イネにおけるCPD光回復酵素の細胞内局在性─イネ...

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15 若手研究紹介 イネにおける CPD 光回復酵素の細胞内局在性─イネ細胞の顕微鏡観察の苦楽─ 高橋さやか(東北大学大学院生命科学研究科) 東北大学大学院生命科学研究科の高橋さやかです。私 の研究テーマはイネの CPDcylobutane pyrimidine dimer)光回復酵素の細胞内局在メカニズムに関する解析で す。日々イネの葉の細胞を蛍光観察するために、イネを薄く 細かくさばいています。現在、イネの細胞中のオルガネラを 観察することにこだわって研究を進めています。 植物は太陽光を利用して生命を営むと同時に、常に有害 紫外線 BUVB : 280 - 320 nm)に曝されて生活しています。 これまでに UVB が誘発する DNA 損傷の一種である CPD 植物の UVB による生育障害の主要因であり、CPD を修復す CPD 光回復酵素の活性の高低がイネの UVB 抵抗性の品種 間差を決定することが明らかにされてきました。CPD 光回 復酵素は核に 1 コピーでコードされ、胎生哺乳類を除く幅広 い種で保存されています。イネにおいても CPD 光回復酵素 は核内のみで機能していると考えられてきましたが、DNA を持つオルガネラであるミトコンドリア、葉緑体へも移行し、 CPD の修復を担っていることが見出されました。このよう 1 遺伝子にコードされたタンパク質が核・ミトコンドリア・ 葉緑体に移行して機能しているものは他に類を見ません。ま た、イネの CPD 光回復酵素は核移行が推定される配列は存 在していますが、ミトコンドリアと葉緑体への移行が推定さ れる既知の移行シグナル配列は存在していません。一方で、 植物種間差における UVB 抵抗性差異に関するこれまでの予 備解析から、CPD 光回復酵素のオルガネラ移行性の違いが UVB 抵抗性と関連する可能性が考えられ、この CPD 光回復 酵素の移行性のメカニズムに私は大変興味をひかれました。 そこで、私は CPD 光回復酵素の細胞内局在機構の分子メカ ニズム、および、そのオルガネラでの DNA 修復と UVB 抗性との関連性を解析することで、植物の UVB 抵抗性・防 御機構を考える上でも極めて興味深い知見を得る事ができる と考えています。 イネ CPD 光回復酵素の細胞内局在メカニズムを解明する ために、GFP を用いた一過的な発現法(パーティクルガン 法)を用いてイネ CPD 光回復酵素のオルガネラ移行シグナ ルの絞り込み・同定を行いました。当初は一般的にパーティ クルガン法によく使われるタマネギ表皮細胞を用い、CPD 光回復酵素と GFP 融合タンパク質を一過的に過剰発現させ、 GFP 蛍光の局在解析を行いました。タマネギ表皮細胞を用 いることで核とミトコンドリアへの CPD 光回復酵素の局在 性が観察でき、段階的に配列を削り込んだ多くのコンストラ クトを用いて、核・ミトコンドリアの移行シグナル配列の絞 り込みに成功しました。しかし、タマネギ表皮細胞には葉緑 体が存在していないため、ツユクサ、ソラマメ、シロイヌナ ズナを用いて一過的過剰発現解析を行いました。しかし、こ れらの 3 つの植物体を用いても、葉緑体への移行性が観察 されなかったため、イネが持つ独自の機構が CPD 光回復酵 素の葉緑体への移行に重要なのではないかと考え、それか ら本気でイネを用いた局在解析に着手しました。GFP 融合 タンパク質を用いた局在解析は一般的な実験手法ではありま すが、組織が固く表皮を剝離しにくいイネの葉を用いた解析 は少なく、イネを用いるための条件設定から試行錯誤が始ま りました。CPD 光回復酵素の局在解析にイネを用いること に決めましたが、正直始めた当初は、イネの葉の細胞におい て、蛍光観察ができるようになるとは全く思っていませんで した。① 脱気してもシロイヌナズナのように葉肉細胞が見 えない、② 邪魔な自家蛍光が強い、③ 細胞が小さい、など の理由もあり、パーティクルガンで遺伝子が導入された細胞 を見つけることができない日々が続き、途方に暮れていまし た。様々な失敗を経て、ようやくたどり着いた方法が、吸水 5 日のイネの第 1 葉を 12 分割に細かくし、GFP 融合 CPD 光回復酵素のコンストラクトをパーティクルガンで導入する という方法です。初めてイネ葉緑体に GFP の緑色蛍光を観 察した時は、思わず別室にいた先生方を電話で呼び出してし まうほど興奮しました。辛い作業ではありますが、最近はピ ンセットでいかに薄くイネの葉をさばけるか、といった自分 の技術の限界に挑戦するという楽しみを見出しつつ実験を進 めています。 そしてこれまでの GFP 融合 CPD 光回復酵素の局在につい て、タマネギ表皮細胞、イネ第 1 葉を用いた実験により、核 移行に関しては、487 - 489 番目のアミノ酸配列、ミトコンド リア移行に関しては 391 - 401 番目のアミノ酸配列が関与して いることを見出しました。また、現在葉緑体移行シグナル配 列についての解析も進めています。さらに CPD 光回復酵素 の移行に光が関係しているのかどうかを解明するため、恒常 的に CPD 光回復酵素と GFP 融合タンパク質を過剰発現させ たイネおよびシロイヌナズナを用いて、1 細胞中の 1 オルガ ネラに局所的に光を照射することができる 1 細胞顕微照射シ ステムを使用し、様々な波長の光を照射して、CPD 光回復 酵素の移行性が変化するかどうかを解析しています。 CPD 光回復酵素は幅広い生物が保持している酵素ですの で、将来的には様々な植物を用いて、CPD 光回復酵素のオ ルガネラ移行性と UVB 抵抗性の関係性を明らかにしていき たいと考えています。今後もやはり生理学の基本である「観 察する」ことに、こだわりを持ち続けて研究を楽しんでいき たいです。

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若手研究紹介

イネにおける CPD 光回復酵素の細胞内局在性─イネ細胞の顕微鏡観察の苦楽─

高橋さやか(東北大学大学院生命科学研究科)

東北大学大学院生命科学研究科の高橋さやかです。私の研究テーマはイネの CPD(cylobutane pyrimidine

dimer)光回復酵素の細胞内局在メカニズムに関する解析です。日々イネの葉の細胞を蛍光観察するために、イネを薄く細かくさばいています。現在、イネの細胞中のオルガネラを観察することにこだわって研究を進めています。 植物は太陽光を利用して生命を営むと同時に、常に有害紫外線 B(UVB : 280-320 nm)に曝されて生活しています。これまでに UVBが誘発する DNA損傷の一種である CPDが植物の UVBによる生育障害の主要因であり、CPDを修復する CPD光回復酵素の活性の高低がイネの UVB抵抗性の品種間差を決定することが明らかにされてきました。CPD光回復酵素は核に 1コピーでコードされ、胎生哺乳類を除く幅広い種で保存されています。イネにおいても CPD光回復酵素は核内のみで機能していると考えられてきましたが、DNA

を持つオルガネラであるミトコンドリア、葉緑体へも移行し、CPDの修復を担っていることが見出されました。このように 1遺伝子にコードされたタンパク質が核・ミトコンドリア・葉緑体に移行して機能しているものは他に類を見ません。また、イネの CPD光回復酵素は核移行が推定される配列は存在していますが、ミトコンドリアと葉緑体への移行が推定される既知の移行シグナル配列は存在していません。一方で、植物種間差における UVB抵抗性差異に関するこれまでの予備解析から、CPD光回復酵素のオルガネラ移行性の違いがUVB抵抗性と関連する可能性が考えられ、この CPD光回復酵素の移行性のメカニズムに私は大変興味をひかれました。そこで、私は CPD光回復酵素の細胞内局在機構の分子メカニズム、および、そのオルガネラでの DNA修復と UVB抵抗性との関連性を解析することで、植物の UVB抵抗性・防御機構を考える上でも極めて興味深い知見を得る事ができると考えています。 イネ CPD光回復酵素の細胞内局在メカニズムを解明するために、GFPを用いた一過的な発現法(パーティクルガン法)を用いてイネ CPD光回復酵素のオルガネラ移行シグナルの絞り込み・同定を行いました。当初は一般的にパーティクルガン法によく使われるタマネギ表皮細胞を用い、CPD

光回復酵素と GFP融合タンパク質を一過的に過剰発現させ、GFP蛍光の局在解析を行いました。タマネギ表皮細胞を用いることで核とミトコンドリアへの CPD光回復酵素の局在性が観察でき、段階的に配列を削り込んだ多くのコンストラクトを用いて、核・ミトコンドリアの移行シグナル配列の絞り込みに成功しました。しかし、タマネギ表皮細胞には葉緑体が存在していないため、ツユクサ、ソラマメ、シロイヌナ

ズナを用いて一過的過剰発現解析を行いました。しかし、これらの 3つの植物体を用いても、葉緑体への移行性が観察されなかったため、イネが持つ独自の機構が CPD光回復酵素の葉緑体への移行に重要なのではないかと考え、それから本気でイネを用いた局在解析に着手しました。GFP融合タンパク質を用いた局在解析は一般的な実験手法ではありますが、組織が固く表皮を剝離しにくいイネの葉を用いた解析は少なく、イネを用いるための条件設定から試行錯誤が始まりました。CPD光回復酵素の局在解析にイネを用いることに決めましたが、正直始めた当初は、イネの葉の細胞において、蛍光観察ができるようになるとは全く思っていませんでした。①脱気してもシロイヌナズナのように葉肉細胞が見えない、②邪魔な自家蛍光が強い、③細胞が小さい、などの理由もあり、パーティクルガンで遺伝子が導入された細胞を見つけることができない日々が続き、途方に暮れていました。様々な失敗を経て、ようやくたどり着いた方法が、吸水後 5日のイネの第 1葉を 12分割に細かくし、GFP融合 CPD

光回復酵素のコンストラクトをパーティクルガンで導入するという方法です。初めてイネ葉緑体に GFPの緑色蛍光を観察した時は、思わず別室にいた先生方を電話で呼び出してしまうほど興奮しました。辛い作業ではありますが、最近はピンセットでいかに薄くイネの葉をさばけるか、といった自分の技術の限界に挑戦するという楽しみを見出しつつ実験を進めています。 そしてこれまでの GFP融合 CPD光回復酵素の局在について、タマネギ表皮細胞、イネ第 1葉を用いた実験により、核移行に関しては、487-489番目のアミノ酸配列、ミトコンドリア移行に関しては 391-401番目のアミノ酸配列が関与していることを見出しました。また、現在葉緑体移行シグナル配列についての解析も進めています。さらに CPD光回復酵素の移行に光が関係しているのかどうかを解明するため、恒常的に CPD光回復酵素と GFP融合タンパク質を過剰発現させたイネおよびシロイヌナズナを用いて、1細胞中の 1オルガネラに局所的に光を照射することができる 1細胞顕微照射システムを使用し、様々な波長の光を照射して、CPD光回復酵素の移行性が変化するかどうかを解析しています。 CPD光回復酵素は幅広い生物が保持している酵素ですので、将来的には様々な植物を用いて、CPD光回復酵素のオルガネラ移行性と UVB抵抗性の関係性を明らかにしていきたいと考えています。今後もやはり生理学の基本である「観察する」ことに、こだわりを持ち続けて研究を楽しんでいきたいです。

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若手研究紹介

道端に咲いている草花や栽培されている作物を見ると、青々と元気に生育しているのに、稀に葉の一部が

質合成」を開催し、転写因子以外にも 150 kDa以上の膜タンパク質や 10 kDa以下のペプチドホルモンなど様々なタンパク質を合成することに成功したので、ポストゲノム研究を推進する上で非常に有効なツールになるのではないかと考えています。本法を用い、344転写因子タンパク質を合成しました。 NO感受性転写因子の検出は、合成した転写因子タンパク質に植物内性の NO供与体である GSNOを処理し、Biotin

Switch法を用いて行いました。その結果、NOを直接認識する転写因子候補として、TGA4、WRKY18、WRKY70や TBF1

のように既に抵抗性反応に関与することが報告されている転写因子、及び NAC32などの機能未知の転写因子群を同定できました(図 2)。現在は、特にWRKYファミリー転写因子に着目し、NO認識がもたらす分子スイッチの役割を明らかにしようと試みています。本研究により、環境感覚受容体としての転写因子群を明らかにし、これまで不明瞭であったレドックス応答機構を解明することで、植物の環境感覚に対する分子基盤を確立することができると考えています。

黄色くなっていたり、褐変化しているのを見かけることがあります。この一見「病徴」の様な症状の中には、植物が病原菌を認識し、免疫機構を活性化した結果として現れるものもあります。この植物免疫を活性化する代表的な因子として、一酸化窒素(NO: nitric oxide)や活性酸素種(ROS : reactive

oxygen species)のような低分子活性物質が知られています。これらは、直接的に病原菌を酸化し、ダメージを負わせることで抗菌物質として機能するが、同時に植物内生のシグナル伝達物質としての役割を有することも明らかになりつつあります。NOや ROSは、病害抵抗性の他にも強光、乾燥、UV、水や傷害等の環境刺激に対するストレス応答に関与することが報告されていますが、本活性物質の生成源に関する知見が増える一方で、植物がどのようにこれらを認識し、適切な生理機能を発揮しているかについては殆ど解明されていません。 近年、ホ乳動物や細菌において、NOや ROSの生成に伴う細胞内酸化還元状態(レドックス)の変遷を転写因子が直接認識することにより、その標的遺伝子の発現調節に関与していることが報告されています。例えば大腸菌の転写因子OxyRは、非ストレス下では還元型として存在していますが、酸化ストレスによりレドックス状態が変化すると、S-ニトロソ化や S-グルタチオン化といったタンパク質翻訳後修飾により活性型のオリゴマーを形成し、ストレス応答性遺伝子を発現誘導することが明らかになっています。そこで本研究では、植物におけるレドックス感知システムの包括的な理解を目標として、レドックス感受性転写因子の網羅的な同定とその特徴付けを行っています。 まず、サリチル酸(SA : salicylic acid)シグナル伝達において、NOが主要なレドックス因子であることを明らかにしました(図 1)。すなわち、SAシグナルの鍵転写補助因子である NPR1タンパク質は、NOの生成が抑制されている noa1

植物では、SA処理にも関わらず殆ど蓄積しませんでした。一方、恒常的に NOを生成している nox1植物では、SA未処理葉においても極めて強い NPR1の活性化が認められ、同様に NO供与体である SNPを 35S::NPR1-GFP植物に処理したところ、SA処理時と同様な NPR1の活性化が確認できました。これにより、NOは SA依存的な抵抗性反応に必須のシグナル伝達物質であることが示唆されました。 そこで、NO感受性転写因子のスクリーニングを行うために、病害抵抗性反応への関与が示唆される 344転写因子のcDNAをライブラリー化し、同タンパク質を合成するために、コムギ胚芽由来の無細胞タンパク質合成系を確立しました。本手法については、第 2回ワークショップ「無細胞タンパク

図 2 Biotin Switch 法を用いた NO 感受性転写因子のスクリーニング

転写因子に NO 供与体である GSNO を処理し、被修飾システイン残基をビオ

チン化した後、ストレプトアビジンビーズを用いて pull-down し、抗 FLAG 抗

体で S-ニトロソ化転写因子を検出した。

図 1 NO は植物免疫に必須である

35S::NPR1-GFP 植物、NO 合成関連遺伝子変異体である noa1 及び NO 過剰蓄

積変異体 nox1 に SA または NO 供与体である SNP を処理し、NPR1 の核への

蓄積を蛍光顕微鏡により確認した。

環境ストレスを感知する転写因子群の包括的解析

野元 美佳(香川大学大学院農学研究科)

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若手研究紹介

移動能を持たない植物にとって、与えられた環境に自らを適応させることは、生存に関わる必要不可欠な能

行 /核搬出株において導入遺伝子の発現量を解析したところ、表現型を相補した核移行株でタンパク質蓄積が著しく低いことがわかった。 核局在型の VOZ2タンパク質が機能的である一方で、蓄積量が低いことから、核局在の VOZタンパク質の蓄積量が制限されている可能性が考えられた。VOZタンパク質の蓄積量が光により制御されるかを調べるため、野生型、核移行株、核搬出株に光処理を行い VOZ2タンパク質の蓄積量を比較した。その結果、核に局在する VOZ2タンパク質は phyBが活性型である赤色光条件下に比べ、phyBが不活性型となる遠赤色光条件下で低下することがわかった。また、この VOZ2

タンパク質の蓄積量低下は 26Sプロテアソームによる分解に因ることが示唆された。赤色光 /遠赤色光により、VOZ2

タンパク質の蓄積量が変化することから、VOZ2タンパク質の分解にフィトクロムが関わる可能性が考えられた。変異体を用いて解析したところ、phyB変異体では、遠赤色光条件下における VOZ2タンパク質の分解が少し抑えられる結果が得られた。また、フィトクロム発色団生合成過程で機能する因子の変異体である hy1 hy2変異体(全てのフィトクロムの機能欠損型変異体として扱える)では赤色光 /遠赤色光条件で VOZ2タンパク質の蓄積量に差がなく、遠赤色光条件下における VOZ2タンパク質の分解が phyBを含むフィトクロムファミリーに依存することが明らかになった。 以上より、phyB相互作用因子 VOZの機能解析を行い、VOZは長期の低温を感知する経路で機能する FLCの発現を制御すること、細胞質に局在するが一部が核移行してシグナルを伝達すること、フィトクロム依存的な分解を受けることを明らかにした。今後の研究により、光質により制御されるVOZタンパク質が、どのように FLCの発現を制御しているかのメカニズムを明らかにしたいと考えている。その研究の過程で花成経路における光と温度のシグナルクロストークの実体が見えてくると期待している。

力である。特に花成時期決定は、種の存続を懸けた重要イベントであり、様々な環境要因により制御される。花成に影響を与える環境要因の中で、特に重要であると考えられるのが、光と温度である。葉において、複数の光受容体からの情報がフロリゲンとして知られる FTタンパク質に統合され、FT

が茎頂へと長距離輸送されることで花成が誘導される。一方、長期の低温(冬)は花成に対する抑制を解除し、光経路による花成誘導を可能にする。私は、植物の環境応答の 1つである花成制御に興味を持ち、光受容から花成経路に至るメカニズムを知りたいと研究を進めてきた。 シロイヌナズナにおいて、赤色光 /遠赤色光受容体フィトクロム B(phyB)は植物の生涯を通して機能する因子であり、花成を抑制する。花成制御に関わる phyB相互作用因子の探索を目的に酵母ツーハイブリット法によるスクリーニングを行い、VASCULAR PLANT ONE-ZINC FINGER1 (VOZ1)と VOZ2

を単離した。VOZは NAC転写因子ファミリーに属するジンクフィンガータンパク質であり、陸上植物において広く保存されている。変異体を用いた解析により、VOZ1と VOZ2がphyB下流で重複して花成を促進することが明らかになった。 VOZがどのようにして花成経路に関わるかを明らかにするため、花成関連因子の発現解析を行った。その結果、FT

の発現量が voz1 voz2変異体で減少しており、遅咲きの原因であると考えられた。興味深いことに、FTを負に制御する因子であり、長期の低温を花成経路に伝える FLCの発現量が voz1 voz2変異体で増加していた。 次に花成における VOZの機能を分子レベルで明らかにするため、VOZの細胞内局在を解析した。GFP融合 VOZ2タンパク質を発現する形質転換植物において蛍光観察を行った結果、GFP蛍光は細胞質に観察された(図 A)。しかし、VOZはNAC転写因子ファミリーに属する因子であり、核で機能する

図 VOZ の細胞内局在解析

(A) GFP-VOZ2 過剰発現株における蛍光観察。Bar=20μm (B) 核移行株と核搬出株の表現型。

数字は抽薹時のロゼット葉の枚数を指標にした花成時期(n≥10)。Bar=1 cm

と予想されたことから、分画実験により詳細に細胞内局在を解析した。分画操作により核タンパク質と細胞質タンパク質を分けて解析したところ、大部分の VOZ2タンパク質は細胞質に局在するが、一部が核にも局在していることが明らかになった。さらに、核移行 /核搬出シグナルを融合した VOZ2を voz1 voz2変異体に形質導入し、核 /細胞質どちらに局在する VOZが機能的であるかを解析した。その結果、核局在型のVOZ2を発現する核移行株でのみ voz1 voz2変異体の遅咲きが相補したことから VOZが核において機能することが示された(図 B)。また、核移

フィトクロム互作用因子 VOZ の解析から探る植物の花成制御機構

安居佑季子(京都大学大学院生命科学研究科)