Nail-Patella症候群の爪病変 ―爪の病理組織学的検...

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日皮会誌:93 (11), 1233-1235, 1983 (昭58) Nail-Patella症候群の爪病変 ―爪の病理組織学的検索一 玉田 水野 康彦 栄二*** 高間 池谷 Nail-Patella症候群2例の指爪の生検を行ったとこ ろ,HE標本で正常爪表皮には認められない穎粒層が 爪母,爪床の全長にわたり存在していた.穎粒層は 15~16週齢の胎生期の爪母原基に観察される.又猿を 用いた実験で爪母を切除し,爪床のみで形成された爪 甲にも認められる.これらのことから本疾患の爪の形 成異常は胎生期に爪の原基は形成されるが,それから 爪母の細胞への成熟過程で何らかの障害が生じ,完全 な爪母の形成がなされていないのではないかと考え る. はじめに Nail・Patella症候群は爪の栄養障害,膝及び肘関節 の形成異常, iliac hornを4徴候とする遺伝性の疾患 で近年蛋白尿を主とする腎変化の合併1),ABO血液型 の遺伝子と本症との関連2)が明らかにされてきた.欧 米では1897年以後,本邦では木曽(1942年)3)の症例以 来多くの報告がなされている.骨,関節の異常,腎の 変化に関しては整形外科領域を中心にX線所見の解析 及び病理組織学的検索4)がなされているが,爪の形成 異常に対する詳細な組織学的報告は未だみあたらな い.我々は本症の2家系4例を経験し,そのうち2症 例で栂指爪の生検を行い特異な組織学的所見を観察し たので若干の文献的考察を交えて報告する. 玉田皮膚科医院(玉田康彦院長) *加茂病院皮膚科(主任 高間弘道部長) ¨半田市立病院皮膚科(主任 滋野広医長) ***愛知医科大学皮膚科学教室(主任 佐々田健四郎 教授) Yasuhiko Tamada, Hiromichi Takama, Hiroshi Shigeno, Eiji Mizuno and Toshihiko Ikeya : Nail lesions of Nail・Patella syndrome. ―Histopath- ological investigation of the nail.一 昭和58年7月2日受理 別刷請求先:(〒464)名古屋市千種区新池町2-8 スポア東山304 玉田 康彦 弘道* 滋野 敏彦*** 広** 症例1は24歳女子で爪の形成異常とX線検査にて膝 蓋骨の低形成があり,父に同症が認められた.血液学 的検査及び一般尿検査における異常は認められなかっ た.症例2は31歳女子で爪の形成異常とX線検査にて 膝蓋骨の低形成,骨盤にiliac homがあり,妹に同症 が認められた.血液学的検査及び一般尿検査における 異常は認められなかった. 爪病変 症例1,2共手指の爪はほぼ左右対称性に種々の程 度の形成異常がみられる.図1-aの如く爪半月が三角 形を呈しているもの,図1,bの様に爪半月が三角形を 呈し,その頂点から遠位端にむかってもり上がりが認 められるものがあり,その先端部で爪甲が契状に崩れ ている.最も顕著な変化は栂指爪にみられる.症例1 の左手栂指爪は図1 ・c,症例2の右手栂指爪は図2 -Aの如く後爪郭,両側縁及び遊離縁で囲まれた爪野 を形成しているか,それらを模写した図3のl-C及び 2・A'の様に僥骨,尺骨側の斜線部分は比較的硬くて厚 い爪甲で被われているものの中央の黒点部分はやおら かくて薄い爪甲である.又l-Cでは後爪郭が遊離縁に むかって突出している.この様に本症の爪の形成異常 にはDuncan5)も報告しているように段階的な変化が 観察される.尚2症例共足趾の爪に異常は認められな い. 病理組織学的所見 症例1で図1・cのマジックインキで指示した爪甲の 中央部,症例2では図2・Aの矢印の部分を指背側皮膚 を含めて後爪郭から遠位端にむかって縦に切除した. HE染色で爪甲は(図1・d,図2-B)淡紅色に染まり, 穎粒層の直上に帯状の澄明な部分とその上に多層の層 板を形成して遠位端にむかっている.爪表皮は2例共 爪母の部分で真皮側に深い切れ込みをつくる.そして 後爪郭,爪母及び爪床の全長にわたりケラトヒアリソ 穎粒を有する穎粒層が存在し,有諒層は爪母の部分で 10~15層と肥厚し,爪床にむかって薄くなっている.

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日皮会誌:93 (11), 1233-1235, 1983 (昭58)

Nail-Patella症候群の爪病変

  ―爪の病理組織学的検索一

玉田

水野

康彦

栄二***

高間

池谷

          要  旨

 Nail-Patella症候群2例の指爪の生検を行ったとこ

ろ,HE標本で正常爪表皮には認められない穎粒層が

爪母,爪床の全長にわたり存在していた.穎粒層は

15~16週齢の胎生期の爪母原基に観察される.又猿を

用いた実験で爪母を切除し,爪床のみで形成された爪

甲にも認められる.これらのことから本疾患の爪の形

成異常は胎生期に爪の原基は形成されるが,それから

爪母の細胞への成熟過程で何らかの障害が生じ,完全

な爪母の形成がなされていないのではないかと考え

る.

          はじめに

 Nail・Patella症候群は爪の栄養障害,膝及び肘関節

の形成異常, iliac hornを4徴候とする遺伝性の疾患

で近年蛋白尿を主とする腎変化の合併1),ABO血液型

の遺伝子と本症との関連2)が明らかにされてきた.欧

米では1897年以後,本邦では木曽(1942年)3)の症例以

来多くの報告がなされている.骨,関節の異常,腎の

変化に関しては整形外科領域を中心にX線所見の解析

及び病理組織学的検索4)がなされているが,爪の形成

異常に対する詳細な組織学的報告は未だみあたらな

い.我々は本症の2家系4例を経験し,そのうち2症

例で栂指爪の生検を行い特異な組織学的所見を観察し

たので若干の文献的考察を交えて報告する.

  玉田皮膚科医院(玉田康彦院長)

 *加茂病院皮膚科(主任 高間弘道部長)

 ¨半田市立病院皮膚科(主任 滋野広医長)

***愛知医科大学皮膚科学教室(主任 佐々田健四郎

 教授)

Yasuhiko Tamada, Hiromichi Takama, Hiroshi

 Shigeno, Eiji Mizuno and Toshihiko Ikeya : Nail

 lesions of Nail・Patella syndrome. ―Histopath-

 ological investigation of the nail.一

昭和58年7月2日受理

別刷請求先:(〒464)名古屋市千種区新池町2-8 エ

 スポア東山304 玉田 康彦

弘道* 滋野

敏彦***

広**

          症  例

 症例1は24歳女子で爪の形成異常とX線検査にて膝

蓋骨の低形成があり,父に同症が認められた.血液学

的検査及び一般尿検査における異常は認められなかっ

た.症例2は31歳女子で爪の形成異常とX線検査にて

膝蓋骨の低形成,骨盤にiliac homがあり,妹に同症

が認められた.血液学的検査及び一般尿検査における

異常は認められなかった.

 爪病変

 症例1,2共手指の爪はほぼ左右対称性に種々の程

度の形成異常がみられる.図1-aの如く爪半月が三角

形を呈しているもの,図1,bの様に爪半月が三角形を

呈し,その頂点から遠位端にむかってもり上がりが認

められるものがあり,その先端部で爪甲が契状に崩れ

ている.最も顕著な変化は栂指爪にみられる.症例1

の左手栂指爪は図1 ・c,症例2の右手栂指爪は図2

-Aの如く後爪郭,両側縁及び遊離縁で囲まれた爪野

を形成しているか,それらを模写した図3のl-C及び

2・A'の様に僥骨,尺骨側の斜線部分は比較的硬くて厚

い爪甲で被われているものの中央の黒点部分はやおら

かくて薄い爪甲である.又l-Cでは後爪郭が遊離縁に

むかって突出している.この様に本症の爪の形成異常

にはDuncan5)も報告しているように段階的な変化が

観察される.尚2症例共足趾の爪に異常は認められな

い.

 病理組織学的所見

 症例1で図1・cのマジックインキで指示した爪甲の

中央部,症例2では図2・Aの矢印の部分を指背側皮膚

を含めて後爪郭から遠位端にむかって縦に切除した.

HE染色で爪甲は(図1・d,図2-B)淡紅色に染まり,

穎粒層の直上に帯状の澄明な部分とその上に多層の層

板を形成して遠位端にむかっている.爪表皮は2例共

爪母の部分で真皮側に深い切れ込みをつくる.そして

後爪郭,爪母及び爪床の全長にわたりケラトヒアリソ

穎粒を有する穎粒層が存在し,有諒層は爪母の部分で

10~15層と肥厚し,爪床にむかって薄くなっている.

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1234 玉田 康彦ほか

             図1-a 三角形の爪半月

 b爪甲は中央部で縦の高まりがある.

 c症例1の左手栂指の爪病変でマジックインキで囲った部分を牛.検

 d症例1の爪病変の組織像(矢状断面)後爪部 爪母及び爪床全長にわたり頼粒

層が存在する. PNF:後爪郭,NMX:爪母(×100)

    図2-A 症例2の右手栂指の爪病変で矢印の部分より縦に生検

 B 症例2の爪病変の組織像(矢状断面)症例1と同様爪表皮全長にわたり穎粒層

が認められる.矢印は爪先方向を示す.(×200)

り≒・・4→

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1-C'

Nail・Patella症候群の爪病変

2-A

図3 l-Cは1-C, 2-A'は2-Aの図解で斜線部分は硬い

 爪甲,黒点の部分はやおらかくて薄い爪甲で被われ

 ている.1・(yで後爪郭の突出がみられる.

基底細胞は爪母の付近で円柱状を呈し,核は濃染する

が爪床に移行するにつれ立方形となる.真皮には特異

な変化を認めない.

          考  察

 本症の2例は爪,膝蓋骨及び腸骨の特徴的病変を有

し家族内発症をみることからNail-Patella症候群の

定型例と考える.2症例の爪の組織像における特徴的

所見は爪母,爪床の全長にわたり穎粒層が存在し,通

常の表皮と同様の完全角化を行っていることである.

正常な爪の組織像では爪母,爪床では穎粒層が消失し,

穎粒層を経過することなく角化は進行している6).爪

母の表皮に穎粒層が出現するのは胎生15~16週齢の爪

                         文

1) Hawkins, F.C. & Smith, E.O.: Renal dysplasia

 in a family with multiple hereditary abnor・

 malities including iliac horns. Lancet, 29:

 803-808, 1950.

2) Renwick, J.H. & Lawler, S.D.: Genetic lin-

 kage between the ABO and Nail・Patella loci,

 Ann.召uman Genet, 19 : 312-322, 1954.

3)木曽勝人:家族的に発現せる先天性膝蓋骨欠損

 症,日整会誌,17 : 1280-1288, 1942.

4) Darlington, D. & Hawkins, F.C.: Nail・Patella

 syndrome with iliac horns and hereditary ne・

 phropathy. Necropsy report and anatomical

 dissection, /. BoneJoint Sure。嶋B: 164-174,

 1967.

5) Duncan, G.J.: Hereditary onycho-osteodys-

 plasia. The Nail・Patella syndrome, I. Bo麗

 Joint Suな., 45B : 242-258, 1963.

1235

母原基が形成される時期であり,その穎粒層も爪母原

基の細胞が分化すると共に約20週齢で消失し,不全角

化状態で爪甲を形成するようになる7)~9)また橋本lo)

は猿を用いて爪甲周囲組織各部の爪甲形成に対する役

割を観察しているが,爪母を切除し爪床のみを残した

場合組織学的に基底層,有雑層,穎粒層,角層と配列

し表面にエオジソ好性の厚い角質層が形成される.こ

の角質層は本来の爪甲とは組織学的に異なるが,爪甲

の存在する場所に生産されているという立場から爪甲

とよんでいる.これらのことから本疾患の爪の形成障

害は胎生期に爪の原基は形成されるが,それから爪母

の細胞に分化成熟する過程で何らかの障害が生じ,完

全な爪母の形成がなされていないのではないかと推察

される.一方膝蓋骨は胎生7~8週齢で出現し,軟骨

ではあるが週齢の増加と共に成長し生後その骨化が始

まる叫従って爪母原基の発生時期とは若干のずれが

あるが,膝蓋骨の低形成も胎生期の分化成熟過程にお

いて,爪母と同じ時期になんらかの障害が存在したと

考えたい.

 尚本論文の要旨は第32回日本皮膚科学会中部支部学術大

会(昭和56年10月),日本皮膚科学会第138回東海地方会(昭

和56年12月)において発表した.稿を終えるにあたり,御校

閲載いた名古屋大学皮膚科学教室の大橋勝教授ならびに愛

知医科大学皮膚科学教室の佐々田健四郎教授に感謝致しま

す.

 6)橋本 謙:爪.現代皮膚科学大系3 A, 中山書店,

   1982, 187-196.

 7) Lewis, L.B.: Microscopic studies of fetal and

   mature nail and surrounding soft tissue, Arch.

   Derm.. 20 : 732-747, 1954.

 8) Zaias, N.: Embryology of the human nail,

   Arcft. Derm..87: 37-53, 1963.

 9) Hashimott), K., Gross, G.B., Nelson, R. & Lever,

   W.F.: The ultrastructure of the skin of human

   embryos. III. The formation of the nail in 16-18

   weeks old embryos, /.Invest,Derm。47 :

   205-217, 1966.

 10)橋本廉平:爪甲および爪甲周囲組織のHis-

   togenesisに関する実験的研究,新潟医学会雑誌,

   85 : 284-302, 1971.

 11) Walmsley, R.: The development of the patel-

   la,/. juZ・,74 : 360-368, 1940.