患者に対する看護師の誠意の構造...

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5 日看管会誌 Vol. 14, No. 2, 2010 The Journal of the Japan Academy of Nursing Administration and Policies Vol. 14, No. 2, PP 5-14, 2010 原著 患者に対する看護師の誠意の構造 ―インタビューの結果から― A Structure of Nurses’ Sincerity for Patients ―Based on Semi-Structured Interviews― 藤原史博 1) 勝原裕美子 2) Fumihiro Fujiwara 1) Yumiko Katsuhara 2) Key words : sincerity, nurse, professionhood, caring, life-span development キーワード : 誠意,看護師,プロフェッションフッド,ケアリング,生涯発達 Abstract Based on Japanese history, nurses regard sincerity as valuable in their nursing practice. However, there are not systematic studies related to nurses’ sincerity, so far. Therefore, the purpose of this study was to explain the structure of nurses’ sincerity for patients. Investigations were conducted by semi- structured interviews using guidelines for 8 nurses. The results determined 24 types of nurses’ sincerity by the KJ method. 19 types of them are elements associated sincerity as behavior or attitude on nursing practice. In addition, these 19 elements were divided into 3 categories as “A: To be able to behave with common sense”, “B: Enhancement of one’s potential with autonomy”, and “C: To esteem patients”. “A” category means that a nurse’s sincerity develops through one’s career and life history. “B” category is similar with a concept of Professionhood, and “C” category is focused on the concept of Caring. And 5 of 24 types are elements associated how to regard the sincerity by clinical nurses. Possessing these characteristics of sincerity for patients is essential to more effective nursing. It is difficult for subjects to notice sincerity because of the characteristic of spontaneity. However, care-receivers and colleagues can notice a nurse’s sincerity. Therefore, when a nurse notices and accepts sincerity into colleague’s nursing scene, it leads to a dynamic chain of sharing the values of sincerity among groups at workplace. 歴史上,儒教に由来する道徳観を備えている日本人の看護師は,誠意を含んだ看護実践を 価値あるものとみなしていると考える.しかし先行研究では看護師の誠意について体系的に 取り組んだ研究は見当たらない.そこで本研究では,患者に対する看護師の誠意の構造を明 らかにすることを目的とした. 事前に作成したインタビューガイドラインに沿い,調査協力に応じた看護師らを対象に半構 成的面接を実施した.結果的に 8 名の看護師から協力を得たが,KJ 法による分析の結果,看 護実践にみられる行動や態度としての誠意が 19 項目挙がった.残余カードについても同様に 分析したところ,誠意そのものに対する看護師のとらえ方として 5 項目が挙がり,計 24 の項 目が挙がった.さらに前者の19項目は,【A. 当たり前のことがきちんとできること】,【B. 自 己を律し研鑽すること】,【C. 患者を大切にすること】の 3 カテゴリーに集約された.A カテ ゴリーは,個人の成育歴という固有の背景を承け,かつ生涯に渡って誠意が発達してゆく可 受付日:2009 年 12 月 2 日  受理日:2010 年 5 月 22 日 1) 近大姫路大学看護学部 University of Kindai Himeji, School of Nursing 2) 聖隷福祉事業団 聖隷浜松病院 Seirei Hamamatsu General Hospital

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5日看管会誌 Vol. 14, No. 2, 2010

The Journal of the Japan Academy of Nursing Administration and Policies Vol. 14, No. 2, PP 5-14, 2010

原著

患者に対する看護師の誠意の構造―インタビューの結果から―

A Structure of Nurses’ Sincerity for Patients ―Based on Semi-Structured Interviews―

藤原史博 1) 勝原裕美子 2)

Fumihiro Fujiwara1) Yumiko Katsuhara2)

Key words : sincerity, nurse, professionhood, caring, life-span development

キーワード : 誠意,看護師,プロフェッションフッド,ケアリング,生涯発達

AbstractBased on Japanese history, nurses regard sincerity as valuable in their nursing practice. However,

there are not systematic studies related to nurses’ sincerity, so far. Therefore, the purpose of this study was to explain the structure of nurses’ sincerity for patients. Investigations were conducted by semi-structured interviews using guidelines for 8 nurses.

The results determined 24 types of nurses’ sincerity by the KJ method. 19 types of them are elements associated sincerity as behavior or attitude on nursing practice. In addition, these 19 elements were divided into 3 categories as “A: To be able to behave with common sense”, “B: Enhancement of one’s potential with autonomy”, and “C: To esteem patients”. “A” category means that a nurse’s sincerity develops through one’s career and life history. “B” category is similar with a concept of Professionhood, and “C” category is focused on the concept of Caring. And 5 of 24 types are elements associated how to regard the sincerity by clinical nurses. Possessing these characteristics of sincerity for patients is essential to more effective nursing.

It is difficult for subjects to notice sincerity because of the characteristic of spontaneity. However, care-receivers and colleagues can notice a nurse’s sincerity. Therefore, when a nurse notices and accepts sincerity into colleague’s nursing scene, it leads to a dynamic chain of sharing the values of sincerity among groups at workplace.

要  旨

歴史上,儒教に由来する道徳観を備えている日本人の看護師は,誠意を含んだ看護実践を価値あるものとみなしていると考える.しかし先行研究では看護師の誠意について体系的に取り組んだ研究は見当たらない.そこで本研究では,患者に対する看護師の誠意の構造を明らかにすることを目的とした.

事前に作成したインタビューガイドラインに沿い,調査協力に応じた看護師らを対象に半構成的面接を実施した.結果的に 8 名の看護師から協力を得たが,KJ 法による分析の結果,看護実践にみられる行動や態度としての誠意が 19 項目挙がった.残余カードについても同様に分析したところ,誠意そのものに対する看護師のとらえ方として 5 項目が挙がり,計 24 の項目が挙がった.さらに前者の 19 項目は,【A. 当たり前のことがきちんとできること】,【B. 自己を律し研鑽すること】,【C. 患者を大切にすること】の 3 カテゴリーに集約された.A カテゴリーは,個人の成育歴という固有の背景を承け,かつ生涯に渡って誠意が発達してゆく可

受付日:2009 年 12 月 2 日  受理日:2010 年 5 月 22 日1) 近大姫路大学看護学部 University of Kindai Himeji, School of Nursing2) 聖隷福祉事業団 聖隷浜松病院 Seirei Hamamatsu General Hospital

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Ⅰ.緒言

近年の医療現場は医療技術の進歩や高度化が進んでおり,安全で質の高い医療が求められている.また,看護実践においては患者や家族らとの人間関係の構築についても同様に尊重されている.このことは,Travelbee(1971)が看護を「対人関係のプロセス」であると定義していることからも明らかである.日本においても,看護師が患者と人間関係を構築することの重要性について,看護者の倫理綱領(日本看護協会,2003)として明文化され,看護師の規範となっている.それでは人間関係を円滑に構築していくための基盤となるものは何であろうか.本研究ではそれを「誠意」であるととらえる.

そもそも日本人は日本文化の影響を受けて育ち,固有の道徳観を重んじて歴史を歩んできた.その起源は,儒教の古典である「大学」と「中庸」であり,そこには「修身,正心,致知,格物」とともに「誠意」が説かれている(鍾,2002).そこでは「“誠”を重んじ,“意”(意思,思うこと)が誠であれば,心を正し,身を修めることができるが,誠でなければ一切は空洞にひとしい(鍾,2002)」とされる.このように,誠意という文言は規範的な意味で用いられている他,例えば紛争時には「誠意を持って対処する」や,それが認められない時には「誠意がない」と認識される(吉田,1993).このように,歴史上,日本人は儒教に由来する道徳観を色濃く継承しているため,文化的に誠意を重要視していると言える.したがって日本人の看護師は,患者にケアを提供する際,誠意を持ってかかわることを当然のこととしてとらえており,また価値のあることだと潜在的に意識していると考えられる.

ところが,誠意という考え方や言葉が頻繁に用いられているにもかかわらず,誠意が意味する内容は明確ではないと吉田(1993)は指摘している.そこ

で,医学中央雑誌において 「 誠意 」 のキーワードについて 1983 ~ 2009 年の範囲で検索した結果 19 件の原著論文を認め,そのうち本研究に関連する論文は 2 件のみであり,看護学の分野においても誠意の概念がそれほど深められていないことが明らかになった.小河ら(2003)は,術後患者の回復意欲につながる一要因として 「 スタッフの誠意 」 を挙げており,そのサブカテゴリーとして 「 医療者の言葉かけ 」「 感謝の気持ち 」「 看護師のやさしい態度 」「 スタッフの献身的態度 」「 スタッフによるポジティブなフィードバック 」 の 5 点で構成されていることを明らかにした.看護師がそれらの項目に留意した上で患者とのかかわりを深めていくことで,患者には誠意として伝わり,信頼関係や回復意欲の向上につながるという.また近年においては,多和(2009)が,患者への誠実性ある態度を形成する共通要素として,受容,言葉,行為,信頼と共に誠意を挙げており,「患者 ・ 家族に寄り添い支えることができること」として誠意がとらえられている.ここでも誠意が信頼関係構築の一助となることが指摘されている.

このように看護実践における誠意が臨床において役立つ概念であることが示唆されている一方で,誠意に特化して深く論述された研究は見当たらない.そこで本研究では,看護師がどのような現象を「患者に対する誠意」ととらえているのかを明らかにすることを目的とした.

Ⅱ.研究方法

1.調査対象および期間本研究は事前調査と本調査の 2 段階の調査から成

り立つ.事前調査で設定した調査対象は,誠意の一般的なとらえられ方について明らかにするため,看

能性を示した.また,B カテゴリーではプロフェッションフッドの概念と誠意が,C カテゴリーではケアリングの概念と誠意が,それぞれ内容面で近似していることが確認された.これらの特徴を備えた看護師の誠意は,看護の本質にかかわる概念であることが示唆された.

誠意は自然発生的で主体には自覚しにくいという特徴がみられたが,一方でケアの受け手や同僚が感じ取るものであることが明らかになった.同僚の看護の中に誠意を察知した看護師が,そこでの誠意を自身の看護に導入することにより,個人固有の誠意が連鎖的に職場内で共有される可能性が示された.

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護職以外の者とした.本調査で設定した調査対象は,病院に勤務している看護師(うち,過去に勤務経験のある看護師を含む)とした.研究協力者の募集は研究者自らのネットワークを用い,あらかじめ設定した期間内で協力可能な者とした.なお,調査をおこなうにあたっては,本研究の趣旨を理解し研究協力に同意をした者のみを対象とした.

調査期間は,2004 年 5 月 17 日から 8 月 28 日と設定した.

2.調査方法1)事前調査(本調査で用いるインタビューガイ

ドラインの開発):事前調査では,看護師以外の人々に対してグループインタビューを実施し,誠意が一般的にどのようにとらえられているかを明らかにした上で,本調査に向けたインタビューガイドラインを開発することを目指した.グループインタビューでの質問の主な内容は,「これまでの人生をふまえて,どういったことを誠意だととらえているか」「誠意を実際に感じた時,どのように思ったか」等とした.結果的に 2 集団に対してグループインタビューをおこなった.A グループの構成は,76 歳男性,71 歳女性,49 歳男性,47 歳女性それぞれ 1 名ずつから成る 4 名.B グループの構成は,32 歳女性,29歳女性,24 歳女性,22 歳女性,21 歳女性それぞれ1 名ずつから成る 5 名であった.ここで挙がった一般的な誠意と言えるデータのカテゴリーは,「相手のためを思い,考え,行動すること」「道徳的に,常に心の中に持っておくべきもの」「人間関係上,必要で大切なもの」「事故・ミスなどに金銭面で対応すること」の 4 項目に集約された.これら 4 項目に依拠し,その全般にわたって聴取することが可能と考えられる質問項目を作成した.質問項目の主な内容は「誠意をどのようなイメージでとらえているか」「看護実践の際,誠意をどのように実践に反映させているか」「過去の看護実践の中で,誠意のある対応だったと思える看護はどのようなものがあったか」「誠意のない対応にはどのようなものがあったか」等とし,ガイドラインとして用いた.なお,インタビューガイドラインは,臨床経験を有し,かつ定性的な組織文化研究を継続的に実施している看護学研究者 2 名に修正を依頼し,内容の妥当性について確認を得,2 度の改訂を経た後に使用している.

インタビューガイドラインを作成する際には,事前調査で広く挙げられた一般的な誠意に関する用語に依拠することにより,研究者によるバイアスや恣意性を最小限に抑えることを目指した.また,事前調査において,誠意について語る際に言語化しにくいという特徴が確認されたため,本調査時に,質問に対する回答が得られにくい場合には,先述の 4 項目に代表されるような誠意を代替する表現を用いて聴取し,協力者が発言しやすいよう配慮した.

2)本調査:事前調査をもとに作成したインタビューガイドラインに沿い,研究内容に同意を得た看護師に対して半構成的面接を実施した.

3.本調査のデータ分析方法研究協力者の同意を得た上でインタビュー内容を

記録媒体に録音し,事後に記述データに変換した.データ分析は,川喜田(1967)による KJ 法に依拠して実施した.まず記述データを通読した上で,「看護師が考える誠意とはどのようなものか」「看護師が患者との関係性の中で誠意をどのようにとらえているか」という 2 点の問題意識に依拠して記述単位を抽出し,カード化した.次に,単位化したカードを並べた後,カードに記載されている内容の類似性に注目してグループ化した.それぞれのグループの内容を表す文を作成し,名称をつけた.類似したグループを認めた際にはさらなるグループ化をおこなった.なお KJ 法を行う過程においても,逐一,先述の看護学研究者 2 名の確認を得ている.

Ⅲ.倫理的配慮

本研究は,兵庫県立看護大学(現 兵庫県立大学看護学部)研究倫理委員会の所定の手続きをふみ,審査を受けた上で実施している.

研究協力者に対し,研究への参加は任意であること,プライバシーは保護されること,一度参加しても途中で中断することができ,データ収集終了後においても辞退することができること,研究に参加しなかったり中断したとしても何ら悪影響が及ぶことはないこと等を口頭で説明した.さらにこれらの倫理上の配慮を明記した同意書を用いて研究内容の十分な説明をおこない,同意を得た上で実施した.と

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りわけ本研究は研究者自らのネットワークを用いて研究協力者を募っているため,研究協力者募集以降の全過程において匿名化をおこない,個人が特定される可能性を極力排除した.

Ⅳ.本調査の結果

1.本調査における研究協力者の背景本調査への協力を得ることができた看護師は結果

的に 8 名であり,性別は全員女性であった.病院における看護師としての経験年数は 1 年目から 19 年目であり,平均では 7.8 年であった.研究協力者らは複数の施設の異なる部署に所属しており,内科病棟,内科・外科混合病棟,集中治療室,新生児集中治療室,外来など多岐にわたる.なお,主任経験者が 2 名,大学教員経験者が 2 名含まれている.

2.看護師がとらえる患者に対する誠意看護師への個別インタビューから得られた全ての

記述データを KJ 法により分析した.その結果,看護実践にみられる行動や態度としての誠意が 19 の項目にグループ化された.次に,残余カードについて同様にグループ化をおこなったところ,誠意そのものに対する看護師のとらえ方として「誠意は自然発生的なもの」,「成育歴と臨床経験」,「誠意がもたらす作用」,「誠意を阻害している要因」,「看護師にとっての“誠意のなさ”」の 5 項目にグループ化され,計 24 の項目が挙がった.なお,前者の 19 項目にはさらなる類似性が認められたため,さらにグループ化をおこなったところ,3 つのカテゴリーに集約された.それらに名称を作成した上で表に示したものが表 1 である.以下に,それぞれの項目・カテゴリーの名称と説明を示す.

以下,項目は≪ ≫,カテゴリーは【 】内に太字で示す.分類の根拠となるデータを例証する際には『 』内に記述し,本論と区別する.1)看護実践にみられる行動や態度としての誠意(表1)

(1)【A. 当たり前のことがきちんとできること】このカテゴリーとして分類された項目は,社会生

活をおくる上での人間関係において当然求められるような,対人関係上必要とされる項目を誠意として

分類した.≪ A-1. 丁寧にかかわる≫は,自身の行動や振る

舞いに心を込め,そして可能な限りの時間をかけて患者とかかわることを言う.『カード a-1:一年目の看護師であっても時間をかけて丁寧に看護している姿を見ると誠意を感じる』.

≪ A-2. 気持ちや感じたことを伝える≫は,かかわりを通して自身が感じたことを素直に表現し,患者に伝えることを言う.このカテゴリーの中には,あいさつをすることやお礼を言うことも含まれる.

『カード a-2:患者さんが少しでも良くなるようにと思いつつケアする.それが伝われば誠意となる』.

≪ A-3. 言葉づかいに気をつける≫は,馴れ馴れしくし過ぎたり,反対に素っ気無い言動をしたりすることなく,その時々に適切な言葉づかいを心がけ,実際に用いることを言う.『カード a-3:言葉の使い方一つでさえも意識する』.

≪ A-4. 時間や約束を守る≫は,患者と交わした約束を忘れることなく確実に果たすよう努めることを言う.このことは当然のこととしてとらえられて

A.当たり前のことがきちんとできること

A-1.丁寧にかかわるA-2.気持ちや感じたことを伝えるA-3.言葉づかいに気をつけるA-4.時間や約束を守るA-5.自己の非を認め謝罪できる

B.自己を律し研鑽すること

B-1.プロフェッショナルとしての意識を持つB-2.何事にも一生懸命に取り組むB-3.センスや感性を磨くB-4.自分だけのこだわりを持つ

C.患者を大切にすること

C-1.患者への敬いの念を持つC-2.患者の意思を尊重するC-3.患者に対する関心を持つC-4.患者の思いを十分に聴くC-5.患者の立場に立って真剣に考えるC-6.個人として患者と向き合うC-7.看護師として期待されていることに応えるC-8.自身が持っている力を最大限に発揮するC-9.患者の安全安楽を守るC-10.自分にも患者にも正直に対応する

表1 看護実践にみられる行動や態度としての誠意

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いるが,一方で,実際の臨床現場でこの項目を守ることは難しいという語りがみられた.約束を破るつもりはなくても,例えば急患があったり,何らかのトラブルが発生したためにそちらの対処を優先しなければならない場合には約束を守れない場合がある.その上,業務の忙しさのあまりに約束自体を忘れ去ってしまうこともあるという.『カード a-4:時間どおりに看護することは当然だが,それを守ること』.

≪ A-5. 自己の非を認め謝罪できる≫は,一切隠すことなく正直に自身の非を認め,患者に謝罪することができることを言う.看護師が,エラーやトラブルなど患者の不利益となることにかかわった場合や約束を果たせなかった場合に誠意を意識していた.『カード a-5:言葉にして約束したことを守れなかったら必ず謝罪する』.(2)【B. 自己を律し研鑽すること】このカテゴリーに分類された項目は,さらなる高

みを目指して自身を律するという看護師としての姿勢に関連した誠意が分類された.

≪ B-1. プロフェッショナルとしての意識を持つ≫は,看護専門職としてのプライドを持って責務を全うすることを言う.そのために必要な看護師としての能力を高め続ける姿勢を保つことも,この項目は含んでいる.『カード a-6:看護師という専門職としての責任を果たすこと』.

≪ B-2. 何事にも一生懸命に取り組む≫は,真面目で真剣な気持ちをベースに,その気持ちを実践に反映させながら熱心に働きかけることを言う.そのために,看護師としての能力を高めることに努めるということを含んでいる.『カード a-7:懸命に看護として取り組んでいる姿をみると誠意を感じる』.

≪ B-3. センスや感性を磨く≫は,様々な看護の局面において,多角的に感じ取る力を育み続けることを言う.センスや感性といったものは看護師になって突然に形成されるものではなく,育ってきた環境や教育といった成長の中で,徐々に養われていくものととらえられていた.そうして育まれてきたものを看護の視点から深めていくということを,この項目は示している.『カード a-8:看護師となってからであっても,感じ取る力を高めていくこと』.

≪ B-4. 自分だけのこだわりを持つ≫は,看護師である「わたし」だけが持っている焦点をクローズアッ

プすることを言う.そのこだわりは,それぞれの看護師が持っている価値観に由来している.なお,こだわりを前面に出して,看護師それぞれが細かい違いを見出して実践しようとするならば,その基盤として,既に統一したケアが実践されていなければならないという指摘もみられた.『カード a-9:統一したケアを実践しながらも,独自のこだわりを見出して実践を高めること』.(3)【C. 患者を大切にすること】このカテゴリーに分類された項目は,実際にケア

を提供する場面にみられる誠意である.≪ C-1. 患者への敬いの念を持つ≫は,看護師自身

の心の中に患者への敬いの思いが形成されることを言う.ここには,病いを抱えながら闘病生活を送っている患者の体験に対する尊敬の視点と,看護師自身が患者に対して謙遜する視点という 2 つの視点が存在している.『カード a-10:患者さんのこれまでの経験を感じると,敬いの気持ちが自然と高まる』.

≪ C-2. 患者の意思を尊重する≫は,決して看護師が療養上の決定権を握るのではなく,患者に適切な選択肢を示し,患者自身の意思による自己決定を重視することを言う.看護師に気兼ねしている患者をはじめ,何らかの理由で自分の意思を看護師に伝えられない患者では,患者自身の意思が表立っていないことがあると言う.この項目では,そうした隠れた意思も汲み取りつつ,それを看護に反映させるということを含んでいる.『カード a-11:無理強いをせずに患者の考えや思いを引き出して看護に組み込む』.

≪ C-3. 患者に対する関心を持つ≫は,決して事務的に看護を遂行することなく,自らが積極的に患者のことを知ろうとし,理解しようとする心構えを持つことを言う.『カード a-12:患者のことを知りたいと思いながらかかわりを深める』.

≪ C-4. 患者の思いを十分に聴く≫は,看護に必要な情報を途中で遮ることなく聴くということだけでなく,患者から表現される気持ちや思いについてありのままに受けとめることを言う.『カード a-13:長い時間をかけてでも患者の言いたいことを聴いて,それが助けにつながれば誠意だと思う』.

≪ C-5. 患者の立場に立って真剣に考える≫は,看護師である自分が,目の前の患者が体験している状況に身を置き換えて,「自分だったらどうか」とい

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う視点で考えることを言う.ただし,当然のことながら看護師自身は患者ではないために,患者の立場に立って考えることには相当な困難を感じることがあるとの指摘がみられた.『カード a-14:患者の立場に立って思いを巡らせること自体が誠意』.

≪ C-6. 個人として患者と向き合う≫は,「看護師と患者」という枠組みで向き合うというよりは,「看護師であるわたしと○○さん」というように,個人対個人のかかわりを重視した関係づくりのことを言う.また,この項目はケアリングの概念と近しいという指摘がみられた.『カード a-15:個人として,特定の患者に集中して真剣に向き合うことができれば誠意は伝わると思う』.

≪ C-7. 看護師として期待されていることに応える≫は,看護師という専門的な職業に対する患者からの期待に応え,それを全うすることを言う.たとえば,「看護師なんだからこういうことはしてくれるのは当然だろう」という,患者から期待されている看護師としての役割や務めを果たすことである.

『カード a-16:看護師にしてもらうべきことと患者に認識されている部分に介入する』.

≪ C-8. 自身が持っている力を最大限に発揮する≫は,看護師として持ち得る限りの能力を余すところなく発揮することを言う.このことは経験年数,それに伴う知識や技術の多い少ないといったこととは直接関係しないととらえられている.「○年目だからできること,今の自分にできること」を見出して実践していくことが,この項目に含まれる.さらに職位上の権限など利用可能なあらゆる資源を駆使して看護にあたることも含んでいる.『カード a-17:たとえ一年目であっても,自分だからこそできることをみつけて実践する』.

≪ C-9. 患者の安全安楽を守る≫は,患者を危険にさらすことなく,安全で快適な療養生活を送ることができるよう保証することを言う.『カード a-18:患者の安全を守りつつ,より良い安楽を提供すること自体が誠意』.

≪ C-10. 自分にも患者にも正直に対応する≫は,看護師自身の気持ちに正直で素直な姿勢を貫き,患者にも同様の姿勢で接することを言う.なお,嘘をつくことが誠意として相手に伝わることもあるとの指摘もあり,単に「嘘をつかなければよい」というものではないことに特徴がある.『カード a-19:で

きないことやわからないことについて,素直に認め,そして患者にも伝えること』.2)誠意そのものに対する看護師のとらえ方

(1)≪誠意は自然発生的なもの≫誠意に関する態度や現象として 19 項目挙げられ

た一方で,実は看護ケアを提供する際には誠意を意識しているわけではないというデータがみられた.『カード b-1:ケアの最中に誠意という言葉を意識

しているわけではない』『カード b-2:誠意は,相手のことを思うことによっ

て伝わっていくもの』これらのカードが示すように,潜在的で自然発生

的なアプローチを誠意の前提としてとらえているのである.しかし,≪ A-5. 自己の非を認め謝罪できる≫にみられるように,何か問題が発生した場合には,誠意を意識して問題の解決にあたっている.このように,日常の看護において誠意を意識するというのはそれほど見られないが,トラブルへの対処など特定の場面では,誠意を意識していた.(2)≪成育歴と臨床経験≫誠意の基盤を形成する時期は「成育歴」であると

の指摘がデータ中にみられた.『カード b-3:誠意が芽生えるのは幼少の頃』『カード b-4:誠意は成長する過程で洗練される』加えて,看護師になるまでの成育歴においてわず

かでも誠意の原型が作り上げられていないと,臨床経験でどんなに周囲からアプローチしても,誠意は醸成されにくいとの指摘がみられた.『カード b-5:看護師になってから誠意の視点を養

うのは難しい』『カード b-6:誠意ある看護を同僚にしてもらおう

と思っても,誠意が根付いていなければ気付かれない』

誠意の原型があってこそ,臨床経験を通して看護師としての誠意が洗練されていくのである.(3)≪誠意がもたらす作用≫誠意は,大概の場合において悪くは作用し得ない

というのが,多くの協力者の一致した見方であった.データの中には,病いや死という体験を経て落ち込んでいる患者や家族の立ち直りに貢献するという指摘や,誠意は患者 - 看護師間で信頼関係を築くための基盤となるものであるという表現が散見された.『カード b-7:誠意をともなった看護は,基本的に

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は患者に良く作用する』『カード b-8:入院して落ち込んでいた患者が立ち

向かえるようにする』『カード b-9:一生懸命取り組んだケアに誠意が込

められていれば信頼につながる』このように,看護実践における誠意の良い作用が

示された一方で,誠意が悪く作用するのはどのような場合かということについて 2 点示された.1 点は,

『カード b-10:看護師が好ましいと判断しておこなったケアが患者にとっては大きなお世話として受け取られることがある』が示す通り,良かれと思って看護師が提供したことと患者の欲求・要求が一致しなかった場合である.もう 1 点は,『カード b-11:良かれと思って患者の要求以上のケアをしても患者にとっては不適切な場合がある』が示すように,誠意を含んだアプローチが患者に対して過度に押し付けられた場合である.総じて,患者の欲求や要求と,それに対する看護師からの提供の面で双方が概ね一致している限りは悪く作用することはない,というとらえ方がなされていた.(4)≪誠意を阻害している要因≫インタビュー結果から,誠意を阻害する要因が存

在することが明らかになった.データとして挙げられた阻害要因は,『カード b-12:複数の受け持ち患者間で,かかわりの優先順位をつけなければならない状況がある』『カード b-13:時間をかけて丁寧に業務を遂行したいと思うが,時間的な制約がある』

『カード b-14:あらかじめ予定されているケアをスケジュールとして組んでも,時々の忙しさやタイミングにより変更しなければならない状況がある』に代表されるように 3 種類が挙がった.これらの要因によって誠意が阻害された場合,看護師には葛藤が生じ,不満や疲労が蓄積するとの指摘がみられた.『カード b-15:あるケアをおこないたいと考えて

いたにもかかわらず実施できなかった場合には,葛藤し,しんどくも感じる』

このように,看護師自身が思い描く看護が忙しさ等の理由によって実践できない場合には,看護師にとって負の影響が生じ得るのである.(5) ≪看護師にとっての“誠意のなさ”≫“誠意のなさ”とは,誠意とは真逆の位置付けに

あるものとしてとらえられている.看護師は誠意のなさに対して,実際に目の当たりにすると怒りが込

み上げてくると表現している.『カード b-16:自身にとって「誠意がない」と思

うことを他者がしているのをみると腹立たしく思う』

また,人間関係が悪くなったり,最悪の場合には患者とのトラブルにも発展する可能性があるということを指摘している.“誠意がある”と“誠意がない”について,両者の境界はどこにあるのかについて,次のデータが示された.『カード b-17:相手に誠意を感じてもらえるかど

うかは,大きなことをすることでなく,一つ一つの些細なことを実践するか否か』

このように,小さく些細な部分にまで気を配って実践しているか,もしくはしていないかというところで,誠意の有無が患者から判断されるのではないかと看護師はとらえている.

Ⅴ.考察

1.患者に対する看護師の誠意がもつ意味結果に示したように,看護実践にみられる行動や

態度としての誠意について 19 項目が挙がり,それらを 3 カテゴリーにグループ化した.研究協力者らの語りによれば,これらの誠意に関する項目は看護師になるまでの成育歴の中で芽生え,看護師免許取得後の臨床経験を積む過程で洗練されていくと言う.この指摘を参考に,時系列に基づいた図 1 を作成し,患者に対する看護師の誠意について構造化を試みた.さらに,図 1 の中に,結果「看護実践にみられる行動や態度としての誠意」で示した 3 つのカテゴリーについて配置した.ここでは,それら 3 つのカテゴリーが時系列の中でどこに位置づけられ,どのような意味を持つのかについて考えたい.【A. 当たり前のことがきちんとできること】のカ

テゴリーについては,看護師になる以前,すなわち出生後に個人が成長する中で習得するモラルやマナー,ルールを遵守していくことの積み重ねが大部分を占める.このことは,事前調査で看護師以外の人々を対象に実施したグループインタビューから得られた内容と近似していたこととも関連している.つまり,看護師であるということに特異的というわけではなく,より社会一般の誠意として通ずる部分

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が多いカテゴリーであると言える.さらに,看護師になる以前の成育歴において誠意は萌芽するが,当然,看護師になった後においても看護師は社会人・医療人という責任ある立場で職務を果たしていくことになるため,このカテゴリーにあらわされている誠意はさらに洗練されていくものと考える.

また,こうした見方は Erikson(1982)の言う生涯発達心理学の観点が参考になると考える.すなわち,出生してから死に至るまでのライフサイクルを通して発達するという考え方である.成人に至るまでが発達する時期であるととらえるのではなく,看護師にとっての誠意は,看護という職務を経験しながら一生をかけて発達し続けるという概念なのではないだろうか.このことからすれば,データ中において,誠意の基盤を形成する時期は成育歴であるとの指摘が見られたが,このことが示す意味は,誠意の基盤が皆目みられない看護師には看護師としての誠意が身につかないという否定的な意味ではないことが推察される.幼少期からの成育歴という背景を受けつつ,看護師となった青年期以降の人生経験と

織り成しながら,誠意は生涯をかけて醸成されていくというのがここでの意味である.【B. 自己を律し研鑽すること】のカテゴリーは,

看護専門職・プロフェッショナルとして自身を高めていくということの性質が強い.つまり,看護師免許を取得し,看護師としてのキャリアを歩むようになって以降に特徴的なカテゴリーであると言える.看護師が看護という職務を引き受け,専門職としての職能を発揮する中で看護師としての誠意が開花し,対象に伝わっていくものと考えられる.勝原

(1999)によれば,看護師が専門職であることをどのように引き受けているかについて,Styles(1982)が提唱したプロフェッションフッドの 3 要素,すなわち「社会的意義」「最高で最上の仕事へのコミットメント」「同僚性・集合性」に加え「自己実現・自己成長」「倫理・道徳規範の遵守」の 5 つが日本の看護師に備わっていることを実証した.このうち勝原(1999)が新たに挙げた「自己実現・自己成長」

「倫理・道徳規範の遵守」の 2 要素が,本研究で扱っている誠意,とりわけ B カテゴリーと内容面で極め

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A.当たり前のことがきちんとできること

B.自己を律し研鑽すること

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図1 患者に対する看護師の誠意の構造

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て近似している.このことから,日本人の看護師にはプロフェッションフッドとして誠意が内在しており,自らを律して研鑽するという姿勢を堅持していることが理解できる.【C. 患者を大切にすること】のカテゴリーでは,

看護師と患者のかかわりの中において表現される誠意をあらわしている.このカテゴリーで挙げられている個々の誠意にまつわる項目は,患者 - 看護師間にみられる看護の規範となるものばかりであることが特徴である.これらのことは,Mayeroff(1971)の言うケアリングの概念と近しい.Mayeroff(1971)によれば,自分以外の人格をケアするには,その人とその人の世界についてまるで自分がその人になったように理解せねばならないとし,そのためには専心が必要であると言う.ここでいう専心とは,相手の全人格的な全体に対して一貫性をもって打ち込むことであり,ケアが実質を帯び独自の特質を持つのは,この専心によるためであるとされる.看護の場面において,C カテゴリーに含まれる誠意は,Mayeroff(1971)の言う専心を満たすために必要な項目ばかりである.C カテゴリーにあらわされた誠意の各項目を満たした看護が患者に還元されることによってケアリングが発揮され,より良質な看護へと高みを見せることが期待される.

以上のことから,看護師にとっての誠意は,ケアリングという看護の本質と関連した概念であることが理解でき,そこには自律した専門職として看護師の職務を引き受けるというプロフェッションフッドの一部を内包している.さらに誠意は,個人の生涯をかけて洗練されてゆくという特徴を持っている概念であると考えることができよう.

2.誠意ある看護を実践するための諸課題さらに本研究の発見事実として挙げられたこと

は,①同僚の看護の中にある誠意は比較的目に付きやすい,②自身の誠意をとらえることには困難さが伴う,③誠意を過度に意識してしまうと偽善となってあらわれる,の 3 点である.

一体誰が看護師の誠意を感じ取っているのか―,この問いに対するデータからの含意として,誠意はケアを実践する看護師が自ら意識しているのではなく,ケアの受け手や同僚が感じ取るものだということが挙げられた.このことは,研究協力者自身の誠

意に関する語りが少数であり,むしろ同僚の看護の場面を見た時に感じた誠意について発言されることが多かったことに由来している.このことからすれば,ある看護師の言動から誠意を感じ取った他の看護師が,それを意識的にモデル化して看護実践に反映させることによって,より多くの同僚の眼に留まることにつながるため,看護師にとっての誠意が,図 1 中「誠意ある看護の共有化」として病棟全体に広がることが期待される.誠意はケアリングという看護の本質にかかわることについて先に言及したが,こうした組織内における誠意の拡大が可能になれば,看護部として,また病院規模において,良質な医療を提供するための一助となり得る.

ところが,看護実践の中における誠意についてあまりに突き詰めて考えると,自分にとっての誠意がまるで偽善であったかのように思えてしまうという特徴が確認されている.結果に示したように,誠意はきわめて自然発生的な行為として表出されているという特徴を有しているがゆえに,看護実践をしているその瞬間,本人は特に誠意というものを意識していないのである.したがって,組織としての医療の質を高めることを目的に,組織の管理者が個々のスタッフに対して「誠意ある看護」を要求すれば,スタッフは偽善を感じながら患者に誠意を提供してしまうことになりかねない.そのため,看護実践に誠意という考え方を導入する際には十分慎重になる必要がある.

ここでの懸念を打開するための詳細な方略に関しては今後の課題としたいが,現時点で考えられる方略は,結果「看護実践にみられる行動や態度としての誠意」として本研究で示した 19 項目に代表されるとおり,誠意の一般化であろう.誠意というものを求めすぎず,まずは個々の看護師が表 1 で示した項目の一つ一つを大事にし,看護の中で自然に表出することができるようになれば,二次的に患者や同僚に誠意として伝わっていくことが期待できよう.さらに,看護実践における誠意を阻害する要因が存在していることが本研究により明らかとなったため,そうした要因を解消することもまた,誠意ある看護を実践するためには不可欠であると考える.

3.研究の限界と今後の課題本研究では面接ガイドラインに基づいたインタ

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ビューを通じて誠意の一般化を目指した.その過程において誠意が他者へ影響するという視点が示唆されたため,今後は“病棟という集団や組織としての誠意”という組織論に関連した議論ができると見込んでいる.誠意は看護の質向上に関係することが期待される一方で,誠意を実践に導入することの困難さが本研究により指摘されたため,早急に解決に向けた研究に取り組みたい.

加えて,誠意に関する研究を看護師に限定しておこなうのではなく,看護の受け手である患者が看護師の誠意についてどのような思いを抱いているかを明らかにすることによって,看護師がとらえる誠意と患者がとらえる誠意の対比が可能となり,誠意の概念はより深いところにまで達することが期待できる.

謝辞:研究に協力いただきました協力者の皆様,なら

びに指導いただきました先生方に感謝申し上げます.な

お本研究は 2004 年度兵庫県立看護大学看護学部卒業論文

を加筆修正したものである.研究結果の一部は第 9 回日

本看護管理学会学術集会で発表した.

■引用文献

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13 (1) ,83-104.Erikson, E. H. (1982) /村瀬孝雄,近藤邦夫訳 (1989) ライフサイ

クル,その完結: 111-112,みすず書房,東京.勝原裕美子 (1999) 日本の看護婦・士の Professionhood を構成す

る要素: 日本看護科学会誌,19 (1) ,42-48.川喜田二郎 (1967) 発想法―創造性開発のために: 中央公論新社,

東京.Mayeroff, M. (1971) /田村真,向野宣之訳 (2001) ケアの本質―生

きることの意味: 92-107,183-215,ゆみる出版,東京.日本看護協会 (2003) 看護者の倫理綱領: 日本看護協会出版会,

東京.小河徳恵,佐野涼子,黒岩尚美,他 (2003) 術後患者の回復意欲

となる要因: 山梨大学看護学会誌,1 (2) ,29-33.Styles, M. M. (1982) On Nursing: Toward a New Endowment:

The C. V. Mosby Company St.Louis,USA.多和幼子 (2009) 患者に対する誠実性のある態度についての一考

察 態度形成段階の基準を基に自己の態度を分析して: 神奈川県立保健福祉大学実践教育センター看護教育研究集録,34,172-179.

Travelbee, J. (1971) /長谷川浩,藤枝知子訳 (1974) 人間対人間の看護: 3-29,医学書院,東京.

吉田勇 (1993) 「誠意」規範研究序説―三つの紛争類型を中心として: 法政研究,59 (3/4) ,229-286.

責任著者 藤原史博近大姫路大学看護学部〒 671-0101 兵庫県姫路市大塩町 [email protected]

Correspondence: Fumihiro FujiwaraUniversity of Kindai Himeji, School of Nursing2042-2 Oshio, Himeji, Hyogo 671-0101, [email protected]