無線LAN国際規格IEEE802.11 標準化作業手順とその最新動向

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無線 LAN 国際規格 IEEE802.11 の標準化 ——標準化作業手順とその最新動向—— IEEE 802.11 WLAN: Standardization Process and Future Trends ラナンテレオナルド Jr. Leonardo LANANTE Jr 長尾勇平 Yuhei NAGAO 尾知 Hiroshi OCHI アブストラクト 本稿では,IEEE 主導の 802.11 委員会によって策定されている無線 LAN 国際規格 IEEE802.11 の標準化作業 の手順や最近の規格動向について概説する.同規格では,最新の 11ac 改訂でダウンリンクマルチユーザ技術が導入され, もうすぐ標準化作業が完了する 11ax 改訂で OFDMA 技術によるアップリンクマルチユーザ高効率通信が可能となる.筆 者らは,それらの規格改訂において計 3 件(11ac 改訂で 2 件,11ax 改訂で 1 件)の技術提案が採択された経験を有してい る.また,次世代測位規格 11az や次世代超高速通信規格 11be などの最新の標準化動向についても紹介する. キーワード IEEE802.11 無線 LAN 規格,IEEE802.11axns-3 ネットワークシミュレータ Abstract In this tutorial manuscript, we present the latest developments regarding one of the most successful wireless sys- tem standards, IEEE802.11 Wireless LAN. We focus our attention on the current 11ac amendments which brought us very high throughput transmission, and the soon-to-be finalized 11ax amendments, which will bring efficiency enhance- ments using orthogonal frequency division multiple access (OFDMA). The authors have had actively contributed and have proposals accepted (two for 11ac and one for 11ax). We then explore other trends in wireless LAN standardization such as the extremely high throughput amendment (11be) and wireless positioning amendment (11az). Key words Wireless LAN standard, IEEE802.11ax, ns-3 simulation 1. はじめに IEEE802.11 規格は,無線ローカルエリアネットワーク(LAN及びメトロポリタンエリアネットワーク(MAN)の 802 規格 ファミリの一部であり 1,図 1 に見られるように,オープンシ ステムインタコネクション(OSI)の物理層及びメディアアクセ ス(MAC)層に関係する.802.11 は,長年にわたり最も成功し ている無線通信規格の一つであり,家庭だけでなくスタジアム, 空港,更には都市全体などの様々な公共環境に展開され,イン ターネット接続に対する需要の増大に応えている. IEEE802.11 Working Group WG)は,802.11 規格を作成 し,その維持に責任を負っている.規格の内容を追加または変 更したい人は誰でも,2 か月ごとに開催される 802.11 Working Group 会議に参加して規格の改訂プロセス(amendment pro- cess)を開始できる.必要とされる技術に応じて,改訂結果は, 少数のプロトコルの簡単な改訂程度で済む場合もあれば,規格全 ラナンテレオナルド Jr. 正員 九州工業大学大学院情報工学研究院 E-mail [email protected] 長尾勇平 九州工業大学大学院情報工学研究院 E-mail [email protected] 尾知 正員:シニア会員 九州工業大学大学院情報工学研究院 E-mail [email protected] Leonardo LANANTE Jr, Member, Yuhei NAGAO, Nonmember, and Hiroshi OCHI, Senior Member (Graduate School of Computer Sci- ence and Systems Engineering, Kyushu Institute of Technology, Iizuka-shi, 820–8502 Japan). 電子情報通信学会 基礎・境界ソサイエティ Fundamentals Review Vol.13 No.2 pp.124–132 2019 10 c 電子情報通信学会 2019 1 IEEE802.11 規格と OSI レイヤの対応 2体へ広範囲に影響を与える大きな改訂となる場合もある.前者の 例は,安全性が破られた WEP Wireless Equivalent Privacyを含むセキュリティプロトコル 802.11i の改訂であり,後者の例 は,直交周波数分割多元接続(OFDMA)と拡張空間再利用技 術を標準規格に追加した 802.11ax の改訂である. この原稿の執筆時において,通称 EHT (Extreme High Throughput) と呼ばれる新しい改訂(11be 改訂)が,Study Group から Task Group に昇格した.この 11be 改訂は,帯 域幅の拡大,空間多重化の高度化,及び高度な変調方式の組合 せを使用して,30 Gbit/s 超のピークデータレートを提供する ことを目標としている 35 年前に 11ax 改訂の Task Group 124 IEICE Fundamentals Review Vol.13 No.2

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無線LAN国際規格 IEEE802.11の標準化——標準化作業手順とその最新動向——IEEE 802.11 WLAN: Standardization Process and Future Trends

ラナンテレオナルド Jr. Leonardo LANANTE Jr 長尾勇平 Yuhei NAGAO

尾知 博 Hiroshi OCHI

アブストラクト 本稿では,IEEE主導の 802.11委員会によって策定されている無線 LAN国際規格 IEEE802.11の標準化作業

の手順や最近の規格動向について概説する.同規格では,最新の 11ac 改訂でダウンリンクマルチユーザ技術が導入され,

もうすぐ標準化作業が完了する 11ax 改訂で OFDMA 技術によるアップリンクマルチユーザ高効率通信が可能となる.筆

者らは,それらの規格改訂において計 3件(11ac改訂で 2件,11ax改訂で 1件)の技術提案が採択された経験を有してい

る.また,次世代測位規格 11azや次世代超高速通信規格 11beなどの最新の標準化動向についても紹介する.

キーワード IEEE802.11無線 LAN規格,IEEE802.11ax,ns-3ネットワークシミュレータ

Abstract In this tutorial manuscript, we present the latest developments regarding one of the most successful wireless sys-

tem standards, IEEE802.11 Wireless LAN. We focus our attention on the current 11ac amendments which brought us

very high throughput transmission, and the soon-to-be finalized 11ax amendments, which will bring efficiency enhance-

ments using orthogonal frequency division multiple access (OFDMA). The authors have had actively contributed and

have proposals accepted (two for 11ac and one for 11ax). We then explore other trends in wireless LAN standardization

such as the extremely high throughput amendment (11be) and wireless positioning amendment (11az).

Key words Wireless LAN standard, IEEE802.11ax, ns-3 simulation

1. は じ め に

IEEE802.11規格は,無線ローカルエリアネットワーク(LAN)

及びメトロポリタンエリアネットワーク(MAN)の 802 規格

ファミリの一部であり(1),図 1 に見られるように,オープンシ

ステムインタコネクション(OSI)の物理層及びメディアアクセ

ス(MAC)層に関係する.802.11は,長年にわたり最も成功し

ている無線通信規格の一つであり,家庭だけでなくスタジアム,

空港,更には都市全体などの様々な公共環境に展開され,イン

ターネット接続に対する需要の増大に応えている.

IEEE802.11 Working Group(WG)は,802.11規格を作成

し,その維持に責任を負っている.規格の内容を追加または変

更したい人は誰でも,2か月ごとに開催される 802.11 Working

Group会議に参加して規格の改訂プロセス(amendment pro-

cess)を開始できる.必要とされる技術に応じて,改訂結果は,

少数のプロトコルの簡単な改訂程度で済む場合もあれば,規格全

ラナンテレオナルド Jr. 正員 九州工業大学大学院情報工学研究院E-mail [email protected]

長尾勇平 九州工業大学大学院情報工学研究院E-mail [email protected]

尾知 博 正員:シニア会員 九州工業大学大学院情報工学研究院E-mail [email protected]

Leonardo LANANTE Jr, Member, Yuhei NAGAO, Nonmember, andHiroshi OCHI, Senior Member (Graduate School of Computer Sci-ence and Systems Engineering, Kyushu Institute of Technology,Iizuka-shi, 820–8502 Japan).

電子情報通信学会 基礎・境界ソサイエティFundamentals Review Vol.13 No.2 pp.124–132 2019 年 10 月c©電子情報通信学会 2019

図 1 IEEE802.11 規格と OSI レイヤの対応(2)

体へ広範囲に影響を与える大きな改訂となる場合もある.前者の

例は,安全性が破られたWEP(Wireless Equivalent Privacy)

を含むセキュリティプロトコル 802.11iの改訂であり,後者の例

は,直交周波数分割多元接続(OFDMA)と拡張空間再利用技

術を標準規格に追加した 802.11axの改訂である.

この原稿の執筆時において,通称 EHT (Extreme High

Throughput) と呼ばれる新しい改訂(11be 改訂)が,Study

Group から Task Group に昇格した.この 11be 改訂は,帯

域幅の拡大,空間多重化の高度化,及び高度な変調方式の組合

せを使用して,30 Gbit/s 超のピークデータレートを提供する

ことを目標としている(3).5 年前に 11ax 改訂の Task Group

124 IEICE Fundamentals Review Vol.13 No.2

Page 2: 無線LAN国際規格IEEE802.11 標準化作業手順とその最新動向

図 2 様々な IEEE 802.11 規格(7)

(TGax) が立ち上がったことを振り返れば,更に高度な目標を

掲げる 11be改訂は,現在技術提案フェーズにあることから,先

進的な研究成果を標準化の場で活用させる良いタイミングであ

り,本稿はタイムリーな内容となっている.

本稿の目標は,以下の 3点である.

( 1) まず,802.11 Working Group 標準化プロセスと,グ

ループ会議における慣行についての基本的な紹介をする.

筆者らは標準化会議への参加を継続した自身の経験を活

用し,技術提案が何件か採択されている(4)~(6).

( 2) 次に,データレートと MAC 効率の向上のための規格

で採用されている主要な技術を紹介する.特に,11ac改

訂及び 11ax改訂で導入されたマルチユーザ伝送及び拡張

された SR (Spatial Reuse)メカニズムに焦点を当てる.

( 3) 三つ目は,802.11規格の現在及び将来の動向を幾つか

紹介する.11ax 改訂が最終段階に入り,また 11az 改訂

が次世代位置推定機能を標準に追加した状況において,そ

れらの動向に特に注意を払う.

本稿は,次のように構成される.2.では,802.11規格が 11n

改訂,11ac 改訂,11ax 改訂などにおいて,どのように進化し

てきたか簡単に説明する.3. では,現在 802.11 規格で用いら

れている主な技術を紹介する.次に,4. でネットワークシミュ

レータ ns-3を使用してこれらの技術の有効性を検証する方法を

示す.5. では,標準化に関する将来の改訂の可能性について考

察する.6.で本稿のまとめを述べる.

2. IEEE802.11 Working Group

IEEE802.11 Working Group は,それ自体が IEEE Stan-

dards Association(SA)の一部である 802 LAN/MAN 常設

委員会(LMSC)の一部である.したがって,802.11 Working

Groupで行われた標準化または改訂は,正式な文書になる前に,

より高いレベルの IEEE-SA で承認される必要がある.本章で

は,802.11 Working Groupの活動に関する詳細を説明する.

2. 1 Working Group組織

802.11 Working Group 会議は,年に 3 回の総会(Plenary

Meeting)と,その間に 3回の中間会議(Interim Meeting)が

開催され,出席者は無線 LANのドラフト標準(改訂)の作成に

取り組む.これらの各会議は 2か月ごとに 1週間にわたって(同

じ週の日曜日から金曜日まで)開催される.標準化作業は,Task

Group (TG) 及び Study Group (SG) と呼ばれるグループで,

それぞれ独自の目標とスケジュールをもって行われる.図 2 は,

802.11 Working Groupの現在の標準パイプライン(2019年 5

月現在)を示しており,技術提案が 802.11標準化で採用される

ために必要なフェーズを示している.どの Study Groupまたは

Task Groupの立上げも,Wireless Next Generation(WNG)

常任委員会(SC)の提案から始まる.この提案は,セキュリティ,

スループットの向上,または 802.11デバイスの使用に関する特

定の問題の解決などを求める可能性がある.参加者から十分な支

援が得られると,Working Groupによって Study Groupが設

立される.若しくは,当面の話題について理解をより深くするた

めに,Study Groupの立上げの前に Topic Interest Groupを

組織することもある.Study Groupの目標は,厳密には二つの

文書,すなわちプロジェクト認可請求(PAR)と規格文書の基

準(CSD)を作成することである.PARはプロジェクトの必要

性と技術範囲を説明し,CSDは提案された規格が IEEE 802.11

規格の要件を満たすことを示す.PARと CSDが承認されると

(IEEE 802 管理委員会での一連のレビューを通じて),必要な

改訂に取り組むための正式な Task Groupが組織される.本稿

の執筆段階で,以下のグループが組織化されている.

( 1) RCM-TIG : Random and Changing MAC Address

一方,Task Groupは以下のとおりである.

( 1) TGax : High Efficiency Wireless LAN

IEICE Fundamentals Review Vol.13 No.2 125

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図 3 標準的な 802.11 Task Group のタイムライン

( 2) TGay : Next Generation 60GHz

( 3) TGaz : Next Generation Positioning

( 4) TGba : Wakeup Radio

( 5) TGbb : Light Communications

( 6) TGbc : Broadcast

( 7) TGbd : Next Generation Vehicular

( 8) TGbe : Extreme High Throughput

2. 2 標準改訂プロセス

Task Groupの主な仕事は,802.11規格にまとめられる改訂

文書を作成することである.典型的なタイムラインを図 3 に示

す.この図において,Functional Requirement (FR)フェーズ

は,最大データレート,チャネル帯域,効率目標,セキュリティ

メカニズムなど,Task Groupが目指す主なターゲット機能を定

義する作業を含む.この作業は通常は 1年も掛からず,それが承

認されると,Specification Framework (SF)のフェーズで FR

を達成するための具体的な実装が具体化される.この段階では,

技術的なプレゼンテーションが最も活発に行われ,Specification

Framework Document (SFD)が作成される.例えば,物理層

の議論では,変調及び符号化方式,帯域幅,多重化方式などの物

理層レベルの機能の提案と決定が行われる.グループの議論が

SFD を満たすのに十分に進捗した段階で,SFD に基づいて改

訂の最初のドラフトが Task Group テクニカルエディタによっ

て作成される.

最初のドラフト執筆後に,Task Groupはドラフトを 802.11

Working Group に渡してWorking Group レターバロットを

開始する.このフェーズでは,Working Groupの全メンバーが

ドラフトを見直し,それを受け入れるかどうか投票を行う.ド

ラフトは 75%の賛成が必要で,かつ否定的なコメントを全て解

決する必要がある.これらの条件が満たされるまで,複数年に

わたってドラフトの更新と再投票が行われる.Working Group

レターバロット後には,スポンサーバロットと呼ばれる別の投票

が続く.この時点では,IEEE-SAの関係者全員が参加する.ス

ポンサーバロットが 75%の賛成を得て,IEEE-SA 理事会によ

る最終決定を経て,改訂ドラフトは最終的に公式の改訂になる.

管理/改訂 Task Group(現在の TGmd)と呼ばれる特別な

Task Group は,承認され公開された改訂を受け取り,それら

を 802.11規格に取り込む作業を行う.これを達成するための作

業量が膨大なために,規格の完全な改訂版(すなわち,新しく

承認された改訂のロールイン)は,約 4,5年ごとにしかリリー

スされない.

2. 3 標準改訂に関する決議

Task Group による重要な決議には,投票権を持つ会員だけ

が参加できる.投票権は,最近の 4回の総会のうち 2回に出席

した場合に得られる.(1 回の総会は中間会議に置き換えること

ができる.)各会議の出席は,登録料の支払いと,総セッション

数の 75%への参加によって認められる.これらが満たされると,

出席者は 3 回目の総会で投票権を得る.したがって,最初の総

会に出席してから投票権を得るまでに約 8か月が必要となる.

投票権は,Task Groupの技術提案の段階で最も役に立つ.一

般的な規則として,技術提案は,Motion(申立て)と呼ばれる

投票権を持つメンバーのみが賛成または反対することができる

提案によって Task Group に承認される.Motion が少なくと

も 75%の賛成投票を受けた場合,Task Group はその Motion

を受け入れ,その技術はドラフトに含まれる.ところで,投票

権を持つメンバーを多く抱える大企業は,当然のことながら,

あらゆる投票の優位性を持つ.標準化プロセスとして必須では

ないが,大企業といえども,75%の賛成投票を得るためには,

Motion を提示する前に,事前のサポート交渉を行うことが非

常に重要であるという実態がある.企業間や Task Groupメン

バー間のアライアンスによる組織票について IEEEとして公式

には認めていない.しかしながら,中小企業や個人での出席者

の場合はなおのこと,筆者らも類似の提案を予定している企業

(Broadcom, Qualcomm, Intel社など)との協力交渉を会議の

コーヒーブレークごとに行う努力を行った.したがって,相当

の英語力が必要になることは言うまでもない.

複数のMotionが Task Groupの利用可能なタイムスロット

を使い果たす可能性があるため,Motionを提示することが許さ

れる前に(Task Groupに応じて)Straw Pollと呼ばれる形態

126 IEICE Fundamentals Review Vol.13 No.2

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の Pre-Motionが要求される可能性がある.Pre-Motionは,投

票権のないメンバーも投票が許可されることを除けば,通常の

Motion と非常によく似ている.更に,全ての Task Group メ

ンバーのサブセットのみが存在するアドホックグループ(すなわ

ち,Task Group内の特定技術グループ)において Pre-Motion

を行うことができる.これらの Task Groupでは膨大な量の提

案(Motion)があるため,802.11ac及び 802.11axの標準化で

は,Pre-Motionと Straw Pollが多用されている.

2. 4 共同提案及び特許

参加者は,Task Group で技術的なプレゼンテーション/貢

献をするために,多くの動機をもって委員会に参加する.主な

ものは,彼らの知的財産(IP)が規格の特定の機能を実装する

ための不可欠な特許にするということである.必須特許請求権

を有する企業は,合理的かつ非差別的な料金で特許を許諾する

意思があるかどうか調査するために,802.11 Working Group

に対して確約書 LOA(Letter Of Assurance)を提出する必要

がある(8).

IPを標準規格で承認してもらうことで金銭的なロイヤリティ

が生じる可能性があるため,競合する主要な技術をめぐって,プ

ロポーザルとカウンタープロポーザルは長い戦いを伴うことが

多くなる.したがって,参加者は頻繁に内容が近い技術提案に

協力して,Straw PollやMotionの整合性を高める努力を行う

ことになる.筆者らの承認されたプロポーザルも,こうしたコ

ラボレーションの成果である(4)~(6).

3. IEEE 802.11の要素技術

3. 1 OFDM伝送

11a改訂以来,主要な 802.11 物理技術は,サイクリックプレ

フィックス(CP)直交周波数分割多重(OFDM)伝送に基づく.

データレートを向上するためには広帯域伝送が必須であるが,そ

れには周波数選択性フェージングの問題が発生する.OFDM伝

送は,サブキャリヤと呼ばれる狭帯域伝送を複数同時に行うこ

図 4 OFDM 伝送におけるサブキャリヤ直交

とで,この問題を解決する.図 4 に示すように,サブキャリヤ

の直交性のために,サブキャリヤ間の干渉は発生せず,全体と

しては広帯域伝送であるが,個別には狭帯域伝送であり,これ

が OFDM 伝送の成功の理由である.他方,CP 部分は連続す

る OFDM 信号のシンボル間干渉をなくすことを可能とし,周

波数領域でも時間領域でも干渉のない伝送を提供する.OFDM

伝送システムは広帯域幅伝送に対して非常に効果的であるだけ

でなく,高速フーリエ変換による非常に効率的なハードウェア

実装を提供する.

3. 2 MIMO伝送

OFDM 伝送は非常にスペクトル効率の良い伝送方式である

が,それだけでは高いピークデータレートを提供することはで

きない.160MHz の非常に広い帯域幅であっても,達成可能な

最大データレートは僅か 780Mbit/s(256QAM 変調及び 5/6

符号化率の場合)である.

802.11n 改訂で最初に導入されたマルチアンテナ技術である

MIMO(Multiple Input Multiple Output)伝送または空間多

重化は,図 5 に示すように,はるかに高いピークデータレート

を達成するために複数のアンテナを通して複数の並列データス

トリームを伝送する.MIMO伝送は,現代の無線システムで使

用されている最も効果的なスループット向上技術の一つである.

MIMO伝送は,送信機と受信機の両方で少なくともM 本のア

ンテナを使用して,ピークデータレートをシングルアンテナの

M 倍にすることができる.160MHz帯域幅における OFDM伝

送(シングルアンテナ)と比較すると,8 × 8のMIMO伝送は

8 × 780Mbit/s = 6.24Gbit/sを達成する.ちなみに,11ac 改

訂の最大データレートは 6.993Gbit/sであり,これは CPの長

さを通常の 800µs よりも短い 400µs を使用することで達成さ

れる.

MIMO 伝送の主な欠点は,特に受信機におけるそのハード

ウェアの複雑さである.図 5 に見られるように,複数のアンテ

ナに沿った信号の同時送信はクロスパスをもたらし,それは受

信機において排除されなければならない.受信機内のクロスパ

図 5 8 × 8 MIMO 伝送

IEICE Fundamentals Review Vol.13 No.2 127

Page 5: 無線LAN国際規格IEEE802.11 標準化作業手順とその最新動向

図 6 マルチユーザ伝送

ス除去ハードウェアは通常,複雑さと性能のバランスを取るた

めに反復受信機を必要とする.また,多くの場合に端末側では

複数アンテナを持つことが困難であり,そのためMIMO伝送の

本来の能力を引き出すことができない問題もある.

3. 3 マルチユーザ伝送

マルチユーザ伝送は,同時に複数ユーザとの通信を行う技術

であり,11ac 改訂で導入されたマルチユーザ MIMO 伝送(ダ

ウンリンクのみ)では,MIMO伝送の欠点を解決し,ユーザ側

では複数アンテナを持たずとも,最大限の伝送能力を引き出す

ことができるようになっている.アクセスポイント (AP) に複

数のアンテナを持つことは大きなハードルではないが,ユーザ

(モバイル端末)に三つ以上のアンテナを用意することは消費電

力とスペースの制限のために非常に困難である.

MIMO伝送では,送信機と受信機の両方が同じアンテナ数を

有することを必要とし,各端末が同じアンテナ数を持っていな

いと,最大限の伝送能力は達成されない.マルチユーザMIMO

伝送は,図 6(a)のように,複数のユーザに同時伝送することに

よって上述の問題を解決する.一方で,マルチユーザMIMO伝

送の一つの欠点は,あらかじめ各ユーザからのチャネル状態情

報(CSI)をフィードバックしてもらう必要があることである.

アップリンクのマルチユーザMIMO伝送の場合は,APは多く

のアンテナを持っており,ユーザごとの送信信号を独立に分解・

検出する能力を有するため,その限りではない.しかし,ダウン

リンクのマルチユーザ MIMO 伝送の場合は,各ユーザの CSI

を個別に知る必要があるため,各ユーザと個別に CSIフィード

バックプロセス(プロトコル)を実行する必要がある.

次に,11ax 改訂で導入された OFDMA について説明す

る(9),(10).先のマルチユーザ MIMO 伝送は,アンテナ(空

間)を用いて多重化(マルチユーザ化)を行っており,空間分割

多重アクセス (Spatial Division Multiple Access)とも呼ぶが,

OFDMA 伝送は,周波数を用いて多重化を行う周波数分割多

重アクセス (Frequency Division Multiple Access)の一種であ

る.具体的には,リソースユニット(RU)と呼ばれるサブキャ

リヤのサブセットに各ユーザのデータをマッピングする.これ

図 7 動的キャリヤセンス

らの RUは最小 2MHz,最大 160MHzである.OFDMA伝送

では,MIMO伝送やマルチユーザMIMO伝送のように,最大

データレートが増大するわけではなく,むしろデータレートを

複数のユーザで分割することになるため,例えばアップリンク

通信のような,トラヒックの大部分が小さいパケットサイズを

有する場合に,より効率良く機能する.

11ax 規格では,OFDMA 伝送とマルチユーザ MIMO 伝送

の両方を組み合わせることも可能であり,その組合せのときに

最大の伝送効率を達成する.

3. 4 拡張 SR(Spatial Reuse)

11ax 改訂のユニークな機能の一つは,拡張 Spatial Reuse

(SR)である.拡張 SRは Overlapped BSS (OBSS)を許容す

る.OBSSは,エリア内での複数の同一チャネル BSSの混在を

意味する.従来,同一チャネル BSSが互いに接近しているとき,

それらは互いに干渉し合い,ピークデータレートで動作するこ

とができない.つまり,802.11端末の密集によって多干渉状況

に陥り,ユーザエクスペリエンスが悪化する.

11ax改訂での拡張 SRは,動的キャリヤセンスと送信電力制

御(TPC)の両方を使用する.CSMA/CA プロトコルを基本

動作とする 802.11 端末は,「Listen Before Talk」というパラ

ダイムの下に動作しており,全ての 802.11端末は送信する前に

は,チャネルがアイドル状態かビジー状態かをそれぞれが検出

し,チャネルアクセスを争う.

11ax 改訂以前では,固定の −82dBm しきい値(CS thr)

以上の電波を検出すると送信ができなかった.しかし,11ax

改訂では,このしきい値(CS thr)が動的になり,干渉を回

避しやすくなっている.例えば,図 7 では,TX2 の CS thr

値は −82dBm に固定されているため,TX1 が送信している

間は,TX2 は送信できない.一方で,TX2 の CS thr 値が

−72dBm であれば,TX1 送信からの受信電力は −75dBm な

ので,CS thr > −72dBm で送信することができる.11ax 改

訂で追加されたダイナミックキャリヤセンスは,より具体的に

は OBSS-PD based SR と呼ばれ,CS thr と同様に機能する

128 IEICE Fundamentals Review Vol.13 No.2

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図 8 送信電力制御(TPC)

OBSS-PD レベルと呼ばれる新しいしきい値を定義しており,

そのしきい値は OBSSから来るパケットにのみ適用される.た

だし,任意の 802.11ax 端末が高い OBSS-PD レベルを使用す

ると,その端末は必要に応じていつでも優先的に送信が可能と

なり,これは他の BSSに対して干渉を増加させるため,各端末

は Spatial Reuse に関して,自身のみを優先せず,ネットワー

ク全体で確実にプラスになるようにすべきである.ちなみに,

802.11ax 端末が OBSS から来るものであるか否かの検出を容

易にするために,802.11ax規格では,BSSごとに BSSカラー

という情報が割り当てられ,各 BSSに属する端末は,その BSS

カラーを物理ヘッダに含める.

また,802.11ax 端末は,TPC を使用して近くの送信に不要

な干渉を引き起こすのを防ぐことができる.図 8 に見られるよ

うに,TX1 と TX2 が比較的大きい 20dBm の電力で送信する

とき,それらの送信は互いの受信機に届き,干渉を引き起こし,

恐らくパケットエラーとなる.しかしながら,0dBm のより低

い送信電力が両方の送信機によって使用されるならば,干渉の

ない送信が達成される.

4. 次世代規格の性能評価

802.11 Working Group の標準化活動は急速に進行している

ため,出席者がWorking Group 会議に出席する前に自身の提

案についてパフォーマンスをテストするには十分な時間がない

ことがある.しかしながら,各技術のパフォーマンスを正しく

議論・比較するためには,Task Group として統一した評価方

法が重要であり,Task Group における一つの議題となってい

る.これは,ある機能は後からのフィードバック,または学術

機関からの精査に基づいて問題があることが判明し,その機能

は次回の改訂時に廃止または修正されることがあるためである.

よく知られているケースは,初版の 802.11 規格のWEP,11n

改訂におけるグリーンフィールドモード,及びこの改訂で導入

された多くの省電力機能である.

提案する技術を検証するとき,物理層シミュレーション,MAC

層シミュレーション,または物理-MAC層システムレベルシミュ

レーションを使用することができる.物理シミュレーションは

表 1 シミュレーション緒言

Parameters Values

Scenario Small BSS scenario

Channel Model log distance

propagation model

Shadowing None

Number of BSS 3

AP/STA transmit power 20dBm

Number of TX/RX Antennas 2

Number of Space Time Streams 2

Number of STAs per AP 10

Bandwidth 80MHz

PHY rate 490Mbps (HE-MCS5)

Traffic UDP, Full Buffer

BSS dropping range 5m

Inter AP distance 10-80m

Maximum AMPDU length 65535 octets

RTS/CTS Disabled

MSDU Length 1500 octets

CS threshold −82dBm

Matlabまたは Cなどのプログラムによって,理論解析を使用し

て簡単に予測できる(11).しかしながら,物理層シミュレーショ

ンでは,マルチユーザ MIMO 伝送や OFDMA 伝送のピーク

データレートのような物理レベル機能,物理レベル性能を検証

するためにしか使用することができない.MAC層では,管理フ

レームや制御フレーム,CSI フィードバックなどのオーバヘッ

ドが存在し,また,CSMA/CAによってアクセス制御及びトラ

ヒック分散がされている中で,その一部の伝送にマルチユーザ

MIMO 伝送や OFDMA 伝送が使われており,そのようなネッ

トワーク全体のスループットを検証するには,適切な MAC 層

シミュレータが必要である.残念ながら,現行世代の機能をサ

ポートする最新のMAC 層シミュレータを入手することは,市

販のシミュレータでさえもほとんど不可能である.もちろん,次

世代の機能もサポートされていない.ゼロから作ることとは別

の唯一の実行可能な選択肢はオープンソースのネットワークシ

ミュレータ ns-3(12)であろう.ns-3 は基本的な 802.11 機能を

長い間サポートしてきたが,業界からの新たな関心により,拡

張アグリゲーション,OBSS-PD based SRをサポート,そして

間もなく OFDMAなどの 11ac及び 11ax機能をサポートする.

プロジェクトはワシントン大学で管理されており(13),(14),そ

れを使いたい人のために現在パブリックリポジトリが文献(15)

にある.現在,11n,11ac,11axまでの全ての主要な改訂をサ

ポートしている.

ns-3シミュレータの機能例として表 1のシミュレーションパ

ラメータにおいて図 9 に示す簡単な三つの BSS シナリオの結

果を示す.この図では,各 STAは,送信の機会を増やすために

OBSS-PD based SRを利用する.総スループットの結果を図 10

に示すが,最初の図 10(a)では,ダウンリンクにおける拡張 SR

メカニズムの効果が分かる.OBSS-PD レベルが −82dBm に

設定されている場合,パフォーマンスは OBSS-PD based SR

が無効になっている場合と全く同じである.OBSS-PD レベル

が −72dBmに設定されている場合,AP間の距離が 20m以下

IEICE Fundamentals Review Vol.13 No.2 129

Page 7: 無線LAN国際規格IEEE802.11 標準化作業手順とその最新動向

図 9 三つの BSS シナリオ

の場合,ネットワークの総スループットは向上する.一方で,

−62dBm に設定されている場合,総スループットが低下する.

このシミュレーション結果では,適切な OBSS-PDレベルが選

択されることで,OBSS-PD based SR が実際のネットワーク

改善に役立つことが分かる.今度はアップリンクにおける効果

を見る.図 10(b)から分かるように,OBSS-PDレベルに関係

なく,総スループットはほとんど変わらない.これは,各 BSS

で送信している 10 台のアップリンク端末があるので,各 STA

は常にそれら自身の BSSから到着するより強いパケットを受信

するのに忙しく,OBSS 送信を検出する機会が非常に少ないと

いう事実によって説明できる.このため,OBSS-PD based SR

はほとんど効果がない.この簡単な実験によって実証されるよう

に,完全な MAC-物理シミュレータを使用することによっての

み,この非常に重要な効果を実証することができる.このよう

に,上位レベルの検証を行うことで,OBSS-PD based SR が

常に有効であることが実証される.

5. 次世代の 802.11改訂

本章では,802.11 規格に対する次世代の二つの有望な改訂

を取り上げる.現在活動している七つの Task Groupと二つの

Study Groupの中から,筆者らが直接関わっている 11be改訂

と 11az改訂を紹介する.

5. 1 EHT (Extreme High Throughput)

11be 改訂(EHT-SG)は,更なる高速スループットを実現

するための要求で,Extreme High Throughput という名称が

付けられている.11ax 改訂の主な目標はネットワーク全体と

して通信効率を向上させることであり,ピークデータレートと

しては,11ac改訂の 6.933Gbit/sから 9.607Gbit/s,つまり約

37%の増加しかなかった.11be改訂案では,2.4GHz帯,5GHz

帯,新たに利用可能な 6GHz帯で運用される予定であり,ピー

クデータレートの増加はもちろん,依然として伝送効率の向上を

期待されている.ピークデータレートと他の仕様の比較を表 2に

まとめる.最大伝送帯域幅を 160MHzから 320MHzに増やし,

図 10 OBSS-PD based SR のシミュレーション結果

空間多重数を 8 から 16 に増やすと,11be 改訂では 30Gbit/s

超が達成される.一方で,より多くのユースケースを実現する

ために,11be 改訂において検討されている最も重要な技術は,

複数 AP による協調伝送及びハイブリッド ARQ フィードバッ

クであろう.複数 AP による協調伝送は,イーサネットを介し

て接続されるメッシュネットワーク展開の最近の人気を活用し

て,図 11 に示すように AP 間の情報共有によって可能となる

ビームフォーミング技術である.このバックホールを介して,協

調伝送に必要な互いの CSIやMSDU 情報を共有することが可

能であり,このバックボーンは,イーサネットのような有線ネッ

トワーク,若しくは帯域外無線チャネルによって実現できる.

マルチ APの協調伝送には二つのタイプがある.図 11(a)に

示す干渉回避ビームフォーミングと図 11(b) に示すジョイント

ビームフォーミングである.干渉回避ビームフォーミングは,信

号が所望の端末に到達すると同時に近くの OBSS STA を回避

するように送信ビームパターンが整形される技術である.これ

は,APが回避しようとしている OBSS端末の CSIを知ってい

る場合にのみ実行できる.

一方で,ジョイントビームフォーミングでは,二つの AP が

同じ STA に送信する.このアプローチは,二つの AP が,二

つの大きな仮想 AP として,より多くのアンテナを持った分散

MIMO伝送になっていると考えることができる.

130 IEICE Fundamentals Review Vol.13 No.2

Page 8: 無線LAN国際規格IEEE802.11 標準化作業手順とその最新動向

表 2 各規格における伝送パラメータ

11a 11n 11ac 11ax EHT-SG

Maximum

Bandwidth20MHz 40MHz 160MHz 160MHz 320MHz

Number of

Antennas1 4 8 8 16

Modulation 64QAM 64QAM 256QAM 1024QAM 4096QAM

Coding BCC LDPC LDPC LDPC LDPC

New Transmission

SchemeOFDM SU-MIMO DL MU-MIMO

DL/UL OFDMA

UL MU-MIMO

Interference Avoidance

Joint Beamforming

Maximum Data Rate 54Mbit/s 600Mbit/s 6.933Gbit/s 9.607Gbit/s 46.11Gbit/s (target is > 30Gbit/s)

図 11 複数 AP による協調伝送

ハイブリッド ARQ フィードバックは,従来では,受信端末

がパケットエラーにおいて以前の受信情報を破棄していたこと

に対して,その情報(具体的には誤り訂正における軟判定情報)

を記憶しておき,パケットが再送されたときに結合することで誤

り訂正能力を向上する機能である.これは技術的には時間ダイ

バーシチ利得が得られることを意味しており,より高い MCS,

つまりより高いスループットが選択できるようになる.

5. 2 NGP (Next Generation Positioning)

11az改訂(通称 NGP)は,802.11ax端末のマルチユーザ機

能と高精度クロックを活用して,無線 LANネットワークによる

測位機能を向上させることを目的としている.2016年の 11mc

改訂で導入された FTM(Fine Timing Measurement)プロト

コルは既に高精度の ToA (Time of Arrival)ベースの測位を実

行する能力を提供しているが,それは複数の STAの位置決めが

要求されるときは遅いポイントツーポイントプロトコルを使用

する(16).これは,11ax 改訂より前に開発された FTM プロト

コルは,11ax改訂が提供するマルチユーザ機能を使用できない

ためである.したがって,11az 改訂は複数の STA からの測位

要求を処理するための効率的で正確な方法を提供すると期待さ

れている.11az改訂の典型的なシナリオは図 12 のように,モ

バイル端末が複数のアンカ端末に対して,その距離関係を知る

ことを要求する.モバイル端末は各アンカ端末と同期し,測位

するための特別なプロトコルが必須である.

11az改訂では,インターネット接続に関連しない幾つかのア

プリケーションがユーザに利用可能になる.直接的な一つのア

図 12 無線 LAN による測位

プリケーション例は,特定の施設内においてユーザに自身の場

所を知らせ,ユーザに対して施設案内ができるようにする屋内

測位サービスである.もう一つの可能性のあるアプリケーショ

ンは,例えば子供の安全を守るための位置情報を他者へ通知す

るようなサービスである.後者では,認証セキュリティ,プライ

バシー問題の強化が非常に重要であり,認証セキュリティ,プラ

イバシーの考えは,11az改訂における一つの大きなトピックで

ある.

現在,11az改訂は最初のWorking Groupレターバロットを

終えたところで,受け取ったコメントを解決するために取り組

んでいる.ドラフトが公式の改訂になるまでには更に 2 年掛か

る見込みである.

IEICE Fundamentals Review Vol.13 No.2 131

Page 9: 無線LAN国際規格IEEE802.11 標準化作業手順とその最新動向

6. 結 論

本稿では,無線 LAN標準である 802.11規格の改訂プロセス

の概要と,今後の方向性についての見識を示した.まず,完成

までに約 5 年掛かる改訂プロセスの下で,無線 LAN 関係の研

究に興味を持っているが 802.11規格の標準化になじみがない読

者のために,技術提案が規格に採択されるまでの方法について

解説した.次いで,標準化で最も注目を集めているピークデー

タレートの高速化に関する主な技術について解説した.

これまで最もアクティブだった 11ax 改訂は標準化が完了間

近であり,スポットライトは他の Task Groupや Study Group

に移っている.特に,11be改訂は,無線 LANのスループット

を数十 Gbit/sに高速化する目標を持つ,今後最も注目を集める

グループになると予想される.

国際標準化は,研究レベルの技術を民生品にブレークダウン

できるという意味において,科学技術の発展とビジネスを直結

させる良い機会である.読者のチャレンジにも期待したい.

文 献

(1) IEEE Standard for Information technology “—Tele-

communications and information exchange between

systems local and metropolitan area networks—Specific

requirements - Part 11: Wireless LAN medium ac-

cess control (MAC) and physical layer (PHY) specifi-

cations,” IEEE Std 802.11-2016 (Revision of IEEE Std

802.11-2012), pp. 1–3534, 2016.

(2) New Participant Introduction, 2019, https://mentor.

ieee.org/802.11/dcn/19/11-19-0004-02-0000-802-11-

new-participant-introduction.ppt

(3) Extremely High Throughput Study Group, 2018,

http://www.ieee 802.org/11/Reports/ehtsg update.

htm

(4) S. Vermani, L. Yang, R. Van Nee, T.H. Khine, L.

Lanante, Y. Nagao, V. Erceg, E. Perahia, Y. Kim, and

H., S. Srinivasa, “Phase rotations for 80 MHz,” doc.:

IEEE 802.11-10/1083r0, 2010.

(5) J. Zheng, V. Erceg, S. Vermani, H. Zhang, E. Perahia,

Y. Kim, U. Kwon, Y. Seok, M. Cheong, B. Hart, S.

Coffey, V. Ponnampalam, G. Vlantis, T. Khine, and

L. Lanante, “Legacy CSD Table for 11ac,” doc.:IEEE

802.11-10-1301-00-00ac, Dallas, Texas, USA, Nov.

2010.

(6) M. Gan, D. Xun Yang, C. Ghosh, K. Ryu, S. Kim,

L. Chu, and L. Lanante, “Association exchange using

contention based UL OFDMA,” doc.: IEEE 802.11-16/

0661r1, 2017.

(7) D. Stanley, “802.11 working group opening report,”

2019, https://mentor.ieee.org/802.11/dcn/11-19-0566

(8) IEEE-SA Records of IEEE Standards-Related Patent

Letters of Assurance, https://standards.ieee.org/

about/sasb/patcom/patents.html

(9) 上井竜己,長尾勇平,ラナンテレオナルドジュニア,黒埼正行,尾知 博,“OFDMA ランダムアクセスのマルコフ連鎖モデル化とその性能解析,” 信学論(B),vol. J100-B, no. 7,

pp. 492–504, July 2017.

(10) L. Lanante, H. Ochi, T. Uwai, Y. Nagao, M. Kurosaki,

and C. Ghosh, “Performance analysis of the 802.11ax

UL OFDMA random access protocol in dense net-

works,” Proc. 2017 IEEE International Conference on

Communications (ICC), pp. 1–6, Paris, May 2017.

(11) IEEE802.11ac PHY simulator, http://www.

radrix.com/wp/wp-content/uploads/2014/07/11ac

PHY simulator.pdf

(12) ns-3 Design Documentation, Wi-Fi Module, 2018,

https://www.nsnam.org/docs/models/html/wifi.html

(13) University of Washington, ns-3 11ax Project, 2018,

https://depts.washington.edu/funlab/projects/

improvements-to-ns-3-simulator/ns-3-11ax-project/

(14) L. Lanante, S. Roy, S. Carpenter, and S. Deronne, “Im-

proved abstraction for clear channel assessment in ns-

3 802.11 WLAN model,” Workshop on ns-3 (WNS-3),

pp. 49–56, Florence, 2019.

(15) ns-3 11ax Project, Public mirror repository, 2018,

https://github.com/lanante/ns-3-dev-11ax

(16) T. Nguyen, Y. Nagao, N. Surantha, M. Kurosaki, and

H. Ochi, “Live demonstration: Accurate time synchro-

nization for industrial wireless LAN systems,” IEEE

International International Symposium on Circuits and

Systems (ISCAS), Session No. A3P-O, Paper ID 2340,

Sapporo, 2019.

(SIS 研究会提案,2019 年 6 月 7 日受付,  

  2019 年 7 月 12 日再受付)

ラナンテレオナルド Jr.(正員)

2005フィリピン大ディリマン校電子電気卒.2007

同大学院電気工学専攻修士課程了.2011 九工大情報

工学府大学院博士後期課程了.博士(情報)取得.同

年九工大博士研究員.2014 同大・助教,現在に至る.

次世代無線 LAN の研究開発に従事.IEEE 会員.

長尾勇平2006 九工大大学院情報工学研究科博士前期課程

了.2009 同博士後期課程了.博士(情報)取得.同

年九工大博士研究員.2012(株)レイドリクス入

社,現在に至る.2016 九工大客員准教授就任.無線

LAN のチップ開発及びその応用研究に従事.

尾知 博(正員:シニア会員)1983 長岡技科大大学院修士課程了.1984~1985

日本無線株式会社,1986~1999 琉球大,2000 か

ら九工大・教授.無線通信,VLSI,MOT の研究に

従事.MBA,工博,IEEE 会員,2005 無線 LAN

チップ開発の(株)レイドリクスを起業,現在に至る.

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