乳幼児の MRI...

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聖マリアンナ医科大学雑誌 Vol. 46, pp. 231–237, 2019 1 聖マリアンナ医科大学 小児科 2 国立成育医療研究センター 総合診療部 3 社会福祉法人みなと舎ライフゆう 4 埼玉医科大学総合医療センター 小児科 乳幼児の MRI 検査における鎮静薬の有用性と安全性 しょう ろう 1, 2 みず ぐち こう いち 3 さか ひろ かず 4 やま もと ひとし 1 (受付:平成 30 11 15 ) 体動を自制することが困難な小児の MRI 検査では鎮静が必要となるが鎮静薬の選択に関 する標準的なプロトコルはないのが現状である我々は本邦で多く使用されているトリクロホ スを用いた鎮静プロトコルを作成し有効性と安全性について評価した2014 10 月から 2017 3 月の間に行った生後 1 か月以上 7 歳未満の鎮静のリスクが低い患者に対する予定 MRI 検査について後方視的に検討したトリクロホス 6080 mg/kg を内服させ鎮静が不十 分な場合にはミダゾラムヒドロキシジンペンタゾシンを静脈注射で追加した検討対象は 225 (月齢中央値 7 か月) ありそのうち 223 (99.1%) で鎮静下に検査を完遂できたこの 223 例のトリクロホス投与量の中央値は 68.2 mg/kg であったトリクロホス単剤で鎮静された 群は 152 (68.2%)複数薬剤を要した群は 71 (31.8%) であった月齢の中央値トリクロ ホス投与量の中央値平均鎮静時間有害事象数はいずれも複数薬剤を要した群で有意に高 かったトリクロホス単剤で鎮静できたカットオフ月齢は 16 か月であった複数薬剤を要し た群は年長の傾向にあり鎮静時間の遷延有害事象の増多を招いたことから月齢に応じた 薬剤選択撮像体制の構築が安全性や成功率の観点から必要である索引用語 検査時の鎮静鎮静薬MRIトリクロホス 小児の磁気共鳴画像 (magnetic resonance imaging: MRI) 検査は体動の自制が困難な場合鎮静下で 行われるしかし MRI 検査はコンピューター断層 撮影 (computed tomography: CT) 検査や脳波検査に 比して比較的深い鎮静を要するうえに検査中の 患者の状態が把握しづらい場所で行われるという 危険性を有するわが国における MRI 装置の人口 100 万人当たりの台数は経済協力開発機構加盟国 の中で最も多く 1) MRI 撮像は日常的に行われてい る検査であるが小児の患者に対する MRI 検査に おいて鎮静薬の選択に関する標準的なプロトコル はない小児の MRI 検査における鎮静の実態がMRI 査を行う小児患者の鎮静管理に関する実態調査2) より示され施設により鎮静方法が大きく異なるこ 鎮静管理中の記録が乏しいこと医療者の配置 などが問題点として浮き彫りになったさらに416 施設中 147 施設 (35%) で鎮静に伴う合併症を経験し ておりうち呼吸停止は 75 施設 (18%)心停止は 3 施設 (0.7%) が経験していることが明らかになったこれを受けてMRI 検査時の鎮静に関する共同提 3) (以下共同提言) が発表され鎮静環境の安全 面を中心とした改善が期待されている共同提言発表後 1 年の時点で大分県内の提言で示 9 231

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原 著 聖マリアンナ医科大学雑誌Vol. 46, pp. 231–237, 2019

1 聖マリアンナ医科大学 小児科2 国立成育医療研究センター 総合診療部3 社会福祉法人みなと舎ライフゆう4 埼玉医科大学総合医療センター 小児科

乳幼児のMRI検査における鎮静薬の有用性と安全性

加か

久く

翔しょう

太た

朗ろう

1, 2 水みず

口ぐち

浩こう

一いち

3 阪さか

井い

裕ひろ

一かず

4 山やま

本もと

  仁ひとし

1

(受付:平成 30 年 11 月 15 日)

抄 録体動を自制することが困難な小児の MRI 検査では鎮静が必要となるが,鎮静薬の選択に関

する標準的なプロトコルはないのが現状である。我々は本邦で多く使用されているトリクロホスを用いた鎮静プロトコルを作成し,有効性と安全性について評価した。2014 年 10 月から2017 年 3 月の間に行った。生後 1 か月以上 7 歳未満の鎮静のリスクが低い患者に対する予定MRI 検査について後方視的に検討した。トリクロホス 60〜80 mg/kg を内服させ,鎮静が不十分な場合にはミダゾラム,ヒドロキシジン,ペンタゾシンを静脈注射で追加した。検討対象は225 例 (月齢中央値 7 か月) あり,そのうち 223 例 (99.1%) で鎮静下に検査を完遂できた。この223 例のトリクロホス投与量の中央値は 68.2 mg/kg であった。トリクロホス単剤で鎮静された群は 152 例 (68.2%),複数薬剤を要した群は 71 例 (31.8%) であった。月齢の中央値,トリクロホス投与量の中央値,平均鎮静時間,有害事象数は,いずれも複数薬剤を要した群で有意に高かった。トリクロホス単剤で鎮静できたカットオフ月齢は 16 か月であった。複数薬剤を要した群は年長の傾向にあり,鎮静時間の遷延,有害事象の増多を招いたことから,月齢に応じた薬剤選択,撮像体制の構築が,安全性や成功率の観点から必要である。

索引用語検査時の鎮静,鎮静薬,MRI,トリクロホス

緒 言

小児の磁気共鳴画像 (magnetic resonance imaging:

MRI) 検査は,体動の自制が困難な場合,鎮静下で行われる。しかし MRI 検査はコンピューター断層撮影 (computed tomography: CT) 検査や脳波検査に比して,比較的深い鎮静を要するうえに,検査中の患者の状態が把握しづらい場所で行われる,という危険性を有する。わが国における MRI 装置の人口100 万人当たりの台数は,経済協力開発機構加盟国の中で最も多く1),MRI 撮像は日常的に行われてい

る検査であるが,小児の患者に対する MRI 検査において,鎮静薬の選択に関する標準的なプロトコルはない。

小児の MRI 検査における鎮静の実態が「MRI 検査を行う小児患者の鎮静管理に関する実態調査」2) により示され,施設により鎮静方法が大きく異なること,鎮静管理中の記録が乏しいこと,医療者の配置などが問題点として浮き彫りになった。さらに,416

施設中 147 施設 (35%) で鎮静に伴う合併症を経験しており,うち呼吸停止は 75 施設 (18%),心停止は 3

施設 (0.7%) が経験していることが明らかになった。これを受けて「MRI 検査時の鎮静に関する共同提言」3) (以下,共同提言) が発表され,鎮静環境の安全面を中心とした改善が期待されている。

共同提言発表後 1 年の時点で大分県内の提言で示

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Page 2: 乳幼児の MRI 検査における鎮静薬の有用性と安全性igakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/464/46-4-02Shotaro...図1 検討対象 結果 期間中に鎮静下に行うことが予定されたMRI

された内容の実施率は,共同提言での推奨度 A の項目が 75%,推奨度 B 56%,推奨度 C 37%と報告された4)。Kimiya らは,早産児を中心とした 3 歳以下の小児に対し,共同提言を基としたプロトコルを作成し,経口摂取制限を敷き,睡眠時間を制限して管理した上で,トリクロホス単剤による鎮静で 98.7%

と高い MRI 撮像の成功率を報告した5)。共同提言に沿った鎮静環境の改善は,安全面のみならず MRI

撮像の成功率にも寄与する可能性がある。今回我々は鎮静のリスクが低いと考えられる小児に対し,トリクロホスを用いたプロトコルを作成して検査を行い,鎮静法の有効性と安全性について後方視的に検討した。

方 法

対象2014 年 10 月〜2017 年 3 月に,国立成育医療研究

センター総合診療部で行った生後 1 か月以上 7 歳未満の児に対する鎮静下の予定 MRI 検査について後方視的に検討した。スコットランド大学間協議会ネットワークのガイドライン6)を参考に,鎮静リスクが高いと考えられる背景のある (早産,先天性心疾患,先天性頭蓋内病変,確定診断されている発達障害および染色体異常) 児は除外し,The American Society

of Anesthesiologists physical status (ASA-PS ) でASA-PS 1 (A normal healthy patient) と判定された児を対象とした。また児の検査への慣れや,医療者側が前回の鎮静の情報を参考とすることの影響を除く目的で,国立成育医療研究センターで初回の MRI

検査を受ける児のみを対象とした。なお,本研究は国立成育医療研究センター倫理委

員会の承認を得て (承認番号 1155) 実施した。

鎮静下MRI検査のプロトコル・検査前の体制

共同提言を参考として作成した「鎮静検査に関する同意書」を取得し,1 泊入院で実施した。共同提言に準じて,清澄水は 2 時間,母乳は 4 時間,人工乳あるいは固形物は 6 時間前からの経口摂取制限を敷いた。緊急対応および追加鎮静薬投与のための静脈路確保を行ってから鎮静を開始した。

鎮静薬はまずトリクロホス 60 mg/kg を経口投与した。投与 30 分後に後述する方法で鎮静状態の評価を行い,鎮静が不十分な場合にはトリクロホス 20

mg/kg の追加内服を行った。トリクロホスのみで入眠が困難だった場合には,ミダゾラム,ヒドロキシジン,ペンタゾシンのうちから,担当医が必要と判断した薬剤を 2 種類まで追加静脈注射を行った。

鎮静薬の投与開始時から,検査中も含め退院まで経皮的動脈血酸素飽和度モニターにて連続監視を行った。また鎮静薬の投与開始時から覚醒を確認するまで,専用の記録用紙を用いて心拍数,血圧,呼吸回数,酸素飽和度および状態の記録を行った。検査室への移送中および検査中の監視は,小児二次救命処置法 (Pediatric Advanced Life Support) プロバイダー資格を持つ医師が行った。鎮静の深さは付き添いの医師が評価し,必要と判断した場合に追加鎮静薬を投与した。・鎮静状態の評価

触れても目覚めない状態を鎮静されたと判定し,目が覚め飲水できた時点を覚醒と判断した。鎮静されたと判定した時点から覚醒と判定した時点までを鎮静時間とした。・鎮静の成功の評価

一連の撮像が終了した時点で小児放射線科医が画像を確認し,体動の影響なく読影可能と判断されたものは検査を終了した。不十分な場合は続けて取り直しを行った。鎮静を行って,必要な画像が全て取得できたことを鎮静成功とした。・調査項目

トリクロホスおよび追加した鎮静薬の種類,量,鎮静の成否,鎮静時間,有害事象の有無を調査した。

統計解析連続型データの要約は平均値と標準偏差もしくは

中央値と範囲を用いて行い,離散型データの要約は割合を用いて行った。トリクロホス単剤で鎮静できた群と複数薬剤を要した群に分け,群比較を行った。月齢およびトリクロホスの投与量については中央値を用いて Mann-Whitney の U 検定で,鎮静時間は平均値を用いて t 検定で比較を行った。有害事象の有無はカイ二乗検定で比較を行った。

トリクロホス単剤で鎮静が見込める月齢を探索するため,トリクロホス単剤での鎮静の成否と月齢のROC 曲線を作成し,感度と特異度の和が最大となる月齢を求めた (Youden Index)。統計解析には EZR

(ver. 1.36) を用いた。

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図 1 検討対象

結 果

期間中に鎮静下に行うことが予定された MRI 検査は 325 例あった。早産の 18 例,先天性心疾患の4 例,先天性頭蓋内病変の 35 例,確定診断されている発達障害の 11 例,染色体異常の 23 例,2 回目の検査であった 1 例を除外した。また実際には鎮静を行わなかった 4 例,トリクロホスが使用されなかった 4 例を除外し,225 例 (月齢中央値 7 か月) を検討対象とした (図 1)。撮影部位および目的は腰部 161

例,(仙骨部皮膚陥凹および臀裂の精査 161 例),頭部 30 例 (てんかん 16 例,発達遅滞 10 例,頭部打撲後 4 例),四肢 11 例 (血管腫 2 例,整形外科疾患 9例),その他 23 例であった。

223 例 (99.1%) で鎮静に成功した。鎮静に失敗した 2 例も MRI 室内でビデオ視聴をしながら撮像することにより,検査は完遂した。鎮静に成功した 223

例におけるトリクロホス投与量の中央値と四分位範囲は 68.2 (60.0–79.0) mg/kg であった。トリクロホス単剤で鎮静された群は 152 例 (68.2%),複数薬剤を要した群は 71 例 (31.8%) あった。複数薬剤を要した群の追加薬剤はヒドロキシジンが 56 例,ヒドロキシジン+ミダゾラムが 14 例,ペンタゾシンが 1 例であった。ヒドロキシジンの投与量中央値は 1.0 mg/

kg,ミダゾラムの投与量中央値は 0.15 mg/kg だった。トリクロホスの総投与量が 80.0 mg/kg 以上となった例数は,トリクロホス単剤群で 9 例 (トリクロホス単剤群の内 5.9%),複数薬剤群で 11 例 (複数

薬剤群の内 15.5%) あり,全体で 20 例 (鎮静に成功した 223 例の内 9.0%) あった。

トリクロホス単剤群と複数薬剤を要した群を比較すると,月齢中央値: 単剤群 5 か月: 複数薬剤群 12

か月 (P<0.001),トリクロホス投与量中央値および四分位範囲 単剤群 61.6 (60.0–78.0) mg/kg: 複数薬剤群 78.0 (60.2–80.0) mg/kg (P=0.0017),平均鎮静時間(±標準偏差 ): 単剤群 105±51.8 分: 複数薬剤群161±83.4 分 (P<0.001) であった。有害事象は,酸素飽和度が 90%未満となり,酸素投与を要した低酸素血症をトリクロホス単剤群で 1 例,複数薬剤群で 5

例に認めた (表 1)。検査を中止するに至るような重篤な有害事象は両群ともに認めなかった。

トリクロホス単剤での鎮静の成否と月齢の ROC

曲線を作成した (図 2)。感度と特異度の和が最大となる月齢のカットオフ値は 16 か月であった。トリクロホス単剤で鎮静された割合は,16 か月以下の月齢と 17 か月より大きい月齢で,それぞれ 76.8%,36.2%であった。

考 察

鎮静リスクの低い乳幼児に対するトリクロホス内服を基本とした鎮静の成功率は,99.1%と高かった。今回の研究と同様に,あらかじめ静脈路を確保し,医師付き添いのもとクロラール系薬剤とミダゾラムを使用して鎮静 MRI 検査を行った他施設からの報告では,全体の成功率は 82%,トリクロホス内服のみでの成功率は 25%とされている7)。 本検討の対象

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表 1 トリクロホス単剤群と複数薬剤を要した群の比較

図 2 ROC 曲線によるトリクロホス単剤での鎮静閾値の探索

に低月齢の児が多く含まれていたことが,高い成功率に寄与した可能性がある。

比較的年少の児においてトリクロホス単剤で鎮静できた,という結果に関与した要因として,半減期の長さが考えられる。トリクロホスは体内で代謝され,トリクロロエタノールとなる。トリクロホスの新生児,小児における血中濃度半減期は明らかでないが,トリクロホスと同様に体内でトリクロロエタノールとなる抱水クロラールの血中濃度半減期は新生児で 28 時間,生後 4 か月の小児で 9.6 時間,成人では 8.2 時間とされる8)。半減期が長いことは呼吸抑制や鎮静時間遷延のリスクとなりうるが,今回の対象・検査体制ではトリクロホス単剤で鎮静された群では大きな有害事象を認めなかった。一方で複数薬剤を用いた群で有意に鎮静時間の遷延,有害事象の増加をみた。鎮静の重篤な合併症のリスク因子として,過量投与および 3 剤以上の併用が挙げられている9)。追加投与した薬剤の投与量中央値はそれぞれ,ヒドロキシジン 1.0 mg/kg,ミダゾラム 0.15 mg/kg

であり通常の投与量の範囲内であった。今回の検討結果からも,複数薬剤を投与することの危険性が裏付けられたといえる。

トリクロホスは 2012 年に添付文書が改訂され,体内で同等となる抱水クロラール坐剤との併用も含めた上限量の遵守が求められるようになっている。しかし,日本小児科学会研修施設を対象とした日本小児科学会医療安全委員会によるアンケート調査によれば,MRI 検査においてトリクロホスシロップを使用する際に初回投与量 0.8 ml/kg 以下 (トリクロホスとして 80 mg/kg 以下) を厳守すると回答したのは59.2%で,追加する場合でも厳守するとの回答は9%,追加する場合は総投与量 0.8 ml/kg を越えるとの回答は 46%であったとの報告があり,トリクロホ

スの上限量は守られていない現状がある10)。今回の検討対象の 225 例のうち 205 例 (91.1%) で

トリクロホスの投与量は 80.0 mg/kg 以下であった。トリクロホス投与量の中央値と四分位範囲は 68.2

(60.0–79.0) mg/kg であり,この投与量においてトリクロホス単剤での鎮静は 16 か月前後まで成功率が比較的高いことが示された。(図 2) それ以上の年長児ではトリクロホス単剤での鎮静は困難な可能性が高まる。月齢による成功率の差の結果は,トリクロホス単剤で鎮静が得られるかを推し量る参考となる。トリクロホス単剤で鎮静が難しいと考えられる月齢においては,あらかじめ別な鎮静方法を準備する,あるいは複数薬剤を要することを念頭に置いて,安全確保の準備をしておいた方が良いと考えられる。

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一方,鎮静薬を用いない MRI 検査法として,新生児では 30%ブドウ糖液の内服11),6 歳以上ではプレパレーションとビデオ視聴12)によって撮像が可能とする報告がある。本研究では触れても目覚めない状態を鎮静されたと定義したため,ビデオ視聴によって検査を完遂できた例は鎮静の失敗と判断したが,ビデオ視聴を利用すると浅い鎮静でも検査を可能にするとも考えられる。年齢に応じて適切な薬剤を選択し,さらに薬剤以外の鎮静法を採用することは,検査の成功と安全性の向上に寄与すると考えられ,今後の課題である。

今回の研究は単一施設からの報告であり,MRI の各画像取得のシークエンスの違いといった,詳細な撮像にかかった時間の差異について調査ができていない。また酸素投与について,いずれも酸素飽和度が 90%未満となって行われていたが,酸素投与を開始する基準について一律に定めたものではなく,担当医の判断であったことは後方視的研究の限界である。今後は全身疾患から鎮静のリスクの高い症例や,発達障害など鎮静が困難であることが予想される症例に対する,安全で成功率の高いプロトコルや体制などに関する検討も望まれる。

結 語

鎮静を必要とする乳幼児の MRI 検査において,トリクロホス単剤で鎮静可能な例は乳児に多く,複数薬剤を要する例は年長の傾向にあった。鎮静リスクの低い乳幼児に対して,トリクロホス単剤で鎮静できるカットオフ値は 16 か月であった。複数薬剤の使用は鎮静時間の遷延,有害事象の増多を招いた。年齢に応じた薬剤選択,検査体制の構築が,安全性や成功率の視点から必要である。

本稿の要旨は第 60 回日本小児神経学会学術集会(2018 年 5 月,東京) において発表した。

謝 辞

統計学的解析についてご助言を賜りました聖マリアンナ医科大学 医学情報学 井上永介先生に深謝いたします。

文献リスト

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1 Department of Pediatrics, St. Marianna University School of Medicine2 Department of General Pediatrics & Interdisciplinary Medicine, National Center for Child Health and Development3 Minatosha Life Yu4 Department of Pediatrics, Saitama Medical Center

Abstract

Efficacy and Safety of Sedatives in Infants and

Young Children Undergoing MRI

Shotaro Kaku1, 2, Kouichi Mizuguchi3,Hirokazu Sakai4, and Hitoshi Yamamoto1

Sedation is necessary for MRI examinations in children who have difficulty restraining their body move‐ments. We prepared a sedative protocol using triclofos, which is widely used in Japan, and evaluated its efficacyand safety. We retrospectively reviewed the planned MRI examinations in children aged from 1 month to 7 yearsold between October 2014 and March 2017. Patients considered to be at high risk for sedation were excluded.Triclofos 60 to 80 mg/kg was orally administered, and midazolam, hydroxyzine or pentazocine was added intra‐venously when sedation was insufficient. With this regimen, the planned MRI examinations were completed in223 of 225 patients, and the median dose of triclofos was 68.2 mg/kg. One hundred fifty-two patients (68.2%)

were sedated with triclofos alone, and 71 (31.8%) required multiple drugs. The median age, median dose oftriclofos, average sedation time, and number of adverse events were significantly higher in the multiple druggroup. The cut-off age of patients who could be sedated with triclofos alone was 16 months. The multiple druggroup tended to be older, leading to prolonged sedation time and an increase in adverse events.

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