。

 それだけで、神殿の石造りが、大きく揺れる。

 どうやら、会話のできる翻訳者がいれば、話し合いには応じる気らしい。

347

Page 356: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……レジ、ギガス……?」

 トウコは、名前を聞いて問い返す。

 点滅が一度途切れ、もう一度光る。

 恰も、肯定したかのように。

 トウコの脳裏に、ホウエンの大地を巡っていた時の記憶が蘇る。

 ホウエンには、こんな伝承が残っていた。

 此の地には、古代人の手によって眠り続けるポケモンがいる。

 鋼、氷、岩の身体を持つそのポケモンは、絶大な力があったが故に、畏れられ大地の

底の閉ざされた空間に押し込められた、という話だ。

 そのポケモンたちの、名前の頭文字は共通する二文字がある。

「レジってまさか……。あんた、その名前ってことは……レジアイス、レジロック、レジ

スチルと同じ、古代人の手によって封じられた古のポケモンっ!?」

『……』

 レジギガスは、腹の目玉模様を光らせて、トウコを照らす。

『えーと……「いかにも。鋼、氷、岩の化身はこのレジギガスより分裂した三体の欠片。

貴殿、その封じられた祠に行ったことがあるか?」って聞いてるよお姉ちゃん』

「……ココロ。あんたも行ったことあるわよね? あのおふれのせきしつと関連性のあ

348 彼らの過去

Page 357: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

る……」

 ホウエンで出会ったココロは、すぐに該当する地名を思い出す。

 ハッとして、驚いてた。

 アークも、人に戻ってそんなのあったな、と腕を組んで思い出し、ホルスは忘れたの

かボケっとしている。

 鳥だからしょうがない。ディーは敵意がないのを知って、休憩すると横になって眠っ

てしまう。

 シアは、取り敢えず様子を見ているのか、距離をあけて見つめていた。

『あっ……。もしかして、こじまのよこあなと、こだいつかにさばくいせき? そんな、

あの場所は蛻の空だったハズ……』

「でも、訪れていたのは事実よ。誰かが、伝承のその三体を捕まえていったあとだった」

 トウコたちが訪れた遺跡は、その封じられたポケモンがいたという話の跡地。

 だがあくまで巡っただけで、何もしていない。

『……』

 それまで停止していたレジギガスの点滅が再開する。

 ココロが翻訳する。

『えーと……。「成程。貴殿らは欠片の封じられていた遺跡を巡ったか。故に懐かしい

349

Page 358: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ニオイがして、レジギガスは目を覚ましてしまったのだ。突然脅かせてしまって済まな

いと思う……」だって』

「……そんな冬眠してたクマじゃないんだから……」

「似たようなもんだろ?」

 アークが身も蓋もない言い方をするが、それが事実だった。

 この巨人は、久々の来客が放つそのニオイの懐かしさのあまり、のそのそと眠りから

起き上がってきてしまった。それだけの話だった。

 で。

「あんた、起きちゃったけどどうするの? また眠りにつくの?」

 トウコが問うと、点滅。

『……あー。何か、古代人の施した封印術、時間の経過のせいで綻びが酷すぎてもうダメ

だったみたい。もう、封印解けちゃって眠りにつけないって。っていうか、寝てても暇

だって』

 ココロがはぁ、とため息混じりの思念を飛ばし、トウコとアークも脱力した。

 よくみれば、レジギガスは頭部を三本の指が生えた手でかいている。

 あんな仕草をされても可愛くもなんともない。むしろ怖い。状況も相まって最悪の

ホラーだ。

350 彼らの過去

Page 359: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 こんなどうしようもない奴が、強すぎて畏怖されていたポケモンとは思えない。

 全身から力が抜けるのを感じつつ、トウコは提案した。

「……あんたも、一緒に来る? ボールの中で良ければ、連れていってもいいけど?」

『……』

 途端、レジギガスの眼がビカビカ光る。

 腹の目玉模様もライトよろしく激しく光る。目茶目茶怖い。

『……是非、ついていきたいって……。眠るだけの退屈な時間は飽きたから。だって

……』

 ココロは『もう訳すのいいよね』と嫌になってやめてしまった。

「……」

「……」

 アークとトウコがジト目で眺める先で。

 レジギガスは空間を揺らしながら動き、何をするかと思えば、シンオウ地方にも伝わ

るという誠意の最大の表し方、土下座をしやがった。

 どうか連れていってください、という意味らしい。

「……あんた、プライドってもんがないの?」

『……』

351

Page 360: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『ないって』

 ココロが言ってくれるまでもない。あるわきゃないだろうに。こんなの。

 断る理由もないので、了承すると顔を上げたレジギガスは頭を下げてお礼の仕草。

 だから模様が光って一々怖いのである。

 振り返れば一連の動作で、ホルスがひっくり返って気絶していた。嘴から泡を吹い

て。

「こいつ……一応、ココロと同じ……伝説のポケモンだよな……?」

 アークが、言葉が通じないなら行動で、と判断したらしい上半身だけをクネクネさせ

て、喜びを表すレジギガスを変態の裸踊りを見るような目で見つめて言った。

「封印指定されるくらいの強いポケモンでしょ。多分……」

 トウコも深い深い溜息をついて、この気色悪い変態踊りをする伝説のポケモンに、

ボールを差し出してとっとと中に入ってくれと言って、それで終わった。

 これがレジギガス──トウコ命名、ギガスとの出会いだ。

 懐かしい記憶だ。ギガスは基本マイペースで、喋れないので行動で意思疎通を取る。

 方法として選んだジェスチャーなのはいいが、身体がでかいのと模様が怖いので妙な

迫力があって、しかも確かに伝説というだけあり、次元違いのハイパワー故にめったに

表に出せない事情があるのだが。

352 彼らの過去

Page 361: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……」

 ギガスの夢を見た。その前には短いが、アークの夢もだ。

 これが、近々また彼らに助けてもらうのかもしれない。

 そう思う夢だった……。

353

Page 362: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

伝説、起動

    ──懐かしい、夢だ。

 みんなと出会った頃の、思い出の中の自分を今と見比べる。

 悲しいくらい、私は成長していない。

 赤ん坊だって、ハイハイから歩けるようになるまでもう少し早く出来るだろう。

(でも……成長してなくても……。そんなことを嘆いている暇なんてない)

 決めただろう。彼女と相棒達と共に、この先に進むと。

 成長しているしていないの問題は、後回しにしてでも前にとにかく進むと。

 それに、だ。

 一人で成長できる限度なんてたかが知れている。

 もう、一人では成長できない領域に自分は来ているんだろうと思う。

 常に正しさだけを求めれば、それ以外を全て否定することになるのは必然。

 トウコの復讐は、それに当て嵌る。トウコは自分が正しいとどこかでまだ思ってい

354 伝説、起動

Page 363: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

る。

 だがら、それ以外を考えや意見を無視して突っ走ろうとした。

 それに歯止めをかけてくれたのがベルだった。

 一人で考えず、二人で考えよう。頼ることを思い出そう。仲間を、信じよう。

 逃げ出したあの時からだろう。信じるとか、頼るとかっていうことの大切さを忘れて

いたのは。

 思い出せた今でも、まだ人を完全に信じるのは、嫌だ。

 嘲笑されるかもしれないという被害妄想の考えがまだ脳裏に刻まれている。

 でも、それでも。今は弱いままでもいい。今すぐ強くならなくてもいい。

 一人じゃない。ベルがいる。大切な仲間たちがいる。

 それだけで、少なくても現在の世界にいる価値はできた。

 彼女が呼んでいる。私は、ベルと共にいると決めたんだ。

(……またベルを泣かせちゃったのかしら……。私って女は……)

 こんなところでボケボケと思い出に浸ってないで、とっとと起きよう。

 彼女の涙は見たくないと思っているんだろう。なら、泣かせるな。

 一度は仮初でも偽物でも、英雄と呼ばれて、必要とされた存在だろう。

 そういうやつは、大切な人を泣かせてはいけないのだ。

355

Page 364: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

(さっさと起きよう……)

 トウコは目を覚ます。

 思い出の中の自分と比較して、情けない現実を見ても、逃げさない程度には、強くなっ

て。

  「……やれやれ……。調べることがあるからここにきたのに、君は毎回行く先々で何を

しているんだ……」

「だから、それは悪かったって言ってるでしょ。しつこいわね……。将来ハゲるわよ。

メガネを取ったら次はハゲ?」

「誰がハゲだ!! メガネも関係ないだろうっ!」

「ふ、二人とも……落ち着いて……店員さんの視線が痛いよお……」

 あの日から、今日で三日ほど経過。

 ……彼女は、普通に大丈夫だった。

 今は血で濡れたお気に入りだった黒のジャケットやジーンズを捨てて、違う格好をし

ている。

 現在、トウコ達はホドモエのPWT近くのファミレスで食事中だった。

356 伝説、起動

Page 365: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコはここ数日、まともなモノを食べてなかったので凄い勢いでバスラオの姿煮と

刺身を貪り、味噌汁をすすっている。

 トウコが某ルートで仕入れた方法で注文した、この店の裏メニューらしい。

 トウコがPWTで倒れたあの日。

 偶然にも、チェレンがPWTの会場を訪れていた。

 何でも、この街のジムリーダーのヤーコンに無理やり連れてこられたと言う。

 彼曰く「僕以外にも、ヤーコンさんに勝った女の子と男の子が来ていたよ」と言って

いた。

 あのあと、主催者であるヤーコンが血相を変えてすっ飛んできて、トウコを担架に

乗っけて救急搬送した。ベルもその後をついていった。

 チェレンは大騒ぎになってしまった会場に巻き込まれて出てくるのが遅れた。

 医者に担ぎ込まれた意識のない呻くトウコが押さえる肩の傷を見て、医者は疑問符を

浮かべた。

 まず前提として、トウコは肩から大量の出血をして、血の池を足元に作っている。

 それを目撃していたヤーコンやベルは、間違いないと証言している。

 彼女が去ったあとでも、その残った血は溜まっていたという。

 見逃せないが額からも、血が少し出ている。

357

Page 366: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 背中からも、強い血の臭いがするとベルは言った。

 つまり、体内の物質である血液が一気に外に出るには、何かしらの出口──要は、そ

れなりの大きさの外傷が必要になるのは想像できるだろう。

 目に見えるような切り傷なりがなければ、肩や背中という場所から血の池を作るほど

の大量の出血をするなど、まず常識的にありえない。

 なのに。

 トウコを診察した医者は、目を丸くした。

 左肩には、大きな赤黒い痣が出来上がっていたのだ。

 腫れ上がったその肩は、骨折でもしたかのように、痛々しかった。

 全体的に拡散した痣は二の腕や左鎖骨にまで達して、見に耐えない皮膚の色を見せつ

けた。

 だが、それだけだ。その痣には、目立った裂傷などは認められなかった。

 色々な検査をしたが、骨折も認められず、内出血が起きているわけでもない。

 ただ、腫れ上がっている。どす黒く変色して。

 背中も検査されたが、大小様々な痣があるだけで、出血の元らしい切り傷は認められ

なかった。

 その割に着ていたジャケットなどには血がこれでもか、と染み込んでいたのだが

358 伝説、起動

Page 367: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

……。

 結論。トウコは全身殴打されたような傷だけを負っていた。

 腫れ止めの薬を塗られて、包帯で背中と左肩をグルグル巻きにされたトウコ。

 数人の人間相手に袋叩きにされたような、背中と肩の傷痕。

 血だらけの服はその場で処分され、病院の服を着込まされた。

 また、大怪我を彼女は負ってしまった。

 しかも今回は、原因がまるっきり不明で。

「……馬鹿な……」

 ヤーコンがそう呟いた。

 その頃ようやくトウコは意識を取り戻し、庇いながら起き上がり、自嘲的に笑って

言った。

「……吃驚したでしょヤーコン。これね、一種の手品みたいなものよ。悪いけど、あんた

には種明かしをするつもりないから……。もう、治療は終わりでしょう? 私は、帰る

わ」

 ノロノロと診察台から起き上がり、脂汗を滲ませながら歩こうとする。

 謎の現象には、医者もお手上げだった。

 取り敢えず、痛み止めぐらいは出しておくが、原因が分からないからこれしかできな

359

Page 368: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

いので終わりだ、と告げた。

「チッ……まだ痛むわね……」

 まともに歩ける訳もない。然し、トウコは無理にでも歩き出そうとする。

 足早にそこから立ち去ろうと。

「おい待て、トウコ!」

 呼び止める声にも、彼女は振り返らず言う。

「うっさいわねヤーコン。これ以上、私に関わらないで」

 突き放すように、かつて乗り換えた壁を無視して、彼女はゆっくりと病室を後にした。

 外で待っていた不安そうに泣き腫らしていた目のベルに、大丈夫よとだけ告げて、彼

女は病院から去っていった。

 チェレンが駆けつけたときには、二人ともホテルに戻ったあとだった。

   三日後の今日の昼時。

 未だに服の下にグルグル巻きの包帯をしているトウコは、左肩を押さえながらも二人

を誘って外出していた。

 三日経過しても肌の色は元に戻らず、腫れもあまり引いていない。

360 伝説、起動

Page 369: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 何よりも、トウコ自身が酷い痛みに襲われている日々だった。

 それでも、トウコはどこか呆れるように自分で言った。

「まあ、早速ネタバレするとね。これ、ココロと一緒に戦って出来た一種の反動なの」

「反動……?」

 左肩を右手で指差し苦笑いする。

 あの変化を知らないチェレンが眉をひそめる。

 頼んでいるコーヒーには手を付けず、やけ食いをしているトウコの言葉に耳を傾け

る。

 ベルだけは、あの虹色の瞳のことを言っているのだ、と理解して問う。

「あの宝石つけたネックレスのこと?」

 トウコはあっけらかんと笑って言う。

「BINGO。ベルの言うとおり。アレが原因ね」

 実物は見せられない、詳しいことも言えないと先んじて断られてしまい、チェレンも

ベルもそれには口を閉ざす。

 トウコがダメと言ったら何が何でもダメだから。

 上機嫌そうに見えるトウコの言うことを聞かないで不機嫌にすると、また厄介なこと

が起きる。

361

Page 370: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 それでは本末転倒だ。

「……怖い、あの宝石……」

 ベルが恐ろしいアイテムをトウコが持っている、と思って言うと、トウコは否定した。

「違うわ。あの宝石は正しくは「こころのしずく」というの。ベルには言ったけど、ココ

ロとの大切な絆の証」

「……絆の証で、トウコが大怪我するの?」

 ベルの渋い顔の指摘に、トウコは試すように微笑んだ。

 妙に今日はトウコの機嫌がいい。

 明らかな不自然さがあるような感じがして、チェレンは警戒しているが、トウコの表

情は自然体の笑顔でなにも変なことは考えていないように見える。

「こんなの、大怪我に入らないわ」

「包帯をそこらじゅうに巻いていれば、立派な大怪我だ」

 何となく、その危険アイテムがあるということを知ったチェレンの苦言も、トウコは

軽く流す。

「まっ、そうなるわよね。でも腕も痛いけど動くし、優勝したしそれでいいじゃない。別

に死ぬわけじゃない」

 と冗談を交えて言えるほど、軽く受け止めている。

362 伝説、起動

Page 371: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「あんな風になっていれば、普通に死にかけていた気がするんだけど……」

「でも、現に私は死んでないわ」

 即座に、切り返すトウコは心配する二人を、楽しんでいるようにも見える。

 一体、今日のトウコはどうしたというのか。ベルとチェレンは困惑していた。

「トウコ。それは結果論だろう?」

「ジョウトの方じゃ、終わりよければ全て良しと言うわ。失ったものは何もないで勝て

たんだから、万々歳でしょ。強いて言えば、私の治療費くらい?」

 ああ言えばこう言う。切り返しが早くて、口喧嘩になる前に彼女が上手くひいてい

る。

 あの短気で激情家のトウコとは思えない穏やかさに、チェレンとベルは不信感だけを

募らせていく……。

 ニコニコしながらバスラオの刺身を喰うトウコ。やはり、今日のトウコはどこか変

だった。

   それもそのはずである。

 あのトウコは、トウコではない。

363

Page 372: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 某相棒が、イリュージョンを使って変身している偽トウコなのだ。

 懐疑的な目で見られて内心冷や汗を流しまくっている相棒が、何とか取り繕っている

頃。

 本物のトウコはというと。

「……」

 相棒こと、アークで二人の目を欺いて脱走していた。

 鋭く痛む肩を押さえ、鈍痛のする背中を我慢してゆっくりと。

 人混みの中を、進んでいく。

 PWTを抜けて、南の方にある、波止場に向かって、確実に。

 ボールの中から、心配の声が頭の中に直接聞こえてくる。

『トウコ? いたいの? いたいの? からだ、だいじょうぶ?』

 この幼い感じの声は、シアだ。

 純粋にトウコを心配してくれるのだろう。

『……本当に行くのか? 傷、まだ治ってないのに……』

 この渋めの低い声はホルスのものだ。

 おっさんみたいな声だが、一応まだ若い。

『馬鹿は死んでもなんとやらだ。前回ので懲りてねえ当たり、始末が悪いぜ』

364 伝説、起動

Page 373: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 皮肉げな若い男の声は、ディーだろう。

 アークとは違う、どこか年下の子供のワガママを見るような兄のようなぬくもりを感

じる声。

『レジギガスは、今度こそ貴殿の役に立とう』

 自らをそう呼ぶのがギガスだ。今回、久々に力を借りる、かもしれない。

 声が届いていれば、の話だが。

『……お姉ちゃん。せめて、みんなに一言教えても……』

 ココロがそんなことを言うが、性懲りもなく一人で突っ走っている主はまたダメだっ

た。

 もう、手遅れの状態である。

(プラズマ団……殺す……。プラズマ団……殺す……。プラズマ団……殺す……。プラ

ズマ団……殺す……)

 ずっと彼女の中でリフレインされているセリフだ。

 他者の言葉の一切を遮断し、彼女の知性を根刮ぎぶち壊す呪詛に支配されたトウコ。

 今回は不意をつかれた形だった。真面目に運が悪かった。

 最初は、アークがいったとおり二人と昼食に出かける予定だった。

 なのに。トウコは聞いてしまった。

365

Page 374: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 一人で二人を待っているとき、遠くの方で「ポケモン泥棒」と叫ぶ人の声を。

 トウコは見てしまった。

 人を掻き分けて、どこかに逃げていく怪しいマスクマンの姿を。

 間違いない。あの制服は、ヒウンの時の奴と同じだった。

 ──プラズマ団ッ!! ようやく見つけたあッ!!

 ──殺してやるッ!! 見つけ出して巣穴ごと殺してやるッ!!

 その姿を脳が認識した瞬間、トウコの中で今までの反省と教訓と葛藤が粉々に吹き飛

んだ。

 その時彼女独りだったのが、最大の原因である。

 ベルかチェレンがいればまだ、協力できたかもしれない。

 ベルの言葉と涙と想いの全てが、トウコの中の奈落の闇に落ちていく。

 死んだ闇色を宿らせて、復讐に取り憑かれた英雄の亡霊が一人、その時に産声を上げ

たのだ。

 トウコはそのあとを追っている。止めようとするアークに全部を押し付けて。

 方角的に、間違いなくこの波止場に向かったのは間違いない。

 人混みの中で、囁き声などの音を情報源に、追いかける復讐の鬼。

 今回は仲間たちの声すら届いておらず、肩と背中の痛みすらプラズマ団のせいにし

366 伝説、起動

Page 375: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

て、突き進んでいく。

(殺す、殺す、ころす、コロス、コロす、ころス、コろス……)

 思考が一つだけに染まっていくトウコ。

 もう一つの不安事項があった。

 ギガスが、何やら不穏な準備をしているのに心配そうにトウコを見ていたココロは気

が付いた。

 声をかける。

『ギガス……? な、なにしてるの?』

『……レジギガスの足を使えば、あの程度の距離、すぐに追いつける。故に、レジギガス

はボールから出て彼女を連れていく』

 ギガスはしれっと答えてボールから出ようとしている。

 これまでないほど、ギガスはやる気だった。何がどうしてそうなったのか。

 恐らく怪我の原因になったココロのバトルが羨ましくて、自分も出番が欲しいだけだ

ろう。

 あの時も、立候補していたが却下されていたし。

 それはそれで、非常に困る。

『ちょ、やめてっ!! 人前でそんなことしちゃ!!』

367

Page 376: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『おい、やめろバカッ!! 大事になるぞ!?』

『おじちゃんそれはダメーッ!!』

『馬鹿野郎、トウコを世間的に殺す気かテメェ!!』

 ココロ、ホルス、シア、ディーも止めるが……。

『いつも貴殿たちはレジギガスを除け者にしていた。此の度はそうはさせない。故に、

レジギガスは外に出る。役に立つために』

 放置プレイをされまくった長年の鬱憤がたまってるんだろう。

 悪意じゃないのが非常に残念だ。

 全力全壊の善意の大大迷惑、それがギガス。

 ギガスさんは全く聞く耳を持たなかった。

 歩くトウコの腰で、一人でに展開するボール。飛び出す中身。飛び出したのは、白い

巨人。

 阿鼻叫喚のボールに残された四匹。

 ──いやーーーーーーっ!! アーーークーーーッ!!

 ──トウコおおおおお、はよ止めろおおおおおおっ!!

 ──おじちゃんでちゃだめーーーーーーーー!!

 ──やああああめえええええろおおおおおおおおおおお!!

368 伝説、起動

Page 377: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 その叫びは意味を持たない。

 時、既にもう遅かった。

 ドシーンッ! と現れ着地する数メートルもある白いポケモン。

 周囲の石畳がそれだけで凄い音を立てて膝あたりまで陥没した。

 ……言うまでもない。阿鼻叫喚の地獄が現実でもスタート。

 悲鳴の宴が始まった。

 ギガスはまるで特撮の超人のように降り立ち、よろけていたトウコを掬い上げてコケ

の生えた肩に乗っけて、歩き出す。

 トウコはリミッターの外れたギガスの暴挙にも気付かず、真っ直ぐ指をさして指示を

飛ばす始末。

 ボール内で『お姉ちゃん我に帰ってええええええっ!!』というココロの切実な絶叫も

届かない。

 近くを歩いてた人間を数人衝撃で吹っ飛ばし、PWTの金属製の旗が立っただけへし

折れ、海の方では陸から大きな波が発生した。

 更に巨人は、点滅する目と腹の目玉模様をビカビカさせる。

 昼下がりのPWTに現れた怪物。異常に怖い。

 周りは怪獣が暴れ出したかのように我先にと一斉に逃げ出した!

369

Page 378: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『時間は』

「急ぎ」

 ココロを通じて二人は短く話し合い、ココロがいっそと精神を繋ぐ回線をぶっちぎっ

たがまた遅い。

 ふんっ! とポーズを決めたレジギガスさん、半分精神が死んでいるトウコに命ずる

ままに、アスリートのように腕を前に、足腰に力を込めて、準備万端。

『ちょ、二人ともやめてえええええええええっ!!』

 普段はこんなに叫ばないハズのココロですら、キャラ崩壊を起こしてでも止めようと

して、無駄だった。

『レジギガスは疾走する』

「行って」

 ──ドガアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!!

 爆弾でも爆発したかのように、その場は轟音と石畳の砂煙を上げて、PWTの敷地内

は爆ぜた。

 ギガスは全力疾走(まだ半分ほどしかチカラが出ていないのに)とんでもない地響き

と衝撃を波紋状に起こし、地面に設置されていた自販機から軽トラック、逃げ遅れたポ

ケモンから人間まで面白いように宙を舞う。

370 伝説、起動

Page 379: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 そんでもってそこら中に爆撃跡のような大惨事を量産しながら走っていく。

 宛ら、等身大の超人がリアルに走ればこんな感じになりそうな、それぐらいの被害が

出た。

 向こうでは白い巨人がとうっ! と飛び込み台から飛び込むようなポーズでジャン

プしながら着地のコンボで、石畳にクレーターを作成して被害を増大させていた……。

 これが最終兵器、レジギガスの現実。歩く天災。移動する震源地は伊達じゃなかっ

た。

『きゃああああああああッ!!!!』

 シェイクされるボールの中。

 ジェットコースターにシートベルト無しで乗ったような衝撃が四方八方から襲う。

 ココロは後悔した。

 この時ばかりは、トウコではなくあの伝説級のマイペース馬鹿に。

『いやあああああーーーーーっ!!』

 悲鳴を上げるしかできない自分に。

 ほんの少しだけ、トウコの気持ちが分かったココロだった。

371

Page 380: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

四章 進むべき未来

追って逃げて

    人を殺してはいけない、というのはどうしてだと思う?

 殺される相手が、じゃあそのへんで生きていた普通の人間だったとしたら、誰だって

殺した奴を糾弾するだろう。

 だとしても。

 もしも、もしもだ。

 その殺される奴が、とんでもない奴だったとすれば。

 人から大切なものを奪い続け、人から大事な家族を掠め取り、剰えそのことに微塵の

後悔も呵責もないような人間だったら。

 ──それなら、殺したところでその殺した奴を、誰が責めることができる?

 そいつが死ねば、間違いなく被害に遭った人が救われる。多くの人が、悲しみから救

済される。

372 追って逃げて

Page 381: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 綺麗事の建前だけではどうしても抑えきれない被害者の激情が、そのことによっての

み救われるとしたら。

 本当の意味で、被害者の為に出来ることがあるとしたら。

 殺人。その行為を認める人間だって、出てきてしまうかもしれない。

 それは、人殺しという方法が肯定される瞬間。

 秩序の崩壊のきっかけになる。

 大きな悪に、大きな悪で立ち向かう事を支持される世界。

 まるで世界の終わりのような倫理観が、覚悟をもって進む人の中には誕生する。

 多くはそれを禁忌として封じ込めているのが人間の世界だ。

 でも、それじゃあ腑に落ちないのも、納得できないのも人間の世界だ。

 誰かが言っていた。

 ──真っ白な正義じゃ、被害人を真なる意味では救えない。

 ──真っ黒な悪で立ち向かうことで、救われることもある。

 彼女のしていることを正しいと言っているわけではない。

 だが、彼女と違う方法を探そうとしている少女が言うような、一概に間違っていると

も言えないのが彼女の言動。

(私は、私は奴らを殺したいッ!!)

373

Page 382: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 彼女にとっては個人的な復讐でも、結局それは周囲には伝わらない。

 所詮、彼女は周りからは英雄として祀られる運命だ。人ではない、英雄というカテゴ

ライズで。

 そして、自分たちを護ってくれるように動いて、その通りの結果を出すだけの傀儡と

して求められている。

 そこに、英雄の意思なんて最初から必要ない。望まれた通りに動けば誰だっていいの

だ。

 運悪く、彼女はその誰でもいいお人形さんの役目を背負う羽目になった不幸な子供。

 多くの彼らの都合の良いだけの、恨み返しの代行者として彼女は知らぬ間に使われて

いる。

 人々にその意識はなくても、傍から見ればそういう未来につながっていく。

(殺してやるッ! 殺し尽くしてやるッ!)

 悪には悪の制裁を。法では不可能な、行動での報復を。

 多くの人が望む理想は、今ここに実現されようとしている。

 誰も支えてくれる近しい人がいないこの状況で、精神が既におかしくなりつつある、

一人の少女の手によって。

 

374 追って逃げて

Page 383: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

  ファミレスで食事中だった偽トウコは、ずっとヒヤヒヤしていた。

「トウコ……変なことを聞くんだが、肩の傷は痛まないのか?」

 先程から試すような質問ばかりをしてくる疑いの眼差しのチェレンに問われて、ぴん

ときた。

 普段のトウコらしく気だるそうに態度を何とか修正しつつ、答える。

「……痛いわよ。でも、痛がってばかりでも周囲には見苦しいだけでしょう。庇ったっ

て痛いの変わらないし、だったら痩せ我慢するわ」

「……」

 チェレンがまだ疑っていた。最初の上機嫌版トウコの態度が思いっきり怪しかった

ようだ。

(失敗したな……。あと胃が痛い。バスラオ料理、クソマズイじゃねえか! こんなも

ん食ってたのかよバカトウコ!)

 まさかポケモンが調理されたポケモンを食うと言うリアル食物連鎖を経験した偽ト

ウコこと、アークは内心で毒ついていた。

「……なによ?」

 半眼で睨むと、チェレンは黙ってコーヒーを飲んで視線を逃がした。

375

Page 384: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「トウコ、痩せ我慢はよくないよお?」

「……」

 もっと怖いのがもう一人。ベルの方だった。

 もう、懐疑的視線はしなくなったが、今度は何か悟ったらしい怖い目で時々こっちを

みる。

 普段らしい態度を取っているが、アークはわかる。こいつ、もう気づいていると。

(流石にバレるよなぁ……。っつうか、どこまで行ったんだトウコの奴……)

 トウコは先ほど、急に低い声で「やることができたわ、アーク。私の代理をしておい

て」とだけ告げて何処かに行ってしまった。詳しいことは聞いてない。

(嫌な予感するんだよな。またあいつ、一人で飛び出していったし……)

 長年相棒をしているアークは知っている。あいつはまた、復讐関係の行動を始めた

と。

 あの底の見えない病みの瞳をしている時は、絶対に妄執にとらわれている。

 止めるまもなく、人ごみに消えてしまったトウコを追いかけることもできた。

 だが、アークはそうしなかった。トウコに頼まれたから。

 代理をしておいて、と。その願いが、あの瞬間のトウコの心からの願いだと思ったか

ら。

376 追って逃げて

Page 385: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 間違っていると知った上で、トウコの為なら地獄の底でもついていくと決めている。

 だから、今回も従った。

 ココロやシアは何か、今にも倒れそうなトウコを見て心配していたが、アークは違う。

 心配なんてしない。トウコは、そんなことじゃ倒れないと分かっている。

 あいつが倒れるのは、全部を越えて、全てを薙ぎ払ったあとだ。

 目的を終えたとき、達成してしまった瞬間、トウコは人間として恐らく壊れるだろう。

 自分が壊れるまで奴らを壊す、という覚悟の上で生きているような女だ。

 周囲にも少なくても破滅を撒き散らす彼女だからこそ、自分の身なんて案じない。

 支える人間がいなければ、どんどんドツボにハマって倫理が崩壊していく。

 今、支える人間がこちらにいる。故に、トウコはヒトリだ。

(……。そろそろ、頃合か。どっちか連れていくか。トウコの奴、また暴走しているだろ

うし)

 トウコの暴走を止める気はない。

 彼女の意思で行なっていることだ。自分たちポケモンは従うのみ。アークはそう

思っている。

 ココロは最近、周りに合わせて少し心変わりをしているようだが、アークは決してぶ

れる気はない。

377

Page 386: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 全てはトウコのため。

 ディーも、ギガスも、それだけは譲れない。

「……」

 偽トウコは考える。そのタイミングを。

 チェレンは、適当に雑談しながらこっちの様子を見ている。

 ベルは、どこか非難するような目でこっちを見た。

(早く居場所を吐け、って目だな……。なら、連れていくのはやっぱこの女か……)

 アークは決め、そのまま言葉にしようとしたとき。

 ──遠くで、白い大巨人が暴れているという話が、ファミレス内にも飛び込んできた

のだった。

  PWT、海岸沿い。

 波止場に向かう大きめの遊歩道の上で。

 一人の新人プラズマ団にトラウマが発生中。

「逃げるな、逃げるな、プラズマ団がぁぁッ!」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

 ──どかんどかんっ!

378 追って逃げて

Page 387: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 全力で逃げる団員を追いかける、謎の大型ポケモン。

 二足方向であの巨体にも関わらず、かなりの速さで追いかけてくる。

 団員とて、かつては某悪の組織の浙江として仕事をしてきた身。

 この程度の追いかけっこは、慣れているつもりだった。

 訂正しようと思う。あの化け物には勝てる気がしない。

 白くて苔むしているそのポケモンの肩の上で、狂ったように叫ぶ女が、そのポケモン

の持ち主だろうか。

 しかし、あんなポケモンは見たことがない。

 何処の世界に、歩くだけで遊歩道が陥没して、大穴を拵えるポケモンがいるというの

か。

 真後ろにいた。

 周囲を無差別にぶち壊しながら追いかけてくる怪物たちが、自分を捕まえようと。

 ムショにぶち込まれる前に、ガチな死の匂いがして団員は鍛えた足をフルに使う。

「うおおおおおおおっ!?」

「待ちなさいよ盗人があーっ! 私が殺してやるーッ!!」

 追われる盗人。追いかける人殺し予備軍。

 どっちもどっちだ。

379

Page 388: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 何がそのへんのトレーナーからポケモンを奪うだけの簡単なお仕事だよ!?

 思いっきり危険な奴に追われてるじゃないか!

 しかも乗ってる女は人をマジで殺すつもりじゃん!?

 脳裏に過ぎる、新人への通過儀礼的なミッションで、この団員ははずれくじを引いた。

 引っ張ったら出てきたのはバケモノでした。というオチ。

「ぶち殺ああああああああ!!」

 とうとう、白いポケモンはキレた女に呼応するように、追いかけながらそのへんに

あった道路標識を三本の指で引っ掴む。そんでもって持ち上げた。

 面白いように、軽々と地面から抜かれる標識。

 根っこにコンクリートブロックがついている重いやつなのに。

 それを投擲用の槍のようにぶんぶん振り回して、

「死ねええええええええッ!」

 ──巨人が、団員目掛けて投げつけてきた。

 長年鍛えたこそ泥の悲しい性、あるいは反射だろう。

 団員はすっ転んだように倒れた。

 その上を、ぶぅんっ! という風を斬る音と共に、高速で飛来した標識が通り過ぎて

いった。

380 追って逃げて

Page 389: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 あのまま立っていたら、間違いなく串刺しになっていた。

 団員は遠くにすっ飛び、本物の槍よろしくクレーターのど真ん中の地面にぶっ刺さる

それを見上げてますます青くなり、悲鳴を上げた。

「ぎゃあああーーーーすっ!?」

 どこぞの海の神様みたいな声だ。何をもってしてぎゃーす、なのか。

 嵐になったりしないことを祈ろう。こいつ出身はちなみにジョウト地方だ。

 そんな事情を知らない後ろの人は待ったをかけない。

「逃げるなぁーッ!」

 今度は駐車してあった作業用の人が乗るような大型芝刈り機を白い巨人は片手で掴

む。

 やっぱり軽々持ち上げた。

 展開の読めた団員は死の危険を感じてまた逃げる。

 それをみて狂う女の言うとおり、巨人が投げる。

 避ける。着弾する。紅蓮の炎で爆発する。悲鳴を上げて団員は一目散に走り去る。

「こおおおおおおろおおおおおおすうううううう!!」

「うわああああああああ!!」

 大量破壊魔とポケモン盗人団の一員。

381

Page 390: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 どっちが悪者なのかというと、繰り返すが大体どっちもどっちである。

 白い巨人は手加減を知らない。

 手当り次第、使えそうな機械から突っ立っている標識から取り乱したように引っこ抜

いて、持ち上げて、そのまま投げつけてくる。

 その一発一発がグレネードのような破壊力のある一撃で、当たれば確実に死ぬ。

 団員は神業のように全部避けて走る。体力の限界? そんなものは忘れた。

 後ろの巨人に握り潰される未来が脳裏を過ぎれば誰だってこれぐらいはできる。

 ポケモンの技を使わないだけ、まだ無意識の中でもリミットをかけているのだろう。

 半分ほどしか元来のパワーが出ていないとはいえ、今の白い巨人の対広範囲技「じし

ん」を使えば、PWT程の敷地を瓦礫にできる威力がある。

 下手すればヤーコンが高い金をかけて作った施設が海の底だ。最新の海底遺跡の仲

間入りになる。

 ギガインパクトなぞを使えば、イッシュで一番の頑丈な建築物が並ぶ、ヒオウシティ

のビルを一撃で粉砕するだろう。

 今はまだ可愛い方だ。近くにある投げられるものを投げつけているだけだから。

 そんな埒外を操る女も現在、倫理観の消失により暴走中。

 PWT、及び周辺地域に絶大な被害を出しつつ、プラズマ団を追い詰めていく。

382 追って逃げて

Page 391: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「まあああああああてええええええええええッ!!」

 狂乱する女、トウコはギガスと共に追う。

 彼らの逃げる先──黒い船「プラズマフリゲート」に。

「ぎゃあああああああああああ!!」

 追われるこの男が、無事にアジトにたどり着ければの話だが。

 多分、無理だ。

 既に彼は死亡フラグが立ちました。

 次回、生きていたら会える。多分。きっと。おそらく……。

383

Page 392: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

プラズマフリゲート

    逃げるな、逃げるな、逃げるなッ!!

 彼女は焦っていた。いや、もうそれは意識して行なっている行動ではない。

 プラズマ団に関わったあの時、アークに後を任せた時から彼女は感情だけで動いてい

た。

 正確に言うと、脳が正しい記憶をしていない。もっと言うなら、完全にキテいた。

 突発的な怒りと憎悪だけで、自我を覆い尽くされた彼女は一連の行動を上手く覚えて

いない。

 思い出せても漠然としたことのみ。

 トウコは一度完全にキレると記憶が飛ぶタイプの人間なのだ。

 ヒウンの時は、ヒウンのジムリーダーが完全にブチギレる前に止めてくれたからまだ

良かった。

 然し今回は、止める人が近くにいない。いるのは大暴走中の白い巨人だけ。

384 プラズマフリゲート

Page 393: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「どこだッ、どこに隠れたのよォ!? 出てきなさい、ぶっ殺してやるッ!!」

 レジギガスに乗って男を追い回していたトウコだったが、波止場寸前の所で見失っ

た。

 逃げ切れないと思った団員に隠れられてしまったのだ。

 ギガスも周囲の障害物を退けて、そいつを探している。

 まるで子供が虫でも探すかのように、スケールが違うからか、障害物という名前の生

活必需品の数々が破壊されていく。

 トウコも肩から降りて、痛む左肩を押さえながら一帯を探し回る。

 出会ったら最後、絶対に殺すつもりで。

 ……団員は、上手く逃げるために命からがら海に飛び込んだのだ。

 流石に、あの巨体では水の中にまでは入ってこないと咄嗟に思いついたこそ泥の知

恵。

 団員は揺らめく海面から顔だけ出して、音を立てずに泳いで逃げていった……。

「ああ、もうッ! なんでいつもこうなのよッ!!」

 苛立つトウコ。

 地団駄を踏むたび、衝撃が肩に走って痛む。

 それだって、あいつらのせいなのだ。

385

Page 394: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 折角見つけかけた手掛かりを、失ってしまった。

 追いかけたのに、間に合わなかった。見つけ出せなかった。

 その悔しさが、憎しみに加わって更に醜く沸騰していく。

「ギガスッ! もう戻っていいわッ!」

 大暴れしたギガスが『……』と片膝を付いてボールに戻る意思を見せる。

 右手に持ったボールに戻し、周囲を一人怒鳴りながら捜索する。

「どうして、どうして上手くいかないのよ……ッ!」

 左肩を庇いながら、トウコは波止場の方まで足を進めていく。

 まだだ。まだ、諦めない。奴らはどこかに隠れている。

 見つけ出して、ぶち殺してやる。全員、皆殺しにしてやる。

 知ったことか。どうだっていい。殺せればなんだって。

 キレた時特有の一つのことしか考えられない思考に支配されて、トウコは歩いてい

く。

 その剣幕に、ココロ達は何も言えなかった。

 ココロには見えている。トウコの中が、真っ黒な感情に満たされている事。

 この真っ黒は、言葉を吸い込んで彼女に届けない壁になり、海になり、全てを阻む。

 これを払うには、ココロには難しい。

386 プラズマフリゲート

Page 395: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 テレパシーで呼びかけをしたって、トウコから流れてくるのは荒れ狂う感情だけだか

ら。

 もう、あの人を頼るしかない。あの人なら、きっと今のトウコにだって届けることが

できる。

 ……人は、信じない。人の心が見える彼女には、それが信条だった。

 けれど。あの人なら。心の底から、トウコの事を想ってくれている人なら。

『……』

 信じるしかない、のかもしれない。ベルという、トウコの事を理解しようとしてくれ

ている人を。

 「──どうして止めなかったのっ!?」

 騒ぎに気付いたファミレスで。

 訝しげに感じたのだろう。チェレンが少し、様子を見てくると席を外した。

 その間に、ベルにアークは何をしているのと追求されて、事情をあっさりバラシた。

 案の定、血相を変えて食ってかかるベル。

 トウコに化けたアークは口調を戻し、言う。

「俺たちが止める理由があるのかよ。俺達はトウコのポケモンだぜ」

387

Page 396: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 それだけで、苦虫を噛むような表情で黙るベル。

 そう。トウコのポケモンはトウコの行為を認めている。

 だから止めない。それで納得できる理由になる。

「……だけど……トウコは……」

 ベルが俯いて、そう呟く。

 アークは溜息をついて、空席を見つめて言った。

「そうだな。だから、こうして訪れたチャンスを俺はダメにしたくねえんだ」

「……えっ?」

 口の周りを紙ナプキンで拭いたアークは立ち上がった。

 そのトウコそっくりの目線で、ベルを見落とす。

 トウコとは別種の、ポケモン独特の冷たさがあって、ベルは産毛があわ立つ。

「俺が頼まれたのは代理だけだ。もうその役目も終えた。だから、こっから先は俺自身

の意思だ。ついてこいよ。俺がトウコんところまで案内してやる」

 意外な発言に、ベルはぽかんとした。

 アークは説明する。

 今のトウコには、ベルという存在が必要だ。

 それは、トウコがトウコたるまま、目的を達成するために。

388 プラズマフリゲート

Page 397: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ベルという精神的な支えは、ポケモンでも補うことのできない大切な存在。

 それを失えば、トウコは失速して、失ったものの恐ろしさに怯えて、目的を果たせな

くなるかもしれない。

「……だから俺はお前を連れていく。お前の為じゃない。トウコの為に。トウコがお前

を求めるなら、俺はお前をあいつのところまで連れていく」

「……」

 どうやら今回は利害の一致、ということで助力してくれるらしい。

 ありがたい申し出に、ベルは深く考えず乗った。

「分かった。トウコの所、連れていって。トウコを見つけたい」

 ベルも立ち、アークと共に店を出る。

 ……会計は、全部チェレンに押し付けた。場合が場合なので、後払いでお願いする。

 食い逃げにならないように、チェレンに置き手紙と店員にお会計は連れでお願いしま

すと告げて。

「オッケー。契約成立だ。一人でキレて突っ走ってるバカトウコ、取り敢えず探しに行

くぜ」

「うんっ!」

 人通りの激しい道を、逆らうように二人は店から駆け出した。

389

Page 398: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

   トウコは、ふらりふらりという安定しない足取りで、波止場に入ろうとしていた。

 その時、背後からかけられる声。

「──そこから先に、あなたの目指しているところがありますよ」

「ッ!?」

 血走った目で振り返り、声を主を睨む。

 それは、白衣を纏った科学者のような風貌の若い男だった。

 頭に変な蒼い髪の毛がある、というかそれが最大の特徴のようだ。

 男は何やらファイルを持っており、トウコを見ては何かを熱心に書き込んでいる。

 視線はトウコに向けたまま、彼は言った。

「先程から、あなたのことを観察させていただきました。プラズマ団を追いかけている

ようですね。どうやら、あなたとポケモンは強い関係で結ばれている様子。これは非常

に興味深い」

「私の……邪魔、しないで」

 病んだままの目付きで睨まれても、男は余裕すら感じさせ、「落ち着きなさいお嬢さ

ん」と言った。

390 プラズマフリゲート

Page 399: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「私は、貴方の探しているプラズマ団の事を知っている。それについて知りたいなら、も

う少し頭を冷やしたほうがいい。今の貴方は鎖の外れた猛獣のようだ。それでは、貴方

を信じているポケモンを裏切ってしまうことになりかねますよ?」

 男はそう言った。

 その一言が、憎悪で激っていたトウコの激情に水をぶっかけたように冷やした。

「ッ……」

 急速に冷静になるトウコ。今、自分が何をしていたか思い出す。

 そして、頭を抱えた。

 裏切っていた? 

 私を信じているみんなを、私自身が?

 そんなのは、嫌だ。絶対に、嫌なのに。

 そんなことはもうしないって、決めていたハズなのに。

 また、また私は、みんなを裏切っていた?

 たった今、ギガスと一緒に、暴れまくっていた。

 それは、あの子達の声を、聞いていなかったから?

 そんな……。そんなことって……。

『お姉ちゃん。そのことは大丈夫だよ』

391

Page 400: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ココロの声が、脳裏に響く。

『お姉ちゃん、完全に頭に血が登っていて確かにわたしたちの声は聞いてくれなかった。

だけど、お姉ちゃんはこうして今、わたしの声を聞いてくれている。それだけで十分。

止まってくれて、話を聞いてくれるでしょ? わたしたち、誰もおねえちゃんのことを

責めないよ。それ以上にね、わたしたちは今、許せないことがあるから。お姉ちゃんは

悪くない。主に悪いのはこのバカギガスだから』

 ……何か、妙に迫力のある声で、みんながギガスを糾弾している様子が流れてきた。

『……レジギガスは、ただ単に彼女の役に立とうと……』

 ギガスはみなさんに取り囲まれて責めまくられて、小さくなっていた。

 その善意しかない言い分はまだいいのだが。

『テメェは勝手に出ていって、好き勝手に大暴れしただけじゃねえかこの馬鹿!』

 ディーが怒り狂っている。

『……挙句にあいつを取り逃がしているからな。これはもう救いようがない』

 ホルスの嘆息が聞こえる。

『おじさん……シアもだめだとおもう……。トウコのやくにたってない……』

 シアはぶすっと不機嫌そうに言う。

『バカギガス。アークがいないからって調子に乗ってさっ! 副リーダーであるわたし

392 プラズマフリゲート

Page 401: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

の事も無視ってよくも勝手に行動してくれて! アーク帰ってきたら裁判するから、そ

のつもりでいてね』

 副リーダーであるココロが中心に、ギガスの初公判が後に開廷するようだ。

『……おう……もう……』

 ギガスがおわた、的な両膝と両手を付いて項垂れているイメージが流れてくる。

 何か……和んだ。トウコの目に、理性の色彩が戻った。

 勿論、トウコ自身も悪いけれど、それを助長させたこの馬鹿は物理的被害を大量に

作った。

 彼女は半分覚えていないので知らないが、ギガスが暴れたあとはあたかも戦場のよう

に煙と破壊で目を覆いつくしたいような地獄の光景である。

 ヤーコンがその惨状を見て「なんじゃごらあああああ!?」と重低音の声で叫んでいる

のも極めてどうでもよい。

「おや……。やはり、本来の貴方に戻りましたか」

 我に帰り、話の通じる状態になったトウコを見て、柔らかく微笑んだ。

「改めて、初めましてお嬢さん。私はアクロマ。貴方のPWTにおける戦いに興味がわ

いて、こうして話をしようと思ってついてきたのですが……。どうやらタイミングが悪

かったようですね」

393

Page 402: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……」

 物腰は丁寧だ。

 初対面のトウコにも、こうして柔らかい雰囲気で話しかけてくる。

 だが……。

『お姉ちゃん……こいつも……。こいつもプラズマ団だよ……』

 ココロが、ボールの中でそう、トウコに告げる。

 相手の精神の中を探っていたココロが、ここまで警戒するような声を出すのは初めて

だ。

 プラズマ団。目の前の男も、また。

 それだけで、消えかけていた憎悪が火が付きかける。

 闇が、理性を食い潰そうと範囲を広げる。

『ダメだよ! こいつ、頭おかしいっ! お姉ちゃん、近寄っちゃダメェ!!』

 ココロが、縋り付くように声を張り上げていた。叫ばれる、悲痛な声。

(!?)

 ココロの叫びが、トウコの激情を抑えて、冷静にさせた。

(頭が、おかしい……っ? どうしたの、ココロ?)

 恐る恐る、ココロに問うと。

394 プラズマフリゲート

Page 403: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 凍りついたココロが伝えてくる。

 こんなに、誰かを怖がっているのは、何時以来だろう。

 ココロは泣きべそをかいていた。

『こいつ……狂ってる。狂ってるのお姉ちゃん……。ポケモンの真のパワーを全部引き

出す為なら……何だってするって……。頭の中、ポケモンをつかった実験過程しか入っ

てない……。生体実験とか……酷いことばっかり……』

 ココロは、言葉で伝えるよりも実際見て、と彼女の見たイメージが、トウコにも伝わっ

てくる。

(……ッ!!!!)

 絶句した。こいつは、本当に狂っている。

 半分プラズマ団に関しては倫理観が壊れているトウコですら、そう思った。

 筆舌に尽くしがたい悪行を、過去のこいつは行なっていた。

 そう、それはまさにポケモンを使った非道な実験の数々。

 人間でいうなら人体実験として訴えられるようなコトを。

 結果として、ポケモンが死んでも、こいつは気にもしていない。

 目を背けたくなる光景で、笑顔で笑い声を上げ、充実した時間を過ごしていた。

 自分の欲求を満たすためだけに、プラズマ団に入った経歴があるのが見える。

395

Page 404: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 本人はもっといろいろなことが知れると思っているから、プラズマ団にいるだけだ。

 他意はない。その純粋さが、むしろトウコには恐怖感を与えた。

 こいつ一体何なんだろう、と考えても理解できない。

 そもそも、目の前のこのアクロマと名乗る男は人間か?

 背筋が凍る。こんな奴が、イッシュにいたと思うだけで。

「どうかしましたか?」

 アクロマが問う。

 あの爽やかな笑顔の下は、ドロドロに腐った汚泥が詰まっていた。

 触るだけで、触ったところが腐るような強烈な泥だ。

「……」

 トウコから、血の気が失せた。

 彼女にもわかった。こいつは、異常者だ。ゲーチスとは別ベクトルの、異常な人間。

 ポケモンに対して普通の人間がもっているべき、大切な感情が全くない。

 ……二年後にイッシュに帰ってきて初めて、トウコは二年前のあの時と同じ感情を抱

いた。

 絶対に理解できない人種。ゲーチスと初めて出会った時の、あの時の衝撃を。

 どう声をかければいい。相手は、人の皮を被ったバケモノだ。

396 プラズマフリゲート

Page 405: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 自分が、あのバケモノの目にはどう映っている。

 それを考えるだけで、どうしようもなく怖い。

「……。あんたも、プラズマ団ね……」

 そう、確認するように問う。

 おやっ、という顔で彼は驚いた。

「まさか初見で見抜かれるとは思ってませんでしたよ。お察しの通り。私も、プラズマ

団の一人ですよ、お嬢さん」

 相手の眼力を認めつつ、挑発するように笑うその顔が、怒りや憎しみよりも先に、ト

ウコを一歩後ろに下がらせた。

 プラズマ団に対して、まだ一抹の恐怖が残っていたことがトウコには分かった。

 奴は、桁違いだ。

『お姉ちゃん、ダメだよこいつと何かするのだけは! いつ、こいつの好奇心の対象が人

間に変わるか、わからないんだから!』

 ココロが必死に制止する。

 そんなこと、言われるまでもない。

 こんな精神の歪んだバケモノ相手に、何をどうするつもりだと思うのか。

 他の連中みたいに殺すと言って殴りかかるか?

397

Page 406: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 無理だ。それ以前に、こいつに殴りかかるだけの感情がない。

 異次元の存在にすら、奴は見えてしまう。未知すぎて、理解が追いつかない。

 戦う前から勝てない相手を、久しぶりに見た。

 それも、ただ笑っているだけの相手に。

「……。冷静になったわ。で。あんた、私に何の用?」

 辛うじて、それだけを言葉にできた。

 相手の出方が分からない。この男とは、一緒にいたくない。

(みんな……逃げる準備だけしておいて……。隙を見て、脱出するわよ)

『う、うん……』

 ココロだけじゃない。

 ディーも、シアも、ホルスも、あのギガスですら、逃走の提案に意義は言わなかった。

 満場一致の撤退は、それだけみんなに恐怖感を受け付けた。

「ああ、私はあなたに興味がありまして。そう、プラズマ団だとバレているならハッキリ

言いますが。この先に、プラズマフリゲートという船が停泊しているんですよ」

 しれっと、この男はとんでもない一言を言った。

 その名前を聞いだだけで、トウコは悪寒を覚えた。

駆逐艦

フリゲート

ですって……ッ!?」

398 プラズマフリゲート

Page 407: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 フリゲート。名のとおり、駆逐艦を意味する言葉だ。

 本来なら、悪党が持つはずもないシロモノ。

 その前にプラズマ、とついているあたり、プラズマ団の所有する戦艦なのだろう。

 二年前まで、そんなものは無かったはずなのに。トウコは戦慄した。

 ……敵は、それほど前に本気なのだと。

 トウコの消えていた二年間で大きく力をつけて、今度こそ何かを仕出かすつもだと。

「ええ。フリゲート。言うまでもなく、駆逐艦です。そこに今、多くのプラズマ団が常駐

しています。プラズマ団に喧嘩を売るのでしたら、そこを叩くのが一番だと思いますが

?」

「……」

 トウコは黙る。

 アクロマは、楽しそうに行きたければどうぞ、という風に丁寧に場所まで説明してく

れた。

 なぜ、そんなことを教える、という愚問をするつもりはない。

 こいつは、トウコに興味があるといった。

 それは、この狂人の興味の対象に、トウコが選ばれたということだ。

 自分の好奇心だけを満たすために生きているような男だから、予想はつく。

399

Page 408: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 見たいのだ。トウコと共に戦う、みんなの姿を。

 そして知りたいのだ。自分の中の疑問の答えを。

 トウコは、表面上だけはなんとか取り繕って、言った。

「あら、そう……。ご丁寧にありがとう。じゃあ、そうさせてもらうわ」

 戦々恐々と、この場で敵対されるのかという感情があったが、杞憂に終わる。

「ええ。戦うなら、数が多いので個人対多数になるかと思いますけれど……。頑張って

くださいね」

 それでは、とアクロマは白衣を翻して去っていった。

 それだけが目的のように。颯爽と、後腐れもなく。

「……あんな奴が、プラズマ団にいるなんて……」

 トウコは呟く。あの異常者も、敵の一人。

 あんな奴すら、内包するプラズマ団の内部は、一体どうなっているのか。

駆逐艦

フリゲート

 少なくても、今は進むしかない。その

という船に……。

400 プラズマフリゲート

Page 409: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

再会

    進まなきゃ。望んでいたはずだ、プラズマ団との対峙を。

 なのに、この足はまた動かない。

 トウコは、ただ棒立ちしてしまっていた。

 現実の壁にぶち当たって、彼女は進めなくなった。

 どう足掻こうが勝てるはずのない、現実というものを知ってしまった。

「……戦艦なんて……卑怯じゃない……」

 フリゲート。本来は国が持つような小型戦艦。

 戦争に使うはずの、兵器だ。軍が所持しているのが当然の代物。

 どう考えても、テロ組織であるプラズマ団という一組織が持てる範疇を超えているは

ずだ。

 そして、二年という期間。

 そんな短期間で戦艦を用意して運用するなんて芸当が、二年前までのプラズマ団に出

401

Page 410: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

きっこない。

 それを考慮して考えて、辿り着く答えは一つ。

「私一人で……どうしろっていうのよ……」

 ……もう、トウコの手に負える範囲を事態は超えていた。

 トウコは、その場で崩れ落ちた。足も、意思も、進むことが、もう無理だった。

 どんなに強いポケモンがいたとしても。どんなにその人間が優秀だったとしても。

 個人が、大型兵器に勝てるわけはない。

 ましてや、人間相手を想定されている駆逐艦だ。

 名のとおり、駆逐するための戦艦。

 子供であるトウコが逆立ちしたって、勝てる道理はない。

 それに。

 この二年間という僅かな年数で彼らが立ち直った理由も、見えてきた。

背後バック

 プラズマ団の

に、とてつもないなにかがいる。

 大人の世界で、プラズマ団に加担するとてつもなく大きな存在が。

 よくも考えてればわかる。

 フリゲートを短期間で建造するための費用は何処から捻出した?

 それを作るための技術はどこから齎された?

402 再会

Page 411: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 作られた駆逐艦を隠し通すための場所を誰が提供した?

 維持をするための必要なものをどうやって用意した?

 それをして、誰かが得をするとしたら?

「私は……何も分かってなかった…」

 プラズマ団もバカではなかったということだ。

 下らない野望や理念に賛同し、技術や金を貸す大人がいる程度には、学習していた。

 成長してなかったのは、またしても馬鹿なトウコだけだった。

 二年という月日は、確かに流れていた。

 それを思い知らされた。二年前とは違う。

 自分だけでどうにか出来る程甘くなかった。

 トウコの中で、憎悪の炎が消えていく。

 なんて、馬鹿だったんだろう。

 トウコは自分の無知を笑いたくなった。

 所詮大人の世界に、子供であるトウコが一人で騒いだところで、意味なんてなかった。

 奴らはやろうと思えば、今すぐにイッシュをぶっ壊すことだって出来るのだ。

 人は人。組織は組織。歯車のような重要な場所にでも居ない限り、人は組織には勝て

ない。

403

Page 412: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 現実は、創作物のように優しくも都合良くもいかなかった。

「……」

 駆逐艦があるとアクロマという男は告げた。

 この先に行けば、侵入できるだろうか。

 この先に進めば、何か進展するのだろうか。

 この先に向かえば、何が変わるのだろうか。

 トウコは、再び現実に負けそうになっていた。

 一人で、突っ走った結果、こうなった。

 トウコは思った。

 最初からなかったのだ。

 プラズマ団に、勝てる方法なんて。

 また、無駄なことをしていたのだ。

 二年前の清算をしようとして、今も犠牲にして、この有様だ。

 また、私は間違えていた。

 時代の忘れ物である自分は、やっぱりバカだったんだ。

 大人に、子供が勝てるわけない。

 そう何度も運良く、コトが進む訳がないのに。

404 再会

Page 413: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコの中に生まれた、絶望と挫折の痛みが、ボールの中にココロに流れる。

 ココロもまた、勝てるわけがないと徐々に思い始めていた。

 彼女のポケモンたちもだ。

 あの狂った男が所属するような組織がまともなわけがない。

 組織そのものが、イカれている。

 それを支えている人間たちも、ポケモンたちもみんなおかしい。

 おかしいものばかりだ。プラズマ団という存在は。

『……お姉ちゃん……』

 トウコは、壊れそうだった。

 瞳から生気がうっすら消えていて、虚ろな目で波止場の方を見つめている。

「ココロ……。ディー……。ホルス……。シア……。ギガス……。私……」

 トウコは、どうすればいいのか分からなくなった。

 その場に蹲って自分の中に逃げ込んでしまった。

 彼女達は、主に何を言えばいいのか、迷って言葉を仕舞い込む。

  転機が訪れたのは、彼と彼女達の出会いだった。

「あんた……。もしかしてトウコさん、か?」

405

Page 414: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「だ、大丈夫ですか……?」

 怪訝そうな若い男女の声が、彼女の顔を上げさせた。

「……」

 誰だろう。トウコの名を知っているのは。

 また、英雄として力添えを頼まれるのだろうか。

 そんなのはゴメンだ。今の私に何ができる。

 所詮英雄だって子供なのだから、無理なものは無理だ。

「あぁ、やっぱりトウコさんか。あんた、何でこんなところで蹲ってるんだ?」

「……あんたたち」

 顔を上げて、見えてきたのは……。

「……ヒュウ……? それに、メイ……?」

 あの時以来の出会いだった。

 ヒウンの地下道で出会った、駆け出しのトレーナー二人組。

「お、お久しぶりです。ヒウンの時以来です」

「あんまり、元気そうじゃなさそうだな。でも、久しぶり」

 トウコを見下ろしている、ヒュウとメイだったのだ。

 トウコの目に、光がもどる。

406 再会

Page 415: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……あんた達。どうして、こんなところに?」

 すぐに、みっともないところを見せまいと立ち上がったトウコ。

 この二人とこんなところで出逢うなんて思わなかった。

 というか、なぜ名前を知っている? だがそんなことはどうでもいい。

「俺達は、この先にいるっていうプラズマ団を追いかけてきたんだッ!」

 ヒュウが、鋭い目先で波止場の方を睨みつけ、

「……ヒュウが勝手に突っ走っただけでしょ。わたしは彼に戦力として連れてこられた

だけです」

 メイはジト目でそのヒュウを見る。

「……そういえば、あんたは何か因縁があるとか言っていたわね」

 はぁ、とため息をついたトウコ。

 思い出したが、ヒュウはそんなことを言っていた。

 巻き込まれたらしいメイと、率先してプラズマ団に食いかかるヒュウ。

 傍から見れば、このヒュウと同レベルの言動をしているのだろうか、と人のふり見て

我がふり直せとどこかで聞いた言葉を思い出すトウコ。

 だけれど、勇気と蛮勇は違う。

 この子達、何もわかってないらしい。

407

Page 416: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコが徐ろに口を開いて、ヒュウに言った。

「……やめておいたら? 死にに行くようなものよ」

 一瞥して、トウコは低い声で言うと、

「あんたもそんなことを言うのかよッ?」

 ヒュウは早速、トウコにも噛み付いた。

「相手は、プラズマ団が所有しているって話の戦艦よ? しかも中身は団員の山。本当

に勝てると思ってるの、たった二人の子供だけで?」

 無駄よ、とアクロマから聞いた話を掻い摘んで言うけれど。

「最初から諦めていちゃ、何だって出来やしないッ! 俺は一人でも絶対に行くッ!」

「……」

 ヒュウは、決して怯んでいなかった。

 むしろ闘志を燃やし、望むところだと言わんばかり。

 そんなヒュウが、トウコは馬鹿だと思う一方、羨ましいと思った。

 こんな風に、迷わない強い心と意思があれば、どれだけマシだったか。

 後ろで、「またそんなこと言って……」と迷惑そうな顔をしているメイ。

 この二人を見ていると、何かを思い出すと思ったら思い当たった。

 ああ、成程。

408 再会

Page 417: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 これはヒュウがトウコで、メイがベルという立ち位置でそのままこっちにも当て嵌

る。

 私ってば、ずっとこんなことしていたのか、とトウコは思った。

「……」

 ヒュウとメイはぎゃーぎゃーと口喧嘩をし始めた。

 ヒュウは絶対に行く、と言い出して聞かない。

 メイは今からでも間に合うからやめておこう、と言っても話は平行線。

「……」

 喧嘩したのもすぐ最近だったのに、随分と懐かしい感じがする。

 二人とも、仲違いを起こしかねない程ヒートアップして言い争う。

 これは、トウコとベルの本気の喧嘩のようになってしまうかもしれない。

 トウコは思わずお節介を焼いた。

「メイ。ヒュウ。落ち着きなさいよ」

 二人に言うと、怒った顔でトウコに振り返る。

 顔が怖い二人に引きつつ、妥協案を出す。

「なんなら、私もついて行くわ。二人よりも三人。三人よりも四人で。数が多ければ多

いほどいいでしょ。少しの間、待っててくれれば私が知り合いを呼ぶ」

409

Page 418: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 これなら、多少危険でもまだ大丈夫だろう、と。

 さっきはフリゲートという言葉に現実を思い知らされていた。

 ありえる現実を連想して、自分のやっていることは無駄だったんじゃないかと。

 だけど、ヒュウをみていると、ウダウダ考えている前に動く方がまだ自分らしい、と

思えてくる。

 何も考えず、ブチギレて暴れている方がまだ、自分の中ではしっくりくる。

 勝手だけど、ヒュウをトウコは自分に似ている気がした。

 ヒュウが、その申し出に「ありがとうッ!」とトウコの手を握りしめる。

 思いっきり掴まれたまま上下に振り回されたせいで左肩が痛い。

 対して、メイの表情はどこか暗く、心配そうだった。

 トウコは、不安に思っているメイを励まそうと、慣れない言葉を言った。

「メイ。私はこう見えても、一度はイッシュのチャンピオンになったトレーナーよ。力

添え出来るなら、頼もしいと思うけれど?」

「……えっ?」

 メイが驚いたようにトウコを見上げる。

 今初めて、トウコは自分の実力を誰かに積極的に明かした。

 今まで、忌避していた無駄な戦いを避ける為の策を、自分で破った。

410 再会

Page 419: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「はぁッ!?」

 ヒュウもトウコを信じられない目で見る。

 論より証拠。

 トウコは自分のバッグの中に持ち歩いているトレーナーズカードとバッジケースの

中身を見せた。

 その行動が齎すリスクを承知の上で。

 それを見た瞬間、メイが思い出したように言った。

「そういえば、PWTの決勝戦のとき……トウコさん、伝説のポケモン使ってましたよね

? 確か、ラティアス……とかいうの」

 どうやら先日のバトルを見ていたらしい。トウコは肯定した。

 メイは伝説のポケモンを持つってどういうことなのか、妙に興奮して聞いてくるが、

話が脱線しかけている。

 落ち着かせて、元に戻す。

 新旧合わせて二桁のバッジの数、そして二年前に発行されたカードを見て、ヒュウも

ピンときたようだ。

「そうだった!! それにトウコって名前……。あんたまさか、二年前にイッシュをプラ

ズマ団の魔の手から救った『黒き英雄』って人じゃ!?」

411

Page 420: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 思わずトウコを指をさして、メイに「失礼でしょ!」と叩き落とされたヒュウ。

 でも、メイも目を丸くしてトウコを見ていた。隠しきれない驚愕が滲み出ている。

 トウコはバレてしまったか、と苦笑いして認めた。

「…………。そうね。過去にそういった経歴もあるし、周囲は私を『英雄』と呼んでいる

わ。でも今は……ただのトレーナーよ。英雄じゃないわ。もしも本当に英雄だったら、

プラズマ団をそもそも復活させるような半端な潰し方しないでしょ? 私は、所詮その

程度の器だったということなのよ。ごめんなさい、話とは違う実態で」

 たっぷりの自嘲を込めて言うと、メイにごめんなさいと言われてしまった。

 ヒュウも流石に何かを察して、悪かったと頭を下げた。

 トウコはただ、笑う。ああ、今の自分はこんなにも痛々しさを見せているのだ。

 ベルは、こんな自分を見ていればそりゃ止めさせたくなる。

 でも。駆逐艦だと知ってしまった。放っておけば、間違いなく災厄を撒き散らす。

「……私の知りたかった正体をバラシたんだもの。証拠もある。これで安心でしょ? 

こんなんでも、一応歴代のチャンピオンに名を連ねている一人だから、強さは保証する

わ」

 メイとヒュウに言うと、今度こそ信じてくれたんだろう。

「はいっ!」

412 再会

Page 421: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「これ以上の頼もしい仲間はいねえよッ!」

 二人は喜んでくれた。名乗って、よかったのかもしれない。

『お姉ちゃん……迷いが、吹っ切ったの?』

 脳に響くはココロの声。

 トウコは、迷いを断ち切っていた。

 目の前にいる、二人によって。

 もう、迷っていられない。

 仮定にビビっていたってしょうがない。

 悲劇の連鎖を起こすものが目の前にある。

 それを放っておいて、のちに起きる惨劇を悔やむくらいなら。

 やらなくて後悔するなら。やってから後悔すると決めた。

(ええ。やるしかないなら、やるだけよ。私は一人じゃないんだもの。この子達も行

くって言うなら、私も行くわ。お子様たちだけで行かせて、大変な目に合うなら大人も

一人はいたほうがいいでしょう?)

『何気に自分を大人扱いしてるけど、お姉ちゃんまだ子供だからね?』

(経験値の差よ。たまには大人扱いさせて頂戴)

『やれやれ……。でも、こっちもイイよ準備は。大暴れするって言うなら、暴れまくるか

413

Page 422: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ら』

(お願いね、みんな)

 ココロも、手を貸してくれるという。

 ホルスも、ディーも、シアも、ギガスですら。

 トウコには、今だけでも仲間がいる。なら、それだけでいい。

(ギガス。さっきは無駄に暴れていたけど、また暴れていいわよ。今度は私からしっか

り命令する)

 相手は駆逐艦。人の手で作られた、人を殺すための兵器。

 だけど、それが何だ。こっちには、最終手段がある。

 古に大陸を縄で引っ張って動かしたとかいう、次元違いの怪物が。

『……了解。全力で敵の駆逐艦を破壊する』

 ギガスが喜んでいる。そう、トウコにはこいつがいる。

 伝説のポケモン、レジギガスが。

『今度はトウコの許可が出てるんだ、思いっきりやっちまえ!』

『ちんぼつさせてもいいの?』

『いや、シア……それはやりすぎだ。あ、でも……駆逐艦ならそれが妥当か?』

『全然やりすぎじゃないよ。ギガスなら普通にできるもの』

414 再会

Page 423: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ディーが煽り、シアがボケをして、ホルスとココロが許可をした。

 そう、現代兵器などギガスの前では全て無意味。

 こっちにはフリゲートに匹敵するポケモンが一体いるのだから、怯えることは何もな

い。

 ……さっき、その力を無駄使いしたのは気にしないとして。

「そういや、さっきでっかいポケモンが大暴れしてPWTめちゃくちゃになってたけど、

あれトウコさん関係あるの?」

「……」

 メイの一言で固まるトウコ。

 ヒュウは心強い味方にテンション上がりっぱなしで話を聞いていない。

「そ、それはまぁ……気にしないとして。兎に角、応援を呼ぶわね」

 と腕時計型の通信器、ライブキャスターのスイッチを入れて、呼び出す。

 面倒なので、二人同時に。

 ザーザーというノイズ音がしたが、同時に二つの画面が現れた。

『トウコっ!? 今どこにいる!?』

『トウコ、キミは一体PWTで何を仕出かしたんだ!』

「……」

415

Page 424: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 一人は心配そうに画面を見ているベル、一人は顔が怒りで引き攣るチェレンだった。

 捲し立てる二人をスルーし、一方的に告げる。

「……二人とも。私は今、PWTの陽の方の波止場前にいるわ。ここから先に、プラズマ

団の関係する船があるらしいの。私一人に行かせて血溜まりの大惨事を起こさせたく

なくば、すぐにここまで来なさい。私、もう行っちゃうわよ? 今回は、何人病院送り

になるかしらねぇ……? っていうか、私自分を抑えることができないから、死人出る

かもね? アハハハハハっ!」

『ち、ちょっとやめてそれだけはトウコ──!』

『は、話を聞くんだそれはいけないよトウコ──!』

 ぶつっ。

 それっぽく演技してまで脅すような口調で告げると、焦った二人が制止してくる。問

答無用にぶっちぎった。

「……これで、すぐに駆けつけてくれるわ。あの二人、私のコト野放しにするの嫌がるか

ら」

 苦笑して、絶句するヒュウとメイに言う。

 取り敢えず、駆逐艦相手にこのメンツでカチコミに行くことになった。

 勝てるかどうかは、まだ見えない。だけど、やる。

416 再会

Page 425: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコ達、子供だけの孤独な戦いが始まる。

417

Page 426: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

VS プラズマ一味

    ──アレだけの脅しをしたのだ。二人は、きっと駆けつけてくれる。

 待っている間に、二人と情報交換して時間を潰していたトウコは、メイとヒュウにつ

いて様々なことを知った。

 ヒュウとメイはトウコとは違う山あいの街生まれだということや、最初のジムで戦っ

たチェレンの様子など。

 どうやら、チェレンは駆け出しジムリーダーとして、しっかり役目を果たしているよ

うだ。

 幼馴染として、それは嬉しい限り。彼の将来への可能性が、広がった証でもあるのだ

から。

 タダでさえ、あの若さでジムリーダーに抜擢された実力者だ。

 もう、彼の未来は輝かしいものに決まっている。

(さすがね……チェレン……。あんたは最高の幼馴染よ。私も誇らしいわ)

418 VS プラズマ一味

Page 427: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 話を聞いているうちに、彼女は知らずに優しい表情になっていた。

 彼との激闘を勝ち抜いた二人には悪いが、真なる彼の実力を見れば、手も足も出ずに

叩きのめされるだろう。

 なにせチェレンはトウコと同い時期に旅にでたのだ。重ねてきた年月と経験値が違

う。

 更に、道中何度もプラズマ団を見かけたこと。

 ヒュウはその度に追い掛け回して、逃げられていたと聞く。

 そして先ほど、アクロマなる男の助言で彼らはここに来た。

(……アクロマ? あの狂人、私以外にも口添えしてるってこと……?)

 メイは何度か助けてもらったことがある、と説明して今回も情報を教えてくれた、と

いう。

 あの人は味方だと思い込んでいる無垢な信頼が、メイの顔には浮かんでいた。

 ヒュウは、警戒しつつも真実だったのが数回あったので、取り敢えずは信じているら

しい。

 ──つまり、二人は奴の本来の姿を知らない。

 それはそうだ。

 トウコはあくまでココロの力を使って内面を覗き込んだ。

419

Page 428: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 それは言ってしまえば人間社会におけるチート行為。

 相手の内面を覗いて行動する、後出しジャンケンのような必勝法。

 故に、真実にたどり着くのは一番早いが、それを周囲に伝えてどうするのか。

 それは、彼女に託されている。

 トウコは、沈黙を選んだ。

 彼らを納得させる言い分もなく、ただ頑固に何かを言っても聞いてはくれないだろ

う。

 論より証拠。奴がその行動を起こしたとき、察していた風にするしか、今のトウコに

は出来ない。

 無用な関係の亀裂を生むぐらいなら、黙して語らず。穏便に行けるならそれでいい。

 アクロマの真意に気付いているのはトウコのみ。そして、トウコはそれに関して何も

言わない。

 あの狂った科学者の思惑通りに動くのは癪な話だが、知った上で実行する。

 放っておいても害はまだない。出たら、排除すればいい。

 ついでに、話を聞いているうちにこのメイという少女が、実はとんでもないスペック

の子だと言うことがしれてきた。

 旅の道中、実に様々なことに巻き込まれて、半分くらいは成功させているらしい。

420 VS プラズマ一味

Page 429: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ライモンシティ前にある四番道路の出口付近に新しく出来たとかいう、新型のショッ

プストリート、「ジョインアベニュー」のオーナーを突如前オーナーに任されて、大人の

サポートありとはいえかなり好成績を収めていたり。

 かと思えば、ポケウッドとかいう俗に言う映画スタジオでは新人女優としてデビュー

してるとかなんとかで、売れ行きは好調だとか。

 この子、何というか、凄い。

 トウコは思わず絶句した。

 トウコだって旅の中で様々なことがあったが、そんな活躍はしていない。

 ついでに女優云々は全く知らなかった。

 何故かというと、イッシュニュース見てないから。ずっと自分のことで精一杯だっ

た。

 世間が名も知らぬとは言っても大騒ぎしているであろう、渦中の人が目の前にいても

動じないのはそのせいだ。

「……凄いわね……。ビジネスの経験は? 役者のノウハウは? 誰に聞いたの?」

「ええと……ビジネスは、前オーナーがいろいろ手筈を整えてくれて……役者は、ハチク

さんに……。後は、独学です……」

 メイは控えめに言うけど、独学で経営できたり役者に飛び入り参加できる訳がない。

421

Page 430: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ……もしかしたら、メイという少女は才能の塊かもしれない。トウコは戦慄した。

「……ああ。ハチクって、そういえば役者復帰してたんだっけ」

 ハチク。二年前はジムリーダー、今は大スター。

 一年ほど前遠いシンオウの地で、彼が役者に復帰したニュースを風の噂で聞いたのだ

が、彼女にはその程度の知識しかない。

 実感もなしに帰ってきたイッシュで、その事を改めて知った。

 全く、世間に疎い英雄様である。

「でも、俺も聞いたんだ。ライモンシティのドームで無敗を誇ったトレーナーの伝説」

「……」

 ぴくっ、とトウコの眉が動いた。気まずそうに、目を逸らす。

 ヒュウが思い出すように語りだす。

 その伝説は未だに破られず、ふらりと現れてドームにいる選手を全員数度に渡ってバ

トルで叩きのめし、賞金を掻っ攫っていった、伝説のトレーナーのこと。

 バカみたいな強さを持つその女トレーナーは、金を寄越せと脅迫紛いのことをほざき

ながらバトルを挑んでいたという。

 その女がいま、冷や汗を流しまくっているこいつだ。

「……」

422 VS プラズマ一味

Page 431: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「トウコ、って名乗っていたとか言ってた。ラグビーのおっさんたちがその名前のト

レーナーとは二度と戦わないって」

 ヒュウに聞かれ、イエスと言うと唖然とされた。

 守銭奴とでも思われているのだろう。

 トウコも否定しない。

 守銭奴だったのだ当時は。

 お金欲しさにバトルをしまくって、結果として相当の額を稼いだ。

 ……今考えれば、それも嫌われる理由になったと思っているから、今は絶対そんなこ

とはしないけど。

「……トウコさん……」

 メイにも引かれた。

「若さ故の間違いよ。気にしないで」

 フォローになっていないが、トウコは遠い目をして、早く二人が到着するのを待つ。

 その間の時間は、彼女には居心地が悪すぎたのだった。

  「──トーコォー!」

423

Page 432: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「──トウコーッ!」

 二人のその声が聞こえたとき、びくりとトウコの髪の毛が逆立った。

 ピンチを迎えた子猫のように、ざわざわと波打つロングヘアに、ヒュウとメイが声を

出して驚いた。

 顔もトウコらしからぬ引き攣って、回れ右からの、逃走開始。

 右手で左肩を押さえるように、のろのろと走り出す。

 っていうか、自分で呼び出しておいて逃げ出した!

「ってコラあっ! 待ちなさぁーいっ!」

 メガネの少女が、フィールドワークで鍛えられた足腰を存分に発揮し、よたよたと逃

げるトウコを後ろから捕獲、その場で説教開始。

 ガミガミと怒り上げる少女──ベルの剣幕に、顔見知りの二人はぽかんとしていた。

 ようやくおちついたもう一人、息の切れているチェレンが、二人を見つけて駆け寄っ

てきた。

「二人とも……はぁ、はぁ……。ここで、何を、はぁ……はぁ……。して、いるんだ?」

 余程急いできたのだろう。言葉が切れ切れ。

 二人は、トウコに言った事情を説明すると、チェレンは苦い顔で言う。

「……そういうのは、ヤーコンさんとか、大人に任せておくべきじゃないかな。僕達はま

424 VS プラズマ一味

Page 433: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

だ子供だ。出来ることには、限りがある。間違えると、ああいう風になる」

 指で示す方向には、トウコが小さくなって怒られている。ベルが凄い剣幕で怒鳴る。

 ヒュウはそれでも行くと頑なに言う前に、チェレンは深い深い溜息をついて言う。

猪突猛進

「……とは言うけどね。

が、プラズマ団を追いかけ回すために後先考えずそこ

ら中を破壊して回ったせいで、ヤーコンさんたちはこれないんだ。後始末するために、

あっちも色々混乱してるのをカバーするために奔走している。現場で一番近いのは僕

達になっているんだよ」

「……」

 チェレンが苦言を漏らしたのは、トウコの暴走だけじゃない。

 PWTの開業に浮かれていて気付かぬ間にプラズマ団に侵入されていたヤーコンに

も呆れていた。

 どうしてこう、大人は足元を見ないのか。

 リーグの時は土台から現れる城、今回は波止場に停泊する船らしき物体。

 怪しいなら怪しいでマークすればいいのに。彼らにそんなことを言っても後の祭り。

 現場のことは、現場でなんとかするしかない。

「兎に角。僕たちで対処してくれって、ヤーコンさんたちから正式に伝達があった。警

察も間に合わないし、逃げられたら元も子も失うからね。逃げられる前に、追うから僕

425

Page 434: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

達も同行しよう」

「──チェレーン! トウコのお説教終わったよ〜!」

 ベルが笑顔で怒りマークをベレー帽に浮かべて戻ってきた。

 ズルズルと引き摺られて戻されたトウコは、グッタリして幼子のように泣きそうだっ

た。

「……分かったから、悪かったから。ごめんなさい……。もう赦してベル……」

 いや、半分くらい泣いていた。情けない声出して。

「だ〜め。もお、あんなおっかないことまで言い出してえ。あたしがどれだけ死ぬよう

な思いしたと思ってるのか、今回のでたっぷり思い知らせてあげる」

「ひっ!?」

 首根っこを押さえて乱暴に掴んでいるベルの拳には、青筋が浮かんでいる。

 笑顔のまま、振り返ってベルが言うと、トウコが悲鳴を上げた。

「あと、ゾロアークにも謝っておいてね。ファミレスのお金も、トウコが出してねあとで

いいから。チェレンがゾロアークに頼んで騙したことはそれで水に流すって」

 騙したことにはそれで流すとは、幼馴染の優しさに救われた気がしたトウコ。

「……ええ。分かったわ……」

「ついでに、あたしももうこれじゃダメだったことも分かったよ。トウコに残された方

426 VS プラズマ一味

Page 435: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

法はもう、教育とか洗脳とかそういうレベルだね。あたしが世間様にちゃんと顔向けで

きるようにしっかり教育して洗脳することにしたから。おばさんにも面倒みてって言

われたし」

「ひぃぃっ!?」

 ニコリと白々しく笑うベル大明神。

 この一件で、大明神の本気に触れてしまったらしい。

 これから恐ろしい事が始まる予感があった。

『トウコ。お前が全部悪いんだし、ちゃんと反省しておけよ。お前の方の出来事は、今大

体ココロから聞いたから』

『……そういえば、アークはいつのまにボールの中に戻ってたのかな……』

 ボールの中でアークが何時の間にか戻ってきていた。ココロのボヤキが聞こえる。

 イリュージョンでベルのベルトのボールに変身して、お説教中に戻ったらしい。

「……さて。じゃあ、全員揃ったし。行こうか」

 勢いをベルに殺されたトウコに代わり、チェレンがネクタイを締め直し、真面目な顔

で言った。

 ヒュウ、メイ、チェレン、ベル、トウコ。

 この五人で、プラズマ団の駆逐艦に突撃する。危険なことには変わりない。

427

Page 436: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 だけど、バランスは完璧だった。

 頭脳派であるチェレンに、冷静な判断のできるベル。

 兎に角攻撃あるのみ、と突撃思考のヒュウと、それを上回るバッフロン思考のトウコ。

 メイが個々のサポートに回れば、怖いものなど何もない。

 ここに、プラズマ団に対する最強の子供たちが集まったのだった。

   目的の船は、波止場の中腹に停泊していた。

「……見た目は、古い船だけど……」

「いいや、どうやら違うようだ。上手く偽装されているけれど、武装した船であることに

は間違いない」

「それに、不自然だよね。なに、この静けさ……?」

「くそッ。どこに隠れていやがるんだ、連中は……」

「……」

 それは、まるで船の中に誘うようだった。

 停泊してたその駆逐艦からは、移動用に波止場と繋がる入口らしきものが伸びてい

た。

428 VS プラズマ一味

Page 437: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 人っ子一人おらず、態とらしく入れるように鍵まであいていたのだ。

 五人は、どうやって入るかを思案していたのだが、拍子抜けの様子で中に侵入。

 そして広い甲板に出て、周りを見ながら個々に情報を言い合う。

 左肩を庇いながらトウコは一人で、チェレンやベルがはぐれないようにヒュウとメイ

をカバーしながら移動する。

 トウコひとりの理由は、過去の実績だ。彼女は彼らを知っている。

 そして行動パターンを少しは理解しているから、相手の出方を予想できる。

 不気味な静寂を保つ甲板。

 ふと、周囲を睨んでいたヒュウが気付いたように言った。

「そういえばこの船……。どうして、こんな冷たいんだ?」

「……冷たい?」

 メイが甲板の床材をさわり、「本当だ」と言う。

 見れば、冷気がそこらじゅうから漏れているのか、冷っこい風が甲板内を流れている。

 チェレンは船の外装を見て、考えていた。

「この船の動力炉かな? いや、それにしたって冷える動力炉? そんなもの、あったか

……?」

「少なくても、あたしが知っている船にそんな技術ははないと思う……」

429

Page 438: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 年長者二人は、この冷気が気になるようで仕切りに意見を言い合っていた。

 メイとヒュウは、注意深く、周りを観察している。

 トウコは、一人、険しい顔で、黙っていた。

 それには理由があった。

 トウコは、この現象は知っている。

 バックの中で、激しく何がが訴えてきている。

 激しい、思念の波のようなものを、トウコに飛ばしてくる。

 それが不完全だからか、トウコには聞き分けができない。

 脳裏に、不規則に不愉快なノイズ音が入り込むだけだ。

 黒い、意思を持つ、石が。

 トウコがあの城に行って取り出したきり、一度も取り出していないその石が、トウコ

に語りかける。

 こんな重要な時に。

『お姉ちゃん……。黒いおじさん、何か言おうとしてるよ。でも、わたしには何も聞こえ

ない……』

 ココロがその思念波に入り込もうとしても、弾かれてしまって何も聞こえないらし

い。

430 VS プラズマ一味

Page 439: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『俺も、何かは感じるけど、声は聞こえねえ。何だ、何言おうとしてやがる?』

 アークも耳を傾けるけれど、ダメだった。何も、聞こえない。

 この思念は、選ばれたトウコにしか聞こえなかった。

 そう、選んだのは黒い龍。そして選ばれた英雄にしか。

(なに? 今更、私に何の用よゼクロム……? 私のことを、馬鹿にでもしにきたのなら

黙って。今は大切な時なのよ。あんたの戯言に付き合ってる暇なんてないの。引っ込

んでて)

 まるでその声を、突っ撥ねるかのようにトウコは吐き捨てた。

 今更、何の用なのだ。今までずっと黙っていたくせに。そんな想いが彼女の中には

あった。

 勝手な理想を押し付けただけ邪龍の言葉など、聞きたくもないという嫌悪感と共に。

『……──コ。き……のだ。こ……しょ……は、やつが……る。ぬけ……の、さいごの

……つの……りゅう。……レムが……』

 その思念は中の単語が抜けてきて、非常に聞き取りづらい。

(……? なに? 途切れてて何を言っているか聞こえない。もう、煩いわ! 私は私

のやりたいようにやる! あんたは黙ってなさいよ、今更出てきて口を挟むなッ!)

 トウコはその声を怒鳴りつけた。そして、拒否した。

431

Page 440: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 急速に、雑音が頭から慣れていく。

 トウコが拒んた結果、石の中で眠る龍の言葉が消えていく。

 頭を振って、雑念を完全に飛ばした。

『お姉ちゃん……? なにか、言われた?』

『どうしたトウコ。何か、やばそうだぞ?』

 二匹に心配されても、彼女は大丈夫と言ってしまう。

 彼女との関係を絶っていた龍のミスだった。

 そう、本来ここでしっかりと伝えていれば、後の悲劇は防げたはずだった。

 だが沈黙を選択した龍には、それ以外に残されていなかった。

 彼女に拒まれたら、黙ることしか。

「……っとに、見え透いた罠。出てこないなら、こっちから仕掛けてやるわ」

 トウコは不快感を振り切り、そう呟いた。

 動かない現状、進まない現実。それに苛立っていたトウコは、無理やりに相手を引き

ずり出す。

 鋭く、そして重く、彼女は叫ぶ。

 内容を聞いたチェレン達が漏れなく全員青くなるような事を。

 注意だが、まだ船に乗っているときにトウコはこの命令を出した。

432 VS プラズマ一味

Page 441: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「──ギガスッ! 出てきて、全力でこの船、ぶち壊して沈めなさいッ!!」

『レ、ジ、ギ、ガ、スッ!』

 勝手に開くボール、聞こえてくる不気味な声、そして何より飛び出すデカすぎる身体

に、一同は思わず叫ぶのだった。

 ──やめてっ!! と。

433

Page 442: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

VS プラズマ一味 2

    ボールから召喚された古の白い巨人は、着地する。

 海に浮かぶ戦艦を大きく揺らしながら、主が望むがままに、その握った巨大な拳を振

り上げる。

 破壊のために。

「トウコッ! やめてえっ!」

 ベルが叫ぶ。とうとう血迷ったか、と本気で疑った。

 しかし。

 トウコはイラついた表情から、にやりと不敵な笑みを浮かべた。

 なんだ、とベルが思った時に、彼女は言葉を続けた。

「──何時までもこそこそ隠れていると、この船ごとあんたたちを皆殺しにするッ!! 

10秒以内に出てきなさいッ! じゃないと、この戦艦を私が破壊するッ!」

 背後で、握った拳を寸止めした伝説のポケモンが、彼らを脅している。

434 VS プラズマ一味 2

Page 443: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「早く出てこいッ! ──ヒウンの時みたいに、仲間を半殺しにされたいわけッ!? 今

度は全員、殺すわよッ!!」

 素早く、地面に置いておき痛む左腕で拾い上げたバックから、右腕を突っ込み乱暴に

取り出したネックレスを、もう一度首に引っ掛ける。

(行くわよッ! 手を貸して、ココロッ!!)

 気持ちを伝え、困惑する彼女の声が聞こえる。

『ちょ、お姉ちゃん!? 連続は危ないよっ!? 今度は本当に身体が──』

(私が壊れたらそれまでよッ! 今戦わないで、何時戦うの!? お願い、手を貸してココ

ロ!)

 ココロの声がかき消された。

姉と呼ぶ人

 

は、今激しく戦いを望んでいる。

 自分にできることは、何だ?

 あの人の想いを知っている自分ができることは。

 危険だと分かっても、決して保身には走らない人だ。

 そんな人が主なら、自分にできることはなんだ?

 ココロも、覚悟を決めた。

『……っ! お姉ちゃん、ちゃんとセーブしてよっ!? これ以上大怪我したら、回復が追

435

Page 444: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

いつけずにもたなくなって、死んじゃうかもしれないからっ!!』

(んなこと、言われなくてもわかってるっ!!)

 連鎖するように、ベルトのボールが開いた。

「えっ……!? あれ、まさかこころのしずく!?」

 ベルが見たのは先日、決勝戦で使ったあの宝石。

 トウコが大怪我をおう理由になった、あのネックレス。

 あの時は優しかった虹色の輝きが、今は禍々しい歪んだ七色になっていた。

 一度目を閉じて、開けた瞳は虹色に変化し、彼女のボールから飛び出したもう一匹の

伝説が、雄叫びを上げた。

「ひゅああっ!」

 全身が、眩しいほど捻じ曲がった光を纏う、紅い伝説の龍がそこには浮かんでいる。

「ココロ、ギガス! 出てこなかったら奴らを全員殺すッ! いいわね!?」

 虹色の瞳で周囲を一瞥した彼女は、どす黒く変色した殺意の色を声に混じえて怒鳴

る。

 痛みだす左肩と背中。この身体は、まだこの状態を続けられるほど回復していない。

 なのに、使った。それを承知の上で。誰にも言っていない、死のリスクを追ってまで。

「ギ、ガ、ス……!」

436 VS プラズマ一味 2

Page 445: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「ひゅああああっ!!」

 拳を振り上げる巨人、翼を広げて吼える龍。

 周囲が慌ただしくなった。

 今まで顰めていた人の気配が、急に浮き上がる。

 騒めく甲板。この場を支配しているのは、トウコだ。

 メイも、ヒュウも、その様変わりしたトウコに言葉を失う。

 トウコは、本気だ。

「──アーク! ディー! シア! ホルス! みんな、やるわよ!! 私に力を貸し

てっ!!」

 次々ボールが展開し、召喚されたポケモンたちがそれぞれ殺意満々に彼女を囲む。

 唸り、牙を見せ、爪を立て、翼を広げ。彼女を中心とした、サークルが出来上がった。

「落ち着けトウコっ! 君は、今さっきのことをもう忘れたのか!? 反省したんじゃな

かったのか!?」

 チェレンが落ち着かせようと駆け寄るが、近衛兵のように護りを固めるディーがかえ

んほうしゃを空に向かって放つ。

「!?」

「ぐるるるる……」

437

Page 446: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコに近寄るな。そういう意味の威嚇攻撃。

 足を止めるチェレン。

 味方に対してさえ、彼女の相棒は刃を向ける。

 今のトウコは……やっぱり、独りだった。

「チェレン……。あんた、何を寝ぼけているの? ここは戦場よ。殺すか殺されるかの、

それだけしかない、ただの殺し合いの場所! 落ち着いて対処してて、巻き込まれて死

んでも私は知らないからね!!」

 ここにきて、仲間たちの間で致命的な差がやはり生まれていた。

 彼女だけが、認識が違った。

 ここにきた目的は、逃げないように押さえ込む時間稼ぎの為だ。

 そう、少なくてもチェレンは考えていた。

 だが、トウコは違う。

 トウコは完全に奴らをここで仕留めるつもりで赴いた。

 結果、最初から殺すつもりで戦うのだ。

 結果として、殺さなかったとしても。今殺すと脅し上げた。

 彼女の言葉がブラフでないことは見ればわかる。怒り狂うポケモンたち。

 後ろにいる、二つの伝説。彼女は、言葉を実行するだけの力がある。

438 VS プラズマ一味 2

Page 447: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「もう10秒経ったわ! 出てこないなら、全員纏めて死んでもらうッ!」

 トウコが彼らに命令する。ベルが縋るように「トウコ!」と叫ぶ。

 止まらないポケモン達。陰に隠れているであろう大人を燻り出すために、突っ込んで

いく。

 ヒウンの時の二の舞が、始まろうとしていた。

「──俺は今から、怒るぜッ! いけ、フタチマルッ!」

「ヒュウ!?」

 適応が早かったのは、似た者同士のヒュウ。

 ボールを投げ、飛び出したフタチマルが、貝殻の剣を両手に、駆け出した。

 狙っているのは、ポケモンじゃない。隠れている団員だ。

 彼も、トウコのやり方を理解した。

 先手必勝。先んじて手を出すことを。

「シェルブレードで奴らをたたき出せ!」

「しゃぁー!」

 物陰に走っていき、巧妙に隠れていた大人に飛び掛った。

「ナイスよヒュウ! 手を貸して頂戴!」

 七色の瞳でついてくるヒュウを見て、笑ったトウコが声を大にして言う。

439

Page 448: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「ああ、了解だぜッ!!」

 彼も、憎むべき対象はトウコと同じ。故についていける。

 彼らの中で、二人だけは持っている感情が違いすぎる。

 憎しみを持つものの感情は、同じモノしか理解し合えない。

「始めるわよ、ヒュウ!! 私達のやり方でね!!」

「任せてくれ、トウコさんッ!!」

 二人に迷いはなかった。

 地獄だ。駆逐艦の上は、今この世の地獄と化した。

 呆然と立ち尽くすチェレン、メイ。

 トウコをやめさせようと必死になるベル。

 隠れていた団員たちに、襲いかかるポケモン達。

 攻撃の隙を伺っていた団員たちが、悲鳴を上げて飛び出してきた。

弱者ポケモン

 道具として強いられていた

による、人間の自業自得の下克上が始まりを告げる

……。

  ──こうみれば、憎悪に溺れたトウコとヒュウの独壇場になると思われるだろう。

 だが、トウコもいい加減懲りていた。

440 VS プラズマ一味 2

Page 449: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 殺す殺すと言い続け、殺せた試しが一度もない。

 過激なことを言うのが最近の口癖になっていて、然もそれを行えるだけの力があるの

がなまじ悪い。

 ならもう殺すとか適当に言いつつ、何とかすりゃあいいだけの話じゃないかと。

 そっちの方が簡単で手っ取り早く、自分の憂さも晴らせるので一石二鳥じゃないか

と。

 意外に聡かったヒュウは、そのことを理解して彼女に手を貸しただけだった。

 ベルが気付いたのは、トウコが時折目配せで何かをベルに示していることだった。

 派手なことを叫び、団員を本人も交えて追い掛け回し、乱闘騒ぎになった甲板。

 ベルは、ヤケ糞になって近寄ってくる団員を落ちていた棒で顔を殴って自衛したりし

ているだけ。

 ポケモンを出す暇すらない。今の甲板は超大乱闘の舞台になっているのだから。

 チェレンも、展開の凄まじさについていこうとポケモンバトルらしきことをしようと

しているが、乱入してくるトウコの相棒のおかげで成り立っていない。

 トウコはといえば、肩を庇いながら蹴りと右手一本だけの拳で片っ端から団員にあら

ん限りの暴力を尽くし、ケガを負わせている。

 そんな中、一度トウコが近寄ってきた。

441

Page 450: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 彼女は、苦痛に顔を歪め、痛みに耐えながら戦っていた。

 色の変わる不思議な瞳を揺らす彼女は、荒い息で片膝を付いた。

「トウコッ!? 大丈夫なの!?」

「……私は、平気よ。まだ動ける。それよりも、早く行って」

「えっ?」

 トウコは、しっかりと理性のある表情で、ベルに言っていた。

 怒りや憎悪で自分を無くしているのは違っていた。

「何の為に私がこんな馬鹿騒ぎを起こしていると思っているの!? 早くこの駆逐艦の中

を調べて、何でもいいから情報を持ってきてと言っているのよ!!」

「……へっ?」

「いいから行きなさい、バカベル!」

 トウコが怒った。凄い怖かった。

 しかも近くによってきたキレている大の男を片腕で殴り飛ばしながら怒鳴られた。

 ただ感情に任せて暴れているだけかと思ったら、しっかり考えていたのでびっくりし

ただけなのに。

 気付けば、ベルは兎に角中に入れそうな場所を探して、甲板中を走り回ることとなる。

 ヒュウの方も、喧嘩殺法よろしく大人達相手に、ポケモンと協力して上手く立ち回っ

442 VS プラズマ一味 2

Page 451: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ている。

 よく見れば、メイがヒュウの思惑に気がついて、目立たたないように行動しているの

も見えた。

 多分、何もわかってないのはおいけきぼりにされたチェレンだけだ。

 相も変わらず真面目すぎるその性格が災いし、彼に説明する時間が惜しいとトウコに

省かれて、無視されていた。

 伝説二匹は、しっかり働いている。

 ココロはサイコキネシスで無駄な抵抗する団員を宙に浮かべては、ポイポイと海に放

り投げて捨てている。

 ギガスは顔と腹の目を点滅させながら、近寄ってくるポケモンや団員をちまちまと、

あぐらをかいて指で摘んでは明後日の方向に放り投げている。

 大変やる気のかけるポーズだが、力任せに暴れると本当に壊れてしまうので自重して

いる方である。

 規格外のパワーで放り出された団員の一部は蒼穹の彼方にまで吹っ飛ばされて昼間

の一番星になっていくのは仕方ない。

 でなければ封印なんてされてないのだから。

 ホルスは低空飛行からのブレイブバードで、轢き逃げを行い、やはり海に叩き落とし

443

Page 452: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ている。

 シアはれいとうビームで次々人間の氷像を作り出し、「いやぁーやめてぇー!」と動け

ぬ団員に愛らしい顔でニコッと笑って、顔を爪で引っ掻いたり鼻に噛み付いたりして虐

めている。

 ディーはワイルドに、人の頭に噛み付いてガジガジしつつ、柱や床に叩きつけて気が

済んだら適当に放る。そんでもって踏む。かなり重い体重で。

 アークに至っては、トウコとの訓練で鍛えたカンフー風味のポケモン格闘術で時々

カッコつけつつ、倒しているではないか。

 団員の中には武術に精通する人間もおり、なかなかに見栄えのいい戦いをしていたが

突然かえんほうしゃを吐き出して黒こげにしたところをローキックで転ばせてから股

間をカカトで踏み潰したりした。

 トウコの言うとおり「奴らは人として扱わなくてもいい」という命令を着実にこなし

ている。

「プラーズマー!!」

「プラーズマー!!」

 あと、凄くプラズマプラズマ煩い。

 某悪の組織みたいな掛け声なのだが、徹底されているのか気絶する時までこのセリフ

444 VS プラズマ一味 2

Page 453: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

を言うのは見事である。ある意味で。

 ポケモンのパワーでアレを踏まれればどうなるか、オスのアークには分かる気もする

があえて気にしない。

 悪事を働こうとしているお前が悪いで正当化。

 戦況は変化していった。

 五人に加えて主にトウコのポケモンVSプラズマ団の戦艦と団員とそのポケモン。

 甲板の上では、子供たちが有利になっていた。

 というか、トウコの最初に与えたプレッシャーがかなり効果的だったらしく、大人た

ちは殺気立つトウコから逃げるように戦艦から自ら海に飛び降りる始末。

 ギガスが脅すように軽めにどついて船体を揺らすと、ぎゃあぎゃあ声を上げて逃げ出

す大人は最早滑稽である。

「逃すなぁーっ! 追ってみんなー!」

 逃げ出していく大人達を追い回す完璧こっちの方が外道集団と思える彼らは、威嚇攻

撃をしながら蹴飛ばして踏み潰して氷漬けにして弾き飛ばす。

 ココロも今回はダメージらしいダメージを負わず、トウコに更なる傷を負わせること

は回避できた。

 ただ、トウコ自身の体力を酷く持っていき、彼女はへろへろになっている。

445

Page 454: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ベルに介抱されて、ようやく立っている状態にまで疲弊している。

 それでもまだ、プラズマ団逃がすかとしつこく追う為、ベルの腕から逃げようとして

いるあたり大した根性である。

 怒られておとなしくなる。

 ベルがなかにはいる入口は、全部封鎖されていると告げると、不機嫌そうに露骨に舌

打ちする。

 これで、情報がこれ以上入らないことを意味する。

 ヒュウは、倒れている団員の胸ぐらを掴み、ヒオウギがどうだか、チョロネコがどう

だかと質問していた。トウコの耳にはそんな声も聞こえてきたが、知ったことではな

い。

 これで、また足止めか。

 そう諦めた時だった。

 その頃に響いた声がトウコを凍結させた。

「──何事であるか?」

 この状況でもぶれていない低い、男性の声だった。

 瞬間、トウコの中で警鐘が鳴る。

 感情が熱を帯びる。

446 VS プラズマ一味 2

Page 455: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 それに精神がこころのしずくで繋がっているココロが、直ぐ様待ったをかける。

『お姉ちゃん、落ち着いて! これ以上暴れたらお姉ちゃんの身体がもたない!』

 クールダウンするように、トウコは声の主を睨め上げる。

 聞き覚えのある声だ。七賢人の一人が、この場に現れた。

 この間のロットと同じ、かつてはトウコの敵。

 そして、こいつは間違いなく今でも敵だと思うあいつの声だ。

 のこのこと気絶をしている団員の山を見て、呆れたような表情を見せている男だっ

た。

 二年前と大差ない、紫の民族衣装のような服装の男。

 一同気付いて、チェレンがやれやれという表情になった。

 彼も覚えていた。あの情けない姿を晒している記憶が脳に刻まれている。

 姿を目に入れる。その瞬間、トウコはありったけの声で叫んだ。

 制止していたココロが、反射的に心の接続を切り離すほどの憎しみが、彼女の中から

湧き上がっていた。

 トウコを庇っていたベルが、息を呑み竦み上がる怨嗟の声だった。

「──ヴィイイイイイイイイオオオオオオオオオオオッッ

!!!!!!!!」

「!」

447

Page 456: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ヴィオ、と呼ばれた男が驚愕に目を見開く。

 ベルに肩を貸されている少女を見て。

 対して。トウコは完全に取り乱していた。

 明らかにこれまでとは違う態度だった。

 ベルの見たことのないトウコだった。チェレンの見たことのないトウコだった。

 ココロの見たことのないトウコだった。アークの見たことのないトウコだった。

 トウコに言われていて、理解している相棒たちですら、怯える言葉と表情で。

 仇敵を見つけ、今すぐに噛み付こうとして、秘められていた狂気を全面に押し出した

復讐者。

 ベルの腕を振り解いてでも、進もうとする人の身を捨てた少女がいた。

「まだ生きてたか、悪党めッ!! 殺す、殺してやるッ!! 離して!! あいつは、あいつだ

けはッ!! どの面下げて現れたこの腐れ外道がぁぁッ!! 私の前に顔を出してェッ!!

 ゲーチスの協力者は全員殺すッ!! あんたも元凶の一つでしょッ!!」

 暴れる彼女は、血走った目、異常な雰囲気、唾を飛ばして狂って叫び、具現化した憎

悪を体現していた。

「お前は……二年前の!」

 ヴィオも、暴れる敵対者を見ると、侮蔑の言葉を投げる。

448 VS プラズマ一味 2

Page 457: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「またか……また貴様が我らの悲願を邪魔するというのか!? 小娘、貴様はまだ立ち塞

がるのか!?」

「ほざけ!! 何が悲願よ、笑わせる!! ただの支配でしょうがクズのくせに!! あの男

の下らない野望なんて私が打ち砕いてやるっ!! 私が、何が何でも絶対に止めてやる!!

 何度でも敵になってやるッ!! 何度でも邪魔してやる!! お前らが生きてる限り、私

がお前らの敵だッ!!」

 吼えるトウコ。

 もう、啖呵を切るなんてレベルじゃない。腐っていた感情のぶつけ合いだ。

 この二年間、溜めに溜めていた憎悪をぶつけている。

「今すぐ消え失せろッ! そしてゲーチスに伝えろ!! あいつには二年前と同じ結末を

味わわせてやる! 今度は復活なんてできると思うなってね!! 黒の英雄が、お前の最

後の敵だって教えてやれッ!!」

 ベルは、分かった。

 本能的に、殺すという言葉から消え失せろと言う言葉にかえていることに。

 彼女は、彼女なりに、変わろうとしていた。

 殺す、という言葉を使ったのは、最初だけだった。

 ヴィオも険しい顔で、その言葉を聞いた。

449

Page 458: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 そして嫌悪感を出して、吐き捨てる。

「おのれ小娘、いや……ゼクロムに選ばれた英雄め! ……ダークトリニティ! こい

つらをつまみ出せ!」

「な、なんだ!?」

 ヒュウが我に帰り、メイを守ろうと立ち位置を変えた。

 体力の限界だったトウコは、言い終えた反動で、急激に意識が遠のいていく。

 ココロが心配する思念を飛ばしてくれた。アークが変身して駆け寄ってきてくれた。

 ベルが耳元で、何か言ってくれた。ああ、そうか。今、ベルの腕の中にいるんだ。

(ありがとう、ベルのおかげで最後の一線で何とか我慢できた)

 ゆっくりと、眠るように、トウコは意識が濁っていく。

 周囲に、人の気配。ああ、あいつら……いたんだと思い出す。

 あの影の三人衆まで敵らしい。

 チェレンが何か叫ぶ。ごめん、聞こえにくいわと言いたいが口が開かない。

「……ベル……ありが……、とう……」

「えっ?」

 辛うじてそれだけは言えた。よかった。

 見下ろすベルを見上げる彼女は、口元だけは笑っていた。

450 VS プラズマ一味 2

Page 459: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコは、極度の疲労のせいで、眠るように意識が落ちていった。

451

Page 460: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

問題を乗り越えて

    あれは、プラズマ団に対する黒き英雄の宣戦布告という形で終わりを迎える。

 消耗が激しいトウコは、そのままベルの腕の中で眠ってしまった。

 元々、先日の怪我で弱っていた所を、瞬間的にカッとなって飛び出して、剰えその身

体に負荷をかけ続けていたのだ。

 本当なら、体力が尽きてしまって、死んでいてもおかしくない。

 そう、過去トウコに化けたアークは翌日。

 あの場にいた皆……チェレンとベル、そして一応ながらヤーコンにも告げた。

 ヤーコンは化けたアークに大して驚かず、「要はメタモンみたいなもんだろ」と一言で

片付けた。

 アークは怒って「誰がメタモンだ、しまいにゃしばくぞおっさん!」と食ってかかっ

たがヤーコンが一睨みして黙らせた。

 あのあと、ダークトリニティという怪しい影武者のような三人組に、みんなは駆逐艦

452 問題を乗り越えて

Page 461: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

からたたき出された。

 二年前から存在する、人を拉致するのを専門とする裏方だが、その技術は超人を通り

越して人間をやめている。

 目的の為なら、奴らは容赦などない。

 なにせ連中、炸薬を仕込んであったのか、爆発する苦無を投げつけてきたのだ。

 武装もしてない、単なる子供相手に。

 どれだけ切羽詰まった状況だったのか、改まって二人は思い起こして、背筋が凍る思

いをした。

 あの場で、彼らの判断がなければ多分死んでいただろう。

 トウコのポケモンたちが自己判断で皆を背中に乗せたり担いだり、掴んだりして慌て

て脱出した。

 彼らに一同は命を救われたのだ。

 波止場に戻っても、今度は戦艦に積んである機銃やら爆弾やらを次々ぶっぱなし、波

止場の石畳を蜂の巣にしてまで、こちらを完全に追い払うようなことをしてきた。

 殺す意思があった。過剰な防衛攻撃を行なった駆逐艦は、そのまま出航させて逃げて

いった。

 銃声に気付いたヤーコンたち大人が、すぐに避難するように彼らを連れていく。

453

Page 462: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ヒュウが抵抗して追撃しようと躍起になっていたのを、我慢の限界でキレたヤーコン

が怒鳴り散らして黙らせた。

 翌日。ヤーコンが務めているジムの一室、重厚なソファーに座らされた二人と、来た

ときは虚ろな目で起きていたが今はソファーの上で眠っているトウコたちは事情を

ヤーコンに説明していた。

 黙って寝息を立てるトウコの世話をしていたアークが、最後に口を開いてトウコの事

を簡単に説明した。

 この消耗を見てしまえば、彼らは語らないわけにはいかない。

 トウコは怒るだろうが、仕方ないと思ったから。

 ヤーコンはトレードマークの帽子のつばを押さえて、深い溜息をついた。

「……つまり、だ。トウコの奴は、身体に負荷がかかることを承知の上でその何とかのし

ずくってのを使ったってのか?」

 ヤーコンの問いに、アークは頷いた。

「そういうこと。『こころのしずく』のことは俺ですら詳しく知らねえ。トウコもココロ

も、誰にも言いたくないんだってさ。だけど、さっき問い詰めたらもう一人の当事者い

わく、あの石は擬似的にトレーナーとポケモンを心身共に一体化させる効果があるんだ

と。一方が怪我をすれば、もう一方を似たような傷を負う。んでもって、ポケモンはそ

454 問題を乗り越えて

Page 463: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

うでもねえけど、トレーナー……つまり、トウコへの負担が半端じゃねえんだ。普通、一

度使えば一週間は間を開けないとマジで危ないって話だったんだが……昨日のは、無理

を押して使ったせいで、今トウコは消耗がピークに達してる。だから回復のために寝て

るんだよ」

「……トウコ……」

 ベルが心配そうに見つめる先、寝言を言っているのか当のトウコは「大明神ベル様

……万歳……」などと言っていた。

 アークは呆れた表情でトウコを見つめて、肩を竦める。

「ポケモンと人間の頑丈さの違いは、知ってのとおりだ。俺達ポケモンはわざを使えば、

ある程度の怪我ならすぐ治る。だが人間はそうはいかない。同じ怪我を負う場合、トウ

コの治癒の方が圧倒的に遅いのは当然だろ? 幸いだったのは、ココロが負う怪我より

も少しは軽傷で済むことぐらいか。ただ、その分体力を消費するから差分はねえに等し

いけどな。使う体力が無くなれば、呆気なく死ぬだけだって話だしな……」

 だからトウコの左肩と背中の傷はココロ程大怪我じゃない、と言うと「だけれど」と

ベルは言った。

「トウコの額の怪我は、すぐ治ったけど……それはどうして?」

「それか? そりゃココロが全然傷を負ってなかった、怪我にも入らない小さい切り傷

455

Page 464: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

だから。ココロと擬似的に繋がっているから、トウコの方も身体能力が上がってるんだ

よ。だから、そのくらいならすぐ治る。お前も見ただろ。トウコが大の男を片腕で殴り

飛ばすの」

「……」

 トウコは、作戦を叫ぶとき迫ってきた団員を右腕だけで殴り飛ばして、柱に激突させ

ていた。

 あれはトウコの腕力だけじゃない。トウコの細腕にそんな力がある道理がないのだ。

 ココロと繋がることで彼女の身体にも何かしらの変化があったのだ。

「でもまあ、やる前にココロも止めたんだけどな。トウコの奴がどうしてもって言うか

ら、あいつも手を貸したんだ。後悔もしてねえし、トウコ自身もそれを責めねえなら、部

外者にどうこう言う権利はねえ。これは当事者同士の問題だ。同意の上なら、文句は言

えねえ」

 アークはあくまでトウコの味方。

 ベルとチェレンが苦虫を噛むような顔でアークを見るが、彼はただ、冷たく言い返す。

「トウコとココロが納得してるのに、いちゃもんをつけるなんざお前ら何様のつもりだ

? トウコは人形じゃねえんだぞ。自分の意思で決めて、自分の意思で行動して、その

結果を自分で受け止めた。お前らにその行動を非難する謂れがあるとすれば、そりゃ迷

456 問題を乗り越えて

Page 465: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

惑をかけたことだけだ。あいつの消耗に関しては何も口出しはさせねえよ」

 それはアークがトウコの絶対的味方故に言える詭弁だ。

 トウコのやっていたことを、ベルは受け入れたくない。

 そんな捨て身の方法が、正しいと思って行動する破滅に向かうトウコのことを、認め

たくない。

 チェレンも似たようなものなのだろう。同じような表情だった。

 だが、代弁者たるアークには何を言っても無駄なのは見ればわかる。

「……で? ゾロアーク。お前さん、トウコにどう伝えるつもりだ?」

 話し終えた時を見計らって、ヤーコンが苦い顔で切り出した。

「は? 何を?」

「……お前さんの連れが大暴れして出た、PWTの弁償金だよ」

「げっ……!」

 そう、その話題は某白いあの人が勝手に出て大暴れした結果破壊された敷地の修繕費

である。

 ヤーコンは旧知の仲であるトウコに請求するのは気が引ける、と前置きをおいて金額

を述べた。

「合計しめて、730万だ」

457

Page 466: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 提示された金額に、ベルとチェレンが頭を抱えて、アークは口を開けて放心していた。

 過去トウコの顔で。

 ……子供の支払える額を軽く超えていた。普通に考えて当然だが。

 公共施設の破壊という犯罪そのものの行為に関して、ヤーコンが上手く立ち回って御

咎め無しにしてくれていることも含めて、トウコは自覚なしに大きな借りを作ってい

た。

「で、どうやって払ってくれるんだ。あれだけ派手にぶち壊してくれて。まったく、自腹

で金を捻出する俺様の身にもなれ」

 やれやれ、と態とらしい仕草で肩を竦めるヤーコン。

 その後に続いた言葉は、「冗談だ」とだった。

 一応、ヤーコンの会社でその分は出しておくので、今回は活躍に免じて許してくれる

らしい。

自分ところの敷地

じょ

「俺様にも非がないってことは決してないからな。

にあの連中を野放

しにしておいたのは俺様のミスだし、結果としてプラズマ団の戦艦なんてものを波止場

に置かれておいて気づかなかったのも俺様のミスだ。それを追い払って、客に被害が出

る前に抑えてくれたトウコたちには逆に、感謝しなけりゃならん。慰謝料とか損害賠償

とかに発展して裁判にでもなったら、もっと大金をもっていかれてた可能性の方が高い

458 問題を乗り越えて

Page 467: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

しな」

 ……ビジネスの出来る大人の解析だった。

 トウコの大暴れによって巻き込まれた連中は、白い巨人のポケモンが実はヤーコンの

雇った殺し屋だかなんとかと勝手に噂にして、ヤーコンを訴えるに訴えることができな

いのだとか。

 訴えたら白いポケモンが襲ってくるとでも思っているのだろう。

 プラズマ団に奪われたポケモンは、ちなみにチェレン達が回収して返していた。

 警備体制に問題があったということでヤーコンもそこは仕方ない、と慰謝料は支払う

つもりだと言った。

「……それは……。その。ウチのトウコが、とんでもないことをしました……」

「……僕達からも、彼女に代わって謝罪させてください。ヤーコンさん、本当に申し訳な

いことをしてしまいました……」

 放心状態のアークに代理して、二人が頭を下げた。

 ぐうすか寝ているこの馬鹿、幼馴染にまで迷惑をかけている。

「いいってことよ。今回のことは、俺様がサポートしてやるからトウコにもう暴れると

きは周りにも気をつけろ、と言っておいてくれ」

 フランクな笑みで、ヤーコンは男前なことを言ってくれる。

459

Page 468: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 正直、目茶目茶かっこいいとベルは思った。

 これが余裕のある大人の対応なのだと勉強にもなった。

「……何から何まで、ヤーコンさんありがとうございます……」

「重ね重ね、すいませんでした……」

 立ち上がったヤーコンは、仕事があると言って席を外した。

 ぺこぺこ頭を下げる二人に、アークは寝言を言っているトウコを見落として冷や汗を

流した。

(トウコ……お前、警察に追われねえようにしてくれよマジで……)

  ジムを後にするころには、寝ていたトウコも目を覚まし、先程の話と一連の顛末を聞

いた。

 しかし、彼女は余裕のある態度で言った。

「全部、事が終わったら、ヤーコンのところでその分の働きをすることにしたの。元チャ

ンピオンだもの。稼ぐのに必要な実力もあるし。そのぐらいのお礼はしないといけな

いわね」

 冷静に、今回の件の借りを、未来に返すと告げた。

 苦笑して、ボールの中でみんなに罵倒されてクラウチング・スタイルのギガスのイ

460 問題を乗り越えて

Page 469: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

メージを見ている。

 帰ってきた当時とは比べ物にならないくらい、とても前向きな言葉だった。

 そんなことはどうでもいい、と今までのトウコなら善意の上で胡座をかいて悪意の言

葉を吐き出していた彼女が。

「トウコ……あの白いポケモン、レジギガスだっけ? あんなハイパワーなんて聞いて

ないよお……」

「図鑑を見て知ったよ。あのポケモンは、シンオウの神話に出てくる伝説のポケモンな

んだね。アララギ博士いわく、存在自体が怪しいと言われていたポケモンだから、今度

見せてくれって」

 研究者の関係者であるベルはまだ少しふらつくトウコを支えながら苦情を言って、

チェレンは先程の話題にはもう触れずに、違う話を持ちかけた。

 こころのしずくの一件は、トウコに説明を求めても「嫌よ」の一言で断られてしまっ

たからだ。

 それ以上踏み込んでも、彼女はNOの一言なので無駄だった。

 トウコは見せろということにも嫌だの一言で突っぱねた。

 三人は、取り敢えず二人の泊まっているホテルに帰ることにした。

 何よりも、奴らの目的も分かったのは大きい。

461

Page 470: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ロットのところで聞いたことは、ベルを通してヤーコンやチェレン、各ジムリーダー

に伝えられたという。

 それは大きな進歩だった。

「……さて、あいつらの目的も分かったし……。次見つけたら、また阻止しないと……」

 トウコは、ホテルに帰る道中、ぼそりとそうつぶやいた。

「まだ関わるつもりなんだね、トウコ……」

「君は……こんな身体になってるのに、まだ彼らと何かする気なのか?」

 ベルとチェレンが露骨に呆れた顔でトウコを見る。

 本当に、この一件に関してはトウコは前向きだ。

 昨日と違うのは、ヴィオに見せた、あの狂気じみたトウコは影を潜め、普通にその話

題を口にしていること。

 あの宣戦布告やロットと逢ったことで、何かトウコの中で変化を齎している。

 それが、良い意味ならいいのだが。

 まだ、トウコは中途半端な状態だ。宙ぶらりんである。

 ふとしたキッカケで闇に堕ちる可能性もあるし、みんなに支えられてもっとプラスに

向かう可能性もある。

 今は、少しは前向きな方向に向かっていると信じたい二人。

462 問題を乗り越えて

Page 471: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコが、最終的にどうなるのか。それは、彼女自身と、周囲にかかっている。

 心の底に眠る憎悪に任せて復讐を遂げて壊れてしまうか。

 あるいは、友情や信頼を思い出して、彼らと共に本当の意味の結末を望むか。

 彼女の中の理想は、今また姿を変えていく……。

463

Page 472: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

五章 癒す傷

ゆっくりと

     消耗していたトウコの体力が回復したのは、それから二日ほどかかった。

 ようやく、ホドモエを発つ時が来た。

 トウコはお気に入りの服を捨ててしまって、今は新しい服を着ていた。

 青デニムのジャケットに白の薄い上着にジーンズ姿。

 髪の毛は真っ直ぐ降ろして、ここ最近はベルに手入れされてある程度の艶は戻ってき

ていた。

 本人は髪の毛をいじられるのを嫌がっていた。

「トウコ、しっかりついてくるんだよお」

 いつもの格好にベレー帽をかぶったベルが機嫌よさそうに、トウコの手を引いて、六

番道路に向かう道を進む。

464 ゆっくりと

Page 473: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 まるで幼い子供同士のように、楽しそうに。トウコは眠そうだった。

 正直、まだ眠い。体力は全快したはずだが、寝過ぎのせいで眠い。

「……」

 あまりの眠気で返事をするのすら、億劫になる。

「ん? どうかしたトウコ?」

「……なんでもないわ」

「よおし! じゃあ、元気よく行こう!」

 ピクニックに出かける訳でもないのにこのはしゃぎよう。

 ベルはホテルを出てからというもの、ずっとこのテンションだった。

 チェレンは引き続き、調べることがあるというので別行動だった。

 ベルはこの先にある「電気石の洞穴」という場所で調査をする用事がある。

 トウコは、ならついていかなくても、と言ったのが。

 ベルがそれを却下した。

「トウコさ。もう、トウコを一人にするのあたしやめたんだ」

「えっ?」

 出発する前、荷造りしながら清々しい笑顔で、ベルは続けた。

「トウコがヒウンといい、ここでのことといい。トウコ、一人にすると勝手にいなくなる

465

Page 474: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

よね? 居なくならないで、って約束しているのに。一応、それを守る気でいるのはわ

かってる。でも、瞬間的な行動でその戒めを自分で無視って動くから、結果的に破って

るのと同じことになるでしょお? なら、もういっそずっと一緒にいたほうがいいよね

? 違う?」

「……それは、そうだけど……」

「ということで。トウコは、ずっとあたしといるの。これはトウコに拒否権はないよ。

前向きになるなら、まずは自制ができるようにならないとねえ」

 ベルの言うとおり、カッとなるその性格のおかげで一度は失敗している身だ。

 我侭は言えないし、放置しておかれたらどかどかと突撃していくのが猪トウコだ。

 ベルに逆らう気もないし、それはそれで構わない。

 ただ、今まで一人でやってきたので他人のペースに合わせるのが面倒なだけだ。

「……あ、何かペース配分面倒くさそうな顔しているね」

「うっ」

 思わず顔に出た本音を悟られて、動揺するトウコ。ベルはケラケラ笑った。

「わかりやすいよおトウコ。大丈夫、あたしも長年幼馴染やってるんだから。そのへん

はちゃんと合わせるからさあ」

 荷造りを終えたベルが、トウコが終わるまで待ってくれている。

466 ゆっくりと

Page 475: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 そう。これからも、二人で。

 二人で、旅を続けていくことに決めた。

 最終的な目的地をすぎても。まだ、旅を続けることも。

 ベルの仕事に付き合いつつ、トウコもトウコでやることを片付けるため。

 未だに左肩を負傷しているトウコは多くの荷物を持てないため、ベルが半分ほど受け

取ってくれた。

 その時、トウコは俯いて、小さく、だけど聞こえるようにはっきりと言った。

「……こんな私に手を尽くしてくれて……ありがとう」

 照れ臭くなるようなセリフ。

 お礼なんて、面と向かって言うなんて出来やしない。ましてや相手はベルだ。

 恥ずかしくて赤面する自信がある。ベルは答えなかったけど、聞こえていたはずだ。

 何も言わずに、思いっきりトウコに抱きついてきたから。嬉しそうに。

 現在、上機嫌のベルに手引きされて、ねむねむトウコは引き摺られていくように洞穴

に向かっていく……。

  洞穴に向かう道を、しょぼしょぼする目を擦りながら歩くトウコ。

 ハイテンションで鼻歌まで歌っているベル。

467

Page 476: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 周囲の草むらからポケモンが時々襲ってきたが、頭が半分寝ている割にトウコが機敏

に反応して撃退用の携帯スプレーを噴霧して撃退。

 ついでに、勝負を挑んできたトレーナーは研究に忙しいので丁重にお断りした。

 実際路上のバトルなんかもしてもよかったのだが、まだ眠いらしいトウコはスプレー

の噴射口をトレーナーにまで向け始めたので、慌てて連れていった。

『トウコ……何時まで寝てるんだ? いい加減起きねえとあぶねえぞ?』

相棒アーク

 ボールの中で

が気遣うように言うが。

(ダメ……眠いの……。凄く、眠いの……)

 トウコはしきりに目を擦って眠気覚ましをしようとしているが、睡魔の子守唄に船を

漕ぎ始めそうになっている。

『んー。わたしが言うのもなんだけれど、多分後遺症じゃないかなぁ……。無理しすぎ

で』

 ココロがでしゃばって『ならばレジギガスが目的地まで!』と申し出る懲りないアホ

に刺々しい思念を飛ばしつつ、告げる。

『あ〜……。過去にここまで消耗したことねえから、身体の方は回復してもなんかしら、

やっぱ影響でちまってるのな。そのうち、目が覚めるかね?』

 ボリボリたてがみをかきながら腰をおろすアークに、トウコの中を覗き込んで判断し

468 ゆっくりと

Page 477: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ているココロは言った。

『多分大丈夫。自覚症状で悪いんだけど、身体はもう何ともないみたい。傷跡くらいか

な、痛みがあるのは』

『じゃあほっとけば目ぇ覚めるか』

『うん』

 リーダーと副リーダーの指示で、彼らは大人しくしていることに決めた。

 一方、主はというと。

「う〜っ…………」

 唸っていた。

 不自然な眠気が、激しい消耗を急速回復させたことによる後遺症とは露知らず、ホド

モエを出てくるときに購入した、カフェインの錠剤を口の中に放り込んでボリボリ食べ

ている。

 ベルが声をかけつつ進み、洞穴までもう少しまで、というところで一度足を止めてベ

ルが問う。

「トウコ、あんまり眠いなら少し休む?」

 ベルも流石にトウコのその眠そうな感じを心配して、問うと。

「……ぐぅ……」

469

Page 478: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 うつらうつらとしていたはずのトウコは、鼻提灯を出しながら眠っていた。

 幸せそうに笑みを浮かべたまま、器用に歩いて、というかベルに引っ張られながら。

 漫画のように伸縮する鼻提灯がなんともコミカルである。

 これがあのトウコだと言うから、これまでの彼女を知るベルには何とも言えない。

「……あ〜あ……。こんな顔しちゃってえ……」

 無防備な寝顔を愛おしそうに見つめて、ベルは頬を突っつく。

 トウコは全然起きる気配がない。

 こういう場合、鼻提灯を割ると飛び起きると相場が決まっている。

 折角寝ちゃってるのを起こすのも可哀想かな、とトウコを連れてベルは近場の背凭れ

付きの歩行者用の木製ベンチに腰掛けるように誘導する。

 ふらりふらりとついてくるトウコは、先導されるがままにベンチに導かれ、隣に腰掛

けたベルの肩に、こつんと頭を乗せてきた。

「うわあ……」

 ぐうすか寝ているトウコは、そんなベルの声にも気付かず眠り続ける。

 この場所が、安心出来る自分の居場所であるかのように。

表情か

 イッシュに帰ってきてから、ベルはトウコの様々な

を見てきた。

 久しぶりに出逢ったときに見た、何もかもに絶望して、逃げ出そうとしていたトウコ。

470 ゆっくりと

Page 479: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 過去のことに踏み込まれて、弱さと哀しみを見せていたトウコ。

 立ち直ったと思ったら、プラズマ団への自分の憎悪を気付いてしまったトウコ。

 無理矢理に連れ出して、ベルという頼っていい人を見つけ出せたトウコ。

 ちょっとしたすれ違いで、考えかたが全く違うと喧嘩になったトウコ。

 それで仲違いするのがどうしても嫌で、歩み寄ると困惑していたトウコ。

 フリゲートの戦いのとき、旧敵に向かって憎悪を吐いていたトウコ。

 彼女の中で何かを振り切り、こんな無防備な寝顔を見せてくれるトウコ。

 みんな、同じトウコだ。ベルには、大切な人。

 トウコはスヤスヤと眠っている。やはり、何だかんだでまだ全調子じゃないみたい

だった。

「ちょっとあたしも焦りすぎたのかな……」

 そう、ベルは思うことがあった。

 トウコに焦るように干渉しすぎたのかもしれないと。

 最初は内罰的な発言が多かったトウコは、プラズマ団が関わってくると今度は外罰的

な発言が多くなった。

 自分が全て悪いと思い込んでいたのが、プラズマ団という攻撃対象が見つかって、奴

らが全部悪いと攻撃する姿勢が強くなった。

471

Page 480: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 だけど、あのフリゲートの戦いを経た今。

 トウコに、少し余裕が見えるようになったのは気のせいか。

 いいや、気のせいじゃない。彼女は間違いなく、少しだけだが余裕が出来ている。

 自分が全て悪くて周囲が全て敵、という考えから変わって、自分が悪いとかあいつら

が悪いと極端な思考も減ってきた気がする。

 今は、ようやく普通の考え方が出来るようになってきたというか。

 こうして今、平穏の中、眠るトウコが寄りかかってきてくれる現実が、何だか信じら

れない。

「……トウコ……。ずっと一人で、今まで頑張ったんだね。いいんだよ、今はあたしがい

るから。トウコの隣にはあたしがいるんだから。疲れたときとか、辛いときはこうして

寄りかかってきて」

 ベルが眠るトウコに言う。

 トウコは、肩に頭を預けて眠るだけ。当然返答はない。

 こうして寄りかかってきて欲しかったという素直な気持ちもあった。

 トウコは、いつも一人で問題を抱えすぎている。それが、ベルはどうしても悲しかっ

た。

 一言くらい、相談して欲しかった。力になりたいと思っていた。

472 ゆっくりと

Page 481: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 その願いが、ようやく叶いそうになっている。トウコは、ベルによりかかることを覚

えつつある。

 それでいいのだ。

 一人では、最終的に人間は頑張れない。

 二人いれば、頑張れることも決して出来なくなる。

 トウコは、人の頼り方を知らなかったのだ。

 周りの期待を背負わされて、英雄という役目を押し付けられて、それを全うできずに

逃げ出して。

 ベルが同じことを仮にされたら、多分おなじふうに逃げると思う。

 いや、その前に壊れてしまうかもしれない。トウコ程、ベルは心が強くない。

 彼女は、彼女なりに必死に使命を全うした。その結果が、伴わなかっただけのこと。

 英雄の重荷。その呪縛も、トウコから感じることも少なくなればいい。

 それが、今のベルの願い。

(ゆっくり行こうねトウコ。あたしもついて行くから……)

 ベルは、眠るトウコの頭を撫でながら、彼女が自然に目を覚ますのをずっと待つ……。

473

Page 482: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

びっくり

    「……?」

 ゆっくりと、彼女は深い眠りから覚醒した。

 霞み暈ける頭を徐々にクリアにしていき、重たい瞼を持ち上げた。

 頭が斜めっている気がする。何処かに寄り掛かっているような。

 トウコは、寝ぼけたままそこから頭をずらし、大口を開けて欠伸をした。

 よく寝た気がする。

 どうも、さっきまで妙な眠気のおかげで身体が重かったのだが、今はスッキリ消失し

ている。

 ベンチに座っていたらしいトウコは、空を見上げて晴れているのを確認して立ち上

がった。

 右肩に、妙な重さを感じたからだ。隣に何があるとか、特に見ていない。

474 びっくり

Page 483: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 どさっ、という音がした。

「いたっ」

 変な声も聞こえた。

「……んっ?」

 振り返る。

 その瞬間、トウコの顔は稀に見せるような、唖然とした顔になった。

 目を丸くして、口元を手で隠して見るからに狼狽している。

 トウコが人前でオロオロしてるのを見せるのは片手で数えるほどしかない。

「あっ、うそっ……? やっ、ええっ……?」

 見た先にいたのは、同じく眠っていたのだろうか、今目を擦って起き上がっているベ

ルが、眠そうにしていた。

 周囲をキョロキョロしている。

 何を驚いたというのは、何故寄り掛かっていたと思われる場所から身を離したら、ベ

ルがベンチの上に倒れるのかというコト。

 それはつまり、ベルは支えを失って倒れたのだ。

 能天気に欠伸なんてしているけれど、一緒になってどうやら寝ていたらしい。

 纏めると、ベルは寝ている間にトウコに寄りかかって眠っていたってことになる。

475

Page 484: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 で。要するに、不用意に近づかれたということかもしれない。

 こっちからも近づいたかも。そしてその可能性を、否定しきれない。

 途端に恥ずかしさがこみ上げてくる。何をしていたんだ自分、という意味で。

 ベルがメガネをかけて、寝起き特有の声色で「おはよう〜トウコお〜」なんて言って

きた。

「お、おはようベル……」

 引き攣った顔で対応して、慌ててそっぽを向いてしまうトウコ。

 まだ寝ぼけてる。大丈夫、悟られてはいないだろうと思いつつ。

『……ねぇ、お姉ちゃんどうしたの? 何か、さっきから天変地異起こってるみたいに

なってるけど』

 ボールの中ではココロがトウコの心の中を覗いて言った。

『っつうか、すげえイメージだなこれ。精神状態だけ災害レベルかよ』

 アークが呆れて言っている。

 ココロを通じて、ほかのメンツにまでイメージが流れているようだ。

 だが、当の本人は聞こえていない。

 不意打ちの接近による動揺をひた隠しにするため必死だ。

 バクバクいっている心臓を宥めつつ、微妙に逃げ腰である。

476 びっくり

Page 485: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 赤面中の顔も、明後日の方向に向けて冷却したいらしい。

『聞こえてないよね。こんなんじゃ』

『だろうなぁ。おーおー、動揺してる動揺してる』

 二匹がコメントを残しても、やっぱり聞こえてない。

 ベルの方は、意識がしっかりして、時刻を確認して、午後になっているのにお昼を食

べていないことに気付き、トウコを誘って近くに食堂がないか探しに行くらしい。

 トウコは微妙に視線を合わさず、ベルにまた手を繋がれて引っ張られていく。

『……色んな意味で驚いたみたいだね』

『バレバレじゃねえのトウコの場合?』

 ぼそぼそと聞こえるように話していても、上機嫌なまま進むベルに引っ張られていく

トウコはタジタジで、取り繕うのに精一杯であった。

『ん〜……どうかなぁ……。っていうか、ちょっと人の常識から外れてないお姉ちゃん

?』

 ココロの指摘がもしもトウコに聞こえていたとしても、多分彼女は止まらない。

 もうここまで感情が突っ走っている以上、止められないし止まる気もないのだろう

が。

『細かいことは気にするな。トウコがよければ全て良し。俺達はそういうもんだろ』

477

Page 486: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 アークは冷静に受け止めて、主が多少人と違っていても気にせず、何も言わない。

『そうだけど……。っていうか、前からそんなフシあったから、今更かな……』

『そうそう。あの子が気になるお年頃、ってな。あんまり深くツッコむな』

 アークが珍しく先輩面を晒してアドバイスをするのを、ココロは複雑そうに言う。

『う〜ん……。人間って複雑なんだね』

『そういうものさ。お前もいい勉強になるから、見てるだけにしておきな』

『オッケー。うん、これはお姉ちゃんの問題だもんね』

『俺達は俺達のやることをやるだけさ』

 彼らのやりとりを主は知らない。

 取り敢えず、二人はお腹を満たすことにした。

   食べられそうなところなかったので、コンビニで適当にお昼を購入して、道中で食べ

ることにした。買い物の最中もやっぱり手を繋ぎっぱなし。

 トウコの顔面から恥ずかしさで湯気が出始めたのは、店に入る直前。

 それから、買い物中はコータスよろしく白い煙が顔から上がっていた。

 店員さんに変な目で見られたときは、正直死にたいと思った。

478 びっくり

Page 487: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ベルは全く気にしてないので余計に困る。

 今も、そんな感じで一緒にちょっと遅めの昼食中。

 彼女達のポケモンもそのへんに放して、みんなでランチタイムと洒落込む。

 ……ただ、ギガスだけは出すわけにもいかないのでボールの中でお留守番。

 ココロは姿を消す能力を利用して、外に出ているが風景に溶け込んで隠れてお昼中。

 見知ったベルのポケモンたちが、見知らぬトウコのポケモンと喧嘩を始める。

 アークがそれを仲介して、逆切れされて殴られたのをきっかけに始まる乱闘騒ぎ。

 頭に来たアークを筆頭に、リアルファイトに発展した。

 ぼこすかと砂埃を上げてポケモン玉を作っている。

 彼らなりに、分かち合うために遊んでいるのだろう。

 ……ダイケンキがアークを馬鹿を見る目で眺めているが……。

 それを横目に二人も喋りながら食べていた。

「こうしてトウコと二人で旅っぽいことするの、随分と久々だねえ」

「そ、そうね……」

 ずっと機嫌のいいまま、ベルが言うのだが。

 トウコは、結構痩せ我慢している顔だった。

 ちょっと顔が青い。血の気が引いている証拠だ。

479

Page 488: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……ベル、ご飯中にごめんなさい。ちょっと、痛いんだけど……」

「ん? 何が?」

「肩……」

「ああ、ごめんごめん! 痛み止め痛み止め」

 我慢していた痛みを訴えるトウコ。

 ベルが慌てて、持っていたトウコの荷物をがさがさとあさり、錠剤を取り出すやトウ

コは右手でそれをひったくり、口に放り込む。

 水で最後に流し込み、はぁ……と大きく息を吸う。

 ズキズキと痛み出す左肩を心配そうに見られる中、

「こんなになるなら、もう少し自重しときゃよかったわ……」

 トウコは軽く言った。

「トウコ、傷痛い?」

 ベルがそう、聞くと。

「痛いわ。時々だけど。まあ、心配しなくても、詳細はアークから聞いてるでしょ? 私

が負ったのはただの傷跡。ほっとけば治るわ」

「でも……」

 ベルはまだ心配だった。

480 びっくり

Page 489: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 怪我はなくても痛みがすれば、それは誰だってそう感じる。

 トウコはどこか余裕のある表情で、彼女に言う。

「いいのよ。痛ければ痛いって言う。薬飲んでればそこまで酷いものでもないのよ。ヒ

ウンの時の傷も、まだ治ってないし。湯治しに行くのはこっちのはずだったのに、新し

い怪我してるんじゃ、どうしようもないわね」

「トウコ……」

 トウコは苦笑して、言った。

「そんな、心配そうな顔をしないで。私はもう無茶しないから。約束するし、誓ってもい

いわ。私だってもう痛いのはゴメンだし、ベルにそんな顔させるのはもっと堪えるのよ

? 私のこと心配してくれるのは嬉しいけど、あんまり干渉されると逆効果なんだか

ら」

「うっ……」

 自覚していた部分もあるので、思わずひるむベル。

「ベルに色々助けられたのはわかってるわ。だから、もう心配されるようなことはした

くない。自重するわね。今まで好き勝手やってきたものだし。やれやれ、我ながら情け

ない」

 今日のトウコはかなり饒舌だ。自分が情けない、と笑いながら言っている。

481

Page 490: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 でも、ベルには違うように見えた。少し前の過去を、こうして笑い話に出来る。

 それだけでも、彼女は変わった。確かに、過去に囚われた彼女から、殻を破って。

「なんか、トウコかわったね」

 そう言うと、トウコはけろりと言った。

 空白の二年間に関する、思いもよらない一言を。

「そうかもしれない。こっちに帰ってくるまで私、一人で特に目的もなくフラフラして

いただけだから。ホウエンをふらついて、シンオウをふらついて。意味も無くジムを制

覇して、無意味にバッジを重ねて……。そりゃ、非常識にも程があるわよね。違う地方

だとはいえ、リーグを突破したチャンピオンがジムに挑むなんて。だからか、色々恨ま

れたりしてるし、あんまり褒められたことはしてないの」

「……そうなの?」

「ええ」

 ベルの質問に、嫌な表情を見せずにトウコは答えた。

 二年間の空白に関しては一句とも漏らさなかったトウコが、自らの口で二年間の簡単

な経緯を語りだす。

「全部を捨てて逃げ出した私を助けてくれたアークと一緒にホルスに出会って、それか

ら。イッシュを飛び出して、ホウエンに向かったの。宛もなく、ただ私以外にも伝説の

482 びっくり

Page 491: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ポケモンを仲間にしているトレーナーがいるって噂聞いて。それで出会ったのがココ

ロとディー。結局伝説のポケモンをもつトレーナーとは会えなかったわ。そのあとシ

ンオウに行ったのは、ただの気紛れかしら。その時は確か、雪が見たくなったの。その

時に、シアとギガスが私についてきてくれた。それからずっと適当に各地を回って、

帰ってきたのよ」

「……そうだったんだあ」

 相槌をうつと、トウコは更に道中の思い出を続けた。

「さっきも言ったけど、私は結構恨まれるタチらしくてね。道中、挑まれてもバトルとか

拒否していたら、しびれを切らして相手と喧嘩になったこともあるわ。その時は私が相

手を殴り飛ばして逃げたけど、今考えると立派な傷害罪よね」

「……えっ?」

 ──なんか、段々とツッコミを入れないといけない気がしてきた。雰囲気的に。

「あとは、ホウエンにそらのはしらっていうところがあるんだけど、そこは許可がないと

入れない地域なのよ。私、無許可で侵入して天辺まで行ったの。その時も空から降って

きた緑色の蛇っぽいポケモン? みたいな奴に頭を食われそうになって逃げたのよね」

「……」

 それはホウエンに伝わる伝説のポケモンじゃないの? と各地の伝承など調べたベ

483

Page 492: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ルは言いたいが堪えた。

「これは驚いたんだけどね。シンオウには、色違いのポケモンを持つトレーナーがすご

く多かったわ。何でも……ぽけとれ? とかいう道具を使って見つけたんですって。

私は色違いなんて野生でも100回くらいしか見たことないけど……」

 普通は一生かかっても出会えない確率なんだよトウコ、と言いたいがスルー。

「ホウエンでびっくりしたのが、残党だって話だけど、マグマ団だのアクア団っていう、

こっちでいうプラズマ団的な組織が争い合ってたことかしら。邪魔だったし目障りだ

から、両方行ったついでに壊滅させてやったけど」

「……」

 それはプラズマ団を壊滅させるのと同じぐらい過激なことだよ、と言いたいけどまだ

我慢。

 ついでで組織を破壊するなと言いたい。

「あとは……あ、そうね。シンオウで変なポケモンに出会ったの。黒くて、私と同じぐら

いのサイズのポケモンだったんだけど、そいつを見たら凄く眠くなって……気が付いた

ら、夢の中でそいつが私に何かしようとしてたから、思いっきり蹴飛ばして殴ってボコ

ボコにしたこともあるわ」

「……」

484 びっくり

Page 493: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ……夢の中でも過激なことするのはダメじゃないかな、とツッコミたい。

 ベルは一言だけ、告げた。

「トウコ。これからは、あたしも一緒だから。そんな過激なこと、もうしないでね?」

「しないわ」

 トウコはお昼を食べながら言った。ベルは理解する。

 トウコの過激行動はどうやら元々だったらしい。これを修正するのは骨が折れそう

だ。

 覚悟して、彼女と接するようにすると決めた。

 優雅なお昼を、トウコの思い出を聞いたベルは戦慄しながら流れていった。

485

Page 494: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

白き決意

   「電気石の洞穴……。ここはやはり、居心地が良い……」

 彼女達がお昼を食べている頃。彼女達は気付いていなかった。

 そして同時に、彼もまたその距離が異様に近づいていることに気付かない。

 電気石の洞穴内部。簡素な橋をかけられたその先で、彼らは酔っ払っている。

 この空間の懐かしさ、居心地の良さに。

 上質のオーケストラでも聞いているかのようにうっとりしている。

 一人でブツブツと、いや正確に言うなればポケモンたちと会話しながら、久方の訪問

にテンションが変になっていた。

 そこは、洞穴というには少々複雑な内部構造をしており、地下に行くだけこの場所で

発生している磁場の影響を受ける。

 この場所は俗に言う、機械がおかしくなる場所で、立ち入る前に全ての機械のスイッ

チを切らないと、磁場にやられてみんな壊れてしまう。

486 白き決意

Page 495: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 挙句には方位磁石まで正しい方角を示せなくなり、迷子にもなりやすかった。

 その点、彼は全くの平気だ。そもそも構造を知っている。

 かつてここで、一度はトモダチと別れを経験し、今また決意を新たにするためにここ

にきた。

「電気が表す数式。ポケモンのつながり、ヒトとヒトとのつながり。ヒトとポケモン。

ここはやはり……僕の真実の場所……」

 両手を広げ、電気の爆ぜる音がそこらじゅうでする、青白く発光する内部を見つめて

いる。

『おい……ハルモニア。場所に酔いしれている場合か? 聞いてるのか、ハルモニア?』

『ダメですわ……。この方、わたくし達の声を全く聞いておりません』

『何でこんなテンション上がってるのよ? ちょっとガーディア、こいつの感情の波長

どうなってんの?』

『ん〜……。妙に嬉しそうな波長だべな。珍しく楽しんでるべ、ハルモニア』

『チールは早く次に行きたいよ……』

 手持ちのトモダチのトモダチ達は、言うだけ無駄だと悟って諦めた。

 彼は、偶然足元に落ちていた、大きめの石を拾い上げた。

 その不思議な薄紫の螺旋模様を描く石を、何を考えるでもなく見つめて呟く。

487

Page 496: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「僕は……行動を起こさなければいけない。ポケモンたちを救うために。僕は進まなけ

もう一人の英雄

ればいけない。

ともう一度会うために」

 この場所にきたのは、彼なりのケジメの証。

 今、世間での自分の立場も、社会を学んできた彼にも分かる。

 プラズマ団関係者という悪者だ。

 そんな悪者が、同じ悪に対して行動を起こすなど、内部争いを知らない一般人からす

れば偽善そのものだ。

 いや、争いを知っていたとしても、感情が先走る彼らには糾弾される行動でしかない。

『イッシュ全体を敵に回してでも、真実がそこにあるなら。それでも、やるのですね? 

N』

「……うん」

 白き龍は優しく聞くが、気遣いではない。覚悟があるかと問うたのだ。

 青年──Nは、頷いた。そこには、欠片ほどの迷いもない。

 かつての彼の義理の父が起こした大罪。

 その間違いを、あの人はまた犯そうとしている。

 あの人は野望の塊だ。自分がそうしたいから、そうする。

 何処までも人間味の溢れる人間だ。

488 白き決意

Page 497: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 人は利己的な生物。そういう意味では、あの人は間違いなく人らしさが誰よりも強

い。

 人であることを学び始めてまだ数年のNには、到底追いつけない領域。

 だけれど、赦されることではない悪行。

 Nは、あの人の間違いを止める。

 それだけは止めたいから。「あの言葉」を言われてもなお、父だと思っているから。

『ハルモニア。俺達はお前と共に行く』

 彼女のトモダチが、まだ彼に手を貸してくれている。

 Nは知った。ヒトは、一人では限界があると。

 共に手を取り、進むことで出来ることが増えると。

「……ありがとう、みんな」

 彼は、そう言って決意を新たに歩き出す。

 手にもっていた石を、空いていた壁の窪みに設置した。

 進む先は、まだ決まってないけれど、絶対に止めると誓って。

 ……彼も、彼女のトモダチも、白き龍も、誰も。

 誰も疑問に思わなかった。

 偶然という名の必然で彼の拾っていた石には、遺伝子の模様のようなものが刻まれて

489

Page 498: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

いることに。

 それはもしかしたら、立場さえ違えば、彼がこの石に出会い、選ばれていた。

 長い旅の間に、もう一つの「伝説」に出逢っていた彼だからこそ、落ちていたその石

の存在に気付いたというのに。

 偶然は、一歩ずれて彼女につながる道を選んだのだった。 

 人の気配を感じて、彼の消えた数分後に、特徴的なツーテールの少女が、「おかしいな

?」と首を傾げながら現れたが、それは別の話。

 彼女もまた、壁の窪みに彼が置いた石を、ただの背景としてしか目に入れていなかっ

た。

 この石に気付く必然に導かれた彼女の邂逅は、まだ先の話だった……。

490 白き決意

Page 499: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

気付いた間違い

   「トウコ〜? ちゃんとついてくるんだよ〜?」

 お昼を食べ終えたトウコとベルは、また歩きだし、電気石の洞穴へと向かう。

「……」

 眠気がある程度なくなり、クリアになった頭。

 トウコは無言で彼女に手を引かれて、ただついて行く。

 楽しそうなベル。それを見ていると、思ったことがあった。

(私は……どう、あの男と決着をつけるべきなのだろう……? ベルとは……最後には

……)

 そう、決まっていることなのだ。可能性として、彼女と道が違える事は。

 彼女が付き添うと言ったら、絶対にトウコは嫌がる。

 でも、それでも彼女はついてきたら。もし、私の復讐に巻き込んでしまったら。

 ベルの未来が、真っ暗になる。

491

Page 500: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ふと、考えた。

 本当に、私は、正しいのだろうか? 

 復讐って、本当にやるべきなのだろうか?

『……おっ?』

『あれっ……?』

 アークとココロ、ポケモンたちは気が付いた。

 トウコの中で、未来を変えるかもしれない可能性が、今産声を上げたことに。

 過去を理由に未来を復讐に染めて、大切な幼馴染達を巻き込んでまでも、それはやる

べき事なのだろうか?

 だって、こうしてベルはこんなにも私に尽くしてくれている。

 その彼女の想いを裏切り前提で、しかもそれを声に出して彼女に突きつけたのは誰だ

?(私は……もしかして……)

 裏切り。想いを切り捨てる。

 かつて、その二つを、誰にされた? そして、自分はどうなった?

 見てしまった負の連鎖から、私は自力で立ち直れたのか?

 今、ここにいられるのは誰のおかげだと思っている?

492 気付いた間違い

Page 501: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

(あっ……? あ、あぁ……!?)

 そう考えると、疑問から、恐怖感へシフトし彼女を襲う。

 頭の中を、疑問が渦巻いて、どうして? 何で? と彼女に問い続ける。

 今まで一度も陥ったことのない自問自答。

 いくら問うても、答えは返ってこない。

 何を、しようとしているんだろう、私は。

 復讐? 人殺し? プラズマ団の壊滅?

 それは、何の為に? 誰のために? どうしてやるの?

 私のため? 過去を乗り越えるため? それしかないから?

 違う。それは、何かが違う。

 まさか、私のたった一人の私の自己満足の心を満たすためだけに、もしかして私は、と

んでもないコトをしていたのでは?

 ちょっと待ってくれと思うが、トウコの中で生まれた一つの考えが、分裂して取り囲

むようにトウコに問う。

 私は誰を裏切ろうとしている? 名前を挙げて、的確に答えられる?

 その様子に、楽しそうに手を引くベルは気付かない。

 後ろで、トウコが、本当に時間をかけて、ベルやチェレンに諭され、ようやく気付い

493

Page 502: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

た自分のやろうとしている過ちに、気付きかけていることに。

(……私は……何をしようとしているの……?)

 この手を血に汚すことも厭わない、ごく個人的な復讐。

 言葉で言えばとても簡単で、これさえ言えばやろうとしていることが説明できるほど

シンプルで、

(……私……私……)

 ……どうしたい? と聞かれればあいつを殺したい、と今でもはっきり言える。

 でもそれは、同時に大切な幼馴染達を巻き込み、不幸にし、真っ暗な世界に招き入れ

る破滅の選択肢で。

 そこから先は、絶望の世界。希望も何もない。

 トウコは殺人を犯した犯罪者、ベルはそれを知りながら赦した共犯者になってしまう

のでは?

 彼女の未来が、やりたいことを探しているベルの未来が、輝いてるはずの世界が、闇

色に染まっていく。

 違う、こんなことは望んでいない。

 ベルの将来が壊れてしまうなんて、私は死んでも望まない。

 でも私がやろうとしていることは、その『死んでも望まない』と言ったばかりのコト。

494 気付いた間違い

Page 503: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ほら、呆気なく矛盾しているよ? 

 ねえ、本当にこのままでいいの? 

 ベル、不幸になってしまうけれど?

 今までの自分は、どうしてこんな簡単なことにも気付かなかったんだろう?

 余裕がなかった? 必死に自分を正当化したり、まとわりつく現実を拒んだり、置い

てけぼりにされた気がして、泣き言を言いながら喚くのに忙しかったから?

 今は、こうしてベルが手を引いてくれて、ふと考えを起こして、振り返るくらいの心

の余裕ができたから?

 質問に、回答が追いつかない。

 質問は文字を変えて、こうトウコに告げた。

 もっとハッキリ指摘しようか。

 私は、最初から間違っていたんだよ。

(……あっ……あああああああぁぁぁぁああああああっ!!!!)

 ──考えられたのは、そこまでだった。

『お姉ちゃん!?』

『トウコ!?』

 自分の疑問に、トウコの意識が崩壊した。

495

Page 504: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ポケモンたちが焦り出す。

 トウコが、自問自答で自滅した。

 たった今、彼女を今まで支えていたハズの自己正当化の言い分が脆くも崩れ去った。

 目を逸らしていたはずの弱点をつついて、彼女の心の砦が陥落した瞬間だった。

 アイデンティティを失った人間というのは、大体精神状態がおかしくなる。

(うあああああああああああああああ!!)

 全身から、血の気が引いた。生きている心地が、一瞬で消えた。

 私、本当に、イッシュに帰ってきてから、何をしていたんだろう。

 今更ながら、トウコは気付いてしまった。

 復讐。それは誰も肯定しない、自己満の行い。

 分かっていた。否、分かったフリをして、全力で目を背けていた。

 大体が、ゲーチスを殺したあとに辿る末路なんてひとつしかない。

 牢獄行きだ。それ以外に何になる?

 生命は平等で、時間は残酷で、法律は公平だ。

 悪だろうが、正義だろうが、必要悪だろうが。

 英雄だろうが、悪党だろうが、裁くものは、裁く。

 法律は、誰の味方でもないのだから。

496 気付いた間違い

Page 505: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 そんな当たり前すら忘れて、何をのたまっていたんだ私は?

(あ、ああああああああああああああああああああああああ

!!!!!!!!!)

 自己嫌悪、後悔、自責。

 あらゆる自分を責める感情が溢れ出して、トウコを飲み込んだ。

『トウコッ!! 落ち着け!! トウコッ!!』

『お姉ちゃんっ!!』

 アークとココロが心の近郊が壊れた彼女に呼びかける。

 返ってくる言葉は、意味を成さない自分を痛みつける怨嗟。

 現実では、

「……あっ、あああああああああ……っ!」

 トウコが手を振り払い、耳を塞ぎ、しゃがみこんでしまった。

「えっ?」

 呆気に取られたベルが振り返ると、トウコが突然泣き出した。

 耳を塞ぎ、顔を俯かせ、震える声で、泣いていた。

「えっ!? と、トウコ!? どうしたの!? トウコッ!?」

 慌てて寄り添うベル。訳が分からない。

 今までずっと眠そうにしていただけのトウコが、突然泣き出した。

497

Page 506: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 何か、嫌なことでも思い出したのだろうかと周囲を見るが、あるのはありふれた自然

の景色で、何が彼女の琴線に触れたのか、サッパリだった。

 彼女は知らない。その原因が、トウコ自身が引き起こしたことに。

「うああああああ……っ」

 泣きじゃくるトウコ。ベルの声が、全く聞こえていなかった。

「よしよしトウコ、落ち着けよ……。分かった。分かったから……」

 ボールから勝手に出てきたアークが、人間の姿で彼女に寄り添い、宥める。

「い、一体何が起きたの……?」

 アークに問うと、彼は過去トウコの姿で苦笑いして、言った。

「いや、まあ……。心に余裕ができた途端、考え出した答えが思わぬ方向に転がっちまっ

て、本人もどうすればいいのかわかんなくなっちまった。それだけの話」

「……?」

 アークの説明は曖昧で、ベルにはイマイチ理解できなかった。

 しばらく背中をさすっていたが、トウコは一向に泣き止まない。

 アークの中には、ココロが転送してくるトウコの内部の変化がよくわかる。

 今までの行いが、ベル達のおかげで間違っていたと気付き、悔やみ、嘆き、苦しみ出

したトウコ。

498 気付いた間違い

Page 507: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 音を立てて壊れていた正しい倫理観が、のちに再生するために、今この破壊は必要な

ものだと、アークにも理解できた。

 トウコが一番。トウコが何をしようが気にせず、ただ彼らはついていくだけ。

 もしも、トウコが今までの事を反省し、方向転換をするのならば、黙って付き添う。

 それが彼らの中にある絆だった。

「やれやれ……必要経費とはいえ、これは結構来るな」

 思ったよりもトウコの自滅によるショックは大きい。

 そう簡単には、元には戻りそうにない。

 仕方なく、後はベルに任せるとボールに戻っていくアーク。

『お姉ちゃん……』

『やめろココロ。今だけは……。あいつは二本の足で、自分の足で今立ち上がろうとし

ているんだ。そっとしておこうぜ』

『……うん』

 ココロがトウコに何かを告げようとして、アークは止めた。

 余計な手出しは、しなくてもいいと判断した。

 だってトウコはそこまで弱くない。

 彼らの主は、間違いに気付けば、ちゃんと受け止められる強さがある。

499

Page 508: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「うあああああああぁぁぁぁ……っ」

 トウコは、まるで縋り付くように、ベルに抱きついた。

 そのまま胸の中で、ずっと泣き続ける。

「トウコ、トウコ、大丈夫だよ。あたしはここにいるから……」

 背中をやさしく撫でて、抱きしめる。

 こうすることでしか、今の彼女を支えることができない。

 一体何があったのかベルにはやはり、分からない。

 トウコもまた、自壊した心を整理するまで、暴走する感情を落ち着かせるために、必

死になっていた。

 彼女が平常心を取り戻すまで、かなりの時間を要してしまったのだった。

500 気付いた間違い

Page 509: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

受け入れた過去

  ──ごめんなさい。

「えっ……?」

 小さな声で、過ちを認める、そんな声が、聞こえた。

「ベル……。ごめん……なさい……。私……一体、今まで……何を……」

「トウ……コっ?」

 震える身体、小さな声。痛みを自覚し、強い自責に囚われた、少女。

「私……間違ってたんだ。何しようとしてたんだろう。どうして、ベルまで犠牲にして

まで……。私……そこまでして、人を殺したいなんて……願ってなかったのに……。ど

うして……」

「トウコ……」

 ──二年前に、戻ったような口調だった。

 当時まだ幼子のように感情を露わにし、みなと楽しくいた頃の、彼女のような。

 ダウナーな彼女はそこにはいない。

 いるのは、自分のやってきたことへの自覚し、自分を責めている一人のトレーナー。

501

Page 510: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 さめざめと泣きながら、ごめんなさいと、繰り返す幼馴染だった。

 ベルはそんな彼女を、優しく頭を撫でて、何も言わず、抱きしめた。

 しばらくし、彼女は……こう、呟いた。

「ベル……。私、怖い……。何で、人を殺したいなんて……思ってたの?」

 その時、いち早く違和感に気付いたのは、彼女の手持ちのポケモンではなかった。

「え」

 顔を上げ、腫れた目をしながら彼女を見るトウコ。

 その顔には、明らかな困惑があった。

 彼女は、怯える顔で、再び、問う

「ベル。私……誰を殺したいと、思ったの……?」

「っ!?」

 それを聞いたとき、見たとき、ベルは背筋が凍りついて、戦慄した。

 一度だけ、彼女が、ぶっきらぼうに、半切れしながら説明していた事を思い出す。

 そう。トウコは強い心の傷を負っている。

 そしてそれは、あいつらが全部悪いという外罰的にシフトした思考によって、支えら

れていた。

 それを自らの疑問で打ち崩した事で、トウコは……壊れてしまった。

502 受け入れた過去

Page 511: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 一度だけ語った、彼女がベルに説明した、万が一の可能性。

 急性ストレス障害。俗に言うトラウマ。

 表現ではなく、違う言い方をすれば急性ストレス障害ともいう、立派な病。

 命を失いかけた二年前の最終決戦の時に発症し、そのストレスを忌避するために、心

が行う逃避行為。

 酷ければ、一時的な記憶障害を起こす。

「あれ……? 私……? 誰を……憎んでいたんだっけ……?」

 泣き止み、腫れた目で、そう呟く。

 思い出さないほうがいい、と脳が判断して、記憶を封じ込めてしまった。

 呆けている。自分の中の、疑問に首を傾げて、疑問符を浮かべている。

 憎しみが、消えている。否、忘れている? 思い出せないでいるのか?

 ポケモンたちも、困惑したかのように、トウコの中を探る。

 見当たらない。彼女の中にあった、今の彼女たる根拠を示していたハズの感情が。

 ようやく見つけたその感情は、彼女の中で隅っこに追いやられ、妙なもので周囲を固

められている、不気味な形状に変化しているのをココロは見てしまった。

 一方、ベルも思い当たる節があった。

(これってまさか、トウコが言ってた……記憶障害!?)

503

Page 512: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ……トウコは、稀に記憶が飛ぶことがある。

 それは、一度だけNの城に自力で近づこうとして失敗し、その時の記憶を失ったあの

時と、同じ。

 それを事前に、しつこく聞いてきたベルにだけ、軽く説明しておいた。

 そのおかげで、彼女はギリギリの場所で、助かった。

 今度のは、もっと重症だったけれど。

「私…………。あれ、っていうか……私は……誰なのかしら……?」

 自分の名を、忘れかけている彼女の肩を掴んで、ベルは怒鳴った。

「トウコッ!!」

 びくっ、と怯えた表情で、トウコはベルを見た。

 その瞳は、幼馴染ですら見たことのない色が浮かんでいた。

 即ち──未知への畏怖が。

 既知である彼女に、こんな色を向けるはずがないのに。

「だ、誰……?」

 声を出されて、ベルは咄嗟に叫びそうになった。乱暴な言葉で、思い出せと。

 だが、喉元までせり上がった声を、意識で握り潰して、優しく幼子に言い聞かせるよ

うに、言う。

504 受け入れた過去

Page 513: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「あたしだよ、トウコ。ベルだよ? 分かる?」

「……」

 数秒の間を開けて、トウコは思い出したように頷いた。

「あなたは、トウコ。あたしの、大切な、大事な、幼馴染。分かる?」

「……ええ」

 一個一個、消えそうになってる記憶のピースを、彼女のパズルにはめていく。

 これが正しいのかは分からない。

 でも、やらなきゃいけない。

 そんな気がして、彼女はずっと問いかける。

「あたしと、トウコは、幼馴染。大切な、人」

「……うん」

「あたしは、ずっと、トウコの、そばにいる」

「……うん」

「だから、一人で泣かないで、いいの。悲しまなくて、いいの。怖がらなくて、いいの。

怯えないで、いいの。あたしは、ずっとトウコと一緒」

「いっ……しょ……」

「そう。分かる? 自分が、誰なのか。あたしが、誰なのか。そして、トウコは、自分で

505

Page 514: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

これから、未来を決めるの。あたしも一緒にいるから。逃げないでも、大丈夫だよ。あ

たしが、トウコの手を引っ張っていく。独りじゃない。あたしがいる」

「ベル……一緒……」

 落ち着かせるために、言い聞かせる。

 優しく、ゆっくり、一歩ずつ。

 もう一度抱きしめて、彼女に言った。

「トウコ。いいんだよ。泣きたい時は、泣けばいい。あたしがいるから。あたしがトウ

コの泣き言、聞くよ。溜め込まないでいい。あたしが、トウコの弱い部分、支える。だ

から、ね? 何も、怖がること、ないよ?」

「……」

 トウコの中に、変化が起きた。

 戻りたい、逃げたくない。

現在い

 

は、簡単に無くしていいようなものじゃない。

 大切な人が、ここにいる。大切な世界が、ここにある。

 私は、立ち止まらない。過去も過ちも自分の出した理想も。

 全部受け入れて、前に進みたい!

 どこかで、そう叫ぶ声が、聞こえた気がした。

506 受け入れた過去

Page 515: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 閉じこもりかけていた記憶をおおう球体が、ヒビを入れられ解放される。

 ココロが見つめる先で、まるで影の繭を内側から壊すかのように、細かい罅から漏れ

出す光。

 それが、一つの現実を欲して、向いたいところに、自らの足で、駆け出した。

 トウコは、壊れずに、再生した。

 ベルの、言葉によって。

 暫くの間、無言を貫いていた彼女は、ゆっくりと、言った。

「……ベル、ありがとう……。私は、もう平気よ」

 しっかりとした目を取り戻し、彼女は何時もどおりのトーンでそう告げた。

「もう、くすぐったいわ。そんなに強く抱きしめないで?」

 軽口を言って、彼女から離れた。

 ベルは治ったらしいトウコを、心配そうに見つめて、問うた。

「トウコ、大丈夫? 何があったの?」

「……ごめんなさい。少し、自分でも混乱しているの」

 トウコは、少しだけ時間を貰い、自分の中で生まれた、たった一つの正解を、見つめ

直す。

(……私は……間違っていたのね……)

507

Page 516: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 そう。

 トウコは間違っていた。方法を。手段を。

 間違いだと認めるのが嫌で自分は正しいのだと言い聞かせ、英雄だからという理由で

自分を奮い立たせ、自分のしようしていることから目を逸らして。

 凄惨な事になるのは考えれば分かっていたのに、考えなかった。

 見えない人からの気持ちに怯えて、自棄糞になって、いない誰かに逆ギレして、そん

な自分にすら嫌気がさして全てを否定し逃げ出した。

(でも……人を殺して、なんになるの?)

 法律は、誰にでも一定の効力がある。

 英雄だろうと、悪党だろうと、救う時は救い、止めを刺すときは容赦ない。

 それを忘れ、独善と偽善で私にはやらなければいけないことがある、などと意気込み

そして呆気なく自滅。

 情けないにも程がある。

(悲観しすぎたのかもしれない。私は、未来を何処かで諦めていたのかな)

 名を思い出した。

 ゲーチスがいる限りイッシュに平和はないと、諦めていたのもしれない。

 諦めを自覚する前に憎しみに囚われた結果、人を殺すという決意までして。

508 受け入れた過去

Page 517: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

(滑稽ね……)

 我ながら呆れてしまう。

 奴を殺せば自分も同罪、下手をしなくても咎人になる。

 なのに自分は平和な未来を夢見ていた。

(欲しい未来がああなら、方法は別にしないといけないのに)

『お姉ちゃん……大丈夫?』

『トウコ、無事か?』

『トウコ、だいじょうぶ?』

 ココロ、アーク、シアが心配そうに聞いてくる。

(大丈夫よ。ちょっと混乱しただけ。ごめんね、みんな)

 トウコの身を案じてくれたのだろう。迷惑をかけてしまったことを謝罪する。

『病み上がりで治りきってねえのに何してんだお前……』

『お前は心配するのか悪態つくのかどっちかにしろ、ディー』

手羽先

『うるせえ

。心配したに決まってんだろ』

『……。なんだろうな、今お前の言葉に久方振りの悪意を感じたぞ』

『だろうな』

 何かオス二匹が揉めそうな空気があるが、まあ心配したんだろうと思いたい。

509

Page 518: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 していないのはこいつだけだ。

『……zzz』

 寝てやがるギガスのみ。こいつは蚊帳の外だ。知りもしない。

 休みの日のおっさんのように横になってぐうすか寝ている。

 尻を指でボリボリかきながら。

『この野郎、肝心なときに寝てやがる……』

 ぷちっと血管がキレたような音をさせてアークが引きつった顔で言っている。

『やれやれ……。お姉ちゃん、無理はしないでね』

(ええ)

 ココロが呆れながら、アークを騒ぐなと怒る。

『……んあっ? 誰か、今レジギガスの事を呼んだか?』

 突然目を覚ましたアホが飛び起きて、正座するや周囲をキョロキョロ。

『遅えよ!』

 アークにツッコまれ、ギガスは膝を抱えて落ち込んだ。

 指で床をなぞっているというわかりやすさ。

 何というか、和んだ。彼女たちなりに、励まそうとしているのだろう。

(何でもないわ、ギガス。昼寝を続けていいわよ)

510 受け入れた過去

Page 519: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『貴殿がそういうのなら』

 何という変り身の速さ。

 膝を抱えていたのを横になると、またグーグー寝始めた。

『この野郎……』

『まあまあ』

 主の一大事に、爆睡を選んだギガスに殺意でも湧いたのだろうか。

 アークの声が殺気立つ。シアが宥めて流していく。

(ふふふっ……)

 能天気な子らだ。

 五月蝿かった心が穏やかになっていく。

 そして、クリアになった心に浮かんだ答えを、彼らに伝える。

(みんな、ありがとう。私は、もう間違えない。過去のやったことは取り戻せないけど

……受け入れることは出来ると思うの。因縁に囚われた個人的復讐なんて、意味がない

わ。誰もが不幸になるだけ。これ以上、ベルやチェレン達に迷惑もかけたくないし。も

うやめるわ。これから先も楽しく生きたい。あのクソ野郎のせいで、私の人生棒に振る

なんて冗談じゃないもの。私の理想の実現は、少なくても法の中でやることにする)

 ──それは、劇的な瞬間だった。

511

Page 520: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 今までの全てを抱きしめて、憎しみすら含めて過去を肯定し乗り越え、倫理観が戻っ

た彼女の産声。

 彼女のポケモンは、それをあっさりと受け入れた。

「ベル」

 トウコは、不意に声を出して大切な人を呼んだ。

「えっ?」

 ベルが反応すると、トウコが笑っていた。

 今までのような、無理をしたような笑みや、寂しそうな笑みではない。

 ベルが待ち焦がれていた、心から微笑んでいる、トウコの笑顔。

「今まで、本当にありがとう。ベルのおかげで、立ち直れた」

 そう言われて、ぽかんとしているベル。

 感謝の意を込めて、彼女に万感の思いを告げて、トウコは改めて、宣言した。

「私、復讐を──この手でプラズマ団を壊滅させるのを、やめることにしたわ」

 と。

512 受け入れた過去

Page 521: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

六章 覚醒した英雄

新たな少女

   トウコは、復讐をやめる。

 あまりの驚きにベルは、その言葉を聞いたとき危機間違いかと思って、トウコを問い

詰めた。

 彼女は苦笑いして、「もう馬鹿なことはしないわ」と言って、彼女と完全なる和解をし

た。

 なぜかと理由を聞かれたら、

「今まで目を逸らしていた矛盾に気付いたの。私は、幸せな未来を願いながら、それに反

することをやろうとしていた。それで誰もが救われると信じていたから。でも、それは

違った。あのやり方は、ベルを不幸にする。チェレンを巻き込む。母さんを傷つける。

そして、私を破滅させる。そうすれば、欲しい未来なんて消えてしまうでしょ? 意味

がないのよ。英雄は、みんなを救わなくちゃ。自分を含めて……ね」

 遠い表情で彼女はそう言った。

513

Page 522: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 そこに、一切の曇りはなく、今までの病んだ彼女はいなかった。

 ベルにとって、ここまで嬉しいことはない。

 彼女の切実な想いが、漸くトウコに届いたのだ。

 トウコも気付く。これが正しい方法なのだ。

 何もかも、一人で背負い込まなくてもいい。

 大人に、任せるところは任せてしまえば、それが最善の方法。

 何の為の警察か。何の為の国際権力か。警察にしかできないことがある。

 あくまでトウコは一般人。突っ込んでいけない部分だってきっとある。

 何で、暗部のことまで自分でカタをつけよう、などと傲慢にも思っていたのか。

 一介の小娘にどうこう出来る範囲なんて、たかが知れている。

 それが分からず、抜け殻でも英雄だから、なんて自分を誤魔化して突っ走ろうとして

いた。

 結果、殺人なんて恐ろしいことまで考えて。

 確かに奴は今でも殺したい程憎んでいる。それは、変わらない。

 でもきっと、再び対峙したとき、トウコは殺しはしないだろう。

 精々積年の恨みで一発ぶん面をぶん殴って、動けなくしてから警察に突き出す。

 それだけで済ませるだろう。

514 新たな少女

Page 523: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 あのゲーチスだろうが、中身は腐っていようが、人間なのだ。

 人は、人を、殺してはいけない。

 トウコは忘れていた。大義名分を手に入れ、何をしても許されると思っていた。

 でもそんなことは決してない。破滅の先に待つのは、絶望だけだ。

 あいつを殺したあと、トウコはどうするつもりだったのか。

 ベルが、チェレンが、母が、人を殺した自分を受け入れてくれるのか?

 たとえそうだとしても、後悔していなくても、罪は消えないのではないか?

 常識で、基本で、誰でも知っている決まりを、忘れていた。

 見失っていた。選ばれし黒の英雄の前に、トウコは一人の人間で、一人の子供で、一

人の母の娘なのだ。

 そのつながりを断ち切ってまで、あの男に付き合う義理はない。

 ムショの中にぶち込まれてさえすれば、あとは法が裁く。

 人が人を裁く。法が人を裁けないから、人がそうするしかない。

 でもそれは、決して褒められる方法でも、正しい選択でもない。

 もしかしたらそれが正しいこともあるのかもしれない。

 少なくてもトウコは、そんなやり方はしないと決めた。

 大切な人がいる。大切な場所がある。

515

Page 524: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 それを犠牲にしてまで、悪人に付き合う程トウコはお人好しではないのだ。

 自分だって一つの命。幸せを求める権利がある。

 英雄とは、自分を含めて、周囲のみんなを幸せにできなければ、英雄じゃない。

 辛い選択肢を突きつけられることもあるだろう。そういう時は、一人で悩まない。

 仲間がいる。家族がいる。人は繋がる事で強くなる。

 独りで求めた強さは硬い。でも同時に、脆い。それを知った。

 もう、迷わない。あのクソ野郎が出てくるなら、何度でもトウコは立ち塞がろう。

 でも、今度は独りじゃない。

 ベルがいる。

 共に、彼らに立ち向かってくれると行ってくれた彼女がいる。

 二人なら、迷わない。間違えない。一人じゃできなくても二人なら出来る。

 そう、信じているから。

   電気石の洞穴の調査は、まずはその先にある街を拠点にして行われることになった。

 ベルが仕事のフィールドワークに行っている間、トウコは旧友にあいさつに行った。

 この街のジムリーダーが、航空機の運転免許を所有しており、格安で目的地の街へ飛

516 新たな少女

Page 525: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

行機を出してくれるという。

 ただまあ、それが貨物機で荷物のついでという何とも言えない扱いだったが……。

 で。

「フウロ……。あんた、私を殺すつもりだったのよね? ねえ、そうでしょう?」

「あ、あははは……」

「笑って誤魔化す気? 二年前に言ったわよね、この仕掛けは人が死ぬからやめろって。

それで何? やめるどころか凶悪になっている理由が「風を感じたいから」? あんた

バカなの? 死ぬの? というかそもそも死ぬからあの仕掛け」

「と、トウコ……ちょっと、怖いって……」

「怖くしてるのはあんたよ、フウロ」

 事前に連絡し、当日ジムに顔を出したトウコ。

 入った途端に、ジムの中で吹き荒れる突風に吹っ飛ばされ、壁に背中から激突して失

神した。

 左肩と背中に怪我をしている彼女には、死ぬほどの激痛が走ったのだった。

 で、ジムの事務所で。

 来客用のソファーに横たわり、メチャメチャ怒るトウコに、二年の間に更に巨大化し

た乳を揺らす女の子が苦笑いして、視線を泳がせていた。

517

Page 526: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 露出度の高いパイロットスーツに似た衣装をきている彼女が、フキヨセジムのジム

リーダー、フウロ。

 大人の女性と、少女の愛らしさのアンバランスさが何とも言えない、美少女とも美女

とも言える人物だ。

「ご、ごめんねトウコ……。まさか、午前中からくるとは思ってなかったから。さっきま

で、ジム戦してたんだよあたし」

 ジムリーダーは、忙しくてジムの奥にあるファンを止めるのを忘れていた、と言い訳

した。

 ちなみに、このフキヨセジムでは、仕掛け上の理不尽な事故が多発し怪我人がよく出

るジムで有名である。

 伝統あるギミックらしいので国も大きく言えないらしいが、二年前にはとある少女が

大砲に詰め込まれ、チタン製の壁に顔から激突して悶え苦しんだ挙句に気絶した、とい

うセンセーショナルなことが起きて、行政から指導が入った筈なのだが……。

 大砲こそ無くなったが背後にバカでかいファンで突風を起こすギミックを採用して

おり、凶悪性がさらに増した。殺傷能力はかなり下がったものの。

「はぁ……。いい迷惑ねもう……。何なら、もう一度けちょんけちょんにしてあげても

いいわよ?」

518 新たな少女

Page 527: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 妙に殺気立つトウコを見て、フウロは首を振って断った。

「い、いいよいいよ! みんな疲れてるし……今はポケモンセンターで休ませているか

ら」

「じゃああんたと私でやりあう?」

「もっとやめて!!」

 怪我が痛むトウコは、犬歯を見せて威嚇している。

 丁重に謝りつつ、例の話をフウロは、それとなくとか苦手なので、デリケートに扱え

おっさん

ヤー

と口を酸っぱくして

に言われていたが、すっぱり切り出してみた。

「で、トウコ。あなた、ヒウンやPWTで復活したって話のプラズマ団相手に、大暴れし

たっていうけど、本当?」

「本当よ」

 ……デリケートな問題を、すんなりとトウコは答えた。

 肩透かしを食らったようにボケっとしているフウロに、彼女は苦笑して続けた。

「大方、ヤーコン当たりに言われたんでしょ? 聞いとけって。まあ、派手に暴れちゃっ

たからね……。大丈夫よ、もう暴れる理由もないし、躍起になって追い回す理由もない

から。当分は大人しくしてるつもり。連中、何をしようとしているのかはしらないけ

ど、二年前の再来みたいな感じもしたわ。あんまり言いふらしたくないけど、フウロに

519

Page 528: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

は伝えておくわ」

 そうトウコは前置きして、表情を正して告げた。

「今回は、前回みたいに甘くはない。また、あんたにも招集がかかるかもしれないし、

駆逐艦

フリゲート

襲ってくるかもしれない。連中、今回は本格的な

を一つ、所有しているわ。軍レ

ベルの、本物をね。何か……焦臭い感じがするから、用心しときなさい」

「えぇっ!?」

 フリゲートの話は聞いてなかったフウロが目を丸くした。

 トウコは聞いてないのかと問うので、トウコから詳しい事情を聞く。

「ぷ、プラズマ団は……イッシュを、戦争状態にでも陥れるつもり……?」

「さあね。詳しいことはわからないけど……誰かと派手に戦争をしてもおかしくない、

とだけは言える。機銃だの大砲だのを搭載してるもんを、少なくても私には向けたわ。

PWTの時に」

「……よく生きてたね、トウコ……」

 それをしれっと言うトウコにも戦慄するフウロ。

「運が良かったのかも。今回のは、命懸けかもしれないから、下手に首を突っ込むのはや

めておいたほうが賢明ね。私も、懲りた。若くして死にたくないもの」

 彼女は、プラズマ団がもしも派手なことをしたら、観察こそするが、自分から首を突っ

520 新たな少女

Page 529: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

込むのは控えると発言し、フウロは更に目を見開いた。

 ヤーコンから聞いていた話では、トウコは血走ったようにプラズマ団を撲滅しようと

していて、それこそ話題に出すだけで怒り狂ったようになると。

 なのに、目の前のトウコはケロリとしているどころか、関わり合いをしないと言って

いる。

 一体、ここまでくるのに何があったのか。どういう心の変化なのか。

 フウロが聞くと、

「まぁ……憎しみだけで行動して、後先考えずに暴れまくる私をやめただけ。私がで

しゃばる必要もないわ。アレだけ大きなことをすれば国際警察も動くだろうし、大人が

対応するところを私が何か動く必要がある? 適材適所っていうでしょ」

 随分と冷静な判断ができるようになっていた。

「私は、手段を考えることにしたの。あいつら相手なら何でも許される……そんな認識

を改めただけ。もしも、あのまま暴走していたら私も同じ穴の狢になっていたからね

……」

「トウコ……」

 必要悪の代行者。

 そんなものにならなくてもいい。

521

Page 530: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 今の世界には共通の「正義」というものも、確かにある。

 たとえそれが根っこで醜く歪に壊れ、腐っていたとしても、ごく僅かでもそれを糧と

して生きてる人がいる。

 正しいと信じて、行動している人だって何処かに。

 トウコは、その希望を、信じる。それだけでいい。

 むくりと起き上がった彼女は、朗らかな表情で最後にこう締めくくった。

「フウロ。あんたも、連中に襲われないようにね。私が助けられるのは、私の目の届く範

囲だけなんだから」

「肝に銘じておくよ……」

 この短期間に、彼女に何があったかは知らない。

 だが、今の彼女は間違いなく、本来のあるべき彼女。

 そう、思ったフウロだった。

522 新たな少女

Page 531: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ココロ、解き放つ

    それをベルが持ち帰ってきたとき、トウコは驚いて目を丸くした。

「トウコッ! トウコッ!! これ見て、これ見てえ!!」

 フキヨセの民宿のふすまを、どたーんっ! と壊れんばかりの勢いで蹴破って入って

きて、ベルは大興奮しながら戻ってきた。

 ふすまは外れて倒された。そして踏まれた。

 のんびりお茶を飲みながら人目がないからとボールからアークやココロと駄弁って

いたトウコは驚いてお茶を吹き出した。

 他のシア、ディー、ホルスは眠っていたが騒がしいので目を覚まし、怪訝そうにベル

を見ていた。

「……」

「……」

 珍しくポケモンの姿のままのアークと、油断しきっていたココロの顔がお茶で濡れ

523

Page 532: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

て、ポタポタと雫を垂らしながら、引きつった顔で、二匹はベルを睨んだ。

「げほっ、ごほっ!」

「わあ!? と、トウコ大丈夫!?」

 咽せるトウコ。駆け寄ってきたベルはその背中を摩ってくれた。

 が、原因をつくったのはこいつだであることを二匹は忘れない。

『お姉ちゃん……。研究員、噛みついていい?』

『トウコ……。こいつ、絞めていいか?』

「やめな……さい……げほっ! うへぇ!」

 止めるトウコの汚い声で二匹は置いてあった紙フキンで顔を拭いた。

 怒気を孕んでいる二匹に気付いたベルは、手を合わせて謝罪する。

「……で? どうしたのベル。そんなに慌てて」

 そんなにすっ飛んで帰ってきて何かあったのかとトウコが問うと、

「あぁ! そうだった、トウコ! すごいもの、あたし見つけちゃったあ!」

 と、バッグを漁り、何かを探す。

 何事かとトウコが見つめる先で取り出したものが、トウコの神経を覚醒させる。

「これこれえ!」

 じゃじゃーん! とベルが目を輝かせて取り出し、眼前に登場したのは……。

524 ココロ、解き放つ

Page 533: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

薄い色のついた岩

トー

 ──不自然な遺伝子の模様が内部に刻まれた、

そのものだったのだ

──

   目を点にしていたのは、トウコだけではない。

 ココロもその石の登場に、愕然としていた。

 ほうけていたが、我に帰るのが早かったのは、トウコだ。

「ちょ……。ベル、それまさか……メガストーン!?」

「うんっ! トウコもそう思うよねえ!?」

 ベルの持ってきた、遺伝子の模様が刻まれた薄紅の岩──それは、二人がPWTで目

にした、ポケモンが身に付けていた石──メガストーンに酷似している岩だった。

 ベルも一度は大きさこそ違うが、目にしているからこそ、こうして持ち帰ってトウコ

に見せたのだ。

「嘘っ……!? な、何でイッシュ地方にこれが……!? じゃなくて、どうしてベルが持っ

てるのよ!?」

 食いつくようにそれに迫り、ベルが畳の上にそれを置く。

 ベルは鼻息荒く、過程を語った。

525

Page 534: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「さっき、電気石の洞窟で見つけたの! 壁の窪みにはまっていたんだあ!」

「石に纏わるから、あってもおかしくはないけど……。だけど、どうして……? メガシ

ンカは、ホウエンやカロスでしか、見られないはずなのに……」

 過去にホウエン地方に向かったことのあるトウコが顎に手を当てて思案する。

 トウコのポケモン達が、なんだなんだとみんなで寄ってきて、物珍しいそうにその岩

を見下ろす。

『アークー、このいわ……なあにぃ?』

『お、俺に聞くなよ……知らねえって』

『ディーはぁ? ホーエンうまれでしょー?』

『あぁ? そりゃ偏見だぞ。俺が知るわけねえだろうが。俺の進化は石違いだ。ほのお

のいし以外は知らねえ。ホウエン出身でも見たことあんまねえんだよ、こんなもん』

『ホルスはぁ?』

『うむ……。先日のメガシンカとかいう奴を引き起こしていた石に似ているな。トウ

コ、どう思う?』

(わ、私に聞かれても……)

 心がつながっている彼らに意見を聞かれても、トウコ自体何なのか、よくわかってな

い。

526 ココロ、解き放つ

Page 535: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ホウエン地方に行った時だって、過去に大きな隕石が落ちてきそうになって、伝説の

ポケモンがメガシンカをして隕石を砕いた、という伝承しか知らない。

 その選ばれしトレーナーを求めて旅をしても、出会ったのは伝説のポケモンであるコ

コロとディーだけだった。

 それ以外にも、ゲンシカイキという秘めた古代の自然パワーを爆発させて覚醒させる

ことができる大地の化身と深海の主が争った、という話くらいしかしらないのだ。

 頼りになりそうな最年長のギガスはボールの中でイビキをかいて爆睡中。

 一番長生きで知恵がありそうだが、古代人に封印されて外界と隔たれていたギガスに

何かを聞いても無駄だろうとトウコは諦めた。

『何だろう……。この岩……何だか、引き寄せられる……』

 そんな中、ココロだけが、違う反応を見せる。

 金色の瞳を揺らしながら、岩にふらり、ふらりと、近づいていく。

 餌に釣られる虫のように。

「ココロ? どうしたの?」

 異変に気がついたトウコが問うと、ベルも一緒にココロを見る。

『お姉ちゃん……この岩、わたしを……呼んでいるの』

「えっ? ココロ、何かわかるの?」

527

Page 536: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 特別なテレパス能力があるココロには、何かわかるのかもしれないと思ったトウコ。

 ベルにもココロが反応していると説明し、すこし様子を見る。

 ココロ本人は、

『岩が……チカラを……解放して……強く、なれって……。この岩が、わたしに……そ

う、呼びかけてくる……』

 そう、呟く。

「ココロ……?」

 様子が変だ。寝ぼけているような声で、ふらふらと岩に近づくココロ。

 ココロの手を掴んで止めて、ぺしぺしと頭を軽く叩くと我に帰る。

 でも、切なそうな、熱に浮かれたような視線で岩を見つめている。

「ココロ、大丈夫?」

『あんまり……大丈夫じゃない…………。もどかしいなぁ……。この誘惑、何とかした

いよ……』

「誘惑って……」

 ココロとトウコの会話を見ながら、ベルも一緒に悩む。

 事前に図鑑で調べ、ラティアスというポケモンは人の言葉を理解し、人と話すことが

できる、という情報を得ていたので、最初こそ図鑑を疑ったがトウコ自身がそれを認め

528 ココロ、解き放つ

Page 537: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

たのでもう驚かない。

 世の中には人語を喋るきつねやそっくりに変身するゼリー生物もいるわけで。

 それくらい、常識なのかもしれないと研究者らしからぬ投げやりで完結させた。

「ねえ、トウコ? 何か……バック、光ってない?」

 ベルが薄い光に気付いたのは、ココロがもぞもぞして岩に触れようとするのをトウコ

が止めている時だった。

「えっ?」

 訝しげに振り返ると、確かにトウコのバッグが不自然に光っていた。

「何かしら……?」

 バッグを探ると、

「あれっ……?」

 光っていたのは、ネックレスに加工されているこころのしずくだった。

 二つがしっかりと光って、まるで照らすかのように、その筋を……岩に向けている。

「……? こころのしずくが……反応して……?」

 変ね? と首を傾げながらトウコが不用意にこころのしずくを手に、岩に近づけた時

だった。

 ──突然、こころのしずくが放つ光が、音を立てて爆発した。

529

Page 538: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「なっ──!?」

 思わずネックレスを手放すトウコ。

 ネックレスについていた宝石は、弾け飛んだかのようだ。

 ベルも腕で目を隠す。

 凄まじい閃光が、みなの視界を焼く。

『きゃあああああああ!!』

 ココロの悲鳴が頭に流れ込んだ。

「ココロ!?」

 目を開けられない状況の中で、トウコがココロの名を呼ぶ。

『ぎゃあああああああ!! 目が、目がぁぁぁぁーーーーー!!』

『ぬあああああああああ!! 耳が、耳がぁぁぁーーーーー!!』

『きゅぅ……』

『あじゃばぁ……』

 某大佐のように眼にダメージを受けたアーク、耳を音で刺激されたディーが叫ぶ。

 シアとホルスは驚いて気を失った。

『……ハッ!? 誰か、レジギガスを呼んだか?』

 バカが目を覚ました。

530 ココロ、解き放つ

Page 539: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコが目を庇いながら、手探りで腕を伸ばす。

 目の前をいっぱいの白が広がり、まるでホワイトアウトのように視界を奪う。

 そんな中、ココロが、虹色の光を纏ってもがいていた。

『あつい、身体が熱いよぉっ! お姉ちゃんッ!!』

「ココロ、私の手が見える!? 早く、手を掴んで!」

 ココロが苦しんでいる。何がなんだか変わらない。

 でも、彼女を苦しめることはさせたくない。

 必死の思いで、トウコはもがき苦しむ虹色の物体に、手を伸ばした。

 指先が、ココロの指先に、触れそうになる。交差して外れる。

 もう少し、もう少しなのに。

 届いて!

 祈るように、白の海の中を伸びない右腕を、限界以上に、伸ばす。

 ココロも、鈍い動きをする腕を、姉の手を掴むために、動かす。

 この手で護りたい。大切なポケモンを。大切な家族を。

 その、トウコの想いが、彼女の痛みを和らげる。

『お姉ちゃん!』

「ココロ!」

531

Page 540: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 声が、重なる。

 手と手がつかみ合う音がした。

 一匹と、一人の、心が溶け合い結ばれる。

 本当の意味で、互いを必要とし、強い絆で繋がった、人も、ポケモンも、種族を越え

た『愛』育むモノ同士が。

 彼女の真なるチカラを、解き放つ──

 進化を越える、さらなる進化を。

  『……あれ、わたし……?』

 呆然とするココロが、第一声を上げた。

 周囲を見回すと、部屋の中は特に壊れたりしている様子はなかった。

 背後で、ひっくり返っているホルスとシア。

 悶えているように目を押さえて転がるアークと、顔を前足で擦るディー。

 外傷はなさそうだ。

 ならば、さっきの光の洪水はなんだったのか?

「な、何が起きたの……!?」

532 ココロ、解き放つ

Page 541: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 隣で、しっかり手を掴んでくれた、姉が起き上がった。

 自分を護ろうとしてくれた、優しくて強い、たった一人の、姉と慕うトレーナーが。

「お姉ちゃん!」

 ココロが姉の無事に思わず叫ぶ。

叫んだ、、、

 そう、

「?」

 トウコには、聞き慣れない声。

 いや、聞いたことはあるけど、それは頭の中だけの話で……。

 こちらを振り返った姉が、自分を見て、口を半開きにして硬直した。

「お姉ちゃん? どうかしたの?」

 ココロはまだ、気付いていない。

「こ、ココロ……? ど、どうしたのその姿……?」

「へっ?」

 何を言っているんだ、と自分の姿を見下ろそうとして……違和感があった。

 何か、身体が、ふわふわする。

 いつも浮遊しているのだが、腕あたりに、妙な違和感。

 身体、大きくなってないか? 

533

Page 542: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「っていうか、あんた……喋ってる……」

「……あっ」

 今更自分で人の言葉を喋っていることに気が付いた。

 何でだろう。それに、何かいろいろ変わってる気がする。

「えっ? ココロ、よね? 偽物じゃないわよね?」

「そ、そうだよ。わたしだよ。何で変なこと言ってるのお姉ちゃん?」

 立ち上がったトウコ。が、視線の変化もある。

 普段なら、トウコよりも視線がしたなのに……今は、上だ。

「あの……ココロ……。鏡持ってくるから、ちょっと待ってて──」

 姉が困惑気味に、そう言っているときに……。

「ふええええええええ!! な、何かいるううううう!?」

 目を開けたベルが、ココロを見て絶叫。

 あわあわ言いながら、彼女は青くなっている。

「な、何? わたし、何か変なの?」

「しかも喋ってるうううううう!?」

「なっ!? いけないの、わたしが喋っちゃ!?」

「ふえええええええええ怒ったあああああ!?」

534 ココロ、解き放つ

Page 543: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ベルはもう半泣きだ。部屋の隅まで逃げてベレー帽を押さえて小さくなった。

「お姉ちゃん!! こいつわたしのこと酷く言う!!」

 ココロもべそをかき、姉にすがる。

 姉はもう、疲れきった表情で首を振り、手元にあった身繕い用の手鏡を手に取る。

「……ココロ、鏡」

 そう言って、ココロに見せた。

 鏡に映ったココロは……固まった。

 そこに映るのは、紫の目付きの悪いポケモンに変身していた自分。

 見覚えのない誰かだと思いたい、自分。

「……」

 絶句し、紫色のジェット機みたいな姿になった自分を見て。

 大きく息を吸い込むと……。

「きゃあああああーーーーーーーーー!?」

 思いっきり絶叫したのだった。

535

Page 544: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

メガラティアス

    ──その姿は、まるで秘められし絆と愛が具現化したかのような神々しささえあっ

た。

 元に戻れないと人間の声と言葉で泣き言を言うココロに、ほうけていたトウコは呟い

た。

「嘘……。ココロが……メガ……シンカしたの……?」

「わ、わたしだってわかんないよ〜」

 問われても、浮きながらジタバタもがいているココロは泣きそうな顔でそう言った。

 身体の異常は見た目だけで、他は痛みやかゆみはないと言うので、害がある変化では

ないと思う。

 思うが……心配になる。

 見れば、持っていたはずのこころのしずくまで消え去り、先ほど砕けたような音がし

たのを聞いて、ココロとトウコは深く落ち込んだ。

536 メガラティアス

Page 545: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 二人の大切なものが消えてしまい、しかもベルが持ち込んだ岩まで消えている。

 一体、何があったのか。誰にも、現状が理解できない。

 見ていたアークは目が痛いとボールに戻り、ディーは耳鳴りがするとボールに戻り、

気絶している二匹もボールに戻して困惑する。

 ココロも姿が変わったまま、ボールに彼女は入れるのかどうかも怪しい

 彼女達は、わからないとしても、と互いの考察を述べた。

 トウコが、ココロ──即ち、ラティアスのメガシンカ説を。

 しかし、とベルが反論する。

「メガシンカだとしても……ラティアスがメガシンカするなんて話は……聞いたことな

いよ?」

 研究者の端くれであるベルがズレたメガネを直しながら、怖々ココロを見た。

「……なに?」

 その視線に気付いたココロが人語で責める。

 ジトっとした目で睨みながら。

「ふえっ!? い、いえ、何でも……」

 萎縮し、ビビるベル。

「ココロ、よしなさい」

537

Page 546: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコが諌めて、次に進める。

「そりゃあ……私だって、知らないわよ。でも、あのメガストーンらしき岩が消えている

こと、そして……こころのしずくも砕け散っているところを見ると、二つの岩と宝石が

一体化して、ココロのメガシンカを引き起こした……。そう考えるのが妥当じゃない

?」

「う〜ん……そうかなあ? あたしの調べた限りには、メガシンカは二つの石が必要な

んだよ? 一つがトレーナーが持つ、キーストーン。これがないとそもそも、メガシン

カなんてできないんだから。そして、もう一つがメガストーン。これは、ポケモンがメ

ガシンカしたときには消えているって話だから、おかしくはないけど」

 ベルの言うとおり、それがメガシンカをしるトレーナーの中では一般的だ。

 ただ、トウコは例外を知っていた。

 記憶を辿り、ホウエンのとある滝にて、老婆に聞いた伝承を思い出す。

 ──彼のモノ、平和の祈り届きし時、新たなる姿になりて、ホウエンの地に平和を齎

さん──

 術者の祈り、それがキーストーンだとすれば、新たなる姿になりて、とはメガシンカ

のことかもしれない。

 空高く、それこそ天空にいるような伝説の龍が、メガストーンなんてモノを持ってい

538 メガラティアス

Page 547: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

る訳がない。

 持たせる相手がまずいない。

 全ては憶測の中だ。

 まだ推測の域すら出ていない仮説。

 でも、それはもしかしたらの可能性があった。

「ベル、私……例外を一個だけ知ってる。ホウエンに伝わる、伝説の龍……。あいつは、

石がいらないかもしれないわ」

「えっ?」

 トウコは、訝しげに見るベルに、その伝承を聞かせた。

 ココロは情けない顔で、取り敢えず早く戻りたいとべそをかいている。

 ベルが、伝承を聞いて、合点がいったのか、トウコに聞いた。

「それ、トウコがそらのはしらって所で見た、緑色のポケモンのことじゃない?」

「へっ?」

 トウコが今度は変な顔をする番だった。

 ベルが苦い顔で、トウコのしでかしたことを言って、思い出したように、手を打つト

ウコ。

「ああ、あの顎が三角形のウミヘビみたいな奴? あいつだったんだ。私を喰おうとし

539

Page 548: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

て襲ってきた」

 しれっとトンデモない事をこの英雄様は言っていやがった。

 それは、数年前に姿を消したと言われている伝説の龍そのもの。

 ベルは思わず突っ込んだ。

「トウコ、絶対それメガシンカしてるレックウザだよ!!」

 職業柄、そういう各地の伝説なども読み漁っていたベルは知っていた。

 天空に住み、数億年の月日を生きる、空の守り手、レックウザの事を。

「烈空座? どこの星座の名前よそれ」

 ……世にも珍しい邂逅をしておきながら、この馬鹿は伝説の龍の名前を変に聞き間違

えた。

 ベルはコケた。

「レックウザッ! 知らないの!? ホウエン地方に伝わる三大ポケモンの一体だよ!! 

グラードン、カイオーガ、レックウザ!」

「?」

 知らない、と首を振るトウコ。

 あほお! とベルに殴られた。ベルがココロに睨まれた。

 自分で実際行ったのに認識はこのざまである。お話にならない。

540 メガラティアス

Page 549: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ちなみに。

 当時、空の柱にホルスと共に忍び込んできた侵入者を、主自らが迎撃するために天空

からわざわざ顔を出してきた、という事情を二人は知らない。

「へえ。あいつ、じゃあ長い間ずっとメガシンカ状態なんだ。凄いわね、流石伝説」

 トウコが変な意味で頷き、またベルに殴られる。

「感心してる場合じゃないから!! 危ないでしょお!? 食われてもおかしくないんだよ

!?」

 事実、ポケモンが人を食う、なんて下克上的なこともたまにある。

 ニュースでピックアップされることもあるくらいだ。

 田舎の方で、野生ポケモンが人を襲うなんてことがざらであるように。

「あ、そうなの? ホルスがあまりの剣幕にビビって逃げたから、よく覚えてないわ」

 トウコは全然自覚してなかった。

 聖域を土足で踏みにじった禁忌の罪を、何も感じていないようである。

「もう、人様の聖域に勝手に入らないこと!! いいね!?」

「……はい」

 過去のことを説教されることに釈然としないようだが、ベルに怒られトウコは懲りた

のだった。

541

Page 550: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

   ココロの姿は暫定的にメガシンカ(仮)で良し、とベルとトウコは自棄糞で決めた。

 詳しい原因がわかる訳もない。

 ラティアスも伝説のポケモンで、確認されていない、もしかしたら世界初のメガシン

カかもしれない現象を、研究者助手と頭の悪いチャンピオンだけでどうにか出来ると思

うほうがおかしい。

「お姉ちゃん、早くなんとかしてよ〜!」

 いい加減泣き出しそうなココロ。

 巨大化した体躯を揺らして文句を言う。

「はいはい。取り敢えず殴って元にもどるか試してみようかしら」

 トウコはココロを壊れたテレビと同じ扱いにした。

 ベルも案外行けるんじゃない? と乗り気。

 八方塞がり故に試せる手段は何でもする、という結論に至った。

「やめてっ!? 痛いのやめてっ!?」

「ちょっとの辛抱よ。それで戻通りになるなら御の字だしね」

 そう言って、面倒そうにトウコは立ち上がると、怯えるココロに寄ってくる。

542 メガラティアス

Page 551: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「お姉ちゃん酷いよ! そんな酷い扱いするなんて!」

「大丈夫、痛くしないから。なるべく」

「なるべくってことは少しは痛いんでしょ!? 優しく扱ってよ!!」

 嫌がる妹の髪の毛を無理やりセットするような会話だった。

 ベルは帽子を押さえて、隅っこに避難した。巻き添えが怖いらしい。

「いや、諦めろよココロ。俺なんてしょっちゅうシアに毛を噛み付かれるんだぜ?」

 過去トウコのアークまで出てきて、本格的にどうしようもない空間に。

 民宿の一室は、カオスとなった。

「どうでもいいよ! っていうかアーク、人事だからって簡単に言うけど! お姉ちゃ

んの腕っ節の強さわかってるの!?」

「……人語を会得したからって、よく喋るなぁお前……」

 ギャーギャー、頭の中で繰り広げていた喧嘩が、現実でも起こるようになった。

「うるさいよ!! わたしだって喋れるのは嬉しいけどね、その前にお姉ちゃんが」

「ココロ、うるさい」

 左肩を庇いながら、トウコが飛び跳ねた。

 トウコの攻撃! トウコのじゃれつく!

「きゃーーーーーーーー!!」

543

Page 552: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ココロには効果抜群だ!!

 急所にあたった!!

「ぎゃーーーーーーーー!?」

 アークには効果抜群だ!!

 急所にあたった!!

 どーーーーーーーんっ。

 という面白い音が聞こえ、野次馬のアークも巻き込まれた。

 ベルは帽子を深くかぶり目をギュッと閉じて、その惨事が早く終わるのを祈るのだっ

た。

  「……あら、やっぱり元に戻ったわね」

「凄いねトウコ……。周りを散らかさずにやるなんてえ」

「まあ、慣れてるしね」

 トウコのじゃれつく攻撃のおかげなのか、煙と星とハートが飛び交う攻撃で、ココロ

の姿は元通りになった。

 足元には、何故か見たことのあるネックレスが二つ転がっていた。

544 メガラティアス

Page 553: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 こころのしずくがついていたものに、メガストーンとキーストーンがくくりつけられ

ており、どういう理屈か雫が変化して二つの石になっていたのだ。

 流石にこれにはベルも首を傾げて、取り敢えずもとに戻れたので良し、と無理やり完

結。

 バッグの中にそれを大切にしまい込んだ。

『痛いよう、羽とかお腹が笑いすぎて痛いよぅ……』

『お、俺だって身体中が痛いぜ畜生……』

 ボールの中でトウコ版じゃれつくを受けた二匹が苦しんでいた。

 どうやら追加効果で麻痺と毒がついているようだ。何タイプなのかは知らないが。

 ココロは擽り攻撃で笑い死ぬ寸前まで追い詰められ、ぷるぷる痙攣しながらボールの

中で倒れ、アークはなし崩し的に入ってきて邪魔だったので、取っ組み合いの犠牲者に

なったのだった。頭にコブが出来て湯気が立っている。

「そういえば、何でアークいたのかしら?」

「さあ?」

 ベルに聞いてもわかる訳もないし、

『お前が巻き込んだんだよ!!』

 という彼の訴えは黙殺された。

545

Page 554: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「まあいいわ。一件落着。さて、夜食でも買いに行きましょうか」

「そだねえ」

 スルーした二人は、軽く着替えた後、お留守番を任せて夜食の買出しに出かけていく。

『お、覚えてろよトウコォ……』

 とばっちりのアークの呪詛が虚空に消えた。

 多分トウコには届かないのだろう。永遠に。

  追記。

『レジギガスは、誰かに呼ばれた気がしたのだが……。何があったのだ?』

『お前はまたそれか!?』

 ギガスは起きても寝ぼけていて一連の騒動に気付かなかったらしい。

 ココロから説明を受けて、腕を組んで頷いて納得してまたよっこらせ、と横になると

イビキをかいて寝だした。

 呆れるメンツにも動揺しない、マイペースにも程があるギガスだった。

546 メガラティアス

Page 555: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

大きな穴の怪物

    二人は、ココロ騒動のあとも、フキヨセの街に一週間ほど滞在した。

 ベルの電気石の洞穴の調査は完了し、ポケモンの分布に大きな差はなし。

 ココロ──ラティアスナイト(と思われるメガストーン)の事は一先ず、秘密にする

ことに。

 アララギ博士に報告しようものなら、ココロは研究材料として連れて行かれてしまう

だろう、とベルが独断で判断したことだ。

 案の定、トウコはそういうと、懸命な判断だと言った。

 どうやら、地雷を踏まずに済んだらしい。

 博士には悪いとは思うけれど、全ての謎は解明されなくてもいいんじゃないかとベル

は思う。

 少なくても、好奇心の影で彼女達が悲しむような真似だけはしたくない。

 ベルの研究者としてよりも、トウコの幼馴染としての自分を優先した結果だった。

547

Page 556: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 その後、報告を終えた二人は次なる目的地にフウロの出してくれた貨物機でヤマジタ

ウンへと飛ぶ。 

 貨物機は主に野菜や果物などを出荷するためのもので、決して人が乗るものではな

い。

 そもそもが、二人を届けるのは物のついで。

 故に格安で顔見知りの割引もたっぷり聞かせてくれてすらいる。

 トウコが、ベルを優先して狭い人間用のスペースを明け渡し、悪いよと言い切る前に

自分は貨物と共に寒い貨物室へと閉じこもってしまった。

 一応怪我人なのだが、彼女は研究者のベルの方が大切だと言って反論を無視して引き

上げてしまった。

 それを見ていたフウロが「彼女なりに気を使ってくれたんだから、有難く受け取って

おくんじゃない?」と告げなければ二人揃って貨物室で過ごす羽目になっていただろ

う。

 上空を飛んでいる最中、トウコは凍死していないだろうかと気が気でなかったが、到

着後、荷物を降ろしている時、ブルブル震えているトウコが、青ざめてを通り越して土

気色をした顔でふらふらと降りてきて、こっちが青ざめたベルに本日の宿に緊急搬送さ

れた。

548 大きな穴の怪物

Page 557: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 常時砂埃舞う山合の町、ヤマジタウン。

 ここがトウコの旅の最終地点の予定地。

 彼女はケガの癒すための湯治をするために訪れた。

 そこから先は、まだ未定だ。ベルと共に旅を続けるのか、それとも……。

 まだ、トウコの中には答えは決まっていない。

   宿にチェックインした二人。ここも民宿のようなところである。

 そこそこ広い部屋をチョイスし、しばしこの街で滞在するつもりだ。

 ベルの目的地──リバースマウンテンは、ここからは歩いていかないと登れない活火

山。

 登山する許可はしっかり持っているし、トウコの分も根回しはしておいたので問題は

ない。

「……えっ? 何で私も行くの? 聞いてないわよ?」

「あ、あはははは……ごめんトウコ、あたしがやった」

 ベルが誤魔化す笑みと共にちゃっかり、トウコの分の許可証を見せると、トウコは呆

れていた。

549

Page 558: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「あんたねえ……。そんなことしなくても、断わりゃしないわよ」

「いや、これ持ってないと入れないんだよお? お願いする前にしておかないと」

「だからって……まあいいわ」

 ふう、と溜息をついたトウコ。

「トウコ、どうするの? 先に少し休む? リバースマウンテンのこと、少し話そうと思

うんだけどお」

「……そうね。折角湯治にきたんだし、私お風呂入りに行くわ」

 そう言ってトウコは立ち上がると、タオルを持って大浴場の風呂へと向かっていく。

「そっか。じゃあ後であたしも行くねえ」

 ベルはレポートを書かないといけないので、しばらく時間をおいてから向かうのだっ

た。

   ヤマジは近くに活火山があるからか、天然の温泉が湧き出ている。

 切り傷や打撲、打ち身になど効能のある温泉だと選んだベルが説明していた。

「……」

 風呂は、言ってしまえばシンプルな作りだった。

550 大きな穴の怪物

Page 559: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 タイル張りの大浴槽、壁に並んだシャワー台、そこにくっつく湯気で曇った鏡。

 湯気が室内を満たし、疎らな客人達がトウコの背中を見て、ぎょっとしたように目線

をそらす。

 トウコは身体を軽く流して、お湯に浸かった。

 透明なお湯が、身体に染み渡る。

「つぅっ……」

 不意に、左肩が痛み出す。

 ズキリとした鈍い痛みで、痛み止めを飲んでいる限りは大したことはないが、時々戒

めのように感じた。

 今までしてしまった過ち。贖いも、償いもできるとは思わない。

 してしまったことは変えられないし、悔いる暇があるなら未来に目を向けたい。

 やってしまったことには仕方ない。大切なのは、これから同じことをしないことだ。

 トウコは、そう考えることにした。

(これはきっと、私がもう間違いを犯さないための鎖になる。この痛みを忘れてはダメ。

身体の痛みならいつか治る。でも、心の痛みはそうは治らない。だから、私はもう間違

えたくない。平和な世界が欲しいのなら、まずは……目の前の世界を、一歩ずつ、スロー

ステップでもいいから、着実に変えていこう)

551

Page 560: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 彼女の理想は完全に固まった。形になり、彼女を新しく支える基盤になっていた。

 『自分を含む、多くの人たちがポケモンと共に幸せになる世界』。

理想せかい

 それが、今彼女が目指す

だ。

 絵空事だろう、綺麗事だろう。そんなことは、知っている。

 だから、目指すのだ。言葉だけで、想像だけで終わらせないために、彼女は足掻く。

 知らずうちに、もう一人の英雄が見つけた真実──ポケモンと人は共存できる──に

重なり、嘗ては乖離した理想と真実は、また互いに近寄り始めていた。

「……」

 トウコは、改めて自分の肢体を見る。

 何時からか手入れしなくなり、好き放題長くなった髪の毛。

 ポケモンに襲われ、傷つけられ、傷跡だらけになった身体。

 二年前には想像できない、壮絶な二年を送ってきたのかもしれない。

 でも、それがトウコ自身の選んだ道。

 間違いも、正解も、全てトウコが考え、選び、進んだコト。

 それを全部否定して、無かったことにしていたことも含めて、全部受け入れる。

 トウコという一人の人間が歩んだ軌跡を、しっかりと未来に続けるために。

 逃げたこと。裏切られたコト。裏切ったこと。罵倒したこと。憎んだこと。恨んだ

552 大きな穴の怪物

Page 561: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

こと。

 一つも欠けることができない、今のトウコを形作る証拠だから、もう離さない。

 未来は絶望だけじゃない。希望がある。

 勝手に悲観して、諦めていいものじゃない。

 未来を暗い影が覆うのなら、それをみんなの手で、切り払う。

 トウコは、今度こそ自分の意思でそう決めたのだから。

 今までの旅路を振り返り、最早苦笑しか出てこないトウコ。

 そこに。

「トウコお、お待たせえ」

 能天気な相棒に声が。

 振り返ると、ベルが笑顔で手を振りながら、生まれたままの姿で、隣に風呂に身体を

沈めてくる。

 人の裸をガン見するのはマナー違反と視線を窓の外に移し、トウコはお湯を満喫する

ことに戻る。

「案外早かったわね」

 そう言うと、頭に器用にタオルを乗っけた彼女は朗らかに言った。

「簡潔に、スピーディに纏めてきたんだよお」

553

Page 562: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「そう」

 それから、不意に途切れる会話。

 トウコは元々話題を振るような性格でないし、ベルはトウコの身体を観察している。

 気まずくもなんともなく、二人はただ温泉につかる。

 数分の時が経過し、徐ろにベルが、口を開けた。

「トウコ」

「なに?」

 トウコが聞き返すと、ベルはまた口を閉ざした。

 トウコは横目で、ベルを見た。

 真面目な顔で、何かを思いつめたような表情で、彼女はトウコを見ていた。

 お湯だけがこんこんと溢れ出す音が聞こえる。

 やがて、

「……トウコは、これからどうするの?」

 突然、ベルが核心に迫る言葉を紡いだ。

 トウコも大して驚かず、溜めもせず、さらっと答えた。

「そうね。まずは怪我を治す。それで、万が一連中がまた馬鹿騒ぎをしているようなら

……場合によっては、でしゃばるかもね。自分からは、あまり関わりたくないけど」

554 大きな穴の怪物

Page 563: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「それは。……つまり、プラズマ団との戦いの道を選ぶの?」

 ベルが真剣に問うと、トウコは外の砂吹雪を眺めながら言った。

「そんな面倒なこと、したかないわよ。でも、関わってきたら火の粉は払わないといけな

いでしょ? 私だってもう目ぇ覚ましているし、乱闘はゴメンなんだから。ゼクロムに

も一回、喧嘩売るようなこと言っちゃったし……どうしようかしら。あいつがそもそも

目を覚ましてくれないと、私もどうしようもないのよね。一人で出来ることなんてたか

が知れているし、あいつが元凶でもあるんだし、ちょっと働かせないと」

「……」

 以前なら「あいつを殺しに行くだけ」と素っ気なく答えただけだろう。

 それ以降の未来のことも考えずに。

 今の彼女は、困ったように顔まで沈めてぶくぶくと泡を吹かせているくらいの態度

で、言っている。

 冷静に物事を図るだけの余裕があるのだ。

 今までは焦っていたわけでもないだろうが、明らかに態度が柔らかい。

 トウコは、ベルにフリゲートの時に起きた、ゼクロムの声を断ち切ったことを説明し

た。

 黒い龍のことも、傷を引きずっているようには見えなかった。

555

Page 564: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「あの時を振り返って、思ったのよね。私とゼクロムは姿こそ、違うけれど。一緒にい

る。多分あいつは、レシラムと共にいる。……プラズマ団は、一体何を使ってイッシュ

の支配を企んでいるんだろうって」

 あいつ。名を言わずともベルには通じる。

 ポケモンの言葉がわかるという、青年のことだ。

 トウコはトラウマの象徴とも言える青年のことも、割り切っていた。

 ベルは、本来のあるべき成長した黒の英雄の言葉に、耳を傾ける。

 今まで、ホドモエでロットから貰った情報、フリゲートでヴィオと対峙したときに得

た、言葉の断片。

 それらを繋ぎ合わせて、継ぎ接ぎの一つの可能性を。

「それで、一つ仮説にたどりついたの。私が、まだゼクロムと出会う前の話よ。二年前

に、一度だけ聞いたことがあるの。とある洞穴で眠っていた、最後の龍を。あいつらま

さか……あの子を無理やり、支配してるんじゃないかって」

「最後の龍……?」

 聞き覚えのない言葉に、ベルが首を傾げる。

 トウコは、こう言った。

「そうよ。ベル、聞いたことない? ジャイアントホールに潜む、化け物の伝承」

556 大きな穴の怪物

Page 565: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「えっ……?」

 トウコが言うのは、イッシュ地方にある大きな穴が空いている場所のことだ。

 そこは昔から、夜な夜な人を食う化け物がいるとして、畏れられている場所。

 そこからほど近い、カゴメという名前の街では、風習に従い野外の外出を今でも控え

ている、伝統を守る街。

 それが、彼らと何の関係があるのか。

 ベルがますます疑問符を浮かべていると、トウコは続けた。

「確かに、イッシュの伝説には黒い理想、白い真実の二匹の龍が登場するわ。でもね、も

う一匹。華々しい伝承の影に埋もれてしまった、第三の龍がいるという話がある。『彼

の龍、真実と理想を持ちし人間表し時を、巨大な穴の底にて待つ』ってね」

 それは、極一部の人間しか知り得ない、限られた情報。

 歴史の闇に葬られた、第三の秘密。トウコはそれを知っていた。

 仮にも彼女は二年前に、イッシュの全てを回っている。

 故に、そう言った情報にも強かった。

「……そ、その龍が、ジャイアントホールのバケモノ?」

「そう。第三の龍の名は、キュレム。凍てつく氷の奥底で眠る、私とあいつ以外の三人目

の英雄を求めている、伝説の龍。フリゲートで私に警告しようとした、ゼクロムが言お

557

Page 566: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

うとしたのは、多分それのことなんじゃないかしら」

 トウコは、それなりに自分の出した予想に、納得している様子だった。

「……そうかなぁ?」

 ベルはというと、かなり無理やりな感じがしていて、違和感が否めない。

 確かにあの場所にはそういう伝説があるが、それはよくある、子供を夜、外に出さな

いための言い分に過ぎないのだけじゃないのか、と反論した。

 が。

「そうかしら? 私実際、夜のジャイアントホールに行ったわよ? 一人で」

「え゛っ」

 目の前に、伝承すら確かめに行く、真性の怖いもの知らずがいた。

 トウコは、その時の事を簡潔に話す。

 要は、肝試し感覚で遊びに行ったのだ。この馬鹿は。

 で、丑三つ時──午前二時ごろ。

 ジャイアントホールの中をウロウロしていた二年前のトウコ。

 バケモノのように強い野良ポケモンに散々追い回され、へとへとになっていた彼女

に、更なる悲劇が襲う。

 突然、濃霧が立ち込めたのだ。右往左往する彼女に、警告が届く。

558 大きな穴の怪物

Page 567: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「私ね。聞いたの。『出て行け……ここから出て行け、愚かなる人の子よ』って声。頭の

中に直接話しかけてくる、呪詛を」

 当然、トウコは驚いて、脱兎の速さで逃げ出した。

 その背中を追うように、不気味な白い濃霧の中をどこでもいいから突っ走る。

 カゴメの街に到着したのは夜が明ける寸前だった。

 軽い肝試しが、本当の意味で肝っ玉が冷えた瞬間だったらしい。

「うん、今思い出しただけでも身震いしたわ。二度と夜のあそこには行きたくない」

「……トウコ、あたしはこれからどうするかを聞いていただけであって、怖い話は聞いて

ないよお!?」

 泣きべそをかきそうな表情で、ベルが突っ込む。

 完璧にホラー話になっていた。

 温泉に入っているのに、冷泉に全身を浸けているような錯覚さえした二人。

「私だってそうしたいわ。兎に角。つまり、私はこの仮説にそれなりの信憑性を得るだ

けの体験をしているの。ベルは信じても信じなくてもいい。ただ、第三の龍がいるって

ことだけは覚えておいて」

 大切なことは念を押しておいて、トウコは迂闊なことを言ったことを反省した。

「ふええ……そんなおっかない龍、あたしは知りたくないよぉ……」

559

Page 568: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「はぁ……話した私も寒くなってきたわ……」

 ぶるりと背筋が寒くなる二人。

 おそるべし、第三の龍。

 冷たい風が、こんなところまで届いた、気がした。

560 大きな穴の怪物

Page 569: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

伝説らしからぬ伝説

    ベルが本来、ヤマジの町を訪れたのは活火山、リバースマウンテンに生息すると言わ

れている、この一帯で囁かれている伝説に出てくるポケモンの実地調査だ。

 そのポケモンの伝説は、こうだ。

 昔から、この辺では夜な夜な、マグマが動くという不思議な現象が頻発していたとい

う。

 ある時には砂嵐の中逞しく育った農作物を食い荒らし、ある時は湧き出る温泉を飲み

干し、ある時は人様の家の前を平然と闊歩し、ある時は真顔を晒して人間を脅かす。

 そのポケモンは火山の火口に住むと言われ、火山の洞窟の中を十字の爪で縦横無尽に

はい回るという。

 ……伝説のポケモンを三体共にいるトウコは思う。

 何ともショボイというか、スケールの小さい伝説のポケモンである。

 というか、目撃者の調査もしてきたベルが、辟易した顔で帰ってきて、部屋で大人し

561

Page 570: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

くしていたトウコにシンプル且つ、分かりやすいたとえで教えてくれた。

「台所によく出る、ゴがつく黒い油虫的なポケモンみたい……」

「……」

 最悪の喩えである。

 概要を聞いてたトウコはある程度、過去の経験から何のポケモンか、見当がついてい

るがだからといってこのたとえは酷すぎる。

 しかし理不尽なのは、生態だけではない。その強さなのだ。

 そのポケモンは、一匹が生息しているだけで100人のベテラントレーナーを返り討

ちにし、我が物顔で縄張りをどんどん広げていく、世にも恐ろしい存在なのだという。

 その強さは、生命力に限らず、機動力、火力、防御力、全てにおいてパーフェクト。

 生半可な実力では、真顔で見つめられるだけで戦意を奪われる次元らしい。

 ますます某G的な立場のようだが、強さは歷として本物である。

 伝説に名を連ねるには相応しい実力者であることは間違いない。

 酷いときは、天井から落ちてくるらしい。ひゅ〜っと。

「な、なんて恐ろしいポケモンなんだろうねえ……。あたし、無事に帰ってこれる自信が

ないよお……」

 タイプは「むし」と「ほのお」で決まりだよね、とそういう昆虫がダメで青ざめたベ

562 伝説らしからぬ伝説

Page 571: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ルは震えながら言った。

 ちなみにそのタイプは前チャンピオン愛用のポケモンのタイプである。

「……ベル。確かに、あのポケモンの顔は怖いし、寝てる時も目を開けているらしいし、

シャカシャカ動くのはアレっぽいけど……。そんな、あの黒い油虫とかいうのは失礼

じゃないの?」

 間違いない。奴だ。トウコは正体を知っている。

 ギガスのように封印指定されるほどの強大なパワーを持ちながら、それを微塵も感じ

させない生態。

 それこそが奴の特徴であり、安易に触れようものなら腕を骨ごと肺にされる。

「油虫だよお!? カサカサ動いて、テカテカ光ってて、ツヤツヤしている……ひぃぃぃ

!?」

 ああ、実家で見たあの虫のこと思い出したんだろうとトウコは思う。

 ベルが錯乱したかのようにゴールドスプレー買ってくると叫んで飛び出していった。

 あんまり効果ないと思うのは気のせいか。

 ムシ=薬剤じゃ、退治できないこともある。

 ベルの気が気でないようだが、仕事は進まなければ意味がない。

 翌日、ベルとトウコは重い足取りでリバースマウンテンに足を踏み入れた……。

563

Page 572: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

  「ふえええええーーーーー!!」

「なんでこうなるのよーー!?」

 一時間もしないうちに、内部のポケモンに追い回される羽目になった。

 二人の後ろには、怒った顔のバクーダやエアームドが群を成して追いかけてくる。

 薄暗い洞窟内部を、懐中電灯片手に肝試し気分を味わいながら進んでいた二人。

 ベルは生態などをチェックしながらメモを取り、トウコが先導するように闇を照ら

す。

 で。

 薄闇の中でも、好んで修行場にしている変わり者のトレーナーに道中挨拶しながら奥

地を目指している時だった。

 むぎゅっ、とベルの足が何かを踏んだ。

 同時に、「ぐるるる……」という唸り声。

「……」

「……」

 猛烈に嫌な予感がする。

564 伝説らしからぬ伝説

Page 573: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコは懐中電灯を、声のする方に向ける。

 すると。

 照らし出された先でおっかない顔をしている、メスのバクーダが、背中のコブから煙

を上げながら、怒っていた。

 ベルが足の下にしているのは、彼女の紅い毛先だった。

 トウコがまず何も言わずに回れ右、ベルもそれに倣う。

 で、鬼ごっこ開始。逃げる二人、追う野性ポケモン。

 火山の洞窟の中では、巨大な力を使うと物理的に崩落する可能性がある。

 要はトウコの手持ちであるギガス(現在出せ出せとせがんでいる)では人間諸共死ぬ

可能性大、先日メガシンカらしく進化できるココロ(温泉に置いて行かれたの一件で、未

だに不機嫌な猫のような顔をしている)では狭い空間では本領発揮できず、ホルスも似

たような理由で却下、シアは相性が悪い、アークは空腹でパワーが出ない、ゼクロムは

石のまま。なので戦えるポケモンがディーしかいない。

 が、肝心のディーもやりたくねえとそっぽをむいて拒否。眠いらしい。

 主の何気ないピンチに、皆さん揃って役に立たなかった!

 ベルの方の手持ちであるムーランドが威嚇して追っ払おうとしたが、キレている相手

の剣幕に負けて、ダイケンキは陸上では動きが鈍く的にされ、ムシャーナのムンちゃん

565

Page 574: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

はずっと寝ている。

「ほかの二匹、あたしの言うこと聞いてくれないから無理だよおー!」

「何が?」

 逃げ回り、バタバタ走りながら、ベルは泣き言を言い出した。

 トウコも隣で走り、背後で「ふんがーーーー!」とか「すあーーー!!」という雄叫び

に命の危険を感じながら、先を促す。

 ベル曰く、出会ったばかりで何を考えているか分からない子、甘えん坊で戦いを好ま

ない子で、意思疎通が取れないという。

 それどころか、ボケーっとしているか甘えて擦り寄ってくるかでバトルにすらならな

いとか。

 ベルの手持ちも、この二年で変化していたらしく、今までの子達は研究所でのんびり

しているらしい。

 それはいいとして。

「ごぼ、ごぼぼぼぼぼ」

 ……何か、今。変な音が聞こえた気がする。

 背後を振り返っても、薄闇の中でポケモン達の怒号と足音が聞こえるだけで、そんな

音はもう聞こえない。

566 伝説らしからぬ伝説

Page 575: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ここは活火山だ。マグマが湧き出るような音がしても変じゃない。

 そう考えて、聞かなかったことにしようと思う。

 ベルがまだ隣で騒ぐ。

 言い訳っぽく聞こえてしまうが、切実な現状を。

「伝承のポケモンだから、あたしの言うこと聞いてくれないのお!」

「……は?」

 今、ベルは、何といった?

 聞き間違いではなければ、すごいことをサラっと言わなかったか?

 今、この場でいうことか? 

 様々なことが脳裏を過ぎるが、

「ふええええええええーーーーー!! か、数が増えてるううううう!?」

「……は!?」

 ベルの叫びに、我に帰ってもう一度背後を見る。

「ぶるぁぁぁぁぁあーーーーーーー!!」

 地獄が広がっていた。

 ブルトーザーのような声を出しているバクーダズが、噴煙を上げながらフガフガ叫ん

で追いかけてくる。

567

Page 576: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 奴らの顔、雰囲気、空気、全てが超怖い。

 追いつかれたら、多分死ぬ。

「ベル、もういいから逃げるわよ!」

 右手でベルの腕を掴んで、急カーブ。

 道なりを照らす懐中電灯をベルに押し付けて、彼女は直感で進み出した。 

「ふえええええーーーーーー!?」

 がくんがくんと揺さぶられながら、ベルはトウコに引っ張られ、共に奥底へと消えて

いく。

 脇の、台座のような岩の上に、大きなマグマ色の石が鎮座しており、

あきらかに誰かが置いた

、、、、、、、、、、、

形跡のある方に向かって。

 そこが、何の場所かも、知らないで。

  「はぁ……はぁ……」

「に、逃げ切れたあ……」

 ポケモンレースは、トウコたちが撒いたので彼女たちの勝ちだった。

 違う部屋に飛び込んで、息を殺して通り過ぎるのを待って、一息漸くつけた。

568 伝説らしからぬ伝説

Page 577: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 如何に体力が普通の女性よりも高いトウコでも、ここまで全力疾走したのは久しぶ

り。

 まだ多少痛みが残る左肩を庇いつつ、室内を見上げて、壁に寄りかかる。

 久々のフルダッシュのおかげで、体力が干上がった。

 ベルも、息が上がってはいるが、まだ少し余裕がある。

「ったく……なんなのよ、もう……」

 自分のポケモンが重要なときに助けてくれないという悲劇がまた起きたトウコ。

 不貞腐れた猫フェイスのココロは『温泉に入りたいだけなのにおいてくお姉ちゃんが

悪いんだもん』と拗ねて、『腹減ったぁ…………飯……』とぶっ倒れているリーダー、『い

いじゃねえか生きているんだから』と逆ギレするディー、『役に立てなくて済まない』と

謝るホルス、『今度こそはレジギガスが!』と火山崩壊に躍起になる破壊魔、『トウコ、だ

いじょうぶ?』と心配してくれるのはシアだけだった。

「……ああ、もう……」

 統率なんてあったものじゃない。珍しくココロまですねているから後で連れていこ

うと思いつつ、トウコは先ほどの疑問を聞こうとして……やめた。

「ねえ……ベル。ここ、何か暑くない?」

 違和感に気付いたのだ。

569

Page 578: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 この室内、先程の場所よりも明らかに室温が高い。

 まるで、マグマがすぐ近くに湧き出ているかのような、高温のサウナのような暑さだ。

 ちょっといるだけで、汗が流れる程ジメジメしていて暑苦しい。

「ふええ……? あ、言われてみれば……」

 息を整え、顔を上げた彼女は、トウコの指摘に頷いて、周囲を懐中電灯で見回す。

 ベルに言われて、向かい合うように立会い、洞窟内部の地図を広げても、こんな不自

然な部屋は見当たらない。

 少なくても地図上は。

 では。

 二人は、今、何処に逃げ込んだのだろうか?

 光源が照らす地図から顔を上げ、互いに見つめ合った。

 ベルの顔は明らかにビビっていた。トウコの顔は、引きつっていた。

 恐怖でゆがむベル。

 嫌な予感が的中し続けて本能の警鐘がやばいことになっているトウコ。

「ごぼ、ごぼぼぼぼぼぼ」

 そして、何時の間にか隣には、一緒に覗き込むように、四足ポケモンが一緒に地図を

見下ろしていた。

570 伝説らしからぬ伝説

Page 579: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 二人は無言で、そいつに顔を向ける。

 バッチリ目線が合う。

「……」

「……」

 真顔がドアップで迫っていた。

 瞼もない目。不自然に大きな口元。

 所々溶けている銀色の身体。鈍い光沢。

 そのまま頭に直角が生えてきても何ら違和感がなさそうな外見。

 成程、姿は確かに某Gを彷彿とさせても、おかしくは……ないのだろうか?

 ただ言えることがある。

 洞窟の中、ライトアップされた奴の顔は、怖いの次元を通り越している。

「ごぼぼぼぼ」

 人すら丸呑みできそうな大口を開けて、水が湧き出すような音を出して、鳴いた。

「…………」

「…………」

 ベルが、更に青くなって、大きく息を吸う。

 トウコの顔が、本格的に見たことのない珍妙な表情になった。

571

Page 580: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 体高は恐らく、トウコよりも少し大きいぐらいだ。

 トウコの身長が現在160だから、少なくてもソレ以上はあるだろう。

「ごぼぼぼぼぼ」

 また鳴いた。真顔で。表情一つ変えず。

 もう、リアクションが枯渇したように、トウコは乾いた笑いで誤魔化す。

 ある程度ホラー耐性があったトウコとは違う、もう一人は。

 我慢の限界だったのだろう、むしろそこまで臆病な彼女にしてはよく耐えた。

「──ふえええええええええーーーーーーーーー!!」

 ベルの大絶叫。

 ベレー帽を押さえて、泣き出しそうになりながら、反射的だろうかバッグからハイ

パーボールを取り出して、見向きもしないで、恐ろしい顔のポケモンに投げつけた。

「ごぼぼ?」

 首を傾げながら、飛来するボールを眺めているポケモン。

 がつんっ! と真顔にあたって、ボールが捕獲モードに入り、そのポケモンを吸収し

て蓋をとじる。

 普通なら、抵抗するポケモンがボールを揺らし、場合によっては破壊することもある

のに。

572 伝説らしからぬ伝説

Page 581: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 そいつは、一度も揺らすこともなく、カチッと捕獲を知らせる音と共に、簡単に捕獲

されてしまった。

「ふえええええええええ……。怖いよお、怖いよお、油虫怖いよお……」

 だから、そんな名前のポケモンはいない、と律儀にツッコミを入れる棒立ちトウコ。

 かくいう彼女も、唖然としているしかなかった。なんだったんだ、今のアイツ。

 野生のポケモンだろうが、何で人を襲わずにさり気無く混ざって真顔晒してくれた。

 呆気なくゲットされて、地面に落ちるボール。

 トウコが硬直から解放され、恐る恐るボールをつま先でつつき、無反応なのを見て、動

かないので、拾って、ベルを呼ぶ。

「ベル、あんた……さっきのあいつ、捕まっちゃったわよ?」

「ふえ?」

 帽子を深くまでかぶり、耳と目を塞いでいたベルは、怖々顔を上げて、彼女が見せる

ボールを見て、涙が浮かんでいる目を、点にした。

「あんたが投げたボール、顔に当たって捕獲しちゃったみたい。どうする? 持って帰

る? 折角捕まえたんだし」

 はい、と手渡しされたベルは、震える声でつぶやいた。

「……い、一体何を捕まえたのあたし……?」

573

Page 582: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「例の伝説のポケモンでしょ? 多分」

 名をヒードランというポケモンであるそいつは、シンオウ地方のとある火山にも生息

しており、トウコは過去に情報だけは図鑑で見たことがあった。

 まさかイッシュの火山にまで生息しているとは思わなかったが、この火山はその火山

と地形がよく似ているとかで、生態系も酷似しているのだそうだ。

「よかったわね。これでベルも、伝説のポケモンを持つトレーナーよ」

 トウコは苦笑ともとれない微妙な笑顔で言った。

 既にココロとギガス、ゼクロムという伝説のポケモンの仲間がいるトウコ。

 ベルが、事故というか偶然というかの出来事でゲットするとは思ってなかった。

「へ? ひ、ヒードラン……あたしが、捕まえた?」

 信じられないように、手の中のボールを見下ろすベル。

「ろくすっぽ抵抗もしなかったみたいだけどね。出会って早々に、認められたんじゃな

い?」

 伝説のポケモンはプライドが高い奴が多いらしい。

 ココロも最初はトウコとぶつかり合いが多かった。

 ギガスは封印されていたので論外だが。ゼクロムも多分そのたぐい。

 求められるハードルも高ければ、言うことを聞いてもらうにもそれ相応の時間がかか

574 伝説らしからぬ伝説

Page 583: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

る。

「……あたしが……伝説のポケモンを……」

自分ベ

 

の手で捕まえた。

 そうトウコが言うと、みるみる嬉しそうな顔になっていく。

「そうよ。これで、同じ舞台に立ったわね。これから大変になるだろうけど、頑張りま

しょ」

 クスクス笑いながら、トウコは言ったのだった。

 この日。

 ベルは図鑑の一頁を埋めた。

 伝説のポケモン、ヒードランの名を。

575

Page 584: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

最終章 理想と現実、二人の英雄

白の残照、黒の解放

    彼は、気付いていた。

 父が、今度こそ大きな間違いを犯そうということを。

 白き龍が教えてくれた。第三の龍が、捕らえられ、苦しんでいることを。

 見過ごせない。見逃すことはできない。そう、彼は立ち上がる。

 かつては傀儡として使われた身を、己の意思で敵対する覚悟を決めた。

 彼は、この大地が好きだ。この大空が好きだ。ここに住まう人々、全てが大切だと

思っている。

 彼に、ヒトとしての行き方を教えてくれた場所。

調和

ハーモニー

 ポケモンと人間がいることで奏でられる

があると教えてくれた場所。

 そして、彼女が傷痕を負ってでも、守り抜こうとした大切な世界。

 それを好き勝手にしようとする人間を、許せない。

576 白の残照、黒の解放

Page 585: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 嘗ては父と慕った相手だ。何も知らず、何も知らされず生きていた身だ。

 恩を仇で返す、そうなっても構わない。

 父が間違うなら、それを正すのが息子の役目。

 彼が行うとしようとしているのは力による絶対的支配。

 多くの不幸を、嘆きを生む大きな渦が、父の手により生み出されそうになっている。

「レシラム……みんな、行こう。僕達が、彼女のかわりに、父さんたちを止めるんだ

……ッ!」

 彼の見つけた真実。共存できる二つの種族。

 道具としてではない。隣人として、二つの命は同じ時を過ごせる。

 自らをテロリストの王の飾りとして利用されていた、ある種の被害者でもある彼は、

決意する。

 自分がたとえ同じ悪だとしても。

 悪だからこそ、悪を企みを阻止せねばならない。

 その覚悟と決意は、揺るがない。

『行きましょう、N。私の選んだ英雄よ。この地を野望の植民地にさせないために』

 白き龍と共に、最後の戦いを挑みに、彼らは飛び去っていく。

 理想の英雄とは、もう一度逢えば……恐らく二年前の再来になるだろう、と彼は間

577

Page 586: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

違った予感をしていた。

 白い真実は、黒い理想とは交わらない。永遠に、平行線。

 そう決めつけているから。

 まだ、彼らは知らないのだ。

 黒い英雄もまた、過去を自分の歴史とし、歪だろうが壊れていようが全てを抱えて前

に進むと決めたことを。

(トウコ……今のキミは決して僕を許さないだろう。僕も、キミに恨まれている身。だ

から、せめてキミがこれ以上苦しまないように、僕のこの手で、イッシュを守る。プラ

ズマ団と決着をつける。キミは遠くで見守っていてくれ。イッシュに暮らすポケモン

やヒトを、僕は護る!!)

「ンバーニンガガァッ!」

 白い龍が咆哮を上げ、飛翔する。

 そんな哀しい決意を知らない黒の英雄。

 誰も知らない真っ白な影は、親に刃向かうことを覚え、翼を広げてその場所を目指す。

 正しいかどうかなんて、彼にはわからない。でも、この目で見てしまったのだ。

 世界には、ポケモンの楽園があった。人々の安住の地があった。

 彼らは幸せそうだった。笑顔が絶えず、平和そのものの待ちが世界にはある。

578 白の残照、黒の解放

Page 587: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ポケモンと人は、互いに支え合って生きていけるのだ。その真実は、変わらない。

 イッシュは、支配なんて求めていない。欲しいのは、平和だ。

(トウコ……。キミには、もう逢えないかもしれない。だけど、これだけは、たとえ死ん

でも忘れない。……ありがとう、トウコ。僕にヒトとしての生き方を、教えてくれて)

 悲痛な想いだ。

 トウコの知らない所で、もう一人の英雄が、死地に最期の敵を見つけて飛び込んでい

く。

 結局、最後まで言えそうになかった感謝の言葉。「ありがとう」の文字。

 僕は、誰にも恩を返せなかったと思う。父にしろ、彼女にしろ。

 出来るのはこんなことだけだけど、迷わない。

 覚悟を決めろと龍に言われて、この心は決まっている。

(父さん……。貴方は、僕が……ッ!)

 彼の進む先にあるのは、救いのないエンディング。

 このまま行けば、彼は敗北することになる。

 そして、イッシュはあの男の手に堕ちる。

 父は既に、白き龍を手玉に取る方法を考え、実行に移しているのだ。

 無知とは時に、罪になる。

579

Page 588: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 知っていれば、変えられたかもしれない未来を変えることができず、絶望の闇へと沈

めてしまう。

 だが。「真実」だけでは太刀打ちできない「野望」にも、「理想」が味方し立ち向かえ

ば。

幸せな結末

ハッ

ピー

 新しい可能性が見出され、全てが救われる

になるのではないか。

 元は理想も真実も一つのポケモンであったという。

 そして、一人の英雄に理想も真実も存在することはできる。

 二つに分かし者が、一つになる時が近いのかもしれない。

 そんな予感を、彼女は気付いていた……。

   伝説のポケモン、ヒードラン。

 ベルの手で捕獲されたそいつだが、細かいことは何も考えていなかった。

 野性の赴くままに生きていたらしい。

 一度宿に戻り、ボール越しに通訳しているココロは呆れていた。

『お姉ちゃん……。この人、ギガスと同レベルに何も考えてない。あるのは本能だけ』

「……」

580 白の残照、黒の解放

Page 589: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『音がしたから近寄ってきて、人がいたから見ていたものを一緒に見て、ボールが何だか

分からないから抵抗もしなかったんだって。ご飯さえ貰えれば何でもするから気にし

ないで、安定的なご飯をくださいって』

「……」

 色んな意味で伝説やめていた。

『マイクテス、まいくてす。あー、つーやくありがとー、そこの御婦人。それではご主人、

言葉がつーじるみたいなんで、改めて自己紹介。オイラ、ヒードランって呼ばれてる。

りばーすまうんてん生まれ、りばーすまうんてん育ち、趣味は寝ること食べること』

 ココロを通じて、生まれて初めて聞いたポケモンの生の声の相手がこのボケナスで

あった。

 の〜んびり自己紹介を始めた彼、一応性別♂のヒードラン。

 ギガスに似た、スローペースな奴だった。

『お前馬鹿だろ!? プライドは何処に行った!? 飯食えればなんでもいいんかい!?』

 アークが思わず口をはさむほどに素のボケが多い。

『そっちの殿方は、どちらさま? プライドは意味がない、腹が膨れぬ眠気は取れぬ』

『お前今までよく生きてこれたな! 俺はこっちの奴のポケモンだよ! 見りゃ分かる

だろうが!!』

581

Page 590: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『あぁー』

『反応と欠伸を一緒にしてんじゃねえ! 失礼だろ!』

『まなーは知らんので、ごぶれーはお許しください。田舎者ですんでー』

『ムカつくっっ! この間延びした声が無性にスゲームカつくッ!!』

 アークはイライラしたように地団駄を踏んでいるようだ。

 ベルもどこか、疲れたように力なく笑うと、生態を知りたいからと、ヒードランに質

問を投げかけることにした。

 彼の返答は「何となく」、「気まぐれに」、「分からない」のどれかという非常に適当な

ものばかりだったが。

 メモを取っていくベルが、どんどんテンションが下がっていく。

 やる気が無くなってくる反応である。

 現実とは時に非情である、と誰かから聞いたのを思い出したトウコ、は敷いてあった

布団に潜り込む。

 結局こいつのおかげで丸一日かけて探索する羽目になって、足が棒になった。

 帰ってきて夕飯を食べて、風呂に入って、こっそりとポケモン用の風呂にココロを押

し込んで、そして今に至る。

「はぁ……あれだけ怖がっていた、伝説のポケモンが……この子だなんて……」

582 白の残照、黒の解放

Page 591: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 荷物を纏めて、着替えたベルも布団に入っていく。

 精神的にも疲れた様子だ。

「偏見持たないでね、ベル。ウチのココロはこんなんじゃないわよ。白い奴はこんなん

だけど」

 トウコは苦笑いして、電気の紐を落として、暗くした。

『レジギガスはここまでマイペースではないが』

 何か聞こえた。ケッキングみたいなスタイルで座っているあいつから反論された。

(ギガス、うるさいわよ。もう寝なさい。明日も出かけるから)

『御意』

 彼らも眠りにつく。

 今日は疲れた。

 ヒードラン騒動とでも名付けようか、とんでもない目にあったのだから。

 色々アホらしくなってきた。

 トウコは、ベルが眠りにつく前に、目を閉じて深い睡眠へと墜ちていく……。

   ──これは、夢だ。

583

Page 592: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 真っ黒な闇の中。目を開けても、見えるのは黒一色。

 右も左も左右も上下もない不思議な空間の中を、私は漂っている。

『トウコよ、こうしてしっかりと話すのは、久しぶりだな』

 この声を脳内にはっきりと聞くのは……何時ぶりだろうか。

「久しぶりね。ゼクロム」

 私は、そう言った。

 今まで散々拒否してきた、私の人生を滅茶苦茶にした龍の声に。

 黒い理想を司る龍、ゼクロム。二年前、私を英雄にした、ドラゴン。

 機会を伺って、好機と見た今、私に何か伝えることがあるのだろう。

『先日の件は済まなかった。不安定なときに、場所を選ばずトウコに話しかけてしまっ

た。我のミスだ。謝罪する』

 あのゼクロムが、私に謝った。声を聞いている限り、真剣なように。

「いいわよ。私こそ、声を聞かないでごめなさい。大切なことを言おうとしたんでしょ

う? 大体、目星はついたけれど」

 私はそう言って、彼に言った。

駆逐艦

フリゲート

「キュレムが、あいつらに捕まったんでしょう? あんたは

の時には気づいてた

のに、聞いてなかった私が悪い」

584 白の残照、黒の解放

Page 593: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『トウコ、お前は……』

 ゼクロムの声に、驚きが混ざる。

 私の変化に、ついていけてないで戸惑っているのかもしれない。

 それはそうだ。余裕がでてきて、間違いに気付いて、そこから受け入れるまでの時間

は殆どかかってないのだから。我ながら、変り身の速さに呆れてしまう。

「私はもう、何も否定しないわ。自分のやってしまったことも、受け入れる。開き直りと

言われればそれで終わり。ぶっちゃけ、開き直りでも何でもいいの。悔いたり嘆いたり

暴れたりする暇があるなら、理想の為に前だけ見る。そして、足掻くわ。綺麗事、絵空

事で終わらせないために。これも自己満足かもしれない。見た目だけ見繕った、かつて

のプラズマ団が現在やってる贖罪と、あんまり変わってないかもしれないわ」

 自嘲的に言う私に、彼はまるで今までの私をすべて赦すかのように、言った。

『……トウコよ。それが、ヒトだ。ヒトとは多面性の生き物。裏があれば表がある。光

があれば闇がある。理想があれば、真実があるように』

 ポケモンである彼に人間性を説かれると、ちょっと複雑な気分。

「まあいいわ。それで? 例の一件なら、私も一応気付いてる。キュレムのことでしょ

? 私はもう連中に関わりたくないけど、あんたはどうするの?」

『……随分とこの二年で、察しが良くなったようだな。お前も成長したな、トウコ』

585

Page 594: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 久々に誰かに真っ直ぐ褒められた気がした。

 成長したな……か。

「やめてよ。成長してりゃあ、あんなことしないわ」

 思わず自分をあざ笑う。

 ああ、ダメだ。こういうところ、本当に直ってない。

『よいのだ、無理をしなくても。我とて、二年の旅をついていったわけではない』

「あんたは城に石を置き忘れただけで、好き好んで連れていったわけじゃないわ」

 私が軽口を言うと、物凄い笑い声が頭に響く。

 ツボったらしい。伝説のポケモンにも笑いのセンスがあるのかと思うと、意外だ。

『冗談まで上手くなったか。それで良いのだ。余裕がなければ、常に広い視野で物事を

見ることなどできぬ』

「はいはい。あんまり褒めると皮肉に聞こえるからやめて頂戴な。話がずれてるわよ」

 私が指摘すると、彼は軌道修正を無理やりした。

『……知っているとは思うが、キュレムは我とレシラムがとある一匹のポケモンから分

離したときに生じた、抜け殻なのだ』

 ゼクロムはそうして、トンデモない事実を打ち明けた。

 ただ、思っていたよりも私は冷静に受け止めていた。

586 白の残照、黒の解放

Page 595: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「ごめん、それは初耳。そうだったの?」

『言ってなかったか?』

 ゼクロムも意外そうに私に問う。知るわけないだろうに。

「誰も、んな昔の事知ってるわけないでしょうが。実体験したのはあんたとレシラムだ

けよ」

『まあ、それはこの際どうでもよい』

「なら言わなくていいわよ」

 私のツッコミに一々笑い声を上げつつ、シリアスをぶち壊しにしてくれているゼクロ

ムに、先を促す。

『奴には、我とレシラムを吸収し、力にする能力がある。一度に我らを同時に吸うことは

できぬとも、吸われてしまえばいっかんの終わりなのだ。元は、あやつが器で我らが中

身の力、という構図で想像すれば良い』

 伝説の話だろう。二匹のポケモンは、一匹のポケモンから分離したもの。

 その時、残された器がキュレムだと考えてもおかしくはない。

「成程。それで? 取り込まれたら最後、自力で出て来れないから何とかしろと?」

『そういうことだ。本当に察しが良くなったな』

 適当なことを言ったらビンゴだった。だが、それはつまり。

587

Page 596: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

中身あんた

じゃどうしようもないから、私達がどうにかするしかないってこと?」

 その質問には、私なりの問いが隠されていた。

 彼を試すのは忍びないが、その答えが返ってきた場合、私は彼を裏切る。

 私の理想の為に。

『ああ。それを、我はトウコ。お前に託したい。我がもし万が一、キュレムに取り込まれ

たときは、キュレムごと──』

「バカ。アホなこと言ってるとあんたぶん殴るわよ」

 案の定だった。私は彼の言葉を遮った。

『なぬっ……!?』

 彼は驚いている。当然だ。

 私が何を言おうとしているか当てたのだから。

「何が、取り込まれたらキュレムごとあんたを殺せよ。そうね、そうしないと確かに、

イッシュは滅びよりも地獄になるかもしれないわ。でも、そんなことは私がさせない。

ゼクロム。あんたは私が護る。あんたの命も、キュレムの命もね」

『トウコ……そんなことが出来るのか? 本当に……』

 ゼクロムが、私の言ったことに愕然としている。

 彼の言うそれが最悪の結末なら、確かに私にはどうすることもできないかもしれな

588 白の残照、黒の解放

Page 597: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

い。

 だが。

 私は、決めたのだ。

「いまの私を甘く見ないで。もう、逃げないって決めたのよ。そんなやり方でしかあん

たも、キュレムも、イッシュも護れないって言われようが、諦めるつもりなんてないわ。

そうさせないために、今の私がいる。言ったでしょ。綺麗事で終わらせないために、私

は足掻く。それがどんなにカッコ悪くても、英雄と呼べないような不格好なものでも、

私は抗い続ける。失っていいような軽いものじゃない。逃げていいような場所じゃな

い。それぐらいしないで、一体何が守れるっていうの? あんたの理想は、あんたと

キュレムを犠牲に払わないといけないの?」

『トウコ……』

 ゼクロムに、今度は私が理想を問う。

 二年前からすれば、信じられない光景が今ここにある。

「大丈夫よ。ゼクロム、人間はあんたが思ってるほど、強くないの。弱点が、どこかにあ

るのよ。確実にね。科学は所詮科学。理屈と数式で動いているに過ぎない。ポケモン

の不思議パワーで何とかなるほど、文明社会は甘くない。そこを突けば、どうってこと

ないわ。取り込まれる前にあんたが前みたいに暴れればいい。そうすれば、少しはマシ

589

Page 598: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

な結果になる。だから、自分の命を投げ出そうとしないで。キュレムを、理想の犠牲に

するのもやめて」

 私がそう説得すると、彼は半ばほうけたように、呟く。

『……お前は、随分と逞しくなったな……』

 こいつには、あまり言われなくない気もする言葉だった。

「違うわ。妥協をしなくなっただけ。ついでに言うと、強欲になったとも言うわ」

 私の言葉に、彼は鼻で笑って言う。

『フッ……よく言う。だが……そうだな。我が、間違っていたのかもしれん。それでは

……お前の理想に反するか』

 私の理想。そう、ゼクロムとキュレムが死ぬのは、私が嫌だ。

 これが、私の我侭。

 自分を含めて、みんなを幸せにしたいという、私個人の勝手な想いだ。

「本当は、みんなが幸せになればいいと思う。でも人間は多面で生きている。私とはそ

りが合わない人もいる。だからせめて、多くの人たちが、ポケモンと一緒に幸せになれ

れいい。そのために、ゲーチスを止める。今度は、私の意思で。誰かの意思じゃなくて、

私自身の心で。だからそのために、ゼクロム。今度こそ、真なる意味で、私に力を貸し

て!!」

590 白の残照、黒の解放

Page 599: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 私は叫ぶ。

 これが、今の私の本心だ。

 隠しもしない、誤魔化しもしない、ありのままの気持ち。

 数秒もしなかった。

 私は、確かに聞いた。

 ──バリヴァリバァァァーーーー!!

咆哮こ

 彼の了承の

を。

戯言たわごと

『よかろう。我が力を貸すのに相応しい、分不相応な理想! 身勝手な小娘の

の実

現の為、このゼクロムが、貴様に力を貸してやろうではないか!!』

 二年前と同じ言葉。私を見下す、腹が立つ言い分。

 相変わらず、いけ好かない部分がある。

 でもいい。それで。

 彼とみんながいれば、私の理想はきっと叶う。

 どんなに遠い道のりでも、その未来があるから頑張れる。

 私は迷わない。彼が共に歩むのならこの道を、最後まで走りきる。

 変な夢だった。私の意識は、誰かの慌てたような声で、急速に覚醒していった。

591

Page 600: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

動き出す歯車

   「トウコ!! トウコ、早く起きてえ!!」

「ん……」

 気持ちよく眠っていたら、激しく揺さぶられる。

「トウコ、トウコお!!」

 泣きそうな声。

 頭をつかんで前後に動かし、それでもダメなら枕を顔に叩きつけ、起きろ起きろと叫

ぶ。

 三度目には置いてあったボールで顔を殴ろうとして、手を伸ばしたトウコに止められ

た。

「……朝っぱらから、顔中が痛いわ……。一体何? ベル、どうしたの?」

 眠気を纏うトウコが目を覚ますと、半泣きのベルがライブキャスターを持って、噛み

付くようにトウコに叫ぶ。

592 動き出す歯車

Page 601: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「──みんなが……! みんなが、プラズマ団に襲われてるって連絡が……ッ!!」

 血の気が、失せる音がした。

 夢の続きを見ているのかと思った。

 でも、違った。

 現実が、無情にも、襲いかかってきた。

 彼女はパニックを起こしながら説明する。

 先ほど、朝一で研究所から連絡が入った。

 そこには、ソウリュウシティを訪れていたチェレンやその知り合いの子供達が、プラ

ズマフリゲートに襲われている、と言う。

 今も。現在進行形で。

 すぐにベルは連絡をチェレンに取った。

 応答こそあったものの。

 とぎれとぎれの連絡が、先ほどぷっつりと完全に通じなくなった、と。

 証拠を見せると部屋に置いてあるテレビをつけると、信じられない光景が浮かぶ。

 街の至るところを氷漬けにされている、変わり果てたソウリュウの街だった。

 巨大な氷柱が至るところに生えており、街は荒れ果てた氷の世界に様変わりしてい

た。

593

Page 602: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 夜襲、という言葉が脳裏に浮かぶ。あいつらはとうとう、無差別に人を狙い始めた。

 その証拠の凄惨たる光景が、遠くで撮影している様子を映すテレビで速報として中継

されている。

 現在も、街の中では民間人、警察官、警邏隊が入り交じってプラズマ団と交戦中。

 プラズマ団は、空を飛ぶ船を用いて空爆に近いことをしでかし、周囲の道も団員たち

が封鎖して思うように援軍が迎えない状況のようだ。

 中継している映像が、不意にノイズ混じりになる。

 伝えていたキャスターが突然の雑音に、現場のスタッフに声をかけるが、派手な爆音

と共にそれは乱暴に途切れてしまう。

 キャスターが何度応答を求めても、何も、伝わってこなかった。

 ベルが必死に、ライブキャスターにチェレンの番号を入れて呼び出すが、反応は依然

ない。

 報道陣にまで攻撃の手を向けた、無差別攻撃。

 それが意味することは……。

『お姉ちゃん……。あいつら、今度は、本気みたい……だね』

『野郎共……ッ! とうとう見境なくしたか!』

『……ひどい……。こんなのって、ひどいよ、トウコ……』

594 動き出す歯車

Page 603: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『外道が……ッ! アレが人が人にやることかよォッ!!』

『目的の為なら手段を選ばないとしても……。なんてことだ……』

『ヒトは……古代から、何も変わらぬというのか……』

 ココロも、アークも、シアも、ディーも、ホルスも、あのギガスですら、今映ってい

たそれを見て、嫌悪感が浮かんでいた。

 トウコだけは、その惨状を見ても、一抹の納得をしただけだった。

 やはり、彼らはイッシュに戦争を仕掛ける気なのだ、と。この国、そのものに。

 確定した。

 これはもう、イッシュだけの問題ではなくなった。

 これだけ派手なことをしたのだ。

 国際的に、他の国も鎮圧に動き始めるだろう。

 だがそれには、政治的な理由や金銭的な理由もあるだろうし、当分時間がかかる。

 時間は非情にも歩みを止めない。奴らは手を緩めることを知らない。

 多分、イッシュ中の戦力をソウリュウに向かわせて全面戦争でもおっぱじめるつもり

だとしたら。

 悲劇は増えるばかりだ。

 今、自分に出来ることはなんだろう。

595

Page 604: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 怒りは感じる。憎しみも感じる。吐き気がするような悪を目の前にして、一方で冷た

く理性は張り詰める。

 初めて知る、怒りというのは熱く滾るだけじゃない事を。

 冷たく、ぞっとするように薄く鋭く尖るということを。

「どうしよう……っ!? 通じないよお! は、早く助けに行かなきゃ……。あたしも、行

かなきゃ……」

 ベルが完全に我を忘れて、慌てている。

 パニックを起こすと、叶わないコトまでやろうとしはじめる。

 でも、その言葉がヒントになった。

 行く? 私達が、ソウリュウの街に? 

 どうやって? 間に合うと思っている? 

 ここからどれだけ距離があると思っている? 

 ヤマジからどんなにいそいだって、大きな山を乗り越える最短距離でも数時間はかか

る。

 迂回すればほぼ半日だ。

 陸路は塞がれている。空路も恐らく、迎撃部隊によって撃墜されるだろう。

 その間に、知らない誰かは傷ついていく。

596 動き出す歯車

Page 605: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 だから、諦めるのか? 

 不可能だと、どうせできないと。

 自分は無力だと知っているから、見捨てて関わりを避ける?

 方法は、あるのにそこから目を背けて。

 ──また、逃げ出すの?

(……違うわ……)

 トウコは思う。ああ、私は。

 何処までも馬鹿な女だ。愚かすぎて笑えてしまう。

 出来れば、関わりたくないと言いながら。

 また、自分で奴らに関わっていく。

 矛盾してしまっている。

 だけど。

 矛盾したから、どうした?

 昨日言っていたことと、今日やっていることが違うから、何だと言うんだ?

 今、ここで行動を起こさねば、誰が傷つくと思っている。

 私が幸せにしたい大切な人が、今必死に戦っているいうのに、対岸で指を銜えて眺め

ていろというのか?

597

Page 606: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 それが私の理想か? 

 ふざけるな、そんなもの誰が望んだ。誰が欲した。

 やることは決まっているだろう。するべきことは、決めているだろう。

 なら、やるだけだ。

 やれば救える何かがあるなら。

 起こして護れる誰かがいるなら。

 ──私は、行動を起こす!!

『お姉ちゃん……。わたし、やるよ。わたしたちの新しい力、試してみようよ』

 トウコの中で、足掻くと誓った決意を気付いて、ココロが新しい力を解放すると言っ

てくれた。

『──遅くなって申し訳ない。今更だが、我も手を貸そう、トウコ』

 そして何より、今まで沈黙を守っていたあいつが、バッグの中で優しい蒼の光を放っ

ていた。

 突然の参戦に彼らが驚いていた。

(ココロ……。ゼクロム……)

 手持ちの彼らも驚いていた。絶句し、ゼクロムを見ている。

『そちらの言いたいこともわかる。だが、今は言い争っている場合でもあるまい。猶予

598 動き出す歯車

Page 607: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

はもう一刻もないのだ。使えトウコ、我が選んだ英雄よ。我が力を、存分に振るうがい

い』

 一度俯いて、深呼吸。

 トウコは、顔を上げて頷いた。

『一理あるな。分かった、今回はお前の案に従うぜ。だが覚えておけ、ゼクロム。二年

前、あの時あの瞬間、トウコに何があったのか。その真相を、ハッキリと語ってもらう。

当事者のお前の口からな』

 アークが異議を唱える彼らを抑えて、そうリーダーとして告げる。

 条件として、トウコが逃げる原因になった出来事の詳細を打ち明ける事をつけて。

『よかろう。我とて、責任を感じていないわけではない。それで足りぬなら、我は謝罪と

土下座もつけておこう』

『忘れんじゃねえぜ、黒き龍さんよ』

『当然だ』

 不敵に笑うアークに、同じく笑うゼクロム。

 条件を聞かされて、渋々ながら他のメンツも了承した。

 ベルが不格好に着替えたり荷物をまとめようとしている中、トウコは立ち上がった。

 やることは決まった。なら、行くだけだ。

599

Page 608: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「ベル」

 そして、ベルの名を呼ぶ。

「ふえ……?」

 混乱したまま、涙目でこっちを見上げるベル。

「ベル、少し落ち着きなさい」

 トウコは優しく諭すように、そう言って抱きしめた。

「ふ、ふええ!?」

 突然抱擁されて、硬直するベル。

「まずは、頭を冷やして。いい? 焦っても、見えてくることなんて何もないわ。私と同

じ、過ちを犯す。混乱する頭で出来ることは自滅だけ。ベルは、私を止めてくれたんだ

から、自分が同じようなことしないって、わかってるでしょ? ほら、焦らないで」

「あっ……」

 トウコは優しく、言ってくれた。

 彼女の頭を撫でて、落ち着くまで、ずっとそうしてくれた。

 暖かい手だった。優しい手だった。本当に、トウコは生まれ変わった。

 信じられなかった。

 プラズマ団が現実に、大切な人を傷つけているのに、彼女は、動揺してすらいなかっ

600 動き出す歯車

Page 609: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

た。

 本当はトウコだって怒っている。

 憎んでいる。動揺しているし、怖がってもいる。

 でもそれをもう、コントロール出来る。

 怒りも、憎しみも、驚きも、恐怖も。

 護りたいという願い、祈りが彼女の嘗てはトウコを振り回していた激情を操るだけの

許容量を生み出し、真っ直ぐ、一点のみを見つめさせる知性を保てるようにと。

 どうすればいい? どう動けば誰がどうなる? どう変わる?

 冷静に考えろ。非情でもいい。罵られてもいい。

 今ここで焦り墓穴を掘れば、入るのは自分じゃなくて、他の人になってしまう。

 一度や二度、自分が罵倒されたぐらいで護れるなら。

 迷っている間に消えてしまうものが、今ここで立ち止まることで見えるのなら。

 トウコは、もう迷わないし、逃げ出さない。

「……大丈夫?」

 トウコが問う。

「うん……もう平気」

 ベルを離し、ぽんぽんと頭を撫でる。

601

Page 610: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコは真っ直ぐ、黒い瞳でベルを見て、言った。

「どうすればいい? って聞いたわね。現実的に考えて、一介の研究者助手とチャンピ

オンだけで、あの集団に喧嘩を売るのは間違ってる。死にに行くようなものよ。私達

は、まだ子供。子供は、大人に任せておくの。それが懸命な判断」

 トウコの言うことは正論だ。正しい理論、理屈。

 そうするべきなのが普通であり、賢い人間の選択肢。

「でもっ……!」

 ベルの反論を、手で制してトウコは続ける。

「でも、そうね。私は心底馬鹿な女だから、昨日言っていた自分の言葉と矛盾して行動す

る。私は行くわ。私なら、あの現状をひっくり返せる。私なら、大人にできない動きが

出来る。私は大人ほど縛られていないから。子供だがらこそ、大胆になれる」

 一度、彼女の髪の毛を手で梳き、真剣な表情で聞いてきた。

「ベル、お願いがあるの。私一人じゃ、きっと彼らに負けてしまう。だから、私と一緒に

来て欲しい。当然、命の危険もあるわ。最悪、死ぬかもしれない。最低なことを言って

いるのには分かってる。ワガママを言っているのも自覚してる。でも、それでも。私は

ベルに来て欲しい。私は、みんなを護りたい。それだけでいいの。私が力不足でまた護

れなかったりしてしまうことがないように。だからお願い、ベル。弱い私を……助け

602 動き出す歯車

Page 611: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

て」

「トウコ……」

 初めて、トウコはベルに助けを求めてきた。

 頼っていい、一人で抱え込まなくていい。そう教えたのはベルだ。

 トウコは、一人では負けるとハッキリ言った。

 それは、自分の弱さを認めた上での言葉。

 随分と遠回りしてしまった。時間もかかってしまった。

 漸くだ。

 ベルに「助けて」の一言を、ようやくトウコは言ってくれた。

 これを待っていたのだ。これが、欲しかったのだ。

 これで、ベルも、絶対に迷わない。

 彼女の力になりたいと思っていた日々が、報われた。

 トウコは手を伸ばしてくれたなら、全力を持って応えよう。

 ベルは涙を手で拭い、笑顔で、言った。

「うんっ! あたしがトウコの力になるよ! 行こう、トウコ! 一緒に!」

 そう言って、今度はベルから抱きついた。

「ありがとう……ベル……私の為に……」

603

Page 612: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 なんだか、トウコまで泣きそうな声でそう呟いた。

 彼女も堪えてきたのだ。一人で進む孤独を。

 悲しいと言える相手もおらず、苦しいと言っても誰も聞いてくれない冷たい世界の中

を、一人で。

 今は、違う。ベルがいる。

「いいよ、いいんだよトウコ。一緒に、戦おう。もう、一人じゃないんだから」

「ええっ!」

 彼女達は決めた。一緒に、護りたいものを守ろう。

 それがどれだけ自分勝手でも、開き直りでも。

 行動は、起こさなければ始められさえしない。

 逃げない、目を逸らさない。

 大切な仲間と共に、トウコとベルはプラズマ団に立ち向かう。

604 動き出す歯車

Page 613: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

大決戦 前編

   「──なんて、事を……」

 ソウリュウの惨事を見て、白き龍に跨る天空より見下げ、彼は思わず口走った。

 眼下には、氷の廃墟と化した都市が広がっている。

 凍り付けにされ、全てが壊されている別世界を。

『これが……人の業。自らを満たすために……人は過ちを繰り返すのです……』

 急いでも、間に合わなかった。

 むしろ、彼らをここに呼びつけるために、トップである彼は、この騒ぎの起こしたの

だ。

 人だろうがポケモンだろうが、もう関係などない。

 彼にとってここは自らの植民地にするためだけの土地であり、地均しには丁度良いと

両親の呵責さえ最早失われていた。

「父さん、あなたはそこまでして何が欲しいんですか……ッ!」

605

Page 614: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『愚かな男……。同じ事を繰り返し、何が満たされるというのです……』

 父と彼を呼ぶ青年──N。彼を選んだ龍──レシラム。

 眼下で起きている戦争とさえ呼べる悲しいだけの衝突。

 何がそこまで彼を動かすのか。Nには、理解さえできない。

 とうとう起きてしまった最悪の悲劇。

 こうなる前に、あの人を止めたかったのに。

 間に合わず、たくさんの人が犠牲になってしまった。

『……あの男と、決着をつける時が来たようだな、ハルモニア』

『あたし達は、準備できてるわよ』

『チールも、かくごきめたよ!』

『オラ、ぜってえあいつをゆるさねえだ!!』

『往きましょう、ハルモニア。全てを、終わらせるために』

 彼女のトモダチたちは、広がっている凍てつく地獄に深い憤りを感じていた。

 狂う感情が、Nには聞こえる。

 それを抑えて、彼らはNに最後まで付き合ってくれるという。

 かつては逃げてしまった相手ともう一度対峙する決意をして。

「……。ありがとう、みんな。行こう、レシラム。父さんは、きっとあの中だ……!」

606 大決戦 前編

Page 615: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ──ンバーニガガァ!!

 白い龍は吼えた。

 それは正当な怒りであり、正当な嘆きであり、正当な哀しみであった。

 どうして分かり合えない。どうして共に歩めない。

 あの男には人の心があるのか。

 ポケモンを道具にしようするあの男は、本当に人なのか。

 人の皮を被った悪魔ではないのか。

『この悲劇を……終わらせましょう、N。これが、私達の最後の戦いです』

「覚悟はできてる。何も言わないでいい」

 嘆きの白龍と英雄は、そのまま上空に浮いている駆逐艦目掛けて、突撃していった。

 その先にあるのが無様な敗北であることを、彼女はまだ知らない……。

  「今の声は……?」

 彼は微かに聞こえたその聞き覚えのある声に、天空を見上げた。

 空に広がるのはダイヤモンドダストだけ。

 細かい氷が、不自然に下がった気温と共に戦場を支配する。

607

Page 616: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 銃声が鳴り響くソウリュウの街の中。

 テロリストとなったプラズマ団達は、ポケモン以外にも銃火器で武装し、徹底的に迫

害を行なっていた。

 そう、ポケモンという道具が使えないなら、本来の道具で奪えばいいと彼らも考えた

のだ。

 即ち、人間を狙って直接奪うという方法を。

 何の罪もない一般人を無抵抗のままに撃ち、ポケモンだけを奪い、止められない怨嗟

の鎖を作り出す。

 これが、スマートな大人のやり方。

 そう、戦争という名前の、テロ行為。

 それを間近で見ていた彼らは、己の無力さに絶望した。

 これが、大人の本気。これが、プラズマ団の全力。

 その場で巻き込まれて怪我を負ったハリーセン似のツンツン頭、ヒュウとドーナツよ

ろしくな髪型の少女、メイはオロオロとするばかりだった。

 二人はこの街のジムに勝負を挑み、終了して次に行こうと朝早く起きた頃に、明け方

に来襲してきたプラズマ団との大規模な戦闘に巻き込まれた。

 そして、彼は独自に調査を続けて、嫌な予感がすると事前に掴んだ情報を元にこの街

608 大決戦 前編

Page 617: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

を訪れて、襲われた。

「二人とも、こっちだ!」

 脇腹に血が滲むワイシャツに切れているスラックス、ネクタイはとうの昔に千切てい

る。

 焦っている死人のような顔は、血の気を失いすぎて倒れていてもおかしくない身体を

精神力だけで動かし続けているからだった。

 そう、現在向かっている二人の少女の幼馴染のお隣さん──チェレン。

 彼は、懸命に人命救助に勤しんでいた。

 たまたま出会った顔見知りのメイとヒュウを庇うように、怒鳴る。

「早くッ!! 次が来る!!」

 上の方で、風を斬る音。続いて、爆音。

「ひゃあああ!?」

「うわあぁぁ!?」

 メイが半泣きで建物の軒下に避難し、頭に少し怪我を負っているヒュウもすっ転ぶよ

うに入る。先導するチェレン。

「くっ……!」

 上空に浮かぶ、フリゲート艦。空を飛ぶなんて非常識すぎて、ついていけない。

609

Page 618: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 とうとう、その銃口が街に向かって降りかかった。

 下方に大砲クラスの主砲を完備しており、そこからよく原理は分からないが巨大な氷

塊を弾丸として何発も打ち込んできているのだ。

 連射はある程度可能で、破壊力は抜群。

 そんな戦争の道具を、ただ古いだけの街に向かって容赦なく使った。

 地上ではプラズマ団員達が狂ったように銃を乱射し、人々を威嚇してボールを奪う。

 抵抗するものは銃で脅して、それでもダメなら普通に撃つ。

 殺しこそしないが、怪我人は続出している。その大体が、大怪我だ。

 現にチェレンも激しい痛みに襲われている。右脇腹を、銃弾が貫いたのだ。

 止血もろくにできないこの状況ではやがて自分は死ぬだろうという予測はついてい

る。

 傷を見たメイがますます怯えたような鳴き声を出して、ヒュウはクソッタレと天を見

て叫ぶ。

 勝ち目なんて、子供である彼らには最初からなかったのだ。

 フリゲート艦はかれこれ数時間、上空に浮遊して攻撃を続けている。

 近くを飛ぶ報道などのヘリコプターも容赦なく撃墜し、まさに無差別攻撃と言ったふ

うに振舞っていた。

610 大決戦 前編

Page 619: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 もう、この街は終わりなのかもしれない。

 地上には無数の武装した団員。上には巨大な駆逐艦。

 こちらには有効打になるカードは一枚も存在しない。

 もう、何もかも終わりだ。死を覚悟するしか、ない。

 その現実に、誰もが屈しようとした。その時だった。

 天より舞い降りし、世界を焼き尽くすことさえできる、ドラゴンの響き渡る咆哮が聞

こえたのは。

  ────ギギャアアアアアアアアアアーーーーーーー!!

  チェレンの生涯で、一度も聞いたこともない怒りに満ちたドラゴンの雄叫びだった。

「な、何だアレ!?」

 ヒュウの戸惑った声。チェレンとメイも顔を上げる。

 目に映るそれを見て、チェレンは絶句した。

 そこにいたのは、二年もの間沈黙を守っていた、あの伝説の龍が、怒りの蒼白い炎を

連続で吐き出しながら、フリゲート艦に突貫していく姿。

「ば、バカな……!?」

611

Page 620: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 それは二年前、幼馴染が戦ったという、伝説がいた。

 真実を見出すものに、力を貸すと呼ばれている、彼の龍の姿。

「白い……龍……!? あれ、レシラム!?」

「嘘だろ……俺、夢でも見てんのかよ……」

 メイが縋るようにヒュウを見て、白い龍を指さす。

 ヒュウは脱力したように見上げているだけ。

 レシラムは本気で怒っていた。

 二年前見たような、尾から出すのは紅蓮ではない。蒼白い焔。

 あまりの温度に色が変わったそれを、フリゲートに容赦なく浴びせていく。

 フリゲートも待ってましたと言わんばかりに方向転換し、重火器で応戦して、そのま

ま膠着状態で空中戦を始めていた。

「き、きてくれたのか……N。あなたは……」

 チェレンは気がつかない間に、そんなことを呟いていた。

 それは神々しさえさえあった。

 目線の先で激しく争う伝説と科学の結晶。

 一進一退の戦いが続く。

 やがてゆっくりとだが、駆逐艦は移動しながら炎を放つレシラムを追いかけて、街か

612 大決戦 前編

Page 621: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ら離れていく。

「ねぇ見て! あの船、離れていくよ!」

 メイの言うとおり、本当に微弱だが、街から遠ざかっていく駆逐艦。

 まるで率先して囮となって、少しでも被害を少なくしようと龍が人を守るようにして

いるかの如く。

「本当だ……」

 ヒュウが呆然と言う。

 一定の距離を開て、レシラムは背を向けて今度は一目散に逃げ出した。

 ついてこいと挑発するような態度。

 駆逐艦は、その後をエンジンを吹かせて追いかけていった。

 まだ地上部隊は残っているのに、だ。

 しつこく地上戦を続け、チェレンたち民間人には手も足も出ない状況を強いてくる。

 チェレンは傷痕を手で押さえ、片膝を付きながらも、助けられる人がいるならと、止

める二人に避難するように逆に言って、また戦場へと戻っていった。

   戦いは苛烈を極める。

613

Page 622: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 プラズマ団に対抗して、市長である屈強な初老の男性、シャガ率いる警察官や警邏隊

が迎撃し、プラズマ団も数と室の暴力で対抗する。

 拮抗する戦場となった街。

 駆逐艦という最大の攻撃手段が飛来した伝説の龍が引き受けてくれた今が反撃のと

き。

 シャガが叫ぶ。

「怯むな!! この街は私達の街だ。私達の手で護るのだ!」

 その言葉は、消えかけていた抵抗の意思に喝を入れた。

 街の人々に反撃の意思が宿る。

 シャガの戦闘能力も、ぶっちゃけた話、武装したプラズマ団より遥かに強い。

 なにせこの爺様、ドラゴンタイプ相手に生身でスパーリングをよく行なっていること

で有名で、化け物みたいなセンスを持っているのである。

 素手が一番強い爺様は躊躇などしない。

 プラズマ団員たちをを片っ端から片手でぶん殴ってぶっ飛ばし、銃を撃つ暇さえ与え

ず叩きのめしていく。

 多少怪我を負っているものの、むしろそれがビジュアル的に恐怖を煽る風貌となっ

た。

614 大決戦 前編

Page 623: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 まさに手負いのドラゴン。龍の逆鱗にプラズマ団は触れていた。

 それでも、後から後から出てくるプラズマ団員。

 足手纏いになるのは、何もできない女子供。

 それを標的にして人質を取る連中も出てきた。

「下衆なマネを……」

 チェレンは悔しそうに舌打ちした。

 眼前でどや顔で勝利を勝ち取ったと思っている、団員が泣き叫ぶ子供を盾にチェレン

を殺そうとしていた。

 黒光りする銃口がチェレンの頭を狙っている。

 助けてお兄さんと子供に叫ばれる。

 助けてあげたい、死なせたくない。

 そう心から思う。だけど、彼はやはり無力だった。

 ニヤリと笑う団員。死ねと罵られ、引き金にかかる指に力を込める。

 不格好だった。チェレンは血を失いすぎて視界がぼやけており、あまり見えていな

い。

 それでも気力だけで動いて、守って、傷ついて。

 満身創痍でまだ立ち上がる。まだ諦めない。

615

Page 624: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ここまでされても、彼の心は折れなかった。

「大丈夫……。僕が、何とかするよ……」

 強がりだった。諦めないと思っていても、絶望に勝てないとしても。

 負けを認めたくなかった。

 二年前までただの理屈っぽいだけのモヤシだった少年。

 今は、身体を張って、小さな生命を理不尽から守ろうとする、一人の男にまで成長し

ていた。

「ハッ、ただの子供が、大人に刃向かうからこうなるんだよ」

 邪悪に笑い、吐き捨てる男。手に握られた銃。

 血塗れの、ボロボロの青年。子供を取り返そうと、立ち塞がる。

 子供が泣き叫ぶ。嫌だ嫌だと助けを求める。

 子供にだってわかった。あのお兄さんが死にそうになっているのを。

 暴れても力ずくで押さえられて、逃げ出せない。

 誰でもいい。あの、倒れそうなお兄さんを助けて。

 そう願いのは仕方のないこと。

 イッシュには英雄がいる。

 人々が苦しんでいる時に、救ってくれたという伝説の英雄が。

616 大決戦 前編

Page 625: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 何で助けてくれないの。どうして守ってくれないの。

 何でみんな、護ってくれないの。

 助けてよ、英雄さんがいるのなら、あのお兄さんを助けて。

 そう真摯に願った。

「死ねええええええ!」

「いやあああああああーーーーーー!!」

 男の処刑の声と、子供の悲痛な叫び。

 チェレンは、力なく笑った。

 僕も、これで最後かと。

 ごめん、トウコ、ベル。

 二人の幼馴染の顔を思い出す。

 僕は、カッコ悪く、ここで終わりそうだ。

 とうとうその心が絶望に負けそうになった。

 引き金が引かれる。

 その動作が、スローモーションのように、ゆっくり流れる。

 死に間際にはこんなことがあるんだな、と彼はどこか冷静に感想を思い。

 

617

Page 626: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 彼は、目を、閉じた。

   男の背後で、雷鳴が轟いた。

 蒼い鮮烈な光が、閉じゆく目を焼いた。

 そんな、蒼真等さえ見た気がした。

 「──お疲れ様。後は、私が引き受けるわチェレン。頑張ってくれて、ありがとう。私

が、全てを、護る」

 最初、彼は空耳かと思った。

 その声は、ここにあるはずのない声で。

 決して、いるはずのない人物の声で。

「よくも私の大切な人達を傷つけてくれたわね、プラズマ団。覚悟は……出来てるんで

しょうねェッ!?」

 怒る彼女は、あの猪のような突撃思考の幼馴染の声。

「チェレン……ッ! ひ、酷い怪我だよお!? い、今病院に連れてくからね!?」

 焦る彼女は、限界がきて倒れかけた自分を支えてくれる、優しい幼馴染の声。

618 大決戦 前編

Page 627: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「な、なんだお前は……!? 何処から現れた!?」

「ゼクロム……こいつらを、追い出すわ。ココロ、いい?」

 男の疑問を無視して殺気を纏い歩くその後ろ姿は、

「とう、こ……?」

 自分を助ける、この少女は、

「べる……?」

 いないはずの二人が、ここに……?

 チェレンの意識は、名を呼ぶだけで途切れてしまった。

 焦る彼女に、英雄は早く連れて行けと自分のポケモンたちにも手伝いを命じて、行か

せた。

『よかろう。悪党には相応の罰を与えねばな』

『いいよお姉ちゃん。やろう、わたしも久々に本気で怒ったよ!!』

 二疋の龍を連れ、戻ってきた黒い英雄の姿が、プラズマ団員たちの目に映る。

 黒い龍は、凄まじい怒気を放ち、地に降り立った。

 紅い龍は、虹色の光を放ち、その姿を変えた。

 どちらも、前を歩く主に想いを託して。

「私の名を教えてあげる。私はトウコ──二年前、彼らと共にお前らを潰した、ただのト

619

Page 628: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

レーナーよ。そして今も、お前らを止めるためにここにきた、ただのトレーナー」

 龍が吼える。英雄は歩みを止める。

「今ここに、宣戦布告するわ。プラズマ団、私はお前達をぶっ潰してでも止めてやる」

 再び、プラズマ団に悪夢が甦る。彼

女えいゆう

 冷たい怒りをその身に宿らせた

の、降臨だった。

620 大決戦 前編

Page 629: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

大決戦 中編

   奪われるだけだった彼らは聞いた。

 突如天空より墜ちた一筋の轟き。

 蒼き雷鳴は、自らの存在を誇示するかのように大きく吼え、大地を抉って参上した。

 ──ヴァァァッ!!

 消えかけた闘志の強烈な起爆剤となった雄叫びは、空を震えさせ、砂塵を蹴散らし、彼

らの心に光を齎した。

「あの光は……。彼女も来てくれたのか……黒き龍と共に……」

 ソウリュウの市長、ジャガにも届く最強の味方の登場。

 反撃の狼煙は、龍と共に現れる。

 市民たちも、警察たちも、伝説がまさか両方現れるとは夢にも思っていなかった。

 真実の龍が駆逐艦を街から離れさせ、そして次いだ理想の龍が、奴らと闘うためにこ

こに降り立ったことに。

 だからこそ彼らは燃え上がった。

621

Page 630: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 真実も、理想も。

 決して、プラズマ団の蛮行を許すつもりなどないことを知った。

 神話は、現実となる。

 同時に、プラズマ団には最悪の悪夢が再来した。

 二年前に壊滅に追いやった女が、より強力な味方を携えて、姿を見せたのだ。

 黒いトレーナーに黒いジーンズ、左腕で長い黒髪を流しながら悠然とその女は口を開

く。

「──私の名はトウコ。ゼクロムに選ばれし黒の英雄。プラズマ団を止めるために、私

は今、ここにきた。プラズマ団。最初で最後の警告をしてあげる。二年前の様に壊滅し

たくなければ、今すぐここから撤退なさい。さもなくば……私があんた達を、もう一度

破滅させる。そして。私は正義のために戦うのではないわ。ただ、私の理想を阻む者─

─それがプラズマ団だから、排除するだけよ。言葉が通じるチャンスは一度だけと想い

なさい。時間を上げるわ。私と──ゼクロムと戦うという選択を選ぶのなら容赦しな

い。命を賭けて、私は闘う。全てを壊し尽くすまで」

 ──ヴァオオオオオォォォォッ!!

 背後に佇む巨大なる黒龍が逆らいの意思を削ぎとるように咆哮。

 彼らにとっては、誰よりも恐ろしい少女が到来したことになる。

622 大決戦 中編

Page 631: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 一度は団員を半殺しにし、二度目は駆逐艦を撃沈させようとし、三度目はとうとう決

戦を挑んできた。

 その背には、彼女の象徴──ゼクロムが翼を広げ、雷撃を身に纏いながら佇んでいる。

「出来ることなら言葉で通じて欲しい。見てわかるでしょう? 私は二年前よりも、

ずっと強い。あんたたちじゃ、勝ち目なんてないわ」

 彼女はそうして、目配せする。

 未だに地面から燃えたような黒煙があがり、彼女の後ろにはポケモンが三体いる。

 どれも強大な力を持つポケモンであろう。

 一体はホドモエの時、駆逐艦を破壊しようとした白い巨人。

腕かいな

 巨大な

を振り回し、ファイティングポーズを取って挑発している。

 一体は、見たこともない紫色のポケモンだった。

 前足と羽が一体化し、巨大な翼になっているジェット機宛らの風貌。

 特徴的な金色の双眸が、ぎらりとこっちを睨みつけ、臨戦態勢に入っているのが分か

る。

 そして、ゼクロム。

 全身に蒼の雷を宿し、凶暴な唸り声を漏らして威嚇している。

 どれも、手元にある銃火器ではとても太刀打ち出来そうにない。

623

Page 632: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 そもそも伝説のポケモンにこんなチャチなモノで勝てれば、人類はポケモンを滅ぼし

ているはずだ。

 彼女が降り立ったのは、街に入る入口付近──特に、ソウリュウ内部よりも戦いが加

熱している激戦区だった。

 周囲の人々はポケモンを奪われ、戦う気力がない中。

 凛然とした態度でこの地にきた彼女は、この戦況をひっくり返せるだけの戦力があっ

た。

 周囲にいた人々は、口々に「英雄だ」、「二年前の彼女だ」、「助けに来てくれた」など

と喋り、救われたという空気は広がっていく。

 彼女は振り返り、優しく微笑んだだけで何も言わず、また向き直る。

 彼女に震える手で、団員たちは銃を向ける。

 負けるわけにはいかない。

 彼らなりに、威厳を持ってこの作戦へ望んでいる。

 これは失敗できない大切な作戦であり、イッシュだけではない。

 全世界へ、あの人がイッシュを征服するという意思を見せつける、宣戦布告でもある

のだ。

 だから、退けない。

624 大決戦 中編

Page 633: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 凶悪な、人を殺すために創られた銃口がむいても、彼女は怯むことなく毅然としてい

た。

 少し哀しそうな目でをしながら、誰に問うわけでもなく、言った。

「私に銃口を向けるのは、あくまで闘う……。そういうつもりと受け取っていいの?」

 誰も答えない。沈黙が返答であった。即ち、肯定と。

「そう……。やっぱり、私の言う事聞くわけにもいかない、か。じゃあ……警告は無視さ

れたということで、制圧させてもらうわ。嫌なら、逃げてもいいわよ。まあ、私はのち

のちプラズマ団を追いかけるつもりだから、オススメするのは警察に自首。身の安全が

確保されるから」

 強い、落胆の声だった。

 勧告は無視された。それは仕方ないと言うように。

 立場が逆転しても、彼らには譲れない悪には悪のプライドがある。

 それも理解しているように。

 彼女は、糾弾をしなかった。説得もしなかった。

 ただ一言、告げた。

「道を開けて」

 そう、言う。

625

Page 634: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 彼女は、無表情のまま、歩きだした。

 そんな彼女に彼らは、前触れなく発砲した。

 覇道を止めようと躍起になる雑兵のように、勝ち目無くとも挑みに行く。

 終末の美。そんな儚ささえ、絶対的にして圧倒的な彼女の前では見えてしまう。

 所詮彼女は子供で、ただの人間。

 鉛玉の敵じゃない。射殺するなら今のうちだと判断したのだろう。

 四方八方から飛んでくる弾丸。

「ココロ」

 後ろにいる彼らの名を呼ぶ。

 彼女は、止まらない。

 止まったのは、弾丸の方だった。

 空中で、ピタリと静止し、そのまま動かない。

 進むべき彼女が通り過ぎ、ポケモン達が通り過ぎると、ポトポトと地面に落ちる。

 本格的に団員たちが戸惑い出す。背後のポケモンが、彼女を守っている。

 手元にある人を殺す武器が、無効化されている。

 彼らが道具とする奪ったポケモンたちは、ゼクロムと白い巨大なポケモンに萎縮し、

命令しても戦おうとしない。

626 大決戦 中編

Page 635: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ポケモンたちは本能で分かっているのだ。

 あいつらには、何をしても勝てやしないという自然の理が。

「無駄だよ。わたしが居る限り、お姉ちゃんに銃は効かない。勿論、わたしたちにも」

 何よりも驚いたのが、彼女の背後のポケモンが、喋った。

「馬鹿な人たち。そこまでして、何を求めるの? 自分の居場所? 支配? ポケモン

を道具にする前に、自分たちが誰かの悪意の道具にされていることもわかってないでこ

んなことして、どうしたいの? 欲しいものは何? 仲間? 存在理由? そんなもの

を求めるために、一度きりの人生を棒に振るの?」

 英雄はただ、街の入口に向かって歩く。

 問いを投げるのはそのしゃべる紫のポケモン。

 黒き龍が殺気をふんだんに含む視線でねめつけ、白い巨人は大地に穴を開けながら進

む。

 誰かが言う。止めろ、奴を街の中に入れるな! と。

 誰かが叫ぶ。生命にかえてもあいつの進行を止めるのだ、と。

 生命にかえても。その言葉を聞いたとき、彼女は俯いた。

「人は……完全には分かり合えない……」

 悲壮な呟きだった。

627

Page 636: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『それがヒトとという生き物だ。だからこそ、多くの者達と分かり合うために手を繋ぐ

のだろう。ヒトとは、愚かなだけの生物ではない。過ちから学び、信じ、そして共に分

かち合うことも、出来るのだ』

「……そうね……」

 彼女を止めるべく、次々銃声が鳴り響く。

 でも一発たりとも、彼女には当たらない。

 殺意は、彼女に届くことはない。

 絶対的力を持つ。その意味は、分かっているつもりだった。

 だが、こう見ると、思ってしまう。

 私は、こんなにも力を手にしてしまった。

 力を望む人々を差し置いて、私だけが、強くなってしまった。

 人がゴミのように霞んで見えてしまうほど、次元が違う力を。

 願わくば、溺れてしまわないように。

 この力は自分のものではなく、彼ら、彼女らによって齎されている恩恵であることを

忘れないように。

「大丈夫。お姉ちゃんは忘れないよ。わたしたちが保証する」

主あるじ

『然り。レジギガスのこの持て余した能力を、全て受け入れた

ならば、忘れることはな

628 大決戦 中編

Page 637: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

いだろう』

『我らの力は、世界の均衡を容易く破壊する。トウコよ、決して間違うな。チカラに怯え

るな。間違えば、怯えれば、あやつのように全てに渇望し、道を誤る存在となる』

「……わかってる」

 選ばれただけの人間は、本来通り無力だと知っている。

 故に、驕らない。過大評価しない。

 銃声が連続する。

 彼女を狙う凶弾。

 でも、その全てがココロによって阻まれる。

 ゼクロムやギガスに向かっても撃たれるが、元々が拳銃弾如きが効く相手ではない。

 蚊に刺されたほどダメージもなく、呆気なく弾かれる。

 分厚い鋼鉄に銃弾を撃ち込むのと同じだ。徒労に終わるだけ。

 やがて見えてきたのは、見上げるほどの巨大な氷山。

 街道の幅いっぱいに根付き、中と外を隔てていた。

 よじ登ることも出来そうにない、触れただけで指先が壊死しそうな強い冷気を放って

いた。

『……間違い無いな。これはキュレムの氷。生半可な攻撃では、びくともしない頑丈さ

629

Page 638: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

を誇る。トウコよ、どうするのだ?』

 氷山を見たゼクロムが問う。成程、伝説のポケモンが生み出した氷。

 確かに普通のポケモンでは、壊すことなどできないだろう。

 だが、彼女は事も無し気に言った。

氷山こ

「ギガス。

だけど……ギガスなら、砕けるわよね?」

『問題ない。御意』

 彼女は立ち止まり、ココロの背に乗った。

 ゼクロムが念の為、間に入る。

 トウコが衝撃で吹き飛ばないようにするためだ。

 背後では、進撃を止めようと前に出ようとする前に、彼女の姿に勇気づけられ、奮い

立った外にいた他の人間やポケモン達に邪魔をされ、思うように出来ない。

 トウコは、そんな外野の騒ぎを全て無視している。

 自分のやりたいことを、するために。

 地響きを立てて、白い巨人が前に出る。

 今のギガスは、今までとは違う。

 ずっと、ずっと蓄えてきた力を解放している。

 ホドモエの時の半減した力ではない。

630 大決戦 中編

Page 639: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 大陸を縄で引っ張り移動させたと伝承で伝えられている、あの本来のパワーを取り戻

していた。

 ホドモエの時以来、時間をかけて取り戻した、スロースタートのギガスが持っている、

桁違いのパワーなら。

 それをもってすれば。たとえ伝説のポケモンが作り出した厚い氷壁でも。

『破砕する。レジギガスのパワーを、とくとご覧にしよう』

 どこか誇らしげにさえあるギガス。

 街道に大穴を開けながら、腰を低くし拳を構える。

 淡く輝く右の拳。まるで正拳突きのような構えから、

「ギガス。グロウパンチ」

『主よ、任せてもらおう』

 トウコは耳を塞ぐ。轟音で聴覚を持って行かれるとのちのちに響く。

 ギガスのパワーは群を抜く。

 ぐっと握ったその一撃を、命令された通りに場所に、真正面から、持てるパワー全て

を使い、盛大に叩き込んだ!

  

631

Page 640: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「な、なんだ!?」

 中にいた、入口付近で闘う警察達は地面に倒れながら顔を上げて、それを見た。

 街道を塞いでいた氷山が、何者かによって外側から叩かれて、粉々に吹き飛んだのだ。

 圧巻だった。

 炸薬で吹き飛ばしたかのように、運悪く街道に突っ立っていた団員を多く巻き込み、

氷が凄い速さで道に散乱する。

 散弾のような氷の欠片は、次々彼らを襲い、激痛を生んで意識を奪う。

 空間が震えた。

 建物が激しく左右に、大気が上下に、その場にいる人々は立っていられず転ぶ。

 あまりの音量に衝撃となって、すべての人の鼓膜を揺らして、平衡感覚を一時的に

奪った。

 ずしん、ずしんと揺れる地面。

 壊れた衝撃で舞い上がる煙。

 砕かれた、というよりは爆ぜた氷山の向こう側から、巨大な影達が、現れる。

「みなさん、大丈夫ですか!? 道を閉ざしていた氷山はたった今砕きました!! 道は開

けましたので、逃げ遅れた方はここから早く逃げてください!!」

 そう叫ぶ少女の声が、人々に木霊する。

632 大決戦 中編

Page 641: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 晴れた煙の向こう側から現れる、白い六つ目の巨人。

 黒い雷撃の巨龍。

 戦闘機のような姿の、小さな龍。

 その背中に乗る、黒髪の少女が、飛び降りて大声を張り上げた。

「警察、消防、全ての大人の方々! 私も場違いながら、この場に加勢致します! 至急、

応援を呼んでください! まだ、ソウリュウの街は完全に陥落したわけではありません

! 大人が、役職についている貴方方が、罪もない民間人の最後の希望なんです! 決

して、諦めないでください!! 立ち止まらないでくださいっ!! 皆さんが諦めてしまっ

たら、沢山の人々が、犠牲になってしまうんですっ!!」

 必死に叫ぶ少女。反応するように、伝説に伝わる黒龍が吼える。

 白い巨人が立ち上がり、飛びかかってくる団員たちをなぎ倒す。

 紫の龍が、光線を出してポケモンたちを吹き飛ばす。

「私も、微力でもいいから、戦いますから!! 心を絶望に奪われないでください!! この

街は、多くの人たちの安住の地なんです!! 正義とか、悪とか、そんなのはどうでもい

い!! ただ、守ってください! 救ってください!! 多くの人たちと、ポケモンが暮ら

すこの街を!! 奪わせないでください! 壊させないでくださいっ!!」

 彼女は涙混じりの声で、懸命に訴える。

633

Page 642: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 この場にいる、護るために戦う多くの大人達に。

 無様にも倒れ、悪に屈した大人達を、傷ついてでもまだ戦おうとする意思を。

 もう一度立ち上がらせるために、健気にも彼女は大きな道を切り開く。

 黒い龍が、彼女を守るように雷撃を発する。

 白い巨人が拳を振るう。

 紫の龍が、光線を吐き出す。

 邪魔をしたポケモンを蹴散らし、団員を打ち倒し、人々を解放するために、生命の危

険を犯してまで、こんな戦場に姿を現した。

 彼女を見た大人たちは、一介の子供が必死になっているのに、自分は何をしているん

だと思い返す。

 彼女は危険な場所で諦めた人に訴えるために、敵だらけのこの街を護りたいという思

いの為だけに、こうして来ているというに。

 自分達は、痛みで苦しんでいる場合なのか。

 本当に辛いのは、誰なのかを思い出した。

 それは、伝承に出てくる、己の理想の為に闘う、英雄そのものだった。

 ──う……うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!!!

 孤立無援、四面楚歌の窮地に心がへし折れていた大人達は、彼女を姿を見て再び火が

634 大決戦 中編

Page 643: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ついた。

 自分が一体何の為に警官になったのかを思い出した男性がいた。

 か弱き市民を理不尽から護りたいという使命を思い出した老人がいた。

 傷つく民間人を救うために、生命を賭けるという熱意を取り戻した女性がいた。

 どんな困難も乗り越えて、夢を叶えたい夢があることを確認した若者がいた。

 彼らの失われつつあった勇気の灯火を、彼女は言葉で復活させた。

 英雄としてのカリスマだけではない。

 彼女の言葉には、絶望を希望に変えるだけの、確かな可能性が含まれていたから。

「トウコ……きてくれたのか!」

 トウコを見て、シャガがそう叫ぶ。

 彼女の背後には、ソウリュウに伝わる黒い龍が、不敵な表情をしながらこちらに向

かって歩いてくる。

「シャガ!! 遅くなってごめんなさい!! 詫びは後でいくらでもするから、今はプラズ

マ団を街から追い出すのを手伝って!!」

 駆け寄ったトウコを見て、目を丸くするシャガ。

 以前ジムリーダーとして対峙した時にはギラギラ妄執に囚われていたのに、今はどこ

か逞しく、そして優しくなった彼女がいた。

635

Page 644: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ゼクロムが何度目かの咆哮を上げる。

 それはプラズマ団への威嚇であり、伝説を語り継ぐ語り手への挨拶であり、遅くなっ

たことへの謝罪であった。

「ゼクロムが……。そうか、お前は……強くなったのだな」

 初老の男性にも、タメ口の彼女は、力なく笑って問う。

「……お世辞はいいわ。それよりも、まだ頑張ってくれる?」

「無論だ」

 最高にして最強の増援が到着してくれた。

 シャガの傍で抵抗していた彼らは、トウコの背後にいるポケモンたちを見て、安堵し

たように笑った。

 彼女は、二年前プラズマ団を壊滅に追いやった少女。

 その証拠が、ゼクロムであると知っている。

「安心しないでください。まだ奴らは撤退しないつもりです。最後まで戦わなきゃ、勝

たなきゃ、意味なんてないんです。笑い合うのは、全部終わったあとに……そうでしょ

う?」

 そんな彼らを嗜めるように厳しく指摘するトウコ。

 緊迫した空気は張り詰めたままだと、油断をさせない優しくはないけれど、頼もしい

636 大決戦 中編

Page 645: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

言葉。

 本当にまだ彼女は子供なのか、と大人達はトウコを見る。

「ふむ。お前の言うとおり。では往くぞ! 私達ソウリュウの底力、奴らに見せてやれ

!」

 おおおおおーーーーーーっ!!

 シャガの一声とトウコの参戦に、闘志が戻った彼らの反撃が、ここから始まる。

637

Page 646: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

大決戦 後編

    トウコがシャガと合流する頃。

 彼女の背後で行ったり来たりの繰り返しをしているのは、ベル。

 彼女達は突入する前に役目を決めていた。

 トウコはシャガと合流し、プラズマ団迎撃に。

 ベルは怪我人などの搬送を手伝う支援をすると。

 ベル自身、実力は格段に上がってはいるが、実戦慣れをしていない。

 そんな状態で戦うわけにもいかない。

 トウコに全てを任せて、背中を気にせず戦えるように彼女は支える役目を選んだ。

 そんな彼女にも、漏れたプラズマ団は目敏く狙ってくる。

「ふえええええ〜〜〜〜!?」

 気の弱い彼女は、集団に目を付けられて追い回される羽目に。

 トウコが見たら問答無用にプッツンしてぶち殺し確定のような光景だったが、彼女に

638 大決戦 後編

Page 647: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

も彼女を守る伝説たちがいた。

 自分からボールの拘束を振り払い、勝手に出てきて人間相手に反撃をした。

過剰反撃

オーバーキル

 どう見ても、

な一撃だった。

「きゃうううう〜〜〜〜んっ!!」

「ひゃうううう〜〜〜〜んっ!!」

「ごぼぼぼぼぼぼぼぼ!!」

 ──プラズマ団はまず、大きな間違いを三つ犯した。

 一つ、ベルが弱そうにみてタカをくくり、集団で襲いかかったこと。

 二つ、伝説の英雄の連れがまず弱い訳がないことを忘れていたこと。

 三つ、相手が悪すぎた。

「……あれ……? 俺、こんなところで何してるんだっけ……?」

「あぁ……!? わ、私は何をやって……あああああぁぁぁ!!」

 そう、まず彼女が出会った二匹の神から話をしなければいけない。

 神は人に感情を与えし者、知性を与えし者。

 彼女はその二柱の恩恵を授かる選ばれた少女。

 神が気にかける人間に無粋な真似をすれば、神の怒りは当然落ちる。

 俗に言う天罰という。

639

Page 648: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「きゃううう〜〜ん♪」

 一匹は甘えるように、ベルに擦り寄る。

 見た目こそ愛らしい妖精。

 しかしその前に団員たちを鋭く睨みつけただけで混乱させ、それだけで集団パニック

を引き起こした。

 神に睨まれたものは己の罪悪感が膨れ上がり、罪の意識に耐えられずもがき、苦しみ

出す。

「……」

 一匹は表情の見えない顔で目を閉じて、瞑想するようにふわふわと浮いている。

 何も言わず、何も感じさせない。

 だが、この神もまた加護を与えた人間に害をなす者を許すほど甘くはない。

 その瞳に魅入られたものは、記憶を消される。人に拒否権など与えられない。

 事実、魅入られた団員達はここ数日の記憶を失い、周りの状況についていけずに棒立

ちしていた。

「イチゴ……。メロン……?」

 ベルが驚いたように見つめる。

 小さな妖精たちが、ふわふわと目の前を漂っている。

640 大決戦 後編

Page 649: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「きゃうん?」

「?」

 どうしたの? と尋ねるように小首をかしげる。

 彼女がとある洞窟で出会い、鬼ごっこと彼らが認識する遊びに勝利し、加護を授けた

神たちが。

 イチゴこと、エムリット。

 メロンこと、ユクシー。

 イチゴはタワーオブヘブンで出会った。

 ユクシーは街中の博物館の前で出会った。

 神に認められ、そして所有者になることを許されたベル。

「どうして……?」

 ベルは分からなかった。

 なぜ、イチゴとメロンが今、このタイミングでベルを護ったのか。

 彼らの心が分からない。見えない。感じれない。

 出会ってそれなりに月日は経つ。

 なのに、言うことは聞いてくれないし、いつもボールから出てこなかった彼らが。

 何を思い、何を決めて行動したのかが理解できなかった。

641

Page 650: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 だが、対して神々の理由はシンプルだった。

「きゃうん」

「……」

 むすっとした顔でイチゴは悶えて転がる団員たちを指差し、気に入らない、というよ

うなジェスチャーをして、腕を組んでぷいっとそっぽをむいた。

 メロンに至っては、短い指で下にして、首を掻っ切る仕草をした。要は、シネ的な。

「……」

 ベルにもようやく分かった。

 知恵と感情の神々は、プラズマ団が嫌いなのだ。

 彼女に何かしようとする奴らを、神々は敵と判断した。

 加護を授けた少女は、神々にとっても意味がある。

 神にとっては、人の都合などどうでもよい。

 ただ、敵になるなら容赦はしないように。

 初めて、ベルは神罰という言葉が真実であると知った。

 で。

「ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼーーーーーー!!」

 そんな神々に気を取られている間に、残っていた例のあいつが大暴走。

642 大決戦 後編

Page 651: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 キッチンの黒い旋風よろしくシャカシャカ動く。

 等身大リアルGのような機動が残像すら見せながら、プラズマ団を逆に追い回す。

 口からを火を吐く、額からビーム出す、分身する、超常生物顔負けの器用さだ。

「ぎゃああーーーーー!! プラーズマー!?」

「プラーズマァァアーーー!!」

 団員たちは哀れだった。

 分身したリアルGにぐるりと取り囲まれ、真顔で近づかれ「まだやんこかゴルァ……

?」と問いただすような無言の圧力を感じ、ひぃひぃ言ってるところにまだ近づく。

 熱と圧力に間近に迫る。

 本当に生命の危険を感じて、「いやぁー!」とか「やめてー!」とかの悲鳴が聞こえた。

 それでもやめない脅しに人間丸呑みを肌で感じる、大口を開けて舌と牙をチラつかせ

るあいつ。

 分身も続き、生き地獄が完成した。

 真顔を武器に、人間を脅すポケモンが未だかつて歴史上に存在しただろうか?

 いなかったとすれば、歴史上に刻まれるべきだろう。

 ヒードラン、それは人間を顔だけで屈服させる尤も合理的で尤も迅速な、賢きポケモ

ンであるということを。

643

Page 652: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

    反撃の時は来た。

 ゼクロム、ギガス、ココロの三体の参戦。

 英雄トウコの帰還により奮い立った彼らの反撃は猛烈だった。

 トウコがプラズマ団に与えた心理的ダメージは半端なものではなく、二年前の再来に

なるのではないかと予感した団員達は一目散に逃げ出していく。

 その後を追いかけ、ポケモン諸共街から排除する大人達。

 ゼクロムとギガスがそれを手伝い、ココロは姉を狙う不埒者を叩きのめす。

「……」

 空気は一気にこっち側に引き寄せた。 

 だが、嫌な予感がするトウコ。

 そもそも、奴らは何故ソウリュウの街を狙った?

 何が奴らの目的か? ただの宣戦布告ということでもあるまいに。

 もしかして、何かの道具を奪いにでも来たのだろうか?

 身近にいた団員を脅して問うても、口を開かず沈黙を守る。

644 大決戦 後編

Page 653: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 大した忠誠心だが、あの男からすれば使い捨ての駒として利用しているだけ。

 あいつらを尋問して分かることはないと見ていい。

 シャガに聞けば何かわかるだろうか。

 思い切って、トウコは問う。

「シャガ、ひとつ聞いていい?」

「なんだ?」

 先頭を走り、鋭く指示を飛ばすシャガに、トウコはプラズマ団の狙いに見当がつかな

いか問うた。

 すると、何やら渋い顔で思案するシャガ。

 言いにくいことなのだろうか。

 戦況はこちらに傾いている。今なら聞いてもいいと空気は読んだつもりだ。

「……それは……」

 シャガが口を開いた、それを邪魔するかのように声が割り込む。

 「簡単なことだ。我らはこの街に保管されていたという「いでんしのくさび」を頂きにき

ただけなのだからな」

 目の前に、空から颯爽と服を靡かせて誰かが舞い降りる。

645

Page 654: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 道路を塞ぐように、わらわらとまた出てくるプラズマ団。

 そして、どこからか黒い忍者の格好をした三人組まで出てきた。

 大人達は一斉に足を止めた。

「!?」

 シャガが、信じられないものをみたかのように目を見開いた。

「……あら」

 トウコは、不愉快そうに目を細める。

 そこに現れたのは……あの時、トウコが宣戦布告をした男、民族衣装に身を包むヴィ

オ。

 そしてその取り巻きであるダークトリニティと雑魚の集団。

 シャガが驚きの声を上げた。なぜ、それの在処を知っていると。

 見せつけるように勝ち誇るヴィオが手にしていたのは、白や水いろの角錐の物体。

「遺伝子の楔……?」

 聞き慣れない言葉だ。怪訝そうにトウコが睨む。

 不敵な笑みで、ヴィオはトウコを真っ向から睨み返す。

「久しいな、黒の英雄よ。まさか、貴様からこちらにきてくれるとは。探す手間が省けた

というものだ。……ああ、寒い寒い」

646 大決戦 後編

Page 655: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 彼はトウコがこの場にいても大して驚かず、探していたかのように言い放つ。

 背後にいるゼクロムを見上げて「貴様の伝説もこれまでだな、ゼクロムよ」と挑発す

る余裕は、どこから来るのか。

 その言い回しにも、妙な違和感を覚えた。

 シャガとヴィオが言い争いを初めて、団員たちが銃を向けて威嚇する。

 そんな中。

『トウコ。我には全てが分かった。アレを奪還するのだ、トウコ』

 トウコにのみ、聞こえるようにテレパシーを飛ばすゼクロムの声。

 ギガスとココロにも聞こえないのか、警戒するように臨戦態勢のままだ。

 その声には、強い憤りを感じえた。

(なに? 全部分かった? 何が? ちょっと、私に何をしろって──)

 展開についていけず困惑するトウコに、

『早くやるのだっ!』

 ゼクロムの叱咤が飛ぶ。

 詳しい理由は省いて怒鳴られるなんて理不尽にも程がある。

 トウコは頭に来た。人使いの荒い奴である。

 だが、決断するトウコは早かった。

647

Page 656: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「──ああ、もうっ!! 分かったわよ!!」

 凍った街道を突然走り出す。

 シャガが振り返り、背後から飛び出してきたトウコにヴィオが目を丸くする。

 今更だが、ずっと痛む左肩では意味がない。

 右腕であれを奪えばいいんだろう。

「返せ泥棒!!」

 トウコは怒鳴りながら、そのまま勢い付けて飛び蹴りを放った。

「ぬなっ!?」

 口喧嘩の最中、まさかの横槍に驚くヴィオの珍妙な声。

 何処の世界に銃を持っているテロリストに正面から蹴りを入れる女がいる。

 ここにいた。

 然し蹴りが届く前に、影が躍り出た。

 ダークトリニティの一人がその蹴りを真正面から受け止める。

 覆面の男達は、トウコの動きを警戒していたのだろう、思ったよりも動きに無駄がな

い。

「うわッ!?」

「甘い」

648 大決戦 後編

Page 657: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 掴まれたままバランスを崩して倒れるトウコ。

 どしんっ! と勢いを追加されて硬い氷の上に叩きつけられた。

 傷跡に、強烈な衝撃が走る。

 途端、左肩と背中が激痛に焼けた。

「──うああああッ!!」

 凄まじい痛み。

 一瞬、視界が真っ白になった。

 まだ足の裏をつかむその腕を、空いた足で蹴り飛ばして弾く。

 後ろに転がって起き上がり、右手で左肩を押さえる。

「大丈夫か、トウコ!?」

「ぐっ……!! ごめん、失敗したわ……」

 駆け寄るシャガに謝った。

 不意打ちが失敗した。

 あの角錐は、早くしないとのちに響くとゼクロムが警告しているのに。

「あ、相変わらず凶暴な奴だなお前は……。よくやった、ダークトリニティ」

 一幕を見ており、冷や汗を流すヴィオ。威勢の良さは、今ので殺がれた。

「……」

649

Page 658: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ダークトリニティはトウコに警戒している。

 また突貫したら、返り討ちにされるだけだろう。

 ヴィオは引きつった顔をしていたが、またすぐに引き締め直す。

 自信溢れるように、手の中のそれを見せつけていった。

「ふんっ、まあいい。目的のモノは手に入れた。故に目的は──」

 またセリフを邪魔される。今度はポケモンの襲撃だった。

「それ返せって言ってるでしょうがぁぁぁーーーーー!!」

 がぁーーー! と口から炎が出そうな剣幕で凄い速さで、紫の何かが頭上から襲いか

かる。

「「「なにぃぃぃーーー!?」」」

 それには流石にヴィオ及び団員は言葉を揃えた。

 空気を読まずに襲いかかってきたのはメガシンカしているココロ。

 サイコキネシスの有効射程に入ってから奪おうという魂胆らしい。

 せめて、前口上だけでも言わせてあげてください。それがお約束なのだが……。

「寄越せ悪党ー!」

 彼女には関係ない。

 ガルガル言いながらココロ突貫。

650 大決戦 後編

Page 659: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ヴィオは慌てて懐にそれを隠して、傍にいた団員たちがココロに飛びかかり道を阻

む。

「邪魔するなぁー悪党共ー!」

 シリアスが裸足で逃げ出した。

 人語を喋るポケモンに度肝を抜かれつつも、人間の使える数少ない技「じんかいせん

じゅつ」で伸し掛り、浮遊中の彼女を圧潰す。

「人の背中に乗るなぁー! 重たい、重たいー!」

 ジタバタ抵抗するココロ。

 サイコキネシスでまとめて吹き飛ばそうとすると、一人が掌を叩いて猫だまし。

 一瞬ココロが怯み、増員されていく団員。

 彼女の視界にうつったのは……自分目掛けてカエル跳びをする、無数の団員たちだっ

た。

 一人あたり50は越える重さには堪え切れない。

 それが折り重なるように、漫画のような山を作っていく。

 ぶぎゅぅ、という汚い声を上げてココロの紫色が黒に隠されてしまった。

 後に出来たのは、足や手、顔が飛び出した変な人間玉。

 してやったりと、顔たちは北叟笑む。ココロは呆気なく完封された。

651

Page 660: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 その間にのたのたと支度をして、ヴィオと真顔のダークトリニティは脱兎の速さで回

れ右、走り出す。

 最後にはご丁寧に、悪党退散お約束、ダークトリニティが煙玉を地面に叩きつけて煙

幕を発生させ、めくらましまでしていきやがったのだ。

 げほげほと咳き込み、ゼクロムが小馬鹿にされて怒り狂い、羽で煙を払う。

「あ、こら逃げるな……じゃなくてココロー!?」

 人間玉が英雄に一泡吹かせてやったぜと笑い合う。

 その面が非常に腹が立ち、トウコは逃げたヴィオそっちのけで、団員たちを蹴飛ばし

て退かしていく。

 シャガと大人達はここは任せると、逃げていったあいつらを追っていく。

『ココロ殿のかたきはレジギガスが!』

『ええい、何をしているのだバカ者!』

 大人とシャガを追い抜かして、ゼクロムと……何故かでしゃばる大量破壊魔が真なる

パワー状態で突っ走ろうとしていた。

 見上げて青くなるトウコ。すがる声で叫んだ。

「やめてっ!! ゼクロムはいいけどギガスはやめて!! 街が復興できなくなるから!! 

あんたに止めさされるから!! それよりも街中の残党を捕まえてきなさいっ!! ハ

652 大決戦 後編

Page 661: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

リーアップ!」

 ゼクロムはシャガを追い、

『了解!』

 何故か敬礼したギガスは、いまだ残る残党狩りをするために戻っていった。

 のちに、『ソウリュウシティ襲撃事件』と呼ばれ、センセーショナルなニュースとして

全世界に伝えられたこの大事件。

 真相を知るのは極一部の者だけだ。

 彼らはこの街に保管されていた重要なアイテム「いでんしのくさび」を強奪にきて、見

事成功してしまった。

 落胆して戻ってきたシャガ曰く途中で古典的な落とし穴だの、対人地雷だの、高性能

爆薬だのを仕掛けた道路に誘導されて、危うく追撃が逆襲されるところだったらしい。

 増援の警察などが街の中で虚しい戦いをしていたプラズマ団をお縄にして、夕暮れ時

には、彼らの姿は街から消えた。

 残されたのは、未だに生えている氷山をグロウパンチで砕くギガスやかえんほうしゃ

で溶かすゴ……ではなくヒードラン、壊されたガレキの撤去などをしている人々。

 それを疲れた顔で指示するシャガと、隣に肩を押さえて突っ立つトウコ。

 この度の活躍で、彼女は周囲に英雄だと再認知されたのだった。

653

Page 662: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……まあ……。街の奪還は……出来たから……一応、勝ちは……勝ちよね……シャガ

……」

 ただし、最後はなんとも締まらない勝利だったが。

「いでんしのくさびは、奪われてしまったがな……」

 深い深い溜息をついて、めちゃくちゃにされた街の修繕を急ぐシャガ。

 ゼクロムも手伝い、子供達の恐怖を取るためのメンタル係を担当中。

 外れの広場に座る。

 伝説の黒い龍に触れると、子供たちは先程の騒ぎを忘れて楽しそうに彼に遊んでも

らっている。

 ……迷惑そうな顔をしているのはご愛嬌だ。

 ベルは病院に医薬品などを運ぶのを手伝い、チェレンは緊急入院。

 その他、ツンツン頭の少年も病院行きで、ゼクロムの近くには目を輝かせたリング

ドーナツヘアの少女が嬉しそうに飛びついて匂いを嗅ぐなどなんか変な行為をしてい

るのが見受けられる。

 ココロなどは全員ポケセン行きになった。

 トウコの手持ちはベルの警護をせずに好き勝手暴れていたらしいので、先程まで説教

を警官から受けていた。

654 大決戦 後編

Page 663: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 この街の傷跡はすぐには直らない。

 せめて、少しは癒えるまで。トウコはこの街にいることを決めたのだった。

655

Page 664: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

白の敗北、科学者の裏切り

    黒の英雄と共に街を奪還した数時間が経過した。

 街の傷痕を癒すため人々が苦労している中。

 現代科学の粋を集め創られた空飛ぶ駆逐艦。

 伝説の白龍との戦いで最先端の戦艦もタダでは済まず、修理のためとある海沿いへ身

を潜めた。

 ともあれ、彼らは目的は果たしたのだ。

 当分は派手な動きをしなくていい。それよりもするべきことがある。

 プラズマ団の科学班の指示通り、次々物資が運び込まれ、こちらも急ピッチで修理が

進められていく。

 秘密裏に、そして迅速に。

 この二年間で彼らが身に付けた彼らのやり方だ。

 そう。空飛ぶ戦艦は手負いになりながら、破壊は免れた。

656 白の敗北、科学者の裏切り

Page 665: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 彼らは、勝ったのだ。そして、伝説の白龍は、敗北した。

 元々は身内。

 互いのやり方は痛いほど理解しているはずなのに、一瞬の迷いが命取りになった。

 彼は、甘くなった。まだ、どこかどうにかなると思っていたから、負けた。

 そして、囚われの身となってしまった。白龍も、彼女のトモダチも、全てが。

 多くの仲間を巻き添えにして、彼は初めての反抗で、実力の差を思い知らされたの

だった。

 「──久しぶりに戻ってきたと思ったら、何を言い出すのです? こんなことはやめろ

? 心無きバケモノが、随分と舐めた口を聞くようになりましたね、Nよ」

 駆逐艦の中にある、艦長室。

 蒼の絨毯の上に置かれた、高級そうな椅子。

 その背後には壁に設置された複数の巨大なモニター。

 そこに座り、杖を音を立てて乱暴に叩きつける男性がいた。

 右目の赤いモノクル。プラズマ団のロゴが入った黒い外套。

 翠の髪の毛は艶を失い干からびたようになっている。

 体付きを隠すように羽織る外套を纏うその男は、冷たく彼に言い放つ。

657

Page 666: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「相変わらず、役に立たないのは変わりませんか。何をしにきたかと思えば……下らな

い」

 吐き捨てるよう呟くその男は、不機嫌を表すように何度も床を杖で叩く。

 睨み付ける左目には、言いようのないどす黒い感情が淀み、渦巻いている。

「父さんッ……!! こんなことをして一体何になると言うんだ!?」

「ワタクシには意味があります。それはN、貴方には永遠に理解できない」

 男が睨む前では、後ろで手を縛られて、床に転がされている青年がいた。

 帽子をかぶり、緑髪が長く、端正な顔立ちの美青年だ。

 男を父と呼び、男は青年を役たたずと呼ぶ。

 この二人は血縁関係はないが、嘗ては親子だった。

 今は──ただの、敵同士。息子の言葉は父は聞く耳を持たない。

雑音ノイズ

 その一言一言が

であるかのように、耳障りな声に顔を顰めるだけ。

「この二年で貴方は何を見てきたのかは知りませんが、たった一つの真理を改めて教え

ましょう、N。ポケモンは──人間に使われているだけの道具であると」

「違うッ!! ポケモンは決して人間の道具なんかじゃない! 彼らは隣人で、友で、仲間

で、戦友で、家族なんだ!!」

「誰がそんなことを貴方に教えたのです? あの小娘ですか? 揃いも揃って目障りな

658 白の敗北、科学者の裏切り

Page 667: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ことですねえ……。まあ、誰がどう言おうが、所詮道具は道具。使う人間がいなければ、

価値もなければ存在する理由も意味もない。それだけなのです。貴方は、まだそんなこ

とすら分からないのですか。二年。たった二年で、ここまで愚かになっているとは……

失望しましたよ、N」

「父さんッ!!」

 話し合いは平行線だった。

 父はポケモンを道具だと豪語し、息子はポケモンは友であると言い返す。

 交わることのない対極な意見が、交差することなく互いに言葉でぶつけ合うだけの形

だけの会話。

 二年ぶりの再会だというのに、父が言ったのは「役に立たないなら始末するべきで

しょう」という残酷な現実だった。

 その会話を壁に寄りかかりながら聞いている白衣の男は、パソコンに会話の内容をテ

キトーに記録しつつ、尋問というこの下らない時間を終わらせるために口を開く。

「ゲーチス。そろそろいいでしょう。彼を、解放して差し上げるべきではないのですか

?」

 若干ウンザリした口調で言うが、ゲーチス──二人の英雄の最後の敵は、その発言に

いやそうに言う。

659

Page 668: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「解放? この男を今更解放して何になるのですかアクロマ。いいですか、このバケモ

ノがいたおかげで、ワタクシは二年前に屈辱的な敗北を味わったのですよ? 同じ轍を

踏めと貴方は言いたいのですか?」

「……。解放する気はない、と?」

「当然です。この男は最早ワタクシの息子でもなければ、プラズマ団の王でもない。た

だの、目障りなハエに過ぎません。害虫は、徹底的に駆除するに限るでしょう。違いま

すか?」

「……理には適ってますね」

 親子でありながら、その言葉は本当に温かみに欠けていた。

 息子を害虫、ハエと称した全ての元凶は凶悪に唇を釣り上げた。

 彼は滔々と語る。

 一匹、邪魔と思いつつ必要経費で探していた愚か者を捕まえることができた。

 求めていたモノは、全てこちらの手に落ちた。

 今となっては彼に利用価値もないし、生かす理由特にはもない。

 親子としての温情はとうに尽きている。いや、最初から存在しない。

 ならば。

 どうするべきなのかは、考えなくてもわかる。

660 白の敗北、科学者の裏切り

Page 669: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「アクロマ。Nを、早急に始末しなさい。手段は問いません。好きにして二度と立ち上

がれないように、ワタクシの邪魔を出来ないようにするのです」

「……それがお望みならば」

 ──それは事実上の、息子への死刑宣告だった。

 ゲーチスは表情一つ変えずにそう、二年前までは我が子と言っていた青年を、無情に

切り捨てた。

 アクロマは眉が動きそうになるのを堪えて、無表情を保つ。

 今だけは、顔は鉄面皮で居て欲しいと切に願う。

 この男の狂気を眼前に、何かを奴に悟られれば最悪生命に関わる。

「父さんっ!!」

 青年は叫ぶ。

 必死に縋るように、最後まであの男を信じる健気ささえ感じられた。

 なのに。

「ワタクシは新生プラズマ団の王。そして、やがてはイッシュを越え、世界すら征する王

となる男。道具に心がある、言葉が聞こえるなどというバケモノの父などでは、ないの

です」

 親子ではない。面と向かって、彼は言い切った。

661

Page 670: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 この男には、人の心が欠落している。

 アクロマはそう思った。

 全て自分の為に行動する、究極の自己中心が目の前で杖を床に叩きつける。

 彼が下した判決は、死刑。手段は問わない。

 目的を邪魔をする因子は全て排除せよ、そう告げてモニターの方に向いた。

 これで終わりだ。そう言うようにその背中は、言葉を遮断する。

 青年が父と呼んでも動かない。彼の耳には青年の声は雑音として処理される。

「ふぅ……」

 アクロマは白衣を揺らし、青年の首根っこを掴んでズルズルと引きずっていく。

 早くこの部屋から出たい。それが、アクロマの本音だった。

 あの男と一緒にいるだけで空気が淀むを通り越して腐る。

 あの黒く滾る怨念とも妄執とも言えない塊は見るに耐えない。

 アクロマは改めて自覚する。

 私はあの男が大嫌いであると。

 アクロマに引きずられ、Nの父との二年ぶりの邂逅は呆気なく閉じるのだった。

  

662 白の敗北、科学者の裏切り

Page 671: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 Nは二年前にプラズマ団を抜けている。

 その後釜として用意されたのが、研究者として働いていたアクロマという男だった。

 二年ほど前にちょっとした知り合いだったのがお前の研究を全面支援してやるとい

う条件で傘下に入り、現在もこうしてプラズマ団に所属している。

 プラズマ団がどういう集団なのか知らないわけじゃない。

 だが、アクロマにはそんなことどうでもいい。

 たまたま、研究場所としてこのプラズマ団を根城にしているだけの話で、決して彼ら

に賛同しているつもりはない。

 アクロマには関係もなければ、知ったことでもない。好きなことをすればいい。

 アクロマは口を出さない。その代わり、口出しもさせない。

 完全な中立として、この場所にいる。

 アクロマはポケモンはどうすれば強くなれるのか、それは研究テーマだった。

 あらゆる手段を投じた。

 非合法だろうが合法だろうが、疑問を解決するためには手段は考えず、そのすべての

結果を随時書き続けて、犠牲になったポケモンのことなど気にもせず没頭していた。

 人は彼を狂っていると評する。その通りだと彼も自負している。

解答こたえ

 科学者とは、どこか狂っていないと続けることなど出来やしないし、満足のいく

663

Page 672: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

など気が済むまでやらないと得ることができないと思っている。

 だが、同時に彼は思う。人として、自分は壊れているつもりはないと。

 ポケモンに対しては道具として扱い、人道的とは言えない事を確かにした。

 そのことは反省する気もないし、詫びをする気もない。開き直るつもりもない。

 だが、人とポケモンは違う。人一人の生命は、安い物などではないのだ。

 アクロマはNと出会ったとき、彼の言葉を聞いて、強烈に脳裏を揺さぶられた。

 今までの人生観、研究成果を全否定されたような衝撃を受けた。

 彼はポケモンの言葉はわかるという。

 彼は狂喜乱舞するおのれの気持ちを、感情のたかぶりを、我慢できなかった。

 なんと素晴らしい才能の持ち主なのだろうか、とある種の感動すらした。

 この青年は素晴らしい。本当に素晴らしい人間であるとすぐに分かった。

 バケモノ? 怪物? 馬鹿らしい。

 異端のモノをなぜそのような汚い言葉で呼ばねばならないのか。

 彼はただ一人の先駆者なのだ。

 人とポケモンの関係を、次のステージへとシフトさせ、ポケモンの強さを更に引き出

す可能性を秘めている。

 そんな可能性の種を、あの男は殺せという。冗談じゃない。

664 白の敗北、科学者の裏切り

Page 673: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 彼は秘宝だ。

 生きた、尊い価値のある生命。

 始末などさせない。

 アクロマの科学者としてのプライドに誓って。

 アクロマは、人気ない廊下でとぼとぼ歩く彼の手を縛っていた縄を解いて、素早く耳

打ちした。

「静かに。あなたが連れてきたレシラムのところへ案内しましょう。ついてきてくださ

い」

「!」

 青年はアクロマの顔を驚いたように見た。

 アクロマは不敵に笑う。

「持つのところ私は、ゲーチスが大嫌いなんですよ。あの男の言うことを聞くくらいな

ら、あなたを逃がして裏切り者のレッテルを貼られたほうがまだマシです。上手くやり

ますけどね」

「……」

 懐疑的な視線だった。全く信用されていない。

 それでもいい。彼は非常に興味深い逸材だ。

665

Page 674: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 これからもじっくりと、観察したいと思ってしまう。

 善悪を超越したアクロマの好奇心を猛烈に刺激する。

 彼は二年前までは、プラズマ団の王であったらしい。そんなことはどうでもいい。

 アクロマはただ、一人の人間が見せるポケモンとの可能性を見せて欲しいだけだ。

「証拠を見せましょう。さぁ、こちらですよN」

「……」

 彼は、渋々ながら解放されたことも踏まえてついてくることを決めたらしい。

 その時には既に案内した先で、全てのポケモンたちが自由を奪われ、悪意に支配され

ていることを、まだ二人は知らない。

666 白の敗北、科学者の裏切り

Page 675: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

重なった襲撃 

    黒き英雄は間に合わず、白き英雄は敗北した。

 悲劇への布石は、止めることができなかった。

現在い

 それは歴とした事実として、過去に積み重なり、

をつくる。

 それでも、黒き英雄には守れたものがあった。

 人々の想いと、大切な人の生命。

 未来へ大きな不安を残してしまったが、同時に何とか傷つく生命を守ることは出来

た。

 それは、何よりの救いだった。

「……」

 あの襲撃から数日。

 街は相変わらず壊滅状態、各国が救援物資などや人材を派遣してせっせと直してくれ

ているが、それも何時までかかるか分からない。

667

Page 676: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 テレビをつければ、プラズマ団の悪行を責める各国の首相たちは批難をする声明を出

して糾弾している。

 ……そんなことに、一体何の意味があるのだろう。

 トウコは、見舞いに訪れていた病室でその様子を眺めながら思った。

 言葉で奴らが止まるとでも思っているのだろうか?

 いや、思っていてもいなくても、こういうことをしなければいけないのだろうと自重

的に思う。

 そう。どんな形であれ、アクションを起こさなければ周りから攻撃される。

 仕方ない。世の中はそうやって動いている。

 大人は大変だ。

 あらゆるモノに雁字搦めにされて、思うように身動きが取れない人が多い。

 胸に秘めている正義とか、信念とか、そういうのよりも前に、人との繋がりを優先し

なければいけない。

 それは建前とかと言われるもので、やりたいと思うことややりたくないと思うことを

素直にできない政治家たちというのは、本当にキツイんだろうと思う。

 意味がなくても、やらないといけないこと。

 全く違いがないどころか、下手すれば狙われるリスクだってある。

668 重なった襲撃 

Page 677: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 それでも、行わなければいけないこと。

 面倒くさいな、と苦笑しながら思った。

(……お姉ちゃん……ごめんね、わたしがもう少し頑張れば……)

 そんな彼女の内部に響く、済まなさそうな声。

 声の主はココロで、失態をしたのは自分の責任だと思う感情が流れてくる。

(ココロ。いいのよ、結果が伴わないことだってある。それがたとえ大失敗でも、次何と

かすればいいの)

(お姉ちゃん……)

 姉は全く責めなかった。彼女の失敗を、苦笑で済ませた。

 下手をすれば、この先の事情を引っ繰り返すような大失敗を。

(良いことね、次があるっていうことは)

 次があるとだけ言って、全く怒らなかった。

 大体の事情はシャガから聞いた。

 トウコが駆けつける前に、どうやらあいつが来ていたことも。

 その先導のおかげで、トウコはすんなりと街の奪還に成功したことも。

 その後の行方は誰も知らないことも。

(……参ったわね。先走って失敗するのは私だけかと思ってたんだけど……)

669

Page 678: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 彼女は腕を組んで、目を閉じ俯いて、壁に寄りかかる。

 この個室の住人は現在眠っている。

 まあ、手術して体力を消耗しているから当然だろう。

 勇猛果敢にプラズマ団に立ち向かい、大怪我して病院に担ぎ込まれた、カッコ良いメ

ガネのおさななじみだ。

 久々に顔を見たら満身創痍の情けない姿を晒してくれて、でもそれは今まで見た中で

最高にかっこよかった。

 ボロボロになって、自分がこんなになってまで子供を救おうとしたヒーローのジム

リーダー。

 本当に、二年前までモヤシだったやつとは思えない。

 その男の勇士は、きっとトウコは忘れない。彼の為にも、理想は必ず達成する。

 そのためには、もう一人の英雄の力添えが絶対に必要だったのだが……。

(レシラムの気配は? ゼクロム、聞こえてる?)

 彼女の問いかけに、伝説の龍は……。

『ぬあぁーーーー!! 我の尻尾にしがみつくなぁぁぁーーーー!!』

 ……まだ広場で取材やら子供の遊び相手やらをさせられていた。

 伝説の龍ってことで取材班の突撃取材にも引きつった顔で応じている黒龍、ゼクロ

670 重なった襲撃 

Page 679: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ム。

 とはいってもただ座って、ソウリュウの子供達の遊び相手に殴られたり蹴られたり踏

まれたり噛まれたりしているのを撮影されているだけだが。

 市長の命令で、一定距離には子供以外立ち入り禁止、見張りの大人達はハラハラしな

がらゼクロムの動向を見守っている。

 トウコの命令である。子供の相手をしていろ。子供たちに傷痕を残すな、と。

 襲撃というトラウマにもなりかねない経験を、伝説の龍が遊び相手になるという滅多

にないチャンスで上書きして忘れさせてしまえという素人発想な考えだが。

 子供たちは連日連夜、ゼクロム相手にぼこすか暴力を振るい、ゼクロムはそれを堪え

ている状態である。

(……ああ、こりゃダメね……)

 自分で命令しておいてなんだが、彼、あまり子供の相手はむいていない。

 レシラムの気配がイッシュから消えたと彼に聞いて、嫌な予感がするトウコ。

 まさかと思うが、あいつはあの男に負けたのだろうか? と。

 多分、この予感は事実だろうと確信している。

 あの男はチャンピオンであるトウコを打ち負かし、当時現役だったチャンピオンも一

方的に嬲れる程の実力がある。

671

Page 680: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 それに比べて、才能に恵まれているとはいえ、あいつは素人だ。

 ちゃんとした経験も積まずに、我流で進んでいるせいで強いは強いが、癖がある。

 そんな奴が真っ向勝負で勝利出来るほど甘いとは思えない。

(レシラム単体だけで……キュレムを掌握している可能性があるあいつら相手に、勝率

は低すぎる……。あいつは、私と同じで焦ってでもいた……?)

 嘗てのトウコも焦って道を誤り、何度も壊れかけた。

 でも、踏みとどまることができた。

 それは隣にベルがいたから。

 ベルが何度も呼びかけてくれたから、トウコは最後まで突き進まずに済んだ。

 ではあいつは?

 あいつの道中には、誰か人間の連れがいたか?

 自分が行動した結果をちゃんと予測できる仲間がいたか?

 予測ではあるが、誰もいない。あいつは元々悪党と世間には知られている男。

 味方する奇異な存在などそうそうないだろう。

 ポケモンの言葉が聞けても、人として彼はまだ未熟。

 もしも、誰か一人でも彼のことを止めることができたら。

 トウコが駆けつけるまで、あの場にいたのなら。

672 重なった襲撃 

Page 681: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 決着はきっと、もうついていただろう。でもそれは仮定の話で、意味を成さない。

 今は、今トウコに出来ることを。それを、全力でやるしかない。

「……そろそろ帰るわね、チェレン」

 返事はない。

 壁から身を起こし、ベッドの上で眠る彼を見る。

 痛々しい姿が目に入る。穏やかに眠っている彼を見るのは、何年ぶりだろう。

 こんなになるまで戦い、自分の身を挺して貫いた信念。

 彼はヒーローだ。トウコは誰が文句を言おうと、胸を張ってそう言い切れる。

 そしてゆめゆめ、忘れない。

 彼をこんな風にしたのは、間に合わなかった自分のせいでもある。

 責任を一人で追うつもりはない。だが、軽んじるつもりもない。

 自分が進むとき、場合によっては誰かが傷つく。覚悟はしていた。

 自分の大切な人が、ここまで傷つき、守り抜いたそのことを、忘れてはならない。

 こういうことも、英雄として進むのなら、有り得るということを。

 トウコは、決して忘れない。

 彼女は、そっと病室を後にした。

 軽く振り返り「またくるわ」と小さく言って。

673

Page 682: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

   騒がしい。

 病院を後にした彼女は周囲のざわめきに機敏に反応した。

 口々に「ポケモンが襲ってきた」とか、「野生のポケモンが暴れてる」とかの情報が耳

に入る。

 そして、トウコの姿を見るや縋り付く住人たち。

 一斉に助けてくれと求められても、トウコは所詮子供。

 何を言っているか分からぬまま、困惑気味に聞かされる。

 声の濁流で聞き取りにくい。

 ココロも助力し何とか纏めると。

 馬鹿みたいに強い野性のポケモン三体が、復興している大人達を襲撃し、怪我人が出

ているという。

 何とかトレーナー達が応戦しているが、押されていると。

 それを聞いて、一番強いであろうトウコを探していたこと。

 彼女ならきっと勝てると。追っ払ってくれると。

 そんなことを言われても、と思うがそこは仕方ない。

674 重なった襲撃 

Page 683: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 今、この場は一種の戦場跡。誰しも疲弊し、藁をもつかむ想いで必死になっている。

 英雄という存在がいれば、頼りたくなってしまうのは当然の心理で。

「分かったわ。私が何とかするから、他の人は避難の誘導をお願い」

 慣れてもいないリーダーシップを発揮し、右往左往する老若男女に命じる。

 何とか群衆は動き出す。

 それでも指示にもついていけずに呆然としている彼らに、トウコは止む無く鋭く言っ

た。

「早くしなさいッ!! 後手に回って怪我人を増やしたいの!?」

 英雄の怒鳴り声というのは、群衆には面白く作用するらしい。

 彼らは何故か敬礼して、一斉に散っていく。

 トウコも、案内を買って出た子供達について、走り出す。

(ごめん、みんな手を貸して!)

 彼女の頼もしい相棒たちは二つ返事で了承してくれた。

 彼女は走り出す。人々の希望を失わせたいために。

 町外れの方角で、それは起きていた。

『思い知れ、ニンゲン共ッ! ポケモン達の苦しみをッ!!』

『罪は償わなけれなりませんッ!』

675

Page 684: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『我らは使命のため、人と敵対する!』

 そう、彼女には聞こえた。低い男の声だった。

「っ!?」

 続く、眼前で爆発音と立ち上る煙。

 あれは、ポケモンの技か。

 思わず歩みを止める。

「今の声、何?」

 周囲を見回しても、低い男の声を出す人間はいない。

 そもそも、『人間』? どういう意味だ?

 混乱するトウコ。

「声?」

 子供達が、声なんてしないと言う。

 それを聞いて、悟った。

 理解した。

 思い出した。

 察した。

 あらゆる意味で、最悪のタイミングで、最良のタイミングであるこの襲撃の意味。

676 重なった襲撃 

Page 685: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 一瞬で、分かってしまった。これは、人間を殺す意思があるポケモンの襲撃。

(うそ……このタイミングで、まさか……!?)

 彼女は知っていた。一地方にのみ語り継がれる、ポケモンたちの英雄伝説を。

 古来、人々がまだポケモンと別々に暮らしていた時代。

 人間同士の戦が始まり、それに巻き込まれたポケモンたちが住処を失い、危機に瀕し

たことがあるという。

 その時、何処からか颯爽と現れた三頭のポケモンたちによって人間たちは逆に懲らし

められ、以後人間たちは彼らを畏怖するようになったという。

 ポケモンたちはそうして、平和な日々を取り戻したという英雄譚。

 そう、彼らはポケモンの英雄であり、ポケモン達の味方。

 トウコが人間の英雄ならば、似た使命を持ちながら真逆にいる、存在。

 ポケモンの英雄たち。人とは相容れない存在。

 だとしても、悲しすぎるから。分かり合えると信じているから。

 だから、動く!

「やめてぇーーー!」

 彼女は叫んだ。子供たちを置いて、煙に向かって走り出す。

 恐らく彼らは、またポケモン達の危機を察知して動き出した。

677

Page 686: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコはそう感じた。肌で感じる、ビリビリとした殺気。

 これは、本気の闘争の時の気配。マズイ、殺し合いに発展するとすぐに感じた。

 やめて欲しかった。ポケモンと人の幸せ。それが、トウコの目指す理想。

 それを、人とポケモンの殺し合いだなんて悲しい結末を認められる理由はなかった。

(お、おいトウコッ!! 死ぬ気お前!?)

 アークが焦ったように言う。

(お姉ちゃん!!)

 ココロが言っても、彼女は止まらない。

 煙を突っ切り、強大な気配を感じても足は止めない。

 立ちはだかるように、彼らの前に躍り出た。

 そこに居たのは、

『──? 何だ、お前は?』

 猛々しい姿のポケモン、

『貴方は……?』

 凛々しい姿のポケモン、

『君は、選ばれし者、か……?』

 そして、雄々しい姿のポケモンたちだった。

678 重なった襲撃 

Page 687: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 伝承通りの、ポケモン達の三英雄。人間の英雄との邂逅の瞬間だった。

 彼女は声を大にして、叫ぶ。

「テラキオン、ビリジオン、コバルオンッ! こんなことやめて!! ここにいる人たちに

罪はないわっ!!」

 彼女は必死に言う。無論、自分が死ぬのは怖い。

 それよりも、目の前で人とポケモンが争うのは、もっと怖い。

「私の名前はトウコ! 理想の黒き龍、ゼクロムに選ばれた人間! あたしの話を聞い

て!」

 振り返り、応戦していた人々に逃げるように指示し、彼らは一目散に逃げ出した。

 名を名乗ると、彼らは一斉に動揺した。

『奴に選ばれた? お前がか? その証拠はどこにある?』

「何だったら今すぐこの場にゼクロムを呼んでもいいわよ!!」

『……ほう、強気だな』

 伝承の書で見たことのある絵で判別できた。

 大きな角を持ち、古城を滅ぼしたと言われるテラキオン。

 鋼の投資を持つ、伝説のポケモン、コバルオン。

 華奢な身体を持ちながら、知性に溢れている、ビリジオン。

679

Page 688: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 やはり、伝承のポケモンたちがそこにはいた。

 テラキオンが怪訝そうに、腕を張って立ちはだかるトウコを見る。

『成程。選ばれし者故、私達の声も聞こえるのですね』

 どうやら、ビリジオンは話が通じるらしい。額の剣を引っ込めてくれた。

 心臓が早鐘を打つ。見上げる、伝説のポケモンたちの姿。

 彼らを睨みつけるように見上げる。

 その視線に応えているのは一番目付きの怖いテラキオンだった。

『……ふむ。テラキオン、どうやら彼女は本物のようだ。一度、話を聞いてみる価値はあ

る』

 コバルオンも、テラキオンに告げて剣を収めた。

『……ふんっ、まあいいだろう。人間サイドの英雄がでしゃばったんだ。それなりの理

由があって、ニンゲン共はこんなことをしでかしたんだろうな?』

 彼は鼻を鳴らして、そう言った。

「……ええ。私の知っていること、全部話すわ。だから、今はやめて」

 彼女も、深呼吸して、突然襲ってきた彼らに、全ての事情を話し始めた……。

680 重なった襲撃 

Page 689: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

使命と理想

    見上げるほどのポケモン三体に囲まれたことは、少なくてもここ数年はなかった。

 トウコは恐怖となけなしの勇気を振り絞り、彼らに全ての事情を語った。

『……つまり、貴方はこう言いたいわけですね。ここにいた人々は何もしていない、よっ

て襲撃される謂れはないと』

「そうよ。ただ街の復興をしていただけで、何でむしろ襲われなきゃいけないわけ?」

『……』

 いうなれば、高い女性の声だろうか。

 これはビリジオンの声だ。

 先程の低い男の声はテラキオンで、それよりも低い重低音の声が、コバルオン。

『ふむ……。我らは、ニンゲンがポケモンの敵となったとき、懲らしめる事を使命として

いる。正直な話、その懲らしめるニンゲンが何をしていようが、事情は我らには関係な

いのだよ。ゼクロムに選ばれし少女よ』

681

Page 690: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ぶっちゃけたことを言ってくれるコバルオンに絶句するトウコ。

 ボールの中では、警戒を続ける彼らの苛立ちが伝わってくる。

 その思念のせいか、沸点の低いトウコはイライラしていた。

「それは酷すぎるわ。ここにいる人たちが何をしたっていうのよ。あんた達には関係な

いかもしれないけどね、こっちは大問題なのよ。あんたら、人を排除できればそれでい

いわけ? 使命遂行しすぎて、イッシュで人間とポケモンの全面戦争でもしたいの? 

言っとくけど、人間ってのはあんたらが思っている以上に根に持つわよ」

 若干話を聞いてもなお、勝手なことを言いやがる彼らに半切れのトウコは噛み付くよ

うに言う。

『はっ! 上等だぜ。どうせニンゲンなんざ、俺達のチカラにビビっちまって震えてい

るだけのチキン共じゃねえか。何が全面戦争だよ、そんな言葉で俺達を脅そうったっ

て、そうはいかねえぜ』

 テラキオンに至っては、完全にニンゲンを見下していた。

 同感と言わんばかりに、コバルオンが頷いた。

 ビリジオンは何かを思考するように黙ったままだ。

 そのふてぶてしい態度に、トウコは思わず怒鳴りそうになるが、ぐっと堪えて説得を

続ける。

682 使命と理想

Page 691: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……だから、そういうなら、暴れてる連中を見つけて攻撃すればいいでしょう? 何で

目に入った人をその場で意味も無く襲うのよ。それで何が変わるの? なに? 人間

は全部外敵? 狙うのが一緒くたで連帯責任とでも言いたいの?」

『じゃあ逆に聞くが、違うってのか? 内輪揉めでこうして馬鹿騒ぎ起こしておいて、ニ

ンゲンは清廉潔白で、ポケモンには害のないと言えるのか?』

 バカにしたように告げるテラキオンに、真っ向から切り捨てる。

 こういう優越感に浸る馬鹿は、基本的に相手の言うことを全部否定しないと気が済ま

ない。

 議論をするだけ、説得するだけ無駄なのでこいつは論外だ。

「……そうね、少なくても何もあんたらの言う、敵になる行為をしていない人はそうよ」

 そう言って、むしろ彼を哀れむように、嘲笑う。

 挑発するように、声に出して、嗤った。

『あんっ?』

「あんたみたいな奴には言うだけ無駄ね。脳筋で、単細胞で、物事を深く理解しない。っ

てか、出来ないんでしょ。そういうやつは理屈とか、筋ってものを言っても分かんない。

だってその頭がないんだもの」

『あんだと!?』

683

Page 692: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 案の定、挑発に乗ったテラキオンがいきり立つ。

 トウコはそれでも続ける。

「違う? 違うって言うなら何処がどう違うってのか、説明してみなさいよ。私はした

わよ。あんたたちの使命を否定せず、やり方も否定せず、受け入れた上で妥協案を出し

たわ。人を襲うなとは言わない。襲うしかない低能もいるって認めて、だけれどここに

いる人達は何もしていないからやめてって。人間と共に生きている、一緒にいることを

選んだポケモンのことまで全否定する馬鹿は黙っててくれない? その分話が進まな

いわ。議論の邪魔よ」

 事実だった。

 彼女は一度も、彼らの使命を否定せず、人を襲うなと言ったのは何もしてない一般市

民だけ。

 むしろ、この事実を作った連中なら襲ってくれて構わないと譲歩した上で、提示した

妥協案。

 彼は、それだけ言われて当然黙っている輩ではないと踏んでいる。

 ボールの中でアークが『ざまあみやがれ脳筋石頭!』と罵倒し、彼らは満場一致でう

んうんと頷く。

『……いい度胸してるぜ、お前。俺をそこまでコケにした奴は、大体無事じゃすまねえ。

684 使命と理想

Page 693: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

お前もそんな命知らずってことでいいんだよなぁ?』

『やめるのだ、テラキオン』

 凶暴な唸り声を上げて今にも襲い来るのを制止したのは、意外なことにもコバルオン

だった。

『彼女の言うことは大して間違ってもおるまい。お前の短絡思考は今に始まったことで

はない。それに、話し合いよりも暴れ合いの方があっていると言ったのは誰だ?』

『……チッ……』

 テラキオンは舌打ちし、忌々しそうにトウコを一瞥しそっぽを向いた。

 よし、と内心うまくいったと安堵するトウコ。

 危ない橋だったが、最大の障害が黙ったことでこれで少しは円滑にできる。

『こちらのバカが済まないね、トウコとやら。では、他に君が言いたいことは?』

 コバルオンも結構口が悪いらしい。

『あぁ!?』

 と振り返ったのを、ぞっとする視線で睨めつけて、黙らせた。

 恐ろしい視線だ。睨みつけるだけで人殺せそうなひど目付きが悪い。

「コバルオン、私が言いたいことはそれだけよ。目標を定まるだけの情報は渡した。あ

とはそっちで判断して」

685

Page 694: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『……そうか。どう思う、ビリジオン。黙っているということは、何か思うことがあるの

だろう?』

 問われたビリジオンは久々に語った。

『……そうですね。彼女の言うことは正しい。私達は人を排除することは確かに使命で

すが、ただそこに住まう人々を襲うというのは道理違い。てっきり私は、ここに住む

人々が何かを起こしたのか、と思っていたのですが。彼女の説明なら、何もしていない

ところを私達は一方的に襲ったこと言うことになります。それは、幾らなんでも使命と

はかけ離れている。敵対すらしていない相手を攻撃するのは本位ではないのですから』

『成程、そもそもが敵になってすら言えないと?』

『ええ。本当に、彼らは何もしていない。それでは、ニンゲンのことを私達は糾弾するこ

とは出来ません。ニンゲンからすれば、襲われたことに関しては似たようなものでしょ

う』

『……。要するに、我らが勘違いで、襲ったということ、か……』

 ビリジオンはどうやら自分のせっかちを気づいたらしい。

 失態を素直に認め、トウコに歩み寄ると頭を垂れた。

『来度のこと、申し訳ないと思います。私たちの勘違いのせいで、無実の人々に傷を負わ

せたこと、このビリジオンがお詫びいたします。本当に、申し訳ない……』

686 使命と理想

Page 695: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 それに合わせて、コバルオンも『すまなかった』と頭を下げた。

 そのあっけない幕切れに、ポカンとしてたトウコは慌てて頭を上げるように頼む。

「あ、いや、分かってくれるならいいの。私はただ、ポケモンと人間がともに生きる世界

を作りたいだけだから」

 そういうと、彼らは頭を上げた。これで、一件落着、とおもいきや……。

『ハッ! お笑い種だな! 見た目通りお子様ってか!』

 嘲笑する声が聞こえた。

 見ると、見下すように笑うテラキオンがいた。

『なぁに、寝言ほざいてやがるんだお前は? アレか、夢を見るお年頃ってか? ポケモ

ンとニンゲンの共存? そんなもん、出来るわけねえだろうが!』

 そう真っ向から、彼女の理想を否定した。

 その言葉に、まずトウコの内部でブチリという嫌な音がした。

 あ、と彼女の相棒たちは思った。今あいつ、禁句言った。

『テラキオン! 口が過ぎますよ!』

 ビリジオンがすぐに食いつき、彼を糾弾する。

『おいおい、忘れたのかよビリジオンもコバルオンも。俺達はニンゲンを排除するのが

使命なんだぜ? こんな小娘相手に何一々話なんて聞いてやがるんだよ。俺達はただ、

687

Page 696: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ニンゲンを潰せばいい。そこにどんなものがあろうとな!』

 吐き捨てるように言った彼に、コバルオンも怒りを表す。

『おい、いい加減にしろ。貴様、無礼という言葉を知らんのか』

 それも気にせず、彼はまだ言う。

『はぁ? 無礼? っつかよ、何でニンゲンの言うことなんて間に受けてんだ? こい

つが嘘ついてる可能性だって捨てきれねえんだぜ?』

『ゼクロムの気配がする、私たちの言葉がわかるという状況証拠が揃っていて尚、疑うと

?』

 ビリジオンの憤慨した声に、テラキオンは鼻で笑う。

『ったりめーだ。ニンゲンなんざ信用できるか』

 あーだこーだと、彼らは言い争う。

 その間に。

「……」

 ごごごごごごごごごご……。

 そんな効果音が聞こえてきそうなほど、俯いて怒り狂っている一人の英雄がいた。

 彼女の中には、一つの文字が炎を纏い、燃え盛っていた。

 それは、言葉が届かない相手を相手する場合の切り札。

688 使命と理想

Page 697: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ぼそりと、内部のココロにお願いという名前の命令を下し、竦み上がったココロは泣

く泣く従う。

 淡い虹色が、右手を覆うのをみてから、彼女は歩き出す。

 その歩みは、徐々に早くなり、ついには走り出す。

『だから、目を覚ますのはお前らの方だって──』

 テラキオンは譲らない。自分が正しいと声高らかに言っている。

 その態度に、元々理屈で相手を説き伏せることが苦手なトウコは、あっさりと臨界点

突破した。

流儀やりかた

 こういう相手に、彼女ができる自分の

は一つだけだった。

 彼女が大得意で、そして言葉を捨てた彼女の最大の武器。

 右手を引き絞り、走って作った勢いと荒れ狂い滾る感情を乗っけて、放つ。

 要するに……。

「ゴチャゴチャうるっさいのよ、このボケがァッ!!」

 ブチギレたトウコは、そのまま叫んで横合いから、テラキオンの頬を右手で殴った。

 ドゴォーーーーーンッ!!

 凄まじい音。

 空気を振動させ、恰も大砲が放たれたかのように、耳を劈く。

689

Page 698: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 突然のバイオレンスに、目を丸くするコバルオンとビリジオン。

『ぐあぁっ!?』

 地面をバウンドして転がるテラキオン。

 あの巨体を、片腕で殴り飛ばした少女は、殴り飛ばしたままの姿から、幽鬼のように

ゆらゆらと長い黒髪を漂わせて、目に爛々と澱みを溜めて歩く。

「さっきから黙って聞いてりゃ、随分な言い草ねこの脳筋バカが……」

 これまでにないほど、トウコはキレている。

 もう、ココロにも彼女の中に知性を見出すことが出来ないほど、怒り一色に染まって

いる。

『あいつ死んだな』

『ああ、死んだな』

『間違いなく死んだな』

『レジギガスは知らぬ』

 男性陣は、トオイメで主の暴走を見る。

『トウコ、こわい……』

『もう止まらないよこれ……わたしいちぬけー』

 手を貸しているココロは知らん顔、シアはビビっている。

690 使命と理想

Page 699: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『なんと、面妖な……!?』

 ビリジオンがその姿に引いた。

『……うむ、怒らせてはいけない相手を怒らせたな』

 コバルオンは関係ないよー的な空気を出していた。

『いってぇ……! テメェ、なにしやがッ!?』

 もう一撃。

 ノロノロ立ち上がったテラキオンの角を淡く光る片手で持ち上げて、背中から地面に

叩きつけた。

 土煙が上がる中、彼女は言う。病んだ目に、怒りを込めて。

「煩いのよボケ。あんたに言われなくてもねぇ、知ってるわよ。私の言ってることは絵

空事で、綺麗事で、甘っちょろいことだって、ぐらいねッ!!」

『ガッ!?』

 四足の彼をひっくり返し、ジタバタ暴れるのを蹴り飛ばして吹っ飛ばす。

 きりもみ回転して地面に突き刺さるのを見ながら、歩いて追いかけ、独白するように

言う。

「だから私は、それを言葉だけで終わらせたいために足掻くのよ。そんな言葉で諦めら

れるほど、変えられるほど、簡単でもなければ、棄てられるものじゃないから」

691

Page 700: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 地面から顔を引っこ抜き、起き上がるテラキオンが何かを叫ぶが、その口を塞ぐよう

に飛ぶ拳。

 握り締めたその一撃が、彼の脳天にヒット。また顔から地面にダイブした。

「私はもう逃げないし、絶望しないし、諦めない。私は、私の理想を阻む奴と戦うわ。そ

れがたとえ、同じ英雄と呼ばれる奴だとしても。私のやり方を認めなくてもいい。私の

ことを否定してもいい。世界の全てを幸せにするのは無理だから、私は多くの人が幸せ

になる世界を創ると決めた!」

 彼女の想いを拳に込めて、テラキオンを殴る、蹴るなどの暴力で叩き伏せる。

 凄まじい。伝承の英雄が相手でも、彼女は容赦なく潰しにかかった。

 その鬼神の如き歩みに、人間を舐めていたテラキオンは毒気を抜かれて、竦み上がっ

た。

 結局、彼女は暴力で頼る方が得意だった。相手が似たかよったかのタイプなら尚更。

 しかも言ってる内容を否定せず、ただ邪魔するならぶちのめすとシンプルに告げて。

「私は、何があろうと、理想を達成すると決めた! 私を信じてくれる人が、私の為に傷

ついた人が背中には居る限り、私の辞書に、後退というふた文字は……」

 そこまで言って、そこで切って、決めゼリフを放つと同時に止めの一撃も放つ。

 全力の想いを乗せた、右手の一撃を。

692 使命と理想

Page 701: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『な、何なんだおま……!?』

 彼の情けないセリフを消し去るように、迫り来る拳と言葉で、潰す!

「──私の中に、ないッ!!」

 その日、ソウリュウの外れで砲弾の音が重なるとおう珍事件が起きた。

 取材班が突撃した頃には、羅刹フェイスの英雄が一人、クレーターだらけの郊外に立

ち尽くしているだけだったという。

693

Page 702: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

見上げた夜空

   「それで? トウコはどうしたの?」

「説き伏せるのが無理だと判断して、叩き伏せた」

「……」

 その日の夜。トウコはソウリュウの街を一度離れ、少し行ったところにあるビレッジ

ブリッジという所にいた。

 傍らには、呆れた表情のベルも共にいる。

 お見舞いから一向に戻ってこないトウコを心配したベルに見つかって、ひと悶着発生

して今に至る。

 郊外の惨状を見たシャガを呆れさせ、彼女とテラキオンのバトルを見ていた一部市民

が畏怖して、トウコ人外説を周囲に言いふらし、数時間で、彼女は英雄+モンスターと

いうイヤなイメージ図が出来上がっていることも自覚している。

「トウコさあ……分かってくれないからって、自分よりも大きなポケモン素手で殴る?

694 見上げた夜空

Page 703: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 おかげでこれだよお?」

「確かに失敗だったわね。やるなら蹴飛ばしておけばよかったかもしれないわ」

「そういう問題でもないから……」

 星空を見上げるトウコの右手は、包帯がまかれている。

 顔色を真っ青にしたベルに病院に引っ張られて検査をした結果、打撲傷と診断され

た。

 骨にも異常がないし、腫れているが二、三日で完治すること程度の軽傷を負った。

 あの200キロをゆうに超える巨体を片腕でぶん殴っておいて、この程度で済んでい

る。

 足でやれば、精々捻挫ぐらいで終わっていただろうとトウコは思う。

「というか、殴った相手があのテラキオンでしょう? トウコ、時々人間やめるよね

……」

 ベルはそっとその右手を持ち上げて撫でる。トウコは横目で一瞥して、呟く。

「人間ぐらいやめないと、達成できないこともあるわ」

「はいはい、開き直らない。というか、どういう原理で勝てたの?」

 あんな頑丈なポケモンの肌を素手で殴打しておいて、打撲で済むなど普通はありえな

い。

695

Page 704: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 いや、その普通がポケモンと人間のバトルが成り立つこと自体がまず普通じゃないの

だが、そこはもう諦めることにした。

 彼女はやはり英雄という存在で、こっちの定規で測れるほど狭いものでは意味がない

のかもしれない。

 科学的に考えるだけで、疲れるのでスルーすることにする。

 どうせこれから何度もあるのだろうし。

「原理? あぁ、それはね……」

 彼女は顔を天に仰いだままポツリポツリと語り始めた。

 アレは、簡単に言うとポケモンの技「サイコキネシス」の応用なのだという。

 サイコキネシスとは、物体に触れずに干渉することを言う。弾いたり、持ち上げたり。

 対象物がどれだけ重かろうが、どれだけ固かろうが、それは関係ない。

 送る念力の強さに純粋に比例して、威力が上がる。

「それで?」

「ココロに私の動きに合わせてもらいつつ、右手に薄くサイコキネシスでコーティング

を施したの。ココロが私のパンチに合わせて、弾く力を送って吹っ飛ばしたという訳」

 ココロとトウコの動きがシンクロし、動作に合わせたパワーの出力により、あの惨状

が生まれたのだ。

696 見上げた夜空

Page 705: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 殴った瞬間には、大きく吹っ飛ばすように。

 持ち上げた瞬間には、重さを感じないように。

 ココロの働きにより、彼女のパンチが恰も凄まじい威力があるように見えただけで、

彼女は合わせてくれなければただ人間のチカラで殴っていただけ。

 硬いものを殴れば、当然怪我もする。

 ココロもそこまで気を利かせる余裕もなく(当時ビビりまくっていたこともある)結

果的に彼女は軽いケガをした。これは自業自得。

 ポケモンバトルで単純に使うだけではなく、実はポケモンの技とは応用の使いようで

いくらでもなるというのが、トウコの持論だ。

「フリゲートのときとは違うわ。あれは、単純にココロの影響を受けて身体能力の上昇

を受けていただけ。今回は、いうなれば私がココロの代わりにバトルをして、勝った」

「……はぁ。そんなこと、思いつくのはトウコぐらいなもんだよ……」

 普通のトレーナーは、バトルはポケモンがやると考える。

 が、この英雄様の場合はTPOによっては、自分自身が行うという。

 結果的に怪我しても彼女は構わないとはっきり言う。

 本当に、型にはまらない破天荒というか、色々規格外のおさななじみである。

「トウコ、あんまり無茶しないでね?」

697

Page 706: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「しないわ。私だって、ちゃんと生きなければ意味がないもの」

 ベルが心配になって言うと、トウコは即答した。

 驚いて見ると、彼女は石で出来た橋に肘を乗っけて、顔だけこちらを向けている。

 星の明かりに照らされたトウコの表情は穏やかで。

「私は、私もみんなと幸せになりたいの。誰一人、欠けて欲しくない。私は、すごく欲張

りになった。手に入る幸せは全部欲しい。沢山の人に幸せになって欲しい。ポケモン

と一緒にいる時間の大切さを思い出して欲しい。一緒に生きていけることが、幸福だっ

て思って欲しい」

 彼女は微笑する。久しぶりに観た、優しいトウコの微笑み。

「これはエゴかもしれない。私の、勝手な妄想を人に押し付けているかもしれない。で

もね、私のこの想いに賛同してくれたりする人がいるから、私は進むの。人は多面の生

き物だから、私の振る舞いを許せない人も絶対にいる。それはそれでいい。私はその人

の事を否定しない。でも、私の前に阻むなら、誰であろうがぶっ潰して進む」

「……」

 彼女の言い分は、確かに理想を体現する為には必要なものだろう。

 だが、だからこそ、問いたい質問を投げるベル。

「……ねえトウコ」

698 見上げた夜空

Page 707: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「ん?」

 ベルは言いにくそうに吃る。

 これは、トウコの矛盾を指摘することだ。味方のすることだろうか?

 一瞬迷う。

 でも、近くに賛同する人ばかりでは、きっと彼女はダメになってしまうと思い直す。

 思い切って、聞く。

「トウコ、もしも……もしも、だよ。あたしが、今此処で、トウコの理想を阻んだら、ト

ウコはどうする? あの時、喧嘩した時みたいに」

 突然のベルの言葉に、トウコは。

「……随分と意地の悪い質問をするのね、ベル」

 クスクス笑うだけだった。予想と違う反応。

 ベルはてっきり、眉を顰めて不快感を表すと思っていたのに。

 トウコは、考える様子もなく、言った。

「その時はベルと何度でも話をするわ。最後まで分かってもらえなくても、いつか理解

してもらえると信じて、遠回りをする。それでもダメでも、諦めないわ。道を分かつこ

とになる、その瞬間まで。方法は一つじゃないわ。私を全部否定して話を聞かない相手

でもない限り、暴力はしないわよ。極力ね」

699

Page 708: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……トウコ……」

 今の解答で、彼女は知りたいことが二つ分かった。

 一つは、彼女は、可能性で線引きしているコト。

 話を聞いてもらえるなら、彼女はずっと話し合いをするだろう。

 分かってもらえないと知っても、決定的な別れにならない限り、彼女は諦めない。

 もう一つは。

 話し合いに応じない、つまりは論外の奴は容赦なくぶっ潰しに行くということ。

 その言葉に中に、あの男には言葉を使わないと言う感情が、少しだけ滲み出ていた。

 今回のテラキオンの一件は、聞いている限り話し合いでは解決しない。

 相手が話し合いの席を持っていないでは文字通りお話にならない。

 そういう場合は実力行使で排除したほうが得策だと知っている。

 あの男に対しては、恐らく……。

「……私とゲーチスは、出逢えば、きっと戦うことになると思うわ」

「!」

 再び、星空を見上げたトウコは、小さくそう零したのを聞き逃さなかった。

 ベルが見た先で、彼女は心境を吐露していた。

「あいつに甘さを見せれば、私はまたあの時みたいに、二年前のように、心で負ける。私

700 見上げた夜空

Page 709: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

は、あいつには優しさも、甘さも、言葉も、全てを投げ捨てる。理想の最後の敵になる

野望は、あいつだけだから。あいつとの間に必要なのは闘う覚悟と、強い精神力だけで

いい。他は何も要らない。私が持てる全てを出し切って、あいつを倒す。そして、然る

べき法の裁きを受けさせてやるわ。もう逃がさない。闇の中にも消えたって、私が光の

下に引きずり出して、二度とポケモンを道具だなんて言わせない。あいつの支配する世

界なんて、私は絶対に認めない。同時にあいつも私の理想を認めないでしょ。ならも

う、戦いの道しかないわ。言葉なんて、二年前のあの瞬間に、するだけ無駄だってハッ

キリしているんだし」

「……トウコ……」

 ベルは、ゲーチスの話題を出さないようにしてきた。

 婉曲的に言っているつもりだった。

 彼女のトラウマの全てはあの瞬間で、それを植えつけたのがあいつ──ゲーチスだと

知っているから。

 彼女は、自ら傷を曝け出すように、言った。

「ゲーチスは誰よりも欲望に貪欲なんでしょうね。私には理解できない行動原理をして

いるし、あいつも私を青臭いだけの小娘って言っていた。そう、私は青臭いだけの理想

論者。私からすれば、あいつは生臭い欲望の亡者。何処にも交わる要素なんてないの

701

Page 710: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

よ。真逆の、光と闇みたいに。理想と真実みたいに、一見すると相反するものでも一点

さえ変われば交わるのとは違う。野望ってのは、理想が更に歪んで腐って、多くの不幸

をぶちまくものだと思うわ。私も一歩間違えれば、あんな風になっていたのしれない。

あいつを殺すと言っていた頃の私の最終地点は、多分アレね」

「……」

 彼女は苦笑していた。

 何もかも諦めて、全部自分が悪いと思って、全部壊そうとして、それができなくてプ

ラズマ団という都合の良い逃げ先を見つけて八つ当たりに攻撃して、自分の弱さを憎し

みにすり替えてやりたい放題して、結果的に人として終わるところだった。

 トウコは、思い出すように続ける。

「私って馬鹿ねー……。ほんっと、今までの二年間、何してきたんだか……。ベルは前を

見て進んで、チェレンは私が足を止めている最中にどんどん社会性を身に付けて……。

私だけが、世界から取り残された気がして、戻ってくるんじゃなかったって、もうこん

な世界にいるのが嫌で嫌で仕方なかったから、最後には壊れて楽になりたかったのかし

らね……」

 ベルは流れていく彼女の本音を聞いているうちに、気付いた。

 トウコは、今とても弱気になっているんだ、と。

702 見上げた夜空

Page 711: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 あの時、殴ることを選ぶしかなかった、自分の情けなさが、後悔させて。

 誰にも言えなかった本音を、ベルに漏らしているのだ。

 寄りかかっていい。彼女は、前にトウコにそう言った。

 トウコは、知った。素直に人の好意に甘えることを。

「私、少しベルによっかかってもいい?」

 トウコはそう呟くと、橋から身体を離して、とすんっ、とベルに体重を預けてきた。

「わわっ……」

 よろけて、なんとか受け止める。

「ちょっとー。支えてくれるんでしょう?」

 からかうように、トウコは言う。

「トウコってば……。もぅ、仕方ないなあ……」

 ベルは嬉しくなった。

 トウコがもうひとりぼっちじゃないことを、分かってくれたと実感したから。

 今、甘えてきてくれているから。

「トウコ、一人でキツくなったら何時でも言ってね。あたし、支えるから。トウコの重荷

とか、少しでも軽くなるように。弱音を吐くことだって大切だよ。貯まり込む前に、あ

たしに全部話して。あたし、全部聞くから」

703

Page 712: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ポンポン、とトウコの頭を撫でながらベルは告げると、トウコは笑い声を漏らしてい

る。

「なによぅ、折角人が慰めてるのにー」

 ベルは唇を尖らせて文句を言うと、彼女はふと、小さな声で、言う。

「………独りじゃないって、いいわね。私、もう独りじゃないのよね……?」

 この一瞬を噛み締めるような、一言。

 ベルは重ねるように言った。

「……そうだよ。隣にあたしがいる。チェレンも、みんないる。トウコはもう独りじゃ

ない、みんなが一緒にいるんだから」

「……」

 トウコはそれを聞いて安心したんだろう。

「ありがとうね、ベル」

 素直に、彼女は礼を述べた。

「いいよ、トウコ」

 ベルもそうとだけ、告げて。

 二人はしばらくの間、星の海を見上げていた。

704 見上げた夜空

Page 713: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

踏み躙られる想い

    彼らは長い間、抵抗していた。

 何日も、何日も、何日も。

 外部からズブズブと音を立てて入ってくる一方的な悪意。

 それに二度と屈してなるものか、と。

 人は神ではない。決して、万能でもなければ無敵でもない。

 だから、勝ち目はなくても刃向かうことはできる。

 彼らは、ひと度の決意と共に抗っていた。

『嫌だ……もう一度、あいつを裏切るなんてッ……!!』

『あたしは、絶対に、もう!』

『わたくしはもう、負けはしませんわ!』

『オラたちを、舐めるんじゃねえべ!』

『チールは、逃げないって決めたもん!』

705

Page 714: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 彼らを科学の力が襲う。

 魔の囁きが、耳朶に染み込む。

 ──あいつは敵だ──

 ──あいつは敵だ──

 ──あいつは敵だ──

『違うッ! あいつは、敵じゃねえェッ!!』

『何を知ったふうな口をっ……!』

『マスターを愚弄することは、許しませんわ!』

『オラだってそれぐらいのことは分かるべさ!』

『チールは、絶対、負けない!』

 ──あいつは敵だ──

 ──あいつは敵だ──

 ──あいつは敵だ──

 洗脳と否定。

 脳内を駆け巡る毒に抗いながら、彼らは徐々に消耗していった。

 生き物と、疲れを知らない機械では持久戦ではあまりにも分が悪かった。

 飲まず食わずで機械にぶち込まれ、よくも分からない電気信号で脳みそを掻き回さ

706 踏み躙られる想い

Page 715: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

れ、今までの全てを壊されそうになる。

 それは、想像を絶する地獄だった。

 止むことのない、敵という言葉。

 思い出を書き換える、命令。

 その全てに抵抗しようとして、強くなる一方の猛毒。

 気持ちだけで、何とか堪えている状態だった。

「ふむ……意外に時間が掛かりますねぇ……」

 堪えるだけしかできない地獄の中。

 その声を聞いたとき、堪えていた感情が爆発した。

 隻眼が見つめる先で、狂ったように吠え声を上げて暴れだすポケモンたち。

 細胞という細胞が憎んでいるかのように、牙をむいて、あるいは爪を出して吼える。

「おや? ワタクシの顔を覚えているのですか? 道具の分際で生意気な」

 声の主が嘲笑う。それが怒りを加速させる。

『このクソッタレがァ!! 殺す、テメェだけは殺すッ!!』

 声が届くNが聞いていれば、目を背けるだろう。

 彼らのむき出しの敵意に、飄々としている男。

「感情もないくせに、暴れる時だけは一人前ですか。恐ろしいですねえ、やれやれ」

707

Page 716: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 皮肉げに唇を釣り上げて嗤う。

 比例して、ポケモンの声も強くなる。

 近くにいた白衣の研究者たちは青くなってそそくさと退席していった。

 これは、彼女の知らないところでのお話。

 嘗ての彼らは、過ちを繰り返す。一度はオノレの意思で。今度は、他人の意思で。

 それをまだ、彼女は知るよしもない……。

708 踏み躙られる想い

Page 717: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

再出発

     漸くだ。あの襲撃から、ほぼ一ヶ月。

 ソウリュウの街も順調に復興してきた。

「……長かったわね……」

 朝日がのぼる前の早朝。

 まだ薄暗い中、高台から見下ろす街。

 ポツポツと、薄闇に明かりが薄く浮かんでいる。

 ここまで長く、一ヶ所に留まることになるなんて。

 この一ヶ月は本当にあっという間だった。

 気が付いたら……すっかり元通りの街。

 自分の出来ることは、全部やった。

 この街は、もう自分がいなくても、大丈夫。

709

Page 718: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ここから先はこの街に住む人々の出番だ。

 だから……そろそろ、出発しよう。

 自分の成したいと思ったこと。理想のために。

 決着を、つけに行こう。

「今日中に行くわよ。みんな、準備はいい?」

 ベルトにくくりつけた、6つのボール。

 そして背後に立つ、黒龍に問う。

『ああ、準備万端だ』

『大丈夫だよ、お姉ちゃん』

『俺は問題ねえぜ、トウコ』

『こちらも問題ないぞ』

『シアも問題ないよ!』

『主の意のままに』

『無論だ、我の選びし英雄よ』

 みんなが、答える。

 もう、ここに留まる理由はない。

 次に進むため、私はここからまた旅立つことにした。

710 再出発

Page 719: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 世界はまだ混乱の真下。

 世界中の警察がプラズマ団の一行を血眼で探している。

 既に彼らを支えていたバックの巨大な闇の組織の捜索は終わっていた。

 運が良かったことに、世界の警察はとても優秀だった。

 わずか一週間後には、プラズマ団の背後にいた巨大組織を全員、逮捕してしまった。

 資金調達や技術提供をしていたイッシュの関係者も鼠算で捕まった。

 残るは、行方知れずの空飛ぶ駆逐艦と、それを操作する諸悪の根源のみ。

 やはり、大人の本気を舐めていた過去の自分は恥ずかしい。

 振り返れば、本当にいろいろあった。

悲観主義

 未来を勝手に諦めていた

が今じゃ英雄などという皮肉。

 本当に、あの頃の私は酷かった。子供の癇癪と大して変わらない。

 それに気付かせてくれたあの子には、感謝しきれない。

 もう、良い頃合だった。

 あとは市長であるシャガを信じればいい。

 あの敏腕なら問題ないだろう。

「さて……一応、挨拶しておこうかしらね」

 こんな時間に起きて、最後の光景を目に焼き付けたのだ。

711

Page 720: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 去る前に、一応挨拶だけは済ませておこう。

  「トウコ……本当に、行くのか?」

「行くわよ。ベルと一緒にね。でも、あんたは暫く静養。カノコに帰って休んでいなさ

い。ジムリーダーの仕事は、何とかしてくれるわ。私がお願いしておいたから」

 朝、病院の一室。

 早々にいまだ入院しているチェレンのところに顔を見せたトウコ。

 彼の傷はまだまだ癒えておらず、しばらくは静養が必要なのだという。

 今週中には退院して自宅療養らしいが、その前に旅立つトウコが一言挨拶しにきた。

「大丈夫よ。ゲーチスを単純に見つけ出してその場で抵抗できないようにボコボコにし

て、警察の前に引きずり出すだけだから」

「君の大丈夫は当てにならないんだよ……。やってることが危険じゃないか」

 ベッドの上で、包帯のとれてきた腕を組むチェレン。

 トウコは相変わらずのその言動に肩を竦めた。

 トウコは今日から、また旅に出る。

 目的は、ゲーチスを追跡。

712 再出発

Page 721: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 及び、プラズマ団の壊滅。

 宣言通り、彼らの最強の敵として、立ちはだかる。

 そして、然るべき裁きを受けさせる。

「これまでの言動を見ていれば、どの口が言うんだって言うと思うわ。でも、ごめんね

チェレン。私は私の理想の為に行動するわ」

 彼の心配を、彼女は裏切る。大丈夫、とは言い切れない。

 間違いなく危険な道だ。それでも、彼女は突き進む。

 もう、トウコに止まっている暇も、余裕もない。

 この理想が引き起こした辛い現実があるからこそ、体現しなければいけない。

 みんなが、幸せになれる世界を。

「……やれやれ。結局君はそれなんだね」

「そうね。こればっかりは譲れないし」

 チェレンは壁に寄りかかり、こちらを見ているトウコを見る。

 今のトウコは、違う姿をしていた。

 その姿は、二年前を彷彿とさせる。

 本人は凄く恥ずかしそうにしているが……。

 視線を感じると、微妙に逃げる。

713

Page 722: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「この年でホットパンツっていうのは、ちょっとあれね……。コスプレっぽくない?」

「いいや、よく似合ってるよ」

「って言う割には、顔が笑っているんだけど。セクハラで殴るわよ?」

「やめてくれ、僕は怪我人だぞ」

「冗談よ」

 チェレンの言うとおり、よく似合っている。

 ──今のトウコは、二年前の同じ格好をしていた。

 黒髪をポニーテールにして、何時の間にか調達していた実家に置き去りだった帽子を

かぶり、薄着のノースリーブのシャツに黒いジャケットを羽織る。

 彼女なりの、ケジメらしい。

 本当の、自分の意思でなった英雄として、もう一度立ち上がる。

 そのために、過去を受け入れた一環として格好から入ってみたらしい。

 チェレンの分析するに、彼女なりに前向きになったのだと思う。

 最近は忙しそうだったが、よく笑うようになった。

 彼女本来の、優しげな笑顔を見る。

 トウコは言う。

 虚無だった、祭り上げられた二年前とは違う。

714 再出発

Page 723: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 今度は、今度こそは。

 自分の意思で、自分が決めた、求める理想の実現を目指していきたいと。

「うぅ……。だけど、服がキツい……」

「二年前の服をそのまま着るつもりだったのか!?」

 結論。

 彼女はやっぱりただの馬鹿だ。

 前向きだろうが何だろうが、変なところで見切り発車。

 だからこうなる。

「……中身はともかく、見た目ばっか成長して悪かったわね」

「何も言ってないだろ!?」

 ジトっとした目で睨まれて、困惑するチェレン。

 自分のせいだろうに、何でこちらが責められる。

「新調したほうがいいのかしらね……?」

 確かにちょっと窮屈そうな格好のトウコに、苦言を言うチェレン。

「間違いなくそうだろうね。出て行く前にまず服を何とかしておくべきだ」

「ベルに頼んでわざわざ持ってきてもらったのに……」

「君はほんとに何をやっているんだ!?」

715

Page 724: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ……ベルがそこまで甘やかしてしまうとは。

 彼女が図に乗って甘え癖がつくようになる。

 今までがずっと孤独だったので、強くは言えないけど。

 幼馴染の経験から言うと、味を覚えるとすぐに彼女は多用する。

「まぁ、そんな訳だから。暫くは会えないと思うわ。あんたはしっかり休んでいて。私

とベルが、全部解決して戻ってくるから」

「そこは信じるよ。頑張って、トウコ」

 彼女は要件を伝え終わると、壁から背中を離して言った。

「ええ。終わらせてくるから。──いってきます」

 最後にそう言って、彼女は部屋を出ていった。

 その背中を見送りながら、チェレンは思う。

 トウコは変わった。今の彼女なら、任せても平気。

 そう信じられる、強い背中をしていた。

  「それでえ? チェレン、元気そうだった?」

「ええ、あれなら問題ないでしょ」

716 再出発

Page 725: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「そっかあ」

「……で、ベル。私の服のことなんだけど……」

「大丈夫だよお。ちゃんと同じブランドのサイズの大きいの、通販で頼んでおいたから。

速達便で、今日の夜には届くってえ」

「……えっ、通販? 届くって、何処に?」

「シャガさんち」

「…………。みんな、ごめん。出るの、夜でもいい?」

『お前アホだろ!!』

 以上のやりとりが、チェレンとの挨拶後に二人の間で行われた全てである。

 最後にツッコミを入れたアークの一言が手持ちの彼らの心情である。

 トウコの服をベルが発注した結果、出発が夜にまで遅れた。

 現在、宿泊しているホテルを後にして、復興した公園のベンチにベルは座っている。

 小さい服で動きを制限されながら現在彼女は追いかけっこ中。

 周りには人気が多い。トウコに無邪気に遊んでとたくさんの子供が寄って来ていた。

 その光景に、トウコ本人は戸惑いながら対応して遊んでいるのだ。

「あらっ!?」

 どてっ。

717

Page 726: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 足を縺れて転ぶトウコ。

「ぶへっ!!」

 逃げている最中に、顔から地面にダイブ。

 ポニーテールを揺らして、汚い声を出して倒れる。

「おねーちゃんってば、だっせーーーー!!」

「……」

 それを見て笑う子供たち。

 顔は砂だらけ。砂利の味が口の中に広がる。

 無言で起き上がったトウコ。

「……英雄をバカにした報いは受けてもらうわ……ッ!」

 で、大人げなく本気になった。

 子供相手に全力疾走開始。

「待ちなさいコラァーーーーー!!」

「うわぁーーー逃げろーーーーー!!」

 散り散りになる子供。現在、トウコが鬼。

 バタバタ走り回る光景を、ベルは黙って見つめている。

 あれではどちらが子供かわかったもんじゃない。

718 再出発

Page 727: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「…………」

 トウコは楽しそうだ。

 笑顔で子供たちと遊んでいる。

 旅を始めた頃には考えられなかった光景が今、現実にある。

(よかったね、トウコ……。トウコが護りたかった世界が、ここにはあるよ……)

 トウコが身を挺して護りたかった日常。それが、この現実だ。

 少し時間は掛かったけど。

 元通りとは言えないけど。

 確かに、少しは護れた。

 ソウリュウは、トウコ無しでも歩いていける。

 それを見届けた。故に、次の場所に行く。

 それが彼女の、英雄が出した解答。

 トウコの理想がここにはある。

 それを続けていくのは、この街の人々。

(これが最後の冒険……。決着、つけようね。トウコ……)

 ベルも分かっている。これが、来度最後の冒険だと。

 プラズマ団との、二年前からの因縁の清算。

719

Page 728: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 彼女が口にしていた『忘れ物』を取りに行く。

 忘れてしまった理想と、忘れてしまった日常。

 それが彼女の『忘れ物』。

「逃げるなぁー、ぎゃふんっ!?」

「うわぁ……」

 ブルトーザーのような勢いで突っ走った結果、トウコは今度は傍にいたポケモンに蹴

躓いて公園の遊具に顔からぶつかった。すごい勢いだった。

「……」

 顔を押さえて蹲るトウコ。

 子供たちも流石に痛そうだと大丈夫かと近寄っていく。

 暫く、蹲っていたが……。

「なんてね!! 油断したわね!」

 突然がばっと立ち上がって、近くにいた男の子をタッチして逃げ出した。

 ズルッ、とベルの眼鏡がズレた。な、何て姑息なことを……。

「ちょ、ひきょーだぞ!! えいゆーのくせに!!」

「やったもん勝ちよ!! 悔しかったら追いついてみなさい!!」

 挑発されて、男の子は躍起になってトウコを追い回す。

720 再出発

Page 729: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコは身長差を活かしてうまく逃げる。でもよく見たら鼻血でてるし……。

「何やってるかなぁ、もう……」

 バッグからティッシュを取り出して、走り回る子供達に一声かけて、トウコを捕獲。

「えっ? どうしたの?」

「鼻血出てるじゃない、トウコ。歳上なんだし、しっかりしなきゃダメだよお?」

 情けない英雄様の鼻血を拭いながら、苦笑する。

「すきありぃ!!」

「あぁ!? 何してんのよちょっとォ!!」

 で、その間に鬼の男の子が、トウコにタッチして一目散に逃げる。

「逃がすかァーッ!!」

 トウコ、また鬼にされて誰でもいいからとお礼を言って走り出す。

 子供らもきゃあきゃあ嬉しそうに騒ぎながら逃げ出した。

(……なんでかな。トウコ、子供に混じっても違和感がない……)

 ベルはそんな平和な風景を見ながら思った。

 それは彼女が子供っぽいということなのである。

  夜になった。

721

Page 730: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「それじゃあね。今までありがとう、シャガ」

 街の人々に見送られながら、ソウリュウの郊外で、彼女達は旅立つ。

 着替えを受け取り、漸く出発。

 街の人々は英雄の見送りに、何人も駆けつけてくれた。

「くれぐれも気をつけるのだぞ」

 シャガに言われてニコッと笑って、トウコはゼクロムにしがみつく。

 器用に背中に登っていった。

『準備は良いか、トウコよ』

「まだ出ないで。ベル乗ってないわ」

 慣れているトウコと違って、ベルは怖々である。

「お、お邪魔しまーす……」

 腕に乗っかり、それでは落ちるとトウコに言われて慌てて背中に移動。

「うわ、思った以上に筋肉質……」

 ゼクロムの背中に乗って、ベルはそんな感想を漏らす。

『……我はそこまで筋骨隆々ではないぞ』

「いいのよ、そこに反応しなくても」

 彼女達を乗せて、黒き龍は翼に力を込めた。

722 再出発

Page 731: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「ふえぇええーーー……!?」

 一度は乗ったが、あれは緊急時。

 ここまでしっかり見ている余裕はなかった。

 改めてみると、凄い迫力だった。

 尻尾が蒼く光り出す。

 空気は爆ぜる音が聞こえる。

「皆さん、今までありがとうございました!! これからは皆さんの手で、ソウリュウの街

に活気を取り戻していってください!!」

 見送りに来てくれた人々に、トウコは透き通る声で、お礼を述べた。

 こちらこそありがとうとか、プラズマ団のことを任せてたぞとか、応援の言葉が帰っ

てくる。

 彼女は本当に英雄として認められているんだな、とベルは思う。

 カリスマに目覚めつつある彼女は、微笑んで手を振っている。

「出て、ゼクロム」

『承知した』

 黒き龍は翼を羽ばたかせる。

 ふわりと浮き上がる巨体。

723

Page 732: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 沸き立った風が、トウコたちの間を駆ける。

「ありがとうございましたーーーー!!」

 最後にトウコが特大の大声でお礼を言う。

 刹那、黒き龍が漆黒の空に飛翔した。

 凄まじい風が、耳を劈く。

 一瞬、なんだかわからなくなるベル。

 トウコは慣れた様子で、風を感じて小さくなっていく地上を眺め微笑んでいた。

 シャガは一秒もかからずに夜空に飛び上がっていった蒼い雷を、孫を見送るように何

時までも眺めていた……。

724 再出発

Page 733: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

VSヒュウ&メイ 覚悟の違い

    夜天の空。

 ここにいるのは、彼女達だけ。

 風の音を聞きながら、満月の下を進んでいく。

「ねえ、トウコ。出てきたはいいけど行く先は……あるの?」

「まだないわ」

「ないのっ!?」

「でも……心当たりは、ある」

 ゼクロムの背中で話し合う二人。

 トウコは心当たりがあるという。

 ベルが詳細を問う前に、不意に。

 トウコが顔を上げて表情を顰めた。

「……」

725

Page 734: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「ど、どうしたの?」

 ベルの質問を無視する。

 トウコにしか聞こえない声。

 相手は、ゼクロム。

『トウコよ。一つ問いたいのだが』

(……なに?)

『その背中に乗っているベルという少女は、お前が共に往く事を選んだ者だな?』

(ええ)

『では……我の足にしがみついているあの二人の子供は、何なのだ?』

(……子供?)

 子供というのは、誰だ?

 今ここにいるのは、ベルのみのハズだ。

 足元は見えないが、どうやら招かれざる客がいるらしい。

(どういう子?)

『うむ……ハリーセンのような頭をした少年と……何とも言えぬ髪型の少女だ』

(……了解。察したわ。どうやらあの子達、勝手についてきたみたいね……)

『では、降ろすのか?』

726 VSヒュウ&メイ 覚悟の違い

Page 735: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

(ええ。適当なところに降りて頂戴。そこで追っ払う)

 説明だけで分かった。

 そういえばソウリュウの街で久しぶりに再会していた。

 何時の間にか同席していたらしいが、そうは問屋が、ということだ。

「ごめんベル。どうやらおバカさんがいたみたい」

「へっ? おバカさん?」

「知ってる子よ」

 徐々にゼクロムが高度を下げていく。

 トウコの指示のようだ。

 闇の中、目を凝らして見下ろしてみるとそこは……草原地帯だった。

  「……何をしているの、あんた達は」

 怒っている。トウコが本気で怒っている。

 ベルは、背後で様子を見守るゼクロムと共に眺めるだけだ。

 聞こえてくる声色は、強烈な怒り一色。

 鋭い眼光がその二人のおバカさんを突き刺す。

727

Page 736: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「ご、ごめんなさい……本当にごめんなさい……」

「……」

 一人は何とも言えぬ髪型の少女、メイ。

 一人は真剣な顔でトウコを見つめる少年、ヒュウ。

 メイはただ只管に頭を下げて謝り、ヒュウは沈黙している。

「この際、この事を怒りはしないわ。でも、理由を聞かせて。何故、付いてきているの?」

 トウコの問いに、メイは「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。

 脅しに聞こえたのだろうか? 確かに今は機嫌が悪い。

 態度に出ていても不思議じゃないが……。

「ヒウンの地下施設の時に言ったよな。俺には、どうしてもしなくちゃいけないことが

あるって。……トウコさんと共に行きたかった。いや、行きたい。それが理由だ。協力

をして欲しいわけじゃない。ただ、一緒に連れていって欲しいッ!」

「……」

 ハッキリと、トウコの目を見て語るヒュウ。

 覚悟。

 責任。

 正義感。

728 VSヒュウ&メイ 覚悟の違い

Page 737: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 決意。

 彼の中で、カタチになっているそれらが、目を見てすぐに分かる。

 求めるものは協力ではなく、同伴。

 それぞれの道を往くため、同じ方角を目指すなら同志になれないかと。

 そう、彼は言っている。

「わ、わたしは……その。ただ、プラズマ団のやっていることは、間違っていると思うん

です。色々、見てきました。色々、感じました。あの人たちは、何かが違います。違う

から……ダメだと思うから、やめて欲しいと、思っています。だから、あんなことをさ

せないために、わたしにも出来ることをしたいんです。お願いします、トウコさん。わ

たしも、連れていってください!!」

 ……正直、まだ迷いはあるのだろう。

 畏れ。

 怯え。

 恐怖。

 決意。

 彼女の中にある様々な感情で満ちている瞳。

 怖いし、逃げたいけど、出来ることをしたい。

729

Page 738: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 そんな健気とも言える瞳をしていた。

「……」

(連れて行け、か……)

 二年前とは異なる展開だった。

 それぞれの冒険の答え。

 ヒュウは、以前の焦りは消えている。

 成すべきだと思った事をするために、迷いや焦りを捨てたのだろう。

 メイは今でも怖がっている。

 でも出来ること、したいことをハッキリと他人に伝える強さを持っていた。

 私とは、大違い。

 あの時はただ周りに言われるがままに一人で戦い、疲弊し、それでも進んだ結果があ

れだった。

 幼馴染達は自分のことで精一杯で、トウコのコトまで気を遣う余裕がなく、気が付け

孤独ひとり

ば私は

になっていた。

 もしも。

 もしも、あの時。

 ベルと、チェレンが。

730 VSヒュウ&メイ 覚悟の違い

Page 739: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 連れて行け、と言っていたら。

 私は、どうしていただろうか。

(……下らない仮定ね)

 考えを打ち消す。

 意味なんてない。

 過去を否定すれば今の私と未来の私を否定する。

 ありもしなかった未来なんて、理想じゃない。

未来イメージ

 私の望む

じゃない。

「……一緒に行きたいの?」

 トウコは静かに問うた。

 怒りは、収まっていた。

 理由を問うて、納得している。

 それが目的なら、勝手についていくのが一番楽だ。

 どうかとも思うが同じ立場なら、やる。

「あぁッ!」

「はいっ!」

 二人の返事は、明確だった。

731

Page 740: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 これは仲間になりたいと言われているのだろうか?

 まさか、後輩二人にそんなことを言われるなんて。

 少し待っているように言い、ベルとゼクロムの所に行く。

「トウコ、どうするの?」

 事情を説明すると、ベルに聞かれる。

『我はお前の意思を尊重する。連れていくならばそうするがいい』

 ゼクロムは任せると言った。

 全ては、トウコ次第。

「…………。そうね、あの子達の実力で判断するわ」

 トウコは決めた。

 ベルは少なくても伝説であるギガス、ココロ、ゼクロムを除いたトウコのポケモンに

匹敵するポケモンを持っている。

 バトルの実力は保証済み。何だかんだで彼女もリーグ制覇はしている。

 つまり言い方は悪いがトウコの足を引っ張らない。

 対して、あの子達はどうか?

 ほんのこの前、トレーナーになったばかりのひよっこ。

 ベルが最初のポケモンを渡したと言えば尚更だ。

732 VSヒュウ&メイ 覚悟の違い

Page 741: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコは自分よりも弱い人間を連れていけるほど、余裕はない。

 せめて、同格でもない限り。危険な旅だ。

 自分の身は自分で守るぐらいはしてもらわないと困る。

「今からあの子達とバトルをするわ。ベル、審判頼める? ゼクロム、あんたは観客。判

断材料を頂戴」

「うん、分かった……」

『承知した』

 実力を見せてもらおう。

 その上で、連れていくかは判断する。

 自分よりも弱い場合は、連れていかない。

 それでいい。仲間は、多くなくてもいいんだ。

 況してや、理想を阻む可能性があるならば。

 まずは、彼らが信じられる人間かを、試そう。

  「えっとお……確認ね。ルールは、ダブルバトル。使用ポケモンは、ヒュウ君とメイちゃ

んは一体ずつ。トウコは二体同時。交代はなし、どちらかが全滅するか、降参するまで

733

Page 742: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

続けるよ。オッケー?」

「ええ」

「了解だぜッ!」

「分かりました!」

 夜の草原。そこに対峙する、トウコとヒュウ、メイ。

 二人は緊張している様子だった。

 なにせトウコは二年前のリーグ制覇をした元チャンピオン。

 そして伝承に語り継がれる、黒き理想の英雄。

 肩書きだけで相手を怯ませるには過剰なほどだ。

 ルールはベルの言うとおり。トウコは二体同時に操る高度なことをする。

 丁度良いハンデだ。

(……アーク、いける?)

 ボールのなかの相棒たちに問うと、リーダー格はニヤリと笑う。

『問題ないぜ。たまには、リーダーの威厳ってものを見せてやらねえとな』

(ありがとう。後は誰か出てくれる?)

『シアは寝てるからパス。ホルスは鳥目だから無理。ディーはでるか?』

『子供相手じゃ、気乗りしねえ。俺の狙いはプラズマ団の連中だけだ』

734 VSヒュウ&メイ 覚悟の違い

Page 743: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『じゃあパスか……』

『わたしが出てもいいよ? 新しいこのチカラ、試してみたいし』

『俺の方が拒否る。ココロが戦うとこっちまで何か飛んできそうだからな』

『今、ここで飛ばしてあげてもいいけどアーク?』

(喧嘩しないで、二人とも。じゃあ……ギガス。出番よ)

『本当か、主!?』

(ええ。たまには、バトルしたいでしょう? いいわ、今回は私も本気だから)

 今回の相棒は決まった。

 ゼクロムは観客で当事者、ココロはアークが拒否。ディーも不参加。

 ならばギガスしかいない。

 ベルトから二つ、ボールを手にしながら、トウコは淡々と警告した。

「二人とも。遠慮はいらないから、本気で来なさい。じゃないと、相棒のポケモン死ぬわ

よ」

「「ッ!!」」

 さり気ない一言だった。

 トウコは表情を変えない。

 ただ、事実を突きつけるように言う。

735

Page 744: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「私はここの所、本気を出して勝負をしていないの。力加減を間違えて殺す可能性があ

ると、最初に警告しておくわ。不味くなったら、迷わず棄権なさい。これは優しさじゃ

ないわ。ただの、警告。死なれたくないでしょ?」

 トウコはボールを放る。

 中から現れる黒い狐。

 満月を見上げて甲高く雄叫びを上げる。

 中から現れる白い巨人。

 地響きを起こし、砂埃を巻き上げて、爆音を奏で、彼女の前に参上する。

 それだけで、地面に大穴があいた。

「……そ、んな……」

 白い巨人。

 PWTをあそこまで壊滅させ、ソウリュウの街を隔ていた氷山を一撃で粉砕した巨

人。

 トウコの伝説の一つが、今目の前で敵となった。

 メイの瞳に宿る絶望。万が一の、勝ち目が更に低くなった。

「本当よ。こちらにその気はないけど、ごめんなさい。本気を出す手前、一々制御なんて

できないわ。特に、ギガスは」

736 VSヒュウ&メイ 覚悟の違い

Page 745: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 目の前で佇む白の巨人が放つ威圧感。

 見上げて、冷や汗が出てくるヒュウ。

「凄まじいな、間近で見ると……ッ! だけど、俺も負けられないッ!!」

「わたしだって……わたしだってっ!!」

 二人は負けじと気合を振り絞り、ボールを投げる。

「いけッ! エンブオー!」

「お願いッ! フライゴン!!」

 放ったボールから飛び出す光。

 出てきたのは燃え盛る二足歩行の大きな豚。

 そして精霊を思わせるドラゴンポケモン。

「エンブオーとフライゴン……」

 エンブオーだあ! とベルが見て喜んでいる。

 ベルが以前見たときはまだ小さかったと聞いている。

 成程、進化していたようだ。

 フライゴンはドラゴンの中では比較的大人しく、育てやすい部類のポケモン。

 強さは言うまでもない。

『ヘッ、上等じゃねえか!』

737

Page 746: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『レジギガスの本気を久々にご披露しよう!』

 エンブオーを挑発するアークと、ファイティングポーズをするギガス。

 ギガスの威圧に竦み上がるフライゴンに、アークを睨み付けるエンブオー。

 互いのポケモンは出揃った。

「それではあ……勝負開始ッ!!」

 腕を振り上げ、試合始めを宣言するベル。

 彼らの命運を賭けたバトルが今、始まる。

  ──ハズだった。

 「アーク、まもる。ギガス、ギガインパクト」

  無慈悲にもトウコは言ったとおり、本気で相手でかかった。

 それを聞いた途端、何となくそうじゃないかと思っていたゼクロムが、自分で判断し

て惚けるベルを後ろから突然掴んで飛翔。

 周囲への配慮とか全くない。

 本気といったら、本気なのだ。

738 VSヒュウ&メイ 覚悟の違い

Page 747: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 手段が、結論に至る。

 本気はイコールで、相手を殺しに行くのと同義。

 エンブオーは身構える暇もなく、フライゴンはぼさっとしたまま、フルパワー状態の

ギガスが放った一撃で、高速で圏外に吹っ飛ばされた。

 メイとヒュウも当然吹っ飛ばされて、草原に沈んだ。

 直撃などしていない。そもそも、ギガスは彼らを狙っていない。

 狙ったのは……強いて言うなら、『空間』とか『大気』だ。

 野外という途方も無い広さを誇る『空間』を満たす『大気』があったからこそ出来た

荒業。

 ギガスが殴ったのは、空気そのものだった。

 本来殴れるハズもないそれらを、トウコの本気という単語のフィーリングで感じたギ

ガスは実際応えてみせた。

 空気を殴り、空間を震わせ、範囲攻撃で纏めて一瞬で決着にかかったのだ。

 伝説のポケモンには、常識は通用しない。

 空気を殴る、などという荒唐無稽なコトだって事も無し気にしてしまう。

 夜の空を満たす大気に衝撃が、ほんの刹那可視化され走った。

 音などという生易しい衝撃波ではなかった。

739

Page 748: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 間接的な広域攻撃は、ただの衝撃よりも威力があった。

 トウコ本人は、空いていたギガスの手の中で保護され無事だった。

 ベルはゼクロムに誘拐され無事だった。

 アークは最強の防御技でそれを防いでいた。

 無事じゃないのは相手二人とポケモンだった。

 衝撃が拡散し、草花を、夜天を震わせる。

 ベルが我に帰ったときには、ゼクロムが唸り声を出して空中で翔いていた。

「あの子達は無事よね?」

『無論。人間が死なぬギリギリに加減した』

 それでもポケモンが死ぬ可能性はあった。

 そこは、否定しない。

 トウコはアークが吹っ飛ばされたという方角を歩きだして、倒れていた二人を見つけ

た。

 アークは相手のポケモンを探しに行った。

「うっ……うぅ……」

「なにが……起きたんだッ……!?」

 二人は無事だった。

740 VSヒュウ&メイ 覚悟の違い

Page 749: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 まだ立てないようだが、生きてはいた。

 仰向けで倒れている二人を、彼女は見下ろす。

「大丈夫?」

 トレーナーへの直接攻撃も含めた、本気。

 外道と言える方法。降参させるコトは考えていた。

 それはこの一撃を堪えてもまだ立っていた場合だ。

「私の勝ちね。これで分かったでしょう? 私の本気って言うのはこういうことよ」

 愕然とする二人に手を貸し、彼女が告げた。

 審判のベルがゼクロムと共に戻ってきて、ルールはどうしたと文句を言うが、ルール

通りに行なった結果だ。

 アークが連れてきた二匹は、目をぐるぐる回して引きずられてきていた。

 聴覚を良い一撃が入ったらしく、二人に出来るかと問われて、無理無理と首を横に振

る。

 完璧にギガスとの戦いを拒否した。

 頭を抱える二人。殺される可能性っていうのは、こういうことだったのだ。

 直撃していれば、確実に死ぬだろう。

 二人のポケモンの降参により、この勝負はトウコの圧勝だった。

741

Page 750: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコは肩を竦めて、二人をどうするかを考えることにした。

742 VSヒュウ&メイ 覚悟の違い

Page 751: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

共に往く

   

一緒に来るだけ

、、、、、、、

「……

なら、私は構わないわ」

 勝負に勝利後、思惟に耽ていたトウコ。

 起き上がり、草の上で座り込んで項垂れる二人にそう告げた。

「えっ」

 メイが顔を上げる。

 信じられない、という顔。

 負けたのに、連れていってもらえることが分からない。

「勘違いしないで。連れていくだけよ。それぞれが成すべきだと信じるものの為に」

 言外に、力添えはしないと告げられた。トウコはメイを助け起こしながら続ける。

プラズマ団

「──

を止めるんでしょ? いいわ、止めたければ止めてみなさい。ただ、奴

らは並大抵のことじゃ止まらない。止められない。ここまでのことを仕出かしている

手前、簡単には諦めない。メイの覚悟を試したまでよ」

743

Page 752: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコは、穏やかな微笑みを浮かべていた。

「よくギガスに逃げずに挑んだわね。あんたとあんたのポケモンは頑張った。本能に、

理性に打ち勝って挑む道を選べた。伝説のポケモンに挑む度胸があれば、少なくても私

の足を引っ張らない程度には肝っ玉はあると見たわ」

 優しく頭を撫でられて、英雄に褒められ頬を赤くするメイ。

「ヒュウ。あんたもあんたのエンブオーも、よく立ちはだかる事を選択できたわね。強

大な力に対しても戦う意思を持てること自体が強さよ。それを忘れないで」

 呆然とするヒュウに、トウコはわかりやすく言った。

 経験上、土壇場で強大な何かと対峙したとき。

 それは、人間もポケモンも本性が出る。

 トウコは二年前にその経験をし──のちに傷を残すほどの痛みを伴った。

 トウコは恐れをなしても戦えと命じ、ポケモンたちはそれを拒んだ。

 あの状況でも、諦めない闘志があれば、乗り切れるだろう。

「逃げることも決して恥ではないわ。でも逃げることによって発生する責任は、何処に

いっても付き纏う。逃げることも必要であり、敢えて戦うことも必要。そのさじ加減、

あんたには正しく出来そうね」

「……トウコさん、もしかして」

744 共に往く

Page 753: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ヒュウはトウコの目を見て、何かを察したようだった。

 自分は失敗したかのような言い分を、指摘される前に先回りして自白する。

「私みたいになっちゃダメよ。堕ちるところまで堕ちたら、一人じゃ這い上がることも

難しくなるんだからね」

 チラッと背後を見る。

 ん? と首を傾げるベルがいる。

 彼女のおかげで、ここまでこれた。

 英雄は一人で歩むのではない。

 誰か傍らに居てくれるからこそ、理想も真実も見つけ出すことができる。

 そのことを学んだのだから。

 ヒュウはトウコの言葉に、力強く頷いた。

『では、連れてゆくのだな。今度は足ではなく背に乗るがいい。小僧、小娘』

 トウコの意思を了承して、ゼクロムが片膝を付いた。

 二人には声が聞こえない。

 黒き龍が唸り声を出しているようにしか見えない。

「「ひぃっ!?」」

 後輩たちはゼクロムにビビっていた。

745

Page 754: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 頭を抱えてしゃがみこむメイと、及び腰で青くなるヒュウ。

「背中に乗れ、だそうよ。足にしがみついて怒っているみたいだから、下手な言動しない

ほうがいいわ。食われるわよ」

 しれっと嘘を混ぜてお灸を据えると、あわあわしながらゼウロムに謝る二人。

 たらり、と冷や汗を流すゼクロムの思念が飛んでくる。

『我は何も言ってないぞ……。トウコ、怒っているのはお前ではないのか?』

(無賃乗車を二度とさせたいための教訓。それだけよ)

 後輩コンビを連れて、ゼクロムに飛び乗る。

 トウコとベルの最後の旅に、ヒュウとメイが加わるのだった。

  「……トウコさん……。それ……」

「ん?」

 ゼクロムに乗った一行は、夜遅くに移動するのは得策ではないと言うことで、近くの

小さな街に向かった。

 そこで一晩、休んでいくことにしたのだ。

 幸い財政的には皆余裕がある。

746 共に往く

Page 755: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 駆け込みだったが、先日のテロ騒ぎのおかげで閑古鳥の鳴いている宿を発見。

 急遽、止まらせてもらうことに。

 そしてポケモンを預けて部屋に荷物を置いて、風呂に入ることにした。

 脱衣所で服を脱いでいたトウコを、メイがその裸を見て言葉を失った。

「そういえば、メイちゃんはトウコのことあんまり知らないんだよねえ」

 ベルはそう朗らかに言うが、彼女は何度か見ているから気にしないでいられる。

 メイのこの態度こそが、普通の反応なのだ。

 トウコの左肩や背中には、完治したものの大きな傷跡が一つ増えていた。

 それ以外にも、よく見れば小さな裂傷の傷痕が大量にトウコの身体には刻まれてい

た。

 ヒウンだけじゃない。

 過去には、ポケモンを護るために人と争ったことだってある。

 その時の傷跡も残っている。

「あぁ、これ? やっぱりドン引きするわよね。私の人生はこんな感じなのよ。華々し

い伝承とは違って、現実はこんなもの」

「……」

 メイは絶句している。

747

Page 756: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 まだ10代とは思えない程、痛々しいトウコの身体。

 まるで……戦場帰りの兵士を彷彿とさせる。

「この二年、結構派手なこともしたから。ポケモンに殺されそうになったことも、何度か

あるわ。正直、生きていられるのはアークたちのおかげ」

 ボロボロの二年間を象徴するように傷ついていた身体。

 トウコは軽く説明するが、その裏には壮絶な時間があったことはメイにも分かる。

 これが……理想の為に生きる英雄。

 確かに、生半可な人間では選ばれないはずである。

 静かに納得していた。

 「トウコ、髪の毛伸びた?」

「伸びたでしょうね。全然切ってないし」

「あたしが昔みたいにカットする?」

「適当でいいけど……」

「だめ! トウコだって女の子なんだから、容姿には気を遣うの!」

「……面倒くさいわね……」

 広い風呂場には他にも誰もいなかった。

748 共に往く

Page 757: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 夜遅いこともあり、自由にできると分かっているのでベルとトウコはいつになく駄弁

る。

 メイはその光景を見て思い出したように聞いた。

「あの……トウコさんとベルさんは、幼馴染なんですよね?」

 ベルはキョトンとした顔で、トウコの長くなった黒髪を洗っている。

 トウコは嫌がらずに、されるがままにしていた。

 現在、三人揃って髪の毛の手入れ中だ。

「ええ。同い年だけれど、それが?」

「……いえ」

 正直な話をすると、だ。

 幼い感じがまだ抜けていないベル。

 対して、冷めていて物憂いのトウコ。

 ぱっと見、トウコの方が年齢的に上かと思っていた。

 下手すれば大学生程に。

「……ベル、私あんたよりも年齢が上に見える?」

「えぇー? そんなことないよー?」

 トウコはメイの態度で、言いたいことが分かった。

749

Page 758: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ベルは能天気に言うが、トウコからすれば印象がそんなふうに見えていると思うと

ちょっと落ち込む。

「ちなみにメイちゃんが初めて戦ったジムリーダーも幼馴染だよお」

「え゛ッ!?」

 メイは心底驚いていた。

 あの爽やかな好青年のイケメン先生がこの二人の幼馴染!?

 一人はジムリーダー、一人は研究者助手、一人は英雄。

 ……恐ろしい三人組もいたものだとメイは思う。

 ちょっとした昔話をベルが語りだす。

 口癖が「面倒」だったこととか、細かいことを気にする性格だったとか、トウコとは

波長の合わないおかげで喧嘩が絶えなかったとか。

「……ホントですか?」

「ええ。ああ見えて結構物臭だったわよねベル」

「そうそう」

 たった二年で変わる人は変わるらしい。

 ベルは何だかんだで二人の後を追いながら旅をしていたという。

「トウコさんは? トウコさんはどんな旅をしていたんですか?」

750 共に往く

Page 759: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 メイがその地雷を踏んだ時、さぁっとベルから血の気が引いた。

 二年前の事を無邪気に問うのは、あまりにも無神経なこと。

 知らないとはいえ、トウコの反応が分からない。 

 と、ベルは考えていたが、トウコはけろっと答えた。

 「──空っぽだったわ。自発的に旅を始めたわけでもなく、目的や夢があったわけでも

ない。ただ、二人がそうしたから私もついていっただけ。行く先々で色んなことに巻き

込まれて、気が付いたらプラズマ団に狙われて、周りからは期待されて、言われるがま

まに進んでいったらゼクロムに選ばれて、プラズマ団のボスと戦い勝負に負けて結果で

勝った。ついでにリーグも制覇してしまった。それが私の二年前の旅の全部。空っぽ

で、虚しいだけの旅の記憶」

  正直な回答だった。

 メイは吃驚していた。 

 メイの思っていたのは立派な英雄譚。

 輝かしい過去の記録。

 だが、トウコが語ったのは虚ろな全貌。

751

Page 760: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 そこに意思はなく、そこに意義はなく、そこに意味はない。

 そういいたげな言葉。

「実際、私はただ周囲に行けと言われたから進んだけ。私が何かしたいなんて、あまり言

わなかったわ。……ただ一度以外は」

「…………」

「…………」

 ベルも、悲しそうにその言葉を聞いていた。

 やはり。薄々は気づいていた。

 でも、本人が言うととても重く、悲しいことだった。

 トウコは、二年前をそう簡潔にまとめていた。

 受け入れ、肯定した今でも。

「価値がなかったとは言わないわ。そこであった出逢いは大切だと思うし、思い出を否

定することもしない。でも……そうね。自分の意思で行ったわけじゃない。他人の旅

のレポートを眺めている気分かしら。どうしても、他人事な気がしてしまうの」

 トウコは淡々と説明するが、どうしても悲しく思う。寂しく思う。

 もう、彼女の中では色褪せている世界なのだと思い知らされた気がする。

「まあ、今が幸せだから私はそれでいいんだけどね。二年前出来なかったことが今よう

752 共に往く

Page 761: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

やく、出来た気がするから」

「……えっ?」

 トウコを見ると、彼女は本当に幸せそうに笑っていた。

「二年前の事を今更ああだこうだと言っても、それをやって今の私がいる。過去は変わ

らないし、変えられない。ウダウダ悩むのも馬鹿らしいから、今と未来を幸せにすれば

いいのよ。私は今、幸福よ?」

 ベルにそう告げるトウコは言う。

「なんでそんな泣きそうな顔してるのよ。私は、あの旅を客観でしか見れないわ。何と

も言えないから、どうしようもないけど。でも、過去は過去なんでしょ? 今がそれ以

上に最高なら、何の問題もないじゃない。何時までも過去ばかり振り返るなと言ったの

はベルよ? それはそれで、悲しいかもしれないし、私も悪いと思う。ごめんなさい、そ

んなことしかできなくて。……その分、今は一緒にいるって、約束するわ。もう、おい

てけぼりにしないし、一人で逃げ出したりもしない。一緒にいる。ね?」

 濡れたベルの頭を撫でるトウコ。

 ベルは、トウコのこんな優しい声は聞いたことがなかった。

 メイは二人の間には、何か悲しいことがあったんだなと思う。

 でもそれは、今はもう乗り越えたあとの話で、今は今として生きるとトウコは言って

753

Page 762: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

いるのだ、と。

「……うん、そうだね。今が幸せなら、きっとあの頃も無駄じゃなかったよね」

 ベルが笑うと、トウコも笑う。

「そういうこと。『今まで』一緒にいられなかった分、ちゃんと『これから』一緒にいる

わ」

 そう、二人は約束した。

 未来に向けて、共に歩くと。

 メイはメイで、彼らの意外な一面を知れてよかったと感じていた。

   追記。

「な、何であの人たちこんな風呂が長いんだッ……!!」

 ヒュウは湯冷めしながら、女性陣が戻ってくるまで部屋で寂しく待機していた。

 合掌。

754 共に往く

Page 763: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

揺るぎなき信念

  トウコの説明する、思い当たる場所。

 それは、ホドモエにある元プラズマ団が活動する、あの教会だった。

 現在、プラズマ団は二つに分裂している。

 ロット率いる穏健派は彼らは贖罪のために活動している。

 それに対してヴィオ率いる過激派。ゲーチスに賛同し悪事を働いているのはこちら

の方だ。

 過激派のする事だ。どうせ頃合いを見計らって行動するに違いない。

 トウコはそう推測している。あいつらは達成のためなら人だって殺そうとする。

 ならばきっと、ロット達にもアクションは起こすだろう。

 トウコは夜、眠りながら考える。ロット達は今では被害者だ。

 過去の購いをするために糾弾を甘んじている。

 確かに自業自得で片付けるのは簡単だ。事実その通りだから。

 でもトウコはそれを快く思えない。

 それを言うならトウコも同じ過ちをしている。彼女だって間違えた。

755

Page 764: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 彼らは必死に出来ることをしている。なのにそれを過激派によって台無しにされて

いる。

 そんなの、あんまりじゃないか。

 どれだけ必死になっても、それじゃあ彼らの贖罪の意味が消える。

 悲しすぎる。果てのない罪滅ぼしは地獄に等しい。

 彼らの行ったことは許されないかもしれない。

 だがその厳罰は過剰なものだ。適正とは言いがたい。

 でもそれを強いているのが現状で。

 変えたい。その現実を変えたい。トウコはそう思う。

『ならば実行するがいい、我の選んだ英雄よ』

 黒き龍はそういった。トウコもそのつもりだった。

 言われなくても変えて見せる。トウコの理想は、みんなの幸せ。

 そこには彼らも含まれる。

 だから、行動しよう。目指してみよう、この世界に一つでも笑顔が増えるように。

 それが理想の英雄たる、トウコの目指す世界なのだから。

  

756 揺るぎなき信念

Page 765: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 「トウコ、大変だよお!! ホドモエが、ホドモエがあっ!!」

 ベルの慌てふためく声に、トウコは寝ぼけた目を擦りながら起き上がる。

 テレビには、速報でプラズマ団襲撃再びの文字が。

(思った以上に手を出すのが早い……っ!?)

 トウコはテレビを凝視する。そこには襲撃されている知り得た光景が広がっていた。

 あの連中、案の定嘗ての仲間にまで手を出していた。

(ああもう、本当に信じられないわねっ!!)

 分かりきっていた事だった。あいつらに常識の文字はない。

 バタバタするベルをなだめて、トウコはヒュウとメイを叩き起こす。

 寝惚けているお子様二名はテレビを見るや、驚いて覚醒する。

「当てがあったんだけど、先を越されたわ」

 着替えるトウコはテレビを見ながら告げた。

 彼らの事を目障りとでも思ったのだろうか?

 容赦ない戦場の様子が生放送で放映されている。

『お姉ちゃん……わたしはオッケーだよ?』

『トウコ……行くんだな?』

757

Page 766: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ココロとアークに問われる。行くのか、と。

 答えは、イエスだ。

「ベル、支度して。メイ、着替えて。ヒュウ、あんたは一回外に出る」

 トウコは予感していた。こうなる未来を。故に取り乱さない。

 冷静に指示を飛ばす。突然の一報に右往左往するメイとヒュウ。

 トウコがもう一度言うと我にかえり慌てて支度をする。

「トウコ、いくんだね」

 疑問ではなく、確認。ベルの問いに首肯。

 することは決まっている。

「ええ。ゼクロム、いけるわね」

『無論だ』

 黒き龍も問題なかった。彼らを止める。そのためにトウコは向かう。

 勝つことが目的じゃない。止めることが目的だ。

 これ以上、悲しみを増やさないためにもトウコは戦うのだ。

「行くわよ、みんな」

 誰かの涙は見たくない。誰かの嘆きを聞きたくない。

 今出来ることを……始めよう。

758 揺るぎなき信念

Page 767: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

   ホドモエは地獄となっていた。

 町は壊され、人々は逃げ惑い、苦しむ地獄が。

 だがそこには確かな戦いがあった。過ちを繰り返させないために足掻く男達の戦い

が。

「ええい、何故わからぬのだっ!?」

 初老の男性、ロットが悔しそうに叫ぶ。

 プラズマ団同士の対峙。

 嘗ての部下達が今、眼前で敵となり立ちはだかる。

 朝っぱらから教会を襲撃され、一方的に攻撃された。

 彼らは計画の邪魔になる過去の同胞たちを『裏切り者』と称して殺しに来たのだ。

 ポケモンは殺さない。利用できる価値がある。

 が、使えない障害は排除のみ。凶悪な銃口がロット達にも向けられる。

 周囲に住民の姿はない。みな避難している。

 ロットは戦い以外の道を選ぼうと懸命に説得する。

 ゲーチスの目論見も説明した。だが彼らは聞く耳を持たなかった。

759

Page 768: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「うるせぇんだよ裏切り者のクソジジイッ!!」

 一人がそう吐き捨てる。最早言葉は届かない。

 彼らはポケモンだけ奪って後は皆殺しにするのだと偉そうに言う。

 ロット達はここで死ぬ運命なのだと。

 それでもロットは諦めない。言葉で戦う。

 暴力には頼らない。過去のような事は二度としないココロに誓った。

 人はそれを『信念』という。

 ロットの部下達はもう過ちを繰り返させないためにひたすら足掻く。

「だったらここでテメェは死にやがれっ!!」

 口汚く罵倒され、いよいよロット達に向いた銃口の引き金が引かれる。

  もうだめか、言葉は届かないのか。

  ロットは呪った。無力な自分を。

 出来ることを精一杯やったけれど、結果は伴わない。

 でも、まだ出来ることはある。絶望せずに目の前を見据える。

 

760 揺るぎなき信念

Page 769: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 そんなときだった。

  「あんたの『理想』、しっかりと見せて貰ったわ……ロット」

  背後から流れてきた風に乗る、若い女の子の声。

  続く、激しき雷鳴と蒼の閃光、そして龍の咆哮。

 「あのとき言ったこと、覚えていてくれたのね。なら私はあんたに助太刀するわっ!!」

 以前会ったときとは確実に違う声。

 知っているはずの少女の声が、今は別の誰かに聞こえた。

 「……前にいったはずよ、プラズマ団。私はあんたたちを、止めるとね」

  凛として落ち着いた声が、戦場に舞い降りた。

 ロットが驚愕の表情で振り替える。

761

Page 770: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 そこには、伝承の黒龍と、選ばれた英雄が悠然と立っていた。

「……」

 言葉を失った。トウコだった。嘗て敵として見たときよりも、遥かに堂々としている

少女の姿。

 二年前を彷彿とさせる出で立ちになった英雄はロットに微笑みを浮かべる。

「久しぶりね、ロット。テレビで大騒ぎになっていたから、加勢しにきたわよ」

 余裕があった。自らを無価値と蔑んだあの時の彼女ではない。

 あるべき英雄そのもののような迷いのない眼をしている。

 あの目は、まるで……。ロットは力強い瞳に心酔していた王のことを思い出してい

た。

 彼女の後ろには仲間と思われる子供がいる。各々、感じることはあるみたいだった。

 伝説の黒龍はプラズマ団を見つめて険しい顔で唸っている。

「此方の用件を伝えるわ。とっとと消えて。町から出ていきなさい。ここはあんたたち

のいる場所じゃあないわ」

 脅しをかけるトウコ。プラズマ団達もトウコの脅威はよく知っている。

 まさか、同類を助けに来るとは思っていなかったが。

 逃げるが勝ちだろうか? 戦っても万が一でも勝ち目はない。

762 揺るぎなき信念

Page 771: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「警告は一度だけよ。早く消えなさい。ソウリュウの時みたいに、私とやりあうなら覚

悟することね」

 穏便に済ませそうとしているようだ。英雄は唸るゼクロムを制止していた。

 団員たちとてバカではない。任務失敗なら速やかに撤収するぐらいの知恵はある。

 何より、計画は最終段階に来ているのだ。下手に疲弊する真似はよろしくない。

 ジリジリと後退し……彼らは一目散に逃げていった。トウコは追撃しなかった。

「これでよかったの?」

 逃げる団員お背中を見送りながらベルが問う。トウコは黙って頷いた。

 今は、これだけでいい。余計な争いはプラズマ団を刺激して危険なことになり得る。

「……」

 ヒュウは納得がいかないのかブスッと不貞腐れていた。安堵するメイとは大違い。

「……久しいな、トウコ。以前会ったときとは随分と様変わりしたようだが……」

 ロットが緊張がとけて話しかけてくる。トウコは苦笑する。

 復讐に駆り立てられていた頃とは確かに大違いだろう。指摘通りだ。

「色々あったのよ。それより、ちょっと不味いことになってるみたいね。先ずは、落ち着

いて情報交換しましょ」

 トウコは昔の仇敵でも話が通じるなら積極的に話し合う。それが違いだった。

763

Page 772: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ロットに促されて、一度入った教会に、トウコは足を踏み入れた。

764 揺るぎなき信念

Page 773: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

黒と白、運命の再会

   「一体何があったってんだ!?」

 街では早朝から大騒ぎだった。

 突如襲来したプラズマ団。

 それが町外れにある教会を襲撃し、まさかのプラズマ団同士の諍いを始めたのだ。

 内部事情を知らない街のジムリーダー、ヤーコンは困惑する。

 知っているのは元プラズマ団の連中が何かしていることだけ。

 それが現役の連中とどういう関係なのかまでは把握していないのだ。

 挙句には、何処から騒ぎを聞きつけたのか知らないが、雷鳴を轟かせて英雄様のご登

場である。

 しかも何もせずに追っ払い、追撃もしなかったそうで。

 本格的に意味不明の状況だった。

 すっ飛んで駆けつけたはいいが、既に連中はいなかった。

765

Page 774: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 そこにいたのは、不機嫌そうな顔のいつかの子供とオロオロするいつかの子供、そし

て見知った二人の少女たち。

 その中で黒き龍と共にいる少女はヤーコンを見上げて言う。

「落ち着いてヤーコン。私が何とかする。あんたは街の人たちを早く呼び戻して。もう

安全は確保できているわ。でも、私にはちょっと野暮用がある。だからごめんなさい、

街の方は任せてもいいかしら?」

 以前あった時とは様変わりしていた黒の英雄は、冷静に状況を判断して告げた。

「トウコ……。お前さん、前みたいなことにならないだろうな?」

以前ま

「ならないわ。断言できる。私はもう

の私じゃない」

 あの時のトウコの、復讐の鬼のような、ギラギラした殺気立つ彼女はいない。

 プラズマ団を殺すという病みの沼に沈んでいた暗い目ではない。

 目の前にいるのは、自らの意思で現実を直視する、一人の少女。

 目先の感情に、捕らわれてはいなかった。

 迷いのない瞳をしていた。

「任せて、ヤーコン。そして、街は任せる。あいつらの方は、私に解決させて欲しいの」

「……ふんっ。そうかよ。じゃあ、そっちの方はお前に頼むぞ」

 今の彼女なら大丈夫。

766 黒と白、運命の再会

Page 775: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 前科持ちとはいえ、もうこの目をしているトウコならば。

 ヤーコンは真に信頼に値するトレーナーとして、そちらのことを託す。

「ええ、頼まれた。お互いに頑張りましょう、ヤーコン」

「おうっ」

 互いに背を向け、ヤーコンはトレードマークのテンガロンハットを直す。

 トウコは髪の毛を優雅に流して、確認せずに拳をぶつけ合う。

 ここから先は分かれ道。でも、志は同じ。

 互いのやるべきことをするために、一度ここで別れよう。

 二人は、自分の役目を果たしに駆け出していったのだった……。

 「……話をつけてくれたのだな?」

「ええ。ヤーコンは街の人を誘導しに行ったわ。こっちは、私が何とかするからね」

 ロットは渋そうな顔をして、礼を言う。

 この街での彼らの立場は散々だ。今でも責められるべき立場にいる。

 そして来度の事で、更にその軋轢は強くなったと言ってもいいだろう。

 ロットは覚悟していた。これからの日々は、輪をかけて酷くなるだろうと。

 表情を見て考えを読んだのか、彼女は言う。

767

Page 776: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「あんた達には、もっと辛い現実になるわね。でも、仕方ないと思うわ。少しでも楽にな

るように、私も助力するけど……」

 弾圧のことは否定しない。

 過去は、変えられない。

 受け入れることしか出来ない事を知った。

 故に、トウコは責めない。

 連れの一人が厳しい視線で彼らを見ている。

 甘んじる覚悟のある彼らの意思を尊重する。

 でも、過剰な罰には至らないように尽力する。

 正当じゃない罰は、理想に反する。

 いつか、償いが終わったあとに、笑顔になって欲しいから。

「舞い戻ってくれたこと、そして窮地を救ってくれたことに感謝する、トウコよ。そして

急で悪いのだが……実は、逢って欲しい人物がいるのだ」

 トウコにそう切り出したロット。

 彼らの顔色が変わる。驚きと、心配。

 それをしっかりと、トウコは見ていた。

「……そう」

768 黒と白、運命の再会

Page 777: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 それだけで、大体の予想が付いた気がする。

 二年前に、命懸けで彼らと争いを起こしていない。

 その経験は確実に活かされていた。

 プラズマ団に関しての事だけは、トウコは予知めいた直感が働くようになった。

 彼女は最初、成長していないと自らを卑下していた。

 だが確実に二年という月日は、彼女を大人にしていた。

 成長していない、と思っているのは自分だけ。

 周りから見ればトウコは立派に前に進んでいる。

 チェレン譲りの冷静な判断力。

 いざというときのトウコ本来の行動力。

 ベル譲りの仲間を信じる強い思い。

 幼馴染は、伊達じゃない。

 二人の良い部分が、しっかりと共鳴しトウコを強くしていた。

 その部分に、まだ彼女は気付いていない。

 気付いているのは、二人への尽きない感謝だけだった。

「分かったわ。逢うだけ、逢ってみる。ロット、そこまで案内して」

「……そうか。逢ってくれるか……」

769

Page 778: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 嫌な予感を感じていたベルに振り返り、微笑むと案内するロットについて行く。

 相変わらずヒュウだけは、ロットを睨みつけている。

 まだ彼には彼で、許せないことがあった。

 メイはそれを本人から聞いている。

 だから彼を責めることはしたくない。

 トウコの意図が分からないヒュウは、徐々に苛立ちを隠しきれずにいた。

 「……ここだ」

 ロットが連れてきたのは、教会にあるとある一室の前。

 古い木製のドアの前まで、トウコ達を連れてきた。

「この向こう側に、逢って欲しい人物がいる」

「……」

 何時の間にか、トウコの表情は変わっていた。

 手を伸ばし、ドアノブを掴むが施錠されていて回らない。

 なんと言えばいいのだろう? ベルには分からない。

 怒り? 憎しみ? 悲しみ? 焦燥? 

 少なくても、プラスの感情ではあるまい。

770 黒と白、運命の再会

Page 779: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 まるで復讐を誓っていた頃のトウコに逆戻りしてしまったような。

 そんな心配が脳裏を過ぎる。

 ドアの前に立ち、ロットがはぐらかしていた、人物の名を告げようとした。

  その時だった。

  突然、トウコがキレた。

 尻尾の後ろ髪を逆立てて、犬歯を丸出しにし、鬼のような形相。

 あの頃のような激情を全面に解放する。

駆逐艦

フリゲート

 嘗て、

のヴィオと対峙した時のように。

 「ここで何してんのあんたはァーーーーーッ!!」

  思わずベルとメイが耳を塞ぐほどの怒鳴り声を出して、薄く虹色にコーティングをさ

れていた右腕を大きく引いて、木製のドアを殴りつけた。

 あの虹色は、何時ぞやの。

 ベルが教えられていた、サイコキネシスの応用か。

771

Page 780: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 それでもって、ドアを殴る。

 ドア、凄まじい断末魔を上げて粉砕。

 文字通り、粉にして砕いた。

 盛大な音がする。ぶっ壊されるドア。

 苛立っていたヒュウの目が、点になり口を半開きにしていた。

 まさに唖然。言葉を失う。

 ズカズカとそのまま、トウコは室内に侵入。

 そして聞こえてくる誰かの、恐らくは男性の声。

 驚愕と痛みで何かを叫ぼうとするが、無視されているのかマンムーのようなトウコの

荒い声でかき消されていく。

 ヒュウとメイの位置からは室内は見えない。

 が、トウコが誰かと取っ組み合いの喧嘩をおっぱじめたことだけは理解する。

 ロットも絶句して、制止するのを忘れて眺めている。

 ベルだけは、その声の持ち主を知っていて、別の意味で絶句していた。

(あの人が……ここに……)

 嫌な予感が的中した。そう、あの人は。

 トウコの因縁の一人といっても過言ではない人。

772 黒と白、運命の再会

Page 781: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 対の英雄にして、対の存在。

 黒の反対、理想の反対、立場も反対。

 その男もまた、ここにいた。

 話し合いの席を作ろうと相手は必死になっているようだが。

 メーターを振り切っているトウコには届かない。

 フェアリー技のじゃれつくのようなものだ、トウコからすれば。

 十分、手加減している。

 が、彼からすればそもそも喧嘩するような存在もいた試しもなく。

 要するに、喧嘩慣れしていない。されるがまま、ボコボコにされていく。

 一応年上、体格も彼に分があるのだが……。如何せん、相手が悪かった。

 ロットがこのまま、彼女に任せて暫く放置しようと提案して、ベルたちは別室に案内

されていった。

 最後まで、ベルは心配そうにどっすんばったんと派手な音をさせる部屋を振り返って

いた。

  「……取り敢えず、今ので済ませてあげる。色々言いたいこととかあったけど、もう忘れ

773

Page 782: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

た。私には今までの私じゃないから、これでいいわ。で……改めて、ね。確か、最後に

顔を見たのは……二年前のあの時以来か……。久しぶりね、本当に」

「……久しぶり……だね……っ。いたたた……」

「ごめん、あんた喧嘩慣れてなかったの忘れてたわ。鳩尾にぶち込んじゃったけど、大丈

夫?」

「平気さ……。これぐらい、僕の仕出かしたことからすれば、当然の仕打ち」

「いい加減に、しなさいっ!」

「痛っ!?」

 取っ組み合いは、数分で収まった。

 互いにベッドの上で、荒い息をしている。

 元々は、予感が現実になる事を察したトウコの、今までの思っていたこと、感じてい

たこと、様々な鬱憤を言おうとしてそこはトウコらしく、その前に感情の制御を振り切

り、大体の流れでこうだよね、とココロが諦めて合わせてやった結果がこれだ。

 ココロ達はこの人が例の人、ということで今回は静観を決め込んでいた。

 相手は理不尽な仕打ちを受けた。

 本人はこれは当然の報いだというと、帽子の上から拳骨を振りおろされて、更に理不

尽なことをされた。トウコ、やりすぎである。

774 黒と白、運命の再会

Page 783: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「っていうかあんた、いつからこっちに戻ってきていたの?」

「それなりに……前だよ。丁度、君が戻ってきたという話を風の噂で聞いていたから」

「……そう。懸命な判断じゃない。そういうところは、前と変わらないわね」

 ロットが逢って欲しいと言っていた人物。

 それは、彼女の二年前に壮絶な戦いを繰り広げている人物だった。

 彼は今でも世間から、いや世界から悪者として認識されている。

 むしろ、諸悪の根源とさえ信じられている存在だった。

  ──名を、ナチュラル。

 ナチュラル・ハルモニア・グロピウス。

 略して、N。

  嘗てプラズマ団を率いて、ポケモンを人の手から解放しようとしていたプラズマ団の

王であり、もう一人の英雄。

 白き龍と共にいる『真実の英雄』。

 そしてその野望を、トウコによって打ち砕かれ、行方が分からなかったトウコと同じ

立場にいる、数少ない存在。

775

Page 784: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 それでいて敵同士で、争った。トウコは勝ち、Nは負けた。

 そして、そこでゲーチスが本性を現して……。

「あー、もう前のことはいいわ。今更蒸し返してもどうにもならないし」

 受け入れたとはいえ、積極的に思い出したいことじゃない。

 トウコは頭を振って、目の前で頭を抱えて痛そうにしているNに問う。

「先ずは、お礼を言わなくちゃ。ありがとう、N。あんたのおかげで、間に合いそうにな

かった私は、ソウリュウを何とか守ることができたわ」

 言うべきことは、お礼。

 あの時、ソウリュウでの決戦のとき、彼がフリゲートを遠ざけてくれなかったら。

 もっと多くの人が、傷ついていたことだろう。

 彼の英断が、人を救ったのだ。それは、間違いない事実。

「……僕は……」

 礼を言われて、俯くN。

 それは無力さを嘆いてる、二年前の自分自身がデジャヴした。

 これで、予感は半分ぐらいは正しいかもしれない。

 トウコは、辛いことだろうと思いながらも、予想の付いた理由を先んじて言う。

「礼を言われる筋合いはないの? 戦いを挑んはいいけれど無様に負けて、とっ捕まっ

776 黒と白、運命の再会

Page 785: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ていたのを誰かに助けられ、自分だけがおめおめと逃げ帰ってきたから?」

「!!」

 トウコが言うと、ハッとしてNは顔を上げる。

 トウコは腕を組んで、渋い顔で説明する。

「そりゃあ、私だってそれぐらい思いつくわよ。ゼクロムに聞いたら、最近いるはずのレ

シラムの気配を感じないって警告されたわ。あいつからも事前に情報は聞いているし、

あんたがどういうふうにしていたかは、シャガから聞いた。だから私なりに考えた一種

の推理。どう、あってる?」

 この推理が導く答えは、非常に不味い。

 現状、トウコはとてつもなく不利になる。

 答えを促すと、Nは消沈しながら、肯定する。

「…………あぁ。その通りだよ、トウコ……」

 大体の流れは理解する。

 互いに手札を知っているから、連中のやりそうなことを考えるからに、現状は最悪

だった。

 Nはまだ切り出せていない、強い罪悪感を感じていた。

 自分は、トウコを裏切った。

777

Page 786: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 まだ言えない言葉と共に、もう一つ言わないといけない言葉が増えた。

「はぁ……。やっぱりねぇ……。N、あんたはとことん私にそっくり……」

「えっ?」

 呆れたような、それでいて表情は柔らかかった。

 Nが見る先で、Nの予想を裏切る反応をしていた対の英雄。

 彼女は、苦く微笑んでいた。

 Nはてっきりもっと過激なことをされるかと思っていた。

 過激といっても噂で聞いていたほとじゃない。

 団員半殺しの復讐者の姿はなく、二年前よりも大人っぽくなった彼女だった。

「どうせ、話は聞いているんでしょう? 私がプラズマ団相手にやりたい放題していた

時のこと。だからもっと酷いことされると思っていた?」

「……それは……」

 否定できないので、答えに困るN。

 項垂れそうになるのを、トウコはデコピンをして阻止。

「うわっ!」

「はいはい、俯いてるんじゃないの」

 しっかり自分の顔を見ろ、とトウコはNに言う。

778 黒と白、運命の再会

Page 787: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 二年ぶりにみた彼女の顔は、二年前よりも遥かに優しく、強く、美しくなっていた。

 生気の乏しいNの目には、トウコは輝いていた。

「顔を上げて前を見なさい、N」

 トウコは表情を引き締めて、挫折しそうなNを励まそうとしていた。

 言葉は得意じゃない。舌戦できるほど語彙は豊富じゃない。

 だけど、人の想いを託された者同士として。

 彼が挫けそうならば、それを支えることも大切だと知った。

「あんたと私は良く似てる。二年前、ゲーチスの操り人形だったあんたと、理想の偶像を

押し付けられた私。お互い、自我が無かったわ。あんたはゲーチスの思惑通りに、私は

人々の思うがままに動いて、戦って。あんたは真実を見つけるために旅に出るって言っ

たわね。私はそのあと、何もかも絶望して、全部投げ出して、逃げ出したわ」

 本人の口から語られる、Nの知らない彼女の真実。

 それは、背負いきれない重荷を背負わされて、壊れてしまった英雄の器。

 その成れの果てだった。

 ベルにだって、詳しくは教えていない。

 彼女は言わなくても、分かってくれているだけだ。

 ハッキリと、自分の口で詳細を誰かに説明するのは、初めてだった。

779

Page 788: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「私は、二年前のパートナー達と話し合って、そして別れた。あの子達を酷いことをして

しまった私自身が許せなくて、そこらじゅうに逃げ回って。最初は死のうと思っていた

わ。でも怖くて死ねなかった。それで、逃げることにしたの。辛かっただけのイッシュ

から」

 そこから語る、逃避の二年間。

 今の仲間に会い、そして『忘れ物』を解消しに戻ってきたところを、ベルたちと再会

して、ここまで至る、と。

 その過程で様々なことを知り、思い出し、狂い、病み、壊れそうになりながら、今日

まで進んできた。

 過去を否定するのではなく、受け入れることで未来を創る。

 みんなの笑顔になれる世界。それが、トウコの見つけた『理想』。

「N。あんたはこの二年で、世界で何を見た? 何を感じた? 何を『真実』だと思った

? この二年で得たものは、こんなところで腐っている程度の意味しかなかったの?」

「……」

 トウコは分かっていたのだ。

 Nが、敗北を経験し今まで経験したことのないほど絶望に堕ちて、自分だけの世界に

逃げ込んでいることが。部屋に引き篭って、諦めて。

780 黒と白、運命の再会

Page 789: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコも痛いほどよく知っている、あの孤独の世界に。

 Nは何も言わない。言えない。

 彼女の傷を抉るようなマネをしておいて、何を言えばいいのだろうか。

 Nは、人とのつながり方を未だによく知らなかった。

「それともあんたは、過ちの償いをするつもりだったのかしら。だったら不十分よ。あ

んたの罪はこの程度で無くなるものじゃないわ。見たでしょう、ここでの彼らへの現

実。厳しいことを言うようだけど、あんたが二年前に行なったことは筆舌に尽くしがた

いわ。これ以上、下らない理由を付けて部屋に閉じこもってみなさい。それこそ、あん

たを半殺しにしてでも連れ出して、警察に突き出すわよ。自分がどんな立場にいるか、

思い出すことね」

 彼女は不器用だと自覚している。

 気の利いた優しい言い方とか、言えなかった。

 結局励ましにまさか脅し文句を使うとは自分でも自分に呆れる。

 Nはそれでも構わない、みたいな視線でトウコを見る。

 それで償いになるなら、とか考えているのだろう。

 巫山戯るな、と内心悪態を付く。

 折角顔を見せたと思ったらこれか。

781

Page 790: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 そんなこと、させる訳がない。

 その前にするべきことがある。

「あんたが今感じている絶望は、私が独りきりで突っ走った結果感じるものだったかも

しれない。支える誰かがいなくなって、自分じゃどうすればいいかわからない。ポケモ

ンしか居なかった人間は、そういう風になる」

「……」

 トウコの指摘は間違っていない。

 事実Nは、どうすればいいかわからない。

 自分にできることも、自分がしたいことも、何もかも。

 言葉を貸してくれるトモダチはもういない。

 二度と、逢えないかもしれない。

 体験したことのない未知の恐怖が、見えていたはずの真実を曇らせる。

 人間として、Nはまだ弱かった。

 トウコだって偉そうに説教するほど強くない。

 こんなことはあの新米ジムリーダーに頼めばいい。

 でも、彼の痛みや苦しみを知れる人間が、トウコしかいない。

 だから、トウコはNにこの言葉を言う。

782 黒と白、運命の再会

Page 791: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ベルがトウコにそうしてくれたように。

 今度は、トウコが、Nに。

 「N、私を頼りなさい」

  上から目線で偉そうになってしまった。

 Nは怪訝そうに見つめる。人を頼るということを知らない目。

 今まで彼は祭り上げられた操り人形だった。

 トウコと同じで、誰かの意思を代行していただけ。

 こんなことを言ってくれる人なんて、居なかった。

 分からない、知らない。だから、やらない。

 だったら分かってもらう。知ってもらう。やってもらう。

 それだけだ。

「自分の中に逃げてんじゃないわよ。私だって言いたくないわ。言える権利もないけ

ど。敢えて言わせてもらうけど、それは逃げているだけ。私もそうやったけど、そんな

ふうになっていて何ができるの? 私は暴走しただけだったわよ。あんたはどうなの、

N」

783

Page 792: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……僕は……」

 漸く喋るN。本当は分かっているくせに。

 こんなところで落ち込んでいる前に、出来ることがあることを。

 トウコは間違えた。その経験で言える。

 こんなふうになって、良いことはひとつもない。

「私は、支えてもらえたわ。それは何よりも幸運だったと、はっきり言える。私は、だか

ら間違いに気付けた。破滅しないで済んだ。N、自分じゃどうしようもないなら誰でも

いいから、助けてというのよ。自分で何もかも背負って、どうにかできると思っている

のなら傲慢な考え。私達は、ただの人間じゃない」

 トウコは、Nの肩を力強く握って彼に言った。

「私達は自分の意思がある、ただの人間よ。私は一人の母から生まれた娘。あんたはポ

ケモンの声が聞こえるだけの、ただの人間。私達は伝承に選ばれているだけの、ちっぽ

けな存在なのよ。化け物? 英雄? そう呼ばれているわ。でも、元を正せばあんたの

いうヒトに過ぎないのよ!」

「……トウコ……」

「ヒトは助け合って生きていくわ。それはポケモンだけじゃない。ヒト同士だって助け

合うもんでしょ。あんたは今まで、ポケモンを助ける立場ばかりになっていて、忘れて

784 黒と白、運命の再会

Page 793: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

いたようね。そんな簡単なことも、レシラムは言われないとわからないの?」

 彼女は徐々にいきり立っていく。

 沸点の低いトウコは、この自分そっくりの男が落ち込む姿が、復讐者の頃だった自分

を見ているようで気分が悪い。

 分かっているのだ。

 自分がこんな簡単なことすら忘れていたことを。諦めていたことを。

 まさか、賢いと思っていたNまでこんなふうになるとは思ってなかったけど。

 ……くり返し言うが、この英雄様は言葉で言うのはとても苦手だ。

 追記すると、感情の沸点も低いのも素の性格である。

 これ以上の言葉を持ち合わせていない黒の英雄様は、またブチッとキレた。

 トウコの限界だった。

 まだるっこい、面倒臭い、もう嫌だ。

 肩から、今度は胸ぐらをつかんで前後に激しく揺さぶる。

「あああああああッッッ!! もう、うざったい!! あんたは私よりも頭がいいんでしょ

!! ゴチャゴチャ理屈だ数式だ言ってないで、早く行動しなさいッ! 今度は私がNの

味方なのよッ!? それの何が不満があンのよッ!?」

 ガクガク揺さぶり、実力行使で説得する。

785

Page 794: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ……短気すぎてお話にならない。

「ちょ、僕は、何も、言ってな」

「喧しいのよッ!! 前から小難しいことばっか言って、私を混乱させて! あんたは

一々細かいことを考えすぎ! いいからゲーチスぶちのめして捕まえるのに協力しな

さいッ! 答えははいかイエスのどっちかァッ!! どっち!?」

 凄い剣幕だった。

 Nはその剣幕に気圧されて、タダでさえ精神的に落ち込んでいたところに強烈な一撃

をお見舞いされて、ガタガタしながら頷くしか出来なかった。

「分かったっ!? N、ああだこうだ言わないで私に手を貸しなさい! あんたには私が

いるッ! 分かればいいのはそこだけッ! いい、独りじゃないのよ!? 私が手を貸し

ているんだから、辛かったら私に泣き言を言いなさいッ!! 私に寄りかかりなさいッ!

 たとえあんたが私をどう思っていようが、私はあんたのことを人間だと思っているか

らね!?」

 最後は怒鳴り散らして、励ましているのか怒っているのか、よく分からない状況だっ

た。

 前にベルに言われたこと。何としてでもそれだけは言いたかった。

 勢いだけで言ってしまったが、これだけハッキリ言えばきっと理解してくれる。

786 黒と白、運命の再会

Page 795: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 そう信じて、トウコは立ち上がる。

 手を離すと、呆然としているNの首根っこを掴まれて、そのままズルズルと引きずり

出す。

「さぁ、手を貸しなさい、N! 御托はいいから、今すぐに!!」

「……」

 色々な意味で、トウコは怖かった。

 父よりも、別ベクトルで恐ろしい。

 Nは初めて、異性に対して恐怖感を抱いた。

 こうして、二年の間交差しなかった『理想』と『真実』は、今度こそ目的を同じとし

て、共に歩む。

 目指すは、プラズマ団の悪行の阻止だ。

787

Page 796: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

懺悔の言葉と根本の恐怖

   「待ってくれ……トウコ。僕は、君に言わないといけないことがある」

「なにっ!?」

 引き摺られていくN。

 我に帰り、絶対に伝えないといけないことを伝える覚悟が決まった。

 ……これは懺悔だ。この罪を裁けるのは、トウコしかいないのだ。

 ここで秘匿するのは、本当の悪者のすることだ。

 そんなこと、レシラムが聞いたら怒るだろうと思った。

 怒っている彼女が振り返り、若干ビビりながらNは自力で立って、告げた。

 それは……トウコの怒りに冷水をぶっかけた衝撃の事実。

 「僕は……。僕は父さんに……。ゲーチスに、君のトモダチを奪われてしまった」

 

788 懺悔の言葉と根本の恐怖

Page 797: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ──最初、何を言っているか分からなかった。

 トウコの友達? 誰のことだ?

 ベルはいる。チェレンは療養中。

 後輩二人は無事だ。

 ……友達? ともだち? トモダチ?

 「ジャローダ、ミロカロス、シンボラー、ブースター、チラチーノ。君はそれぞれ、リー

フ、ロカ、ガーディア、フレイ、チールと呼んでいたね」

  続いた彼の言葉に、その該当する彼らのことを思いつく。

 そうだ。Nがトモダチと言うのは……ポケモンのことだ。

 そして、リーフ、ロカ、ガーディア、フレイ、チールとは。

 

相棒たち

 嘗ての……別れたはずの、トウコの

だった。

 「僕は旅を始める前に、暫くイッシュに残っていたんだ。心配事がいくつかあったから。

その時に、君のトモダチ達に出会った。彼らと共に、僕は二年間を過ごしていたんだ」

789

Page 798: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

  信じられない言葉だった。

 共にいた。彼らと?

 みんなが……Nに手を貸していた?

『……お姉ちゃん。そいつらって……』

『間違いねえな。聞いてるだろ、裏切ったクソ野郎共だ』

『今回ばかりはディーに賛成だ。裏切り者を気にする必要はないぞ、トウコ』

『トウコ泣かせたの、ゆるさない!』

『レジギガスもまた、来度は賛同する』

『……悲しいのか? トウコ?』

 激しく動揺していた。

 表面は取り繕っているが、ここのところ動揺という感情が無かったトウコの心が、久

しぶりに激しく揺れ動く。

 それ程までに、Nの伝えた事が衝撃的だった。

 アークたちは、裏切り者なんてどうでもいい。

 一度見捨てたんだから、今度はこっちから見捨てればいいのだと言う。

 それはそうだ。彼らには彼らのプライドがある。

790 懺悔の言葉と根本の恐怖

Page 799: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 皆、ワケありでトウコと旅を同じくしてきた。

 その過程において、裏切りは万死に値する重罪。

 してはいけない禁忌の一つだ。

 それをしておいて、今頃何をしているかと思えば、という感情的な問題。

 口を揃えていう。放っておけばいい。

 それが正しいんだと。

「……リーフ達が……?」

「僕がやってしまったことだ。僕のせいで、君のトモダチは……」

 ゲーチスの手に堕ちた。

 つまり、いいように改造されるか何かで高確率で敵になる。

 また、裏切るというわけだ。アークたちの憎しみを益々増加させた。

「僕のせいだ。僕が、安易に父さん達に戦いを挑むから。そのせいで、トウコのトモダチ

が……」

 深い後悔の念だった。

 Nは懺悔し、救いを求めるように、罰を求めるようにトウコを見る。

 トウコは暫くほうけていた。だが、やがて我に帰り、言った。

 それは余りにも早すぎる展開だった。

791

Page 800: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 「そう。じゃあ、あの男から全部取り返すまでよ」

  ……なんとこの女。

 嘗ての手持ちが敵となり、争うかもしれないというのに。

 すぐに立ち直っていた。しかも、取り返すという選択肢を持って。

『おいトウコッ!! どういうつもりだっ!?』

 流石の現リーダー、アークが怒る。

 なぜ、救済するのか。

 なぜ、助けようとするのか。

(文句があるんでしょう、みんな)

 トウコは語りかける。

 Nの驚愕の顔を見ながら。

(そうよね。みんな、私が散々苦しんでいるのを知ってるものね。当然だと思うわ)

『ならどうして……?』

 ココロの疑問の声に、トウコは実に単純な答えを出した。

(そんなことしたら、今度こそ私は自分が最低のクズになる。私はとても辛かった。私

792 懺悔の言葉と根本の恐怖

Page 801: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

はとても苦しかった。そうだったわ、ええ)

『じゃあ何で助けるんだよッ!?』

 憤るアーク。だが、トウコはこうアークに逆に聞いた。

 (じゃあ、何で助けちゃいけないの?)

  余りにも突拍子もない質問。助けてはいけない理由。

 それは、また裏切るかもしれないから。

 トウコはそれを肯定した上でこう言った。

(私は別にリーフ達だから助けるわけじゃないよ。ただ、そういうポケモンがいるなら

全部助ける。それだけの話)

『……』

 アーク、暫し思考停止。

 この主は何を言っているんだ。

『……』 

 ココロ、思考停止。

 この姉は何を言っているんだ。

793

Page 802: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 つまり、何か?

 ポケモンだったら誰だって助けるチャンスがあるなら助けるし、出来る努力は惜しま

ないと?

 前の相棒たちに対する特別視は、そこにはない。

 平等に、助ける。助けたいから。それだけ。

(何か勘違いしてない? 確かにとても気にはなるし、そうならないように祈っている

わよ。でも、彼らだけを優先するなんて言ってないよ? 私は全部出来ることはする

わ。その中に彼らも入ってるだけの話。何がおかしいの?)

 ……何時だったか、トウコはとても欲張りになったと言っていた。

 そりゃあ、そうだった。

 この女は、自分にとって意味があるかとかないとか、そんな事もう気にしていない。

 やりたいからする。そうしたいからそうする。優先順位なんて関係ない。

『……トウコ……。滅茶苦茶だろ……』

 そう、滅茶苦茶だ。

 裏切られた。辛かった。その通りだ。

 けど、自分だけの理由で優先していい生命なんてない。

 生命は生命。価値は、トウコにとっては皆同じ。

794 懺悔の言葉と根本の恐怖

Page 803: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

(私は自分の意思で理想を実現すると決めたわ。そう言っている人間が、裏切られたと

いう理由だけで利用されているポケモンを無視していいの?)

『それは……っ!』

 ココロは反論しようとする。

 トウコの言うことは正論で、でもココロ達は認めなくない。

 今のトウコの傍にいるのは自分たちなのだ。

 支えているのは自分たちなのだ。

 過去の裏切り者なんかに、この場所を渡したくない。

 そういう思いだってある。

『トウコ。分かってやれ。彼らとて、お前のパートナーだという自負がある。お前は、そ

の想いを無下にするのか?』

 この中で唯一、二年前を知るゼクロムが言う。

 トウコはわかってると言った。

(みんなのことを見捨てるわけじゃないし、そもそもリーフ達が戻ってくると決まった

わけじゃない。それを決めるのは、あの子達よ。私には、そんなことを言える権利、な

いもの)

 トウコは今でも原因は自分にあると思っている。

795

Page 804: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 だから、戻ってこいなどと言える立場ではないので、何も言わないという。

 ただ、利用されているなら解放したいだけ。

『じゃあお前は、戻ってくると連中が言えば受け入れるのかッ!?』

 アークがムキになって突っかかる。それは彼らとして一番大切なところだ。

 譲れない一線と言ってもいい。返答次第では、タダでは済まさない。

(……どうだろう。多分、戻ってくると言われても、怖いから。Nに任せると思うわ)

 トウコの返答は、否。ここだけは、保身に走った拒否だった。

 彼らのことを本音で言えば、とても怖がっていた。

 自分のやったことを受け入れたけど、トウコが何が悪かったのか。

 それをまだ、よくわかっていない。悪いことをしていたことは確実なのだが。

 少なくても、二年一緒にいたというNの方が、きっと相棒には相応しい。

 彼はトウコと違い、ココロの補助なしでも言葉がわかる。

 うまくやっていくなら、きっとNのほうが……。

 彼女はそう説明する。

 ホッと安堵するアークたち。よかった、と本当に思う。

 そういう意味では、気心知れたアークたちの方を彼女は選択している。

「……トウコ?」

796 懺悔の言葉と根本の恐怖

Page 805: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 Nに問われる。

 トウコは了解した、とだけ言った。

 彼を一切責めない。

 颯爽と後ろ髪を揺らして踵を返し、トウコは歩き出す。

「僕を……責めないのか?」

 ついていくNに問われた。

「責めている時間が惜しいわ。それよりも、何とかする手立てを考えなさい」

 そんなことを言われても困る。責めろ、と言われても。

 責めることで……何か変わるのだろうか?

 それよりも、今は先のことを考えないと……。

 そう頭が勝手にシフトしていく。

 こんな時でもNを糾弾できない自分にも、若干の恐怖を感じた。

 私は、感情はあるんだよね? とココロ達に問う。

 多分、他の人なら間違いなく責めるだろう所を、何も言えないトウコ。

『……戸惑ってるの? 自分自身に』

(わからないわ……。あれ、私って……こんな人間だったっけ……?)

 自覚がなかった。

797

Page 806: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 今のトウコはそれはそれ、人それぞれの考え方があるという思考に変化している。

 英雄としての自覚をしてからというもの、トウコには誰かを責めるということがうま

くできなくなった。

 どんな人でも、そういう考え方があるのだと理解してしまう。

 あのゲーチスですら、ああいう奴なのだと諦めに似た境地で終結させている。

 怒りや憎しみはあるはずなのに。でも、その暇すら惜しい。

 その前に出来ること、出来ること、と頭が進んでいく。

(…………)

 英雄になるとは、こういうことだったのだろうか?

 自分も幸せになりたい。自分も笑顔になりたい。

 最低限の欲望はある。だから、無感情というわけではない。

 トウコが、トウコに感じる不気味さ。

 本来だったら、ここだって少しぐらい、優先順位というものを発露してもいいのに。

 トウコは、それをしなかった。それよりも、みんな救うという方法を選んだ。

 兎に角、トウコがそうしたいのだ。そうしたいから、それを目指す。

 良く言えば、ストイック。

 悪く言えば、空っぽになる。

798 懺悔の言葉と根本の恐怖

Page 807: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 同じことの、繰り返し。

 今度は、理想という現象に呑み込まれて、ゆっくりと何かが消えていく。

人間らしさ

じょ

(私の

が……少しずつ、削れている……? そんなバカな……。私は私よ。

私がそうしたいから……私が……)

 でも今思い立った考えは、考えてみれば見るほど当てはまっていて。

 否定しきれない現実もそこにある。

 ワガママを押し通しているのには自覚がある。

 そのワガママを優先しているから、感情が薄くなっている?

『お姉ちゃん、落ち着いて……っ!』

 ココロが自滅しそうになっているトウコを止める。

 だが、無駄だった。

 一度自覚すればそれは何時までも彼女を苦しめる新しい毒。

  気付いてはいけない一点。

 彼女は、どんどん英雄にとって相応しい人間となっていた。

 それはいうなれば、最適化。

 余計なものを省き、実現可能な取捨選択を繰り返す。

799

Page 808: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 その余計なものに、大切なものが混じっているのに。

 (違うわ、私はそんなんじゃない。私はちゃんとした人間。感情だってある……。ある

わよ……)

 そんなのじゃない、と何度も否定する。

 否定しないと、怖かった。

  だって、そうだろう?

 理想を実現したいから。

 ただ、努力しているだけなのに。

 その代償に……人間味に欠けていく?

 それって……二年前とは違う何かになっていく。

 Nに偉そうに御高説しておきながら……また?

(……うるさい、迷うな私! 今は、そんなことよりすることがある!)

 トウコは強引に考えをシフトする。また先のこと、先のこと。

 以前と比べてとても強いメンタルをしているだろう。

 迷わない、立ち止まらない、逃げない。

800 懺悔の言葉と根本の恐怖

Page 809: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 傍から見れば頼もしい限りではある。

 だが、誰が気付こうものか。

  本物の英雄とは……ヒトをやめねば、たどり着けないこともあると。

801

Page 810: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ヒュウの過去と可能性

    「巫山戯るなよ、あんたらッ!!」

 その怒鳴り声を聞いたのは、トウコがNを連れて、応接間と書かれたプレートが下げ

られている部屋の前まで来たとき。

 声の主は恐らくヒュウ。

 思い出せば先程から妙に不機嫌だった。

 原因は大凡、トウコの言動だ。

「……彼は?」

「私の連れ。ただの被害者よ、多分ね。あんたも気をつけること。下手すると殴られる

わよ」

「……」

 道中、互い情報を確認し合う。

802 ヒュウの過去と可能性

Page 811: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 N曰く、逃げてきた道は覚えているから追えばまだいるかもしれない。

 酷く損傷したフリゲートだが、一ヶ月で再生するかと言えばするだろう。

 奴らの切り札なのだから当然と見ていい。

 その中で見た、ポケモン達の改造処置。

 何かの機械をつけて、レシラム達を強引に言うことを聞かせていた光景。

 何もできずに、協力者に促されるまま、必死に逃げたこと。

 それを伝える。トウコは、今までのことを全部説明した。

 Nは、掻い摘んだ結果を聞いて険しい表情になった。

 自分がやってしまったことが、悪い方向に加速させてしまっている現状。

 まさに失態だ。

 連中に餌を与えてしまったに等しい自滅が、拍車をかける。

「あんたは出来ることをやってくれた。だから悲観的になっても意味ないわ」

「……それでも……僕は……」

「後悔してる暇あるなら前みなさい。するなら全部終わって余裕が出来てから」

 トウコは室内にはいろうとせず、壁に寄りかかって腕を組み、Nを見る。

「結果が伴わないなんてよくあるじゃない。あんたは怪我人を出さない代わりに負け

た。そんでもって、レシラムとリーフたちを奪われた。ここから導き出される答えは、

803

Page 812: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

恐らく奪われた「いでんしのくさび」によるキュレムとレシラムの合体なのか融合なの

道具ポケモン

かはわからないけど、それによる新しい

。ゼクロム曰く、そうなるともうレシラム

本人じゃあ分離は無理ですって。それこそ、最悪殺さない限りね。するつもりはないけ

れど。ゲーチスにとっての切り札は、フリゲートとその合体した二体。団員は……ソウ

リュウの一件で結構逮捕されているから前に比べれば格段に減っているわ」

 冷静な分析。ゼクロムが与えた知識、戦った過去の経験。

 Nもそれには首肯する。その通りになるだろう。

「N、ぶっちゃけると、私達は不利よ。相手は空飛ぶ駆逐艦。人殺しの道具に加えて、伝

説のポケモン二体を主力とする圧倒的な戦力。正直、勝ち目は薄いわね」

 あっさりと、自分たちの勝率は低いとトウコは認める。

 その割には、肩を竦める程度の動作だったが。

 勝算はあるのか、Nは聞いた。

「あるわよ? 二年前とは違うもの。相手が強くなった分、私も強くなってる。キュレ

ムとレシラムを最大戦力としているけど、彼らはポケモンよ。人の意思で完全に操るこ

となどできない。況してや、伝説と言われている彼らだもの。そこが弱点でもある」

 トウコは推理する。それは、Nが実際に見たあの悪夢の中に答えがあった。

「機械よ。伝説と言われる強大な力を使役するには、それだけ出力の高い機械を使わな

804 ヒュウの過去と可能性

Page 813: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ければいけない。それも、常時……ね。そのエネルギーはどこから出ていると思う?」

 嘘だろう、とNは思った。本気なのかと疑った。

 だが、トウコはそれを未遂で一度行なっていたと噂で聞いている。

「まさか……トウコ、君は……」

「人間は知恵が高いけれど、力は弱い。本人じゃあ、言うことを聞かせることは絶対無

理。ならどうするか? 外部から従わせればいいのよ。そしてそれが最大の弱点。本

体ね。弱点。エネルギーの発生源は多分船そのもの。だったら私……船、堕とすわ」

「本気なのかトウコっ!?」

 彼女は言う。

 艦さえ落とせば、連中はもう烏合の衆だ。

 科学に頼りきりの特化型は、その分野さえ失えばどうということはない。

 そしてその一点突破を可能にする仲間が、彼女にはいる。

「ええ、フリゲートをまっ先に狙ってぶっ壊す、私が。それが出来るのは私だけだもの。

なに、中に入って派手なことするつもりはないわ。上から派手に衝撃を加えて墜落させ

るのよ。……出来れば、周りには被害出さないようにしたいけど」

 彼女の狙いは、それだった。

 ポケモンを不必要に傷つけず、尚且つ一番ダメージのありそうな戦術。

805

Page 814: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 フリゲートの破壊。それを可能にするのは。

『もしや……これこそ、正真正銘、レジギガスの出番っ!?』

(えぇ、そうよ。ギガス、ぶち壊し担当はあんた)

『出番キターーーーーーーッ!』

 そう、ギガスである。

 嬉しさのあまり、キャラ崩壊起こしていた。

 キュレムの氷を破壊できる唯一の対抗策。

 フルパワーならば、フリゲートの破壊だって難なくできる異次元のポケモン。

 彼が出たとき、大活躍か大災害しか起きないので、今回は大活躍してもらおう。

『混戦になったら俺の出番ってか?』

(そうよ。悪党だもの、全力でぶちのめしていいわ)

 ディーは対人に強いし、残った手練たちと戦うから間違いなく必要だ。

 皆、それぞれに役割がある。

 シアとホルスは攻撃を受けた時の反撃役。

 ココロはフリゲートまで行くための移動手段。

 そして、切り札はアークの存在。

 一緒にいた彼だから任せられる大役がある。

806 ヒュウの過去と可能性

Page 815: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 その高度な変身能力を頼りにすることだろう。

『ぬっ……? トウコ、我は?』

(ゼクロムは適当に唸って威圧してればいいのよ。相手氷タイプなのよ? 倒れられた

ら色々な意味で困るの。前みたいなことになって暴れたらいい迷惑。旗印でいいのよ)

『旗印とな……。我をそんな扱いをした奴はお前が初めてだ……』

(大して大差ないでしょうに)

 何ということだ。ゼクロムをフラッグ扱いしやがった。

 しれっと言うトウコの言うとおり、ゼクロムは旗印。

 こいつがいるから、余計な戦いをしないで済む。

 むしろこいつはいるだけでいいのだ。普段から仕事してるから。

 万が一の保険ということで。

「例の白い巨人……というトモダチかい?」

「そうそう。彼ならタイマンでフリゲート倒せるわよ?」

 戦慄するNに告げると、真っ青になった。

 過去に戦った彼女は、伝説のポケモンたちの寵愛を受ける加護でもされているのだろ

うかと真面目に思う。

「方針は決まったわね。私がフリゲートを壊す。以上」

807

Page 816: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 絶望的な状況でも最善を選び出す。

 自分が危険になろうとも、出来ることを。

 Nのトウコのイメージが、少しずつ変化していった。

  頃合を見て部屋に入る。

 案の定、激昂したヒュウが元団員相手に癇癪を起こしていた。

 罵倒をしながら、トウコに向かってどういうつもりだと突っかかってきた。

 彼の中では元であろうがプラズマ団は敵という認識なのだろう。

「トウコさん、あんたはこいつらを信用するっていうのかッ!?」

「したらいけないの? あんたがこの人たちをどう思おうがそれはあんたの自由よ。で

も、それで私の邪魔をするようなら、覚悟してもらうわよ」

 ぶるり、とその言葉だけでヒュウは鳥肌が立った。

 トウコは言えば実行する。

 冷たい双眸が、彼を射抜く。

 邪魔になればヒュウ程度、躊躇いなく踏み潰して先に向かうだろう。

「……トウコ、言い過ぎだよ」

「ベル、ここでヒュウに騒がれたら折角のチャンスを潰すでしょう。彼は話を聞く気が

808 ヒュウの過去と可能性

Page 817: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

ない。一方的に喚いているようなら、ぶっ潰すだけよ」

「…………ヒュウ、やめなよ。トウコさんを怒らせたら、置いてけぼりにされるよ?」

 英雄とは常に大きなものを見ている。

 小さな犠牲は、必要なら出す。

 トウコの雰囲気はそれだった。

 ついてきているだけのヒュウなど、必要経費で倒すだけだというのか。

 メイも事情を知っているが、相手が悪いのでヒュウを止める。

「クソォッ!」

 地団駄を踏んで、悔しそうに吐き捨てる。

 本当は納得していない。こいつらは死ぬほど嫌いだ。

 でも……怒りに身を任せて行動すれば、全てを失う。

 そのぐらい分かる程度には、彼も大人だった。

「……」

 トウコはそれを見ていた。

 Nは沈黙していた。彼が、プラズマ団を憎んでいるのはこれでよくわかった。

 同時に、自分達はああした人々の憎悪を受けるだけの事をしていたことを再確認す

る。

809

Page 818: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ベルはやりきれない目で、遠くを見ていた。

「何が知りたいの」

 拳を握るヒュウに、不意にトウコが問うた。

「あァッ!?」

 ヒュウは牙を向いてトウコを睨んだ。

 場を弁えないその態度にメイが咎めるが、トウコは気にしないと言って、もう一度問

う。

「あんたが知りたいことは何? 何かあったんでしょう、それを教えてと言ってるよ。

ここにいるロットは元々は幹部クラスの人間よ。大抵のことは知ってる。こいつに聞

けばいいでしょう、それだけで先に進むのにあんたは憎しみに呑まれて目先の相手を攻

撃して、それで気が済むの? 一過性の冷却剤なんて意味ないでしょうに」

「!」

 そうだ。彼女もまた、憎しみに飲み込まれた一人。

 そしてあの惨事を引き起こしている。

 その場から逃げたヒュウは見た。思い出す、街の様子。

 悪者を殺すつもりで制裁する、英雄の姿を。

 憎しみに狂い、怒りの炎を宿していたトウコを。

810 ヒュウの過去と可能性

Page 819: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「私みたいになるわよ。怒るのをやめろって言ってんじゃない。ただ、聞きたいことだ

け聞いておけって言ってるのよ。冷静になりなさいな。あんたそんなんで目的果たせ

るの?」

 同族であることを認めて、その上で自分のようになって欲しくないトウコの言葉。

 彼もまた、被害者であることと同時にトウコのように感情のコントロールがヘタ。

 だから、分かっていることを実行できない。

「ロット、いいわね? 聞かれたことに答えて欲しいのだけれど」

「……構わないが……」

 先程までヒュウの剣幕に気圧されていたロットに、仲裁したトウコは続ける。

 事情を説明して、素直に聴けばいい。今は、悪事をする気のない相手だ。

 過去にいつまでも捕らわれているとろくなことがない。トウコのようになるだけだ。

 ヒュウに椅子に座らせて、事情を聞く。

 すると、思ったとおりの事柄が出てきた。

 彼は5年前──つまりはトウコよりも3年前にあたる──に、妹さんのチョロネコを

強奪されて、それ以来行方を探しているのだそうだ。

 だから、プラズマ団を嫌うのである。

 同時に、よくあることだ。在り来りな理由だった。

811

Page 820: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 珍しいことじゃないどころか、プラズマ団はその特性上、それが一番多い。

 ベルも一度ポケモンを奪われそうになっていたし、トウコはそれを見ているしか出来

なかった。

 トウコの尤もな疑問に、ヒュウはほうけた。

「5年も前? じゃあそもそも、チョロネコでいるわけないじゃない」

「……えっ?」

 トウコの疑問は、そんな長い間に強奪されていれば、当然の事柄が発生する。

「多分それ進化してるでしょ、レパルダスに」

 本当は改造されたりして死んでいるかもしれない、という可能性もあった。

 連中はそういうことも躊躇なくする。だが敢えて示唆せず、そう聞いてみる。

 だがヒュウはその可能性を気付いておらず、それもそうかと納得していた。

 トウコはそれから必要な情報をありったけヒュウから搾り出した。

「ロット、5年前のその月にその場所にいった人間のリスト、書類でまとまってない? 

幹部だったあんたにだって報告はされているから、必ず書面で残っているはずでしょ

?」

「あ、あぁ……。分離するとき、手元にあった書類は纏めて持ってきているから問題はな

いだろうが……。ちょっと待っててくれ」

812 ヒュウの過去と可能性

Page 821: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ロットに書類を取りに行ってもらっている間にトウコは説明する。

 連中は好き勝手にポケモン泥棒をしているわけじゃない。

 誰がどこでなにを奪ったかを、幹部に報告のために、トラブル発生時などに役立てる

ため書面などを残していた。

 一度本拠地を攻めていったときにそれを確認しておいたんだそうだ。

 そういった会社的な組織のつながりもあって、こいつらはこうして二年というわずか

な期間に見事な復活を遂げることができたのだ。

 今はバックの支援してくれるところも検挙されてないので、後がない。

 後は潰せばもう復活はしてこないだろうとトウコは見立てている。

 因みにハリボテの王様にされていたNには、当然知られされていないので彼は今初め

てそれを知った。

 自分の足元にあた秘密結社は一種の会社よろしくの組織をしていたのだ。

 戻ってきたロットによると、その場所で彼の妹さんから奪ったチョロネコはほかの人

の手に渡り、現在は恐らくダークトリニティの誰かが持っている可能性が高いと告げ

た。

 少なくても、二年前までは確実に持っていた。

「だったらあとはそいつらを取っちめて聞けばいいわ。そうでしょ、ヒュウ」

813

Page 822: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「……あ、あぁ……」

 トウコに諭され知りたい情報を教えてもらい、先程の謝罪とお礼を言うヒュウ。

 ロットたちも改めて謝罪し、これで一応丸く収まった。

「闇雲に探したって、年月が経過しているから知らない奴が大半。知りたいことがある

なら、ちゃんと考えないとうまくいかないものよね」

 自分に言い聞かせるように、トウコは言った。

 出されたお茶をすすりながら、ベルも苦笑。

 猪突猛進のトウコが言うと、重かった。

「と、トウコさん……。さっきは……その、ごめんなさいッ!」

 ヒュウは、トウコにも頭を下げて謝った。

「いいわよ別に。私だって似たようなもんだったし」

 涼しい顔で、彼女はそう言った。

 ヒュウのことも何時か似ていると感じたトウコ。

 強ち、間違いでもなかったようだ。性格とか、彼に似ている。

 さて、とトウコは気合を入れ直す。

 ここからだ。ここからが重要になる。

 Nもいる。ロットもいる。ヒュウ、メイ、ベルだって。

814 ヒュウの過去と可能性

Page 823: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 これ以上ないほどの布陣にしたのだ。

 もう黙ってやられるだけの彼女達じゃない。

 トウコたちの反撃は、ここから始まるのだから。

815

Page 824: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

八つ目のバッチと足止め

    作戦は至ってシンプル。

 フリゲートを見つけ次第、トウコが襲撃。

 ギガスで徹底的にぶち壊す。それだけ。

 仲間達は支援や陽動などをお願いする。

 どの道、誰もが危険だった。

 警察などの大人達も今懸命に奴らを探している。

 だが、その所在は未だ掴めない。

 仮につかんだとしても、言葉で止まらないプラズマ団に一方的に攻撃される。

 彼らは言葉で戦う。でも、暴力では戦えない。それを選べない事情がある。

 無法者相手に、法を守りながら戦うのはやはり無理があった。

 今、彼らに物理的に対抗できるのはトウコたちしかいない。

 要請を頼もうと思えば、頼めた。然し、トウコはそれをしなかった。

816 八つ目のバッチと足止め

Page 825: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 意味がないのだ。それじゃあ。

 ゲーチスという男は、もう一度あの野心をへし折ってやらないと。

 生半可なコトをしても、どうせあのカリスマは何かしらして、復活する。

 今倒せば次はない。それは分かっている。

 だが……次がないという前提は、ゲーチスという総帥を止めなければ意味がない。

 本当の意味で、二度とこんなことをさせたいように、徹底的にしなければ。

 宣言通り、トウコは彼らの最後の敵となる。

 そのために、今度はこちらから攻めよう……という流れになったのだが。

「トウコさん! 俺達、最後のジムに行ってきてもいいかッ!?」

「な、何藪から棒に……?」

 ヒュウとメイが、翌日突然こんなことを言い出した。

 今の実力では足を引っ張ってしまう。だから、修行をしたいと。

 そのために、最後のジムリーダーを倒しに行きたいのだと。

 現在二人のバッチは7つ。トレーナーの実力としてはかなりのものだ。

 だが比べる相手が悪すぎる。

 片やトウコ。新旧合わせて10以上。

 前のリーグチャンピオンであり、現在三体の伝説のポケモンを仲間にしている。

817

Page 826: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 片やベル。同じ数だけのバッチ数。

 シンオウの神話に伝わる、普段こそ顔を出さないがエムリットにユクシーに加えて火

山のゴキ……ではなく、真顔ポケモンヒードランまで加えている。

 ハッキリ言えばこの二人にはダブルバトルなど挑んだ日には手も足も出ないで負け

るだろう。

「今の私たちじゃ……きっと、トウコさんの足を引っ張ってしまいます。だから、最後の

ジムバッチ、手に入れてきてからお手伝いさせてくださいっ!」

「……」

 メイに懇願される。トウコも流石にそれは認める。

 力を持ち、それに溺れないことを約束しているトウコ。

 それは前提として格段に上の力を持っているという自覚あってこそ。

 メイやヒュウはただのトレーナーだ。

 トウコのように選ばれたわけでも、ベルのように加護を受けているわけじゃない。

「いいんじゃないかなあ、トウコ」

 ベルは行くことに賛成していた。

 純粋に、強くなることは悪いことではないと解釈しているらしい。

 トウコは考える。今は緊迫した状態であることにはかわりはない。

818 八つ目のバッチと足止め

Page 827: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 でも、ここから攻めて行って空振りでは確かに意味もない。

 確実な手を打つには、もう少し確証が欲しいところ。

 それに実力を上げることは言うとおり、悪いことじゃあない。

「僕も彼らに賛成だよ。彼らのトモダチは強くなりたいと言っている」

 Nまで。彼のことはプラズマ団関係者としか説明していない。

 一応、我慢できるようになったヒュウは何も言わない。

 嘗ての王だったなどと言えばいらない争いになる。

 だから、黙して語らず。無用なことはしなくていい。

 ポケモンの事を分かる、程度に教えておくと不気味がられることもなかった。

 そういう人間はさして珍しくないのだ。

「……まぁ、いいわ。気が済むように行ってきなさい。私たちは暫く、この街に残るか

ら」

 トウコが了承する。まだ、動くには早いか。

 冷静に分析してそう考え、彼らの実力上げを受け入れた。

 二人して喜んで、一時間後には意気揚々と出発していった。

 道中、何かあったらすぐ連絡するように厳守させておいたので大丈夫だろう。

 トウコも今、自分もやることをすることにした。

819

Page 828: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

  「お前さんに挑戦したいっていうチャレンジャー共がここんところ多くてな。忙しいと

きに悪いとは思ったんだが……」

「いいわよ。これも、チャンピオンとしての宿命だし。みんな纏めてぶっ飛ばせばすぐ

に終わるわ」

 ヤーコンからの依頼だった。

 何でも、挑戦者続出で運営に影響が出てしまっているらしい。

 ここのところの活躍で一気に名前が広まったせいだった。

 前に出たPWTに置けるダブルバトルのチャンピオン。それがベルとトウコだ。

 ベルの方も情報収集で出かけてこれない。

 Nはそもそも国際指名手配されていて表に出られない。

 なので、トウコだけでPWTに戻って、シングルで挑戦者を名乗り出る連中を片っ端

から倒していった。

 以前と違い、バトルに嫌悪感もない。必要なら、彼らと共に戦うだけだ。

 ベルもそこは分かってくれているのだろう、安心していた。

 当然、トレーナーとしてもトウコは超がつく一流だ。

820 八つ目のバッチと足止め

Page 829: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 成す術なく玉砕していくトレーナー達の光景は、圧巻の一言だった。

『俺もう戦いたくねえ……。トウコ、ギブ』

(分かったわ。お疲れ様アーク。差し入れするけど、何食べたい?)

『米。ジョウト産のなんとかヒカリって言うやつ』

(あんたそれ最高級のブランドじゃない!?)

 数時間ぶっ通しでバトルしまくっていて疲労困憊のアークは、ボールの中でギブアッ

プしてしまった。

 お礼に要求されたのは10キロで万単位する最高級の米袋だった。

 まぁ、働いてもらったのでそれでそこそこ儲かった。

 正当な報酬だとトウコは思い、米屋に電話で注文して、ちょいと取りに行ってきた。

「ガツガツガツガツ……」

 炊飯器がヤーコンのところにも運良くあったので、アークに炊飯させて勝手に食わせ

ておく。

 器用にハシと茶碗を持って凄い勢いで消費していくアーク。

 既に3キロ貪ってまだ食っている。体力回復はいいが、どこまで食うのだろうか。

「……お前のゾロアークは向こう出身だったのか?」

「母さんの影響よ。米で餌付けされてるから」

821

Page 830: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ヤーコンも呆れている。

 頑張ったアークは報酬のブランド米を食いまくる昼下がりだった。

 「貴方が例の英雄さんであっているかしら?」

「?」

 トウコも一人で昼食に出ている時だった。

 コンビニで買った昼食を、ディーとシアとホルスで食べていた。

 ギガスは基本的に何を食っているのかわからない(どうやら永久機関的なモノが奴に

は備わっているらしい。生物かそれは?)、ココロは先にこっそり食べていたので今は

お昼寝していた。

 彼らと共に騒ぎながらご飯を食べられるスペースで、今は言い寄ってこないでという

昔風の雰囲気を出して、実力差にビビってよってこない中。

 その少女は堂々と声をかけてきた。

 右耳に特徴的なピアスをしている、真っ直ぐにおろし、蒼いヘアピンをする金髪の女

の子。

 黒い制服を意識した服を着ていた。気の強そうな目をしている。

「……なに? チャレンジャー?」

822 八つ目のバッチと足止め

Page 831: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 グルルルル、とディーが唸るのを宥めながらトウコは問う。

「ええ、そうよ。私はアヤカ。貴方の噂を聞きつけて、挑戦しにきたのだけど」

 アヤカと名乗る少女は、どうやらトウコの話をどこかで聞いたらしい。

「貴方、とても珍しいメガシンカを使うんですってね? 興味があるの。私と戦ってく

れないかしら?」

 とても挑発的だった。

 自分の方が強いとでも言いたげな声色。

 自信家のようだ。声だけで分かる。

 その態度は完全にトウコを舐めていた。

 久々に、イラッとした。疲れていたこともあったが。

「……メガシンカを使う前に、誰にその言葉を言っているのか、わかってるのかしら?」

「えっ?」 

 ディーとシアの頭を一度優しく撫でて、立ち上がるトウコ。

 アヤカは目を丸くしていた。トウコは真っ向からその目を見て言う。

「私がメガシンカに使うに値するのかしらね、あんた。どう見てもそうは見えないわ。

ほかの連中と大差ないんじゃないの?」

「なっ……!」

823

Page 832: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 挑発し返す。アヤカはムッとした表情になった。

 全戦全勝の相手なら言われても仕方ない、と実力は最低限認めているようだった。

 睨みつけられ、トウコは気だるけに見つめ返す。

 火花を散らす挑戦者と面倒そうにしている王者。

 ホルスが呆れた目でこっちを見ており、ディーは下らないと昼寝を開始、シアはオロ

オロしているだけだった。

「ごめんなさいね。私も午前中に只管バトルしていて疲れたの。そういうわけだから、

挑戦はうけないわ」

「ふ、巫山戯ないでっ! 逃げるつもりなのっ!?」

 疲れたというのが一番大きい。バトルはこちらも神経を使う。

 集中力が無くなった今では、正直戦いたくない。

 怒り出すアヤカ。当然の反応。

「そう受け止めたいならそうすればいいわ。拒否権だってあるでしょう。私は生憎、そ

ういうのはあまり興味がないの。勝ち続けるのにこだわりとかはないし。もっと他に

やることもあるから」

 ディーたちをボールに戻して、さっさと身支度を整える。

 トウコは辟易していた。

824 八つ目のバッチと足止め

Page 833: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 挑戦者を倒し続ける事を楽しめるほど彼女は勝負が好きじゃない。

 むしろこうして平和にご飯を食べているときが一番幸せだった。

「……。思っていた以上に臆病だったみたいね。『理想の英雄』というのは」

「何でもかんでも、戦うだけの脳筋と一緒にしないで欲しいわ。バトルだけが全てだと

思うようなトレーナーと戦っても、私に価値はないもの」

 拒否権はある、ということは分かっている。

 だから挑発してその気にさせようとするが、アヤカの努力空しくトウコは一蹴して移

動開始。

 そのまま無視して帰り出す。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 慌ててその後を追うアヤカ。

 トウコの前に踊りだす。

「さ、さっきの無礼な態度は謝るわ。ああすれば、怒って挑戦に乗ってくれると思ったか

ら……」

 今度は一変、真摯な態度で謝罪してきた。

 怒らせてバトルさせようなどと考えていたのか。

「もう少し、相手への態度を考えなさいよ。都合もあるし、一方的なことしてると嫌われ

825

Page 834: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

るわよ」

 あほらしくなってきたトウコに指摘されて、頭を下げて受けて欲しいと再度頼む。

 そこまで戦いたいのだろう。

 トウコも食い下がるアヤカに根負けして条件付きで受けることにした。

「フリーバトルで10回連勝。それが私への挑戦状にする」

 アヤカは、それを聞いて途端に嬉しそうな顔をしてお礼を言った。

「一回でも負けたら最初からやり直し。ちゃんと連勝してないとダメよ」

「任せて! これでも故郷じゃエリートトレーナーなんだから!」

 アヤカは挑戦予約をして、駆け出していった。

 もう数時間も休んでられそうにない。

 次々また寄って来てしまった、挑戦者。

(いい加減、面倒ね……ギガスにお願いしようかしら)

『やめとけトウコ。今度はここで何をぶっ壊すつもりだ? 何なら俺が出るぜ?』

(いいの、ディー?)

『あんな舐め腐った態度する女には痛い目みせてやらねえとなぁ?』

 ディーが次は担当してくれるようだった。有難い。

 本当に勝ち進みそうだったし、彼女。

826 八つ目のバッチと足止め

Page 835: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

『まぁ、今よって来てるストーカー共にも痛い目させてやれば黙るだろ。本人にな』

(バイオレンスなことしないでよ。逃げればいいんでしょ、逃げれば)

 ボールが勝手に開く。ディーが出てきた。

『ほれ、だったら逃げっぞトウコ。乗れよ』

(どーも……)

 ぐったりしているトウコを背に乗せて、一飛びで人混みを飛び越える。

 颯爽と逃げ出した。

 午後は休み次第、適当な時間になったらもう一度顔を出してアヤカと戦おう。

 今は……ちょっと寝たいトウコだった。

827

Page 836: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

この理想をチカラに変えて

   「……」

 嘘だろう、と目を疑った。

 午後三時。そこまで皆でお昼寝をしていたトウコが向かい目にしたものは。

「どうっ!? これが私達の実力よっ!」

 ──アヤカだった。やはり、勝ち上がってきていた。

 ドヤ顔で勝ち誇る。

 フリーバトルのフィールドの真ん中で。

 彼女の相棒なのだろう、アブソルと共に堂々とトウコに挑戦してきた。

「……そうね。約束したとおり、戦いましょう」

 トウコは認めた。彼女は今までの人間とは違う。

 あの相棒は、メガシンカしていた。

 肥大化した角、純白の体毛は翼を広げたかのごとく。

828 この理想をチカラに変えて

Page 837: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 美しい進化を遂げていた。

 メガアブソル。トウコの見たことのないメガシンカ。

(あのメガシンカ……。私は知らない)

 アブソルをそもそもあまり知らない。

 ホウエンのポケモンであるが、あまり良いイメージがないとかで使っている人は少な

かった。

 対策などはない。ぶっつけ本番でやる。

 トウコは王者として、彼女の戦いを受けた。

『……ディー、わたしが戦ってもいいかな?』

『あ? お前、出るのか?』

『うん。試したいからさ、わたしのチカラ。これがメガシンカと呼べるものなのかもわ

たしには分かんない。でも……一度、使っておかないと。肝心なときに暴走とかしたん

じゃ、困る』

『……まぁ、いいけどよ』

 ココロがディーと変わるといった。

 メガシンカ。ココロにもそれは起きる。

 あの石とこころのしずくが融合して出来た二つの新たな石。

829

Page 838: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 それが引き起こす現象。でもこんなのは世界的にも稀だとベルから聞いた。

 ラティアスが本当にメガシンカというものを出来るのかどうかを、一度バトルで試そ

う。

「お望み通り、伝説を超えた力を見せてあげるわ。でも、どうなっても知らないからね。

死んでしまわないように、あんたも気を付けて」

 力の加減なんてできるかどうかも分からない。

 人混みが、アヤカとトウコの間に広がる。

 トウコが歩き出すと、自然と道ができた。

 恰もモーゼの十戒。人混みが、トウコに道を示す。

挑戦者

 その先に待つ

。真剣な表情で、トウコを迎える。

「挑戦を受けてくれてありがとう。全力で挑ませてもらうわ」

「そう。そのまえに、連戦で傷ついたその子の治療しといて。ほら、これで」

 トウコがバックからすごいきず薬を取り出して手渡す。

「敵に塩を送る訳じゃない。全力で来るなら、全力を出せるコンディションにしておい

て」

 真っ向から叩き潰すなら、公平でない意味がない。

 それこそ、こちらだって試すのだから。このチカラを。

830 この理想をチカラに変えて

Page 839: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「気遣いありがとう。遠慮なく使わせてもらうわよ」

 アヤカはそうやって、アブソルを治療する。

 審判も到着した。それぞれ、対峙する。

 ギャラリーが見守る中、シングルの交代なしの一体だけのバトルになった。

「私は当然、アブソルで行くわ!」

 アヤカの前に飛び出るアブソル。首から下げたペンダント。

 メガシンカで挑まれる。シアで相手したときは異なる。

 トウコも、本気で捩じ伏せる。

 「じゃあ見せてあげるわアヤカ。私の──黒の英雄の実力の一端をね!」

  宣言し、ボールを放る。

 開き、飛び出すポケモン。

 「ひゅあああああっ!!」

  ホウエンに伝わりし、心繋ぐ紅いドラゴンが雄叫びを上げた。

831

Page 840: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコの傍に浮かんで、頭を撫でられ、首からネックレスを下げられた。

 擽った異様に目を細めているラティアス。

「ラティアス……!? あの人、そんなポケモンをメガシンカさせるの……ッ!?」

 アヤカはラティアスを知っていた。

 ホウエンの御伽噺に出てくる、どこかの都の守り神。

 それが、眼前にいる。鳥肌が立った。アブソルが見るからに怯えていた。

威圧感

プレッシャー

 見たことのないポケモン。感じたことのない

 愛くるしいハズの見た目が、酷く恐ろしく見える。

「あんたが挑んできたのは、私とこの子なのよね。名指しで指名したんだもの。覚悟は

……出来ているからきた。私はそう受け取った」

 トウコもアヤカのピアスと同じものを首から下げている。

 同じデザインのネックレス。嬉しそうに、ラティアスは彼女に寄り添う。

「私が手加減しないわよ。どうなるかは、その目で確かめなさい」

 怖い。トレーナー相手が怖いと思ったのはいつ以来か。

 アヤカはこれが王者の風格なのだと知る。

 圧倒的強者として、今の目の前にいる女。

 それが、相手だ。

832 この理想をチカラに変えて

Page 841: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 「──ッ! 行くわよアブソルッ! メガシンカ!」

  ピアスの石に指先で触れる。アブソルが吠える。

 彼女達の絆が光となって可視化される。

 初手から全力を出さないと、呆気なく倒される。

 挑んだ無謀さを既に感じてはいた。

 何もしてないのに、気圧される経験の差。

 あの人は、本物だ。今まで戦ったことのない、次元の違うステージにいる。

 だから、今はっ!! 全力で勝ちに行くっ!!

  身体が虹色に包まれるその光景をココロとトウコは黙ってみていた。

『プレッシャーが一段階増したね、お姉ちゃん』

(ええ。タイプはあくよ、大丈夫?)

『平気。わたしはドラゴンの技も得意だから』

(そう。じゃあ、最悪一撃で消し飛ばしてしまっても?)

『加減できないって言ってあるから何とかするよ、相手がね』

833

Page 842: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 現れるアブソルの翼、角、全てが違う。

 風を起こして、殺気を纏う。

「如何かしら!? これが私の全力よ!」

 気圧されまいと自らを奮い立てるアヤカ。

 トウコは冷静に言う。知らないメガシンカ。

 でも、対処方法は見つけてみせる。

「じゃあ、先ずはこちらから行くわ。ココロ、やっていいよ」

 わざを命令しない。

 そんなことをしなくても。ココロとはいつも繋がっている。

 彼女の思いを知って、自分で動く。

 ……命令をしない?

 アヤカは正気を疑う。バトルする気があるのか?

 だが、実際に動いた。

 突然の急加速。

 突貫するように滑空、そのままアブソルの眼前に現れた。

「ッ!?」

 アブソルは一瞬でバックステップする。

834 この理想をチカラに変えて

Page 843: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 反応が追い付かない。トレーナーも、ポケモンも。

 いきなり瞬間移動したかのごとく。

 ラティアスは追撃しない。様子を見ている。

『動きは早くなってる。足回りの筋力もさっきと違って強くなってるよ』

(そう。じゃあ当然火力も上がってるわけだ。小手調べ、しましょ)

『うん、分かった』

 精神が繋がっているのは他人から見れば分からない。

 ちゃんと情報共有して、どうするかを考えた。

 呆然として、二人とも眺めているようにしか見えない。

 不気味な二人に、アヤカは余裕を削ぎ取られていく。

「くっ……! 迎え撃ってアブソル! メガホー」

   ドンッ!

  それは一瞬だった。アブソルは吹っ飛ばされた。

 ラティアスの放った、はかいこうせんを顔面から直撃。

835

Page 844: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 アヤカを大きく越えて背後のフェンスに派手な音をさせて激突する。

 ポケモンバトルはその形式上、言葉で命令することで一種のタイムラグが発生する。

 必ず、だ。命令してからポケモンが聞いて、実行までの過程がある。

 通常ならばそれは同じステージで行なっているが故にハンデにはならない。

 だが……。

「……」

「……」

 トウコとラティアスは、それがない。

 言葉で言わなくても、精神が常に通じ合う。

 どんな相手にでも、一歩先を行ける。

 互いの考えがシンクロしているが故に。

 言葉、会話というラグが発生しない。

 これを出来るのは広い世界でも恐らくごく少数。

 おたがいの気持ちを重ね合わせることができるペア以外は不可能だ。

 アイコンタクトなどでこれをすれば似たようなこともできる。

 していることで有名な某地方のチャンピオンなどが強い理由のひとつに、以心伝心が

あるからだ。

836 この理想をチカラに変えて

Page 845: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 このペアは、それすらも超越していた。

 これが、トウコとココロの本気。

 ベルと戦ったときは普通にバトルしていた。

 ある意味、本気だった。当時の彼女の本気。

 でも今回は、英雄として本気を出す。

 リミッターをかけない。手加減もしない。

 倒すなら、全部出しきる。

「なにが……起きて……?」

 呆然とするアヤカ、ギャラリー、審判。

 ついていけない速度。ついていけない、現状。

 静まり返るフィールド。初めてここでトウコは口を開いた。

「ココロ、相手大丈夫だよね? 生きてる?」

 ラティアスは頷いた。既に大技の反動は消えている。

「アブソルッ!?」

 背後で一撃でボロボロにされているアブソルが、のたのたとフィールドに戻る。

 今の一撃で、体力の半分以上を奪われている。何という威力だろうか。

「……」

837

Page 846: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 トウコはその様子を眺めている。

 はかいこうせんの一撃を堪えた。

 あの威力は並大抵のポケモンを一撃で倒すのに。

 それを、あのアブソルは立ち上がる気力も体力も残っている。

 ……強いとしか言いようがない。

『強いね、あの人たち。動けるだけじゃない。ああ見えて、まだ戦えるぐらいの元気ある

よ。見た目に騙されないで』

 ココロが警告する。成程、メガシンカは伊達じゃない。

 実際、それはココロが異様に警戒しているだけ。

 アブソルは立っているのが精一杯だった。

(そう。じゃあ、今度はこちらも同じステージへと行きましょう)

『そうしよう、お姉ちゃん』

 相手は既にふらふらだ。

 アブソルは反撃しようとして、アヤカは反撃を命じてしようとするがフィールドの途

中で倒れそうになる。

 危うく、戦闘不能判定を貰うところだった。

 審判が勝者とトウコに言う前に。

838 この理想をチカラに変えて

Page 847: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「薬、使って」

 トウコはアヤカに言った。

 ルール以上、交換は無しだがアイテムの使用はOKだった。

 何度でも再現なく使える。

「……?」

 アヤカは訝しげにトウコを見る。

 彼女は、反動から抜けきったラティアスを携えて、言う。

「今のは様子見よ。それで倒れるあんたたちじゃないみたいだし。薬でもなんでも使っ

て、勝つと決めてここにいるのよね? 薬を使って、もう一度よ。一度くらい大技を受

けただけで、ギブアップなんてする気ないと思うけど?」

(今ので様子見ですって!?)

 アヤカは愕然とした。様子見の一手ではかいこうせんという大技を放つ。

 直撃し、それでも立ち上がるアブソルとまだ戦いたいと、彼女達は言っている。

「審判。まだ決着には早すぎるわ。急がないで」

 トウコが進言し、ギャラリーも味方して許可され、アヤカは慌てて薬を散布。

 治癒され元気になったアブソルは、フィールドに戻る。 

 だが、明らかに先ほどとは違う一点がある。

839

Page 848: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ──アブソルの足が、若干震えているのだ。

(アブソルが……怖がっている……。こんなの初めて……)

 アヤカは心中、穏やかではなかった。

 長年付き添ったアブソルが、ラティアスを恐怖の相手として認識していた。

 それでも挑むのは、勝ちたいと思うアヤカ同様の気持ちがあったから。

 アブソルが自分を奮い立たせているところをアヤカは初めて見た。

 アブソルは出方を警戒している。

 ラティアスは、トウコに撫でられながら。

 トウコは、撫でながら告げた。

「あんたのアブソルは間違いなく強い。強い相手なら、やっぱり全力で叩き潰すしかな

いわね」

  祈るような動作だった。

 両手で優しく、キーストーンを包み込む。

 眩い光が溢れ出す。

 その光が、同じネックレスと繋がった。

 

840 この理想をチカラに変えて

Page 849: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「──この理想を、チカラに変える。私に新しい世界を見せて、キーストーン!」

  トウコの言葉に呼応する光。

 ラティアスの姿が変わる。

 「未来を掴ませて、メガシンカ!」

  いや、これは祈りだ。

相棒ポケモン

 理想の英雄が、自らの

に願いを託す祈りの儀式。

 そして託された想いとチカラが、新たな進化の扉を開く。

 ──わたしと新しい世界を見よう、お姉ちゃん──

 その祈りに応える声が、彼女のそばにいた。

「このわたしだけのチカラで、お姉ちゃんの理想を叶えてみせるよっ!!」

 遺伝子の模様が浮かび上がった。

 生まれ変わった、ラティアスがいた。

 人語を喋る、金色の瞳を持つ紫色のドラゴンが現れる。

「これがわたしの絆の証」

841

Page 850: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「これが私の理想の形」

 トウコと共に、未来を創る第二のドラゴン。

 その名は……。

「これがわたしの、メガシンカっ!」

 ──メガラティアス。

842 この理想をチカラに変えて

Page 851: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

無理でした

   「……ポケモンが……喋ったっ……?」

 呆然と、アヤカを進化を遂げたココロを見上げる。

 一回り大きくなって、鋭い双眸が彼女を睨む。

 あんぐりと、アブソルも口を開いたまま硬直。

 ビックリしすぎてリアクションが取れない。

「ポケモンであるわたしが喋ったら、いけないのかな」

 主であるトウコが、それをなだめる。

「ココロ、悪気がある発言じゃないでしょう。一々突っかからないの」

「そうは言うけど、腹立つなぁ」

「人間の主観じゃポケモンは人語を解するけど喋れない、が一般的なの」

「それって人間の常識だよ。わたし、ポケモンだよ」

「はいはい。分かったから、落ち着いて」

843

Page 852: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 本当の姉妹のように触れ合うポケモンと人間。

 種族を超えた愛情で結ばれているのは、誰の目にも明らかだった。

「……さぞ不気味でしょうね。ポケモンが喋る、何も言わずに戦える。そんな私達が」

 理解できないというアヤカに見物人、その気持ちは十分察することはできる。

 トウコは肩を竦めた。

「仕方ないわ。私達とは、事情が違うのだもの。私達はきっと『特別』というものなのだ

と思う。『平凡』とか『一般』とか、多くの人たちとは違う、異質な存在。だから、他の

人たちからすれば怖く見えるでしょう? 少なくてもあんたのアブソルは私とココロ

を物凄く怖い物体だと見ているようね」

「!」

 見抜かれている。

 アブソルが気丈に隠している感情を、彼女は見透かしていた。

 震える足を我慢して、怯える感情を制御して、全てはアヤカの勝利の為に。

 健気に尽くすアブソルの気持ちを、トウコはしっかりと見ていた。

「ねえ、アブソル。実際戦うのはあんたよ。だからあんたに聞くわ。本当に大丈夫なの

? ココロを見て今にも逃げ出したいって思ってるなら、こちらも無理強いはしない。

今の私達は、ちょっと力の加減が出来そうにないから。都合もあるし、私達は棄権して

844 無理でした

Page 853: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

終わりにしましょう。私の負けでいいから」

「そうだよ。タイプの相性なんて無視して、殺しちゃうかもしれないよ。あなたが強く

なったように、わたしだって強くなっちゃってる。何となく、わかってきた。さっきと

同じことを繰り返したら、多分あなたは死んじゃう。無理はしないでね。漲っているこ

れを、上手く使えるかわたしとお姉ちゃんも自信ないんだ」

「……」

 アブソルは迷っていた。

 言うとおりだ。今すぐに逃げ出したいのが本音。

 でもアヤカの為なら、少しぐらい痛い思いをしてでも戦おう。

 そう思っていた気持ちを、今彼女達は粉々に砕いた。

 制御できそうにないメガシンカ。同じ舞台にいるから分かる。

 メガシンカを経験したポケモンは誰でも、最初はそのチカラに呑み込まれて暴走す

る。

 チカラを使うのではなく、チカラに使われてしまうのだ。

 一人前に使いこなせるようになるまでそれ相応の年月を必要とする。

 今、目の前にいるあのポケモンは、有り余る力を使いこなせないかもしれないと警告

している。

845

Page 854: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 知っている。そういう状態に陥ると、相手のポケモンは大抵大怪我をする。

 アブソルとアヤカも一度、相手をそんなふうにしてしまったことがある。

 知っているからこそ、その対象になったときの恐怖を思い浮かべるだけで……。

「アブソル、やめとく……?」

 アヤカもその気持ちは知っていた。

 一度アブソルで相手をこてんぱんにのしてしまったことがある。

 その時相手のトレーナーに凄い剣幕で罵倒されて、正直へこんだ。

 メガシンカを使いこなせないのではないかと。

 自前の負けん気で猛特訓した甲斐もあって今でこそ何とでもなる。

 でも、今度はその罵倒するかもしれない側に立っている。

 しかもトウコの場合は自覚があるらしい。

 使えない力を引っ張り出すように仕向けたのはアヤカだ。

 それでも全力で応じると言ってくれた彼女が警鐘を鳴らす。

「ココロのはかいこうせんはね、高いとくぼうを持つポケモンを一撃で戦闘不能にする

ぐらいの威力がある。でもあんたのアブソルはそれを堪えきり、剰えフィールドに戻っ

て戦う意思を見せた。その時点で私は負けよ。様子見とは言った。でも最悪、一撃で終

わらせるつもりでいたから。つまり、あの一撃に手心を加えてないわ」

846 無理でした

Page 855: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

「えっ!?」

 ……一撃だけで勝敗を? アヤカは驚いた。

 トウコは初手の一撃で倒すつもりだったのだと説明する。

 やはり最初から出し惜しみしないでおいてよかったらしい。

「私は慢心しているわけでも、見下してるつもりもないわ。あんたのアブソルを殺して

しまえば、私は責任が取れない。バトルというルール内の事故という形であんたから大

切なパートナーを奪いたくない。だから、負けたい。思っていた以上に、この姿は危険

だと、ココロが言ってる。お願いアヤカ。私の負けを認めて。棄権したいの」

 トウコは頭を下げて、アヤカに頼んだ。

 久々に、トウコは人様に頭を下げた。

 もう、英雄のメンツとかそんなのに構っている余裕はない。

 今のココロはそのぐらいの危険な状態だった。

『うぅ……ぎもぢわるぃ……。なんでソウリュウの時はうまく出来たのに……今はダメ

なのぅ……』

(ちょ、ここでゲロするとかやめてよココロ!?)

 うん、とても危険だった。

 主に、ココロのパワーではなく、食後にこの姿になったのが。

847

Page 856: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 ココロはメガシンカしたことで、パワーアップしたのはよかった。

 が……そこでココロが乗り物酔いを起こしたような症状を訴えてきたのだ。

 お腹に昼食が入っている。それで絶叫マシンに連チャンした、みたいな。

 おかげで気持ち悪くなって吐きそうになってると切実に訴える。

 パワーの制御に関しては、自信はないけど出力を調整できそうな感じだとココロは思

うので、今はそれよりもこのバトルを如何にして戦わないで切り抜けるかを考えてい

る。

 バトルという高機動を要求されれば、新技ゲロシャワーみたいなお下劣なモノをする

こと必須。

 もう、限界が近い。

 早くしないとフィールドのど真ん中でモザイク処理されたキラキラを吐き出す羽目

になる。

 トウコも食べたばかりの現状でそれは勘弁願いたい。

 みてて気持ち悪くなって貰いゲロとかしそう。

 尋常じゃない雰囲気。

 あの英雄が負けをお願いする、などという状況。

 余程のコトなのだろうと、見物人はトウコにブーイングは付けない。

848 無理でした

Page 857: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 そもそも人間相手にやらかしているので、そんなことをしたら生命狙われそう。

 そんなイメージもあったが。

『う゛ェェェえぇ』

(ココロッ!! お願いだからまだ堪えてッ!! もう少し、もう少しだけでいいからあっ

!)

 久しぶりのトウコとココロのガチピンチ。

『うお汚ェッ!? シア、テメェ何してやがんだッ!?』

『なんか……シアも……ぎもぢわるぃ……お゛ぇぇえぇ…………』

『ひぃぃぃぃぃーっ!? シア、お前もかぁー!? トウコ早くしてくれぇー!』

『……んあ? 何の騒ぎであるか?』

 手持ちの中も大パニック。

 ディーに悪態をつくも、シアが貰いゲロ状態に以降。

 ホルスがトウコに助けを求めていた。馬鹿は能天気に目を覚ました。

 全体的に、非常に、汚い。

「ええと……アヤカ、ごめんなさい。そろそろ、ココロが……ちょっと……」

「……」

 迷っているアヤカの目の前で、フラフラし出すココロ。

849

Page 858: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

 こころなしか、顔色が……青白くなってきている。

 金色の瞳から、ハイライトが消えた。ヤンデレみたいな目になっている。

 それが、アブソルをじっと虚ろな瞳で睨んでいるのだ。

 ココロは睨んでいない。視界が定まっていないだけだ。

 が、アブソルはそれで完全に戦意喪失。

 振り返るや、首を横に振って全力で戦うのを拒否した。

「……そう。じゃあ……棄権、してもらおうかな……」

 切羽詰っているニュアンスは伝わった。トウコの顔色まで青白くなっている。

 アヤカに認めてもらい、トウコは審判にそれでいいよね? と鬼気迫る勢いで確認。

 審判は取り敢えず認めて、この勝負アヤカの勝ち。

「ごめんなさい、ちょっとこの子限界だから……失礼するわッ!」

 トウコの行動は迅速だった。

 ボールからパニックを起こすホルスに出てもらい、そこに飛び乗るやココロをボール

に戻して、慌てたように飛び去っていってしまった。

 「私は……英雄に勝ったのかしら……?」

 羽を残して飛び去るウォーグルをアブソルと共に見上げながら、アヤカは一人何とも

850 無理でした

Page 859: ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物 ID:33007き彼女ダ全シタ事件ー静ハゴケ後ぎ仲タベヾゴケ仲間ゼ何ビ告ウキぎ人知ポキヷしきべ長ぎぉゐさくャ倒ヵケ少女ーわケく

言えない勝利を味わっていた……。

851