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マレーシアは面積33万平方キロ、人口3,119万人(2015年)、 一人当たりGDPは9,623米ドル(名目、2017年)という国です。 マレー系、中国系、インド系から成る多民族国家であり、工業の 発達したイスラム教国、産油国、そして英連邦諸国の一つでもあ ります。 JICAは2016年8月から2017年5月にかけて「マレーシアの社 会経済発展における我が国ODAの果たした役割と成果に関する 情報収集・確認調査」を実施し、私もそれに参加の機会を得まし た。調査結果の概要は動画にまとめられ、ユーチューブを通して 英和両言語で公開されました。同時に、144人が参加するセミナ ーで議論されました。内容を簡単に紹介しますと次の通りです。 マレーシアは、建国以来、開発経済学の教科書を絵に描いたよ うな発展を遂げてきました。1970年代まではゴム、スズ、石油の 輸出に依存する典型的な一次産品国でしたが、1980年代に入っ て、ルック・イースト政策 (注)の下、工業化が急速に進みまし た。最近では経済の主体が商業、金融、物流などのサービス部門 に移りつつあり、国全体が都市社会になりつつあります。(都市 人口対農村人口は1960~2015年の間に1:3から3:1に逆 転)。 このような発展を可能にした背景には、①安定した多民族社 会、②政策の継続性、③多角的な対外関係、④ASEAN地域全体 の成長、⑤日本などからの継続的な開発協力があったとされま す。こうした中、日本のODAは、インフラ整備のための計画づ くりとファイナンス、技術協力及び留学支援を通じた人づくりな どにおいて大きな役割を果たしました。日本のODAは要請主 義、つまり開発途上国側のニーズとその変化に即応してきたとこ ろに特色があります。この要請主義がいかんなく効果を発揮した のがマレーシアでした。というのも、要請主義は、受け取り国の 政策や案件理由がはっきりしない場合、無駄な結果をもたらしが ちです。けれども、マレーシアはこの点、しっかりしていまし た。そのため、要請主義が開発プロセスにうまく噛み合ったと言 えます。 以上が、これまでの開発・協力に関する調査結果のあらましで す。では、これからの日本・マレーシア協力はどうなるでしょう か。私見を述べてみたいと思います。マレーシア政府は2020年に おける先進国への仲間入りを目指しています。そのころには、貧 困削減や行政能力強化を主題としたようなODAはもう終わり、と いうのが自然な姿でしょう。では、ODAが終わった後、日本とマ レーシアの関係はどうなるのか。親日的な国民、国際シーレーン の要衝マラッカ海峡、天然ガス(カタール、インドネシアと並ぶ 大口供給国)、ASEAN経済における中心性(域内貿易額はシンガ ポールに次ぐ)などを念頭に置くと、マレーシアが日本にとって 今後も無視し得ない存在であることは疑いようがありません。加 えて、近い将来、イスラム世界で数少ない先進国となる可能性が 高いです。ちなみに、世界銀行は2016年、アジアにおけるシンク タンク機能の拠点をクアラルンプールに設置しました。OECDの 開発援助委員会(DAC)によれば、一人当たり名目GDPが3年 連続で12,236米ドルを越えた国は、ODA対象国のリストから外 されます。それはそれでOECD諸国による共通尺度ですが、その 尺度とは別に、日本との地理的・歴史的関係、これまでのODAの 蓄積、今後の経済関係などに留意することは極めて重要です。 ODAに卒業はあっても、開発・協力に卒業はありません。 この調査のセミナーでも、「援助からパートナーシップへ」が 謳われていました。実際、日本人留学生の支援、都市環境整備に おける自治体間の協力、企業・大学などによる共同研究開発な ど、新しい動きが各所で生まれています。またマレーシアによる 途上国援助を日本が支援するという南南協力も重要な領域です。 途上国世界に幅広いネットワークを持ち、しかも先進国に近づき つつあるマレーシアのような国は、新しい社会課題や新しい協力 に関するいわば共同実験室ととらえ、旧来の制度に縛られない協 力を試させてもらって、その成果を他の途上国や日本にも広げて いくことが考えられるのではないでしょうか。 国際開発センター International Development Center of Japan 231 http://www.idcj.co.jp 〒108-0075 東京都港区港南1-6-41 品川クリスタルスクエア 12階 TEL. 03-6718-5932 FAX. 03-5781-0910 マレーシア・日本の協力 これまでとこれから (文責:国際開発センター 薮田 仁一郎) (注):1981年に当時のマハティール首相が提唱し、現在に至る。西欧ではなくアジア の高度経済成長国(日本と韓国)を経済開発の手本とし、日韓それぞれにおける労働倫 理、学習・勤労意欲、道徳、経営能力などに着目する。そして個人より集団の利益を優先 すべきことを説く。

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 マレーシアは面積33万平方キロ、人口3,119万人(2015年)、一人当たりGDPは9,623米ドル(名目、2017年)という国です。マレー系、中国系、インド系から成る多民族国家であり、工業の発達したイスラム教国、産油国、そして英連邦諸国の一つでもあります。 JICAは2016年8月から2017年5月にかけて「マレーシアの社会経済発展における我が国ODAの果たした役割と成果に関する情報収集・確認調査」を実施し、私もそれに参加の機会を得ました。調査結果の概要は動画にまとめられ、ユーチューブを通して英和両言語で公開されました。同時に、144人が参加するセミナーで議論されました。内容を簡単に紹介しますと次の通りです。 マレーシアは、建国以来、開発経済学の教科書を絵に描いたような発展を遂げてきました。1970年代まではゴム、スズ、石油の輸出に依存する典型的な一次産品国でしたが、1980年代に入って、ルック・イースト政策(注)の下、工業化が急速に進みました。最近では経済の主体が商業、金融、物流などのサービス部門に移りつつあり、国全体が都市社会になりつつあります。(都市人口対農村人口は1960~2015年の間に1:3から3:1に逆転)。 このような発展を可能にした背景には、①安定した多民族社会、②政策の継続性、③多角的な対外関係、④ASEAN地域全体の成長、⑤日本などからの継続的な開発協力があったとされます。こうした中、日本のODAは、インフラ整備のための計画づくりとファイナンス、技術協力及び留学支援を通じた人づくりなどにおいて大きな役割を果たしました。日本のODAは要請主義、つまり開発途上国側のニーズとその変化に即応してきたところに特色があります。この要請主義がいかんなく効果を発揮したのがマレーシアでした。というのも、要請主義は、受け取り国の政策や案件理由がはっきりしない場合、無駄な結果をもたらしがちです。けれども、マレーシアはこの点、しっかりしていました。そのため、要請主義が開発プロセスにうまく噛み合ったと言えます。 以上が、これまでの開発・協力に関する調査結果のあらましで

す。では、これからの日本・マレーシア協力はどうなるでしょうか。私見を述べてみたいと思います。マレーシア政府は2020年における先進国への仲間入りを目指しています。そのころには、貧困削減や行政能力強化を主題としたようなODAはもう終わり、というのが自然な姿でしょう。では、ODAが終わった後、日本とマレーシアの関係はどうなるのか。親日的な国民、国際シーレーンの要衝マラッカ海峡、天然ガス(カタール、インドネシアと並ぶ大口供給国)、ASEAN経済における中心性(域内貿易額はシンガポールに次ぐ)などを念頭に置くと、マレーシアが日本にとって今後も無視し得ない存在であることは疑いようがありません。加えて、近い将来、イスラム世界で数少ない先進国となる可能性が高いです。ちなみに、世界銀行は2016年、アジアにおけるシンクタンク機能の拠点をクアラルンプールに設置しました。OECDの開発援助委員会(DAC)によれば、一人当たり名目GDPが3年連続で12,236米ドルを越えた国は、ODA対象国のリストから外されます。それはそれでOECD諸国による共通尺度ですが、その尺度とは別に、日本との地理的・歴史的関係、これまでのODAの蓄積、今後の経済関係などに留意することは極めて重要です。ODAに卒業はあっても、開発・協力に卒業はありません。 この調査のセミナーでも、「援助からパートナーシップへ」が謳われていました。実際、日本人留学生の支援、都市環境整備における自治体間の協力、企業・大学などによる共同研究開発など、新しい動きが各所で生まれています。またマレーシアによる途上国援助を日本が支援するという南南協力も重要な領域です。途上国世界に幅広いネットワークを持ち、しかも先進国に近づきつつあるマレーシアのような国は、新しい社会課題や新しい協力に関するいわば共同実験室ととらえ、旧来の制度に縛られない協力を試させてもらって、その成果を他の途上国や日本にも広げていくことが考えられるのではないでしょうか。

国際開発センターInternational Development Center of Japan

231

http://www.idcj.co.jp〒108-0075 東京都港区港南1-6-41 品川クリスタルスクエア 12階 TEL. 03-6718-5932 FAX. 03-5781-0910

マレーシア・日本の協力~これまでとこれから~

(文責:国際開発センター 薮田 仁一郎)

(注):1981年に当時のマハティール首相が提唱し、現在に至る。西欧ではなくアジアの高度経済成長国(日本と韓国)を経済開発の手本とし、日韓それぞれにおける労働倫理、学習・勤労意欲、道徳、経営能力などに着目する。そして個人より集団の利益を優先すべきことを説く。