代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論...

24
代数学・幾何学序論 松本 圭司 (Keiji Matsumoto) 北海道大学 大学院理学研究院 数学部門 平成 25 年度前期月曜 II コマ, 理学部5号館 5-301, ver. 2012.05.10 1 履修に関して 成績は 試験での得点, レポートの内容, 出席状況 により評価を行う. , 講義に関する連絡事項は http://www.math.sci.hokudai.ac.jp/˜matsu/L251.html を参照せよ. 休講および試験通知, 評価基準, 成績分布, レポート問題, を公開する予定. 連絡先は 研究室:理学部4号館4階 4-407, 電話番号: 011-706-2675 e-mail: matsu math.sci.hokudai.ac.jp レポートの提出先は, 理学部3号館3階の数学事務室前にある代数学・ 幾何学序論用のレポート受付ボックス No. 3. 講義の内容は, 複素数, 集合と写像の基礎, 空間内の図形(直線, 平面, 球面)の方程式 ついて解説する. 教科書: 特に指定しない (適当なものが存在しない). 複素数に関する参考文献: 斉藤正彦著 線型代数入門 附録 III §4. 集合と写像の基礎に関する参考文献: 松坂和夫著 集合・位相入門 第1章. 空間内の図形の方程式に関する参考文献: 斉藤正彦著 線型代数入門 第1章. 1

Transcript of 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論...

Page 1: 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論 松本圭司(Keiji Matsumoto) 北海道大学大学院理学研究院数学部門 平成25年度前期月曜IIコマ,

代数学・幾何学序論

松本 圭司 (Keiji Matsumoto)

北海道大学 大学院理学研究院 数学部門

平成 25年度前期月曜 IIコマ, 理学部5号館 5-301, ver. 2012.05.10

1 履修に関して

成績は 試験での得点, レポートの内容, 出席状況 により評価を行う. な

お, 講義に関する連絡事項は

http://www.math.sci.hokudai.ac.jp/̃ matsu/L251.html

を参照せよ. 休講および試験通知, 評価基準, 成績分布, レポート問題, 等

を公開する予定. 連絡先は

研究室:理学部4号館4階 4-407, 電話番号: 011-706-2675

e-mail: matsu@math.sci.hokudai.ac.jp

レポートの提出先は, 理学部3号館3階の数学事務室前にある代数学・

幾何学序論用のレポート受付ボックス No. 3.

講義の内容は, 複素数, 集合と写像の基礎, 空間内の図形(直線, 平面,

球面)の方程式 ついて解説する.

教科書: 特に指定しない (適当なものが存在しない).

複素数に関する参考文献:

• 斉藤正彦著 線型代数入門 附録 III §4.

集合と写像の基礎に関する参考文献:

• 松坂和夫著 集合・位相入門 第1章.

空間内の図形の方程式に関する参考文献:

• 斉藤正彦著 線型代数入門 第1章.

1

Page 2: 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論 松本圭司(Keiji Matsumoto) 北海道大学大学院理学研究院数学部門 平成25年度前期月曜IIコマ,

2 複素数

2.1 複素数体の構成

高校では, 2乗すると −1 となる架空の数 i の存在を仮定 して, 複素数

の集合 C = {a+ bi | a, b ∈ R} を定めた.

しかし, 仮定が偽の命題は結論がすべて真 となってしまうので, i の存

在を仮定したままではいけない. そこで2乗すると −1 となる数を既知

のものから具体的に構成する.

二つの実数の組 (a, b) が一つの元となる集合

R2 = {(a, b) | a, b ∈ R}

に以下のように和と積を定める.

(a, b) + (c, d) = (a+ c, b+ d), (a, b)× (c, d) = (ac− bd, ad+ bc).

この和と積に関して, 交換法則, 結合法則, 分配法則 が成立する.

集合 R2 の特別な二つの元 (0, 0) と (1, 0) は, R2 の任意の元 (a, b) に

対して

(0, 0) + (a, b) = (a, b), (1, 0)× (a, b) = (a, b)

をみたす. (0, 0) を和に関する単位元 といい, (1, 0) を積に関する単位元

という.

和に関しては, 任意の元 (a, b) に対して (−a,−b) は (a, b)+ (−a,−b) =

(0, 0) をみたす. (−a,−b) を (a, b) の和に関する逆元 という.

積に関しては, (0, 0) でない任意の元 (a, b) に対して

(a, b)×( a

a2 + b2,

−b

a2 + b2

)= (1, 0)

をみたす.( a

a2 + b2,

−b

a2 + b2

)を (a, b) の積に関する逆元 という.

任意の元 (a, b) に対して (0, 0) × (a, b) = (0, 0) ̸= (1, 0) となるので

(0, 0) には積に関する逆元は存在しない.

注意 1 一般に集合 X に 前記の性質をみたす和と積が定義されたときに

集合 X は体となる という.

2

Page 3: 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論 松本圭司(Keiji Matsumoto) 北海道大学大学院理学研究院数学部門 平成25年度前期月曜IIコマ,

R2 の部分集合 {(a, 0) | a ∈ R} はこの和および積に関して閉じている.

つまり

(a, 0) + (b, 0) = (a+ b, 0), (a, 0)× (b, 0) = (ab, 0)

となる. この集合は 和と積の構造まで込めて実数の集合 R と同じ ものと考えられるので, (a, 0) を単に a と表すことにする.

さらに R2 の任意の元 (a, b) に対して

(a, b) = (a, 0)× (1, 0) + (b, 0)× (0, 1)

なので (0, 1) を i で表す とR2 の任意の元 (a, b) は a+ bi で表す ことが

できる.

このように表記した元を複素数と呼び, 複素数全体の集合を C で表すことにする. この定義のもとで

i2 = (0, 1)× (0, 1) = (0× 0− 1× 1, 0× 1 + 1× 0) = (−1, 0) = −1

となっている.

2乗すると −1 となる 架空の数の存在を仮定しない で, 実数の集合 Rより大きい集合 R2 に複素数の和と積に対応している和と積を定義する

ことで 2乗すると −1 となる数を構成していることに注意してほしい.

複素数 z = x + yi に対して x を z の実部 といい Re(z) で表し, y を

z の虚部 といい Im(z) で表す. また z̄ = x− yi を z の共役複素数 と呼

ぶ. 以下の関係式が成立する.

Re(z) =z + z̄

2, Im(z) =

z − z̄

2i.

実数 |z| =√zz̄ =

√x2 + y2 を z の絶対値 と呼ぶ. 定義より z ∈ R と

z̄ = z とは同値 であり z = 0 と |z| = 0 とは同値 である.

0 でない複素数 z = x+ yi に対して

cos θ =x

|z|, sin θ =

y

|z|

をみたす θ を z の偏角と呼び arg z で表す. 偏角 arg z のとりかたには

2π の整数倍が加わる分の自由度 がある. z = 0 に対しては偏角は定義し

ない.

3

Page 4: 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論 松本圭司(Keiji Matsumoto) 北海道大学大学院理学研究院数学部門 平成25年度前期月曜IIコマ,

複素数 z の絶対値と偏角を用いて z は

z = |z|{cos(arg z) + sin(arg z)i}

と表示できる. このように絶対値と偏角を与えると複素数は一意的に決

定する. 複素数 z をその 絶対値と偏角の指定 で決定する方法を 極形式

という.

複素数の集合 C の正体が R2 なので, 複素数 z = x+ yi を座標平面内

の点 (x, y) として図示することができる. そのとき z̄, |z|, arg z は下記

のように表せる.

-

Re

6Im

O

rz

rz̄

x

y

−y

�����

���

����

|z|

arg z

図 1: 虚役複素数, 絶対値, 偏角

二つの複素数 z1, z2 に対して

z1 + z2 = z̄1 + z̄2, z1z2 = z̄1z̄2,

が成立する.

また z1 と z2 の絶対値と偏角をそれぞれ r1, θ1, r2, θ2 とおき, 積 z1z2

4

Page 5: 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論 松本圭司(Keiji Matsumoto) 北海道大学大学院理学研究院数学部門 平成25年度前期月曜IIコマ,

を三角関数の加法定理を用いて計算すると

z1z2 = {r1(cos θ1 + i sin θ1)}{r2(cos θ2 + i sin θ2)}

= r1r2{(cos θ1 cos θ2−sin θ1 sin θ2)+i(sin θ1 cos θ2+cos θ1 sin θ2)}

= r1r2{cos(θ1 + θ2) + i sin(θ1 + θ2)}

となる. したがって

|z1z2| = |z1||z2|, arg(z1z2) = arg z1 + arg z2 + 2πn (n ∈ Z)

となる.

0 でない複素数 z と自然数 m に対して, 複素数 zm の絶対値と偏角は

|zm| = |z|m, arg(zm) = m arg z + 2πn (n ∈ Z)

となる.

このことを利用して 0 でない複素数 α に対して, 方程式

zm = α

を解くことができる.

この方程式の根の絶対値は m乗すると |α|になるのでその値は |α|1/m

であり, この方程式の 根の偏角 は m倍すると arg α になるのでその値

は 1marg α である.

α の偏角 arg α のとり方に 2π の整数倍が加わる分の自由度がある こ

とに注意すると, 方程式 zm = α には m個の相異なる根

zj = |α|1/m{cos(argα + 2πj

m) + sin(

argα + 2πj

m)i},

j = 0, . . . ,m−1 が存在する.

複素数の和は平面ベクトルの和と同じであり, 複素数の絶対値は平面ベ

クトルとみなしたときの大きさと同じなので, 以下の三角不等式が成立

する.

|z1 + z2| ≤ |z1|+ |z2|, ||z1| − |z2|| ≤ |z1 − z2|.

問題 1 複素数 z = 1− i, −3 +√3i, (−3 +

√3) + (3 +

√3)i の実部, 虚

部, 共役複素数, 絶対値, 偏角を答えよ.

5

Page 6: 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論 松本圭司(Keiji Matsumoto) 北海道大学大学院理学研究院数学部門 平成25年度前期月曜IIコマ,

z1 + z2

z1

z2

|z1 + z2| |z2|

|z1| |z1| z1

z2

|z2||z1 − z2|

z1 − z2

図 2: 三角不等式

問題 2 絶対値が 64, 偏角が −5π4の複素数 α の実部と虚部を求めよ. ま

た z3 = α となる z を全て求めよ.

複素数係数の2次方程式

az2 + bz + c = 0, a(̸= 0), b, c ∈ C

は C 内に重複度を込めて 2つの解 をもつ.

両辺に 4a をかけて以下のように完全平方式に変形する.

(2az + b)2 = b2 − 4ac

b2 − 4ac の絶対値 r と偏角 θ を求めて

δ =√r(cos

θ

2+ i sin

θ

2)

とおく. ±δ は2乗すると b2 − 4ac なので z = −b±δ2aが解である. また,

b2 − 4ac = 0 のときは重根となる.

問題 3 2次方程式 z2 − 2iz − 1 + 2i = 0 の解を求めよ.

別の複素数体の構成法を簡単に紹介する.

1. 行列による構成法.

実2次正方行列の集合の部分集合

X = {aE + bJ | a, b ∈ R}, E =

(1 0

0 1

), J =

(0 −1

1 0

)

6

Page 7: 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論 松本圭司(Keiji Matsumoto) 北海道大学大学院理学研究院数学部門 平成25年度前期月曜IIコマ,

を考える. 行列の和と積に関して

(aE + bJ) + (cE + dJ) = (a+ c)E + (b+ d)J,

(aE + bJ)× (cE + dJ) = (ac− bd)E + (ad+ bc)J

が成立する (積については EJ = JE = J , J2 = (−1)E を用いている).

X の部分集合 X = {aE|a ∈ R} は和と積の構造まで込めて実数の集合R と同じであり, J は J2 = (−1)E をみたすので J が虚数単位 i に対応

し, X の元 aE + bJ と複素数 a+ bi とが対応している.

集合 X の元 A = aE + bJ に対して√det(A) が複素数 a + bi の絶対

値 に相当し, 転置行列 tA = aE− bJ が a+ bi の 共役複素数 と対応する.

また 複素数 a+ bi の偏角を θ とすると

cos θ =a√

a2 + b2, sin θ =

b√a2 + b2

なので

A =√a2 + b2

(a√

a2+b2− b√

a2+b2

b√a2+b2

a√a2+b2

)=√

det(A)

(cos θ − sin θ

sin θ cos θ

)

であり, A内に正の向きに θ回転させる1次変換の表現行列が潜んでいる.

2. 多項式による構成法

実数係数の多項式全体の集合

R[x] = {a0 + a1x+ · · ·+ anxn | a0, a1, . . . , an ∈ R}

とする.

R[x] の各元 f(x) に対して 1+x2 で割ったときの余り r(x) = a+ bx を

集めて集合X = {a+ bx | a, b ∈ R} を作る.

集合 X の元 r(x) = a+bxと s(x) = c+dxに対して,和を r(x)+s(x) =

(a+ c)+(b+d)xで定め, 積を r(x)s(x) = ac+(ad+ bc)x+ bdx2 を 1+x2

で割った 余り (ac− bd) + (ad+ bc)x で定める.

変数 x を虚数単位 i とみなせば複素数の集合 C が得られる. 多項式環

R[x] の極大イデアル (x2 + 1) による剰余としての複素数体 C の構成法と呼ばれる.

7

Page 8: 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論 松本圭司(Keiji Matsumoto) 北海道大学大学院理学研究院数学部門 平成25年度前期月曜IIコマ,

2.2 複素数変数の指数関数と三角関数

指数関数や三角関数を複素変数 z = x+ iy の関数に拡張しておく. ex,

sin x, cos x は R 全体で収束する Taylor 級数

ex =∞∑n=0

xn

n!= 1 + x+

x2

2!+ · · ·+ xn

n!+ · · ·

sinx =∞∑n=0

(−1)nx2n+1

(2n+ 1)!= x− x3

3!+

x5

5!− · · ·+ (−1)nx2n+1

(2n+ 1)!+ · · ·

cosx =∞∑n=0

(−1)nx2n

(2n)!= 1− x2

2!+

x4

4!− · · ·+ (−1)nx2n

(2n)!+ · · ·

に展開される. 複素変数の指数関数は上記の級数の変数 x を複素数変数

z に変えることで定義する. つまり, z ∈ C に対して

ez = exp(z) =∞∑n=0

zn

n!= lim

N→∞

N∑n=0

zn

n!

で定める.

一般に複素数列 {cn} に関する級数∞∑n=0

cn に対して, 級数∞∑n=0

|cn| が収

束 するとき, 級数∞∑n=0

cn は絶対収束 するという.

命題 1 (1) 絶対収束する級数は収束し, 収束する値は和の順序のとり方

によらず定まる.

(2) 絶対収束する2つの級数∞∑n=0

cn,∞∑n=0

dn に対して,

(∞∑n=0

cn)(∞∑n=0

dn) =∞∑n=0

(n∑

k=0

ckdn−k)

が成立する.

注意 2 (1) この命題の証明は基礎数学Cで行われる予定.

(2) 絶対収束しない級数は, 和の順序を変えることで収束する値が変化

する場合がある.

8

Page 9: 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論 松本圭司(Keiji Matsumoto) 北海道大学大学院理学研究院数学部門 平成25年度前期月曜IIコマ,

ez の定義式における級数の各項の絶対値をとってできる級数は

∞∑n=0

∣∣∣∣znn!∣∣∣∣ = ∞∑

n=0

|z|n

n!= e|z|

となるので, 任意の複素数 z に対して指数関数を定義する級数は 絶対収

束 する.

命題 2 複素変数の指数関数も ez+w = ezew (z, w ∈ C) をみたす.

証明 指数関数の定義, 命題 1 (2), 2項定理より

ezew = (∞∑n=0

zn

n!)(

∞∑n=0

wn

n!) =

∞∑n=0

(n∑

k=0

zkwn−k

k!(n− k)!)

=∞∑n=0

1

n!(

n∑k=0

n!

k!(n− k)!zkwn−k) =

∞∑n=0

(z + w)n

n!= ez+w

を得る. □

指数関数に純虚数 iy (y ∈ R) を代入する下記の公式が得られる.

命題 3 (オイラーの公式)

eiy = cos y + i sin y, y ∈ R.

証明

eiy = 1 + (iy) +(iy)2

2!+

(iy)3

3!+

(iy)4

4!+

(iy)5

5!+ · · ·

= 1 + iy − y2

2!− iy3

3!+

y4

4!+

iy5

5!+ · · ·

= (1− y2

2!+

y4

4!− · · · ) + i(y − y3

3!+

y5

5!− · · · )

= cos y + i sin y.

となる. □

9

Page 10: 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論 松本圭司(Keiji Matsumoto) 北海道大学大学院理学研究院数学部門 平成25年度前期月曜IIコマ,

eiy は 絶対値が 1 で偏角が y の複素数 である. 特に eπi = −1, e2πi = 1

であり, 整数 n に対して ez+2nπi = ez となる.

指数法則より

ex+iy = exeiy = ex(cos y + i sin y) (x, y ∈ R)

である. つまり ez は 絶対値が eRe(z) で 偏角が Im(z) の複素数である.

問題 4 ド・モアブルの公式

(cos y + i sin y)n = cos(ny) + i sin(ny), y ∈ R, n ∈ N,

を示せ.

複素変数の指数関数を用いて, 複素変数の三角関数 sin z, cos z (z ∈ C)を

sin z =eiz − e−iz

2i, cos z =

eiz + e−iz

2

で定める.

命題 4 複素変数の三角関数でも加法公式が成立する.

証明 sin に関する加法定理を証明する. 指数法則を用いて

sin z cosw + cos z sinw

=

(eiz − e−iz

2i

)(eiw + e−iw

2

)+

(eiz + e−iz

2

)(eiw − e−iw

2i

)=

ei(z+w) + ei(z−w) − ei(−z+w) − ei(−z−w)

4i

+ei(z+w) − ei(z−w) + ei(−z+w) − ei(−z−w)

4i

=ei(z+w) − e−i(z+w)

2i= sin(z + w)

を得る. □

問題 5 複素変数の cos z は cos(z + w) = cos z cosw − sin z sinw をみた

すことを示せ.

10

Page 11: 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論 松本圭司(Keiji Matsumoto) 北海道大学大学院理学研究院数学部門 平成25年度前期月曜IIコマ,

加法公式を用いて sin(x+ iy), cos(x+ iy) の実部と虚部を求める.

sin(x+ iy) = sinx cos(iy) + cos x sin(iy)

= sinxei(iy) + e−i(iy)

2+ cos x

ei(iy) − e−i(iy)

2i

=ey + e−y

2sin x+ i

ey − e−y

2cos x

cos(x+ iy) = cosx cos(iy)− sinx sin(iy)

= cosxei(iy) + e−i(iy)

2− sinx

ei(iy) − e−i(iy)

2i

=ey + e−y

2cosx− i

ey − e−y

2sin x

y = 0 の場合, つまり z が実数 x のときは, 実変数の sin, cos と一致して

いる.

問題 6 exp(1 + π3i), exp(log 3− 3π

4i) の値を求めよ.

問題 7 ez = −1− i となる z をすべて求めよ.

問題 8 複素変数の三角関数でも sin2 z + cos2 z = 1 となることを示せ.

問題 9 sin i, cos i の値を求めよ.

問題 10 eix = cos x + i sinx を用いて, 以下の等式を示せ. ここで x は

2π の整数倍でない実数とする.

n∑k=0

cos(kx) =sin n+1

2x cos nx

2

sin x2

,

n∑k=0

sin(kx) =sin n+1

2x sin nx

2

sin x2

.

11

Page 12: 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論 松本圭司(Keiji Matsumoto) 北海道大学大学院理学研究院数学部門 平成25年度前期月曜IIコマ,

3 集合と写像の基礎

3.1 集合

いくつかのものをひとまとまりに考えた「ものの集まり」を集合 とい

う. ただし, どんなものを取ってきても, それが その集まりにあるかない

かがはっきり定まっているものでないといけない.

例 1 (1) 開区間 (0, 1) は 0 < x < 1 をみたす実数の集合.

(2) 自然数全体の集合は 1, 2, 3, . . . からなる.

(3) 「大きな自然数の集まり」は, 1000 がこの集まりに属するかがはっ

きりきまらないので, 集合として扱わない. 「999 より大きな自然

数の集まり」は, 集合として扱う.

(4) T =

(1 2

0 1

), J =

(0 −1

1 0

)とそれらの逆行列たちの有限個の積

Tm1Jn1 · · ·TmkJnk (m1, n1, . . . ,mk, nk は整数) 全体は集合として扱

う. この集合に入っているものは, 成分が整数の 2 × 2 行列になっ

ていることはわかる. しかし, 成分が整数のどんな 2 × 2 行列がこ

の集合に入るかの判定は容易でない.

集合はアルファベットの大文字で表すことが多い. よく使う記号とし

て, 自然数全体の集合 N, 整数全体の集合 Z, 有理数全体の集合 Q, 実数全体の集合 R, 複素数全体の集合 C がある.

集合 A に属しているもの a を A の元あるいは要素といい, a ∈ A ある

いは A ∋ a で表す. a が集合 A に属さないとき, a ̸∈ A あるいは A ̸∋ a

で表す. 集合 A の元が有限個のとき, A は有限集合であるという. A が

有限集合のとき, その元の個数を A の位数といい, |A| あるいは#(A) で

表す. 元が1つもない集合を空集合といい, ϕ で表す. ϕ も有限集合とし,

|ϕ| = 0 である. 元の個数が無限個ある集合を無限集合という.

集合を表記する手段として,

(1) 元をすべて列挙する.

例: 整数を n を 3 で割ったときの余りの集合 A は,

{0, 1, 2}.

12

Page 13: 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論 松本圭司(Keiji Matsumoto) 北海道大学大学院理学研究院数学部門 平成25年度前期月曜IIコマ,

(2) 元がその集合に属する条件を記載.

例: 座標平面 R2 内の原点中心半径 1 の内部の集合は,

{(x, y) ∈ R2 | x2 + y2 ≤ 1}.

(3) 生成系を与える.

例: 3次元実ベクトル空間 V 内の1次独立な2つのベクトル v1, v2 で

張られる 2次元部分空間は,

⟨v1, v2⟩.

元が集合であるような集合も取り扱う. そのような集合を取り扱っている

と喚起したい場合, 集合族といって区別することがある.

問題 11 以下の集合を元がその集合に属する条件を記載せよ.

(1) 開区間 (0, 1) に属する有理数の集合.

(2) 次数が3以下の xの実係数多項式の集合.

(3) すべての成分が整数で行列式が 1 となる2次正方行列の集合.

2つの集合 A, B に対して, A の任意の元 a が B の元 (For ∀a ∈ A,

a ∈ B) となるとき A は B に含まれる, B は A を含む, A は B の部分

集合であるといい,

A ⊂ B, B ⊃ A

で表す. そうでないとき, つまり A の元 a で a /∈ B となるものが存在す

る (∃a ∈ A s.t. a /∈ B) とき

A ̸⊂ B, B ̸⊃ A

で表す. 空集合 ϕ は, すべての集合の部分集合と約束する. A ⊂ B と

B ⊂ A が成立するとき, A と B は等しいといい A = B で表す. A ⊂ B

で A ̸= B, A ̸= ϕ のとき A は B の真部分集合であるといい,

A ⊊ B, B ⊋ A

で表す.

13

Page 14: 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論 松本圭司(Keiji Matsumoto) 北海道大学大学院理学研究院数学部門 平成25年度前期月曜IIコマ,

問題 12 A ⊂ B かつ B ⊂ C ならば A ⊂ C を示せ.

問題 13 A = {0, 1, 2} とする。A の部分集合全体からなる集合族 A を元をすべて列挙することで表し, 位数 |A| を求めよ.

集合 A と集合 B に対して, A の元と B の元を全部あつめてできる集

合を A と B の 和集合 あるいは A と B の 結び といい

A ∪B, B ∪ A

で表す. A ∪B は

{x | x ∈ A または x ∈ B}

であり,

x ∈ A ∪B ⇔ x ∈ A または x ∈ B,

x /∈ A ∪B ⇔ x /∈ A かつ x /∈ B.

定義から以下が成立することを示すことができる.

A ⊂ A ∪B, B ⊂ A ∪B, A = A ∪ A,

(A ∪B) ∪ C = A ∪ (B ∪ C).

最後の等式はかっこを省略することができることを意味するので, 単に

A ∪ B ∪ C で表す. この集合は A, B, C の元を全部あつめてできる集合

を意味する. より一般に集合 A1, . . . , An (n は自然数)に対して, それら

の和集合∪n

i=1Ai を

n∪i=1

Ai = {x | ∃i ∈ {1, . . . , n} s.t. x ∈ Ai}

で定める. さらに, 無限集合 I の元 i に対して, 集合 Ai が定まっている

ときに, それらの和集合∪

i∈I Ai を∪i∈I

Ai = {x | ∃i ∈ I s.t. x ∈ Ai}

で定める. I が自然数の集合 N のとき∪

i∈NAi を∞∪i=1

Ai で表す. 定義に

極限を用いていないことに注意する.

14

Page 15: 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論 松本圭司(Keiji Matsumoto) 北海道大学大学院理学研究院数学部門 平成25年度前期月曜IIコマ,

例 2 自然数 n で定まる閉区間 An =[ 1n, 1]に対して

∞∪n=1

An = (0, 1].

証明

•∪∞

n=1An ⊂ (0, 1] であること.

x を∪∞

n=1An の任意の元とする. ∃n ∈ N s.t. x ∈ An. これは1

n≤ x ≤ 1 をみたす自然数 n が存在していることを意味する.

この x は 0 < x ≤ 1 をみたすので x ∈ (0, 1] である. ゆえに∪∞n=1An ⊂ (0, 1] である.

•∪∞

n=1An ⊃ (0, 1] であること.

x を (0, 1] の任意の元とする. x ≤ 1 はみたしている. 1/x より大

きな自然数 n をとると, 不等式1

n< x をみたす. この n に対して

1

n≤ x ≤ 1 をみたすので x ∈ An である. ゆえに x ∈

∪∞n=1An とな

り,∪∞

n=1An ⊃ (0, 1] である.

以上より∪∞

n=1An = (0, 1]. □

集合 A と集合 B に対して, A にも B にも属している元を全部あつめ

てできる集合を A と B の 共通集合あるいは A と B の 交わり といい

A ∩B, B ∩ A

で表す. A ∩B は

{x | x ∈ A かつ x ∈ B}

であり,

x ∈ A ∩B ⇔ x ∈ A かつ x ∈ B,

x /∈ A ∩B ⇔ x /∈ A または x /∈ B.

定義から以下が成立することを示すことができる.

A ⊃ A ∩B, B ⊃ A ∩B, A = A ∩ A,

15

Page 16: 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論 松本圭司(Keiji Matsumoto) 北海道大学大学院理学研究院数学部門 平成25年度前期月曜IIコマ,

(A ∩B) ∩ C = A ∩ (B ∩ C).

最後の等式はかっこを省略することができることを意味するので, 単に

A ∩ B ∩ C で表す. この集合は A, B, C すべてに属する元をあつめてで

きる集合を意味する. より一般に集合 A1, . . . , An (n は自然数)に対して,

それらの共通集合∩n

i=1Ai を

n∩i=1

Ai = {x | For ∀i ∈ {1, . . . , n}, x ∈ Ai}

で定める. さらに, 無限集合 I の元 i に対して, 集合 Ai が定まっている

ときに, それらの共通集合∩

i∈I Ai を∩i∈I

Ai = {x | For ∀i ∈ I s.t. x ∈ Ai}

で定める. I が自然数の集合 N のとき∩

i∈NAi を∞∩i=1

Ai で表す. 定義に

極限を用いていないことに注意する.

問題 14 自然数 n で定まる開区間 An =(−1

n, 1)に対して

∞∩n=1

An = [0, 1)

となることを示せ.

集合 A と集合 B に対して, A の元であるが B の元でないものあつめ

てできる集合を A と B の 差集合 といい A−B で表す. A ⊃ B のとき,

A−B を A に対する B の補集合ともいう.

例 3 実数の集合 R に対する有理数 Q の補集合 R−Q は, 無理数全体の

集合である.

考察の対象となる集合 X が定まっていて, 登場するすべての集合がX

の部分集合となるときに, X をその考察における普遍集合あるいは全体

集合という. 全体集合 X が与えられているとき, X に対する集合 A の

補集合 X − A を単に A の補集合 といい Ac で表す. 定義より

Ac = {x ∈ X | x /∈ A}, x ∈ Ac ⇔ x /∈ A,

16

Page 17: 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論 松本圭司(Keiji Matsumoto) 北海道大学大学院理学研究院数学部門 平成25年度前期月曜IIコマ,

A ∪ Ac = X, A ∩ Ac = ϕ,

(Ac)c = A, ϕc = X, Xc = ϕ,

A ⊂ B ⇔ Ac ⊃ Bc

を示すことができる.

命題 5 (ド・モルガンの法則)

(A ∪B)c = Ac ∩Bc, (A ∩B)c = Ac ∪Bc.

証明 (A ∪B)c = Ac ∩Bc を示す.

• (A ∪B)c ⊂ Ac ∩Bc であること.

x を (A ∪ B)c の任意の元とする. x /∈ A ∪ B である. x は A の元

でなくさらに B の元でない. ゆえに x ∈ Ac ∩Bc.

• (A ∪B)c ⊃ Ac ∩Bc であること.

x を Ac ∩ Bc の任意の元とする. x は A の元でもなくさらにB の

元でもない. x は A ∪B の元でない. よって x ∈ (A ∪B)c.

(A ∩B)c = Ac ∪Bc は演習問題とする. □

問題 15 以下を示せ.

(1) (A ∩B)c = Ac ∪Bc.

(2) (A−B)− C = A− (B ∪ C).

(3) A− (B − C) = (A−B) ∪ (A ∩ C).

集合 A と集合 B に対して, A の元 a と B の元 b との組 (a, b) 全体の

集合を A と B の直積集合といいA×B で表す. A と B の直積集合は

A×B = {(a, b) | a ∈ A, b ∈ B}

と表記され, (a, b) ∈ A × B の a を第一成分あるいは第一座標, b を第二

成分あるいは第二座標という. A と B とが異なる集合の時, A × B と

B × A とは異なる集合とみなす.

17

Page 18: 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論 松本圭司(Keiji Matsumoto) 北海道大学大学院理学研究院数学部門 平成25年度前期月曜IIコマ,

例 4 A = {0, 1}, B = {f, g, h} のとき,

A× A = {(0, 0), (0, 1), (1, 0), (1, 1)},

A×B = {(0, f), (0, g), (0, h), (1, f), (1, g), (1, h)},

B × A = {(f, 0), (f, 1), (g, 0), (g, 1), (h, 0), (h, 1)},

B ×B = {(f, f), (f, g), (f, h), (g, f), (g, g), (g, h), (h, f), (h, g), (h, h)}.

A と B が位数 m, n の有限集合ならば, 直積集合 A×B は位数 mn の

有限集合となる.

集合 A1, . . . , An (n は自然数) に対して, 直積集合A1 × · · · × An を

A1 × · · · × An = {(a1, . . . , an) | a1 ∈ A1, . . . , an ∈ An}

で定める.

3.2 同値関係

一般に, 集合 A の任意の2元の間にある関係 ∼ が成り立つか成り立たないかが指定されているとする. 関係 ∼ が A の任意の元 a, b, c に対して

a ∼ a (反射律)

a ∼ b ⇒ b ∼ a (対称律)

a ∼ b, b ∼ c ⇒ a ∼ c (推移律)

をみたすとき, この関係 ∼ は同値関係であるという.

例 5 (1) 実数の集合 R に定義されている通常の等号 = はR の同値関係である.

(2) m を 2 以上の自然数とする. 整数の集合 Z に ∼ を

a ∼ b ⇔ a− b が m の倍数

で定めると ∼ は同値関係である. 実際, a − a = 0 = 0 × m なの

で, 反射律が成立. a ∼ b ならば ∃p ∈ Z s.t. a − b = m × p. ゆえ

に b − a = m × (−p) なので b ∼ a となり, 対称律が成立. さらに

18

Page 19: 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論 松本圭司(Keiji Matsumoto) 北海道大学大学院理学研究院数学部門 平成25年度前期月曜IIコマ,

b ∼ c ならば ∃q ∈ Z s.t. b− c = m× q なので, a− c = m× (p+ q)

となり a ∼ c である. ゆえに推移律が成立. この同値関係によって

a ∼ b となるとき,

a ≡ b mod m

で表す.

(3) 実数全体の集合 R に ∼ を

a ∼ b ⇔ a− b が 2π の整数倍

で定めると ∼ は同値関係である.

(4) 実 (m,n)型行列全体の集合 Mm,n に ∼ を

A ∼ B ⇔左基本変形で A を B にできる

で定めると ∼ は同値関係である.

(5) 実数係数多項式全体の集合 R[x] に ∼ を

f(x) ∼ g(x) ⇔ f(x)− g(x) が (x2 + 1) で割り切れる

で定めると ∼ は同値関係である.

問題 16 例 5 の (3), (4), (5) の ∼ が同値関係であることを示せ.

A に同値関係 ∼ が定義されているとき, 同値な元を集めて A の部分集

合が定義できる. この部分集合を ∼ による同値類という.

問題 17 A の同値関係 ∼ による2つの同値類 A1, A2 は, A1 ∩ A2 が空

集合でなければ A1 = A2 であることを示せ.

集合 A は, すべての同値類の共通部分のない和集合となっている. 逆

に, 集合 A が Ai (i ∈ I) たちの共通部分のない和集合となっているとき,

∼ を a ∼ b を ∃i ∈ I s.t. x, y ∈ Ai で定義すると ∼ は同値関係となる.

集合 A に同値関係 ∼ があるとき, それによる同値類全体からなる集

合族

{Ai | Ai は ∼による同値類 }

を A の同値関係 ∼ による商集合 という.

19

Page 20: 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論 松本圭司(Keiji Matsumoto) 北海道大学大学院理学研究院数学部門 平成25年度前期月曜IIコマ,

例 6 (1) 例 5 の (2) の同値関係による Z の商集合は,

{mZ, 1 +mZ, . . . , (m− 1) +mZ}

である. ここで i+mZ は集合 {i+m× k | k ∈ Z} を表す.

(2) 複素数 z の偏角 arg z は, 例 5 の (3) の同値関係による R の商集合のものと考えると都合がよい.

(3) 例 5 の (3) の同値関係による R[x] の商集合が複素数の集合とみなせる.

問題 18 例 5 の (4) の同値関係による Mmn の商集合は, どのような集

合となるかを答えよ.

3.3 写像

集合 A の各元 a に対して, 集合 B の元をただ1つ定める規則 f を A

から B への写像といい,

f : A → B, f : A ∋ a 7→ b ∈ B, b = f(a)

等で表す. 特に B が実数の集合 R (複素数の集合 C の場合も有) の部分

集合となるとき, f を関数という. 集合 A を f の定義域という. 集合 B

の部分集合 f(A) = {f(a) ∈ B | a ∈ A} を f の値域あるいは f による A

の像という. 写像 f : A → B に対して, 直積集合 A×B の部分集合

Gf = {(a, b) ∈ A×B | a ∈ A, b = f(a)}

を f のグラフ という.

写像 f : A → B が

f(A) = B, (つまり for ∀b ∈ B, ∃a ∈ A s.t. f(a) = b)

をみたすとき f は全射あるいは上への写像であるという. また

a1 ̸= a2 ⇒ f(a1) ̸= f(a2) (またはその対偶 f(a1) = f(a2) ⇒ a1 = a2)

20

Page 21: 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論 松本圭司(Keiji Matsumoto) 北海道大学大学院理学研究院数学部門 平成25年度前期月曜IIコマ,

をみたすとき f は単射あるいは一対一写像であるという. 写像 f が全射

であり単射でもあるとき, f は全単射あるいは上への一対一写像であると

いう. 写像 f が全単射のとき, B の任意の元 b に対して f(a) = b となる

a ∈ A が一意的に存在する. 従って b ∈ B に対してこの a ∈ A を対応さ

せる規則が定義でき, B から A の写像が得られる. これを f の逆写像と

いい, f−1 で表す.

全射性や単射性を有しない一般的な写像 f : A → B に対しても B の

任意の元 b に対して, A の部分集合

{a ∈ A | f(a) = b}

(f で移すと b となる a ∈ Aの集合) が定義できる. これを f による b の

逆像といい f−1(b) で表す (f の逆写像が定義されているわけではない).

この集合は空集合になることもありうるし, 多くの元からなる場合もあ

る. f が全単射のとき, 任意の b ∈ B に対して f−1(b) がいつでも A の1

元だけからなる集合になるので, 逆像を対応させることが写像となり, そ

れが f の逆写像となる.

写像 f : A → B が全射または単射であることは, 対応の規則 f だけで

なく集合 A, B の取り方で変化する. 写像を考える際は, 集合 A, B の設

定にも気を配ること.

例 7 (1) A を R の部分集合とし, B をR+ = {x ∈ R | x ≥ 0} を含むR の部分集合とする. 2次関数

f : A ∋ x 7→ y = f(x) = x2 ∈ B

を考える. A = B = R の場合, B から −1 をとると, f(a) = −1

となる a は R には存在しないので, f は全射でない. また, A の

異なる2元 3, −3 に対して f(3) = f(−3) = 9 となるので, f は単

射でない. A = R, B = R+ の場合, f は全射となる. また, A が

R+ の部分集合の場合, f は単射となる. A = B = R+ ならば f

は全単射である. そのとき f には逆写像が定義されるが, それは

R+ ∋ x 7→√x ∈ R+ である.

(2) 正弦関数

sin : R ∋ x 7→ y = sinx ∈ R

21

Page 22: 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論 松本圭司(Keiji Matsumoto) 北海道大学大学院理学研究院数学部門 平成25年度前期月曜IIコマ,

は, 全射でも単射でもない. 写像の行先を R から閉区間 [−1, 1] に

変更すると全射となる. 正弦関数 sin の 0 の逆像 sin−1(0) は,

sin−1(0) = {x ∈ R | sin x = 0} = {nπ | n ∈ Z}

であるので, 行先を変更しても正弦関数 sin は単射でない. 正弦関

数 sin の定義域を閉区間[− π

2,π

2

]に変更し, 閉区間 [−1, 1] への関

数と考えると, この関数は全単射となる. この制限した関数には逆

写像が定義できるので, それを sin による逆像 sin−1 と区別し arcsin

あるいは Sin−1 で表す.

P を A の部分集合とする. f による P の像 f(P ) を

f(P ) = {f(a) ∈ B | a ∈ P}

で定める.

Q を B の部分集合とする. f による Q の逆像 f−1(Q) を

f−1(Q) = {a ∈ A | f(a) ∈ Q}

(f で移すと Q に属する a ∈ A の集合)で定める.

命題 6 写像 f : A → B と A の部分集合 P, P ′, B の部分集合 Q,Q′ に

対して, 以下が成立する.

P ⊂ P ′ ⇒ f(P ) ⊂ f(P ′),

f(P ∪ P ′) = f(P ) ∪ f(P ′), f(P ∩ P ′) ⊂ f(P ) ∩ f(P ′),

Q ⊂ Q′ ⇒ f−1(Q) ⊂ f−1(Q′),

f−1(Q ∪Q′) = f−1(Q) ∪ f−1(Q′), f−1(Q ∩Q′) = f−1(Q) ∩ f−1(Q′),

f−1(f(P )) ⊃ P, f(f−1(Q)) ⊂ Q.

問題 19 命題 6 を証明せよ.

22

Page 23: 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論 松本圭司(Keiji Matsumoto) 北海道大学大学院理学研究院数学部門 平成25年度前期月曜IIコマ,

2つの写像 f1 : A → B と f2 : A → B が, 任意の a ∈ A に対して

f1(a) = f2(a)

をみたすとき f1 = f2 と定める.

2つの写像 f : A → B と g : B → C に対して, 合成写像 g ◦f : A → C

g ◦ f : A ∋ a 7→ g(f(a)) ∈ C

で定める.

命題 7 写像 f : A → B と g : B → C がともに全射ならば, 合成写像

g ◦ f : A → C は全射. 写像 f : A → B と g : B → C がともに単射なら

ば, 合成写像 g ◦ f : A → C は単射.

証明 g ◦ f が全射であることを示す. g が全射なので C の任意の元 c に

対して, g(b) = c となる b ∈ B が存在する. f が全射なので, その b に対

して, f(a) = b となる a ∈ A が存在する. g ◦ f(a) = g(f(a)) = g(b) = c

となるので g ◦ f は全射. g ◦ f が単射であることを示すことは演習問題とする. □

問題 20 写像 f : A → B と g : B → C がともに単射ならば, 合成写像

g ◦ f : A → C は単射となることを示せ.

命題 8 写像 f : A → B, g : B → C, h : C → D に対して

(h ◦ g) ◦ f = h ◦ (g ◦ f).

証明 A の任意の元 a に対して,

[(h ◦ g) ◦ f ](a) = [h ◦ (g ◦ f)](a)

を示せばよい. 上記の左辺は

[(h ◦ g) ◦ f ](a) = (h ◦ g)(f(a)) = h(g(f(a))),

上記の右辺は

[h ◦ (g ◦ f)](a) = h((g ◦ f)(a)) = h(g(f(a))).

両者は一致している. □

23

Page 24: 代数学・幾何学序論matsu/alg-geo/int-alggeo1.pdf代数学・幾何学序論 松本圭司(Keiji Matsumoto) 北海道大学大学院理学研究院数学部門 平成25年度前期月曜IIコマ,

命題 8から, 写像の合成についてはかっこを省略することができる. 命

題 8 にある合成写像を単に h ◦ g ◦ f で表す.

24