Vol. No. ,p - ,2015 総 説 砂防水理模型実験の特徴と...

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砂防学会誌,Vol. ○○,No. ○,p○-○,2015 砂防水理模型実験の特徴と活用について Characteristic and practical use of SABO hydraulic model experiment 長井 *1 松原智生 *1 村上正人 *1 西口幸希 *1 1. はじめに 砂防に関する水理模型実験は、昭和 43 年頃から建設省 土木研究所で始まった。砂防河川の特徴は、河床材料の 5 粒度分布の幅が広いこと(大きいものは数メートルから 小さいものは数ミリまで)、急勾配のため流速が速く移動 土砂量が多いこと、洪水継続時間が河川に比べて短くピ ーク流量がシャープに立ち上がること、短時間に流況が 時空間的に大きく変化することなどが挙げられる。その 10 ため、砂防水理模型実験では短時間に多くの土砂を供給 し、時空間的に変化する流況や河床変動、水位変動、流 出土砂量の時間変化を定量的に把握するための計測が必 要になることから、ダムや河川の水理模型実験に比べて 多くの人員を要するのが特徴である。 15 水理模型実験は、実験費用はかかるが、最適な施設配 置計画が立案できることや事業費全体のコスト縮減が計 れること、砂防施設の機能や効果を定性的・定量的に把 握できることから、大規模な砂防施設配置計画検討の際 には有効な検討手法として積極的に行われてきた。 20 その後、数値シミュレーション技術の向上によって数 値シミュレーションが普及するようになってきたが、地 形の影響や砂防施設の機能特性等の未解明な部分も多く、 現地災害の実態調査や水理模型実験の結果を踏まえて精 度向上が図られているところである。 25 砂防技術の向上には、現地で発生した事象や現象を正 確に把握することが重要であるが、近年は監視カメラの 設置やカメラ機能がある携帯電話やスマートフォン等の 普及により、一般人が撮影した貴重な映像が記録できる 社会環境になっており、今後の現象解析の向上に役立つ 30 ものと考えている。 ここで紹介する水理模型実験の事例は、筆者らが携わ った過去の実験事例の中から、河川・砂防技術基準(案) や砂防設計公式集には記載されていないが、施設配置計 画や施設設計を行う際に重要な現象を、第 2 章で特徴的 35 な現象確認実験事例、第 3 章で周知のための展示実験事 例としてまとめたので以下に紹介する。 2. 特徴的な現象確認実験事例 40 2.1 大規模土石流対策実験 平成 4 6 月、雲仙普賢岳の火山噴火と火砕流の発生 により山腹斜面には大量の火山噴出物が堆積し、その後 大規模な土石流が頻発して大規模な土砂災害が発生した。 ここで紹介する大規模土石流対策実験は、土砂災害を 45 軽減するために策定された砂防施設配置(案)の機能や 効果、課題等を把握し、適切な砂防施設配置計画を立案 するための検討事例である。 実験模型は、現地で横断方向に 3.0km、縦断方向に 6.5km の広範囲であるため、縮尺 1/200 で製作((B)15m 50 ×(L)40m×(H)3m)したものである(写真-1)。 模型は、小縮尺の 1/200 であったが、氾濫範囲は現地 とほぼ一致した。また、土砂供給条件を変えた実験では、 現地で氾濫していない方向に氾濫したケースがあったが、 その後、現地でもその方向に氾濫が始まったことが確認 55 されたことから、水理模型実験の定性的な再現性や予測 の有用性が確認できた。 2.2 流木捕捉工実験 2.2.1 湾曲部の地形を活用した流木捕捉工 ここで紹介する流木捕捉工実験 1) は、河道地形の空間 60 を活用して横越流で浮遊する流木を流木捕捉エリアに導 流した捕捉効果の検討事例である。 構造は、遠心力によって外湾側に集中する流木を表面 65 70 写真-1 大規模土石流対策施設配置検討の実験事例 *1 ( ) 建設技術研究所 Member, CTI Engineering Co. Ltd([email protected]) Hitoshi NAGAI Tomoo MATSUBARA Masato MURAKAMI Yuki NISHIGUCHI

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砂防学会誌,Vol. ○○,No. ○,p。 ○-○,2015

砂防水理模型実験の特徴と活用について Characteristic and practical use of SABO hydraulic model experiment

長井 斎*1 松原智生*1 村上正人*1 西口幸希*1

1. はじめに

砂防に関する水理模型実験は、昭和 43 年頃から建設省

土木研究所で始まった。砂防河川の特徴は、河床材料の5

粒度分布の幅が広いこと(大きいものは数メートルから

小さいものは数ミリまで)、急勾配のため流速が速く移動

土砂量が多いこと、洪水継続時間が河川に比べて短くピ

ーク流量がシャープに立ち上がること、短時間に流況が

時空間的に大きく変化することなどが挙げられる。その10

ため、砂防水理模型実験では短時間に多くの土砂を供給

し、時空間的に変化する流況や河床変動、水位変動、流

出土砂量の時間変化を定量的に把握するための計測が必

要になることから、ダムや河川の水理模型実験に比べて

多くの人員を要するのが特徴である。 15

水理模型実験は、実験費用はかかるが、最適な施設配

置計画が立案できることや事業費全体のコスト縮減が計

れること、砂防施設の機能や効果を定性的・定量的に把

握できることから、大規模な砂防施設配置計画検討の際

には有効な検討手法として積極的に行われてきた。 20

その後、数値シミュレーション技術の向上によって数

値シミュレーションが普及するようになってきたが、地

形の影響や砂防施設の機能特性等の未解明な部分も多く、

現地災害の実態調査や水理模型実験の結果を踏まえて精

度向上が図られているところである。 25

砂防技術の向上には、現地で発生した事象や現象を正

確に把握することが重要であるが、近年は監視カメラの

設置やカメラ機能がある携帯電話やスマートフォン等の

普及により、一般人が撮影した貴重な映像が記録できる

社会環境になっており、今後の現象解析の向上に役立つ30

ものと考えている。

ここで紹介する水理模型実験の事例は、筆者らが携わ

った過去の実験事例の中から、河川・砂防技術基準(案)

や砂防設計公式集には記載されていないが、施設配置計

画や施設設計を行う際に重要な現象を、第 2 章で特徴的35

な現象確認実験事例、第 3 章で周知のための展示実験事

例としてまとめたので以下に紹介する。

2. 特徴的な現象確認実験事例 40

2.1 大規模土石流対策実験

平成 4 年 6 月、雲仙普賢岳の火山噴火と火砕流の発生

により山腹斜面には大量の火山噴出物が堆積し、その後

大規模な土石流が頻発して大規模な土砂災害が発生した。

ここで紹介する大規模土石流対策実験は、土砂災害を45

軽減するために策定された砂防施設配置(案)の機能や

効果、課題等を把握し、適切な砂防施設配置計画を立案

するための検討事例である。

実験模型は、現地で横断方向に 3.0km、縦断方向に

6.5km の広範囲であるため、縮尺 1/200 で製作((B)15m50

×(L)40m×(H)3m)したものである(写真-1)。

模型は、小縮尺の 1/200 であったが、氾濫範囲は現地

とほぼ一致した。また、土砂供給条件を変えた実験では、

現地で氾濫していない方向に氾濫したケースがあったが、

その後、現地でもその方向に氾濫が始まったことが確認55

されたことから、水理模型実験の定性的な再現性や予測

の有用性が確認できた。

2.2 流木捕捉工実験

2.2.1 湾曲部の地形を活用した流木捕捉工

ここで紹介する流木捕捉工実験1)は、河道地形の空間60

を活用して横越流で浮遊する流木を流木捕捉エリアに導

流した捕捉効果の検討事例である。

構造は、遠心力によって外湾側に集中する流木を表面

65

70

写真-1 大規模土石流対策施設配置検討の実験事例

*1 (株)建設技術研究所 Member, CTI Engineering Co. Ltd([email protected])

総 説

Hitoshi NAGAI Tomoo MATSUBARA Masato MURAKAMI Yuki NISHIGUCHI

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流とともに横越流させて、流木を効果的に流木捕捉エリ

アに取り込む位置や形状の検討を行ったものである。

この実験で検討した条件は下記の範囲である。

1) 流木の取り込みに適した位置(図-1)

○護岸根固工を設置した場合 :θ’/θ≒0.8 5

○護岸根固工を設置しない場合:θ’/θ≒0.7

2) 実験条件の範囲

○湾曲部の交角:30 度<θ<90 度

○曲率半径:90m≦R≦150m

写真-2に示すように、流木を効率的に取り込める位10

置は、遠心力で水位が最も上昇する 30 度~40 度よりも

下流側であることが実験で確認できた。

2.2.2 高水敷を活用した流木捕捉工

ここで紹介する流木捕捉工実験2)は、河道が緩やか

に湾曲した外湾側の高水敷を活用して、高水敷氾濫時15

に流下する流木を高水敷に設置した流木捕捉工で捕

捉するための検討を行ったものである。

増水期の途中までは、高水敷に氾濫した流れは上流

から下流に流下して流木を捕捉していたが、写真-3

に示すように、ピーク流量近くになると高水敷上で滞20

留や逆流が発生し、捕捉した流木が河道に戻されて流

出する現象が確認された。この実験から、机上検討の

概念では予想できない現象が河床変動や流量変動、地

形の影響によって変化することが確認できたことか

ら、機能や効果を評価する際には多様な条件での評価25

が重要であることが確認できた。

30

図-1 湾曲部の交角(θ)と取込み口(θ’)の関係

35

40

写真-2 湾曲部の地形を利用した流木捕捉工実験事例 45

2.3 土石流・流木捕捉工実験

ここで紹介する土石流・流木捕捉実験は、流木を含む

土石流が発生した場合に土石流対策砂防堰堤で確実に捕

捉するための機能・構造の検討事例である。

近年多発している豪雨により、土石流が発生した現地50

では、土石流対策砂防堰堤が土石流と流木を捕捉してい

る事例が多く見られる(写真-4)。土石流対策砂防堰堤

は、透過型の鋼製構造物であり、河床粒径と鋼管の間隔

や設計外力で構造が決まるため、写真-5に示すような

水路実験で基本性能を検討することが多い。土石流と流55

木の捕捉状況は現地と水路実験で酷似しており、実験の

有用性が確認できた。

2.4 河道湾曲部の流況特性 ここで紹介する湾曲部の実験2)3)は、湾曲部の流況は河

60

65

写真-3 高水敷に設置した流木捕捉工の実験事例

70

75

写真-4 土石流と流木を捕捉した土石流対策砂防堰堤 80

85

写真-5 土石流対策砂防堰堤の実験事例 90

取り込み

(新潟県提供)

(新潟県提供)

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道法線によって現象が大きく異なる検討事例である。

湾曲部では、外湾側で水位が上昇し、局所洗掘が生じ

るのが一般的な現象であるが、河道法線が単湾曲の場合

とS字型湾曲の場合では現象が異なる。写真-6は、単

湾曲で 90 度近く屈曲した湾曲部の流況であり、一般的に5

想定される流況である。

一方、写真-7と写真-8はS字型湾曲の下流屈曲部

の流況であり、外湾側では逆流が生じ、護岸溢水と局所

洗掘は湾曲部の下流側で生じている。このように、S字

型湾曲法線の場合は流れが複雑になるため、水理模型実10

験を行うことで適切な施設設計に役立てることができた。

15

20

写真-6 90 度近くに屈曲した単湾曲部の流況

25

30

写真-7 S字型湾曲の下流屈曲部の流況

35

40

写真-8 S字型湾曲部の実験終了後の河床形状 45

2.5 周辺地形を取り入れた景観模型

ここで紹介する景観模型実験は、地域住民や第三者に

わかりやすく説明し理解を得るため、景観パース図的な

要素が含まれる実験事例である。

水理模型実験で砂防施設の配置や機能・効果を検討す50

る上では、水位や河床変動、氾濫の影響を受けない鉛直

方向の高さや横断方向の幅は必要のない範囲である。し

かし、コストを優先させた模型は平坦でスリムになるた

め、模型上で周囲の地形や保全対象との位置関係がわか

りにくいことが課題であり、地域住民や第三者が理解し55

やすい画像ではなかった。平成元年頃からは周囲の地形

や施設を取り入れ、ペイント修景した景観模型で実験が

行われるようになった。

堤外地の模型修景は、実験での施設検討内容には関係

のない要素であるが、地域住民や第三者への説明にはわ60

かりやすい画像が提供できるため、理解を得るには有効

な手法である。写真-9は、流路工合流点処理実験(模

型縮尺 1/40)で、周辺の公園計画を踏まえて模型修景を

行った。写真-10は、流路工実験(模型縮尺 1/30)で、

隣接する家屋を模型に取り入れて臨場感のある模型修景65

を行った事例である。

2.6 連続する砂防堰堤群の土砂調節機能検討実験

ここで紹介する連続する砂防堰堤群実験4)は、13.2km

区間に既設砂防堰堤 11 基(不透過型 7 基、透過型 4 基)

が配置されており、計画砂防堰堤の 3 基が配置されるこ 70

75

写真-9 流路工合流点処理の実験事例

80

85

写真-10 流路工の実験事例 90

(四国山地砂防事務所提供)

溢水箇所

(四国山地砂防事務所提供)

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とになっている。この実験では、連続する砂防堰堤群の

土砂調節機能や効果について、施設全体を俯瞰的な視点

から検討を行ったものである。

模型縮尺は 1/70 で、模型総延長 188m の超大型実験で

あり、砂防水理模型実験としては日本最長である。この5

実験では、数値シミュレーションと併せて検討を行い、

実験結果を数値計算に反映することで、数値計算の精度

向上を図った。

総延長 188m の実験模型は、1本の模型としては実験

場に収まらないため、写真-11に示すように上流模型10

と下流模型に分割して実験を行った。そのため、実験は

上流模型の下流端から流出した時間ごとの流出土砂量を

下流模型の流入条件として与えることで条件の連続性を

確保した。

従来の砂防堰堤の実験は、計画流出土砂量を与条件と15

して計画砂防堰堤1基を対象とした実験が多かったが、

今回のように複数の連続する砂防堰堤群の機能や効果を

検討した実験は初めての試みである。この実験から以下

の現象が確認できた。

1) 当該区間は、土砂の供給源が上流からの流出土砂量の20

他、河道内不安定土砂の再移動、渓岸侵食による土砂

生産など多様であるが、各砂防堰堤は多様な生産土砂

に対してほぼ均等に土砂調節機能を発揮することが確

認された。

2) 既設及び計画砂防堰堤は、透過型と不透過型のタイプ25

が設置されていること、地形的には湾曲部や直線部に

設置されていること等、堰堤タイプと地形条件によっ

て土砂調節機能が各砂防堰堤ごとに特徴があることが

確認された。

2.7 多段式落差工実験と水路工実験 30

ここで紹介するのは、高落差で急勾配の斜面において

洪水を安全に流下させるための多段式落差工と水路工の

35

40

45

実験事例である。

2.7.1 多段式落差工実験

高落差で急勾配の斜面地形の場所では、洪水を安全に

流下させるため、コンクリート三面張りの多段式落差工

が施工されてきた(写真-12)。構造は床固工を連続さ50

せたもので、階段状に落下させる過程でエネルギーや流

速の低減を図ろうとしたものである。

多段式落差工実験で確認された特徴的な現象と、計

画・設計を行う際に留意しなければならない点を以下に

挙げる。 55

多段式落差工実験では、落下を繰り返すことで流速が

加速されて水脈飛距離が長くなり、下流部では側壁の絞

り込み区間で溢水が生じる現象が確認された。

河川砂防技術基準(案)5)の半理論式(式(1))は、単

体の砂防施設を基本としており、多段式落差工のように 60

象が確認された(図-2)。そのため、多段落差工を計画・

設計する際には上流と下流では越流水深と流速の水理条

した直後の高流速がほとんど減勢されることなく下流の

落差工の水通しを通過するため、水脈飛距離が延びる現

連続した砂防施設の場合には、落下水脈が水叩きに落下 65

70

75

写真-12 多段式落差工の実験事例

80

85

90

(既設)

(既設) (既設) (既設)

(既設) (既設)

(既設) (既設)

(既設)

(計画)

(計画)

(既設) (既設)

(既設)

(計画)

【上流模型】

【下流模型】

(支川)

模型長L=74m

模型長L=114m

計測用足場 計測用足場

計測用足場 計測用足場 計測用足場

写真-11 連続する砂防堰堤群の効果検討の実験事例

(立山砂防事務所提供)

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件が変化する場合があることに留意する必要があること

が確認できた。

ℓw:水脈飛距離(m) 2(H1+0.5h3) 0.5 ℓw=V0 ・・・・・(1) 5 g

V0:本堤越流部の流速(m/sec)

V0=q0/h3

q0:本堤越流部の単位幅当たり流量(m3/s/m)

h3:本堤の越流水深(m) 10

q1:水脈落下地点の単位幅当たり流量(m3/s/m)

h1:水脈落下地点の跳水前の射流水深(m)

V1:水脈落下地点の流速(m/s)

V1= √2g(H1+h3)

H1:本堤の有効落差(m) 15

g :重力の加速度(m/s2)

2.7.2 多段式落差工の適用条件

多段式落差工実験では、飛沫が周囲に飛び散る現象が

確認された。河道法線が直線あるいは緩やかに湾曲して

いる程度であれば問題はないが、写真-13に示すよう20

に河道法線が湾曲している場合には、落下水脈による側

壁天端や側面の直撃、その反動により対岸の側壁で溢水

が生じる可能性が高くなる。そのため、湾曲部を有する

場所では、多段式落差工は空中に放出された水脈の流向

制御はできないが、水路工タイプは護岸で流向制御が可 25

30

図-2 多段式落差工の落下水脈の模式図 35

40

45

写真-13 湾曲部に計画された多段落差工の実験事例

能であることが確認された。

2.7.3 水路工実験

ここで紹介する水路工実験6)で確認された特徴的な現

象と計画・設計を行う際に留意しなければならない点を50

以下に挙げる。

写真-14と写真-15は、現地で高さ 80m、水路勾

配 1/2.5 の急斜面部を最大流速 19.8m/sec で流下している

水路工の実験事例である。実験で確認された留意すべき

点は以下のとおりである。 55

1) 水路勾配 1/2.5、流速 19.8m/sec の特異な条件下でも、

湾曲部外湾の水位上昇高(△h)はナップ式(式(2))

とほぼ一致することが確認された。

△h=bV2/rg ・・・・・・・・・・・・(2)

Δh:水位上昇(m) 、b:水路幅(m) 60 v:平均流速(m/s) 、r:水路中心曲率半径(m)

g:重力加速度 (m/s2)

2) 流末の減勢処理を十分に施せば、高流速の流れも安定

的に減勢することができる。ただし、水路工が湾曲し

て流れが偏流する場合には、減勢工で激しい渦が発生65

するため、減勢工への流入条件は平均値ではなく偏流

状況を加味した条件で減勢工の規模を検討することが

重要であることが確認された。

70

75

写真-14 水路工の実験事例

80

85

90

写真-15 水路工湾曲部の水位上昇

激しい渦流

が発生

(紀伊山地砂防事務所提供)

20°

30°

40°

激しい渦流

が発生

衝撃波

(紀伊山地砂防事務所提供)

護岸溢水

H1

ℓw

h3 V0

q0 V1 q1 h1

ℓw1 ℓw1>ℓw

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2.8 抽出実験

ここで紹介する抽出実験は、河道地形模型を造らない

で、既設の可変勾配水路を使った構造物を主体とした検

討実験である。

水理模型実験には、地形の影響を考慮した地形模型実5

験と、構造物とその周辺の効果や流況を検討するための

抽出実験がある。抽出実験は、既設水路の大きさによっ

て模型縮尺の制約を受けるが、新たに地形模型を造る必

要がないので安価で済むのが特徴である(写真-16)。

写真-17の実験は、計画砂防堰堤の直下流に自動車10

道が通っているため、その下を通過させるためには流路

幅を狭める必要があり、その影響と対応策を検討するた

め写真-17の既設水路を使って抽出実験を行ったもの

である。川幅縮小部で護岸の溢水が確認されたが、流況

は複雑で危険な箇所と範囲、溢水の程度が実験で明らか15

となり、施設設計の有効な根拠となった。

3. 周知のための展示実験事例

ここで紹介する事例は、定量的な精度を求める実験で

はなく、定性的な現象を一般国民に周知することを目的20

としたものである。土砂災害月間には、各地で土砂災害

の恐ろしさと砂防施設の効果を地域住民の人達に周知す

るためのイベントが行われている。ここでは、擬似的に

25

30

写真-16 可変勾配直式線水路 35

40

写真-17 実験水路を使った抽出実験事例 45

現象を表現したミニ模型の展示・実験事例を紹介する。

3.1 火砕流ミニ模型

雲仙普賢岳の火砕流の流下現象を表現するため、縮尺

1/2,500 で製作した模型を使って、写真-18に示すよう

に火砕流に見立てたドライアイスと発砲スチロールを山50

頂から噴出させて斜面を流下させた。擬似的な現象は見

学者に伝えることができたが、空調が効いている会場や

エントランス・通路など、空気の流れが顕著な場所での

展示には適さないことがわかった。

3.2 地すべりミニ模型(降雨型) 55

この展示模型は、地すべりの現象と過程をなるべく忠

実に再現するため、雨を降らせる降雨装置、地下水位の

上昇が確認できる透明のタンク、円弧すべり面には孔を

設けてタンク内の水位上昇に伴ってすべり面に水が流れ

る構造、地下水位がある限界に達するとブザーとともに60

積み木状に分割した斜面がすべるという現象を再現した

模型である(写真-19)。小学生を対象に製作した展示

模型であり、自分達で斜面を積み木状に組み立てた後、

斜面がすべるため、展示当初は小学生で賑わっていた。

数ヶ月後、資料館を訪れると模型の電源が抜かれて作動65

しない状態になっていた。後に、模型使用時に床が水浸

しになって管理が大変である課題があることがわかった。

70

75

写真-18 火砕流ミニ展示模型事例

80

85

写真-19 地すべりミニ模型 90

計画砂防堰堤

溢水

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5

10

写真-20 地すべりミニ模型(振動型)

3.3 地すべりミニ模型(振動型)

この展示模型は、水を使わない改良型地すべり模型の

紹介である。斜面を砂で整形し、樹木や家屋のミニチュ

ア模型を設置した後、斜面部を振動させることで斜面全15

体がゆっくりとすべり落ち、樹木や家屋を破壊する現象

を表現したものである(写真-20)。降雨型に比べると

見た目の移動現象は地すべり現象に近いものであったが、

模型使用時に床に砂が落ちて管理が大変であることが課

題である。 20

3.4 可搬式水路実験(出前実験)

この実験水路は、運搬が可能な可搬式水路であり、ク

レーン付きトラックで運搬が可能な大きさ((B)650×

(L)3,000×(H)1,100~2,000mm)である(写真-21)。

水路勾配は水平~30 度まで自在に変化させることが25

可能で、様々な水理条件の設定が可能であるため、大学

の講義演習やイベントでの展示演習、一般の人達に説

明・周知するツールとしても有用である。

4. おわりに 30

水理模型実験が技術的な面で技術指針の策定や改定に果

たした役割は大きく、全国の砂防地域において土砂災害

防止の機能的な施設として貢献している。その後、数値

シミュレーション技術が向上してきているが、現象や挙

動が未解明の部分については実験を併用して精度と技術35

の向上が鋭意進められている。

砂防施設の配置により、流域の土砂整備率が高まり、

土砂災害の頻度が減少している。一方、今後整備が必要

な計画予定地は、立地条件や地形条件、制約条件が厳し

い場所が残されており、机上検討や数値シミュレーショ40

ンでは現象の予測が難しいことから、水理模型実験が活

躍する機会が増えるものと思われる。

45

50

55

写真-21 大学講義(筑波大学環境防災施設論)

の演習事例

水理模型実験の技術は、数値シミュレーションの技術

と併せて、起こりうる現象を予測、イメージできる砂防

技術者の育成と技術を伝承していく必要があり、そのた60

めにも積極的に活用すべきであると考える。

近年、山間地で多発している土砂災害に対して、砂防

事業の必要性を地域住民に理解・協力してもらうために

は、土砂災害の現象と危険性、砂防施設の効果を解りや

すく説明することが重要で、『百聞は一見にしかず』の実65

演が可能な水理模型実験は有効な手法の一つである。

過年度の実験において、多大なご指導とご意見をいた

だいた砂防関係者の皆様に心より感謝申しあげます。

参考文献 70

1)新潟県上越土木事務所:平成 8年度関川7災河川助成

委託(一級河川関川流木捕捉工水理模型実験)報告書,

1996

2)新潟県土木部河川課:平成 8年度 7河助第 2-00-80-51

号 姫川 7災河川助成水理模型実験業務報告書,1996 75

3) 四国山地砂防事務所:平成 20年度南小川護岸詳細設

計業務委託報告書,2008

4)立山砂防事務所:平成 23年度常願寺川中・下流域堰堤

配置計画検討業務,2011

5)(社)全国治水砂防協会:砂防設計公式集(マニュアル), 80

1984

6)紀伊山地砂防事務所:天然ダム等砂防施設実施設計他

業務報告書,2012