職場におけるうつ病スクリーニング後の インター …behavioral therapy after...

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.緒  言 うつ病に対する対面での個人認知行動療法 CBT)は,プラセボに対しての有効性がエビ デンスとして示されている[1]。一方,対面での CBT を時間的あるいは物理的制約等のために受 けることができない人々に対して,インターネッ ト上のコンピュータープログラムで CBT を提供 〔千葉医学 93143 1502017千葉大学大学院医学研究院認知行動生理学 Ryoko Imaizumi, Remi Noguchi and Eiji Shimizu. A preliminary study of the feasibility of internet cognitive behavioral therapy after screening for depression in the workplace. Department of Cognitive Behavioral Physiology, Graduate School of Medicine, Chiba University, Chiba 260-8670. Phone: 043-226-2027. Fax: 043-226-2028. E-mail: [email protected] Received November 29, 2016, Accepted February 15, 2017. 〔 原著 〕 職場におけるうつ病スクリーニング後の インターネット認知行動療法の実施可能性に関する予備的研究 今 泉 良 子  野 口 玲 美  清 水 栄 司 20161129日受付,20172 15日受理) 要  旨 【目的】職場の WEB 上での質問紙スクリーニングで,対象となったメンタルヘルス不調者に対 して実施する,産業カウンセラー(カウンセラー)によるアシスト付きインターネット認知行動療 法(ICBT)の結果が示す「症状改善効果」と「支援に要する必要時間」の観点から,実現可能性 を明らかにすることを目的とした。 【方法】企業 A 社の全職員(211名)を対象に, WEB 上で抑うつ尺度(PHQ-9)と不安尺度(GAD-7を用いたスクリーニングを行い,PHQ-9 10点以上のうつ病を疑われた職員に,12週の ICBT プロ グラムへの参加を提案,面接での同意者に実施した。精神科医のスーパービジョンのもと,カウン セラーがアシストした時間を,対面面接時間・WEB 上の内容確認・電子メール対応に要した時間 として算出した。 【結果】回答者111名中21名(18.9%)が PHQ-9 10点以上であり, 13名が面接を受けた。しかし, 4 名は既に問題解決し, 9 名から ICBT に参加の同意を得たが,軽症の 6 名は全くアクセスしなかっ た。完遂した残り 3 名の中,ケース 1 は,10時間介入後 PHQ-9 8 点から 3 点まで改善し,ケー 2 13.5時間介入後20点から12点まで改善した。ケース 3 は,7 章まで 5 時間の介入を行ったが, 本人が PHQ-9 へ無回答のため,15点からの改善の程度は不明であった。 【結論】職場のメンタルヘルス不調者に対するアシスト付き ICBT は,産業カウンセラーによっ て面接場所を選ばず比較的短い対応時間でうつ症状の改善がみられた。今後,アシスト付き ICBT に関して,更に被験者数を増やし,症状改善と支援時間等の観点から,実現可能性の検討を継続的 に行っていく必要がある。 Key words: WEB スクリーニング,うつ病, PHQ-9,認知行動療法(CBT), ICBT(プログラム) 略語一覧: CBT: cognitive behavioral therapy, ICBT: internet cognitive behavioral therapy, PHQ-9: Patient Health Questionnaire-9, GAD-7: Generalized Anxiety Disorder-7, M. I. N. I: 精神 疾患簡易構造化面接法

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Ⅰ.緒  言

 うつ病に対する対面での個人認知行動療法(CBT)は,プラセボに対しての有効性がエビ

デンスとして示されている[1]。一方,対面でのCBTを時間的あるいは物理的制約等のために受けることができない人々に対して,インターネット上のコンピュータープログラムでCBTを提供

〔千葉医学 93:143~ 150, 2017〕

千葉大学大学院医学研究院認知行動生理学Ryoko Imaizumi, Remi Noguchi and Eiji Shimizu. A preliminary study of the feasibility of internet cognitive behavioral therapy after screening for depression in the workplace.Department of Cognitive Behavioral Physiology, Graduate School of Medicine, Chiba University, Chiba 260-8670.Phone: 043-226-2027. Fax: 043-226-2028. E-mail: [email protected] November 29, 2016, Accepted February 15, 2017.

〔原著〕 職場におけるうつ病スクリーニング後のインターネット認知行動療法の実施可能性に関する予備的研究

今 泉 良 子  野 口 玲 美  清 水 栄 司

(2016年11月29日受付,2017年 2月15日受理)

要  旨

 【目的】職場のWEB上での質問紙スクリーニングで,対象となったメンタルヘルス不調者に対して実施する,産業カウンセラー(カウンセラー)によるアシスト付きインターネット認知行動療法(ICBT)の結果が示す「症状改善効果」と「支援に要する必要時間」の観点から,実現可能性を明らかにすることを目的とした。 【方法】企業A社の全職員(211名)を対象に,WEB上で抑うつ尺度(PHQ-9)と不安尺度(GAD-7)を用いたスクリーニングを行い,PHQ-9が10点以上のうつ病を疑われた職員に,12週の ICBTプログラムへの参加を提案,面接での同意者に実施した。精神科医のスーパービジョンのもと,カウンセラーがアシストした時間を,対面面接時間・WEB上の内容確認・電子メール対応に要した時間として算出した。 【結果】回答者111名中21名(18.9%)がPHQ-9で10点以上であり,13名が面接を受けた。しかし,4名は既に問題解決し,9名から ICBTに参加の同意を得たが,軽症の 6名は全くアクセスしなかった。完遂した残り 3名の中,ケース 1は,10時間介入後PHQ-9が 8点から 3点まで改善し,ケース 2は13.5時間介入後20点から12点まで改善した。ケース 3は,7章まで 5時間の介入を行ったが,本人がPHQ-9へ無回答のため,15点からの改善の程度は不明であった。 【結論】職場のメンタルヘルス不調者に対するアシスト付き ICBTは,産業カウンセラーによって面接場所を選ばず比較的短い対応時間でうつ症状の改善がみられた。今後,アシスト付き ICBTに関して,更に被験者数を増やし,症状改善と支援時間等の観点から,実現可能性の検討を継続的に行っていく必要がある。

 Key words: WEBスクリーニング,うつ病,PHQ-9,認知行動療法(CBT),ICBT(プログラム)

 略語一覧 : CBT: cognitive behavioral therapy, ICBT: internet cognitive behavioral therapy, PHQ-9: Patient Health Questionnaire-9, GAD-7: Generalized Anxiety Disorder-7, M. I. N. I: 精神疾患簡易構造化面接法

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する方法が世界的に検討されている。うつ病に対するインターネットを用いた ICBTについても,様々な試みの報告がなされ[2],症状改善効果があることが海外の先行研究のメタ解析で示されている[3,4]。しかし,その効果と提供方法については模索が続いているのが現状である[5]。 技術革新が進んで恒常的に多忙な職場では多くのメンタルヘルス不調者が出ることとなり,その適切な対応に迫られている[6]。日本では自殺者の 7割が男性で,多くは20代~60代の働き盛りである[7]。自殺の死亡動機の第一位は病気罹患で大部分はうつ病とされている[8]。 我々はインターネット上で提供する12セッションの ICBTプログラムを開発してきた。 本研究は職場において,WEB上の質問紙スクリーニングで対象となったメンタルヘルス不調者に対して,開発したICBTを用いた,産業カウンセラーによるアシストつきの ICBTが示す「症状改善効果」と「支援に必要な時間」の観点から,その実現可能性を明らかにすることを目的とした。

Ⅱ.方  法

◆対象者 本研究は日本の企業A社の正規雇用の全従業員(n=211)を対象として行った。研究開始に先立ち研究担当者はA社を訪れ本研究について説明を行い,全社で実施に関しての同意を得た。「全社を挙げて心の健康に取り組んでいく」姿勢が表明された。2013年 5月全職員のプログラム参加への興味・関心を高めるため,研究担当者はICBTについての説明を講演形式で行った。

◆WEBスクリーニング A社の正規雇用の全従業員(n=211)を対象に,WEB上で自己記入式のうつ病尺度PHQ-9及び不安症尺度GAD-7による,メンタルヘルスに関するスクリーニングを実施した。スクリーニングの結果PHQ-9が10点以上のうつ病の疑いのある者に対して,ICBTプログラムへの参加を促進した。精神科通院加療中の者であっても,現在出勤可能でWEB上でスクリーニングを受けることができる者は対象とした。

◆初回面接(ベースライン・アセスメント) PHQ-9が10点以上のうつ症状があり,案内に応じて来室した ICBTプログラム参加希望者に対して,精神科医 1名と産業カウンセラー 1名による初回面接(ベースライン・アセスメント)を行った。その際,PHQ-9・GAD-7・MINI・BDI-Ⅱを用いて,うつ病,不安障害,他の精神疾患の有無について確認した。脳の器質的障害,統合失調症などの精神病性障害,薬物依存,切迫した自殺の危険性を有する者,反社会的人格障害を有する者等の除外基準に当たる者の導入は除外した。本研究は千葉大学大学院医学研究院における倫理審査承認後に行われ,参加者からは研究に関する説明の後,書面での同意を得た。

◆評価尺度 本研究では以下の評価尺度を使用した。〈Ⅰ〉 PHQ-9: Patient Health Questionnaire-9「こ

ころとからだの質問票」(日本語版)[9] PHQ-9は 9項目の症状と 1項目の日常機能障害に関する質問からなる,うつ病を評価する自記式質問票版である。PHQ-9の 9項目は,DSM-Ⅳの大うつ病性障害の 9項目と同じ診断基準に対応して作られている。もともと米国で多忙なプライマリケア医が,短時間で精神疾患を診断・評価できるようにPRIME-MD(Primary Care Evaluation of Mental Disorder)が開発され,実施時間の短縮化のためにPRIME-MDの自記式質問票版PHQが開発された。PHQでは 8種類の日常みられる疾患の診断・評価ができ,その一部がPHQ-9である。現在ではPHQ-9はうつ病の診断や治療効果を見るために,欠かせない評価尺度になっている。〈Ⅱ〉 GAD-7: Generalized Anxiety Disorder 全般

性不安障害(日本語版)[9] GAD-7はPRIME-MDの 8種類の疾患の一つ,「全般性不安障害」の簡易アセスメントツールとして開発された自記式質問票版である。不安についての 7問と日常生活への影響度を問う 1問からなっている。 本研究ではPHQ-9・GAD-7を,WEBスクリーニング,初回面接,全12回の毎セッション,中間面接,介入終結時,3ヵ月後のフォローアップ面

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接の際に実施した。〈III〉M. I. N. I. 精神疾患簡易構造化面接法 MINI INTERNATIONAL NEUROPSYCHI-ATRIC INTERVIEW(日本語版)[10]M. I. N. I. は,DSM-Ⅳの主要な第Ⅰ軸精神疾患を診断するための簡易構造化面接法として作成され,十分に高い妥当性と信頼性を有し,短時間で施行可能となっている。本研究では,初回面接時にうつ病,不安障害,併発する疾患の有無を調べるために使用した。〈Ⅳ〉 BDI-Ⅱ: The Beck Depression Inventory-Ⅱ

【ベック抑うつ尺度】 BDI-Ⅱは,Aaron T. Beckにより生み出された21の質問からなる自記式質問票で,13歳以上を対象としている。うつ病の重症度の評価尺度として信頼性・妥当性も高く,最も広く利用されている。BDIには三つの版があり,オリジナルBDIは1961年に,第 2版は1978年に改訂版BDI-1Aが出された。BDI-Ⅱは第 2版の欠点を改め,DSM-Ⅳに一致する形で1996年に刊行された。 本研究では初回面接時と介入終結時に実施した。

◆ ICBTの手順 産業カウンセラーによるサポートは,週一回の頻度を基本とし,決められた曜日にWEB上で対象者のプログラムの進捗状況を閲覧した。PHQ-9・GAD-7のスコアと,その章の記述課題やホームワークをチェックし,予め会社に登録された対象者のメールアドレスに,肯定的で温かい,継続を促進するフィードバックを行った。可能な限り不安や不信のないよう努めることで,相互の信頼関係を保つように努めた。3回の促進メールに対して,プログラムの進捗あるいは応答がない場合を脱落とした。カウンセラーは毎週 1回精神科医によるスーパービジョンを受け,アシストのクオリティ・コントロールに努めた。

◆ ICBTプログラムの内容 本研究で使用したプログラムは「自分でできる認知行動療法-うつと不安の克服法」清水栄司著[11]をベースとして作成された。12週(章)からなるEラーニング形式のインターネットのセルフ

ヘルプ・プログラムで,毎週(章)の課題をホームワークとして自習し,段階的にCBTのスキルを身につけられるよう,下記の内容で構成されている。◕初級編(感情編)第 1週 : 感情をとらえよう(感情点数課題)第 2週 : 自分をほめよう(自己肯定課題)◕中級編(認知編)第 3週 : 考えをとらえよう(確信度課題)第 4週 : 別の考えを見つけよう(別の考え課題)第 5週 : 思考変化記録票を完成させよう(思考変

化記録表課題)第 6週 : 考えの 3つのパターンに注意しよう(パ

ターン注意課題)第 7週 : くよくよ考え続けるのをやめよう(反芻

そらし課題)◕上級編(行動編)第 8週 : 快い気分になる行動をしよう(行動活性

化課題)第 9週 : 回避行動を別の行動に変えよう(回避行

動変化課題)第10週 : 不安階層表を言葉にしてみよう第11週 : 不安に慣れよう(暴露課題)第12週 : 再発を防止しよう(再発防止課題)

◆介入効果の評価 介入効果の評価は介入前後のPHQ-9とGAD-7のスコアの変化を用い,初回面接,介入から介入終了までの毎回,中間面接,終結時,フォローアップ面接時に測定された。

◆ 産業カウンセラーが ICBTのアシストに費やした時間の算出 アシストに費やした時間の考え方は,初回面接は 2時間,中間・終結・フォローアップ面接は 1セッションを 1時間とし,進捗確認及びメール対応は 1回の応答を20分とした。

Ⅲ.結  果

◆WEBスクリーニングの結果 H25年 6月~ 7月にかけてPHQ-9とGAD-7を用いたWEBスクリーニングを実施。6月の最初

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◆ ICBTエントリー者 エントリーに同意した 9人の中 6名は,3週連続の開始促進メールに何の応答もないため,全くプログラムを利用しないまま離脱となった。離脱者 6名(男性 5名,女性 1名)はすべてMINIの診断名はついていなかった。

◆ 3名の継続者 残る 3名がプログラムを継続した。ケース 1は30代男性。MINIで全般性不安障害・現在,躁病エピソード・過去と診断された。ケース 2は40代男性で大うつ病エピソード・現在,大うつ病エピソード・過去,自殺危険度・低,神経性大食症・現在と診断された。ケース 3も40代男性で広場恐怖・現在,全般性不安障害・現在と診断された。3名は当初の想定とは異なり,軽症のうつ症状ではなかった。

◆ 3名の ICBTプログラム実施者の結果●ケース 1概要 30代男性。頑張った仕事の結果が予期せぬ事態に発展。ストレスから体調を崩し,メンタルクリニックを受診し適応障害と診断された。改善しないため転院し躁うつ病の診断を受け,現在も薬物治療中である。今一つ意欲が出ず,会社も時々休んでいる状態であった。今回の ICBTプログラムの件をかかりつけの主治医に相談したところ,主治医も認知行動療法を受けることに賛同。初回面接時のMINIによる構造化面接で「全般性不安障害・現在」,「躁病エピソード・過去」とされた。経過 全12章の ICBTプログラムを14週で完遂した

のスクリーニング参加者は,登録された全職員211名(n=211)の27.0%で57名(n=57)と回答率が低く,PHQ-9が10点以上の該当者は11名(実施者数に対する割合19.2%)であった。A社にその結果を報告,1ヵ月後の 7月に 2回目を実施した。 結果は実施者数111名(n=111)で52.6%であった。この中PHQ-9が10点以上の該当者は21名(実施者数に対する割合18.9%)で,21名の内訳は男 : 12名(10.8%),女 : 4名(3.6%),無回答 : 5名(4.5%)であった。 尚,初回及び 2回目のスクリーニング時に,性別に関する男女の内訳の開示はなかった。

◆ 対面面接(ベースライン・アセスメント)の結果 ICBTプログラム「心と身体の健康プログラム」の案内状の形で,21名の該当者に初回面接を促すメールを送信した。21名中12名が初回面接を受けに来室,1名は地方事業所勤務者で 2ヵ月後の面接となった。13人の年齢構成は40代 6名,50代 3名,30代 3名,20代 1名で,40代がほぼ半数を占め,男女比は,男性11名 : 女性 2名であった。 13名の中,3人はMINIによる診断がつかず,困り事の問題も解決したという理由で辞退した。又,1人はMINIによる大うつ病エピソードの診断で,精神科医と相談の上医療機関を紹介することとなり,エントリーを辞退した。4人の辞退者を除いた 9人には,ICBTプログラムの介入研究の説明を行い,9人全員から参加の同意を書面で得た。

表 1 WEBで実施したスクリーニング

従業員数 実施者数 全従業員中,実施者の割合

実施者中,PHQ-9が10点以上の人数

実施者中,PHQ-9が10点以上の割合

初回6月実施 211名 57名 27.0% 11名 19.2%2回目

7月実施 211名 111名 52.6% 21名

(男12名,   女 4名,   無回答 5名)

18.9%

(男10.8%,  女3.6%,  無回答4.5%)

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ケースである。最初は順調にプログラムをこなしていたが,途中 5・ 6・ 7章で滞りがちになり,体調不良がプログラムの記載内容からも窺えた。カウンセラーからメールで中間面接を提案,本人から受理され実施した。体調不良は繁忙期による残業時間と仕事量の増加に由来するものであることが語られた。再度きっかけとなる体調不良が起きた時の状況を詳しく伺い,共感的に傾聴し受け止めることに努めた。メンタルクリニックに通院しながら,仕事に家庭に,そして ICBTにも取り組まれていることに,カウンセラーから感謝の意を表し肯定的に評価した。終りに,中間から終盤の内容についての心理教育を行い,最終面接の時期を予告し,継続を支援する旨伝えた。体調不良のため無回答が 2回あったが,その後 2回分まとめて進めて完遂に至った。結果 ケース 1のうつ・不安症状の介入効果として,介入前のPHQ-9は 8- 1点,GAD-7は 7- 1点であったが,終結時には 3- 1点,1- 1点ま

で夫々改善した。3ヵ月フォローアップ時には,PHQ-9は 3- 1点,GAD-7は 0- 0点で改善が維持された。又,BDI-Ⅱは,介入前の22点が 3ヵ月フォローアップ時に12点まで改善していた。 ケース 1のアシストにカウンセラーが費やした時間は10時間(面接 4時間+WEBメール対応 6

表 2 ICBTプログラム登録者と実施結果

性別・年代 介入前PHQ-9,GAD-7

①介入後② 3ヶ月FUPHQ-9,GAD-7

BDI-Ⅱ前,後 M. I. N. I. ICBT

達成度

男・30代ケース 1

8- 1, 7- 1 ① 3- 1, 1- 1② 3- 1, 0- 0

22,12 全般性不安障害現在,躁病エピソード過去

12週達成

男・40代ケース 2

20- 1,12- 1 ①12- 0, 5- 0 23, 大うつ病エピソード現在,大うつ病エピソード過去,神経性大食症現在

12週達成

男・40代ケース 3

15- 2,11- 2 ①記載なし 22, 全般性不安障害現在,広場恐怖現在

7週達成

●初回面接時に ICBTに同意したが,全くアクセスなしの者男・50代 10- 1,10- 0 無応答 22, 該当なし なし男・50代 10- 1, 4- 1 無応答 17, 該当なし なし男・40代 12- 0, 5- 0 無応答 15, 該当なし なし男・30代 9- 1,10- 1 無応答 11, 該当なし なし男・40代 6- 0, 2- 0 無応答 14, 該当なし なし女・20代 10- 1,11- 1 無応答 22, 該当なし なし

●初回面接時に問題解決,又は医療機関紹介により,ICBTを適用せずの者男・50代 3- 0, 3- 0 適用せず - M. I. N. I. 実施せず 辞退男・40代 3- 0, 4- 0 適用せず 7, 該当なし 辞退女・30代 10- 1,11- 1 適用せず 22, 該当なし 辞退男・40代 8- 1, 6- 1 適用せず 23, 大うつ病エピソード現在

(メランコリー型の特徴を持つ)

辞退

図 1 ケース 1症状改善図

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グラム完遂までよく頑張られたことを労い評価した。更に,ケース 2から青少年時代に形成された否定的な中核信念が吐露され,受容的に傾聴したところ,ケース 2はこれまでの ICBTプログラムの応用として認知の歪みであることを理解した。結果 介入前のPHQ-9は20- 1,GAD-7は12- 1であったが,終結時はPHQ-9が12- 0,GAD-7が 5- 0と改善を見た。ケース 2でカウンセラーが ICBTのアシストに費やした時間は13.5時間であった。内訳は面接3.5時間(初回面接 2時間+電話カウンセリング1.5時間)とメール対応(対応回数30回)10時間であった。●ケース 3概要 40代男性。仕事と家庭のストレスで体調を崩し, 3ヵ月前にそれまで内服していた向精神薬(抗不安薬)を中止。ラッシュ時等の人混みが苦手で朝早く出社していた。 介入前のPHQ-9は15- 2点,GAD-7は11- 2点で,MINIによる構造化面接は「全般性不安障害・現在」,「広場恐怖・現在」とされた。経過 初回面接の案内に対して丁寧な了承の返事が送られてきた。1回目のメールで,第 1・ 2章を既に自主的・積極的に取り組まれていた姿勢に対し賛辞を送った。翌週の第 3章は課題のみで,PHQ-9・GAD-7への回答はなかった。課題への肯定的コメントをし,毎週PHQ-9・GAD-7の尺

時間)であった。面接 4時間(初回 2時間,中間1,終結 1時間)とメール対応 6時間(応答回数18回で 1回20分)として合計10時間であった。●ケース 2概要 40代男性。地方支店所属。転勤の話を契機に体調不良となる。その後転勤が正式に決まったため,本人とカウンセラーで日時を決め,初回面接2時間を実施した。 介入前のPHQ-9は20- 1点,GAD- 7は12- 1点であった。MINIによる構造化面接で「大うつ病エピソード・現在」,「大うつ病エピソード過去」,「自殺危険度・低」,「神経性大食症」とされた。経過 全12章のプログラムを完遂したが,新しい赴任先で環境調整や年度末の繁忙期等の事情が重なり,開始から終結まで 6ヵ月を費やした。ケース2の特徴は,プログラムの章毎の課題に対してカウンセラーが送ったコメントに対し,都度自分の考え・心身の状態・職場環境などの内容の返信があったことである。カウンセラーはこの返信に毎回肯定的に直ぐに返答した。ケース 2は新天地で着任 1ヵ月後に ICBTプログラムを開始し,4章までを順調に進めたがその後職場の繁忙期に突入した。課題の進捗はあったがPHQ-9・GAD-7の回答がないなど,多忙のためどちらか一方をやるのが精一杯だと理解し,毎週 2回ずつのメール対応をした。セッションの課題では,思考記録表に根底にある否定的な中核信念が記載された。進捗が滞りがちな時期にカウンセラーから中間面接を提案したが,多忙で実施困難という返答で断念した。代わりにメールで心理教育を行いながら,理解者の存在を伝えた。最繁忙期にはセッションへのアクセスが全く途絶えた。8章までで脱落する可能性が高まったため,カウンセラーから「PHQ-9・GAD-7の回答だけでも継続して欲しい」と依頼し,2週に 1度PHQ-9・GAD-7だけの回答が1.5ヵ月程度続いた。繁忙期が終わったのかその後は自ら ICBTを再開し,9章から最終の12章まで順調に進んだ。終結方法として,遠方でもケース 2の状態を確認出来る電話カウンセリングを90分行い終結となった。電話カウンセリングでは,カウンセラーから転勤後の厳しい職場環境の中,プロ

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PHQ 9 GAD

図 2 ケース 2症状改善図

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時間の確保を,職場として常態化する必要があると考察された。 アシスト付き ICBTは全く支援をしないセルフヘルプ式の ICBTと比べれば,時間的には手厚いメール対応などの支援をしていた。 Wrightら[2]は,うつ病のコンピュータのアシスト付き認知療法(computerized CT,以下CCTとする)に関する研究において, 9セッションを8週間で実施し,第一セッション50分はセラピストが対面で行い,2回目からの 8セッションは前半25分をセラピストとの対面で,後半の25分をコンピュータCTとして行った結果,ハミルトンうつ病評価尺度17項目での症状改善効果に於いて,対面での個人認知行動療法群と比べ,全く差がないことを示し,セラピストの時間も対面式と比べ半分に短縮したと報告している。 一方,Soら[5]はうつ病の ICBT,CCBTの臨床試験に関してのメタ解析を行い,該当研究の50%以上が許容脱落率(20%)を超えており,有意に高い脱落率であったこと,ICBT・CCBTは短期的な症状改善効果がみられるものの,長期的なフォローアップでの効果や機能的な改善については有意でないことを報告し,ICBT・CCBTのアシストの方法が多様すぎることから更なる研究の必要性を示唆している。ちなみに彼らのメタ解析では上述したWrightら[2]の研究は,アシストが手厚すぎるということで除外されている。 今後も ICBTについては対応するカウンセラーのアシストの支援時間を含む方法論の確立に向けて,更なる研究が必要とされている。

Ⅴ.結  論

 職場のメンタルヘルス不調者に対するインターネット認知行動療法は,産業カウンセラーによって,面接場所を選ばず,比較的短い対応時間で,うつ症状の改善がみられた。今後はアシストつきのインターネット認知行動療法に関して,更に被験者数を増やし,症状改善と支援時間などの観点からの実現可能性の検討を継続的に行っていく必要がある。

度の回答も依頼した。第 4章が未実施のため継続促進メールを送信,翌日第 4章が実施され,次の日第 5章が送られてきたが,双方ともPHQ-9・GAD-7への回答はなかった。第 5章は認知再構成の章で,ケース 3の場合“別の考え”をすることで通常とは逆に,抑うつに関する感情の点数が悪化していた。カウンセラーがそのことに気づき,点数の記載間違いではないかと確認すると,ケース 3から直ぐに間違いではないという返信を得,その後 6回のメールのやり取りを行った。ケース 3は第 6章・第 7章を終えたところで中級編の「認知編」をやり終えたということもありICBTは終結となった。結果 第 7章で終結した事例である。12章の完遂が無理な場合は必要に応じ 7章まででも良いと説明されていた。 ケース 3でカウンセラーが ICBTのアシストに費やした時間は 5時間(初回面接 1時間+メール対応12回 4時間)であった。初回面接時PHQ-9は15- 2点,GAD-7は11- 2点であったが,その後は毎回の依頼にも拘らず最後までPHQ-9とGAD-7への回答がなされず,症状の改善については判定不能であった。

Ⅳ.考  察

 参加した 3ケースについては,ケース 1が介入前のPHQ-9が 8点から 3点に,ケース 2は20点から12点に夫々減少し,12章完遂した 2人に著明な症状改善がみられた。完遂に要した時間も,ケース 1は10時間,ケース 2は13.5時間と,標準的な対面での個人認知行動療法に要する時間と比べ短縮されていた。 ICBTの参加者として,当初は軽症あるいは閾値下のうつ症状を有する者を想定していたが,そのような対象者であった 6名は ICBTに同意したものの軽症のためか,又動機付けも乏しかったためか,プログラムには一度もアクセスしないまま離脱となった。勤務時間内での使用も想定したが,勤務中の多忙さや,又,疲れて帰宅して ICBTに取り組むことの困難さが十分推測された。ICBTの実施にあたっては,勤務内で行える

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3) Titov N, Andrews G, Davies M, McIntyre K, Robinson E, Solley K. Internettreatment for depression: a randomized controlled trial comparing clinician vs. technician assistance. PLoS One. 2010; 5: e10939. doi: 10.1371/journal.pone.0010939.

4) Andrews G, Cuijpers P, Craske MG, McEvoy P, Titov N. Computer therapy for the anxiety and depressive disorders is effective, acceptable and practical health care: a meta-analysis. PLoS One 2010; 5: e13196. doi: 10.1371/journal.pone.0013196.

5) So M, Yamaguchi S, Hashimoto S, Sado M, Furukawa TA, McCrone P. Is computerised CBT really helpful for adult depression?-A meta-analytic re-evaluation of CCBT for adult depression in terms of clinical implementation and methodological validity. BMC Psychiatry. 2013; 13: 113.

6) 自殺予防総合対策センター http://ikiru.ncnp.go.jp/index.html

7) 警察庁 自殺者数の統計 男女別・年齢別自殺者数(平成26年中)

http://www.t-pec.co.jp/statistics/suicide.html8) WHO 世界保健機構 メデイアセンター うつ病

http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs369/en/

9) Patient Health Questionnaire (PHQ-9, PHQ-15)日本語版およびGeneralized Anxiety Disorder-7日本語版 : up to date An up-to-date letter in the Japanese version of PHQ, PHQ-9, PHQ-15

10) The Mini-International Neuropsychiatric Interview (M. I. N. I.): the development and validation of a structured diagnostic psychiatric interview for DSM-IV and ICD-10

11) 清水栄司,自分でできる認知行動療法-うつと不安の克服法-,東京 : 星和書店,2010.

SUMMARY

The aim of this study was to examine the feasibility of internet cognitiveb behavioral therapy (ICBT) assisted by an industrial counsellor after WEB based screenings for depression in the workplace.

WEB based screenings for depression for all the employees (n=211) were made using PHQ-9 and GAD-7. The workers with 10 or greater PHQ-9 scores were asked to participate in twelve sessions ICBT. The counsellor examined the improvement of depressive symptoms and the time spent.

Among 111 employees who completed the screenings, 21 persons (18.9%) had 10 or greater PHQ-9 scores and 13 received the interview. However, 4 had already solved their problems and 6 with mild symptoms didn’t access ICBT at all. The rest of 3 completed ICBT. The PHQ-9 in case 1 was reduced from 8 to 3 through 10 hours support and in case 2 was from 20 to 12 through 13.5 hours support respectively. Though case 3 had 7 sessions, the PHQ-9 was from 15 to no answer through 5 hours support.

The results of the assisted ICBT by the industrial counsellor showed significant improvements on depressive symptoms. Further research about assisted ICBT for mental health promotion in the workplace is necessary.

文  献

1) Dobson KS. A meta-analysis of the efficacy of cognitive therapy for depression. J Consult Clin Psychol 1989; 57: 414-9.

2) Wright JH, Wright AS, Albano AM, Basco MR, Goldsmith LJ, Raffield T, Otto MW. Computer-assisted cognitive therapy for depression: maintaining efficacy while reducing therapist time. Am J Psychiatry 2005; 162: 1158-64.