地中熱利用 ヒートポンプ 空調 システム の...

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── 実 施 例 ── ─ 32 ─ ヒートポンプとその応用 2011.3.No.81 ■キーワード/ 地中熱利用ヒートポンプ空調システムの 導入事例 ㈱中電工 大阪本部 吉 武 大 樹 ■キーワード/地中熱・ヒートポンプ空調・Uチューブ・CO2削減 1.はじめに 常翔学園高等学校新館の新築工事にあたり,環境に配 慮したエコ設備を導入したいとの要望を受けた。 検討の結果,環境に優しい再生可能な自然エネルギー である地中熱を利用した「地中熱利用ヒートポンプ空調 システム」を導入することが決定したので,施工事例と して紹介する。(写真-1・2・3) 2.工事概要 2-1 建物概要 建物名称 常翔学園高等学校 所 在 地 大阪市旭区大宮 構  造 SRC造 階  数 12階建 敷地面積 51,759㎡ 延床面積 19,217㎡ 教室数等 普通教室42部屋,物理,化学,生物 家庭科実習室,情報演習室ほか 工  期 平成21年4月〜平成22年7月(1期) 2-2 設備概要 空水冷室外機(1階屋外) [56.0kW]×1台 室内機 天井カセット型(下足室) [4.5kW]×4台 天井埋込型(ギャラリー) [7.1kW]×4台 ビルトイン型(EVホール) [4.5kW]×2台 ヘッダ(往)(環) 150φ×1,200L×2台 原水ポンプ 50φ×190ℓ/min×17m×1台 加圧ポンプ 25φ×015ℓ/min×10m×1台 熱交換井 100m×6本 ダブルUチューブ 25A×4本×6ヶ所 熱電対 1本 制御盤 1面 表示モニター 40インチ×1台 3.地中熱利用ヒートポンプ空調シ ステム 3-1 地中熱利用ヒートポンプ空調システムとは 地中の温度は外気温に比べて年間を通じて安定してい る(15℃前後)。そこで,空気の代わりに地中へ熱を放熱 (冷房時),および地中から熱を採熱(暖房時)して空調 (冷暖房)を行うのが本システムである。(図-2・3) また,空気熱源ヒートポンプと比較して,冷房の場合 は熱源温度が低い方が有利であり,暖房の場合は熱源温 度が高い方が有利である。 写真-1 空水冷室外機設置状況 写真-3 地中熱利用空調モニター(画面2) 写真-2 地中熱利用空調モニター(画面1)

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  • ── 実 施 例 ──

    ─ 32 ─ヒートポンプとその応用 2011.3.No.81

    ■キーワード/

    地中熱利用ヒートポンプ空調システムの導入事例

    ㈱中電工 大阪本部 吉 武 大 樹■キーワード/地中熱・ヒートポンプ空調・Uチューブ・CO2削減

    1.はじめに常翔学園高等学校新館の新築工事にあたり,環境に配

    慮したエコ設備を導入したいとの要望を受けた。検討の結果,環境に優しい再生可能な自然エネルギー

    である地中熱を利用した「地中熱利用ヒートポンプ空調システム」を導入することが決定したので,施工事例として紹介する。(写真-1・2・3)

    2.工事概要2-1 建物概要建物名称 常翔学園高等学校所 在 地 大阪市旭区大宮構  造 SRC造階  数 12階建敷地面積 51,759㎡

    延床面積 19,217㎡教室数等 普通教室42部屋,物理,化学,生物

    家庭科実習室,情報演習室ほか工  期 平成21年4月〜平成22年7月(1期)2-2 設備概要空水冷室外機(1階屋外) [56.0kW]×1台室内機天井カセット型(下足室) [4.5kW]×4台天井埋込型(ギャラリー) [7.1kW]×4台ビルトイン型(EVホール) [4.5kW]×2台ヘッダ(往)(環) 150φ×1,200L×2台原水ポンプ 50φ×190ℓ/min×17m×1台加圧ポンプ 25φ×015ℓ/min×10m×1台熱交換井 100m×6本ダブルUチューブ 25A×4本×6ヶ所熱電対 1本制御盤 1面表示モニター 40インチ×1台

    3.地中熱利用ヒートポンプ空調システム

    3-1 地中熱利用ヒートポンプ空調システムとは地中の温度は外気温に比べて年間を通じて安定してい

    る(15℃前後)。そこで,空気の代わりに地中へ熱を放熱(冷房時),および地中から熱を採熱(暖房時)して空調(冷暖房)を行うのが本システムである。(図-2・3)また,空気熱源ヒートポンプと比較して,冷房の場合

    は熱源温度が低い方が有利であり,暖房の場合は熱源温度が高い方が有利である。

    写真-1 空水冷室外機設置状況

    写真-3 地中熱利用空調モニター(画面2)

    写真-2 地中熱利用空調モニター(画面1)

  • ─ 33 ─ヒートポンプとその応用 2011.3.No.81

    ── 実 施 例 ──

    3-2 地中熱利用ヒートポンプ空調システムの特徴① 外気に比べて温度の安定している地中熱を利用することで,ヒートポンプの効率が高くなる。

    ② 通常よりも熱交換器を小さくでき,ヒートポンプの負荷を低減することができるため,消費電力およびランニングコストの削減が可能である。

    ③ CO2排出量が低減でき,地球温暖化防止に貢献できる。

    ④ 室外機から温風(冷房時)が排出されないため,ヒートアイランドの抑制につながる。

    ⑤ 冬季の暖房運転時,空気熱源ヒートポンプは空気熱交換器のフロスト(着霜)により能力ダウンがあるが,

    地中熱源ヒートポンプはデフロスト(除霜)が不要である。

    ⑥ 空気熱源ヒートポンプと比較して,熱源空気を排出するファンの運転が不要なため,騒音が小さくて済む。

    4.地中熱の利用方式4-1 地中熱利用ヒートポンプの方式

    地中熱利用ヒートポンプの方式は図-4に示すとおり,大きく分けて地下水直接方式,直膨方式,間接方式の3方式がある。⑴ 地下水直接方式

    地下水直接方式は,熱交換するための水を,直接地

    制御盤

    空水冷式ビル用マルチ(8HP×2:16HP)

    HR HS

    HSHR

    HR HR HS HS

    流量計M

    R

    外部:トレンチ内配管

    外部 建物内部

    建物内部:基礎ピット配管

    PS内立ち上げ

    EVホール(2台)

    下足室(4台)

    ギャラリー(4台)

    R

    GL

    熱源水ヘッダ(還) 熱源水ヘッダ(往)

    膨張タンク

    熱源水ポンプGL

    P P

    加圧ポンプ補給水

    25PE,25PE

    100m

    熱交換井 L=100m×6本

    熱交換井(高密度ポリエチレンパイプ)U字型ダブルチューブ25A:φ34×3.5t×4本

    (25PE*3),(25PE*3),(25PE*3),(25PE*3)

    図-1 系統図

    ポンプ

    ブライン回路

    冷媒回路

    熱交換器(凝縮器)

    圧縮機 四方弁

    ヒートポンプ(室内機)

    熱交換器(蒸発器)

    地中熱交換器 ヒートポンプ(室外機)

    放熱

    ブライン15℃~40℃

    地中

    冷却

    膨張弁

     図-2 冷房時のしくみ

    ポンプ

    ブライン回路

    冷媒回路

    熱交換器(蒸発器)

    圧縮機 四方弁

    ヒートポンプ(室内機)

    熱交換器(凝縮器)

    地中熱交換器 ヒートポンプ(室外機)

    吸熱

    ブラインー5℃~15℃

    地中

    加熱

    膨張弁

     図-3 暖房時のしくみ

  • ── 実 施 例 ──

    ─ 34 ─ヒートポンプとその応用 2011.3.No.81

    下から汲み上げて熱交換器に取り入れ,熱交換された水を直接地下に戻すシステムである。この方式は効率的であるが,地下水の水質を考慮しなければならない。また,各都道府県の地下水環境条例により地下水が使用可能かどうかの確認が必要である。

    ⑵ 直膨方式直膨方式は,冷媒ガスを直接地中に取り入れて熱交

    換する方式である。この方式は,技術的難度が高いのと同時に,冷媒ガスが地中に漏れた場合,地下の環境汚染がともなう危険性がある。

    ⑶ 間接方式間接方式は,熱交換するためのブラインを地中埋設

    パイプの中を通して間接的に熱交換するシステムである。この方式は施工が比較的簡単で,将来万が一ブラインが漏えいしても,地下の環境汚染にはつながらない。以上のことから総合的に判断して,本件では地中熱源

    ヒートポンプの間接方式のシステムを採用した。4-2 地中熱交換器の種類

    地中熱交換器の種類は図-5に示すとおり,大きく分けてボアホール方式と杭方式の2種類がある。また,ボアホール方式には,シングルUチューブ,ダブルUチューブ,二重管の3種類があり,杭方式にも,杭二重管,杭+Uチューブ,現場施工杭(場所打ち杭)がある。⑴ シングルUチューブ

    シングルUチューブは配管の材質がポリエチレンで配管材の重量が小さく耐久性,耐衝撃性,耐薬品性などに優れた特性を持ち,施工が比較的簡単にできる。

    Uチューブには1mピッチで長さが印字されているので,挿入した長さの確認ができるようになっており,熱交換井の中への挿入管理がしやすい形状となっている。また,長尺の巻き物のため途中に継手がなく,ブライン漏えいの危険が低い。

    さらに密閉回路で使用するため,Uチューブ内部にスケールが付着する可能性が小さい。

    ⑵ ダブルUチューブダブルUチューブはシングルUチューブと同様に配

    管の材質はポリエチレン製で,施工方法も簡単であるが,シングルUチューブと比較して4本(往2本,環2本)で熱交換を行うため,シングルUチューブに比べて熱交換水量が多く,熱交換率は20%〜30%向上する。

    ⑶ 二重管二重管は掘削井の中に径の大きい配管(鋼管)を挿入

    し,その配管の中に径の小さい配管(鋼管)を挿入し熱交換をする方式である。この方式は配管の材質が鋼管のため,Uチューブと

    比較して熱交換率に優れているが,配管材の重量が大きくなり挿入する際の揚重機器などの規模が大きくなり,揚重機器を据え付ける作業スペースの確保と揚重コストが高くなる問題がある。また,配管は4mの定尺のため継手接続が必要であ

    り,継手部からブラインが漏えいする可能性がある。

    地中

    P-79

    負荷

    熱交換器

    地中

    圧縮機

    冷媒

    P-79

    負荷負荷

    熱交換器

    熱交換器

    地中

    P-68

    負荷

    熱交換器

    熱交換器

    地中

    圧縮機

    冷媒

    P-68

    ポンプ

    負荷

    熱交換器

    熱交換器

    地中

    地下水

    負荷

    地中

    地下水

    圧縮機

    冷媒

    ポンプ

    負荷負荷

    熱交換器

    熱交換器

    ブライン

    地下水直接方式 直膨方式 間接方式

    膨張弁 膨張弁 膨張弁

    図-4 地中熱利用ヒートポンプの方式

    名称

    方式

    断面図

    立面図

    材質

    流体封入

    シングルUチューブ

    ダブルUチューブ

    杭+Uチューブ

    現場施工杭(場所打ち杭)二重管 杭二重管

    ボアホール方式 杭方式

    ポリエチレン,銅,ステンレス

    水,不凍液,冷媒管外:土,グラウト材

    水,不凍液なし

    水,不凍液,冷媒グラウト材,水 コンクリート

    外管:スチール,コンクリート内管:ポリエチレン,塩ビ,スチール

    杭:スチール,コンクリート内管:ポリエチレン,スチール

    杭:スチール,コンクリート内管:ポリエチレン,銅,スチール,ステンレス

    杭:鉄筋コンクリートUチューブ:ポリエチレン

    採用方式図-5 地中熱交換器の種類

  • ─ 35 ─ヒートポンプとその応用 2011.3.No.81

    ── 実 施 例 ──

    以上のことから総合的に判断して,今回はボアホールのダブルUチューブの方式を採択した。(写真-4・5)杭方式については,建物基礎杭を利用するため建築計

    画初期から計画に盛り込んでおく必要がある。よって,今回の地中熱交換器の選定からは除外した。

    5.工事における課題と対応策5-1 短期間工事にともなう工程管理

    地中熱利用ヒートポンプ空調システムは,地中熱を利用するための熱交換を設置する井戸を掘削する必要があり,掘削工事のコストは高く,掘削作業日数がかかる。

    今回工事を受注した時期が全体工程の後半であり,さく井工事は新築現場の足場解体後から工事を着手して外構工事の前に施工を完了しなければならないという短期間であるため,工程管理の検討が重要課題となった。

    今回の空調機の能力によると,熱交換井は掘削深さ50mの井戸を12本設置しなければならない。

    さく井にはボーリングマシンを使用するが,通常穿孔機で,通常の地質で,井戸1本につき3日〜4日かかる。今回は短期間工事ということで,ボーリングマシンのさ

    く井能力に注目し,通常穿孔機よりも急速に穿孔できる急速穿孔機を選択することで掘削工程の短縮を立案した。

    熱交換井をさく井するボーリングマシンを急速穿孔機

    に変更したことで,機械の1日のリース代がコストUPになったが,さく井期間を2分の1に短縮することができ,結果的に掘削機械のリース代は当初の予定コストの範囲内で収まるとともに,工期の短縮をはかることができた。ただしここで重要なことは,急速穿孔機は通常穿孔機

    よりも大型となるため,急速穿孔機を搬出入する運搬車両が特殊車両(20tトレーラー)になることであった。(写真-6)

    よって現場の敷地に隣接する道路が特殊車両の通行が可能であることと,急速穿孔機の台数に制約があることのデメリットはあるが,早期手配(計画的な手配)により工期の短縮をはかることが可能となる。また,特殊車両の通行許可の申請が約1カ月かかるた

    め,県や市,警察,消防と打ち合わせを行い,許可申請の手続きを迅速にする必要がある。5-2 熱交換井設置本数の検討今回導入した地中熱利用ヒートポンプ空調システムの

    熱交換井は,隣接する既設建物と新築建物の間の敷地に設置しなければならなかった。(写真-7)井戸と井戸の離隔距離は,熱交換の支障が出るため5m

    以上離さなければならない。この条件を踏まえると,熱交換井を設置するためには

    敷地の面積が最低300㎡必要となるが,当現場の敷地の広さは約200㎡しかないため,12本の井戸をさく井することは不可能であった。そこで当初設計の熱交換井は掘削深さ50mを12本設置

    する計画であったが,さく井する敷地が狭いため,変更案として掘削深さを50mから100mの2倍にし,熱交換井の本数を12本から6本に半減して敷地内に収まるように検討した。変更案の熱交換容量を計算したところ,空調機の熱交

    換効率は当初の計画と変わらず設計どおりの能力が得られたため,変更案を採用した。(図-6)

    写真-4 ダブルUチューブ

    写真-5 ダブルUチューブ挿入状況

    写真-6 急速穿孔機搬入状況

  • ── 実 施 例 ──

    ─ 36 ─ヒートポンプとその応用 2011.3.No.81

    6.イニシャルコスト・ランニングコスト

    地中熱利用ヒートポンプ空調と一般的な空気熱源ヒートポンプ空調とのイニシャルコストおよびランニングコストの比較を表-1に示す。

    地中熱利用ヒートポンプ空調は,一般的な空気熱源ヒートポンプ空調に比べ,イニシャルコストが高い(約2.7倍)が,ランニングコストは熱交換1次側の温度条件が良くなることから効率が向上し約25%低減できる。また,CO2排出量も約30%削減できる。イニシャルコストが高くなる要因は主に熱交換井の掘

    削コストであり,空調機本体や熱交換器など機器・材料は一般的な空調システムと比較してもコストに占める割合は大きくない。

    7.おわりに本工事は短期間工事および狭い敷地での施工方法など

    の諸問題があったが,無事完成を迎えることができた。これも,施主,設計事務所,建築業者の皆さまをはじ

    め,工事に携わられた方々の多大なる支援によるものと,深く感謝いたします。本件では学校(高校)施設の空調(冷暖房)に地中熱利用

    のシステムを取り入れたが,空調以外にも給湯(温泉,プール)や床暖房へ取り入れることが可能である。ただし,イニシャルコスト差の回収に,掘削コストの

    低減や熱交換効率の向上といった課題も残っている。このような課題は残るものの,地中熱などの自然エネ

    ルギーを利用したシステムを採用することは,地球環境の保全に対して大きく貢献するものであると考えられ,今後の施工に実績を生かすと同時に,顧客の要望事項に応えられるよう,技術力の向上をはかりたい。

    写真-7 さく井状況

    表-1 イニシャル・ランニングコスト比較

    地中熱利用ヒートポンプ空調

    空気熱源ヒートポンプ空調

    イニシャルコスト比率

    100(基準)

    270

    100(基準)

    75

    100(基準)

    70

    ランニングコスト比率

    CO2排出量比率

    (本施設における試算値)

    10号館

    熱交換井

    凡例

    空調機

    第2情報演習室

    消防隊活動スペース

    DSDS(給)(給)DS(給)

    EVホール

    高校新館(仮称)(高層棟)

    5m

    55mm

    55mm

    5m

    5m

    ギャラリー

    図-6 熱交換井配置図