Title ジェイン・オースティンにおけるジェントルマ...

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Title ジェイン・オースティンにおけるジェントルマン I Author(s) 山本, 利治 Citation 英文学評論 (1983), 49: 1-21 Issue Date 1983-12 URL https://doi.org/10.14989/RevEL_49_1 Right Type Departmental Bulletin Paper Textversion publisher Kyoto University

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Title ジェイン・オースティンにおけるジェントルマン I

Author(s) 山本, 利治

Citation 英文学評論 (1983), 49: 1-21

Issue Date 1983-12

URL https://doi.org/10.14989/RevEL_49_1

Right

Type Departmental Bulletin Paper

Textversion publisher

Kyoto University

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I山

ジェイン・オースティンの小説の世界は、ジェントリの世界である。十八世紀から十九世紀初めにかけて、ジ

エントリによる土地の所有率が比較的高かったドーセット、バンプシャ、サセックスの三州に加えて、サリー

ハーフォドシャの諸州を舞台に、「自分の土地で、自らは過酷な労働をする必要のない地主たち」を中心として、

その階層に属する人たちの日常の生活と生き方を描いた世界である。

オ―スティンの小説の世界に住む人たちは、いずれも、自分の周りの人々について、強い関心と旺盛な好奇心

とを持っていて、鋭い観察を怠らず、どんな人か、どんな人だと思うかとあれこれ品定めをするのが好きな、な

かなか口さがない人たちである。一例を見てみよう。

ビングリー氏は美男子で紳士に相応しく、人好きのする顔で、固苦しさのない気取らぬ態度であった。彼の姉妹は美人で、

まざれもなく上流社交界風であった。彼の義兄のバースト氏はただいかにも紳士風に見えるというだけのことであった。し

かし、その友人のダ―シー氏は堂々として背が高く、美しい目鼻立ち、気品のある振舞い、それに彼が登場して五分も経た

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ジェイン・オースティンにおけるジェントルマン

ないうちに会場全体に広がった一万ポンドの年収という噂のために、一同の注目を一身に集めた。紳士方は立派な体格の男

だといい、ど婦人方はビングリーさんよりずっと男前だと断言し、会半ば頃までは、賞講の日差しで見つめられた。しかし

マナーズ

やがて、彼の態度に一同愛想をつかすようになって、人気の流れも一変してしまった。それというのも彼が威張っていて、

一座に融けこもうとせず、楽しむ気持などさらさらもってはいないということが分かったからである。そうなると、ダービ

シャにどんなに大きな地所があるのか知らないが、全く鼻もちならない、いやな顔の持主で、ビングリ氏とは比べものにな

らないということになった。(『高慢と偏見』第三章)

これはハーフォドシャにあるネザーフィールド邸を下見にきたビングリー氏の一行が近くのメリトンの町で開か

れた舞踏会に初めて姿を現したとき、ロングボーンの人々に与えた第一印象を描いた一節である。袖にされると

とたんにガラリと評価と態度を変えてしまうロングボーンのお歴々の軽薄さに対する皮肉な口調も見落せないが、

いろいろな噂と憶測が飛びかった後に、やっと目の前に姿を見せた新参者に対する鋭い視線と手厳しい評価がう

かえる。ここで注意したいのは、その評価の物差しが「ジェントルマン」であることである。ビングリー、ハー

ストの両氏が何はともあれ、ジェントルマンらしく思われたのに対して、一見申し分のないように思われたダーシ

ー氏が一同の軍歴を畢っようになったのも、容姿、財産ともに何一つ非の打ちどころかないにもかかわらず、肝心

の人に接する態度がジェントルマンらしからぬものでジェントルマンとして、失格と判断されているからである。

もう一つ女性の場合を見てみよう。エマに求婚して拒絶されたエルトン氏がすぐその後で、バースで出会った

オーガスタ・ホートン嬢と婚約したという噂を聞いたときに、エマが考えをめぐらせる場面である。

そのど婦人その人について、エマはほとんど考えなかった。きっとエルトン氏には申し分のない人で、ハイベリーにくる

だけの十分な教養もあり、十分美人で!ただハリエットと比べると多分不器量に見えるだろう。縁組みについていえば、

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その点では、エマは何の不安も感じていなかった。彼は自慢げに自分の主張ばかりして、ハリエットを見下したけれども、何

もしなかったと確信していたからである。その事柄については、真相は得られそうに思われた。そのど婦人の人柄はよく分

からないに違いない。しかし、その素姓は分かるだろう(。【さ已shewas-mu的tbeuncert巴n;ut等訂shewPS-mightbe訂und

。ut・。)。そして、一万ポンドの持参金を別とすれば、その人がバリエットより一段上であるようには到底思われなかった。こ

れといった家名も、血筋も、縁者も耳にはしなかった。ホーキンズ嬢はブリストルのある商人-もちろん、そういうしか

ないーの二人娘の妹の方であった。ただその商売から上るすべての利潤もごく並の程度に思われたから、その商売の品格

もごく並のものと推軸しても不当ではなかった。毎年冬の問、一時バースで過す習慣ではあったか、しかし、ブリストルが、

それも、ブリストルの中心部が彼女の家のある所だった。というのも、両親が数年前に亡くなったが、法律の仕事をしてい

るおじが残っていた。法律関係の仕事に携わっている1この人について憶測してみたときに、これが一番名誉を傷つけな

いいい方であった。そして、娘はこの人と一緒に生活していたのだった。エマは彼が何か代訴人(。att。rney。)のようなこと

をあくせくやっていて、あまり愚鈍なために椀が上らないのだと推測した。そして、親戚筋からの光はもっぱら姉のおかげ

であった。その姉という人は大変な艮縁を得て、ブリストルの近くのある紳士と結婚していた。その人は派出な暮しをして

いて、馬車も二台ももっていた/それが話の結果であり、ホーキンズ嬢の誇りであった。(『エマ』第二十二章)

エマの読みによればハリエット・スミス嬢は間違いなく「ジェントルマンの娘」(第四章)であり、エルトン氏

に相応しい花嫁と考えて薦めてきたのを、にべもなく断わられたという予期せぬ自分の読み違いの悔しさもあっ

て、エマのホーキンズ嬢に対する態度は、まだ会ってもいないうちからかなり感情的で、意地の悪い先入主に支

配されているようである。しかし、それだけによく聞えてくる本音のなかに、エマが人-たとえそれが女性であ

ってもーを測るときに使う物差しもまた「ジェントルマン」であることはすぐに読みとれるであろう。

その言葉遣いから判断すると、オースティンの小説の世界に生きる人たちにとって、人間の実体とは、エマの

ジェイン・オースティンにおけるジェントルマン

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ジェイン・オースティンにおけるジェントルマン

言葉を借りていえば、「どういう素姓で、どんな人柄か」(lWh。-IrWhPtMiss〓pwkinsis・。-第二十〓阜)とい

う「氏と育ち」に関わる間に答えることに帰着するといえるだろう。いいかえれば、容姿、顔立ち、気質、性格、

知力、心情、才能、言動、挙措、教養、嗜みなどその個人自身に固有の特性に加えて、その人の血筋、家柄、生

れ、素姓、身分、社会的地位、職業、財産、親戚縁者といった本人を取り巻く社会的な要素までもが目盛となっ

ている物差しを人間にあてがってみるということにはかならない。もっとも、なかには人間を測るのに後者の目

盛だけが重要であると考えている人物もいる。例えば、サー・ウォルター・エリオットである。アン・エリオッ

トが昔の学友スミス未亡人を訪ねる先約を守るために、ダルリンプル子爵未亡人を訪問するのを断わったのに対

して、彼は「その人の主人は何者だったのかね」(..Pndwh。WPSherhusbpnd1-『説得』第十七章)と詰問する。

彼にとっては人間といえば、「どこの何者」(才h。Jということが決定的であり、それがすべてなのである。

では、人間のアイデンティティに対するこの二元的な見方からすれば、オースティンの人物たちにとっての物

差しである「ジェントルマン」とはどういう人間をいうのであろうか。その作品を読むとき、これはむしろその

世界に生きる人々自身にとっての重要な問題であったということが分かる。ある意味では、それを問い直すこと

がオースティンの小説の世界がかかえている主題の一つではないかと思われる。イギリスの社会史はもちろん、

範囲を小説に限ってみても、さらに、時代を十八世紀に絞ってみても、この「ジェントルマン」あるいは「ジェ

ントルマン観」の問題は手強い相手である。いずれは、ジェントルマン論というより大きな文脈のなかで考えら

れるべき問題であるが、ここではまず、オースティンの小説に現われたジェントルメンについて考えてみたい。

それには、エマに倣って、..Wh0-0rWhatisPgent訂m呂てという問題を考えること、つまり、その個人的な面と社

会的な面の両面から近づくことが妥当と思われる。個人的な側面は当然ジェントルマンの資質、精神、モラルに

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関わることになるが、ここでの課題は、社会的側面(.ぎh。J、つまり、身分、社会階層としてのその特性を整理

することである。

まず、オースティンの小説の世界がどのような人-どのような階層の人たちによって構成されているかを具

体的に見ることから始めよう。この世界では、人物の容姿、人柄と並んで、財産、年収は、人物だけではなく、

語り手にとっても重要な関心事で、律義に言及され、情報として提供されている。次の表は主要人物たちを階層、

職業によって分類し、財産、年収の順に並べたものである。

言収(£)古鏡財産(£)一所有地

貴族

準男爵

ナイト爵

ルマン

(フィッツウィリアム伯爵)(bヽ)

ダルリンプル子爵未亡亡人(ヽ)

サー・ジョン・ミドルトン(h)

サー・トマス・バートラム(』へ)

サー・ウォルター・エリオット(ヽ)

レイディ・キャサリン・ド・ハーグ(bヽ)

サー・ウィリアム・ルーカス(bヽ)

(

)

ジェイムズ・ラッシュワース(bJ

一二、l〇〇〇

パートン・パーク

マンスフィールド・パ

ーク

ケリンチ・ホール

ロウジングズ・パーク

ルーカス・ロッジ

ジェイン・オースティンにおけるジェントルマン

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ジェイン・オースティンにおけるジェントルマン

年収(£)言椀財産(£)一

フィッツウィリアム・ダーシー(kU)

(

b

O

(

h

)

ヘンリー・クローフォド(』へ)

ヘンリー・ダッシュウッド(h)

聖職者

ベネット氏

ジョージ・ウィッカム

ジョン・ウィロビー

チャールズ・マスグロウプ

ヘンリー・ウッドハウス

ジョージ・ナイトリー

ウェストン

ジョージアナ・ダーシー

エマ・ウッドハウス

メア日ノー・クローフォド

キャロライン・ビングリー

アン・エリオット

エルトン夫人

レイディ・バートラム

ベネット夫人

エリナー・ダッシュウッド

ノ〓ノス

(包。)

(bヽ)

(bヽ)

(b)

(b)

(b)

(h)

(bヽ)

(b)

(』へ)

(bヽ)

(b)

(b)

(L端)

(㌔に。)

へ.叫)

(ゝヽ)

(』へ)

一〇、〇〇〇

四~五、〇〇〇

0

0

四、〇〇〇

二、〇〇〇

六~七〇〇

一〇〇、〇〇〇

七、〇〇〇

三、〇〇〇

ペンバリー・パーク

ノーランド・パーク

地所

限嗣不動産

限飼不動産

地所

ドンウェル僧院農場

三〇、〇〇〇

三〇、00〇

二〇、〇〇〇

二〇、〇〇〇

0

0

一〇、〇〇〇

七、〇〇〇

(持参金)

四、〇〇〇

三、〇〇〇

寺禄一、〇〇〇

七〇〇

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陸軍々人

海軍々人

法律家

商業

代訴人

ジェイムズ・モーランド

エドワード・フェラーズ

エルトン

ウィリアム・コリンズ

ヘンリー・ティルニー

ティルエー将軍

プランドン大佐

(≒)

(.こ

(b)

(bヽ)

(≒)

(≒)

(.ご

フィッツウィリアム大佐(bヽ)

フレデリック・ティルニー大尉(篭)

(

)

フレデリック・ウェントワース(b)

ハービル大尉

ベンウィック大尉

ウィリアム・プライス

ジョン・ナイトリー

エドワード・ガーディナー

フィリップス

(ヽし

(ヽ)

(』へ)

(b)

(bヽ)

(b句)

注(b)=『エマ』、

(ヽ)=『説得』、

(

£

)

(

£

)

四〇〇

一〇、〇〇〇

(kJ=『マンスフィールド・パーク』、(≒)=「ノーザンがー寺院』、

(bヽ)=『高慢と偏見』、(hJ=「分別と多感』をそれぞれ示す。

この義一から分かるように、主な人物たちは、I、貴族、Ⅲ、爵位を持たず、不労所得(unePrnedincOme)によ

って生活をし、「ジェントルマンとして金を使う人」、Ⅲ、聖職者、法律家、陸海軍人などプロフェッションに従

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表二

SocialStructure:P.Colquhoun'sEstimatesBasedontheCensus

Returnsof1801andthePauperReturnsof1803.

No.ofheadsof

families

287Temporalpeer亨andpeeresses,includingprlnCeSOftheblood

26Bishops

540Baronets

350Knights

6,000Esquires

20,000GentlemenandladieslivingonlnCOmeS

2,000Personsinhigherciviloffices(stateandrevenue)

10,500Personsinlesserciviloffices

(stateandrevenue)

2,000Eminentmerchants,bankers,&C.

13,000LessermerchantstradingbySea

11,000PersonsoftheLaw(judges,barristers,attOrneyS,Clerks,&C.)

1,000Eminentclergymen

lO,000Lesserclergymen

40,000Freeholdersofthebettersort

120,000Lesserfreeholders

160,000Farmers

16,300Liberalartsandsciences(medical,1iterary,andiinearts)

74,500Shopkeepersandtradesmen

445,726Artisans,handicrafts,and

hbourersemployedinmanufactures,building,andWOrksofeverykind

YearlyPersonsincomeAggregateirleaChAggregateperfamilyincomeofhmilyofpeISOnSaVeTagedeachTank

257,175

15390

158,100

103,500

1060,000

8160,000

714,000

552,500

1020,000

791,000

555,000

66,000

550,000

5+220,0005600,000

6960,000

581,500

5372,500

££

8,0002,296,000

4,000104,000

3,0001,620,000

1,500525,000

1,5009,000,000

70014,000,000

8001,600,000

2002,100,000

2,6005,200,000

80010,400,000

3503,850,000

500500,000

1201,200,000

2008,000,000

9010,800,000

12019,200,000

2604,238,000

15011,175,000

4+2,005,7675524,514,930

ジェイン・オースティンにおけるジェントルマン

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事する人、Ⅳ、商業(tr巳e)を営む人の四種類に分類することができる。言い換えると、サー・ウォルター・エ

リオットのいとこに当るダルリンプル子爵未亡人とダーシー氏のおじの故フィッツウィリアム伯爵の二人が貴族

(p冤S)であることを除けば、すべての主な人物たちは、貴族(鼠stOCrgy)の最下位の二つのランク、準男爵とナ

イト爵以下の四種類の階層に限定されているということができる。これらの階層の社会的な位置を知るには、当

時の社会構成全体のなかでのその相対的な位置を知る必要があるだろう。ロイ・ポーターの『十八世紀イギリス

社会』の附録につけられた統計表(表二)は、同時代を取扱っていることと、ほぼ社会全体を含んでいる点で大

変有益である。(因みに、当時の金額を現在の価値に直すには、約六十倍すればよいという著者の示唆も、もし

それが正しければ大いに貴重である。)この統計表の数字をそのまま受け入れるとすると、オースティンの人物

たちは、同じ階層のなかでも平均をはるかに超えた裕福な人々ということになるが、ここではその数字の差その

ものよりも、この表を通じて人物たちが同時代の社会全体のなかで占めている相対的地位を理解できれば十分で

あろう。

これら社会全体のなかから、所有地からの収入を生活の基盤にしている地主層だけを取り上げて、ミンゲイが

一七九〇年頃の状態を表にしたものを、『ジュントリー支配階級の盛衰』のなかの記述によって補足して作成

したものが表三である。この表三について、補足的にごく基本的な説明をつけ加えると、現実には、例えば、準

男爵よりも裕福なスクヮイアもいたりして、もっと混然と互いに重なり合っているが、ここでは分かりやすくす

るために、便宜上図式的に裁然と区分けしてある。第-の階層の大地主は貴族(peers)がその主体をなし、広大な

土地からの収益によって生活し、政治的には上院と政府のメンバーを構成したり、地方の州統監(L。rdLieutenPnt)

を務めたりする。第Ⅲの階層は、すでに表一で見たように、オースティンの小説の世界を構成する人々の中核と

ジェイン・オースティンにおけるジェントルマン

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ジェイン・オースティンにおけるジェントルマン

上下

なっているジェントリである。収入には大小の差はあるが、「地代、抵当、投資による不労所得があり、公職や

専門職からの収入もあったりして、快適で余暇に比較的恵まれたジェントルマン生活を送ることができる」点で

小地主とは区別される人々である。一方、この階層では、第-の大地主とは違って、「裕福な人でも社交界のシ

ーズンにロンドンへ移り住むほど豊かではなく、収入の少ない人の場合には、数人の召使、四輪馬車、近隣の人

々との交際を楽しむ程度の生活とささやかな住いを維持することができる程度の暮し」である。政治的には、下

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院の議員になったり(五分の二を富裕なジェントリが占め、残りを小スクヮイアとカントリ・ジェントルマンが

占める)、経済的にそれができない小ジェントリは地方政治に参加したり、治安判事を務めたりしている。さら

に、富、身分、社会的地位の点で、上は貴族、下は小地主(ye。mpnどmer)と区別されるこの階級は四種類の土

地所有者から構成されている。その歴史的形成をミンゲイは次のように説明している。長くなるが、核心に関わ

ることなので、あえて引用することにする。

……第一位にくるのは準男爵である。これは少数の貴族と多くのナイト爵との問の溝を埋めるために、〓ハ二年に初め

て設けられた世襲的爵位保持者である。準男爵は古くからある爵位のナイト爵の上の位を占める。一六二年以降、ナイト

爵はジェントリの第二位を構成することになった。ナイトの爵位授与は、ノルマン征服以前にまでさかのぼる。そして(少

年、従者を意味する古代英語の、諷へ蔓に由来する)ナイトは、歴史的には、武具に身を固めた騎士で、王とその直臣(バロ

ン)のお伴をして戦場へと赴いた。……第三位の「郷士」すquire)も起源は中世にあり、軍事的なものであった。騎士志願

者すquireYは騎士のお伴をして戦いに加わり、騎士の身の回りの世話をする従者であった。十四世紀後半頃に、紋章使用許

可証を与与られ、「エスクヮイア」の肩書はジェントルマンの身分(genti-ity}の第一位を示すようになった。この用語は広

く使われ、やがて貴族の息子、準男爵とナイト爵の長男を含むようになった。さらに時が経つにつれて、エスクヮイアある

いはスクヮイアは(ジェントリの)第四位にくる「ジェントルマン」の上の位を占めるに至った。ジェントリの最下位であ

「ジェントルマン」はヨーマン、自作農盲ndもWningfarmer)とは区別される。それを区別するのはジェンティリティとい

う曖昧な特徴である。つまり、主として生れ、教育ならびに、ジェントルマンの仕事に携われるだけの財力と余暇から生じ

る特質である。

土地所有者の第Ⅲ階級は、自作農と小規模の不在地主で、選挙人、教会委員、教区民生委員を務める人が多い。

ジェイン・オースティンにおけるジェントルマン

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この裏三を背景にして、表一の主要人物〓覧表に戻ってもう一度見直してみると、オースティンの小説の世界

がもっている社会構造上の条件が一層明確に見てとれるであろう。それはまさしく、「ヨーマンよりは上で貴族

よりは下の土地所有者と、これに加えて、かつての貧農のあとをついで、直営地の定期借地人となった裕福な借

地農やあるいはその一族の小作人たち、つぎに、有名な法律家や僧侶や、ときには医者などというような、やは

り急激に増えつつあった専門職業の人々、そして、裕福な商人たち」が中核をつくり上げているジエントリの世

界である。個々の作品に即して説明すれば、サー・トマス・バートラムは下院の議員で、マンスフィールド・パ

ークに邸宅を持ち、「執事や農事監督(b邑iSに会いー調べ、計算し-そして仕事の合い間に廟と庭と一番

近くの農園を検分に出かけ」(第二十章)、その上、西インド諸島のアンチグァ島にも農園をもっている企業経営

塾の準男爵である。同じ準男爵でもこれと正反対なのが、サー・ウォルター・エリオットである。チャールズ二

世の時代に爵位を授与されて以来百年以上も続く名門エリオット家のこの当主は「見栄がその性格のすべて」(第

二革)で、借財に苦しみ、由緒あるケリンチ・ホールをクロフツ海軍提督に貸し、パースの高級住宅地のキヤム

デン・プレイスに家を借り、優雅な生活を捨てきれないでいる浪費放蕩型の人物である。女主人公である次女の

アン・エリオットは「父親が在住地主(re監en二Pndh。詳r)の義務と威信を捨てて何とも思わず、町のとるに足

らぬものに自慢の種を見出している」(第一五章)のを嘆かずにはいられないでいる。ここには、土地の放棄と

精神的堕落というモラルに関わると患われる問題が潜んでいるのだが、いまは先へ進むことにしよう。

社会的身分という点からすると、サー・ウィリアム・ルーカスは興味のある経歴の持ち主である。彼はもとは

商業に従事していたが、成功してメリトンの町長になり、その功績でナイト爵を授与された出世型の人物である。

この例からも分かるように、階層は決して固定したものではなく、絶えず流動している。だからこそ、「誰がジ

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エントルマンか」という問題が絶えず起ってくることにもなるわけである。商人階級からジエントリへと移動す

るいわゆるgci巴C-imber、の例は、ビングリーとその姉妹、エルトン夫人(旧姓オーガスタ・ホーキンズ)であ

る。いずれも子供の代になってこの社会的登撃に成功する。

第Ⅱのグループは人数も一番多く、女主人公も含めてほとんどの女性がこの階層(.甘nt訂menandEies-iまきgOn

inc。meSJに属していてオースティンの世界の中心となっている人たちである。ダーシー氏はそのなかで、人品骨

柄、財産の点で一際目立つ人物である。(ジェイムズ・ラッシュワース氏はエドマンドの意見によれば、二万

二千ポンドの年収がなければ、まったくの間抜け」(第四章)にすぎない。)「爵位こそないけれども、立派な名望

のある古い家柄の父」と「高貴の血をひく」(第五十六葦)母、伯爵のおじを持つ由緒ある家柄の御曹司である。

ぎ。b訂miens二第三章)と形容されるのもそのせいであろう。ダービシャのペンバリーにあるそのパークは、マ

ンスフィールド・パークが周囲五マイルである(第五章)のに対して、その二倍の十マイルの広さを持っている

(第四十三章)。さらに、ロンドンに邸をもつエスクヮイアの部類に入る人物である。エスクヮイアといえば、サ

マセットシャにあるケリンチ・ホールの推定相続人であるウィリアム・ウォルター・エリオットもその一人で、

サー・ウォルターは座右の書である『準男爵名簿』に彼のことを、.云eirpresumptiくe-Wi≡pmW巴terE-1iOt-E革-

gre巴grPnds昌。ごhe坊昌ndSiHW巴ter3(第二革)と書き入れている。

ジョージ・ナイトリー氏はこのグループのなかでは、やや特異な存在である。彼もジェントルマンではあるが、

例えば、ベネット氏やウッドハウス氏のように特にこれといった仕事は何一つ持たず、不労所得によってジェン

トルマンらしい生活をするというのではなく、ドンウェルで自作農場(hOmeどm)を経営する農場経営者(gent-e・

mPnFmer)である。ミンゲイによれば、当時多くの大地主は自作農場を持っていても、利潤をあげる企業と考

ジェイン・オースティンにおけるジェントルマン

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えることは少なく、直接経営に参加せず、他人に貸す場合が多かったようである。確かに、ナイトリー氏もロバ

ート・マーチン氏に僧院農場を貸してはいるが、一方、「翌年一つ一つの畠から何を収穫するか」「排水渠の計画、

柵の変更、木の伐採について、小麦、かぶら、春播きの麦の作付けについて」(第十二章)、久しぶりに会った弟

で法律家のジョン・ナイトリー氏と熱心に話し合うほど直接にその経営に関わっているジュントルマンなのであ

る。そして、ハイベリーでの人望厚く、治安判事も務めている。

「個人を制度の犠牲にし、長男一人をのぞいては、まるで猪の子のように、殺しはしないまでも皆追いだして

しまう無慈悲なイギリス家族制度」といわれる長子相続権(prim。geniture)のために、土地は長男が相続し、ダッ

シュウッド家やベネット家のように、男子がいない場合には、近親の男性に限定して譲られる(ent邑)ことにな

っている。土地の相続権を持たない次男以下の男性は、そこで「インデペンデンス」を獲得するため、何らかの

職業につかねばならない。それが第Ⅲのグループの人たちである。一般に専門的職業(pr。訂告n)といえば、「神

学、法律、医術の三大職業」(『スペクテイクー』第二十二号)を指すが、オースティンの場合、医術の代りに軍

人が含まれる。次男であるエドマンド・バートラムは、イートンからオックスフォードを出るが、メアリ・クロ

ーフォドに次のように説明している。

……しばらくしてとうとうクローフォド嬢は口を切って.「それで、牧師さんにおなりになるのですね、バートラムさん。

ちょっと意外ですわ」といった。

「どうしてですか。私が何か職業につくことになっていることはお察しでしょう。それに弁護士にも、陸軍にも、海軍に

も向いていないことはお分かりでしょう。」

「おっしゃる通りですわ。でも、要するに思いがけないことだったのです。それに普通、叔父さんとかお祖父さんが次男

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の方に財産を遺して下さるものなんでしょ。」

「全く結構な仕来たりですね。しかし、それはいつもそうだというわけではありません。私もその例外の一つです。例外

だから、自分で何かしなければならないのです0」と工ドマンドは言った。(『マンスフィールド・パーク』第九章)

これが通常、次男以下の男性が置かれていた社会的経済的状況であった。しかし、メアリやエドワード・フェラ

ーズの母親、姉のジョン・ダッシュウッド夫人のように、男性に世俗的立身出世と名を顕わすことを求める女性

からすると、牧師はあまり魅力のある職業ではない。表一でも、表二でも分るように、寺禄から得られる年収が

七〇〇ポンド以下というのでは、メアリには「価値のないもの」(よnOthingJということになるのも仕方のないこ

とかもしれない。まさに、聖職なのである。

一方、エドワード・フェラーズは自分の職業の選択について、ダッシュウッド未亡人に次のように体験を告白

している。「

……しなければならない仕事も持たず、務めと独立らしいものを与える職業をもったことがないというのが、これまで

も私にとっては不運だったのですが、今でもそうですし、今後もそうなることでしょう。不幸なことに、私自身も家族のも

のも選り好みをする方で、そのためにご覧の通りの無為徒食の人間になってしまいました。職業の選び方で意見が一致しな

かったのです。今でもそうですが、私としては聖職につきたかったのです。しかし、それは家族のものには格好がよくなく、

陸軍を薦めました。陸軍は私には格好がよすぎました。法曹界は上流に相応しいと認められました。法学院に弁護士の事務

室をもっている多くの若い人は、一流の社会でも押し出しがよく、町中、格好いい二輪馬車を乗りまわしていましたからね。

家族はこれに賛成したのですが、私としては、法律はこんな深遠でない研究でも好きにはなれませんでした。海軍について

は、格好のいいところがありましたが、入ろうかという話が出たころはもう年が行きすぎておりました。それで、結局のと

ジェイン・オースティンにおけるジェントルマン

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ころ、職業をもつ必要が全くなく、赤い軍服を着ていようといなかろうと、楓爽と派手に金も使えましたので、無為徒食と

いうのが大体一番都合がよくて、恥しくないことということになりました。十八才の若者は普通、家の者が何もしないでく

れと言っているのに逆らってまで、せっせと働こうとなどと思いませんからね。それで、オックスフォードに入って、それ

以来ずっと、適当にぶらぶらしているわけです。(『分別と多感』第十九章)

ティルニー将軍は、キャサリン・モーランドに「長男が公職についていない私人としてその州で誰にも負けな

いくらいの地所を相続することになっていても」若者は何か仕事に従事するべきでその際、「お金はどうでもよ

いのです。それが目的ではないのです。大事なのは仕事なのです」(第二十二章)と述べているが、この持論の

背景には、エドワードが陥った若者につきまとうこの種の危険を防ごうとする現実主義を見ることができる。

エドワードの告白は彼の職業の選択について述べたものであったが、それは同時に、「ジェントルマン」には、

特に何も仕事や職業をもたず、しかも、安楽に生活のできる人という側面があることを具体的に述べている点で

も興味がある。同じように、サー・ウォルター・エリオットに対してクレイ未亡人の述べる職業についての意見

も、その側面に光を当てることによって、ジェントルマンの条件を明らかにしている。美貌と若さを誇りとして、

老醜を恐れ各部屋に姿見を掛けている見栄っぼりのサー・ウォルターには、海軍々人という職業は、生れの焼し

いものが不当に著名になる機会を与えることと、若さと活力を奪い取ってしまうという理由で、反感を感じさせ

るものである。これに対して、クレイ未亡人は、海軍であれ、陸軍であれ、弁護士、医師、牧師であれ、すべて

職業は、精神的苦労を件い、人間を老けこませるものだと言った後、次のように言う。

「実のところ、私は長い間こんな風に信じておりますの、どの職業もすべてそれなりに必要で、立派なものですが、どん

な職業にもつかなくてすむ方たちだけが自分で時間を選んで、自分でお好きなことをなさって、もっと増そうと苦労もなさ

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らず、自分の土地で生活しながら、田舎で、規則正しい暮しかおできになるのですわ。健康と美貌というお恵みを心ゆくまで

お受けになれるのは、そういう方々だけの巡り合せなのでございますよ。そういう方を別とすれば若さが過ぎたときに、容姿

がいくらか衰えないような人はございませんわ。(『説得』第三章)

このように、生活のために職業につく必要もなく、健康と美貌であれ、サー・ジョン・ミドルトンやチャールズ

・マスグロウブのように狩猟であれ、好きなことを追求できる身分というのがジェントルマンの一面ではあるが、

オースティンの小説の世界では、職業について一家言もっている人物が少なくないというそのこと自体がその世

界の特徴を示し、さらに、オースティン自身の関心のあり方をも暗示しているといえるだろう。

第Ⅳのグループは商業(trpde)に従事していて、オースティンの世界では、ジェントルマンをもって任じてい

る人からジェントルマンではない人と見徹される人たちである。代訴人(芸。昌ey)は法廷弁護士(bPr計teこと

は違って、ジェントルマンではない。それどころか、『オックフォード辞典』は、この語がしばしば批難をこめ

て、ほとんど「ごろつき」(knPくe)とか「いかさま師」(swind-er)の意味で用いられ、一八七三年の「裁判所法」

(ludic已ureActs)によってイギリスでは廃止され、「最高法院の職員であるソリシター」へsO-icit。r。ftheSupreme

COurt)という語に併合されたと説明している。そしてボズウエルからの一文(JOhnsOnObserくed-thPtぎedidnOt

CPretOSpePki〓0ヘビ一ymPnbehindhisbgk-b阜Febe-ieくedthegent-emanwps呂gt。rneyベ一--謡い)を引用している。

もちろん、ベネット夫人の父親も、また、彼の書記を務めた後、代訴人になった義兄のフィリップ氏も、本来の

意味でのアトニーであったわけであるが、彼がビングリー姉妹、ダーシー氏、レイディ・キャサリンの嘲りの的

になたのは、この職業がジェントルマンの職業ではなく、その上あまり好ましくない意味かつきまとっていたか

らであろう。あるいは、初めにも引用したように、エマがオーガスタ・ホーキンズ嬢のおじは、法律関係の仕事

ジェイン・オースティンにおけるジェントルマン

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といえば聞えはよいが、要するにアトニーだときめつけることで、あれほど自己満足を昧うことができたのは、

このアトニーという言葉がもつインプリケイションのおかげであろう。

商業に従事したことのある人物は何人かいるわけだが、小説中の現在において現に商売を営んでいて、しかも

重要な役割を果す人物というのは、ベネット夫人の弟のエドワード・ガーディナー夫妻だけである。ロンドンは

その名もチープサイド近くのグレイスチャーチ通りに住んでいて、語り手によれば、「立派な商売」(㌔respect邑e

-ineOごrPde一.-第七章)に従事にしている。ざspectPb訂.について、『ロングマン現代英語辞典』は、「必ずしも

褒める意味ではない」ニュアンスのあることを示しているが、ここでは、K・C・フィリップスが指適するよう

⑱に皮肉な意味を考えず、まともに受けとるべきである。それがどういう種類のものかは、ついに明らかにされな

いが、商売に関係している人(..wh。Jというだけの理由で、フィリップス氏と同じように彼もまた、ビングリー

姉妹、レイディ・キャサリンから侮りを受ける。しかし実は、フィリップス氏とは、人柄(ブ竜hptJにおいて、

決定的に異質な人間なのである。語り手は次のように述べている。

……ガーディナー氏は分別のある紳士的な人で、受けた教育だけでなく、もって生れた性質によっても、姉よりずっと優

れていた。ネザーフィールドの淑女方には、商売によって生計をたて、自分の倉庫が見えるところに住んでいる人間が、こ

んなにも礼儀正しくてWe-1bred。)、好感のもてる人であるのは信じがたいことであっただろう。ガーディナー夫人の方は、

ベネット夫人、フィリップス夫人より何才か年下であったが、愛想のよい、総明で、上品な女性だった。(『高慢と偏見』

第二十五葦)

ここで、.ぎel-bredコということはジェントルマンの指標と考えられていることを見落してはならない。㍉。。d

br箆ding3が単にオースティンだけが好んで用いた語彙ではなく、十八世紀のマナーズ論におけるキー・ワード

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であったことは、すでに指通した通りである。しかし、それはマナーズの問題にとどまらず、ジェントルマン教

育論における達成目標の一つであり、ジェントルマンの重要な資格を考えられていた。「礼儀正しい」ガーディ

ナー氏は、たとえ氏・身分(.ぎh。Jはジェントルマンではなくても、育ち・人柄(.Iwh已Jにおいては、立派に、

ジェントルマンなのである。だからこそ、ペンバリーでエリザベスが彼をダーシー氏に紹介したとき、「赤面し

なくてもすむ親戚もいることをダーシー氏が知ってくれることは心に慰めを与えた」(第四十三章)のである。

そして、ダーシー氏にふたたび申込みをしようという気持にさせる一因となるのである。一方逆に、高飛車にづ

けづけと何でも言ってのけるおばのレイディ・キャサリンの「不作法さ」(..i-】breedingJに、ダーシー氏は恥し

い思いをさせられるのである(第三十二早)。

ジェントルマンの資格として、..g。。dbreeding..を強調すれば、氏より育ち、少なくとも、氏に劣らず育ちを重

く見る態度が必然的に生れるが、このジェントルマン観にどうしても同意できない人物もいる。それは、ふたた

び登場を願うことになるが、サー・ウォルター・エリオットである。すでに述べたように、人間を測る彼の物差

しには「どこの何者」という目盛しかついていなかったように、彼のジェントルマン観も単純明快である。彼は

弁護士のシェパード氏とケリンチ・ホールの借り手の話をしているときに名言を吐く。

「ウェントワース?ああ、モンクフォードの副牧師のウェントワースさんね。君がジェントルマンという言葉を使うも

のだから、誰か資産家(。Pman。fpr。p-erty。)のことを話しているのかと思い違いをしたよ。ウェントワースさんはとるに

足らん人(。nObOdy。)だよ。これといった親戚筋もないし、あのストラフォードのウェントワース家とも無関係だしね。ど

うしてわれわれ貴族の家名がこうも沢山庶民のものになったのかね。」(『説得』第三章)

彼の考えでは、ジェントルマンといえば、..g00dbreeding.一などというものはなくとも財産と家柄がありさえすれ

ジェイン・オースティンにおけるジェントルマン

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ジェイン・オースティンにおけるジェントルマン

ば十分なのである。レイディ・キャサリンも、この考え方に大賛成であっただろう。ダーシー氏がエリザベスと

婚約すると聞いて、ベネット家にのり込み、思いとどまるように居丈高に迫り、一方、エリザベスはこれに臆せ

ず切りかえす場面(第五十六章)は、パミラとデイヴァーズ夫人のやりとりと並んで、氏と育ちの真っ向からの

対立を描いた忘れ難い場面である。

デイヴィッド・セシルは、オースティン自身の階級的な特徴を次のように説明している。

社会史のことを知らない批評家はときどきジェイン・オースティンを中産階級の出身と考えて、ジョージ・エリオットや

ディケンズと一緒にしてしまうが、実際には、彼ら二人の家族はオースティン一家と行き来する間柄ではなかっただろう。

オースティンはイギリスの伝統的な支配階級の一員であるジェントリの生れであったのに対して、彼らはそうではなかった

からである。ジェントリと貴族階級との間には、そのような断絶はなかった。

しかし、この社会史的事実にも拘らず、オースティンの小説の世界では、サー・ウォルター・エリオットやレイ

ディ・キャサリンのように、氏・家柄(才-一㌔)だけにこだわるのではなく、ダーシー氏、エリザベス、アン・エ

リオットのように、とらわれない心で、人間としてジェントルマンを見ようとした人物もいることはすでに見た

通りである。前者だけで見る人が鋭い批判を受けるということは、それだけではもはやとらえきれないことを示

している。「ジェントルマン」はオースティンの世界でもゆれ動いている。氏にとらわれずに見るには、その質

(才hPtJを問うことになろう。そして、それには、別の物差しの目盛が必要になるだろう。その問題については、

改めて考えねばならない。

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注①㊥⑧④⑤⑥⑦⑧⑨⑳⑪⑳⑱

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トーニー著浜林正夫訳『ジェントリの勃興』(未来社一九五七)、一三頁。

G・E・MingPy,㌣計C昌、導-p・巴・

トーニー著『前掲書』一一頁。

K.C.PhiEpps.ゝ妄:資と宣言h巌苺阜二AndreDeutsch∴①3).p.-ド

拙論『オースティンにおけるマナーズ』(「英語青年」一九八二掘一月号六一八-六二二)。

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ジェイン・オースティンにおけるジェントルマン