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スパークチェンバーの設計 大学 21 2 26

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学部卒業研究

スパークチェンバーの設計

東京工業大学 理学部 物理学科 柴田研究室

鈴木 研人

平成 21 年 2 月 26 日

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要旨

現在、荷電粒子のがいろいろなタイプのガス検出が素粒子 · 原子核 · 宇宙物理実験を始めとする様々な分野で使われている。スパークチェンバーはその基本となる検出器で、それを基に種々のガス検出器が発達した。スパークチェンバーは 1957年に福井崇時氏と宮本重徳氏の両氏によって開発された。使用される主なガスはHeガスか、ArにNeを 20∼30%混合させたガスである。

MWPCやドリフトチェンバー等のガス検出器は荷電粒子によって生じたガス分子からの電離電子を、電場をかけることによって陽極ワイヤーへ誘導する。誘導する過程でこの電離電子が他のガス分子を次々と電離させるため、多くのイオン対が生じる。イオン対の増幅率は電離増幅率という。この過程で生じた多くの電離電子を陽極ワイヤーに取り込むことによって信号を取り出し、荷電粒子が通過した位置を求める。この時陽極ワイヤーに与えられる電圧は電離増幅率がプロポーショナル領域となるような値で常時印加している。スパークチェンバーはこれらガス検出器のように信号を取り出すのではなく、直

接飛跡を観測する装置である。スパークチェンバーの本体で、ガスを流入している極板層には数 kVの高電圧パルスをかける。この高電圧だと電離増幅率は他のガス検出器であるMWPCやドリフトチェンバーでのプロポーショナル領域を越え、ストリーマー領域までに達し、最終的にスパークを起こす。このことから、荷電粒子の飛跡がスパークによる発光として観測できることが可能となる。この高電圧パルスは、電離したガス分子が再結合する前 (∼µs)までに印加しなければいけない。本研究では主にこの高電圧の発生やスパークチェンバーの極板層の設計を行ない、製作に取り組み、またいくつかのテストも行なった。完成したスパークチェンバーを用いることにより、どういう電圧でストリーマー

領域に達するかを研究することが可能となり、粒子線を検出するだけでなく、高電圧での電離電子の振舞も調べることが可能となる。

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目 次

第 1章 序論 2

1.1 素粒子物理実験で使用される様々なガス検出器 . . . . . . . . . . . . . 2

1.2 ガス検出「スパークチェンバー」 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 5

第 2章 スパークが起こる機構 7

2.1 気体中の電子の振る舞い . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7

2.1.1 電場がないとき . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7

2.1.2 電場があるとき . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7

2.2 スパークが起こる機構 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9

第 3章 スパークチェンバーの設計 13

3.1 本体の設計 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 13

3.2 高電圧印加回路の設計 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 19

3.3 NIM-TTL変換回路の設計 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 26

第 4章 スパークチェンバーの製作とテスト 29

4.1 製作 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 29

4.1.1 本体の製作 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 29

4.1.2 高電圧印加回路の製作 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 31

4.1.3 NIM-TTL変換回路の製作 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 33

4.2 リークテスト . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 34

4.3 TTL出力のテスト . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 35

第 5章 結論と今後の課題 38

5.1 結論 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 38

5.2 今後の課題 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 38

5.2.1 電圧変化による放電の振る舞い . . . . . . . . . . . . . . . . . 38

5.2.2 ガスの種類による放電の振る舞い . . . . . . . . . . . . . . . . 39

5.2.3 天頂角分布の測定 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 39

5.2.4 µ粒子の崩壊の観測 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 41

付 録A 接着における注意点 45

付 録B NIMモジュールを用いたNIM-TTL変換 46

1

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第1章 序論

1.1 素粒子物理実験で使用される様々なガス検出器加速器を用いた素粒子物理実験では、様々なガス検出器が使用されてきている。ガ

ス検出器は荷電粒子の飛跡を測定するものである。ガス検出器では、荷電粒子の持つ電離作用を利用して検出器内に含まれたガス分

子を電離させ、これにより生じた電離電子を陽極に引き寄せ、電気信号として取り出す。ガス検出器の代表的なものとしてMWPC(Multi Wire Proportional Chamber)、ドリフトチェンバー (Drift Chamber)、そして TPC(Time Projection Chamber)がある。

MWPCとドリフトチェンバーは荷電粒子の電離作用によってガス分子から生じた電離電子を、近くの陽極ワイヤーに引き寄せる。陽極ワイヤーからの信号により電離電子ができた位置がわかり、結果的に荷電粒子の通った位置がわかる。ワイヤーの張る方向により、通った位置の座標がわかるので、図 1.1のようなチェンバーの配置をすれば荷電粒子の飛跡がわかる。これらのガス検出器と違い、TPCは荷電粒子の飛跡を直接測定できる。図 1.2の

ように負高圧電極と陽極ワイヤーを配置し、その間に電場と磁場を平行にかける。荷電粒子によって生じたガス分子からの電離電子は陽極ワイヤーへと向かう。磁場は電子の横方向の拡散を防ぐためにかける。電離電子が生成されてから陽極ワイヤーに取り込まれるまでの時間を計測し、荷電粒子の 3次元の飛跡を再構築する。ガス検出内で荷電粒子によって生じた電離電子は、陽極ワイヤーによる電場によっ

て加速され、他のガス分子を次々と電離し、電離増幅を起こす。上に述べたガス検出

図 1.1: MWPCとドリフトチェンバーにおける荷電粒子の飛跡の検出

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図 1.2: TPCにおける荷電粒子の飛跡の検出

器の場合、この電離増幅は陽極ワイヤー付近で起こる。図 1.3は各電圧における電離増幅度を表している。

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図 1.3: 各電圧における電離増幅度

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1.2 ガス検出「スパークチェンバー」スパークチェンバーは 1957年、福井崇時氏と宮本重徳氏の両氏によって開発され

たガス検出器である。極板層を何層にも重ね、この内部にガス(希ガス)を流入する。荷電粒子が極板層(本体)内に入射し、ガス原子を電離させイオン対をつくり、イオン対が再結合する時間までに高電圧パルスをかけ電離電子は陽極へ、正イオンは陰極へと加速され電離増幅を起こし、最終的に極板間でスパークを起こす。本体の各層でこのスパークが見られ、何層にも重ねることにより荷電粒子の飛跡が直接観測できる。全体の構造は図 1.4のようになっている。本体の上下には光電子増倍管に装着され

たプラスチックシンチレーターが配置しており、荷電粒子がこれら上下のプラスチックシンチレーターを通ることでトリガーがかかり、電気信号が高電圧印加回路に伝わって、本体に高電圧がかかるという仕組みになっている。今回の卒業研究は、このガス検出器「スパークチェンバー」の設計を行った。内

容は、

• 荷電粒子の飛跡(放電)を表示する極板層(本体)の設計と製作

• 荷電粒子が本体に入射してから、速いタイミングで本体に高電圧をかけるための高電圧印加回路の設計と製作

• NIM-TTL変換回路の設計と製作

となっている。本体の上下に設置されたプラスチックシンチレーターを荷電粒子が通過すること

(1)により、プラスチックシンレーターにつながっている光電子増倍管から信号が出力される (2)。ディスクリミネーターは入力された信号が、設定した電圧以上の時のみデジタル信号を出力するためのものである。今回は-0.8V のデジタル信号(NIMパルス)が出力される。ディスクリミネーターから出力された信号は次に同時計測回路に入力する (3)。同時計測回路は本体の上下に設置された 2本の光電子増倍管から同時に信号が出力された時、すなわち本体の上下に設置してある 2本のプラスチックシンチレーターを荷電粒子が通過するときにはじめて信号を出力する (4)。同時計測回路から出力された信号は次に、ゲートジェネレーター (5)、NIM-TTL変換回路(6)、そして高電圧印加回路へと順に通る。3章でも述べるが、高電圧印加回路ではSCR(サイリスタ)という半導体スイッチを用いてる。この xスイッチを起動するためにはTTLパルスを入力しなくてはならず、また入力するパルスの幅にも制限がある。したがって、ゲートジェネレーターはパルスの幅を SCRの規格に合ったものにするため、NIM-TTL変換回路はNIMパルスからTTLパルスへと変換するために配置してある。

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図 1.4: 本体に高電圧をかけるまでの回路の構成

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第2章 スパークが起こる機構

2.1 気体中の電子の振る舞い

2.1.1 電場がないとき

気体中の電子やイオンは、気体の温度に応じた熱運動をしている気体分子と弾性衝突を繰り替えしながら、気体分子と熱平衡状態にある。この熱平衡状態では、電子もイオンも速度分布はマクスウェル分布をしていると考えられ、この分布式は、

f(v) = 4πnv2(m

2πkT)

32 exp[−mv2

2kT] (2.1)

と表される。ここで、vは電子またはイオンの速度、nは単位体積中における電子またはイオンの数、mは電子またはイオンの質量、T は気体の温度 [k]、kはボルツマン定数、である。このときの運動エネルギー εの分布は, 

ε =mv2

2(2.2)

の関係より

f(ε) = 2πnε12 (

1

πkT)

32 exp[− ε

kT] (2.3)

と表される。したがって熱平衡エネルギーを εとすると、

ε ≡ 〈ε〉 =1

n

∫ ∞

0

εf(ε)dε =3

2kT (2.4)

となる。

2.1.2 電場があるとき

気体中に電場Eが加えられ、その中を電子が走る場合を考える。気体分子との 1つの衝突から次の衝突までの間に電子が走る距離の平均値である平均自由行路を λ とすると、この平均自由行路 λ で電場Eの方向に走る電子が得るエネルギーは eE λ となる。この値が気体分子の電離ポテンシャル V を越えると電離衝突する割合が増える。電離で作られた電離電子もまた電場により加速され電離衝突を起こすため、電子の総数は急速に増えてくる。

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図 2.1: 各ガスと空気に対する η (福井崇時氏著「粒子物理計測学入門」p30より引用)

n個の電子が陽極へ dx走るときにつくる電離電子の数 dnを次のように定義する。

dn = αndx (2.5)

初期条件として、x = 0における電子の数を n0とし、位置 xにおける、つくられた電離電子の数を n(x)とすると、

n(x) = n0exp[αx] (2.6)

この係数 αはタウンゼント第一電離係数という。この αの代わりに ηを用いて、

ηE = α (2.7)

とし、電場の強さ [v/cm] 当たりの αとして表す。1気圧当たりの電場での ηの値は図 2.1のようになる。

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2.2 スパークが起こる機構電場の強さが大きいとき、電子は陽極に向かい加速され、気体分子を電離してい

くが、電離電子はタウンゼント第一電離係数αの指数関数で (2.6)式のようにその数を増やし、集団となって進む。この集団を電子ナダレという。電子が陽極へ進む一方、電離されてつくられたもう一方の正イオンは速度が電子

の約 1/1000以下と遅いため、電子の動きに注目する場合、正イオンは作られたところに留まっているとみなすことができる。電子は、陽極へ進む間に気体との熱平衡エネルギーより高い運動エネルギーをもつ集団となっている。電場の中にあっても、電子はこのエネルギーの熱運動をして四方に拡がっていきながら陽極へ向かっている。したがって、電子の集団は図 2.2のように球形になって進んでいると考えられる。ナダレが陽極に向かうとタウンゼント第一電離係数 αの指数関数でさらにその数

を増やしていき、ナダレを構成している電子と正イオンの密度も大きくなる。電子集団と正イオン集団との間には電場Esがつくられ、電子と正イオン双方の密度と球形の大きさが大きくなることによって、この電場Esも大きくなり、やがて外部電場の値に等しくなる。すると電子集団は電場Esによって陽極へ進めなくなり、電子ナダレの発達が止まる。

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図 2.2: 電極間に形成された電子集団と正イオン集団が球形となっているのを模式的に表した図。電子集団と正イオン集団との間の電場Esが外部電場と等しくなると電子なだれの発達が止まる。

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電子集団が陽極へ、正イオン集団が陰極へ進む中、多数の励起分子がつくられ、この励起分子から放射される光により、ナダレの近くには多くの光電子がつくられる。ナダレの前方と後方は電気力線が集中しているために、電場の値が大きくなっている。そのため、この領域で作られた光電子はさらに他の空気分子を電離するため、2

次電子ナダレをつくる。この 2次ナダレが 1次ナダレの前後方に多数形成され、全体として柱状の電荷集団ができる。この状態をストリーマーという。(図 2.3)ストリーマーが形成されることにより大電流が流れ、結果としてスパークが発生する。今回の卒業研究を行うにあたり、使用したガスはHeガスである。本体内に入射し

た荷電粒子はこのガス原子を電離し、イオン対を発生させる。本体に高電圧パルスを印加する前は電子、正イオンは前節で述べたような熱運動をして拡散していく。その後、高電圧パルスを印加することによって電離電子は陽極へ向かいながら加速され、タウンゼント第一電離係数 αでまわりのガス原子を電離していき、電子ナダレを形成する。その後前節で述べたように、ストリーマーを形成していき、スパークを起こす。

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図 2.3: 電子なだれからストリーマーに発達していく様子。

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第3章 スパークチェンバーの設計

3.1 本体の設計Heガスを流入し、荷電粒子が来たときに高電圧を印加する本体部分の設計を行っ

た。使用した材料は極板プレートであるアルミ板と、極板間のスペーサーであるアクリル角材、である。放電による荷電粒子の飛跡が外から観測できるように、アクリル角板の側面が透明なものを使用した。図 3.1は本体に用いられる 1層分の材料である。厚さが 2でmm1辺が 20の cmアルミ板が 2枚と、長さが 20cm,14cmのアクリル角材がそれぞれ 2本ずつである。アクリル角材の断面積は、20cmのものと 14cm

のものと共に 1cm × 2cmとなっている。1層の基本的な構造は図 3.2のようになっている。図 3.2の上図は一層の上部電極を取り除いて上から見た図、下図は一層を横から

見た図である。下部電極の上にアクリル角材を四方で固め、その内部にできた空間にHeガスを流す。この空間の 1辺は 14cmとなっている。Heガスを流すためにガスチューブを使用するが、このチューブを挿入するための穴は長さ 20cmのアクリル角材の側面に空ける。この穴の大きさは 6mmである。また、極板間の長さは 1cmとなっている本体に高電圧をかけるための回路図は図 3.3のようになっている。(高圧直流電源

からの供給である-10kVというのは次節でも述べるが、あくまで目安の値となっている。)したがって、高電圧印加回路に直接本体をつなげただけでは意味がない。1000pF

のコンデンサーと 220Ωの抵抗を本体に接続しないといけない、という課題が浮上した。この課題を解決するために改めて本体の設計を行った。まず、アルミ板の 1辺に図 3.4のような加工を施す。上図はアルミ板一枚を上から

見た図、下図は加工を施す部分を横から見た図である。加工を施している左の部分は半円状の溝を 1mmの深さほどつくり、溝の真ん中にはM3ねじ用の穴を空ける。その隣の右の部分は半円状の穴を空ける。続いて図 3.5のように, アクリル角材において、このねじ穴と同じ位置に相当する部分に 3mmタップを用いてめねじを設ける。こうすることにより図 3.6のように極板層を積み重ねても起伏を避けることができるのでぴったりと重ねる事が可能となる。図 3.4中の (1) のスペースを利用して、コンデンサーと抵抗に圧着端子を装着し、ねじを通して本体に接続することが可能となる。今回の設計で作る本体の層は2層とした。

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図 3.1: 本体1層分の材料

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図 3.2: 本体の設計図

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図 3.3: 高電圧印加回路を本体につなげたときの回路図

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図 3.4: 本体に加工を加える

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図 3.5: アクリル角材にねじ穴を空け、ねじが閉まるようにする。

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図 3.6: 加工し終えた後、各層を重ねる。

3.2 高電圧印加回路の設計本体にかける高電圧の印加回路の設計を行った。この高電圧印加回路の性能とし

て要求される項目は、

• 本体に電場強度として 3∼5kV/cmを印加

• トリガーがかかってから、電離作用によって生じたガス原子からのイオン対が再結合する前 (∼ µs)に高電圧を印加

•  常時高電圧を本体にかけると放電が止まらなくなるので、パルスとしての高電圧を印加

である。上記第一項目の電場強度の値は福井崇時氏著の「粒子物理計測学入門」p123からの内容に基づいたものである。

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使用する電子パーツとその物理量の値、高圧電源の配置、そして配線は図 3.3のようになっている。図 3.3中に示してあるSCR(サイリスタ:BEHLKE社製)は半導体スイッチであり、TTLパルス入力があれば、スイッチがONになるという仕組みになっている。印加電圧は最大 12.8kVまで耐えられ、ピーク電流は 1000Aに至る。スイッチのトリガーとなるTTLパルスの幅には制限があり、10µs以内、またその duty

cycleが 1%以内となっている。つまりパルスを入力する間隔が 1msを超えると上手く機能しない。トリガーがかかってからおよそ 150nsという高速でスイッチがONとなる。この回路でスパークチェンバーの本体にどれくらいの時間でどれくらいの電圧が

かかるのか計算を行なった。回路図 3.7中の各素子の物理量に文字に置き換え、SCR

の代わりに一般的なスイッチを用いる。t<0でスイッチはOFFとなっていて、 t=0

でスイッチがONになるとする。文字色が茶色となっているのが未知数である。図3.7中で枠線で囲まれた部分は対称性を持つので、コンデンサー C1に流れる電流量は I1 → I1

2となる。そして、この回路から導かれる連立方程式は 7つである。

V0 − V1 = R(I0 − I1) (3.1)

V1 = r0I0 (3.2)

Q1 = C1(V1 + V2) (3.3)

Q2 = C2V2 (3.4)

V2 = r1(I1

2− I2) (3.5)

−dQ1

dt=

I1

2(3.6)

dQ2

dt= I2 (3.7)

未知数は V1、V2、I0、I1、I2、Q1、Q2の 7つあるので、上の連立方程式は解くことが可能である。(3.1)式、(3.2)式より、

V0 − V1 = R(V0

r0

− I1)

↔ V1 =r0

R + r0

(V0 + RI1) (3.8)

(3.3)式、(3.6)式より、

− I1

2= C1(

1

2

dI1

dt− dI2

dt) (3.9)

(3.4)式、(3.7)式より、

I2 = C2dV2

dt(3.10)

(3.5)式、(3.10)式より、I2

C2

= r1(1

2

dI1

dt− dI2

dt) (3.11)

20

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(3.8)式、(3.9)式、(3.10)式より、

− I1

2= C1(

Rr0

R + r0

dI1

dt+

I2

C2

) (3.12)

(3.11)式と (3.12)式に対しラプラス変換を用いる。

I1 → I1 =

∫ 0

∞I1e

−stdt (3.13)

I2 → I2 =

∫ 0

∞I2e

−stdt (3.14)

dI1

dt→

∫ 0

dI1

dte−stdt = sI1 − I1(0)) (3.15)

dI2

dt→

∫ 0

dI2

dte−stdt = sI2 − I2(0)) (3.16)

I1(0)、I2(0)はそれぞれ t=0におけるI1とI2の値である。t=0のとき、V1(0)=V0,V2(0)=0

より、(3.8)式と (3.5)式から、

I1(0) =V0

r0

(3.17)

I1(0)

2− I2(0) = 0

↔ I2(0) =V0

2r0

(3.18)

よって、(3.15)式と (3.16)式はそれぞれ、

dI1

dt→ sI1 −

V0

r0

(3.19)

dI2

dt→ sI2 −

V0

2r0

(3.20)

したがって、(3.11)式と (3.12)式をそれぞれ整理すると、

(1 + r1C2s)I2 =r1

C2

sI1 (3.21)

C1

C2

I2 =Rr0

R + r0

V0

r0

− (1

2+

Rr0

R + r0C1

s)I1 (3.22)

(3.21)式と (3.22)式より I2を消去して、

I1 =s + 1

r1C2

s2 + [ 1r1C2

+ r1(R+r0)(C1+C2)2Rr0r1C1C2

] + R+r0

2Rr0r1C1C2

V0

r0

(3.23)

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(3.23)式で (分母)=0としたときの、2次方程式の 2解を a,bとおく。また、

c ≡ 1

r1C2

(3.24)

とすれば、(3.23)式は、

I1 =V0

r0

s + c

(s − a)(s − b)=

V0

r0

[a + c

a − b

1

s − a− b + c

a − b

1

s − b] (3.25)

となり、分数分解ができる。したがって、(3.13)式から逆ラプラス変換により、I1

が求まる。

I1 =V0

r0

(a + c

a − beat − b + c

a − bebt)) (3.26)

この式を (3.12)式に代入することによって I2が求まる。

I2 = −C2

C1

V0

r0

[a + c

a − b(1

2+

Rr0C1

R + r0

a)eat − b + c

a − b(1

2+

Rr0C1

R + r0

b)ebt] (3.27)

また、(3.8)式より V1が求まる。

V1 =r0V0

R + r0

[1 +R

r0

(a + c

a − beat − b + c

a − bebt)] (3.28)

(3.5)式と (3.26)式と (3.27)式とから、V(2)が求まる。

V2 =r1V0

r0

[a + c

a − b(1

2+

C2

2C1

+Rr0C2

R + r0

a)eat − b + c

a − b(1

2+

C2

2C1

+Rr0C2

R + r0

b)ebt] (3.29)

ここで、

a =−(1 + A) +

√1 + A2 + B

2r1C2

(3.30)

b =−(1 + A) −

√1 + A2 + B

2r1C2

(3.31)

c =1

r1C2

(3.32)

A =r1(R + r0)(C1 + C2)

2Rr0C1

(3.33)

B =r1(R + r0)(C1 − C2)

Rr0C1

(3.34)

である。I1、 I2、V1、 V2の時間発展は図 3.8, 図 3.9のようになっている。図 3.10

は, 図 3.9において時間のスケールを小くして時刻 t=0付近の電圧 V1、 V2の振舞いをみたものである。本体の静電容量C1は、平行コンデンサーの静電容量の式、

C =ε0S

d(3.35)

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図 3.7: 回路計算における未知数と定数の設定

より数値として求めた。ここで、ε0は真空の誘電率、Sは極板の面積で今は 20cm

× 20cm、dは極板間の距離で 1cmである。この式を計算すると、C1は 35.42nFとなる。スパークチェンバー本体にかかる電圧は V2である。図 3.10を見ると、t=150nsで

およそ 8kVに達している事がわかり、図 3.9より時刻がに進みにつれ減衰していることがわかる。したがって、パルス幅の短い高電圧が本体にかけられることがわかる。実際は SCRを用いてスイッチとして用いるわけだが、仕様書を見る限り、そのスイッチがOFFからONになるのにおよそ 150nsなので、図 3.9、図 3.10において、V2を表す曲線はピークがその位置よりおよそ 150ns右にずれる事が予想される。しかし、電離したガス分子が再結合する前がおよそ µsであるからそれでも非常に速いタイミング高電圧を印加することが可能であることがわかる。一方 SCR自体の内部抵抗もあることから、V2の値は全体的に低下することが予想される。V0=-10kVというのは、あくまで目安であり、求めらる電圧パルスのピーク値 3∼5kV/cmとするためにも、テストを進めていくうえで適当な値を見つけていかなければいけない。

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Time [ s ]0 0.01 0.02 0.03 0.04 0.05 0.06 0.07 0.08 0.09 0.1

-610×

I [ A

]

-200

0

200

400

600

800

1000 (t)1 I(t)2 I

図 3.8: I1と I2の時間発展

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Time [ s ]0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

-610×

V [

A ]

0

1000

2000

3000

4000

5000

6000

7000

8000

9000

10000 (t)1 V(t)2 V

図 3.9: V1と V2の時間発展

Time [ s ]0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1

-610×

V [

A ]

0

1000

2000

3000

4000

5000

6000

7000

8000

9000

10000 (t)1 V(t)2 V

図 3.10: V1と V2の時間発展 (図 3.9において時間のスケールを小さくしたもの)

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3.3 NIM-TTL変換回路の設計前節で述べた高電圧印加回路内のSCRを起動させるためにはTTLを入力しなけれ

ばいけない。この問題を解決するために ICであるコンパレータ (National Semicon-

ductor社製 LM319N)を用いた。コンパレータを図3.8のように用いるとNIM-TTL

変換回路としての機能が働く。入力電圧 VIN が以下の条件式を満たせば、出力電圧Voutは 5Vとなる。

Vout = 5V (VLT ≤ VIN ≤ VUT) (3.36)

Vout = 0V (VLT ≥ VIN, VIN ≥ VUT) (3.37)

VLT と VUT の電圧供給は図 3.12のようにする。直流電圧-1Vを直接 VLT に供給し、VLT と VUT との間、VUT とGNDとの間にそれぞれ 300Ω、1Ωの抵抗をはさみ、電圧降下を起こして VUT におよそ-3mVの電圧を供給する。したがって、VIN がの-0.8V

ならば出力は 5Vとなり、VIN が 0mVならば出力はVとなる。つまり、出力はNIM

パルスの幅と同じ幅を持つ 5Vパルス、すなわちTTLパルスとなるはずである。

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図 3.11: コンパレータを用いたNIM-TTL変換回路

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図 3.12: 直流電源から-1Vを VLT に供給し VUT には抵抗で分割した電圧を供給する。

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第4章 スパークチェンバーの製作とテスト

4.1 製作

4.1.1 本体の製作

3章 3.1で述べた設計のもと、アルミ板、アクリル角材を加工し、組み立てを行った。アルミ板とアクリル角材の接着はエポキシ樹脂接着剤であるアラルダイトを用いた。作業時間を考慮して硬化時間の長いものを使用した。ただし、アクリル角材とアルミ板 1枚の接着を終えたのち続けてもう片方のアルミ板の接着を行わず、ガスチューブとアクリル角材の接着を行った。アルミ板 2枚の接着を終えた後だと、ガスチューブの接着が作業的に困難だからである。このときの接着剤はセメダインを用いた。ガスチューブの接着が終えたのち、もう片方のアルミ板とアクリル角材の接着をして、本体 1層分の組み立てを終える。残り 1層に関しても同様の手順で組み立てを行った。組み立てた直後の本体 1層分の様子は図 4.1のようになっている。続いて、コンデンサー (a)と抵抗 (b)を図 4.2のように接続した。これを用い、本

体の接続をし終えた様子が図 4.3である。コンデンサーの 1端は高電圧印加回路に接続するため、今は何にも接続されていない。

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図 4.1: 接着を終えた本体の様子

図 4.2: 本体に接続する抵抗とコンデンサー

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図 4.3: 本体と抵抗、コンデンサーとの接続を終えた様子

4.1.2 高電圧印加回路の製作

本体に高電圧を印加するための高電圧印加回路の製作を行った。この作業はプリント基板上に 20MΩの抵抗、22Ωの抵抗,1000pFのコンデンサー、そして半導体スイッチである SCRを配線することで終えた。製作し終えた高電圧印加回路は図 4.4、図 4.5に示してある。図 4.4は基盤の表側で、見えている電子パーツが半導体スイッチである SCRである。図 4.5は基盤の裏側で、見えている電子パーツは 20MΩの抵抗, 22Ωの抵抗,1000pFのコンデンサーである。比較的大きな電流が流れるであろうことから、熱で破損しないように 20MΩの抵

抗、22Ωの抵抗、共に消費電力の大きいものを使用している。

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図 4.4: 高電圧印加回路(表)

図 4.5: 高電圧印加回路(裏)

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図 4.6: コンパレータを用いたWindow Detector

4.1.3 NIM-TTL変換回路の製作

SCRを起動するために、コンパレータを用いた、TTLパルスを出力するNIM-TTL

変換回路の製作を行った。これも高電圧印加回路の時と同様、プリント基板上で図のように配線を行った。図 4.6が製作し終えたNIM-TTL変換回路である。

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図 4.7: リークテスト

4.2 リークテストガスを流入する本体の内部に空気を送り込み、リークがあるかテストを行った。本

体に接続してあるガスチューブを 1端からは空気を送り込み、もう 1端は図のように風船とチューブの接続部分をビニールテープを用いてそこからリークが起きないように何重にも巻いた。(図 4.7)風船を膨らまし過ぎると、接続部分に巻いたビニールテープがはがれてしまう恐

れがあったため、少し膨らましたところで空気を送るのを止め、それからどれくらいの時間をかけて萎むかを計った。図 4.8ほど膨らまし、萎むまでの時間を計ったところおよそ 40秒から 50秒ほどであった。

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図 4.8: 風船の萎む時間を測る。

4.3 TTL出力のテストコンパレータを用いたNIM-TTL変換回路が正しく機能しているかのテストを行っ

た。はじめ、ファンクションジェネレーターにおいて、電圧をNIMパルスの-0.8Vにし、周波数を 1MHzにしてNIM-TTL変換回路に入力した。図 4.9はファンクションジェネレーターからの出力(黄色いライン)と、NIM-TTL変換回路からの出力(青いライン)をオシロスコープでとらえたものである。ファンクションジェネレーターからの出力がGNDレベルの時はNIM-TTL変換回路からの出力もGNDレベルになっている。一方でファンクションジェネレーターからの出力が-0.8Vの時は、NIM-TTL

変換回路からの出力が+5V、つまりTTLパルスとなっていることが分かる。これは3章で述べたように、

Vout = 5V (VLT ≤ VIN ≤ VUT) (4.1)

Vout = 0V (VLT ≥ VIN, VIN ≥ VUT) (4.2)

上の条件式に基づいて、NIM-TTL変換回路が機能していることの証明である。ファンクションジェネレーターで-0.8Vの電圧を作り、NIM-TTL変換回路が機能し

ていることを確かめたのち、次はNIMパルサーを用いて機能するかテストを行った。図 4.10において、青いラインがNIMパルサーの出力、黄色いラインがNIM-TTL変換回路の出力である。NIM-TTL変換回路の出力パルスの立ち上がりがおよそ 80ns

ほどであるが、これは使用しているコンパレータの規格どおりである。SCRのTTL

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図 4.9: ファンクションジェネレーターの出力をNIM-TTL変換回路に入力したときの応答

入力は厳密な 5Vではなく、3∼6Vで起動するので、この出力で十分 SCRを起動できると考えられる。

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図 4.10: NIMパルサーの出力をNIM-TTL変換回路に入力したときの応答

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第5章 結論と今後の課題

5.1 結論本研究の流れとして、スパークチェンバーの本体の設計、高電圧印加回路の設計、

そしてNIM-TTL変換回路の設計を行い、まず本体の製作を行った。内容はアルミ板とアクリル角材の加工、接着、そして本体と、電子パーツである 1000pFのコンデンサーと 220Ωの抵抗との接続である。完成した本体は 2層となっている。続いて高電圧印加回路の製作を行い、この高電圧印加回路で使用されている SCRを TTLパルスを入力して起動させるために、コンパレータを用いたNIM-TTL変換回路を製作した。そして本体へ流入する空気に漏れがないかを調べるためのリークテストを行い、最後にNIM-TTL変換回路にNIMパルサーからの出力を入力し、TTLパルスが出力されるかのテストを行った。そして、最終的にはNIM-TTL変換回路によるTTLパルスが作れた。今後はこの TTLパルスを用いて SCRを上手く起動させ、本体に高電圧がかけられるかテストを行い、最終的にはHeガスを本体に流してトリガーをかけ、荷電粒子の飛跡(スパーク)が見られるかのテストを行う。スパークが見られれば、今後このスパークチェンバーを用いた実験を行う事が可能であると考えられる。

5.2 今後の課題

5.2.1 電圧変化による放電の振る舞い

スパークチェンバーを用いた実験として挙げられるのは、まず電圧を変化させ、どの電圧でスパークが起きるか、というものである。つまり、スパークが起こるしきい値を調べることである。序論で述べたように各電圧での電離増幅度がある。電圧を徐々に高くしていき、電離増幅度が増えることによりストリーマ領域に達し、スパークが起こる様子を観測する。このことにより、高電圧中でのガス原子からの電離電子の振る舞いを調べることが可能となる。

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5.2.2 ガスの種類による放電の振る舞い

Heガスだけでなく、様々なガスを用い、スパークが起こるか観測するのも 1つの実験として考えられる。福井崇時氏著の「粒子物理計測学入門」によれば、Heガスだけでなく、NeにArを 20∼30%加えた混合ガスを用いても、スパークは上手く見られるとのことである。その他にも、例えば空気を用いると放電が起こる電圧のしきい値がどうなるのかを調べる実験が可能である。

5.2.3 天頂角分布の測定

スパークチェンバーのテスト実験として挙げられるのは、地上に降り注ぐ 2次宇宙線 µ粒子の天頂角分布の測定がある。宇宙には超新星爆発や太陽表面の爆発等から高エネルギーの粒子が飛び交ってい

る。この粒子は 1次宇宙線と呼ばれ、約 90%が陽子、約 8%が α粒子、そして残りはその他の粒子が含まれている。この宇宙線は 109 eVから 1019 eV以上までの幅広いエネルギー分布をしている。これらの粒子が地球表面、つまり地上にがそのまま飛来してくるわけではない。まず、待機中の原子核と衝突し、π粒子やK粒子などの中間子や核子を多く発生させる。これらはさらに空気中の原子核と電磁相互作用や強い相互作用を起こし、素粒子を多くつくりだしながらエネルギーを失っていく。そして地上に到達する宇宙線は強い相互作用を起こさない電子、γ線、そしてµ粒子がほとんどである。電子と γ線は軟成分と呼ばれ、厚さ 10cm∼15cmの鉛で吸収されてしまう。一方 µ粒子は硬成分と呼ばれ、物質中を主に電離損失だけをして通っていくため、なかなか吸収されない。したがって、地上に到達する主な 2次宇宙線はこのµ粒子となる。天頂角というのは、地面から鉛直真上を天頂とし、これより傾く方向の角度のこ

とをいう。天頂角 θの方向から飛来する宇宙線の強度は cosθの n乗に比例する、と仮定したときに各宇宙線の成分ごとの nが実験により求められていて、

• µ粒子∼2

• 電子∼3

• 核子成分∼8

となっている。スパークチェンバーを用いて 2次宇宙線 µ粒子の天頂角分布を測定する場合、ま

ず図 5.1のように天頂角の y-z平面と z-x平面への射影角 θ1、θ2をビデオカメラで撮影記録し、この 2つの角度から元の天頂角 θを求める。この計算は次の式から導かれる。

tan θ =√

tan2 θ1 + tan2 θ2 (5.1)

したがって、

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図 5.1: 天頂角分布の測定

cos2 θ =1

1 + tan2 θ

cos2 θ =1

1 + tan2 θ1 + tan2 θ2

(5.2)

となる。また、2次宇宙線 µ粒子はスパークチェンバーの本体の上下に配置されている長方形のプラスチックシンチレーターを通らないと、その飛跡は見えない。したがって、測定するのは 2枚のプラスチックシンチレーターを通ったµ粒子のみであり、それに伴いコンピュータシミュレーションを行う必要がある。飛来する µ粒子が cosθの 2乗の強度分布を持つとし、幾何学的制限を加えたシミュレーションの結果得られたデータと、実験により得られたデータを比較することによって、2次宇宙線 µ粒子の天頂角分布が cosθの 2乗に比例しているかどうかをを確かめることができる。

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5.2.4 µ粒子の崩壊の観測

µ粒子は弱い相互作用を通して電子、ミューニュートリノ、そして反電子ニュートリノに崩壊し、その寿命は 2.2µsであり、この時間内では µ粒子は 660m程度しか走れない。

µ → e + νµ + νe (5.3)

地球上でµ粒子を観測できるのは、光速に近い速さで動いているため、ローレンツ収縮が起こるからである。これは以下の式で求められる。ある慣性系S(ct,x,y,z)に対し、x軸に沿って vで運動する S’系 (ct’,x’,y’,z’)へのローレンツ変換は行列を用いて、

ct′

x′

y′

z′

=

γ −βγ 0 0

−βγ γ 0 0

0 0 1 0

0 0 0 1

(5.4)

ct′ = γct − βγx (5.5)

x′ = −βct + γx (5.6)

(5.7)

今 µ粒子と一緒に走る系を S系とし、地上にいる観測者は S系からみて、vで動いている S’系であるとする。µ粒子は S系において x=0に位置するとして、(5.5)式より、

ct′A = γctA (5.8)

ct′B = γctB (5.9)

(5.10)

δt = tB-tA、δt’ = t′B-t′Aとすると、上の 2式より、

δt′ = γδt (5.11)

となる。つまり、地上にいる我々が観測する µ粒子の寿命は γ倍長くなる。よって、地上でも µ粒子の観測が可能となる。スパークチェンバーを用いて、実際に µ粒子が崩壊している様子を観測すること

ができる。まず図 5.2のようにスパークチェンバー 2分割し、間に鉛ブロックを入れる。密度の高い鉛を用いることによって、µ粒子を鉛中で止め、固有時間を我々の観測時間と同じにし、(5.3)式のような崩壊を起こす。下層のスパークチェンバーに崩壊によって生じた電子の飛跡が見える。まずシンチレーター 1、2によって、入射した µ粒子を検出しトリガーをかける。続いて、電子が下層のスパークチェンバーに入射したとみなし、シンチレーター 3によるトリガーをかける。こうすることによって、上層は µ粒子のスパークによる飛跡が、下層は電子のスパークによる飛跡が見え、µ粒子が崩壊している様子を観測することができる。

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図 5.2: µ粒子崩壊の観測

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謝辞

本研究を進めるにあたり、多くの方の助力を得ました。柴田教授には、研究方針やその他にも実験のアドバイスを多く頂きました。宮地助教には、実験を進めるにあたり多くのアドバイスをいただき、様々な実験手法を教えて頂きました。計算を進めていくにあたり、坂下耕一氏と森田琢也氏にはお力になって頂きました。工作、またその他にも研究に関する様々なアドバイスをヴァンンデグラフ実験棟にいらっしゃいます川崎先生から頂きました。スパークチェンバーを製作するにあたり、首都大学東京の汲田氏には多くのアドバイスを頂きました。その他にも私の研究に協力してくださった方々へここに感謝の意を表します。

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関連図書

[1] 井崇時, 粒子物理計測学入門, (共立出版;1992)

[2] .クラインクネヒト, 粒子線検出器-放射線計測の基礎と応用-, (培風館;1987)

[3] 岡洋介, 統計力学, (岩波書店;2004)

[4] 田礼次郎, フーリエ解析, (岩波書店;1997)

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付 録A 接着における注意点

アルミ板とアクリル角材の接着における注意点を述べていく。アルミ板とアクリル角材の加工を終え、接着の工程に入るとき、4章でも述べた

が、エポキシ樹脂接着剤である「アラルダイト」を用いる。アルミ板とアクリル角材の接着では、アルミ板に接着剤を塗るのでは無く、アクリル角材の側面に塗り接着を行った方が作業は簡単となる。しかし、アクリル角材は意外に細く、1つの側面のみをきれいに塗ることは困難な作業である。アクリル角材の透明な側面は、放電を観測する「窓」の役割を果たすので、もし誤って接着剤が他の側面に付着してしまったら、この「窓」が汚くなり、本体の内部の様子が見えにくくなり、放電を観測しづらくなる恐れがある。したがって、接着剤を塗らない部分にはビニールテープ等であらかじめ防護しておき、塗る部分のみを露出させることで、本来塗りたい部分だけをきれいに塗ることができるであろう。こうすることで「窓」も汚されずにすむ。アルミ板とアクリル角材との接着では Cクランプを用いると良い。全体を均一に

接着させるために、できるだけ多くの Cクランプを用いる。ただし、Cクランプをじかに付けると、アルミ板に締め付けた跡がついてしまう。これを防ぐために、Cクランプに接するところは布かなにかを用いて間にはさむと締め付けた跡も残らず、きれいに接着できる。これらいろいろな作業が接着の工程で生じるため、作業時間を増やすためにも接

着剤はその硬化時間が長いものを使用するべきである。

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付 録B NIMモジュールを用いたNIM-TTL変換

SCRを起動させるために必要なTTLパルスを、NIM-TTL変換回路を用いて作ったが、その他にも NIMモジュールである「Constant Fraction Discriminator」を用いても作ることができる。NIM信号を直接このモジュールに入力すると、ポジティブなデジタル信号が出力される。図 B.1は宇宙線からの信号を Constant Fraction

Discriminatorに入力し、出力をオシロスコープで見たときの図である。黄色いラインが宇宙線からの信号、青いラインが Constant Fraction Discriminatorからの信号である。パルス幅はおよそ 500nsであり、その電圧値は 4.5Vである。このパルスを用いても、十分に SCRを動かすことができる。

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図 B.1: Constant Fraction Discriminatorを用いたNIM-TTL変換

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