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Journal of Asian and African Studies, No., 論 文 コリャーク語の形容詞 その動詞的および名詞的性格と類型論的位置づけ 呉 人   惠 富山大学Adjectives in Koryak eir Verbal and Nominal Characters and Typological Positions Kurebito, Megumi University of Toyama Adjectives in Koryak have traditionally been classified into two categories: qualitative and relational. is classification is based on the traditional clas- sification of Russian adjectives, which does not necessarily reflect the actual morphological and syntactic properties of Koryak adjectives. In this paper, the author aims to classify Koryak adjectives into six types according to the two main typologically accepted roles of adjectives in grammar: (1) the role of an intransitive predicate or copula complement and (2) the role of a modi- fier within a NP. On the basis of this classification, it will be elucidated that Koryak is a split-adjective language in which adjectives are split between verb- like adjectives and noun-like adjectives; however, they are not split evenly, but rather, form a morpho-syntactically continuous phase from verb to noun, which may be cross-linguistically found in other split-adjective languages such as Japanese. Keywords: Koryak, adjective, split-adjective type, verbal type, nominal type, continuous phase キーワード : コリャーク,形容詞,分裂形容詞型,動詞型,名詞型,連続相 本稿は,コリャーク語の形容詞について,呉人1997Kurebito2004を踏まえつつ,新たな 枠組みで執筆したものである。データは,平成 20 年度日本学術振興会科学研究費補助金基盤研 B[海外学術調査]「危機に瀕した古アジア諸語の系統的・類型的多様性に関する調査研究」[代 表者:呉人惠,課題番号:19401020により 2008 9 月にロシア連邦マガダン州オムスクチャン 村でおこなった現地調査によって得られたものである。調査には,コリャーク語の母語話者として Ajatginina Tat’jana Nikolaevna さん1955 年マガダン州セヴェロ・エヴェンスク地区第 5 トナカ イ遊牧ブリガード生まれ,女性に協力していただいた。

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Journal of Asian and African Studies, No., 論 文

コリャーク語の形容詞その動詞的および名詞的性格と類型論的位置づけ

呉 人   惠(富山大学)

Adjectives in KoryakTh eir Verbal and Nominal Characters and Typological Positions

Kurebito, MegumiUniversity of Toyama

Adjectives in Koryak have traditionally been classified into two categories: qualitative and relational. is classifi cation is based on the traditional clas-sifi cation of Russian adjectives, which does not necessarily refl ect the actual morphological and syntactic properties of Koryak adjectives. In this paper, the author aims to classify Koryak adjectives into six types according to the two main typologically accepted roles of adjectives in grammar: (1) the role of an intransitive predicate or copula complement and (2) the role of a modi-fi er within a NP. On the basis of this classifi cation, it will be elucidated that Koryak is a split-adjective language in which adjectives are split between verb-like adjectives and noun-like adjectives; however, they are not split evenly, but rather, form a morpho-syntactically continuous phase from verb to noun, which may be cross-linguistically found in other split-adjective languages such as Japanese.

Keywords: Koryak, adjective, split-adjective type, verbal type, nominal type, continuous phase

キーワード : コリャーク,形容詞,分裂形容詞型,動詞型,名詞型,連続相* 本稿は,コリャーク語の形容詞について,呉人(1997),Kurebito(2004)を踏まえつつ,新たな枠組みで執筆したものである。データは,平成 20年度日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究 B[海外学術調査]「危機に瀕した古アジア諸語の系統的・類型的多様性に関する調査研究」[代表者:呉人惠,課題番号:19401020])により 2008年 9月にロシア連邦マガダン州オムスクチャン村でおこなった現地調査によって得られたものである。調査には,コリャーク語の母語話者としてAjatginina Tat’jana Nikolaevnaさん(1955年マガダン州セヴェロ・エヴェンスク地区第 5トナカイ遊牧ブリガード生まれ,女性)に協力していただいた。

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1. はじめに

本稿は,シベリア北東部に分布するチュクチ・カムチャツカ語族の 1つコリャーク語(Koryak)1)の形容詞をめぐる問題について整理するとともに,これを類型論的視点からとらえ直すことを目的とする。名詞と動詞の文法的な区別さえ不分明な一部の言語2)を除けば,一般に名詞や動詞はそれぞ

れ基本的な品詞としてどの言語にも存在するのに対し,形容詞がひとつの独立した品詞として認定されにくい場合があることは,これまでもしばしば指摘されてきた通りである(Dixon 1982, 2004: 1-49, Rijkhoff 2000: 217-257, 工藤 2007: 1-49, 八亀 2008)。コリャーク語においてもこのことは例外ではない。ここで,形容詞の意味的側面はひとまずおいて,統語的側面にかぎってみるならば,形容詞は一般に,文の述語になる,名詞句において修飾語になるという 2つの機能を持っていると考えられている(Dixon 2004: 10)。このような機能的な基準は,意味的,形態的に独立の品詞として定義づけることが時に困難な形容詞をより包括的にとらえるためにも,通言語的に比較するためにも有効である。コリャーク語において,この 2つの機能を有する形式を洗い出してみると,大きく 6種類が

認められる。先行研究では,このうち 4種類がロシア語学の形容詞の分類を踏襲して,「質形容詞」「関係形容詞」として認められてきたが(Zhukova 1972: 144-162),これはコリャーク語の形容詞の形態論的特徴を必ずしも正しく反映していない。そこで本稿では,上述のように文中での機能という尺度を用い,より広範な形式をすくい取ることによって,これらを主に形態,統語の側面から整理し直していく(したがって,以下に述べる「形容詞」とは,特に断り

1. はじめに2. 名詞と動詞の文法的輪郭3. コリャーク語の 6種類の形容詞 3.1. N形 3.2. GE形 3.3. KIN形 3.4. IN形 3.5. 名詞句階層をなすKIN形と IN形

 3.6. LH形 3.7. MIS形 3.8. 連続相をなすコリャーク語の形容詞4. ロシア語学における形容詞5. コリャーク語形容詞の類型論的位置づけ 5.1. 分裂形容詞型と連続相 5.2. 形容詞か抱合か6. おわりに

1) コリャーク語はロシア連邦カムチャツカ州北部ならびにマガダン州セヴェロ ・エヴェンスク地区に分布し,チュクチ語(Chukchi),ケレク語(Kerek),アリュートル語(Alutor),イテリメン語(Itelmen)とともにチュクチ・カムチャツカ語族を形成する。コリャーク語の正書法の基礎方言となったチャヴチュヴァン方言以外に,パラナ,パレニ,イトカン,カメンスコエ,アプカの各方言が知られている。本稿は,このうち,マガダン州セヴェロ ・エヴェンスク地区で話されるチャヴチュヴァン方言北部下位方言を対象とする(チャヴチュヴァン方言の 2つの下位方言「北部下位方言」と「タイゴノス下位方言」についての詳細は,呉人[2005: 35-54]を参照されたい)。

2) たとえば,スライアモン・セイリッシュ語(Sliammon Salish)では,時制,使役,再帰を表わす接辞などが,名詞と思われる語根に付いたり,逆に名詞と関わると考えられる,複数性や指小性を表わす重複法が,動詞と思われる語根に対しておこなわれたりなど,動詞と名詞の区別が形態統語的にも不分明であることが指摘されている(渡辺 2008: 346-351)。

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のないかぎり,上述の 2つの統語機能にもとづいて規定された品詞を指すものとする)。それにより,これらの形式は動詞型から名詞型へと連続的に分布しており,コリャーク語の形容詞は,松本(2007: 96-108)が指摘しているような「用言型」という 1つのタイプには収まりきれないこと,形容詞が動詞から名詞への連続相の中に位置づけられるのは,実はコリャーク語にかぎったことではなく,日本語をはじめ,いわゆる「分裂形容詞型(Split-adjective type)」の言語に通言語的に認められる形容詞の特質である可能性を指摘する。

2. 名詞と動詞の文法的輪郭

形容詞について考察する前に,まず,本稿のテーマにかかわる名詞ならびに動詞の文法的特徴について略述しておく。名詞の範疇には,数,格,人称,さらに有生性がある。数には単数,双数,複数があり,これらは絶対格においてのみ区別される(たとえば,「頭」は lewt[絶単],lewtt[絶双],lewtu[絶複])。ただし,有生の名詞は,絶対格で単数,双数,複数が区別されるだけではなく,斜格においても単数(-ne/-na)と複数(-jk)のみ区別される(たとえば,an’a-na-「おばあさんに」―an’a-jk--「おばあさんたちに」)。格には 11の格,すなわち,絶対格(-n~-Ø~重複~-e/-a),場所格(-k/-k),道具格(-e/-a/

-te/-ta),与格(-),方向格(-et/-jt),沿格(-ep/-p/-jp),奪格(-qo),接触格(-jite/-eta),原因格(-kjit/-kjet),様態格(-u/-o/-nu/-no),随格(e-/a-..-e/-a/-te/-ta3))がある。動詞には,主語と目的語の人称と数が接頭辞と接尾辞により標示される(ただし,1人称以外,接頭辞はしばしばゼロ)。接頭辞は通常,主格・対格型,接尾辞は能格型を示す。すなわち,自動詞では接頭辞・接尾辞とも主語を表わすが,他動詞では接頭辞が主語,接尾辞が目的語を表わす。このようにコリャーク語は名詞と動詞の双方で主語・目的語の標示がおこなわれるため,語順は比較的自由である。統語における格標示は,能格型である。すなわち,自動詞主語と他動詞目的語は絶対格をとり,他動詞主語は能格をとる。ただし,以下に見るように,能格専用の標識をもつのは人称代名詞のみで,その他の名詞はその有生性の度合いに応じて,場所格,道具格により能格標示を受ける。

1)独自の能格専用の標識 -nanが付加される名詞2)能格に場所格(-k)が援用され,同時に有生の数標示 -ne/-na(単),-jk(複)を受ける名詞3)能格に道具格(-te/-ta)が援用され,有生の標示を受けない名詞4)能格として任意に場所格も道具格もとり,有生の標示も任意である名詞

1)の独自の能格標識をもつのは人称代名詞のみ,2)の場所格が援用される名詞は,人間や家畜を表す固有名詞,疑問代名詞「誰」,親族呼称,3)の道具格が援用される名詞は,親族名称,動物名詞,無生物名詞,4)の任意に場所格,能格いずれもが用いられる名詞には,普通人間名詞,指示代名詞,「どの」を表す疑問代名詞(属格形)などがそれぞれ含まれる(呉人 2002: 107-125)。

3) 「..」は,接周辞のつく語幹部分を表している。以下,同様。

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3. コリャーク語の 6種類の形容詞

コリャーク語では,文において述語になる,名詞句において修飾語になる,という 2つの統語的機能を備えた形式として次の 6種類が認められる。次の(1)~(12)では,奇数が述語,偶数の例が修飾語の例である。① n-..-qin(e)/-qen(a)4)(以下,N形)

nmejqin「大きい」 niwlqin「長い」 nomqen「暖かい」 nvetatqen「働き者の」 (1) jajaa jqqm nmejqin. 家 とても 大きい 「家はとても大きい」 (2) wuccin nmejqin jajaa. これ 大きい 家 「これは大きい家だ」② e-/a-..-lin(e)/-len(a)(以下,GE形)

ecejlin「砂の多い」 ejewjewlin「雷鳥の多い」 awwwlen「石だらけの」 aqlavolen「夫のいる」 (3) tnup jqqm awwwlen. 丘 とても 石だらけの 「丘は石だらけだ」 (4) anko kotva awwwlen tnup. あそこに ある 石だらけの 丘 「あそこに石だらけの丘がある」③ -kin(e)/-ken(a)(以下,KIN形)

ejejkin「秋の」 Cajbuqaken「チャイブハ(地名)の」 janotken「先頭の」 pkijkin「到着の」 (5) mnin qlavol Cajbuqaken. 私の 夫 チャイブハの 「私の夫はチャイブハ出身だ」 (6) Cajbuqaken vaalen nataktn. チャイブハの 空港 閉鎖した 「チャイブハの空港が閉鎖された」④ -in(e)/-en(a)(以下,IN形)

en’picin「父の」 npqlavolen「老人の」 qojen「トナカイの」 plwnten「鉄の」

4) 各異形態は,母音調和による(アルタイ諸言語に見られる母音調和とは異なるコリャーク語の母音調和の詳細については,呉人[1999: 49-64]を参照されたい)。また,カッコ内の母音は,形態素が後接する際に現れる。これは,他の形式についても同様である。

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 (7) wuccin icn en’picin. この 毛皮上着 父の 「この毛皮上着は父のだ」 (8) en’picin icn anko kotva. 父の 毛皮上着 あそこに ある 「父の毛皮上着はあそこにある」⑤ -ln(以下,LH形)

ekeln「橇に乗った」 wan’avatln「話をしている」 ujl’n「弱い」 javaln「後ろにいる」 (9) ajen qajuju ujl’n. その 仔トナカイ 弱い 「その仔トナカイは弱い」 (10) qekmit ajen ujl’n qajuju. 捕まえろ その 弱い 仔トナカイ 「その弱いトナカイを捕まえなさい」⑥ ①から⑤のいずれにも該当しない形式(以下,MIS[=miscellaneous]形)

mitajin「美しい」 qewwajin「悪い」 luqin「黒い」 nvq「多い」 atke「悪い」 (11) ajen wala atke. その ナイフ 悪い 「そのナイフは悪い」 (12) qnil atke wala. 捨てろ 悪い ナイフ 「悪いナイフを捨てなさい」

Zhukova(1972: 144-162, 137-144)によれば,このうち①は「質形容詞(kachestvennye prilagatel’nye)」,②③④は「関係形容詞(otnositel’nye prilagatel’nye)」,⑤は「行為者名詞(imja dejatelja)」である。一方,これらのいずれにも属さない⑥の品詞性についての言及は,管見のかぎりみあたらない。また,かつてはコリャーク語の 1方言とされていたが,現在はコリャーク語と同系の独立の言語と認められているアリュートル語(Alutor)について,Kibrik et al.(2004: 280-288, 327)は,これをさらに細分化し,①のN形を「質形容詞(qualitative adjectives)」,②のGE形を「存在形容詞(habitive adjectives)」5),③のKIN形を「関係形容詞(relative adjectives)」,④の IN形を「所有形容詞(possessive adjectives)」,⑤の LH形を「分詞 participles」としている6)。ただし,コリャーク語同様に⑥についての言及は見られない。

5) habitive adjectives は,実際には「~を持っている/~がある」という所有の意味を表わすが,ここでは,「所有形容詞 possessive adjectives」と区別するために仮に「存在形容詞」と呼ぶ。

6) 一方,Dunn(1999)は,同じく同系のチュクチ語のN形のみを adjectiveとし,KIN形を relational modifi er (noun),IN形を possessive modifi er (noun),LH形を participleとしている。ただし,GE形の名詞修飾機能については言及していない。

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しかし,それぞれの形式を形態統語的ふるまいから見ると,これとは異なる分類が必要になってくることがわかる。すなわち,本来,それぞれの形式を作る接辞が動詞の屈折接辞に由来し,動詞的タイプを示すN形,GE形,主要部名詞に一致して格や数により語形変化する,言い換えれば,名詞的にふるまうKIN形,IN形,LH形,さらに不変化詞的な語から,数のみの変化をする語まで含まれるMIS形に分類される。ところで,松本(2006: 313-320, 2007: 96-108)によれば,世界の言語の形容詞は大きく体言型と用言型に分類されるという。体言型はアフリカ北部からユーラシア内陸部のほぼ全域,さらにオーストラリアに分布する。一方,用言型はアメリカ大陸のほぼ全域と旧大陸はチュクチ ・カムチャツカ半島から朝鮮半島北部,さらに中国から西はインドのアッサム地方まで,また南はオーストロネシアまで分布する7)。松本のこの分類にしたがうならば,シベリア極東のカムチャツカ半島を中心に分布するコリャーク語は,用言型に属する。しかし,形容詞を上述のように機能的にとらえるならば,コリャーク語の形容詞は用言型か体言型かという 2分法には当てはまらない。むしろ,分裂形容詞型(split-adjective type)(Wetzer 1996: 271)を示すというほうがふさわしい。さらにいうならば,コリャーク語の形容詞は,単に動詞型と名詞型に「分裂」しているのではなく,動詞から名詞への連続相の中に位置していると考えるのが,よりその実相を正確にとらえている。したがって,このようなコリャーク語の形容詞を,まずは従来のロシア語学の枠組みを踏襲した分類から解放し,整理し直す必要がある。そこで,以下では,それぞれの形式の語構成と意味,用法について見ていく。なお,それぞれの形式に対してこれまで伝統的に用いられてきた「質形容詞」「関係形容詞」「所有形容詞」「行為者名詞」という用語は以下では用いず,便宜的に意味的にニュートラルなN形,GE形,KIN形,IN形,LH形,MIS形で示すことにする。

3.1. N形コリャーク語文法で伝統的に「質形容詞」と呼ばれてきたN形は,形容詞のみならず,名詞,

動詞,副詞の各語幹から形成され,事物の恒常的な属性,性質を指し示す8)。名詞的な語形変化や,N形以外で定形動詞的な語形変化をせず,他の品詞から派生したと考えられない本来の形容詞語幹から作られるN形は,コリャーク語ではむしろ数がかぎられている。これに比べ,動詞あるいは名詞の各語幹から作られるN形は生産性が高い。以下の例では,便宜的に,述語になる場合に 3人称単数主語に,また,名詞句の修飾語になる場合に絶対格単数の主要部名詞に一致する n-..-qin/-qenの形のみをあげるが,実際には述語においては主語の人称・数により(たとえば,nppul’ujm「私は小さい」),名詞句においては主要部名詞の数(すなわち,3人称の単数・双数・複数形)により(たとえば,nppul’uqinet kmit「2人の小さな子供」),表 1のように後半部が語形変化する。

7) 形容詞の 2つのタイプの分布については,松本(2007: 194)の分布図を参照されたい。8) 永山(2002: 11)は,「コリャーク語およびアリュートル語では伝統的に形容詞語幹からつくられ

るものを性質形容詞,形容詞以外の語幹からつくられるものを関係形容詞と呼ぶ」としているが,これは正しくない。N形が形容詞語幹のみならず,様々な品詞の語幹から作られることは,上例からも明らかである。

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41呉人 惠:コリャーク語の形容詞

表 1. N形の人称・数による語形変化表

単数 双数 複数1人称 n-..-jm n-..-muji/-moje n-..-muju/-mojo

2人称 n-..-ji/-je n-..-tuji/-toje n-..-tuju/-tojo

3人称 n-..-qin/-qen n-..-qinet/-qenat n-..-qinew/-qenaw

3.1.1. 形容詞語幹から作られるN形n-9)-tuj-qin「新しい」(tuj「新しい」)n-np-qin「古い」(np「古い」)n--mej-qin「大きい」(mej「大きい」)n-ppul’u-qin「小さい」(ppul’u「小さい」)

3.1.2. 名詞語幹から作られるN形n--muqe-qin「雨降りの」(muqe「雨」)n--kte-qen「風の多い」(kte「風」)n--ja-qin「霧深い」(ja「霧」)n--l-qen「煙たい」(l「煙」)

各例の名詞語幹はそのまま単独で用いられることはないが,それぞれ絶対格単数形muqemuq「雨」,ktew「風」,jaj「霧」,ll「煙」があることから,これらのN形が名詞から派生されたことがうかがわれる。ただし,nomqen「暖かい」―omom「暖かさ」(絶単),nmelqin「よい」―melmel「晴天」(絶単)など,名詞形はあるものの抽象性が高いために,派生関係が不明瞭な語もあることが指摘されている(Zhukova 1972: 147)10)。3.1.3. 副詞語幹から作られるN形

n--juleq-qin「(時間的に)長い」(juleq「長く」)n--tei-qin「少しの」(tei「少し」)n-ine-qin「速い」(ine「速く」)

3.1.4. 動詞語幹から作られるN形N形を形成する動詞語幹には,一次的なものも派生的なものもあり,自動詞・他動詞いずれの語幹からも生産的に作られる。他の品詞に比べ,最も生産性が高い。属性の示し方は能格的で,自動詞の場合には主語,他動詞の場合には目的語の属性をそれぞれ示す。

n--tl-qin「病気の」(tl「病む」)n--majq--qen「熱心な」(majq「努力する」)n--valom-qen「従順な」(valom「聞く」)n--pil-et-qen「空腹の」(pil「喉」,-et動詞化)

n-ena-n--pkav-at-qen「疲れさせる」(ena-逆受動,n-..-at使役,--挿入,pkav「できない」)

9) これ以降,前後にハイフンのついたシュワは語頭の 2子音連続,語中の 3子音連続を避けるための挿入母音,同じく前後にハイフンのついた は,2母音連続を避けるための挿入子音を指す。

10) ちなみに筆者のインフォーマントは,前者の omomという名詞は理解してはいるものの,これを使って文を生成することはできなかった。一方,後者のmelmelでは次のような文が生成された。

melmel--k t--jajt--k-Ø. 晴天-挿入-所 1単主-挿入-帰宅する-挿入-1単主-完了 「晴天のとき,私は家に帰った」

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n-ewji-qin「健啖家の」(ewji「食べる(自)」)n--nu-qin「食べられる」(nu「食べる(他)」)

このうち,n-ewji-qinと n--nu-qinは,自他の対応をなす異根動詞語幹から作られている(ewjiは自動詞,nuは他動詞)。いずれも「食べる」の意味であるが,n-ewji-qinは食べる主体の属性を指示しているのに対し,n--nu-qin「食べられる」は食べる対象の属性を指示している,すなわち能格性を示すことに注意されたい。3.1.5. 動詞の屈折接辞 n-..-qin/-qenコリャーク語文法(Zhukova 1972)では,n-..-qin/-qenは質形容詞形成接周辞としてのみ記述され,動詞の屈折接辞からは外されている。しかし,実際には,動詞語幹に接続する場合には,時間的限定性のない一般的・習慣的な行為・状態を表わす不完了相の動詞の屈折接辞とみなしうる例も見られる11)。 (13) nno qonp nmajqaw n--vetat-qen. 彼12)(絶) いつも 頑張って 習慣-挿入-働く-3単主 「彼はいつも頑張って働いている」 (14) np-qlavol-Ø jaja-k n--tva-qen. 年老いた-男-絶単 家-所 習慣-挿入-いる-3単主 「老人は(習慣的に)家にいる」 (15) m-nin-Ø avakk-Ø qonp n--wala-qen mkajt. 私-所有絶単 娘-絶単 いつも 習慣-挿入-要求する-3単主 私(方向)

「私の娘はいつも私に要求してばかりいる」上述のように,N形が動詞語幹と最も生産的に結びつきやすいという事実は,n-..-qin/-qenが,動詞の屈折接辞であることとも無関係ではないと考えられる。ちなみに,同系のアリュートル語でも,N形は習慣的な行為を表わす定形動詞とみなされている(Kibrik et al. 2004: 253-255)。次例(16)(17)(18)は,アリュートル語の例である。自動詞,他動詞いずれの語幹からも作られるが,そのふるまいはやはり能格的であることに注意されたい。 (16) mm qonp n--vitat-im. 私(絶) いつも 習慣-挿入-働く-3単主 「私はいつも働いている」 (17) nnu n--wai-qin. 彼女(絶) 習慣-挿入-裁縫する-3単主 「彼女は(習慣的に)裁縫をしている」 (18) sull-Ø n--jl-qin? 塩-絶単 習慣-挿入-売る-3単目 「塩を売っていますか?」もうひとつの同系の言語,チュクチ語でも動詞語幹に接続するN形は定形動詞とみなされている。チュクチ語では,N形は動詞の現在時制を表わす 2つの形式のうちの 1つで,時間

11) 時間的限定性に関して,N形と対立するのは ku-/ko-..である。この動詞屈折接辞は,時間的限定性のある一時点で進行中の動作を表わす。

12) コリャーク語の 3人称代名詞には性の区別がないため,3人称は「彼」でも「彼女」でもありうる。以下の例では語用論的理由がある場合には「彼女」と訳すが,それ以外は「彼」で統一することにする。

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的限定性のない習慣的な行為を表わすとされている(Skorik 1977: 32-35)13)。 (19) tri qonp oten-t--k n--kupretku-qinet. 彼ら(絶) いつも この-湖-挿入-所 現在-挿入-網漁する-3複主 「彼らはいつもこの湖で網漁をしている」

Skorik(1977: 33-34)は,チュクチ語のこのN形について,次に見るGE形とともに,本来,形動詞であったものが次第に名詞修飾機能を失い,述語的にのみ用いられるようになり,定形動詞化した可能性があるという興味深い示唆をしている。また,Comrie(1985: 93)は定形動詞として用いられるN形は,他の定形動詞と異なり,人称・数の一致を示すスロットを接尾辞1つしか持たないことから,本来,形容詞の一致パタンに由来するとしている。ただし,このような通時的問題については検討すべき事柄が多いため,ここではこれを指摘するにとどめる。以上のように,N形が定形動詞と関係することは,N形が名詞句の修飾語として用いられた場合,(20)のように主要部名詞が絶対格の時だけ数の一致を示すことからもうかがえる。ちなみにコリャーク語では絶対格においてのみ,単数・双数・複数の区別がある。 (20) nmejqin wejem-Ø「1つの大きい川」(単)

nmejqinet wejem-ti「2つの大きい川」(双)

nmejqinew wejem-u「たくさんの大きい川」(複)

一方,斜格での一致については,Zhukova(1972: 165)では場所格と道具格で主要部と一致している例があげられているが,筆者の調査では,場所格,道具格を含むすべての斜格で従属部と主要部の格の一致は許されず,絶対格,すなわち自動詞の主語(21)あるいは他動詞の目的語の修飾語(22)としてしか現われない。N形が動詞的な形式でもあり,その場合,後半部が自動詞主語あるいは他動詞目的語の標識であることを考えれば,格による語形変化がないというのは,むしろ自然なことともいえよう。 (21) anko ku-lejv---Ø n--mej-qin-Ø kaj--n. あそこに 不完了-歩く-挿入-不完了-3単主 N-挿入-大きい-N-絶単 熊-挿入-絶単 「あそこを大きな熊が歩いている」 (22) mnan t--ku-lu---n n-ppul’u-qin-Ø 私(能) 1単主-挿入-不完了-見る-不完了-挿入-3単目 N-小さい-N-絶単 wajam-pil’-Ø. 川-指小-絶単 「私には小さな川が見える」

3.2. GE形名詞語幹に e-/a-..-lin/-lenが付加されるGE形は,「~を持っている/~がある」の意味を表わす。このGE形が文の述語にも名詞句の中の修飾語にもなることは,すでに(3)(4)で見たとおりである。本稿であげる語例は,述語的に用いられる場合に,3人称単数の主語と一致し,名詞の修飾語として用いられる場合に主要部名詞の数と一致する e-/a-..-lin/-lenの形式であるが,実際には,述語的に用いられる場合には,人称・数による以下のような語形変化がある。

13) Muravyova(1998: 533-534)は,そのふるまいが形容詞と似ていることから,これをGE形とともに adjectival verb formsと呼んでいる。

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表 2. GE形の人称・数による語形変化表

単数 双数 複数1人称 e-/a-..-im e-/a-..-muji/-moje e-/a-..-muju/-mojo2人称 e-/a-..-ii e-/a-..-tuji/-toje e-/a-..-tuju/-tojo3人称 e-/a-..-lin/-len e-/a-..-linet/-lenat e-/a-..-linew/-lenaw

Zhukova(1972: 162)は,GE形をKIN形,IN形とともに「関係形容詞」に含めている。また,同系のアリュートル語について,Kibrik et al.(2004: 285)もやはりこれを関係形容詞の下位分類とし,habitive adjectives「存在形容詞」と命名している。しかし,GE形は動詞的であるという点では,むしろこれまで「質形容詞」と呼ばれてきたN形に近い。すなわち,動詞語幹に e-/a-..-lin/-lenが付加されると,e-/a-は結果相を,-lin/-lenは自動詞 3人称単数主語あるいは他動詞 3人称単数目的語をあらわし,文の終止形として用いられる。 (23) qojamtal--n jaqam e-lq--lin tnup-et. トナカイ牧夫-挿入-絶単 すぐに 結果-行く-挿入-3単主 丘-方向 「トナカイ牧夫はすぐに丘の方に行った」 (24) nan e-kmil-lin-Ø meta--el’a-Ø. 彼(能) 結果-娶る-3単目-3単主 美しい-挿入-女-絶単 「彼は美しい女を娶った」さらにGE形は,名詞句の中で修飾語として用いられた場合,(25)のように主要部名詞と

の数の一致は示すが,(26)(27)のように絶対格でしか現われない点でもN形と共通する。これもやはりGE形の動詞的性格を反映したものであると考えられる。 (25) emimlin kokjoln「水の多い 1つの窪み」(単)

emimlinet kokjolt「水の多い 2つの窪み」(双)

emimlinew kokjolo「水の多い 3つ以上の窪み」(複)

 (26) aje-n -utt--lin-Ø tnup-Ø. あれ-絶単 GE-木-挿入-GE-絶単 丘-絶単 「あれは木の多い丘だ」 (27) q--ite -utt--lin-Ø tnup-Ø. 2単主・願望-挿入-見る GE-木-挿入-GE-絶単 丘-絶単 「木の多い丘を見なさい」ただし,形容詞のGE形は動詞語幹からは作られない。言い換えれば,動詞語幹から作られたGE形の場合には名詞句の修飾語として働くことはできない。たとえば,次の(28)のような例では,GE形は述語としてしか理解されない。 (28) a-jomja-len-Ø nal--n. 結果-染める-3単目-3単主 毛皮-挿入-絶単 「彼女は毛皮を染めた/*染めた毛皮」

3.3. KIN形伝統的に「関係形容詞」として分類されているKIN形は,名詞,副詞,動詞語幹から作られる。このうち,名詞および副詞語幹によるKIN形は,とりわけ場所や時間を表わす語から生産的に作られている。このことから,-kin/-kenが場所格の -kと,後述する IN形を形成す

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45呉人 惠:コリャーク語の形容詞

る -in/-enが結合してできた複合接辞である可能性も否定できない。なお,本稿では主に -kin/-ken形をあげるが,N形,GE形同様,KIN形も述語的に用いら

れる場合には,下表 3のように語形変化する。

表 3. KIN形の人称・数による語形変化表

単数 双数 複数1人称 -kine/-kena..-jm -kine/-kena..-muji/-moje -kine/-kena..-muju/-mojo

2人称 -kine/-kena..-ii -kine/-kena..-tuji/-toje -kine/-kena..-tuju/-tojo

3人称 -kin/-ken -kinet/-kenat -kinew/-kenaw

3.3.1. 名詞語幹から作られるKIN形コリャーク語では,KIN形は無生物名詞のみから作られる。一方,アリュートル語では有生物につく例として,nmlkin avakk「村にいる娘」(nml「村人」),itukin mmll「雁についている寄生虫」(itu「雁」),tkin mtann「犬についている蚊」(t「犬」)があげられているが(永山 2002: 16),筆者の調査では,コリャーク語はこのようなKIN形を許容しない。 umkkin「森の」 wejemkin「川の」 nutekin「ツンドラの」 Pojtken「パレニ(地名)の」 nkikin「晩の」 ejejkin「秋の」この他,代名詞に接続する cininkin「自分の」,mujkekin「私たちの」14)なども認められて

いる。3.3.2. 副詞語幹から作られるKIN形 janotken「先頭の」 colken「高いところの」 ankken「向こうの」 wutkekin「ここの」 ajvekin「昨日の」 nkjepkin「昔の」 ajonken「昔の」 jqmitiwkin「朝の」15)

3.3.3. 動詞語幹から作られるKIN形動詞から作られるKIN形は,行為の目的,すなわち,「~するための」という意味を表わす16)。

qojalatken「トナカイ放牧用の」 ewjikin「食べるための」 jlqetkin「睡眠用の」 lejvkin「歩くための」ところで,KIN形は,上述のN形やGE形とは異なり,名詞句において絶対格で主要部と数の一致を示すのみならず(29)(30),それ以外の場所格(31),道具格(32),与格(33),方向格(34),沿格(35)で格の一致を示すことが確認されている。 (29) wutke-kine-w nn-o n--caca-qena-w. ここ-KIN-絶複 魚-絶複 N-挿入-美味しい-N-絶複 「ここの魚は美味しい」

14) 所有形容詞のmucinと異なるのは,所有ではなく,「私たちのところの」「私たちに関係する」のような意味を表わす点である。

15) コリャーク語では,「朝」は不変化詞の副詞,「晩」「夜中」は格・数の変化をする名詞と,同じ一日の時間帯を表わす語でありながら,その品詞が異なる。ちなみに,「晩」の絶対格単数形はajvenn,「夜中」の絶対格単数形は nkinkである。

16) これについては,アリュートル語(永山 2002: 17)でも同様のことが指摘されている。

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 (30) ewji-kin-Ø wal-Ø q-ine-jl. 食べる-KIN-絶単 ナイフ-絶単 2単主・願望-1単目-与える 「食べるためのナイフを私にください」 (31) Pojt--kena-k wejem--k nvq amalva it--l-o nn-u. パレニ-挿入-KIN-所 川-挿入-所 沢山の 様々な ある-挿入-分詞-絶複 魚-絶複 「パレニの川にはたくさんの様々な魚がいる」 (32) qajkmi-a mn--t k-iltew---nin-Ø wejem-kine-te 少年-具(能) 手-挿入-双 不完了-洗う-不完了-挿入-3双目-3単主 川-KIN-具 miml-e. 水-具 「少年は川の水で手を洗っている」 (33) mnan t--jl--n-Ø qetaqet Pojt--kena- 私(能) 1単主-挿入-与える-3単目-完了 鮭(絶単) パレニ-挿入-KIN-与 ujemtewil--. 人-挿入-与 「私はパレニの人に鮭をやった」 (34) mmo t--lqt--k Cajbuqa-kina-jt wajam-et. 私(絶) 1単主-挿入-行く-挿入-1単主-完了 チャイブハ-KIN-方向 川-方向 「私はチャイブハの川に向かって行った」 (35) mmo t--ku-lejv-- Cajbuqa-kina-jp wenv-ep. 私(絶) 1単主-挿入-歩く-挿入-1単主-完了 チャイブハ-KIN-沿 道-沿 「私はチャイブハの道に沿って歩いていた」以上のことから,KIN形は,動詞タイプのN形,GE形とは異なり,名詞句において主要部に一致して格および数の変化をする点で,その形態統語的ふるまいはむしろ名詞的であるといえる。ただし,副詞や動詞語幹からも形成される点は,次に見る,同様に格・数の変化をするが名詞語幹のみから作られる IN形と異なる点である。

3.4. IN形IN形を形成する接尾辞 -in/-enは,名詞語幹のみについて,所有や親族関係,身体部位,

材質など,いわゆる属格に相当する意味を表わす。伝統的にコリャーク語文法ではこれを属格として扱わず,形容詞の一種,すなわち「所有形容詞」として扱っている。これに関して永山(2002: 11)は,アリュートル語の IN形について,名詞には一般に二重の格標示がつくことがないのに対し,IN形はさらに格標示を受けることがあるためであるとしている。一方,筆者は次のように考える。すなわち,IN形は,後述するように,名詞語幹から作られるKIN形と連続して名詞句階層をなしている。また,いずれも,文の述語になると同時に,名詞句の修飾語になるという形容詞の要件を満たしている。したがって,IN形のみをこれから切り離して属格と記述するのは不自然なためではないかと考えられる。さらに,コリャーク語の形容詞の分類がロシア語学の「質形容詞」「関係形容詞」という枠組みを踏襲したものであることは上に指摘したとおりであるが,ロシア語で IN形に相当する意味を表わす語は,このうち「関係形容詞」に分類されていることも,IN形を属格としない一因になっていると考えられる(たとえば,ロシア語のいわゆる「物主形容詞」と呼ばれる

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ottsov「父の」,sestrin「妹の」,muzhnin「夫の」などは関係形容詞に分類されていることに注目されたい[佐藤 2007: 82-83])。以下では,IN形が表わすいくつかの意味にしたがって,具体例をみていく(語例は絶対格単数形)。述語として用いられる IN形の人称・数による語形変化は,表 4のとおりである。

表 4. IN形の人称・数による語形変化表

単数 双数 複数1人称 -ine/-ena..-jm -ine/-ena..-muji/-moje -ine/-ena..-muju/-mojo

2人称 -ine/-ena..-ii -ine/-ena..-tuji/-toje -ine/-ena..-tuju/-tojo

3人称 -in/-en -inet/-enat -inew/-enaw

3.4.1. 所有en’picin icn「父の毛皮上着」qojantalen emcejocn「トナカイ牧夫のリュックサック」tennlin ini「漁師の網」cacamjen velvel「老婆の指貫」npqlavolen cawat「老人の投げ縄」

3.4.2. 親族関係l’en jicmjitumn「母の兄弟」ccajin awjelaltumn「叔母の姪」en’picin caket「父の姉妹」

3.4.3. 身体部位qojen jnnln「トナカイの角」qeten quln「鮭の皮」pciqin cn「鳥の毛」jewjevin tiltil「雷鳥の翼」

3.4.4. 材質wwwen awt「石の皮なめし具」jnnen jqujn「角の柄」uttin tewlana「木製の雪払い」plwnten icn「鉄製の鎧」

この他,アリュートル語では IN形が「~でいっぱいの」の意味を表わすとされているが(nnin wajam「魚でいっぱいの川」など)(永山 2002: 21),コリャーク語ではこのような意味は IN形にはなく,GE形で表わされる(ennlin wejem)。

IN形は絶対格で,主要部の名詞と数の一致を示す場合も示さない場合もある。 (36) qeten lewt「トナカイの 1つの頭」(単)

qeten lewtt ~ qetenat lewtt「トナカイの 2つの頭」(双)

qeten lewtu ~ qetenaw lewtu「トナカイのたくさんの頭」(複)

一方,斜格では場所格,道具格,与格,沿格で IN形と主要部に格の一致が認められる17)。

17) ただし,斜格では -ine/-enaなしで,主要部と格の一致が示される例も確認されている。次例を(37)と比較されたい。 ↗

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 (37) mmo t--ko-tva- en’pic-ine-k jaja-k. 私(絶) 1単主-挿入-不完了-いる-不完了 父-IN-所 家-所 「私は父の家にいる」 (38) nan qejnew-nin-Ø-Ø kaj--n npqlavol-ena-ta milj-e. 彼(能) 撃つ-3単目-3単主-完了 熊-挿入-絶単 老人-IN-具 銃-具 「彼は老人の銃で熊を撃った」 (39) mnan t--jl--n-Ø npqlavol-ena- 私(能) 1単主-挿入-与える-挿入-3単目-完了 老人-IN-与 jl’avakk-- peken-Ø. 孫娘-挿入-与 帽子-絶単 「私は老人の孫娘に帽子をやった」 (40) taaje-w ja-vo-la--Ø npqlavol-ena-jp ec--l’q-ep 蟻-絶複 未来-始める-複-未来-3主 老人-IN-沿 毛皮上着挿入-表面-沿 lejvtku-k. 歩く-不定 「蟻は老人の毛皮上着の上を歩き始めるだろう」以上のように,IN形はKIN形同様,格・数による語形変化をすることから,名詞的な形式であることがわかる。

3.5. 名詞句階層をなすKIN形と IN形ところで,所有形容詞としては,しばしば上のように -in/-enがあげられるが,実際には,

IN形はこの他,-nin,-n/-nnという異形態を持つ。Zhukova(1972: 157)は,IN形の異形態として,-in/-en,-n,-nin/-nenをあげ,これらが音韻論的条件による変異であるとしている。すなわち,子音終わりの語幹には -in/-en,母音終わりの語幹には -n,母音あるいは n以外の子音終わりの語幹には -nin/-nenであるとしている。一方,アリュートル語について永山(2002: 18)は,所有形容詞を形成する同様の接尾辞の

異形態として,-in~-nin/-n(単),-tin(複)をあげ,これが特定性の有無によって使い分けられるとしている。すなわち,所有者が不特定の場合には,有生物か無生物かにかかわらず-inが用いられ,所有者が特定の場合には,単数で -nin/-n,複数で -tinが用いられるとしている。これらの異形態は,しかし,名詞語幹から作られるKIN形も視野に入れてみると,付加さ

れる名詞語幹の有生性により使い分けられ,名詞句階層をなしていることがわかる(Kurebito 2004: 35-46)。これを表示すると,下表 5のようになる。コリャーク語では,特定の所有者の複数性を表わす形式 -cinもあるが,以下では便宜的に単数形のみを示す。

↗ mmo t--ko-tva- en’pici-k jaja-k. 私(絶) 1単主-挿入-不完了-いる-不完了 父-所 家-所 「私は父の家にいる」

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表 5. 名詞句階層による IN形・KIN形の分布

A B C B~C DIN形・KIN形 -nin -n/-nn -in/-en -n/-nn~-in/-en -kin/-ken

名詞句 人称代名詞 固有名詞親族呼称「誰」

親族名称動物名詞無生物名詞

人間名詞「どれ」

無生物名詞

3.5.1. -nin-ninは,名詞句階層の最上位に位置する人称代名詞にのみ用いられる。 (41) m-nin-Ø jaja-a 私-IN-絶単 家-絶単 「私の家」 (42) -nin-Ø peke-n 彼-IN-絶単 帽子-絶単 「彼の帽子」3.5.2. -n/-nn

-n/-nnは,人間や犬を指示する固有名詞,疑問代名詞「誰」,親族呼称などに付加される。-nも -nnも同様の語幹に付加され,両者の意味上の違いは明らかではない。インフォーマントによっては,所有形容詞に焦点があるときには -nnの方が好ましいと言う人もいる。 (43) Notajava-n-Ø / Notajava-nn-Ø ic--n ノタージャヴァ(人名)-IN-絶単 ノタージャヴァ-IN-絶単 毛皮上着-挿入-絶単 「ノタージャヴァの毛皮上着」 (44) mik--n / mik-nn-Ø ic--n 誰-IN-絶単 誰-挿入-絶単 毛皮上着挿入-絶単 「誰の毛皮上着」 (45) appa-n-Ø / appa-nn-Ø ic--n お父さん-IN-絶単 お父さん-IN-絶単 毛皮上着挿入-絶単 「お父さんの毛皮上着」3.5.3. -in/-en

-in/-enは,親族名称,動物名詞に付加され,所有,身体部位などを表わす。無生物名詞に付加されることもあるが,これは材質を表わす場合にかぎられる。上例(45)では,親族呼称の appa「お父さん」が -n/-nnを取るのに対し,次の(46)では親族名称の en’pic「父」が-in/-enを取っていることに注意されたい。 (46) en’pic-in-Ø ic--n 父-IN-絶単 毛皮上着挿入-絶単 「父の毛皮上着」 (47) t-in-Ø velol--n 犬-IN-絶単 耳-挿入-絶単 「犬の耳」 (48) www-en-Ø jaja-a 石-IN-絶単 家-絶単 「石造りの家」

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50 アジア・アフリカ言語文化研究 77

3.5.4. -n/-nn~-in/-en人間名詞,疑問代名詞「どれ」などの名詞の場合には,特定性の有無により -n/-nnと -in/-en

が使い分けられる。すなわち,特定のものを指示する時には -n/-nnが,不特定のものを指示する時には -in/-enが用いられる。 (49) el’a-nn-Ø / el’-en-Ø ic--n 女-IN-絶単 女-IN-絶単 毛皮上着挿入-絶単 「その女の/ある女の毛皮上着」3.5.6. -kin/-ken

KIN形は,名詞句階層の最下位に位置し無生物名詞のみに付加される。具体例についてはすでに 3.3. で見たので,以下では繰り返さない。以上のように,IN形とKIN形は名詞句階層の上位から下位へと分布しており,IN形でも一部,無生物名詞も可能であるなど,両者は截然と区別されるわけではなく,むしろ連続相の中にあるととらえることができる18)。

3.6. LH形LH形は,形容詞の中でも最も名詞的なふるまいをする形式であるといえる。文の述語や名詞句の修飾部になることができるだけでなく,「行為者名詞(imja dejatelja)」(Zhukova 1972: 137-144)と呼ばれていることからもうかがえるように,単独で名詞として使われることも可能である。その際,格・数などによる語形変化は,通常の名詞とまったく変わらない。名詞,形容詞,動詞の各語幹から作られる。3.6.1. 名詞語幹から作られる LH形名詞語幹から作られる LH形は,「~を持っている」という所有およびその派生的な意味を表わす。このタイプの LH形については,永山(2004: 45-78)がアリュートル語についてGE形などの他の所有/存在形式と比較しながら詳細に論じている。それによると,有生の所有者の場合,LH形になりうるのは,身体部位,親族名称を含む人間名詞,家畜,野生動物,衣類全般,乗り物,地名,地理的名称,住居などである。それぞれの名詞について永山(2004: 45-78)が指摘する以下の特徴は,コリャーク語にも概ねあてはまる。1) 身体部位名称は,所有者が通常,備えていることが当たり前な場合にはそのままでは LH

形になりにくく,修飾要素がつくことによって許容される形式になる。筆者の調査では,比喩的な意味を帯びる例も多数確認されている。

jnnln「角のある」majvaln「大きな爪をもった」nanql’n「妊娠中の(←腹をもった)」eqejijlln「おしゃべりな(←悪い舌をもった)」ompilln「欲張りの(←太い喉をもった)」

2) 家畜や乗り物を表わす名詞の場合には,文字通りの所有の意味ではなく,一般に所有者がその家畜あるいは乗り物に乗用中であることを表わす。

ekeln「橇に乗った」 tln「犬橇に乗った」tvln「ボートに乗った」 macinaln「車に乗った」(<mashina[ロシア語])

18) このような名詞句階層が,コリャーク語の能格標示においても見られることについては,呉人(2002: 107-125)を参照されたい。

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3) 衣類の場合には,着用していることを表わす。plakln「ブーツを履いた」 icln「毛皮上着を着た」

4) 住居や場所を表わす場合には,所有ではなく,そこに居住することを表わす。jajaln「家にいる」 lejaln「ユルトに住む」Pojtln「パレニに住んでいる」 nmln「村に住む」

一方,無生の所有者の場合には,所有者のトコロ性が弱いほど LH形をとりやすい。omtatqopln jmjm「太い根をもった野生の球根」metawtln uttut「美しい葉のある木」

次の(50)は,LH形を修飾部とする名詞句が文中で用いられている例である。この例で,括弧でくくった主語や目的語にあたる主要部名詞を省略して,LH形のみで用いても文法的には適格である。 (50) tv--l-e (ojacek-a) ajew-nin-Ø-Ø cejmk ボート-挿入-LH-具(能) 男-具(能) 呼ぶ-3単目-3単主-完了 近くに va-l--n (el’a-Ø). いる-LH-挿入-絶単 女-絶単 「ボートに乗っている男が近くにいる女を呼んだ」3.6.2. 形容詞語幹から作られる LH形

LH形は形容詞語幹からも作られるが,筆者の調査では,-l/-cという 2種類の異形態が確認されている。形容詞の語幹によって -cしか使えないもの,-l/-cいずれも使えて両者の間になんらかの使い分けがあるものが確認されているが,-lしか使えないものは確認されていない。ただし,使い分けの条件については必ずしも明らかではなく,今後,詳細に調査する必要がある。

mejcn/*mejln cejucn「大きい袋」ketuln/ketucn ujemtewiln「力の強い男」ujln kmin「病気の子供」/ujcn kmin「より弱い子供」iwlcn/*iwlln cawat「長い方の投げ縄」nel’ocn/*nel’oln lajan「高いユルト」pttocn/*pttoln npqlavol「金持ちの老人」ppul’ucn/*ppul’uln kamaa「小さい方の皿」

3.6.3. 動詞語幹LH形は自動詞・他動詞いずれの語幹からも生産的に作られる。名詞句の修飾部になる場合,

自動詞では主語が主要部名詞に,他動詞では目的語が主要部名詞になり能格的にふるまう。a. 自動詞語幹 acacatln el’a「笑っている女」 jlqln kmin「眠っている子供」 lejvln ojacek「歩いている男」 jetln npqlavol「来ている老人」 inenjulevln el’a「教えている女」b. 他動詞語幹 tejkln icn「作った毛皮上着」 tmln qojaa「殺されたトナカイ」

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52 アジア・アフリカ言語文化研究 77

動詞から作られる LH形も,主要部に一致して格・数の変化をする。(51)は,自動詞の主語として絶対格複数形で現れた例,(52)は他動詞の主語として道具格(能格)で現れた例である。 (51) anko tej--l-u qajkmi-u ko-tva-la--Ø. あそこに 泣く-挿入-LH-絶複 少年-絶複 不完了-いる-複-不完了-3主 「あそこに泣いている少年たちがいる」 (52) tej--l-a qajkmi-a cinin jwee-nin-Ø-Ø 泣く-挿入-LH-具(能) 少年-具(能) 自分で 開ける-3単目-3単主-完了 tlltl to ejew-nin-Ø-Ø lla-Ø. 扉(絶単) そして 呼ぶ-3単目-3単主-完了 母-絶単 「泣いていた少年は自分で扉を開けて,母親を呼んだ」動詞語幹から作られる LH形は,さらに,補語や副詞的要素をともなうことにより,過去あるいは現在時制の関係節を形成する。自動詞主語あるいは他動詞目的語にあたる主要部名詞のみを制限し,他動詞主語やそれ以外の斜格名詞を制限することはできない。また,絶対格(単・双・複)以外の格を取ることができず,この点が普通の名詞と異なる点である(呉人 2008: 19-41, Kurebito 2008: 29-42)。関係節の語順は,(53a)(53b)のように主要部後方型も主要部前方型も可能であるが,制限節が複数の補語や副詞などをともなう場合には,主要部名詞は制限節の前に位置し,制限節の節頭には,(54)(55)のように間投詞的な aminが置かれるようになる。この aminは,話者が聞き手にすでに既知である陳述内容を想起させるというモダリティを標示し,話し手の発話のテーマとなる事柄・事態の指示範囲を限定する機能をもつ。その機能が,関係節において主要部名詞を指示する範囲がどこからであるかを明示するのを可能にしているのではないかと考えられる19)。とりわけ,主要部名詞と制限節の間に現れる副詞や斜格名詞などは,主節に属するのか制限節に属するのかがあいまいな場合が多いために,その前に aminを置くことによって,それが制限節に属するものであることが明示される。以下の例では,制限節は [ ]で明示する。 (53a) [cejmk va-l--n] qajkmi--n. 近くに いる-LH-挿入-絶単 少年-挿入-絶単 (53b) qajkmi--n [cejmk va-l--n] 男の子-挿入-絶単 近く いる-LH-挿入-絶単 「近くにいる少年」 (54) qajkmi--n, [amin ajve lejv--l--n tnup-p]. 少年-挿入-絶単 間投 昨日 歩く-挿入-LH-挿入-絶単 山-沿 「昨日,山を歩いていた少年」 (55) ajejo jccjc-o, [amin ajve cacamj-a tejk--l-u]. それら(絶) 糸-絶複 間投詞 昨日 老婆-具(能) 作る-挿入-LH-絶複 「昨日,老婆が作ったそれらの糸」

19) 加藤昌彦(2001: 295)がポー ・カレン語(東部方言)において,任意に現れる関係節を導く助辞l-を,「構造の明確化」の標識であるとしていることを想起させる。

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53呉人 惠:コリャーク語の形容詞

3.7. MIS形以上,N形,GE形,KIN形,IN形,LH形を見てきたが,これらの形式にあてはまらないが,文の述語になる,名詞句の修飾語になるという形容詞としての統語的機能を備えた語がある。すでに上に語例をあげたが,再度あげると,これまで筆者が観察したかぎりでは以下の語が認められている。

mitajin「美しい」 qewwajin「醜い」luqin「黒い」 atke「悪い」nvq「多い」20)

このうち,最初の 4語,mitajin「美しい」,qewwajin「醜い」,luqin「黒い」,atke「悪い」は,形式的には異なるが,数による変化をする一方,格による変化をしないという点で形態的なふるまいは共通している。一方,nvq「多い」は,語形変化のない不変化詞である。まず最初の 4語のうち,mitajin「美しい」と qewwajin「醜い」は,-jinという共通の語末であることから 1つのグループにまとめられる。両者はまた,同じ -という語尾を取って副詞になる点でもふるまいが似ている(meta「よく」,qewwa「悪く」)。いずれも数による語形変化はするが,絶対格でしか現われない。以下ではmitajin「美しい」の例をあげる。 (56) mitajin el’a「1人の美しい女」(絶単)

mitajinat el’at「2人の美しい女」(絶双)

mitajinaw el’aw「3人以上の美しい女」(絶複)

 (57) nno mitajin-Ø toj-el’a-Ø. 彼女(絶) 美しい-絶単 若い-女-絶単 「彼女は美しい娘だ」 (58) nan tni-nin-Ø-Ø mitajina-t ic--t. 彼女(能) 縫う-3双目-3単主-完了 美しい-絶双 毛皮上着-挿入-絶双 「彼女は 2枚の美しい毛皮上着を縫った」次の luqin「黒い」も同様に,数による語形変化のみおこなう。 (59) luqin naln「黒い毛皮」(絶単)

luqinet nalt「黒い毛皮」(絶双)

luqinew nalo「黒い毛皮」(絶複)

基本色彩語彙は通常,N形で表わされるが(nilqin「白い」,njccqen「赤い」,nlelepejaqen「黄色い」など),この luqin「黒い」は例外である。Zhukova(1972: 146)によれば,これは本来,トナカイの毛色を表わすための語が他の事物にも拡張使用されるようになったためであるという21)。ちなみに,形の類似した色彩語彙に ceqen「灰色の」があるが,こちらは専らトナカイ

20) この他,名詞句において修飾語になりうる m「すべての」がある。 m qojanetl-o aqaw-la-j-Ø alvl-et. すべての 牧夫-絶単 出かける-複-完了-3主 トナカイの群れ-方向 「すべての牧夫はトナカイの群れの方に出かけた」  ただし,述語になる例を得ることができなかったため,本稿では形容詞としてはあげていない。

ちなみに,mは主要部の名詞の格・数にかかわらず語形変化しない不変化詞である。21) トナカイの毛色は,大きく体全体の毛色を表わすものと,身体の一部分が白いことを表わすものと

に分類される。まず体全体の毛色を表わすものには,ceqen「灰色の」,luqin「黒の」,elcln「灰白色の」,jcccln「赤毛の」,pl’el’a「黄色の」,elaj「白の」,jaql’n「暗みがかった白色の」などがあげられる。さらにこれらの色名に「白」を表す il/elを組み合わせて,色調が明るみがかっていることを(たとえば,el’ceqen「明るい灰色の」,ilpl’el’a「明るい黄色の」など),ま ↗

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の毛色を表わすのに用いられ,その他の拡張使用は見られない。次に atke「悪い」も数の変化はするが,格変化はおこなわない。 (60) atke pon「1つの悪いキノコ」(絶単)

atket ponat「2つの悪いキノコ」(絶双)

atkeo ponaw「3つ以上の悪いキノコ」(絶複)

一方,nvqは述語にも名詞句の修飾語にもなりうるが,他の語と異なり語形変化をしない不変化詞である。また,絶対格の名詞の修飾部にはなりうるが,斜格名詞にはつきにくい。 (61) Magadana-k mujkekine-w nvq. マガダン(地名)-所 私たちの(KIN)-絶複 多い 「マガダンには私たちのところの人が多い」 (62) anen-Ø tnup--k inet nvq vn-u. あの-絶単 丘-挿入-所 とても たくさんの ベリー-絶複 「あの丘にはとてもたくさんのベリーがある」以上のことから,MIS形に含められる語は,大きく,数の変化をするタイプと不変化詞のタイプとに分かれることがわかる。前者は数の変化のみをするという点では動詞型のN形,GE形に似ている。このうち,luqin「黒い」は語末がN形(n-..-qin/-qen)の後半部と同じことから,なんらかの共通性を想起させる。また,mitajin「美しい」,qewwajin「醜い」も語末に -jinという共通要素をもっているが,これはどのような機能を持っているのだろうか?現在,これに答えるデータを持ち合わせないが,もしこれらが明らかになれば,筆者が本稿で提示した形容詞の 6分類はさらに一部整理し直される可能性もあるであろう。

3.8. 連続相をなすコリャーク語の形容詞以上,コリャーク語の 6種類の形容詞の形態的,統語的ふるまいについて概観した。これにより,これら 6種類の形容詞は動詞的なものから名詞的なものにまたがって分布していることが明らかになった。すなわち,動詞の屈折接辞と同じ接辞から作られるN形,GE形から名詞と共通する形態統語的なふるまいを示すKIN形,さらには IN形,そして,名詞とほぼ同じふるまいを示し,かつ単独で名詞として用いられることも可能な LH形である。これを単純化して図示すると下図のようになる。なお,MIS形は,その位置づけが未だ明確でないため図からは外してある。

図 コリャーク語の形容詞の連続的分布

↗ た「黒」を表す luqinを組み合わせて,色調が暗みがかっていることを(たとえば,l’oqel’aj「暗みがかった白」,uceqen「暗みがかった灰色」[uは luqinの縮約形])表わす。

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55呉人 惠:コリャーク語の形容詞

4. ロシア語学における形容詞

以上,見てきたコリャーク語の形容詞が示すふるまいは,この言語に独特なものであろうか?それとも,通言語的に比較対照しうるものなのであろうか?コリャーク語の形容詞をさらに類型論的に位置づけるためには,ここでまず,コリャーク語文法が依拠してきたロシア語学における形容詞の分類について理解しておくことが肝要である。佐藤(2007: 79-97)では,ロシア語の形容詞の形態的・意味的特徴が簡潔にまとめられているので,以下では,これにもとづき概観する。ロシア語では,形容詞は「物の非過程的な特徴をさししめし,その意味を性 ・数・格の語形変化的な形態論的なカテゴリーのなかに表現する品詞」(Shvedova 1980)として定義づけられている。その呼称 imja prilagatel’noeが示すように,形容詞は名詞 imja sushshestevitel’noeとともに,imjaという品詞を形成する。imjaは,一般に姓や父称に対する「名前」を意味するが,ロシア語学では,名詞,形容詞,数詞などの名詞類の総称である。これは,形容詞が名詞同様に,性・数・格の形態論的カテゴリーを備えていることによる。形容詞はさらに,「質形容詞(kachestvennoe prilagatel’noe)」と「関係形容詞(otnositel’noe prilagatel’noe)」に分類される。前者は,物の特性を直接指し示し,後者は,物との関係,あるいは他の特徴との関係を媒介にして,特徴を名づけ,具体的には,材料,所属,特色などの意味を表わす。したがって,事物の所有者を示すいわゆる物主形容詞も関係形容詞に含まれることになる(dedushkin valenok「おじいさんのフェルト長靴」,Mashin uchebnik「マーシャの教科書」など)。この 2分類は,このような意味的分類のみならず,形態的ふるまいの違いにも対応している。

すなわち,質形容詞は,①強度による特徴づけと比較の名詞の程度のカテゴリーをもつ,②長語尾形と短語尾形が分化している,③副詞を派生する能力がある,④他の質形容詞,抽象名詞を派生する能力がある。たとえば,長語尾形の xoroshij「よい」に対し,比較級 luchshe「よりよい」,短語尾形 xorosh,副詞 xorosho,派生の質形容詞 xoroshen’kij「よい(指小)」など。これに対して,関係形容詞は,①短語尾形がない,②副詞を作れない,③強度で特徴付けられない,すなわち,比較級がない,④他の品詞から転成される,⑤下位類が豊富である。たとえば,名詞から派生した zheleznyj「鉄の」,動詞から派生した tantseval’nyj「ダンスの」,副詞から派生した vechernyj「夕方の」など。質形容詞と関係形容詞は,また,以上のように意味的,形態的に区別されるとはいえ,これは程度の問題であり,関係形容詞が派生的な意味を帯びることにより質形容詞の特徴を獲得したりするなど(たとえば,zolotoj xarakter「すばらしい(←金の)性格」,sobachij xolod「ひどい(←犬の)寒さ」など),両者の間の境界は必ずしも明確ではないことも指摘されている。このように,意味論的・形態論的違いはあるものの,質形容詞も関係形容詞もすべて性・数・

格のカテゴリーを有し,名詞的にふるまう。この形態統語的ふるまいの共通性こそが,これらすべてを包括して形容詞として見做すというロシア語学の立場を支えている。一方,コリャーク語を,このようなロシア語学の分類に準じて,「質形容詞」と「関係形容詞」に分類する伝統的なやり方は,両者の意味的な違いは反映しているものの,動詞タイプから名詞タイプまで連続的に分布しているその形態統語論的特徴を看過してしまっている。コリャーク語の形容詞を通言語的に類型論的視点から捉えなおすのにはこれでは不十分であることは,言うまでもない。

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5. コリャーク語形容詞の類型論的位置づけ

5.1. 分裂形容詞型と連続相以上の考察から,コリャーク語の形容詞が,松本(2007: 96-108)の指摘するような「用言型」という単一のタイプには収まらないことが明らかになった。コリャーク語は,形容詞が動詞から名詞へと分布しているという意味では,むしろ「分裂形容詞型言語(split-adjective language)」(Wetzer 1996: 271)ともとらえられる。

Wetzer(1996: 271)によれば,分裂形容詞型には,Amharic,Ewe,Nkore-Kiga,Babungo,Gola,Shona,Bongo,Vai,Chatino,Kassena,West Greenlandicなどとともに,卑近な例では日本語が含まれる。日本語(標準語)には第 1形容詞(「大きい,小さい,深い」などのイ形をもつもの)と,第 2形容詞(「静かな,きれいな,有名な」などのいわゆる「形容動詞」)という 2種類の形容詞がある。前者はコピュラを伴わずに単独で述語となり,活用変化することから,動詞とともに「用言」とみなされている。一方,後者は形容詞の一種として「ナ形容詞」などとも呼ばれているが,実際には,名詞との境界が不明瞭であり,これを独立の品詞と認めるか否かには長い論争の歴史があることは周知のとおりである(これまでの議論を簡潔にまとめたものとして,加藤重広[2003: 85-88]を参照されたい)。日本語の方言における形容詞の詳細な研究は,さらに,「第 1形容詞,第 2形容詞,名詞は〈連続的〉であって,方言ごとに多様なバリエーションがある。特に第 2形容詞は,未発達であったり,第 1形容詞寄りに振る舞ったり,名詞寄りに振る舞ったりする。品詞分類においては,連続性を前提としてのプロトタイプ化が重要になってくるだろう」という知見をもたらしている(工藤 2007: 46)。このように,形容詞が名詞と動詞の間で揺れているという事実は,コリャーク語にかぎらず,日本語にも見られる,いわば通言語的コンテキストの中で検討する余地のある問題なのである。おそらく,その背景には,Givón(2001: 50-54)が指摘するように,時間的限定性を軸に名詞・形容詞・動詞は連続相をなしているということ,そのために,この連続相の中から形容詞を取り出して一般化するのがむずかしいということが考えられる。分裂形容詞型言語の相互比較により,連続相の中に位置する形容詞の性格の一般化も可能になるのではないかと期待される。

5.2. 形容詞か抱合かところで,コリャーク語における形容詞は,実は,コリャーク語の重要な類型論的性格としてこれまで認められてきた「抱合性」(Zhukova 1965: 156)の問題を無視して論じることはできない。抱合とは複数の語幹を生産的に合成する形態的手法である。なかでも様々な意味・機能を表わす名詞を動詞に抱合させる「名詞抱合(noun incorporation)」がよく知られているが(Kurebito 2001: 29-58),これにとどまらず,コリャーク語では修飾語の主要部名詞への抱合もきわめて生産的におこなわれている。すなわち,コリャーク語では,名詞句の修飾機能にかぎっていうならば,本稿で考察してきたような自立的な形容詞に頼るまでもなく,抱合によっても果たされるのである。以下,形容詞のN形,GE形,KIN形,IN形,MIS形の例(a)とこれに対応する抱合の例(b)をあげる。ただし,LH形はそれ自体抱合が可能な形式であるため,ここではあげない。

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57呉人 惠:コリャーク語の形容詞

 (63) N形 (a) n--mej-qin-Ø ujemtewil--n N-挿入-大きい-N-絶単 人-挿入-絶単 (b) mej--ujemtewil--n 大きい-挿入-人-挿入-絶単 「大きい人」 (64) GE形 (a) a-www--len-Ø tnup-Ø GE-石-挿入-GE-絶単 丘-絶単 (b) www--tnup-Ø 石-挿入-丘-絶単 「石だらけの丘」 (65) KIN形 (a) umk--kin-Ø ijnik-Ø 森-挿入-KIN-絶単 野生動物-絶単 (b) umk--ijnik-Ø 森-挿入-野生動物-絶単 「森の野生動物」 (66) IN形 (a) en’pic-in-Ø wal-Ø 父-IN-絶単 ナイフ-絶単 (b) en’pici-wal-Ø 父-ナイフ-絶単 「父のナイフ」 (67) MIS形 (a) mitajin-Ø el’a-Ø 美しい-絶単 女-絶単 (b) meta--el’a-Ø 美しい-挿入-女-絶単 「美しい女」このような単一修飾語幹の抱合のみならず,複数の修飾語幹の主要部名詞への抱合も可能である。 (68a) plwent-en-Ø n-iwl--qin-Ø cco-kin-Ø wala-Ø 鉄-IN-絶単 N-長い-挿入-N-絶単 魚をさばく-KIN-絶単 ナイフ-絶単 (68b) plwent--iwl--cco-wal-Ø 鉄-挿入-長い-挿入-魚をさばく-ナイフ-絶単 「鉄製の魚をさばく長いナイフ」さらに,抱合形は,格変化に制限のある形容詞とは異なり,通常の名詞同様にどの格標示も受けることができる。次の(69)は,majkaj--n「大きな熊」(絶単)の格変化の例である。

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58 アジア・アフリカ言語文化研究 77

 (69) 絶対格 majkaj--n(単)

majkaj--t(双)

majkaj-o(複)

場所格 majkaj--k 道具格 majkaj-a 与格 majkaj-- 沿格 majkaj-ep 方向格 majkaj-et 奪格 majkaj--qo 接触格 majkaj--jita 原因格 majkaj--kjit 様態格 majkaj-u 随格 a-majkaj-aそれぞれのタイプの形容詞による非抱合形と,これに対応する抱合形の格標示の有無について,下表 6に示す。

表 6. 非抱合形と抱合形の格標示の有無

非抱合形 抱合形(LH形含む)N形 GE形 KIN形 IN形

絶対格 ○ ○ ○ ○ ○場所格 × × ○ ○ ○道具格 × × × ○ ○与格 × × ○ ○ ○沿格 × × ○ ○ ○方向格 × × ○ × ○奪格 × × × × ○接触格 × × × × ○原因格 × × × × ○様態格 × × × × ○随格 × × × × ○

このように,名詞修飾に関しては非抱合形には異なる程度に格標示の制限があるのに対し,抱合形は制限なくすべての格形式を取ることができる。これに対し,述語としての機能は,当然ながら非抱合形のみが担っている。その意味で,非抱合形と抱合形は文法機能的に相補分布を成しているといえる。ではなぜ,それにもかかわらず,絶対格をはじめとする限られた格において両者が共存しているのか,両者のいずれを用いるのかという選択はどのような要因によっておこなわれるのかという疑問が出てくる。これについては,一般には,対象そのものに着目しているのか,あるいは対象の属性に着目しているのかという,いわば話者の関心の焦点の置きどころの違いによるものと考えられているようである。たとえば,Koptjevskaja(1995: 309-310)は,同系のチュクチ語の同様の問題について,非抱合形と抱合形の選択には,1)格の要因(case factor)と,2)語用論的な考慮(pragmatic consideration)が働いているとしている。すなわち,1)の格の要因とは,従

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59呉人 惠:コリャーク語の形容詞

属部の取りうる格に制限があるため,主要部名詞が取る格により,従属部が非抱合形で現れるか抱合形で現れるかがおのずと決まるというものである。これに対して,2)の語用論的な考慮とは,統語的には非抱合形,抱合形のいずれもが現れうる環境では,話者の主たる関心が主要部名詞により表わされている対象そのものに向けられているのか,従属部により表わされている対象の属性に向けられているのかによって,選択が決定されるというものである。いいかえれば,対象に向けられている場合には抱合形,属性に向けられている場合には非抱合形が選択されるというのである。

Zhukova(1954: 301)もコリャーク語に関し同様の指摘をしている。すなわち,非抱合形が現れるか否かは,「主要部名詞の取る格がどのようなものか,どのような形容詞により従属部が現れているか,さらには,叙述の一般的な意味や文における従属部の比重はどのようなものか」などにより決まるとしている。筆者は,このうち焦点の違いが明確な選択基準になりえるか否かについては,やや疑問を持っている。たとえば,Zhukova(1954: 303)は,上記の主張を支持する証拠として,非抱合形とともにしばしば現れる強調を表わす程度副詞 tttelをあげている。しかしながら,このような強調の意味はコリャーク語では必ずしも非抱合形でしか表せないものではない。コリャーク語には自立語とは別に l’i-/l’e-「非常に」,nan-「最も」などの程度の意味を表わす接頭辞があり,これらは抱合語幹に付加されて,対象の属性を強調する。 (70) mnan l’e-maj--wala-ta t’--cvi-n-Ø nnn. 私(能) とても-大きい-挿入-ナイフ-具 1単主-挿入-切る-3単目-完了 魚(絶単)

「私はとても大きいナイフで魚を切った」 (71) mmo t--le-k nan-n’anot-ojamtawel--. 私(絶) 1単主-挿入-行く-完了 最も-先頭に-人-挿入-与 「私はいちばん先頭の人のところに行った」このことからも,非抱合形と抱合形の選択に関しては,焦点の違いという語用論的側面のみならず,通時的な考察も加えつつ,他の要因を探ってみる必要があることが示唆される。たとえば,そのありうるシナリオのひとつは,本来,述語と名詞修飾とで機能負担していた非抱合形と抱合形のうち,非抱合形がなんらかの原因によって名詞修飾機能を帯びるようになったというものである。その原因のひとつとして,周辺の他言語からの影響も考慮に入れる必要がある。たとえば,コリャーク語の北に分布し,その分布域が一部重なるユカギール語(Yukaghir)は,動詞型の形容詞を持つ点で,コリャーク語のN形,GE形と類似している。形容詞は自動詞と同様にふるまい,3人称単数主語を表わす標識{-j(e)-Ø}と同じ形式と考えられる標識 -j(述語の場合),-je(修飾語の場合)によって表わされる(Krejnovich 1968: 444)。 (72a) terike luge-j. 妻 年老いた 「妻は年老いている」 (72b) luge-je terike 年老いた 妻 「年老いた妻」一方,名詞的なKIN形,IN形との類似を想起させるのは,コリャーク語の南に分布し,やはり分布域が一部重なるツングース系のエヴェン語(Even)やエヴェンキ語(Evenki)で

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60 アジア・アフリカ言語文化研究 77

ある。この 2言語は,他のツングース系の諸言語とは異なり,形容詞,数詞,形動詞といった修飾語が主要部名詞と格・数の義務的な一致を示す(風間 1994: 75-77)。次はエヴェン語東方言において,場所格(72),与格(73)で一致を示している例である。

 (73) bi tgttm gjn-dul jol-la. 私 すわる(1単主) 大きい-所 石-所 「私は大きい石にすわる」 (74) Gulaga am-du muran ju-du-n bisim. グラガ 暖かい-与 馬 小屋-与-その いた 「グラガはその暖かい馬小屋にいた」風間(1994: 79)は,このようなツングース系諸言語の中では特異な一致現象を,語族内で

の内的な発達の結果に帰しているが,その一方で,周辺の他言語からの影響の可能性についても否定はしていない。ちなみに,エヴェンキ語南方言の同様の一致現象がロシア語からの影響である可能性を津曲(1996: 184)が示唆していることに注目したい。結論を導くには検討しなければならない問題が山積しているため,ここでは次の 2点のみ指摘しておくにとどめる。(A)コリャーク語の年配の流暢な話者は,抱合形を好むのに対し,ロシア語の方が流暢な若いコリャーク語話者の間では,非抱合形が好まれる傾向が観察される。すなわち,抱合から分析的な方向へとコリャーク語の構造的な変容が起こっていると考えられる。(B)エヴェン語もロシア語もいずれも格・数の一致を示す名詞タイプの形容詞を持つとともに,いずれの言語にも抱合は観察されない。したがって,もし影響関係があるとするならば,コリャーク語がいずれかの言語から非抱合形の一致のパタンを借用したと考える方が自然である。

6. おわりに

以上,本稿ではコリャーク語の形容詞について先行研究を踏まえつつ主に形態・統語面からの整理をおこなうとともに,その類型論的位置づけ,さらには抱合との相関関係について考察を加えた。コリャーク語の形容詞を,文の述語になる,名詞句の修飾語になるという 2つの機能的側面から洗い出し分析することにより,従来のロシア語学の形容詞の分類とは異なる枠組みで形容詞を整理することが可能になっただけでなく,コリャーク語の形容詞が動詞から名詞への連続相の中に位置している実相をとらえることが可能になった。ひいては,このような特徴が,実は他の同様に分裂形容詞型の諸言語にも見られることも指摘された。とはいえ,本稿では専ら形態的側面に着目して分析をおこなったため,形容詞の意味的側面についてはほとんど考察が加えられていない。のみならず,それぞれの形式がどのように発達してきたのか,他言語からの影響関係は証明されうるのか否かなどについても未解決のままで残されている。課題は多いが,今後,コリャーク語の形容詞を類型論的な俎上に乗せていくために,まずは最も基礎的な整理をおこなった次第である。

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61呉人 惠:コリャーク語の形容詞

【略語】

挿入=挿入母音・子音 1=1人称 2= 2人称 3= 3人称 主=主語目=目的語 単=単数 複=複数 絶=絶対格 能=能格所=場所格 具=道具格 与=与格 奪=奪格 方向=方向格沿=沿格 現在=現在時制 未来=未来時制 完了=完了相 不完了=不完了相結果=結果相 願望=願望法 指小=指小辞

参 考 文 献

遠藤 史(2006)『コリマ・ユカギール語の輪郭―フィールドから見る構造と類型』,三恵社.風間伸次郎(1994)『ナーナイ語の「一致」について』(北大言語学研究報告 5),北海道大学文学部言語学研究室.

加藤重広(2003)『日本語修飾構造の語用論的研究』(ひつじ研究叢書),ひつじ書房.加藤昌彦(2001)「ポー・カレン語(東部方言)の関係節」『東京大学言語学論集』20, 275-300.工藤真由美(2007)「調査と調査結果の概要」工藤真由美編,1-49.工藤真由美編(2007)『日本語形容詞の文法―標準語研究を超えて』(ひつじ研究叢書〈言語編〉第 63巻),ひつじ書房.

呉人 惠(1997)「コリャーク語の名詞の合成形と分析形」『北海道立北方民族博物館紀要』6, 9-30.―(1999)「チュクチ・カムチャツカ語族の母音調和に関する一考察」『富山大学人文学部紀要』

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原稿受領日―2008年 10月 3日