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1 放射 大槻 恭一 1.放射収支 地表面における放射収支(radiation balance)は次式で表され,正味の放射量は放射net radiation)と呼ばれている. u d r t n L L S S R (1) ここに,Rn は純放射(W m -2 ),St は全天日射(W m -2 ),Sr は反射日射(W m -2 ), Ld は下向き長波放射(W m -2 ),Lu は上向き長波放射(W m -2 )である. 2.天空上の太陽の位置 天空上の太陽の位置は,太陽高度 h rad)と方位角 a rad)で表される.太陽高度とは,水平面と太陽の中心が なす角度で,太陽の中心が水平面にある時 h=0,太陽の中心が天頂にある時 h=/2 である.一方,天頂と太陽の中 心がなす角度は,天頂角rad)と呼ばれている.太陽高度 h と天頂角の間には,次式に示す関係がある. 2 h (2) 方位角 a は,太陽の中心と真南がなす角度で,太陽の中心が真南にある時 a=0,東にある時負の値を取り,真東 の時 a= /2,西にある時正の値を取り,真西の時 a= /2 である. 角度の表し方 天空上の太陽の位置,傾斜角,緯度,経度等は,角度で表される.角度の単位は,一般にo )で表 されるが,計算上(Basic, Fortran, C, Excell 等)はラジアンrad)で表されることが多い.したがって, ここでは角度の単位にラジアンを用いる. 度は角度の単位で,円の場合 1 周が 360 o に対応している.したがって,1 o は円の 1/360 の角度に相当 する. ラジアンとは平面角の単位で,1 ラジアンは半径と同じ長さの円弧が円の中心に対して張る角度 180/π=57 )である.半円(180 o )の内角は,=3.1415…ラジアン),全円の内角は 2である. 両者は以下の式で換算できる. 度→ラジアン 180 x (エクセル関数=radians(A1)(B1) ラジアン→度 180 x (エクセル関数=degrees(A1)(B2) 3.時刻の表し方 水平面の日射を考える場合,周辺に山岳やビルなどの日射の障害物が無ければ,時々刻々変化する日射量を積 算値として簡単に算定できるから,時刻と太陽の位置に関して厳密に考える必要は少ない.しかし,日本で大半の 森林が存在している山地斜面の日射を算定する場合には,時刻と太陽の位置を把握し,更に日射を直達日射乱日射に分離して評価する必要がある.そこで,ここでは,まず時刻の表し方について説明する. 私達は何気なく「太陽は正午に南中する」,あるいは「太陽は正午に真南にあり,太陽高度が最も高い」と考え ることが多い.しかし,この概念は東経 135 o の子午線上,例えば兵庫県明石市ではほぼ正しいが(後述するよう に,明石市においても正午に南中するとは限らない),経度が異なれば正しくない.太陽が南中する時刻は,東ほ ど早く,西ほど遅い.例えば,北海道演習林の南中時は明石市の南中時より 34 分早く,福岡演習林の南中時は明 石市の南中時より 18 分遅い. 日本経緯度原点 東経 135 o 4429北緯 35 o 3929北海道演習林 東経 143 o 33北緯 43 o 14福岡演習林 東経 130 o 31北緯 33 o 38S r S t L g L a 図 1 放射収支

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Page 1: FrontPage - Kyushu University Forest - 放射otsuki/FHW/FHW_Text(Rad).pdf2 3.1 時角 時間を角度で表したものを時角 (rad)という.なお,時角は太陽が南中(真南にくる瞬間)した時

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放射 大槻 恭一

1.放射収支

地表面における放射収支(radiation balance)は次式で表され,正味の放射量は純

放射(net radiation)と呼ばれている.

udrtn LLSSR (1)

ここに,Rnは純放射(W m-2),Stは全天日射(W m-2),Srは反射日射(W m-2), Ld

は下向き長波放射(W m-2),Luは上向き長波放射(W m-2)である.

2.天空上の太陽の位置

天空上の太陽の位置は,太陽高度 h(rad)と方位角 a(rad)で表される.太陽高度とは,水平面と太陽の中心が

なす角度で,太陽の中心が水平面にある時 h=0,太陽の中心が天頂にある時 h=/2 である.一方,天頂と太陽の中

心がなす角度は,天頂角(rad)と呼ばれている.太陽高度 h と天頂角の間には,次式に示す関係がある.

2h (2)

方位角 a は,太陽の中心と真南がなす角度で,太陽の中心が真南にある時 a=0,東にある時負の値を取り,真東

の時 a=/2,西にある時正の値を取り,真西の時 a=/2 である.

角度の表し方

天空上の太陽の位置,傾斜角,緯度,経度等は,角度で表される.角度の単位は,一般に度(o)で表

されるが,計算上(Basic, Fortran, C, Excell 等)はラジアン(rad)で表されることが多い.したがって,

ここでは角度の単位にラジアンを用いる.

度は角度の単位で,円の場合 1 周が 360oに対応している.したがって,1oは円の 1/360 の角度に相当

する.

ラジアンとは平面角の単位で,1 ラジアンは半径と同じ長さの円弧が円の中心に対して張る角度

(180/π=約 57 度 )である.半円(180 o)の内角は,(=3.1415…ラジアン),全円の内角は 2である.

両者は以下の式で換算できる.

度→ラジアン 180

x (エクセル関数=radians(A1)) (B1)

ラジアン→度

180x (エクセル関数=degrees(A1)) (B2)

3.時刻の表し方

水平面の日射を考える場合,周辺に山岳やビルなどの日射の障害物が無ければ,時々刻々変化する日射量を積

算値として簡単に算定できるから,時刻と太陽の位置に関して厳密に考える必要は少ない.しかし,日本で大半の

森林が存在している山地斜面の日射を算定する場合には,時刻と太陽の位置を把握し,更に日射を直達日射と散

乱日射に分離して評価する必要がある.そこで,ここでは,まず時刻の表し方について説明する.

私達は何気なく「太陽は正午に南中する」,あるいは「太陽は正午に真南にあり,太陽高度が最も高い」と考え

ることが多い.しかし,この概念は東経 135o の子午線上,例えば兵庫県明石市ではほぼ正しいが(後述するよう

に,明石市においても正午に南中するとは限らない),経度が異なれば正しくない.太陽が南中する時刻は,東ほ

ど早く,西ほど遅い.例えば,北海道演習林の南中時は明石市の南中時より 34 分早く,福岡演習林の南中時は明

石市の南中時より 18 分遅い.

日本経緯度原点 東経 135o44’29”, 北緯 35 o 39’29”

北海道演習林 東経 143o33’, 北緯 43 o 14’

福岡演習林 東経 130o31’, 北緯 33 o 38’

Sr

St

Lg

La

図 1 放射収支

Page 2: FrontPage - Kyushu University Forest - 放射otsuki/FHW/FHW_Text(Rad).pdf2 3.1 時角 時間を角度で表したものを時角 (rad)という.なお,時角は太陽が南中(真南にくる瞬間)した時

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3.1 時角

時間を角度で表したものを時角(rad)という.なお,時角は太陽が南中(真南にくる瞬間)した時=0 とし,

これを境に,午前の時刻は負の角度で表し,午後の時刻は正の角度で表す.

3.2 標準時 Tm

日本で私達が普段何気なく使用している時刻は,日本標準時と呼ばれるものである.日本では,東経 135o の子

午線の平均太陽時を中央標準時 Tmとすると定められ,一般にこれが日本標準時と呼ばれている.定義からは,中

央標準時は地球回転に基づく天文観測から示されることになるが,原子の振動数を基準にした原子時系が採用さ

れている.協定世界時(Universal Time: UT)は経度の基準となるグリニッジ天文台(イギリス)における平均太陽

時である.日本標準時(JST)は,この協定世界時を基にして,東経 135oに相当する+9hr のオフセットを与えた時

刻となっています.

3.3 真太陽時 t

太陽が南中してから次に南中するまでの時間を真太陽日という.これを 24 等分したものが 1 時間で,これを真

太陽時と言う.ただし,太陽は天の赤道に対して 23.5 ゚傾いた黄道上を 1 年かけて楕円軌道で移動しているため,

一定の速度で動いているわけではない.したがって,真太陽日の 1 日の長さは絶えず変化している.対象地点(経

度 L)における真太陽時を地方真太陽時 t と呼ぶ.

3.4 平均太陽時 tm

天の赤道上を一定の速度で移動する太陽を仮想(平均太陽と呼ぶ)すれば,平均太陽が南中してから次に南中す

るまでの時間は季節を問わず常に一定となる.これを平均太陽日といい,平均太陽日を基に決めた時刻を平均太

陽時という.対象地点(経度 L)における平均太陽時を地方平均太陽時 tmと呼ぶ.

3.5 近似差 e

平均太陽時による時刻と真太陽時による時刻の差を均時差 e という.図 2 に均時差の 1 年間のグラフを示す.

図に示すように,均時差が 0min となる日は年に 4 回しかなく,2 月中旬に真太陽時が最も遅れ,11 月上旬に真太

陽時が最も進む.

近似差 e(hr)は次式より計算できる.

365

12

D (3)

60

sin29.3619-cos23.3495-sin7.3515-cos0.42810.0172 e (4)

3.6 まとめ

以上をまとめると,均時差 e,地方平均太陽時 tm,地方真太陽時 t,時角 は次式で表される.

mtte (5)

15/)135( LTt mm (6)

eLTt m 15/)135( (7)

12

12

t (rad) (8)

-20

-15

-10

-5

0

5

10

15

20

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1

近似差(m

in)

図 2 均時差

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4.黒体放射

与えられた温度で最大のエネルギーを射出する

仮想的な物体を黒体と呼ぶ.黒体からの放射スペ

クトルフラックス密度は次のプランク関数で表さ

れる.

]1)/[exp(

2),(

5

2

TT

khc

chEb (9)

ここに,Eb(T)(W m-2 m-1)は放射スペクトルフ

ラックス密度,は波長(m),T は絶対温度(K),

は円周率,h はプランク定数(6.6260755×10-34 J

s),k はボルツマン定数(1.380658×10-23 J K-1)で

ある.

図 3 に,太陽と地球の放射スペクトルフラック

ス密度に相当する 6000K と 288K の黒体放射スペ

クトルを示した.ここでは,波長を対数目盛りで

表して 2 つの放射スペクトルフラックス密度を同

じ図に示している.両者は 3~4μm の間でほんの

少し重なっているが,重なっている部分のエネルギー量はごくわずかである.したがって,4μm を太陽放射波長

域の最大値,地球熱放射波長域の最小値と定義することができる.

放射スペクトルフラックス密度が最大となる波長m(m)は放射表面の温度 T の関数であり,次に示すウィーン

(Wien)の変位則によって求めることができる.

T

002897.0m (10)

あらゆる物体は,表面温度が 0K でない限り放射している.物体の表面の単位面積から単位時間に放射されるエ

ネルギー量(放射スペクトルフラックス密度を全波長について積分した放射フラックス密度)は,その物体の絶対

温度の 4 乗に比例する.この関係は次式に示す Stefan-Boltsman の法則で表される.

4TI (11)

ここに,I は放射強度(W m-2),はステファンボルツマン定数 W m-2 K-4,は射出率である.射出率

の理想的な物体は黒体と呼ばれ,自らは理論的に最大のエネルギーを放射し,また入射する全ての波長の放射

を完全に吸収する.実際の物体の射出率はより小さく,一般の物体は灰色体と呼ばれる.ほとんどの自然表面の

射出率は 0.95~1.0 であるが,約 0.97 と仮定できる.

5.日射

5.1 地球-太陽間の距離と日射

地球は太陽のまわりを約 365 日の周期で楕円軌道を描い

て公転している.地球と太陽の平均距離 d0は 1.496×108km

である.地球-太陽間の距離 d は,一般に平均距離 d0に対

する相対距離 d/d0で表され,これは天文単位(AU)と呼ば

れている.地球と太陽が平均的な距離にあるのは,4 月 4

日,10 月 5 日頃である.地球が太陽に最も近い距離(1.47

×108km)に達する近日点はほぼ 1 月 3 日であり,最も遠い

距離(1.52×108km)に達する遠日点がほぼ 7 月 4 日である.

ある平面の単位面積に単位時間あたり入射する放射エネ

ルギー量を放射強度あるいは放射フラックス密度 I(W m-

2)という.地球と太陽が平均距離 d0にある時に,大気上端

で太陽光線に垂直な単位面積が単位時間に受ける日射 S0は

1,367W m-2 で,太陽定数と呼ばれている.任意時の地球-

放射スペクトルフラックス密度

(MW

m-2

m-1

)

放射スペクトルフラックス密度

(W m

-2

m-1

)

波長(m)

放射スペクトルフラックス密度

(MW

m-2

m-1

)

放射スペクトルフラックス密度

(W m

-2

m-1

)

波長(m)

図 3 太陽と地球からの放射を近似する 6000K と 288K の黒

体からの放射スペクトル

※太陽放射スペクトルフラックス密度の目盛りは,地球放射ス

ペクトルフラックス密度の目盛りの約 106倍である.

地球-太陽間の距離

do=1AU=1.496×108km

4月4日

1月3日

10月5日

7月4日1.017AU 0.983AU

1AU

1AU

図 4 地球-太陽間の距離

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太陽間の距離 d における太陽光線に垂直な単位面積が単位時間に受ける日射を Spoとすれば,

20

00

/ dd

SS p (12)

である.すなわち,Sp0は地球-太陽間距離 d/d0 の 2 乗に逆

比例する.

地球-太陽間の距離 d は,通日 D を用いて推定できる.

通日とは 1 月 1 日から数えた日数で,1 月 1 日なら 1,1 月

31 日なら 31,2 月 1 日なら 32,12 月 31 日なら 365 である.

通日 D より地球-太陽間の距離を求める式には各種あるが,

ここでは次の簡便式を用いる.

))186(01721.0cos(01676.01/ 0 Ddd (13)

5.2 太陽高度と日射

前節で示したように,地球-太陽間の距離は夏よりも冬の方が近く,地球が受ける日射も夏よりも冬の方が遠

い.しかし,我々が生活している北半球では冬よりも夏の方

が日射は大きい.これは,太陽光線の入射角が季節によって

変化することに起因している.

地球は公転面に対して 66.5oの角度をもって自転している.

すなわち,地球の赤道面は公転面と 23.5oの角をなしている.

したがって,太陽は夏至(6 月 21/22 日)には北緯 23.5o の北

回帰線上にあり,冬至(12 月 21/22 日)には南緯 23.5oの南回

帰線上にあり,春分(3 月 20/21 日)と秋分(9 月 22/23 日)

には赤道上にある.太陽光線が地球赤道面となす角を太陽赤

緯という.太陽赤緯は,夏至には 23.5°,冬至には-23.5o,

春分と秋分には 0oである.

太陽赤緯も通日 D から推定できる.太陽赤緯の推定式は

各種提案されているが,ここでは次の簡便式を用いる.

radD

D

)180/(*))173(01689.0cos(5.23

deg))173(01689.0cos(5.23

(14)

任意の日時の太陽高度 h はその地点の緯度,月日(これが太

陽の赤緯を決める),および時角によって決まる.

coscoscossinsinsin h (15)

任意時の地球-太陽間の距離 d における太陽光線に垂直な面

が受ける日射は Sp0であるが,この時に緯度の大気外水面日射

強度 Sb0は,

hSS pb sin00 (16)

となる.

Sp0=S0/(d/d0)2 であるから,式(13),(16)から,ある月日,ある時刻における大気外水面日射強度を推定できる.

hdd

SS o

bo sin/

20

(17)

S0・4π d02=S1・4π d1

2=S2・4π d22

d1

d2

S1

S0

S2

d0

d0=1AU

d0:平均距離

S0=1,367W/m2

S0:太陽定数

d0=1AU

d0:平均距離

S0=1,367W/m2

S0:太陽定数

図 5 地球-太陽間の距離と放射強度

太陽赤緯δ=-23.5゚~23.5゚

春分(3月20~21日)δ=0゚

秋分(9月22~23日)δ=0゚

冬至(12月21~22日)δ=-23.5゚

夏至(6月21~22日)δ=23.5゚

図 6 太陽赤緯

h

Sp0

S b0

N

S

図 7 大気外水平面日射

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5.3 可照時間

日の出時および日没時()には,太陽は地平線にあり h=0 であるから,

o coscoscossinsin0 (18)

日の出時および日没時の時角は式(18)を変形した次式より算定できる.

tantancos o (19)

可能最大の日照時間は可照時間(hr)と呼ばれるが,これは日の出時から日没時までの角度を時間単位に

換算すればよいので,次式より推定できる.

2

242 oN (20)

式(17)を日積算すると,大気外水平面日射量を推定できる.

6

20

0,0 10)sinsinsincos(cos

/

86400

oodaybdd

IS MJ m-2 d-1 (21)

5.4 日射の成分

地表面に到達する日射は,次の 3 成分に分けることができ

る.

太陽光線に対して垂直面上の直達日射 Sp

水平面上の散乱日射 Sd

地表面からの反射放射 Sr

直達日射 Spは,水平面の放射強度である水平面直達日射 Sb

Sb = Sp sinh (22)

として表されることがある.水平面直達日射 Sbと散乱日射 Sdを加えたものが全天日射 St

St= Sb + Sd (23)

である.

日射量として最も一般的に観測されているのは,全天日射 St である.一部の気象官署や太陽エネルギー関係の

研究機関等では,直達日射 Spが観測されている.散乱日射 Sdは,全天日射計に遮光ベルトを装着し,全天日射計の

感部に入射する直達日射を遮ることによって観測される.反射日射は,全天日射計を裏返して感部を下向きに設

置し,地表面からの反射日射を測定することによって観測される.

5.5 全天日射量

全天日射量は,大気外水平面日射量に基づいて,日照時間(hr),雲量,気温を変数として求められることが多い.

5.5.1 日照時間 n(hr)を説明変数とした推定式

この推定式は,日射量にほぼ直接関わる日照時間(直達日射量 Sp が 120W m-2以上の時間)を変数としているた

め精度が高い.ただし,日照時間の観測はアメダス 4 要素観測点で行われているが,観測地点は約 850 か所(約

21km 間隔)に過ぎないため,適用範囲は限定される.

S p0

h

Sb0

S p

Sb

Sd

Sr

St

図 8 日射の成分

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6

N

nba

S

S

b

t

0

(24)

例えば,Sekihara and Suzuki(1966)は a=0.22,b=0.52,吉田・篠木(1978)は a=0.18,b=0.53,大槻ら(1984)は

a=0.19,b=0.51 を提案している.

5.5.2 雲量 Cを説明変数とした推定式

この推定式は,日射量に間接的に関わる雲量(天空で雲が占める割合)を変数としたものである.雲量は目視で

観測できるため,容易に適用できるが,逆にデータの蓄積は少ない.

2

0

cCbCaS

S

b

t (25)

例えば,Black(1956)は,a=0.803,b=-0.340,c=-0.458 を提案している.

5.5.3 気温日較差 ΔT(℃)を説明変数とした推定式

この式は,気温の日較差(日最高気温-日最低気温)を変数にし

たもので,容易に適用でき,データの蓄積が時間的にも空間的にも

多い.また,温暖化予測の気温データを使用することができるので,

日射量の将来予測も可能である.

c

b

t TbaS

S exp1

0

(26)

例えば,篠原(2007)は,a = 0.76,c= 2.2 とし,b を次式から求め

れば,式(26)を全国に適用できるとしている.

)154.0exp(036.0 Tb (27)

5.6 直達日射量と散乱日射量

晴天時の直達日射量 Sp と散乱日射量 Sd を正確に推定できるモデル(McCullough & Porter,1971)は多いが,特別

な測定によるデータを必要としたり,使用法が非常に複雑だったりする.そこで,ここでは Liu & Jordan(1960)に

基づいた,簡単なモデルを使用する.Spは次式より算定できる:

mpop SS (28)

ここに,Spoは地球大気圏外で太陽光線に対して垂直な面が受ける日射,は大気透過率,m は大気路程である.大

気路程 m は,日射が大気を透過する経路長の天頂方向への経路長に対する比率である.太陽高度 10°以上では,

大気中の屈折効果は無視でき,大気路程 m は次式で求められる.

hp

pm a

sin0

(29)

pa/p0は,観測地の大気圧 pa(hPa)海面気圧 p0(=1013hPa)で割った比率であり,高度の影響を補正する.

Liu & Jordan(1960) は,晴天日に大気透過率を測定し,が 0.45~0.75 程度の値をとることを見出した.が 0.4

0 5 10 15 20 25 30 350 5 10 15 20 25 30 35

0

5

10

15

20

25

30

35

0

5

10

15

20

25

30

35(a) (b)

(c) (d)

(e) (f)

S_measured (MJ m-2)

S_

esti

mat

ed (

MJ

m-2

)

0

5

10

15

20

25

30

35

図 9 式(26)による推定結果

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7

より低い場合,空は雲で覆われていると考えられる.Gates (1980) は,典型的な快晴条件では,は 0.6~0.7 の範

囲にあることを示唆している.最も澄みきった快晴日のは 0.75 程度である.

大気を透過する日射は,一部は直達日射として地表面に到達し,一部は大気に吸収され,一部は宇宙空間へ散乱

し,一部は地表面に向けて下向きに散乱される.下向きに散乱した放射は,散乱日射と呼ばれる.散乱放射量は,

地表面のアルベドの影響を受ける.アルベドを除く全ての条件が同じならば,地表面が雪で覆われている場合の

方が,密な濃緑の植物群落で覆われている場合よりも空は明るい.このような複雑な条件を考えなければ,Liu &

Jordan (1960)の式を用いた経験式によって曇天日の散乱日射を次式により近似できる.

hSSpod

m sin)1(3.0 (30)

6. 反射

反射は,次式で表される.

Sr = St (30)

ここに,はアルベドと呼ばれる短波長域の表面反射率である.アルベドは,土壌や植生の色や被覆量,太陽高度

の影響を受け,背の高い植物群落や水面の反射率は,太陽高度に強く依存する(表 1 の値は,正午頃の太陽高度が

高い時の値).

表1 土壌と植物群落におけるアルベド

表面 反射率 表面 反射率

イネ科草原 0.24-0.26 雪(新しい) 0.75-0.95

コムギ 0.16-0.26 雪(古い) 0.40-0.70

トウモロコシ 0.18-0.22 土壌(湿,暗色) 0.08

ビート 0.18 土壌(乾,暗色) 0.13

ジャガイモ 0.19 土壌(湿,明色) 0.10

落葉樹林 0.10-0.20 土壌(乾, 明色) 0.18

針葉樹林 0.05-0.15 砂(乾,白色) 0.35

ツンドラ 0.15-0.20 道路, アスファルト 0.14

ステップ 0.20 市街地域(平均) 0.15

7.下向き長波放射

自然表面は完全な灰色体ではなく,ステファン・ボルツマン式のように T の 4 乗にはならない.実際には,地

球上の常温の範囲では全ての物体は灰色体と見なすことができ,適切な平均射出率を適用することによって式(11)

を使用することができる.この方法は,灰色体には程遠い大気の場合でも,大気の長は放射の計算に利用できる.

ほとんどの自然表面の射出率が 0.95~1.0 であり,射出率を 0.97 と仮定する.ただし,快晴時の大気の射出率

は,それよりもかなり低い値をとる.雲は大気の射出率を増加させ,低い雲で完全に覆われた曇天時の射出率はほ

0

200

400

600

800

1000

1200

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90

Solar Zenith Angle (degrees)

Irra

dia

nc

e (

W/m

2)

total

beam

diffuse

=0.75

太陽天頂角(度)

放射度(W

/m2)

全放射

直達放射

散乱放射

0

200

400

600

800

1000

1200

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90

Solar Zenith Angle (degrees)

Irra

dia

nc

e (

W/m

2)

total

beam

diffuse

=0.75

太陽天頂角(度)

放射度(W

/m2)

全放射

直達放射

散乱放射

図 10 晴天日の直達(Sb), 散乱(Sd), 全天日射(St)

0

200

400

600

800

1000

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90

Solar Zenith Angle (degrees)

Irra

dia

nce (

W/m

2) total

beam

diffuse

=0.45

太陽天頂角(度)

放射度(W

/m2)

散乱放射

全放射

直達放射

0

200

400

600

800

1000

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90

Solar Zenith Angle (degrees)

Irra

dia

nce (

W/m

2) total

beam

diffuse

=0.45

太陽天頂角(度)

放射度(W

/m2)

散乱放射

全放射

直達放射

図 11 曇天日の直達(Sb), 散乱(Sd), 全天日射(St)

Page 8: FrontPage - Kyushu University Forest - 放射otsuki/FHW/FHW_Text(Rad).pdf2 3.1 時角 時間を角度で表したものを時角 (rad)という.なお,時角は太陽が南中(真南にくる瞬間)した時

8

ぼ 1 である.

快晴時の空の射出率acについての経験式がいくつか利用できる.地上 1~2mの気温と快晴時の空の射出率との

間の相関関係も作られている.Swinbank(1963)は次式を提案している.

26102.9 aac T (31)

雲の射出率は 1 であるので,雲がある場合,大気の射出率は晴天時よりも高い.曇天日の下向き長波放射は,晴

天部分の下向き長波放射に雲からの下向き長波放射を加えることで推定できる.Monteith & Unsworth(1990)は次の

ような簡易式を与えている.

a(C) = (1 - 0.84 C)ac + 0.84 C (32)

C は雲量, C=0 の時,a(C)=ac,C=l の時,a(C)=0.84+0.16acとなる.気温 20℃の時,空の射出率は 0.97 となる.

以上より,大気の下向き長波放射は,次式より算定できる.

4TCL aa (33)

8.上向き長波放射

葉,動物,作物群落,土壌表面に入射した放射の一部は表面で吸収される.吸収されたエネルギーは,表面を暖

めるか,伝導,蒸発,放射によって周囲へ放散していく.生物と環境の間のエネルギー交換を求めるには,表面で

吸収される純放射エネルギー量と,表面から射出されるエネルギー量を算定する必要がある.

地表面からの上向き長波放射は,ステファン・ボルツマン式によって計算できる.

4TLg (34)

キルヒホフの法則によれば,ある波長帯における吸収率はその波長帯の射出率と等しい.表 2 に葉,動物その

他様々な表面の射出率を示す.金属表面を除けば,射出率は 0.97 前後である.したがって,ここでは自然表面の

射出率,および葉と動物の吸収率にこの値を使用する.

表2 葉,動物,その他の表面の射出率

表面 射出率 表面 射出率

トウモロコシの葉 0.94 人の皮膚 0.98

タバコの葉 0.97 カンジキウサギ 0.99

マメ類の葉 0.94 カリブー 1.00

ワタの葉 0.96 タイリクオオカミ 0.99

サトウキビの葉 0.99 ハイイロリス 0.99

ポプラの葉 0.98 窓ガラス 0.90 - 0.95

サボテン 0.98 コンクリート 0.88-0.93

磨いたクロム 0.05 土壌 0.93-0.96

アルミニウム箔 0.06 水 0.96

【例題 1】 快晴で太陽高度 60°,気温が 30℃,草の表面温度が 35℃の場合,草原の表面の純放射 Rnを求めなさ

い.なお,大気圧 paは pa=1013exp(-A/8200)で計算しなさい(A:標高 m).

【解答】 日射の構成要素を計算する際,太陽高度 60°に対して sin(60°)=0.866 である.大気圧は式 3.7 による.

9198200

800exp1013

ap hPa

大気路程 m は.

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9

05.1866.01013

919

m .

大気透過率の値を 0.7 とすると 0.71.05= 0.69 となる.したがって,

Sp=Spom=1367 W m-2×0.69=943 W m-2.

式 22 を用いて

Sb=Spsinh=943×0.866=817 W m-2.

Sd=0.3(1-m ) Spo sinh=0.3×(1-0.69)×1367 W m-2×0.866=110 W m-2.

St=817 W m-2 + 110 =927 W m-2.

Sr=St=0.26×927 W m-2 =241 W m-2となる.

気温 Ta=30℃の時の快晴日の天空射出率 tac は

ac=9.2×10-6×T2=9.2×10-6×(273+30)2=0.85

したがって,大気からの下向き長波放射 La は,

40747985.04 TL aca W m-2

地表面からの上向き長波放射 Lg は,

49651197.04 TL acg W m-2

したがって,純放射 Rnは,

Rn = 927-241+407-496= 597 W m-2.

8.放射のスペクトル

光子エネルギーの全体域は電磁スペクトルと呼

ばれ,光子の放射源や生物との相互作用によってい

くつかの波長帯に分けられている.電磁スペクトル

の一部を図 12 に示す.図の一番上の横帯(対数目

盛り)は,自然環境下における重要な放射エネルギ

ー輸送に関係する全波長域より少し広い範囲を示

し,その上半部は 2 つの重要な放射(日射と熱放

射)源の波長域,下半分は放射の 3 つの重要な波長

域(紫外域,可視域,赤外域)を示している.電磁

スペクトルの紫外域より短い波長の光子は,X 線,

ガンマ線と呼ばれている.赤外域よりも長い波長の光子は,マイクロ波,電波と呼ばれている.2 番目の横帯は,

2 つの紫外域の波長帯と可視域の各色の波長帯を示している.一番下の横帯では,電磁スペクトルの異なった部分

における生物反応を示している.

0.1 10 100 マイクロメーター 0.4 0.7 2.5 4.0 1.0

紫外 可視 赤外

0.29

太陽放射 地球熱放射

4.0 100

紫 青 緑 黄 橙 赤 近赤外線

290 400 430 490 560 630 760 2500 ナノメーター

uvb uva

320

光合成有効放射 近赤外放射

400 700

日焼け (uva)

ビタミンD (uvb)

皮膚ガン(uvb)

730 660 フィトクロム

ナノメーター

uv

光子吸収に比例した光合成 緑葉による高い反射 と透過

短波長赤外

図 12 電磁波スペクトルの波長帯と動植物に対する生物学

的相互作用

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10

8.1 日射および熱放射のスペクトル分布

地球大気圏外の日射スペクトルの実測値を図 13 に示す.ここでは,横軸の波長の目盛りは等間隔である.この

分布は 6000K の黒体からのスペクトル分布とほぼ一致しており,ウィーンの変位則の計算から予測されるとおり,

最大放射波長は青色と緑色の間にある.日射が地球大気を通過すると,一部の波長の放射は大気にほぼ完全に吸

収される.電離層中のオゾン層は紫外線を

ほとんど吸収する.大気中の水蒸気は赤外

線の主要な吸収体である.

日射スペクトルのエネルギーの約半分

は 0.7μm より短い波長,約半分は 0.7μm よ

り長い波長にある(厳密には,可視域に約

45%,近赤外域に約 55%である).スペク

トルは,太陽の天頂角,雲量,大気の構成

によって変化するが,可視域と近赤外域の

比率はほとんど変化しない.

地球の平均射出は 288K の黒体に相当す

る.図 14 にこのような黒体のスペクトル

発散度を示す.ほとんどの放射は 4μm より長い波長であり,最大射出における波長は 10μm である.地球上のほ

とんどの物体の発散度のスペクトルは図 14 と類似しているが,最大射出とその波長の位置は,物体の表面温度に

若干依存し偏移する.

雲のない大気において,熱放射は主に水蒸気や CO2,O3による 9.5μm付近の狭い吸収波長帯によって射出・吸

収される.赤外放射は,分子振動や分子回転のエネルギー準位の変化によって射出・吸収される.水蒸気,CO2,

O3だけが,長波放射によって励起されるエネルギー準位を持った共通の大気の構成要素である.図 14 に,大気の

発散度のスペクトルを 288K の黒体のスペク

トルと併せて示す.この図は,射出・吸収が強

いいくつかの波長帯では,大気はほとんど黒

体のように振舞うことを示している.他の波

長帯では,放射率・吸収率は低い.「大気の窓」

と呼ばれる 8~13μm の波長帯は特に重要で,

288K の地球の黒体放射が最大になる波長帯

と一致している.地球から射出されるこれら

の波長の放射のほとんどは,大気に吸収され

ず宇宙へ失われる.

波長(μ m)

放射スペクトル(kW

/m

2/μ

m)

大気圏外

海水面大気路程 1.5

図 13 大気圏上端と,大気路程 1.5の大気を透過した海水面における

太陽の放射スペクトル.大気による短波長の吸収は主にオゾンによる.

長波長の吸収は主に水蒸気による(Gates(1980)より)

波長(μ m)

放射スペクトル(W

/m

2/μ

m)

288 K 黒体

大気

図 14. 地球および雲のない大気からの熱放射のスペクトル分

布.8m 以下,18m 以上の放射帯は主に水蒸気から,13~18m

の放射帯は主に CO2 からのものである.9.5m の狭い放射帯は

オゾンによるものである(Gates(1962)より)