〈道徳〉...

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1 本校では、平成29・30年度の2カ年にわたり、大垣市教育委員会の研究指定を受け、考え、議 論する『特別の教科 道徳』の実施に向けた授業改善プロジェクト事業を実施してきた。本研究は、 今年度担任した1年生の児童と、昨年度担任した2年生の児童の実態から、低学年における自己を見 つめる道徳教育について、仲間と考え、議論することに重きを置き取り組んだ、実践的な研究である。 実践をもとに、①導入、②発問、③交流活動の在り方、④授業形態の工夫、の4つの研究内容につ いて、児童の様子や発言内容等の変容からその有用性を検証した。この結果から成果と課題について 分析したことをもとに、今後も道徳授業の充実を目指すとともに、児童がより自己理解を深められる よう、研究を進めていきたい。 1.主題設定の理由 (1)学習指導要領より 道徳の教科化に伴い、学習指導要領が改訂さ れた。小学校では、平成32年度からの全面実施 に向けて、平成30年度から、先行実施されてい る。本校では、大垣市教育委員会からの研究指定 を受け、平成29年度から、研究を進めてきた。 新しく変わる道徳について、研究を進めるに当 たり、まず学習指導要領を確認した。 第1章 総則の「第1 教育課程編成の一般 方針」の2には、 と記載されている。道徳科が、道徳教育の要とな る大切な教科であることが分かる。 その上で、道徳科の目標は、以下のように記述 されている。道徳の授業において、自己を見つめ、 自己を正しく理解し、さらに、自己の生き方を考 えることが必要であると言える。 (2)児童の実態より 今年度担任している、1年2組(35名)の児 童の、日頃の様子を見てみると、よくないことを しても、①それを素直に認められなかったり、② 時間が経つと忘れてしまったり、③価値と日常 生活とが、結びついていなかったりと、正しく自 己を見つめられていない。 ①素直に認められないついては、よくないこ とをしてしまったことよりも、それを認め、反省 する気持ちが大切であることに気付かせること が必要であり、自分の言葉で表現していくこと や、友達に伝える中で共感してもらう等の経験 が大切であると考えた。 ②時間が経つと忘れてしまう、③価値と日常 が結びついていないについては、そのような日 常の問題や、その時の心情について、振り返る機 会が少ないからであり、そのような機会として も、道徳の授業が適切な場であると言える。発達 〈道徳〉 仲間と考え、議論することができる道徳授業の創造 ~低学年における、自己を見つめるとは~ 大垣市立宇留生小学校 教諭 村瀬 実希 概要 第1章総則の第1の2に示す道徳教育の目 標に基づき,よりよく生きるための基盤とな る道徳性を養うため,道徳的諸価値について の理解を基に,自己を見つめ,物事を多面的・ 多角的に考え,自己の生き方についての考え を深める学習を通して,道徳的な判断力,心 情,実践意欲と態度を育てる。 学校における道徳教育は,特別の教科であ る道徳(以下「道徳科」という。)を要とし て学校の教育活動全体を通じて行うもので あり,道徳科はもとより,各教科,外国語活 動,総合的な学習の時間及び特別活動のそれ ぞれの特質に応じて,児童の発達の段階を考 慮して,適切な指導を行わなければならな い。

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本校では、平成29・30年度の2カ年にわたり、大垣市教育委員会の研究指定を受け、“考え、議

論する『特別の教科 道徳』の実施に向けた授業改善プロジェクト事業”を実施してきた。本研究は、

今年度担任した1年生の児童と、昨年度担任した2年生の児童の実態から、低学年における自己を見

つめる道徳教育について、仲間と考え、議論することに重きを置き取り組んだ、実践的な研究である。 実践をもとに、①導入、②発問、③交流活動の在り方、④授業形態の工夫、の4つの研究内容につ

いて、児童の様子や発言内容等の変容からその有用性を検証した。この結果から成果と課題について

分析したことをもとに、今後も道徳授業の充実を目指すとともに、児童がより自己理解を深められる

よう、研究を進めていきたい。

1.主題設定の理由

(1)学習指導要領より 道徳の教科化に伴い、学習指導要領が改訂さ

れた。小学校では、平成32年度からの全面実施

に向けて、平成30年度から、先行実施されてい

る。本校では、大垣市教育委員会からの研究指定

を受け、平成29年度から、研究を進めてきた。

新しく変わる道徳について、研究を進めるに当

たり、まず学習指導要領を確認した。 第1章 総則の「第1 教育課程編成の一般

方針」の2には、 と記載されている。道徳科が、道徳教育の要とな

る大切な教科であることが分かる。 その上で、道徳科の目標は、以下のように記述

されている。道徳の授業において、自己を見つめ、

自己を正しく理解し、さらに、自己の生き方を考

えることが必要であると言える。

(2)児童の実態より

今年度担任している、1年2組(35名)の児

童の、日頃の様子を見てみると、よくないことを

しても、①それを素直に認められなかったり、②

時間が経つと忘れてしまったり、③価値と日常

生活とが、結びついていなかったりと、正しく自

己を見つめられていない。 ①素直に認められないついては、よくないこ

とをしてしまったことよりも、それを認め、反省

する気持ちが大切であることに気付かせること

が必要であり、自分の言葉で表現していくこと

や、友達に伝える中で共感してもらう等の経験

が大切であると考えた。 ②時間が経つと忘れてしまう、③価値と日常

が結びついていないについては、そのような日

常の問題や、その時の心情について、振り返る機

会が少ないからであり、そのような機会として

も、道徳の授業が適切な場であると言える。発達

〈道徳〉

仲間と考え、議論することができる道徳授業の創造

~低学年における、自己を見つめるとは~

大垣市立宇留生小学校 教諭 村瀬 実希

概要

第1章総則の第1の2に示す道徳教育の目

標に基づき,よりよく生きるための基盤とな

る道徳性を養うため,道徳的諸価値について

の理解を基に,自己を見つめ,物事を多面的・

多角的に考え,自己の生き方についての考え

を深める学習を通して,道徳的な判断力,心

情,実践意欲と態度を育てる。

学校における道徳教育は,特別の教科であ

る道徳(以下「道徳科」という。)を要とし

て学校の教育活動全体を通じて行うもので

あり,道徳科はもとより,各教科,外国語活

動,総合的な学習の時間及び特別活動のそれ

ぞれの特質に応じて,児童の発達の段階を考

慮して,適切な指導を行わなければならな

い。

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段階を踏まえると難しいところもあるが、前年

度、今年度と、低学年を担任した私にとって、低

学年の児童に、どのように「自己を見つめ」させ

るのかが、大きな課題であるように感じ、その手

立てとして、仲間と関わることもまた、大切であ

ると考えた。このような実態や分析から、道徳教

育の中心となる、道徳の授業において、仲間と考

え、議論することを通して、自己を見つめられる

児童を育てていきたいと考えた。 2.願う児童の姿

本校で研究を推進するにあたって、どのよう

な児童の姿を目指していくべきか考えた。育て

たい「学びの姿」として、以下のような「姿」が

挙がった。 ・興味、関心をもって学ぶ姿

・学び方を身に付けて学ぶ姿

・自分の学びを積極的に表現する姿

・最後まであきらめずに学ぶ姿

・学んで、考えや理解を深める姿

・自分の成長を自覚する姿

・仲間とより良い授業を創り出そうとする姿

・仲間の考えを大切にする姿

・仲間と進んで交流する姿

これらの「姿」を集約し、本校では、次のよう

な内容を「願う学びの姿」とした。 「願う学び姿」が達成できるように、道徳の授

業における、具体的な姿を考えた。低学年の発達

段階を踏まえて、次のような姿を目指したい。

このような姿を目指していくには、やはり、低

学年においても、仲間との関わりが必要不可欠

であると考えられる。そこで、本校の研究主題に

沿い、本研究主題も『仲間と考え、議論する道徳

授業の創造』とした。また、道徳の授業において、

大切になってくる4つの道徳的諸価値の中でも、

最終目標となる、「自己理解」を、特に深めさせ

たいと考えた。サブテーマを、『~低学年におけ

る自己を見つめるとは~』とし、低学年の発達段

階を踏まえて、どう自己を見つめさせていくの

か、特に、仲間(他者)の意見を理解する中で、

どう自己を振り返らせていくのかについて、検

討し、改善していきたい。 3.研究仮説

道徳の授業において、①自分にとって、身近に

あることとして捉えることのできる導入や、②

自分に置き変えて考えることができる発問から、

自己を見つめ、自分の考えをもつ。それを踏まえ、

③仲間と交流することを通して、他者理解、人間

理解を深め、また、家族や仲間との関わりを実感

できる④活動を通して、新たな自己に気付くこ

ともできれば、低学年においても、自己を見つめ

ることができる。 4.研究内容

・自分の考えをもち、積極的に表現することができる児童。

・自己を見つめ、よくない姿も素直に認めることができる児童。

・仲間と進んで交流できる児童。 ・仲間の考えを理解し、その考えを大切にし

ながら反応できる児童。 ・仲間との交流を通して、考えや理解を深め

ることができる児童。 ・自分のよさや成長を自覚できる児童。 ・道徳の授業が好きな児童。

【研究内容1】

価値への方向性を伝える導入 【研究内容2】

道徳的価値に迫る発問の精選 【研究内容3】

低学年の“考え、議論する”交流活動の在り

方 【研究内容4】

より自己を見つめることができる授業形態

の工夫

【宇留生小学校が「願う学びの姿」】 ◆基本的な学び方を身に付け、 ◆仲間の学びに進んで関わり、 ◆お互いの考えを交流し、理解し合い、 ◆自分の考えを再構築し、より深め、 ◆学ぶ楽しさを実感する姿

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5.研究実践

導入では、価値の方向性を伝えること、その価

値が自分にとって身近なこととして捉えること

が、授業後半に、自己理解を深める上で、重要に

なってくると考え、以下のような工夫を図った。 (1)道徳における課題の提示

これまでの道徳では、課題を提示するという

ことが少なく、かえって課題を提示することで、

懸念されている「押しつけの道徳」になってしま

うのではないかと思われがちである。しかし、本

校では、道徳における課題の提示を推進してき

た。課題を提示することには、多くのよさがある。 写真① 課題が提示された板書(資料編 参照)

まず、授業の方向性がはっきりすることであ

る。課題を提示することで、本時で学習する価値

や内容項目の概要をより一層明確にすることが

できる。私が、授業を進める際には、課題をノー

トに書いたあと、それを全員で声に出して読ん

だり、「今日は、みんなで使うものを、使うとき

の気持ちについて、考えることができたら、○だ

ね。」など、授業をどう頑張るとよいかをさらに

伝えたりすることにも心がけた。 また、道徳の授業を展開する上で、よくありが

ちなのは、授業を進めていく中で、価値がずれて

いってしまうことである。取り上げる資料によ

っては、例えば、「親切、思いやり」の価値につ

いて深めていきたいのに、「感謝」の価値に寄っ

ていってしまうこともある。しかし、課題を提示

することで、価値のずれをスムーズに戻すこと

ができる。「今日は、親切にするとき、どういう

気持ちになるか、考えていたよね。」などの一言

で、方向性を戻すこともできる。

このように考えると、課題をどう設定するの

かが、極めて重要になってくる。課題づくりにお

いて、気を付けたことは、内容項目の方向性をは

っきりさせることである。その際、行為を問う課

題ではなく、心情を問う課題を作ることを心が

けてきた。 本資料は、内容項目 B‐(8):「気持ちのよい

あいさつ、言葉使い、動作などに心がけて、明る

く接すること。」について迫りたい資料である。

主人公“しゅうた”が、会釈というあいさつを知

り、時と場に応じたあいさつの大切さに気付く

流れになっている。話の中で、しゅうたが、同じ

マンションの住人の横を、無言で通り抜けてし

まう場面があり、その様子から、【人間理解】、【価

値理解】に繋げたい。そのため、課題を、『しゅ

うたはどんなあいさつをするとよかったか、考

えよう。』や、『時と場に合ったあいさつは、どん

なあいさつか考えよう。』などと設定することが

できる。しかし、このような課題だと、行為を問

うことになりかねない。“会釈をすればよい。”、

“気持ちのよいあいさつ”など、具体的なあいさ

つの仕方や、抽象的な答えを確認するだけで終

わってしまう。また、前者のような課題を設定す

ると、資料から切り離して、子どもたちの実生活

を振り返らせることも難しい。 このように考えて、私は、本資料の課題を、『場

面に合わせたあいさつをすると、どんな気持ち

になるか考えよう。』とした。この課題にするこ

とで、授業の中であいさつをした側の気持ちと、

あいさつをされた側の気持ちのどちらについて

も触れることができ、時と場に応じたあいさつ

のよさを、より一層実感させることができた。ま

た、終末で自己について振り返る際にも、“どう

いう気持ちになってほしいから、このようなあ

いさつをしたい。”など、行為にとどまらず、心

情についても考えることができていた。 このように、課題設定は、教師自身も、本時を

どのように指導するか明確になり、授業に一貫

性が出てくる。そうすると、授業の途中で、価値

がずれることも、少なくなる。課題の提示の仕方

を工夫すれば、「押しつけ道徳」になることなく、

価値について深める手助けとなると言える。

【研究主題1】 価値への方向性を伝える導入

〈実践例〉 2年生 「あいさつで えがおに」

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(2)生活の様子を取り入れる

導入の時間に、その価値が自分にとって身近

なものであると感じることは、その1時間の授

業をどう取り組むかが決まる重要なポイントで

あると考える。そのために、導入部分で、子ども

たちの実生活を絡ませたり、子どもたちの気持

ちをまとめたりして、資料に入れるように工夫

した。 本資料は、内容項目 C‐(12):「約束やきま

りを守り、みんなが使うものを大切にすること」

について迫りたい資料である。本時の第一声で

は、身の回りにある、みんなで共有して使うもの

について問う。

写真② 実生活が感じられる導入の写真の提示(資料編 参照)

その際、学校の外倉庫で借りられる、ボールやフ

ラフープ、一輪車などの写真を提示し、いつも使

っている物だということを思い出させ、より一

層授業に向かえるようにした。実際、「いつも使

ってる!」や、「学校のやつやー。」など、それぞ

れに反応があった。 さらに、ボールを例に出し、「みんなで使うボ

ールを使うときの気持ちと、自分のボールを使

うときの気持ちって違う?」と、さらに価値に近

づく問いかけをし、以下の3つの中から当ては

まるものに挙手をさせた。 ①気持ちに違いがある。 ②気持ちに違いはない(同じ気持ちで使う)。 ③気持ちについて考えたことがない。

結果としては、①1人 ②14人 ③19人(計

34人)となった。この結果を踏まえて、「考え

たことないという子が多いね。同じ気持ちだよ

っていう子も多かったけど、みんなで使うボー

ルと、自分のボール、本当に同じ気持ちで使って

いいのかな?今日は、それをみんなで考えてみ

よう。」という形で、『みんなのものを使うときの

気持ちを考えよう。』と課題設定し、資料に入っ

た。問いかけたとき、子どもたちには、思い出そ

うとする表情が見られ、自分のこととして一度

考えた時間をとることができたことが分かった。

また、「どんな気持ちで使うといいのだろう。」と、

授業に意欲的に取り組むことができていた。 (3)資料についての感想を問う

教科化される前の道徳では、資料の範読後、資

料についての感想を問うという形が多く取られ

ていた。しかし、教科化とともに、感想を問うこ

との必要性について、話題となった。実践を重ね

ていく中で私は、これまで通り感想を問うこと

は、価値に迫る上で、一つの手段として有効であ

ると考える。なぜならば、資料範読後に感想を問

うと、多くの場合でその資料の価値に触れるこ

とになるからである。資料の中の様々な場面の

ことについて、思い思いに感想を述べてくるが、

そのどれもが、資料の中で、それぞれ【人間理解】

について考えることができる場面、【他者理解】

について考えることができる場面など、その授

業の中で、キーポイントとなる場面についての

感想であることが多い。そのように考えると、資

料について感想を問い、「このときの主人公の気

持ちが気になるね。」や、「最後は、そうなったけ

ど、最初はどうだったかな?」などの切り返しの

発問をした方が、子どもたちが主体的に価値に

迫ることができた。 また、1年生の発達段階においては、資料の範

読後に、感想を問うだけの方が、素直な子どもた

ちの思いが出てよいが、2年生になってくると、

感想を種類に分けながら話すことができるよう

になってくる。

写真③ 感想の観点を視覚的に表記(資料編 参照)

資料によって提示する言葉は違うが、「“いい

な”、“おしいな”、“なるほど”、“わかるな”(以

上から2~3つ)と思うところに注目しながら、

〈実践例〉 1年生 「きいろい ベンチ」

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資料を聞いてね。」と、範読前に伝えることで、

より資料の価値に迫りやすくなると言える。価

値への方向付けを行う導入を仕組むことは、実

生活と関わらせて自己理解を図る上で、とても

有効であることがわかった。 研究を進めるにあたり、一番苦労したのは、発

問の精選である。より価値に迫るには、どのよう

な問いかけをするべきなのか、とても迷ったが、

ひとつはっきりとしたことは、課題と同様に、

「行為を問う発問をすれば、行為についての発

言が返ってくる。」、「心情を問う発問をすれば、

心情についての発言が返ってくる。」ということ

である。そのため、発問を考える際にも、「どう

したら、心情を問う発問になるか?」ということ

を一番に考えた。 この資料は、上記にもあるように、主人公が、

同じマンションの住人の横を、無言で通り抜け

てしまう場面あり、その様子から、【人間理解】、

【価値理解】に繋げたい。そのため、この場面か

ら、「みんななら、こんな場面では、どんなふう

にあいさつする?」と問いかける。この時点では、

行為を問う発問になってしまうが、ここでは、役

割演技の方法をとり、その後に心情を問うよう

に仕組んだ。そのため、役割演技の時間が、代表

で前に出てやる児童だけの時間とならないよう、

「どんなあいさつだったか。」、「見ていて、どん

なふうに思ったか。」問いかけておき、役割演技

の注目すべきポイントとして、心情について考

えさせるようにした。もちろん、役割演技をした

児童に対しても、「どういう気持ちであいさつし

たのか。」を問いかけ、それを全体に広げるよう

に心がけた。こうすることで、“会釈”などの行

為としてのあいさつではなく、“相手の様子に合

わせたあいさつ”や、“相手が気持ちよくなるよ

うに、気持ちが伝わるあいさつ”など、心情につ

いて考えた発言が、児童から出されたり、第三者

としての心情にまで触れることができたりした。

また、発問を考える上で、「人間理解、他者理

解、価値理解、自己理解」のどの理解を求めるも

のかを明確にすることにも、心がけた。

本資料は、内容項目 C‐(13):「父母、祖父

母を敬愛し、進んで家族の手伝いなどをして、家

族の役に立つこと。」について迫りたい資料であ

る。主人公“あきお”が、自分のやりたいことを、

後回しにし、しぶしぶ頼まれたお手伝いをする

が、徐々に気持ちが変わっていき、素直に家族を

心配するようになる話である。この資料での発

問は、あきおの表情に注目させ、次の二つに絞り、

何理解について押さえるかをはっきりさせた。

写真④ 主人公の表情に着目させた板書

第1発問では、「口をとがらせたまま、家を出

たあきおは、どんな気持ちだったでしょう。」と

し、“行きたくないな”や、“おばあちゃんがいけ

ばいいのに”、“テレビがいいところなのに”、“ど

うしてぼくが…”など、手伝いした方がいいと分

かっていても、自分もやりたいことを優先した

いという気持ちから、気持ちよく引き受けるこ

とができない心の葛藤である【人間理解】を押さ

える発問とした。実際、“面倒”や、“テレビを見

ていたい”などの、人間の弱い部分を、子どもた

ちの発言から、押さえることができた。 第2発問では、「傘を抱えて走り出したあきお

は、どんな気持ちだったでしょう。」と問いかけ、

“やっぱり心配”や、“早く行ってあげよう”、“風

邪をひいてしまったら、どうしよう”など、家族

を思いやる気持ち【価値理解】が強くなっている

ことを押さえる発問とした。 もちろん、このふたつの発問の間には、主人公

の心情が変化していく様子を押さえるために、

いくつかの問いかけをした。しかし、それらの問

いかけは、挙手をして発言するのではなく、子ど

もたちのつぶやきを拾う形で取り入れた。低学

年において、その度に挙手を求めていると、子ど

【研究主題2】 道徳的価値に迫る発問の精選

〈実践例〉 2年生 「あいさつで えがおに」

〈実践例〉 2年生 「とつぜんの 雨ふり」

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もの自然な言葉が拾えなかったり、授業の勢い

が止まってしまったりすることがあった。語彙

が少ない低学年にとって、自分の頭で整理しき

れないつぶやきを拾うという手立てもまた、有

効である。このように、発問の精選をすることで、

より価値に迫る授業を展開することができた。 研究主題にもある『考え、議論する道徳授業』

に迫る上で、とても重要になってくるのは、交流

活動をどのように設定するかである。しかし、小

学校での発達段階の違いは大きいため、交流活

動を工夫する上でも、十分に発達段階を考慮し、

無理なく6年間を通して段階的に指導していく

ことが大切になる。

そこで、本校では、「全体交流」の他に、少人

数での交流活動を活性化させ、より一層「主体的

に学習に取り組む児童」の具現を目指すことに

した。

具体的には、少人数での交流活動の形態を4

種類設定した。①「ペア交流」、②「グループ交

流」、③「意図的ちょっとコミュニケーション」、

④「自発的ちょっとコミュニケーション」である。

また、これらを段階的に指導できるように「主体

的・対話的に学ぶ、発達段階に応じた交流活動の

デザイン・マトリックス」を示し、定着状況を確

認しながら指導している。

「ちょっとコミュニケーション」とは、本校が、

小学校での交流活動の出口の姿として願う交流

活動の形態である。また、子どもたちからしてみ

れば、自分が困ったときに自分の判断で行う事

ができる、学びの武器とも言える。「ちょっとコ

ュニケーション」を以下のように描いている。

このように発達段階に応じた多様な交流活動

の仕方を身に付け、最終的には、自らの判断で主

体的・対話的に交流活動ができる力を身に付け

させたいと願っている。

この願いを達成するために、低学年部として

の「考え、議論するための交流」を、次の2点に

定めた。 このように設定することで、「ちょコミ」の力の

基礎を身に付ける時期である、低学年の発達段

階に合った交流活動の目指すべき姿がはっきり

とした。 その上で、このような姿を目指すために、次の

3つの手立てを施した。

【研究主題3】 低学年の“考え、議論する”交流活動の在り方

【ちょっとコミュニケーションとは】

◆仲間の学びに興味をもち、

◆ペア学習やグループ学習といった枠

組みにとらわれることなく、

◆かといって離席することもなく、

◆学びの状況を自ら判断して

◆近くの仲間に考えを求めたり、

◆自分の考えを表現したりして、

◆自然発生的に学び合う交流活動

*考え ➡自分のことを振り返って、自分の考え

を、相手を意識して話すこと *議論する

➡仲間の考えに対して、反応できること

写真⑤

ペア交流する

1年生

(資料編参照)

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7

(1)心のシールの活用

この手立ては、自分の考えをもつことが難し

い1年生に有効な手立てである。ひとりひとり

が、10枚前後のシールをそれぞれに持ち、ペア

交流した仲間の道徳ノートにシールを1枚貼る

というものである。ここでの交流とは、上記の

「考え」に示した通り、“自分の考えを、相手を

意識して話すこと” をさす。自分の考えを話す

ことができれば、シールを貼ってもらうことが

できるため、自分の考えをもとうという意欲向

上にも繋がる。ペア交流の形態をとることで、相

手が1人となり、相手意識をもつことも容易と

なる。

また、シールを貼る時の約束として、心の反応

言葉(下記参照)を必ず言うようにした。1年生

の段階では、まだ自己中心的なところがあるた

め、自分の考えを話すことができればいいと思

いがちである。しかし、上記の「議論する」に示

した通り、反応することを目指すために、反応す

ることにも意欲をもたせたい。その方法として、

シールを貼ることは、とても有効である。また、

実践を通して、シールを貼りながら、心の反応言

葉を言うことで、反応するタイミングも自ずと、

身に付けることができていた。 (2)心の反応言葉

この手立ては、難易度を変えることで、1年生

でも2年生でも有効である。 1年生では、「よかったよ」や「わかったよ」

などの簡単な言葉を例に出し、上記のように、こ

ころのシールを貼る際に、言うようにした。そう

することで、ペアの子の意見を聞かずには、反応

できないため、仲間の意見を必ず聞くことがで

きる。道徳の諸価値のひとつである、【他者理解】

を確実に仕組むことができた。 2年生では、少しレベルアップさせ、「〇〇で

きて、すごいね。」や、「僕も同じ気持ちになった

ことあるよ。」などの言葉を例に出し、反応させ

るようにした。自分の考えと比較することで、更

なる【自己理解】【他者理解】に繋げることがで

きた。

写真⑦ 心の反応言葉(左:1年生、右:2年生)

(3)スクランブル交流

ペア交流を仕組んでいく中で、子どもたちも

交流の仕方やその楽しさを覚え、積極的になっ

てきた。そこで、特定のペアを定めるのではなく、

教室の中を歩き、自分でペアを探して、交流する

「スクランブル交流」を取り入れた。「やろう。」

「いいよ。」と一声かけなければ、ペア交流が始

まらないため、自発的な交流であると言える。こ

のスクランブル交流が、今後の「ちょっとコミュ

ニケーション」を意識して仕組んだ手立てであ

り、積極的に複数回ペア交流ができるようにな

ったり、自分の意見に自信をもって話したりす

る児童が増えてきた。 学習指導要領の改訂に伴って、読み物資料を

使った授業だけではなく、様々な授業形態を求

められるようになった。 (1)資料の扱い方の工夫

これまでの道徳と同じように、資料を基に、価

値について考えていくというスタンスは変わら

ない。しかし、これまでと違うのは、資料をきっ

かけに確実に“自我関与”させるという点である。

資料だけの話として終わらせるのではなく、ま

さに【自己理解】を深めさせる。 この資料を取り扱う上で工夫したのは、展開

【研究主題4】 より自己を見つめることができる授業形態の工夫

〈実践例〉 2年生 「とつぜんの 雨ふり」

写真⑥

心 の シ ー ル

貼る 年生

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8

のスリム化である。上記にもあるように展開部

分での発問を、2つに絞り、資料について扱う時

間を大幅に減らした。そのため、展開後段では、

主人公あきおと同じような思いをしたことがな

いか、自分の生活について振り返りさせる時間

とした。そうすることで、資料と自分自身を関連

付けて考え、資料をきっかけに自我関与させる

ことができた。またその際には、資料とは離れた

ヒントとなる場面絵を提示し、それらを手掛か

りに、自己を振り返らせる工夫も取り入れた。

写真⑧ 提示した場面絵

この資料では、資料を途中で区切り、時間差を

つけて提示するという工夫を行った。この資料

では、場面に合ったあいさつのひとつとして、

“会釈”について知る資料であるが、資料の後半

部分に、会釈についての場面がある。授業導入時

の範読で、最後まで読んでしまっては、考えるよ

り先に、答えを知ってしまうような形になって

しまうため、その手前で区切り、場面に合ったあ

いさつについて、深く考えられるように仕組ん

だ。 (2)動作化の導入

資料を用いて自己理解をさせるためには、主

人公などの気持ちになり切ることが大切になっ

てくる。そのために、低学年において、動作化を

用いることは、とても有効である。

本資料は、内容項目 B‐(6):「身近にいる人

に温かい心で接し、親切にすること。」について

迫りたい資料である。 この資料での第1発問で、「「もどれもどれ」と

追い返したときのおおかみは、どんな気持ちだ

ったか。」問う中で、意地悪をすることが面白い

と思う【人間理解】をしっかり押さえたい。しか

し、よくない気持ちだと分かると発言しにくく

なる低学年であるため、動作を入れて、おおかみ

になり切って、全員で「もどれもどれ」と言うこ

とで、素直な気持ちがつぶやき易くなる。その際、

表情にも着目させることで、より一層、その時の

おおかみの気持ちを考えることができた。 (3)役割演技の設定

動作化と同様に、資料の主人公などの気持ち

になりきることで、自己理解を深めるために、役

割演技も大切な手段である。 役割演技を取り入れる上で、まず気をつけた

ことは、直前に自己紹介の言葉を言うことであ

る。「僕は、おおかみをやります。」や「私は、お

ばあさんの役になります。」など、役割演技をす

る児童自身が、スムーズになりきれるようにし

た。また、お面などを付け、見ている児童も、一

目で何の役をやっているか分かるようにした。 また、役割演技として、役になりきって言うセ

リフにも気をつけた。 この資料では、優しく橋を渡してあげるよう

になったおおかみの気持ちを、役割演技を通し

て考えるようにした。その際、おおかみとうさぎ

が橋の上にいるところから始めるのではなく、

それぞれの橋の端から歩き、出会うところから

始める。そうすることで、おおかみが渡ってくる

ことに気付くうさぎが、引き返そうとする様子

や、その様子を見て、引き留めようとするおおか

みの様子を確認することができ、役割演技を一

連の流れとして行うことで、心の変化などを感

じとることができる。

〈実践例〉 1年生 「はしのうえの おおかみ」

〈実践例〉 1年生 「はしのうえの おおかみ」

〈実践例〉 2年生 「あいさつで えがおに」

写真⑨

動 作 化 を す

写真⑩

役割演技をする

1年生

Page 9: 〈道徳〉 仲間と考え、議論することができる道徳授業の創造仲間と考え、議論することができる道徳授業の創造 低学年における、自己を見つめるとは~

9

時には、教師が登場人物の一者を演じ、児童に

他方の一者を全員に演じさせるなどしたり、リ

ード文を提示し、その言葉の後に付け足す形で

心情を話させたりと、登場人物に心情により迫

りやすいように、学級全体で迫ることができる

ように工夫した。 (4)事前準備の充実

ここまでは、資料をどのように工夫して扱う

かまとめたが、資料から離れて自己を振り返ら

せるためには、資料以外の工夫も欠かせない。 ここでは、「親切にすると、どういう気持ちに

なるか考えよう。」という課題で進めるために、

授業前に“やさしさみつけ週間”を設け、よいこ

とみつけカードを少し修正し、「うれしかったよ

カード」を積極的に書く週間を設定した。その時、

通常通りのよいことみつけではなく、親切につ

いて迫ることができるように、リード文をこの

ように(写真⑫参照)設定した。授業では、まず

導入部分で「親切にされて嬉しかったことは、ど

んなことか。」問いかけ、このカードに書いたこ

とを思い出させた。全員がカードを書いていた

ため、親切にされたときの気持ちもスムーズに

押さえることができた。また、終末部分で、自分

宛に書かれたカードを読み、親切にすると気持

ちがいいという価値に迫ることができた。 また、この週間は資料に合わせて取組の名前

を変え、自分のよさに気付かせる授業に向けて

は、“素敵みつけ週間”を設定するなどした。

本資料は、内容項目 A‐(4):「自分の特徴に

気付くこと。」について迫りたい資料である。友

達のよいところには気付くものの、自分のよさ

に気付いていない主人公のちゅうたが、家族に

認めてもらうことで、自分のよさに気付く話で

ある。 この授業では、保護者の協力(資料編 参照)

を得て、子どもたちひとりひとりに手紙を渡す

ことができるように準備した。実際、事前のアン

ケート(資料編 参照)では、「自分には、得意

なことやよいところがない。」と回答した児童が、

この授業を通して、また家族からの手紙を読ん

で、自分のよさに気付くことができていた。その

変容ぶりを見ると、資料だけではない、自己理解

を深める工夫が重要であることが分かった。

写真⑬ 自分のよさに気付いた児童の道徳ノート

これらの手立ては、どれも自己理解を深める

ために取り入れたものである。「問題解決型」や

「体験型」などの手立てもあるが、低学年の発達

段階では難しい。あくまでも、真新しい授業形態

を取り入れることが大切なのではなく、より自

己理解を深めるために適切な手立てとして、吟

味するべきである。 6.成果と課題

○課題のある道徳は、価値や内容項目が明確にな

り、教師にとっても、児童にとっても、有効で

あった。実践を通して、今までよりも、導入が

すっきりとし、何について考える授業なのか、

視覚的にも捉えることができる点は、低学年に

とっても、手助けとなった。

写真⑪(左)

自分宛 に書 か れ

カード を読 む 様

写真⑫(右)

うれしかったよ

カードの書き方

〈実践例〉 1年生 「はしのうえの おおかみ」

〈実践例〉 1年生 「ぼくにも あるかな」

【研究主題1】 価値への方向性を伝える導入

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○導入がすっきりとしたことで、授業の展開部分

に十分な時間を確保できたり、自己を見つめる

時間が増えたりと、導入以外に、よさが広がる

ことが分かった。 ●価値に迫る言葉を精選し、課題を作ることが難

しく、課題がずれると、授業全体もずれてしま

う。 ●感想を聞いても、そこから第1発問へ、うまく

繋げることができず、ただ感想を聞くだけで終

わってしまいがちである。 ○行為を問う発問を避け、心情を問うことで、行

為だけで終わらず、心情を考えることができた。 ○道徳の授業を、確実に進めたことで、自分の心

情を素直に出し、【人間理解】などの、人間の

弱さについても、正直に表現できるようにな

った。 ●同じ発問を何度も繰り返してしまい、その度

に、言葉が変わってしまうため、児童を余計に

迷わせてしまった。 ●動作化や役割演技をした後の発問が、どうし

ても、行為を問う形になってしまい、子どもた

ちも心情まで考えていないことがある。 ○低学年のレベルに合った“考え、議論する”を

設定したため、目標が明確となり、様々な手立

てを構ずることができた。 ○心のシールによって、意欲の向上が見られ、積

極的に交流しようとする姿が多く見られた。 ○「心の反応言葉」によって、交流活動が受け身

にならず、【他者理解】を確実に位置付けるこ

とができた。 ●スクランブル交流の形をとったことで、見届

けができず、どこまで「心の反応言葉」が使え

ているのか、確認が難しい。 ●心のシール欲しさに、それぞれのペアとじっ

くり交流せず、たくさん交流しようとする姿

が見られた。 ○資料から離れるタイミングを早くするなどし

て、より【自己理解】を促すことができる授業

展開を組むことができた。 ○動作化や役割演技など、主人公の気持ちにな

りきり、素直な言葉が多く出された。 ○「やさしさみつけ週間」により、友達のよさを

見つけようとする意欲が高まり、その後の生

活でも続いた。 ●よいことみつけカードなどの事前準備に、多

くの時間が取られ、普段の生活で取り入れて

いくとなると、負担が大きい。 ●児童の自己理解を促すことができれば、どの

ような授業形態でもいいことは分かったが、

新しい教科書にある、マンガや紙芝居的な資

料の扱い方が難しく、適切な授業展開を模索

中である。 7.参考文献

・「小学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳

編」 平成27年7月

【研究主題2】 道徳的価値に迫る発問の精選

【研究主題3】 低学年の“考え、議論する”交流活動の在り方

【研究主題4】 より自己を見つめることができる授業形態の工夫