高機能化が進むモータの最新動向 -...

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10 機 械 設 計 はじめに 電気自動車の例を出すまでもなく,モータの応 用分野がここ10年で格段に広がっている。モータ が単なる動力源として使用されるだけでなく,減 速機やセンサなどを組み合せ,要求仕様に見合う 動作を作り出すモーションアクチュエータとして 開発が進んでいることも 1 つの要因と考えられる。 従来,モータ特性は汎用的な応用が可能なもの として設計が進んできた。しかし,ネオジム磁石 の高性能化により,必要な性能を自由にする設計 が可能となったこと,目的に合った必要特性のみ を満足させることが応用用途を広げる上で重要な キーポイントなったことで,用途を特定したモー タの開発が特に広い速度制御範囲を要求する用途 で推進されてきた。最も注目を集めたモータが, ロータが埋込磁石構造のIPMSMであろう。その後, さらに用途に特化させた特性を実現するための新 しい磁気回路構成のモータが実用化され現在に至 っている。 永久磁石の性能向上がモータ性能の向上に果た した役割は計り知れないものの,それに見合う磁 性材料もここ数年で格段に進歩したものが開発さ れている。また,言うまでもなく,モータを制御 するためには,インバータと一体になった設計が 必要で,駆動回路の小型高効率化とともにモータ とインバータを一体にしたいわゆる機電一体のモ ータ開発が自動車分野を中心に推進されている。 本稿では,現在の PM モータの開発動向を解説 するとともに,汎用製品として使用されてきた誘 導モータの高効率化の動向について解説する。 PM モータ性能改善の動向 1.高速化による高出力密度化 モータの出力 P は,トルクτと回転数ωの積で あり,トルクが同一であれば回転数によって出力 が決定される。したがって,出力密度を向上させ るためには,定格回転数を高く取ることが重要と なる。 高速回転を要求する代表的用途として掃除機が あげられる。従来は,吸引したゴミを紙パックに 収容するいわゆるキャニスタ型が一般的で,5 万 rpm の回転数をローコストで実現できる整流子モ ータが使用されていた。ダイソン社から販売され たスイッチトリラクタンスモータ(SRM)を採用し たサイクロン型が人気となると,国内メーカーも サイクロン型を投入するとともに,吸い込み仕事 率の向上のため,高速回転化を推進した。使用す るモータもハイエンドの製品にはブラシレス DC モータ(以降 BLDCM と略称)が採用されるように なり,回転数も 10 万回転まで上昇した。 現在,性能改善の限界まで仕事率が達成され, 操作性や軽量化など独自の特徴を打ち出す製品化 が行われている。 特に開発が進んでいるのが,ハンディタイプの コードレス掃除機である。小型化するなかでも吸 引力が要求されるため,BLDCM の高性能化開発 が各社で行われている。最近の高性能化された三 菱電機の開発事例を以降に紹介する 1) 回転子にはネオジウムプラスチック磁石が使用 高機能化が進むモータの最新動向 総論 東京都市大学 百目鬼 英雄 *どうめき ひでお:工学部名誉教授

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Page 1: 高機能化が進むモータの最新動向 - Nikkanpub.nikkan.co.jp/uploads/magazine_introduce/pdf_5d23e...るモータもハイエンドの製品にはブラシレスDC モータ(以降BLDCMと略称)が採用されるように

10 機 械 設 計

はじめに

 電気自動車の例を出すまでもなく,モータの応用分野がここ10年で格段に広がっている。モータが単なる動力源として使用されるだけでなく,減速機やセンサなどを組み合せ,要求仕様に見合う動作を作り出すモーションアクチュエータとして開発が進んでいることも1つの要因と考えられる。 従来,モータ特性は汎用的な応用が可能なものとして設計が進んできた。しかし,ネオジム磁石の高性能化により,必要な性能を自由にする設計が可能となったこと,目的に合った必要特性のみを満足させることが応用用途を広げる上で重要なキーポイントなったことで,用途を特定したモータの開発が特に広い速度制御範囲を要求する用途で推進されてきた。最も注目を集めたモータが,ロータが埋込磁石構造のIPMSMであろう。その後,さらに用途に特化させた特性を実現するための新しい磁気回路構成のモータが実用化され現在に至っている。 永久磁石の性能向上がモータ性能の向上に果たした役割は計り知れないものの,それに見合う磁性材料もここ数年で格段に進歩したものが開発されている。また,言うまでもなく,モータを制御するためには,インバータと一体になった設計が必要で,駆動回路の小型高効率化とともにモータとインバータを一体にしたいわゆる機電一体のモータ開発が自動車分野を中心に推進されている。 本稿では,現在のPMモータの開発動向を解説するとともに,汎用製品として使用されてきた誘

導モータの高効率化の動向について解説する。

PMモータ性能改善の動向

1.高速化による高出力密度化 モータの出力Pは,トルクτと回転数ωの積であり,トルクが同一であれば回転数によって出力が決定される。したがって,出力密度を向上させるためには,定格回転数を高く取ることが重要となる。 高速回転を要求する代表的用途として掃除機があげられる。従来は,吸引したゴミを紙パックに収容するいわゆるキャニスタ型が一般的で,5万rpmの回転数をローコストで実現できる整流子モータが使用されていた。ダイソン社から販売されたスイッチトリラクタンスモータ(SRM)を採用したサイクロン型が人気となると,国内メーカーもサイクロン型を投入するとともに,吸い込み仕事率の向上のため,高速回転化を推進した。使用するモータもハイエンドの製品にはブラシレスDC

モータ(以降BLDCMと略称)が採用されるようになり,回転数も10万回転まで上昇した。 現在,性能改善の限界まで仕事率が達成され,操作性や軽量化など独自の特徴を打ち出す製品化が行われている。 特に開発が進んでいるのが,ハンディタイプのコードレス掃除機である。小型化するなかでも吸引力が要求されるため,BLDCMの高性能化開発が各社で行われている。最近の高性能化された三菱電機の開発事例を以降に紹介する1)。 回転子にはネオジウムプラスチック磁石が使用

高機能化が進むモータの最新動向総論

東京都市大学 百目鬼 英雄*

*どうめき ひでお:工学部名誉教授

Page 2: 高機能化が進むモータの最新動向 - Nikkanpub.nikkan.co.jp/uploads/magazine_introduce/pdf_5d23e...るモータもハイエンドの製品にはブラシレスDC モータ(以降BLDCMと略称)が採用されるように

11第 63 巻 第 9 号(2019 年 8 月号)

され,高速回転で振動のない安定した回転を得るため,モータシャフトと磁石を一体成形することで偏心のない構造を量産製品化することで,12.5万 rpmの高速回転が実現されている。このような超高速回転を目的としたモータでは鉄損低減のため2極構成が取られ,構造の簡単さから4スロット構成で2相構造の製品化例が多くみられる。4スロットの各スロットスペースにどのように高密度で巻線を巻き,しかも,ローコストに製造するかがキーポイントなる。各社各様の方式が行われているようである。三菱電機は,ポキポキモータと称する分割コアによる大変ユニークな生産をPMモータで行っている。この例では図1のステータ構造に示すように4スロットを1つのスロットごとに分割し,しかもヨークを広げることで巻線スペースの確保する構造が開発され,磁気回路解析から鉄損も低減する磁路構成となっている。高密度に巻線を施すことが可能となったことで銅損の低減に貢献している。高速回転と合せて従来の同等形状のモータと比較し,出力で2.6倍,出力密度4倍が達成されたと報告されている1)。 モータの高出力を達成するためには,永久磁石によるギャップ磁束密度と巻線の電流容量に限界があるため高出力を得るには,ここでの例のように高速回転により出力密度を上昇することが重要で,今後も高密度化に対しては高速化が推進されると予想する。ただし,ファン・ブロアのように高速回転数をそのまま利用する用途では問題とならないが,パワーを力として利用するロボットなどでは,減速機なしには応用ができないため,その一体化が今後の鍵になると予想する。

2.IPM構造の進化による高機能化 サーボモータのように,全速度範囲で電流とトルクが線形の関係が成立する必要がある用途では,図2に示した定格点まで一定のトルク特性を持つ表面磁石形モータ(SPMと略称)が今後も使用されると考えられる。SPMは,永久磁石による逆起電力により最高回転数が制限されること,さらに高速回転での磁石の飛散対策に何らかの対策が必要となるなど,広い速度範囲を得るためにはクリアすべき問題を持っている。 自動車のように低速で高トルク,高速で高出力が要求されるような用途では,図2の低速から高速までトルクを発生するモータ内部に磁石を埋め込んだ IPMモータが優れた特性を持っているとしてエアコンの圧縮機をはじめとして過去20年さまざまな分野に適応がされてきた。 特に,小型・軽量化の要求が求められる用途では,リラクタンストルクを使うことにより回転領域を比較的自由に設計できることから,制御範囲を拡大できる特徴がある。さらに,磁石の埋込方やフラックスバリアの形状によって特性を大きく変化させることが可能であることから,最近の磁界解析技術の進歩による損失低減技術を利用し,適切な磁器回路設計により,以下のようにさまざまな性能改善の事例が報告されている。 現在,実用化されている埋め込む磁石の代表的な形態を図3に示す。開発初期の数kW以下の出

機械製品・装置の高付加価値化を実現するモータの選び方と使い方 特集

図1 クリーナ用モータのステータ構造

分割部

歯(ティース)鉄心

図2 SPMと IPMのトルク特性の違い

自動車用で要求されるIPMモータの出力特性

一般的なSPMモータの連続動作領域

定格トルク

トルク

低速大トルク

高速小トルク速度ω1ωcω0

Tc

T0

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12 機 械 設 計

力段階では,同図(a)のように平板状の磁石を使用していた。ハイブリッド車のように大出力と広い速度範囲が求められるようになると,V字型にすることが有効であることが知られ,この構成が大部分を占めるようになった。さらに出力を大きくするため,平板磁石を重ね図(C)に示すように∇形にすることでギャップの磁束密度を高くする方式も加わり,目的に対応した特性を持つ IPMモータが開発されている。 一方,ギャップの磁束密度を高くする磁石配置としてハルバッハ構成が知られているが,IPMモータでもギャップの磁束密度を高くする方法が検討されており,∇形配置が代表的な方法である。この場合,磁石の磁路を制約する空気層の形状により効率に影響があることが知られ,鉄損を低減する空気層の形状が研究されている。空気層を構成するステータ鉄板のリブは薄くする必要があり,高速回転では強度の問題が出てくるため数万回転といった速度では実用的でない。 高速回転に適した磁石配置として,図4に示すスポーク形が古くから注目されている。磁石が円周方向にないため,さまざまな支持方法が考えられる利点も合せ持っている。図では簡単にするた

め4極の例を示しており,磁石は対向する面が同極性となっており,各磁極からの磁束が互いに反発し,周方向外側に向かうことで磁束発生方向軸方向の磁路が形成される。このようにスポーク形の IPMSMは対向する磁極の反発する磁束を用いてトルクを得るため,磁石間の距離が短いほど反発力が強まることになり,多極にすることのメリットを生じる。 スポーク形では,4極の構成でも磁石を,磁束を強める方向に複数枚配置することも可能となる利点を持っている。磁石の使用量と配置によりハルバッハ配置よりも高いギャップ磁束密度が達成されたとした研究も報告されている3)。 ここ数年のモータ開発では,永久磁石の磁束を一定とし,弱め界磁によるリラクタンストルクの付加による IPMモータでは改善に限界があるとされ,界磁磁束を何らかの方法で可変するタイプの研究開発が可変磁束型として行われてもいる。

機電一体化による多機能化 

 近年,自動車産業を中心として,大容量のさまざまな用途への機電一体化が推進されている。 すなわち,ハイブリッド車の主機では,基本的にモータと減速機を一体とした構造をベースにした駆動システムとして開発・製品化が推進されていた。このシステム化により,ギヤ潤滑油とモータの冷却油を共有することで,冷却機構の簡素化と小型化が可能となる利点を活かすことができた。 日産自動車「リーフ」のような電気自動車では,小型・軽量化をさらに進めるためインバータとバッテリーの充電器までモータと一体化されている。技術的には,放熱の問題をどのように解決するかなどの課題があったとされるが,インバータとモータを一体化することで,三相ハーネスとコネクタが削減されるほか,一体化による部品削減とコンポーネントの小型化が行え,質量・容積が大幅に削減できたとされている。 自動車の補器用途でもさまざまな機電一体化が行われており,次世代電動パワーステアリングユニットが提案されている(図5)。ここでは,モー

図3 埋込磁石の形態

(C)∇タイプ(b)V字タイプ(a)平板タイプ

図4 スポーク形配置構造

N

S

N

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N

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