学力向上につながる小学校算数科の授業づくりⅡ...算数科教育に関する研究...

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滋賀県総合教育センター 山 中 博 嗣 平成26年度(2014年度) 算数科教育に関する研究 学力向上につながる小学校算数科の授業づくりⅡ -数学的な思考力・表現力を伸ばす指導法・評価の工夫- キーワード 付けたい力の明確化 各時間のねらいを重点化 学び合いを活性化するもの 学び合いを支えるもの つまずきの予見 研究の要旨 Ⅰ 主題設定の理由 ··············· Ⅱ 研究の目標 ··················· Ⅲ 研究の仮説 ··················· Ⅳ 研究についての基本的な考え方 ··· 1 数学的な思考力・表現力とは ··· 2 数学的な思考力・表現力を伸ばす ために ······················· 3 第3学年での実践の意義 ······· Ⅴ 研究の進め方 ‥‥‥‥‥‥‥‥ 1 研究の方法 ················· 2 研究の経過 ················· (1) (1) (1) (1) (1) (2) (3) (3) (3) (4) Ⅵ 研究の内容とその成果 ·········· 1 付けたい力の実態と算数科の授 業に対する児童の意識 ········ 2 数学的な思考力・表現力を伸ばす ために ························ 3 数学的な思考力・表現力に関する 成果 ························ Ⅶ 研究のまとめと今後の課題 ‥‥ 1 研究から明らかになったこと 2 今後の課題 ·················· 文 献 (4) (4) (5) (13) (15) (15) (15)

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滋賀県総合教育センター

山 中 博 嗣

平成26年度(2014年度) 算数科教育に関する研究

学力向上につながる小学校算数科の授業づくりⅡ

-数学的な思考力・表現力を伸ばす指導法・評価の工夫-

キーワード

付けたい力の明確化 各時間のねらいを重点化 学び合いを活性化するもの

学び合いを支えるもの つまずきの予見

目 次

研究の要旨

Ⅰ 主題設定の理由 ···············

Ⅱ 研究の目標 ···················

Ⅲ 研究の仮説 ···················

Ⅳ 研究についての基本的な考え方 ···

1 数学的な思考力・表現力とは ···

2 数学的な思考力・表現力を伸ばす

ために ·······················

3 第3学年での実践の意義 ······· ‥‥‥‥‥‥

Ⅴ 研究の進め方 ‥‥‥‥‥‥‥‥

1 研究の方法 ·················

2 研究の経過 ·················

(1)

(1)

(1)

(1)

(1)

(2)

(3)

(3)

(3)

(4)

Ⅵ 研究の内容とその成果 ··········

1 付けたい力の実態と算数科の授

業に対する児童の意識 ········

2 数学的な思考力・表現力を伸ばす

ために ························

3 数学的な思考力・表現力に関する

成果 ························

Ⅶ 研究のまとめと今後の課題 ‥‥

1 研究から明らかになったこと

2 今後の課題 ··················

文 献

(4)

(4)

(5)

(13)

(15)

(15)

(15)

‥ ‥

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算数科教育に関する研究

全国学力・学習状況調査の結果、「必要な情報を選択し、方法や理由等を説明するこ

と」に対する課題が挙げられた。また、当センターの平成25年度研究においては「考え

を十分に深めること」に対して課題が見られた。これらから、根拠を基に考え、他者と

の関わりの中で考えを深め表現していく力を高めていくことが必要であると考えた。

付けたい力を「数学的な思考力・表現力」とし、学び合いを充実させた指導法・評価

の工夫を通して、学力の向上につなげる授業のあり方を探る。

研究対象 小学校第3学年 単元「たし算とひき算の筆算」・「時間と長さ」

1 実態把握のための全国学力・学習状況調査、質問紙調査、レディネステストの分析

2 付けたい力を明確にした単元構想と単元計画

3 学力向上につながる指導法・評価を工夫、実証授業を実施

4 授業改善の成果の検証

1 付けたい力を明確にした単元構想

単元で付けたい力を基に評価問題を設定した。その設定を通して児童のつまずきを

予見し、指導に生かした。

2 学び合いの充実

単元を計画する際には、各時間のねらいを重点化して学び合いによる考える場を設

定した。つまずきの予見や教具の工夫等、学び合いに至るまでの段階で必要となるこ

と「学び合いを支えるもの」と、発表ボードの活用や考えをつなぎ深める指導者の役

割等、学び合いの場において行う工夫「学び合いを活性化するもの」を基に指導した。

3 評価の工夫

説明・表現する力を高めたり、主体的な学びを喚起したりできるようにするために、

「評価をするときに基とするもの」により評価したり、児童の振り返りを活用した評

価を積み重ねたりした。

・学び合いを支え、活性化させる支援を行うことによって、考えを広げたり深めたり

る学び合いのよさを児童が実感し、数学的な思考力・表現力を伸ばすことができた。

・個の学びを広げたり、学びを共有したりする評価によって、主体的な学びを喚起し、

数学的な思考力・表現力の向上につながった。

平成26年度(2014年度) 算数科教育に関する研究

学力向上につながる小学校算数科の授業づくりⅡ -数学的な思考力・表現力を伸ばす指導法・評価の工夫-

研究員 山 中 博 嗣

概要版

研究の背景 根拠を基に考え、他者との関わりの中で考えを深めることが今、必要!

目 的 数学的な思考力・表現力を伸ばし学力の向上につなげる

研究の方法 実態把握と付けたい力から単元を構想・計画

研究の概要 学び合いに重点を置いて単元を計画、授業を工夫

成 果 学び合いの充実により数学的な思考力・表現力が向上

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算数科教育に関する研究

平成26年度(2014年度) 算数科教育に関する研究 研究構造図

◇ 数学的な思考力・表現力の向上

◆必要な情報を選択し、方法

や理由等を説明すること

◆方法や理由等を根拠を基に

説明すること

◆考えを深めること

⑤振り返り

④適用問題

③まとめ

②基本問題

【学び合い】

①学習課題

授業力の向上 学力の向上

成果

授業

改善

付けたい力

課題

指導法・評価の工夫

数学的な思考力・表現力を伸ばすための単元計画

評価をするときに 基とするもの

主体的な学びを喚起する

説明・表現する力を 高める

【付けたい力】

数学的な思考力・表現力

全国学力・学習状況調査、当センターの平成25年度研究より

研究協力校 滋 賀 県

0 5 10 15 20 25 30 35 40 45

1関心知識

2 考え方

3 考え方

4関心知識

時ねらいの重点

1時間の流れ

学習課題 基本問題<考えを広げる>

基本問題<考えを深める>

学習課題 基本問題

学習課題 振り返り

適用問題

基本問題

適用問題

学習課題 適用問題

まとめ

まとめ

まとめ 振り返り

振り返り

振り返り

各時間のねらいを重点化

して設定します。

学び合いの充実

学び合いによる考える場の設定

評価の工夫

当センターの平成25年度研究

終末

展開

導入

活性化するもの

支 え る も の

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算数科教育に関する研究

付けたい力を

明確にした

単元構想

単元で 付けたい力の明確化

単元全体の評価

各時間の

指導・評価

単元全体・ 各時間の

計画

つまずきの

予見・支援

レディネステストの 実施

評価問題の

設定・作成

発表ボードの活用 (紀要 P9参照)

間違いをペアに説明 (紀要 P11参照)

十の位が1繰り下がってい ません。

単元で付けたい力を基に設定(紀要 P5参照)

さとるさんとよし子さんは、遊園地で遊

ぶ計画を立てています。乗り物の乗車

時間は、下のとおりです。乗り物から乗り物へいどうする時間は、待ち時間も入

れて10分とします。

まもるさんとはるみさんは、500円を持っ

て買い物に行きました。318円のトマトを

買うと何円のこりますか。 何円のこるかを知るために、まもるさん

とはるみさんは500-318の筆算をしまし

た。まちがえて計算したのは、どちらでしょう。

500 -318 182

500 -318 292

予想される児童のつまずき 指導者の支援

9時45分の時刻がとらえられていない児童 時計模型によりその時刻を示す。

25分間の時間がとらえられていない児童 色付き時計や時刻を目盛った数直線で25分間

を示す。

学び合いによるノート記述(紀要 P7参照)

予想される児童のつまずきと支援(紀要 P7参照)

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算数科教育に関する研究

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算数科教育に関する研究

学力向上につながる小学校算数科の授業づくりⅡ

-数学的な思考力・表現力を伸ばす指導法・評価の工夫-

Ⅰ 主 題 設 定 の 理 由

現行の学習指導要領では、数学的な思考力・判断力・表現力の育成を図ることや、算数科で学んだこ

とを生活や学習に生かしていくことがより重視されている。その際、式、図、表、数直線等を用いて考

えたり、自分の考えを説明したり、互いに考えを伝え合ったりするなどの言語活動を充実することが求

められている。

国立教育政策研究所の「平成25年度全国学力・学習状況調査【小学校】報告書」では、「図や表を観

察して、問題の解決に必要な情報を選択すること」「方法や理由等を言葉や数を用いて記述すること」

に対する課題が見られた。滋賀県も同様の課題が見られ、記述式の問題において、正答率が全国平均を

下回るとともに、無解答率も高いことから、必要な情報を選択し、方法や理由等を説明する力の弱さが

大きな課題といえる。一方、同調査のクロス集計の結果において、学級やグループで話し合う活動を積

極的に行ったり、立式の意味を考えたりしていると回答した学校ほど、平均正答率が高い傾向が見られ

ている。

平成25年度の研究では、付けたい力を「方法や理由等を説明する力」とし、解決の見通しを持たせて、

どのように考えたのかとなぜを問い、説明させ、望ましい説明に照らして評価する指導と評価の一体化

を図る研究を行い、授業改善を進めた。その結果、児童の説明に対する意欲の向上とともに、方法や理

由等を説明する力を高めることができた。また、課題について、友だちと互いに考えを話し合うことの

よさを実感している姿が見られたが、考えを十分に深めることができていない児童も見られた。

以上のことから、本研究では、付けたい力を「数学的な思考力・表現力」とし、この力を育成するた

めの指導法や評価の工夫を探りたいと考え、本主題を設定した。

Ⅱ 研 究 の 目 標

言語活動を充実させた指導法・評価の工夫を通して、数学的な思考力・表現力を伸ばし、学力の向上

につなげる。

Ⅲ 研 究 の 仮 説

小学校第3学年の算数科の学習において、付けたい力を基に単元を構想し、児童が学び合う活動を取

り入れた指導と主体的な学びを喚起する評価を行えば、児童の数学的な思考力・表現力を伸ばすことが

できるであろう。

Ⅳ 研究についての基本的な考え方

1 数学的な思考力・表現力とは

本研究における「数学的な思考力・表現力」とは、考え、表現する過程において、必要な情報を選

択しながら根拠を基に筋道を立てて考え、その考えを言葉や式、図、表、数直線等を活用しながらか

いたり説明したりすることと考える。

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算数科教育に関する研究

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図1 単元構想の考え方

単 元 で 付 け た い 力 の 明 確 化

評 価 問 題 の 設 定 ・ 作 成

つ ま ず き の 予 見 ・ 支 援

単 元 全 体 ・ 各 時 間 の 計 画

各 時 間 の 指 導 ・ 評 価

単 元 全 体 の 評 価

レ デ ィ ネ ス テ ス ト の 実 施

2 数学的な思考力・表現力を伸ばすために

(1) 付けたい力を明確にした単元構想

これまでの当センターでの研究成果から、単元で付けたい

力を明確にし、それを基に単元末の評価問題を設定すること

で、指導者が付けたい力を意識した指導ができることが明ら

かにされた(図1)。本研究では、これを受けて評価問題の設

定およびレディネステストの結果より、児童のつまずきを予

見し、支援の計画を立て指導に生かしていく単元構想とする。

(2) 学び合いの充実

本研究では、数学的な思考力・表現力を伸ばすために、学び

合いにより考える場を設定することを重視した。

学び合いとは、「集団討議の中で考えを練り上げ、自分の考

えを広げたり深めたりし、個々が考えを見直すこと」と定義付

ける。

ア 場の設定

単元計画に学び合いにより考える場を位置付ける。その際、考えを広げる、考えを深める等、

目的を明確にし、計画に取り入れることとする。

イ 場の工夫

学び合いを充実したものにするために、学び合いに至るまでの段階で必要となること((ア)

学び合いを支えるもの)と、学び合いの場において行う工夫((イ) 学び合いを活性化するもの)

に分け、以下のような指導を行い、学び合いを通して、数学的な思考力・表現力を伸ばせるよう

にしていく。

(ア) 学び合いを支えるもの

充実した学び合いにするために、児童が学習課題を解決していく中で考えや解決への見通し

が持てるように以下の手立てを行う。

a つまずきの予見と支援

単元の中で付けたい力を獲得させるために、評価問題により児童のつまずきを予見し、支援

を計画する。それに基づき各時間のつまずきを予見し、手立てを考える。

b 学びをつなげる工夫

児童が見つけた考えを分類して、「~作戦」や「~方式」など独自のネーミングをする。そ

れをまとめ、掲示したり、次時の導入で紹介したりすることで、児童が学びを振り返ったり、

本時や次時で使ったりできるようにする。

c 思考・表現を支える教具の活用

児童が算数的活動を通して、考えを持ったり、表現したりすることを支えるために、教具を

工夫する。

(イ) 学び合いを活性化するもの

集団討議場面において、児童が持った考えを出し合い、学び合いを活性化するために以下の

手立てを行う。

a 考えを整理できる発表ボードの活用

自力解決で見つけた考えを表現したり、複数の考えを整理したり、適切な場面で考えを示し

たりする場合に発表ボードを活用する。

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算数科教育に関する研究

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b 考えをつなぎ深める指導者の役割

集団討議場面で、指導者が児童の意見をつないだり、つぶやきを取り上げたり、なぜを問う

たりしていく。

c 説明する意欲を喚起する場面設定の工夫

図や式のみを示し、その意味を考えさせる場面や、間違いを示し、その原因や改善策を説明

させる場面を設定し、児童が説明したいという意欲を喚起していく。

(3) 評価の工夫

平成25年度の研究では、「評価をするときに基とするもの」に照らしてほめたり、励ましたりし

て評価することが、児童が説明する力を高める上で有効であることが分かった。今年度も、平成25

年度研究の評価手法を取り入れて、以下のように評価の工夫を行う。

ア 説明・表現する力を高める評価

「評価をするときに基とするもの」の基準に満たない児童やグループに対する指導の内容とタ

イミングを明確にし、評価を指導につなげていく。

イ 主体的な学びを喚起する評価

児童が行った振り返りを活用して、指導者からの評価を行う。指導者が振り返りに対するコメ

ントを書いたり、児童の振り返りを次時の学習の導入で紹介したりすることで、個々に評価を行

うことができ、次時以降への学習意欲を高めることにつながると考える。

3 第3学年での実践の意義

中学年は、仲間とのやりとりを通して学ぶ発達段階である。特に、その初期の第3学年の児童は、

家庭を中心とした縦関係から、同年齢の子どもたちの集団である横関係に移行しつつある段階を経て

育つ。仲間とのやりとりを通して、問題解決能力やコミュニケーション能力、抽象的な思考能力が伸

びる時期である。算数科の学習内容においては、具体的思考から抽象的思考が求められる内容に変わ

っていくため、抵抗を感じる児童が増えていくのもこの時期である。こういった特性から、この時期

に、同年齢児童との関わりを十分に行うことが重要である。よって、本研究の重点である学び合いを

この時期の児童の学習に取り入れることで、学び合いの基礎が培われ、上学年につながっていき、よ

り効果的であると考える。

Ⅴ 研 究 の 進 め 方

1 研究の方法

(1) 全国学力・学習状況調査や、算数科に対する児童の質問紙調査および単元のレディネステストの

結果分析を行い、研究協力校の課題や実態を把握する。

(2) 付けたい力を明確にして単元を構想し、単元計画を立てる。

(3) 学力向上につながる指導法・評価を工夫し、実証授業を実施する。

(4) 単元の評価問題および質問紙調査の実施、実証授業後のノートや振り返りの記述等により、授業

改善の成果の検証を図る。

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算数科教育に関する研究

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2 研究の経過

Ⅵ 研 究 の 内 容 と そ の 成 果

1 付けたい力の実態と算数科の授業に対する児童の意識

(1) 平成26年度全国学力・学習状況調査から見た課題

研究協力校の平成26年度の自校採点結果を当

センターの分析支援システム「Fコンパス」を用

いて分析した。

その結果、研究協力校2校の共通の課題として

「活用」に関する問題と記述式の問題において落

ち込みがあることが分かった(図2)。特に正答率

の低い記述式の問題では、方法や理由等を、根拠

となる言葉や数、式等を用いて説明できていなか

った。これらのことから、「数学的な思考力・表

現力」を高めていく必要性が明らかになった。

(2) 平成25年度研究から見えた課題

平成25年度の研究では、付けたい力を「方法や

理由等を説明する力」とし、「評価をするときに基とするもの」を明確にして、指導と評価の一体

化を図る研究を行い、授業改善を進めた。その結果、児童の説明に対する意欲の向上とともに、方

法や理由等を説明する力を高めることができた。また、課題について、友だちと互いに考えを話し

合うことのよさを実感している姿が見られた。

しかし、複数の考えから、考えのよさを見つけたり、考えを十分に深めたりすることができてい

ない児童も見られた。そこで、本研究では、児童が見通しを持ち主体的に学びを進めていくことと

ともに自分の考えを深めたり広げたりできることが必要と考えた。

(3) 算数科に対する児童の意識

算数科に対する児童の意識を把握するために、研

究協力校の児童に対して質問紙調査を実施した。

「算数の授業でいろいろな方法を見つけたとき、

同じところや違いがないか考えている」の項目で、

4月

5月

6月~7月

8月

9月

研究推進計画の立案

全国学力・学習状況調査結果の分析

質問紙調査Ⅰ(事前)

レディネステストの実施

実証授業Ⅰの学習指導案等の準備

第1回専門・研究委員会

実証授業Ⅰ

第2回専門・研究委員会

レディネステストの実施

実証授業Ⅱの学習指導案等の準備

9月~10月

11月~12月

1月

2月

3月

実証授業Ⅱ

第3回専門・研究委員会

質問紙調査Ⅱ(事後)の実施

研究の成果と課題の分析

研究紀要原稿執筆

研究発表準備

研究発表大会、研究報告会

研究のまとめ、次年度研究構想

図2 Fコンパスによる分析(研究協力校)

記述 活用

(数値は%・総数107)

無答

誤答

正答

図3 振り返りに関する調査の結果(研究協力校)

33 25 17 25

(数字は%・回答総数 41)

当てはまる

どちらかと言えば当てはまらない 当てはまらない

どちらかと言えば当てはまる

算数の授業の終わりによかったことや

次にがんばりたいことが言える。

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算数科教育に関する研究

- 5 -

肯定的な回答は74%であった。「算数の授業で問題の解き方や考え方を友だちに説明するとき、数、

式、図などを使っている」の項目では、肯定的な回答は70%であった。いろいろな方法を見つけた

とき、共通点や相違点を見つけようとしたり、数学的な表現を活用して説明したりしている児童の

割合は、低くはないと考えられる。

一方、「算数の授業の終わりによかったことや次にがんばりたいことがいえる」の項目で、肯定

的な回答は58%であった(p.4の図3)。1時間の学習過程を振り返り、学びを実感したり次時の意欲

を持ったりできている児童は少ない。以上の結果から、自力解決や集団討議場面を充実させていき、

学びの実感が持てるようにしていくことを重視した。

2 数学的な思考力・表現力を伸ばすために

(1) 付けたい力を明確にした単元構想

実証授業Ⅰでは、6月に単元「たし算とひき算の筆算」の実践を検証した。付けたい力を「計算

の意味や計算の仕方を言葉や数、式、図を用いて考え、表現する力」に絞り、間違いについて判断

し、間違いの理由を説明する問題を

設定した(図4)。

実証授業Ⅱでは、10月に単元「時

間と長さ」の実践を検証した。付け

たい力を「必要な情報を選択し、時

間や時刻の意味や計算の仕方を言葉

や数、式、図、数直線を用いて考え、

表現する力」に絞り、間違いの理由

を説明する問題と複数の条件から必

要な情報を選択し、筋道を立てて考

える力を問う問題を設定した(図

5)。

<3年生 評価問題>

たし算とひき算の筆算

まもるさんとはるみさんは、500円を持って買い物に行

きました。318円のトマトを買うと何円のこりますか。

何円のこるかを知るために、まもるさんとはるみさんは

500-318の計算をしました。まちがえて計算したのは、ど

ちらでしょう。

まちがえたのは( さん)

まちがえたわけを言葉や式、図などを使ってせつ明しましょう。

はるみさん

500

-318

292

500

-318

182

まもるさん

図4 実証授業Ⅰ「たし算とひき算の筆算」

単元末の評価問題

図5 実証授業Ⅱ「時間と長さ」単元末の評価問題

<3年生 評価問題>

時間と長さ

1 みちよさんは、午前11時10分の電車に乗って、おばあちゃんの家に行こうとしています。みちよさんの家から駅まで、歩いて25分間かかりま

す。家の人が「何時に家を出ればいいのかな。」と聞いたとき、弟が、

「午前11時35分に家を出るんだね。」と答えました。弟は、なぜ午前11時35分であると答えたのでしょう。この考えのまちがいをせつ明してみ

ましょう。図を書いてせつ明してもかまいません。

2 さとるさんとよし子さんは、遊園地で遊ぶ計画を立てています。

乗り物の乗車時間は、下のとおりです。乗り物から乗り物へいど

うする時間は、待ち時間も入れて 10分とします。

二人のせつ明をさんこうにして、午後1時に中おう広場を出発して、午後2時 30分までに中おう広場にもどってくる計画を立てましょう。

ただし、同じ乗り物に乗ってもよいですが、3しゅるいいじょうの乗

り物に乗る計画を立てましょう。

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算数科教育に関する研究

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図6 実証授業Ⅱ「時間と長さ」の各時間のねらいを重点化した単元計画

(2) 学び合いの充実

ア 場の設定

(ア) 単元全体の計画

実証授業Ⅱ「時間と長さ」では、指導内容から図6のように各時間のねらいを重点化して、単

元全体を計画した。第2・3・5・8・11時に考え方に重点を置く時間を設定した。その時間の

集団討議場面(色付き部分)において、学び合いの目的を指導者が意識できるように示した。

授業後、指導者からは、「各時間の指導の重点が明確であったので評価も分かりやすかった」

「いろいろなアプローチにより、学び合いを仕組むことができた」「目安の時間通りには進まな

いことが多かったが、指導者が児童の実態と重ね合わせながら時間の目安を持つことができた」

との感想があった。

単元全体の流れと目安の時間を示したことは、指導者が見通しを持ち、授業を進めることにつ

ながったと考えられる。各時間のねらいの重点を明確にすることにより、指導者が各時間に付け

0 5 10 15 20 25 30 35 40 45

1関心知識

時間・長さ

2 考え方

3 考え方

4関心知識

5 考え方

6技能知識

7技能知識

8 考え方

9関心技能

10関心技能

11考え方知識

時間・長さ

時間

長さ

時ねらいの重点

1時間の流れ内容

学習課題

学習課題

学習課題

学習

課題

基本問題<考えを広げる>

基本問題<考えを深める>

学習課題 基本問題

学習課題 振り返り

学習課題 活用問題

適用問題

学習課題

適用問題

基本問題

適用問題

学習課題 適用問題

活用問題<考えを深める>

基本問題

学習課題 基本問題 適用問題

学習課題 基本問題<考えを広げる・深める>

基本問題

活用問題

適用問題<考えを確かめる> 評価問題

まとめ

まとめ

まとめ

まとめ

まとめ

まとめ 振り返り

振り返り

振り返り

振り返り

振り返り

振り返り

振り返り

振り返り

振り返り

振り返り

学び合いの目的

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算数科教育に関する研究

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たい力を意識して指導することができたといえる。考え方に重点を置く時間には、学び合いの目

的を示したことで、指導者が単元全体の中でのつながりを考えながら進めることができたといえ

る。

(イ) 学び合いによる考える場の設定

実証授業Ⅱ「時間と長さ」第2時での適用問題は、基本問題で解決したことが生かせる問題を

1問に絞り設定した。また、振り返りは、児童が基本問題での解決と適用問題での解決を比較し、

考えの変容とその理由について書くようにした(図7)。

適用問題は、基本問題で見つけた考え方が生かせる問題を吟味した上で、問題数を絞り、設定

することが大事であるといえる。問題の難易度は、児童の実態や問題のねらい(考え方の確認の

ため、一般化のため、考え方を応用するため)によって考える必要がある。

学習の振り返りは授業の感想を書かせるだけでなく、考えの変容について書く視点を持たせた

ことで、児童が考え方に焦点をあて振り返ることができたといえる。考えの変容の理由から考え

のよさや違いに児童が気付くことができた。

イ 場の工夫

(ア) 学び合いを支えるもの

a つまずきの予見と支援

児童が考えを持てるようにするために、実証授業Ⅱでは、各時間の解決場面において、表1

のように予想される児童のつまずきとそれに対する指導者の支援を明確にして指導を行った。

予想される児童のつまずき 指導者の支援

9時45分の時刻がとらえられていない児童 時計模型によりその時刻を示す。

25分間の時間がとらえられていない児童 色付き時計や時刻を目盛った数直線で25分間を示す。

25分、9時45分の関係がつかめていない児童 公園を出た時刻が9時45分であることを確認させ、その後25分間

歩いていたことを色付き時計を操作したり、時刻を目盛った直線

に表したりすることでとらえさせる。

10時から先でつまずいている児童 色付き時計で10時までの時間を確認し、残りの時間を考えさせる。

表1 実証授業Ⅱ「時間と長さ」第3時 基本問題における予想されるつまずきと指導者の支援

適用問題

問題数を絞り、考え方が

生かせる問題を設定

基本問題

考え方に重点を置いた学習課題

考えの変容の理由を記述

より早く解決できる10分方式のよさに気付いている

図7 学び合いによる考える場を設定した時間のノート(実証授業Ⅱ「時間と長さ」第2時)

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算数科教育に関する研究

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この予見を基に自力解決場面で指導者が児童の学習状況に合わせて

指導を行った。25分間の時間がとらえられていない児童に対して、指

導者が色付き時計により25分間の時間の経過を視覚的に示し、「この

赤い部分が時間だよ。」と助言した(図8)。この助言を基に、9時45

分から25分後の時刻を求めようと児童が考えを進めることができたこ

とが児童のノートからうかがえる(図9)。児童のつまずきを予見し、

学習指導案に具体的に明記することで、児童の学習状況に応

じてタイミングよく指導することができた。児童のつまずき

に応じた支援により、個々に考えが持て、そのことが学び合

いを成立させていくことにつながった。

b 学びをつなげる工夫

実証授業Ⅱ「時間と長さ」第2時では、二つの時刻からそ

の間の時間を求める考え方を「○○方式」とネーミングし、

分類した。5分ずつ数える考え方を「5分方式」、足して求

める考え方を「たし算方式」、正時で分ける考え方を「区切

り方式」とネーミングし、掲示した(図10)。図11は第3時に

おける児童の解決と振り返りのノート記述である。前時

の学びの掲示を振り返りながら、新たな課題に対し、解

決している児童が見られた。指導者は、第4時の導入で

児童Bの振り返りを紹介した。

このように、前時から本時、次時へ児童の学びをつな

いでいく工夫をした学習展開により、児童が考えを振り

返ったり、学びを活用したりしやすくなった。学びを振

り返ることができる掲示や前時の振り返りの紹介によ

り、学びがつながり学び合いが充実した

と考えられる。算数科は既習事項を活用

し、新たな課題を解決していく教科の特

性があるからこそ、この学びをつなげる

工夫は大変効果的であった。

c 思考・表現を支える教具の活用

児童が考えを持ったり、考えを表現し

たりする際に活用しやすい教具を工夫

した。

実証授業Ⅱ「時間と長さ」は量と測定

領域であり、児童が考えを表現するには、言葉や式のみ

では表現しにくい。そこで、色付き時計、時計の図、数

直線を活用した(図12、p.9の図13)。これらを活用する

ことで、言葉では表現しにくい量をより分かりやすく記

述したり、説明したりすることができた。

このように、教具を活用することは児童の表現の幅を

広げ、考えを伝えることに有効であると考えられる。他

者の考えが分かりやすくなることにより、賛同したり反

図9 考えを進めることができたノート

図8 時間の経過を支援

図10 いつでも振り返ることができる学びの掲示

図を活用し

て考え方を

整理

図11 前時の学びのつながりが分かるノート記述

児童Bの振り返り 児童Aの解決

前時で見つけた考えが表れている記述

次時の導入で紹介

図12 色付き時計を使って説明

経過時間を視覚化

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算数科教育に関する研究

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論したり気付いたりすることが活発になると

いえる。

(イ) 学び合いを活性化するもの

a 考えを整理できる発表ボードの活用

複数の考えが出し合える集団討議場面では、

児童の考えを発表ボードに書かせた。黒板に書

かせるよりも、書いたボードを移動できるので

複数の考えを整理しやすくなった(図 14)。一

つずつ示し、その考え方についてじっくり考

えさせたり、同時に示して複数の考えの共通

点や違いに気付かせたりすることができた。

単元の内容によって、図や数直線などと組み

合わせることで有効に活用ができるといえ

る。考えを整理することで、個々が自分の考

えと比べたり自分の考えを見直したりするこ

とに効果的であったと考える。

b 考えをつなぎ深める指導者の役割

「考え方」に重点を置いている時間につい

ては、表2のように集団討議場面における目

指す到達点を明確にして授業を実施した。各

時間の学習指導案には、目指す到達点を引き

出せるようにするための指導者の発問や取り

上げたいつぶやき、考えを提示するタイミン

グを明記した。

授業展開例として、実証授業Ⅱ「時間と長さ」第2時について述べる(p.10の図15)。本時の

目標は、公園を出た時刻(9時50分)と図書館に着いた時刻(10時25分)から経過した時間を求め

る算数的活動を通して、二つの時刻の間の時間を求める方法を考え、個々の考えを広げること

である。

時 目的 目指す到達点

2 考え方を

広げるこ

とができ

る。

分類した方法をまとめ、ネーミングすることで、それぞれの考えのよさが分かるようにする。

・○分ずつ数える方法【数え作戦】【数え方式】等

・たし算で考える方法【たし算作戦】【たし算方式】等

・○時で区切って考える方法【区切り作戦】【区切り方式】等

3 考え方を

広げたり

よさを学

んだりす

ることが

できる。

複数の考えについて討議することで、考えのよさや違いが分かるようにする。

・数え作戦はいくつずつでもできる。5分ずつ数える方法より、30分ずつ数える方法の方が早く求

められるが、求めたい時刻にぴったりではない場合には戻さないといけない。

・1分ずつ数える方法は、半端な時刻から求める場合(例 9時48分から10時7分まで)有効な方法で

ある。

・正時を超える場合には、区切り作戦は分かりやすい。

・○分後を求めるかによって作戦は変えた方がよい。25分後なら5分ずつ、40分後なら10分ずつ考え

るとぴったり求められる。

図13 数直線を使って考えたノート

図14 考え方によって整理した発表ボード

30+5

10+10+10+5

たし算方式と

してまとめる 数え方式としてまとめる

5分ずつ

いろいろな数え方があることを示す

区切り方式

表2 実証授業Ⅱ 「時間と長さ」集団討議場面における目指す到達点

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指導者の発問と児童の反応(T:指導者 A~G:児童 他:他児童) 発表ボード・板書の内容

(自力解決の後の集団討議場面)

T:Aさんはどのように考えましたか。

A:5分ずつ数えて10時25分。

B:着くまでに時間は5分ずつとばしていけば分かります。

(時計の数字で)5、10、15…と35まで数えたとき10時25分でとま

ったからです。

T:AさんとBさんの考えに似ているところがあったね。

他:5分ずつとばしていく。【つぶやき】

T:なぜ5分ずつで考えたの?

C:10時25分に「5」という数字が入っていたからです。

D:時計の大きな数字は、5分ずつということだから。

T:この考え方に名前をつけられるかな。

他:5分とばし作戦 まわる5分作戦

T:みんなが分かる名前がいいかな。じゃあ、「5分とばし作戦」にし

ましょう。

T:では、この作戦はどうかな。

他:たし算してる。

あっ、同じ。

E:9時50分から10時まで10分。10時から10時25分まで25分。なので、

10+25=35で答えは35分です。

F:1時間=60分だから60分から50分引いて10分。25分と10分を足して

35分。

T:9時50分から10時までが10分。10時から10時25分までは25分です。

こっちの10分とこっちの25分を足すと35分になります。【色付き時

計を使って説明】

他:分けたわけだな。分かりやすい。【つぶやき】

T:どこが分かりやすかった?

G:9時50分から10時25分を求めるにはややこしいこともあるので、ま

ず10時にしてから10時25分と分けて、たし算で考えるから分かりや

すかったです。

T:10時で分けるから分かりやすい。この考え方は、どんな名前がつけ

られるかな?

他:たし算作戦 ばらばら作戦 ピッタリ作戦 いろいろ作戦

T:たし算作戦なら5ずつ足すのでもたし算作戦になるよ。分かりやす

い名前は・・・。

他:ぴったり分けているからピッタリ作戦。

本時では、児童の「5分ずつとばしていく」というつぶやきを取り上げ、なぜ5分ずつなの

かを問うことで、その考えの根拠を引き出すことができた。指導者が9ページの表2のように、

目指す到達点を持っておくことで児童が見つけた考え方に「5分とばし作戦」や「ピッタリ作

戦」とネーミングし、考えのよさを理解させることができた。

集団討議場面において、考えを適切な場面で提示したり、発言やつぶやきを取り上げたりす

つぶやきを取り上げる

方向付ける

なぜを問う

図15 児童のつぶやきを取り上げ方向付ける授業展開の一部(実証授業Ⅱ「時間と長さ」第2時)

考えをネーミングしたまとめ

提示された作戦を児童Eが説明

5分とばし作戦を児童Aが説明

指導者が児童E,Fの考えを 補足説明

方向付ける

考えを提示

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算数科教育に関する研究

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ることにより、複数の考えがつながっていく。集団討議を通し

て、児童個々が考えを見直したり、自分の考えを深めたりする

ことにつながっていくと考えられる。

c 説明する意欲を喚起させる場面設定の工夫

実証授業Ⅱ「時間と長さ」の第3時の、25分後の時刻の求め

方を考える場面では、指導者が30分進めて5分戻す考えを表し

た図のみを提示し、その考えを予想させる活動を行った(図

16)。児童は、「何回も分けるのではなく、2回でできる」「プ

ラスマイナス作戦だ」など積極的に考え、考えのよさに気付く

ことができていた。この考えと合わせて考え、「(何分進めて

戻すかは)問題によって変わる」といった気付きも生

まれた。

実証授業Ⅰ「たし算とひき算の筆算」の第3時の、

一の位と十の位に繰り上がりがある筆算の仕方を考

える場面では、前時の児童のつまずきを基にその考

え方を図で示し、原因と改善策を考えさせた(図17)。

児童は「繰り上がりがないから一つずつ位が増えて

いる」と気付き、「どの位でも10倍になれば次の位

へいくから十の位は4になる」と考えることができ

た。

実証授業Ⅰ「たし算とひき算の筆算」の第4時で

は、筆算の間違いについてまずノートに考えを書か

せた(図18)。それを用いて説明し合う姿が見られた。

図や式から考えを予想させることは、考えを共有

する上で有効であった。図と式を関連させて考える

ことにもつながったといえる。また、間違いやつま

ずきについて考える場面を設定することで問いや

目的が明確になり、児童の説明意欲が高まった。原

因や改善策を説明し合うことを通して、分かりやす

く説明しようとしたり自分の考えを見直したりす

ることにつながったといえる。

(3) 評価の工夫

ア 説明・表現する力を高める評価

実証授業Ⅰ「たし算とひき算の筆算」の終末の第

14時においては、これまでの学習で身に付けた知識

・技能を活用して説明できるように、12ページの表

3のような「評価をするときに基とするもの」を設

定して授業を実施した。グループの考えを発表する場面で、「代金は594円で600円より少ないの

で買えます。」という説明に対し、「理由を説明できていていいですね」とほめたり、「余ったの

が6円です」という説明には、「だからどうなのかな」とさらに説明を求めたりした。12ページ

の図19は本時のノートである。「評価をするときに基とするもの」に基づいた評価と支援により、

図17 つまずきから原因と改善策を考える場面

前時のつまずきを基に指導者が作成

図18 間違いを説明しているノート

指導者が作成した間違い問題

間違いを説明

図16 図から考えを予想する場面

30分とばして、5分減らしたのじゃないかな。

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算数科教育に関する研究

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◎ ・言葉、図、式を活用し、

根拠を基に分かりやすく

記述している。

<説明例①>

買う物は、98円ののり、198 円のノート、

298円のコンパスである。

2 2

98

198

+ 298

594

合計は 594円となるので 600円で買える。

<説明例②>

98 円ののり、198 円のノート、298 円の

コンパスはそれぞれ 100 円、200 円、300

円で買えるから

100+200+300=600

合計は高くても 600 円となるので買え

る。

〇 ・言葉、図、式のいずれか

を活用し、記述している。

△ ・上記〇に満たないもの

基本問題の解決に比べ、適用問

題において児童が根拠を基に

説明できていることが分かる。

授業後、指導者からは、「分

かりやすく説明するのに外せ

ないポイントを指導者が持っ

ておくことで、言葉の足りない

部分を補って指導することが

できた」「算数の用語を使える

ようになることを意識して指

導できたので、児童がこれまで

よりも算数の用語を使えるよ

うになった」との感想があった。

「評価をするときに基とする

もの」に基づき、到達状況に応

じて行う評価により指導者が

適切に修正したり評価したり

することができ、説明・表現す

る力を高めることにつながっ

たといえる。

イ 主体的な学びを喚起する評価

指導者が毎時間の振り返り

にコメントを書き入れた。よさ

や伸びを評価していくことで

自信を持たせ、関心を高めるこ

とができた(図20)。また、指導

者が授業の導入で、振り返りを数名ずつ指導者からのコメントとともに紹介した。前時の学習を

終えて児童が見つけた気付きや学びを共有することができ、個の学びを広げたり本時の学習課題

へつないだりすることができた。このような振り返りを活用した評価を単元を通して積み重ねて

いくことで、主体的な学びを喚起することができた。

表3 「評価をするときに基とするもの」の一部

図19 説明・表現する力の高まりが分かるノート

図を使って表現

基本問題での解決

「評価をするときに基とするもの」による評価

根拠を基に説明

適用問題での解決

図20 主体的な学びの高まりが分かる振り返り(実証授業Ⅰ「たし算とひき算の筆算」)

第2時 第 11時 第 14時

考えのよさを評価

力の伸びを評価

主体的な学びの高まり

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算数科教育に関する研究

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3 数学的な思考力・表現力に関する成果

(1) 思考力・表現力の広がりが見られるノート記述

図21は集団討議で学んだ他

者の考えで適用問題を解決し

たことが分かるノートであ

る。他者の考えのたし算方式

のよさを知り、適用問題での

解決に生かしている。さらに、

他者の表現のよさも取り入れ

ている。学び合いにより、児

童の考えが広がったといえ

る。また、児童の表現力に関

する成果を見取るために、実

証授業Ⅰにおいて同一児童の

ノート記述を比較した (図

22)。

単元初期に比べ、図や矢印を使って分かりやすく表現できるようになった。振り返りからも表現

方法に関して他者から学んでいることがうかがえた。

(2) 思考力・表現力の伸びが見られる評価問題の結果

実証授業Ⅰの評価問題では、約9割の児童が間違いを判断することができていたものの、間違い

について説明が不足していたり、正しい手順を説明したりしている児童の解答が見られた。そこで、

実証授業Ⅱでは、間違いについて説明する場面を重点的に設定したり、児童のつまずきを取り上げ

図21 学び合いから考えの広がりが見られるノート記述例

適用問題での解決

他者の表現のよさを使って解決

本時の学びが分かる記述

基本問題での解決

集団討議場面でネーミングした考え方

・1分方式 ・たし算方式

・区切り方式 ・確かめ方式

図22 表現力が広がったことがうかがえるノート記述の変容例

第2時のノート記述 第7時のノート記述 第9時のノート記述

説明の言葉を記述

算数用語で説明

算数用語で説明

矢印の活用

図を使って表現

他者との関わりが分かる記述

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算数科教育に関する研究

- 14 -

たりして集団討議する指導を行った。その結果、実証

授業Ⅱの評価問題1では、問題の意味をとらえ解答

することができた(図23)。言葉だけでなく、数直線を

活用しながら間違いについて説明することができた。

実証授業Ⅱの評価問題2では、約7割の児童が正

答を導くことができた。出発時刻、制限時間等の情報

から必要な条件を基に筋道を立てて考えることがで

きた。さらに、数直線や関係図などを活用し、表現の

幅にも広がりが見られた(図24)。

これらの結果から児童の思考力・表現力が伸びたと

いえる。付けたい力を基に評価問題を設定し、指導者

が意識して単元の指導を進めていくことができたと考える。

(3) 質問紙調査における児童の意識の変容

児童の意識がどのように変容したのか、質問紙

調査を分析した(図25)。学び合いによる考える場

を設定したことにより、複数の考えからそれらの

よさや違いなどを考えたり、より分かりやすく考

えを表現したりしようとする意識を高めること

に有効であったといえる。

さらに、「算数の授業で問題の解き方を友だち

と話し合ったり、教え合ったりすることは、自分

の役に立っていると思う」の項目では、肯定的な

回答は 76%から 93%へ増加し、「算数の授業の

終わりによかったことや次にがんばりたいこと

がいえる」の項目では、肯定的な回答は 58%から

75%へ増加した。学び合いによる学習の有用性を

児童が感じ、自らの学びを実感できたといえる。

その実感が意欲を生み出し、学びを積み重ねるこ

とで意欲がさらに高まっていく。この意欲の高ま

りにより、これまで以上に進んで課題に関わり、

解決をしようとすることが、思考力・表現力の向上へつながると考えられる。

図23 間違いについて説明できている解答の一例

数直線を活用

間違いを説明

図24 数直線や図、式を活用し、分かりやすく表現できている解答の一例

出発時刻、乗車時間等の情報から必要な情報を選択し記述

制限時間の条件に合うかを確認

関係図を使って表現

図25 数学的な思考力・表現力に関する質問紙調査

結果の比較(研究協力校)

算数の授業でいろいろな方法を見つけたとき、同

じところや違いがないか考えている。

事前

事後

算数の授業で問題の解き方や考え方を友だちに説

明するとき、数、式、図などを使っている。

(数字は%・回答総数 81)

当てはまる

当てはまらない どちらかと言えば当てはまらない

どちらかと言えば当てはまる

事前

事後

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算数科教育に関する研究

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(4) 指導者がとらえた児童の変容

実証授業Ⅱの学習後の、指導者の感想を以下に示す(図26)。

このような指導者の感想からも、児童の表現力が伸びてきたことや集団で考えを出し合い、討議

することのよさを感じている様子がうかがえる。

Ⅶ 研究のまとめと今後の課題

1 研究から明らかになったこと

(1) 単元で付けたい力と各時間の指導の重点を明確にすることにより、指導者がねらいを持って指導

を行うことができた。3年生段階で学び合いを充実させることにより、自分と他者の考えから、考

えを広げたり深めたりし、数学的な思考力・表現力を伸ばすことができた。

(2) 「評価をするときに基とするもの」を基に評価したり、児童の振り返りを評価したりすることで、

説明する力を高め、主体的な学びを喚起することができた。学び合いのよさを児童が実感すること

により、数学的な思考力・表現力の向上につながった。

2 今後の課題

(1) 他単元や他学年においても数学的な思考力・表現力を高めることができる指導法・評価の工夫に

ついて研究を進め、発達段階に応じた力を積み上げていく必要がある。

(2) 付けたい力を付けるための有効な学び合いについて、今後さらに研究を進めていく必要がある。

文 献

文部科学省国立教育政策研究所「平成25年度全国学力・学習状況調査【小学校】報告書」、平成25年(2013年)

大日本図書株式会社『小学三年生の心理』落合幸子、平成12年(2000年)

トータルアドバイザー

国立大学法人滋賀大学教育学部教授 高澤 茂樹

専 門 委 員

長浜市立伊香具小学校校長 伊藤 長彦

近江八幡市立島小学校校長 中谷喜久男

研 究 委 員

豊郷町立豊郷小学校教諭 松尾 甚吾

長浜市立虎姫小学校教諭 島内 佑祥

研 究 協 力 校

豊郷町立豊郷小学校

長浜市立虎姫小学校

・今までは自分の考えを聞いてほしいという思いが強かったが、他者の考えを大事にし、そのよさを認めること

ができるようになった。

・図や式など使える表現の幅が広がってきたことで、端的にまとめたり、相手に分かりやすく説明したりできる

ようになった。

・自分たちで話合いをしている姿が見られるようになった。みんなの考えを出していけば解決していけるという

雰囲気ができてきた。

図26 実証授業後の指導者の感想