ビルメンテナンス業の生産性向上研修 『組織を活性化させ...

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-130- ビルメンテナンス業の生産性向上研修 株式会社MATコンサルティング 代表取締役社長 望月 広愛 氏 『組織を活性化させる 4 つの理念と 8 つの視点』 22 2 20 ( ) 13:00~17:00 ルメンテナンス 3-6-8) 1.はじめに する える にしたい っています 、リラックスし いていただけれ います。 された さん 活き活き して ころ きたい います。 しかし、 が活き活き きるようにす るに く、そうした みを けれ きません。そ ため4 ります。 えてみてください。 あります。 さ、 バランスが悪け れてしまいます。4つ てておか 、あるい れか1 だけが けて だめ す。こ よう ガタガタし みを っていく よう があります。 営そ があり、 めていくに 8つ (引 し)がわかり すい ります。 みづくりを めていくこ わりがありません。 あきらめずに すぐにだめに ってしまいます。 レストラン すが、 がら えてください。 J・ARTレストランシステムズ すぐ に引き けました。 っきり に引き けた 、ある すぐにそれ ましたが、30 、50 、100 えた きに 、さら るきちん みが 感じていますが、 にずっ 変わら を大 にしてい けれ えています。 える わかり すい います。 いチーム ために をする しょう。一 プロ あって り、ノック を大 にする います。 しょう。する たんにわから ってしまう する。そこ についてご しよう います。

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ビルメンテナンス業の生産性向上研修

株式会社MATコンサルティング 代表取締役社長 望月 広愛 氏

『組織を活性化させる 4つの理念と 8つの視点』

日時:平成 22 年 2 月 20 日(土) 13:00~17:00

場所:広島ビルメンテナンス協会(広島市中区千田町3-6-8)

1.はじめに

今日は知識を伝達する研修ではなく考える研

修にしたいと思っていますので、リラックスし

て聞いていただければと思います。

本日ご来場された会社のみなさんは、誰もが

活き活きとしてところで働きたいと思います。

しかし、皆が活き活きと仕事ができるようにす

るには精神論ではなく、そうした仕組みを作ら

なければ永続きません。そのため4本の柱が必

要となります。

椅子を考えてみてください。通常足は4本あります。強さ、高さなど足のバランスが悪け

れば倒れてしまいます。4つの柱を均等に立てておかないと、あるいは、どれか1本だけが

欠けてもだめです。このようなガタガタしない仕組みを作っていくのには設計図のような8

つの視点があります。経営そのものにも質があり、質を高めていくにはこの8つの視点(引

き出し)がわかりやすい設計図となります。

経営の仕組みづくりを高めていくことには終わりがありません。途中であきらめずに続け

ないとすぐにだめになってしまいます。今回の話はレストランの事例ですが、是非ご自身の

会社にも当てはめながら考えてください。

私はJ・ARTレストランシステムズの社長を会社設立後すぐの時期に引き受けました。

はっきり言えば最悪の状況の時に引き受けたので、ある程度の年数ですぐにそれなりの成

果は出ましたが、30 年、50 年、100 年と先のことを考えたときには、さらなるきちんとし

た仕組みがないと無理だと感じていますが、同時にずっと変わらない基本を大切にしてい

かなければならないと考えています。

例えば野球を考えるとわかりやすいと思います。強い選手、強いチーム作りのためには

何をするでしょう。一流のプロであっても、毎日の走り込みや素振り、ノックなどの基本

を大事にすると思います。では経営の基本はどうでしょう。するととたんにわからなくな

ってしまうのでする。そこで今日はこのことについてご説明しようと思います。

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2.永続的に卓越した業績を生み出す経営の仕組みづくりのためには

まず「従業員重視」「顧客本位」「社会との調和」「独自能力」の4つの理念のバランスが

基本であり大事です。かつて私は「顧客第一主義」を唱えてきましたが、これが間違いだ

と気づくまで何年もかかりました。もちろん顧客も大切ですが、従業員も大切です。両方

ともいい状態でなければならないのに、顧客第一主義ばかりを唱えていました。その間私

の会社は赤字続きでした。近江は日本生命、伊藤忠商事などの発祥の地です。昔から商売

の世界で有名な近江商人たちは、売り手良し、買い手良し、世間良し、の「三方良し」と

250 年も前から言い続けてきました。永く商売が続いている組織はこの3つがバランスよく

成り立っています。これまではこの3つでも十分すぎるほどよかったものが、環境の変化

もあり今は4つ目の柱である「独自能力」がより重要になってきています。その理由をご

説明します。

わが国の人口は現在は1億3千万人です、140 年前には 3,300 万人しかおらず、このたっ

た 140 年の間になんと1億人も増えたことになります。このような人口増加は、日本民族

にとってこれから数千年の間、二度と経験できないことでしょう。こうした人口が増えて

需要が増加している中でも倒産した企業はたくさんあります。すなわち「三方良し」が崩

れていたのです。実は人口は 2006 年にピークを迎えています。私がいたレストラン業界か

らするとこれは大変なことです。それをわかりやすくご説明します。

我が国の現在の1学年のあたりの人口は平均 150 万人になります。しかし 60 歳~62 歳の

団塊の世代の方は 260~280 万人生まれました。その子供たちの団塊ジュニアは 205~210

万人程度います。しかし、その子供たちである 10 歳以下の人たちは 105 万人~115 万人し

かいません。今、最もお金を持っているのは団塊世代ですが、平均寿命から考えるとあと

20 年でこの巨大なマーケットが消失することになります。50 年後には人口は8千万人にな

るといわれており、国内マーケットはもう成長することは考えられません。だから、これ

からは今以上のスケールメリットを国内のみで得られることはなくなります。

つまり、レストランだけでなく他の多くの業種でも、今よりも遙かに厳しい修羅場とも

言える市場環境になります。だからこそ、人と同じことをやっていてもだめなわけで、「独

自能力」が必要になってくるのです。

3.コアコンピタンス(独自能力)→生き残るための差別化の3要素

コアコンピタンスは3つあります。<技術面>ひとつは、レストランであれば独自の味

であったり手作りへのこだわりであったりなど商品で差をつけることです。しかし今どき

は、どの業界でも商品はすぐに真似されます。

二つ目は職人の技をアルバイトに展開したりマニュアルを整備したりといった<技能面

(スキル)>での差別化です。

商品は他社にすぐに真似されたりしますが、優秀な社員の場合は、他社に引き抜かれ

たりしてしまうといった点が見過ごせません。

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三つめは<風土>です。 これはわかっていても簡単には真似されません。経営品質

を高める時に我々が取り組んだのは、実ははじめの2つではなくこの風土です。

いくらきれいな花が咲いていても、土がだめなら腐っていきます。働いていて楽しい

風土にしないといい人ほどやめていきます。不思議なもので悪い風土には悪い人がどんど

ん残ります。自主性、つまり社員たちが自分で考えて行動し今までやったことのないこと

にトライするといったことのできる風土を作っていくと、いい人が残ってお客様からの評

判も上がってきました。

会社も子どもと同じです。すべて親の言うとおりにさせていては、まともな人間に成

長はしません。また親の言うとおりにしていても、子供は面白くありません。親に逆らっ

て失敗した場合など、自分自身で考えてやったことは責任を感じて何とかしようと考えま

す。こうして考えるから次にいいものが出てくるのです。会社も同じで社員が社長の反対

を押し切ってでもやろうとすることは失敗しても次にはいいものができます。社長の言う

とおりやって失敗したときには、社員たちは失敗を社長のせいにして、全然反省しません。

だから、やはり社員にまかせないとだめなんだと私は何度も思うような経験をしました。

手は離しても目は離さないようにして社員にいろいろなことをまかせたら社長の仕事

はなくなりました。社員はいいアイデアを持っているし、任せれば喜んでトライしますか

ら。

そもそも経営品質の考え方は氷山を考えると

わかりやすいと思います。私たちの会社が受賞

した日本経営品質賞では、審査基準のうち、売

上が上がり、利益が出たという結果の部分は

1000 点中、たったの 100 点程度の重みでしかあ

りません。なぜかというとそれは今までの結果

に過ぎないし、仕組み作りと違って将来を保証

してくれるものではないからです。ということ

は氷山と同じで、利益が出てくるためにはその

下の9割の部分の仕組み作りにこそ重要なこと

があるのだということです。

長く繁栄している会社ほどこのような目に見えない部分がたくさんあるということなの

です。それが、このあとお話しする7つのタンスの引き出しです。

まず、「1. リーダーシップ」について説明しましょう。よく率先垂範と言いますが、よく

考えないと逆効果になります。例えば社長が率先してごみを拾っていると、社員たちは社長

が拾ってくれると思い誰も拾わなくなったりします。逆に拾えと怒ってばかりいると、怒ら

ないと拾わない人間たちになってしまいます。ケースバイケースですが自分で何も考えない

人はいちいち言われないとやりません。そんな会社では生き残れません。

そこで大事になってくるのが価値観の共有です。どこの会社でも業務改善のPDCAはよ

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くやりますが、そもそもやる気のない集団では企画・設計・生産・販売といったプロセスの

改善などうまくいくわけがありません。いくらいい機械等を用意してもやる気のない人は使

いこなそうとしません。ではやる気を引き出すためにどうするかというと、男女関係と同じ

で、夢や価値観を一緒にするしかありません。これこそがリーダーシップです。

「2.企業倫理(コンプライアンス)や社会貢献」も重要です。正しいことを正しくやるとい

ったことは普通気持ちのいいことです。コンプライアンスは会社のためにやるのではありま

せん。社員自身が正しいことを正しくやって気持ちよく働くためにやるのです。社会貢献に

ついてですが、当社でもこの意識がないときには社員たちは自分のことしか考えませんでし

た。社会に貢献する(周囲の人に思いやりを持つ)という気持ちが出てくると、実際の仕事の

生産性を上げるのに強い効果を発揮します。たとえば、となりの人のことを思いやれない社

員の多い会社が楽しいわけがありませんし、例外なく生産性も低いはずです。

「3顧客の理解と対応」は、相手を知るということです。お客様は自分に関心がない、自

分の言ったことにきちんと対応してくれない人を好きにはなりません。社員はお客様から怒

られるのではなく、ほめられるとやる気が出ます。そのためにはお客様を知ることです。お

客様に喜んでいただいてほめてもらえれば、やる気が出て生産性は上がります。売り方、業

務知識だけを教えても生産性は上がりません。働いている人の気持ちが高まらないと生産性

は絶対に上がりません。その気持ちは、お客様からの感謝がなければは高まらないのです。

「4.戦略」についてですが、お金や時間やエネルギーを割いてお客様にたくさんありがと

うといってもらえれば、社員の気持ちが高まります。だから品質もあがり、生産性も上がり、

会社が儲かるということです。そのようにヒト、モノ、カネが使われているかどうかが重要

だということです。

「7.情報マネジメント」ですが、これは簡単に言うと「言った言わないをなくす」という

ことです。隠し事があるような会社で社員のやる気は高まりません。「6.プロセスの生産性」

が上がって利益がでてくるようになるには今まで述べてきたような仕組を組み合わせて、「5.

人のやる気を高めるための仕組」を作るということです。これらの仕組み作りはオセロでた

とえれば4隅をとりに行くといったことです。角は絶対にひっくり返されませんし、取った

人の勝ちです。1~7 の経営の基本というのはオセロの4隅と同じであり、これは価値観・

理念の共有なしには無理なことです。

4.J・ARTレストランシステムズでの経営

そもそも何故、静岡出身の私が岐阜・愛知でレストラン業務に携わったかをお話します。

大学卒業後、1989 年に楽器のヤマハに入社しました。訪問販売を担当することになり、毎

夜、朝が来ないことを祈って寝るような毎日でした。しかしこの経験は販売店にお世話に

なったり、海外の市場開拓部隊に配属になったりした際には本当に役立ちました。こうし

て 20 代を過ごしましたが、母が病気になったため、実家のある東京で仕事を探さざるをえ

なくなり、法人営業の強化をしていた三和銀行グループのシンクタンクに転職しました。

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ここでCSに関するコンサルティングをしていましたが、なかなかクライアントの風土改

革で成果が出なかったときに経営品質の8つのタンスに出会いました。この体系は日本と

の貿易摩擦が激しかったレーガン大統領の時代に、官民学一体となって、徹底的に日本を

たたくために調査研究した「メイドインアメリカ」という国家戦略プロジェクトで体系化

されたものです。その研究でわかったことは、長く続く会社には共通の特徴があり、これ

が8つの引き出しになりました。たとえば理念や家訓がないと永続きません。しかしこれ

だけでなくその理念を徹底する仕組みがないといけません。

そんなある時(株)吉田オリジナル(現在の IBIZA)の社長に呼ばれ、経営品質について聞

かれました。そろそろ息子さんに継がせることを考えていることから聞いてみたいとのこ

とでした。この会社はバブル崩壊後も経常利益が 20% と好業績で、30 年間にわたり、一度

も売上も利益もマイナスになったことのない会社でした。

売れすぎたことが仇になり、指示待ち人間が増えてしまったので心配だとの社長の認識

がありました。こうした思いを伺って、社員たちと対話し、強み弱みを洗い出していきま

した。すると社長の弱い部分も見えてきて、うまくよいところは残して事業継承すること

ができました。

J・ARTレストランシステムズに入ったのも同じような悩みを持っていた当社のオー

ナーに呼ばれたためです。「自分で経営をやったこともないのに偉そうに言うな」という指

摘から売り言葉に買い言葉で 1999 年2月に引き受けたことが発端です。

私たちの会社は、グループの中で好調な業績で推移し、上場していった焼肉チェーン本

体とは切り離されたくず会社でした。言葉は悪いですが、焼肉チェーンの株式公開に向け

て、問題のある従業員たちを異動させ、その人たちが吹きだまりのように集められた会社

でした。

業績も当時4億円の売上で5千万円の赤字でした。それまでの経営陣からきつくおこら

れてばかりいた従業員たちに対し、私は黒字にするためにはどんどん意見を言ってほしい

という方針を採りました。そうしたところ、なんと1年後には 14 億円にまで売上が伸び、

一気に営業利益が黒字化しました。

こうしたことから有名なユニクロ柳井氏、楽天三木谷氏、コムスン折口氏などの経営者

たちと並んで私も雑誌に取り上げられたりもしました。それに投資ファンドが目をつけて

きて、なんと3億もの資金を資本金に入れてくることになりました。ところが資金だけで

なく、人まで乗り込んできて、私たちが大切に考えていた経営品質向上活動に文句をつけ

始めました。今でも忘れませんが、3年以内に上場し投下資金を数倍にしたら株は売り、

あとのことは考えていないと公言していました。

こうしたなか、この年の4月 25 日、株主総会の前日に私は突然解任させられました。そ

の後、投資家でもあった後任社長が7ヶ月の間に4店を出店し、売り上げは 14 億円から 9

億円に減り 4 億円の赤字になりました。なんと膨大な借金だけ残して、すぐに4店とも閉

店するといったありさまでした。

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やむなく、12 月8日に社長に戻ることになりましたが、借入が 15 億円にまで膨らんでい

ました。

そのため、まず、オーナーにお願いして倒産しないよう最低限の資金を確保し、意を決

して、経営理念でもある8つの約束事、「1.約束事を守ります。2.嘘をつきません。3.

愚痴、陰口をいいません。4.トライする前に出来ないといいません。5.失敗を人のせ

いにしません。6.積極的に発言し、果敢に行動します。7.他人の意見を聴きます。8.

人として恥ずかしいと思うことはしません」の徹底から取り組むことにしました。

8つの約束事は毎朝朝礼で読み、全員で毎日一つずつスピーチをすることからはじめま

した。これを根気よく続けるうちに、辞めてほしい社員がどんどん自分から辞め始めまし

た(一人も解雇していません)。やがて人員を募集する際にこの8つの約束事を求人雑誌な

どに載せておくと、これがいいということでよい人が集まるようになりました。

そうなってくると社内の雰囲気ががらりと変わってきます。それまではキッチンとホー

ルの間でののしりあいをしていたのが助け合いをするようになり、13人でまわしていた

ランチタイムが、8人でできるようになりました。こうしてだんだんと社内の連携がうま

く回り始めていましたが、何かまだ足りないと感じていました。そこで、ある日突然、私

自身が社員に対して、理念の通り行動してよろしいと約束する誓約書を書いて渡してはど

うかと考え、実行し始めました。つまり、会社自体が社員に嘘をつかないという仕組を作

ってから収支が黒字になっていきました。

このような中、研修の後などで行った社員のアンケートに次のようなことがたくさん書

いてありました。○利他主義にあふれる会社にしたい、○みんながありがとうを追求する

組織にしたい、と。そこで、これらをそのまま経営理念にしました。これは今まであった 8

つの約束事は守らないといけないことのように感じられるものであったのに対して、従業

員がこういう会社になりたいといったものです。自分たちがなりたいというものだからど

んどん浸透していきます。

次に青カードのお話をします。私たちは3枚のカードを設けていました。まず、赤カー

ドですが、不満があればこれに書いてもらうようにしました。ただし愚痴は書かない、社

長以外の批判はしないルールとしました。白カードには提案を書くようにし、社内ではす

べて一字一句隠さずオープンにしました。そうすると社員が赤白だけでなく良いことの書

ける青カードを作りましょうと言い出しました。これは社外の人も誰でもHPでも見るこ

とができます。こうすると自然に助け合いが生まれるようになりました。今までわかって

いるのに出来なかったことができるようになりました。だから、13人でまわしていたラ

ンチが8人でまわせるようになり、生産性が上がっていったのです。

(実際の青カードの紹介)

このように8つの約束事や理念の共有によって、ようやく生産性が上がりはじめました。

何より良かったのは以前のようにやめる人間がいなくなったことです。以前は従業員の募

集に毎月 50 万円かかっていました。利益率から考えると 50 万円の利益をだそうと思った

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ら1千万円の売上が必要なほどです。

そうして、社会貢献も進み始めました、これは本当に社員のやる気がでます。たとえば

接客五大用語は毎日の朝礼では、手話でもやっています。本当に手話が必要な場面は多く

はないですが、それでも、実際にそうした場面にでくわすと、見たこともないほど社員や

アルバイトさんの動きが見違えるように早くなります。結局みな、お金のためだけに働い

ているのではありません。ありがとうといわれたいから働いているのです。だから社会貢

献というのは驚くほど重要なのです。

私はお客様と従業員の満足の両立についてはずっと悩んできました。前述したとおり、

私がお客様第一主義といっていたとき業績は赤字でした。しかし、多くの青カードに触れ

ていくうちに社員第一で良いと思いはじめました。なぜなら、社員の満足度が上がるのは

お客様からありがとうといわれたときなのだとはっきりとわかったからです。そこで、堂々

とお客様より社員が大切と言い始めました。社員募集の広告にも「お客様より従業員」と

平気で掲げるようにしました。利益を目指すほど、利益のでる仕組づくり、すなわちお客

様に喜んでもらうために、社員のやる気を引き出すことこそが大事だと気づいたのです。

お客様を大切にしなければ感謝の声はいただけません、お客様を大切にしたいからこそ

社員を第一と考えているときちんと説明して納得していただけなかったお客様は一人もい

ませんでした。

価値観の共有を優先したからこそ、他社と比べて顧客満足度は常に上回るようになり、

その結果社員が感謝に囲まれ、満足度が上がり、さらにその結果、私の退任まで7年連続

経常増益となりました。

5.さいごに

当社の仕組みはお客様満足度調査や従業員満

足度調査、それを分析する仕組み、店同士でチ

ェックしあう仕組み等様々あって、実際に取り

組んでいるものは一日で説明しきれないほどた

くさんありますが、そうしたものは個々の会社

に合わせて作ればいいものなので、今日は、具

体的にはご紹介はせず、あえて考え方を中心に

ご説明いたしました。それではここからはJ・

ARTレストランの今津部長にも入ってもらっ

て話を進めようと思いますが、まずどうしたら

よくない社員がやめていくかといったようなと

ころから話していただきましょうか。

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(今津氏)

まず会社に入る時に8つの約束をしてもらいます。店長から説明しますが、素行の良く

ない人にとっては、ここでこの会社に入るとまずいなと直感的に思います。そうすると次

の日にはもうこなくなります。そうなると悪い人をずるずると引きずって余分な人件費を

支払う必要もなくなります。入ってくる人、残る人は積極的に会社の価値観と仕組みに溶

け込んで一緒にやっていこうとする人が多いです。そういう人たちは情報カードもすぐに

理解してくれて常に一生懸命取り組んでくれます。

(望月氏)

私の感覚ですが、こういう手順を踏むようにして入ってきた社員が3割をこすように

なってから会社の風土が、がらっと変わったように思います。経営理念は取引先にも説明

して一緒に徹底に取り組んでいるところです。取引先に価値観の共有をやっていない頃に

はある店の取引先で配達を毎日1時間おくれてくるところがありました。待っている間の 4

人の1時間分の人件費 4,000 円を取り返すには 10 万円程度の売り上げが必要になってきま

す。1,000 円のランチ 100 人分です。たまらず、先方の責任者の方に来ていただいたときに

この8つの約束事を説明しました。なんとその方も共感していただいて、次の日からは部

下の配達の遅刻がなくなりました。現場でいくら文句をいっても変わらなかったのに、相

手の会社の上司の方の考え方を変えることが大事です。

根本の考え方を変えていかないと現場の対応も変わっていかないのだと思います。

(質問)

介護の業界での話しですが、そこでは従業員のかたはボランティア精神に富んでまさ

にお客さまのためにがんばるということはできているが、度を越していて通常の勤務時間

をオーバーしてしまうとか、あるいは介護だけをすることに満足してマネジメントができ

る人材が育たないといった悩みを持っておられるといったことがあるが、何かよい対処法

はあるでしょうか。

(望月氏)

これといったおすすめできる方法はありません。大切なことはみなで考えることだと

思います。先ほども申しましたが、方法自体はいくらでもあります。ただ、その方法をそ

のまま持ってきてもうまくいく保証はありません。人の会社のやり方はヒントにはなるか

もしれませんが、自分の会社のやり方にはなりません。自分たちの会社をどのような会社

にしたいかを話し合うことこそ大切だと思います。そこからいろいろな具体策が見えてく

るのだと思います。対話をするという仕組みを作らないと組織はけっして変わらないと思

います。私たちはいろいろな仕組みに対話の要素を入れ込むことはしてきました。これが

一番重要なポイントになるとは思います。自分で考えることが大事だと皆言いますが、考

えることは大変です。ですから考えるまえに、考えるような意識付けをずっとやっていか

なくてはならないということです。朝礼などは意識付けの場です。自分で考えたことは人

にいいたくなります。そして言ったことは行動する確率が飛躍的に高まります。

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(質問)

先程、風土を作るという話がありましたが、自主性、創造性を育てるのには辛抱しな

いといけないものですが、そういった点の苦労なりのお話はありますでしょうか。

(望月氏)

私が運が良かったといえるのは2点あって、ひとつは私が素人だったことです。現場

にまかせるしかありませんでしたから。もうひとつはこの会社に入る前に自分で店を出し

て失敗した経験のある料理人が多かったことです。経営理念や社会貢献、従業員のやる気

などまったく考えたことはなく、ただ美味しい料理を出せばうまくいくと思っていたとの

事でした。私と話をしてなぜ自分が失敗したか、経営にも質があるということを理解した

ので意外と抵抗がありませんでした。ただ浸透するのには時間がかかりました。ただあま

り苦労は感じませんでした。

(ロッソえびすや 2005 年度日本経営品質賞受賞紹介DVD視聴)

ご清聴ありがとうございます。

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建設コンサルタント業の生産性向上研修

株式会社五星 取締役副社長 神原 孝行 氏

『TOC-CCPMと現場力の引き出し方』

日時:平成 22年 2月 22日(月) 13:00~14:30 場所:ひろしまハイビル 21(広島市中区銀山町3-1) 1.はじめに

株式会社五星の神原と申します。宜しくお願い

します。

当社のお客際は、95%以上が国及び地方公共

団体です。当社の業務は、建設コンサルタントで

すが、最近とりわけ力を入れているのが地理空間

情報関連の業務です。公共の業務は、7~8割が

地理に関するものといわれており、これらをデー

タベース化し様々な業務に有効利活用していこう

というものです。

2007年5月に成立した地理空間情報活用推進基本法では、地理空間情報を広く捉え、多面

的な利活用を推進するための共通基盤を構築するという方向性を明らかにしていることと、衛星

測位が二本の柱となっています。GPS等を補完し精度の高い衛星測位を実現する準天頂衛星の

打ち上げと、その利活用のベースとなる精度の高い地図をつくり、それを全国でシームレスにつ

なごうという取り組みが始まっています。

このような背景を受けて、今後は、民間分野も視野にいれ、地図を全国に流通させるような新

規ビジネスにも挑戦していきたいと考えています。

2.TOC(制約条件の理論)とは

それでは本日のテーマでありますTOCについてお話をします。

TOCは「制約条件の理論」とも呼ばれ、イスラエルの物理学者エリヤフ・ゴールドラット博

士によって開発された理論です。TOCでは、組織には、1つまたは少数の制約条件があり、こ

れを活用、改善することにより、劇的な変化を起こすことができるとしています。

TOCの代表的なソリューションには、DBR、SCM、CCPM、TOC思考プロセスなど

があります。このうち、当社が取り組んでいますDBRとCCPMを簡単にご紹介します。

DBRは、受注生産型製造業の生産マネジメントに適用する手法で、納期遵守率向上、在庫削

減、リードタイム短縮などを目指しています。DBRは、継続的改善の5ステップといわれる5

つのプロセスで構成されます。1番目に、制約となる条件を見つけ、2番目に制約条件を徹底活

用し、3番目に制約条件以外を制約条件に従わせ、4番目に制約条件を強化し、5番目に惰性に

気をつけながら1番へ戻るというプロセスです。

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この際注意が必要な点は、制約条件が必ずしも自社の弱い部分とは限らないことです。優秀な

社員が制約条件になることも頻繁にみられます。

CCPMとは、製品(商品)・研究開発部門の開発マネジメント、建設・エンジニアリングの工

程管理、システム開発のプロジェクトマネジメントなどに適用する手法で、先手管理による納期

遵守率向上とリードタイム短縮を目指しています。

通常、製造業の場合は、1日の生産個数は○○個というように実績に基づき、かなり正確な生

産計画を立てることができます。ところが、建設コンサルタント業などのプロジェクト型業務で

は、各タスク(作業)の完了日数は、統計的な変動要素が大きく、右側に裾野の長いβ分布にな

るといわれています。そこで、タスクの完了日数を計画するとき、責任感の強い社員は、後続タ

スクに遅れを出さないように、かなりの余裕を見込んだ期限を設けることになります。これを「安

全余裕」、または「バッファ」といいます。しかし、期限を設けると、与えられた予算と時間はあ

るだけ使う「パーキンソンの法則」や、期限のギリギリになるまで本気で仕事を始めない「一夜

漬け学生症候群」などの人間の心理特性により、遅れは伝播しても進みは伝播しましせん。

そこで、CCPMでは、作業のバッファは各タスクで持つのではなく、プロジェクト全体で集

約し、納期の前に持ってきます。これをプロジェクトバッファと呼びます。こうして、β分布す

る作業工程を集約し、各タスクでは期限を決めずにチャレンジする日数だけを定め、自分の工程

が終わるとリレー方式で速やかに次の工程に渡すようにします。後続工程には、遅れのみならず、

進みも伝播させるようにすると、全体工程の完了日数の確率は、中心極限定理によって正規分布

に変わります。この結果、分布の裾野の幅が短くなり、工期全体を短縮できる可能性が高まりま

す。また、各タスクのチャレンジ日数に対する遅れは、プロジェクトバッファの消費により監視

し、予定以上にプロジェクトバッファが消費された場合には、速やかに対策を講じることにより、

納期遵守の確率はさらに高まります。

3.「経営改革Begin2005」

続きまして、当社で手がけている「経営改革Begin2005」の概要をご紹介します。

この経営改革は4つのプログラムから成り立っています。1つ目はマーケットに関するもの、

2つめは組織に関するもの、3つ目はマネジメントシステムに関するもの、4つ目は経営資源整

備に関するものです。

当社にとって最大のお客様は地方公共団体です。バブル崩壊直後の平成8年~9年頃のピーク

に比べると、従来型の業務は予算的に3割から4割位になっているところもあります。このよう

な厳しい状況の中で、受注競争も激化の傾向を辿っており、予定価格の数分の1という低価格落

札も稀ではありません。

このような厳しい状況の中で、相変わらずの長時間労働や厳しい経営状況が続いてきたわけで

すが、ある時、20年前頃の社内の書類を見ていますと、「業務改革」、「標準化」など今行ってい

ることとまったく同じフレーズがたくさん目に入ってきました。つまり、今も20年前も同じこ

とに取り組んで、答えが見つからない状態が続いているということです。

しかし、それだけ問題があっても何とか経営が成り立っているということは、問題を解決すれ

ばまだまだ成長の可能性があるということで、「問題山積=可能性の宝庫」と見方を変え、「経営

改革Begin2005」をスタートさせました。

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1番目のプログラムはマーケットフレームの整備です。かつて市場が堅調だった頃は、マーケ

ットシェアを把握していれば、翌年の売上高を

予測できましたが、今では難しくなっています。

そこで、一昨年から、ソリューションごとのマ

ーケティング、お客様ごとのマーケティングに

取り組んでいます。そこまで細かくみていかな

ければ、市場や自社の業績を予測することが難

しくなっています。かつては、受注の規模によ

ってどの市場に幾らの投資を行うかを決めてい

ましたが、最近では、各市場の成長性を見極め

て投資額を調整することも行っています。

2番目は、組織フレーム整備プログラムです。例えば、コンピュータの世界では、メインフレ

ームの時代からクライアントサーバを経てWEBへと進化してきました。人間の組織も同じよう

に考えても良いかもしれません。つまり、メインフレームのようなピラミッド型組織から、WE

Bのようなマルチプロジェクト型組織へと移行するという考え方です。

当社では、全ての業務をプロジェクトと捉え、固定の組織をつくらず、組織長はプロジェクト

リーダとし、職位とは独立した責任と権限を持たせることとしました。これをマルチで編成し、

様々な人が様々なプロジェクトで相互にリーダとなりメンバーとなって与えられた役割を果た

します。当然ながら若い人がプロジェクトリーダとなり、その指示のもとでベテランが働くこと

もあります。

3番目は、マネジメント強化プログラムです。ここでは、マネジメントを可視化することに取

り組んでいます。具体的には、経営戦略の可視化、プロジェクト工程管理の可視化、タスクプロ

セスの可視化です。また、QMS、EMS、ISMSという3つのマネジメントシステムを統合

した統合マネジメントシステムも構築しました。この中で、プロジェクト工程管理の可視化が、

本日のお話の主題であるTOC-CCPMの導入です。

4番目は経営資源整備プログラムです。経営資源とは、「人的資源」、「物品・設備資源」、「財

務資源」及び「情報資源」ですが、資料の図は人的資源を育成するための人事評価の例です。当

社の人事評価では、複数の上司や同僚がその人を評価し、評価結果を個人にフィードバックする

仕組みを採用しています。

4.TOC-CCPMの導入

さて次は、経営改革の中で進めてきましたTOC-CCPMの導入についてご紹介致します。

どの業界でも、納期遅れが慢性化している企業はあるでしょう。計画表もつくって進捗管理も

しっかり行っているはずなのに何故か業務が遅れてしまいがちです。何故でしょうか?

先ほども申しましたが、そこには、人間の心理特性が大きく影響しています。CCPMでは、

プロジェクトの各タスクには、①安全余裕が含まれている:突発的な問題を予測して、各タスク

に余裕を見込む(責任感の裏返し)、しかし、一旦安全余裕を見込んでしまうと、②パーキンソン

の法則:与えられた予算と時間はあるだけ使う、③学生症候群:期限のギリギリになるまで本気

で仕事を始めない(一夜漬け)、④早期完了の未報告:早期に仕事を完成させても報告されないの

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で、次工程は早まらない、⑤マルチタスク:複数の作業に同時に取りかかる、等の人間の心理特

性が潜んでいることを認識し、遅れのみならず進みも伝わる工程管理を目指すところにあります。 方法論的には、各タスクでは50%の確率で完了できるチャレンジ工期を定め、タスク毎の余裕(バッファ)を納期の前に集約し、プロジェクト全体で、クリティカルチェーン上の全工程の

50%の余裕を「プロジェクトバッファ」として定めます。クリティカルチェーンとは、リソースの競合に配慮した最も長いタスクの連携ルートのことです。運用に際しては、タスクの詳細な

管理は行わず、マルチタスク(掛け持ち作業)を極力発生させないよう留意しながらプロジェク

トバッファの消費状態に着目し、バッファが予定以上に消費されている場合には、プロジェクト

内、プロジェクト間で相互に支援しあうマネジメント手法です。 タスクの進捗管理については、進捗率で行っているところが多いと思いますが、CCPMでは、

残日数で管理しています。つまり、タスクが完了するまでにあと何日かかるかということです。

仕事の完成度は、率ではなく残日数で管理することにより、予定に対する遅れを具体的に把握す

ることができます。

プロジェクト全体の進捗状況は傾向グラフで管理しています。これは横軸にクリティカルチェ

ーン上の全日数と残日数の割合による進捗率を取り、縦軸にプロジェクトバッファの消費状況を

とります。プロジェクトの残日数とプロジェクトバッファの消費状況の関係により、青色から黄

色そして赤色へと信号色により納期遵守の状況を表します。プロジェクトバッファの消費が赤い

ゾーンに入ってしまうと、その仕事はかなり遅れて危険な状態にあることになります。赤いゾー

ンに入った業務は、直ちに対策を講じます。また、青のゾーンにあってもグラフの傾きが急にな

っている場合は要注意です。このグラフを見れば、その業務の状況を人目で把握できます。

また、このような傾向グラフをすべてのプロジェクトについて一覧できる画面もつくっていま

す。当社の経営者は、この画面を常に確認して、現在の仕事の進捗状況を的確に把握し、速やか

な対策を講じるようにしています。

当社がCCPMを社内で本格的に試行したのは、2006年の8月のことです。対象としたの

は、3年間の長丁場の固定資産の評価業務で、期間的に約半ばに差し掛かったところでしたが、

実行予算は既に使い果たし、それでも先の全く見えない状況でした。

CCPMを実施するに際し、プロジェクトのメンバーでしっかりとミーティングを行い、目的、

成果物、成功基準を確認し合い、そこに至る全ての作業を納期から逆方向に拾い出しを行ないま

した。そうしますと、ある社員がそのときに実施していた作業は、お客様からデータをいただい

た後でないと意味がないことがわかったり、すでに着手していたいくつかの作業が、重複作業で

あることもわかってきました。こうして、無駄な作業を洗い出して、本当に必要な作業だけを効

率的に実施するように計画をたて直しました。

そうして立てた計画に基づき、毎週作業の残日数を確認しながら、プロジェクトバッファの消

費状況に応じて、チーム間で相互に支援しあう体制をとりました。結果、問題プロジェクトだっ

たこの業務は、62日も工期を短縮することに成功しました。

私は、この体験から、全社の全ての業務にCCPMを導入すれば、一年後には、納期を大幅に

短縮でき、全ての経営課題は解決すると考えました。

しかし、実際に全社に展開してみますと、成果のあがるプロジェクトとそうでないプロジェク

トがみえてきました。CCPMの考え方に忠実にチームで実施しているところでは成果があがり

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ましたが、逆に、チーム化できていないところでは成果が見えませんでした。

CCPMを巡っては、見方が様々でした。推奨派の人は、CCPMに助けられたとか、チーム

としての意識が芽生えたと感じました。しかし、反対に、工程計画表づくりに多くの時間をとら

れただけで、効率化につながらなかったと感じていた人もいました。当社の経営者は、CCPM

の推奨派では確実に成果をあげており、また、消極派が感じている問題点は、CCPM自体の問

題点ではなく、マネジメントのやり方の問題であると考えました。

こうした経営者の見方のもと、それまではグループ任せであったCCPMの適用について、2

008年8月から全業務に適用することを義務化しました。CCPMに関わる基本方針は、納期

遵守を経営の最優先事項とするということです。これに伴い、社内ルールであるQMS(ISO

9001)を改定し、CCPMによるプロジェクトマネジメントを品質計画と位置づけました。

業務の責任者であるプロジェクトリーダと、納期遵守の観点から複数のプロジェクトのタスク

の優先順位を決めるプロジェクトマネージャを配置し、さらに全社の視点でグループを横断する

リソース(主に人材)の配置や外注を承認するリソースマネージャを設置しました。また、実行

予算管理においては、個別原価に縛られることなく、全社でのスループット(売上-変動費)の

向上を目指すことにしました。

現状は、グループ単位の朝会で日次のタスクの残日数を把握し、作業の優先順位を決め、極力

マルチタスクが発生しないよう留意して作業を進め、週次では、プロジェクトバッファの消費状

況を計算し、経営も含めた速やかな対策を講じるようにしました。プロジェクトバッファの消費

状況が青色のときは無駄にバッファを消費しないように作業を進める。黄色になると、赤になっ

たときの対策を考える。赤になるとグループ全体で対策を講じてバッファを回復させる。グルー

プで回復できないときはリソースマネージャに報告して全社で対策を講じる。それでも回復でき

ないときは、毎週火曜日の午前8時から開催している週次マネジメントレビューで社長に報告し、

最終対策を検討する。このようなサイクルで納期遵守のマネジメントを続けています。

5.さいごに

経営改革の成果と今後に向けてということですが、まず反省すべき点としては、改革の施策を

全社一斉に展開することの弊害です。初めての試みというのは、必ずと言ってよいほど失敗して

しまいます。まずは、限られた部門でテスト的に実施したうえで、全社に展開すべきです。次に

効果ですが、定量的な効果としては、2008年度の受注高を、2006年度比で42%増やす

ことができました。売上高も30%増加しました。工期の遵守率も、お客様の都合で延期になっ

たものを除きますと、94%に達しており、従来からは20ポイント以上改善しています。

定性的な効果としては、コミュニケーションの輪が広がって、相互の助け合いがあたりまえに

なってきました。そして、社内に少しずつ笑顔が戻ってきたことです。

今後は、受注計画と生産計画の連携、生産マネジメントの高度化、生産形態の分析と組織機能

の見直し、時短への取組みなどを総合的に進めていこうと考えています。

私達が、CCPMで目指していることは、信頼をベースにしたコミュニケーションの輪がひろ

がり、個人からチームへと職場が変わり、これがお客様を巻き込んだ流れとなることです。そし

て、当社がビジョンとしているところの、微笑みを湛える地域の人々や、微笑み湛える社員が、

今以上に増えてくることを期待しています。

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建設コンサルタント業の生産性向上研修

株式会社五星 豊浦 淳一郎 氏

『生産性向上の事例演習』

日時:平成 22 年 2 月 22 日(月) 14:40~16:20

場所:ひろしまハイビル 21(広島市中区銀山町 3-1)

この時間は『生産性向上の事例演習』として

持参した“マルチタスク体感ゲーム”のレジュ

メにもとづいて生産性について体感する講義を

行います。

これからやっていただく作業の条件としてま

ず、次のような3つの仕事が同時に入ってきた

とします。一つ目は1,2,3・・・・19,20、

二つ目はA,B,C・・・・S,T、三つ目は

△,○,◇・・・・△,○というように 20 文字

を書く3つのプロジェクトです。

まず、記入欄に何秒で出来るか1~10 までを書いてみてください。

(作業)

ほとんどの人が 10 秒以内、平均したら一文字 0.5 秒かかっています。しかし余裕を見て

ここでは一文字1秒でできるとしましょう。

では次にプロジェクトを計画していきますが、最初にやっていただく方法はリーダーか

ら3プロジェクトを平行に進めて3プロジェクトともなるべく早く仕上げるように指示が

あるものです。下のマスを使って1を記入したら次はAを記入しその次は△というように

ひとコマずつ右下へずれるように記入してください。3段目まで記入したら今度は2,B,

○という順序で記入を続けていきます。前に時計を表示していますので、終わったらご自

分のかかった時間を確認してください。それでは作業をしてください。

(作業)

いかがだったでしょうか。単純に計算したら一つのプロジェクトが余裕を見ても 20 秒し

かかからないので、全部で 60 秒以内には終わるはずですが、全員の方が 60 秒以内には終

わりませんでした。平均すれば 1分半くらいでしょうか。

では次にやっていただく方法はまず1,2,3・・・19,20 と連続して記入し、一つ目

のプロジェクトが終わったらA,B,C・・・・S,T、続いて△,○,◇・・・・△,

○というように一つずつプロジェクトを順番に仕上げていくように指示がされています。

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終わったらまた時間を確認してください。それでは作業をしてください。

(作業)

いかがだったでしょうか。今度は全員 60 秒以

内に終えられています。早い方は 30 秒強で終え

られています。

それでは質問ですが、どちらのルールが良か

ったでしょうか。どちらの結果が良かったでし

ょうか。後で行った作業の方が約2倍も早い結

果となりました。なぜ良い結果が出たと思われ

ますか。間違いやきれいさなどどちらの品質が

良かったでしょうか。ストレスはどうだったで

しょうか。

人間の脳は本当の意味でのマルチタスクなど出来ません。同時に二つの事柄に注意を向

けることは不可能です。ただ、2つの対象の間を行ったり来たりしているだけです。そし

て、結局はどちらにもきちんとした注意を向けていないという事になってしまいます。納

期を守るため、念のために早めに投入していませんでしょうか。全社的な視点で、いつ仕

事を投入すべきか、それがわかればプロジェクト管理はうまくいくのではないでしょうか。

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建設コンサルタント業の生産性向上研修

京都大学工学研究科 准教授 古阪秀三氏

『何が PM/CM か、なぜ PM/CM か』

日時:平成 22 年 2 月 22 日(月) 15:30~17:00

場所:ひろしまハイビル 21(広島市中区銀山町3-1)

1.はじめに

先程の神原副社長のお話にもありましたT

OCにしてもVEにしてもいろいろな考え方が

出てきて、続けている会社、途中でやめた会社

といろいろありますが、どの会社でもうまくい

くというものではなく、いずれにしてもこれら

は中心になって強力に推進する人がいないとう

まくいきません。

建設コンサルタントというときには二つの意

味合いがあります。一つは固有名詞としての意

味合いで、建設コンサルタント協会の建設コンサルタントがそうです。もう一つは普通名

詞としての建設コンサルタントで一般にさまざまなプロジェクトを支援するあるいはその

プロジェクトの中である役割を果たすという意味で用います。あるプロジェクトの発注者

支援のために活躍するということもあるでしょうし、設計や建設活動に外部から第三者的

に応援するとういう立場をとる場合もあるでしょうし、施工者の応援をするといったこと

もあるでしょうし、また大きな視点としてはプロジェクト全体をうまくマネジメントする

ためのコンサルタントということもあります。

2.PM、CM

TOCやTQC、VEなど、どの手法を採るかは企業の性格によります。建設コンサル

タントの業務を考えた時に、ライバルがたくさんいます。ライバルがたくさんいると収益

性が上がらないので、隙間を狙っていくことになります。生産性が上がるということには

ならないでしょうが、会社としての利益は明らかに上がってきます。そういう意味で土木

の世界では少しずつPM(プロジェクトマネジメント)、CM(コンストラクションマネジ

メント)といったものが出てきています。今はほとんどの資料がHPで公開されており、

国や地公体の動きがわかるので、戦略を考えていく上で重要になっています。

今、環境は激変しようとしています。たとえば、設計施工の話をしますと、一括発注方

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式というのをご存知でしょうか。これはコンサルタントの方にとっては大問題です。建築

では原則、公共工事では設計施工はしません。建築の場合、設計という行為は建築士法が

あって独立して法律で守られています。それに対して建設コンサルタントでは法律はあり

ません。ということは国として設計施工一括発注方式をやるとなると、建築の場合は設計

者と施工を分けた形でそれぞれは一括で発注します。土木工事の場合、建設コンサルタン

トの方が設計したものは発注者が買い取って、その設計責任等は基本的には発注者の中に

含めて発注して施工者との二者関係になります。そうすると全ての問題についてコンサル

タントは何の問題も問われないということになります。設計施工になるということは施工

者側に発注が行われるということになります。こうした設計施工一括発注方式になると国

がどこまで責任をとるのかは非常に大きな問題になると思われます。これは日程に上って

いるくらい、本格的に立ち上がる予定のものです。

CMビジネスというのは今から 25 年位前に出てきました。今から 15 年くらい前に本格

的に仕事が出てくるようになって、国、地公体、民間を問わず、CMをどう活用するかを

考えるようになりました。建築学会ではその前から研究をしていましたが、2000 年に国が

勉強を始めて 2002 年に公共の建築工事限定でCM発注方式のガイドラインが出ました。い

ろいろな混乱が生じる恐れがあったため、2001 年に私はCM協会を立ち上げて資格を出し

ています。これは公共工事の中でもある程度尊重されています。こうした動きは土木の中

でもあり、インフラストラクチャーマネジメント協会の立ち上げの話もありました。土木

のこの動きは、現在建設コンサルタント協会の中に入ったものと思います。

建築の世界のお話を少ししますと建築主がいて設計者がいて施工者がいます。建築主と

設計者は設計契約を結びます。施工者と建築主は工事契約を結びます。設計者の中には構

造技術者や設備技術者などがいてこれも契約を結びます。施工者は下請けと工事契約を結

びます。つまりプロジェクトの組織は全て契約で規定されています。大事なことはこれら

の契約を理解していないとプロジェクトのマネジメントはできないということです。民間

の場合には設計契約は委任契約もしくは準委任契約といわれます。請負と委任の違いがわ

からないとだめで、マネジメントとは技術的なことだけではなくて、こういうことが必要

になってきます。建築士法では設計は業務独占権があります。施工は建設業の許可をとっ

たものがします。このような状況の下で、ではCMはどういったことができるのかという

と、こうした独占権や建設業許可の問題等があるため理解することが難しい状況にありま

す。土木の世界でも発注者支援のCM業務は範囲の理解が難しいです。

法律、約款の中で何ができるのか、そして責任を明確にしていくことを考えることが、

今後民営化が進む中で建設コンサルタント業界にとっても大事になってきます。

姉歯事件を例にするとあの事件のあと、建築基準法が非常に厳しくなりました。構造技

術者の責任がさらに重くなりました。あまりに厳格に適用するため工事が前に進まなくな

っています。こういった例があるように、制度が変わるときには厳しい方向に行ってしま

うことはありうることですので、これについてはよく考えていただきたいと思います。土

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木では、設計がゼネコンへの一括発注という名の下に外部化されていきますから大きな問

題が起こる可能性があります。日常的にこうした先行きに対して考えることは非常に重要

なことだと思います。

委任契約、請負契約についてもう少しお話を

していきますと、請負契約というのはある仕事

をすることを約束して、その仕事が完成した時

に報酬をもらいます。委任契約はある仕事をす

ることを約束し、その仕事をすることに対して

報酬をもらいます。一言だけ違って、完成した

ときかどうかというところです。たとえばタク

シーは請負契約です。何らかの理由で目的地ま

でたどりつけなければ、途中までの料金も払う

必要はありません。歯医者で入れ歯の矯正は請負で、噛み合わせがきっちりするまでは治

療をします。ところが内科では腹痛が治らなくても治療費を払います。委任契約ですから。

病気が治ることを保障はしていません。建設工事は当然請負契約になります。それに対し

て設計行為は二つの解釈があります。完成設計図書が出来上がればそれに対して報酬を受

け取るので、弁護士や裁判官など一般的に法曹界の多くの人は設計も請負だと考えます。

よりよいものを作ることができるという観点から設計に完成はないとして、建築家の人や

建築に詳しい弁護士などは委任として考えます。実際に設計行為の訴訟になったときはど

ちらの立場で主張した方が裁判に勝てるかを弁護士は考えます。

品確法についてですが、公共工事と住宅の品確法の違いについてご存知でしょうか。同

じような名前ですが、全然内容は違います。公共工事の品確法は、工事を価格競争のみで

とって品質に問題がある工事が顕在化してきたために総合評価方式にしましたが、現実に

はまだ問題がある部分もあります。住宅の品確法の方は、瑕疵、手抜き等での被害が多く、

それを防ぐために瑕疵担保責任を 10 年にして、合意があれば 20 年にすることもできるが、

特約によっても短くすることはできないという法律です。また耐震性などの住宅の性能に

ついて性能表示制度も組み込まれています。ですから公共工事の品確法とはぜんぜん違い

ます。こういったことを理解していないとマネジメント業務のサービスは提供できません。

監理技術者制度は建設業法に規定されていて土木にも建築にもあります。土木工事の場合

には3千万円以上の工事の時、現場に監理技術者を配さないといけません。建築は 45 百万

円以上です。そして、建築業法上の現場に配置しないといけない監理技術者になる者は資

格が必要で、土木の場合には一級土木施工監理技士、建築の場合には一級建築施工管理技

士になります。土木では増大する大型土木工事の施工管理を行う技術者の養成確保が目的

で、建築の場合には下請けが多く、これらによる施工管理の適正化の目的から設けられま

した。では実際に現場で品質を確保するのは何で出来るのか。土木での設計施工一括発注

方式になると建設コンサルタントの役割がどうなるか重要になってきます。建築の世界で

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も同様の事情があります。発注者側から様々な業務をどんどん外部化しています。建築は

すでに設計は外部に出ていますし、そのほかでも外部化が進んでいるのであまり抵抗感な

くやってしまいますが、土木工事の場合にも民営化が始まろうとしています。中国の例を

だすと、中国は市場経済化が進みましたが、なにが変わってきたかというと国家による治

外法権がなくなってくるということです。どんどん市場開放していくと国家から権限が外

に出て行きます。建設の世界でいうと工事が設計図書の通りにできているかをチェックす

る技術者制度をまず作りました。その次に作ったのが建築士の制度です。建造師という日

本の施工管理技士に近い制度はつい最近です。このように民営化していくということは制

度を作っていくということです。土木工事についても外部化していくことは考えられます。

その時にきちんとした制度設計をするのを最終的には国が考えますが、みなさんの立場か

らいってもどういう形が望ましいのか、品質を確保するためのプロジェクトのやり方とし

てどういう制度が必要なのかを考える必要があります。そういう意味では施工者という立

場も大事ですがそれと発注者の間をつないだり設計者と発注者をつなぐ、ここに能力を発

揮する、いろいろな支援をできる主体というのは必要になってきます。ここが私が今日最

終的に話をしたい部分です。

これは建築の世界の話ですが、大きくは企画・設計・施工の3つに分かれます。建築工

事では企画は発注者が行います。設計は民間の建築士が行います。そして施工するという

流れです。昭和 30~40 年代は技術の幅もあまり広くありませんでした。そのため、一貫し

てプロジェクトを見ていくという観点から言うとわりと昔は全体を見れる発注者がいまし

た。設計者も施工のことが相当よくわかっている。施工者も設計のことについてもだいた

いのことはわかる。特にこの3者をつなぐルールがはっきりしてなくても、相互の信頼の

もとで品質が確保できていました。有名な建築家の方の当時の図面を見ても、今の建築士

に求められている図面よりはるかに少ないことがよくあります。しかし、いかに現場にい

てそれぞれの立場の人とよく話し、わかっていたかということは如実に残っています。そ

れに対して今の時代はいろいろな分業体制が出来てきます。たとえば企画は発注者がやる

だけではなくて外部委託することも多くなっています。設計に関しても意匠、構造、設備

それぞれに下請けに出すということが多くなっています。施工も当然重層的に行われてい

ます。このようにそれぞれの役割がかなり分業化されています。そういう中で一貫したプ

ロジェクトのマネジメントというのが出来にくくなっています。さらに派遣社員等が入る

ことによって情報の共有化がされにくいといった問題もあります。今までは終身雇用制の

もと現場でみっちり鍛えるといったことがあったのが、派遣社員を使うことによって出来

なくなっているといった問題があります。大学でマネジメント教育をやっているところも

限られます。こうしたことが重なって一貫した思想がなくなってきています。もしこうい

う状態が続くのであれば、第三者的に一貫した目を持ってみるということがますます重要

になってきます。分業化等によって技術やものづくりの思想の伝承がなくなってきつつあ

るのかもしれません。これをとどめるには過去に戻るというのも一つの方法ですが、マネ

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ジメント系の人間、第三者的な目で一貫して見るということが非常に重要な状況になって

きています。

3.さいごに

そういう意味で今日の建設コンサルタントという仕事をされている方たちのふるまい、

どういうマーケットに持っていくかということは非常に戦略的に考えるとおもしろい世界

になってくると思います。生産性の向上といった時にはあまりデザインといったものが意

識されていないですが、デザインを追及していくと生産性の面では効率が落ちることはあ

りますが、それは必ずしも悪ではありません。そうするとその辺の調整も考えないといけ

ません。そういう意味では建築の世界でも議論はあります。土木の場合は責任が外部化さ

れてきています。これから土木の世界の技術者制度とかもおそらく整えられるのではない

でしょうか。民営化が進んできた場合に、できるだけ品質を確保するためのマネジメント

に関心を持って活動していただければと思います。

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◆サービス産業の生産性向上は景気回復と内需振興に寄与する 長 尾:本日はお忙しいなか、座談会にご参

集いただき、誠に有難うございます。 本日は、サービス産業の生産性向

上において活躍されている皆様か

ら、ご知見やご見識を披露していた

だき、中国地域のサービス産業全体

を良い方向へ導くためのご協力を

お願いしたいと思います。 そのためには、先ず、現場の動き

を知ることが大切です。

皆様の現場でどのような取り組みをしておられるのかをご紹介いただき、その素

晴らしさを実感したうえで、いろいろと意見交換をさせていただきたいと思います。

現在、内需振興が景気回復のキーワードの一つになっています。本日のテーマで

あるサービス産業は、まさに内需振興の切り札ともいうべき産業です。その意味で

も、中国地域のサービス産業の生産性向上が、景気回復の新機軸となるよう、中国

経済産業局も取り組んでいきたいと考えています。

生産性向上の秘訣! 先進企業はここまでやっている!

座 談 会

☆「ハイ・サービス日本 300 選」に選ばれた中国地域の 4 社の方々にお集まりいただき、

サービス産業の生産性向上について討議いただく「座談会」を開催しました。

☆業界の常識を覆すような各社の秘訣を紹介していただくとともに、今後、サービス産業

全体に生産性向上の取り組みを拡げていくための課題や方策についても意見交換してい

ただきました。 【経営者】医療法人社団いでした内科・神経内科クリニック

理事長 井手下 久登 氏 株式会社アビリティ・インタービジネス・ソリューションズ 代表取締役社長 武田 昌勝 氏 サマンサジャパン株式会社 代表取締役会長&CEO 小野 英輔 氏 株式会社ティ・エス・エス・プロダクション 代表取締役社長 山中 敏治 氏 【コーディネーター】 中国経済産業局 局長 長尾 正彦 【司会】 中国経済産業局 産業部 流通・サービス産業課 課長 中山 光治

≪サービス産業の生産性向上に向けて≫

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◆生産性向上は人財育成と表裏一体 中 山:一般的に、「効率化を進めようとす

ると顧客満足が下がる」、「効率化と

顧客満足は二律背反する」という指

摘がありますが、皆様のところでは

いかがでしょうか? 井手下:医療業界は、他の業界に比べますと、

厳しさがやや足りないように感じ

ています。 「医師や看護師の態度がよくない」というご指摘を耳にすることもございます。

私のクリニックではお客様への応対のやり方に相当な注意を配っていますが、それ

でも「今よりもっと応対を良くしなければならない」と思っています。お客様への

応対を良くするという気持ちを持って取り組まなければ、直せるものも直せないと

いう状況に陥ってしまいます。まだまだ意識が足りないと反省しています。

私は、開業する前に広島市内の総合

病院に勤務していましたので、大きな

病院がどのような応対をしているのか、

どのような従業員教育をしているのか

を知っています。そのような観点もふ

まえながら、現在、私のクリニックで

何を行っているかについて、お話しま

す。

私は、生産性向上は人財育成とリン

クしていると考えています。

生産性向上と人財育成は表裏一体です。生産性向上に取り組めば、人財も育って

きます。私は、生産性向上に最初に取り組んだときに、トヨタ自動車OBのコンサ

ルタントであるカルマンの若松社長に相談しました。そのきっかけは、若松社長の

書かれた本を読んだことだったのですが、その本のタイトルは、「トヨタ式人財育成」

でした。トヨタ式生産方式ではなく、人財育成の本だったのです。それを読んで感

銘を受け、若松社長のご指導を受けてきました。

◆院内の全てを「視える化」 井手下:私どもは、院内の「視える化」に取り組んでおります。

社員と気持ちを一つにして取り組むためには、将来が視える必要があります。そ

の意味で、「経営理念・ビジョンなどの視える化」、「経営計画(方針)の視える化」

などに取り組んでいます。私どものクリニックでは、経営状況の数値を、全ての社

≪ハイ・サービス日本 300選を受賞した経営者の取り組み≫

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- 153 -

員が知っています。そのように、「経営内容の視える化」も行っています。「業務の

視える化」ということで、5Sにも取り組んでいます。

クリニックの「経営計画書」は、私と社員が一緒に作ります。この計画と実績の

間に違いが生じてきた時には、その原因を一緒に検討します。その積み重ねのおか

げで、最近はあまり違いが生じなくなりました。事業を行う際は、計画が必ず必要

です。単に「頑張りましょう」では、生産性は向上しません。

このほかにも、現在客の維持と新規客の開拓に取り組んだり、日次・週次・月次・

年度ベースで決算を行っています。日次決算といいますのは、毎日、17 時 15 分か

らその日の客数を報告してもらうことです。この決算内容は、全ての職員が知って

います。

「ルールの視える化」では、業務内容の進め方やチェックのやり方など、全ての

項目についてチェックをすることが大切です。そして、チェックしたかどうかをチ

ェックする体制も必要です。

また、一人一人がいろいろなやり方で作業をしていたのでは、生産性は上がりま

せん。全ての作業を標準化することも必要です。

今日出勤してきたら何をすべきかが分かるタイムテーブルも作成しています。

また、どの人がどの業務をどこまで出来るのかが分かるよう、技能習得状況を星

取表にしています。

当クリニックでは、伝達事項は口頭だけではなく、情報システムを使って記録と

して残すようにしています。これらの情報は、私がOKするまで削除してはいけな

いことにしています。このような情報は、1カ月間で 3,000~4,000 件入力されてい

ます。

当クリニックでは、午前 7時から幹部会議を行い、7時 15 分から早朝改善会議を

開催しています。そのなかで、期限内に完了できていない業務の有無などを確認し、

その対策を検討しています。

◆生産性向上には人間力(=人間性+実務遂行能力)が必要 井手下:生産性を高めるためには、人間力が必要です。人間力を構成するのは、人間性と実

務遂行能力で、この 2つが車の両輪です。人間力を高めるため、当クリニックでは

論語の勉強も行っています。

人間力を高めるための「21 徳目」は、職員が毎日 15 分程度かけて書いています。

私も、この「21 徳目」を記入しています。

このように、生産性を向上することは、人財を育成することと同じなのです。

◆マルチワーカーの育成が会社の付加価値 中 山:非常に詳しくお話をしていただきまして、誠に有難うございました。アビリティ・

インタービジネス・ソリューションズの武田社長の会社では、どのような形で生産

性向上に取り組まれていますか。 武 田:当社の主な事業は翻訳です。翻訳を中心として、多様な言語サービスも展開してい

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ます。 当社の日本人スタッフは、日本語、英語、欧州の言語などを使えます。中国人の

スタッフもいて、中国語、日本語、英語などを使えます。欧米人の社員は、英語、

日本語、欧州の言語などを使えます。 このように、多様な言語を扱える社員を擁しています。 このような社員を当社では「マル

チワーカー」と称しており、当社の

特徴の一つになっています。マルチ

ワーカーになると社員自身に付加

価値が付き、その結果会社にも付加

価値がついてきます。そして、その

結果として生産性も向上します。 当社はマルチワーカーを育成し

ていますので、複数の能力を要する

業務でも、一人のスタッフで対応で

きます。 つまり、製造業で言うところのセル生産方式を実施しているのです。当社のスタ

ッフは、顧客とコミュニケーションするなかで相手のニーズを聞き出していますし、

自分がやるべきことも把握しています。 ◆お客様ごとに翻訳システムの辞書を丹念に作成 武 田:翻訳の業務には時間がかかります。特に、良い翻訳をしようとすると多くの時間が

かかってしまいます。そこで、当社ではITを活用して作業の効率化を進めていま

す。具体的には、当社の翻訳システムに、ある単語や文章の適切な翻訳のやり方を

記した辞書を、業界ごと、お客様ごとにつくっています。同じ単語でも、お客様や

業界によって、翻訳のやり方が微妙に異なるのです。この辞書を丹念にメンテナン

スすることによって、質の高い翻訳を短時間に行うことができるのです。また、過

去の類似の文章は、手作業で翻訳しなくても済むような機能も、翻訳システムに内

蔵してあります。

仕事をお受けしたときの翻訳に要する時間は、15 分単位で事前に計画を組んでい

ます。そして、その時間内に翻訳できたかどうかを確認することで、利益が出たか

どうかを判断しています。

◆社内の人材育成と派遣先での人材育成をリンクさせる 武 田:当社では、組織をフラットにしています。階層を少なくし、社員が自己管理するよ

うに促しています。会社のルールで縛らず、自分で考えて行動するようにしていま

す。今後、自分がどういう資格を取得し、どういうスキルを身につけるか、何にチ

ャレンジして自分の幅を広げるのか、ということも自分で考えています。何時まで

にどのような資格を取得するかについては「チャレンジシート」を作成しており、

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半期ごとにその結果を集約しています。試験に合格した人には、受験費用を補助し

ています。当社では、付加価値をいかに高めていくかを重視しており、そのために

も多様なスキルを持っている人材を育成していきたいと思っています。

当社では、社員を社員自身と上司が評価しています。さらに、お客様にも評価し

てもらいます。その評価は、給料に若干ではありますが反映させています。

当社のスタッフが地元の自動車メーカーに派遣された場合、そのスタッフはその

会社で自動車業界に関するノウハウを身につけます。また、IT業界に派遣された

社員は、IT業界のノウハウを習得します。このようなスタッフが派遣期間を終え

て当社に戻ってきますと、派遣先で身につけたノウハウによって、新しい社員を育

ててくれます。この循環を維持することが、当社の人材育成にとって重要です。

翻訳の対価には「1 文字当たりいくら」という相場がありますが、その金額は下

がっています。だからこそ、生産性を高めなければ、採算を確保できません。その

対応策として、当社では社員の能力アップなどに取り組んでいます。

◆生産性向上の先進企業はイノベーションでも先進モデル 長 尾:井手下先生のクリニックでのお取り組みは、大変参考になり、非常に素晴らしいと

思います。生産性向上にここまで徹底して取り組むことは、大変な努力が必要だと

思います。 井手下:私達の取り組みは、アビリティ・インタービジネス・ソリューションズさんのお取

り組みに共通するところが多いと思いました。評価の方法や多能工化の取り組みな

どは、当クリニックでも行っています。やはり、生産性向上と人財育成は、かなり

リンクしていると思います。 長 尾:社員のみなさんに「視える化」すると、納得してもらいやすいのではないでしょう

か。武田社長にもご紹介いただきましたが、私もかつて翻訳業の方とお付き合いが

あって、「お客様の業務に関する知識を持っていないと良い翻訳ができない」という

話をよく聞きました。その意味では、お客様毎に翻訳の辞書を作られ、質の高いサ

ービスを非常に効率的に提供されているというお話に、大変感銘を受けました。こ

れも、カイゼンの素晴らしい事例の一つだと思います。 武 田:辞書をつくる際は、メンテナンスの作業が大変な負担になります。もし間違った翻

訳を辞書に載せてしまうと、その後、ずっと間違った翻訳を続ける恐れもあります。

その意味で、正確な辞書づくりは、当社にとって貴重な財産なのです。 ◆「繁栄手助け業」への業態転換 長 尾:井手下先生と武田社長の取り組みは、効率を高めているだけではなく、イノベーテ

ィブな色彩が濃いと思いました。このような新しいビジネスや市場の創出という観

点も踏まえながら、引き続き、皆様の現場でのお取り組みをお話しいただければと

思います。サマンサジャパンさんではいかがでしょうか?

小 野:当社は単なる清掃業務にとどまらず、たくさんの柱となる事業を育ててきました。

お客様の業界も非常に幅広くバラエティに富んでいます。当社では、生産性向上と

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付加価値向上の両方に取り組んできました。価格競争力を高めながら、ブランド化

も進めて参りました。

そうしたなかで、当社の事業を「業務請負業」であり「繁栄手助け業」であると

考えるようになりました。

40 年前、私は父からあまり業績のよ

くない会社を引き継ぎました。当時の

清掃業務は、社員が誇りを持って働け

る職場ではありませんでした。社員の

平均年齢は 59.9 歳で、同業他社も同

じ状況でした。生産性も良いはずがあ

りません。

私は、「社員が自信を持って働ける会

社、誇りを持って働ける会社にしたい」

と考えていました。

その頃、当社で新しい業態の開発に挑戦した事業が「サマンサクラブ」でした。

当時、「5Sの徹底実践」によってデミング賞を受賞されたある企業経営者の話を聞

きました。5Sとは「整理、整頓、清潔、清掃、しつけ」のことですから、最初の 4

Sは清掃業務と同じことです。つまり、清掃を通じて繁栄した企業があったのです。

そこで、私は発想を転換し、当社の事業を単なる掃除ではなく、「繁栄手助け業」で

あると考えるようになったのです。グレーの作業服をやめて、見栄えの良い制服に

変えて、社員が人前に飛び出せるようにしました。社員が表に出るために、5 番目

の「S」のしつけも徹底しました。

◆モノづくりの発想で生産性を向上 小 野:次に、生産性向上についてお話します。

生産性を高めるために、如何に汚れなくするか、如何にコストをかけないかとい

うことを考えました。その結果、モノづくりの発想を取り入れ、「汚れをきれいにす

る」ことから「きれいさを 95%レベルに保つ」ことにしました。

そのために、あるメーカーと組んで樹脂ワックスも開発しました。それまでは水

性のワックスでしたので、塗った直後はその上を歩くことができませんでした。し

かし、水を使わない「ドライ工法」を開発したことにより、塗った直後でも、その

上を歩くことができるようになりました。ドライ工法を採用したのは、当社が業界

で最初でした。また、ワックスを磨く機械には、従来は長い電気コードが付いてい

ました。しかし、これでは人が歩く妨げになります。そこで、コードレスの装置も

開発しました。

床の汚れは、あたかも「けもの道」のような形でついていきます。つまり、人が

頻繁に歩く部分だけがたくさん汚れ、それ以外のところはあまり汚れないのです。

当時、スリーエム社が樹脂ワックスを使用したドライ工法に適したパッドを販売し

ていましたので、それを使ってワックスの表面を削って磨きました。光沢のなくな

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った部分を中心にワックスを削って、その上からワックスを薄く塗ることにしまし

た。

このような取り組みの結果、早朝や夜間ではなく日中の作業が可能となり、30 歳

前後のミセスが働ける職場になりました。この年代の女性は、勤務できる時間帯が

限られていますので、たくさんの人を募集して、その人たちが働ける時間帯をパッ

チワークのように繋ぎ合わせることで、好きな時間帯だけ勤務できる体制を創りあ

げました。そして、このシステムを「サマンサクラブ」と名づけました。

このように年齢層の若いスタッフを採用し、新しい作業環境を構築した結果、業

績は目を見張るほど改善しました。これを見て社員が驚き、私の指示を受け入れて

くれるようになりました。因みに、当社では業績の変化を的確にとらえるために、

毎月、直近 12 カ月分の数値の合計をプロットして推移を見る「年計グラフ」をつく

っています。このグラフを見れば、サマンサクラブ導入による業績向上を容易に確

認できます。

これまで新しい洗浄機と自動ワックス塗布乾燥機「ワクサー」の開発を続けてき

ましたが、最近、完成の目処がつきました。この開発には約 10 年かかりました。こ

れらの機械で行う作業は水の使用量が極めて少なく、ほぼ完全なドライ工法と言っ

てよいでしょう。また、ワクサーも改良を加えて従来よりもかなり小型になりまし

た。これを本格導入すると、従来の約 7割のコストで清掃が可能になります。業界

は大きな変革期を迎えるでしょう。

◆高付加価値化の原点は経営理念の共有 小 野:次に、高付加価値化についてお話します。

私達は「商品」にいろいろな「付加価値」を付け加えたものを「売り物」と呼ん

でいます。技術、商品にどれほどの付加価値をつけることができるかという問題は、

最終的には「人づくり」に行き着くと思います。当社では、社員教育を「親孝行」

からはじめて、自分がどのような生き方をすればよいかを考えさせるように、繰り

返し指導を行っています。私は、経営計画書に記してある経営理念を徹底すること

に、一生懸命取組んでいます。全ての事業所を私自身が訪問し、そこで経営計画書

のなかにある経営理念を説いています。パート社員が一人しかいない事業所でも、

必ず訪問して説明しています。その結果、社員の仕事ぶりが非常に良くなり、お客

様からサービスの質を認めていただき、当社に名指しでお仕事を発注していただけ

るようになりました。当社の価格が他社より高い場合でも、お仕事をいただけるの

です。社員、スタッフの人間的レベルの向上が全ての原点になると考えています。

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◆外国人が日本を紹介する動画のWebサイトを構築 中 山:有難うございました。ティ・エス・エス・プロダクションさんでは、如何でしょう

か?

山 中:メディア業界は、生き残りをかけて構造改革に取組むべき時代に差し掛かっていま

す。業界では、コンテンツの 2次利用、つまり一度利用したコンテンツを別の媒体

で再び利用する形で採算性を高める、という取り組みも広がっています。

メディア業界では、コンテンツの質の向上が優先されがちで、コスト意識が低い

という風潮があり、他の業界とはかなり異なった独特の世界を形成しています。し

かし、質ばかりを追求していてはいけないということが、3 年前頃からかなり明確

に見えてきました。いかにして生産性を高めて現状を打破するかが、重要な課題に

なっています。

その対応策の一つとして、当社では動画のWebサイトである「ジャパン・イン・

モーション」を立ち上げました。

ジャパン・イン・モーションの特

徴は、広島に住んでいる外国人が、

自分達の行きたい場所を旅して、彼

らの感性でWebの動画に仕上げ

ている点です。この番組では、日本

人のスタッフは地上波の番組を担

当したことがあるディレクターだ

けで、レポーターやライターなどは

外国人がつとめており、彼らの国の

考え方で番組を創りあげています。

ディレクターはパソコンを持ち歩き、旅行中にパソコンで画像を編集して本社に

発信します。これも、低コストで番組を制作できるポイントの一つです。

この番組の東日本縦断企画では、2 人の英国人が知床半島から富士山まで旅をし

ました。この外国人レポーターが日本各地を紹介するのですが、文化ギャップを感

じさせる内容になりました。例えば、北海道ではいくら丼が名物ですが、英国では

いくらを食べませんので、これを食べることは大変なチャレンジでした。

当社がこれまでに蓄積してきたコンテンツを 2次活用することで、コストを抑え

ながら、充実した映像をWeb上で流しています。外国人レポーターが話している

言葉は英語、韓国語、中国語です。日本語は使っていませんから、日本人の間での

知名度はあまり高くありません。

◆独自制作のコンテンツを販売するビジネスモデルを開発 山 中:ジャパン・イン・モーションをなぜ手がけるようになったかについてお話します。6

年半前に私が社長に就任したとき、「今後、売上が毎年数%減るかもしれない」と感

じました。それをカバーするため、新しい収益源として、テレビ局以外からの受注

を開拓することにしました。つまり、当社独自で制作したコンテンツを売って歩く

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という販売型のビジネスモデルです。

当社の特徴の一つとして、社員の半数がテレビ局のなかで勤務していることが挙

げられます。つまり、親会社であるテレビ局から番組制作などの業務を、幅広く任

せていただいているということです。その一方で、当社独自のコンテンツを制作し

ている社員も半分います。

当社独自のコンテンツを販売するという方針のもと、4~5年前に「広島株式会社」

という番組を自分達の費用で制作し、テレビ局に売り込みました。これが、独立行

政法人工業所有権情報・研修館の目にとまり、「知恵の輪ニッポン」というWeb上

の番組を受注することになりました。この番組は、特許の内容を動画で分かりやす

く説明したり、特許技術を開発する際の苦労話を紹介したりするものです。これが、

地上波で培ってきた技術やノウハウを、Webに展開するきっかけとなり、やがて

ジャパン・イン・モーションへとつながったのです。

当時、「Webで日本を紹介するサイトはあるが、それらは全て静止画であり、動

画はない」ということに気付き、動画を使ったサイトを立ち上げようということに

なりました。それ以来、これまで、日本の観光情報の発信を 3年半ほど続けていま

す。

◆人と機材の管理をITで効率化 山 中:業務の効率化という点についてお話しますと、設備はデジタル化が進んでいますが、

それを使うスタッフの仕事はアナログのままです。つまり、経験や感性が重要な仕

事なのです。そのため、これまでは「効率化は難しい」と思っていました。しかし、

今では効率化せざるを得ない状況になりました。効率化するためには、人と機材の

管理が重要です。このため、管理のIT化を進めるなど、いわゆる「視える化」に

取り組んでいます。ここ数年間は、ようやく社員の意識の中にも、コスト意識が芽

生えてきたようです。

高付加価値化についてお話しますと、コンテンツの 2次利用に取り組んだり、番

組制作者が営業マンを兼務するなどによりお客様のニーズに的確に対応することを

進めています。

新規ビジネスという点では、ジャパン・イン・モーションを海外に発信していま

す。これは、まさにコンテンツの 2次利用になります。具体的には、この番組を再

編集して、海外のCATVで放送し、好評を得ています。海外から、当社と提携を

結びたいという申込みもありました。

◆不満を感じているお客様の意見を確認 長 尾:サマンサジャパンさんは、サービス

業ながら随所にモノづくりの発想

を取り込み、新商品や新技術を創り

あげておられます。小野会長は工学

部のご出身ですので、アイデアが非

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常に奇抜ですね。

小 野:効率化したり付加価値を高めたりし

ようと思っても、モノづくりの発想

がなければ実現できません。

異業種での取り組みが案外参考になることが多いのも、そのためでしょう。私は、

効率化と高付加価値化は同時に進めるべきだと思っています。

当社にとって、お客様は 2種類あります。一つは、当社が直接契約しているお客

様で、もう一つは当社が清掃などを請け負っている施設を利用されるお客様です。

ご利用くださるお客様に、ご契約先のお客様の大ファンになっていただくことが重

要です。これを実現するために、付加価値を高めながら効率化を進めることを行わ

なければなりません。

当社は、病院から 15 種類の業務を受

託できます。そして、その一つ一つの

業務を、高付加価値な方法で実施して

います。

受注事業である清掃業務は、単価も

仕事の数量も、お客様に決定権があり

ます。お客様から要請があれば、こち

らの意見は何一つ通りません。私は、

経営理念を実現するために「価格か数

量のどちらかだけでも、当社の意見を

通したい」と考えていました。

そこで当社では、価格面で当社の意見が反映させられるだけの高い付加価値をつ

けるために、パート社員の教育にも力を注ぎました。その結果、お客様が現場で働

くパート社員の後ろ姿をご覧になり、そのお客様から当社にご指名をいただくよう

になりました。今では、そのご指名を受けて、当社の営業マンが動いています。つ

まり、パート社員の頑張りが最初にあって、その後ろに営業マンが続いているので

す。

◆経営者が社員一人一人と几帳面に向き合う 長 尾:ティ・エス・エス・プロダクションさんでは、仕事の中味がアナログ的なものであ

るにもかかわらず、最近ではIT化により効率化を図られているとのことですが、

どのような点を特に工夫していますか。

山 中:番組づくりで質を追求すると、きりがありません。「コスト意識を持ちなさい」と社

員に指示する時は、現場とどのような形で向き合うかが大切になります。私も、30

年間、現場で映像づくりに励んできました。その経験があるからこそ、社員の気持

ちが良く分かりますし、社員も私の指示を受け入れてくれるのだと思います。冷た

く指示するとモチベーションが下がります。社員と几帳面に向き合うことが大切で

す。

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◆全てを「視える化」することが出来ていない 中 山:皆様から現場でのお取

り組みについてご紹

介いただきましたが、

ここからは業界全体

の視点でお伺いした

いと思います。 サービス産業全体

で生産性向上に取り

組むうえで、何が問題

であり、それを解決す

るためにどのように

すればよいかについ

て、ご意見を頂戴した

いと思います。 井手下先生は、どのようにお考えでしょうか?

井手下:私どもは、全てを「視える化」しようと取り組んでいます。社員と情報を共有して、

社員が当クリニックのことを全て理解できるようにしています。 「視える化」を進める際には、「視せる」ことも大切です。計画を数字でたててい

きます。その際、あいまいな表現は避け、「みんなで頑張りましょう」などの表現は

避けることが必要です。 作業を標準化したり、ルール化した

りして、それをもとにカイゼン活動を

積み上げていきます。 私は社員が書いている書類に全て

目を通して、返事を書いています。企

業のトップが社員一人一人をつぶさ

に見て指導していくことが大切です。

特に、中小企業では、経営トップがし

っかりと社員を見て指導することが

重要です。

≪サービス産業全体への生産性向上運動の拡大について≫

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◆サービスは「おまけ」という先入観がある 武 田:サービス業は、「おまけ」とか「無料」という先入観が多いことも、この業界の課題

の一つでしょう。そこで、当社では「サービスはビジネスだ」という意識を強く社

員が持つようにしています。そのような意識改革を、行政がしっかりとPRしても

らえると有り難いと思います。製造業は景気の波が大きく、業界全体が低迷すると、

大きな社会問題になることもあります。しかし、サービス産業は製造業よりは景気

の波が小さいという特徴がありますので、サービス産業が成長すれば景気も安定し

やすくなるでしょう。日本の経済全体も活気づくのではないでしょうか。 ◆生産性向上を支援できる専門家が少ない 武 田:当社でも、生産性向上をはじめとして経営の見直しをいろいろと進めていますが、

専門家に相談しようとしても、本当に当社が求める答えを提供してくれる人が非常

に少ないのが実態です。 以前、社内組織をフラット化したいと思っていた時、その進め方を指導してくれ

る専門家が見つかりませんでした。 また、社員の評価方法について検

討していた時には、職種毎の評価方

法と職種間の評価方法をどのよう

に整合させるかという問題につい

ても、明確な答えを出してくれる専

門家が見つかりませんでした。 こちらが求めているアドバイス

を明確に提供してくれる専門家を

見つけやすい仕組みが出来ると、非

常に利用しやすくなると思います。 ◆社内での人材育成に長い年月がかかる 小 野:当社では、経営計画書を策定する際に、経営理念を明確にすることを重視していま

す。この取り組みは 30 年間以上続けています。経営計画書が出来上がると、私は全

社を 40 カ所以上に分けてパート社員の一人ひとりまでも集め、経営上の全て数値を

全従業員に見てもらいながら、経営理念について話をして回ります。何のために経

営をしているのか、その目的を実現するために会社全体をどの方向へ舵取りしてい

くのかということを、社員一人ひとりに理解してもらっています。私は、新入社員

を採用する際にも、全ての新入社員の家庭を訪問し、ご家族も含めて私の考え方を

理解していただいています。経営理念を理解してもらうことは、経営の核になるも

のを共有することです。これを文字に置き換えたものが経営計画書なのです。

当社では、経営計画書の目標を達成するために、お客様にアンケートをお願いし

ています。そこでは、当社のサービスについて「大満足」、「満足」、「普通」、「やや

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不満」、「不満」という選択肢を選んでいただきます。その回答が「普通」以下だっ

たお客様については、社員が訪問して満足してもらえなかった理由を聞いています。

そこで浮かび上がった課題に対して、サマンサジャパン流のQC活動、当社ではS

QCと呼んでいるのですが、このSQCを通じてパート社員と一緒に解決策を考え

ています。そして、その解決策の内容とそれが本当に実行されているかどうかを、

本社がチェックしています。毎年の小さな変化が 10 年後に会社を大きく変化させま

す。

しかし問題は、一緒になって解決策を考えてくれる社員を育成することに、相当

な時間がかかることです。気の長い話になりますが、そのために当社では「親孝行」

の大切さを社員に話すことから始めています。自分の存在の原点である親に対する

感謝の気持ちを持てないと、全ての行動が単なる打算になってしまいます。

このような取り組みを積み重ねることで、サービスは「おまけ」とか「無料」で

はなく「付加価値」になるのです。そして、その付加価値をたくさん生み出してい

くことが、ブランドにつながるのです。「売り物」の働きを高め続けることです。

当社では普通の人が親孝行から学びはじめて、人生どう生きるべきかを学び、徐々

に優秀な人材になっていくような社員教育の進め方をしています。

◆“壁”を超えるためには新しいビジネスモデルへの挑戦が不可欠 山 中:メディア業界では、放送外収入を拡大するため、一度放送したコンテンツをWeb

などで 2次利用する動きが本格化しつつあります。しかし、地方の放送局が独自に

作成したコンテンツは、Webで放送してもなかなか見てもらえません。このよう

に地方局のコンテンツの 2次利用には大きな壁がありますが、この壁を何とかして

突破することが必要です。

その方向性の一つとして、当社では

ジャパン・イン・モーションで放送し

た動画を、海外のCATVで 2次利用

してもらう新たなビジネスモデルを開

拓しています。

通常の 2 次利用は、テレビで放送し

たコンテンツをWebやCATVで 2

次利用する形態ですが、当社ではWe

bで放送したものをCATVで 2次利

用する形態に取り組んでいます。

今後、Webの動画が進化するなかで、当社のビジネスモデルは拡大するのでは

ないかと期待しています。

このような方向性のもとで、地方の番組制作会社でありながら、海外の市場開拓

を目指していきたいと思っています。

◆サービス産業生産性向上運動とその3つの柱

Page 35: ビルメンテナンス業の生産性向上研修 『組織を活性化させ …...ビルメンテナンス業の生産性向上研修 株式会社MATコンサルティング 代表取締役社長

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長 尾:貴重なご意見をいただき、有り難うございました。サービス産業の生産性向上を進

めるにあたり、大いに参考になりました。

中国経済産業局では、「サービス産業生産性向上運動」を今年度から本格的に展開

していきます。この「運動」に沿って、先ずはサービス産業全体で生産性向上に取

り組んでいこうとする「きっかけ」を作っていきたいと考えています。本日皆様か

らいただいたご意見を踏まえ、この座談会の機運を中国地域全体に浸透させていき

たいと思います。

この運動が中国地域のサービス産

業の成長につながり、ひいては内需

拡大に寄与するように取り組んで

いきたいと考えています。

皆様のご意見を伺っていますと、

情報の共有による「視える化」、付

加価値の高い新しいビジネスモデ

ルの創出、専門家人材の育成などと

いったキーワードがありました。

これらのキーワードは、「サービス産業生産性向上運動」の 3本柱にも深く関わっ

ているように思います。3本柱とは、情報を発信して共有する「普及啓発」、生産性

向上のモデル事例を生み出していく「トライアル」、専門家人材を育成してフェイス

to フェイスの交流を図る「人材・つながり」の 3つです。この運動を展開するなか

で、本日皆様から伺ったご意見についてもお応えできるように取り組んでいきたい

と思います。先ずは、この運動のためのネットワークづくりを早急に進めたいと考

えています。

この座談会だけでなく、今後も、皆様から「こんな考え方もあるよ」というご意

見をいただきながら、一緒になって運動を推進したいと思います。

本日は、大変参考になる貴重なお話をご披露いただき、本当に有難うございまし

た。今後も、ご理解・ご協力のほど、宜しくお願いいたします。

中 山:有難うございました。本日は、サービス産業の生産性向上において中国地域を代表

する皆様にお集まりいただき、大変熱心な意見交換をしていただくことができまし

た。当局では、皆様と一緒に、中国地域のサービス産業の生産性向上について取り

組んでいきたいと思います。皆様は、私どもや中国地域の方々にとって、素晴らし

い先生のような存在だと思いますので、これからも宜しくお願いいたします。

本日は、有難うございました。

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サービス産業生産性向上セミナー

独立行政法人産業技術総合研究所 次長 内藤耕氏

『現場カイゼンで顧客満足度向上!』

日時:平成 21 年 10 月 15 日(木) 14:45~15:35

場所:ひろしまハイビル 21 (広島市中区銀山町 3-1)

1.はじめに

産業技術総合研究所の内藤と申します。本日は宜しくお願いします。本日は、「サービス産業

の生産性向上とは何なのか?」というあたりから、お話を進めていきたいと思います。 さて、皆様の机の上に、生産性本部のパンフ

レットが置いてあります。そこには、日本生産

性本部が生産性向上運動を展開していることが

紹介されており、生産性向上の成果が労使の間

で公正に分配されるべきであることが示されて

います。つまり、生産性を向上すると、会社の

経営基盤が強化されるだけでなく、従業員満足

も向上するわけです。さらに言えば、従業員満

足の向上は顧客満足にもつながっていきます。

このような話を今日これからしていきます。 ここに本日のタイトルが映し出されていますが、「現場カイゼン」、「顧客満足度向上」、「経験と

勘」、「科学的・工学的手法」など、方向性が違うような言葉が羅列されています。本日のお話を

聞いていただくなかで、最終的にこれらの言葉が一つの方向を指し示していることをご理解いた

だけるようになるものと考えています。 政府が策定した経済成長戦略のなかで、今後は製造業の競争力を強化するだけではなく、GD

Pの約7割を占めるようになったサービス産業の競争力も高めていくことが必要であるとの方向

性が示されました。自動車産業は、本来は製造業ですが、その販売や修理はサービスです。エレ

ベーターも、その装置をつくることは製造業ですが、メンテナンスはサービスです。このように、

製造業とサービス業が密接に絡み合っていますので、両方の生産性を高めていくことが、これか

らの持続的な成長を実現するうえで非常に重要です。 2.サービス業の研究における問題意識と考え方

サービス産業の生産性を式で表現すると、分母に「効率の向上」、分子に「付加価値の向上・新

規ビジネスの創出」がくることを経済産業省の報告書は提案しています。製造業では、分子が固

定されていますので、分母について取り組めば良いことになります。しかし、サービス産業では、

分子を追及すると分母に手をかけなければなりません。一方、分母を追求すると、分子にあたる

顧客満足度が低下してしまいます。このように、分母と分子が二律背反にあるとこれまで多くの

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サービス産業で働く人々によって信じられてきました。 この二律背反というテーマについては、私は、サービス産業の研究に携わるようになった当初

から強い関心を持っていましたが、じっくりと考える時間が実は当時ありませんでした。私自身

は、一人の客としてスーパーマーケット等でのサービスを利用しています。しかし、そのような

企業の舞台裏で何が行われているのか、実は全く知りませんでした。そういった日頃からの興味

もありましたし、何よりも、現場へ行くことが大好きでしたので、サービス産業の生産性向上に

ついて研究をするようになってからは、先ずは現場に足を運ぶようにしました。 しかし、最初のうちは、「サービス産業の生産性向上とは何か?」という問題に対して、明確な

答えを持っていませんでした。それ以前に、先ず、何処へ話しを聞きに行けば、サービス産業の

生産性向上というテーマについて、しっかりとした考えを持つことができるのかすら、わかりま

せんでした。そこで、先ずは「継続的に良いサービスを提供することが、将来的には高い生産性

を実現することにつながるだろう」と考えて、とりあえず評判の良い企業を訪問することにしま

した。評判の良い企業の現場を見て、私自身の仮説と適合しているかどうかを確かめることにし

たのです。最初の頃に訪問した企業としては、旅館の加賀屋などがありました。そして、旅館な

ら泊まってみる、レストランなら食べてみる、そういったところから始めました。このように、

経験と分析を繰り返してみました。 3.和倉温泉加賀屋

加賀屋は、プロが選ぶ旅館で 29 年間にわたって第1位の座を守っています。サービス産業生産性協議会のハイ・サービス日本 300選にも選出されました。ホテルや旅館では、お風呂や料理など重視すべきサービスはたくさんありますが、加賀屋では「おもてなし」を提供することを重

視しています。仲居たちがお客様をおもてなしするには、お客様を理解することが必要です。し

かし、同じ旅行でも、会社の仕事で宿泊する場合と家族で宿泊する場合では、そのニーズは違う

はずです。 そこで、加賀屋では、お客様にフロントで鍵を渡す場面から、お客様のニーズや情報を集める

作業が始まります。加賀屋では、おもてなしはそもそも宿泊客に提供するサービスであるだけで

なく、実はお客様の情報を集めるためのツールでもあるのです。このことから、加賀屋では、接

客時間をいかに長く確保するかというところを重視しています。お客様に対して価値を提供する

うえで、接客時間が重要だということです。接客時間を確保するほど、顧客満足度が高まるだけ

でなく、そのニーズの理解を通じてお客様に的確なサービスを提供できるようになります。 その結果、料理を部屋に機械で運ぶための自動搬送システムを導入するといった手法が導入さ

れたのです。また、子どもを養っている仲居が仕事に集中できるように、旅館に子どもを預かる

施設もつくりました。このようなことは、テレビでもよく放送されていますので、多くの人も既

にご存知と思います。 加賀屋が作り上げた素晴らしい仕組みはこれだけではありません。 例えば、お客様の子どもが卵アレルギーだったことに、仲居が気付いた場面を想像して下さい。

その仲居は、今お出ししたばかりの茶碗蒸しに卵が入っているので、これを下げて、別の料理を

お出ししたいと考えるでしょう。 ところが、その仲居がまだ入社したばかりの若い人だったら、どうなるでしょう。仲居は、別

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の料理をつくってもらうため、調理場に電話で連絡します。しかし、調理場の従業員が、入社し

たての仲居の意見を、そのまま受け入れてくれるとは限りません。調理場では、次々に新しい料

理をつくっている最中で、その動きをとめることは容易ではありません。 しかし、調理場に連絡した人が、旅館の女将だ

ったら、話は別です。女将の意見は即座に受け入

れられ、茶碗蒸しに代わる料理がすぐに出てくる

ことは容易に想像できます。 これをお客様の立場からみてみると、大きな問

題です。つまり、同じお金を払っているのに、お

願いした人が若い仲居である場合と、女将である

場合とで、旅館が提供するサービスの品質が違う

ことになるためです。 こうした品質のムラをなくすため、加賀屋では、

現場の担当者が収集した様々な情報をフロント

にとりあえず集約し、そこから関係する部署等へ

指示を出しています。 つまり、仲居からの個人的なお願いとしてではなく、フロントからの組織的な業務として指示

をしているのです。これなら、若い仲居の意見も通りますし、サービス品質の平準化できます。 5.生産性向上の方法

生産性向上の方法は様々で、こうすれば良いという決まった答えはまだ見つかっていません。

例えば、情報共有のやり方を工夫するとか、ニーズ分析を行うとか、いろいろです。会社の規模

によっても、取り組み方は違ってきます。多店舗展開していればIT化が適しています。私は常々、

「一店舗なら記憶力を高めましょう。二店舗ならメモ用紙と鉛筆を用意しましょう。十店舗なら

パソコンを使ってみましょう。50店舗になってはじめてIT化を検討しましょう」とお話しています。つまり、生産性向上イコールIT化ではありません。整理整頓を徹底するだけでも生産性

が上がった企業もたくさんあります。 生産性向上の代表的な方法を幾つかご紹介します。先ず、情報共有についてお話します。阿寒

グランドホテルでは、館内に設置したカメラシステムと携帯電話で作業現場の状況や従業員が抱

えている問題点を把握しています。このようにして集めた情報を、コントロールルームという部

署で集約し、旅館全体で共有化しています。 情報共有化に続いて、ニーズ・作業分析についてお話します。あるアパレルショップでは、接

客を通じてお客様のニーズを把握しています。来店客には可能であれば前回購入した商品の感想

を聞き、常に一人ひとりのお客様に合った商品を提案できるようにしてます。こうして、固定客

を増やしているのです。 このように社内の何かを変えて生産性向上に取り組むのですが、その場合、どの指標の改善に

取り組むのかを決める必要があります。そして、それを評価していくことが必要です。通常の経

営者は、改善すべき指標として、売上高や利益をあげます。しかし、ある回転寿司チェーンでは

廃棄率に注目しています。加賀屋はそれが接客時間です。あるスーパーでは、社員の改善提案件

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数を重視しています。一般のスーパーで働くパート社員は、地元の主婦が多いからです。通常の

お客様は不満に思っていることをなかなか話してくれません。しかし、パート社員には、本音を

聞くことができます。だからこそ、パート社員の改善提案を実行すれば、顧客満足が高まるので

す。 経営者が社員と経営理念を共有化することも大切です。私がこれまで訪問してきたすごいサー

ビス企業の経営者は、まず経営理念の説明から話を始めます。2 時間の面談をする場合は、そのうち多くの時間は理念のお話です。理念が明確であれば、従業員は自分達が何をすべきかが分か

るのです。そして、どのような人をお客様と考えればよいかも分かってきます。 6.株式会社スーパーホテル

スーパーホテルは、工業地帯のホテルとして出張ビジネスマンを顧客ターゲットに位置づけて

います。客層を明確化し、それによって自分達が提供すべきサービスも絞り込み、特化している

のです。このホテルでは、お客様に提供する価値として、「ぐっすり眠れる」ことを掲げています。

例えば、部屋のベッドは、低反発素材を使うなど、素材や品質にこだわっています。一方、眠り

に影響しないベッドの脚をなくし、ベッドの購入価格を下げています。脚のないベッドは床に直

置きになっていますので、ベッドの下を掃除する手間が省けていますし、ベッドの下にはじゅう

たんも敷いていませんので、じゅうたんの購入価格も下げることができます。さらに、脚がない

ため、ベッドが低くなり、ベッドに横たわったときに天井が高く感じ、顧客満足も高まります。 また、スーパーホテルでは温泉大浴場を設置し始めています。出張ビジネスマンにとって、温泉

大浴場がありますと、満足度が高まります。しかも、部屋のフロには入りませんので、ホテル全

体としてのお湯の使用量が少なくなります。部屋のフロの掃除も楽になります。部屋の掃除にか

かるコストを一室当たり下げることができれば、年間で一体いくらのコスト削減になるでしょう

か。このように、大浴場を設置することで、顧客満足とランニングコストの両方を改善すること

に成功しています。 7.市場料理賀露幸

プロセスの変革も、生産性向上にとって有効です。 鳥取市に賀露幸という海鮮レストランがあります。親会社は地元のメーカーです。開店当初、

最も来店客数が多い五月の連休には 300人程度しか対応できなかっただけでなく、店外には長い行列ができてしまいました。そこで、同社は、親会社のメーカー的な発想のもとで、従業員の導

線などをしっかりと分析したうえで、厨房のレイアウトを変更しました。このように厨房の調理

効率を高めた結果、二年後の五月の連休の来店客数を 1,000人以上まで増やすことに成功しました。それまでは、対応できる客数の上限が厨房の非効率によって頭打ちになっいましたので、そ

こを改善したのです。このように、ほとんどお金をかけないで、このレストランは生産性の向上

を実現したのです。つまり、親会社が持っていた製造業のノウハウを活用した点が注目されます。 8.品質とは

ここで、科学的・工学的な生産性向上の効果についてまとめておきましょう。 その効果としては、サービス品質のムラを解消し、顧客の満足やロイヤリティが向上します。

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また、サービス提供のムリが減り、従業員満足が向上します。現場作業のムダを無くし、効率的

な事業運営が実現できます。現場作業の見える化で、事業の多店舗展開や高付加価値化が実現し

ます。顧客のニーズを理解し、新ビジネス創出が可能になります。市場環境の変化に柔軟に対応

でき、経営基盤が強化されます。 ここで大切なことは、品質と効率の両方を追求して、顧客満足を高める仕組みをつくっていく

ことです。顧客満足だけ追求する会社は多いのですが、効率化も同時に追求しなければなりませ

ん。サービス精神が旺盛なサービス企業が多いので、あれもこれも取り組もうとしますが、現場

がついていけません。品質と効率の両方を実現できる仕組みが無ければ、安定収益を達成できま

せん。このような仕組みをしっかりとつくりあげ、従業員満足の向上を通じて、顧客満足も高め

ていくことが、サービス産業の生産性向上では必要なのです。 以上で私のお話を終わらせていただきます。ご静聴有難うございました。

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サービス産業生産性向上セミナー

株式会社一の湯 代表取締役社長 小川晴也氏

『人時生産性の考え方』

日時:平成 21 年 10 月 15 日(木) 14:30~17:05

場所:ひろしまハイビル 21 (広島市中区銀山町 3-1)

1.はじめに

一の湯の小川でございます。

当社は、経済産業省のハイ・サービス日本 300

選の 100 数番目に選ばれました。

旅館は創業から 379 年目で、私で 15 代目にな

ります。

一の湯は湯宿で街道沿いではないのですが、

江戸時代に湯治から湯宿のスタイルに変わって

いった旅館です。色々歴史があります。例えば

そのころ湯治は1つ温泉に7日泊まってこれを

一めぐり、箱根には7つ温泉があり、そのうち

の3つをめぐる三めぐり湯治が標準でありまし

た。 ところがある時から一夜湯治が箱根で始まりました。湯治は7日間ですが宿場は一夜です。そ

の真似をして、湯治でありながら、一夜湯治を初めました。そのため、小田原の宿場が、「客をと

られる」と文句を言ってきたそうです。かなり大きな騒ぎになったようです。 当時の小田原は大久保さんでしたが、大久保さんではうまくいかなかったので、江戸幕府まで

行って裁定をもらったそうです。こうして、箱根の一夜湯治を許してもらったという出来事が、

箱根の一夜湯治の始まりです。 2.生産性向上に取り組んだきっかけ

ここからは、人時生産性(=粗利益÷のべ労働時間(従業員数×労働時間))を上げるに行き着

くまでの話をしたいと思います。

私は、大学卒業後、会社勤めをしておりました。

昭和 53 年に家業へ戻ってまいりました。昭和 48 年にオイルショックがあり、昭和 50 年頃から

景気が良くなり、どの旅館も大きな投資を始めている頃家業へ戻ってまいりました。どこの旅館

も増築、新築の投資をしていた時期で、一の湯も2軒ありました。

先代の時、全額借入れの投資をしてフランス料理を出す洋室ばかりのホテルを1棟建てました。

本館は良かったのですが2棟目が重荷になり、3 年で 1 億円位の赤字になりました。その後、私

が経営を引継ぎました。

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当時の旅館業界といいますと、経営者は経営状況を良くしたいと考えていましたが、現場の士

気はなかなか上がらないという状況でした。このため、お客様に気の利いたサービスはできませ

んでした。 それでも景気の良い時代だったので、お客さまが来てくださいました。のんびりしていても良

かった時代でもありましたが、やがて時代が変わり、経営改善を始めないといけなくなりました。 当時、当社は3年連続で赤字に陥っていましたので、何とか厳しい状況を脱却しなければと思

っていましたが、何をどうすれば良いのかまったく分かりませんでした。業界内の他の会社が実

施している改善策はほぼ全て試みましたし、多くの経営コンサルタントにもお会いして経営指導

を受けました。委託経営に近いこともしてみました。経営コンサルタントは見て分かる範囲は教

えて下さるのですが、本当に抱えている問題は教えてくださらなかったので、経営は良くなりま

せんでした。 ある時、旅館経営をしている友達が、全く領域の違うスーパーマーケットを指導している先生

の所へ行くというので同行し、話を聞きました。

当時、私はその先生の名前も知らなかったのですが、日本リティリングセンターペガサスクラ

ブの渥美俊一先生でした。お会いしてみると、倉本長治先生がはじめられた毎年 2000 人規模の商

業界ゼミナール(実は商業界ゼミナールの昭和 33 年の第 1回目が、一の湯で開催されていたので

す。)の創世記の時代から箱根や弊一の湯のことはよくご存じの先生でした。

先生の所へ赤字の決算書を3期分持って行きましたところ、「こんな経営が悪いところからコン

サルタント料を貰えない。コーヒー代だけ払ってくれれば良いから、そこで黙って私の話を聞い

ていろ」と言われ、コーヒー代だけで 30 分指導を受けました。

話しを聞いていますと、「貴方の財産は全部で幾らですか」と聞かれましたが、即答できません

でしたので、しばらく時間をかけて調べて、後日先生にご連絡しました。すると、当時定期預金

の金利が8%でしたので、「会社と家の財産を全て売り、定期預金に預けたほうが良い」と言われ

ました。当時、私の会社の利益は赤字で、定期預金で得られる利息の方がはるかに大きいので、

なまじ働くより預ける方が社会貢献になると言われました。

その話を最初に伺った時は本当にショックで、先生の仰っている意味が分かりませんでした。

しかし、何度も先生の仰っていることを考えているうちに、先生が ROI(=利益÷投資額×100)

の考え方を教えて下さっていることに気が付きました。

その時、私は初めて目が覚めました。

私は ROI という言葉も知らなかったのですが、先生に何%にすれば良いのか聞きましたところ、

「20%は必要だ」とのことでした。それまでは漠然とありとあらゆるものが目、耳に入ってきて

何から手をつけてよいか分かりませんでした。

また、「従業員本人とその家族の一生を面倒見て、財産形成するくらいでないと、経営者の資格

はない」と言われました。現在、年金や健保の問題がクローズアップされていますが、国に頼っ

ていては駄目で、それを自分の会社で賄うくらいでなければいけません。そういう考え方もある

のだと、私は心を入れ替えました。それからは、ROI を 20%にしようと、目標がはっきり決まり

ました。

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3.ROIと人時生産性

ROI を高める方法としては、一般的には、売上高を拡大することが思い浮かびます。売上高を

拡大するためには、店舗数を増やすことなどが必要で、その設備資金もかかります。

しかし、当時は、借入金がかなり多かったため、増資も投資もできませんでした。人材育成も

時間がかかるので直ぐにできません。まず初めは0円で出来ることから始めないといけない状態

でした。

そこで、日々のマネジメントから手をつけていきました。

最初に、マネジメントの重要なポイントである人時生産性を計算してみることにしました。当

時、すかいらーくの人時生産性が 3,500 円という噂を聞きましたので、一の湯でも人時生産性を

計算してみようという事になりました。

まず1カ月を 10 日ずつに区切り、分母の全従業員の総労働時間を計算しました。人時生産性の

計算では、分子は粗利益高(=売上高-仕入高)に当たります。売上はレジで打ち出しすればす

ぐに分かりました。一方、仕入高を出すことが難しいのです。納品書がないものもありましたし、

納品書があっても、数量だけで単価がないものもありました。品名も、業界用語で書いてありま

すと理解出来ません。例えば、八百屋の納品書に書いてある「ラレシ」。これは赤カブなどのラデ

ィッシュのことです。仕入れが月締めなので日々どれだけ仕入れているか、10 日間の仕入れがど

れだけなのか分からなかったのです。

ちなみに粗利益率を出すと旅館だったら粗利益率は 82%、小売業は 25%、ディスカウントショ

ップは 16%です。

当社の人時生産性を計算した結果、1,700 円くらいでした。少ないと思いましたが、どれだけ

少ないか実感が湧きませんでした。当時、当社のパートの時給は 1,000 円でした。交通費や、昼

食代などもかかりますので、それらも含めると 1,500 円になります。1,700 円を稼いでも 200 円

しか残りません。10%強しか残っていません。残りは経費等で支払いますので、黒字になるはず

がありません。

しかし、すかいらーくのように 3,500 円の人時生産性が出せれば、人件費として 1,000 円を支

払っても、2,500 円ほど残ります。これならば、十分に利益が確保できるのです。その時はじめ

て、スカイラークの 3,500 円という人時生産性が理想的な数であることに気がつきました。料理

のおいしさやサービスなどでは、すかいらーくに決して負けていないという自信がありましたの

で、益々悔しかったです。

余談なのですが、1カ月を 10 日ごとに区切ると、日曜日が 2回入るものと 1回しか入らないも

のがみられるため、数値がバラつきます。人間の行動パターンは曜日で決まっております。人は

計画を立てる時、「○月○日に何をするか」というより、むしろ「月曜日に何をするか」と決める

ものです。そこで、人時生産性の集計も、7日単位で行うことにしました。

毎週月曜日の朝に、週間コントロール会議を始めることにし、人時生産性の改善に取り組みま

した。人時生産性の分子を大きくするか、分母を小さくするかという2つの方法があるのですが、

分子の粗利益を大きくするために売上高を増やそうとすると、売り場を広げなければなりません。

人時生産性を 1,700 円から 3,500 円に高めようとすると、単純計算すれば、店の広さを 2 倍以上

に拡張しなければなりません。それには5~6億円の投資が必要です。

そこで分母を半分にすることにしました。従業員を減らせば分母が小さくなります。従業員を

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解雇するのは、現場の上司には難しいことです。そこで、労働時間を短縮し、その成果として、

「来週までに 1,100 時間を 1,095 時間にする」というような目標を、週間コントロール会議で立

てて、継続することにしました。最初はマニュアル、稼動計画表があるわけでもないので、とに

かく各部門のリーダーが「夕方早く帰りなさい」と言っておりました。最初のうちは、その程度

の取り組みでも、かなりの成果が出ました。

勤務時間を記録するレコーダーは、ユニフォ

ームに着替えた後に打刻するといった工夫を積

み重ねたほか、社員同士で自発的に相互にチェ

ックすることにも取り組みますと、勤務時間の

短縮が徐々に進んでいきました。

次週は少しでも早く帰ろうという統一目標が

できてきました。

その取り組み状況を確認するうえで、人時生

産性の数値は、良い道具として機能しました。

毎週、全員で人時生産性の数値がどのように変

化したかを確認するのです。

人は、数値が良い方へ変化することが好きなので、労働時間を短縮しようとする努力が次第に

根付いていきました。ただ、数値だけを良くするのではなく、そこに全員が納得できる理屈も必

要です。

人時生産性に似た指標として、労働分配率というものがあります。この指標は、労務費を粗利

益額で割った値です。労務費の内訳には、賞与、給与、残業代、保険料、弁当代、交通費、求人

広告費、訓練費などが含まれています。健全な経営を行うためには、この労働分配率を 37%以下

に抑えることが理想的です。37%ならば、その会社は黒字になるでしょう。

会社全体としての人時生産性は、5,000 円あれば十分です。この場合は、1人あたり1年間 2,000

時間働きますから、1 人当たりの粗利益額が 1,000 万円/年間になるからです。当時、全国の給

与所得者の平均年収は 500 万円でした。一方、一の湯の平均年収は、神奈川県の「下の中」に相

当する 260 万円でした。「中の下」が年収 300 万円でしたので、目標とする給与モデルを年収 300

万円としました。人時生産性を 5,000 円/時間にして、平均年収も 300 万円にするというという

2つの共通目標を作りました。その2つを従業員に説明し、理解してもらいました。

4.具体的な取り組み

ある程度生産性が向上してくると、早く帰るだけでは生産性を上げることが限界に達してきま

したので、仕事のやり方を変えることになりました。どの作業をなくすかについて、具体的に考

えました。結果的には、「無駄なことはしない、無理なことはさせない」ということなのですが、

今働いている人は自分たちがやっている仕事が正しいと思っているので、「自分の仕事に無駄はな

い」と信じています。 まず初めは準備や片付け等を徹底的に削りました。お客様から見えない場所で合理的に行動す

るのは簡単です。それ以上削る所がなくなったらお客様がいる時のサービスを削っていきました。

商品として命取りになる可能性があるので、お客様がいる所で削るのは最後にしました。

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従来あったサービスをこちら側の都合で削ると、作業時間、原価は減りますが、他のサービス

を付けないとクレームになります。削ぎ落とすだけではなく、何か価値を付けないといけません。

その価値をどのように提供するかが一工夫だと思います。 例えば、お茶、お菓子を仲居係がお出して、いらっしゃいませと言う作業を辞めようと思いま

した。これは絶対に昔、旅館ではやっていたサービスです。「お茶は煎茶、玄米茶、番茶等3~4

種類用意し、ご自由にご利用くださいと書いたら大丈夫ではないか」と言う従業員がいましたの

で、実際に試したところ、苦情はありませんでした。 お付き菓子も、「塩こぶや甘いお菓子を3~4種類出した方が、サービスの価値が上がる」とい

う従業員がいました。これも成功しました。手を抜いた分の作業は準備段階の掃除係がすれば良

いので着物を着た仲居係は必要ありません。手を抜いた代わりに、お客様に選択の自由を提供し

ました。時間を短縮するために出てきたこの知恵は、結果的に良い知恵となりました。 もう一つは、冷蔵庫内の飲料などの販売を辞めました。それまでは仲居係が毎朝客室の冷蔵庫

をチェックしておりました。一の湯以外の大部分の旅館は、費用が高かったのですが、自動的に

販売数を把握できるシステム冷蔵庫にしました。システム冷蔵庫の飲み物は、通常値段が高いた

め、あまり売れません。このため、これらの飲み物の多くは、賞味期限が切れてしまいます。ま

た、システム冷蔵庫の中にある飲み物の賞味期限の確認に、かなりの手間がかかるという問題も

ありました。こんなことを見聞きしていましたので、当社では冷蔵庫をなくしました。当時、高

級な旅館ではミニバーを充実させて収益を稼ぎ出すという考えが、業界で浸透しておりましたが、

このような室内サービスは弊一の湯の場合は閉鎖しても問題は全く無かったのです。 5.さいごに

その頃は、私は、効率化したい会社が、それぞれ効率化していけば良いという考えでした。し

かし、最近では、効率化は業種を超えて皆でやらなければならないと思うようになりました。日

本の製造業が今日のように効率化を進めて発展してきたことを考えますと、サービス産業も業界

全体で効率化を図った方が良いと思っております。効率化をすると、思ってもみなかったことが

発見できます。社長自ら掃除をするなど、実際やってみると分かることが多いのです。

現在は、人時生産性だけで良いのかという段階に達してきております。現在、会社レベルでは

5,000 円/時間がキープできるようになってきましたので、次に、品質が問題になってきました。

総労働時間をキープしながらいかに利益を出そうという時期に来ています。それには工夫が必要

です。

工夫を生み出すには、工夫を生み出す担い手が必要です。実践経験(60%)、理論(30%)、モ

チベーション(10%)というバランスの取れたやる気がある担い手です。労働時間をキープして

品質を良くする知恵を出す担い手です。

そういう人間や知恵を、社外ではなく社内で見つけたいと思っています。その仕事は、新卒で

採用しても、50 歳になって初めて出来るようになります。このように考えて参りますと、「30 年

人材育成計画」を立てなければいけなくなります。実際、1985 年、私が最初のショックを受けた

時から 25 年経っております。

経営にまつわることを 3つに分けなさいと聞いたことがあります。

一つ目は、社長が決定する事です。資本と人材のことは、30 年とか 60 年といった長い期間に

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わたって、あまり変えないで続けるのです。

二つ目は、経営戦略です。時流に沿って変えて、利益を出していかなければいけないのです。

例えば自転車からモーターバイクへ、自動車から新幹線へと変わってきたように、流行廃りはあ

るものです。旅館も少し前は4~5人用の部屋でしたが、今は5人用の部屋に2人しか入ってお

りません。昭和 60 年代に建てた旅館はこの問題に直面しております。経営は時流によってスタイ

ルを変えていかないといけません。

最後に戦術です。儲かる手段、つまりコストカットのみを担当します。これは技術が必要なこ

とです。これを担当する人を3つに分けて経営しなさいという話でした。まだ実現できておりま

せん。実現するためにまだまだ現役でやっていきたいと思っております。

これからもよろしくお願いします。

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サービス生産性向上セミナー

サンイン技術コンサルタント株式会社 代表取締役社長 大野木 昭夫 氏

『見える化で勝ち抜く』

日時:平成21年11月4日(火) 15:45~16:45

場所:島根県民会館 (松江市殿町158)

1.わが社の経営理念

わが社の企業理念ですが、

一、私たちの人間力・技術力が、会社のブランドです。

私たちの成長が、会社を発展させます。

一、私たちは、お客様の立場に立って行動します。お客

様の満足が、私たちの満足です。

一、私たちは、積極的に自意識と能力の向上に努めます。

私たちの熱意が、会社を動かします。

の3つを掲げています。

もうひとつ、会社のあるべき姿として、“一燈照隅”を

考えています。東洋思想家の安岡 正篤氏の一日一言とい

う本にでてくる言葉で、非常にいい言葉であることから、

掲げています。一人一人がその場所で輝けるような会社

作りを目指しています。

2.業務の課題

それでは、まずはこれまでの業務の課題ということをお話しようと思います。業務の特徴からお話

しますと、我々の業務は、時系列で見ると、計画→測量→調査→設計という流れで行っていきます。

そして、ひとつひとつの業務を技術者が分担して行っていることが大きな特徴です。もうひとつは、

技術者が行うので技術力が全てであるという点が業務の大きな特徴になっています。こうした中、平

成 16 年に私が社長に就任した時に一番感じたことは、非常に組織が硬直化しているということでし

た。技術者というのは自分の技術が最高だと自己満足しており、人のことや周囲に目が向いていませ

んでした。

作業手順のなかで課題をみていくと、まず部門間では前後の工程を把握していないため設計段階で

測量、調査の手戻りが発生しており、さらに部門の中では技術者に依存していて社内工期が標準化さ

れていないため、担当者まかせで途中経過が見えていませんでした。自己責任であるため、SOSが

出て初めて対応するといったような次第でした。

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3.専門家派遣による業務の見える化・標準化

こうした中で、平成16年4月にセミナーを受講後、7月からは中国地域ニュービジネス協議会に相

談して、専門家の派遣を受けました。そして平成19年7月にはCCPMの導入を決定、平成20年10

月からは全組織をプロジェクト制に移行しております。

なぜ、トヨタ生産方式を導入したかといいますと、作業工程に連鎖があること、人の能力が非常に

品質に影響すること、個人の能力プラスチーム力といったものにカイゼンという手法は非常に有効で

あるというお話があり、これはまさしく設計から測量、調査といった流れ作業である我々の業務に類

似点があったことからです。トヨタ式の「作業の標準化」は現状システムの数値化・実行予算書の作

成に、「プロセスの見える化」は業務進捗報告書のシステム作成に、「作業の見える化」は「負荷・余

力見える化表」の作成に、「一気通貫」は部門制からプロジェクト制への改造にといった対応をしてい

ます。

トヨタ式カイゼンのキーワードをご説明しますと、「作業の標準化」とは、各仕事のやり方、時間な

どを標準仕様書としてまとめることによりカイゼンのスタート基準にすることです。「プロセスの見え

る化」とは、仕事がどこまで進んでいるのかを見えるようにすることです。「作業の見える化」とは、

誰が何の仕事をしているのかを見えるようにすることです。「一気通貫」とは、自分の担当だけの部分

最適にならないように組織の壁を取り払うということです。

では、第一回目の専門家派遣についてですが、平成 16 年の7月から 12 月に来ていただきました。

このときには現状把握を行っています。「部門別の利益率の把握」ということで完成業務を分析して目

標利益率の設定をしました。「外注委託業務の利益率の把握」ということで、外注委託の有無で利益率

に大きな差があることが判明しました。「社内標準歩掛りの設定」ということで、実績をまとめて目標

標準歩掛りを設定しました。「業務の標準化」ということで、業務ごとの標準フロー図を作成しました。

「業務進捗状況の把握」ということで、現在の業務進捗報告書のシステムを見直しました。この半年

間に現状業務の再点検をすることでわかったことは、価値を生み出す作業は33%、手戻りなどの非

価値の作業が11%、手待ちなどの中間作業が56%であるということです。そのなかから、なぜ手

待ちや手戻りが発生するのかを洗い出しております。

次は平成17年の2月から8月に来ていただいております。これは、1回目の現状把握の結果から、

具体的な業務改善を以下の4つについて取り組んでおります。「社内標準歩掛りを使った実行予算書

の作成」として運用マニュアルを作成して、予算書作成の徹底を図りました。「進捗管理システム」

として、進行過程における問題点の把握と対策ができるシステムに改善しました。「負荷と余力の見

える化」として、業務の忙しさ加減を見えるシステムを作成しました。これは、作りはしましたが実

際には運用できるシステムではありませんでした。「業務体制の見直し検討」として、部門別管理か

らプロジェクト制への移行を検討しました。これは昨年、平成20年の10月に組織改革を行い、最初

からすると約5年かかって組織改革を完了しています。

次のページのものが「実行予算書」ですが、受注金額、実行予算額、予定粗利益、外注費などの標

準的なものを作って、行っていこうということにしています。

次に月に一度の進捗管理ということで、「業務進捗管理表」を作りました。今までになかったもので、

付け加えたものは一番下にある問題点ですが、工程上の問題点、技術上の問題点、予算上の問題点を

記載して月に一度回覧するようにしています。

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次が、「負荷と余暇の見える化表」です。必要

時間を算定、集計し、作業内容を記入し、山を越

えた部分は他に移せば標準化できるというもの

です。すべての部門に作成しましたが、なかなか

うまく動きませんでした。

次の図が部門制からプロジェクト制へ組織改

革とういうものですが、ひとつの業務をプロジェ

クトとしてとらえ、プロジェクトごとにリーダー

を作り、そのリーダーが業務分担を行っていくと

いうシステムに変えました。組織が変わらないと

人は変わらない、ということで、平成20年10月にこういう組織にしています。ですから部門という

のは現在はわが社にはありません。プロジェクトごとのリーダーやマネージャーが行っていくという

形に改めております。

平成16年から17年の業務カイゼンの指導後、平成19年まで社内でそれを実践していく中で、以

下のような課題が顕著になりました。実行予算と業務進捗管理によって原価内容は把握できましたが、

全体工程に対して、進捗状況の把握、工程短縮、ムダの排除ができていない。負荷と余暇の見える化

表は作成に手間がかかり、リアルタイムに変わっていく工程についていけておらず苦労しました。利

益減少の最大要因は「手戻り」であることが判明しました。そして、「手戻り」の原因は部門間のコ

ミュニケーション不足が原因でした。これらをなんとかしないと、これ以上の段階へは進まないとい

うことが平成 19 年の段階でわかりました。これらは、システムの中に組み込むことをしないとなか

なか変わらないということで、CCPMを取り入れることにしています。

私たちの仕事は一日に3つも4つもの仕事をしますが、これが一番非効率で、先が見えていたら、

このような非効率なことはしないということを発見しました。それから、担当者というのは報告する

ときには必ず余裕を見ます。この余裕の部分をいかにして見える化するかがポイントではないかと思

いました。もうひとつは工期があればあるだけ使うので、非常に非効率になってしまいます。これら

のことを何とかしようとCCPMを導入しております。これは、後から説明しますが、ゴールをイメ

ージしてみんなで工程表を作るシステムづくり、正味の作業時間、個人の負荷が見えるシステムづく

り、問題がリアルタイムで誰にでも見えるシステムづくりです。

ОDSCとバックワードスケジューリングの二つを使ってまずは作って、次にバッファを見ながら

進捗管理をする、そしてもうひとつは誰でも見えるというシステムを入れていこうということで、C

CPMを入れています。

まず、ODSCの作成ですが、目的、成果物、成功基準について、皆で会議をして決めます。目的

というのは、プロジェクトが達成しようとする目的を明確にするということです。成果物というのは、

プロジェクト遂行によって具体的な成果は何かを明確にする、成功基準は、うまくいったときの基準

を明確にする、これを皆で決めるというのがCCPMの一番最初の作業です。

それができると次にはバックワード手法ということで、ひとつひとつの作業を拾い出して担当者と

日数を検討して、まずは完成から開始のほうへバックしていくということで並べていきます。並べ終

わったら、今度は開始から見ていって必要な作業が漏れていないか、ということを確認しながら行っ

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ていき、本当に必要な作業が順序良く並んでいるかどうかを確認します。これを行った後に工程表に

移していきますが、これが一番重要な作業です。先程申しましたように、バッファの管理を説明しよ

うと思いますが、作業を分解するなかで、余裕をとっている日数を後ろに集めます。前半の正味の日

数は縮めることはできませんから、そのままになります。では工期短縮はどこでやるかというと、多

めに取ってあるバッファの中をどうするかということになってきます。実際にどう縮めるかはいろい

ろなやり方がありますが、当社の場合は半分にしています。つまり、正味の日数と、バッファの50%

を目標に工期短縮にチャレンジするようにしています。

このようにしていくと、まずプロジェクトごとにいつ何をするかが一覧表で出てきます。そして、

一人一人の社員がその日にどのくらいの仕事を抱えているかということも出てきます。そうすると、

ある人の仕事量が多くなっているのがわかりますから、その仕事を余裕のある人に振りわけていこう

ということが出てきます。このリソース情報を見ながら、週に1回集まって協力体制を作って見える

化をすることによって、協力しようという意欲を引き出しています。これを社内LANで、誰でも見

えるようにしています。全部見ていくのは大変なので、工程が順調なところは緑で表示し、危険なと

ころは赤で表示をするようにしています。つまり、バッファがあるときには緑で表示され、余裕がな

くなってきたら、黄色になっていき、いよいよ危ないとなってくると、赤になってきます。この赤い

部分をみて、担当者、マネージャー、部長が対応するようにしています。

4.人材について

それと同時に、大事なのはシステムだけではなく、それを使う人材をどう育てていくかということ

だと思っています。そのためにコーチングの手法を取り入れて、全社で取り組んでいます。コーチン

グとは、目標達成のために、メンバーが智恵を出しあって、一人一人が成長するというコミュニケー

ション作りの手法です。週に1回、CCPMの更新で集まるときに、メンバーは自分の考えを整理し

て伝えること、リーダーはメンバーに対して、どのように提案していくかといったことを意識して行

っています。

もうひとつはABC活動を行っています。Aというのは当たり前のAです。Bはびっくりするくら

いのBです。Cはちゃんとするということです。まずは当たり前のことができないとだめではないか、

当たり前のこととは、たとえば身だしなみとか身の回りの環境づくりといった社会人として当たり前

の行動ということです。これにはまず、個人の目標があります。個人目標が集まって、グループの目

標になります。そしてグループの目標が集まって会社の目標になります。すぐには合わさりませんが、

これをすることによって、徐々に社員のベクトルを合わせていくように考えています。業務別に5~

10人のグループをつくって目標を設定させて、シンプルな目標を徹底してやることをしています。

皆が同じ目標をもつことによって、明るい職場になることも目標にしています。

5.さいごに

以上が大まかな現状です。今後の課題については、一番大事なことは顧客満足だと思います。社員

の満足がなければ、顧客満足もないと思いますので、社員満足を高めることによって、顧客満足を高

めていこうと思います。もうひとつは効率アップです。効率アップというのは、やはり、ITを活用

することです。わが社はCCPMというシステムを活用していますが、こうしたことを通じて顧客満

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足と効率アップを求めていくことが大事なのではないかと考えています。ITを活用することによっ

て情報を共有することもできます。そうすることによって、一気通貫、部門の壁をとりはらって、誰

でも見えるようになると思っております。この5年間やってきた成果の1つ目は見える化によって業

務を管理するという面が大きく変わったこと、2つ目は技術者が協力しようという気持ちが芽生えて

きたこと、3つ目は政権交代など、取り巻く環境が急変しており、すばやく対応するために流動的な

組織になってきていること、この3つが一番大きな成果だと思っています。

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サービス産業生産性向上セミナー

福井県民生活協同組合 理事長 藤川 武夫 氏

『組織のダイナミズムをどう高めたか』

日時:平成 22 年 1 月 14 日(木) 15:05~16:50

場所:ひろしまハイビル 21 (広島市中区銀山町 3-1)

1.はじめに

本日はサービス産業生産性向上特別セミナーに

お招きいただきましてありがとうございます。皆

さんに少しでも恩返しができるようにしたいと思

っていますので最後までよろしくお願いします。

まず、生協の三つの特徴を理解いただきたいと

思います。一つ目は、組合員制です。二つ目は、

出資金制です。組合員から1口 1,000 円出資いた

だいています。最後に県域制限があるということ

です。県を越えて事業を行ってはいけません。

2.組織プロフィール

福井県民生協のプロフィールを紹介します。

1971 年に福井労済生協物資部として事業を開始し、1978 年に福井県民生活協同組合として再ス

タートしました。始まりが労済生協物資部というのは全国の生協の中でも珍しいです。2005 年に

は第7次中期5ヵ年計画が始まりました。中期計画は5年で立てています。2007 年には日本経営

品質賞を受賞しました。次の 30 年に向けて当生協の新しい姿にチャレンジをしようと賞に挑戦し

たところ、思いがけず受賞し、大きな可能性をいただいたと感謝しています。2008 年に創立 30

周年を迎えました。

福井県民生協は県下全域で事業を行っています。県民加入率は 45.4%で、県民に多く支持をい

ただいていると思っています。この数字は全国で6番目の数字です。事業高は中の小の規模です。

出資金は 72 億 1 千万円で、これを資本金に直すと、福井県で第3位の企業規模になり、自己資本

比率は全国で 1位です。

福井県民生協の特徴は、女性が多いことです。現場の女性比率が圧倒的に高いです。近年、店

舗事業、高齢者介護事業、子育て支援事業に力を入れており、女性比率が益々高くなっています。

組合員構成は、年齢で見ると 50 歳代が一番多く、次に 40 歳代、30 歳代が続きます。10 年前ま

では、30歳代が少なかったです。このままの状態だと将来の事業が成り立たなくなると気がつき、

30 歳代の女性へ声をかけるようになりました。

事業は「食の事業」、「助け合いの事業」、「福祉事業」の三つに分けられます。福祉事業のなか

の子育て支援事業は全国で先駆けて 2005 年から始まりました。当時の猪口少子化・男女共同参画

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担当大臣が視察に来られました。「2008 年日経優秀製品・サービス賞優秀賞 日経MJ賞」を受

賞し、ハーツきっずに上川大臣が来られ、十数名の子供と親と一緒に車座になって 100 分間ミー

ティングをして交流、意見交換をしていただきました。

他の生協と違う点は、同じ事業でも、重ねて利用してもらい、お役立ち度を高めていることで

す。例えばステップアップ還元を導入しています。年間利用額を 20 万円未満、20 万円以上、30

万円以上、40 万円以上、50 万円以上と5段階に分けて年度末に組合員に還元しています。例えば

50 万円以上の組合員へは 1.35%分お金が戻ってきます。利用額の多い 50 万円以上利用の組合員

は 106.7%伸びています。餃子問題、リーマンショックなどの逆風があったなか、30 万円以上利

用の組合員が増え続けています。

30 歳代の皆さんに支持される無店舗事業をどうしたら良いか、1300 人の組合員一人一人と直接

面談してアンケートをとりました。11 年連続無店舗の加入率が高いのは 30 歳代の方に多く入っ

ていただいているからです。また、個人宅配手数料は 1 回 100 円で全国生協のなかで一番安いで

す。来年度には無料にしていきたいと思っています。

3.経営品質向上プログラムの取り組みの契機

創立以来 18 年間、無店舗だけで順調に展開しておりました。

福井県は山の幸、海の幸が豊富にあります。しかし、無店舗では新鮮なこれらの幸が食べられ

ないといういう意見があり、組合員や職員の要望で店舗を出店しました。

1990 年代後半、経営が揺らぐ時代がありました。当時は、3K(小売、金融、建設)が厳しい

状況でした。全国の生協の中で経営危機や不祥事が起こり、組合員の間で不安が広がりました。

この状況を打開するための経営力とは何かを勉強しました。

1999年のある日、福井県経営品質協議会が発足したというたった5㎝の新聞記事に心ひかれて、

切抜きしました。それを当時の管理部長へ渡し、大変良いことだから勉強してくれ、協議会と連

絡をとってくれ、と要請しました。そんなことがあったその日の夕方、帰りがけに部長の机の横

を通ると、新聞記事がゴミ箱に捨てられていました。これは組織の当時の状況を象徴していまし

た。経営を知っている部長がそういうレベルでとてもショックを受けたのを覚えています。

22年間にわたる比較的順調な発展から一転し、2000~2002年は3年連続大幅減収になりました。

福井県民生協はなくなってしまうのではないかと悩みました。組合員が安心し、長期的信頼関係

の基盤となる経営力をつけないといけないということ、そして自分のマネジメント力(数値至上

主義)や組織風土体制(トップダウン)の限界を感じました。

2000 年 9 月、75 歳の先代理事長から「理事長の席をあなたに譲る」と言われました。先代の理

事長は福井県のどこへでも顔のきくとても立派な方でした。当時私は 49 歳、あと 3 ヶ月で 50 歳

になろうというほど若く、福井で育ったわけでもありませんし、生協でしか働いたことはありま

せんでした。年齢差、経験差が大きく、知名度もありませんでした。そのため、当時の私はどこ

で存在感を出すかを考えていました。

2001 年に理事長に就任する時、2つことに取り組みました。一つ目は、役員構成を入れ替えま

した。二つ目は、役員評価制度を変えました。

役員評価制度を変えたのは、全国の生協のなかでも早い方でした。パートから役員まで一つの

評価シートで評価する仕組みを作り、全員に公表するようにしました。こうして信頼を作りまし

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た。

東京から経営品質の大先達に理事(非常勤)に就任いただき、年間 5 回の常勤役員の学習会を

1年間実施しました。1年後に学習会が終わった時、JQAの講師の理事から助言をもらいまし

た。顧客満足視点からの経営には組織風土の改革が不可欠で、これは 10 年かかるうえ、失敗する

と職場が大混乱し、業績の更なる悪化も懸念されます。一度改革を始めて中途半端に投げ出すの

であれば、初めからやらない方がましです。改革するかしないか1ヶ月以内に決めてくださいと、

その方から言われました。研修に参加した部長から、とても1人では手に負えないし、大変な事

なので辞めておいた方が良いのではないかという報告を受けました。しかし、やらなければ今の

風土は変わらない、失敗したら自分が辞めれば良いと思い、改革することに決めました。

4.取り組み概要

福井県民生協は3年連続減収になりましたが、当初はその要因が分りませんでした。

ある理事会で組合員非常勤理事が、組合員、利用者としての立場から、注文書に買うものは書

いてあるけど、買いたいものは書いていないという意見を言われました。この時のショックは大

きかったです。当時想定以上の競争、競合店ができていました。自分達が出来ることは限られて

いて、減収は外部要因だと幹部は言いました。

年代、世代、ライフステージ別の分析をしても中途半端な結果です。そんな時、エリア委員会

でエリア代表の組合員から「私も利用が減っている」と言われました。エリア代表は代表になる

くらいなので、むしろ一般の人より利用が多いはずなのに、減っていたのです。

そこで、何が減ったのか、固有名詞(商品名)を言ってもらい、全部書き出す作業を、50 名分

行いました。定点観測を行ったわけです。これにより、組合員が何を望んでいるか、望んでいな

いかがよく分りました。そして、組合員と直接的なコミュニケーションをとりました。商品を企

画したが利用されなかった、利用しても駄目だった、という様なコミュニケーションをとりまし

た。

組合員を世代、ライフステージなどで分けるだけでは一般的なことしか分りません。なぜなら、

1人ひとりの組合員は状況が違うのでサービス提供、対応の仕方が違うからです。このような取

り組みを通じ、私たちがいかに組合員を知らなかったかということが分りました。

この結果、確実に利用が上がっていきました。

組合員の利用がどのように変わったのか、それはなぜか、といったことをシステムに落とし込

んでいきました。この取り組みをすると、組合員の利用が絶対と言って良いほど上がります。し

かし、「そんな事は3~4年前から分っていた」と現場職員が会議で言いました。第一線職員の感

じていることが漏れていたのです。それまで現場と本部のコミュニケーションがとれていなかっ

たことに、私は気付きませんでした。現場の職員に組合員の言葉を聴いてもらうことが現場を活

気付けるうえで良いことだったのです。

生協は、食の安全を命として経営してきました。組合員は生協に安全を求めている、生協は安

全を提供していると自負していました。例えばアトピー食品などを最も扱っていると自負してい

ましたが、あまり利用はありませんでした。

なぜ利用しないのか組合員と話して聴いてみました。組合員の答えは、「買いたいが、知りたい

商品内容について店員が答えられない」ということでした。店員に尋ねても、「少々お待ちくださ

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い」と言い、その店員が本部に聞いても本部の人も答えられませんでした。

アトピーの症状は1人ひとり違います。組合員の1人ひとりの息子さん、娘さんに対して求め

ているものにほとんど対応できていないことが分りました。安全、安心の考え方がいかにもろい

ものだったのか考えさせられました。

買う物だけではなく、買いたい物がある注文書を作りました。結果、当時は 30 歳代、20 歳代

の組合員が少なかったのがこの 10 年で 10 倍の割合になりまし。30 代が多い現状が良いのではな

く、新しいニーズを今のニーズから発展していくことが大事です。

今までは、無店舗事業の話でした。次に店舗事業の話をします。店舗事業の3号店、ハーツつ

るがを、30歳代の人が買いたいものがある店をコンセプトに出店しました。開店するにあたって、

組合員の要望を聴き、殆ど実現させた店舗です。

開店した時は、来店者数 1800 人を目標にしま

したが、1200 人しか来てもらえませんでした。

開店後、組合員の1人から、要望が全然守られ

ていないと怒られました。店舗の職員は全て応

えたつもりでしたが、畜産部門の売場が要望通

りでなかったのです。

敦賀は、福井県の南方に位置します。福井市

は北方です。敦賀は関西風の文化があり、食文

化もそうです。肉と言えば牛肉です。ですから、

組合員は、肉のうち 8 割を牛肉にして欲しいと

いう要望を出していました。

しかし、幹部職員の最終会議でその要望が却下され、畜産売場の肉は牛 1/3、豚 1/3、鳥 1/3、

と書き換えられ、組合員の声が聴き入られなかったのです。その時、組織体質を変えるのは至難

の業だと分りました。現場の無店舗事業配送担当パート職員から、来店者 1200 人は無店舗のヘ

ビーユーザーだという意見が飛び込んできました。店舗利用が多くて無店舗利用は少ない、店舗

利用が少なくて無店舗利用が多いではありません。店舗、無店舗どちらとも利用が多く、出資金

も多かったのです。ではなぜ買ってもらえないのか、聴きに行きました。チラシを多くしたり、

安売りを多くしたり・・・色々やりました。しかしどれも上手くいきませんでした。組合員の目

線に立って事業をみると、事業同士は繋がっていると分りました。

「店ができると無店舗利用者が減る」と、無店舗事業の担当者は店舗出店に積極的ではありま

せんでした。無店舗の責任者と店舗の責任者は仲が良くありませんでした。しかし、店舗と無店

舗が手を繋いで組合員のご要望に応えると大きな成果が出ます。これが大きな評価となりました。

年度内にはハーツつるがの来店客数は達成しませんでしたが、翌年は達成するなと年度末に感じ

ました。店舗事業と無店舗事業が力を合わせてクロスファンクショナルに物事を考え、対応して

いきました。今ではハーツつるがは全6店中No.1店です。来店客も1日に 2200 人来ます。

2004 年は、5重苦の1年でした。4月にシステムダウンし、それが直った7月頃、平成福井大

豪雨になりました。9月には台風 23 号が来て、県内の産直生産者は壊滅的な状況になりました。

農作物が大被害を受けました。

そんな時、ハーツの農産売場がNHKニュースで放送されました。大根1本 500 円、白菜1個

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1000 円が陳列されている棚と、後ろにハーツと書いてある映像が長く映りました。他の店は大根

1/2本で250円、白菜も1/4個で250円を販売しているのに、正直に1000円で売っていました。

11 月 22 日と 12 月 2 日に1号店と2号店の競合店が連続出店しました。3ヶ月前から1号店と

2号店の競合対策を徹底的に行い、どのようにすれば来て頂けるか対策を練り、そして実施しま

した。

本部が現場の声を覆すシステムはもうありませんでした。現場の意見に反対している人がわか

るシステムも作りました。結果は、1、2号店共に来店客は 110%伸びました。売上も増え、今

までが如何に努力が足りなかったかが分りました。

組合員とコミュニケーションをとり、そういうプロセスを取った結果、素晴らしい業績が実現

でき、おかげで幹部の目が特に変わったなと思いました。

5.取り組み活動についての認識

組合員の認識の仕方が大きく変わりました。

組合員一般という「かたまり」で見るのではなく、組合員1人ひとりで見ます。生協は組合員

が出資金をいくら出しているか見れます。

しかし、大手スーパーは、このように見ることができません。大手スーパーにはポイントカー

ドがありますが、お客さまがカードを持っている確率はそんなに高くありません。

生協はシステムを見ると、組合員が何を買ったか、どのサービスを利用したかが 100%分りま

す。どんな要望、苦情があったか1つひとつの声が1つの画面で出てきます。1人ひとり見ると、

事業の認識が変わっていきました。

餃子事件は生協への食の安全に対する期待を裏切りました。コールセンターは毎日電話が鳴り

っぱなしです。それが 20 日以上続き、徹夜で対応しました。クレームばかりでした。現場第1線

職員やコールセンターの担当者は悔しいと言いました。なぜ私達に餃子の情報を教えてくれなか

ったのか、組合員の方が良く知っています、と言われました。そこで6月1日から職員向けに、

商品の欠品情報や、お買い得情報、食品事故が起こった時に携帯配信メールをスタートしました。

10 月1日からは組合員向けにもメール配信を始めましたが、1万人弱の組合員にしか登録しても

らえませんでした。組合員全員に、登録してくださいと3回お願いしましたが、なかなか登録し

てもらえませんでした。

そこで、何かおかしいと感じました。組合員が感じている安全と安心という概念は全く違うと

感じました。安全という考え方は万人に共通ですが、安心という考え方は1人ひとり違います。

安心と思える安全の仕組みを作ることが大切なのです。

1人ひとりの考える安心を担保する安全システムを構築していきたいと思っています。

6.今後の方向性

生協の発展の原動力は、組合員価値の核心である“食の安全・安心”です。今日の、科学技術

の進歩のより新たな質の高い価値の創造と提供が求められます。そこで組合員1人ひとりが求め

る安心を担保する安全のシステムとしてのトータルフードチェーンの構築をしていきます。今日

の到達点は組合員 12 万5千万人、県民加入率 45.4%です。それを考えると、人口減少、少子高

齢化のなかで今後の量的拡大には少し限界があります。そこで1人ひとりの組合員との信頼関係

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をどのようにつくるのか?が問題になります。これから組合員1人ひとりの暮らしと心の中への

浸透していきたいと考えています。

マーケット、組合員のスタンダードが変わりつつあります。少子高齢化が進んでおり、福井県

では、高齢者比率 35%の市があります。この変わってきているスタンダードに対してどのように

応えていくか、現在の事業構成では対応できません。新しく新規事業を展開していかなければな

りません。将来の組合員構成の変化を想定すると高齢者比率の相対的に高い存在の組合構成は減

少し、事業構造そのものの急激なシフトが予想されます。特に食の事業の大幅な縮小化と新たな

サービス化、福祉、介護、子育てニーズの対人社会サービスへの需要は逆に大幅に増大すること

が見込まれます。組合員構成比変化への対応と、新しい組合員のニーズ開拓と新事業モデルの開

発が必要です。

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コーディネーター・プロジェクトマネージャー向け研修

(独)中小企業基盤整備機構 統括プロジェクトマネージャー 森 紀男 氏 講義録

日時:平成 22 年 2 月 8日(月) 13:30~14:30

場所:中小企業大学校広島校 (広島県広島市西区草津新町 1-21-5)

1.はじめに

中国5県を回っているので、今日は顔なじみ

の方もいらっしゃいます。中小機構では専門家

の継続派遣とОB人材の派遣を行っており、専

門家は年間 40 社くらいに派遣しています。こう

した中、今まで百数十社に派遣をしており、も

のづくり系もサービス系も特に違いはないと思

っています。今日はいままで取り組んできた事

例を中心にお話しようと思っています。

私は地元自動車メーカー出身で中国地域ニュービジネス協議会にも専務理事として在籍し

ておりました。中小機構に来てから約10年になりますが、ずっと中国地域を回っています。

今日はいままでどんなことをやってきたかを中心にお話しようと思います。

「コーディネート業務の進め方と実際」というレジュメをお配りしています。応援コー

ディネーターの方はよく見ているはずですが、念のためにお配りしています。合わせてお

配りしている「ハンズオン事例集」もいままでの事例、取り組みを簡単に載せています。

これで一応、中小機構のやっていることが大体つかめるはずです。

2.サービス産業への支援取組

今まで取り組んできた中では6割強とものづくり系が多かったです。今年度は中国経済

産業局からの依頼があり、サービス産業支援のモデル事例作りをしています。では今まで

サービス系でどういったことをやってきたかというと、まずS社があります。「ものづくり

支援セミナー」を受講された当社社長からこういう内容であれば自社に適用できるのでは

ないかとのお申し出があり、業務改善に取り組むことになりました。この会社はまさにも

のづくり系の支援が適用できる会社で、「みえる化」や「価値作業」をそのまま適用するこ

とができました。佐々木チーフアドバイザーに入っていただき、支援終了時には見事に粗

利益が7~8ポイント向上しました。福山でレストランチェーン店経営をしているF社に

ついては管理会計をもとに支援を行いました。当初、厳しい経営状態にありましたが、支

援を始めてから丸2年になる現在ではデフレや内食化へのシフトなど環境変化の厳しい中、

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減収ながら増益を達成しています。展開店舗の店長や料理長なども経営を数字で理解でき

るようになっており、一人一人に環境対応力が身についてどんな状況でもやっていけると

社長も満足しています。建築会社の関連で海鮮レストランを展開しているB社ではレスト

ラン系の専門コンサルタントを東京から3人招聘し、手厚く支援しました。年商も親会社

と遜色ない経営状況になっています。こういった例のようにサービス産業に関しても今ま

でに取り組みを行ってきています。

サービス系の支援をするときに「経営改善」という切り口と「イノベーション」という

切り口があります。経営改善をしていく中で、企業の強み・弱みが明らかになり、その先

にイノベーションがあるのではないかと思っています。

製造ではモノを作っていますが、サービスは目に見えません。しかし、お客様に喜んで

もらわないと利益につながらないという点ではどちらも同じです。5Sなどがまず第一で、

ここからいろいろと見えてくることがあり、改善はそこから自ずと見えてくることになり

ます。大事なのはどちらも「価値作業」、「価値時間」の考え方です。1時間、人が動いた

とき「価値作業」は何%なのかということです。価値とはお客様がお金を支払ってくれる

もので、ただ単に人が動いただけでモノが動かないと価値は生みません。例えばレイアウ

トの変更などですが、工夫を重ねて価値作業の時間を増やすといったことは製造もサービ

スもまったく同じです。本当に価値を生む作業とは何なのかを追求していくことが大事な

のです。

3.支援の連携

今、ほとんどの支援で他機関との連携を行っ

ています。中小機構は全国に支部があるのでそ

のネットワークも使います。こうした連携によ

って普遍性のあるモデル事例を作り、広がりを

持たせていきたいと考えています。また、現在

の支援は複合的なものになってきています。企

業を支援する際にはいろいろなテーマがあり、

トータルでの経営支援が必要になっています。

いまはものづくりと財務といったように二人以

上の専門家が入るようになっており、またここまでやらないといけないとも思っています。

実際に鳥取、島根、山口の産業振興財団や地域力連携拠点と連携をとっています。地域の

企業は地域の機関が一番よく知っているので、まずは連携を最優先で行いたいと思ってい

ます。米子商工会議所との連携では、ある老舗お菓子メーカーは、いいものを作ってお客

様からの評価も高いのに、現場の環境も悪く原価率が高いなどの問題がありました。そこ

で、中小機構の事業としてではなく地域力連携拠点の事業として当機構のアドバイザーを

紹介しました。このようにまずは地域の支援機関を最優先にと考えています。ものづくり

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の面では当地域にはマツダ、三菱重工などがあって産業の集積地であるため、その出身者

が多くいます。こういった人は非常に役立つことが多いと思います。先程も言いましたよ

うに支援する時にはテーマが一つということはありません。複合的になってきており、連

携機関も多くなる場合があります。

4.コーディネーター

コーディネーターとかプロジェクトマネージャーの基本的な要件はフットワークとネッ

トワークだと思います。行ったことがない先でも自分から出かけていくフットワークがな

いといけません。そして状況を掴むのです。私も月に3千キロは走り、1日に4~5件は

回っています。この中から支援対象が出てくるのです。当然、機関にも訪問しています。

ネットワークは必須です。個人のネットワークがあるのがいいのですが、ない場合でも機

関や財団に出入りしてネットワークを作るようにすると良いです。どういう支援をすれば

よいかを見通すことが必要で、心がけてやっていただきたいです。支援企業の発掘では国

からの各種補助金をもらっても有効に活用できていないケースがありますので、そういっ

た先の支援を考えていくことも必要ではないでしょうか。社長に経営課題を問うと売上が

伸びないとか販路開拓といったことが第一に挙がりがちです。次が資金繰りや補助金の話

です。真の経営課題は社長自身も気付いていない場合があるので、話をする中で探ってい

かなければなりません。質問力が必要になってきます。こちらからいろいろとなげかけて、

どんどん話を拡げて行きましょう。岡山のある企業では最初の依頼は新商品の開発支援の

サポートでした。しかし社長と話を重ねていくうちに、現在では株式公開の支援をしてい

ます。こういった事例もあります。

会計には財務会計と管理会計の二つの概念があります。財務会計は税務会計とも言えま

すが、利害関係者に開示するものです。これに対して管理会計は内部で経営戦略などのた

めに経営者、従業員が共有して経営計画を立てたりするためのものです。ほとんどの企業

では管理会計をやっていません。これは大問題です。今の時代は状況変化が激しいので管

理会計は絶対に必要になってきます。現在の支援案件の中には半数近くに管理会計の専門

化が複合的にかかわっています。

専門家やアドバイザーを派遣するときには資格を有しているから大丈夫とは必ずしも思

っていません。大企業ではまた違うのかもしれませんが、ただの理屈ではだめで志が高く、

中小企業目線があって実務経験をしっかりと積んでいる人でないといけません。派遣にあ

たって大事なのは、本当の経営課題を探ること、専門家と社長との相性を考えることです。

相性は7割以上大事なのではないかとも思います。専門家選びでは企業にとって最善の支

援をするために地域の専門家だけでなく広域的にみてもらいたいです。

また派遣をしたらそこで終わりではありません。支援をしている現場にも行きます。行

けばまた新たなことも見えてきます。課題が芋づる式にでてくることもあります。派遣し

ている専門家の専門外のテーマが見つかる場合があります。また支援の出口のイメージを

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しっかり持って臨んでもらいたい。そうすることで、どのようなプロセスをたどればいい

かもわかってきます。

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コーディネーター・プロジェクトマネージャー向け研修

(独)中小企業基盤整備機構 アドバイザー 泉 旦茂 氏 講義録

日時:平成 22 年 2 月 8日(月) 14:30~15:30

場所:中小企業大学校 (広島県広島市西区草津新町 1-21-5)

1.はじめに

私は製造現場が長く、マツダ勤務時代には地場

の取引先48社の現場の改善指導をしてきました。

専門はIEになります。今は韓国、タイなど海

外自動車部品メーカーの工場の経営指導もして

います。サービス産業の支援では山口の医院の

支援もしていますが、今日お話しする楊貴館は

支援に入って半年くらいですので、結果がこう

なりましたという成果の話ではなく、アプロー

チの部分の話になります。

今日お伝えしたいことは

1.問題解決のステップ 2.よく使うQC七つ道具 3.問題の核心に迫るKJ法 4.

作業観測と作業分析 5.標準作業 そして 6.製造屋から観たサービス業の付加価

値 です。

2.サービス業で活用した製造業の改善手法

(1) 問題解決の 10 のステップ

まず、問題解決の 10 のステップですが、私はどの企業でも基本的に次の流れで行ってい

ます。

① 問題意識 最初に従業員がどんな問題意識を持っているかを調べます。一人一人の思い

を問題認識という形で共有化させてあげます。

② 問題提起 何が問題なのか、なすべき課題は何かという具合に解決すべき対象を明確に

します。

③ 現状把握 問題に関する情報収集や事実の観察、確認を行います。

④ 問題の本質の追求 集めた事実に基づいて問題のヘソは何かを追求し、明確にします。

例えば、製造現場の責任者からは問題点がいくつも挙がってきますが、その中でヘソを

どう見出すか、プロジェクトを組みメンバー自身が追及していくことがポイントです。

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製造業ではこういった作業のために、就業時間中に人が集めることができますが、サー

ビス業ではなかなか大変です。病院では休診日に行くようにしていますが、ホテルは休

業日が無く、メンバーが集まることができる時間帯を見出すことに苦心しています。

⑤ 目標・方針の決定 このような考え方や指針で、このレベルに到達しようということを

決め、示します。

⑥ 問題解決の構想計画の立案 この問題解決に関わるあらゆる方面にどんな働きかけを

し、どんな効果が期待できるかを考え、構想を練ります。

⑦ 実施計画の立案 5W1Hで具体的な計画を立てます。この辺までがP・D・C・Aの

Plan の部分になります。

⑧ 試行・実施 トライします。どこにでも抵抗勢力はいますが、すぐに元にもどすことは

できるのだからとりあえずやってみましょうよ、といってやってみるようにしています。

⑨ 実施結果のフォロー確認・検討修正・標準化 実施結果は必ず確認され、必要な検討修

正を行い、初期の目標を達成するように導きます。結果が良ければ良い水準を保つよう

に、また水平展開できるように標準化します。

⑩ 人間性の感特 問題解決を成し遂げたという感激を、働いた仲間と一緒に喜びあう。メ

ンバーの中にはキーマンがいるので、そういう人は表舞台に引っ張りだしてあげます。

私はPLANがいかに大切かと思います。現場の人は早く Do をしたがりますが、じっく

り聞いて、現状を把握してプランをしないと失敗します。

(2) QC7つ道具

現場ではよくQC7つ道具を使います。よく使うのは特殊要因図、散布図、パレート図、

グラフ、層別です。今は新QC7つ道具も使っており、連関図法、KJ法、マトリックス

をよく使います。今日お示しするのは、楊貴館の「月別来店客数の推移」と「お客の延べ

宿泊日数と従業員の労働時間の相関(指数)」です。夏秋に来客が多い繁忙期には人手が足

らず、来客が少ない冬から初春は人手が余り、人繰りが難しいようです。

3.問題の核心に迫るKJ法(親和図法)

KJ法の紹介ですが、これはソニーの川喜多次郎さんが開発された手法と聞いています。

① カード作り をします。一人5~10 枚書いてもらいます。

② 島作り をします。一人ずつに書いてもらったカードを読んでもらい、模造紙に貼り、

同じ性質の問題点を集めていきます。

③ 表札作り 各島で共通する意味合いを表わす言葉を「表札」タイトルとします。

④ 関連付け 相互の島の間にどちらが原因でどちらが結果かの関係を、矢印で表わしてい

きます。

⑤ 問題のヘソ探し 矢印がたくさん出ている島が「真因」に近い要因です。ここからさら

に追求し「核心」へと迫っていきます。楊貴館の問題点のまとめを、若い人だけを集め

て行った結果、お客のクレームが伝わっていないなどのスタッフの報連相、教育システ

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ム、特定部門の発言力が強いなどが見えてきました。中には文章にしにくい強烈なもの

もありましたが、これらの結果は社長や常務にも受け入れていただきました。楊貴館の

魅力や売りについても尋ねたところ、くつろぎ・癒し、温泉、食事と云った一般的な項

目から、好奇心とステータスを満足させたい、客がスタッフと交流したいのでは、大事

な人と大事な時間を過ごしたい、現実逃避したい、といった来客の接点で感じた内面的

なことに迫るものもありました。

4.作業観測と作業分析、

次はワークサンプリングですが、観測者は走り回って、複眼的に複数の作業をサンプリ

ング観察するやり方です。11 月 27 日は、朝8時から 11 時過ぎの時間帯に各スタッフがい

つどんな作業をやっているかを調査しています。その結果、楊貴館では、朝食の後片付け、

食器洗い、部屋の清掃、ベッドメイキング、フロントでの宿泊客の見送り、予約受付け、

生け花の手入れ、厨房での調理など、同時に多様な作業が進行していることが窺えます。

また、食器洗いや部屋の清掃作業では時間観測を行っています。この時間観測は 1/100

分単位で観測しています。

ここで言えることは、サービス業では現場の作業を数字で考える習慣が少ないというこ

とです。

パントリーで皿を何個洗うか、作業時間がどれくらいかかっているかなどそういったと

ころまでは考えてはおられないように思います。製造屋は時間に対して敏感です。部品1

個製作するのに 1/100 分単位で作業時間を計測して標準時間を決め、作業を編成していま

す。

5.標準作業

食器洗い作業と部屋の清掃作業に関しては、時間観測資料を基に作業の見える化をしま

した。

それが標準作業票です。食器洗い作業では一つの工程を二人で対応していましたが、一

人は 4.3 分かかり、もう一人は 1.0 分で終わっておりバランスが悪く非効率です。部屋の

清掃ですが、これも二人で対応していましたが、こちらは作業時間が二人ほぼ同じで、そ

ういった意味では無駄がありませんでした。しかし、途中の動線を見ると行ったり来たり

しており、時には同じ場所で重なっており、輻輳しています。これを一方通行でぐるりと

回って作業が完結するような手順にすれば、スムースに早く作業ができそうで、まだまだ

改善の余地は十分にありました。

6.製造屋から観たサービス業の付加価値

(1) サービスの定義

サービスネットワークを開発した諏訪 良武さんの著書ではサービスの定義を「人・構造

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物・仕組みが発揮する機能でユーザーの事前期待に適合するものがサービス」と言ってい

ます。事前期待に沿ったときに顧客の満足が得られるということでは、製造業もサービス

業も共通で、ある意味では製造業もサービス業と言えます。以下、諏訪良武さんの著書を

引用させて頂くと

(2)ユーザーの事前期待とは

① 事前期待の内容 サービスメニュー、サービスの品質が事前期待の対象です。

② 事前期待の持ち方 共通的な事前期待、個別的な事前期待、状況で変化する事前期待潜

在的な事前期待 があります。

③ ユーザーの属性 も大切です。

④ ユーザーのサービスへの関わり と云った領域もあります。

(3) 事前期待の持ち方(旅館の場合)

① 共通的な事前期待 車で言えば「走る・曲がる・止まる」

といった機能は当たり前の品質です。サービスに

おいてもそこが損なわれると二度とお客は来な

いという部分です。こういうことは標準化してや

っていかないといけません。ネガティブな投書な

どはここが問題なのだと思います。この領域は従

業員全員が標準を知って正しく行うことです。

製造業は作った製品を検査する工程があり確かめ

ることができますが、サービスはその日に品質を

確かめることができないので、マネジメントが難

しいのです。先程のKJ法でもこの部分の指摘が

あり、標準化とか教育の重要性について皆が共有

化できたと思います。

② 個別的な事前期待 個々のお客の好みに合わせて提供できるレベルになるとかなり高

水準になります。例えばお客によって「固めのそば殻枕」と「綿枕」の使い分けをする

などです。この領域ではデータベースを作り、共有化し対応することが肝心です。

③ 状況で変化する事前期待 このお客さんは普段はワインを好まれるが、今日の天候なら

ビールをお勧めするのが良いのではないかといった、状況に応じて判断をすることです。

④ 潜在的な事前期待 お客様の家庭的な悩みを聞いてあげられるといったようなことを

指しますが、上記③の状況で変化する事前期待とともに、知恵や経験の蓄積が必要でベ

テランの領域のものです。

(4) サービスの品質と事前期待

共通的な事前期待や個別的な事前期待に対応するサービス品質とは、正確性、好印象、

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安心感、迅速性といったもので、状況で変化する事前期待に対応するサービス品質はこれ

らに共感性や柔軟性が加わったものです。無意味な行為や迷惑行為、余計なお世話といっ

たものにならないようにしなければなりません。

(5)サービス業の付加価値

製造業では生産性の物差しに「付加価値生産性」といったものがありますが、「旅館やホ

テルにおける付加価値」を考えた時、立地条件による風景や建物、料理の提供という「も

のによる提供」があります。しかし、これらの“もの”は付加価値ではないと思います。(も

ちろん料理を作ることには付加価値が付きますが・・・)サービス業においてはとりわけ人に

よるサービスが大事ですが、それらの“もの”にスタッフの気持ちが加わった時に「付加

価値が付いた」と云えると思います。

経営者の理念・方針を管理者に転写し、それを管理者が指針・指導としてスタッフへ転

写し、スタッフはそれを行動・態度としてお客に転写していく、この部分が付加価値では

ないかと思います。

こういった「スタッフの行動や態度にこそ付加価値があるのだ」という考えで、これか

らの業務改善に取り組んでいこうと考えています。

以 上

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コーディネーター・プロジェクトマネージャー向け研修

油谷湾温泉ホテル楊貴館 代表取締役社長 岡藤 智加子

(独)中小企業基盤整備機構 アドバイザー 泉 旦茂 氏

対談録

日時:平成 22 年 2 月 8日(月) 15:45~17:00

場所:中小企業大学校 (広島県広島市西区草津新町 1-21-5)

<泉アドバイザー>

それではさっそく社長からごあいさつとホテ

ルの特徴などをお願いします。

<岡藤社長>

当ホテルは萩と下関の中間、角島大橋と青海

島の中間にある一軒宿です。本業は建設業です

が、ホテル業は40年くらい前からやっています。

3年前に前社長の主人が亡くなりその後社長に

なりましたが、当ホテルはインターネット、口

コミでのお客が多く、一度失敗すると評判等が

落ちて売上にも直接響くホテルなので、全員が一定のレベル以上の接客レベルを持たない

といけません。それで旅館全体をもう一度見直しをしようと思っています。また作業効率

を上げて給料を上げてあげたいし、設備産業なので今後の投資についても考えて行きたい

と思っています。

<泉アドバイザー>

楊貴館の特徴をいっしょにお越しいただいている柴田さんからお願いします。

<柴田氏>

楊貴館の特徴は油谷湾の景観の美しさで、特に夕日がきれいです。「夕景の宿」というこ

とで評判をいただいています。温泉はアルカリ性で美肌効果があり、湯冷めしにくい泉質

です。また岩盤浴やエステもあり、家族でも利用いただけます。お客様の声で多いのはお

料理とお部屋についてです。料理は和洋中があり、それぞれにチーフがいます。地元の人

にも私たちのホテルというふうに身近に思っていただいており、冠婚葬祭の時にはよく利

用していただいています。部屋は 39 部屋あります。一部屋ずつ内装を変えており、メゾネ

ットタイプで中団体が宿泊できるタイプのお部屋もあります。5年前に内装がデザイナー

ズマンションのようなアニバーサリーフロアをオープンしました。サービススタッフの質

向上を目指して泉先生から若手中心に指導を受けているところです。

Page 68: ビルメンテナンス業の生産性向上研修 『組織を活性化させ …...ビルメンテナンス業の生産性向上研修 株式会社MATコンサルティング 代表取締役社長

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<泉アドバイザー>

私は9月から楊貴館さんに中小機構から派遣されていますが、社長さんは専門家派遣の

こういった仕組みをどういうきっかけで知ったのか、いきさつをお話ください。

<岡藤社長>

最初は政策銀行(旧金融公庫)の研修がきっかけでした。佐々木先生の見える化の話を

聞いて、サービス窓口で何度か相談をするうちに森プロジェクトマネージャーから声をか

けていただきました。

<泉アドバイザー>

社長の考えている地域性についてお聞かせください。

<岡藤社長>

合併で長門市油谷になる前は油谷町の楊貴館でした。油谷にとって楊貴館は雇用の場と

しても必要なホテルだと思っています。楊貴館では派遣社員は使っておらず、従業員の8

~9割は 30 分圏内で通勤できる地元の人間です。この場所に住みたいということで楊貴館

に就職している人たちです。そうしたことから本来、ホテル業に向いている人というのは

居ないのかも知れません。

<泉アドバイザー>

もともとどういういきさつでホテルを始められたのか、先代の社長のお話もお聞かせい

ただけますか。

<岡藤社長>

最初はホテルを作る予定ではありませんでした。40 年前、初代(三代前の社長)がここ

に温泉が出るということから入浴施設を作る予定だったのが、周囲の方のお話もあり宿泊

施設も合わせて作ることになりました。

<泉アドバイザー>

楊貴館にはまだ明文化した理念はありませんが、こういった地域貢献への強い思いが理

念と言えるのではないでしょうか。

社長になって3年が経ちますが、現在の悩み等をお聞かせください。

<岡藤社長>

地の利は悪く、逆にそれを強みにしていければとも思いますが、似たようなホテルがな

くお手本がありません。ホテルは 24 時間 365 日休むことがないし、楊貴館では 22 時間ス

テイもやっています。長時間の客が多くて困るというわけではないですが、それでもシフ

トなどを考えると、22 時間ステイをしていると作業効率が落ちる部分はあります。土日と

平日の繁閑の差も激しいです。

<泉アドバイザー>

複雑な作業編成になってしまいますね。

<岡藤社長>

調理場は徒弟制度がありますが、お客様の変化もあるし、今は変わり目ではないかと思

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っています。以前は昼間の団体の食事が多かっ

たのですが、だんだんと宿泊が多くなってきて

います。普通の旅館と違って朝昼食、昼夕食と

一人のお客様に一人のスタッフがつくことはで

きません。案内係と夕食係と朝食係がみな違っ

たりするので、報連相がうまくいっていない場

面が多々あると思います。

<泉アドバイザー>

楊貴館はホテル業とも旅館業ともいえない難しさがありますね。 ところで来客等のデ

ータを持っておられますが、これはいつごろからでしょうか。

<岡藤社長>

10 年くらい前にシステムを導入して、今使っているものは3~4年前に入れたものです。

<泉アドバイザー>

データがあっても今まではあまり活用していないようでしたが、今はITに強い人も採

用されていますね。

<岡藤社長>

2年前に採用しました。もともと旅館業に勤務していた者でITにも強い人材です。

<泉アドバイザー>

9月に中小機構の支援を受け入れたことについてはどのように感じられましたか。

<岡藤社長>

こうした支援をしていただくのに誰を中心に誰を対象にするかといったことを考えまし

たが、常務とも相談して現場を動かしている人間をということにしました。こういった考

える過程をいただけたことがありがたかったと思います。

<泉アドバイザー>

今回KJ法を用いて自由な意見が出ましたがどのように感じられましたか。

<岡藤社長>

予想通りの話がありましたが、意外な話もありました。今までこうして欲しいと言われ

ていたのに対応してあげていないこともあがっており、急いで対応してあげないといけな

いと思いました。

<泉アドバイザー>

私は今まで、いろいろな改善や改革をやろうとして駆け出すが、後が続かない事例を多

く見聴きしています。私たちがお手伝いする意義はここにあるかと思います。もともとあ

る力を顕在化させるのが我々の仕事ですので、ぜひ一緒にやっていきましょう。

今回、標準作業表をトライしてもらいましたがどういったご感想でしょうか。

<岡藤社長>

何かしら思いはあってもいいわけをして実践に結び付かず、今まで変わってこなかった

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ので、改善の切り口として、見える化や数値化をするというのは良いのではないかと思い

ました。

<斉藤常務>

現場の社員のレベルでこんな苦労をしているので改善したいという意見は良く聞くこと

はありますが、いざやろうとすると、いつも出来ない理由を並べて前に進めません。たと

えば風呂の脱衣所の蛇口が壊れたため使用不可の表示をしたことがありますが、この表示

を何日もしています。水道を止めないと直せないので、そのままにしているとのことでし

た。どうしたら水道を止められるかというところまで考えが及ばないのです。そこで私の

判断で支障の少ない夜中1~2時に水道を止めて修理をしましたが、このようにもう一歩

踏み込んで、改善を実践していきたいというのが支援を受け入れた最大の理由です。

<泉アドバイザー>

楊貴館のスタッフの問題点の一つは報連相が乏しいことです。若い人も最近は気付いて

いるようで、自発的にミーティングをしていますが、その話を紹介してください。

<柴田氏>

私はもともと親会社の土木事業の経理を担当していました。改善業務の窓口として9月

から正式にホテルに配属されました。それまでも、うすうすこのホテルの課題には気付い

ていました。1回目のKJ法以降、毎週木曜日の 15 時から1時間ミーティングをするよう

になりました。最初は泉先生の指導についての勉強会をしていましたが、最近は連絡事項

とクレームへの検討会をしておりコミュニケーションの大事な場になってきています。

<泉アドバイザー>

製造業だと上司からの指示で行われることですが、ここでは若い人が自発的に行ってい

るのは大変良いことです。なるべくメンバーが自発的に計画すると良いと思います。

社長として現時点での課題をどのようにお考えでしょうか。

<岡藤社長>

現場が一生懸命考えてくれているので早く対応してあげることが大切だと思っています。

そうしないとあきらめて意見を言わなくなり、モチベーションが下がってきます。

<泉アドバイザー>

今のご意見はどの会社でもヘソになることで、重要な課題だと思います。

今後、我々にどんなことを期待されますか。

<岡藤社長>

まずは外部から見て課題解決の優先順位をアドバイスしていただきたい。いつまでにこ

の課題をといったスケジュールを立てていただきたい。現場の人間は泉先生を信頼してい

るので助言をしてもらいたい。

<泉アドバイザー>

従業員からオーナーへは意見はなかなか言いにくいので、そのパイプ役は果たそうと思

います。具体的な目標があればお願いします。

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<岡藤社長>

私共を使ってくださるお客様がどういった方なのかしっかりと分析していきたいです。

<泉アドバイザー>

私はその領域の専門家ではありませんが、情報を集めて分析して目標を立てることは大

事なことだと思います。こちらはエージェントを使わず、インターネットの口コミが多い

と聞きましたが。

<岡藤社長>

もともとあまり営利目的で始めていないといった経緯もあって、あまり宣伝はしておら

ず、お客様の声をもとに少しずつ方向を見出していっていました。十数年前から「じゃら

ん」や「楽天」などネットエージェントを使うようにはなりましたが、特定のエージェン

トさんとの契約はしておりません。来ていただいたお客様に満足していただいて、また来

ていただく、または口コミで広めていただくことを考えて営業してきました。

<泉アドバイザー>

最後に、今後コーディネーター、専門家を受け入れるにあたってユーザーサイドとして

受入窓口に対する要望があればお話し下さい。

<岡藤社長>

主人が亡くなって後を継いだといったこともあって後継の問題を強く感じていました。

儲けを維持できる企業になって、まっとうにがんばれば維持できる仕組みづくりをした上

で引き渡したいと考えたので支援をお願いしました。強い会社にするのが一番の目的でし

た。泉先生のように自分たちに合った、自分たちを生かしてくださる人を紹介してくれる

ことを支援機関には期待したいです。また、地元の企業は地元の機関が一番知っているの

で、地元の機関にも支援をお願いしたいです。

<泉アドバイザー>

今言われたような悩みは中小企業の社長さんはみなさん持っておられます。おっしゃられ

るように地域のことは地域の機関が一番わかっておられると思います。本日の経済産業局

や中小機構からのお話の中でもあったように支援の方法はいろいろあるので、是非、積極

的に活用されることをお願いしたいと思います。

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コーディネーター・プロジェクトマネージャー向け研修

(独)中小企業基盤整備機構 チーフアドバイザー 綿岡 英幸 氏

講義録

日時:平成 22 年 2 月 12 日(金)13:30~

場所:中小企業大学校広島校(広島市西区草津新町 1-21-5)

1.はじめに

皆さんこんにちは。綿岡と申します。よろし

くお願いします。(独)中小企業基盤整備機構の

チーフアドバイザーとして、小売業の販路改革

等の支援をしています。本日は、アクト中食株

式会社さんへ支援に入っている内容を含め話

したいと思います。

製造業と流通業の違いの話をします。流通業

は、売上高に占める人件費率が 15%以下で特

に小売業は 10%程度と低いです。(製造業は 20

~30%)今日ここで出てくる小売業は食品小売

業に絞って話をします。

去年 12 月のリーマンショック以降、小売業は大変な状況になっています。食品小売業の

売上昨年比は新店を合わせると 97.4%、既存店では 95%です。大手の小売進出が多く、地

域中心の小売店は少なくなっています。

2.小売業のチェーンストア理論

小売業のチェーンストア理論の説明をします。チェーンストア経営の特徴は、効率重視

の考え方を追求する点です。一つ目は、ドミナント出店とも呼ばれている、特定地域に集

中的に出店し、利益を追求します。二つ目は、バイイングパワー(資材や商品)の発揮に

よって有利な価格での仕入れを実現します。三つ目は、本部と店舗の機能を分担させ業務

の効率化をはかります。四つ目は、データを活用して競争優位の確立にむけてのシステム

開発をします。しかし、チェーンストア経営は、顧客ニーズの対応ができず、顧客満足を

得られないのと同時に従業員のやる気をなくす原因との指摘も高まりました。本部集中経

営にとらわれることなく、現場の判断にまかせた地域特性に対応した店づくりも必要とさ

れ、本部集中の度合いは弱まり、本部は店舗の後方支援といった役割を深めています。

チェーンストア理論からみる大手小売業の弱点は、資料4ページに載っています。大手

小売業は、本店集中仕入になっており、効率化を徹底する上では強みですが、弱点もあり

ます。その一つ目は、店舗側がなぜそれを仕入れたのか、何を仕入れたのかが分からない

事で、販売訴求が弱くなることです。二つ目は、従業員がサラリーマン化する事です。転

勤が1年に1回又は半年に1回あり、店長が変わりますし、1店舗新設すると、玉突きで

人が変わっていきます。人が変わると顧客密着度が低くなります。これはチェーンストア

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の宿命です。三つ目は、チェーンストアの本社権限が強すぎる事です。本社が仕入れると、

店舗が仕入意図や仕入れ内容に対して意見を言います。本社は、各店からの意見に対応す

ることは困難であり、その意見を潰してしまいます。その典型的な例がダイエーです。「本

社の指示どおりになさい」と言うと、現場は意見が通らないため、モチべーションが低下

して現場が弱くなっていったのです。以上の様なチェーンストアの弱点は構造的に起こり

ます。これらの弱点を頭の中に入れて話を聞いてください。

21 世紀はサプライチェーンの時代です。製造、卸し、小売の流れの効率化をどうすれば

良いかが大きな部分です。今までは、「食品メーカー・農家」→「卸売業」→「小売」→「消

費者」という直列のサプライチェーンでした。これからは高品質、低価格を作った企業、

例えばユニクロやニトリなどが生き残ります。そうするには「食品メーカー」→(農家・

中小メーカーとの連携)「小売」→「消費者」、間を省くというサプライチェーンになりま

す。そうなると卸売業は中抜きになり、不要となります。そこで、卸売業の生き残る方法

は、オリジナル商品を作る事と、小売も始めるようにすることです。そうすると、消費者

の手に届く時には高品質、低価格が実現できます。このサプライチェーンが 21 世紀にはも

っと進みます。

ネット販売を始めるところもありますが、ネットだけでは成り立ちません。物販とネッ

ト両方で成り立っていきます。中小卸売業の経営革新の例を紹介します。一例目は、商品

知識に自信のある企業は、こだわり商材を開発して小売・ネット通販事業に進出します。

あるお茶卸業の社長は、お茶の知識は豊富ですが、卸しだけでは駄目だと思ったのでスイ

ーツへ進出しました。TV番組で紹介された途端に爆発的に売れました。これは物販とイ

ンターネット両方で成功した例です。二例目は、こだわり商材を開発し、シリーズ化して

売り場に提供します。スーパーはコーナーで商品を展開している所は、仕入先を切れませ

ん。単品だけの仕入先は切られやすいということがあります。ある菓子卸業は、100 円均一

のコーナーで棚1つを貰い、商品をシリーズ化して売り、成功しました。三例目は、独自

の仕入ルートに自信のある企業は、小売・ネット通販事業に進出します。こだわりのある

物や海外の珍しい食品などを売っています。四例目は、物流機能に自信のある企業は、他

社のできない配送ルートを開拓してルート化し、多くの商材を売り場に提供します。配送

ルートは大事です。そこで、効率化して相手の役に立つようなルートを作ります。付加価

値を付けると生産性は改善されます。

3.小売業の店舗経営上の問題店と対応策

さて、今日の本題、小売業の話をします。小売業の店舗経営上の問題店と対応策につい

ては6個のステップ(商圏調査、商品企画、販売促進企画、店舗運営企画、店舗人材教育・

店舗管理教育、評価)があります。この流れを棚卸しすると、大体何が無駄か分かります。

「商圏調査」では、お客様の分析が弱い点が問題点です。3年かけて再生した会社は、

まずアンケートから実施しました。お客様のお宅へ伺って話を聞きました。社員教育も含

めて、社員に聞きに行かせました。

「商品企画」では、小売業も卸売業も仕入れがポイントです。(商品開発能力が低いので

す。)原因は、社員が新鮮な魚市場等にあまり行った事がなく、現場実態を把握していない

からです。そのための対策としては、大手が仕入れる事ができないような地元の漁師の所

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へ行き、新鮮な魚を直接仕入れました。夜9時から 11 時頃に漁師から社員に直接電話があ

り、情報を貰ってから買うか買わないかを決めます。○○漁港の~さんの商品として売っ

ています。大手は、量が少ないので、その漁師と取引できません。直接仕入れると、その

漁師が店のお客様にもなってくれます。

第 2の問題点として、他社のサービス内容

成功事例を収集する仕組みやロイヤル・カス

タマーが逃げないような組織的販売促進や

顧客管理体制ができていません。そのための

対策としては、福岡県の成功した他社調査を

実施しました。例えば、福岡県飯塚市に6,

7店舗出店しているスーパーがあります。そ

の社長は、競争が厳しいため早期にロイヤ

ル・カスタマーを作ろうと考えました。

幸い、飯塚は地元農家が多いので農家を組織化しお客様にできないかと考えました。そ

こで、農家の人から商品を直接仕入れるようになりました。農家にとっては利幅が高く、

現金収入になります。そして、スーパーにとってはお客様にもなります。今では個人の農

家が 500 人と取引しています。隣に大手チェーン店が出店してもこのスーパーは全く業績

が悪化しませんでした。このようなビジネスモデルを持っている高知県のあるスーパーも

地域密着型スーパーで有名です。このビジネスモデルは 10 年前に始まり、5年前に完成形

になりました。

第 3 の問題点として、販売促進の評価が曖昧なため、多くの販売促進費(売上高の3~

4%)がかかっています。そのため、多くの小売業は、販売促進コストを削減して集客を

はかるために、曜日定例企画(98 円均一等)に力を入れています。具体的には、チラシサ

イズを小さくしてコスト削減をしています。同じ企画やチラシを継続して、消費者に企画

内容と曜日を頭の中に刷り込むことが大切です。

「店舗運営企画」では、店舗の工夫や良い事例を水平展開ができていない会社が多いで

す。悪いところを指摘するのではなく、良さの視える化をしないといけません。視える化

することによってモチベーションを上げ、生産性向上をはかります。製造業は悪さやミス

を探しますが、小売業は良さを見つけます。そうすると生産性が上がります。

「店舗人材教育・店舗管理教育」では、社員や従業員のやりがい・待遇面の不満解消が

組織的にできていません。従業員のやる気が変わると、食品スーパーでは売上げが5%上

がり、アパレルでは 20%上がります。それほど違いがあります。そこで、現場指導では良

い事を褒める事が大事です。逆に本社指導では、悪い事8割、良い事2割で話しかけます。

人材教育では、自己完結型の仕事をさせるとモチベーションが向上します。現場のヒア

リングを徹底的にし、不満を社長へ伝えます。部門長の利益管理表を日々徹底的にやりま

した。無駄な在庫がなくなります。若手の不満をヒアリングしながら育成をしっかりやり

ました。

「利益評価」では、部門別の利益管理を徹底的にしました。売上げより利益重視の意識

が定着し、在庫回転が良くなり、売上前年比 103%が3年くらい続いています。

また、新店をどこへ出すかが明暗を分けます。失敗する会社はこの失敗が沢山あります。

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具体的には、出店判断は新店の評価表や経営者の勘で点数をつけて判断します。投資回収

計画年数は5~7年、早くて3年で回収計画をしています。新店オープン後、当初の売上

げの計画との誤差を比較して改善を実施します。

4.アクト中食の支援内容

(秘匿)

5.最後に

これからは流通内容の無駄を視える化し、手直しし、コストをミニマムにすると、本当

に良い商品、新しい業態が出来ます。それを仕組みにして最強の流通チャネルを作ります。

豆腐やバターなど何でも良いのでこれをミニマムコストにしていきます。そのためのコン

サルタントを育てていきます。それを続けて徹底していくと新しいビジネスモデルが出来

ます。また、「良い商品の提供」をしていくには、ある指標に基づいて 80 店舗全店に良い

商品を導入~拡販したかどうかの指標を検討していきます。

ご清聴ありがとうございました。

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コーディネーター・プロジェクトマネージャー向け研修

アクト中食株式会社 代表取締役専務 平岩 宏隆 氏

独立行政法人中小企業基盤整備機構 プロジェクトマネージャー 増岡 洋 氏

独立行政法人中小企業基盤整備機構 チーフアドバイザー 綿岡 英幸 氏

対談録

日時:平成 22 年 2 月 12 日(金)14:30~15:45

場所:中小企業大学校広島校(広島市西区草津新町 1-21-5)

<増岡プロジェクトマネージャー>

平岩専務には具体的な取り組みの中身についてお話いただきます。①食品小売業の経営

について②FC事業について③戦略、ビジネスモデルについて。以上3つについて主に聞

いていきたいと思います。

<平岩専務>

アクト中食㈱の平岩です。本日は、中小企業を支援する方にとってヒントとなる事、日

頃の悩みや出来ていない事を伝えたいと思っています。よろしくお願いします。

<増岡プロジェクトマネージャー>

現在、アクト中食さんはじめ、福山のドラッグストアや米子の運送業者、タクシーとバ

ス運行業者、長門市のホテルの支援をしています。この事業の支援制度は3月に終了する

のですが、引き続き中小企業基盤機構の専門家派遣事業のなかで支援を1~2年間継続さ

せていただく予定になっています。それではまず初めに、事業内容について聞きたいと思

います。

<平岩専務>

パンフレットをご覧下さい。これは 2003

年に私が作りました。2ページ以降に載っ

ているように3本の事業柱があります。

1本目の「業食事業部【卸・商社】」で

は、広島県を中心とし、その他岡山県や山

口県、松山などで、飲食店に対するルート

セールスをしています。冷凍とドライの2

層のトラックを使いセールスしています。

2本目は「米穀事業部【製造】」です。

米屋が発祥の会社です。1911 年が創業ですので来年で 100 周年になります。実はこの事

業の売上げは○○億円足らずですが、もともとは米屋でしたので、ここがルーツと言えま

す。3本目の「ストア事業部【小売】」では、小売店のプロマートやプロマートをフランチ

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ャイズで出店した業務用食品スーパー(GSS)を展開しています。

ここで、会社の紹介をさせていただきます。草津に本社を置いています。1911 年に創業

していますので、100 年の歴史があります。現在売上高○○億円、パート○○名を含む従業

員数は○○名です。経営理念は、「全社員の幸福」、「お得意様の繁栄」、「仕入先様の発展」

です。三方よしの経営を通して、企業の永遠の存続を図り、もって地域社会に貢献する事

を企業目的とします。この経営理念は父の代に作られました。2005 年に代替わりし、兄が

社長、私が専務になりました。基本的に新しい事好きで新しい事をするのに抵抗はありま

せんが、変えて良い事・悪い事があると思いますが、この経営理念は変えずに守るべきこ

とではないかと思い、これを続けています。2002 年3月 12 日に業務用食品スーパーをオー

プンしてこの売上げをベースにして卸の方もパワーアップしました。

次に事業の沿革です。1911 年に高陽町で平岩商店を創業しました。この頃は一般のお客

様へ米を販売しておりました。1950 年に法人になりました。1975 年に精米工場を持ちまし

た。1985 年に正式に業務用卸専門部門を作りました。2002 年に業務用食品スーパー1号店

をオープンしました。2006 年に宮崎の成果を扱う会社を作りました。子会社を作りました。

100 年の歴史を振り返ります。創業した米屋では一般のお客様に米を売っていました。高

陽から胡町へ出てきて、業務店へ販売するようになりました。その頃は、戦争が終わり、

1950 年頃、飲食店が街中に多くできた時代でした。飲食店へ米と一緒に砂糖や醤油、油な

どを卸していたので、業務用食品の商社の機能を付けました。その機能を高めこれを小売

でやりたいと言い出したのだろうと思います。ちょうどバブルの弾ける前でした。バブル

後、飲食店のマーケットが難しくなりました。飲食店は今後もずっと景気が良くはいかな

いだろう、取引先の倒産もあるだろうから何とかしないといけませんでした。日本人の食

生活も変化し、業務用食品が一般消費者にも受け入れられるのではないか?ということと、

より多くの人に売りたいという思いで小売店にチャレンジしました。次に、世の中のあり

とあらゆる事例を参考にしながら、小売をFCでやってみました。FC店を現在 55 社抱え

ていますが、支援する本部はどうあるべきかを考えていくと、店舗が儲からないといけな

いので、モチベーションをいかにアップさせるか、商品知識をつけるかをコンサルタント

しています。全事業にコンサル機能が必要だと感じています。そして今までは、各事業部

が別々の人、場所でやっていたのですが、「食関連企業へのお役立ち企業」という事で各事

業部が繋がってきました。

現在、飲食店の○○件のお客様がいます。○○ルートで1日○○件配達しています。こ

こに人件費がかかります。大手の会社はできないことだと思っています。それが参入障壁

だと思っています。しかし、トラックで回ってお客様との接点が大事です。油や醤油など

の皿の脇役から肉、魚、野菜など皿の真ん中に座る商品へと配達する商品が変化していっ

ています。こうして売上げを増やしてきました。取り扱いアイテムが多いほど効率的です。

スイーツを始めようかと考えています。自社を活性化させるものとしてどんどん接してい

こうと考えています。

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(秘匿)

このような考えで、お客様のお役立ち業として接点が強まり、新しいビジネスが生まれ

るのではないかと考えています。まだ、目的に向かって戦略的に効率的に出来ていないな

と感じながらやっています。以上が事業内容と歴史です。

<増岡プロジェクトマネージャー>

地方で業務用スーパーのFCを展開するのは難しいと思います。何が転機になって売上

げが上がったのか、専務の経歴を合わせてお話ください。

<平岩専務>

(秘匿)

<増岡プロジェクトマネージャー>

製造業と小売業分かった人がそれぞれ欲しいと言いますが、専務の立場として分かり易

く説明してください。

<平岩専務>

商品力強化が大きな課題です。過去は、商品のボリュームを大きくして安くするとか、

仲間企業の紹介をしてもらったら安くするなどの取り組みをしていました。今は、いかに

製造ラインから合理化するかという事が大事だと思います。食品の製造ラインを見て意見

を言える人がいたらいいなと思います。

<増岡プロジェクトマネージャー>

ものづくりから分かった事はどのようなメリットがありますか。

<綿岡チーフアドバイザー>

アクト中食さんは、高品質低価格を実現されるために、製造~卸~小売まで全ての機能

を網羅したいという経営戦略が明確です。例えば、住宅製造業の場合、製造段階でのロス

コストが発生しているのですが、それを大手住宅メーカーが中小住宅製造業に対して、定

期的に製造指導して、ロスコストを最小化して、お互い共存していくビジネスモデルが出

来ています。お互い共存するためのソフトな部分の強化をしたら社会的にも意義があるこ

とだと思います。

<増岡プロジェクトマネージャー>

アクト中食さんのお客様のなかで一般消費者と飲食業の割合はどうですか。また、他の

一般消費者向けスーパーとの差別化はどうしていますか。

<平岩専務>

一般消費者が○○%で飲食店が○○%です。FCの加盟店が増えると、○○の商品が欲

しいなど要望が増えてきます。昔はそれを一つ一つお客様の不満足をいかに減らすかと対

応していたことがありました。これを続けると中小規模のスーパーは生き残れません。突

き抜けた商品構成、独自性のあるスーパーを作っていかないといけません。業務用スーパ

ーという名前を付けているほどですので、そこでの商品開発をしていかないといけないと

思います。

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<増岡プロジェクトマネージャー>

外部の人材を積極的に採用されているようです。前の会社のやり方が抜けないなどある

と思いますが、どのようにアクト中食色に染めるのですか。

<平岩専務>

まず、新しい事をしようとした時、そのために社内で人材を育てるのは不可能なので、

できる人に入社してもらえるようにお願いします。その道については先生と思って接しま

す。会社内でその力が発揮できるように援助します。すぐ成果を出すとは思ってはいませ

ん。組織に溶け込んで力を発揮するのは2~3年かかると思っています。

<増岡プロジェクトマネージャー>

本人が成果を出せるように寛容な姿勢で迎えて育てているのは立派です。難しいことだ

と思います。

<綿岡チーフアドバイザー>

たまたま私の元同僚もアクト中食へ入社しています。新しい人に自由にやって貰って「待

つ」というのは、大きくなる秘訣です。緩やかな管理状態ですから、自由に仕事ができま

す。アクト中食は、会議では賑やかなくらい意見が出ます。とても元気が良いです。正直、

アクト中食のビジネスは固まってないので、外部の人だからこそ自由にやり易いのだと思

います。良い取り組みをしておられます。

<増岡プロジェクトマネージャー>

宇品のスーパーの近隣に大手スーパーが沢山出店しています。対策はありますか。経営

者として何をしたら良いと思いますか。

<平岩専務>

(秘匿)

<綿岡チーフアドバイザー>

大手が出来ないこと、大手の逆をやると上手くいきます。大手では、仕入れは本社、売

るのは店舗と別になっています。そのため、大手ではできない、「店舗担当者が自分で現物

を見て買い、その良さを訴求して販売すること」ができます。

(秘匿)

<増岡プロジェクトマネージャー>

食品スーパー経営者の資質には何が必要でしょうか。

<平岩専務>

スーパーは本店より現場に重きがあります。チェーンスーパーの社長は本当の現場を見

ていない場合が多いのではないかと思います。どこまで現場の事がわかるかが重要だと思

います。今は、宇品地区は値段だけでは商売できない状況です。すぐに接客レベルを上げ

るのは難しいです。だからと言ってノルマを増やしても駄目です。なぜここで働くのかと

考える事、考え方を理解させ、目的と行動の意味をしっかり教えます。

<綿岡チーフアドバイザー>

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流通業は時代の流れに合わせて変えていくことが大事です。次の4項目が経営者に重要

な事です。①新しい事を始めようとする事が重要な話です。②人のモチベーションが重要

です。例えば、女性が多いことが製造業と違います。女性を笑わせたり、褒めたりする事

です。③行動力、すぐ行動するスピード感が重要です。環境に合わせるためのスピードと

忘れないためにメモ書きをして、行動することが大切です ④粗利が小さいため、本社コ

ストに厳しくないといけません。そのためには、本社建物を立派にしないことです。

<増岡プロジェクトマネージャー>

1.FCで 80 店舗ありますが、これからまだ拡大しますか。

2.これから出店するのはどのあたりを狙っていますか。

<平岩専務>

(秘匿)

<増岡プロジェクトマネージャー>

スーパーを見る時のポイント、何を見たら特色が分かりますか。

<平岩専務>

店の立地を見ます。どんな競合店があるか。どんな商品価格がついているか。バックヤ

ードが綺麗か汚いか、例えば伝票がファイルされているかを見ます。経営者の考えや社員

に対する思いをヒアリングします。

<綿岡チーフアドバイザー>

経営者と話をすると大体分かります。1.従業員満足に対する意識がどれだけあるか、

行動スピードがどれほどあるか2.伸びている会社は、アクト中食さんのように風土は自

由な雰囲気で話せていることと、トップダウンとボトムアップをバランス良くしているこ

とです 3.販売の仕組みは(ビジネスモデル)を差別化するためには、大手が実施して

いる仕入~販売方法の逆をしたらよい4.結果で怒らないことが大事です。プロセスを向

上をすると、結果売上げが上がります。

<増岡プロジェクトマネージャー>

今日は熱心に話していただきありがとう

ございました。平岩専務の積極性、行動力が

大きいと思います。アクト中食さんは、全国

色々な場所で展開されているので、今日研修

に来たコーディネーターの方は、販路開拓の

新しいきっかけになればいいなと思ってい

ます。以上で終わりたいと思います。どうも

ありがとうございました。

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コーディネーター・プロジェクトマネージャー向け研修

財団法人ひろぎん経済研究所 主任研究員 遠山 文雄

講義録

日時:平成 22 年 2 月 12 日(金)16:00~17:00

場所:中小企業大学校(広島県広島市西区草津新町 1-21-5)

1.単純回帰分析

本日は、難しい数学的な説明は省略し、パソコンの操作方法と、分析結果の読み取り方

をご説明します。分析結果の読み取り方については、広島大学大学院社会科学研究科の宜

名眞勇教授が推奨されている手法をご紹介します。決定係数ばかりに注目する読み取り方

には留意が必要です。

特に、「分析ツール」というソフトウェアをインストールしていない場合でも実施できる

回帰分析のやり方をご紹介します。

まず、単純回帰分析についてご説明します。

あるデータを左下図のように散布図にプロットすると、右肩上がりの方向に分布してい

るように見えることがあります。この時、x軸のデータとy軸のデータの間には、右下図

のように、右肩上がりの直線の関係があることが予想されます。このような場合に、直線

の式を求める手法を、単純回帰分析と呼びます。

例として、CVSチェーン(仮想)をとりあげてお話します。資料の表のような 20 店舗

を有するCVSチェーンがあり、半径 500mの商圏人口が 3,500 人の場所への出店を検討し

ているというケースを想定します。この場合、新規店舗では、どのくらいの売上高(日商)

が見込まれるでしょうか?

これを計算するためには、商圏人口と売上高の散布図をつくり、そこに単純回帰分析の

直線を描き、商圏人口 3,500 人に対応する直線上の点Aについて、売上高を計算すれば良

いのです。

単純回帰分析により直線の式(回帰方程式)を求めると、y = 0.2799x + 151.87 となり

ます。単純回帰分析をする(つまり回帰方程式を求める)ということは、0.2799 とか 151.87

といった値を計算することです。0.2799 とか 151.87 といった値は、パラメータと呼ばれて

います。この例では、パラメータは2つあります。

回帰方程式の x は商圏人口、y は売上高を表しています。つまり、この式は、「商圏人口

が 1人増えると、売上高が 0.2799 千円(=280 円)増える」ということを表しています。

商圏人口 3,500 人の場所に出店した場合の売上高は、回帰方程式の x に 3,500 人を代入す

ることにより、1,132 千円(=0.2799×3,500+151.87)と計算されます。

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単純回帰分析の式は、次のような一次方程式で表されます。

y = a0 + a1x

a0は「切片」を表す定数

a1は「傾き」を表す定数

xはyに影響を与える「原因」となる変数

yはxによって引き起こされる「結果」を表す変数

xとyの間には「因果関係」が成立しなければなりません。つまり、xが原因となって、

yという結果が引き起こされるということです。この時、x を「説明変数」、y を「被説明

変数」と呼びます。

このケースでは、変数xの商圏人口が原因となり、変数yの売上高という結果が生じる

という因果関係の仮説が描かれています。つまり、「商圏人口が多い店舗ほど売上高が大き

い」、あるいは「商圏人口が少ない店舗ほど売上高が小さい」ということです。

それでは、単純回帰分析のパソコン操作方法についてご説明します(説明の議事録は省

略)。

計算結果は、以下のⅰ~ⅲ手順で評価します。つまり、ⅰが最も優先されるべきチェッ

ク項目であり、次いで、ⅱ、ⅲの順にチェックしていきます。この評価の手順は、広島大

学大学院社会科学研究科の宜名眞勇教授が推奨されているものです。

ⅰ.パラメータの符号(プラスあるいはマイナス)が

因果関係の仮説に適合しているか

ⅱ.パラメータの「t値」の絶対値が

「パラメータが 0である確率が 5%のt値」を上回っているか

ⅲ.決定係数が十分な大きさとなっているか

ここでは、パラメータの符号の見方を、「傾き」(つまりxの係数)について説明します。

事例のCVSチェーンについて回帰分析を行った結果、「傾き」の符合がプラスになった場

合を想定します。この場合は、結論として「商圏人口が多い店舗ほど、売上高も多い」と

いう結論が得られたことになります。この結論は、分析を行う前の仮説が正しかったこと

を意味していますので、この計算結果を採用します。

反対に、「傾き」の符号がマイナスになった場合を想定します。この場合は、結論として

「商圏人口が多い店舗ほど、売上高が少ない」という結論が得られたことになります。こ

の結論は、分析を行う前の仮説と矛盾していますので、この計算結果は採用しません。

次に、パラメータのt値の見方を、「傾き」(つまりxの係数)について説明します。

このCVSチェーンが立地する地域には、ライバル店も含めるとCVSが 100 カ所あると

仮定します。これまでの回帰分析の計算では、自社店舗の 20 カ所のデータから、回帰直

線の「傾き」などを計算してきました。しかし、ライバル店も含めた 100 カ所のデータ

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から「傾き」を計算できれば、新規出店前の売上高の予測の精度をさらに高めることが

出来ます。

このように、分析の対象となる全体の集団を「母集団」(この事例では 100 カ所)、この母

集団から抽出された集団を「標本」(この事例では 20 カ所)と呼びます。

回帰直線の「傾き」が0であるかないかは、非常に重要です。「傾き」が0の場合とは、

下図のような状態です。この場合、商圏人口が多くても少なくても、売上高は 1,500 千円

で一定の値をとっています。つまり、商圏人口は売上高に影響を与えていないので、因果

関係が存在しないことになります。

20 カ所の標本のデータから「傾き」を計算すると、ピタリと0になることは極めて稀で、

0に近い計算結果が得られた場合でも、0.002 とか、-0.0005 などのように、0とは若干異

なることが多いでしょう。

20 カ所の標本データの「傾き」が0でない場合でも、母集団(100 カ所分)の「傾き」

が0であるかどうかを推計しておく必要があります。母集団の「傾き」が0ならば、標本

の「傾き」もおおむね0であると考えられるからです。

母集団の「傾き」が0であるかどうかを判断する指標がt値です。

続いて決定係数についてご説明します。決定係数とは、回帰分析により求めた方程式の

あてはまりの良さ(=精度)を表す指標です。あてはまりが最も良い時、決定係数は1と

なります。この場合には、左下図のように、全てのデータが求めた方程式の上に並んでい

ます。あてはまりが最も良くない時、決定係数は0となります。この場合、右下図のよう

に、データのほとんどが方程式の上に並んでいません。また、方程式の傾きは0(=方程

式が水平)になっており、xがどのような値をとっても、yの値は全く変化しません(つ

まり全く関連性がありません)。

2.重回帰分析

1つの被説明変数(y)で表される結果を、1つの説明変数(x)によって説明する方

法が「回帰分析」でした。

これに対して、1つの被説明変数(y)で表される結果を、2つ以上の説明変数(x1、x2、

x3…)によって説明する方法を「重回帰分析」と呼びます。

重回帰分析の式は、次のような形になります。

説明変数が2つの場合: y = a0 + a1x1 + a2x2

説明変数が3つの場合: y = a0 + a1x1 + a2x2 + a3x3

説明変数が n個の場合: y = a0 + a1x1 + a2x2 + a3x3

+ … +anxn

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重回帰分析においても、x1、x2、x3…とyの間に因果関係が成立し、x1、x2、x3…が原因となってyという結果が生じていることになります。

前述のCVSチェーンについて、商圏(半径 500m)内に立地している「競合店舗数」の

データを入手できたとします。このCVSチェーンが、商圏人口 3,500 人、競合店舗数 8

カ店の場所へ出店した場合、どのくらいの売上高(日商)が見込まれるでしょうか?

先ほどの例では、「商圏人口」という1つの説明変数によって単純回帰分析を行い、売上

高を 1,132 千円と推計しました。今回は、「商圏人口」と「競合店舗数」という2つの説明

変数がありますので、重回帰分析により、精度の高い推計を行うことが期待されます。

重回帰分析を行った結果は、以下のようになります。

y = 284.4235 + 0.264063x1 + ▲22.5636x2

この式のx1に 3,500 人、x2に 8 カ店を代入すると、売上高は 1,028 千円と推計されま

す。

284.4235 + 0.264063 × 3,500+ ▲22.5636 × 8 = 1,028

このように、重回帰分析を利用すると、複数の要因による影響を反映した推計を行うこ

とができます。

続いて、自由度修正済み決定係数についてご説明します。

決定係数は、回帰分析により求めた方程式のあてはまりの良さ(=精度)を表す指標で

すが、「説明変数を増やせば増やすほど、決定係数が高くなる」という問題点を抱えていま

す。あまり意味のないものであっても、とにかく説明変数を増やしさえすれば、決定係数

が高くなってしまいます。

例えば、CVS20 カ所のデータに、下表のように「RANDOM」という意味のない説

明変数を加えて重回帰分析を行うと、決定係数は 0.865143 となります。「RANDOM」

を加える前の決定係数は 0.863809 ですので、僅かですが決定係数が高くなっています。

この問題点に対応した指標が、自由度修正済み決定係数です。

自由度修正済み決定係数についてお話する前に、自由度について簡単にご説明します。

例えば、100 カ店の中から3カ店を選び出すことを考えます。3カ店は自由に選ぶことが

出来ますが、平均の売上高を 100 万円するという条件が付けられているとします。

選択する人は、最初に売上高 90 万円の店を選び、次に売上高 110 万円の店を選んだとし

ます。この場合、3カ店目には、必ず売上高 100 万円の店を選ばなくてはなりません。つ

まり、選択者が自由に選べるのは、3カ店のうち2カ店だけです。

4カ店を選ぶ場合では、売上高の平均が 100 万円という条件が決められていると、選択

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者が自由に選べるのは3カ店だけです。

このように、自由度とは、あらかじめ設定されている条件の分を差し引いて、選択者が

自由に選べる標本の数のようなものだと考えて下さい。上図の事例では、最初のものが自

由度2、次のものが自由度3ということになります。

先ほど、決定係数には、あまり意味のないものであっても、説明変数を増やせば増やす

ほど、決定係数が高くなるという問題点についてご説明しました。この問題点を解決する

ため、自由度に応じて決定係数を調整したものが自由度調整済み決定係数です。

つまり、説明変数を増やすと自由度が小さくなりますので、その分、決定係数を小さく

します。このように自由度にあわせて決定係数を小さくしますので、あまり意味のない説

明変数を加えると、自由度調整済み決定係数は小さくなってしまいます。

反対に、十分に意味のある説明変数を加えれば、自由度にあわせて決定係数を小さくする

調整を行っても、自由度調整済み決定係数は大きくなります。

3.判別分析

前ページの表を散布図にしたものが、左下図です。この図では、「購入経験あり」のグル

ープと「購入経験なし」のグループに分かれているように見えますが、どのように分けれ

ばよいかがもう一つはっきりしません。

そこで、右下図のように、2つのグループに分ける直線を引く方法が考えられます。

判別分析は、2つのグループを最も上手にグループ分けできる直線を計算する統計手法で

す。

この直線を「分割直線」、直線の式(ax+by+z=0)を線形判別関数と呼びます。

この直線を表す式は、以下のようになります。

0.910x + y -73.927 = 0

xは年齢、yは年間購入額

この式に、20 人の年齢と年間購入額を代入して計算すると、下表の通りとなります。計

算結果がプラスの人は、分割直線の上側、すなわち「購入経験あり」のグループであると

判定されます。計算結果がマイナスの人は、分割直線の下側、すなわち「購入経験なし」

のグループであると判定されます。

購入経験があるのに「購入経験なし」と誤って判定された人は1人、購入経験がないの

に「購入経験あり」と誤って判定された人も1人です。この事例では、20 人のうち 18 人が

正しく判定され、2人が誤って判定されています。このように、正しく判定する割合を「判

別的中率」と呼びます。この事例では、判別的中率は 90%です。

判別的中率の目安としては、80%以上であることが望ましいと考えられています。

判別分析の使い方についてお話します。

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この百貨店では、最近1年間で新しくポイントカード会員になられたお客様のなかには、

この1年間で絵画の購入経験がない場合でも、これから絵画を購入する可能性が十分にあ

ると考えました。そこで、このように新たに会員になられたお客様のなかから、この百貨

店での年間購入額が大きい人をリストアップしたところ、左下表のようになりました。

この 10 人について、一人ずつ年齢と年間購入額を下式に代入して計算すると、右下表の

ようになりました。この計算結果がプラスのお客様は、「購入経験あり」のグループに分類

されることから、購入可能性が高いと考えられます。一方、計算結果がマイナスのお客様

は、「購入経験なし」のグループに分類されることから、購入可能性が低いと考えられます。

0.910x + y -73.927 = 0

xは年齢、yは年間購入額

このように、判別分析は、購入するか否か分からないお客様の中から、購入可能性が高

いお客様を抽出する場合などに有効です。

以上で本日のお話を終了いたします。ありがとうございました。

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平成21年度サービス産業生産性向上支援調査事業

「中国地域における重層的なサービス産業生産性向上『運動』展開事業」報告書

平成22年3月 中国経済産業局 産業部 流通・サービス産業課 〒730-8531 広島県広島市中区上八丁堀6-30 電話(082)224-5655

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