平成17年度卒業論文 個人のモチベーションを上げる方法 所属...

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1 平成17年度卒業論文 個人のモチベーションを上げる方法 所属ゼミ 北居ゼミ 学籍番号 1023020297 氏名 北田 萌子 大阪府立大学経済学部

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平成17年度卒業論文

個人のモチベーションを上げる方法

所属ゼミ 北居ゼミ

学籍番号 1023020297

氏名 北田 萌子

大阪府立大学経済学部

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テーマとその選択

経営学の分野においては、モチベーションについての研究は盛んに行われて

いる。卒業論文では、来年春から企業で働くにあたって、共に働くメンバーの

モチベーションを高める、あるいは高く維持する方法について考えたいと思う。

特に、今回の研究では「個人」に焦点をあてている。統計学を用いたモチベー

ション研究には、集団を調査対象としたものと個人に焦点をあてているものが

ある。集団を調査対象とした場合には、その集団全体のモチベーションをいか

に上昇させるかについて考えている。しかし、集団構成メンバーのモチベーシ

ョンが平均として上昇した場合であっても、集団内のある個人をピックアップ

したとすると、その人のモチベーションは必ずしも上がっているとは言い切れ

ないだろう。それはちょうど、あるクラスの平均身長が 165cm であっても、ク

ラス内には 150cm 以下の生徒もいれば、190cm を超える長身の生徒もいるこ

とと同じである。つまり、集団全体のモチベーションを上げるための施策は、

その集団に属する個人にとって有効だとは限らないのではないか、ということ

である。

研究の目的は、「自分が相対している個人のモチベーションをいかに上げる

か」を考えることである。自分が共に働くパートナーや、仕事上付き合う相手

のモチベーションが低くて困るとき、相手のどのような点を見ればよいのか。

また、どのように相手に働きかければよいのか、掴むことを目指している。

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研究の進め方

働くモチベーションについて考えるにあたって、私自身、大学4年間続けて

きた家庭教師という仕事経験を話題として取り上げ、考えていきたいと思って

いる。研究の進め方として大きく3段階を考えている。図 0-1 のように、集団

からクラスター、そして個人という順で研究を進める。段階を踏んで個人に焦

点を絞り、集団全体のモチベーション上昇施策との差異を観察したい。

① 1段階目として集団アンケートを実施する。家庭教師を現在やっている

大学生に対して P.4 資料1のようなアンケートに回答してもらう。回答依

頼人数65名、うち回答者合計58名であった。この集団アンケートは、

後の個人を対象とした調査と対比するためのものである。集団を対象に

モチベーション上昇を図った場合と、今回のテーマである特定個人のモ

チベーションを上げようとする場合。両者において考えられるモチベー

ション上昇施策の差異を確認するために用いる。

② 2段階目として、クラスター分析を実施する。今回は、上記1段階目と

して実施した集団アンケートを利用し、同じ項目によく似た点数をつけ

評価している学生を一つのクラスターに集める。家庭教師をするにあた

って、何に価値をおいているか。あるいはどのような行動をとっている

か。似た性質を持つ者同士が集められる。このクラスター分析は、第1

段階集団調査と第 3 段階個人調査とのパイプ役を果たす。つまり、集団

と個人の中間的存在として、より個人に近づいた小さめのグループを考

えている。

③ 第3段階として個人分析を行う。今回は、インタビューという方法をと

る。面接形式のインタビューを通じて、集団分析やクラスター分析で拾

いきることのできなかった個人特有の背景や考え方を探る。

以上、3つの段階に分けて、大学生が家庭教師に取り組む姿勢、意欲、及び

求めているものを考察する。

集団分析

クラスター

個人

個人に焦点を絞る

図 0‐ 1

論文ガイドライン

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これらの家庭教師実験によって検証したいことは以下の通りである。

まず一つに、家庭教師に取り組む大学生には2種類のタイプの者がいるだろ

うということ。過去のモチベーションの研究によれば、動機付けには外発的な

ものと内発的なものがある (第 1 章で説明 )。今回の家庭教師のモチベーション

についても、給与や評価といった外的要因と、興味や達成感など内的要因があ

る。二者は互いにトレードオフの関係にあるのではないか。調査対象の大学生

も、外発的要因に強く動機付けられる者、内発的要因に強く動機付けられる者

のどちらかに分類されるのではないだろうか。これが一つ目の検証である。

二つ目は、接近モチベーションと回避モチベーションによる分類があてはま

るかどうかという点である。接近・回避モチベーションについても第 1 章で説

明する。受験生の合格やテストの成績上昇などの接近モチベーション、そして

教え子の保護者の目や成績低下といった回避モチベーションに大学生はどのよ

うな反応を示すのか観察する。

外発

図 0‐ 2

実験仮説

略図

内発

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アンケート

大阪府立大学 北田萌子

06-6834-7833(FAX)

[email protected]

家庭教師として働く方のやる気を調査するアンケートです。

家庭教師の立場としてお答えください。

0差し支えなければ氏名記入をお願いします

1あなた自身のことについて

(1) 性別 (男 ・ 女)

(2) 学年 大学( )年生

(3) 専攻 (理系 ・ 文系)

(4) 家庭教師歴 (3ヶ月未満 ・ 3ヶ月以上半年未満 ・ 半年以上1年未満 ・ 1年以上)

(5) 教職科目の受講 (している ・ していない)

(6) 家庭内における立場 (ひとりっこ ・ 一番上 ・ 一番下 ・ 真ん中)

(7) 以前から家庭教師という仕事に興味はありましたか (はい ・ いいえ)

(8) 他のアルバイトとの掛け持ち (している ・ していない)

(9) 受け持ち生徒人数合計 (1人 ・ 2人 ・ 3人 ・ 4人 ・ 5人以上)

(10)受け持っている生徒 (小学生 ・ 中学生 ・ 高校生)

(11)あなたのプライベートは充実していますか (はい ・ どちらともいえない ・ いいえ)

2次ページの各項目について(問1)(問2)それぞれのあてはまるものに○をつけてください。

(問1)家庭教師をする上で、あなたのやる気に影響するものを5段階評価してください。

5.とてもやる気を上昇させる

4.やる気を上昇させる

3.やる気に影響しない

2.やる気を低下させる

1.とてもやる気を低下させる

(問2)各項目の内容は実際に満たされていますか。

a.実際に行われている・実感している

b.ほぼ行われている・実感している

c.どちらともいえない

d.あまり行われていない・実感していない

e.実際には行われていない・実感していない

氏名

※統計時に( )内左から 1,2,3…と数字化して計算した。(10)

については、小学生・中学生・高校生それぞれについて、受

け持っているか否かで 0,1 とした。

※統計時には(問1)(問2)ともに、( )内左から 5,4,3,2,1

と数字化して計算した。

資料1 アンケート用紙

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(問1) (問2)

1 先生と呼ばれる (5・4・3・2・1) (a・b・c・d・e)

2 責任の大きな仕事を受け持つ(受験生など) (5・4・3・2・1) (a・b・c・d・e)

3 目に見える成果があらわれる (5・4・3・2・1) (a・b・c・d・e)

4 授業を通して達成感を感じる (5・4・3・2・1) (a・b・c・d・e)

5 人にものを教える面白さを実感する (5・4・3・2・1) (a・b・c・d・e)

6 生徒数が増える (5・4・3・2・1) (a・b・c・d・e)

7 家庭教師をする上で目標がある(点数・合格など) (5・4・3・2・1) (a・b・c・d・e)

8 生徒の保護者からの注目 (5・4・3・2・1) (a・b・c・d・e)

9 生徒の成績が伸びる (5・4・3・2・1) (a・b・c・d・e)

10 仕事に見合った給料をもらう (5・4・3・2・1) (a・b・c・d・e)

11 自分の努力がテストの点数として表れる (5・4・3・2・1) (a・b・c・d・e)

12 生徒から頼りにされる (5・4・3・2・1) (a・b・c・d・e)

13 教えることは勉強になる (5・4・3・2・1) (a・b・c・d・e)

14 生徒や保護者との人間関係 (5・4・3・2・1) (a・b・c・d・e)

15 年下の子と接する機会を得る (5・4・3・2・1) (a・b・c・d・e)

16 ボーナスをもらう(合格・成績上昇時) (5・4・3・2・1) (a・b・c・d・e)

17 自分自身のスキルアップになる (5・4・3・2・1) (a・b・c・d・e)

18 受け持っている生徒の成績は安定している (5・4・3・2・1) (a・b・c・d・e)

19 時間に自由がきく (5・4・3・2・1) (a・b・c・d・e)

20 だんだん教え方が上達する (5・4・3・2・1) (a・b・c・d・e)

21 他のアルバイトに比べて自給が高い (5・4・3・2・1) (a・b・c・d・e)

22 家庭教師を通じて自信を得ることができる (5・4・3・2・1) (a・b・c・d・e)

3あなたが家庭教師に取り組む態度について

(1) 遅刻することがある (よくある ・ たまにある ・ めったにない ・ 全くない)

(2) 自分の予定で授業をキャンセル、予定変更することがある

(よくある ・ たまにある ・ めったにない ・ 全くない)

(3) 授業の予習にかける時間

(しない ・ 10 分未満 ・ 10 分以上 30 分未満 ・ 30 分以上)

(4) 必要に応じて授業を延長して教えることがある

(よくある ・ たまにある ・ めったにない ・ 全くない)

(5) これまでに受け持った受験生の人数 ( )人

合格した人数 ( )人

資料1 アンケート用紙

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(5) テスト前など、生徒の要望により授業回数を増やすことがある

(よくある ・ たまにある ・ めったにない ・ 全くない)

(8) 受け持った生徒の成績の変化 (上がった ・ どちらともいえない ・ 下がった)

(9) あなたが授業をする上で特に工夫していることはありますか (はい ・ いいえ)

具体的にどのような工夫をしていますか

以上です。

ご協力ありがとうございました。

※統計時には( )内左から 1,2,3…と数字化して計算した。

資料1 アンケート用紙

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第1章.モチベーションとは

1.0 はじめに

この章では、文献を参考にモチベーションとは何か考える。まず初めにモチ

ベーションの言葉の定義を調べる。続いて今回の研究をすすめるヒントになる

であろう「外的動機付け・内的動機付け」と「接近モチベーション・回避モチ

ベーション」とは何かを述べる。ダイヤモンド社出版・松井莱夫著『モチベー

ション』Ⅱ章及びⅧ章より引用した。

1.1 モチベーションとは

車を動かすにはエンジンをかけなければならない。もっとも、坂の上に車を

おけば、エンジンは止めてあっても動く。だが下り坂が終わればやがて止まっ

てしまう。また幾人かで押してやれば、車はエンジンを止めてあっても動く。

だが押すのをやめればそこで止まってしまう。車が人や荷物を乗せて遠くまで

走り続けるためには、車自体の中の「自分を動かすメカニズム」が働いていな

ければならない。

同じことが人間についてもいえよう。われわれは毎日、習慣や惰性から、さ

したる緊張感もなしになにがしかのことはしている。だが、困難や壁を乗り越

えて自分の意図を実現するためには、我々自身の内に、自分を動かす強いエネ

ルギーの発動がなければならない。このエネルギーの発動をモチベーションと

呼んでいる。

1.2 外的報酬と内的報酬

(1 )外的報酬とは、内的報酬とは

報酬には大別して 2 種類ある。一つは、誰かによって、外から与えられるも

ので、たとえば、給料、昇進、称賛などがこれに相当する。これらはすべて組

織や監督者や仲間から与えられるもので、「外的報酬」と呼ばれることがある。

外的報酬によって引き起こされる行動は「外的に動機付けられた行動」といわ

れるが、たとえば、旅行のためのお金を貯めるためにアルバイトに応募する、

などがそれである。

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もう一つの報酬は、ある行動の過程または結果に自然に伴うもので、たとえ

ば達成感、責任感、成長感、興味などがこれである。これらの報酬は、誰かに

よって外から与えられるものではなく、強いていえば、自分で自分に与えるも

のである。このように、ある行動の過程や結果に自然にともなうものを「内的

報酬」と呼び、内的報酬によって行動が続けられている場合、それを「内的に

動機付けられた行動」という。

このように行動は一応、「外的に」または「内的に」動機付けられた行動に分け

られるが、前者の行動が、いつの間にか後者の行動になっていく場合も多い。

たとえば、もともとは旅行のためのお金ほしさに働いていたアルバイト学生が、

しだいにその仕事自体に興味を感じ始め、やがてお金のためよりもむしろ、そ

の仕事の興味から熱心に働く、という場合がそれである。それはちょうど、エ

ンジンのかかりにくい車を押しているうちに、エンジンがかかり自分で走り出

すのに似ている。

私たちの行動は、外的報酬がきっかけとなって起こっている場合が多いが、そ

れが長続きし、またはその行動に熱心になれるためには、その行動に内的報酬

が伴っていなければならない。

(2 )出来高給はモチベーションを損なう

山田君は大いに仕事に興味を感じ、毎日張り切っている。ある日、慈悲深い

経営者がこれを見て「なかなか君はよくやっている。よし、君の努力に報いる

ため、これからはやればやるほど、収入が増えるようにしてあげよう」といっ

て、出来高給を採用することにしたとしよう。さて山田君の仕事への興味はま

すます強まるであろうか。答えは「ノー」である。

アメリカの心理学者デシは、次のような興味深い一連の実験を行っている。

A、B二つの大学生のグループ(それぞれ 12 名)を作り、一人ずつ実験室に

入れ、4 個のパズルを与えて、それぞれを13分以内に解かせる。Aグループ

の学生には実験開始前に、正解 1 個につき1ドル支払うことを約束し、Bグル

ープの学生にはそのような約束はしない。実験終了後、どのグループの学生も、

8 分間だけその部屋に残されるが、その際実験者は学生に「これから4つある

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アンケートのうちどれか一つに答えていただきますが、そのアンケートを選ぶ

ために、あなたの成績をコンピュータに入れに行きたいと思います。5分か 10

分かかりますが、その間、何をしていてもかまいませんが、この部屋からは出

ないでください」と言い残して部屋を出て行く。学生の傍にはテーブルが置い

てあり、その上には、いま実験で使ったものと同種のパズルが数個と数種類の

雑誌と新聞がおいてある。

さて、このような状況の場合、もし学生たちの実験中に十分な内的モチベー

ションが生まれていたら、待たされている8分間の「自由時間」中に、自発的

にパズルを解く可能性が高いと考えられよう。そこでデシは、一方視窓がつい

た隣室から学生の行動をひそかに観察し、この自由時間中に学生たちが自発的

にパズルを手にした時間を記録した。その結果、お金が支払われなかったBグ

ループの学生は平均 208.4 秒間、パズルをいじっていたが、正解 1 個につき1

ドルを約束されていたAグループの学生は平均 108.6 秒しかパズルを手にしな

かった。

さて、以上の実験結果は、出来高給のように、成果に対する形で金銭的報酬

が与えられると、内的モチベーションが損なわれることを物語っている。では

時間給のように、成果とは無関係に金銭的報酬が与えられる場合はどうであろ

うか。

デシは、C、D二つの大学生のグループを作り、Cグループの学生には、正

解とは関係なく2ドル支払うと約束し、Dグループの学生にはお金を支払うこ

とは一切約束しないで前と同じ実験を行った。結果は、8分間の「自由時間」

中に自発的にパズルを手にした平均時間は、Cグループの 192.8 秒に対して、

報酬の約束を受けなかったDグループの平均時間は 190.2 秒で、両グループ間

には差はなかった。そこで先程のA、B両グループと今回のC,D両グループ

の結果を一緒にすると表のようになる。

報酬グループ(各12名 ) 無報酬グループ(各 12 名 )

報酬グループの報酬が成果に対応する場合 (A)108.6 秒 (B)208.4 秒

報酬グループの報酬が成果に対応しない場合 (C)192.8 秒 (D)190.2 秒

表 1-1 無条件報酬と条件付報酬の効果の差異

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表を見ると、B (無報酬 )、C (一律2ドル )、D (無報酬 )の3グループの「自由

時間」中のパズル解きの平均時間にはほとんど違いがないが、Aの正解1個に

つき1ドル支払われたグループだけが平均時間が著しく短いことがわかる。つ

まりこのことは、金銭的報酬は、成果や成績に見合って与えられると著しく内

的モチベーションを損なうが、成果や成績とはまったく無関係に与えられれば、

内的モチベーションには何らの影響も与えないことを物語っている。「内的に動

機付けられている行動に対して、その行動の成果に見合った形で金銭的報酬が

与えられると、その人は金銭的報酬のトリコになり、内的モチベーションを失

う」ということが言える。

(3 )マイナスフィードバックとモチベーション

外的報酬はお金だけとは限らない。自分の仕事の成果を評価されたり、成功、

失敗を体験することも一種の外的報酬となりうる。では、これらは内的モチベ

ーションにどのような影響を与えるであろうか。さらにデシの実験を見よう。

彼は成果を低く評価されたり、失敗の体験(いずれも負のフィードバック )を

持つことが、内的モチベーションにどのような影響を与えるかを調べるために

3つのグループを作った。一つのグループでは、学生が時間内に正解できても

「たしかに解けるには解けたが、他の人の平均時間よりだいぶん遅いね」とケ

チをつけ、解けなかった時には「ほとんどの人には解けたんだがね。まぁいい

だろう、先へ進もう」と言った。また一つのグループでは、大部分の人が解け

ない、特に難しいパズルを与え実験に失敗させた。最後のグループには、普通

のパズルを与え、解けても解けなくても何も言わなかった。結果は、成果を低

く評価されたグループの内的モチベーションは普通の条件のグループよりも低

く、失敗を体験させられたグループの内的モチベーションはさらに低かった。

この結果は、部下の仕事の欠点を指摘するとき、十分に注意しないと、部下の

内的モチベーションが損なわれることを示唆している。「内的に動機付けられて

いる行動に外的報酬として「負のフィードバック」が行われると、自信が損な

われ、その損なわれた度合いに応じて内的モチベーションは低下する」ことが

わかる。

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1.3 接近モチベーションと回避モチベーション

(1 )接近と回避モチベーションとは

小さな部屋の真ん中に、自分で這って動ける子供が居るとしよう。さて、そ

の部屋の隅に、子供の好きなオモチャを置いてみるとどうなるだろうか。きっ

と、その子は、目を輝かせながらオモチャの方に這って行くに違いない。では

その反対側に子供の嫌いなもの、たとえばネコを連れてきて置いてみるとどう

なるだろうか。きっとその子は、脅えながら部屋のオモチャがあった同じ隅の

方に這って行くに違いない。

この例は、一見同じ行動が、まったくアベコベのモチベーションから生まれ

うることを教えている。はじめの場合は、子供は、魅力ある目標 (オモチャ )に

近づくために部屋の隅のほうへ這って行き、後の場合は、いやな目標(ネコ )か

ら遠ざかるために部屋の同じ隅のほうに這っている。外見上は同じことをして

いるように見えるが、モチベーションはまったく逆である。

目標に近づく行動を起こさせるモチベーションは、接近モチベーションと呼

ばれている。このようなモチベーションは、目標に魅力があるときに生まれる。

したがってこのモチベーションによる行動は、生き生きとして充実しており、

その行動が首尾よくできたときには深い喜びが湧く。今日こそは予定していた

仕事を完成しようと、意気込んで出勤するサラリーマンの内には接近モチベー

ションが働いている。したがってその足取りは軽い。

一方、目標から遠ざかる行動を起こさせるモチベーションは、回避モチベー

ションと呼ばれる。このようなモチベーションは目標が嫌悪されるときに生ま

れる。したがってその行動には不安、不快、恐怖がつきまとい、少しも充実し

ていないし、その行動が首尾よくいっても喜びはない。上役ににらまれないた

めに仕事をしている人の内には回避モチベーションが働いている。したがって、

その仕事振りは、上役ににらまれない最小限度にとどまるか、上役の目をごま

かす程度に終わりやすい。人々を積極的に仕事に立ち向かわせるものは、いう

までもなく、接近モチベーションである。

(2 )接近モチベーションの特徴

接近モチベーションには二つの特徴がある。

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第一に、それはイキが長い。たとえば、セールスマンが半年後のセールス目

標を立てたとしよう。目標の達成は半年後であるからまだ遠い先のことである。

しかし既にこの時点で接近モチベーションは発生している。彼はその目標を目

指して営々と働き続ける。もっとも、彼はその半年間、四六時中目標のことば

かりを考えているわけではない。ときには友人とマージャンをすることもあろ

うし、野球を見に行くこともあろう。だがその間も接近モチベーションは生き

続けている。

第二に、目標が近づくと急速に強くなる。日曜日に父親が子供を連れて動物

園に行くとしよう。子供にとって動物園は魅力ある目標である。バスに乗り、

電車を乗り換え、親子は動物園に近づく。やがて動物園の門が見えるところま

で来ると、それまでおとなしく手を引かれていた子供は、急に父親の手を振り

切って門のほうに駆け出していく。それは目標がすぐそこにあるからである。

(3 )回避モチベーション

最近は見られなくなったが、昔はよく、子供がひそかに隣家の柿木によじ登

ったものである。だがこの危険な行為は、いつも成功するとは限らない。作業

中に突如、雨戸が開き、すさまじい形相のオヤジに一喝をくう。あわてて木か

ら飛び降り、見張りともども脱兎のごとく逃げ出し、安全圏まで待避して、そ

こでしばらく様子をうかがう。さて、柿泥棒の例は、回避モチベーションの典

型的なものである。オヤジ (回避すべき目標 )の一喝によって柿泥棒は脱兎のご

とく逃げ出すが、その逃避行はいつまでも続くわけではなく、安全圏に達する

とそこで終わる。それは、回避モチベーションは目標の近くではきわめて強く

働くが、目標から少し遠ざかると急速に弱まり消滅することを物語っている。

回避モチベーションは仕事をする上では、接近モチベーションほどには役立た

ない。それは以下の理由によるものである。

第一に、回避モチベーションはきわめて短命であり、この点、接近モチベー

ションとは対照的である。普通、職場で求められる行動は、長期にわたる行動

であり、したがって回避モチベーションのように、ごく一時的にしか働かない

モチベーションはあまり役に立たない。

第二に、回避モチベーションは、ある行動をさせないためには役立つが、あ

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る行動をさせることにはあまり役立たない。通常、職場で求められるのは「す

ること」であって、「しないこと」が求められるのはむしろ例外である。

第三に、回避モチベーションは、緊迫した状況におかれていないと発生しな

い。たとえば、ドライバーは、それぞれの道路には制限速度が定められている

ことは十分知っているはずだが、白バイや警官の姿がないとこれを守ろうとは

しない。したがって、ドライバーの回避モチベーションに訴えて制限速度を守

らせようと思えば、街中を白バイと警官で埋めつくさなければならない。

工場などで、人々に安全行動をとらせることが難しいのも結局、回避モチベ

ーションが緊迫した状況がないと発生しないことに起因する。つまり、危険が

迫れば強い回避モチベーションが発生するが、そうした現実がないところで安

全行動を強調されても、人々にはあまりピンとこない。したがって、安全行動

をとらせるには、安全行動をとること自体の積極的価値を強調し、安全行動へ

の接近モチベーションを喚起するほうが効果的であろう。

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第 2 章.集団分析

2.0 はじめに

この章では、調査対象である58名全体が持つ特徴を観察する。大量観察は

ある一定の普遍性を持った法則をもたらす。つまり調査対象全体に対して観察

を重ねれば、そこに何らかの法則性が見出され、今回の調査対象である「家庭

教師をする大学生」の平均的な性質を掴むことができるだろう。

その方法としては、記述統計学と推測統計学を活用する。五味文彦氏 (2002

年 )によると、記述統計学とは正しく効率的にデータを読むための方法である。

集団としての特徴を記述するために、観測対象となった各個体について観測し、

得られたデータを整理・要約する。まず、アンケートによって集まったデータ

から、平均値・標準偏差・分散の値を計算する。つまり代表値や散らばりの尺

度によって数量的にデータを要約する。尚、今回のアンケート対象となった大

学生の性質を示す度数分布表については、付録として最終章に添付した。

次に、推測統計学とは、データの分析結果から母集団を推測するものである。

今回は、データ間の関係(相関 )を扱う。アンケート設問2 (問1 )と (問2 )との相

関、アンケート設問2 の (問1 )(問2 )間の差をとり理想と現実のギャップを求

め、それと設問 3との相関を見ていこうと思う。

2.1 平均・分散から見る集団特徴

アンケートでは、設問2 (問1 )として各項目が自分自身のやる気を上げるか、

下げるか5段階で評価してもらった。つまり、各人が自分はどんな要因で動機

付けられるかを数値として明らかにした。設問 2 (問2 )は、これまでの家庭教

師をしてきた現実・実情をこちらも5段階評価してもらった。それぞれの質問

について、回答者全員の平均・標準偏差・分散を計算したのが以下の表 2-1 で

ある。

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動機付けられるかどうか 平 均 値 標 準 偏 差 分 散 実 状 平 均 値 標 準 偏 分 散

(問 1)6 生 徒 数 増 加 2.88 1.01 1.02 (問 2)16 ボーナス 2.03 1.242 1.543

15 年下と接する機会 3.43 0.881 0.776 6 生 徒 数 増 加 2.74 1.292 1.669

1 先生と呼ばれる 3.53 0.706 0.499 18 生 徒 の 成 績 安 定 3.14 1.161 1.349

22 自信を得る 3.57 0.775 0.60 11 努力が結果に現れる 3.33 1.13 1.277

8 保護者からの注目 3.67 1.024 1.048 22 自信を得る 3.34 1.069 1.142

2 責任の大きな仕事 3.86 0.963 0.928 4 達 成 感 3.47 1.012 1.025

17 スキルアップ 3.93 0.792 0.627 17 スキルアップ 3.52 1.013 1.026

20 教え方上達 4.00 0.701 0.491 9 生 徒 の 成 績 向 上 3.55 1.187 1.41

19 時間に自由がきく 4.02 0.896 0.803 2 責任の大きな仕事 3.60 1.297 1.682

16 ボーナス 4.03 1.075 1.157 3 目に見える成果 3.60 1.138 1.296

7 目標がある 4.05 0.736 0.541 7 目標がある 3.69 1.096 1.20

18 生 徒 の 成 績 安 定 4.09 3.672 1.384 10 給 料 3.74 1.101 1.213

4 達 成 感 4.12 0.727 0.529 20 教え方上達 3.79 0.833 0.693

14 人 間 関 係 4.14 0.826 0.682 8 保護者からの注目 3.82 1.02 1.04

5 教える面白さ 4.17 0.861 0.742 5 教える面白さ 3.91 0.912 0.831

13 自分の勉強になる 4.17 0.841 0.707 15 年下と接する機会 3.93 0.953 0.907

10 給 料 4.19 0.805 0.648 19 時間に自由がきく 3.98 1.094 1.196

21 時 給 が 高 い 4.24 0.823 0.678 14 人 間 関 係 4.00 0.879 0.772

11 努力が結果に現れる 4.45 0.68 0.462 12 生徒からの信頼 4.03 0.772 0.595

12 生徒からの信頼 4.55 0.567 0.322 1 先生と呼ばれる 4.10 1.135 1.287

3 目に見える成果 4.67 0.473 0.224 21 時 給 が 高 い 4.10 0.931 0.866

9 生 徒 の 成 績 向 上 4.74 0.48 0.23 13 自分の勉強になる 4.16 0.914 0.835

表 2-1 設問 2 平均・分

(問1 )(問2 )それぞれ、平均値によって昇順並べ替えを行った。さらに、各質

問項目を内的動機付け要因と外的動機付け要因によって色分けした。網掛け部

分が外発的な要因であり、それ以外が内発的な要因である (注 2-1)。

この結果、以下のことが明らかになった。まず、表左側(問1 )動機付けられ

るか否かと表右側(問2 )実状を比べて、散らばりの程度に差は見られない。(問

1 )(問2 )どちらも各項目間に散らばり具合に大きな差はないと言える。

さらに、平均値に関して見ると、 (問2 )「実状」については外的動機付け要

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因・内的動機付け要因が比較的まんべんなく配置されているのに対し、 (問1 )

「やる気を上昇させるか否か」については、外的動機付け要因の平均値が内的

動機付け要因のそれよりも明らかに大きいことがわかる。

2.2 現実と理想の相関性

次に、家庭教師をする大学生が「動機付けられる要因」と「実際に満たされ

ている要因」の相関性を見る。全体として、大学生が「この要因が満たされる

と動機付けられる」と感じている要因 (理想 )ほど、実際に満たされていれば (現

実 )、家庭教師業界全体としては健康的であると言えるだろう。そこで、 (問1 )

と (問2 )の相関性を調べた。ここで用いたのは、ピアソンの積率相関係数 (注

2-2)であり、相関の程度を示すのが相関係数である。各項目のうち、有意 (注 2-3)

であるものだけをまとめたのが以下の表 2-2 である。

問 題 番 号 2 4 5 6 7 8 12

相 関 係 数 0.335 ̈ 0.280・ 0.427 ̈ 0.325・ 0.477 ̈ 0.439 ̈ 0.517 ̈

有 意 確 率 0.01 0 .033 0.001 0.013 0 .00 0.001 0 .00

N 58 58 57 58 58 57 58

問 題 番 号 13 14 15 17 19 20 21 22

相 関 係 数 0.718 ̈ 0.653 ̈ 0.433 ̈ 0.527 ̈ 0.474 ̈ 0.451 ̈ 0.518 ̈ 0.543 ̈

有 意 確 率 0.00 0 .00 0.001 0 .00 0 .00 0 .00 0 .00 0 .00

N 58 58 58 58 57 58 58 58

表 2-2 設問 2 (問1 ) (問2 )相関性

(¨相関係数は1%で有意 ・相関係数は5%で有意 )

この表から、有意なものに関して、(問1 )と (問2 )は正の相関、つまり動機付

けられる度合いが大きくなるほど、実際に満たされている程度も大きくなるこ

とがわかる。

2.3 理想・現実の差と大学生の行動

では次に、理想と現実の差の大小と、大学生が家庭教師に取り組む姿勢の相

関性を考えたい。その方法として、まず各個人が評価した設問2の (問1 )(問2 )

の値の差をとり二乗した。これが理想と現実のギャップを表現し、この値が大

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きくなるほど大学生自身が「動機付けられると感じている要因」と「実際に満

たされている度合い」がかけ離れていることになる。

この表が、各質問項目について

差の二乗を計算し、昇順に並べた

ものである。この表においても外

的動機付け要因に網掛けで色をつ

けた。内的要因の理想と現実の差

が比較的小さいのに対し、外的要

因はその差が大きい傾向にあるこ

とがわかる。

さらに、各個人の「差の二乗」

の値と、設問3「教師の授業態度」

の相関を調べた。

問 13 教えることが勉強にな 25問 14 人間関係 30

問 20 教え方上達 40

問 12 生徒からの信頼 42

問 21 時給が高い 44

問 22 自信を得る 51

問 5 教える面白さ 54

問 17 スキルアップ 56

問 19 時間に自由がきく 60

問 7 目標がある 63

問 8 保護者からの注目 67

問 15 年下の子と接する機会 69

問 4 達成感 90

問 10 給料 92

問 1 先生と呼ばれる 103

問 2 責任の大きな仕事 105

問 6 生徒数増加 106

問 18 生徒の成績安定 107

問 3 目に見える成果 152

問 9 生徒の成績向上 173

問 11 努力が結果に現れる 179

問 16 ボーナス 366

差 の 二 乗 (全 体 ) 差 の 二 乗 (外 発 ) 差 の 二 乗 (内 発 )

成 績 Pearson の 相 関 係 数 0 .442 ̈ 0 . 475 ̈ 0 .266・

有 意 確 率 0.001 0 .000 0 .046

N 55 56 57

回 数 増 Pearson の 相 関 係 数 0.205 0 .310・ 0 .028

有 意 確 率 0 .133 0 .020 0 .835

N 55 56 57

キャンセル Pearson の 相 関 係 数 -0 .217 -0 .147 -0 .271・

有 意 確 率 0 .119 0 .288 0 .045

N 53 54 55

表 2-3

(問1 )- (問2)の二乗

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設問3は、遅刻やキャンセル、工夫の有無など、大学生が家庭教師に取り組

む態度を評価するための9問の質問を用意した。そのうち前の表 2-4 では、有

意なものだけをまとめている。

受け持ち生徒の成績については、外発的動機付け要因・内発的動機付け要因

の別に関わらず、理想と現実のギャップが開くほど生徒の成績は見事なまでに

下がっていることがわかる。特に、大学生が外発的動機付け要因について自身

がおかれた現状に疑問を抱いているとき、彼らの受け持つ生徒の成績は著しく

下がるのである。

生徒の要望に応じて授業回数を増やすことがあるかどうかについては、外発

的要因について有意であった。外発的に満たされていないと感じる大学生ほど、

授業回数をふやすことは稀になる。さらに大学生が、自分の都合で授業をキャ

ンセルするのは、内発的に不満を感じるほど頻度が増す。

2.4 動機付け向上の施策

家庭教師に取り組む大学生全体を動機付けるものは、内発的要因に比べて外

発的要因の方が影響力が大きいことがわかった。それは、給料やボーナスとい

った金銭的動機付け要因に限らず、生徒の成績など目に見える評価なども含ま

れている。しかし、その一方で、外発的動機付け要因は満たされていない。表

2-3 からもわかるように、大学生が外発的要因に動機付けられるにも関わらず、

実際に満たされている項目は少ない。さらに外的要因は、その理想と現実のか

け離れる度合いも大きい。家庭教師業界全体としては、金銭や評価など外的報

酬の提供の仕方を見直すべきだと言えるだろう。そうすることで、家庭教師の

モチベーションの低さが生徒の成績低下に影響することは減り、教師は積極的

に授業回数を増やして授業に取り組むだろうことも明らかになったのである。

2.5 考察

この章から、家庭教師をする大学生が外的報酬を求めていること、それらが

実際には満たされていないことが明らかになった。これは、家庭教師のモチベ

ーションを上げるために大きなポイントとなるだろう。例えば、理解度や効率

表 2-4 差の二乗と授業態度相 (¨相関係数は1%で有意 ・相関係数は5%で有意 )

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を上げるテキスト、出来高給制などを取り入れた場合を考えてみる。この場合、

大学生は自分の努力を生徒の成績に直結しやすくなったり、教師としての自身

の評価をはっきり手にすることができたりするようになるだろう。この章の結

果を追えば、家庭教師業界全体として、きっと外的報酬に動機付けられ、納得

して働く大学生が多く出現するだろうと考えられる。

しかし、ひとくくりに「外発的動機付け要因」と言ってもあまりに幅が広す

ぎる。金銭面の施策をとればいいのか、評価の改善をすればよいのか、このま

までは曖昧である。さらには、こうした外発的要因に動機付けられない例外的

性質を備える大学生も少なからずいるはずである。次章では、彼ら少数派のモ

チベーションも汲み落とさずに観察し、外的要因についてもさらに細かく分析

していきたいと思う。

(注 2-1) 人間関係に関する項目は一般に、外的要因に分類される。しかし、このアンケートにおけ

る「生徒からの信頼」「人間関係」は、努力の結果、他者から与えられる人間関係を指すのではない。

授業を繰り返し、生徒と親密になることで自ら築く居心地の良さを意味している。よってこの論文

内においては、内的要因として扱うことに注意してもらいたい。「保護者からの注目」については、

他者からの評価という意味で外的要因として扱う。

(注 2-2) で定義される。

相関係数は- 1≦r≦1の範囲にあり、- 1 あるいは1に近づくほど完全な相関性があると

言える。

(注 2-3)あらかじめどの程度の稀少確率を考えるかにより、有意か否かが変わりうる。この基準の確

率を有意水準 significance level という。

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第 3 章.クラスター分析

3.0 はじめに

この章では、クラスター分析を実施する。集団アンケートにより得たデータ

から被験者をクラスターに分け、似た者同士の小さな集団を観察する。その小

集団特有の動機付けのポイントと特徴を考察する。

3.1 クラスター分析とは

クラスター分析とは、一群の対象のどれとどれが類似しているかを見つけ出

すために用いられるさまざまな数学的方法の総称であり、その数は数百にもの

ぼる。たとえば、川岸から一群の小石を拾い集め、その大きさや形や色といっ

た属性に注目して、類似の小石を同一の山にえり分ける場合、物理的にクラス

ター分析を行っている。類似の小石の山のそれぞれがクラスターということに

なる。

今回の分析で用いるのは、階層的クラスター分析である。H.C.Romesburg

『実例クラスター分析』によると、階層的クラスター分析法は、一連の定めら

れた段階を踏んで行われるが、その主要段階は次の通りである。 (1 )列がクラ

スター分析すべき対象を表わし、行がその対象の特徴を示す属性であるような

データマトリックスを集めること。 (2 )データマトリックスを任意に標準化す

ること。 (3 )データマトリックスまたは標準化データマトリックスを用いて、

類似係数の数値を計算し、対象のすべての組の間の類似度を測定すること。(4 )

クラスター化する方法を用いて、類似係数の数値を処理し、その結果、対象の

すべての組の間に見られる類似度の階層を示す樹形図 (デンドログラム )と呼ば

れる図形を描くこと。この樹形図から、クラスターを読み取ることができる。

なお、クラスター化法は Ward 最小分散クラスター化法 (注 3‐1)を用いる。

3.2 デンドログラムを作成する

集団アンケートにより得られたデータによって、大学生をいくつかのクラス

ターに分類したい。そこで、設問2 (問1 )何に動機付けられるかの問いに注目

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し、この問いかけに対する 5 段階評価点数のつけ方によって大学生を分類した。

(樹形図は省略)

3.3 デンドログラムを読み取る

樹形図は、それを見れば互いの類似度の関係がつかめる。互いの距離が近く

類似度が高いほど、樹形図の枝の長さは短くなり、逆に互いの距離が遠く性質

がかけ離れるほど、樹形図の枝の長さは長くなる。全頁のデンドログラムを見

ると、もっとも大きく枝が伸びているのが被験者 Num55 と Num29 を分ける

枝である。つまり今回のアンケートにより、樹形図上で、Num14 から Num55

までの 19 名と、 Num29 から Num28 の被験者とに大別できることがわかる。

さらに、Num48 と Num5、Num22 と Num39 のそれぞれの間にも十分な距離

があり、切断個所があると考えられるだろう。よって家庭教師をしている大学

生集団全体は以上4つのクラスターに分類できる。そして、Num39~Num28

をクラスター1、Num14~ Num55 をクラスター2、Num5~Num22 をクラス

ター3、Num29~Num48 をクラスター4とする。

3.4 各クラスターの性質

4つに分類された各クラスター固有の性質を探るため、アンケートの各問に

対する点数のつけ方の違いを観察する。まず、設問2 (問1 )(問2 )の得点につ

いて、クラスターによる分散分析を行った。有意確率が比較的小さな問のみに

注目し、記述統計によって、クラスター内の平均得点を各問について算出した。

F値 有 意 確 率 クラスター1 クラスター2 クラスター3 クラスター4

(問 1 )_2 13.176 0.000 3 .74 4 .17 3.8 1 .33

(問 1 )_4 6.866 0.001 3 .84 4 .41 3.2 4 .33

(問 1 )_5 10.722 0.000 3 .79 4 .69 3.4 3 .33

(問 1 )_6 6.526 0.001 2 .79 3 .24 2.4 1 .00

(問 1 )_7 3.902 0.014 3 .95 4 .28 3.8 3 .00

(問 1 )_8 3.889 0.014 3 .21 4 .00 4 .00 2 .67

(問 1 )_9 9.133 0.000 4 .37 4 .97 4.8 5 .00

(問 1 )_10 3.861 0.014 4 .05 4 .38 3.4 5 .00

(問 1 )_11 6.636 0.001 4 .26 4 .79 3.8 4 .33

(問 1 )_12 4.084 0.011 4 .21 4 .66 4.8 5 .00

(問 1 )_13 7.289 0.000 3 .53 4 .52 4.4 4 .33

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(問 1 )_14 9.354 0.000 3 .47 4 .41 4.8 4 .67

(問 1 )_16 9 .237 0.000 3 .95 4 .34 2.2 5 .00

(問 1 )_17 11.093 0.000 3 .26 4 .31 4 .00 4 .33

(問 1 )_18 3.055 0.036 3 .26 3 .76 3.8 4 .33

(問 1 )_20 7.828 0.000 3 .47 4 .34 4 .00 4 .00

(問 1 )_22 5.784 0.002 3 .11 3.9 3.8 3 .00

F値 有 意 確 率 クラスター1 クラスター2 クラスター3 クラスター4

(問 2 )_7 3 .73 0.017 3 .16 4 .14 3.6 3 .33

(問 2 )_8 4 .06 0.011 3 .32 3 .93 4.4 5.0

(問 2 )_13 4.827 0.005 3 .58 4 .34 4.8 4 .67

(問 2 )_14 8.183 0.000 3 .37 4 .24 4.8 4 .67

(問 2 )_15 3 .62 0.019 3 .42 4 .21 4.0 4 .67

(問 2 )_20 5.174 0.003 3 .37 4.1 4.2 3.0

この表 3-2 には、有意な数値のみを表記しており、さらに平均点の値が比較

的大きなセルに格子網掛け、比較的小さい数値に塗りつぶし網掛けを施し色分

けした。各クラスター構成員は、問 (1 )の各問について格子網掛けがかかって

いる項目について動機付けられると感じているし、塗りつぶし網掛け項目につ

いてはやる気を低下させられると感じていることになる。また各クラスター構

成員の家庭教師環境は、問 (2 )の各問に関して格子網掛けがかかっている項目

が現状として実際に行われていて、塗りつぶし網掛け項目は実際に行われてい

ない項目であると言えるのである。表 3‐3 がこれらをまとめたものである。

(表3-3は省略)

表 3-2 クラスター構成員の各問平均点

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3.5 各クラスターの特徴と命名

表 3‐3 を見ると各クラスターの特徴が明らかである。

クラスター1自分が家庭教師をする上で置かれている環境には、目標や好

ましい人間関係もなく、家庭教師経験に対して、自身の勉強や教え方の上

達、スキルアップとしての魅力を見出すことができない。全般に、「内発

的な要因に動機付けられないグループ」であると言える。

クラスター24つのクラスターの中で、もっとも多くの要因から刺激を受

け、非常に動機付けられやすいクラスターである。特に、責任ある仕事や

目標、教えることの面白さ、さらには自分自身の勉強になるといった内発

的な要因に強く反応しモチベーションを上げる特徴を持つ。このクラスタ

ーは、「内発的要因に動機付けられるグループ」である。

クラスター3家庭教師の勤務先で人間関係をうまく築き、自身も保護者や

生徒からの信頼をはじめとする人間関係にやる気を感じる集団である。こ

のクラスターは、人との関わりに関する項目にはっきりとした反応を示す

「人間関係重視型グループ」である。

クラスター4生徒からの信頼や成績など生徒に関することにはある程度

動機付けられているが、責任、目標、自信といった仕事に関する内発的項

目ではモチベーションが低い。一方、他クラスターと比較して特長的なの

は、金銭的な要因への反応である。給料やボーナスといった要因にはっき

りと動機付けられる「金銭報酬重視グループ」である。又、クラスター4

には、回避モチベーションが働いていると考えられる。つまり、このクラ

スターは、保護者からの注目を疎ましく思う一方で、実際には保護者の注

目にさらされている。彼らは、保護者の目の届く範囲では「良い先生」で

ある努力をすると考えられる。

3.6 各クラスター内大学生の家庭教師に取り組む態度

各クラスターの構成員の理想と現実の差を考える。前章集団分析と同様、設

問2 (問1 )と (問2 )の差が理想と現実の差となる。

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F値 有意確率 クラスター1 クラスター2 クラスター3 クラスター4

差の二乗(全体) 2.750 0.052 28.95 36.96 34.40 71.00

差の二乗(外発) 2.357 0.082 18.84 24.21 24.40 45.67

差の二乗(内発) 2.463 0.073 10.11 13.29 10.00 25.33

表 3-4 クラスターごとの(問1 )-(問2 )の二乗

表 3-4 が各クラスターについて、設問 2 (問1 )― (問2 )の二乗の値の平均をま

とめたものである。クラスター4が他に比べて非常に理想と現実に差が大きい。

つまり満たされるべき項目が満たされていない。逆にクラスター1はその差が

小さい。また全体として内的動機付け要因に対して、外的要因の方が差が大き

く広がることがわかる。 表 3- 5 各クラスター差の二乗と授業態度相関性

差の二乗(全 体 ) 差の二乗(外 発 ) 差の二乗(内 発 )

クラスター1 成 績 Pearson の相 関 係 数 0 .552・ 0.418 0.660 ̈

有 意 確 率 0.014 0.075 0.002

N 19 19 19

クラスター2 キャンセル Pearson の相 関 係 数 -0.427・ -0.247 -0.578 ̈

有 意 確 率 0.024 0.197 0.001 N 28 29 28

回 数 増 Pearson の相 関 係 数 0.255 0.386・ 0.049

有 意 確 率 0.190 0.039 0.809 N 28 29 28

成 績 Pearson の相 関 係 数 0.407・ 0.484 ̈ 0.168

有 意 確 率 0.032 0.008 0.393 N 28 29 28

次に、差の二乗と授業態度の相関を見た。有意であったのは、表 3-5 中の項

目のみであるが、内発的に動機付けられないクラスター1の大学生は、内発的

な理想と現実のギャップが広がれば広がるほど受け持ち生徒の成績が下がるこ

とがわかる。内発的に動機付けられるクラスター2は、内発的不満が大きくな

るほど自分の都合で授業をキャンセルすることが増える。さらには、外発的に

満たされることによって授業回数を増やしたり、生徒の成績を伸ばすことが可

能になる。

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3.7 各クラスターに対する動機付け向上の施策

以上のクラスター別の分析を通して、各クラスター内の大学生のモチベーシ

ョンを上げるにはどうすればよいか考える。

クラスター1理想と現実の差は小さかったが、これは決して健康的なものだと

は言いきれないと考えられる。つまり、家庭教師をする上で理想も現実もレベ

ルが低いのでその差が小さくなったのである。自らは内発的に動機付けられな

いにも関わらず、内的報酬の変化によって生徒の成績に悪影響さえ及ぼしかね

ない。このクラスター構成員には、家庭教師をする魅力を提供することが必要

である。受験生を合格させる喜ばしい経験や、生徒との信頼関係を掴むなどの

経験を通じてまず家庭教師という仕事自体に関心を向けさせなければならない。

そして、いずれかの項目に対してモチベーション上昇の針が大きく振れるよう

にもっていく必要があるだろう。

クラスター2 このクラスターは教えることの面白さを求めている。「打てば響

く」タイプの生徒を受け持たせることでやる気を高める。受験生や目標に向か

って努力することを好む彼らには、接近モチベーションが強く働くはずである。

受験生など責任の大きな仕事を与えることで長期的なモチベーションを保ち、

積極的に仕事に取り組むようになるだろう。一方で、内的要因に不満を抱けば

授業態度もキャンセル増など消極的になりかねない。彼らの外的要因の不満が

生徒の成績に影響する。外的要因を満たす施策としてボーナスなどを与えるの

ではなく、自身の家庭教師としての能力の高さを的確に「評価」されたいとい

う気持ちに応えてやることが必要だと言える。

クラスター3このクラスターに金銭報酬の施策は逆効果である。かえってモチ

ベーションを下げることさえある。彼らが望んでいることは人間関係の向上の

みである。生徒から頼りにされ、それに応えることで自信を得てやる気につな

げる。このクラスターの構成員には、受け持ち生徒のテストの点数という数値

的な評価よりも、例えば保護者からのお礼や励ましのコメント、生徒からの「良

い先生である」という評価が有効である。

クラスター4環境に急激な変化は危険である。つまり責任ある仕事や生徒数の

増加は逆効果である。受け持っている生徒とのペースを保つことのできる安定

した仕事環境を提供することが必要である。理想と現実のギャップが大きいと

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いう点から見ると改善の必要性が感じられる。内的ギャップについては、責任

ある仕事をしたくないのに任されている大学生や、保護者からの注目を嫌うの

に注目を感じている大学生がクラスター内に存在する可能性が考えられる。ま

ずこの重圧から解放すること。保護者の目が回避モチベーションとして働いて

いる可能性は高いが、このモチベーションは極めて短期的であり、保護者の目

の届かないところでは無意味である。外的には金銭報酬をうまく利用すること

でモチベーションは上がる。その場合、目標達成に応じたボーナスなどの施策

をとり、回避モチベーションを接近モチベーションへと推移させていくと良い

だろう。

3.8 考察

クラスター分析の結果、4つのクラスターに分類できた。前章では一般に、

家庭教師は外発的動機付け要因を求めているという結論であった。しかし、ク

ラスターに分けてみると、同じ外発的要因であっても、クラスター4は金銭を

求め、クラスター2は的確な評価に動機付けられる。さらには、クラスター3

のように外的報酬が不要な集団さえあることがわかった。家庭教師業界全体と

して、がむしゃらに外的報酬の改善施策を施した場合、業界全体としてはモチ

ベーションが上がったように見えたかもしれない。しかし、その中をよく覗い

てみると、ある大学生個人にとってその施策は無意味あるいは逆効果さえ与え

る可能性があるのである。

又、現状では、接近モチベーションが有効に働いていないことも浮かび上が

った。クラスター2に対して、受け持ち生徒条件などの仕事環境を整えてやれ

ば質の高いモチベーションが期待できるにも関わらず、接近モチベーションに

よる動機付けが不完全燃焼状態である。そして、金銭に動機付けられる大学生

に対して、保護者の目は「さぼらせないこと」について有効である。しかし、

回避モチベーションとして働くこの要因は、自ら積極的に仕事に励ませるため

には影響力が小さいだろう。回避モチベーションによる動機付けを、接近モチ

ベーションによる動機付けへとシフトしていく必要性が見て取れた。

(注 3‐ 1)Ward 法は、初期状態で情報の欠損0から出発し、結合の各ステップで情報欠損(誤差)

の増加を最小にするようなクラスターの組を選び、結合を行うことを意味する。

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第 4 章.個人分析 (インタビュー )

4.0 はじめに

第 4 章では、前章で明らかになった「クラスターごとの性質の差のルーツ」

を探りたいと思う。ある大学生がなぜそのクラスターに所属しているのか、家

庭教師に対する個人特有の考え方はどこから発生し、何に影響されているのか。

インタビューを通して個人に焦点をあてる。

4.1 インタビューの進め方

インタビューは1対1の面接形式で行った。被験者は4つのクラスターのう

ち、規模の大きかった上位2つ(クラスター1とクラスター2 )から選んだ。ク

ラスター1に所属する被験者をA、クラスター2の被験者をBと名付ける。内

藤哲雄 『PAC分析実施法入門~「個」を科学する新技法への招待』によると、

実験者は、被験者に対し、一つ一つ確認するようにゆったりと発声することに

留意しなければならない。そして、オープンクエッション(注 4-1)を原則とする。

以下はインタビュー中の会話を記録したものである。

4.2 インタビュー内容

① 金銭報酬について

北田;お給料について聞いてもいいですか。

A;給料悪いんだよね。小学生だから。時間も短いし自給も 1200 円で安いか

ら。

他にバイトやってるから別にいいけど。

北田;いくらあれば理想ですか。

A;別に上限はないな。くれるなら授業時間もいくらでも延ばすし授業回数も

増やすな。

北田;ものすごく高いお給料がプレッシャーになることはないですか。

A;やることやってるもん。絶対東大とか京大にいれて欲しいとか言われて大

金もらうなら断るけど。もともと小学校の宿題を見てやって欲しいって言

われて始めたから。その仕事はきちんとこなしてるからね。

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北田;お給料について聞かせてください。

B;今は中3を教えてて1時間 1500 円で教えてる。

北田;受験生にしては安くないですか。

B;そうかも。でも授業時間のびたりしたら+αでもらったりもする。

北田;時給が 3000 円に値上がったらどう思う。

B;プレッシャーやわ。今教えてる子あんまり成績良い方じゃないし、教えて

も成績伸びるのには正直限界もあると思うし。

金銭的報酬について、両者の考え方には明確な差が見られた。クラスター1

の被験者Aは、自分の仕事ぶりを十分であると評価している。だから、たとえ

高い金銭報酬をもらっても抵抗はない。一方、クラスター2の被験者Bは、今

の自分の仕事と給料を客観的に見合わせて妥当であると考えている。自分の教

える能力だけでなく、教えている生徒の成績などを考慮している。両者の間に

は、仕事に対するプレッシャーや責任の感じ方に大きな違いがあるようである。

さらに、これと関連して「失敗経験」についてのインタビューにも興味深い違

いが見られた。

② 挫折・失敗経験について

北田;うまく教えられなかったり、生徒の成績が伸び悩んだりしたことはあり

ますか。

A;あぁ「繰り上がりのある掛け算の筆算」教えるのはてこずった。当り前に

やってることだからうまく説明できずに。小学生だから本人が「わからな

い」って思い込んでしまうとちっとも先に進まなくて。

北田;結局生徒さんは理解しましたか。

A;なんとかね。まぁ学校でも毎日計算練習させられて、俺の家庭教師の時間

にもやらされてたら嫌でも解き方に慣れたみたい。

北田;そのとき、絶対理解させてやるぞという気持ちにはなりませんでしたか。

A;こっちが焦っても仕方ないと思ってじっくり進めた。自分も小学校のとき

に自分で納得しなきゃ前に進めないタイプだったから。俺は逆に生徒がスラ

スラ問題解いてる時の方が、もっといっぱい問題解かせてやろうって思う。

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北田;家庭教師をしてきて失敗経験とかやめたいと思ったことはありますか。

B;今の生徒になってからはないかな。昔高校3年生の頭いい受験生をみてた

ときには、授業行くたびに毎回やめたいと思ってた。予習して行っても質

問にきちんと答えられなかったりしてたから。

北田;どうやって乗り越えたの。

B;ひたすら時間が過ぎるのを待ってた。あとは、自分が予習してきた問題だ

けを授業で扱うようにもっていって、解けなさそうな問題はなるべくとば

して…。

北田;その生徒さんは合格しましたか。

B;した。心底安心したし、やっと終わったって思った。

北田;次新しく今の生徒さんを引き受けるとき勇気いりませんでしたか。

B;最初はめっちゃ緊張してた。でも今の子は、私が教えられるちょうどいい

レベルやし、自分が教えた問題がテストに出て、丸もらって帰ってきてく

れると嬉しくなる。自分が教えて成績がアップしているのを感じられる気

がする。

両者には家庭教師における失敗経験に違いがある。自分の能力に責任を感じ

るような経験を持つBは、家庭教師の仕事に対して常にある程度のプレッシャ

ーを感じているようである。①金銭報酬についてのインタビューで、高い給料

を望まなかったのもこのプレッシャーが影響していると考えられる。過去の挫

折経験においては、家庭教師の時間や難しい問題から逃げることの不快さを味

わっている。そして彼女自身、その当時のモチベーションの低さを振り返って

いる。しかし、その失敗経験が現在の受け持ち生徒の授業に対するモチベーシ

ョンを高めていると考えることもできる。自分の努力や教え方が、生徒の成績

や表情に直接反映されること、家庭教師としての仕事を果たしていると実感す

ることが、今の彼女には何よりの動機付け要因として働くのである。

一方Aは、「教えるのが難しい」「家庭教師としての務めを果たしていないか

もしれない」といった緊張感とはほど遠い。生徒が理解にてこずっていても、

いなくても、そのペースを見守り授業を進めていく様子がうかがえる。その様

子には、教え方に対する自信さえ感じられる。しかし、生徒の成績や理解、授

業から得られる達成感は被験者Bを動機付けないようである。

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③ 人間関係

北田;生徒の家庭との人間関係に不満はありますか。

A;教えてる生徒の家は共働きだから、めったに保護者の人に会うことはない

んだ。1カ月に1回くらいかな。

北田;会ったときはどんな話をするの。

A;「うちの子はきちんと宿題していますか」「先生からももっと宿題だしてや

ってください」とか言われる。

北田;それ聞いてどう思う。

A;初めは言われる通りに宿題増やしたり、授業の様子報告したりしてたけど。

最近は毎回会うたびにそれやから、ある程度聞き流してる。せっかく俺と生

徒の間でいい授業のペースできてるのに崩すのも嫌やし。

北田;生徒や保護者の方とのコミュニケーションは問題ないですか。

B;いつのまにか生徒も自分からクラブの話とかしてくれるようになった。今

は受験が目前に迫ってきてるし、不安を相談されたりすると、やっぱりかわ

いく思えてくる。

北田;その生徒さんを受け持った初めのうちはどんな様子でしたか。Bさんか

ら積極的に話しかけたりしてたの。

B;そうやな。わりと会話しようと頑張ってたかも。

北田;保護者の人はどうでしたか。

B;おばさんは初めから話しやすかった。テストの成績悪くても「せっかく先

生一生懸命教えてくれてるのに」とかフォローの言葉かけてくれたり…。

人間関係についてのインタビューでは、Aはあくまでも生徒との関係を重視

している。授業をすることが自分の役目であり、学校の勉強に遅れをとらさな

いことに徹底している。そのための教え方、授業の進め方について、自分なり

の方法を確立していてそのやり方に自信を持っている。だから時には、保護者

との人間関係が疎ましく感じられるようである。ここでもまた「自分のやり方

でやりたい。自分は仕事を十分にこなしている」という思いが強く表れている

ように感じられた。

そしてBは、人間関係についても緊張感を持って臨んでいるようである。保

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護者については「接しやすい人」であることに安心しているのだろう。生徒も

彼女に心を開いてくれたことで、Bは家庭教師をしやすい環境を手にいれたの

かもしれない。

4.3 考察

インタビューを通じて、被験者 2 名が家庭教師に取り組む上で根本となって

いる考え方がはっきりと表れた。前章クラスター分析では、「内発的に動機付け

られないクラスター」に属することがわかったAであるが、インタビュー結果

を見ても確かに、人間関係や達成感などに動機付けられている様子はない。し

かしAに関して言えば、「内発的に動機付けられない」=「家庭教師という仕事

にやる気がない」という意味ではないことがわかった。つまり、彼は家庭教師

という仕事をわりとたやすく坦々とこなしているのである。だから、とりたて

て人間関係や授業の成果を気にかけることもない。しかし、前章で見たように、

クラスター1に属する彼にとって、受験生合格や困難な生徒の受け持ちといっ

た刺激的な出来事を経験させることは、家庭教師に取り組む上で彼の価値観を

変化させるだろう。そして、ちょっとした人間関係などに素直に動機付けられ

るようになる可能性もあると考えられる。

一方「内発的に動機付けられる」クラスター2に属する被験者Bは、やはり

金銭よりもやりがいや人間関係について積極的に発言してくれた。しかしイン

タビューの間、頻繁に「前の生徒は…」という発言が繰り返されていた。彼女

の中に、前の生徒で味わったプレッシャーの存在が大きいことは明らかである。

クラスター2は、どんなことにも動機付けられて高いモチベーションで授業を

展開する家庭教師像であった。しかし彼女の場合、インタビューを通して、「家

庭教師の仕事を立派にこなすこと」が失敗経験のプレッシャーを解消し、モチ

ベーションを上げるという流れが考えられることが明らかになったと言えるだ

ろう。

(注 4-1)二者択一ではなく、被験者に自由な回答を可能にする質問形式

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第 5 章.結論

他人のモチベーションをどのように上げるのか。そのためには、自分が向き

合っている特定個人にピントを合わせた施策が必要であることがわかった。カ

メラのピントを絞るように、集団からクラスターそして個人という順に調査す

ることで以下のことがわかった。

集団分析では、外発的動機付けが働くモチベーションとして求められている

らしいという結果が導かれた。「外発的要因が満たされると自分はやる気にな

る」と感じている働き手と、その要因こそ実際には実現されている度合いが低

いというギャップ。この問題点こそ、集団分析から明らかになった改善点だと

言えるだろう。

しかし、「外発的動機付け要因が有効」という情報は実際に施策とするには漠

然としていた。まず第一に、外発的要因という言葉の定義は、第一章で見たよ

うに領域が広いという問題点がある。外発的要因のなかでも一体何を提供すれ

ば働き手のモチベーションは上がるのだろうか。そして第二に、集団全体は外

発的要因を求めていても、ある特定個人はひょっとしたら例外かもしれないと

いう問題点。もし自分が向き合っている相手が、その「例外」に該当する人物

であったら、そのモチベーション上昇施策は無意味となる。

これらを解決したのがクラスター分析である。今回の調査では、全体58名

が4つのクラスターにわかれた。その分類軸は次の二本であった。一本目が、

内発的に動機付けられるか、あるいは内発的に動機付けられないか。二本目が、

金銭に惹かれるか、あるいは人間関係に惹かれるか。これら4クラスターそれ

ぞれの性質の研究から、第 1 章から進んで以下のことが明らかになった。まず、

集団のモチベーションを上げるとされた「外発的要因」には、「金銭的要因」と、

目に見える結果や点数などの「評価要因」のふたつがあること。誰に対しても

両方ともがモチベーションを上げるのに有効なのではなくて、あるクラスター

には金銭が有効でも他のクラスターには逆効果となった。評価要因についても

同様である。そして、外発的動機付け要因がモチベーションを高めない人物の

存在も、クラスター分析を通して明らかになった。集団分析により施策が通用

しない個人が存在するということである。 どのクラスターに属するかによっ

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て、その人の仕事に対する考え方、有効な施策が非常にはっきりした。

しかし、クラスターの性格を個人に無理に押し付けるだけでは危険である。

各クラスターのイメージの裏に隠れている個人特有の事情や経験を汲み取って

やる必要がある。そこで用いた手段がインタビューであった。例えば、ある個

人が「内的に動機付けられないグループ」というクラスターに属するのは、教

え方に対する絶対的な自信が原因していたり、また失敗経験から「内発的要因

に動機付けられるクラスター」に属するようになった個人がいたりする。クラ

スター分析から施策は立てられたとしても、その背景を読み取るには面接が必

要であることが再認識された。

では、「研究の進め方」でたてた実験の仮説を振り返ってみると、やはり私た

ちは働く上で内的要因と外的要因に動機付けられていた。外的要因に強く惹か

れる者もいれば、内発的なものに動機付けられるタイプに者もいることははっ

きりと確認された。さらには、外的要因の中に「金銭」と「評価」という大き

な2くくりが存在することもわかった。また、仕事をさぼらせない回避モチベ

ーション動機付け要因、長期的な努力を期待できる接近モチベーション動機付

け要因。どちらも万人に対して有効なわけではない。つまり、ある人には接近

モチベーションを上手に高めてやる環境が必要であり、またある人には回避モ

チベーションから接近モチベーションへのシフトが必要である。接近あるいは

回避モチベーションの有効性も、やはり個人の考え方と働く環境・条件が重な

り合って決まることが明らかになったのである。

自分が向かい合っている一人の人間のモチベーションを高めたい。そのとき

には、個人ばかりを見ていても何も見えてこない。もちろん、集団全体を見渡

していても焦点の定まらない方法しか思いつかないだろう。まして、集団に対

する施策が必ずしも個人に有効ではないことが証明されたばかりである。私た

ちは、集団から個人へと目を動かすことで、他と比較し、彼に欠けている、あ

るいは彼が得意とする分野を見出すことができると思う。何を刺激されると相

手は動機付けられるのか。それは、本人がもともと持つ仕事への価値観や過去

の経験、おかれている環境に大きく影響されるのである。モチベーション上昇

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を図る場合、こうした個人的な事情は無視できない。これらの事情が個人の内

面で複雑に絡み合っていて、その結果働く態度に個人差が表れるのだと考える。

だから、集団と個人の比較という方法を提案し、相手個人のモチベーション上

昇を高めることは意味あることだと考えるのである。

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参考文献

著書

高橋正泰・山口善昭・磯山優・文智彦 『経営組織論の基礎』2000 年

中央経済社

五味文彦 『統計学入門』2002 年 東京大学出版会

東京大学教養学部統計学教室編

津田眞澄ほか 『人事労務管理』1998 年 ミルネヴァ書房

内藤哲雄 『PAC分析実施法入門~「個」を科学する新技法への招待』

2002 年改訂 株式会社ナカニシヤ出版

松井莱夫 『モチベーション』ダイヤモンド社

山田雄一 『ヒューマンオフィス 個性尊重の職場心理学』1992 年

読売新聞社

H.C.Romesburg 『実例クラスター分析』1992 年 西田英郎・佐藤嗣二訳

株式会社内田老鶴圃

論文

加護野忠男・北居明・鈴木竜太・松本雄一 2001 年

『生協における経営理念と競争有意 -地域・理念・店舗の適応関係を探る-』

コープこうべ・生協研究機構

付録 参考文献

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付録 度数分布表

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付録 度数分布表

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付録 度数分布表