利子率の決定 -...

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33 3 利子率の決定 2 章では為替レートがどのように決定されるのか,あるいは同じことですが,どのよ うな要因によって影響を受けるのかを考察しました.そこでは,(1) 円建および (2) ドル 建の金融資産の利子率と (3)1 年後の為替レートの期待値が与えられると,金利平価条件 を成立させるように今日の為替レートが決定される様子を見ました.いわば,図 3.1 のよ うに,円建金融資産の利子率,ドル建金融資産の利子率,為替レートの期待値が与えられ ると,金利平価を通じて今日の均衡為替レートが出てくるイメージです. 一方で,「円建資産やドル建資産の利子率はここでは予め決まっているとされていると されているが,それ自体はどうやって決まるのだろう」と思った人も多いでしょう.マク ロ経済学では,資産の利子率は(1GDP,(2)中央銀行の貨幣供給量,そして(3)物価 水準から強い影響を受けると考えられています.したがって,本章ではこれら 3 つの変 数の値が与えられた時,資産の利子率がどのように決定されるかを考察していきましょう (図 3.2). このように,他の変数をすでに決まっている/与えられたものとしてある変数がどう決 まるのかを考察するというやり方は,社会現象を考察する常套手段です.このときの「決 まっている/与えられた」ものとして扱われる変数を「外生変数(exogenous variables)」, それらによって決定される変数を「内生変数(endogenous variables)」と呼びます.第 2 章の分析では,外生変数・内生変数の区別は以下のようになっていました. 一方,本章の分析では,前章で外生変数であった利子率は内生変数になり,その決まり 方が分析されることになります.以上の説明からもわかるとおり,何が外生変数であり何 円建資産の利子率 期待為替レート ドル建資産の利子率 今日の均衡為替レート 金利平価 外生変数 内生変数 3.1: 為替レートの決定(図 2.9 再掲)

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第 3章

利子率の決定

第 2章では為替レートがどのように決定されるのか,あるいは同じことですが,どのよ

うな要因によって影響を受けるのかを考察しました.そこでは,(1)円建および (2)ドル

建の金融資産の利子率と (3)1年後の為替レートの期待値が与えられると,金利平価条件

を成立させるように今日の為替レートが決定される様子を見ました.いわば,図 3.1のよ

うに,円建金融資産の利子率,ドル建金融資産の利子率,為替レートの期待値が与えられ

ると,金利平価を通じて今日の均衡為替レートが出てくるイメージです.

一方で,「円建資産やドル建資産の利子率はここでは予め決まっているとされていると

されているが,それ自体はどうやって決まるのだろう」と思った人も多いでしょう.マク

ロ経済学では,資産の利子率は(1)GDP,(2)中央銀行の貨幣供給量,そして(3)物価

水準から強い影響を受けると考えられています.したがって,本章ではこれら 3 つの変

数の値が与えられた時,資産の利子率がどのように決定されるかを考察していきましょう

(図 3.2).

このように,他の変数をすでに決まっている/与えられたものとしてある変数がどう決

まるのかを考察するというやり方は,社会現象を考察する常套手段です.このときの「決

まっている/与えられた」ものとして扱われる変数を「外生変数(exogenous variables)」,

それらによって決定される変数を「内生変数(endogenous variables)」と呼びます.第 2

章の分析では,外生変数・内生変数の区別は以下のようになっていました.

一方,本章の分析では,前章で外生変数であった利子率は内生変数になり,その決まり

方が分析されることになります.以上の説明からもわかるとおり,何が外生変数であり何

円建資産の利子率

期待為替レート

ドル建資産の利子率 今日の均衡為替レート金利平価

外生変数 内生変数

図 3.1: 為替レートの決定(図 2.9再掲)

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34 第 3章 利子率の決定

日本のGDP

日本の物価水準

日本の貨幣供給量 ?

外生変数 内生変数

円建資産の利子率

図 3.2: 利子率の決定

表 3.1: 外生変数と内生変数

外生変数 円建資産の利子率(i),ドル建資産の利子率(i∗)

期待為替レート(Ee1)

内生変数 今日の為替レート(E0)

が内生変数であるかは絶対的に決まっているものではありません.分析の目的に応じて,

ある変数が外生変数になったり内生変数になったりするのです.つまり,自分がその決ま

り方を考察したい変数を内生変数に,それに影響を与えると考えられる変数を外生変数に

して,モデルを組み立てていくわけです.

経済学に限らず,社会現象について議論する際には,あなたの想定している世界で何が

外生変数であり,何が内生変数であるのかを明確にする(自覚する)ことは極めて重要

です.

3.1 利子率

利子率の決定について考察する前に,そもそも金融資産の利子率とは何であるかを厳密

に確認しておく必要があります.さらに,その前提として,金融資産そのものについて,

第 2 章よりもう少し詳しく見ておく必要があります.本節では,最初に金融資産の代表

的な類型を説明し,金融資産の利子率が何を表すのか,そしてどのように計算されるのか

(何に依存するのか)を解説します.

3.1.1 金融資産

前章では,金融資産を「借用書」として説明しました.大まかにはこの定義で問題ない

のですが,たとえば金融資産の代表ともいえる株式については,「借用書」という定義は

うまく当てはまりません.なぜなら,株式には「元本の返済」という概念が存在しないか

らです.

たとえば,あなたが株式会社 MG土木の株式を 1,000円で購入するとしましょう.す

ると,あなたは今後毎年度末に MG土木から「配当」と呼ばれる支払いを受け取ること

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3.1 利子率 35

ができます.この配当は,その年度に企業が稼いだ利益が原資になっています.したがっ

て,企業業績が好調な年は多くの配当が支払われ,業績の思わしくない年には配当が支払

われないこともあります.株式の保有者が得られる収入はこの配当のみで,どこかのタイ

ミングでこの株式が MG土木によって買い戻される,すなわち最初の 1,000円が返済さ

れるということは永遠にありません.株式とはそういうものなのです.その代わり,配当

は企業が存続する限り半永久的に支払われます*1.

このように,株式には返済という概念が存在しないため,これを「借用書」と呼ぶのは

やや不正確です.そこで,より一般的に金融資産を「将来の所得への請求権」と定義しま

しょう.図 3.3のように,1,000円でMG土木の株式を購入することを,「将来の所得の

流列を今日 1,000円で購入する」と考えるわけです.

株式

1,000円

配当 配当 配当 配当

買い手

(所有者)

売り手

(発行者)

将来の所得の流列を

今日1,000円で購入.

1年目 2年目 3年目 4年目

図 3.3: 株式の購入

もちろん,株式以外の返済のある金融資産も,同様に「将来の所得への請求権」とみな

すことに問題はありません.たとえば,政府や民間企業が発行する借用書–債券–について

考えてみましょう.債券には,「割引債(discount bond)」と「利付債(coupon bond)」

の 2種類があります.図 3.4は,私たちが割引債を購入した場合の私たちと発行者の間の

お金の動き–キャッシュフロー–を表したものです.

買い手

(所有者)

売り手

(発行者)

割引債

9,000円1年目 2年目 3年目

割引債の買戻し

4年目

10.000円

割引債

図 3.4: 割引債のキャッシュフロー

まず,私達が発行者から割引債を 9,000円で「購入」します.すると,満期時(ここで

は 4年後)に発行者がこの紙切れを 10,000円で買い戻してくれます.これを債券の「償

還」といいます.すなわち,私達は「割引債を購入する」という形でその発行者にお金を

貸し,それを「買い戻してもらう」という形で返済を受けるわけです.このように,債券

*1 とはいえ,やがてMG 土木が倒産してしまえば利益はゼロとなり,配当の支払いはそこで終了してしま

います.

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36 第 3章 利子率の決定

には明確に返済の概念が存在します.そして,私達の購入価格と発行者による買い戻し価

格の差が,いわば利子ということになります.

買い戻し価格は予め約束されていて,これを「額面価格(face value)」と言います.一

方,購入価格(厳密には「発行価格」という)は市場の趨勢を反映して発行時に決定され

ます.すなわち,購入価格を決めるという形で間接的に利子の大きさが市場で決定される

わけです.

図 3.4からわかるように,この割引債の購入は,「4年後に 10,000円受け取る権利」を

今日 9,000円で購入することを意味しています.

もうひとつ,債券には「利付債」と呼ばれるタイプも存在します.図 3.5は,私たちが

利付債を購入した場合のキャッシュフローを表したものです.

買い手

(所有者)

売り手

(発行者)

利付債

10,000円

200円

1年目 2年目

10.000円

利付債

3年目

200円 200円 200円 200円

利付債の買戻し

4年目 5年目

クーポン(利息)

図 3.5: 利付債のキャッシュフロー

私たちが利付債(という紙切れ)を発行者からたとえば 10,000円で購入します.する

と,私たちは満期までたとえば毎年 200 円を受け取ることができます.満期時にはさら

に,この紙切れを私たちが買った時と同じ金額 10,000円で買い戻してくれます.割引債

と同様に買戻し価格(額面価格)は予め約束されています.また,毎年の支払額(この例

では 200円)も予め約束されています.

私たちが債券を「購入」することによってお金を貸し,「買い戻し」てもらうことで返

済を受けるという点は割引債と同じです.異なるのは,利付債では購入価格と買戻し価格

がともに額面価格に等しいことと,毎年支払いがある点です.購入価格と償還価格が等し

いため,その差から利子を得ることはできません.利子は毎年の支払いから得ることにな

ります.

なお,この毎年の支払額のことを「クーポン(利息)」と言います.また,額面価格 1円あた

りのクーポンの大きさを「クーポン・レート」と言います(この場合は 200/10, 000 = 0.02).

利付債の場合,このクーポンあるいはクーポン・レートの大きさが市場の趨勢を反映して

決定されることになります.すなわち,債券の販売額に対して購入希望者が多ければクー

ポン・レートは小さくなり,逆に少なければクーポン・レートは大きくなるでしょう.

図 3.5からわかるように,この利付債の購入もやはり将来の所得への請求権の購入と見

ることができます.すなわち,今後 5年間毎年 200円ずつ受け取り,5年後にはそれに加

えて 10,000円受け取る権利を,今日 10,000円で購入しているのです.

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3.1 利子率 37

さらにもうひとつ,特徴的なキャッシュフローを持つ債券があります.コンソル債

(consol, perpetuity)と呼ばれるものです.私たちがコンソル債を購入すると,発行者と

の間で図 3.6のようなキャッシュフローが実現します.

コンソル

1,000円

200円 200円 200円 200円

買い手

(所有者)

売り手

(発行者)

クーポン(利息)

1年目 2年目 3年目 4年目

図 3.6: コンソル債のキャッシュフロー

コンソル債は,額面価格で販売され,毎年クーポンを支払うという点で利付債に似てい

ます.一方,利付債との相違点は,償還がない(=満期がない)ということです.一定期

間後に額面価格で買い戻されることはありません.その代わりに,所有者には永久にクー

ポンが支払われるのです.

皆さんは,コンソル債のキャッシュフローが先に説明した株式と似ていることに気付い

たでしょう.コンソル債の利子率計算は,株式等の満期のない資産の収益率や市場価格の

計算に簡単に応用できるのです.もちろん,満期がないという意味では土地などの実物資

産*2 の収益率や価格の計算にも応用できます.

以上,代表的なキャッシュフローを持つ 3つの金融資産を紹介しましたが,いずれも債

券の発行時に私たちが発行者から購入するケースを説明しました.しかし,現実の債券取

引のほとんどは,こうした新発の債券の売買ではなく,過去に発行されて誰かに保有され

ている(そして満期まで時間が残っている)債券の売買で占められています.いわば,新

品の債券ではなく中古の債券の売買が中心なのです.なお,新発債券が売買される市場を

「発行市場(primary market)」,既発の債券が売買される市場を「流通市場(secondary

market)」といいます.次のような例を考えてみましょう.

例� �明学太郎さんは,2014年初に,(株)MG土木が発行した額面価格 10,000円,クーポ

ン・レート 0.02,5年満期の利付債を購入しました.しかし,2015の年の秋に 2016

年春から事業をはじめることが決まり,事業開始までに現金が必要となることが判明

しました.そこで,2015年の終りに,満期が 3年残っている(=あと 3回クーポン

が支払われ,3年後に 10,000円で買い戻される)債券を第 3者に売却し,満期前に

現金化することに決めました.� �*2 土地も「地代」という収入を毎年もたらしてくれます.土地を購入するということは,そういった将来

のキャッシュフローに対する権利を今日購入することと解釈できます.その意味で,ここで説明している

金融資産とよく似ています.

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38 第 3章 利子率の決定

重要な点は,このとき利付債が売買される「価格」は,それが新規に発行された時の価

格(=額面価格)に等しい必要はないということです.すなわち,発行当初は 4回のクー

ポン支払いが保証されていたこの利付債は,今や 3 回のクーポンしか保証されていませ

ん.一方,発行当初は 4 年待たなければ償還されなかったこの利付債は,今や 3 年待て

ば償還されるのです.このように,発行当初と現在とでは様々な条件が異なっていますの

で,この利付債を購入するのに当初と同じ 10,000 円を要求される必然性はありません.

そこで,一般に既発国債は発行時とは異なる価格で取引されることになります.そしてそ

の際の価格は市場の趨勢を反映して決定されます.したがって,中古市場での債券の売買

価格を「債券の流通価格」といい,新発債が売買される際の「額面価格」と区別します.

債券の人気が高ければ発行時より高い流通価格がつく可能性があり,逆に不人気であれば

低い流通価格がつくこともあります.図 3.7では,額面価格 10,000円の国債が 1年後に

9,900円の価格で売買されていると想定しています.

明学太郎

買い手1

売り手

(発行者)

利付債

10,000円

200円

2014 2015

10.000円

利付債

2016

200円 200円 200円 200円

利付債の買戻し

2017 2018

ヘボン次郎

買い手2 9,900円

利付債

2016 2017 2018

図 3.7: 既発の利付債の購入

なお,この場合 2番目の買い手から見ると,9,900円を貸して年 200円の支払いを 3回

受け,3 年後に 10,000円の返済を受けることになります(図 3.8).

10.000円

利付債

200円

9,900円

利付債

1

200円

2 3

200円

図 3.8: 既発利付債のキャッシュフロー

図 3.4の割引債のケースも,最初の購入者が満期まで持つのではなく,満期前(たとえ

ば 3年目の頭)に流通市場で売却し,第 2の保有者が満期に償還を受けることが一般的で

す(図 3.9).あるいはもう一回流通市場で売られるかもしれません.

すでに述べたように,債券の取引の大部分はこのような既発債の取引です.したがっ

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3.1 利子率 39

買い手

(所有者)

売り手

(発行者)

割引債

9,500円1年目 2年目

10.000円

割引債

割引債の買戻し

図 3.9: 既発割引債のキャッシュフロー

て,今後は主として,発行価格とは異なる流通価格で購入し,(利付債の場合は毎年クー

ポンを得て)満期時に額面価格で買い戻されるようなケースを扱っていきます.

3.1.2 利子率:多様な金融資産を比較する尺度

ここまで見たように,債券のタイプによってお金の流れが大分異なってきます.ここで

は,図 3.8(既発の利付債)と図 3.9(既発の割引債)を比較してみましょう.

割引債は 9500円で購入できますが,利付債の購入には 9900円が必要です.一方で,割

引債からは 500円の利子が得られるのに対し,利付債からは合計で 200× 3 + (10, 000−9, 900) = 700円の利子を得ることができます.すなわち,割引債はコストが低い反面,利

子も小さいということです.このような状況でどちらがより効率的に利子を稼ぐことがで

きるかを知るには,すでに第 2章で説明したように,「金融資産に投資した 1円あたり何

円の利子を得られるか」を計算するという方法があります.

表 3.2

購入価格 利子総額 満期までの年数 受取のタイミング

利付債 9,900円 700円 3年 毎年

割引債 9,500円 500円 2年 償還時のみ

両者は,投資期間も異なります.すなわち,割引債は 2 年で償還を受けられるのに対

し,利付債のほうはそれより 1年長い 3年を要します.すなわち,利付債は割引債より多

くの利子を稼ぐが,時間も余計にかかるということです.

さらに,両者はキャッシュの受取のタイミングにおいても異なります.利付債は償還ま

で 3年待たねばなりませんが,毎年クーポンを受け取ることができます.一方で,割引債

は償還までの 2年間いっさい受取はありません.このような状況で両者の効率性を比較す

るには,「金融資産を保有した 1年あたり何円の利子を得られるか」を計算するという方

法が考えられます.

このように,キャッシュフローの金額・タイミングや満期の異なる金融資産について,

どれがどれだけ効率的に利子を稼ぐかを比較するためには,「金融資産に投資した 1円あ

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40 第 3章 利子率の決定

たり,1年につきいくらの利子を稼ぐか」を計算する必要があります.そして,それがま

さに「金融資産の利子率」なのです.問題は,この利子率をどう計算するかです.

3.1.3 複利

債券の利子率を計算する前に,「1円あたり 1年につき x円の利子を稼ぐ」ということ

が何を意味するのかを,少し詳しく見てみましょう.具体的には,「1円あたり 1年につき

x円の利子を稼ぐ」金融資産を複数年保有したときに,私たちの投資金額が最終的にいく

らになるのかを考察します.このときに重要になってくるのが「複利」という概念です.

たとえば 1円が 1年につき 0.02円利子を稼ぐとき,3年後にこの 1円は元利合計でい

くらになっているでしょうか.1 年につき 0.02 円だから,0.02(円)× 3(年間)= 0.06

円の利子を稼いで,合計で 1.06円でしょうか.実は,そうはならないのです.複数年に

渡って稼ぐ利子の合計は,1年あたりの利子の単純な合計ではないのです.以下でこの点

を確認しましょう.

今,10,000 円を投資するとします.1 円あたり 1 年につき 0.02 円の利子を稼ぐので,

10,000 円の元本は合計で 0.02 × 10, 000 = 200 円の利子を稼ぐことになります.これを

元本の 10,000円と併せると,1年後には

10, 000 + 10, 000× 0.02 = 10, 000× (1 + 0.02)

となります.

さて,2年目です.私たちのお金は 2年目の最初には 10, 000× (1+0.02)円になってい

ますので,2年目の 1年間はこの 10, 000× (1+0.02)円が利子を稼ぐことになります.す

なわち,2年目には,最初の 10,000円だけでなく 1年目に稼いだ利子(0.02× 10, 000円)

もまた利子を稼ぐのです.したがって,2年目に稼ぐ利子は,0.02× [10, 000× (1+0.02)]

円になります.これを 2年目の元本 10, 000 × (1 + 0.02)円と併せると,2年目の終わり

には私たちのお金は

10, 000× (1 + 0.02) + [10, 000× (1 + 0.02)]× 0.02 = 10, 000× (1 + 0.02)2

となります.

さらに 3年目です.私たちのお金は 3年目の最初には 10, 000× (1+ 0.02)2 円になって

いますので,3年目の 1年間はこの 10, 000× (1+0.02)2 円が利子を稼ぐことになります.

すなわち,3年目には,最初の 10,000円に加えて,1年目に稼いだ利子と 2年目に稼いだ利

子もまた利子を稼ぐのです.したがって,3年目に稼ぐ利子は,0.02×[10, 000×(1+0.02)2]

円になります.これを 3年目の元本 10, 000× (1 + 0.02)2 円と併せると,3年目の終わり

には私たちのお金は

10, 000× (1 + 0.02)2 + [10, 000× (1 + 0.02)2]× 0.02 = 10, 000× (1 + 0.02)3

となります.

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3.1 利子率 41

簡単な類推から以下の重要な関係が明らかになるでしょう.� �1円が 1年間に i円の利子を稼ぐとき,今日の P 円は n年後には

P × (1 + i)n (3.1)

となる.� �以上のように,金融資産を複数年連続して運用するとき,利子が利子を生む「複

利」という現象が発生します.したがって,3 年間で稼ぐ利子は単純に 1 年間の利

子を 3 倍したものとは微妙に異なってきます.先の例で言えば,元本 10,000 円が 1

年間に稼ぐ利子は 0.02 × 10, 000 = 200 円です.これを 3 倍すると 600 円ですが,

10, 000× (1 + 0.02)3 = 10612.08円ですから,実際の利子は 612.08円になります.利子

が利子を生んだ結果,複利を考慮しない場合(単利)の 600円に比べて 12.08円だけ違い

が生じているのです.

なお,この複利と単利の差は利子率が大きくなるほど,また運用期間が長くなるほど大

きくなります.この点は適当な数値例を使って自分で確認してみるとよいでしょう.

3.1.4 利子率の計算

これで準備が整いましたので,いよいよ割引債や利付債の利子率を計算していきます.

まずは,より簡単な割引債(図 3.9)のほうから考えてみましょう.

さしあたり,この割引債の未知の利子率を iとしておきます.1円が 1年間で i円を稼

ぐとすると,(3.1)式より,9,500円は 2年後には 9, 500× (1 + i)2 円になります.これ

がちょうど割引債の償還額である 10,000円になるためには,iはいくらでなければならな

いでしょうか.それは以下の方程式を解けばわかります.

9500× (1 + i)2 = 10000 (3.2)

この方程式を解けば,i = 0.026となります.すなわち,1円が 1年あたり 0.026円稼ぐ

ならば,今日の 9,500円は 2年後にちょうど 10,000円になります.つまり,今日の 9,500

円を 2年後に 10,000円にしてくれるような金融資産は,0.026の利子率を提供している

ことになります.

次に,利付債(図 3.8)の利子率を計算してみましょう.先の割引債のケースから類推

すると,次の方程式を解けば利子率が求められそうな気がします(右辺の 10,600円は利

付債からの受取総額(3年間のクーポン +償還額)です).

9900× (1 + i)3 = 10600

しかし,残念ながらこの式では利付債の利子率は計算できません.なぜなら,この式は最

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42 第 3章 利子率の決定

初の 9900円が 3年間運用されることを前提としていますが,実際にはそうではないから

です.以下,図 3.10に拠りつつこの点を詳しく見てみましょう.

1年目 2年目 3年目

200円

200円

10,200円

1a

2a

3a

9,900円

利子を稼いで…

利 子 を 稼 い で …

利 子 を 稼 い で …

図 3.10: 既発割引債の利子稼得プロセス(1)

利付債を購入すると,私たちは早くも 1 年目の終わりに 200 円を受け取ります.これ

は,最初に払った 9900円のうちのいくらか(これを a1 円としておきます)は,1年間し

か運用されないことを意味しています.1年間だけ利子を稼いで,1年目の終わりには利

子も含めて 200円となって返済されるわけです.

同様に,2年目の終わりにも 200円を受け取ります.これは,最初に払った 9900円の

うちのいくらか(a2 円)は,2年間しか運用されないことを意味しています.2年間だけ

利子を稼いで,2年目の終わりには利子も含めて 200円となって返済されるわけです.

以上を除いた残りの部分(a3 = 9900 − a1 − a2 円)だけが,3年間フルに運用される

ことになります.すなわち,フルに 3年間利子を稼いで,元本と併せて 10,200円となっ

て返済されるわけです.

1年目 2年目 3年目

200円 200円 10,200円

1a

2a

3a

)1(1 ia +×

)1(2 ia +×

)1(3 ia +×

22 )1( ia +×

23 )1( ia +× 3

3 )1( ia +×

9,900円

図 3.11: 既発割引債の利子稼得プロセス(2)

(9900円のうちの)a1 円は,1年間だけ利子を稼いで元利合計 200円となります.さし

あたり未知である利子率を iと表せば,今日の a1 円は 1年後には a1 × (1 + i)円になり

ます.これが 200円になるということですから,

a1 × (1 + i) = 200

という関係が成立します.ここから,a1 が 200/(1 + i)であることがわかります.

同様に,a2 円は 2年間だけ利子を稼いで元利合計 a1 × (1 + i)2 円となります.これが

200円になるということですから,

a2 × (1 + i)2 = 200

Page 11: 利子率の決定 - さくらのレンタルサーバhide-iwamura.sakura.ne.jp/website/wp-content/uploads/...33 第3 章 利子率の決定 第2 章では為替レートがどのように決定されるのか,あるいは同じことですが,どのよ

3.1 利子率 43

という関係が成立します.ここから,a2 が 200/(1 + i)2 であることがわかります.

さらに,最後の a3 円は 3年間利子を稼いで元利合計 a3 × (1 + i)3 円となります.これ

が 10,200円になるということですから,

a3 × (1 + i)3 = 10200

という関係が成立します.ここから,a3 が 10200/(1 + i)3 であることがわかります.

ところで,この a1, a2, a3 はもともと 9,900 円を分割したものですから,その合計は

9,900円となります.したがって,以下の方程式が成立しなければなりません.

200

1 + i+

200

(1 + i)2+

10200

(1 + i)3= 9900 (3.3)

これは,まさに利子率 iについての方程式になっています.すなわち,この方程式を満た

す iこそが,この利付債の利子率なのです.ただし,この手の非線形方程式を代数的に解

くのは不可能ですから,コンピュータを用いてこの式を満たす利子率を近似的に求める

と,iは 0.024となります.したがって,先に計算した割引債の利子率 0.026と比較する

と,「1円あたり 1年につき何円の利子が得られるか」という観点でみたとき,このケー

スでは割引債のほうがわずかに効率的に稼げる投資ということになります.

どのような金融資産であっても,同様の考え方を適用すればその利子率を求めることが

できます.そこで,最後に,今回の方法を様々なキャッシュフローを持つ金融資産の利子

率を計算する一般的な状況に拡張しておきましょう.

買い手

(所有者)

1年目 2年目 3年目 N年目

BP

1C 2C 3C NC

図 3.12: 一般的な金融資産のキャッシュフロー

今,図 3.12のようなキャッシュフローの一般的な金融資産を考えます.すなわち,満

期が N 年で,1年後に C1 円,2年後に C2 円,. . .,満期時に CN 円の支払いがある金融

資産が,今日 PB 円で売られているとします.この債券の利子率を求めるにはどうすれば

よいでしょうか.

この場合は,満期も含めて N 回の受取があります.したがって,最初の投資額 PB の

全てが N 年間運用される(利子を稼ぐ)わけではありません.そこで,先の利付債のと

きと同様に,最初の投資額 PB をN 個の部分に分割することを考えます.すなわち,1年

間だけ運用される部分(a1),2年間だけ運用される部分(a2),· · ·,N 年間運用される

部分(aN),という具合です(図 3.13).

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44 第 3章 利子率の決定

1年目 2年目 3年目 N年目

BP

1C 2C 3C NC

1a

2a

3a

Na

)1(1 ia +

)1(2 ia + 22 )1( ia +

23 )1( ia +)1(3 ia + 3

3 )1( ia +

)1( iaN +2)1( iaN +

3)1( iaN +N

N ia )1( +≈

図 3.13: 一般的な金融資産の利子稼得プロセス

ここから,a1, a2, · · · , aN について以下の関係があることがわかります.

a1 × (1 + i) = C1, a2 × (1 + i)2 = C2, · · · , aN × (1 + i)N = CN

ここから,a1, a2, a3, · · · , aN が次のように表されることがわかります.

a1 =C1

1 + i, a2 =

C2

(1 + i)2, · · · , aN =

CN

(1 + i)N

これらは最初の投資額 PB 円を便宜的に分割したものですから,合計すれば PB に等し

くなります.したがって,以下の方程式が成立します.

C1

1 + i+

C2

(1 + i)2+

C3

(1 + i)3+ · · ·+ CN

(1 + i)N= PB

以上より,どのようなキャッシュフローを持つ金融資産であっても,その価格(PB),満

期(N),そして各期の受取金額(C1, C2, · · · , CN)が与えられれば,上記の方程式の解

としてその利子率 iを求めることができます.

babababababababababababababababab

金融資産の利子率

ある金融資産が第 n年に Cn 円の支払を約束し,満期が N 年間であるとする.

今日,この資産が PB 円で売買されていたとすると,その利子率は以下の方程式

を解くことによって求められる.

C1

1 + i+

C2

(1 + i)2+

C3

(1 + i)3+ · · ·+ CN

(1 + i)N= PB (3.4)

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3.1 利子率 45

3.1.5 債券価格と利子率

先の,利付債の利子率を求める方程式 (3.3)を思い出してください.

200

1 + i+

200

(1 + i)2+

10200

(1 + i)3= 9900 (3.5)

この式は,債券の利子率に流通価格が強く影響することを示唆しています.仮に,この利

付債の流通市場での価格が 9,900円ではなく,もっと安かったら,この債券を持つことで

得られる利子率はどう変わるでしょうか.

たとえば,9,800円で売買されている場合,利子率を求める式は以下のようになります.

200

1 + i+

200

(1 + i)2+

10200

(1 + i)3= 9800 (3.6)

先の式から右辺の流通価格が変化しただけです.クーポンや額面価格,満期は変わってい

ないのですから,当たり前です.この式を満たす利子率を近似的に求めると,i = 0.027と

なります.すなわち,この利付債を 9,800円で買うことができるならば,あなたは 0.027

の利子率を享受することができるのです.

9,900円のときの利子率 0.024と比較すると,9,800円で購入した場合のほうが利子率

は若干高くなっています.クーポンや額面価格を一定とすれば,債券価格が低いほど,そ

れが提供する利子率は高いということが言えそうです.表 3.3はこの利付債の流通価格を

様々に変えて,対応する利子率を計算したものですが,ここからも債券価格とその利子率

の関係—価格が低いほど利子率が高い—を明確にみてとることができます.

表 3.3: 債券価格と利子率

債券価格 利子率

9,700 0.031

9,800 0.027

9,900 0.023

10,000 0.02

10,100 0.017

この関係は,利子率を計算する式からも知ることができます.(3.3)式の右辺(流通価

格)が低下すると,等号の関係を維持するためには左辺も低下する必要があります.左辺

は分数ですが,利子率は分母に入っていますので,左辺が低下するためには利子率が上昇

して分母が大きくなる必要があります.以上から,方程式(3.3)を満たす流通価格と利子

率の関係は,「一方が低下すれば他方が上昇する」というものになっていることがわかり

ます.

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46 第 3章 利子率の決定

「安く買えるようになると,利子率が上昇する.」この関係は,直感的には次のように考

えるとよいでしょう.すなわち,今後の受取(クーポンや償還額)が同じであれば,その

債券を今日安く買えるほど儲けは大きくなります.したがって,儲けの効率性を表す利子

率は大きくなるのです.

babababababababababababababababab

債券の価格と利子率

クーポンや額面価格を一定とすると,ある債券の流通価格の上昇(低下)はその

債券の提供する利子率の低下(上昇)を意味する.

3.1.6 利子率計算の応用

応用 1:割引債

図 3.4の割引債の利子率を計算してみましょう.割引債は満期まで支払いは一切ありま

せんので,(3.4)式において C1 から C3 までは全てゼロになります.

0

1 + i+

0

(1 + i)2+

0

(1 + i)3+

10000

(1 + i)4= 9000

これを整理すれば,利子率を求める方程式は以下のように簡単になります.

10000

(1 + i)4= 9000

この方程式をコンピュータを用いて近似的に解くと,i = 0.0267を得ることができます.

すなわち,この割引債の利子率は 0.0267(2.67%)なのです.

応用 2:利付債

次に,図 3.5の利付債の利子率を計算しましょう.(3.4)式にクーポン等をあてはめる

と,方程式は以下のようになります.

200

1 + i+

200

(1 + i)2+

200

(1 + i)3+

200

(1 + i)4+

10200

(1 + i)5= 10000

これを解くと,i = 0.02を得ることができます.

利付債を発行市場で購入するとき(=額面価格で購入するとき),利子率はクーポン・

レートに等しくなります.もちろん,流通市場であっても,流通価格が偶然額面価格に等

しくなっていれば,利子率はクーポン・レートに等しくなります.

応用 3:コンソル債

図 3.6のコンソル債の利子率も求めてみましょう.

200

1 + i+

200

(1 + i)2+

200

(1 + i)3+ · · · = 10000

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3.1 利子率 47

コンソル債は永久にクーポンを払い続けますので,左辺は無限個の項の合計になります.

しかし,無限個の項の和であるにも関わらず,無限大にはなりません.ある一定の有限の

値に限りなく近づいていく*3ことが知られています.

上の式は次のように書き換えることができます.

200

1 + i

[1 +

1

1 + i+

(1

1 + i

)2

+

(1

1 + i

)3

+ · · ·

]= 10000

カッコの中は,いわゆる「初項 1,公比 1/(1 + i)の無限等比級数の和」になっています.

これには,次のようなルールが当てはまることが知られています.

無限等比級数の和� �−1 < r < 1のとき,以下が成立する.

1 + r + r2 + r3 + · · · = 1

1− r(3.7)� �

r = 1/(1 + i)とみなせば,0 < 1/(1 + i) < 1ですので,上式の右辺のカッコの中にこ

の公式を適用することができます.

200

1 + i

[1

1− 11+i

]= 10000

200

1 + i

[1 + i

i

]= 10000

200

i= 10000

i =200

10000= 0.02

コンソル債の場合,このように方程式を代数的に解くことができます.また,利付債と

同様に,発行市場で購入すれば(=額面価格で購入すれば),その利子率はクーポン・レー

トに等しくなります.

応用 4:株価の理論値の計算

債券の利子率計算と同じ考え方に基づいて,図 3.3の株式の「利子率」を求めることも

できます.現在の株価が 1,000円,毎年の受取が 50円とすれば,この株式の利子率を求

める方程式は以下のようになります.

50

1 + i+

50

(1 + i)2+

50

(1 + i)3+ · · · = 1000 (3.8)

*3 これを数学では「収束する」と言う.

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48 第 3章 利子率の決定

コンソル債のときと同様に以下のように書き換えると,左辺が無限等比級数の和になっ

ていることがわかります.

50

1 + i

[1 +

1

1 + i+

(1

1 + i

)2

+

(1

1 + i

)3

+ · · ·

]= 1000

カッコの中に(3.7)を適用しましょう.

50

1 + i

[1

1− 11+i

]= 1000

50

1 + i

[1 + i

i

]= 1000

50

i= 1000

i =50

1000= 0.05

以上より,この株式の利子率は 0.05(5%)ということになります.

ここまで,現在の株価と将来の配当(の期待値)をもとに,この株式の利子率を計算し

ました.実は,同じ方考え方を用いて,「将来の配当(期待値)と収益率を与えられたと

き,今日の株価はいくらになるべきか」という問題を考えることもできます.

今,MG土木株が今後ずっと 50円の配当を出し続けると予想されているとします.し

かし,株式は危険資産です.そこで,安全資産(たとえば国債)を 10%上回る利子率が

提供されない限り,人々は危険資産である株式を保有しないとします.この上乗せ分の

10% は,投資家が危険を負担することに対して要求するある種のプレミアムと考えられ

ます.そこで,これを「要求リスク・プレミアム」と呼びます.

さて,今後毎年 50円を支払ってくれる金融資産の利子率が 0.12(=国債利子率 0.02+

要求リスク・プレミアム 0.1)となるためには,この株式が今日いくらで売られなければ

ならないでしょうか.先の株価の利子率を計算する方程式(3.8)を,次のように書き換え

てみましょう.

50

1 + 0.12+

50

(1 + 0.12)2+

50

(1 + 0.12)3+ · · · = PS

ここでは株式が提供すべき利子率は与えられているので,iには 0.12という具体的な数

値が代入されています.一方で,今日の株価は未知数ですから,右辺は PS という文字に

置き換えられています.今日 PS 円で売られる株式が今後毎年 50円の配当を出し,その

利子率が 0.12となっているならば,この方程式が成立するはずです.そこで,この方程

式を PS について解けば(=左辺を計算すれば),投資家の要求を満たす今日の株価がわか

ります.

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3.1 利子率 49

50

1 + 0.12

[1

1− 11+0.12

]= PS

50

1 + 0.12

[1 + 0.12

0.12

]= PS

50

0.12= PS

PS = 416.6667

この株式が今日 416.6667円で売られていれば,その利子率は投資家の要求を満たすの

で,保有されることになるでしょう.

ここで,「なぜ投資家のご機嫌をとらなければいけないのだ」と思った人もいるのでは

ないでしょうか.では,株価がこれよりもっと高く,たとえば 500円だったらどうなるか

を考えてみましょう.416.6667円で利子率が 0.12になるのですから,500円だと利子率

はもっと低くなります(金融資産の価格と利子率の関係を思い出そう).そうなると,投

資家は保有している MG土木株を売却しようとするでしょう.したがって,株価は低下

しはじめます.やがて 416.6667円まで低下したところで,この株式への売り圧力は消滅

し,再び投資家に保有されるようになるでしょう.

このように,投資家の要求されるリターンを実現するような価格でない限り,その株式

は売られてしまうので,結果として(3.8)を満たす(投資家の要求リターンを満たす)よ

うな水準へと導かれていくのです.

土地や建物などの実物資産の価格も株価と似たところがあります.土地は,それを保有

している限り無限に「地代」という収入を所有者にもたらしてくれます.したがって,土

地価格がいくらになるかという問題は,そうした無限のキャッシュフローが所有者の要求

リターンを満たすためには土地が今日いくらで売られなければならないかという問題と同

じであり,まさに株価と同じ原理で考えることができるのです.

自動車ローン

株式の例では,将来のキャッシュフローと利子率が与えられたとして,それを満たすよ

うな今日の資産価格を見つけることを試みました.今度は,今日の資産価格と利子率が与

えられていて,それを満たすような将来のキャッシュフローを見つける問題を考えてみま

しょう.

今,あなたがトヨタのプリウスを 300万円(税込み)で購入するとします.これを,全

額MG銀行の金利 2.1%の自動車ローンで賄うとしましょう.返済期間を 5年に設定し,

毎年同額ずつ返済していきます.このとき,あなたの 1年ごとの返済額はいくらになるで

しょうか.

これは,MG銀行から見れば,300万円という価格で,満期 5年の借用書(金融資産)

をあなたから購入したことになります.そして,5年のあいだ毎年決まった額の支払を受

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50 第 3章 利子率の決定

けるわけです(図 3.14).

MG銀行

あなた

3,000,0001年目 2年目 3年目 4年目 5年目

C C C C C

図 3.14: 自動車ローンのキャッシュフロー

300万円で購入した金融資産が 2.1%の利子率を実現するためには,5年間毎年いくら

の支払を受けなければならないでしょうか.300万円で売られている金融資産から 5年間

毎年 C 円の受取があり,その利子率が 0.021であるならば,次の式が満たされていなけ

ればなりません.

C

1 + 0.021+

C

(1 + 0.021)2+ · · ·+ C

(1 + 0.021)5= 3000000

これは C についての方程式になっていますので,それを解けば毎年の返済額を求める

ことができます.解は 638,323.6円となります.したがって,あなたは毎年 638,323.6円

ずつ返済していくことになります.

以上,(1)利子率を求める問題,(2)資産価格を求める問題,(2)支払額を求める問題

と 3つの応用を考えてきました.その過程で気づいたと思いますが,いずれの問題に対し

ても(3.4)式を用いることができるのです.

C1

1 + i+

C2

(1 + i)2+

C3

(1 + i)3+ · · ·+ CN

(1 + i)N= PB

すなわち,今日の資産価格(PB)と将来のキャッシュフロー(Ci)が与えられていれ

ば,この式によって利子率(i)を求めることができますし,キャッシュフロー(Ci)と利

子率(i)が与えられていれば,その利子率を実現するような資産価格(PB)を求めるこ

とができます.また,資産価格(PB)と利子率(i)が与えられれば,それにあったキャッ

シュフロー(Ci)を求めることもできます.

このように,応用可能性が極めて高い(3.4)式は,必ず使えるようになっておいてくだ

さい.

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3.2 利子率の決定 51

3.2 利子率の決定

3.2.1 貨幣と債券

前章では資産を「円建かドル建か」という観点から分類し,人々が期待収益率をもとに

資産残高を円建とドル建にどのように割り振るかを考えました.その際,人々は基本的に

利子を生む資産のみを保有し,利子を生まない資産(たとえば現金)の形では持たないと

暗黙のうちに仮定していました.しかし,実際には私たちは全く利子を生まない現金をあ

る程度は保有しますし,銀行の普通預金のように利子がゼロに近い資産も保有します.

本章では,「円かドルか」という違いはひとまずおいておき,「高い収益を生むか否か」

という観点から資産を 2種類に分類します.その上で,人々が資産残高を高い利子を生む

資産とそうでない資産にどう割り振るかを考えます.先に結論を述べてしまうと,そうし

た 2種類の資産の選択行動の結果として(利子を生む)資産の利子率が決まる,というの

が本章の重要な結論です.これは,為替レートが円建資産とドル建資産の間の選択行動に

よって決まるのと似ています.

ところで,大まかに金融資産の形態としては次の 5つを考えることができます.

1. 現金

2. 普通預金・当座預金

3. 定期性預金

4. 債券(公債,社債)

5. 株式

マクロ経済学では,この 5つをさらに大きく 2つのグループにまとめてしまいます.まと

める際の基準は,「収益性」と「流動性」です.

� �資産の収益性: 高い収益を得られるかどうか.

現金・当座預金 → 収益はゼロ.

普通預金 → 収益は非常に小さい.

定期性預金 → 高い収益が得られる.

債券 → 高い収益が得られる.

株式 → 高い収益が得られる.� �現金と当座預金には利子がつきませんので,収益性はゼロです.普通預金にはいくらか

の利子がつきますが,定期性預金や債券と比較すればほとんど無視できるほど小さいと言

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52 第 3章 利子率の決定

えます.

� �資産の流動性: 決済手段に容易に変換可能かどうか.

現金・当座預金 → そのまま決済手段となる.

普通預金 → わずかな手数料で即座に決済手段に変換可能.

定期性預金 → 手数料を払えば決済手段に変換可能.

債券 → 決済手段に変換するには費用も時間もかかる.金額も不確実.

株式 → 決済手段に変換するには費用も時間もかかる.金額も不確実.� �一方,「流動性」とは,資産がどの程度容易に,かつ迅速に決済手段に転換可能かを測

る性質です.現金はそのままの形で製品・サービスと交換することができます.このよう

に,現金はそれ自体が決済手段なので,最も流動性が高い資産です.銀行の当座預金も,

容易に手形・小切手を発行して決済に用いることができるので,非常に流動性の高い資産

といえます.普通預金も,わずかな手数料で現金に換えることができますので,その流動

性は高いといってよいでしょう.

これに対して,定期預金は満期前であっても解約すれば即座に普通預金化できますが,

一定の手数料と時間がかかります.また,国債や社債は,満期前であっても流通市場で売

却することで現金化することは可能ですが,必要な時にすぐに売れるとは限りません.加

えて,いくらで売れるかはその時の市場の動向しだいであり,事前に確定していません.

さらに,保有している国債・社債を市場で売却するには,証券会社に手数料を支払わなけ

ればなりません.したがって,流動性の低い資産だということができるでしょう.

各資産について収益性と流動性を見ると,次のような傾向に気づくでしょう.すなわ

ち,収益性の高い資産は流動性が低く,流動性の高い資産は収益性が低くなる傾向があり

ます.したがって,5つの資産はさらに 2種類に絞ることができます.すなわち,(1)流

動性は高いが収益性の低い現金・当座預金・普通預金と,(2)流動性は低いが収益性の高

い公債・社債・株式の 2種類です.マクロ経済学では,前者をまとめて「貨幣(Money)」,

後者を「債券(Bond)」と呼びます.

収益性 流動性

現金・当座預金  ゼロ 非常に高い 貨幣(Money)

普通預金 非常に低い 高い

定期性預金 高い 低い

債券 非常に高い 非常に低い 債券(Bond) 

株式 非常に高い 非常に低い

前章では,あたかも資産には高い利子を生むもの(=債券)しかないかのように考え,

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3.2 利子率の決定 53

34

(2)債券残高に

おける円建と

ドル建の比率

をどうするか

(1)資産残高における貨幣と債券の

比率をどうするか

貨幣

円建債券

ドル建債券

図 3.15: 資産選択

円建債券とドル建債券の比率をどうするかという意思決定を見て来ました.しかし,本章

の分析では,ほとんど利子を生まない資産である「貨幣」も,私達の資産の選択肢として

明示的に導入しましょう.すると,私達は資産構成に関して図 3.15 で表されるような 2

つの意思決定を行っていることになります.

すなわち,(1)資産残高のうちどれだけを貨幣で,どれだけを債券で保有するかという

意思決定と,(2)そうして決められた債券残高のうちどれだけを円建債券で,どれだけを

ドル建債券で保有するかという意思決定です.後者については前章で考察し,円建債券と

ドル建債券の選択の結果として現在の為替レートが決まることを見ました.本章では,前

者の意思決定,すなわち貨幣と債券の間の選択に焦点を当て,いかに円建債券の利子率が

決まるかを考察していきます.

ここで注意しなければならないのは,貨幣と債券の選択においては,「資産全てを貨幣

で持とうとする」とか「全ての貨幣を債券に換えようとする」ようなことが起こらないと

いうことです.

前章で見た円建債券とドル建債券の選択においては,収益性が唯一の評価基準であった

ため「勝ち負け」が明確についてしまいました.したがって,一方のみを持つ(=期待収

益率に差がある場合)か,どちらでも構わない(=期待収益率に差がない場合)という両

極端しかありませんでした.しかし,全員が一方(期待収益率の低いほう)を全て売って

他方(期待収益率の高いほう)を持つなどということはできませんので*4,最終的に市場

が落ち着くには(均衡では)両者の違いがどうでもよくなる(=期待収益率が一致する)

必要があります.この期待収益率を均等化する役割を担うのが,為替レート変動でした.

すなわち,配分の問題からスタートしながらも,最終的には配分はどうでもよくなってい

たのです.

これに対して,本章の貨幣と債券の比較においては利子率(収益性)と流動性という 2

つの基準が存在し,一方で優っても他方で劣るため,勝敗はつきません.貨幣の比率を増

やせば資産の流動性は増し,財・サービスの取引における利便性が増しますが,同時に資

*4 市場全体で見れば,誰かが何か売るためには,それを買う人がいなければならない.全員が同じものを得

ることはできない.

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54 第 3章 利子率の決定

産からの収益はほとんど期待できなくなります.一方,債券の比率を増やせば多額の収益

が期待できますが,即座の支払いを要するような事態には対応不可能になります.した

がって,貨幣と債券の両方を保有していることが重要なのです.このとき,資産保有者に

とって重要な問題は,どちらをどれだけ持つかという「配分」になります.資産全体の流

動性と収益性のバランスをとりつつ,貨幣と債券の保有割合を決めなければならないの

です.

3.2.2 貨幣需要

前章で説明したとおり,短期間には私達は資産総額を増やすことはできません.した

がって,何らかの理由で貨幣を 100万円多く持ちたいと思っても,資産残高に貨幣を新た

に追加することは即座にはできません(図 3.16中段).私達にすぐにできるのは,すでに

保有している債券の一部(この場合は 100万円分)を売って,その代金として現金あるい

は預金を(100万円分)受け取り,貨幣の保有を増やすことだけです(図 3.16下段).すな

わち,貨幣保有を増やしたいと思ったら,資産残高の債券の比率を減らして貨幣の比率を

増やすしかありません.貨幣保有を増やすことは債券保有を減らすことと同値なのです.

貨幣 債券

貨幣 債券

新たに追加する

ことはできない

債券貨幣

債券を売って貨

幣を増やすことは

可能

400 400

500 400

500 300

図 3.16: 資産選択(2)

このように貨幣保有と債券保有が裏表の関係にあることに着目すると,貨幣への需要が

債券の利子率に依存することが理解できます.すなわち,貨幣保有を 100万円増やすため

には,同額の債券を売却するしかありません.そして,それは債券をそのまま持ち続けて

いれば得られたであろう利子収入を放棄することを意味します.たとえば,利子率が 0.01

(= 1パーセント)であるならば,100 万円分の債券からは 1, 000, 000 × 0.01 = 10, 000

円の利子が得られたはずです.しかし,貨幣保有を増やすためにこの債券を手放してしま

うならば,この 10,000円はもはや受け取れなくなってしまいます.このように,貨幣保

有を増やすためには利子収入をいくらか犠牲にしなければなりません.そして,下の例の

ように,犠牲になる利子収入が大きいときほど,すなわち債券の利子率が高いときほど,

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3.2 利子率の決定 55

人々は貨幣保有をためらうようになるでしょう.

� �ケース A: 利子率 0.01(1パーセント)

100万円の債券を貨幣に交換することで犠牲になる利子収入

= 1, 000, 000× 0.01 = 10, 000円

→ 「1万円くらいの犠牲ならば貨幣を保有してもよいか」� �� �ケース B: 利子率 0.05(5パーセント)

100万円の債券を貨幣に交換することで犠牲になる利子収入

= 1, 000, 000× 0.05 = 50, 000円

→ 「5万円の犠牲か…このまま債券で持っていようかな」� �� �ケース C: 利子率 0.1(10パーセント)

100万円の債券を貨幣に交換することで犠牲になる利子収入

= 1, 000, 000× 0.1 = 100, 000円

→「10万円の犠牲か…むしろ貨幣を減らして債券を増やそうかな」� �これは,債券の利子率が高いときほど人々は貨幣保有をためらう,すなわち債券の利子

率が高いほど,望ましい貨幣保有量(これを「貨幣需要」と言う)が小さくなることを意

味しています.この関係を図示すれば図 3.17のようになるでしょう.なお,貨幣を保有

することで犠牲になる利子収入を,貨幣保有のために犠牲にされるという意味で「貨幣を

保有することの費用」と考えます*5.

貨幣需要と所得

すでに議論したように,貨幣を持つ主要な目的のひとつはその流動性の高さ—財・サー

ビスと取引する際の利便性—です.ということは,その望ましいい保有量は期待される

財・サービス取引の大きさにも影響されるでしょう.ところで,財・サービスの取引量は

大まかに所得と比例します.したがって,利子率が不変であっても,所得が大きければ望

ましい貨幣保有量は大きくなると考えてよいでしょう.

これは,図 3.18のように,所得が大きいときほど貨幣需要曲線が右側に位置すること

を意味します.

*5 このような考え方に基づく費用概念を「機会費用」と呼びます.これは,私たちが日常用いる会計的な費

用概念とは異なるもので,経済的意思決定の場において重要な役割を果たします.詳しくは本章の付録を

参照してください.

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56 第 3章 利子率の決定

36

債券の利子率

貨幣需要量

0.03

0.02

0.01

( )i

( )L

図 3.17: 貨幣需要と債券利子率の関係

37

0.03

0.01

債券の利子率

貨幣需要量

( )i

( )L

図 3.18: 貨幣需要と所得の関係

以上のように,私たちの貨幣需要量は債券の利子率と所得によって影響されます.こ

のように貨幣需要量 Lが債券利子率(i)と所得(Y)によって決まることを強調するた

めに,経済学では単に”L”と書くのではなく,“L(i, Y )”と書くことがあります.たとえ

ば L(0.02, 100)は,利子率が 0.02で所得が 100のときに,私たちが望ましいと考える貨

幣保有量を表します.この表記法に慣れていない人は,「L× i?」などと誤解して混乱し

てしまうので,気を付けるようにしてください.後の章で,民間の消費支出(C)が所得

(Y)に依存して決まることを表すのに,“C(Y )” と表記します.これも,経済学に慣れ

ていない読者が「C × Y」と誤解して混乱することが多いです(少なくとも私はそうでし

た…).くれぐれも気をつけましょう.

実質貨幣需要

ところで,図 3.17の横軸には「実質貨幣需要」を測っています.実質貨幣需要とは「モ

ノで測った貨幣需要量」のことです.

既に説明したように,人々が資産の一部を利子を生まない貨幣の形で持つのは,それが

高い流動性を持っていて即座に製品・サービスと交換可能だらかです.したがって,保有

している貨幣量の多寡を判断する場合,金額そのものより,それでどれだけの製品・サー

ビスが購入できるのかが重要になります.すなわち,同じ貨幣量であっても,製品・サー

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3.2 利子率の決定 57

ビス全般の価格が高いときと低いときとでは実質的な保有量は異なるということです.

たとえば,今仮に米 10kg の価格が 2,000円だとしましょう.あなたが 10 万円の貨幣

(現金・銀行預金)を保有していたとすると,「米を 500kg買えるだけの貨幣」を持ってい

ることになります.ここで,米 10kgの価格が 4,000円になったとします.この価格上昇

によって,あなたの保有している貨幣は「米でいえば 250kg分」に半減してしまうので,

あなたはもう少し貨幣の保有金額を増やしたいと考えるでしょう.貨幣保有のひとつの目

的がその流動性である以上,重要なのはどれだけのモノを購入できるかということです.

したがって,私たちは望ましい貨幣保有量を決める際,実は「その額の貨幣でモノをどれ

くらい購入できるか」を無意識のうちに考えています.この「(たとえば)米で測ってい

くら分の貨幣を保有したいか」を実質貨幣需要と言います.私達は,貨幣の望ましい実質

保有量を先に決めて,そこから逆算して望ましい貨幣保有額,すなわち名目貨幣需要量を

決めているのです.

3.2.3 貨幣供給

前節では,経済全体で人々がどれだけの貨幣を保有したいと考えているかを見ました.

当然,次は実際にどれだけの貨幣が保有可能なのか,すなわちどれだけの貨幣が市中に流

通しているのかを見る必要があります.では,経済全体の貨幣の流通量はどのような要因

に依存して決まっているのでしょうか.結論から言えば,貨幣を市中に供給しているのは

中央銀行ですが,貨幣の需要とは対照的に中央銀行の意思決定は利子率とは無関係です.

これは,中央銀行が基本的に損得勘定ではなく,「政策的意図」から貨幣の流通量をコン

トロールしているためです*6.

貨幣供給量が利子率に依存しないということは,利子率が 0.01であろうと 0.05であろ

うと中央銀行は流通させる貨幣量を変えないということです.したがって,縦軸に利子率

を測ったグラフ上では,利子率と貨幣供給量との関係は図 3.19のように垂直な直線とし

て描かれることになります.図では,先の「実質」貨幣需要に合わせて,「実質貨幣供給

量」(=名目貨幣供給量M を物価水準 P で割ったもの)を測っている点に注意してくだ

さい.

3.2.4 均衡利子率

実質貨幣需要と実質貨幣供給を同じグラフ上に描いたものが図 3.20です.

ここから,多くの人は貨幣の需要と供給が一致するような水準に利子率が「落ち着く」

というストーリーを予想するでしょう.実際,利子率が 0.02であれば,人々の保有した

*6 すでにみた通り,貨幣は現金と当座・普通預金によって構成されています.現金の流通量は,それを独

占的に発行している中央銀行がコントロールできるとしても,民間銀行によって発行される当座・普通預

金の供給量は中央銀行がどこまでコントロールできるのでしょうか.実は,中央銀行が貨幣の流通量をど

こまでコントロール可能かについては議論があります.これは中央銀行の政策手段の潜在的可能性と関連

する重要な議論ですが,ここでは簡単化のため完全に操作できるものと仮定します.

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58 第 3章 利子率の決定

37

債券利子率

0.03

0.02

0.01

( )i

実質貨幣供給量

P

M

中央銀行の設定した名目貨幣

供給量を物価水準で除したもの.

図 3.19: 実質貨幣供給量と債券利子率の関係

38

0.03

0.02

0.01

i

P

ML,

図 3.20: 実質貨幣供給量と債券利子率の関係

い貨幣量と現実の流通量とが一致しているため,全ての人がちょうど保有したい分だけ保

有することが可能です.したがって,誰も何らかの行動を起こそうとは考えず,その意味

で市場は落ち着いています.誰も何もしなければ,利子率を変化させる力も働きません.

では,利子率が 0.02以外の水準にあるとき,0.02へと導く力が作用するでしょうか.

まず,利子率が 0.03のケースから考えてみましょう.図 3.20から分かるように,この

とき人々は自分が持ちたいと考える量を超える貨幣を持っています.したがって,資産に

おける貨幣の割合を減らすため,債券を購入して貨幣を手放そうとするでしょう.した

がって債券市場において債券の需要量が急増し,債券の価格が上昇しはじめます.3.1.5

節で見たとおり,債券価格の上昇はその利子率の低下を意味します.ところで,債券の利

子率の低下は貨幣保有のコストの低下を意味しますので,債券価格の上昇に伴って貨幣需

要量が増加しはじめます.やがて利子率が貨幣の需要量を供給量に一致させるところ(つ

まり 0.02)まで低下したとき,人々の手持ち貨幣を債券に換えたいという願望は消滅し,

債券価格の上昇も停止し,利子率の低下も停止します.

以上より,利子率が 0.02を超える水準にあるとき,人々が自分の満足を高めようとし

て起こす行動が自ずと利子率を 0.02へと押し下げていきます.

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3.2 利子率の決定 59

利子率が 0.01の場合はどうでしょうか.このとき,人々の保有している貨幣量は持ち

たいと考えているそれを下回っています.したがって,資産における貨幣の割合を増やそ

うと,債券を売却して貨幣を得ようとします.したがって債券市場で債券の供給量が急増

し,債券価格が低下しはじめます.債券価格の低下はその利子率の上昇を意味し,さらに

利子率の上昇は貨幣保有コストの上昇を意味しますので,同時に人々の貨幣需要量は減少

しはじめます.やがて利子率が貨幣の需要量を供給量に一致させる水準(つまり 0.02)ま

で上昇したとき,債券を貨幣に換えたいという願望は消滅し,債券価格の低下も停止し,

利子率の上昇も停止します.

以上より,利子率が 0.02を下回る水準にあるとき,人々が自分の満足を高めようとし

て起こす行動が自ずと利子率を 0.02へと押し上げていきます.

このように,債券の利子率が貨幣の需給を一致させる水準にあるとき市場は落ち着き,

それ以外の水準にあるときは,人々の自発的行動によって自動的にその水準へと押し戻さ

れていきます.したがって,私達は債券の利子率は貨幣の需要と供給を一致させる水準に

「決まる」と言うことができます.また,貨幣の需給を一致させる水準の利子率を,為替

レートのときと同様に「均衡利子率」といいます.

babababababababababababababababab

債券利子率の決定

債券の利子率は,所得(Y),物価水準(P),そして中央銀行による名目貨幣供給

量(M)を与えられると,実質貨幣需要量(L(i, Y ))と実質貨幣供給量(M/P)

とを等しくする水準に決定される.すなわち,以下の方程式を満たす水準に決

定される.M

P= L(i, Y ) (3.9)

なお,ここまで,人々は資産における流動性と収益性のバランスをとるために,貨幣と

債券の割合を適宜調整すると想定しました.そして,このような想定の下では,貨幣の需

要と供給が一致するように債券の利子率が決まるという結論が導かれました.このよう

に,貨幣(流動性)と債券(収益性)の間の資産選択の結果として利子率が決まるという

考え方を,「流動性選好理論」といいます.

3.2.5 均衡利子率の変化

第 2章では,「円建資産(本章での用語に従えば円建債券)の利子率が変化することに

よって為替レートが変化する」ことを見ました.では,そもそも円建債券の利子率はな

ぜ,どのようにして変化するのでしょうか.

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60 第 3章 利子率の決定

直前の小節の結論は,日本の所得(Y),物価水準(P),そして名目貨幣供給量(M)が

与えられると,貨幣の実質需要量(L(i, Y ))と実質供給量(M/P)が決まり,両者を一

致させるような水準へと債券利子率(i)が決定されるというものでした(図 3.21).した

がって,所得と物価水準と名目貨幣供給量が同時的に利子率を決定すると見ることができ

ます.

所得

実質貨幣

需要量

債券の利子率

名目貨幣供給量

実質貨幣

供給量

物価水準

i

Y

P

M

図 3.21: 利子率の決定

ということは,これら 3 つの変数のいずれかが変化すれば,需要量か供給量のいずれ

かが変化し,両者を一致させる利子率の水準も変化することになります.言い換えれば,

所得・物価水準・名目貨幣供給量の変化が利子率を変化させることになります.以下で

は,これらの変数の変化がどのように利子率を変化させるのか,少し詳しく見ていきま

しょう.

3.2.6 所得の変化

今,所与の所得,物価水準,名目貨幣供給量のもと,利子率 0.02で貨幣の実質需要と

供給とが一致していたとします.ここで,何らかの理由で所得が増加したら何が起こるで

しょうか.

すでにみたように,所得増によって望ましい貨幣保有量が増加するため,現行の利子率

0.02のもとでは実際の貨幣保有量では足りなくなります.そこで,人々は自らの希望を満

たすべく,手持ちの債券を流通市場で売却して代金として貨幣を得ようとします.

債券市場における供給の増加によって,債券の流通価格は低下しはじめ,その利子率は

上昇をはじめます.これは貨幣保有のコストが上昇することを意味するため,所得増に

よって増えた貨幣需要量が再び減少しはじめます.やがて再び需要量が当初の供給量に等

しくなるまで利子率が上昇(=債券価格が下落)すると,債券供給はストップし,貨幣市

場は再び均衡し,利子率は落ち着きます.

以上より,所得増によって均衡利子率は上昇します.

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3.2 利子率の決定 61

3.2.7 名目貨幣供給量の変化

同じく,所与の所得,物価水準,名目貨幣供給量のもと,利子率 0.02で貨幣の実質需

要と供給とが一致していたとします.ここで,中央銀行が名目貨幣供給量を増加させたら

何が起こるでしょうか.

物価を不変とすれば,名目貨幣量の増加によって人々の保有する貨幣の実質量が増加す

るため,現行の利子率 0.02のもとでは実際の貨幣保有量が過剰になります.そこで,人々

は自らの希望を満たすべく,手持ちの貨幣をもって債券の流通市場へと走り,債券を購入

して貨幣保有量を減らそうとします.

債券市場における需要の増加によって,債券の流通価格は上昇しはじめ,その利子率は

下落しはじめます.これは貨幣保有のコストが低下することを意味するため,貨幣需要量

が増加しはじめ,増えてしまった貨幣供給量に近づいていきます.

やがて再び需要量が増加した供給量に等しくなるまで利子率が低下(=債券価格が上

昇)すると,債券購入はストップし,貨幣市場は再び均衡し,利子率は落ち着きます.

以上より,名目貨幣供給量の増加によって均衡利子率は低下します.

3.2.8 物価水準の変化

同じく,所与の所得,物価水準,名目貨幣供給量のもと,利子率 0.02で貨幣の実質需

要と供給とが一致していたとします.ここで,何らかの理由で物価水準が上昇すると何が

起こるでしょうか.

名目貨幣量を不変とすれば,物価水準の上昇によって人々の保有する貨幣の実質量が現

象する(=名目貨幣量が不変でもその購買力は低下する)ため,現行の利子率 0.02のもと

では実際の貨幣保有量が不足します.そこで,人々は自らの希望を満たすべく,手持ちの

債券を売って代金として貨幣を得て,貨幣保有量を増やそうとします.

債券市場における供給の増加によって,債券の流通価格は低下しはじめ,その利子率は

上昇をはじめます.これは貨幣保有のコストが上昇することを意味するため,貨幣需要量

が減少し,減少してしまった実質貨幣量に追いつきはじめます.

やがて需要量が減ってしまった供給量に等しくなるまで利子率が上昇(=債券価格が下

落)すると,債券供給はストップし,貨幣市場は再び均衡し,利子率は落ち着きます.

以上より,物価水準の上昇によって均衡利子率は上昇します.

3.2.9 図によるアプローチ

以上の均衡利子率への影響は,図によって確認することもできます.

図 3.18でみたとおり,所得の増加は貨幣需要曲線を右側にシフトさせます.したがっ

て,図 3.22のように均衡利子率が上昇することを確認することができます.

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62 第 3章 利子率の決定

41

0.03

0.02

P

ML,

i

所得増による

貨幣需要の増加

図 3.22: 所得増と均衡利子率

物価を一定として名目貨幣供給量が増加すると,人々の保有する貨幣の実質量は増加し

ます.これは図では実質貨幣供給曲線の右側シフトによって表されます.したがって,均

衡利子率が低下することが容易に確認できます.

42

0.02

0.01

P

ML,

i

名目貨幣供給量の増加に

よる実質貨幣供給の増加

図 3.23: 名目貨幣供給量の増加と均衡利子率

物価水準の上昇は,名目貨幣供給量を一定とすれば実質貨幣供給量を減少させます.し

たがって,その効果は(物価を一定とした)名目貨幣供給量の増加とちょうど逆になりま

す.すなわち,実質貨幣供給曲線の左側シフトとして表すことができます.ほとんど図

3.23と同じなので,ここでは省略します.

3.3 短期の為替レート変動モデル:所得,名目貨幣供給量,

物価水準の変化と為替レート

図 3.1で見たように,第 2章では為替レートが円建債券の利子率の変化にどう影響され

るかを見ました.一方,本章では,その円建債券の利子率が,所得,名目貨幣供給量およ

び物価水準の変化にどう影響されるかを見ました.したがって,図 3.24のようにこれら

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3.3 短期の為替レート変動モデル:所得,名目貨幣供給量,物価水準の変化と為替レート63

2つの分析を結合すれば,所得,名目貨幣供給量および物価水準の変化が利子率を通じて

為替レートにどう影響するかを知ることができます.

所得

物価水準

名目貨幣供給量

流動性

選好

モデル

円債の利子率

期待為替レート

ドル債の利子率 均衡為替レート

金利

平価

外国為替市場(第2章)資産市場(第3章)

図 3.24: 利子率,為替レート

前節で見たように,所得の増加,名目貨幣供給量の縮小,物価水準の上昇は円建債券の

利子率を上昇させます.一方,前章で見たように,円建債券の利子率の上昇は為替レート

を低下(円を増価・ドルを減価)させます.したがって,� �日本の所得の増加,名目貨幣供給量の縮小,物価水準の上昇は為替レートを低下させ

る(円を増価・ドルを減価させる)� �ということが分かります.同様に,所得の減少,名目貨幣供給量の拡大,物価水準の低下

は円建債券の利子率を低下させますが,円建債券の利子率の低下は為替レートを上昇(円

を減価・ドルを増価)させます.したがって,� �日本の所得の減少,名目貨幣供給量の拡大,物価水準の低下は為替レートを上昇させ

る(円を減価・ドルを増価させる)� �ということがわかります.

所得,名目貨幣供給量,物価水準の為替レートに対する影響を図で確認するには,第 2

章と第 3章の図を合わせた図 3.25を用いると簡単です.図の左半分は,貨幣の需給が一

致するよう円建債券の利子率が決定される様子を表しています.右半分は,そうして決

まった利子率にドル建債券の期待収益率が一致するように為替レートが決定される様子を

表しています.

この図を用いれば,所得・名目貨幣供給量・物価水準の変化が為替レートに及ぼす影響

を簡単に知ることができます.図 3.26では,所得の増大(貨幣需要曲線の右側シフト)に

よって円建債券の均衡利子率が 0.02から 0.03へと上昇し(図の左側),結果として均衡

為替レートが 118.6円から 117.35円へと低下する(円が増価,ドルが減価する)様子が

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64 第 3章 利子率の決定

45

0.02

P

ML,

eRi *,

0E

ドル建債券の利子率と期

待為替レートを所与とした

ときのドル建債券の期待

収益率と為替レートの

関係

所得を所与としたとき

の円建債券の利子率

と実質貨幣需要量の

関係

名目貨幣供給量と物

価水準を所与としたと

きの実質貨幣供給量

118.6

図 3.25: 利子率と為替レート

描かれています(図の右側).日本の名目貨幣供給量および物価水準の変化の効果がどの

ように図示されるかは,練習問題としておきましょう.

44

0.02

P

ML,

eRi *,

0E118.6117.35

所得の増大による

貨幣需要のシフト

円建債利子率の上昇

図 3.26: 利子率と為替レート:所得増大の効果

アメリカの所得,名目貨幣供給量,物価水準の変化

本章では円建債券の利子率の決定について見てきましたが,ドル建債券の利子率も同様

に考えることができます.すなわち,ドル建債券の利子率は,アメリカにおける貨幣の需

給が一致するよう決定されます.そして,アメリカにおける貨幣の需給は,アメリカの所

得,名目貨幣供給量,物価水準に影響されます.

ところで,すでに見たとおり,ドル建債券の利子率の変化は為替レートに影響を与えま

す(p.26,2.3.2節).したがって,本章の分析枠組を用いれば,アメリカの所得,名目貨

幣供給量,物価水準の変化が為替レートに与える影響を知ることができます.すなわち,

アメリカの所得の拡大,名目貨幣供給量の縮小,物価水準の上昇はドル建債券の利子率を

上昇させます.したがって,為替レートを上昇させる(=ドルを増価,円を減価させる)

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3.3 短期の為替レート変動モデル:所得,名目貨幣供給量,物価水準の変化と為替レート65

ことになります.同様に,アメリカの所得の縮小,名目貨幣供給量の拡大,物価水準の低

下はドル建債券の利子率を低下させます.したがって,為替レートを低下させる(=ドル

を減価,円を増価させる)ことになります.これらアメリカの変数の変化が為替レートに

与える影響が図 3.25上でどのように表わされるか考えてみるとよいでしょう.