量子波の干渉でナノ世界を設計する 理論研究者の模索 · NIMS Evening Seminar...

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量子波の干渉量子波の干渉でナノ世界を設計するでナノ世界を設計する-- 理論研究者の模索理論研究者の模索

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セミナーの流れセミナーの流れ

1.「量子計算」とは?1.「量子計算」とは? 超入門超入門

2.物質の理論設計と量子情報科学の狭間で2.物質の理論設計と量子情報科学の狭間で--私達の取り組み私達の取り組み

3.最近の展開について3.最近の展開について

本セミナーの目的本セミナーの目的

私達の日ごろ研究している磁性・超伝導・誘電体といった私達の日ごろ研究している磁性・超伝導・誘電体といった電子多体系で起きているミクロなプロセスを新しい応用への電子多体系で起きているミクロなプロセスを新しい応用への視点から見つめ直す視点から見つめ直す動きがおきています。動きがおきています。

ここでは私達の研究対象をそのような視点で捉えなおしてみます。ここでは私達の研究対象をそのような視点で捉えなおしてみます。

情報科学、ナノテク、物質科学の間に形成されつつある情報科学、ナノテク、物質科学の間に形成されつつある新しい境界領域新しい境界領域の話題を楽しんでいただきたいと思いますの話題を楽しんでいただきたいと思います。

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現在の計算機は何をしているのか

0 11 1 0 1

1 10 1 0 0

演算

計算・・・ビット(「0」か「1」の情報をストックする入れ物)

の値を変換する行為

入力

出力

(10進法では26)

(10進法では40)

■「量子計算」とは?

その前に。。。

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01

10

aa ′

「NOT演算」 「controlled NOT演算」

計算は次の基本演算(素子)の組み合わせとして(理論上)実行できる

入力 出力

01 111 1 0110 100000

  

 

baba ′′入力 出力

a a′×

a )( aa =′○

b b′×

入力 が1のときにのみ にNOTを施す

ab

入力 出力

入力

入力 出力

出力

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a )( aa =′

b ×

0=c ×

和(1桁目)

和(繰上げ分)

たとえば、足し算 を行うには。。。ba +

b′

c′

01 111 0 0110 100000

 

bcba ′′

ba +

入力 がともに1のときにのみ にNOTを施す

ba,)0(=c

入力 が1のときにのみ にNOTを施す

ab

出力

出力

出力

入力

入力

入力

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現在のコンピュータ: 演算を電子回路で行う。(トランジスターを含む論理素子で構成)

どこまで小型化できるか?

■人工素子ではやがて集積化が頭打ちに。■物質を作る電子のミクロな世界に大きな可能性

(物理法則を量子力学が支配する領域)

表:en.wiki en:Image:Wgsimonmooreslaw002.jpg より転載

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電子などの量子力学的粒子は結晶格子の点から点へ飛び移る。

ある点に粒子がいる状態・・・|在>いない状態・・・ |不在>

量子力学の世界に如何に情報をストックするか

メモリ-?

例:固体中の電子

例:磁性体のスピン

電子の持つ磁気(スピン)は、各点で上を向いたり下を向いたりしている。

ある点で上向きのとき |↑>下向きのとき |↓>

メモリ-?

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|不在>=|在>= ⎥⎦

⎤⎢⎣

⎡01

⎥⎦

⎤⎢⎣

⎡10

量子メモリ=「qビット」を使っていかに演算するか

「1」に相当 「0」に相当

居る粒子を不在にする演算 ⎥⎦

⎤⎢⎣

⎡=

0010

a

⎥⎦

⎤⎢⎣

⎡=

0100†a

消滅演算子

生成演算子 「不在」を「在」に変える演算⎪⎪⎩

⎪⎪⎨

†aa +

演算 入力 出力

はNOT演算!

a

†a

†aa +

|在> |不在>

|不在> 0

|不在> |在>

|在> 0|在> |不在>

|不在> |在>

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††† aabbaa ++ )(a )( aa =′○

b b′×

ちなみにCNOT演算は

:, †bb 別の位置での生成・消滅演算子

このように、任意の計算は、固体や磁性体の各点での粒子の生成・消滅やスピン反転のプロセス

⋅⋅⋅,,,,,, ††† ccbbaaを上手に組み合わせることで実行できる。

物質は実はミクロに見ると「計算」をしている!天然の「量子コンピュータ」として利用する試み

(このような組み合わせはハミルトニアンと呼び、物性理論研究では日常的に扱う)

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初期状態⇒

計算結果⇒の読み出し

0 11 1 0 1

1 10 1 0 0

演算

古典計算機 vs 量子計算機

“The whole point of quantum technology is that it overlaps Universes” マイケル・クライトン 「タイムライン」

並列作業(超並列計算)を行うので速い

時間

の経

過量子力学事象:本質的に確率的様々な中間状態が「同時に実現」

ビット を qビット (スピンの↑or ↓など) で置き換え⇒全く違う物理法則(量子力学)に従った時間経過

1

分業した量子波が干渉

分業した量子波が干渉

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物質中の天然計算機: 実現した例

Perfluorobutadienyl鉄錯体を7個のqビットとして利用、因数分解15=3×5の

デモンストレーションに成功(IBM/MIT グループ Nature 2001年)

超伝導体素子で1個のqビットの|在>と|不在>状態間の振動を観測(NECグループ Nature 1999年)

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ジョセフソン接合

ジョセフソン接合

■NIMSでの私達の取り組み

高温超伝導体を利用した量子演算に向けて

2.0 μm

a

b Bi-2212crystal

IJJs

c CuOCuO22CaCa

CuOCuO22

CuOCuO22CaCa

CuOCuO22

SrOSrOBiOBiOBiOBiOSrOSrO

ab

c

SS

II

SS

3 Å

3 Å

12 Å

実現した場合のメリット

量子ナノエレクトロニクスグループとの共同研究 (Phys.Rev.Lett.2005)

■結晶の積層構造をそのまま精巧な「ジョセフソン素子」として使える■「高温」超伝導⇒動作温度が高いと期待される

超伝導面

超伝導面

超伝導面

超伝導面

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V

I

1 kΩ

I

IJJs0

50

-50

0 20 40-40 -20Voltage (mV)

Current (μA)

ISW

電圧ゼロの状態 電圧の発生した状態

|0> |1>

|0>⇒|1>の転移が量子力学に従う場合、

転移確率に温度依存性はないはず。

1ケルビンでこの振る舞いを確認。

(従来の物質より一桁高い温度。)

転移確率の温度依存性

qビットとして機能することが

(原理的には)可能な温度域

面間のジョセフソン接合の状態をqビットとして利用したい

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Cu 3dx2-y

2

- +

-

+

- +-+

+ Cu 4s

O 2px

O 2py超伝導面

超伝導面

⊥⊥ ′kkT

電荷の担い手(クーパー対)の移動経路

高温超伝導体は、低温でも常伝導電流が混在してしまうという性質を持つ

qビットとしての動作を阻害するものと広く考えられてきた。

|0>から|1>への転移に関わる原子軌道

(電子雲)を理論的に検討した結果、電荷の面間移動については常伝導電流は関与できないことが分かった。

電流-電圧特性の理論式vs実験データ

現在、高温超伝導体を量子コンピュータの候補物質として世界的に研究されている

しかし。。

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以上のように、ある種の物質はそのままqビットとして応用が可能であり、

物質科学の新しい可能性を示唆している。

弱点量子過程は極端にデリケート:熱雑音、不純物などのノイズに簡単に擾乱されてしまう。

特に、実際の量子コンピュータ構築に向けてqビット数を

増やすほどノイズが累積して誤動作してしまう。(デコヒーレンス)

一方で。。

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デコヒーレンスへの方策

1.ソフト面から:

エラーは不可避なものとして、エラー訂正のアルゴリズムを(量子)論理回路に組み込む。

2.ハード面から:

新しい原理に基づき、演算にエラーの入り込まないような物質系(ハードウェア)を特定/開発する。

物質科学的見地からはこちらに興味がある

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Initial state⇒

time

Measurement(readout)⇒

■最近のトピック:デコヒーレンスに強いqビット系とは?

プロセス(波としての振舞う)同士が干渉効果を起こす段階でノイズの効果を相殺してしまえればよい。

How?

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p1

p2

Quantum:|< | >|2=|p1+p2|2

≒|p|2 (2+ eiθ1 e-iθ2 + c.c.)

=2|p|2 (1+cos(θ1-θ2))

p1=|p1|eiθ1

p2=|p2|eiθ2

Assume |p1| ≒|p2|≡|p|

here

there

量子干渉効果(物体の波としての性質)

Quantal interference

「確率振幅」=波(大きさ&位相)

Richard P. FeynmanClassical: Probability |p|2+|p|2=2|p|2

Note: if θ1-θ2=π Probability=0!

キーコンセプト:

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Aharanov-Bohm (AB) effect: 量子干渉効果のプロトタイプ

位相差θ1-θ2 :ソレノイドを貫く磁束の強さに比例磁束を調節することで干渉効果を制御できる

電子銃

電子ホログラフィー

beamsplitter

screen

ソレノイド磁石(磁束Φ/2π)

p1

P2

intensity =2|p|2 (1+cos(θ1-θ2))

=磁界

Akira Tonomura

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Sir Michael Berry

p2*

p1

p1=|p1|eiθ1

p2=|p2|eiθ2

Again assume |p1| ≒|p2|≡|p|

here

there

確率振幅

Round Tripへと応用: Berryの位相

Prob. Amp. for round trip= p1 p2*

=|p|2ei(θ1-θ2)

Berry phase

一周して戻ると波の位相が元の波と変わる

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平面上(半導体の界面etc)を動く二個の

量子力学的粒子の間の干渉効果

1 2

Ψ(after)=ψ(before)eiθ

この操作自体がもたらす量子力学的状態の変化は、ノイズや不純物に影響されない。

これを基本操作にした「演算」はdecoherenceに強い

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time

23

4

5

「粒子が互いに何度周回したか」という情報は、時空間の中で、粒子の描く軌跡がお互いに何回巻きついたかを見れば分かる。

軌跡の詳細には拠らないのでこの情報はノイズの影響を受けにくい

「ある種の条件」を満たす物質を使うと、周回操作の組み合わせだけで任意の計算が遂行できることが最近理論的に明

らかになった。(トポロジカル量子計算)⇒decoherence free quantum computerへの道

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Stern-Halperin, Phys.Rev.Lett.2006

粒子の互換を磁場中の半導体(量子ホール系)で起こさせて演算を行う方法が提案されている

他にも・超伝導体SrRuO4の磁束量子を使う方法

・二次元磁性体の励起の干渉効果を使う方法などが提案され、活発な実験・理論研究が行われている

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今後の研究方向:超伝導体・磁性体などの量子干渉効果とその応用

NIMS発の超伝導体NaCoxO2・yH20の理論的解析

(SrRuO4に類似点が多く、

応用の可能性も)Tanaka and Hu, Phys.Rev.Lett.2003年

Tanaka and Hu, Phys.Rev.Lett.2005年

二次元磁性体における励起による量子干渉効果が引き起こす新規量子相転移

量子力学特有の干渉効果を逆手に取った応用を目指したい

近年発表した関連基礎研究

キャリアードープした擬一次元磁性体における電荷・スピン間の量子干渉効果による新しい超伝導発現機構

Tanaka and Hu, Phys.Rev.Lett.2002年

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「量子ポンピング」…(以下の議論で電荷の代わりにスピンやクーパー対で置き換えることも可能)

絶縁体(誘電体)の模式図:

電荷 電荷 電荷 電荷

高いエネルギー障壁のため電荷はポテンシャルの底に局在(電気的絶縁体)

電荷 電荷 電荷 電荷

もしポテンシャルそのものを一格子定数分スライドできれば、電荷量子 一個を外部に取り出すことができる。

取り出された電荷量子

系の端

参考:量子干渉効果を使った他の応用例

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まとめ

情報をナノスケールに集積すると、論理演算自体を量子力学に沿って再考する必要に迫られる。

Qビットを現実の物質を使って実現する鍵は、

実は物性研究者が日ごろ使うハミルトニアンの中にある。良い特性を示す物質系の理論設計、実験的探索は今後の物質科学の大きな夢である。

もし実現すれば量子力学的干渉効果のおかげで圧倒的な処理能力を持つ。