国際機構の裁判権免除 と裁判を受ける権利 −欧州人 …...国際機構の裁判権免除と裁判を受ける権利 −欧州人権裁判所判例法理の分析−
日本の裁判員制度について
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はじめに○ 日本 ・ 2004 年 5 月,大規模な司法制度改革の一環として,裁判員法
制定 ・ 5 年の準備期間を経て, 2009 年 5 月試行 ・ 2009 年 8 月,初の裁判員裁判(東京地裁) それ以降 2011 年 1 月末までの 18 ヵ月間に全国で約 1,900
件 の裁判 ・裁判員・補充裁判員を務めた人は約 14 , 000 人 ⇒ ○ さまざまな統計,裁判員経験者に対するアンケート調査 や座談会等,裁判官その他の関係者の聴取,国民の 意識調査等の積み重ね ○運用や制度の見直しに備えた検討
2
Ⅰ 裁判員制度の概要
(1) 裁判員制度とは? ○一般の国民の中から選ばれた6名の裁判員が 刑事事件の裁判(第一審)に参加 3名の裁判官とともに裁判体を構成 公判の審理に出席し ・有罪か無罪か ・有罪の場合,どのような刑罰を科すか(量刑) を決める制度
※ 公訴事実について争いがなく, 事件の内容その他の事情を考慮して適当と認められる場合 ⇒ 裁判官1名,裁判員4名で構成する裁判体で審判可
3
(2)裁判員はどのようにして選ばれるか? ○それぞれの地方裁判所の管轄区域に居住する 衆議院議員の選挙権を有する者の中から, くじで無作為に選ばれる。
☆裁判員裁判は,全国 50 の地方裁判所, 10 の地方裁判所支部で
行われる。
5
○ 裁判員となることができない者 ①欠格(国家公務員となる資格のない者,義務教育を終えて いない者,禁錮以上の刑に処せられた者,心身の故障
の ため裁判員としての職務に著しい支障のある者) ②就職禁止 ・法律専門家 一般国民の良識の反映という制度趣旨 ・国会議員,国の官庁の幹部 三権分立 ・自衛官 ③事件関連の不適格(被告人・被害者本人やその親族等, 捜査関係者,弁護人 etc. ) ④不公平な裁判をするおそれのある者
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○裁判員を辞退できる者 ・70歳以上の人 ・県市町村議会の議員(会期中) ・学生,生徒 ・5年以内に裁判員や検察審査会委員を務めたか 1年以内に裁判員候補者として裁判所に出頭した人 ・裁判員を務めることが困難な特別の事情のある人 (重い病気・障害,親族や同居人の介護・養育,事業上の著しい 損害発生のおそれ,親族の結婚式等,身体上・精神上の重大な 不利益発生,妊婦・出産後8週間以内,地裁管轄外の遠隔地 居住 etc. )
8
(3)裁判員の役割,権限,義務は?○役割・権限 ・公判の審理(証拠調べや弁論等)への出席 証人に質問することも可
・評議で意見を述べ,他の裁判員や裁判官ととともに ・被告人の有罪・無罪の判定 ・有罪の場合,被告人に科す刑の決定(量刑) =裁判官と対等の権限 ☆法令解釈・訴訟手続に関する判断は裁判官の
権限 ・・・裁判員の意見を聴くことは可
・判決宣告への立会い
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○ 裁判員の義務等 ・公判・評議への出席 ・守秘義務(評議の内容・経過・意見分布等,職務上知った秘密。
公開の法廷で見聞きしたことは対象外) 自由・率直な意見交換の確保 被告人等関係者のプライヴァシーの保護 ・裁判員の保護 ・氏名等の非公開 ・事件に関する接触等の禁止 etc.
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○ 裁判員裁判の対象事件 ・死刑または無期の懲役・禁錮に当たる罪 ・短期1年以上の懲役・禁錮に当たる罪であって 故意の犯罪行為により被害者を死亡させたもの
殺人,強盗致死傷,現住建造物等放火 身代金目的誘拐,傷害致死,危険運転致死 覚せい剤の密輸等を業とする罪 etc.
⇒当初の見込み:1年に全国で2,000~2,500件
(地方裁判所管轄事件の 2~ 3% )
(4) どのような事件が対象になるか?
(5) 被告人は裁判員裁判を拒否できるか? 被告人が罪を認めている場合は? ○ 被告人の拒否・選択不可 ・英米の陪審制度や韓国の国民参与制度とは相違
○ 被告人自認事件も対象 ・英米の陪審制度と相違 ・量刑にも国民の健全な良識・感覚を反映するとの趣旨
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Ⅱ 裁判員制度の趣旨
1.裁判員制度導入の基本的考え方 (1)裁判員制度導入・実施に至る経緯 ・ 1999 年 7 月 内閣の下に司法制度改革審議会設置 2001 年 6 月報告書⇒裁判員制度の導入の提言・基本枠
組の提示
・ 2002 年 1 月~ 2004 年 11 月 司法制度改革推進本部裁判員制度・刑事検討会 ⇒裁判員制度・関連する刑事手続整備の具体的設計 ・ 2004 年 5 月 裁判員法・刑事訴訟法一部改正法成立 ・ 2005 年 11 月 公判前整理手続等実施 ・ 2009 年 5 月 21 日 裁判員法施行
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司法制度改革審議会
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13名の委員法律関係者 6 名
非法律関係者 7 名
佐藤幸治会長 (憲法学者)
竹下守夫会長代理 (民訴法学者)
石井宏治委員(企業経営者)
山本勝委員(大企業役員)
吉岡初子委員(主婦連会長)
水原敏博委員(元高検検事長)
藤田耕三委員(元高裁長官)
中坊公平委員(元日弁連会長) 鳥居康彦委員
(慶応大学塾長)
高木剛委員(連合副会長) 曽野綾子委員
(作家)北村敬子委員(会計学者)
井上正仁委員(刑訴法学者)
(2) 司法制度改革審議会報告書の基本的考え方 ・国民に縁遠く,利用しにくい法律や裁判,法律家 「裁判沙汰」,「杓子定規」,「三百代言」,「金も時間
もかかる」 ⇒ しかし,泣き寝入りも ・社会の複雑化・多様化,国際化,規制緩和 ⇒ 争いの増加,明確なルールと公正な手続による解決 利用者である国民に身近で,親しみやすく,頼りになる司
法 ①制度的基盤の整備(民事司法制度・刑事司法制度の改革など) ②人的基盤の整備(法科大学院制度の創設など) ③国民的基盤の整備(国民の司法参加=裁判員制度の導入な
ど)
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○ 裁判員制度導入の趣旨・意義
(1)法律専門家だけで行っていた裁判 緻密で確実,しかし, ①国民の感覚と乖離する面 ②国民には理解困難,時間もかかる ⇒① 一般の国民の良識・感覚を反映 ⇒より信頼されるものに ②国民に開かれ,分かりやすく,迅速な裁判に (2)司法=3権の1つ 主権者である国民の意思に基づくもの しかし,司法だけ参加なかった ⇒他の諸国の状況 (3)社会の安全・安心=自分たちの事柄 自ら支え,責任を分担。権利でもある ⇒その自覚,実行
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(3) 関連する刑事手続等の整備 ①公判の充実・迅速化 ・公判前整理手続の新設⇒争点・証拠の整理,そのための証拠開示 手続の整備⇒有効な審理計画の策定 ⇒裁判員裁判対象事件では必須の手続 ・公判の連日的開廷,審理計画に沿った争点中心の集中的審理 ②被疑者に対する公的弁護制度の新設 ・必要的弁護事件(死刑,無期,長期 3 年を超える懲役・禁錮に当た
る 罪)で勾留される被疑者が,貧困その他の事由で自ら弁護人
を選 任できない場合 ⇒被疑者の請求により,裁判官が国選弁護人を選任 ⇒早い段階からの防御の準備⇒公判の充実・迅速化にもつながる
裁判員の負担を過重にせず,充実した審理の実現17
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2.裁判員制度の要点とその趣旨(1) 何故,陪審制度ではないのか?
○陪審制度採用論 ・「官僚司法」批判と司法の「民主化」の主張 ⇒民主主義(多数決原理)と司法の役割 ・誤判防止策としての陪審論 ⇒前提としての現状認識, 根拠不十分 ○参審制度採用論 ・事件ごとにアド・ホックに選任される陪審員では適切な判断や裁判官 と対等な意見表明が難しいため,任期制で経験積んだ方が良い ⇒国民の新鮮な感覚,良識の反映という趣旨と背馳
○従来の裁判官のみによる刑事裁判についての評価 ・日本では,従来から国民の間で,裁判所・職業裁判官に対する信頼が比較
的 高く,刑事裁判も総体として良質という評価 ただ,一般国民の感覚とはズレたところも(特に量刑など) ⇒国民が参加し,その健全な良識・感覚を裁判に反映させるこ とによって,より良いものになる,という発想 ⇒有罪・無罪の認定も量刑も裁判官と裁判員の協働
※韓国で英米陪審型が採用されたのは,従来の職業裁判官による刑事裁
判に対する国民の不信感が強かった(世論調査)からという指摘
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(2) 裁判員に裁判官と対等な評決権を与えた のは何故か,憲法上問題はないか?
○ 司法制度改革審議会での審議 ・最高裁事務総局は,評決権を持った形での裁判体への国民の参加に
対 しては憲法上の疑義もあり得るため,参加する国民は評決権は
有さず, 意見を述べるだけという形なら問題ない旨の意見表明( 2000 年
9 月)
⇒・それでは参加する国民は「お飾り」に過ぎなくなる ・国民参加の趣旨からは,裁判内容形成への主体的・実質的な参加
を という意見が多数
20
○憲法上の問題
21
・日本でも,旧陪審法( 1923 年。 1928~ 43 年実施)は,裁判所 が陪審の評決結果を不当と考えるときは,新たな陪審に やり直させること(陪審の更新)ができるとしていた。 ○旧憲法( 1890 年)は「裁判官ノ裁判」を受ける権利を保障 ⇒学説でも,陪審の評決に拘束力を認めるのは違憲とい うのが多数説
・韓国では,陪審員の評決には拘束力なし ○大韓民国憲法は「法官による裁判を受ける権利」を保障
・日本国憲法 「裁判所において裁判を受ける権利」( 32条) 「公平な裁判所の・・・裁判を受ける権利」( 37条 1項)を保障 ⇒従来の学説では,拘束力付与は違憲とする考え方も多数 ・憲法の第 7章「司法」では裁判官についてのみ規定 ・被告人がその権利を放棄すること必要とする説も ○「裁判官は,その良心に従ひ独立してその職権を行ひ,この憲法及び法律 にのみ拘束される」という憲法規定( 76条 3項)に反するという説も
○日本国憲法と同時期に制定された裁判所法( 1947 年)は,「刑事について,
別に法律で陪審の制度を設けることを妨げない」( 3条)と規定 ⇒連合国の占領下に置かれていた当時において,英米流の陪審制度の 導入が必須とされるとの予測もあり,それを想定したもの + 憲法の「裁判所において裁判を受ける」との新規定 ⇒裁判体への国民の参加の可能性を許容する考え方が採られていたとの見方
○若い世代の学説,合憲とする考え方が増加
○この種の憲法論議,東アジア(台湾,韓国,日本)に特有 欧米では例なし
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・司法制度改革審議会での整理(井上など。公式見解ではない) ○憲法の裁判官についての規定は,職として常時,裁判に 携わる裁判官の独立性や身分を保障するためのもの ○裁判官を裁判所の基本的構成要素とするが, これに国民が加わることを排除していない。 ⇒評決のルール: ○裁判員のみの意見で決定すること不可 +裁判員参加の意義の確保 ⇒ 裁判官のみの意見で決定すること不可 ⇒裁判員法は,被告人に不利な決定の要件として規定 ○憲法 76条 3項は個々の裁判官の職権行使における独立性を 保障するもので,他の裁判官からも独立のはず ⇒裁判官のみの合議体において多数決で,裁判内容が決定さ れる場合でも,少数意見の裁判官の独立性を侵すものと は考えられていない。 ⇒裁判員が加わる場合も同様
⇒ 裁判員制度違憲論 東京高裁合憲判決(後述) 23
(3) 対象事件:なぜ刑事の重大事件なのか? ○様々な意見 ・陪審論者 ⇒ できるだけ広い範囲 ・慎重論者 ⇒ 中程度の事件 ・刑事ではなく,民事の近隣紛争や行政事件からという意見(少数説)
○結論 ・歴史的経緯 ・・・ 旧陪審法 ・諸外国の例 ⇒ 刑事の重大事件 ・国民一般が関心の強い事件 ⇒ 死刑・無期事件 法定合議事件で故意の犯罪行為により被害者死亡 24
(4)何故,被告人は,裁判員裁判を拒否し,裁判 官による裁判を選択することが許されないのか?
○ アメリカなどでは,陪審裁判を受けるのは被告人の権利
(放棄可能)⇒選択可 ・・・韓国の国民参与制度も同じ
○ 日本の裁判員制度では,裁判員裁判は被告人の権利ではな
く,司制度ないし国民一般に裨益する制度という位置付け
⇒対象事件については裁判員裁判が望ましいという立法
的政策上の判断25
法曹三者の準備活動例○ 裁判所 ・法定の改修( AV機器の開発・設置を含む) ・各地方裁判所での模擬裁判 ・各地方での法曹三者協議会 ・司法研修所での実務研究会,最高裁での協議会等 ・刑事法学者,鑑定人候補者等との研究会(用語,説明等)○ 法務省・検察庁 ・最高検察庁裁判員公判部の設置,基本方針の策定 ・法務総合研修所での法廷活動(話し方, AV機器の使用)の研修 ・各地での模擬裁判,協議等○ 弁護士会 ・裁判員実施本部の設置,マニャアル等の作成 ・米国弁護士等を招聘した研修・研究会 ・各地での模擬裁判 ・刑事法学者等の協力による易しい法廷用語集の作成等
31
2.裁判員制度の実施状況( 1 ) 概 況 ○ 2009 年 5 月 21 日の裁判員法施行から 20ヵ月 同年 8 月の初の裁判員裁判(東京)から 17ヵ月半 ○当初,起訴訴人員数に比べて処理少なく,やや停滞の印象
・始めなので関係者慎重 ・公判前整理手続に時間を取り,入念に準備 ⇒次第にペースアップ ○ 2011 年 1 月末までに ・起訴 3,100名件中終局裁判 1,781名)( 57% ) ○概ね円滑・順調 ⇒否認事件や死刑など重刑が予想される事件の公判開始
32
33
裁判員制度対象事件罪名別裁判所新受人員( 2009.5~ 2011.1 )
強盗致傷785
殺人652
現住建造物等放火284
覚せい剤取締法違反
250
傷害致死219
強姦致死傷205
強盗強姦168
強制わいせつ致死傷
167
偽造通貨行使96
強盗致死(殺人)
95
その他179
総数3,100
34
裁判員対象事件罪名別第一審終局人員数( 2009.5~ 2011.1 )
強盗致傷464
殺人418
現住建造物等放火152
覚せい剤取締法違反139
傷害致死138
強姦致死傷99
強制わいせつ致死
傷79
強盗強姦57
偽造通貨行使54
強盗致死(殺人)
40
その他141
総数1,781
約295,00 0名 約344,90
0名
選任過程の実績2009 年用2010 年用
148,868 名
110,331 名
56,662 名(出席率80.6% )裁判員 10,074名
補充裁判員 3,602名
*「選定」以下(青ラベル)の数字は 2009 年 8 月~ 2011 年 1 月実施の裁判員裁判事件の実績
呼び出さない措置 38,537 名
呼出し取消し40,061 名
38
約 3 1 5 , 9 0
0 名 2011 年用
39
○ 調査票や質問票に対する回答率高い
○具体的事件の裁判員選任手続への出席率も80 %超
○前提として,相当の余裕を持って候補者を選定 事前の調査票・質問票への回答を基に,かなり緩やかに免除
○呼び出しに応じて選任手続に出席したが最終的に裁判員・補 充裁判員に選任されなかった者が多数 ⇒逆に,「せっかく仕事の調整などしたのに」という不満も ⇒呼出人数をどこまで減らせるかが一つの課題
(3) 審理期間等○ 公訴事実にほとんど争いのない(量刑のみ争点の)事件が先
行 ○ 公判前整理手続に相当の期間をかけているが,公判の審理 は,大半の事件で 3~ 5 日,長くて 10 日以内に終了
○ほぼ連日開廷 週末を間に入れて設定する例も ⇒裁判員の家事,リフレッシュ,整理の時間
40
41
2 日 3 日 4 日 5 日
10 日以内
20 日以内
1 月以内
6 月以内
6 月超0
100
200
300
400
500
600
700
総数
自白
否認
実審理期間別判決人員 (2009.8~ 2011.1)*実審理期間=第1回公判から終局まで
1月を超える枠内の35人は,区分審理を行ったもの及び裁判員裁判対象事件以外の事件について第1回公判を開いた後,裁判員の参加する合議体で審理されて終局したものなど
公判開廷回数別判決人員( 2009.8~2011.1 )
42
2回 3回 4回 5回6回以上
0
100
200
300
400
500
600
700
800
900
総数
自白
否認
平 均 開 廷 回 数
総 数 自 白 否 認
3.8回 3.4回 4.4回
43
裁判員職務従事日数別判決件数( 2009.8~2011.1 )
2日19
3日573
4日595
5日240
6日以上226
平 均4 .2
日
*職務従事日数=選任手続, 公判,評議及び判決宣告等の ため裁判所に出席した実日数 の合計
44
○2010 年春頃から,争いのある事件や死刑等重刑の求刑が 予想される重大事件の公判が開始 ・無罪判決6 他にも一部無罪,縮小認定が数例 ・審理期間(特に公判前整理手続期間)も長くなる 実質審理期間・公判開廷回数もやや増 ・死刑の求刑が予想される事件では評議にも十分な期 間を設定
☆現在までの最長:裁判員選任から判決まで 40 日間。 ただし,公判は平日のみ 10 日間,評議に実質最大約 2週間を確保( 2010.11~ 12 ,鹿児島夫婦殺し事件)
45
09.8~
10.1
10.2~
10.5
10.6~
10.10
10.11~11.1
80.2%70.7%
62.8% 58.5%
20.0%29.3%
37.2% 41.5%
* 「否認」には一部否認を含む。**「有罪」には一部無罪を含む。
自白事件・否認事件の割合の推移( 2009.8~2011.1 )
全期間平均否 認 34.5%
自 白 64.5%
審理期間・開廷回数(平均)
46
* 全審理期間=裁判所の事件受理~終局裁判** 実審理期間=第1回公判~終局裁判。☆算定の基礎となった事件には,裁判員裁判対象事件以外の事件について公判を開始した後に,対象事件と併合され,裁判員の参加する合議体で審理されたものが含まれている。
全審理期間 実審理期間 開廷回数 公判前整理手続期間
2009.5 ~11.1
全体 8.0 月 N/A 3.8 回 5.3 月自白 7.1月 N/A 3.4回 4.6月否認 9.7月 N/A 4.4回 6.6月
2009.5 ~10.10
全体 7.7 月 N/A 3.6 回 5.1 月自白 7.0 月 N/A 3.4 回 4.5 月
否認 9.1 月 N/A 4.2 回 6.4 月
2009.5 ~10.1
全体 5.5 月 4.6 日 3.3 回 3.1 月自白 5.2 月 4.6 日 3.2 回 3.0 月
否認 6.4 月 4.7 日 3.7 回 3.5 月
長期の審理期日が設定された事例
47
被告人は, 91 歳と 87 歳の老夫婦を殺害したとして強盗殺人の罪で逮捕・起訴されたが,一貫して犯行を否認。 弁護側は無罪を主張,全面的に争う方針で,公判前整理手続でも,ほとんどの書証の取調べに不同意,争点の絞り込みができていないため,鹿児島地裁は, 11 月1 日の裁判員選任手続から判決( 12 月 10 日)までの期間を 40 日間(土日・祝日を含む。ただし,公判の審理は 11 月 2 ~ 16 日の平日のみ 10 日間。 17 日以降判決まで裁判官と裁判員による評議)と設定。 11 月 1 日 裁判員 6 名,補充裁判員 4 名選任(候補者を 2 回にわたり計 450名選定, 295 名呼出し,辞退を認められた者を除く 79 名中 34 名出席)。 11 月 2 日から始まった公判では,検察側は,被告人の犯人性を立証するため,犯行現場で採取された指紋や細胞片の DNA 型がいずれも被告人のものと一致したことを強調,これに対し,弁護側は,それらの原資料の保管方法の不備を指摘,いずれも真犯人の偽造か捜査機関のねつ造の可能性があるとして,それらの鑑定結果の証拠価値を否定。 16 日までに,これらの点をめぐり, 27 名の証人の尋問が行われ(尋問時間計約 28 時間),裁判員による現場検証も実施。 11 月 17 日,検察側死刑求刑,弁護側無罪主張。
○鹿児島強盗殺人事件( 2010.11~ 12 鹿児島地裁)
鹿児島地裁 2010 年 12 月 10 日判決《無罪》 検察官控訴
48
○死刑求刑が予想される事件についての特別の配慮 ・裁判員候補者を通常より相当多く選定,補充裁判員 も多めに ・裁判員選任手続における死刑廃止論者の取扱い ・自動的排除ではなく,そのために法に従った判断が できないか,公平な判断ができないかがポイント ○最高裁事務総局作成の裁判員候補者に対する質問例 「絶対に死刑を選択しないと決めているか」
○ 裁判員・補充裁判員,同経験者に対する心理的ケア
○ 法廷 ・AV機器の活用 ・裁判官・裁判員・両当事者用モニターと傍聴者用ディスプ
レイ 証拠等の性質(被害者の遺体写真等)により後者切断
○ 被告人についての配慮 ・服装 勾留中の場合にもジャケット等に着替えさせる例 裁判員入廷前に手錠・腰縄はずす 弁護人の横に着席
51
○ 法廷で見て聞いて分かる弁論・立証が浸透 ・冒頭陳述は1~ 2枚のメモを配布(表やチャート等を使
用) 争点,要証事実と証拠との関係明示 ・被告人側も冒頭陳述 ・争いのない事件の場合,検察側立証は書証使用 量を限定,要点のみを朗読 ・証人尋問・被告人質問は,証人が裁判員の方を向いて答え られるよう質問者が立ち位置を工夫 ・鑑定結果などの提示・尋問には,適宜,図,イラスト等を活用
・被害者の遺体や負傷状況等の写真の展示は必要最小限の 範囲・部分に限定
52
( 4 ) 審理方法等
53
○ 裁判官も,証人等の発言に分かりにくい点や不十分な点があ ると即座に補充質問,独自の視点からの質問も多い
○ 裁判員も比較的積極的に質問 ・質問し易いように,証人の証言・被告人の陳述の後,休憩 を入れ,緊張をほぐしたり整理の時間を取る配慮も ・両当事者の質問とは別の視点からの的を射た質問も少な くない
○ 裁判員の集中力確保・疲労防止のため,比較的頻繁に休憩
○ 検察官・弁護人の準備の負担は大幅に増加 ・裁判官・検察官の増員わずか ⇒非対象事件の処理に影響という指摘も ・弁護人は共同受任の例多い(国選も複数選任増加)
検察官の執務体制・準備(一事例)
54
被告人は飲酒運転で事故を起こして逃走を図り,止めようとした被害者を車のボンネットに乗せたまま約2キロ走行した上,振り落とし,加療11日間を要する傷害を負わせたという殺人未遂事件の審理(熊本地裁)で,検察側は,逃走経路を事件と同じ夜の時間帯に車でたどった映像や,逃走経路を俯瞰した空撮写真を用意し,冒頭陳述や証拠調べの際に法廷内モニターに映すことにより犯行を再現した。 裁判員裁判開始を控えた昨春,熊本地検は検察官の体制も見直した。捜査と公判それぞれの専従をなくし,4班に再編。各班が対象事件を捜査から公判まで携わるようにした。捜査段階から事件を詳細に把握した検察官が,法廷で効果的な立証を展開する狙いだ。 公判前には冒頭陳述や論告求刑をリハーサルする。熊本地裁そばにある地検の一室には「犯行状況をもっと強調した方がいい」と手直しを指示する幹部の声が響く。・・・次席検事は「これまで蓄積したノウハウを生かし,裁判員に理解される事件の立証を目指したい」と強調する。(熊本日日新聞 2010年 5 月 22 日朝刊)
弁護人の苦労(一事例)
55
「開廷中は徹夜の日々だった。普段なら考えられないこと」。裁判員裁判を担当した県内の弁護士は打ち明ける。その日に法廷で出された証拠や証言を精査し,翌日以降の裁判に生かすためだ。「検察側は組織的に準備ができる。組織力の差は歴然」と認める。 弁護側は,情報面でハンディがある中,公判前整理手続きまでに事件について腹入れし,弁護方針を立てなければならない負担も抱える。ある弁護士は「何度も被告の元に通ってコミュニケーションを図る。ほかの業務もある中で拘置先への往復は大きな負担」とこぼす。(愛媛新聞2010.5.24朝刊 4面)
裁判員にとって審理は理解しやすさかったか?
56
( 2010 年中に実施の裁判員裁判で裁判員を務めた人に対するアンケート結果)
理解しやすかった63.1%
普通28.6%
理解しにくかった7.1%
不明1.2%
法廷での手続全般について分かりにくかった点・理由
57
事件内容が複雑15.0%
証拠・証人が多数4.3%
法廷で話す内容17.1%
審理時間が長い4.4%
その他25.0%
特になし37.1%
不明13.7%
( 2010 年中に実施の裁判員裁判で裁判員を務めた人に対するアンケート結果)
裁判官・検察官・弁護人の法廷での説明等の評価
58
分かりやすかった40.4%
分かりやすかった71.7%
分かりやすかった88.6%
普通41.7%
普通23.6%
普通10.3%
分かりにくかった16.9%
分かりにくかった4.0%
分かりにくかった0.5%
不明1.0%
不明0.6%
不明0.7%
( 2010 年中に実施の裁判員裁判で裁判員を務めた人に対するアンケート結果)
59
○ 弁護人の説明,発言等の分かりやすさについての 評価やや低い ・被告人の弁解・主張自体の分かりにくさ ⇒弁護人はそれに沿った防御を余儀なくされる ・刑事弁護は,基本的に,個々の弁護士の活動 ⇒個々の考え方・流儀 サポート体制不十分 ・弁護士会も,個々の弁護士の集まり ⇒裁判所,検察庁のような組織的・継続的な取組みや 指導が必ずしも容易でない。 ⇒弁護人の能力・熟度にバラつき ⇒弁護人複数選任 弁護士会も,事例・ノウハウの蓄積,研修の高度化
61
○ 中間評議は頻繁 ・当日の審理の整理,要点についての裁判官との質疑 裁判官による説明等
○最終評議は 1~ 2 日( 7~ 9時間)がほとんど ⇒死刑事件や深刻な争いのある事件の例外(前述) ○ 裁判員の満足度は全般的に高い ・裁判官による意見の押し付けの不満は少ない ※評決内容は判決には表示されず,また,それについて裁判員に守秘義 務が課されているため,意見の分立の有無等は不明だが,判決後の 記者会見に応じた裁判員・補充裁判員の会見内容や各種のアンケー ト調査の結果から推認
62
評議時間別判決人員( 2009.8~2011.1 )
240分以内
360分以内
480分以内
600分以内
720分以内
720分超
0
100
200
300
400
500
600
全体
自白
否認
平均評議時間総 数 499.0 分自 白 433.8 分否 認 622.7 分
評議についての裁判員経験者の評価
63
評議の雰囲気 議論の充実度
( 2010 年中に実施の裁判員裁判で裁判員を務めた人に対するアンケート結果)
話しやすい雰囲気77.3%
普通20.7%
話しにくい雰囲気1.6%
不明0.4%
十分に議論できた71.4%
不十分であった
7.1%
分からな
い20.1%
不明1.4%
(6) 判 決
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終局人員 有 罪 有罪・一部無罪 無 罪 公訴棄却
・移送
1,781 1,740 1 4 36
終局区分別人員( 2009.8~ 2011.1 )
(a) 有罪・無罪の認定
* 2011.2.10現在では,無罪6
○ 争いのない事件が先行 ⇒当初,無罪判決なし
○2010 年春頃から争いのある事件の公判が開始 ⇒・ 2011 年 3 月末までに無罪判決6(死刑求刑事件無罪判決
を含む) それ以外に,一部無罪判決,縮小認定判決も ・逆に全面否認や完全黙秘事件で死刑判決も
死刑判決は 2011 年 3 月末までに4
65
(b) 量刑 ○法定刑の幅大きい ○裁判員には「相場感」なし ⇒最もとまどう点 ⇒・検察官の求刑が一つの手掛かり ⇒求刑を上回る量刑の例,大幅に下回る例も
・弁護人も最終弁論で意見を述べるように ・最高裁事務総局「量刑検索システム」開発 ・ 2008 年 4 月以降に言い渡された裁判員裁判対象罪種に係
る事件の 判決のデータを集積 ⇒ 10 数項目( ex. 計画性の有無,凶器の種類等)入力
すれば,類 似事件の量刑の範囲・分布状況がグラフで示され
る ・検察官,弁護人も利用可能 ⇒・一般国民の感覚を反映するという趣旨に反しないか? ・裁判員経験者のごく一部に不満も ・他方,「量刑不当」は控訴理由となり得る
66
○概況 ・全般的には,裁判官のみの裁判の場合と顕著な差はな
い ○求刑 ×0.75 ~ 0.80 くらいが多い
・重大な事件では重くなる傾向(特に性犯罪)という指摘も
○検察官の求刑どおり or それを上回る量刑の例も
○ 弁護側による情状酌量の求めが困難化したとの指摘 ・紋切り型に,前科がないことや年齢が若いことなどを主
張し ても効なし ・被害者に対する謝罪・示談なども有利な事情として考慮
され にくい ・・・「悪いことをした以上,謝り,被害を償うのは当たり前」
という感覚
67
(7) 控 訴○控訴率は,従前の裁判官裁判の場合よりやや低い ・当初,自白事件がほとんどのため?
○ 当初の控訴申立は,専ら被告人側からの,量刑不当を理由とする控訴申立
・ 2009.8~ 2010.5 検察官からの控訴申立 0 最高検方針「国民の視点,感覚などが反映された結果はできる限
り尊重」
○控訴裁判所も慎重 ・裁判員制度の趣旨尊重,原判決維持の傾向 ・少数の第一審判決破棄事例のほとんどは,原判決後の事 情変化 (示談成立)により刑が「現時点では重過ぎる」ことを理由
とするもの 68
69
裁判員裁判罪名別控訴率( 2008.8~ 2011.1 )控訴率=有罪・無罪の判決を受けた被告人中控訴した者の割合
殺人
強盗致死(殺人)
強盗致傷
傷害致死
強姦致死
傷
強制わいせつ致死
傷
現住建造物等放火
覚せい剤
0.0%
10.0%
20.0%
30.0%
40.0%
50.0%
60.0%
70.0%
32.0%
64.3%
28.4% 27.2%35.8%
20.3% 19.3%
51.9%
全体平均 31.7%
○ 争いのある事件の裁判員裁判が徐々に開始 無罪,一部無罪,縮小認定判決も ⇒検察官の控訴申立,量刑不当でも控訴
○控訴裁判所も,第一審の審理に注文をつけるように ・審理不尋による破棄事例
○ 無罪判決破棄・差戻し / 自判(有罪判決),量刑不当破棄・自
判の例も現れる
⇒ 実施前に裁判官の間で盛んであった控訴審の在り方につい ての議論,再燃の可能性
70
3. 裁判員制度のもたらす影響(1)法曹三者の意識・スタンスの変革 (a) 裁判官 ○これまでの真実究明への強い責任意識 =職権主義的「精密司法」=供述調書への依存 ・裁判員とともに審理・評議 ⇒主張吟味型対応 ・公判中心,書証の使用限定 ⇒ 「核心司法」 当事者主義の実効化 ○裁判員に対する説明・種々の配慮,裁判員との意見交換 ・暗黙の前提,当然視してきた事項の客観化・確認 ・新鮮な視点の認識 ○民事に傾いた裁判官人事 ⇒刑事に人材配置 刑事裁判官の充実
71
(b) 検察官 ○従来の捜査重視 ⇒公判活動にも注力 ○供述調書への過度の依存を見直す契機 ○取調べの録音・録画の要求への対応 ⇒捜査についての意識
(c) 弁護人 ○定形的ないしおざなりの主張,独りよがりの法廷活動は通
用 せず ○弁護活動の適否・不十分性露見 ⇒意識的な改善・向上の努力 ○尋問技能の向上 ⇒民事にも活用可能性 72
(2)刑事訴訟法規の解釈・運用(a)証拠開示の拡充 ○最高裁判例の積極主義的傾向
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公判前整理手続における証拠開示命令の対象は検察官が現に保管するもの
に限られず,捜査の過程で作成された警察官の取調べメモなどもその対象に
なる。(最高裁第三小法廷 2007 年 12 月 25 日決定・刑集 61巻 9号 895頁,最高裁第一小
法廷 2008 年 9 月 30 日決定・刑集 62巻 8号 2753頁)
(b) 証拠法の厳格化 ○これまでは,裁判官が証拠能力と証明力の双方を判断 ⇒証拠として採用し,調べてから証明力を判断しようとする 傾向 証拠能力は裁判官が,証明力は裁判官と裁判員が判断 ⇒不適切な証拠を裁判員に提示させないよう,証拠能力の 判断が厳格化する可能性 ex. 類似前科による立証を認めなかった東京地裁の例(前出) ⇒控訴審で破棄⇒最高裁の判断注目
○供述調書 ・裁判員裁判の公判での使用,事実上限定 ・証拠としての許容の要件である「任意性」(被告人の自白), 「特信性」(証人等の供述)の判断の厳格化の可能性 ・取調べ録音・録画の要求強まる ⇒政治的争点化 鹿児島選挙違反事件,足利事件,大阪郵便不正事件等の影響 74
類似前科を証拠とすることが争われた事例
被告人は,アパートの1室に侵入して現金1000円等を盗み,室内に灯油をまいて火をつけ,約1平方メートルを焼いたとして,住居侵入・窃盗及び現住建造物放火の罪で起訴。 被告人には,11件の放火の前科があり,そのうち 10件は今回の事件と同様,住居等に侵入したうえ灯油をまいて放火するというものであったため,公判前整理手続において検察官は,被告人が本件犯行を行ったことを推認させる証拠として,それらの前科の判決書謄本や被告人の供述調書の取調べを請求をしたが,裁判所は,窃盗後の放火は特殊な手口ではなく,それらを証拠とすることは裁判員に予断を与えかねないとして,検察官の請求を却下。公判においても,被告人質問で検察官が,それらの前科の存在に言及するのを,裁判所は許さなかった。
75
東京地裁 2010 年 7 月 8 日判決 被害者が外出した午前6時半以降,出火が発見された11時 50 分頃までのいずれかの時間に上記室内に侵入して現金を盗んだことは証拠上十分認定できるけれども,その間5時間20分の間隔があり,かつ出火当時,玄関や窓が施錠されていなかったことや同アパートの立地が侵入容易なものであることなどから,被告人が立ち去った後に,「第三者が〔同室〕に侵入して本件放火に及んだ可能性を証拠上払拭でき」ず,「被告人が放火犯人とするには,なお合理的な疑いが残る」として,住居侵入・窃盗のみの成立を認め,被告人を懲役1年6月(求刑懲役7年)に処した。
検察官控訴
控訴審(東京高裁 2011 年 3 月 29 日判決)
破棄・差戻し 前科の放火は,①侵入した居室内で灯油を撒布して火をつけるという犯行の手段・方法において本件放火と類似しているうえ,同様の手段・方法による放火を繰り返していることから,行動傾向が固着化していると認められるので,特徴的な類似性があるといえ,②いずれも,窃盗を試みたが欲するような金品が得られなかったことのうっぷん晴らしのために他人の住宅に火をつけるという,窃盗から放火に至る動機の点でも,行動傾向が固着化していると認められるところ,本件でも,被告人は,放火と接着した時間帯に,犯
行場所に侵入して僅かな金品を窃取したことは争いがないから,放火に至る動機においても特徴的な類似性がある。⇒前科関係の各証拠のうち,犯行に至る契機や犯行の手段・方法に関するものは,前科の放火の犯人と本件放火の犯人との同一性を立証する証拠として関連性があると認められるので,それらの取調べ請求を却下したが原裁判所の措置は違法。
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Ⅳ 裁判員制度をめぐる議論1.違憲論・反対論 ○実施前後に反対論者の出版,街頭活動等活発化 ・旧来の考え方墨守の元裁判官・検察官等が中心 ・基本的に,素人不信 ⇒生理的拒否・感情的反発が実
体 ⇒裁判員裁判実施後の実績 ・全般的に高い評価 ⇒マスコミ等も肯定的論調 ・深刻な争いのある裁判員裁判の成り行きによって
も左右? ○違憲論の展開 ⇒東京高裁の合憲判決(いずれ最高裁も判断)
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裁判員制度合憲判決(東京高裁 2010 年 4 月 22 日判決・高刑集 63巻 1号 1頁)
①被告人の裁判を受ける権利(憲法 32条, 37条)の侵害なし ○憲法が裁判官を下級裁判所の基本的構成員として想定していることは 明らかだが,裁判官以外の者をその構成員とすることを禁じていない。 ○「裁判官の裁判」を受ける権利を保障していた旧憲法とは異なり,憲法 32条が「裁判所における裁判」を受ける権利を保障していることや,憲 法と同時に制定された裁判所法 3条 2項が「刑事について陪審の制度を設 けることを妨げない」と規定していること ⇒国民の参加する裁判を許容し,あるいは排除しないのが立法者の意図 ○裁判員が関与することについての種々の措置 ⇒独立して職権を行使 する公平な裁判所による法に従った迅速な裁判を受けることを被告人 に保障するという憲法の趣旨に沿う。
78
(次頁に続く)
② 国民の基本的人権の侵害なし (i) 参加の義務付けは憲法 13条(幸福追求権), 18条(苦役からの自由), 19条(思想良心の自由)等に反しない。 ○裁判員制度は重要な意義を有する制度であり,広く国民の参加を求 めるのは負担の公平を図るためであるから,十分合理性がある。 ○種々の負担軽減措置 ⇒義務付けは必要最小限度のもの
(ii) 守秘義務は憲法 21条(表現の自由)に反しない。 ○公共の福祉による表現の自由に対する合理的でやむを得ない制限
(iii)財産的負担は憲法 29条(財産権)に反しない。 ○公共の福祉のため財産権を規制する立法府の合理的裁量の範囲内
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2.国民の意識・参加意欲 ○日常的・継続的報道,裁判員経験者の感想の公表等 ⇒親近感 ○中等教育課程での法教育 ⇒次世代の理解増進 ○できれば避けたいという思いは不健全ではない ⇒それでも参加し,参加すれば肯定的評価が多数 ○裁判に対する親近性・理解,相当に増進 ○統治への主体的参加意識の増進・強化という政治的意味
80
裁判員経験者の経験前と後の気持ち( 2010 年)
81
前
後
積極的にやってみたかった
7.4%
やってみたかった23.7%
あまりやりたくなかった
34.4%
やりたくなかった19.1%
特に考えず14.7%
無回答0.6%
非常に良い経験
55.5%
良い経験39.7%
あまり良い経験とは感じず
2.5%良い経験とは感じず1.0%
特になし0.4%
無回答0.8%
裁判員制度実施前と後での裁判に対する印象の変化
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公正中立
信頼できる
身近である
納得できる
国民感覚が反映事件の真相が解明
手続・内容が分かりやすい
迅速
裁判・司法を自分の問題として捉える
0
2
4 実施前に抱いていた印象
実施後の印象
( 2011.1~ 2 月に実施された国民の意識調査の結果。数値は,「そう思わない」,「あまりそう思わない」,「どちらとも言えない」,「ややそ う思う」,「そう思う」という5の選択肢に順に1~5の点数を割り当て,各質問事項ごとに回答の点数を集計して算出した平均点。)
3. 報道の在り方と裁判員への影響 ○報道機関が自主的に取財・報道のルールを策定 ⇒新聞(主要全国紙)は相当に変化 ○注目事件の過熱取材・報道 ○一定方向に偏った一面的報道や興味本位の報道も ○裁判員の方が冷静・理性的 ・・・ ex. 押尾事件 報道による不適正な影響は,今のところ認められな
い。
83
押尾事件判決(東京地裁 10.9.17)
84
男性タレントである被告人は,被害者女性と性行為を行うに当たり, MDMA10錠を被害者に渡し,これを飲んだ被害者が錯乱状態になり,やがて意識不明に陥ったのに,速やかに救急車を呼んで救命する措置を取らなかったため,死亡するに至らせたとして,保護責任者遺棄の罪で起訴された。 公判では,被告人側は,被害者は自ら持参したMDMA を飲んで錯乱状態に陥ったものであるから,被告人は保護責任を負う立場にはなかったうえ,被告人が被害者の状態に気付いた時点で救急車を呼んでも救命できる可能性はほどんどなかったとして,無罪を主張して争った。
保護責任者遺棄罪の範囲で有罪(懲役4年6月) 被告人が被害者に MDMA を渡し,被害者がこれを飲んだ結果,錯乱状態から意識不明に陥ったものと推認できるから,被告人には被害者を保護すべき責任があり,被害者が錯乱状態に陥ってから遅くとも数分が経過した時点で緊急電話をして救急車を呼ぶべきであった。この場合の救命可能性が一定程度あったことは医師らもおしなべて認めており,肯定でき,救命できる可能性があったのに緊急電話をかけることをしていないのだから,保護責任者遺棄罪が成立することは明らか。 しかし,保護責任者遺棄致死罪の成立には,保護をしていれば救命が確実であったことが合理的な疑いを入れない程度に立証されることが必要となるところ,被害者の救命可能性の程度については医師の間でも見解が分かれており,この点が合理的な疑いを入れない程度に立証されたとは言えない。
被告人側控訴 東京高裁 2011 年 4 月 18 日判決《控訴棄却》
85
押尾事件での判決言渡し後の記者会見(裁判員・補充裁判員を務めた9人全員が出席)
(問い) 初公判前の報道が審理に影響を与えたか?(裁判員5番) 客観的にできるか不安もあったが,審理が進む中で,「被告人の行 為に対してどのような刑罰が必要か」と考えられるようになった。(問い) 裁判中の報道の影響は?(同3番) 公正な立場で被告人を見ようと考え,テレビやネットは見なかった。(補充裁判員1番) 家に帰れば,いつも通りテレビを見たが,見聞きして判断がぶ れたことはない。(問い) 争点になった被害者の救命可能性は専門的で判断が難しかったと思うが?(裁判員3番) 審理を重ねるうちに理解が深まった。証言などを聞き,自分でも理解で きたと思う。(同6番) 自分1人だけではなく,裁判員が6人いることに意味がある。皆さんの意見 も聞いて判断した。(問い) 刑事裁判では,合理的な疑いを入れない程度に立証されていないと被告人 に有利に判断しなければならない。この考え方をどう思ったか?(同1番) 審理の最初に裁判官から聞いた。厳しいなと思う一方で,そうしないと冤罪 を生んでしまう可能性があるのだと理解した。 (読売新聞 10.9.18朝刊 37面)
押尾事件判決についての新聞社説(一例)
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「押尾被告判決 市民の力が発揮された」 ふつうに地域に住み、ふつうの暮らしをしている市民。そんな私たちの仲間が持つ力を,ニュースを通して感じ取った人も多いのではないか。 ・・・「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が働いたことが,判決理由から読み取れる。 被告が芸能人とあって,事件発生直後からおびただしい量の報道があった。裁判員の心証形成や量刑の判断に影響が出るのではないか。そうした観点からも法廷は注目された。・・・いまの報道に反省すべき点がないとは言わない。だが・・・議論と実践,そして何より,責任感をもって事件に向き合った裁判員が,この日の判決を導き出したといえよう。 市民の力を信じる――。・・・もちろん市民の判断がいつも正しいとは限らない。個々の疑問や批判はあっていい。だが市民への信頼を抜きにして,私たちの社会も制度も,そして民主主義も成り立たない。 素人と専門家が役割の違いを自覚しつつ,互いを尊重し協働することによって新しい司法を築く。裁判員制度はそうした理念に基づいて始まった。 今後も曲折はあるだろうが,めざす方向に間違いはない。騒がしい空気のなかで始まり,裁判員らの冷静な発言で締めくくられた元俳優の公判は,そのことを確認させるものとなった。 (朝日新聞 10.09.19朝刊 3頁)
4.長期重大複雑事件の取扱い ○審理・評議に長期間かかる事件出現
⇒より長期間の審理必要な事件に対応可能か? ・参加可能な者を裁判員候補者に? ⇒ 専業主婦・主夫,退職者等に偏らないか? ○区分審理・部分判決制度の有限性 ・徐々に利用され始めている ⇒ 両様の評価 有効・有意義 v. 量刑に当たっての全体把握困難 ・区分審理が不適切な場合少なくない 検察官の立証上の必要(犯意・計画等の共通立証,事件相互が他
の立証 のための間接事実となる関係にある場合等) 複数事件を合わせると死刑相当の場合など ○裁判員裁判の対象からの除外の可否・当否 ・可能か,妥当か? 弊害のおそれは? 87