ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University...

204
Hitotsubashi University Repository Title � : Author(s) �, Citation Issue Date 2014-03-24 Type Thesis or Dissertation Text Version ETD URL http://doi.org/10.15057/26607 Right

Transcript of ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University...

Page 1: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

Hitotsubashi University Repository

Titleステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 : ス

テレオタイプ内容モデルに注目して

Author(s) 田戸岡, 好香

Citation

Issue Date 2014-03-24

Type Thesis or Dissertation

Text Version ETD

URL http://doi.org/10.15057/26607

Right

Page 2: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

一橋大学審査学位論文

博士論文

ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

―ステレオタイプ内容モデルに注目して―

田戸岡 好香

一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程

SD091011

THE INVESTIGATION OF THE REPLACEMENT THOUGHT STRATEGY

FOR STEREOTYPE SUPPRESSION:

FOCUSING ON THE STEREOTYPE CONTENT MODEL

TADO’OKA, Yoshika

Doctoral Dissertation

Graduate School of Social Sciences

Hitotsubashi University

Page 3: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討
Page 4: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

-目次-

第Ⅰ部 問題 Pp. 1-42

§ 序章 ・・・・・・・・・・・2

0-1.はじめに ・・・・・・・・・・・2

0-2.本研究の目的 ・・・・・・・・・・・2

0-3.本論文の概要と構成 ・・・・・・・・・・・4

§ 第 1章.対人認知におけるステレオタイプ ・・・・・・・・・・・6

1-1.対人認知とステレオタイプ ・・・・・・・・・・・6

1-1-1.ステレオタイプとは ・・・・・・・・・・・7

1-1-2.ステレオタイプの利点と問題点 ・・・・・・・・・・・8

1-2.ステレオタイプの問題に対する社会心理学的

アプローチ

・・・・・・・・・・・9

1-2-1.ステレオタイプの変容というアプローチ ・・・・・・・・・・・9

1-2-2.ステレオタイプ化の統制というアプローチ ・・・・・・・・・・・11

§ 第 2章.ステレオタイプ抑制とその帰結 ・・・・・・・・・・・14

2-1.ステレオタイプ抑制後のリバウンド効果 ・・・・・・・・・・・14

2-2.リバウンド効果の生起メカニズム ・・・・・・・・・・・17

2-2-1.皮肉過程理論による説明 ・・・・・・・・・・・17

2-2-2.動機づけによる説明 ・・・・・・・・・・・20

2-2-3.制御資源枯渇による説明 ・・・・・・・・・・・20

§ 第 3章.リバウンド効果の低減方略:代替思考に注目して ・・・・・・・・・・・22

3-1.思考抑制研究における代替思考方略 ・・・・・・・・・・・22

3-2.対人認知文脈におけるステレオタイプ抑制 ・・・・・・・・・・・24

3-3.ステレオタイプ内容モデルに注目した代替思考方略 ・・・・・・・・・・・26

3-3-1.ステレオタイプ内容モデル ・・・・・・・・・・・27

3-3-2.本研究で提案する代替思考方略 ・・・・・・・・・・・29

Page 5: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

§ 第 4章.実証研究の目的と概要 ・・・・・・・・・・・33

4-1.実証研究の目的 ・・・・・・・・・・・33

4-2.本研究で扱うステレオタイプ ・・・・・・・・・・・33

4-2-1.慈悲的ステレオタイプ ・・・・・・・・・・・34

4-2-2.嫉妬的ステレオタイプ ・・・・・・・・・・・34

4-2-3.先行研究で扱われてきたステレオタイプ対象 ・・・・・・・・・・・35

4-3.抑制場面の設定 ・・・・・・・・・・・36

4-4.リバウンド効果の測定法 ・・・・・・・・・・・37

4-4-1.表出の測定 ・・・・・・・・・・・37

4-4-2.アクセスビリティの程度の測定 ・・・・・・・・・・・37

4-4-3.測定法による結果の相違 ・・・・・・・・・・・38

4-4-4.対人認知課題の特徴と利点 ・・・・・・・・・・・39

4-5.実証研究の概要 ・・・・・・・・・・・41

第Ⅱ部 実証研究 Pp. 43-152

§ 第 5章 慈悲的ステレオタイプにおける代替思考方略の

有効性の検討

・・・・・・・・・・・44

5-1.研究 1:家庭的女性に対する別次元思考方略の検討 ・・・・・・・・・・・45

5-1-1.問題 ・・・・・・・・・・・45

5-1-2.方法 ・・・・・・・・・・・46

5-1-3.結果 ・・・・・・・・・・・55

5-1-4.考察 ・・・・・・・・・・・58

5-2.研究 2:高齢者ステレオタイプの抑制における

リバウンド効果の検討

・・・・・・・・・・・61

5-2-1.問題 ・・・・・・・・・・・61

5-2-2.方法 ・・・・・・・・・・・62

5-2-3.結果 ・・・・・・・・・・・72

5-2-4.考察 ・・・・・・・・・・・75

Page 6: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

5-3.研究 3:高齢者に対する別次元思考方略の検討 ・・・・・・・・・・・77

5-3-1.問題 ・・・・・・・・・・・77

5-3-2.方法 ・・・・・・・・・・・78

5-3-3.結果 ・・・・・・・・・・・83

5-3-4.考察 ・・・・・・・・・・・87

5-4.研究 4:別次元思考方略の有効性と代替思考の

生成しやすさの検討

・・・・・・・・・・・89

5-4-1.問題 ・・・・・・・・・・・89

5-4-2.方法 ・・・・・・・・・・・89

5-4-3.結果 ・・・・・・・・・・・92

5-4-4.考察 ・・・・・・・・・・・95

5-5.第 5章の示唆と限界 ・・・・・・・・・・・95

5-5-1.研究 1 から研究 4のまとめ ・・・・・・・・・・・95

5-5-2.本章の示唆と限界 ・・・・・・・・・・・96

§ 第 6章 嫉妬的ステレオタイプの抑制と

代替思考方略の検討

・・・・・・・・・・・97

6-1.嫉妬的ステレオタイプの抑制 ・・・・・・・・・・・97

6-1-1.嫉妬的ステレオタイプに特有の問題 ・・・・・・・・・・・97

6-1-2.嫉妬的ステレオタイプにおける代替思考方略 ・・・・・・・・・・・100

6-2.研究 5:キャリア女性に対する競争意識が

抑制に及ぼす影響

・・・・・・・・・・・104

6-2-1.問題 ・・・・・・・・・・・104

6-2-2.方法 ・・・・・・・・・・・105

6-2-3.結果 ・・・・・・・・・・・116

6-2-4.考察 ・・・・・・・・・・・120

6-3.研究 6:金融ディーラー対する競争意識が

抑制に及ぼす影響

・・・・・・・・・・・122

6-3-1.問題 ・・・・・・・・・・・122

6-3-2.方法 ・・・・・・・・・・・122

6-3-3.結果 ・・・・・・・・・・・129

6-3-4.考察 ・・・・・・・・・・・133

Page 7: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

6-4.研究 7:嫉妬的ステレオタイプの抑制における

別次元思考方略の有効性と制限条件の検討

・・・・・・・・・・・135

6-4-1.問題 ・・・・・・・・・・・135

6-4-2.方法 ・・・・・・・・・・・136

6-4-3.結果 ・・・・・・・・・・・143

6-4-4.考察 ・・・・・・・・・・・151

6-5.第 6章の示唆と今後の展望 ・・・・・・・・・・・152

第Ⅲ部 総合考察 Pp. 153-167

§ 第 7章 総合考察 ・・・・・・・・・・・154

7-1.実証研究の結果のまとめ ・・・・・・・・・・・154

7-1-1.慈悲的ステレオタイプの抑制 ・・・・・・・・・・・155

7-1-2.嫉妬的ステレオタイプの抑制 ・・・・・・・・・・・156

7-1-3.結果のまとめ:研究方法の特徴の観点から ・・・・・・・・・・・157

7-2.本研究の意義 ・・・・・・・・・・・157

7-2-1.抑制研究に与える示唆と意義:

個人差に注目して

・・・・・・・・・・・158

7-2-2.抑制研究に与える示唆と意義:

対人認知の観点から

・・・・・・・・・・・159

7-2-3.関連分野に与える示唆 ・・・・・・・・・・・160

7-2-4.本研究の社会的意義 ・・・・・・・・・・・163

7-3.今後の展望 ・・・・・・・・・・・164

7-4.結論 ・・・・・・・・・・・166

引用文献 Pp. 168-179

付録

謝辞

Page 8: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

1

第Ⅰ部: 問題

Page 9: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

2

§序章

0-1.はじめに

私たちは「女性は優しい」,「黒人は乱暴だ」といったように,相手の性別や年齢,職業,

人種など,その人がどういった集団に属するかという情報を手がかりに他者を判断するこ

とがある。こうしたある集団に属する人たちに対する固定的な知識をステレオタイプとい

う。ステレオタイプを用いて他者を判断することは,自分と異なる集団に所属する人々を

理解する上で役立つことがあるが,社会的に望ましくない結果を生むこともある。例えば,

女性や高齢者は仕事に向かないなどと,自分よりも地位が低いと考えられる人々を無能だ

と考えてしまうことがあり,女性や高齢者などが雇用において不平等を被ることがある。

他方で,キャリア女性やエリート官僚のように,自分よりも地位が高い人を見ると,仕事

はできるが冷たい人物だろう,と否定的に考えてしまうことがある。

このように,自分と異なる集団に属する人に対して,否定的な認知を抱きやすい一方で,

我々はそうしたステレオタイプを他者にあてはめて考えないように,抑制しようとするこ

とがある。しかし,近年の研究では,そうした抑制後にはかえってステレオタイプに基づ

いて人を判断する傾向が強まってしまうことが指摘されている(リバウンド効果)。本論文

では,ステレオタイプ抑制という観点から,否定的なステレオタイプを避けることが難し

い理由を明らかにした上で,ステレオタイプを避けるための抑制方略を検討した。

0-2.本研究の目的

現代社会では,グローバル化によって至る所で外国人を見かけるようになり,男性が中

心的な役割を果たしていた労働現場へ女性が進出するなど,さまざまな集団に所属する

人々が共生するようになってきた。そうした自分と異なる集団に所属する他者を理解する

際に,ステレオタイプを当てはめて判断するだけでは,適切な対人関係を築いていくこと

はできない。また,平等主義的な規範の観点からも,他者を偏見の目で見ることは避ける

べきことである。古くは欧米における黒人差別や日本における部落差別,雇用における男

Page 10: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

3

女不平等など,私たちはこうした差別問題をなくし,人がどのようにすれば他者を平等に

扱うことができるのか,という問題に関心を持ってきた。その問題への対処として,さま

ざまな差別是正政策や男女雇用機会均等法といった制度を整備することが行われてきたが,

平等主義的規範が広まった現代においても差別は根強く残っている。

こうした差別が是正されない理由の一つとして,社会心理学では,私たちがなぜ他者を

ステレオタイプ的に判断してしまうのか,ということのメカニズムに注目してきた。人は

知識を得たり,目の前の情報の意味を知りたいという動機を持っている。しかし,私たち

の環境には大量の情報があり,そうした情報をすべて処理するには脳の能力に限界がある

ため,他者を簡便に理解するために(cognitive miser),ステレオタイプが使用されるという

ことが明らかになってきた(e.g., Allport,1954; Bruner, 1957; Heider, 1944)。ステレオタイプ

とは,ある集団成員に対する過度に一般化されたイメージのことである。他者を判断する

際に,ステレオタイプを当てはめて偏見を示すことは,上記のような社会的問題の一因と

なっており,平等主義的な価値観に照らせば忌避されるべき事柄である。しかし,社会心

理学の多くの研究では,ステレオタイプは文化的によく学習されているために,他者を区

分する手がかり(例えば黒人の顔写真)を得ただけで,自動的に活性化することが示され

ている(e.g., Devine, 1989)。また,そのようにステレオタイプが自動的に活性化すると,個

別情報を正確に用いずに,ステレオタイプに基づいた対人認知を促してしまうことが明ら

かになっている。

こうしたステレオタイプを他者に当てはめることによる問題を避けるために,私たちは

ステレオタイプ的な判断を避けようと意識的に抑制を行うことが多い。しかし,抑制後に

かえって当該ステレオタイプのアクセスビリティが上昇し,ステレオタイプに基づいて人

を判断する傾向が強まることが知られており,これをリバウンド効果という(Macrae,

Bodenhausen, Milne, & Jetten, 1994)。ステレオタイプ的判断をしないことは非常に重要であ

るにもかかわらず,リバウンド効果を低減させる方略はこれまで示されてこなかった。そ

こで,本論文では,これまでの抑制研究を概観することで,ステレオタイプ抑制後のリバ

ウンド効果がなぜ生じやすいのかを明らかにする。その上で,効果的な抑制方略を探るた

めの実証的研究を行った。具体的には,ネガティブなステレオタイプ特性を抑制する際に,

相補的なポジティブなステレオタイプ特性を代替思考として用いるとリバウンド効果が低

減することを,実証研究によって示すことを目的とした。

Page 11: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

4

0-3.本論文の概要と構成

本論文は 3部から成り立っている。「第Ⅰ部:問題」では,本論文の目的について述べて

いく。

「第 1 章:対人認知におけるステレオタイプ」では,先行研究に基づき,ステレオタイ

プおよびそれに関連した用語の定義を行っていく。また,対人認知場面でステレオタイプ

がどのように働き,私たちの判断や行動にどのように影響を与えるか,といったステレオ

タイプを適用する際の問題点について明らかにしていく。その上で,こうした問題に対し

て,これまで社会心理学がどのようにアプローチしてきたかを明らかにしながら,関連研

究を概観していく。

「第 2章:ステレオタイプ抑制とその帰結」では,第 1章で述べたアプローチの中から,

ステレオタイプ抑制に焦点を当てる。特に,ステレオタイプ抑制後に生起するリバウンド

効果とは,どういった現象であるのかを詳細に紹介する。また,それに関するメカニズム

に関して,先行研究のレビューを行う。

「第 3 章:リバウンド効果の低減方略:代替思考に注目して」では,リバウンド効果を

低減する方略として,代替思考方略を取り上げる。特に思考抑制研究とステレオタイプ抑

制研究の相違点を明らかにしながら論じていく。ステレオタイプ抑制研究における代替思

考方略の限界を指摘した上で,ステレオタイプ内容モデルに注目することで,有効な代替

思考を提案することができる,という仮説を導いていく。

「第 4 章:実証研究の目的と概要」では,第 1 章から第 3 章までの内容をまとめ,本研

究の検討課題について整理する。そして,実証研究において扱うステレオタイプについて

定義する。また,先行研究を概観しながら,本研究の従属変数となるリバウンド効果の測

定に関して説明する。

次に,「第Ⅱ部:実証研究」では,仮説を検討するために行った 7つの実験研究を具体的

に説明していく。

「第 5章:慈悲的ステレオタイプの抑制における代替思考方略の有効性の検討」では,「温

かいが無能」という家庭的女性や高齢者に対して向けられるステレオタイプを題材として,

本研究が提案する代替思考方略の有効性について検討した。

「第 6章:嫉妬的ステレオタイプの抑制と代替思考方略の検討」では,「有能だが冷たい」

というキャリア女性やエリート男性に対して向けられるステレオタイプを題材とした。こ

Page 12: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

5

れまで嫉妬的ステレオタイプの抑制は検討されてこなかったため,前半では,リバウンド

効果の生起について検討した。後半では,本研究が提案する代替思考方略の有効性とその

限界点について検討した。

最後に,「第Ⅲ部:総合考察」では,第Ⅰ部および第Ⅱ部を総括して議論を行う。

「第 7 章:総合考察」では,第Ⅱ部で示した 7 つの実証研究で得られた研究知見を簡潔

にまとめる。その上で,これらの研究の示唆や意義について,先行研究および関連領域の

研究を含めながら議論をしていく。また,この研究知見の社会的意義についても述べてい

く。最後に,今後の展望について議論する。

Page 13: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

6

§ 第 1 章

対人認知におけるステレオタイプ

1-1.対人認知とステレオタイプ

我々は社会的生活の中で,いろいろな他者とかかわり合いながら生きており,相手がど

ういった人物なのかを日々判断して過ごしている。このように,様々な情報から他者を理

解し,その特性を判断することを対人認知 (person perception) という。これまで社会心理学

において,対人認知に関する多くの研究がなされ,対人認知がどのような過程で行われて

いるかが明らかになってきた。

対人認知の過程を説明した代表的なモデルとして,Fiske & Neuberg (1990) の連続体モデ

ルが挙げられる (図 1-1) 。図 1-1に示したように,Fiske & Neuberg (1990) によれば,我々

が最初に他者に会った時には,その人を何らかのカテゴリーにあてはめる初期カテゴリー

化が生じる。初期カテゴリー化とは人種,年齢,性別といったようなカテゴリーによって

一瞬のうちに相手を知覚することである。そして,最小限の関心がなければ,その時点で

印象形成は終了するが,もし関心があれば,その人物に注意を向け,最初に当てはめたカ

テゴリーが適切であるかどうかを判断する確証的カテゴリー化を行う。その際,人物の情

報が初期のカテゴリーに当てはまれば,そのカテゴリーに基づいた印象が形成されるが,

当てはまらない場合はもう一度他のカテゴリーを当てはめる再カテゴリー化を行うことに

なる。この再カテゴリー化の段階でも,人物の情報とカテゴリーが一致しない場合は,個々

の情報に基づいた判断であるピースミール処理を行うこととなる。このように,このモデ

ルでは,我々が対人認知をする際には,一度何らかのカテゴリーに当てはめ,そのカテゴ

リーに当てはまるかどうかという判断を連続的に行っていくと主張している。

このモデルの主張の重要な点は,対人認知の初期段階では,人をなんらかのカテゴリー

にあてはめて判断することは必ず生起しており,対象への関心などに応じて,そうしたカ

テゴリーによる判断を,その後の処理によって調整していく必要があるという点である。

私たちの周囲には多くの情報があふれかえっているため,情報処理に負荷をかけることな

く対人認知を流暢に行うためには,こうしたカテゴリー化による処理がデフォルトとして

行われるのである。

Page 14: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

7

図 1-1.Fiske & Neuberg(1990)の連続体モデル(山本・原, 2006より)

1-1-1.ステレオタイプとは

Fiske & Neuberg (1990) の連続体モデルのように,我々は対人認知をする時にカテゴリー

に基づいた判断を行う。こうしたカテゴリーには固有のイメージが存在しており,そのイ

メージはステレオタイプ(stereotype)とよばれる。ステレオタイプとは,元々は印刷用の

原型から作られる鉛版のことで,パターンを複写するためのものである。人々が様々な事

象を認知する時に,イメージとしての型を用いている様子から,人の情報処理において用

いられる一般的なイメージという意味でウォルター・リップマンがステレオタイプという

言葉を用い始めた(Lippman, 1922)。すなわち,ステレオタイプとは,社会的集団に対する

過度に一般化された画一化したイメージや信念のことである。ステレオタイプは社会的集

団に対するイメージであるため,それには「黒人は攻撃的である」というようなネガティ

ブなものから,「イタリア人は陽気である」といったポジティブなものまで含まれる。

Page 15: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

8

他方,ステレオタイプと同様の意味合いで使われることが多いのが偏見(prejudice)や差

別(discrimination)である。元来,態度は認知と感情と行動の 3つの成分から構成されると

考えられてきており,その考えに従うと,ステレオタイプは認知的成分,偏見は感情的成

分,そして差別が行動的成分だとみなされている(Fiske, 1998)。態度概念のうち,感情成

分を強調したものが偏見である。偏見はある社会的集団や個人に対する否定的な感情であ

り,通常,ステレオタイプのようにポジティブな内容は含まれないと考えられることが多

い。また,そうした偏見感情に基づく,ある集団成員に対するネガティブな行動が差別で

ある。例えば,「黒人は攻撃的だ」という認知的イメージはステレオタイプであり,「黒人

は嫌いだ」という感情が偏見,「黒人を雇わない」という行動が差別ということになる。こ

のように,現存する偏見や差別の根底には,集団に対する画一化されたイメージとしての

ステレオタイプが存在するのである。

1-1-2.ステレオタイプの利点と問題点

ステレオタイプは私たちが日常を過ごす上で欠かすことのできない「合理的」なツール

である。我々の社会には膨大な情報が溢れているが,それを認知するための処理資源は限

られている。しかし,ステレオタイプを利用することで,単純化した処理をすることがで

き,その結果,我々は処理資源を節約した認知を行うことができる。こうしたステレオタ

イプを他者にあてはめて判断することをステレオタイプ化(stereotyping)やステレオタイプ

の適用(stereotype application)という。このように,ステレオタイプは複雑な世界を少ない

資源で理解するためには有用なものであり,人が対人認知の過程でステレオタイプを用い

ることは古くからよく知られている(e.g., Cohen, 1981)。

しかし,人種・民族・性別など,さまざまな集団にステレオタイプを適用することは,

対人認知を歪める恐れがある。その古典的な研究として,例えば Cohen (1981)は,参加者に

ある女性が行動するビデオを見せた。その際,半分の参加者にはこの女性は「司書」であ

ると告げ,もう半分の参加者にはこの女性は「ウェイトレス」であると告げた。ビデオの

視聴後に,記憶テストを行ったところ,職業のイメージに一致した情報の方が,一致しな

い情報よりも,再認成績が高かった。参加者は職業ステレオタイプに一致した情報により

注意を向けていたため,よく記憶されていたと考えられる。また,記憶だけでなく,他者

に対する判断にも影響を及ぼすことが示されている。Duncan (1976)は,白人大学生の参加

者に,あるターゲット人物が白人を肩でこづくようなビデオを視聴させた。その際,半分

Page 16: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

9

の参加者にはターゲット人物が黒人のビデオを,もう半分の参加者には白人のビデオを見

せた。すると,白人のビデオを見た場合にはターゲット人物の行動を「ふざけていた」と

解釈したのに対し,黒人のビデオを見た場合には「この人は乱暴だ」というように解釈し

た。このように,映像による様々な個別情報があったとしても,ステレオタイプに一致し

たようなデータのみに基づいて判断したり,解釈するなど,ステレオタイプを利用するこ

とで対人認知が歪んでしまう場合がある。

さらに,こうした個別データがない場合には,よりステレオタイプに依存した対人認知

がなされてしまう。こうした社会心理学の知見に基づけば,例えば,女性に対して「働き

手にならなそうだ」,「リーダーとしては不向きだ」などとステレオタイプ的判断をしてし

まうことがあると考えられる。このように,仕事の応募者や勤務者がどういったカテゴリ

ーに所属しているかという情報が採否や昇進に影響を及ぼす一因となっているために,制

度を整えたとしても男女格差が埋まらないということがあるだろう。

1-2.ステレオタイプの問題に対する社会心理学的アプローチ

差別是正のために社会的な制度を整えることは重要である。しかし,同時に,そもそも

なぜ人はステレオタイプを他者にあてはめてしまうのかを明らかにした上で,どのように

すればステレオタイプ的な判断を避けることができるのかを明らかにすることも必要であ

ろう。すなわち,社会心理学の立場から,ステレオタイプ的判断を行ってしまうことのメ

カニズムを理解することは,差別問題への対応を考えるうえで寄与できる部分があるだろ

う。そこで本論文では,特にメカニズムに注目をする社会的認知研究の立場から,ステレ

オタイプ的な判断に伴うメカニズムを明らかにした上で,それを避ける可能性を探ること

とした。

1-2-1.ステレオタイプ変容というアプローチ

社会心理学では,ステレオタイプ的判断を避けるために,これまで大きく分けて二つの

アプローチをとってきた。

一つ目は,ステレオタイプの内容そのものを変容させるというアプローチである。20 世

紀初頭の古典的ステレオタイプ研究では,ステレオタイプの内容を測定することが試みら

Page 17: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

10

れてきた。Katz & Braly (1933) はアメリカの白人大学生の中で持たれているテレオタイプの

内容を測定し,黒人に対してネガティブなステレオタイプが持たれていることが明らかに

なった。その後の縦断研究によって,黒人に対するネガティブなステレオタイプが弱まっ

てきていることが示されているものの(Dovidio & Gaertner, 1991),近年では,偏見を示す

ことが望ましくないという規範を意識したために,あからさまな表出を避けているだけで

はないかという指摘がなされている(Devine, 1989)。実際,ステレオタイプは文化的によく

学習されているために,集団と強く関連付けられるようになると考えられている(Bandura,

1977)。そのため,従来はこうした連合を変容させることは困難であると考えられていた(e.g.,

Bargh, 1999; Fazio, Jackson, Dunton, Williams, 1995)。

しかし近年,こうした集団とステレオタイプ知識との連合を消去することで,ステレオ

タイプの問題をなくそうという試みがなされており,多量の訓練や時間をかけた学習によ

ってある程度の変容が生じることが示されている。例えば,Kawakami, Dovidio, Moll,

Hermsen, & Russin (2000) の研究では,白人/黒人の顔写真と性格特性を参加者に呈示し,

ステレオタイプ的な組み合わせ(i.e., 白人とポジティブな性格特性,あるいは黒人とネガテ

ィブな特性)には“No”と反応し,反ステレオタイプ的な組み合わせ(i.e., 白人とネガテ

ィブな特性,あるいは黒人とポジティブな特性)には“Yes”と反応する訓練を繰り返し行

った。その結果,ステレオタイプの自動的な活性化が抑制されるようになった。同様に,

Kawakami, Phills, Steele, & Dovidio (2007) の研究では,黒人の写真を自分に近づけ,白人の

写真を自分から遠ざけるという接近回避行動を繰り返したところ,黒人に対するステレオ

タイプが低減した(同様の知見は Phills, Kawakami, Tabi, Nadolny, & Inzlicht, 2011)。

また,ある態度対象とポジティブ/ネガティブな刺激を同時に呈示することで,その対

象への態度が刺激のベイレンスの方向に変化するという評価的条件付けによっても,ステ

レオタイプ変容は生じる。Olson & Fazio (2006) では,黒人写真とポジティブ刺激(e.g., 子

犬の写真)および白人刺激とネガティブ刺激(e.g., 蜂の写真)を繰り返し対呈示された場

合には,ステレオタイプ的連合が弱まっていた。また,野寺・唐沢 (2005) では,女性とネ

ガティブなステレオタイプ的特性(e.g., 女性‐依存的)を対呈示した場合に必ず嫌悪音を

与える罰あり条件と,女性ステレオタイプとは無関係な 2 語(e.g., 参加‐最終的)を対呈

示した際に嫌悪音を与える統制条件を設けたところ,罰あり条件では女性に対するステレ

オタイプが活性化しなくなった。

また,接近回避といった行動や,対呈示を行わなくても,反ステレオタイプ事例を見せ

Page 18: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

11

続けるだけでも効果があることがわかっている。Dasgupta & Greenwald (2001)では,評判の

良い黒人著名人(e.g., スポーツ選手)と評判の悪い白人著名人(e.g., 犯罪者)といった反

ステレオタイプ的な事例を呈示し続けると,ステレオタイプ的な連合が弱まった。

より直接的な介入として,Rudman, Greenwald, Mellot, & Schwartz (1999) は偏見問題に関

する授業を 1学期受講した生徒は,受講前よりも人種差別的な連合が弱まっていた。

以上の結果は,従来変容しないと考えられてきたステレオタイプ自体を変容させるとい

う点で,長期的に望ましい効果を得られる可能性が高く,社会的に意義のある方略である。

こうしたアプローチは長い時間や訓練を通して反ステレオタイプ的な態度を形成していく

アプローチである。

1-2-2.ステレオタイプ化の統制というアプローチ

しかし,私たちが生活していく中では,そうした長期的な訓練を行うことが難しい場合

もあるだろう。そこで二つ目のアプローチとして,より短期的にステレオタイプ化を意図

的に統制する試みもなされている。ステレオタイプは文化的によく学習されているために,

黒人の顔写真などの他者を区分する手がかりを得ただけで,自動的に活性化することが示

されている(e.g., Devine, 1989)。例えば,Devine (1989, 実験 2) は閾下刺激によって黒人ス

テレオタイプを活性化させた後,ターゲット人物の印象を尋ねた。その結果,低偏見者で

あっても高偏見者と同じように,ターゲット人物を黒人ステレオタイプに当てはまるよう

に,攻撃的であると評定した。ただし,実験 3 において,ステレオタイプが活性化してし

まったことに気づいた場合には,ターゲット人物を攻撃的だと評定しなくなった。以上の

研究から,ステレオタイプの活性化は自動的に生じるものであり,その影響が判断や行動

に出ないようにするためには,意図的な統制が必要であると考えられている。このように,

自動的な過程で生じたステレオタイプの活性化を,統制的な過程によって制御しようとす

る,という考え方は二過程理論とよばれる(Brewer, 1988; Devine, 1989; Fiske & Newberg,

1990)。

こうしたアプローチの研究では,4つの主要な理論的概念がある(Amodio & Devine, 2010;

Devine & Monteith, 1999; Gilbert, 1999)。

一つ目に,二過程理論を基に,自動的過程と統制的過程を独立のものと捉え,行動表出

の段階で自動的なバイアスを意図的反応によって置き換える「上書き(override/

replacement)」である。自動的なステレオタイプの活性化が避けられないものであるという

Page 19: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

12

ことを前提としているものの,それを行動に移すときには意識的に非偏見的な反応をとる

ことができる。例えば,黒人の顔という刺激が呈示されれば黒人に対するステレオタイプ

は活性化するものの,意識的には偏見的な反応はしないようにできる。この考え方は,前

述した連続体モデルにおいても含意されている(Fiske & Newberg, 1990)。ただし,こうし

た統制的な過程には認知資源が必要であるため,認知資源が不十分な時には上書きがうま

くいかない可能性が指摘されており,ステレオタイプの活性化そのものを抑える必要があ

るだろう。

二つ目に,バイアスがある場合にそのバイアスの源泉に気付き,修正を実行する「修正

(correction)」である。自動的なステレオタイプの活性化に気付くことで,それを意識的に

修正することができる。修正が成功するためには,私たちの判断は気付かないうちにバイ

アスがかかるおそれがあるということを認識し,それを修正しようという動機づけをもち,

実際に修正できるだけの資源が必要となる(Wilson & Brekke, 1994)。このように,バイア

スの修正を行うためには多くのステップが必要であるが,修正を実行できた場合でも,過

剰な修正が行われる場合がある(Harber, 1998; Wegener & Petty, 1997)。例えば,Friend &

Vinson (1974) の刑罰判断に関する実験では,「美人は性格が良い」というステレオタイプに

基づいた判断を行わないように教示された参加者は,美人な被告人に対して過剰に刑罰を

重くしていた。このように,修正を行おうとした結果,必要以上の修正がなされてしまう

場合がある。

三つ目に,拮抗する概念の活性化反応によって,当該ステレオタイプの活性化を置き換

える「抑止(inhibition)」である。例えば中国人女性は「中国人」と「女性」という二つの

カテゴリーに所属している。そうした場合,中国人女性が箸を持っている場面を見ると,

中国人概念が活性化し,女性ステレオタイプの活性化が低減する(Macrae, Bodenhausen, &

Milne, 1995)。こうした知見から,Wittenbrink, Judd, & Park (2001) は,教会(ポジティブ文

脈)の前にいる黒人か,落書きされた壁のある通り(ネガティブ文脈)の前にいる黒人の

刺激を呈示した。その結果,ネガティブな文脈よりもポジティブな文脈にいる黒人に対す

る偏見的反応が低減していた。このように,同じ黒人であっても,その状況的文脈によっ

て黒人ステレオタイプの活性化を抑止できることが示されている。

そして四つ目に,ステレオタイプのような望まない思考を考えないようにする「抑制

(suppression)」である。抑制は意識的な意図によってステレオタイプ的判断を避けるとい

う点で,抑止とは区別される。また,活性化した知識を表出しないように統制する上書き

Page 20: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

13

や修正とは異なり,抑制はステレオタイプ的な判断を避けるために,そもそも頭の中にス

テレオタイプ的な思考を思い浮かばないよう排除しようとする,内的な思考に対するアプ

ローチである。このアプローチは,過去の失敗やトラウマなどを思い浮かばないようにし

ようとする思考抑制の考え方に基づくものである。上書きや修正では,資源を枯渇させて

しまう可能性や過剰修正の問題がある。そのため,ステレオタイプを避けるためには,そ

もそも頭の中にステレオタイプが思い浮かばないようにするという抑制が重要であり,一

般的に,ステレオタイプを避けるべき場面では,こうした抑制が行われやすいことが指摘

されている(Monteith, Sherman, & Devine, 1998, for a review)。

このように,ステレオタイプの意識的統制には 4 つのアプローチが考えられる。現実の

生活場面では,これら 4 つの過程は同時に作動し,偏見的な反応を統制すると考えられて

いるが,外集団成員に出会った時には,抑制が行われやすいという指摘から,本研究では

抑制というアプローチに注目することとした。

Page 21: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

14

§ 第 2 章

ステレオタイプ抑制とその帰結

2-1.ステレオタイプ抑制後のリバウンド効果

抑制は,ステレオタイプをあてはめられる対象に出会った時に行うため,対象が限定さ

れず,即座に行うことができる。実際,ステレオタイプを避けるべき場面に直面した場合

には,ステレオタイプ的判断をしないように抑制が行われることが多いということが指摘

されている(Monteith et al., 1998, for a review)。

このように,ステレオタイプ的な反応を避けるためには,意識からステレオタイプ的な

思考を追い出そうとする抑制というアプローチがとられるものの,思考を抑制すると,か

えってステレオタイプのアクセスビリティが上昇してしまい,思いつきやすくなってしま

うという逆説的な効果が多くの領域で示されてきている(e.g., シロクマ, Wegner, Schneider,

Carter, & White, 1987; 前の恋人,Wegner & Gold, 1995; 気分, Wegner, Erber, & Zanakos, 1993;

抑うつ的な思考, Wenzlaff, Wegner, & Roper, 1988; 以前経験した気分や出来事, Howell &

Conway, 1992)。そして,思考と同様に,ステレオタイプの場合でも,抑制をすると逆説的

な結果に終わることが示されてきている。抑制した後に,ステレオタイプが活性化して,

後の判断や行動におけるアクセスビリティ1が上昇する現象は,リバウンド効果という。

Macrae et al. (1994) は,リバウンド効果が判断,行動,当該ステレオタイプのアクセスビリ

ティといったそれぞれの水準で生じることを示している。欧米ではネオナチなどの排外主

義的な集団にスキンヘッド男性が多かったことから,スキンヘッド男性は「排他的」や「暴

力的」といったステレオタイプを持たれている。Macrae et al. (1994) では,あるスキンヘッ

ド男性の写真を呈示し,その人物の典型的な一日の記述を求めた。この時,抑制条件では

ステレオタイプ的な記述を避けるよう教示し,統制条件ではこうした教示をしなかった。

すると,抑制条件は統制条件に比べて教示どおりステレオタイプを記述せず,抑制するこ

1 アクセスビリティ(accessibility; 接近可能性)とは,知識へのアクセスのしやすさのこと。状

況的な要因によって変化し,知覚者が最近接触した知識や,繰り返し利用した知識はアクセスビ

リティが高くなる。アクセスビリティの高い知識は容易に心に浮かぶため,情報を解釈する際の

手がかりとして使われ,判断に影響を及ぼすことが知られている(森,2001)。

Page 22: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

15

とができた。しかし,その後,別のスキンヘッド男性の写真を呈示し,特に抑制教示をせ

ずに同様の記述を求めると,抑制条件は統制条件よりもステレオタイプ的な記述が増えて

いた(実験 1)。また,実験 2 ではステレオタイプ抑制後の行動への影響を検討した。実験

1 と同様に,スキンヘッド男性の写真を呈示し抑制操作を行った。その後,スキンヘッドの

男性と実際に相互作用をしてもらうと参加者に説明し,別の部屋に連れて行った。別室に

は,スキンヘッド男性のものだと思われる荷物と畳まれたパイプ椅子がいくつか置かれて

いた。実験者は,相手はすぐに戻ってくると思うので,パイプ椅子を広げて座って待って

いるように参加者に告げた。その際,参加者が椅子を置いた位置が,スキンヘッド男性に

対する行動指標となっていた。実験の結果,統制条件に比べて,抑制後にはスキンヘッド

の男性からより離れて座ることが明らかになった。このことは,抑制後のリバウンド効果

が行動においても生起することを示している。さらに実験 3 では,これまで示されたステ

レオタイプの記述の増加(実験 1)や回避的な行動の促進(実験 2)は,抑制後に当該ステ

レオタイプのアクセスビリティが上昇するためであることを明らかにした。具体的には,

これまでと同様のステレオタイプ抑制の操作を行った後,語彙決定課題を行った。語彙決

定課題とは,パソコンの画面上に呈示された文字列が,単語か単語でないかを素早く判断

するという課題である。単語の中にはスキンヘッドに対するステレオタイプに関連した単

語(e.g., 暴力的)と,無関連な単語が含まれていた。当該ステレオタイプが思いつきやす

くなっているほど,ステレオタイプ関連語に対する反応が速くなることから,当該ステレ

オタイプのアクセスビリティが高いということを示すことになる。このようにして,スキ

ンヘッドに対するステレオタイプのアクセスビリティを測定した。実験の結果,統制条件

に比べて,抑制条件では当該ステレオタイプに対する反応が早くなっており,抑制後には

ステレオタイプのアクセスビリティが上昇することが示された。このように,私たちは一

時的であれば,ステレオタイプ的な反応を抑制することができる。しかし,抑制によって

ステレオタイプのアクセスビリティが高まってしまい,その後の判断や行動においてはス

テレオタイプ的反応を避けることが困難になってしまうのである。

このようにステレオタイプの抑制後にリバウンド効果が生起することが示されてから

(Macrae et al., 1994),リバウンド効果がどういった側面に現れるのかという点についても

いくつかの研究で示されるようになってきた。例えば,ステレオタイプ抑制が記憶に与え

る影響として,抑制後にはステレオタイプ一致情報の方が不一致情報よりも記憶に残るこ

とが示された(Macrae, Bodenhausen, Milne, &Wheeler., 1996; Sherman, Stroessner, Loftus, &

Page 23: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

16

DeGuzman., 1997)。また,行動への影響として,ステレオタイプに一致した行動が増加する

ことも示されている。例えば,スポーツ選手のステレオタイプを抑制すると,その後の知

的課題の遂行が低下したり,高齢者のステレオタイプを抑制すると歩く速度が遅くなると

いうことが明らかになっている(Follenfant & Ric, 2009; Wyer, Mazzoni, Perfect,Calvini, &

Neilens, 2010)。このように,様々な形で抑制後にはリバウンド効果が生起するということ

が頑健に示されてきた。

また,教示による抑制だけでなく,平等主義的規範の高まりによって抑制を行った場合

でもリバウンド効果が生起する問題は指摘されている。Wyer, Sherman, & Stroessner (1998)

では,ある黒人男性の典型的な一日を書くよう求める課題において,その課題が黒人が組

織する団体によって行われる研究であると教示された参加者は自発的抑制を行っており,

その後ステレオタイプのアクセスビリティを測定したところリバウンド効果が生起してい

た。また,鏡を見ることによって客体的自覚状態が高まり社会的規範に敏感になった参加

者も,同様に自発的な抑制を行っていた(Macrae, Bodenhausen, & Milne, 1998)。以上のよう

に,実験上の教示がなくても,私たちは社会的規範に従ってステレオタイプを自発的に抑

制することがあるが,その抑制は皮肉にもリバウンド効果を生起させてしまうことがある。

日本においても,ジェンダーに関する分野では,勤労における男女差別をなくすべく制

定された男女雇用機会均等法が制定されていることや,平等主義的性役割観が持たれてい

る(鈴木, 1994)ことが示されている。また,偏見抑制尺度に関する研究では,一般的には

規範を意識するために偏見の抑制を行うことが示されている(高林・村田, 2005; 高林・村

田・埴田, 2007)。このように,現代社会において,ステレオタイプ的判断をしないことは

非常に重要であるにもかかわらず,リバウンド効果を生起させずに,ステレオタイプを効

果的に抑制する方略を示した研究は少ない。そのため,本論文では,短期的にステレオタ

イプを避ける方略として,ステレオタイプ抑制を取り上げ,社会的認知研究の立場から,

抑制のメカニズムに注目し,リバウンド効果を低減させる方略を探ることを目的とした。

よって本研究の目的は,ステレオタイプ抑制においてリバウンド効果が生起するのはなぜ

か,というメカニズムを明らかにし,その上でどのような抑制方略がリバウンド効果を低

減させるのかを明らかにすることである。

Page 24: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

17

2-2.リバウンド効果の生起メカニズム

ステレオタイプ抑制後のリバウンド効果を低減させる方略を探るためには,リバウンド

効果の生起メカニズムを確認しておく必要があるだろう。メカニズムについてはいくつか

の説明がなされているが,ここでは代表的な説明を 3つとりあげることとする。

2-2-1.皮肉過程理論による説明

一つ目に,思考抑制研究で支持されてきた Wegner (1994)の皮肉過程理論(Ironic-Process

Theory)による説明がある(図 2-1)。この理論によれば,抑制過程は二つの過程から構成

されるという。一つは,抑制対象を意識から追い出そうとする実行過程(operating process)

である。もう一つは,抑制対象となる思考が意識内に生じていないかをチェックする自動

的な監視過程(monitoring process)である。この過程では,抑制対象が意識内に生じていな

いかを自動的に監視するために,避けるべき対象の表象を活性化しておくことが必要とな

る。もしも実行過程が十分機能しない場合には,抑制対象が意識内に侵入したことを監視

過程が察知し,実行過程に合図を発し,対象を排除するために抑制意図が強まる。そうす

ると,図 2-1に示したように,監視過程がより厳重に働き,結果として抑制対象へのアク

セスビリティが過度に高まるという一連の循環が生起してしまうのである。このように,

すばやく抑制対象を察知するためには監視過程が必要であるが,実行過程の働きが不十分

な場合には,厳重になった監視過程がリバウンド効果を生起させるのである。しかし,実

行過程がうまく機能している場合には,抑制対象が意識内に生じないため,監視過程が厳

重にならず,抑制対象のアクセスビリティは必要以上に高まることはなくなる。

こうした二つの過程によって抑制は行われ,監視過程が抑制対象のアクセスビリティを

高めることとなる。ただし,こうした抑制対象のアクセスビリティの上昇がなぜその後の

判断や行動にまで影響を及ぼすのかという点に関しては,初期には二つの説明がなされて

きた。

Page 25: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

18

図 2-1.皮肉過程理論のモデル図

初期の説明の一つ目として,実行過程が認知負荷などの何らかの理由で損なわれた時に,

アクセスビリティが上昇した抑制対象が意識上に思い浮かんでしまうため,リバウンド効

果が生起すると説明されてきた。確かに,Wegner & Erber (1992) およびWegner et al., (1993)

は認知負荷がある状況では,認知資源に依存した実行過程が働かず,代替思考を生成する

ことができないために,リバウンド効果が生じると示した。しかし,そもそもWegner et al.

(1987) がリバウンド効果を示した状況は,単にシロクマについて考えないように教示され

るだけであった。つまり,認知負荷がかかった状況ではなく,実行過程が損なわれたとは

考えにくい (Macrae et al., 1994; Renaud & McConnell, 2002)。よって現在では,実行過程が損

なわれることでリバウンド効果が生じる場合は確かにあるが,認知負荷はリバウンド効果

の調整要因でしかないと指摘されている (Macrae et al., 2004)。

二つ目の説明として,抑制対象と代替思考との認知的連合による説明が試みられた

(Wegner et al., 1987)。Wegner et al. (1987) によれば,抑制をしている時には,実験室内に

あるような身の回りのもの(e.g. 鉛筆やパソコン,カーテンなど)を,抑制対象から意識を

そらす代替思考として用いている。抑制時にはそういった代替思考を用いることでうまく

抑制することができるが,身の回りのものを代替思考として利用してしまうために,抑制

対象と代替思考との間に認知的連合が形成されてしまう。その結果,実験室内部の物が抑

制対象を思い出す引き金として働き,その後のリバウンド効果が生起すると説明した。例

えば,シロクマを抑制する際に部屋のカーテンを代替思考として利用すると,時間が経過

抑制する

実行過程

追い出す

見つける

監視過程

監視する=探す

リバウンド効果

アクセスビリティ上昇

Page 26: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

19

した後でも,そのカーテンを見ただけでシロクマを思い出してしまうということが生じう

るという。

しかし,Macrae et al. (1994, 実験 2) は,リバウンド効果の生起メカニズムはこの説明で

は不十分であると実証した。彼らは前述した実験と同様に,写真の人物の典型的な一日を

記述させ,その際抑制操作をした。つづいて,写真の人物に会うと称し,実験参加者を隣

の部屋へ連れて行き,抑制時と周囲の環境を変化させた。部屋にはターゲット人物の荷物

のみがあり,空いている席に座るように教示した。ここで実験参加者が荷物からどの程度

離れた席に座るかがリバウンド効果の測度であった。もし抑制対象と代替思考の連合がリ

バウンド効果を生起させているとすれば,環境を変えることで連合した対象物はなくなっ

たため,リバウンド効果は生起しないはずである。しかし実験の結果,抑制条件は統制条

件よりもターゲット人物の荷物から離れた位置に着席した。これは,抑制した後には,ス

キンヘッドの暴力的であるというステレオタイプのアクセスビリティが上昇していたため

に,抑制条件の参加者はターゲット人物からより離れた位置に座ったのだと考えられる。

この結果から,周囲の環境を変えて抑制対象と代替思考との認知的連合をなくした状況で

あってもリバウンド効果が生起することを示し,代替思考との連合による説明では不十分

であると明らかにした。

以上のように,いずれの説明もリバウンド効果が生起するメカニズムの説明としては不

十分であることが指摘された。そこで,Macrae et al. (1994) はステレオタイプ抑制の研究に

おいて,Wegner (1994) の皮肉過程理論を拡張し,リバウンド効果の生起メカニズムを頻用

性プライミング(repetitive priming)によって説明した。頻用性プライミングとは,Higgins

(1989) が構成概念の活性化のシナプスモデルの中で用いた用語で,ある構成概念が頻繁に

活性化し,そのアクセスビリティが非常に高くなることである。Macrae et al. (1994) は,あ

る構成概念が頻繁に活性化した時には,一度だけ活性化した時よりも,活性化の減衰がゆ

っくりしているということから,抑制をした場合にも,頻用性プライミングが生じている

ためにリバウンド効果が生起すると説明した。すなわち,ある対象を抑制すると,監視過

程が働くことで抑制対象は頻繁に活性化することとなる(hyperaccessible)。対象の活性化が

繰り返されると,活性化の減衰は遅くなり,そのため後の判断や行動にまで影響を与える

のだと提案した。この考えに基づき,Macrae et al. (1994) は,実験 3において抑制後のステ

レオタイプのアクセスビリティの上昇の程度を測定した結果,抑制後であっても当該ステ

レオタイプのアクセスビリティが上昇していることを示し,頻用性プライミングによる説

Page 27: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

20

明が妥当であることを確認した。

また,Galinsky & Moskowitz は,抑制後に全く関連のない課題を 5分間 (Galinsky &

Moskowitz, 2000, 2007),もしくは 20分間 (Galinsky & Moskowitz, 2007) 行った後でも,リバ

ウンド効果が生じることを示した。これは,抑制による頻用性プライミングの結果,活性

化の減衰が遅いためにリバウンド効果が生起するという主張を支持する結果であった。こ

れらの結果から,抑制による弊害は,その直後だけでなく,比較的長い時間にわたって判

断や行動に影響を及ぼすことを示唆しており,ステレオタイプ抑制の研究の重要性を意識

させた(大江, 2007)。

以上のように,現在のところ,抑制後のリバウンド効果のメカニズムは,Macrae et al.(1994)

が提案した皮肉過程における頻用性プライミングによる説明が有力であると思われる。

2-2-2.動機づけによる説明

以上の皮肉過程理論は認知的な説明であるが,その他にも,動機づけによる説明を行う

立場がある。初期の抑制研究で指摘されていた説明では,リバウンド効果は抑制教示によ

って思考や記述を制限されたことへのリアクタンスによって生じると考えられていた

(Brehm, 1966)。ただし,Wyer et al. (1998)のように,抑制教示によらず自発的に抑制した

場合であってもリバウンド効果が生起していることから,リアクタンスによる説明は限界

が指摘されている。また,動機づけ推論モデル(Foster &Liberman, 2001, 2004)では,抑制

時に参加者が感じる困難感がステレオタイプ表出の動機づけを高めていると想定している。

すなわち,抑制時にステレオタイプを避けることが困難だと参加者が感じた場合,自分に

はステレオタイプを表出したいという動機づけがあるためではないだろうかと参加者自身

が推測し,リバウンド効果が生起すると仮定している。ただし,この理論では,表出への

動機づけがない場合でもリバウンド効果が生起する現象(Macrae et al., 1998)や,そもそも

抑制が困難になる理由を説明できない(木村, 2003)という問題がある。

2-2-3.制御資源枯渇による説明

また,近年では,抑制を自己制御の一種として捉え,リバウンド効果を説明する立場が

ある。思考や行動を抑制することは自己制御であり,そうした制御を行うためには制御資

源が必要である(Baumeister, Bratslavsky, Muraven, & Tice, 1998)。抑制のような自己制御を

行うと制御資源が枯渇するため,その後にステレオタイプ的な判断を避けられなくなり,

Page 28: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

21

リバウンド効果が生起するという説明がなされている(Gailliot, Plant, Butz, & Baumeister,

2007; Gordijn, Hindriks, Koomen, Dijksterhuis, & Van Knippenberg, 2004)。実際,Gordijn et al.

(2004)では,ステレオタイプ抑制をした参加者は自己制御を行ったと回答していた。また,

アナグラム課題の遂行が低下したことから,実際に資源枯渇も生じていたと考えられる。

ただし,こうした説明はステレオタイプの表出が増加することの説明にはなるが,なぜ枯

渇するとステレオタイプのアクセスビリティが上昇するのかという点までは説明できてい

ない。そのため,制御資源の枯渇はステレオタイプの表出の点に関わっていると考えられ

る。

以上のように,いくつかの立場から抑制後のリバウンド効果の生起は説明できるものの,

動機づけ理論や制御資源枯渇による説明は限界点が指摘されており,これらのモデルだけ

からは説明できない。そのため,現在でも皮肉過程理論による説明が優勢となっており,

その他の説明はそれを補足するような理論として捉えられることが一般的である(木村,

2003)。本論文ではこうした現状を踏まえ,皮肉過程理論の立場からリバウンド効果の低減

方略を検討することとした。

Page 29: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

22

§ 第 3 章

リバウンド効果の低減方略:代替思考に注目して

3-1.思考抑制研究における代替思考方略

前述したように,皮肉過程理論によれば,すばやく抑制対象を察知するためには監視過

程が必要であるが,実行過程の働きが不十分な場合には,厳重になった監視過程がリバウ

ンド効果を生起させる。他方,実行過程がうまく機能すれば,抑制対象が意識内に生じな

いため,監視過程が厳重にならず,抑制対象のアクセスビリティは必要以上に高まること

はなくなり,リバウンド効果は低減される。

では,実行過程が機能してリバウンド効果が生じないためにはどうしたらよいだろうか。

思考抑制の研究では,代替思考2を用いることが適切な方略となることが示されている(木

村, 2004; Wegner et al., 1987)。例えば,思考抑制の研究において,Wegner et al. (1987) は,

実験 1 において,参加者にシロクマについて意識的に考えるように,もしくは,シロクマ

を考えないようにという教示を与えた後,5分間思い浮かんだ思考をすべて言語化するよう

求めた。すると,抑制するように言われた場合には一時的にはシロクマに関する言及がな

く,思考を排除することができた。しかし,その後もう一度 5分間思考を言語化させると,

意識的にシロクマを考えるように言われた参加者よりも,抑制後の参加者の方がシロクマ

についての思考が増加していた。すなわち,単純にシロクマを抑制した場合には,リバウ

ンド効果が生起していた。そこで,Wegner et al. (1987) は実験 2において,シロクマを考え

ないように求めた際に,代わりに代替思考として赤のフォルクスワーゲンを考えるように

教示した。すると,代替思考を用いた場合には,抑制後であってもシロクマに関する言及

が増加せず,リバウンド効果が生起しないことを示した。

2 一般的に,意識,非意識に関係なく,抑制対象から注意をそらすための思考のことを“distracter”

という。他方,意識的に積極的に用いる思考を“代替思考”という(木村, 2003)が,これらの単

語の厳密な使い分けはなされていないようである。本研究では,特に理論的に問題がない限り,

抑制対象から注意をそらす思考を“代替思考”という単語で統一して用いた。

Page 30: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

23

これは,図 3-1に示したように,代替思考によって実行過程がうまく機能すれば,抑制

対象が意識内に生じないため,監視過程が厳重にならず,抑制対象のアクセスビリティは

必要以上に高まることはなくなる。このように,代替思考を与えることで,リバウンド効

果を生起させる一連の循環を停止させることができるため,リバウンド効果は低減される

と考えられる。

図 3-1.代替思考方略が抑制過程に及ぼす影響

また Kelly & Kahn (1994) は,シロクマを抑制するよう指示された条件と,実験参加者が

普段から思い浮かんでしまう思考(侵入思考)を抑制する条件を比較した。すると,最初

にシロクマを抑制した条件では,後にシロクマに関する思考が増加するリバウンド効果が

生起したが,よく経験する侵入思考を抑制した条件では侵入思考は増加せず,リバウンド

効果が生起しなかった。Kelly & Kahn (1994) は,両条件の抑制時の代替思考の内容を分析

し,後者の条件の場合は,日常的に抑制を経験しており,代替思考が見つかりやすいため,

リバウンド効果が生起しなかったということを示唆している。これらの研究結果は,リバ

ウンド効果を低減させるためには,抑制時に代替思考を用いる方略が有効であることを示

している(同様の知見は,木村, 2005; Boden & Baumeister, 1997)。

抑制する

監視過程が厳重にならない

実行過程

対象をうまく追い出せる

監視過程

対象を探す

アクセスビリティが上昇しない

⇒リバウンド効果低減

代替思考を

与える

Page 31: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

24

3-2.対人認知文脈におけるステレオタイプ抑制

以上のように,思考抑制では代替思考を与えることによるリバウンド効果の低減が示さ

れているにもかかわらず,ステレオタイプ抑制においては,有効な代替思考はこれまでほ

とんど示されていない(e.g., Galinsky & Moskowitz, 2007; Oe & Oka, 2003)。言い換えれば,

ステレオタイプ抑制における代替思考は,思考抑制における代替思考ほど容易に見つかる

ものではないのだろう。それは,ステレオタイプ抑制の時には,考えてよいことが限定さ

れるためであると考えられる。Macrae et al. (1994) の研究では,スキンヘッド男性について

記述する時,ステレオタイプ的記述を避けるよう求められた。このように,ステレオタイ

プ抑制は対人判断という文脈で行われる(Galinsky & Moskowitz, 2007)。対人判断では,通

常,判断対象を無視することができないという特徴がある。そのため,単なる思考抑制の

ように,シロクマとは無関連な赤のフォルクスワーゲンを考えるわけにはいかず,ステレ

オタイプ抑制では,ステレオタイプに該当する人物について考えながら,その人物の特定

の側面だけを抑制する必要が生じるのである。例えば,思考抑制で抑制対象として用いら

れるシロクマを例にすると,思考抑制では「シロクマ」に関する思考そのものを抑制する。

しかし,ステレオタイプ抑制では「クマは白い」というラベルと特性が結びついていた時

に,クマについて考えながら,「白い」という特性だけを考えないようにする必要があると

いうことである。より現実に即した例では,黒人と話している時には,「黒人だから攻撃的

だ」と考えないようにしながら,その相手を認知し続けなければならない。このような時

には,相手の属性(e.g., 黒人であるということ)を無視することはできないため,代替思

考は判断対象の人物に関する事柄である必要がある。

このように,ステレオタイプを抑制する時には,対象自体について考えながら,特定の

ステレオタイプだけを抑制する必要がある。こうした特徴があるために,ステレオタイプ

抑制では,ステレオタイプとは反対の意味を持つ反ステレオタイプが代替思考として用い

られやすい(Galinsky & Moskowitz, 2007)。例えば,黒人ステレオタイプ(e.g.,「黒人は攻

撃的だ(hostile)」)を抑制させると,「黒人は正直だ(honest)」などの反ステレオタイプ的

特性が代替思考として用いられることが示されている。このように,ステレオタイプ抑制

においては,単なる対義語だけではなく,カテゴリーラベルと反ステレオタイプを組み合

わせた思考(e.g., 「黒人は」+「正直だ」)を代替思考として用いることになる。

ただし,反ステレオタイプを代替思考としても,リバウンド効果が低減しないことが明

Page 32: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

25

らかになっており(Galinsky & Moskowitz, 2007),反ステレオタイプは代替思考として有効

ではないと考えられる。実際,Oe & Oka (2003) は代替思考として反ステレオタイプを用い

た場合でも,リバウンド効果が生起してしまうことを示した。具体的には,女性ステレオ

タイプを題材として,「女性は_」から始まる文章を作成するという課題において,女性ス

テレオタイプ(e.g., 「女性は弱い」)を抑制する際,反ステレオタイプ(e.g., 「女性は強い」)

を用いて文章を完成させた条件では,代替思考を用いたにもかかわらず,リバウンド効果

が生起することを示している。このように,反ステレオタイプは代替思考として用いられ

やすいものの,抑制後のリバウンド効果を低減できるわけではない。

ではなぜ,反ステレオタイプは適切な代替思考となり得ないのだろうか。先述の Kelly &

Kahn (1994) の実験では,日常的に経験する侵入思考を抑制した場合にはリバウンド効果が

低減した。これは,抑制経験があるために,リバウンド効果を避けるための代替思考を実

験参加者が見つけやすかったためだと説明されている。また,Renaud & McConnell (2002) は,

自分の望ましくない側面を抑制する時,自己複雑性3が高い参加者ほど,リバウンド効果が

生じにくいことを示した。これは,抑制をする時,自己複雑性が高い参加者は,抑制する

側面以外の自己表象を代替思考として生成することが容易だったためだと考えられている。

これらの研究の結果は,抑制時に代替思考を生成するのが容易な場合には,リバウンド効

果が低減する可能性を示唆している。

他方,ステレオタイプ抑制で代替思考として用いられやすい反ステレオタイプは,代替

思考として生成することが難しいと考えられる。Oe & Oka (2003) によると,図 3-2に示

したように,代替思考として反ステレオタイプを生成する際には,抑制するステレオタイ

プと反ステレオタイプの連結に注意を向けざるを得ない。そのため,ステレオタイプから

注意をそらすための代替思考が,むしろステレオタイプへの注意を向けてしまうことにな

り,生成が難しい。

3 自己複雑性とは,自己表象の複雑さを意味する(Linville, 1985)。ここでの複雑さとは,自己

を多くの側面で捉え,それらの側面に違いがあるという認識を維持しているかどうかということ

をさす。例えば,自己複雑性が高い場合には,テストの成績が悪いために「学生としての自分」

が損なわれたとしても,その他の側面(e.g., 「誰かの娘としての自分」,「テニス部での自分」

など)があることで,身体的・精神的傾向に悪影響を及ぼしにくい。

Page 33: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

26

ステレオ 反ステレオ

タイプ タイプ

特性 特性

図 3-2.概念間の連結への注意(Oe & Oka, 2003より)

また,反ステレオタイプは,元来持っている知識とは反対の思考である。よって,抑制

対象の表象に含まれないため,反ステレオタイプ的な思考を抑制対象と結びつけることが

難しい。そのため,代替思考として与えられても,生成することが困難であると考えられ

る。このように代替思考を容易に生成することができないと,抑制対象から注意をそらす

という代替思考の役割を果たせず,抑制対象が意識上に侵入しやすいだろう。その結果,

監視過程は厳重になりやすく,代替思考を用いても,リバウンド効果が低減し難いのだと

思われる。このようにステレオタイプ抑制は対人判断の文脈で行われるということが,代

替思考方略による抑制を困難にしていると考えられる。

3-3.ステレオタイプ内容モデルに注目した代替思考方略

それでは,ステレオタイプを抑制する際に,生成することが容易な思考とはどのような

ものだろうか。上述のように,ステレオタイプ抑制は対人判断文脈で行われるため,相手

の特徴について考える必要がある。こうした点を考慮し,ステレオタイプの表象の内容に

ついて注目することが重要であると考えた。

これまでのステレオタイプ抑制の研究においては,ステレオタイプをポジティブ‐ネガ

集団

ラベル

Page 34: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

27

ティブの一次元上で捉えた上で,ネガティブなステレオタイプの抑制が試みられてきた

(Monteith et al., 1998, for a review) 。すなわち,ステレオタイプを抑制する時には,概してネ

ガティブなステレオタイプを抑制するという意味合いが強い。このように,ネガティブな

側面のみに注目してきたため,代替思考として,その一次元上における反対のポジティブ

な特性(反ステレオタイプ)に研究の焦点が集まり,適切な代替思考の内容が示されてこ

なかったと考えられる。

3-3-1.ステレオタイプ内容モデル

しかし近年,ステレオタイプの内容はネガティブな一次元上で捉えられないものである

ということが指摘されている。ステレオタイプの一般的な内容について言及したものとし

て,ステレオタイプ内容モデルがあげられる(Stereotype Content Model: Cuddy, Fiske, & Glick,

2008; Fiske & Cuddy, 2006; Fiske, Cuddy, & Glick, 2007; Fiske, Cuddy, Glick, & Xu, 2002)。ステ

レオタイプには様々な内容があるが,個々の内容が異なっていても,大きくわけて人柄と

能力という二つの次元から捉えられるという。このモデルでは,ステレオタイプの内容は

外集団との関係性から決定されると想定している。このモデルによると,我々はなじみの

ない他者や外集団を認知する際に,最初に二つの疑問を抱くという。一つは,対象集団が

仲間なのか敵なのか,ということで,対象集団と競争関係にあるかどうかを探る。すなわ

ち,人柄はその集団が自分と競争関係にあるか否かで決定され,競争関係にある場合には

「冷たい」とみなされ,協力関係にある場合には「温かい」とみなされる。二つ目の疑問

は,対象集団と自分もしくは内集団との地位関係がどうなっているかということである。

能力は,こうした地位の上下関係にあるか否かで決定される。

以上のように,対象集団との競争関係および地位関係から人柄と能力に関するステレオ

タイプをそれぞれ予測するため,ステレオタイプには四つのクラスターがある(Fiske &

Taylor, 2008a, 2008b)。それぞれのクラスターの詳細を表 3-1に示した。ステレオタイプに

は能力と人柄の評価がともに高いもしくはともに低いクラスターが存在する。中流階級の

人や内集団,クリスチャンの人に対して向けられる「温かく有能」というステレオタイプ,

およびホームレスや薬物依存者に対する「冷たく無能」というステレオタイプである。他

方,これら二次元の評価はそれぞれ独立にポジティブもしくはネガティブな内容を形成す

るため,一方の次元(e.g., 人柄)がポジティブなら,他方の次元(e.g., 能力)がネガティ

ブになるという,両面価値的ステレオタイプが特に多くみられる。例えば,高齢者に対す

Page 35: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

28

るステレオタイプは,無能であるだけではなく,温かい人柄であるという内容を含んでお

り,慈悲的なステレオタイプを抱かれている。反対に,キャリア女性に対しては,有能だ

が冷たいという嫉妬的ステレオタイプが抱かれるということが明らかになっている (Fiske

& Cuddy, 2006; Fiske et al., 2002) 。

表 3-1.ステレオタイプ内容モデルの 4類型(Fiske & Taylor, 2008b)

能力

人柄

低 高

高 集団 障害者,高齢者 中流階級,内集団

偏見 慈悲,憐れみ 称賛,誇り

低 集団 貧乏人,ホームレス,薬物中毒者 金持ち,アジア人,ユダヤ人

偏見 嫌悪 妬み

実際,アメリカにおける 5 つの研究(Cuddy, Fiske, Glick, 2007; Fiske et al., 2002; Fiske, Xu,

Cuddy, & Glick, 1999)では,1165名の回答者に対してさまざまな集団を呈示し,その集団

に対する能力,温かさ,地位,競争関係について評定を求めた。図 3-3に結果の一部を示

した。調査の結果,ステレオタイプ内容モデルでの想定どおり,地位が能力に関する評定

を,競争関係が温かさに関する評定を予測していた。また,温かさと能力の評定について

クラスター分析をした結果,多くのサンプルで前述したような 4つのクラスター(温かさ・

有能×高・低)が確認された。そのうち,83%の集団が一方の次元よりも他方の次元が高い

両面価値的ステレオタイプであった。さらに同様の調査はアメリカ以外の 17か国のサンプ

ルでも検討されており,日本を含む集団主義文化の東アジアにおいても,両面価値的ステ

レオタイプが多く存在することが確認されている(Cuddy, Fiske, Kwan, Glick, Demoulin,

Leyens, Bond, Croizet, Ellemers, Sleebos, Htun, Yamamoto, Kim, Maio, Perry, Petkova, Todorov,

Rodríguez-Bailón, Morales, Moya, Palacios, Smith, Perez, Vala, & Ziegler, 2009 study2)。

Page 36: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

29

図 3-3.Fiske et al. (2002)で見られた 4つのクラスター

注.上記の調査結果は Fiske et al. (2004) の学生回答者の結果について,日本語訳をしてまとめたものであ

る。縦軸が温かさを示しており,評定値が高いほどその集団が温かいと評定されたことを意味する。横

軸は能力を示しており,評定値が高いほど有能であると評定されたことを意味する。

3-3-2.本研究で提案する代替思考方略

対人認知研究においては,我々が多くの情報をどのように処理し,統合するのかについ

て,いくつかの次元が働いているという主張は以前からなされてきた(e.g., Asch, 1946; 川

西, 2000; Rosenberg, Nelson, & Vivekananthan, 1968)。いくつの次元を想定するかという点や,

それらの次元の名称はそれぞれの研究で異なっているものの,人柄と能力に関する独立し

た次元を想定している点は,いずれの研究でも共通してみられる(林, 1978)。ステレオタ

イプの内容においても,こうした次元を想定した点がステレオタイプ内容モデルの画期的

な点であった。

このモデルに注目することで,リバウンド効果を低減させるのに有効な代替思考方略を

提案できる可能性がある。ステレオタイプを抑制する時には,概してネガティブなステレ

オタイプを抑制するという意味合いが強い。これを,両面価値的なステレオタイプに当て

はめると,人柄次元もしくは能力次元いずれかの,ネガティブな評価の方のステレオタイ

プ的特性を抑制するということになる。ネガティブな特性を抑制する際,ステレオタイプ

主婦・

高齢者・

・知的障害者 ★ 盲目の人

温 身体障害者・ ・

か 家政婦 ゲイ男性・ ・ ・黒人教授

さ ・ 肉体労働者・ 北部人

・移民労働者 南部人・ キャリア女性・

★ ★ ・

ヒスパニック・ セクシーな ・ユダヤ人 アジア人

貧乏な白人 アラブ人 女性

・ ★ ・ ・ ・フェミニスト

・貧乏な黒人 金持ち・

・生活保護受給者

低 能力 高

Page 37: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

30

が二次元から構成されることを前提とすると,両面価値的ステレオタイプを抱かれている

対象に関しては,他方の次元のポジティブな特性を代替思考として用いることができるだ

ろう。例えば,図 3-4 に示したように,「無能だが温かい」という慈悲的ステレオタイプ

では,「無能」を抑制する際には,他方の人柄次元の「温かい」というポジティブな特性を

代替思考として用いることができる。この特性は抑制対象のステレオタイプの内容に含ま

れるため,容易に生成することができるだろう。代替思考として容易に生成できる場合,

抑制対象(i.e., 「無能」)から注意をそらす役割を果たし,監視過程が厳重にならないため,

リバウンド効果が低減する可能性があるだろう。

他方,図 3-5に示したように,「有能だが冷たい」という嫉妬的ステレオタイプでは,「冷

たい」というネガティブな特性を抑制する際には,他方の能力次元の「有能」というポジ

ティブな特性を代替思考として用いることができる。

本研究の方略

抑制対象

これまでの方略

人柄次元

「冷たい」

対象

例)エリート

反ステレオタイプ

「温かい」

能力次元

「有能」

図 3-5.嫉妬的ステレオタイプにおける代替思考方略 (第 6章)

本研究の方略

抑制対象

これまでの方略

能力次元

「無能」

対象

例)高齢者

反ステレオタイプ

「有能」

人柄次元

「温かい」

図 3-4.慈悲的ステレオタイプにおける代替思考方略 (第 5章)

Page 38: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

31

よって,本研究では,一般的に特に多くみられる「無能だが温かい」もしくは「有能だ

が冷たい」という両面価値的ステレオタイプにおいて,一方の次元のネガティブな特性(e.g.,

無能もしくは冷たい)を抑制する際に,他方の次元のポジティブな特性(e.g., 温かいもし

くは有能)を代替思考とする方略の有効性を検討することを目的とした。なお,以降,本

方略は別次元思考方略と記述することにした。

なお,両面価値的ステレオタイプについて,それらが相補的に働くという議論が近年出

てきたことには注意しておく必要がある。我々はこの世界が公正であると信じており,ま

たそうあってほしいと望むため,現状を正当化することがある(Jost & Banaji, 1994; Jost,

Pietrzak, Liviatan, Mandisodza, & Napier, 2007)。そうした私たちにとって,両面価値的ステレ

オタイプは現状を正当化する機能があると考えられている。すなわち,ある対象集団に対

する一方の次元の評価が低い時に,他方の次元の評価を上げる,もしくは逆に,一方の次

元の評価が高い時に他方の次元の評価を下げるというように,相補的に働くことで,この

世界が公正なものであるという認識を維持しようとすることがある(Cuddy, Norton, & Fiske,

2005)。こうした知見に基づけば,ステレオタイプ対象のポジティブな側面を考えるという

本研究の別次元思考方略は,かえってネガティブな側面を思い浮かびやすくさせるのでは

ないか,という疑念が生じるだろう。

ただし,それぞれの次元のステレオタイプは,地位の関係から能力を,競争関係から温

かさを予測するのであって,それぞれ別の知覚から生じたものである。よって,対人認知

の二次元モデルでも説明されてきたように(e.g., Roesenberg et al., 1968),基本的には,能力

と人柄という二次元は独立しているもので,一方の次元のステレオタイプを思いついた場

合に,他方の次元のステレオタイプも不可避的に思いついてしまうというものではないと

考えられる。

また,本研究の主張を補足するものとして,検索誘導性忘却という現象があげられる。

これは,ある情報を検索することで,それに関連した別の情報の検索が抑制されるという

現象であり,特に同じカテゴリーに属する情報の場合に生起しやすい(Anderson, Bjork, &

Bjork, 1994; 月本・川口,2006)。例えば,記憶課題において様々な情報を記憶した後,「オ

レンジ」というフルーツに関する情報を思い出すと,同じフルーツのカテゴリーに属する

「バナナ」という情報が,フルーツとは無関連な情報(e.g., 「カラス」)よりも思い出しに

くくなる。この現象を本研究にあてはめれば,ステレオタイプ対象のポジティブな一側面

(e.g., 「高齢者は温かい」)を意識的に考えたところで,別のネガティブな側面(e.g., 「高

Page 39: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

32

齢者は無能」)が相補的に思いつきやすくなってしまうという現象は,むしろ生起しにくい

と考えられる。これらの知見から,能力と人柄の二次元は独立であるという前提にたって,

本研究の提案する別次元思考方略は有効であると考え,以降の議論を進めていくこととす

る。

Page 40: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

33

§ 第 4 章

実証研究の目的と概要

4-1.実証研究の目的

これまで示してきたように,偏見的な反応を避けようとする場合,私たちはステレオタ

イプ抑制を行うことが多い。それにもかかわらず,そうした意図がかえってステレオタイ

プのアクセスビリティを高め,リバウンド効果を生起させてしまう。思考抑制研究とは異

なり,これまでのステレオタイプ抑制研究では代替思考方略の限界が指摘されてきた。

そこで本研究では,なぜ代替思考を用いてもリバウンド効果が生起してしまうのか,と

いうメカニズムを社会的認知研究のアプローチによって明らかにしていく。具体的には,

特に代替思考方略の成否が,抑制時に代替思考を生成しやすいかどうかに依存していると

想定する。実証研究では,その点を明確にすべく,先行研究(Galinsky & Mosckowitz, 2007)

で指摘されているように,実際に抑制する際には反ステレオタイプが用いられていること

を明らかにし,さらに代替思考として生成しにくいことを実証する。

こうしたメカニズムを解明した上で,ステレオタイプ内容モデルに注目し,リバウンド

効果のような弊害を生じさせることなく,ステレオタイプを抑制する代替思考方略を提案

する。具体的には,両面価値的ステレオタイプを題材として,ネガティブなステレオタイ

プ特性を抑制する際に,相補的なポジティブなステレオタイプ特性を代替思考とする別次

元思考方略を用いるとリバウンド効果が低減することを,実証研究によって示す。

4-2.本研究で扱うステレオタイプ

以上のように,本研究では,ステレオタイプ内容モデルに基づき,リバウンド効果を低

減させる代替思考を検討する。その際,特に多くみられる両次元のポジティブ・ネガティ

ブの評価が一致しない両面価値的ステレオタイプを研究対象とすることとした。

Page 41: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

34

4-2-1.慈悲的ステレオタイプ

第 5 章では,人柄次元の評価は高いが能力次元は低い「温かいが無能」という慈悲的ス

テレオタイプ(benevolent stereotype)を題材として,代替思考の効果を検討した。慈悲的ス

テレオタイプは協力関係にある弱者に対して向けられるステレオタイプであり,特に家庭

的女性や高齢者が代表例となる。ジェンダーステレオタイプでは,専業主婦などの伝統的

性役割観に沿った女性は,好意的にみられるが(Haddock & Zanna, 1994),保護の対象とみ

なされるため,仕事などの能力面に関しては無能だというイメージをもたれる(Glick &

Fiske, 1996)。また,高齢者に対しても,知的能力(Rubin & Brown, 1975)や遂行能力が若

者に比べて低いとみなされるものの,友好的で温かいと考えられている(Andreollotti,

Maurice, & Whalen, 2001)。同様のステレオタイプは方言話者(e.g., イギリスのスコットラ

ンド訛り)にもみられる(Bradac, 1990; Ruscher, 2001)。また,身体障害など,自分ではコ

ントロールできない理由で不利を被っている場合にも,慈悲的ステレオタイプを向けられ,

同情や憐みを生じさせる。ただし,ホームレスや中毒者などのように,その状態になった

のは本人に責任があると知覚される場合には,憐みは減少すると考えられている(Winer,

Perry, & Magnusson, 1988)。

こうした慈悲的ステレオタイプにおいて,「無能」というネガティブなステレオタイプ的

特性を抑制する時に,「温かい」という別次元の特性を用いればリバウンド効果が低減する

か否かを,第 5章の実証研究において検討する。

4-2-2.嫉妬的ステレオタイプ

他方,ステレオタイプ内容モデルによれば,社会的地位が高いとみなされている集団で

あっても,否定的なステレオタイプを抱かれ,差別の対象となることがある(Fiske et al,

2002)。このモデルによれば,エリートやキャリア女性といった集団は,地位が高いため,

有能であるということを認められながらも,競争的な対象として区分されるため冷たいと

みなされる嫉妬的ステレオタイプ(envious stereotype)が向けられる。例えば,キャリア女

性は「仕事はできるが性格が悪く扱いづらい」とみなされ,昇進や社会進出を阻まれる一

因となることがある(Glick & Fiske, 2001a, 2001b)。また,高学歴者などのエリート男性に

も同様のステレオタイプが抱かれており,雇用時や仕事場面において,人物評価自体が学

歴に左右される問題が指摘されている(池上,1999;佐々木,1997)。このように,エリー

トやキャリア女性といった集団は,有能であるということを認められながらも,冷たいと

Page 42: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

35

ネガティブにみなされる。

学歴偏重主義による受験戦争の激化や,社会における実力主義の普及などによって,こ

うした優れた他者を意識する機会は頻繁に生じうると考えられ,嫉妬的ステレオタイプを

他者にあてはめることによる弊害が生じる可能性がある。それにもかかわらず,これまで

マイノリティや社会的地位が低いとされる対象に対するネガティブなステレオタイプの抑

制のみが検討されており,高地位者に対するステレオタイプの抑制は検討されてこなかっ

た。そこで,本論文では,これまで検討されてこなかった地位の高い集団に対する嫉妬的

ステレオタイプの抑制に関して第 6 章において検討することで,ステレオタイプ抑制の適

用範囲の拡張を目指す。具体的には,これまで嫉妬的ステレオタイプの抑制は検討されて

こなかったため,第 6 章の前半では,抑制後にリバウンド効果が生起するかどうかという

点に関して検討する。その点を明らかにした上で,第 6 章の後半では,抑制後のリバウン

ド効果の低減方略として,別次元思考方略の有効性について議論する。具体的には「冷た

い」というネガティブなステレオタイプ的特性を抑制する時に,「有能」という別次元の特

性を用いればリバウンド効果が低減するか否かを検討する。

4-2-3.先行研究で扱われてきたステレオタイプ対象

これまでのステレオタイプ抑制研究では,スキンヘッド男性(Gordjin et al., 2004; Macrae et

al., 1994)や黒人(Galinsky & Moskowitz, 2007; Monteith et al., 1998; Wyer et al., 1998; Wyer,

2007)に対するステレオタイプを題材とした研究が多かった。しかし,本研究では,上述

したように,両面価値的なステレオタイプを題材とし,実証研究を行った。

その理由として,ステレオタイプ抑制研究で扱われることが多いスキンヘッドに対する

ステレオタイプは日本では共通して抱かれていないと考えられる。また,黒人に対しても,

現代では様々なタイプの黒人が存在し,そのステレオタイプは複雑なものとなってきてい

る。例えば,Fiske et al. (2002) によれば,黒人教授は「有能だが冷たい」というクラスター

に含まれるが,貧乏な黒人は「無能で冷たい」というクラスターに含まれており,黒人に

対するステレオタイプの内容は一元的なものではないことが示されている(本論文の p.29

の図 3-3 参照)。以上のように,現代における日本では,スキンヘッドや黒人に対するス

テレオタイプの内容が共有されていないため,本研究で扱うには適切ではないと考えた。

加えて,ステレオタイプ内容モデルでは,さまざまな対象に対するステレオタイプが存

在するが,その多くは両面価値的なステレオタイプであることを指摘しているためである

Page 43: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

36

(e.g., Fiske et al., 2002)。現実においてよく見られるステレオタイプを題材とし,その抑制

方略を検討することで,現存する差別問題の解消に一定の示唆を与えることになるだろう。

4-3.抑制場面の設定

以上のように,本研究では「無能だが温かい」という慈悲的ステレオタイプと「有能だ

が冷たい」という嫉妬的ステレオタイプを題材に,ステレオタイプ抑制の検討を行う。

こうした両面価値的ステレオタイプを向けられる集団は,特に労働場面において不利益

を被ることが多かった。例えば,慈悲的ステレオタイプの対象である家庭的女性は,保護

の対象とみなされ,職場においては男性よりも低い評価を受けることが多いという指摘が

なされている(Davison & Burke, 2000; 金井・佐野・若林, 1991)。また,高齢者の場合も,

人間関係よりも業務遂行に関する課題において無能であると判断されやすい(Avolio, &

Barrett, 1987; Rosen, & Jerdee, 1976; 日本においてはKoyano, 1989参照)。他方,嫉妬的ステレ

オタイプを向けられるキャリア女性は,有能であることは認められながらも,その分性格

が冷たく扱いづらいと考えられたり,リーダーには向かないと判断されるなど,ステレオ

タイプが昇進に影響を及ぼすことがある(Glick & Fiske, 2001a, 2001b; 若林・宗方, 1986)。

また,エリート男性は学歴などの点から雇用において有利な側面があるものの,昨今は多

くの企業が人柄を重視する傾向にあり,そうした人物評価自体が学歴に影響されることが

危惧されている(佐々木, 1997)。

このように,雇用場面や労働場面において,両面価値的なステレオタイプを抱かれる集

団成員に対する偏見や差別が問題となる場合があるだろう。そこで,こうした現状を受け,

本研究では,抑制操作をする際の場面として,ステレオタイプ対象の人物が働いている場

面や,就職活動などの雇用される場面を設定することとした。これまでのステレオタイプ

抑制研究では,ターゲット集団の成員の写真を呈示し,その人物の典型的な一日を記述す

るという課題が用いられることが多かったが(e.g., Macrae et al., 1994),前述のような場面

設定を行うことで,本研究の知見が実際の社会的問題に対して一定の示唆を与える可能性

があるだろう。

Page 44: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

37

4-4.リバウンド効果の測定法

次に,本節では,リバウンド効果の測定方法について概観し,本研究において用いる手

法について述べる。

ステレオタイプを抑制した後のリバウンド効果は多くの研究で確認されてきたが(for a

review, Monteith et al., 1998),その測定方法は様々である。リバウンド効果の測定方法として

は,大きく分けて,「表出」の測定と「アクセスビリティの程度」の測定の二つに分類する

ことができる。そこで,それぞれの測定法を概観した上で,本研究で主に用いた測定法に

ついて言及する。

4-4-1.表出の測定

まず,表出の測定とは,抑制後にステレオタイプのアクセスビリティが上昇した結果,

その影響が当該ステレオタイプに当てはまるターゲット人物への評価判断や行動にどの程

度表れるかを測定するものである。一般的なものとしては,Macrae et al. (1994) で用いられ

たような,ターゲット人物の典型的な一日を描写する記述課題が多く用いられてきた

(Galinsky & Moskowitz, 2000, 実験 1; Kimura, 2006; Macrae et al., 1994, 実験 1; Monteith,

Spicer, & Tooman, 1998)。また,同様の課題について記述ではなく,発話させる課題もある

(Macrae et al., 1998, 実験 6)。その他には,ターゲットとなるカテゴリーの人物の写真を呈

示し,印象評定をするという手法(及川, 2005; 田戸岡・工藤, 2007, 実験 1; 田戸岡・村田,

2008; Tadooka, Takabayashi, & Murata, 2008)や,ターゲット人物からどのくらい離れて座る

か,というような実際の行動への影響も検討されてきた(Macrae et al., 1994, 実験 2)。

4-4-2.アクセスビリティの程度の測定

他方,抑制時の監視過程によって当該ステレオタイプのアクセスビリティが上昇した程

度も測定されてきた。アクセスビリティの指標としてよく用いられているのが,呈示され

た文字列が単語か,単語でないかをすばやく判断するという語彙決定課題である(Galinsky

& Moskowitz, 2000, 実験 1; Gordijn et al., 2004, 実験 3; Macrae et al., 1994, 実験 3; Oe & Oka,

2003; 大江・繁枡, 2007; 田戸岡・工藤, 2007, 実験 2; 田戸岡・村田, 2008; Wyer, 2007, 実験 2)。

語彙決定課題では,抑制をした後に,ステレオタイプに関連した単語の同定が速くなるこ

とが,当該ステレオタイプのアクセスビリティ上昇の指標となる。

Page 45: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

38

また,曖昧な人物の印象を評定する対人認知課題 (person perception task) も用いられてき

た(Galinsky & Moskowitz 2007, 実験 2・3; Wyer 2007, 実験 1; Wyer et al., 1998, 実験 2; Wyer

et al., 2000)。この課題が,先述したリバウンド効果の表出を測定する印象評定課題と異な

る点は,カテゴリーラベルを与えないという点である。先述の印象評定課題では,ステレ

オタイプ化のターゲットとなる人物の写真を呈示し,その人物の印象を回答するという手

続きをとる。例えば,外国人労働者の写真を見ながらステレオタイプ抑制した後,別の外

国人労働者の写真を呈示され,印象評定を行う(e.g., 及川,2005)。しかし,対人認知課題

の文章では,ターゲット人物のカテゴリー情報は与えられない。例えば,黒人ステレオタ

イプ(e.g., 「攻撃的」)を抑制した後,カテゴリー情報のないやや攻撃的な人物の文章を読

み,その印象を評定する。当該ステレオタイプのアクセスビリティが上昇しているほど,

その人物をステレオタイプに一致した印象に評定することが知られており(e.g., Srull &

Wyer, 1979),リバウンド効果の指標として用いることができる。もし,印象評定課題のよ

うにカテゴリーラベルを与えてしまうと,その情報によってステレオタイプ的な知識が活

性化してしまい,抑制段階で生じたアクセスビリティの上昇を純粋に測定することができ

なくなってしまう。他方,対人認知課題では,カテゴリーラベルを与えずに他のターゲッ

トへの影響を測定することで,その段階での純粋なアクセスビリティを測定することがで

きるため,近年多くの研究でアクセスビリティの指標として用いられるようになってきた。

4-4-3.測定法による結果の相違

以上のようにリバウンド効果の生起の測定法について言及したが,本研究では主にアク

セスビリティの程度の測定により,リバウンド効果の生起を示すこととした。

表出の測定は多くの研究で用いられてきた手法ではあるが,意識的な過程が介在するた

め,プロセスが明らかにできないという欠点がある。すなわち,表出の測定においてリバ

ウンド効果が生起しなかった場合,当該ステレオタイプのアクセスビリティが上昇してい

ないためなのか,それとも,アクセスビリティは上昇しているものの,意識的に表出を抑

制したために,一見リバウンド効果が生じていないように見えるだけなのか,がわからな

いのである。後者のように,アクセスビリティが上昇している場合は,その表出を統制す

る意図が途切れた瞬間にリバウンドしてしまう可能性があるだろう。実際,Galinsky &

Moskowitz (2000) では,抑制後に語彙決定課題においてはステレオタイプのアクセスビリテ

ィが上昇しており,リバウンド効果が見られたが,表出を測定する記述課題ではリバウン

Page 46: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

39

ド効果が見られなかった(同様の結果は,田戸岡・村田, 2008)。この指標による結果の違

いは,記述課題の際に,自発的な表出の統制が生じたためであると Galinsky & Moskowitz

(2000) は説明している。

実際の行動や評価においてステレオタイプの影響がみられなくなることは,社会的に非

常に重要ではあるが,自発的統制はいつまでも続けられるものではない。そのため,その

根底にある抑制後のステレオタイプのアクセスビリティの上昇を防ぐことこそが,抑制研

究の目指すべきものであろう。そこで,本論文では,研究 1 において印象評定課題による

表出の測定を行い,その限界を指摘する。それを受けて,研究 2 から研究 7 では,ステレ

オタイプのアクセスビリティ上昇の指標として,対人認知課題を用いて,抑制後のリバウ

ンド効果を検討することとした。

なお,それぞれの指標の利点と問題点を表 4-1としてまとめて示した。

表 4-1.リバウンド効果の測定法

表出の測定 アクセスビリティの測定

測定方法 記述課題

発話課題

印象評定課題

行動指標

語彙決定課題

対人認知課題

利点

実際の対人認知に近い形で測定する

ことができる。

意図的な統制が最小限に抑えられ

るので,プロセスを明確に示すこと

ができる。

問題点

意図的な統制が可能であるため,

プロセスを明確に示せない。

要求特性の影響を受けやすい。

表出の測定に比べて,実際の対人認

知に即した形ではない。

4-4-4.対人認知課題の特徴と利点

ステレオタイプ抑制における対人認知課題で用いられる文章は,Srull & Wyer (1979) が作

成した文章が代表的である(Galinsky & Moskowitz, 2007, 実験 2・3; Wyer, 2007; Wyer et al.,

1998)。用いられた文章を和訳したもの(池上, 1992)を表 4-2として以下に示した。ここ

からは対人認知課題で用いられる文章の特徴,および課題の利点を示す。

Page 47: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

40

表 4-2.Srull & Wyer (1979) の曖昧な行動記述文

先日私は,以前友達だったドナルドに町でばったり出会った。たまたま 2 人とも仕事が休みの日だった

ので,彼の家に行くことにした。彼の家に到着してまもなくすると,セールスマンがやってきてドアをノ

ックした。しかし,ドナルドはそのセールスマンを中へ入れようとはしなかった。彼は,私に,大家が彼

の部屋を修繕してくれるまでは,家賃を払わないつもりだとも言った。私たちはしばらく話をし,昼食を

とった。そしてその後,ドライブに出かけた。ドナルドの車がその日の朝故障したとかで,ドライブには

私の車で出かけた。彼は,車の修理工にその日のうちに修理してくれなければ,別のところへ修理に出す

と言った。私たちは,1 時間くらい公園で過ごし,その後金物屋に立ち寄った。私は,品物を探すのに夢

中になっていたが,ドナルドはその間に何か小さな部品を買っていた。それからほどなく,私は,彼が店

員に向かってお金を返してくれと言っているのを聞いた。結局私が探していた品物はその店にはなかった。

私たちはそこを出て,2,3 ブロック先にある別の店に向かった。2 軒目の店の入り口のところに赤十字社

の車が停まっていて,献血をしてほしいと頼まれた。ドナルドは,自分が糖尿の傾向があるからと嘘をつ

いて断った。もっと早く気づいてもよさそうなのに,私たちは,2 軒目の店に入ろうとして初めて,その

店がもう閉まっていることに気がついた。いつのまにかすっかり遅くなっていたのだ。私は,ドナルドが

修理工場に車を受け取りに行くのを送って行った。私たちは,また近いうちに会おうと約束して別れた。

対人認知課題の文章の特徴は,曖昧な記述文(森,2000)である,という点である。曖

昧な記述文とは,文章の中で描かれている人物が,ある特性を持っているかどうかがはっ

きりしない,という意味である。表 4-2に示した Srull & Wyer (1979) の文章は,「敵意性」

という特性を持っているかどうかがはっきりしない文章であり,この程度の行動であれば,

特に敵意的とも考えられないという行動を繰り返しとっている。つまり,敵意的かどうか

を判断するには,診断性の低い文章と考えられる(森,2000)。このような文章を読んだ時

に,通常であれば,やや敵意的だ,と判断することになるのだが,何らかのプライミング

により敵意性概念のアクセスビリティが上昇している場合には,文章の人物をより敵意的

だと評価するようになる。よって,この文章の人物への評定が,アクセスビリティの指標

となるのである。

この課題を本研究において採用した理由は以下の 2点である。

一点目に,カテゴリー情報を与えると,意識的な統制が働いてしまうという点である。

前述したように,リバウンド効果の表出を測定する印象評定課題(e.g., 及川,2005)では,

写真を呈示することで,カテゴリー情報を与えることになり,意識的な統制がされてしま

Page 48: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

41

い,社会的望ましさなどがリバウンド効果の測定に影響を与えてしまう可能性がある。し

かし,対人認知課題では,カテゴリー情報が与えられないため,純粋なアクセスビリティ

の程度を測定することができる。Wyer et al. (2000) では,抑制後にカテゴリー情報が入って

いる文章を読んだ場合はリバウンド効果が生起しなかったが,カテゴリー情報が入ってい

ない文章を読んだ場合には,リバウンド効果が生じたことを示している。この結果から,

カテゴリー情報を呈示された場合には,かえって意識的な統制が生じるため,純粋なアク

セスビリティの指標とはできないことを指摘している。このことからも,カテゴリー情報

を含まない文章を用いた対人認知課題を用いれば,プロセスをより明らかに示すことがで

きるだろう。

二点目に,実際の対人認知に近い形で測定することができるという点である。アクセス

ビリティの指標として,語彙決定課題(e.g., Macrae et al., 1994)も用いられるが,参加者の

語彙力やデフォルトの反応スピードなど個人間や個人内の誤差が大きい。そのため,リバ

ウンド効果の測度として,信頼性が低い可能性がある。また,語彙決定課題は単語に対す

る反応速度を測定するという,実験室以外では行われない手法である。しかし,対人認知

課題は,文章からその人物の特性について推測し評定するという手法であり,比較的実際

の対人認知場面に近い形だと考えられる。すなわち,対人認知課題は語彙決定課題に比べ

て外的妥当性が高い。よって対人認知課題はリバウンド効果の測度として,より妥当で信

頼できる指標となると考えられる。

以上のような理由から,本研究では,対人認知課題によって,抑制後のリバウンド効果

の測定を行うこととした。

4-5.実証研究の概要

以上の議論を踏まえ,本研究では,対人認知としてのステレオタイプ抑制という観点か

ら,ステレオタイプ抑制が困難になるメカニズムを明らかにする。その上で,ステレオタ

イプ内容モデルに基づき,リバウンド効果を低減させる適切な代替思考の内容について検

討した。特に,ステレオタイプを能力と人柄の二次元で構成されるものとして捉え,社会

的に問題視されるネガティブな特性を抑制することを検討する。

第 5 章および第 6 章では,七つの実証研究をとおして,ネガティブなステレオタイプの

Page 49: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

42

抑制において,抑制する特性とは別の次元の特性を代替思考とする別次元思考方略の有効

性を検討する。

第 5 章では,家庭的女性および高齢者に向けられる「無能だが温かい」という慈悲的ス

テレオタイプを題材とし,抑制においては反ステレオタイプ的特性が代替思考として生成

しにくいためにリバウンド効果が生起することを示す。その上で,「無能」を抑制するとき

に,「温かい」という別次元のポジティブな特性を代替思考とすると,リバウンド効果が低

減するかを検討した。

第 6 章では,両面価値的ステレオタイプのもう一領域である「有能だが冷たい」という

嫉妬的ステレオタイプを題材として,別次元思考方略の有効性を検討した。ただし,こう

したステレオタイプの対象となるエリート男性やキャリア女性に対する抑制はこれまで検

討されてこなかったため,第 6 章前半において,抑制後のリバウンド効果の生起を検討し

た。その上で,「有能だが冷たい」というステレオタイプの,「冷たい」を抑制する時に,「有

能」という別次元のポジティブな特性を代替思考とするとリバウンド効果が低減するかを

検討した。

Page 50: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

43

第Ⅱ部: 実証研究

Page 51: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

44

§ 第 5 章

慈悲的ステレオタイプにおける代替思考方略の有効性の検討

第 5章では,4つの実証研究を通して,慈悲的ステレオタイプにおける別次元思考方略の

有効性を検討した。慈悲的ステレオタイプとは,低地位で競争的でない集団に向けられる

能力は低いが,人柄は高いという両面価値的なステレオタイプである。例えば,専業主婦

や高齢者は「無能だが温かい」というステレオタイプを向けられる。この慈悲的ステレオ

タイプを題材として,ネガティブなステレオタイプ的特性(i.e., 無能)を単純に抑制した場

合,および反ステレオタイプ(i.e., 有能)を代替思考として抑制した場合にはリバウンド効

果が生起するが,抑制する特性とは別の次元の特性(i.e., 温かい)を代替思考として抑制す

ればリバウンド効果が低減するということを示す。

研究 1では家庭的女性に対するステレオタイプを題材とし,代替思考を操作することで,

本論文が提案する別次元思考方略の有効性を検討した。研究 2 から研究 4 では高齢者に対

するステレオタイプを題材とした4。具体的には,研究 2 では高齢者ステレオタイプの「無

能」という一方の次元を抑制する際に用いられる代替思考を検討した。その上で,リバウ

ンド効果が生起するかを検討した。研究 3 では,代替思考を操作することで別次元思考方

略の有効性を検討した。研究 4 では,研究 3 での知見の頑健性を確かめることと,抑制す

る特性とは別次元の代替思考が実際に生成しやすいのかを検討することを目的とした。

4 研究 2 から研究 4 は次の論文において発表した内容を博士論文の主張に従って構成しな

おしたものである。田戸岡好香・村田光二 (2010). ネガティブなステレオタイプの抑制にお

けるリバウンド効果の低減方略:代替思考の内容に注目して 社会心理学研究,26,46-56.

また,これらの研究は日本社会心理学会大学院生海外発表支援制度補助を受けて,16th General

meeting of European Association of Social Psychology (Stockholm, Sweden) のシンポジウムにお

いて成果の骨子を発表した(Tado'oka, Y., & Murata, K. (2011). A strategy for preventing post

suppressional stereotype rebound based on the stereotype content model. Symposium presented in

Rebound revisited: Recent developments in theory and research)。

なお,本論文の全体の主張を確かなものにするため,研究 2および研究 3は修士論文におい

て用いたデータを再度用い,追加分析を行った。

Page 52: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

45

5-1.研究 1:家庭的女性に対する別次元思考方略の検討

5-1-1.問題

研究 1 では,家庭的女性に対するステレオタイプを題材とし,ステレオタイプ抑制にお

いて有効な代替思考方略を検討した。女性に対するステレオタイプ・偏見には,敵意的な

ものと慈悲的なものの二つの形態があることが指摘されている(両面価値的性差別理論:

Ambivalent Sexism Theory; Glick & Fiske, 1996, 2001a; 2001b)。この理論によると,キャリア

女性のような非伝統的な女性は「有能だが冷たい」というステレオタイプを向けられ,男

性への支配に抵抗する人物として敵意的な性差別(hostile sexism)の対象となる。他方,専

業主婦などの家庭的で伝統的な女性は「温かいが無能」だというステレオタイプを向けら

れ,守るべき存在として慈悲的な性差別(benevolent sexism)の対象となる。家庭的女性に

対する慈悲的な偏見は,女性を「温かい」とポジティブに捉えているように見えるが,守

るべき存在であるため,労働現場にはふさわしくないとみなし,家庭に押しとどめるよう

に機能していることが指摘されている。こうしたステレオタイプが見られることは日本に

おいても確認されており(高林, 2007),男女間の不平等を持続させる可能性があるだろう。

そこで本研究では,専業主婦のような家庭的女性が労働現場において「無能である」とい

うステレオタイプを向けられないようにするには,どうすればよいかを,ステレオタイプ

抑制という観点から検討する。

研究 1 では,単純に抑制した場合にリバウンド効果が生起することを確認するため,代

替思考を用いない単純抑制条件を設けた。また,ステレオタイプ抑制では,反ステレオタ

イプが代替思考として用いられやすいが,リバウンド効果を低減させられないことが示さ

れている(Galinsky& Moskowitz, 2007)。そこで,反ステレオタイプを代替思考として用い

てもリバウンド効果が生起してしまうことを確認するため,代替思考として反ステレオタ

イプ的特性(専業主婦の有能さ)を用いる有能思考条件を設けた。加えて,リバウンド効

果を低減できる代替思考方略を提案するために,抑制する特性とは別の次元のポジティブ

なステレオタイプ的特性を代替思考とする別次元思考方略の有効性を検討する。具体的に

は,専業主婦ステレオタイプの内容の一つで,抑制する次元(有能‐無能)とは異なる次

元(温かさ‐冷たさ)に注目し,専業主婦の温かさを代替思考とする温かさ思考条件を設

けた。上記の条件設定によって,抑制操作をしない統制条件に比べて,単純抑制条件と有

能思考条件はリバウンド効果が生起するが,温かさ思考条件ではリバウンド効果が低減す

Page 53: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

46

るだろう,という仮説を検討した。

5-1-2.方法

方法の概要

本実験は,3 つのフェーズで構成された。無関連な短い実験を 2つ行うというカバースト

ーリーのもと,第 1フェーズを「実験 1」,第 2・第 3フェーズを「実験 2」として,実験を

実施した。

第 1 の「抑制フェーズ」では,専業主婦の仕事場面を書く記述課題によって抑制操作を

行った。その際,単純抑制条件では専業主婦のネガティブなイメージに基づいて記述しな

いよう教示した。有能思考条件では抑制教示に加え,従来の専業主婦とは反対の仕事がで

きるというイメージに基づいて書くよう教示した。温かさ思考条件では抑制教示にくわえ,

専業主婦の人柄の良さに関するイメージに基づいて書くよう教示した。統制条件ではこう

した教示はしなかった。第 1 フェーズが終了した後,実験者が変わった。第 2 の「フィラ

ーフェーズ」では 100 マス計算を行った。つづいて第 3 の「測定フェーズ」において,女

性の写真を呈示し,その人物の印象を評定するよう求めた。この評定がリバウンド効果の

測度であった。

3つのフェーズが終了した後,それぞれのフェーズの関連に気づいたか否かをチェックし,

実験の目的および操作などについてデブリーフィングを行い,実験を終了した。

実験計画

実験は統制条件・単純抑制条件・有能思考条件・温かさ思考条件の一要因四水準の被験

者間計画であった。

第 1 の抑制フェーズでは専業主婦の写真を呈示し,その人物の仕事場面について記述す

るよう求め,その際に抑制操作および代替思考の操作を行った。

参加者を実験の条件に無作為に割り当て,授業内において質問紙を配布し,集団実験を

行った。

仮説

研究 1 では以下の仮説を検討した。単純抑制条件および有能思考条件は,抑制後にリバ

ウンド効果が生起するが,温かさ思考条件ではリバウンド効果が低減するだろう。すなわ

Page 54: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

47

ち,測定フェーズにおいて,単純抑制条件と有能思考条件は統制条件と温かさ思考条件に

比べて,女性をより無能に評定するだろう。仮説を示すグラフを図 5-1-1に示した。

図 5-1-1.測定フェーズにおける無能評定得点に関する仮説

注.無能評定得点が高いほど,写真の女性を無能だと評定したことを意味する。

実験参加者

実験参加者は東京都内の大学で心理学関連の授業を受講している学生 74名であった(男

性 37名,女性 37名,平均年齢 19.86歳, SD=1.19)。参加者は実験に参加することで授業の

出席点を与えられた。74名の実験参加者を無作為に条件に割り当てた結果,統制条件は 18

名,単純抑制条件は 19名,有能思考条件は 18名,温かさ思考条件は 19名であった。

実験材料・刺激

抑制フェーズ

質問紙の構成 質問紙は 7ページで構成された B5 サイズの冊子であった。本実験では,

二つの無関連な実験を行うというカバーストーリーであったため,実験ごとに質問紙の構

成や体裁を変更した。抑制フェーズにおける質問紙の文字は,明朝体で記載した。

表紙には「限られた情報から日常の出来事の詳細を記述する過程を調べている」という

カバーストーリーを明記した。質問紙を開くと,2ページ目には課題の説明を明記した。こ

の課題では女性が働く場面について想像してもらうと記述してあり,その時の場面設定お

5

6

7

8

9

統制 単純抑制 有能思考 温かさ思考

無能評定得点

条件

Page 55: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

48

よび女性の人物プロフィールを以下の表 5-1-1のように呈示した。

表 5-1-1.抑制フェーズで呈示した女性のプロフィール

以下のプロフィールの女性は,これまで専業主婦をしてきましたが,

不景気なこともあって,ある企業のパート社員として働くことになりました。

<人物プロフィール>

経歴 年齢は 35 歳。主人と息子 1 人,娘 1 人の 4 人家族。高校卒業後に結

婚し,専業主婦をしてきた。これまでパートなどはせずに,ずっと子

育てに専念してきた。

趣味 お菓子作り,ガーデニング

よく見る TV番組 韓流ドラマ,ワイドショー

夫に求めるもの 経済力,優しさ,誠実さ,包容力,リーダーシップ,

隠し事はしないでほしい。

将来 子育てが終わったら,夫と旅行などをして楽しくやっていきたい。

与えられた仕事の

内容

フォーマットにそって,迅速かつ正確に各種データを入力する。ミス

が許されない仕事なので,常に緊張感を持って業務にあたる必要があ

る。その他,電話対応などの一般事務を行うよう求められている。

3 ページには,上記の場面設定のもとで,「専業主婦は_」から始まる文章を記述するよ

う求め,課題の注意事項を明記した。その際の注意事項として,a.) 専業主婦の仕事ぶりに

ついて,どんな様子で働くと思うかを書き入れること, b.) 終了の合図があるまでは 5 分

間課題を続けること,を明記した。

そして,単純抑制条件では,課題の説明の最後に,強調のために以下のように下線を引

いた記述によって抑制操作をした。

「専業主婦はてきぱきと動けず,仕事に向かない」などといったイメージがあります。

そういった専業主婦のイメージに基づいて書かないように注意してください。

有能思考条件および温かさ思考条件では,上記の抑制操作に加え,代替思考を操作す

Page 56: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

49

る教示を与えた。有能思考条件では,強調のために以下のように下線を引いた記述によっ

て代替思考を呈示した。

代わりに「どんな仕事もてきぱきできる」というように,従来の専業主婦とは反対の

イメージに基づいて書くようにしてください。

温かさ思考条件では,強調のために以下のように下線を引いた記述によって代替思考を

呈示した。

代わりに「人あたりがいい」というような,家庭的女性の人柄の良さに関するイメージ

に基づいて書くようにしてください。

なお,統制条件では上記のような抑制操作および代替思考操作の記述はなかった。

4,5ページには「専業主婦は_」で始まる文章を書くための空欄を 10個設けた。その際,

参加者が想像しやすいように,以下のように具体的な場面を呈示し,それに続けて「この

専業主婦は_」で始まる文章を記述する欄を設けた(表 5-1-2)。

表 5-1-2.抑制フェーズにおける場面設定一覧

①急な電話が入った時,

②複雑なデータ入力を頼まれた時,

③上司からの急な命令に対して,

④顧客からのクレームに対して,

⑤新しい仕事を教わった時,

⑥顧客からの無茶な要望に対して,

⑦突然の来客に対して,

⑧パソコンが動かなくなってしまった時,

⑨マニュアルにないことに対処する時,

⑩チームを組んでいる他のパート社員がミスをした時,

この専業主婦は~~

Page 57: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

50

6,7 ページには,記述課題が終了した後に課題への感想を回答してもらうとして,課題

の指示に従ったかどうかに関する項目を 3つ尋ねた。

フィラーフェーズ

100マス計算 抑制フェーズと測定フェーズが無関連であることを強調するために,第二

フェーズではフィラー課題として 100 マス計算を行った。フィラー課題として非言語課題

を用いたのは,ステレオタイプのアクセスビリティの上昇が干渉されるのを防ぐためであ

った。100マス計算とは 0~9の数字を縦と横にそれぞれランダムに 10マスずつ配置し,そ

の数字の交わったマスに,縦と横のそれぞれの数字をかけた積を記入するという課題であ

った。

質問紙の構成 質問紙はフィラーフェーズと測定フェーズを合わせて,A4用紙で 7ペー

ジで構成された。質問紙はすべてゴシック体で記述した。

フィラーフェーズの質問紙は 1ページから 3ページまであった。

1 ページ目には「人の瞬間的な判断に関する検討」というカバーストーリーを明記した。

1 つ目の課題として「①数字に対する瞬間的な判断」を調べるとタイトルを示し,課題の説

明を例を挙げて明記した。2,3 ページには,縦 10 マス,横 10 マスの 100 マス計算をそれ

ぞれ一題ずつ,合計 2問配置した。その例を図 5-1-2に示した。

図 5-1-2.100マス計算の例

Page 58: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

51

測定フェーズ

刺激写真 測定フェーズの記述課題では,及川(2005)の手続きを参考に,女性の写真

を 1 枚呈示し,その人物の印象を評定するよう求めた。刺激写真は,40 代女性に見えるも

ので,顔がはっきりとうつっていることを基準に選出した。女性はブラウスを着ており,

肩までの写真であった。なお,さまざまな影響を排除するために背景は消去し,白い状態

にした。用いた写真は付録 A に示した。

写真はMicrosoft 2010 Power Point において女性の情報とともに呈示するように作成した。

呈示したスライドのイメージ図を以下に示した(図 5-1-3)。このスライドを教室の前方

のスクリーンにプロジェクターで呈示した。

図 5-1-3.測定フェーズで呈示した写真と情報のイメージ

評定項目 評定に用いた項目は,高林(2007)および沼崎(2006)を参考に,女性の無

能ステレオタイプに関する評定語として「無能な」「決断力のない」「指導力のない」を用

いた。加えて,独自の項目として,「頭の悪い」「仕事の手際の悪い」「覚えの悪い」「たど

たどしい」「のんびりした」といった項目を加え,8 語を能力ステレオタイプ語として用い

ることとした。また,温かさステレオタイプに関する評定語として,高林(2007)および

沼崎(2006)を参考に,「あたたかい」「親しみやすい」「優しい」を用いた。加えて,独自

の項目として,「思いやりのある」「温和」「感じのよい」といった項目を加え,6 語を人柄

ステレオタイプ語として用いることとした。

ただし,以上の 14語のみを評定項目として呈示すると,実験意図に気づかれる可能性が

・42歳

・神奈川県出身

・夫と息子が一人いる

・趣味は買い物

Page 59: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

52

あるため,「積極的な」「うわさ好き」などの女性の無能さや温かさといったステレオタイ

プとは無関係なフィラー語を 6 語用いた。さらに,逆転項目を設け,ステレオタイプ語と

フィラー語をランダムに配置した。

質問紙の構成 フィラーフェーズに引き続き,4ページ目からが測定フェーズの質問紙で

あった。

4 ページでは,「課題②人物に対する瞬間的な印象判断」というカバーストーリーを明記

した。課題の説明として,これから前に写真とその人物の情報が呈示されるので,その写

真と情報を基に,どのような人物だと思うかを答えてもらう,という内容を示した。

5ページでは,呈示された人物と情報を見ながら,この人物に対する印象として,最もあ

てはまると思った数字に〇をするよう教示した。質問紙には前述の評定語が書かれており,

9 件法で回答するようになっていた( 1:全く当てはまらない~9:非常に当てはまる)。

6 ページ,7 ページでは,実験全体に関するアンケートと称し,実験 1(抑制フェーズ)

に関する項目,実験 2(フィラーフェーズ,測定フェーズ)に関する項目,実験全体に関す

る項目,参加者の属性を尋ねる項目の 4種類で構成された。

実験 1(抑制フェーズ)に関する質問項目は 3種類あった。1つ目に,操作チェックの一

環として,記述課題時に専業主婦のネガティブなイメージを書かないように努力したかを 7

件法で回答するよう求めた(1:全く努力しなかった~7:非常に努力した)。2 つ目に,課

題の指示通りに書くのはどのくらい難しかったかを 7件法で回答を求めた(1:全く難しくな

かった~7:非常に難しかった)。3つ目に,参加者の母親の仕事を尋ねる項目として,専業

主婦・パート社員・フルタイムの社員・自営業・その他の中から選択するよう求めた。

実験 2(フィラーフェーズ,測定フェーズ)にきちんと取り組んだかを調べるために,「数

字の課題にきちんと取り組んだ」「女性のプロフィールをきちんと見た」「すべての単語に

ついて瞬間的に判断した」「途中で集中が途切れることがあった(逆転項目)」「一生懸命取

り組んだ」について 7 件法で回答を求めた(1:全くあてはまらない~7:非常にあてはま

る)。

実験全体に関する質問項目では,実験意図への気づきを調べるために,課題間の関連な

ど気づいたことを自由に記述する空欄を設けた。

質問紙の最後では,参加者の属性を調べるため,参加者の性別,学年,年齢,留学生か

否かを尋ねた。

Page 60: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

53

•記述課題:専業主婦の仕事場面を記述

•その際,抑制操作・代替思考操作をした →統制条件/単純抑制条件/有能思考条件 /温かさ思考条件

抑制フェーズ

•100マス計算 フィラーフェーズ

•印象評定課題:呈示された女性の写真と 情報を基に,その人物の印象を評定した =リバウンド効果の測定

測定フェーズ

手続き

本実験は 2 名の実験者で行った。第 1 の抑制フェーズを実験 1 として第一実験者が実施

し,第 2・第 3フェーズを実験 2として 2人目の実験者が実施した。

実験を開始する前に,第一実験者は実験参加者に挨拶をし,カバーストーリーとして「日

常の記述に関する実験」と「人の瞬間的な判断に関する実験」の 2 つの無関連な短い実験

に参加してもらうと伝えた。回答は匿名の状態で整理され,個人の回答が明らかになるこ

とはないと実験参加者に説明し,匿名性の保証をした。つづいて実験への影響を排除する

ために携帯電話の電源を切るよう実験参加者に教示し,電源を切ったことを確認した後,

実験を開始した。

実験全体の流れは図 5-1-4に示したとおりであった。

実験者交

図 5-1-4.実験の流れ

第 1の抑制フェーズでは,「限られた情報から日常の出来事の詳細を記述する過程を調査」

しているというカバーストーリーのもと,専業主婦の仕事場面を記述するよう求めた。指

示があるまで開かないよう注意してから,冊子状にした B5サイズの質問紙を配布した。つ

づいて,調査用紙を開くよう求め,この実験では専業主婦が働く場面について想像しても

らうと伝えた。仕事場面および女性のプロフィールの説明をした後,『専業主婦は―』で始

まる文章を 5 分間でできるだけ多く作るよう求めた。その際,抑制操作を質問紙上の教示

実験 1

実験 2

Page 61: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

54

により行った。単純抑制条件では,「『専業主婦はてきぱきと動けず,仕事に向かない』な

どといったイメージがあります。そういった専業主婦のイメージに基づいて書かないよう

に注意してください。」と教示をした。有能思考条件および温かさ思考条件では,この抑制

操作に加え,代替思考を操作する教示を与えた。有能思考条件では,「代わりに『どんな仕

事もてきぱきできる』というように,従来の専業主婦とは反対のイメージに基づいて書く

ようにしてください。」と教示し,温かさ思考条件では,「代わりに『人あたりがいい』と

いうような,家庭的女性の人柄の良さに関するイメージに基づいて書くようにしてくださ

い。」と明記してあった。統制条件では抑制操作および代替思考操作はしなかった。質問な

どがないことを確認した後,課題を開始した。課題の開始と同時にストップウォッチを作

動させ,5分間経過した時点で書くのを止めた。つづいて,今行った調査についての質問と

して,実験への集中の程度について 7 件法で回答を求めた(1:全くあてはまらない~7:

非常にあてはまる)。全員の回答が済んだことを確認し,第一実験者は,以上で 1つ目の実

験は終了であると伝えた。

つづいて,第二実験者が,2 つ目の実験では,「人が瞬間的に物事を判断する過程」につ

いて調べており,これから瞬間的な判断に関する種類の異なる 2つの課題を行うと伝えた。

第二実験者は合図があるまで質問紙を開かないよう注意してから,A4 サイズの質問紙を配

布した。そして 1 つ目の課題としてフィラーフェーズを行った。この課題では数字に対す

る瞬間的な判断を調べており,2分間で,かけ算をやってもらうと伝えた。100マス計算の

やり方の説明をした後,注意事項として,解答は左上のマスから右に向かって解き,横一行が

すべて解きおわったら,次の行に進むようにすること,時間内にできるだけ多く,正確に解答するよ

うに教示した。質問がないことを確認した後,課題を開始した。課題の開始と同時にストップウ

ォッチを作動させ,1分 30秒が経過した時点で残り 30秒であることを伝え,2分間経過し

た時点で解答を止めた。以上で一つ目の課題は終了であると伝えた。

つづいて, 2 つ目の課題では「人が印象を瞬間的に判断する過程について調べる」とい

うカバーストーリーを伝え,課題の説明をした。教室の前方にあるスクリーンにプロジェ

クターで女性の写真と情報を呈示した。この人物の印象について,質問紙上の形容詞にど

の程度あてはまるかを 9 件法で回答するよう求めた(1:まったくあてはまらない~9:非

常によくあてはまる)。評定に用いた単語は,専業主婦の能力ステレオタイプ語として「頭

の悪い」「有能な(逆)」「決断力のない」「仕事の手際が良い(逆)」「覚えの悪い」「たどた

どしい」「指導力のない」「のんびりした」の 8語,人柄ステレオタイプとして「温かい」「思

Page 62: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

55

いやりのある」「親しみやすい」「温和」「感じの良い」「優しい」の 6 語,およびフィラー

の 6語の,合計 20語であった。

評定が終わった人から,順次 2 つの実験に関するアンケートに回答するよう教示した。

参加者の回答がすべて終わったことを確認し,実験は以上で終了であると伝えた。

最後に実験のデブリーフィングをし,実験内容及び仮説を口外しないよう依頼を行い,

実験を終了した。

5-1-3.結果

データの整理

実験意図を明確に指摘した者はいなかったので,全 74名のデータを用いて分析を行った。

分析の結果

抑制フェーズ

抑制フェーズにおける操作の有効性を確認するため,記述された文がどの程度専業主婦

ステレオタイプ(能力,人柄)に当てはまるかを,条件がわからない状態で 1 名の評定者

がそれぞれ 9 件法で評定した5。それぞれ記述無能ステレオタイプ度(1:有能~5:どちら

ともいえない~9:無能),および記述温かさステレオタイプ度(1:冷たい~5:どちらと

もいえない~9:温かい)とした。条件ごとの平均値と標準偏差を表 5-1-3に示した。

統制条件以外の 3 条件が専業主婦の無能さを抑制していたかを検討するために,記述無

能ステレオタイプ度に対して一元配置の分散分析を行ったところ,条件の効果が有意であ

った(F(3, 70)=33.57, p<.01)。多重比較(Bonferroniの検定)の結果,単純抑制条件,有能

思考条件,温かさ思考条件はいずれも統制条件より記述無能ステレオタイプ度が低かった

(ps<.01)。このことから,抑制の操作は有効であったと考えられる。また,単純抑制条件

および有能思考条件において,反ステレオタイプの有能さを代替思考としていることを確

認するために,記述無能ステレオタイプ度について,中点(5:どちらともいえない)から

の差の検定を行った。その結果,統制条件は有意に中点よりも記述無能ステレオタイプ度

が高く(t(17)=5.38, p<.001),無能さを記述していた。他方,単純抑制条件および有能思考

条件は有意に中点より記述無能ステレオタイプ度が低く(それぞれ t(18)=3.26, p<.01;

t(17)=6.23, p<.001),有能さを記述していた。このことは,単純に抑制を行った場合には,

5 抑制フェーズにおいて記述された文の具体例を付録 F に示した。

Page 63: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

56

抑制する特性と同次元上の反ステレオタイプを代替思考として用いることを示している。

また,有能思考条件では教示通り有能さに基づいて記述しており,代替思考の操作は有効

であったと考えられる。なお,温かさ思考条件は中点との差はなかった(t(18)=0.57, ns.)。

また,温かさ思考条件の代替思考の操作が有効かを検討するため,記述温かさステレオ

タイプ度に対して同様の分散分析を行った。その結果,条件の効果が有意であった(F(3,

43)=12.00, p<.01)。多重比較(Bonferroni の検定)の結果,温かさ思考条件はいずれの条件

よりも記述温かさステレオタイプ度が高かった(ps<.05)。よって,温かさ思考条件の代替

思考操作も有効であったと考えられる。

表 5-1-3.抑制フェーズにおける記述ステレオタイプ度

統制条件 単純抑制条件 有能思考条件 温かさ思考条件

記述無能ステレオタイプ度 6.89

(1.49)

4.05

(1.27)

3.17

(1.25)

4.78

(0.41)

記述温かさステレオタイプ度 5.11

(0.47)

5.37

(0.50)

5.33

(0.69)

6.16

(1.21)

注.括弧内は標準偏差を示す。値が高いほど,抑制フェーズにおいて専業主婦ステレオタイプに基づいて記述し

たことを意味する。

抑制フェーズに関する事後報告

第 3 フェーズの印象評定後に,第 1 フェーズに関する質問への回答を事後的に求めたの

で,その質問に関する分析結果を報告する。

抑制フェーズでの抑制意図 操作チェックの一環として,抑制フェーズにおいて専業主

婦のネガティブなイメージを書かないように努力したかを 7件法で尋ねた(1:全く努力し

なかった~7:非常に努力した)。回答に対して一元配置の分散分析を行った結果,条件の

効果が有意で(F(3, 66)=4.11, p<.05),単純抑制条件(M=4.17, SD=1.89),有能思考条件 (M=4.71,

SD=1.89),温かさ思考条件(M=4.35, SD=2.15)はいずれも統制条件(M=2.39, SD=1.34)よりも専

業主婦の能力次元のステレオタイプを書かないように努力していた(ps<.10)。これは前述し

た実際の記述の結果と整合しており,この結果からも抑制操作は成功していたと考えられ

る。

Page 64: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

57

測定フェーズ

リバウンド効果の生起 第 3 フェーズの印象評定課題においてリバウンド効果の測定を

行った。評定は 9 件法で,逆転項目を逆転し,それ以外については評定値をそのまま用い

た。「頭の悪い」「有能な(逆)」「決断力のない」「仕事の手際が良い(逆)」「覚えの悪い」

「たどたどしい」「指導力のない」「のんびりした」の能力ステレオタイプ 8 語への評定値

について,信頼性係数を算出したところ(クロンバックの α=.78),「のんびりした」を除

外した 7語の信頼性係数の値が高かった(α=.82)ため,7語の評定値を合算平均し,無能

評定得点とした。

無能評定得点に対して,統制条件・単純抑制条件・有能思考条件・温かさ思考条件を独

立変数とした 1 要因の分散分析を行った結果,条件の効果が有意であった(F(3,70)=3.89,

p<.05)。結果は図 5-1-5 に示した。多重比較(Bonferroni の検定)の結果,単純抑制条件

と統制条件には有意差は見られなかった(ns.)。有能思考条件は統制条件よりも女性を無能

だと評定していた(p=.072)。他方,温かさ思考条件と統制条件には有意差は見られなかっ

た(ns.)。また,有能思考条件は統制条件だけでなく,単純抑制条件(p<.05)および温かさ

思考条件(p<.10)よりも女性を無能だと評定していた。この結果は,有能思考条件でのみ

リバウンド効果が生起していたことを示唆している。

図 5-1-5.測定フェーズにおける無能評定得点

注.値が高いほど写真の女性を無能と評定したことを意味する

1

2

3

4

5

6

統制 単純抑制 有能思考 温かさ思考

無能さ評定

Page 65: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

58

その他の項目の評定 同様に,「温かい」「思いやりのある」「親しみやすい」「温和」「感

じの良い」「優しい」の人柄ステレオタイプ 6語への評定を合算平均し,温かさ評定得点と

した(クロンバックの α=.90)。この得点が高いほど写真の女性を温かいと評定したことを

意味する。一要因の分散分析を温かさ評定得点について行った結果,条件の効果は見られ

なかった(F(3,70)=.44, ns.)。条件ごとの平均値は表 5-1-4に示した。

表 5-1-4.印象評定課題における評定値

統制条件 単純抑制条件 有能思考条件 温かさ思考条件

無能評定得点 4.05 (0.82) 3.80 (0.95) 4.91 (1.01) 4.08 (1.33)

温かさ評定得点 6.45 (1.42) 6.43 (1.33) 6.04 (1.11) 6.32 (1.02)

注.値が高いほど写真の女性をステレオタイプに沿って評定したことを意味する。

なお,括弧内は標準偏差である。

その他の分析結果

本研究の仮説とは直接関連しない質問項目に対する分析では,いずれも条件間で有意な

差が認められなかったため,本論文での報告は割愛する。

5-1-4.考察

本研究では,家庭的女性に対する能力次元のステレオタイプを抑制する時に,実際に代

替思考を操作することで,リバウンド効果を低減させる有効な代替思考方略を検討した。

抑制時における記述と思考

分析の結果,抑制教示を受けた 3 つの条件は,統制条件よりも専業主婦の無能さを記述

していなかった。また,これら 3 つの抑制をした条件では,統制条件よりも抑制の努力を

したと報告された。これらの結果から,抑制操作は有効であったといえる。

単純抑制条件は有能さに基づいて記述しており,抑制をする時には反ステレオタイプを

代替思考として用いるということが示された(cf. Galinsky & Moskowitz, 2007)。また,代替思

考を操作した条件については,統制条件と比べて,有能思考条件は有能さに基づいて,温

かさ思考条件では温かさに基づいて記述しており,代替思考の操作は有効であったといえ

るだろう。

Page 66: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

59

リバウンド効果の生起と本実験の示唆

印象評定における無能ステレオタイプ語の評定値をリバウンド効果の指標とした。実験

の結果,仮説通り,用いる代替思考によってリバウンド効果の生起が異なった。すなわち,

反ステレオタイプを代替思考とした有能思考条件ではリバウンド効果が生起し,別次元思

考方略の温かさ思考条件ではリバウンド効果が低減した。これは,別次元思考方略の有効

性を示していた。

ただし,仮説とは異なり,単純抑制条件ではリバウンド効果が生起しなかった。その理

由として,以下の 2点が考えられる。

1点目に,抑制フェーズにおける情報呈示の影響が挙げられる。一般的なステレオタイプ

抑制研究では,ステレオタイプ対象の写真を呈示し,その人物の一日について記述する際

に抑制操作をする,といった手法がとられる。このように,与えられる情報は顔写真のみ

であることが多い(代表的なものとしてMacrae et al., 1994)。こうしたパラダイムは,求職

における面接場面や初対面などの対人判断場面を想定しているため,相手の見た目に関す

る情報のみがあり,それ以外の情報が少ない場面を設定していると考えられる(Galinsky &

Moskowitz, 2007)。しかし本研究では,写真を呈示するのではなく,家庭的女性の経歴や趣

味などの情報を多数与え,その上で抑制教示を行った。このように,先行研究に比べて,

情報を与えすぎたために,単純抑制条件においては代替思考が考えやすくなり,その結果

として,リバウンド効果が生起しなかった可能性があるだろう。そこで,以降の研究では,

実際の対人判断場面を想定した先行研究のパラダイムを踏襲することとした。すなわち,

顔写真を呈示し,必要最低限の場面設定だけを行い,抑制教示を行うことで,リバウンド

効果の生起と低減をさらに詳しく検討することとした。

2点目に,研究 1 ではステレオタイプの表出を測定したため,ステレオタイプのアクセス

ビリティが高まっていても意図的に表出しないように統制した可能性があるだろう。実際,

Monteith et al.(1998)では,黒人に対するステレオタイプ抑制を行った後,黒人男性の行動

文を読み印象評定を行った研究では,ステレオタイプの適用は強まらなかったものの,当

該ステレオタイプのアクセスビリティは上昇していた。本研究の課題では,はじめに,専

業主婦の仕事場面において無能に基づいて書かないように教示を行った。その後,女性の

写真を呈示し印象を評定するよう求めた。二つの実験であるというカバーストーリーを教

示していたものの,抑制教示を受けた参加者は,抑制フェーズと測定フェーズの関連に気

付き, 意図的な統制をしていた可能性があるだろう。この可能性を示唆するデータとして,

Page 67: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

60

印象評定課題の評定値はいずれの条件においても低かった。このことから,本研究で用い

た印象評定課題では,ネガティブなステレオタイプを表出することは望ましくないのでは

ないかという,社会的望ましさへの懸念が働きやすかった可能性がある。もし,一見ステ

レオタイプ化が統制できていたとしても,ステレオタイプのアクセスビリティの上昇が生

じていれば,統制の努力が失われた瞬間にステレオタイプ的判断が生起してしまう危険性

がある(cf. 二過程理論 Brewer, 1988; Devine, 1989; Fiske & Neuberg, 1990)。よって,顕在的

な尺度だけでなく,ステレオタイプのアクセスビリティの上昇を測定し,検討しておく必

要があるだろう。そこで,以降の研究では,対人認知課題を用いて,リバウンド効果の指

標としてステレオタイプのアクセスビリティを測定することとした。

Page 68: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

61

5-2.研究 2:高齢者ステレオタイプの抑制における

リバウンド効果の検討6

5-2-1.問題

研究 1 によって,家庭的女性のステレオタイプを抑制する際に,別次元思考方略が有効

であることが示された。さらに,この代替思考方略の有効性と一般化可能性を検討するた

め,慈悲的ステレオタイプの代表例である,高齢者を題材とした実験を行った。「高齢者は

無能だが温かい」というステレオタイプは,日本(Koyano, 1989)をはじめ,多くの国で認

められており(Fiske & Cuddy, 2006),汎文化的なステレオタイプであると言える(Cuddy et

al., 2005)。

まず研究 2 では,統制条件と単純抑制条件を設けて,高齢者ステレオタイプにおいてリ

バウンド効果が生起することを確認する。ステレオタイプ抑制に関する先行研究では,ス

テレオタイプを抑制するとリバウンド効果が生起することが示されてきている(e.g., Macrae

et al., 1994)。しかし,従来のステレオタイプ抑制の研究では,ステレオタイプをポジティ

ブ‐ネガティブの一次元で捉えてきたため,その内容を考慮せずに,ステレオタイプ全体

を抑制した研究のみが報告されてきた(Monteith et al., 1998 参照, for a review)。そのため,

一方の次元の特性のみを抑制した後でもリバウンド効果が生起するかどうかは確認されて

いない。また,研究 1 では,先行研究とは異なった抑制パラダイムを用いたために,単純

抑制条件でのリバウンド効果を確認することができなかった。そこで,研究 2 では,先行

研究の抑制パラダイムを踏襲した上で,高齢者に対する両面価値的なステレオタイプを題

材とし,統制条件と単純抑制条件の 2 条件を設定した実験を行うこととした。そうするこ

とで,特定の次元のステレオタイプ特性のみを抑制する場合においても,リバウンド効果

が生起するかを確認することを目的とした。

6 本研究は日本社会心理学会第 50回大会・日本グループダイナミクス学会第 56 回大会合同大

会におけるポスター発表を加筆修正したものである(田戸岡好香・村田光二 (2009) ネガテ

ィブなステレオタイプの抑制におけるリバウンド効果-ステレオタイプの両面価値性と代替

思考に注目して-)。また,本研究の一部は 11th Annual Meeting of Society for Personality and

Social Psychology (Las Vegas, Nevada) における発表にも含まれていた(Tado'oka, Y., & Murata,

K. (2010) Grandpa is not slow but kind: The effects of replacement thought strategy on stereotype

suppression.)。

Page 69: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

62

なお,研究 1の結果を受けて,リバウンド効果の測定時における意図的な統制の影響を

排除するため,これ以降の研究では対人認知課題によってステレオタイプのアクセスビリ

ティを測定し,検討することとした。具体的には,高齢者の「無能」という能力次元のネ

ガティブなステレオタイプ特性を抑制すると,統制条件に比べて,ターゲット人物をより

無能に評定するだろうという仮説を検討した。

また,Galinsky & Moskowitz (2007) によれば,ステレオタイプを抑制する時には,反ステ

レオタイプが代替思考として用いられることが示されている。そこで,本研究では,抑制

時に記述された内容を分析し,代替思考の内容を検討することも目的とした。

5-2-2.方法

方法の概要

研究 1と同様に,本実験は,3つのフェーズで構成され,無関連な短い実験を 2つ行うと

いうカバーストーリーのもと,第 1 フェーズを「実験 1」,第 2・第 3 フェーズを「実験 2」

として,実験を実施した。

第 1 の「抑制フェーズ」では,高齢男性の仕事場面を書く記述課題によって抑制操作を

行った。その際,単純抑制条件では高齢者のネガティブなイメージに基づいて記述しない

よう教示した。統制条件ではこうした教示はしなかった。第 1 フェーズが終了すると,実

験者が変わり,第 2 フェーズに移った。第 2 の「フィラーフェーズ」では 100 マス計算を

行い,つづいて第 3 の「測定フェーズ」に移った。このフェーズでは,ある人物の文章を

パソコン上に呈示し,その人物の印象を評定させる対人認知課題を行った。この評定がリ

バウンド効果の測度であった (cf. Galinsky & Moskowitz, 2007) 。

3つのフェーズが終了した後,それぞれのフェーズの関連に気づいたか否かをチェックし,

実験の目的および操作などについてデブリーフィングを行い,実験を終了した。

実験計画

実験は,統制条件と単純抑制条件の一要因二水準の被験者間計画であった。

第 1 の抑制フェーズでは高齢男性の写真を呈示し,その人物の仕事場面について記述さ

せ,その際に抑制操作をした。よって,独立変数は抑制フェーズの抑制操作の有無であっ

た。

参加者を実験の条件に無作為に割り当て,一度の実験につき 1~2名の小集団で実施した。

Page 70: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

63

仮説

研究 2では以下の仮説を検討した。

仮説 1.高齢者の能力次元のステレオタイプである「無能」を抑制する時には,同次元の反

ステレオタイプである「有能」を代替思考として用いるだろう。つまり,抑制フェ

ーズにおいて,抑制しなかった統制条件に比べて,無能ステレオタイプを抑制した

単純抑制条件は有能さに基づいて記述するだろう。

仮説 2.高齢者の無能ステレオタイプを抑制すると,リバウンド効果が生じるだろう。つ

まり,抑制フェーズで「無能」というステレオタイプ特性を抑制した単純抑制条件

は,統制条件に比べて,測定フェーズにおいて文章の人物をより無能だと評定する

だろう。

実験参加者

実験参加者は東京都内の大学で心理学関連の授業を受講している学生 21名であった(男

性 11名,女性 10名,平均年齢 19.33歳, SD=0.91)。参加者は実験に参加することで授業の

出席点を与えられた。21名の実験参加者を無作為に条件に割り当てた結果,統制条件は 10

名,単純抑制条件は 11 名であった。なお,実験参加者の中に,以下で述べる予備調査の協

力者はいなかった。

実験材料・刺激

抑制フェーズ

質問紙の構成 質問紙は 6ページで構成された B5 サイズの冊子であった。本実験では,

二つの無関連な実験を行うというカバーストーリーであったため,実験ごとに質問紙の構

成や体裁を変更した。抑制フェーズにおける質問紙の文字は,明朝体で記載した。

表紙には「視覚的情報から日常の出来事の詳細を記述する過程を調べている」というカ

バーストーリーを明記した。質問紙を開くと,2ページ目には課題の説明を明記した。この

課題では高齢者が働く場面について想像すると記述してあり,その時の場面設定を以下の

ように記述した。

Page 71: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

64

新宿駅の売店では朝の混雑している時間帯の店員を募集していましたが,

なかなか応募者が来ませんでした。結局採用したのは,写真の高齢の男性

でした。この人は現在,朝の混雑している時間帯のシフトで働き始めて

1 週間が経ちました。

上記の場面設定のもとで,Oe & Oka (2003) を参考に,「高齢の男性は_」から始まる文

章を記述するよう求めた。その際の注意事項として,a.) 高齢男性の仕事の内容ではなく,

仕事ぶりなどを,動作や様子を表わす言葉で書き入れること, b.) 1つの文章には 1つの事

柄だけを書き入れ,同じ文章は書かないこと,c.) 終了の合図があるまでは 5分間課題を続

けること,を明記した。

そして,単純抑制条件では,課題の説明の最後に,強調のために以下のように下線を引

いた記述によって抑制操作をした。なお,統制条件では以下の記述はなかった。

ちなみに「高齢者は新しいことがうまくできない,動作が遅い」などといった

イメージがあります。現在,高齢者の社会参加が多方面に広がっていますので,

そういった高齢者のイメージに基づいて書かないように注意してください。

そうすることはこの課題でとても重要なことなので,最大限の努力を払ってく

ださい。

3,4ページには「高齢の男性は_」で始まる文章を書くための空欄を 15個設けた。

5ページには,指示があるまで先のページには進まないよう明記した。

6ページには,記述課題が終了した後に課題への感想を回答してもらうとして,課題の指

示に従ったかどうかを尋ねる項目を 3つ尋ねた。

刺激写真 抑制フェーズの記述課題では,Macrae et al.(1994)の手続きを参考に,高齢男性

の写真を 1枚呈示し,その人物の仕事場面を書くよう求めた。刺激写真は,年齢が 65歳以

上に見えて,顔がはっきりとうつっていることを基準に,最終的に 2 枚の写真を実験刺激

の候補として選出した。

どちらの写真が本実験の刺激として適切であるかを調べるため,予備調査を行った。写

真は EPSONの L版(89×127mm)の写真用紙(光沢 EG)にインクジェットプリンタでカラ

Page 72: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

65

ー印刷し,ラミネート加工をした。なお,さまざまな影響を排除するために背景は消去し,

白い状態にした。予備調査として 10名の協力者に 2 枚のうちどちらかの写真を呈示し,そ

の人物の仕事場面について 5 分間で記述させた。詳細な手続きは本実験の統制条件と同様

であった。その記述について,「動作が遅い」,「レジがうまく打てない」などの高齢者の無

能さに関するステレオタイプがどの程度書かれているかを 1 名の評定者がどちらの写真に

関する記述かがわからない状態でコーディングした。その結果,より無能さに関する記述

が多かった写真を高齢者ステレオタイプを表す写真と判断し,実験刺激として用いること

とした。なお,実験刺激として選出された写真において,無能さに関する記述数の割合は,

全文章数に対して 65.78%,選定されなかった写真では 45.62%であった。用いた写真は付録

A に示した。

フィラーフェーズ

100マス計算 抑制フェーズと測定フェーズが無関連であることを強調するために,第二

フェーズでは研究 1と同様にフィラー課題として 100 マス計算を行った。

測定フェーズ

装置 Panasonic社製のノート型のパーソナル・コンピュータ Let’s note Y7 型を用いた。

液晶のサイズは 15 型であった。実験を遂行するためのプログラムとして,Millisecond

Software社製実験制御ソフトの Inquisit ver.2.0によって文章の呈示をし,対人認知課題を行

った。またその際の反応時間を msec.の単位で測定した。なお,各文字列は,白色の背景に

40 ポイントのゴシック体の黒文字で表記された。呈示された画面の詳細については付録 B

に添付した。

プログラムの内容としては,まず課題の説明が呈示され,その後課題の文章が一文ずつ

呈示された。文章は全部で 22文あり,スペースキーを押すと一文ずつ進んだ。22文すべて

の呈示が終わると,文章の人物に対する印象評定の説明に自動的に移った。印象評定の説

明が終わると,画面の中央に評定語が一語ずつ画面の中央に表示された。その画面の下の

部分に「1:全くあてはまらない~5:どちらともいえない~9:非常にあてはまる」と示さ

れ,これに基づいて評定するよう求めた。評定はあてはまると思う数字を入力し,Enter キ

ーを押して決定するようになっていた。Enter キーを押すと次の評定語に自動的に切り替わ

った。すべての評定語の評定が終わると,画面に課題が終了したことを伝える画面が表示

Page 73: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

66

された。

文章 対人認知課題における文章は,やや無能な印象を与える「佐々木さん」という人物

の物語であった。文章の作成方法は森 (2000,pp.35-36) を参考に,ターゲット人物がやや

無能な行動をとるが,それが状況によるものなのか,特性によるものなのかが曖昧な文章

を作成した。まず,やや無能な行動を示すと考えられる文を 37文作成し,実験に参加しな

い 24名に 9件法(1:全く無能でない~9:非常に無能である)で評定を求め,行動文を選

出した。選出の際の条件としては,a.) 評定の平均値が 5.0(中点)以上で,b.) 天井効果が

起こるほど極端な値ではなく(7.0 以下),人によって評価のわかれる曖昧な行動文を選出

するために c.) 標準偏差の値が他の文よりも大きい(1.5以上)行動文を4文選出した (cf. 森,

2000) 。4文の具体的な数値については表 5-2-1に示した。

表 5-2-1.行動記述文の無能さ評定

やや無能な行動文 平均値 (SD)

・電話が鳴っていたが,うかうかしていたら切れてしまった。 5.13 (1.83)

・料理をする時,塩を入れたのを忘れてもう一回入れてしま

い,とても塩辛くなってしまった。

6.13 (2.13)

・買い物メモを忘れて,何を買うのかわからなくなった。 6.38 (1.64)

・支度をするのに時間がかかった。 5.29 (1.83)

注.評定値は 9件法で,点数が高いほど行動文が無能と評定されたことを意味する。

次に,選出した 4文の行動文を含んだ文章を作成した。文章は森 (2000) と同様,主人公

である「私」と印象評定のターゲットである友人の「佐々木さん」のある一日の行動を描

写したものであった。作成した文章がやや無能な行動を示す文章であるかを確認するため,

15 名に「覚えの悪い」「忘れっぽい」「にぶい」「遅い」「のろま」という高齢者の無能さを

示すステレオタイプ語に 9 件法(1:全くあてはまらない~9:非常にあてはまる)で評定

を求めた。上述したステレオタイプ語の合算平均は 7.29 と高めであり,さらに標準偏差も

1.02と小さかった。これは先述したb.) 天井効果が起こるほど極端な値ではなく(7.0以下),

c.) 標準偏差の値が大きい(1.5 以上),という行動文選出のための条件を満たしておらず,

やや無能で曖昧な文章というには不十分なものであった。

Page 74: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

67

そこで,上述の行動文の大筋の意味は変更せずに,言い回しなどを変更した文章を改め

て作成し,同様の手続きで 13名の協力者に評定を求めた。まず,行動文の記述を変更した

ため,4 つの行動文それぞれについての無能さの評定を求めた結果,表 5-2-2に示したよ

うに,いずれも予備調査 1の文章を選出した条件(a~c)を満たしていた。また,文章全体

に対して,「覚えの悪い」「忘れっぽい」「ゆっくりした」「遅い」「おぼつかない」を高齢者

の無能ステレオタイプ語として評定を求めた。なお,先述の予備調査で用いた「にぶい」「の

ろま」はネガティブすぎる単語であると判断し,2回目の予備調査では除外した。評定の結

果,無能さの評定平均値は 6.89と高すぎず,標準偏差も 1.95と大きかった。これは行動文

を選定した a~c の条件を満たしていたので,この文章をやや無能で曖昧な文章として適切

であると判断した。使用した文章は付録 Cとして添付した。

表 5-2-2.行動記述文の無能さ評定

やや無能な行動文 平均値(SD)

・家の電話が鳴ったが,うかうかしていると電話は切れてしまった。 5.31 (1.93)

・さっき砂糖を入れたのに,もう一度いれてしまい,お菓子が甘め

になってしまった。

6.54 (1.61)

・食卓の上に買い物のメモがあるのを見つけて,人参を買いそびれ

たことに気づいた。

5.77 (1.74)

・出かける準備を始めたのだが,支度するのに時間がかかってしま

い,開始時刻ギリギリになってしまった。

5.23 (2.30)

注.評定値は 9件法で,点数が高いほど行動文が無能と評定されたことを意味する。

評定項目 評定に用いた項目は,予備調査に基づいて選出した,高齢者の能力に関する

ステレオタイプ語(以下,無能ステレオタイプ語と表記)が 5 語,人柄に関するステレオ

タイプ語(以下,温かさステレオタイプ語と表記)が 5語,フィラー語を 8語の合計 18項

目であった。高齢者の無能ステレオタイプを表す評定語は,12 名の協力者に対して予備調

査を行い選出した。予備調査では保坂・袖井(1988)および Koyano(1989)を参考に選出した単

語に対して,それぞれの項目が高齢者にどのくらい当てはまると思うかを 7 件法で回答さ

せた(1:全くあてはまらない~7:非常によくあてはまる)。予備調査の結果から,高齢者

に当てはまると回答された(5.0 以上)単語の中から,「ゆっくりした」「忘れっぽい」「遅

Page 75: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

68

い」「覚えの悪い」「おぼつかない」の 5 語を無能ステレオタイプ語として選出した。同様

に,温かさステレオタイプを表す評定語は,13 名の協力者に対して予備調査を行い選出し

た。それぞれの項目が高齢者にどのくらい当てはまると思うかを 7件法で回答させた(1:

全くあてはまらない~7:とてもよくあてはまる)。予備調査の結果から,高齢者に当ては

まると回答された(5.0以上)単語の中から,「優しい」「親しみやすい」「温かい」「穏やか」

「思いやりのある」の 5 語を温かさステレオタイプ語として選出した。それぞれの単語の

評定値は表 5-2-3,表 5-2-4に示した。

ただし,以上の 10語のみを評定項目として呈示すると,実験意図に気づかれる可能性が

あるため,「珍しい」「するどい」などの高齢者ステレオタイプとは無関係なフィラー語を 8

語用いた。さらに,逆転項目を設け,ステレオタイプ語とフィラー語をランダムに配置し

た。

表 5-2-3.無能ステレオタイプ語の予備調査の結果

ゆっくりした 忘れっぽい 遅い 覚えの悪い おぼつかない

平均値 6.17 5.83 5.17 5.33 5.83

(SD) (1.27) (0.72) (1.80) (1.56) (0.83)

注.値が高いほど高齢者に当てはまると評定されたことを意味する。

表 5-2-4.温かさステレオタイプ語の予備調査の結果

優しい 親しみやすい 温かい 穏やか 思いやりのある

平均値 5.54 5.23 5.54 5.00 5.15

(SD) (0.97) (0.83) (0.78) (0.91) (0.80)

注.値が高いほど高齢者に当てはまると評定されたことを意味する。

実験後の質問紙の構成

3つのフェーズが終了した後,実験全体に関するアンケートと称した質問紙への回答を求

めた。質問紙は A4用紙で 3ぺージで構成され,ゴシック体で記述した。質問項目は実験 1

(抑制フェーズ)に関する項目,実験 2(フィラーフェーズ,測定フェーズ)に関する項目,

実験全体に関する項目,参加者の属性を尋ねる項目の 4種類で構成された。

実験 1(抑制フェーズ)に関する質問項目は 3種類あった。1つ目に,操作チェックの一

環として,記述課題時に高齢者の無能イメージを書かないように努力したかを 7 件法で回

Page 76: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

69

入口

答するよう求めた(1:全く努力しなかった~7:非常に努力した)。2 つ目に,現在祖父や

祖母と同居しているかを尋ねた。3つ目に,自分の祖父や祖母を思い出しながら書いたかど

うかを 7 件法で回答を求めた(1:全く思い出さずに書いた~7:非常に思い出しながら書

いた)。

実験 2(フィラーフェーズ,測定フェーズ)に関する質問項目は大きく分けて 2種類あっ

た。1つ目に,100マス計算が出来た程度を 7件法で回答を求めた(1:全くできなかった~7:

非常にできた)。2つ目に,対人認知課題にきちんと取り組んだかを調べるために,「瞬間的

に判断した」「文章をきちんと読んだ」「途中で集中が途切れた(逆転項目)」「一生懸命取り

組んだ」について 7件法で回答を求めた(1:全くあてはまらない~7:非常にあてはまる)。

実験全体に関する質問項目では,実験意図への気づきを調べるために,課題間の関連な

ど気づいたことを自由記述する空欄を設けた。質問紙の最後では,参加者の属性を調べる

ため,参加者の性別,年齢,留学生か否かを尋ねた。

手続き

本実験は 2 名の実験者で行った。第 1 の抑制フェーズを実験 1 として第一実験者が実施

し,第 2・第 3フェーズを実験 2として 2人目の実験者が実施した。実験者効果を排除する

ために,第二実験者にはいずれの条件を実施するのかがわからないようにした。

第一実験者が実験参加者を実験室に招き入れ,参加者は互いに背中合わせになり,十分

な距離を置いて配置した所定の座席に着席した。なお,その位置関係を図 5-2-1 として

示した。

図 5-2-1.実験室における位置関係

Page 77: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

70

•記述課題:高齢男性の仕事場面を記述

•その際,抑制操作をした →統制条件/単純抑制条件

抑制フェーズ

付録A

•100マス計算 フィラーフェーズ

•対人認知課題:ある人物の文章を読み, その人物の印象を評定した =リバウンド効果の測定

測定フェーズ

付録B・C

•気づきチェック

•デブリーフィング→実験終了 実験後

実験を開始する前に,第一実験者は実験参加者に挨拶をし,カバーストーリーとして「日

常の記述に関する実験」と「人の瞬間的な判断に関する実験」の 2 つの無関連な短い実験

に参加してもらうと伝えた。回答は匿名の状態で整理され,個人の回答が明らかになるこ

とはないと実験参加者に説明し,匿名性の保証をした。その後,実験への参加を承諾する

場合には,承諾書にサインをしてもらった。なお,承諾書にサインをしなかった参加者は

いなかった。つづいて実験への影響を排除するために携帯電話の電源を切るよう実験参加

者に教示し,電源を切ったことを確認した後,実験を開始した。

実験全体の流れは図 5-2-2に示したとおりであった。

実験者交代

図 5-2-2.実験の流れ

第 1の抑制フェーズでは,Macrae et al.(1994)にならい,「視覚的情報から日常の出来事の

詳細を記述する過程を調査」しているというカバーストーリーのもと,高齢男性の仕事場

面を記述するよう求めた。指示があるまで開かないよう注意してから,冊子状にした B5サ

イズの質問紙と高齢男性の写真が入った封筒を配布した。つづいて,写真を封筒から取り

出し,調査用紙を開くよう求め,この実験では高齢者が働く場面について想像してもらう

と伝えた。仕事場面の説明をした後,『高齢の男性は―』で始まる文章を 5分間でできるだ

け多く作るよう求めた。その際,抑制操作として,単純抑制条件では,「『高齢者は新しい

ことがうまくできない,動作が遅い』などといったイメージがあります。現在,高齢者の

実験 1

実験 2

Page 78: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

71

社会参加が多方面に広がっていますので,そういった高齢者のイメージに基づいて書かな

いように注意してください。そうすることはこの課題でとても重要なことなので,最大限

の努力を払ってください。」と教示をした。他方,統制条件ではこのような教示はしなかっ

た。質問などがないことを確認した後,課題を開始した。課題の開始と同時にストップウ

ォッチを作動させ,5分間経過した時点で書くのを止めた。つづいて,今行った調査につい

ての質問として,実験への集中の程度についての質問項目に 7件法で回答を求めた(1:全

くあてはまらない~7:非常にあてはまる)。全員の回答が済んだことを確認し,事前に机

上に用意した大きな封筒の中に写真と質問紙をしまうよう伝えた。第一実験者は,以上で 1

つ目の実験は終了であると伝え,それぞれの参加者の封筒を回収し,退室した。

その後,第二実験者が入室し,2 つ目の実験では,「人が瞬間的に物事を判断する過程」

について調べており,これから瞬間的な判断に関する種類の異なる 2 つの課題を行うと伝

えた。第二実験者は合図があるまで質問紙を開かないよう注意してから,A4 サイズの質問

紙と質問紙を入れる大きな白い封筒を配布した。そして 1 つ目の課題としてフィラーフェ

ーズを行った。この課題では数字に対する瞬間的な判断を調べており,2分間で,かけ算を

やってもらうと伝えた。100マス計算のやり方の説明をした後,注意事項として,解答は左

上のマスから右に向かって解き,横一行がすべて解きおわったら,次の行に進むようにすること,時

間内にできるだけ多く,正確に解答するように教示した。質問がないことを確認した後,課題を開始

した。課題の開始と同時にストップウォッチを作動させ,1分 30秒が経過した時点で残り 30

秒であることを伝え,2分間経過した時点で解答を止めた。質問紙を閉じて机上の封筒の中

に入れるよう求め,一つ目の課題を終了した。

つづいて,次の課題はパソコンで行うので,パソコンの前に席を移動するよう求め,測

定フェーズを開始した。2つ目の課題では「人が印象を瞬間的に判断する過程について調べ

る」というカバーストーリーを伝え,対人認知課題の説明をした。このフェーズでは,パ

ソコンに呈示される「佐々木さん」という人物の文章を読み,その物語の情報を基に佐々

木さんがどのような人物だと思うかを考え,「佐々木さん」の印象に関していくつかの質問

に答えてもらうということを伝えた。なお,文章は参加者のペースで読んで構わないが,

その後の印象評定はできるだけすばやく行うよう求めた。それは,ステレオタイプのアク

セスビリティの指標である印象判断に関しては,時間をかけると社会的望ましさや自己呈

示が回答に影響を与えてしまう場合があるため,そうした可能性を排除するためであった。

課題の説明が終わると,準備ができ次第,文章を読み始めるよう教示した。文章はパソコ

Page 79: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

72

ン上に一文ずつ呈示され,スペースキーを押すと次の文章に進んだ。文章をすべて読み終

わると,すぐに印象評定の説明が表示された。画面に単語が表示されるので,その単語が

「佐々木さん」の印象にどの程度あてはまるかを 9件法ですばやく回答するよう求めた(1:

まったくあてはまらない~9:非常によくあてはまる)。評定に用いた単語は,高齢者の無

能ステレオタイプ語として「ゆっくりした」「忘れっぽい」「すばやい(逆)」「覚えの良い(逆)」

「おぼつかない」の 5 語,温かさステレオタイプ語として「優しい」「親しみやすい」「冷

たい(逆)」「穏やか」「思いやりのない(逆)」の 5語,およびフィラーの 8語の,合計 18語で

あった。評定が終了したら,第二実験者は 2つ目の実験は終了であると伝えた。

その後,2つの実験に関するアンケートだと説明し,実験意図への気づきなどを調べる質

問紙に回答した。参加者の回答が終わったことを確認し,質問紙を封筒に入れるよう求め,

実験は以上で終了であると伝えた。

最後に実験のデブリーフィングをし,実験内容及び仮説を口外しないよう依頼を行い,

実験参加者の同意が得られたら,実験を終了した。

5-2-3.結果

データの整理

参加者の中に実験意図を明確に指摘したものはいなかった。パソコンの不具合で回答が

中断した 1 名を除き,全 20 名のデータを用いて分析を行なった(男性 10 名,女性 10 名,

平均年齢 19.30歳,SD=0.92)。条件ごとの人数は統制条件 10名,単純抑制条件 10名であっ

た。

分析の結果

抑制フェーズ

抑制フェーズにおいて,単純抑制条件の参加者が高齢者の無能さを抑制したことを検討

するために,以下のように記述内容の分析を行った7。まず,2 名の評定者が条件がわから

ない状態で,実験参加者が記述した文を独立にコーディングした。記述文がどの程度高齢

者のステレオタイプに当てはまるかを,能力に関して「1:非常に有能~5:どちらともい

えない~9:非常に無能」の 9件法で,人柄(冷たい‐温かい)に関して同様の 9件法でそ

7 抑制フェーズにおいて記述された文の具体例を付録 F に示した。なお,研究 2から研究 4

はいずれも高齢者を題材としたため,3つの研究を通して頻繁に記述された内容をまとめた。

Page 80: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

73

れぞれ評定した。評定者間の相関が高かったため(能力:r=.96, 人柄:r=.78),合算平均を

それぞれ記述無能ステレオタイプ度,記述温かさステレオタイプ度とした。そして,記述

無能ステレオタイプ度に対して両条件間で差の検定をしたところ,単純抑制条件(M=4.05,

SD=1.28)は統制条件(M=7.75, SD=1.34)よりも有意に記述無能ステレオタイプ度が低かっ

た(t(18)=6.32, p<.01)。よって,抑制操作は有効であったと考えられる。

また,ステレオタイプ抑制においては,反ステレオタイプ的特性が用いられることが指

摘されている(Gakinsky & Moskowitz, 2007)。本研究のように一方の次元の特性(i.e., 無能)

だけを抑制した場合でも,同次元上の反ステレオタイプ特性(i.e., 有能)を代替思考として

使用するのかを検討するために,記述無能ステレオタイプ度について,中点(5:どちらと

もいえない)からの差の検定を行った。その結果,統制条件は有意に中点よりも記述無能

ステレオタイプ度が高く(t(9)=6.50, p<.001),無能さを記述していた。他方,単純抑制条件

は有意に中点よりも記述無能ステレオタイプ度が低く(t(9)=2.35, p<.05),有能さを記述し

ていた。このことは,単純に抑制を行った場合には,抑制する特性と同次元上の反ステレ

オタイプ特性を代替思考として用いることを意味しており,仮説 1 を支持する結果であっ

た。

なお,記述温かさステレオタイプ度に対して同様の検定をしたが,統制条件(M=6.35,

SD=1.11)と単純抑制条件(M=5.70, SD=0.89)の間に有意差は見られなかった(t(18)=1.45, ns.)。

抑制フェーズに関する事後報告

第 3 フェーズが終了した後に,第 1 フェーズに関する質問への回答を事後的に求めたの

で,その質問に関する分析結果を報告する。

抑制フェーズでの抑制意図 操作チェックの一環として,抑制フェーズにおいて高齢者

のネガティブなイメージを書かないように努力したかを 7件法で尋ねた(1:全く努力しな

かった~7:非常に努力した)。回答について独立したサンプルの t検定を行った結果,単純

抑制条件(M=5.60, SD=1.78)は統制条件(M=2.50, SD=1.18)よりも有意に高齢者のステレ

オタイプを書かないように努力していた(t(18)=4.60, p<.001)。これは前述した実際の記述

無能ステレオタイプ度の結果と整合しており,この結果からも抑制操作は成功していたと

考えられる。

Page 81: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

74

測定フェーズ

リバウンド効果の生起 測定フェーズの対人認知課題においてリバウンド効果の測定を

行った。評定はステレオタイプのアクセスビリティを測定するため,深く考えず思ったと

おりにすばやく評定するよう求めた。そのため,印象評定の回答時間について,単語ごと

に回答時間の平均値と標準偏差を算出し,回答時間が 3SD 以上遅いデータを除外した(全

体の 1.39%)8。

評定は 9件法で,逆転項目を逆転し,それ以外については評定値をそのまま用いた。「ゆ

っくりした」「忘れっぽい」「すばやい(逆転項目)」「覚えの良い(逆転項目)」「おぼつか

ない」の無能ステレオタイプ語の 5語への評定を合算平均し,無能評定得点とした(α=.61)。

無能評定得点が高いほど,文章の人物を無能だと評定したことになり,無能ステレオタイ

プのアクセスビリティが上昇したことを意味する。

無能評定得点に対して,統制条件・単純抑制条件の独立したサンプルの t検定を行った結

果,図 5-2-3に示したように,単純抑制条件(M=7.70, SD=.61)は統制条件(M=6.91, SD=.78)

よりも有意に無能評定得点が高かった(t(18)=2.52, p<.05)。つまり,文章の人物について,

単純抑制条件の参加者は統制条件の参加者よりも無能だと評定していた。これは,仮説 2

を支持する結果であった。

図 5-2-3.測定フェーズにおける無能評定得点

注.無能評定得点が高いほど文章の人物を無能だと評定したことを意味する。

8 本研究と同様の課題はアクセスビリティの指標としてこれまでのステレオタイプ抑制の研究

で使われているが,反応時間そのものは従属変数とされていない。本課題では,評定を 1~9 の

数字を押すことで行っており,これらの数字を押すまでの距離が均一ではなかった。このように

キー押しまでの反応時間を統制することが困難なため,反応時間をアクセスビリティの指標とし

て使用することはしなかった。

5

6

7

8

9

統制 単純抑制

無能評定得点

条件

Page 82: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

75

その他の項目の評定 同様に,「優しい」「親しみやすい」「冷たい(逆転項目)」「穏やか」

「思いやりのない(逆転項目)」の温かさステレオタイプ語の 5語への評定を合算平均し,温

かさ評定得点とした(α=.71)。この得点が高いほど文章の人物を温かいと評定したことを

意味する。同様の t検定を温かさ評定得点について行った結果,統制条件(M=6.65, SD=.61)

と単純抑制条件(M=6.65, SD=1.48)の間に有意差はなかった(t(12.01)=.00, ns.)。また,8

語のフィラー語についてそれぞれ同様の分析を行ったが,統制条件と単純抑制条件の間に

有意差はなかった(ps>.15)。

その他の分析結果

本研究の仮説とは直接関連しない質問項目に対する分析では,いずれも有意な差が認め

られなかったため,本論文での報告は割愛する。

5-2-4.考察

本実験では,高齢者ステレオタイプを題材として,能力次元の「無能」というステレオ

タイプ特性を抑制した後に,リバウンド効果が生起するかどうかを検討した。

抑制時における記述と思考

抑制フェーズにおいて,単純抑制条件は統制条件よりも高齢者の無能さを記述していな

かった。また,単純抑制条件では統制条件よりも抑制の努力をしていたことが示された。

これらの結果から,抑制操作は有効であったといえる。また,単純抑制条件は統制条件よ

りも有能さに関して記述しており,人柄に関する記述には差がなかった。これらの結果か

ら,Galinsky & Moskowitz (2007) が示したように,抑制をする時には,抑制をするステレオ

タイプ特性と同次元上の反ステレオタイプ特性(本研究では有能さ)を代替思考として使

用していることが示され,仮説 1が支持された。

リバウンド効果の生起

何かを考えないように抑制する時には,その思考が思い浮かんでいないかどうかを監視

する監視過程が働くと指摘されている (Wegner , 1994) 。同様に,高齢者ステレオタイプの

「無能さ」を抑制する場合でも,監視過程の働きによって「無能さ」のアクセスビリティ

が高まるリバウンド効果が皮肉にも生起すると考えられる。本研究では,高齢者の能力次

Page 83: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

76

元のステレオタイプ特性を抑制した後に,やや無能な行動をする人物の文章を読み,その

人物について評定することで,ステレオタイプのアクセスビリティを測定し,リバウンド

効果が生起したかどうかを検討した。

実験の結果,測定フェーズにおいて,単純抑制条件は統制条件よりも文章の人物を無能

だと評定しており,仮説 2 を支持する結果であった。一方で,人柄評定得点やフィラー項

目に対しては条件間で有意差はみられなかった。つまり,単純抑制条件では,抑制した無

能ステレオタイプのアクセスビリティだけが統制条件よりも上昇していたと解釈できる。

このことから,仮説どおり,高齢者の無能ステレオタイプを抑制した後に,リバウンド効

果が生起していたことが確認された。

本実験の示唆

本実験では,統制条件に比べて,抑制をする際,高齢者の様子をステレオタイプとは反

対に有能に記述していた。また,抑制した後には無能ステレオタイプのアクセスビリティ

が上昇していた。これは,抑制する時に,有能さを代替思考として用いているにもかかわ

らず,抑制後のリバウンド効果が生起してしまったということを意味している。このこと

から,反ステレオタイプを代替思考として用いる方略は,一般的に採用される方略である

(cf. Galinsky & Moskowitz, 2007)にもかかわらず,抑制には有効ではないと示された。よ

って,ステレオタイプを効果的に抑制するためには,単純に抑制するだけでなく、もっと

有効な方略が必要だろう。そこで,研究 3 では,実際に使用する代替思考を操作し,ステ

レオタイプ抑制に有効な代替思考を検討することとした。

Page 84: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

77

5-3.研究 3:高齢者に対する別次元思考方略の検討9

5-3-1.問題

研究 2 において,高齢者の能力次元の無能というステレオタイプを抑制すると,抑制時

には反ステレオタイプである有能を代替思考として使用していることが示された。それに

もかかわらず,抑制後には当該ステレオタイプのアクセスビリティが上昇するリバウンド

効果が生起することが明らかになった。

このように,ステレオタイプの抑制では,代替思考方略の限界が指摘されてきたが(e.g., Oe

& Oka, 2003),思考抑制においては,概して,代替思考を用いることが抑制後のリバウンド

効果を低減させるのに有効であると示されている(e.g., Wegner et al.,1987)。これらの結果

の違いは,適切な代替思考が生成しやすかったか否かが関わっていると考えられる。すな

わち,代替思考が生成しやすければ,抑制対象から注意をそらすことができるため,抑制

が容易になるだろう。その結果,監視過程は厳重ではなくなるため,リバウンド効果が低

減するだろう。しかし,研究 1 および研究 2 のように,代替思考として生成される反ステ

レオタイプは,元来持っている知識とは反対の思考であるため,ステレオタイプに比べて

生成するためには意識的な努力が必要であり,生成しにくかったと考えられる。このよう

に代替思考を容易に生成することができないと,抑制対象から注意をそらすという代替思

考の役割を果たせず,抑制対象が意識上に侵入しやすいだろう。その結果,監視過程が厳

重になり,リバウンド効果が生起すると考えられる。

そこで,本研究では,抑制時に生成しやすい代替思考として,多くのステレオタイプが

両面価値的であるということに注目し,抑制する特性とは別の次元のポジティブなステレ

オタイプに注目することとした。すなわち,高齢者の能力次元のステレオタイプである「無

能」を抑制する時に,人柄次元のステレオタイプである「温かさ」を代替思考として利用

するという方略である。代替思考としての人柄次元のステレオタイプは,抑制対象の表象

に含まれるものであるため,生成しやすいだろう。代替思考として生成しやすければ,抑

制は容易になり,監視過程は厳重に働く必要はないため,リバウンド効果が低減すると考

9 本研究は,日本社会心理学会第 50 回大会・日本グループダイナミクス学会第 56 回大会合同

大会における口頭発表の一部(実験 1)を加筆修正したものである(田戸岡好香・村田光二

(2009). ネガティブなステレオタイプの抑制におけるリバウンド効果の低減-ステレオタイ

プの両面価値性に注目した代替思考方略-)。

Page 85: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

78

えられる。

以上のように,本研究では,実際に抑制時の代替思考を操作し,ステレオタイプ抑制に

おいて有効な代替思考を探ることを目的とする。

5-3-2.方法

方法の概要

本実験は,研究 2 と同様に 3 つのフェーズで構成された。

第 1 の「抑制フェーズ」では,「実験 1」として高齢男性の仕事場面を書く記述課題によ

って抑制操作を行った。その際,単純抑制条件では高齢者のネガティブなイメージに基づ

いて記述しないよう教示した。有能思考条件では抑制教示に加え,従来の高齢者とは反対

のイメージに基づいて書くよう教示した。温かさ思考条件では抑制教示にくわえ,高齢者

の人柄の良さに関するイメージに基づいて書くよう教示した。統制条件ではこうした教示

はしなかった。第 1 フェーズが終了すると実験者が変わり,「実験 2」として第 2・第 3 フ

ェーズに移った。第 2 の「フィラーフェーズ」では 100 マス計算を行った。つづいて第 3

の「測定フェーズ」では,ある人物の文章をパソコン上に呈示し,その人物の印象を評定

させる対人認知課題を行った。この評定がリバウンド効果の測度であった。

3 つのフェーズが終了した後,それぞれのフェーズの関連に気づいたか否かをチェックし,

実験の目的および操作などについてデブリーフィングを行い,実験を終了した。

実験計画

実験は統制条件・単純抑制条件・有能思考条件・温かさ思考条件の一要因四水準の被験

者間計画であった。

第 1 の抑制フェーズでは高齢男性の写真を呈示し,その人物の仕事場面について記述さ

せ,その際に抑制操作および代替思考の操作を行った。

参加者を実験の条件に無作為に割り当て,一度の実験につき 1~2 名の小集団で実施した。

仮説

研究 3 では以下の仮説を検討した。単純抑制条件および有能思考条件は,抑制後にリバ

ウンド効果が生起するが,温かさ思考条件ではリバウンド効果が低減するだろう。すなわ

ち,測定フェーズにおいて,単純抑制条件と有能思考条件は統制条件と温かさ思考条件に

Page 86: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

79

比べて,無能さに関して曖昧な人物をより無能に評定するだろう。なお,仮説を示すグラ

フを図 5-3-1 に示した。

図 5-3-1.測定フェーズにおける無能評定得点に関する仮説

注.無能評定得点が高いほど,文章の人物を無能だと評定したことを意味する。

実験参加者

実験参加者は東京都内の大学の心理学関連の授業を受講している大学生 54 名であった

(男性 41 名,女性 13 名,平均年齢 19.31 歳, SD=0.82)。参加者は実験に参加することで授

業の出席点を与えられた。54 名の実験参加者を無作為に条件に割り当てた結果,統制条件

は 12 名,単純抑制条件は 14 名,有能思考条件は 14 名,温かさ思考条件は 14 名であった。

実験材料・刺激

研究 3 は研究 2 とほぼ同様の手続きで実施したため,変更点についてのみ言及する。

抑制フェーズの教示

研究 3 では「有能思考条件」および「温かさ思考条件」の 2 条件を追加した。高齢者が

働く場面を書く課題において,この 2 条件の参加者に,単純抑制条件と同様の抑制教示を

以下のように与えた。

5

6

7

8

9

統制 単純抑制 有能思考 温かさ思考

無能評定得点

条件

Page 87: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

80

ちなみに「高齢者は新しいことがうまくできない,動作が遅い」などといった

イメージがあります。現在,高齢者の社会参加が多方面に広がっていますので,

そういった高齢者のイメージに基づいて書かないように注意してください。

そうすることはこの課題でとても重要なことなので,最大限の努力を払ってく

ださい。

その後,引き続き代替思考を操作する教示を与えた。

有能思考条件では,強調のために以下のように下線を引いた記述によって代替思考を呈

示した。

もし,そのような考えが思い浮かんだり,書きたくなった場合は,代わりに

「新しいことなどをてきぱきできる」というように,従来の高齢者とは反対の

イメージに基づいて書くようにしてください。

温かさ思考条件では,強調のために以下のように下線を引いた記述によって代替思考を

呈示した。

もし,そのような考えが思い浮かんだり,書きたくなった場合は,代わりに

「人あたりが良い」というような,高齢者の人柄の良さに関するイメージに

基づいて書くようにしてください。

測定フェーズの評定項目

リバウンド効果を測定する対人認知課題において,研究 2 で用いた無能ステレオタイプ

語の 5 語に加え,「のろま」「あわただしい」を加えた。「のろま」は動作に関する単語であ

り,「遅い」「ゆっくりした」などと同様の意味を持つ単語であると考えた。また,研究 2

の記述課題における統制条件の参加者の記述を参考に,仕事場面において慣れない仕事を

あわただしく行っている様子を想定し,「あわただしい」を高齢者の無能ステレオタイプ語

として追加した。

よって,無能ステレオタイプ語は「ゆっくりした」「遅い」「忘れっぽい」「覚えの悪い」

「おぼつかない」「のろま」「あわただしい」の 7 語であった。また,フィラー項目として,

Page 88: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

81

温かさステレオタイプ語を 5 語,フィラー語を 8 語用いた。さらに,逆転項目を設け,ス

テレオタイプ語とフィラー語をランダムに配置した。

実験後の質問項目

抑制フェーズにおける記述課題時の思考を調べるために,第 3 フェーズが終了した後に

質問紙への回答を求めた。実際に書いたかどうかは関係なく,高齢者の能力に関するネガ

ティブなイメージがどの程度思い浮かんだかを 7 件法で回答を求めた(1:全く考えなかった

~7:非常によく考えた)。

手続き

研究 3 は研究 2 とほぼ同様の手続きで実施した。

研究 2 と同様に,第 1 の抑制フェーズを実験 1 として第一実験者が実施し,第 2・第 3 フ

ェーズを実験 2 として第二実験者が実施した。実験者効果を排除するために,第二実験者

にはいずれの条件を実施するのかがわからないようにした。

第一実験者が実験参加者を実験室に招き入れ,カバーストーリーとして「日常の記述に

関する実験」と「人の瞬間的な判断に関する実験」の 2 つの無関連な短い実験に参加して

もらうと伝えた。匿名性の保証をし,実験への参加を承諾する場合には承諾書にサインを

してもらい,実験を開始した。

第 1 の抑制フェーズでは,「視覚的情報から日常の出来事の詳細を記述する過程を調査」

しているというカバーストーリーのもと,高齢男性の仕事場面を記述するよう求めた。指

示があるまで開かないよう注意してから,質問紙と高齢男性の写真が入った封筒を配布し

た。つづいて,この実験では高齢者が働く場面について想像してもらうと伝えた。仕事場

面の説明をした後,『高齢の男性は―』で始まる文章を 5 分間でできるだけ多く作るよう求

めた。その際,統制条件以外の 3 つの条件では,抑制操作として,「『高齢者は新しいこと

がうまくできない,動作が遅い』などといったイメージがあります。現在,高齢者の社会

参加が多方面に広がっていますので,そういった高齢者のイメージに基づいて書かないよ

うに注意してください。そうすることはこの課題でとても重要なことなので,最大限の努

力を払ってください。」と教示をした。単純抑制条件は以上の教示のみ与えられた。有能思

考条件では上記の抑制教示に加えて,「もし,そのような考えが思い浮かんだり,書きたく

なった場合は,代わりに『新しいことなどをてきぱきできる』というように,従来の高齢

Page 89: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

82

者とは反対のイメージに基づいて書くようにしてください。」と教示し,代替思考の操作を

行った。また,温かさ思考条件では抑制教示に加えて,「もし,そのような考えが思い浮か

んだり,書きたくなった場合は,代わりに『人あたりが良い』というような,高齢者の人

柄の良さに関するイメージに基づいて書くようにしてください。」と教示し,代替思考の操

作を行った。統制条件では抑制操作の教示および代替思考の操作の教示はしなかった。質

問がないことを確認した後,課題を開始した。課題の開始と同時にストップウォッチを作

動させ,5 分間経過した時点で書くのを止めた。つづいて,今行った調査についての質問と

して,実験への集中の程度についての項目に 7 件法で回答を求めた(1:全くあてはまらな

い~7:非常にあてはまる)。全員の回答が済んだことを確認し, 1 つ目の実験を終了した。

つづいて,第二実験者が入室し,2 つ目の実験では,「人が瞬間的に物事を判断する過程」

について調べており,これから瞬間的な判断に関する種類の異なる 2 つの課題を行うと伝

えた。1 つ目の課題としてフィラーフェーズを行った。この課題では 2 分間で 100 マス計算

を行った。

つづいて,測定フェーズを開始した。2 つ目の課題では「人が印象を瞬間的に判断する過

程について調べる」というカバーストーリーを伝え,対人認知課題の説明をした。このフ

ェーズではパソコンに呈示される「佐々木さん」という人物の文章を読み,その物語の情

報を基に佐々木さんがどのような人物だと思うかを考え,「佐々木さん」の印象に関してい

くつかの質問に答えてもらうということを伝えた。なお,文章は参加者のペースで読んで

構わないが,この課題では人の瞬間的な印象の判断を調べているので,印象の判断はでき

るだけすばやく行うよう求めた。文章をすべて読み終わると,すぐに印象評定の説明が表

示された。画面に表示された単語が「佐々木さん」の印象にどの程度あてはまるかを 9 件

法ですばやく回答するよう求めた(1:まったくあてはまらない~9:非常によくあてはま

る)。評定に用いた単語は,高齢者の無能ステレオタイプ語として「ゆっくりした」「忘れ

っぽい」「のろま」「すばやい(逆)」「あわただしい」「覚えの良い(逆)」「おぼつかない」の 7

語および,温かさステレオタイプ語 5 語,フィラー語 8 語の合計 20 語であった。評定が終

了したら,第二実験者は 2 つ目の実験は終了だと伝えた。

つづいて,2 つの実験に関するアンケートだと説明し,実験意図への気づきなどを調べる

質問紙に回答した。参加者の回答が終わったことを確認し,質問紙を封筒に入れるよう求

め,実験は以上で終了であると伝えた。

最後に実験のデブリーフィングをし,実験内容及び仮説を口外しないよう依頼を行い,

Page 90: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

83

実験参加者の同意が得られたら,実験を終了した。

5-3-3.結果

データの整理

手続きの不備などにより実験が一時中断された 5 名,および実験意図を明確に指摘した 1

名を分析から除外した。

また,測定フェーズにおける印象評定の回答時間について,単語ごとに回答時間の平均

値と標準偏差を算出し,回答時間が 3SD 以上遅いデータを除外した(全体の 2.29%)。その

際,20 項目中 17 項目において回答時間が 3SD 以上遅かった 1 名は,85%ものデータが除外

されたので,分析から除外することとした。

以上のように,7 名を除外した全 47 名のデータを用いて分析を行なった(男性 35 名,女

性 12 名,平均年齢 19.28 歳,SD=0.80)。条件ごとの人数は,統制条件は 11 名,単純抑制条

件は 10 名 ,有能思考条件は 13 名,温かさ思考条件は 13 名であった。

分析の結果

抑制フェーズ

抑制フェーズにおける操作の有効性を確認するため,研究 2 と同様の分析を行った。ま

ず,記述された文がどの程度高齢者ステレオタイプ(能力,人柄)に当てはまるかを,2 名

の評定者がそれぞれ 9 件法で評定した。評定者間の相関が高かったため(能力:r=.90,人

柄:r=.88),合算平均をそれぞれ記述無能ステレオタイプ度,記述温かさステレオタイプ度

とした。条件ごとの平均値と標準偏差を表 5-3-1 に示した。

統制条件以外の 3 条件が高齢者の無能さを抑制していたかを検討するために,記述無能

ステレオタイプ度に対して一元配置の分散分析を行ったところ,条件の効果が有意であっ

た(F(3, 43)=25.69, p<.01)。多重比較(Bonferroni の検定)の結果,単純抑制条件,有能思

考条件,温かさ思考条件はいずれも統制条件より記述無能ステレオタイプ度が低かった

(ps<.01)。このことから,抑制の操作は有効であったと考えられる。また,単純抑制条件

および有能思考条件において,反ステレオタイプの有能さを代替思考としていることを確

認するために,記述無能ステレオタイプ度について,中点(5:どちらともいえない)から

の差の検定を行った。その結果,統制条件は有意に中点よりも記述無能ステレオタイプ度

が高く(t(10)=9.31, p<.001),無能さを記述していた。他方,単純抑制条件および有能思考

Page 91: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

84

条件は有意に中点よりも記述無能ステレオタイプ度が低く(それぞれ t(9)=2.61, p<.05;

t(12)=2.94, p<.05),有能さを記述していた。このことは,単純に抑制を行った場合には,抑

制する特性と同次元上の反ステレオタイプ的特性を代替思考として用いることを示してい

る。また,有能思考条件では教示通り有能さに基づいて記述していたことから,代替思考

の操作は有効であったと考えられる。なお,温かさ思考条件では中点との差は見られなか

った(ns.)。

また,温かさ思考条件の代替思考の操作が有効かを検討するため,記述温かさステレオ

タイプ度に対して同様の分散分析を行った。その結果,条件の効果が有意であった(F(3,

43)=12.00, p<.01)。多重比較(Bonferroni の検定)の結果,温かさ思考条件はいずれの条件

よりも記述温かさステレオタイプ度が高かった(ps<.05)。よって,温かさ思考条件の代替

思考操作も有効であったと考えられる。

表 5-3-1.抑制フェーズにおける記述ステレオタイプ度

統制条件 単純抑制条件 有能思考条件 温かさ思考条件

記述無能ステレオタイプ度 7.68

(0.96)

3.75

(1.51)

3.92

(1.32)

4.69

(0.97)

記述温かさステレオタイプ度 4.82

(0.75)

5.65

(0.67)

5.58

(0.73)

6.81

(1.05)

注.括弧内は標準偏差を示す。値が高いほど,抑制フェーズにおいて高齢者ステレオタイプに基づいて記述した

ことを意味する。

抑制フェーズに関する事後報告

第 3 フェーズが終了した後に,第 1 フェーズに関する質問への回答を事後的に求めたの

で,その質問に関する分析結果を報告する。

抑制フェーズでの抑制意図 操作チェックの一環として,抑制フェーズにおいて高齢者

のネガティブなイメージを書かないように努力したかを 7 件法で尋ねた(1:全く努力しな

かった~7:非常に努力した)。回答に対して一元配置の分散分析を行った結果,条件の効

果が有意で(F(3, 43)=26.70, p<.001),単純抑制条件(M=5.90, SD=0.88),有能思考条件(M=5.77,

SD=1.24),温かさ思考条件(M=5.38, SD=1.50)はいずれも統制条件(M=1.82, SD=1.25)よ

りも高齢者の能力次元のステレオタイプを書かないように努力していた(ps<.001)。これは

Page 92: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

85

前述した実際の記述無能ステレオタイプ度の結果と整合しており,この結果からも抑制操

作は成功していたと考えられる。

抑制フェーズでの思考 抑制フェーズにおいて思い浮かんだ思考に違いがあるのかを検

討するために,高齢者の能力に関するネガティブなイメージ(無能ステレオタイプ)がどの

程度思い浮かんだかを7件法で回答を求めた(1:全く考えなかった~7:非常によく考えた)。

この回答について一元配置の分散分析を行った結果,条件の効果が有意で(F(3, 43)=3.56,

p<.05),多重比較(Bonferroni の検定)の結果,温かさ思考条件(M=5.00, SD=1.23)は統制条

件(M=6.64, SD=0.51)に比べて高齢者の無能さが思い浮かばなかったと報告した(p<.05)。

単純抑制条件(M=5.30, SD=1.06)および有能思考条件(M=5.77, SD=1.83)は統制条件とそ

うした差はなかった(ns.)。

測定フェーズ

リバウンド効果の生起 第 3 フェーズの対人認知課題においてリバウンド効果の測定を

行った。評定は 9 件法で,逆転項目を逆転し,それ以外については評定値をそのまま用い

た。「ゆっくりした」「忘れっぽい」「のろま」「すばやい(逆転項目)」「あわただしい」「覚

えの良い(逆転項目)」「おぼつかない」の能力ステレオタイプ 7 語への評定を合算平均し,

無能評定得点とした(クロンバックの α=.61)。無能評定得点が高いほど,文章の人物を無

能だと評定したことになり,これは無能ステレオタイプのアクセスビリティが上昇したこ

とを意味する。

無能評定得点に対して,統制条件・単純抑制条件・有能思考条件・温かさ思考条件を独

立変数とした一要因の分散分析を行った結果,条件の効果が有意傾向であった(F(3,43)=2.23,

p<.10)。結果は図 5-3-2 に示した。ただし,多重比較(Bonferroni の検定)の結果,いず

れの条件間にも有意差は見られなかった(ps>.23)。そこで,仮説に沿ったパターンが見ら

れているかを確認するために,計画比較を行った。仮説では,単純抑制条件および有能思

考条件は統制条件および温かさ思考条件に比べて,ターゲット人物を無能に評定するだろ

うと予測した。そこで,統制条件および温かさ思考条件に-1,リバウンド効果が生起する

と予測される単純抑制条件および有能思考条件に+1 の重みづけをした計画比較を行った

(cf. 森・吉田 1990; Winer, 1971)。その結果,統制条件と温かさ思考条件は単純抑制条件と

有能思考条件よりも無能評定得点が有意に低かった(t(43)=2.54, p<.05)。この結果により,

Page 93: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

86

仮説が支持された。

図 5-3-2.測定フェーズにおける無能評定得点

注.値が高いほど文章の人物を無能と評定したことを意味する。

その他の項目の評定 同様に,「優しい」「親しみやすい」「冷たい(逆転項目)」「穏やか」

「思いやりのない(逆転項目)」の人柄ステレオタイプ 5 語への評定を合算平均し,温かさ評

定得点とした(クロンバックの α=.83)。この得点が高いほど文章の人物を温かいと評定し

たことを意味する。一要因の分散分析を温かさ評定得点について行った結果,条件の効果

は見られなかった(F(3,43)=.87, ns.)。条件ごとの平均値は表 5-3-3 に示した。

表 5-3-3:対人認知課題における評定得点

統制条件 単純抑制条件 有能思考条件 温かさ思考条件

無能評定得点 6.38 (1.21) 7.27 (0.99) 7.16 (0.78) 6.63 (0.86)

温かさ評定得点 6.12 (1.42) 6.90 (1.37) 6.81 (1.25) 6.85 (1.22)

注.値が高いほど文章の人物をステレオタイプに沿って評定したことを意味する。

なお,括弧内は標準偏差である。

5

6

7

8

9

統制 単純抑制 有能思考 温かさ思考

無能評定得点

条件

Page 94: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

87

その他の分析結果

本研究の仮説とは直接関連しない質問項目に対する分析では,いずれも条件間で有意な

差が認められなかったため,本論文での報告は割愛する。

5-3-4.考察

本研究では,高齢者ステレオタイプの能力次元のステレオタイプ特性を抑制する時に,

実際に代替思考を操作することで,リバウンド効果を低減させる有効な代替思考方略を検

討した。

抑制時における記述と思考

分析の結果,抑制教示を受けた 3 つの条件は,統制条件よりも高齢者の無能さを記述し

ていなかった。また,これら 3 つの抑制をした条件では,統制条件よりも抑制の努力をし

たと報告された。これらの結果から,抑制操作は有効であったといえる。

研究 2 と同様に,単純抑制条件は有能さに基づいて記述しており,抑制をする時には反

ステレオタイプを代替思考として用いるということが,研究 3 でも示された(cf. Galinsky &

Moskowitz, 2007)。また,代替思考を操作した条件については,統制条件と比べて,有能思

考条件は有能さに基づいて,温かさ思考条件では温かさに基づいて記述しており,代替思

考の操作は有効であったといえるだろう。

さらに注目すべきは,抑制フェーズにおいて無能ステレオタイプが思い浮かんだと感じ

た主観的な程度の報告についてである。統制条件に比べて温かさ思考条件では,抑制時に

無能さに関する思考が思い浮かびにくかった。他方で,温かさ条件以外の 3 条件の間に有

意差は見られなかった。このことから,温かさについて思考することで,抑制自体が非常

に容易に,うまくいっていると解釈することができるだろう。

リバウンド効果の生起と本実験の示唆

これまでのステレオタイプ抑制研究では,抑制をする時に反ステレオタイプ的特性を代

替思考として用いても,リバウンド効果の低減につながらないと示されており(Oe & Oka,

2003),本論文の研究 2 でも同様の結果がえられた。これは,反ステレオタイプは代替思考

としては生成しにくかったためだと考えられる。一方,生成しやすい適切な代替思考があ

れば,抑制が容易になり,監視過程が厳重に働かないためにリバウンド効果が低減される

Page 95: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

88

可能性がある。そこで,本実験では,生成しやすい代替思考として,人柄次元のステレオ

タイプに注目した。実際に抑制時の代替思考を操作し,代替思考方略によってリバウンド

効果が低減する可能性を検討した。

実験の結果,仮説どおり,単純抑制条件および有能思考条件では,統制条件よりも,タ

ーゲット人物を無能だと評定していた。この結果は,単純に「無能」というステレオタイ

プ特性を抑制した場合,および代替思考として能力次元の反ステレオタイプ特性を用いた

場合には,ステレオタイプのアクセスビリティが高まるリバウンド効果が生起したことを

示している。他方,温かさ思考条件は,単純抑制条件および有能思考条件に比べて,ター

ゲット人物を無能だと評定しなかった。よって,人柄次元の温かさを代替思考とした場合

には,リバウンド効果が低減したことが示された。すなわち,本実験で示したように,抑

制するステレオタイプ特性とは異なる次元のポジティブなステレオタイプ特性を代替思考

として利用すれば,抑制後のリバウンド効果が生起しないことが示唆され,代替思考方略

の有効性を示したといえるだろう。

ただし,本実験の結果は,温かさ思考条件と,無能評定得点が低い統制条件をまとめた

計画比較を行ったために得られた結果なのではないか,という指摘があるかもしれない。

よって,本実験の結果の解釈には慎重を期する必要があり,抑制する特性とは別の次元の

ポジティブなステレオタイプ的特性を代替思考とする方略の有効性に関しては,さらに検

討する必要があるだろう。そこで,研究 4 では,別次元思考方略の有効性をさらに検討す

ることとした。

Page 96: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

89

5-4.研究 4:別次元思考方略の有効性と

代替思考の生成しやすさの検討10

5-4-1.問題

研究 3 では,反ステレオタイプ的特性を代替思考として用いるとリバウンド効果が生起

し,他方,抑制する特性とは別の人柄次元の温かさを代替思考とするとリバウンド効果が

低減することが示唆された。しかし,研究 3 で用いた計画比較による分析から結論できる

ことには限界がある。また無能評定得点の信頼性係数が高くなかった。したがって,抑制

するのとは別次元の「温かさ」を代替思考として用いることがリバウンド効果を低減する

という結果を再検討することが望ましいだろう。よって,研究 4 の目的は,抑制する特性

とは別の次元のポジティブな特性を代替思考として用いる方略の頑健さを示すことである。

そこで,研究 2,3で繰り返しリバウンド効果が確認されている単純抑制条件と,別の次元

のポジティブな特性を代替思考とする温かさ思考条件とを比較する研究 4を実施した。

また,研究 4では副次的に,代替思考の生成しやすさについても検討した。本研究では,

これまでのステレオタイプ抑制において代替思考方略が有効でなかったのは,代替思考と

して用いる反ステレオタイプを抑制時に生成するのが困難で,代替思考の役割を果たして

いないためだと考えた。反対に,代替思考を生成するのが容易であれば,リバウンド効果

を低減させられると考え,抑制する特性とは別の次元のポジティブな特性を代替思考とす

る方略を検討してきた。そこで,研究 4 では,別の次元のポジティブな特性である温かさ

に関する思考は,反ステレオタイプ的特性である有能さに関する思考に比べて,代替思考

として生成するのが容易であるということの傍証を得ることをもう一つの目的とした。

5-4-2.方法

方法の概要

本実験は,研究 2,3 と同様に 3つのフェーズで構成された。

第 1 の「抑制フェーズ」では,「実験 1」として高齢男性の仕事場面を書く記述課題によ

10 本研究は,日本社会心理学会第 50回大会・日本グループダイナミクス学会第 56 回大会合同

大会における口頭発表の一部(実験 2)を加筆修正したものである(田戸岡好香・村田光二(2009)

ネガティブなステレオタイプの抑制におけるリバウンド効果の低減―ステレオタイプの両面

価値性に注目した代替思考方略―)。

Page 97: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

90

って抑制操作を行った。その際,単純抑制条件では高齢者のネガティブなイメージに基づ

いて記述しないよう教示した。温かさ思考条件では抑制教示にくわえ,高齢者の人柄の良

さに関するイメージに基づいて書くよう教示した。第 1 フェーズが終了すると実験者が変

わり,「実験 2」として第 2・第 3フェーズに移った。第 2の「フィラーフェーズ」では 100

マス計算を行い,第 3 の「測定フェーズ」では,ある人物の文章をパソコン上に呈示し,

その人物の印象を評定させる対人認知課題を行った。この評定がリバウンド効果の測度で

あった。

3つのフェーズが終了した後,それぞれのフェーズの関連に気づいたか否かをチェックし,

実験の目的および操作などについてデブリーフィングを行い,実験を終了した。

実験計画

実験は単純抑制条件および温かさ思考条件の一要因二水準の被験者間計画であった。

第 1 の抑制フェーズでは高齢男性の写真を呈示し,その人物の仕事場面について記述さ

せ,その際に抑制操作および代替思考の操作を行った。

参加者を実験の条件に無作為に割り当て,一度の実験につき 1~2名の小集団で実施した。

仮説

研究 4では以下の 2つの仮説を検討した。

仮説 1.温かさ思考条件はリバウンド効果が低減するだろう。すなわち,測定フェーズにお

いて,単純抑制条件は温かさ思考条件に比べて無能さに関して曖昧な人物をより無

能に評定するだろう。

仮説 2.代替思考の生成に関して,抑制するのとは別次元の「温かさ」に関する思考は,反

ステレオタイプである「有能」に関する思考よりも,抑制フェーズにおいて生成し

やすいだろう。

実験参加者

実験参加者は東京都内の大学において心理学関連の授業を受けている学生 23名であった

(男性 13 名,女性 10 名,平均年齢 19.30 歳)。参加者は実験に参加することで授業の出席

点を与えられた。23 名の実験参加者を,単純抑制条件もしくは温かさ思考条件のいずれか

に無作為に割り当てた結果,単純抑制条件 12名,温かさ思考条件 11名であった。

Page 98: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

91

実験材料・刺激

研究 4 は研究 2・3 とほぼ同様の手続きで実施したため,変更点についてのみ言及する。

測定フェーズの評定項目

研究 3 において結果が仮説を支持するのに不十分だった理由として,対人認知課題にお

ける無能評定得点の信頼性が低かったことが考えられる。そこで,評定語として,「のんび

り」「ぼんやり」の 2 語を加えた。よって,無能ステレオタイプ語は「ゆっくりした」「遅

い」「忘れっぽい」「覚えの悪い」「おぼつかない」「のろま」「あわただしい」「のんびり」「ぼ

んやり」の 9語,温かさステレオタイプ語 5語,フィラー語 8語の計 22語について印象評

定を求めた。さらに,逆転項目を設け,ステレオタイプ語とフィラー語をランダムに配置

した。

手続き

研究 4は研究 2・3とほぼ同様の手続きで実施した。

第 1の抑制フェーズを実験 1として第一実験者が実施し,第 2・第 3フェーズを実験 2と

して 2 人目の実験者が実施した。実験者効果を排除するために,第二実験者にはいずれの

条件を実施するのかがわからないようにした。

第一実験者はカバーストーリーとして「日常の記述に関する実験」と「人の瞬間的な判

断に関する実験」の 2つの無関連な短い実験に参加してもらうと伝えた。

第 1 の抑制フェーズでは,「視覚的情報から日常の出来事の詳細を記述する過程を調査」

しているというカバーストーリーのもと,高齢男性の仕事場面を記述するよう求めた。こ

の実験では高齢者が働く場面について想像してもらうと伝えた。仕事場面の説明をした後,

『高齢の男性は―』で始まる文章を 5 分間でできるだけ多く作るよう求めた。その際,抑

制操作として,「『高齢者は新しいことがうまくできない,動作が遅い』などといったイメ

ージがあります。現在,高齢者の社会参加が多方面に広がっていますので,そういった高

齢者のイメージに基づいて書かないように注意してください。そうすることはこの課題で

とても重要なことなので,最大限の努力を払ってください。」と教示をした。単純抑制条件

は以上の教示のみ与えられた。温かさ思考条件では抑制教示に加えて,「もし,そのような

考えが思い浮かんだり,書きたくなった場合は,代わりに『人あたりが良い』というよう

な,高齢者の人柄の良さに関するイメージに基づいて書くようにしてください。」と教示し,

Page 99: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

92

代替思考の操作を行った。課題を 5 分間行った後,第一実験者は,以上で 1 つ目の実験は

終了であると伝え,それぞれの参加者の封筒を回収し,退室した。

つづいて,第二実験者が入室し,2つ目の実験では,「人が瞬間的に物事を判断する過程」

について調べており,これから瞬間的な判断に関する種類の異なる 2 つの課題を行うと伝

え,1つ目の課題としてフィラーフェーズを行った。この課題では数字に対する瞬間的な判

断を調べていると伝え,2分間で 100マス計算を行った。

つづいて,測定フェーズを開始した。2つ目の課題では「人が印象を瞬間的に判断する過

程について調べる」というカバーストーリーを伝え,対人認知課題の説明をした。このフ

ェーズではパソコンに呈示される「佐々木さん」という人物の文章を読み,その物語の情

報を基に佐々木さんがどのような人物だと思うかを考え,「佐々木さん」の印象を 9件法で

回答するよう求めた(1:まったくあてはまらない~9:非常によくあてはまる)。評定に用

いた単語は,高齢者の無能ステレオタイプ語として「ゆっくりした」「忘れっぽい」「のろ

ま」「すばやい(逆)」「あわただしい」「覚えの良い(逆)」「おぼつかない」「のんびり」「ぼん

やり」の 9語および,温かさステレオタイプ語 5語,フィラー語 8語の合計 20語であった。

評定が終了したら,第二実験者は 2つ目の実験は終了だと伝えた。

つづいて,2 つの実験に関するアンケートだと説明し,実験意図への気づきなどを調べる

質問紙に回答した。その際,抑制時の代替思考の生成しやすさについて尋ねた。抑制フェ

ーズの記述課題において,有能さと温かさを思いつくのがどの程度難しかったかをそれぞ

れ 7件法で回答を求めた(1:全く難しくなかった~7:非常に難しかった)。参加者の回答

が終わったことを確認し,質問紙を封筒に入れるよう求め,実験は以上で終了であると伝

えた。

最後に実験のデブリーフィングをし,実験内容及び仮説を口外しないよう依頼を行い,

実験参加者の同意が得られたら,実験を終了した。

5-4-3.結果

データの整理

全 23 名のデータを用いて,測定フェーズの対人認知課題の印象評定を従属変数として,

リバウンド効果が生起したかを検討した。実験 1,2 と同様に,印象評定において,回答時

間が 3SD 以上遅いデータを単語ごとに除外した(全体の 0.97%)。

Page 100: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

93

分析の結果

測定フェーズ

リバウンド効果の生起 測定フェーズの対人認知課題においてリバウンド効果の測定を

行った。評定は 9 件法で,逆転項目を逆転し,それ以外については評定値をそのまま用い

た。「ゆっくりした」「忘れっぽい」「のろま」「すばやい(逆転項目)」「あわただしい」「覚

えの良い(逆転項目)」「おぼつかない」「のんびり」「ぼんやり」の能力ステレオタイプ 9

語への評定を合算平均し,無能評定得点とした(クロンバックの α=.70)。無能評定得点が

高いほど,文章の人物を無能だと評定したことになり,これは無能ステレオタイプのアク

セスビリティが上昇したことを意味する。

無能評定得点に対して,両条件間で差の検定をしたところ,温かさ思考条件(M=6.61,

SD=0.90)は,単純抑制条件(M=7.35, SD=0.79)よりも,有意に無能評定得点が低かった

(t(21)=2.11, p<.05)。つまり,温かさ思考条件の参加者は,単純抑制条件の参加者ほどには

ターゲット人物を無能だと評定していなかった。これは仮説 1 を支持する結果であった。

結果は図 5-4-1に記した。

図 5-4-1.測定フェーズにおける無能評定得点

注.値が高いほど文章の人物を無能と評定したことを意味する。

その他の項目の評定 同様に,「優しい」「親しみやすい」「冷たい(逆転項目)」「穏やか」

「思いやりのない(逆転項目)」の人柄ステレオタイプ 5語への評定を合算平均し,温かさ評

5

6

7

8

9

単純抑制 温かさ思考

無能評定得点

条件

Page 101: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

94

定得点とした(α=.66)。この得点が高いほど文章の人物を温かいと評定したことを意味す

る。温かさ評定得点について t検定を行った結果,単純抑制条件(M=6.94, SD=0.96)と温か

さ思考条件(M=7.14, SD=0.83)には有意な差が見られなかった(t(21)=.51, ns.)。

代替思考の生成に関する分析結果

実験の最後に,記述課題での抑制時に,有能さと温かさがそれぞれどの程度思いつくの

が難しかったかをそれぞれ 7 件法で尋ねた。それぞれの評定値に対して,条件(単純抑制

条件/温かさ思考条件)×代替思考の内容(有能さ/温かさ)の混合要因の分散分析を行

った(前者が被験者間要因,後者が被験者内要因であった)。その結果,代替思考の内容の

主効果のみ有意であった(F(1,21)=7.17, p<.05)。温かさ(M=3.74, SD=1.71)は有能さ(M=5.00,

SD=1.65)よりも,思いつくのが難しくなかったと評定された。これは仮説 2を支持する結

果であった。結果は図 5-4-2に示した。

図 5-4-2.抑制時の代替思考の生成しにくさ

注.値が高いほど代替思考が生成しにくかったことを意味する。

その他の分析結果

本研究の仮説とは直接関連しない質問項目に対する分析では,いずれも条件間で有意な

差が認められなかったため,本論文での報告は割愛する。

1

2

3

4

5

6

有能思考 温かさ思考

生成しにくさ

代替思考

Page 102: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

95

5-4-4.考察

研究 4 では,研究 3 に引き続き,抑制する特性とは別の次元のポジティブな特性を代替

思考とする方略によってリバウンド効果が低減する可能性を検討した。研究 3 では,無能

評定得点の信頼性係数が高くなかったという問題があったため,その点を修正した実験を

行った。その結果,研究 3 と同様に,温かさ思考条件では当該ステレオタイプのアクセス

ビリティが上昇しなかった。これによって,人柄次元のポジティブな特性である温かさを

代替思考に用いると,抑制後のリバウンド効果が低減されることが示された。

また,その際,反ステレオタイプ的特性の有能さよりも,ポジティブなステレオタイプ

的特性の温かさの方が代替思考としての生成しにくさを感じていなかったことが示された。

このことは,リバウンド効果を低減させるには,生成が容易なものを用いると効果的であ

るということを示唆している。

5-5.第 5章の示唆と限界

5-5-1.研究 1から研究 4のまとめ

本章では,「無能だが温かい」という慈悲的ステレオタイプを題材として,ステレオタイ

プ内容モデルに基づいて,抑制後のリバウンド効果を低減させる代替思考の内容を検討し

た。具体的には,研究 1 では家庭的女性に対するステレオタイプを,研究 2 から研究 4 で

は高齢者に対するステレオタイプを扱った。能力次元のステレオタイプ的特性(i.e., 無能)

を抑制する時,単純に抑制した場合,および同次元上の反対の特性(i.e., 有能)を代替思考

として用いた場合には,抑制後にリバウンド効果が生起することを示した(研究 1,2,3)。

しかし,ステレオタイプ内容モデルで論じられる,他方の次元の人柄に関するステレオタ

イプ的特性(i.e., 温かさ)を代替思考とした時には,リバウンド効果が低減する可能性も示

した(研究 1,3,4)。また,リバウンド効果を低減させた人柄次元に関する思考(i.e., 温

かさ)は,反ステレオタイプに関する思考(i.e., 有能)よりも,生成が容易であることを示

した(研究 4)。このことから,抑制時に生成しやすい代替思考を用いたため,別次元思考

方略はリバウンド効果を低減させることができたということが明らかになった。

Page 103: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

96

5-5-2.本章の示唆と限界

これまでのステレオタイプ抑制研究では,代替思考方略の限界が指摘されていた(e.g.,

Galinsky & Moskowitz, 2007)。しかし本章で一貫して示したように,抑制するのとは別の次

元のポジティブなステレオタイプ特性のように,生成が容易な代替思考を用いれば,リバ

ウンド効果を低減することができるということが明らかになった。さらに,家庭的女性お

よび高齢者のステレオタイプを題材としたことで,本方略の有効性と一般化可能性を示し

た。

このように本研究には一定の意義があるものの,問題点が残っている。本研究で提案し

た,抑制する特性とは別の次元のポジティブなステレオタイプ的特性を用いるという代替

思考方略のさらなる一般化に関する問題がある。本研究では,能力次元の評価はネガティ

ブだが,人柄次元の評価はポジティブな家庭的女性や高齢者に対する慈悲的ステレオタイ

プを題材とした。しかし,両面価値的ステレオタイプには,能力次元の評価はポジティブ

だが,人柄次元の評価はネガティブな,「有能だが冷たい」という嫉妬的ステレオタイプも

存在する(Fiske et al., 2002)。本研究の代替思考方略に当てはめれば,「冷たい」という人柄

次元のネガティブなステレオタイプ的特性を抑制する際に,他方の「有能」という能力次

元のポジティブな特性を代替思考として用いるという方略が考えられる。ただし,その有

効性については議論が必要であろう。本研究で代替思考として用いた人柄(温かさ)次元

は,対人認知研究において古くから印象形成の中心特性とされ,特に影響力の強いもので

あると考えられてきた(Asch, 1946)。さらに,集団間関係においても温かさの認知が重要

だということが示されている。例えば,Fiske et al. (2007) によれば,適応的に生きるために

は,他者の競争意図の有無を知覚することが重要であるため,競争意図の知覚から生じる

温かさの認知が能力の認知に先立って行われるということが示されている。これらの知見

から,人柄次元への反応は能力次元に優先される可能性がある。そのように仮定すると,「有

能だが冷たい」というステレオタイプにおいては,抑制するべき冷たいという人柄次元へ

の反応が優先されるため,能力次元のポジティブな特性である有能さが適切な代替思考と

して働かない可能性も考えられる。よって,本章で提案してきた別次元思考方略の有効性

について,「有能だが冷たい」という嫉妬的ステレオタイプにおいてもリバウンド効果が低

減するかどうかを,検討していく必要があるだろう。

Page 104: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

97

§ 第 6 章

嫉妬的ステレオタイプの抑制と代替思考方略の検討

6-1.嫉妬的ステレオタイプの抑制

第 5章の研究から,慈悲的ステレオタイプにおいて,能力次元のネガティブな特性を抑

制するとリバウンド効果が生起すること,および,リバウンド効果の低減には別次元思考

方略が有効であることが示された。第 6章では両面価値的ステレオタイプのもう一領域で

ある嫉妬的ステレオタイプの抑制を検討する。問題部分で指摘したように,思考抑制とは

異なり,ステレオタイプ抑制は対人判断の場面で行われることを前提とすると,本研究で

扱う嫉妬的ステレオタイプの抑制においても対人判断場面を想定する必要があろう。これ

まで人柄次元の特性の抑制は検討されてこなかったが,対人判断場面を前提とすると,嫉

妬的ステレオタイプ対象に特有の問題があると考えられる。そこで,第 6章の前半では,

対人判断文脈における抑制という点を考慮した上で,嫉妬的ステレオタイプの抑制を検討

する。

6-1-1.嫉妬的ステレオタイプに特有の問題

ステレオタイプ内容モデルによれば,ステレオタイプは両面価値的なものが多くみられ

ることが明らかになっている(Fiske et al., 2002)。第 5章では,高齢者などに向けられる慈

悲的ステレオタイプの抑制を検討し,「無能」というネガティブな特性を抑制すると,リバ

ウンド効果が生起することが示された。第 5章で検討した能力に関する特性は,社会構造

における地位の高低と対応しており,高齢者のような低地位な集団成員に対しては「無能」

というステレオタイプが共有されている。そのため,代替思考として反対の「有能」と考

えることは難しく,抑制後のリバウンド効果を避けることは難しいと考えられる。

他方,嫉妬的ステレオタイプは,高地位で競争的な集団にむけられる「有能だが冷たい」

という両面価値的なものである。人柄次元の内容を規定しているのは社会構造における競

争関係の有無であり,キャリア女性やエリート男性は社会的に利益を搾取しているとみな

されるために「冷たい」というステレオタイプを抱かれている。

このように競争的な高地位者は「冷たい」というステレオタイプを一般的に持たれるが,

Page 105: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

98

私たちはいつも高地位者をネガティブに捉えるわけではない。例えば,不景気など危機的

な状態に陥った場合には高地位集団に敵意を向けるが,他方で,社会が安定している時に

は,こうした対象に敵意を向けずに,協力したり,温かいと感じることが多いということ

が指摘されている(Cuddy et al., 2008)。このように,能力次元の特性に比べて,嫉妬的ステ

レオタイプの人柄次元の特性が顕現的になるか否かは,自分にとって外集団成員がどうい

った存在なのかによって変化しやすいと考えられる。同様に,個人レベルにおいても,Tesser

(1988)の自己評価維持モデルによれば,自己に関連した領域で優れている他者の存在は自己

評価に影響を及ぼすためネガティブな感情を抱く一方で,自己に関連していない領域にお

いては,その他者の有能さを賞賛しネガティブな気持ちを抱かないと考えられている。す

なわち,高地位者に対しては,社会的構造における競争性に基づいて,知識として「冷た

い」という表象があるものの,自己との関係によってその内容が顕現的になるか否かが変

わる可能性がある。進化的な観点からも,我々が生き残るためには他者の意図を読み取る

ことが重要であったため,人柄に関する判断は優先されやすいことが明らかになっており

(Fiske et al., 2007),自己との関係性が特に重要になると考えられる。

以上のように,人柄次元のステレオタイプに関しては,自己と抑制対象との関係性につ

いて考慮する必要があると考えられるが,どういった関係性が抑制場面では影響を及ぼす

のだろうか。対人認知場面において抑制を行うという点が代替思考の生成を困難にし,リ

バウンド効果を生起させるという第 5章の知見を考慮すると,嫉妬的ステレオタイプの抑

制においても対人判断場面を想定する必要がある。嫉妬的ステレオタイプの抑制に関わる

対人判断場面として,有能な外集団成員が認知者の目の前に存在するという状況があるだ

ろう。学歴偏重主義による受験戦争の激化や,社会における実力主義の普及などによって,

私たちがこうした優れた他者を意識する機会は頻繁に生じうると考えられ,嫉妬的ステレ

オタイプを他者にあてはめることによる弊害が生じる可能性がある。例えば,昨今,多く

の女性が社会進出を果たしており,男性は,本来自分達が優位であるはずの仕事という場

において,キャリア女性に対して競争意識を感じることがあるだろう。ステレオタイプ内

容モデルでは,人柄次元の内容は外集団との社会構造における競争関係の有無が規定する

と考えられているが,能力次元を規定する地位関係とは異なり,自己と抑制対象との関係

性によって競争意識が異なってくる可能性があるだろう。

もし対象に対して競争意識がある場合には,嫉妬的ステレオタイプ対象の「冷たい」と

いうステレオタイプ的特性が顕現化するため,反ステレオタイプの「温かい」は代替思考

Page 106: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

99

として考えにくくなるだろう。すると,抑制対象から注意をそらすことができないため,

抑制対象が意識内に侵入し監視過程が厳重になり,リバウンド効果が生起するだろう。他

方で,対象に対して競争意識がない場合には,「高地位集団の成員は冷たい」という表象は

知識としてあるものの,ネガティブなステレオタイプが顕現的にならない可能性がある。

その場合,反ステレオタイプの「温かい」を代替思考として考えることが困難でないため,

抑制対象から注意をそらすことができる。その結果,監視過程が厳重にならず,リバウン

ド効果が低減する可能性があるだろう。以上の流れを図 6-1に示した。

図 6-1.嫉妬的ステレオタイプ対象に対する競争意識が抑制過程に及ぼす影響

これまでの抑制研究では,抑制後のリバウンド効果の生起は頑健なものだと考えられて

きた。しかし,人柄次元のステレオタイプ抑制の場合には,個人的な競争意識がリバウン

ド効果の生起をわけると考えられる。嫉妬的ステレオタイプのような人柄次元のネガティ

ブ特性に関する抑制はこれまで検討されてこなかったため,第 6 章では,まずは 2 つの実

験を通して,競争意識の知覚が嫉妬的ステレオタイプの抑制に及ぼす影響を示す(研究 5・

6)11。すなわち,嫉妬的ステレオタイプの抑制では外集団成員に対する競争意識がリバウ

ンド効果の生起を調整すると示すことを一つ目の目的とする。

11 研究 5 および研究 6 は以下の論文において発表した内容を博士論文の主張に従って構成

しなおしたものである。田戸岡好香・石井国雄・村田光二(審査中)競争意識の知覚が嫉

妬的ステレオタイプの抑制に及ぼす影響.

競争意識あり

「冷たい」が顕現化

反ステレオタイプの

「温かい」が考えにくい

監視過程が厳重になる

アクセスビリティ上昇

=リバウンド効果

競争意識なし

「冷たい」が顕現化しない

反ステレオタイプの

「温かい」が考えやすい

監視過程が厳重にならない

アクセスビリティ上昇せず

=リバウンド低減

Page 107: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

100

なお,本研究では,これまでのステレオタイプ抑制のパラダイムを踏襲しながら,競争

意識の知覚が抑制後のリバウンド効果に及ぼす影響を検討することとした。すなわち,抑

制対象の写真を呈示したうえで抑制教示を行うこととした。そのため,研究 5および研究 6

では,ライバル関係のような直接的な競争関係を操作するのではなく,事前の課題のフィ

ードバック(研究 5)や抑制対象と参加者の関連性(研究 6)によって間接的に競争意識の

知覚を操作・測定することとした。具体的には,研究 5 では,キャリア女性に対する嫉妬

的ステレオタイプを題材として,男性参加者にキャリア領域に関するネガティブなフィー

ドバックを与えるか否かを操作することで,外集団(i.e., キャリア女性)への競争意識の知

覚を操作した。研究 6 では,金融ディーラーの男性を題材として,参加者である大学生が

経済に関わる分野を専攻しているか否かによって,競争意識の知覚を変えた。このように,

直接的に何かを競い合うような競争関係になくとも,高地位集団の成員に対して競争意識

を知覚しやすいような場面を設定することで,競争意識が抑制後のリバウンド効果に及ぼ

す影響を検討することとした。

6-1-2.嫉妬的ステレオタイプにおける代替思考方略

以上のように,嫉妬的ステレオタイプの抑制における弊害が生起する状況が特定的だと

すれば,高地位な外集団成員との競争状況を前提として,リバウンド効果の低減可能性を

検討する必要があるだろう。そこで,別次元思考方略は,外集団に競争意識を知覚してい

る状況であっても有効なのかどうかを探ることを第 6章の 2つ目の目的とし,第 6章の後

半(研究 7)で実証していく。

第 5章の実験結果から,抑制する特性とは別の次元のステレオタイプ的特性は代替思考

として考えやすいため,リバウンド効果を低減させると示されてきた。嫉妬的ステレオタ

イプにおける別次元思考方略は,脅威をうける対象を「有能だ」と考えることである。自

分にとって重要な領域での他者の優れた遂行が自己価値に脅威を及ぼすという指摘がある

ように(Tesser, 1988),競争的な状況において外集団成員の有能さを強調することは,自分

が搾取される可能性が強まるため,自己価値に対する脅威を与える可能性があるだろう。

では,このような脅威状況は,ステレオタイプ抑制過程にどのような影響を及ぼすのだ

ろうか。近年の研究では,人は自己価値に脅威を感じるときには,ワーキングメモリの機

能が低下するという知見が示されてきている(Eysenck & Calvo, 1992)。ワーキングメモリ

とは,情報を一時的に保ちながら処理するための構造である。例えば,数学の問題を解く

Page 108: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

101

ときには,数字を一時的に記憶しながら,計算などの処理をする必要があり,ワーキング

メモリが必要だと考えられている。実際,男女の数学の成績の性差を調べていると伝えら

れた女性参加者は,「女性は数学ができない」というステレオタイプを確証してしまうので

はないかという脅威を感じた結果,ワーキングメモリの容量が少なくなっており,数学の

問題を解く処理ができず,成績が低下していた(Schmader & Johns, 2003)。同様に,数学不

安が高い参加者は,数学の能力が測定されると伝えられると,ワーキングメモリが減少し

ていた(Ashcraft & Kirk, 2001)。特に,こうした自己価値への脅威を感じる場面では,不安

に関連した思考が生成されるため,言語的ワーキングメモリの機能が低下するという

(Beilock, Rydell, & McConnell., 2007)。このことを前提とすると,有能な外集団に対するネ

ガティブな「冷たい」というステレオタイプを抑制する際,当該集団からの脅威を知覚し

た場合には,不安関連思考によって言語的ワーキングメモリが低下することになる。思考

抑制では,望まない思考を排除しながら,代替思考を生成するという二つの処理を同時に

行う必要があるため,ワーキングメモリが必要だと考えられている。実際,ワーキングメ

モリが少ない参加者はリバウンド効果が生起しやすいことがいくつかの研究で示されてい

る(Brewin & Smart, 2005; Geraets, Merckelbach, Jelicic, & Habets, 2007)。このように,抑制時

に言語的ワーキングメモリが不安関連思考で占められると,ステレオタイプであっても代

替思考を考える余裕がなくなり,生成が困難になる可能性があるだろう。具体的には,「冷

たい」というステレオタイプを抑制する際に,別次元の「有能」というポジティブなステ

レオタイプ的特性を代替思考として用いようとするが,抑制対象に脅威を感じている場合

には,言語的ワーキングメモリが低下するために,ステレオタイプ的特性であっても考え

にくくなるだろう。そのため,抑制対象から注意をそらすことができず,抑制対象である

「冷たい」という思考が侵入し,厳重になった監視過程によって「冷たい」というステレ

オタイプのアクセスビリティが過度に上昇するだろう。こうした過程によって,有能な外

集団成員に脅威を感じる場合には,別次元思考方略を用いても抑制後のリバウンド効果が

生起すると考えられる。

ただし,近年の研究では,自尊感情が脅威に対する緩衝材になることが知られている

(Pyszczynski, Greenberg, Solomon, Arndt, & Schimel, 2004)。すなわち,自尊感情が高い場合

には脅威に耐性があるため,抑制対象を有能であると認めることができ,ワーキングメモ

リが低下しないだろう。この場合,有能思考はステレオタイプなので生成しやすく,抑制

対象から注意をそらすことができるため,結果としてリバウンド効果が低減すると考えら

Page 109: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

102

れる。すなわち,特に高自尊感情者において,別次元思考方略は有効な可能性があるだろ

う。このように,別次元思考方略は脅威を生じさせうるため,その有効性は限定されたも

のであるだろう。こうした方略の有効性と制限条件を示すことが第 6 章の二つ目の目的で

ある。こうした代替思考の有効性について,図 6-2 として図式化した。

以上をまとめると,嫉妬的ステレオタイプの抑制においては,ターゲットに対する競争

意識によってリバウンド効果が生起しやすくなると考えられるため,第 6 章では,はじめ

に嫉妬的ステレオタイプの抑制が困難になる状況を明らかにする(研究 5 および研究 6)。

その上で,別次元思考方略の有効性を検討するが,有能思考は脅威を生じさせうる場合が

あるため,方略の一定の有効性と限界点を示す(研究 7)ことを目的とする 。このことか

ら,高地位集団を否定的に考えないためには,抑制対象が自己にとってどのようなものと

捉えられるかといった点を考慮することが重要であると示唆されるだろう。昨今は受験戦

争や成果・業績を求められるような競争的な状況が多く,外集団成員に対する競争意識を

感じる状況は頻繁に生じうる。そのため,このことを前提として,本方略の効果の有効範

本研究の方略

抑制対象

これまでの方略

人柄次元

「冷たい」

対象

例)エリート

反ステレオタイプ

「温かい」

能力次元

「有能」

図 6-2.嫉妬的ステレオタイプにおける代替思考方略 (第 6章)

※WMはワーキングメモリの略である。

リバウンド効果

リバウンド効果 リバウンド低減

脅威あり

⇒WM 低下 脅威なし

⇒WM 低下せず

低自尊感情者 高自尊感情者

Page 110: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

103

囲と限界点を示すことは,より現実に即したステレオタイプ抑制を考える上で重要な知見

となるだろう。

Page 111: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

104

6-2.研究 5:キャリア女性に対する競争意識が抑制に及ぼす影響12

6-2-1.問題

第 6 章の研究 1 で述べたように,女性に対するステレオタイプ・偏見には,敵意的なも

のと慈悲的なものの二つの形態がある(Glick & Fiske, 1996, 2001a, 2001b)。両面価値的性差

別理論によると,キャリア女性のような非伝統的な女性は「有能だが冷たい」というステ

レオタイプを向けられ,男性への支配に抵抗する人物として敵意的な性差別(hostile sexism)

の対象となる。こうした「有能だが冷たい」という認知は嫉妬的ステレオタイプと呼ばれ,

男性の中で一般的に持たれている(Glick & Fiske, 2001;高林,2007)。そこで,研究 5では

キャリア女性に対するステレオタイプを題材とし,参加者を男性に限定した実験を行った。

その上で,キャリア女性への競争意識を知覚しやすい状況を操作することで,外集団へ

の競争意識の知覚がステレオタイプ抑制に及ぼす影響を検討した。ネガティブなフィード

バックなどによって自己評価が低くなった時には,他者に対して批判的になったり,敵意

的になりやすい(Baumeister, Smart, & Boden, 1996)。そこで本研究では,ある領域において

ネガティブなフィードバックを受けた後には,その領域において優れた人に対して競争意

識を知覚しやすいと考え,テストのネガティブなフィードバックを与えることで競争意識

の知覚の操作を行った。具体的には,キャリア形成に関すると称したテストを行わせた後

に,ネガティブなフィードバックを受けた場合には,その領域で活躍しているキャリア女

性に競争意識を知覚しやすくなるだろう。こうした競争意識の知覚の操作に加え,キャリ

ア女性の「冷たい」という人柄に関するステレオタイプを抑制するか否かを操作した。以

上の操作によって,研究 5 では,キャリア関連領域におけるネガティブなフィードバック

によってキャリア女性に対して競争意識を感じやすくなった参加者は,「キャリア女性は冷

たい」というステレオタイプを抑制した後,ターゲット人物をより冷たいと評定するリバ

ウンド効果が生起し,フィードバックを受けない参加者ではリバウンド効果が生起しない

だろう,という仮説を検討した。

12 本研究は日本社会心理学会第 52回大会におけるポスター発表を加筆修正したものである(田

戸岡好香・村田光二 (2011) 脅威が嫉妬的ステレオタイプの抑制に及ぼす影響)。

Page 112: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

105

6-2-2.方法

方法の概要

本実験は,4 つのフェーズで構成された。無関連な短い実験を 2つ行うというカバースト

ーリーのもと,第 1・第 2 フェーズを「実験 1」,第 3・第 4 フェーズを「実験 2」として,

実験を実施した。

第 1の「テストフェーズ」では,外集団への競争意識を知覚しやすい状況にするために,

適性テストと称した図形問題を行った後,ネガティブなフィードバックを返すか返さない

かを操作した。第 2 の「抑制フェーズ」では,キャリア女性の仕事場面を書く記述課題に

よって抑制操作を行った。その際,抑制条件ではキャリア女性のネガティブなイメージに

基づいて記述しないよう教示した。統制条件ではこうした教示はしなかった。第 2 フェー

ズが終了すると,実験者が変わり,第 3 の「フィラーフェーズ」では 100 マス計算を行っ

た。つづいて第 4 の「測定フェーズ」では,ある人物の文章をパソコン上に呈示し,その

人物の印象を評定させる対人認知課題を行った。この評定がリバウンド効果の測度であっ

た。

4つのフェーズが終了した後,それぞれのフェーズの関連に気づいたか否かをチェックし,

実験の目的および操作などについてデブリーフィングを行い,実験を終了した。

実験計画

実験計画は 2(ネガティブフィードバック:なし/あり)×2(抑制操作:統制/抑制)

の被験者間計画であった。

第 1 のテストフェーズでは,適性テストと称した課題を行った後,実際の成績には関係

なく,ネガティブなフィードバックを返すか否かを操作した。

第 2 の抑制フェーズではキャリア女性の写真を呈示し,その人物の仕事場面について記

述させ,その際に抑制操作を行った。

仮説

研究 5 では以下の仮説を検討した。キャリア関連領域におけるネガティブなフィードバ

ックによってキャリア女性に対して競争意識を知覚やすくなった参加者は,「キャリア女性

は冷たい」というステレオタイプを抑制した後,リバウンド効果が生起するが,フィード

バックを受けない参加者ではリバウンド効果が生起しないだろう。すなわち,測定フェー

Page 113: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

106

ズにおいて,フィードバックあり条件では,抑制条件は統制条件よりも文章の人物を冷た

いと評定するだろう。しかし,フィードバックなし条件では統制条件と抑制条件にそうい

った差は生じないだろう。なお,仮説を示すグラフを図 6-2-1に示した。

図 6-2-1.測定フェーズにおける冷たさ評定得点に関する仮説

注.冷たさ評定得点が高いほど,文章の人物を冷たいと評定したことを意味する。

実験参加者

実験参加者は東京都内の大学において心理学関連の授業を受講している男子大学生 74名

であった(平均年齢 19.45歳,SD=1.16)。参加者は実験に参加することで授業の出席点を与

えられた。実験計画は(ネガティブフィードバック:なし/あり)×2(抑制操作:統制/

抑制)の参加者間計画で,実験参加者をいずれかの条件に無作為に割り当てた。なお,内

訳は,フィードバックなし・統制条件 18 名,フィードバックなし・抑制条件 18 名,フィ

ードバックあり・統制条件 16名,フィードバックあり・抑制条件 22名であった。

実験材料・刺激

テストフェーズ

課題とフィードバックの内容 最初のテストフェーズでは適性テストと称した課題を行

った。Microsoft 2010の Power Pointを用いて,課題の呈示,課題への回答,およびフィード

バックを行った。

4

5

6

7

8

9

フィードバックなし フィードバックあり

冷たさ評定得点

フィードバック操作

統制

抑制

Page 114: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

107

フィードバックなし条件ではスライドが 23枚,フィードバックあり条件ではスライドが

26 枚であった。スライドの詳細は付録 Dに示した。

1枚目のスライドでは「大学生における適性テストの実施」という課題のタイトルを示し

た。個人の能力を測定していると思わせるために,右下にはランダムな IDを振っておいた。

2 枚目では,パソコンを操作する練習であると伝え,参加者自身の性別をクリックするよう

求めた。これによって自分が男性であることを意識させた。3枚目から 5枚目までは,以下

の図 6-2-2を用いて課題の説明を行った。課題は 5つの連続した図形の法則性を考え,「?」

の部分にあてはまる図形を選択肢の中から選ぶというものであった。なお,以下の図 6-2

-2 の解答は,三角形は反時計回りに 90 度ずつ移動しており,三角形の色は白黒交互にな

っているので,「?」の直前の図形から 90度三角形が移動し,色が黒である図形(D)が正

解であった。

図 6-2-2.テストフェーズの例題

なお,時間制限を設けないことで,すべての問題に解答できてしまうと,参加者が課題

を簡単に感じてしまい,ネガティブフィードバックの信憑性が薄れる可能性がある。そこ

で,参加者には 1 問につき 30 秒の制限時間があることを伝えた。スライド 6 枚目から 20

枚目までは 15問の問題を 1題ずつ掲載した。スライドの右上には,残り 5秒になるとカウ

ントダウンが表示されるようになっていた。参加者が A~E のいずれかの選択肢をクリック

するか,30 秒が経過すると,自動的に次の問題に移行するようになっていた。問題がすべ

て終了すると,21枚目において,指示があるまでそのまま待つように教示した。

Page 115: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

108

22枚目以降の詳しい内容は以下の表 6-2-1に示した通りであった。22枚目では,適性

テストで調べていた内容について説明をした。23 枚目以降は条件ごとに異なっており,フ

ィードバックなし条件では,結果は実験が終わった後に知らせると教示した。フィードバ

ックあり条件では,参加者に結果の集計を行っていると信じさせるような画面を呈示した

後,実際の成績とは無関係に,D判定で,仕事に関する能力が低いといった旨のネガティブ

な判定結果を伝えた。

両条件において,スライドの最後のページにおいて,質問紙上で課題への感想に回答を

求めた。

表 6-2-1.22枚目以降の条件ごとのスライド内容

フィードバックなし条件 フィードバックあり条件

22 枚目 このテストでは,いくつかの能力を測定するために,難易度や種類が異なるさま

ざまな問題が含まれていました。このテストで測定した能力は,「空間認知能力」

「洞察力・推論力」「正確さ」 でした。A 判定(すべての能力において優れてい

る)~E 判定(すべての能力において劣っている)の 5段階で判定結果をお返し

します。

23 枚目 テストの結果は,すべての実験が終わ

った後にお知らせいたします。

質問紙の 4ページに進み,感想をお答

え下さい。

「結果の集計」というボタンをクリック

すると集計が始まるようになっていた。

24 枚目 なし 集計を行っていることを示す画面が示さ

れた。

25 枚目 なし 評価:D判定

総評:いずれの能力においても,全体的

に低い傾向にあります。きめ細かい視点

で問題を読み解いたり,効率的に作業を

行う力がやや欠けている傾向にありま

す。重要な仕事を任された時に,致命的

なミスを犯したり,人より作業が遅くな

ってしまう可能性があります。

Page 116: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

109

質問紙の構成 適性テストの実施はパソコン上で行ったが,同時に質問紙を配布した。

本実験では,二つの無関連な実験を行うというカバーストーリーであったため,実験ごと

に質問紙の構成や体裁を変更した。テストフェーズと抑制フェーズは,その後の測定フェ

ーズとは無関連な実験であると強調するため,B5用紙に明朝体で記載した。

テストフェーズの質問紙は全 4 ページであった。質問紙の 1 ページ目には,自己のキャ

リア形成に関わる課題として,一般的な大学生に適性テストを実施している,というカバ

ーストーリーを明記した。

2ページ目は,課題の最中にメモ欄として使用するように白紙になっていた。

3 ページ目は指示があるまで次のページに進まないよう書かれており,4 ページ目では,

現在の気分を尋ねるために「楽しい」「疲れた」などの 12項目を 7件法で尋ねた(1:全くあ

てはまらない~7:非常にあてはまる)。また,今行った課題に関する感想として,「テストは

難しかった」,「 適当に答えた」,「このテストは信頼できない」,「よく考えて答えた」,「今

後の参考になると思う」といった項目に 7件法で回答するようになっていた(1:全くあては

まらない~7:非常にあてはまる)。

抑制フェーズ

質問紙の構成 質問紙は 6ページで構成された B5 サイズの冊子であった。

表紙には「他者に関するキャリア形成として,この課題では,他者が働いている場面を

想像する過程を調べている」というカバーストーリーを明記した。質問紙を開くと,2ペー

ジ目には課題の説明を明記した。この課題ではキャリア女性が働く場面について想像する

と記述してあり,その時の場面設定が以下のように記述されていた。

写真の人物はある大手企業の営業部に勤務している女性です。営業部は業績

主義であるため,それぞれの地区担当者同士がいつも競い合っています。こ

の写真の人物は最も業績の良い A地区を担当しています。この営業部には,

他の地区担当の男性社員や女性の派遣社員が働いています。

上記の場面設定のもとで,Oe & Oka (2003) を参考に,「キャリア女性は_」から始まる

文章を記述するよう求めた。その際の注意事項として,a.) キャリア女性の仕事の内容では

なく,他地区担当である他の男性社員や派遣社員に接する態度や仕事ぶりなどを,動作や

Page 117: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

110

様子を表わす言葉で書き入れること,b.) 1 つの文章には 1 つの事柄だけを書き入れ,同じ

文章は書かないこと,c.) 終了の合図があるまでは 5 分間課題を続けること,を明記した。

そして,抑制条件では,課題の説明の最後に,強調のために以下のように下線を引いた

記述によって抑制操作をした。なお,統制条件では以下の記述はなかった。

ちなみに「キャリア女性は他人に冷たい」などといったイメージがあります。現

在では女性の社会進出が進んでいますので,そういったイメージに基づいて書か

ないように注意してください。そうすることはこの課題でとても重要なことなの

で,最大限の努力を払ってください。

3,4ページには「キャリア女性は_」で始まる文章を書くための空欄を 15個設けた。

5ページには,指示があるまで先のページには進まないよう明記してあった。

6ページには,記述課題が終了した後に課題への感想を回答してもらうとして,課題の指

示に従ったかどうかを尋ねる項目を 3つ尋ねた。

刺激写真 抑制フェーズの記述課題では,Macrae et al. (1994) の手続きを参考に,キャリ

ア女性の写真を 1 枚呈示し,その人物の仕事場面を書くよう求めた。刺激写真は,スーツ

を着た女性であることを基準に,6枚の写真を実験刺激の候補として選出した。いずれの写

真が本実験の刺激として適切であるかを調べるため,予備調査を行った。予備調査として

14 名の調査協力者に 6 枚の写真を呈示し,それぞれの女性に対して以下の特徴がどの程度

あてはまると思うか,として「感じの悪い」,「優しい(逆)」,「親しみにくい」,「冷たい」,

「思いやりのない」といった冷たさに関する形容詞 5語に対して 9件法(1:全くあてはま

らない~9:非常にあてはまる)で回答を求めた。その数値が最も高かった写真を,「冷た

い」というキャリア女性のステレオタイプにあてはまるものとして,本研究で使用するこ

ととした。

なお,キャリア女性に対する「冷たい」というステレオタイプが一般的に持たれている

かを検討するために,この写真に対する冷たさ評定の合算平均値(α=.78)に対して,中点

(5:どちらともいえない)との差の検定を行ったところ,写真のキャリア女性に対して有

意に冷たいという評定(M=5.94, SD=1.08)をしていた(t(13)=3.28, p<.01)。よって,本実験

を行った大学においては,キャリア女性に対して冷たいというステレオタイプが持たれて

Page 118: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

111

いることが確認された。

写真は EPSONの L版(89×127mm)の写真用紙(光沢 EG)にインクジェットプリンタで

カラー印刷し,ラミネート加工をした。用いた写真は付録 Aに示した。

フィラーフェーズ

100マス計算 抑制フェーズと測定フェーズが無関連であることを強調するために,第 3

フェーズではフィラー課題として 100 マス計算を行った。質問紙はこれまでの研究と同様

であったため,ここでの記述は割愛する。

測定フェーズ

装置 文章の呈示および印象評定は,Millisecond Software 社製実験制御ソフトの inquisit

ver3.0を使用した。使用したパソコンおよびプログラム内容は研究 2から研究 4で用いたも

のと同様であった。よって,ここでの記述は割愛する(詳細は第 5章の研究 2を参照)。

文章 対人認知課題における文章は,やや冷たい印象を与える「佐々木さん」という人

物の物語であった。文章の作成方法は森 (2000,pp.35-36) を参考に,ターゲット人物がや

や冷たい行動をとるが,それが状況によるものなのか,特性によるものなのかが曖昧な文

章を作成した。まず,やや冷たい行動を示すと考えられる文を 33文作成し,実験に参加し

ない 15名に 9件法(1:全く冷たくでない~9:非常に冷たい)で評定を求め,行動文を選

出した。選出の際の条件としては,a.) 評定の平均値が 5.0(中点)以上で,b.) 天井効果が

起こるほど極端な値ではなく(7.0 以下),人によって評価のわかれる曖昧な行動文を選出

するために c.) 標準偏差の値が他の文よりも大きい(1.5以上)行動文を 4文選出した(cf. 森,

2000)。4文の具体的な数値については表 6-2-2に示した。

Page 119: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

112

表 6-2-2.行動記述文の冷たさ評定

やや冷たい行動文 平均値 (SD)

・飼っていたペットの世話ができなくなったので,知人にあ

げてしまった。

5.30 (1.88)

・電車で人のかばんにあたってしまったが,謝らなかった。 6.06 (1.72)

・近所の人に「こんにちは」と声をかけられ,目を合わせず

に軽く会釈した。

5.58 (1.68)

・職場の後輩から電話が来たが,仕事の話は休日はしない主

義だからと言って電話を切った。

6.37 (1.53)

注.評定値は 9件法で,点数が高いほど行動文が冷たいと評定されたことを意味する。

次に,選出した 4 文の行動文を含んだ文章を作成した。文章は森(2000)と同様,主人

公である「私」と印象評定のターゲットである友人の「佐々木さん」のある一日の行動を

描写したものであった。作成した文章がやや冷たい行動を示す文章であるかを確認するた

め,15名に「感じの悪い」,「優しい(逆)」,「親しみにくい」,「冷たい」,「思いやりのない」

というキャリア女性の冷たさを示すステレオタイプ語に 9件法(1:全くあてはまらない~

9:非常にあてはまる)で評定を求めた。評定の結果,冷たさの評定平均値は 6.45 と高すぎ

ず,標準偏差も 1.22 と大きかった。よってこの文章をやや冷たく曖昧な文章として適切で

あると判断した。使用した文章は付録 E として添付した。

評定項目 評定に用いた項目は,高林(2007)および沼崎(2006)を参考に,キャリア

女性の「冷たい」というステレオタイプに関する評定語として「優しい(逆)」,「冷たい」,

「親しみにくい」を用いた。加えて,独自の項目として,「感じの悪い」,「思いやりのない」

といった項目を加え,5 語を冷たさステレオタイプ語として用いることとした。また,有能

ステレオタイプに関する評定語として,高林(2007)および沼崎(2006)を参考に,「決断

力のある」,「有能な」を用いた。加えて,独自の項目として,「知的な」,「頭の悪い」とい

った項目を加え,4語を有能ステレオタイプ語として用いることとした。

ただし,以上の 9 語のみを評定項目として呈示すると,実験意図に気づかれる可能性が

あるため,「積極的」「華やか」などのキャリア女性ステレオタイプとは無関係なフィラー

語を 6語用いた。さらに,ステレオタイプ語とフィラー語をランダムに配置した。

Page 120: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

113

実験後の質問紙の構成

4つのフェーズが終了した後,実験全体に関するアンケートと称した質問紙への回答を求

めた。質問紙は A4用紙で 4ぺージで構成され,ゴシック体で記述された。質問項目は実験

1(テストフェーズ,抑制フェーズ)に関する項目,実験 2(フィラーフェーズ,測定フェ

ーズ)に関する項目,実験全体に関する項目,参加者の属性を尋ねる項目の 4 種類で構成

された。

実験 1(テストフェーズ,抑制フェーズ)に関する質問項目は 3 種類あった。1 つ目に,

ネガティブフィードバックの操作チェックとして,フィードバックあり条件の参加者にの

み,フィードバックされた結果がどのようなものだったかを,7 件法で回答を求めた(1:

悪かった~7:良かった)。2つ目に,キャリア関連領域におけるネガティブなフィードバッ

クを受けた後に,キャリア女性に対する競争意識を知覚しやすくなったかを確認するため,

「キャリア女性に対して競争意識を感じた」という項目への回答を 7件法で求めた(1:全

く感じなかった~7:非常に感じた)。3つ目に,操作チェックの一環として,記述課題時に

キャリア女性の冷たいイメージを書かないように努力したかを 7 件法で回答するよう求め

た(1:全く努力しなかった~7:非常に努力した)。

実験 2(フィラーフェーズ,測定フェーズ)に関する質問項目は大きく分けて 2種類あっ

た。1つ目に,100マス計算が出来た程度を 7件法で回答を求めた(1:全くできなかった~7:

非常にできた)。2つ目に,対人認知課題にきちんと取り組んだかを調べるために,「瞬間的

に判断した」「文章をきちんと読んだ」「途中で集中が途切れた(逆転項目)」「一生懸命取り

組んだ」について 7件法で回答を求めた(1:全くあてはまらない~7:非常にあてはまる)。

実験全体に関する質問項目では,実験意図への気づきを調べるために,課題間の関連な

ど気づいたことを自由に記述する空欄を設けた。質問紙の最後では,参加者の属性を調べ

るため,参加者の年齢および留学生か否かを尋ねた。

手続き

本実験は 2名の実験者で行った。第 1・第 2フェーズを実験 1として第一実験者が実施し,

第 3・第 4 フェーズを実験 2 として第二実験者が実施した。実験者効果を排除するために,

第二実験者にはいずれの条件を実施するのかがわからないようにした。

第一実験者が実験参加者を実験室に招き入れ,十分な距離を置いて配置した所定の座席

に着席させた。参加者の配置は互いに背中合わせになるか,ついたてが立てられており,

Page 121: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

114

入口

お互いの存在を意識しないようになっていた。その位置関係を図 6-2-3として示した。

図 6-2-3.実験室における位置関係

実験を開始する前に,第一実験者は実験参加者に挨拶をし,カバーストーリーとして「大

学生のキャリア形成に関する実験」と「人の瞬間的な判断に関する実験」の 2 つの無関連

な短い実験に参加してもらうと伝えた。回答は匿名の状態で整理され,個人の回答が明ら

かになることはないと実験参加者に説明し,匿名性の保証をした。その後,実験への参加

を承諾する場合には,承諾書にサインをしてもらった。なお,承諾書にサインをしなかっ

た参加者はいなかった。つづいて実験への影響を排除するために携帯電話の電源を切るよ

う実験参加者に教示し,電源を切ったことを確認した後,実験を開始した。

第 1 のテストフェーズでは,自己のキャリア形成に関わる課題として,一般的な大学生

に適性テストを実施しているというカバーストーリーを伝えた。適性テストの信憑性を高

めるために,「これから行う適性テストは,もともと特定の業界・職種向けに作成されたも

のだが,今では幅広い業界で実施され,採用時の選考に使用されている」と伝えた。外集

団への競争意識を知覚しやすい状況にするために,石井・沼崎 (2011) を参考に,ネガティ

ブなフィードバックを返すか返さないかを操作した。具体的には,「自己のキャリア形成に

Page 122: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

115

関わる課題」として,適性テストと称した図形問題をパソコン上で 15問行った。すべての

問題が終わった後,「このテストはこれまでの研究によって,将来の成功に関わることがわ

かっている」として,「A 判定:全ての能力が優れている~E 判定:全ての能力が劣ってい

る」の 5 段階で結果を返すと伝えた。その上で,フィードバックなし条件では,実験後に

結果を知らせるとして,結果は与えなかった。他方,フィードバックあり条件では,実際

のテストの結果に関わらず,D 判定で,仕事に関する能力が低いといった旨のネガティブな

判定結果を伝えた。その後,課題への感想に回答を求めた。

つづいて,抑制フェーズにおいて,他者のキャリア形成に関する実験として,他者が働

いている場面を想像する過程を調べているというカバーストーリーを伝え,キャリア女性

の働きぶりを想像させた。大手企業の営業部に勤務している女性として,キャリア女性の

カラー写真を呈示し,その人物が働く様子を「キャリア女性は_」で始まる文章で 5 分間

で記述するよう求めた。その際,抑制操作として,抑制条件では「キャリア女性は他人に

冷たい」といったイメージに基づいて書かないよう抑制教示を与えた。他方で,統制条件

ではそうした教示は与えなかった。課題を 5 分間行った後,今行った調査についての質問

として,実験への集中の程度について 7件法で回答を求めた(1:全くあてはまらない~7:

非常にあてはまる)。全員の回答が済んだことを確認し,第一実験者は,以上で 1つ目の実

験は終了であると伝え,退室した。

つづいて,第二実験者が,2 つ目の実験では,「人が瞬間的に物事を判断する過程」につ

いて調べており,これから瞬間的な判断に関する種類の異なる 2つの課題を行うと伝えた。

そして 1 つ目の課題としてフィラーフェーズを行った。この課題では数字に対する瞬間的

な判断を調べており,2分間で,かけ算をやってもらうと伝えた。これまでの研究と同様に,

100マス計算のやり方の説明をした後,課題を 2分間行った。

2つ目の課題では「人が印象を瞬間的に判断する過程について調べる」というカバースト

ーリーを伝え,対人認知課題の説明をした。文章をパソコンの画面上で 1文ずつ計 26文呈

示した後,ターゲット人物に対する印象を評定するよう求めた。なお,文章は参加者のペ

ースで読んで構わないが,その後の印象評定はできるだけすばやく行うよう求めた。これ

は,印象判断はステレオタイプのアクセスビリティの指標であり,時間をかけると社会的

望ましさや自己呈示が回答に影響を与えてしまう可能性があるためであった。評定は「優

しい(逆)」,「冷たい」,「親しみにくい」「感じの悪い」,「思いやりのない」といった冷た

さステレオタイプ語を 5 語,「決断力のある」,「有能な」「知的な」,「頭の悪い」といった

Page 123: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

116

有能ステレオタイプ語を 4 語, およびフィラーの 6 語の,合計 15 語であった。その単語

が「佐々木さん」の印象にどの程度あてはまるかを 9 件法ですばやく回答するよう求めた

(1:まったくあてはまらない~9:非常によくあてはまる)。評定が終了したら,第二実験

者は 2つ目の実験は終了であると伝えた。

つづいて,2 つの実験に関するアンケートだと説明し,実験意図への気づきなどを調べる

質問紙に回答した。参加者の回答が終わったことを確認し,実験は以上で終了であると伝

えた。

最後に実験のデブリーフィングをした。特に,本実験はネガティブな偽のフィードバッ

クを含んでいたため,実際の成績には関係なくネガティブなフィードバックを行っていた

ことを説明し,希望者には課題の正解を伝えた。また,実験の目的のためにやむを得なか

ったという点を詳細に伝えた上で,データの使用を承諾しない場合にはデータを破棄する

ことも可能であることを伝えた。なお,データの破棄を希望する参加者はいなかった。

6-2-3.結果

データの整理

実験中にパソコンの動作が止まった 4 名,および回答に不備のあった 2 名を分析から除

外し,全 68 名(平均年齢 19.43 歳)のデータを分析に用いた(フィードバックなし・統制

条件 18 名,フィードバックなし・抑制条件 18 名,フィードバックあり・統制条件 15 名,

フィードバックあり・抑制条件 17名)。

分析の結果

テストフェーズ

ネガティブフィードバックの操作チェックとして,フィードバックを受けた人にのみ,

与えられた結果について尋ねたところ(1:悪かった~7:良かった),平均値は 1.89(SD=0.99)

で,中点(4.00)よりも有意に低かった(t(34)=12.59, p<.01)。よって,フィードバックの操作

は有効であったと考えられる。

Page 124: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

117

抑制フェーズ

抑制フェーズにおける操作の有効性を確認するため,記述された文がどの程度キャリア

女性ステレオタイプ(人柄,能力)に当てはまるかを,評定者は条件がわからない状態で,

9 件法で評定し,それぞれ記述冷たさステレオタイプ度(1:非常に温かい~5:どちらとも

いえない~9:非常に冷たい),記述有能ステレオタイプ度(1:非常に無能~5:どちらと

もいえない~9:非常に有能)とした13。

記述冷たさステレオタイプ度についいて, 2(ネガティブフィードバック:なし/あり)

×2(抑制操作:統制/抑制)の分散分析を行った。その結果,フィードバック操作および

抑制操作の主効果が有意であった(それぞれF(1, 64)= 8.05, p < .01; F(1, 64)= 60.77, p < .01)。

ネガティブフィードバックあり条件(M=5.75, SD=1.57)は,フィードバックなし条件(M=5.08,

SD=1.42)よりも,キャリア女性を冷たいと記述していた。また,抑制条件(M=4.43, SD=1.09)

は,統制条件(M=6.42, SD=1.20)よりもキャリア女性を冷たいと記述していなかった。な

お,交互作用は有意ではなかった(F(1, 64)= 2.73, ns.)。以上の結果から,抑制条件は統制条

件よりもキャリア女性に対するネガティブなステレオタイプを抑制しており,抑制操作は

有効であったと考えられる。

加えて,統制条件において「キャリア女性は冷たい」というステレオタイプが記述され

ていたことを確認するために,さらに中点(5)からの差の検定を行った。その結果,統制

条件は中点よりも有意に評定値が高く,キャリア女性の冷たさを記述していた(t(32) =6.82,

p<.01)。他方,抑制条件では,中点よりも有意に評定値が低いことから,教示通りステレオ

タイプを抑制していた(t(34) =3.10, p<.01)。また,この結果は代替思考として「温かい」と

いう反ステレオタイプを使用していたことも示唆している。

なお,両面価値的ステレオタイプにおいては,他方の次元の「有能」特性を代替思考と

して使用した可能性もあるため,記述有能ステレオタイプ度についても同様に分析を行っ

た。その結果,いずれの主効果,交互作用も有意ではなく(Fs(1, 64)<1),有能さを代替思

考として使用した可能性は排除された。

13抑制フェーズにおいて記述された文の具体例を付録 Fに示した。

Page 125: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

118

テストフェーズ・抑制フェーズに関する事後報告

第 4 フェーズの印象評定後に,第 1 フェーズに関する質問への回答を事後的に求めたの

で,その質問に関する分析結果を報告する。

抑制フェーズでの抑制意図 操作チェックの一環として,抑制フェーズにおいてキャリ

ア女性のネガティブなイメージを書かないように努力したかを 7件法で尋ねた(1:全く努

力しなかった~7:非常に努力した)。回答に対してフィードバック操作×抑制操作の分散

分析を行ったところ,抑制操作の主効果のみ有意であった(F(1, 64) = 63.04, p < .001)。フィ

ードバック操作の主効果および交互作用は有意ではなかった(それぞれ F(1, 64) = 1.64, ns. ,

F(1, 64) = 0.28, ns)。抑制条件(M = 5.03, SD = 1.27)は統制条件(M = 2.24, SD = 1.58)より

もキャリア女性のネガティブなイメージを書かないように努力していた。これは前述した

実際の記述冷たさステレオタイプ度の結果と整合しており,この結果からも抑制操作は成

功していたと考えられる。

競争意識の知覚 本研究では,参加者にキャリア関連領域におけるネガティブなフィー

ドバックを与えた後,同様の場面で活躍するキャリア女性を呈示すると,キャリア女性へ

の競争意識を感じると予測した。そこで,ネガティブなフィードバックによってキャリア

女性への競争意識を知覚したかを検討した。キャリア女性に対して競争意識を感じた程度

を尋ねた項目に対して,フィードバック操作×抑制操作の分散分析を行ったところ,フィ

ードバック操作の主効果のみ有意傾向であった(F(1, 64) = 3.92, p = .052)。抑制操作の主効

果および交互作用は有意ではなかった(それぞれ F(1, 64) = 2.14, ns. ,F(1, 64) = 0.06, ns)。

フィードバックあり条件(M = 3.09, SD = 1.71)はフィードバックなし条件(M = 2.19, SD =

1.67)よりもキャリア女性に対して競争意識を感じやすくなっていた。以上のことから,本

研究の想定通り,ネガティブなフィードバックによって,キャリア女性に対する競争意識

を相対的に高く感じていたことが示唆された。

測定フェーズ

リバウンド効果の生起 第 4 フェーズの印象評定課題においてリバウンド効果の測定を

行った。評定に長時間かかった回答は,社会的望ましさを考慮していた可能性があり,ス

テレオタイプのアクセスビリティを反映した指標として望ましくないため,除外すること

とした。Bargh & Chartrand (2000) に基づき,単語ごとに印象評定の回答時間の平均値と標

Page 126: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

119

準偏差を算出し,回答時間が 3SD 以上遅いデータを除外した(全体の 0.60%)。

評定は 9件法で,逆転項目を逆転し,それ以外については評定値をそのまま用いた。「優

しい(逆)」,「冷たい」,「親しみにくい」「感じの悪い」,「思いやりのない」の冷たさステ

レオタイプ 5語への評定値を合算平均し,冷たさ評定得点(α=.70)とした。この得点が高

いほど,冷たさに関するステレオタイプのアクセスビリティが上昇したことを意味する。

この値に対して同様の分散分析を行ったところ,フィードバックの主効果および抑制操作

の主効果は有意ではなかったが(それぞれ F(1, 64) = 2.31, ns. ; F(1, 64) = 0.62, ns),予測して

いた交互作用のみ有意であった(F(1, 64)= 4.24, p < .05)。結果は図 6-2-4に示した。下位

検定(Bonferroni)の結果,フィードバックがない場合には,統制条件(M=5.84, SD=1.07)

と抑制条件(M=5.50, SD=1.11)に差はなかった。他方で,フィードバックがあった場合,

抑制条件(M=6.45, SD=0.98)は統制条件(M=5.69, SD=1.19)よりも冷たさ評定得点が高か

った(p = .055)。また,抑制条件において,フィードバックあり条件(M=6.45, SD=0.98)

はフィードバックなし条件(M=5.50, SD=1.11)よりも冷たさ評定得点が高かった(p < .05)。

以上の結果から,仮説に沿って,ネガティブなフィードバックによってキャリア女性に対

して競争意識を感じやすくなった参加者のみ,キャリア女性に対するステレオタイプの抑

制後にターゲット人物をより冷たいと評定していた。

図 6-2-4.測定フェーズにおける冷たさ評定得点

注.値が高いほど文章の人物を冷たいと評定したことを意味する

4

5

6

7

8

9

フィードバックなし フィードバックあり

冷たさ評定得点

フィードバック操作

統制

抑制

Page 127: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

120

その他の項目の評定 同様に,「決断力のある」,「有能な」「知的な」,「頭の悪い(逆)」

の有能ステレオタイプ 4 語への評定を合算平均し,有能評定得点とした(α=.64)。この得

点が高いほど文章の人物を有能と評定したことを意味する。この値に対して同様の分散分

析を行ったところ,いずれの主効果,交互作用も有意ではなかった(F(1,64) < 2.72, ns.)。条

件ごとの平均値は表 6-2-3に示した。

表 6-2-3.印象評定課題における評定値

FB なし・統制 FB なし・抑制 FB あり・統制 FB あり・抑制

冷たさ評定得点 5.84 (1.07) 5.50 (1.11) 5.69 (1.19) 6.45 (0.98)

有能評定得点 4.33 (1.14) 5.03 (1.00) 4.85 (1.29) 5.12 (1.36)

注.値が高いほど文章の人物をステレオタイプに沿って評定したことを意味する。

なお,括弧内は標準偏差である。

その他の分析結果

本研究の仮説とは直接関連しない質問項目に対する分析では,いずれも条件間で有意な

差が認められなかったため,本論文での報告は割愛する。

6-2-4.考察

研究 5 では,テストのネガティブなフィードバックを与えることで外集団に対する競争

意識の知覚を操作し,嫉妬的ステレオタイプの抑制に競争意識の知覚が及ぼす影響を検討

した。

抑制時における記述と思考

分析の結果,抑制条件では統制条件よりもキャリア女性の冷たさを記述していなかった。

また,抑制条件では,統制条件よりも抑制の努力をしたと報告された。これらの結果から,

抑制操作は有効であったといえる。

リバウンド効果の生起と本実験の示唆

対人認知課題における冷たさ評定得点をリバウンド効果の指標とした。実験の結果,ネ

ガティブフィードバックを受けていない場合にはリバウンド効果が生起しなかったが,ネ

Page 128: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

121

ガティブフィードバックを受けた場合にはリバウンド効果が生起した。ネガティブフィー

ドバックによって外集団への競争意識の知覚が相対的に強まっていることが確認されてお

り,競争意識の知覚がリバウンド効果の生起に影響を及ぼすという本研究の仮説を支持す

る結果であった。

なお,抑制操作の有無にかかわらず,ネガティブフィードバックを受けた後は,フィー

ドバックを受けていない場合よりも,キャリア女性の冷たさに関する記述が増えていた。

ただし,その後の対人認知課題では,フィードバックあり条件で統制条件の参加者は他の

条件に比べて冷たさ評定が高まっていなかった。ステレオタイプなどの特性概念のアクセ

スビリティの上昇は時間経過によって減衰するという知見を考慮すると(Higgins, 1989),

フィラーフェーズを挟んだことで,アクセスビリティの一時的な高まりが減衰し,対人認

知課題で冷たさ評定得点が高くならなかったと考えられる。一方で,競争意識を知覚しな

がら抑制した場合には,抑制の過程によって繰り返しステレオタイプのアクセスビリティ

が高まった(hyperaccessible)結果,フィラー課題を挟んでもアクセスビリティが減衰せず,

対人認知課題において冷たさ評定が高まり,リバウンド効果が示されたと考えられよう

(Macrae et al., 1994)。

このように,研究 5 では,キャリア領域においてネガティブなフィードバックを与えた

後,キャリア領域で活躍する女性を呈示することで,外集団への競争意識の知覚を操作し

た。これによって外集団への競争意識の知覚がリバウンド効果に及ぼす影響を実証するこ

とができた。実際,ネガティブなフィードバックを与えられた参加者は,与えられなかっ

た参加者よりも,キャリア女性に対して相対的に競争意識を感じていた。ただし,本研究

では,競争意識の源泉がネガティブフィードバックであるのか,キャリア女性であるのか,

といった点が曖昧であった。そこで,研究 6 では,より競争意識の源泉を明確にするため

に,参加者と抑制対象者との関係に焦点をあて,抑制対象に感じる競争意識を測定するこ

とで,研究 5の知見に対する代替説明を排除し,仮説の妥当性と一般性をさらに検討する。

Page 129: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

122

6-3.研究 6:金融ディーラー対する競争意識が抑制に及ぼす影響14

6-3-1.問題

研究 5 の限界点を考慮し,研究 6 では,エリート男性に対する嫉妬的ステレオタイプを

題材として,競争意識がステレオタイプ抑制に及ぼす影響を検討した。

エリート男性は元来競争的に捉えられやすい対象であるが,有能な他者への認知や感情

は自己が重要だと考えている分野と関連しているか否かによって左右されることから

(Tesser, 1988),研究 6では分野の関連性に注目した。なお,エリート男性として金融ディ

ーラーを取り上げ,参加者が所属する学部を独立変数として,競争意識を知覚するかどう

かを変えた。具体的には,商学部や経済学部のように,抑制対象である金融ディーラーと

自分の専攻分野に関連がある場合には,特に競争意識を知覚しやすいと想定した。他方,

その他の学部では,金融ディーラーと自分の専攻分野に関連がないため,競争意識を知覚

しにくいと考えられる。よって研究 6 では,金融ディーラーに対して競争意識を感じやす

い関連学部の参加者は,「金融ディーラーは冷たい」というステレオタイプを抑制した場合,

抑制後にターゲット人物をより冷たいと評定するリバウンド効果が生起するが,無関連学

部の参加者ではリバウンド効果が生起しないだろう,という仮説を検討した。

6-3-2.方法

方法の概要

本実験は,3 つのフェーズで構成された。無関連な短い実験を 2つ行うというカバースト

ーリーのもと,第 1フェーズを「実験 1」,第 2・第 3フェーズを「実験 2」として,実験を

実施した。

第 1 の「抑制フェーズ」では,金融ディーラーの仕事場面を書く記述課題によって抑制

操作を行った。その際,抑制条件では金融ディーラーのネガティブなイメージに基づいて

記述しないよう教示した。統制条件ではこうした教示はしなかった。第 1 フェーズが終了

すると,実験者が変わり,第 2 フェーズの「フィラーフェーズ」では 100 マス計算を行っ

た。つづいて第 3 の「測定フェーズ」では,ある人物の文章をパソコン上に呈示し,その

14 本研究は,13th Annual Meeting of Society for Personality and Social Psychology(San Diego,

California)における発表を加筆修正したものである(Tado'oka, Y., & Murata, K. (2012).

Consequences of suppressing envious stereotypes under threat from suppressed target.)。

Page 130: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

123

人物の印象を評定させる対人認知課題を行った。この評定がリバウンド効果の測度であっ

た。

3つのフェーズが終了した後,それぞれのフェーズの関連に気づいたか否かをチェックし,

実験の目的および操作などについてデブリーフィングを行い,実験を終了した。

実験計画

実験計画は 2(学部:無関連学部/関連学部)×2(抑制操作:統制/抑制)の被験者間

計画であった。

参加者の所属する学部を尋ね,商学部や経済学部などの金融ディーラーに関連する学部

か,それ以外の無関連な学部かを独立変数とした。

第 1 の抑制フェーズでは金融ディーラーの男性の写真を呈示し,その人物の仕事場面に

ついて記述させ,その際に抑制操作を行った。

仮説

研究 6 では以下の仮説を検討した。金融ディーラーに対して競争意識を感じやすい関連

学部の参加者は,「金融ディーラーは冷たい」というステレオタイプを抑制した場合,抑制

後にリバウンド効果が生起するが,無関連学部の参加者ではリバウンド効果が生起しない

だろう。すなわち,測定フェーズにおいて,関連学部の参加者では,抑制条件は統制条件

よりも文章の人物を冷たいと評定するだろう。しかし,無関連学部の参加者では,統制条

件と抑制条件にそういった差は生じないだろう。なお,仮説を示すグラフを図 6-3-1 に

示した。

Page 131: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

124

図 6-3-1.測定フェーズにおける冷たさ評定得点に関する仮説

注.冷たさ評定得点が高いほど,文章の人物を冷たいと評定したことを意味する。

実験参加者

東京都内の大学で心理学関連の授業を受講している大学生 63名が実験に参加した(男性

52 名,女性 11名,平均年齢 19.16歳,SD=1.08)15。参加者は実験に参加することで授業の

出席点を与えられた。実験計画は 2(所属学部:無関連/関連)× 2(抑制操作:統制/抑

制)の参加者間計画で,実験参加者を抑制操作のいずれかの条件に無作為に割り当てた。

なお,内訳は,無関連・統制 19名,無関連・抑制 14 名,関連・統制 13名,関連・抑制 17

名であった。

実験材料・刺激

先述のように,実験の構成は研究 5 のテストフェーズを除外した 3 つのフェーズで構成

されていた。そこで変更点についてのみ詳述していく。

15 研究 6の実験参加者は,都内の 2 校の大学から募集した。分析に用いた参加者数の内訳は,

1 校は関連学部 14名,無関連学部 17名であった.もう 1校は関連学部 13名,無関連学部 14

名という内訳であった.なお,操作チェック項目およびリバウンド効果の指標に対して,大

学を要因に加えた抑制操作×所属学部×大学の 3要因の分散分析を行ったが,大学の主効果お

よび大学を要因に含んだ交互作用のいずれも有意ではなかった(Fs(1,50)<1)。よって,本論

文ではこれ以降,大学を要因に含めない分析を呈示することとした。

4

5

6

7

8

9

無関連学部 関連学部

冷たさ評定得点

参加者の所属学部

統制

抑制

Page 132: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

125

抑制フェーズ

抑制フェーズのステレオタイプ対象を,キャリア女性から金融ディーラーに変更するに

伴い,質問紙および刺激写真を変更した。

質問紙の構成 質問紙は 6ページで構成された B5 サイズの冊子であった。

表紙には「視覚的情報から日常の出来事の詳細を記述する過程を調べている」というカ

バーストーリーを明記した。質問紙を開くと,2ページ目には課題の説明を明記した。この

課題では金融ディーラーの男性が働く場面について想像すると記述してあり,その時の場

面設定が以下のように記述されていた。

写真の人物はある証券会社に勤務する金融ディーラーで,この証券会社には,

彼以外にも多くの金融ディーラーや女性の派遣社員などが勤務しています。

彼は株の相場を読み解き,顧客から預かった資金を運用し,さまざまな手段

を使って多額の利益を上げることで報酬を得ています。これまで一人で資金

運用をすることが多かったのですが,今度の顧客は大口なので,部下と組ん

で仕事をすることになりました。

上記の場面設定のもとで,Oe & Oka (2003) を参考に,「金融ディーラーは_」から始ま

る文章を記述するよう求めた。その際の注意事項として,a.) 金融ディーラーの仕事の内容

ではなく,この人物の仕事ぶりや,部下や派遣の女性社員に接する態度などを動作や様子

を表わす言葉で書き入れること,b.) 1 つの文章には 1 つの事柄だけを書き入れ,同じ文章

は書かないこと,c.) 終了の合図があるまでは 5分間課題を続けること,を明記した。

そして,抑制条件では,課題の説明の最後に,強調のために以下のように下線を引いた

記述によって抑制操作をした。なお,統制条件では以下の記述はなかった。

ちなみに「金融ディーラーのようなエリート男性は他人に冷たい」などといった

イメージがありますが,そういったイメージに基づいて書かないように注意して

ください。そうすることはこの課題でとても重要なことなので,最大限の努力を

払ってください。

Page 133: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

126

3,4ページには「金融ディーラーは_」で始まる文章を書くための空欄を 15 個設けた。

5ページには,指示があるまで先のページには進まないよう明記してあった。

6ページには,記述課題が終了した後に課題への感想を回答してもらうとして,課題の指

示に従ったかどうかを尋ねる項目を 3つ尋ねた。

刺激写真 抑制フェーズの記述課題では,Macrae et al.(1994)の手続きを参考に,金融ディ

ーラーの男性の写真を 1 枚呈示し,その人物の仕事場面を書くよう求めた。刺激写真は,

スーツを着た男性で,顔がはっきりとうつっていることを基準に,8枚の写真を実験刺激の

候補として選出した。いずれの写真が本実験の刺激として適切であるかを調べるため,予

備調査を行った。予備調査として 16名の調査協力者に 8枚の写真を呈示し,それぞれの男

性に対して以下の特徴がどの程度あてはまると思うか,として「感じの悪い」,「優しい(逆)」,

「自己中心的な」,「冷たい」,「思いやりのない」「親切な(逆)」といった冷たさに関する

形容詞 6 語に対して 9 件法(1:全くあてはまらない~9:非常にあてはまる)で回答を求

めた。その数値が最も高かった写真(M=6.24, SD=1.16)を,「冷たい」という金融ディーラ

ーのステレオタイプにあてはまるものとして,本研究で使用することとした。写真は EPSON

の L 版(89×127mm)の写真用紙(光沢 EG)にインクジェットプリンタでカラー印刷し,

ラミネート加工をした。用いた写真は付録 A に示した。

なお,金融ディーラーに対する「冷たい」というステレオタイプが一般的に持たれてい

るかを検討するために,本実験を行った大学において 28 名の協力者に予備調査を行った。

調査では,金融ディーラーに対してどのようなイメージを持っていますか,として上記の

冷たさに関する形容詞 6 語に対して 9 件法(1:全くあてはまらない~9:非常にあてはま

る)で回答を求めた。これらの合算平均値に対して,中点(5:どちらともいえない)との

差の検定を行ったところ,金融ディーラーに対して有意に冷たいという評定(M=5.89,

SD=1.34)をしていた(t(27)=3.51, p<.01)。よって,本研究を行った大学においては,金融

ディーラーに対して冷たいというステレオタイプが持たれていることが確認された。

測定フェーズ

対人認知課題における装置および文章は,研究 5で用いたものと同様であった。よって,

ここでの記述は割愛する(詳細は研究 5を参照)。

Page 134: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

127

評定項目 研究 5の冷たさステレオタイプ語の信頼性係数があまり高くなかったため(α

=.70),評定項目を改善することとした。評定に用いた項目は,高林(2007)および沼崎(2006)

を参考に,金融ディーラーの「冷たい」というステレオタイプに関する評定語として「優

しい(逆)」,「冷たい」,を用いた。加えて,独自の項目として,「感じの悪い」,「思いやり

のない」「自己中心的な」「親切な(逆)」といった項目を加え,6 語を冷たさステレオタイ

プ語として用いることとした。また,有能ステレオタイプに関する評定語として,研究 5

と同様の「決断力のある」,「有能な」,「知的な」,「頭の悪い(逆)」といった 4語を有能ス

テレオタイプ語として用いることとした。

ただし,以上の 10語のみを評定項目として呈示すると,実験意図に気づかれる可能性が

あるため,「積極的」「華やか」などの金融ディーラーステレオタイプとは無関係なフィラ

ー語を 6語用いた。さらに,ステレオタイプ語とフィラー語をランダムに配置した。

実験後の質問紙の構成

3つのフェーズが終了した後,実験全体に関するアンケートと称した質問紙への回答を求

めた。質問紙は A4用紙で 3ぺージで構成し,ゴシック体で記述した。質問項目は実験 1(抑

制フェーズ)に関する項目,実験 2(フィラーフェーズ,測定フェーズ)に関する項目,実

験全体に関する項目,参加者の属性を尋ねる項目の 4種類であった。

実験 1(抑制フェーズ)に関する質問項目は 2種類あった。1つ目に,操作チェックの一

環として,記述課題時に金融ディーラーの冷たいイメージを書かないように努力したかを 7

件法で回答するよう求めた(1:全く努力しなかった~7:非常に努力した)。 2つ目に,参

加者の所属する学部によって金融ディーラーに対する競争意識を知覚しやすくなるかを確

認するため,「金融ディーラーに対して競争意識を感じた」という項目への回答を 7件法で

求めた(1:全く感じなかった~7:非常に感じた)。

実験 2(フィラーフェーズ,測定フェーズ)に関する質問項目は大きく分けて 2種類あっ

た。1つ目に,100マス計算が出来た程度を 7件法で回答を求めた(1:全くできなかった~7:

非常にできた)。2つ目に,対人認知課題にきちんと取り組んだかを調べるために,「瞬間的

に判断した」「文章をきちんと読んだ」「途中で集中が途切れた(逆転項目)」「一生懸命取り

組んだ」について 7件法で回答を求めた(1:全くあてはまらない~7:非常にあてはまる)。

実験全体に関する質問項目では,実験意図への気づきを調べるために,課題間の関連な

ど気づいたことを自由に記述する空欄を設けた。

Page 135: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

128

質問紙の最後では,参加者の属性を調べるため,参加者の性別,年齢,留学生か否かを

尋ねた。また,今回の独立変数である学部についても尋ねた。

手続き

本実験は 2名の実験者で行った。第 1フェーズを実験 1として第一実験者が実施し,第 2・

第 3 フェーズを実験 2 として第二実験者が実施した。実験者効果を排除するために,第二

実験者にはいずれの条件を実施するのかがわからないようにした。

実験を開始する前に,第一実験者はカバーストーリーとして「日常の記述に関する実験」

と「人の瞬間的な判断に関する実験」の 2 つの無関連な短い実験に参加してもらうと伝え

た。回答は匿名の状態で整理され,個人の回答が明らかになることはないと実験参加者に

説明し,匿名性の保証をした。その後,実験参加承諾書にサインを記入してもらった後,

実験を開始した。

第 1の抑制フェーズにおいて,Macrae et al.(1994)にならい,「視覚的情報から日常の出来

事の詳細を記述する過程を調査」しているというカバーストーリーのもと,金融ディーラ

ーの働きぶりを想像させた。金融ディーラーの男性のカラー写真を呈示し,その人物が働

く様子を「金融ディーラーは_」で始まる文章で 5 分間で記述するよう求めた。その際,

抑制操作として,抑制条件では「金融ディーラーは他人に冷たい」といったイメージに基

づいて書かないよう抑制教示を与えた。他方で,統制条件ではそうした教示は与えなかっ

た。課題を 5 分間行った後,今行った調査についての質問として,実験への集中の程度に

ついて 7件法で回答を求めた(1:全くあてはまらない~7:非常にあてはまる)。全員の回

答が済んだことを確認し,1つ目の実験を終了した。

つづいて,第二実験者が,2つ目の実験として,瞬間的な判断に関する種類の異なる 2つ

の課題を行うと伝えた。以下の手続きは研究 5と同様であった。1つ目の課題としてフィラ

ーフェーズにおいて 100マス計算を行った。つづいて, 2つ目の課題として対人認知課題を

行った。文章を呈示した後,ターゲット人物に対する印象を評定するよう求めた。評定は

「優しい(逆)」,「冷たい」,「感じの悪い」,「思いやりのない」,「自己中心的な」,「親切な

(逆)」といった冷たさステレオタイプ語を 6 語,「決断力のある」,「有能な」,「知的な」,

「頭の悪い(逆)」といった有能ステレオタイプ語を 4 語, およびフィラーの 6 語の,合

計 16語であった。その単語がターゲット人物である「佐々木さん」の印象にどの程度あて

はまるかを 9 件法ですばやく回答するよう求めた(1:まったくあてはまらない~9:非常

Page 136: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

129

によくあてはまる)。

つづいて,2 つの実験に関するアンケートだと説明し,実験意図への気づきなどを調べる

質問紙に回答した。参加者の回答が終わったことを確認し,最後に,実験の目的および操

作についてデブリーフィングを行い,実験を終了した。

6-3-3.結果

データの整理

実験参加者の中に実験目的を明確に指摘した者はいなかった。実験中にパソコンの動作

が止まった 2 名,回答に不備のあった 2 名,および実験手続きに不備のあった 1 名を分析

から除外し,全 58 名のデータを用いて分析を行なった(無関連・統制 18 名,無関連・抑

制 13名,関連・統制 11名,関連・抑制 16名)。なお,参加者の性別を要因として含んだ分

析を行ったが,いずれの分析においても,性別を含む有意な効果は見られなかったので,

以降の分析では参加者の性別は要因として含めなかった。

分析の結果

抑制フェーズ

抑制フェーズにおける操作の有効性を確認するため,記述された文がどの程度金融ディ

ーラーのステレオタイプ(人柄,能力)に当てはまるかを,評定者は条件がわからない状

態で,それぞれ 9件法で評定し,それぞれ記述冷たさステレオタイプ度(1:非常に温かい

~5:どちらともいえない~9:非常に冷たい),記述有能ステレオタイプ度(1:非常に無

能~5:どちらともいえない~9:非常に有能)とした16。

記述冷たさステレオタイプ度に対して,2(所属学部:無関連/関連)×2(抑制操作:

統制/抑制)の分散分析を行ったところ,所属学部の主効果および交互作用は有意ではな

かった(Fs(1, 54) < 1)が,抑制操作の主効果が有意であった(F(1, 54) = 25.12, p < .01)。抑

制条件(M=4.72, SD=1.25)は統制条件(M=6.86, SD=1.89)よりもネガティブなステレオタ

イプの記述が少なかった。以上の結果から,抑制操作は有効であったと考えられる。統制

条件において「金融ディーラーは冷たい」というステレオタイプが記述されていたことを

確認するために,さらに中点(5)からの差の検定を行った。その結果,統制条件は中点よ

りも有意に評定値が高く,金融ディーラーの冷たさを記述していた(t(28) =5.32, p<.01)。他

16 抑制フェーズにおいて記述された文の具体例を付録 F に示した。

Page 137: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

130

方,抑制条件では中点と有意差はなかったものの(t(28) =1.19, ns.),冷たさに関しては記述

していないということを示しており,教示通りステレオタイプを抑制していたことが示唆

された。

なお,両面価値的ステレオタイプにおいては,他方の次元の「有能」特性を代替思考と

して使用した可能性もあるため,同様に記述有能ステレオタイプ度についても分析を行っ

た。その結果,いずれの主効果,交互作用も有意ではなく(Fs(1, 54)<1),有能さを代替思

考として使用した可能性は排除された。

抑制フェーズに関する事後報告

第 3 フェーズの印象評定後に,第 1 フェーズに関する質問への回答を事後的に求めたの

で,その質問に関する分析結果を報告する。

抑制フェーズでの抑制意図 操作チェックの一環として,抑制フェーズにおいて金融デ

ィーラーのネガティブなイメージを書かないように努力したかを 7件法で尋ねた(1:全く

努力しなかった~7:非常に努力した)。回答に対して所属学部×抑制操作の分散分析を行

ったところ,抑制操作の主効果が有意であった(F(1, 54) = 43.68, p < .001)。抑制条件(M =

4.69, SD = 1.58)は統制条件(M = 1.83, SD = 1.54)よりも金融ディーラーのネガティブなイ

メージを書かないように努力していた。また,関連学部の主効果は有意傾向であり(F(1, 54)

= 3.63, p < .10),関連学部(M = 3.93, SD = 2.20)は無関連学部(M = 2.68, SD = 1.89)よりも

抑制意図が強い傾向がみられた。ただし,所属学部と抑制操作の交互作用は有意ではなか

った(F(1, 64) = 0.31, ns)ので,抑制操作の有効性は示されていると考えられる。また,前

述した実際の記述冷たさステレオタイプ度の結果も考慮すると,抑制操作は成功していた

と考えられる。

競争意識の知覚 本研究では,参加者が所属する学部によって,抑制対象との関連性が

異なると,競争意識の知覚が異なると予測した。そこで,所属する学部によって競争意識

の知覚が異なるかを調べるために,金融ディーラーに対して競争意識を感じた程度に対し

て同様の分散分析を行った。その結果,抑制操作の主効果および交互作用は有意ではなく

(Fs(1, 54)< 1),所属学部の主効果のみ有意であった(F(1, 54)=5.36, p <.05)。関連学部

(M=2.89, SD=2.24)の参加者は,無関連学部(M=1.74, SD=1.24)の参加者よりも金融ディ

Page 138: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

131

ーラーの男性に対して競争意識を感じやすくなっていた。よって,本研究の前提どおり,

抑制対象に対して関連のある学部に所属している場合には,そうでない場合よりも相対的

に競争意識を感じていた。

測定フェーズ

リバウンド効果の生起 第 3 フェーズの印象評定課題においてリバウンドの測定を行っ

た。評定に長時間かかった回答は,社会的望ましさを考慮していた可能性があり,ステレ

オタイプのアクセスビリティを反映した指標として望ましくないため,除外することとし

た。Bargh & Chartrand (2000) に基づき,単語ごとに印象評定の回答時間の平均値と標準偏

差を算出し,回答時間が 3SD以上遅いデータを除外した(全体の 1.44%)。

評定は 9件法で,逆転項目を逆転し,それ以外については評定値をそのまま用いた。「優

しい(逆)」,「冷たい」,「感じの悪い」,「思いやりのない」「自己中心的な」「親切な(逆)」

の冷たさステレオタイプ 6 語への評定値を合算平均し,冷たさ評定得点(α=.86)とした。

この得点が高いほど,冷たさに関するステレオタイプのアクセスビリティが上昇したこと

を意味する。この値に対して同様の 2×2の分散分析を行ったところ,いずれの主効果も有

意ではなく(Fs(1, 54)< 1),交互作用のみ有意であった(,F(1, 54)=4.45, p<.05;図 6-3-2

参照)。下位検定(Bonferroni)の結果,抑制条件において,関連学部(M=7.33, SD=1.08)

は無関連学部(M=6.40, SD=1.20)よりも冷たさ評定得点が高かった(p<.05)。また,関連

学部において,抑制条件(M=7.33, SD=1.08)は統制条件(M=6.38, SD=1.63)よりも冷たさ

評定得点が高い傾向にあった(p=.056)。他方,無関連学部では,統制条件(M=6.85, SD=1.17)

と抑制条件(M=6.40, SD=1.20)に有意な差は見られなかった(ns.)。すなわち,関連学部の

学生は他の条件に比べて抑制後にターゲット人物に対して冷たいと評定する傾向にあった。

Page 139: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

132

図 6-3-2.測定フェーズにおける冷たさ評定得点

注.値が高いほど文章の人物を冷たいと評定したことを意味する

その他の項目の評定 同様に,「決断力のある」,「有能な」,「知的な」,「頭の悪い(逆)」

の有能ステレオタイプ 4 語への評定を合算平均し,有能評定得点とした(α=.64)。この得

点が高いほど文章の人物を有能と評定したことを意味する。この値に対して同様の分散分

析を行ったところ,いずれの主効果,交互作用も有意ではなかった(F(1,64) < 1, ns.)。条件

ごとの平均値は表 6-3-1に示した。

表 6-3-1.印象評定課題における評定値

無関連・統制 無関連・抑制 関連・統制 関連・抑制

冷たさ評定得点 6.86 (1.17) 6.40 (1.20) 6.38 (1.63) 7.33 (1.08)

有能評定得点 4.51 (0.88) 4.63 (0.92) 4.90 (1.19) 4.61 (1.31)

注.値が高いほど文章の人物をステレオタイプに沿って評定したことを意味する。

なお,括弧内は標準偏差である。

その他の分析結果

本研究の仮説とは直接関連しない質問項目に対する分析では,いずれも条件間で有意な

差が認められなかったため,本論文での報告は割愛する。

4

5

6

7

8

9

無関連学部 関連学部

冷たさ評定得点

参加者の所属学部

統制

抑制

Page 140: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

133

6-3-4.考察

研究 6 では,エリート男性に対する嫉妬的ステレオタイプを題材として,外集団への競

争意識の知覚がステレオタイプ抑制に及ぼす影響を検討した。

抑制時における記述と思考

分析の結果,抑制条件では統制条件よりも金融ディーラーの男性の冷たさを記述してい

なかった。また,抑制条件では,統制条件よりも抑制の努力をしたと報告された。これら

の結果から,抑制操作は有効であったといえる。

リバウンド効果の生起と本実験の示唆

対人認知課題における冷たさ評定得点をリバウンド効果の指標とした。実験の結果,想

定していた交互作用が有意であり,仮説は支持された。すなわち,関連学部は無関連学部

よりも金融ディーラーに対して競争意識を感じやすくなっており,抑制後にリバウンド効

果が生起していた。なお,研究 6 では参加者の所属する学部によって抑制対象との関連性

が異なると想定していたため,本研究の結果が関連学部では金融ディーラーに対するステ

レオタイプ的な知識があったために生じた結果だろうと解釈されるかもしれない。しかし,

抑制フェーズでの参加者の記述では,学部によって差はなかったことから,関連学部での

みステレオタイプ的知識を持っていたという代替説明は排除できよう。以上のことから,

研究 6 においても,外集団成員に感じる競争意識がリバウンド効果の生起を調整すること

が示唆された。

研究 5および研究 6のまとめと示唆

本研究では,外集団に対する競争意識の知覚がステレオタイプ抑制に及ぼす影響を検討

した。研究 5 および研究 6 の結果,外集団に対して競争意識を知覚しにくい場合には,リ

バウンド効果を生起させずにステレオタイプを抑制することができた。しかし,競争意識

を知覚しやすい場合にはリバウンド効果が生起した。これまで検討されてきた高齢者など

のステレオタイプとは異なり,本研究で扱った人柄次元に関するステレオタイプは自己と

の関係性によって顕現化の程度が異なるため,個人的な競争意識の知覚がリバウンド効果

の生起を調整した。

研究 5 ではキャリア関連分野でネガティブフィードバックを受けた場合に,研究 6 では

Page 141: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

134

抑制対象との関連性が高い分野を専攻している場合に,それぞれの分野で活躍する有能な

外集団成員に競争意識を感じやすいと想定した。本実験で扱った競争意識は,抑制対象と

何かを競い合うといった直接的な競争関係を扱った文脈ではなかったが,象徴的な競争意

識でさえ嫉妬的ステレオタイプの抑制に影響を与えているという点は興味深い結果である。

本研究はこれまでの抑制研究のパラダイムを踏襲するため,直接的な競争関係を設定しな

かったが,そのような競争関係を設定した場合であっても,同様の結果が生じると考えら

れる。そこで,研究 7 では,参加者と抑制対象をより直接的な競争関係に置くような場面

設定を行い,ステレオタイプ抑制に及ぼす影響を検討する。

さらに,研究5および研究6には社会的な意義もあると考えられる。競争社会の現代にお

いて,本研究で取り上げたような外集団への競争意識を知覚する状況は頻繁に生じうる。

上述のようなキャリア女性に限らず,学歴偏重主義や受験戦争の激化によって,高学歴者

にも同様のステレオタイプが向けられる可能性がある。また,領土や資源をめぐる国家や

民族同士の競争から,外集団に対する敵意的な感情を抱くことも多い(Alexander, Brewer, &

Hermann, 1999)。現代ではこうした競争意識を感じる状況は多いが,本研究の知見によれば,

こうした状況におけるステレオタイプ抑制は困難である。むしろ,競争状況においてステ

レオタイプを避けようとする行為自体が,結果的に偏見の表出を強化させてしまう危険性

があるということも本研究は示唆しているといえよう。

このように,研究 5 および研究 6 では,嫉妬的ステレオタイプの抑制における弊害が生

起する状況を特定することで,現存する偏見問題の理解に示唆を与えることができた。た

だし,今後はこうした競争関係があることを前提としたうえで,競争関係を超えステレオ

タイプに対処する方略を提案する必要があるだろう。そこで,第 5 章において有効だと示

された別次元思考方略は,外集団に競争意識を知覚している状況であっても有効なのかど

うかを,研究 7において検討することとした。

Page 142: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

135

6-4.研究 7:嫉妬的ステレオタイプの抑制における

別次元思考方略の有効性と制限条件の検討17

6-4-1.問題

実力主義や成果主義など,現代では競争的な場面に直面することが多い。そうした場面

では,競争状況自体をなくすことは困難であり,高地位な他者に対して競争意識を感じる

ことは少なくない。また,研究 5 および研究 6 で明らかになったように,抑制対象に競争

意識を知覚している場合には,抑制をしてもリバウンド効果が生起してしまう。このよう

に,嫉妬的ステレオタイプが社会的に特に問題となるのは,こういった競争状況であると

考えられる。そこで,研究 7 では,競争状況を前提とした上で,リバウンド効果低減のた

めの代替思考方略の有効性を検討する。本研究では,大学生を参加者とし,参加者と抑制

対象とのより直接的な競争関係場面を設定した。大学生は,相対的に自分よりも高偏差値

な大学生に対して「有能だが冷たい」というステレオタイプを抱きやすいことが確認され

ている(沼崎,2013)。そこで,抑制対象を典型的な高偏差値大学である東京大学の学生と

し,就職活動場面で競争相手となるような場面を呈示した。

研究 5 および研究 6 で示したように,競争意識を知覚すると,ステレオタイプが顕現的

になるため,リバウンド効果が生起した。研究 7 では,第 5 章で有効性が示された別次元

思考方略が,競争状況でも有効なのかを検討する。別次元のポジティブな特性(i.e., 有能)

はステレオタイプであるため,生成が容易であり,リバウンド効果を低減させる可能性が

あるだろう。ただし,有能さは脅威を感じさせる場合があるため,その有効性は限られた

ものになるかもしれない。すなわち,高自尊感情者のような脅威に耐性がある場合

(Pyszcynski et al., 2004)には,本方略は有効であるが,低自尊感情者のように脅威に脆弱

な場合には不安関連思考がワーキングメモリを占めるため,ステレオタイプであっても生

成が難しく,リバウンド効果が低減しない可能性がある。このように,高地位者の場合に

は脅威を生じさせる可能性があるため,別次元思考方略の有効性とのその制限条件を検討

する。具体的には,事前に自尊感情を測定しておき,実験室において抑制時の代替思考を

操作する。研究 1 から研究 4 において示されたように,嫉妬的ステレオタイプの抑制にお

17 研究7は以下の論文において発表した内容を博士論文の主張に従って構成しなおしたも

のである。田戸岡好香・村田光二・石井国雄(印刷中)嫉妬的ステレオタイプの抑制に

おける代替思考方略の効果 対人社会心理学研究.

Page 143: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

136

いても,反ステレオタイプを代替思考とした場合にはリバウンド効果が生起することを確

認するため,反ステレオタイプ的特性(東大生の温かさ)を用いる温かさ思考条件を設け

た。加えて,東大生ステレオタイプの内容の一つで,抑制する特性(冷たい)とは異なる

次元(有能-無能)に注目し,東大生の有能さを代替思考とする有能思考条件を設けた。

6-4-2.方法

方法の概要

実験の前に,個人差調査として自尊感情尺度(山本・松井・山成,1982)への回答を求

めた。

本実験は,三つのフェーズで構成された。無関連な短い実験を二つ行うというカバース

トーリーのもと,第 1フェーズを「実験 1」,第 2・第 3フェーズを「実験 2」として,実験

を実施した。

第 1 の「抑制フェーズ」では,就職活動においてライバルである東大生とグループワー

クをするというシナリオを呈示した。課題では,この東大生がどのように振る舞うかを書

くように求め,その際抑制操作を行った。単純抑制条件では東大生のネガティブなイメー

ジに基づいて記述しないよう教示した。温かさ思考条件では,抑制教示に加えて,従来の

東大生とは反対のイメージに基づいて書くよう教示した。有能思考条件では,抑制教示に

加え,東大生の有能さに関するイメージに基づいて書くよう教示した。統制条件ではこう

した教示はしなかった。第 1 フェーズが終了すると,実験者が変わり,第 2 の「フィラー

フェーズ」において 100 マス計算を行った。つづいて第 3 の「測定フェーズ」では,ある

人物の文章をパソコン上に呈示し,その人物の印象を評定させる対人認知課題を行った。

この評定がリバウンド効果の測度であった。

3つのフェーズが終了した後,それぞれのフェーズの関連に気づいたか否かをチェックし,

実験の目的および操作などについてデブリーフィングを行い,実験を終了した。

実験計画

実験は 4(抑制操作:統制条件/単純抑制条件/温かさ思考条件/有能思考条件)×2(特

性自尊感情得点:連続量)の被験者間計画であった。第 1 の抑制フェーズでは東大生の写

真を呈示し,その人物とのグループワークについて記述させ,その際に抑制操作および代

替思考の操作を行った。特性自尊感情尺度(山本他,1982)は実験前に事前に測定してお

Page 144: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

137

き,連続変量として扱った。

参加者を実験の条件に無作為に割り当て,一度の実験につき 2~4名の小集団で実施した。

仮説

研究 7 では以下の仮説を検討した。単純抑制条件および温かさ思考条件は,抑制後にリ

バウンド効果が生起するが,有能思考条件ではリバウンド効果が低減するだろう。ただし,

高地位な対象の有能さを強調することは,自尊感情が低い参加者にとっては脅威となるた

め,リバウンド効果の低減は高自尊感情者のみにみられるだろう。すなわち,高自尊感情

者は測定フェーズにおいて,単純抑制条件と温かさ思考条件は統制条件と有能思考条件に

比べて,冷たさに関して曖昧な人物をより冷たいと評定するだろう(図 6-4-1)。ただし,

低自尊感情者では,統制条件よりも有能思考条件は文章の人物を冷たいと評定するだろう

(図 6-4-2)。

図 6-4-1.高自尊感情者の冷たさ評定得点に関する仮説

注.冷たさ評定得点が高いほど,文章の人物を冷たいと評定したことを意味する。

図 6-4-2.低自尊感情者の冷たさ評定得点に関する仮説

4

5

6

7

8

9

統制 単純抑制条件 温かさ思考条件 有能思考条件

冷たさ評定得点

4

5

6

7

8

9

統制 単純抑制条件 温かさ思考条件 有能思考条件

冷たさ評定得点

Page 145: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

138

実験参加者

実験参加者は,事前調査への回答を行った東京都内の大学で心理学関連の授業を受講し

ている大学生 78 名であった(男 54 名,女 24 名,平均年齢 19.19 歳,SD=1.14)。参加者は

実験に参加することで授業の出席点を与えられた。78 名の実験参加者を無作為に条件に割

り当てた結果,統制条件は 19名,単純抑制条件は 21名,温かさ思考条件は 23名,有能思

考条件は 15名であった。なお,実験参加者の中に,予備調査の協力者はいなかった。

実験材料・刺激

研究 7は研究 6とほぼ同様の手続きで実施したため,変更点についてのみ言及する。

抑制フェーズの教示

抑制フェーズのステレオタイプ対象を,金融ディーラーから東大生に変更するに伴い,

質問紙および刺激写真を変更した。

質問紙の構成 質問紙は 7ページで構成された B5 サイズの冊子であった。

表紙には「みなさんの将来の就職活動場面について想像する能力を調べている」という

カバーストーリーを明記した。質問紙を開くと,2ページ目には課題の説明を明記した。こ

の課題では参加者とライバルの東大生の就職活動場面が以下のように記述されていた。自

分が以下の文章中の「あなた」の立場になったと想像して,あたかもその場にいるような

気持ちで文章を読むように教示した。

あなたが就職活動をしている場面を想像して下さい。今日はあなたが昔か

ら憧れていた第一希望の企業の第三次試験です。今日の試験ではいくつかの

課題が行われますが,応募者同士のディベートが第一課題でした。

あなたは東京大学出身の写真の人物と賛成派・反対派に分かれて,ディベー

トをすることになりました。

この写真の人物は休憩中も本を読んでいることが多く,あなたはこの東大

生のことをあまりよく知りませんでしたが,ディベートでは,この東大生は

論理的で説得力のある発言をしていました。またあなたが発言をすると,た

びたび意見の問題点を指摘される場面がありました。

次の課題はグループワークです。この後,あなたはこの東大生を含む数人

で,グループワークをしなくてはなりません。

Page 146: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

139

3ページでは,上記の場面設定のもとで,Oe & Oka(2003)を参考に,東京大学出身の写真

の人物のグループワーク中の様子について,「東大生は_」から始まる文章を記述するよう

求めた。その際の注意事項として,a.) この写真の人物について,あなたを含む他の応募者

に接する態度や,課題への取り組み方などを書き入れること,b.) 1 つの文章には 1 つの事

柄だけを書き入れ,同じ文章は書かないこと,c.) 終了の合図があるまでは 5分間課題を続

けること,を明記した。

そして,統制条件以外の 3 条件では,課題の説明の最後に,強調のために以下のように

下線を引いた記述によって抑制操作をした。

ちなみに「東大生のようなエリート男性は他人に冷たい」などといったイメ

ージがありますが,そういったイメージに基づいて書かないように注意して

ください。

その後,引き続き温かさ思考条件および有能思考条件では代替思考を操作する教示を与

えた。温かさ思考条件では,強調のために以下のように下線を引いた記述によって代替思

考を呈示した。

そのような考えの代わりに「人あたりが良い」というような,従来の東大

生とは反対のイメージに基づいて書くようにしてください。

そうすることはこの課題でとても重要なことなので,最大限の努力を払っ

てください。

有能思考条件では,強調のために以下のように下線を引いた記述によって代替思考を呈

示した。

そのような考えの代わりに「かしこい」というような,東大生の有能さに

関するイメージに基づいて書くようにしてください。

そうすることはこの課題でとても重要なことなので,最大限の努力を払っ

てください。

Page 147: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

140

4,5ページには「東大生は_」で始まる文章を書くための空欄を 15個設けた。

6ページは目隠しのページになっており,7ページには,記述課題が終了した後に課題へ

の感想を回答してもらうとして,課題の指示に従ったかどうかを尋ねる項目を 3つ尋ねた。

刺激写真 抑制フェーズでは,Macrae et al.(1994)の手続きを参考に,東大生の男性の写真

を 1 枚呈示し,その人物の就職活動場面を書くよう求めた。刺激写真は,大学生くらいに

見えるスーツを着た男性で,顔がはっきりとうつっていることを基準に,4枚の写真を実験

刺激の候補として選出した。いずれの写真が本実験の刺激として適切であるかを調べるた

め,予備調査を行った。予備調査として 15名の調査協力者に 4枚の写真を呈示し,それぞ

れの男性に対して以下の特徴がどの程度あてはまると思うか,として「優しい(逆)」,「冷

たい」,「とっつきにくい」「謙虚な(逆)」といった冷たさに関する形容詞 4 語に対して 9

件法(1:全くあてはまらない~9:非常にあてはまる)で回答を求めた。その数値が最も

高かった写真(M=6.10, SD=0.22)を,「冷たい」という東大生のステレオタイプにあてはま

るものとして,本研究で使用することとした。最終的に選ばれた写真は,黒のスーツを着

て,メガネをかけた男性の写真であった。写真は EPSON の L 版(89×127mm)の写真用紙

(光沢 EG)にインクジェットプリンタでカラー印刷し,ラミネート加工をした。用いた写

真は付録 Aに示した。

なお,東大生に対する「冷たい」というステレオタイプが一般的に持たれているかを検

討するために,本実験を行った大学において 15名の協力者に予備調査を行った。調査では,

一般的な東大生に対してどのようなイメージを持っていますか,として上記の冷たさに関

する形容詞 4 語に対して 9 件法(1:全くあてはまらない~9:非常にあてはまる)で回答

を求めた。これらの合算平均値に対して,中点(5:どちらともいえない)との差の検定を

行ったところ,東大生に対して有意に冷たいという評定(M=5.65, SD=1.13)をしていた

(t(14)=2.23, p<.05)。よって,本研究を行った大学においては,東大生に対して冷たいとい

うステレオタイプが持たれていることが確認された。

測定フェーズ

対人認知課題における装置および文章は,研究 5,研究 6 で用いたものと同様であった。

よって,ここでの記述は割愛する(詳細は研究 5を参照)。

Page 148: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

141

評定項目 評定に用いた項目は,沼崎(2013)を参考に,東大生の「冷たい」というス

テレオタイプに関する評定語として「優しい(逆)」,「冷たい」,「とっつきにくい」,「謙虚

(逆)」といった 4語を冷たさステレオタイプ語として用いることとした。また,有能ステ

レオタイプに関する評定語として,研究 5と同様の「決断力のある」,「有能な」,「知的な」,

「頭の悪い(逆)」といった 4語を有能ステレオタイプ語として用いることとした。

ただし,以上の 8 語のみを評定項目として呈示すると,実験意図に気づかれる可能性が

あるため,「積極的」「華やか」などの東大生ステレオタイプとは無関係なフィラー語を 6

語用いた。さらに,ステレオタイプ語とフィラー語をランダムに配置した。

実験後の質問紙の構成

3つのフェーズが終了した後,実験全体に関するアンケートと称した質問紙への回答を求

めた。質問紙は A4用紙で 3ぺージで構成し,ゴシック体で記述した。質問項目は実験 1(抑

制フェーズ)に関する項目,実験 2(フィラーフェーズ,測定フェーズ)に関する項目,実

験全体に関する項目,参加者の属性を尋ねる項目の 4種類で構成された。

実験 1(抑制フェーズ)に関する質問項目は 4種類あった。1つ目に,操作チェックの一

環として,記述課題時に東大生の冷たいイメージを書かないように努力したかを 7 件法で

回答するよう求めた(1:全く努力しなかった~7:非常に努力した)。 2つ目に,代替思考

操作のあった温かさ思考条件および有能思考条件にのみ,記述課題で書くように指示され

た内容は「(ア)『人あたりが良い』など,人柄に関するネガティブなイメージとは反対の

こと」,「(イ)『かしこい』など,能力に関するポジティブなイメージ」のどちらだったか

の回答を求めた。3つ目に,代替思考が生成しやすかったかどうかを検討するために,指示

された内容を書くのはどのくらい難しかったかを 7件法で尋ねた(1:全く難しくなかった

~7:非常に難しかった)。4つ目に,東大生に対して「競争意識」,「不安」,「劣等感」,「脅

威」をどの程度感じたか回答を求めた(1:全く感じなかった~7:非常に感じた)。

実験 2(フィラーフェーズ,測定フェーズ)に関する質問項目は,これまでの研究と同様

に 100マス計算が出来た程度と,対人認知課題にきちんと取り組んだかを尋ねた。

実験全体に関する質問項目では,実験意図への気づきを調べるために,課題間の関連な

ど気づいたことを自由に記述する空欄を設けた。

質問紙の最後では,参加者の属性を調べるため,参加者の性別,年齢,留学生か否かを

尋ねた。

Page 149: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

142

手続き

特性自尊感情の測定

実験の 1 か月以上前に,個人差調査として特性自尊感情を測定した。Rosenberg (1965)の

Self-Esteem Scaleの邦訳版である自尊感情尺度(山本他,1982)への回答を 5件法で求めた

(1:あてはまらない~5:あてはまる)。得点が高い程,自尊感情が高いということを示すよ

うに逆転項目を処理し,合算平均値を自尊感情得点とした (α=.83)。

本実験

第 1の抑制フェーズを実験 1として第一実験者が実施し,第 2・第 3フェーズを実験 2と

して第二実験者が実施した。

実験を開始する前に,第一実験者は参加者に挨拶をし,カバーストーリーとして「将来

の就職活動場面について想像する能力に関する実験」と「人の瞬間的な判断に関する実験」

の 2 つの無関連な短い実験に参加してもらうと伝えた。匿名性の保証をし,実験への参加

を承諾する場合には承諾書にサインをしてもらい,携帯電話の電源を切るよう求めた。

第 1の抑制フェーズでは,競争場面をより鮮明に想像してもらえるように,「みなさんの

将来の就職活動場面について想像する能力を調査」しているというカバーストーリーを伝

え,参加者が就職活動場面にいることを想像させた。冊子状にした B5サイズの質問紙と男

子東大生の写真が入った封筒を配布した。つづいて,この実験ではこの東大生がグループ

ワークでどのようにふるまうと思うかを想像してもらうと伝えた。場面の説明をした後,

『東大生は_』で始まる文章を 5 分間でできるだけ多く作るよう求めた。その際,統制条

件以外の 3 つの条件では,抑制操作として,「『東大生のようなエリート男性は他人に冷た

い』などといったイメージがありますが,そういったイメージに基づいて書かないように

注意してください。」と教示した。単純抑制条件には以上の教示のみ与えた。温かさ思考条

件では上記の抑制教示に加えて,「そのような考えの代わりに『人あたりが良い』というよ

うな,従来の東大生とは反対のイメージに基づいて書くようにしてください。」と教示し,

代替思考の操作を行った。また,有能思考条件では抑制教示に加えて,「そのような考えの

代わりに『かしこい』というような,東大生の有能さに関するイメージに基づいて書くよ

うにしてください。」と教示し,代替思考の操作を行った。統制条件では抑制操作の教示お

よび代替思考の操作の教示はしなかった。課題を 5 分間行った後,実験への集中の程度に

ついて 7件法で回答を求めた(1:全くあてはまらない~7:非常にあてはまる)。全員の回

Page 150: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

143

答が済んだことを確認し,第一実験者は,以上で 1 つ目の実験は終了であると伝え,退室

した。

これ以降のフィラーフェーズと測定フェーズの手続きは,研究 5 および研究 6 と同様で

あった。2つ目の実験として,第二実験者が以下のフェーズを実施した。まず,フィラーフ

ェーズにおいて 100 マス計算を 2 分間行った。その後,測定フェーズにおいて,ターゲッ

ト人物の文章を呈示し,印象を評定する対人認知課題を行った。評定は「優しい(逆)」,「冷

たい」,「とっつきにくい」,「謙虚な(逆)」といった冷たさステレオタイプ語を 4 語,「決

断力のある」,「有能な」,「知的な」,「頭の悪い(逆)」といった有能ステレオタイプ語を 4

語, およびフィラーの 6 語の,合計 14 語であった。その単語が「佐々木さん」の印象に

どの程度あてはまるかを 9件法ですばやく回答するよう求めた(1:まったくあてはまらな

い~9:非常によくあてはまる)。評定が終了したら,第二実験者は 2 つ目の実験は終了で

あると伝えた。

つづいて,2つの実験に関するアンケートだと説明し,代替思考に関する質問や,実験意

図への気づきなどを調べる質問紙に回答した。参加者の回答が終わったことを確認し,実

験は以上で終了であると伝えた。最後に,実験の目的および操作についてデブリーフィン

グを行い,実験を終了した。

6-4-3.結果

データの整理

本研究では,抑制対象とのより直接的な競争場面を設定するために,就職活動場面を呈

示した。そこで,大学卒業後の進路として,企業への就職を希望している 62 名(男性 42

名,女性 20 名,平均年齢 19.31歳,SD=1.18)を分析対象とした。なお,分析から除外した

16 名の卒業後の進路は,大学院志望が 12 名,その他は 4 名であった。以上のように,全

62 名のデータを用いて分析を行なった。条件ごとの人数は,統制条件は 15名,単純抑制条

件は 17 名 ,温かさ思考条件は 17名,有能思考条件は 13名であった。

分析の結果

分析の方針

本研究では,自尊感情得点を連続変量として分析に投入するため,自尊感情得点はセン

タリングした(M=3.18, SD=0.64)。そして,条件とセンタリングした自尊感情得点の積の項

Page 151: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

144

を求めた。次に,上記の条件,自尊感情得点,およびそれらの積の項を独立変数とした一

般線形モデルによる分析を行った。

なお,抑制対象として東京大学の男子学生の写真を呈示したため,参加者の性別を要因

として含んだ分析を行ったが,いずれの分析においても,性別を含む有意な効果は見られ

なかった。よって,以降の分析では参加者の性別は要因として含めなかった。

抑制フェーズ

抑制フェーズにおける操作の有効性を確認するため,記述された文がどの程度東大生ス

テレオタイプ(能力,人柄)に当てはまるかを,評定者は条件がわからない状態で 9 件法

で評定した。それぞれ記述冷たさステレオタイプ度(1:温かい~5:どちらともいえない

~9:冷たい),および記述有能ステレオタイプ度(1:無能~5:どちらともいえない~9:

有能)とした18。条件ごとの平均値と標準偏差を表 6-4-1に示した。

統制条件以外の 3 条件が東大生の冷たさを抑制していたかを検討するために,記述冷た

さステレオタイプ度に対して先述した一般線形モデルによる分析を行ったところ,抑制操

作の主効果のみが有意であった(F(3, 54) = 24.02, p < .001)。多重比較(Bonferroniの検定)

の結果,統制条件に比べて,単純抑制条件(p<.01),温かさ思考条件(p<.01),有能思考条

件(p=.11)はいずれも記述冷たさステレオタイプ度が低かった。また,温かさ思考条件は

他の 3条件に比べて有意に記述冷たさステレオタイプ度が低かった(ps<.001)。このことか

ら,抑制の操作は有効であったと考えられる。

また,単純抑制条件および温かさ思考条件において,反ステレオタイプの温かさを代替

思考としていることを確認するために,記述冷たさステレオタイプ度について,中点(5:

どちらともいえない)からの差の検定を行った。その結果,統制条件は有意に中点よりも

記述冷たさステレオタイプ度が高く(t(14)=3.55, p<.01),冷たさを記述していた。他方,単

純抑制条件および温かさ思考条件は有意に中点よりも記述冷たさステレオタイプ度が低く

(それぞれ t(16)=2.79, p<.05; t(16)=6.96, p<.001),温かさを記述していた。このことは,単純

に抑制を行った場合には,抑制する特性と同次元上の反ステレオタイプを代替思考として

用いることを示している。また,温かさ思考条件では教示通り温かさに基づいて記述して

いたことから,代替思考の操作は有効であったと考えられる。なお,有能思考条件は中点

との差はなかった(t(12)=1.00, ns.)。また,自尊感情の主効果および交互作用は有意ではな

18 抑制フェーズにおいて記述された文の具体例を付録 F に示した。

Page 152: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

145

かった(Fs(1, 54)<1, ns.)。

また,有能思考条件の代替思考の操作が有効かを検討するため,記述有能ステレオタイ

プ度に対して同様の一般線形モデルによる分析を行った。その結果,条件の効果が有意で

あった(F(3, 54)=9.56, p<.001)。多重比較(Bonferroniの検定)の結果,有能思考条件はい

ずれの条件よりも記述有能ステレオタイプ度が高かった(ps<.001)。よって,有能思考条件

の代替思考操作も有効であったと考えられる。なお,自尊感情および交互作用は有意では

なかった(Fs(1, 54)<1.23, ns.)。

表 6-4-1.抑制フェーズにおける記述ステレオタイプ度

統制条件 単純抑制条件 温かさ思考条件 有能思考条件

記述冷たさステレオタイプ度 6.07

(1.16)

4.06

(1.39)

2.71

(1.35)

5.08

(0.28)

記述有能ステレオタイプ度 5.73

(0.70)

5.35

(0.86)

5.29

(0.77)

7.31

(1.44)

注.括弧内は標準偏差を示す。値が高いほど,抑制フェーズにおいて東大生ステレオタイプに基づいて記述した

ことを意味する。

抑制フェーズに関する事後報告

測定フェーズ後に,抑制フェーズに関する質問への回答を事後的に求めたので,その質

問に関する分析結果を報告する。

抑制フェーズでの抑制意図 抑制フェーズにおいて東大生のネガティブなイメージを書

かないように努力したかを 7件法で尋ねた(1:全く努力しなかった~7:非常に努力した)。

回答に対して先述した一般線形モデルによる分析を行ったところ,抑制操作の主効果が有

意であった(F(3, 54) = 7.04, p < .001)。多重比較(Bonferroniの検定)の結果,統制条件(M

= 2.87, SD = 1.60)に比べて,単純抑制条件(M = 4.35, SD = 1.87),温かさ思考条件(M = 5.18,

SD = 1.67),有能思考条件(M = 5.23, SD = 1.24)は東大生のネガティブなイメージを書かな

いように努力していた(ps<.05)。これは前述した実際の記述の結果と整合しており,この

結果からも,抑制操作は成功していたと考えられる。

Page 153: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

146

測定フェーズ

リバウンド効果の生起 第 3 フェーズの対人認知課題においてリバウンド効果の測定を

行った。評定に長時間かかった回答は,社会的望ましさを考慮していた可能性があり,ス

テレオタイプのアクセスビリティを反映した指標として望ましくないため,除外すること

とした。Bargh & Chartrand (2000) に基づき,単語ごとに印象評定の回答時間の平均値と標

準偏差を算出し,回答時間が 3SD 以上遅いデータを除外した(全体の 1.61%)。

評定は 9件法で,逆転項目を逆転し,それ以外については評定値をそのまま用いた。「優

しい(逆)」,「冷たい」,「とっつきにくい」,「謙虚な(逆)」の冷たさステレオタイプ 4 語

への評定値を合算平均し,冷たさ評定得点(α=.68)とした。この得点が高いほど,冷たさ

に関するステレオタイプのアクセスビリティが上昇したことを意味する。この値に対して

同様の一般線形モデルによる分析を行ったところ,いずれの主効果も有意ではなかったが

(Fs < 1.3),予測していた抑制操作×自尊感情の交互作用項が有意であった(F(1, 54)=4.45,

p<.05)。自尊感情得点の±1SD の地点でのそれぞれの条件の効果をみるために,自尊感情得

点高低(-1SD, +1SD)ごとに単純主効果を検定した。その結果,自尊感情得点が低い場合

(-1SD)に抑制操作の主効果が有意であった(F(3, 54)=3.37, p<.05)。図 6-4-3に示した

ように,多重比較(LSD)の結果,統制条件に比べ,単純抑制条件(p=.137),温かさ思考

条件(p<.05),有能思考条件条件(p<.01)の 3 条件は文章の人物をより冷たいと評定して

いた。すなわち,以上の 3条件はリバウンド効果が生起していた。

図 6-4-3.自尊感情が低い場合の冷たさ評定得点

注.上記の結果は自尊感情得点の-1SDの地点での予測値である。なお,得点が高いほど文章の人物を冷た

いと評定したことを意味する。

4

5

6

7

8

9

統制 単純抑制 温かさ思考 有能思考

冷たさ評定得点

Page 154: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

147

他方,自尊感情得点が高い場合 (+1SD) も抑制操作の主効果が有意傾向であった(F(3,

54)=2.62, p=.06)。図 6-4-4に示したように,多重比較(LSD)の結果,有能思考条件は,

統制条件(p<.05),単純抑制条件(p=.125),温かさ思考条件(p<.05)の 3 条件に比べ,文

章の人物をより冷たいと評定していなかった。すなわち,有能思考条件は冷たさのアクセ

スビリティが低減していることを示唆している。

図 6-4-4.自尊感情が高い場合の冷たさ評定得点

注.上記の結果は自尊感情得点の+1SDの地点での予測値である。なお,得点が高いほど文章の人物を冷た

いと評定したことを意味する。

その他の項目の評定 同様に,「決断力のある」,「有能な」,「知的な」,「頭の悪い(逆)」

の有能ステレオタイプ 4 語への評定を合算平均し,有能評定得点とした(α=.46)。この得

点が高いほど文章の人物を有能と評定したことを意味する。この値に対して同様の分散分

析を行ったところ,いずれの主効果,交互作用も有意ではなかった(Fs < 1.61, ns.)。条件ご

との平均値は表 6-4-2に示した。

4

5

6

7

8

9

統制 単純抑制 温かさ思考 有能思考

冷たさ評定得点

Page 155: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

148

表 6-4-2.印象評定課題における評定値

統制 単純抑制 温かさ思考 有能思考

冷たさ評定得点:低自尊感情

冷たさ評定得点:高自尊感情

5.83 (0.33)

7.08 (0.43)

6.71 (0.48)

6.63 (0.35)

7.00 (0.43)

7.24 (0.30)

7.34 (0.37)

5.68 (0.50)

有能評定得点 5.08 (0.88) 4.50 (0.98) 4.71 (0.91) 5.25 (1.39)

注.値が高いほど文章の人物をステレオタイプに沿って評定したことを意味する。なお,括弧内は,

冷たさ評定得点の場合は標準誤差(SE)を,有能評定得点の場合は標準偏差(SD)を表す。

本研究のメカニズムに関する傍証

競争意識と脅威の知覚 本研究では,研究 5,6を受け,競争意識を感じやすいような場面

を設定したうえで別次元思考方略の有効性を検討した。そこで,抑制操作や参加者の特性

自尊感情によって競争意識の知覚には差がないことを確認するために,記述課題の東大生

に「競争意識を感じた」という項目への回答に対して同様の一般線形モデルによる分析を

行った。その結果,いずれの主効果,交互作用も有意ではなかった(Fs<1.21)。よって,抑

制操作や自尊感情は競争意識の知覚には影響を及ぼしていなかった。この結果から,高自

尊感情者が東大生をそもそも競争相手として捉えていないという可能性は排除された。ま

た,本研究の場面設定によって,競争意識を感じていたことを確認するため,中点(4)と

の差を検定したところ,中点よりも有意に得点が高かった(M = 4.58, SD = 1.62; t (61) = 2.83,

p < .01)。これらの結果から,条件や自尊感情によらず,本研究の場面設定によって,全体

的に競争意識を感じていたと考えられる。

他方で,本研究では,脅威の知覚が自尊感情によって異なることを想定していた。そ

こで,東大生に「不安」,「劣等感」,「脅威」を感じたという項目への回答を合算平均し(α

=.86),脅威の知覚の指標とした。この指標に対して,同様の一般線形モデルによる分析を

行った。その結果,自尊感情の主効果が有意であった(F(1, 54) = 10.83, p < .01)。自尊感情

得点の-1SD を自尊感情が低い場合,+1SD を高い場合としてそれぞれの予測値を算出した。

その結果,自尊感情得点が低い場合(M=5.03)は高い場合(M=3.65)よりも東大生に脅威

を感じていた。これは,自尊感情が脅威の緩衝材になっているという知見と一致する結果

であった(Pyszcynski et al., 2004)。なお,抑制操作の主効果および交互作用はいずれも有意

ではなかったものの(Fs(1, 54)<1, ns.),自尊感情得点の±1SD の地点でのそれぞれの条件の

効果をみるために,探索的に自尊感情得点高低(-1SD, +1SD)ごとに予測値を算出した。その

Page 156: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

149

結果,自尊感情得点が低い場合には,東大生の有能さに関して考えるよう指示された有能

思考条件において他の条件よりも脅威の知覚の程度が高いパターンが見られた(図 6-4-

5)。この結果から,自尊感情得点が低い場合には,東大生の有能さについて考えることは,

ことさらに脅威の知覚を強めてしまうという可能性が示唆された。

図 6-4-5.自尊感情が低い場合の脅威の知覚

注.上記の結果は自尊感情得点の-1SDの地点での予測値である。なお,得点が高いほど脅威を知覚してい

たことを意味する。

他方,自尊感情得点が高い場合には,以下のように条件間に差は見られなかった(図 6

-4-6)。

図 6-4-6.自尊感情が高い場合の脅威の知覚

注.上記の結果は自尊感情得点の+1SDの地点での予測値である。なお,得点が高いほど脅威を知覚してい

たことを意味する。

1

2

3

4

5

6

7

統制 単純抑制 温かさ思考 有能思考

脅威の知覚

1

2

3

4

5

6

7

統制 単純抑制 温かさ思考 有能思考

脅威の知覚

Page 157: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

150

代替思考の生成しにくさ 本研究では,代替思考が生成しやすいかどうかがリバウンド効

果の生起に影響を及ぼすと予測した。そこで,代替思考の操作のあった温かさ思考条件と

有能思考条件の参加者に「指示された内容を書くのはどのくらい難しかったか」と 7 件法

で尋ねた。この項目について,温かさ思考条件・有能思考条件×自尊感情得点(連続量)

の一般線形モデルによる分析を行った(図 6-4-7参照)。その結果,いずれの主効果も有

意ではなかったが(Fs(1,26) < 1 ns.),交互作用項のみ有意であった(F(1, 26)=5.16, p<.05)。

そこで,代替思考の内容の生成しにくさが自尊感情によって異なるのかを simple slope 検定

を行い検討した。その結果,温かさに関する思考の生成の難しさは,低自尊感情者(M=4.34)

と高自尊感情者(M=4.97)で異ならなかった(β= 0.25, t = 1.04, ns.)。他方,有能思考の生

成に関しては,低自尊感情者(M=5.44)は高自尊感情者(M=3.84)よりも生成は難しかっ

たと評定していた(β= 0.63, t = 2.07, p<.05)。また,加えて,高自尊感情者は,温かさ思考

の方が有能思考よりも生成しにくかったと評定する傾向が見られた(p=.107)。この結果か

ら,反ステレオタイプである温かさ思考の生成しやすさは自尊感情による影響がないもの

の,別次元の有能思考の生成しやすさは自尊感情によって異なることが示された。すなわ

ち,高自尊感情の場合には有能思考は生成しやすいものの,低自尊感情の場合には有能思

考は生成しにくいことを表していた。

図 6-4-7.代替思考の生成しにくさ

注.得点が高いほど,代替思考操作の教示通りに記述するのは難しかったことを意味する。

1

2

3

4

5

6

7

温かさ思考 有能思考

記述のむずかしさ

代替思考の条件

低自尊心

高自尊心

Page 158: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

151

その他の分析結果

本研究の仮説とは直接関連しない質問項目に対する分析では,いずれも条件間で有意な

差が認められなかったため,本論文での報告は割愛する。

6-4-4.考察

研究 7 では,東大生に対する嫉妬的ステレオタイプを題材として,競争状況における別

次元思考方略の有効性とその制限条件を検討した。これまでの研究で示されてきたように,

反ステレオタイプの「温かさ」に関する思考は生成が難しいため,リバウンド効果が生起

すると予測した。他方,抑制とは別次元の「有能」に関する思考は,その有効性が制限さ

れる可能性があるだろう。すなわち,一般的には有能思考はステレオタイプであるため生

成がしやすく,リバウンド効果が低減すると考えられる。ただし,低自尊感情者の場合の

み,高地位者の有能さを考えることは脅威を及ぼすため,ステレオタイプであっても生成

が難しく,リバウンド効果が生起すると予測した。

リバウンド効果の生起と本実験の示唆

対人認知課題における冷たさ評定得点をリバウンド効果の指標とした。実験の結果,こ

れまでの研究と同様に,低自尊感情の場合,単純に抑制した場合や反ステレオタイプの「温

かさ」を代替思考とした場合にはリバウンド効果が生起していた。加えて,別次元思考で

ある「有能」を代替思考とした場合でもリバウンド効果が低減しなかった。すなわち,慈

悲的ステレオタイプの抑制とは異なり,嫉妬的ステレオタイプの抑制においては,低自尊

感情者では別次元思考方略が有効ではなかった。低自尊感情の場合には,対象の有能さを

考えることで脅威の知覚が高まっており,代替思考として生成しにくいという報告がされ

ていた。このことから,高地位者を有能であると考えることはステレオタイプであっても

難しいため,リバウンド効果が低減しなかったと考えられる。

他方,高自尊感情の場合には,統制条件における評定値が高かったため,単純抑制条件

および温かさ思考条件におけるリバウンド効果の生起は確認できなかったが,有能思考条

件はすべての条件と比べて冷たさのアクセスビリティが低減していた。高自尊感情の場合

には,高地位者の有能さを考えることが脅威の知覚を高めておらず,ステレオタイプであ

るために生成もしやすかったと報告されていた。すなわち,別次元思考方略の有効性が示

された。このことから,脅威への耐性がある場合には,相手の能力を認めることがリバウ

Page 159: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

152

ンド効果の低減には有効だと考えられる。

以上のように,研究 7 では競争状況を前提とした上で,別次元思考方略の有効性とその

制限条件を見出したといえよう。

6-5.第 6章の示唆と今後の展望

第 6 章では,嫉妬的ステレオタイプを題材として,リバウンド効果の生起に関わる調整

要因,および別次元思考方略の有効性を検討した。

その結果,研究 5 および研究 6 によって,嫉妬的ステレオタイプを抑制する際に競争意

識を感じていると,リバウンド効果が生起することが明らかになった。

研究 7 では,嫉妬的ステレオタイプの抑制における別次元思考方略は,高自尊感情者に

おいて有効であったが,場合によっては脅威を高めるため,有効性が限定されることが示

された。このことから,高地位集団を否定的に考えないためには,抑制対象が自己にとっ

てどのようなものと捉えられるかといった点を考慮することが重要であることが示唆され

た。昨今の競争社会においては,外集団成員からの脅威を知覚する状況は頻繁に生じうる。

そのため,このことを前提として,本方略の効果の有効範囲と制限条件を示すことで,よ

り現実に即した応用が可能になると考えられる。

Page 160: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

153

第Ⅲ部: 総合考察

Page 161: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

154

§第 7 章

総合考察

本章では,第Ⅱ部の実証研究で得られた知見を基に,本研究が与える示唆について述べ

る。はじめに実証研究の知見をまとめる。その後,本知見が抑制研究および関連領域に与

える示唆や意義について論じ,社会的意義について述べる。その後,今後の展望を論じて

いく。

7-1.実証研究の結果のまとめ

本論文では,対人認知としてのステレオタイプ抑制という観点から,抑制が困難になる

メカニズムや状況を明らかにした。その上で,ステレオタイプ抑制におけるリバウンド効

果の低減方略として,ステレオタイプ内容モデルに注目し,抑制する特性とは異なった次

元のポジティブなステレオタイプ的特性を代替思考とする別次元思考方略の有効性を検討

した。第Ⅱ部の実証研究では,第 5 章において慈悲的ステレオタイプの抑制に関して,第 6

章において嫉妬的ステレオタイプの抑制に関して検討を行った。以下では,それぞれの研

究結果に関してまとめる。なお,第 5 章および第 6 章での研究知見を図 7-1 にまとめた。

大目標:弊害なくステレオタイプを抑制する

第 5 章

慈悲的ステレオタイプの抑制

リバウンド効果が低減

別次元思考方略

第 6 章

嫉妬的ステレオタイプの抑制

リバウンド効果

低減

別次元思考方略の

有効性に限界

競争意識なし 競争意識あり

図 7-1.実証研究の全体像

Page 162: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

155

7-1-1.慈悲的ステレオタイプの抑制

第 5 章では,慈悲的ステレオタイプを題材として,ステレオタイプ抑制における代替思

考方略に関して検討した。

研究 1 では,家庭的女性に対する「無能」だというステレオタイプを抑制する際には,

反ステレオタイプの「有能」を考えた場合にはリバウンド効果が生起した。しかし,「温か

い」と考える別次元思考方略を用いれば,リバウンド効果が低減することが示された。た

だし,単純に抑制した場合はリバウンド効果が生起しておらず,リバウンド効果の測定の

際にステレオタイプの適用を測定したために,社会的望ましさや要求特性が働いた可能性

が示唆された。

研究 2 では,研究 1 の限界点を考慮し,先行研究にならった抑制状況を設定し,リバウ

ンド効果の測定としてステレオタイプのアクセスビリティを測定した。高齢者ステレオタ

イプの「無能」というステレオタイプを題材として研究を行ったところ,抑制を行う際に

は反ステレオタイプの「有能」を代替思考として用いることが明らかになった。また,そ

うした反ステレオタイプを代替思考として用いても,ステレオタイプのアクセスビリティ

が上昇しており,リバウンド効果が生起することが確認された。

研究 3 では,高齢者ステレオタイプを題材にして,実際に代替思考を操作することで方

略の有効性を検討した。その結果,単純に抑制した場合,および,反ステレオタイプの「有

能」を考えても,リバウンド効果が生起してしまった。しかし,「温かい」と考える別次元

思考方略を用いれば,リバウンド効果が低減することが示された。

研究 4 では,研究 3 の知見の頑健性を示すことと,代替思考の生成しやすさに関する傍

証を得ることを目的とした。研究の結果,別次元思考方略の有効性が再度確認された。加

えて,別次元思考である「温かさ」は,反ステレオタイプの「有能」よりも代替思考とし

て生成が容易であることが示された。

以上の結果から,反ステレオタイプの「有能」は,代替思考の生成が困難なため,リバ

ウンド効果が生起するが,生成が容易な別次元思考の「温かい」を用いることでリバウン

ド効果が低減することが示された。

Page 163: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

156

7-1-2.嫉妬的ステレオタイプの抑制

第 6 章では,嫉妬的ステレオタイプにおける抑制を検討した。

これまでの抑制研究では,嫉妬的ステレオタイプに対する抑制は検討されてこなかった。

嫉妬的ステレオタイプの場合には,抑制対象と自己との関係によって競争意識の知覚が異

なり,その結果ステレオタイプの顕現性が異なる可能性がある。そこで,研究 5 および研

究 6 では,競争意識の知覚が抑制後のリバウンド効果の生起に及ぼす影響を検討した。

研究 5 では,キャリア女性の「冷たい」というステレオタイプを題材とした。研究の結

果,事前にキャリア領域においてネガティブなフィードバックを受けた場合には,キャリ

ア女性に対して競争意識を知覚しやすくなり,リバウンド効果が生起することが示された。

他方で,ネガティブなフィードバックを受けず,競争意識を知覚しにくい場合には,リバ

ウンド効果は生起しなかった。

研究 6 では,エリート男性として,金融ディーラーに対する「冷たい」というステレオ

タイプを題材とした。研究の結果,金融ディーラーに競争意識を知覚しやすい関連学部の

参加者においてのみ,リバウンド効果が生起した。以上のように,研究 5 および研究 6 の

結果から,嫉妬的ステレオタイプの場合には,外集団成員に競争意識を知覚しやすい場合

に抑制が困難になり,リバウンド効果が生起することが示唆された。

以上のように,嫉妬的ステレオタイプが特に問題となるのは競争意識を知覚しやすい場

合であるという知見を受け,研究 7 では,競争状況を設定した上で,嫉妬的ステレオタイ

プの抑制における代替思考方略を検討した。その結果,慈悲的ステレオタイプと同様に,

単純に抑制しても,反ステレオタイプの「温かい」を考えてもリバウンド効果が生起した。

他方,嫉妬的ステレオタイプにおいて「有能」という別次元思考を用いる方略の有効性は,

自尊感情によって調整された。すなわち,自尊感情が高い場合には,別次元の「有能」と

いう特性を代替思考として考えることが容易であるため,リバウンド効果を低減させるこ

とができた。しかし,自尊感情が低く,抑制対象の有能さを考えることが脅威を高める場

合には,「有能」と考えることが難しいため,リバウンド効果が生起した。この結果から,

嫉妬的ステレオタイプにおける別次元思考方略は,脅威を高める場合には有効ではないと

いう限界点が明らかになった。このように,嫉妬的ステレオタイプにおいては,別次元思

考方略の一定の有効性とその制限条件を明示することができた。

Page 164: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

157

7-1-3.結果のまとめ:研究方法の特徴の観点から

以上のように,本研究では,ステレオタイプ抑制のメカニズムに着目し,リバウンド効

果を低減するための方略を検討することができた。

ステレオタイプ抑制研究では,抑制時の思考内容を詳細に検討した研究は多くない。し

かし,本研究では,抑制時の思考がリバウンド効果の生起に関わっていると想定し,抑制

時の代替思考の内容をコーディングによって分析した。また,その思考が生成しやすいも

のであったかという点に関しても事後報告によって検討した。これによって,抑制時に用

いられやすい代替思考を明らかにし,その生成しやすさがリバウンド効果の生起に関わっ

ていることを明らかにすることができた。

また,リバウンド効果の指標として,研究 1 ではステレオタイプの表出を扱い,研究 2

以降は対人認知課題によってステレオタイプのアクセスビリティを測定した。このように,

ステレオタイプの表出とアクセスビリティについて,複数の指標を用いてリバウンド効果

を測定することができた。

本研究でリバウンド効果の指標として中心的に用いた対人認知課題は,ある特性(e.g.,

「無能」,「冷たい」)のアクセスビリティを測定するものではあるが,刺激人物はステレオ

タイプ対象集団の一員ではなかった。今後はより直接的な測度を用いることも有効だろう。

本課題はこれまでのステレオタイプ抑制研究において,リバウンド効果の指標として繰り

返し用いられてきたものであり(e.g., Galinsky & Moskowitz 2007; 田戸岡・村田, 2010; 田戸

岡・石井・村田,審査中; Wyer 2007),本研究のように,アクセスビリティに焦点をあてる

ことで,意図的な統制を伴わない反応を詳細に捉えることができたといえよう。

7-2.本研究の意義

以上のような結果は抑制研究および関連領域の研究にさまざまな示唆を与えると考えら

れる。そこで,以下では,抑制研究における示唆,および関連領域に与える示唆を論じた

後,社会的意義について述べることとする。

Page 165: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

158

7-2-1.抑制研究に与える示唆と意義:個人差に注目して

これまで,ステレオタイプ抑制では代替思考方略の限界が指摘されてきた(e.g., Galinsky

& Moskowitz, 2007)。しかし本研究では,生成しやすい代替思考として抑制する特性とは別

の次元のポジティブな特性を利用すれば,代替思考方略はリバウンド効果を低減させると

示すことができた。このことは,ステレオタイプ抑制の個人差に関する研究に以下のよう

な示唆を与える。

ステレオタイプ抑制研究では,リバウンド効果の頑健性が示されるにつれ,その調整要

因も検討されてきた。例えば,偏見が弱い人よりも強い人がステレオタイプ抑制後にリバ

ウンドすることが示されている(Monteith et al., 1998)。また,偏見を示すことはよくないと

いう信念を保持している内的偏見抑制動機(internal motivation to respond without prejudice;

Plant & Devine, 1998)が高い人ではリバウンド効果が生起せず,弱い場合にのみリバウンド

効果が生起したといった抑制動機による効果が明らかになった(Gordijn, et al., 2004;

Tado’oka & Murata, under review; Wyer, 2007; Wyer et al., 2000)。

このように偏見が低い人や内的抑制動機が高い人においてリバウンド効果を避けられる

というメカニズムについては,いくつかの説明が可能である。一つ目の説明としては,そ

もそも低偏見者がステレオタイプを持っていないということが考えられる。ただし,

Monteith et al. (1998) では,低偏見者であってもステレオタイプが思い浮かぶことが明らか

になっており,同様のことはステレオタイプの古典的な研究の中でも示されていることで

ある(e.g., Devine 1989)ため,こうした可能性は低いだろう。二つ目として,Monteith, Spicer

et al.(1998) は,低偏見者は日常的にステレオタイプを抑制しているために,代替思考とし

て平等主義的な思考を用いることができるからだと説明している(for a review, Monteith et

al., 1998 参照)。すなわち,内的抑制動機が高い人は普段から抑制しなれているという練習

効果がリバウンド効果の低減に関わっていると考えられる。これに示唆を与える研究とし

て,Zhang & Hunt (2008) では,集団主義文化の参加者は抑制をしなれているため,個人主

義文化の参加者に比べてリバウンド効果が生起しないことを明らかにしている。

これらの解釈を言いかえれば,日常的に抑制をしている人でなければ,ステレオタイプ

を抑制することは難しいと考えられる。Monteith et al. (1998) は,抑制時の記述内容を報告

していないため,平等主義的な思考がどのような代替思考なのかが明らかではない。しか

し,本研究の観点からいえば,低偏見者が利用した代替思考には,別次元思考に基づいた

代替思考が含まれていたのかもしれない。そのように仮定すると,低偏見者のように抑制

Page 166: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

159

を日常的に行っている個人でなくとも,本研究で取り上げたような適切な代替思考を提案

することで,リバウンド効果を生起させずに抑制することができる可能性がある。本研究

の結果は,抑制に慣れていない人でも使える適切な代替思考を提案したという意味で意義

があるだろう。加えて,本研究において,リバウンド効果を低減させるためには,代替思

考の内容が重要であるということが示された。このことから,低偏見者はリバウンド効果

が生じにくいという結果だけでなく,どのような代替思考を用いているかを,今後検討す

る必要性も示唆されたと言えるだろう。

7-2-2.抑制研究に与える示唆と意義:対人認知の観点から

思考抑制研究では代替思考方略が有効であるにもかかわらず(e.g., Wegner et al., 1987),

これまでのステレオタイプ抑制では適切な代替思考を提案することができなかった。それ

は,ステレオタイプ抑制が対人認知の文脈で行われるという点を看過してきたからだと考

えられる。本研究では,この点を考慮することで,二つの重要な示唆を得ることができた。

一つ目に,思考抑制とは異なり,対人認知文脈で抑制を行うためには,代替思考が抑制

対象に関わることでなければならない,という制限があることを明らかにできた。実際,

本論文の実証研究において,反ステレオタイプが代替思考となっていたことが繰り返し示

された。また,この制限を明らかにしたことで,生成しやすい代替思考として,抑制対象

に関するもう一方の次元の特性を代替思考にするという提案を行うことができた。

このように代替思考が生成しやすいことがリバウンド効果の生起に影響を及ぼすという

ことが明らかになったが,抑制時に用いられやすい反ステレオタイプが有効な時はないの

だろうか。そのことに示唆を与える研究として,Galinsky & Moskowitz (2000) は,高齢者の

ステレオタイプを抑制する際に,相手の立場になったつもりで記述する視点取得という方

法を用いた。その結果,視点取得を行った場合にはリバウンド効果が生起しなかった(同

様の知見は Galinsky, Ku, & Wang, 2005)。視点取得とは,自分とステレオタイプ対象の表象

を重ね合わせるような操作である(Galinsky & Moskowitz, 2000)。本研究の知見から解釈す

ると,通常反ステレオタイプは抑制対象の表象に含まれないため生成がしにくいが,視点

取得によって自己と抑制対象の表象が重なった結果,ステレオタイプに反するポジティブ

な代替思考が思いつきやすくなり,リバウンド効果が低減されたと考えられよう。このよ

うに,本研究の知見からこれまでの研究を解釈することで,代替思考として用いられるこ

とが多い反ステレオタイプが生成しやすい状況や操作を提案することが重要であるという

Page 167: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

160

ことも示唆されただろう。

二つ目に,本研究では,外集団成員との関係性がリバウンド効果の生起に影響するとい

うことを明らかにできた。これまでの抑制研究では,偏見の強さ(Monteith et al., 1998)や

偏見抑制の内的動機付け(e.g., Gordijn et al., 2004)といった個人差要因がリバウンド効果の

生起を調整すると示してきたが,外集団成員と自己の関係性には注意を払ってこなかった。

ステレオタイプ抑制は対人認知の際にこそ必要なものであるということを考慮すると,本

研究で示した認知者と抑制対象との関係という要因を検討することには意義があると思わ

れる。第 6 章では,その一つとして外集団への競争意識の知覚を扱い,嫉妬的ステレオタ

イプの抑制には,その対象に競争意識を感じているかどうかがリバウンド効果の生起に関

わることが示された。特に研究 5 は,個人差要因ではなく,状況要因がリバウンド効果の

生起を調整することを示した初めての研究である。今後も対人認知としてのステレオタイ

プ抑制という点を考慮し,抑制対象者との関係性など,対人関係のダイナミクスを考慮し

た上での研究を行うことが期待されるだろう。

7-2-3.関連領域に与える示唆

以上のように,本研究の知見は,抑制研究にさまざまな示唆を与えるが,ステレオタイ

プ研究などの関連領域にも示唆を与えるだろう。

ステレオタイプ内容モデルへの示唆

まず,本研究の知見はステレオタイプ内容モデルの理解を深めることにつながると考え

られる。本研究で提案した別次元思考方略は,低地位者に対しては有効であったが,高地

位者の場合には有能さが認知者に脅威を与えるために,方略の有効範囲が限定された。す

なわち,低地位者とは異なり,高地位者への否定的な認知を回避することは困難であるこ

とが示唆された。こうした方略の有効性に,高/低地位者間で非対称性があるのは,高地

位者との上方比較が,自己価値への脅威をもたらすためである。ステレオタイプ内容モデ

ルでは,慈悲的ステレオタイプと嫉妬的ステレオタイプは両面価値的なステレオタイプと

して総括されるが,その内容は,我々に及ぼす影響の強さという点で大きく異なると考え

られる。すなわち,高地位な外集団成員は有能であるがゆえに,我々を搾取しようとして

いるのか,協力関係にあるのか,といった点は認知者の利益に直接関わってくる。そうい

った意味で,認知者の得る結果は高地位者の行動や意図に依存する傾向が高く,結果依存

Page 168: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

161

性が高いといえるだろう。そのため,嫉妬的ステレオタイプの低減は,慈悲的ステレオタ

イプの低減よりも困難を伴うのかもしれない。実際,ステレオタイプ内容モデルを行動予

測にまで拡張させた BIAS map (behavior from intergroup affect and stereotypes; Cuddy et al.,

2007) では,社会が安定的で脅威状況にない場合には,利益を得るために有能な外集団と協

力関係を築く受動的援助が生じやすいが,不況などの脅威のある状況では一転して能動的

危害が生じやすいことを主張している。以上のように,Cuddy et al. (2007) は社会的な脅威

状況について議論しているが,本研究では,自己への脅威といった個人的な脅威状況であ

っても,高地位者のステレオタイプ抑制に影響を及ぼす可能性があることを示している。

そうした点で,ステレオタイプ内容モデルに新たな知見を加えたといえるだろう。

システム正当化研究への示唆

また,本研究の知見は,システム正当化動機に関する研究にも示唆を与える。私たちは,

自分たちが暮らす世の中やシステムが公正なものであるという信念を持っており,そうし

た知覚を維持したいという動機を持っている。そういった中で,両面価値的ステレオタイ

プはシステム正当化機能を持っていると考えられている(Jost & Banaji, 1994; Jost et al.,

2007)。「高齢者は無能だが温かい」,「エリートは有能だが冷たい」といったネガティブ特

性とポジティブ特性が混在することで,この世の中は公平にできており,システムとして

正当だ,という知覚を与えるという。実際,Kay & Jost(2003)は,「貧乏だが幸せ」や「金

持ちだがみじめ」というステレオタイプの例を示されると,「貧乏で不幸せ」など認知的に

一致した例を見せられるよりも,社会の現状を公平だと知覚した(同様の知見は Jost & Kay,

2005; Kay, Jost, & Young, 2005)。このように,システム正当化研究では,両面価値的ステレ

オタイプの両次元が相補的に働くことが正当化動機を満たすためには重要であると主張さ

れてきた。

他方,本研究では,ポジティブなステレオタイプ的特性を代替思考として使用すること

で,ネガティブなステレオタイプ的特性を抑制することができた。このような知見は,相

補的なステレオタイプの一側面を強調することで,抑制対象を好意的に評価できるという

点で利点があると考えられる。加えて,ステレオタイプのポジティブな側面があることで,

他方のネガティブな側面が正当化されるという正当化研究の主張とは異なり,一方の次元

を強調することで,他方の次元を抑制できるという点で,これまでのシステム正当化研究

とは一線を画す研究である。ただし,正当化機能という視点で考えると,ポジティブなス

Page 169: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

162

テレオタイプを利用することに伴う問題点も見えてくる。この点に関しては,7-3 節にお

いて今後の展望と共に再考することとする。

ジェンダー研究への示唆

また,本研究は,研究 1 において家庭的女性のステレオタイプを,研究 5 において男性

におけるキャリア女性のステレオタイプの抑制を扱っており,ジェンダー研究としても示

唆を与えると考えられる。

昨今,多くの女性が社会進出を果たしており,男性は,本来自分たちが優位であるはず

の仕事という場において,キャリア女性に競争意識を感じていると考えられる。そのため,

伝統的な家庭的女性は保護の対象として家庭に押し込められ,他方で伝統的な性役割観に

反する女性は,男性によってより否定的に評価されるバックラッシュを被ることがある(e.g.,

Rudman & Fairchild, 2004)。たとえば,Sinclair & Kunda (2000) は,男性参加者が,女性から

否定的な評価を与えられた場合は,当該の女性に対してより否定的に評価するが,男性か

ら否定的な評価を与えられた場合には,当該の男性を否定的に評価しないことを示してい

る。研究 5 における「キャリア女性は冷たい」という敵意的なステレオタイプの高まりも,

伝統的価値観を脅かす女性への否定的な反応として生じた可能性があるだろう。とくに,

本研究の知見は,キャリア女性といった非伝統的な対象に関するステレオタイプ抑制が競

争意識を持っている状況では特に困難なことを示しており,これまでのバックラッシュ研

究に新たな知見を加えるとともに,実際の社会的状況とも符合する部分があると思われる。

また,近年では,女性の社会進出が進んだ結果,女性と一言で言っても,専業主婦のよ

うな伝統的な女性と,キャリア女性のような非伝統的な女性の 2 つのサブタイプに分類で

き,それぞれ異なったステレオタイプが持たれている(Glick & Fiske, 1996; 2001a, 2001b;

高林,2007)。伝統的女性は「無能だが温かい」という慈悲的偏見を抱かれ,保護の対象と

みなされるため,家庭の役割を強調され,社会から排除される。他方,非伝統的な女性は

「有能だが冷たい」という敵意的偏見を向けられ,扱いにくいというレッテルを貼られる

こととなる。すなわち,いずれのタイプのステレオタイプであっても,女性を社会から排

除するような機能を持っている。そこで,男女平等の規範を意識するとき,私たちはこう

したステレオタイプを避けようと抑制をすることがある。しかし,研究 1 および研究 5 の

結果は,女性に対するネガティブなステレオタイプを避けるために,「家庭的女性は有能で

ある」や「キャリア女性は温かい」といったステレオタイプに一致しないように考えるこ

Page 170: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

163

とは困難であり,かえってステレオタイプを強めてしまう可能性を示唆している。私たち

はこうした適切な代替思考を用いないステレオタイプ抑制を日常的に行ってしまうが,こ

うした行為こそが,女性に対する偏見や差別を避けようという試みがなされているにもか

かわらず,男女平等が進まない原因の一端なのかもしれない。こうした意味で,本研究の

知見は現存する偏見問題の理解に示唆を与えたといえるだろう。

7-2-4.本研究の社会的意義

また,本研究は労働場面や面接場面におけるステレオタイプ抑制を扱っているという点

で,社会的な意義もあると考えられる。

例えば高齢者の雇用について,梅沢・浅尾(2012)によると,66 歳以上でも働き続けた

いという高齢者は 43%にも上っており,60 歳を超えても十分に働けるという人は多い。ま

た年金支給開始年齢の引上げ等による経済事情もあり,働く必要性が高まっているという。

このように,高齢社会と言われる現代では,働く意欲のある高齢者が多いにもかかわらず,

その雇用は制限されたものになっている。これは高齢者に対する「無能である」というス

テレオタイプが影響を及ぼしている可能性がある。実際,高年齢者就業実態調査(厚生労

働省 2008,2012)によると,60 歳以上の労働者の雇用を今後 2 年間は増やさない予定であ

ると回答した事業所は全体の 36.0%にのぼる。これらの事業所が高齢者を雇用しない理由

として(複数選択式),「高年齢労働者に適した仕事がない」が 43.4%と最も多く,次いで

「高年齢労働者に限らず,採用の予定はない」が 40.6%,「高年齢労働者は体力,健康の面

で無理がきかない」が 29.7%であった。「高年齢労働者に限らず,採用の予定はない」とい

う回答は,現在の不景気を反映した回答であったとしても,その他の 2 つの理由は,高齢

者に対するステレオタイプを如実に反映した結果であると考えられる。すなわち,多くの

研究で認められてきたように,「高齢者は能力が低い」というステレオタイプがあるため,

高齢者には仕事の制限や特別な配慮が必要であり,適した仕事がないと考えたり,健康面

への配慮が必要だと考えるのである。こうした現状を考慮し,本研究で示した別次元思考

方略を用いれば,高齢者雇用へのハードルが引き下げられるかもしれない。実際,モスバ

ーガーでは,店員募集の年齢制限を緩和したところ,高齢者の温かな接客によって好評を

得ることができ,それを契機に高齢者の積極的な雇用を進めているという(MSN 産経ニュ

ース,2008)。高齢者の雇用の促進を考えるためには,制度の改革は必須であるが,それに

加えて,本研究で示したような心理的メカニズムによるアプローチは有効であると考えら

Page 171: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

164

れる。そうした意味で,別次元思考方略によってネガティブなステレオタイプを避けられ

るという本研究の知見は,こうした高齢者雇用における現状の改善に寄与する可能性があ

るかもしれない。

また,女性の社会進出を例にとっても,働く女性が増えているにもかかわらず,いまだ

に男女平等が実現されていないという意見は根強く存在する(内閣府大臣官房政府広報室,

2012)。その一因として,家庭的女性に対する「無能である」というステレオタイプが影響

していることが考えられるだろう。本研究の結果は,そうしたステレオタイプを避けるた

めに,「家庭的女性は有能である」と考えることはかえってステレオタイプを強めてしまう

可能性を示唆している。他方で,キャリア女性に対しては「有能だが冷たい」というステ

レオタイプが抱かれているが,競争社会の現代において,本研究で取り上げたような外集

団への競争意識を知覚する状況は少なくない。本研究の知見は,競争状況においてステレ

オタイプを避けようとする行為自体が,結果的に偏見を維持させてしまう危険性を示唆し

ている。いずれのステレオタイプにしても,女性に伝統的な性役割観を押し付け,男性の

高地位を維持するように働く危険性があることが示唆される。しかし,本研究において,

別次元思考方略の有効性が示されたことから,それぞれの優れた部分に注意を向けること

が,雇用や労働現場における男女不平等の解消につながる可能性を示していると思われる。

7-3.今後の展望

以上のように,本研究の知見は,抑制研究や関連分野だけにとどまらず,現実社会にお

ける偏見の問題に対しても示唆を与えると考えられる。以下では,さらに今後の展望につ

いて議論する。

まず,ステレオタイプ抑制における代替思考の生成しやすさとリバウンド効果の関係に

ついてである。本研究では,別次元思考方略によって,リバウンド効果を低減させること

ができた。しかし,反ステレオタイプを思考した条件においては,ポジティブな内容を代

替思考としたにもかかわらず,リバウンド効果は生起していた。このように,本研究の結

果は,代替思考は単にポジティブな思考にすればよいのではなく,その生成しやすさに注

目することが重要だということを示唆している。ただし,本研究では,抑制する特性とは

異なる他方の次元の特性を,生成が容易な代替思考の指標として用いたため,生成が容易

Page 172: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

165

かどうかとリバウンド効果の関係を直接検討したわけではない。例えば,反ステレオタイ

プであっても,生成が容易な場合と難しい場合を操作したうえで比較するなど,今後は,

リバウンド効果の低減に及ぼす影響をより直接的に検討する必要があるだろう。

また,本研究では,嫉妬的ステレオタイプの人柄特性に特有の問題を踏まえ,リバウン

ド効果が生起しやすい状況を明らかにした上で,別次元思考方略の有効性を示した。ただ

し,低自尊感情者のように,脅威を知覚しやすい人にとっては,高地位者に対するステレ

オタイプ抑制は難しいという問題が指摘された。今後は,本研究の知見を踏まえ,競争関

係があることを前提としたうえで,心理的操作によって,脅威を超えステレオタイプに対

処する方略を提案する必要があるだろう。

最後に,本研究の結果は,抑制する特性とは異なる次元のポジティブな特性を代替思考

とするとリバウンド効果が低減する可能性を示唆するものの,代替思考としてステレオタ

イプを用いることに伴う問題が指摘されるかもしれない。ステレオタイプ内容モデルを主

張している Fiske らは,ネガティブなステレオタイプ的特性は社会的に常に問題視されてい

るが,その影で,ポジティブなステレオタイプ的特性が偏見の維持に寄与していると主張

している(Fiske & Cuddy, 2006; Fiske et al., 2007; Glick & Fiske, 2001a)。例えば,「温かいが

無能」という高齢者や障害者に向けられるステレオタイプは,温かいというステレオタイ

プを付与された対象集団をその地位に押しとどめ,偏見を維持する結果になるという。こ

のように,ポジティブなステレオタイプを強調することが,むしろ偏見の維持や強化につ

ながる可能性があることには留意が必要である。

しかし,ネガティブなステレオタイプを変化させることで社会的な構造関係を大幅に変

革するよりも,すでに付与しているポジティブな特性を強調することの方が受け入れやす

く,これは偏見低減への一つの手段になるという可能性も主張されている(Glick & Fiske,

2001b)。また,ステレオタイプを変容させることは多量の訓練を要する(e.g., Kawakami et al.,

2000, 2007)など日常的な応用には未だ限界も残っているため,ここで提案した別次元思考

方略によって,少なくとも短期的にはリバウンド効果を避けることができたという本研究

の結果には,一定の意義があると考えられる。

さらに,長期的に本研究の方略を用いた場合でも,有益な知見を得られる可能性もある

だろう。私たちは,対人認知の際に,ある一つの面が優れていると,他の面も優れている

ように他者を認知することがある。この認知傾向はハロー効果(halo effect)と呼ばれ,例

えば美人は性格も良いというような評価をされやすいことが知られている(Dion, Berscheid,

Page 173: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

166

& Walster, 1972)。本研究で提案した別次元思考方略によって,ポジティブな側面を強調し

続けることで,ハロー効果が生起する可能性もあるだろう。例えば,慈悲的ステレオタイ

プの場合,別次元思考方略の「温かい」という思考は,人の全体的な印象を決定する中心

特性(Asch, 1946)であるため,全体的な印象を向上させる効果があるかもしれない。また,

嫉妬的ステレオタイプの場合,高地位者の「有能さ」を強調する本方略は内外集団の積極

的な接触や協力を促す可能性がある。Cuddy et al. (2007) の BIAS map によれば,私たちは

望ましい結果を得るために,高地位で優秀な外集団成員と協力することがあると指摘され

ている(受動的協力)。通常,外集団成員との相互作用は避けられる傾向があるものの,集

団間の接触を繰り返すことで,お互いに好意的な印象をもたらすということが明らかにな

っている(接触仮説; Allport, 1954)。そのため,有能な外集団成員との接触が,最初は義務

的なものであったとしても,接触を続ける中で相手の印象を好転させたり,内集団の知覚

を高めるといった可能性もあるだろう。こうしたことを考慮すれば,別次元思考による抑

制を行った後に,内集団成員と知覚されるかどうかを測定することも有効であろう。今後

は,ポジティブなステレオタイプの問題点も考慮に入れた上で,長期的な視点を持ちつつ,

ステレオタイプ抑制に有効な抑制方略を検討していく必要があるだろう。

7-4.結論

本研究は,社会的認知研究の観点から,どのようにすればネガティブなステレオタイプ

の適用を避けられるのかを検討した。具体的には,ステレオタイプ抑制がうまくいかない

メカニズムを明らかにし,その上で,適切な方略を提案することを目指した。

本研究は,有効な代替思考方略が示されてこなかったステレオタイプ抑制において,ス

テレオタイプ内容モデルに注目することで,リバウンド効果の低減に有効な代替思考方略

を示すことができた。さらに,ステレオタイプ抑制が対人判断場面で行われるため,抑制

者と抑制対象者との関係性もリバウンド効果の生起に影響を与えることが示された。この

ような本研究の知見は,ステレオタイプ抑制の研究に新たな視座を与えたといえるだろう。

加えて,ステレオタイプ研究に限らず,システム正当化研究やジェンダー研究などの関

連分野への貢献,および社会的意義についても議論をしてきた。今後は,本研究の知見を

社会的な場面に応用していくことが,今後の課題となるだろう。

Page 174: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

167

Page 175: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

168

引用文献

Alexander, M. G., Brewer, M. B., & Hermann, R. K. (1999). Images and affect: A functional

analysis of outgroup stereotypes. Journal of Personality and Social Psychology, 77, 78–93.

Allport, G. W. (1954). The nature of prejudice. Cambridge, MA: Addison-Wesley.

(原谷達夫・野村昭 (共訳) (1968). 偏見の心理 培風館)

Amodio, D. M. & Devine, P. G. (2010). Regulating behavior in the social world: Control in the

context of intergroup bias. In R. R. Hassin, K. N. Ochsner, and Y. Trope (Eds). Self control in

society, mind and brain. New York: Oxford University Press. pp. 49-75.

Anderson, M. C., Bjork, R. A., & Bjork, E. L. (1994). Remembering can cause forgetting: Retrieval

dynamics in long-term memory. Journal of Experimental Psychology. Learning, Memory, and

Cognition, 20, 1063-1087.

Andreoletti, C., Maurice, J. K., & Whalen, H. (2001). Gender, race, and age: Compound

stereotypes across the lifespan. Poster presented at the Second Annual Meeting of the Society

for Personality and Social Psychology, February, 2001, San Antonio, TX.

Asch, S. E. (1946). Forming impression of personality. Journal of Abnormal and Social Psychology,

41, 258-290.

Ashcraft, M. H., & Kirk, E. P. (2001). The relationships among working memory, math anxiety, and

performance. Journal of Experimental Psychology: General, 130, 224-237.

Avolio, B. J., & Barrett, G. J. (1987). Effects of age stereotyping in a simulated interview.

Psychology and Aging, 2, 56-63.

Bandura, A. (1977). Social Learning Theory. New York: General Learning Press.

Baumeister, R. F., Bratslavsky, E., Muraven, M., & Tice, D. T. (1998). Ego depletion : Is the active

self a limited resource? Journal of Personality and Social Psychology, 74, 1252-1265.

Baumeister, R. F., Smart, L., & Boden, J. M. (1996). Relation of threatened egotism to violence and

aggression: The dark side of high self-esteem. Psychological Review, 103, 5-33.

Beilock, S. L., Rydell, R. J., & McConnell, A. R. (2007). Stereotype threat and working memory:

Mechanisms, alleviation, and spill over. Journal of Experimental Psychology: General, 136,

256-276.

Page 176: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

169

Boden, J. M., & Baumeister, R. F. (1997). Repressive coping: Distraction using pleasant thoughts

and memories. Journal of Personality and Social Psychology, 73, 45-62.

Bradac, J. J. (1990). Language attitudes and impression formation. In H. Giles & W. P. Robinson

(Eds.), Handbook of language and social psychology, New York: Wiley. pp. 387–412.

Brehm, J. W. (1966). A theory of psychological reactance. Academic Press.

Brewer, M. B. (1988). A dual process model of impression formation. In T. Srull & R.Wyer (Eds.).

Advances in Social Cognition. Vol. 1, Earlbaum.

Brewin, C. R., & Smart, L. (2005). Working memory capacity and suppression of intrusive

thoughts. Journal of Behavior Therapy and Experimental Psychiatry, 36, 61–68.

Bruner, J, S. (1957). On perceptual readiness. Psychological Review, 64, 123-151.

Bargh, J. A. (1999). The cognitive monster: The case against controllability of automatic stereotype

effects. In Chaiken, S., & Trope, Y. (Eds.), Dual process Theories in Social Psychology. New

York: Guilford Press, pp.361-382.

Cohen, C. E. (1981). Person categories and social perception: Testing some boundaries of the

processing effect of prior knowledge. Journal of Personality and Social Psychology, 40,

441-452.

Cuddy, A. J., Fiske. S. T., & Glick. P. (2008). Warmth and Competence as universal dimensions

of social perception: The stereotype content model and the bias map, In M. P. Zanna. (Ed.)

Advances in Experimental Social Psychology, Vol. 40, New York: Academic, pp.61-150.

Cuddy, A. J. C., Fiske, S. T., & Glick, P. (2007). The BIAS Map: Behaviors from intergroup affect

and stereotypes. Journal of Personality and Social Psychology, 92, 631-648.

Cuddy, A. J. C., Fiske, S. T., Kwan, V. S. Y., Glick, P., Demoulin, S., Leyens, J-Ph., Bond, M. H.,

Croizet, J-C., Ellemers, N., Sleebos, E., Htun, T. T., Yamamoto, M., Kim, H-J., Maio, G., Perry, J.,

Petkova, K., Todorov, V., Rodríguez-Bailón, R., Morales, E., Moya, M., Palacios, M., Smith, V.,

Perez, R., Vala, J., & Ziegler, R. (2009). Stereotype content model across cultures: Towards

universal similarities and some differences. British Journal of Social Psychology, 48, 1-33.

Cuddy, A. J. C., Norton, M. I., & Fiske, S. T. (2005). This old stereotype: The pervasiveness and

persistence of the elderly stereotype. Journal of Social Issues, 61, 267-285.

Dasgupta, N., & Greenwald, A.G. (2001). On the malleability of automatic attitudes: Combating

automatic prejudice with images of admired and disliked individuals. Journal of Personality

Page 177: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

170

and Social Psychology, 81, 800-814.

Davison, H. K., & Burke, M. J. (2000). Sex discrimination in simulated employment contexts: A

meta-analytic investigation. Journal of Vocational Behavior, 56, 225-248.

Devine, P. G. (1989). Stereotypes and prejudice : Their automatic and controlled components.

Journal of Personality and Social Psychology, 56, 5-18.

Devine, P. G., & Monteith, M.(1999).Chapter.17 Automaticity and Control in Stereotyping. In

Chaiken, S., Trope, Y.(eds.) Dual-Process Theories in Social Psychology. NY: Guilford Press.

Pp.339-360.

Dion, K. K., Berscheid, E., & Walster, E. (1972). What is beautiful is good. Journal of Personality

and Social Psychology, 24, 285-90.

Dovidio, J. F., & Gaertner, S. L. (1991). Changes in the nature and assessment of racial prejudice.

In H. Knopke, J. Norrell, & R. Rogers (Eds.), Opening doors: An appraisal of race relations in

contemporary America. Tuscaloosa, AL: University of Alabama Press. pp. 201-241.

Duncan, S. L (1976). Differential social perception and attribution if intergroup violence: Testing

the lower limits of stereotyping of blacks. Journal of Personality and Social Psychology, 34,

590-598.

Eysenck, M.W., & Calvo, M.G. (1992). Anxiety and performance: The processing efficiency theory.

Cognition and Emotion, 6, 409–434.

Fazio, R. H., Jackson, J. R., Dunton, B.C., & Williams, C.J. (1995). Variability in automatic

activation as unobtrusive measure of racial attitudes: A bona fide pipeline? Journal of

Personality and Social Psychology, 69, 1013-1027.

Fiske, S. T. (1998). Sterotyping, prejudice, and discrimination. In D. T. Gilbert., S. T. Fiske., & G.

Lindzey. (Eds.), The handbook of social psychology, 4thed(vol.2, pp.357 -411). New York:

McGraw-Hill.

Fiske, S. T., & Cuddy, A. J. C. (2006). Stereotype content across cultures as a function of group

status. In S. Guimond (Ed.), Social comparison and social psychology. New York: Cambridge

University Press. pp.249-263.

Fiske, S. T., Cuddy, A. J. C., & Glick, P. (2007). Universal dimensions of social cognition: Warmth

and competence. Trends in Cognitive Science, 11, 77-83.

Fiske, S. T., Cuddy, A. J. C., Glick, P., & Xu, J. (2002). A model of (often mixed) stereotype

Page 178: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

171

content: Competence and warmth respectively follow from perceived status and competition.

Journal of Personality and Social Psychology, 82, 878-902.

Fiske, S. T., & Neuberg, S. L. (1990). A continuum of impression formation, from category-based

to individuating processes: Influences of information and motivation on attention and

interpretation. In M. P. Zanna. (Ed.), Advances in experimental social psychology, Vol. 23, New

York: Academic Press. pp. 1-74.

Fiske, S. T., & Taylor, S. E. (2008a). Chapter11.Stereotyping: Cognition and bias. In Social

Cognition: From Brains to Culture, New York: McGraw-Hill. pp.257-283.

Fiske, S. T., & Taylor, S. E. (2008b). Chapter12.Prejudice; Interplay of Cognitive with Affective

Biases. In Social Cognition: From Brains to Culture, (pp.284-309). New York: McGraw-Hill.

Fiske, S. T., Xu, J., Cuddy, A. C., & Glick, P. (1999). (Dis)respecting versus (dis)liking:

Status and interdependence predict ambivalent stereotypes of competence and warmth.

Journal of Social Issues, 55, 473-491.

Follenfant, A., & Ric, F. (2010) Behavioral rebound following stereotype suppression. European

Journal of Social Psychology, 40, 774–782.

Foster, J., & Liberman, N. (2001). The role of attribution of motivation in producing

postsuppressional rebound. Journal of Personality and Social Psychology, 81, 377-390.

Foster, J. & Liberman, N. (2004). A motivational model of post-suppressional rebound. European

Review of Social Psychology, 15, 1-32.

Friend, R.M., & Vinson, M. (1974). Leaning over backwards: Juror's responses to defendants'

attractiveness. Journal of Communication, 24, 124-129.

Gailliot, M. T., Plant, E. A., Butz, D. A., & Baumeister, R. F. (2007). Increasing self-regulatory

strength can reduce the depleting effect of suppressing stereotypes. Personality and Social

Psychology Bulletin, 33, 281-294.

Galinsky, A. D., Ku, G., & Wang, C. S. (2005). Perspective-taking and self–other overlap: Fostering

social bonds and facilitating social coordination. Group Processes and Intergroup Relations, 8,

109-124.

Galinsky, A. D., & Moskowitz, G. B. (2000). Perspective-taking : Decreasing stereotype expression,

stereotype accessibility, and ingroup favoritism. Journal of Personality and Social Psychology,

78, 708-724.

Page 179: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

172

Galinsky, A. D., & Moskowitz, G. B. (2007). Further ironies of suppression: Stereotype and

counterstereotype accessibility. Journal of Experimental Social Psychology, 43, 833-841.

Geraets, E., Merckelbach, H., Jelicic, M., & Habets, P. (2007). Suppression of intrusive thoughts

and working memory capacity in repressive coping. American Journal of Psychology, 120,

205–218.

Gilbert, D. T. (1999). What the mind's not. In Chaiken, S., & Trope, Y. (Eds.), Dual-process

theories in social psychology. New York: Guilford press, pp.3-11.

Glick, P., & Fiske, S. T. (1996). The Ambivalent Sexism Inventory: Differentiating hostile and

benevolent sexism. Journal of Personality and Social Psychology, 70, 491-512.

Glick, P., & Fiske, S. T. (2001a). Ambivalent sexism. In M. P. Zanna (Ed.), Advances in

Experimental Social Psychology. Vol.33. San Diego, CA: Academic Press. pp. 115-188.

Glick, P., & Fiske, S. T. (2001b). Ambivalent stereotypes as legitimizing ideologies: Differentiating

paternalistic and envious prejudice. In J. T. Jost & B. Major (Eds.), The psychology of

legitimacy: Emerging perspectives on ideology, justice, and intergroup relations, New York:

Cambridge University Press. pp278-306.

Gordijn, E. H., Hindriks, I., Koomen, W., Dijksterhuis, A., & Van Knippenberg, A. (2004).

Consequences of stereotype suppression and internal suppression motivation: A self-regulation

approach, Personality and Social Psychology Bulletin, 30, 212-224.

Haddock, G., & Zanna, M. P. (1994). Preferring “housewives” to “feminists”: Categorization and the

favorability of attitudes toward women. Psychology of Women Quarterly, 18, 25–52.

Harber, K. D. (1998). Feedback to minorities: Evidence of a positive bias. Journal of Personality

and Social Psychology, 74, 622-628.

林文俊 (1978). 対人認知構造の基本次元についての一考察 名古屋大学教育学部紀要

(教育心理学科), 25, 233-247.

Heider, F. (1944). Social perception and phenomenal causality. Psychological Review, 51, 358–374.

Higgins, E. T. (1989). Knowledge accessibility and activation: Subjectivity and suffering from

unconscious sources. In J. S. Uleman., & J. A. Bargh. (Eds.), Unintended thought, New York:

Guilford Press. pp.75-123.

保坂久美子・袖井孝子 (1988). 大学生の老人イメージ―SD 法による分析― 社会老年学,

27, 22-33.

Page 180: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

173

Howell, A., & Conway, M. (1992). Mood and the suppression of positive and negative self-referent

thoughts. Cognitive Therapy and Research, 16, 535-555.

池上知子 (1992). 社会的認知の情報処理 多鹿秀継・川口潤・池上知子・山祐嗣(著) 情

報処理の心理学:認知心理学入門, pp.106-156, サイエンス社

池上知子 (1999). 学歴ステレオタイプ 岡隆・佐藤達哉・池上知子(編)偏見とステレオ

タイプの心理学 現代のエスプリ, 384. pp.130-142.

Inquisit 2.0 [Computer software] (2004). Seattle, WA: Millisecond Software.

Inquisit 3.0.5.0. [Computer software] (2011). Seattle, WA: Millisecond Software.

石井国雄・沼崎誠 (2011). 自己価値への脅威が男性のジェンダーに関する潜在的態度に及

ぼす影響 社会心理学研究,27,24-30.

Jost, J. T., & Banaji, M. R. (1994). The role of stereotyping in system-justification and the

production of false consciousness. British Journal of Social Psychology, 33, 1-27.

Jost, J. T., & Kay, A.C. (2005). Exposure to benevolent sexism and complementary gender

stereotypes: consequences for specific and diffuse forms of system justification. Journal of

Personality and Social Psychology, 88, 498-509.

Jost, J.T., Pietrzak, J., Liviatan, I., Mandisodza, A., & Napier, J. (2007). System justification as

conscious and nonconscious goal pursuit. In J. Shah, & W. Gardner (Eds.), Handbook of

Motivation Science. New York: Guilford. pp.591-605.

上瀬由美子 (2002). ステレオタイプの社会心理学 サイエンス社

金井篤子・佐野幸子・若林満 (1991). 女性管理職のキャリア意識とストレス:インタビュ

ー調査の結果から 経営行動科学, 6, 49-59.

Katz, D., & Braly, K. (1933). Racial stereotypes of one hundred college students. Journal of

Abnormal and Social Psychology, 28, 280-290.

Kawakami, K., Dovidio, J. F., Moll, J., Hermsen, S., & Russin, A. (2000). Just say no (to

stereotyping) : Effects of training in the negation of stereotypic associations on stereotype

activation. Journal of Personality and Social Psychology, 78, 871-888.

Kawakami, K., Phills, C. E., Steele, J. R., & Dovidio, J. F (2007). (Close) distance makes the heart

grow fonder : Improving implicit racial attitudes and interracial interactions through approach

behaviors. Journal of Personality and Social Psychology, 92, 957-971.

川西千弘 (2000). 印象形成における対人情報統合過程 風間書房

Page 181: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

174

Kay, A. C., & Jost, J.T. (2003). Complementary justice: Effects of ‘‘poor but happy’’ and ‘‘poor but

honest’’ stereotype exemplars on system justification and implicit activation of the justice

motive. Journal of Personality and Social Psychology, 85, 823–837.

Kay, A. C., Jost, J. T., & Young, S. (2005). Victim derogation and victim enhancement as alternate

routes to system justification. Psychological Science, 16, 240-246.

Kelly, A. E., & Kahn, J. H. (1994). Effects of suppression of personal intrusive thoughts. Journal of

Personality and Social Psychology, 66, 998-1006.

木村晴 (2003). 思考抑制の影響とメンタルコントロール方略 心理学評論, 46, 584-596.

木村晴 (2004). 望まない思考の抑制と代替思考の効果 教育心理学研究, 52, 115-126.

木村晴 (2005). 抑制スタイルが抑制の逆説的効果の生起に及ぼす影響 教育心理学研究,

53, 230-240.

Kimura, H. (2006). Stereotype correction: consequences of egalitarian norm induction via internal

and external means. 7th

annual conference of Society for Personality and Social Psychology,

Palm Springs.

厚生労働省 (2008,2012). 平成 16 年,平成 20 年高年齢者就業実態調査結果の概況

<http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/3-20c.html> (2013年 9月 13日閲覧)

Koyano, W. (1989). Japanese attitudes toward the elderly: A review of research findings. Journal of

Cross-Cultural Gerontology, 4, 335-345.

Linville, P. W. (1985). Self-complexity and affective extremity: Don’t put all of your eggs in one

cognitive basket. Social Cognition, 3, 94-120.

Lippmann, W. (1922). Public opinion. New York: Harcourt, Brace, Jovanovitch.

(掛川トミ子(訳)(1987). 世論(上・下)岩波文庫)

Macrae, C. N., Bodenhausen, G. V., & Milne, A. B. (1995). The dissection of selection in social

perception: Inhibitory processes in social stereotyping. Journal of Personality and Social

Psychology, 69, 397-407.

Macrae, C. N., Bodenhausen, G. V., & Milne, A. B. (1998). Saying no to unwanted thoughts:

Self-focus and the regulation of mental life. Journal of Personality and Social Psychology, 74,

578-589.

Macrae, C. N., Bodenhausen, G. V., Milne, A.B., & Jetten, J. (1994). Out of mind but back in sight:

Stereotypes on the rebound. Journal of Personality and Social Psychology, 67, 808-817.

Page 182: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

175

Macrae, C. N., Bodenhausen, G. V., Milne, A. B., & Wheeler, V. (1996). On resisting the temptation

for simplification: Counterintentional effects of stereotype suppression on social memory.

Social Cognition, 14, 1-20.

Monteith, M. J., Sherman, J. W., & Devine, P. G. (1998). Suppression as a stereotype control

strategy. Personality and Social Psychology Review, 2, 63-82.

Monteith, M. J., Spicer, C. V., & Tooman, G. D. (1998). Consequences of stereotype suppression:

Stereotypes on AND not on the rebound. Journal of Experimental Social Psychology, 34,

355-377.

森敏昭・吉田寿夫 (1990). 心理学のためのデータ解析テクニカルブック 北大路書房,

pp.157-165.

森津太子 (2000). 対人認知における文脈効果―生起メカニズムと調整要因― 風間書房

森津太子 (2001). アクセスビリティ 社会的認知ハンドブックⅢ章-1 認知的アプロー

チの基礎用語 北大路書房 p.251.

MSN産経ニュース 2008 働く高齢者&外国人 (現在は,株式会社モスフードサービス

ホームページを参照 <http://www.mos.co.jp/company/social_activity/society/relation/>

2013年 9月 13日閲覧)

内閣府大臣官房政府広報室 (2012). 世論調査報告書 平成 24 年 10 月調査 男女共同参画

社会に関する世論調査 <http://www8.cao.go.jp/survey/h24/h24-danjo/> (2013 年 9 月 13

日閲覧)

沼崎誠 (2006). 潜在的性役割的偏見の発現とジェンダー・ステレオタイプの受容における

心理過程の検討 科学研究費補助金研究成果報告書, 課題番号 15530402, 2003 年度~

2005年度, 基盤研究(C) <http://hdl.handle.net/10748/2164>(2013年 9月 5日閲覧)

沼崎誠 (2013). システム再生産に寄与する心理メカニズムの検討-社会変革の促進に向け

て- 科学研究費補助金研究成果報告書, 課題番号 22530675, 2010年度~2012 年度, 基

盤研究(C) <http://cdn27.atwikiimg.com/numazaki/pub/22530675seika.pdf>(2013 年 9 月 5

日閲覧)

野寺綾・唐沢かおり (2005). 罰がステレオタイプ活性に対してもつ抑制効果の検討 社会

心理学研究, 20, 181-190.

大江朋子 (2007). 意識的なステレオタイプ抑制の研究 東京大学博士論文

Oe, T., & Oka, T. (2003). Overcoming the ironic rebound: Effective and ineffective strategies for

Page 183: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

176

stereotype suppression. In K. S. Yang, K. K. Hwang P.B. Pederson, & I. Daibo (Eds.), Progress

is Asian social psychology : Vol3. Conceptual and empirical contributions. Praeger. pp.

233-248.

大江朋子・繁枡算男 (2007). ステレオタイプ抑制後の抑止効果とファン効果 理論心理学研

究, 9, 1-11.

及川昌典 (2005). 意識的目標と非意識的目標はどのように異なるのか?教示またはプラ

イミングによるステレオタイプ抑制の効果 教育心理学研究, 53 ,504-515.

Olson, M. A., & Fazio, R. H. (2006). Reducing automatically-activated racial prejudice through

implicit evaluative conditioning. Personality and Social Psychology Bulletin, 32, 421-433.

Phills, C. E., Kawakami, K., Tabi, E., Nadolny, D., & Inzlicht, M. (2011). Mind the gap: Increasing

associations between the self and blacks with approach behaviors. Journal of Personality and

Social Psychology, 100, 197–210.

Plant, E. A., & Devine, P. G. (1998). Internal and external motivation to respond without

prejudice. Journal of Personality and Social Psychology, 75, 811-832.

Pyszczynski, T., Greenberg, J., Solomon, S., Arndt, J., & Schimel, J. (2004). Why do people need

self-esteem? A theoretical and empirical review. Psychological Bulletin, 130, 435-468.

Renaud, J. M., & McConnell, A. R. (2002). Organization of the self-concept and suppression of

self-relevant thoughts. Journal of Experimental Social Psychology, 38, 79-86.

Rosenberg, M. (1965). Society and the adolescent self-image. Princeton, NJ: Princeton University

Press.

Rosenberg, S., Nelson, C., & Vivekananthan, P. S. (1968). A multidimensional approach to the

structure of personality impressions. Journal of Personality and Social Psychology, 9, 283-294.

Richeson, J. A., & Ambady, N. (2001). Who’s in charge? Effects of situational roles on automatic

gender bias. Sex Roles, 44, 493-512.

Rosen, B. & Jerdee, T. H. (1976). Influence of age stereotypes on managerial decisions. Journal of

Applied Psychology, 61, 428-432.

Rubin, K. H., & Brown, J. (1975). A life-span look at person perception and its relationship to

communicative interaction. Journal of Gerontology, 30, 461-8.

Rudman, L. A., Greenwald, A. G., Mellott, D. S., & Schwartz, J. L. K. (1999). Measuring the

automatic components of prejudice: Flexibility and generality of the Implicit Association Test.

Page 184: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

177

Social Cognition, 17, 437-465.

Rudman, L. A., & Fairchild, K. (2004). Reactions to counterstereotypic behavior: The role of

backlash in cultural stereotype maintenance. Journal of Personality and Social Psychology, 87,

157-176.

Rudman, L. A., Greenwald, A. G., Mellott, D. S., & Schwartz, J. L. K. (1999). Measuring the

automatic components of prejudice: Flexibility and generality of the Implicit Association Test.

Social Cognition, 17, 437-465.

Ruscher, J. B. (2001). The social psychology of prejudiced communication. New York: Guilford

Press.

佐々木美加 (1997). 学歴が人物評価に与える影響 産業・組織心理学研究, 10, 145-154.

Sherman, J. W., Stroessner, S. J., Loftus, S. T., & DeGuzman, G. (1997). Stereotype suppression

and recognition memory for stereotypical and non-stereotypical information. Social Cognition,

15, 205-215.

Sinclair, L., & Kunda, Z. (2000). Motivated stereotyping of women: She’s fine if she praised me

but incompetent if she criticized me. Personality and Social Psychology Bulletin, 26,

1329-1342.

Schmader T., & Johns M. (2003). Converging evidence that stereotype threat reduces working

memory capacity. Journal of Personality and Social Psychology, 85, 440-452.

Srull, T. K., & Wyer, R. S., Jr. (1979). The role of category accessibility in the interpretation of

information about persons: Some determinants and implications. Journal of Personality and

Social Psychology, 37, 1660-1672.

鈴木淳子 (1994). 平等主義的性役割態度スケール短縮版 (SESRA-S) の作成 心理学研究,

65, 34-41.

田戸岡好香・石井国雄・村田光二 (審査中). 競争意識の知覚が嫉妬的ステレオタイプの抑

制に及ぼす影響

田戸岡好香・工藤恵理子 (2007). 偏見抑制動機によるステレオタイプ抑制の可能性の検討.

日本社会心理学会第 48回発表論文集, 776-777.

田戸岡好香・村田光二 (2008). 非意識的抑制動機がステレオタイプ抑制に及ぼす効果. 日

本社会心理学会第 49 回発表論文集, 438-439.

田戸岡好香・村田光二 (2010). ネガティブなステレオタイプの抑制におけるリバウンド効

Page 185: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

178

果の低減方略:代替思考の内容に注目して 社会心理学研究,26,46-56.

Tado’oka, Y., & Murata, K. (under review). Consequences of the internal suppression motivation on

stereotype suppression toward women in the workplace.

田戸岡好香・村田光二・石井国雄 (印刷中). 嫉妬的ステレオタイプの抑制における代替思

考方略の効果 対人社会心理学研究.

Tadooka, Y., Takabayashi, K., & Murata, K. (2008). Gender stereotypes on the rebound in Japan,

Poster presented at 29th

International Congress of Psychology. Berlin.

高林久美子 (2007). 自己への脅威が女性に対する偏見に及ぼす効果:両面価値的性差別

理論からの検討 社会心理学研究, 23, 119-129.

高林久美子・村田光二 (2005). 日本語版偏見抑制の動機づけ尺度作成の試み(1)日本心理学

会第 69回大会論文集 p.125.

高林久美子・村田光二・埴田健司 (2007). 日本語版偏見抑制尺度作成の試み(2)日本心理学

会第 71回大会論文集 p.242.

Tesser, A. (1988). Toward a self-evaluation maintenance model of social behavior. Advances in

Experimental Social Psychology, Vol. 21, New York: Academic, pp.181-227.

月本敬・川口潤 (2006). 検索誘導性忘却研究の展望 人間環境学研究, 4, 31-41.

梅澤眞一・浅尾裕 (2012). 高年齢者の継続雇用等、就業実態に関する調査 労働政策研究・

研修機構 <http://www.jil.go.jp/institute/research/2012/094.htm> (2013年 9月 13 日閲覧)

若林満・宗方比佐子 (1986). 女性管理職に対する態度(WAMS)と女性リーダーシップの

評価に関する研究 名古屋大学養育学部紀要(教育心理学科)33,229-246.

Wegener, D. T., & Petty, R. E. (1997). The flexible correction model: The role of naïve theories of

bias in bias correction. In M. P. Zanna. (Ed.), Advances in Experimental Social Psychology, Vol.

29, New York: Academic, pp.141-208..

Wegner, D. M. (1994). Ironic processes of mental control. Psychology Review, 101, 34-52.

Wegner, D. M., & Erber, R. (1992). The hyperaccessibility of suppressed thoughts. Journal of

Personality and Social Psychology, 63, 903-912.

Wegner, D. M., Erber, R., & Zanakos, S. (1993). Ironic processes in mental control of mood and

mood-related thought. Journal of Personality and Social Psychology, 65, 1093-1104.

Wegner, D. M., & Gold, D. B. (1995). Fanning old frames: Emotional and cognitive effects of

suppressing thoughts of past relationship. Journal of Personality and Social Psychology, 68,

Page 186: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

179

782-792.

Wegner, D. M., Schneider, D. J., Carter, S. R., & White, T. L. (1987). Paradoxical effects of thought

suppression. Journal of Personality and Social Psychology, 53, 5-13.

Weiner, B., Perry, R. P., & Magnusson, J. (1988). An attributional analysis of reactions to stigmas.

Journal of Personality and Social Psychology, 55, 738–748.

Wenzlaff, R. M., Wegner. D. M., & Roper. D. W. (1988). Depression and mental control: the

resurgence of unwanted negative thoughts. Journal of Personality and Social Psychology, 55,

882-892.

Wilson, T. D., & Brekke, N. (1994) Mental contamination and mental correction: Unwanted

influences on judgments and evaluations. Psychological Bulletin, 116, 117-142.

Winer, B. (1971). Statistical principles in experimental design. New York:McGraw-Hill.

Wittenbrink, B., Judd, C.M., & Park, B. (2001). Spontaneous prejudice in context: Variability in

automatically activated attitudes. Journal of Personality and Social Psychology, 81, 815-827.

Wyer, N. A. (2007). Motivational influences on compliance with and consequences of instructions

to suppress stereotypes. Journal of Experimental Social Psychology, 43, 417-424.

Wyer, N. A., Mazzoni, G., Perfect, T. J., Calvini, G., & Neilens, H. L. (2010). When Not Thinking

Leads To Being And Doing: Stereotype Suppression And The Self. Social Psychological and

Personality Science, 1, 152–159.

Wyer, N. A., Sherman, J. W., & Stroessner, S. J. (1998). The spontaneous suppression of racial

stereotypes. Social Cognition, 16, 340-352.

Wyer, N. A., Sherman, J. W., & Stroessner, S. J. (2000). The roles of motivation and ability in

controlling the consequences of stereotype suppression. Personality and Social Psychology

Bulletin, 26, 13-25.

山本眞理子・原奈津子 (2006). 他者を知る-対人認知の心理学- セレクション社会心理

学 6 サイエンス社

山本真理子・松井豊・山成由紀子 (1982). 認知された自己の諸側面の構造 教育心理学研

究, 30, 64-68.

Zhang, S., & Hunt, J. S. (2008) The stereotype rebound effect: Universal or culturally bounded

process? Journal of Experimental Social Psychology, 44, 289-500.

Page 187: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

付録

A.実証研究で用いた刺激写真一覧

B.対人認知課題のパソコン画面

C.対人認知課題で使用したやや無能な人物の文章

(研究 2,研究 3,研究 4で使用)

D.研究 5におけるテスト問題とフィードバック

E.対人認知課題で使用したやや冷たい人物の文章

(研究 5,研究 6,研究 7で使用)

F.抑制フェーズの記述課題における記述内容

Page 188: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

付録 A.実証研究で用いた刺激写真一覧

研究 1で用いた家庭的女性の写真 研究 2・3・4で用いた高齢者の写真

研究 5で用いたキャリア女性の写真 研究 6で用いた金融ディーラーの写真

Page 189: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

研究 7で用いた東大生の写真

注.本研究で用いた写真は,研究実施においてのみ使用許諾を得ることができた。

インターネットへの掲載許諾が得られないため,肖像権およびプライバシーを

考慮し,インターネット上での公開を控えることとする。

Page 190: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

付録 B.対人認知課題のパソコン画面

①課題の説明-2ページにわたって課題の説明を呈示した。

②文章の呈示-文章を 1 ページにつき 1 文ずつ呈示した。スペースキーを

押すと次のページに進み,同様に文章が呈示された。

例.1文目 2文目

Page 191: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

③印象評定の説明-文章の呈示がすべて終わると,自動的に印象評定の

説明画面が呈示された。課題の説明は 2ページわたって行われた。

④評定画面-評定する単語は 1項目ずつ画面の中心に呈示された。

実験参加者が数字のキーを押し,Enter キーを押すと,自動的に次の評定

語に進んだ。

Page 192: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

付録 C.対人認知課題で使用したやや無能な人物の文章

(研究 2,研究 3,研究 4で使用)

先日,私は知人の佐々木さんとばったり出会った。ずいぶん久しぶりだっ

たので,私は次の休日に佐々木さんのアパートを訪ねることにした。佐々木

さんの部屋はこざっぱりとした和室だった。私が部屋に通されると,まもな

く家の電話が鳴ったが,佐々木さんがうかうかしていると電話は切れてしま

った。しばらくするとまた電話が鳴り,今度は電話に出ることができた。佐々

木さんは電話を切ってから,「急だけど,近所の人たちに誘われて,公民館で

お菓子作りをすることになった。」と言った。私は興味があったので,佐々木

さんについていくことにした。私たちはアパートを出て,駅前の大通りを通

って徒歩で公民館に向かった。佐々木さんは公民館には一度しか行ったこと

がないと言っていたが,無事公民館に到着することができた。公民館に着く

と,受付の人に「お菓子作りは2階でやっています」と案内されたので,私

たちは2階の調理室に行った。お菓子作りが始まると,佐々木さんはさっき

砂糖を入れたのに,もう一度入れてしまい,お菓子が甘めになってしまった。

みんなで作ったお菓子を食べてお菓子作りの会は終わった。その後,私たち

は帰り道にスーパーに立ち寄ることにした。佐々木さんはスーパーに行く前

に銀行の ATMに立ち寄ってさっとお金をおろし,私たちは明日の食事の買い

物をした。買い物を済ますと,食事どきになったので,私たちは近くのレス

トランで夕食を食べて,佐々木さんのアパートに帰ることにした。アパート

に着くと,佐々木さんは食卓の上に買い物のメモがあるのを見つけて,人参

を買いそびれたことに気づいた。私が部屋でくつろいでいると,佐々木さん

はちょうど当番に当たっている地域の防犯パトロールに協力するために再び

出かけることになった。出かける準備を始めたのだが,佐々木さんは支度す

るのに時間がかかってしまい,開始時刻ギリギリになってしまった。パトロ

ールを始めて,繁華街に差し掛かったところで,私たちは酔っぱらいを見か

けた。繁華街は今日もとても賑わっていたが,特に何事もなく私たちは防犯

パトロールを終えた。すっかり夜も遅くなってしまったので,私たちは駅前

で別れ,家に帰ることにした。私たちは,また近いうちに会おうと約束した。

注.下線部は慈悲的ステレオタイプの能力次元のステレオタイプ特性である「無能さ」に

関連した行動である。実際の実験に際しては,下線は引かずに呈示した。

Page 193: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

付録 D.研究 5におけるテスト問題とフィードバック

はじめのテスト問題は両条件共通で,以下のように呈示された。

Page 194: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討
Page 195: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討
Page 196: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

15問の出題が終わった後,テストで調べたことを解説した。

これ以降は条件によって提示画面が異なった。

<ネガティブフィードバックなし条件の画面>

Page 197: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

<ネガティブフィードバックあり条件の画面>

最初にダミーの結果の集計画面を呈示した。

その後,実際の成績とは関係なく,ネガティブなフィードバックをした。

Page 198: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

付録 E.対人認知課題で使用したやや冷たい人物の文章

(研究 5,研究 6,研究 7で使用)

先日,私は知人の佐々木さんとばったり出会った。ずいぶん久しぶりだったの

で,私は次の休日に佐々木さんのアパートを訪ねることにした。佐々木さんの部

屋はこざっぱりとした和室だった。私が部屋に通されると,以前佐々木さんが飼

っていたインコがいないことに気付いた。どうしたのか尋ねると,インコの世話

ができなくなってしまったので,知人にあげてしまったのだそうだ。私たちはひ

ととおり自分達の近況を話し終えると,佐々木さんの持っているアルバムを見な

がら昔のことを話した。アルバムの中には昔みんなでよく行った喫茶店が写って

いる写真があった。私たちは懐かしくなって,その喫茶店に行くことにした。ア

パートを出ると,近所の人に「こんにちは」と声をかけられ,佐々木さんは目を

合わせずに軽く会釈した。私たちはアパートの前の大通りを通って,徒歩で駅前

のバス停に向かった。バス停に着くと,バスは出発したばかりだったので,私た

ちは近くのコンビニに寄り,お茶を買った。再びバス停に着いてから数分でバス

が来た。バスに乗ると,近所で祭りがあるためか混み合っていたので,座れなか

った。吊革につかまり立っていると,バスが右折をした時に大きく揺れ,佐々木

さんは人のかばんにあたってしまったが,謝らなかった。バスが目的地に着いた

ので降りると,町並みは昔とほとんど変わっていなかった。バス停から少し歩い

たところに喫茶店はあった。佐々木さんは久しぶりに会った喫茶店の店主とうれ

しそうに雑談した後,昔よく食べたナポリタンを頼んだ。私たちがナポリタンを

食べながら話していると,隣の人がこれからお祭りで花火があがると言ってい

た。お祭りをやっている神社は近所なので,私たちは花火を見に行くことにした。

神社に近づくとすでに花火が始まっていて,非常に賑わっていた。花火が終わっ

たころ,佐々木さんの携帯電話が鳴った。電話について尋ねると,職場の後輩か

ら電話が来たが,仕事の話は休日にはしない主義だからと言って断ったのだと言

っていた。私たちは再びバスに乗ろうとしたが,非常に混んでいてなかなかバス

に乗ることができなかった。30 分後,私たちはやっとバスに乗り,駅前のバス

停で降りた。すっかり夜も遅くなってしまったので,私たちは駅前で別れ,家に

帰ることにした。私たちは,また近いうちに会おうと約束した。

注.下線部は嫉妬的ステレオタイプの人柄次元のステレオタイプ特性である「冷たい」に

関連した行動である。実際の実験に際しては,下線は引かずに呈示した。

Page 199: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

付録 F.抑制フェーズの記述課題における記述内容

抑制フェーズにおける記述課題での記述内容を以下の表に示した。表では,人柄次元お

よび能力次元を大きな枠組みとして,参加者の記述内容を基にいくつかのまとまりに分類

し,その具体例を示した。

付録 F-1.家庭的女性の労働場面に関する記述の分類(研究 1)

大分類 小分類 具体例

無能さ

決断力のなさ ・どうしていいか分からず,上司にまわした

・上司やまわりに聞かないと対応できな

かった

能力のなさ

・誤った入力をしてしまった

・何もできなかった

記憶力のなさ

・覚えるまでにかなりの時間を要した

・すぐに覚えられなかった

有能さ 決断力のある ・自己判断で対処した

・自分の考えで行動した

能力のある ・丁寧かつ迅速に対応することができた

・すばやく対応した

記憶力のある ・一生懸命覚えた

・すぐに新しい仕事を覚えた

温かさ コミュニケーション力の高さ

・笑顔でかわした

・もちまえのコミュニケーション力で

なんとか対応した

従順さ ・素直に従った

・内心ムッとしたが笑顔で対応した

無関連 仕事内容の記述 ・上司に報告する

・お茶を出す

能力や人柄がわからない曖昧な記述 ・丁寧に対応する

・一般的な対応をした

Page 200: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

付録 F-2.高齢者の労働場面に関する記述の分類(研究 2,3,4)

大分類 小分類 具体例

無能さ

動作の緩慢さ ・金額の計算にてまどっている

・もたもたしている

身体能力のなさ

・疲れているようだ

・重いものを運ぶのが苦手である

記憶力のなさ

・覚えが遅い

・すべての商品の値段を覚えきれておらず

とまどっている

有能さ 動作の迅速さ ・てきぱきとお釣りを渡す

・客が多くてもあわてない

身体能力のある ・朝早くてもいつもどおりの動作で仕事が

できる

・眠そうなそぶりを見せることもなく働い

ている

記憶力のある ・商品の値段をしっかり覚えている

・よく来る客の顔を覚えてその人には

あいさつをする

温かさ ・にこやかだ

・よくお客さんに話しかける

無関連 仕事内容の記述 ・新聞を売る

・客が多いので忙しそうである

能力や人柄がわからない曖昧な記述 ・頑張っている

・丁寧な接客をしている

・毎日時間どおりに売店に到着する

注.研究 2から研究 4の記述課題では,高齢者を題材としたため,3つの研究を通して

頻繁に記述された内容をまとめた。

Page 201: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

付録 F-3.キャリア女性の労働場面に関する記述の分類(研究 5)

大分類 小分類 具体例

冷たさ

他者への厳しさ ・他社員に対して厳しい

・ミスを許さない

愛想がない ・笑顔が少ない

・いつも不機嫌に見える

単独行動を好む ・大勢のなかでワイワイするのが嫌い

・飲み会にあまり出ない

他者に対する優越感 ・他地区担当者より自分が優れていると

思っている

・心の中で見下している

温かさ 他者への優しさ ・派遣社員への面倒見が良い

・同僚にも優しい

愛想がある ・笑顔で接する

・いつもにこやかである

集団行動を好む ・休憩中は談笑することも多い

・上司との飲み会を嫌がらない

他者に対する平等 ・派遣社員にも他の社員と同じ態度

・男性社員と女性社員の区別なく

接してくれる

有能さ 指導力のある

・分かりやすく指示を出す

・リーダーシップがある

能力のある ・与えられた仕事を的確にこなす

・無駄なく仕事をこなす

他者からの賞賛 ・営業部の憧れのまとである

・人望がある

無関連 仕事内容の記述 ・残業が多い

・パソコンを使った仕事が多い

仕事への情熱 ・仕事一筋である

・仕事で妥協しない,自分に厳しい

見た目に関する記述

・身だしなみに気をつかう

・りんとしている

仕事以外の日常生活 ・男に興味がない

・高級マンションに住んでいる

Page 202: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

付録 F-4.金融ディーラーの労働場面に関する記述の分類(研究 6)

大分類 小分類 具体例

冷たさ

他者への厳しさ ・部下に対して厳しい

・部下や派遣社員の失敗に厳しい態度で接する

利益重視 ・金のことなら何でもやる

・多くの利益を上げるために手段を選ばない

単独行動を好む ・ほとんどの仕事を自分一人でこなそうとする

・部下を信用しないで自分で仕事をこなしている

高圧的態度 ・派遣社員を見下している

・命令口調で部下に接している

温かさ 他者への優しさ ・部下に対して優しい

・怒鳴ったりしない

集団行動を重視 ・グループワークを大切にした

・部下とのコミュニケーションを大事にしている

平等主義的態度 ・男女分け隔てなく接する

・仕事上では男女の区別はしない

有能さ 指導力のある

・部下たちを導くリーダーシップがある

・部下にてきぱきと仕事を割り振る

能力のある ・てきぱきと仕事をしている

・仕事をバリバリこなしている

他者からの信頼 ・顧客に信頼されているやり手である

・部下に信用されている

無関連 仕事内容の記述 ・冷静に市場の動向を分析する

・夜遅くまで仕事をしている

仕事への情熱 ・仕事に一切の妥協を許さない

・家庭より仕事を優先する

見た目に関する記述

・身だしなみを常にきちんとしている

・暑くても背広を着たまま仕事をする

Page 203: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

付録 F-5.東大生の就職活動場面に関する記述の分類(研究 7)

大分類 小分類 具体例

冷たさ

他者への厳しさ ・他人の意見に批判的だった

・他人の意見を採用しない

他者の意見の軽視 ・平気に話をさえぎってくる

・人の話を聞かない

高圧的態度 ・自分の意見で他を圧倒した

・馬鹿にしたような目で自分を見てきて腹が立つ

温かさ 他者への優しさ ・冷たく見えるが,配慮を多くする

・難しい言葉をできるだけ使わない

他者の意見の重視 ・人の話をよく聞いている

・他人の意見にもよく耳を傾けた

人当たりの良さ ・コミュニケーション能力が高い

・社交的だ

有能さ 指導力のある

・グループワークの中心になっている

・私たちの意見の要点をうまくまとめる

洞察力のある ・問題点を指摘してグループ全体の評価を上げる

・矛盾点を正確につく

論理的な ・常に論理的な発言をした

・客観的に物事を判断する

無関連 動作 ・ジェスチャーを用いて話す

・よくしゃべる

グループワークへの態度 ・積極的に発言をする

・熱心にグループワークに参加していた

見た目に関する記述

・メガネが似合う

・オシャレである

Page 204: ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 …...Hitotsubashi University Repository Title ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討

謝辞

本論文を無事作成することができたのは,本当に多くの方々にご協力いただいたからで

す。この場を借りて深く感謝申し上げます。

はじめに,指導教官である村田光二教授には,修士課程の頃から長い間ご指導いただき

ました。ネガティブ思考で優柔不断な私ですが,先生のご指導に背中を押していただいた

おかげで,なんとか研究成果を博士論文という形にすることができたと思います。また,

博士論文執筆中に結婚および妊娠をしましたが,親身になって相談にのっていただき,さ

まざまな配慮をしていただきました。大変感謝しております。

博論指導委員の稲葉哲郎教授には,リサーチワークショップや博士課程の入試など,多

くの機会でご指導いただきました。本論文の審査にあたっては,安川一教授と西野史子准

教授にも有益なアドバイスをいただきました。ありがとうございました。

また,一橋大学の村田ゼミの院生の皆さんには貴重なアドバイスとサポートをいただき

ました。研究で行き詰った時には悩みや愚痴を言い合ったり,皆さんの優しさがあったお

かげで,大変ながらも楽しい大学院生活を送ることができました。

実験実施におきましては,授業やサークルでお忙しい中,実験に参加してくださったさ

まざまな大学の皆様,ありがとうございました。刺激文の作成や写真の提供など,一番大

変な作業を一緒に頑張ってくれた一橋大学の学部生や,実験者役として手伝ってくれた院

生にも大変お世話になりました。紙幅の関係で皆様のお名前を出すことはできませんが,

お一人おひとりに感謝しております。

そして,最後になりましたが,共同研究者であり,夫でもある明治学院大学の石井国雄

助手には,公私ともに支えていただきました。研究で悩んだ時には,夜遅くまで相談にの

ってくれて,疲れている時には優しく励ましてくれました。また,長年かかった大学院生

活の中で,文句も言わずに私を信じ続けてくれた両親にも感謝します。夫や両親など家族

のサポートがなければ,この博士論文は書きあげられなかったと思います。言葉では伝え

きれませんが,心より感謝を申し上げます。

2014年 1月 田戸岡好香