龍谷大学世界仏教文化研究センター学術講演会 「華厳の世界―『...

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龍谷大学 世界仏教文化研究センター アジア仏教文化研究センター ニューズレター 2016年度 2 通巻第3号 2017年1月22日(日)、龍谷大学 響都ホール校友会館で、学術講演会「華 厳の世界―『華厳経』と南方マンダラ―」が盛大に開催された。 はじめに、唐澤太輔氏(世界仏教文化研究センター博士研究員、本講 演会コーディネーター)が「イントロダクション:南方熊楠とは何者か?」 と題して、知の巨人・南方熊楠(民俗学者、博物学者 1867 〜 1941 年) の思想と人生について簡潔に語った。 続いて、人類学者で思想家の中沢新一氏(明治大学野生の科学研究所 所長)が「レンマ科学の創造に向けて―発端としての南方熊楠―」と題 して、華厳思想に影響を受けた南方熊楠の思想の可能性が述べられた。 中沢氏は、西欧の自然科学の土台に据えられた「ロゴス」の法則とは異 なる、「レンマ」の知性作用の重要性を強調した。レンマとは、物事を分 断することなく具体的に、そして直観的に理解することを意味する言葉 である。中沢氏は、そのレンマの知性作用の在り方を見事に表している 華厳思想、特に『華厳五教章』に着目しているという。そして、南方熊 楠は、その華厳思想の中核を成す四種法界を独自にカスタマイズして、「五 種不思議」を表したと述べた。中沢氏は「物の科学」と「心の科学」を 統一するような新しい学のヒントは、このレンマの論理、そして南方熊 楠の天才的アイデ アにあると述べた。 中沢氏の講演後、総合司会の亀山隆彦氏(世界仏教文化研究セ ンターリサーチ・アシスタント)の下、中沢氏、唐澤氏に、野呂 靖氏(本学文学部専任講師)を加え、鼎談が行われた。野呂氏によっ て、日本に通奏低音として流れている華厳思想の在り方などが語 られた。唐澤氏からは、南方が明恵上人と同じように夢に関心を 持っていたことなどが語られた。最後に中沢氏は「龍谷大学から 華厳の新しいムーブメントを起こしてほしい。」と大きな期待を 寄せた。 龍谷大学世界仏教文化研究センター学術講演会 「華厳の世界―『華厳経』と南方マンダラ―」開催 1 中沢新一氏 会場の様子 ( 約 350 名が聴講に来られた ) 鼎談の様子

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  • 龍谷大学世界仏教文化研究センターアジア仏教文化研究センター ニューズレター

    2016年度

    第2号通巻第3号

    2017 年 1 月 22 日(日)、龍谷大学 響都ホール校友会館で、学術講演会「華

    厳の世界―『華厳経』と南方マンダラ―」が盛大に開催された。

    はじめに、唐澤太輔氏(世界仏教文化研究センター博士研究員、本講

    演会コーディネーター)が「イントロダクション:南方熊楠とは何者か?」

    と題して、知の巨人・南方熊楠(民俗学者、博物学者 1867 〜 1941 年)

    の思想と人生について簡潔に語った。

    続いて、人類学者で思想家の中沢新一氏(明治大学野生の科学研究所

    所長)が「レンマ科学の創造に向けて―発端としての南方熊楠―」と題

    して、華厳思想に影響を受けた南方熊楠の思想の可能性が述べられた。

    中沢氏は、西欧の自然科学の土台に据えられた「ロゴス」の法則とは異

    なる、「レンマ」の知性作用の重要性を強調した。レンマとは、物事を分

    断することなく具体的に、そして直観的に理解することを意味する言葉

    である。中沢氏は、そのレンマの知性作用の在り方を見事に表している

    華厳思想、特に『華厳五教章』に着目しているという。そして、南方熊

    楠は、その華厳思想の中核を成す四種法界を独自にカスタマイズして、「五

    種不思議」を表したと述べた。中沢氏は「物の科学」と「心の科学」を

    統一するような新しい学のヒントは、このレンマの論理、そして南方熊

    楠の天才的アイデ

    アにあると述べた。

    中沢氏の講演後、総合司会の亀山隆彦氏(世界仏教文化研究セ

    ンターリサーチ・アシスタント)の下、中沢氏、唐澤氏に、野呂

    靖氏(本学文学部専任講師)を加え、鼎談が行われた。野呂氏によっ

    て、日本に通奏低音として流れている華厳思想の在り方などが語

    られた。唐澤氏からは、南方が明恵上人と同じように夢に関心を

    持っていたことなどが語られた。最後に中沢氏は「龍谷大学から

    華厳の新しいムーブメントを起こしてほしい。」と大きな期待を

    寄せた。

    龍谷大学世界仏教文化研究センター学術講演会「華厳の世界―『華厳経』と南方マンダラ―」開催

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    中沢新一氏

    会場の様子( 約 350 名が聴講に来られた )

    鼎談の様子

  • 2017 年 1 月 29 日(日)に、龍谷大学深草学舎顕真館で、特別講演

    会が開催された。まず、赤松徹眞氏(龍谷大学学長)が開式の辞を述

    べ、次に京都市長の門川大作氏より来賓挨拶を賜った。

    続いて、池上彰氏(ジャーナリスト、名城大学教授)が「世界の中

    で宗教を考える」と題した講演を行った。池上氏は、特にアメリカ大

    統領選挙に焦点を当て、グローバリズムと保護主義がせめぎ合う現代

    社会における宗教の果たすべき役割などを述べた。

    次に、竹村牧男氏(東洋大学学長)が「現代社会の動向と仏教の可

    能性」と題する講演を行った。竹村氏は、絶対的なるものの喪失と価

    値観の拡大、そしてさまざまな対立構造が見られる現代社会における

    仏教の縁起観の可能性について述べた。

    次に、若原雄昭氏(本学副学長)がモデレーターとなり、池上氏、

    竹村氏、赤松氏による鼎談が行われた。赤松氏は、憎悪を克服し利害

    対立を解決するような仏教の可能性、また、ボランティアなど身体を

    用いた活動の重要性を述べた。続いて、池上氏が、今後日本の仏教を

    どのように海外へアピールしていくかが課題であると語った。竹村氏

    は、現在、仏教とキリスト教の対話が進んでいる一方で、仏教とイス

    ラム教、仏教とユダヤ教との対話はあまりなされていない印象を受け

    ていることを述べた。また仏教とエコロジーとの関係、龍谷大学と同

    じ仏教系大学として東洋大学の取り組みなども述べた。

    池上氏は、今後、諸宗教間で「慈悲」をキーワードに対話がで

    きる可能性を示唆した。そして、人智を越えた存在に対する畏怖

    という点から、宗教間対話は可能ではないかとも述べた。また池

    上氏は、精神的な苦悩、物質的な苦悩に対する仏教の役割につい

    て、我々一人ひとりが今後十分に考えていく必要があることを述

    べ、全体を締めくくった。

    最後に、能仁正顕氏(世界仏教文化研究センター長)が謝辞を

    述べ会は終了した。

    龍谷大学世界仏教文化研究センター開設記念事業 特別講演会「世界の苦悩に向き合う仏教の可能性〜共に生きる道はどこに〜」開催

    龍谷大学世界仏教文化研究センター アジア仏教文化研究センター

    発 行 2017 年 3 月 31 日発行者 龍谷大学世界仏教文化研究センター アジア仏教文化研究センター 住 所 〒 600-8268 京都市下京区七条通大宮東入大工町 125 番地の 1 龍谷大学大宮キャンパス 白亜館 3 階電 話 075-343-3811U R L 世界仏教文化研究センター http://rcwbc.ryukoku.ac.jp アジア仏教文化研究センター http://barc.ryukoku.ac.jp

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    鼎談の様子

    池上彰氏

    竹村牧男氏

  • 2017 年 2 月 15 日(水)〜 17 日(金)の 3 日間、龍谷大学アジア仏教文化研究センター、ドイツのミュンスター大学、アメリカのジョージタウン大学の共催による国際シンポジウム

    「Shin Buddhism, Christianity, and Islam: Conversations in Comparative Theology(浄土真宗・キリスト教・イスラームにおける比較神学的対話)」が開催された。初日の公開講演では、自然神学研究の世界的権威であるギフォードレクチャー

    (2015 年度)を担当したペリー・シュミット・ルンケル氏が、宗教多様性に関する最先端の理論について講演した。また小布施祈恵子氏が、日本仏教とイスラームの関係について、歴史と理論の両面から検討する講演を行なった。これらの公開講演に続く 2 日間には、浄土真宗、キリスト教、イスラームのいずれかの神学的立場をとる国内外の計 12 名の研究者による討論会が開かれ、各宗教の共通性や相違に関する詳細な議論が行なわれた。

    以下は、ルンケル氏による講演の概要である。ルンケル氏は、2015 年のギフォードレクチャーにあたり着

    想するに至った宗教多様性の「フラクタル的解釈」について、いくつかの側面から説明した。

    「フラクタル(fractal)」という概念は、1975 年に数学者のブノワ・マンデルブロによって提唱された。フラクタルとは、ある形と完全に同一または相似した形が生み出されるパターンないしは構造のことであり、たとえば図形の全体と部分が相似形になっている場合などがこれにあたる。このフラクタル構造は、不規則的にではあるが自然界のあらゆる領域に認めることができ、氷の結晶や波の形状、カリフラワーの形態などがその例である。そして宗教の世界でも、時にフラクタルな構造があらわれることがあり、ヒンドゥー教のコスモロジーや、華厳経、キリスト教のロゴスの思想などに確認できる。

    フラクタル構造と近い視点から文化や宗教を説明する研究者たちは、これまでも少なからず存在してきた。中村元は、世界の諸宗教・思想に見られる近似した問題意識について指摘しており、スイスの哲学者エルマー・ホーレンシュタインも、文化的多様性のなかにある共通の構造を論じてきた。ここでホー

    レンシュタインが論じている文化的多様性には 3 つの段階があり、異文化、文化内、個人内の 3 つのレベルに分かれる。この見解を宗教的多様性のフラクタル的解釈をめぐる議論に応用すれば、宗教間、宗教内、個人内という 3 つのレベルから、宗教の多様性と共通性について考えることができるだろう。

    現代の神学や、神学的立場からの宗教間対話においては、フラクタル的解釈に基づく議論がすでに行われている。ジョン・カブは、宗教を究極的実在についてのとらえ方の相違に応じて3 つに類型化(宇宙論的、非宇宙論的、有神論的)した上で、これを異なる宗教伝統に関する分類と、同一の宗教伝統内での異なる現象に関する分類のそれぞれに適用している。マーク・ハイムもまた、キリスト教に由来する三位一体の概念を、宗教の 3 つの次元(非個人的、個人的あるいは偶像的、集団的)と理解した上で、この類型をキリスト教以外の宗教にも適用した考察を行っている。

    宗教のフラクタル的解釈は、厳密な意味では同じではないが、不規則的な相似性を有する諸宗教が、互いに理解し、学びあうための有効な理論となりうる。また、同じ宗教内でも異なる伝統や学派に連なる他者との結びつきを見出し、新たな解釈を生み出していく可能性も秘めている。

    2 2016 年度後期 アジア仏教文化研究センター主要活動報告

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    ペリー・シュミット・ルンケル氏

    国際シンボジウムの討論会

    討論会の報告者ら

  • 2016 年秋、前期に引き続き龍谷大学と上智大学、京都大学が提携し、グリーフケア公開講座「悲しみを生き抜く力」が開講された。龍谷大学世界仏教文化研究センター応用研究部門は、当講座(全 16 回)の運営に携わり、参加者と共に悲嘆の受けとめ方や悲しみとの関わり方を考えてきた。ここでは秋期8 回の講座内容の一部を報告する。

    9 月 27 日「悲嘆力—悲嘆を乗り越える力—」髙木慶子先生(上智大学グリーフケア研究所特任所長) 

    「悲しみは恵み」であるとの逆転の発想が「悲嘆力」において重要との提案がなされ、苦しい状況の中に置かれた自分自身の力を信じて乗り越えることができるという、新たな視点によってグリーフケアの意義を再確認した。10 月 4日「心を病む子どもたち」

    水谷修氏(水谷青少年問題研究所所長、花園大学客員教授)心の病にはまず身体を健全にすることが必要であり、それと

    同時に子どもたちが何に悩み、その原因が何なのかを受け止め、根本を治療しなければ解決しない。それを治療できるのは科学でも薬でもなく人間同士のぶつかり合いや宗教など、倫理を超えたものであることが訴えられた。少年少女の非行や薬物問題、自傷行為の問題に人生を捧げてきた氏の言葉は重く響いた。10 月 11 日「高山右近の苦悩と殉教への歩み」

    大塚喜直氏 (カトリック京都司教)日本カトリック司教協議会は列聖運動を推進しており、日本

    では初めて単独の「福者」(聖人の前段階)として高山右近が認定された。本講座では、激動の時代を生きた高山右近の生涯とその苦悩から、これまであまり知られてこなかった「殉教」というものの意味を学び、苦しみをいかに捉え、いかに生き抜くかについて、キリスト教の視点から理解を深めた。10 月 25 日「妻として・女優として〜夫・大島渚と過ごした日々〜」

    小山明子氏 (女優、エッセイスト)脳出血で倒れた映画監督・大島渚を死まで支えた妻の小山

    氏。女優として活躍するなかで夫の病は大きな転機であり、その後うつになった小山氏は、深い苦しみを経験するが、自分自身の姿・有り様への気づきと、日常生活のなかに楽しさや喜びや美を認めることで変わっていったという。自身の体験のなかから、日常の大切さと相手を尊重することが大切であることが語られた。11 月 15 日「夢見る心に宿るもの」

    永田萠氏(イラストレ―ター、京都市こどもみらい館館長)宗教家や看護師あるいは医者といった専門家でなくともグ

    リーフケアに関わることができた講座であった。自分の分野でできる表現や実践法を見出していくことの大切さや自分なりに人に手を差し伸べることができることを学んだ。また、様々な感情を表現したイラストによって感情表現やその奥深さを知ることができた。11 月 22 日「臨床で考える悲嘆」

    徳永進氏 (医師、ノンフィクション作家、野の花診療所所長)鳥取県の医師として様々な体験を重ねてきた氏が、実際の医

    療現場の写真と共に「悲嘆」について考えていることを話された。氏によれば、「悲嘆」を和らげるのはどうすれば良いかに対する答えは一つではなく、また一般的なものものないという。また、「共感」といった言葉は表層的になりがちだが、「共感」はできないけれど一人ぼっちにはしない工夫、そうしようと実践することが「共感」であり、言葉を深く受け止め行動することが本当に相手の気持ちに触れることであると学んだ。12 月 6日「佛教に聞く 悲しみと喜び」

    大谷光真氏 (浄土真宗本願寺派 第 24 代前門主(前門主))宗教が違っても悲しみをいかに受けとめるかがが重要であ

    り、グリーフケアという一つも目的に向かって力を合わせることは可能であるとの提言がなされ、仏教における悲嘆と救いの物語を学んだ。また学生 2 名からの質問を受け、身近なところでのグリーフの経験はないが、仏教の教えにある通り、明日は我が身かもしれない、そういう思いで準備をする、勉強をするという講師の姿勢が印象的であった。12 月 13 日「悲しみに寄り添う」

    柏木哲夫氏(淀川キリスト教病院理事長、大阪大学名誉教授) 日本で 2 番目に開設された

    ホスピスを置く病院の理事長であり、緩和ケア医療の第一人者である柏木氏。本講座では、「悲嘆」に対する基本的考察と 2500 人を看取った経験から、医療者としての「支える」から、もう一歩先の「寄り添う」ことの意義を話された。ホスピスの現場においては、通常の悲嘆と病的な悲嘆は異なっており、悲嘆のプロセスは千差万別で 医学的には捉えきれないという。そこにホスピスの役割があり、また、遺族の気持ちを理解する営みが重要であると提起された。そこでは医療だけでは限界があり、遺族のグループが重要な役割を担っており、こうしたグループが年々増えてきていることも紹介された。

    【グリーフケア公開講座をふり返って】悲嘆をいかに受容し、いかに関わるかは、宗教者や医療関係

    者などの専門家だけではなく、誰もが出会う可能性のある問いである。京都と東京の仏教系大学とキリスト教系大学の連携は、今までにない取り組みであったが、そのような形で現代を生きる人々へ直接問いかけ、訴え、そして声を聴くことができた本講座が開催できたことの意義は大きい。

    本講座は来年度春(2017 年 5 月〜 6 月)も開催予定である。詳細は、世界仏教文化研究センター HP をご覧いただきたい。

    http://rcwbc.ryukoku.ac.jp/

    4 世界仏教文化研究センター応用研究部門主要活動報告

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  • グループ 1 ユニット B(近代日本仏教と国際社会)では、2016年 12 月 7 日(水)に第 3 回ワークショップ「鈴木大拙夫妻を解読する―研究の現状に関するラウンドテーブル―」を開催した。鈴木大拙は近代以降の日本仏教の国際化を代表する人物であるが、その研究状況は近年、国内外で新たな展開を見せている。本ワークショップでは、その最新の研究成果について、新資料の紹介も含めた議論がなされた。ジェイムズ・ドビンズ氏(オーバリン大学)、リチャード・M・ジャフィ氏(デューク大学)、ジュディス・スノドグラス氏(西シドニー大学)、ウェイン・ヨコヤマ氏(花園大学)らが各自の研究報告を行い、吉永進一氏(舞鶴工業高等専門学校)らの司会のもと、活発な議論が行われた。

    グループ 2 ユニット A(現代日本仏教の社会性・公益性)では、2017 年 2 月 27 日(月)に第 4 回ワークショップ「仏教者による対人支援の現在」を開催した。福井智行氏(自死に向きあう関西僧侶の会代表)と猪智喜氏(高野山真言宗 心の相談員)がそれぞれ、仏教者としての立場から、自死者の遺族や希死念慮者の相談やケアに携わってきた自らの経験について語った。また、それぞれの経験が、各宗派の仏教教義に照らしてどのような意味を持ちうるのかについて、他の参加者からの意見もふまえ討議がなされた。

    なお本ユニットでは、野呂靖氏(龍谷大学文学部講師)と竹本了悟氏(浄土真宗本願寺派総合研究所研究員)が中心となり、同様の活動を行っている各宗派の僧侶に対するインタビュー調査を継続的に実施しており、またタイやスリランカでの仏教者による対人支援の実態に関する調査も進めている。その成果は次年度以降、各国の仏教者を招いた国際シンポジウムの開催や、調査報告書の刊行といったかたちで公にしていく予定である。

    グループ 2 ユニット B(多文化共生社会における日本仏教の課題と展望)では、10 月 12 日(水)に第 2 回ワークショップ「『歎異抄』の翻訳を通してみた親鸞思想―イスラーム学者の視点から―」を開催した。報告を行ったアボルガセム・ジャーファリー氏(コム宗教大学専任講師)は、『歎異抄』をペルシャ語に訳したイランのイスラーム学者である。今回はその翻訳の経験を活かし、『歎異抄』に表現された親鸞思想に、イスラーム思想などとの共通性を探る試みが行われた。これにより、現状ではあまり進んでいない、仏教とイスラームそれぞれの専門家の間での宗教間対話の試みを推進するための、議論の基本的な枠組みについて考察することができた。

    また、10 月 27 日(木)には同ユニットの第 3 回ワークショップ「現代真宗とジェンダー―教団・寺院・女性―」が開催された。池田行信氏(浄土真宗本願寺派慈願寺住職)と横井桃子氏(関西学院大学社会学部非常勤講師)が、現代の真宗教団における女性の位置や役割について、フィールド調査からの知見などに基づき報告し、参加者らと討論を行った。

    3 2016 年度後期 アジア仏教文化研究センター主要活動報告

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    鈴木大拙に関するワークショップ アボルガセム・ジャーファリー氏

    横井桃子氏

  • グループ 1 ユニット A(日本仏教の形成と展開)では、2016年 9 月 5 日(月)〜 12 日(月)の 8 日間にわたり、中国江南地域において、日宋間の交流に重要な役割を果たしたと考えられる仏教寺院および関連の石窟寺院や博物館の調査を行った。以下では、この調査の概要を報告する。

    調査を行ったメンバーは、野呂靖氏(龍谷大学文学部講師)、大谷由香氏(龍谷大学非常勤講師)、西谷功氏(泉涌寺心照殿

    学芸員)、打本和音氏(センター RA)である。本ユニットでは、日本仏教の教理的・文化的な展開について

    研究を進めており、今回はその一環として、日本仏教の形成にきわめて重要な影響を与えた南宋の仏教文化、すなわち江南地域(寧波、台州、杭州)に所在する天台、華厳、律関係の寺院について、地域的な状況や美術・文物など、総合的な観点からの調査を行った。

    なかでも、延慶寺、阿育王寺、天童寺、天台山諸寺院、能仁寺、霊隠寺、高麗寺、霊芝寺(跡)といった、隋唐時代から知られる寺院や宋代に建立あるいは重視された五山十刹寺院を中心に、鎌倉期の入宋僧との交渉に留意しつつ調査を進めた。入宋僧が訪れた場所を、寺院や仏跡を中心に踏破し、彼らが目撃したはずの文物を確認したのである。

    今回の調査では、特に、従来は所在不明であった「日山南山寺」と「東掖山白蓮寺」の所在地の特定に成功した。堀や門の礎石のみが残る場所もあり、今後さらなる調査が必要ではあるが、僧侶たちの活動実態を知るうえで重要な発見と言える。

    入宋僧たちは帰国後、中国での体験を踏まえて、寺院を新たに建立し、宋代の新しい仏教文化や行儀作法を日本に紹介している。そして、彼らが宋代仏教を紹介したことにより、鎌倉期には新しい仏教の動きが引き起こされた。

    従来、平安・鎌倉期の日本仏教に南宋仏教が少なからぬ影響を与えていることについては、たびたび指摘がなされてきた。しかし、個別の教理・思想や美術に即した具体的な検討は、十分になされてこなかった。

    本調査によって、入宋僧による現地寺院との交流や、文物往来の実態など、文献のみでは明らかにしがたい事象が確認された。したがって今回、南宋仏教者たちが置かれていた地理的環境の基礎情報が整理されたことは、今後の本ユニットにおける日宋間の交流を視野に入れた継続的な研究遂行にあたって、基礎的な調査になったものと位置づけることができる。

    1 2016 年度後期 アジア仏教文化研究センター主要活動報告

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    延慶寺の前で

    石梁瀑布

    赤城山紫雲洞