遺族の悲嘆,抑うつ,睡眠状態,...

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Ⅱ.主研究 29 背景・目的 死別後の遺族の悲嘆反応の内容や程度は重要な 遺族のアウトカムであり,緩和ケアの質のアウ トカムの 1 つでもあるといえる.世界保健機関 (World Health Organization:WHO) の 定 義 に よると,緩和ケアとは,患者に対するケアのみで はなく,その家族および死別後の遺族も対象とし 東北大学大学院 医学系研究科 緩和ケア看護学分野 遺族の悲嘆,抑うつ,睡眠状態, 飲酒行動に関する研究 青山 真帆 悲嘆の程度は Brief Grief Questionnaire (BGQ),抑うつの 程 度は Patient Health Questionnaire 9(PHQ9)をそれぞれ 使用して評価を行った. 現在の睡眠状態については,入眠障 害,中途覚醒,早朝覚醒,熟眠障害の有 無と頻度,日常生活への支障の程度,睡 眠薬の使用の頻度について尋ねた.飲酒 行動については,1 週間の飲酒頻度,1 回あたりの飲酒量,死別後の飲酒量の変 化についてそれぞれ尋ねた. BGQ のカットオフ値に基づいて複雑 性悲嘆の閾値以上とされた遺族は全体 で 14%,PHQ-9 のカットオフ値に基 づいて中等度以上の抑うつとされた遺 族は全体で 17%であった.また,複雑 性悲嘆を有する遺族の 59%,中等度以 上の抑うつの症状を有する遺族の 45% が両方を混合して有していた.なんら かの不眠症状が認められた遺族の割合 は 46 ~ 69%,現在の睡眠状態による 日常生活への支障について「いくらか~ きわめてある」と回答した割合は 23 ~ 30%,睡眠薬を使用している割合は 14 ~ 16%であった.飲酒行動では,毎日 飲酒する割合が 16 ~ 19%,1 回あた り 3 合以上飲酒する割合が 17 ~ 25%, 死別後に飲酒量が増加した割合は 14 ~ 19%であった. 本調査では,わが国でホスピス・緩和 ケアを受けて死亡したがん患者遺族の, 死別後 3.5 カ月~ 2.5 年の遺族の悲嘆, 抑うつ,不眠,飲酒行動について,症状 の程度と分布を明らかにした.今後それ ぞれの詳細について,探索を行う必要が ある. サマリー 2

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2.遺族の悲嘆,抑うつ,睡眠状態, 飲酒行動に関する研究

Ⅱ.主研究 ● 29

背景・目的

 死別後の遺族の悲嘆反応の内容や程度は重要な遺族のアウトカムであり,緩和ケアの質のアウ

トカムの 1 つでもあるといえる.世界保健機関(World Health Organization:WHO)の定義によると,緩和ケアとは,患者に対するケアのみではなく,その家族および死別後の遺族も対象とし

*東北大学大学院 医学系研究科 緩和ケア看護学分野

遺族の悲嘆,抑うつ,睡眠状態, 飲酒行動に関する研究

青山 真帆*

 悲嘆の程度はBrief Grief Questionnaire(BGQ),抑うつの程度はPatient Health Questionnaire 9(PHQ―9)をそれぞれ使用して評価を行った. 現在の睡眠状態については,入眠障害,中途覚醒,早朝覚醒,熟眠障害の有無と頻度,日常生活への支障の程度,睡眠薬の使用の頻度について尋ねた.飲酒行動については,1週間の飲酒頻度,1回あたりの飲酒量,死別後の飲酒量の変化についてそれぞれ尋ねた. BGQのカットオフ値に基づいて複雑性悲嘆の閾値以上とされた遺族は全体で 14%,PHQ-9 のカットオフ値に基づいて中等度以上の抑うつとされた遺族は全体で 17%であった.また,複雑性悲嘆を有する遺族の 59%,中等度以上の抑うつの症状を有する遺族の 45%

が両方を混合して有していた.なんらかの不眠症状が認められた遺族の割合は 46 ~ 69%,現在の睡眠状態による日常生活への支障について「いくらか~きわめてある」と回答した割合は 23~30%,睡眠薬を使用している割合は 14~ 16%であった.飲酒行動では,毎日飲酒する割合が 16 ~ 19%,1 回あたり 3合以上飲酒する割合が 17~ 25%,死別後に飲酒量が増加した割合は 14~19%であった. 本調査では,わが国でホスピス・緩和ケアを受けて死亡したがん患者遺族の,死別後 3.5 カ月~ 2.5 年の遺族の悲嘆,抑うつ,不眠,飲酒行動について,症状の程度と分布を明らかにした.今後それぞれの詳細について,探索を行う必要がある.

サマリー

2

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ている.先行研究では,患者自身の QOL や終末期に患者本人およびその家族が受けたケアの評価が,悲嘆や抑うつなどの遺族アウトカムへ影響を与えることが明らかになっている. 「大切な人を亡くす」という死別経験は,人生のなかでも大きなストレス体験の 1 つであるといわれている.死別による喪失感に対する反応は悲嘆反応と呼ばれ,誰しも経験しうる正常な反応であり,頻度や強弱には個人差があるものの 6 カ月程度をピークに軽減するといわれている1).しかし,なかには,悲嘆反応の程度や期間が通常の範囲を超え,日常生活に支障をきたす程度に至り,医療的介入を要する「複雑性悲嘆」といわれる症状をきたす場合がある.2007 年に実施された遺族調査(J―HOPE)において,坂口らは,緩和ケア病棟で死亡したがん患者遺族 438 名を対象に,Inventory of Traumatic Grief(ITG)という尺度を使用し,複雑性悲嘆の有病率を 2.3%,Center of Epidemiologic Studies Depression Scale(CES―D)によって評定された抑うつを抱える割合を43.8%とそれぞれ推定している2). 死別後の遺族は複雑性悲嘆や大うつ病性障害などの気分障害,その他の健康障害を抱える割合が高いことが明らかになっている.健康障害の原因としては,不眠やアルコールなどの嗜好品の摂取量の増加などの非健康行動が要因であるといわれているものの,国内外において,大規模な調査は行われておらず,未だ実態は明らかにされていない.Tanimukai らは,緩和ケア病棟において亡くなったがん患者遺族 665 名を対象として調査を行い,56~67%に不眠が認められた.遺族の不眠の頻度は高く,抑うつとの関連も認められたことから,遺族の睡眠状況についてアセスメントすることの重要性が示唆されている3).一方で,飲酒については,国内外において,ほとんど調査が行われておらず,十分な知見の集積が得られていない. 本調査では,わが国のホスピス・緩和ケアを受けて亡くなったがん患者遺族のアウトカムとして,複雑性悲嘆と抑うつの有病率および非健康行

動としての不眠を抱える割合,死別後の飲酒量の変化について明らかにすることを目的とした.

結 果

1)悲嘆の程度について 複雑性悲嘆は Brief Grief Questionnaire(BGQ)を用いて評価した4, 5).各項目における回答の分布を図 1 に示した.BGQ は全 5 項目の合計得点

(0~10 点)によって「1~4 点:複雑性悲嘆の可能性が低い」「5~7 点:閾値以下だが複雑性悲嘆の可能性がある」「8 点以上:複雑性悲嘆の可能性が高い」とカットオフ値が設けられている.これに基づき,合計点が 8 点以上を複雑性悲嘆とした,本研究対象者の複雑性悲嘆の有病率は全体で 14%,一般病院で 20%,緩和ケア病棟で13%,在宅ケア施設で 14%であった(表 1).また,BGQ の合計得点の平均(±標準偏差)は全体で 4.7±2.4 点,一般病院で 5.4±2.3 点,ホスピス・緩和ケア病棟で 4.7±2.4 点,在宅ケア施設で4.7±2.4 点であった.一般病院,緩和ケア病棟,在宅ケア施設の間には,BGQ の合計得点および,カットオフ値で分けた悲嘆の重症度の割合について有意な差が認められた(p<0.0001).

2)抑うつの程度について 抑うつの程度は Patient Heath Questionnaire 9(PHQ―9)を用いて評価した6).各項目における回答の分布を図 2 に示した.PHQ―9 の合計得点の平均(±標準偏差)は全体で 4.8±5.4 点,一般病院で 6.0±5.6 点,ホスピス・緩和ケア病棟で4.8±2.4 点,在宅ケア施設で 4.5±5.3 点であった.PHQ―9 は,合計得点によって抑うつの重症度を

「0~4 点 = 症状なし」「5~9 点 = 軽度」「10~14点 = 中等度」「15~19 点 = 中等度~重度」「20~27 点 = 重度」としており,特に 10 点以上の中等度以上の抑うつについては,大うつ病性障害が疑われることから,医学的な介入が検討される基準とされている.本研究における,中等度以上の抑うつ症状のある人の割合は全体で 17%,一般病院 23%,ホスピス・緩和ケア病棟 23%,在宅ケ

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2.遺族の悲嘆,抑うつ,睡眠状態, 飲酒行動に関する研究

Ⅱ.主研究 ● 31

図 1 Breif Grief Questionnaire の回答の分布

表 1 複雑性悲嘆、うつ病性障害の割合・重症度全体 一般病院 緩和ケア病棟 在宅ケア施設 p

n % n % n % n %BGQ合計得点 ( 平均± SD) (4.7 ± 2.4) (5.4 ± 2.3) (4.7 ± 2.4) (4.7 ± 2.4) <0.0001a

0 ~ 4点 =CGの可能性低い 3,710 45% 251 34% 3,027 47% 432 46% <0.0001b

5 ~ 7点 =CGの可能性あり 3,341 41% 337 46% 2,631 40% 373 40%8点以上 =CGの可能性高い 1,134 14% 144 20% 862 13% 128 14%PHQ-9 合計得点 ( 平均± SD) (4.8 ± 5.4) (6.0 ± 5.6) (4.8 ± 5.4) (4.5 ± 5.3) <0.0001a

0 ~ 4点 =症状なし 4,650 59% 330 48% 3,759 60% 561 63% <0.0001b

5 ~ 9点 =軽度 1,883 24% 202 29% 1,483 24% 198 22%10 ~ 14点 =中等度 767 10% 96 14% 595 9% 76 9%15 ~ 19点 =中等度~重度 406 5% 46 7% 321 5% 39 4%20 ~ 27点 =重度 182 2% 17 2% 145 2% 20 2%

a:ANOVA  b:カイ二乗検定

全体

一般病院

緩和ケア病棟

在宅ケア施設

全体

一般病院

緩和ケア病棟

在宅ケア施設

全体

一般病院

緩和ケア病棟

在宅ケア施設

全体

一般病院

緩和ケア病棟

在宅ケア施設

全体

一般病院

緩和ケア病棟

在宅ケア施設

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100(%)

48

58

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20

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9

6

7

42

36

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60

59

58

58

56

59

58

53

57

53

50

35

38

35

34

10

6

11

11

21

13

22

21

18

11

18

20

32

24

33

33

58

53

59

59

かなり大変である 多少大変である 全くない

1. 患者の死の

受け入れの大変さ

2.悲嘆による

生活の支障

3.患者の死につい

ての考えによって

悩まされること

4.患者を想起させ

るために避けてい

る行動

5.患者死別後に他

者から切り離され

たと感じること

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32

0 20 40 60 80 100(%)

全体

一般病院

PCU

在宅

全体

一般病院

PCU

在宅

全体

一般病院

PCU

在宅

全体

一般病院

PCU

在宅

全体

一般病院

PCU

在宅

全体

一般病院

PCU

在宅

全体

一般病院

PCU

在宅

全体

一般病院

PCU

在宅

全体

一般病院

PCU

在宅

ほとんど毎日 半分以上 数日 全くない

5

7

5

5

4

6

4

4

10

13

10

9

8

10

8

7

5

6

4

5

4

5

4

3

3

4

3

3

1

2

1

2

1

2

1

1

11

14

11

11

9

12

9

10

13

16

13

11

14

17

14

12

11

12

11

9

6

7

6

5

7

8

6

6

4

5

4

4

2

3

2

1

29

36

29

25

35

42

35

33

33

37

33

35

39

41

39

39

27

33

26

26

18

22

17

18

19

25

18

20

13

19

13

12

8

9

8

7

55

43

55

59

51

40

52

53

44

34

45

45

39

32

39

41

58

49

59

60

73

65

73

74

72

64

73

72

81

75

82

82

89

87

89

91

生の敗北者だと思う

2.気分が落ち込む,憂

鬱になる,絶望的な気

持ちになる

3.寝つきが悪い,途中

で目で覚める,逆に眠り

過ぎる

4.疲れた感じがする,

気力がない

5.あまり食欲がない,

または食べ過ぎる

6.自分はダメな人間

だ,人生の敗北者だと思

7.新聞やテレビなど集

中することが難しい

8.会話・動作が遅くな

る/そわそわ落ち着かな

くなる

9.死んだ方がましだ/自

分を何らかの方法で傷つ

けようと思う

1.物事に対してほとんど

興味がない,楽しめない

図 2 Patient Health Questionnaire 9 の回答の分布

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2.遺族の悲嘆,抑うつ,睡眠状態, 飲酒行動に関する研究

Ⅱ.主研究 ● 33

ア施設 15%であった.一般病院,緩和ケア病棟,在宅ケア施設の間には,PHQ―9 の合計得点および,抑うつの重症度について有意な差が認められた(p<0.0001).

3)複雑性悲嘆と抑うつの混合の割合について BGQ により複雑性悲嘆(合計得点 8 点以上)と評価されたもの,PHQ―9 により中等度以上の抑うつ(合計得点 10 点以上)について,両方を同時に混合して症状を有する割合,それぞれを単独で症状を有する割合について,図 3 に示した.全体として,複雑性悲嘆単独では 5.1%,中等度以上の抑うつ単独では,8.9%に対して,7.3%が複雑性悲嘆と中等度以上の抑うつを混合して有していた.これは,複雑性悲嘆を有する遺族の59%,中等度以上の抑うつを有する遺族の 45%に相当する.

4)遺族の現在の睡眠状態について 睡眠障害国際分類の不眠症の一般的基準に基づき「入眠困難」「中途覚醒」「早朝覚醒」「熟眠障害」の 4 項目に関して,週 3 回以上症状の有無とその程度について尋ねた結果を図 4‒1 に示した.図 3 複雑性悲嘆と抑うつの混合の割合

図 4―1 睡眠状況 /睡眠障害の分布

複雑性悲嘆

いずれの症状もなし

中等度以上の抑うつ

n=6,402(78.7%)

n=722(8.9%)

n=412(5.1%)

n=600(7.3%)

(n=1,322)(n=1,012)

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100(%)

全体

一般病院

PCU

在宅

全体

一般病院

PCU

在宅

全体

一般病院

PCU

在宅

全体

一般病院

PCU

在宅

入眠困難

中途覚醒

早朝覚醒

熟眠困難

ない 軽い

中等度 強い とても強い

54

48

54

54

46

40

46

47

40

34

41

39

39

31

39

39

25

26

25

27

29

29

29

31

32

33

32

34

31

31

31

32

13

16

13

13

16

19

15

15

15

17

15

17

17

20

16

18

6

6

6

4

7

8

7

6

9

12

8

7

10

12

10

8

2

3

2

2

3

3

3

2

4

4

3

3

4

5

4

4

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46~69%の遺族になんらかの不眠症状が認められた.睡眠障害による日常生活への影響について,回答の分布を図 4‒2 に示した.睡眠薬の使用頻度についての回答の分布は図 4‒3 に示した.

5)飲酒量と死別後の飲酒量の変化 1 週間の飲酒頻度の分布を図 5‒1 に示した.1週間のうち「全く飲まない」と回答した割合が52~56%と最も多く,「毎日」と回答した割合は16~19%であった.飲酒する際の 1 回の飲酒量は,清酒換算で「1 合未満」が 44~56%と最も多く,続いて「1 合以上 2 合未満」が 27~32%であった(図 5‒2).死別後の飲酒量の変化については,「変化していない」と回答した割合が 60~71%と半数以上であった(図 5‒3).「増えた」「と

ても増えた」と回答した割合は,合わせて 14~19%,反対に「減った」「とても減った」と回答した割合は 16~21%であった.

考 察

 本調査は,遺族アウトカムとして,複雑性悲嘆,抑うつ,不眠,死別後の飲酒量の変化について調査を行った,わが国では最大規模の遺族調査である.その結果,わが国の一般病院,ホスピス・緩和ケア病棟,在宅ケア施設で死亡したがん患者遺族において,複雑性悲嘆の有病率は 13~20%,中等度以上の抑うつの有病率は 15~23%であった.また,不眠を抱える割合は 46~69%,飲酒量について死別後に増えた割合は 14~19%,減った割合は 16~21%であることが示された.

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100(%)

全体

一般病院

PCU

在宅

41

34

41

42

34

36

34

34

20

24

20

18

5

5

4

4

1

1

1

1

全くさまたげていない 少しさまたげている いくらかさまたげている 多くさまたげている きわめてさまたげている

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100(%)

全体

一般病院

PCU

在宅

85

84

85

84

5

5

5

6

10

11

9

10

ない 週に1-2回ある 週に3回以上ある

図 4―2 現在の睡眠状態による日常生活のさまたげ

図 4―3 現在の睡眠薬の使用頻度

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2.遺族の悲嘆,抑うつ,睡眠状態, 飲酒行動に関する研究

Ⅱ.主研究 ● 35

 複雑性悲嘆の有病率については,使用した尺度や対象の違いによって,先行研究では 2~40%と大きく幅がある.J-HOPE の対象者において,坂口らは,緩和ケア病棟で死亡した患者の一部の

遺族を対象とし,ITG によって評価した複雑性悲嘆の有病率は 2.3%であったと報告している7).本研究では,BGQ に基づいて評価を行ったため,直接的な評価や比較は難しい.今回と同じ BGQ

図 5―1 1週間の飲酒頻度の分布(週に何日お酒を飲むか ?)

図 5―2 1回の飲酒量の分布(1回あたりどれくらいお酒を飲むか ?)

図 5―3 死別後の飲酒量の変化の分布

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100(%)

53

56

52

54

16

14

16

18

7

6

7

6

6

5

7

6

18

19

18

16

全体

一般病院

PCU

在宅

全く飲まない 週に1-2回 週に3-4回 週に5-6回 毎日

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100(%)

51

44

51

56

29

32

29

27

13

17

12

11

5

5

5

4

2

2

2

1

1

1

1

1

全体

一般病院

PCU

在宅

1合未満 1-2合未満 2-3合未満 3-4合未満 4-5合未満 5合以上

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100(%)

6

9

6

7

11

12

10

13

69

60

71

64

13

18

13

14

1

1

1

2

全体

一般病院

PCU

在宅

とても減った 減った 変化していない 増えた とても増えた

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を用いた,国内の先行研究としては,Fujisawa らが一般市民を対象とした調査があり,この研究では複雑性悲嘆の有病率を 2.6%と報告している8).このことから,がんによる死別を経験後,3.5 カ月~2 年半程度の遺族の複雑性悲嘆の有病率は一般市民より高く,なんらかの援助が必要な遺族が少なからず存在することが明らかになった. 中等度以上の抑うつを有する遺族の割合は,15~23%であった.今回用いた PHQ―9 による,中等度以上の抑うつは,臨床的に大うつ病性障害が疑われ,精査が必要とされる基準に等しい.複雑性悲嘆同様,尺度や臨床的に問題とされる抑うつの程度の違いがあるが,J―HOPE で坂口らは臨床的に抑うつ状態であるものの割合を CES―D に基づき 43.8%と報告している2).厚生労働省が行った 2008 年の患者調査では,わが国における大うつ病性障害を含む気分障害の有病率を 3.1~6.1%と報告しており,PHQ―9 のカットオフ値はそれ単独で大うつ病性障害の診断とはならないが,一般市民よりも本研究対象となった死別後の遺族のほうが,複雑性悲嘆と合わせて精神的ケアのニーズが高いことが考えられる. 複雑性悲嘆と中等度の抑うつは,それぞれ単独で症状を有する場合と,両者を混合して症状を有する場合があり,遺族の心理面の指標として,両者は必ずしも同じものではないということが明らかになった.先行研究では,Simon らが,複雑性悲嘆と診断された患者の 55%で大うつ病性障害の併存が認められたと報告しており,本結果とほぼ一致する9).本結果は,わが国において初めて,複雑性悲嘆と大うつ病性障害の可能性がある中等度以上の抑うつの症状の混合を示した.今後,これら単独もしくは混合して症状を有する遺族に対するケアを検討するうえでも,それぞれの関連要因など特徴を明らかにしていく必要がある. 遺族の現在の睡眠状態ついては,入眠障害が46%,中途覚醒が 54%,早朝覚醒が 60%,熟眠困難が 61%の割合で症状を抱えていることが明らかになった.この割合は,過去の遺族調査(J―HOPE 2)において,Tanimukai らが緩和ケア

病棟の遺族を対象にした結果とほぼ同様であった3).また,現在の睡眠状態による日常生活の妨げについては約 60%の遺族で妨げがあると感じていた.一方で,現在睡眠薬を使用している割合は15~16%にとどまっており,現在の睡眠状態になんらかの問題を抱えながらも医学的な介入を受けていない遺族が多いことが示唆された.この結果から,死別後の遺族は睡眠状態において,潜在的なニーズが高い可能性が考えられる.先行研究では,死別後の不眠が精神的な健康状態と関連していることが報告されており,今後さらなる探索が必要である. 死別後の飲酒量の変化については,60~70%と半数以上の遺族が変わらなかったと回答していたが,変化のあった遺族も 14~19%が増えた,16~21%が減ったと,少なくない割合で存在することが明らかになった.さらに,毎日飲酒をする人が 16~18%,厚生労働省が示す多飲の基準である飲酒機会 1 回あたり 3 合以上の飲酒を行う人の割合が 17~25%と,厚生労働省の平成 24 年国民健康・栄養調査の報告を上回る割合であった10).しかしながら,飲酒量および死別後の飲酒量の変化がどの程度日常生活や本人の健康に影響を及ぼしているのかどうかについては,本調査からは明らかではなく,今後さらなる探索が必要である.

文 献 1) Maciejewski PK, Zhang B, Block SD, et al. An

empirical examination of the stage theory of grief. JAMA 2007;297(7):716‒723.

2) 坂口幸弘,宮下光令,森田達也,他.ホスピス・緩和ケア病棟で近親者を亡くした遺族の複雑性悲嘆,抑うつ,希死念慮.Pallia Care Res 2013;8

(2):203‒210. 3) Tanimukai H , Adachi H , Hira i K , et a l .

Association between depressive symptoms and changes in sleep condition in the grieving process. Support Care Cancer 2015;23(7):1925‒1931.

4) Ito M, Nakajima S, Fujisawa D, et al. Brief measure for screening complicated grief: reliability and discriminant validity. PloS One

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2.遺族の悲嘆,抑うつ,睡眠状態, 飲酒行動に関する研究

Ⅱ.主研究 ● 37

2012;7(2):e31209. 5) Shear KM, Jackson CT, Essock SM, et al.

Screening for complicated grief among Project Liberty service recipients 18 months after September 11, 2001. Psychiatr Serv 2006;57

(9):1291‒1297. 6) Kroenke K, Spitzer RL, Williams JB. The PHQ

―9: validity of a brief depression severity measure. J Gen Intern Med 2001;16(9):606‒613.

7) 坂口幸弘.悲嘆学入門―死別の悲しみを学ぶ,初版第 2 刷.昭和堂,2012.

8) Fujisawa D, Miyashita M, Nakajima S, et al. Prevalence and determinants of complicated grief in general population. J Affect Disord 2010;127(1‒3):352‒358.

9) Simon NM, Shear KM, Thompson EH, et al. The prevalence and correlates of psychiatric comorbidity in individuals with complicated grief. Compr Psychiatry 2007;48(5):395‒399.

10) 平成 24 年国民健康・栄養調査[http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/eiyou/h24-houkoku.html]