世界遺産をめぐる世界の状況 - 帝国書院...地図にみる現代世界...

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地図にみる現代世界 世界遺産をめぐる世界の状況 筑波大学大学院人間総合科学研究科世界遺産専攻 准教授 岡橋純子 本年6月の第37回世界遺産委員会の議場で「富士山─信 仰の対象と芸術の源泉」が大きな喝采のうちに世界遺産リ ストに登録されたことは、多くの日本人の心に響き、世界 遺産への関心を新たに喚起するできごととなった。これを 機に、世界遺産の登録と保全を支える国際条約およびそれ にもとづく制度や世界遺産の現状について考えてみよう。 世界遺産条約の成り立ち 「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」通 称世界遺産条約は、1972年11月16日に第17回国連教育科学 文化機関(ユネスコ)総会で採択された。その後1975年に 最初の20か国による締約を受けて発効し、1978年に最初の 12件が世界遺産として登録されて世界遺産リストが生まれ、 国際社会による文化・自然遺産のリスト管理という特徴を もってこれまで発展してきている。ユネスコは、1945年の 創立以来「平和を人の心の中に築く」という理念のもとに 加盟国間の合意形成を図りながら、文化をめぐる諸活動に 関する国際的規範設定を行ってきた。その一つである世界 遺産条約は、価値あるものは人類の普遍的遺産であり、そ れを過去から受け継ぎ次世代に受け渡すことは国境を越え た共同責任である、とする国際社会の合意の結晶である。 世界遺産条約の理念を一言でいえば、人類共通の公共財を、 国際協力を通じて保全しようというものである。 この条約成立の背景には、1950年代、ナイル川流域のア スワンハイダム建設によるヌビア地方一帯の水没から古代 エジプト遺跡群を救済するためユネスコのもと50か国が協 力することとなった国際的キャンペーンが功を奏したこと があげられる。この成功を受け、国際社会が新たな共通の 視点に立って建造物や遺跡の保存修復を行っていくための 有効な条約案の準備が求められるようになった。同時期に 自然遺産の保護を目的とする国際条約の作成も進んでおり、 並行する二つの条約草案には重複する内容もあったため、 ユネスコが、文化遺産だけでなく自然遺産の保護も含めた 内容の条約案を策定する運びとなった。自然と文化を併せ て扱うことは、世界遺産条約の最大の特色ともいえよう。 世界遺産条約への姿勢 普遍性と多様性 今日190におよぶ世界遺産条約の締約国は、それぞれの 動機にもとづいて条約を批准または受諾しており、それぞ れの文脈のうちに条文を解釈して運用している。日本は、 1992年6月に125番目の締約国となった。日本は世界最古 の木造建築を有する国である。定期的な建材の入れ替えは 古来より木の文化を生きてきたことによる知恵であり、そ れに伴う高度の洗練された知識や技術も受け継がれている。 しかし、当時すでに世界遺産リストに登録されていた文化 遺産は、古代遺跡や教会建築、堅固な石造の街といった石 の文化の表象が圧倒的多数であったため、日本が大切にし てきた木の文化の価値が普遍的なものとして認められるの であろうか、と懸念された。日本は世界遺産条約を受諾し たものの慎重な態度を見せ、1994年11月には、文化遺産に 対する日本の姿勢を正式に世界と共有するために「世界遺 産条約における真正性に関する奈良会議」を開催した。こ の会議で発出された「奈良ドキュメント」は、文化遺産保 全分野での画期的な内容として広く受け入れられ、それま で文化遺産に関する国際的言説をリードしてきた石の文化 圏からも重要な理論として尊重され、今日にいたるまで参 照されてきている。これにもとづけば、文化遺産の真正性 とは元の材料・材質のみならず、形態・意匠、用途、所在 地の文脈・精神、伝統的技術にもあるとされる。したがっ て、建材の入れ替わった木造建築に関しても文化遺産価値 の真正性を認めることを可能とする典拠が存在することと なった。国際社会において価値の普遍性を追求するために は、価値の多様性を受け入れなければならないのである。 世界遺産が直面する課題 世界遺産とは、崇高な理念に裏づけられているものであ るが、その保全管理のためには、現実的な問題に一つ一つ 立ち向かってゆかなければならない。維持保全のためにか かる費用、活用方法の見いだされない旧建築の荒廃、無計 画な観光地化による弊害、大規模な土地整備開発における 協議プロセスの欠如などである。 ここでは、危機遺産についてふれておきたい。世界遺産 条約の存在意義とは、世界遺産リストおよび危機遺産リス トの象徴性を活用し、持続可能な保全活動のための国際協 力の礎となることである。世界遺産制度において、遺産価 値の保全・維持を担保するための実効的な機能とは、とり わけ遺産価値消失の危機に瀕していると判断される物件を 登録するために設けられた「危機遺産リスト」の存在およ び、価値消失が確実な場合に該当物件を世界遺産リストか ら削除できるという二段階の措置の及ぼす警告的効果にほ かならない。登録される代わりに削除されうるというアメ 3

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  • 地図にみる現代世界

    世界遺産をめぐる世界の状況

    筑波大学大学院人間総合科学研究科世界遺産専攻 准教授 岡橋純子

     本年6月の第37回世界遺産委員会の議場で「富士山─信仰の対象と芸術の源泉」が大きな喝采のうちに世界遺産リストに登録されたことは、多くの日本人の心に響き、世界遺産への関心を新たに喚起するできごととなった。これを機に、世界遺産の登録と保全を支える国際条約およびそれにもとづく制度や世界遺産の現状について考えてみよう。

    世界遺産条約の成り立ち

     「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」通称世界遺産条約は、1972年11月16日に第17回国連教育科学文化機関(ユネスコ)総会で採択された。その後1975年に最初の20か国による締約を受けて発効し、1978年に最初の12件が世界遺産として登録されて世界遺産リストが生まれ、国際社会による文化・自然遺産のリスト管理という特徴をもってこれまで発展してきている。ユネスコは、1945年の創立以来「平和を人の心の中に築く」という理念のもとに加盟国間の合意形成を図りながら、文化をめぐる諸活動に関する国際的規範設定を行ってきた。その一つである世界遺産条約は、価値あるものは人類の普遍的遺産であり、それを過去から受け継ぎ次世代に受け渡すことは国境を越えた共同責任である、とする国際社会の合意の結晶である。世界遺産条約の理念を一言でいえば、人類共通の公共財を、国際協力を通じて保全しようというものである。 この条約成立の背景には、1950年代、ナイル川流域のアスワンハイダム建設によるヌビア地方一帯の水没から古代エジプト遺跡群を救済するためユネスコのもと50か国が協力することとなった国際的キャンペーンが功を奏したことがあげられる。この成功を受け、国際社会が新たな共通の視点に立って建造物や遺跡の保存修復を行っていくための有効な条約案の準備が求められるようになった。同時期に自然遺産の保護を目的とする国際条約の作成も進んでおり、並行する二つの条約草案には重複する内容もあったため、ユネスコが、文化遺産だけでなく自然遺産の保護も含めた内容の条約案を策定する運びとなった。自然と文化を併せて扱うことは、世界遺産条約の最大の特色ともいえよう。

    世界遺産条約への姿勢 普遍性と多様性

     今日190におよぶ世界遺産条約の締約国は、それぞれの動機にもとづいて条約を批准または受諾しており、それぞれの文脈のうちに条文を解釈して運用している。日本は、1992年6月に125番目の締約国となった。日本は世界最古

    の木造建築を有する国である。定期的な建材の入れ替えは古来より木の文化を生きてきたことによる知恵であり、それに伴う高度の洗練された知識や技術も受け継がれている。しかし、当時すでに世界遺産リストに登録されていた文化遺産は、古代遺跡や教会建築、堅固な石造の街といった石の文化の表象が圧倒的多数であったため、日本が大切にしてきた木の文化の価値が普遍的なものとして認められるのであろうか、と懸念された。日本は世界遺産条約を受諾したものの慎重な態度を見せ、1994年11月には、文化遺産に対する日本の姿勢を正式に世界と共有するために「世界遺産条約における真正性に関する奈良会議」を開催した。この会議で発出された「奈良ドキュメント」は、文化遺産保全分野での画期的な内容として広く受け入れられ、それまで文化遺産に関する国際的言説をリードしてきた石の文化圏からも重要な理論として尊重され、今日にいたるまで参照されてきている。これにもとづけば、文化遺産の真正性とは元の材料・材質のみならず、形態・意匠、用途、所在地の文脈・精神、伝統的技術にもあるとされる。したがって、建材の入れ替わった木造建築に関しても文化遺産価値の真正性を認めることを可能とする典拠が存在することとなった。国際社会において価値の普遍性を追求するためには、価値の多様性を受け入れなければならないのである。

    世界遺産が直面する課題

     世界遺産とは、崇高な理念に裏づけられているものであるが、その保全管理のためには、現実的な問題に一つ一つ立ち向かってゆかなければならない。維持保全のためにかかる費用、活用方法の見いだされない旧建築の荒廃、無計画な観光地化による弊害、大規模な土地整備開発における協議プロセスの欠如などである。 ここでは、危機遺産についてふれておきたい。世界遺産条約の存在意義とは、世界遺産リストおよび危機遺産リストの象徴性を活用し、持続可能な保全活動のための国際協力の礎となることである。世界遺産制度において、遺産価値の保全・維持を担保するための実効的な機能とは、とりわけ遺産価値消失の危機に瀕していると判断される物件を登録するために設けられた「危機遺産リスト」の存在および、価値消失が確実な場合に該当物件を世界遺産リストから削除できるという二段階の措置の及ぼす警告的効果にほかならない。登録される代わりに削除されうるというアメ

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  • とムチの効用である。これまでにリストから削除された世界遺産は2件ある。ドイツの「ドレスデン・エルベ渓谷」とオマーンの「アラビアオリックスの保護区」である。いずれも当該国が世界遺産周辺での大規模な開発を行う選択を明らかにし、もはや世界遺産リストから削除されても仕方ないと認めることとなった例である。 危機遺産リストについては、当該国自らが危機に瀕する自国の世界遺産について国際社会の支援を得るために危機遺産登録の要請を行った例もみられ、現在の危機遺産リスト上にはチリ、アメリカ合衆国、コロンビア、ホンジュラスからの4件があるが、その他大概の締約国にとって危機遺産リスト入りすることは不名誉と感じられるようであり、それを免れるためにも保全手段を尽くそうとするのである。本来は、当該国の当局が責任をもって国内のあらゆる当事者たちとともに危機の原因となっている問題に対処し、保全措置をとって遺産価値の消失を防ぐことが義務づけられている。それが不可能となり結果が深刻化すれば危機遺産リストへの記載、さらには世界遺産リストからの削除にもいたりかねない、ということが世界遺産制度のメカニズムとなっているのである。しかし、当該国では対処しきれないこともある。隣国のダム建設が川の流れを変化させ自然遺産の生態系に変化が生じる、といった場合もある。その場合に国際社会で協力を行うことがよびかけられるわけであるが、その際に、危機遺産は救済のための国際協力の対象として優先的な存在であることが制度上理想とされている。 世界遺産の価値保全の脅威となる要素として、保全努力の放棄による劣化・風化、自然災害、戦争や内戦による軍事行為、その他人為的な破壊、都市開発、その他開発事業(鉱山開発や道路などインフラ開発のあり方)、森林伐採や密猟、観光過多などがあげられる。危機に立ち向かうことはいかなる場合でも容易ではないが、とりわけ当該国による保全措置がきわめて困難となる場合がある。それは、紛争である。紛争における軍事行為は、街を焼き、寺院を破壊し、人々の集まる市場を微塵にする。また、その他人為的な破壊と述べた例は、アフガニスタンのバーミアーンにおける二つの大仏像の爆破の悲劇そのものである。2013年9月現在の危機遺産リスト上の44件中、紛争や極度の政情不安が原因ですでに破壊されていたり破壊の危機に瀕していたりする遺産が、アフガニスタン2件、中央アフリカ1件、コートジボワール1件、コートジボワールとギニアで1件、コンゴ民主共和国5件、イラク2件、「エルサレムの旧市街とその城壁群」(1件)、マリ2件、ニジェール1件、セルビア1件、シリア6件の計23件である。危機遺産リスト上の物件のうち半数以上が解決困難な紛争のため危

    機にさらされているのである。危機遺産リスト上の世界遺産は、保全状況が回復し解決手段が軌道に乗れば危機遺産リストから除外されることが可能であるが、紛争ゆえの破壊の危機は数年で消えるものではなく、長く危機遺産リストに残留する世界遺産のほとんどは軍事行為により受難している。紛争時には、文化遺産の保護措置が機能しないばかりか、象徴的性格ゆえ標的にされる場合も少なくない。自然遺産に関しても、レンジャーが殺されたり、管理体制が崩壊して密猟が増加したり汚染されたりと、紛争の被害は及ぶ。それでは、当該国が機能しなくなったときに、国際社会が紛争中にどれだけのことができるかというと、声を上げて世界遺産破壊の糾弾を行い世界中にメッセージを発信することはできるが、有事の際の専門家派遣は危険で活動には限界があり、仲裁や現状調査をまっとうすることは ほぼ不可能である。できることといえば第一に予測による予防、第二に復興・再建への尽力である。防災と復興は、災いに際し文化・自然遺産に関しても重要な姿勢であり、減災するための手段を講じておくことは、政策上必要なことである。

    グローバル戦略 世界遺産の地理的分布

     グローバル戦略とは、世界遺産リストがバランスよく信頼性の高いものであるため、そこに反映される地理的分布の不均衡を改善すること、また、あまり反映されていない文化・自然遺産の類型を積極的に見いだし保全対象とすること、この二つの大きな目標を掲げた方針であり1994年から世界遺産制度において重要とされている方向性である。 ここで、世界遺産の地理的分布を見てみよう。数字に見る結果がすべてでは決してないが、大きな傾向は読み取れるものである。2013年9月現在、世界遺産リスト上には981件の世界遺産が登録されており、そのうち文化遺産が759件、自然遺産が193件、複合遺産が29件である。190の条約締約国のうち、160の国において世界遺産が登録されている。ここで世界を5の地域に分けて世界遺産を比較すると、地理的な登録遺産数のアンバランスがあることが明らかとなる。 次頁の図のように、ヨーロッパ・北アメリカの世界遺産登録数が圧倒的に多い。この地理的分布の不均衡の原因とは何であろうか。まず、ヨーロッパ・北アメリカにおいては、遺産保全の理念が当地に根を下ろし政策や法に早いうちから反映されているうえ、制度運営上のガバナンスがしっかりしている。また、研究調査の蓄積が大きく、歴史的資料・文献が多く残されている。有形文化遺産が数世紀を経ても焼けず倒れず、多くが優良な保存状態で残っており、石造文化がその背景にある。世界遺産登録申請のために必要な知識・テクニックを自国内に有している国が多い。さらには、貧困レベルが他地域と比較すると低いことも間接

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  • 的な原因といえよう。 一方、44件からなる今日の危機遺産リストについては、アフリカ16、アラブ諸国12、ヨーロッパ・北アメリカ5、中南アメリカ・カリブ7、アジア・太平洋4と、アフリカとアラブ諸国の世界遺産が圧倒的に多い。これは、先に述べた今日における紛争がアフリカやアラブ諸国に多発していることを如実に物語るものである。

    世界遺産の類型の拡大、多様化

     世界遺産条約による保護の対象は、文化遺産、自然遺産、両方の価値基準を満たすとされる複合遺産の三つに大きく分類されている。世界文化遺産に関しては、条約履行初期の1970年代に登録されたものは大寺院や宮殿、墳墓、威容を誇る古代遺跡群などが主流の類型であったが、時が経ち条約締約国が増え遺産概念が広がると、都市、集落、文化的景観、工場や鉄道駅などの産業遺産、20世紀以降のモダニズム・現代建築、巡礼路や交易路などの道遺産にいたるまで多様な類型が出現した。グローバル戦略によって世界遺産の類型の多様化が方向づけられたことも一因である。様式美や古さ、壮麗さだけが文化遺産の価値ではないということが、条約適用の発展とともに世界遺産リストの多様性に反映されるようになった。静的なものから動的なリビング・ヘリテージ(生き続ける遺産)へ、単体のモニュメ

    ントから建造物群へ、都市空間へ、景観へ、と概念だけでなく対象とするものの物理的範囲が大きなものになり、有形の物証のうちに物語られる無形の文化的要素も重視されるようになってゆく。 飛び地的に点在する地を一つのストーリーのうちにまとめて価値づけ、一つの世界遺産とするシリアル・ノミネーション(複数の連続性のある資産)もますます増えている。日本の「紀伊山地の霊場と参詣道(図中❶)」は3県にまたがり、すべて価値としてはつながっていながらも、地図上の世界遺産指定範囲は複雑に点在する線や点の集合体である。本年登録された「富士山─信仰の対象と芸術の源泉❷」についても、富士山域だけでなく、文化的に関連する富士五湖や複数の浅間神社、三保松原など、世界遺産の構成資産は1か所だけではなく山域周辺に点在している。シリアル・ノミネーションには、複数の自治体やコミュニティーが世界遺産保全のための当事者としてかかわることになるため、保全マネジメントに必要とされるのは、絶え間ない調整と協調の連続である。 また、複数の国の合意と保全政策協調のもとに管理される世界遺産はトランスバウンダリー(国境を越えた)およびトランスナショナル(国境を接しないが複数国で共有する)世界遺産といわれ、共通のストーリーのもと、異なる

    0 2000 4000km

    ●11●10

    ●❾

    ●❽

    ●❼

    ●❻

    ●❺

    ●❹

    ●❸●❷●❶

    ヨーロッパ・北アメリカ(イスラエルやトルコを含む)51条約加盟国中50か国に世界遺産

    中南アメリカとカリブ諸国32条約加盟国中26か国に世界遺産

    サハラ以南のアフリカ45条約加盟国中33か国に世界遺産

    アジア・太平洋43条約加盟国中33か国に世界遺産

    アラブ諸国北アフリカ・中東でアラビア語が話される国々19条約加盟国中18か国に世界遺産

    (      )

    図 地域別世界遺産の数(地域分けは国連による。2013年9月現在)  世界全体 加盟国190か国 世界遺産981件 文化遺産759件 自然遺産193件 複合遺産29件 危機遺産44件

    サハラ以南の

    アフリカ

    アラブ諸国

    中南アメリカ

    とカリブ諸国

    アジア・

    太平洋

    ヨーロッパ・

    北アメリカ

    ①総数②全体に占める割合

    ① 88件② 9%

    ① 74件② 8%

    ① 129件② 13%

    ① 221件② 23%

    ① 469件② 47%

    4

    364848

    2246868

    3

    36

    9090

    10

    57

    154154

    10

    60

    399399

    複合遺産

    自然遺産

    文化遺産

    0

    100

    200

    300

    400

    (件)

    ●地域別世界遺産の数

    0

    4

    8

    12

    16

    サハラ以南の

    アフリカ

    アラブ諸国

    中南アメリカ

    とカリブ諸国

    アジア・

    太平洋

    ヨーロッパ・

    北アメリカ

    16

    12

    77

    45

    (件)

    ●地域別危機遺産の数

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  • 国の間にまたがりつつ一つの世界遺産として登録されているものである。例えば、フランスからスペインへと続く「サンティアゴデコンポステーラの巡礼路❸」、セネガルとガンビアがともに管理する「セネガンビアの環状列石❹」、アルゼンチンとブラジルの間に点在する「グアラニーのイエズス会伝道所群❺」、モンゴルとロシアの自然遺産「オヴス・ヌール盆地❻」などがあげられる。このように複数の国で共有される世界遺産は、管理体制が複雑であることは間違いないが、国境を越えて歩み寄り、ともに保全活用を行おうとする協力姿勢の象徴であることから、世界遺産条約の基本的理念に合致した世界遺産のあり方である。 今日の世界遺産リスト上には、静的な遺跡とは対照的な生き続けるリビング・ヘリテージすなわち動態的要素を有した物件が増加している。中でも注目されているのは、1992年から世界遺産条約のもと保全対象とされている文化的景観という概念である。これは、自然と文化との融合的所産と考えればよい。自然環境に顕著な文化的価値が投影されている場合もある。世界遺産リスト上、文化的景観として価値を認められているものは削除されたエルベ渓谷を含めて82件ある。例えばフィリピンの「コルディリエラの棚田群❼」やオーストラリアの「ウルル・カタジュタ国立公園❽」、ニュージーランドの「トンガリロ国立公園❾」、日本でも「紀伊山地の霊場と参詣道」「富士山─信仰の対象と芸術の源泉」「石見銀山遺跡とその文化的景観�」があげられる。 街なみが保全対象となっている都市遺産もリビング・ヘリテージの代表的な類型であり、今日759件ある世界文化遺産の3分の1を占めるとされている。ヨーロッパの世界文化遺産にはひじょうに多くみられ、北アフリカのメディナやカスバもこの類型であり、中南アメリカやアジア、アフリカ沿岸部でのかつての植民地支配が残した欧風・折衷様式のいわゆるコロニアル・タウンも対象となる。最近10年の世界遺産委員会では、世界遺産都市における建造物高層化の問題が頻繁に取り上げられ、それが世界遺産価値への脅威であるとする議論が絶えない。ケルン、ウィーン、イスファハーン、ロンドンやリヴァプール、サンクトペテルブルク、ジョージタウン(ペナン島)などにおける高層ビル建設計画の事例が議論の焦点となってきた。また、急速な開発を要する国の都市社会の急変に旧建築保全のための法的措置が追いつくことがいかに困難であるかという難題も、「カトマンズ・ヴァレー�」などの事例にみることができる。

    世界遺産を機会として

     都市遺産や文化的景観といったリビング・ヘリテージの類型に関しては、世界遺産登録にいたった価値要素を保護

    しながらも有形文化遺産の保全と都市機能の維持とのバランスを保つため、許容可能な変化の度合いをあらかじめ想定し、変化をある程度受け入れることも必然である。以下、世界遺産条約第5条からの抜粋である。

    締約国は、それぞれに適した方法で、文化遺産や自然遺産がコミュニティーの継続的活性における役割を有すことができるような、そしてその保護が包括的なプログラムの中に取り込まれるような政策を打ち立てるべきである。

     今日の社会において世界遺産が有用であり、息づき続けることが求められているのである。 ここにある包括的という文言も重要である。包括的な視野をもって世界遺産に取り組むためには、日ごろ文化遺産保全について意識することが少ないインフラ整備や不動産、工業推進などの土地利用にかかわるセクターとの対話を始め、異分野間の合意を図ってゆくことが欠かせない。観光セクターもしかりである。利害関係に矛盾が生じるセクター間の協議とは複雑かつ困難なプロセスであるが、世界遺産登録申請や保全管理計画策定を進めるにあたっては、世界遺産という象徴的権威が、広く国や地域社会による当事者意識を高め、異なるセクター同士が協働するための機会とする求心力、動員力とならなければならない。 昨年は世界遺産条約40周年にあたり、この節目にユネスコによって掲げられた大きなテーマは、「世界遺産と持続可能な発展:地域コミュニティーの役割」というものであった。条約採択当初とは地球をめぐる状況、国際社会のあり方も変化しており、今日においては、誰が守るのかという原点に立った際に、それぞれの世界遺産にもっとも近く寄り添ってその地に生きる人々の役割が重視され、動態である社会の中でも恒常的に利害関係を越えて世界遺産の価値が息づき続けられるような状況をめざすことが、世界遺産をめぐる国際社会の姿勢となりつつある。 世界遺産の登録推進や保全管理は、その活動過程に多様な当事者が参加することで繰り返し協議を行い、その土地の社会や行政制度が受け入れられる現実的なものでなければならない。世界遺産制度を多様な当事者たちが納得して受け入れ、共有するためには、国内レベルでも数々の合意形成を要する。条約締約国は、決して性急に登録推進を進めることなく、文化・自然遺産の価値をていねいに見いだし、地域社会の中で情報共有、合意形成をはぐくんでゆくことが求められている。 文化・自然遺産の価値を保全し後世へと受け継いでゆくことが第一目的である世界遺産条約のもと、世界遺産登録はゴールなのではなく、国際社会が見守り監視する中での保全実行へ向けた第一歩なのである。

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