常に目標を持ち夢に向かって ... -...

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沖縄県立総合教育センター 前期・離島長期研修員 第 60 集 研究集録 2016 年9月 〈道徳〉 常に目標を持ち夢に向かって努力する生徒を育む道徳科の工夫 道徳的価値の自覚を深める「考え・議論する道徳」の授業を通して(第1学年)名護市立久辺中学校教諭 比 嘉 さつき テーマ設定の理由 21 世紀は激動の時代と言われており、この激しい社会変化に流されることなく柔軟に対応していくため にも「生きる力」の育成が学校教育に求められるようになった。平成 20 年に改訂された学習指導要領にお いても「生きる力」をささえるものとして確かな学力、豊かな心、健やかな体の調和が重視されており、 本校においてもそれに基づき全教育活動の指導計画がなされている。豊かな心を育む主要な教育活動の場 である道徳教育は、中学校において平成31年度から「特別の教科 道徳」(以下「道徳科」)が全面実施さ れる。このことからもわかるように、道徳教育のより一層の充実が求められている。道徳教育は,道徳科 の授業を要として学校の教育活動全体を通じて行うものとする基本的なものは変わらないものの、道徳科 の授業改善が強く求められており、『中学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編(平成27年7月)』(以 下「解説特別の教科道徳編」と記す)において「特定の価値観を押し付けたり,主体性をもたず言われる ままに行動するよう指導したりすることは,道徳教育が目指す方向の対極にあるもの」とし「発達の段階 に応じ,道徳的な課題を生徒が自分自身の問題と捉え,向き合う『考える道徳』『議論する道徳』へと転換 を図るものである。」と明記された。 私自身の実践を振り返ってみても、教授・説諭的な授業に終始したり、主人公の心情理解に流れる形式 的なものであった。また、私なりに「考える道徳」として、モラルジレンマ資料を用いて授業を試みたが 「いろいろな意見があった」のように、ねらいに則した内容項目に関するものではない感想がみられ、こ れで道徳的価値の自覚が深まるのか疑問が残った。道徳科の授業では「道徳性を養うため,道徳的価値に ついての理解を基に,物事を広い視野から多面的・多角的に考え,人間としての生き方についての考えを 深める学習」(道徳科の目標「解説特別の教科道徳編」)が大切であり、今後の実践には、道徳的な課題を 自分の問題として捉えて内省し、道徳的価値の自覚を深める道徳科の工夫が必要である。 本校は 1 学年 1 学級で小学校入学から中学卒業まで同じ仲間で過ごす。学校も小中隣接しており、教職 員の校内研修を合同で行うなど比較的、小中の情報交換が密な学校だといえる。本研究の対象となる第1 学年が6年生の時に行った「平成 27 年度全国学力・学習状況調査」から実態を見てみると「将来の夢や目 標を持っていますか」の質問に「当てはまる」「どちらかといえば当てはまる」も含めると全員が夢や目標 を持っているが、「ものごとを最後までやり遂げて、うれしかったことがありますか」の質問で肯定的な回 答は県平均が93%なのに対して本校の生徒は 88%、「当てはまらない」は12%もいた。また、「自分に, よいところがあると思いますか」の質問では「当てはまる」生徒は県平均が 32%なのに対して、本校の生 徒は8%と低かった。これを受け、本校の生徒に対し小学校では「夢実現プロジェクト」と称し、自分の 「夢」を書き出し、そのためには何が必要で、今は何に取り組むべきかを考える機会が設けられていた。 一方、本校では、道徳教育全体計画の中で、「常に目標を持ち夢に向かって努力する生徒」が目指す生徒像 として掲げられている。そこで、第1学年では目指す生徒像にせまるために、小学校の取り組みをふまえ、 道徳科においては内容項目A「主として自分自身に関すること」を 1 学期の重点項目とする確認が学年職 員でなされた。 本研究では、道徳科で指導すべき内容項目のうちA「主として自分自身に関する」項目を重点化し、物 事を多面的・多角的に捉えて内容を吟味する「考え・議論する道徳」の授業を継続的に行えば道徳的価値 の自覚が深まり、努力を肯定的にとらえて夢に向かって努力する生徒が育つと考え本テーマを設定した。 〈研究仮説〉 道徳科の内容項目のうちA「主として自分自身に関する」項目を重点化し、物事を多面的・多角的にと らえて内容を吟味する「考え・議論する道徳」を継続的に行えば、「常に目標を持ち夢に向かって努力する」 に関する道徳的価値の自覚が深まるであろう。

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沖縄県立総合教育センター 前期・離島長期研修員 第 60集 研究集録 2016年9月

〈道徳〉

常に目標を持ち夢に向かって努力する生徒を育む道徳科の工夫 -道徳的価値の自覚を深める「考え・議論する道徳」の授業を通して(第1学年)-

名護市立久辺中学校教諭 比 嘉 さつき

Ⅰ テーマ設定の理由

21世紀は激動の時代と言われており、この激しい社会変化に流されることなく柔軟に対応していくため

にも「生きる力」の育成が学校教育に求められるようになった。平成 20年に改訂された学習指導要領にお

いても「生きる力」をささえるものとして確かな学力、豊かな心、健やかな体の調和が重視されており、

本校においてもそれに基づき全教育活動の指導計画がなされている。豊かな心を育む主要な教育活動の場

である道徳教育は、中学校において平成 31年度から「特別の教科 道徳」(以下「道徳科」)が全面実施さ

れる。このことからもわかるように、道徳教育のより一層の充実が求められている。道徳教育は,道徳科

の授業を要として学校の教育活動全体を通じて行うものとする基本的なものは変わらないものの、道徳科

の授業改善が強く求められており、『中学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編(平成 27年7月)』(以

下「解説特別の教科道徳編」と記す)において「特定の価値観を押し付けたり,主体性をもたず言われる

ままに行動するよう指導したりすることは,道徳教育が目指す方向の対極にあるもの」とし「発達の段階

に応じ,道徳的な課題を生徒が自分自身の問題と捉え,向き合う『考える道徳』『議論する道徳』へと転換

を図るものである。」と明記された。

私自身の実践を振り返ってみても、教授・説諭的な授業に終始したり、主人公の心情理解に流れる形式

的なものであった。また、私なりに「考える道徳」として、モラルジレンマ資料を用いて授業を試みたが

「いろいろな意見があった」のように、ねらいに則した内容項目に関するものではない感想がみられ、こ

れで道徳的価値の自覚が深まるのか疑問が残った。道徳科の授業では「道徳性を養うため,道徳的価値に

ついての理解を基に,物事を広い視野から多面的・多角的に考え,人間としての生き方についての考えを

深める学習」(道徳科の目標「解説特別の教科道徳編」)が大切であり、今後の実践には、道徳的な課題を

自分の問題として捉えて内省し、道徳的価値の自覚を深める道徳科の工夫が必要である。

本校は 1学年 1学級で小学校入学から中学卒業まで同じ仲間で過ごす。学校も小中隣接しており、教職

員の校内研修を合同で行うなど比較的、小中の情報交換が密な学校だといえる。本研究の対象となる第1

学年が6年生の時に行った「平成 27年度全国学力・学習状況調査」から実態を見てみると「将来の夢や目

標を持っていますか」の質問に「当てはまる」「どちらかといえば当てはまる」も含めると全員が夢や目標

を持っているが、「ものごとを最後までやり遂げて、うれしかったことがありますか」の質問で肯定的な回

答は県平均が 93%なのに対して本校の生徒は 88%、「当てはまらない」は 12%もいた。また、「自分に,

よいところがあると思いますか」の質問では「当てはまる」生徒は県平均が 32%なのに対して、本校の生

徒は8%と低かった。これを受け、本校の生徒に対し小学校では「夢実現プロジェクト」と称し、自分の

「夢」を書き出し、そのためには何が必要で、今は何に取り組むべきかを考える機会が設けられていた。

一方、本校では、道徳教育全体計画の中で、「常に目標を持ち夢に向かって努力する生徒」が目指す生徒像

として掲げられている。そこで、第1学年では目指す生徒像にせまるために、小学校の取り組みをふまえ、

道徳科においては内容項目A「主として自分自身に関すること」を 1学期の重点項目とする確認が学年職

員でなされた。

本研究では、道徳科で指導すべき内容項目のうちA「主として自分自身に関する」項目を重点化し、物

事を多面的・多角的に捉えて内容を吟味する「考え・議論する道徳」の授業を継続的に行えば道徳的価値

の自覚が深まり、努力を肯定的にとらえて夢に向かって努力する生徒が育つと考え本テーマを設定した。

〈研究仮説〉

道徳科の内容項目のうちA「主として自分自身に関する」項目を重点化し、物事を多面的・多角的にと

らえて内容を吟味する「考え・議論する道徳」を継続的に行えば、「常に目標を持ち夢に向かって努力する」

に関する道徳的価値の自覚が深まるであろう。

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Ⅱ 研究内容

1 道徳科と目指す生徒像の関連

(1) 道徳科の特質と目指す生徒像

道徳教育は学校教育全体を通じて行われるものであり、道徳

科の授業だけで目指す生徒が育成されるわけではない。ここで

は、道徳科の特質を理解し、目指す生徒像にせまるための授業

のあり方を研究していくことになる。

道徳科の特質とは、道徳科の目標から次の3点にまとめるこ

とができる(表1)。つまり、道徳科において、「常に目標を持

つ」生徒の育成だからといって、目標や夢を宣言させ、「実現のために~しましょうね。」と指導す

るような授業はそぐわない。

(2) 目指す生徒像をどう捉えるか

目指す生徒像をどのように捉えるか、「解説特別の教科道徳編」からみてみる。中学生の段階は、

夢を実現する生き方に憧れをもつ一方で、目標・夢の実現には困難や失敗がつきものであり、努力

すればすべて結果に結びつくわけではないことを、生徒は経験から知っている。ここで授業におい

て、ある人物の生き方に触れ「いいなぁ」と感じさせることに終始する授業では、目指す生徒像に

せまることができないと考える。では、どうするのか。解説には「目標に向かって努力し続けるた

めには,困難や失敗を受け止めて希望と勇気を失わない前向きな姿勢や,失敗にとらわれない柔軟

でしなやかな思考が求められる。」とある。

この「しなやかな思考」は、一面的な価値理解では生まれてこない。「目標と夢の違い」を考えた

り、「努力とは何か」を考えるなど、価値を多面的・多角的に捉えることが大切である。つまり授業

では、目標や夢を持つことは本当に大事なことか、努力とは何かを「自分ごと」として考え、自分

の言葉で説明できる生徒の姿を目指していく。

(3) 学習指導要領と目指す生徒像

本研究の目指す生徒像と特に関わりの深い内容項目はA―4である。このA―4を軸にその他の

内容項目を配列していく(図1)。

表1 道徳科の特質

内容項目の概要とキーワード テーマとの関連

A-1【自主,自律,自由と責任】

自律の精神を重んじ,自主的に考え,判断し,誠実に実行してその結果に

責任を持つこと。誠実は,自己を確立するための主徳であると言われ,

他の多くの内容項目にも関わる価値である。

他の内容項目にも関わる価値

であり導入に適している。自分

の言動の結果に責任を持つこ

とについて考えさせる。

A-4【希望と勇気,克己と強い意志】

「より高い目標」とは、現状に甘んじず現実をよりよくしようとする気持

ちから設定されるもので現実離れした夢ではないことと、物事をやり遂

げるためには、自分自身の弱さに打ち勝ち、計画的に実行していくこと。

【重点項目】

目標とは、夢とは何かを理解

し、その実現に何が必要か考え

る。

A-2【節度,節制】

望ましい生活習慣を身に付け,心身の健康の増進を図り,節度を守り節制

に心掛け,安全で調和のある生活をすること。「習慣は第二の天性」との

言葉もあるように,その人となりに影響を与えるものである。

目標達成に向けて計画を立て

て実行することも大切である

ことをおさえる。

A-4【希望と勇気,克己と強い意志】

希望と勇気を持ち,困難や失敗を乗り越えて着実にやり遂げること。目標

に向かって努力し続けるには,困難を受け止めて希望と勇気を失わない

前向きな姿勢や失敗にとらわれないしなやかな思考が求められる。

【重点項目】

前時までの価値理解をとらえ

直す。「努力」について自分の

言葉で定義づける。

図1 研究テーマにせまる内容項目Aの配列

①道徳的価値の理解を基に 自己を見つめる時間

②物事を多面的・多角的に 考え人間としての生き方について考える時間

③内面的資質としての道徳性を養う時間

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まず、授業1で扱う内容項目は、道徳の基本であり、他の多くの内容項目に関わる価値であるこ

とからも、導入にふさわしい。授業1で扱った教材は、小学校高学年の副読本の教材であるが、発

問の工夫と道徳ノートの活用において優れた実践例があり、それを参考に授業をすることで、その

後の道徳科の授業の身構えをつくっておきたいと考えた。

次に授業2は、主題にせまる重点項目の授業である。ここでは、目標に向かって努力することに

ついて素直に「よい」ものと感じさせる授業をめざす。中学生は希望や勇気をもって困難を乗り越

える生き方に憧れを持つ年代であり、ある人物の生き方から学ぶ授業も考えられる。そして、目標

を実現するためには、小さな努力を重ねることや計画性も大切である。これまでの生活習慣を見直

すことも含め、授業3で補完していく。

そして、授業4では、授業2と授業3で理解してきたことについて改めて問い直す授業を行う。

「努力」について多面的・多角的に考えることで価値の自覚が深まり、「努力」を肯定的に捉えてほ

しいと考える。

2 道徳的価値の自覚を深めること

現行の「解説道徳編」において道徳的価値の自覚を

深めるには、表2にある3つの事柄を押さえておくこ

とが大切であるとされている。この3点を、赤堀博行

(2010)は道徳的価値の自覚を深める学習のあり方と

してとらえ詳しく考察している。

道徳的価値の理解については、例えば「親切にする

ことはよいことだ」というように道徳的価値は大切な

ものだとする知的な理解から始まる。それと同時に人

間理解、他者理解も深める必要がある。さらに、理解

を図る際に必要な条件が、一人一人の

生徒がこれらの理解を自分との関わり

で行うということである。

つまり、道徳的価値の自覚を深める

には、道徳的価値を「自分ごと」とし

て感じたり考えたりすることが必要で

あり、授業においては、これまでの自

分の経験やその時の感じ方と照らし合

わせて考えるようにすることが重要で

ある。このような学習を通して、生徒

は道徳的価値の理解と同時に、内省し、

自己理解を深めることにもなる。それ

は主体的な価値の自覚の始まりと言っ

てもよいだろう。

そして、道徳科の目標でもある道徳的判断力、心情、実践意欲と態度を育むためには、一人一人が

よりよく生きるために自らの問題点を改善したり、自分のよさを生かしたり伸ばしたりできるように

する必要がある。授業では、道徳的価値の自覚を深める過程で人間の生き方についての考えも深めて

いるとするならば、道徳的価値の関わりで内省し自己理解を深め、端的には「~したい」「自分もそう

なりたい」という気持ちを持つようになる(図2)。

3 学習指導要領における「考え・議論する道徳」

道徳科の目標は、これまでの道徳の時間の目標と大きく変わるものではなく、道徳科の授業を具体

的にイメージできるように表現上の改善がなされたものと言える。そこで、この道徳科の目標から「考

え・議論する道徳」はどうあるべきかを捉えていく。

(1) 「考える道徳」

「解説特別の教科道徳編」において、道徳的価値とは「よりよく生きるために必要とされるもの

であり,人間としての在り方や生き方の礎となるもの」とされている。道徳科では、生徒一人一人

が道徳的価値を形成する上で必要なものを発達の段階に応じて 22 の内容項目として取り上げてい

る。では、授業において道徳的価値の理解をどのように進め、何を考えさせるのか。「解説編」では

図2 道徳的価値の自覚を深める段階(参考:赤堀)

①道徳的価値について理解する 価値理解:道徳的価値は大切である 人間理解:大切ではあるが実現は難しい 他者理解:実現に向けて多様な感じ方・ 考え方がわかること。 ②自分とのかかわりで道徳的価値をとらえる ③道徳的価値を自分なりに発展させていく

ことへの思いや課題を培う。

表2 道徳的価値の自覚を深める3つの事柄

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「中学生の発達段階においては,ふだんの生活においては分かっていると信じて疑わない様々な道

徳的価値について,学校や家庭,地域社会における様々な体験,道徳科における教材との出会いや

それに基づく他者との対話などを手掛かりとして自己との関わりを問い直すこと」とされている。

つまり、道徳的価値を客観的に見つめ、その上で「私はかく思う」という風に、改めて問い直すた

めに「考える」のである。また、自己との関わりも含めて理解し、それに基づいて内省する時間も

大切であり、そうすることで、道徳的価値の自覚が深まるのである。

(2) 「議論する道徳」

道徳科の学習を進めるに当たっては、道徳科の目標にあるように「物事を広い視野から多面的・

多角的に考え,人間としての生き方について考えを深める学習」に留意する必要があり、授業にお

いては、多面的・多角的に考える一番の方策が「議論」であると考える。なぜなら、価値が多様化

する現代では、問い直して「考えた」ものが、よりよいものなのかどうか、「正しい」かどうか誰に

もわからない。したがって、自分の考えを表出し、他者と「議論」することで吟味し、道徳的価値

の「よさ」「正しさ」を確かめ合う必要がある。近年、他者と対話し協働しながら物事を多面的・多

角的に考察する力が求められており、道徳科の授業においても「議論」は重要な学習活動だといえ

る。つまり「考える道徳」と「議論する道徳」は切り離して考えるべきものではないとして、本研

究では「考え・議論する道徳」とした。

4 本研究における「考え・議論する道徳」

(1) 価値多様化社会における道徳教育

上地完治(2011)は、「価値多様化社会とは、人々が生活する中で大切だと考える価値に統一性が

失われ、多様化した社会のことである」とし、価値の多様性を認め尊重しようとする時、どの意見

も「正しい」から言って、どちらが「より正しい」か吟味することはできないと考えるには注意が

必要だと述べている。このことは、私がこれまで行ってきたモラルジレンマの授業にみることがで

きる。

一例を挙げると、自分の清掃区域外に山積みにされたゴミを片付けるべきかどうか悩む主人公の

葛藤を扱う教材で授業した際、生徒から多様な意見が出された。しかし、中には「掃除しなくても

いいなら私はやらない」という生徒が出てきた。その時、生徒が出す意見はすべて一理あるのだか

らと受け入れ、その理由を吟味させる工夫が足りなかった。結局は、「清掃する」に流れるように「ゆ

さぶり」をかけていたにすぎず、これでは、「清掃することはいいことだ」という教師の価値観を押

し付けたのと同じことになってしまった。生徒の感想を見ても「いろいろな意見が聞けて勉強にな

った」のような感想にとどまり、本時のねらいとする「よりよい学校生活」や「勤労」に関する感

想は少なかった。つまり、多様な価値観にふれるだけでは道徳的価値の自覚が浅いままであるとい

う授業実践の課題が残ったのである。

(2) 「正しさ」を問う

この課題をどう乗り越えるか、上地は「価値多様化社会における道徳教育は、個々の人が異なる

という差異から出発しつつ、いかにして社会の中に連帯を作り出すかという課題が重要となってく

る」としている。道徳的価値は絶対的・普遍的なものではない。「正しい」とされるものを、その集

団や社会において確認しあい、共有しておかないと社会は混乱することになる。

学級をひとつの社会と考えると、ある問題が出された時、生徒一人一人の意見は当然に多様なも

のとなっているが、みんなが納得できるまで話しあって「合意」を出そうとする姿勢から連帯が生

まれるものだと考える。これは、先ほど例として挙げたモラルジレンマの授業において、教師が「多

様な意見が出たら授業は成功」と考えて授業に臨む場合と、「なぜ、掃除をするのがいいか、なぜ、

しないのがいいか」を吟味させようと授業に臨む場合では、道徳的価値の自覚の深まりが違うもの

となるであろう。また、上地は「吟味とはまさに、こうした意見の優劣を『正しさ』という観点か

ら問うことでなければならないのであり、自分なりに『正しい』と思える答えを自分自身で作り出

すことである。」と論じている。道徳が、その集団・社会において共有された「正しさ」だとすると、

授業においては、生徒の意見の根拠を聴き、その正当性を吟味しあい議論することが欠かせない活

動ということになる。

(3) 「発問」の工夫

生徒の内面にある道徳的価値は様々であり、一人一人が自己と向き合って価値をとらえ、自分な

りに発展させていくためには、教師の発問が重要となってくる。発問について加藤宣行(2012)は

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「深く考える発問」を提唱している。「深く考える発問」とは、教材を細切れにして段取りを踏むの

ではなく、教材全体を把握した上で、テーマを設定し、その解明に時間をかける授業スタイルに用

いられる発問であり、テーマをとらえた発問と言ってもよいだろう。

この発問について、もう少し加藤の授業スタイルから考えてみる。まず、「教師が問う」。例えば、

「努力とは」という問いに対して、「一生懸命練習したけど勝てなかった。これも努力といえるのか」

など生徒は実際の具体的な場面を想定して考える。それにより、生徒自身の問題意識がはっきりし

てくる。そうすると、問題意識を持ちながら教材を読むようになり、テーマをとらえた議論が進む。

さらに、多様な意見にふれることで「生徒の問い」が芽生え、また議論へと進む。終末は、生徒の

言葉を使って適切な意味づけがなされ、最初の「問い」に戻って、「努力とは何か」を内省する。

このように、「深く考える発問」は「生徒の問い」が生み出されるものでなくてはならない。その

ためには、教材吟味(分析)が必須であり、この教材を通して何を、どう考えさせたいのかをつか

むことから始まる。

Ⅲ 指導の実際

1 検証授業と生徒の様子

教材名 「深く考える発問」 授業の実際 生徒の様子・教師の手立て

『手品師』

A-1

自主,自律

◎「男の子のもとへ行く彼

の生き方は誠実な生き

方といえるか?」

・コの字形態で全体議論

・主人公は「約束を守った」から「誠実」とい

うとらえだけでなく「自分で決めて行動した

こと」と書いた生徒が多い。

・全体議論に不慣れ。少人数の議論から始めた

方がよい。

『松井秀喜』

A-4

克己と強い意志

◎「主人公と私たちに違い

はあるのか」

◎「夢・目標の実現に必要

なものは何か」

・班で議論。

・松井選手の凄さに驚嘆するだけでなく、彼の

幼少時代のエピソードで自分にも真似でき

ることがあると感じる生徒もいた。

・「夢・目標実現に必要なもの」についてラン

キングすることで考えを深めた。全員、道徳

ノートは本時との関わりで記述できた。

『目標・夢の実

現』

A-2

節度,節制

◎「あきらめない心はどう

やって生まれるのか」

◎「目標を立てることと努

力すること、どちらがよ

り大切か?」

・「目標」と「夢」の違い

を明確にする。自分の

生活を振りかえる。

・形態は一斉授業。

・生徒の道徳ノートの記

述・授業中の発言を教

師がつないで、ゆさぶ

り、整理、板書する。

・「夢」は、「将来~なりたい・やりたい」もの

で「叶える」という言葉と結びつく。「夢」

実現のためには「目標」を小刻みに設定し、

それが「できた」という体験が必要。「でき

た」という体験が次へ次へとつながり「夢」

に近づくということを全体で確認した。

・生活習慣を振りかえり「計画的に」という言

葉は生徒からはでてこなかった。

『努力のつぼ』

A-4

克己と強い意志

◎「主人公はさかあがりが

できると思うか。それは

なぜか。」

◎「いい努力、悪い努力が

あるか」

・「努力」の多様性を考

える。

・班で議論。後半、全体

議論。

・これまでの様子から、班議論のままで終わる

と深まりが弱いと感じたので、班議論の時間

は短めに、後半は全体で共有し教師がゆさぶ

った。

・「努力の量と質」について考えさせるために、

いくつかの補助発問でゆさぶりをかけた。考

えている様子はみられたが、発言する生徒は

少なかった。

・道徳ノートの記述に感想のみの生徒がでた。

2 議論にせまる工夫

本研究において、議論は重要な活動の1つである。そこで授業では議論にせまる工夫を行った。

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①全体議論に不慣れなため、少人数での議論にした。意見交

流がみられるが、教師が全班にゆさぶりをかけられないた

め、班議論のままで授業が終わると理解が浅いままのこと

がある。

②同じ意見を持つ者同士で安心感を持つので、自信を持って

発表できる。書く活動には不向きなので、授業のどの場面

で、なぜ必要なのか考えて授業づくりをする。

①班議論 ②同意見グループ

③班で話合い、出てきた考えを、あえて順位付けさせる。決

定した順番が大切なのではなく「なぜ、それが上位なのか」

という理由を吟味させることで議論にせまることがねらい

である。

④二者択一の質問で自分の立場をはっきりさせて、発言に責

任を持たせることをねらいとしている。また、教師は一見

して生徒の立場がわかるので意図した指名ができる。

③ランキング ④「気持ちカード」

3 仮説の検証

本研究では、道徳的価値を多面的・多角的に捉え直すことができるように、「深く考える発問」や議

論にせまる工夫を行ってきた。そこで、生徒の自己評価の他、宿題として家庭で書く道徳ノートと授

業中の生徒の発言から、「目標・夢・努力」について道徳的価値の自覚が深まったかを検証し、「考え・

議論する道徳」が有効な手立てであったかを見ていきたい。

(1)「目標・夢を持つ」に関する道徳的価値の自覚

検証授業2~4では、ルーブリックを作成して授業

に臨んだ。それを基にどの段階の記述が出来たかを見

た結果が右の図3である。検証授業2の道徳ノートの

記述を見ると 27名中 26名の生徒が「目標・夢を持つ」

ことについて記述できていた。残りの1人については、

道徳的価値の記述はなかったものの「そもそも、字を

上手に書く必要があるのか」と、資料の内容に関して

自分自身の体験をもとに記述できていた。

授業で目指すのは第2、第3段階の記述である。第

1 段階の生徒が 5 人もいたが、その 5 人とも「目標が

あるとがんばれる人になれる」のように、全員が理由まで書けていた。

道徳的価値そのものの理解 【第 1 段階】 ・目標や夢を持つことは大切だ。 ・目標を達成できるどうかは自分次第だ。 ・努力できる人間はすばらしい。 等

一般的に「よい」とされている価値のとらえ方。 単純に「夢や希望、努力はすばらしい」というとらえ。

主体的な価値の自覚 【第 2段階】

・夢を実現するためには目標が必要だ。 ・目標、夢が実現しなくても努力することが大切だ。 ・自分ができないのはなぜ、主人公はできたのはなぜ。 ・目標は小刻みに具体的に設定する方がよい。 等

教材を通して深めたい価値の自覚。人間理解や他者理解をふくめ自分自身との関わりで価値のとらえているかを見る。 夢や希望、努力とは何かを考え直している。

価値への憧れ 【第 3段階】 ・目標、夢の実現はいつになるかわからないけど、持ち続けることが生きる希望になる

・自分を見つめ直すことから始まる。計画的に進める。 ・ただ頑張ればいいわけじゃない。努力にはいろいろな形がある。

・「がんばれ」と励ましの言葉だけでは変わらない。 ・努力し続けるには何が必要なのか。 等

主人公に共感し、見習おうとする段階。または、「~したい」のような憧れの文言でなくても、道徳的価値を「絶対的によい」ものとしての捉えではなく、自分の言葉で意味づけをしている。

表3 授業者が作成したルーブリック

学級人数 27人

26人

第1段階

5人

第2段階

18人

第3段階

3人

1人

図3 道徳ノートの記述の各段階の人数

「目標・夢を持つ」ことの

記述ができた

道徳的価値の記述がない

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(2) 「目標・夢を実現するため」に関する道徳的価値の自覚

事前アンケートで「友達の前で自分の考えや意見を発表することは得意ですか」と質問したとこ

ろ 27名中 20名が「あまり得意ではない」と回答した。生徒の実態からもわかるように、検証授業

2でも活発な意見交流の場面が少なく、授業のねらいが達成できているのか授業の様子からみとる

ことが難しかった。しかし、道徳ノートを見ると、本研究の主題に関わって教師が考えさせたかっ

たことについて多くの生徒が記述できていた。そこで、検証授業3では、道徳ノートの記述を発表

させて、それを教師がつなぎ、多様な意見がでるように、ゆさぶりをかけて、全体で共有したこと

が確認できるように板書を整理していった(図5および表4)。

目標実現のためには、目標が具体的であると同時に「計画性」も重要である。授業では、自分自

身の生活をふりかえり、「習慣」についてもとりあげたかったが、生徒からその視点の発言は出なか

った。そこで、学級活動の時間を利用して、定期テストの目標を立てさせ、目標達成のための取り

組みを考え、それが具体的で計画的なものになっているか、生徒自身に自己評価させる時間を持っ

た。

生徒の発言例 授業の様子・教師のゆさぶり

発言例

a少しずつレベルを上げれば、出来なくて悲しむことはない。

b主人公は「字をきれいに書く」という目標にしたから出来なく

て悲しんだ。字をきれいに書く必要なはい。

・同様な記述をした生徒が 27名中 16名。

・「そもそも目標は必要か?その目標が正しい

か見直す必要がある」の理解につながった。

発言例

c縄跳びをいきなり 30回跳ぼうとしないで、1回ずつ回数を増え

ることを目標にすればいい。

・「達成感を得るためには目標は具体的な方が

いいね」と全体で確認。そのうえで、発言

例3のゆさぶりをかけた。

発言例1

発言例2

発言例4

発言例3

表4 検証授業3での生徒の発言例と授業の様子

発言例5

図5 検証授業3の板書

図4 ルーブリックに基づく記述例

夢と目標の違いを自分の

言葉で説明し、目標と希望

をむすびつけている。

これまでの自分自身の体

験から価値について記述

している。

第 1 段階 第3段階 第2段階

なぜ目標が大切なのか理

由づけできている。

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(3)「努力の多様性」に関する道徳的価値の自覚

検証授業3と検証授業4の後には自己評価

を実施した(表5)。とてもそう思う・そう

思う・あまり思わない・全然思わない、この

4段階で評価してもらった。「とてもそう思

う」「そう思う」を肯定的な回答として、そ

の割合を比較した(図6)。

検証授業4では「努力の多様性」考える授

業であったが、自己評価の②と③で数値が下

がっている。これは授業づくり全体の問題も

あるが、自分ごととして教材を捉え、そこか

ら自分自身を見つめさせるには、「発問」が

弱かったと思われる。また、③「他者の意見

を聞いて納得することがあったか」について

は、他者の意見にゆさぶられたままで授業が

終わってしまい、自分の考えが整理できてい

ないのではないかと考えた。実際、「悪い努

力とは何か、もう少し聞きたかった」などの

生徒の感想があり、もっと議論の時間が必要

だったと思われる。

さらに考察を深めたい項目が①である。①「自分なりに考えが深まったか」に対して8割以上の

生徒が「深まった」と回答しているが、授業者が作成したルーブリックを基に道徳ノートの記述を

分類してみると、第1段階の記述が 19%から 24%と5ポイント増えていた。また、道徳的価値に触

れず、授業の感想のみの記述をした生徒が3人いた。

以上のことから、「努力の多様性」について、追加の授業を行ってみた。追加授業では、「いい努

力、悪い努力はあるか」の発問にしぼり、「ある派」と「ない派」に分かれて議論する形で行った。

自分の意見を発表することに苦手意識を持つ生徒が多いため、授業では活発な議論には至らなかっ

たが、道徳ノートの記述には変容が見られた。その結果が下の表6である。授業者作成のルーブリ

ックを基に記述を分類すると、第 1段階にとどまっている生徒は 1人だけで、授業の感想のみを記

述する生徒は見られず、第2・第3段階の記述が同数であった。

追加授業前 追加授業後

生徒 A

思ったこと、努力は大切だ。わかったこと、努力し続けること。「なるほど」と思ったこと、努力すればいつかはできるようになる。

最初は、悪い努力はないと思っていました。なぜなら、悪い努力があれば、みんな努力しなくなるからです。でも、僕の思いは変わりました。家で野球の練習をしてボールを人の車に当てた事があります。自分ではいいことしていると思っていても、その結果がすべていいとは限りません。人の迷惑になることをあります。悪い努力はあると思います。

発言例

dそれでもいい。今できることを一生懸命やるのが大事だから

eどんな目標でも自分で決めたことだからいい。

fそれではダメ。いつまでたっても夢に届かない。

g目標は自分で決めるから次につながるものになっているはず。

・「達成感が大事なら、できることしか目標に

しないのでは?」とゆさぶりをかけた。

・どちらにしろ、目標そのものも見直しが必

要な時があるいう理解につながった。

発言例

h目標はないといけないもの。目標があるから努力する。そして、

必ず自分の力になるから目標は達成できなくても意味がある。

i僕は目標に追いつけず失敗することがよくある。まず、目標を

立てるより努力を続けておく方が大事。

・「目標は自分のために立てるものだね?」と

ゆさぶりをかけた。

・「目標がなくても努力を続けることはできる

か」とゆさぶりをかけた。

発言例

j自分のためだから、見ていなくても努力できないとダメ。

k褒められたら、うれしくてやる気になって達成出来る。

l自分の目標を達成するだけで、誰かを喜ばせることがある。目

標が人の役に立つこともあるかもしれないと初めて知った。

・「目標が自分のためなら、誰も見ていなくて

も努力できるよね?」とゆさぶりをかけた。

表5 自己評価の質問

図6 自己評価の比較

表5 自己評価の質問

①(価値)について自分なりに考えが深まり新しく知ったことがあった。

②もし「自分だったら」と考える場面があった。 ③先生や友達の考え・意見を聞いて「なるほど」と思うことがあった。

④自分の考えや意見を伝えることができた。 ⑤今日学んだことをこれから生かしたいと思った。

図6 自己評価の結果

0

20

40

60

80

100①

③ ④

夢・目標について 努力の多様性

表6 追加授業後の道徳ノートの変容と考察

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生徒B

主人公はお母さんに「努力のつぼ」の話を何回も聞いて努力しようとしているからすごい。

いい努力とは、自分の実になり、周りの人にも認められたりすることです。悪い努力はあると思います。私は前に友達に悪い努力をされて傷ついたことがあります。

生徒C

今日わかったことそれは悪い努力があるということです。「人を傷つける努力。」でも、そんなことがないクラスにしたいです。

努力するとは「夢に向かって少しずつがんばっていくこと」だと思っています。でも、がむしゃらに努力し続けても、周りを見ない人は「悪い努力」になってしまうと思っています。努力は良いことだけど、人のことを考えない努力は少し違うかなと思いました。

生徒D

自分はどんな努力も一緒だと思っていたけど、みんなは人を傷つけるような努力もあるといっていたから、それはどんなことかなぁと思った。

悪い努力はない。自分がやりたいことをするのに悪い努力はないと思っていた。でも、「オレオレ詐欺の努力は?」と聞かれて考えが少し変わった。努力とは・・・いい努力も悪い努力もある。努力そのもので人を傷つけることはないけど、その目標がよくないものだったら悪い努力になる。

考 察

生徒A

追加授業前の記述では、一般的な価値理解が述べられているだけだが、追加授業後は「悪い努力はない」という理由も自分の言葉で書けており(波線部)、一般的な価値理解から多面的な捉えをしようとしている。この生徒は授業においては最後まで「ない」派にいたが、家に帰って改めて考え直している。時間をかけて内省したことでより深く考えたことがわかる例である。(下線部)。

生徒B

追加授業前は、教材の感想だけが書かれており道徳的価値については触れられていなかった。しかし、追加授業後は「いい努力とは」と自分なりに定義づけができ(下線部)、また、悪い努力について具体的にイメージできたことで、自分自身の経験と重ね合わせている(波線部)。

生徒C

追加授業前から、努力を多面的に捉えることができていた。自分との関わりだけでなく集団がどうあるべきかまで視点が広がっている(下線部)。追加授業後は、「がむしゃらにやることがよいとは限らない」ことにも気がついており「努力の多様性」が広がった(波線部)。さらに自分なりの定義ができている。

生徒D

検証授業4では、かたくなに「悪い努力はない」と言っていた生徒である。しかし、「人を傷つけるのは悪い努力」という発言がずっと気になっていた様子である。追加授業では、授業の途中で「ある派」に変わった。そこで、悪い努力とは何かを班で意見交流できたことで、納得して「努力」について記述している。また、これまでの学習と結び付けて「目標」と「努力」の関係性について書いている(下線部)。

(4) まとめ

研究仮説に基づき

「目標や夢」「努力」

についての道徳的価

値の自覚を深める授

業を目指してきた。

そのためには、生徒

自身が持つそれまで

の一般的な価値理解

にとどまらず、道徳

的価値を多面的・多

角的に捉えることが

必要である。

価値の自覚に深ま

りがあったかを見る

ために、道徳ノート

の記述を授業者作成

のルーブリックもと

に分類してみた(図

7)。検証授業2は

「目標や夢」につい

てで、第1段階の生

徒が5人もいたこと

を受け、検証授業3

では、生徒の発言を

図7 「目標・夢・努力」についての道徳的価値の自覚の深まり

6

24

19

47

35

69

47

24

12

17

0% 20% 40% 60% 80% 100%

追加授業

検証授業④

検証授業②

第1段階 第2段階 第3段階 価値に触れていない

目標・夢を持つ

N=27

努力の多様性

努力の多様性

図8 追加授業の様子

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つなぎ、対立の場面・思考

の過程がみえるように板書

し、全体で共有できるよう

にした。

検証授業4と追加授業は

「努力」についてである。

追加授業後は、9割以上の

生徒が第2・第3段階の記

述ができていた。それに加

え、第3段階の深まりがあ

った生徒の割合が、これま

でで一番多高かった。これ

は、追加授業が「悪い努力

はあるか?」という論点が

はっきりした話合いがあり、「問い」に対し考えようとする主体的な態度が見られ、これまでの授業

の中で最も「議論」に近い授業になったためだと思われる。

以上のことから、発問を精選し、物事を多面的・多角的に「考え・議論する」道徳科の授業を行

うことで、「夢や目標」「努力」について道徳的価値の自覚が深まったと言える。

Ⅳ 成果と課題

1 成果

(1)「考え・議論する」ための発問の工夫、議論にせまる工夫、教材の作成をしたことで、生徒が持つ

それまでの一般的な価値理解をゆさぶることができ、道徳的価値の自覚を深めることができた。

(2) 道徳ノートを家庭で書かせることで、授業において話合いの時間が確保できただけでなく、生徒

にとっても、内省し、より深く考える時間ができた。

(3) ルーブリックを作成し、生徒に考えさせたいことを明確にもち授業に臨むことができた。このル

ーブリックの視点は道徳科で指導すべきその他の内容項目にも生かすことができる。

(4) より多くの意見に触れてもらいたいという願いから毎授業後に道徳通信を発行して家庭との連携

を図った。今後はさらに活用を進めていきたい。

2 課題

(1) 今後も、発問の工夫や議論にせまる授業づくりが必要である。特に、「友達の前で自分の考えを発

表することは苦手」と感じる生徒が多い学級の実態をふまえて、自分の考えを持たせて議論に入る

ためにワークシートを利用するなど、話合い活動の工夫が必要である。

(2) 道徳ノートの記述に深まりが見られなかった生徒への支援。授業で「考える」ことができなかっ

たのか、文章を書くことが苦手なのかを見極めて、担任として道徳の授業以外での支援も考えたい。

(3) 本研究のテーマである生徒を育成するためにも、自己肯定感を高めるための道徳科の工夫が継続

課題である。

図9 生徒Aの追加授業前後の記述

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〈参考文献〉

加藤宣行 2012 『道徳授業を変える 教師の発問力』 東洋館出版社

上地完治 2011 「価値多様化社会における学校の道徳教育」『琉球大学教育学部紀要第 79集抜刷』

赤堀博行 2010 『道徳教育で大切なこと』 東洋館出版社

文部科学省 2010 『中学校学習指導要領解説 道徳編』

四竃衛 2004年 『松井秀喜』 旺文社

東京子ども教育センター教室編 『子どもを変えた“親の一言”作文 25 選 』 1998 年 明治図書出版

〈参考資料〉

国頭教育事務所 2014 「名護市道徳研修会資料」

〈参考URL〉

文部科学省2015 『中学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編』

http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro.../01/.../1356257_5.pdf

平川雅浩 2007 「『道徳の時間』における指導法の工夫・改善

http://www.kochinet.ed.jp/center/research_paper/h19_daigaku_kenshusei/17_dotoku-kaizen.pdf