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12 思考力・判断力をはぐくむ 言語活動の一例 〜明治政府の政策の評価〜 島根県公立中学校教員 1 いまさら 言語活動? 平成24年度より完全実施される新教育課程 (中学校)で重要事項の一つとして取り上げ られているのが「言語活動の充実」である。 あえていわなくても現場ではこれまでも実 感していたことだと思う。だから、なぜいま さら? という教員がいることも確かである。 しかし、私は、この「なぜいまさら?」の中 に、これまでとは違う「言語活動」の位置づ けがあるのではないかと考えている。 今まで通り、資料を読みとったり、自分の 意見を発表したり、誰かに提言したりする学 習活動は「いまさら」の学習なのだと思う。 この活動も大切であるが、一方、社会科なら ではの言語活動とは何かをこの機会に考える 必要があるのではないかと思う。 中教審答申にあげられている「思考力・判 断力・表現力」をはぐくむ学習活動(誌面の 都合で略)から判断すると、言語活動は表現 力だけに係るのではなく思考や判断の基礎で あることは明白である。 すなわち、事実の理解、概念等の解釈、情 報の分析とあるように、単に考えを自己の生 活実感や経験から述べるだけではなく、確か な根拠を持って、事実を整理しながら、順序 だてて説明できることが中核だと考える。し たがって、少し硬い表現になるのかもしれな いが「理屈」が正しいことが必要で、提言や 指摘も「納得」させる論述が求められる。言 語活動を支えるための技能[スキル](たと えば推論、因果関係の理解、情報の分類、比 較対照)の習得が年間指導計画上に位置づけ られて、はじめて正しい「理屈」と確かな「納 得」が得られるのである。 2 理屈と納得の話し合い活動 言語活動の例として、明治政府が行った4 つの政策「四民平等・地租改正・学制・徴兵 令」について、生徒に考えさせてみよう。 1 4つの政策を行った明治政府の目的と各 政策の内容をまとめてみよう。(略) 資料としてまとめさせ、掲示しておくのもよい。 2 明治維新に対して人々はどのような期待 をしていたのだろうか。 3 政府と当時の人々の考え方の違いについ て具体的に考えてみよう。 ① 次のA・B2つの資料を見て考えよう。 欧米諸国に追いつきたい 江戸時代より生活が楽になる

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思考力・判断力をはぐくむ言語活動の一例〜明治政府の政策の評価〜

島根県公立中学校教員

1いまさら 言語活動?

 平成24年度より完全実施される新教育課程

(中学校)で重要事項の一つとして取り上げ

られているのが「言語活動の充実」である。

 あえていわなくても現場ではこれまでも実

感していたことだと思う。だから、なぜいま

さら? という教員がいることも確かである。

しかし、私は、この「なぜいまさら?」の中

に、これまでとは違う「言語活動」の位置づ

けがあるのではないかと考えている。

 今まで通り、資料を読みとったり、自分の

意見を発表したり、誰かに提言したりする学

習活動は「いまさら」の学習なのだと思う。

この活動も大切であるが、一方、社会科なら

ではの言語活動とは何かをこの機会に考える

必要があるのではないかと思う。

 中教審答申にあげられている「思考力・判

断力・表現力」をはぐくむ学習活動(誌面の

都合で略)から判断すると、言語活動は表現

力だけに係るのではなく思考や判断の基礎で

あることは明白である。

 すなわち、事実の理解、概念等の解釈、情

報の分析とあるように、単に考えを自己の生

活実感や経験から述べるだけではなく、確か

な根拠を持って、事実を整理しながら、順序

だてて説明できることが中核だと考える。し

たがって、少し硬い表現になるのかもしれな

いが「理屈」が正しいことが必要で、提言や

指摘も「納得」させる論述が求められる。言

語活動を支えるための技能[スキル](たと

えば推論、因果関係の理解、情報の分類、比

較対照)の習得が年間指導計画上に位置づけ

られて、はじめて正しい「理屈」と確かな「納

得」が得られるのである。

2理屈と納得の話し合い活動

 言語活動の例として、明治政府が行った4

つの政策「四民平等・地租改正・学制・徴兵

令」について、生徒に考えさせてみよう。

1 4つの政策を行った明治政府の目的と各

政策の内容をまとめてみよう。(略)

資料としてまとめさせ、掲示しておくのもよい。

2 明治維新に対して人々はどのような期待

をしていたのだろうか。

3 政府と当時の人々の考え方の違いについ

て具体的に考えてみよう。

① 次のA・B2つの資料を見て考えよう。

欧米諸国に追いつきたい

江戸時代より生活が楽になる

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地 理

公 民

地 図

社会科

歴 史

歴 史中学生の

資料A・資料Bはそれぞれどんな立場の人

が何をしているところだと思いますか。資

料をよく見て根拠を示して答えなさい。

[解答例]

ア 資料Aからわかること。

・木づちで壁を壊しているので、何かに不満

がある。

・服装が農民のような人たちが壊している。

・遠くの方でも火や煙があがってみえる。

・提灯に山田村とか、豊原村とか書いてある

ので、村の人たちが何か騒動を起こしてい

る。

イ 資料Bからわかること。

・手前の高台にいる人たちは着物を着ている

旧武士たちで、洋服を着た軍隊の人と戦っ

ている。

 ここでの言語活動は、資料を読み取りそれ

を表現する活動である。絵画資料は、その読

み取りの段階で説明を求められることが多い

ため、自分なりの見方を自分の言葉で表現す

ることを目的としているが、気づきの表現に

過ぎない。したがって、この気づきを深めて

いく言語活動が必要である。

展開例

② 次ページの資料1を見て反乱はどこでお

きたのか考えよう。

③ どんな立場の人が、どんなことに対して

不満を持っていたのでしょうか。政策の

内容、理由を示す資料を示し具体的に説

明しなさい。

[説明例]

ア 士族の立場で説明します。

 資料2、3からわかりますが、士族は四民

平等の政策によって、これまで武士しか認め

られなかった権利(名字・帯刀)を奪われた

り、俸禄が廃止されるなどして不満が大きく

なった。資料3を見ると、武士の誇りとも思

われる刀を持つことをとがめられて嬉しくな

かった。新しい世の中になって、良くなると

期待していたが、逆に悪くなったように思い

ました。

資料A 伊勢騒動(地租改正反対一揆)

「中学生の歴史 初訂版」p.163

資料B 西南戦争

「中学生の歴史 初訂版」p.162

資料A・資料Bの共通点は何か

・何かに抵抗している。

・不満が爆発している。

・明治政府と対立している。

・広い範囲での暴動である。

資料A・資料Bの違いは何か

・戦っている人の立場が違う。

    旧武士と農民

明治政府との対立点・妥協点について

説明しよう。

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イ 平民の立場で説明します。

 資料2から四民平等の政策によって、名字

もなのることができたり職業や婚姻の自由が

得られたりしてよかったと思いました。江戸

時代までの身分による制限がなくなって平民

となれたことは嬉しかったと思います。しか

し嬉しいことばかりではないというのが、資

料4からわかります。明治政府の地租改正や

徴兵令の政策によって平民は江戸時代よりも

きびしい生活に追い込まれました。土地に税

がかかり現金で支払うので、物価や米の価格

に影響され米価が下がったときなどは苦しか

ったといえます。資料5でわかるように、徴

兵令も農業の働き手をとられるので新しい時

代に期待していた人々は怒りに近い感情だっ

たと思います。

 ここまでの展開は、資料を並列的にとらえ、

既習の知識と関連づけて判断することを目標

とした学習活動である。特定の立場に立って、

根拠を持って説明することは言語活動を用い

た表現活動として必要である。単に、想像し

て感想を述べるのではなく、明確な根拠を選

びそれに基づく活動が、言語活動を用いた授

業では大切である。この発表を学級全体とし

て行うと事実認識は深まると考えられる。

  人々の不満は何? いいことは?

資料1 (「中学校スタンダード歴史資料」p.136)

資料3 (「中学校スタンダード歴史資料」p.136)

資料2 (「中学校スタンダード歴史資

料」p.129)

資料4 (「中学校スタンダード歴史資料」p.131)

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地 理

公 民

地 図

社会科

歴 史

歴 史中学生の

3言語による表現から分析を深める

 同じように不満を持っていた士族と平民が

同じ気持になって明治政府に立ち向かうこと

はできたかどうかを考える。

 ここで資料A・Bを再び見るとどうも共に

力を合わせていないということが再確認でき

る。生徒は個々の立場の根拠を明確に確認し

ているので、その根拠自体に他の立場とは相

容れない状況が存在することに気づくはずで

ある。次のテーマで考えさせよう。

2つの立場は同じ目的なのだから、協

力することはできなかったのか

[生徒の解答]

 A 資料2について前に述べましたが、名

字をなのることができたり職業や婚姻の自由

が得られたりしてよかったと思った。制限が

なくなったことは政策に対して良いと感じて

いることだと思うが、元士族は4つの政策と

も納得できなかった。それは、資料2・3か

ら武士の特権が奪われれたことが明白だから。

これまで特権によって2つの立場に線が引か

れていたから、とくに特権を奪われた側は平

民と同じように受け止めることはできなかっ

たので、協力することはできないと思う。

 B 平民はこれまで武士の時代だったから

自分たちも同じ立場になれて嬉しかった。士

族はこれまでとちがって平民と同じになって

何となく嫌だったから協力したくないと思っ

た。

 誌面の都合で詳細は略するが、AとBの違

いは思考力をはぐくむための言語活動を重視

した学習かどうかの差である。Bのように

「なんとなく」とか「〜という感じ」という

ような生徒の発言は現場では多いが、今回の

改訂は、そうではなく、いかに理屈を正しく

述べ、相手を説得できるかどうかが重要であ

る。すなわち、政策の内容理解+資料の分析

による解釈を生徒自身の感想ではなく、事実

の集積として述べることが必要である。した

がって、Aのように長いセンテンスできちん

と説明することによって、社会認識形成とし

ての社会科学習は成立する。歴史に「もし」

はないが、もし2つの立場が協力したら、政

府はどう対応しただろうか。このことについ

て同様に議論できると、政府の行った分離政

策は、結果的には明治政府のトップダウン政

策の成果かもしれないということに気づく生

徒もいるかもしれないと思う。

 正しい「理屈」と「確かな納得」の得られ

る言語活動を、いろいろな教材を通して指導

していきたい。

資料5 (「中学校スタンダード歴史資料」p.131)