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協力 アジア太平洋地域における 医療制度の展望 オーストラリア、中国、インド、日本、韓国の現状と課題 エコノミスト・インテリジェンス・ユニットによる報告書

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協力

アジア太平洋地域における 医療制度の展望オーストラリア、中国、インド、日本、韓国の現状と課題

エコノミスト・インテリジェンス・ユニットによる報告書

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アジア太平洋地域における医療の展望 オーストラリア、中国、インド、日本、韓国の現状と課題

目次本報告書について 2研究の概要 3長寿社会の実現のために 6

医療負担 7疫学的転換 7非感染症(NCD)の増加 8NCD の主要リスク要因 9感染症-結核 12精神疾患:長く放置されてきた NCD が今注目されています 14

好ましい状態とは 16予防策 16医療アクセス 16患者中心の医療 16プライマリーケアの重点化 17NCD 対策を超えて 18最も変化を必要とする地域 18オーストラリア 18中国 19インド 20日本 21韓国 23

実例に見られる変化 25有効な予防策 25コミュニティへの拡大(韓国) 25たばこ規制(オーストラリア) 25国民皆保険の推進(中国) 27患者による自己管理を中心とした医療 28革新的な情報通信技術の活用 29ビッグデータの活用(日本) 29ポイント・オブ・ケア診断(インド) 30医療の再構築 30介護保険制度(韓国) 31社会保健活動家(インド) 31

結論 33今後の展望 33注 35

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本報告書について

欧州とは異なり、先進国、今後成長の可能性がある途上国、近年成長目覚ましい新興国など、政治的・経済的背景が異なる国々が混在するアジア太平洋地域では、医療制度に対するアプローチも国ごとに異なっているのが特徴です。そのためこの地域は、国によって差はあるものの、疫学的には転換期を迎えており、各国内の医療負担の中心が感染症から非感染症(NCD)に移りつつあります。

本報告書(アジア太平洋地域における医療の展望・オーストラリア、中国、インド、日本、韓国の現状と課題)は、アジア太平洋地域における疾病負担に起因する課題等について比較、検討するために、エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)がヤンセンの協賛の下で作成したものです。また本報告書では、感染症および非感染症患者へより良い支援を行うために、これら5ヶ国で共有可能な最善の患者支援策を明らかにすることも目指しています。

本報告書は以下の医療関係者ならびに専門家の協力の下、徹底した机上調査とインタビューにより作成されました。

MohammedAli 助教授、エモリー大学ロリンス公衆衛生大学院、国際医療学部ヒューバートデパートメント

SanchiaAranda 教授、国際対がん連合次期会長

MalcolmBattersby 教授、フリンダース大学、人間行動学および保健研究ユニット部長

ChristineBennett 教授、ノートルダム大学医学部長

JulianaChan 教授、アジア糖尿病財団 CEO

ChangbaeChun 氏、韓国国際保健医療財団事務局長

岩本愛吉教授、日本エイズ学会会長

LixinJiang 教授、北京、国家心血管病センター

BlessinaKumar 氏、結核対策に関わる国際市民団体会長

VivianLin 博士、WHO 西太平洋地域保健開発部長

GordonLiu 教授、北京大学国家開発学院、経済学教授;北京大学国家医療経済研究センター所長

CheeNg 教授、メルボルン大学、アジアオーストラリア・メンタルヘルス部長

PreethaReddy 博士、アポロ病院グループ専務理事

SrinathReddy 博士、インド公衆衛生基金理事長

ShaukatSadikot 博士、国際糖尿病財団次期会長

渋谷健司、東京大学国際保健政策学教室教授

Kin-pingTsang、国際患者団体連合会長

本報告書は PaulKielstra が執筆、CharlesRoss が編集しEIU のヘルスケアビジネス部門である Bazian 社の EllyO'Brien が研究補佐を担当しました。この場をお借りして、本報告書作成にあたって取材協力をいただいた皆様にお礼を申し上げます。

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研究の概要

オーストラリア、中国、インド、日本、韓国の医療はこの 20 年間で著しく改善され、これら5ヵ国では平均寿命も大きく伸びています。とはいえ、保健医療を取り巻く環境は常に流動的で、各国に課題をもたらしているリスクは変化し続けています。本報告書では、これら5カ国が現在直面している、または将来直面するであろう疾患、ならびにその対策としてどういった医療制度を採用しているかを明らかにします。主な見解は以下の通りです。

非感染症(NCD)は、現段階ですでにこれら 5ヵ国における医療負担の大部分を占めています。従来、感染症は途上国の、非感染症は先進国の問題とされてきました。日本、オーストラリア、韓国はかなり以前に疫学的な転換期を迎え、NCD が医療負担の大部分を占めるようになっていましたが、近年、中国でもそれと同様の傾向が見られるようになり、2010 年には中国における死因の 85% が NCDとなりました。またインドでも死因の大半(53%)が NCDとなり、その割合は今後増加すると見られています。いずれの国においても、感染症は依然として潜在的な脅威であり、インドや中国の医療制度にとっては現在進行形の重大な課題であると言えます。とはいえ、医療負担の大部分はNCD であり、今後もその負担は増加するとみられています。

これら5ヵ国における特定の NCD の影響は様々で、その悪影響を最も受けているのが中国やイ

ンドです。NCD の増加要因リスクとしては、加齢、喫煙や不健康な食習慣、運動不足、環境汚染、都市化などが挙げられます。ただしこれらのリスク強度は各国間で著しく異なるため、問題となるNCD の種類も国ごとに大きく異なります。例えば東アジアでは、塩分の過剰摂取によって脳卒中の発現件数が増加していますが、オーストラリアでは過剰なカロリー摂取によって、心臓疾患がより大きな問題となっています。また中国やインドでは、大気汚染によって慢性閉塞性肺疾患(COPD)や肺がんの発現率が急増しています。現在途上国が抱える能動的リスク、受動的リスクによる代償は、先進国が直面するそれよりも重く、WHO によると、韓国、日本、オーストラリアでは、30 歳~ 70歳の人が癌、心臓病、糖尿病、および COPDなどの要因により死亡する確率はわずか 9%強ですが、中国では 19%、インドでは 26%にもなります。

精神疾患が医療負担の一部を占めていることはほとんど認識されていません。精神疾患は重大な NCD の 1 つですが、直接の死因となることが非常に少ないため、死亡に関するデータからは精神疾患による影響が見えにくくなる傾向があります。しかし障害生存年数の合計で考えると、医療負担は大きく、全体の 20% ~ 30%を占めます。精神疾患を有する患者向けのサービスの提供は充実しているとは言えません。中国やインドではこの分野の改革が始まっていますが、医療従事者の数やインフラ整備の状況

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は、患者のニーズを満たしているとは言えません。日本や韓国では、現在のベストプラクティスとされている地域社会ベースのケアではなく、病院のみで行う治療が依然として主流です。この分野に関してはオーストラリアが一歩先を行っていますが、道半ばというところです。

NCD の対策として、患者を中心とした、利用しやすい医療制度の設計が必要とされています。医療制度の多くは救急治療のために開発され、現在もそれに適した制度設計となっています。しかし現在の医学的理解においては、NCD の多くは長期的な管理を必要とする慢性度の高い疾患です。そのための医療制度に求められているのは、費用対効果の高い予防策を適切に活用すること(NCD の多くは予防可能なため)、医療制度を利用しやすくすることで、より継続的なケアが行き届くようにすること、患者中心のケアを提供すること。つまり患者が医師の指示を仰ぐのではなく、自ら体調を管理できるようにするために、医療従事者は患者を支援する必要があります。また、制度を統合することで、患者個人のニーズに沿った、カスタマイズされた治療(通常はプライマリーケアに重点を置くことで最も効果が上がる)が提供できるようにすることも必要です。こうした医療制度は NCD 対策だけではなく、結核や HIV などといった感染症に特化したケアにも役立ちます

今回の研究では、こうした理想に適う医療制度は確認できていません。また一部には、医療負担の現状に対して不適当であり、憂慮されるべき制度も見受けられます。各国の政策には弱点があります。

l オーストラリア-財政的には堅調な医療制度ではありますが、従来の医療従事者に焦点を当てた制度ではなく、患者を中心とした制度への統合を図る必要があります。現在の制度は複雑で、患者は活用が難しいと感じています。

l 中国-これまでのところ、国内の医療制度改革は不調であり、患者中心の、統合的で利用しやすい医療制度の確立には至っていません。病院での診察は、せわしなく働くスタッフとの簡単なやり取りに終始しがちです。さらに、

依然として医療費は高く、医療に対する不満は患者と医師の信頼関係に悪影響を及ぼしており、中国人の 3 分の 2 は「医師の専門的意見を信頼していない」という事態にまで至っています。

l インド-依然として救急医療に焦点を当てた制度設計となっており、保健省でさえNCD対策は「初期段階」にあるとの認識を示しています。また、高額の医療費によって、国民の多くは通常の医療を受けることが困難な状態です。こうした要素から、長期的なケアを効果的に行うことが非常に難しくなっています。今回のインタビュー回答者の 1 人は、この国の 6200 万人にも上る糖尿病患者の半数は、自分が糖尿病に罹患していることすら気づいていないと指摘します。

l 日本-日本の医療制度には多くの長所がありますが、医師を頂点とした、病院における治療に重点を置いた制度設計で、プライマリーケアの役割には重きが置かれていません。その結果、提供される医療は統合性に欠けるものとなり、医師や専門家が不足しているため、患者の待ち時間ばかりが長くなり、診察時間はごく短時間という状態です。また、現行の医療制度では、財政難に苦しむ国が制度維持の財源負担を求められています。こうした状態で今後制度を維持し続けられるのかという点も、議論の余地があるところです。

l 韓国-ここ数十年で飛躍的な改革を遂げた韓国の医療制度ですが、プライマリーケアが不十分であることや、病院を過度に重視した制度、医師不足など、日本と共通する欠点も抱えています。医療の質により重点を置く必要がありますが、精神疾患の患者を対象とした制度等は、そのニーズに照らして特に手薄になっていると言えます。

効果的な変化に向けた大小の取り組み。完璧な医療制度を作ることは容易ではありませんが、本研究の調査対象国における様々な取り組みから、多くの重要分野で変化が可能であることが明らかにされています。

l 予防策-効果的な予防策は人々の賛同が得られるのはもちろんですが、健康的な選択

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がしやすくなる状況をも作り出します。このような状況は、様々な段階を経て作り出すことができます。韓国の江東区では、医療施設ではなく地域を基盤とした保健相談センターに多くの市民が集まり、市民の健康に好ましい影響を与えていることが、各種指標から明らかになっています。国レベルでは、オーストラリアの禁煙政策が挙げられます。教育、規制、課税対策を組み合わせて、一貫した活動を何十年も継続した結果、1970 年代半ばには 38%だった喫煙率が現在は13%に減少しています。

l ユニバーサルアクセス(機会均等)-前述の通り、中国における医療制度改革には大きな弱点がありますが、成功例がないというと語弊があります。医療保険の大幅な拡大は医療施設の利用増加につながり、ワクチン接種や妊産婦のケアなどといった、基本的な医療サービスが拡充されました。

l 患者中心主義-オーストラリアのフリンダース医療センターが作成した慢性疾患重症化予防プログラム(TheFlindersProgram)によって、医師 ‐ 患者間の信頼関係の構築を含む自己管理支援システムが形成され、患者中心の統合的な医療という理想の実現に向かっています。初期に行われた研究からは、医療行為の成果に改善もみられています。

l 技術-情報通信技術改革は、医療サービスの提供にも大きなイノベーションもたらしています。日本では成功事例の理解を深めるため、外科医や糖尿病専門医はビッグデータを活用しています。この分野でのパイオニアである心臓外科医は 10 年以上にわたってデータ活用の成果を目にしてきました。IT の利用は富裕国に限定されるものではありません。インドでは、ポイント・オブ・ケア(POC)デバイスの 1 つである SwasthyaSlate の利用により、コミュニティの保健師が現場で 33 種類に及ぶ各種検査を実施し、必要に応じてそれらのデータを専門医に転送できるようになりました。

l 医療の再構築- NCD 関連疾患の治療に用いられる、医師による病院中心の医療費が高額すぎる場合、代替手段としてどういったものが考えられるでしょうか?韓国では長期介護保険事業によって、数年前から補助金付きのソーシャルケアサービスを高齢者に提供しており、これによって社会的入院(他に望ましい方法が見つからないことから、高齢者の長期入院が続く状態)の数が減少する可能性が示されています。インドでは、社会保健活動家(ASHA)プログラムによって、農村地域で活動する900,000 名ものコミュニティの保健師のトレーニングが行われました。特に精神疾患や小児医療で成果を上げています。

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長寿社会の実現のために1オーストラリア、中国、インド、日本、韓国の各医療制度について、その国の国民の医療ニーズへの対応力を評価する際は、まず初めに、各国が抱える問題は程度の差こそあれ失敗例ではなく成功例に起因していることを認識する必要があります。

平均寿命だけで評価した場合、これら5ヵ国では 1990 年から2013 年にかけて、死亡率が著しく改善していることがわかります。インドや中国、韓国における平均寿命の増加率は国際平均値を上回り、これら3ヵ国ではこの期間中に毎年 4 ~ 5 か月寿命が延びています。日本とオーストラリアにおける延びは国際平均値を下回っていますが、この 2ヵ国はそれぞれ世界第 1 位と第 3 位の長寿国であり、寿命の増加が緩やかなのは必然的なことといえます。

(図 1)

寿命の延びはすべての国に共通していますが、その要因は異なります。インドにおける寿命の

延びは、急性感染症(特に下痢や下気道感染症など)や、新生児期の障害への対策に由来しており、1990 年以降の平均寿命の延びの半分以上は、これら2 つの対策の成果によるものです。中国では、感染症や慢性疾患、NCDへの対策、特に心血管疾患や慢性呼吸器疾患対策の充実によって寿命が延びています。本研究の調査対象国のうち、経済発展が進んでいる 3ヵ国については様相が異なり、心血管疾患や癌などといった NCD 対策がほとんどで、これらの国々での平均寿命の延びの半分以上はこうした対策によるものであるという説明が可能です。

この他にも平均寿命の数値は、こうした国々が直面している医療負担についての理解を助けるという側面も持っています。これら5 カ国間の共通点や相違点と思われている状況は、詳細に調査を進めると、大きく変化することがあります。

図 1: 長寿1990 年~ 2013 年生まれの人の平均寿命(年)

オーストラリア 中国 インド 日本 韓国平均寿命(1990 年) 77 68 58 79 72平均寿命(2013 年) 82 76 66 83 81増加 5 8 8 4 9最も改善が見られた分野 心血管疾患

癌下痢/下気道感染症その他/心血管疾患

下痢/下気道感染症/その他新生児期の障害HIV および結核

心血管疾患癌

心血管疾患癌

出典:保健指標研究所、LifeExpectancy&ProbabilityofDeath、2014、http://vizhub.healthdata.org/le/.WHO 世界疾病負担より。

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医療負担疫学的転換先進国と途上国では発病や死亡の原因が異なりますが、この背景にある重要な要素として、経済発展によって疫学的転換が起こるという事実があります。貧困社会では通常感染症への集団感染による負担が大きくなっていますが、国民所得の増加に伴って医療および医療制度改革も進むことが多く、こうした状況は徐々に改善されます。人は必ず死を迎え、何らかの理由で必ず死ぬ運命にあります。したがって、感染症疾患が減少すれば NCD が表面化し、それが死因の大半を占めるようになるのは自然なことです。

本研究の対象となった 5ヵ国の中には、既にそうした疫学的転換を遂げた国もあれば、現在まさに転換中の国もあります。オーストラリア、日本、および韓国は変化を遂げてから長期間を経ており、WHO の世界疾病負担の図によれば、これらの国々では 1990 年から2010年にかけての死因の 80 ~ 90%が NCDとなっています。

図 2

94 99

インドにおける疫学的転換1990年から2000年にかけての傷害調整生存年数(DALY)の変化(%)

赤 ‒ 感染症青 ‒ 非感染症緑 ‒ 傷害

早産による出生時合併症

下気道感染症

虚血性心疾患

慢性閉塞性肺疾患(COPD)

結核

新生児敗血症

路上での傷害

鉄欠乏性貧血

自傷行為

新生児脳症

腰痛脳卒中

大鬱病性障害

糖尿病

火災による熱傷

先天性異常

タンパクエネルギー栄養障害

転倒・転落

髄膜炎

肝硬変

偏頭痛

喘息

麻疹

HIV/AIDS

下痢

中国は、こうした変化を経て最近先進国に加わり、NCD は、1990 年には死因の 74%であったのに対し、2010 年には 85% を占めるまでに至りました。インドはこの5ヵ国の中で唯一、こうした変化の途上にある国ですが、すでに重要な転換点を過ぎ、1990 年には死因の40% に過ぎなかった NCD が、2010 年には死因の 53%となりました。インドの公衆衛生基金理事長であるSrinathReddy 博士によれば、こうした疫学的転換は今後も続くことが予想され、同氏は「インドでは、今後 20 年間でNCD がさらに急増するでしょう」との見解を示しています。

しかし、疫学的転換という概念は、その調査結果同様にとらえにくいものです。感染症が健康問題の 1 つであるという事実は経済発展とは関係なく依然として存在していますし、各国における疫学的転換の背景となる要素も大きく異なっています。

図2に示すとおり、インドの疾病負担の変化は、主な感染症(赤)による死亡率の減少によるものであると同時に、NCD(青)と傷害(緑)による死亡率増加も変化の一因となっていま

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す。エモリー大学ロリンス公衆衛生大学院、国際保健ヒューバートデパートメント助教授であるMohammedAli 氏によれば、インドは中国と同様、疫学的な転換を遂げるのはまだ先になりそうです。同氏はこの 2ヵ国の人口の大部分は、医療サービスを受けにくい農村部の住民であると指摘した上で、次のように述べています。「人々の生活の都市化が進み、慢性疾患に対する認識が進むことで、さらに大きな疫学的転換が見られるでしょう。」

非感染症(NCD)の増加

最も発現頻度の高い NCD に注目した場合、経済発展が進んだ国々では似たような傾向が見られます。WHO の推計によれば、2012 年の韓国、日本、オーストラリアにおける NCDによる疾病負担の大部分を、癌、心疾患、呼吸器疾患および糖尿病が占めています(図 3)。

中国の場合、死因に NCD が占める割合に関していえば、韓国や日本、オーストラリアとほぼ同程度といえますが、各疾患を個別に見てみるとその様相は大きく異なっています。中国では、2012 年の全死因のうち心血管疾患が占める割合は 45% で、その半数以上は NCD によるものでした。一方、癌が死因に占める割合は心血管疾患の約半分でした。また、中国では呼吸器疾患による負担も、富裕国に比べて高くなっており、全死因の 11.3% を占めています。その大部分が慢性閉塞性肺疾患(COPD)です。

インドでは感染症による疾病負担がはるかに高いため、NCD に関する数値は低く抑えられ

図 3:NCD の増加状況NCD の種類別総死亡率、国別、2012 年 WHO 予測

オーストラリア 中国 インド 日本 韓国癌 29.5 22.4 7.0 30.3 30.3心血管疾患合計 30.7 45.0 25.8 29.3 24.5脳卒中 7.5 23.7 9.0 10.1 10.5虚血性心疾患 14.5 15.3 12.4 8.6 7.0

呼吸器疾患 6.9 11.3 12.7 6.3 5.2糖尿病 2.9 2.3 2.3 1.2 4.3出典:WHO 予測による死因別死亡率(2014 年 5月)、EIU 算出値

ていますが、傾向としては中国と同様で、心疾患、さらには COPD による死亡率も癌を上回っています。

その他、先進国と新興国間に見られる差の 1つとして、NCD による死亡年齢が挙げられます。韓国、日本、オーストラリアでは、30 歳~ 70 歳の人が癌、心臓病、糖尿病、およびCOPD などの複合的な要因により死亡する確率はわずか 9% 強ですが、中国では 19%です。またインドに至っては、感染症による死者数が多いにもかかわらず、この年齢層におけるNCD による死亡率は 26%です 2。

死亡率は、疾病負担を測る1 つの指標にすぎません。障害調整生存年数(DALY)などといった他の指標には、「障害を有していた期間」と

「早死によって失われた時間」の両方による影響が考慮されています。この指標を用いた場合、死亡率にはあまり変化は見られませんが、これらの国々における精神疾患の影響が明らかになります(囲み記事参照)。

患者の苦しみに加えて、NCD の増加によって特に若年層への経済的負担が、国家経済に多大な影響をあたえる可能性があります。全米経済研究所が 2013 年に実施した調査によれば、中国やインドはその点で特に脆弱であると指摘されています。インドでは、2013 年~2030 年の間に精神疾患と4 大 NCD 対策に費やされる費用は 6.2 兆ドルに達すると予測されています。中国では心臓病の割合が高いため、その額は 27.8 兆ドルにも達すると予測されています。これは中国の 2013 年度の GDP の約3 倍にあたります 3。

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NCD の主要リスク要因高齢化社会調査対象となった 5ヵ国では、平均寿命の延びとともに出生率の大幅な低下によって高齢化が進み、今後数十年はこの傾向が続くと思われます。

中でも日本は、人口のほぼ 4 分の 1 を占め、調査時の年齢中央値が 47 歳と世界一の高齢国で、これら5ヵ国の中で最も差し迫った問題に直面しています(図 4,5)。オーストラリアは、現時点の平均年齢は韓国や中国より高いと思われます。しかしこの 2ヵ国は急速に高齢化が進み、オーストラリアに追いつきつつあります。中国では、今後 20 年以内に全人口に占める65 歳以上の人口の割合が、オーストラリアと同程度になると予測されています。北京大学国家開発学院)の経済学教授であり、同大学の国家医療経済研究所所長を務める GordonLiu 氏は、「中国における高齢化社会の理由の大半は他の国々と共通していますが、労働年齢人口の減少は、一人っ子政策によるものです」と述べています。韓国は、政府が少子化対策をとっているにもかかわらず、世界で最も出生率の低い国の 1 つです。中国はその韓国の後塵を期すことになるでしょう。インドはこの 5ヵ国の中で唯一、人口置換水準を上回る出生率を誇る国です。とはいえ、他国に比べて緩やかではあるものの高齢化は進んでおり、

平均寿命は増加しているということは、この国でも変化がいずれ目に見えてくるということです。

高齢化は多くの NCD の罹患率と密接に相関しており、その影響は既に、医療効果を測る各種指標によって明らかにされています。これらの 5 カ国では、すべての年齢層におけるNCDによる死亡率は横ばい、もしくは増加しているものの、年齢調整死亡率(高齢者人口による影響を調節した割合)は低下しています。こうした傾向は、最も高齢化が進んだ国である日本で特に顕著です。(図 6)

事態をより複雑にしているのは多重疾患の増加、すなわち、2 つ以上の慢性疾患(通常はNCD)があり、その管理を必要とする人の割合が増加しているということです。この問題は、人口の高齢化が進むにつれて大きくなります。

高齢になると病気にかかりやすいのは事実ですが、だからといって、高齢者が不健康だというわけではありません。東京大学国際保健政策学部長、渋谷健司氏は、世界疾病負担研究のデータによると、「世界中で罹病 [ 年数 ] が短縮している」と述べています。NCD の副作用の多くは適切な管理を行っていれば防ぐことができますが、高齢化社会にあっては、医療システムはこれまで以上に多くの患者の疾患管理を支援することが求められるようになります。

オーストラリア 中国 インド 日本 韓国(年)

出典:UN Population Division, World Population Prospects 2012

図 4各国の人口の年齢中央値(出生率の予測を含む)

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出典:UN Population Division, World Population Prospects 2012

図 565歳以上人口の割合

オーストラリア 中国 インド 日本 韓国

生活習慣多くの NCD のストレス要因の大部分は、健康的な生活習慣を選択することである程度は防ぐことができます。不健康な生活習慣の内容やその程度、またそれによる影響は多種多様ですが、これによって各国の NCD 負担に差が生じます(図 7)。

調査対象の 5ヵ国では、「世界の疾病負担」調査の図からは、食生活の乱れ、特に果物不足が共通のリスクとして指摘されています。

しかしの他の問題は、各国でばらつきがあります。中国では、塩分の過剰摂取が差し迫っ

全年齢層

出典:保健指標研究所による世界の疾病負担ホームページ “GBD Compare”, 2013, http://vizhub.healthdata.org/gbd-compare.

年齢調整後

図 6人口100,000人中のNCDによる死亡件数(日本)

た課題となっています。世界の疾病負担のデータからは、2010 年には塩分の過剰摂取が全死因の 10% 前後を占めたことが示されています。これは日本や韓国でも重要な課題であり、インドでもある程度同様です。塩分は、中国と日本おいて第 2 位の疾患リスク要因とされている高血圧を引き起こし、脳卒中とも関連しています。このことは、これらの 2ヵ国では心臓病よりも心血管疾患が多いことを裏付けています 4。

オーストラリアでは、総カロリー摂取量がより重要な課題となっています。これに運動不足も加わり、腹囲が急速に増えています。オースト

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ラリアでは、成人の 28% が肥満症に分類されています(2011 年;OECD のデータより)。オーストラリアのノートルダム大学医学部長のChristineBennett氏はオーストラリアでの肥満の蔓延について「おそらく、オーストラリアが現在直面している中で最も重要な健康課題である」と述べています。

他の国々の肥満人口は、本研究の結果からはかなり少ないとされていますが、近年では、主に経済発展の結果として、食事内容や交通事情に変化が起こっており、これらが懸念材料となっています。韓国国際保健医療財団事務局長であるChangbaeChun氏は、「韓国では、特にジャンクフード食べる若年層において、肥満の問題が大きくなっています」と述べています。

図 7:死亡リスク主な健康リスクと年間 DALY(人口 100,000 人中;2010 年)オーストラリア 中国 インド 日本 韓国

食事 1553 食事 3536 食事 4327 食事 1555 食事 1957

高 BMI 1338 高血圧 2625 家庭内の空気汚染(固形燃料の使用による)

3154 高血圧 990 アルコール摂取 1665

喫煙 1290 喫煙 2062 喫煙 3141 喫煙 985 喫煙 1349

高血圧 963 大気中の微粒子による環境汚染

1763 高血圧 2726 運動不足と低活動量

584 高血圧 1034

運動不足と低活動量

702 家庭内の空気汚染(固形燃料の使用による)

1502 空腹時高血糖 1916 空腹時高血糖 941

空腹時高血糖 1089 大気中の微粒子による環境汚染

1817 高 BMI 810

アルコール摂取 907 職業上のリスク 1647 運動不足と低活動量

759

職業上のリスク 825 小児期低体重 1369

高 BMI 816 アルコール摂取 1358

運動不足と低活動量 780 鉄分不足 1242

運動不足と低活動量 1223

最適ではない母乳育児

735

出典:保健指標研究所(IHME)GBDCompare

インドの肥満率は、調査対象となった 5ヵ国で最も低いものの、国際糖尿病財団次期会長であるShaukatSadikot 博士によれば、インドでも子どもたちの肥満が大きな問題になりつつあるとして、「子どもたちの身体活動レベルが低くなってきています。私たちの世代は歩いて学校に行ったものでしたが、今では自家用車やスクールバスを使う子が増えています。また、私たちが子どものころは、校庭で何時間も遊んでいたものでしたが今ではそのような習慣はなくなり、良い成績をとるための習い事や塾通いが多くなりました」と述べています。

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アジア諸国では、オーストラリアほどの BMI の上昇は見られていませんが、医学的な見解によると、人種的には、欧州人よりもアジア人の方が体重増加の悪影響を受けやすいと言われています 5。インドや中国における急速な糖尿病患者の増加については、体重増に対する人種的な感受性の高さから説明がつきます。また中国では経済発展が進んだ他の先進国と比較して心血管疾患が多くなっていますが、これは、この国の塩分過剰な食生活から説明可能です。

不健康な生活習慣は回避可能なものです。アポロ病院グループ専務理事である PreethaReddy 博士は次のように述べています。「これらの問題は、私たちが国として、あらゆる利害関係者を巻き込んだ上で早急に、こうした傾向を改善するための方策をいかにして講じるかにかかっています。」喫煙傾向の変化は有効な対策の鍵となります。本研究を実施した時点では、いずれの国においても喫煙は依然として心疾患、癌、慢性呼吸器疾患の主な要因でした。しかし1990 年からの 20 年間の喫煙率の低下(図 8)によって、本研究の調査対象国を悩ませていた医療負担も低下し、年齢調整 DALY で測定したところ、人口 100,000人当たりの低下率は 18%(インド)~ 61%(韓国)となっています。

環境関連リスク経済発展は、NCD をさらに加速させる物理的環境も作り出しています。大気汚染の悪化から、中国やインドにおいて呼吸器疾患が増加していることを説明することができます。またこれらの国では、環境汚染や家庭内の空気汚染と

いった大気汚染はそれぞれ個別に、人口100,000人当たりのDALYを押し上げています。世界疾病負担の図によれば、これらの国の大気汚染によるDALY への影響は、富裕国における喫煙による影響よりも大きなものとなっています。

途上国でこれらの問題を悪化させているのが都市化の進行です。都市への移民は汚染源の近くに住居を構えることが多く、こうした地域は安全性に欠けるため運動の機会も失われます。また、栄養バランスのとれた食事も取りづらくなります。中国ではこの 20 年間で都市部に住む人の割合が 31% から56% に急増しました。国連ではこの割合は今後 20 年間で71% に達するだろうと予測しています。同期間におけるインドの都市化の進行は 27% から33%と緩やかで、20 年後の予測は 42%とされています。ただし都市化の傾向は中国と同様です。SrinathReddy 氏は「現在の都市化の進行は、無計画で混沌としたものです。こうした状態は、NCDを大幅に蔓延させるでしょう」と述べています。

感染症-結核

本研究の調査対象国では疾病負担の大部分をNCD が占めていますが、感染症に関する課題がなくなることはありません。2003 年には中国で SARS が、さらに最近では韓国で MERSが大流行しましたが、これら2 つの感染症の大流行によって、たとえ先進国であっても、新型感染症の管理をすることが非常に困難であることが証明されました。既存の疾患が再燃することもあります。日本の場合、NCD 対策が

図 8:喫煙率の低下成人の喫煙率(男女)

1980 1996 2006 2012世界 25.9 23.4 19.7 18.7オーストラリア 30.8 24.1 19 16.8中国 30.4 29.5 23.9 24.2インド 18.9 17.7 15.5 13.3日本 36.2 32.1 27 23.3韓国 36.1 31.7 25.6 23.9出典:MarieNgetal.,“SmokingPrevalenceandCigaretteConsumptionin187Countries,1980-2012,”Journal of the American Medical Association,2014

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成功したことによって高齢化が進み、下気道感染症による死亡が増加したことは皮肉な結果です。

インドなど感染症が依然として多い国々と、オーストラリアのように感染症は差し迫った脅威というよりは潜在的な危険であるという国とでは、感染症に関する課題も異なっています。例えば結核(TB)など、個別の疾患に対して各国がどのような管理を行っているのかを検討することは、国ごとの課題の違いを明らかにするのに役立ちます。

TB は根治可能な感染症ではありますが、治療は長期にわたる複雑なもので、薬剤耐性の問題が大きくなっています。WHO によれば、インドと中国は TB の高負担国であり、この 2ヵ国では感染症による死因および DALY の原因上位 3 位に TB が入ります。これらの国ではTB 蔓延率が高く人口規模も大きいことから、2013 年の世界の TB 患者の 24% はインドが、11% は中国が占めています 6。

両国ともに、国による結核対策プログラムを設けています。これは、直接監視下で薬物療法を提供することに加えて、資金調達および治療機会の両面で、各種公衆衛生システムが関与するという、WHO 支援によるDOTS 戦略に沿ったプログラムです。こうした対策が進み、中国、インド共に TB 罹患率は低下し、1990 年比で約 2 分の 1 になったと推測されています。インドでは同期間に死亡率も同様に低下していますが、中国では 1990 年と比べて 6 分の 1 未満にまで低下しています 7。

しかし、TB 対策に関わる国際市民団体会長である BlessinaKumar 氏は、この 2ヵ国の TB対策は不十分であり、それによって薬物耐性の問題が発生していると指摘しています。同氏は次のように述べています。「インド、中国ともに TB 対策として正しい政策をとっていないのは明らかです。そうでなければこの 2ヵ国で毎年多剤耐性(MDR)TB が増加するということはあり得ません。」

インドでは、公的医療が不十分で、患者が様々な疾患の症状にさらされます。そこで民間の医師を過剰に受診するようになります。最近までは、これらの医師による治療にはほとんど規制

がありませんでした。当局は、こうした医師らが薬剤の種類や投与量を誤り、さらなる薬剤耐性を招いていると考えています。

中国では現在人口の多くが健康保険を活用できる状態であるにも関わらず、問題を抱えています。中国の健康保険は移住先で使うことができず、都市部に住む移民は(もっともリスクにさらされているにもかかわらず)TB 検査および診断が有料になります。これが診断漏れにつながります。さらに、病院は収入の大半を薬の販売から得ているため、薬剤の不正投与または過剰投与が起こりがちです。

その結果、各国で MDR-TB が急増しています。インドでは、2009 年に確認された件数が 1,660件であったのに対して、2013 年には 25,000 件に増加しています。しかしこの数は WHO が推計する実際の年間件数である62,000 件を大きく下回っています。WHO が推計する中国での年間件数(未報告含む)は 54,000 例で、インドよりやや少ないですが、2013 年に報告されたのは約 3000 件でした。WHO では、MDR-TB を「健康危機」と呼び、Kumar 氏も次のように述べて同意を示しています。「薬剤耐性 TBの発生により、対応が非常に難しくなっており、ほぼ毎日、TB 患者の治療のために奔走している状態です。」両国とも、問題を認識してはいますが、改善に向けた歩みは遅々たるものです。

韓国や日本では TB の問題はかなり小さいですが、依然として問題であることには変わりません。韓国の TB 罹患率は OECD 加盟国中最高で人口 100,000 人中 97 件です。日本は 18 件ですが、それでも他の先進国の大半と比較すると数倍の罹患率です。WHO ではこの 2ヵ国を中等度の結核負荷国と分類し、難しい状況は今後も続くだろうとしています。多くの場合、TB 菌はヒトの免疫システムによって遮断され、潜伏、無害化します。しかし、潜伏感染の10% は、特に免疫システムが低下すると活動性疾患となります。韓国では、特に朝鮮戦争のころには TB が健康上の大きな問題となりました。また日本においても、TB はかつて死因の最上位にありました。潜伏感染中の TB は、長い時間をかけて活性化する場合があります。一度活性化すると他者への感染能を持つようになります。

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特に韓国では、死亡率は低下しているものの、発症率は変わらず、それどころかこの 10 年間で増加しています。これは 1995 年から2010年にかけてTB への関心が薄れたことによるものです。2011 年には TB 対策の予算が 4 倍に増額されました。これらの国々では NCD の高負荷国としての対策も必要ですが、現在進行形の TB 問題も無視できるレベルのものではありません。

オーストラリアではまた問題が異なります。TB患者数は、1980 年代以降人口 100,000 人中

7 ~ 8 件で低いまま推移しており、罹患者は主に移民とアボリジニに限られています。そのためオーストラリアではハイリスクグループへの対応に焦点が当てられ、事前入国審査におけるスクリーニングを強化しています。

インド、およびインドほどではないにせよ中国でも、既存の疾患対策が必要とされますが、富裕国でもやはり、疾患の蔓延を防ぐために用心を怠らないようにしなければなりません。

医療で重要なのは測定結果です。2012 年以降の WHO の死亡率推計によれば、本調査対象の 5 ヵ国において、精神疾患による直接的な負荷は小さいとされています(図 9)。精神疾患患者の死亡に関しては、ほぼすべてがアルコールと薬物乱用によるものとなっています。なお中毒はこの調査結果においては、精神疾患のサブカテゴリ―に分類されています。精神疾患による死亡率が低いのは、データの分類のしかたによって一部の問題の取り扱いが曖昧になっているからです。例えば自殺は、各国で分類のされ方が異なっています。

疾患の性質もまたデータに影響します。精神疾患の多くは若年齢で発症し、死に至ることはないものの、回復には長期間を要します。障害生存年数(YLD)に着目すると、死亡率とは大きく異なる様相が浮かび上がります。調査対象の 5 ヵ国では YLD の 20% ~ 30% は精神疾患によるもので、中でも鬱による負担が最も深刻です。DALY は、YLD と早死により失われた年数を調整して算出された値で、2つの要素の間を取った値になります。

DALY と YLD は、死亡率と共に医療負担も測定するために 1990 年代に導入されました。これによって、これまでほとんど認知されてこな

かったメンタルヘルスの問題にも注目が集まるようになりました。

数値的な変化にも関わらず、メルボルン大学アジア・オーストラリア・メン タルヘルス部長である Chee Ng 教授は、メンタルヘルスに関する議論は困難であるとの認識を示したうえで、

「一般的に言ってメンタルヘルスについての議論は、癌や心血管疾患といった問題に比べて興味が持たれにくく避けられがちです」と述べ、次のように続けています。「目の前に問題が生じていたとしても、政治家や一般市民の関心をこの問題に向けさせることは非常に困難でした。」 同様に、インドの Srinath Reddy 博士も次のように述べています。「精神疾患は重要な問題です。この問題は長年にわたって公にされてきませんでしたが、散発的に実施される調査からは、危険性が高まっていることが示されていました。」

中国やインドの状況は厳しく、精神疾患の治療はほとんど存在せず、治療の水準も非常に低くなっています。2012 年のランセット誌では、1 億 7300 万人が診断可能な精神疾患状態にあり、うち 1 億 5800 万人は全く治療を受けていない状態だと報じられました。中国の精神科医の数は人口 50 万人に対し 1 人未満です。

精神疾患:長く放置されてきたNCDが今注目されています

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公式には人口 10 万人に対して 1.5 人の精神科医がいることになっていますが、国家資格等を有しているのは全体の 5 分の 1 にすぎません。一方インドでは、人口 10 万人あたりの精神科医の人数はわずか 0.3 人にすぎません。また心理学者は 200 万人に 1 人です 10。施設における精神疾患治療は、さらに不安な状態です。ヒューマンライツウォッチが最近発表した、インドの 24 の女性患者用精神科病院についての報告のタイトルは「動物よりひどい扱い」で、その実態を正確に示すものでした。

日本や韓国における精神疾患の治療の難しさは、これとはまた異なります。精神疾患患者は病院ではなく、地域社会で治療を受けるべきだというのが現在の国際的なコンセンサスです。すなわち、身体的な症状や心身の状態に対する医学的治療よりも、患者を医学的、社会的にサポートし、雇用サービスを提供することで、統合的な支援策を提供し、「回復」を促すという考え方です。この場合の「回復」とは、患者自身が、一般社会の中で意義を感じられる人生を送れるようになる状態を指します。

日本や韓国では、従来の精神科医の管理下で行う医療施設をベースにした「医療モデル」から、地域社会をベースにした「回復モデル」へ変化しつつあります。日本では精神病院のベッド数が徐々に減少しているとはいえ、人口1000 人当たり 2.7 床というのは、OECD 加盟国中で最多で、日本の次にベッド数が多い国と比べて 60% も多く、加盟国平均の 4 倍超になります。対照的に韓国ではこの 20 年間でベッド数が 3 倍以上に増え、OECD は韓国で

は入院が過度に長期化し、また強制的な入院が行われているとして批判しています 11。

Ng 教授によれば、オーストラリアは比較的好ましい状況にあるものの、依然として課題は多いとした上で、次のように述べています。「オーストラリアではメンタルヘルスのサポートシステムが全土に行きわたっており、良質なメンタルヘルスサポート、投薬、病院での医療サービスを受けやすくなっています。同時に人々の健康増進や病気予防の活動も行われています。」 また同国では、新しい、地域社会ベースの治療プログラムの取り組みとして、メンタルヘルスとソーシャルサービスの統合、および関係者間の協力体制の構築などが実践されています。しかし Ng 氏は「メンタルヘルスによる医療負担の増加対策は今後も続きます」と述べています。

このように多くの国で精神疾患の治療が問題になっているにもかかわらず、同氏をはじめ、他のインタビュー回答者はその理由を楽観的にとらえています。各国の政府はこの問題への取り組みの必要性を認識しており、中国、インド、日本では大規模な改革が最近になって発表され、開始されています。

Reddy 博士は、最近のインドでの改革を前向きにとらえていますが、「患者の登録は単なる枠組みに過ぎず、実行力を伴っていません。精神科医の数は依然として大きく不足しているし、心理学者その他の専門家も足りていません」と警告しています。富裕国といえどもこうした問題がないわけではありません。Ng 教授は「進歩はしているが、変化には時間がかかります」と述べています。

図 9:精神疾患は知らぬが仏?2012 年の精神疾患負担(指標別)

オーストラリア 中国 インド 日本 韓国

死亡 1% 0% 0% 0% 0%

DALY 13% 9% 6% 8% 14%

YLD 25% 27% 22% 20% 30%

出典:WHO

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NCD の増加に関する懸念の背景には、従来の救急治療と短期治療に重点を置いてきた多くの医療制度に対して、この疾患がある種の課題を突き付けているという認識があります。多くの NCD は長期的な管理を必要としており、それが生涯続く可能性もあります。SrinathReddy 博士は、そのような患者の治療を効果的に行うには、医療の「大改革が必要になる」と指摘しています。

予防と医療行為を統合したシステムとは、患者の権利を中心に据え、プライマリーケア担当者を介して組織的に行うものであり、NCD の管理に著しい効果をもたらすものです。さらに、こうした効果的なシステムの基本は、医療技術よりもその戦略を中心に展開されるため、国民所得に関わらず、どこの国でもあまり変わりません。国際対癌連合の次期会長であるSanchiaAranda 教授は「専門職による医療制度の下では、だれもが大成功につながる新しいことをしたがります」と述べて、次のように続けます。「しかし、既知のことを体系的に適用させていくことで改善を図ることは可能なのです。目新しいものにこだわる必要はありません。」

予防策疾患予防が重要だと言うのは簡単ですが、実際に予防を行うのは簡単ではありません。疾患予防は健康的な選択についての教育から始まります。しかし渋谷教授は、社会的環境的要因に照らして「個人の生活習慣を変えることは非常に難しい」と指摘します。そのため、他の戦略が注目を集めることがよくあります。SrinathReddy 博士は、予防策は様々な反応を加味して作成されることが必要だとして次のように述べています。「人口集団を対象とした調査によって、多くの効果的な予防策を実施可能です。調査にはそれほど費用はかかりません」

好ましい状態とは2「Populationprevention(対象人口全体での予防策)」、すなわち不健康な生活習慣の選択を抑制するための法や規制の整備、課税などにも費用はそれほどかかりません。ただしこうした政策には規制を伴うため、市民の抵抗にあうことも考えられます。いずれの予防策も、対象人口集団が変化の必要性を認識していない限りはうまくいきません。したがって効果的な予防策には、例えば、新たな法整備があったとき、それを自己の選択を邪魔するものではなく、健康的な生活につながるものとして肯定的にとらえることができるような意識の転換が必要となります。

医療アクセス医療アクセスは包括的なものであることが必要です。本研究から、インドと中国では国内の医療アクセスにおいて、とくに農村部で顕著な問題を抱えていることが明らかになりました。両国では医療の機会均等のための取り組みを行ってきましたが、現実は目的の達成には及ばず、困難は続いています。また、経済発展の進んだ国々でも問題は存在しています。Bennett 教授によれば、医療サービスの構造は複雑になりがちで、患者にとっては利用しづらいものであるとのことです。同氏は、こうした構造的な複雑さによってサービスの利用が困難になり「適時に、適切な場所で、適切な治療を受けること」が難しくなっていると指摘します。

患者中心の医療効果的な NCD 管理においては、患者は治療のパートナーであり、単なる治療の受益者ではないというのが共通の認識となっています。カイザーパーマネンテによるピラミッド構造

(図 10)では、NCD 患者の 70% から80% は、

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医療従事者を時折受診するだけの、自己管理型のサポートを受けていると推測されています。集中的な医療サービスを必要とするのは、複雑な合併症を伴う患者だけです。アジア糖尿病財団 CEO である JulianaChan 教授は、その理由は単純であるとして次のように述べています。「糖尿病患者が担当医師を受診するのは年に 3 ~ 4 回のみ、その内容は 1 時間の治療だけで、患者はその後の自己管理についての指導を受け、治療スタッフからのサポートを受けます。」さらに、国際患者団体連合会長であるKin-pingTsang 氏は「医療サービスのあらゆる場面において、患者が関与しなくてはなりません。これを怠った場合、医師も政府も患者のニーズや嗜好を把握することができません」と述べています。

患者を中心とした治療という原則は広く受け入れられていますが、この原則は、患者にも医師にも行動上の変化を求めるものであり、現実的には困難である場合もあります。Tsang氏は、患者が自らの治療における「パートナーであり、利害関係者である」ことを自覚しなければならないと述べています。そのためにはさらなる教育が必要となります。Ali 博士は「健康に関する教育と知識はそれだけで変化をもたらすものではありません。自分の病気について知ることも1 つですが、バランスの良い食生活や運動など健康に良い生活習慣を取り入れて生き方を変える意義を感じ意欲を持つこと、薬物療法の指示を守り、決められた通り医療機関へ来院することも必要です」と付け加

えます。WHO 西太平洋地域の保健センター開発所長の VivianLin 博士は、患者により一層真剣になってもらうには、文化的な変化も必要であると指摘して次のように述べています。

「多くの国では、病気になると治療を望みますが、自身の健康状態を良好に保つことについて、必ずしも強い関心を持っているわけではありません。病気予防を生活上の優先事項と位置付けてはいないのです。」

Tsang 氏によれば、特に医師や専門家が患者をパートナーとして扱うことが必要で、このような意識変化はアジア諸国では特に難しいとのことで、次のようにも述べています。「これらの国々では、医師や医療専門家は『王様』であるという文化があります。患者は他の利害関係者とも同等の立場にはなく、力関係としては垂直構造にあります。つまり患者の立場は低いのです。こうした意識を変える必要があります。」

患者中心の医療では、病気治療だけを切り離して考えるのではなく、医学的な側面はもちろん、時には患者の社会生活にまで広く目を向けて、総合的観点から患者のニーズを集約します。

プライマリーケアの重点化本研究の調査対象となった 5ヵ国で、効果的で行き届いた医療を提供するには、NCD 管理および医療制度全体において、プライマリーケアに力を入れることが重要です。うまくいけば、適時の教育と早期発見はもちろん、疾患管理全体のサポートも可能になります。

しかしこれはすんなり達成できるとは限りません。医師は常に NCD 患者のニーズを把握しているわけではありませんし、医療制度から構造的な問題が生じることもあります。調査対象国の一部では、一般に開業医がゲートキーパーとしての役割を与えられておらず、患者やその家族・友人などは開業医の医療サービスを高く評価しない傾向があります。日本では開業医は専門家と認識すらされていません。Lin 博士はこうした状況下では、「プライマリーケア担当者を育て、地域社会にプライマリーケアを良質の医療だと認識させることは簡単なことではない」と述べています。

症例管理

疾病管理

サポート付自己管理

人口集団全体の予防策

出典:NHS、バーミンガム大学

重度の合併症患者

高リスク患者

慢性疾患患者の70%~80%

図 10カイザーのピラミッド構造図:慢性疾患治療の3段構造

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医師主導型ではない医療をプライマリーケアで提供できれば、事態はより簡単に進む可能性があります。Chan 教授は「医者は、看護師など他の医療従事者へ上手く知識を伝達し、彼らをサポートしなければなりません。看護師にかかる費用は平均 4 分の 1 で済むのです」と述べ、それによって、医師の手間が省け、複雑な症例への対処がしやすくなるとしています。Srinath 博士は簡単なテクノロジーの導入によってより良いプライマリーケアが実現できると考え、次のように述べています。「医師がプライマリーケアに関わることは必要かもしれませんが、全てを医師がする必要はありません。テクノロジーを利用することで、治療の最前線にいる医療従事者が代行できます。しかしこのような変化は、自身の立場を心配する医師からの抵抗に遭う可能性があります。

NCD 対策を超えて医療制度改革の必要性は、NCD 負担の増加から生じる場合もありますが、NCD に対するアプローチは一般的に感染症を含むあらゆる疾患対策に効果的であることから、医療制度全般の向上に役立つ可能性が高くなります。日本エイズ学会会長の岩本愛吉教授は、アジアの多くの国で蔓延するHIV/AIDS 対策の難しさの1 つに「多くの国の医療制度が、抗生物質の投与によって 5 日以内に治癒させる、急性感染症に重点を置いた制度となっている」ことが挙げられると述べ、慢性感染症には重きが置かれていないことを指摘しています。同様に、Kumar 氏は、TB 対策の最大の弱点は行き過ぎた医師中心、医学中心の制度にあると考えており、「私たちに必要なのは、TB への考え方を根本から変え医学的な要素のみにとどまらず、人間中心、患者中心の解決策を見出すことです」と述べています。

Ali 氏は、このような医療制度は実現可能であるとしていますが、「これらの国々が抱えている、通常の 2 倍、3 倍もの疾病負担を効果的に管理するには、その国の医療制度全体をより一元的に考えること」の方が、著しく増加しているNCD 対策の費用を賄うという理由で他の疾患の予算配分を奪うことよりも、必要であると述べています。

最も変化を必要とする地域NCD に適した医療制度では、個々の要素それぞれも有効ですが、それらを組み合わせて使うことが最も効果的であると証明されています。「予防策、長期療養、医療などの一元化を図ることが必要です」と渋谷教授は述べています。本研究の調査対象国である5ヵ国の医療制度を検討したところ、このような理想的な改革を遂げた国はありませんでした。本セクションでは、各国が直面する課題を検討していきます。

オーストラリアオーストラリアは、世界で最も平均寿命が長い国の 1 つであるとともに、慢性疾患が蔓延している国でもあります。住民の 77% が 1 つ以上の慢性疾患を抱えています。オーストラリアには、メディケアと呼ばれる国民皆保険制度、プライマリーケアの重視、慢性および急性疾患患者どちらにも効果的な治療を施す総合病院制度など、この国の疾患負担の現状を管理するための、貴重な医療資源が各種揃っています。医療制度は国の経済を圧迫するものではなく、医療費は GDP の 11.5% で OECD 加盟国平均をわずかに上回る程度です。しかし、いくつかの顕著な弱点もあり、近年対策が講じられています。

医療の分断Bennett 教授は、オーストラリアの医療制度が直面する最も大きな課題は、地域社会、自宅、または病院のいずれで行われる医療について、それらの要素を連携させることにあると指摘し、

「患者にとって必要なのは、複雑な制度を利用する際のサポートと、治療の連携です」と述べています。

オーストラリアの課題の一部は、医療のコーディネートを本質的に難しくしている制度上の区分に由来するものです。国が全体の保健政策およびメディケアに関する財政的な責任を有しており、後者には一般開業医および総合病院以外の専門医の受診を補助するメディケア給付制度(MBS)、および国民医薬品給付制度(PBS)があります。各州は、公衆衛生と公立病院の管理を担当し、連邦政府と州政府の両方が病院の財政的な支援を担っています。

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医療が分断されるもう1 つの原因は、患者よりも医療提供者を過度に重視した制度設計にあります。これが患者の混乱を招き、予防策に費やす予算が削られます。これは先進国の多くに共通した問題です。2009 年、政府の要請で実施されたオーストラリアの医療制度に関する大規模調査によってこの問題が注目されました。報告書では次のように述べられています。「概して患者はあちこちを回って複数の医療専門家を自ら探して受診しなければならず、チームとして機能し、ともに治療にあたり、患者のニーズ全体を把握した医療を提供するような医療専門家集団にかかることはできない」12。この調査の実行委員会会長の Bennett 教授は、これは現在のオーストラリアでも依然として変わっていないと述べています。

政治的コンセンサスの欠如オーストラリアでは、2009 年度に発表されたレポートによって国内の医療改革に関する大きな議論が巻き起こり、2011 年に国家医療改革合意に達しました。医療統合の強化を目的に行われたこの合意によって、医療サービスの提供と統合の促進を目指した各種団体が設立されました。「AustralianNationalPreventativeHealthAgency(全国予防衛生局)」はその 1 つです。しかし2013 年の政権交代によって、この合意の多くが縮小または中止となりました。Bennett教授は、「医療改革者が挑戦することで、永続的な変化が生み出される」と指摘します。この問題は、最善策についての政治家の合意が得られるまでなくならないでしょう。

中国中国政府は近年大規模な医療改革を実施し、多くの人が最低限必要な医療を受けることができるようになりました。しかし、従来からあるいくつかの問題によって、医療提供者はこの国の高い NCD 負担に効果的に対応することができなくなっています。

プライマリーケアの問題中国の医療改革の中心は、地域の医療センターや診療所、地域の国立病院の活用拡大を通じて、プライマリーケアを医療の中心に据えることでした。2009 年~ 2011 年およびそれ以降に中国政府は 471.5 億人民元(当時で約74 億ドル)を村の診療所(25,000 件)、地域

保健センター(2,000 件以上)、および各地にある国立病院(地域保健センターとほぼ同数)のインフラ整備に投資しました 13。

しかし改革開始以来、プライマリーケア従事者がゲートキーパー、コーディネーターとしての役割を担っている事例はありません。加えて、三次医療を提供する都市部の大病院を受診する人の数は大幅に増えたものの、地域のプライマリーケア利用者数には変化がなく、一次医療の提供者である国立病院は十分に活用されていません 14。

こうした施設利用の不均衡は患者が高品質の医療を求めた結果です。Liu 氏によれば、大都市の医療制度では、最高の病院で最高の医師を雇い、長期にわたって、医師らが地域社会をベースとした医療を行うことを阻んできました。「良い医師が大都市の病院に閉じ込められ、地域社会で良質の医療を受けることができなくなった場合、多くの人は入院や外来受診に限らず、経過観察や薬の処方のためだけでも、大病院へ行く方を選ぶでしょう」と同氏は述べています。その結果、待たされた挙句診察は短時間で、しかも担当医師も過労状態であるということになり、患者の不満が生まれます。医師は 1 日 70 人から100 人もの患者を診ることもあります 15。「診療所では、ほとんどのスタッフが患者に飢えています」とLiu 氏は述べ、さらに「診療所には患者がいないのです」と続けます。

その他の原因として、経済的な問題が挙げられます。中国では現在大部分の国民が何らかの医療保険を利用していますが、Liu 氏によれば、8 億超の農村部の住民や無職の都市生活者の保険の多くは入院治療を対象としたものとなっています。

財政問題もまた、プライマリーケアとその他のケアの線引きをあいまいにする原因となっています。病院収入のうち国の補助金は 9%しかありません。不足額の多くは薬の売り上げや治療費で穴埋めしています。この結果、病院による薬の過剰処方や、高額の医療機器の利用、地域社会ベースの外来診療で行った方がコストパフォーマンスが高いはずの医療の提供などが行われています 16。

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Liu 氏はこれを、とくに NCD に関して深刻な問題ととらえ、「慢性疾患に必要な医療提供には診療所が最も適していますが、現在多くの患者は、定期検診や薬の処方にも大病院を受診しています」と述べ、次のように続けています。「病院中心の医療から、地域社会をベースにした医療サービスシステムの構築という、大きな変化が必要です。」

高額の医療費医療保険の適用拡大によって、患者側の医療費負担は軽減されましたが、これによって医療費問題が解決されたわけではありません。全ての主要な医療保険プログラムでは、患者負担額はかなりの額に上り、中国の独立市場調査期間である HorizonResearchConsultancy

(零点研究咨询集团)が 2013 年に行った調査では、回答者の 87% が改革によって医療費が以前よりも高くなったと回答しています 17。

極端に高額の医療費負担(可処分所得から食費を引いた額の 40% 超を医療費に費やすことと定義)を強いられた患者の割合は、対人口比で年間 13% 前後を維持していたという結果が、多数の学術研究から明らかにされています。このうちの 1 つであるWHO の広報誌では、中国人「非貧困層」全体の 7.5% が、医療費を理由に「貧困層」になっていたことが示されています。こうした費用による締め付けが、最適な医療の提供を妨げるのは当然のことです 18。

医師と患者の信頼関係の低下中国では、医療問題を発端として医療従事者と患者の協力関係が失われつつあり、疾患に関する不満の増大につながっています。政府の広報機関は、国営のポータルサイトを通じて

「医師と看護師の危機が、医師と患者の信頼関係にも影響している」と報じています 19。

この「危機」とは、政府の出した数値を反映したものです。中国病院協会(ChineseHospitalAssociation)の調査によれば、中国の全病院で起こった、医師に対する患者の年間暴力件数は、2008 年には 20.6 件だったのに対して2012 年には 27.3 件に増加しています。

暴力は氷山の一角にすぎません。2013 年 11月に「中国青年報」が中国全土で数十万人を対象に行った意識調査では、回答者の 67%

が医師の診断や、医師の推奨する治療法を信頼していないと答えていることが明らかになりました 20。

政府は医療制度がいまだ脆弱なものであることを認識しており、プライマリーケアの充実などといった、さらなる変化を模索してきました。しかし国内のニーズに対応した医療制度を構築するには、医療の供給問題と同じように、患者の不満や認識についても取り組む必要があります 21。

インドインドには設備の整った素晴らしい医療施設があります。それらの多くは、貧困層も富裕層も同様に受けることのできる、効果的で、質の高い専門医による治療の提供方法の研究に関する国際的な症例研究でも取り上げられる施設です。ナラヤナ・フルダラヤ心臓病院、アラヴィンド・アイケアシステム、およびアポログループ傘下の 3 つのリーチホスピタルでは、革新的でコストパフォーマンスの高い医療を取り入れ、相互支援方式も採用することで、収入に関係なく、様々な患者への医療を幅広く提供しています。

ただしこれらの病院で見られる成功例はインドでは例外的であり、この国の医療全体でみると、疾病負担への対応に苦しんでいます。インドが抱える問題の鍵となるのは医師不足と高額な医療費、NCD にその中心が移りつつある疫学的な変化であり、これらがこの国の医療における重要な課題となっています。

低料金で受けられる医療の不足インド政府計画委員会の推計によれば、公的な医療制度は現在この国のほんの一部にしか行き届いておらず、2008 年には医師 60 万人、看護師100万人が不足していたということです。人口1000人に対して医師はわずか0.6人、ベッド数は 0.7 床で、隣国であり、同じく新興市場国でもある中国(人口 1000 人に対して医師 1.5人、ベッド数2.6床)も遙かに下回っていますが、こうした数値は当然の結果と言えます。医療従事者は都市部に集中し、この国の人口の大部分が住む農村部における医療の不足を招いています。利用できる医療サービスも、インド人の収入から考えると安いものではありません。

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EIU の推計では、2015 年の国民一人当たりの医療費総計はわずか 72ドルですが、その 4 分の 3 は民間資本に頼っています。この民間資本の多く(82%;2012 年 WHO 調べ)は患者の自己負担であり、インド政府の見積もりによれば、この莫大な医療費によって、毎年インド国民の 5% に当たる6300 万人が貧困に陥っているとのことです 22。

EIU のデータによれば、かかりつけ医による簡易健康診断でさえ、個人の 1ヵ月の可処分所得の 36% に相当するほど高額で、これが病気予防と早期診断を妨げていることが暗に示されています。このことが慢性疾患管理を孤立させているのです。Sadikot 博士は「インドでは、糖尿病患者数が 6200 万人に達していますが、その半数は自身が糖尿病であることにも気が付いていません」と指摘します。

NCD に対する準備不足NCD は現在インドの疾病負担の半分以上を占めていますが、この問題に対する医療制度の準備が整っていません。インド政府は「新国家保健政策」の草案を作成し、その中で「非感染症の増加に対する取り組みは初期段階(原文より)にあり、国内全土に取り組みを行きわたらせるには、非常に長い時間がかかる」と述べています。草案ではメンタルヘルスに関して「残念ながら放置状態にある」と率直に認めています 23。

PreethaReddy 博士はそれに同意した上で、現行の医療制度は急性期の一時的な治療を重視したものであると指摘し、「プライマリーケアレベルでの予防医療が非常に弱く、保険の対象となるのも、主として入院治療です」と述べ、次のように続けています。「慢性疾患のための長期療養施設の建設も始まろうとしているところですが、その大部分はやはり透析など一時的な治療用の施設です。」

PreethaReddy 博士によれば、二次医療と三次医療の隔たりの一部は民間セクターの協力によって埋められるかもしれないとのことです。ただし高額な医療費が国民にのしかかり、有資格の医師や看護師も不足しています。つまり政府には、医療の拡大のための財源を探し出す必要があるのです。

インド政府は財源確保の必要性を認識し、国の医療費予算をこれまでの 2 倍にあたる、GDP の約 2.5% に引き上げることを発表し、基本的権利の中に医療を含めると宣言することも検討していました 24。しかし、緊縮策の実施中であった政府は、財源確保の方法については明言していませんでした。結局、医療費予算は前年度比 20% の削減となりました。

日本日本の医療制度は、1961 年の国民皆保険制度開始以来成功してきたことは、紛れもない事実です。世界一の長寿国であるだけでなく、GDP に占める医療費の割合もOECD 加盟国平均と同程度の 10.5%となっています。このような記録にもかかわらず、懸念は増大しています。2010 年の調査では回答者の 74% が、自身または家族が、必要な際に高品質の医療を受けられるかどうかについて、「ある程度」または「非常に」不安に思っているということが明らかになりました 25。渋谷教授は、国民皆保険制度ができたのは、若年人口も多く、経済発展も著しかった 50 年前のことで、「今、制度全体の見直しが必要になっている」と指摘します。

持続可能な財政日本の医療費は過去 5 年間で急増しており、2010年には対GDP比で9.6%だったのに対し、2015年には10.5%となっています。国内のデータによれば、1990 年以来の総医療費増加の原因の半分は高齢化です。また、EIU の予測によれば、今後も医療費は膨らみ続けるとみられていますが、その速度は緩やかになると予想されます 26。

日本の医療の多くは社会保障費でまかなわれていますが、その 10% は国家予算であり、長年にわたる経済停滞後のコスト増を考えると、好ましくない状況です 27。EIU によれば、日本の国債発行額は対 GDP 比 234% にも上り、OECD 加盟国中最高でギリシャ(171%)をも大きく上回っています。また、近年の改革では医療費の民間負担を増加させる試みもなされていますが、より効果的な医療制度もまた必要とされています。

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医療提供者によるガバナンス

伝統的に日本政府は、医療政策の主な柱として診療報酬を管理し、ガバナンスについては医療提供者に任せていました。その結果、医師を頂点とした医療環境となり、必ずしも理想的な医療が提供されているとは言い難い状況です 28。

日本の医師の数は OECD 標準に比べて少なく(人口 1000 人に対し2.2 人)、この原因の一部には、医師の数を増やすことに対する、医師会の強固な反対があります。しかし日本人 1人当たりの年間病院受診回数は 14 回(1 か月に 1 回強)であり、病院受診率が最も高い国の 1 つです。こうしたことが長い待ち時間や短時間の診察の原因となり、NCD に見られがちな複雑な症例に費やす時間がほとんど取れなくなります。放射線医師や糖尿病専門医など、特定の専門医が不足している他、看護師や高齢者介護士が特に不足しているため、これらを埋め合わせるために、政府が介護ロボットの研究支援に乗り出しています 29。

病院中心の制度

日本の医療制度は他の先進国と比べても、病院への依存度が極めて高い制度となっています。調査によると、2014 年の救急病院ベッド数は人口 1000 人当たり12.7 床で、OECD 加盟国中最も多く、平均の約 3 倍です。また患者の入院期間も長く、平均 18.5日です。これもOECD 加盟国中最も多く平均の約 3 倍です。

さらに高齢化がこうした状況に拍車をかけています。日本政府はここ10 年近く、高齢者のための長期介護施設の建設を進めていますが、依然として高齢者の長期療養先は病院で、費用も高くつきます。こうした状況に加えて、各種疾患治療における入院期間が、軽度の場合も含めて国際標準よりも長い傾向があり、これによって、皮肉な状況が生まれています。ベッド数が多いにもかかわらず、ベッド不足のために救急患者の搬送先が見つからないという状況です。

大人数の入院患者を抱えているにもかかわらず、実際の病院業務の多くは外来診療です。治療を受けるのに紹介状が必要になることはありません。また総合病院グループの診療所では、従来からプライマリーケアと二次医療、三次医療の線引きがあいまいになっています。実際、国内の大手民間総合病院の多くは、小規模な診療所からスタートし、徐々に規模を拡大して、競争相手である公立病院と肩を並べるまでになりました 30。日本ではまた、開業医は専門医として認識されていないため、開業医がゲートキーパーとなることや、治療のコーディネーター役を担うことがないのです 31。

OECD が最近発表した報告書では、日本の高齢化対策にはプライマリーケアが必須であるとして、次のように述べています。「患者の健康を保ち、経済的にも社会的にも活動的な生活を維持させるには、1 つ以上の慢性疾患を抱える患者に対して、先を見据えた、調整の行き届いた、個に応じた医療を提供する医療制度が必要である。これらの課題達成のための取り組みの中心となるのがプライマリーケアの強化である」32。例えば、開業医による一般診療が不十分なため、日本では高血圧の診断率が低く、診断を受けた患者の疾患管理が徹底されていないと考えられます 33。

次なる段階

政府は 2025 年の医療サービスを見据えた、一連の医療制度改革案を導入しました。この改革案では、特に予防の役割や医療の統合の推進、ならびに高齢者に対する医療およびソーシャルケアにより重きが置かれています。

しかしそのロードマップは明らかにはされておらず、「法案は通ったものの、誰が、何を、どのように進めていくのかという大きな疑問が残っています。『勤務医が開業するということか?』『開業医が何もかもを背負うのか、それとも専門医を雇うのか?』『長期療養はだれが担うのか?』などといった疑問への回答が必要ですが、これは非常に政治的なプロセスになります」と渋谷教授は指摘します。

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韓国

韓国は包括的な国民皆保険制度を非常に早く確立しました。1989 年に国民皆保険制度が始まり、その後、国民健康保険(NHI)公団が設立されました。治療は無償ではなく外来の自己負担額は 30% ~ 60% です。ただし低所得者の負担額は低く、年間医療費の上限も定められ、個人の負担額が莫大な額にならないようにしています。この結果は概ね良好で、本研究の調査対象 5ヵ国の中でも、近年の平均寿命の延びは最高になっています。

こうした取り組みは NCD にも対応しています。韓国はアジア太平洋地域の中で、癌管理のパイオニアです。同様に、主な NCD についての全国的な検診もかなり以前から行われていると、ChangbaeChun 氏は述べています。にもかかわらず、急速に進行する高齢化とNCD の負担増への対策によって、韓国はいくつかの重要な課題に直面しています。

医師を頂点とした制度設計

韓国の医療制度における課題の多くは日本が抱える課題と同様です。医師の数(人口 1000人に対して 1.7 人)は、韓国医師会からの圧力により、国際標準からみて低い水準を維持しています。これによって診察時間が短くなっています。1 人の医師が年間に診る患者の数は平均 7000 人以上で、OECD 加盟国の中でも最高レベルであり、平均の3倍です 34。同様に、治療の大部分は病院を中心に行われ、診療所と病院の線引きがあいまいになっていますが、診療所が救急医療を行うことはまれです。入院期間は平均 17.5日で、OECD の加盟国平均の 2 倍強であり、病院中心の治療が行われていることを反映しています。またこの国の、

「サービスに対する対価」の考えに基づく資金調達モデルも原因の 1 つとなっています。

Chun 氏によれば、NCD 管理にはプライマリーケアの大改革が求められているとのことです。

「現在多くの患者が NCD 治療のために病院に通います。私たちに必要なのは、プライマリーケアに重きを置いた医療プログラムです」。残念ながら、既に区別が曖昧になっている医療制度においては、プライマリーケアを担う医師

にはゲートキーパーとしての役割がなく、プライマリーケアの立場も近年低下しています。さらに、プライマリーケアで受けられる医療を質の悪いものとみなし、満足できるレベルに無いと考えている患者からは、支持が得られていません 35。大病院の外来に患者が集まるのも、プライマリーケアによるゲートキーパーシステムに逆行しています 36。

そのため、NCD 治療のために必要でもない入院が増加する傾向にあります。例えば OECDの報告書では、韓国は COPD や喘息による不必要な入院率が最も高い国であるとされており、しかも通常は地域社会ベースでの管理が可能であるはずの高血圧による入院も着実に増加し、現在 OECD 加盟国中第 4 位の入院率であると報告されています 37。

医療の量から質への転換の必要性

国民皆保険制度ができてから比較的日が浅いことを考慮すると、韓国の医療制度は現在進行形で形成されつつあると言えます。現在進められているNHI の保険範囲の拡大はコスト増につながっています。GDP に占める医療費の割合は OECD の加盟国平均を下回っていますが、2002 年から2012 年の総医療費は毎年 8% 増加しており、この増加率は OECD 加盟国平均の 2 倍です。現政権では、将来を見据えて、癌、心疾患、脳卒中対策に、さらに多くの予算を費やす政策をとっています。

しかし、治療転帰についてのモニタリング、さらには患者の安全性に関するモニタリングですらも、他の先進諸国と比べて十分ではなく、懸念が生じる原因となっています。例えば、韓国の各医療機関では最新の医療機器を取り入れていますが、心臓発作による入院後 30日以内に死亡する患者の割合は、他の OECD 加盟国と比べて非常に高くなっています 38。

質の高い医療は患者の利益になるだけでなく、医療提供者の利益にもなります。Chun 氏によれば、韓国国民は、医療の受益者としての優れた教育を受けており、病院や診療所を選ぶ際は、韓国健康保険審査評価院によるオンラインサービスを使って、品質チェックをする人が増えているとのことです。

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低すぎるメンタルヘルスへの関心

本研究の調査対象となった 5ヵ国すべてで、精神疾患患者への治療が不十分であることが明らかになりましたが、特に韓国ではそれが顕著でした。これは自殺率からも明らかであり、国内の統計によれば、自殺は、癌、心臓疾患、脳卒中に次ぐ死因の第 4 位です。OECD の調査によれば、自殺をする人の割合は人口 10万人中 28.4 人で、世界第 3 位です。自殺者数は 2000 年から2011 年までに約 2 倍に増加しています。

障害生存年数(YLD)全体に占める精神疾患の割合は 30% で、本研究における他の調査対象国の割合を上回っています。リスクに目を向けた場合、アルコールはしばしば精神疾患

の原因および結果の両方に関連し、韓国の 1人当たりの DALY が、他の 4ヵ国と比べて長いことの原因となっています。また世界疾病負担の研究結果から、アルコールは食事に次いで 2 番目に高い健康リスクであることが明らかになっています。

しかし韓国では、地域社会をベースにした統合的な医療の提供よりも、長期間の入院治療を重視した対策をとってきました。韓国は、精神病棟への長期入院数の増加が見られる数少ない先進国の 1 つであるだけでなく、入院患者のおよそ 4 分の 3 は、通常は患者の家族からの正式な要請を受けた強制的な入院です 39。韓国では、精神疾患対策により重点を置く必要があることは明らかです。

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本研究の調査対象国である 5ヵ国を含めて、いずれの国においても、増加する疾病負担に見合う理想的な医療制度を簡単に整えてくれる、魔法のような手段は存在しません。そこでこのセクションでは、各国の様々な医療制度の下で、現在直面している問題に対応するべく試みられている手法、ならびにこれらの取り組みから見えてきた課題を概説します。

有効な予防策予防可能な NCD の罹患率が増加、もしくはすでに蔓延して医療負担の大部分を占めている国にとって、予防法に関する取り組みは非常に魅力的なものです。ただし、人々に「健康とは何か」を伝えるだけでは有益とは言えません。効果的な戦略を立てるには、より深く検討することが必要です。

コミュニティへの拡大(韓国)ソウルの江東区では、患者が病院に行くのをただ待つよりも、地域の保健所の活用を進めたことで、予防に成功しました。

江東区では 2007 年に、地域の健康相談所モデル事業の展開のために、政府および関係者の協力を得て保健所が開設されました。最終的には区内 18 か所にある地域住民センターのうち16のセンターに保健所が開設されました。

各保健所の運営は看護師が担っており、30 歳以上の住民を対象に、腹囲、血圧、血糖値、中性脂肪、および HDLコレステロールの 5 項目の検診を通じてNCD のリスク評価を行っています。また、看護師は健康的な食生活や生活習慣に関する指導も行い、検査を受けた人に地域で行っている運動のサークルや教室を

紹介し、必要に応じて医師の紹介も行っています。

このような、住民の健康を地域が担うという方法によって、従来の医療では満たされなかったニーズに対応できているようです。このプログラム開始以来、65,000 人の登録がありました。これは対象年齢人口の 5 分の 1 にあたります。検診参加者は、予防についての看護師の指導にも耳を傾けているようです。健康相談プログラムの登録者中 32% は、最初の 6 か月間で高血圧が改善されたばかりでなく、体重減も認められました。韓国では他の地域でも江東区の成功をモデルとした取り組みが試みられています 40。

たばこ規制(オーストラリア)オーストラリアでは長きにわたってたばこ規制が行われており、一歩先を行く取り組みをしています。政府出資による禁煙広告キャンペーンが始まったのは、州レベルでは 1971 年、国全体では 1972 年でした。開始以来、常に他国の先を行く取り組みをしており、広告禁止と公共の場所での禁煙は、今や世界の大部分で共通の政策となっています。

ごく最近では、たばこへのプレーンパッケージ導入の義務(プレーンパッケージ法)が法制化されました。ややわかりにくい名称が付いたこの法律では、たばこのパッケージにブランド名の掲載を禁じ、たばこによる健康被害に関する警告画像を入れることを義務付けています。オーストラリアのたばこ価格はすでに国際標準よりも高額ですが、2013 年以来 4回にわたって、たばこへの課税を年 12.5% 引き上げる政策がとられ、さらに値上げが続いています。

実例に見られる変化3

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喫煙率の低下オーストラリアにおける18歳以上の喫煙率と、主なたばこ規制(1990年以降)

印刷物への広告禁止

たばこ広告禁止法

禁煙キャンペーン

店頭での広告の禁止

アボリジニの喫煙習慣対策

店頭での陳列販売の禁止

たばこ税増加パッケージへの警告文掲載

レストランの禁煙化 パッケージへの

警告図掲載25%増税

プレーンパッケージ・警告部分を大型化

12.5%の増税(2回目;全4回)

12.5%の増税(1回目;全4回)

図 11

数々の規制の成果は目覚ましく、1970 年代半ばの喫煙率は成人の 38% であったのに対して、2013 年には 18 歳以上で喫煙する人の割合は13.3%になりました。世界疾病負担のデータによれば、肺癌、気管癌による年齢調整後死亡率は 1990 年から2010 年までの 20 年間で 26% 減少しており、COPD による死亡も同期間で 38% 減少しています。

この国の、数あるたばこ規制の中で何が有効だったのかを突き止めることは困難です。第一に、個別の政策の詳細な影響を明らかにすると、経済的、社会的利害の観点からの議論が巻き起こりかねません。例えば、高額のたばこ税は密輸の動機付けとなる可能性が高いですが、実際の影響力がどれくらいであるかは不明です。たばこ業界の出資によって KPMG が行った調査によれば、密輸タバコの利用率は喫煙者全体の 10% に上ることが示されていますが、オーストラリアの政府はこの数値について不正確であるとの認識を示しています 41。

第二に、様々な政策の影響を個別に測定することは困難です。例えば、プレーンパッケージ法の導入はたばこ税の大増税とセットで導入されています。学術研究からは、法制定後の喫煙率は全体的に低下していることが示されてい

ますが、低価格のたばこが市場の大部分を占めていることも明らかにされています 42。第三に、図 11 のグラフ(18 歳以上の喫煙率)からもわかるように、喫煙者数の減少は、個別の政策によって劇的な影響を受けたというよりは、毎年一定の割合で減少しているように見えます。

長期的観点で見ると、オーストラリアのたばこ規制の成功には 2 つの大きな特徴があります。第一に、その一貫性です。喫煙率の低下は1990 年代に一度停滞していますが、停滞の前年には禁煙広告の取り組みが弱まり、税金にも変化がありませんでした。政府は禁煙キャンペーンの再活性化を図り、喫煙者数は再び減少し始めました 44。

重要なのは、包括的取り組みがなされてきたということです。Bennett 博士によれば、成功のカギは「多方面からの、様々な手段による、連続的および並行的に進むアプローチ」であるとのことです。学術研究でもこれは裏付けられており、BMJ の発行する専門誌「タバコ・コントロール」では喫煙対策のための公衆衛生戦略の検討結果を発表し「多方面から、避けようのないメッセージを送り続けたことが成功の鍵である」と結論付けています 45。

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国民皆保険の推進(中国)中国政府は段階的に行ってきた医療制度改革を 2009 年に中止し、健康保険の適用範囲拡大、プライマリーケアの強化、公衆衛生の改善、価格統制済みの必須医薬品リストの作成、および公立病院の改修の 5 分野を対象とした、新たな大規模改革を始めました。改革予算は、当初 1240 億ドルとされていましたが、2014年の支出額は 4800 億ドルに膨れ上がり、予算は天井知らずの様相を呈しています。

当初議論された通り、この改革は国民全体に広がっているとは言えません。特に資金調達のシステムによってプライマリーケアと病院改革の意欲が薄れ、それと同様の力学が医薬品分野でも働いています 46。

しかし一部には、改革の真の成果も見られています。最もよく言及される改革の効果であり、GordonLiu 氏が改革の「偉大な成果」と指摘するのは、国民皆保険がほぼ達成されたということです。何らかの医療保険を利用していた国民の割合は、2005 年には 30% だったのに対し、2008 年には 80%、2012 年には 95%に達しています、政府は 2015 年中に 98% を達成することを目指しています。

しかし健康保険の給付対象の範囲は狭く、多くの国民が高額の医療費を払わなければならないという問題も残っています。また給付金に関していえば、都市部では 2009 年以前から保険会社が重要な役割を担ってきた経緯もあって給付も充実しているため、農村部よりも有利であると考えられています 47。真の国民皆保険の達成には時間がかかるでしょう。

とはいえ、こうした改革がなかったら状況はさらに悪化していたと思われます。図 12 に示される通り、1 人当たりの医療費自己負担額は確かに増加していますが、特に都市部における人口一人当たりの総医療費(国家の財政支出および保険会社の負担金を含む)は急激に増加しています。農村部の住民の自己負担額は、収入の増加をやや上回る速度で増加していますが、人口の約半分を占める都市部の住民の場合、総支出に占める医療費負担の割合は低下してきています 48。

改革によって医療機関の利用も進み、1 人当たりの年間来院数は 2008 年には 3.7 回だったのに対し、2012 年には 5.1 回になっています。同様に、同期間の人口 100 人当たりの入院数にも増加が見られ、年間入院件数は 8.7 件から13.2 件となり、1.5 倍の伸びを見せています。49 病院への来院数の伸びは、プライマリーケアの利用の伸びよりも早く進んでいますが、基礎的な医療の評価に使われる指標の多くにも改善が見られます。世界銀行の調査によれば、改革前には、麻疹、ジフテリア、破傷風のワクチン接種率は 90% をわずかに上回る程度でしたが、現在は国民ほぼ全員が接種している状態です。中国国家衛生服務調査のデータによれば、出産前に 5 回以上の検診を受けた妊婦の割合は、2008 年には 53% だったのに対し、2011 年には 63% に増加しました。また、病院での出産を選ぶ割合も90% から96% に増加しています。

両ケースにおいて、最も利益を享受できているのは貧しい農村部に住む女性たちです。これは、中国では医療改革を通じて、最もニーズが高いとされてきた地域にも医療サービスが行き届くようになってきたことを示しています。これは国民皆保険の中心となる要素です。

しかし、北京の国家心血管病センターの LixinJiang 氏は、やるべきことがまだたくさんあると指摘し、次のように述べています。「医療制度は、特に基礎的な保健制度の拡大などによって、大きく改善されていますが、課題は山積しています。」

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患者による自己管理を中心とした医療フリンダース医療センター作成のプログラム(TheFlindersProgram)は患者自身による慢性疾患管理をより良くサポートする方法を見つけるための取り組みです。

このプログラムは、主な慢性疾患や複数の疾患を抱える患者の治療を適切に手配できるようにするために、1990 年代後半に開始されました。広範囲にわたって、膨大な予算を投じた国家プログラムの一環として、南オーストラリア人を対象とした第 1 回目の治療手配に関する臨床研究が行われました。その中で、患者の抱える疾患問題と、治療ゴールの設定についての莫大な量の情報を収集しました。その後、手配が必要な度会いを、医師による疾患管理時間の長さと、疾患の臨床的重症度から導かれた数式に基づいて算出しました。

研究開始からまもなく、医師らが数式に従った手配を行っていないことが明らかになり、フリンダース大学人間行動・保健研究ユニット部長である MalcolmBattersby 教授が理由を尋ねたところ、医師らは、「患者が必要とする手

配のレベルを決定するのは、患者自身の自己管理能力であって、患者の疾患状態に関する医師の見解ではない」といった回答を寄せました。

この回答を得たことでプログラム全体に変更が加えられ、Battersby 教授と研究スタッフによって、患者の自己管理能力をより適切にサポートする方法が模索されました。初期の研究からは、好ましい自己管理の具体的な内容、およびその達成方法についての共通理解が欠けていたことが示されています。初期の結果を受けてフリンダ―ス大学の研究チームは研究を続け、効果的な自己管理についての 7 つの原則を定義しました。その後これらの原則に基づき、医師と患者のための自己管理サポートツールが研究者らによって開発されました。

上記の結果を受けて、FlindersProgram では、認知行動療法を適用して、患者と担当の医療従事者の話し合いからスタートするようになりました。この話し合いでは 3 種類のツールを使って患者の抱える課題、解決のための戦略、そして達成目標を明らかにし、両者の協力関係を構築します。まず初めに、患者の自己管理能力を測るために、自己記入方式の質問票を用いて、12 の評価項目について患者に自己

都市部住民:総医療費都市部住民:自己負担額農村部住民:総医療費農村部住民:自己負担額

出典:Long et al, International Journal for Equity in Health, 2013

図 12都市部と農村部の医療費都市部と農村部別の人口一人当たりの総医療費と自己負担額(人民元)、調査対象時期:2000年~2012年

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評価をさせます(第 1 のツール)。第 2 のツールは医師による聞き取り調査です。ここでは質問票と同じ12 の要素について質問し、患者の自己管理の阻害要因を明らかにすることに焦点を当てます。この段階では治療プランの課題となる要素を明らかにします。最後に両者による、課題と目標についての評価(第 3 のツール)を行って、患者が抱える最大の課題を理解します。これらの3段階(通常各1時間前後)が終了したら、医師と患者が協力して、翌年までの達成目標および完了すべき医療介入を盛り込んだ治療プランを作成します。

これは、文化的、社会経済的背景が異なる患者にも受け入れられやすい手法です。その一方、Battersby 博士によれば、文化的に受け入れがたいと感じる医師も存在しているようです。「私たち医師は皆、問題を解決する訓練を受けてきました。ですから椅子に座り、患者に対して『これこれの進め方として何が最適だと思いますか?』などと質問することは、ちょっとしたパラダイムシフトなのです」と氏は述べて、次のように続けています。「だからこそ、私たちはゴールがあらかじめ定められていない質問に徹し、相手がどう考えているかを聞き、理解しようと努めるのです。つまり、この聞き取り調査をだれがコントロールするか、ということが重要なのです。」

このような協力関係を築き、患者の意見を傾聴することは、患者自身による自己管理をサポートする上で非常に重要なことです。患者の思いや考えをサポートプランの中心に据えることによって、患者が自身の治療プランに深く関わっていると感じられるのはもちろんですが、それによって患者の最も優先する事項が明らかにされ(それが医療であるとは限りませんが)、治療プラン自体が現実的なものとなります。プログラム実施中に行われた「課題と目標についての評価」の外部分析によれば、プログラムで取り上げられた課題の 70% は、主たる医療問題で、残りの 30% が心理社会的問題その他でした。この 30% を軽視、あるいは無視することは、疾患管理の失敗につながります。Battersby 博士は自己管理のサポートにおいて大切なのは、患者に対して集中すべき事柄や、より上手くいく方法を教えることではなく、「患者であるあなたにとって、最優先で

取り組みたいことを明らかにしてください。その後、我々はそれを考慮した上であなたの医学的な問題に対処していきます」と伝え、ともに治療にあたることを申し出ることだと述べています。

これまでの臨床研究から得られた結果では、FlindersProgram によって、アルコール依存と精神問題を合併したオーストラリアの退役軍人、癌生存者、睡眠時無呼吸症患者、さらに、日常的に透析治療を必要とする患者など、様々な患者の健康状態に改善が見られたことが明らかにされています 50。より大規模な研究によってその価値が明らかになれば、患者中心の治療という願望に対して、具体的な意義が付与されることになります。

革新的な情報通信技術の活用科学技術への依存度の高い分野であるにもかかわらず、医療分野は医学以外の分野のイノベーションを上手に活用できないことで有名です。しかし、本研究の調査対象国で見られた2 つの事例から、情報通信技術によって医療従事者の負担を軽減するための画期的な方法が示されています。

ビッグデータの活用(日本)2000 年、日本心臓血管外科学会(JSCVS)と日本胸部外科学会(JATS)の協力によって、日本心臓血管外科手術データベースが構築されました。このデータベースには実施した手術を記録するだけでなく、課題と合併症の詳細が保存されており、外科的介入の効果を詳細に分析できるようになっています。このデータベースは当初 5 件の報告機関から得られる情報だけでスタートしましたが、2013 年には、この国の心血管疾患手術の大部分をカバーするまでになりました。

このデータベースの目的は、手術の成功例と転帰が良好な症例で実施した治療を標準化することによって、医療の質を改善することです。このデータベースを最初に適用した研究では、2004 年から2007 年の間に施術後 30 日以内に死亡した患者の割合は、その症例の複雑性を考慮した予測死亡数と比較したところ、24%

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低下していたことが明らかになりました。データベースを活用していなかった医療機関については、この期間中の改善は少なく、このことから、施術の改善のために行ったデータの活用が、転帰の改善にもある程度は有効だったことが示唆されます 51。

渋谷教授によれば、他の専門分野にもこうした認識はあるとのことです。2011 年以来、一般社団法人 NationalClinicalDatabase では他の手術分野のビッグデータとの統合事業を始めており、この新たなデータベースには現在日本国内で行われた手術情報の 95% が収められています。特筆すべきは、心血管疾患外科医によるイノベーションがこのように複製されたことです。外科専門医認定機構は、2017 年までに、専門医の新規申請及び更新の際の症例評価をこれらの外科手術データベースに基づいて行うことになっています 52。

ビッグデータの活用は手術に限られたものではありません。2001 年以来、日本糖尿病データマネジメント研究会は、数万人に上る糖尿病患者の治療に関する情報を分析し、最も優れた成功例を判定して糖尿病治療の品質向上に役立てています。渋谷教授によれば、「システムが変化することで、医師の考え方も変わり、全体的な人口集団全体における転帰の改善につながっていく」とのことです。

ポイント・オブ・ケア診断(インド)テクノロジーの活用が進んでいるのは、富裕国に限ったことではありません。インドは医療の改善を目指してモバイルテクノロジーの活用を開始しました。インドでは現在、SwasthyaSlateというポータブルデバイスの試用が行われています。これは携帯電話のネットワークを活用したデバイスで、Android 端末を用いてデング熱の検出から心拍数、血糖値のモニタリングまでを含む、33 の各種検査を実施することができます。このデバイスの特筆すべき長所として、ユーザー(治療を担当する保健師または患者)と医師間の連絡が可能で、医師がすばやく検査結果を確認できることが挙げられます。またこのデバイスでは、検査結果を受けて次に何をすべきかなど、プロトコルに沿った指導を行うことも可能です。

メーカーによれば、デバイスの実用試験からは好ましい結果が得られているとのことです。パンジャーブ州の小規模都市で実施された試験では、このデバイスの活用によってコミュニティの保健師による妊婦の妊娠中毒症検査が前年比の 4 倍実施されるようになりました。デバイスを用いたことによる早期診断によって、前年には診断を受けた患者の 80% が死亡したにもかかわらず、この年には妊娠中毒症と診断されたすべての患者が治療によって助かりました。インドでは現在、ノルウェー政府の財政援助を受けて、ジャンムー・カシミール州の一部地域において、このデバイスの活用を妊婦管理や生殖医療、小児医療にまで拡大する試みを行っています。

こうした試験ではインドの疾病負担のごく一部にしか焦点が当てられていませんが、このデバイスで実施可能なポイント・オブ・ケア検査は非常に活用範囲が広いため、多様な疾患に適応可能です。このデバイスの開発を援助した、インド公衆衛生基金の理事長を務めるSrinathReddy 博士は、慢性疾患治療の検査基準の多くに照らして、「非感染症に対する潜在性は非常に高い」と述べています。デバイスの価格が下がれば、コミュニティの保健師による診断および疾患管理のサポートに役立つばかりでなく、患者に対して、より包括的なケアを提供することができるようになるでしょう。例えば、糖尿病患者がこのデバイを活用して一連の検査を実施し、結果が自動的に専門医に通知されるようにすることも可能かもしれません。また同様に、医師もデバイスを活用することで患者とコミュニケーションを取ることができます。

医療の再構築本研究の調査対象となった 5ヵ国のいずれにおいても、それぞれの国が抱える疾病負担の現状や将来予測への対応を考えた場合、医師を頂点とした、病院中心の医療制度は、医学的にも、経済的にも理想的とは言えません。異なる制度の導入に関する2 つの事例からは、イノベーションの可能性と同時に問題点も指摘されています。

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介護保険制度(韓国)急速な高齢化と、「社会的入院」による長期介護施設としての病院利用の増加を受けて、韓国では 2008 年に介護保険制度(LTCI)が導入されました。制度の下では 65 歳以上の国民全員が、収入ではなく、本人の身体能力と認知能力に応じて決定されたレベルの介護サービスを受けることができます。保険利用者は複数のカテゴリーに分類され、日常生活に支障があると認められる人に対しては、その障害度に応じた経済的援助が行われます。費用は介護サービス提供者に直接支払われ、その多くは民間企業で、介護施設などの他に自宅でのサービスを提供する企業等も含まれます。いずれのケースにおいても自己負担(在宅介護は 15%、施設での介護は 20%)は必要ですが、支払能力の低い人には補助金もあります。

LTCI は様々な面で成功しています。第一に、これによって大規模な民間市場が創出されました。2008 年から2012 年の間にこの分野に参入した企業の数は 2 倍になっています。また、制度は黒字が続いています。その理由の一部として、給付金の利用に制限を設けて制度を開始しており、リハビリサービス等は給付の対象とならないことなどが挙げられます。またこの制度開始時は、制度を利用したのは高齢者人口の 3.1%という低い割合でしたが、2012年には高齢者人口の 5.8% になり、政府の予測によれば、2017 年には 7% に達するだろうとされています 53。

LTCI の多くはソーシャルケアを対象としていますが、LTCI の受給者は同時に健康保険による医療サービスの対象にもなっています。そのため、LTCI による国民健康保険への影響は不明確です。LTCI 導入前後に、300 万件を超える入院について調査したところ、LTCI から施設利用のための給付金が下りた患者では、そうでない患者と比べて平均入院期間が 3 分の 1にまで短縮したことが明らかにされています。ただしこの分析では、LTCI は理由の一部に過ぎないとも指摘されています。その一方、LTCIによる給付金では施設の介護費用が十分に賄えないという患者については(LTCI の受益者の一部ですが)、病院での入院期間がやや長期化しています 54。

さらに驚くべきことに、他の研究結果からは高齢者介護サービスにおけるLTCI 制度の利用増加が、全体的な医療費の増加につながっていることが明らかにされています 55。これは、2つの制度がうまく連携していないことを示していると思われます。高齢者に必要なのは、医療とソーシャルケアの連携です。LTCI 制度利用者の 90% は 1 つ以上の慢性疾患を抱えていますが、在宅ケアに関しては、そのニーズの系統的な評価が行われていないことから、標準的なサービスの中でも最も利用数の少ないものとなっています。さらに、経済的な理由から、介護施設と直接連携することは、医師にとって魅力的ではありません 56。しかも、介護施設では、薬の処方を除くいかなる医療サービスの提供も、法的には認められていません。NCD をより包括的に管理するには、LTCI 制度を用いずに、高齢者自身が一般の医療機関等と直接契約を結ばなければなりません 57。LTCIという制度のもつ可能性を十分に活かすには、医療とのより良い連携を図ることが必要です。

社会保健活動家(インド)2005 年以来、インド政府の国家保健ミッションでは、農村部の貧弱な医療事情に対応するために、社会保健活動家(ASHA)へのトレーニングを行っています。これらの活動家は農村に住む女性の中から選出され、基本的なトレーニングを受けた後、自らが住む村における医療の窓口となり(基本的な薬の調剤や投薬まで可能)、コミュニティへ意識啓発と健康教育を行い、村と正規の医療制度との連絡役を担うことができるようになります。彼女たちには定額の給与は支払われませんが、保健所での妊婦の出産介助や、子どもの予防接種など、特定の活動に対して、個別に少額の報酬が支払われます。

ASHA の活用は拡大され、現在約 90 万人もの ASHA が、ある特定の分野において、著しい成果を上げています。最近の学術的研究によれば、国内でも最も医療事情が悪い地域においてASHA を導入したところ、導入から3 年以内に基本的なワクチン接種を受けた子どもの割合が 14% ないし22% 増加し(州ごとに異なる)、未接種率も低下して、その割合はいずれの州も16% 以下となっています。研究に

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よれば、ASHA の導入によってワクチン接種の必要性が認識されるようになったこと、そして接種が可能になったことが大きな成果であるとのことです 58。Reddy 博士によれば、ASHAはまた妊産婦医療にも貢献しており、妊婦の健康管理をさらに向上させる上で特に有効であるとのことです 59。

ただし、ASHA が予算無しに行える活動を過大に見積もられる危険性があります。適切なトレーニングを受けた ASHA は、NCD の治療においても貢献できるかもしれません、ただし様々な研究から、現在の ASHA に対する医

療教育のレベルは不十分で、現在彼女らが抱えている課題ですら、すべてをこなすことはできないと指摘されています。州ごとに状況は異なりますが、ASHAとして活動している女性のごく一部には、活動に対する十分な報酬を得ていないと考えている者も、現時点で既にいるようです 60。

ASHA は素晴らしい制度で、この制度によってインドの医療は改善されています。しかし彼女たちの役割を拡大するには、さらなる予算と優れた教育が必要です。

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今後の展望本研究の調査対象となった 5ヵ国は多様性に富んでおり、各国における医療負担に関する検討内容や課題対処の方法、変化に向けた取り組みが著しく異なっているのは当然のことといえます。しかし、本報告書ではいくつかのテーマについて繰り返し言及してきました。

非感染症(NCD)は今後主要な課題となるでしょう。これらの 5ヵ国では、NCD がすでに医療負担の大部分を占めており、インド以外の 4ヵ国では最優先課題です。インドも近い将来追いつくものと思われます。これは、医療制度が感染症を無視できるという意味ではなく(無視すれば流行は再燃します)、NCD 患者のニーズに重点を置くことが非常に重要であるという意味です。

全ての国の医療制度において、この課題への対策をとる必要があります。これら5ヵ国の医療制度は主に急性疾患への対応のための制度となっており、いずれの国においても、NCDあるいは一部の長期感染症への対策が十分にとられているとは言えません。最も顕著に問題が表れているのはインドと中国ですが、富裕国にも重大な弱点が認められています。

予防法の活用が不十分です。予防は難しいものですが、NCD の大部分は発症前に食い止めることができます。脂質、塩分、運動不足、環境汚染、あるいはタバコなど、いかなる国

結論

もその地域が抱えるリスクに対処する方法を見つけ出さなければなりません。効果的な予防法は、従来型の医療の枠組みの中で考えていたのでは見出せません。地域社会の中で行うものであれ、政治的な手法を伴って国全体で行うものであれ、一貫性のあるメッセージとモチベーションを伴わなければなりません。

新たなシステムと手段が必要です。多くの国では、医師達は非常に多忙であり、医療問題の現状に向き合うことはほとんど不可能です。医師を頂点とした医療では、増加するNCD への対応に高額の費用がかかります。改善のための重要なステップの 1 つとして、現在不十分なプライマリーケアの活用に重きを置くことが挙げられます。ただしこれは解決策の 1 つでしかありません。その他、専門性の高い看護師や地域の保健師など、他の医療従事者の活用を拡大することや、高齢者のための長期療養施設などといった適切な提供施設の設置、さらに、医療分野以外のテクノロジーの活用などは、これらはすべて少ない費用でより良い結果を得ることにつながる取り組み例です。

組織が寄り添うべきは患者であり、医療提供者ではありません。患者中心の医療は「崇高な理想」でしかないと思われがちですが、それぞれの国が直面する医療問題への対処のために、今必要とされているのが、その理想の実現なのです。患者にできるだけ自己管理能力を付けさせ、彼らを単なる医療の「受け手」ではなく、医療の「パートナー」にするという

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ことです。このためには文化的側面でも多少の変化が必要です。

特に、医師には患者との協力の方法を学ぶことや患者の話を聞くということが、また患者には自身の疾患に関する理解とその管理に責任を持つということが必要とされます。こうした取り組みがなければ、二次予防とそれに続くNCD 負担の低減の実現は、非常に困難でしょう。

最後に、本研究の調査対象となった 5ヵ国における医療制度にさまざまな弱点があることが事実ですが、重要なのは、これらの国の人々の寿命は延びているということ、そして、暮らしはより健康的になり、それぞれの国で改善は

続けられているということです。ここから見えてくるのは、大切なのは現状に失望することではなく、変化が必要であるということです。

Lin 博士は現在の医療負担、特に NCD の増加について、「NCD は医療制度、個人、家族、職場の金銭的負担を重くしています。我々の取り組みによって、人々の人生をより良いものにできるのです。そのために、連続性のある医療の実施が求められています」と述べ、次のように結んでいます。「単に疫学的転換期に来ているということではなく、むしろ我々の発想やアプローチが転換期を迎えているのです。これは重要なことです。改善は可能です。」

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1保健指標評価研究所のウェブサイト「GBDCompare」2013(http://vizhub.healthdata.org/gbd-compare)から引用した世界疾病負担の数値。特に明記しない限り、死亡率とDALY 数値は年齢調整されたものとする。2WHO,Global status report on noncommunicable diseases 2014,2014.3DavidBloometal.,“TheEconomicImpactofNon-communicableDiseaseinChinaandIndia:Estimates,Projections,andComparisons,”National Bureau of Economic Research Working Paper19335,August2013.4HirotsuguUeshima,“CardiovascularDiseaseandRiskFactorsinAsia:ASelectedReview,”Circulation,2008.を参照。5WHO の調査については、WHOExpertConsultation,“Appropriatebody-massindexforAsianpopulationsanditsimplicationsforpolicyandinterventionstrategies,”Lancet,2004. から引用。6WHO,Global Tuberculosis Report 2014,2014.7TB の具体的な数字は、WHOグローバル TB データベース(http://www.who.int/tb/country/data/download/en/)からの引用と、EIU により算出されたものとする。10Yu-TaoXiangetal.,“MentalhealthinChina:challengesandprogress,”Lancet,2012.メンタルヘルス従事者数のデータは、WHOGlobalHealthObservatoryDataRepository,http://apps.who.int/gho/data/node.main.MHHR?lang=en から引用11SOʼConnor,Mental Health in Korea: OECD Review and Recommendations: proceedings of the International mental health seminar, 2012.ベッド数については、OECDHealthStatistics2014-FrequentlyRequestedData、http://www.oecd.org/els/health-systems/oecd-health-statistics-2014-frequently-requested-data.htm を参照。12NationalHealthandHospitalsReformCommission,“AHealthierFutureForAllAustralians:FinalReport,”200913ZhuChen,“ProgressandProspectofHealthCareReforminChina,”AddresstoHarvardChinaFund,May2012,http://hcf.fas.harvard.edu/files/hcf/files/chenzhu-keynote-may8_1.pdf14ChangjiaoSunetal.,“ChallengesFacingChinaʼsPublicHealthandPrimaryHealthCareinHealthCareReform,”Journal of Vascular Medicine & Surgery,2014.15FrankLangfitt,“InViolentHospitals,ChinaʼsDoctorsCanBecomePatients,”NPR,6November2013;ChristopherBeam,“UndertheKnife:WhyChinesepatientsareturningagainsttheirdoctors,”New Yorker,25August2014.16“Physician,healthyself”The Economist,1February2014.17YanzhongHuang,“WhatMoneyFailedToBuy:TheLimitsOfChinaʼsHealthcareReform,”Forbes Asia,4March2014.18YeLietal.,“FactorsaffectingcatastrophichealthexpenditureandimpoverishmentfrommedicalexpensesinChina:policyimplicationsofuniversalhealthinsurance,”BulletinoftheWorldHealthOrganization,2012;QHWu,etal.,“EffectofhealthinsuranceonreductionofcatastrophichealthexpenditureinChina,”Chinese Journal of Health Policy, 2012; Zhonghua Wang et al.,“CatastrophichealthexpendituresanditsinequalityinelderlyhouseholdswithchronicdiseasepatientsinChina,”International Journal for Equity in Health,2015.19LiuQiang“Healthcarereformrollson:Whatʼsnext?”10November2013,China.org.cn,http://www.china.org.cn/china/third_plenary_session/2013-11/10/content_30553575.htm20“87.4%受访者期待重建医患信任 [87.4%ofrespondentsexpecttorebuildtrustbetweendoctorsandpatients],”China Youth Daily,12November2013.21“MoremeasuresexpectedinChinaʼshealthcarereform,”China Daily USA,17October2014.22“63millionpeoplefacedwithpovertyduetohealthcareexpenditure,”Times of India,4January2015.23MinistryofHealth&FamilyWelfare,“NationalHealthPolicy2015,”2015.24“ModiGovernmentWantsToMakeHealthCareAFundamentalRight,DaysAfterSlashingHealthBudget,”International Business Times,8April2015.25HealthPolicyInstitute,Japan,“2010PublicOpinionSurveyonHealthcarePolicy,”http://www.hgpi.org/handout/2010-02-15_25_787459.pdf

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26YukihiroMatsuyama,“AgingandtheGovernanceoftheHealthcareSysteminJapan,”BreugelWorkingPaper,2014.27Shibuyaetal.,“FutureofJapanʼssystemofgoodhealthatlowcostwithequity:beyonduniversalcoverage,”The Lancet2011.28全体的な議論については HidekiHashimotoetal.,“CostcontainmentandqualityofcareinJapan:isthereatrade-off?” を参照。The Lancet,September2011.29“DifferenceEngine:Thecaringrobot,”The Economist,May2013.30MichaelReichetal.,“50yearsofpursuingahealthysocietyinJapan,”The Lancet,2011.31NabutaroBanandMichaelFetters,“EducationforhealthprofessionalsinJapan-timetochange,”The Lancet,2011.32“OECDReviewsofHealthCareQuality:Japan—RaisingStandardsAssessmentandRecommendations,”2014.33高血圧の不十分な管理については、NayuIkeda,”WhathasmadethepopulationofJapanhealthy?” を参照。The Lancet,2011.34RandallJones,“Health-careReforminKorea,”OECDEconomicsDepartmentWorkingPapersNo.797,2010.35MinsuOcketal.,“PerceptionsofprimarycareinKorea:acomparisonofpatientandphysicianfocusgroupdiscussions,”BMC Family Practice,2014.36RandallJones,“Health-careReforminKorea,”OECDEconomicsDepartmentWorkingPapersNo.797,2010.37OECD,“HealthCareQualityReview:Korea,”2012.38OECD,“HealthCareQualityReview:Korea,”2012.39SOʼConnor,“MentalHealthinKorea:OECDReviewandRecommendations:proceedingsoftheInternationalmentalhealthseminar,”2012;KoreanAllianceonMentalIllness,“ParallelreporttotheUNCommitteeontheRightsofPersonswithDisabilities:ThecriticalsituationsofpeoplewithpsychosocialdisabilitiesinKorea,”2014.40“Community-basedNCDpreventionintheRepublicofKorea” ,WHO Features,2014;“SeoulʼsGangdong-GuOfficeoperatesHealthCounselingCenter,”Gangdong-guOfficePressRelease,February2015.41KPMG,“IllicittobaccoinAustralia2014HalfYearReport,”2014;SirCyrilChantler,“Standardisedpackagingoftobacco,”2014.42MichelleScolloetal.,“Changesinuseoftypesoftobaccoproductsbypacksizesandpricesegments,pricespaidandconsumptionfollowingtheintroductionofplainpackaginginAustralia,”Tobacco Control,2015.43オーストラリア保健省“Tobaccokeyfactsandfigures,”updatedFebruary2015.http://www.health.gov.au/internet/main/publishing.nsf/Content/tobacco-kff44禁煙対策の歴史については、AustralianGovernmentPreventativeHealthTaskForce,Australia: を参照。Australia: The Healthiest Country by 2020 Technical Report 2 – Tobacco control in Australia: making smoking history,2009.45JohnPierceetal.,“Whatpublichealthstrategiesareneededtoreducesmokinginitiation?”Tobacco Control,2012.46YangLietal.,“Evaluation,inthreeprovinces,oftheintroductionandimpactofChinaʼsNationalEssentialMedicinesScheme,”世界保健機構広報誌より,2013;YanSongetal.,“EffectsoftheNationalEssentialMedicineSysteminreducingdrugprices:anempiricalstudyinfourChineseprovinces,”Journal of Pharmaceutical Policy and Practice,2014.47QunMeng,“TrendsinaccesstohealthservicesandfinancialprotectioninChinabetween2003and2011:across-sectionalstudy,”The Lancet2012.48財政的影響の違いに関する詳細な議論については QianLongetal.,“ChangesinhealthexpendituresinChinain2000s:hasthehealthsystemreformimprovedaffordability,”International Journal for Equity in Health,2013. を参照。

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49BernhardSchwartländer,“ChinaHealthCareReform:WhoGainsandWhoLoses?”世界保健機構発表、2014年 9月(中国、北京)50MalcolmBattersbyetal.“ArandomisedcontrolledtrialoftheFlindersProgram ™ofchronicconditionmanagementinVietnamveteranswithco-morbidalcoholmisuse,andpsychiatricandmedicalconditions,”Australian and New Zealand Journal of Psychiatry,2013;SharonLawnetal.,“Apilotstudyofahealthylifestyleself-managementinterventionwithcancersurvivors,”Asia-Pacific Journal of Clinical Oncology,2013;S.Garneretal.,“Flinderschronicdiseasemanagementprogramformoderate-severeOSA-CanwedomorethantreattheOSA?”Journal of Sleep Research,2011;JessicaChanetal.,“ApilotstudytoassesstheefficacyoftheFlindersProgramofChronicConditionSelf-managementonthehealthandwellbeingofhaemodialysispatients,”Renal Society of Australasia Journal,2014.51HiroakiMiyataetal.,“Effectofbenchmarkingprojectsonoutcomesofcoronaryarterybypassgraftsurgery:Challengesandprospectsregardingthequalityimprovementinitiative,”The Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery,2012.52ArataMurakamietal.,“TheNationalClinicalDatabaseasanInitiativeforQualityImprovementinJapan,”Korean Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery,2014.53YonghoChon,“TheExpansionoftheKoreanWelfareStateandItsResults–FocusingonLong-termCareInsurancefortheElderly,”Social Policy & Administration,2014.54Kyung-RaeHyunetal.,“Doeslong-termcareinsuranceaffectthelengthofstayinhospitalsfortheelderlyinKorea?:adifference-in-differencemethod,”BMC Health Services Research,2014.55JaeunShin,“Long-TermCareInsuranceandHealthCareFinancinginSouthKorea,”KDISchoolofPublicPolicyandManagementWorkingPaper13-08,2013.56Im-OakKangetal.,“RoleofHealthcareinKoreanLong-TermCareInsurance,”Journal of Korean Medical Science,2012.57ChangWonWon,“Elderlylong-termcareinKorea,”Journal of Clinical Gerontology & Geriatrics,2013.58TanviRao,“TheImpactofaCommunityHealthWorkerProgramonChildhoodImmunization:EvidencefromIndiaʼs‘ASHAʼWorkers,”2014,AvailableatSocialSciencesResearchNetworkhttp://ssrn.com/abstract=244439159ManishSinghetal.,“UtilizationofASHAservicesunderNRHMinrelationtomaternalhealthinruralLucknow,India,”South East Asia Journal of Public Health,2012;DeepthiVarmaetal.,“IncreasingInstitutionalDeliveryandAccesstoEmergencyObstetricCareServicesinRuralUttarPradesh,”The Journal of Family Welfare,2010.60NirupamBajpaiandRavindraDholakia,“ImprovingthePerformanceofAccreditedSocialHealthActivistsinIndia,”ColumbiaUniversityGlobalCentersSouthAsiaWorkingPaper1,2011;HemaBhatt,“ARapidAppraisalofFunctioningofASHAUnderNRHMinUttarakhand,India,”reportforÉcolepolytechniquefédéraledeLausanneCooperation&DevelopmentCentre,2012;SaurabhShrivastavaandPrateekShrivastava,“EvaluationoftrainedAccreditedSocialHealthActivist(ASHA)workersregardingtheirknowledge,attitudeandpracticesaboutchildhealth,”Rural and Remote Health,2012.

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エコノミスト・インテリジェンス・ユニットは本報告書の記載情報の正確性を期すために最大限の努力を払っていますが、第三者による本報告書の情報、見解、結論への依拠に対しては一切の責任を負いません。

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