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15 若手研究紹介 青色光受容体フォトトロピンの構造・機能解析 相原 悠介(京都大学大学院理学研究科 現・基礎生物学研究所) 光合成のためのエネルギー源である光は、植物にとっ て最も重要な環境要因のひとつである。そのため、植 ピン活性にもたらす変化を生化学的に検証した。クラミドモ ナス由来フォトトロピンを大腸菌にて発現させ、全長フォト トロピンの高度精製に初めて成功した。この精製フォトトロ ピンを用いた in vitro リン酸化実験により、変異が実際にフォ トトロピンのキナーゼ活性を暗所で上昇させる作用を持つこ とを確かめた。さらに、この変異はフォトトロピン分子の分 光学的性質、多量体化のいずれにも影響しないことを示した。 以上のことから、LOV2N 末端近傍領域が暗所におけるキ ナーゼ活性の抑制機構として働いていることが明らかとなっ 1) これまで既に、LOV2 領域の C- 末端側近傍に位置する α ヘリックス領域(図 1Jα )の重要性は知られていた。こ れらを考え合わせると、キナーゼの活性化に至るまでに、 LOV2 とその N - C - 両末端ヘリックス、キナーゼ領域の 4 者が複雑に相互作用していることが想定される。加えて、 LOV1 領域も調節的な作用を果たしていると言われるが、そ の構造的な位置づけはほとんど不明である。本研究で確立し た酵母実験系や全長フォトトロピンの機能解析法は、これら のテーマを解決する大きな助けになると期待される。 1Aihara Y., Yamamoto T., Okajima K., et al. 2012J.Biol. Chem. 287 : 9901 - 9909 図 1 クラミドモナス由来のフォトトロピン分子の一次構造 FMN(フラビンモノヌクレオチド)は LOV 領域に結合する発色団。今 回の研究で得られた新奇の分子内変異を下に示す。 図 2 出芽酵母に導入したフォトトロピンの表現型 FPK1・FPK2 を欠損する出芽酵母にフォトトロピンを導入し、選択培地 で培養することで、青色光依存的に酵母が生育する。スクリーニングで取 得した変異フォトトロピンは、暗所においても酵母を生育させてしまう。 物は周囲の光環境を敏感に感知し、様々な生理・形態応答を行っ ている。植物のこのような「光感覚」は、光刺激が種々の光受 容体に受容され、化学信号へと変換されることに端を発する。 本稿では、植物固有の青色光受容体である「フォトトロピン」 の分子構造と機能を明らかにする取り組みを紹介する。 フォトトロピンは青色光を受容することで活性化するプロ テインキナーゼであり、光屈性・葉緑体定位運動・気孔開口・ 葉の扁平化といった植物の重要な生理機能を制御する。その 分子構造としては、N - 末端に LOV と呼ばれる光吸収領域を 二つ(LOV1 LOV2)と、C - 末端にセリン / スレオニンキナー ゼ領域を持つことが知られる(図 1)。LOV1 領域と LOV2 域では LOV2 領域が主要な機能を果たすとされ、青色光によ LOV2 領域の局所的な構造変化が引き起こされ、最終的に キナーゼ領域が活性化される。しかしながら、フォトトロピ ンの構造・機能解析は LOV 領域とその近傍のみを対象にした ものがほとんどであり、キナーゼ活性化に至るメカニズムの 全容はいまだに不明である。そこで私は、以下に示す手法で フォトトロピン分子内の新たな機能領域の探索を試みた。 まず、出芽酵母を利用し、全長フォトトロピンのキナーゼ 活性を簡便に検定する実験系を確立した。出芽酵母はフォト トロピンと高い配列相同性を示すセリン / スレオニンキナー ゼ、Fpk1p および Fpk2p を持つ。単細胞緑藻クラミドモナス に由来するフォトトロピンが、出芽酵母の Fpk1pFpk2p 損表現型を相補し、細胞増殖を促進することを明らかにした。 しかもこの相補は青色光に依存していた(図 2)。さらに既 知の変異フォトトロピンの表現型を調べることで、この相補 LOV2 領域の光活性化と、その結果として起こるキナーゼ 領域の活性化を反映していることを確かめた。これらのこと から、フォトトロピンは出芽酵母の細胞内で確かに光受容体 として機能していると考えられた。 次に、この酵母実験系を用いて、ランダム変異を導入した フォトトロピン遺伝子について大規模スクリーニングを行 い、暗所でも生育してしまう(すなわちキナーゼが活性化さ れる)変異株を多数取得した(図 2)。この手法は、「酵母菌 >1×10 6 個体)を選択培地に撒き、暗所で培養して生育し てくるコロニーを取得する」という極めて簡便・高効率のも ので、光屈性などの植物表現型を指標にするよりはるかに詳 細な変異探索が可能となった。 得られた変異フォトトロピンについて変異位置を調べたと ころ、LOV2 領域の N - 末端側近傍の、α ヘリックス構造と予 想される領域(図 1 赤枠)に新奇の変異が集中することを見 出した。この領域は、多様な植物種のフォトトロピンで配列 が高度に保存されていることから、重要な機能を持つことが 予想された。 そこで、この LOV2N 末端近傍領域の変異がフォトトロ

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若手研究紹介

青色光受容体フォトトロピンの構造・機能解析

相原 悠介(京都大学大学院理学研究科 現・基礎生物学研究所)

光合成のためのエネルギー源である光は、植物にとって最も重要な環境要因のひとつである。そのため、植

ピン活性にもたらす変化を生化学的に検証した。クラミドモナス由来フォトトロピンを大腸菌にて発現させ、全長フォトトロピンの高度精製に初めて成功した。この精製フォトトロピンを用いた in vitroリン酸化実験により、変異が実際にフォトトロピンのキナーゼ活性を暗所で上昇させる作用を持つことを確かめた。さらに、この変異はフォトトロピン分子の分光学的性質、多量体化のいずれにも影響しないことを示した。以上のことから、LOV2・N末端近傍領域が暗所におけるキナーゼ活性の抑制機構として働いていることが明らかとなった1)

 これまで既に、LOV2領域の C-末端側近傍に位置する αヘリックス領域(図 1、Jα)の重要性は知られていた。これらを考え合わせると、キナーゼの活性化に至るまでに、LOV2とその N-、C-両末端ヘリックス、キナーゼ領域の 4

者が複雑に相互作用していることが想定される。加えて、LOV1領域も調節的な作用を果たしていると言われるが、その構造的な位置づけはほとんど不明である。本研究で確立した酵母実験系や全長フォトトロピンの機能解析法は、これらのテーマを解決する大きな助けになると期待される。

1)Aihara Y., Yamamoto T., Okajima K., et al. (2012)J.Biol. Chem. 287 : 9901-9909

図 1 クラミドモナス由来のフォトトロピン分子の一次構造FMN(フラビンモノヌクレオチド)は LOV領域に結合する発色団。今回の研究で得られた新奇の分子内変異を下に示す。

図 2 出芽酵母に導入したフォトトロピンの表現型

FPK1・FPK2 を欠損する出芽酵母にフォトトロピンを導入し、選択培地で培養することで、青色光依存的に酵母が生育する。スクリーニングで取得した変異フォトトロピンは、暗所においても酵母を生育させてしまう。

物は周囲の光環境を敏感に感知し、様々な生理・形態応答を行っている。植物のこのような「光感覚」は、光刺激が種々の光受容体に受容され、化学信号へと変換されることに端を発する。本稿では、植物固有の青色光受容体である「フォトトロピン」の分子構造と機能を明らかにする取り組みを紹介する。 フォトトロピンは青色光を受容することで活性化するプロテインキナーゼであり、光屈性・葉緑体定位運動・気孔開口・葉の扁平化といった植物の重要な生理機能を制御する。その分子構造としては、N-末端に LOVと呼ばれる光吸収領域を二つ(LOV1・LOV2)と、C-末端にセリン /スレオニンキナーゼ領域を持つことが知られる(図 1)。LOV1領域と LOV2領域では LOV2領域が主要な機能を果たすとされ、青色光により LOV2領域の局所的な構造変化が引き起こされ、最終的にキナーゼ領域が活性化される。しかしながら、フォトトロピンの構造・機能解析は LOV領域とその近傍のみを対象にしたものがほとんどであり、キナーゼ活性化に至るメカニズムの全容はいまだに不明である。そこで私は、以下に示す手法でフォトトロピン分子内の新たな機能領域の探索を試みた。 まず、出芽酵母を利用し、全長フォトトロピンのキナーゼ活性を簡便に検定する実験系を確立した。出芽酵母はフォトトロピンと高い配列相同性を示すセリン /スレオニンキナーゼ、Fpk1pおよび Fpk2pを持つ。単細胞緑藻クラミドモナスに由来するフォトトロピンが、出芽酵母の Fpk1p・Fpk2p欠損表現型を相補し、細胞増殖を促進することを明らかにした。しかもこの相補は青色光に依存していた(図 2)。さらに既知の変異フォトトロピンの表現型を調べることで、この相補が LOV2領域の光活性化と、その結果として起こるキナーゼ領域の活性化を反映していることを確かめた。これらのことから、フォトトロピンは出芽酵母の細胞内で確かに光受容体として機能していると考えられた。 次に、この酵母実験系を用いて、ランダム変異を導入したフォトトロピン遺伝子について大規模スクリーニングを行い、暗所でも生育してしまう(すなわちキナーゼが活性化される)変異株を多数取得した(図 2)。この手法は、「酵母菌

(>1×106個体)を選択培地に撒き、暗所で培養して生育してくるコロニーを取得する」という極めて簡便・高効率のもので、光屈性などの植物表現型を指標にするよりはるかに詳細な変異探索が可能となった。 得られた変異フォトトロピンについて変異位置を調べたところ、LOV2領域の N-末端側近傍の、αヘリックス構造と予想される領域(図 1赤枠)に新奇の変異が集中することを見出した。この領域は、多様な植物種のフォトトロピンで配列が高度に保存されていることから、重要な機能を持つことが予想された。 そこで、この LOV2・N末端近傍領域の変異がフォトトロ

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若手研究紹介

フェムト秒レーザー誘起衝撃力のバイオ分野への応用

飯野 敬矩(奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学研究科)

フェムト秒レーザーとは、光をフェムト秒(10-15秒)

の時間領域にまで凝縮したパルス光です。このフェムト秒レーザーを対物レンズに導入すると、その焦点にパルス光が集まり、パルス光は空間的にも凝縮されます。その結果、パルス光のピーク強度が飛躍的に上昇します。この集光フェムト秒レーザーを透明物質にあてると、フェムト秒レーザーに特有な様々な現象が引き起こされることが知られています。例えば、顕微鏡下で近赤外の集光フェムト秒レーザーを植物体に照射すると、集光点近傍のみが機械的にエッチングされます。この時、レーザー集光点をスキャンさせれば、図 1に示したような加工を高精度に素早く行うことができます。エッチングされる範囲はレーザーのエネルギーを調整することで数~数十マイクロメートルに制御することができる為、植物組織だけでなくオルガネラなどの微小な構造にも加工を施すことができます。 さらに、集光フェムト秒レーザーを水中に照射すると、集光点で数~数十マイクロメートル規模の爆発現象が引き起こされ、集光点近傍の数~数十マイクロメートルの領域に “力”

が伝搬します。この時、集光点の近くに微小物体が存在すれば、その物体に力を付加することができます(図 2)。このようにコンパクトな力を発生させる方法は他には無い為、この力を定量して、細胞に付加することができれば、細胞の力学特性を調べる新規なツールとして活用できると期待されます。しかし、このように局在した力を既存の手法で定量評価することは非常に困難でした。そこで、私は原子間力顕微鏡(AFM)と呼ばれる装置に着目し、この力を定量評価する手法の開発

に取り組み、力を定量化することに成功しました1,2)。また、定量化された力を用いて細胞間の接着力を測定する方法論の開発にも成功しており3,4)、現在は、この力を駆使して細胞間の接着力のダイナミクスとその分子機構を明らかにすることを中心課題として研究に取り組んでいます(図 3)。今後は、この力を駆使して、細胞機能と外力の相互作用を明らかにしていきたいと考えています。

1)Iino T., Hosokawa Y. (2010)Appl. Phys. Express. 3 : 107002

2)Iino T., Hosokawa Y. (2011) J. Appl. Phys. 112 : 066106

3)Hosokawa Y., Hagiyama M., Iino T., et al. (2011) PNAS108 : 1777-

1782

4)Hagiyama M., Furuno T., Hosokawa Y., et al.(2011) J.

Immunol. 186 : 5983-5992

図 2 フェムト秒レーザー誘起衝撃力による微小物体の移動

レーザー集光点で発生する衝撃波とキャビテーションバブルの発生に伴

う応力により、集光点近傍の微小物体が移動する。

図 1 フェムト秒レーザーによるオオカナダモのレーザーマイクロダイセク

ション

切断は水中で行われており、切断箇所内部の細胞では、葉緑体の顆粒が

保たれている。

図 3 マスト細胞と神経突起の接着力評価

動物組織中に存在するマスト細胞と神経突起の接着を培養皿で再現し、

フェムト秒レーザーが誘起する“力”により接着を乖離することで、接

着力を評価した。マスト細胞と神経突起の間の接着因子(CADM1)を

操作し、細胞接着とその生理学的な意味について調べている。(共同研

究者: 近畿大学医学部 伊藤彰彦教授、萩山満助教)

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若手研究紹介

低温馴化過程における細胞膜マイクロドメインの役割

高橋 大輔(岩手大学大学院連合農学研究科)

植物は移動能を持たなければ恒温動物のように体温調節もできるわけではありません。そのため、外界のあ

らゆる温度に適応しないと生存できません。私がいる岩手県は、夏には 30°Cをゆうに超える上、冬には-10°Cを下回ることもあり非常に寒暖の差が激しいところです。しかし、植物はこの環境を克服して生きており、現に今この原稿を書いている居室からは厳しい風雪に耐えているたくましい樹木たちが見えています。 なぜ、植物はこのように暑い季節から寒い季節に移行しても生育できるのでしょうか? それは、予め冬の到来を感知して、自らの細胞を低温や凍結に適応したものに作り変える、低温馴化という機構を備えているからです。植物はこの過程で、糖の蓄積や凍結保護タンパク質の発現により細胞内凍結を防いでいることが明らかになりました。中でも最も重要と言われるのが、脂質やタンパク質から成る細胞膜の組成変化です。細胞膜は細胞を形作っている半透膜であり、細胞膜の崩壊は細胞の死を意味します。そのため、低温馴化過程において凍結に適応するための細胞膜の脂質やタンパク質組成の変動はよく研究されてきました。 これまで、細胞膜上の構成成分の動きは、ブラウン運動に従った流動モザイクモデルで表されてきました。しかし近年、このモデルに加えて、細胞膜成分の一部はドメイン上に集合して、一定の秩序を持って動いているというマイクロドメインという概念が誕生しました。動物細胞においては、その生理的意義は解明されつつありますが、植物細胞においてはそれらの報告はわずかしかありません。そこで私は、低温馴化後に-20°Cもの低温に耐える Rye(ライムギ)と、-8°C程度までしか耐えることができない Oat(カラスムギ)という2種の植物を用いて、マイクロドメイン組成の影響を推測することにしました。実験としては、低温未馴化(NA)および低温馴化後(CA)の Oatおよび Ryeからマイクロドメインを抽出し、低温馴化過程における組成変動の網羅的解析を行いました。マイクロドメインは高純度の細胞膜画分から界面活性剤不溶性膜画分(DRM画分)として単離できます。 まず、抽出した DRM画分中のタンパク質を、ショットガンプロテオミクスを用いて同定および定量しました。DRM画分中で低温馴化後に有意に増加したタンパク質の機能分布を見てみると(図 1)、Oatの DRMにおいては、Disease/defence関連タンパク質が全ての低温馴化誘導性タンパク質の 88%を占めており、さらにそのほとんどがタンパク質の安定化に働くシャペロンでした。一方 Ryeの DRMでは、P-

type ATPaseなどの Transportersや Signal transduction関連タンパク質など、多種多様なタンパク質の増加が見られました。以上の変動パターンは、全細胞膜画分とは大きく異なっていたことから、低温馴化過程でマイクロドメインには細胞膜の中でも独特の役割があることが考えられます。さらに、DRM画分の各脂質クラスを定量してみると(図 2)、いずれの植物でも低温馴化前後で脂質組成が変動しており、Oatよりも Ryeにおいて、低温下で膜の流動性を保ちやすい低融点の脂質の割合が高いことがわかりました(PLや FSなど)。また、いずれの植物も、ASGや SG、FSなどのステロール脂質が DRM画分中に多量に存在していることが明らかにな

りました。これらの脂質はマイクロドメインの形成に寄与すると考えられるだけではなく、マイクロドメイン中に局在しているタンパク質の活性制御にも関与していることが考えられます。したがって、低温馴化過程におけるマイクロドメインを舞台としたタンパク質の局在制御や脂質─タンパク質相互作用が、凍結温度下での細胞膜機能の安定性に寄与しているのかもしれません。特に Oatと Ryeでは、マイクロドメインの凍結適応機構が大きく異なっており、それが凍結耐性に影響していることが考えられます。現在は、低温馴化過程での GPI-アンカー型タンパク質の網羅的解析と Arabidopsisを用いたそれらの機能解析を行なっています。GPI-アンカー型タンパク質というのは翻訳後修飾の一種で、膜上で脂質に係留されたこれらのタンパク質が、マイクロドメインとともに多くの細胞内プロセスに関わっていることが動物細胞にて明らかになっています。このGPI-アンカー型タンパク質は Ryeの DRM画分において特異的に増加していたことから、植物の凍結耐性に何らかの寄与をしていると考えており、新たな低温馴化機構の解明につながるものと期待しています。

図 2 DRM画分の脂質組成Oat と Rye で組成が大きく異なり、変動パターンも互いに異なっていた。Oat と Rye ではそれぞれ、ASGや FSといった、ステロール脂質がDRM画分のほとんどを占めていた。

図 1 DRM画分において低温馴化後に増加したタンパク質の機能分布Oat の DRM画分はシャペロンが著しく増加していたのに対して、Ryeの DRM画分では様々な機能性タンパク質が増加していた。

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研究成果報告

明らかになった機械受容チャネルの新しいはたらき

飯田 秀利、中山 義敬(東京学芸大学教育学部)

 機械刺激の受容体の 1つは機械受容チャネルです。このチャネルは、膜の伸展やゆがみを感受して開口し、主にイオンを透過させます。植物の機械受容チャネルの一種にMscS-

like protein (MSL) があります。MscSは、mechanosensitive

channel of small conductanceにちなんで名付けられたものであり、原核生物が低浸透圧ショックを受けた時、細胞内のイオンや低分子量物質を直接放出し、膨圧増大による破裂から細胞を守ります。 MSLはMscSのポア形成膜貫通領域とその近傍のアミノ酸配列が似ています。MSLは植物だけでなくカビと酵母にも存在していますが、動物には見出されていません。シロイヌナズナとクラミドモナスのMSLが研究されています。シロイヌナズナのゲノムにはMSLが 10種あります(MSL1

MSL10)。これまでに生理機能が明らかにされているのはMSL2とMSL3です。両者はプラスチドに局在し、その分裂を制御しています。 酵母は、プラスチドをもちませんので、プラスチド以外での機能を調べる目的に適しています。しかも、酵母は分子遺伝学的を基盤とした分子レベルの解析が容易であると同時に、後述のように細胞レベルのイメージング解析にも適しています。基礎研究に使われる酵母には、出芽酵母(Saccharo-

myces cerevisiae)と分裂酵母(Schizosaccharomyces pombe)があります。不思議なことに、MSLは分裂酵母にはありますが、出芽酵母にはありません。 分裂酵母のゲノムにはMSLが 2種あります。私たちは分裂酵母のタンパク質の命名法に従い、mechanosensitive chan-

nel of yeastにちなんで Msy1と Msy2と名付けました。間接蛍光抗体法および mCherryの蛍光像解析から、それぞれMsy1は核周辺の小胞体(perinuclear ER)に、Msy2は細胞膜近傍の小胞体(cortical ER)に局在していることを明らかにしました。この結果は興味深いです。なぜなら、MSLファミリーの中で小胞体に局在しているものは報告されていなかったからであり、新たな機能の発見に繋がると予想されたからです。 この予想どおり、Msy1とMsy2は、これまで報告されているメカニズムとは異なるメカニズムで、低浸透圧ショックから細胞を守ることが示されました。すなわち、msy1+および msy2+遺伝子を両方とも破壊した株(msy1- msy2-二重欠損株)の細胞群は、低浸透圧ショックを受けますと約 10

分後にはその半数が死にます。言い換えますと、Msy1とMsy2は低浸透圧ショックから細胞を守るはたらきをしています。興味深いことに、Cameleon-nano15を用いた細胞内

Ca2+のイメージング解析から、Msy2は低浸透圧ショック後に cortical ERから Ca2+を動員することにはたらき、Msy1

はその Ca2+を perinuclear ERに取り入れることにはたらくことが示唆されました。つまり、分裂酵母ではMSLファミリーは Ca2+シグナルの消長を制御することにより、細胞の破裂を防いでいます。 このメカニズムは、上述の原核生物の防御メカニズムとも異なりますし、ほ乳類の防御メカニズムとも異なります。ほ乳類では、regulatory volume decrease (RVD)と呼ばれるメカニズムで細胞膜上のチャネルが K+、Cl-および H2Oを直接放出することにより細胞破裂を防いでいます。 私たちの研究はまだ初期段階です。Msy1とMsy2によって制御される Ca2+シグナルがどのように伝達されるのか、その結果としてどのように細胞破裂を防いでいるのかを明らかにしなければなりません。なお、msy1- msy2-二重欠損株は、植物のさまざまなMSLの研究の機能解析系としても利用価値があります。どうぞお使いください。

発表論文Nakayama, Y., Yoshimura, K., Iida, H.(2012) Organellar

mechanosensitive channels in fission yeast regulate the hypo-

osmotic shock response. Nature Commun. 3 : 1020

新聞報道朝日新聞(2012年 8月 27日付け朝刊)

図 低浸透圧ショック後の細胞内 Ca2+ 濃度の経時変化

  細胞内 Ca2+ 濃度の高さを疑似カラーで表示しました。緑、黄、赤の順に

Ca2+ 濃度が低濃度から高濃度であることを示しています。野生株(WT)

では、低浸透圧ショック後に細胞内 Ca2+ 濃度がわずかに上昇しました。

一方、msy1- msy2 - 二重欠損株では、野生株に比べ、細胞内 Ca2+ 濃度が異

常に上昇することが分かりました。このことは、Msy1 と Msy2 が低浸透

圧刺激後の Ca2+ 濃度の調節にかかわっていることを示しています。パネ

ルの下の数字は低浸透圧ショック開始後の経過時間を示しています。

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研究成果報告

葉緑体タンパク質をコードする遺伝子変異体の表現型データベースの紹介

明賀 史純(理化学研究所植物科学研究センター)、永田 典子(日本女子大学理学部)

 本研究報告では理化学研究所植物科学研究センターで 運 営 し て い る デ ー タ ベ ー ス(Chloroplast Function

Database : http://rarge.psc.riken.jp/chloroplast/)について紹介します。遺伝子変異体の表現型を観察することは、遺伝子の機能を解析するうえで強力な手法です。遺伝子にトランスポゾンや T-DNAが挿入したタグラインの整備は、さまざまな国際的な研究機関が進めており、現在ではシロイヌナズナの全ゲノムにある約 26,000個の遺伝子の 1つ 1つについて、そのタグラインをほぼ取得することが可能となっています。我々は、シロイヌナズナゲノムの内の葉緑体タンパク質をコードすると推定された遺伝子のタグラインを収集し、それらのラインのホモライン化を進めました。それと同時にこれらの植物体を育成プレート上で網羅的に観察し、目に見える変異が生じた植物体を写真で撮影し、変異体出現率や表現型情報を取得しました。この解析で見つかった異常な表現型を示した変異体の表現型を分類し、原因遺伝子情報と写真を含むデータベースを作成しました。2009年 9月の第一版では1,722ラインを単離し、これらの遺伝子や表現型情報などの詳細をデータベースにまとめ、ウェブ上で自由に閲覧・検索可能にしました。今回新たにデータベースの大規模な改訂を行い 2012年 10月に第二版としてウェブ上で公開しました。改訂版では、(1)収集したホモラインの数の増加と合わせて、(2)これまで検索できなかったホモラインと T-DNAの挿入が確認できなかったラインとの検索機能の追加、(3)変異体のプラスチドの電子顕微鏡像の追加、(4)他の有用ウェッブサイトのリンクの追加、を行いました。(1)の表現型データの掲載数は 1,722ラインから 2,495ラインへと拡充し、その内訳は「野生型の芽生えの表現型を示すホモ挿入体」1,740

ライン、「ホモ挿入体が異常な芽生えの表現形を示す変異体」147ライン、「ホモ挿入体が得られなかった変異体」185ラインとなりました。(2)の検索機能の追加により、自分の研究対象とする遺伝子のホモラインの有無を明らかにすることが出来ます。また T-DNAの挿入が確認できなかったライン396ラインも検索可能になり、この情報はストックセンターから種子の購入を判断する指標としたり、我々が PCRで挿入が確認できなかったプライマーの位置情報から再度自分でT-DNAの挿入箇所を確認するためのプライマーを作成したりする際にも役立ちます。今回新たに追加した(3)のプラスチド電子顕微鏡像は、48ラインの apg (albino or pale-green) 変異体のプラスチドの微細構造を透過型電子顕微鏡で観察した結果であり、変異体のプラスチドの内部膜構造の変化が分かります。(4)のダイレクトなリンク機能も充実させ、検索結果から遺伝子アノテーション(TAIR)や共発現データ(ATTED-II)、T-DNA挿入位置(SIGnAL)、理研 Ds挿入位

置(RARGE)、細胞内局在プロテオームデータの SUBA3やGFP databaseへとアクセスが容易になりました。 特に変異体のプラスチド電子顕微鏡像のデータベースへの追加は、本新学術領域研究の成果であり、アルビノや薄緑色の変異体のプラスチドの形態を観察し分類することで、形態と遺伝子機能を繋げる初めての試みとなりました。この試みは部分的には成功し、プラスチド形態を 11クラスに分類したところプラスチドの内膜構造の特徴に共通の機能的傾向が見られました。また、外見からだけでは分からない新規の異常構造も見つかり、変異体のスクリーニング法としての有用性も示されました。apg変異体のプラスチド像の大規模な収集は機能未知なタンパク質をコードする変異体の機能解析に役立つ有益なリソースとなると考えられました。しかし、問題点もあります。観察したプラスチドの正確な存在位置が分からないため異常構造が葉の全体で起こったのかどうかが分からないこと、各変異体の生長速度が異なるため発生段階の差による構造の違いを拾っている可能性があること、野生型と比べて内膜構造に変化がない変異体が多く可視化できる異常に限りがあったことなどです。これらの問題点の幾つかは、広域画像取得法などにより観察効率をあげることで解決できると思っています。いくつかの問題点はありますが、このような大規模な変異体のプラスチド観察のデータベースは他にはなく、本データベースは色素体の未知の構造的可塑性を明らかにするための有用なツールとして役立つものと考えられます。

発表論文Myouga F, Akiyama K, Tomonaga Y, Kato A, Sato Y, Kobayashi

M, Nagata N, Sakurai T, Shinozaki K.(2013) The Chloroplast

Function Database II : A comprehensive collection of homozy-

gous mutants and their phenotypic/genotypic traits for nuclear-

encoded chloroplast proteins. Plant Cell Physiol. in press.

図 データベースの紹介変異体の検索結果ページとプラスチドの電子顕微鏡像(A)、変異体のプラスチド構造の分類(B)

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研究成果報告

図 1 カルタによる分裂細胞画像の自動分類結果蛍光画像を Int(間期)、Pro(前期)、Prometa(前中期)、Meta(中期)、Ana(後期)、Telo(終期)、Abn(異常)の 7クラスに分けた。表示されている画像は代表画像であり、その下には数十枚の類似画像が集積している。

イメージング画像を客観的に自動分類できるソフトウェア「カルタ」の開発

松永 幸大(東京理科大学理工学部)

 さまざまな撮像機器に搭載できる画像自動分類ソフトウェア「カルタ(CARTA)」の開発に成功し、Nature Communi-

cations誌に論文発表した1)。Clustering-Aided Rapid Training

Agentの頭文字をとっており、結果表示が日本伝統文化のカルタを並べた様子に似ていることから命名した。日本独自開発のソフトウェアは日本文化の発信にも貢献したと言って良いだろう。 カルタは、あらかじめ基準を決めて分類するソフトウェアではなく、専門家の意見を取り入れて学習を繰り返すことができる能動学習型ソフトウェアである2)。カルタは人の代わりに画像を分類できるだけでなく、人が認識することが難しい微妙な特徴の違いに基づいた分類も行うことができる。自己組織化マップによる画像のクラスタリングを介して、専門家の意見を繰り返し学習することで、研究や検査目的にあった的確な分類基準を自動的に検討する。 実際、植物細胞のオルガネラの蛍光画像を局在場所別に自動分類できたほか、気孔の画像を「閉じている状態」か「開いている状態」の二つのグループに高精度で自動分類することができた。更に、本領域の永田典子博士(日本女子大学)が植物細胞の電子顕微鏡画像を自動分類するために、カルタを使用してシステム構築を進めている。 このような植物科学や細胞生物学への適用の他、核医学の画像診断効率化3)、リード化合物スクリーニングのセルベースアッセイ、バイオイメージングや植物工場のオートメーション化4)などのメディカルサイエンスやバイオテクノロジー分野で用いられる多種多様な画像の分類にも利用できることから、多くの産業への応用が期待されている。実際、東京大学 TLOを通じて、機器メーカーと特許技術のライセンス契約を結び、カルタを搭載した「次世代イメージング機器」の実用化に向けて開発を進めている。

参考文献1) Kutsuna, N.*, Higaki, T.*, Matsunaga, S.*+, Otsuki, T., Ya-

maguchi, M., Fujii, H., Hasezawa, S.(2012) Active learn-

ing framework with iterative clustering for bioimage classi-

fication. Nature Commun., 3 : 1032. *These authors equally

contributed to this work. +Corresponding author

2) 朽名夏麿,桧垣匠,馳澤盛一郎,松永幸大(2012)バイオ画像の自動分類のための能動的な学習技術・CARTA.

細胞工学 31(12), 1372-1373.

3) 松永幸大(2013)生物医学画像を自動分類するソフトウェア“カルタ”の開発.Isotope News, 印刷中

4) 松永幸大(2013)世界初のバイオ画像自動分類ソフトウェア「カルタ」の開発.生物工学会誌 91(1), 33