マスメディアによる福祉教育への影響――B校の質問紙調査よりopac.ll.chiba-u.jp/da/curator/100544/S18834744-33-p061...63...

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61 マスメディアによる福祉教育への影響――B校の質問紙調査より―― Influence to the Welfare Education by Mass Media: Survey by Questionnaire in the B High School 大浦 明美 OURA Akemi 要旨 福祉教育が必要とされてきた主な背景としては、高齢化社会の進展、ノーマライゼー ションの思想の具現化、子ども・青年の発達、地域のコミュニティ形成等が考えられてい る。それはこれまでの福祉教育の歴史と重なるところがある。たとえば国民的教養として の福祉の習得、高齢者等へのボランティア学習実践の普及、地域での生涯学習等がそれに あたる。つまり、社会の要請に応えるように福祉教育がなされてきたともいえる。その実 践はB校での事例に見られる。しかしながら、実際に福祉教育を受ける側の生徒について は、テレビ、新聞、インターネット等のマスメディアからの影響を強く受けやすく、それ はB校の量的調査結果から明らかにした。その状況は、学校現場での福祉教育における生 徒の知識や心情への歪みとなりかねない要素をはらんでいることもある等、マスメディア による福祉教育への影響が推測された。 Ⅰ はじめに 現在、高校で生徒が教科「福祉」の科目を学ぶ機会は非常に少なくなっている。それを 統計でみると、たとえば平成21年度文部科学省の統計によると、高校(全日制・定時制) の全国生徒数は 3,357,682人であり、高校福祉科の在籍生徒数は82,750人で全国生徒数の約 2.5%であった。ところが、平成26年に全国生徒数は 3 ,324,615人で、高校福祉科の在籍生 徒数は 9,835人と減少傾向にある。 基本的に、「高校福祉科」とは、介護福祉士国家試験受験資格を取得する福祉科を中核 としヘルパー 2 級などの資格取得をめざす高校福祉科と、資格に必ずしもこだわらない福 祉科(普通科福祉コースとされる場合もある)がある。 この「高校福祉科」が、「社会福祉士及び介護福祉士法」の改正に伴う平成21年の学習 指導要領の改訂による教科「福祉」の再編により変容してきた。たとえば、第21回介護福 祉士国家試験受験可能校は220校であったが、改定のもとでは164校となり、56校が取りや めている。また、高校での介護員養成研修事業についても、ヘルパー 2 級の資格について は、平成17年度は643校あったが、平成21年度には453校と減り、平成26年で98校まで減少 している。一方、資格を取得しない福祉の科目設置校は、平成17年に181校、平成21年度 217校と少しずつ増えている。このように、「資格を取得する福祉科」から「資格を取得 しない教養としての福祉科」に転じている状況が明らかになっている。 さらに、平成 6 年度より制度化された総合学科では、教科「福祉」の科目を 1 科目以上 の設置(選択科目として福祉の科目を履修する場合等)や、福祉関連科目等を設置してい る高校もあり、多様な視点から高校での福祉教育がなされている。 このような状況は、一つに、介護福祉士国家試験受験資格を高校で取得することが困難 となったことにある。つまり、高校の教育課程の単位内では介護福祉系の科目が多くなり

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    マスメディアによる福祉教育への影響――B校の質問紙調査より――

    Influence to the Welfare Education by Mass Media: Survey by Questionnaire in the B High School

    大浦 明美

    OURA Akemi

    要旨 福祉教育が必要とされてきた主な背景としては、高齢化社会の進展、ノーマライゼーションの思想の具現化、子ども・青年の発達、地域のコミュニティ形成等が考えられている。それはこれまでの福祉教育の歴史と重なるところがある。たとえば国民的教養としての福祉の習得、高齢者等へのボランティア学習実践の普及、地域での生涯学習等がそれにあたる。つまり、社会の要請に応えるように福祉教育がなされてきたともいえる。その実践はB校での事例に見られる。しかしながら、実際に福祉教育を受ける側の生徒については、テレビ、新聞、インターネット等のマスメディアからの影響を強く受けやすく、それはB校の量的調査結果から明らかにした。その状況は、学校現場での福祉教育における生徒の知識や心情への歪みとなりかねない要素をはらんでいることもある等、マスメディアによる福祉教育への影響が推測された。

    Ⅰ はじめに 現在、高校で生徒が教科「福祉」の科目を学ぶ機会は非常に少なくなっている。それを

    統計でみると、たとえば平成21年度文部科学省の統計によると、高校(全日制・定時制)の全国生徒数は 3,357,682人であり、高校福祉科の在籍生徒数は82,750人で全国生徒数の約2.5%であった。ところが、平成26年に全国生徒数は 3 ,324,615人で、高校福祉科の在籍生徒数は 9,835人と減少傾向にある。 基本的に、「高校福祉科」とは、介護福祉士国家試験受験資格を取得する福祉科を中核

    としヘルパー 2級などの資格取得をめざす高校福祉科と、資格に必ずしもこだわらない福祉科(普通科福祉コースとされる場合もある)がある。

     この「高校福祉科」が、「社会福祉士及び介護福祉士法」の改正に伴う平成21年の学習指導要領の改訂による教科「福祉」の再編により変容してきた。たとえば、第21回介護福祉士国家試験受験可能校は220校であったが、改定のもとでは164校となり、56校が取りやめている。また、高校での介護員養成研修事業についても、ヘルパー 2級の資格については、平成17年度は643校あったが、平成21年度には453校と減り、平成26年で98校まで減少している。一方、資格を取得しない福祉の科目設置校は、平成17年に181校、平成21年度は217校と少しずつ増えている。このように、「資格を取得する福祉科」から「資格を取得しない教養としての福祉科」に転じている状況が明らかになっている。

     さらに、平成 6年度より制度化された総合学科では、教科「福祉」の科目を 1科目以上の設置(選択科目として福祉の科目を履修する場合等)や、福祉関連科目等を設置してい

    る高校もあり、多様な視点から高校での福祉教育がなされている。

     このような状況は、一つに、介護福祉士国家試験受験資格を高校で取得することが困難

    となったことにある。つまり、高校の教育課程の単位内では介護福祉系の科目が多くなり

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    他の教科を圧迫することや、生徒が夏・冬休みのほとんどを介護実習に費やさなければな

    らず、高校生らしい日常生活が過ごせないこと等が課題となっていた。また、普通高校か

    ら福祉系大学に進学したあとのほうが、時間的余裕をもって介護福祉士の資格を取得する

    こともできるというメリットが指摘されてもいる。

     以上のように、高校福祉科の縮小の流れとともに、他方では「教養としての福祉教育」

    を目指す普通科高校の取り組みが拡大し、それらは高校で標準化されてきている。

     しかし、実際の生徒の日常生活を考えれば、「教養としての福祉教育」は学校教育のみ

    ならず、テレビ、新聞、インターネット等のマスメディアによって福祉的知識も習得して

    いて、それらが先行知識として学校での福祉教育に少なからず影響を及ぼしているのでは

    ないだろうか。

     そこで本稿では、福祉教育について概観し、高校での福祉教育実践を事例によって示す。

    そのうえで、福祉教育の受け手である生徒のマスメディアによる影響について、質問紙量

    的調査結果から考察する。

     なお、この論文は拙著『高校における普通教科としての「福祉」の確立を目指して(平

    成21年度修士論文)』の一部を引用しており、当時、調査の実施と結果の公開についてB校から承諾を得ている。

    Ⅱ 福祉教育の必要性 教科「福祉」が学習指導要領に創設される以前から、高校での福祉教育は学校行事とし

    て、またボランティア活動として様々な形でなされてきた。福祉教育をベースに専門科目

    である教科「福祉」が教育課程で組み込まれてきたことから、最初に福祉教育について、

    その必要性を背景となる現代社会病理や世論調査から論じる。

    1 福祉教育の定義 福祉教育には、児童生徒に対する学校教育での福祉教育と、地域住民に対する生涯学習

    の一環である福祉教育と、社会福祉の専門職員を養成するための福祉教育がある。本論で

    は、学校教育上での福祉教育について述べていく。

     大橋謙作は、「福祉教育とは、憲法第13条、第25条などに規定された基本的人権を前提として成り立つ平和と民主主義社会をつくりあげるために、歴史的にも、社会的にも疎外

    されてきた社会福祉問題を素材として学習することであり、それらの切り結びを通して社

    会福祉制度、社会福祉活動への関心と理解をすすめ、自らの人間形成を図りつつ、社会福

    祉サービスを利用している人々を社会から、地域から疎外することなく、共に手を携えて

    豊かに生きていく力、社会福祉問題を解決する実践力を身につけることを目的に行なわれ

    る意図的な活動」と概念を規定している。

     また、一番ヶ瀬康子は、「福祉教育とは、様々な価値観を前提としながらも人権を守る

    ものとして、日常生活における不断の努力に媒介にし、社会福祉を焦点とした実践教育で

    ある。」と定義している。

    2 福祉教育の必要性 わが国の高度経済成長期にあっては、福祉教育実践は具体的な動きは少なかった。しか

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    し、急速な高度経済成長の歪みが公害や家庭・地域の基盤の脆弱化という形で表れ、改め

    て福祉教育の必要性が社会の中で叫ばれるようになった。

     福祉教育が必要とされてきた主な背景としては、高齢化社会の進展、ノーマライゼーショ

    ンの思想の具現化、子ども・青年の発達の歪み、地域のコミュニティ形成等が考えられて

    いるので、現在の社会的病理を踏まえて下記に詳しく説明する。

    1)1970年代以降においての高度経済成長と福祉教育(1)高齢化社会の進展 1970年にわが国の65歳以上の高齢者の人口が全体の 7%を超え、高齢化社会に入ったことに伴い、高齢化社会の担い手の形成が求められるようになった。高度経済成長に伴う都

    市化、工業化、核家族化の進行の中で高齢者とのふれあいや交流も自然な無意識的な形は

    少なくなっていった。

     一方、在宅で生活している高齢者のなかには、援助を必要としている「寝たきり高齢者」

    や一人暮らしの高齢者も増え、直接的な援助活動が行える住民のボランティア活動の育成

    も必要になった。当時、認知症高齢者とその家族を題材とした有吉佐和子著「恍惚の人」

    が衝撃的ベストセラーとなったことは、家族内にあった介護が社会問題となっていて、専

    門職介護福祉士の需要が増大していくことと、福祉教育の必要性を地域社会から訴えたも

    のでもあった。

    (2)障害者とともに生きるノーマライゼーションの思想 1981年「国際障害者年」とし、障害者の完全参加と平等が希求された。これは、地域社会から差別することなく、障害者とともに生きる社会を作ろうというノーマライゼーショ

    ンの思想の具現化を図ることを目的としていた。この行動計画の中でも、障害者の正しい

    理解を促進する福祉教育の必要性が指摘され、障害者福祉関連の法整備もなされてきた。

     最近は、手話ボランティアや障害者ガイドヘルパーなど、地域で障害者への支援が目に

    見える形で行われ、地域での福祉文化が築きあげられてきている。

    (3)子ども・青年の発達の歪み 従来にない子ども・青年の発達の歪みが各種調査で指摘されるようになったのもこの頃

    からであった。また、無気力な子ども・青年、喜怒哀楽や対人関係を豊かに持てない子ど

    も・青年、自殺願望のある子どもなどの現象が現れてきた。そして、子ども・青年の問題

    行動の増大、学校内暴力の増大など反社会的行動も目に付くようになった。それは、高度

    経済成長の結果、家庭や地域の教育力が脆弱化し、子ども・青年の多様な社会体験の場や、

    社会的有用感を味わう機会の喪失などが原因ではないかと指摘されるようになった。その

    ため、福祉教育としてボランティア体験活動、障害者との交流、高齢者との交流等が必要

    とされた。

    (4)地域の連帯、コミュニティの形成 高度経済成長で都市化、工業化のなかで地域の連帯が急激に崩壊していった。かつてあっ

    た子育てや生活上の近隣住民の励ましや、見守り、声がけ、あるいは相談という互助的関

    係はかなり重要な役割を持っていた。しかし、それが脆弱化していった。そして、1970年代以降、精神障害者の増大や育児ノイローゼの増大が指摘されてきた。

     このような中、福祉コミュニティの形成が叫ばれるようになり、主体的に自立と連帯の

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    まちづくりをすすめるボランティア活動の推進が大きな課題となり、その関係で福祉教育

    の必要が指摘されるようになった。

    2)現代の社会病理と福祉教育 最近、自殺や児童虐待、また今まで見られなかったような不可解な犯罪の増加、非行少

    年の多発など、社会問題を指摘する声が多い。特にそれらは全体として増加傾向にある。

    いつの時代にも、殺人・強盗・性犯罪などの各種犯罪や物乞いなど社会病理は存在してい

    たが、現代にはかつてなかったような社会病理の問題が多くみられる。

     2004年に内閣府政府広報室が発表した「安全・安心に関する特別世論調査」では、「今の日本は安全・安心な国か」の問いで「そうは思わない」との回答が55.9%と過半数を超えた。その理由は「少年非行、ひきこもり、自殺などの社会問題が多発している」との回

    答が65.8%と最も多く、ついで「犯罪が多いなど治安が悪い」(64.0%)、「雇用や年金などの経済的な見通しが立てにくい」(55.6%)、「国際政治情勢やテロ行為などで平和がおびやかされている」(51.4%)となっている。年金、経済問題や国際情勢よりも、いわゆる「現代の社会病理」が、日本社会に不安を感じさせる最大の要因となっているといえる。

     また、「一般的な人間関係について」の問いに、「難しくなったと感じる」との回答は

    60%を超えた。その原因についての回答は「人々のモラルの低下」や「地域のつながりの希薄化」の回答が50%を超え最も多かった。そして「人間関係を作る力が低下」、「核家族化」が40%を超え、「ビデオ・テレビゲームなどの普及」との回答もそれに次いでいる。 この結果から、核家族化は親族を通じた異なる年齢集団との関係を薄くし、それが子ど

    もの発達にも大きな影響を与え、人間関係力の低下をもたらしていると考えられる。子供

    が外で友達と遊んだり、直接的な人間関係を結ぶ機会も相対的に少なくなっているといえる。

     そして、「社会の安全や安心にとって懸念される身近で増えたこと」の問いには、「情緒

    不安定な人、すぐキレル人(怒りっぽい人)」が最も多く40%を超え、「少年・少女の非行、深夜徘徊」や「児童虐待、家庭内暴力」の回答が続いている。

     この世論調査から現代の社会病理の一面が見えてくる。安全・安心な地域にするための

    特効薬はないが、子供たちの人間関係力をつけるためには福祉教育によるものが大きいと

    考えられる。「ボランティア」や「ふれあい」を通じコミュニケーション能力を身につけ

    ながら、自分らしく生きることを学ぶ教育が現代社会には求められていると考える。

     福祉教育が学校に導入されてから20年以上も展開されているにもかかわらず、子供や青少年の問題行動が増加の一途をたどっているのは何故か。もちろん、教育は学校だけでは

    成立しない。家庭における教育、地域社会での生涯学習もあって、人は成長していくとな

    れば、教育は20年や30年で結果のでるものではない。福祉教育も同じであると思われる。

    Ⅲ 福祉教育の歴史的展開 戦後の福祉教育は大きく三つの時期に区分できる。第 1期は、戦後混乱期において、戦災被災者などの対する援助を中心とした昭和20年代(1940年代)の実績である。第 2期は1970年代頃からの「児童・生徒のボランティア活動普及事業を中心とした実践である。 そして、第 3期は1990年代以降で生涯学習を取り入れた地域福祉教育とともに教科「福祉」が学習指導要領に位置づけられた時期である。実際に福祉教育が取りざたされるよう

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    になったのは、ボランティア活動が学校の学習として行われるようになってからである。

     ここでは、高度経済成長期からの第 2期と第 3期について説明する。

    1 1970年代の「ボランティア活動の普及事業」 1960年以降の高度経済成長による家庭や地域社会の変化としては、人々の物質的な豊かさの増大にもかかわらず、不満感がむしろ高まる傾向が見えてきたことがある。また、家

    庭・地域社会・学校・職場で人間関係の希薄化による孤立感が増大し、人々が情報量の増

    大と加速する技術進歩の変化に適応しきれないために不安感が増大していったとされる。

     1970年には、日本の65歳以上の人口が 7%を超え高齢化社会に突入したのだが、それ以後、一人暮らしの高齢者や寝たきりの高齢者が増え、それが社会問題になっていった。ま

    た、高度経済成長による都市化や、核家族化、個別化が進み、地域の連帯感が薄れてきて、

    社会での生きづらさが問題視されるようになった。

     このような状況の中で、1969年国民生活審議会「成長発展する経済社会のもとで健全な国民生活を確保する方策に関する答申」では、地域活動と多元的な集団の形成が提唱され

    た。つまり、人間性回復のためにも、市民としての主体性と責任を自覚した個人を構成主

    体とした、信頼感のあるコミュニティの形成が必要とされた。たとえば、専業主婦は、家

    事労働の軽減で自由時間が増加し、婦人会への参加や、地域の一人暮らしの高齢者等に対

    する直接的援助活動としてのボランティア活動に参加していった。

     また、精神障害者の増加や育児ノイローゼの増大、自殺者の増加、また、青少年の問題

    である非行、学校内暴力、家庭内暴力の増大など、反社会的な行動であるさまざまな社会

    病理が現れてきた。このような中で、学校教育では、福祉教育として、児童のボランティ

    ア体験活動、障害者との交流、高齢者との交流活動が必要とされ実践された。

    2 「生涯学習としての福祉教育」 1990年「社会福祉関係八法」が改正された。戦後40年経過した社会福祉制度を改革する方向を打ち出すものであり、社会福祉の実施は地域住民に身近な市町村を軸に推進するこ

    とが明確化された。また、21世紀福祉ビジョン、社会保障構造改革、社会福祉基礎構造改革が相次いで打ち出され、2000年には介護保険制度が導入された。このような社会保障制度等への国民負担のあり方を含めた世代間の合意を図る必要がある。それには市町村が主

    導し、地域住民が社会福祉の関心や理解を深めていくような福祉教育・ボランティア活動

    への参加の推進が求められた。教育現場では、児童の「生きる力」を育むため、高齢者や

    障害者とのふれあい体験・ボランティア学習が行われた。

     このように、現代においては、義務教育期間を過ぎ社会人となっても、生涯学習の一環

    として福祉教育が必要となってきている。

     また、1999年の学習指導要領の改訂で教科「福祉」が創設された。この時、学校の完全5日制が実施され、教育内容は大幅に縮減された。そのなかにあって、福祉教育の子供たちに意味のある体験的学習は「総合的な学習の時間」を中心に取り組まれた。全国で取り

    組まれている福祉教育の実践の事例には、募金活動、清掃・美化活動、といった学校を中

    心として行う活動、福祉施設訪問や交流、車いすやアイマスク・高齢者などの疑似体験が

    よくみられる。

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     学習が体験することで完結し、その意味や課題を問うところまでの学習の深化とはなっ

    ていないのが現状であった。学校と地域、当事者、社会的支援者などとの協働による学習

    プログラムの開発が求められる。その意味で、地域コミュニティにおいて豊かな人間関係

    を築くには、住民に一人一人が地域における福祉文化の創造を心掛ける必要あると考えら

    れる。

    IV 福祉教育実践 資格を取得しない教養としての「福祉コース」を設置している普通科高校(A県立B高校)において、全校を対象とし福祉教育の実践を行っている。介護員養成研修(通信過程)、

    手話奉仕員養成講座、ボランティア活動、ペットボトルのキャップ回収活動等について述

    べる。

    1 実践を行った高等学校の概要 A県立B高校は、明治42年に創設された伝統ある高校であり、全日制普通科15学級が設置されている。そして、平成18年に男女共学となり福祉コースが設置された。現在、全校生徒数598人で男子156人(26%)、女子442人(74%)である。 1年生(男子60人・女子146人)、 2年生(男子54人・女子145人)、 3年生(男子42人・女子151人)である。 教育課程の特徴として、1年生はコース未定とし共通であるが、2年生から 2つの類型、すなわち、A類型とB類型及び福祉コースを設けてクラス編成を行っている。A類型は、進学コースであり、卒業後の進路を四年制大学か短期大学を希望している生徒に適してい

    て、選択科目に文系や理系に対応を図り、英語の単位を増やしている。B類型は、生活・ビジネスコースで、卒業後は就職を目指す生徒と、進学を目指す生徒の両方に適し、家庭

    科や商業の専門科目が設定されている。福祉コースは資格の取得を伴わない教養としての

    福祉とし学習している。

    2 全校生徒を対象とする福祉教育の取組み B校では、全生徒を対象に参加者を募って福祉学習やボランティア学習・活動を行っているので、福祉教育の一端としてその事例(平成21年度の実践)を報告する。

    1)介護員養成研修通信課程(ホームヘルパー 2級の資格取得) 全校生徒を対象に介護員養成研修通信課程の受講を募集したところ、生徒(31人)が参加し夏・冬休み等に実技と施設実習を行いホームヘルパーの資格を取得した。

    2)手話奉仕員養成講座 A県社会福祉協議会の 「平成21年度高校生介護等体験特別事業」 の指定を受けて行う取組みとして、手話講座を開催した。全国障害者スポーツ大会(千葉県開催)に手話ボラン

    ティアとして参加することを目標に、手話奉仕員養成講座(入門編・24回)を生徒(12人)が受講した。これに影響を受けて、 3人の生徒が地域の手話ボランティアのサークルに参加するようになった。

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    3)ボランティアの機会拡充 市社会福祉協議会のボランティア・市民活動センターに依頼されるボランティア活動の

    求人に対し、生徒向けの活動情報を随時メールで学校に送信し生徒に募集していくという

    システムを学校との協働で行うことになった。もちろん生徒がやりたい活動の問い合わせ

    もできる。また、活動参加者はボランティア登録と同時に自動的にボランティア保険に加

    入することになっている。これは交通機関等での事故や物品破損等の不慮の事故について

    の保証をしているので、生徒、保護者、学校、ボランティア受入れ先等、双方がその点に

    ついて安心できる。

     生徒に人気のボランティアは、高校の近くの認定こども園施設で毎月 1回(第 3土曜日または第 4土曜日)、子育て支援センターで開催される「おもちゃ図書館」にボランティアである。

    4)ペットボトルのキャップ回収 校内で自主的に福祉コースの生徒が、ペットボトルのキャップを回収分別し、そのリサ

    イクル対価で、世界の子ども達にポリオワクチンを届けるというボランティア活動を行っ

    た。「ペットボトルキャップがワクチンとなって、アフリカの子ども達に届けられていま

    す。」をキャッチフレーズとし、全校生徒に呼びかけ、飲料水の自動販売機の近くに標語

    を張った回収箱を置いて収集した。

     半年後には、キャップ収集活動をしているNPO法人シャイクハンズの方々が授業に参画し、キャップの分別を行った。キャップ29.6kg収集したことから、14人分のポリオワクチンを贈ることができた。生徒たちは、気軽で簡単で負担とならず楽しくできるボランティ

    ア活動によって、社会に貢献することができることを学んでいる。

    3 成果と課題 福祉教育の一環として、達成感を得られるホームヘルパー 2級の資格取得、充実感を得る手話ボランティア活動のための手話講座や身近なボランティア活動等を推進している。

    筆者は、生徒が福祉観を深めるためには、受身の福祉学習ではなく、何かをつかもうとす

    る自発的福祉学習こそが大切であるとの考え方を基本にし、B校の福祉教育について提案し実践した。

    V アンケート統計調査からみる高校生の福祉観 義務教育等で福祉教育を受けてきた高校生において福祉への関心度や、自発的実践であ

    るボランティア活動の状況や参加意思を調査しつつも、テレビ等からの情報の影響につい

    て調査分析する。

    1 研究の方法 前節で実践を示したA県立B高等学校の全校生徒を対象に、進路別高校生の福祉観やボランティア活動の状況、マスメディアからの影響等についてアンケート統計調査の質問紙

    調査を行う。

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    1)調査対象高校の概要 B校でのコース別に、A類型、B類型、福祉コース、コース未定( 1年生)と表記する。

    2)調査方法、調査期間等 全校生徒598人(男子156人・女子442人)を対象に、質問紙調査を平成21年 6月 1日から 6月 5日に実施した。実行は各クラス担任の教員が帰りのホームルーム時に質問紙を配布し、生徒が回答後すぐにその場で回収する、自記入の集合調査とした。

    3)調査内容①回答者の基本属性( 1設問)…性別、進路コース別②家族親戚の状況( 3設問)…家族や親戚の状況③ テレビ等の情報からの影響( 2設問)…聞いたことがある福祉キーワード、興味のあるタイトル

    ④ボランティア活動( 7設問)…中学時のボランティア活動の取り組み、現在のボランティア活動の参加状況と今後の参加意思

    ⑤福祉への関心( 4設問)…介護の仕事のイメージ、専門職種の認知、福祉への関心

    2 研究結果1)回収数と回答者の基本属性 回収数589人うち有効回収数548人(有効回収率91.1%)、男子144人(26.3%)、女子404人(73.7%)であった。548人の内訳の進路コース別では、A類型は185人(33.7%)、B類型は158人(28.8%)、福祉コースは22人( 4%)、コース未定は183人(33.3%)であった。

    2)家族親戚の状況 家族や親族の構成及び関係については、「乳幼児」、「小・中学生」、「祖父母」、「介護を

    必要とする方」、「障害のある方」、「病気療養中の方」の有無に性差はなかった。意外であっ

    たのは、 3ヶ月以上の入院歴のある人が身近にいる生徒が220人(40.1%)と多かったことである。長期入院等による生活パターンの乱れやそれに伴う精神的不安等を生徒がこう

    むることで、対人関係への変化が表面化してくる場合が多い。また身内の入院により「い

    のちの大切さ」や「思いやり」や「癒し」などを体得していく可能性があると考えられる。

     介護の仕事に就いている家族親戚がいる生徒(107人)をコース別の比率でみると、福祉コース45.5%、B類型21.5%、A類型16.8%、コース未定17.5%であった。福祉コースが多く、実際に介護の現場で働いている家族に勧められて福祉コースを選択した生徒が多い

    ことからも立証できる。

    3)テレビ等の情報からの影響(1)「聞いたことのある福祉キーワード(多重回答)」 福祉キーワードは、新聞テレビ等で介護や社会問題として使う単語の中から、カタカナ

    語をキーワードとして質問した。「バリアフリー」、「ホームレス」、「エイズ」、「ドメスティッ

    クバイオレンス」「エコロジー」、「ホームレス」、「パラリンピック」は、コース別に関係

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    なく生徒はよく知っていた。これらは全校生徒が社会問題(例えば、車椅子使用のトイレ、

    失業、売春での血液感染、夫の妻への暴力など)のキーワードとして認識していると考え

    られる。「エイジングフリー」、「ジェンダーフリー」は、認知度が低かった。

     また、介護関係のキーワード「ターミナルケア」、「グループホーム」、「デイサービス」

    は専門的学習によりふれることが多い福祉コースでほとんどの生徒が知っていた。「マイ

    ノリティ」は高校の学習では使用しないが、福祉コースは他コースよりも比率が高かった。

    また、コース未定は「ネグレクト」、「インフォームドコンセント」などが低かった。その

    概要は、図 1「聞いたことがある福祉キーワード」に示すとおりである。 テレビ等の情報が進歩し、また介護の在宅サービスが行われるようになり、日常的に福

    祉用語が使われ知られるようになった。つまり、かなりの福祉専門用語が日常用語になっ

    ていることがわかる。学習での成果もさることながら、改めて福祉文化の広がりを実感さ

    せる結果となった。

    (2)「興味のあるタイトル(多重回答)」 「興味のあるタイトル」は、映画・テレビ等のドラマのタイトルや新聞の見出しに類す

    るもので、広く福祉問題を意識させるタイトルをあげた。「世界保健機構」「アルコール依

    存症」「余命三ヶ月の花嫁」「盲導犬サーブ」「夜回り先生」「災害難民」「当事者主権」「薬

    物依存症」にコース別の差異は見られず興味関心があった。特に「余命三ヶ月の花嫁」や

    「盲導犬サーブ」に顕著でありテレビ等の影響だと考えられる。

     しかし、高齢者や障害者の福祉に関するタイトルの「介護福祉士」、「手話通訳と点字」、

    「高齢者をだます振り込め詐欺」、「老老介護に疲れ無理心中」、「障害者自立支援」は福祉

    コースで敏感に関心を示している。また、「男女雇用機会均等法」、「出会い系サイトの売

    買春を防止」、「NPO」についてもコース別の差異は大きくなかったが、それでも福祉コースは数値が高く、福祉の視野が広いことがわかる。「興味のあるタイトルが特にない」生

    徒が全体の10.2%(56人)もいることは大きな問題とも言える。その概要は、図 2「興味のあるタイトル」に示すとおりである。

    (3)ボランティア活動①中学生の時の取り組み

     中学での福祉分野のボランティア活動は、おもに学校行事で募金活動や疑似体験、施設

    図 1 聞いたことのある福祉キーワード

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    人文社会科学研究 第 33号

    訪問が行われていたようである。活動後の感想として「困っている人の役に立てた」と活

    動を肯定的に感じた生徒が多い反面、「特に考えなかった」とする目的意識が低く学校行

    事として集団行動を取っていただけの生徒も多いことがわかった。

     コース別では、福祉コースはボランティア活動を「有意義にすごせた」という思いを通

    り越して「もっとやりたかった」という積極的受け止め方が多く、「福祉の学習を難しく

    苦手」とは考えていない傾向がある。一方、他のコースは「有意義に過ごせた」が、「福

    祉の学習は苦手だ」とし、ボランティア活動を自分のためにするところまでの学びに至っ

    ていない生徒が多いことが示された。

    ②ボランティア参加状況と今後の参加意思

     現在、生徒がボランティアに参加していない理由をコース別でみると、全コースが活動

    する時間がないことを一番の理由にしている。そして、福祉コースでは「一緒に参加でき

    る人がいない」こと、A類型とB類型は「参加したい活動がない」や「ボランティアに関心がない」こと、コース未定では「ボランティアの情報がない」ことをおもな理由として

    あげている。進学を希望する生徒は、ボランティアに関心が低く参加しない傾向があり、

    特に男子に顕著にみられる。また、現在、生徒が行っているボランティア活動は環境美化

    (学校行事・単発的活動)が多いようである。多感な成長期である生徒には継続的展開の

    ある活動が大切であると考える。「今後参加したい活動」が、子育てや高齢者に関する福祉、

    スポーツボランティア・スタッフであった。他方において「ボランティア活動に現在不参

    加で今後も不参加」の生徒が多く、「興味のあるタイトルが特にない」生徒も少なくなかっ

    た。この調査結果からは、高校でのボランティア活動の空洞化の傾向がみられた。

    (4)福祉への関心①福祉の仕事のイメージ(多重回答)

     福祉の仕事のイメージについて、福祉コースは肯定的なイメージを持ち、人に接する楽

    しい仕事であり、専門知識が必要であるとし、地味という感覚は薄いようである。否定的

    なイメージを持つ他のコースは、地味だが大切と考え、休みがなく疲れるし、大変で自分

    にはできないと思っている。その概要は、図 3「福祉の仕事のイメージ」に示すとおりである。

    図 2 興味のあるタイトル

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    マスメディアによる福祉教育への影響――B校の質問紙調査より――(大浦)

    ②知っている福祉専門職種(多重回答)

     知っている福祉専門職種は、「ホームヘルパー」は524人(95.6%)、「介護福祉士」は503人(91.8%)、「保育士」は501人(91.4%)、「社会福祉士」は298人(54.4%)、「ケアマネジャー」は280人(51.1%)であった。コース別に関係なく、いくつかの福祉用語が常用化されてきていることを知った。また、「児童福祉司」は204人(37.2%)、「理学療法士」は191人(34.9%)、「生活相談員」139人(25.4%)、「身体障害者福祉司」は132人(24.1%)、「臨床心理士」は129人(23.5%)、「作業療法士」は87人(15.9%)、「精神保健福祉士」は72人(13.1%)、「心理判定員」72人(13.1%)であった。③福祉への関心

     「現在、あなたは福祉に関心がありますか」の設問の択一回答では、「とても関心がある」

    は68人(12.4%)、「ある程度関心がある」は288人(52.6%)、「あまり関心がない」は83人(15.1%)、「まったく関心がない」は25人(4.6%)、「わからない」は84人(15.3%)であった。 関心のある福祉の分野(多重回答)は、「保育・子ども」は217人(60.9%)、「介護と高齢者」は162人(45.5%)、「国際ボランティア活動」は80人(22.4%)、「障害者の福祉」は76人(21.3%)、「福祉の分野の職業」57人(16.1%)、「女性、ドメスティックバイオレンスなどに関する福祉」は56人(16.0%)、「失業やホームレス」は39人(10.9%)、「建築や交通などの環境に関する福祉」は30人(8.4%)であった。

    V 考察 平成19年に成立した「改正社会福祉士及び介護福祉士法」により介護福祉士養成課程の大幅な見直しがなされ、その結果、介護福祉士受験可能校は減少しヘルパー 2級資格取得校も減ってきている。一方、現在、全国高校生徒数の普通科及び総合学科の割合は高く合

    わせて77%を超え、高等教育機関への進学率は約80%と高い水準となっている。 この現状において高校福祉科の学校数が減り、普通科の中での福祉教養等として、福祉

    科がさまざまな形で選択コース(例えば福祉コースなど)として組み込まれてきている。

    福祉コースの多くの生徒は資格を取得しない教科「福祉」を選択履修しており、卒業後に

    は福祉の専門分野に拘らず他分野へ進学する生徒も少なくない。つまり、必ずしも職業教

    育としての福祉コースとはなっていないことが見え隠れする。そこには教養として福祉を

    図 3 福祉の仕事のイメージ

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    人文社会科学研究 第 33号

    学んでいる生徒の姿があるのみである。

     このように福祉関係への進路に直接結びつかない教養としての福祉コースを、生徒はな

    ぜ選択するのだろうか。福祉コースの選択動機については、田村らによる高校福祉科(介

    護福祉士受験可能校)の入学動機の調査結果にその傾向を見ることができる。その調査の

    対象者であるタイプⅡ「福祉と係りある職業に就いている群」と、タイプⅢ「福祉と関わ

    りのない職業に就いている群」は、前述の進路状況から福祉コースの生徒にあてはまると

    考えられる。この両タイプ合わせた入学動機の多い順に、「普通教科より専門教科を勉強

    したかった」、「身内が医療や福祉を経験した」、「介護の分野で役に立ちたい」、「将来医療

    の分野に進みたい」、「ボランティア体験で、福祉に関心を持つ」、「保護者に勧められて」

    「担任に勧められて」などとなっている。

     本稿の調査からも同じような分析結果が得られたが、すでに福祉コースを選択し学習し

    ている生徒自身の背景として、家庭環境、日常生活の態度、マスコミの影響、ボランティ

    ア活動の取組み、日常の学習実践活動、文化祭の活動体験等が明示された。

     福祉に関心のある生徒は、保育や子ども、介護や高齢者に特に関心があり、これは今後

    参加したいボランティア活動の分野と重複している。学校で生徒の関心が高い福祉実践を

    取り入れることが大切であると考えられる。B校では、ボランティア活動の機会を増やし、生徒の関心のある活動が主体性を持って行えるようシステム作り(社会福祉協議会のボラ

    ンティア・市民活動センターとの連携)を行った。それは、学校の学習の時間でなく、生

    徒の自由な生活時間に、生徒の関心により選択できる、生徒個人に主体性を持たせた活動

    となっている。

     ところで、「マスコミの影響」という新たなキーワードが示されたことは注視すべきで

    ある。つまり、質問式調査においてテレビ等の情報からの影響が「興味のあるタイトル(テ

    レビタイトル)」の選択結果に示されていた。もちろん、生徒はテレビ番組等を観ることで、

    福祉関係の知識を得て、他者の経験を理解する心情を育んでいることは言うまでもない。

    そのような意味で、番組の内容は、そのタイトルやテーマによって印象付けられ生徒自身

    に認知されていく。この福祉観は、河村らの用いている「切り結び」の概念つまり「社会

    福祉問題と出会ったことにより、学習者自身の生活世界が時間をかけて変容するプロセス」

    から醸成されてきたものであると考えられる。この「切り結び」のなかにある生徒の感性

    等はマスメディアに影響されていると言える。

     テレビ等の情報による影響として、生徒は福祉専門用語を一般常用語としてよく知って

    おり、改めて若者世代への福祉文化の広がりを実感した。福祉に関する知識や情報を幅広

    く得ることによって、人への思いやりの心や、お互いに助け合っていく大切さを学ぶこと

    にもなり、この点も福祉教育の重要な役割の一つと考えられる。

     高校普通科は、その特色として生徒の進路希望によって 2年生から類型やコースに別れ、国語や数学、英語などの普通教科を中心に教育課程が編成されている場合が多い。進路を

    選択していく生徒にとって、高校生活の関心ごとは、普通教科の学習成績だけではない。

    この多感な時期に、生徒は身近な家族や日常社会の福祉問題に直視し苦悶することが多く

    なる。例えば、生徒間の価値観の違いに悩むことや、いじめや夫婦間暴力、失業や生活苦、

    家族や親族の病気、老老介護などがある。生徒はその問題を家族や友達あるいは教師に問

    いかけ、自分なりの解決を試み消化しようとする。その過程は、社会福祉に関する基礎的

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    マスメディアによる福祉教育への影響――B校の質問紙調査より――(大浦)

    知識を得て、社会福祉の役割を理解しつつ人間の尊厳についての認識まで思考し、ようや

    く生徒自身の答えが見えてくると思われる。

     そのような社会状況を含め、生徒の成長過程をみると、生徒が求めている学びは、社会

    福祉の基礎的知識等を得る福祉の科目にもあるが、マスメディアからの情報収集もあるだ

    ろうし、それに翻弄されることも十分考えられる。そこで、生徒が福祉についてどのよう

    に捉えているのかを生徒の教育課程の選択別に調査し、マスメディアから受ける生徒の福

    祉への関心等について分析したが、本調査結果からは他の項目との関連は見られなかった。

     しかし、福祉の仕事への否定的なイメージもあり、それはマスコミ等による情報や生徒

    の思い込みや家族の影響等があるとも推測された。生徒自身が福祉職を否定する選択はあ

    るにせよ、生徒は福祉職に関する正しい情報得られるよう福祉教育の内容を考慮する必要

    があると思われる。

    VI おわりに 本稿では、高校での福祉教育実践を踏まえ、質問紙調査により普通科と福祉コースの生

    徒を比較しながら、生徒のマスメディアによる福祉教育への影響について質問紙にテレビ

    タイトルを挙げて調査することで明らかにした。

     生徒はテレビや新聞等で社会における福祉的課題あるいは社会問題をテーマにしたド

    ミュメントやドラマ等に影響を受けやすく、それは学校現場での福祉教育における生徒の

    知識や心情への歪みとなりかねない要素もあることが推測された。福祉教育では、生徒に

    その真相を正しく理解させることが重要であると思われる。

     さて、一般に福祉系高校生の背景等についての先行研究は、既に多くなされているとこ

    ろではあるが、普通科福祉コース(教養としての福祉教育)を対象とした研究の蓄積につ

    いては未だ多いとは言えないのが実情である。本稿を土台として今後さらに、マスメディ

    アによる福祉教育への影響について具体的に踏み込んだ研究を進めたい。

    謝辞

     平成21年に調査を実施させていただいたB校に対して、再度感謝申し上げる次第です。

    文献・林幸克著(2006)『高校生の高校入学前後におけるボランティアに関する一考察』日本福祉教育・ボランティア学習学会年報 Vol. 11『福祉教育・ボランティア学習と当事者』万葉舎 236~254頁.・栃内良(1993)『女子高生文化の研究:時代を先取りする彼女たちの感性をどうキャッチするか』ごま書房.

    ・河村美穂・諏訪徹・原田正樹(2004)『福祉教育実践における学習者の生活世界の再構築』日本福祉教育・ボランティア学習学会年報 Vol. 9万葉舎.

    ・桐原宏行(2004)『福祉科教育法』三和書籍.・小谷敏(2008)『子どもたちは変わったか』世界思想社.・文部科学省(2016)『学校基本統計(学校基本調査報告書)の高等学校学科別生徒数・学校数』.・NHK放送文化研究所(2003)『NHK中学生・高校生の生活と意識調査:楽しい今と不確かな未来』日本放送出版協会.

    ・大浦明美(2010)『高校の現場における福祉文化の創造―文化祭で友とともに福祉文化に浸る』日本福祉文化学会福祉文化実践報告書 Vol. 14.

    ・大浦明美(2009)『普通科高校における福祉教育―「教養としての福祉」の授業実践を中心として』日本福祉教育・ボランティア学習学会第 15回大会報告要旨集 60-61頁.

    ・大橋謙策、田村真広、辻浩(2005)『福祉科指導法入門』中央法規出版.

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    人文社会科学研究 第 33号

    ・岡多枝子(2009)『福祉系高校における生徒の「レリバンス」とキャリア形成』日本福祉教育・ボランティア学習学会第 15回大会報告要旨集 62-63頁.

    ・千石保(2005)『日本の女子中高生』日本放送出版協会.・千石保(1998)『日本の高校生:国際比較でみる』日本放送出版協会.・須藤廣(2002)『高校生のジェンダーとセクシュアリティ:自己決定による新しい共生社会のために』明石書店.

    ・阪野貢監修、新崎国広・立石宏昭(2006)『福祉教育のすすめ』ミネルヴァ書房.・田村真広、保正友子編著(2008)『高校福祉科卒業生のライフコース』ミネルヴァ書房.