数理パズル「タングラム」の洞察的問題解決におけ …process. It did not...

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Akita University 秋田大学教育文化学部研究紀要 教育科学部門 67 pp.33 -41 2012 数理パズル「タングラム」の洞察的問題解決における トップダウン処理とボトムアップ処理の統合 中野良樹 Integration of top-down and bottom-up processing of insightful problem solving in the puzzle game of Tangram". YoshikiNAKANO Abstract Tangram" is a puzzle game which is consisted of seven pieces of triangles and squares. Pr oblem solversof thispuzzlearepresenteda taskof silhouetteandrequiredtomakethesameconfigurationusingthepieces. Previous studies found that covert and overt ev a1 uationswere involvedin the successful problem solving of the task. Th e covert evaluation is thought to be bottom-up processing that is based on information extracted from the actual configuration of the pieces. The overt ev a1 uation is thought to be top-down processing in which the mental representation of a tasksilhouettewasdividedinto the figuresof thepieces. Thepurpose of thisstudyisto examine whether the size of a task silhouette influence the performance of insightful problem solving of Tangram. Participants were required to complete a figure of chair" by using the seven pieces. Fourteen participants out of 26 were presented the silhouette as the same size of the correct configuration (same size condition) and the rests were presenteda silhouette asthe h a1 f sizeinboth thelatitude and the longitude (sc a1 ed downcondition). Consistent with previous studies participants' subjective ev ationfor the possibility of the problem solving were decreased asthetimecourse of the task andthistendencywasnot differed between thetwoconditions. Although the probabilityof successful problemsolvingthat completed the task silhouettewerenot different betweenthe two groupsof participants theaveraged time for the completion wasshorter inthesamesizeconditionthan in the sc a1 ed downcondition. Thisresu 1t suggested that the directmatchingbetween therepresentations of a divided silhouette and theactualconfiguration of thepieces relieved cognitiveloadingsand facilitated thetop-down process. It didnot facilitate however the gainingof insightwhichdirectly leda problem-solver to thecorrect configuration. Key words : insight problem-solving covert and overt evaluation ment a1 representation 1 .背景と目的 タングラムとは,正方形から切り取った 7 個の三角形 や四角形のピースを組み合わせ,様々な形を作る数理パ ズルの一種である(図1)。日本以外にも中国や欧米に もタングラムの歴史があり,欧米のタングラムのなかに は,日本や中国で見られるような正方形のものではなく, 縦横の比が 5:4 の長方形のものもある。すなわち,タ ングラムは図 I の構成のものだけを指すのではなく. 1 1 つのピースの切り分け方が異なるものもある。タン グラムとは,大きさや形の異なる複数のピースを用いて, 特定の図形を作成するパズルと考えてよいだろう O このようにタングラムは広く普及した伝統的なパズル である一方,国内では算数・数学の授業の教材として用 いられることも多い。例えば,小学校 5 年生の算数の教 科書では,図形の「しきつめ」に用いる教材としてタン グラムが利用される(橋本ら. 2008) 。また小学校 2 生の図形の単元でも, しきつめの教材として利用された 例がある。この授業実践では子どもたちは様々な図形に 触れ,試行錯誤しながら特定の図形を完成させることを 目的とした(黒田・山田・愛木. 2001) 。小学校の算数 では,学年が上がるにつれて授業で扱う図形の種類が増 えていくが, タングラムは様々な大きさや形のピースで 構成されており,その組み合わせによって複数の図形を 作ることができる。こうした作業を通して辺の比や角度 などを体験的に学び取ると同時に,楽しみながら図形へ の興味関心や創造性を高めることができる。タングラム は図形の基本を学ぶことに非常に適した教材だといえ qJ qJ

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秋田大学教育文化学部研究紀要 教育科学部門 67 pp.33 -41 2012

数理パズル「タングラム」の洞察的問題解決における

トップダウン処理とボトムアップ処理の統合

中野良樹

Integration of top-down and bottom-up processing of insightful

problem solving in the puzzle game of “Tangram".

Yoshiki NAKANO

Abstract

“Tangram" is a puzzle game which is consisted of seven pieces of triangles and squares. Problem幽 solversof

this puzzle are presented a task of silhouette and required to make the same configuration using the pieces.

Previous studies found that covert and overt eva1uations were involved in the successful problem solving of the

task. The covert evaluation is thought to be bottom-up processing that is based on information extracted from the

actual configuration of the pieces. The overt eva1uation is thought to be top-down processing in which the mental

representation of a task silhouette was divided into the figures of the pieces. The purpose of this study is to

examine whether the size of a task silhouette influence the performance of insightful problem solving of Tangram.

Participants were required to complete a figure of “chair" by using the seven pieces. Fourteen participants out of 26

were presented the silhouette as the same size of the correct configuration (same size condition), and the rests were

presented a silhouette as the ha1f size in both the latitude and the longitude (sca1ed down condition). Consistent

with previous studies, participants' subjective ev山 ationfor the possibility of the problem solving were decreased

as the time course of the task, and this tendency was not differed between the two conditions. Although the

probability of successful problem solving that completed the task silhouette were not different between the two

groups of participants, the averaged time for the completion was shorter in the same size condition than in the

sca1ed down condition. This resu1t suggested that the direct matching between the representations of a divided

silhouette and the actual configuration of the pieces relieved cognitive loadings and facilitated the top-down

process. It did not facilitate, however, the gaining of insight which directly led a problem-solver to the correct

configuration.

Key words : insight, problem-solving, covert and overt evaluation, menta1 representation

1 .背景と目的

タングラムとは,正方形から切り取った 7個の三角形

や四角形のピースを組み合わせ,様々な形を作る数理パ

ズルの一種である(図1)。日本以外にも中国や欧米に

もタングラムの歴史があり,欧米のタングラムのなかに

は,日本や中国で見られるような正方形のものではなく,

縦横の比が5:4の長方形のものもある。すなわち,タ

ングラムは図 Iの構成のものだけを指すのではなく. 1

つ1つのピースの切り分け方が異なるものもある。タン

グラムとは,大きさや形の異なる複数のピースを用いて,

特定の図形を作成するパズルと考えてよいだろう O

このようにタングラムは広く普及した伝統的なパズル

である一方,国内では算数・数学の授業の教材として用

いられることも多い。例えば,小学校5年生の算数の教

科書では,図形の「しきつめ」に用いる教材としてタン

グラムが利用される(橋本ら. 2008)。また小学校2年

生の図形の単元でも, しきつめの教材として利用された

例がある。この授業実践では子どもたちは様々な図形に

触れ,試行錯誤しながら特定の図形を完成させることを

目的とした(黒田・山田・愛木. 2001)。小学校の算数

では,学年が上がるにつれて授業で扱う図形の種類が増

えていくが, タングラムは様々な大きさや形のピースで

構成されており,その組み合わせによって複数の図形を

作ることができる。こうした作業を通して辺の比や角度

などを体験的に学び取ると同時に,楽しみながら図形へ

の興味関心や創造性を高めることができる。タングラム

は図形の基本を学ぶことに非常に適した教材だといえ

qJ

qJ

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秋田大学教育文化学部研究紀要教育科学部門 第 67集

。図 1 タングラムを構成する 7個のピース(上)と作成

できる図形の例(下).

るO 以上のように, タングラムは娯楽性が高い伝統的な

ゲームとして,また,幾何学的思考力や創造的な発想を

高める教材として幅広く利用されている。

一方,認知心理学の分野では, タングラムの問題解決

について実証的にアプローチした研究はこれまでにな

い。認知心理学ではタングラムのようなパズル課題は,

しばしば洞察問題の例として挙げられる。洞察問題とは

鈴木 (2003) によると. r定型的な知識によっては解決

できず,発想、の転換やひらめきが必要とされる問題jと

される。つまり,洞察問題を解決するには自ら解決への

筋道を創造しなければならない。

洞察問題に共通する特徴として,鈴木 (2003) は以下

の4つを挙げている。

① 簡単そうに見えてなかなか解けない。しかし答えを

聞けば即座に了解できる。

② あるやり方がうまく行かないことがわかっても,そ

こから抜け出せず,同じ失敗を何度も繰り返す。

③ 問題解決に対して有効な情報が日の前にあっても,

それを見過ごしてしまう。

④ 少なくとも主観的には解が突然ひらめく。

上記の特徴を説明するのに有力な理論として制約論が

ある(鈴木. 2003;鈴木・宮崎・開. 2003)。制約とは,

多様な情報,仮説の中から特定の情報,仮説を選びだす

生体の内的傾向性,あるいは生体に特定の情報,仮説を

選択させる外界の特性を指す。洞察問題の解決過程では,

何らかの制約が緩和・逸脱され.その評価が適切に行わ

れることが必要になる。つまり,問題解決の初期段階で

陥りがちな思考から逸脱し,全く別のアイデイアを創造

しそれを有効だと判断することで,問題の解決に近づ

くO

鈴木らは一連の研究で,制約論に基づく洞察問題の解

決過程についてタングラムと同じ幾何学的なパズルで=あ

るTパズル(図 2) を用いて検討してきた。 Tパズル

は図 3のように三角形が 1つ,台形が大小 1つずつ,五

角形が1つの合計4つのピースで構成される。その中で,

五角形のピースの置き方や他のピースとの組み合わせ方

が制約に縛られており,その制約を緩和・逸脱すること

で洞察に至る(開・鈴木. 1998;鈴木. 2003;鈴木・開.

2003 ;鈴木・宮崎・開. 2003)。

b A

図2 Tパズルのピース構成(上)と正解の配置(下).

制約には対象レベルの制約,関係レベルの制約,ゴー

ルの制約の 3種類がある(鈴木・開. 2003)。対象レベ

ルの制約とはヒトが問題中の対象を心的に表象する際,

その対象がもっ基本レベルの特性を反映させることであ

る。パズルに含まれる図形に関していえば,例えば三角

形ならいずれかの辺(特に長辺)が自分から見て水平も

しくは垂直になるように置く。関係レベルの制約とは.

問題中に複数の対象があるとき,それらの相互関係に生

じる「デフォルト」のことを指す。パズルのピースにつ

いていえば,複数のピースを頂点数が少なく.でこぼこ

していない「きれいな形」に組み合わせる傾向がある(鈴

木. 2004)。ゴールの制約とは,問題解決における現状

と目標状態すなわちゴールのイメージとの適合度や差異

への評価を含む(鈴木.2003)。ゴールの制約からフィー

ドパック情報が送られることで,現状とゴ}ルとの差異

を減じるように思考する。さらに試行を重ねても上手く

いかない場合には,対象や関係の制約を緩和・逸脱し

新しい方略を模索する。つまり,ゴールの制約は対象や

A官。a

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数理gパズル「タングラム」の市l祭的問題解決におけるトップダウン処理とボ トムア ップ処迎!の統合

関係の制約を調整する役割を果たす。

鈴木・宮崎 ・|羽 (2003) はTパズルの解決過程で,

被験者に対象の制約と関係の制約に縛られた図形と縛ら

れていない(すなわち問題解決のヒントになる)図形を

提示した。提示された図形は,五角形のピースに他のい

ずれかのピースを組み合わせた図形 12種類で,それら

がどれほど解決に近いかを被験者に 10段階で許制iさせ

た。この実験では, 10分経過 しでも解決できない被験

者に対して,五角形のピースの正しい向きをヒン トとし

て与え,自力で 10分以内に謀題を解決できた被験者と,

ヒントを与えられた被験者に分けた。その結果, 12種

類の図形への評価は 自力で解決できた被験者の方が評価

は適切で,対象の制約や関係の制約を逸脱した図形の方

をより解決に近いと評価した。また, 自力で解決した被

験者は作業の初期から制約を逸脱する傾向が強いことも

明らかになった。

Tパズルとタングラムの類似性を考慮すれば, タング

ラムの問題解決過程を説明するのにも, fljlJ約論を適用す

るのは有効と思われる。 しかしそこにはいく つかの謀

題もある。第ーに,タング ラムで、何が制約として作用す

るのか特定することである。タングラムには, Tパスル

の五角形のピースのような他のピースに比べて複車ffな形

をしたピースがなく,また作成する i約国図31~ も夜長々ある。

このため, どのピースが制約に縛られているのか特定し

にくい。第二に,制約論では制約とそこからの逸脱を対

概念として洞察に到る過程を説明する。このため,タン

グラムの解決過程でいつ, どのようにして制約から逸脱

するのか明確にする必要がある。

中野 (2009)は,図 3にあるライオンのシルエッ トを

タングラムの課題図形として 作業者のプロトコルと

ピースの動きを解析することで, タングラムのピースに

かかる制約や,洞察が生じる|祭の思考内容について検討

した。その結果,課題遂行中のプロトコルでは完成直前

に“AHA体験"に特徴的な発話が, 9名中 7名の被験

者にみられた。こうした発話は作業者がこの|瞬間に洞察

を得ていた記ヨ処といえる (Kaplan& Simon, 1990)。こ

の洞察時発話が生じた際の作業者のピースの動かし方を

ビデオ画像から解析したところ,洞察時には 2佃の最も

大きい三角形のピース(図 3の正解配置のグレ一部分)

を操作していた。さらに,全作業者についてこの 2個の

三角形ピースの組み合わせパタ ーンを抽出したところ,

作業過程の初期段階では平行四辺形や正方形, 三角形と

いった既知の図形を作ったり, 2個のピースを同方向や

線対称に配置したりするなど, Iきれいな形Jを作ると

いう制約があり,それが問題解決を阻害していることが

示唆された。

図3 タングラムのライオン課題のシル工ット(上)と

正解のピース配置(下).

中野 (2009)では, 洞察時発話は完成直前の平均 26.6

秒前になって表れた。この結果に関わる知見として,

Metcalfe (1986)がある。この研究では洞察問題の解決

過程で解が得られそうかどうかについて,主観的な評定

を求めた。その結果,jq平決可能性に関する主観的な見積

もりは解決途中の過程では一貫 して低く,洞察の直前に

なって急激に上昇することを見出した。この結果は,洞

察問題の解決は少なくとも主観的には突然に浮かんで、く

る現象を裏付ける。重要な点として,先述した制約論で

は制約が徐々に緩和され逸脱すると想定する。これは,

主観的なひらめきが突然生起するのとは異なる性質であ

る。こうした矛盾を解消するには, 洞察問題の解決過程

には解が突然にひらめく主観的な過程と,意識下では制

約の逸脱が進行する潜在的過程の 2つが関与する可能性

を考えなくてはならない。

タングラムの解決過程において主観的過程と潜在的過

程の訴離を示すため,渋谷・中野..(2010)は,中野 (2009)

と同じライオン謀題を用いて 解決可能性について被験

者の主観的な評価と,意識下で、の潜在的な評価を並行 し

て測定した。実験では,被験者は主観的な評価は「現時

点でとεれくらい解決に近づいているかJということを

12段階の visualanalogue scaleで示した。その結果,

主観的な解決可能性の評定値は作業開始前では比較的高

かったが, 11寺聞の経過に伴って漸進的に低下し,開始5

分後以降は3前後の値を推移した。この値は「ほとんど

できそうにない」のラベルに対応しており,タングラム

の思考過程で作業者は主観的には解決の可能性をかなり

低く見積もっていたことが分かった。また,完成群と未

完成群の間で評定値に差はなく 作業者が主観的に見積

もった解決可能性の程度は,その後解決に到達するか否

かとは無関連だ、った。

Fhu っ。

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秋田大学教育文化学部研究紀要教育科学部門 第67集

一方,潜在的評価については,中野 (20ω)でライオ

ン課題において制約がかかっていることが示された 2つ

の三角形の組み合わせ配置について,正解にどれだけ使

えそうかを宣観的に判断させた。具体的には. 2つの二

等辺三角形を配置した評定図形を 7種類用意し(図4).

そのうちの2つを左右に対提示し,より正解の配置に使

えそうだと感じた側を選択する一対比較を作業者に求め

た。各評定図形が一対比較で選択された数(被選択数)

を指標とした。その結果,評定図形E (図4)は開始前

では正解に使えると評価されていたものの,作業の経過

とともに使えないという評価に変化した。評定図形Eの

配置の特徴は. 2つの三角形で直角二等辺三角形を構成

する点だった。また. 2つの三角形で平行四辺形を構成

する評定図形Aについても. Eと同様に,被選択数は作

業の経過に伴って低下した。このことから,タングラム

の思考過程の初期段階では,ピースを「きれいな形」に

置く制約がかかることを明確に示した。

評定図形AやEといった「きれいな形」の被選択数が

減少する一方で,正解に含まれる配置である評定図形D

の被選択数は徐々に上昇した。この傾向は完成群でも未

完成群でも見られたが,完成群の方がより高い傾向が

あった。さらに,完成群では評定図形Dだけでなく.そ

れと類似した評定図形Gの被選択数も上昇した。開始

10分後では,評定図形DとGの被選択数はほぼ同等で,

他の評定図形に比べて著しく高かった。この結果から,

完成群の被験者は評定図形DやGを包括する,斜辺をず

らして組み合わせる「ずれた配置Jという制約を新たに

形成したと考えられる。

以上のように,渋谷・中野 (2010)では初期の「きれ

いな形Jを作る制約を緩和・逸脱し. Iずれた配置Jの

制約を新たに形成することが,ライオン課題を完成させ

BH

A

D(正解)

v司E G F

図4 渋谷・中野 (2010) で一対比較の評定図形として用いた2つの三角形ピースの配置.

る過程に不可欠なことを示した。重要な点は,一対比較

の結果は完成群でも未完成群でもきれいな形の配置は

徐々に評価が低くなる一方で.ずれた配置へは徐々に評

価が高くなった。つまり,両群とも漸進的に正解へと近

づいており,完成群ではその適切さが未完成群よりも高

かったといえる。この結果は 主観的な解決可能性が両

群で隠始直後に最低値を示しその後ほとんど上昇しな

かった傾向とは対照的だった。これらの知見から,タン

グラムの解決過程には主観的な過程と潜在的な過程が関

与し双方の傾向は誰離していることが明らかに会った。

さらに,渋谷・中野 (2010)では作業者の内省報告を

検討したところ,タングラムに取り組む方略は2通りに

大別できた。 1つは,思考してからピースを動かす方略

で,作業者はシルエットとピースの形を見比べたり,シ

ルエットの上から線を引いたり,ピースの配置に見当を

つけてから実際にピースを動かしていた。この方略は認

識レベルで表象を操作し解決を導き出そうとしているこ

とから, トップダウン型の方略といえる。もう一つは,

ピースを動かしてから思考する方略で,シルエットをあ

まり吟味せずにピースを動かし正解に近いと判断した

ピース配置に固定して思考を展開させる。これはピース

操作を先行させるボトムアップ型の方略といえる。作業

者はいずれかの方略に限定していたわけではなく,時間

経過や作業の進度に応じて 2つの方略を使い分けてい

た。

この観察結果は,上で説明した主観的評価過程と潜在

的評価過程とも対応があるように思われる。シルエット

をピースの形に切り分けるトップダウン処理とは,すな

わち認識上で心的表象を操作し,目の前のピース配置と

マッチングする。これは意識上の心的操作であることか

ら主観的な評価過程とみなせる。一方,ピースを操作し

てシルエットに近づく解を見出そうとするボトムアップ

処理は制約とその逸脱の舞台であり.潜在的な評価過程

が関与すると考えられる。上述した知見から,主観的な

トップダウン処理と潜在的なボトムアップ処理とは独立

して進行すると考えられる。

さらには, トップダウンとボトムアップの2つの処理

過程が一致したとき.洞察が生じるという見方もできる。

というのも,パズル課題のようにゴールが明確な洞察問

題では,現状のピース配置とゴールである完成図をマッ

チングし,その誤差情報をフィードパックすることで制

約を逸脱していく(鈴木. 2009)。すなわち誤差情報が

ゼロになった時点もしくはなる直前に洞察が生じると考

えられる。その根拠として,作業者に提示するゴールを

操作することでマッチングを容易にすれば,洞察問題の

解決は促進される。例えば鈴木 (2009)では. T /~ズル

を用いて完成時と問じ大きさの型紙の上に,図2のピー

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数理liパズル「タングラム」の洞察的問題解決における トップダウン処理とボ トムアップ処理の統合

スのうち 1つを正しい位置においた。被験者にはその型

紙の上に残りのピースを置いてパズルを完成するように

求めた。すると型紙がない場合にくらべると,自力で

の解決率も増し,解決l時間も大幅に短縮された。

以上の知見をふまえ,本研究の目的は第一にライオン

課題と同様に,ずれた配置を含む「イス謀題J(図 5)

を用い, rきれいな形Jの制約と「ずれた配置jへの逸

脱は,ライオン課題以外でも解決の必要条件として一般

化できるのか検討する。第二に,課題のシルエットの大

きさを操作し原寸大のシルエットを見ながら取り組む

作業者と,縮小されたシルエットを見ながら取り組む作

業者とで2若干に分ける。シルエッ トの大きさが完成した

ピース配置の原寸と同じなら,表象したシルエットを

ピースの形に切り分け,結果を目の前のピース配置と直

接マッチングできる。一方,シルエ ットが縮小されてい

ると, 切り分けた表象結果を自の前のピースに対応する

ように拡大するという操作が必要になる。このため,マッ

チングにかかる認知的な負荷が増大し,フィードパック

される誤差情報も不正確になる。結果と して,原寸のシ

ルエットを見て取り組む方が、縮小されたシルエットよ

りも問題解決が促進すると考えられる。

2.方法

被験者 実験にはタングラム諜題に取り組んだことが

ない 26名の大学生(男性 11名,女性 15名)が参加した。

平均年齢は 20.7歳 (SD=0.98)だ、った。

評定作業 作業者の主観的な解決可能性への見通しに

ついて評定させるため. r見通しメーター」を設置した。

このメーターには左端に「ぜんぜんできそうにないJ,

右端に「ほとんどできそうJと表記し, 12段階の目盛

を設定した。作業者は,その時点でどれだけ完成に近づ

いていると感じるか矢印を移動させて示した。メーター

での評定を行う際は,実験者が「評定してください」と

いう合図をした。

手続き 作成する課題には|豆15の「イス」のシルエツ

トを用いた。作業者に提示するシルエットは 7個のピー

スを正しく配置したと きにできる形と同じ大きさ(原寸

条件)と,それを縦横2分の lに縮小したシルエッ ト(縮

小条件)の 2種類を用意した。シルエットは原寸の大き

さで縦 21.4cmx横 13cmだった。原寸条件でも縮小条

件でもシルエットは作業者の右横に置き,シルエットを

印刷した紙を動かしてピースと直接比較したり,ピース

をシルエットの上に置いたり,シルエットに書き込みを

した りなどの行為は禁じた。26名の参加者のうちj京寸

条件には 14名,縮小条件には 12名を割り当てた。

作業の開始前には,作業台の上に 7個のピースが形ご

とに並べて置いてあり,作業者はその前に着席する。そ

して,これから 7つのピースすべてを使つである形を

作ってもらうこと,その形が完成したら「出来ました」

と報告しそれでイ乍業が終了することを作業者に伝えた。

制限時間は 20分とした。

図5 タングラムのイス課題のシルエット(左)と正解

配置(右)•

実験は,参加者にシルエ ットを印刷した紙を提示する

と同時に始まった。作業の様子はデジタルビデオカメラ

(Panasonic NV -GSlOO)で作業者の手元と見通しメー

ターだけが映るように,作業台の上方 90cmから撮影し

た。それと同時に,口元から約 15cmの位置に取り付け

たピン・マイク (SONYECM TS-125)から,作業者の

発話内容を録音 した。撮影した画像と録音したプロトコ

ルから,作業中のピースの動かし方,時間経過,発話内

容,見通しメーターの位置をオフラインで解析 した。

イスのシルエットを提示した直後.タングラムのピー

スに触る前に,作業者は見通しメーターの評定を行なっ

た。評定が終了後, ピースを動かして諜題の図形を完成

させる。その後,見通しメーターの評定は 2分 30秒ご

とに最大8回行った。作業開始から 20分が経過したら,

実験者の指示で作業を終了 した。作業終了後,参加者に

内省報告を求め,実験は終了した。内省報告では,1)

正解の組み合わせの中で,最も気づきにくかった,ある

いは難しかったピースの組み合わせはどの部分か,それ

に気づいたのはいつか, 2)作業中ひらめきや気づきが

あったか,それはどのような場面か,などについて質問

した。

3.結果

制限時間の 20分以内で完成した被験者を完成群, 完

成しなかった参加者を未完成群とし分析では原寸条件

の完成群と未完成群,縮小条件の完成群と未完成群の 4

1洋に分けた。完成群は原寸条件では 14名中 5名で, 平

iqa

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秋田大学教育文化学部研究紀要 教育科学部門 第67集

均完成時間は 4分4秒 (SD=1分49秒.Min= 1分37秒,

Max= 7分 31秒)だ、った。原寸条件の未完成群は 9名

だ、った。縮小条件では完成群は 12名 l二1:14名で,平均完

成時間は 15分 33秒 (SD=2分4秒. Min=13分 37秒,

Max=17分 42秒)だった(図 6)。縮小条件の未完成1洋

は8名だ、った。 したがって.完成者と未完成者の人数は

原寸条件と縮小条件で差はなかった(が=.08)。 また

完成群の完成時間を比較したところ,原寸条件の方が縮

小条件よりも有意に速かった (F[l刀=58.3.pく 0.001)。

20 rーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

15

~ 10 世蛍自民 5

O

原寸(n=5) 縮小 (n=4)

図6 原寸条件と縮小条件ごとの完成者の平均完成時

間.

見通しメ ーターの評定値は,撮影した間像にl決った

12段階の目盛りから小数第 1位まで値を自分量で読み

取った。見通しメーターの評定は,開始時から制限時間

の 20分までは 8回行う 。未完成群は 818:1すべて行った

が,完成群は謀題完成のH寺問によって評定した回数が異

なった。特に,原寸条例ーでは 5名"1:13~1の被験者が 5 分

以内で完成したため,図 7では完成群と未完成計二を分け

ず,原始寸条件と縮小条件ごとに平均評定値を示 した。

したがって,図 7の各平均値に含まれるサンプル数はそ

れぞれ異なった。未完成群についてのみ.)京寸 ・縮小条

件 (2)x測定時間 (8) の 2要因分散分析を実施したと

ころ,測定時間の主効果に有立差があった (F[1,l5J

=12.8. p< .001)。多重比較の結果, 開始前の平均評定値

のみが他の測定時間の平均評定値に比べて有意に高かっ

た(すべて p<.001)。この結果から先行研究と同様に,

解決可能性への主観的な見通しは実験開始前には比較的

高いものの,作業が進行するに従って一貰 して低い値を

推移した。さらに,この傾向はシルエッ トの大きさによっ

て変わらなかった。

ライオン課題と同様に「きれいな形jの制約がかかっ

ているか,また,それを逸脱して「ずれた配置」に置く

ことが解決につながるのか検討するために. 2つの大き

い三角形ピースについて作業者が作った組み合わせを画

12

10 rー

--eー原寸条件

--0・・縮小条件

見 8 rーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー-

T 6 号守7

是 4f直

O

-2 開始前 2・30 5:00 7:30 10:00 12・3015:00 17:30

測定時間

図ア 原寸条件と縮小条件こ・との解決可能性への見通し

評定の平均値.

像から抽出した。表 1には,その中でも 出現頻度が高かっ

た組み合わせを示 した。数値は各群の被験者全体で当該

の組み合わせを作った回数を合計し被験者一人あたり

の出現率を算出 した。作業者は横方向と縦方向の平行四

辺形を多く 作る傾向があった。 また,この傾向は未完成

群の特に縮小条件で顕著に表れた。一方,正解配置に含

まれる「ずれた配置」を作った頻度は,原寸 ・縮小を問

わず完成l洋で、高かった。

表 1 大きな三角形ピースの配置一人あたり出現確率

原寸 原寸 縮小 縮小

完成 未完成 完成 未完成

ζSア 0.40 1.89 0.75 3.88

0.25 0.77 0.00 2.38

図 0.25 0.77 0.75 1.75

どム 0.25 0.56 0.75 1.25

p 1.2 0.67 1.75 0.00

グ勺 0.4 0.77 1.00 0.00

実|祭のピース操作が原寸,縮小の条件問で.また,完

成群と未完成群とで異なるかについて検討するために,

作業者がピースを操作した回数をビデオ画像から抽出し

た。 1つのピースに触れて離す行為を 1回の操作とし,

実|祭にピースを動かさなくとも 1回にカウン トした。図

8には,すべてのピースを合計した l分あたりの操作回

数を各群の被験者で平均した値を示した。 4本の直線は

各群のプロッ トに近似した一次回帰直線を表す。縮小条

-38一

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Akita University

数理パズル「タングラムJの洞察的問題解決におけるトップダウン処理とボトムアップ処理の統合

件の未完成群では時間の経過に伴って.操作回数がわず

かに上昇する傾向があった。それ以外の 3群では,操作

回数は減少する傾向があり,原寸条件の完成群では特に

それが顕著だった。また,原寸条件の未完成群の方が縮

小条件の完成群よりもわずかに操作回数の減少傾向が大

きかった。具体的には,回帰直線の傾きの係数は下から

順に,原す・完成群では-1.77,原寸・未完成群では

・0.32,縮小・完成群では-0.15,縮小・未完成群では 0.23

だった。さらに,作業時間全体を通しての 1分あたりの

平均操作回数を各群で算出した。その結果,原寸・完成

群では 22.5回,原寸・未完成群では 19.6回,縮小・完

成群では 22.7回,縮小・未完成群では 27.8回だった(図

9)。原寸・縮小条件(2)x完成・未完成(2)の2要因

分散分析を行ったところ,原寸条件は縮小条件よりも操

作回数が有意に少なかった (F[1,22]=5.41, pく .0)。また,

35

30

E

u

n

U

F

O

n

u

ζ

4

E

4

E

桜田悲蝶gHW

。原寸・未完成

-縮小・完成5ト一一------一一一一一幽。縮小・未完成

o 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20

時間

図8 作業時間の経過に伴う平均操作回数の推移.直線は群ごとの一次回帰直線.

40

-完成ロ未完成"ー

E 30 職事-Eト-町、‘~

~ 20 崎

10

原寸条件 縮小条件

図9 原寸条件と縮小条件ごと,完成・未完成群ごとの1分あたりのピース操作回数の平均値.

有意な交互作用があったため (F[l,22]=4.96, p< .05),

単純主効果の検定を行った。その結果.未完成群におい

ては縮小条件の方が原寸条件よりも操作回数が1%以下

の水準で有意に多かった (F[I,22]=1O.37,Pく .000。ま

た,縮小条件では完成群の方が未完成群よりも操作回数

が少ない傾向があった (F[1,22]=4.00, pく .06)。

4.考察

本研究の目的は,第一にライオン課題と同様に「ずれ

た配置」を含むイス課題を用い, iきれいな形」の制約

と「ずれた配置」への逸脱は,タングラムの解決過程と

して一般化できるのか検討することだった。結果は.イ

ス課題でも平行四辺形を作りやすい傾向を示し, iきれ

いな形」の制約がかかっていた。この制約は未完成群で

特に強かった。原す条件,縮小条件に関わらず,完成群

ではこの制約を逸脱してずれた配置に組み合わせ,解決

へと到っていた。一方で,縮小条件の未完成群ではずれ

た配置を作る頻度が極端に低かった。以上の結果から,

タングラムの解決過程では, iきれいな形」を作る制約

は作業の初期段階では強く作用し,正解の配置によって

はそれを「ずれた配置」に逸脱することで洞察へと到る

と結論できる。

第二の目的は.作業者に提示する課題シルエットの大

きさを操作することで,課題の解決率や解決時間に影響

するのかを調べることだった。ピースの正解配置が完成

したときと同じ大きさの原寸条件と,それを縦横2分の

1に縮小した縮小条件を設定した。シルエットの大きさ

が原寸と同じなら,表象したシルエットをピースの形に

切り分け,現状のピース配置と直接マッチングできる。

一方,縮小されたシルエットでは,切り分けた表象を実

際のピースに対応するように拡大する操作が必要にな

る。このため,フィードパックされる誤差情報も不正確

になるだろう。つまり,こうした課題シルエツトの操作

は,マッチングに要する認知的負荷の操作につながる。

この操作により,解決時間や解決率が変化するのか検討

した。

重要な成果として,原寸大のシルエットを提示した群

と縮小したシルエットを提示した群では,解決率には差

がなかった。しかし,完成に至るまでの時間は原寸条件

の方が縮小条件よりも大幅に短かった。

解決への手がかりが解決率を改善せずに,解決に到達

する時間のみを短縮するという結果は,他の洞察研究に

おいても得られている。田村・三輪 (2011)ではスロッ

トマシン課題(図 10) を用いて,洞察問題における手

がかりの効果について検討した。この課題では.作業者

に提示される刺激は,最上部にある 3つのスロット部と,

-39-

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秋聞大学教育文化学部研究紀要 教育科学部門 賞作 67tI~

その下の履歴音rsに分かれる。スロッ ト部は左から}I頂に第

1.第 2.第3スロ ットという。諜題では第 1と第2ス

ロットに数字が提示され 被験者は第 3スロッ トに提示

される 1桁の数字を当てる。履歴部には直前2試行の正

解が示される。被験者・には.第3スロッ トの数字を正し

く求める特定のルールをなるべく早く発見することが求

められた。当初,第 1スロ ットと第2スロッ トの和の 1

の位が第 3スロットの正解になるような偽のルールが提

示される(例えば図 10にあるように. 0 + 6→ 6.9+

4→ 3など)。このため,被験者は 7→ 2→ 9といった

ように横方向にスロ ットを探索しlレールを発見しようと

する。しかし 笑験ではこの偽のルールは途中で崩れ,

正しいルールは前 2試行の第3スロットの数の和の 1の

位がスロッ ト部の第3スロッ トの数になる, というもの

だ、った(図 10参照)。この研究では,参加者は事前に手

がかりとして縦横 3x 3に並んだ 9文字の中から,縦

方向やま;1め方向につながる 3文字の単語を発見する課題

を行っていた。この手がかり課題によ って.ス ロットマ

シン謀題で生成される横方向への固着が解消されるかを

調べた。結果は,手がかり謀題を行った被験者が正しい

lレールを発見する率は,課題を行わなかった統制群の被

験者と変わらなかった。しかし 正しいルールの発見ま

でに要した試行数は,手がかり課題を行った群の方が統

制群よりも少なかった。つまり,洞察に至るまでの時間

が短縮した。

田村 ・三輪 (2011)と本研究の共通点は,実験の操作が

いずれもゴールの制約に関わっている点である。田村・

三輪 (2011)は.手がかり課題によって横方向の検索へ

の固着を解消し縦方向の検索を促すことでゴールへの

到達を促進しようとした。結果として,ルールの発見者

自体は増加しなかったが.そこに至るまでに要した試行

図 10 田村・三輪 (2011)が使用したスロットマシン課題.

前2試行の第3スロットの f3Jと f6Jの和がスロット部の第3スロットの答え f9Jになる.

数を減少させた。本研究では,シルエットの大きさを操

作することにより,ゴールである完成配置と現状のピー

ス配置とのマッチングにかかる負荷を操作した。先述し

たように,ゴールの制約は対象の制約や関係の制約を調

整する役割を担う 。この考えに従うと,原寸条件では現

状のピース配置とゴールであるシルエットを直接マッチ

ングでき,それが「きれいな形」への評価を下げ. fず

れた配置Jへの逸脱を促進したと解釈できる。本研究や

田村・三輪 (2011)で与えられたゴールへの手がかりは,

洞察の生起そのものを促進するのではなかった。むしろ,

固着の解消や制約の緩和といった洞察に到る過程を短縮

すると考えられる。

洞察研究の第一の目的は, どのようにして洞察つまり

「ひらめきJが生じるのか明らかにすることだろう。本

論文では.そのたたき台として意識上で、心的表象を操作

する トップダウン処理!と意識下で潜在的に制約を逸脱

し解決へと近づくボトムアップ処理liを想定した。シル

エットの大きさの操作が解決時間に しか影響しなかった

結果は,洞察の直接の舞台は後者のボ トムアップ処理に

あることを示唆する。それを支持するように,本実験で

は作業者のピース操作の回数は完成群ほどi時間の経過に

伴って低下する傾向があった。さらに. }京す条件の未完

成群の方が縮小条件の完成群よりも,わずかに低下傾向

が強かった。この結果からたとえ完成に至らなくても,

原寸のシルエットからのトップダウン情報は笑際のピー

ス操作に影響していたといえる。それにも関わらず,洞

察の生起率は縮小条件と変わらなかった。この点から,

トップダウン処理とは独立した過程もしくはシステム

で, ピース操作の減少が洞察につながると考えた方が妥

当だろう 。一つの方向性として, ピース操作という身体

的な情報が洞察的問題解決に寄与する過程も含めて検証

を進める必要があるだろう(阿部 .2010)。

5. 謝辞

本研究の実施にあたっては,教育文化学部発達科学選

修の 3年生の協力を受けた 児玉佳一くん,渡過かんな

さんの 2名に謝意を表したい。

-40一

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Akita University

数理パズル「タングラム」の洞察的問題解決におけるトップダウン処理とボトムアップ処理の統合

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