ヘッドスペースガスクロマトグラフ を用いた医薬品中の不純...

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東レリサーチセンター The TRC News No.116(Mar.2013) 43 ●ヘッドスペースガスクロマトグラフを用いた医薬品中の不純物分析 1.はじめに 新有効成分含有医薬品の製造承認申請に際して、製造 される原薬や製剤中の不純物の量及びその安全性の確認 に関する資料の提出が求められている。例えば、「新有 効成分含有医薬品のうち原薬の不純物に関するガイドラ インの改定について」 1︶ では、不純物は以下のように分類 されており、科学的観点及び安全性の観点から検討が必 要となる。 ① 有機不純物(製造工程に由来する不純物及び原薬の 保存中に生成する分解生成物) ② 無機不純物 ③ 残留溶媒 上記の分類のうち、残留溶媒は、「医薬品の残留溶媒 ガイドライン」 2︶ において、原薬又は医薬品添加物の製造 工程あるいは製剤の製造工程で使用されるか生成する揮 発性有機化合物と定義しており、溶媒の毒性により3Classに分類されている。 Class 1 医薬品の製造において使用を避けるべき溶媒 Class 2 医薬品中の残留量を規制すべき溶媒 Class 3 GMP又はその他の品質基準により規制されるべき 溶媒 残量溶媒の定量には、種々の揮発性溶媒を一斉分析で きる利点を有することからガスクロマトグラフィーが多 用されている。 本稿では、ヘッドスペースサンプリングによるガス クロマトグラフを用いたN,N - ジメチルホルムアミド DMF)の試験法の設定について紹介する。 2.ヘッドスペース法の原理と特徴 2.1 原理 ヘッドスペース法によるサンプリングは、液体や固体中 の揮発性成分の分析に利用されている。医薬品分析につい ていえば、試料を容器に入れ、一定量の溶解溶媒を入れ密 栓し、この容器を一定の温度で一定時間加温、保温した後、 気相部分(ヘッドスペース)の一部をサンプリングし、ガ スクロマトグラフ(GC)へ導入し分析する。GCへ溶液を 直接注入する方法(直接導入法)に対し、ヘッドスペース 法は揮発性成分を含んだ気相のみを注入する方法である。 2.2 特徴 医薬品中の残留溶媒の定量において、ヘッドスペース 法を、直接導入法と比較すると以下の長所及び短所が挙 げられる。 【長所】 気相部に気化した揮発性成分のみをGCに導入する ことから 注入口やカラムが汚染されにくく、多数の試料を 連続で安定して測定できる。 ・試料量を増加させやすく、微量分析に適する。 溶解溶媒を適切に選択することにより、高感度分析 が可能である。 【短所】 難揮発性物質の測定には適していない(例;DMF)。 3.N,N- ジメチルホルムアミドの試験法の設定 DMFはペプチド固相合成法(Fmoc合成法)をはじめ、 各種溶媒として利用されている。上述のガイドライン ではClass 2に指定されており、PDEPermitted Daily Exposure)は、 8.8 mg/day、濃度限度値は880 ppmである。 DMFは、沸点が153℃と高いことから、GCを用いて定 量する場合は、一般的に直接分析法が選択されるが、溶 媒に溶解させた試料もGCに導入するため、注入口やカ ラムの汚染により安定した測定が行えない場合がある。 そのため、ヘッドスペースガスクロマトグラフィーによ る高感度なDMFの試験法設定のご要望が増えている。そ こで、検出限界や定量性に影響を及ぼしやすい、溶解溶 媒の種類、バイアル液量及びヘッドスペース装置の操作 条件を最適化し、DMFの高感度分析について検討した。 3.1 分析条件の最適化 3濃度(0.5 μg/mL5 μg/mL50 μg/mL)のDMF調製し、表1の測定条件で検討した。 表1 ヘッドスペースGC の測定条件 min min min sec min min min min (₁)溶解溶媒 DMFが比較的高沸点の残留溶媒であることから、溶 ヘッドスペースガスクロマトグラフ を用いた医薬品中の不純物分析 安定性試験室 杉浦 啓方

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東レリサーチセンター The TRC News No.116(Mar.2013)・43

●ヘッドスペースガスクロマトグラフを用いた医薬品中の不純物分析

1.はじめに

 新有効成分含有医薬品の製造承認申請に際して、製造される原薬や製剤中の不純物の量及びその安全性の確認に関する資料の提出が求められている。例えば、「新有効成分含有医薬品のうち原薬の不純物に関するガイドラインの改定について」1︶では、不純物は以下のように分類されており、科学的観点及び安全性の観点から検討が必要となる。①  有機不純物(製造工程に由来する不純物及び原薬の

保存中に生成する分解生成物)② 無機不純物③ 残留溶媒 上記の分類のうち、残留溶媒は、「医薬品の残留溶媒ガイドライン」2︶において、原薬又は医薬品添加物の製造工程あるいは製剤の製造工程で使用されるか生成する揮発性有機化合物と定義しており、溶媒の毒性により3つのClassに分類されている。・Class 1  医薬品の製造において使用を避けるべき溶媒・Class 2  医薬品中の残留量を規制すべき溶媒・Class 3   GMP又はその他の品質基準により規制されるべき溶媒

 残量溶媒の定量には、種々の揮発性溶媒を一斉分析できる利点を有することからガスクロマトグラフィーが多用されている。 本稿では、ヘッドスペースサンプリングによるガスクロマトグラフを用いたN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)の試験法の設定について紹介する。

2.ヘッドスペース法の原理と特徴

2.1 原理 ヘッドスペース法によるサンプリングは、液体や固体中の揮発性成分の分析に利用されている。医薬品分析についていえば、試料を容器に入れ、一定量の溶解溶媒を入れ密栓し、この容器を一定の温度で一定時間加温、保温した後、気相部分(ヘッドスペース)の一部をサンプリングし、ガスクロマトグラフ(GC)へ導入し分析する。GCへ溶液を直接注入する方法(直接導入法)に対し、ヘッドスペース法は揮発性成分を含んだ気相のみを注入する方法である。

2.2 特徴 医薬品中の残留溶媒の定量において、ヘッドスペース法を、直接導入法と比較すると以下の長所及び短所が挙げられる。【長所】 ① 気相部に気化した揮発性成分のみをGCに導入することから

  ・ 注入口やカラムが汚染されにくく、多数の試料を連続で安定して測定できる。

  ・試料量を増加させやすく、微量分析に適する。 ② 溶解溶媒を適切に選択することにより、高感度分析

が可能である。【短所】 難揮発性物質の測定には適していない(例;DMF)。

3.N,N-ジメチルホルムアミドの試験法の設定

 DMFはペプチド固相合成法(Fmoc合成法)をはじめ、各種溶媒として利用されている。上述のガイドラインではClass 2に指定されており、PDE(Permitted Daily Exposure)は、8.8 mg/day、濃度限度値は880 ppmである。DMFは、沸点が153℃と高いことから、GCを用いて定量する場合は、一般的に直接分析法が選択されるが、溶媒に溶解させた試料もGCに導入するため、注入口やカラムの汚染により安定した測定が行えない場合がある。そのため、ヘッドスペースガスクロマトグラフィーによる高感度なDMFの試験法設定のご要望が増えている。そこで、検出限界や定量性に影響を及ぼしやすい、溶解溶媒の種類、バイアル液量及びヘッドスペース装置の操作条件を最適化し、DMFの高感度分析について検討した。

3.1 分析条件の最適化 3濃度(0.5 μg/mL、5 μg/mL、50 μg/mL)のDMFを調製し、表1の測定条件で検討した。

表1 ヘッドスペースGC の測定条件

minminmin

secmin

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(₁)溶解溶媒 DMFが比較的高沸点の残留溶媒であることから、溶

ヘッドスペースガスクロマトグラフを用いた医薬品中の不純物分析

安定性試験室 杉浦 啓方

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44・東レリサーチセンター The TRC News No.116(Mar.2013)

●ヘッドスペースガスクロマトグラフを用いた医薬品中の不純物分析

解溶媒として、DMFよりも沸点の高いジメチルスルホキシド(DMSO)(沸点188℃)及びさらに沸点が高く、かつ溶解性も高いN-メチルピロリドン(NMP)(沸点202℃)の2種類を検討した。 図1にNMPを溶解溶媒に用いた時のクロマトグラムを示す。DMFは保持時間16分付近に溶出した。なお、NMP由来の夾雑ピークが溶出されたが、DMFの保持時間に妨害するピークは認められなかった。

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DMF NMP

図1 NMP を溶解溶媒に用いた時のクロマトグラム

(₂)バイアル液量及びヘッドスペースサンプリング条件 ヘッドスペース法ではバイアル液量とサンプリング条件が検出限界や定量性に影響を与える重要な因子となる。バイアル液量はある程度までは多い方が感度が高くなるが、直線性の範囲が狭くなる危険性がある。そこで、バイアル液量を1 mL、2 mL及び5 mLの3容量とし、各容量に対してヘッドスペース装置のキャリヤーガス圧力(バイアル加圧時の圧力)を120 kPa及び140 kPaの2条件として、はじめに検出限界を検討した。 DMFのクロマトグラムからSN比3を検出限界とし、溶解溶媒、バイアル液量及び加圧時の圧力ごとに比較した結果を図2に示す。

ppm μg/g

図2  溶解溶媒、バイアル液量及び加圧時圧力を変化させたときの検出限界の比較

 この結果、いずれの条件においても、NMPをDMFの溶解溶媒として選択することが適切と判断された。DMSOの沸点は189℃、NMPの沸点は202℃であることから、NMPがDMSOよりも気相へ取り込まれずに、DMFの気相への抽出効率が高まったものと推察される。 一方、今回検討したバイアル液量では5 mLが最も高感度であり、かつキャリヤーガス圧力140 kPaの方が、

120 kPaよりも高い感度が得られた。 図3にDMF(0.5 μg/mL、5 μg/mL、50 μg/mL)の検量線を示すが、良好な直線関係を示し、バイアル液量 5 mLにおいても定量範囲に問題ないことを確認した。

DMF g/mL

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図3 NMP を溶解溶媒とした時のDMF の検量線

3.2 結論 以上の検討の結果、最適条件下(溶解溶媒NMP、バイアル液量5 mL及びキャリヤーガス圧力140 kPa)において、検出限界10 ppm(ppm:μg/g)が得られ、濃度限度値880 ppmに対して十分高感度なDMFの定量法を設定することができた。

4.今後の課題

 ヘッドスペースガスクロマトグラフは医薬品中の残留溶媒の定量、特に、高揮発性の残留溶媒に対して非常に優れた分析手法であるが、難揮発性の残留溶媒に対してはあまり適切な方法ではなかった。今回、難揮発性溶媒の一つであるDMFに適用し、高感度な定量を可能とした。今後も酢酸やDMSOといったヘッドスペースガスクロマトグラフでの分析には適さない溶媒の定量法(例:水溶液中のDMSOの定量等)を検討し、お客様の試験法設定のお役に立てれば幸いである。

5.参考資料

1︶ 「新有効成分含有医薬品のうち原薬の不純物に関するガイドラインの改定について」(平成14年12月16日医薬審発第1216001号)

2) 「医薬品の残留溶媒ガイドライン」(平成10年3月30日医薬審第307号)

■ 杉浦 啓方(すぎうら ひろまさ) 名古屋研究部 安定性試験室 研究員

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