「救急外来医学コース」インストラクターセミナーハンドアウト

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1 201135日 国立国際医療研究センター  「救急外来医学コース」 インストラクターセミナー 埼玉成恵会病院 外科・救急科 清水 広久

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2011年3月5日 国立国際医療研究センター 

「救急外来医学コース」インストラクターセミナー

埼玉成恵会病院 外科・救急科清水 広久

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現在、本国では各種Off-The Jobコースが毎週のように開催され、コースも多種多様となってきました。しかし、一方でなかなか臨床現場における行動変容にまで結びつかないという意見も聞かれ、「Off-The Job Training

の限界」という議論もちらほら聴かれます。

今回、我々は「On-the Jobでも使える」「行動変容へ結びつく」教材を目指し、「救急外来医学コース」教材を作製致しました。今回のインストラクターセミナーを通して様々なディスカッションがなされ、より良い形で皆様の日常臨床ツールと

して役立て頂ければ幸いです。

ハンドアウト構成ハンドアウト構成

はじめに

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「患者急変対応コースfor Nurses」誕生「心停止症例の60~70%では、その

6~8時間前に急変の徴候が見られる」

と言われます。そのことより、急変前のより早い段階で「Killer Symptom」に

「気づく」(図1)ことを目的として、よりAssessment Stepに重点を置いたコースとして「患者急変対応コースfor

Nurses」は誕生しました。

「患者急変対応コースfor Nurses』コース構成図2のようにコースは「気付きセッ

ション」「報告の仕方(SBAR)」「チームアプローチセッション」から構成され、その「気付き」のための定型的アプ

ローチは「救急外来医学コース」でも引き継がれています。(後述)

1-1「患者急変対応コースfor Nurses開発

1.コース教材開発経緯

図1

図2

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「救急外来医学コース」開発「患者急変対応コースfor

Nurses」の開発とともに、医師向け

のコース開発も始まりました。「患者急変対応コースfor

Nurses」のコースコンセプトを継承

しAssessment Step(気付き)に重点を置きながら、患者の安定化・上級

医callにいたるまでのstepを向上させる(図3)ためのコース開発が始まり、JSISH学会・SimExpoなどでテス

トコースが開催されました。

コース設計コンセプト見直しその後、コースとして改良を重ね

てきましたが、再度コース設計の見直しが行われ、コンセプトの見直しが行われました(図4/図5)

1-2「救急外来医学コース」黎明期

図3

図4

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コース教材開発の壁図5の階層分析を見ても分かるように、実際の診療においては、様々なスキルが混在し、

かつ同時に進行する複雑なものです。救急外来において、BLS/ACLSのような線形アルゴリズ

ムだけでは、様々な症状に対応するのは困難であり、既存のシナリオベースのシミュレーショントレーニングによるコース設計では、対応は困難と思われました。

図5

1-3既存コースの問題点コース設計は、まずコースの入り口(前提条件)と出口(学習目標)を決めるところから、始まります。

従来のコース設計では、主にシナリオを通して学習目標を1~2日間のコースの中で達成する必要があるため、シナリオ作製の際に判断ポイント(分岐点)はより明確化し、(分岐点でどちらでも正解の

ようなシナリオ設定は避ける)それによってコアなメッセージを伝えるという手法が採用されてきました。

それは、迷路作製の際に、最初に正解の道筋を作り、その後で袋小路の分岐路を加えていく作業に似ています。(図6)

しかし。実臨床では迷路は複雑に絡み合い、分岐点の正解も1つと

は限りません。(図7)そのため、Off-the Job Trainingと実臨床の間には、ギャップが生

じ、コース馴れした学習者からはいつしか「○○コース的には・・・」という、コースを「お作法然」とする声が聞こえるようになりまし

た。

図6

図7

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レベル2と3の間の壁これらのOff-the JobとOn-the Jobのギャップこそが行動変容に結ぶ

つかない要因と考えられました。

既存のコースにおいて「カークパトリックモデル」(図8)のレベル2

(学習目標の達成)までは達成しても、レベル3(現場での行動変容)達成との間には大きな壁が存在しました。

図8成人学習理論成人学習理論において、定着する学習のためには、実体験

後のタイミングのよいフィードバックが必要であり、Plan-

Act-(Experience)-Reflectサイクルが学習を効果的にすると言われます。(Kolb’s Learning Cycle)(図9)

このため、On-the Jobでも使える教材の開発が必

要であり、それは適切なフィ−ドバックの為のツールとして使えることが重要と考えました。

メタ認知成人学習において実践可能なレベルになるには表面的な知

識の理解だけでは不十分です。

「メタ認知能力」を向上させることが、次なる学習意欲の向上にも繋がり、教材作製の上でのKeywordとなりました。

MindMapの採用上記の点を検討した結果、すでにビジネスにおいては問題

解決ツールなどとして定着しているMindMapがその発展

性・柔軟性から教材のコンセプトに適格であり、MindMapを軸に教材を作製していくこととした。(MindMapについては

後述)

図9

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2-1 Mind Mapとは?Mind Mapについてマインドマップは、英国の教育者トニー・ブザンが開発した自然な形で脳の力を引き出す思考技術です。それはまさに自然を模倣したかのように放射状にノートを取る方法で、思考が整理され、記憶力が高まり、発想力が飛躍的に向上するなど、さまざまな能力を高めることができます。ビル・ゲイツ、アル・ゴアをはじめとするグローバルリーダーが活用していることでも有名で、また、IBM、ディズニー、BMW、ナイキなどの国際企業では研修が行われ、マインドマップで会議が行われることもしばしばです。

2.MIND MAP

Mind Map活用の利点

今回、我々が教材のツールとしてMind Mapを採用した理由のひとつは、その自由度の高さです。今までのコースでは、手順を時系列にアルゴリズム化することにより、知識を整理しある一定の行動を促してきました。

そして、その認知領域・運動領域・情意領域のスキルをチェックリストを基に評価・フィードバックしてきました。しかし、実臨床では、その思考・行動は複雑に同時に進行し多方面にわたります。また、行動に表れない思考経路を振り

返るのに、チェックリストだけでは不十分です。その点において、Mind Mapは複雑に同時進行する思考・行動を表すのに適していると言えます。また、MindMapは、行動に表れない水面下のスキルや思考経路を表現できることから、デブリーフィングツールとしても

有用であり、受講生に描かせることにより「自らの振り返り」ひいては「メタ認知」を促すのに役立ちます。その結果、

受講生自らが己の足りない部分に「気づき」その「問題解決法」を考えることで、次なる「学習意欲の向上」に繋がると考えました。

Mind Mapの多様性MindMapは、全体を俯瞰として捉えることも可能ですが、折りたたみも自由自在です。

受講生の習熟度によっては、「今日はアセスメントを重点的に」とか、「今日はコアの部分を重点的に」など使用方法も変えられます。また、情報を自由に付加できるのも利点です。MindMapソフトを使えば自由に「YouTube」などのweb上の動画とリンク

できますし、個人的に「臨床上のTips」などをどんどん貼り付けて発展していくことも可能です。

2-2 Mind Map活用の利点

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3-1.教材基本構成3.教材について

図10教材の基本構成教材は症状別にMindMapを作製しています。基本構成はACDA (Assessment-Categorize-Decide-Act)

cycleを意識し、初期評価・鑑別診断・緊急検査・初期治療をそれぞれメインブランチとして、そこから枝分かれ

していく構成となっています。

1)初期評価初期評価は、図12に示すように系統的アプローチに沿って行います。「患者急変対応コースfor Nurses」と同

様に迅速評価(第一印象)・1次評価(ABCDアプローチ)によって、「Killer Symptom」にいち早く「気づく」事を強調しています。この部分を強調したい症状(例)息切れなど)については、AHA-PALS/PEARSのように動画を用いて、よりアセスメントステップを強調したコース構成にすることも可能です。(動画については

JSISHでも制作中です)また、問診についても疾患を鑑別するうえで重要ですので、学習者によっては問診のコミュニケーションスキ

ルに重点を置くことも可能です。

図11

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図12

2)鑑別診断臨床においては、見逃すと致命的となる早期診断が

重要な「Pit Fall」となりうる疾患がいくつかあります。

それらの疾患を確定・除外することが重要です。この部分では従来のアルゴリズムも補助として用いています。

(後述)

3)緊急検査初期評価に基づき、decision makingするうえで必要

な最低限の緊急検査を行います。

4)初期治療(Decision Making・専門科call(SBARによる報告)含む)救急外来においては、患者の安定化を図り、入院の

適否・考えられる疾患(その根拠)により、しかるべく

専門科を(SBARにより)Callします。専門科(または上級医)をすぐ呼ぶべきか、後で良

いかなどの思考経路も問われます。(図13・14)

図13

図14

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3-2.症状別教材例

それでは、具体的な教材の内容を「腹痛」に対するアプローチを例に見ていきましょう。

初期評価前述(図12)した初期評価の定型的アプローチに従って評価を行います。病歴聴取や身体診察において特にこの症状にお

いて注意すべき項目を付記してあります。

!" #

$%

&

'

!(心窩部・上腹部:)胃・食道・膵臓・十二指腸・)腹部大動脈・心臓

"(右上腹部:)肝臓・胆嚢・肺

#(上腹部:) 脾臓・肺

&(臍周囲:)小腸・虫垂・腹部大動脈

%(右下腹部:)虫垂・卵巣・結腸・小腸・)腎臓・精巣・子宮

$(左下腹部:)卵巣・結腸・小腸・腎臓・)精巣・子宮

'(恥骨上部:)膀胱・子宮・卵巣・卵管)

腹痛部位による鑑別診断

図15

図16

添付情報また、必要な情報をどんどん追加した貼り付け

ていけるのがMindMapの特徴です。

ここでは、「腹痛部位による鑑別診断」(図16)をMindMap上に添付(注1)しています。

*注1:MindMapソフトでは、MindMap上に様々な画像・動画などを添付したり、Web上とリンクし

たり出来ます。例えば、YouTubeやNEJM上の動画とリンクすることも可能です。

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図17

鑑別診断ここでは、早期に鑑別すべき(見逃して

はならない疾患)とその他の疾患に分けて記

載してあります。(図17)

アルゴリズム全ての疾患を同時に鑑別していくのは、

現実的ではありません。そこで、鑑別診断を

行っていく上で参考となるように、従来の教材と同様のアプローチフローチャートも添付

(必ずしも、この手順でということではありません。)してあります。(図18)

図18

緊急検査・初期治療 学習者は初期評価を基に、鑑別診断をするための緊急検

査をオーダーします。学習者はその上で根拠に基づいたDecision Makingを行い、適切な専門科をCallします。そ

の際は要点を絞ったSBARによる報告が望ましいと思われます。「腹痛」においては、「緊急手術適応の有無」を判断する

ことが重要ですので、そのためのミニMindMapが添付されてます。(図20)

図19

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図20

3-3.本教材の使用方法・特色教材使用法例本教材は、工夫次第で様々な使い方が出来るのが特色です。例えば

1)シミュレーションコースマップとして2)学習者の知的スキル整理として3)デブリーフィングツールとして

など、色々な使い方ができます。また。On-the jobでもOff-the Jobでも使用できます。

なかでも本教材の特色は、On-the Jobでのデブリーフィングツールとして使用が出来る点だと思います。デブリーフィングツールとしての使用法

1)いわゆるチェックリストとして使用することで、学習者の思考経路・行動を振り返る。

2)診察終了後、学習者に「自分がどう考え、行動したか?」を

MindMapを書かせる(ホワイトボードや紙)ことにより自分の思考経路や行動を整理し、同時に「何が自分に欠けていた(欠けている

か)?」を自ずから認識する。いわゆる「メタ認知」を

促す。特に2)の使用法は、ファシリテーター側とって学習者の「行動に

現れないスキル」を評価するのに役立ち、上級医としても「メタ認知」の向上に繋がると思われます。

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まとめ:本教材の特徴1)Off-The JobだけでなくOn-the Job Trainingのツールとして使える。2)デブリーフィングツールとして有用である。

3)受講生・指導医ともに「メタ認知能力」の向上に繋がる。4)1)~3)の特色から、現場での「行動変容」「学習効果の定着」が大いに期待できる。

3-4.今後の展開今後、教材として配布(配布方法は検討中)し、皆様の意見・ディスカションによって教材をどんどんアップデー

トしていきたいと思っています。迅速なアップデートが出来るのも本教材の特色と言えます。また、様々な情報を付加したり、Webと手軽にリンクで

きるというMindMapの特徴です。

e-Learnigの活用やUstream・Facebookなど様々な

Social Networkと連携し、医療界におけるSocial

Mediaの形成も視野に入れていきます。

また、今回の教材の手法は「救急外来医学」だけにとどまるものではありません。「医療安全」など様々な分野で応用可能です。

今後、MindMapのごとく放射状に無限の可能性が拡がっていくことを期待しています。

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