新しい技術の潮流を創り出すために -...

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根岸英一

新しい技術の潮流を創り出すために世界中にパートナーを求めています

「テクノロジー・イノベーションセンター」(TIC)は、「夢のある商品づくり」「差別性のある技術づくり」「新たな価値づくり」を研究・開発の3つの柱として、昨年(2015年)11月にオープンしました。テーマづくりから一緒にやっていこうと、世界の優秀な人材に呼び掛けています。おかげさまで、国内外の研究機関、技術関係者、企業から、注目を集めているようです。 具体的に何をするかが問われているわけですが、私たちが考えるテーマには、数、狙いともに限りはありません。空調メーカーだからといって、空調だけのことを考えてのことではありません。世界のパートナーとともに多くのテーマを集め、手を携え、「新たな価値」というホームランを打ち続けていきたいと願っています。つまり、オープン・イノベーションによる協創です。 その一例を申し上げますと、モノをインターネットで結んで新たな価値を生み出そうという

「Internet of Things」(IoT)によるサービス・ソリューションの展開です。空調で言えば、今は、空気空間から花粉など悪いものを除去しようという考え方が中心ですが、私たちは空間に付加価値を持たせたいと思っています。建物を通してもう一度、空調の在り方を考えたいのです。たとえば、世界一良く眠れる寝室はどんな空気環境なのか、病院にはどういう空気空間が求められるのか、オフィスには……。 TICの協創の窓口は、「テクノロジー・イノベーション戦略室」です。アメリカのシリコンバレーには、TICの分室があります。多角的なリサーチに基づき、イギリス、ドイツ、そして中国など海外との協創も進めていきます。ダイキンには、グローバル企業としての自負があります。なんでも自由にものが言える会社です。決して敷居は高くありません。ぜひ、TICにお立ち寄りください。一緒にやりましょう。

米田裕二

Contentsテクノロジー・イノベーションセンター長米田裕二 挨拶 ……01新しい技術の潮流を作り出すために世界中にパートナーを求めています

巻頭インタビュー

根岸英一 2010年ノーベル化学賞受賞 ……02マイナスの裏には必ずプラスがあるそれぞれの夢を実現させよう

TIC立ち上げチームが語る構想10年の熱い想い ……04TIC は夢のインキュベータ

特集

人類の知の手段「はかる」 ……09人類の進歩は「はかる」によってもたらされた

研究者の群像①先端デザイングループグループリーダー 主任技師 関 康一郎 ……16見えない空気を「愛されるもの」にダイキンの世界観をデザインしたい

ダイキンを支える技術① 「快適性」「省エネ」を実現し、エアコンの歴史に新たな一歩を刻んだインバータ ……20

TICイベント紹介 ……26

異分野融合で新しい文化を創造する場TICルポ ……28

フッ素のお話① ……32私たちの身の周りにあふれているフッ素製品

最近のおもな社外発表 ……33

ダイキン工業株式会社執行役員

テクノロジー・イノベーションセンター長

1963年兵庫県生まれ。京都大学農学部農業工学科を卒業後、87年にダイキンに入社。2014年より執行役員に。空調生産本部などを経て、15年11月より現職。

編集長 ● 東 研一企画・編集 ● 小林 淳 木下 悠(ダイキン工業株式会社 テクノロジー・イノベーションセンター) 大槻 茂

(株式会社広報戦略研究所) 株式会社タミワオフィス執筆 ● 大槻 茂、藤原規洋、玉村 治、民輪めぐみ、上村久留美、関根くるみ、御門あい写真撮影 ● 吉川忠久、村川荘兵衛写真協力 ● 株式会社アフロ、フォトライブラリー印刷所 ● 図書印刷株式会社お問い合せ [email protected]

『Challengeという誌名について』「Challenge」という英単語から「lle」を抜くと、「Change」という英単語が現れます。「挑戦に次ぐ挑戦から変革を起こす」を意味するこの誌名は、ここTICが目指す姿そのものであり、当社の社風を表すものでもあります。写真は10m電波暗室。

Yuj i Yoneda

人と人が創る科学の夢 Technology and Innovation Center

2016 Vol. 01 Me

ss

ag

e

表紙デザイン/坂川朱音(krran)撮影/吉川忠久

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根岸英一

新しい技術の潮流を創り出すために世界中にパートナーを求めています

「テクノロジー・イノベーションセンター」(TIC)は、「夢のある商品づくり」「差別性のある技術づくり」「新たな価値づくり」を研究・開発の3つの柱として、昨年(2015年)11月にオープンしました。テーマづくりから一緒にやっていこうと、世界の優秀な人材に呼び掛けています。おかげさまで、国内外の研究機関、技術関係者、企業から、注目を集めているようです。 具体的に何をするかが問われているわけですが、私たちが考えるテーマには、数、狙いともに限りはありません。空調メーカーだからといって、空調だけのことを考えてのことではありません。世界のパートナーとともに多くのテーマを集め、手を携え、「新たな価値」というホームランを打ち続けていきたいと願っています。つまり、オープン・イノベーションによる協創です。 その一例を申し上げますと、モノをインターネットで結んで新たな価値を生み出そうという

「Internet of Things」(IoT)によるサービス・ソリューションの展開です。空調で言えば、今は、空気空間から花粉など悪いものを除去しようという考え方が中心ですが、私たちは空間に付加価値を持たせたいと思っています。建物を通してもう一度、空調の在り方を考えたいのです。たとえば、世界一良く眠れる寝室はどんな空気環境なのか、病院にはどういう空気空間が求められるのか、オフィスには……。 TICの協創の窓口は、「テクノロジー・イノベーション戦略室」です。アメリカのシリコンバレーには、TICの分室があります。多角的なリサーチに基づき、イギリス、ドイツ、そして中国など海外との協創も進めていきます。ダイキンには、グローバル企業としての自負があります。なんでも自由にものが言える会社です。決して敷居は高くありません。ぜひ、TICにお立ち寄りください。一緒にやりましょう。

米田裕二

Contentsテクノロジー・イノベーションセンター長米田裕二 挨拶 ……01新しい技術の潮流を作り出すために世界中にパートナーを求めています

巻頭インタビュー

根岸英一 2010年ノーベル化学賞受賞 ……02マイナスの裏には必ずプラスがあるそれぞれの夢を実現させよう

TIC立ち上げチームが語る構想10年の熱い想い ……04TIC は夢のインキュベータ

特集

人類の知の手段「はかる」 ……09人類の進歩は「はかる」によってもたらされた

研究者の群像①先端デザイングループグループリーダー 主任技師 関 康一郎 ……16見えない空気を「愛されるもの」にダイキンの世界観をデザインしたい

ダイキンを支える技術① 「快適性」「省エネ」を実現し、エアコンの歴史に新たな一歩を刻んだインバータ ……20

TICイベント紹介 ……26

異分野融合で新しい文化を創造する場TICルポ ……28

フッ素のお話① ……32私たちの身の周りにあふれているフッ素製品

最近のおもな社外発表 ……33

ダイキン工業株式会社執行役員

テクノロジー・イノベーションセンター長

1963年兵庫県生まれ。京都大学農学部農業工学科を卒業後、87年にダイキンに入社。2014年より執行役員に。空調生産本部などを経て、15年11月より現職。

編集長 ● 東 研一企画・編集 ● 小林 淳 木下 悠(ダイキン工業株式会社 テクノロジー・イノベーションセンター) 大槻 茂

(株式会社広報戦略研究所) 株式会社タミワオフィス執筆 ● 大槻 茂、藤原規洋、玉村 治、民輪めぐみ、上村久留美、関根くるみ、御門あい写真撮影 ● 吉川忠久、村川荘兵衛写真協力 ● 株式会社アフロ、フォトライブラリー印刷所 ● 図書印刷株式会社お問い合せ [email protected]

『Challengeという誌名について』「Challenge」という英単語から「lle」を抜くと、「Change」という英単語が現れます。「挑戦に次ぐ挑戦から変革を起こす」を意味するこの誌名は、ここTICが目指す姿そのものであり、当社の社風を表すものでもあります。写真は10m電波暗室。

Yuj i Yoneda

人と人が創る科学の夢 Technology and Innovation Center

2016 Vol. 01 Me

ss

ag

e

表紙デザイン/坂川朱音(krran)撮影/吉川忠久

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2 Challenge 2016 Vol. 01 3

Interv iew

Ei-ichi Negishi2010年ノーベル化学賞受賞

根 岸 英 一マイナスの裏には必ずプラスがあるそれぞれの夢を実現させよう

 テクノロジー・イノベーションセンター(TIC)の社外広報誌「Challenge」の創刊おめでとうございます。700人もの研究・技術者が一堂に会し、自らの領域を超えて交わり、変革を恐れず切磋琢磨する場ができたことは大変嬉しく、フェローとしてその進化に立ち会えることを幸せに思います。また「Challenge」誌が、社内外の斬新な交流と創造を生み出す種子となるよう、祈ってやみません。 私が2010年にノーベル化学賞をいただいた後、「どうすれば先生のようになれるのか」と多くの方から質問されますが、幼い頃から英才教育を受けたわけでも、「天才」などと騒がれたこともなく、どちらかといえば、のどかな腕白坊主でした。今は絵画も音楽も好きですが、小中学校時代は、絵も習字も一度も提出したことがない。図画の先生があきれて「根岸くんのほかの成績はどうなんですか」と担任に確認したほど。勉強はまあ出来ていましたが、そもそも勉強に興味がなかった。両親から「勉強しろ」と言われた記憶もまったくなく、放課後は、神奈川県南林間の家で父が飼っていたウサギやニワトリのエサ採りに夢中でした。 人生にはいくつかの転機が訪れますが、今の私をつくった最大の転機は、入学した湘南高校時代に、にわかに「勉強に目覚めた」あの瞬間だったと思います。1年生当時の私の成績は400人中の123番。毎年40人ほどが東京大学に受かっていましたが、このままでは到底無理。ところが、私は「勉強もしないで123番なのだから、もし勉強すればいけるのではないか」と考えました。そのより所となったのは「自分より上に100人もいるが、自分より下には200人近くもいるじゃないか。やってみよう」という発想でした。それが私に転機をもたらしました。突然「東大進学」を決意した私が心がけたのは「予習」。毎朝1時間ぐらい早く登校し、図書館でその日の予習をしたり、百科事典を読みました。身が入っていなかった授業が急速に面白くなり、2年生の1学期末には

9番に。その後、卒業まではほとんどトップでした。 これで私が大喜びしたかといえば、ことはそう簡単ではありませんでした。トップになったらなったで、とてもしんどい。そこから落ちたらどうしよう、というプレッシャーに潰されそうになって苦しむのですから、人間とは不思議なものです。大学受験当日の体調も最悪の状態で、確実に失敗した、と落ち込みました。 東大に入ってからも、必ずしも順風満帆ではありませんでした。3年生で胃腸障害になり、期末試験も全部は受けられず、留年しました。毎日、聖書から小説、ハウツー本まで、読書に明け暮れました。これは、目前の「前進」からはマイナスでした。しかし、懊

おう

悩のう

しながらも、その時間は「人生の目的」を真剣に考える猶予を与えてくれました。 ターニングポイントは、悩みや苦しみとともに訪れます。悩みがなければ、転機も訪れないから。しかし、マイナスの裏には、必ずプラスがある。自分自身がそれを発見して、自分の力に変えていけるかどうか。それが、転機の際に試されるのだと思います。 TICの技術者諸君も淀川に移った当初は戸惑いが大きかった、と耳にしました。私が単身渡米したときのような戸惑いや不安を抱えている方もいたでしょう。私は新天地アメリカで「ヒューマニズム」を学びました。それは、相手を重んじることと同意語だと思っています。相手を重んじるためには、自分自身を確立しなくてはならない。「協創」という言葉も、まず自分の研究分野が揺るぎないものであってこそ、成立すると思います。20代半ばで渡米する前の私には、有機合成の基本的な知識も能力もほとんどありませんでした。必要性を感じていた分、懸命に勉強しました。 新しい場には新しい夢が宿ります。そして、夢は「持つ」ことが大事です。日本の若い研究者、技術者が、それぞれの夢を着実に実現させるよう、願います。

1935年、中国・吉林省長春市に生まれる。神奈川県立湘南高校卒業。1958年、東京大学工学部応用化学科卒業、現・帝人入社。1960年、フルブライト奨学生としてペンシルベニア大学博士課程に留学。1999年からパデュー大学ハーバート・C・ブラウン化学研究室特別教授。ペンシルベニア大学、東京大学名誉博士。在米50年、家族は妻と2女、4孫。

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2 Challenge 2016 Vol. 01 3

Interv iew

Ei-ichi Negishi2010年ノーベル化学賞受賞

根 岸 英 一マイナスの裏には必ずプラスがあるそれぞれの夢を実現させよう

 テクノロジー・イノベーションセンター(TIC)の社外広報誌「Challenge」の創刊おめでとうございます。700人もの研究・技術者が一堂に会し、自らの領域を超えて交わり、変革を恐れず切磋琢磨する場ができたことは大変嬉しく、フェローとしてその進化に立ち会えることを幸せに思います。また「Challenge」誌が、社内外の斬新な交流と創造を生み出す種子となるよう、祈ってやみません。 私が2010年にノーベル化学賞をいただいた後、「どうすれば先生のようになれるのか」と多くの方から質問されますが、幼い頃から英才教育を受けたわけでも、「天才」などと騒がれたこともなく、どちらかといえば、のどかな腕白坊主でした。今は絵画も音楽も好きですが、小中学校時代は、絵も習字も一度も提出したことがない。図画の先生があきれて「根岸くんのほかの成績はどうなんですか」と担任に確認したほど。勉強はまあ出来ていましたが、そもそも勉強に興味がなかった。両親から「勉強しろ」と言われた記憶もまったくなく、放課後は、神奈川県南林間の家で父が飼っていたウサギやニワトリのエサ採りに夢中でした。 人生にはいくつかの転機が訪れますが、今の私をつくった最大の転機は、入学した湘南高校時代に、にわかに「勉強に目覚めた」あの瞬間だったと思います。1年生当時の私の成績は400人中の123番。毎年40人ほどが東京大学に受かっていましたが、このままでは到底無理。ところが、私は「勉強もしないで123番なのだから、もし勉強すればいけるのではないか」と考えました。そのより所となったのは「自分より上に100人もいるが、自分より下には200人近くもいるじゃないか。やってみよう」という発想でした。それが私に転機をもたらしました。突然「東大進学」を決意した私が心がけたのは「予習」。毎朝1時間ぐらい早く登校し、図書館でその日の予習をしたり、百科事典を読みました。身が入っていなかった授業が急速に面白くなり、2年生の1学期末には

9番に。その後、卒業まではほとんどトップでした。 これで私が大喜びしたかといえば、ことはそう簡単ではありませんでした。トップになったらなったで、とてもしんどい。そこから落ちたらどうしよう、というプレッシャーに潰されそうになって苦しむのですから、人間とは不思議なものです。大学受験当日の体調も最悪の状態で、確実に失敗した、と落ち込みました。 東大に入ってからも、必ずしも順風満帆ではありませんでした。3年生で胃腸障害になり、期末試験も全部は受けられず、留年しました。毎日、聖書から小説、ハウツー本まで、読書に明け暮れました。これは、目前の「前進」からはマイナスでした。しかし、懊

おう

悩のう

しながらも、その時間は「人生の目的」を真剣に考える猶予を与えてくれました。 ターニングポイントは、悩みや苦しみとともに訪れます。悩みがなければ、転機も訪れないから。しかし、マイナスの裏には、必ずプラスがある。自分自身がそれを発見して、自分の力に変えていけるかどうか。それが、転機の際に試されるのだと思います。 TICの技術者諸君も淀川に移った当初は戸惑いが大きかった、と耳にしました。私が単身渡米したときのような戸惑いや不安を抱えている方もいたでしょう。私は新天地アメリカで「ヒューマニズム」を学びました。それは、相手を重んじることと同意語だと思っています。相手を重んじるためには、自分自身を確立しなくてはならない。「協創」という言葉も、まず自分の研究分野が揺るぎないものであってこそ、成立すると思います。20代半ばで渡米する前の私には、有機合成の基本的な知識も能力もほとんどありませんでした。必要性を感じていた分、懸命に勉強しました。 新しい場には新しい夢が宿ります。そして、夢は「持つ」ことが大事です。日本の若い研究者、技術者が、それぞれの夢を着実に実現させるよう、願います。

1935年、中国・吉林省長春市に生まれる。神奈川県立湘南高校卒業。1958年、東京大学工学部応用化学科卒業、現・帝人入社。1960年、フルブライト奨学生としてペンシルベニア大学博士課程に留学。1999年からパデュー大学ハーバート・C・ブラウン化学研究室特別教授。ペンシルベニア大学、東京大学名誉博士。在米50年、家族は妻と2女、4孫。

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4 Challenge 2016 Vol. 01 5

東 TICの構想10年。誕生の背景や熱い想いを語ってください。河原(以下 河) 発案は現会長の井上礼之で、ダイキンの創立80周年に当たる2004年でした。会社は大きくなったが、質実剛健をモットーにやってきたので、研究開発部門は必ずしも予算や設備、オフィスに恵まれた部門ではなく、滋賀と堺とこの淀川製作所の3カ所に点在していました。井上が、そろそろ大きな研究センターを構えてもいいんじゃないか、と言い出した。研究担当役員

(現顧問)の鳥越邦和と経営企画室に指示が下りて、他社調査を始めたり、基本構想を考え始めたんです。

大島(以下 大) 2009年まではそんな感じでしたね。

10年の間には、コントロール できない経営マターも多くて

河 予備検討の期間が長かった。10年の間にはリーマンショックとか、OYLやGoodman社の買収とか、大きな経営判断があって、技術開発拠点の建設は最上位のマターではなかった。一番長く関わっていた大島は、途中で「もう嫌だ」と言っていたこともあった

(笑)。うちの特徴でもありますが、検討期間を長く持てたのは、結果的にすごく良かった。東 なぜ「もう嫌だ」と思った?大 自分たちでコントロールでき

ないことが多すぎたんです。たとえば「買収」は、そのタイミングを逃したらもうない。だけど技術開発拠点は、今年建てようが来年建てようが目前の業績には影響がない。スタッフ側の想いとか、検討の精度とかではコントロールできない経営判断だったので、ストレスは大きかった。河 私は4年目ぐらいに、構想担当部長として参画して、何が何でも通してやる、という気持ちでした。苦労しながら、進んでいない状況も見ていたので、どんどん提案して、押し切って、進めていこうという気持ち。谷 私は担当役員の秘書として、会議に出席する場面が多くて、技

テクノロジー・イノベーションセンター副センター長河原克己1964年大阪府生まれ。大阪大学工学部金属材料工学科を卒業後入社し、機械技術研究所に配属。機械R&D戦略室や、空調開発企画室などを経て、2011年にテクノロジー・イノベーションセンター推進室長に就任。15年11月より現職。

TIC は夢のインキュベータ構想10年の熱い想い 術者ではない私に何ができるだろ

うという気持ちが強かった。河 谷さんは「私やりたいです」と、唯一立候補して入ってきた人。鈴木(以下 鈴) 僕は2011年くらいから。まだ建築の基本計画とか、基本構想の段階でした。東 こういう技術開発拠点が必要だ、という発想自体が斬新だったわけですよね?谷 当時はオムロンさんくらいしかやっていらっしゃらなかった。河  80年代のバブルの頃に、多角化経営を目指し、新規事業を作るために筑波にMEC研究所が作られましたが、本流の空調事業とかフッ素化学事業とは少し縁遠い、中央研究所的な位置付けでした。会社の大黒柱である堺や滋賀、淀川の足元に、大きな技術開発拠点というのはビッグニュースでした。できたら引っ越さないといけない、という意味も含めて、影響とインパクトが非常に大きくて、注目度は高かった。鈴 僕は建築担当者として参画し、役割は、建設を具体的にスピードをもって、予算管理も含め遂行すること。河 僕に無理難題を吹っかけられながらね(笑)。

「夢のある建物」はいいけど お金も縮めなあかん

鈴 (笑)普通なら、研究センターは実験設備をメインにするけど、新しくモノを創るために、TICほど広く多彩な場を持っているところはないと思う。それをコンセプトの中心に持ってきているので、非常にでかい建物になっている。それでこそ、「夢のある建物」になるんですが、その構想がすでにある段階で、僕はメンバーに

入ったので、とてつもなくお金がかかると思った(笑)。それで、「もうちょっと縮めよう」とか「こっちは実現するけど、お金も縮めなあかん」と僕が言うと、河原さんが「いや、ここはメインやで」みたいな逆のことを言う(笑)。河 自分たちは研究メインでやっていて、いきなりオープンイノベーションって、なんやそれ? みたいな雰囲気もあったね。鈴 だからこそ、こういう場所が必要なんだ、と納得してもらう難しさもありましたよね。谷 実際に行動観察みたいなことをして、その時に初めていろいろな部門の方と関わって、どういう仕事のやり方をしているのか現場に行って見たりして。噂では、それぞれの風土も違うとか、いろいろ聞いていたけれど、身をもって感じたのはそのときでしたね。大 専任部署は2005年からあったけど、プロジェクト化したのは2012年7月。推進責任者が河原さんになってからは、ギア入れまくり。一筋縄では絶対無理、と感じていらっしゃったんやと思う。河 僕が来て、テクノロジー・イノベーションセンター推進室になり、その後プロジェクトになったときに、今の社長の十河がプロジェクトリーダーになって、その下に技術の全役員が入った。そして推進室が設立準備室に変わった。プロジェクトになって一番変わったのは、リーダーが社長になったことと、全技術担当役員が参画メンバーになったこと。東 つまり、本気になった。河 そう。まずは場所の決定。それからどれくらいの規模の組織、役割にするか。それによって、

2004年、創立80周年を機に発案されたダイキン技術開発拠点の建設。しかし実現への道は決して平坦ではなかった。プロジェクトの中枢で走り続けた4人の設立準備委員にその想いを聞いた。

Navigatorテクノロジー・イノベーションセンター担当部長/Challenge 編集長東 研一

座談会の

「協創推進のエンジンは、好奇心と信頼関係」と の 信 念 の もと、日々行動しています。

施設部 企画担当課長鈴木智宏2006年にダイキンに入社し、化学事業部エンジニアリング部に所属。11年に施設部に配属され、TIC建築担当として建設に参画した。

テクノロジー・イノベーションセンターテクノロジー・イノベーション戦略室知財担当課長大島久典2003年ダイキンに入社。空調技術研究所(当時)から、テクノロジー・イノベーションセンター推進室、同設立準備室を経て現職。

Symposium座談会

テクノロジー・イノベーションセンター協創促進チーム谷 満生産技術センター、空調技術研究所を経て、2012年旧テクノロジー・イノベーションセンター設立準備室の建屋建築PJ オフィス分科会リーダーに就任。15年より現職。

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4 Challenge 2016 Vol. 01 5

東 TICの構想10年。誕生の背景や熱い想いを語ってください。河原(以下 河) 発案は現会長の井上礼之で、ダイキンの創立80周年に当たる2004年でした。会社は大きくなったが、質実剛健をモットーにやってきたので、研究開発部門は必ずしも予算や設備、オフィスに恵まれた部門ではなく、滋賀と堺とこの淀川製作所の3カ所に点在していました。井上が、そろそろ大きな研究センターを構えてもいいんじゃないか、と言い出した。研究担当役員

(現顧問)の鳥越邦和と経営企画室に指示が下りて、他社調査を始めたり、基本構想を考え始めたんです。

大島(以下 大) 2009年まではそんな感じでしたね。

10年の間には、コントロール できない経営マターも多くて

河 予備検討の期間が長かった。10年の間にはリーマンショックとか、OYLやGoodman社の買収とか、大きな経営判断があって、技術開発拠点の建設は最上位のマターではなかった。一番長く関わっていた大島は、途中で「もう嫌だ」と言っていたこともあった

(笑)。うちの特徴でもありますが、検討期間を長く持てたのは、結果的にすごく良かった。東 なぜ「もう嫌だ」と思った?大 自分たちでコントロールでき

ないことが多すぎたんです。たとえば「買収」は、そのタイミングを逃したらもうない。だけど技術開発拠点は、今年建てようが来年建てようが目前の業績には影響がない。スタッフ側の想いとか、検討の精度とかではコントロールできない経営判断だったので、ストレスは大きかった。河 私は4年目ぐらいに、構想担当部長として参画して、何が何でも通してやる、という気持ちでした。苦労しながら、進んでいない状況も見ていたので、どんどん提案して、押し切って、進めていこうという気持ち。谷 私は担当役員の秘書として、会議に出席する場面が多くて、技

テクノロジー・イノベーションセンター副センター長河原克己1964年大阪府生まれ。大阪大学工学部金属材料工学科を卒業後入社し、機械技術研究所に配属。機械R&D戦略室や、空調開発企画室などを経て、2011年にテクノロジー・イノベーションセンター推進室長に就任。15年11月より現職。

TIC は夢のインキュベータ構想10年の熱い想い 術者ではない私に何ができるだろ

うという気持ちが強かった。河 谷さんは「私やりたいです」と、唯一立候補して入ってきた人。鈴木(以下 鈴) 僕は2011年くらいから。まだ建築の基本計画とか、基本構想の段階でした。東 こういう技術開発拠点が必要だ、という発想自体が斬新だったわけですよね?谷 当時はオムロンさんくらいしかやっていらっしゃらなかった。河  80年代のバブルの頃に、多角化経営を目指し、新規事業を作るために筑波にMEC研究所が作られましたが、本流の空調事業とかフッ素化学事業とは少し縁遠い、中央研究所的な位置付けでした。会社の大黒柱である堺や滋賀、淀川の足元に、大きな技術開発拠点というのはビッグニュースでした。できたら引っ越さないといけない、という意味も含めて、影響とインパクトが非常に大きくて、注目度は高かった。鈴 僕は建築担当者として参画し、役割は、建設を具体的にスピードをもって、予算管理も含め遂行すること。河 僕に無理難題を吹っかけられながらね(笑)。

「夢のある建物」はいいけど お金も縮めなあかん

鈴 (笑)普通なら、研究センターは実験設備をメインにするけど、新しくモノを創るために、TICほど広く多彩な場を持っているところはないと思う。それをコンセプトの中心に持ってきているので、非常にでかい建物になっている。それでこそ、「夢のある建物」になるんですが、その構想がすでにある段階で、僕はメンバーに

入ったので、とてつもなくお金がかかると思った(笑)。それで、「もうちょっと縮めよう」とか「こっちは実現するけど、お金も縮めなあかん」と僕が言うと、河原さんが「いや、ここはメインやで」みたいな逆のことを言う(笑)。河 自分たちは研究メインでやっていて、いきなりオープンイノベーションって、なんやそれ? みたいな雰囲気もあったね。鈴 だからこそ、こういう場所が必要なんだ、と納得してもらう難しさもありましたよね。谷 実際に行動観察みたいなことをして、その時に初めていろいろな部門の方と関わって、どういう仕事のやり方をしているのか現場に行って見たりして。噂では、それぞれの風土も違うとか、いろいろ聞いていたけれど、身をもって感じたのはそのときでしたね。大 専任部署は2005年からあったけど、プロジェクト化したのは2012年7月。推進責任者が河原さんになってからは、ギア入れまくり。一筋縄では絶対無理、と感じていらっしゃったんやと思う。河 僕が来て、テクノロジー・イノベーションセンター推進室になり、その後プロジェクトになったときに、今の社長の十河がプロジェクトリーダーになって、その下に技術の全役員が入った。そして推進室が設立準備室に変わった。プロジェクトになって一番変わったのは、リーダーが社長になったことと、全技術担当役員が参画メンバーになったこと。東 つまり、本気になった。河 そう。まずは場所の決定。それからどれくらいの規模の組織、役割にするか。それによって、

2004年、創立80周年を機に発案されたダイキン技術開発拠点の建設。しかし実現への道は決して平坦ではなかった。プロジェクトの中枢で走り続けた4人の設立準備委員にその想いを聞いた。

Navigatorテクノロジー・イノベーションセンター担当部長/Challenge 編集長東 研一

座談会の

「協創推進のエンジンは、好奇心と信頼関係」と の 信 念 の もと、日々行動しています。

施設部 企画担当課長鈴木智宏2006年にダイキンに入社し、化学事業部エンジニアリング部に所属。11年に施設部に配属され、TIC建築担当として建設に参画した。

テクノロジー・イノベーションセンターテクノロジー・イノベーション戦略室知財担当課長大島久典2003年ダイキンに入社。空調技術研究所(当時)から、テクノロジー・イノベーションセンター推進室、同設立準備室を経て現職。

Symposium座談会

テクノロジー・イノベーションセンター協創促進チーム谷 満生産技術センター、空調技術研究所を経て、2012年旧テクノロジー・イノベーションセンター設立準備室の建屋建築PJ オフィス分科会リーダーに就任。15年より現職。

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6 Challenge 2016 Vol. 01 7

2000人近くの技術者の何人がここに集結するかが決まる。大きな案になったり、小さい案になったり、随分時間をかけて議論しました。1500人以上、ほぼ全員を集める案もあった。300~400人規模の研究所という案もあった。結果的には700人規模でスタートと決まった。研究所だけでなく、事業部門の先行開発も一緒になろうと。「ごった煮」でスタートしようというのがうちの特徴。渾然一体となって、皆でワイワイガヤガヤやろうという道を選んだ。

多様な人間の知恵から 新しいモノが生まれる

河 そもそも、うちの会社は、1人が突出してノーベル賞を取るのではなく、多様な人間が寄り集まって知恵を出し合うことで、新しいモノが生まれる、と信じている。その可能性にかけている。だから基礎研究の得意な人、商品開発の得意な人とかを、別々の組織に分けて置くのではなく、いろいろな人間が集まって、ケンカもしながらワイワイガヤガヤやったほうが、結果として絶対ユニークな、良い技術、良い商品ができるだろうという考え方があるんです。東 それが「ワイガヤ」ですね。

河 そうそう。基本はワイガヤ。うちの文化も、本当に多様な人材のワイガヤですからね。東 場所は、なぜここに? 河 候補はあちこちあって、堺、滋賀、あるいは京阪奈か東海道線沿いに土地を買うとか。これは大島が担当してくれて、だいぶ探しました。ただ外に土地を買うと、より投資が大きくなる。工場に隣接して作りたいという希望もあった。関西にある滋賀、堺の真ん中で、本社から一番近い淀川にはフッ素化学の事業部、油圧機器の事業部、特機部門の事業部、大型の空調の事業部という異質な文化が混ざり合って一緒にやる文化が根付いていて、TICのコンセプトと非常に親和性が高いということもあり、トップの井上のゆかりの地で、非常に思い入れが強かったのも事実です。

大 社外の土地は、買収するのにキャッシュアウトが発生する。出費に見合うメリットを見出せなかったので、社外はやめました。河 堺は臨海工場地帯に移設して24時間稼動にするという話もあり、滋賀は工業団地の中にあるので、24時間稼動可能な場所にある。臨海と滋賀は工場として栄えていく可能性が高いので、ここ淀川にTICをもってきて、技術開発拠点と一緒に多様な事業をやっていこうということです。

必ず右端と左端に振り子を 振ってから正解を見つけろ

河 これはわが社のトップの考え方なんですが、必ず右端と左端に振り子を振ってから、その中に正解を見つけろと。思い込みで決めると、反対案を考慮せずに決めてしまう危険性がある。まずはあらゆる案を検討して、その中で一番良いものを選ぼうという考え方。小さい研究所にしたときのメリット、デメリット、全員集めた開発センターにしたときのメリット、デメリット、そこに入る皆がどう思うか、元気に働けるか。滋賀、堺に残った人たちとの関係はどうなるか。あらゆる側面のメリット、デメリットを検討しました。東 TICの役割は?

■ 研究開発に直結する環境状態表示

オフィス棟3階「知の森」で、座談会は2時間におよんだ。各自の役割をまっとうし苦労を共にした連帯感が、会話を和やかに盛り上げた。

空調の省エネルギー性と快適性を即座に見える化し、開発へフィードバックするため、オフィスの消費エネルギーは特に細かく計量。温湿度・CO₂濃度センサーを4.5×9m毎に配置しており、オフィス内のデジタルサイネージ画面にオフィス環境とエネルギー消費状況をリアルタイムで表示している。

河 「グローバルダイキングループ」の技術開発のコア拠点です。世界に8か所のR&Dセンターがあり、商品のアレンジ開発などは海外に移管していっている。しかし技術の開発センターであり、世界共通となるマザーモデル機の商品開発はここに集約される。次の新しいイノベーションを起こしていくということです。鈴 最初は、建物はもっと宇宙船みたいなカタチだった(笑)。今見るとびっくりするような。大 円弧をたくさん使ってた。鈴 一番振り切った案として、カ

ている」と思われるようなことはするな。ダイキン流の質実剛健でいけ。建物は四角が一番効率がいい、という意見だった。大 四角にはデッドスペースがないからね。僕は、とにかく安く上がらんかなと(笑)。河 この人は華美を嫌う性格 (笑)。大 僕は予算申請をやっていましたから、お金については臆病に構えていたかも。お金をかけずにできるだけ良い方向に持っていきたいと思ってた。すみません、夢のない話で(笑)。

交流できるかが最重要課題となって、ここのカタチが決まっていった。面積は限られているから、シンプルに考えたら、1フロアに700人が座れば一番交流できる。いや2フロアだ、3フロアだ、と議論をして、2フロアが一番機能的だし、最も交流できると決まった。2フロアを吹き抜けにして、常に皆が顔を見合わせるようなカタチにオフィスを作った。それをベースに、他のエリアや実験設備を建て付けていった。谷 「30m理論」を採用したんです。ワイガヤステージを中心に、オフィスは半径30m以内に、という考え方。MIT(マサチューセッツ工科大学)のトーマス・アレン教授の論で、人と人との距離が30m以上になると交流しにくいという理論を取り入れた。吹き抜け2層の階段を1階分上がるのと、半階分上がるのとでは、人の心理が違う。行きたいところ、話をしたい人がすぐそばにいるのが大事。人はわざわざ階段を上がって次の層に行こうとしない。だから今の構造は良いんだと思う。大 700人すべてを一層に入れようとしたら60m×120m必要になる。そうなると端から端のコミュニケーションなんて取れない。

4F ワイガヤステージ下の集中ルームとプロジェクトスペース。ワイガヤで得た気づきや閃きを徹底的に議論、追求する具現化スピードアップの場。

大島は「お金をかけずに良い方向に、とばっかり言ってすみません」と笑わせた。

タチとして世界に誇れるものであろうとした。ハード面からではなく、象徴となるカタチ。ちょっと変わった、世の中にない形状のセンターにしようとデザインした。そんなとき、2011年に大震災があって、プロジェクト自体が半年くらい止まった。その後に再開となった時点で、もうちょっと現実的なカタチはどれやねん、という話が出て、デザインも変わった。東 震災が変えたんですか?鈴 影響はありました。20パターンくらい作って検討したんです。河 我々は、新しいものにこだわった。経営サイドは、華美なものを作って世間から「調子にのっ

中心はワイガヤステージ 交じりあって新しいテーマを

河 大島さんの良いところは、すごく現場主義で質実剛健。研究所はこんな建物を欲しがっていない。実験室だけあればいいと思っている。オフィス部分はもっと小さくして、実験室を大きくしよう、というのが一貫した主張だった。我々は新しい建物を作って、新しい場を作って、新しい働き方を作るんだ、と主張して、高い高いと言われながら作ってきた(笑)。鈴 ここのカタチを決めるのに一番重要だったのは、オフィスです。700人もいるので、各人がいかに

Symposium座談会

ワイガヤステージ

集中ルーム×4 集中ブース×10

プロジェクトスペース

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6 Challenge 2016 Vol. 01 7

2000人近くの技術者の何人がここに集結するかが決まる。大きな案になったり、小さい案になったり、随分時間をかけて議論しました。1500人以上、ほぼ全員を集める案もあった。300~400人規模の研究所という案もあった。結果的には700人規模でスタートと決まった。研究所だけでなく、事業部門の先行開発も一緒になろうと。「ごった煮」でスタートしようというのがうちの特徴。渾然一体となって、皆でワイワイガヤガヤやろうという道を選んだ。

多様な人間の知恵から 新しいモノが生まれる

河 そもそも、うちの会社は、1人が突出してノーベル賞を取るのではなく、多様な人間が寄り集まって知恵を出し合うことで、新しいモノが生まれる、と信じている。その可能性にかけている。だから基礎研究の得意な人、商品開発の得意な人とかを、別々の組織に分けて置くのではなく、いろいろな人間が集まって、ケンカもしながらワイワイガヤガヤやったほうが、結果として絶対ユニークな、良い技術、良い商品ができるだろうという考え方があるんです。東 それが「ワイガヤ」ですね。

河 そうそう。基本はワイガヤ。うちの文化も、本当に多様な人材のワイガヤですからね。東 場所は、なぜここに? 河 候補はあちこちあって、堺、滋賀、あるいは京阪奈か東海道線沿いに土地を買うとか。これは大島が担当してくれて、だいぶ探しました。ただ外に土地を買うと、より投資が大きくなる。工場に隣接して作りたいという希望もあった。関西にある滋賀、堺の真ん中で、本社から一番近い淀川にはフッ素化学の事業部、油圧機器の事業部、特機部門の事業部、大型の空調の事業部という異質な文化が混ざり合って一緒にやる文化が根付いていて、TICのコンセプトと非常に親和性が高いということもあり、トップの井上のゆかりの地で、非常に思い入れが強かったのも事実です。

大 社外の土地は、買収するのにキャッシュアウトが発生する。出費に見合うメリットを見出せなかったので、社外はやめました。河 堺は臨海工場地帯に移設して24時間稼動にするという話もあり、滋賀は工業団地の中にあるので、24時間稼動可能な場所にある。臨海と滋賀は工場として栄えていく可能性が高いので、ここ淀川にTICをもってきて、技術開発拠点と一緒に多様な事業をやっていこうということです。

必ず右端と左端に振り子を 振ってから正解を見つけろ

河 これはわが社のトップの考え方なんですが、必ず右端と左端に振り子を振ってから、その中に正解を見つけろと。思い込みで決めると、反対案を考慮せずに決めてしまう危険性がある。まずはあらゆる案を検討して、その中で一番良いものを選ぼうという考え方。小さい研究所にしたときのメリット、デメリット、全員集めた開発センターにしたときのメリット、デメリット、そこに入る皆がどう思うか、元気に働けるか。滋賀、堺に残った人たちとの関係はどうなるか。あらゆる側面のメリット、デメリットを検討しました。東 TICの役割は?

■ 研究開発に直結する環境状態表示

オフィス棟3階「知の森」で、座談会は2時間におよんだ。各自の役割をまっとうし苦労を共にした連帯感が、会話を和やかに盛り上げた。

空調の省エネルギー性と快適性を即座に見える化し、開発へフィードバックするため、オフィスの消費エネルギーは特に細かく計量。温湿度・CO₂濃度センサーを4.5×9m毎に配置しており、オフィス内のデジタルサイネージ画面にオフィス環境とエネルギー消費状況をリアルタイムで表示している。

河 「グローバルダイキングループ」の技術開発のコア拠点です。世界に8か所のR&Dセンターがあり、商品のアレンジ開発などは海外に移管していっている。しかし技術の開発センターであり、世界共通となるマザーモデル機の商品開発はここに集約される。次の新しいイノベーションを起こしていくということです。鈴 最初は、建物はもっと宇宙船みたいなカタチだった(笑)。今見るとびっくりするような。大 円弧をたくさん使ってた。鈴 一番振り切った案として、カ

ている」と思われるようなことはするな。ダイキン流の質実剛健でいけ。建物は四角が一番効率がいい、という意見だった。大 四角にはデッドスペースがないからね。僕は、とにかく安く上がらんかなと(笑)。河 この人は華美を嫌う性格 (笑)。大 僕は予算申請をやっていましたから、お金については臆病に構えていたかも。お金をかけずにできるだけ良い方向に持っていきたいと思ってた。すみません、夢のない話で(笑)。

交流できるかが最重要課題となって、ここのカタチが決まっていった。面積は限られているから、シンプルに考えたら、1フロアに700人が座れば一番交流できる。いや2フロアだ、3フロアだ、と議論をして、2フロアが一番機能的だし、最も交流できると決まった。2フロアを吹き抜けにして、常に皆が顔を見合わせるようなカタチにオフィスを作った。それをベースに、他のエリアや実験設備を建て付けていった。谷 「30m理論」を採用したんです。ワイガヤステージを中心に、オフィスは半径30m以内に、という考え方。MIT(マサチューセッツ工科大学)のトーマス・アレン教授の論で、人と人との距離が30m以上になると交流しにくいという理論を取り入れた。吹き抜け2層の階段を1階分上がるのと、半階分上がるのとでは、人の心理が違う。行きたいところ、話をしたい人がすぐそばにいるのが大事。人はわざわざ階段を上がって次の層に行こうとしない。だから今の構造は良いんだと思う。大 700人すべてを一層に入れようとしたら60m×120m必要になる。そうなると端から端のコミュニケーションなんて取れない。

4F ワイガヤステージ下の集中ルームとプロジェクトスペース。ワイガヤで得た気づきや閃きを徹底的に議論、追求する具現化スピードアップの場。

大島は「お金をかけずに良い方向に、とばっかり言ってすみません」と笑わせた。

タチとして世界に誇れるものであろうとした。ハード面からではなく、象徴となるカタチ。ちょっと変わった、世の中にない形状のセンターにしようとデザインした。そんなとき、2011年に大震災があって、プロジェクト自体が半年くらい止まった。その後に再開となった時点で、もうちょっと現実的なカタチはどれやねん、という話が出て、デザインも変わった。東 震災が変えたんですか?鈴 影響はありました。20パターンくらい作って検討したんです。河 我々は、新しいものにこだわった。経営サイドは、華美なものを作って世間から「調子にのっ

中心はワイガヤステージ 交じりあって新しいテーマを

河 大島さんの良いところは、すごく現場主義で質実剛健。研究所はこんな建物を欲しがっていない。実験室だけあればいいと思っている。オフィス部分はもっと小さくして、実験室を大きくしよう、というのが一貫した主張だった。我々は新しい建物を作って、新しい場を作って、新しい働き方を作るんだ、と主張して、高い高いと言われながら作ってきた(笑)。鈴 ここのカタチを決めるのに一番重要だったのは、オフィスです。700人もいるので、各人がいかに

Symposium座談会

ワイガヤステージ

集中ルーム×4 集中ブース×10

プロジェクトスペース

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8 Challenge 2016 Vol. 01

谷 中心になるのはワイガヤステージ。各事業部と交じり合って議論をしながら、新しいテーマを出していこうとした。その発想は、オフィス分科会の各事業部の技術者さんと一緒に議論をしていく中で、あえて見る、見られる、見せることで、お互いに刺激を与えようという考えでした。1人でも多くの人が平等に、どうチャンスを掴むか。オープンなところでやる

るので、発想が消えないうちにカタチにできる位置に作りました。東 集中力がなくなったら困るし。谷 しかもうちはすべて「見える化」しているので、他の人の仕事の段取りやステージも見えます。そのため、情報交換がしやすかったり、他の人の仕事ぶりに刺激を受けたりします。河 慣れるのは早かったよね。2、3か月もしたら皆さん昔からそこに居たような感じになった。谷 自分たちで使いやすいように使っているというのが、うちの社風なのかなと実感しますね。鈴 最初はけっこう文句を言っていましたよ。だだっ広いから集中できへんという意見が多くて、特に中央のワイガヤステージなんて、声が聞こえるんで会議に集中できないとか。でも今は、よう使ってますよね。気軽に。

一緒に研究・開発して、 一緒に成果を作ろう

東 ダイキンは一体感を重視しているし、実際やってきた。それを具現化する空間ができたので、良さをより出せるようになった。河 堺と滋賀に分かれていたから、ミーティングするにもアポを取って2時間かけて行っていた。それが、すぐ隣に座っている環境を作れたのはすごく良かった。鈴 大きいですよね。河 最初期のエスノグラフィックリサーチがよかったね。職場観察のプロたちが、自分たちでは分からなかった自分たちの特徴を見つけてくれた。ダイキンさんは会議室に籠って形式的な会議をやっているよりも、ボードの前に2、3人集まって、いわゆる会議じゃな

くてワイワイやっていることが多いと。その拡大版がワイガヤステージ。そこにはうちの強みの社風が生かされていると思う。それぞれの分野を極めていきながら、他の人たちとコラボできる。それがなくては何も生まれない。場を活用して、意識を変える。その協創、コラボレーション、前向きな行動や考え方が生まれている。大 iCafeの仕掛け人も増えたし。河 異質なるものとの出会い、社内の異分野の技術者の融合は始まった。今後は文系の人や、営業やマーケティングの人とも交流したい。外国人とか、まったく違う先端分野の研究者との交流も。東 今後TICに託すことは?河 「オープンイノベーション」というのは欧米のビジネスモデルのスタイルで、要はドライに、外から技術を買ってきたほうが効率がいいというやり方です。それだと日本の会社とか、我々には根付かない。しかし、自前主義でもダメ。我々はオープンイノベーションを一歩発展させて「協創イノベーション」をやろうとしています。社内の異分野の人間が、壁を越えて交流し合い、技術力の高い商品を作る。そして社外の人にも、社内の人間と同じようにここに来てもらって、混ざり合って一緒にテーマを考え、一緒に研究・開発して、一緒に成果を作ろうというやり方。このポイントにすべてが集約されている。社内の融合は進みつつある。社外の人と同志になって一緒にイノベーションしていくのは難しい。いろいろな壁もある。けれども、それをどれだけ成功させるかに、ここTICの成否がかかっていると思っています。

「谷さんは、自分から手を挙げて推進室に入ってきてくれた唯一の人」と、河原。

古代から現代へ。「はかる」概念と手法を進化させながら、

科学の新しい扉は開かれてきた。

人が集まる所に文明が興り、必要に応じて、「はかる」技術や道具も進化してきた――。

それは目に見えるものから、目に見えない時間や電気や空気まで……。

文明の発達は、常に「はかる」と共にあった。上の「アニの死者の書/死者の審判の図」(紀元前1250年頃・大英博物館蔵)では、

古代エジプトにおける真実の象徴だったダチョウの羽と、死者の魂が天秤にかけられ、善悪がはかられている。

人類の知の手段

はかる

ことによって、今まで関係のなかった部署の人にも興味を持ってもらえるだろう。より多くの人を巻き込んで、チャンスを与える。そういう活用のし方をしてほしいという想いで作りました。河 時代のテーマは「オープン」。谷 お互いに協力しあって知恵を出していこうという協創の場所が今までなかった。会議室も少なかった。それを大胆に、立って会議をするところもあれば、打ち合わせできるスペースもある多様な機能を実現した。自分たちの目的に合わせて、自らその場所に動いていって仕事をするような新たな働き方に変えていく。ワイガヤ空間の下には、1人で考える「集中ブース」も作った。人が移動すると発想が消えていくという説もあ

特集Symposium

座談会

British Museum

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8 Challenge 2016 Vol. 01

谷 中心になるのはワイガヤステージ。各事業部と交じり合って議論をしながら、新しいテーマを出していこうとした。その発想は、オフィス分科会の各事業部の技術者さんと一緒に議論をしていく中で、あえて見る、見られる、見せることで、お互いに刺激を与えようという考えでした。1人でも多くの人が平等に、どうチャンスを掴むか。オープンなところでやる

るので、発想が消えないうちにカタチにできる位置に作りました。東 集中力がなくなったら困るし。谷 しかもうちはすべて「見える化」しているので、他の人の仕事の段取りやステージも見えます。そのため、情報交換がしやすかったり、他の人の仕事ぶりに刺激を受けたりします。河 慣れるのは早かったよね。2、3か月もしたら皆さん昔からそこに居たような感じになった。谷 自分たちで使いやすいように使っているというのが、うちの社風なのかなと実感しますね。鈴 最初はけっこう文句を言っていましたよ。だだっ広いから集中できへんという意見が多くて、特に中央のワイガヤステージなんて、声が聞こえるんで会議に集中できないとか。でも今は、よう使ってますよね。気軽に。

一緒に研究・開発して、 一緒に成果を作ろう

東 ダイキンは一体感を重視しているし、実際やってきた。それを具現化する空間ができたので、良さをより出せるようになった。河 堺と滋賀に分かれていたから、ミーティングするにもアポを取って2時間かけて行っていた。それが、すぐ隣に座っている環境を作れたのはすごく良かった。鈴 大きいですよね。河 最初期のエスノグラフィックリサーチがよかったね。職場観察のプロたちが、自分たちでは分からなかった自分たちの特徴を見つけてくれた。ダイキンさんは会議室に籠って形式的な会議をやっているよりも、ボードの前に2、3人集まって、いわゆる会議じゃな

くてワイワイやっていることが多いと。その拡大版がワイガヤステージ。そこにはうちの強みの社風が生かされていると思う。それぞれの分野を極めていきながら、他の人たちとコラボできる。それがなくては何も生まれない。場を活用して、意識を変える。その協創、コラボレーション、前向きな行動や考え方が生まれている。大 iCafeの仕掛け人も増えたし。河 異質なるものとの出会い、社内の異分野の技術者の融合は始まった。今後は文系の人や、営業やマーケティングの人とも交流したい。外国人とか、まったく違う先端分野の研究者との交流も。東 今後TICに託すことは?河 「オープンイノベーション」というのは欧米のビジネスモデルのスタイルで、要はドライに、外から技術を買ってきたほうが効率がいいというやり方です。それだと日本の会社とか、我々には根付かない。しかし、自前主義でもダメ。我々はオープンイノベーションを一歩発展させて「協創イノベーション」をやろうとしています。社内の異分野の人間が、壁を越えて交流し合い、技術力の高い商品を作る。そして社外の人にも、社内の人間と同じようにここに来てもらって、混ざり合って一緒にテーマを考え、一緒に研究・開発して、一緒に成果を作ろうというやり方。このポイントにすべてが集約されている。社内の融合は進みつつある。社外の人と同志になって一緒にイノベーションしていくのは難しい。いろいろな壁もある。けれども、それをどれだけ成功させるかに、ここTICの成否がかかっていると思っています。

「谷さんは、自分から手を挙げて推進室に入ってきてくれた唯一の人」と、河原。

古代から現代へ。「はかる」概念と手法を進化させながら、

科学の新しい扉は開かれてきた。

人が集まる所に文明が興り、必要に応じて、「はかる」技術や道具も進化してきた――。

それは目に見えるものから、目に見えない時間や電気や空気まで……。

文明の発達は、常に「はかる」と共にあった。上の「アニの死者の書/死者の審判の図」(紀元前1250年頃・大英博物館蔵)では、

古代エジプトにおける真実の象徴だったダチョウの羽と、死者の魂が天秤にかけられ、善悪がはかられている。

人類の知の手段

はかる

ことによって、今まで関係のなかった部署の人にも興味を持ってもらえるだろう。より多くの人を巻き込んで、チャンスを与える。そういう活用のし方をしてほしいという想いで作りました。河 時代のテーマは「オープン」。谷 お互いに協力しあって知恵を出していこうという協創の場所が今までなかった。会議室も少なかった。それを大胆に、立って会議をするところもあれば、打ち合わせできるスペースもある多様な機能を実現した。自分たちの目的に合わせて、自らその場所に動いていって仕事をするような新たな働き方に変えていく。ワイガヤ空間の下には、1人で考える「集中ブース」も作った。人が移動すると発想が消えていくという説もあ

特集Symposium

座談会

British Museum

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10 Challenge 2016 Vol. 01 11

 測る、量る、計るなど、「はかる」にはさまざまな意味を持つ漢字が当てられ、人類は古代から長さ、面積、容積、時間など、いろいろなモノをはかってきた。そもそも、人間は何のために何をはかろうとし、それは何をもたらしてきたのだろうか――。 人類が誕生したのは500万年も前。300万年前からは石器を作り、200万年前には狩猟や採集によって得た食物を分配したり、交換したりして、徐々に文化的な生活を送るようになったといわれる。そして紀元前1万2000年頃になる

と、人間は採取の旅をやめて住居を構える。最初の住居は簡素なものだったが、やがて、柱を一定間隔で並べれば、家の強度が増すなどの知恵を獲得する。こうして長さの単位などが誕生したと考えられる。また、家を構えることは、共同体、つまり社会を構成することにもなり、そこから物々交換や贈り物などの必要性が生じて、数や量の概念が生まれた。

天秤はモノだけでなく魂をはかる道具でもあった

 文明の発達と密接な関わりを

とされ、後世では裁判所の紋章に取り入れられるのである。

古代の単位は     人体を基準に決められた

 社会の発達に伴って浮かび上がってくる人間の主従関係。これを保つために不可欠なのが税制である。税制度を徹底するには、畑の広さや作物の収穫量、各家族の人数や人口を計測する必要があった。また、畑を耕すには、種をまいたり、収穫したりするときを把握しておかなければならない。そこで必要となるのが、はかったり数えたりするための単位だが、最初の単位は手足の長さや歩幅など、人体を元に考えられた原始的なものが多かった。 例えば古代オリエント時代の人々は、太陽の移動と共に自分や物の影の長さが変化することに気付き、地面に棒を立てて時間をはかった。また、肘を曲げた際の肘から中指の先端までを1キュービットとして長さの基準とした。一方、古代ローマで使われていたフートという単位は、足のサイズ

(足裏のかかとからつま先まで)を基準にしていたとされる。 もちろん、手足のサイズには個人差があり、誤差が生じてしまう。誤差を解消するために計量器具が誕生する。古代中国では、秦の始皇帝(紀元前246年即位)の時代

に、度量衡制度を取り入れた法律を公布している。始皇帝は、貨幣や計量のための単位の統一を行い、長さや重さ、容積の基準となる嘉量を作って各地に配布するなど、度量衡によって単位の標準化に努めた。度量衡は建築の基準にもなり、宮廷や陵墓、万里の長城などが築かれていくのである。

神はすべてを数と重さと尺度から創造された。Isaac Newtonアイザック・ニュートン

哲学者、自然哲学者、物理学者、数学者、天文学者。万有引力の法則の導入、微積分法の発明、光のスペクトル分析などを、25歳頃までに成し遂げた。

測る・量る・計る……

「はかる」ことによって、人類は進歩してきた

もって発達してきた「はかる」技術。例えばテコの原理による天秤は、紀元前4000年頃には、すでにエジプトで使われていた。単に重さを比較するだけでなく、分銅を用いれば、モノの質量が計測できるため、交易や工業、研究のために欠かせない手段として浸透していった。 ギリシャや中国、インド、もちろん日本でも、天秤は広く用いられてきた道具だが、古代エジプトから中世キリスト教の時代までは、「魂をはかる」ための道具ともいわれた。魂をはかるとは、すなわち人間の善行と悪行をはかりにかけて、天国へ送るか地獄に落とすかを決める死後審判思想に基づく。死後審判の場面は、西洋に限らず東洋でも多くの絵や彫刻で表現された。こうした発想から天秤は、「裁判」や「正義」の象徴

 3世紀頃、地中海全域やエジプト、中東などに版図を広げたローマ帝国は、巨大な軍事力に加え、度量衡を駆使して築いた巨大建造物や水道、街道によって権力を誇示し、流通を押さえた。帝国が有する「はかる」技術は、まさにその力を維持するに欠かせないハイテクノロジーだったのである。

秦の始皇帝は標準器で国の結束を高めようとした

はかるための器は各地でさまざまな大きさのものを使っていたが、始皇帝はこれを統一。写真は漢時代のもので、現存する最古の嘉量。国立故宮博物院(台北市)所蔵。

ヨーロッパの教会には、天秤を手にした大天使ミカエルの像が建立されている例が少なくない。ミカエルはヘブライ語で「神に似た者」。人々の祈りを神に伝え、最後の審判に立ち会って霊魂の善悪を判断する役目を担っていた。

天秤がはかるものには「善行」と「悪行」もある

「掌は指4本の幅と同じ」「肩幅は身長の4分の1に等しい」など、古代ローマ時代の建築家ウィトルウィウスは、著書に人体の理想的なバランスについて記した。ルネサンス期の巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチは、「神殿も建物も調和が大切」と、長さを正確に表現することの重要性を説いたその内容を、人体図で表現した。

ダ・ヴィンチが絵で表現したウィトルウィウスの理論

古代より世界各地で天秤が使われていたため、遺跡からはさまざまな重さの分銅が出土している。秦の始皇帝時代のものは、1単位の重さが16.14g。何をはかったかは不明だが、日本ではそれ以下の分銅も出土している。

古代の分銅の中には重さが10g以下のものも

The Collection of National Palace Museum

Galleria dell' Accademia

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10 Challenge 2016 Vol. 01 11

 測る、量る、計るなど、「はかる」にはさまざまな意味を持つ漢字が当てられ、人類は古代から長さ、面積、容積、時間など、いろいろなモノをはかってきた。そもそも、人間は何のために何をはかろうとし、それは何をもたらしてきたのだろうか――。 人類が誕生したのは500万年も前。300万年前からは石器を作り、200万年前には狩猟や採集によって得た食物を分配したり、交換したりして、徐々に文化的な生活を送るようになったといわれる。そして紀元前1万2000年頃になる

と、人間は採取の旅をやめて住居を構える。最初の住居は簡素なものだったが、やがて、柱を一定間隔で並べれば、家の強度が増すなどの知恵を獲得する。こうして長さの単位などが誕生したと考えられる。また、家を構えることは、共同体、つまり社会を構成することにもなり、そこから物々交換や贈り物などの必要性が生じて、数や量の概念が生まれた。

天秤はモノだけでなく魂をはかる道具でもあった

 文明の発達と密接な関わりを

とされ、後世では裁判所の紋章に取り入れられるのである。

古代の単位は     人体を基準に決められた

 社会の発達に伴って浮かび上がってくる人間の主従関係。これを保つために不可欠なのが税制である。税制度を徹底するには、畑の広さや作物の収穫量、各家族の人数や人口を計測する必要があった。また、畑を耕すには、種をまいたり、収穫したりするときを把握しておかなければならない。そこで必要となるのが、はかったり数えたりするための単位だが、最初の単位は手足の長さや歩幅など、人体を元に考えられた原始的なものが多かった。 例えば古代オリエント時代の人々は、太陽の移動と共に自分や物の影の長さが変化することに気付き、地面に棒を立てて時間をはかった。また、肘を曲げた際の肘から中指の先端までを1キュービットとして長さの基準とした。一方、古代ローマで使われていたフートという単位は、足のサイズ

(足裏のかかとからつま先まで)を基準にしていたとされる。 もちろん、手足のサイズには個人差があり、誤差が生じてしまう。誤差を解消するために計量器具が誕生する。古代中国では、秦の始皇帝(紀元前246年即位)の時代

に、度量衡制度を取り入れた法律を公布している。始皇帝は、貨幣や計量のための単位の統一を行い、長さや重さ、容積の基準となる嘉量を作って各地に配布するなど、度量衡によって単位の標準化に努めた。度量衡は建築の基準にもなり、宮廷や陵墓、万里の長城などが築かれていくのである。

神はすべてを数と重さと尺度から創造された。Isaac Newtonアイザック・ニュートン

哲学者、自然哲学者、物理学者、数学者、天文学者。万有引力の法則の導入、微積分法の発明、光のスペクトル分析などを、25歳頃までに成し遂げた。

測る・量る・計る……

「はかる」ことによって、人類は進歩してきた

もって発達してきた「はかる」技術。例えばテコの原理による天秤は、紀元前4000年頃には、すでにエジプトで使われていた。単に重さを比較するだけでなく、分銅を用いれば、モノの質量が計測できるため、交易や工業、研究のために欠かせない手段として浸透していった。 ギリシャや中国、インド、もちろん日本でも、天秤は広く用いられてきた道具だが、古代エジプトから中世キリスト教の時代までは、「魂をはかる」ための道具ともいわれた。魂をはかるとは、すなわち人間の善行と悪行をはかりにかけて、天国へ送るか地獄に落とすかを決める死後審判思想に基づく。死後審判の場面は、西洋に限らず東洋でも多くの絵や彫刻で表現された。こうした発想から天秤は、「裁判」や「正義」の象徴

 3世紀頃、地中海全域やエジプト、中東などに版図を広げたローマ帝国は、巨大な軍事力に加え、度量衡を駆使して築いた巨大建造物や水道、街道によって権力を誇示し、流通を押さえた。帝国が有する「はかる」技術は、まさにその力を維持するに欠かせないハイテクノロジーだったのである。

秦の始皇帝は標準器で国の結束を高めようとした

はかるための器は各地でさまざまな大きさのものを使っていたが、始皇帝はこれを統一。写真は漢時代のもので、現存する最古の嘉量。国立故宮博物院(台北市)所蔵。

ヨーロッパの教会には、天秤を手にした大天使ミカエルの像が建立されている例が少なくない。ミカエルはヘブライ語で「神に似た者」。人々の祈りを神に伝え、最後の審判に立ち会って霊魂の善悪を判断する役目を担っていた。

天秤がはかるものには「善行」と「悪行」もある

「掌は指4本の幅と同じ」「肩幅は身長の4分の1に等しい」など、古代ローマ時代の建築家ウィトルウィウスは、著書に人体の理想的なバランスについて記した。ルネサンス期の巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチは、「神殿も建物も調和が大切」と、長さを正確に表現することの重要性を説いたその内容を、人体図で表現した。

ダ・ヴィンチが絵で表現したウィトルウィウスの理論

古代より世界各地で天秤が使われていたため、遺跡からはさまざまな重さの分銅が出土している。秦の始皇帝時代のものは、1単位の重さが16.14g。何をはかったかは不明だが、日本ではそれ以下の分銅も出土している。

古代の分銅の中には重さが10g以下のものも

The Collection of National Palace Museum

Galleria dell' Accademia

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12 Challenge 2016 Vol. 01 13

産業革命・メートル法制定……

18世紀に始まる「はかる」世界の大変革

 秦の始皇帝が嘉量を作ったように、計測基準の統一への試みは西欧でも行われた。しかし世界レベルでは、17世紀を過ぎても基準はバラバラだった。ヤード、ポンド、尺貫法など、各国でさまざまな計測法が採用され、同じ国の中でも、地域や職業によって異なるハカリやモノサシを用いている場合もあった。単位の不統一が争いの原因となったり、交易をやりにくくしたり、科学や工業分野では、その発展を阻んでいた。

1mは地球1周の  4000万分の1

 万国共通の尺度の必要性を強く訴えて行動に出たのはフランスだった。1789年のフランス革命によって王政が崩壊し、市民社会が近代化に向うと、フランスではそれまでのヤードやポンドといった単位を捨てて、10進法に基づく合理的な尺度を採用しようとする機運が高まる。イギリスの産業革命やアメリカの独立宣言など、

世界で新しい風が吹き始めていた。 フランスでは、科学者や政治家が一丸となって、1792~1798年まで6年がかりで地球の大きさを計測。その方法は、子午線上にあるフランスのダンケルクとスペインのバルセロナ間の1100㎞を綿密に測量することで、地球の大きさを割り出すというものだった。その結果、地球1周の4000万分の1の長さを1mとした。4000万分の1にしたのは、ダブルキュービット(前出の身体尺キュービットの2倍の長さ)とヤードが、これに近かったことも理由とされる。 フランスが大掛かりな測量を行っていた頃、日本では50歳で

めの国際基準が認定されると、科学者の間に「進歩のためには自然界のあらゆる現象を統一的にはかる必要がある」との考えが起こってくる。そこで、新しい技術の開発に伴い、電圧の「ボルト」、電流の「アンペア」、磁束密度の「テスラ」、明るさを示す「カンデラ」

「ルーメン」「ルクス」など、国際単位系が定義されていく。 なかには国際単位系が複数あるものもあり、温度はその1つ。日本の日常生活では、セルシウス温度(単位は摂氏)が用いられていて、これは、1気圧のもとで氷が溶ける温度を0℃,水が沸騰する温度を100℃と定めた温度。だが、熱力学の分野では、絶対温度のケルヴィンを適用。これは、原子や

分子の熱運動がまったくなくなった状態を0と考える温度で、19世紀のイギリスの物理学者ケルヴィン卿(ウィリアム・トムソン)によって導入された。 こうした「はかる」技術は、やがてマイコンなどとの組み合わせ

圧縮機

室外機ファン

膨張弁

室内機ファン

フラップ

室内機

室外機

エアコン全体制御

室外機ファン制御

膨張弁制御

圧縮機制御

室内機ファン制御

室内機フラップ制御

電流計測

位置推定

室内温度室外温度冷媒温度など

大きな制御ループとしての計測

小さな制御ループとしての計測(それぞれの制御毎にあり)

エアコンの機能で重要なのは、室内の温度を常に一定に保つこと。そのためにエアコンの中では常に温度の計測が行われている。計測した温度と設定温度に誤差が出ないように、室内機においては、ファンの回転数やフラップの角度などを制御している。同様に室外機においても、ファンの回転数や膨張弁の開き具合を確認しながら全体を制御している。圧縮機には、ダイキン独自のインバータ(P20)が搭載され、電流などを計測。この計測も室内の温度を一定にするための機能と連動している。

Zo

o

m up

エアコンの中の「はかる」の仕組み

室温をはかりそれを一定に保つために制御を行っている

間接計測について圧力を「はかる」

(2段階で「はかる」)回転位置を「はかる」

(3段階で「はかる」)

回転数

回転数

角度

温度

開度

電圧電流

直接計測で温度を

間接計測で位置を

間接計測で圧力を

隠居した伊能忠敬が、天文や地測を学んでいた。そして、1800~1818年、忠敬は約3万5000㎞を歩いて日本列島を測量。『大日本沿海輿地全図』を完成させ、日本史上初の正確な地図を作り上げた。

「メートル」を皮切りに 増えた国際的基本単位

 1875年、フランスの外交官タレーランの尽力により、17か国が加盟するメートル条約が成立。メートルは国際的な標準化計量測度となった。日本がこの条約に参加したのは1885年で、現在の加盟は50か国以上を数える。 メートルによって「はかる」た

によって何倍にもその可能性を高めていく。計測結果を受けて、制御や運転を自動的に行うことは、今や機械の常識。その技術は、日常生活に欠かせない車、エレベータ、エアコンなど、あらゆるものに生かされている。

「はかる」は産業革命の成功にも欠かせなかった

18世紀半ばから19世紀にかけて起こった産業革命を、工業革命と表現する場合もある。綿織物生産の技術革新、製鉄業の成長、蒸気船や鉄道の発明などに象徴される。いずれも、

「はかる」技術の進歩なしには得られなかった結果である。

メートル条約の成立は仏外交官タレーランの功績

10進法によるメートル法は、ヤードやフィートに比べてわかりやすく、論理的であったため、成立後は人々の暮らしの中に定着し、また科学技術の進歩にも貢献した。

測定をすることができない人物の知識は貧弱である。William Thomsonウィリアム・トムソン

絶対温度の導入、熱力学第二法則(トムソンの原理)の発見等の業績があり、古典的な熱力学の開拓者と評される。

人類の知の手段はかる特集

当時の日本にはメートル法が浸透していなかったので、基準として使ったのは折衷尺で、1尺は30.304cmだった。右は伊能忠敬が約18年かけて完成させた日本地図に基づいて作成された明治中期の地図。

伊能忠敬の地図はその精密さで後世でも活用された

はかる

はかる

圧力圧力センサ

温度センサ

冷媒温度計算

冷媒 回転位置回転角センサ

電圧センサ

電圧降下

計算

モータ

駆動電流

波形分析

機械が何かを「はかる」場合には通常センサを使うが、必ずセンサで直接「はかる」わけではない。エアコンでは、冷媒圧力を測る必要があるが、中小型のエアコンでは圧力センサを使わない。冷媒の温度を測り、そこから圧力値を計算するという方法をとる。また、エアコンのモーターの制御では回転子の回転位置を知ることが不可欠だが、ダイキンでは抵抗の電圧降下を測り、電流を計算し、その波形を分析するという3段階で回転位置を「はかって」いる。いかに精度よく測り、計算し、分析して必要な「はかる」を行うかには、さまざまな技術やノウハウが詰まっている。 

BA

A

B

はかる

National Diet Library Digital Collections

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12 Challenge 2016 Vol. 01 13

産業革命・メートル法制定……

18世紀に始まる「はかる」世界の大変革

 秦の始皇帝が嘉量を作ったように、計測基準の統一への試みは西欧でも行われた。しかし世界レベルでは、17世紀を過ぎても基準はバラバラだった。ヤード、ポンド、尺貫法など、各国でさまざまな計測法が採用され、同じ国の中でも、地域や職業によって異なるハカリやモノサシを用いている場合もあった。単位の不統一が争いの原因となったり、交易をやりにくくしたり、科学や工業分野では、その発展を阻んでいた。

1mは地球1周の  4000万分の1

 万国共通の尺度の必要性を強く訴えて行動に出たのはフランスだった。1789年のフランス革命によって王政が崩壊し、市民社会が近代化に向うと、フランスではそれまでのヤードやポンドといった単位を捨てて、10進法に基づく合理的な尺度を採用しようとする機運が高まる。イギリスの産業革命やアメリカの独立宣言など、

世界で新しい風が吹き始めていた。 フランスでは、科学者や政治家が一丸となって、1792~1798年まで6年がかりで地球の大きさを計測。その方法は、子午線上にあるフランスのダンケルクとスペインのバルセロナ間の1100㎞を綿密に測量することで、地球の大きさを割り出すというものだった。その結果、地球1周の4000万分の1の長さを1mとした。4000万分の1にしたのは、ダブルキュービット(前出の身体尺キュービットの2倍の長さ)とヤードが、これに近かったことも理由とされる。 フランスが大掛かりな測量を行っていた頃、日本では50歳で

めの国際基準が認定されると、科学者の間に「進歩のためには自然界のあらゆる現象を統一的にはかる必要がある」との考えが起こってくる。そこで、新しい技術の開発に伴い、電圧の「ボルト」、電流の「アンペア」、磁束密度の「テスラ」、明るさを示す「カンデラ」

「ルーメン」「ルクス」など、国際単位系が定義されていく。 なかには国際単位系が複数あるものもあり、温度はその1つ。日本の日常生活では、セルシウス温度(単位は摂氏)が用いられていて、これは、1気圧のもとで氷が溶ける温度を0℃,水が沸騰する温度を100℃と定めた温度。だが、熱力学の分野では、絶対温度のケルヴィンを適用。これは、原子や

分子の熱運動がまったくなくなった状態を0と考える温度で、19世紀のイギリスの物理学者ケルヴィン卿(ウィリアム・トムソン)によって導入された。 こうした「はかる」技術は、やがてマイコンなどとの組み合わせ

圧縮機

室外機ファン

膨張弁

室内機ファン

フラップ

室内機

室外機

エアコン全体制御

室外機ファン制御

膨張弁制御

圧縮機制御

室内機ファン制御

室内機フラップ制御

電流計測

位置推定

室内温度室外温度冷媒温度など

大きな制御ループとしての計測

小さな制御ループとしての計測(それぞれの制御毎にあり)

エアコンの機能で重要なのは、室内の温度を常に一定に保つこと。そのためにエアコンの中では常に温度の計測が行われている。計測した温度と設定温度に誤差が出ないように、室内機においては、ファンの回転数やフラップの角度などを制御している。同様に室外機においても、ファンの回転数や膨張弁の開き具合を確認しながら全体を制御している。圧縮機には、ダイキン独自のインバータ(P20)が搭載され、電流などを計測。この計測も室内の温度を一定にするための機能と連動している。

Zo

o

m up

エアコンの中の「はかる」の仕組み

室温をはかりそれを一定に保つために制御を行っている

間接計測について圧力を「はかる」

(2段階で「はかる」)回転位置を「はかる」

(3段階で「はかる」)

回転数

回転数

角度

温度

開度

電圧電流

直接計測で温度を

間接計測で位置を

間接計測で圧力を

隠居した伊能忠敬が、天文や地測を学んでいた。そして、1800~1818年、忠敬は約3万5000㎞を歩いて日本列島を測量。『大日本沿海輿地全図』を完成させ、日本史上初の正確な地図を作り上げた。

「メートル」を皮切りに 増えた国際的基本単位

 1875年、フランスの外交官タレーランの尽力により、17か国が加盟するメートル条約が成立。メートルは国際的な標準化計量測度となった。日本がこの条約に参加したのは1885年で、現在の加盟は50か国以上を数える。 メートルによって「はかる」た

によって何倍にもその可能性を高めていく。計測結果を受けて、制御や運転を自動的に行うことは、今や機械の常識。その技術は、日常生活に欠かせない車、エレベータ、エアコンなど、あらゆるものに生かされている。

「はかる」は産業革命の成功にも欠かせなかった

18世紀半ばから19世紀にかけて起こった産業革命を、工業革命と表現する場合もある。綿織物生産の技術革新、製鉄業の成長、蒸気船や鉄道の発明などに象徴される。いずれも、

「はかる」技術の進歩なしには得られなかった結果である。

メートル条約の成立は仏外交官タレーランの功績

10進法によるメートル法は、ヤードやフィートに比べてわかりやすく、論理的であったため、成立後は人々の暮らしの中に定着し、また科学技術の進歩にも貢献した。

測定をすることができない人物の知識は貧弱である。William Thomsonウィリアム・トムソン

絶対温度の導入、熱力学第二法則(トムソンの原理)の発見等の業績があり、古典的な熱力学の開拓者と評される。

人類の知の手段はかる特集

当時の日本にはメートル法が浸透していなかったので、基準として使ったのは折衷尺で、1尺は30.304cmだった。右は伊能忠敬が約18年かけて完成させた日本地図に基づいて作成された明治中期の地図。

伊能忠敬の地図はその精密さで後世でも活用された

はかる

はかる

圧力圧力センサ

温度センサ

冷媒温度計算

冷媒 回転位置回転角センサ

電圧センサ

電圧降下

計算

モータ

駆動電流

波形分析

機械が何かを「はかる」場合には通常センサを使うが、必ずセンサで直接「はかる」わけではない。エアコンでは、冷媒圧力を測る必要があるが、中小型のエアコンでは圧力センサを使わない。冷媒の温度を測り、そこから圧力値を計算するという方法をとる。また、エアコンのモーターの制御では回転子の回転位置を知ることが不可欠だが、ダイキンでは抵抗の電圧降下を測り、電流を計算し、その波形を分析するという3段階で回転位置を「はかって」いる。いかに精度よく測り、計算し、分析して必要な「はかる」を行うかには、さまざまな技術やノウハウが詰まっている。 

BA

A

B

はかる

National Diet Library Digital Collections

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14 Challenge 2016 Vol. 01 15

「はかる」の

「Soine」の次に開発されたのが、ソファータイプの「エアリトモ」。チューブ式空気圧センサーがソファーに埋め込まれていて、5分ほど座っているだけで、ストレス度がチェックできる。

拓かれていく「はかる」の未来

体の振動でストレスまで「はかる」発想は理想的な睡眠のための生体センシングから

ウエストンの発明した電気計器は画期的だったが、デジタル技術の進化によって、現在はより精度の高い計器が使われている。

■一般的な眠りのリズム ■Soineによる自動温度コントロール

眠りに適した温度変化!体温の変化をともなう

眠りの周期

就寝 起床 就寝 起床

温度

眠りのリズムに合わせて自動で温度をコントロール

心地よい眠りを実現しながら、しっかり節電もする睡眠時専用コントローラーの「Soine」が発売されたのは、今から5年ほど前。眠りのリズムを検知して、そのリズムに合わせて、エアコンの温度を自動的に調節するので、冷え過ぎや温め過ぎを防いで、質のよい睡眠へと誘う。

目に見えないものを「はかる」

 目に見えるものから見えないものまで、人類は多くのものをはかってきた。例えば、目に見えないものの1つに「電気」があり、電気をはかることに大きな足跡を残した人物に、アメリカのエドワード・ウエストンが挙げられる。19世紀末、トーマス・エジソンが白熱電球を発明した頃、ウエス

トンは、永久磁石を使って電気をはかる計器を発明する。電気用の計器が研究室の中に留まっていた時代に、持ち運びができてどこでも使えるポータブル計器を世に送り出したのだ。

睡眠状態やストレスなど 困難な計測にチャレンジ

 ウエストンの発明から、130年が経った今、人類はもっと困難な計測に挑戦しようとしている。その1つが、人間の精神状態や気分などをはかることだ。例えば、ダイキンは「ストレス」の計測に挑み続ける。 研究を開始したのは、今から15年ほども前のこと。人間の睡眠状態を察知するセンサーとエアコンとを結び付け、寝ている人の

シーズからニーズへseeds needs

TICの実験室の中には、人体を模した計測ができるタイプの部屋もある。これまでは、空調機と結び付けて考える実験が多かったが、今後は「協創」に目を向け、医療器具や家具などとのコラボにも挑戦していくつもりだ。

状態に応じてエアコンの温度をコントロール。これにより、快適な睡眠を目指すものだ。寝ている人が「レム睡眠」「ノンレム睡眠」のどちらの状態にあるかを布団の下のチューブ状の空気圧センサーが察知。眠りの浅い「レム期」には温度を1℃上げ、眠りの深い「ノンレム期」には逆に温度を1℃下げるとより快適に眠れるのだ。 ダイキンの最新技術である「ストレス」をはかる原理も同じ。ソファーの下に仕掛けた空気圧センサーの変化によって、呼吸、心拍、体動をチェックする。これらのデータを基にストレスをチェックする、という試みだ。体に装置を付けることなく、ソファーに座るだけで測定ができるため、より正確なデータが検出できるとの期待が高まる。 人間は、必要に応じて「はかる」ことを続けてきたが、科学の発展に伴い、「この技術を何かに生かせないか」というように、技術優先の傾向があることも否定できない。そんな中、挑戦を続けるダイキンが掲げるのは、現代人のニーズを最優先に考える「シーズからニーズへ」。 チャレンジ精神こそが、「はかる」の未来を拓くのだ。

電気の発明王というとエジソンが筆頭に挙げられるが、電気をはかる技術を開発したという意味で、エドワード・ウエストンも科学の発展に寄与した。ほかに電気メッキや発電機、電球や電池なども開発した。

ウエストンは電気計器の発明王

快適な環境作りを目指すダイキンでは、オフィスも実験、研究の場として活用している。随所にさまざまな計測器が取り付けられ、現在の環境状態が可視化できるようになっている。

TIC内におけるさまざまな「はかる」

人類の知の手段はかる特集

睡眠時専用コントローラーS o i n e(ソイネ)

1. 寝返りなどの体の動きを ...

2. Soine がセンシングして眠りのリズムを検知 4. 眠りのリズムに

あわせて温度を自動調節

3. リズムに適した温度をエアコンに送信

受信

送信

チューブ式空気圧センサによる心電計との相関取得

2

1.8

1.6

1.4

1.2

1

0.8

0.6

0.4

0.2

0

r>0.983

心電計(sec)

R-R間隔相関(男性被験者)Airitmoセンサ(sec)

21.81.61.41.210.80.60.40.20

心電計とのR-R間隔相関係数

男性 r>0.983女性 r>0.982

左図は、心拍波形ピークの間隔(R-R間隔)についての、心電図とエアリトモとの相関を示している。つまり相関が高いので、心電図の代用として十分に使えるということを意味している。

「エアリトモ」は、心拍情報から自律神経の状態をチェックし、ストレスを8つのパターンに分類する。心拍間隔のゆらぎが小さい場合はストレス状態にあり、ゆらぎが大きい場合は、リラックス状態にあると判断される。

ストレス可視化Airitmo(エアリトモ)

フルパワー

はつらつ

ぴりぴり

省エネ

へとへと

リラックス

ゆううつ

いらいら

副交感神経系の活動度合い

自律神経系の活動度合い

Navigatorテクノロジー・イノベーションセンターChallenge 企画・編集担当小林 淳

見えない所に意外な「はかる」技術が潜んでいます。お問い合わせは私に。

参考文献/『「はかる」世界』(松本栄寿著・玉川大学出版部)、『こんなにもおもしろい単位』(白鳥 敬著・誠文堂新光社)

拍動

チューブ式空気圧センサ

チューブ

高感度圧力センサ

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14 Challenge 2016 Vol. 01 15

「はかる」の

「Soine」の次に開発されたのが、ソファータイプの「エアリトモ」。チューブ式空気圧センサーがソファーに埋め込まれていて、5分ほど座っているだけで、ストレス度がチェックできる。

拓かれていく「はかる」の未来

体の振動でストレスまで「はかる」発想は理想的な睡眠のための生体センシングから

ウエストンの発明した電気計器は画期的だったが、デジタル技術の進化によって、現在はより精度の高い計器が使われている。

■一般的な眠りのリズム ■Soineによる自動温度コントロール

眠りに適した温度変化!体温の変化をともなう

眠りの周期

就寝 起床 就寝 起床

温度

眠りのリズムに合わせて自動で温度をコントロール

心地よい眠りを実現しながら、しっかり節電もする睡眠時専用コントローラーの「Soine」が発売されたのは、今から5年ほど前。眠りのリズムを検知して、そのリズムに合わせて、エアコンの温度を自動的に調節するので、冷え過ぎや温め過ぎを防いで、質のよい睡眠へと誘う。

目に見えないものを「はかる」

 目に見えるものから見えないものまで、人類は多くのものをはかってきた。例えば、目に見えないものの1つに「電気」があり、電気をはかることに大きな足跡を残した人物に、アメリカのエドワード・ウエストンが挙げられる。19世紀末、トーマス・エジソンが白熱電球を発明した頃、ウエス

トンは、永久磁石を使って電気をはかる計器を発明する。電気用の計器が研究室の中に留まっていた時代に、持ち運びができてどこでも使えるポータブル計器を世に送り出したのだ。

睡眠状態やストレスなど 困難な計測にチャレンジ

 ウエストンの発明から、130年が経った今、人類はもっと困難な計測に挑戦しようとしている。その1つが、人間の精神状態や気分などをはかることだ。例えば、ダイキンは「ストレス」の計測に挑み続ける。 研究を開始したのは、今から15年ほども前のこと。人間の睡眠状態を察知するセンサーとエアコンとを結び付け、寝ている人の

シーズからニーズへseeds needs

TICの実験室の中には、人体を模した計測ができるタイプの部屋もある。これまでは、空調機と結び付けて考える実験が多かったが、今後は「協創」に目を向け、医療器具や家具などとのコラボにも挑戦していくつもりだ。

状態に応じてエアコンの温度をコントロール。これにより、快適な睡眠を目指すものだ。寝ている人が「レム睡眠」「ノンレム睡眠」のどちらの状態にあるかを布団の下のチューブ状の空気圧センサーが察知。眠りの浅い「レム期」には温度を1℃上げ、眠りの深い「ノンレム期」には逆に温度を1℃下げるとより快適に眠れるのだ。 ダイキンの最新技術である「ストレス」をはかる原理も同じ。ソファーの下に仕掛けた空気圧センサーの変化によって、呼吸、心拍、体動をチェックする。これらのデータを基にストレスをチェックする、という試みだ。体に装置を付けることなく、ソファーに座るだけで測定ができるため、より正確なデータが検出できるとの期待が高まる。 人間は、必要に応じて「はかる」ことを続けてきたが、科学の発展に伴い、「この技術を何かに生かせないか」というように、技術優先の傾向があることも否定できない。そんな中、挑戦を続けるダイキンが掲げるのは、現代人のニーズを最優先に考える「シーズからニーズへ」。 チャレンジ精神こそが、「はかる」の未来を拓くのだ。

電気の発明王というとエジソンが筆頭に挙げられるが、電気をはかる技術を開発したという意味で、エドワード・ウエストンも科学の発展に寄与した。ほかに電気メッキや発電機、電球や電池なども開発した。

ウエストンは電気計器の発明王

快適な環境作りを目指すダイキンでは、オフィスも実験、研究の場として活用している。随所にさまざまな計測器が取り付けられ、現在の環境状態が可視化できるようになっている。

TIC内におけるさまざまな「はかる」

人類の知の手段はかる特集

睡眠時専用コントローラーS o i n e(ソイネ)

1. 寝返りなどの体の動きを ...

2. Soine がセンシングして眠りのリズムを検知 4. 眠りのリズムに

あわせて温度を自動調節

3. リズムに適した温度をエアコンに送信

受信

送信

チューブ式空気圧センサによる心電計との相関取得

2

1.8

1.6

1.4

1.2

1

0.8

0.6

0.4

0.2

0

r>0.983

心電計(sec)

R-R間隔相関(男性被験者)

Airitmoセンサ(sec)

21.81.61.41.210.80.60.40.20

心電計とのR-R間隔相関係数

男性 r>0.983女性 r>0.982

左図は、心拍波形ピークの間隔(R-R間隔)についての、心電図とエアリトモとの相関を示している。つまり相関が高いので、心電図の代用として十分に使えるということを意味している。

「エアリトモ」は、心拍情報から自律神経の状態をチェックし、ストレスを8つのパターンに分類する。心拍間隔のゆらぎが小さい場合はストレス状態にあり、ゆらぎが大きい場合は、リラックス状態にあると判断される。

ストレス可視化Airitmo(エアリトモ)

フルパワー

はつらつ

ぴりぴり

省エネ

へとへと

リラックス

ゆううつ

いらいら

副交感神経系の活動度合い

自律神経系の活動度合い

Navigatorテクノロジー・イノベーションセンターChallenge 企画・編集担当小林 淳

見えない所に意外な「はかる」技術が潜んでいます。お問い合わせは私に。

参考文献/『「はかる」世界』(松本栄寿著・玉川大学出版部)、『こんなにもおもしろい単位』(白鳥 敬著・誠文堂新光社)

拍動

チューブ式空気圧センサ

チューブ

高感度圧力センサ

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16 Challenge 2016 Vol. 01 17

先端デザイングループ グループリーダー 主任技師

関 康一郎Kouichirou Seki

 テクノロジーイノベーションセンター(TIC)3階。オープンミーティングエリア「知の森」の一角に、

「空気の楽器」と名付けられた透明な風車が陳列してある。フッと息を送ると軽やかなメロディーが聞こえてくる。スピーカーらしきものはどこにもない。隣にある風鈴も、鈴はないのに短冊が揺れると鈴の音が。その横には椅子をかたどった小さな2つのオブジェがあり、背後の液晶スクリーンに、その椅子が生み出す空気の流れが次々に色を変えて移ろっていく。まるで、小さな宇宙を見ているようだ。 うっかりすると、気付かずに通り過ぎてしまう風車や風鈴、あるいは映像だが、先端デザイングループリーダーの関康一郎(44)は言う。「これが僕たちがこれから作りあげていきたい、新しい空気のデザインの一つのカタチなんです」。 風車が回り、風鈴の短冊が揺れると音が出るのは圧電素子を使っているためだ。椅子を、単なる「座るための装置」から、「室内の空気の流れを調律するメディア」に変えようとする試みは、アーティストでありエンジニアでもある慶応大学環境情報学部教授の脇田玲さんの作品。関は、物理や化学の理屈を踏まえながら、

「日本人が古来持っている『空気を愛でる感覚』を、

デザインで表現したい」「日本の心を、デザインと技術で可視化したい」と言う。言い換えれば「見えない空気を愛されるものに変えたい」のだ。 先端デザイングループのメンバーはその思いを商品というカタチで実現するために、社内の技術者たちはもちろん、社外の学者たちとも手を携えようとしている。関は自分たちの役割を、技術者同士の、あるいは組織の壁を越えて協創するための「潤滑油」、社内協創の「触媒」になることだと話す。

デザインが企業の世界観を表現し 常識をくつがえす

 関は、滋賀工場の空調生産本部デザイングループで、ルームエアコンや業務用空調機器のデザインを手がけ、コストと納期に追われながら、可能な範囲で提案を続けてきた。室内機のフラットパネルの格子をなくしたり、15㎝の薄型室内機を実現する歴代の挑戦に加え、「うるさら7」では逆に、それを大きく突き出した形に変えて、省エネ要請に応えつつ新しい空調の方向性を見せるなど、デザインでムーブメントを起こしてきた自負はある。 だが、あくまでそれは「設計の中の意匠担当」で、

見えない空気を「愛されるもの」にダイキンの世界観をデザインしたい

研究者の群像シリーズ❶

関は、これまで提案してきた空調のデザインや、未来の空調を形にしてしまってある「秘密の部屋」に案内してくれた。「僕、空調オタクなんですよ」と照れるが、いま社内外で協創を最も積極的に行っている一人だ。

自分たちの役割は、組織の壁を越えて

協創するための「潤滑油」「触媒」になることだ。

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16 Challenge 2016 Vol. 01 17

先端デザイングループ グループリーダー 主任技師

関 康一郎Kouichirou Seki

 テクノロジーイノベーションセンター(TIC)3階。オープンミーティングエリア「知の森」の一角に、

「空気の楽器」と名付けられた透明な風車が陳列してある。フッと息を送ると軽やかなメロディーが聞こえてくる。スピーカーらしきものはどこにもない。隣にある風鈴も、鈴はないのに短冊が揺れると鈴の音が。その横には椅子をかたどった小さな2つのオブジェがあり、背後の液晶スクリーンに、その椅子が生み出す空気の流れが次々に色を変えて移ろっていく。まるで、小さな宇宙を見ているようだ。 うっかりすると、気付かずに通り過ぎてしまう風車や風鈴、あるいは映像だが、先端デザイングループリーダーの関康一郎(44)は言う。「これが僕たちがこれから作りあげていきたい、新しい空気のデザインの一つのカタチなんです」。 風車が回り、風鈴の短冊が揺れると音が出るのは圧電素子を使っているためだ。椅子を、単なる「座るための装置」から、「室内の空気の流れを調律するメディア」に変えようとする試みは、アーティストでありエンジニアでもある慶応大学環境情報学部教授の脇田玲さんの作品。関は、物理や化学の理屈を踏まえながら、

「日本人が古来持っている『空気を愛でる感覚』を、

デザインで表現したい」「日本の心を、デザインと技術で可視化したい」と言う。言い換えれば「見えない空気を愛されるものに変えたい」のだ。 先端デザイングループのメンバーはその思いを商品というカタチで実現するために、社内の技術者たちはもちろん、社外の学者たちとも手を携えようとしている。関は自分たちの役割を、技術者同士の、あるいは組織の壁を越えて協創するための「潤滑油」、社内協創の「触媒」になることだと話す。

デザインが企業の世界観を表現し 常識をくつがえす

 関は、滋賀工場の空調生産本部デザイングループで、ルームエアコンや業務用空調機器のデザインを手がけ、コストと納期に追われながら、可能な範囲で提案を続けてきた。室内機のフラットパネルの格子をなくしたり、15㎝の薄型室内機を実現する歴代の挑戦に加え、「うるさら7」では逆に、それを大きく突き出した形に変えて、省エネ要請に応えつつ新しい空調の方向性を見せるなど、デザインでムーブメントを起こしてきた自負はある。 だが、あくまでそれは「設計の中の意匠担当」で、

見えない空気を「愛されるもの」にダイキンの世界観をデザインしたい

研究者の群像シリーズ❶

関は、これまで提案してきた空調のデザインや、未来の空調を形にしてしまってある「秘密の部屋」に案内してくれた。「僕、空調オタクなんですよ」と照れるが、いま社内外で協創を最も積極的に行っている一人だ。

自分たちの役割は、組織の壁を越えて

協創するための「潤滑油」「触媒」になることだ。

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18 Challenge 2016 Vol. 01 19

「言われたもの」を作るだけではお客様は喜ばないし、びっくりするようなものはできない。それでは単なる請け負い仕事と同じだ。 それだけに、TICで「先端デザイングループ」という名称で新たにスタートすると決まったとき、関は

「デザインの価値を高めるチャンス」と、心に刻んだ。かっこいいデザインを創るだけではなく、ユーザーに本当に愛されるデザインを創り出すのだ。そのためには各分野と協創して、デザインでダイキンの世界観を発信する、と決意したのだ。 例えば、トヨタのレクサスには、白を基調としたアートに加え、日本の伝統文化である侘び、さびさえも表現されている。アップルなどは形だけでなく、サービスデザインでエンドユーザーに感動を与える。BMWしかり。グローバル企業は、デザインこそが重要な経営資源であり、デザインがブランドを発信している。「すでに、モノを買って自慢する時代ではない。エアコンの世界でも、インテリアとしてのこだわりはもちろん、デザインへの関心度が高まっている。丸いエアコンや、建材を室内機にしたエアコンがあってもいい。常識を覆すようなエアコンを作りたい」。そして、「目には見えない空気を、デザインしたい」。

「エアコンオタク」の「空気職人」が 空気を「見える化」する

 関は総合家電メーカーからの転職組だ。「エアコンオタクなんです」と笑う。前社でもエアコンのデザインをしていたが、「それなら、そのジャンルで世界一のデザイナーになりたい」と思った。10年前のことだ。当時から、見えないものもデザインできると見通して

いた。そして今、自分は「空気職人」だと自称する。 先端デザイングループのメンバーは、経験豊富なベテランから若手まで16人。生産本部時代からの同僚だけに、提案を出し合い、自由に議論し合ってきた。

「みんな空気のことを真剣に考えている。時代が希求する『空気のデザイン』ができるはず」と関は言う。 関と志を同じくするのが、「空気空間デザイン」チームを引っぱる村井雄一(45)だ。空気を「見える化」する肝となるチームで、暖かい涼しいに加えて、光や音、香りといった、五感で「快適」を感じるような空間デザインを目指す。「難しいですけどね」と村井は笑う。ダイキンのエアコンを使えば勉強がはかどる、子どもが泣き止む、集客力が増す、眠りの質が高くなるといった、新しい価値観と感動の提供を目指す。 関と村井には共通項が多い。関は周囲から苦笑されるほどのアニメ好きだし、村井は子どもの頃からマンガ好きで、関と同様「オタクです」と言う。さらに、工業高専でプロダクトデザインを学んだ関は、20歳頃からロックにはまり、毎年7月に開かれるフジロックフェスティバルは「僕にとっての正月」と言うほど。一方、自分でも漫画を描き、自分を生かす道は絵しかないと思い込んで高校は美術科に進み、大学では工業デザインを学んだ村井も、7歳から20歳までピアノを習っていた。村井が、音楽の先生に休符が大事と言われ、「絵でも画面を全部埋めないこと、空間が大事」と言えば、関は「デザイナーの仕事は、発信するという点で演奏者に近い」と話す。 先端デザイングループは、同じ作業着に身を包むTICの技術者軍団の中にあって、ファッションでも一線を画す。そして、どこかクールな目を持つ。同時に、

研究者の群像 シリーズ❶

関と村井は、共に「アニメ好き」。関が「空気のデザイン」を語れば、村井は「空気空間をデザインする難しさ」を語る。しかし、2人ともTICでの可能性の大きさに目を輝かせた。

関がリーダーを務める先端デザイングループでは、メンバー同士でもプレゼンをし合いながら、競争相手のデザインを研究したり、新しい発想を語り合う。服装も全員が私服で、自由な雰囲気。

夢を語る2人の言葉からは、アニメや音楽と同じように想像の羽を自由に広げ、五感に訴えていきたいという情熱のほとばしりがうかがえる。「趣味です」と言う音楽や漫画、アニメが、デザイナーとしての礎をつくったのは間違いないだろう。

有識者は見ている世界の幅が圧倒的に違う 協創することで新しい価値を生み出す

 新しいデザイン像を求める先端デザイングループだが、「ビジネスモデルも同時に考えないと」と村井は言う。「トライアンドエラーの繰り返し」だが、その一つひとつがエビデンスになると信じている。 関も「デザイナーは夢見がち。しかし、モノづくりの文化は、その苦しさを知る工場の経験によって作られた」と言う。真の原因を究明する「なぜなぜ文化」こそが、新しいものを生み出すための共通言語だと自覚している。だからこそ技術者と語らい、撥水素材の用途展開を化学の技術者と考えたりしている。「雨が

降っても窓を開けられるサッシなんて、面白くないですか?」。 前述のように、社外との協創も盛んだ。先端デザイン企画チームは、元慶応大学SFC教授で日産「Be-1」など数々のデザインコンセプトを手掛けてきた坂井直樹さんら外部の有識者と取組の高度化を図る。「見ている世界の幅が圧倒的に違う」と関。こうした取り組みを通じて「アイデアカタログ帳をいっぱい持ちたい」と言う。 ダイキン工業は京都大学と、新しい社会価値テーマの創出などを目標として、人文系部局を含む包括連携協定を2013年に締結した。関はこれについても、「理系はフィルターの集塵率をいかに高めるかを考える。文系の見方は、フィルターにたまっているものから生活の差が見えてくる。フィルターは現代型の写真だ、という。ヒストリーと理論が交錯するのが文理融合のいいところ」と歓迎する。 「TICは新しい価値をつくるところ」と言い切る関。先端デザイングループが、社内外との協創で何を生み出すか。期待は大きい。

「知の森」の一角には、関が協創する慶應義塾大学教授・脇田玲さんの作品が展示されている。日常ではほとんど意識することのない空気の流れに着目し、それを「見える化」している。

作品:「慶應義塾大学脇田玲研究室 FURNISHED FLUID 2014」

村井さんのデスクに置かれていた「美少女」。TICは新しい価値を作るところ、と言い切る関さんもアニメとロックにはまっている。「好き」を原動力に、2人はチームを引っ張っている。

エアコンという箱をデザインしてきた従来の仕事の発想が、他部署との協創でガラリと変わりました。

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18 Challenge 2016 Vol. 01 19

「言われたもの」を作るだけではお客様は喜ばないし、びっくりするようなものはできない。それでは単なる請け負い仕事と同じだ。 それだけに、TICで「先端デザイングループ」という名称で新たにスタートすると決まったとき、関は

「デザインの価値を高めるチャンス」と、心に刻んだ。かっこいいデザインを創るだけではなく、ユーザーに本当に愛されるデザインを創り出すのだ。そのためには各分野と協創して、デザインでダイキンの世界観を発信する、と決意したのだ。 例えば、トヨタのレクサスには、白を基調としたアートに加え、日本の伝統文化である侘び、さびさえも表現されている。アップルなどは形だけでなく、サービスデザインでエンドユーザーに感動を与える。BMWしかり。グローバル企業は、デザインこそが重要な経営資源であり、デザインがブランドを発信している。「すでに、モノを買って自慢する時代ではない。エアコンの世界でも、インテリアとしてのこだわりはもちろん、デザインへの関心度が高まっている。丸いエアコンや、建材を室内機にしたエアコンがあってもいい。常識を覆すようなエアコンを作りたい」。そして、「目には見えない空気を、デザインしたい」。

「エアコンオタク」の「空気職人」が 空気を「見える化」する

 関は総合家電メーカーからの転職組だ。「エアコンオタクなんです」と笑う。前社でもエアコンのデザインをしていたが、「それなら、そのジャンルで世界一のデザイナーになりたい」と思った。10年前のことだ。当時から、見えないものもデザインできると見通して

いた。そして今、自分は「空気職人」だと自称する。 先端デザイングループのメンバーは、経験豊富なベテランから若手まで16人。生産本部時代からの同僚だけに、提案を出し合い、自由に議論し合ってきた。

「みんな空気のことを真剣に考えている。時代が希求する『空気のデザイン』ができるはず」と関は言う。 関と志を同じくするのが、「空気空間デザイン」チームを引っぱる村井雄一(45)だ。空気を「見える化」する肝となるチームで、暖かい涼しいに加えて、光や音、香りといった、五感で「快適」を感じるような空間デザインを目指す。「難しいですけどね」と村井は笑う。ダイキンのエアコンを使えば勉強がはかどる、子どもが泣き止む、集客力が増す、眠りの質が高くなるといった、新しい価値観と感動の提供を目指す。 関と村井には共通項が多い。関は周囲から苦笑されるほどのアニメ好きだし、村井は子どもの頃からマンガ好きで、関と同様「オタクです」と言う。さらに、工業高専でプロダクトデザインを学んだ関は、20歳頃からロックにはまり、毎年7月に開かれるフジロックフェスティバルは「僕にとっての正月」と言うほど。一方、自分でも漫画を描き、自分を生かす道は絵しかないと思い込んで高校は美術科に進み、大学では工業デザインを学んだ村井も、7歳から20歳までピアノを習っていた。村井が、音楽の先生に休符が大事と言われ、「絵でも画面を全部埋めないこと、空間が大事」と言えば、関は「デザイナーの仕事は、発信するという点で演奏者に近い」と話す。 先端デザイングループは、同じ作業着に身を包むTICの技術者軍団の中にあって、ファッションでも一線を画す。そして、どこかクールな目を持つ。同時に、

研究者の群像 シリーズ❶

関と村井は、共に「アニメ好き」。関が「空気のデザイン」を語れば、村井は「空気空間をデザインする難しさ」を語る。しかし、2人ともTICでの可能性の大きさに目を輝かせた。

関がリーダーを務める先端デザイングループでは、メンバー同士でもプレゼンをし合いながら、競争相手のデザインを研究したり、新しい発想を語り合う。服装も全員が私服で、自由な雰囲気。

夢を語る2人の言葉からは、アニメや音楽と同じように想像の羽を自由に広げ、五感に訴えていきたいという情熱のほとばしりがうかがえる。「趣味です」と言う音楽や漫画、アニメが、デザイナーとしての礎をつくったのは間違いないだろう。

有識者は見ている世界の幅が圧倒的に違う 協創することで新しい価値を生み出す

 新しいデザイン像を求める先端デザイングループだが、「ビジネスモデルも同時に考えないと」と村井は言う。「トライアンドエラーの繰り返し」だが、その一つひとつがエビデンスになると信じている。 関も「デザイナーは夢見がち。しかし、モノづくりの文化は、その苦しさを知る工場の経験によって作られた」と言う。真の原因を究明する「なぜなぜ文化」こそが、新しいものを生み出すための共通言語だと自覚している。だからこそ技術者と語らい、撥水素材の用途展開を化学の技術者と考えたりしている。「雨が

降っても窓を開けられるサッシなんて、面白くないですか?」。 前述のように、社外との協創も盛んだ。先端デザイン企画チームは、元慶応大学SFC教授で日産「Be-1」など数々のデザインコンセプトを手掛けてきた坂井直樹さんら外部の有識者と取組の高度化を図る。「見ている世界の幅が圧倒的に違う」と関。こうした取り組みを通じて「アイデアカタログ帳をいっぱい持ちたい」と言う。 ダイキン工業は京都大学と、新しい社会価値テーマの創出などを目標として、人文系部局を含む包括連携協定を2013年に締結した。関はこれについても、「理系はフィルターの集塵率をいかに高めるかを考える。文系の見方は、フィルターにたまっているものから生活の差が見えてくる。フィルターは現代型の写真だ、という。ヒストリーと理論が交錯するのが文理融合のいいところ」と歓迎する。 「TICは新しい価値をつくるところ」と言い切る関。先端デザイングループが、社内外との協創で何を生み出すか。期待は大きい。

「知の森」の一角には、関が協創する慶應義塾大学教授・脇田玲さんの作品が展示されている。日常ではほとんど意識することのない空気の流れに着目し、それを「見える化」している。

作品:「慶應義塾大学脇田玲研究室 FURNISHED FLUID 2014」

村井さんのデスクに置かれていた「美少女」。TICは新しい価値を作るところ、と言い切る関さんもアニメとロックにはまっている。「好き」を原動力に、2人はチームを引っ張っている。

エアコンという箱をデザインしてきた従来の仕事の発想が、他部署との協創でガラリと変わりました。

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20 Challenge 2016 Vol. 01 21

「インバータ」とは何かを説明する前に、エアコンの仕組みと電気について確認しておこう。 エアコンには室外機と室内機があり、この2つの間で熱を移動させるヒートポンプという仕組みで冷暖房を行う。その心臓部となるのが室外機にある圧縮機だ。熱を運ぶ冷媒は圧縮されると高温高圧になる。たとえば冬場に冷たい冷媒を圧縮機で高温高圧にして室内機に送り込むと温かい空気が出る。急速に温度を上げたいときは、圧縮機の回転数を上げて冷媒を急速に温めて室内機に送り込めばいい。この圧縮機を動かすモータが、エアコンの消費電力の9割を使っている。 過去のエアコンは、モータのスイ ッ チ がONとOFFし か な か った。エアコンのスイッチを入れると100%の高速で回転し、一定温

ダイキンを支える技術 ❶

インバータ ダイキンは、その技術力でつねにエアコン業界のトップを目指してきた。他の追随を許さない技術はどのようにして生まれたのか。ダイキンを支えるコア技術を紹介していこう。第1回はダイキンの代名詞ともいうべき「インバータ」にスポットを当てる。

1956年、香川県生まれ。81年、東京工業大学大学院修士課程修了。名古屋工業大学電気工学科助手を経て、86年ダイキン工業電子技術研究所に入社。2004年に専任役員に就任し、15年より現職。

室内機と室外機から成り立つエアコン。インバータはエアコンの室外機の中にあり、エアコンの心臓部ともいわれる圧縮機のモータをコントロールしている。

大山和伸テクノロジー・イノベーションセンター技師長

モータ・インバータ担当常務専任役員

度に達するとモータは止まり、温度が下がるとスイッチがONになって高速回転し……という動作を繰り返していた。しかし、これでは温度変化が激しくムダなエネルギーを消費することになる。 安定した温度を保って省エネを実現するには、設定温度に達したときにモータをOFFにするのではなく、その温度を保つ程度にモータの回転数を落とせばいい。それには、モータの回転数とシンクロする周波数を運転中に自在に変えられるようにする必要がある。 ところが、工場や家庭の電源は一般に「交流」で、その電圧と周波数は一定だ。それを変えるには、いったん「直流」に変換しなければならず、そのうえで再び「交流」に戻さなければならない。そこで登場するのが「インバータ」だ。前者の働きをする装置が「コン

「インバータ」は圧縮機のモータをコントロールする「モータの運転手」

「快適性」「省エネ」を実現し、エアコンの歴史に新たな一歩を刻んだ

「リラクタンスDCモータ」の内部の回転する軸には、強力なネオジム磁石を埋め込み、回転子全体を強力な磁石に。このモータを回転させるには、「電磁石」の「N極」と「S極」の切り替えを高速に行なわなければならず、そのコントロールを行っているのが、インバータという技術。

*リラクタンスDC技術=リラクタンスDCモータに関する技術。回転子に磁石を埋め込むという電磁構造のリラクタンスDCモータの特長は、磁石トルクとリラクタンストルク(鉄と磁石が引き合う力)を有効活用することで、大幅な電気代の削減を実現した点にある。

バータ」、後者の働きをするのが「インバータ」だが、日本では、その一連の働きをする装置全体を

「インバータ」と呼ぶ。つまり、「インバータ」は、周波数などを変換してモータをコントロールする

「運転手」というわけだ。 ダイキンを業界トップに押し上げた、DCインバータを含むリラクタンスDC技術*の開発の歴史をたどりながら「技術のダイキン」の神髄に迫っていこう。

モータ技術者不在の中 IPMモータに着目

 ダイキンのインバータエアコンの本格的な開発の歴史は1980年、滋賀製作所に電子技術センター

(後の電子技術研究所)を立ち上げたときに始まる。それ以前から

電子技術の強化を大きなテーマに据え、インバータの研究は行っていたが、実用化には至っていなかった。ダイキンのインバータエアコン1号機の登場は84年。東芝が世界初の家庭用インバータエアコンを発売した3年後のことだ。しかし、ダイキンのインバータは、外部メーカー製だった。「リラクタンスDC技術」の誕生は、大学でインバータの研究を続けていた大山和伸(現TIC技師長)の入社を待たねばならなかった。 1989年、ダイキンでは理想インバータエアコン(IIA)プロジェクトが一段落し、次世代を担う技術開発に着手しようとしていた。86年に入社し、電子技術研究所の研究員だった大山は、消費者ニーズを考え尽くして、次世代

「インバータ」はモータをコントロールしている

エアコンのコンセプトは「省エネと快適性の両立だ」と結論付けた。というのも、東芝の1号機以来、インバータエアコンのメリットは、温度変化が少なくムラのない運転ができる「快適性」にあるとされ、省エネ性はあまり重視されていなかったのだ。 インバータがモータの運転手である以上、高性能インバータと同時に高性能モータを作らなければならない。だが、ダイキンにはモータを基礎から開発できる技術者が1人もいなかった。 大山は1年間、世界中の論文をあさり、学会にも顔を出して自らヒントを求め続けた。 そこで目に留まったのが、IPMモータだ。IPMモータとは、回転する電磁鋼板製のロータの内

「電磁石」への電流の方向を変えると「N極」と「S極」が切り替わり、もともと磁力を持つ磁石との間に、「吸引する力」と「反発する力」が発生する。この2つの力を交互にタイミングよく発生させることにより、インバータはモータを回転させている。

Kazu nobu Ohyama

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20 Challenge 2016 Vol. 01 21

「インバータ」とは何かを説明する前に、エアコンの仕組みと電気について確認しておこう。 エアコンには室外機と室内機があり、この2つの間で熱を移動させるヒートポンプという仕組みで冷暖房を行う。その心臓部となるのが室外機にある圧縮機だ。熱を運ぶ冷媒は圧縮されると高温高圧になる。たとえば冬場に冷たい冷媒を圧縮機で高温高圧にして室内機に送り込むと温かい空気が出る。急速に温度を上げたいときは、圧縮機の回転数を上げて冷媒を急速に温めて室内機に送り込めばいい。この圧縮機を動かすモータが、エアコンの消費電力の9割を使っている。 過去のエアコンは、モータのスイ ッ チ がONとOFFし か な か った。エアコンのスイッチを入れると100%の高速で回転し、一定温

ダイキンを支える技術 ❶

インバータ ダイキンは、その技術力でつねにエアコン業界のトップを目指してきた。他の追随を許さない技術はどのようにして生まれたのか。ダイキンを支えるコア技術を紹介していこう。第1回はダイキンの代名詞ともいうべき「インバータ」にスポットを当てる。

1956年、香川県生まれ。81年、東京工業大学大学院修士課程修了。名古屋工業大学電気工学科助手を経て、86年ダイキン工業電子技術研究所に入社。2004年に専任役員に就任し、15年より現職。

室内機と室外機から成り立つエアコン。インバータはエアコンの室外機の中にあり、エアコンの心臓部ともいわれる圧縮機のモータをコントロールしている。

大山和伸テクノロジー・イノベーションセンター技師長

モータ・インバータ担当常務専任役員

度に達するとモータは止まり、温度が下がるとスイッチがONになって高速回転し……という動作を繰り返していた。しかし、これでは温度変化が激しくムダなエネルギーを消費することになる。 安定した温度を保って省エネを実現するには、設定温度に達したときにモータをOFFにするのではなく、その温度を保つ程度にモータの回転数を落とせばいい。それには、モータの回転数とシンクロする周波数を運転中に自在に変えられるようにする必要がある。 ところが、工場や家庭の電源は一般に「交流」で、その電圧と周波数は一定だ。それを変えるには、いったん「直流」に変換しなければならず、そのうえで再び「交流」に戻さなければならない。そこで登場するのが「インバータ」だ。前者の働きをする装置が「コン

「インバータ」は圧縮機のモータをコントロールする「モータの運転手」

「快適性」「省エネ」を実現し、エアコンの歴史に新たな一歩を刻んだ

「リラクタンスDCモータ」の内部の回転する軸には、強力なネオジム磁石を埋め込み、回転子全体を強力な磁石に。このモータを回転させるには、「電磁石」の「N極」と「S極」の切り替えを高速に行なわなければならず、そのコントロールを行っているのが、インバータという技術。

*リラクタンスDC技術=リラクタンスDCモータに関する技術。回転子に磁石を埋め込むという電磁構造のリラクタンスDCモータの特長は、磁石トルクとリラクタンストルク(鉄と磁石が引き合う力)を有効活用することで、大幅な電気代の削減を実現した点にある。

バータ」、後者の働きをするのが「インバータ」だが、日本では、その一連の働きをする装置全体を

「インバータ」と呼ぶ。つまり、「インバータ」は、周波数などを変換してモータをコントロールする

「運転手」というわけだ。 ダイキンを業界トップに押し上げた、DCインバータを含むリラクタンスDC技術*の開発の歴史をたどりながら「技術のダイキン」の神髄に迫っていこう。

モータ技術者不在の中 IPMモータに着目

 ダイキンのインバータエアコンの本格的な開発の歴史は1980年、滋賀製作所に電子技術センター

(後の電子技術研究所)を立ち上げたときに始まる。それ以前から

電子技術の強化を大きなテーマに据え、インバータの研究は行っていたが、実用化には至っていなかった。ダイキンのインバータエアコン1号機の登場は84年。東芝が世界初の家庭用インバータエアコンを発売した3年後のことだ。しかし、ダイキンのインバータは、外部メーカー製だった。「リラクタンスDC技術」の誕生は、大学でインバータの研究を続けていた大山和伸(現TIC技師長)の入社を待たねばならなかった。 1989年、ダイキンでは理想インバータエアコン(IIA)プロジェクトが一段落し、次世代を担う技術開発に着手しようとしていた。86年に入社し、電子技術研究所の研究員だった大山は、消費者ニーズを考え尽くして、次世代

「インバータ」はモータをコントロールしている

エアコンのコンセプトは「省エネと快適性の両立だ」と結論付けた。というのも、東芝の1号機以来、インバータエアコンのメリットは、温度変化が少なくムラのない運転ができる「快適性」にあるとされ、省エネ性はあまり重視されていなかったのだ。 インバータがモータの運転手である以上、高性能インバータと同時に高性能モータを作らなければならない。だが、ダイキンにはモータを基礎から開発できる技術者が1人もいなかった。 大山は1年間、世界中の論文をあさり、学会にも顔を出して自らヒントを求め続けた。 そこで目に留まったのが、IPMモータだ。IPMモータとは、回転する電磁鋼板製のロータの内

「電磁石」への電流の方向を変えると「N極」と「S極」が切り替わり、もともと磁力を持つ磁石との間に、「吸引する力」と「反発する力」が発生する。この2つの力を交互にタイミングよく発生させることにより、インバータはモータを回転させている。

Kazu nobu Ohyama

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「リラクタンスDCモータ」の開発や、その後のインバータの進化は産学協同によるところが大きい。研究チームは、

「これからも大学や他社と協同でさまざまな技術の革新や開発に取り組んでいきたい」と考えている。

エアコンの中の「インバータ」の仕組み

例えば暖房の場合は次のようなことが行なわれる。①室外機が空気を吸い込んで、空気中の熱を冷媒が受け取る。②圧縮機のモータを高速回転させて冷媒を高温にして室内に送る。③これを続けることで室内の温度が設定温度に達したら、モータを低速にして室温を安定させる。このコントロールによって省エネを実現。冷房の場合は、室外気温よりも冷媒を高温にして、熱を室外に放出する。

した。大阪府大と共同研究を始めて約3年後のことだった。 一方、インバータの開発も一筋縄ではいかなかった。インバータは1秒間に1万回ぐらいモータを制御する。100万分の1秒のパルスをミスするとインバータ自体が壊れるというほど、緻密な技術が要求される。これにはマイコンの力を借りなければいけないが、こちらも多額のコストがかかる。マイコンメーカーの協力をあおぐ一方、開発スタッフは大山の高い要求に応えるべく試験を繰り返すこと1年半。磁石トルクとリラクタンストルクの2つの回転力を高効率に制御できるインバータの開発に成功した。 量産に向けた試作体制に入ると、ダイキンの「ものづくりの力」が発揮される。モータは厚さ0.数mmの電磁鋼板を積層して、その中に磁石を埋め込む構造だが、10ミクロン以下の誤差でも影響

を及ぼす。こうした緻密な作業を繰り返すことでノウハウを蓄積し、当初3か月かかっていた加工が1週間で仕上がるまでになった。 開発チームを作るときは、通常、モータ担当を中心に編成するものだが、ダイキンのチームは、当初から商品化を前提にしていたため、圧縮機部門の部長をリーダーとし、大山とルームエアコンの製品担当をサブリーダーにした。この下にモータ担当、インバータ担当が入る形をとったのだ。このため、新しいインバータが最大の効率を発揮する圧縮機が完成した。ダイキンには「機電融合」という言葉があるが、大山は「電気屋が機械屋さんと一緒になって開発していくところがダイキンの強み」と語る。

中国向けには、より安価で 省エネタイプのエアコンを

 このリラクタンスDC技術を搭

1984年●インバータルームエアコン第1号機発売。

1990年●大阪府立大学と新型のDCモータの共同研究に着手。新型インバータの開発も始まる。

1991年●新型モータ試作第1号機完成。

1992年●インバータ技術について学会で発表。大きな転機となる。

1994年●空調事業立て直しのための「第一次空調改革計画」決定・空調三本柱戦略。

1995年●新型のDCモータとDCインバータなどを組み合わせた「リラクタンスDC技術」確立。

1996年●新技術を搭載したエアコンの量産開始。

1998年●国内空調事業の業績悪化を受け、第二次空調改革スタート。

1998年●新技術を業務用に拡大。消費電力を約60%低減させた業務用エアコン「スーパーインバータ60」発売(省エネ大賞・資源エネルギー庁長官賞受賞)。「リラクタンスDC技術」が電気学会進歩賞受賞。

1999年●小型壁掛けインバータエアコン「Eシリーズ」と、世界初の無給水加湿技術を搭載した「うるるとさらら」発売(省エネ大賞・資源エネルギー庁長官賞受賞)。

2代目インバータエアコン1985年(30Hz~120HZ)

3代目インバータエアコン1987年(30HZ~180HZ)

大幅な電力削減を可能にした「スーパーイ ン バ ー タ60」

なると磁力が下がるのが難点だった。その壁を打ち破ったのが、希土類磁石のトップメーカーだった住友特殊金属(現日立金属)の開発担当者だった。 ある日、同社の研究所を訪れた大山に「いい磁石がありますよ」と言って取り出したのが、ネオジウム磁石の結晶粒径を微細かつ均一にし、発熱に強くした磁石だった。開発に成功したばかりで社内でも公表していない磁石だった。横にいた営業担当者すら知らされておらず、驚いたほど。「普段から大切にしていた人脈に感謝した」と大山は振り返る。 その後も埋め込む磁石の位置を0.1mm単位で調節しては試運転を繰り返した。また、DCモータは負荷をかけると失速する。この問題を解決したきっかけは、若い担当者の粘り強さと柔軟な発想力だった。だが、調べてみると、イタリアの学者が近い内容の論文を発表していた。すぐに担当者を国際学会に送り込んで学者に直接確認させたところ、特許は出願していないことが分かり、初めて安心

ていける」と直感したという。実は、大山と武田助教授は、学会などで幾度か顔を合わせていたのだ。 産学連携の実現。大学卒業後、名古屋工業大学で5年間の研究生活を送ってきた大山だからこそできた発想と言ってもいいだろう。

産学連携から約3年 ようやく「成功」を実感

 しかし、新しいモータの開発は困難を極めた。モータが回らない、想定した数値が出ない……。それでも、翌年秋には、基本的特性を備えた試作1号機が完成した。ただし、製造を委託していた外部メーカーが、図面通りに製作していなかったことが分かるのは1年半後のことだ。それ以外でも残された課題は多かった。 その1つが使用する磁石だ。試作1号機にはサマリウム磁石を使用していたが、高温特性はいいものの磁力が低いため高効率は望めなかった。開発チームは同時に、1.5倍の磁力を持つ希土類のネオジウム磁石での研究を進めていたが、こちらは高コストと、高温に

部に磁石が埋め込まれた構造になっている。従来の表面が磁石に覆われたモータだと、外側の磁石とロータの磁石が引き合う力(磁石トルク)だけを利用してモータを回すが、IPMモータには、外側の磁石がロータの鉄の部分を引き寄せる力(リラクタンストルク)もプラスされる。このため回転速度が上がり、大幅な消費電力の節減、省エネになるのだ。大山は、永久磁石モータの中でもIPMモータがいいと判断した。 同時にIPMモータは、「インバータを付けてこそ効率が良くなる」と考え、若手技術者を抜擢して新しいモータとインバータの開発に乗り出す。しかし、理論解明に留まっていたIPMモータの実用化は困難だった。そこで、この研究をしていた大阪府立大学の武田洋次助教授(当時)の元を訪れた。90年11月のことだ。 武田助教授は、大山の「一緒にできないでしょうか」との提案を快諾。このとき、武田助教授が省エネの可能性を否定しなかったため、大山は「武田先生とならやっ

ダイキンを支える技術❶

ダイキン

インバータエアコンの歴史

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22 Challenge 2016 Vol. 01 23

「リラクタンスDCモータ」の開発や、その後のインバータの進化は産学協同によるところが大きい。研究チームは、

「これからも大学や他社と協同でさまざまな技術の革新や開発に取り組んでいきたい」と考えている。

エアコンの中の「インバータ」の仕組み

例えば暖房の場合は次のようなことが行なわれる。①室外機が空気を吸い込んで、空気中の熱を冷媒が受け取る。②圧縮機のモータを高速回転させて冷媒を高温にして室内に送る。③これを続けることで室内の温度が設定温度に達したら、モータを低速にして室温を安定させる。このコントロールによって省エネを実現。冷房の場合は、室外気温よりも冷媒を高温にして、熱を室外に放出する。

した。大阪府大と共同研究を始めて約3年後のことだった。 一方、インバータの開発も一筋縄ではいかなかった。インバータは1秒間に1万回ぐらいモータを制御する。100万分の1秒のパルスをミスするとインバータ自体が壊れるというほど、緻密な技術が要求される。これにはマイコンの力を借りなければいけないが、こちらも多額のコストがかかる。マイコンメーカーの協力をあおぐ一方、開発スタッフは大山の高い要求に応えるべく試験を繰り返すこと1年半。磁石トルクとリラクタンストルクの2つの回転力を高効率に制御できるインバータの開発に成功した。 量産に向けた試作体制に入ると、ダイキンの「ものづくりの力」が発揮される。モータは厚さ0.数mmの電磁鋼板を積層して、その中に磁石を埋め込む構造だが、10ミクロン以下の誤差でも影響

を及ぼす。こうした緻密な作業を繰り返すことでノウハウを蓄積し、当初3か月かかっていた加工が1週間で仕上がるまでになった。 開発チームを作るときは、通常、モータ担当を中心に編成するものだが、ダイキンのチームは、当初から商品化を前提にしていたため、圧縮機部門の部長をリーダーとし、大山とルームエアコンの製品担当をサブリーダーにした。この下にモータ担当、インバータ担当が入る形をとったのだ。このため、新しいインバータが最大の効率を発揮する圧縮機が完成した。ダイキンには「機電融合」という言葉があるが、大山は「電気屋が機械屋さんと一緒になって開発していくところがダイキンの強み」と語る。

中国向けには、より安価で 省エネタイプのエアコンを

 このリラクタンスDC技術を搭

1984年●インバータルームエアコン第1号機発売。

1990年●大阪府立大学と新型のDCモータの共同研究に着手。新型インバータの開発も始まる。

1991年●新型モータ試作第1号機完成。

1992年●インバータ技術について学会で発表。大きな転機となる。

1994年●空調事業立て直しのための「第一次空調改革計画」決定・空調三本柱戦略。

1995年●新型のDCモータとDCインバータなどを組み合わせた「リラクタンスDC技術」確立。

1996年●新技術を搭載したエアコンの量産開始。

1998年●国内空調事業の業績悪化を受け、第二次空調改革スタート。

1998年●新技術を業務用に拡大。消費電力を約60%低減させた業務用エアコン「スーパーインバータ60」発売(省エネ大賞・資源エネルギー庁長官賞受賞)。「リラクタンスDC技術」が電気学会進歩賞受賞。

1999年●小型壁掛けインバータエアコン「Eシリーズ」と、世界初の無給水加湿技術を搭載した「うるるとさらら」発売(省エネ大賞・資源エネルギー庁長官賞受賞)。

2代目インバータエアコン1985年(30Hz~120HZ)

3代目インバータエアコン1987年(30HZ~180HZ)

大幅な電力削減を可能にした「スーパーイ ン バ ー タ60」

なると磁力が下がるのが難点だった。その壁を打ち破ったのが、希土類磁石のトップメーカーだった住友特殊金属(現日立金属)の開発担当者だった。 ある日、同社の研究所を訪れた大山に「いい磁石がありますよ」と言って取り出したのが、ネオジウム磁石の結晶粒径を微細かつ均一にし、発熱に強くした磁石だった。開発に成功したばかりで社内でも公表していない磁石だった。横にいた営業担当者すら知らされておらず、驚いたほど。「普段から大切にしていた人脈に感謝した」と大山は振り返る。 その後も埋め込む磁石の位置を0.1mm単位で調節しては試運転を繰り返した。また、DCモータは負荷をかけると失速する。この問題を解決したきっかけは、若い担当者の粘り強さと柔軟な発想力だった。だが、調べてみると、イタリアの学者が近い内容の論文を発表していた。すぐに担当者を国際学会に送り込んで学者に直接確認させたところ、特許は出願していないことが分かり、初めて安心

ていける」と直感したという。実は、大山と武田助教授は、学会などで幾度か顔を合わせていたのだ。 産学連携の実現。大学卒業後、名古屋工業大学で5年間の研究生活を送ってきた大山だからこそできた発想と言ってもいいだろう。

産学連携から約3年 ようやく「成功」を実感

 しかし、新しいモータの開発は困難を極めた。モータが回らない、想定した数値が出ない……。それでも、翌年秋には、基本的特性を備えた試作1号機が完成した。ただし、製造を委託していた外部メーカーが、図面通りに製作していなかったことが分かるのは1年半後のことだ。それ以外でも残された課題は多かった。 その1つが使用する磁石だ。試作1号機にはサマリウム磁石を使用していたが、高温特性はいいものの磁力が低いため高効率は望めなかった。開発チームは同時に、1.5倍の磁力を持つ希土類のネオジウム磁石での研究を進めていたが、こちらは高コストと、高温に

部に磁石が埋め込まれた構造になっている。従来の表面が磁石に覆われたモータだと、外側の磁石とロータの磁石が引き合う力(磁石トルク)だけを利用してモータを回すが、IPMモータには、外側の磁石がロータの鉄の部分を引き寄せる力(リラクタンストルク)もプラスされる。このため回転速度が上がり、大幅な消費電力の節減、省エネになるのだ。大山は、永久磁石モータの中でもIPMモータがいいと判断した。 同時にIPMモータは、「インバータを付けてこそ効率が良くなる」と考え、若手技術者を抜擢して新しいモータとインバータの開発に乗り出す。しかし、理論解明に留まっていたIPMモータの実用化は困難だった。そこで、この研究をしていた大阪府立大学の武田洋次助教授(当時)の元を訪れた。90年11月のことだ。 武田助教授は、大山の「一緒にできないでしょうか」との提案を快諾。このとき、武田助教授が省エネの可能性を否定しなかったため、大山は「武田先生とならやっ

ダイキンを支える技術❶

ダイキン

インバータエアコンの歴史

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24 Challenge 2016 Vol. 01 25

2000年●業務用「スーパーインバータ70」、「スーパーZEAS」発売。

2003年●「リラクタンスDC技術」が全国発明表彰受賞。

2004年●超薄型ルームエアコンUXシリーズ発売、コンビニパックZEAS―AC発売(省エネ大賞・経済産業大臣賞受賞)。

2005年●空調で米国進出。ダイキンエアコンディショニング “アメリカ” 社設立。

2008年●中国・格力電器とインバータエアコン生産委託契約締結。

2011年●「エコインバータ」と名付けた安価な新型インバータを使った中国向け製品発売。

2012年●次世代冷媒HFC32を採用したルームエアコン「うるさら7」発売(省エネ大賞・経済産業大臣賞受賞)。「エコインバータ」が電機工業技術功績者表彰で優秀賞受賞。

2013年●ルームエアコン『うるさら7』が、第5回ものづくり日本大賞

「内閣総理大臣賞」、省エネ大賞「経済産業大臣賞」、「レッド・ドット・デザイン賞」など、数々 の賞を受賞。

「エコインバータ」が電気学会進歩賞受賞。

2016年●「磁束制御インバータ」が電機工業技術功績者表彰で優良賞受賞。

国内外で拡大する空調シェア

国内のルームエアコンには、すべてにインバータを搭載。1994年の空調事業改革を機に順調にシェアを拡大している。また同年には、業界初、すべての国内空調生産工場で、国際品質保証規格「ISO 9001」認証を取得。

地域別売上高についても、毎年確実に伸びてはいるものの、所得水準の低い新興国にインバータエアコンを普及させるには、日本国内以下のコストでインバータを作らなければならないという課題もある。

スタイリッシュなデザインで人気となったUXシリーズ

格力電器との調印式の様子

「うるさら7」が省エネ大賞などを受賞したときの広告

載したルームエアコンが96年に市場に出ると、業界内で大反響を呼び、「インバータはダイキンの強み技術」とまで言われるようになった。エネルギーの損失が一気に半分以下になり、年間の電気代で21%も節約できるようになったのだから、それも当然。それまで100円単位で競っていた省エネ競争で初めてトップに立った。 さらに2年後には主力の業務用で消費電力の60%節減を実現した「スーパーインバータ60」を発売。これにより、業務用エアコンのシェアが40%を超えた。そ

の後もビル用マルチをはじめすべてのエアコンにこの技術を搭載し、リラクタンスDC技術は2003年に全国発明表彰を受けた。 実は、今でこそトップシェアを争うダイキンのルームエアコンだが、かつては業務用エアコン、フッ素化学に次ぐ3番手の扱い。業界では大手家電メーカーの後塵を拝し、7、8番手といわれ、撤退さえささやかれていた。その苦境を、この技術が救った。 これを契機に、関係業界からは最新情報が入るようになり、半導体の進化、マイコンやネオジウム磁石の性能アップ、電磁鋼板や巻き線の生産技術の向上などで、より省エネ性能を高めたエアコンが次々に生み出された。いわば、リラクタンスDC技術のブラッシュアップの時代だが、2011年に商品化した「エコインバータ」が、ダイキンのインバータの歴史に新しい一歩を刻んだ。電解コンデンサをなくすなど、部品を少なくした分安価で、省エネ効果はACイ

ンバータより大きいため、大山は「グローバルローコストインバータ」と名付けている。 その端緒は2000年にさかのぼる。長岡技術科学大学の高橋勲教授から「世界のスタンダードになるインバータを作ろう」と大山に声が掛かった。話を聞いた大山は、

「当社のリラクタンスDCモータとの相性がいい」と考えた。当初は、他社も含めた「日本連合」で取り組む考えだった高橋教授だが、一転してダイキン単独で取り組むことに。さらに、高橋教授が03年に急逝するという悲しい出来事もあったが、大山らは「先生の遺志。意地でもやる」と奮闘し、10年をかけてようやく中国向けに商品化した。 このエアコンは、2008年に提携した中国の「格力電器」との第2期共同開発機として象徴的な商品となった。現在では年間100万台を生産するまでになっているが、アジア冷房専用インバータや北米向けインバータエアコンの販

売拡大のために、さらなる改良を続けている。 インバータはその高効率と高い省エネ性能への評価が定着し、国内のルームエアコンはすべてインバータを搭載しているほか、照明やハイブリッドカーなど、さまざまな分野で使われるようになった。しかし、インバータルームエアコンの普及率は全世界で見ると50%以下。まだ需要は伸びるとみられるが、課題もある。所得の低い地域向けにはローコスト化を

図らなければならない。またインバータを普及拡大させるためには、材料資源の枯渇や現地の電源インフラ状況、さらには装置の保守体制確立なども問題になる。 このため、大山らは、現在、インバータのローコスト化と共にインバータ知能化の研究にも取り組んでいる。 グローバル展開を進めるダイキンは、同時に日本の技術の強みをさらに発展させる道を常に探っている。「1つのことを追求して解決するのは誰にでもできる。我々は1つの技術で2つのことを解決するという気持ちでやってきた。それはこれからも続く」と言う大山の言葉には、最強のインバータを生み出した技術者としての自負がにじみ出る。そして、「2つのことの解決」には「協創」への強い期待も込められているのだ。

ダイキンの空調事業地域別売上高国内エアコンのシェア推移(当社推定)

ダイキンを支える技術❶

インバータエアコンの生産委託契約を結んでいる「格力電器」の商品。

インバータエアコンとノン・インバータエアコンの違い

1,200

1.000

800

600

400

200

0

(千台) (%)

’94 ’95 ’96 ’97 ’98 ’99 ’00 ’01 ’02 ’03 ’04 ’05 ’06 ’07 ’08 ’09 ’10 ’11 ’12 ’13 ’14 ’15計画

29.9

業界実販台数 当社シェア

32.3 32.433.4

35.0 35.8

39.841.4 42.0

43.0 43.641.6

44.2 43.4 42.444.8 43.6 42.7

45.142.3

40.1 41.0

50

40

30

20

10,000

8,000

6,000

4,000

2,000

0

(千台)

(%)

’94 ’95 ’96 ’97 ’98 ’99 ’00 ’01 ’02 ’03 ’04 ’05 ’06 ’07 ’08 ’09 ’10 ’11 ’12 ’13 ’14 ’15計画

6.7 7.3 7.79.0 9.1

10.8 11.812.8

14.817.0 18.0 17.3

18.3 18.2 18.0 18.4 18.319.1 19.8

17.9 17.520.0

20

15

10

5

0

業界実販台数 当社シェア

0

4,000

8,000

12,000

16,000

20,000

2015計画201420132012201120102009

9,086

4,115

1,830

2,073

1,7191,03642610,046 10,41411,200

15,97217,109

18,600

64%海外売上高比率

■ その他■ アメリカ■ アジア・オセアニア■ 中国■ 欧州■ 日本

(億円)

(年度)

64% 63% 63% 73% 76% 77%

3,248

2,206

1,3001,223859250

3,646

2,138

1,621

1,494897250

3,886

1,935

1,875

1,457943318

4,377

2,322

2,875

2,213

3,633

553

4,134

2,271

3,170

2,541

4,407

585

4,200

2,450

3,300

2,890

5,100

660

Navigatorテクノロジー・イノベーションセンターグループリーダー主任技師関本守満

入社以来、インバータの研究開発に従事しています。お問い合わせは私に。

温度(℃)

開始温度

● 低消費電力● 騒音が少ない● きめ細やかな温度制御が可能

ノン・インバータタイプ

インバータタイプ

設定温度

インバータを搭載していないエアコンは、「設定した温度まで冷やす(温める)→設定温度に達したら運転を止める→温度が上がったら(下がったら)また運転して冷やす(温める)」の繰り返しで室温を調整するため、部屋の温度が安定しない、電力消費が多いなどの問題が生じやすい。

高速回転で素早く設定温度に

設定温度に達したら、低速回転で設定温度をキープ

設定温度を超えたらOFF、下がってきたらONの繰り返しで

温度調節

圧縮機モータ回転数

インバータ

一定速 OFF

時 間

OFFON ON

回転が遅いため設定温度になるまで時間がかかる

インバータタイプ

30%省エネ

ノン・インバータタイプ

「インバータ」の

業務用シェア

住宅用シェア

(2015年4月現在)

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24 Challenge 2016 Vol. 01 25

2000年●業務用「スーパーインバータ70」、「スーパーZEAS」発売。

2003年●「リラクタンスDC技術」が全国発明表彰受賞。

2004年●超薄型ルームエアコンUXシリーズ発売、コンビニパックZEAS―AC発売(省エネ大賞・経済産業大臣賞受賞)。

2005年●空調で米国進出。ダイキンエアコンディショニング “アメリカ” 社設立。

2008年●中国・格力電器とインバータエアコン生産委託契約締結。

2011年●「エコインバータ」と名付けた安価な新型インバータを使った中国向け製品発売。

2012年●次世代冷媒HFC32を採用したルームエアコン「うるさら7」発売(省エネ大賞・経済産業大臣賞受賞)。「エコインバータ」が電機工業技術功績者表彰で優秀賞受賞。

2013年●ルームエアコン『うるさら7』が、第5回ものづくり日本大賞

「内閣総理大臣賞」、省エネ大賞「経済産業大臣賞」、「レッド・ドット・デザイン賞」など、数々 の賞を受賞。

「エコインバータ」が電気学会進歩賞受賞。

2016年●「磁束制御インバータ」が電機工業技術功績者表彰で優良賞受賞。

国内外で拡大する空調シェア

国内のルームエアコンには、すべてにインバータを搭載。1994年の空調事業改革を機に順調にシェアを拡大している。また同年には、業界初、すべての国内空調生産工場で、国際品質保証規格「ISO 9001」認証を取得。

地域別売上高についても、毎年確実に伸びてはいるものの、所得水準の低い新興国にインバータエアコンを普及させるには、日本国内以下のコストでインバータを作らなければならないという課題もある。

スタイリッシュなデザインで人気となったUXシリーズ

格力電器との調印式の様子

「うるさら7」が省エネ大賞などを受賞したときの広告

載したルームエアコンが96年に市場に出ると、業界内で大反響を呼び、「インバータはダイキンの強み技術」とまで言われるようになった。エネルギーの損失が一気に半分以下になり、年間の電気代で21%も節約できるようになったのだから、それも当然。それまで100円単位で競っていた省エネ競争で初めてトップに立った。 さらに2年後には主力の業務用で消費電力の60%節減を実現した「スーパーインバータ60」を発売。これにより、業務用エアコンのシェアが40%を超えた。そ

の後もビル用マルチをはじめすべてのエアコンにこの技術を搭載し、リラクタンスDC技術は2003年に全国発明表彰を受けた。 実は、今でこそトップシェアを争うダイキンのルームエアコンだが、かつては業務用エアコン、フッ素化学に次ぐ3番手の扱い。業界では大手家電メーカーの後塵を拝し、7、8番手といわれ、撤退さえささやかれていた。その苦境を、この技術が救った。 これを契機に、関係業界からは最新情報が入るようになり、半導体の進化、マイコンやネオジウム磁石の性能アップ、電磁鋼板や巻き線の生産技術の向上などで、より省エネ性能を高めたエアコンが次々に生み出された。いわば、リラクタンスDC技術のブラッシュアップの時代だが、2011年に商品化した「エコインバータ」が、ダイキンのインバータの歴史に新しい一歩を刻んだ。電解コンデンサをなくすなど、部品を少なくした分安価で、省エネ効果はACイ

ンバータより大きいため、大山は「グローバルローコストインバータ」と名付けている。 その端緒は2000年にさかのぼる。長岡技術科学大学の高橋勲教授から「世界のスタンダードになるインバータを作ろう」と大山に声が掛かった。話を聞いた大山は、

「当社のリラクタンスDCモータとの相性がいい」と考えた。当初は、他社も含めた「日本連合」で取り組む考えだった高橋教授だが、一転してダイキン単独で取り組むことに。さらに、高橋教授が03年に急逝するという悲しい出来事もあったが、大山らは「先生の遺志。意地でもやる」と奮闘し、10年をかけてようやく中国向けに商品化した。 このエアコンは、2008年に提携した中国の「格力電器」との第2期共同開発機として象徴的な商品となった。現在では年間100万台を生産するまでになっているが、アジア冷房専用インバータや北米向けインバータエアコンの販

売拡大のために、さらなる改良を続けている。 インバータはその高効率と高い省エネ性能への評価が定着し、国内のルームエアコンはすべてインバータを搭載しているほか、照明やハイブリッドカーなど、さまざまな分野で使われるようになった。しかし、インバータルームエアコンの普及率は全世界で見ると50%以下。まだ需要は伸びるとみられるが、課題もある。所得の低い地域向けにはローコスト化を

図らなければならない。またインバータを普及拡大させるためには、材料資源の枯渇や現地の電源インフラ状況、さらには装置の保守体制確立なども問題になる。 このため、大山らは、現在、インバータのローコスト化と共にインバータ知能化の研究にも取り組んでいる。 グローバル展開を進めるダイキンは、同時に日本の技術の強みをさらに発展させる道を常に探っている。「1つのことを追求して解決するのは誰にでもできる。我々は1つの技術で2つのことを解決するという気持ちでやってきた。それはこれからも続く」と言う大山の言葉には、最強のインバータを生み出した技術者としての自負がにじみ出る。そして、「2つのことの解決」には「協創」への強い期待も込められているのだ。

ダイキンの空調事業地域別売上高国内エアコンのシェア推移(当社推定)

ダイキンを支える技術❶

インバータエアコンの生産委託契約を結んでいる「格力電器」の商品。

インバータエアコンとノン・インバータエアコンの違い

1,200

1.000

800

600

400

200

0

(千台) (%)

’94 ’95 ’96 ’97 ’98 ’99 ’00 ’01 ’02 ’03 ’04 ’05 ’06 ’07 ’08 ’09 ’10 ’11 ’12 ’13 ’14 ’15計画

29.9

業界実販台数 当社シェア

32.3 32.433.4

35.0 35.8

39.841.4 42.0

43.0 43.641.6

44.2 43.4 42.444.8 43.6 42.7

45.142.3

40.1 41.0

50

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30

20

10,000

8,000

6,000

4,000

2,000

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(千台)

(%)

’94 ’95 ’96 ’97 ’98 ’99 ’00 ’01 ’02 ’03 ’04 ’05 ’06 ’07 ’08 ’09 ’10 ’11 ’12 ’13 ’14 ’15計画

6.7 7.3 7.79.0 9.1

10.8 11.812.8

14.817.0 18.0 17.3

18.3 18.2 18.0 18.4 18.319.1 19.8

17.9 17.520.0

20

15

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0

業界実販台数 当社シェア

0

4,000

8,000

12,000

16,000

20,000

2015計画201420132012201120102009

9,086

4,115

1,830

2,073

1,7191,03642610,046 10,41411,200

15,97217,109

18,600

64%海外売上高比率

■ その他■ アメリカ■ アジア・オセアニア■ 中国■ 欧州■ 日本

(億円)

(年度)

64% 63% 63% 73% 76% 77%

3,248

2,206

1,3001,223859250

3,646

2,138

1,621

1,494897250

3,886

1,935

1,875

1,457943318

4,377

2,322

2,875

2,213

3,633

553

4,134

2,271

3,170

2,541

4,407

585

4,200

2,450

3,300

2,890

5,100

660

Navigatorテクノロジー・イノベーションセンターグループリーダー主任技師関本守満

入社以来、インバータの研究開発に従事しています。お問い合わせは私に。

温度(℃)

開始温度

● 低消費電力● 騒音が少ない● きめ細やかな温度制御が可能

ノン・インバータタイプ

インバータタイプ

設定温度

インバータを搭載していないエアコンは、「設定した温度まで冷やす(温める)→設定温度に達したら運転を止める→温度が上がったら(下がったら)また運転して冷やす(温める)」の繰り返しで室温を調整するため、部屋の温度が安定しない、電力消費が多いなどの問題が生じやすい。

高速回転で素早く設定温度に

設定温度に達したら、低速回転で設定温度をキープ

設定温度を超えたらOFF、下がってきたらONの繰り返しで

温度調節

圧縮機モータ回転数

インバータ

一定速 OFF

時 間

OFFON ON

回転が遅いため設定温度になるまで時間がかかる

インバータタイプ

30%省エネ

ノン・インバータタイプ

「インバータ」の

業務用シェア

住宅用シェア

(2015年4月現在)

Page 28: 新しい技術の潮流を創り出すために - Daikin...TICの協創の窓口は、「テクノロジー・イノ ベーション戦略室」です。アメリカのシリコンバ

26 Challenge 2016 Vol. 01 27

「50年間思い続けていれば夢は叶う」 2010年、ノーベル化学賞受賞が決まった際の根岸英一先生の言葉だ。また、アメリカ在住の根岸先生は、自らの体験を踏まえ、「日本の若者も海外に打って出るべきだ」と励ましのメッセージを研究者たちに送り続けている。 そんな根岸先生の講演会が、2016年4月20日、TICの円形講義室にて開催された。「日本の科学技術への期待――若手へのメッセージ」がテーマだけに、ダイキンの技術者たちにとっては待ち遠しい講演会となった。さらに、基調講演のあとには、根岸先生、東京大学の小川紘一先生、北海道

 ハッカソン(Hackathon)とは、ソフトウェア開発分野のプログラマやグラフィックデザイナー、プロジェクトマネージャーらが集まって作業をしたり技術を競ったりするイベント。2016年2月22日から26日の5日間、TICでは、米カリフォルニア、バークレーにあるベンチャー企業クラリティ

(Clarity)社のスタッフを招いてハッカソンを開催した。 クラリティ社は2014年設立の空気室に関するソリューションにフォーカスした企業。TICとし

「空気が医療や健康にどう貢献できるか」をテーマに、ヘルスケアハッカソンを実施。開催日の2016年9月24・25日は休日であったにも関わらず、社内外から総勢41名(医療関係者18名)がTICに集った。 参加者は5つのチームに分かれてアイデア出しを行い、テーマには「透析現場での工夫」「化学療法現場における課題」など。医療現場における「空気の質」の重要性を再確認するハッカソンとなった。社内メンバーにとっては、医療関係者から直接フィードバックをもらいながら、アイデアをブラッシュアップできる良い機会となり、「通常業務では関わることの少ない方たちと真剣に議論を交わすことのでき、社外協創の促進にもつながりました」と感想を語った。

 鳥取県の企業が持つ技術の紹介と商談および講演会が2016年3月16日、TIC3階にある知の森で行われた。電子・加工を中心に、幅広いジャンルから約30社がブース出展。ブース内では、各社が保有する技術や商品を分かりやすく解説。併設の商談コーナーは、活発な意見交換、交流の場となった。 さらに午前と午後に2講演が予

大学の高橋保先生によるパネルディスカッションもあり、「一流の仕事とは何か」をテーマに、一流の仕事に向けて自身が大切にしてきたことや現在の日本の企業に対する評価や意見などを語った。 研究者として、人として、生き

ては、ハッカソンでクラリティ社の情熱とスピードに学び、新しいIAQ( Indoor Air Quality)ビジネスのプロトタイプを作ることや、協創により短期間でプロトタイプを作り上げる手法を確立することを目的とした。グループに分かれ、「どのようにしたら外出先の空気質への不安を低減できるか」「空気質に起こり得るリスクへの不安をどう低減するか」などのテーマに沿って、ビジネスイメージのアイデア出しからプロトタイプの製作まで行った。

定され、午前の講演は、公益社団法人氷温協会理事長 山根昭彦氏による「食品の高鮮度保持化・高品質化を可能とする氷温技術」。午後の講演は、鳥取大学理事・副学長 北野博也氏による「鳥取大学の産学連携事例と課題――病院空間の先進化と新医療機器開発(研究)について」であった。 未来を見据えた内容に、多くの人が聞き入っていた。

るヒントが詰まった基調講演とパネルディスカッションに参加者は感銘を受けた。根岸先生の言葉に

「ノーベル賞受賞者も同じ人間と感じさせてくれるものがあった。いつか先生を超えてみたい」と熱く語る参加者も少なくなかった。

参加者の心に響いたノーベル賞受賞者の重みのある言葉と貴重な体験談

T CIべイ トン

紹 介 EVENT

REPORT

米クラリティ社とのIAQアイデアハッカソン開催

医療関係者らと「空気による健康と医療」について議論

異ジャンルの技術からの発見も――鳥取県との産学マッチングセミナー

「協創」に向けてダイキンが実施している講演会はじめ、さまざまな企業との技術交流や商談会などのイベント。世界のトップまで上り詰めた研究者の何気ないひと言が大きなヒントになることもある。

「根岸先生のように、1つの世界を極めた人から発せられる言葉には重みがある」と講演に耳を傾ける参加者たち。

「世界を見ること、それは技術者として成長するために直視しなければいけない課題です」と熱く語る根岸英一先生。

約30名が参加し、3チームに分かれてアイデアを出し合い、デモンストレーションなども行った。アイデアのまとめ方、検証、具体化の方法を学ぶことができ、今回のハッカソンによって、参加者たちは協創への自信を得たようだ。

さまざまな展示はもちろん、氷温域で食品を貯蔵、熟成、発酵させる「氷温技術」をテーマにした講演会も好評だった。

グループごとにアイデア出しをする参加者たち。今回は女性メンバーが多く、最優秀賞を獲得したのも、家庭の空気の質を管理することの多い女性が、家をきれいにしたことをインスタグラムなどでアピールしやすくするアプリのアイデアだった。

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26 Challenge 2016 Vol. 01 27

「50年間思い続けていれば夢は叶う」 2010年、ノーベル化学賞受賞が決まった際の根岸英一先生の言葉だ。また、アメリカ在住の根岸先生は、自らの体験を踏まえ、「日本の若者も海外に打って出るべきだ」と励ましのメッセージを研究者たちに送り続けている。 そんな根岸先生の講演会が、2016年4月20日、TICの円形講義室にて開催された。「日本の科学技術への期待――若手へのメッセージ」がテーマだけに、ダイキンの技術者たちにとっては待ち遠しい講演会となった。さらに、基調講演のあとには、根岸先生、東京大学の小川紘一先生、北海道

 ハッカソン(Hackathon)とは、ソフトウェア開発分野のプログラマやグラフィックデザイナー、プロジェクトマネージャーらが集まって作業をしたり技術を競ったりするイベント。2016年2月22日から26日の5日間、TICでは、米カリフォルニア、バークレーにあるベンチャー企業クラリティ

(Clarity)社のスタッフを招いてハッカソンを開催した。 クラリティ社は2014年設立の空気室に関するソリューションにフォーカスした企業。TICとし

「空気が医療や健康にどう貢献できるか」をテーマに、ヘルスケアハッカソンを実施。開催日の2016年9月24・25日は休日であったにも関わらず、社内外から総勢41名(医療関係者18名)がTICに集った。 参加者は5つのチームに分かれてアイデア出しを行い、テーマには「透析現場での工夫」「化学療法現場における課題」など。医療現場における「空気の質」の重要性を再確認するハッカソンとなった。社内メンバーにとっては、医療関係者から直接フィードバックをもらいながら、アイデアをブラッシュアップできる良い機会となり、「通常業務では関わることの少ない方たちと真剣に議論を交わすことのでき、社外協創の促進にもつながりました」と感想を語った。

 鳥取県の企業が持つ技術の紹介と商談および講演会が2016年3月16日、TIC3階にある知の森で行われた。電子・加工を中心に、幅広いジャンルから約30社がブース出展。ブース内では、各社が保有する技術や商品を分かりやすく解説。併設の商談コーナーは、活発な意見交換、交流の場となった。 さらに午前と午後に2講演が予

大学の高橋保先生によるパネルディスカッションもあり、「一流の仕事とは何か」をテーマに、一流の仕事に向けて自身が大切にしてきたことや現在の日本の企業に対する評価や意見などを語った。 研究者として、人として、生き

ては、ハッカソンでクラリティ社の情熱とスピードに学び、新しいIAQ( Indoor Air Quality)ビジネスのプロトタイプを作ることや、協創により短期間でプロトタイプを作り上げる手法を確立することを目的とした。グループに分かれ、「どのようにしたら外出先の空気質への不安を低減できるか」「空気質に起こり得るリスクへの不安をどう低減するか」などのテーマに沿って、ビジネスイメージのアイデア出しからプロトタイプの製作まで行った。

定され、午前の講演は、公益社団法人氷温協会理事長 山根昭彦氏による「食品の高鮮度保持化・高品質化を可能とする氷温技術」。午後の講演は、鳥取大学理事・副学長 北野博也氏による「鳥取大学の産学連携事例と課題――病院空間の先進化と新医療機器開発(研究)について」であった。 未来を見据えた内容に、多くの人が聞き入っていた。

るヒントが詰まった基調講演とパネルディスカッションに参加者は感銘を受けた。根岸先生の言葉に

「ノーベル賞受賞者も同じ人間と感じさせてくれるものがあった。いつか先生を超えてみたい」と熱く語る参加者も少なくなかった。

参加者の心に響いたノーベル賞受賞者の重みのある言葉と貴重な体験談

T CIべイ トン

紹 介 EVENT

REPORT

米クラリティ社とのIAQアイデアハッカソン開催

医療関係者らと「空気による健康と医療」について議論

異ジャンルの技術からの発見も――鳥取県との産学マッチングセミナー

「協創」に向けてダイキンが実施している講演会はじめ、さまざまな企業との技術交流や商談会などのイベント。世界のトップまで上り詰めた研究者の何気ないひと言が大きなヒントになることもある。

「根岸先生のように、1つの世界を極めた人から発せられる言葉には重みがある」と講演に耳を傾ける参加者たち。

「世界を見ること、それは技術者として成長するために直視しなければいけない課題です」と熱く語る根岸英一先生。

約30名が参加し、3チームに分かれてアイデアを出し合い、デモンストレーションなども行った。アイデアのまとめ方、検証、具体化の方法を学ぶことができ、今回のハッカソンによって、参加者たちは協創への自信を得たようだ。

さまざまな展示はもちろん、氷温域で食品を貯蔵、熟成、発酵させる「氷温技術」をテーマにした講演会も好評だった。

グループごとにアイデア出しをする参加者たち。今回は女性メンバーが多く、最優秀賞を獲得したのも、家庭の空気の質を管理することの多い女性が、家をきれいにしたことをインスタグラムなどでアピールしやすくするアプリのアイデアだった。

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0 10 20 30 50m

フューチャーラボ設備機器置場

設備機器置場

オフィス

オフィスワイガヤステージ

知の森

総務事務室啓発館実験室

衛生機械室 雨水貯留槽(1000t)

実験室

実験室

屋上見学塔

実験室 集中ルーム /ブース

フューチャーラボ設備機器置場

設備機器置場

オフィス

オフィスワイガヤステージ

知の森

総務事務室啓発館実験室

衛生機械室 雨水貯留槽(1000t)

実験室

実験室

屋上見学塔

実験室 集中ルーム /ブース

自然換気用偏芯横軸回転窓

雨水利用

太陽光発電パネル(計 300kW) ドラフトチャンバー排気

の顕熱回収

TBAB 蓄熱ビルマルフリークーリングビルマル

超高効率ビルマル

室外機周囲水噴霧

実験エリアと各階で直結実験エリアと各階で直結

異分野融合で新しい文化を創造する場( )TICルポ

28 Challenge 2016 Vol. 01 29

の工夫が施される。ガラスの吹き出しチャンバー「エアウォール」。外気を一旦、地下にためて取り入れる

「クールピット」、地中熱交換杭等々。

ワイガヤステージは社内協創の場 社外協創は「知の森」と「フューチャーラボ」

 700人の技術者は4、5階の2層に所属グループごとに自席を持つ。実験棟と自由に行き来し、データ分析や打ち合わせなどを行うが、そこで得た多彩な知識、経験は、 常に情報交換される。その場はオフィスの中央部分、4階と5階の間の中間階に設けられた「ワイガヤステージ」だ。ワイワイガヤガヤと議論を交わす場で、同時に何組もの集団ミーティングができ、サイネージ(電子看板)などICT機器を駆使して視覚的に情報を共有できる。このステージのすごさは、執務エリアから30m以内にあるという近さにある。違う分野の研究・開発技術者らが「では、ワイガヤで」と気軽に顔を合わせることができ、会議室の予約など面

 TICの建物は幅183m、奥行き78m、地上からの高さ31m 。地下1階地上6階、延べ床面積47911㎡を誇る。バルコニー状の庇

ひさし

の外側はスチールパイプでつながれ、まるで生命体を維持させるライフラインのようにも見える。実験エリアとオフィスエリアを合わせ持つこの総合施設は、玄関から入って手前がオフィスエリア。奥に延べ床面積30000㎡を確保した実験エリアがある。ここでは空調、フッ素化学のトップ企業として、製品の品質向上、安全性、新商品開発などあらゆる角度から試験や試行錯誤が続けられる。すべてのモノがインターネットとつながる「IoT」、人工知能(AI)に対応した製品開発も進む。エアコンから出る電波の影響などを調べる電波暗室、振動や騒音の有無などを調べる無響室。住環境を模しながら製品の機能向上を目指す実験室などもある。 オフィスエリアの壁面はガラス張り。太陽光をふんだんに取り入れ、 開放的な雰囲気が広がる。白亜のエントランスホールには、「空気のダイキン」ならでは

過去20年、国内有数のグローバル企業として地歩を固めてきたダイキン。「テクノロジー・イノベーションセンター」(TIC)はその未来を担い、国際競争に打ち勝つ技術開発の拠点として期待される。4か所の工場、製作所に分散していた、 多彩な分野の研究・開発技術者を一堂に集め、社内外の異分野交流、刺激的な議論を通じて新たな価値創出を目指す「協創」実現の場である。

Future Lab フューチャーラボ

倒くさい手続きを省けるのがいい。TIC自慢の「場」と言えよう。 このワイガヤステージは、オープンイノベーションを実現すべく、社内の異分野を結びつける「協創」の重要な柱の1つだ。コミュニケーションを強化することで、問題の早期解決、具現化のスピードアップが図れるだけでなく、劇場の舞台のように、どこからでも何をしているのか見える。「見える化」によって他の研究・開発者を刺激し、競争意識も芽生える。ただし、誰にも見られずに考えたい場合には、個室の「集中ブース」で仕事ができるなど、人間心理も考慮されている。 ワイガヤが社内の「協創」の場とすれば、社外との協創の場は3階にある「知の森」、6階にある「フューチャーラボ」だ。TICはトップシークレットのアイデアを扱う場でありながら、この3階と6階は来場者をセキュリティフリーで迎え入れる場所でもある。 知の森は、来場者と話し合う場であり、技術交流の入り口となるシェアードスペースと、実物展示を囲ん

でより深い議論を行うオープンラボで構成される。壁面をガラスで仕切り、オフィスへの階段が見えるなど、開放感、明るさを尊重し、つながりを意識した演出だ。 フューチャーラボはTICの売りの1つで、社内外の専門家や有識者による勉強会やワークショップに最適なだけでなく、パーティーも可能な大空間「スタジオスペース」と、それを囲む形で配置されたフェロー室で構成される。7室あるフェロー室は、フェローとして迎えた根岸英一・米パデュー大学特別教授(2010年ノーベル化学賞受賞)らの執務室のほかにも、大阪大学、京都大学の産学連携本部サテライトオフィスとして活用されている。

誰でも参加できるワイガヤの場「iCafe」 外部講師を招いた講演会やワークショップも

 TICの存在は、東西文化交流に大きな役割を果たした「絹の道」を思い起こさせる。絹の道によって中国の絹はヨーロッパに運ばれた。ペルシャの陶器や楽

オフィス棟6階にあり、窓外に淀川を臨むことができるオープンな空間。社内に限らず、外部企業、団体、講師を招いての勉強会やワークショップも行われ、社外協創の拠点となっている。

TIC東側のオフィス棟、4階と5階の中間階に位置する。ステージへは30m以内で全オフィスエリアから移動でき、ミーティングから大規模なセミナーまで、社内協創の場として活用されている。

6階にはコンセプトや内装の異なる7つのフェロー室がある。海外の大学教授や研究者も迎え、技術者がアドバイスを受けたり、テーマ研究を深め、議論することによって、新しいアイデアや技術の創出を目指す。

Waigaya Stageワイガヤステージ

Fellow Roomsフェロー室

TIC reportTechnology and Innovation Center

3階北側に位置する講義室。壇上を中心に、座席が扇状に広がっており、話し手と聞き手の目線が合うよう設計されている。席数は250。4カ国語の同時通訳ブースが併設され、大人数のレクチャーや学会発表にも対応。

Auditorium 円形講義室TICの西側、1階から5階までを占める実験棟には、「未来植物実験室」「睡眠・代謝実験室」など、最先端の設備が備えられている。オフィス棟に直結しているため、技術者同士だけでなく、他部署との交流も盛んだ。

Laboratory 実験室

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0 10 20 30 50m

フューチャーラボ設備機器置場

設備機器置場

オフィス

オフィスワイガヤステージ

知の森

総務事務室啓発館実験室

衛生機械室 雨水貯留槽(1000t)

実験室

実験室

屋上見学塔

実験室 集中ルーム /ブース

フューチャーラボ設備機器置場

設備機器置場

オフィス

オフィスワイガヤステージ

知の森

総務事務室啓発館実験室

衛生機械室 雨水貯留槽(1000t)

実験室

実験室

屋上見学塔

実験室 集中ルーム /ブース

自然換気用偏芯横軸回転窓

雨水利用

太陽光発電パネル(計 300kW) ドラフトチャンバー排気

の顕熱回収

TBAB 蓄熱ビルマルフリークーリングビルマル

超高効率ビルマル

室外機周囲水噴霧

実験エリアと各階で直結実験エリアと各階で直結

異分野融合で新しい文化を創造する場( )TICルポ

28 Challenge 2016 Vol. 01 29

の工夫が施される。ガラスの吹き出しチャンバー「エアウォール」。外気を一旦、地下にためて取り入れる

「クールピット」、地中熱交換杭等々。

ワイガヤステージは社内協創の場 社外協創は「知の森」と「フューチャーラボ」

 700人の技術者は4、5階の2層に所属グループごとに自席を持つ。実験棟と自由に行き来し、データ分析や打ち合わせなどを行うが、そこで得た多彩な知識、経験は、 常に情報交換される。その場はオフィスの中央部分、4階と5階の間の中間階に設けられた「ワイガヤステージ」だ。ワイワイガヤガヤと議論を交わす場で、同時に何組もの集団ミーティングができ、サイネージ(電子看板)などICT機器を駆使して視覚的に情報を共有できる。このステージのすごさは、執務エリアから30m以内にあるという近さにある。違う分野の研究・開発技術者らが「では、ワイガヤで」と気軽に顔を合わせることができ、会議室の予約など面

 TICの建物は幅183m、奥行き78m、地上からの高さ31m 。地下1階地上6階、延べ床面積47911㎡を誇る。バルコニー状の庇

ひさし

の外側はスチールパイプでつながれ、まるで生命体を維持させるライフラインのようにも見える。実験エリアとオフィスエリアを合わせ持つこの総合施設は、玄関から入って手前がオフィスエリア。奥に延べ床面積30000㎡を確保した実験エリアがある。ここでは空調、フッ素化学のトップ企業として、製品の品質向上、安全性、新商品開発などあらゆる角度から試験や試行錯誤が続けられる。すべてのモノがインターネットとつながる「IoT」、人工知能(AI)に対応した製品開発も進む。エアコンから出る電波の影響などを調べる電波暗室、振動や騒音の有無などを調べる無響室。住環境を模しながら製品の機能向上を目指す実験室などもある。 オフィスエリアの壁面はガラス張り。太陽光をふんだんに取り入れ、 開放的な雰囲気が広がる。白亜のエントランスホールには、「空気のダイキン」ならでは

過去20年、国内有数のグローバル企業として地歩を固めてきたダイキン。「テクノロジー・イノベーションセンター」(TIC)はその未来を担い、国際競争に打ち勝つ技術開発の拠点として期待される。4か所の工場、製作所に分散していた、 多彩な分野の研究・開発技術者を一堂に集め、社内外の異分野交流、刺激的な議論を通じて新たな価値創出を目指す「協創」実現の場である。

Future Lab フューチャーラボ

倒くさい手続きを省けるのがいい。TIC自慢の「場」と言えよう。 このワイガヤステージは、オープンイノベーションを実現すべく、社内の異分野を結びつける「協創」の重要な柱の1つだ。コミュニケーションを強化することで、問題の早期解決、具現化のスピードアップが図れるだけでなく、劇場の舞台のように、どこからでも何をしているのか見える。「見える化」によって他の研究・開発者を刺激し、競争意識も芽生える。ただし、誰にも見られずに考えたい場合には、個室の「集中ブース」で仕事ができるなど、人間心理も考慮されている。 ワイガヤが社内の「協創」の場とすれば、社外との協創の場は3階にある「知の森」、6階にある「フューチャーラボ」だ。TICはトップシークレットのアイデアを扱う場でありながら、この3階と6階は来場者をセキュリティフリーで迎え入れる場所でもある。 知の森は、来場者と話し合う場であり、技術交流の入り口となるシェアードスペースと、実物展示を囲ん

でより深い議論を行うオープンラボで構成される。壁面をガラスで仕切り、オフィスへの階段が見えるなど、開放感、明るさを尊重し、つながりを意識した演出だ。 フューチャーラボはTICの売りの1つで、社内外の専門家や有識者による勉強会やワークショップに最適なだけでなく、パーティーも可能な大空間「スタジオスペース」と、それを囲む形で配置されたフェロー室で構成される。7室あるフェロー室は、フェローとして迎えた根岸英一・米パデュー大学特別教授(2010年ノーベル化学賞受賞)らの執務室のほかにも、大阪大学、京都大学の産学連携本部サテライトオフィスとして活用されている。

誰でも参加できるワイガヤの場「iCafe」 外部講師を招いた講演会やワークショップも

 TICの存在は、東西文化交流に大きな役割を果たした「絹の道」を思い起こさせる。絹の道によって中国の絹はヨーロッパに運ばれた。ペルシャの陶器や楽

オフィス棟6階にあり、窓外に淀川を臨むことができるオープンな空間。社内に限らず、外部企業、団体、講師を招いての勉強会やワークショップも行われ、社外協創の拠点となっている。

TIC東側のオフィス棟、4階と5階の中間階に位置する。ステージへは30m以内で全オフィスエリアから移動でき、ミーティングから大規模なセミナーまで、社内協創の場として活用されている。

6階にはコンセプトや内装の異なる7つのフェロー室がある。海外の大学教授や研究者も迎え、技術者がアドバイスを受けたり、テーマ研究を深め、議論することによって、新しいアイデアや技術の創出を目指す。

Waigaya Stageワイガヤステージ

Fellow Roomsフェロー室

TIC reportTechnology and Innovation Center

3階北側に位置する講義室。壇上を中心に、座席が扇状に広がっており、話し手と聞き手の目線が合うよう設計されている。席数は250。4カ国語の同時通訳ブースが併設され、大人数のレクチャーや学会発表にも対応。

Auditorium 円形講義室TICの西側、1階から5階までを占める実験棟には、「未来植物実験室」「睡眠・代謝実験室」など、最先端の設備が備えられている。オフィス棟に直結しているため、技術者同士だけでなく、他部署との交流も盛んだ。

Laboratory 実験室

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30 Challenge 2016 Vol. 01 31

テクノロジー・イノベーションセンター

ダイキン工業株式会社

啓発館 エントランスホール 大会議室

ワイガヤステージ

ダイキンオープンラボ 知の森

集中ルーム

フューチャーラボ

オフィス

1F 社外協創パートナーを迎え、価値観や企業風土を共有する場

Architecture for Open Innovation 階段や吹抜けを介して光・空気と共に、シームレスつながる視線・動線が、アクティビティの関係性を生み出す断面構成

どんなモノや部品の向こうにも 「人」がいることを影絵で示した、「人を基軸におく経営」のシンボリックなモニュメント

風にはらむ羽衣をモチーフとしたエントランスホール 大会議室/森を望む応接室

実機と技術・経営史年表

啓発館 –誇り・ステータスを培う- 外部協創に不可欠な会社風土や企業理念を社外協創パートナーと共有するための展示室。経営理念や経営判断の先見性を伝える創業からの経営史と、技術分野別のトピックを実機と共に連ねた「これまでの技術発展史」は社内技術者の再発見の気づきのきっかけともなる。

3F 外部との協創を生み出すための場

4,5F アウトプットの極大化のための、壁のないオープンな大部屋オフィス

知の森 -またここに来たいと思わせる外部協創の場- 社内外の技術者が商談や情報交流の中で知恵を出し合い商品開発につなげる、人・ 知識・情報が一堂に集まる社外協創の場。

ダイキン オープンラボ コア技術・オープン可能な開発途中の先端技術の展示を元に、社外協創パートナーと実際の“もの”に触れながら議論を深め、新たな商品や技術開発テーマを創出する、「今の技術」の展示室。

ダイキンの各事業部門横断の最新技術を広く知ってもらう場

オープンスペースでの大規模な技術展示会 多様な目的を持った人々が最初に訪れ、集まる、TICの入口となるシェアードスペース

オフィス・ワイガヤステージ ワイガヤで協創するワイガヤステージと、具現化力をスピ―ドアップする下部の集中ルームを中心に、一体感ある約6,000㎡のワークプレイス

オープンな情報交流スペース

オフィス

オフィス

オフィス

オフィスエリアでは、社内外協創を促進する人・知識・情報が循環するナレッジフロー構造が断面的に展開。ワイガヤステージ、集中ルームを中心とした執務スペースの4,5階大部屋オフィスを、外部協創の場である3階 知の森、6階 フューチャーラボがはさみ込む層構成。

社内 ワーカー

社外協創 パートナー

ワイガヤステージ 200㎡

集中ルーム×4 集中ブース×10

4階 オフィス 2,800㎡

5階 オフィス 2,500㎡

5階 ワークプレイス全景

ゲストに緊張感を与えない、入りやすさを重視した デザイン。会話がはずむようにコーヒーもサーブ。

鳥取県 産学マッチングセミナーの様子

実機、モニター、ポスターや 切断モデル、水槽も展示

ライティングダクトで イベントに対応

入口にセキュリティを設定し、 協業に結び付けるクローズな 形での利用も可能

社外パートナーも自由に 使えるライブラリシェルフ

マネジメントエリア

オフィスを縦串にする2つの吹抜けで交錯する、視線・動線がアクティビティをつなぎ、社内外協創の大動脈となる。

外部からのゲストを 広く受け入れる大空間

六角形モジュールのフレキシブルな展示什器を 技術者がセルフカスタマイズ

空気・環境・エネルギー分野のアイデア・技術を展示 協創へのヒントを見つける場

ルームエアコン部品が作る「人」のシルエット

3階 知の森

器は中国を越えて、日本の正倉院にも所蔵される。異文化が融合し、新たな文化が生まれる。この精神は、TICにも通じるが、「場」は作られただけでは何も生まない。大事なのは積極的な交流。そこで何をやるかだ。その試みは始まったばかりだ。 社内外協創の1つの試みが 「iCafe」。Intellectual Caféの略で、 毎週水曜日に開かれる。技術者の発案でテーマが決められ、誰でも参加できるワイガヤの場だ。外部講師などを交え、熱心な議論が交わされる。同時に3か所で開催されることも珍しくない。 2015年1月から始まったiCafeのテーマは幅広い。「IoTを利用した、 知恵を集めるオープンイノベーション」「ヒートポンプ技術の現状と課題および将来の可能性について」など、ダイキンの専門分野を真っ正面から掘り下げたものから、「もしも地球が立方体だったら-常識はいずれ通用しなくなる」「におい・カビをテーマにワイガヤしませんか?」など、多岐におよぶ。「先端技術の勉強会」には多くの技術者が集まり参加者の人気は高い。ワイガヤステージやフューチャーラボの他、250人収容できる円形講義室で行われることもある。知的好奇心をくすぐり、異分野の研究者同士が顔を合わせる場となり、参加者は確かな手

応えを感じつつある。 スマートフォンのタッチ画面に使われる表面機能剤など、フッ素化学の「高機能材料の紹介」をするセッションには、今までは交流がなかったデザイングループの担当者が参加。新たなデザインの発想につながり、高機能材料部門とデザイン部門の「協創」が芽生えたという。AIをテーマにしたセッションでは、 多くの参加者からアイデアが寄せられ、商品作りの検討もはじまった。IoTのセッションでは、他の電機メーカとの競争に遅れまいという危機意識を共有し、情報通信グループや企画部門の連携が行われている。 もう1つの協創の試みは、外部講師を招いた講演会やワークショップ、展示会だ。社外の異分野交流を積極的に進める場となっており、産官学民の垣根を越えてイノベーションを加速支援する一般社団法人

「FCAJ」(Future Center Alliance Japan)に加盟し、職域の幅を広げる努力も続ける。 例えば、「にいがた新技術・新工法展示相談会」は、最高峰の技術を誇る地場産業の経営者らと、 ダイキン技術者らが“見合い”をし、その融合から新たなイノベーションにつなげる試みだ。新潟県以外に鳥取県、三重県などとも、医療機器など新たな分野で交流を深

3階から6階のオープンな空間は、人と知識と情報が循環するナレッジフローを作り出す

0 10 20 30 50m

オフィス

オフィス

オフィス

オフィス

フューチャーラボ

フューチャーラボ

設備機器置場

設備機器置場

設備機器置場

オフィス

オフィスワイガヤステージ

円形講義室

知の森

知の森来客食堂

総務事務室

啓発館

啓発館

応接室 大会議室

実験室

衛生機械室 雨水貯留槽(1000t)

実験室

実験室

屋上見学塔

実験室 集中ルーム /ブース

クールヒートトレンチ

オフィス

オフィス

オフィス

オフィス

フューチャーラボ

太陽光自動追尾採光システム

フューチャーラボ

設備機器置場

設備機器置場

設備機器置場

オフィス

オフィスワイガヤステージ

円形講義室

知の森

知の森来客食堂

総務事務室

啓発館

啓発館

応接室 MRクールヒートトレンチ

大会議室

実験室

衛生機械室 雨水貯留槽(1000t)

実験室

実験室

屋上見学塔

実験室 集中ルーム /ブース

太陽光発電パネル(計 300kW)

TIC の森

大開口トップライト

自然換気用偏芯横軸回転窓

雨水利用

地中熱利用杭 29本

自然換気窓Low-e 複層ガラス

有孔鋼板庇

地中熱利用ボアホール 6本 地中熱太陽熱利用水熱源

パッケージエアコン

太陽光発電パネル(計 300kW) ドラフトチャンバー排気

の顕熱回収

TBAB 蓄熱ビルマルフリークーリングビルマル

超高効率ビルマル

室外機周囲水噴霧

LED調光タスクアンビエント照明

床吹出空調ヒートポンプデシント外調機

実験エリアと各階で直結

TICは、ワイガヤステージをはじめ、開放的な執務スペースなどが評価され、2016年 8 月、 第29回 日 経ニューオフィス賞を受賞。右図はオフィス棟の南北断面図。

オフィス棟3階の「知の森」には、のびのびとしたスペースに机やイスが並ぶ。フッ素技術を使ったアートや、空調技術を利用して「省エネ率」を知らせる展示もある。

TIC受付は、広々としたエントランスから大階段を上がった3階にあり、セキュリティフリーで来場できる。写真は受付のスタッフ。

エントランス左手にある「啓発館」では、ダイキン工業株式会社の経営史年表や、シンボリックなモニュメントも展示。

めている。 イノベーションへの積極的な取り組みを行う自動車など異分野との交流も頻繁だが、 大学の先端研究や、巨大市場となった中国の環境ビジネスに関する講演会なども、重要戦略として位置づけられる。

異分野の知識と技術を組み合わせ 新たな文化を創り出す

「イノベーション」という言葉は、オーストリア出身の経済学者ヨーゼフ・シュンペーター(1883-1950)が1912年に記した著書「経済発展の理論」の中で定義された。経済活動の中で生産手段や資源、労働力な

どを、従来とは異なる仕方で「新結合」すること。つまり、違う分野の知識と技術の組み合わせから新知識が生まれることを意味する。 まさに、TICは異分野の知識と技術を組み合わせる場である。TIC協創促進チームの田中公明リーダーは「TICは新たな文化を創り出す場である。文化創造を定着させるには時間がかかるが、グローバル企業として生き残るために、今までにない流れを作り出し、新しいコト作りに挑んでいく。新しい文化、コトをここTICから生み出したい」と語る。 ダイキンのイノベーションの核として、TICからどんなものが飛び出すか、 今後が楽しみだ。

TIC report TIC report

断面図

「におい・カビをテーマにワイガヤしませんか?」では、空気清浄機に搭載されているフィルタに実際に触れながら、活発な議論が行われた。(2016年3月10日)

先端技術の勉強会のセッションは独自技術の開発に欠かせない、iCafe人気のメニュー。立ち見も含め100人を超す参加者が集まった。(2016年1月20日)

iCafeで新しいアイデアが生まれる社 内 協 創

フューチャーラボで開かれた、iCafeのキックオフミーティング。異分野の研究・技術開発者らがiCafeへの期待を熱く語った。(2015年11月27日)

「鳥取県産学マッチングセミナー」。40社以上が参加。「氷温協会」理事長による氷温技術、鳥取大副学長による医療機器開発研究が紹介された。(2016年3月16日)

イノベーションの芽の育成には、外部の異業種との交流が不可欠社 外 協 創

ダイキンの先端技術を常時展示している。オープンにすることによって、社内外の技術者や、顧客との協創を生む場。

Page 33: 新しい技術の潮流を創り出すために - Daikin...TICの協創の窓口は、「テクノロジー・イノ ベーション戦略室」です。アメリカのシリコンバ

30 Challenge 2016 Vol. 01 31

テクノロジー・イノベーションセンター

ダイキン工業株式会社

啓発館 エントランスホール 大会議室

ワイガヤステージ

ダイキンオープンラボ 知の森

集中ルーム

フューチャーラボ

オフィス

1F 社外協創パートナーを迎え、価値観や企業風土を共有する場

Architecture for Open Innovation 階段や吹抜けを介して光・空気と共に、シームレスつながる視線・動線が、アクティビティの関係性を生み出す断面構成

どんなモノや部品の向こうにも 「人」がいることを影絵で示した、「人を基軸におく経営」のシンボリックなモニュメント

風にはらむ羽衣をモチーフとしたエントランスホール 大会議室/森を望む応接室

実機と技術・経営史年表

啓発館 –誇り・ステータスを培う- 外部協創に不可欠な会社風土や企業理念を社外協創パートナーと共有するための展示室。経営理念や経営判断の先見性を伝える創業からの経営史と、技術分野別のトピックを実機と共に連ねた「これまでの技術発展史」は社内技術者の再発見の気づきのきっかけともなる。

3F 外部との協創を生み出すための場

4,5F アウトプットの極大化のための、壁のないオープンな大部屋オフィス

知の森 -またここに来たいと思わせる外部協創の場- 社内外の技術者が商談や情報交流の中で知恵を出し合い商品開発につなげる、人・ 知識・情報が一堂に集まる社外協創の場。

ダイキン オープンラボ コア技術・オープン可能な開発途中の先端技術の展示を元に、社外協創パートナーと実際の“もの”に触れながら議論を深め、新たな商品や技術開発テーマを創出する、「今の技術」の展示室。

ダイキンの各事業部門横断の最新技術を広く知ってもらう場

オープンスペースでの大規模な技術展示会 多様な目的を持った人々が最初に訪れ、集まる、TICの入口となるシェアードスペース

オフィス・ワイガヤステージ ワイガヤで協創するワイガヤステージと、具現化力をスピ―ドアップする下部の集中ルームを中心に、一体感ある約6,000㎡のワークプレイス

オープンな情報交流スペース

オフィス

オフィス

オフィス

オフィスエリアでは、社内外協創を促進する人・知識・情報が循環するナレッジフロー構造が断面的に展開。ワイガヤステージ、集中ルームを中心とした執務スペースの4,5階大部屋オフィスを、外部協創の場である3階 知の森、6階 フューチャーラボがはさみ込む層構成。

社内 ワーカー

社外協創 パートナー

ワイガヤステージ 200㎡

集中ルーム×4 集中ブース×10

4階 オフィス 2,800㎡

5階 オフィス 2,500㎡

5階 ワークプレイス全景

ゲストに緊張感を与えない、入りやすさを重視した デザイン。会話がはずむようにコーヒーもサーブ。

鳥取県 産学マッチングセミナーの様子

実機、モニター、ポスターや 切断モデル、水槽も展示

ライティングダクトで イベントに対応

入口にセキュリティを設定し、 協業に結び付けるクローズな 形での利用も可能

社外パートナーも自由に 使えるライブラリシェルフ

マネジメントエリア

オフィスを縦串にする2つの吹抜けで交錯する、視線・動線がアクティビティをつなぎ、社内外協創の大動脈となる。

外部からのゲストを 広く受け入れる大空間

六角形モジュールのフレキシブルな展示什器を 技術者がセルフカスタマイズ

空気・環境・エネルギー分野のアイデア・技術を展示 協創へのヒントを見つける場

ルームエアコン部品が作る「人」のシルエット

3階 知の森

器は中国を越えて、日本の正倉院にも所蔵される。異文化が融合し、新たな文化が生まれる。この精神は、TICにも通じるが、「場」は作られただけでは何も生まない。大事なのは積極的な交流。そこで何をやるかだ。その試みは始まったばかりだ。 社内外協創の1つの試みが 「iCafe」。Intellectual Caféの略で、 毎週水曜日に開かれる。技術者の発案でテーマが決められ、誰でも参加できるワイガヤの場だ。外部講師などを交え、熱心な議論が交わされる。同時に3か所で開催されることも珍しくない。 2015年1月から始まったiCafeのテーマは幅広い。「IoTを利用した、 知恵を集めるオープンイノベーション」「ヒートポンプ技術の現状と課題および将来の可能性について」など、ダイキンの専門分野を真っ正面から掘り下げたものから、「もしも地球が立方体だったら-常識はいずれ通用しなくなる」「におい・カビをテーマにワイガヤしませんか?」など、多岐におよぶ。「先端技術の勉強会」には多くの技術者が集まり参加者の人気は高い。ワイガヤステージやフューチャーラボの他、250人収容できる円形講義室で行われることもある。知的好奇心をくすぐり、異分野の研究者同士が顔を合わせる場となり、参加者は確かな手

応えを感じつつある。 スマートフォンのタッチ画面に使われる表面機能剤など、フッ素化学の「高機能材料の紹介」をするセッションには、今までは交流がなかったデザイングループの担当者が参加。新たなデザインの発想につながり、高機能材料部門とデザイン部門の「協創」が芽生えたという。AIをテーマにしたセッションでは、 多くの参加者からアイデアが寄せられ、商品作りの検討もはじまった。IoTのセッションでは、他の電機メーカとの競争に遅れまいという危機意識を共有し、情報通信グループや企画部門の連携が行われている。 もう1つの協創の試みは、外部講師を招いた講演会やワークショップ、展示会だ。社外の異分野交流を積極的に進める場となっており、産官学民の垣根を越えてイノベーションを加速支援する一般社団法人

「FCAJ」(Future Center Alliance Japan)に加盟し、職域の幅を広げる努力も続ける。 例えば、「にいがた新技術・新工法展示相談会」は、最高峰の技術を誇る地場産業の経営者らと、 ダイキン技術者らが“見合い”をし、その融合から新たなイノベーションにつなげる試みだ。新潟県以外に鳥取県、三重県などとも、医療機器など新たな分野で交流を深

3階から6階のオープンな空間は、人と知識と情報が循環するナレッジフローを作り出す

0 10 20 30 50m

オフィス

オフィス

オフィス

オフィス

フューチャーラボ

フューチャーラボ

設備機器置場

設備機器置場

設備機器置場

オフィス

オフィスワイガヤステージ

円形講義室

知の森

知の森来客食堂

総務事務室

啓発館

啓発館

応接室 大会議室

実験室

衛生機械室 雨水貯留槽(1000t)

実験室

実験室

屋上見学塔

実験室 集中ルーム /ブース

クールヒートトレンチ

オフィス

オフィス

オフィス

オフィス

フューチャーラボ

太陽光自動追尾採光システム

フューチャーラボ

設備機器置場

設備機器置場

設備機器置場

オフィス

オフィスワイガヤステージ

円形講義室

知の森

知の森来客食堂

総務事務室

啓発館

啓発館

応接室 MRクールヒートトレンチ

大会議室

実験室

衛生機械室 雨水貯留槽(1000t)

実験室

実験室

屋上見学塔

実験室 集中ルーム /ブース

太陽光発電パネル(計 300kW)

TIC の森

大開口トップライト

自然換気用偏芯横軸回転窓

雨水利用

地中熱利用杭 29本

自然換気窓Low-e 複層ガラス

有孔鋼板庇

地中熱利用ボアホール 6本 地中熱太陽熱利用水熱源

パッケージエアコン

太陽光発電パネル(計 300kW) ドラフトチャンバー排気

の顕熱回収

TBAB 蓄熱ビルマルフリークーリングビルマル

超高効率ビルマル

室外機周囲水噴霧

LED調光タスクアンビエント照明

床吹出空調ヒートポンプデシント外調機

実験エリアと各階で直結

TICは、ワイガヤステージをはじめ、開放的な執務スペースなどが評価され、2016年 8 月、 第29回 日 経ニューオフィス賞を受賞。右図はオフィス棟の南北断面図。

オフィス棟3階の「知の森」には、のびのびとしたスペースに机やイスが並ぶ。フッ素技術を使ったアートや、空調技術を利用して「省エネ率」を知らせる展示もある。

TIC受付は、広々としたエントランスから大階段を上がった3階にあり、セキュリティフリーで来場できる。写真は受付のスタッフ。

エントランス左手にある「啓発館」では、ダイキン工業株式会社の経営史年表や、シンボリックなモニュメントも展示。

めている。 イノベーションへの積極的な取り組みを行う自動車など異分野との交流も頻繁だが、 大学の先端研究や、巨大市場となった中国の環境ビジネスに関する講演会なども、重要戦略として位置づけられる。

異分野の知識と技術を組み合わせ 新たな文化を創り出す

「イノベーション」という言葉は、オーストリア出身の経済学者ヨーゼフ・シュンペーター(1883-1950)が1912年に記した著書「経済発展の理論」の中で定義された。経済活動の中で生産手段や資源、労働力な

どを、従来とは異なる仕方で「新結合」すること。つまり、違う分野の知識と技術の組み合わせから新知識が生まれることを意味する。 まさに、TICは異分野の知識と技術を組み合わせる場である。TIC協創促進チームの田中公明リーダーは「TICは新たな文化を創り出す場である。文化創造を定着させるには時間がかかるが、グローバル企業として生き残るために、今までにない流れを作り出し、新しいコト作りに挑んでいく。新しい文化、コトをここTICから生み出したい」と語る。 ダイキンのイノベーションの核として、TICからどんなものが飛び出すか、 今後が楽しみだ。

TIC report TIC report

断面図

「におい・カビをテーマにワイガヤしませんか?」では、空気清浄機に搭載されているフィルタに実際に触れながら、活発な議論が行われた。(2016年3月10日)

先端技術の勉強会のセッションは独自技術の開発に欠かせない、iCafe人気のメニュー。立ち見も含め100人を超す参加者が集まった。(2016年1月20日)

iCafeで新しいアイデアが生まれる社 内 協 創

フューチャーラボで開かれた、iCafeのキックオフミーティング。異分野の研究・技術開発者らがiCafeへの期待を熱く語った。(2015年11月27日)

「鳥取県産学マッチングセミナー」。40社以上が参加。「氷温協会」理事長による氷温技術、鳥取大副学長による医療機器開発研究が紹介された。(2016年3月16日)

イノベーションの芽の育成には、外部の異業種との交流が不可欠社 外 協 創

ダイキンの先端技術を常時展示している。オープンにすることによって、社内外の技術者や、顧客との協創を生む場。

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32 Challenge 2016 Vol. 01 33

その他論文の表題 学会誌/講演会名 発表日Airitmo(エアリトモ)座った人の心拍を検知するセンサーを開発 3×3LabFuture次世代オフィスでのAiritmo(エアリトモ)PR 2016 年 2 月夏期睡眠時温熱環境と生理量の関係 平成27年度空気調和・衛生工学会近畿支部学術研究発表会 2016 年 3 月放電水による微生物のバイオフィルム形成阻害に関する評価 日本薬学会・第136年会 2016 年 3 月有機薄膜太陽電池作製に適した溶液プロセス可能な材料開発 2016年電子情報通信学会総合大会 2016 年 3 月Sub-10 ns single-shot dynamic recording in holographic polymeric medium by nonlinear absorption using excited state absorption process

日本応用物理学会 2016 年 4 月

空調機落下衝撃シミュレーション技術の開発と活用 月刊「包装技術 」4月 2016 年 4 月乾湿繰返し環境におけるアルミニウム合金の腐食機構とその塩化物イオン濃度依存性 軽金属学会第130回春期大会 2016 年 5 月HEMS促進のための取り組みについて(その2 エアコン) 日本電機工業会「電機」2016年4号 2016 年 6 月塗布法により製膜可能なPVDF圧電薄膜を用いた小型振動発電デバイスによるμWオーダーの発電

電気学会平成28年E部門総合研究会 2016 年 6 月

高効率ノンフロン型ビル用マルチ空調機の研究開発 NEDO環境部事業報告会(一般公開) 2016 年 7 月空調機コンプレッサーの溶接変形解析 溶接学会溶接法委員会 2016 年 8 月アクティブバッファ付き単相-三相電力変換器の電圧利用率を改善する電力制御法 平成28年電気学会産業応用部門大会 2016 年 8 月高効率CO2多段サイクル向け熱交換器の研究開発 2016年度日本冷凍空調学会年次大会 2016 年 9 月ANSYS Simplorerを用いたインバータエアコンのEMIシミュレーション ANSYS Electronics Simulation Expo 2016 2016 年 9 月モータ用永久磁石の3次元減磁分布測定手法の開発 第40回日本磁気学会学術講演会 2016 年 9 月マイクロ水力発電システム開発のためのCAE活用 2016年度機械学会・年次大会 先端技術フォーラム流体・構造CAE

を活用した革新的エネルギー・環境システム、エコ・プロダクトの開発2016 年 9 月

パーフルオロポリエーテル鎖を側鎖に有するビニルエーテルマクロモノマーの制御カチオン共重合およびブロックコポリマーの自己集合挙動

第61回高分子討論会 高分子学会 2016 年 9 月

動的陽解法による樹脂ペレットの流動性向上のためのペレット形状最適化 日本機械学会第29回計算力学講演会(CMD2016) 2016 年 9 月Al表面に形成されるアノード酸化皮膜形態と試料形状との関連について 第63回材料と環境討論会 2016 年 10 月パワーエレクトロニクス機器から発生する放射性EMIの一考察 平成28年度 電気・情報関係学会北海道支部連合大会 2016 年 11 月水中放電技術による殺菌効果 第55回日本薬学会 中国四国支部学術大会 2016 年 11 月アノード酸化したアルミニウム合金表面の皮膜構造と欠陥形成について 軽金属学会第131回秋期大会 2016 年 11 月

さまざまな特性を持ちます。しかも、これらの特性を同時に併せ持つため、幅広い分野での活用が可能とされています。

フッ素は、16世紀には、その存在が知られていたも

のの、製鉄などの融剤として蛍石が使われていたにすぎませんでした。フッ素研究の糸口がつかめたのは、1771年にスウェーデンのカール・シェーレが蛍石に硫酸を加え、新しい酸性物質を発見したことによります。 当時は、この物質が何かは特定されていませんでしたが、1810年にフランスのアンドレ=マリ・アンペールがフッ化水素であると推定し、この新しい元素をフッ素と名付けたのです。フッ素の単離に成功したのは1886年。フランスのアンリ・モアッサンはこの功績により、後にノーベル化学賞を受賞しますが、フッ素化学の研究が大きく発展するのは、それから

便利で快適、安全で安心な暮らしは、フッ素なしでは成

り立たないといっていいほど、現在の私たちはフッ素の恩恵を受けています。身近な調理器具やエアコンなどの家電製品、スポーツ衣料から自動車、飛行機、高層ビル、さらには半導体、パソコン、燃料電池といった先進技術まで、快適な暮らしを支えるほとんどのものに使われています。それは虫歯予防の歯みがきから医薬品、農薬の分野にも及んでいます。 フッ素とは原子番号9のハロゲン族元素で、水素に次いで小さく、岩石、土壌、海水など自然界に広く存在します。なかでも蛍石に多く含まれ、重要なフッ素資源となっています。 フッ素には、ほとんどの元素と強い化学結合を形成する特徴があり、フッ素原子を含む化合物は、耐熱性、耐薬品性、耐候性、非粘着性、撥水撥油性、電気特性など、

40年以上も後のことでした。 1920年代に炭素-フッ素結合の有機化合物フロンガスが開発され、1938年にフッ素樹脂の代表ポリテトラフルオロエチレンが発見されたことから、特異な性質を持つフッ素化合物が次々と開発されていきます。 ダイキン工業が独自の技術でフルオロカーボンの開発、製造を始めたのは1942年。第二次世界大戦後の高度経済の成長とともに、化学工業を筆頭に、自動車、繊維、土木建築に至るまで、フッ素化学は大きく躍進。ダイキン工業も主力商品のエアコンの冷媒をはじめ、フッ素樹脂、撥水撥油剤、フッ素ゴムなどを手がけ、フッ素化学総合メーカーに成長していきます。 現在、ナノマテリアルなどの新材料やグリーンエネルギーの分野でも世界から注目されるフッ素。ダイキン工業は、その無限の可能性を信じ、開発を進めています。

フッ素のお話❶

きほんの「き」

私たちの身の周りにあふれているフッ素製品フッ素とは、どんなものなのでしょうか

1980年代以降になると、フッ素化合物の高性能化とともにフッ素の用途は広がる。半導体、電気、通信、燃料電池などの先端技術や医療、食品、農業の分野にも進出し、発展を支える重要なものとなった。

フッ素を含む材料の発展と進化

1930 ’40 ’ 50 ’60 ’70 ’80 ’90 2000~

特定の狙いを指向しない、有用性を疑うことのないpromissingな時代。諸産業分野で生まれるニーズに恵まれた。

軍需化学工業機械部品家電厨房機器繊維処理土木建築

自動車医療食品農業

半導体電気・電子電池・エネルギー環境・通信

発明・発見の時代

経済の高成長とともに発展。

先端分野での新需要環境対応へ。

用途の展開⇔高性能化

先端分野と機能性材料主要ポリマーの工業化と商品化

国際会議論文の表題 学会誌/講演会名 発表日Development of High Efficiency VRF Systems under Partial Heat Load for Commercial Buildings

The 12th REHVA World Congress CLIMA 2016 2016 年 5 月

Performance Evaluation of Heat Pump System using R32 and HFO-mixed Refrigerant at High Ambient Temperature

2016 Purdue Conferences 2016 年 7 月

Evaluation of Performance of Heat pump using R32 and HFO-mixed Refrigerant by Refrigeration cycle simulation and Loss analysis

2016 Purdue Conferences 2016 年 7 月

Research on Optimization of Heat exchanger in Heat pump using R32 and HFO-mixed Refrigerant

2016 Purdue Conferences 2016 年 7 月

スイング圧縮機の振動計測法とそれを活用したアキュームレータ上下振動低減設計 2016 Purdue Conferences 2016 年 7 月Development of a refrigerant to refrigerant heat exchanger for high efficiency CO2

2016 Purdue Conferences 2016 年 7 月

A study of high efficiency CO2 refrigerant VRF air conditioning system 2016 Purdue Conferences 2016 年 7 月Corrosion of Al Alloys During Repeated Dry-Wet Cycling Tests with NaCl Solutions - Effect of NaCl Concentration on Corrosion of Al Alloys -

European Corrosion Congress 2016 2016 年 9 月

Numerical Calculation of Magnetic Hysteresis Property Taking into Account Magnetic Anisotropy of Electrical Steel Sheet

The 17th Biennial IEEE Conference on Electromagnetic Field Computation (CEFC 2016)

2016 年 11 月

3D Numerical Analysis with Magnetic Hysteresis for Evaluating Magnetic Phenomena from H-coil on Stator Core of Electric Motor

The 19th International Conference on Electrical Machines and Systems (ICEMS 2016)

2016 年 11 月

学術論文論文の表題 学会誌/講演会名 発表日連続的データ同化法を用いた室内環境推定に関する研究 空気調和・衛生工学会学会誌論文集(223) 2015 年 10 月空調用インダイレクトマトリクスコンバータの実用化技術 電気学会論文誌D(産業応用部門誌) Vol.135(2015) No.10 2016 年 7 月Application of N-fluoropyridinium salts to battery materials Journal of Fluorine Chemistry Vol.183(2016) 2016 年 4 月Recent Technical Trends in PMSM 電気学会英文論文誌 Vol.11 Issue6 2016 年 11 月室内空間における冷媒漏洩濃度実測と数値解析手法の確立 日本冷凍空調学会論文集 33(2),2016 2016 年 6 月

社内の部門を超え、会社の枠を超え、相互に作用し合うことによってイノベーションを巻き起こそうと挑戦する。TICで2015年10月から2016年11月までに発表された研究の一部を紹介してみよう。これからも新たな技術開発テーマの“協創”を目指すために。

最近のおもな社外発表

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32 Challenge 2016 Vol. 01 33

その他論文の表題 学会誌/講演会名 発表日Airitmo(エアリトモ)座った人の心拍を検知するセンサーを開発 3×3LabFuture次世代オフィスでのAiritmo(エアリトモ)PR 2016 年 2 月夏期睡眠時温熱環境と生理量の関係 平成27年度空気調和・衛生工学会近畿支部学術研究発表会 2016 年 3 月放電水による微生物のバイオフィルム形成阻害に関する評価 日本薬学会・第136年会 2016 年 3 月有機薄膜太陽電池作製に適した溶液プロセス可能な材料開発 2016年電子情報通信学会総合大会 2016 年 3 月Sub-10 ns single-shot dynamic recording in holographic polymeric medium by nonlinear absorption using excited state absorption process

日本応用物理学会 2016 年 4 月

空調機落下衝撃シミュレーション技術の開発と活用 月刊「包装技術 」4月 2016 年 4 月乾湿繰返し環境におけるアルミニウム合金の腐食機構とその塩化物イオン濃度依存性 軽金属学会第130回春期大会 2016 年 5 月HEMS促進のための取り組みについて(その2 エアコン) 日本電機工業会「電機」2016年4号 2016 年 6 月塗布法により製膜可能なPVDF圧電薄膜を用いた小型振動発電デバイスによるμWオーダーの発電

電気学会平成28年E部門総合研究会 2016 年 6 月

高効率ノンフロン型ビル用マルチ空調機の研究開発 NEDO環境部事業報告会(一般公開) 2016 年 7 月空調機コンプレッサーの溶接変形解析 溶接学会溶接法委員会 2016 年 8 月アクティブバッファ付き単相-三相電力変換器の電圧利用率を改善する電力制御法 平成28年電気学会産業応用部門大会 2016 年 8 月高効率CO2多段サイクル向け熱交換器の研究開発 2016年度日本冷凍空調学会年次大会 2016 年 9 月ANSYS Simplorerを用いたインバータエアコンのEMIシミュレーション ANSYS Electronics Simulation Expo 2016 2016 年 9 月モータ用永久磁石の3次元減磁分布測定手法の開発 第40回日本磁気学会学術講演会 2016 年 9 月マイクロ水力発電システム開発のためのCAE活用 2016年度機械学会・年次大会 先端技術フォーラム流体・構造CAE

を活用した革新的エネルギー・環境システム、エコ・プロダクトの開発2016 年 9 月

パーフルオロポリエーテル鎖を側鎖に有するビニルエーテルマクロモノマーの制御カチオン共重合およびブロックコポリマーの自己集合挙動

第61回高分子討論会 高分子学会 2016 年 9 月

動的陽解法による樹脂ペレットの流動性向上のためのペレット形状最適化 日本機械学会第29回計算力学講演会(CMD2016) 2016 年 9 月Al表面に形成されるアノード酸化皮膜形態と試料形状との関連について 第63回材料と環境討論会 2016 年 10 月パワーエレクトロニクス機器から発生する放射性EMIの一考察 平成28年度 電気・情報関係学会北海道支部連合大会 2016 年 11 月水中放電技術による殺菌効果 第55回日本薬学会 中国四国支部学術大会 2016 年 11 月アノード酸化したアルミニウム合金表面の皮膜構造と欠陥形成について 軽金属学会第131回秋期大会 2016 年 11 月

さまざまな特性を持ちます。しかも、これらの特性を同時に併せ持つため、幅広い分野での活用が可能とされています。

フッ素は、16世紀には、その存在が知られていたも

のの、製鉄などの融剤として蛍石が使われていたにすぎませんでした。フッ素研究の糸口がつかめたのは、1771年にスウェーデンのカール・シェーレが蛍石に硫酸を加え、新しい酸性物質を発見したことによります。 当時は、この物質が何かは特定されていませんでしたが、1810年にフランスのアンドレ=マリ・アンペールがフッ化水素であると推定し、この新しい元素をフッ素と名付けたのです。フッ素の単離に成功したのは1886年。フランスのアンリ・モアッサンはこの功績により、後にノーベル化学賞を受賞しますが、フッ素化学の研究が大きく発展するのは、それから

便利で快適、安全で安心な暮らしは、フッ素なしでは成

り立たないといっていいほど、現在の私たちはフッ素の恩恵を受けています。身近な調理器具やエアコンなどの家電製品、スポーツ衣料から自動車、飛行機、高層ビル、さらには半導体、パソコン、燃料電池といった先進技術まで、快適な暮らしを支えるほとんどのものに使われています。それは虫歯予防の歯みがきから医薬品、農薬の分野にも及んでいます。 フッ素とは原子番号9のハロゲン族元素で、水素に次いで小さく、岩石、土壌、海水など自然界に広く存在します。なかでも蛍石に多く含まれ、重要なフッ素資源となっています。 フッ素には、ほとんどの元素と強い化学結合を形成する特徴があり、フッ素原子を含む化合物は、耐熱性、耐薬品性、耐候性、非粘着性、撥水撥油性、電気特性など、

40年以上も後のことでした。 1920年代に炭素-フッ素結合の有機化合物フロンガスが開発され、1938年にフッ素樹脂の代表ポリテトラフルオロエチレンが発見されたことから、特異な性質を持つフッ素化合物が次々と開発されていきます。 ダイキン工業が独自の技術でフルオロカーボンの開発、製造を始めたのは1942年。第二次世界大戦後の高度経済の成長とともに、化学工業を筆頭に、自動車、繊維、土木建築に至るまで、フッ素化学は大きく躍進。ダイキン工業も主力商品のエアコンの冷媒をはじめ、フッ素樹脂、撥水撥油剤、フッ素ゴムなどを手がけ、フッ素化学総合メーカーに成長していきます。 現在、ナノマテリアルなどの新材料やグリーンエネルギーの分野でも世界から注目されるフッ素。ダイキン工業は、その無限の可能性を信じ、開発を進めています。

フッ素のお話❶

きほんの「き」

私たちの身の周りにあふれているフッ素製品フッ素とは、どんなものなのでしょうか

1980年代以降になると、フッ素化合物の高性能化とともにフッ素の用途は広がる。半導体、電気、通信、燃料電池などの先端技術や医療、食品、農業の分野にも進出し、発展を支える重要なものとなった。

フッ素を含む材料の発展と進化

1930 ’40 ’ 50 ’60 ’70 ’80 ’90 2000~

特定の狙いを指向しない、有用性を疑うことのないpromissingな時代。諸産業分野で生まれるニーズに恵まれた。

軍需化学工業機械部品家電厨房機器繊維処理土木建築

自動車医療食品農業

半導体電気・電子電池・エネルギー環境・通信

発明・発見の時代

経済の高成長とともに発展。

先端分野での新需要環境対応へ。

用途の展開⇔高性能化

先端分野と機能性材料主要ポリマーの工業化と商品化

国際会議論文の表題 学会誌/講演会名 発表日Development of High Efficiency VRF Systems under Partial Heat Load for Commercial Buildings

The 12th REHVA World Congress CLIMA 2016 2016 年 5 月

Performance Evaluation of Heat Pump System using R32 and HFO-mixed Refrigerant at High Ambient Temperature

2016 Purdue Conferences 2016 年 7 月

Evaluation of Performance of Heat pump using R32 and HFO-mixed Refrigerant by Refrigeration cycle simulation and Loss analysis

2016 Purdue Conferences 2016 年 7 月

Research on Optimization of Heat exchanger in Heat pump using R32 and HFO-mixed Refrigerant

2016 Purdue Conferences 2016 年 7 月

スイング圧縮機の振動計測法とそれを活用したアキュームレータ上下振動低減設計 2016 Purdue Conferences 2016 年 7 月Development of a refrigerant to refrigerant heat exchanger for high efficiency CO2

2016 Purdue Conferences 2016 年 7 月

A study of high efficiency CO2 refrigerant VRF air conditioning system 2016 Purdue Conferences 2016 年 7 月Corrosion of Al Alloys During Repeated Dry-Wet Cycling Tests with NaCl Solutions - Effect of NaCl Concentration on Corrosion of Al Alloys -

European Corrosion Congress 2016 2016 年 9 月

Numerical Calculation of Magnetic Hysteresis Property Taking into Account Magnetic Anisotropy of Electrical Steel Sheet

The 17th Biennial IEEE Conference on Electromagnetic Field Computation (CEFC 2016)

2016 年 11 月

3D Numerical Analysis with Magnetic Hysteresis for Evaluating Magnetic Phenomena from H-coil on Stator Core of Electric Motor

The 19th International Conference on Electrical Machines and Systems (ICEMS 2016)

2016 年 11 月

学術論文論文の表題 学会誌/講演会名 発表日連続的データ同化法を用いた室内環境推定に関する研究 空気調和・衛生工学会学会誌論文集(223) 2015 年 10 月空調用インダイレクトマトリクスコンバータの実用化技術 電気学会論文誌D(産業応用部門誌) Vol.135(2015) No.10 2016 年 7 月Application of N-fluoropyridinium salts to battery materials Journal of Fluorine Chemistry Vol.183(2016) 2016 年 4 月Recent Technical Trends in PMSM 電気学会英文論文誌 Vol.11 Issue6 2016 年 11 月室内空間における冷媒漏洩濃度実測と数値解析手法の確立 日本冷凍空調学会論文集 33(2),2016 2016 年 6 月

社内の部門を超え、会社の枠を超え、相互に作用し合うことによってイノベーションを巻き起こそうと挑戦する。TICで2015年10月から2016年11月までに発表された研究の一部を紹介してみよう。これからも新たな技術開発テーマの“協創”を目指すために。

最近のおもな社外発表

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