創薬技術調査 国外調査報告書2019...

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2019 年度国立研究開発法人日本医療研究開発機構研究費 (創薬基盤推進研究事業) 研究課題名: 革新的な治療薬の創出に向けた創薬ニーズ等調査研究 2019 年度 創薬技術調査 国外調査報告書 再生医療、細胞治療、遺伝子治療の研究開発動向と それを取り巻く環境の最新状況、並びに デジタル医療実現に向けた欧米各国の 取組みの最前線を探る 公益財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団 創薬技術調査班 国外調査 WG

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2019 年度国立研究開発法人日本医療研究開発機構研究費 (創薬基盤推進研究事業) 研究課題名:革新的な治療薬の創出に向けた創薬ニーズ等調査研究

2019 年度

創薬技術調査

国外調査報告書

再生医療、細胞治療、遺伝子治療の研究開発動向と

それを取り巻く環境の最新状況、並びに

デジタル医療実現に向けた欧米各国の

取組みの最前線を探る

公益財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団

創薬技術調査班 国外調査 WG

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本報告書は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)

の【創薬基盤推進研究事業(課題番号 19ak0101075h0003)】による委託研究として、公益財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団

が実施した 2019 年度「革新的な治療薬の創出に向けた創薬ニー

ズ等調査研究」の成果を取りまとめたものです。

発行元の許可なくして転載・複製を禁じます

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はしがき

公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団(HS 財団)では、昭和 61 年度(1986 年度)より、

厚生科学研究費補助金や日本医療研究開発機構研究費等を活用し、医療・医薬等いわゆるヒ

ューマンサイエンスにおける研究開発の分野で、産学官が協力して実施する各種プロジェクトを

推進しております。

HS 財団は、上記各種プロジェクトを推進するために有用な情報を提供する目的で、欧米を中

心とする諸外国の医薬品などの研究開発の状況に関する「国外調査」を毎年実施して参りました。

2019 年度の創薬技術調査での国外調査においては、「再生医療、細胞治療、遺伝子治療の

研究開発とそれを取り巻く環境の最新状況、並びにデジタル医療実現に向けた欧米各国の取組

みの最前線を探る」をテーマに、欧米各国における最新の医薬品産業の動向を把握するととも

に、創薬に関連する科学・技術の進展と先端的医療技術開発の現状等について調査・分析する

ことを目的に、欧米各国を訪問して、製薬企業、研究・医療機関及び関連行政機関より、最新の

情報を入手・分析することと致しました。

今回の国外調査で収集した情報が、日本のヒューマンサイエンスにおける研究開発振興の一

助となることを切に願っております。

なお、本調査は、2019 年度の国立研究開発法人日本医療研究開発機構研究費(創薬基盤推

進研究事業)を受けて行った調査であり、HS 財団の「創薬技術調査班・国外調査 WG」が計画

立案し、実施したものです。本調査の実施にあたり、諸準備・諸手配にご協力頂きました関係各

位に、厚く御礼申し上げます。

2020 年 3 月

公益財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団

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創薬技術調査班 国外調査 WG

(敬称略、会社名五十音順)

【WG メンバー】

第一三共株式会社 研究開発本部 佐 藤 督 (リーダー)

旭化成ファーマ株式会社 医薬研究センター CMC 研究部 小 西 一 誠

アステラス製薬株式会社 研究本部リサーチポートフォリオ部 山 田 知 広

同上 研究本部リサーチポートフォリオ部 槇 圭 介

EAファーマ株式会社 創薬研究所 企画調整室 西 尾 光

エーザイ株式会社 メディスン開発センター 松 井 賢 司

同上 東京大学医学部出向 小 田 吉 哉

小野薬品工業株式会社 研究本部研究渉外部 鈴 木 秀 博

キッセイ薬品工業株式会社 研究統括部創薬戦略室 海 藤 功 一

田辺三菱製薬株式会社 ポートフォリオマネジメント部 海 野 明 徳

同上 デジタルトランスフォーメーション部 木野 ゆりか

デンカ株式会社 イノベーションセンターライフイノベーション研

究所 ワクチン・バイオ研究部

田 中 幸 来

東京医科歯科大学 再生医療研究センター 岡野内 德弥

日本新薬株式会社 日本製薬工業協会

医薬産業政策研究所出向 鍵 井 英 之

株式会社日立製作所 ㈱日立ハイテクノロジーズ出向 濱 里 史 明

【オブザーバー】 国立研究開発法人

日本医療研究開発機構 創薬戦略部 平澤 竜太郎

【事務局】 株式会社 レクメド 代表取締役社長 松 本 正

同上 事業開発部 眞 鍋 弓 月

(公財) ヒューマンサイエンス振興財団

研究企画部 井 口 富 夫 (研究開発分担者)

同上 研究企画部 西 田 健 一 (研究開発分担者)

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目 次

第 1 章 調査の概要

1-1.調査の目的 ....................................................................................................... 1

1-2.訪問先と主な入手情報 ....................................................................................... 1

1-3.調査団メンバー .................................................................................................. 9

1-4.調査日程 ........................................................................................................ 10 1-5.調査協力者(敬称略) ....................................................................................... 11

第 2 章 訪問先別調査結果

■北米

【NYC/NY】

2-1.The New York Stem Cell Foundation(NYSCF) ................................................ 12 2-2.Memorial Sloan Kettering Cancer Center(MSKCC) ......................................... 16

2-3.Icahn School of Medicine at Mount Sinai ........................................................ 22

2-4.Abeona Therapeutics Inc. ................................................................................ 26

【Toronto,Canada】

2-5.Center for Commercialization of Regenerative Medicine(CCRM) .................... 30

2-6.Toronto Innovation Acceleration Partners(TIAP) ............................................ 35 2-7.Gene42 Inc. .................................................................................................... 42

2-8.BlueDot Inc. ................................................................................................... 48

2-9.VR Vision Inc ................................................................................................ 53

2-10.University Health Network(UHN) ................................................................ 60

【Portland/OR】

2-11.PDX pharmaceuticals, Inc. ............................................................................ 64 2-12.Knight Cancer Institute ................................................................................. 70

■欧州

【London, UK】

2-13.Imperial College London White City Campus................................................. 75

2-14.Cancer Research UK(CRUK) ........................................................................ 79 2-15.Genomics England ........................................................................................ 86

2-16.Cell and Gene Therapy(CGT) Catapult ......................................................... 89

【Warsaw, Poland】

2-17.The Maria Skłodowska Curie Memorial Cancer Centre and Institute of Oncology

(MCMCC) .............................................................................................................. 95

【Reykjavik, Iceland】 2-18.deCODE Genetics, Inc. ................................................................................. 99

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【Leiden, Netherlands】

2-19.Leiden University Medical Center(LUMC) ................................................. 108

第 3 章 調査結果の総括と提言

3-1. 調査結果の総括 .......................................................................................... 119

3-2. 提言 ........................................................................................................... 122

注: 本文中の外貨金額の桁表記として、K=1,000(千)、M=1,000,000(百万)、 B=1,000,000,000(十億)を用いた。

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受領資料一覧

01.The New York Stem Cell Foundation(NYSCF)

説明資料 01-1. NYSCF Overview 28Oct2019

02.Memorial Sloan Kettering Cancer Center(MSKCC)

受領資料 なし

03.Icahn School of Medicine at Mount Sinai

説明資料 03-1. Innovation Partners Bringing Mount Sinai discoveries to life

04.Abeona Therapeutics Inc. 説明資料 04-1. About Abeona Therapeutics September 2019

05.Center for Commercialization of Regenerative Medicine(CCRM)

説明資料 05-1. Collaborative, Capital-Efficient & Scalable Translation of Advanced

Therapies

– Visit from the Japan Health Science Foundation Delegation

06.Toronto Innovation Acceleration Partners(TIAP)

説明資料 06-1. TIAP Corporate Overview - October 2019

07.Gene42 Inc.

説明資料 07-1. Gene 42 Smart software for precision medicine

配布資料 07-2. PHENOTIPS Better Insights Start with Better Data

08.BlueDot Inc.

説明資料

08-1. BlueDot - October 31 2019

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09.VR Vision Inc.

説明資料 09-1. Reality Well - VR Platform for Senior Living

10.University Health Network(UHN)

説明資料 10-1. Research Innovation and Commercialization at UHN: An Overview

UHN Technology Development and Commercialization

11.PDX pharmaceuticals

説明資料 11-1. Precision medicine and therapeutic vaccines for cancer

12.Knight Cancer Institute 説明資料 12-1. OHSU Overview and Partnering OHSU Collaboration & Entrepreneurship

12-2. Knight Cancer Institute Structure and Overview

12-3. Human Germline Gene Therapy: Promise & Peril

13.Imperial College London White City Campus 説明資料 13-1. Imperial College London: Translating Medical Research MEDCITY

14.Cancer Research UK(CRUK)

説明資料 14-1. PARTNERING WITH CANCER RESEARCH UK

15.Genomic England Limited

説明資料 なし

16.Cell and Gene Therapy Catapult Manufacturing

説明資料 16-1. AAV Vector Development at CGTC

16-2. Introduction to the Cell and Gene Therapy Catapult

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17.The Maria Skłodowska Curie Memorial Cancer Centre and Institute of Oncology

(MCMCC) 説明資料 17-1. Integration of multi-omics analyses and patient-derived xenografts platform

to discover new oncology therapies

17-2. Innovative approaches to develop new anticancer therapies

17-3. The role of regenerative medicine in cancer therapies

18.deCODE Genetics, Inc.

受領資料 なし

19.Leiden University Medical Center (LUMC)

説明資料 19-1. Introduction LUMC 19-2. Paul Janssen Futurelab

19-3. Leiden Bio Science Park

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第1章 調査の概要

1-1.調査の目的

2019 年度の国外調査は、「再生医療、細胞治療、遺伝子治療の研究開発動向とそれを取

り巻く環境の最新状況、並びにデジタル医療実現に向けた欧米各国の取組みの最前線を探

る」をテーマに、欧米各国における最新の医薬品産業の動向を把握するとともに、創薬に関

連する科学・技術の進展と先端的医療技術開発の現状等について調査・分析するため、欧米

各国の製薬・バイオテク企業、研究・医療機関、及び関連行政機関等を訪問して、最新の情

報を入手・分析することことをミッションに行なわれた。

具体的には、以下に示す目的のもと、「1-4.調査日程」に示すスケジュールにて、欧米各

国を訪問した。

・ 再生医療、細胞治療、遺伝子治療の研究・臨床と社会への実装に向けた環境に関す

る調査・情報収集

・ 新規創薬モダリティ技術に対する国家レベル、官民連携あるいは製薬企業・バイオテ

ク企業の取り組みに関する調査・情報収集

・ 近年注目されるデジタル医療に関して、AI を含む ICT 技術の利活用及び遺伝子ゲノ

ム情報の医療への展開に関する調査・情報収集

・ スタートアップベンチャー企業の育成に対する、国家、アカデミア、バイオクラスター等

の取り組みに関する調査・情報収集

1-2.訪問先と主な入手情報

1) New York Stem Cell Foundation(NYSCF)

2005 年春に設立された米国 501 の非営利公益法人で、「幹細胞研究を通じて現代の主

要な疾患の治療を促進する」という使命を負っている。

独立した NYSCF 研究所を有し、革新的な幹細胞研究を実施することに加え、世界的な

幹細胞研究リーダー及びより広範な幹細胞コミュニティを支援している。

運営資金は、その約 9 割が寄附によるものである。

研究対象とする疾患の半分は神経疾患で、主にアルツハイマー病、パーキンソン病、多

発性硬化症、精神疾患であり、残りは、がん、糖尿病、自己免疫疾患、骨・軟骨再生、腎

疾患である。

NYSCF は、in vitro での疾患モデル構築のための基盤的な iPSC 作成から薬剤探索や

安全性評価までの幅広い内容で、世界の多くの研究機関、基金や企業等と共同研究契

約を締結している。

300 以上の多種多様な cell line を保有しており、主要な民族グループや患者の臨床の

データも有しており、iPSC 作成の完全自動化に成功している。

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2) Memorial Sloan Kettering Cancer Center(MSKCC)

MSKCC は米国最古のがんセンターであり、Center for Cell Engineering の所長である

Michel Sadelain 教授は、CAR-T 治療の黎明期から研究に携わり、最初の臨床試験を

実施したこの分野のパイオニアである。

現在承認されている CAR-T 細胞療法は、T 細胞の CD3ζ に scFv 及び CD28、あるいは

4-1BB を繋げた第 2 世代と呼ばれるものである。臨床において効果が減弱することが課

題であるが、MSKCC ではその要因として、T 細胞がエフェクターT 細胞の性質を強く持

ちすぎること、あるいは腫瘍が回避機能を獲得することなどを見出し、これらを評価する

実験系の確立や、殺腫瘍活性と長期活性維持を兼ね揃える治療の開発に取り組んでい

た。

CAR-T 治療の今後の展開として、近い将来としてはチェックポイント阻害剤や放射線治

療との併用、複数の増幅シグナルを付加した T 細胞の作成が考えられるが、Single cell

RNA seq によりがん細胞特異的な表面抗原が探索されることにより、固形癌含む様々な

がん種に CAR-T 治療の適応が広がることが期待される。

3) Icahn School of Medicine at Mount Sinai ・ Mount Sinai は、New York において、医学教育を行う Mount Sinai 医科大学と New

York で最大規模の医療体制を保有している 15 以上の病院群から構成されている。

・ New York では、それぞれの地域ごとに、人種の集積が見られ、その各地域に病院を配

することで、多くの人種に特有な疾患と遺伝子背景の紐づけデータを保有している。

・ Mount Sinai では、知財の活用の部門を「technology transfer」とはせず、「innovation partner」としている。体制も、知財の初期段階では、研究者と共に知財を完成させ、その

後はライセンス先とのパートナーシップに協力して、知財から製品までをしっかりとサポー

トしていくスタッフが確保されている。

・ The department of the genetics and genomics を率いる、Dr. Desnick は、1977 年から

40 年以上に亘りラボをリードし、多くの遺伝子疾患の原因遺伝子の解析から、治療法を

見出し、それらを Mount Sinai の知財に発展させ、企業へのライセンスと商品化で、その

ライセンス収入を Mount Sinai に還元させ、ラボを発展させ、研究者に対しても起業家精

神を教育してきた。

4) Abeona Therapeutics Inc. Abeona Therapeutics(本社:New York)は、遺伝子及び細胞療法の開発及び製造技術

を有するベンチャーである。

自社製造施設を保有し、アカデミアからシーズやベクター技術を導入、自社開発すること

が基本戦略である。AIM™ Vector Platform は、遺伝子治療に用いられる次世代 AAV

キャプシドであり、組織特異的にベクターを送達できる技術である。

希少疾患にフォーカスしている、3 品目の臨床開発を進めており、最も開発が進んでいる

表皮水疱症治療薬 EB-101(PIII 段階)は、対象患者数が少なく欧米では自社製造・販

売を予定しているが、日本は開発・販売ノウハウや人的リソースが不足しており、提携先

を探している。

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5) Center for Commecialization of Regenerative Medicine (CCRM)

CCRM は細胞治療、遺伝子治療及び再生医療における商業化を推進するコンソーシア

であり、当該領域に関連する企業、病院、大学が集積する Toronto の中心部に拠点を置

く。

2011 年に設立され、政府の特別な支援を受けながら現在の組織規模(従業員 100 名)に

まで成長し、アカデミア及び産業界の一プロジェクトの支援にとどまるのではなく、商業化

するためのエコシステムの創製に注力している。

これまでにトータル 9 社を設立し、1 社を Exit させた実績を有する。

6) Toronto Innovation Acceleration Partners(TIAP)

TIAP は、Toronto 大学及び関連教育病院を含む Toronto のトップの学術研究機関 13

組織を基盤とするスタートアップ段階の健康科学技術のベンチャービルディングを専門と

するベンチャーキャピタルであり、カナダ有数のプロバイダーとして 10 年を超える実績を

有する。

カナダ経済と人々の生活の質に大きく貢献することをビジョンとし、また、優れた科学を商

業的価値に代えて研究資産を商業・社会的リターンに最大化することをミッションとしてい

る。

ポートフォリオは、治療、医療機器、医療 IT/AI などの分野の 60 以上のスタートアップ企

業で構成され、過去 10 年間で 400M 加ドル以上を調達し 35M 加ドルの資本を直接投

入、カナダで 1,000 超える STEM ジョブを作成した。

Toronto 大学をはじめとしてメンバーは 14 あり、学術研究の資金提供を支援するために

総額約 1.47B 加ドルが提供されている。また、業界パートナーには、Baxter、GSK、

Johnson&Johnson、LifeLabs、Merck、Pfizer、TandemLaunch がある。

ベンチャー企業支援プログラムは、研究者がサポートにアクセスして、発明を順調に開始

することができるよう、LAB150、UTEST、Venture Builder、Portfolio Management の 4

つを提供している。

LAB150 はメンバーからの重要な価値創造のためのスケジュールの短縮と成功率を高め

るパートナーと資金調達の機会を発掘、UTEST はスタートアップ企業の支援及び投資プ

ログラムであり、Venture Builder は UTEST 及び LAB150 以外で設立された会社を支

援、Portfolio Management プログラムはベンチャー企業に TIAP からのシード資本とガ

バナンスを提供している。

7) Gene42 Inc. Gene42 は Human Phenotype Ontology (HPO)を活用することにより、疾患の表現型を

適切に構造化データとして蓄積できるシステムを構築している。さらに、インターフェース

のデザインを工夫することにより簡便で短時間に患者さんの臨床症状、家族病歴、血統

及び家系図のインプット、そして遺伝子検査結果との照合を容易にした。さらに、本シス

テムを電子健康記録システムに組み込むことにより、医師もしくは医師サポートスタッフに

よる確実な入力を促すことに成功した。

患者の識別コードのみを個人情報として共有することにより匿名化された情報は規定さ

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れた施設内での活用が可能になった。現在では、本システムが希少疾患の診断におい

ては非常に有用であることが欧州、英国、オーストラリアでの国家的な取り組みにより明ら

かになっている。

また、Oncology Suite は、乳がん、卵巣がん精度の高い診断を目的といてシステム構築

が進んでいる。

8) BlueDot Inc. 2008 年に始まった BioDiaspora プロジェクトを前身として、2014 年に設立されたスタート

アップ企業である。現在カナダの Toronto に拠点を置き、40 名ほどのスタッフで、旅行者

向けの George、ヘルスケアビジネス用の Insight、公衆衛生対策用の Explorer など、感

染症の流行予測を行うソフトウェアの開発や提供を行っている。

150 以上の疾患、60 以上の言語について、WHO、OIE、FAO、CDC、ProMed mail、

Google News のデータを 15 分ごとに収集して Natural Language Practice ML にかけ

感染性、感染発生場所、感染発生時間、感染要因に関するデータを抽出している。これ

らデータと、年間 40 億ものフライトデータ、3.75 億もの携帯端末情報を基に、感染症の

伝播リスクを判定している。「予測」ではなく、リアルタイムな情報収集を目的としたシステ

ムであるが、予測システムとしての開発も検討中である。

現在の顧客は CDC(Centers for Disease Control and Prevention)の他、インターポー

ルや保険会社などであり、製薬会社の顧客はいない。

9) VR Vision Inc VR Vision は 2016 年 1 月 Toronto(カナダ)に設立され、New York(米国)にも拠点を

有する非上場ベンチャー企業である。約 20 名の従業員で構成されており、その多くはシ

ステムやコンテンツの開発に携わっている。

同社のビジネスモデルは、BtoC モデル(Business to Consumer:企業対消費者間取引

モデル)ではなく、BtoB モデル(Business to Business:企業間取引モデル)である。

VR Vision 社がカスタマイズして作成した社内トレーニングプログラムの導入により、トヨタ

自動車カナダでは費用対効果の高い社内トレーニングが可能となった。 VR Vision 社のライフサイエンス分野のサービスである「Reality Well」は、①Explore(双

方向型の様々な環境・場所の探索)、②Expedition(360 の世界中のビデオ/写真の閲

覧)、③Excite(簡単に学べ、楽しくプレイでき、達成感を味わうように設計された双方向

型ゲーム)を利用者に提供し、利用者は没入感の高い VR/AR 体験をできる。

「Reality Well」の使用により、統計学的な有意性を検討していないが、利用者の中には

症状が良くなった人もいる。

10) University Health Network(UHN)

UHN は 4 つの病院、7 つの研究所、10 の臨床プログラム、9 つの教育センター、3 つの

財団を有する、カナダ最大の研究施設であり、各研究所は特定の治療分野に特化してい

る。物理的にもこれらの建物は互いに近接しており、カナダ最大の大学である Toronto 大

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学とも提携をしており、基礎研究から実際に臨床試験を実施できるエコシステムが構築さ

れている。 近年の焦点領域として、約 1 年前に設立された McEwen 幹細胞研究所を中心とした、再

生医療がある。再生医療研究では心臓、糖尿病、肝臓、血液の 4 プログラムを展開して

いる。UHN には実際に GMP レベルの製造施設があり、これは CCRM によって管理され

ているため、必要に応じて組織間でコラボレーション、パートナーシップを締結することと

なる。

Shinichiro Ogawa 先生は肝臓の再生医療プログラムを担当している信州大学出身の外

科医であるが、ヒト iPS 細胞から成熟した肝実質細胞あるいは胆管細胞へ効率よく分化さ

せる方法を確立している。さらに Zonation の視点から、門脈側あるいは中心静脈側で異

なる肝機能に着目し、Zone 特異性に関わる分子機構に着目し、その一部を解き明かし

つつある。最終的には細胞レベル、あるいは臓器レベルでの移植を目指しているが、別

途活用方法としては肝疾患に対する治療薬反応性、in vitro レベルの肝疾患モデル構築

や、完全肝ヒト化マウスの作製を視野に入れている。

11) PDX Pharmaceuticals, Inc PDX は健康の改善につながるような機能性ナノ粒子の開発を目的として、2010 年に設

立された。CEO の Yantasee 博士は PDX の持つナノテクノロジーのプラットフォームを用

いてがんの治療を発展させたいという強い熱意をもって日々の研究に取り組まれている。

多孔性シリカ(MSNP)をベースにしたナノ粒子を基盤技術として有する。MSNP は

cationic polymer, PEG, 抗体(フルサイズ)、siRNA でコーティングされている。①粒子

径、②サイズ、③溶解性について最適化されており、腫瘍移行性や血中滞留性の向上に

つながっている。

乳がんや肺がん、がん免疫の活性化等を志向した複数の非臨床パイプラインを有する。

臨床試験の遂行や CMC、マーケティングに強みのある製薬企業とのパートナリングを望

んでいる。

12) Knight Cancer Institute Knight Cancer Institute は 1997 年に設立された The Oregon Cancer Center に端を発

し、2008 年に Nike の創業者である Phil Knight と Penny Knight 夫妻が 1100M 米ドル

を寄付したことで現在の Knight Cancer Institute という名称になった。その後、2015 年

6 月までに寄付のみで 1B 米ドルを集めた。2017 年には NCI 指定の総合がんセンター

に指定されている。

Knight Cancer Institute のディレクターはプレシジョンメディシンの先駆けである

Gleevec®の研究を行った Dr. Brian Drukuker であり、2007 年から現職についている。

Knight Cancer Institute は 139 名の研究者、1,200 名の医師、看護師、研究スタッフ等

の医療従事者及び 12 の学際的クリニックを保有している。

Knight Cancer Institute が誇る最高の precision oncology program である SMMART

プログラムについて紹介いただいた。

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本プログラムのゴールは、生物学的なガイドのもとでより長期間に渡って、より患者が我慢

できるような方法で転移性がんの進行をコントロールすることである。それを達成するため

に患者から得られる試料の生化学的・分子生物学的解析、組織学的解析などの膨大な

解析を治療期間中にリアルタイムに実施し、薬剤耐性が発生したらそれに応じて治療体

系を変更する。

本プログラムでは得られたデータのマネジメントが特に重要である。患者を長期にわたっ

てモニターすることで得られたすべてのデータは統合され、治療耐性メカニズムとがんの

脆弱性についてコンピューターで解釈され、研究者と臨床医による意思決定のためにデ

ータブラウザーを介して提供される。

現状では triple-negative breast cancer(TNBC)をターゲットとしているが、今後は膵が

ん、前立腺がん、AML などの他がん種への展開も考えている。

13) Imperial College London White City Campus Imperial College は 1907 年設立、London に本部を置く英国の公立理工系大学。

Cambridge、Oxford とともに英国 3 大大学の一つであり、世界でもトップ 10 に位置する。 トランスレーショナルリサーチを進めるための組織(AHSC、AHSN)やリスクマネーの供

給源である Imperial Joint Translation Fund を有し、アカデミア/地域行政機関/企業

/医療機関を繋げるネットワークシステムが充実している。

White City Campus は、大学が進めているハブ建設計画である。London 中心部から少

し離れたウェストウェイの南に、今後 20 年、1.3B 英ポンド(約 1,800 億円)を掛けて完成

予定である。すでに一部は完成し、複数のスタートアップ企業が入居している。2020 年に

は Novartis の欧州本社が移転する予定である。

英国の Cambridge, London, Oxford の三地域が形成する“Golden Triangle”は欧州最

大のバイオクラスターを形成している。MEDCITY は、2014 年に設立した NPO であり、

“Cluster of Cluster”として英国のライフサイエンスに関するイノベーションを実用化につ

なげるための窓口及び各種サポートを行っている。

14) Cancer Research UK(CRUK) CRUK は世界最大の医療研究慈善団体であり、政府の資金援助は受けておらず、全て

の活動資金は寄付から成り立っている。欧州で最大のがん研究資金を有しており、2018

~2019 年の研究資金は 475M 英ポンドで世界第 2 位である。がん領域に特化しており、

集めた資金は、研究、情報提供、アドボカシー、公共政策に用いられている。

投資配分について、疾患別にみると、乳がん(45M 英ポンド)、結腸及び直腸がん(42M

英ポンド)、肺がん(42M 英ポンド)がトップ 3 の疾患である。創薬ステージ別にみると、研

究(48%)、トランスレーショナル研究(31%)、臨床(21%)であり、研究へ重点的に投資

している。カテゴリー別にみると、バイオロジー(42%)、治療(32%)がトップ 2 になってお

り、がんの病態理解へ重点的に投資している。

事業化に向けた多様な枠組みをもっており、積極的なライセンスや共同研究等のアライ

アンス活動を行っている。過去 5 年間におけるがん領域のトップ 3 のライセンサーである。

これまで 33 社のスピンアウト企業の設立に携わっており、その際はエクイティ投資も行っ

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ている。企業が費用負担なしに前臨床及び早期臨床開発を実施することも可能である。

CRUK の研究部門とのアライアンスも可能である。

15) Genomics England Genomics England は 100,000 Genomes Project を主目的として 2013 年に英国保健省

(当時)が設立した組織である。

本プロジェクトは主にがん及び希少疾患を対象に、患者及びその家族 10 万人分の全ゲ

ノムシーケンス解析を行うもので、個別化医療の実現を目的としている。

10 万人分の解析は 2018 年 12 月に終了している。 2023 年までに 50 万人分、将来的には 500 万人分の全ゲノム解析が計画されている。

ゲノム医療の早期の研究開発及び商業化を目指し、アカデミアだけでなく産業界とも協

働している。

今後はデータ数を増やすとともに、より複雑な解析を要する複数遺伝子が関与する疾患

や、non-coding 領域にも着目していく。

全ゲノム解析は患者さんを効果的な治療法に導き得る有用な検査方法であるが、実際に

全ゲノム解析を用いるかどうかは、遺伝子パネル等と費用対効果を比較した上で判断す

る必要がある。

16) Cell and Gene Therapy(CGT)Catapult

Cell and Gene Therapy Catapult(以下、CGT Catapult)は、英国における細胞治療・遺

伝子医療産業の育成、推進を目的に、2012 年 に創設された非営利の独立組織である。

2018 年に 60M 英ポンド超の産業戦略の投資が、新しいセンター開発に使われている。 CGT Catapult では AAV ベクターの製造と不純物の同定、プロセス開発を行っている。

従来行っていた分析項目(1s t Generation)から、様々な検討の結果現在は新たな分析

試験(2nd Generation)を設定している。

生成ウイルス量をリアルタイムで測定する PAT(Process Analytical Technologies)を確

立し、培養液の上清の成分を測定することで、おおよそのウイルス量を予測することが可

能となった。

17) The Maria Skłodowska Curie Memorial Cancer Centre and Institute of Oncology(MCMCC)

MCMCC はポーランドにおける主要な総合がんセンターで、腫瘍学専門の政府研究機

関となっている。研究部門は、実験療法、疫学と予防、病理学、イメージング、がん生物

学の基礎研究に専念している。

基礎研究として、3 名から次にあげる研究が紹介された。①独自系統を含む免疫不全マ

ウスを活用した Xenograft 実験と NGS や Mass spectrometry を用いた各種解析、②

SWI/SNF クロマチンモデリングにフォーカスしたエピジェネティクスからの新規チェックポ

イント阻害剤に関する研究や、アルパカ由来のファージディスプレイを活用した CAR-T

治療の開発、③がん治療の正常組織に対する毒性に対する、自家脂肪由来間葉系幹細

胞と組織工学的アプローチを組み合わせた再生医療研究。

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Clinical Trials Office からは 2017 年に整備された、Roche とコラボし IQVIA のサポー

トを受けている Early Clinical Research 施設の紹介があった。治験実施のコスト面と治

療ナイーブな被験者へのアクセスのしやすさから、初期臨床試験を多くのメガファーマと

実施中で、今後日本企業にも当施設の活用を推奨していた。

18) deCODE genetics deCODE Genetics は、1996 年に設立されたアイスランドに拠点を持つバイオテクノロジ

ー企業である。アイスランドという人口 36 万人の島国のゲノム解読とその集団遺伝学的

解析を基盤とした独自のアプローチをとっている。deCODE whole genome sequencing project として、アイスランド国民を対象とした 5 万人以上の全ゲノム解析を行い、ヘルス

ケアデータなどと統合したデータベースを構築している。これを用いて、疾患や各種特性

と Genotype との相関解析を行い、その成果は多数の論文として発表されている。

deCODE Genetics は、2012 年 12 月に Amgen に買収されたが、組織としての独立性は

保っており、公的研究機関に近い性質を有している。成果を論文発表することが重視さ

れている。また、他の製薬企業などとの事業連携も可能である。 施設としては、検体及び試料を保管するためのバイオバンクとシークエンス設備、データ

ストレージから成り立っている。特に、シークエンサーとしては Illumina の最上位機種

NovaSeq18 台を揃え、世界有数のシークエンスパワーを有している。これは、UK

Biobank の全試料の半数に当たる 25 万試料の解析を請け負うことになり、そのために増

強されたものである。これによって、1 日当たり 500~600 試料のヒト全ゲノムシークエンス

を行うことが可能である。

19) Leiden University Medical Center(LUMC)

Leiden University Medical Center (以下、LUMC)は、Leiden 大学に付属する病院と

研究機能を併せ持つ組織であり、現在、再生医療、がん、公衆衛生の 3 分野に注力して

研究開発を進めている。

様々なモダリティの Advanced Therapy Medicinal Products (以下、ATMP)の開発を進

めており、施設内に製造設備も保有している。また、iPS 細胞を用いた Organ-on-Chip 技

術の開発も進めており、創薬研究への利用をめざしている。

LUMC は ATMP 製造のための GMP 施設を保有しており、治験製品などの製造が行わ

れている。また、技術シーズのトランスレーションを推進するために組織・細胞培養技術

や遺伝子導入技術などを行うサポート体制の整備も行っている。

LUMC では、2016 年に再生医療技術の実用化アクセラレーターである Starfish

Innovation を設立した。アカデミアから企業への橋渡しを多角的にサポートすることで、

開発中止などのリスク軽減を図っている。

LUMC は Leiden 駅に隣接する Leiden Bio Science Park 内の一角に所在している。

Leiden Bio Science Park は、1984 年に設立された欧州で最も歴史のあるサイエンスパ

ークの一つであり、オランダで最大かつ欧州で 5 指に入る規模をもつ。医療・創薬・ライフ

サイエンス分野に特化したエコシステムを形成しており、LUMC はその一翼を担っている。

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1-3.調査団メンバー

調査団メンバーは、国外調査 WG メンバー及び事務局で構成される以下 14 名であった。

(敬称略、会社名 50 音順)

団長(北米)

事務局

松 本 正 株式会社レクメド 代表取締役社長

団長(欧州) 濱 里 史 明 株式会社日立製作所 ㈱日立ハイテクノロジーズ出向

団長(欧州) 鍵 井 英 之 日本新薬株式会社 日本製薬工業協会

医薬産業政策研究所出向 副団長

(北米)

岡野内 德弥 東京医科歯科大学 再生医療研究センター

小 西 一 誠 旭化成ファーマ株式会社 医薬研究センター CMC 研究部

槇 圭 介 アステラス製薬株式会社 研究本部リサーチポートフォリオ部

山 田 知 広 アステラス製薬株式会社 研究本部リサーチポートフォリオ部

西 尾 光 EAファーマ株式会社 創薬研究所 企画調整室

松 井 賢 治 エーザイ株式会社 メディスン開発センター

海 野 明 徳 田辺三菱製薬株式会社 ポートフォリオマネジメント部

田 中 幸 来 デンカ株式会社 イノベーションセンターライフイノベーション

研究所 ワクチン・バイオ研究部 オブザーバー 平澤 竜太郎 国立研究開発法人

日本医療研究開発機構

創薬戦略部

事務局 眞 鍋 弓 月 株式会社レクメド 事業開発部

事務局 西 田 健 一 公益財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団

研究企画部

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1-4.調査日程

月日 (曜日)

訪問都市 訪問先

10 月 28 日

(月) New York, USA

1.New York Stem Cell Foundation

2.Memorial Sloan Kettering Cancer Center,

29 日

(火) New York, USA

3.Icahn School of Medicine at Mount Sinai New York

4. Abeona Therapeutics Inc.

30 日

(水) Toronto, Canada

5.Center for Commercialization of Regenerative

Medicine(CCRM)

6. Toronto Innovation Acceleration Partners(TIAP) 7.Gene42 Inc.

31 日

(木) Toronto, Canada

8.BlueDot Inc.

9.VR Vision Inc. 10. University Health Network

11 月 1 日

(金) Portland, USA

11.PDX Pharmaceuticals

12.Knight Cancer Institute

2 日(土)

3 日(日) (移動日)

4 日

(月) London, UK

13.Imperial College London White City Campus

14.Cancer Research UK

5 日 (火)

London, UK 15.Genomics England 16.Cell and Gene Therapy Catapult Manufacturing

6 日

(水) Warsaw, Poland

17. Maria Skłodowska Curie Memorial Cancer

Centre

7 日

(木) Reykjavik, Iceland 18. deCODE genetics

8 日

(金) Leiden, Netherland 19. Leiden University Medical Center

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1-5.調査協力者(敬称略)

・ 福岡 隆/第一三共株式会社 Head of R&D Affairs/MSKCC

・ Dr. Jose Baselga/EVP & President Oncology R&D, AstraZeneca/MSKCC

・ 黒岩 克子/在日カナダ大使館 商務官(ライフサイエンス)/CCRM、TIAP、Gene42、Blue Dot、VR Vision、UHN

・ Ms. Eleonore Rupprecht/Trade Commissioner of the Ontario Regional Office of

the Global Affairs Canada/CCRM、TIAP、Gene42、Blue Dot、VR Vision、UHN.

・ Dr. Wassana Yantasee/President/CEO, Professor, Biomedical Engineering, OHSU/PDX

・ Mr. Phil Jackson/Project Director, Med City/Imperial College

・ Dr. Hidetoshi Hoshiya/Transactions manager -Asia& Oceania/CGTC

Dr. Malgorzata Szmidt/Second Secretary, Political and Economic Section Embassy of the Republic of Poland in Tokyo/MCMCC

・ 保坂 亮介/駐アイスランド大使館 商務・広報/deCODE

注: 調査協力者は訪問までの期間に訪問先との調整等にご協力いただいた方々を掲載した。 調査協力者は、氏名/協力依頼時の所属等/協力をいただいた訪問先、の順に記載した。

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第 2 章 訪問先別調査結果

2-1.The New York Stem Cell Foundation(NYSCF)

The New York Stem Cell Foundation(NYSCF)

所 在 地: 619 West 54th Street, New York, NY 10019 電 話: +1 212 787 4111

H o m e p a g e: nyscf.org/

面 談 日 時: 2019 年 10 月 28 日(月) 10:00~12:30

面 談 場 所: 上記所在地 面 談 者: Geoff McGrane

Director, Business Development Elizabeth Schwarzbach, PhD

Chief Business Officer Rick Monsma Scott Noggle Daniel Paull

C o n t a c t P e r s o n: Geoff McGrane Director, Business Development

面 談 目 的:

以下の項目に関する調査、情報収集を行うこと。

・ 同団体のミッションと、それを達成するための取り組みを知る

・ 特に iPS cells に関する活動状況(ストック、研究、活用状況など)を把握する

・ Extramural Grants Program における方針やスタンスを知る

説 明 内 容:

1. 組織概要

・ 2005 年春に設立された米国 501(c)(3)の非営利公益法人で、「幹細胞研究を通じて現

代の主要な疾患の治療を促進する」という使命を負っている。

・ また、NYSCF は独立した NYSCF 研究所を有し、革新的な幹細胞研究を実施することに

加え、世界的な幹細胞研究リーダーとなること及びより広範な幹細胞コミュニティを支援

及び召集することも使命としている。

・ 運営資金の約 9 割が寄附によるものである。

・ 幹細胞研究による糖尿病、がん、アルツハイマー病など多様な病気の治療法の開発支

援及び幹細胞についての理解の増進を目指している。

・ NYSCF 研究所は、新しい治療法や治療法の開発を阻害するコスト、時間、リスクを削減

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することにより、研究機関と製薬企業及びバイオテクノロジー企業との間の継続的な連携

を推進している。

2. 研究支援

・ NYSCF では研究支援のために以下の Extramural Grants Programs がある。 1) Stem Cell Investigator Awards

2) Neuroscience Investigator Awards

3) The NYSCF − Robertson Stem Cell Prize

・ Robertson Stem Cell Prize は、重要かつ革新的な translational 幹細胞研究を行ってい

ると認められた優秀な若い幹細胞研究者に 2011 年から 2017 年にかけて毎年授与され

ている。

・ これまでに世界中の 160 人以上の Best in class の研究者へグラントが提供されてきてい

るが、日本人では横浜市立大学の武部先生 1 人。

・ Stem Cell & Neuroscience Investigator RFAs が 2019 年 10 月~2020 年 2 月に公開

されており、5 年間で 1.5M 米ドルのグラントが提供される。

・ 研究者コミュニティや一般大衆向けに再生医療やプレシジョンメディスンに関するトピック

スなどの講演やワークショップといった教育プログラムも実施し、研究者の育成、女性の

キャリア形成にも取り組んでいる。

・ 2019 年 10 月 22 日、23 日に Rockefeller 大学で SAVE THE DATE というシンポジウム

を開催し、山中伸弥教授(京都大学・CiRA)や Hans Clevers 教授(Utrecht 大学)といっ

た幹細胞のトップ研究者が招待演者として講演した。

3. 研究

・ NYSCF は、わずか 10 年で、基礎研究で幹細胞を使用するための基本的なツールを作

成しただけでなく、幹細胞を治療に使用できる先駆的な技術も構築してきた。

1) 疾患研究

・ 対象とする疾患の約半分は神経疾患で、アルツハイマー病、パーキンソン病、多発性

硬化症、精神疾患がある。

・ 残りは、がん、糖尿病、自己免疫疾患、骨・軟骨再生、腎疾患、稀少疾患である。 2) Stem Cell Technology Platform

NYSCF は肝細胞研究のための以下の技術プラットフォームを確立している。 Automated iPSC derivation and expansion

Automated stem cell differentiation

CRISPR genome editing

Disease-in-a-dish modeling Tissue engineering

NYSCF Repository: Stem cell l ine banking

Cell line distribution

LIMS system

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GMP cell production(in development) 3) Global Stem Cell Array

iPSC 作成の完全自動化に成功し、その成果が 2015 年の Nature Method に報告され

た。(Nature Methods. 2015. DOI: 10.1038/nmeth.3507) 4) Biobanking

・ 300 以上の多種多様な cell line を保有しており、主要な民族グループや患者の臨床

のデータも有している。

・ Biobanking の機能として、患者リクルートと試料採取、治療履歴と家族の病歴データ

整備、プロジェクトマネージメント、traceable processes、on- and off-site banking、

cell line distribution、 data portal development がある。

5) 疾患 iPSC のスケールアップ

・ NYSCF が開発した完全自動化技術により Fig.2-1-1 に示す各種疾患 iPSC 作成のス

ケールアップを可能としている。

・ 疾患モデルとしては、動物モデルのない疾患に対して iPS を用いたオルガノイドを作製

するアプローチをとっている。

・ 病態生理を考慮し、分化させた複数の細胞種を共培養する。時にはハイドロゲルのよう

な支持体を用いて 3 次元培養を行う。このようなモデルのため、評価方法はイメージン

グによる形態変化や局在変化が主である。

Fig.2-1-1 疾患 iPSC のスケールアップ(受領資料より)

・ 特に、ニューロサイエンス分野の神経再生や神経炎症モデルとして脳細胞の全形態の

作成プロトコールを発表している(Fig.2-1-2)。

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Fig.2-1-2 Differentiation protocols for all major brain cell types(受領資料より)

4.提携活動

・ NYSCF は、in vitro での疾患モデル構築のための基盤的な iPSC 作成から薬剤探索

や安全性評価までの幅広い内容で、世界の多くの研究機関、基金や企業等と共同研

究契約を締結している。

・ 共同研究契約を結ぶことで、NYSCF の有する iPSC を用いた疾患モデルを活用し、化

合物評価などの実施が可能である。

・ NYSCF Research Institute は、幹細胞を用いた precision medicine の研究を推進す

ることを目的に、Johns Hopkins University School of Medicine(JHUSOM)及び

Bloomberg Philanthropies と新しく共同研究を実施することを発表した(2019 年 10 月

25 日)。この共同研究は、JHUSOM の臨床及び医学の専門知識と NYSCF 研究所の

ユニークな幹細胞技術を組み合わせたものである。

所 感:

この施設でのキーワードは、「若手研究者の育成」とそれを支える「一般からのファンディング」

と感じた。基礎研究を通してグローバルで活躍できる若手研究者を育成し、その研究費に対して

は個人からの寄付からの支援では、日米の文化に大きな差があり、この文化の差を乗り越えるこ

とは厳しく、日本においては、国と企業が連携して行わなければ難しいと実感した。また、研究に

関しても、IT を駆使した研究ロボットの活用が印象的だった。

(松本 正)

受 領 資 料: 説明資料 1) NYSCF Overview 28Oct2019

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2-2.Memorial Sloan Kettering Cancer Center(MSKCC)

Memorial Sloan Kettering Cancer Center(MSKCC) Sloan Kettering Institute

所 在 地: 1275 York Avenue New York, NY 10065

電 話: +1 646 888 3701

H o m e p a g e: www.mskcc.org/research/ski

面 談 日 時: 2019 年 10 月 28 日(月) 13:30-15:30

面 談 場 所: 上記所在地 面 談 者: Michel Sadelain, MD, PhD ,

Stephen and Barbara Friedman Chair

Director, Center for Cell Engineering

Isabelle Riviere, PhD,

Attending Geneticist Director, Cell Therapy & Cell Engineering Facility

C o n t a c t P e r s o n: Ms Diana Buchman(On behalf of Dr. Michel Sadelain) Ms. Maria Freeman

Assistant to Isabelle Rivière, PhD

面 談 目 的:

以下の項目に関する調査、情報収集を行うこと。

・ 次に示すようなヒト幹細胞及び免疫細胞工学に関する研究

誘導、単離、増殖、遺伝子改変、移植、治療細胞の機能的モニタリング

・ CAR-T 治療に関する全体戦略と当研究室の特徴

・ 固形癌に対する CAR-T 研究の現状 ・ がん組織に特異的な T 細胞送達と自己免疫疾患様副作用の回避方法

説 明 内 容:

1. CAR-T 治療について

・ Memorial Sloan Kettering Cancer Center は米国最古のがんセンターで、1884 年創業

した。米国でテキサスに次ぐ 2 番目に大きな施設である。 ・ Michel Sadelain 教授は 1994 年より当施設で研究を行っている。

・ 免疫をもってがんを排除するには、それらを明確に認識し、十分な期間活動する必要が

あるが、T 細胞は非常に特異的な抗原に対して、数ヶ月又は数年続く記憶応答を有する

ことから、T 細胞の Engineering に興味を持ち研究を始めた。

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・ CAR が認識できるのはがん細胞表面のたん白質に加え、糖鎖や炭水化物も含まれる。

・ T 細胞の CD3ζ に scFv をつなげたのが第 1 世代の CAR-T であるが、殺腫瘍活性はあ

るものの、細胞増幅能を持たないため、治療効果は不十分であった。

・ 第 1 世代に、CD28 あるいは 4-1BB を繋げて増幅シグナルをもたらしたのが第 2 世代で

あり、現在承認された CAR-T はいずれもこのデザインである。すなわち、Kymriah では

4-1BB が、Yescarta では CD28 が CAR として用いられている。

・ 2003 年 Nat Med に報告した、マウスでの CAR-T 有効性が Proof of Principle であっ

た。さらに自分たちでヒトへの応用進め、2013 年 Sci Trans Med に報告した再発性治療

抵抗性 B 細胞リンパ腫に対する効果が Proof of Concept となった。これまでの CAR-T

治験の結果は、いずれも約 85%が治療に反応するのに対し、5 年生存率は約 50%と限

定的である。

2. CAR-T 治療の長期活性維持に向けた取り組み

・ CAR-T の効果減少の理由として、T 細胞側の長期活性維持が挙げられ、その点の評価

として非臨床で“The CAR Stress Test”を開発した(Zhao et al., Cancer Cell, 2015)。

・ 同じ CD3 でも殺腫瘍活性は大きく異なっており、マウスモデルにおいては 19BBz >> 19-

28z >> 19z1 という順で活性が異なり、19-BBz の有用性が増している。Yescarta は殺腫

瘍活性高いが長期活性維持は低く、Kymriah は殺腫瘍活性低いが長期活性維持は高

い。

・ 結果として、いずれの場合も抗腫瘍効果を発揮する。

・ 長期活性維持の低下を exhaustion と呼んでいるが、これには細胞内シグナルの ITAM1

が関与することを報告している(Fencht et al., Nat Med, 2019)。すなわち、メカニズムと

して、殺腫瘍活性が強いと Effector T 細胞の性質が強くなりすぎ、Memory T 細胞にな

らないため、CAR-T の活性が維持できない。

・ ITAM1 を欠失させた CAR-T をデザインすれば、殺腫瘍活性と長期活性維持を兼ね揃

える治療につながる可能性がある。実際、Yescarta(CD28)は ITAM1 欠損によって抗腫

瘍効果が高まる。

・ 一方、Kymriah(4-1BB)はそもそもの殺腫瘍活性が低く、ITAM1 の欠損は抗腫瘍効果

を低下させすぎるため、効果的ではない。 ・ CRISPER/Cas9 によって TRAC 領域に 1928z 配列を挿入した TRAC-1928z はより強力

になった。

3. CAR-T 治療の今後の展開

・ その他、臨床的な CAR-T の効果増幅として、次のアプローチを検討している。

細胞バク表面に発現する糖タンパクであるメソテリンをターゲットとした CAR(Mesothelin-Targeted CAR: MSLN CAR)も検討している。MSLN CAR-T 細胞

は胸膜内投与を行い、現在 Ph.1 を進行中である。

CD19 の発現が下がり、CD19 をターゲットとした CAR-T 細胞の攻撃を回避する

腫瘍が確認された。このような事態に対応すべく、CD19 だけでなく、複数の細胞

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表面抗原を認識する CAR-T 細胞を開発した。今後も同様な腫瘍が現れる可能性

が高いため、ターゲットは一つではなく二つか三つか複数あったほうが良く、さら

にタンパク質だけではなく RNA スクリーニングで見つけることができない糖タンパ

ク質や異種抗体なども共発現させると良いだろう。

CD28 と 4-1BB を併せ持つ CAR-T:単一の抗原認識では、それぞれが

Posttranslational downregulation して不活性化されるため、2 つを合わせて発現

させることにより、CAR-T の性能低下を回避する。

放射線治療との併用:CAR-T 治療時に左足に放射線治療を受けた患者が、再発

後に左足に腫瘍が認められなかったことから得られた、偶発的な知見がある。

CAR-T に用いることができるその他 T 細胞として、自家 T 細胞としては Bulk

PBMC、T 細胞サブセット、他家 T 細胞としては DL1、1DL1-TCR、VSTs、γδ-T、 iNKT、ウイルス特異的 T 細胞、in vitro で作れる T 細胞としては臍帯血、ES

細胞、iPS 細胞由来のものが考えられる。

・ また、CAR-T の毒性としてサイトカインストームが挙げられ、その中でも IL-6 は毒性を検

討する上で最も重要である。

・ マウスを用いた検討では抗マウス IL-6 抗体の併用で死亡率を低下でき、IL-6 の産生源

は CAR-T 自身ではなく、Tumor environment macrophage がメインであることを報告し

ている(Giavridis et al., Nat Med, 2018)。

・ 材料としての T 細胞サブタイプについてもマウスで検討を実施しており、Effector T 細胞

よりも、Naïve あるいは Memory T 細胞の方が、治療効果が高い。

・ 現在 iPS から T 細胞を誘導する iCAR-T を進めており、これは他家 CAR-T の一環であ

る。

・ 他家 CAR-T は、殺腫瘍活性は十分であるが、「CAR-T がホストを攻撃する GVHD」及

び「ホストが非自己である CAR-T を排除」の 2 点が課題となる。

・ この点の回避としては殺腫瘍活性を高めて CAR-T 消失前に治療効果を出すことが一案

であるが、腫瘍によって治療に要する期間が異なり、対象疾患を選ぶと推察されている。

固形がんは治療効果発揮に数か月を要するため、血液がんが向いている。

・ これまでのがん治療のアプローチは低分子化合物が主流で、その点から細胞内シグナ

ルの変異に関する情報は多くあるが、細胞表面マーカーは着目されなかった。 ・ 今後は CAR-T の標的としてたん白質以外に糖鎖や炭水化物を含む、細胞表面マーカ

ーの情報蓄積が重要であり、Single cell RNA seq は CAR-T の標的となる表面マーカー

の発見において、強力なツールになると期待される。

4. MSKCC 製造技術

・ MSKCC の GMP 製造施設では、Phase 1 及び Phase 2 の臨床試験用試料を細胞工学

に基づいて製造している。患者からの受入試料の細胞表現型については FACS や qPCR

で確認を行っている。

・ 製造技術や規制に関しては、GXP や FDA、RAC-NIH に準拠している。製剤の保存に

ついては、DMSO を含んだ培地を液体窒素により凍結させることで対応しており、2 年間

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の安定性を確認している。

・ 当該施設には、2 つの細胞加工室と 1 つのベクター製造室を保有している。細胞加工室

は陽圧管理することでクリーンな環境を保っている。一方、ベクター製造室は細胞加工室

よりも陰圧となっているが、細胞加工室とは離れたところに位置しているためコンタミネー

ションを起こしにくい配置となっている。 ・ ポートフォリオとしては以下のものがある。

CAR-T は Mesothelin、Muc16、EBV-CAR など 4 種の製造検討をしており、その

他に 8 種の CAR-T が Phase 1 段階にある。MSKCC の対象は幅広く、レトロウイ

ルスベクター製造、CD34+ HPSCs(Phase 1)、臍帯血や骨髄から得た細胞の拡

大培養、ES 細胞から特定の神経細胞への分化、ヒト iPS 細胞から iCAR-T 細胞

の製造も行っている。 製造プラットフォームとして T リンパ球には Wave/Xuri bioreactor、CliniMACS、

CliniMACS Prodigy、Cell washer を用いている。40 種の CAR-T 細胞を製造可

能であり、基本的には患者から細胞を回収し、洗浄を行った上で保存している。

追加の処理が必要となるため、すぐには培養を開始せずに保存してから培養を行

っている。

・ 細胞加工プロセスは、全体で 9~14 日間かかり、その流れは以下の通りである。 細胞融解/洗浄→Dynabeads で Incubation し CD3/28 を選択→CD3+を

enrich して T 細胞を活性化→レトロウイルスベクター導入→CAR/TCR→WAVE

で Incubation→拡大培養→CllinExVivo で細胞を洗浄→安全性及び QC 試験

を実施(最低 48 時間)

・ 本細胞加工プロセスで、1kg 当たり 3,000 万個の CAR-T 細胞を得ることができ、CAR-T

細胞の活性は細胞形状や増殖性から評価している。 ・ ベクター製造は 7L スケールで 12~100 人分、20L スケールで 70~500 人分の製造が

可能である(Michel Sadelain et al, N Eng J Med, 2018 Feb 1)。

・ 製造プロセス開発として、製剤の不均一性の是正に取り組んでいる。

・ 具体的には、PBMCs、CD3、CD28、CD4、CD8、CD4:CD8、ナイーブ、メモリー細胞を

測定すると共に、目的ではない細胞(CD14 や腫瘍細胞)を分離したり、抗体を用いてラ

ベルフリーなセルソーティングを実施したりしている。 ・ 設備や試薬(培地、血清、添加物、Dynabeads、サイトカイン、設備、抗体、アルブミン、ヒ

ト血清)においては、継続的に使用可能なものを中心に選択している。

・ TransAct beads は使用期限が 6 ヶ月のため、試薬の安定性も重要である。ヒト血清の使

用は Ph1 段階では大きな問題とならないが、商業用としては適さない。このため、現在ヒ

ト血清を利用しているプロジェクトについては血清フリーでの培養方法に切り替えたいと

考えている。 ・ 設備は CliniMACS Prodigy(ver 3.0)を用いており、20~40 億個の CAR-T 細胞の製

造が可能である。

・ データベースに関しては、SOPs、Life cycle、機器のキャリブレーション及びメンテナンス

などの製造に関するデータと、患者由来の細胞やドーズ、投与後のデータを一元管理し

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ている。

・ 製造コストにおいて、原材料が最も重要な要因である。サイトカイン、ビーズ、抗体やいく

つかの試薬がとても効果であるため、結果として製造コストが高くなってしまっており、ア

カデミックの研究をそのまま商業利用することは難しい。

5. Michel Sadelain 研究室の近年の業績

① Hamieh M, Dobrin A, Cabriolu A, van der Stegen SJC, Giavridis T, Mansilla-Soto J, Eyquem J, Zhao Z, Whitlock BM, Miele MM, Li Z, Cunanan KM, Huse M,

Hendrickson RC, Wang X, Rivière I, Sadelain M. CAR T cell trogocytosis and

cooperative killing regulate tumour antigen escape. Nature. 2019

Apr;568(7750):112-116.

② Mestermann K, Giavridis T, Weber J, Rydzek J, Frenz S, Nerreter T, Andreas M, Sadelain M, Einsele H, Hudecek M. The tyrosine kinase inhibitor dasatinib acts as

a pharmacologic on/off switch for CAR T cells. Sci. Transl. Med. 11, eaau5907

(2019).

③ Feucht, F., Sun, J., Eyquem, J., Ho, Y., Zhao, Z., Leibold, J., Dobrin, A., Cabriolu, A., Hamieh, M., Sadelain, M. Calibration of CAR activation potential directs alternative T cell fates and therapeutic potency. Nature Medicine Dec 17, 2018.

④ June CH, Sadelain M. Chimeric Antigen Receptor Therapy. N Engl J Med. 2018 Jul 5;379(1):64-73.

⑤ Commentary: Caulley L, Ramaswami R, Longo DL, Phimister EG, Ingelfinger JR, Ropper AH, Stern K, Burke AE, Knoper KM, Seals JJJ, Müller DC, Drazen JM. A

Look Forward - The Frontiers in Medicine Series. N Engl J Med. 2018 Jul 5;379(1):85-86.

⑥ Giavridis T., van der Stegen S.J.C., Eyquem J., Hamieh M., Piersigilli A., Sadelain M. CAR T cell–induced cytokine release syndrome is mediated by macrophages

and abated by IL-1 blockade. Nature Medicine. Online 28 May 2018. DOI:

10.1038/s41591-018-0041-7.

⑦ Park JH, Rivière I, Gonen M, Wang X, Sénéchal B, Curran KJ, Sauter C, Wang Y, Santomasso B, Mead E, Roshal M, Maslak P, Davila M, Brentjens RJ, Sadelain M.

Long-Term Follow-up of CD19 CAR Therapy in Acute Lymphoblastic Leukemia.

N Engl J Med. 2018 Feb 1;378(5):449-459.

所 感:

Michel Sadelain 教授は CAR-T 治療の黎明期から研究に携わっており、実際の治験実施に

あたっては、T 細胞に対するトランスフェクション効率の取り決めなど明確な答えがない中、セン

セーショナルな治療効果が得られた話を耳にし、新たな技術が医療を変え得るという大変な感銘

を受けた。CAR-T 治療はその治療成績の高さから注目を集めているが、現状では適応疾患が血

液がんに限られること、またテーラーメード治療であるために医療費が高額となることなどの課題

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を残す。今後、Single cell RNA seq などの新規テクノロジーにより、がん細胞特異的な表面抗原

の特定が進むことで、CAR-T 治療の適応可能な疾患が広がることが期待される。また、iCAR-T

のような遺伝子導入に用いる T 細胞の共通プラットフォームが誕生することにより、CAR-T 治療

がより身近な選択肢になることが期待される。

(西尾 光)

受 領 資 料: なし

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2-3.Icahn School of Medicine at Mount Sinai

Icahn School of Medicine at Mount Sinai

所 在 地: 1425 Madison Avenue(between 98th & 99th street)

電 話 番 号: +1 212 241 6500

E - m a i l: [email protected]

H o m e p a g e: www.icahn.mssm.edu

面 談 日 時: 2019 年 10 月 29 日(火) 8:30~12:30

面 談 場 所: 上記所在地

面 談 者: Robert J. Desnick, PhD, MD Dean for Genetics & Genomic Medicine

Professor and Chairman Emeritus Department of Genetics Sciences, Mount Sinai School of Medicine

Scott L. Friedman, MD Fishberg Professor of Medicine

Dean for Therapeutic Discovery

Chief, Division of Liver Diseases, Icahn School of Medicine at Mount

Sinai

Calogera M. Simonaro, PhD

Professor, Department of Genetics and Genomic Sciences, Icahn

School of Medicine at Mount Sinai

Edward H. Schuchman, PhD Genetic Disease Foundation-Francis Crick Professor,

Vice Chairman for Research, Department of Genetics and Genomic

Sciences, Icahn School of Medicine at Mount Sinai

William Chiang, PhD

Consultant, Blue Mountain Technologies,

Mount Sinai Innovation Partners, Mount Sinai Health System Business Development Director

C o n t a c t P e r s o n: Edward H. Schuchman, PhD

Genetic Disease Foundation-Francis Crick Professor, Vice Chairman for Research, Department of Genetics and Genomic

Sciences, Icahn School of Medicine at Mount Sinai

面 談 目 的:

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以下の項目に関する調査、情報収集を行うこと。

・ Mount Sinai におけるゲノム医療や遺伝子治療等、最新の研究動向

・ Translational Research に対する取り組み

面 談 内 容: 1. Dr. Edward Schuchman による Mount Sinai の概略説明

・ Mount Sinai は、医学教育を担う、Mount Sinai 医科大学と、New York の各地域に位置

し、New York 最大規模に医療システムを担う、15 以上の病院群で構成されている。

1) Dr. Scott Friedman

・ Dr. Friedman の専門分野は、肝臓で研究としては肝の繊維化やがんで、肝臓がんや脂

肪肝に対する治療薬開発のプログラムに関わっていて、その分野に興味がある方がいれ

ばコンタクトを持ちたいと思っている。

・ Mount Sinai は既に 150 年近い歴史があり、多くのアドバンテージを持ち合わせている。

特に、New York という人種のるつぼの中、Mount Sinai が New York の各地区に病院を

持ち、30,000 人の遺伝子情報と病歴を紐づけた患者データベースの保有し、これらのデ

ータベースを活用して、新しい肝疾患の治療戦略を構築できるメリットがある。この多くの

人種の遺伝子情報が揃っていることは、deCODE のような単一人種の遺伝子情報とは違

った活用方法がある。

・ また、現在、New York においては、いかに優秀な医学生を集めるかで、各大学がしのぎ

を削り、医学部の授業料が無償であることが紹介された。

2) William Chiang, PhD

・ Dr. Chiang より、Mount Sinai の知財と事業化の取り組みが紹介された。彼らの組織は、

Mount Sinai Innovation Partners という名前のもと、研究者の生み出す知財を、パート

ナー企業を見つけて事業化し、価値の最大化を得られるまで、一つの組織内でサポート

できる体制を構築している(Fig.2-3-1) 。研究者主体の研究段階から、Innovation

Partners のスタッフが関わる評価、知財の保護、知財のマーケットと進んで、製品化パー

トナーとの交渉、契約、提携、収益へとつなげている。

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Fig.2-3-1 知財の商品化に向けてのライフサイクル(受領資料より)

・ 2018 年の実績においては、新規発明が 128 件、ライセンス&オプション契約が 60 件、

研究契約が 166 件、特許ファイリングが 209 件であった。

・ 特許の出願に関しては、革新的研究成果の特許出願まで、1 週間程度短期間でも対応

し、研究者の発表が先行して特許の機会を逸することのないサポートができている。また、

知財収入の還元では、知財のライセンス収入のうち初回収入は 1/2 を研究者が、2 回目

以降は 1/3 を研究者が受け取れるよう、研究者へのインセンティブを高めるシステムも構

築して、New York の他の大学や研究機関の研究者よりも、研究者が受け取る配分を高

めに設定してある。

3) Dr. Robert J. Desnick

・ “History of the Genetics Department At Mount Sinai & Drug Development For Genetic Diseases”のタイトルでのプレゼンがあり、Dr. Desnick が彼のグループを成長さ

せてきた軌跡を紹介した。Dr. Desnick は 1977 年に初めて Mount Sinai にラボを開い

て、その後 40 年にわたりラボを拡張させてきた。その原動力として、彼によって提案され

た、先天性遺伝子疾患の原因遺伝子とその遺伝子を活用した医薬品の開発で、ライセン

スアウトした企業からの多額のライセンス収入と、医薬開発で成功を収めた実績による企

業との共同研究の資金が貢献した。

・ 彼らの研究の進め方は、

① 狙った疾患の病因を徹底的に究明し、原因遺伝子を突き止め、 ② その原因遺伝子を元に、疾患モデル動物を作成して、疾患の更なる理解を深め、

③ 疾患遺伝子をベースにした治療薬(主にタンパク製剤)の開発を進める

で、既に、いくつもの先天代謝異常疾患の薬を、各製薬企業にライセンスし、医薬品とし

て患者の下に届けられ、Mount Sinai にもライセンス収入の恩恵を与えている。

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・ その代表的な製品は、Genzyme が開発した、世界初のファブリー病治療薬である

Fabrazyme で、酵素補充療法として現在 30 か国以上の国で処方されている。この薬剤

以外にも、ニーマンピック病の薬剤など、多くの先天性代謝異常症の治療薬の開発を手

掛けている。

・ Dr. Desnick の下には、今回ミーティングのアレンジを行った Dr. Edward Schuchman が

いて、彼もまた、ライソゾーム病等で、新しい治療薬の提案を行っている。

2. 昼食とラボツアー

・ 最後に、簡単な昼食(ピザ)の後、ラボツアーと病院見学があった。病院のメインロビーの

壁に大学のイノベーションに貢献した研究者のパネルがかけてあり、Dr. Desnick と Dr.

Schuchman 両名のパネルも他の貢献者と同じく、写真入りで業績が掲げられていた。ま

た、米国では、個人の寄付が盛んで、Mount Sinai の場合、個人で 200M 米ドルの寄付

をし、寄付をした人の名前をビルに冠している。また、Mount Sinai は New York で最大

の雇用主であり、Pro-Innovation に特化した医学研究機関として大きな成功を収めてい

る。

所 感: New York の各地域がそれぞれ人種のるつぼといわれている中、それぞれ病院を持っていて、

3 万から 4 万人の遺伝子情報と臨床履歴をひも付けた患者データベースを 1 病院グループとし

て構築しているそのスケール間の大きさが印象的であった。また、医学生の教育では優秀な医学

生を集めるために、授業料を無料にしていて、これらの費用を、個人の寄付で賄っている点に日

米の文化の差を感じた。さらに、医学研究において、原因の究明と治療法の開発という両輪がう

まく回ったラボの運営がなされている点は、国内の研究機関も学ぶところが多いのではと感じた。 (松本 正)

受 領 資 料:

説明資料

1) Innovation Partners Bringing Mount Sinai discoveries to life

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2-4.Abeona Therapeutics Inc.

Abeona Therapeutics Inc.

所 在 地: 1330 Avenue of the Americas - Floor 33, New York, NY 10019

電 話: +1 646 813 4708

H o m e p a g e: www.abeonatherapeutics.com

面 談 日 時: 2019 年 10 月 29 日(火) 13:30~14:30 面 談 場 所: 上記所在地

面 談 者: Joao Siffert, M.D. Chief Executive Officer

Max Colao, Chief Business Officer

C o n t a c t P e r s o n: Yulia Viunichenko.

Executive Assistant

Joao Siffert, MD

Chief Executive Officer

面 談 目 的:

・ Abeona のベクター技術やパイプラインの特徴

・ Abeona の GMP 製造技術や製造施設立ち上げの経緯、製造施設を有するメリットなど

・ 研究開発戦略や資金調達、バイオテク企業運営、製薬企業との提携など全般

説 明 内 容: 1. 会社概要

・ Abeona は、遺伝子及び細胞療法の開発技術を有するバイオテク企業である。

設立:1974 年 12 月 31 日

従業員:83 人(2019 年 3 月時点)

製造所:Cleveland, Ohio

研究所:Madrid, スペイン 上場: 1993 年 NASDAQ

・ 経営陣から以下の 2 名が面談に参加した。 1) Joao Siffert, M.D., Chief Executive Officer

2019 年 2 月より現職。

前臨床から承認まで、遺伝子治療を含む多くの開発を経験。

AveXis で役員、Pfizer、Ceregene では CMO(2007~11)として AAV2 を用いた、

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Parkinson's 病及び Alzheimer's 病の開発を指揮。

直近では、Nestle で Chief Scientific and Medical Officer を務めた。 2) Max Colao, Chief Business Officer

Alexion などを中心に、希少疾患やがんなどの Sales, Marketing で豊富な実績

を有する。

2. 事業戦略・計画 ・ 自社 GMP 製造施設を有することで、CMO への委託製造と比較して、タイムリーかつ安

価に臨床試験を実施することができる。また単純な CMO ビジネスは考えておらず、製薬

企業との戦略的な提携を目指している。

・ 治療法の確立していない希少疾患をターゲットとして遺伝子治療薬を開発している。 ・ AIM™大学などの研究成果のライセンスを受け、その技術を活用した臨床開発や製造を

手掛けている。

・ 製造施設を有することを強みに、主に大学からパイプラインを導入して開発を進めるのが

基本的なビジネスモデルである。Stanford 大学や Carifornia 大学から技術導入をしてい

るが、独自のネットワークやコネクションではなく、研究員が学会などで情報収集をしてス

カウティングしている。

Fig.2-4-1 Abeona のコアコンピタンス(受領資料より)

3. 基盤技術、もしくはパイプライン(創薬系)/サービス・製品概要 1) 技術

・ Abeona が 2016 年に North Carolina 大から導入した AIM™ Vector Platform は、遺伝

子治療に用いられる次世代 AAV キャプシドであり、組織特異的にベクターを送達できる

技術である。

・ AIM™は、遺伝子組み換えにより作成したフュージョンキャプシドライブラリーの中から、

組織特異性有するものや免疫原性を有さないものを選択している。免疫原性のないウイ

ルスベクターができれば、既存の遺伝子治療薬が投与できない患者をカバーすることが

できる。ターゲットとなる組織として、中枢神経、肺、眼、筋、肝臓等がある。

・ 株式上場の際に調達した資金を元に GMP 製造施設を立ち上げた。製造所の立ち上げ

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に要した費用は総額で数十億円規模である。遺伝子治療の領域は CMO が不足してい

ることもあり、自社の GMP 施設を有することで、研究開発を進める上で製造面でのフレキ

シブルな対応が可能、製造コストも外部委託の 2/3 程度抑えることができる。

2) パイプライン情報

・ Fig. 2-4-2 は臨床段階にある 3 プロジェクト。

Fig.2-4-2 Abeona のコアコンピタンス(受領資料より)

(出典:https:/ /www.abeonatherapeutics.com/science#pipeline、2019 年 12 月 23 日アクセス) ① EB-101(Phase 3)

表皮水疱症(Recessive Dystrophic Epidermolysis Bullosa:RDEB)の治療薬とし

て開発を進めている。表皮水疱症は、COL7A1 遺伝子の異常により、コラーゲンタイ

プ 7 が産生されないことが原因となっている。

EB-101 は、RDEB 患者から皮膚細胞(ケラチノサイト)を取り出し、正常な COL7A1遺伝子を導入、シート状に培養・増殖させた後に患者に適応する治療である。

RDEB 患者を対象とした Phase 3 試験(VIITALTM Study)が、2019 年 Q4 に開始

する予定。

関連特許は Stanford 大学から導入。

② ABO-102(Phase 1/2)

ABO-102 は、Sanfilippo 症候群(MPS IIIA)の原因となっている SGSH 遺伝子の

回復(正常 SGSH 遺伝子の導入)を目的とした、1 回投与の新規遺伝子治療である。

MPS IIIA の患者は、身体に蓄積するグリコサミノグリカン(GAG)と呼ばれる有毒糖

の分解できず細胞内に蓄積することで、細胞損傷を引き起こし、発達遅延や自閉症

様の症状を引き起こす。

ベクターは REGENXBIO から導入、プログラムはアカデミア(詳細不明)より導入。

③ ABO-101(Phase 1/2) ABO-101 は、Sanfilippo 症候群タイプ B(MPS IIIB)の原因遺伝子である NAGLU

遺伝子の回復(正常 NAGLU 遺伝子の導入)を目的とした、1 回投与の新規遺伝子

治療である。

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上記に加え、非臨床段階で複数のパイプラインを有する。

4. 提携活動

・ EB-101 は、欧米では Phase 3 まで進んでおり、欧米の優先指定を取得している。表皮水

疱症は、患者数も少なく自社で開発を進める予定である。日本では、先駆け審査指定制

度などに興味はあるものの、レギュレーションなども含めて市場進出のノウハウがないた

め、提携先を探している。また、開発早期のパイプラインについても、現在のリソースでは

足りていないので、提携対象となっている。

・ New York に拠点を置く理由としては、創業者が New York の出身であることに加え、遺

伝子治療に関連したバイオテク企業が多いこと、賃料が Boston に比べると安いこと、大

きな病院へのアクセスや New Jersey にも近い、などが挙げられる。 ・ EB-101 は、遺伝子導入した患者細胞を培養してシート状にして患者に戻すため、製造

コストがかかると想像されるが、薬価については、CAR-T 治療薬の Kymria や遺伝子治

療薬の Zorgensma が高額な薬価がついており、幅はあるがそれと同程度を見込んでい

る。

所 感: Abeona の強みは 2 点あると感じた。1 点目は、自社の製造施設を保有することであり、このこ

とで治験薬の製造コストを抑えることができ、また研究開発計画に柔軟性を持たせることが可能と

なっている。一方、製造施設を維持するために必要な固定費(人件費、設備費等)負担を考える

と、可及的早急に EB-101 を上市させ、恒常的に稼働させることが必要であろう。また、製造所を

立ち上げる際の資金(数十億円規模)は、株式上場により調達しており、米国における資金調達

のスケールの大きさを感じた。2 点目は、大学のシーズ、技術を積極的に導入していることである。

カリフォルニア大から導入した AIMTM は、現在は非臨床でコンセプトを検証している段階である

が、今後臨床での特徴が明確にされれば、他の遺伝子治療薬との差別化などの点で Abeona の

大きな強みになる。

Abeona は、欧米を先行して開発を進めている。日本の先駆け審査指定制度も認知はされて

いたものの、市場規模や市場へのアクセスの点から、日本での開発は欧米に比べると優先度は

低い印象であった。 (鍵井 英之)

受 領 資 料: 説明資料 1) About Abeona Therapeutics September 2019(プレゼン資料ハンドアウト)

参考資料 1) Abeona Therapeutics Web ページ https://www.abeonatherapeutics.com/

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2-5.Center for Commercialization of Regenerative Medicine(CCRM)

Center for Commercialization of Regenerative Medicine(CCRM)

所 在 地: 661 University Avenue, Suite 1002 Toronto, Ontario M5G 1M1 Canada

電 話: +1 416 978 3751

E - m a i l: [email protected](パートナー関連の窓口) H o m e p a g e: www.ccrm.ca

面 談 日 時: 2019 年 10 月 30 日(水) 10:00~11:30

面 談 場 所: 上記所在地

面 談 者: Michael May, PhD Chief Executive Officer

C o n t a c t P e r s o n: Mary Babyn-Baena, Executive Assistant and Office Manager

面 談 目 的:

以下の項目に関する調査、情報収集を行うこと。

・ 当該先端領域における産学官連携に関する情報

・ 研究開発動向、GMP 製造施設の調査

説 明 内 容:

1. 組織概要(Fig. 2-5-1)

・ 細胞治療、遺伝子治療及び再生医療における商業化を推進するコンソーシアム。

・ 当該領域に関連する企業、病院、大学が集積する Toronto の中心部に拠点を置いてい

る。 ・ 2011 年に設立され、政府の特別な支援を受けながら現在の組織規模(従業員 100 名)

にまで成長した。アカデミア及び産業界の一プロジェクトの支援にとどまるのではなく、商

業化するためのエコシステムの創製に注力している。

・ 開発ステージとしては基礎研究から臨床開発(~Phase 2)までにフォーカスし、事業活動

を軌道に乗せる役割を担っている。

・ 自らがベンチャー企業の設立に寄与するとともに、投資家とのネットワークも構築すること

でシームレスな資金調達を実現しており、これまでにトータル 9 社を設立し、1 社を Exit

させた実績を有している。

・ 世界トップクラスのバイオセクターである Toronto の地の利を生かして、高い学術水準、

及び業界全般の豊富な経験を有する専門家を有している。

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Fig. 2-5-1 CCRM 組織概要(受領資料より)

2. CCRM の活動について

1) 全体概要 ・ CCRM 内に 6 つのビジネスユニット(Attract, Launch, Advance, Bridge, Deliver &

Scale)を設置し、各開発ステージの課題解決に貢献している。CCRM のビジネスモデル

のイメージを Fig. 2-5-2 に、各ユニットの活動と全体スキームを Fig. 2-5-3 に示す。

Fig. 2-5-2 CCRM のビジネスモデル(受領資料より)

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Fig. 2-5-3 各ビジネスユニットの活動と全体スキーム(受領資料より)

2) 起業と投資業務 ・ アカデミア、産業界及び投資家との広範なネットワークを武器に、市場ニーズに応じた技

術シーズを調達するとともに、開発ストラテジーとその資金確保を同時に達成する。

・ 有望な新しいテクノロジー及びそれらを有する企業を特定し、それらの開発をサポートす

る。同時にこのような活動を通じて、有望案件へのアクセス力を高めている。

・ 開発ストラテジーの立案に際しては単一の技術にこだわるのではなく、複数の有望技術

を効果的に組み合わせることを志向している。

・ 研究者、企業、投資家に対してコンサルティングサービスを提供している。これらを通じて

当該領域のエコシステムの機能及び評判を高めている。

・ CCRM 及び当該領域のエコシステムの維持のため、有望な投資機会に参画している。

・ 投資ステージとしては主に Early stage(シードラウンド等)にフォーカスしており、出資形

態については現物出資も含め当該企業のニーズに応じて対応している。 ・ ポートフォリオ企業に対してはヒト、設備及び資金調達のサポートを行っている。これまで

にポートフォリオ企業は、外部から 1.3B 加ドルを調達している。

3) プロセス開発と製造

・ 以下の 2 つのセンターを設立し、プロセス開発と製造を担っている。

① CATCT(the Center for Advanced Therapeutic Cell Technologies): プロセス開発

を担う。 豊富な経験をベースに 10,000 種のレシピを有し、培地の最適化などの評価にも

対応可能。

250mL から 50L までのスケールアップ検討が可能。

② CCVP(The center for cell and vector production):

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細胞治療、遺伝子治療及び再生医療に用いる細胞及びベクターの GMP 製造施

設を保有している。

Phase 2 までの臨床試験に対応することを目的として設計。

20,000 ft2 のスペース。

class B のクリーンルームを有し、QC 設備(ELISA, PCR など)も備えている。

3. 提携活動

・ パートナー一覧(CCRM website より)

Ontario Institute for Regenerative Medicine(OIRM) https://oirm.ca/

Medicine by Design https://mbd.utoronto.ca/

GE Healthcare

https://www.gehealthcare.com/

University Health Network(UHN) https://www.uhn.ca/

MaRS Discovery District(MaRS DD) https://www.marsdd.com/

McEwen Stem Cell Institute

http://www.mcewencentre.com/

McGill 's Centre of Genomics and Policy(CGP) http://www.genomicsandpolicy.org/

Stem Cell Network(SCN) https://stemcellnetwork.ca/

Toronto Innovation Acceleration Partners(TIAP) https://t iap.ca/

・ CCRM に対する日本の動向

2018 年 9 月 5 日、日本再生医療学会と連携協力に関する MOU(覚書)を締結。

2016 年 5 月 25 日、再生医療イノベーションフォーラムと再生医療の促進を目的

に両者提携に関わる覚書を締結。

所 感:

先進医療の実現に向け、シームレスな枠組みが構築されており、CCRM のビジョン及びリーダ

ーシップには感銘をおぼえた。Toronto の中心部に主要機関を集積させ、CCRM にその中心的

な役割を担ってもらうという施策には、カナダ政府の貢献も非常に大きかったのではと推察する。 CCRM 設立から数年足らずではあるが、すでに非常に力強いアウトプット(9 社起業、1 社 Exit

及び外部機関と 180 プロジェクト推進)を出すに至っている。これは CCRM のリーダーシップに

より、投資家、アカデミア及び関連機関が有機的に連携できた成果であり、研究者単独では成し

えない起業&事業開発のサポートを CCRM がうまく担った結果であるとの印象を受けた。

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今後、CCRM としてはアジア地域への積極展開を含む新しい資金調達(ファンドサイズとして

190M 米ドル)を計画しているとのことであった。これまでの実績をベースに一層の事業拡大、強

固なネットワーク(投資家、アカデミア及び関連企業)構築がなされていくことが予想される。

日本においても CCRM のような枠組みを目指すのも良いが、彼らとの協力をベースに最適解

を模索するというのも有効な選択肢かもしれない。いずれにせよ、具体性をともなったビジョンと

強いリーダーシップが重要であり、その担い手をいかに創出・選抜し、支援していくのかが今後の

日本の課題であると感じた。

(小西 一誠)

受 領 資 料:

説明資料 1) 2018 Annual report

2) Collaborative, Capital-Efficient & Scalable Translation of Advanced Therapies

参 考 資 料:

1) プロセス開発と製造: https://www.ccrm.ca/sites/default/files/CCVP%20Flyer%20Final.pdf

2) ニュースリリース: https://www.ccrm.ca/rm-latest-news

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2-6.Toronto Innovation Acceleration Partners(TIAP)

Toronto Innovation Acceleration Partners(TIAP)

所 在 地: MaRS Centre, West Tower 661 University Avenue, Suite 465 Toronto, ON M5G 1M1, Canada

電 話: +1 647 260 7869

E - m a i l: [email protected] H o m e p a g e: tiap.ca

面 談 日 時: 2019 年 10 月 30 日(水) 14:00~15:00 面 談 場 所: 上記所在地 面 談 者: Parimal Nathwani, MSc, MBA,

Vice President, Commercialization

C o n t a c t P e r s o n :Parimal Nathwani, MSc, MBA, Vice President, Commercialization

面 談 目 的:

以下の項目に関する調査、情報収集を行うこと。

・ TIAP における投資戦略・状況について ・ ベンチャー企業支援のシステムについて

・ 研究開発成果の利活用について

説 明 内 容:

1. TIAP の組織及び業務

1) 組織概要 Toronto Innovation Acceleration Partners(TIAP)は、健康科学技術領域のシードステ

ージ(起業段階)にフォーカスしたベンチャーキャピタルである。2019 年 9 月に MaRS

Innovation から TIAP へと組織名を変更している。TIAP は、Toronto 大学及び関連教育

病院である Ryerson U、York U、OICR を含む Toronto のトップの学術研究機関 13 組

織の合意により、2008 年に非営利組織として設立された。初期には連邦政府から財政的

支援を受けていたが、現在は財政的に自立している。カナダ経済とカナダ人や世界中の

人々の生活の質に大きく貢献することをビジョンとしている。また、優れた科学を商業的

価値に代えることでメンバー機関の研究資産における商業・社会的リターンを最大化する

ことをミッションとしている。

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2) 研究内容・業務内容概要

TIAP は、健康科学技術の推進のための包括的なサポートするための管理、テクノロジー

開発、資金調達プログラムを実践するカナダ有数のプロバイダーで 10 年を超える実績を

有する。産業界及び金融投資家との強力なグローバル戦略的パートナーシップを通じて、

ベンチャーの構築と成長のために最も有望な研究のブレークスルーのビジネス化を進め

る体制を整えている。

TIAP のポートフォリオは、治療、医療機器、医療 IT/AI などの分野の 60 以上のスタート

アップ企業で構成され、過去 10 年間に、ポートフォリオ企業が 400M 加ドル以上を調達

し 35M 加ドルの資本を直接投入、カナダで 1,000 を超える直接及び間接的に STEM ジ

ョブを作成するという実績を確立した。業界パートナーには、Baxter、GSK、Johnson&

Johnson、LifeLabs、Merck、Pfizer、TandemLaunch がある(Fig.2-6-1)。

Fig.2-6-1 TIAP の 10 年間の実績(受領資料より)

現在 TIAP のメンバーは 14 であり、学術研究の資金提供を支援するために総額約 1.47B

加ドルが提供される。この中には、商業化に向けた研究を進めるための支援を必要とす

るプログラムがある(Fig.2-6-2)。TIAP は、メンバーとのパートナーシップを通じて、開

発されている新しいテクノロジーの概要を把握し、特定の技術分野に対する業界の要求

に対応し、市場のニーズに応じて投資、補完的/相乗的に研究者とのコラボレーションに

よるさらなる先進技術につなげている。

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Fig.2-6-2 TIAP MEMBERSHIP(受領資料より)

2. ベンチャー企業支援プログラム

TIAP と協力する研究者は、すべてのプログラムと管理サポートにアクセスして、発明を順

調に開始することができるよう、TIPA は技術をポートフォリオに取り入れる際、より市場対

応可能な状態に進めるために必要なすべてのプログラムを提供している。プログラムは、

LAB150、UTEST、Venture Builder、Portfolio Management の 4 つの柱を中心として

いる(Fig.2-6-3)。

Fig.2-6-3 TIAP Four Venture Creation and Growth Programs(受領資料より)

1) LAB150

LAB150 は、創薬リソースと専門知識を提供する目的で TIAP と Evotec SE によって共

同管理されており、TIAP メンバーからの重要な価値創造のマイルストーンに到達するた

めのスケジュールの短縮と成功率を高めることを目的としている(Fig.2-6-4)。

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潜在的なプロジェクト機会のスカウティングと経験豊富な創薬専門家によるデューデリジ

ェンスとメンターシップ価値創造をサポートする選別を重視している。

詳細なプロジェクト計画、スケジュール、予算の開発プログラムを通じて生成された知的

財産の創出をサポートして、プロジェクト管理を成功裏に完了させるための潜在的なパー

トナーと資金調達の機会を発掘している。

Fig.2-6-4 ADVANCEMENT OF MEMBER DRUG DISCOVERY PROJECTS(受領資料より)

2) UTEST

Toronto 大学と 9 つの教育病院の early stage technologies における最先端の研究に基

づいて設立されたスタートアップ企業の支援及び投資プログラムである(Fig.2-6-5)。 MaRS Discovery District を通じて提供される起業家トレーニング、知的財産権、事業開

発、市場分析、開発戦略などをサポートしている。サポートにおいては、企業の事業計画

のすべての面に対する 1 対 1 のメンターシップを実施し、ネットワークを活用したベンチャ

ー及びエンジェル投資家とのマッチングや法律サービス、作業スペースと会議施設提供

している。

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Fig.2-6-5 INCUBATES THE BEST STUDENT-DRIVEN COMPANIES FROM

UNIVERSITY OF TORONTO AND THE TEACHING HOSPITALS(受領資料より)

3) Venture Builder

TIAP Venture Builder(VB)プログラムは、UTEST 及び LAB150 以外の状況で会社を

設立するための手段である。 VB は TIAP メンバーからの健康科学技術をパッケージ化

し、新しいベンチャーとして立ち上げるための基礎作業を行う。VB プログラムの目的は、

TIAP のポートフォリオ管理プログラムからシード投資の機会を準備している。

技術開発計画の開発、事業計画の策定、事業開発と機会の市場検証、シードファイナン

スをサポートするサードパーティの投資家/戦略的パートナーの特定、知的財産費用の補

償、リーダーシップ人材の特定、サードパーティのコンサルタントの関与(規制、臨床、必

要に応じて管理)、新しいベンチャーへの組み込みとライセンス技術をサポートしている。

4) Portfolio Management

Portfolio Management プログラムは、ベンチャー企業に TIAP からのシード資本とガバ

ナンスの監視を提供する。また、企業が管理サービス契約を通じて TIAP の機能とインフ

ラストラクチャを活用する機会を提供している。 最大 500K 加ドルのシードファイナンスへのアクセス(1:1 のキャッシュマッチが必要)、

TIAP により上級役員又は独立取締役を指定し、TIAP の投資家、戦略的パートナー、カ

ナダのエコシステムパートナーのネットワークの紹介、IP 管理、財務及び会計サービス及

びオフィススペースとインフラストラクチャを提供して企業経営をサポートしている。

Fig.2-6-6 から Fig.2-6-8 は、ベンチャー企業の開発領域(疾患領域)と開発段階の進捗を示し

ている。ポートフォリオマネジメントにより、ベンチャー企業の戦略に基づいて計画/実行/管理/統

制をサポートしている。

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Fig.2-6-6 LAB150 ADVANCEMENT OF MEMBER DRUG DISCOVERY PROJUCTS(受領資料より)

Fig.2-6-7 UTEST & HUTEST Portfolio Companies(受領資料より)

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Fig.2-6-8 Life Science Companies in Portfolio Management(受領資料より)

所 感:

Toronto(カナダ)におけるベンチャーキャピタルである TIAP は、Toronto 大学や教育病院な

どの 13 の学術研究機関の研究開発を基盤として発祥したスタートアップ企業のインキュベーショ

ンである。

スタートアップ企業の持つ研究成果、技術、シーズを発展させて商業・社会的に成功させるた

めに、戦略、資金、財務、パートナー、IP、スペース、インフラストラクチャなどを企業の開発領域、

開発段階に応じて、TIAP は専門性の高い多数のスタッフがスタートアップ企業に対して手厚い

サポートをしている。日本の医療産業クラスターにおいては、地方自治体等が運営するベンチャ

ー企業へのサポートは形だけで実効性があまりないものが多いという状況を改善する参考となる

であろう。

エコシステムとしては、IPO よりも技術導出や製薬大手企業等による買収というスタイルとなっ

ている。サポートしているメンバーのスタートアップ企業をその段階までもっていくには、多くの期

間と費用がかかっているのが現状である。また、Toronto の学術研究機関から発祥した企業のみ

をインキュベーションの対象としており、外部からの流入の企業は対象としていないことは、地域

の産業振興としての領域に留まるものである。再生医療など今後重要となっていく領域での特徴

ある発展をしていくためには、外部からの企業も取り込んでいくべきと考える。

(岡野内 德弥)

受 領 資 料: 1) TIAP Corporate Overview - October 2019

参 考 資 料:

1) ホームページ:https://tiap.ca/

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2-7.Gene42 Inc.

Gene42 Inc. 所 在 地: 210-100 College St. Toronto, ON M5G 1L5 Canada

電 話: +1 888 682 5252

H o m e p a g e: gene42.com/

面 談 日 時: 2019 年 10 月 30 日(水) 15:15 – 16:00

面 談 場 所: 上記所在地

面 談 者: Orion Buske, PhD

Chief Executive Officer C o n t a c t P e r s o n: Orion Buske, PhD

Chief Executive Officer

面 談 目 的:

以下について調査及び情報収集すること

・ Gene42 が開発した疾患の表現型を適切に記述及び記録するシステム

・ 臨床現場での適切な情報及びデータ入力手順

・ システム運用状況と将来構想 ・ 個人情報の取り扱いと保護

説 明 内 容:

・ Gene42 は患者の疾患表現型を記載した情報データと遺伝子型プロファイルを病院から

収集し解析することを始めたが、すぐに表現型データが患者間で一貫性なく記録され、

異なる臨床医がさまざまな表現方法で同じ現象を説明しているという課題に直面した。

・ 人間は表現型を説明する様々な記述を理解し区別あるいはカテゴリーに分別することが

出来るが、コンピューターのアルゴリズムではそれは不可能である。さらに、カルテには略

語が頻繁に使用され、多くの場合スペルミスが含まれている。これらの問題によりデータ

が構造化されていないため、コンピューターを活用した網羅的なデータ解析が非常に困

難であった。標準化された表現型構造化データがあれば、疾患と遺伝子プロファイルの

関係を抽出するのは比較的簡単だと考え Human Phenotype Ontology(HPO)を活用す

ることにより、解析に最適な構造化された表現型と疾患データベースを構築することが可

能になった。

・ 問題は、臨床医がこれらの用語を患者の記録の一部として記録する簡単な方法がなかっ

たことであった。10,000 を超える詳細な用語を含む HPO は、単独では使いにくいため、

語彙全体を手動で検索するのは時間がかかり、退屈なプロセスであった。臨床医は、

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個々の患者記録に HPO の力を活用するためのシンプルで効率的な方法を必要としてい

た。

・ そこで開発されたのが、PhenoTips®である。 PhenoTips®は、表現型に焦点を当てた基

本的な電子健康記録(EHR)システムとして始まり、臨床医が HPO を簡単に検索して閲

覧し、患者の一連の標準化された表現型用語を記録できるようにした。その結果、さまざ

まな分析に使用できる一貫した標準化された構造化データを臨床医から直接収集できる

ようになった。

・ さらに、PhenoTips®は、表現型に基づく診断の提案、物理的測定の記録、グラフィカル

な家系図描画ツールなど、他の多くの機能を獲得している(Fig.2-7-1)。

Fig.2-7-1 PhenoTips®インターフェース

・ インターフェースのデザインを工夫することにより簡便で短時間に患者さんの臨床症状、

家族病歴、血統及び家系図のインプット、そして遺伝子検査結果との照合を容易にした。

オープンソースプロジェクトとして一般に公開され、現在世界中で 4,000 を超える研究者

や臨床医が PhenoTips®を使用している(Fig.2-7-2)。さらに、本システムを電子健康記

録システムに組み込むことにより、医師もしくは医師サポートスタッフによる確実な入力を

促すことに成功している。

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Fig.2-7-2 PhenoTips®を使用しているユーザーと保存されている情報の概念図

・ 現在では、本システム(臨床症状から関連が疑われる遺伝子や疾患を提示)が希少疾患

の診断において非常に有用であることが欧州、英国、オーストラリアでの国家的な取り組

みにより明らかになっている(Fig.2-7-3)。

Fig.2-7-3 患者の症状(表現型)に基づく疾患関連遺伝子リストの作成

・ PhenoTips® Genomics Suite には、臨床医や研究者が次世代シーケンシング(NGS)の

結果を非常に大規模に迅速かつ簡単に分析できる高性能ゲノムバリアントデータベース

が含まれている。

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・ PhenoTips® Oncology Suite は、PhenoTips®プラットフォームの信頼性と臨床能力に基

づいて構築された、がん患者データのキャプチャと分析のための直感的なインターフェ

ースを提供している(Fig.2-7-4)。洗練された血統図、カスタマイズ可能なフォーム、がん

リスク計算を提供する(Fig.2-7-5)。

Fig.2-7-4 がん患者の情報及びデータキャプチャと分析のための直感的なインターフェースの提

Fig.2-7-5 家系図及び血統図に基づくがんのリスク計算

・ 電子記録システムに入力されたデータはメインフレームで直ちに解析され、人口統計学

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的観点から異常な測定値を検出されたり、遺伝子診断の提案や用語追加のアルゴリズム

により多くの情報を構造化されたりした後に蓄積される(Fig.2-7-6)。

Fig.2-7-6 Phenotype に基づく遺伝子診断の結果解析

・ 最終的なゴールは世界中の研究者が情報を共有できるようにすることである。さらに、希

少疾患、あるいはがんの診断に役立てることである。その場合の障壁はデータプライバシ

ーや EU の一般データ保護規則(GDPR)かもしれない。その一つの解決策として、病院

のファイアウォールの内にソフトウェアをインストールし、さらにデータをコーディングする

ことにより匿名加工することである。患者の識別コードのみを個人情報として共有すること

により匿名加工された情報又はコード化された情報のみ運用することができる。

・ Gene42 の従業員は 8 名で、約半分は研究開発者でありより技術的に焦点を当てており、

半分はよりビジネス開発である。約 90%がオープンソースバージョンで使用されているた

め、10%がエンタープライズバージョンを使用し、1 月あたり 80K 加ドルの売り上げであ

る。一部の製薬会社は社内プロジェクトの一環として本システムを購入又は使用している。

・ 東北メディカル・メガバンク機構の萩島創一教授との共同研究により、本システムの機能

及びアルゴリズムは日本においても活用できる環境が整備された。

・ Oncology Suite は乳がん、卵巣がんを中心に構築されている。BRCA1、BRCA2 検査、

TP53、がん素因症候群、IBIS などの一連の異なるリスク評価ツールを採用している。ま

た、さまざまな API を用意しており、蓄積された情報、データを別途専用システムで解析

することも可能である。

所 感: Toronto 大学及び The Hospital for Sick Children における現場ニーズに基づき起業された

すスタートアップ企業。8 名が所属し 3 名は IT を専門とする技術者であり 5 名はビジネス開発が

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主たる業務である。まだ、コンセプトを実地試験に移行させるフェーズにある。IT とライフサイエン

スに強い人材が集積している Toronto の地の利を活かした企業ではあるが、今後はさらなる財源

と人材の確保、さらには他社技術の取り込みを積極的に行い、視野とビジネス機会の拡大を積

極的に行い、差別化を図っていく必要がある。 (松井 賢司)

受 領 資 料:

説明資料 1) Gene 42 Smart software for precision medicine

配布資料 1) PHENOTIPS Better Insights Start with Better Data

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2-8.BlueDot Inc.

BlueDot Inc.

所 在 地: 207 Queens Quay W #801b, Toronto, ON M5J 1A7, Canada

E - m a i l: [email protected]

H o m e p a g e: bluedot.global/

面 談 日 時: 2019 年 10 月 31 日(木) 8:30~9:30

面 談 場 所:上記所在地

面 談 者: Lindsay Bryson Chief Operating Officer

John Shahidi

Manager, Strategy & Growth

C o n t a c t P e r s o n: Lindsay Bryson Chief Operating Officer

面 談 目 的:

以下の項目に関する調査、情報収集を行うこと。

・ 会社の保有する技術の詳細内容。 ・ 本技術を用いて、今後どのような展開を考えているのか。

説 明 内 容:

1. 概要

・ Dr. Kamran Khan が始めた BioDiaspora プロジェクトを前身として、2014 年に設立され

たのが BlueDot である。 ・ BioDiaspora は、Dr. Kamran Khan が 2003 年に起こった SARS の世界的大流行を受

け、2008 年に「どのように感染症は世界中に広まっていくのか」を理解するために立ち上

げたプロジェクトである。 ・ 現在従業員は約 40 名おり、顧客には CDC(Centers for Disease Control and

Prevention:アメリカ疾病予防管理センター)もいる。

2. 保有技術 1) Natural Language Practice ML

・ 150 以上の疾患、60 以上の言語を対象に、WHO、OIE、FAO、CDC、ProMed mail、

Google News のデータを 15 分ごとに収集して Natural Language Practice ML を行う。

・ それにより 99%以上のジャンクデータが除かれ、残り 1%未満の重要なデータから感染性、

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感染発生場所、感染発生時間、感染要因に関するデータを抽出する(Fig.2-8-1)。

・ 40 億ものフライト情報、3.75 億もの携帯端末の情報を基に、人の移動状況をリアルタイム

で把握し、これと前記の感染症に関する情報を組み合わせることで、感染症の伝播リスク

を知ることができる。 2) George

・ 2017 年に George というアプリケーションを開発した。

・ このアプリケーションでは、世界中において旅行者がどのように感染症の脅威から身を守

るべきかを知ることができる(Fig. 2-8-2)。 3) Insight

・ 2018 年に Insight というアプリケーションを開発した。

・ このアプリケーションでは、世界中の感染症サーベイランスをタイムリーに行うことができ、

ヘルスケア組織やヘルスケアビジネスに活用することができる(Fig. 2-8-3)。 4) Explorer

・ Explorer というアプリケーションでは、これまでのアプリケーションよりもよりマクロな視点

で感染症を捉えることができ、公衆衛生や公衆安全に活用することができる(Fig. 2-8-4)。

Fig.2-8-1 BlueDot 保有技術イメージ

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Fig.2-8-2 George アプリケーション

Fig.2-8-3 BlueDot Insights

Fig.2-8-4 BlueDot Explorer

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3. 使用例

・ 小頭症を引き起こす南米系のジカウイルスがどの地域で起こる可能性が高いかについて、

妊娠可能性のある女性だけを選択してそのリスクを計算することもできる。

・ フライト情報に性別や年齢の情報が記載されているため、特定の性別、年齢の集団がど

のような移動をしているかを考慮し、感染症のリスクを知ることができる。

4. 質疑応答

・ ジカウイルスは 4 つの血清型があり、そのうち Type2 が重篤となるウイルスであるが、ウイ

ルス種だけではなくウイルスの型別の情報についても得られるのか。

血清型の検査自体をそもそもしないことが多いので、検査をしていないものはこのソ

フトウェアでも判別することができない。

・ ウイルスの型などの情報は得られないのか。

いくつかの特定の疾患に着目して型別の予測をすることもできる。その場合は、論文

などのデータも入れながら行うことで、より詳細な情報を得ることができる。

・ 99%以上の情報がジャンクデータであると言っていたが、その判別はどのように行ってい

るのか。 多くの情報が重複していることが、多くの情報がジャンクデータである要因として挙げ

られる。病院での情報は詳細を知ることができるが、疾患の多くは病院以外で起こっ

ているため、病院以外の情報からもデータを抽出している。

・ 情報の予測の正確性はどの程度か。

これは予測ではなく、リアルタイムでどのようなことが起こっているかを知るシステムで

ある。短期間の予測は可能で数か月は可能であると考える。3 年ほどの予測も現在

検討中である。

・ 顧客にはどのような機関や企業がいるのか。また、その中に製薬企業はいるのか。

顧客にはインターポールや保険会社などがいる。現在製薬会社の顧客はいないが、

是非製薬会社とも協業していきたい。

・ どのような感染症をターゲットとしているのか。また、実際に使用したい場合、ソフトウェア

の価格はいくらなのか。 ターゲットとしている感染症は 100 種類以上あるので、後日感染症のリストを送る。ソ

フトウェアの価格は、選ぶ対象疾患や対象エリアによって価格も変わるため、目的を

明確にしてから見積りする形となる。

所 感:

感染症の伝播には人の移動も大きく関わっているため、大量のフライトデータなどをリアルタイ

ムに反映させてデータを抽出している点は興味深く感じた。本システムは予測システムではない

とのことであったが、感染症は予防が重要であり、そのためには感染症の伝播予測も重要である

と考える。ワクチンや診断薬の製造を考えても、事前に予測することができればより多くの感染症

に対抗することができるだろう。現在 BlueDot では 3 年間程度の予測についても挑戦中であると

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のことだったので、今後の更なる技術革新を期待したい。

(田中 幸来)

受 領 資 料:

説明資料 1) BlueDot - October 31 2019

配布資料

1) 対象感染症リスト

参 考 資 料:

1) ホームページ:https://bluedot.global/

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2-9.VR Vision Inc

VR Vision Inc

所 在 地:250 The Esplanade. Suite #310, Toronto, ON, Canada, M5A 1J2

電 話:+1 888 253 3264

E - m a i l:[email protected]

H o m e p a g e:vrvisiongroup.com/company/

面 談 日 時: 2019 年 10 月 31 日(木) 10:00~11:00

面 談 場 所: 上記所在地

面 談 者: Roni Cerga VR Vision Inc, Co-founder, CEO

Joannah Apelo VR Vision Inc, Healthcare Systems Innovation Director

Reality Well, Founder, CEO

C o n t a c t P e r s o n: Ms. Eleo Rupprecht Trade Commissioner of the Ontario Regional Office of the Global

Affairs Canada.

面 談 目 的:

以下の項目に関する調査、情報収集を行うこと。

・ 会社の全体概要及びビジネス戦略

・ VR/AR の治療への応用/適用状況

説 明 内 容:

1. 企業概要

・ VR Vision は 2016 年 1 月 Toronto(カナダ)に設立され、New York(米国)にも拠点を

有する非上場ベンチャー企業である。約 20 名の従業員で構成されており、その多くはシ

ステムやコンテンツの開発に携わっている。

・ VR Vision は Virtual Reality(VR)/Augmented Reality(AR)の力を活用した課題解決

に価値を見出しており、様々な分野に革新的なソリューションを幅広く提供している。

・ 具体的には VR/AR を活用した 4 事業領域(顧客企業の社内トレーニングプログラム、ヘ

ルスケア、教育、マーケティング)に VR 開発、AR 開発、360 度ビデオコンテンツ開発及

び Web/モバイルアプリ開発等のサービスを提供している。

・ Reality Well は VR Vision のヘルスケア分野を担当しているグループ企業であり、CEO

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の Joannah Apelo 氏は看護師や技術コンサルタントとして 10 年以上のキャリアを経験し

ている。

2. ビジネス戦略

・ VR Vision のビジネススキームを Fig.2-9-1 に示す。既存の VR/AR ヘッドマウントディス

プレイと同社が開発したコンテンツを組み合わせて顧客に提供している。

① ハード:ヘッドマウントディスプレイについては外製であり、VIVE、ASUS、ヒューレ

ットパッカード、Pico Technology 等の市販品の認定販売者になっている。用途に

応じて最適なヘッドマウントディスプレイを顧客に提供する。

② ソフト:内製しており、VR/AR のコンテンツ、プログラム及びアプリケーションを開発

している。 ・ ビジネスモデルとしては、BtoC モデル(Business to Consumer:企業対消費者間取引モ

デル)ではなく、BtoB モデル(Business to Business:企業間取引モデル)である。

Fig.2-9-1 VR Vision のビジネススキーム(ホームページより)

3. VR Vision の提供した VR/AR のソリューションの事例

・ VR Vision が提供した VR/AR ソリューション事例としてとして、トヨタ自動車カナダへ提

供した社内トレーニングプログラムの紹介があった。

・ VR Vision の社内トレーニングプログラムの導入の背景として、トヨタ自動車では、工場内

の事故・リスクを低減するための導入トレーニングを行っているが、世界中に工場があり、

それぞれの工場が遠く、効率的な社内トレーニングプログラムの導入に至っていなかった

ことがある。

・ VR Vision がカスタマイズして作成した社内トレーニングプログラムの導入により、トヨタ自

動車カナダでは次のような費用対効果の高い社内トレーニングが可能となった。

① 省スペース化(トレーニングスペースは 3,000 ft²から 500 ft²へ減少) ② ヒューマンエラーの減少(ヒューマンエラーによる事故が 90%減少)

③ 参加者数の増加(従来は 1 度に 5 名の参加だったが、それが 20 名に増加)

4. VR Vision のライフサイエンス分野でのサービス(「Reality Well」)の概要

・ VR/AR を患者ケアに簡単に使うことで、患者さんの QOL 改善に貢献したいと考え、サー

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ビスを提供することにした。

・ 顧客として、病院、介護施設、長期療養施設を想定した。

・ 入院患者や施設入居者の主な課題は、孤独であること、追加のレクリエーション活動が

必要であること、外出の幅が少ないことであった。そこで VR Vision は高齢者向けの仮想

現実プラットフォームとして、「Reality Well: A virtual reality platform for senior living」を開発した。

・ University of Ontario Institute of Technology、Schlegel-UW Research Institute for

Aging、Ontario Retirement Communities Association とパートナーシップ契約を結ん

でおり、プラットフォーム上で提供するコンテンツに関しては、大学の生徒のトレーニング

や高齢者のトレーニング・リハビテーション用として企画し、デモ版を試作後に利用者の

フィードバックを得ながら改善を図ることで開発した。 ・ 「Reality Well」の主な利点は次の通りである(Fig.2-9-2)。

① 多人数が同時に参加可能で楽しく、満足感の高い双方向の世界を提供する

Computer Graphics(CG)ベースの環境

② 熟練したチームが社内で作成した実世界のランドマークやバケットリストの体験を集

めた 360°8K 解像度のフル 3D の立体画像

③ 様々な身体的及び精神的な制約の緩和や認知機能低下の軽減につながる

"exergames"

Fig.2-9-2 「Reality Well」の主な利点(受領資料より)

・ 「Reality Well」の主な特徴や構成要素は次の通りである(Fig.2-9-3)。

Fig.2-9-2 で記載したような主な利点 他のベンダーのシステムとの統合

結果を測定するためのユーザー追跡と分析

AI を用いた実績の評価

ケーブルレスな超携帯型のセットアップ

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軽量で人間工学的なハードウェア

生涯にわたるハードウェアとサポートの更新

Fig.2-9-3 「Reality Well」の主な特徴や構成要素(受領資料より)

・ 「Reality Well」の画面を Fig.2-9-4 に示す。『Explore(3D Interactive)』、『Expedition

(360 Photo/Video)』、『Excite (VR Mini Games)』の 3 つのコンテンツから構成されて

おり、利用者はそこからコンテンツを選んで使用する。

① Explore(3D Interactive)

3D Computer Generated Imagery(CGI)の様々な環境・場所(森林、砂漠、ビ

ーチ等)を探索するような双方向型のコンテンツ ② Expedition(360 Photo/Video)

フル 3D、360°、8K 解像度で実際の世界中のバケットリストを訪れることができ

るようなビデオ/写真が閲覧できるコンテンツ

③ Excite(VR Mini Games)

動作や認知機能の改善、リハビリを促進するようにデザインされたヘルスケア

ゲーム。簡単に学べ、楽しくプレイでき、達成感を味わうように設計されている。

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Fig.2-9-4 「Reality Well」の画面例(受領資料より)

・ 「Reality Well」はフルターンキーソリューションとして提供される(Fig.2-9-5)。システム

や機器は、コンテンツ–Reality Well プラットフォーム–タブレットコントロール– VR ハード

ウェア(ヘッドマウントディスプレイ)と連携しているため、顧客企業のシステム担当者や

VR Vision の担当者が使用状況をモニタリングすることができる。また、拡張性と柔軟性

が高く、内容に応じてより多くのコンテンツの追加が可能である。また、システムはスタンド

アローンである。

Fig.2-9-5 「Reality Well」の連携イメージ (受領資料より)

・ 使用するヘッドマウントディスプレイの概要を Fig.2-9-6 に示す。医療施設の基準を満た

すために、一般的なビジネスに使用されるものと比較して、はるかに高い基準に準拠して

いる。具体的には、Six degrees of Freedom(6DOF)であり、ユーザーの動きはすべての

方向から VR で追跡及び表示される。使用時の不快感や吐き気を解消されている。また、

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1~2 年に 1 回、無料アップグレードされる。

Fig.2-9-6 「Reality Well」で使用するヘッドマウントディスプレイの概要(受領資料より)

・ 利用者は、使用時にパソコンや特別なセンサーは不要で、ヘッドマウントディスプレイだ

けで使用可能である。

・ 同社では「Reality Well」の効果について、統計学的な有意性を検討していないが、利用

者の中には症状が良くなった人もいるとのことであった。医療機器や医薬品のカテゴリー

ではなくヘルスケアとしての使用を想定しているため、今後も臨床試験の実施は予定して

いないとのことであった。

・ 価格は Table2-9-1 の通りである。 Table2-9-1 「Reality Well」の価格(2019 年 10 月訪問時点)

Unit(ヘッドセット/月)(契約数) 価格(米ドル/月)

1-10 200

11-50 180

51-200 160

200+*1 Contact Us*1

*1 カスタムメイドの CG アプリケーションの作成可能

*2 最低 2 年間の契約が必要

所 感:

VR Vision への訪問により、ヘルスケア分野以外も含む VR/AR の利用状況を知ることができ

た。特に「Reality Well」では利用者の QOL のみならず、利用者の周辺の方々負担軽減、医療

費削減まで考えられており、今後の普及が期待されるものであった。

これまで製薬企業は医療用医薬品を中心に事業を行ってきたが、医療経済性のより一層の重

視やプラットフォーム企業等異業種からのヘルスケア業界への参入等により、製薬業界の構造は

激変していくことが予想される。そのような状況の中で、「Beyond the Pill」を実現するために、デ

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ジタルに関する専門部署を設立する企業が増加している。そこでは医薬品の枠を越えた疾患や

患者へのアプローチ、例えば、保険償還を志向した治療アプリ等が検討されていると推察される

が、VR Vision のヘルスケアソリューションのような保険償還の枠外となる新たなサービスやマネ

タイズの枠組みについても同時に考える時期に差し掛かっているように感じる。

そのために、製薬企業は、これまでと異なるテック系の人材を確保することやこれまで以上に

異業種とのオープンイノベーションを推進していく必要があると感じた。

(海野 明徳)

受 領 資 料:

説明資料 1) Reality Well - VR Platform for Senior Living

参 考 資 料:

1) ホームページ:https://vrvisiongroup.com/

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2-10.University Health Network(UHN)

University Health Network(UHN)

所 在 地: 700 University Avenue(Hydro/OPG building) , Toronto, ON 10t h floor, room 1067.

電 話: 416 946 4545

E - m a i l: [email protected] H o m e p a g e: www.uhn.ca/

面 談 日 時: 2019 年 10 月 31 日(木) 11:15-12:30

面 談 場 所: 上記所在地 面 談 者: Dr. Gordon Keller, PhD

Medical Director and Head of the McEwen Centre

for Regenerative Medicine

Dr. Shinichiro Ogawa, MD, PhD

Scientific Director of the Liver Regenerative Medicine Program,

McEwen Centre for Regenerative Medicine Christina von Gemmingen

Alliance Manager, Licensing and Commercialization Lead,

Technology Development and Commercialization, UHN

Ajay Pillai

Senior Director, UHN Solutions

Andrea Kennedy Head of Partnerships, UHN Research

C o n t a c t P e r s o n: Ajay Pillai

Senior Director, UHN International

面 談 目 的:

以下の項目に関する調査、情報収集を行うこと。 ・ 肝臓に関する再生医療研究

面 談 内 容:

1. UHN 概要

UHN は 4 つの病院、7 つの研究所、10 の臨床プログラム、9 つの教育センター、3 つの財団を

有する、カナダ最大の研究施設であり約 30,000 人の従業員に加え、臨床医が働いている。7 つ

の研究所の 1 つが McEwen 幹細胞研究所である。各研究所は特定の治療分野に特化しており、

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例えばプリンセスマーガレットがんセンターは、がん、腫瘍学に焦点を当てた、世界で 5 番目に

大きいがん研究施設である。物理的にもこれらの建物は互いに 500 メートル以内にあるため、研

究室から臨床試験現場、患者のいる病院すべてにアクセスが良い。研究費は 4B 加ドルを超えて

おり、1,000 人を超える主任研究員、最大 100 万平方フィートの研究スペースを誇る施設に加え、

カナダ最大の大学である Toronto 大学とも提携をしている。基礎研究を行うだけでなく、臨床試

験に至るまでのすべの機能を有するため、基礎研究を行って概念実証を行った後に、実際に臨

床試験を実施できるエコシステムが構築されている。

Fig.2-10-1 UHN の構成(受領資料より)

近年の焦点領域として、約 1 年前に設立された McEwen 幹細胞研究所を中心とした、再生医

療がある。今のところ 5 人の研究者がおり、その 1 人が同日主に発表を行った Shinichiro Ogawa

先生である。再生医療研究では心臓、糖尿病、肝臓、血液の 4 プログラムを展開している。ビジ

ネスモデルとしては Sponsor research agreement、あるいは Start up の 2 通りがあるが、2016 年

に UHN stem cell tech からスピンアウトした、iPS 細胞を利用した細胞医薬品の研究開発を手掛

ける Blue Rock Therapeutics が成功例である。UHN には実際に GMP レベルの製造施設があ

り、これは CCRM によって管理されているため、必要に応じて組織間でコラボレーション、パート

ナーシップを締結することとなる。

また、UHN は米国及び南米と近距離にあることから、世界で 3 番目の大きな肝臓移植ネットワ

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ークを形成しています。この環境的ベネフィットを活用し、UHN では肝臓移植のみならず、

McEwen 幹細胞研究所を中心として肝細胞バンクの構築及び肝移植時の幹細胞利用の臨床試

験を積極的に行っています。

Fig.2-10-2 McEwen 幹細胞研究所の構成(受領資料より)

2. 肝臓に関する再生医療研究(Shinichiro Ogawa 先生)

信州大学出身の外科医であり、今も特任教授としてのポジションを残している。Toronto は北

米一位の肝移植であり、McEuen 幹細胞研究所としては最終的に細胞レベルでの移植あるいは

臓器レベルでの移植を目指している。iPS 細胞から前駆細胞へ誘導し、肝細胞あるいは胆管細

胞へ分化させる。iPS 細胞由来の細胞は幼弱であるが、成熟細胞への誘導方法を確立している。

肝臓は門脈側と中心静脈側で因子や流速の勾配があり、門脈側が Zone 1、中心静脈側が Zone

3 と呼ばれている。Zone 1 は糖新生、尿素回路及び β 酸化が活発であり、Zone 3 は薬物代謝に

関わる CYP 発現が豊富である。Zone 1 及び 3 のスイッチには Wnt シグナルが関与し、Wnt の

産生源としては肝類洞壁内皮細胞を特定している(Development. 2013)。肝細胞を効率よく増

やす培養液として Expansion cocktail を同施設では確立しているが、この組成決定にはかなり

の時間をかけて検討する必要があった。前駆細胞から胆管細胞への誘導は 3 次元培養を用いて

いるが、Notch シグナルが重要である知見が得られている(Nat Biotechnol. 2015)。さらにメカノ

センシングに関わる分子も関与することも捉えられており、現在論文化中である。

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胆管細胞のオルガノイドの内側には嚢胞性線維症の原因トランスポーターである CFTR が発

現しており、極性が維持されている。CFTF は肺のみならずすべての上皮細胞にも発現するため、

嚢胞性線維症患者は胆管閉塞になる。嚢胞性線維症の薬剤は年間に 100K 加ドルを要するが、

遺伝子型によって効くか否かが分かれる。現在胆管細胞をオルガノイドからモノレイヤーに培養

する技術を確立しており、トランスポーターの機能評価から、薬剤が嚢胞性線維症患者由来 iPC細胞から作成した胆管細胞において、薬効を示すか判定できる系を構築中している。肝疾患へ

の展開としては、Zone 3 の細胞が Lipogenesis の機能を有しており、Lipid droplet を認めるた

め、今後マクロファージとの共培養によって NASH モデルへ応用できるのではないかと考えてい

る。また、TK-NOG マウスにヒト肝細胞を移植することで、完全肝ヒト化マウスの作製を検討して

いる。肝細胞以外に、胆管細胞や星細胞、クッパー細胞をミクスチャーとして投与することも可能

である。Toronto 内のコラボレーターと、Organ-on-a-chip を検討中であり、特に Flow によって

Zone 1 や 3 への変化を捉えられるかが興味の対象である。

所 感:

UHN は Toronto 中心部を拠点に、基礎研究から臨床試験までシームレスに実施可能な、理

想的な研究施設である。日本では先端治療の実施可能な病院を中心とした研究環境の整備が

十分には整っておらず、研究者の臨床検体へのアクセス、あるいは新規技術の早期臨床試験実

施という点で課題があり、UHN が構築する研究環境は参考になると感じられた。

具体的な内容として伺った、Shinichiro Ogawa 先生の肝臓の再生医療研究は、iPS 細胞から

の肝細胞誘導にとどまらず、分化細胞の成熟化や Zonation の視点も含まれており、実用化を意

識した極めて高いレベルの研究に感銘を受けた。Toronto は北米 1 位の肝移植が行われてお

り、また細胞治療に関しては CCRM が所有する GMP 施設を使用可能なことから、将来的にドナ

ーを要さない肝移植治療につながることが期待される。 (西尾 光)

受 領 資 料:

説明資料 1) Research Innovation and Commercialization at UHN: An Overview

UHN Technology Development and Commercialization

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2-11.PDX pharmaceuticals, Inc.

PDX pharmaceuticals, Inc.

所 在 地: 3181 SW Sam Jackson Park Road Portland, OR 97239

電 話: +1 503 418 9306

E - m a i l: [email protected]

H o m e p a g e: www.pdxpharm.com/

面 談 日 時: 2019 年 11 月 1 日(金) 10:00~12:00

面 談 場 所: 上記所在地 面 談 者: Wassana Yantasee, PhD, MBA,

President/CEO, Professor, Biomedical Engineering, OHSU C o n t a c t P e r s o n: Wassana Yantasee, PhD, MBA,

President/CEO, Professor, Biomedical Engineering, OHSU

面 談 目 的:

以下の項目に関する調査、情報収集を行うこと。

・ 研究内容について

・ 会社の全体概要及びビジネス戦略について

説 明 内 容:

1. 背景

・ 健康の改善につながるような機能性ナノ粒子の開発を目的として、2010 年に設立された。

・ CEO の Yantasee 博士はタイ出身であり、PDX の持つナノテクノロジーのプラットフォー

ムを用いてがんの治療方法の発展、ならびに発展途上国の人々に安価に薬を普及させ

たいという強い熱意をもって日々の研究に取り組まれている。

2. 基盤技術

・ siRNA の送達を目的とした、化学修飾ナノ粒子の開発と医療応用。

・ カチオン脂質がベースのナノ粒子とは異なり、PDX のナノ粒子は静脈注射後の免疫シス

テムの回避や血中滞留性の向上を目的として①粒子径、②サイズ、③溶解性について

最適化されており、腫瘍移行性の向上につながっている。

・ ナノ粒子は化合物を搭載できるような多孔性シリカ( MSNP )をベースに cationic

polymer, PEG, 抗体 , siRNA でコーティングされている(Fig. 2-11-1)。

・ このような修飾により siRNA は血中で 48 時間以上も保持され、また不要な免疫応答も

引き起こさない。

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・ 細胞に取り込まれたナノ粒子は表面の cationic polymer がバッファーの役割を果たすこ

とでエンドソームのメンブレンを傷害し、ナノ粒子に搭載された siRNA は細胞質でリリー

ス後にプロセシングされることで機能する。

・ siRNA を搭載前のナノ粒子は凍結乾燥による長期保存が可能であり、バッファーで再構

成後に siRNA をミックスすることで siRNA をナノ粒子に搭載できる。

Fig. 2-11-1 PDX の基盤技術概要(受領資料より)

3. パイプライン 1) PDX-001/PDX-001-TX

・ siHER2 及び anti-HER2(Trastuzumab)搭載ナノ粒子。

・ PDX-001-TX はさらに docetaxel を搭載している。

・ Trastuzumab は腫瘍へのターゲティングに用いられている。

・ Her2 をターゲットとした既存療法ではもともと耐性を示す患者が 50%程度おり、また奏

功しても 9 カ月程度で獲得耐性が生じることが問題となっている。 ・ PDX-001(-TX)はこのような既存療法耐性の Her2 陽性乳がんを対象とする。

・ 先述のように HER2 をターゲットとした既存の薬物療法では耐性が生じることが知られて

いるが、siRNA を用いることにより耐性化をおさえられること、もしくは既存薬物で耐性化

した腫瘍にも効く可能性があることが大きなメリットである。

・ 搭載する siHER2 は in vitro ではおよそ 80%程度のノックダウン効率を示し、in vivo に

おいて PDX-001 は単回投与で 60%程度のノックダウン効率示した。 ・ また、Trastuzumab 耐性、ラパチニブ耐性の細胞株を作成し siHER2 の in vitro 薬効を

評価したところ、Trastuzumab やラパチニブはそれぞれの耐性株に対しては薬効が減弱

するが、それらの細胞株に対しても siHER2 は親株に対する薬効とさほど変わらない薬

効を示した。

・ in vivo の xenograft モデルにおいても Trastuzumab 耐性株に対して PDX-001 は優れ

た抗腫瘍効果を示した。 ・ また PDX-001-TX は、siHER2 単剤もしくはドセタキセル単剤を搭載したナノ粒子に比

較して優れた in vivo 薬効を示し、体重低下や肝毒性などの毒性も特にみられなかった。

PDX-001-TX については 2 年以内に IND に必要な試験・検討を実施し臨床試験に入

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るように計画がたてられている。 2) C-siPLK1-NP

・ siPLK1, anti-EGFR(Cetuximab)搭載ナノ粒子。

・ 非小細胞性肺がんの放射線増感剤としての利用を考えている。

・ Cetuximab は腫瘍へのターゲティングに用いられている。 ・ これまで PLK1 はターゲットとして有望視され、その阻害剤が開発されて臨床試験が行

われてきたが、バイオアベイラビリティの低さや副作用等が原因でこれまで上市されたも

のはない。

・ このような状況を克服するため PLK1 に対する siRNA を用いたナノ粒子(C-siPLK1-NP)

が開発された。

・ MoA としては Cetuximab が EGFR の核へのトランスロケーションをさまたげ、同時に

siPLK1 による PLK1 の発現抑制により放射線の感受性が高い G2/M 期に細胞周期をと

どめることで放射線増感剤として働くことが考えられる(Fig. 2-11-2)。

・ 放射線との併用がなくても C-siPLK1-NP は A549 細胞異系同所移植モデルで 80-90%

程度の増殖抑制を示した。

・ in vitro の試験では C-siPLK1-NP の前処理により放射線による増殖抑制効果の亢進が

見られた。 ・ また A549 細胞マウス異系皮下移植モデルにおいても放射線処理と C-siPLK1-NP の

併用により、それぞれ単独処理の場合よりも著しい増殖抑制効果が見られた。

Fig. 2-11-2 C-siPLK1 の作用機序(受領資料より)

3) antioxidant NP

・ がんの転移には複数のステップが介在することが知られているが、その各ステップにお

いて ROS が関与することが報告されている。

・ MSNP は非常に大きな表面積を持ち(ティースプーン 1 杯の MSNP はテニスコート 10面くらいの表面積を有する)、ROS 消去活性を有するため、これをがん転移抑制薬とし

て活用することを考えている。

・ in vitro では乳がん細胞株を用いた menadione による ROS 産生を MSNP が阻害し、

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NADPH オキシダーゼ阻害剤である DPI(diphenylene iodonium)や抗酸化剤である N-

Acetylcysteine(NAC)と同程度の阻害が見られた。また、MSNP 処理により NOX4 の

発現がタンパク質レベルで抑制され、migration/invasion を阻害する様子が観察された。

・ in vivo では乳がんの肺転移モデルにおいて Trastuzumab と siPLK1 を搭載したナノ粒

子(T-siPLK1-NP)を投与することで、実際に肺やリンパ節への転移が抑制された。 ・ MSNP の ROS 消去活性の応用については、がん以外に線維症への適応を考えている

(Fig. 2-11-3)。ブレマイシンによる皮膚線維化マウスモデルでは siHSP47-MSNP を投

与することで線維化による皮膚の肥厚が抑制され、ヒトの線維症でも見られるような

HSP47, NOX4, α-SMA, COL I といったタンパク質の発現が有意に低下した。

・ またこれらのタンパク質の発現抑制は control siRNA を搭載した MSNP でもある程度見

られたことから、MSNP 自体の ROS 消去活性の薬効への寄与が示唆された。

Fig. 2-11-3 TGF-β, ROS, NOX4, HSP47 の線維化における役割(受領資料より)

4) AIRISE(Augmenting Immune Response and Inhibiting Suppressive Environment of

tumors)

・ がん免疫の活性化を志向した薬剤と免疫抑制系を解除するような薬剤もしくは siRNA を

搭載した MSNP。

・ AIRISE-01 はメラノーマ細胞のマウス同系移植両側担がんモデルにおいて片方の腫瘍

局所に投与することでもう片方の腫瘍も小さくなるといったアブスコパル効果を示し、抗

がん免疫の活性化が起きていることが示唆された。

・ また免疫チェックポイント阻害剤との併用により免疫チェックポイント阻害剤単剤よりも生

存を延長し、tumor free となるマウスの割合も増加した(Fig. 2-11-4)。 ・ AIRISE については、詳細は CDA 下での開示となる。

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Fig. 2-11-4 AIRISE-01 によるチェックポイント阻害剤の薬効増強(受領資料より)

5) ARAC(Antigen-Release Agent and Checkpoint inhibitor)

・ 非開示の薬剤 A と免疫チェックポイント阻害剤を送達するような MSNP。

・ 薬剤 A は免疫原性細胞死を誘導するような薬剤で抗原のリリースと免疫活性化を引き起

こし、免疫チェックポイント阻害剤はそれ自体の抗腫瘍活性に加えて腫瘍組織へのター

ゲティングの役割も担う。 ・ マウス同系移植両側担がんモデルにおいて ARAC を片方の腫瘍局所に投与することで、

薬剤 A もしくはチェックポイント阻害剤のそれぞれ単剤を搭載した MSNP と比較して顕

著な薬効増強を示した。また、もう片方の腫瘍においてもそれぞれ単剤を搭載した

MSNP と比較して抗腫瘍効果の増強が見られた。

・ また ARAC は、薬剤 A とチェックポイント阻害剤併用の 5 倍用量と同程度の薬効を示し

た。 ・ ARAC についてもこれまで内容を開示したことはなく、詳細は CDA 下での話となる。

4. ビジネスモデル

・ 臨床試験の遂行や CMC、マーケティングに強みのある製薬企業とのパートナリングを望

んでいる。

・ その他の要件については Fig. 2-11-5 を参照。

Fig. 2-11-5 PDX の強みとパートナリングについて

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所 感:

面談では非常に多くのアイデアが示され後半は時間が足りなくなるなど、がん克服への熱い

思いを感じた1時間であった。一般的に siRNA の創薬応用には標的組織への送達や、血中

安定性、エンドソームからのエスケープなど、いくつかの課題があることが知られている。PDXの技術は多孔性シリカをベースとしたプラットフォームでこの課題の克服を目指しており、ヒトへ

の応用が期待されるところである。また、現在は主にがんを標的とした研究が進められている

が、今回の面談でも示されたように線維症など他の疾患への応用も考えられ、本技術の適応

範囲の広がりを予感させるものであった。今後は siRNA セラピーのパイオニア的存在としてさ

らなる発展が期待される。

(山田 知広)

受 領 資 料:

説明資料 1) Precision medicine and therapeutic vaccines for cancer

参 考 資 料: 1) PDX pharmaceuticals webpage

2) Cancer Letters 2019, 467, 9-18

3) Int J Nanomedicine. 2018, 13, 4015-4027.

4) PLoS One. 2018, 13:e0198141

5) Mol Cancer Ther. 2017, 16, 763-772.

6) Oncotarget. 2016, 7, 14727-41. 7) Biomaterials 2015, 66, 41-52.

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2-12.Knight Cancer Institute

Knight Cancer Institute

所 在 地: 1121 S.W. Salmon Street, Suite 100, Portland, Oregon, USA

電 話: +1 503 552 0679

E - m a i l: [email protected]

H o m e p a g e: www.ohsu.edu/knight-cancer-institute

面 談 日 時: 2019 年 11 月 1 日(金) 12:00~17:00

面 談 場 所: 上記所在地 面 談 者: Julia Ronlov, MBA

Director of Strategic Alliances, OHSU Knight Cancer Institute Emma He, PhD

Alliance Manager, OHSU Collaboration and Entrepreneurship Yoshinori Fukazawa, PhD

Research Assistant Professor, Oregon Health & Science University Paula Amato, MD Jacob Estes, PhD Joe Gray, PhD Hiroyuki Nakai, MD, PhD Heidi Feiler, PhD

Research Associate Professor and Scientific Program Manager Terry Lo

Strategic Advisor for Research Alliance C o n t a c t P e r s o n: Julia Ronlov, MBA

Director of Strategic Alliances, OHSU Knight Cancer Institute Nicole Durchanek

面 談 目 的:

以下の項目に関する調査、情報収集を行うこと。 ・ Knight Cancer Institute におけるがん研究の特徴、産官学連携の仕組みと手続き等

説 明 内 容:

1. Knight Cancer Institute Overview and Partnering(Julia Ronlov)

・ The Oregon Cancer Center は 1992 年に設立され、1997 年に Oregon 州で唯一の NCI

指定がん研究所となった。その後 2008 年に Nike の創業者である Phil Knight と Penny Knight 夫妻が 1B 米ドルを寄付したことで現在の Knight Cancer Institute という名称に

変更された。その後、2015 年 6 月までに寄付のみで 10B 米ドルを集め、2017 年には

NCI 指定の総合がんセンターに指定された。

・ Knight Cancer Institute のミッションは「世界のがん患者を苦痛から解放すること」である。

そのために、イノベーティブで協力的な研究と教育を通じて、予防、診断、治療を提供し

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ている。

・ Knight Cancer Institute のディレクターはプレシジョンメディシンの先駆けであるグリベッ

ク®の研究を行った Dr.Brian Drukuker であり、2007 年から現職についている。

・ Knight Cancer Institute は 139 名の研究者、1,200 名の医師、看護師、研究スタッフ等

の医療従事者及び 12 の学際的クリニックを保有し、2018 年には約 5,000 名の新規がん

患者が来院した。

・ Knight Cancer Institute は製薬企業、医療診断機器企業、IT 企業、がんセンター、国際

的な研究室や大学等とパートナリングしている(例えば、nano string、intel 等)

2. Disrupting B Cell Follicle Sanctuary for HIV Cure(Yoshinori Fukazawa)

・ HIV 患者の ART 療法は効果的であるが、血中からウイルスが除去されても、治療停止す

ればまたウイルスが増加する。この点については HIV に感染した T 細胞が薬剤暴露を免

れて、ウイルスのリザーバーになっていると考えられている。その機序として、T 細胞の腸

間膜リンパ節へのホーミングが考えられているが、抗 α4β7 抗体である Vedolizumab を用

いた Non-human primate の知見は一致した見解が得られておらず、最新のヒト P1 試験

結果はネガティブな結果であった(Sci Transl Med. 2019)。

・ Fukazawa 先生は 2015 年にサル 免疫不全ウイルス(simian immunodeficiency virus;SIV、ヒトにおける HIV に相当)に着目し、当研究施設の強みである霊長類を用い、HIV

の完治につながる研究を行っている。2015 年にリンパ節における B 細胞濾胞がウイルス

感染した T 細胞のリザーバーとなっていることを報告、抗ウイルス薬の濃度はこの部位で

も同様であることから、B 細胞濾胞がウイルス感染 T 細胞への薬剤暴露に対する障壁に

なっていると推察している(Nat Med. 2015)。B 細胞濾胞を破壊するためリツキシマブを

投与したところ、実験的にはある程度の濾胞破壊作用が得られたものの、残存部位がウ

イルス感染 T 細胞のリザーバーとなり、やがて再発するという結果が得られている。より効

率的に B 細胞を除去する方法として、CD20 標的 CAR-T を検討している。サルを用いる

利点として、治療前に臓器試料を採取し、同一個体で治療の効果検証を行える点がある。

3. Human Germline Gene Therapy: Promise & Peril(Paula Amato)

・ ミトコンドリア DNA に由来する遺伝病を治療する目的で、キャリア由来の卵母細胞から核

を取り出し、除核した健常ドナーの卵母細胞に移植する研究が紹介された

・ アカゲサルを用いた研究により、核移植した個体に生育上の問題はなく、変異を有するミ

トコンドリアの割合も 3%以下にとどまっている。ヒトの卵母細胞を用いた研究では、胚まで

発生したのちに、膵・肝・心筋・神経など様々な細胞種に分化させるなど研究を進めてい

るが、一部の細胞ではミトコンドリア DNA の変異を有するミトコンドリアの割合が増加する

現象も確認されている。また規制上、治療に使用することはできない。 ・ 心肥大の原因遺伝子である MYBPC3 の遺伝子変異を、精子の段階で CRISPR/CAS9

により修復する研究も進めている。興味深いことに、修復された 64%は対立遺伝子由来

の相同組換(interallelic gene conversion)であり導入した配列由来の相同組換は 0%で

あった。

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・ 生殖細胞を対象とした遺伝子編集技術の応用については、2018 年に中国のチームが

CCR5 遺伝子の変異を導入した“CRISPR Babies”を誕生させたことで論争となった。明

らかにヒトへの応用は現時点で時期尚早であり、安全性や倫理上の課題など様々な問題

が解決される必要がある。

4. Developing a Pre‐Clinical Non‐Human Primate Model of Inflammatory Bowel Disease(Jacob Estes)

・ 現在 60 を超える実験的 IBD モデルが存在するが、ヒトへのトランスレーションの点で課

題がある。当研究施設の強みである霊長類を用い、サル DSS 腸炎モデルの構築に取り

組んでいる。0.25%の DSS 溶液をサルに 10~14 日飲水させることで、腸炎が惹起され

る。病理的に 0~4 の 5 段階で評価し、多くの部位が 0 と判断される。好中球浸潤を主体

として上皮傷害が観察され、陰窩膿瘍も認められる。

・ 「DSS 処置で腸炎惹起、水で回復」を 3 サイクル行うことで、T 細胞やマクロファージの浸

潤が認められるようになる。2 週間ごとに 6 サイクルの処置を行うことで、腸管の半分くら

いの部位に傷害を認め、かつマッソントリクローム染色陽性の線維化が認められるように

なる。サル DSS 腸炎モデルは病理学的初見、Proteomics 解析結果から潰瘍性大腸炎

モデルと捉えている。 ・ サルの良い点として、内視鏡検査を実施できる点がある。5-アミノサリチル酸や JAK 阻害

剤等の治療効果を今後評価することで、モデルの確立を目指している。SIV 感染したサ

ルにおける腸炎発症についてはすでに論文化している(Nat Commun. 2015)。

5. Overview of SMMART Precision Oncology and Human Tumor Atlas Network Programs(Joe Gray) SMMART Precision Oncology and Human Tumor Atlas Network Analytics(Laura

Heiser)

・ SMMART は Serial Measurements of Molecular and Architectural Responses to

Therapy の略であり、 Knight Cancer Institute が誇る最高の precision oncology

program である。本プログラムのゴールは、生物学的なガイドのもとで複数のターゲットを

狙うことで、より長期間にわたって、より忍容性が高い方法で転移性がんの進行をコントロ

ールすることである。現状では triple-negative breast cancer(TNBC)をターゲットとして

いるが、今後は膵がん、前立腺がん、AML などの他がん腫への展開も考えているとのこ

と。具体的には下記のような流れで 550 の FDA 承認薬の中からどの薬をコンビネーショ

ンで投与するかを含めて「which?、when?, dose?, change?」が決定される。これらは通常

4 週間以内と、非常に速やかに結果を出すように取り組んでいる。 Patient entry ↓

SMMART analytics (blood, tumor tissue(IHC) . . .) ↓

Design therapy

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monitor response

↓↑

tumor control

・ tumor control で progression が見られたら再度 analytics を実施し、治療方法をデザイ

ンする。キーとなる analytics では患者から FFPE や血液(EDTA 処理)、凍結試料等を

採取して非常に多項目にわたって測定がなされる。より具体的には核酸・タンパク質のオ

ミクス解析にくわえ、光学顕微鏡 , 蛍光顕微鏡 , CT, MRI, PET などイメージングデータが

取得される。試料は治療前のみならず治療中にも採取される。生検採取は 18 ゲージの

ニードルで行われ、試料採取から保存まで 2 分程度で行われる。

・ また、特に重要なことは得られたデータのマネジメントである。患者を長期にわたってモ

ニターすることで得られたすべてのデータ(1 人当たり 10-20 テラバイト)は統合され、治

療耐性メカニズムとがんの脆弱性についてコンピューターで解釈され、研究者と臨床医

による意思決定のために、データブラウザーを介して提供される。上記のような一連のプ

ロセスを通じて、世界中のどの場所よりも個々のがん患者に関するより多くのデータを取

得して管理することを可能にしている。得られたデータは Human Tumor Atlas Network

Project を通じて公開することを考えている。本プロジェクトは外科医、血液学、腫瘍学の

エキスパート以外にも放射線学、薬学、診断、データ管理、計算生物学などのエキスパ

ートや、施設内審査委員会の人々が集まってチームを形成し運営している。

・ 会議中、取得した様々な種類のデータを含む本プログラムの実施例を見せていただいた。

印象的なものとしては、治療によりがん細胞がその分化度を劇的に変化させるのみなら

ず、その周囲にいる線維芽細胞の比率や数も変わるという話があった。そのなかで

cyclic immunofluorescence(CyCIF)解析の結果が示されていたが、本結果からは腫瘍

が線維芽細胞や内皮細胞、コラーゲンなどに覆われることでバリアーを形成しており、免

疫細胞の浸潤や抗原による免疫応答の活性化、化学療法剤の腫瘍へのアクセスを妨げ

ていることが推測される。

・ Dr. Heiser の研究室では上記のプロジェクトに参画しており、前述のゴールに寄与するこ

とに加え、より研究ベースでがん耐性メカニズムの解明に取り組んでいる。取り組み内容

としては、SMMART プログラムで得られるデータの一翼を担うオミクスデータの活用例と

して、乳がんでの molecular subtyping を示していた。PAM50 は、独自の乳がんのサブ

タイピングアプローチの 1 つであり、患者をより細かく層別化するほど特定の疾患につい

ての洞察が得られる。これは予後の指標や、さらに重要なこととしては、いくつかの治療

戦略の指標として機能する。当該研究室のその他の新しい仕事として、分子プロファイル

から薬物反応を直接予測すること等も紹介された。

6. Recent Progresses In Adeno-associated virus(AAV) Gene Therapy(Hiroyuki Nakai)

・ 遺伝子治療で利用されている AAV ベクターには様々な血清型があるが、例えば AAV9

は脳内移行性を有するが、その割合は低いなどの課題がある。

・ 中井教授の研究室では、体系的・網羅的に AAV ベクターの機能を解析する技術“AAV

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capsid engineering”を開発した。この技術は、AAV の遺伝子配列にランダムに変異を加

え DNA バーコードタグ付き AAV ライブラリーを作成、それぞれに対応する表現型との対

応をマッピングできるシステムである。同時にこの手法により新たなベクターの開発を進

めることができる(進化の過程で表現すると数百万年分の変異を数週間で再現可能)。

・ 変異を加えた AAV9 ベクターの解析事例として、GFP を発現するシステムで評価した結

果、あるベクターは特定のマウスの系統でのみ脳内移行性が見られた。これは例えば、

人種によって効果が異なることにつながる可能性もある特性である。

・ 中井教授の見解として、AAV ベクターには、組織特異性、搭載ゲノム量の制限、免疫原

性などの課題があるが、中でも免疫原性の回避が一番ハードルが高いのではないか、と

のことであった。

・ 研究環境の日米の違いに関して、米国に比べると日本では、コンセプトを確認するため

のパイロットスタディやフィージビリティスタディの研究費が少ない。患者会とのつながりが

弱く、病気の克服研究のための寄付文化も醸成されていない。

・ 実用化のステップで重要なのは非公式なものも含めた人的なネットワークである。米国で

は人材の流動性が高い(他企業や別組織への転職など)一方で、個々の人的ネットワー

クは維持される。残念ながらこのような米国のネットワークに対して日本企業の踏み込み

は弱いのが現状である。

受 領 資 料:

説明資料 1) OHSU Overview and Partnering OHSU Collaboration & Entrepreneurship

(Emma He) 2) Knight Cancer Institute Structure and Overview(Julia Ronlov)

3) Human Germline Gene Therapy: Promise & Peril(Paula Amato)

参 考 資 料:

1) ホームページ:https://www.ohsu.edu/knight-cancer-institute

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2-13.Imperial College London White City Campus

Imperial College London White City Campus

所 在 地: Translation & Innovation Hub(I-HUB) , Imperial College White City Campus, 80 Wood Lane, London W12 0BZ, UK

電 話: +44 0 207 594 1898

H o m e p a g e: www.imperial.ac.uk/

面 談 日 時: 2019 年 11 月 4 日(月) 9:00~12:00 面 談 場 所: 上記所在地

面 談 者: Dr Prashanthini Jeyarajan Industry Partnerships and Commercialisation Executive Faculty of Medicine

Phil Jackson

Project Director, Med City

面 談 目 的:

以下の項目について調査・情報収集すること。 同大学での研究活動の概観。

産学連携やライセンス活動の取り組み。

説 明 内 容:

1. Imperial College London White City Campus について

1) 組織概要、特徴など Imperial College London は 1907 年に設立した、London に本部を置く英国の公立理

工系大学である。Cambridge 大学、Oxford 大学とともに英国 3 大大学の一つであり、

Times Higher Education World University Rankings 2019 で 9 位にランクされている。

研究領域別では、材料工学が世界 3 位、医学が 4 位、情報工学が 7 位にランクされてお

り、15 人のノーベル賞受賞者を輩出している。 大学の技術のライセンスアウトやスピンアウトによるベンチャー企業の立ち上げなどの活

動を積極的に行っている。そのため、ビジネスへの意識が高く、教授はもとより大学院生

や学部生も実用化への意欲が高い。 ヘルスケア、データ革命、エンジニアリング、自然科学にフォーカスしている。ライフサイ

エンスだけでなく自動車など様々な領域を扱うことで、それらによる相乗効果を狙ってい

る。

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2) トランスレーショナルリサーチの流れ

トランスレーショナルリサーチを進めるための組織として、Imperial AHSC(Academic

Health Science Center)や AHSN (Academic Health Science Networks)がある。

Imperial AHSC は、Imperial College の発明を医療応用することを加速する組織であり、

AHSN は、アカデミア/地域行政機関/企業と NHS(National Health Service)を繋げ

る役割を持つネットワークシステムである。 リスクマネーの供給源として、Imperial Joint Translation Fund がある。 日本の製薬企業との提携も常にオープンである。具体的にターゲットとする技術や提携

スキームを提示すれば、協議が開始できる。

Fig.2-13-1 トランスレーショナルリサーチの流れ(受領資料より)

3) Imperial College London White City Campus について

Imperial College London White City Campus は、大学が進めているハブ建設計画。ウ

ッドウェイのウェストウェイの南に位置する 14 エーカーの敷地を用意。今後 20 年、1.3B英ポンド(約 1,800 億円)を掛けて完成予定。

(https://www.imperial.ac.uk/news/192775/white-city-plans-green-light/) 学内の研究計画、発明管理、事業化や企業との提携は、Enterprise 部門が担当するが、

業務段階や領域毎にチームが組まれており、Enterprise 部門だけでも数百名はいる模様。 Imperial College London の中でも White City Campus は初期研究の incubation に注

力しており、基礎研究から臨床試験までのサポートが中心。 WhiteCity には、Start-up も多く入居しており、学部間連携、translational science に注

力している。 ・ 製薬企業との共同研究も活発。2020 年には Novartis の欧州本社が移転してくる予定で

あり、細胞治療や遺伝子治療について、研究から開発までを一貫して行える環境が整っ

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ている。

2. MedCity について

1) 組織概要

・ 2014 年に設立した NPO。King’s Health Partners(King’s college と関連病院を中心に、

基礎研究から臨床応用までを推進する組織)、 Imperial College Academic Health

Science Centres(Imperial College と関連病院を中心に、基礎研究から臨床応用までを

推進する組織)、UCLPartners(アカデミアや病院の研究機関、NHS 関連団体、産業、患

者などのパートナーシップ)が共同で立ち上げた、“Cluster of Cluster”である。

・ 英国のライフサイエンスに関するイノベーションを実用化につなげるための窓口及び各種

サポート、起業家精神を醸成する環境整備、英国のライフサイエンスエコシステムについ

て、グローバルでのレピュテーションを高める活動、等をおこなっている。

Fig.2-13-2 MedCity の活動内容(受領資料より)

2) 英国のライフサイエンスの特徴

・ Cambridge、London、Oxford の三地域が形成する“Golden Triangle”は欧州最大のバ

イオクラスターを形成。バイオクラスターとしては、Boston に次ぐ規模である。コンパクトな

Research field を形成しており、26 のサイエンスパーク、192,000 人以上のライフサイエ

ンス系の学生、9 つの Biomedical Research Center があり、3,700 以上のバイオ企業が

密集。

・ 強みを有する領域は、希少疾患、がん、免疫学、バイオメディカル、神経科科学、デジタ

ルヘルスであり、その中でも特に免疫学の研究では世界をリードしている。再生医療、免

疫学、がん研究においてはネットワークを形成しており、例えば英国の 80%遺伝子治療

の P1,2 試験は London 発である。

・ 経済的にも欧州のゲートウェイ的地域となっている。

3) 日本企業とのパートナーシップについての課題(Jackson 氏コメント)

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・ 日本企業は Wish list を作成して提携先を探すことがあるが、そのリストは項目が多くてど

こにフォーカスすべきか不明確な場合が多く、提携につながることは極まれである。

・ これまでの経験から、お互いの研究者が直接会って何をしたいかどうかを話し合って決

めていくことが、課題解決や提携には必要なプロセスである。

・ 日本企業は保守的で相手を信用するまでに時間が掛かるため、きちんと数年かけて行き

来しながら話し合いを重ね、その上でコラボレーションを始めるのであれば英国にも数人

のスタッフを駐在させるべきだ。

・ 領域を絞って取り組むこと、メールや TV 会議だけでなく、共に働く(work on grand)こと

が大切である。一部の日本企業は英国で十分に establish されている。

・ 日本企業は失敗を犯すことに対してネガティブなイメージを持っていると聞いているが、

大事なことは、そこから何を学んだかである。また、欧米の企業はその場で話が決まるが、

日本企業は持ち帰ることが多いことも課題ではないか。

所 感:

Imperial College London は世界でトップレベルの大学ではあるが、日本の製薬企業との提携

は限定的という印象であった。製薬企業の立場から考えると、英国には、Imperial College

London、Cambridge 大学、Oxford 大学を中心とした世界でもトップレベルの大学があるが、そ

れぞれ個別の大学にアプローチすることはマンパワーが必要であることから、 “Cluster of

Cluster”である MedCity を窓口とすることで、英国全体のイノベーションに効率的にアクセスす

ることが可能である。面談の内容からも、MedCity が日本企業を重要なパートナーと位置付けて

おり、Jackson 氏も日本企業についてよくご存じであった。

日本企業と提携する上での課題等について、MedCity の Jackson 氏から「日本企業は wish

list を送ってくるが、うまくいく可能性は低い。求める技術をできるだけ細かく設定し、研究者間で

直接話をする方が成功する可能性が高い。」など具体的な指摘が得られた点は収穫であると感

じた。

(鍵井 英之)

受 領 資 料:

説明資料 1) Imperial College London: Translating Medical Research

2) MEDCITY

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2-14.Cancer Research UK(CRUK)

Cancer Research UK (CRUK)

所 在 地: 2 Redman Place, Stratford, London E20 1JQ

H o m e p a g e: www.cancerresearchuk.org/

面 談 日 時: 2019 年 11 月 4 日(月)15:00~16:30

面 談 場 所: 上記所在地

面 談 者: Laura Dickens, PhD Business Development Executive, Commercial Partnerships

Matthew Burney, PhD

Business Development Manager, Commercial Partnerships

George Tzircotis, PhD

Clinical Partnership Lead, Commercial Partnerships

Contact Person: Laura Dickens Business Development Executive, Commercial Partnerships

面 談 目 的:

以下の項目に関する調査、情報収集を行うこと。

・ Cancer Research UK の組織概要やパートナリング

・ Cancer Research UK の研究・開発・商業化に関する活動

説 明 内 容:

1. Cancer Research UK(CRUK)の組織概要

・ CRUK は世界最大の医療研究慈善団体であり、政府の資金援助は受けておらず、全て

の活動資金は寄付から成り立っている。

・ 欧州で最大のがん研究資金を有しており、2018-2019 年の研究資金は 475M 英ポンドで

世界第 2 位である。

・ がん領域に特化しており、集めた資金は、研究、情報提供、アドボカシー、公共政策に用

いられている。

・ これまで世界トップ 10 のがん領域の医薬品のうち 8 つの医薬品の開発に携わっている。

・ 同機関のミッションは「全てのがんが治癒される日をより早めること」であり、具体的には

2034 年までにがん生存者を 4 人中 3 人にすることを目標にしている。 ・ 国内ネットワークに関して、英国内の様々な機能との有機的なネットワークを形成してい

る(Fig.2-14-1)。海外ネットワークに関しては、 ICGC( International Cancer genome

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Consortium)、ICBP(International Cancer Benchmarking Partnership)等への参画や

NCI(National Cancer Institute)等の海外の研究機関とも連携している。

Fig.2-14-1 CRUK の国内ネットワーク(受領資料より)

・ このような国内外のネットワークの形成しながら 150 以上の病院、90 以上の研究機関、

150 以上のプリンシパル・インベスティゲーター、4,000 以上の研究者・医師・看護師を支

援するとともに約 250 の臨床試験も支援している(Fig.2-14-2)。

Fig.2-14-2 CRUK の活動状況(受領資料より)

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・ 事業化に向けた多様な枠組みを持っており、積極的なライセンスや共同研究等のアライ

アンス活動を行っている(Fig.2-14-3)。

・ 過去 5 年間におけるがん領域のトップ 3 のライセンサーである。

・ これまで 33 社のスピンアウト企業の設立に携わっており、その際はエクイティ投資も行っ

ている。投資先企業には取締役を送り込んでいる。 ・ CRUK の研究部門とのアライアンスも可能である。

・ 企業が費用負担なしでの前臨床及び早期臨床開発を実施することも可能である。

Fig.2-14-3 CRUK のアライアンスに関する枠組み例(受領資料より)

・ 現在アクティブなライセンスは 150 件あり、33 の機関との前臨床試験や臨床試験を実施

している状況である。

・ 代表的な成功例として、Zytiga(前立腺がん)がある

・ ライセンスの相手は欧州企業に限らず米国やカナダ企業ともパートナリングしている。

・ 商業化による CRUK とパートナーへの累積の財務的リターンは 400M 英ポンド以上とな

っている。

2. CRUK の投資配分や研究支援の枠組み

・ 疾患別にみると、乳がん(45M 英ポンド)、結腸及び直腸がん(42M 英ポンド)、肺がん

(42M 英ポンド)がトップ 3 の疾患である。

・ 創薬ステージ別にみると、研究(48%)、トランスレーショナル研究(31%)、臨床(21%)

であり、研究へ重点的に投資している。 ・ カテゴリー別にみると、バイオロジー(42%)、治療(32%)がトップ 2 になっており、がん

の病態理解へ重点的に投資している。

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Fig.2-14-4 研究費の内訳(受領資料より)

・ CRUK には創薬ステージに応じて、「CRUK Institute」、「CRUK Drug Discovery Units(DDUs)」、「CRUK Centre for Drug Development(CDD)」、「Experimental Cancer

Medicine Centres」等の組織が存在し、研究段階には「CRUK Drug Discovery Units」

以外にも複数の組織が存在する。

・ 創薬ステージに応じて複数の研究支援の枠組みが存在する。

・ 研究活動は London、Cambridge、Qxford、Glasgow、Birmingham、Southampton、

Edinburgh の合計 8 都市で行われている。

Fig.2-14-5 CRUK の主な研究組織と研究支援の枠組み(受領資料より)

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3. CRUK の研究

・ CRUK には CRUK Drug Discovery Units(DDUs)以外にも、AstraZeneca と提携した

研 究 組 織 で あ る CRUK-AstraZeneca Functional genomics Centre や CRUK-

AstraZeneca Antibody Alliance Laboratory があり、そこでは、CRISPR や抗体に関す

る研究を行っている。 ・ それ以外にも、Fig.2-14-6 に示すようにがん領域のテーマに応じて、複数の企業と提携

している。

Fig.2-14-6 CRUK のテーマ別提携実績(受領資料より)

4. CRUK の開発・商業化

・ CRUK Centre for Drug Development(CDD)は、アカデミア及び企業からの新規薬剤

の前臨床及び初期臨床開発をスポンサーし、管理し、資金提供し、実行している。

・ CDD は、London にヘッドクォーター機能を置き、120 名以上の研究者、開発の専門家

等から構成されている。

・ CDD は、ポートフォリオマネジメント、アライアンス、法務、非臨床、臨床、製造、QA/RA、

データマネジメント等の機能を有する。

・ 開発推進や臨床ポテンシャルを示すために資金、能力、インフラ、トランスレーショナル・

臨床的専門性を必要とするバイオテク企業や製薬企業とパートナリングしている。

・ CDD の柔軟なパートナリングモデルにより、希薄化しない資金調達が可能になるため企

業はパイプラインの最大ポテンシャルを図ることができる。

・ CDD の Area of Interest は Fig.2-14-7 のようになっている。

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Fig.2-14-7 CDD の Area of Strategic interest(受領資料より)

・ CDD のパートナリングに関するビジネスモデルは Fig.2-14-8 のようになっている。

Fig.2-14-8 CDD のパートナリングに関するビジネスモデル(受領資料より)

・ パートナリングに関する契約締結までの案件の評価プロセスは下記のようになっている。

① 秘密保持契約外で主にサイエンス面を中心に初期評価を行う(1 週間)

② 秘密保持契約下で適宜協議を行いながら知財や製造面を含め評価を行う(2~4 週

間)

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③ フルのサイエンスレビューを行う(4~6 週間)

④ デューデリジェンス(~4 週間)

・ 特に開発段階のプロジェクトは、アンメットニーズにより優先順位付けしている。

・ CDD のアライアンスの財務的リターンはプラスである。

所 感:

CRUK は資金規模が大きく、がん領域に集中して、研究、開発、情報提供等を行っているため、

世界トップ 10 のがん領域の医薬品のうち 8 つの医薬品の開発に携わる等がん領域に関する深

い知見やノウハウを有している印象を受けた。特に、今回説明の中心であったパートナリングに

関して、案件の評価プロセスや優先順位付け等洗練されたものであった。

CRUK はアライアンスに関して、日本企業へのアクセスが不十分であるとの認識を持っており、

どうすれば改善できるかは面談中の一つのトピックであった。議論の中では、日本企業の保守的

な姿勢の改善や CRUK の認知度向上等が挙げられた。

がん領域は市場規模、市場成長率共に高い領域である一方上市に至る成功確率が低い領域

でもあることや日本企業の研究開発費がグローバル大手企業と比較して少ないことを考慮すると、

CRUK のような外部機関とのアライアンス、即ち、リスクリターンのシェアリングを行いながら開発

を推進するのは研究開発の一つの選択肢になるという印象を受けた。このような取り組みが益々

進み、患者さんにいち早く、少しでも多くの医薬品が届くことが期待される。

(海野 明徳)

受 領 資 料:

説明資料 1) PARTNERING WITH CANCER RESEARCH UK

参 考 資 料:

1) ホームページ:https://www.cancerresearchuk.org/

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2-15.Genomics England

Genomics England

所 在 地: Dawson Hall, Charterhouse Square, London, EC1M 6BQ

電 話: +44 808 2819 535

E - m a i l: [email protected]

H o m e p a g e: www.genomicsengland.co.uk/

面 談 日 時: 2019 年 11 月 5 日(火) 10:00-11:00

面 談 場 所: 上記所在地

面 談 者: Professor Tim Hubbard Head of Bioinformatics

C o n t a c t P e r s o n: Ms. Melanie McDonald

面 談 目 的:

以下の項目に関する調査、情報収集を行うこと。

・ 前回訪問時(2017 年 10 月 31 日)からの 100,000 Genomes Project の進捗

・ 産業界との連携による成果 ・ 課題

・ 今後の展開

説 明 内 容:

1.組織と 100,000 Genomes Project の概要

1) 組織 ・ Genomics England は 100,000 Genomes Project を主目的として 2013 年に英国保健省

(当時)が設立した組織である。

2) 100,000 Genomes Project

・ 本プロジェクトは主にがん及び希少疾患を対象に、患者及びその家族の 10 万全ゲノム

シーケンス解析を行うもので、個別化医療の実現を目的としている: 10 万の解析は 2018 年 12 月に終了しており、現在その数は 12 万 5 千にまで達

している。

より迅速かつ正確な個別化医療の実現を目指し、2023 年までに 50 万、将来的に

は英国の総人口約 6,600 万の 1 割程度を目安として 500 万の全ゲノム解析が計

画されている。

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2.産業界との連携とその成果

1) 連携

・ ゲノム医療の早期の研究開発及び商業化を目指し、アカデミアだけでなく産業界とも協

働している。

アカデミア向けの協働の仕組みに Genomics England Clinical Interpretation Partnership(GeCIP)があり、登録した研究者はデータにアクセスすることができる。

登録研究者は 2,600 名を超えている。

産業界向けには Discovery Forum があり、製薬・臨床検査サービス・バイオイン

フォマティクス企業等、日本企業を含む 120 社を超える企業が参画している。全ゲ

ノムシーケンス情報や試料にアクセスすることができ、pre-competitive な環境下

において他のメンバー企業と意見交換をし、またアカデミアとのコラボレーションの

機会を得ることができる。日本企業のデータへのアクセス数は、海外企業と比べて

遜色ないレベルである。

2) 成果

・ これまでに得られた成果の発表会が、面談の前日に行われた。

約 100 の演題、約 600 人の参加者が集まった。 発表内容の一例として、がん免疫療法の層別化マーカーに関するものがあった。

その他の成果の例については以下のウェブサイトにまとめられている。 https://www.genomicsengland.co.uk/about-gecip/publications/

3.課題

・ 課題として、試料取得方法の改善と患者情報の形式の統一が挙げられていた。 がん患者は、血液とがん組織の 2 つの試料について解析が行われる。後者につ

いてはホルマリン固定試料が用いられていたが、ホルマリン固定試料中のゲノム

DNA は保存状態が悪いため、解析に向かない。そのため、新鮮凍結試料への切

り替えが図られている。

ゲノム情報と紐づけられる患者情報に関して、病院ごとに医療データのプラットフ

ォームが異なることが解析の障害になっている。完全なシステムの統合は難しい

ので、病院から summary of events 情報を提供してもらうことで対処している。

4.今後の展開

・ 今後は、NHS(National Health Service)と連携してさらに多数のゲノムデータを取得し、

同時により多くの研究者がそのデータにアクセスできるように努めていく。得られたデータ

解析結果を診断や治療にフィードバックして、患者さんのヘルスケアへの貢献が図られる。 ・ また、2019 年 7 月に AI を専門とする Chris Wigley 氏が新 CEO に就任されたため、今

後はより複雑な解析を要する複数遺伝子が関与する疾患や、non-coding 領域にも着目

していく。

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5.その他

・ 面談者の Dr. Tim Hubbard は 2019 年 6 月 21 日に国立がん研究センターの間野博行

先生と対談されており、その点についても触れられた。本対談は日経新聞の記事になっ

ている。本面談でも、全ゲノム解析の重要性とその費用対効果を考える必要性について

協調された。 日本では今年から公的医療保険で遺伝子パネル検査が受けられるようになったが、パ

ネル検査で効果的な治療法にたどりつけるのは受検者の 2-3 割である。全ゲノム解

析ではこの数字が 5 割程度に上がることが期待されるので、日本でも導入に向けて取

り組みを進める価値がある。

(2019 年 12 月に厚生労働省より「全ゲノム解析等実行計画」が発表された。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08564.html) ただし、すべての患者さんで全ゲノム解析をするのではなく、医療経済的な観点から

費用対効果を見積もって、遺伝子パネル等との使い分けを考える必要がある。これは

日本も英国も同様で、全ゲノム解析によりその費用約 1K 米ドルを上回る効果が得ら

れるかが、検査方法の選択のポイントとなる。

所 感: Genomics England を含む今回の視察を通じて、英国の優れている点として以下の 3 つが印

象的であった。すなわち、①次世代のライフサイエンスの鍵となる領域を的確に捉える点、②そ

の領域に国家プロジェクトとして積極的に投資する点、③産-官-学、基礎-応用を繋げる一気

通貫の体制の構築、である。Genomics England について言えば、7 年も前から国家プロジェクト

として全ゲノム解析を開始し、データ収集のための NHS や拠点病院との連携からデータ活用の

ための各国産業界やアカデミアとの連携まで、ゲノム医療・研究の上流から下流まで広く連携の

仕組みを整備して、当該領域で世界をリードしている状況である。同様の英国の取り組みに、

Cell And Gene Therapy Catapult による細胞治療への投資が挙げられる。日本もまずは1つ注

力領域を定め、そこで世界をリードしていけるような体制を構築していくことが望まれる。

(槇 圭介)

受 領 資 料: 説明資料 なし

本面談は先方からの発表はなく、視察団からの質問に対して面談者 Hubbard 氏に

お答えいただく形で行われた。

参 考 資 料: 1) Genomics England HP

https://www.genomicsengland.co.uk/

2) 日本経済新聞:「がんゲノム医療の課題は(複眼)」のウェブページ https://www.nikkei.com/article/DGXKZO49940050Y9A910C1TCS000/

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2-16.Cell and Gene Therapy(CGT) Catapult

Cell and Gene Therapy(CGT) Catapult

所 在 地: 12th Floor Tower Wing, Guy’s Hospital, Great Maze Pond London SE1 9RT UK

電 話: +44 20 3728 9500

H o m e p a g e: ct.catapult.org.uk/

面 談 日 時: 2019 年 11 月 5 日(火) 13:00~14:00

面 談 場 所: 上記所在地 面 談 者: Hidetoshi Hoshiya PhD

Transactions manager -Asia&Oceania

Dr. Michael Delahaye AMIChemE

Lead Technical Industrialisation Scientist

面 談 目 的:

以下の項目に関する調査、情報収集を行うこと。

・ 2015 年、2016 年、2017 年に続く訪問であり、今回は製造中心に話を伺う

・ 2019 年 9 月には HS 財団@秋葉原にて面談(この時は製造面の議論が中心)

・ 細胞治療、遺伝子治療を取り巻く研究開発の現状と課題 ・ 細胞治療、遺伝子治療を取り巻く環境・動向の把握

・ Cell and Gene Therapy Catapult (CGT Catapult)の事業と現状とこれまでの成果

・ CGT Catapult がサポートするプロジェクトの現状

説 明 内 容:

1. 概要 ・ 遺伝子治療に最もよく利用されているアデノ随伴ウイルス(AAV)は、再現性よく高純度・

高収率で製造することが課題となっており、適切な分析・測定方法やパラメータの選択が

課題解決に重要であると認識されている。その課題を解決するため、CGT Catapult では

AAV ベクターの製造と不純物の同定、プロセス開発を行っている。ツールキットとして、

プロセスマッピング、Ishikawa(環境コントロールシステム)、FMEA(リスクコントロール)、

Facility Utilization and CoGs がある(Fig.2-16-1)。 ・ 再生医療周辺事業の市場環境としては、2017 年は細胞治療が 75%、遺伝子治療が

25%であったのに対し、2018 年には遺伝子治療の件数が急増していた。CGT Catapult

では AAV2 と AAV8 の 2 種類の AAV を製造している。AAV は 25nm のカプシドを持っ

ており、CGT Catapult ではウイルス粒子としてではなく、タンパク質としてデザインしてい

る(Fig. 2-16-2)。

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Fig.2-16-1 診断ツールキット(受領資料より)

Fig.2-16-2 AAV(受領資料より)

2. 分析

・ ウイルスベクターの製造工程は以下の通りである。 Cell seeding → Expansion → Clarification → Buffer exchange → Purification

→ UF/DF Filtration → Formulation

・ 精製工程では、Full/empty capsid の選択を ELISA で行い 1:10 に精製し、ついで

Infectious/full capsid を qPCR と cell based タイター試験で 1:10 に精製し、最後に

Transduction in vivo/infectious を in vivo potency で 1:1,000 に精製する。(製造量の

1/100,000 が精製後の試料量となる。)(Fig. 2-16-3)

・ 品質分析の項目を以下の Table. 2-16-1 及び Fig. 2-16-4 に示す。はじめは 1st

Generation の方法で分析を行っていたが、分析性能等の理由から 2nd Generation のも

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のに変更した。不純物のキャラクタリゼーションが重要である。AAV2 は接着細胞で培養

しており、ウイルスベクターは細胞内に存在する。AAV8 は浮遊細胞で培養しており、ウイ

ルスベクターは細胞外に存在する。以下、浮遊細胞での分析評価検討について報告す

る。

・ 浮遊細胞培養は現在 200L スケールで行っており(近々スケールアップ予定)、様々な

Detection システム(Process Analytical Technologies: PAT)を設定した。遺伝子導入に

はポリエチレンイミンを用いており、トランスフェクション効率は GFP によって測定してい

る。スケールアップの手順としては、はじめに 2L の培養検討、Seed Optimization を行っ

た後に 50L の培養検討を行う。Downstream Process における課題に対しては、クロマト

グラフィーを用いたアプローチを行っており、Capture は Affinity クロマトグラフィーで行

い、Polishing(Full capsid の Enrichment)は Anion Exchange で行っている。Polishing後は 99%以上がカラムに Binding し、Elution 溶液には 50%以上の Capsid が含まれて

いる(カラムに吸着したままのものが半分近く存在している)(Fig. 2-16-5)。Zetasizer の

MADLS では、Full particle は 28.2min のピークとして現れ、それ以外のものと判別がで

きるため精製度を測定するツールとして利用している。Metabolomics の診断は、自動化

された LC-MS プラットフォームを用いて、その培地中でどのような代謝反応(解析項目

280)が起こっているかを判別することができる(Fig.2-16-6)。PAT において、ラマン分光

法を用いて細胞培養液中の栄養分(グルコース、ラクトース、グルタミン、アンモニア等)

を測定することができ、この測定結果に基づいて、ウイルスタイターを予測することができ

る。AEX-UV-MALS を用いることで Capsid protein や Aggregate のピークを分けること

ができる。

Table 2-16-1 CGT Catapult で実施している分析試験

1s t Generation 2nd Generation

Physical titer ELISA Automation/MADLS

Packaged genomes qPCR ddPCR

Packaging ratio ELISA/qPCR HPCE, HPLC

Virus capsid proteins Western blot Automation/MADLS

Aggregation TEM MADLS

Infectious & functional FACS ddPCR

Purity (protein) SDS Page/TEM LC-MS, MADLS

Purity (genomic) qPCR ddPCR, Sequencing

Sterility Growth based PCR based

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Fig.2-16-3 AAV Manufacturing(受領資料より)

Fig.2-16-4 AAV 分析試験項目(受領資料より)

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Fig.2-16-5 AEX を用いた AAV 精製プラットフォーム(受領資料より)

Fig.2-16-6 PAT technology(受領資料より)

3. 質疑応答

・ AAV2 は接着細胞系で培養するとの説明であったが、今回紹介頂いた系は浮遊細胞系

のものであり、AAV2 を培養する際にはどうしているのか。

AAV2 も浮遊細胞系で培養が可能である。しかし収量は接着細胞系で培養したとき

よりも少なくなる。その減少幅については、様々な条件によって変わる為、どれくらい

下がるかとは言えない。 ・ Full capsid はどの程度含まれているのか。

20~99%であり、製造工程によって大きく変わる。

・ オランダの Uniqure がクルードのもの(精製せずに Full capsid 以外も含まれる状態)を

製品としようとしていることに関してどう思うか。

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その場合はクルードのもので全ての試験(安全性や有効性など)を行って、それに関

する書類を申請する必要があるだろう。異なる血清型のものは全く性質が異なるため、

それぞれの血清型についてカスタマイズしなくてはならない。

所 感:

CGT Catapult は、自社製品の製造はもちろんのこと、他社開発品の製造も受託しており、再

生医療等周辺製品の製造に関しては多くの知見があると考えられる。今回実際に製造やそれに

関わる分析に関するお話を伺い、製品の特性を考えながら日々分析方法もアップデートしていっ

ている様子が伺えた。従来の分析方法としては、ELISA や qPCR を用いて判別することが多いよ

うに思うが、CGT Catapult ではそれら従来方法から MADLS や ddPCR、HPLC などを活用する

ことでより安定的にデータが得られるシステムを構築していた。事実、従来法のみであると ELISA

や qPCR では問題ないのに成績が良くなかったり、その逆で ELISA 等ではいまいちな結果であ

ったのに性能としては問題なかったりするなど、きちんと製品の品質を測定出来てはいなかった。

現在は各社で様々な検討を行っている状態ではあるが、FDA や EMA、JPA がこれらの品質基

準についてもハーモナイズ化させていくのではないかと考えられるため、今回の訪問で伺った

CGT Catapult の新たな分析法については日本の企業にとっても有用な情報であると考えられる。

(田中 幸来)

受 領 資 料:

説明資料 1) AAV Vector Development at CGTC

2) Introduction to the Cell and Gene Therapy Catapult(2019 年 9 月に日本で開催した

CGT Catapult とのミーティング資料)

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2 - 17 . The Maria Skłodowska Curie Memorial Cancer Centre and Institute of

Oncology(MCMCC)

The Maria Skłodowska Curie Memorial Cancer Centre and Institute of Oncology(MCMCC)

所 在 地: ul. Roentgena 5, 02-781 Warszawa, Poland

電 話: +48 22 546 20 00

H o m e p a g e: www.coi.pl/kontakt-i-dojazd/wawelska-15b/

面 談 日 時: 2019 年 11 月 6 日(水) 9:30-10:30

面 談 場 所: 上記所在地 面 談 者: Professor Jan Walewski, MD, PhD

Director-General of the Maria Sklodowska-Curie Institute-Oncology

Center

Professor Zygmunt Pojda, MD, PhD

Chairman of the Department of Regenerative Medicine

Professor Iwona Ługowska, MD, PhD

Director of the Early Phase Clinical Trial Unit Professor Elżbieta Sarnowska, PhD

Department of Molecular and Translational Oncology

Michał Mikula, PhD, DSC

Associate Professor Department of Genetics

Elżbieta Bylina, MCs,

Department of Clinical Trials C o n t a c t P e r s o n: Professor Zygmunt Pojda,

Department of Regenerative Medicine, Professor

Malgorzata Szmidt

Second Secretary, Political and Economic Section Embassy of the Republic of Poland in Tokyo

面 談 目 的:

以下の項目に関する調査、情報収集を行うこと。 ・ 東欧における治験実施の状況

・ がん治療の副作用に対する再生医療研究

面 談 内 容:

1. 組織概要

・ 当センターは 1984 年に外来病院としてオープンし、1995 年にほとんどの他のクリニック

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が加入した。がんセンター及び腫瘍学研究所(MCMCC)はポーランドにおける主要な総

合がんセンターで、腫瘍専門の主要な政府研究機関となっている。研究部門は、実験療

法、疫学と予防、病理学、イメージング、がん生物学の基礎研究に専念している。

MCMCC は、肉腫と黒色腫の治療と研究の分野におけるポーランドの主要な総合センタ

ーである。

2. Integration of multi-omics analyses and patient-derived xenografts platform to discover

new oncology therapie

・ ヒト試料に対して、GWAS のハイスループットプラットフォームを有しており、1 日に 1,000

試料の処理が可能である。3 台の NGS を所有しており、30 報以上の論文を発表してい

る。Mass spectrometry も有している。マウスでは、ジャクソン研究所の超免疫不全マウス

NSG-SGM3 を所有しているが、加えて独自の免疫不全のマウスストレインを所持してい

る。これらを活用した患者がん組織の Xenograft 実験がメインである(Fig.2-17-1)。他に

はがんの薬効と腸内細菌叢の関係、あるいはメタボリックシンドロームと腸内細菌叢の関

係など、腸内細菌叢に関連した複数のプロジェクトがある。

Fig.2-17-1 当施設の所有するマウス及び担がんモデル

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3. Innovative approaches to develop new anticancer therapies

・ SWI/SNF クロマチンモデリングにフォーカスし、遺伝子発現をメインにエピジェネティクス、

分化などを研究している。T 細胞の exhaustion を in vitro で評価できる実験系を有して

おり、独自に関与する分子を同定している。今後はその分子が T 細胞 exhaustion に関

わるメカニズムを解明し、新たなチェックポイント阻害剤の開発に発展させる計画である。

また、アルパカ由来のファージディスプレイをマウスに戻し Nanobody を採取、これを活

用した CAR-T を検討中である(Fig.2-17-2)。Single domain 抗体として scFv ではなく

VHH を用いるところに工夫が見られる。

Fig.2-17-2 アルパカ由来の Nanobody

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4. Clinical Trials Office in the Maria Skłodowska Curie Institute- Oncology Center

・ 年間で 657,000 人が外来受診しており、ポーランドのがん患者の 30%以上の repository

データを有する。2014 年までは早期治験の割合が少なかったが、2017 年に Early

Clinical Research の設備を整え、現在はかなりの件数が行われるようになった。Early

Clinical Research 施設は、Roche とコラボをしており、IQVIA のサポートを受けている。

初期臨床試験を多くのメガファーマと実施中で、低分子化合物を用いたがん免疫や標的

治療の治験が主である 。また 、希少疾患の治験にも関与している (EndoERN、

EURACAN、Euro Blood Ne)。ナイーブな被験者のリクルートがしやすいため治験がや

りやすく、治験費用も安いことがメリットであり、今後日本企業にも当施設の活用を推奨し

ていた。 5. The role of regenerative medicine in cancer therapies

・ 現在のがん治療は正常組織でも毒性が生じるため、再生医療を検討している。ツールと

しては細胞、サイトカイン、エクソソーム、バイオマテリアル、スキャフォールドなどを用い

ている。骨髄由来あるいは脂肪由来の自家間葉系幹細胞を用いているが、特にリソース

の面で脂肪由来間葉系幹細胞に着目して研究を実施している。間葉系幹細胞は再生誘

導、免疫抑制といった作用に加え、細胞自身が骨や軟骨に分化する。間葉系幹細胞と

PCL スキャフォールドの組み合わせで、骨再生に加えて血管新生も確認している iCAR-

T について研究中である。off-the-shelf になるので、上手く行けば有用性が高いが、T

cell 選択的な送達等でハードルは高い。

所 感:

東欧の気質か、非常にホスピタリティが高く、限られた時間内で複数の担当者より研究内容あ

るいは施設のご紹介を頂いた。がんに関する実験動物の整備から細胞治療含む治療モダリティ

に関する研究まで幅広く実施されていることが印象的であった。また、治療ナイーブな被験者の

リクルートがしやすい等の背景を活かし、複数のグローバル製薬企業が当施設において早期治

験を実施しており、日本の製薬企業も活用を検討するに十分値すると感じられた。

(西尾 光)

受 領 資 料:

説明資料 1) Integration of multi-omics analyses and patient-derived xenografts platform to

discover new oncology therapies

2) Innovative approaches to develop new anticancer therapies

3) The role of regenerative medicine in cancer therapies

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2-18.deCODE Genetics, Inc.

deCODE Genetics, Inc.

所 在 地: Sturlugata 8, 101 Reykjavik, Iceland

電 話: +354 570 1900

E - m a i l: [email protected]

H o m e p a g e: www.decode.com

面 談 日 時:2019 年 11 月 7 日(木) 9:45~12:00

面 談 場 所:上記所在地

面 談 者: Tanya Zharov Deputy CEO and Compliance Officer

Ingileif Jónsdóttir

Head of Infectious and Inflammatory diseases

Unnur Thorsteinsdottir

VP of Research

C o n t a c t P e r s o n: Ms. Thora Kristin Asgeirsdottir PR and Communications

面 談 目 的:

以下の項目に関する調査、情報収集を行うこと。

・ アイスランド国民の大規模コホートを用いたゲノム解析

・ ゲノム解析結果の創薬への利用 ・ ゲノム解析プラットフォーム

説 明 内 容:

1. 会社概要

・ CEO:Kári Stefánsson

・ 収益:77M 米ドル(2015) ・ deCODE Genetics は、アイスランドの首都 Reykjavik に拠点を持つ集団遺伝学解析を

ベースにしたベンチャー企業である。1996 年に設立され、すでに 20 年以上の歴史を有

しており、2015 年には 77M 米ドルの収益を上げている。アイスランドという人口 36 万人

の島国の国民集団のゲノム解析による独自のアプローチをとっている。アイスランドは北

海の孤島で非常に隔離されており、民族の流入・流出が極めて少ない。また、9 世紀の

デンマークの宮廷紛争から逃れた人々が入植し、その子孫が国民を形成した。バイキン

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グの風習からその子孫一人一人の精密な家系図が保存されている。ゲノム情報と家系

情報、疾患などの表現型の 3 つのデータをリンクしたデータベースを deCODE Genetics

は構築している。次世代シークエンサーによるヒトゲノム解析がコモディティ化する中で、

deCODE Genetics の強みは、多量の試料とデータを有していることと、遺伝学的統計解

析に長けていることである。 ・ 拠点施設は Reykjavik の Iceland 大学に隣接した敷地に建つ 3 階建ての建物である

(Fig.2-18-1、2-18-2)。ここで検体からのゲノム解析を行っている。従業員は 210 名で

あり、研究員、テクニシャン、バイオインファマティシャン、装置の開発やメンテを行うエン

ジニアなどである。その他に、Reykjavik 市内に被験者リクルートセンターを有しており、

医療関係者や遺伝カウンセラーなど、約 50 名が勤務している。リクルートセンターでは、

被験者への説明を行い、ゲノム解析に対する同意を取得している。参加同意が得られた

場合には、実際の検診や試料の採取などを行う。さらに、プロジェクトの目的に応じた身

体機能計測や、ウェアラブル測定機器などを用いて自宅に戻って睡眠の質などの計測

を行ってもらうことなども実施している。

Fig.2-18-1 deCODE Genetics 建物外観

Fig.2-18-2 deCODE Genetics 建物内部

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2. deCODE Genetics におけるゲノム解析事業

1) アイスランド国民を対象としたゲノム解析

・ アイスランドの人口は 36 万人で、少ない人口の集団に起源を持ち、遺伝的に近い個体

で構成される集団である。遺伝的なバックグランドは比較的均一であり、ゲノム解析に適

している。人口的には多すぎもせず、少なすぎもしない規模で、ゲノム解析に適したサイ

ズである。すなわち、遺伝学的なコホート解析には十分なサイズの人口である。その一

方で、人口的に各人にアクセスしやすいという利点も有している。さらに、Book of

Icelanders という家系図があり、家系が明らかになっている点も解析に適している。ゲノ

ム解析によって、すでに様々な疾患に関連する遺伝子や変異を見出している。国民の

健康に対する意識も高く、多くの人の協力を得て、全ゲノム解析プロジェクトに参加して

もらっている。参加するのは 18 歳以上の方であるが、場合によっては親子を含めた 2 世

代で参加してもらう場合もある。 2) deCODE whole genome sequencing project

・ deCODE Genetics は、deCODE whole genome sequencing project として、アイスラン

ド国民を対象とした5万人以上の全ゲノムシークエンスデータを所有している。全ゲノム

シークエンスの対象となるのは、全ての国民というわけでなく、何らかの基準で選択した

人々である。被験者は医療記録(ヘルスケアレコード)などの複数のデータを持っている

が、これらのデータは社会保証番号 Personal ID Number に基づいて名寄せして、匿名

化した 1 つのデータベースにまとめている。後から追加で得られたデータも同じ ID で名

寄せされて、データベースに追加される。被験者のインフォームドコンセントは幅広い利

用目的で取包括的に取得しており、採取した試料やデータは国の倫理委員会の認可を

得たプロジェクトにおいて自由に使うことができる。

・ データは専用サーバー上に置かれ、外部からは切り離されており、全てインハウスで解

析を行っている。アクセスも厳重に管理されており、データの漏洩も生じていない。遺伝

学的解析以外の目的に利用することは法律で禁じられている。例えば、犯罪捜査を目的

とした、生体試料からの個人同定などは行えない。

・ 被験者に対するメリットとしては、参加に際して詳細な検診を受けられる点が挙げられる。

ゲノム情報の医療・ヘルスケアへの利用が 1 つの目的であるが、ゲノム情報による被験

者へのフィードバックについては、まだほとんど行っていない。最近、乳がん関連遺伝子

BRCA2 についてウェブから結果を見ることができるような仕組みを始め、すでに利用さ

れている(https://www.arfgerd.is/)。BRCA2 については、アイスランド国民には単一の

アリルが存在することが、deCODE Genetics による解析で見つかっている。ゲノム情報

による診断結果に応じて、その後に医師やカウンセラーに相談することが可能となる。実

際の運用に関しては様々な課題もあり、運用しながら詳細を詰めていく。その結果に応

じて、さらにゲノム情報の被験者へのフィードバックに関して適用範囲の拡大などを検討

する。例えば、どのような疾患に関して、ゲノム情報によるフィードバックを行うかなどであ

る。

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3) 遺伝子型と各種特性の関連付け

・ 全ゲノムシークエンスデータを用いて、High-throughput large scale technology により

遺伝子型と疾患や各種特性の相関解析を行っている。強力な統計解析チームを有して

おり、独自の解析ツールを開発している。すでに解読したゲノム情報があるので、必要に

応じて再解析可能である。遺伝学的解析には 2 つのメインアプローチとして、家系図解

析による連鎖解析(linkage analysis)とケースコントロールによる関連解析(association

analysis)があり、deCODE Genetics ではその両方を使っている。

・ deCODE Genetics が対象とするのは、各個人の遺伝的バックグランドが各人に影響する

のかということであり、それは健康や疾患だけでなく、外見や能力、行動などにも及ぶ。

解析対象とする特性は、身長、体重、BMI、血中脂質、血球細胞、皮膚色素、寿命、ニ

コチン中毒、コーヒー消費、睡眠パターン、認知機能などである。また、芸術的才能や教

育との相関解析も行っている。さらに、教育や収入などの社会要因も健康に影響するの

で、そのデータも取得して遺伝的バックグランドと合わせて解析を行っている。さらに、近

年では、全ゲノム解析だけでなく、エピゲノムに加えてトランスクリプトーム、プロテオーム

解析も併せて実施している。

・ 人口の少ない祖先集団からの集団であるため、特定の変異についてホモ、すなわち 1 組

の対立遺伝子で同じ変異を有している場合がある。これは、自然に作られたヒトのノック

アウトともいえ、遺伝子機能の解析の上で非常に有用である。一方で、アイスランドという

特殊な人口集団をベースにした解析の限界もあるのかもしれない。すなわち、アイスラン

ドにしか存在しないような変異が単離されたり、あるいはアイスランドには存在しないよう

な変異が解析できなかったりするような点である。

・ 全ゲノムシークエンス解析の成果としては、下記のものが挙げられる。 A variant associated with nicotine dependence, lung cancer and peripheral

arterial disease. Nature. 2008, 452:638-642.

A rare variant in MYH6 is associated with high risk of sick sinus syndrome.

Nat Genet. 2011, 43:316-20.

Mutations in BRIP1 confer high risk of ovarian cancer. Nat Genet. 2011,

43:1104-7.

A mutation in APP protects against Alzheimer's disease and age-related cognitive decline. Nature. 2012, 488:96-9.

Variant of TREM2 associated with the risk of Alzheimer's disease. N Engl J

Med. 2013, 368:107-16.

HLA class II sequence variants influence tuberculosis risk in populations of

European ancestry. Nat Genet. 2016 Mar;48(3):318-22.

Rate of de novo mutations and the importance of father 's age to disease risk. Nature. 2012, 488:471-5.

A homozygous loss-of-function mutation leading to CYBC1 deficiency causes

chronic granulomatous disease. Nat Commun. 2018, 9:4447.

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103

4) 親会社 Amgen との関係性

・ deCODE Genetics は、2012 年 12 月に Amgen に買収されたが、組織としての独立性は

保っており、その使命は買収前と変わっていない。バイオテク企業というよりは、公的な

研究機関に近い性質を有している。したがって、成果を論文発表することが重視されて

おり、学術的な価値の高い論文を数多く発表している。deCODE Genetics が Amgen に

提供する価値は、全ゲノム解析によって得られた標的やその優先順位付け、遺伝子型

による治験や治療の患者層別化、診断薬などである。

3. 企業連携

・ deCODE Genetics としては、製薬企業とのコラボレーションを希望している。deCODE

Genetics は Amgen の資本下にあるため、他の企業とのコラボレーションは行わないとい

う印象を持っていたが、そのようなことはないとのことである。ただし、時間的な制約のた

め、詳細を伺うことはできなかった。

4. 施設見学

・ deCODE Genetics の拠点施設は、アイスランドの首都 Reykjavik の Iceland 大学に隣

接した 3 階建ての建物である(Fig.2-18-1)。建物中央に吹き抜けがあり、その周囲に

居室やラボ、カフェテリアなどが並ぶような構造をしており、ここで検体からのゲノム解析

を行っている(Fig.2-18-2、2-18-3)。施設としては、作業の流れに従って、①バイオバ

ンクにおける試料保管、② シークエンス用試料前処理(ライブラリー調製)、③DNA シー

クエンス、④データストレージ及びデータ解析、となる。その中で、施設として①のバイオ

バンク(Fig.2-18-4、2-18-5)と③の DNA シークエンス設備(Fig.2-18-6、2-18-7)を見

学させていただいた。

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Fig.2-18-3 吹き抜けから見た 1 階~3 階の実験室

1) バイオバンク

・ バイオバンクは建物の地下に設置されており、4℃及び-80℃の保管庫があり、採取し

た検体や試料を保管している(Fig.2-18-4)。バイオバンク施設としては、無停電電源装

置やバックアップ電源などを備えており、停電などの非常事態に備えている。ただし、試

料の保管場所はこの 1 ヶ所だけであり、バックアップとして別の場所での保管は行ってい

ない。

・ 4℃保管庫:周囲に試料を保管した棚があり、その中央でアーム型ロボットが稼働して、

試料の出し入れを行っている(Fig.2-18-5)。ロボットは 4℃の温度条件下でも稼働する

ように作られている。

・ -80℃保管庫:Hamilton 製の巨大なディープフリーザーが設置されており、自動で試

料の出し入れが可能である。通常のディープフリーザーの場合、検体の出し入れの際の

扉の開閉によって庫内温度が変動するが、本装置では自動で検体の搬送を行うため、

そのような心配はない。凍結融解の影響を避けるために、1 つの検体は複数の容器に分

けて保管されている。4℃及び-80℃の他に、液体窒素で検体保管も行っているが、こ

ちらの検体の出し入れ自動化は課題である。

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Fig.2-18-4 地下 1 階のバイオバンク

Fig.2-18-5 4℃保管庫とアーム型ロボット

2) DNA シークエンサー

・ 解析に使用する DNA シークエンサーは、施設の最上階である 3 階に設置されている

(Fig.2-18-3)。装置としては、Illumina の NovaSeq 6000 System が主で、下記のよう

な構成となっている。 ・ ショートリードシークエンサー:Illumina の NovaSeq 6000 System が 18 台あり、ゲノム

解析施設として世界トップレベルの解析能力を備えている(Fig.2-18-6)。ちなみに、こ

れまでは NovaSeq 5 台であったが、UK Biobank(https://www.ukbiobank.ac.uk/)の

50 万試料のうち半数の 25 万試料の解析を受託したために、新たに 13 台を追加して、

合計 18 台となった。NovaSeq 6000 System の解析能力は、使用するフローセルタイプ

とリード長によって変わるが、最大で 2 日間で 200 億リード、6 Tb のデータを得ることが

可能である。したがって、NovaSeq 18 台で 1 日当たり 500~600 試料のヒト全ゲノムシー

クエンスを行うことが可能である。試薬・消耗品は多量に使うため安価に入手しており、

ゲノム解析コストは約 800 米ドルである。Illumina のシークエンサーでは、NovaSeq 以

外に HiSeq が設置されていた。

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Fig.2-18-6 Illumina NovaSeq 6000 System

・ ロングリードシークエンサー:上で説明したように Illumina のショートリードシークエンサ

ーが主に使われているが、その他に Oxford Nanopore Technologies のロングリードシ

ークエンサーGridION 及び PromethION も使用している。UK Biobank の試料解析に

は使っていないが、内部向けの解析に使用しているとのことであった。エラー率が 10%

程度と、読み取り精度が低いなどの課題はあるが、ヒトゲノム解読に使えるレベルになっ

ている。すでに、2,800 人分の全ゲノムシークエンスを行ったとのことである。ロングリード

シークエンサーとして Oxford Nanopore Technologies のシークエンサーのメリットは大

きい。技術の進歩は早いので、数年後には Illumina の装置に置き換わるかもしれない、

とシークエンサー担当者はコメントしていた。

Fig.2-18-7 Oxford Nanopore Technologies GridION

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所 感:

deCODE Genetics が設立されたのは 1996 年で、20 年以上の歴史を有する老舗バイオテク企

業である。1996 年当時は、ヒトゲノム計画の途中であり、ヒトゲノム配列はまだ解読されていなか

った。このような状況下で、ヒトゲノム解析に基づくコホート研究を目的としてベンチャー企業を立

ち上げた先見性に敬意を表する。アイスランド国民という人類遺伝学的に非常に貴重な集団を

基盤にしていることが deCODE Genetics の強みであり、そこから数々の成果を挙げている。その

後、倒産の危機などにも見舞われたが、Amgen に買収され、現在に至っている。アイスランド国

民のゲノム情報と医療データの解析という、公共性のある事業を行っており、買収後も独立性を

保った経営を行っている。今後、ゲノム情報の医療及びヘルスケアサービスへの活用という点で、

期待が大きい。今回の国外調査で訪問した英国の Genomics England でもゲノム情報の医療へ

の活用が始まっており、今後、このような動きが世界的に広がっていくことが予想される。 (濱里 史明)

受 領 資 料: なし

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2-19.Leiden University Medical Center(LUMC)

Leiden University Medical Center(LUMC)

所 在 地: Albinusdreef 2, 2333 ZA Leiden, The Nederlands

電 話: +31-71-526-8139, +31-71-526-9111

E - m a i l: [email protected]

H o m e p a g e: www.lumc.nl

面 談 日 時: 2019 年 11 月 8 日(金) 9:00~12:30

面 談 場 所: 上記所在地 面 談 者: Hanneke de Kort, PhD

Program manager Regenerative Medicine LUMC

Marcel Kenter, PhD

Director, Paul Janssen Future Lab ir. Berend van Meer, PhD Candidate

Anatomy & Embryology

Melissa van Pel

Cell therapy product specialist

Lissa Culbertson Boxy

Senior Account Manager Life Sciences & Health, Innovation Quarter Gwen van Overbeke

Senior Business Park Manager, LBSP

Paul Zwetsloot

Minister Counsellor, Economic Affairs, Embassy of the Kingdom of

the Netherlands in Tokyo

Henry Philippens Trade Secretary, Economic Affairs, Embassy of the Kingdom of the

Netherlands in Tokyo

C o n t a c t P e r s o n: Hanneke de Kort, PhD Program manager Regenerative Medicine LUMC

面 談 目 的: 以下の項目に関する調査、情報収集を行うこと。

・ オランダで再生医療研究に最も注力している研究機関の 1 つである Leiden University

Medical Center(LUMC)における当該分野の研究・開発状況

・ LUMC が保有する ATMP(advanced therapy medicinal products)製造用 GMP 施設の

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稼働状況、問題点、今後の計画など

・ LUMC が中心となり取り組む生体機能チップ(Organ-on-Chip)研究の現状と当該技術

の創薬への利用に関する将来展望

・ 人材育成の取り組み

説 明 内 容:

1. LUMC 概要

・ LUMC は、Leiden 大学に付属する、欧州でトップ 10 に入る大学病院であり、主に再生

医療、がん、公衆衛生の 3 分野の研究開発に注力している。LUMC では様々な ATMP

の開発を進めており、施設内に治験製品の GMP 製造設備も保有している(第 2,3 項参

照)。また、iPS 細胞の培養技術と様々な先端工学技術を集約させた Organ-on-Chip の

開発を進めており、創薬への応用をめざしている(第 4 項参照)。

・ LUMC は、Leiden 中央駅に隣接する Leiden Bio Science Park 内に所在し、多種多様

な企業と連携をとりやすい環境にある(第 5 項参照)。また、近隣には Leiden 大学以外に

University of Applied Science Leiden など 10 もの専門・高等教育機関があり、専門人

材の確保がしやすい環境にあるほか、研究開発からビジネスまで技術シーズのトランスレ

ーションに必要な知識を総合的に学べる教育コースを開設するなど、人材育成にも力を

入れている(第 6 項参照)。

・ このような環境を活かし、技術シーズのトランスレーションを加速させるため、LUMC は

2016 年にアクセラレーター機関である Starfish Innovation を設立した。アカデミアから

企業への橋渡しや、技術の実用化を多角的にサポートすることで、開発中止などのリスク

の低減を図っている(Fig. 2-19-1)。

Fig. 2-19- 1 Starfish Innovations(受領資料より)

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2. ATMP の開発状況

・ LUMC における ATMP 開発のポートフォリオを Table. 2-19-1 に、開発プログラムを Fig.

2-19-2 及び Fig. 2-19-3 に示す。免疫細胞や間葉系幹細胞(MSC)を用いた細胞治療

製品、ex vivo 遺伝子導入細胞治療製品など、様々な技術モダリティの製品開発が行わ

れており、臨床試験が終了したものが 20、現在進行中のものが 12、臨床試験準備中の

ものが 4 ある。その中でも MSC 由来細胞治療製品には力を入れており複数の開発パイ

プラインが現在も進行中である。

・ なお、欧州における ATMP の臨床試験件数は、体細胞由来製品(遺伝子組換えなし)が

51%と最多であり、ついで体細胞由来製品(遺伝子組換えあり)となっている(Fig. 2-19-

4)。遺伝子組換え(導入)技術の利用という観点では、in vivo 遺伝子治療製品の臨床試

験が 46%と最も多く、ついで ex vivo 遺伝子導入体細胞由来製品、遺伝子組換えワクチ

ンと続く(Fig. 2-19-5)。遺伝子組換え技術を用いた臨床試験件数は 2014 年以降増え

ており、2018 年の国別件数では英国がもっとも多く、ついでスペイン、ベルギー、ドイツ、

フランス、オランダ、イタリアとなっている(Fig. 2-19-6)。

Table. 2-19-1 ATMP プロジェクト ポートフォリオ(受領資料より)

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Fig. 2-19-2 LUMC 開発プログラム①(受領資料より)

Fig. 2-19-3 LUMC 開発プログラム②(受領資料より)

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Fig. 2-19-4 欧州における ATMP 臨床試験件数(受領資料より)

Fig. 2-19-5 欧州における遺伝子組換え技術を用いた製剤の臨床試験件数

(受領資料より)

Fig. 2-19-6 遺伝子組換え技術を用いた臨床試験件数(EU 加盟国別)(受領資料より)

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3. LUMC の GMP 製造施設

・ LUMC では、in house での ATMP 製造に対応するため、総床面積 600m2、6 つのクリー

ンルーム(class A and B/ISO 5)を備えた GMP 製造施設を保有しており、主に非臨床試

験又は臨床試験で用いる被検製品の製造を行っている。また、現在、2021 年 1Q の稼働

開始を目指し、GMP 製造施設「Netherlands center for the Clinical advancement of Stem cell and Gene Therapies(NECST)」を新たに増築している。現在の GMP 施設の

ランニングコストは年間 1M ユーロ(約 1 億 2,000 万円)であり、NECST の運営にはさら

に多くの費用が係る見込みである。

・ GMP 施設は、Leiden Bio Science Park の入居企業等も利用可能であり、アカデミアと

企業の技術交流やトランスレーションを推進する機能も持ち合わせている。そのため、細

胞や組織の調達や保存、遺伝子改変や活性化、単離、培養、拡大培養など、様々な技

術シーズをトランスレーションするためのサポートも行われている。現在は、12~15 名程

度の専門訓練を受けたエキスパートが施設運用に携わっているが、新たな製造技術者の

育成も必要であり、将来的にはトレーニングプログラムなど教育プラットフォームの整備も

視野に入れている。

4. Organ-on-Chip 技術の開発 ・ Organ-on-Chip は、マイクロ流路技術を用いてチップ素子上で様々な臓器の細胞を培養

する技術もしくはその技術を利用した製品である。チップ内の細胞が薬剤により示す様々

な生物学的反応(イオン濃度、電気信号、細胞の遊走・拍動など)をセンサーによりモニ

タリングすることで、薬剤による生体反応を模擬的に予測することが可能であり、安全性

評価や候補物質のスクリーニングなど、創薬研究への活用が期待されている。

・ LUMC では、再生医療研究で培った細胞培養技術に電子工学的な加工技術やセンサ

ー技術を組合せることで Organ-on-Chip の開発を進めている。心臓血管研究に強みを

持っていたことから心筋細胞の Organ-on-Chip 開発が先行しており、Chip 上でカルシウ

ム濃度、電圧、収縮を測定可能なシステムを構築している。また、心筋以外にも肺、眼、

耳、腎臓、血管、子宮、骨、関節、骨格筋、脳を対象に様々な臓器の Organ-on-Chip 研

究にも着手しており、将来的にはヒトの全身を模した Organ-on-Chip システムの開発も視

野に入れている。なお、LUMC では様々なヒト iPS 細胞株を用いて Organ-on-Chip を製

造しており、Organ-on-Chip によるヒト疾患モデルの構築を目指している。現在は希少疾

患モデルとなる Organ-on-Chip 開発には着手していないが、将来的には希少疾患を含

む様々な疾患モデルを目指している。なお、ヒト iPS 細胞株の樹立は、LUMC 内で可能

であり、受託サービスとしても年間 25~50 株ほどの樹立実績がある。

・ 現時点で想定されている Organ-on-Chip の利用目的は、創薬研究における候補物質の

スクリーニングや薬剤の副作用予測など安全性データ収集が主である。ヒト iPS 細胞を用

いた Organ-on-Chip は、動物では再現できない疾患モデルの構築や、ヒトと動物との薬

剤反応の違いなどを踏まえたデータ収集などが可能になることが期待されている。

・ また、欧州全体で動物実験の削減が望まれており、規制当局側も動物試験の代替となる

ような新規試験法を必要としていることから、動物を用いた非臨床安全性試験の代替試

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験として Organ-on-Chip を用いることも想定されている。しかしながら、現状ではデータ

が十分ではなく具体的な議論ができていないため、まずはより多くの動物試験との比較

データを集積させる必要がある。

5. Leiden Bio Science Park

・ LUMC の所在する Leiden は、首都である Amsterdam の南西約 40km に位置し、

Schiphol 国際空港へのアクセスも容易であることから、研究開発に必要な物流や人材を

確保するのに適したロケーションとなっている。そのような背景から、1984 年より Leiden

中央駅の西側に Leiden Bio Science Park の整備が行われてきた。Leiden Bio Science

Park は、欧州で最も歴史のあるサイエンスパークの一つとなっており、現在では、オラン

ダ最大かつ欧州でも 5 指に入る規模のライフサイエンスパークとして発展している。医療・

創薬を中心としたライフサイエンス分野に特化しており、LUMC を含む様々な研究・教育

機関や関連企業が居を構え、先端医療研究のエコシステムを形成している。特に盛んな

研究分野としては、創薬探索・開発、ワクチンや感染症、再生医療、がんなどが挙げられ

る(Fig. 2-19-7)。

・ 敷地面積 1.2km2 の中に、1 万 9,000 人の専門家、1 万 8,000 人の学生がおり、また現在

214 もの組織(うち 150 が民間企業)がオフィスやラボを構えており、入居企業は、

Janssen Pharma、Galapagos、HAL Allergy、Astellas といった大企業から、100 以上の

スタートアップ企業を含む多くの中小企業まで様々である(Fig. 2-19-8)。

・ Leiden Bio Science Park の整備計画にあたっては、米国 Boston のサイエンスパークを

研究し、Density(様々な施設が集約)、Proximity(サービスや人材へのアクセスが容

易)、Connectivity(連携が容易)、Programming(施設や活動の整備)、Governance

(多様人材のハブ機能)の要素を併せ持つように設計された(Fig. 2-19-9)。Leiden Bio Science Park は 2025 年に向けて規模拡大の数値目標を掲げており、拠点をおく企業数

を 150 から 250 以上に増やし、また、敷地内の住居施設も 500 人から 2,500 人規模へと

拡充して専門家や学生の増員も図る予定である。Leiden Bio Science Park では、単に

企業を誘致するだけではなく、誘致した後のパートナリングやビジネス支援、住宅支援な

ど包括的なサービスを提供している。このようなサービスを提供していながら、世界中に

数多くあるサイエンスパークと比較して賃料はリーズナブルであり、契約に際する縛りも少

ないため、多くの企業にとってメリットのあるサイエンスパークとなっている。

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Fig. 2-19-7 Leiden Bio Science Park 概要(受領資料より)

Fig. 2-19-8 Leiden Bio Science Park に拠点をおく企業(受領資料より)

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Fig. 2-19-9 サイエンスパークに必要な要件(受領資料より)

Fig. 2-19-10 Leiden Bio Science Park が目指す目標(受領資料より)

6. LUMC の人材教育

・ LUMC では、Janssen Pharmaceutical 創業者のポール・ヤンセンをロールモデルとした、

研究からビジネスまでをトータルで見ることのできる次世代的人材を育成する教育プログ

ラム「Paul Janssen Futurelab」を開講している。Online コース(週 1 時間で 5 週間、年2

~3回開講)の受講がベースになっているが、修了後は実地研修として、実例を用いたケ

ーススタディを学べる 4-day On-campus コース及び実際の臨床試験プログラムを想定し

た On-campus Extended コースにステップアップすることも可能であり、より実践的な教育

が行われる。

・ 受講資格などは特に設けていないが、バイオメディカル分野の高等教育を受けているこ

とが望ましく、受講者の多くは製薬企業や大学病院から参加している。特に国籍制限もな

く、世界各国からの参加がある(日本からの参加者はまだいない)。参加者数は、Online

コースには毎回およそ 20~25 人であり、 On-campus コースは数名程度である。なお、

各コース終了時には修了証が授与される。

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Fig. 2-19-11 Paul Janssen Future lab 教育プログラム(受領資料より)

所 感:

今回の訪問では、LUMC の関係者以外に、Paul Janssen Future Lab、Innovation Quarter、

Leiden Bio Science Park、オランダ大使館の方々とも面談の機会をいただけたことから、日本企

業の誘致にも力を入れていることがわかる。

Leiden 大学は歴史も古く、特に医学分野において有名であるが、国際競争力を向上するため、

様々な工夫を凝らしていることがよくわかる。特に、教育、臨床、研究の 3 つの側面を持つ大学病

院の強みを活かして、医学研究からビジネスまでに通じた教育プログラムを持っている点は興味

深い。アカデミアと企業の両方の視点を持つような人材の必要性が強く認識されているのはオラ

ンダでも同じであり、Leiden 大学の教育プログラムはこのような人材育成において有用と感じた。 また、Leiden Bio Science Park についても、アカデミアや企業の研究施設を単に誘致するだ

けではなく、パートナリングやビジネスサポート、住居の整備までも行っている点は珍しいように思

われる。規模を大きくするためにアクセスが悪いエリアに作られたり、逆に都市部にあっても賃料

が高かったり、近隣の住居不足や生活利便性の解決が後回しとなっているようなサイエンスパー

クも世界には散見されるが、Leiden Bio Science Park はこのような問題を事前に把握し、生活、

研究開発、ビジネスのバランスが取れた研究拠点となるような開発計画がなされてきたように感じ

た。

(田中 幸来)

受 領 資 料:

説明資料

1) Introduction LUMC(Dr. Hide Kort) 2) Paul Janssen Futurelab(Dr. Marcel Kenter)

PJ Futurelab’s Education & Training programme for graduated entrepreneurial

biomedical professionals

3) Leiden Bio Science Park (Dr. Gwen van Overbeke)

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Next stage:From Science Park to Innovation District

配布資料

1) オランダ「NRC Handelsblad」掲載記事(2017 年 1 月 27 日、日本語版)

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第 3 章 調査結果の総括と提言

3-1. 調査結果の総括

本調査は、2017~2022 年度、日本医療研究開発機構の創薬基盤研究推進事業による委託

研究である、課題名「革新的な治療薬の創出に向けた創薬ニーズ等調査研究」における創薬技

術調査の一環として実施した。

5 年間の創薬技術調査の 3 年目となる今年度、我々は、「再生医療、細胞治療、遺伝子治療

の研究開発動向とそれを取り巻く環境の最新状況、並びにデジタル医療実現に向けた欧米各国

の取組みの最前線を探る」をテーマに、欧米のバイオテク企業、行政機関、業界団体、研究機関

等 19 機関・企業について、訪問調査を行った。 具体的には、各国における最新の再生医療、細胞治療及び遺伝子治療の研究開発並びに新

規創薬モダリティ技術、デジタル医療に関連した技術開発動向、バイオクラスターにおける特徴

的なライフサイエンス領域での研究開発エコシステム構築の状況、バイオベンチャーを起業する

人材の育成方法等に関し、鮮度の高い情報を入手することを試みた。その結果、実感を持って、

現状や今後の方向性を感じ取ることができた。

各々の機関・企業より入手した個別情報の詳細は、第 2 章に示したとおりであるが、本年度の

調査テーマ及び目的等を踏まえ、調査結果を以下の 3 点(1.再生医療、細胞治療及び遺伝子

治療における研究開発エコシステムの現状、2.デジタル医療に関連した技術開発動向、3.新

規モダリティ医薬品等の研究開発動向)から総括した。

1. 再生医療、細胞治療及び遺伝子治療における研究開発エコシステムの現状

1) 研究開発エコシステム 再生医療、細胞治療及び遺伝子治療では研究技術だけではなく、製造機能を含むバリューチ

ェーン構築が非常に重要であることがわかった。今回訪問した Abeona、Knight Cancer

Institute、CGT Catapult などでは、CAR-T や AAV ベクターについて基礎的な研究から臨床応

用に近い研究まで、幅広い研究が進められていた。

Abeona では、自社製造施設を保有し、アカデミアからシーズやベクター技術を導入、自社開

発することを基本戦略とし、遺伝子治療に用いられる次世代 AAV キャプシドであり、組織特異的

にベクターを送達できる技術(AIM™ Vector Platform)を開発していた。CGT Catault では

AAV ベクターの製造と不純物の同定、プロセス開発を行っており、生成ウイルス量をリアルタイム

で測定する技術である PAT(Process Analytical Technologies)を確立していた。

CCRM はアカデミア及び産業界の一プロジェクトの支援にとどまるのではなく、商業化するた

めのエコシステムの創製に注力していた。

また、知財管理は特にアカデミアにとっては重要な課題であり、Mount Sinai では、知財を活

用する部門を「technology transfer」とはせず、「innovation partner」としていた。即ち、知財の

初期段階では、研究者をパートナーと捉えて、共に知財を完成させ、その後はライセンス先との

パートナーシップを推進して、知財構築から製品化までをしっかりとサポートしていく体制が構築

されていた。

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2) ベンチャーマインドを持った人材の育成

Mount Sinai では、教育機関における entrepreneur ship や知財についての早期の教育を導

入することで、ベンチャーマインドを持った人材の育成に力を入れていた。

Leiden University Medical Center では、研究からビジネスまでをトータルで見ることができる

次世代の人材を育成する教育プログラム「Paul Janssen Futurelab」を開講していた。

3) 地域の特色を生かしたバイオクラスター

今回訪問したカナダの UHN、英国の MedCity、オランダの Leiden Bio Sciencepark や

Toronto の CCRM では、Boston のエコシステムを意識しながらも,独自の価値を提供することで

魅力的なエコシステムを構築していた。これらのバイオクラスターに共通していたのは、医学研究

機関との地理的に近い距離での連携があり、製薬企業と異業種の組合せを可能とする仕組みが

できていたことである。

ポーランドの MCMCC は、腫瘍学専門の政府研究機関であり、実験療法、疫学と予防、病理

学、イメージング、癌生物学の基礎研究に専念しており、治験実施のコスト面と治療ナイーブな

被験者へのアクセスのしやすさを特色に、初期臨床試験を多くのメガファーマと実施中であった。

オランダの LUMC は、Leiden University に付属する病院と研究機能を併せ持つ組織であり、

現在、再生医療、がん、公衆衛生の 3 分野に注力して研究開発を進めていた。様々なモダリティ

の Advanced Therapy Medicinal Products の開発を進めており、施設内に GMP 用製造設備も

保有していていることも強みとなっていた。

4) 産学連携

Toronto 大学及び Toronto 大関連病院を含むトロントの主要研究機関を基盤とするベンチャ

ーキャピタルである TIAP は、スタートアップベンチャー支援のための各種プログラムを提供して

いた。

Mount Sinai、CCRM などでは、産学連携組織のコーディネーターは、製薬企業あるいはベン

チャーなどでの業務経験を有する Ph. D や MBA ホルダーが担当しており、学内の技術スカウテ

ィング、企業化精神のマインド醸成、実用化に向けた幅広いアドバイス(権利化、TPP、市場性な

ど)を行っていた。 Imperial College では、トランスレーショナルリサーチを進めるための組織(AHSC、AHSN)や

リスクマネーの供給源である Imperial Joint Translation Fund を有し、アカデミア/地域行政機

関/企業/医療機関 を繋げるネットワークシステムが充実していた。事業化に向けた多様な枠

組みをもっており、積極的なライセンスや共同研究等のアライアンス活動を行っており、過去 5 年

間におけるがん領域でのトップ 3 ディールのライセンサーである。これまで 33 社のスピンアウト企

業の設立に携わっており、その際はエクイティ投資も行っている。企業が費用負担なしに前臨床

及び早期臨床開発を実施することも可能である。

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5) その他(寄付)

米国 The Oregon Cancer Center に端を発する Knight Cancer Institute は、2015 年 6 月ま

でに寄付のみで 1B 米ドルを集め、2017 年には NCI 指定の総合がんセンターに指定されてい

た。

CRUK は、世界最大の医療研究慈善団体であり、政府の資金援助は受けておらず、全ての活

動資金は寄付から成り立っていた。

2. デジタル医療に関連した技術開発動向

製薬企業は、従来のような医薬品の枠にとらわれず、VR Vision のような保険償還の枠外のソ

リューション・サービスも検討していく時期に差し掛かってきている。そのために、製薬企業は、こ

れまでと異なる新規技術系人材を確保することや、これまで以上に異業種とのオープンイノベー

ションを推進していく必要がある。

VR Vision は、B to B モデルの社内トレーニングプログラムの開発を行っていた。また、ライフ

サイエンス分野でのサービスとして、VR/AR を患者ケアに簡単に使うことで、患者さんの QOL 改

善を目的とした「Reality Well」を開発し、提供していた。

Knight Cancer Institute では、precision oncology program である SMMART プログラムが

患者の治療方法の決定に役立てられている。研究者と臨床医による意思決定のために患者を長

期にわたってモニターすることで得られたすべての膨大なデータは統合され、治療耐性メカニズ

ムとがんの脆弱性がコンピューターで解析されたのち、データブラウザーを介して医師等へ提供

されるといった仕組みが構築されていた。

Genomics England は 100,000 Genomes Project を主目的として 2013 年に英国保健省が設

立した組織であり、10 万の解析は 2018 年 12 月に終了し、2023 年までに 50 万、将来的には

500 万の全ゲノム解析が計画されていた。 アイスランドの deCODE Genetics は、アイスランドの 36 万人の国民のゲノム解読とその集団

遺伝 学的 解析を基盤と した 独自の アプローチを と っていた 。deCODE whole genome

sequencing project として、アイスランド国民を対象とした現在 5 万人以上の全ゲノム解析を行

い、ヘルスケアデータなどと統合したデータベースを構築していた。

3. 新規モダリティ医薬品等の開発動向 細胞治療関係では、CAR-T 細胞療法によるがん治療の研究開発が精力的に進められていた。

現在承認されている CAR-T 細胞療法は、T 細胞の CD3 法に scFv 及び CD28、あるいは 4-1BB

を繋げた第 2 世代と呼ばれるものである。臨床において効果が減弱することが課題であるが、

Sloan Kettering ではその要因として、T 細胞がエフェクターT 細胞の性質を強く持ちすぎること、

あるいは腫瘍が回避機能を獲得することなどを見出し、これらを評価する実験系の確立や、殺腫

瘍活性と長期活性維持を兼ね揃える治療の開発に取り組んでいた。また、Abeona、Knight Cancer Institute などでは、AAV ベクターを中心に基本的なメカニズムの理解や組織特異性を

有する新たなベクター研究が進んでいた。

PDX では、がん治療の改善を目指し、腫瘍移行性や血中滞留性の向上を目指した多孔性シ

リカ(MSNP)をベースとするナノ粒子を基盤技術として開発していた。

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カナダの健康モニタリングプラットフォーム BlueDot では、年間 40 億ものフライトデータ、3.75

億もの携帯端末情報を基に、感染症の伝播リスクを判定するシステムを開発していた。「予測」で

はなく、リアルタイムな情報収集を目的としたシステムであるが、予測システムとしての開発も検討

中であった。報告書作成中に、世界的問題となっている新型コロナウイルス(COVID-19)の感染

拡大を、BlueDot が、WHO より早く、2019 年末の時点で予想していたとの報道があり、予測シス

テムとしての高い可能性を示した形になった。

3-2. 提言

提言1.再生医療、細胞治療及び遺伝子治療に資する製造機能強化と創薬エコシステムの構築

再生医療、細胞治療及び遺伝子治療の技術を患者へ最適かつ迅速に届けるためには多様な

ソリューションを提供する必要があり、単独では対応できない。従って、各企業のコア機能を明確

化した上で、それを強化もしくは補完するためにオープンイノベーションを積極的に行っていくと

ともに、それを推進するための創薬エコシステムの構築が必要がある。

今回訪問した MedCity、Leiden Biosciencepark、CCRM では、Boston のエコシステムを意

識しながらも,独自の価値を提供することで魅力的なエコシステムを構築していた。また、これら

には、共通点として、医学研究機関との地理的に近い距離での連携がみられた。日本において

も医薬系研究機関との「ゼロ距離連携」をコアとしつつ、製薬企業と異業種の組合せが可能なエ

コシステムを早急に構築していくことが望まれる。

産学官を区別しない横断的なエコシステムも重要である。北米ではカナダの CCRM が、アカ

デミアからの技術や企業のインキュベーションを手掛けており、イギリスでは Oxford、Cambridge、

London の三都市において、密度の高い Research Field を形成しており、オランダでは EMA や

空港、都市とも近接している Leiden Sciencepark がある。いずれのサイエンスパークにも共通し

ているのが、産学官を区別せず、それらが混在・共存していることであり、それによって、新たな

価値が創生されていた。一方、我が国においては、このようなコンセプトのクラスターは存在して

おらず、海外のサイエンスパークに負けないエコシステムを構築しないと、益々世界に遅れを取

ってしまう。

再生医療、細胞治療及び遺伝子治療では、研究技術だけではなく、製造機能を含むバリュー

チェーン構築がキーとなっており、研究技術のみを磨くに留まらず、生産機能の確保が大きな課

題である。アカデミアのシーズを事業化するためには、産業界の強みであるレギュレーションや

製造に関する知見が必要であるが、製造まで意識した研究開発シーズの発掘は、日本において

は、まだ例が少ない。この傾向は日本のみのものではなく、世界的にも、再生医療分野における

CDMO は数が少なく、委託安研は、順番待ちとなっている状況である。このような状況に鑑み、

アカデミアも新たな研究開発シーズを見つけることにとどまるのではなく、研究段階で企業とのコ

ラボレーションを進め、製造を含めた社会実装を目指した研究開発を企業と進めることが重要で

ある。これと同様に、今回訪問した CCRM のように、GMP レベルの生産までカバーするようなサ

ービスを提供することは、再生医療関連のベンチャー企業を成功に導くうえで非常に重要である。

再生医療は、製造等の高コスト構造による治療費の高騰、保険償還への懸念などもあり企業

側の採算性に合致しないこと等から参入を逡巡することも多いと思われる。それを打開する画期

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的なシステムは現状存在しないが、このような分野においてこそ、日本の技術力が発揮できるの

ではないか。日本の再生医療に関しては FIRM の名前を聞くが、カナダの CCRM と比べるとそ

の活動の幅や影響力は小さいと思われる。FIRM かそれに代わる機関が先導して、再生医療の

問題(特にコスト)に日本全体で取り組んでいくべきである。

我が国としては、我が国の強みと弱みを十分把握したうえで、支援すべきところに集中して支

援すべきである。例えば、CGT Catapult と比較すると、我が国は、製造面における技術もその品

質管理における経験も大きく出遅れてしまった感がある。国の支援がないと CGT Catapult のよう

な網羅的な評価系を実施することは難しいが、彼らの経験を参考にしつつ、得意分野をそれぞ

れの企業で分担するなどして、我が国の産業界も協力し合っていく必要がある。また、CRUK の

ような基礎研究から臨床開発まで、創薬の広いプロセスをサポートする組織があると、アカデミア

も企業も助かるのではないか。CRUK ががんに限定して活動しているように、国として注力すべき

領域に絞った活動をすることも検討すべきであろう。

直接エコシステムとは関係はないが、今回の訪問で、改めて欧米の寄付の文化には、学ぶべ

きところがあると感じた。文化を変えるには時間が掛かるが、寄付しやすくする工夫(例えば、ふ

るさと納税のような)をこらして、エコシステムの構築・推進を図る等のことを国に一考頂きたい。

提言 2.デジタル技術を活用したビジネス再構築 現在、我が国でもがんゲノム情報管理センター(C-CAT)の開設や希少疾患領域などでのデ

ータ活用の取り組みが進んでいる。

しかし、ソフトウェア企業、ハードウェア企業、保険会社など、現状では個々の企業がそれぞれ

パートナーを見つけてデータ収集を始めているのが日本の現状であり、効率的ではないため、そ

れぞれの業界をまとめあげる先導役も決め、効率良く研究開発を進めていくべきではないか。

デジタルヘルスは、現状、予防医療に強みがあるとの認識が一般的であるが、今後、治療へ

の活用は急速に進展すると思われため、良質かつ膨大な患者のデータはデジタル医療の根幹と

なり、より重要性が増すものと思われる。よって、そのようなデータの入手から活用方法までを含

め、企業は、医療機関やアカデミアとよく連携するべきである。

また、VR 技術やゲノム解析技術などの進展により、健康と医療、医薬と医療機器、予防と治療

の境界がなくなっている。企業は、自社ビジネスの再定義に加え、異なる領域や種類の技術を融

合させ、新しい価値を提供していく必要がある。 膨大な情報を利用したデジタル医療を本格的に目指すのであれば、国の関与が必要不可欠

であり、アイスランドの deCODE、イギリスの Genomics England 等の取組みは大いに参考にな

る。しかし、我が国で実践するのであれば、我が国に合ったものでなければならず、我が国の強

みを活かした取組みにより、欧米の後塵を拝することなく、産学官の積極的協同体制を構築し、

実効性のある取組みを推進すべきである。

Page 133: 創薬技術調査 国外調査報告書2019 年度国立研究開発法人日本医療研究開発機構研究費 (創薬基盤推進研究事業) 研究課題名: 革新的な治療薬の創出に向けた創薬ニーズ等調査研究

2019 年度

創薬技術調査班・国外調査ワーキンググループ 国外調査報告書

「再生医療、細胞治療、遺伝子治療の研究開発と それを取り巻く環境の最新状況、並びに デジタル医療実現に向けた欧米各国の

取組みの最前線を探る」

発行日: 2020 年 3 月 27 日

発 行: 公益財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団 〒101-0032 東京都千代田区岩本町 2-11-1 ハーブ神田ビル 電話 03(5823)0361/FAX 03(5823)0363

(財団事務局 担当 井口 富夫)

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