がんと遺伝子、がんとゲノム
東京医科歯科大学 がんゲノム診療科 / 乳腺外科
熊木 裕一
第32回 東京医科歯科大学医師会市民公開講座
本日の内容
がんの原因
がんゲノム医療
遺伝性のがん
本日の内容
がんの原因
がんゲノム医療
遺伝性のがん
がんは増えている
・がんの罹患数、死亡数は高齢化とともに増加
・一方、がんの生存率は、医療の進歩などにより向上
国立がん研究センターがん情報サービスホームページより
罹患数(全部位)
死亡数(全部位)
約37万人
約98万人
⇒がんの「生存者」は増えていく
がんの原因
がんの原因は遺伝子の異常
すべて遺伝子の異常
に行き着く
☆環境的要因
☆遺伝的要因
☆複製エラー(突然変異)
●喫煙 ●食生活●飲酒 ●肥満●慢性感染 etc…
遺伝子は細胞の設計図
https://www.hamajima.co.jp/bio/2015/01/22/dnaは染色体の中で適当に折りたたまれている/より改変して引用
=30億対の文字列(A,T,G,C)
細胞 核
染色体
ヒストン
DNA
A
T
G
C
対
遺伝子は細胞の設計図• DNA(30億対の文字列)上にはタンパク質を暗号化しているかたまりがあり、このかたまりを遺伝子(gene)と呼ぶ
• 遺伝子やDNA全体を指してゲノム(genome)と呼ぶ
遺伝子DNA
遺伝子
タンパク質を暗号化
ゲノム
・・GGC GTA GGC ・・ ・・ACA GTG AAA・・
遺伝子は細胞の設計図• DNA上の3つの文字が1つのアミノ酸に対応する• アミノ酸が連なってタンパク質となる
http://www.advanced-tech-inst.co.jp/information/knowledge_01.htmlより改変して引用
DNA
タンパク質アミノ酸体の中で
=様々な機能(増殖など)
3つの文字
RNA転写
翻訳
ゲノムの複製• ゲノムは細胞分裂の際に複製される
• 30億対の文字列をコピー⇒一定の割合で複製エラーが生じる(写し間違い)
例:・・・GCT ACA GTG AAA TCT・・・↓
・・・GCT ACA GAG AAA TCT・・・ ⇒たいていの場合は何も起きない(1000万文字に1回⇒ 100億文字に1回)
複製エラー• 細胞の増殖に関わる遺伝子に複製エラーが起こると…
• 細胞ががん化する
• 細胞のがん化の原因となる遺伝子をドライバー遺伝子という
ドライバー遺伝子ドライバー遺伝子には2種類ある
・細胞の増殖を促すもの(アクセル)
例:KRAS, HER2, BRAF, etc…
・細胞の増殖を抑制するもの(ブレーキ)
例:APC, TP53, BRCA, etc…
がん遺伝子⇒活性化するとがん化を促進
がん抑制遺伝子⇒不活性化するとがん化を促進
多段階発がん1つのドライバー遺伝子だけで発がんするのか?
多段階発がん(例:一部の大腸癌)
腺腫
正常
https://ganjoho.jp/public/dia_tre/knowledge/cancerous_change.htmlより改変して引用
がん
APC変異
KRAS変異
⇒多くのがんでは、複数のドライバー遺伝子変異が原因となる
TP53変異
がんの原因とその頻度
☆環境的要因
☆遺伝的要因
☆複製エラー(突然変異)
●喫煙 ●食生活●飲酒 ●肥満●慢性感染 etc…
・・・29%
・・・ 5%
・・・66%(肺線がん)
35%
65%
数学的モデルによる頻度
(32種類のがん)
Tomasetti C et al, Science, 2017
ある程度は予防できる
早期発見・早期治療が大事
• それぞれの原因の頻度は?
本日の内容
がんの原因
がんゲノム医療
遺伝性のがん
遺伝性のがん• 「がんが遺伝する」とはどういうことか?
• ゲノムには、父親由来と母親由来の2つがある
• がん抑制遺伝子の不活性化には、父親由来のゲノムと母親由来のゲノムの両方が変異を起こす必要がある(2ヒット理論)
父親由来
母親由来遺伝性でない方
の場合 1ヒット
片方が変異しても、もう1つでカバー
がん抑制遺伝子
2ヒット
両方変異すると、不活性化する
がん抑制遺伝子
遺伝性のがん• 遺伝性のがんの患者さんは、がん抑制遺伝子の片方の変異を受け継いだ状態で生まれてくる
遺伝性のがん:がん全体の5~10%程度
例:HBOC(遺伝性乳がん・卵巣がん症候群)
もともと片方のBRCAが変異
BRCA
がんになりやすい遺伝性のがんの患者さんの場合 1ヒット
1ヒットだけで不活性化する
BRCA
本日の内容
がんの原因
がんゲノム医療
遺伝性のがん
ゲノムシークエンス• ゲノムを構成するDNA文字の配列(A, T, G, Cの並び)を決定することをゲノムシークエンスという
• 2003年ヒトゲノム計画終了・一人のヒトの全ゲノムを解読・ 1ゲノムの解読に13年(1990-2003)、コストは約95億円(2001年)
• 得られたヒトゲノムを基に、がんに関係する遺伝子の配列を決めるがんゲノムシークエンスが開始
がんゲノムシークエンス• がんゲノムシークエンスとは
①がん患者のDNA文字の配列(ATGCの並び)を調べる
②正常のゲノムと比較する
③違う個所を発見!
正常・・・GCT ACA GTG AAA TCT・・・↓
がん・・・GCT ACA GAG AAA TCT・・・
③ SNP(一般人口で1%以上に見られる多型=正常)を除外
⇒正常では見られない遺伝子変異
⇒がんの原因となっている可能性=ドライバー遺伝子の候補
スニップ
シークエンス技術の革新
• 2005年次世代シークエンサー(NGS)登場・大量のゲノム配列を短時間で一度に解読することが可能に・ 1ゲノムの解読に1日、コストは約66万円(2012年)に低下
⇒さまざまながん種のゲノムデータが蓄積・どのがんで、どのような遺伝子変異があるかがわかってきた
⇒日常臨床において、個々の患者のがんゲノム異常を一度に調べるがんゲノム検査を行うことが可能になった・がんでよく変異することが知られている遺伝子(ドライバー遺伝子の候補)を一度に調べるパネル検査ができるようになった
ゲノムシークエンス:初めは非常に多くの時間とコストがかかっていた
がんゲノムデータの蓄積国際的がんゲノムプロジェクト
・がんゲノムアトラス(The Cancer Genome Atlas:TCGA)
2006年から米国で開始された大型がんゲノムプロジェクト。20種類のがん種について、ゲノム異常、タンパク質発現異常などについて網羅的な解析を行っている。
・国際がんゲノムコンソーシアム(International Cancer Genome Consortium:ICGC)
50種類のがんについて、ゲノム解読データベースを作製し世界の研究者に公開することを目的として、2008年に発足した国際的ながんゲノム研究共同体。日本も参加。
分子標的薬剤ゲノム異常を治療の標的とする分子標的薬剤のエビデンスが蓄積
例:慢性骨髄性白血病におけるBCR-ABL融合遺伝子に対するチロシンキナーゼ阻害剤イマチニブ(グリベック®)
他の例:EGFR変異を持つ肺がんに対するEGFR阻害剤ゲフィチニブ(イレッサ®)BRAF変異を持つメラノーマに対するBRAF阻害剤ベムラフェニブ(ゼルボラフ®)HER2陽性乳がんに対するHER2阻害剤トラスツズマブ(ハーセプチン®) など
イマチニブはBCR-ABL融合遺伝子から作られるタンパク質の機能を阻害
⇒慢性骨髄性白血病の治療が激変(95%が完全寛解)
https://beyondthedish.wordpress.com/tag/bcr-abl/より引用
シークエンスによる新たな治療標的の発見
ドライバー遺伝子変異の分布と分子標的薬の候補(肺腺がん)
遺伝子変異 ⇒ 治療薬 という対応土原一哉:最新医学, 67(12) : 2792-2798, 2012より改変して引用
肺がんでは、ドライバー変異と治療薬を結び付ける試みが進んでいる
がんゲノム医療がんの本質的原因である遺伝子変異に基づいて治療を行う
「適切な治療を、適切な患者に、適切なタイミングで」= Precision Medicine
http://www.sysmex.co.jp/rd/vision_directions/personalized-medicine.htmlより改変して引用
まとめ
• がんの原因は遺伝子の異常
• がんの原因となる遺伝子をドライバー遺伝子という
• 遺伝性のがんは生まれつきがん抑制遺伝子の片方が変異している
• シークエンス技術が発展し、がんゲノム検査が可能に
• ゲノム変異に基づいて治療を行うのががんゲノム医療
ご清聴ありがとうございました
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