上級ミクロ経済学 講義ノート - 京都大学3 第1章 Kuhn{Tucker条件 1.1...

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上級ミクロ経済学 講義ノート 原千秋 京都大学経済研究所 平成 26 4 17

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上級ミクロ経済学

講義ノート

原千秋

京都大学経済研究所

平成 26 年 4 月 17 日

3

第1章 Kuhn–Tucker条件

1.1 イントロダクション

本章では,制約付き最大化問題の解へのKuhn–Tucker必要条件と十分条件を解説する.本章

で与えられる条件は目的関数が複数個ある場合にも適用でき,その点で標準的なものよりも一

般的である.したがって,制約付き最大化問題はパレート効率的な配分(定義は後述)を見つ

ける問題の一般化にもなる.また我々の行う証明はMinkowski–Farkas の補題を使用している

という点で標準的なものよりも初等的である.これによって帰納法による証明を行うことがで

き,分離超平面定理を使用する際の位相的な議論を省くことができる.

1.2 Minkowski–Farkasの補題

本節の内容はGale, “Theory of Linear Economic Models”の第 2.1 – 2.3章によっている.J

と Lを正の整数とする.

1.2.1 補題 (Minkowski and Farkas) A ∈ RJ×L, b ∈ RLとする.このとき,以下の 2条件

のうち 1つのみが必ず成立する.

1. 列ベクトル z ∈ RJ+が存在して b⊤ = z⊤A.

2. 列ベクトル x ∈ RLが存在してAx ∈ RJ+かつ b⊤x < 0.

ただし,⊤は転置を表す.

任意の a ∈ RLに対して a⊥ = x ∈ RL|a · x = 0と定義する.つまり,a⊥は aと直交する

ベクトルの集合である.

a ∈ RLかつ b ∈ RLとし,a · b = 0と仮定する.このとき,任意の x ∈ RLに対して一意な

v ∈ a⊥と一意な λ ∈ Rが存在し x = v + λbである.vを xの bに沿った a⊥への射影という.

練習問題 1.2.1 v = x− a · xa · b

bを示せ.

補題 1.2.1の証明 まず,上の 2条件が同時に成立しないことを背理法により示す.上の 2条件

を満たす z と xが存在すると仮定する.b⊤ = z⊤Aに xを右からかけて b⊤x = z⊤Axを得る.

しかし,条件 2と z ∈ RJ+から b⊤x < 0かつ z⊤Ax ≥ 0が成立するから,この等式は成立せず,

これは矛盾である.したがって,この 2条件は同時には成立しない.

あとは条件 1が成立しないときに条件 2が成立することを示せば十分である.これを J に関

する帰納法によって示す.

J = 1の場合の証明は練習問題とする.

J ≥ 2として J − 1のときには条件 1が成立しなければ条件 2が成立するものとする.

4 第 1章 Kuhn–Tucker条件

A =

a1...

aJ−1

aJ

と表す.ここで,a1, . . . , aJ−1, aJ はRLの行ベクトルである.また,

A′ =

a1...

aJ−1

∈ R(J−1)×L

とする.Aは条件 1を満たさないから,A′もまた条件 1を満たさない.すなわち,b⊤ = z′⊤A′

なる z′ ∈ RJ−1+ は存在しない.したがって,帰納法の仮定から x′ ∈ RL(列ベクトル)が存在

してA′x′ ∈ RJ−1+ かつ b⊤x′ < 0である.

aJ · x′ ≥ 0ならば x′は条件 2で求めるものであり,証明は完了する. そこで aJ · x′ < 0と仮

定する.a1, . . . , aJ−1, bの aJ に沿った x′⊥への射影をそれぞれ a1, . . . , aJ−1, bと表す.

A =

a1...

aJ−1

∈ R(J−1)×L

とおく.ここで背理法により b⊤ = w⊤A なるような w ∈ RJ−1+ (列ベクトル)が存在しないこ

とを示す.そこでそのような

w =

w1

...

wJ−1

が存在すると仮定する.このとき,

b⊤ =

J−1∑j=1

wj aj

=J−1∑j=1

wj

(aj −

x′ · ajx′ · aJ

aJ

)

=

J−1∑j=1

wjaj −

J−1∑j=1

wjx′ · ajx′ · aJ

aJ

となり,したがって,

b⊤ =

J−1∑j=1

wjaj +

x′ · bx′ · aJ

−J−1∑j=1

wjx′ · ajx′ · aJ

aJ

である.ここで,

x′ · bx′ · aJ

−J−1∑j=1

wjx′ · ajx′ · aJ

≥ 0

1.3. 分離超平面定理 5

だから,これはAが条件 1を満たさないという最初の仮定に反する.ゆえに,b = w⊤Aとなる

ような w ∈ RJ−1+ は存在しない.

したがって帰納法の仮定から x ∈ RL(列ベクトル)が存在して Ax ∈ RJ−1+ かつ b⊤x < 0で

ある. x を x の x′ に沿った a⊥J への射影とする.xがAに対して条件 2を満たすことを示す.

x ∈ a⊥J から aJ · x = 0 である.各 j ≤ J − 1 に対して

aj · x = aj · x = aj · x ≥ 0

が成り立つ.ここで,1番目の等式はある λ に対して aj − aj = λaJ となることから,そして

2番目の等式は aj ∈ x′⊥ かつある λ に対して x− x = λx′ であることからいえる.同様にして

b · x < 0なることが示せる.これで証明完了である. ///

1.3 分離超平面定理

1.3.1 定義 CをRLの部分集合とする.任意の c, c′ ∈ Cとλ ∈ [0, 1]に対してλc+(1−λ)c′ ∈ C

が成り立つとき,C は凸 (convex)であるという.

厳密な言い方ではないが,C の境界がすべて C 自身に含まれるとき C は閉であるという.

1.3.2 定理 (分離超平面定理) C を閉で凸なRLの部分集合とし,b ∈ RL \ C とする.このとき,ある x ∈ RLと d ∈ Rが存在して,すべての c ∈ C に対して,

x · c ≥ d > x · b

が成り立つ.

練習問題 1.3.1 以下の手順にしたがって分離超平面定理を用い,Minkowski–Farkasの補題を

証明しなさい.

1. A の行ベクトルによって張られる錐,J∑

j=1

zjaj ∈ RN | z1 ≥ 0, . . . , zJ ≥ 0

が凸であることを示せ.

2. 上記の錐をCで表わす.証明なしでCが閉であることを用いてよい.C と b ∈ RL \Cに分離超平面定理を適用し,ある x ∈ RN が存在して x · b < 0かつすべての c ∈ Cに対して

x · c ≥ 0が成立することを示せ(ヒント: 分離超平面定理により,ある x ∈ RN と d ∈ R

が存在してすべての c ∈ Cに対して x · c ≥ d > x · bが成立する.そこで そのような xと

dに対して,すべての c ∈ C について d ≤ 0かつ x · c ≥ 0となることを示せばよい).

3. 手順 2の結果からMinkowski–Farkasの補題を示しなさい.

6 第 1章 Kuhn–Tucker条件

1.4 頂点付き錐の強支持可能性

1.4.1 補題 A ∈ RJ×Lとする.このとき以下の 2条件のうち 1つのみが必ず成立する.

1. ある z ∈ RJ+ \ 0(列ベクトル)が存在して z⊤A = 0が成り立つ.

2. ある x ∈ RL(列ベクトル)が存在してAx ∈ RJ++が成り立つ.

補題 1.4.1の証明 上の 2条件が同時に成立しないことを示すのは練習問題とする.

e =

1...

1

∈ RJ

とし,また A =[A e

]∈ RJ×(L+1)と定義する.このとき条件 1が,ある z ∈ RJ

+(列ベク

トル)が存在して,

z⊤A = (0, . . . , 0︸ ︷︷ ︸L 個

, 1)

となることと同値であることは簡単にわかる.したがってMinkowski–Farkasの補題により,こ

の条件が成り立たないならば,ある x ∈ RL+1(列ベクトル)が存在して,Ax ∈ RJ+ かつ

(0, . . . , 0, 1)x < 0が成立する.

x =

[x

xL+1

]と表記する.ここでx ∈ RL(列ベクトル)である.このとき Ax = Ax+xL+1eかつ (0, . . . , 0, 1)x =

xL+1である.したがって,xL+1 < 0かつAx ∈ RJ++である.ゆえに,条件 2が成立する.///

1.5 複数の目的関数に関する制約付き最大化問題

以下の複数個の目的関数に関する制約付き最大化問題 (constrained maximization problem)

の定式化は Smaleによる.

N,M,Lを正の整数とする.N個の目的関数に関する制約付き最大化問題は (X, f1, . . . , fN , g1, . . . , gM )

によって定義される.ここでXはRLの部分集合で,fn (n = 1, . . . , N)と gm (m = 1, . . . ,M)

はX 上で定義された実数値関数である.X を定義域,fnを目的関数,gm を制約関数と呼ぶ.

この問題は,

maxx∈X (f1(x), . . . , fN (x))

subject to g1(x) ≥ 0...

gM (x) ≥ 0

と表記される.すべてのmに対して gm(x∗) ≥ 0であり,さらにすべてのmに対して gm(x) ≥ 0

かつすべての nに対して fn(x) ≥ fn(x∗)かつある nについて fn(x) > fn(x

∗)であるような

x ∈ X が存在しないとき,x∗ ∈ X を解 (solution)という.

本章では,以後X を開集合とし,fnと gmは連続微分可能とする.

1.6. Kuhn-Tucker必要条件 7

1.6 Kuhn-Tucker必要条件

1.6.1 定理 (Kuhn-Tucker必要条件) x∗ ∈ X が制約付き最大化問題の解ならば,N +M 個

の非負の実数を成分に持つベクトル (µ1, . . . , µN , λ1, . . . , λM ) ∈ RN+M+ が存在して,

1. N +M 個の非負の実数のうち少なくとも 1つが厳密に正.

2. すべてのmについて,gm(x∗) > 0ならば λm = 0.

3.N∑

n=1

µn∇fn(x∗) +M∑

m=1

λm∇gm(x∗) = 0.

定理 1.6.1の略証

1. 必要ならば制約関数の番号をつけかえることにより,最初のK 個の制約条件が等式で成

立していると仮定してよい.ただし,K ≤M である.このとき背理法により,すべての

nについて∇fn(x∗) · v > 0, かつすべてのm ≤ K について∇gm(x∗) · v > 0なる v ∈ RL

は存在しないことを示せる.

2. 補題 1.4.1により,N +K 個の非負実数のベクトル (µ1, . . . , µN , λ1, . . . , λK) ∈ RN+K+ が

存在して,N +K 個の非負実数のうち少なくとも 1つが厳密に正で,

N∑n=1

µn∇fn(x∗) +K∑

m=1

λm∇gm(x∗) = 0.

3. 最後に,各m > Kに対してλm = 0とおく.このとき,ベクトル (µ1, . . . , µN , λ1, . . . , λM )

はKuhn–Tucker必要条件の 3条件を満たす.

///

1.7 Kuhn–Tucker十分条件

1.7.1 定義 X が凸集合で h : X → Rとする.以下の条件が満たされるとき,hを準凹 (quasi-

concave)であるという.任意の x, y ∈ X と α ∈ [0, 1]について,h(y) ≥ h(x)ならば h(αx +

(1− α)y) ≥ h(x).

1.7.2 補題 X が凸集合,h : X → Rが連続微分可能であるとする.このとき hが準凹である

ことと,x, y ∈ X かつ h(y) ≥ h(x)ならば∇h(x) · (y − x) ≥ 0であることは同値である.

1.7.3 定義 X が凸集合,h : X → Rが連続微分可能であるとする.このとき x, y ∈ X かつ

h(y) > h(x)ならば∇h(x) · (y − x) > 0であるとき,hは擬凹 (pseudo-concave)であるという.

1.7.4 補題 X が凸集合,h : X → Rが連続微分可能であるとする.hが擬凹関数ならば,hは

準凹関数である.

1.7.5 補題 X が凸集合,h : X → Rが連続微分可能であり,さらにすべての x ∈ X に対し

て∇h(x) = 0であるとする.このとき hが準凹関数であることと擬凹関数であることは同値で

ある.

8 第 1章 Kuhn–Tucker条件

1.7.6 定理 (Kuhn–Tucker十分条件) Xが凸集合,fnが擬凹関数,そして gmが準凹関数であ

るとする.x∗ ∈ Xであり,かつN+M個の非負実数ベクトル (µ1, . . . , µN , λ1, . . . , λM ) ∈ RN+M+

が存在して,

1. すべてのmについて gm(x∗) ≥ 0,

2. (µ1, . . . , µN ) ∈ RN++,

3. すべてのmについて,gm(x∗) > 0ならば λm = 0,

4.

N∑n=1

µn∇fn(x∗) +M∑

m=1

λm∇gm(x∗) = 0,

が成立するとする.このとき x∗は解である.

定理 1.7.6の略証

1. 必要ならば制約関数の番号をつけかえることにより,最初のK 個の制約条件が等号で成

立していると仮定してよい.ただしK ≤M である.このときもし x∗が解でないならば,

すべての nについて∇fn(x∗) · v ≥ 0, かつある nについて∇fn(x∗) · v > 0, かつすべての

m ≤ K について∇gm(x∗) · v ≥ 0となるような v ∈ RLが存在する.

2. Kuhn–Tucker十分条件の条件 2, 3を用いて,

N∑n=1

µn∇fn(x∗) · v +M∑

m=1

λm∇gm(x∗) · v > 0

が示せる.

3. 上の不等式の左辺は, (N∑

n=1

µn∇fn(x∗) +M∑

m=1

λm∇gm(x∗)

)· v

に等しいから,これはKuhn–Tucker十分条件の条件 4に矛盾する.

///

練習問題 1.7.1 Kuhn–Tucker十分条件の条件 2, 3が必要であることを示す例を挙げなさい.

練習問題 1.7.2 2つの財が存在すると仮定する.それぞれの財の価格は$1である.u(x1, x2) =

x1/21 ex2 なる効用関数 u : R2

+ → Rを持つ消費者を考える.彼の所得は w (> 0)である.予算

制約のもとでの標準的な効用最大化問題を考えよう.ここで効用関数 uの定義域はR2+であり,

R2の開部分集合ではないこと,そして uは x1 = 0であるような x ∈ R2+において微分可能で

ないことに注意せよ.本章では,一貫して目的関数と制約関数の定義域はRLの開部分集合で

あること,そして目的関数と制約関数は連続微分可能であると仮定してきた.

本問では,これらの仮定を満たすためにどのようにして制約条件を追加し,目的関数の定義

域を修正するかを示す.

1.8. 包絡線定理 9

1. x ∈ R2+が元の効用最大化問題の解であるならば x1 > 0であることを示せ.このことか

ら,定義域を x ∈ R2 | x1 > 0 and x2 ≥ 0に制限しても解が変化しないことがわかる.

関数ex2がどのようなx2の値に対しても定義できることから,関数uをX = x ∈ R2 | x1 > 0上に拡張できることに注意せよ.またXがR2の開部分集合であることにも注意せよ.g1 : X → R

を g1(x) = w − x1 − x2と定義する.これは予算制約である.

2. 制約関数 g2 : X → Rを,元の効用最大化問題が以下の制約付き最大化問題と同値になる

ように定義しなさい.

maxx∈X

u(x)

subject to g1(x) ≥ 0

g2(x) ≥ 0

(xは新たな定義域X から選ばれることに注意せよ)

3. Kuhn–Tucker十分条件を用いて異なる wの値に対して解を見つけなさい.

1.8 包絡線定理

K,M,Lを正の整数とする.XをRLの開部分集合,P をRKの開部分集合とする.また f と

gm (m = 1, . . . ,M)をX × P 上で定義された 2回連続微分可能な実数値関数とする.各 p ∈ P

に対して,以下の 1目的関数に関する制約付き最大化問題を考える.

maxx∈X

f(x, p)

subject to g1(x, p) ≥ 0

...

gM (x, p) ≥ 0

pを P 上で変化させることによって,制約付き最大化問題の集合を考えることができる.集

合 P をこの制約付き最大化問題の集合のパラメータ空間 (parameter space)と呼ぶ.

以後本章では,すべての p ∈ P に対してパラメータ pの制約付き最大化問題の解が一意に存在

すると仮定する.その解を a(p) ∈ X とする.これは写像 a : P → X を定め,政策関数 (policy

function)と呼ばれる.また b : P → Rを b(p) = f(a(p), p)と定める.これを価値関数 (value

function)と呼ぶ.

1.8.1 政策関数の連続微分可能性

以下の命題では,勾配ベクトルは行ベクトルとして扱う.

1.8.1 命題 (x∗, p∗) ∈ X×P とし,パラメータ p∗に対してx∗がKuhn–Tucker十分条件を,厳密

に正な乗数ベクトル (1, λ1, . . . , λM ) ∈ R1+M++ について満たすと仮定する.また (L+M)×(L+M)

10 第 1章 Kuhn–Tucker条件

行列, ∇2

xf(x∗, p∗) +

M∑m=1

λm∇2xgm(x∗, p∗) ∇xg1(x

∗, p∗)⊤ · · · ∇xgM (x∗, p∗)⊤

∇xg1(x∗, p∗) 0 · · · 0

......

. . ....

∇xgM (x∗, p∗) 0 · · · 0

に逆行列が存在すると仮定する.このとき p∗を含む P の開部分集合 Qが存在し,aと bの Q

上の制限は連続微分可能となる.

証明には陰関数定理を直接用いればよい.

1.8.2 包絡線定理

1.8.2 定理 (包絡線定理) (x∗, p∗) ∈ X × P とし,x∗ がパラメータ p∗ について Kuhn–Tucker

十分条件を厳密に正な乗数ベクトル (1, λ1, . . . , λM ) ∈ R1+M++ について満たすとする.また aと

bは連続微分可能とする.このとき,

∇b(p∗) = ∇pf(x∗, p∗) +

M∑m=1

λm∇pgm(x∗, p∗)

Theorem 1.8.2の略証

1. すべての p ∈ P とmに対して gm(a(p), p) = 0であることを用いて

∇xgm(x∗, p∗)∇a(p∗) +∇pgm(x∗, p∗) = 0

を得る.

2. 上式の両辺に λmをかけてmについて和をとり,Kuhn–Tucker十分条件を適用すること

によって

−∇xf(x∗, p∗)∇a(p∗) +

M∑m=1

λm∇pgm(x∗, p∗) = 0

を得る.

3. すべての pに対して b(p) = f(a(p), p)となることから

∇b(p∗) = ∇xf(x∗, p∗)∇a(p∗) +∇pf(x

∗, p∗)

を得る.

4. 上の 2式を合わせれば証明が完了する.

///

11

関連図書

[1] David Gale, Theory of Linear Economic Models, University of Chicago Press

[2] Stephen Smale, Global analysis and economics, in Handbook of Mathematical Economics,

vol. 1, edited by Kenneth Arrow and M. Intrilligator, North Holland.

13

第2章 選好と選択

2.1 イントロダクション

本章では抽象的な設定における選好と選択の基本的な性質を学ぶ.特に消費者や企業の意思

決定について学ぶが,本章の議論はこれらの問題にしか適用できないわけではなく,より一般

的に成り立つ.本章の内容はMas-Colell, Whinston and Green, Microeconomic Theory(以下,

MWGと略記)の第 1章に相当するが,顕示選好の強公理は第 3章第 J節で論じられている.

選択肢 (alternatives)の集合をX で表そう.ただし,X は非空だと仮定する.選択肢につい

て何らかの選好(道徳的判断や確率的な評価などを表す)を持ち,選択肢の集合Xから選択す

る経済主体(消費者,企業,投資家,経済計画者など)を考えていこう.この問題を論じる方

法としては,「二項関係」を用いる方法と,「選択規則」を用いる方法の 2つのアプローチがあり,

以下ではこれらを順に見ていくことにする.

2.2 選好関係

集合X 上の二項関係 (binary relation または relation) Rは任意の x, y ∈ X に対し関係 xRy

が成立するか否かが定義されている数学的対象と見なすことができる.厳密には,関係 xRyを

(x, y) ∈ Rと見なすことで Rを集合X × X の部分集合と同一視できるということである.ま

た,xRyが成り立たないときに xRcyと書くことにすれば,RをX ×Xの部分集合と見なした

ときRcはRの補集合と考えることができる.

次に,二項関係Rに関する性質を定義する.

2.2.1 定義 集合X 上の二項関係Rが

1. 反射的 (reflexive)であるとは,任意の x ∈ X に対して xRxが成り立つことをいう.

2. 非反射的 (irreflexive)であるとは,Rcが反射的であることをいう.

3. 完備 (complete)であるとは,任意の x ∈ X と任意の y ∈ X に対して xRyまたは yRxが

成り立つことをいう.

4. 対称的 (symmetric)であるとは,任意の x ∈ X と任意の y ∈ X に対して xRyなら yRx

が成り立つことをいう.

5. 非対称的 (asymmetric)であるとは,任意の x ∈ X と任意の y ∈ X に対して xRy なら

yRcxが成り立つことをいう.

6. 非循環的 (acyclic)であるとは,任意の n ≤ N − 1に対して xnRxn+1が成り立ち,かつ

xNRx1が成り立つような自然数N と (x1, x2, . . . , xN ) ∈ XN が存在しないことをいう.

7. 推移的 (transitive)であるとは,任意の x ∈ X,任意の y ∈ X と任意の z ∈ X に対して

xRyかつ yRzならば xRzが成り立つことをいう.

14 第 2章 選好と選択

8. 負に推移的 (negatively transitive)であるとは,Rcが推移的であることをいう.

また,経済学では,Rが完備かつ推移的であるときRは合理的 (rational)ともいわれる.

2.2.2 例 選択肢の集合をX = R3とする.このとき,x1 ≥ y1, x2 ≥ y2, x3 ≥ y3であるとき,かつ

そのときに限りxRyと書くことにすると,Rは推移的だが完備ではない.推移性を示すには,xRy

かつ yRzとしたときに xRzとなることを示せば良い.Rの定義より x1 ≥ y1, x2 ≥ y2, x3 ≥ y3

かつ y1 ≥ z1, y2 ≥ z2, y3 ≥ z3だから,x1 ≥ z1, x2 ≥ z2, x3 ≥ z3が成り立つ.したがって,xRz

が成り立つ.また,x = (1, 2, 3), y = (2, 1, 1)に対しては xRyでも yRxでもないから,完備で

はない.

これらの性質の間には様々な関係がある.その一例を練習問題として挙げておく.

練習問題 2.2.1 以下を証明せよ.ただし,選択肢の集合は非空だと仮定する.

1. 任意の完備な二項関係は反射的である.

2. 任意の反射的な二項関係は非対称的ではない.

3. 任意の非循環的な二項関係は非対称的である.

4. 任意の非対称的な二項関係は非反射的である.

5. 任意の非対称的かつ負に推移的な二項関係は推移的である.

6. 任意の非反射的かつ推移的な二項関係は非循環的である.

練習問題 2.2.2 非空な集合X 上の二項関係をRで表す.以下を証明せよ.

1. Rが負に推移的であるとき,かつそのときに限り,任意の x ∈ X と任意の y ∈ X に対し

てある z ∈ X が存在して,xRyなら xRzまたは zRyが成り立つ.

2. Rが完備であるとする.このとき Rが推移的であるとき,かつそのときに限り,Rは負

に推移的である.

3. Rが対称的であるとき,かつそのときに限り,Rcは完備である.

4. Rが非対称かつ負に推移的なとき,かつそのときに限り,Rcは完備かつ推移的である.

二項関係Rは経済主体の選好を表すものだと経済学的に解釈できるが,その解釈はRが反射

的か非反射的かによって異なる.Rが反射的なら,xRyは「xは yと少なくとも同程度に好ま

しい」といい,Rの代わりに%を用いることがある.Rが非反射的なら,xRyは「xは yより

厳密に好ましい」といい,Rの代わりに≻を用いることがある.この解釈を踏まえて,反射的なRの定義を再考してみよう.集合X上の二項関係Rは任意の

x ∈ Xと任意の y ∈ Xに対し関係 xRyが成立するか否かが定義されている数学的対象であると

見なせるとは,「xは yと少なくとも同程度に好ましい」か否かがわかっているという意味であ

る.もし,「xは yと少なくとも同程度に好ましい」なら xRyであり,そうでないなら xRcyで

ある.ここで,xRcyだからといって yRxとは限らないことに注意して欲しい.つまり,「xは

yと少なくとも同程度に好ましくない」からといって「yは xと少なくとも同程度に好ましい」

とは限らないということである.ただし,もし Rが完備性を満たしていれば,xRcyなら yRx

が成り立つことに注意されたい.

以下では,Rを選好関係と呼ぶことにする.

2.2. 選好関係 15

練習問題 2.2.3 1. X = R2 とする.任意の x ∈ X と任意の y ∈ X に対して,x1 ≥ y1 と

x2 ≥ y2が同時に成り立つとき,かつそのときに限り x % yと書く.このとき,選好関係

%は推移的であることを示し,さらに完備でないことを例を挙げて示せ.

2. X = R3とする.任意の x ∈ Xと任意の y ∈ Xに対して,少なくとも 2つの n ∈ 1, 2, 3について xn ≥ ynが成り立つとき,かつそのときに限り x % yと書く.このとき,選好関

係%は完備であることを示し,さらに推移的でないことを例を挙げて示せ.

次に,選好関係Rsを,xRyと yRcxが成り立つときに xRsyと書くことで定義する.このRs

をRの厳密な部分 (strict part)や非対称な部分 (asymmetric part)という.また,選好関係Ri

を,xRyと yRxが成り立つときに xRiyと書くことで定義する.このRiをRの無差別な部分

(indifference part)や対称な部分 (symmetric part)という.これらの定義は任意の選好関係 R

について意味をなすが,特にRが反射的であるときに有用である.経済学では,反射的な選好

関係%に対して,%sは≻と,%iは∼と書かれることが多い.選好関係Rと,その厳密な部分Rs,無差別な部分をRiに関して次の関係が知られている.

2.2.3 命題 集合X上の選好関係をRとする.Rの厳密な部分をRs,無差別な部分をRiと書く.

1. Rs ∪Ri = R

2. Rが対称的であること,Ri = Rとなること,Rs = ∅となることはそれぞれ同値である

3. Rが非対称的であること,Rs = Rとなること,Ri = ∅となることはそれぞれ同値である

命題 2.2.3の証明 2と 3は定義から明らかだろう.1のみ示す.定義からRs ⊆ RかつRi ⊆ R

だから,Rs ∪Ri ⊆ Rが成り立つ.したがって,逆の包含関係を示せば良い.任意の xRyにつ

いて,yRxあるいは yRcxが成り立つ.yRxなら,定義より xRiyを得る.yRcxなら,定義よ

り xRsyを得る.これよりR ⊆ Rs ∪Riを得る. ///

命題 2.2.3から,なぜRsが非対称な部分と,Riが対称な部分と呼ばれるかがわかるだろう.

練習問題 2.2.4 集合X 上の選好関係をRと表す.以下を証明せよ.

1. Riは対称的である.また,Rが推移的ならばRiも推移的である.

2. Rsは非対称的である.また,Rが推移的ならばRsも推移的である.

練習問題 2.2.5 任意の選好関係Rに対して,Rが推移的であることと,RsとRiが推移的であ

ることは同値か.もしそうなら証明し,そうでないなら反例を挙げ,さらに同値性が満たされ

るための追加的な条件を示せ.

練習問題 2.2.6 集合 X 上の選好関係を Rと表す.選好関係 Rt を,任意の x ∈ X と任意の

y ∈ X に対して yRxが成り立つときに xRty と書くことで定義する.このとき,以下を証明

せよ.

1. Rが完備ならば,R = ((Rs)c)tである.

2. Rが非対称ならば,R = ((Rc)t)sである.

次に,選好関係を効用関数を用いて表すことを考える.そもそもどのようなときに選好関係

が効用関数によって表現されているというのかから考えよう.

16 第 2章 選好と選択

2.2.4 定義 集合X上の選好関係をRと表す.関数 u : X → Rは,次の条件を満たすときRを

表現する効用関数 (utility function representing R)であるといわれる.任意の x ∈ Xと任意の

y ∈ X について,u(x) ≥ u(y)であるとき,かつそのときに限り xRyである.また,Rを表現

する効用関数が存在するとき,Rは表現可能 (representable)であるといわれる.

任意の選好関係Rについて,それを表現するような効用関数が必ず存在するわけではないこ

とに注意してほしい.また,Rを表現するような効用関数がひとつでも存在すれば,そのよう

な効用関数は無数に存在する (MWG, Exercise 1.B.3参照).

選好関係が効用関数によって表現されることと,選好の合理性の間には次のような関係があ

ることが知られている.

2.2.5 命題 選好関係が効用関数によって表現されれば,その選好関係は完備かつ推移的である.

命題 2.2.5の証明 効用関数によって表現される選好関係Rが完備かつ推移的であることを示そ

う.まず,完備性から示す.集合X 上で定義された効用関数 u(·)は,任意の x ∈ X と任意の

y ∈ X に対して u(x) ≥ u(y)または u(y) ≥ u(x)を満たす.したがって,任意の x ∈ X と任意

の y ∈ X に対して xRyまたは yRxを満たされる.

次に,推移性を示す.xRy かつ yRz を仮定して,xRz を示せばよい.xRy かつ yRz より

u(x) ≥ u(y)かつ u(y) ≥ u(z)が成り立つから,u(x) ≥ u(z)を得る.これは,xRzに他ならな

い. ///

命題 2.2.5の逆は一般には成立しない.つまり,選好関係が完備かつ推移的であっても,その

選好関係を表現する効用関数は存在するとは限らない.しかし,もしX が有限集合なら,逆も

成立することが知られている.

練習問題 2.2.7 Xの元の個数に関する数学的帰納法を用いて次を示せ.Xが有限集合であると

き,つまり有限個の元からなるとき,X 上の任意の完備かつ推移的な選好関係はある効用関数

によって表現できる.

では,X が無限集合であるとき,どのような選好関係が効用関数によって表現されないのだ

ろうか.その例として辞書式選好 (lexicographic preference)が知られている.辞書式選好Rと

は,たとえばX = R2+の上で,“x1 > y1”あるいは “x1 = y1かつ x2 ≥ y2”のときに xRyとす

る選好関係のことである.辞書式選好は完備や推移的等の条件を満たすものの,これを表現す

る効用関数は存在しないことが知られている.

完備な選好関係は反射的だから,命題 2.2.5は,選好関係が定義 2.2.4の意味で効用関数によっ

て表現されるとき,その選好関係は「少なくとも同程度に好ましい」関係を表していると解釈

できる.また,少し標準的ではないが,選好関係の効用関数による表現は次のように定義され

ることもある.

2.2.6 定義 集合X上の選好関係をRと表す.効用関数 u : X → Rは,次の条件を満たすとき

Rを強く表現する効用関数 (utility function strictly representing R)であるといわれる.任意

の x ∈ Xと任意の y ∈ Xについて,u(x) > u(y)であるとき,かつそのときに限り xRyである.

また,Rを強く表現する効用関数が存在するとき,Rは強く表現可能 (strictly representable)

であるといわれる.

すべての非対称的な選好関係は非反射的であることに注意すれば,次の命題は,選好関係が

定義 2.2.4の意味で効用関数によって表現されるとき,その選好関係は厳密に好ましい関係を表

すと解釈できることを示している.

2.3. 選択規則 17

2.2.7 命題 選好関係が効用関数によって強く表現されるとき,その選好関係は非対称的かつ推

移的である.

命題 2.2.7の証明 推移性は命題 2.2.5と全く同様にして示されるので,非対称性のみを示す.任

意の x ∈ X と任意の y ∈ X に対して,xRyなら yRcxを示せば良いが,これは u(x) > u(y)と

したときに u(y) > u(x)でない,u(x) ≤ u(y)と同値であるから明らかである. ///

練習問題 2.2.8 以下を証明せよ.

1. 選好関係Rが効用関数 uによって表現できるなら,選好関係Rsは uによって強く表現で

きる.

2. 選好関係 Rが効用関数 uによって強く表現できるなら,選好関係 (Rc)tは uによって表

現できる.

練習問題 2.2.9 (難しい) X上の選好関係Rが効用関数uによって強く表現されるとする.この

とき,Xの高々可算個の元からなる部分集合Zが存在して,任意のx ∈ X \Zと任意の y ∈ X \Zに対して,xRyなら,ある元 z ∈ Z がとれて xRzかつ zRyとできることを示せ.同様の主張

は,Rが効用関数によって表現されるときにも成り立つか.

練習問題 2.2.10 Rを辞書的選好の厳密な部分とする.命題 2.2.9が成立するようなX = R2+

の高々可算な部分集合 Z は存在しないことを示せ.

2.3 選択規則

集合X上の選択構造 (choice structure)とは,Xの非空な部分集合の集合 Bと,BからXの

非空な部分集合の集合への写像 C の組 (B, C)のことである.但し,写像 C は Bの任意の元B

に対して C(B) ⊆ Bを満たすとする.このとき,C(B)はBが与えられたときに選択される選

択肢の集合であると解釈できる.

2.3.1 定義 集合X上の選択構造を (B, C)と表す.集合X上の選好関係Rが,次の条件を満た

すとき顕示的に少なくとも同程度に好ましい関係 (revealed at-least-as-preferable-as relation)

を表すという.任意の x ∈ X と任意の y ∈ X に対して,xRyであるとき,かつそのときに限

り,ある集合B ∈ Bが存在して x, y ⊆ Bと x ∈ C(B)を満たす.

上の定義において,y ∈ C(B)とは限らないことに注意して欲しい.特に y ∈ C(B)のとき,

Rは顕示的に強く好ましい関係といわれることもある.

次に,顕示選好の弱公理・強公理について見よう.これらは,選好関係と選択規則の二つの

アプローチの関係を論じるときに重要な役割を果たす.

2.3.2 定義 集合X 上の選択構造を (B, C)と表し,顕示的に少なくとも同程度に好ましい関係をRと表す.自然数N ≥ 2に対して次の条件を考える.

任意の n ≤ N に対して xn ∈ X であり,任意の n ≤ N − 1に対して xnRxn+1であ

るとき,x1, xN ⊆ B ∈ Bかつ xN ∈ C(B)なら,x1 ∈ C(B)である.

18 第 2章 選好と選択

顕示選好の弱公理 選択構造 (B, C)が顕示選好の弱公理 (weak axiom of revealed preference)を

満たすとは,上記の条件がN = 2に対して成り立つことをいう.

顕示選好の強公理 選択構造 (B, C)が顕示選好の強公理 (strong axiom of revealed preference)

を満たすとは,上記の条件が任意のN ≥ 2に対して成り立つことをいう1.

顕示選好の弱公理に関して直観的に説明しておこう.顕示選好の弱公理は,N = 2のときに

上の条件が成り立てばよいから,次のように書き直すことができる.

x1, x2 ∈ X について x1Rx2とする.このとき,x1, x2 ⊆ B ∈ Bかつ x2 ∈ C(B)

なら x1 ∈ C(B)である.

この条件の前半部は,x1と x2が選択肢として与えられたとき,x1が選ばれることを意味して

いる(ただし,x2が選ばれなかったとは限らないことに注意).顕示選好の弱公理は,x1と x2

を選択肢として含むどのようなB ∈ Bについても x2が選ばれて x1が選ばれないということは

ないと述べていると説明できる.ある意味で当然のことであるがゆえにむしろわかりにくいか

もしれないが,じっくり確認してほしい.

顕示選好の弱公理・強公理に関する命題として,次が知られている.

練習問題 2.3.1 集合X上の選択構造を (B, C)と表し,顕示的に少なくとも同程度に好ましい関係をRと表す.ここでRの推移的閉包をQと表す(ある自然数N ∈ Nと (x1, x2, . . . , xN ) ∈ XN

が存在して,任意の n ≤ N に対して x1 = x, xN = y, かつ xn−1Rxnが成り立つとき,かつそ

のときに限り xQyと表す).このとき,以下を示せ.

1. 選択構造 (B, C)が顕示選好の弱公理を満たすとき,かつそのときに限り,任意の x ∈ X

と任意の y ∈ Xに対して,xRiyかつ x, y ⊆ BならC(B)∩ x, y ∈ ∅, x, yが成り立つ.

2. 選択構造 (B, C)が顕示選好の強公理を満たすとき,かつそのときに限り,選択構造 (B, C)が顕示選好の弱公理を満たし,さらに Rs ⊆ Qs(つまり,任意の x ∈ X と任意の y ∈ X

に対して,xRsyなら xQsyが成り立つ)が成り立つ.

最後に,顕示選好の弱公理・強公理が満たされない例を確認しておこう.

練習問題 2.3.2 X = x, y, zとする.X 上の選択構造を (B, C)と表し,特に,

B = x, y, y, z, x, z,C(x, y) = x, C(y, z) = y, C(x, z) = z

と定める.このとき,(B, C)は顕示選好の弱公理を満たすが,顕示選好の強公理は満たさないことを示せ.

練習問題 2.3.3 X = x, y, zとする.X 上の選択構造を (B, C)と表し,特に,

B = x, y, y, z, z, x, x, y, z,C(x, y) = x, C(y, z) = y, C(x, z) = z

と定める.このとき,(C(x, y, z)に関係なく)(B, C)が顕示選好の弱公理を満たさないことを示せ.

1MWGでは,顕示選好の強公理はワルラス需要関数(定義は後述)に対して定義されている.これは任意のB ∈ Bに対して C(B)は 1価であるときに相当する.しかし,ここではより一般的に C(B)が対応である場合にも定義している.この点に関しては Varian, Microeconomic Analysisも役に立つだろう.

2.4. 選好関係と選択規則の関係 19

2.4 選好関係と選択規則の関係

この節では,これまでに見た 2つのアプローチの関係を論じる.これまで通り,集合X の非

空な部分集合の集合を Bと表そう.

2.4.1 定義 X 上の選好関係を Rと表す.任意の B ∈ Bに対して,ある元 x ∈ B が存在して

任意の y ∈ B に対して xRy が成り立つとする.B から X の非空な部分集合への写像 C を,

C(B) = x ∈ B |任意の y ∈ Bに対して xRyと定義する.このとき,(B, C)をRから構成さ

れた選択構造 (choice structure)という.

定義 2.4.1が有用であるのは Rが反射的であるときのみである.なぜなら,もしそうでなけ

れば,任意のB ∈ Bに対して,ある元 x ∈ Bが存在して任意の y ∈ Bに対して xRyが成り立

つという仮定そのものが成り立たないからである.非反射的なRに対しては,次の定義を用い

ればよい.

2.4.2 定義 X 上の選好関係を Rと表す.任意の B ∈ Bに対して,ある元 x ∈ B が存在して

任意の y ∈ B に対して yRcxが成り立つとする.B から X の非空な部分集合への写像 C を,

C(B) = x ∈ B | 任意の y ∈ Bに対して yRcxと定義する.このとき,(B, C)を Rから構成

された厳密な選択構造 (strict choice structure)という.

選好関係の性質と,その選好関係から構成された選択構造の性質の間には重要な関係がある.

2.4.3 命題 任意の完備かつ推移的な選好関係Rから構成された選択構造は顕示選好の強公理を

満たす.

命題2.4.3の証明背理法で示す.問題の選択構造 (B, C)が顕示選好の強公理を満たさないと仮定する.このとき,ある自然数Nと (x1, x2, · · · , xN ) ∈ XNが存在して,x1Rx2, x2Rx3, . . . , xN−1RxN

かつ,ある B ∈ B が存在して x1, xN ⊆ B, xN ∈ C(B), x1 ∈ C(B)を得る.Rは推移的だ

から,x1RxN を得る.したがって,xN ∈ C(B), x1なら,上で構成された選択構造の定義より

x1 ∈ C(B)でなければならないから,矛盾を得られた. ///

ここでは証明しないが,次の定理によって逆も成立することがわかる.

2.4.4 定理 (Richter) 顕示選好の強公理を満たす任意の選択構造 (B, C)に対して,ある完備かつ推移的な選好関係Rが存在して,任意のB ∈ Bに対して

C(B) = x ∈ B |任意の y ∈ Bに対して xRy

が成り立つ.

練習問題 2.3.2で見たように,一般に顕示選好の弱公理はRichterの定理の結論を示すには十

分ではない.つまり,完備かつ推移的な選好関係の存在を示すには十分ではない.しかし,BがX の 3つ以下の元からなるすべての部分集合を含めば,顕示選好の弱公理が完備かつ推移的な

選好関係の存在を示すのに十分であることが知られている.さらに,このような選好関係が一

意的に定まることも示される.

練習問題 2.4.1 BがX の 2つの元からなるすべての部分集合を含み,X 上の選好関係%が完備かつ推移的であるとする.選好関係 %の選択構造を (B, C)とし,(B, C)の顕示選好を Rで

表す.このとき,% = Rを証明せよ.

20 第 2章 選好と選択

2.5 Afriatの方法

本節では,Afriat (1967)によって提示された,観測された選択から元となる選好関係を復元す

るための代替的な方法を簡単に見ておこう.この方法では選択構造 (B, C)に対して任意のB ∈ Bに対してC(B)は 1価であると仮定されている.問題は,任意のB ∈ Bと任意の y ∈ Bに対し

てC(B) % yを満たすようなX上の完備かつ推移的な選好関係%が存在するか否かである.この C(B)はBが利用可能であるときに実際に選ばれるものを表していると解釈できる.

この方法は前述の方法に比べ得られる情報が少ない.というのも,たしかにC(B)がBの最も

好ましい選択肢だとわかるがBの中にC(B)と同程度に好ましい他の選択肢があるかどうかはわ

からないからである.この違いは元の選好関係の概念を比較することでより鮮明になる.前述の方

法では,C(B) = x ∈ B |任意の y ∈ Bに対してxRyであるときに選好関係は選択構造 (B, C)を基礎づける.一方,Afriat (1967)の方法では C(B) ∈ x ∈ B |任意の y ∈ Bに対して xRyであるときに選好関係は選択構造 (B, C)を基礎づける.Afriat (1967)の方法は前述の方法よりも実証研究には向いているだろう.なぜなら,家計の

消費行動などのデータを手に入れることはできても,家計に予算の中で同程度に好ましいと考

えている他の消費があったかどうかまではわからないからである.また,Afriat (1967)の方法

の方が選好関係の存在を保証し易い.実際,任意の x ∈ X と任意の y ∈ X に対して x % yと

定める選好関係%はAfriat (1967)の意味で選択構造 (B, C)を基礎づける.したがって,Afriat

(1967)の方法では,X 上で定義された完備かつ推移的な選好関係の中の限定されたクラスで選

択構造 (B, C)を基礎づけるものがあるかどうかを論じることが多い.

21

関連図書

[1] S. N. Afriat, The construction of utility functions from expenditure data, International

Economic Review 8 (1967) 67–77.

[2] John S. Chipman and others, Preferences, Utility and Demand, Harcourt Brace Jovanovic.

[3] Peter C. Fishburn, Utility Theory for Decision Making, John Wiley and Sons.

[4] David M. Kreps, Notes on the Theory of Choice, Westview Press.

[5] Andreu Mas-colell, Michael D. Whinston and Jerry R. Green, Microeconomic Theory,

Oxford University Press.

[6] Hal R. Varian, Microeconomic Analysis Second Edition, W. W. Norton.

23

第3章 消費者理論

3.1 イントロダクション

本章では古典的な消費者理論を扱う.内容はMWGの第 2, 3章に相当する.Debreuでは以

下で導入される概念のうちのいくつかについて簡潔な解説が与えられている.Krepsの解説の

仕方は本講義ノートとは若干異なっているが,有益である.

3.2 財と財空間

財 (commodity)はその物理的な特性,またそれが消費・生産される時間や場所,そして不確

実性が存在する場合にはその状態によっても区別される.

本章では L種類の財を考える.物理的に実現可能とみなされる L財の個数の組み合わせを財

バンドル (commodity bundle)といい,財バンドルの集合を財空間 (commodity space)という.

したがって,それはRLの部分集合であり,実際には財空間としてRLをとることが多い.し

かし,もしすべての財が非分割財であるときには財空間として ZLをとることがある.ここで

Z はすべての整数の集合である.簡単化のため,ここでは財空間はRLとする.

3.3 消費集合

ある消費者の消費集合 (consumption set)とは,その消費者の生存を保証することのできる

財バンドルの集合である.消費集合をXで表わし,X上で消費者の選好関係が定義される.消

費集合は財空間の部分集合であり,RL+とされることが多い.しかし,ときにはZL

+や他のRL+

の部分集合とされることもある.簡単化のため,特に断らない限りX = RL+とする.消費集合

上の財バンドルを消費バンドル (consumption bundle)という.

3.4 選好と効用

消費者の選好関係は,今は第 2章 2.2節で抽象的に定義された二項関係にすぎない.そこで,

ユークリッド空間X の構造に依存する他の性質を利用する.

3.4.1 定義 %を消費集合X = RL+上の選好関係とし,その厳密な部分を≻, 無差別な部分を∼

とする.xと yを任意の消費バンドルとし,αを [0, 1]上の任意の実数とする.

単調性 y − x ∈ RL++のとき y ≻ xならば,%は単調 (monotone)であるという.

強単調性 y− x ∈ RL+かつ y− x = 0のとき y ≻ xならば,%は強単調 (strongly monotone)で

あるという.

24 第 3章 消費者理論

局所非飽和性 任意の ε > 0に対してある z ∈ X が存在して ∥z − x∥ ≤ εかつ z ≻ xとなると

き,%は局所非飽和 (locally non-satiated)であるという(ただし,∥ · ∥はユークリッドノルムを表す).

凸性 z ∈ X,x % zかつ y % zのとき αx+(1−α)y % zならば,%は凸 (convex)であるという.

厳密な凸性 z ∈ X,x % z, y % z, x = yかつ α ∈ (0, 1)のとき αx+ (1− α)y ≻ zならば,%は厳密に凸 (strictly convex)であるという.

連続性 X 上の点列 (xn)∞n=1 , (yn)∞n=1 に対して,すべての nについて xn % yn を満たし,さ

らに n → ∞のとき xn → xかつ yn → y とする.このとき,x % y ならば %は連続(continuous)であるという.

3.4.2 注意 ここで,定義 3.4.1についていくつか補足する.

1. %が凸であることは任意の z ∈ X に対して集合 x ∈ X : x % zが凸であることと同値である.

2. %が効用関数 uによって表現されるとき,%が凸であることは効用関数 uが準凹関数で

あることと同値である.

3. %が連続であることは%がX ×X の閉部分集合であることと同値である.

4. %が連続でも,≻が連続であるとは限らない.すなわち,任意の自然数nに対してxn ≻ yn

でも x ≻ yとは限らない.

3.4.3 命題 X = RL+上の強単調な選好関係は単調であり,単調な選好関係は局所非飽和である.

命題 3.4.3の証明 選好関係が強単調ならば単調であることは定義から明らかだから,単調な

らば局所非飽和であることを示せばよい.X 上の選好関係を %とする.任意の x ∈ X と任意

の ε > 0について,ある z ∈ X が存在して ∥z − x∥ < εかつ z ≻ xとなることを示せばよい.

z = (x1 +ε

L+1 , x2 +ε

L+1 , · · · , xL + εL+1)とおくと,z ∈ X,∥z − x∥ = ε√

L+1< εとなり,さら

に z − x = ( εL+1 ,

εL+1 , · · · ,

εL+1) ∈ R++だから,z ≻ xが成り立つ. ///

命題 3.4.3の性質は消費集合の取り方に依存している.実際,消費集合をX = ZL+と取ると

単調だが,局所非飽和でない選好関係が存在する.

練習問題 3.4.1 X = ZL+上では単調であるが局所非飽和でない選好関係が存在することを示せ.

適当に拡張を行うことによって命題 3.4.3が真となるように単調性と強単調性を一般の消費集合

X について定義しなさい.

練習問題 3.4.2 連続な効用関数によって表現される任意の選好関係は完備,推移的,連続であ

ることを示せ.

我々は,第 2章で効用関数によって表現可能な選好関係は完備かつ推移的であるが,その逆

は必ずしも成り立たないことを学んだ.では,どのようなときに逆が成り立つのだろうか.こ

こでは証明しないが,次の命題がこの疑問への答えである.

3.4.4 命題 任意の完備,推移的,連続な選好関係はある連続な効用関数によって表現される.

3.5. 価格,富,予算集合 25

誤解しないでほしいのは,この命題は完備,推移的かつ連続な選好関係は連続な効用関数「で

も」表現できることを意味しているのであって,そのような選好関係を表現する不連続な効用

関数も存在しうることである.

また,選好関係に以下の仮定をおくことで効用関数の形状を限定することができる.

3.4.5 定義 %をX = RL+上の選好関係とする.任意の x, y ∈ Xと任意のα > 0に対して x % y

ならば αx % αyが成り立つとき%は相似的 (homothetic)であるという.

3.4.6 命題 %をX = RL+上の選好関係とする.

1. uを%を表現する効用関数とする.uがm次同次ならば%は相似的である.

2. %が相似的ならば,%は 1次同次な効用関数によって表現される.

3.4.7 定義 %をX = R×RL−1+ 上の選好関係とする.任意の x, y ∈ Xと任意の α ∈ Rに対し

て,x % yならば x+αe1 % y+αe1が成り立つとき,%は第 1財について準線形 (quasi-linear)

であるという1.

3.4.8 命題 %をX = R×RL−1+ 上の選好関係とする.

1. uを%を表現する効用関数とする.uがある関数 ϕ : RL−1+ → Rに対して,

u(x) = x1 + ϕ(x2, . . . , xL)

と表されるとき,%は第 1財に関して準線形である.

2. %が第 1財に関して準線形であるとする.%を表現する効用関数の中で,ある関数 ϕ :

RL−1+ → Rに対して,

u(x) = x1 + ϕ(x2, . . . , xL)

と書ける効用関数 uが存在する.

3.5 価格,富,予算集合

ここでは各財 ℓ (ℓ = 1, . . . , L)に対して価格 pℓが存在していると仮定する.pℓからなる L次

元列ベクトルを pと表し,価格ベクトルと呼ぶ.消費者の富水準 (wealth level)は(多くの場

合,非負または厳密に正の)実数 wによって表される.価格ベクトル pと富水準 wのもとで,

消費者の消費集合 (budget set)は x ∈ X | p · x ≤ wとなる.この定式化は一見単純であるが,背後には重要な仮定がおかれている.第 1に,市場は完備

であり,選好関係と効用関数に関係するすべての財に価格が定められている.第 2に,制約と

なっている不等式は 1本だけであるため,ある財に対する支出を減らすとその支出減少分を用

いて他の財への支出を増やすことができる.特に異時点間の消費を考える場合,これは借り入

れ制約が存在しないことを意味する.第 3に,割り当て (rationing)が存在しない.すなわち,

購入できる財の量に上限や下限が存在しない.第 4に,各財の価格は財バンドル xの選び方に

影響を受けないため,消費者の市場への影響力は市場の規模と比べて無視できるほどに小さく,

価格受容的行動をとると考えてよい.

1e1 は第 1成分が 1,それ以外の成分が 0である L次元ベクトルである.

26 第 3章 消費者理論

3.6 効用最大化問題

本節では,効用関数 uは連続で,完備かつ推移的な選好関係%を表現するとしよう.連続性を仮定しているため,以下の分析では関数,対応は適切な(たとえば,富水準が厳密に正であ

るような)定義域上でそれぞれ連続,上半連続であるとしてよい.

価格ベクトル pと富水準 wの下での効用最大化問題 (utility maximizing problem)とは,次

の最大化問題のことである.

maxx∈X

u(x)

subject to p · x ≤ w.

3.6.1 命題 p ∈ RL++かつw ≥ 0ならば,効用最大化問題に少なくとも 1つの解が存在する.さ

らに,%が厳密に凸ならば解が一意に存在する.

命題 3.6.1の証明 価格ベクトル pと富水準 wの下で,予算集合 x ∈ X | p · x ≤ wは有界な閉集合,したがってコンパクト集合であることがわかる.一般に,連続関数はコンパクト集合

上で最大値を持つから,たしかに最大化問題の解は存在する.

次に,%が厳密に凸であると仮定する.解の一意性を背理法で示そう.効用最大化問題の解x, x′ ∈ X (x = x′)が存在すると仮定する.%が厳密に凸であるから,任意の α ∈ (0, 1)に対し

て αx+ (1− α)x′ ≻ xかつ αx+ (1− α)x′ ≻ x′が成り立つ.これは u(αx+ (1− α)x′) > u(x)

かつ u(αx+ (1−α)x′) > u(x′)に他ならない.これは xと x′が効用最大化問題の解であること

に矛盾する. ///

以後では,少なくとも 1つの解が存在すると仮定しすべての解の集合を x(p, w)と表わそう.

対応 (p, w) 7→ x(p, w)をワルラス需要対応 (Walrasian demand correspondence)という.%が厳密に凸のとき,命題 3.6.1よりワルラス需要対応は関数(1価対応)になりワルラス需要関数

(Walrasian demand function)という.

3.6.2 命題 ワルラス需要対応 xは以下の性質を持つ.

同次性 任意の α > 0に対して x(αp, αw) = x(p, w)である.

ワルラス法則 %が局所非飽和ならば,任意の x ∈ x(p, w)に対して p · x = wである.

顕示選好の強公理 xは顕示選好の強公理を満たす.

命題 3.6.2の略証

同次性 価格ベクトル αpと富水準 αwの下での効用最大化問題の目的関数も予算集合も元の効

用最大化問題のそれと同じだから,最大化解も同じになる.

ワルラス法則 背理法で示す.ある x ∈ x(p, w)が存在して p · x < wとなるとしよう.このとき,

局所非飽和性より xに十分近い y ∈ X が存在して,u(y) > u(x)かつ p · y < wとなるか

ら,矛盾を得る.

顕示選好の強公理 効用関数の存在が仮定されているから、元となる選好関係 %は完備かつ推移的である.予算集合 x ∈ X | p · x ≤ wを Bp,w と書くと,ワルラス需要対応 x(p, w)

は選択写像 C(Bp,w) = x ∈ X | 任意の y ∈ Bp,wに対して x % yと等しいことに注意されたい.したがって,命題 2.4.3より顕示選好の強公理が成り立つ.

3.6. 効用最大化問題 27

///

練習問題 3.6.1 ワルラス需要関数 xが p = (0, 1), w = 0において連続でないような,厳密に凸

で局所非飽和な(ただし,単調でなくてもよい)X = R2+上の選好関係の例を挙げよ.

効用最大化問題の価値関数を間接効用関数 (indirect utility function)といい,vで表わす.つ

まり,任意の x ∈ x(p, w)に対して v(p, w) = u(x)である.

3.6.3 命題 間接効用関数 vは以下の性質を持つ.

同次性 任意の α > 0に対して v(αp, αw) = v(p, w)である.

単調性 vは各 pℓ に関して非増加的であり,wに関して非減少的である.%が局所非飽和ならば,vは wに関して厳密に増加的である.

準凸性 v は準凸である.すなわち v(p, w) ≤ v(q, b), v(p′, w′) ≤ v(q, b)かつ α ∈ [0, 1]ならば

v(αp+ (1− α)p′, αw + (1− α)w′) ≤ v(q, b)である.

命題 3.6.3の略証

同次性 xの(0次)同次性から明らかである.

単調性 第 1財の価格のみが上昇したときに効用水準が下がることを示せばよい.第 1財の価

格が p1 から p′1 (> p1)に上昇したとする.価格ベクトルを p = (p1, p2, . . . , pL)⊤, p′ =

(p′1, p2, · · · , pL)⊤と書くと,予算集合について x ∈ X | p′ ·x ≤ w ⊆ x ∈ X | p ·x ≤ wが成り立つ.したがって,間接効用関数の定義より v(p, w) ≥ v(p′, w)を得る.

富水準に関しても,同様に示せる.富水準がwからw′ (> w)に上昇したとすると,予算

集合について x ∈ X | p · x ≤ w ⊆ x ∈ X | p · x ≤ w′が成り立つ.したがって,間接効用関数の定義より v(p, w′) ≥ v(p, w)を得る.%が局所非飽和のときには,命題 3.6.2の

ワルラス法則から厳密に増加することがわかる.

準凹性 x ∈ x(αp + (1 − α)p′, αw + (1 − α)w′) とおくと,u(x) = v(αp + (1 − α)p′, αw +

(1 − α)w′) となる.予算制約から (αp + (1 − α)p′) · x ≤ αw + (1 − α)w′,すなわち

αp · x + (1 − α)p′ · x ≤ αw + (1 − α)w′ を得るから,p · x ≤ wあるいは p′ · x ≤ w′ が

成り立つ.今 p · x ≤ wなら,u(x) ≤ v(p, w)だから仮定(v(p, w) ≤ v(q, b)とあわせて

u(x) = v(αp+ (1− α)p′, αw+ (1− α)w′) ≤ v(q, b)が成り立つ.p′ · x ≤ w′の場合も同様

にして示せる.

///

練習問題 3.6.2 間接効用関数vが準凸であることは,任意の (q, b)について集合(p, w) | v(p, w) ≤v(q, b)が凸であることと同値であることを示せ.

28 第 3章 消費者理論

3.7 支出最小化問題

前節に引き続き,本節でも効用関数 uは連続で,完備かつ推移的な選好関係%を表現するとしよう.

価格ベクトル pと効用水準 uのもとでの支出最小化問題 (expenditure minimization problem)

は以下のようになる.

minx∈X

p · x,

subject to u(x) ≥ u.

支出最小化問題は必ずしも消費者の現実の行動を描写するものとして考えられているわけで

はないが,企業行動と類似する点があること,また社会厚生の評価に使いやすいということか

ら,分析の観点からは便利な問題である.

3.7.1 命題 p ∈ RL++かつ u(x) ≥ uなる x ∈ X が存在するならば,支出最小化問題の解が少な

くとも 1つ存在する.さらに%が強い意味で凸ならば,解は一意に存在する.

命題 3.7.1の略証 命題 3.6.1と同様にして示される.

価格ベクトル p ∈ RL++だから,支出最小化解が存在すればその範囲は上に有界だから,コン

パクト集合をとることができる.目的関数は連続関数だから,最小化解は存在する.

%が厳密に凸であるときに解が一意であることは,背理法で示される.支出最小化問題の解x, x′ ∈ X (x = x′)が存在すると仮定する.%が厳密に凸であるから,任意の α ∈ (0, 1)に対し

て u(αx + (1 − α)x′) > u(x) ≥ uかつ u(αx + (1 − α)x′) > u(x′) ≥ uに他ならない.ここで,

β ∈ (0, 1)として,さらに βを 1に十分近くとれば uの連続性より u(β(αx+ (1−α)x′)) > uか

つ p · β(αx+ (1− α)x′) < p · (αx+ (1− α)x′)となる.これは xと x′が支出最小化問題の解で

あることに矛盾する. ///

以後では,少なくとも 1つの解が存在すると仮定し,すべての解の集合を h(p, u)と表わす.

対応 (p, u) 7→ h(p, u)をヒックス需要対応 (Hicksian demand correspondence)という.%が厳密に凸のとき,命題 3.7.1よりヒックス需要対応は 1価対応になり,ヒックス需要関数 (Hicksian

demand function)という.

3.7.2 命題 ヒックス需要対応 hは以下の性質を持つ.

同次性 任意の α > 0に対して h(αp, u) = h(p, u)である.

余剰効用の不存在 p ∈ RL++ かつ u ≥ u(0)ならば,任意の x ∈ h(p, u)に対して u(x) = uで

ある.

補償需要法則 任意の 2 つの価格ベクトル p, p′ と任意の x ∈ h(p, u), x′ ∈ h(p′, u) に対して

(p′ − p) · (x′ − x) ≤ 0が成立する.

命題 3.7.2の略証

同次性 制約条件を変えずに目的関数を定数倍しても最適解は変わらないから,明らかだろう.

余剰効用の不存在 背理法で示す.支出最小化問題の解 x ∈ X が u(x) > uを満たすとする.こ

のとき,α ∈ (0, 1)として,αを 1に十分近くとれば uの連続性より u(αx) > u,かつ

p · (αx) < p · xだから,xが支出最小化していることに矛盾する.

3.7. 支出最小化問題 29

補償需要法則 補償需要法則の証明は読者に譲る(練習問題 3.7.1を参照).

///

練習問題 3.7.1 補償需要法則を示せ.

3.7.3 注意 補償需要法則は,価格が変化したときに価格変化のベクトルと需要変化のベクトル

が「反対」を向いていることを意味する.特に,ある ℓについて p′ℓ > pℓ,かつm = ℓについて

p′m = pmなら,

(p′ − p) · (x′ − x) = (p′l − pl)(x′ℓ − xℓ) ≤ 0

となるから x′l ≤ xlであり,ある 1つの財の価格が上昇したとき,その財に対するヒックス需要

が増加することはない.これはヒックス需要のみに成り立つ性質である2.

支出最小化問題の価値関数を支出関数 (expenditure function)といい,eで表わす.すなわち

任意の x ∈ h(p, u)に対して e(p, u) = p · xである.

3.7.4 命題 支出関数 eは以下の性質を持つ.

同次性 任意の α > 0に対して e(αp, u) = αe(p, u)である.

単調性 eは各 pℓに関して非減少的であり,u ≥ u(0)に関して厳密に増加的である.

凹性 eは pに関して凹である.すなわち,任意の α ∈ [0, 1]に対して e(αp + (1 − α)p′, u) ≥αe(p, u) + (1− α)e(p′, u)である.

命題 3.7.4の略証

同次性 hの同次性から明らかだろう.

単調性 各 pℓに関して非減少であることを示す.第 1財の価格のみが上昇したときに支出が減

少しないことを示せば良い.第 1財の価格が p′1から p′′1 (> p1)に上昇したとする.価格ベ

クトルを p′ = (p′1, p2, · · · , pL)⊤, p′′ = (p′′1, p2, · · · , pL)⊤ と書く.x′′ ∈ h(p′′, u)とおくと,

e(p′′, u) = p′′ · x′′ ≥ p′ · x′′ ≥ e(p′, u)となる.

eが u (≥ u(0))に関して厳密に増加することを背理法で示す.効用水準 u′, u′′(ただし,

u′′ > u′ としても一般性を失わない)に対して,支出最小化問題の解 x′ ∈ h(p, u′), x′′ ∈h(p, u′′)が存在して,p · x′ ≥ p · x′′ > 0とする.このとき,α ∈ (0, 1)として,αを 1に十

分近くとれば uの連続性より u(αx′′) > u′, かつ p · x′ < p · αx′′だから,x′が支出最小化することに矛盾する.

凹性 価格 p, p′に対して,α ∈ [0, 1]として p′′ = αp+(1−α)p′とおく.x′′ ∈ h(p′′, u)とすると,

e(p′′, u) = p′′ · x′′ = αp · x′′ + (1− α)p′ · x′′ ≥ αe(p′′, u) + (1− α)e(p′, u)

を得る.これは eの pに関する凹性の定義に他ならない.

///

2ワルラス需要では,所得効果が存在するためにこのような法則は一般に成立しない.

30 第 3章 消費者理論

3.8 ワルラス需要とヒックス需要の特徴づけ

本節ではヒックス需要と支出関数,ワルラス需要と間接効用関数の間の関係について論じる.

これらはそれぞれ支出最小化問題,効用最大化問題の政策関数と価値関数であるが,本節の記

述から支出関数,間接効用関数はそれぞれヒックス需要,ワルラス需要の情報を含んでいるこ

とがわかるだろう.以下では,それぞれの最適化問題の解は一意に決まるとし,ヒックス需要

とワルラス需要はともに関数であるとする.

3.8.1 命題 任意の価格ベクトル pと任意の効用水準 uに対して,e(p, u)は pに関して微分可能

であるとき,かつそのときに限り h(p, u)が 1価集合(1つの元からなる集合)となり,

h(p, u) = ∇pe(p, u) (3.1)

が成り立つ3.

この命題の証明は読者に譲る(練習問題 3.8.1参照).練習問題 3.8.1の方法はMWGの p. 68,

69にある 3通りのどの方法とも異なる.

3.8.2 注意 任意の価格ベクトル pと任意の効用水準 uに対して,h(p, u)が 1価であるとき,か

つそのとき限り e(p, u)は pに関して微分可能である.

3.8.3 注意 命題 3.8.1は eの pに関する微分が hに等しいことを主張している.これは価格が p

から微小な∆pだけ増加したときには,支出の変化は価格の変化分とこれまでの需要量 h(p, u)

との内積で表されること,すなわち

e(p+∆p, u)− e(p, u) ≈ ∆p · h(p, u)

となることを意味している.本来価格が変化するとそれに応じて需要量も変化するのであるが,

pの変化が十分小さなときにはその影響を無視することができ,上の式が成立する.

3.8.4 注意 支出関数 eが pに関して微分可能ならば,eの 1次同次性から

p ·Dpe(p, u) = e(p, u)

が成立する.また,eが pに関して 2階微分可能なら,eの凹性からヘシアン∇2pe(p, u)は負値

半定符号となる4.

練習問題 3.8.1 価格ベクトル pと効用水準 uについて,以下の最大化問題を考えよ.

maxp

e(p, u)

subject to p · h(p, u) ≤ e(p, u).

pがこの最大化問題の解であること,また最適化のKuhn–Tucker条件から式 (3.1)が導かれる

ことを示せ(ヒント: eの pに関する同次性を用いてKuhn–Tucker条件の乗数が 1に等しいこ

とを示せ).

3h(p, u)は 1価集合だから,h(p, u) = ∇pe(p, u)と書くべきかもしれない.しかし,一般に 1価集合はその元と 1対 1に対応し,また記法が繁雑になることを避けるため,この記法を採用する.

4∇2pe(p, u)は負値定符号にはならない.命題 3.8.1と命題 3.8.5から任意の pについて∇2

pe(p, u)p = 0が成立する.p = 0より ∇2

pe(p, u)の階数は高々L− 1となるため,負値定符号にはなりえない.

3.9. 双対性 31

これまでの議論から,直ちに次の結果が得られる.

3.8.5 命題 h(p, u)が (p, u)で連続微分可能であると仮定する.このとき,任意の価格ベクトル

pと効用水準 uに対してDph(p, u)は対称な負値半定符号行列であり,さらにDph(p, u)p = 0を

満たす.

次にワルラス需要と間接効用関数の関係について見る.命題 3.8.1と同様に vの pに関する微

分と xが関係づけられるのであるが,今回の場合は所得効果が存在するため,議論を修正する

必要がある.

3.8.6 命題 (ロワの恒等式) 任意の価格ベクトル pと任意の富水準wに対して,x(p, w)が 1価

であるとする.このとき,v(p, w)が pと wに関してそれぞれ偏微分可能ならば,

x(p, w) = − 1

∇wv(p, w)∇pv(p, w) (3.2)

が成り立つ5.

証明は命題 3.8.1のときと同様にしてできる(練習問題 3.8.2参照).練習問題 3.8.2の方法は

MWGの p74にある 3通りのどの方法とも異なる.

練習問題 3.8.2 価格ベクトル pと富水準 wに対し,以下の最小化問題を考えよ.

min(p,w)

v(p, w),

subject to p · x(p, w) ≤ w.

(p, w)がこの最小化問題の解であること,また最適化のKuhn–Tucker条件から式 (3.2)が導か

れることを示せ.

3.9 双対性

本節では効用最大化問題と支出最小化問題の間の関係を見る.この 2つの問題は双対問題と

呼ばれ,その政策関数と価値関数の間には以下に見るような対応関係がある.

3.9.1 命題 %は局所非飽和であるとする.任意の価格ベクトル p ∈ RL++と富水準 w > 0に対

して, h(p, v(p, w)) = x(p, w)

e(p, v(p, w)) = w

が成立する6.また,任意の価格ベクトル p ∈ RL++と効用水準 u ≥ u(0)に対して,

x(p, e(p, u)) = h(p, u)

v(p, e(p, u)) = u

が成立する7.

5x(p, w) =

− 1

∇wv(p, w)∇pv(p, w)

と書くべきかもしれないが,繁雑さを避けるために本文の記法を参照す

る.脚注 3も参照せよ.6%が局所非飽和でない場合でも,w ≥ e(p, v(p, w))は常に成立する.7%が局所非飽和でない場合でも,u ≤ v(p, e(p, u))は常に成立する.

32 第 3章 消費者理論

練習問題 3.9.1 %が局所非飽和でないときに h(p, v(p, w)) = x(p, w)が成立しないことと,p ∈RL

+ \RL++, p = 0かつw = 0ならば x(p, e(p, u)) = h(p, u)が成立しないことを例を挙げて示せ.

3.9.2 命題 (スルツキー方程式) x, hが微分可能であるとき,任意の価格ベクトル p ∈ RL++と

富水準 w > 0に対して,

Dpx(p, w) = Dph(p, u)−Dwx(p, w)x(p, w)⊤

が成り立つ.ただし,u = v(p, w)とする.これよりDpx(p, w) +Dwx(p, w)x(p, w)⊤は対称な

負値半定符号行列である.

命題 3.9.2の略証 双対性の恒等式 x(p, e(p, u)) = h(p, u)を pで微分すればよい. ///

3.9.3 注意 スルツキー方程式は次のように解釈できる.

Dpx(p, w) = Dph(p, u)︸ ︷︷ ︸代替効果

−Dwx(p, w)︸ ︷︷ ︸所得効果

x(p, w)⊤

価格変化のワルラス需要への影響を代替効果 (substitution effect)と所得効果 (income effect)

に分けている.

練習問題 3.9.2 X = R ×RL−1+ 上の選好関係%が第 1財に関して準線形であるとする.さら

に,%がある関数 ϕ : RL−1+ → Rに対して,

u(x) = x1 + ϕ(x2, . . . , xL)

と書ける効用関数 uによって表現されるとする.ϕを微分可能であると仮定して,第 ℓ (= 1)財

の所得効果はゼロであることを確認せよ.

3.10 諸性質のまとめ

変化に関する不変性 xは (p, w)に関して 0次同次,vは (p, w)に関して 0次同次である.hは

pに関して 0次同次,eは pに関して 1次同次である.

変化に関する単調性 vは pに関して非増加かつwに関して非減少である.eは p, uに関して非

減少である.

変化に関する任意性 xは顕示選好の強公理をみたし,vは (p, w)に関して準凸である.hは補

償需要法則をみたし,eは pに関して凹である.

練習問題 3.10.1 命題 3.9.1を用いて vの単調性と準凸性から eの単調性と凹性を導け.また e

の単調性と凹性から vの単調性と準凸性を導け.ただし,単調性については%の局所非飽和を仮定して良い.

3.11. 価格変化による厚生変化の指標 33

3.11 価格変化による厚生変化の指標

富水準 wが固定されたもとで現在の価格ベクトル p0が p1へと変化したとする.この変化は

v(p1, w) − v(p0, w) > 0であるとき,かつそのときに限り好ましいものである.しかし,効用

水準の差の絶対的な大きさには意味がなく,厚生をこのように測っても経済学的な意味はない.

そこで,差の大きさ自体に経済学的な意味があるような厚生の指標を考えよう.

ここでもう 1つ価格ベクトル pをとる.eが uに関して厳密に増加すれば,上の不等式は,

e(p, v(p1, w))− e(p, v(p0, w)) > 0 (3.3)

と同値である.関数 (p, w) 7→ e(p, v(p, w))を(pの下での)貨幣尺度(間接)効用関数 (money

metric (indirect) utility function)という.

貨幣尺度効用関数は選好関係の表現の仕方から独立だろうか.同じ選好関係でもそれを表現

する効用関数の取り方によって貨幣尺度効用関数の値が変化すれば,この尺度には経済学的な

意味がない.しかし,次の練習問題が示すように貨幣尺度効用関数ではこのことを心配する必

要はない.

練習問題 3.11.1 任意の pにおける貨幣尺度効用関数は選好関係を表現する効用関数の選び方

に依存しないことを示せ.すなわち, uと uを同じ選好関係を表現する効用関数としたとき,

v, e, v, e を u, u から導出される間接効用関数と支出関数とするとき,任意の (p, w) に対して

e(p, v(p, w)) = e(p, v(p, w))となることを示せ.

p = p0としたとき,式 (3.3)の左辺は

e(p0, v(p1, w))− e(p0, v(p0, w)) = e(p0, u1)− w

となる.ただし,u1 = v(p1, w)である.これを富水準wのもとでの p0から p1への変化の等価

変分 (equivalent variation)といい,EV (p0, p1, w)で表す.これは価格変化後の効用を当初の価

格のままで達成するために,消費者に与えなければならない富水準の値に対応する.

また,p = p1としたとき,式 (3.3)の左辺は

e(p1, v(p1, w))− e(p1, v(p0, w)) = w − e(p1, u0)

となる.ただし,u0 = v(p0, w)である.これを富水準wのもとでの p0から p1への変化の補償

変分 (compensated variation)といい,CV (p0, p1, w)で表す.これは当初の効用水準を変化後

の価格のもとで達成するために,消費者に与えなければならない富水準の値の符号を変えたも

のに対応する8.

3.11.1 注意 等価変分と補償変分は一般に異なる値をとり,分析の目的に応じてより望ましい

尺度を用いる必要がある.

たとえば p0から p1と p0から p2という 2つの価格変化を考えるとき,価格 p1と p2の厚生を

比較したいときには等価変分を用いる方が望ましい.なぜなら,上の設定のもとでは,

v(p1, w) > v(p2, w) ⇐⇒ EV (p0, p1, w) > EV (p0, p2, w)

だからである.一方,補償変分の場合にはこのような関係は成り立たない.

8Varian, Microeconomic Analysisによる「補償は価格変化後になされるから,補償変分は変化後の価格に用いられる」という説明はこれらの定義を混同しないで覚えるのに役立つだろう.

34 第 3章 消費者理論

また,社会全体の厚生変化を見る場合には補償変分の方が望ましいことがある.実際,消費

者 i = 1, 2, . . . , I について,I∑

i=1

CV i(p0, p1, wi) > 0

であるとき,かつそのときに限り,ある富の再配分 (t1, t2, . . . , tI)が存在し,∑I

i=1 ti = 0かつ

任意の iについて,

vi(pi, wi + ti) > vi(pi, wi)

とすることができる.

3.11.2 命題 任意の p0, p1, wに対して,すべての ℓ ≥ 2について p0ℓ = p1ℓ ならば

EV (p0, p1, w) =

∫ p01

p11

h1(p1, p−1, u1) dp1,

CV (p0, p1, w) =

∫ p01

p11

h1(p1, p−1, u0) dp1,

となる.ただし p−1 =(p02, . . . , p

0L

)=(p12, . . . , p

1L

), u0 = v(p0, w), u1 = v(p1, w)である.

この命題の証明は読者に譲る(練習問題 3.11.2参照).

練習問題 3.11.2 命題 3.11.2を示せ.

他には,領域変分 (area variation)と呼ばれる次の指標も頻繁に利用される.

AV (p0, p1, w) =

∫ p01

p11

x1(p1, p−1, w) dp1.

一般にはこれは効用水準の変化として解釈できないが,選好関係が第 1財以外のある財に関

して準線形で,かつ通常の価格の範囲で価値基準財の消費量が常に厳密に正であるときには,

AV (p0, p1, w) = EV (p0, p1, w) = CV (p0, p1, w)

が成り立つ.準線形効用関数には所得効果がないことを思い出してほしい.産業組織論等で社

会厚生を論じるときによくAV が用いられる理由は,部分均衡アプローチでは所得効果を無視

できるからである.

35

関連図書

[1] Gerard Debreu, “Theory of Value”, John Wiley, and Sons.

[2] Andreu Mas-colell, Michael D. Whinston and Jerry R. Green, Microeconomic Theory,

Oxford University Press.

[3] Hal R. Varian, Microeconomic Analysis Second Edition, W. W. Norton.

37

第4章 生産者理論

4.1 イントロダクション

本章では古典的な生産者理論を扱う.生産集合に関する基本的な定義をいくつか述べ,利潤

最大化問題と費用最小化問題を定式化する.

4.2 生産集合

財空間RLでの生産活動を描写するため,RL上のベクトルの成分のうち産出量を正の実数,

投入量を負の実数で表すという慣習に従う.技術的に可能なRL上のベクトルの集合を生産集

合 (production set)という.

生産集合を考えるとき,投入物が利用可能かどうかは問題とならない.例えば L = 2のとき,

(−100, 100) ∈ Y であるということは,もし 100単位の第 1財が投入されたならば 100単位の第

2財が生産できるということを表しているに過ぎない.必ずしも実際に 100単位の第 1財が生

産に利用できるということを意味しないのである.

生産集合 Y については以下のいくつかが仮定されることが多い.

非空性 Y = ∅.

閉性 Y はRLの閉部分集合である.

フリーランチの不可能性 Y ∩RL+ ⊆ 0.

無生産の可能性 0 ∈ Y .

自由処分 Y −RL+ ⊆ Y .

不可逆性 Y ∩ (−Y ) ⊆ 0.

規模に関する収穫非増加 任意の y ∈ Y と任意の α ∈ [0, 1]について αy ∈ Y.

規模に関する収穫非減少 任意の y ∈ Y と任意の α ≥ 1について αy ∈ Y.

規模に関する収穫一定 任意の y ∈ Y と任意の α ≥ 0について αy ∈ Y.

加法性 任意の y ∈ Y と任意の y′ ∈ Y について y + y′ ∈ Y.

凸性 Y はRLの凸部分集合である.

凸錐 Y はRLの凸錐である.すなわち,任意の y ∈ Y と y′ ∈ Y,任意の α ≥ 0と α′ ≥ 0につ

いて,αy + α′y′ ∈ Y である.

多面錐 Y はRLの多面錐である.すなわち,任意の y ∈ RLについて,y =∑M

m=1 αmymとな

るような (α1, . . . , αM ) ∈ RM+ が存在するとき,かつそのときに限り y ∈ Y となるような

RLの有限部分集合 y1, . . . , yMが存在する.

38 第 4章 生産者理論

練習問題 4.2.1 以下を示せ.

1. Y が凸で無生産の可能性を満たすとき,Y は規模に関する収穫非増加である.逆は成立し

ない.

2. Y が凸錐であることと Y が凸,加法的,かつ無生産が可能であることとは同値である.

3. Y が凸錐であることと Y が加法的かつ規模に関して収穫一定であることとは同値である.

4. Y が多面錐ならば,Y は凸錐である.逆は L = 2のときに限り成立する.

4.3 変形関数と生産関数

詳細は以下で見るが,企業が利潤を最大化あるいは費用を最小化するとき,生産集合は生産

技術を表す方法として都合が悪いときがある.そこで,生産集合以外に次の 2つが生産技術を

表すときによく用いられる.

4.3.1 定義 Y を生産集合とする.

1. 関数 F : RL → Rが Y = y ∈ RL | F (y) ≤ 0を満たすとき,F を Y の変形関数

(transformation function)という.

2. Y が任意の y ∈ Y と任意の ℓ < Lについて yl ≤ 0を満たすとする.関数 f : RL−1+ → R+

がY = y ∈ RL | yL ≤ f(−y1, . . . ,−yL−1)を満たすとき,fをY の生産関数 (production

function)という.

4.4 利潤最大化問題

価格ベクトル pの下での利潤最大化問題 (profit maximization problem)は,以下のように定

式化される.

maxy∈Y

p · y

この最大化問題の解の集合を y(p)で表す.最大化問題が少なくとも 1つの解を持つとき yを p

の集合から Y への供給対応 (supply correspondence)といい,特に解が一意であるときは供給

関数 (supply function)という.

消費者の予算集合の場合と同様,利潤最大化問題の定式化の背後には重要な仮定がおかれて

いる.第 1に,市場は完備であり全ての投入財と生産財には価格が与えられている.第 2に,利

潤は 1つの内積で表されており,投入財の費用を支払う時期と生産財から収入を得る時期がど

んなに離れていても利潤に算入される.第 3に,割り当ては存在せず企業は投入財と生産財の

売り買いを好きなだけすることができる.第 4に,価格は投入と生産の組み合わせ yの変化の

影響を受けず,企業は投入財市場と生産財市場において価格受容的行動をとる.これらの仮定

は競争的な市場を描写するときには受け入れられるかもしれないが,独占市場や寡占市場を描

写するときには受け入れられない.実際,独占市場や寡占市場では企業は価格受容的ではない.

以下では利潤最大化問題の解とその価値関数の性質を見るが,効用最大化問題のそれと似て

いることに気がつくだろう.性質ばかりでなくその証明も似ていることが多い.そういった性

質に関しては証明を省略する.

4.4. 利潤最大化問題 39

4.4.1 命題 生産集合 Y が非空かつ閉であり,自由処分を満たすとする.供給対応 yは以下の性

質を持つ.

同次性 任意の pと任意の α > 0について y(αp) = y(p)である.

生産の効率性 任意の p = 0について y(p) ⊆ ∂Y である.ただし,∂Y は Y の境界とする.

供給法則 任意の p, p′と任意の y ∈ y(p),任意の y′ ∈ y(p′)について,(p′ − p) · (y′ − y) ≥ 0が

成り立つ.

命題 4.4.1の略証 同次性は証明しない.これは効用最大化問題のときと全く同様にして示せる.

効率性 背理法で示す.第 ℓ財に関して pℓ > 0とする.ある p = 0と y ∈ y(p), y ∈ ∂Y が存在す

るとする.このとき,ある y′ ∈ Y が存在して y′ ≥ yかつ yℓ′ > yℓである.p · yℓ′ > p · yℓ

となるから,これは yが利潤最大化問題の解であることに矛盾する.

供給法則 任意の y ∈ y(p)と任意の y′ ∈ y(p′)に対して p′ · y′ ≥ p′ · yかつ p · y ≥ p · y′が成り立つ.p′ · y′ ≥ p′ · yと−p · y′ ≥ −p · yを辺々足すと題意を得る.

///

利潤最大化問題の価値関数を Y の利潤関数(profit function)と呼び,πで表わす.すなわち,

任意の y ∈ y(p)について π(p) = p · yである.

4.4.2 命題 生産集合 Y が非空かつ閉であり,自由処分を満たすとする.利潤関数 πは以下の性

質を持つ.

同次性 任意の価格ベクトル pと任意の α > 0について π(αp) = απ(p)が成り立つ.

凸性 πは凸関数である.すなわち,任意の p, p′と任意のα ∈ [0, 1]について π(αp+(1−α)p′) ≤απ(p) + (1− α)π(p′)が成り立つ.

命題 4.4.2の略証 同次性は効用最大化問題のときと同様にして示されるので,ここでは凸性

のみ示す.任意の p, p′ と任意の α ∈ [0, 1]について y ∈ y(αp + (1 − α)p′)とする.このとき,

π(αp+ (1− α)p′) = αp · y + (1− α)p′ · y ≤ απ(p) + (1− α)π(p′)が成り立つ. ///

4.4.3 補題 (ホテリングの補題) y(p)が pで微分可能ならば,

y(p) = ∇π(p)

が成り立つ1.さらに,y が p で微分可能ならば, Dy(p) は対称な正値半定符号行列であり,

Dy(p)p = 0を満たす.

この性質は命題 3.8.1と同様にして示されるため,ここでは証明しない.

4.4.4 注意 任意の pに対して,y(p)が 1価集合であるとき,かつそのときに限り π(p)は pで

微分可能である.

1y(p) = ∇π(p)と書くべきかもしれないが,繁雑さを避けるために本文の記法を参照する.第 3章の脚注 3も参照せよ.

40 第 4章 生産者理論

4.5 費用最小化問題

Y は任意の y ∈ Y と任意の ℓ < Lについて yℓ ≤ 0を満たすとし,f : RL−1+ → R+を Y の

生産関数とする.生産要素価格ベクトル w ∈ RL−1 と生産量 qの下での費用最小化問題 (cost

minimization problem)は以下のように定式化される.

minz∈RL−1

+

w · z

subject to f(z) ≥ q

費用最小化問題の解の集合を z(w, q)で表す.費用最小化問題が少なくとも 1つの解を持つと

き,zを価格ベクトル wと生産量 qの集合から Y への条件付要素需要対応 (conditional factor

demand correspondence)という.

Y = y ∈ RL | yL ≤ f(−y1, . . . ,−yL−1)とする.y ∈ y(p)ならば (−y1, . . . ,−yL−1) ∈c(p1, . . . , pL−1, yL)である.つまり,利潤が最大化されているなら費用は最小化されている.し

かし逆は一般に成り立たない.すなわち,z ∈ z(w, q)だったとしても (−z, q) ∈ y(w, pL)となる

ような pLが存在するとは限らない.費用最小化は利潤最大化よりも弱い条件であるが,利潤を

最大化する投入ベクトル,生産ベクトルが存在しないときでも費用を最小化する投入,生産ベ

クトルは存在し得るという点に分析上の強みがある.

練習問題 4.5.1 Y が規模に関して収穫非減少かつ y(p) = ∅のとき,π(p) = 0を示せ.

4.5.1 命題 生産集合 Y が非空かつ閉であり,自由処分を満たすとする.条件付要素需要対応 z

は以下の性質を持つ.

同次性 任意の要素価格ベクトル wと任意の α > 0について z(αw, q) = z(w, q)である.

余剰生産物の非存在 f が連続かつ f(0) = 0を満たし,w ∈ RL−1++ かつ q > 0ならば,任意の

z ∈ z(w, q)について f(z) = qである.

条件付要素需要法則 任意の要素価格ベクトルw,w′と任意の z ∈ z(w, q)と任意の z′ ∈ z(w′, q)

について (w′ − w) · (z′ − z) ≤ 0が成り立つ.

これらは命題 3.7.2のときと同様にして示されるため,ここでは証明しない.

費用最小化問題の価値関数を Y の費用関数 (cost function)といい,cで表す.したがって,

任意の z ∈ z(q, w)について c(w, q) = w · zである.

4.5.2 命題 生産集合 Y が非空かつ閉であり,自由処分を満たすとする.費用関数 cは以下の性

質を持つ.

同次性 任意の価格ベクトル pと任意の α > 0について c(αw, q) = αc(w, q)が成り立つ.

単調性 cは qと任意の wℓについて非減少である.

凹性 cはwに関して凹である.すなわち,任意の α ∈ [0, 1]と任意の q, q′について c(αw+(1−α)w′, q) ≥ αc(w, q) + (1− α)c(w′, q)が成り立つ.

これらも命題 3.7.4のときと同様にして示されるため,ここでは証明しない.

4.6. 企業は利潤を最大化するか 41

4.5.3 補題 (シェファードの補題) c(w, q)が (w, q)において wに関して微分可能ならば

z(w, q) = ∇wc(w, q)

が成り立つ2.さらに,z(w, q)が (w, q)でwに関して微分可能ならば,Dwz(w, c)は対称な正値

半定符号行列であり,Dwz(w, q)w = 0を満たす.

この性質は命題 3.8.1と同様にして示されるため,ここでは証明しない.

4.5.4 注意 任意の (w, q)について,z(w, q)が 1価であるとき,かつそのとき限り πは (w, q)に

おいて wに関して微分可能である.

4.6 企業は利潤を最大化するか

消費者が選好や効用を最大化するという仮定に比べ,企業が利潤を最大化するという仮定は

疑わしい部分がある.実際,企業を保有あるいは経営する人もまた消費者であり彼らは彼らの

効用を最大化しているため,利潤最大化は必ずしも目的とされない.3では,どのようなときに

利潤最大化という仮定は正当化されるのだろうか.次の命題は利潤最大化と効用最大化が同じ

になるための条件を与えている.

4.6.1 命題 企業の生産集合を Y とし,消費者の間接効用関数 vは富水準に関して厳密に単調増

加し,消費者は企業の利潤に対するシェア θ ∈ (0, 1)を保有しているとする.生産計画 y ∈ Y が

選ばれれば,価格ベクトル pと企業の利潤から得られる収入を除いた消費者の資産 wの下での

消費者の効用水準は u(p, w+ θp · y)となる.もし pと wが生産計画 y ∈ Y の選び方に依存しな

いなら,2つの最大化問題

maxy∈Y

p · y, maxy∈Y

v(p, w + θp · y)

の解は一致する.

命題 4.6.1の証明 間接効用最大化問題maxy∈Y v(p, w + θp · y)を考えよう.仮定より生産計画yの選び方は pに影響せず,さらに vは富水準に関して厳密に単調増加するから,間接効用の最

大化は w+ θp · yの最大化と同じ問題となる.さらに,生産計画 yの選び方は wにも影響せず,

シェア θは 0より厳密に大きいから,これは結局 p · yの最大化問題と同じである. ///

4.7 価格の基準化

次に,価格ベクトル pが生産計画 y ∈ Y の選び方に依存し,さらに富水準 wは価格ベクトル

pに依存する場合を考えよう.この関係を p(y)とw(p)によって表そう.生産計画 y ∈ Y が選ば

れたとき,消費者は効用水準

u(p(y), w(p(y)) + θp(y) · y)2z(w, q) = ∇wc(w, q)と書くべきかもしれないが,繁雑さを避けるために本文の記法を参照する.第 3章の脚

注 3も参照せよ.3例えば,企業の株主が利潤最大化を望んだとしても,経営者が株主と異なるときには経営者は利潤を最大化す

るとは限らないことが知られている.経営者が多くの利潤をあげても,その努力が報われないなら経営者は利潤を

最大化する努力を怠り,利潤を最大化させるとは限らないからである.この問題はプリンシパル・エージェント問

題として知られている.

42 第 4章 生産者理論

を得るから,消費者にとって最も望ましい生産計画は次の最大化問題の解である.

maxy∈Y

v(p(y), w(p(y)) + θp(y) · y). (4.1)

ここで,vが,

v(p, w) =w

β1p1 + · · ·+ βLpL

と表され,任意の pについて w(p) = 0であるとしよう.このとき,

v(p(y), w(p(y)) + θp(y) · y)

=θp(y) · y

β1p1(y) + · · ·βLpL(y)

(1

β1p1(y) + · · ·βLpL(y)p(y)

)· y (4.2)

が成り立つ.したがって,消費者は企業が消費ベクトル (β1, . . . , βL)が価値基準財となるような価

格ベクトルについて利潤を最大化することを望む.一般に,最大化問題 (4.1)の解は (β1, . . . , βL)

の選び方に依存する.

4.8 株主間の利害対立

同一の企業の株を保有している 2人の消費者がいるとしよう.株の保有率は異なっていても

構わないが,企業の利潤とは関係なく得られる富水準 wは等しいとしよう。また,前節で定義

された (β1, . . . , βL)に関して 2人は異なるとしよう.この場合には,消費者はそれぞれ異なる生

産計画を好むかもしれず,利害が対立し得る.

たとえば,L = 2で,第 1財を投入財,第 2財を生産財とし,生産集合 Y は生産関数 f で表

されるとしよう.さらに,第 1消費者の間接効用関数をw/p1とし,第 2消費者の間接効用関数

はw/p2とする.つまり,第 1消費者の (β1, β2)は (1, 0)であり,第 2消費者の (β1, β2)は (0, 1)

である.このとき,式 (4.2)にこれらを代入すれば,第 1消費者は企業が以下の問題を解く投入

量を選ぶことを好むことがわかる.

maxz1≥0

p2(−z1, f(z1))p1(−z1, f(z1))

f(z1)− z1

一方,第 2消費者は企業が以下の問題を解く投入量を選ぶことを望む.

maxz1≥0

f(z1)−p1(−z1, f(z1))p2(−z1, f(z1))

z1

これらの解は一般に異なるため,2人の間で利害が対立することがわかる4.

4このように複数の株主がいる場合は,複数のプリンシパルがいるときのプリンシパル・エージェント問題に相

当する.

43

関連図書

[1] Andreu Mas-colell, Michael D. Whinston and Jerry R. Green, Microeconomic Theory,

Oxford University Press.

45

第5章 不確実性下の意思決定

5.1 イントロダクション

本章では不確実性下での消費者の効用と選択を定式化する.ここでは独立性公理,期待効用関

数,リスク回避度,確率支配などの概念を導入する.本章の内容はMWGの第 6章,Rubinstein

の第 8章,Krepsの第 5–6章に対応する.

5.2 くじの定義

5.2.1 定義 (単純くじ) C = 1,. . . , Nを帰結 (consequence)の集合とする.このとき,C 上

の任意の確率分布,すなわち各 n = 1, . . . , N に対して pn ≥ 0が成り立ち,かつ∑

n pn = 1を

満たす N 次元ベクトル (p1, . . . , pN )を単純くじ (simple lottery または単にくじ lottery)と呼

ぶ.また,単純くじの集合を Lで表す.

すなわち,単純くじとは有限個の値に確率 1を与える確率測度1である.もしC ⊆ Rならば,

これは累積分布関数で書ける.

L1

L2

LK

p11

p1Np21

p2N

pK1

pKN

...

...

...

... ...

有限個の単純くじを商品とするようなくじを考え,これを複合く

じと呼ぶ.

5.2.4 定義 (複合くじ) Lの任意の有限部分集合上の確率分布を複合くじ (compound lottery, または逐次くじ sequential lottery, 二段階

くじ two-stage lottery)と呼ぶ.

たとえば,Kを正の整数,L1, L2, . . . , LK ∈ LをK本の単純くじ,

(α1, α2, . . . , αK)を各 k = 1, . . . ,Kに対してαk ≥ 0, かつ∑

k αk = 1

となるようなK 次元ベクトルとする.

1この講義ノートでは測度論の知識は要求しない.測度論になじみのない読者は確率測度空間を確率の定義され

た空間,確率測度を確率分布などに置きかえて理解してほしい.測度論については Billingsleyなどを参照せよ.議論を自己充足的にするため確率測度の定義を述べる.

5.2.2 定義 集合 Ωの部分集合からなる集合 F が以下の性質を満たすとき,F を σ-加法族 (σ-algebra)という.

1. Ω ∈ F .

2. F ∈ F =⇒ Ω \ F ∈ F .

3. 任意の n ∈ N について Fn ∈ F なる集合列 (Fn)n∈N に対して∪

n∈N Fn ∈ F .

5.2.3 定義 Ω上の σ-加法族 F 上で定義された非負実数値関数 P : F → R+ が以下の条件を満たすとき,P を確率測度 (probability measure)という.

1. P (∅) = 0.

2. 互いに排反な集合列 (En)n∈N ⊂ F (i = j ならば Ei ∩ Ej = ∅)について P(∪

n∈N En

)=

∑n∈N P (En).

3. P (Ω) = 1.

このとき,(Ω,F)をあわせて可測空間 (measurable space) といい,(Ω,F , P )をあわせて確率測度空間 (measurespace)という.特に,有限確率測度空間とは (Ω,F , P )の Ωが有限集合であることを指している.

46 第 5章 不確実性下の意思決定

このとき,任意の k = 1, . . . ,Kに対して Lkに確率 αkを付与する

確率分布は複合くじである.この複合くじを,(L1 L2 · · · LK

α1 α2 · · · αK

)(5.1)

と書く.

5.2.5 定義 (単純化くじ) 複合くじ (5.1) において,

Lk =(pk1, p

k2, . . . , p

kN

)と書くと,

(∑k αkp

k1, . . . ,

∑k αkp

kN

)は単純くじである.これをα1L1⊕· · ·⊕αKLKと書き,複

合くじ (5.1)の単純化くじ (reduced lottery)と呼ぶ.

単純化くじは複合くじから導かれた単純くじであって,複合くじそのものとは異なることに

注意されたい.

練習問題 5.2.1 C = 1, 2, 3を帰結の集合とする.3つの単純くじ L1, L2, L3を,

L1 = (1, 0, 0) ,

L2 =

(0,

1

2,1

2

),

L3 = (0, 0, 1)

と定める.このとき,ある α ∈ [0, 1]とある β ∈ [0, 1]に対して,

αL1 ⊕ (1− α)L2 = βL3 ⊕ (1− β)L4

が成立するような単純くじ L4が満たすべき必要十分条件を求めよ.

練習問題 5.2.2 S = 1, 2を状態 (state)の集合,C = 1, 2, 3を帰結の集合とする.状態 1と

2はいずれも確率 1/2で生起すると仮定する.SからCへの関数を行為 (act)と呼ぶことにする.

行為 f の下で帰結 nをとる状態の数を |f−1(n)|で表すとすると,f が定めるC上の確率分布は,(|f−1(1)|

2,|f−1(2)|

2,|f−1(3)|

2

)である.これを f が定める単純くじと呼び,Lf と表すことにする.行為 f と gに対し,もし

(1/2)f(s)+(1/2)g(s) ∈ Cが任意の s ∈ Sに対して成立するならば,この行為を (1/2)f+(1/2)g

で表す.このとき,

L 12f+ 1

2g =

1

2Lf ⊕ 1

2Lg

が成立しないような行為 f と gの例を挙げよ.

5.3 独立性公理

以下の分析では,%を単純くじの集合L上の完備性と推移性を満たす選好関係とする2.また

%の連続性を Lに合わせた形で修正したものを仮定する3.2測度論になじみのある読者は,単純くじは確率測度(あるいは同じことだが確率分布)であり,したがって単純

くじの集合 Lは確率測度の集合であり,そして集合 Lの上で定義された選好関係 %は確率測度に対する二項関係であることに気づいているかもしれない.実際その理解は正しい.つまり,第 3章における選好関係はベクトルどうしを比較するものだったのに対して,ここでは確率測度どうしを比較するものである.

3ここでの連続性の定義を与えておく.

5.3. 独立性公理 47

5.3.1 独立性公理の定義

5.3.2 定義 (独立性公理) 任意の L,L′, L′′ ∈ Lと任意の α ∈ [0, 1]に対して,

L % L′ ⇐⇒ αL⊕ (1− α)L′′ % αL′ ⊕ (1− α)L′′

であるとき,%は独立性公理 (Independence Axiom)を満たすという.

単純くじの集合 Lの上で定義された選好関係 %に独立性公理を課すことは,以下のように正当化される.独立性公理と同様に L,L′, L′′ ∈ Lと α ∈ [0, 1]を考える.次に,複合くじ 1を(L L′′

α 1− α

), 複合くじ 2を

(L′ L′′

α 1− α

)とする.どちらの複合くじでも,確率 αの事象

が実現するか否かで L′′を与えるか否かが決まるので,確率 αで起こるある事象 Eにおいて複

合くじ 1は単純くじ Lを与え,複合くじ 2は単純くじ L′を与えると仮定しよう.もし E が起

こらなかったならどちらの複合くじも L′′を与えるので,両者の違いは Eが起こったときに与

える単純くじの違いのみである.Eが起こったとき複合くじ 1は Lを,複合くじ 2は L′を与え

るから,複合くじの間では選好関係%は定義されないものの,L % L′なので複合くじ 1は複合

くじ 2と少なくとも同程度には好ましいと考えることができるだろう.複合くじ 1の単純化く

じは αL⊕ (1− α)L′′, 複合くじ 2の単純化くじは αL′ ⊕ (1− α)L′′だから,αL⊕ (1− α)L′′は

αL′ ⊕ (1− α)L′′と少なくとも同程度には好ましいと考えるのが妥当となる.

以上の議論は,以下の前提に基づいている.

1. そもそも意思決定者が確率を認知している.

2. 単純くじの集合 L上で定義された選好関係%はCに属する各帰結が与えられる確率にの

み依存し,どのような事象において与えられるかには全く依存しない.

3. くじの帰結の分布のみに選好は依存する.それがどのような手続きや経緯で達成されるか

には依存しない.

4. 複合くじの間の選好関係はそれらの単純化くじの間の選好関係%によって決められる.特に,複合くじの好ましさ(効用水準)を評価するにあたり,第 1段階で選ばれる単純くじ

に関わる不確実性と第 1段階で選ばれた単純くじがどの帰結を与えるかという第 2段階で

の不確実性は全く同様に考慮される.

5. 複合くじの好ましさを評価するにあたり,第 1段階で異なる事象において得られる単純く

じの間には,補完的な関係は存在しない.

以下では,これらの考えかたが妥当かどうかについて例を挙げて検討していこう.実は,こ

れらの前提のそれぞれに対して,反例が存在する.上に掲げた順に見ていくことにしよう.

5.3.2 独立性公理に対する反例

5.3.3 例 (エルスバーグのパラドックス (Ellsberg paradox)) 次のような 2 つのつぼを考え

る.どちらにもボールが 100個入っているが,つぼ 1には赤 50個,白 50個のボールが入って

5.3.1 定義 (連続性) 任意の L,L′, L′′ ∈ Lに対して,集合 α ∈ [0, 1] : αL⊕ (1−α)L′ % L′′ と集合 α ∈ [0, 1] :L′′ % αL⊕ (1− α)L′がともに閉集合であるとき,単純くじに関する選好 %は連続であるという.

第 3章における連続性の定義と区別するため,たとえば林貴志『ミクロ経済学』はここでの連続性を混合連続性と呼んでいる.

48 第 5章 不確実性下の意思決定

ることがわかっている一方で,つぼ 2には赤と白がそれぞれいくつ入っているかはわからない

とする.ここで仮に意思決定者は,つぼ 2には赤 x個,白 (100− x)個のボールが入っていると

想定しているとしよう.

ここで,次のような実験をする.まず,赤が出たときのみ 1万円獲得できるとした場合,多

くの人はつぼ 1を好む(つぼ 1 ≻ つぼ 2)という結果が出る.このとき人々は,

50

100>

x

100=⇒ x < 50

と考えているはずである.

次に,白が出たときのみ 1万円を獲得できるとした場合,このときも,多くの人はつぼ 1を

好む(つぼ 1 ≻ つぼ 2)という結果が出る.つまり人々は,

50

100>

100− x

100=⇒ x > 50

と考えているはずである.しかし,もし上述の仮定のように,意思決定者が赤 x個,白 (100−x)個のボールが入っていると想定しているならば,これは先ほどの結果と同時には起こりえない.

実験では,このような矛盾する結果が観察される.これは,人々が不確実性に直面して選択

をする際に,必ずしも確率を念頭に置いていないことを示しており4,上述の前提 1への反例に

なっている.そのときもちろん独立性公理は成立しない.

5.3.4 例 (状態依存効用関数 (state-dependent utility)) 前提 2への反例として,効用関数

が状態に依存する場合は,独立性公理が満たされないことを確認するために,次の 2つの例を

見ていこう.

はじめの例は,かさやアイスクリームに対する効用は天気という状態に依存するために,独

立性公理が満たされない状況を示すものである.明日の天気の確率が,晴れ 50%

雨 50%

で与えられているものとする.帰結の集合はC = かさ,アイスクリーム とし,次のような状態依存くじ L1, L2を考える.

L1 =

アイスクリーム (晴れのとき)

かさ (雨のとき), L2 =

かさ (晴れのとき)

アイスクリーム (雨のとき)

通常われわれは晴れの日にアイスクリームを,雨の日にかさを欲しがると考えられるから,L1 ≻L2が成立する.ところが,2つの確率変数が導入する単純くじは同じで,ともに (0.5, 0.5)であ

る.もし選好関係%が独立性公理を満たすなら,L1 ∼ L2が成立するはずである.したがって

%は独立性公理を満たさない.かさやアイスクリームに対する効用が状態依存的であるためである.

次に,くじの賞金に対する効用が雇用状態によって変わるために独立性公理が満たされない

例を見ていこう.労働者は来期に 50 %の確率で解雇されるとし,2つのくじを,

L1 =

20万円 (解雇されたとき)

0円 (解雇されないとき), L2 =

0円 (解雇されたとき)

20万円 (解雇されないとき)

4すると,そもそも選好 %をくじの集合上に定義するのが不適切であることになる.

5.3. 独立性公理 49

とする.いずれのくじからも確率 50 %で賞金 20万円が得られ,確率 50 %で何も得られないに

もかかわらず,通常は L1 ≻ L2が成立すると考えられ,独立性公理が満たされない.ここで独

立性公理が満たされないのは,くじ以外から得られる所得が雇用状態によって異なるためであ

り,そのためくじから得られる賞金に対する効用もまた雇用状態によって異なるからである.

もし雇用されたときに受け取る賃金を w万円とすると,L1と L2はそれぞれ,20万円 (解雇されたとき)

w万円 (解雇されないとき),

0円 (解雇されたとき)

(20 + w)万円 (解雇されないとき)

という総所得を与える.何も持っていないときに獲得できる 20万円は,w万円持っているとき

に獲得できる 20万円よりも効用を大きく増加させる.つまり,限界効用の観点からも L1が L2

より望ましい.収入の一部のみを表すくじについては独立性公理は成立しないが,このように

総所得を表すくじについては独立性公理が満たされる可能性がある.

5.3.5 例 (帰結主義 (consequentialism)) 父と 2人の娘アリスとバーバラが無人島にいると

する.娘 2人が同じ病気にかかったが,その病気に効く薬は 1人分しかない.このとき,帰結

の集合は,

C = A,B

である.ここでAはアリスに投薬すること,Bはバーバラに投薬することを表す.くじの集合

の中には,確率 1でアリスが助かるくじと確率 1でバーバラが助かるくじの間で父親は無差別

である.つまり,

(1, 0) ∼ (0, 1)

が成立しているとする.しかし,ここで,父は運を天にまかせ,どちらの娘に薬を与えるかを

コインで決めるほうを好むとする.つまり,(1

2,1

2

)≻ (1, 0)(

1

2,1

2

)≻ (0, 1)

が成立しているとする.このとき,独立性公理は満たされない.なぜなら,(1

2,1

2

)=

1

2(1, 0)⊕ 1

2(0, 1)

(0, 1) =1

2(0, 1)⊕ 1

2(0, 1)

が成立するが,(1, 0) ∼ (0, 1)より,独立性公理が満たされるならば ((1/2), (1/2)) ∼ (0, 1)が成

立するからである.この原因は,上述の独立性公理の依拠する前提 3, すなわちくじを生む手続

きが選好には全く影響しないと仮定する点にある.

5.3.6 例 (情報開示のスピード (speed of information revelation)) 帰結の集合をC = 1万円, 0円 とし,以下のような 2つの複合くじを考えよう.

複合くじ 1 (下図の左)は実現する単純くじの分布に不確実性がなく,確率 1/2で 1万円が獲

得でき,確率 1/2で 0円になる単純くじが,確率 1で実現するようなくじとする.複合くじ 2

(下図の右)は実現する単純くじに不確実性がなく,必ず 1万円が獲得できる退化した単純くじ

が確率 1/2で実現し,必ず 0円になる退化した単純くじが残りの確率 1/2で実現するようなく

じとする.

50 第 5章 不確実性下の意思決定

1万円

0円

1

12

12

12

12

1万円

0円

1

1

2つの複合くじから得られる単純化くじは全く同じ (1/2, 1/2)であり,独立性公理が成立する

ならば,2つの複合くじは同程度に好ましい.しかし,くじ 2はくじ 1よりも早い段階で,獲得

できる賞金の額が明らかになるため,意思決定者によっては,くじ 2をくじ 1よりも選好する

可能性がある5.このようなときは独立性公理は成立しない.このことは上述の前提 4への反例

になっている.

情報開示のスピードに効用が依存するケースの分析に対しては,帰納的 (recursive)効用関数

というものが考えられている.

5.3.7 例 (心理的な負の補完性) 前提 5に関する反例として,補完性のある例を考えてみよう.

帰結の集合が,

C = ベネチアへの旅行,ベネチアに関する映画を見る,家にいる

で与えられるとする.通常は,(1, 0, 0) ≻ (0, 1, 0) ≻ (0, 0, 1)が成立する.Machina (1987)は,

(0.99, 0, 0.01) ≻ (0.99, 0.01, 0)

という選好を持つ人がいる可能性を紹介し,その場合は独立性公理が満たされないことを指摘

した.

単純くじ (0.99, 0, 0.01)は, ((1, 0, 0) (0, 0, 1)

0.99 0.01

)という複合くじの単純化くじ (0.99)(1, 0, 0)⊕(0.01)(0, 0, 1)に等しい.同様に,(0.99, 0.01, 0)は,(

(1, 0, 0) (0, 1, 0)

0.99 0.01

)

という複合くじの単純化くじ (0.99)(1, 0, 0)⊕ (0.01)(0, 1, 0)に等しい.

2 つの複合くじを比較すると,確率 0.99 で単純くじ (1, 0, 0) が実現する点では共通してお

り,確率 0.01でそれぞれ (0, 1, 0)と (0, 0, 1)が実現する点で異なっている.すでに述べたよう

に,通常は (0, 1, 0) ≻ (0, 0, 1)が成立し,もし独立性公理が満たされるならば,(0.99)(1, 0, 0)⊕(0.01)(0, 1, 0) ≻ (0.99)(1, 0, 0) ⊕ (0.01)(0, 0, 1), すなわち (0.99, 0.01, 0) ≻ (0.99, 0, 0.01)が成立

するはずである.したがって,Machinaが紹介した選好は独立性公理を満たしていない.

それでは,Machinaが紹介したような選好を持つのはどのような人なのであろうか.Machina

による説明では,その人は,通常は家にいることよりもベネチアに関する映画を見ることのほ

うが好ましいと考えているが,ベネチアへ旅行できなくなったという状況の中では,ベネチア

に関する映画を見ることに苦痛を感じ,家にいるほうが望ましいと考えているのである.つま

りCの要素の間には物理的な補完性は存在しないが,心の中には負の補完性があり,(1, 0, 0)が

実現するかどうかが,(0, 1, 0)と (0, 0, 1)の選好に影響を与えているのである.

5これは,ふつうは情報開示は早いほうがありがたいという判断による.一方で,遅いほうがありがたいような

例も考えることができて,たとえば夏休みに旅行に行くというときに,期末試験に落第していることがはっきりし

てしまったあとで旅行に行くより,わからないほうが楽しめる,ということは考えられるだろう.いずれにせよ情報

開示のスピードが問題になるような状況は独立性公理の成立に不利な証拠となっている.

5.3. 独立性公理 51

また,補完性については次のような需要理論の例と対比すると分かりやすいだろう.

2財を右足用の靴と左足用の靴とする.効用関数 u(x) = minx1, x2が表す選好関係を%とし,x = (4, 4), y = (10, 2), z = (2, 10)とおく.xでは靴は 4足,yでは 2足できるので,x % y

が成立すると考えられる.

このとき,2次元ベクトルの凸結合として (1/2)x+ (1/2)zと (1/2)y + (1/2)zを定義すると,

(1/2)x+ (1/2)z % (1/2)y + (1/2)z は成立するだろうか.2つの凸結合をそれぞれ計算すると,

1

2x+

1

2z =

1

2(4, 4) +

1

2(2, 10) =

1

2(6, 14) = (3, 7)

1

2y +

1

2z =

1

2(10, 2) +

1

2(2, 10) =

1

2(12, 12) = (6, 6)

となり,前者からは 3足,後者からは 6足の靴が得られる.したがって,(1/2)x + (1/2)z %(1/2)y + (1/2)zは成立せず,独立性公理が満たされない.ここで独立性公理が満たされない原

因は,右足用の靴と左足用の靴は同時に消費され,2財の間に補完的関係が存在する点にある.

5.3.8 例 (アレーのパラドックスの数値を変えた例) 賞品の集合が,

C = 500万円, 100万円, 0円

で与えられる場合に,次の 4つのくじについて考えてみよう.L1 = (0, 1, 0)

L′1 = (0.1, 0, 0.9)

L2 = (0, 0.01, 0.99)

L′2 = (0.001, 0, 0.999)

多くの人の選好関係%はL1 ≻ L′1とL′

2 ≻ L2を満たすが,このような選好関係は独立性公理

を満たさない.実際,L3 = (0, 0, 1)とすると,

L2 = 0.01L1 ⊕ 0.99L3,

L′2 = 0.01L′

1 ⊕ 0.99L3.

よって,L1 ≻ L′1と L′

2 ≻ L2がともに成立するならば,独立性公理は満たされない.

L1とL′1を比較すると,L1は確実に 100万円を与えるのに対して,L′

1が与える賞金は 500万

円のときもあれば 0円のときもある.つまり L1は L′1よりもリスクが小さい.他方,L2と L′

2

に対応する複合くじは,いずれも確率 0.99で L3を与え,この場合は賞金はゼロである.残り

の確率 0.01で,それぞれ L1と L′1を与える.

L1 ≻ L′1と L′

2 ≻ L2がともに成立するということは,確率 0.99で賞金がゼロになることがわ

かると,人々はより大きなリスクをとることを厭わなくなるということである.このとき,独

立性公理は満たされない.

この節を終えるにあたって,上のアレーのパラドックスの数値例につけ加える形で,独立性

公理を課すことの便利さに触れておこう.上と同じ L1, L′1と,新たな単純くじL4 = (1, 0, 0)と

の混合を考える.その単純化くじはそれぞれ,

0.01L1 ⊕ 0.99L4 = (0.99 , 0.01, 0 ),

0.01L′1 ⊕ 0.99L4 = (0.991, 0 , 0.009)

52 第 5章 不確実性下の意思決定

となる.

これが左辺のような混合で得られたことをいったん忘れて,右辺の 2つの単純くじのあいだ

の比較を考えてみよう.これらはどちらも,99 %ないし 99.1 %という非常に大きな確率で 500

万円が得られ,残りのわずかな確率で少額の帰結が実現するものである.

この解釈としては,わずかな確率で起こる大災害への備えという見かたができる.すなわち,

はじめ 500万円の資産をもっている人が,前者のくじの状況では,1 %の確率で 100万円になる,

すなわち 400万円の損害を被る.後者のくじの状況では,もう少し小さい 0.9 %の確率で,しか

し全財産を失う.つまり,前者では相対的に大きな確率で小さな損失を被るという一方,後者

では小さな確率で大きな損失を被る.あるいは,前者の状況から後者の状況に移ることは,100

万円の支出を行ってかわりに災害発生の確率を 0.1パーセンテージポイントだけ引き下げるこ

とにあたる.

この 2つの状況のどちらがよいか(災害の確率を引き下げる支出を行うべきか)という判断

はこのままでは難しい.ところが,もし意思決定者の選好が独立性公理に従うならば,その選

択は,実は L1と L′1とのあいだの選択に等しい,ということを上の計算は示している.すなわ

ち,もし意思決定者が独立性公理を検討してこの公理に従いたいと思うならば,(0.99, 0.01, 0)

と (0.991, 0, 0.009)とのあいだの比較は,(0, 1, 0)と (0.1, 0, 0.9)とのあいだの,より簡単な比較

に帰着されるし,またされなければならない,ということである.これは独立性公理の規範的

な用いかたであり,独立性公理が便利だと考えられる点である.

5.4 期待効用定理

多くの反例があるにもかかわらず,経済分析では%が独立性公理を満たすと仮定することは多い.特に,%が独立性公理を満たすとき次に述べるような期待効用定理が成立し,%が期待効用の形で表現できるという利便性は大きい.

5.4.1 定理 (期待効用定理 (Expected Utility Theorem)) %を L上の選好関係とする.%が完備性,推移性,連続性,独立性公理を満たすことと,ある (u1, . . . , uN ) ∈ RN が存在して,

任意のL = (p1, . . . , pN ) ∈ LおよびL′ = (p′1, . . . , p′N ) ∈ Lに対して,L % L′のときまたそのと

きに限り,N∑

n=1

pnun ≥N∑

n=1

p′nun

が成立することとは,同値である.

この定理で,∑N

n=1 pnunはLが定める効用水準の期待値であるから,下記のU は期待効用関

数と呼ばれ,その存在を保証するこの定理は期待効用定理と呼ばれる.

ベクトル (u1, . . . , uN ) ∈ RNを所与としたとき,関数U : L → Rを任意のL = (p1, . . . , pN ) ∈Lに関して,

U(L) =

N∑n=1

pnun

と定義すると,

L % L′ ⇐⇒ U(L) ≥ U(L′)

が成立するので,%を表す効用関数はくじに関して線形である.線形性を要請しなければ,%を表す連続な効用関数の存在は%の完備性,推移性,連続性のみで保証される.したがって,独立性公理が効用関数に課す条件とは線形性に他ならないことを期待効用定理は意味している.

5.5. リスク回避度とその比較 53

定理 5.4.1の略証

(i) N <∞かつ%が連続性を満たすことより,ある LとLとが存在して,それぞれ任意のL

に対して L % L,L % Lを満たす.Lと Lは,それぞれ最も好ましいくじと最も好ましく

ないくじである.

(ii) 任意の Lに対して,

L ∼ αL⊕ (1− α)L

となるような唯一の α ∈ [0, 1]が存在する.この αを U(L)と書くことにする.

(iii) %が独立性公理を満たすことから,任意の L,L′ ∈ Lおよび α ∈ [0, 1]について,

U(αL⊕ (1− α)L′) = αU(L) + (1− α)U(L′)

が成立する.

(iv) 任意の n = 1, . . . , N に対して,

un = U ((0, . . . , 0, 1, 0, . . . , 0))

と定義する.右辺の (0, . . . , 0, 1, 0, . . . , 0)は,n番目の要素だけが 1で他はすべて 0であ

るようなベクトルであり,n番目の商品を確率 1で獲得できるようなくじを表している.

このとき,任意の Lに対して,

U(L) =

N∑n=1

pnun

が成立する.

///

練習問題 5.4.1 以上の証明の各ステップを補い,証明を完成させよ.

練習問題 5.4.2 U が線形性を満たすなら,%は完備性,推移性,連続性,独立性公理を満たすことを証明せよ.

期待効用定理によって存在が保証される期待効用関数は,完全には一意ではなく,正のアフィ

ン変換の任意性がある.実際,U を期待効用関数,αを任意の正の実数,βを任意の実数とした

とき,V = αU + βで定める関数 V は,U と同じ選好を表現する.一方,正アフィン変換だけ

の任意性を除いては,一意である.

5.5 リスク回避度とその比較

5.5.1 確実同値額とリスク回避度の比較

C ⊂ Rならば,くじは累積分布関数と同一視できる.すると,これまで∑

n pnunと書いて

きたものは,積分の形では∫C u(x) dF (x)と書ける.

54 第 5章 不確実性下の意思決定

C ∈ R,R+,R++とする.連続で厳密に増加関数であるようなすべての uからなる集合を

U0で表し,Cに含まれるコンパクトな台を持つすべてのボレル確率測度からなる集合を P∗で

表す6.

5.5.1 命題 (確実同値額) 任意の u ∈ U0と任意の P ∈ P∗について,

u(x) =

∫Cu(z) dP (z)

を満たすような x ∈ C がただ 1つだけ存在する7.このとき xは,P の uに対する確実同値額

(certainty equivalent)と呼ばれる.

命題 5.5.1の証明

c = max suppP ∈ C

c = min suppP ∈ C

とする.このとき,

u(c) ≤∫Cu(z) dP (z) ≤ u(c)

が成立する.uが連続だから,中間値の定理より,u(x) =∫C u(z) dP (z)を満たすようなx ∈ [c, c]

が存在する.また uは厳密な増加関数であるから,そのような xはC上でも一意に定まる.///

確実同値額 xは,c(P, u)と書く.これは u−1(∫

C u(z) dP (z))に等しい.

5.5.2 注意 確実同値額は正アフィン変換に関して不変である.すなわち,任意の u ∈ U0と,そ

の α > 0, β ∈ Rによる正アフィン変換 v = αu + β を考えたとき,任意の P ∈ P∗ について,

c(F, u) = c(F, v)が成立する.実際,正アフィン変換によって写る 2つの効用関数は同じ選好を

表現するのであるから,根本にある選好が同じであるにもかかわらず,くじ P の確実同値額が

同じ選好の 2つの期待効用表現 u, vで異なると都合が悪いはずであり,それが同一であるとい

う前述の主張はぜひとも成り立っていてほしい性質である.これが実際に成り立っていること

を確認しよう.

v = αu+ βだから,∫Cv(x) dP (x) =

∫C(αu(x) + β) dP (x) = α

∫Cu(x) dP (x) + β

である.ところで,確実同値額の定義から,最右辺では∫C u(x) dP (x) = u(c(P, u))であり,同じ

く最左辺は∫C v(x) dP (x) = v(c(P, v))である.vの定義をふたたび使うと,後者はαu(c(P, v))+β

に等しい.以上をまとめると,

αu(c(P, v)) + β = αu(c(P, u)) + β6測度論になじみのない読者はこの部分については,確率測度 P が表す確率分布の累積分布関数として,C を定

義域とし,ある [c, c] ⊂ C が存在して F (c) = 0, F (c) = 1となるような F のみを考えるとすれば十分である.B を C の開集合を含む最小の σ-加法族とするとき,確率測度空間 (C,B, P )はボレル確率測度空間という.ボレ

ル確率測度空間 (C,B, P )に対して,確率測度 P の台とは P (C \ F ) = 0となる最小の閉集合 F のことである.7P を表す確率分布の累積分布関数を F とし,また密度関数 f が存在するとする.このとき u(z)の期待値は

E[u(z)] =

∫C

u(z) dP (z) =

∫C

u(z) dF (z) =

∫C

u(z)f(z) dz

と表される.

5.5. リスク回避度とその比較 55

となって,

u(c(P, v)) = u(c(P, u))

であるが,uが厳密な増加関数であることから,c(P, v) = c(P, u)がしたがう.

5.5.3 定義 u1, u2 ∈ U0とする.任意の P ∈ P∗について,c(P, u1) ≤ c(P, u2)が成立するなら

ば,u1は u2と少なくとも同程度にリスク回避的である (u1 is at least as risk averse as u2)と

いう.

5.5.4 注意 注意 5.5.2と関連するが,確実同値額は期待効用表現によらず%から直接に c(P,%)

を定義できる.c(P,%) ∼ P となるように定義したらよい.だからもし期待効用表現が存在しな

いような選好についても確実同値額を定義することができる.このことは,「少なくとも同程度

にリスク回避的」関係の上の定義の長所である.一方で,この定義ではすべてのボレル確率測

度 P ∈ P∗について計算しなければならず,これは短所である.

5.5.5 注意 u1と u2のうちの一方が,もう一方よりも必ず少なくとも同程度にリスク回避的で

あるとは限らない.u1が u2より少なくとも同程度にリスク回避的ではなく,かつ u2が u1と少

なくとも同程度にリスク回避的でないような状況がありうる.次の例では,そのような状況が

成立している.

5.5.6 例 C = R+とし,2つのくじ P1と P2を,

P1(1) = P1(3) =1

2

P2(3) = P2(5) =1

2

と定義する.また,効用関数 u1と u2を,

u1(x) =

x (0 ≤ x < 2のとき)1

2x+ 1 (2 ≤ xのとき)

u2(x) =

x (0 ≤ x < 4のとき)1

2x+ 2 (4 ≤ xのとき)

と定義する.このとき,くじ P1が与える期待効用は,それぞれ∫Cu1(z) dP1(z) =

1

2· 1 + 1

2· 52=

7

4∫Cu2(z) dP1(z) =

1

2· 1 + 1

2· 3 = 2

であり,したがって確実同値額はそれぞれ c(P1, u1) = 7/4, c(P1, u2) = 2であり,c(P1, u1) <

c(P1, u2)が成立する.

同様にして,くじP2が与える確実同値額を求めると,c(P2, u1) = 4, c(P2, u2) = 15/4であり,

c(P2, u1) > c(P2, u2)が成立する.

u1 が u2 と少なくとも同程度にリスク回避的であるためには,任意の P ∈ P∗ について,

c(P, u1) ≤ c(P, u2) が成立する必要がある.しかしこの例では,P = P1 のときは c(P, u1) <

c(P, u2)が成立し,P = P2のときは c(P, u1) > c(P, u2)が成立している.したがって,u1と u2

のいずれについても,もう一方と少なくとも同程度にリスク回避的であるとはいえない.

56 第 5章 不確実性下の意思決定

もし uが恒等関数であるならば,∫Cu(z) dP (z) =

∫Cz dP (z) = (P の平均) = c(P, u)

が成立する8.より一般に,u(x) = αx+ βの形をとる任意の効用関数 uに対して,c(P, u)は P

の平均である.

5.5.7 命題 u1がu2と少なくとも同程度にリスク回避的であることは,以下のことと同値である.

任意のx ∈ Cと任意のP ∈ P∗について,u1(x) ≤∫C u1(z) dP (z)ならばu2(x) ≤

∫C u2(z) dP (z)

が成立する.

練習問題 5.5.1 命題 5.5.7を証明せよ.

関数 U1 : P∗ → Rと U2 : P∗ → Rを次のように定義する.

U1(P ) =

∫Cu1(z) dP (z)

U2(P ) =

∫Cu2(z) dP (z)

また δxは δx(x) = 1を満たす確率測度とする9.このとき,u1が u2と少なくとも同程度にリ

スク回避的であるならば,命題 5.5.7より U1(δx) ≤ U1(P )のときは必ず U2(δx) ≤ U2(P )が成

立する.ここで,U1(δx) ≤ U1(P )は P %1 δxを,U2(δx) ≤ U2(P )は P %2 δxをそれぞれ意味

している.これは,%1と%2が期待効用関数から導出されなかった場合にも意味を持つ表現に

なる.同様に,確実同値額も,U(δx) = U(P )ならば x = c(P,U)と定義される.

5.5.8 定義 u ∈ U0とする.もし uが恒等関数 idと少なくとも同程度にリスク回避的であるな

らば,単に uはリスク回避的であるという.つまり,任意の P ∈ P∗について,c(P, u) ≤ (P の

平均)が成立するならば,uはリスク回避的 (risk-averse)であるという.

また任意のP ∈ P∗について,c(P, u) ≥ (Pの平均)が成立するならば,uはリスク愛好的 (risk-

loving)であるといい,c(P, u) = (P の平均)が成立するならば,uはリスク中立的 (risk-neutral)

であるという.

5.5.2 確実同値額を使わないリスク回避度の比較方法

確実同値額を使ってリスク回避度を比較する場合,たとえば u1が u2と少なくとも同程度に

リスク回避的であるというためには,すべての P ∈ P∗について c(P, u1) ≤ c(P, u2)が成立する

ことを確かめなければならず,とても大変である.以下では,確実同値額を使わずにリスク回

避度を比較するひとつの方法を紹介しよう.以下の議論では期待効用表現が必要である.

u1, u2 ∈ U0とし,関数 φ : u2(C) → u1(C)を φ = u1 u−12 , つまり φ(z) = u1(u

−12 (z))と定

義する.また,P ∈ P∗とする.ここで,Q = P u−12 と定義する,つまり,u2(C)の任意のボ

レル部分集合Aについて,

Q(A) = P(u−12 (A)

)8恒等関数 id : C → C とは,任意の z ∈ C について id(z) = z となる関数のことである.9δx が表す確率分布の累積分布関数を Fx で表すと,

Fx(z) =

0 (z < xのとき)

1 (x ≤ z のとき)

であり,これは確実に xを得られるくじに相当する.したがって U1(δx) = u1(x), U2(δx) = u2(x)である.

5.5. リスク回避度とその比較 57

が成立すると定義しよう.

練習問題 5.5.2 Qは u2(C)上のボレル確率測度であることを証明せよ.

5.5.9 定理 (変数変換の法則 (Change-of-Variable Formula)) f : u2(C) → RがQに関し

て積分可能であるとする.このとき f u2 : C → Rは P に関して積分可能であり,∫u2(C)

f(z) dQ(z) =

∫C(f u2)(x) dP (x)

が成立する.ここで (f u2)(x) = f(u2(x))である.

変数変換の法則の証明は,Billingsleyを参考にせよ.

5.5.10 命題 もし φが凹関数ならば,∫u2(C)

φ(z) dQ(z) ≤ φ

(∫u2(C)

z dQ(x)

)(5.2)

が成立する.また,もし φが凸関数ならば,∫u2(C)

φ(z) dQ(z) ≥ φ

(∫u2(C)

z dQ(x)

)(5.3)

が成立する.

命題 5.5.10の証明 イェンセンの不等式による. ///

準備ができたので,確実同値額を使わずにリスク回避度を比較する方法を見ていこう.変数

変換の公式より, ∫u2(C)

φ(z) dQ(z) =

∫C(φ u2)(x) dP (x)

=

∫Cu1(x) dP (x)

である.次に,恒等関数 idと変数変換の公式を使って右辺を変形すると,

φ

(∫u2(C)

z dQ(x)

)= φ

(∫u2(C)

id(z) dQ(x)

)

= φ

(∫C(id u2)(x) dP (x)

)= φ

(∫Cu2(x) dP (x)

).

したがって,(5.2)は, ∫Cu1(x) dP (x) ≤ φ

(∫Cu2(x) dP (x)

)と同値である.φ = u1 u−1

2 より,これは,

u−11

(∫Cu1(x) dP (x)

)≤ u−1

2

(∫Cu2(x) dP (x)

)

58 第 5章 不確実性下の意思決定

と同値である.ここで,確実同値額の定義より,

u−11

(∫Cu1(x) dP (x)

)= c(P, u1),

u−12

(∫Cu2(x) dP (x)

)= c(P, u2)

と書くことができるから,結局 (5.2) は c(P, u1) ≤ c(P, u2) と同値である.同様に (5.3) は

c(P, u1) ≥ c(P, u2) と同値である.したがって,命題 5.5.10 は次のように書き換えることが

できる.

5.5.11 命題 u1 u−12 が凹関数であることと,u1が u2と少なくとも同程度にリスク回避的であ

ることは同値である.

命題 5.5.11の証明 u1 u−12 が凹関数のとき,イェンセンの不等式より,任意の P について,∫

Cu1 u−1

2 (x) dP (x) ≤ u1 u−12

(∫CxdP (x)

)が成立する.ここで被積分関数の xをとくに u2(x)に置きかえると,∫

Cu1(x) dP (x) ≤ u1 u−1

2

(∫Cu2(x) dP (x)

)となる(左辺では u−1

2 (u2(x)) = xを用いた).u1は厳密な増加関数なので逆関数 u−11 も存在し

て厳密に増加関数であり,上式は,

u−11

(∫Cu1(x) dP (x)

)≤ u−1

2

(∫Cu2(x) dP (x)

)となる.この両辺はそれぞれ P の u1, u2に対する確実同値額であり,これが任意の P について

成立するから,u1が u2と少なくとも同程度にリスク回避的であることがわかった.

φ = u1 u−12 とおく.逆の関係が成立することを示すには,u1が u2と少なくとも同程度にリ

スク回避的であるならば,任意の z, z′ ∈ u2(C), および任意の α ∈ [0, 1]について,

φ(αz + (1− α)z′) ≥ αφ(z) + (1− α)φ(z′)

が成立することを示せばよい.今,x = u−12 (z), x′ = u−1

2 (z′)と定義し,確率測度P を,P (x) =α, P (x′) = 1− αと定義すると,

c(P, u1) = u−11

(∫Cu1(x) dP (x)

)= u−1

1

(αu1(x) + (1− α)u1(x

′))

= u−11

(αφ(z) + (1− α)φ(z′)

)

が得られ,同様に,

c(P, u2) = u−12

(αz + (1− α)z′

)が得られる.ここで,u1がu2と少なくとも同程度にリスク回避的であるならばc(P, u1) ≤ c(P, u2)

が成立するので,

u−11

(αφ(z) + (1− α)φ(z′)

)≤ u−1

2

(αz + (1− α)z′

)

5.5. リスク回避度とその比較 59

である.φ = u1 u−12 より,

αφ(z) + (1− α)φ(z′) ≤ φ(αz + (1− α)z′

).

したがって φ = u1 u−12 が凹関数であることが示された. ///

効用関数 uがリスク回避的であることは,uが恒等関数 idと少なくとも同程度にリスク回避

的であることと同値である.このとき,命題 5.5.11より,u id−1 = uが凹関数であることに

なる.よって,次の命題が得られる.

5.5.12 命題 効用関数 uがリスク回避的であることと,uが凹関数であることは同値である.

練習問題 5.5.3 u1と u2を連続かつ狭義増加な効用関数とする.n = 1, 2と消費量 xに対し,

un(x) =

(1

2+ π

)un(x+ 1) +

(1

2− π

)un(x− 1)

を満たす πを πn(x)と表すことにする.もし u1が u2と少なくとも同程度にリスク回避的なら

ば,π1(x) ≥ π2(x)が成立することを証明せよ.

5.5.3 絶対的リスク回避度

U2を 2回連続微分可能で,1回微分が厳密に正であるような効用関数の集合とし,u1, u2 ∈ U2

とする.このとき,φ = u1 u−12 も 2回連続微分可能である.

命題 5.5.11と命題 5.5.12より,u1が u2と少なくとも同程度にリスク回避的であることは φ

が凹関数,つまり φ′′ ≤ 0が成立することと同値である.ところで,φは u1と u2を使って定義

したから,φ′′ ≤ 0という条件を u1と u2を使って表すことができるはずである.実際,φ′′ ≤ 0

は,任意の x ∈ C について

−u′′1(x)

u′1(x)≥ −u

′′2(x)

u′2(x)

が成立することと同値である.このことを以下で確認しよう.まず,φ′(z)と φ′′(z)は次のよう

に u1と u2を使って表すことができる.

φ′(z) = (u1 u−12 )′(z)

= u′1(u−12 (z))(u−1

2 )′(z)

= u′1(u−12 (z))

1

u′2(u−12 (z))

=u′1(u

−12 (z))

u′2(u−12 (z))

.

両辺を微分して整理すれば,

φ′′(z) =u′1(u

−12 (z))(

u′2(u−12 (z))

)2 (u′′1(u−12 (z))

u′1(u−12 (z))

− u′′2(u−12 (z))

u′2(u−12 (z))

)

ここで u′1(u−12 (z))/

(u′2(u

−12 (z))

)2 ≥ 0 より,φ′′ ≤ 0 のとき,またそのときに限り,任意の

z ∈ u2(C)について,u′′1(u

−12 (z))

u′1(u−12 (z))

≤ u′′2(u−12 (z))

u′2(u−12 (z))

60 第 5章 不確実性下の意思決定

が成立する.この関係は u−12 (z) = xと置きかえれば,任意の x ∈ C について,

−u′′1(x)

u′1(x)≥ −u

′′2(x)

u′2(x)

が成立することと同値である.

5.5.13 定義 (アロー・プラットの絶対的リスク回避度) u ∈ U2, x ∈ C とする.このとき,

rA(x, u) = −u′′(x)

u′(x)

は,uの xにおけるアロー・プラットの絶対的リスク回避度 (Arrow–Pratt measure of absolute

risk aversion of u at x)と呼ばれる.

先の分析により,以下の命題が成立する.

5.5.14 命題 u1がu2と少なくとも同程度にリスク回避的であることは,任意のx ∈ Cについて,

rA(x, u1) ≥ rA(x, u2)

が成立することと同値である.

これは各点ごとの比較であることに注意されたい.u1が u2と少なくとも同程度にリスク回

避的であり,したがって任意の x ∈ C について rA(x, u1) ≥ rA(x, u2)であっても,相異なる

x, y ∈ C があって rA(x, u1) < rA(y, u2)となることはあってよい.

練習問題 5.5.4 初期資産wと効用関数 uを持つ意思決定者が単純くじを売買する状況を考えよ

う.uは 2回微分可能で,u′は常に正とする.この意思決定者が当初くじを保有しない場合,く

じを獲得するために支払ってもよいと考える最高の価格を pで表す.また,当初(wに加えて)

くじを保有する場合,くじを手放す際に必要とする最低の価格を qで表す.もし uの絶対的リ

スク回避度が消費量の狭義減少関数ならば,p < qであることを証明せよ.

5.5.15 定義 u ∈ U2, x ∈ C, x > 0とする.このとき,

rR(x, u) = −u′′(x)x

u′(x)

は,uの xにおける相対的リスク回避度 (Arrow–Pratt measure of relative risk aversion of u

at x)と呼ばれる.

練習問題 5.5.5 uは (0,∞)上で定義された 2回連続微分可能な効用関数とする.u′は常に正と

仮定する.

1. もしある x > 0が存在して,任意の x > xに対し rR(x, u) ≤ 1ならば,uは上に有界では

ないことを証明せよ.

2. もしある x > 0が存在して,任意の x < xに対し rR(x, u) ≥ 1ならば,uは下に有界では

ないことを証明せよ.

5.5. リスク回避度とその比較 61

アロー・プラットの絶対的リスク回避度は,

rA(x, u) = − d

dxlog u′(x)

と書くことができる.右辺の d log u′(x)/dxは,u′(x)が何パーセント上昇しているかを表して

いる.マイナスの符号を考慮すると,rA(x, u)は,xが 1単位増えたときに,限界効用が何パー

セント減るかを表している.

一方,相対的リスク回避度は,

−u′′(x)x

u′(x)=

du′(x)

dx

/u′(x)

x

と変形すると,右辺は u′(x)の弾力性を表していることがわかる.つまり相対的リスク回避度

は,xが 1パーセント増えたときに,限界効用が何パーセント減るかを表している.

また,アロー・プラットの絶対的リスク回避度の逆数

t(x, u) = − u′(x)

u′′(x)

は,リスク許容度 (risk tolerance)と呼ばれる.

5.5.16 定義 rA(x, u)が xの減少,定値,増加関数であるとき,効用関数 uはそれぞれ,絶対

的リスク回避度減少(一定,増加) (decreasing (constant, increasing) absolute risk aversion)

であるという.

5.5.17 命題 任意の貨幣額 xとボレル確率測度 P に対して,

cAx (P, u) = u−1

(∫Cu(x+ z) dP (z)

)を定義する.このとき uが絶対的リスク回避度減少,一定,増加であることは,

x− cAx (P, u)

がそれぞれ xの減少,定値,増加関数であることと同値である.

cAx (P, u)は,いわば x+ P の確実同値額である.xが 10万円だけ大きくなったとき,x+ P

の確実同値額である cAx (P, u)も 10万円程度上がるだろうと予想される.そこで上の命題に現れ

る差 x− cAx (P, u)は,xの増加につれて第 1項も第 2項も増加するものだが,その増加が第 2項

のほうで大きいとき,全体は非増加になる.この差 x− cAx (P, u)は,xの増加分を無視してリス

クに対する態度の変化のみを拾いだしているものと解釈できる.

命題 5.5.17の証明 x1 > x2なる x1, x2に対して,それぞれ u1(z) = u(x1+z), u2(z) = u(x2+z)

とする.このとき,P の u1, u2に対する確実同値額をそれぞれ c1 = c(P, u1), c2 = c(P, u2)とす

る.c1について,

u1(c1) =

∫Cu1(z) dP (z)

とすると,定義から,

u(x1 + c1) =

∫Cu(x1 + z) dP (z)

62 第 5章 不確実性下の意思決定

であって,uは単調増加だから逆がとれて,

x1 + c1 = u−1

(∫Cu(x1 + z) dP (z)

),

したがって,

c1 = u−1

(∫Cu(x1 + z) dP (z)

)− x1

= cAx1(P, u)− x1

が成り立つ.同様に c2について c2 = cAx2(P, u)− x2である.したがって,c2 < c1と,

x1 − cAx1(P, u) < x2 − cAx2

(P, u)

とが同値だから,uが絶対的リスク回避度減少,すなわち u2が u1よりもリスク回避的である

ことと,x− cAx (P, u)が xの減少関数であることは同値である.絶対的リスク回避度一定,増加

の場合も同様に示せる. ///

5.5.18 定義 rR(x, u)が xの減少,定値,増加関数のとき,効用関数 uはそれぞれ,相対的リ

スク回避度減少,一定,増加 (decreasing, constant, increasing relative risk aversion)であると

いう.

5.5.19 命題 任意の貨幣額 x > 0とR+上のボレル確率測度 P について,

cRx (P, u) = u−1

(∫Cu(zx) dP (z)

)と定義する.このとき uが相対的リスク回避度減少,一定,増加であることは,

x

cRx (P, u)

がそれぞれ xの減少,定値,増加関数であることと同値である.

命題 5.5.17に関する注意と同様のことがここでも言える.すなわち,手もちの予算 x > 0と,

収益率の確率分布 (リターンの分布) P があって,Z が P に従う確率変数とすると,リターン

の額面はZxである.いわばそのZxの確実同値額が cRx (P, u)であって,xが 2倍になったとす

ると cRx (P, u)もそのぶん大きくなると考えられるが,それは 2倍より大きいだろうかというこ

とが問題で,そこがリスクに対する態度による部分である.

練習問題 5.5.6 命題 5.5.19を示せ(Hint: 各 x > 0に対して ux(z) = u(zx)とせよ).

命題 5.5.17と命題 5.5.19の条件は,uが 2回微分可能ではなく,したがって rAや rRが定義

できない場合にも適用できることに注意せよ.

5.6 さまざまな効用関数

5.6.1 例 (絶対的リスク回避度一定 (CARA)の効用関数) 効用関数 uの絶対的リスク回避度

が一定ならば (CARA),任意の x ∈ Rについて,rA(x, u) = αとなるような α > 0が存在する.

つまり,

−u′′(x)

u′(x)= α

5.6. さまざまな効用関数 63

を書きかえた,

− d

dxlog u′(x) = α

の辺々を積分すると,

log u′(x) = −αx+K0

が得られる.ここでK0は積分定数である.両辺の指数をとると,

u′(x) = exp(−αx+K0)

= exp(K0) exp(−αx)= K1 exp(−αx)

が得られる.ここでK1 = exp(K0) > 0とした.両辺を積分すると,K2を積分定数として,

u(x) = − 1

αK1 exp(−αx) +K2

が得られる.よって CARA効用関数 uは,

u(x) = − exp(−αx)

の狭義単調増加のアフィン変換である.特に,

u(x) = − 1

αexp(−αx)

と書くことが多い.限界効用が u′(x) = exp(−αx)となるために,この表現が用いられる.

練習問題 5.6.1 uは一定の絶対的リスク回避度 αを持つ効用関数とする.F をR上で定義され

た任意の累積分布関数とし,効用関数 vを,

v(x) =

∫u(x+ z) dF (z)

で定義する.このとき,vも一定の絶対的リスク回避度 αを持つことを証明せよ.

5.6.2 例 (相対的リスク回避度一定 (CRRA)の効用関数) 効用関数uが,相対的リスク回避度

一定 (CRRA)ならば,任意の x ∈ R++について,

−u′′(x)x

u′(x)= γ

となるような γ > 0が存在する.これは,

−u′′(x)

u′(x)=γ

x

と書きかえることができる.このとき,右辺は双曲線を表しているので,CRRAの効用関数は,

絶対的リスク回避度が双曲型 (Hyperbolic ARA)の効用関数の特殊ケースであるといえる.上

の表現を書きかえると,

− d

dxlog u′(x) =

γ

x

が得られ,辺々を積分すると,

− log u′(x) = γ log x+K0

64 第 5章 不確実性下の意思決定

が得られる.ここでK0は積分定数である.両辺の指数をとると,

u′(x) = exp(−γ log x−K0) = K1x−γ

が得られる.ここでK1 = exp(−K0) > 0とした.両辺を積分すると,

u(x) =

K11

1− γx1−γ +K2 (γ = 1)

K1 log x+K2 (γ = 1)

が得られる.K1,K2は任意だから,

u(x) =

1

1− γx1−γ (γ = 1)

logα (γ = 1)

と書ける.別の表現としては,

u(x) =

x1−γ (γ < 1)

log x (γ = 1)

− 1

xγ−1(γ > 1)

または,

u(x) =x1−γ − 1

1− γ

と書くこともできる.

最後の表現は,γ = 1のときは分母が 0になり定義されないが,γ → 1のとき,(x1−γ−1)/(1−γ) = log xとなる10.また,u′(x) = x−γ だから,u(x) = (x1−γ − 1)/(1− γ)は γの大きさにか

かわらず,u(1) = 0かつ u′(1) = 1である.

5.6.3 例 (アフィンリスク許容度または線形リスク許容度の効用関数) 任意の κ, η ∈ Rについ

て,t(x, u) = κx+ ηであるような x ∈ Cが存在するならば,効用関数 uは,アフィンリスク許

容度,または,線形リスク許容度 (linear risk tolarance)を持つという.

すぐに確かめることができるように,CARAは κ = 0, η = 1/αのケースであり,CRRAは

κ = 1/γ, η = 0のケースである.また,t(x, u) = κx+ ηならば rA(x, u) = 1/(κx+ η)であるか

ら,絶対的リスク回避度が双曲型 (Hyperbolic ARA)の効用関数の一つのケースでもある.

κ > 0のとき,t(x, u) > 0と x > −η/κは同値である.よって,帰結の集合をC = (−η/κ,∞)

とするのが自然である.もしさらに η < 0ならば,−η/κ > 0であり,−η/κは最小消費水準(minimum subsistence level)と呼ばれる.xが (−η/κ,∞)に属するとき,相対的リスク回避度

は xの減少関数になる.また,η > 0ならば,−η/κ < 0であり,xが (−η/κ,∞) ∩R++に属

するとき,相対的リスク回避度は xの増加関数になる.

練習問題 5.6.2 相対的リスク回避度に関する上述の主張を証明せよ.

10ロピタルの定理による.実際,分母分子をそれぞれ γ の関数とみたとき,γ → 1ではそれぞれ 0に収束するので,ロピタルの定理より,

limγ→1

x1−γ − 1

1− γ= lim

γ→1

−x1−γ log x

−1= log x.

5.7. 単純なポートフォリオ決定問題 65

κ < 0のとき,tの定義より κx + η > 0だから,x < −η/κである.よって,帰結の集合をC = (−∞,−η/κ)とするのが自然である.2次の効用関数 (quadratic utility function)は,この

ケースに該当する.実際,κ = −1とすると,rA(x, u) = 1/(η − x)より,

d

dxlog u′(x) =

d

dxlog(η − x)

で,両辺の積分をとると,

log u′(x) = log(η − x) +K0

が得られる.K0は積分定数である.両辺の指数をとると,K1 = exp(K0) > 0として,

u′(x) = K1(η − x)

が得られ,限界効用が線形であることが確認できる.さらに両辺の積分をとると,K2を積分定

数として,

u(x) = −K1

2(η − x)2 +K2

が得られる.積分定数は任意だから,

u(x) = −(η − x)2,

または,

u(x) = −1

2(η − x)2

と書かれる.

Xは賞金を表現する確率変数とし,X : Ω → Cとする.このとき期待効用水準は,次のよう

に表現することができる.∫Cu(x) d(P X−1)(x) =

∫Ωu(X(ω)) dP (ω)

= E(u(X))

= E(−X2 + 2ηX − η2)

= −E(X2) + 2ηE(X)− η2

= −(E(X))2 −Var(X) + 2ηE(X)− η2.

よって,期待効用水準は,平均と分散のみに依存する.

5.7 単純なポートフォリオ決定問題

帰結の集合をC ∈ R,R++とし,効用関数を u ∈ U2とする.また,安全資産と危険資産の

2種類の資産があるとする.安全資産は債券,危険資産は株式などと考えることができる.投資

家の初期資産を w ∈ C とする.

安全資産に 1単位投資すると,1期後に収益 1 + r単位が得られるとする.rは利子率で,こ

こでは簡単化のため r = 0とする.一方,危険資産に 1単位投資すると,1期後に収益 Z 単位

が得られるとする.Zは確率変数で,Zが定めるR上の確率測度は,コンパクトな台を持つと

する.

wのうち aを危険資産に投資し,bを安全資産に投資すると,1期後には aZ + bを得られる.

66 第 5章 不確実性下の意思決定

ポートフォリオを組む段階での投資家の期待効用は,

E (u(aZ + b))

であり,彼が解く問題は,

maxa,b

E (u(aZ + b))

subject to a+ b = w

である.ここで a < 0や b < 0であっても構わないが,aZ + b ∈ C でなければならない11.簡

単化のため,以下の議論では確率 1で aZ + b ∈ C が成立すると仮定しよう.

b = w − aを目的関数に代入すると,

E (u(aZ + (w − a))) = E (u(a(Z − 1) + w))

であるから,上の式を aについて最大化すればよい.

もし a = a∗が最適であるならば,

d

daE (u(a(Z − 1) + w))

∣∣∣∣a=a∗

= 0 (5.4)

が成り立つ.zが従うR上の確率測度の台はコンパクトなので,微分と期待値の順序を入れか

えることができる.よって,

d

daE (u(a(Z − 1) + w)) = E

(u′(a(Z − 1) + w)(Z − 1)

)が成立する.上式の右辺を φ(a)とおく.u′′ < 0かつ (Z − 1)2 ≥ 0なので,

φ′(a) = E(u′′(a(Z − 1) + w)(Z − 1)2

)< 0 (5.5)

である.これより φは減少関数であり,また (11)より φ(a∗) = 0となることがわかる.

以下の命題は危険資産の期待収益率が安全資産よりも高い(等しい,低い)ならば危険資産

の保有量が正(ゼロ,負)になることを述べており,非常に直観的な結果である.

5.7.1 命題 E(Z) > 1ならば a∗ > 0, E(Z) = 1ならば a∗ = 0, E(Z) < 1ならば a∗ < 0が成立

する.また,それぞれ逆も成立する.

命題 5.7.1の証明

φ(0) = E(u′(w)(Z − 1)

)= u′(w)(E(Z)− 1)

だから,E(Z) > 1のとき,そしてそのときに限り φ(0) > 0である.φ′(a) < 0と φ(a∗) = 0か

ら,これは a∗ > 0であることと同値である.E(Z) = 1, E(Z) < 1の場合も同様である. ///

次にリスク回避度の違いがポートフォリオにどのような影響を与えるのかを見る.

5.7.2 命題 異なる投資家の比較 効用関数 u1, u2 に対する最適な危険資産保有量をそれぞれ

a∗1, a∗2とする.このとき,u1がu2と少なくとも同程度にリスク回避的であるならば,a

∗1 ≤ a∗2

が成立する.

11C = R++ ならば aZ + b > 0であるが,C = R+ のときは aZ + b ≥ 0なので,正の確率で aZ + b = 0が成立する可能性がある.このときには ()は成立しなくなってしまう.

5.7. 単純なポートフォリオ決定問題 67

異なる初期資産における比較 初期資産がw1, w2のときの最適な危険資産保有量をそれぞれa∗1, a∗2

とする.このときw1 ≤ w2かつ rA(x, u)が xについて非増加ならば,a∗1 ≤ a∗2が成立する.

投資割合の選択問題 ポートフォリオ選択問題

maxa,b

E (u(awZ + bw))

subject to a+ b ≤ 1

について,初期資産が w1, w2 (w1 ≤ w2) のときの最適な危険資産投資割合をそれぞれ

a∗1, a∗2とする.このとき rR(x, u)が xについて非増加ならば,a∗1 ≤ a∗2が成立する.

まず,以下の補題を証明する.

5.7.3 補題 正値な関数π1, π2 (つまり,任意のzについてπi(z) > 0, i = 1, 2)について,∫π1(z) dF (z) =∫

π2(z) dF (z) = 1が成り立つとする12.今,π2(z)/π1(z)が zに関して単調非減少なら,すなわ

ち z > zとなる任意の z, zに対して,

π2(z)

π1(z)≥ π2(z)

π1(z)

なら,任意の単調非減少関数 hに対して,∫h(z)π2(z) dF (z) ≥

∫h(z)π1(z) dF (z)

が成立する.

補題 5.7.3の証明 πi (i = 1, 2)の累積分布関数をΠiで表すことにする.

π2(z)

π1(z)≥ π2(z)

π1(z)

は,π2(z)

π2(z)≥ π1(z)

π1(z)

と書きかえられる.ここで任意の定数 y ∈ Rを固定して z ∈ [y,∞), z ∈ (−∞, y]とする.z, z

がこの範囲にある限りにおいて上の不等式が成立していることに注意せよ.zを区間 [y,∞)に

おいて積分すると, ∫∞y π2(z) dF (z)

π2(z)≥∫∞y π1(z) dF (z)

π1(z)

1−Π2(y)

π2(z)≥ 1−Π1(y)

π1(z)

π2(z)

1−Π2(y)≤ π1(z)

1−Π1(y)

となる.さらに zを区間 (−∞, y]において積分することで,

Π2(y)

1−Π2(y)≥ Π1(y)

1−Π1(y)12この条件は,π1, π2 が密度関数の条件を満たすことを意味している.

68 第 5章 不確実性下の意思決定

を得る.関数 x/(1− x)は xについて単調増加であることから,

Π2(y) ≥ Π1(y)

を得る.これは任意の y ∈ Rについて成り立つ.このことはΠ2がΠ1を 1次確率支配すること

を意味し13,命題 5.9.1により証明が完了した. ///

命題 5.7.2の証明 異なる投資家の比較のみ証明する.i = 1, 2に対して,

φi(a) = E(u′i(a(Z − 1) + w)(Z − 1))

とすると,φ1(a∗1) = 0, φ2(a

∗2) = 0である.φ′

i(a) < 0であることと φ1(a∗1) = E(u′1(a

∗1(Z − 1)+

w)(Z − 1)) = 0であることを考えると,命題の証明のためには,

φ2(a∗1) = E(u′2(a

∗1(Z − 1) + w)(Z − 1)) ≥ 0

であることを示せば十分である.ここで π1, π2を,

π1(z) =u′1(a

∗1(z − 1) + w)

E(u′1(a∗1(Z − 1) + w))

π2(z) =u′2(a

∗1(z − 1) + w)

E(u′2(a∗1(Z − 1) + w))

とおくと, ∫π1(z) dF (z) =

∫π2(z) dF (z) = 1

が成立し,

φi(a∗1) = E(u′i(a

∗1(Z − 1) + w))E((Z − 1)πi(Z))

となる.ここで,d

dz

(π2(z)

π1(z)

)≥ 0

であることを示せば補題 5.7.3により証明が完了する.ここで対数をとっても微分係数の符号は

変化しないので,

d

dz

(log

π2(z)

π1(z)

)=

d

dz

(log(u′2(a

∗1(z − 1) + w))− log(u′1(a

∗1(z − 1) + w)) + log

E(u′1(a∗1(Z − 1) + w))

E(u′2(a∗2(Z − 1) + w))

)=

−u

′′1(a

∗1(z − 1) + w)

u′1(a∗1(z − 1) + w)

−(−u

′′2(a

∗1(z − 1) + w)

u′2(a∗1(z − 1) + w)

)a∗1

≥ 0

となり証明完了である.ただし,最後の不等号は u1が u2と少なくとも同程度にリスク回避的

であることによる. ///

13確率支配については後の節で詳しく説明する.

5.8. 予備的貯蓄動機 69

練習問題 5.7.1 命題 5.7.2の残る 2つの場合を証明せよ.

練習問題 5.7.2 初期資産wと 2回連続微分可能な効用関数 uを持つ意思決定者の単純なポート

フォリオ決定問題を考えよう.u′は常に正,u′′は常に負と仮定する.安全資産の利回り(利子

率)はゼロであるとする.危険資産には 2種類あり,収益の分布はいずれも有界区間 (z, z)上

でのみ正の値をとる密度関数 f1と f2によって表されるものとする.収益の分布が f1で表され

る危険資産と安全資産に投資できる場合の危険資産への最適投資額を a∗1,収益の分布が f2で表

される危険資産と安全資産に投資できる場合の危険資産への最適投資額を a∗2と書くことにする

(いずれの資産も空売りができると仮定する).もし (z, z)上で f2(z)/f1(z)が zの狭義増加関数

ならば,a∗1 < a∗2が成立することを証明せよ.

練習問題 5.7.3 確率密度関数 f1と f2はいずれも有界区間 (z, z)上でのみ正の値をとる連続関

数であるとする.対応する累積分布関数を F1と F2で表す.

1. (z, z)上で f2(z)/f1(z)は z の狭義増加関数であるならば,f1(z∗) = f2(z

∗)が成立する

z∗ ∈ (z, z)がただひとつ存在することを証明せよ.またこのとき,任意の z ∈ (z, z∗)に

対し f1(z) > f2(z)が成立し,任意の z ∈ (z∗, z)に対し f1(z) < f2(z)が成立することも

示せ.

2. もしf1とf2が (a)で述べられた性質を持つならば,任意のz ∈ (z, z)に対し,F1(z) > F2(z)

が成立することを証明せよ.

5.8 予備的貯蓄動機

2期間の貯蓄決定のモデルを考える.第 0期,第 1期の消費をそれぞれ x0, x1とし,効用関数

は u, v ∈ U2を使って u(x0) + v(x1)で表されるとする.また,この経済では利回りゼロの債券

のみが取引されるものとし,債券の保有量を bで表わす.

まずは不確実性の存在しない場合を考える.第 0期,第 1期の所得の流列 (w0, w1)は確定し

ているとする.このとき,消費者が直面する問題は,

maxb

u(w0 − b) + v(w1 + b)

となる.最適化の 1階条件は,

u′(w0 − b) = v′(w1 + b)

となり,これを満たす bを b∗1とおく.

次に第 1期の所得に不確実性が存在する場合を考える.このとき所得の流列は (w0,W1)とな

り,W1は確率変数であるとする.このとき消費者が直面する問題は,

maxb

u(w0 − b) + E (v(W1 + b))

となり,最適化の 1階条件は,

u′(w0 − b) = E(v′(W1 + b)

)となる.これを満たす bを b∗2とおく.

このとき,E(W1) ≤ w1かつ v′が凸関数(すなわち v′′′ ≥ 0)ならば b∗1 ≤ b∗2が成立する.

練習問題 5.8.1 上の主張を証明せよ.

70 第 5章 不確実性下の意思決定

5.9 リスクの比較

前節では我々は異なるリスク選好を持つ個人間,すなわち異なる効用関数間での比較を行った.

本節では異なる確率分布間の比較を行う.前節までと同様,コンパクトな台を持つ確率分布のみ

を考える.すなわち任意の分布関数F について,ある [x, x] ⊂ Cが存在してF (x) = 0, F (x) = 1

とする.

5.9.1 1次確率支配

まずは,一方の確率分布がもう一方の確率分布よりも高い収益をもたらす場合を考える.

5.9.1 命題 F,Gを累積分布関数とする.このとき,以下の 2条件は同値である.

1. 任意の x ∈ [x, x]に対して F (x) ≤ G(x).

2. 任意の非減少な効用関数 uに対して∫ xx u(x) dF (x) ≥

∫ xx u(x) dG(x).

これらのうちの一方(したがって両方)が成り立つとき,F は Gを1次確率支配 (first-order

stochastically dominate)するという.

命題 5.9.1の証明 まず uが微分可能な場合に,条件 1から条件 2を示す.部分積分の公式に

より, ∫ x

xu(x) dF (x) =

[u(x)F (x)

]xx

−∫ x

xu′(x)F (x) dx

= u(x)−∫ x

xu′(x)F (x) dx

となる.同様にして∫ xx u(x) dG(x) = u(x)−

∫ xx u

′(x)G(x) dxを得る.ゆえに,∫ x

xu(x) dF (x)−

∫ x

xu(x) dG(x) =

∫ x

xu′(x)(G(x)− F (x)) dx ≥ 0

が成り立つ.

uが微分可能でない場合には,微分可能な関数の列 (un)n=1,2,...であって un → u (n→ ∞)と

なるようなものを考えれば,任意の n = 1, 2, . . .について上の議論が適用でき,連続性から極限

をとっても弱い不等号≥は成り立つことがいえる.

次に逆を示す.任意の x ∈ [x, x]を 1つとって固定する.uを次で定める:

u(y) =

0 (y ≤ x)

1 (y > x).

すると, ∫ x

xu(y) dF (y) = F (x) · 0 + (1− F (x)) · 1

= 1− F (x)

5.9. リスクの比較 71

であり,同様に, ∫ x

xu(y) dG(y) = 1−G(x)

である.したがって仮定により 1− F (x) ≥ 1−G(x), すなわち F (x) ≤ G(x)である. ///

この命題の後半の証明は,もとの命題で uの条件として非連続なものも許容したので簡単だっ

た.命題で uとしてはじめから微分可能なものだけを認めるよう要請したならば,条件 1から

条件 2を示すのは容易になる.逆は少し難しくなるが,xでジャンプする関数のかわりに,xの

前後で急激に増加する関数を uとしてとってやればやはり大丈夫である.

条件 1からわかるように,F が Gを 1次確率支配するとき,F の方が xの高い実現値に対

してより高い確率を付与している.特に uとして恒等関数 idをとると,条件 2から (F の平均

) ≥ (Gの平均)である.逆は真でない.また,1次確率支配は分布関数に関する順序を定める

が,この順序は完備性を満たさないことに注意せよ.

5.9.2 例 確率分布関数Gにより表される単純くじと,以下のような単純くじを考えよう.第 1

段階では Gに従って帰結 (消費量)を与え,第 2段階では各実現値 yに対してHy(0) = 0とな

るようなHyに従う帰結を与える.この単純くじの帰結はこれら 2段階の帰結の和である14.こ

の「確率的上方シフト」によって得られる分布関数を F とすると,F はGを 1次確率支配する.

実際,任意の単調増加関数 uについて,∫u(x) dF (x) =

∫ [∫u(y + z) dHy(z)

]dG(y)

≥∫u(y) dG(y)

である15.逆に F がGを 1次確率支配するような任意の F,Gについて,ある確率的上方シフ

トによってGから F を生成することができる.

5.9.2 2次確率支配

1次確率支配は利得の大きさの比較を表していた.次に利得のリスクの度合いを比較するこ

とを考える.リスクの比較に集中するために,以下では F,Gの平均は等しいものとする.すな

わち, ∫xdF (x) =

∫x dG(x)

とする.このとき,∫ xx F (x) dx =

∫ xx G(x) dxが成立する.

5.9.3 命題 以下の 2条件は同値である.

1. 任意の xに対して,∫ xx F (z) dz ≤

∫ xx G(z) dz.

2. 任意の凹関数 uに対して,∫u(x) dF (x) ≥

∫u(x) dG(x). 16

14第 1段階でも帰結を与えるので,複合くじではない.ただし,(X + Y )X∼F をひとつの複合くじと考えること

もできる.15確率 1で 0を与える分布を Hy は 1次確率支配するから.16MWG, Proposition 6.D.2では「任意の非減少な凹関数に対して」とあるが,これは誤植であり「任意の凹関

数に対して」でよい.

72 第 5章 不確実性下の意思決定

これらのうちの一方(したがって両方)が成り立つとき,F はGを2次確率支配 (second-order

stochastically dominate)するという.

命題 5.9.3の証明 命題 5.9.1の証明から,∫ x

xu(x) dF (x) = u(x)−

∫ x

xu′(x)F (x) dx

である.右辺第 2項にさらに部分積分を施すと,∫ x

xu′(x)F (x) dx =

[u′(x)

∫ x

xF (z) dz

]xx

−∫ x

xu′′(x)

(∫ x

xF (z) dz

)dx

= u′(x)

∫ x

xF (x) dx−

∫ x

xu′′(x)

(∫ x

xF (z) dz

)dx.

したがって,∫ x

xu(x) dF (x) = u(x)− u′(x)

∫ x

xF (x) dx+

∫ x

xu′′(x)

(∫ x

xF (z) dz

)dx

となる.同様に,∫ x

xu(x) dG(x) = u(x)− u′(x)

∫ x

xG(x) dx+

∫ x

xu′′(x)

(∫ x

xG(z) dz

)dx

も成り立つ.したがって,∫u(x) dF (x)−

∫u(x) dG(x)

= −u′(x)(∫ x

xF (x) dx−

∫ x

xG(x) dx

)+

∫u′′(x)

(∫ x

xF (z) dz −

∫ x

xG(z) dz

)dx

となるが,ここで第 1項の括弧内は,∫ x

xF (x) dx−

∫ x

xG(x) dx =

[x(F (x)−G(x))

]xx

−∫ x

xxd(F (x)−G(x)) = 0

だから,結局,上の式は,∫u(x) dF (x)−

∫u(x) dG(x) =

∫u′′(x)

(∫ x

xF (z) dz −

∫ x

xG(z) dz

)dx

となって,条件 1と条件 2が同値であることがわかる. ///

F がGを 2次確率支配するとき,条件 2からリスク回避的な個人は分布 F をGよりも少な

くとも同程度に好むことがわかる.また,u(x) = −x2とおくと (F の分散) ≤ (Gの分散)が従

う17.

最後に,2次確率支配の同値条件の中でも応用上よく用いられる平均維持的分散について述

べる.

17この関数は単調増加でないため,効用関数としての解釈はしづらい.したがって,この主張は単に 2次確率支配の含意の 1つを示すものと考えるのが妥当であろう.当然のことだが,この主張は命題 5.9.3の証明が uが単調増加であるかどうかに依存していないことに拠っている.

5.9. リスクの比較 73

5.9.4 例 単純くじ F を考える.また第 1段階で F に従って実現値を与え,第 2段階では各実

現値 xに対して∫z dHx(z) = 0となるようなHxに従って zを与える複合くじ18を考える.や

はり合計で x+ zを与える.この複合くじの単純化くじをGとすると,Gを F の平均維持的分

散 (mean preserving spread)という.このとき,F はGを 2次確率支配する.実際,uを凹関

数として, ∫u(x) dF (x) =

∫u

(∫(x+ z) dHx(z)

)dF (x)

≥∫ (∫

u(x+ z) dHx(z)

)dF (x)

=

∫u(x) dG(x)

である.

また,F がGを 2次確率支配するとき,F からGを生成するような平均維持的分散が存在す

ることが知られている19.

18これ自身は複合くじではない.19詳しくは Rothschild and Stiglitz(1970)を参照せよ.

75

関連図書

[1] Patrick Billingsley, Probability and Measure Third Edition, Wiley-Interscience.

[2] David M. Kreps, Notes on the Theory of Choice, Westview Press.

[3] David M. Kreps, Microeconomic Foundations I: Choice and Competitive Markets, Prince-

ton University Press.

[4] Mark J. Machina, “Choice Under Uncertainty: Problems Solved and Unsolved”, The

Journal of Economic Perspectives, vol. 1 (1987), 121–154.

[5] Andreu Mas-Colell, Michael D. Whinston and Jerry R. Green, Microeconomic Theory,

Oxford University Press.

[6] Michael Rothschild and Joseph E. Stiglitz, “Increasing risk: I. A definition”, Journal of

Economic Theory, vol. 2 (1970), 225–243.

[7] Ariel Rubinstein, Lecture Notes in Microeconomic Theory, Princeton University Press.

[8] 林貴志, ミクロ経済学, ミネルヴァ書房.

77

第6章 一般均衡理論

6.1 イントロダクション

Debreu, Theory of Valueは一般均衡理論への絶好の入門書である.また,この章の内容は

MWGでは第 15 – 17章,Krepsでは第 14 – 15章に相当する.

6.1.1 一般均衡理論の目的

• 消費者と企業をひとつのフレームワークの中で捉え,どのようにして「価格メカニズム」が「均衡」を達成するかを分析したい.

• 異なる財の市場同士の相互作用を論じたい.

6.1.2 一般均衡理論の手法と特徴

• 経済のファンダメンタルズ(賦存量,選好関係や生産可能性等)の記述から始める.

– 生産のための投入財の価格等も,最初から与えられているのではなくモデルの中で

決定される.

• 価格受容的な行動を仮定する.

– (自らの行動によって価格を変えられる)独占企業等が存在しない.

• 匿名性を仮定する.

– 売買価格などは個人によって異なることはなく,同一.

– ゲーム理論では「誰の」行動かを重視するので,匿名性は満たされない.

– 住宅ローン等の市場でも各々の借り手の支払い能力を重視するので,匿名性は満た

されない.

• メカニズムを強調しない.

– 予算制約のみを記述し,どのようにして売買が行われるかは記述しない.

• 均衡の分析に対して幾分抽象的で数学的な方法を採る.

6.2 経済,効率性と均衡

この節の内容はMWGの第 16章 C節に相当する.

78 第 6章 一般均衡理論

6.2.1 経済の記述

ファンダメンタルズの記述から始めよう.L種類の財と I人の消費者とJ社の企業 (L, I, J <∞)

からなる「経済」を考える1.各消費者 i = 1, . . . , Iは消費集合Xi ⊂ RLとXiの上で定義された

選好関係%iによって記述される.各企業 j = 1, . . . , J は生産集合 Yjで記述される.L種類の財

の総初期賦存量 (aggregate endowments)は ω ∈ RLで表される.これらの組を経済 (economy)

といい,((Xi,%i)Ii=1, (Yj)

Jj=1, ω)と表す.特に,任意の j = 1, 2, . . . , J に対して Yj = 0であ

るような経済を純粋交換経済 (pure exchange economy)という2.

この経済における配分 (allocation)とは,ベクトル (x1, . . . , xI , y1, . . . , yJ) ∈ X1× · · ·×XI ×Y1 · · · × YJ のことである

3.配分が実行可能 (feasible)であるとは,

I∑i=1

xi = ω +

J∑j=1

yj

を満たすことである.

実行可能配分が満たすべき,等式∑xi = ω +

∑yj について,もう少し詳しく見てみよう.

財の種類には,生産の工程に応じて,原材料,中間生産財,最終消費財がある.典型的には下

のように,まず,(1)原材料は ωとして経済に与えられ,企業によって投入され,中間生産財が

生産される.次に,(2)中間生産財は企業によって投入され,さらなる中間生産財や,最終消費

財が生産される.∑yj において中間生産財の項がすべて 0であるのは,投入を負,産出を正で

量り,企業間でその量を足し合わせているためであって,「取引していない」ことを意味するの

ではないことに注意されたい.最後に,(3)最終消費財が消費者に受け渡され,消費される.

+...

+

0...

0

0...

0

=

0...

0

0...

0

+...

+

+

+...

+

0...

0

−...

最終消費財

中間生産財

原材料

「ワルラス配分」とは,大雑把にいえば価格メカニズムによって得られる実行可能な配分の

ことである(厳密な定義は後述する).また,他の交換メカニズムからは他の実行可能な配分が

得られるだろう.

6.2.2 パレート効率性

配分の望ましさに関する基準のひとつはパレート効率性である.資源配分メカニズムの望ま

しさは,それが達成する配分の望ましさによって決められると考えるなら,この基準は資源配

分メカニズムに関する基準ともいえる.

1この場合の財の種類とは,物理的な特性のみを指しているのではない.場所,時点や状態等も含んだ概念である.2文献によっては,任意の j = 1, . . . , J に対して Yj = −RL

+ であるような経済を純粋交換経済ということもある.3(x1, . . . , xI , y1, . . . , yJ) ∈ X1×· · ·×XI×Y1 · · ·×YJ とは,各 i = 1, . . . , Iに対して xi ∈ Xiかつ各 j = 1, . . . , J

に対して yj ∈ Yj となることである.

6.2. 経済,効率性と均衡 79

6.2.1 定義 実行可能な配分 (x1, . . . , xI , y1, . . . , yJ)がパレート効率的 (Pareto efficient)である

とは,任意の iについて x′i %i xiが成り立ち,かつある iが存在して x′i ≻i xiとなるような実行

可能な配分 (x′1, . . . , x′I , y

′1, . . . , y

′J)が存在しないことをいう.

また,実行可能な配分 (x′1, . . . , x′I , y

′1, . . . , y

′J)が実行可能な配分 (x1, . . . , xI , y1, . . . , yJ)をパ

レート改善 (Pareto improvement)するとは,任意の iについて x′i %i xiが成り立ち,かつある

iが存在して x′i ≻i xiとなるときをいう.この概念を用いれば,ある実行可能な配分がパレート

効率的であることをその配分をパレート改善できないことだと言い換えることができる.

パレート効率性の定義に価格は含まれない.また,パレート効率性の概念には企業の利益等

が考慮されていないことに注意されたい.部分均衡論での生産者余剰は株主の厚生を測ってい

るので,一見すると部分均衡論と一般均衡論においてパレート効率性の概念は矛盾しているよ

うに思われるが,一般均衡論では株主も消費者であり,消費者の厚生は (x1, . . . , xI)によって完

全に評価されているので,別途生産者余剰を使って株主の厚生を測る必要はないと解釈するこ

とができる.

パレート効率性は衡平性を無視しているので効率性の概念として弱いものだと考えられるこ

とがある.極論すれば,一人の消費者がすべての財を得て他の消費者は何も得られない場合も

「効率的」だからだ.

一方,情報の非対称性があるときには任意の実行可能配分が実際に達成されうるとは限らな

いので,どの実行可能配分によってもパレート改善されないことを要請するパレート効率性は

強すぎる概念と考えられることがある.契約理論・情報の経済学・不完備市場理論の文脈では

パレート効率性より弱い効率性概念が用いられる.これは,資源制約以外の条件も実行可能性

に要請されるからである.たとえば,情報の経済学においては,個人の特性に応じて保険利率

をかえることが望ましいが,個人の特性を観察し特定するには限界がある,という問題がある.

また社会的,法的にそのような行為が許されないこともあるので,単に資源制約条件さえ満た

せば実行可能というわけではない.

6.2.2 定義 所与の (y1, . . . , yJ) ∈ Y1 × · · · × YJ に対して (x∗1, . . . , x∗I) ∈ X1 × · · · × xI が配分

効率的であるとは,配分 (x∗1, . . . , x∗I , y1, . . . , yJ)が実行可能であり,かつ (x∗1, . . . , x

∗I , y1, . . . , yJ)

をパレート改善する実行可能配分 (x1, . . . , xI , y1, . . . , yJ)が存在しないことをいう.

すぐに分かることであるが,(x∗1, . . . , x∗I , y

∗1, . . . , y

∗J)がパレート効率的であるならば,(x

∗1, . . . , x

∗I)

は配分効率的である.

6.2.3 定義 (y∗1, . . . , y∗J) ∈ Y1 × · · · × YJ が生産効率的であるとは,

∑j y

∗j ≤ (かつ =)

∑j yj を

満たす (y1, . . . , yJ) ∈ Y1 × · · ·YJ が存在しないことをいう.

上の 2つはパレート効率性の概念を消費者,生産者の効率性に分けて考えた概念である.パ

レート効率的ならば配分効率的である(これは生産経済を純粋交換経済に帰着させるときに重

要である).しかし,パレート効率的ならば生産効率的であることは自明ではない.ここではそ

の 1つの十分条件を与え,問題とする.

練習問題 6.2.1 ある消費者が単調な選好をもつとする4.このときパレート効率的ならば生産

4選好の単調性の定義は以下.

6.2.4 定義 X 上の選好 %が単調であるとは,任意の x ∈ X,x′ ∈ RL に対して,

x′ − x ∈ RL++ ならば,x

′ ∈ X かつ x′ ≻ x

が成り立つことをいう.

80 第 6章 一般均衡理論

効率的である5.

6.2.3 私有経済

私有経済とは誰が何を所有しているかが定まっている経済のことである.つまり,各消費者

i = 1, . . . , I の財の賦存量 ωi ∈ RLと企業 j = 1, . . . , J の株式の保有量 θij ≥ 0が定まっている

ような経済である6.ただし,∑I

i=1 ωi = ωと任意の jについて∑I

i=1 θij = 1と仮定しておこう.

株式の保有に関する特定化は企業の利潤が誰に支払われるのかということを表している.この

とき,私有経済 (private ownership economy)を ((Xi,%i)Ii=1, (Yj)

Jj=1, (ωi, (θij)

Jj=1)

Ii=1)と書く.

私有の特定化を伴わない次に定義される均衡概念は,次節に定めるワルラス均衡の効率性を

議論する上で有用である.

6.2.5 定義 実行可能な配分 (x∗1, . . . , x∗I , y

∗1, . . . , y

∗J)と価格ベクトル pが所得移転を伴う価格均

衡 (price equilibrium with transfers)をなすとは,次の条件が満たされるときをいう.

1. 任意の jと yj ∈ Yj に対して,p · yj ≤ p · y∗j が成り立つ.

2. 任意の iと xi ∈ Xiに対して,もし p · xi ≤ p · x∗i なら x∗i %i xiが成り立つ.

この定義で条件 1は利潤最大化を,条件 2は選好最大化を意味している.条件 2は,もし x∗iが最も好ましいならそれよりも安く買える任意の xiは x∗i よりも好ましいはずがないという意

味である.

6.2.6 注意

1. ここでは,所有構造は明示されていないことに注意されたい.価格均衡は所得・富の源泉

のありかたによらない均衡概念である.

2. p · x∗i はいわば可処分所得であり,∑

i p · x∗i = p · (∑

i x∗i ) = p ·

(∑j y

∗j + ω

)が国民所得

ないしGDPにあたる.ここではGDPは消費者に過不足なく分配されている.

3. 完全競争市場が実現していることにも注意されたい.消費者の消費計画と企業の生産計画

を変更しても価格ベクトル pは変わらないと消費者は想定している.定義の 2つの条件に

おいて,両辺で同じ pを使っている.

4. 選好最大化条件において p · xi ≤ p · x∗i を満たす任意の xi ∈ Xiに着目することは市場完

備性の仮定に基づいている.予算制約 (ここでは p · x∗i )を満たすような消費計画が自由に行えるからである.

5. 貸し借りの制約もない.

上記の定義は,Debreuの第 6章の均衡の定義によるが,MWGのDefinition 16.B.4と同値で

ある.MWGの価格均衡の定義は次で与えられる.

6.2.7 定義 実行可能配分 (x∗1, . . . , x∗I , y

∗1, . . . , y

∗J)と価格ベクトル p ∈ RL が価格均衡であると

は,ある所得再配分 (wi)Ii=1が存在し,次の式が成立していることを言う.

5証明から,あらゆる財について少なくともある 1人の消費者がその財について単調な選好を持っていればよいとわかる.

6θij < 0は許さないことにする.こういうことがあると企業の利潤最大化が正当化しにくくなるからである.企業の所有者にとって,どんどん株価が下がったほうがありがたくなるのである.

6.2. 経済,効率性と均衡 81

1. 任意の jと yj ∈ Yj に対して,p · y∗j ≥ p · yj が成り立つ.

2. 任意の iと xi ∈ Xiに対して,x∗i が xi ∈ Xi : p · xi ≤ wiの%iに関する最大元である

7.

3.∑I

i=1wi = p ·(ω +

∑Jj=1 y

∗j

).

練習問題 6.2.2 定義 6.2.5と定義 6.2.7が同値であることを確認せよ.

練習問題 6.2.3 L財,I消費者,J 企業より成る経済 ((Xi,%i)i, (Yj)j , ω)をE1で,L財,I消

費者,1企業より成る経済((Xi,%i)i,

∑j Yj , ω

)をE2で表すことにする.

1. (x1, x2, . . . , xI) ∈ X1×X2×· · ·×XI とする.ある (y1, y2, . . . , yJ) ∈ Y1×Y2×· · ·×YJ が存在して ((x1, x2, . . . , xI), (y1, y2, . . . , yJ))がE1のパレート効率的配分であることと,あ

る y ∈∑

j Yj が存在して ((x1, x2, . . . , xI), y)がE2のパレート効率的配分であることが同

値であることを証明せよ.

2. (a)と同様の同値性が価格均衡配分についても成立することを証明せよ.

練習問題 6.2.4 L財,I消費者,J 企業より成る経済 ((Xi,%i)i, (Yj)j , ω)を考えよう.任意の i

に対し,消費者 iは第 1財と第 2財のみを消費する,すなわちXi ⊆ R2+ × 0L−2と仮定する.

また,第 1財と第 2財にのみ初期保有量が存在する,すなわち ω ∈ R2+ × 0L−2と仮定する.

1. (y1, y2, . . . , yJ) ∈ Y1×Y2×· · ·×YJとする.もし,ある (x1, x2, . . . , xI) ∈ X1×X2×· · ·×XI

が存在して ((x1, x2, . . . , xI), (y1, y2, . . . , yJ))が実行可能配分ならば,∑

j yj ∈ R2×0L−2

であることを証明せよ.

2. (a)の条件を満たす (y1, y2, . . . , yJ) ∈ Y1 × Y2 × · · · × YJ で定められる∑

i yi の集合を

Y ×0L−2と書くことにする.ただしここで Y ⊆ R2である.同様に,Xi = Xi×0L−2,

ω = (ω, 0, . . . , 0)と書く. ただしここで Xi ⊆ R2+かつ ω ∈ R2

+である %iを Xi上に制

限したものを %iと書く.このとき,経済 ((Xi,%i)i, (Yj)j , ω)の価格均衡と,2財,I消費

者,1企業より成る経済((Xi, %i)i, Y , ω

)の価格均衡の関係を明らかにせよ.

練習問題 6.2.5 L財と I 消費者より成る純粋交換経済 ((Xi,%i)i, ω)を考えよう.X1 = X2 =

· · · = XI = RL+であるとする.また,連続かつ強単調な選好関係 %が存在して,%1 = %2 =

· · · = %I = %であるとする.ω ∈ RL+とする(ただしここでは ω ∈ RL

++は仮定しない).

1. 均等配分 (I−1ω, I−1ω, . . . , I−1ω)がパレート効率的であるための %に関する十分条件を与えよ.

2. 均等配分 (I−1ω, I−1ω, . . . , I−1ω)がパレート効率的であるとする.この配分が価格均衡配

分であるための ωに関する十分条件を与えよ.

3. 均等配分 (I−1ω, I−1ω, . . . , I−1ω)が価格均衡配分であるとする.∑

i αi = 1を満たす任意

の (α1, α2, . . . , αI) ∈ RI++に対し,(α1ω, α2ω, . . . , αIω)が価格均衡配分であるための,%

に関する十分条件を与えよ.

7xが %に関して B の最大元であるとは,x ∈ B であり,任意の x′ ∈ B について,x % x′ が成立していること

を言う.

82 第 6章 一般均衡理論

6.3 厚生経済学の基本定理

この節の内容はMWGの第 16章第D節に相当する.

6.3.1 厚生経済学の第 1基本定理

6.3.1 定義 消費集合Xi と選好関係 %i の組 (Xi,%i)が局所的に非飽和 (locally non-satiated)

であるとは,任意の xi ∈ Xiと ε > 0に対して,∥x′i − xi∥ < εかつ x′i ≻i xiを満たすようなあ

る x′i ∈ Xiが存在することをいう.より簡単に選好関係%iが局所的に非飽和であるともいう.

6.3.2 定理 (厚生経済学の第 1基本定理) 選好関係が局所的に非飽和であると仮定する.この

とき,もし実行可能な配分 (x∗1, . . . , x∗I , y

∗1, . . . , y

∗J)とある価格ベクトルが所得移転を伴う価格均

衡をなすなら,配分 (x∗1, . . . , x∗I , y

∗1, . . . , y

∗J)はパレート効率的である.

命題 6.3.2の証明 背理法で示す.(x∗1, . . . , x∗I , y

∗1, . . . , y

∗J)と pが所得移転を伴う価格均衡をなし,

かつ (x∗1, . . . , x∗I , y

∗1, . . . , y

∗J)をパレート改善する (x∗1, . . . , x

∗I , y

∗1, . . . , y

∗J)が存在すると仮定しよ

う.このとき,所得移転を伴う価格均衡の選好最大化条件によりある iに対して,

p · xi > p · x∗i

が成立する.一方,任意の iに対して,

p · xi ≥ p · x∗i

が成り立つ.したがって,これらを足し合わせて,

I∑i=1

p · xi >I∑

i=1

p · x∗i (6.1)

を得る.

ところが,左辺は∑p · xi = p ·

∑xi = p · (ω +

∑yj), 右辺は

∑p · x∗i = p · (ω +

∑y∗j )とな

るから,∑p · yj >

∑p · y∗j を得る.これより,ある jに対して p · yj > p · y∗j を得るが,これは

価格均衡の利潤最大化条件に矛盾する. ///

厚生経済学の第 1基本定理は,アダム・スミスの「見えざる手」を厳密に述べたものだと解

釈できる.各消費者と各企業が各々選好最大化と利潤最大化のために行動した結果,(パレート

効率性の意味で)最適な配分が達成されているためである.

式 (6.1)の成立は I <∞の仮定に依存していることに注意してほしい.実際,I = ∞なら式(6.1)は必ずしも成り立たず,したがって厚生経済学の第 1基本定理が成り立たないことがある.

たとえば,I = ∞である世代重複モデルではこの不等式は必ずしも成り立たず,厚生経済学の第 1基本定理は必ずしも成り立たない.

6.3.3 例 (世代重複モデル) 可算無限個の財・消費者を考える (L = ∞, I = ∞).第 i世代の

消費者は第 i 期(若年期)と第 i + 1 期(老年期)においてのみ消費可能であるとし (Xi =

0 × · · · × 0 ×R+ ×R+ × 0 × · · · ),その選好は効用関数 ui(xi) = xi,i + xi,i+1によって

6.3. 厚生経済学の基本定理 83

表現されるとする.生産は存在せず,財は初期賦存 ω = (1, 1, · · · )によってのみ与えられるものとする.このとき以下のような x ∈ X と p ∈ R∞は価格均衡である.

x1 = (1, 0, 0, 0, . . .),

x2 = (0, 1, 0, 0, . . .),

x3 = (0, 0, 1, 0, . . .),

...

p1 ≤ p2 ≤ p3 ≤ · · · .

ところがこのような xはパレート効率的ではない.事実以下のような x′ ∈ Xは xをパレート改

善する.

x′1 = (1, 1, 0, 0, 0, . . .),

x′2 = (0, 0, 1, 0, 0, . . .),

x′3 = (0, 0, 0, 1, 0, . . .),

...

なお x′はパレート効率的であり,また p1 = p2 ≥ p3 ≥ p4 · · · なる pのもとで x′と pは価格均

衡を構成する.ただし経済主体の数や財の種類が無限であるからといって,直ちに厚生経済学

の第 1基本定理が成り立たなくなるわけではない.価格均衡配分がパレート効率的であるか否

かは付随する価格ベクトルの下で初期賦存 ωの価値額が有限であるか否かに依存する8.たとえ

ば価格を p1 = p2 = 1, pi = 1/2i−2, i = 3, 4, . . .と定めると p · ω = 2 +∑∞

i=3 1/2i−2 = 3 <∞で

あり,(x′, p)は均衡を構成する.ただし,これは十分条件であり,必要条件ではない.この例で

は価格が正で一定,つまり,ある p > 0に対し,pi = pの場合も上の (x′, p)は価格均衡である

が,この場合 p · ω = ∞である.

6.3.2 厚生経済学の第 2基本定理

厚生経済学の第 1基本定理の逆は成り立つのだろうか.この疑問に(条件付きではあるが)答

えるものが,厚生経済学の第 2基本定理である.

まず,価格均衡よりも弱い概念である価格準均衡 (price quasi-equilibrium)を定義しよう.こ

の概念は技術的なものに過ぎないが,ワルラス均衡の存在問題にも現れる重要な概念である.

6.3.4 定義 実行可能な配分 (x∗1, . . . , x∗I , y

∗1, . . . , y

∗J)と価格ベクトル pが所得移転を伴う価格準

均衡 (price quasi-equilibrium with transfers)であるとは,次の条件が満たされるときをいう.

1. 任意の jと yj ∈ Yj に対して,p · yj ≤ p · y∗j が成り立つ.

2. 任意の iと xi ∈ Xiに対して,もし p · xi < p · x∗i ならば x∗i %i xiが成り立つ.

条件 1は利潤最大化を意味しているが,条件 2は選好最大化を意味しているわけではない.こ

こでは,条件 2を選好準最大化と呼ぶことにしよう.選好準最大化条件は選好最大化条件より

も弱い概念である.つまり,選好最大化条件が満たされていれば必ず選好準最大化条件は満た

8詳しく議論せよ.

84 第 6章 一般均衡理論

されるが,その逆は成り立たない9.したがって,所得移転を伴う価格均衡は必ず所得移転を伴

う価格準均衡でもあるが,その逆は一般には成り立たない.

では,それらの概念が一致するための条件とは何だろうか.大雑把には,もし任意の消費者

iが価格ベクトル pの下で p · x∗i よりも小さい消費しか行わずに「生きる」ことができれば,実はそれらは同値になる.また,もし p · x∗i が「生きる」のに最低限必要な所得であるなら,定義6.3.4の 2番目の条件は必ず満たされる.これについて厳密に述べておこう.

6.3.5 定義 x∗i ∈ Xiが価格ベクトル pの下で最小所得条件 (minimum income condition)を満

たすとは,ある xi ∈ Xiが存在して,

p · xi < p · x∗i

となるときをいう.

6.3.6 定義 選好が凸であるとは,任意の x ∈ X に対して集合 z ∈ X : z % xが凸集合であることをいう.

次の練習問題は厚生経済学の第 2基本定理の証明に必要である.各自試みられたい.

練習問題 6.3.1 (x∗, y∗)と pは価格準均衡であるとする.このとき以下の命題が成り立つこと

を示せ.

1. 任意の i = 1, · · · , I について,%iが完備性,推移性,連続性,凸性を満たし,かつ,pの

下で x∗i が最小所得条件を満たしているならば,(x∗, y∗)と pは価格均衡である.

2. %iは局所非飽和であるとする.このとき xi %i x∗i が成り立つならば,p · xi ≥ p · x∗i が成

り立つ.

練習問題 6.3.2 選好は完備性,推移性,凸性を満たすとする.このとき,任意の x ∈ Xについ

て集合 z ∈ X : z ≻ xは凸であることを示せ10.

厚生経済学の第 2基本定理を示すために次の定理を用いる.

6.3.7 定理 (分離超平面定理) RLの凸部分集合A,BがA∩B = ∅を満たすとする.このときある p ∈ RL \ 0とある c ∈ Rが存在して,

任意の a ∈ A, b ∈ B について p · b ≤ c ≤ p · a (6.2)

が成り立つ.

6.3.8 定理 (厚生経済学の第 2基本定理) 任意の i = 1, . . . , I に対して選好関係 %iが凸かつ局

所的に非飽和であり,また任意の j = 1, . . . , J に対して Yj が凸だとしよう.実行可能な配分

(x∗1, . . . , x∗I , y

∗1, . . . , y

∗J)がパレート効率的なら,(x∗1, . . . , x

∗I , y

∗1, . . . , y

∗J)と価格ベクトル pが所得

移転を伴う価格準均衡となるような価格ベクトル p ∈ RL \ 0が存在する.

9p · xi = p · x∗i ならば xi ≻i x

∗i であることを許容しているから.

10選好関係 % の凸性から直接わかることは集合 z ∈ X : z % x が凸集合であることだが,ここでは集合z ∈ X : z ≻ xが凸であることを主張していることに注意してほしい.

6.3. 厚生経済学の基本定理 85

定理の証明に入るまえに,この定理の意味と,この定理がおいている仮定の意味の検討をし

ておこう.

この定理は,任意のパレート効率的配分が分権的 (decentralized)な価格メカニズムによって

達成可能であるということを意味している.つまり,消費者には自分の選好の最大化,企業には

自分の利潤の最大化を追求させることで,パレート効率的配分が達成できるということである.

ただしそれには一括税 (lump-sum transfer)が可能ならばという条件がつく.この定理で存在

が保証されている pによって富 (所得)の配分 (p · x∗1, . . . , p · x∗I)が決まっているから,こういう富の配分が不可能なら,論理的には定理が成り立つとしても実際には不可能になる.すなわち

ここではこういう富の再配分が可能であると暗黙のうちに仮定されていることになる.

選好の凸性は,消費の多様性を好むものと解釈できる.消費集合X に属する 2つの消費計画

x, x′ ∈ Xに対し,その凸結合 αx+ (1−α)x′ (α ∈ [0, 1])は,両端の消費計画のあいだをとった

ものだが,それが両端の消費計画 (のうち好ましくないほう)と少なくとも同等以上に選好され

るということは,ある特定の財だけを多く消費する極端な消費計画よりも,いろいろの財を消

費する多様な消費を好むということである.このことは動学的なモデルでは,ある特定の期に

多く消費することよりも平準化された消費を好むことを意味する.

生産集合の凸性は,収穫逓増を排除することにあたる.生産集合 Y は,普通,無生産の可能

性 0 ∈ Y を認めるから,Y に属する任意の生産計画 y ∈ Y に対し,αy (α ∈ [0, 1])は,0と yと

の凸結合 αy + (1− α)0とみなすことができ,凸性を仮定するとこれは Y に属する.この条件

は収穫逓減 (非逓増)にほかならない.

第 2定理が生産集合の凸性を仮定するということは,収穫逓増産業がある経済では,分権化

は達成できないということである.電気や水道などの収穫逓増産業への政府の介入はこのこと

により正当化される.

ただし,以下の証明で使うのは,∑

j Yj が凸であれば十分であり,すべての jについて Yj が

凸集合であることは∑

j Yjが凸集合であるための十分条件であって必要条件ではないから,個々

の企業の生産集合に非凸なもの (すなわち収穫逓増)があっても∑

j Yj が凸ならば定理は成立

する.

定理 6.3.8の証明 (x∗1, . . . , x∗I , y

∗1, . . . , y

∗J)をパレート効率的配分とする.次のように定義しよう.

Ai = xi ∈ Xi : xi ≻i x∗i

A =

I∑

i=1

xi : xi ∈ Ai, i = 1, . . . , I

=

I∑i=1

Ai

B =

J∑

j=1

yj + ω : yj ∈ Yj , j = 1, . . . , J

=

J∑j=1

Yj + ω

練習問題 6.3.2によって各Aiは凸集合であるため,Aも凸集合である.仮定より各 Yj は凸集

合であるため,Bも凸集合である.

次に,A ∩B = ∅を背理法で示す.もし (x1, . . . , xI) ∈ A ∩Bが存在すれば,(x1, . . . , xI)は

実行可能である.しかし (x1, . . . , xI) ∈ Aだから (x1, . . . , xI)は (x∗1, . . . , x∗I)をパレート改善す

るので,これは (x∗1, . . . , x∗I)がパレート効率的であることに矛盾する.したがって,A∩B = ∅

が成り立つ.

分離超平面定理より,ある p ∈ RL \ 0と c ∈ Rが存在して

任意の a ∈ A と任意の b ∈ B について p · b ≤ c ≤ p · a (6.3)

86 第 6章 一般均衡理論

が成り立つ11.

任意の iについて,式 (6.3)と%iの局所非飽和性より,xi %i x∗i ならば,

p ·

(I∑

i=1

xi

)≥ c (6.4)

が成り立つことを示す.局所非飽和性より,任意の n = 1, 2, . . .に対して xni ≻i xi, かつ xni →xi (n → ∞)となるような点列 (xni )

∞n=1が存在する.このとき,推移性より任意の n = 1, 2, . . .

に対して xni ≻i x∗i となる.任意の nについて

∑Ii=1 x

ni ∈ Aだから,分離超平面定理より,

p ·I∑

i=1

xni ≥ c

が成り立つ.ここで,n→ ∞とすると式 (6.4)が得られる.特に xi = x∗i としても成立する.

一方,パレート効率的配分は実行可能なので,x∗における (6.4)の逆向きの不等式は,∑x∗i ∈ B

であることから成立する.したがって,

p ·

(I∑

i=1

x∗i

)= p ·

J∑j=1

y∗j + ω

= c (6.5)

を得る.

(x∗1, . . . , x∗I , y

∗1, . . . , y

∗J)とこの pが価格準均衡をなしていることを示そう.利潤最大化条件と

選好準最大化条件を満たされていることを確認すればよい.任意の jを固定する.任意の yj ∈ Yj

に対して,yj +∑

k =j y∗k + ω ∈ Bより,式 (6.3)と式 (6.5)から,

p ·

yj +∑k =j

y∗k + ω

≤ c = p ·

(J∑

k=1

y∗k + ω

)

が成立する.すなわち,p · yj ≤ p · y∗j を得て,利潤最大化条件が示された.任意の iを固定する.任意の xi ∈ Xi に対して,xi ≻i x

∗i が成り立つとする.式 (6.4)と式

(6.5)より,

p ·

xi +∑k =i

x∗k

≥ c = p ·

(I∑

k=1

x∗k

)

が成り立つから,p · xi ≥ p · x∗i を得る.したがって,

xi ≻i x∗i ならば p · xi ≥ p · x∗i

を得る.これは選好準最大化条件の対偶に他ならない. ///

6.3.3 ワルラス均衡

各財につきひとつだけ価格がついていると仮定しよう.価格ベクトルは L次元ユークリッド

空間RLの元だと見なすことができる.

11定理 1.3.2の分離超平面定理とは少し異なることに注意してほしい.

6.4. 私有経済の例 87

6.3.9 定義 実行可能な配分 (x∗1, . . . , x∗I , y

∗1, . . . , y

∗J)と価格ベクトル pがワルラス均衡 (Walrasian

equilibrium)をなすとは,次の条件が満たされるときをいう.

1. 任意の jと任意の yj ∈ Yj に関して,p · yj ≤ p · y∗j が成り立つ.

2. 任意の iに関して,p · x∗i ≤ p · ωi +∑J

j=1 θijp · y∗j が成り立ち,さらに任意の xi ∈ Xiに

ついて p · xi ≤ p · ωi +∑J

j=1 θijp · y∗j であるときに x∗i %i xiが成り立つ.

条件 1は利潤最大化を意味している.つまり,所与の生産技術に関して利潤 p · yj を最大化する y∗j をとる.条件 2は選好最大化を意味している.つまり,所与の予算 p · ωi +

∑Jj=1 θijp · y∗j

の下で最も好ましい x∗i をとる.

練習問題 6.3.3 実行可能な配分 (x∗1, . . . , x∗I , y

∗1, . . . , y

∗J)と価格ベクトル pがワルラス均衡をな

すとき,かつそのときに限り,それらは所得移転を伴う価格均衡をなし,さらに任意の iについ

て p · x∗i ≤ p · ωi +∑J

j=1 θijp · y∗j が成り立つことを示せ.

ワルラス均衡配分 (x∗1, . . . , x∗I , y

∗1, . . . , y

∗J)は「価格メカニズム」によって達成される実行可能

な配分であるが,定義ではそのメカニズムがいったいどのようなものなのかについては触れら

れていない.にもかかわらず,価格ベクトルは pは 2種類の財に関する「交換比率」を表して

いるものと捉えられる.もし財の「価値」をそれで何が買えるかと定義したなら,その価値と

は価格に他ならない.その意味で,一般均衡理論とは明示的な交換メカニズムを仮定しない価

値の理論だといえる.

ワルラス均衡は価格均衡の特殊ケースなので,価格均衡について成立する厚生経済学の基本

定理のような結果は,ワルラス均衡についてもすべて成立する.

6.3.10 例 株式のほかに社債がある場合の例を見ておく.企業が額面 bj の社債を発行していた

とする.その場合,利潤 p ·y∗j をすべて株主に配当するわけにいかず,社債の支払いを差し引いたp ·y∗j −bjから株主に配当される.株主はふつう有限責任をもつので,配当はmaxp ·y∗j −bj , 0から支払われる.社債のほうはminbj , p ·y∗j から行われる.ここでmaxp ·y∗j −bj , 0+minbj , p ·y∗j = p · y∗j であることに注意せよ.社債の保持割合を ηij とすると,消費者 iの受取は,

θij maxp · y∗j − bj , 0+ ηij minbj , p · y∗j

になる.株式だけがある場合には,予算制約は価格 pを α倍しても変わらなかったが,このよ

うに社債がある場合には上の式は変化する.

6.4 私有経済の例

私有経済の例としてよく使われるモデルを 2つ簡単にではあるが,確認しておこう.

6.4.1 エッジワースボックス経済

この節の内容はMWGの第 15章 B節に相当する.

エッジワースボックス経済 (Edgeworth Box economy) とは,L = 2, I = 2, X1 = X2 =

R2+, Y1 = · · · = Yj = 0, かつ ω = (ω1, ω2) ∈ R2

++であるような経済である.これは 2消費

者,2財の純粋交換経済である.配分の実行可能性の条件は x2 = ω− x1と書けるから,実行可

88 第 6章 一般均衡理論

能な配分の集合は横 ω1と縦 ω2のエッジワースボックスで表される.この経済は,価格がどの

ようにして異なる消費者の需要を調整して実行可能な配分を達成するかを議論できる最も簡単

なフレームワークである.MWGの Exercise 15.B.1と 15.B.2はよくある問題ではあるが,ぜ

ひ解いてみてほしい.

6.4.1 例 エッジワースボックスの描き方と価格均衡:エッジワースボックスは,各消費者の座

標軸を交差させ,無差別曲線や予算線を座標軸の外まで延長して描くとよい (図 6.1).これは消

費者の効用最大化問題において,経済全体の様子は消費者の考慮外にあるという視点を反映し

ている.下図の経済において,配分 x∗は価格ベクトル pのもとで価格均衡を構成するが価格ベ

クトル p′のもとでは価格均衡を構成しない.したがって,価格均衡が実行可能性を満たさない

範囲の選好などにも依存して決まることがわかる.このことは,各消費者の座標軸を交差させ

ずに描いてしまうと (図 6.2),分かりにくくなってしまう.

O

O

1

2

x*

p

p'

u2

u1

図 6.1:

O

O

1

2

x*

p

p'

u2

u1

図 6.2:

練習問題 6.4.1 消費者の選好が局所非飽和性を満たさないために厚生経済学の第 1基本定理が

成り立たないようなエッジワースボックス経済を図示せよ.

練習問題 6.4.2 総初期保有ベクトルは (1, 2),第 2消費者の効用関数 u2 : R2+ → Rは

u2(x12, x

22) = x12 + x22

であるようなエッジワースボックス経済を考えよう.

1. 2消費者の初期保有ベクトルは ω1 = (1/2, 2), ω2 = (1/2, 0),第 1消費者の効用関数 u1 :

R2+ → Rは

u1(x11, x

21) = min x21, ax11 + (1− a)x21

で定められるとする.ただしここで aは 0 ≤ a ≤ 1を満たす定数である.このとき,配

分 x1 = (1, 1), x2 = (0, 1)がワルラス均衡配分であるための aに関する必要十分条件を求

めよ.

2. 2消費者の初期保有ベクトルはω1 = (1, 1), ω2 = (0, 1),第 1消費者の効用関数 u1 : R2+ →

Rは

u1(x11, x

21) = min x11, ax11 + (1− a)x21

で定められるとする.ただしここで aは 0 ≤ a ≤ 1を満たす定数である.このとき,配

分 x1 = (1, 1), x2 = (0, 1)がワルラス均衡配分であるための aに関する必要十分条件を求

めよ.

6.4. 私有経済の例 89

6.4.2 ロビンソン・クルーソー経済

消費財

余暇

この節の内容はMWGの第 15章 C節に相当する.

ロビンソン・クルーソー経済 (Robinson Crusoe economy)は

L = 2, I = 1, J = 1, X1 = R2+, かつ ω = (ω1, ω2) ∈ R2

+ で

あるような経済のことである.一方の財の初期保有量を正,も

う一方の財のそれをゼロとして,前者の財を投入財,後者の財

を生産財と見なして議論することも多い.こう見なしたときに

は,初期保有量 ωは横軸上の正の部分に存在し,Y1はR2の左

側半分に含まれることになる.すると,実行可能性のための条

件は x1 ∈ Y1 + ωと簡単に書ける.この経済は,生産行動と消費行動が別々に行われるときにどのように価格メカニズムが

働いて実行可能な配分が達成されるかを議論できる最も簡単な

フレームワークである.

練習問題 6.4.3 消費者の選好が局所非飽和性を満たさないために厚生経済学の第 2基本定理が

成り立たないロビンソン・クルーソー経済を図示せよ.

6.4.3 無限期間をもつロビンソン・クルーソー経済

動学マクロにしばしば登場するモデルである.

各時点で,余暇と消費財が消費される.資本ストックは,生産集合を定める際に言及される.

通常は財の 1種類として扱うが,ここでは生産集合をただひとつ(つまり J = 1)とするため,

単に生産構造を決める要素のひとつとして扱う.

1. 財

• 財空間はR2 ×R2 × · · · である.

2. 消費者

• 消費集合はX = R2+×R2

+× · · · であるとする.消費ベクトルを x = (x0, x1, x2, · · · )と書く.また,財 1が余暇,財 2が消費財とし,xt = (x1t, x2t) ∈ R2

+と書く.X 上

に選好関係%が定義され,U : X → Rによって,

U(x) =

∞∑t=0

βtu(xt)

と表現されているものとする.ただし,u : R2+ → R, β ∈ (0, 1)とする.

3. 企業

• 生産集合はY ⊂ R2×R2×· · · であり,生産関数F : R2+ → Rと減価償却率 δ ∈ (0, 1)

によって,以下のように定められるものとする.すなわち,

y = (y0, y1, y2, · · · ) ∈ Y

を,(k0, k1, k2, · · · ) ∈ R+ ×R+ × · · · が存在して,すべての tに対して

y1t ≤ 0,

y2t + (kt+1 − (1− δ)kt) ≤ F (kt,−y1t) (6.6)

90 第 6章 一般均衡理論

となるとき,と定める.ただし,yt = (y1t, y2t)である.

4. 総初期保有量

• 総初期保有量は ω = (ω0, ω1, ω2, · · · ) = ((l0, 0), (l1, 0), (l2, 0), · · · ) である.

実行可能条件は,

x = y + ω

と書ける.成分表示すると,

((x10, x20), (x11, x21), · · · ) = ((y10, y20), (y11, y21), · · · ) + ((l0, 0), (l1, 0), · · · )

となる.このとき,(6.6)は

x2t + (kt+1 − (1− δ)kt) ≤ F (kt, lt − x1t).

と書くことができる.

6.4.2 補題 uが単調増加関数ならば,任意の x ∈ X について U(x) > −∞.

補題 6.4.2の証明 U(x) ≥ U(0, 0, . . .) =∑∞

t=0 βtu(0) = u(0)/(1− β) > −∞. ///

6.4.3 補題 uが凹かつ,∑∞

t=0 βt∥xt∥ <∞ならば,U(x) <∞.

補題 6.4.3の証明 uが凹なので,uのハイポグラフ,すなわち集合

hypou = (x1t, x2t, z) ∈ R2+ ×R : z ≤ u(x1t, x2t)

は凸集合である.そこでこの集合の支持平面が存在する,すなわち,ある (q1, q2, q3) ∈ R3とあ

る c ∈ Rが存在して,任意の (x1t, x2t, z) ∈ hypouに対して q1x1t + q2x2t + q3z ≤ cとできる.

特に z = u(xt)でもそうである.また,q3 = 1ととっても問題がない12.

そこで,(−q1,−q2)を新たに q ∈ R2と書けば,任意の xt ∈ R2+に対して u(xt) ≤ q · xt + c

とできることになる.さらにコーシー・シュワルツの不等式により,q · xt ≤ ∥q∥ · ∥xt∥である.以上まとめて,

U(x) =

∞∑t=0

βtu(xt) ≤∞∑t=0

βt(q · xt + c) ≤∞∑t=0

βt(∥q∥ · ∥xt∥+ c) = ∥q∥∞∑t=0

βt∥xt∥+c

1− β<∞.

///

12負のときには,平面の法線ベクトル (q1, q2, q3)による空間の向きづけを逆にとればよい.問題となるのは q3 = 0の場合だが,もし所望の支持平面として q3 = 0なる法線ベクトルをもつものしかとれない,すなわち鉛直な平面しかとれないとすると,uが関数であることに矛盾である.必要なら,凹関数はほとんどいたるところ微分可能であること (凸解析の本を見よ)を用いて,曲面 z = u(xt)の適当な点で接平面をとればよい.

6.5. 超過需要関数 91

6.4.4 第 2定理を無限期モデルに適用する際の困難さについて

無限期の純粋交換経済において第 2定理を用いた分析が困難であることを見よう.経済には

消費者が 1人いて,企業はいないものとする.消費集合はX = R++ ×R++ × · · · で与えられ,消費者の効用は U : X → Rによって,

U(x) =

∞∑t=0

βtu(xt), u(xt) =(xt)

1−γ − 1

1− γ

と表現されているものとする.ただし,β ∈ (0, 1), γ ∈ 1/2, 2とする.また,各期における総保有量は ωt = β2tであるとする13.

純粋交換経済であるので,ωはパレート効率的である.しかし,価格体系 p = (u′(ω0), βu′(ω1),

β2u′(ω2), . . .) = (β(1−2γ)t, β(1−2γ)t, . . .)と ωは価格準均衡を構成しない.実際,配当 (1, 1, 1, . . .)

を与える債券14の価格 qを考えると,

q =

∞∑t=0

pt =

∞∑t=0

β(1−2γ)t

= ∞ (if γ = 1

2)

<∞ (if γ = 2)

となる.また,ωの価格は

∞∑t=0

ptωt =

∞∑t=0

β(3−2γ)t

<∞ (if γ = 1

2)

= ∞ (if γ = 2)

となる.したがって,コンソール債 (1, 1, . . .)や,初期保有 ω を売ることでいかなる消費財の組

み合わせも購入することができ,ωが効用準最大化条件を満たさないことがわかる.上のよう

に無限期間モデルにおいて,財の評価額が無限になってしまうことで,厚生経済学の第 2基本

定理が成立しないことがある.

6.5 超過需要関数

この節の内容はMWGの第 17章 B節に相当する.

以下では,純粋交換経済のみ論じることにしよう.つまり,Y1 = · · · = YJ = 0とする.また,任意の iに対してXi = RL

+とし,さらに ω =∑I

i=1 ωi ∈ RL++と仮定しよう.最後に,選

好関係%iは連続性,厳密な凸性,強単調性を満たすと仮定しよう.

練習問題 6.5.1 これらの条件の下では,任意の価格準均衡は価格均衡であることを証明せよ.

超過需要関数 (excess demand function)を,次を満たす写像 z : RL++ → RLと定義する.

z(p) =

I∑i=1

(xi(p, p · ωi)− ωi) .

ただし,任意の iに対して xiは第 i消費者の需要関数である15.

超過需要関数の定義の仕方から,次の命題が直ちに得られる.

6.5.1 命題 価格ベクトル pがワルラス均衡価格ベクトルであることと,z(p) = 0は同値である.13γ = 1/2のとき,0 ≤ U(ω) < ∞, γ = 2のとき,U(ω) = −∞となる.14このように無限期にわたって配当を与え続けるような債券をコンソール債という.15任意の iに対して選好関係 %i は厳密な凸性を満たすから x(p, p · ωi)は 1価となり,したがって超過需要関数

も 1価である.

92 第 6章 一般均衡理論

超過需要関数は次の性質を満たすことが知られている.

6.5.2 命題 任意の iに対してXi = RL+とし,ω =

∑Ii=1 ωi ∈ RL

++と仮定する.選好関係%iは

連続性,厳密な凸性,強単調性を満たすと仮定しよう.Y1 = · · · = YJ = 0とする.このとき,

連続性 zは連続である.

0次同次性 zは 0次同次である.

ワルラス法則 任意の p ∈ RL++に対して,p · z(p) = 0が成り立つ.

下への有界性 zは下に有界である.つまり,ある s ∈ Rが存在して任意の ℓ = 1, 2, · · · , Lと任意の p ∈ RL

++に対して zℓ(p) ≥ sが成り立つ.ただし,zℓ (p)は z (p)の第 ℓ座標を表す.

境界挙動条件 RL++内の点列 (p1, p2, . . .)が価格ベクトル p ∈ RL

+ \(RL++∪0)に収束するとき,

max z1(pn), . . . , zL(pn) → ∞ (n→ ∞).

ただし,zℓ (pn)は z (pn)の第 ℓ座標を表す.

命題 6.5.2の略証 連続性,0次同次性,ワルラス法則,下への有界性は,それぞれ各消費者の

需要関数が同様の性質をもつことによる.境界挙動条件のみ示す.

p ·(∑I

i=1 ωi

)> 0より,少なくともひとつの iに対しては p · ωi > 0である.この iに対し,

max x1,i(pn, pn · ωi), . . . , xL,i(pn, pn · ωi) → ∞ (n→ ∞)

を示せば十分である.背理法で証明する.数列 (maxx1,i(pn, pn · ωi), . . . , xL,i(pn, pn · ωi))∞n=1

を上に有界と仮定する.X = RL+だから,数列 (maxx1,i(pn, pn · ωi), . . . , xL,i(p

n, pn · ωi))∞n=1

は下にも有界であり,したがって有界である.一般に有界な数列には収束する部分列が存在す

る.その部分列を再び (maxx1,i(pn, pn · ωi), . . . , xL,i(pn, pn · ωi))∞n=1と書いても問題はない.

点列 (x1,i(pn, pn · ωi), . . . , xL,i(pn, pn · ωi))∞n=1の極限を v∈R

L+と書く.

ワルラス需要関数に対するワルラス法則より,pn · xi(pn, pn ·ωi) = pn ·ωiなので,n→ ∞とすれば p · v=p · ωiを得る.

もし vが価格 pの下での選好最大化問題の解なら,これは選好関係%iの強単調性に矛盾する.

したがって,価格 pの下で vが選好最大化解であること,すなわち,任意の xi ∈ Xiに対して,

p · xi ≤ p · ωi =⇒ v % xi

となることを示せばよい.以下,選好関係%iの強単調性により,p · xi = p · ωiなる xiだけを

考えてよい.ここで,

xni =pn · ωi

pn · xixi

とすると,pn · xni = pn · ωiを得る.かつしたがって,

xi(pn, pn · ωi) %i x

ni

が成り立つ.選好関係%iは連続だから,n→ ∞の極限で

v %ip · ωi

p · xixi,

つまり v %i xiを得て,矛盾が得られた. ///

6.6. ワルラス均衡の存在 93

練習問題 6.5.2 3財 1消費者より成る経済を考えよう.初期保有量はR3++ に属すると仮定す

る.選好関係は効用関数 u : R3+ → Rで表されるとする.超過需要関数を z で表す.zの第 ℓ

成分を zℓと書くことにする.p ∈ R3+ \ 0とし,p1, p2, . . . を,pに収束するR3

++内の点列と

する.

1. 効用関数 uが

u(x1, x2, x3) = x1 ×√x2 ×

√x3

で定義されるとき,任意の ℓに対し,pℓ = 0ならば,n → ∞のとき zℓ(pn) → ∞が成立することを証明せよ.

2. 効用関数 uが

u(x1, x2, x3) = x1 +√x2 +

√x3

で定義されるとき,zは (a)で証明された性質を持つか.

6.6 ワルラス均衡の存在

この節の内容はMWGの第 17章 C節に相当する.

これまでワルラス均衡の性質を論じてきたが,その存在は常に保証されるのだろうか.ここ

では証明しないが,ワルラス均衡は前節の仮定の上で存在することが知られている.

6.6.1 定理 任意の iに対してXi = RL+とし,ω =

∑Ii=1 ωi ∈ RL

++と仮定する.選好関係 %i

は連続性,厳密な凸性,強単調性を満たすと仮定しよう.Y1 = · · · = YJ = 0とする.このとき,ワルラス均衡は存在する.

本格的な証明を与えるまえに,中間値の定理によって簡単に示すことができる L = 2の場合

に限った考察をしてみよう.L = 2の場合はグラフ等を用いて視覚的に表現でき,またより一

般的な場合への示唆を与えるという点で重要である.

価格ベクトルを (p1, 1)とする(ただし,p1 > 0とする).ワルラス法則から第 1財に関しての

み論じればよいから,ワルラス均衡の存在を示すには z1(p1, 1) = 0となるような p∗1が存在する

ことを示せばよい.もし p1が十分に小さければ第 1財には超過需要が発生するから z(p1, 1) > 0

となる.一方,もし p1が十分に大きければ第 1財には超過供給が発生するから z(p1, 1) < 0とな

る (以上のことは境界挙動条件によって保証される).超過需要関数 z1(p1, 1)は連続だから,た

しかに少なくともひとつの p∗1が存在して z(p∗1, 1) = 0となることがわかる.

6.6.1 存在定理の仮定と不動点定理

存在定理は上の命題 6.5.2を満たす関数 zに対し,z(p) = 0となる価格体系 pが存在すること

を示せば十分である.ここでは L = 2のケースにおいて,zが命題 6.5.2の 0次同次性を除く,

4性質のうち少なくとも 1つを満たしていないならば,z(p) = 0を満たす p ∈ RL++が存在しな

いことを図を用いて示す.0次同次性が満たされない場合でも,残りの 4性質を満たせば,均衡

は存在する.0次同次性は均衡の局所一意性の証明に用いられる.

6.6.2 例 下の 4つの図は(0次同次性以外の)いずれかひとつのみの条件に抵触している.

練習問題 6.6.1 上の図において,それぞれの図が満たしていない性質以外の他のすべての性質

を満たしていることを確認せよ.

94 第 6章 一般均衡理論

z1(p)

z2(p)

図 6.3: 連続性を満たさない例.

z1(p)

z2(p)

z(p)

z'(p)

^

~

図 6.4: ワルラス法則を満たさない例.

z1(p)

z2(p)

図 6.5: 境界挙動条件を満たさない例.

z1(p)

z2(p)

図 6.6: 下に有界という条件を満たさない例.

練習問題 6.6.2 z : R2++ → R2を次で定める.

z2(p) =maxp1, p2minp1, p2

,

z1(p) = −p2p1z2(p)

この超過需要関数を図示し,5性質のうち,どの性質が満たされていないかを言え.また,そ

れ以外の他のすべての条件が満たされていることを確認せよ.

均衡の存在定理のために次の定理を用いる.この定理の証明には数学的な準備が必要なため

ここでは省略する.

6.6.3 定理 (角谷の不動点定理) 集合 P ⊂ RL は非空,凸,コンパクトであるとする.また

対応 f : P P について,任意の p ∈ P に対して f(p) ⊆ P は非空,凸であり,f のグラフ

(p, q) ∈ P×P : q ∈ f(p)が閉集合であるとする16.このときある p∗ ∈ P が存在して p∗ ∈ f(p∗)

が成り立つ.

準備が整ったので均衡の存在を証明していく.角谷の不動点定理はコンパクト集合からそれ

自身への対応に関して成立している命題であるため,zに直接適用することができず,少し工夫

を要する.

16このとき,f は閉グラフをもつ,という.f の定義域と値域がともにコンパクトであることから,f が閉グラフをもつことは f が上半連続 (upper semi-continuous)であることと同値になる.

6.6. ワルラス均衡の存在 95

6.6.4 定理 関数 z : RL++ → RLが命題 6.5.2の 5性質のうち,0次同次性以外の 4性質をすべ

て満たすとする.このときある p ∈ RL++が存在して z(p) = 0が成り立つ.

定理 6.6.4の証明 RL+の部分集合 P を,

P = p ∈ RL+ : p1 + · · ·+ pL = 1

として定める.このとき P は非空,凸,コンパクト集合である.P の内部を intP =∪Q ⊆

P : Qは開集合 , 閉包を P =∩Q ⊇ P : Qは閉集合 , 境界を ∂P = P \ intP とする.対応

f : P → P を,

f(p) =

q ∈ P :任意の q′ ∈ P について z(p) · q ≥ z(p) · q′ (p ∈ intP のとき)

q ∈ P : p · q = 0 (p ∈ ∂P のとき)

によって定める.f の定義と以下は同値である.簡単に示せるので各自試みられたい17.

f(p) =

q ∈ P : zl < maxk zk(p) ならば ql = 0 (p ∈ intP のとき)

q ∈ P : pl > 0 ならば ql = 0 (p ∈ ∂P のとき)

f の定義より,p ∈ ∂P ならば,pは f の不動点ではない.また簡単な議論から不動点が均衡

であることがわかる18.ゆえに角谷の不動点定理の仮定を満たすかどうかだけを調べればよい.

任意の pに対し,f(p)が凸,非空であることは定義から明らかであるので,閉グラフをもつこ

とを示せば十分である.ユークリッド空間で集合Aが閉であるとは,集合内の任意の収束列の

収束先が Aに入るということと同値である19.P × P 上の点 (p, q)に収束するグラフ上の収束

列 (pn, qn)を任意にとる.つまり qn ∈ f(pn)とする.ここで p ∈ intP の場合と p ∈ ∂P の場

合に分けて q ∈ f(p)を示す.

(i) p ∈ intP の場合

pが内点であるので,適当に nを大きくとり,pn ∈ intP とする.この場合,あらゆる q′ ∈ P

に対して

z(pn) · qn ≥ z(pn) · q′

が成立する.極限をとると,

z(p) · q ≥ z(p) · q′

より,q ∈ f(p)である.

(ii) p ∈ ∂P の場合

pl > 0ならば ql = 0であることを示す.もし pn ∈ ∂P ならば,定義から qnl = 0. そこで

pn ∈ intP とする.0 < ε < plを 1つ固定する.このとき自然数N が存在し,任意の n > N に

対して pnl > εが成立する.

17直感的に対応 f は市場の価格調整メカニズムを表現していると解釈することができる.すなわち調整前価格ベクトル pと調整後価格ベクトル q ∈ f(p)を比較すると超過需要 zl(p)が相対的に小さい財 lについて ql < pl が成り立っている.

18ここでの議論は練習問題とする.19自明ではない.各自確認されたい.

96 第 6章 一般均衡理論

超過需要関数の性質からもし zl(pn)が正であれば

zl(pn) <1

εpnl z

l(pn)

=1

ε

∑l′ =l

pnl′(−zl′(pn)

)(ワルラス法則より)

≤ b

ε

∑l′ =l

pnl′ (下への有界性より)

≤ b

ε

である.zl(pn)が負であれば,上の評価は自明に成立する.境界挙動条件から適当にN を取り

直して,あらゆる n > N に対して,

zl(pn) < maxk

zk(pn)

である.よって pn ∈ intP ならば,qnl = 0. ゆえに任意の n > N に対して,

qnl = 0

以上から極限をとり,ql = 0とわかる.よって閉グラフと示された.角谷の不動点定理より結

論を得る. ///

練習問題 6.6.3 不動点であることと,均衡であることが同値であることを確かめよ.

6.7 根岸の方法 (1)

本節以下では,根岸の方法 (Negishi method)による均衡の存在問題の取り扱いを紹介する.

そのため本節では何度か前節までの内容を繰り返すところがある.

6.2節ですでに述べたように,有限 L種類の財が存在するケースを考え,財空間をRLとし,

消費者の消費集合と選好との組 (Xi,%i)i=1,...,I , 企業の生産集合 (Yj)j=1,...,J , そして経済全体の

総初期賦存量 ω ∈ RLをあわせた組

E = ((Xi,%i)i=1,...,I , (Yj)j=1,...,J , ω)

を経済 (economy)という.

6.7.1 定義 (x1, . . . , xI , y1, . . . , yJ) ∈ X1 × · · · ×XI × Y1 × · · · × YJ , あるいは ((xi)i, (yj)j) ∈∏iXi ×

∏j Yj が,経済Eの実行可能配分 (feasible allocation)であるとは,∑

i

xi =∑j

yj + ω

を満たすことをいう.

根岸の方法を適用するために別の経済を考える:

E =

(Xi,%i)i=1,...,I ,∑j

Yj , ω

.

6.7. 根岸の方法 (1) 97

ただし, ∑j

Yj =

∑j

yj

∣∣∣∣∣∣ y1 ∈ Y1, . . . , yJ ∈ YJ

である.これと経済Eとの違いは,企業の数が 1つになっていることである.

Eも 1つの経済なので,これについても実行可能配分が考えられる.ただし上に再掲した定

義に見えるように,実行可能配分では和∑

j yj だけが大事だったので,結局,次のことが成り

立つ.

6.7.2 命題

1. ((xi)i, (yj)j)がEの実行可能配分ならば,((xi)i,

∑j yj

)は Eの実行可能配分.

2. ((xi)i, y)が Eの実行可能配分ならば,∑

j yj = yであるようなある (yj)j ∈∏

j Yj が存在

して ((xi)i, (yj)j)がEの実行可能配分.

このとき,(xi)iは実行可能消費配分という.これはEでも Eでも遂行できる.

6.7.3 定義 ((x∗i )i, (y∗j )j)が E のパレート効率的配分であるとは,以下の性質をもつ E の実行

可能配分 ((xi)i, (yj)j)が存在しないこと:

すべての iについて xi %i x∗i , かつある iについて xi ≻i x

∗i .

これは消費に関する性質だけを要請しており,生産者に関して何も言っていない.したがっ

て消費配分だけを考えればよいので,上の命題 6.7.2で「実行可能」を「パレート効率的」と書

き直してもすべて成り立つ:

6.7.4 命題

1. ((xi)i, (yj)j)が E のパレート効率的配分ならば,((xi)i,

∑j yj

)は E のパレート効率的

配分.

2. ((xi)i, y)が Eのパレート効率的配分ならば,∑

j yj = yであるようなある (yj)j ∈∏

j Yj

が存在して ((xi)i, (yj)j)がEのパレート効率的配分.

6.7.5 定義 Eの実行可能配分 ((x∗i )i, (y∗j )j)と価格ベクトル pの組が価格均衡であるとは,以下

の 2条件を満たすことをいう:

1. すべての iについて,xi ∈ Xi, p · xi ≤ p · x∗i ならば x∗i %i xi.

2. すべての jについて,yj ∈ Yj ならば p · y∗j ≥ p · yj .

やはり E に移行することを考える.上の命題 6.7.2で「実行可能配分」を「価格均衡」に直

し,((xi)i, (yj)j)を ((xi)i, (yj)j , p)に書き直しても,依然として成立する:

6.7.6 命題

1. ((xi)i, (yj)j , p)がEの価格均衡ならば,((xi)i,

∑j yj , p

)は Eの価格均衡.

2. ((xi)i, y, p)が Eの価格均衡ならば,∑

j yj = yであるようなある (yj)j ∈∏

j Yj が存在し

て ((xi)i, (yj)j , p)がEの価格均衡.

98 第 6章 一般均衡理論

6.7.7 注意 (厚生経済学の第 2基本定理について) 第 2定理(定理 6.3.8)では Yjが凸であるこ

とを要した.Eに関して第 2定理を証明するには,∑

j Yjが凸であることを保証すればよい.E

に関して第 2定理を証明する際に断ったように,この場合でも各 Yj が凸集合であると仮定する

必要はなく,∑

j Yj が凸集合であると仮定すれば十分なのであった.

初期賦存量の分解 (ωi)i,∑

i ωi = ωと,企業の所有割合 (θij)i,j(ただしすべての jについて∑j θij = 1)を考え,この組 ((ωi)i, (θij)i,j)を所有構造という.このように私的所有を含めた経

済を E = ((Xi,%i)i, (Yj)j , (ωi)i, (θij)i,j)と書くことにする.

6.7.8 定義 Eの価格均衡 ((x∗i )i, (y∗j )j , p)が,すべての iについて

p · x∗i = p · ωi +∑j

θijp · y∗j

を満たすとき,E のワルラス均衡(競争均衡)であるという.

この右辺は iの可処分所得である.この式を不等号で書いても,実行可能性から結局同じこ

とになる.

6.7.9 注意 今回は,これまでの命題 6.7.2, 6.7.4, 6.7.6と同じことは一般には言えない.E を定めようとするとき,初期保有 (ωi)iはともかく,企業を 1社にする場合に (θij)i,jのほうをどうす

ればよいかという問題がある.これによってワルラス均衡は一般には一致しない.しかし,あ

る特殊な場合には一致する.以下はその例である:

1. すべての iについて,θi1 = θi2 = · · · = θiJ , すなわちどの消費者も一定の割合で企業を

所有しているというとき,この値を θiで表し,E =((Xi,%i)i,

∑j Yj , (ωi)i, (θi)i

)とすれ

ば,E と E のワルラス均衡は一致する(数学的対象としては異なるが,ワルラス均衡の消費配分 (xi)iと価格ベクトル pが一致するということ).

2. すべての jについて,Yj は収穫一定 (yj ∈ Yj , α ≥ 0ならば αyj ∈ Yj)であるとする.こ

のとき∑

j Yjも収穫一定である.収穫一定ならば均衡における利潤は 0である,すなわち∑j θijp · y∗j = 0となるから,E と E のどちらのワルラス均衡においても,iの予算式は

p · xi = p · ωi

である.つまりどんなふうに (θij)i,j の初期保有を設定しても同じことである.それゆえ

ワルラス均衡は一致する.

2′. 2の一般化.∑

j Yjが収穫一定で,すべての jについて 0 ∈ Yj(無活動が可能,possibility

of inaction)とするとき,E の均衡で利潤が 0であることはすぐにわかるが,実は E のワルラス均衡でもすべての企業で利潤が 0になる:p · y∗j = 0. それで 2と同じ予算式になる.

6.7.10 定義 すべての iについて,選好%iは効用関数 ui : Xi → Rで表されるとする.実行可

能な配分によって達成可能な効用を列挙したもの,

V =(u1(x1), . . . , uI(xI)) ∈ RI | ((xi)i, (yj)j)はEの実行可能配分

を効用可能性集合 (utility possibility set)という.

この定義で大事なのは効用水準であって,消費配分だけだから,それがEと Eとで同じなの

で,V はどちらでも同じである.

6.7. 根岸の方法 (1) 99

6.7.11 命題 (xi)i は実行可能消費配分とするとき,(xi)i がパレート効率的消費配分であるこ

とと, ((u1(x1), . . . , uI(xI))+RI

+

)∩ V = (u1(x1), . . . , uI(xI))

であることとは同値である.これはまた,((u1(x1), . . . , uI(xI))+ (RI

+ \ 0))∩ V = ∅

としても同じことである.

次の図は,消費者が I = 2人である場合について,上の命題の述べるところを図示したもので

ある.効用可能性集合 V に属する効用ベクトルのうち,V の右上側の境界上の点だけがパレー

ト効率的であることを示している.

Ov1

v2

V

(+RI+)

図 6.7: 上がよい例,下が悪い例

Ov1

v2

y

V

図 6.8: 水平な部分がある場合

6.7.12 定義 実行可能配分 (x∗i )iが弱パレート効率的 (weakly Pareto efficient)であるとは,全

員を改善する,すなわちすべての iについて xi ≻i x∗i となるような実行可能配分が存在しない

ことをいう.

6.7.13 注意 もちろん,パレート効率的ならば弱パレート効率的である.

6.7.14 注意 弱パレート効率性について上の命題 6.7.11は,「実行可能配分 (xi)iが弱パレート

効率的」と「((u1(x1), . . . , uI(xI))+RI

++

)∩ V = ∅」とが同値となる.

6.7.15 定理 定理 6.3.8 (第 2基本定理)と同様の仮定を設ける.任意の弱パレート効率的配分

(xi)iに対し,ある p ∈ RL+ \ 0が存在し,((xi)i, p)は価格準均衡である.

証明は前掲の定理 6.3.8と同じものが通用する.

次の命題は,V のコンパクト性を保証するものである.

6.7.16 命題 もし (i) すべての iについて uiが連続,かつ (ii) 実行可能(消費)配分の集合が

コンパクトならば,V もコンパクトである.

命題 6.7.16の証明 コンパクト集合の連続写像による像はコンパクトである.実行可能配分全

体を F と書き,f : C ∋ (xi)i 7→ (ui(xi))i ∈ RI とすると,各 uiの連続性から f は連続である.

///

100 第 6章 一般均衡理論

有限種類の財では,(i)は選好関係の連続性と同じであり,(ii)は,((xi)i, (yj)j) ∈ RLI ×RLJ

すなわちユークリッド空間の部分集合だから,この集合が有界閉であることを要請することと

同じだが,これは難しい場合もある.

極端な例は次のものである.企業がなく,消費者が 2人である場合を考えよう (I = 2, J = 0).

X1 = X2 = RLとすると,実行可能配分の集合はコンパクトでない(下に有界でないケース).

たとえば x1 = (1 000 000, 1 000 000), x2 = (−1 000 000,−1 000 000)という消費の組は実行可

能である.証券市場分析で,空売りもできると想定すると,保有できるポートフォリオ全体の

集合が消費集合であり,こういう場合には下に有界でないケースも含めて均衡の存在証明をす

る必要がある20.

それほど極端ではない別のケースも考えられる.以下ではいずれも L = 2, I = 1, X1 = R2+

で,u1は狭義単調増加であるとする21.x1 =

∑j yj + ωは x1 ∈

∑j Yj + ωと同じことであ

り,このときR2+ ∩

(∑j Yj + ω

)= ∅である.

x1

x2

ω

Y1

O

図 6.9: (1) J = 1. ωは ω2 = 0.

x1

x2

1 ωω − 1−1Y1

図 6.10: (2) J = 1. ω < 1のときは有界.

x1

x2

O

y1

y2

1

1

Y1

Y2

図 6.11: (3) J = 2, ω = 0.

x1

x2

O

y1

y2

y1 + y2

2

2Y1 + Y2

図 6.12: (3) 左図の Y1と Y2を集計したもの.

図 6.11は,マイナス 45度線 x1 + x2 = 1を漸近線とし第 2象限に延びる企業 1の生産集合 Y1

の生産可能性フロンティアと,同じく第 4象限に延びる企業 2の生産集合 Y2のフロンティアを

示している.図 6.12は,2企業の生産集合の和 Y1 + Y2が,x1 + x2 = 2より左下側の半平面で

あることを示している.ただし境界線は含まない.したがって (Y1 + Y2) ∩R2+はそのうち第 1

20詳しくは参考文献の Brown and Werner (1995)や Hart (1974).21この最後の仮定は,実行可能配分のコンパクト性を考えるにはそれほど重要でないものだが,一応おいておく.

6.7. 根岸の方法 (1) 101

象限にある部分の直角三角形であり,これは実行可能配分の集合が有界だがコンパクトでない

例になっている.このことは詳しく示しておこう.

主張は,

Y1 + Y2 = (x = (x1, x2) ∈ R2 | x1 + x2 < 2 (6.7)

ということである(等号が入っていないのでフロンティアが達成できない,すなわち閉でなく,

したがって弱パレート効率的な配分が存在しない).

y1 ∈ Y1, y2 ∈ Y2とし,x = y1 + y2と書く.

x1 + x2 = (y11 + y12) + (y21 + y22)

= (y11 + y21)︸ ︷︷ ︸<1

+(y12 + y22)︸ ︷︷ ︸<1

< 2

だから,y1 + y2は (6.7)の右辺に属する.

x1

x2

O

2

2

x

y2

y1

Z

逆に,x ∈ (6.7の右辺)とする.

Z =

z = (z1, z2) ∈ R2

∣∣∣∣z1 + z2 =1

2(x1 + x2)

とおく.x1+x2 < 2だから,(x1+x2)/2 < 1

である.座標の和が 1のマイナス 45度線が

Y1, Y2の漸近線なのだから,いま定めた (x1+

x2)/2を上限とする直線Zは Y1, Y2と交わり,

Y1 ∩ Z, Y2 ∩ Z = ∅である.このとき,

• ある y1 ∈ Y1 ∩ Z が存在して,任意の

y1 ∈ Z に対して,y11 ≤ y11 ならば y1 ∈Y1,

• ある y2 ∈ Y2 ∩ Z が存在して,任意の

y2 ∈ Z に対して,y22 ≤ y22 ならば y2 ∈ Y2,

である.ここで

δ = x1 − (y11 + y12)

と書けば,y1, y2の定め方によって

x− (y1 + y2) = (δ,−δ)(つまり,−δ = x2 − (y21 + y22)

)である.

そこで,もし δ = 0ならば,x = y1 + y2だから,x ∈ (6.7の左辺)がわかる.

もし δ < 0ならば,y1 = y1 + (δ,−δ) ∈ Y1, したがって y1 + y2 = y1 + y2 + (δ,−δ) = xゆえ

x ∈ (6.7の左辺).もし δ > 0ならば,y2 = y2 + (δ,−δ)とおけばよい(y2 のほうをずらす).///

図 6.13は,最初だけ収穫一定 (CRS)で途中から収穫逓減 (DRS)になるような企業の生産集

合 Yj を表しており,その同一の生産集合をもつ企業が無数にある場合を考えると,それらを集

計したものは図 6.14のように CRSである.

図 6.15は,最初から収穫逓減で,その y1 → 0における限界生産性が図のように有限の傾き

をもつ企業の生産集合 Yj を表しており,その同一の企業が無数にある場合を考えると,それら

102 第 6章 一般均衡理論

x1

x2

CRS

DRS

Y1 = Y2 = · · ·

図 6.13: (4) J = ∞. 自由参入

x1

x2

∑j Yj

図 6.14: (4) 左図の Yj を集計したもの.

x1

x2

Y1 = Y2 = · · ·

MRT (y1 → 0)

図 6.15: (5) J = ∞. 自由参入

x1

x2

∑j Yj

ω

図 6.16: (5) 左図の Yj を集計したもの.

を集計したものは図 6.16のように,限界生産性の傾きの直線より下側の領域になる(その直線

上の点は 0を除いて含まない).

このことも詳しく確認しておこう.簡単のため,問題の限界生産性の傾きは 45度(傾き−1)

であるとし,各 Yj のもつ性質を形式的に書き下しておく:

(1) 0 ∈ Yj (無活動が可能,possibility of inaction)

(2) Yj −RL+ ⊆ Yj (自由可処分,free disposal)

(3) 凸

(4) 任意の yj = (y1j , y2j ) ∈ Yj に対して y1j ≤ 0(第 1財は作れない)

(5) 任意の yj ∈ Yj に対して |y1j | ≥ y2j であり,かつ y1j < 0ならばこの不等号は厳密.

(6) 任意の ε > 0に対して,ある yj ∈ Yjが存在して,(1− ε)|y1j | < y2j . つまり 1− ε < y2j /|y1j |で,平均生産性をいくらでも 1に近づけられるということ(ただし 1にはできない,なぜ

ならば (5)より,|y1j | = y2j となるのは y1j = 0のときだけだから).

このとき主張は,

∞∑j=1

Yj =

∞∑j=1

yj

∣∣∣∣∣∣ (y1, y2, . . .) ∈ Y1 × Y2 × · · ·

6.7. 根岸の方法 (1) 103

が集合

A := y = (y1, y2) ∈ R2 | y1 ≤ 0, |y1| > y2 ∪ (0, 0)

に一致するということである.これは開集合である.(∑∞j=1 Yj ⊆ Aであること

)(yj)j ∈

∏j Yj とする.実際に操業している企業の集合を K =

j | y1j < 0とおく.もしK = ∅ならば,任意の j について y1j = 0, y2j ≤ 0であって,和も∑j y

1j = 0,

∑j y

2j ≤ 0であるから,

∑j yj ∈ Aである.

もしK = ∅ならば,∣∣∣∣∑j

y1j

∣∣∣∣ =∑j

|y1j | (y1j はすべて 0以下だから)

=∑j∈K

|y1j |+∑j /∈K

|y1j |

>∑j∈K

y2j + 0 (前半は (5), 後半はK の定義より)

≥∑j∈K

y2j +∑j /∈K

y2j ((2)より)

=∑j

y2j

ゆえ,∑

j yj ∈ A.(A ⊆

∑∞j=1 Yjであること

)y = (y1, y2) ∈ Aとする.y1 = 0のケースは簡単なので省略し,

y1 < 0と仮定する.(6)より,ある y = (y1, y2) ∈ Yj が存在して,

y2

|y1|<

y2

|y1|(∈ (0, 1))

とできる.

J を,J ≥ |y1|/|y1|を満たす整数とする.すると |y1|/J |y1| ≤ 1であって,

Yj ∋|y1|J |y1|

y =

(y1

J,|y1|J |y1|

y2)

だから,この第 2成分について|y1|J |y1|

y2 >y2

J

であることを考えれば,(1/J)y = (y1/J, y2/J) ∈ Yj である.

よって,y1 = · · · = yJ = (1/J)y, yj = 0 (∀j ≥ J + 1)とすれば,∑

j yj = yが成立して証明

が完了する. ///

6.7.17 命題 任意の iについてXiが凸,uiが凹で,∑

j Yj が凸ならば,V は凸である.

6.7.18 注意 命題の前提にある「uiが凹」という条件を「uiが準凹」に変えると一般には成り

立たない.すなわち,V は uiの表現に依存するということである.%iが凸であったとしても,

凹な uiで表現できない場合がある.

104 第 6章 一般均衡理論

6.8 根岸の方法 (2)

実行可能消費配分全体の集合を F とおく.効用可能性集合は,

V = (u1(x1), . . . , uI(xI)) | (xi)i ∈ F

と書ける.

以下で仮定する内容をここにまとめておく:

• 自由可処分経済:∑

j Yj = −RL+.

• 消費サイドは,各 iについて,Xi = RL+, uiは連続・単調・準凹.ただしここで単調とい

うのは,xi − zi ∈ RL++ならば ui(xi) > ui(zi), つまりすべての財が増えれば厳密に改善

するという意味である.

連続性と単調性から,xi − zi ∈ RL+ならば ui(xi) ≥ ui(zi)が従うから,任意の xi ∈ RL

+

について ui(xi) ≥ ui(0)である.そこで正規化として ui(0) = 0と仮定してよい.

•∑

i ωi = ω ∈ RL++(もし 0だったら,自由可処分経済では誰も消費できないので,そのよ

うな財を考えてもしかたがない).すべての iについて ωi ∈ RL+.

このとき,(x1, . . . , xI) ∈ RL+× · · ·×RL

+が実行可能であることは,∑

i xi ≤ ωと同値である.

等号でなくてもよいのは,自由可処分によって捨ててしまうことができるからである.

したがって当然,すべての iについて xi ≤ ωであって,実行可能配分の集合はコンパクト,

それゆえ V もコンパクトである.

6.8.1 補題

1. V ⊆I∏

i=1

[0, ui(ω)](区間左端の 0とは ui(0)のこと).

2. (V −RI+) ∩RI

+ = V .

3. V ∩RI++ = ∅(すべての消費者が正の効用を実現できる).

補題 6.8.1の証明 2は自由可処分の仮定∑

j Yj = −RL+による.3は,各消費者が均等に (1/I)ω

だけ消費する消費配分を考えれば,uiの単調性から ui((1/I)ω) > 0である. ///

6.8.2 注意 2, 3からわかることとして,ある (v1, . . . , vI) ∈ RI++ が存在して

∏Ii=1[0, vi] ⊆ V

である.すなわち,V の内部に長方形(直方体)領域をとることができる.I = 2のケースにつ

いて図示したものが図 6.17である.

そこで,

∆I−1 =

s = (s1, . . . , sI) ∈ RI

+

∣∣∣∣∣ ∑i

si = 1

と書こう.これは効用シェアの集合と解釈される.次に,関数 α : ∆I−1 → R+を,

α(s) = supa ∈ R+ | as ∈ V

と定義する.その図形的な意味については図 6.18を見よ.

6.8. 根岸の方法 (2) 105

Ov1

v2

V

図 6.17: 長方形を V の内部にとれる

Ov1

v2

V

1

1

s

α(s)s∆

図 6.18: シェア sを伸ばせる上限が α(s)倍

6.8.3 補題

1. 任意の s ∈ ∆I−1に対して 0 < α(s) ≤ Imaxu1(ω), . . . , uI(ω).

2. 任意の s ∈ ∆I−1に対して α(s)s ∈ V . さらにもし (xi)i ∈ F かつ α(s)s = (ui(xi))iならば

(xi)iは弱パレート効率的である.

3. αは連続.

6.8.4 注意 補題 6.8.3の 1は,具体的な上限の値よりも,α(s)の値域が有界であるということ

が重要である.

補題 6.8.3の証明 (2の証明) 背理法による.α(s)は定義の supのとおり,伸ばせる上限である

が,もし弱パレート効率的でないならば全員が改善できるので,その改善後の点から見て左下

の長方形領域がすべて V に入る(補題 6.8.1の 2より).これは α(s)が上限であったことに矛

盾. ///

(3の証明) sn → sなる∆I−1上の点列 (sn)をとる.示したいことはα(sn) → α(s)だが,これは

(1) lim supn α(sn) ≤ α(s)かつ (2) lim infn α(s

n) ≥ α(s)を示せば十分である(lim inf ≤ lim sup

だから).

(1) (sn)の部分列 (skn)であって,α(skn) → lim supn α(sn)なるものが存在する.このとき,

α(skn)skn →(lim sup

nα(sn)

)s

である.V はコンパクトなので,(lim supn α(sn)) s ∈ V . したがって αの定義により,

α(s) ≥ lim supn

α(sn).

(2) これには,任意の β ∈ (0, α(s))に対してある N ∈ Nが存在して任意の n > N について

α(sn) > βが成立することを示せば十分である.(xi)i ∈ F , α(s)s = (ui(xi))iとする.sで正の

効用シェアを受け取る消費者の集合をH = i | si > 0と書く.i /∈ H については,十分大きな任意の nについて,ある δni ∈ [0, 1]が存在して,

ui(δni ω) = βsni ≤ ui(ω)

であるところ,sni → 0なので δni → 0である.そこで∑

i/∈H δni = δnと書けば,δn → 0である.

106 第 6章 一般均衡理論

そこで,十分大きな nに対し,(zni )iを以下のように定める:

zni =

(1− δn)xi (i ∈ H)

δni ω (i /∈ H)

このとき, ∑i

zni = (1− δn)∑i∈H

xi︸︷︷︸各項≤ω

+∑i/∈H

δni ω ≤ (1− δn)ω + δnω = ω

であるから,(zni )i ∈ F(実行可能)である.さらに,i ∈ H について,

ui(zni ) → ui(xi) = α(s)si > βsi

であるが,この最右辺 βsiは βsni の収束先なので,十分大きな nに対し ui(zni ) > βsni である.

i /∈ Hについてはui(zni ) = βsni であった.よって (ui(z

ni ))i ≥ βsnであり,なおかつ (ui(z

ni ))i ∈ V

である.

V = (V −RI+) ∩RI

+(非負の範囲内で効用水準を捨てることは可能)なので,

βsn ∈ V

であるから,α(sn) ≥ β, したがって lim infn α(sn) ≥ β. ///

対応 E : ∆I−1 F ×∆L−1を以下の通り定義する:((xi)i, p) ∈ E(s)であるのは,((xi)i, p)

が価格準均衡であり,(ui(xi))i = α(s)sを満たすときまたそのときに限る.αの性質により,こ

の (xi)iは弱パレート効率的配分である.

無差別曲線に折れ曲がりがあるような場合,(xi)iを 1つ固定したとき,それをサポートする

価格ベクトル pが複数ある.また,無差別曲線に平らな部分があるような場合,pを 1つ固定し

たときそれに対応する配分 (xi)iが複数ある.こういう可能性のため,Eは対応になっている.

また,X : ∆I−1 F および P : ∆I−1 ∆L−1は,Eの F および∆L−1への射影とする.

6.8.5 補題

1. E,X,P はいずれも非空凸値で,閉グラフをもつ.

2. 任意の s ∈ ∆I−1に対して,X(s)は,(ui(xi))i = α(s)sを満たす (xi)i ∈ F の集合に一致

する.

3. 任意の s ∈ ∆I−1, (x∗i )i ∈ X(s), (x∗∗i )i ∈ X(s), p ∈ P (s), i ∈ 1, . . . , I に対して,p · x∗i = p · x∗∗i . よって,E(s) = X(s)× P (s).

補題 6.8.5の証明 2, 3, 1の順に示す.

(2について) (xi)i ∈ X(s)ならば (ui(xi))i = α(s)sとなることは E の定義からあたりまえ.

逆に,もし (ui(xi))i = α(s)sならば,(xi)i は弱パレート効率的なので(補題 6.8.3の 2),厚

生経済学の第 2定理により p = 0が存在して ((xi)i, p)は価格準均衡.よって E(s)の定義から

((xi)i, p) ∈ E(s)で,(xi)i ∈ X(s)である.

(1の前半について) α(s)s ∈ V なので,(ui(xi))i = α(s)sを満たす (xi)i ∈ F は少なくとも 1

つ存在する.したがってE(s) = ∅であり,その射影としてX(s) = ∅, P (s) = ∅.

6.8. 根岸の方法 (2) 107

(3について) s, (x∗i )i, (x∗∗i )i, pを与えられたとおりとする.一般性を失うことなく,((x∗i )i, p) ∈

E(s)と仮定できる22.

このとき局所的非飽和により,すべての iについて p · x∗i ≤ p · x∗∗i が成立することを示そう.もしある iについて p · x∗i > p · x∗∗i ならば,局所的非飽和により,ある xiがあって xi ≻i x

∗∗i ,

p · x∗i > p · xi である.同じ sに対応する配分ゆえ x∗i ∼i x∗∗i なので,xi ≻i x

∗i だが,これは

((x∗i )i, p) ∈ E(s)と仮定したこと,すなわち ((x∗i )i, p)が価格準均衡であるということに矛盾

する.

iについて和をとることで,

p ·

(∑i

x∗i

)≤ p ·

(∑i

x∗∗i

)

である.一方,準均衡条件より,

p ·

(∑i

x∗i

)≥ p ·

(∑i

x∗∗i

)

である.したがって,

p ·

(∑i

x∗i

)= p ·

(∑i

x∗∗i

)であって,すでに見たように各 iについて p · x∗i ≤ p · x∗∗i なのだから,結局これはすべての iに

ついて p · x∗i = p · x∗∗i であることを意味する.

(1の後半について) X が凸値であることは選好の凸性より明らか.P が凸値であることを

示そう.p ∈ P (s), q ∈ P (s), t ∈ [0, 1]をとる.対応する配分 (x∗i )i ∈ X(s)を任意にとる.

((x∗i )i, p) ∈ E(s), ((x∗i )i, q) ∈ E(s)である.

ここで,任意に iをとって xi ∈ Xiとし,

(tp+ (1− t)q) · xi < (tp+ (1− t)q) · x∗i

と仮定しよう.このとき,

t(p · xi − p · x∗i ) + (1− t)(q · xi − q · x∗i ) < 0

だから,p · xi − p · x∗i < 0または q · xi − q · x∗i < 0である.いずれの場合でも x∗i %i xiである.

よってこれは価格準均衡である:

((x∗i )i, tp+ (1− t)q) ∈ E(s).

したがって tp+ (1− t)q ∈ P (s)で,P (s)は凸とわかった.

あとはグラフが閉であることである.Eのグラフ内の点列((sn, (xni )i, p

n))nで,

(sn, (xni )i, pn) → (s, (x∗i )i, p) (∈ ∆I−1 × F ×∆L−1)

としよう.示したいことは 2つ,すなわち,収束先の ((x∗i )i, p)が準均衡であることと,sがそ

れに対応する効用シェアであることである.

22p ∈ P (s)から,少なくとも 1つ,これに対応する (xi)i が存在する.そこで,p · xi = p · x∗∗i , p · xi = p · x∗

i を

示すことができることをこれから見るが,そうすると結局 p · x∗i = p · x∗∗

i となるので,わざわざ第 3の (xi)i をもってこなくても,このように仮定してよい.

108 第 6章 一般均衡理論

任意に iをとり,p · xi < p · x∗i なる xi ∈ Xiをとる.このとき,pn · xi → p · xipn · xni → p · x∗i

なので,十分大きな nに対して,pn · xi < pn · xni が成立する.((xni )i, pn)は準均衡だったから,

これより xni %i xiとなり,%iの連続性より,x∗i %i xiが従う.したがって ((x∗i )i, p)は価格準

均衡である.

さらに効用水準はというと,αの連続性から α(sn)sni → α(s)si, ui の連続性から ui(xni ) →

ui(x∗i )であって,定義から α(sn)sni = ui(x

ni )だから,α(s)si = ui(x

∗i ), したがって ((x∗i )i, p) ∈

E(s)である.以上でEのグラフが閉であることが示された.

Eが閉グラフをもつことから,P も閉グラフをもつことを示そう(X についてはそれと同様

なので省略する).∆I−1 ×∆L−1上の点列((sn, pn)

)n, ただし pn ∈ P (sn)で,(sn, pn) → (s, p)

とする.極限でも p ∈ P (s)が成立していることを示したい.

このとき,任意のnについて,(xni )i ∈ Fが存在して,((xni )i, pn) ∈ E(sn)とできる.((xni )i)n=1,2,...

は実行可能配分F の点列で,F はコンパクトなので,収束部分点列が存在する.それを ((xkni )i)n

とすると,(xkni )i → (x∗i )i ∈ F である.

よって,これと同じ kn の部分点列により,(skn , (xkni )i, p

kn)

→ (s, (x∗i )i, p) であって,各(skn , (xkni )i, p

kn)は E のグラフに属しており E のグラフは閉とわかっているので,収束先の

(s, (x∗i )i, p)もEのグラフに属する.つまり,((x∗i )i, p) ∈ E(s)である.したがって,p ∈ P (s).

これですべての証明が完了した. ///

任意の p ∈ ∆L−1 と,任意の i の (xi)i ∈ F に対し,純供給(ネットサプライ)の価値額

p · (ωi − xi)を考える.これは価格準均衡では 0とは限らない.

まず,ω = (ω1, . . . , ωL)について ∥ω∥∞ = maxω1, . . . , ωLとすると,

|p · (ωi − xi)| ≤ ∥ω∥∞

である.なぜならば,

|p · (ωi − xi)| =

∣∣∣∣∣L∑l=1

pl(ωli − xli)

∣∣∣∣∣ ≤L∑l=1

pl|ωli − xli|

≤L∑l=1

plωl ≤ ∥ω∥∞L∑l=1

pl = ∥ω∥∞,

ただし 1行目から 2行目への変形はωli ∈ [0, ωl], xli ∈ [0, ωl]によっており,その後者は

∑i xi = ω

から従っている.

そこで対応Ψ : ∆I−1 [−∥ω∥∞, ∥ω∥∞]I を次のように定める:

Ψ(s) = (p · (ωi − xi))i | ((xi)i, p) ∈ E(s).

すなわち,効用シェア sを達成する価格準均衡に対するネットサプライの価値額を I人分並べた

ベクトルの集合である.この対応の値域が凸コンパクトであることに注意せよ.定義域を∆I−1

にとっているのは,のちに財は無限種類になるかもしれないので,人の数のほうが少ないから

という理由による.

6.8.6 補題

6.8. 根岸の方法 (2) 109

1. 任意の s ∈ ∆I−1に対して,0 ∈ Ψ(s)と,E(s)がワルラス準均衡を含むこととは同値.

2. 任意の s ∈ ∆I−1, t ∈ Ψ(s), i ∈ 1, . . . , Iに対して,si = 0ならば ti ≥ 0.

3. Ψは凸値かつ閉グラフをもつ.

補題6.8.6の証明 1は定義によって明らか.2は局所的非飽和を使う.局所的非飽和では p·xi = 0

になるから p · (ωi − xi) ≥ 0.

3は,閉グラフであることについては前の補題 6.8.5と同様に示せる.凸値であることは以下

のように示される.

s ∈ ∆I−1, t ∈ Ψ(s), t′ ∈ Ψ(s), θ ∈ [0, 1]とする.θt+ (1− θ)t′ ∈ Ψ(s)を示したい.tおよび

t′はE(s)に対するネットサプライの価値額のベクトルだから,

ある ((xi)i, p) ∈ E(s)が存在して, t = (p · (ωi − xi))i,

ある ((x′i)i, p′) ∈ E(s)が存在して, t′ = (p′ · (ωi − x′i))i

である.前の補題 6.8.5から E(s) = X(s) × P (s)だったから,((xi)i, p′) ∈ E(s)であり,さら

に各 iについて p′ · x′i = p′ · xiである.よって,

t′ =(p′ · (ωi − x′i)

)i=(p′ · (ωi − xi)

)i

であって,

θt+ (1− θ)t′ =((θp+ (1− θ)p′) · (ωi − xi)

)i

である.ここで P (s)は凸なので θp+ (1− θ)p′ ∈ P (s)であり,(xi)i ∈ X(s)だから,((xi)i, θp+ (1− θ)p′

)∈ X(s)× P (s) = E(s)

が成立し,θt+ (1− θ)t′ ∈ Ψ(s)がわかる. ///

t ∈ Ψ(s)の成分を t = (t1, . . . , tI)と書くと,∑

i ti = 0である((xi)iが F からとってあるか

ら).さらにある iについて ti < 0ということがありうる.それでΨ : ∆I−1 [−∥ω∥∞, ∥ω∥∞]I

にそのまま不動点定理が使えない.

0 ∈ Ψ(s)なる s ∈ ∆I−1の存在は次の定理から導出される:

6.8.7 定理 (不等式定理 (variational inequality)) Sおよび T を,非空・凸・コンパクトな

RI の部分集合とし,対応Ψ : S T を非空・凸値で閉グラフをもつものとする.このとき,あ

る s∗ ∈ Sと t∗ ∈ Ψ(s∗)が存在して,任意の s ∈ Sに対して s∗ · t∗ ≥ s · t∗である.

この証明は角谷の不動点定理と近似定理とによるので,まずそれらを説明したあとにこの定

理を証明しよう.ここでは先に,この不等式定理を使えばどのように 0 ∈ Ψ(s)なる sの存在が

導出されるのかを見ておく.

(証明)先に定義した対応Ψ : ∆I−1 [−∥ω∥∞, ∥ω∥∞]I は,不等式定理を使える条件を満たし

ていることをこれまでに確認したから,不等式定理が使えて,

ある s∗ ∈ ∆I−1と t∗ ∈ Ψ(s∗)が存在して,任意の s ∈ ∆I−1に対して,s∗ · t∗ ≥ s · t∗

である.t∗ = 0を示せば十分である.

110 第 6章 一般均衡理論

仮に t∗ = 0とする.∑

i t∗i = 0だったから,t∗i < 0なる iと t∗k > 0なる kとが存在する.こ

のとき,補題 6.8.6の 2によって,もし s∗i = 0とすると ti ≥ 0になるから,s∗i > 0である.

そこで,効用シェア sを次のように定義しよう:

sh =

0 (h = iのとき)

s∗k + s∗i (h = kのとき)

s∗h (それ以外)

このとき,

s∗ · t∗ − s · t∗ = (s∗i t∗i + s∗kt

∗k)− ( si︸︷︷︸

=0

t∗i + skt∗k)

= (s∗i t∗i + s∗kt

∗k)− (s∗k + s∗i )t

∗k

= s∗i︸︷︷︸>0

( t∗i︸︷︷︸<0

− t∗k︸︷︷︸>0

) < 0

だが,不等式定理によれば s∗ · t∗ ≥ s · t∗ になるはずなのでこれは矛盾である.したがって,t∗ = 0. ///

6.8.8 定理 (近似定理) Sと T を,非空・凸・コンパクトな集合とし(次元は異なってもよい),

対応Ψ : S T を非空・凸値で閉グラフをもつものとする.このとき,任意の ε > 0に対して

ある連続写像 ψ : S → T が存在して,ψのグラフはΨのグラフの ε-近傍に含まれる,すなわち

任意の s ∈ Sに対して,ある s∗ ∈ Sと t∗ ∈ Ψ(s∗)が存在して,∥s− s∗∥+ ∥ψ(s)− t∗∥ < ε.

6.8.9 注意

1. これは写像 ψとして連続なものがとれるから有用なのである.不連続な ψも許せば,Ψ

のグラフに入れるだけなら簡単である.

2. Ψが閉グラフをもつことと,凸値であることはいずれも不可欠な仮定である.

3. 任意の sに対して,ψ(s) ∈ T がΨ(s) ⊆ T の ε-近傍に含まれるとは限らない.

定理 6.8.8の証明 まず任意の δ > 0に対し対応Ψδ : S T を次のように定義しよう:

Ψδ(s) :=

∪r∈S|∥r−s∥<δ

Ψ(r)

の凸包.Ψ(r)のそれぞれは定義により凸集合だが,

∪Ψ(r)は凸とは限らないので,凸包をとっている.

(ステップ 1) このとき,任意の ε > 0に対してある δ > 0が存在して,(Ψδのグラフ) ⊆ (Ψ

のグラフの ε-近傍)を示そう.背理法で示す.

もしこのような δが存在しないなら,任意の n ∈ 1, 2, . . .に対して,tn ∈ Ψ1n (sn)であるよ

うなある (sn, tn) ∈ S × T が存在して,(sn, tn)はΨのグラフから少なくとも ε離れている.

Ψ1n (sn)の定義とCaratheodoryの定理により,任意の nについて,tn ∈ Ψ

1n (sn)は高々1 + I

個のベクトルで表される.ただし I は T ⊆ RI の次元である.つまり,任意の i ∈ 0, 1, . . . , Iに対しある (rni , w

ni ) ∈ S × T とある (βni ) ∈ ∆I が存在して,

∥rni − sn∥ < 1

n, wn

i ∈ Ψ(rni ), tn =

I∑i=0

βni wni

6.8. 根岸の方法 (2) 111

と書ける.(βni )は凸結合のウェイトである.

((sn, tn), (rni , wni )i=0,1,...,I , (β

ni )i=0,1,...,I)

はコンパクト集合 (S × T ) × (S × T )1+I ×∆I に属する.すなわち,部分点列が存在し,一般

性を失うことなく n→ ∞に極限が存在する.そこで

((s, t), (ri, wi)i=0,1,...,I , (βi)i=0,1,...,I)

をその極限とする.

任意の nと iについて,∥rni − sn∥ < 1/nなので,n→ ∞では ∥ri − s∥ ≤ 0, すなわち ri = s

である.wni ∈ Ψ(rni )だがΨは閉グラフをもつので極限においても wi ∈ Ψ(s). さらにΨ(s)は

凸なので,∑I

i=0 βiwi ∈ Ψ(s)であって,tn =∑I

i=0 βni w

ni は n → ∞で t =

∑Ii=0 βiwiなので,

結局 t ∈ Ψ(s)である.

しかし (sn, tn)はΨのグラフから少なくとも ε離れているのに,(sn, tn) → (s, t)はΨのグラ

フに属することになってしまった.これは矛盾である.

(ステップ 2) (Ψδのグラフ) ⊆ (Ψのグラフの ε-近傍)なので,Ψδが連続なセレクション,すな

わち連続写像 ψδ : S → T であって各 s ∈ Sについて ψδ(s) ∈ Ψδ(s)なるものをもつことを示せ

ばよい.

Sはコンパクトなので,ある Sの有限部分集合 s1, . . . , sKが存在して,任意の s ∈ Sに対

してある k = 1, . . . ,K で ∥s − sk∥ < δとできる.すなわち,sk の δ-近傍の組は S の有限開被

覆である.

よって,この開被覆に従属した 1の分割が存在する.すなわち,それぞれの開集合 skについ

て,ある連続写像 βk : S → [0, 1]が存在して,任意の s ∈ Sに対して

K∑k=1

βk(s) = 1, [βk(s) > 0 =⇒ ∥s− sk∥ < δ]

とできる.

tk ∈ Ψ(sk)とする(この組はここで固定).そこで ψδ : S → T を次のように定義する:

ψδ(s) =K∑k=1

βk(s)tk.

このとき ψδ は連続写像である(tkは固定されていて,各 βkは連続ゆえ).

さらに,

ψδ(s) =∑

k|βk(s)>0

βk(s)tk =∑

k|∥s−sk∥<δ

βk(s)tk

であるが,Ψδ の定義により,∥s− sk∥ < δならばΨ(sk) ⊆ Ψδ(s)なので,tk ∈ Ψ(sk) ⊆ Ψδ(s).

またΨδ(s)は凸なので,ψδ(s) ∈ Ψδ(s)である.これは任意の s ∈ Sについて成り立つ.よって

Ψδ(s)の連続なセレクションがとれた. ///

Sは非空凸コンパクトなRIの部分集合とする.次の 2つの不動点定理はここで証明はしない.

6.8.10 定理 (ブラウワーの定理) ϕ : S → S は連続写像とする.このとき ϕ(s∗) = s∗ となる

s∗ ∈ Sが存在する.

112 第 6章 一般均衡理論

6.8.11 定理 (角谷の定理(定理 6.6.3の再掲)) Φ : S Sは非空・凸値・閉グラフをもつ対

応とする.このとき s∗ ∈ Φ(s∗)となる s∗ ∈ Sが存在する.

6.8.12 注意

1. 「角谷の定理 =⇒ ブラウワーの定理」は明らか.

2. 「ブラウワーの定理+近似定理 =⇒ 角谷の定理」.

3. 「角谷の定理+近似定理 =⇒ 不等式定理」.なお,前項 2も考えあわせると,この前件は

「ブラウワーの定理+近似定理」でよい.

4. 「不等式定理 =⇒ 角谷の定理」.

5. 「不等式定理 =⇒ 0を含まないコンパクト凸集合と 0とに対する分離超平面定理」.つまり,ある p ∈ RI が存在して,任意の s ∈ Sに対して p · s > 0.

注意 6.8.12の証明 (2の略証) 角谷の定理のΦが近似定理の条件を満たすから,任意に近い

ϕがとれて,それにブラウワーの定理を使う.近似の度合ごとに不動点の列がとれて,Sがコン

パクトなので,その極限が s∗である.

(4の略証) 与えられた角谷の定理の Φに対し,ΨをΨ(s) = Φ(s)− sとしてΨに不等式定

理を適用せよ.

(5の略証) Ψ(s) = −sとし(写像でよい),これに不等式定理を適用する.

(3の証明) 近似定理より,任意の nに対して,連続写像 ψn : S → T が存在して,(ψnのグラ

フ) ⊆ (Ψのグラフの 1/n近傍)である.そこで対応 Φn : S Sを次のように定義する:

Φn(s) = s′ ∈ S | s′ · ψn(s) ≥ s′′ · ψn(s), ∀s′′ ∈ S.

これは角谷の定理の条件を満たす(内積は線形関数なので,凸値も閉グラフも大丈夫).した

がって,sn ∈ Φn(sn)なる sn ∈ Sが存在する.すなわち,その sn ∈ Sに対して,任意の s ∈ S

について sn · ψn(s) ≥ s · ψn(sn)である.

tn = ψn(sn)とおく.(sn, tn) ∈ S×T だが,Sと T はコンパクトゆえ直積S×T もコンパクトであるから,その上の点列

((sn, tn)

)nは集積点 (s∗, t∗) ∈ S × T をもつ.適当に部分列をとった

ことにして同じ添字 nを使おう.sn ·ψn(s) ≥ s ·ψn(sn)より,n→ ∞の極限でも s∗ · t∗ ≥ s · t∗

が成り立つ.

(sn, tn) = (sn, ψn(sn))は当然 ψnのグラフに属する.近似定理とΨの閉性より,(s∗, t∗)はΨ

のグラフの閉包,すなわちΨのグラフそのものに属する.すなわち,t∗ ∈ Ψ(s∗). ///

6.9 根岸の方法 (3)

最後に,これまで行ってきた均衡の存在証明の手順をここで振り返っておこう.

1. 実行可能配分(純粋交換経済では消費だけ)を定義した:F = (xi)i |∑

i xi ≤ ω. F がコンパクトであることは容易に示される.

6.9. 根岸の方法 (3) 113

2. 効用可能性集合 V = (ui(xi))i | (xi)i ∈ Fを定義した.F がコンパクトであることと ui

が連続であることから,V はコンパクトである(特に ui(0) = 0と定義すると,V は非負

象限RI+に入り,効用フロンティアは正象限である).

3. 関数 α : ∆I−1 → R+を,効用シェア s ∈ ∆I−1に対し,

α(s) = supa ∈ R+ | as ∈ V

と定義した.これは連続であった.その証明は lim supn α(sn) ≤ α(s)と lim infn α(s

n) ≥α(s)を示すことによったが,いま復習している全 7ステップのうち,後述する生産経済で

はこの後者だけが難しい.

4. 厚生経済学の第 2定理より,(ui(xi))i = α(s)sとなる (xi)i ∈ F は価格準均衡配分であり,

これに対応する価格ベクトルをもってくればそれとの組は価格準均衡である.

5. 対応E : ∆I−1 F ×∆L−1を,

E(s) = [(ui(xi))i = α(s)sとなる価格準均衡 ((xi)i, p)の集合]

と定義した.

6. 対応Ψ : ∆I−1 RI を,

Ψ(s) = (p · (ωi − xi))i | ((xi)i, p) ∈ E(s)

と定義した.

7. 不等式定理により,0 ∈ Ψ(s)となる s ∈ ∆I−1が存在する.

本節では以上のことを今度は生産経済について行う.ここで要請する仮定をまとめておく.

• 消費セクターについては今までどおりである.ただし,単調性,すなわち xi ≫ ziならば

xi ≻i zi という条件は,幾分奇妙になるということは注意しておきたい.生産経済では,

効用に関係しないはずの原材料(インプット)も考えることがあるが,その増加について

効用が上昇することになる.

• 生産セクターについては,Y :=∑

j Yjが閉・凸であること,Y −RL+ ⊆ Y(自由可処分),

そして,y + ω ∈ RL++なる y ∈ Y が存在するとする.

• F =((xi)i, y) |すべての iについて xi ∈ RL

+, y ∈ Y ;∑

i xi = y + ωは非空かつコンパ

クト.これはもっとプリミティブな仮定から導出することもできるが,ここでは仮定と

する.

• すべての iについて ω ∈ RL+(最初から負債を抱えていると予算制約で都合が悪いので),

すべての jについて 0 ∈ Yj(利潤が最悪でも 0にできるということを保証するため).

以上の仮定のもとで,生産経済の場合について上記の 7ステップを順に見ていこう.

1は,F がコンパクトであることを仮定したので問題ない.2の,V のコンパクト性と,

(V −RI+) ∩RI

+ ⊆ V , V ∩RI++ = ∅

も同様である.

114 第 6章 一般均衡理論

3については,lim infに関する不等式を背理法で証明しよう.背理法の仮定は lim infn α(sn) <

α(s)である.そこで,α(sn) → βなる β < α(s)をとる.また,α(sn)snを達成する実行可能配

分を ((xni )i, yn), 極限での α(s)sを達成する実行可能配分を ((xi)i, y)とする.

生産セクターについての仮定により,y+ω ∈ RL++なる y ∈ Y が存在する.任意のm = 1, 2, . . .

に対し,

ym =

(1− 1

m

)y +

1

my

とする.Y は凸集合と仮定したので,ym ∈ Y である.すると,

(ym + ω)− 1

2m(y + ω) =

(1− 1

m

)(y + ω) +

1

m(y + ω)− 1

2m(y + ω)

=

(1− 1

m

)(y + ω)︸ ︷︷ ︸∈RL

+

+1

2m(y + ω)︸ ︷︷ ︸∈RL

++

∈ RL++ (6.8)

である.これをうまく再配分すると,(xni )iを強パレート改善できて矛盾となることを示す.

以下,便宜的に I = 1, . . . , Iと書く.また,sで正の効用をもつ消費者の集合をH = i ∈I | si > 0と書く.そこで,(xmi )iを次のように定義しよう:まず i /∈ H(極限 sで効用シェアが 0)ならば,

xmi =1

2m|I \H|(y + ω)

とする.i ∈ H ならば,各財 l = 1, . . . , Lについて,総供給 y + ω ∈ RL+において生産されてい

るか否かに応じて分けて定義する:

xlmi =

xli

yl + ωl

((1− 1

m

)(yl + ωl) +

1

2m(yl + ωl)

)(yl + ωl > 0のとき),

1

|H|

((1− 1

m

)(yl + ωl) +

1

2m(yl + ωl)

)(yl + ωl = 0のとき).

(6.9)

このとき,任意の iとmについて xmi ∈ RL++が成り立っている.

∑i

xmi =∑i/∈H

xmi +∑i∈H

xmi

≤ 1

2m(y + ω) +

((1− 1

m

)(y + ω) +

1

2m(y + ω)

)= ym + ω

となるから(最後の等号は式 (6.8)より),(xmi )iは実行可能である.

これに対して効用水準は,

ui(xmi ) > 0, ∀i /∈ H, ∀m

であって,i /∈ H では ui(xni ) → 0だから,任意に固定されたmに対して nを十分大きくとれ

ば ui(xmi ) > ui(x

ni )が成り立つ.

他方,任意の i ∈ H に対しては,m→ ∞のとき xmi → xiだから(xmi の定義式 (6.9)をよく

見よ),

ui(xmi ) → ui(xi) = α(s)si (m→ ∞)

である.

6.10. 正則均衡の理論 115

また,α(sn)sni → βsi (n→ ∞)なので,ui(xni ) → βsiである.

ここで,β のとり方と si > 0によって α(s)si > βsi なので,極限での行き先が ui(xmi )と

ui(xni )とでは違うことになる.それゆえ,十分大きな nとmをとれば,任意の i ∈ H に対し

ui(xmi ) > ui(x

ni )

が成り立つ.

以上より結局,すべての i ∈ I について ui(xmi ) > ui(x

ni )である.これは (xni )iが弱パレート

効率的であることに矛盾である.よって,lim infn α(sn) ≥ α(s)であって,lim supの式とあわ

せて,limn α(sn) = α(s)が結論される.

本筋に戻ると,7ステップのうちの 4すなわち第 2定理は交換経済の場合と同様で,5の均衡

対応Eについても同様である.

6の,不等式定理を適用するための対応Ψは,

Ψ(s) =

p · ωi +

∑j

θijπj(p)− p · xi

i

∣∣∣∣∣∣ ((xi)i, p) ∈ E(s)

とする(収穫一定を仮定すると利潤は 0なので考えなくてもよいが,一般にはこのように書く).

あとは以前と同様である.7ではいま定義したものに不等式定理を適用すればよい.

6.10 正則均衡の理論

ワルラス均衡がただ 1つ存在すれば,一般均衡モデルは「良い」モデルと考えられる.しか

し,一意性は一般には成立しない.

O p2

z2

p3p1

p2

図 6.19: 横軸と何度か交差する超過需要関数

O p2

z2

図 6.20: 横軸に張りついた超過需要関数

命題 6.5.1で見たように,ワルラス均衡価格とは z(p) = 0の解である.いま 2財の場合で

p1 = 1と正規化し,p2に対する第 2財の超過需要関数 z2が図 6.19, 6.20のようであるとする.

初期保有や効用関数を少し摂動 (perturb)させてやると,超過需要関数は点線のようにずれる.

すると右図 6.20のような横軸にべったりと張りついた超過需要の場合には,無限個あった均衡

がなくなりやすいことが見てとれる.

これはバッドニュースである.経済理論と現実とのフィッティングには観測誤差がつきもの

であるが,これは効用関数の推定が少しずれただけで結果を大きく変えてしまうということで

ある.

116 第 6章 一般均衡理論

均衡の特徴づけとして,超過需要関数のかわりに,効用シェアに対するネットサプライの価

値額を与える関数 s 7→(p(s) · (ωi(s)− xi(s))

)iを考えてみても,まったく同じような図が描け

る(横軸に消費者 1の効用シェア s1, 縦軸にこの関数が与える消費者 1の値をとる).超過需要

の場合とパラレルの関係が成り立つのだが,パラレルならどちらでもよさそうなところ,以下

の議論にはこちらのほうが便利である場合があるので,適宜どちらも使っていく.

以下では純粋交換経済,すなわちすべての jについて Yj = 0とする(あるいは,選好の単調性を考えれば,Yj = −RL

+と仮定してもよい).任意の消費者 iの消費集合はXi = RL++と

し,選好%iは 2回連続微分可能な効用関数 ui : RL++ → Rで表現されるものとする.

これが弱単調性,すなわち xi ≥ ziならば ui(xi) ≥ ui(zi) (xi %i zi)を満たすならば,勾配ベ

クトルの各成分は非負である:

∇ui(xi) =(∂ui∂x1i

(xi), . . . ,∂ui

∂xLi(xi)

)∈ RL

+.

なお,勾配ベクトルはふつう行ベクトル(横ベクトル)と思うものとする.以下では任意の

xi ∈ RL++について∇ui(xi) ∈ RL

++を仮定する.このとき強単調性,すなわち xi ≥ zi, xi = zi

ならば xi ≻i ziが成立する23.

以下,消費者理論の章などで見てきた命題をいくつか事実として再確認することがある.

6.10.1 事実 次の 3つは同値:

(1) %iが凸.

(2) uiが準凹.

(3) 任意の xi ∈ RL++に対して,ヘッセ行列∇2ui(xi) ∈ RL×L(これは対称行列)が以下の条

件を満たす:∇ui(xi)v = 0である任意の v ∈ RLに対して,

v⊤

(1×L)

∇2ui(xi)(L×L)

v(L×1)

≤ 0.

この最後の条件は,図形的に言えば,∇ui(xi)と直交する直線上で負値半定符号ということである.

ただし以下では,より強い次の条件を仮定する.すなわち,任意の xi ∈ RL++に対して,ヘッ

セ行列∇2ui(xi) ∈ RL×Lが以下の条件を満たすものとする:∇ui(xi)v = 0, v = 0である任意

の v ∈ RLに対して,v⊤∇2ui(xi)v < 0.24

6.10.2 例

(1) L = 2, ui(xi) =√x1i +

√x2i とする.∇2ui(xi)はR2

++全体で負値定符号で,uiは強凹.

(2) ui(xi) =(√

x1i +√x2i

)2とする.∇2ui(xi) は R2

++ 全体で負値半定符号で,ui は凹.

∇2ui(xi)は∇ui(xi)と直交する直線上で負値定符号.

23この逆は真ではないが,ほぼ同じである.そこでここでは解析的に取り扱いやすい∇ui(xi) ∈ RL++ のほうを仮

定する.24このとき %i は強凸である.その逆は言えない.すなわち,強凸であっても負値定符号にならない例がある.1

変数関数の場合で,y = −x4, y′′ = −12x2 のグラフを考えてみればよい.

6.10. 正則均衡の理論 117

この例を見ると,(2)の効用関数は (1)のそれの単調変換なので,表現している選好は同一で

あるのに,∇2ui(xi)の満たす性質が異なっているということがわかる.

∇ui(xi)と直交する超平面を ⟨∇ui(xi)⟩⊥と書く.⟨p⟩⊥はベクトル pの直交補空間を表す記号

である.

6.10.3 補題 任意の xi ∈ RL++ に対して,ヘッセ行列∇2ui(xi)が ⟨∇ui(xi)⟩⊥ 上で負値半定符

号であるとする.このとき,φα(z) = − exp(−αz)と書くと,ある α > 0が存在して,xiに十

分近い任意の zに対し,∇2(φα ui)(z)はRL上で負値定符号である.

この補題が言っているのは次のことである.まず,φα uiというのは uiの単調変換なので,

同じ選好を表現していることに注意しよう.「ヘッセ行列∇2ui(xi)がRL上で負値定符号」は,

「∇2ui(xi)が∇ui(xi)の直交超平面上で負値定符号」より強い条件だが,もし uiが xiにおいて

第 2の条件を満たすなら,それに適当な単調変換を施して得られる効用関数は第 1の条件をも

満たす,ということである.

6.10.4 注意

• 最初にとる xi ∈ RL++は 1点であったが,これをRL

++のコンパクト部分集合から始めて

も大丈夫である.

• しかし,任意の xi ∈ RL++ から始めてこのような αが存在するかというと,そうはなら

ない.

• 負値定符号であることが重要であって,この部分を負値半定符号にすることはできない.

6.10.5 事実 次の (1), (2), (3)は同値で,(3)ならば (4)が成り立つ:

(1) %iが凸.

(2) uiが準凹.

(3) ∇2ui(xi)が ⟨∇ui(xi)⟩⊥上で負値半定符号.

(4) ラグランジュの 1階の条件が解であることの必要十分条件.つまり,xiが効用最大化問題

maxxi∈RL

++

ui(xi) subject to p · xi ≤ wi

の解であることが,ある λi > 0が存在してλi∇ui(xi) = p (勾配ベクトル∇ui(xi)が価格ベクトル pと平行)

p · xi = wi (厳密には等号は単調性∇ui(xi) ∈ RL++から)

が成り立つことと同値.

O x1

x2

さて,いま消費集合をXi = RL++ と考えているので,

予算集合 p ·xi ≤ wiかつ xi ≫ 0は軸を含まずコンパクト

でない.そこで,たとえば右図のように第 1財だけを好

む選好のとき,最大化問題の解が存在しないことになる.

こういう状況が起こらず解が存在することを保証する

条件として,文献では次の条件を課してきた:任意のxi ∈

118 第 6章 一般均衡理論

RL++について,y ∈ RL

++ | y %i xiのRLの位相(RL++

の相対位相でなく!)に関する閉包がRL++に含まれる.

要するに,無差別曲線が軸にぶつからないということで

ある.コブ・ダグラス型やCES効用関数はこの条件を満

たしているが,図のものは満たしていない.

練習問題 6.10.1 %iがこの条件を満たし,連続な uiで表されるとき,任意の価格と富水準のペ

ア (p, wi) ∈ RL++ ×R++について,(p, wi)の下での効用最大化問題に解が存在することを証明

せよ.

ただし,今後は解の存在はむしろ仮定してしまうので,このことはあまり出てこない.

6.10.6 事実 %i が強凸ならば,(p, wi) に対して効用最大化解を与える需要関数 xi : RL++ ×

R++ → RL++は関数である(1価対応である).

6.10.7 命題 単調性と強凸性のもとで,需要関数 xiは 1回連続可微分である.

命題 6.10.7の証明 写像 φi : RL++ ×R++ ×RL

++ ×R++ → RL ×Rを次のように定義する:

φi(p, wi, xi, λi) =

(p− λi∇ui(xi)⊤

wi − p · xi

)

(勾配ベクトル∇は行ベクトルと考えていた.他は列である).負値定符号の仮定をおいたので,uiは 2回連続可微分,∇uiは 1回連続可微分である.したがってこの φiは(1回)連続可

微分である.

また,事実 6.10.5 で見たように,xi が (p, wi) の下での解であることと,λi ∈ R++ が存

在して φi(p, wi, xi, λi) = 0が成り立つことは同値である(つまり,需要関数とは方程式体系

φi(p, wi, xi, λi) = 0の解にほかならない).よって,解空間 φ−1i (0)の上で (xi, λi)が (p, wi)の

連続可微分な関数ならば,需要関数は可微分である.これを示したい.

陰関数定理によれば,このための十分条件は,

「φi(p, wi, xi, λi) = 0 =⇒ D(xi,λi)φi(p, wi, xi, λi)が可逆である」.

ここでD(xi,λi)φi(p, wi, xi, λi)とは,φiの (xi, λi)に関するヤコビ行列で,(p, wi, xi, λi)で測ら

れたものである.これは (L+ 1)× (L+ 1)行列である.これを示していこう.

上記のヤコビ行列は,

D(xi,λi)φi(p, wi, xi, λi) = D(xi,λi)

(p− λi∇ui(xi)⊤

wi − p · xi

)

=

(−λi∇2ui(xi) −∇ui(xi)⊤

−p⊤ 0

)

である.可逆とは行ベクトルが 1次独立であることに同値だから,この行列の左から (v⊤, s)を

かけて 0に等しいとおいたとき v = 0, s = 0が成り立つことを示したい(1次結合の係数が 0).

かけた結果は,

v⊤(−λi∇2ui(xi)) + s(−p⊤) = 0

v⊤(−∇ui(xi)⊤) + s · 0 = 0

6.10. 正則均衡の理論 119

すなわち,

λiv⊤∇2ui(xi) + sλi∇ui(xi) = 0 (1階の条件から p = λi∇ui(xi)⊤)

∇ui(xi)v = 0 (転置しただけ)

である.第 1式の両辺に右側から vをかけると,

λiv⊤∇2ui(xi)v + sλi∇ui(xi)v = 0

であって(これは実数の等号),第 2式より第 2項は 0であり,

v⊤∇2ui(xi)v = 0

である.第 2式は v ∈ ⟨∇ui(xi)⟩⊥ということだから,この上で負値定符号だったので,これはv = 0ということである.

そこで元の第 1式に戻ると,

s λi︸︷︷︸>0

∇ui(xi)︸ ︷︷ ︸∈RL

++

= 0

だから,s = 0である. ///

練習問題 6.10.2 Hicksian需要関数の連続可微分性を証明せよ(ヒント:費用最小化問題の解

について同じようにすればよい).

総超過需要関数 z : RL++ → RLを,

z(p) =

I∑i=1

(xi(p, p · ωi)− ωi

)と定義する.xiの可微分性から,これは連続可微分である.pがワルラス均衡価格であること

と z(p) = 0とは同値であった.

0次同次性を使えば,任意の pに対して,

Dz(p)(L×L)

p(L×1)

= 0

が成り立つ.よって,p ∈ KerDz(p), あるいは同じことだが,⟨p⟩ ⊆ KerDz(p)である.

ワルラス法則(均衡か否かによらず p · z(p) = 0)より,

z(p) = 0 ならば p⊤

(1×L)

Dz(p)(L×L)

= 0

である.p⊤Dz(p) = 0は,pとDz(p)の各列との内積が 0ということなので,⟨p⟩⊥ ⊇ ColDz(p)

である.ただしColは列空間 (column space)の意味で,これは列ベクトルで張られる空間のこ

とである.

⟨p⟩ ⊆ KerDz(p)と ⟨p⟩⊥ ⊇ ColDz(p)のいずれを見ても,ヤコビ行列Dz(p)のランク rankDz(p)

が高々L− 1であることが従う.この事実からDz(p)は,線形写像として本当はRLからRLへ

の写像だが,⟨p⟩⊥から ⟨p⟩⊥への写像と考えてよいことになる.

120 第 6章 一般均衡理論

6.10.8 定義 ワルラス均衡(価格ベクトル)pが正則 (regular)であるとは,Dz(p)が ⟨p⟩⊥からそれ自身への全単射であることとする.

6.10.9 補題 ワルラス均衡 pが正則であることは rankDz(p) = L− 1と同値である.

Dz(p)は L次正方行列だが,どうしても rankDz(p) = L(通常の意味での正則)にはならな

い.しかしそれは上述のとおり 0次同次性やワルラス法則という必ず成り立つ性質によってい

るので,1つ次元を落としたところで正則かどうかを問題にするのである.

dim⟨p⟩⊥ = L− 1なので,⟨p⟩⊥に属するベクトルは,(L− 1)個のベクトルで構成される基底

によって座標表示される.すなわち,基底を 1つ決めると,線形写像Dz(p) : ⟨p⟩⊥ → ⟨p⟩⊥は,R(L−1)×(L−1)の要素である (L− 1)次行列と同一視できる(その成分表示はもちろん基底のと

り方に依存する).すると (L− 1)次行列として行列式がとれるが,その行列式の値は基底のと

り方に依存しない.正則な pについて,その行列式は 0ではない実数である.話を少し先取り

すると,この実数に (−1)L−1をかけたものの符号を,均衡価格ベクトル pの指数 (index)と呼

んでいる.

6.11 正則均衡の性質

以下では正則均衡の含意を探ろう.

6.11.1 正則均衡の性質と指数

6.11.1 命題 (正則均衡の局所的一意性) もし p ∈ RL++が正則均衡ならば,ある δ > 0が存在

して,∥p− q∥ < δであり pのスカラー倍ではないようなすべての q ∈ RL++は均衡価格ベクト

ルでない.

命題 6.11.1の証明 いずれも本質的には逆関数定理によるが,2つの証明法がある.

(1) 総超過需要関数 z : RL++ → RLに対し,z : RL−1

++ → RL−1を次のように定義しよう:

z(p) =(z1(p, 1), . . . , zL−1(p, 1)

)(0次同次性とワルラス法則によって次元を下げている).このとき,L次元の価格ベクトル

(p, 1)(したがってこれは均衡かとか正則かとかが定まる)が正則均衡であることと,Dz(p) ∈R(L−1)×(L−1)が逆行列をもつこととは同値である25.

さらに,任意の正の定数 α > 0に対して,pが正則均衡であることと αpが正則均衡であるこ

ととは同値である.よって特に,pが正則均衡であることと (p1/pL, . . . , pL−1/pL, 1)が正則均衡

であることとは同値である.

したがって逆関数定理により,もし pが正則均衡ならば,zは (p1/pL, . . . , pL−1/pL)のまわり

で(局所的に)全単射,すなわち z(p) = 0である pはこの (p1/pL, . . . , pL−1/pL)に限られる.

つまり pL = 1と正規化された均衡価格ベクトルは局所的に一意なので,これで証明完了であ

る.ここでは第 L財がニュメレール(価値基準財)であるとしたが,もちろんどれを選んでも

同じである.

25そのことは,Dz(p)から最終行と最終列とを取り去ったものがDz(p)になっているという関係と,0次同次性・ワルラス法則を使えば証明できる.

6.11. 正則均衡の性質 121

(2) 価格空間を次のように正規化する:P = p ∈ RL++ | ∥p∥ = 1とおく(0次同次性があるか

らこういう正規化をしてよい).これは (L− 1)次元の多様体である.

TpP を,P の pにおける接空間 (tangent space)とする.これは pのまわりで多様体 P を最

もよく近似する線形部分空間である(6.13.2節も参照のこと).

写像 φ : RL++ → Rを,φ(p) = (∥p∥2 − 1)/2と定義すると,P = φ−1(0)である(P の定義

∥p∥2 = 1より).

よって,任意の p ∈ P に対して,TpP = Ker∇φ(p). さらに φの定義から∇φ(p) = p⊤なの

で,Ker∇φ(p) = ⟨p⟩⊥である.ここで,ワルラス法則(任意の pについて p · z(p) = 0)は,z(p) ∈ ⟨p⟩⊥ = TpP に同値であ

る.このような,多様体 P 上の任意の点 pに対してその像 z(p)がその点 pにおける接空間 Tp

に入ってくれる写像 zを vector fieldという.つまり zは P 上の vector fieldである.

pの正則性は,この vector fieldの pにおける zの微分が全単射であることと同値である.よっ

て,多様体上の逆関数定理により,pは局所的に唯一の均衡である. ///

この結果を使って,均衡の有限性を示そう.

6.11.2 補題 総超過需要関数を z : RL++ → RLとし,選好%iの勾配はRL

++に属すると仮定す

る.これは強単調性を意味するが,このとき zは境界挙動条件(命題 6.5.2)を満たすとする.

このとき,z−1(0) ∩ P はコンパクト集合である.

補題 6.11.2の略証 P より有界性は明らかなので,閉じていることが問題となる.zは連続関数

なので,逆像は閉じていると言いたくなりそうだが,トリッキーなのは,z−1(0)はRL++の中

では閉じていて(RL++はRLからの相対位相を考える),z−1(0)∩P は P の中では閉じている

のだが,RL全体の中では閉じていない(P の端の部分が問題になる).

ポイントは,z−1(0)∩P がRL++の境界から正の距離をもって離れていることである.均衡価

格ベクトルの列があって P の端の部分に収束しているなら矛盾が生じるという背理法によって

示せる.(pn)nが z−1(0)上の点列であって pn → pならば p ∈ P を示せばよい. ///

この補題を使うと以下のことがわかる:

6.11.3 命題 もしある経済のすべての均衡が正則(このような経済を正則経済 regular economy

と呼ぶ)ならば,z−1(0) ∩ P は有限である.

命題 6.11.3の証明 局所的一意性から,z−1(0) ∩ P は離散であり,かつ上の補題 6.11.2からコ

ンパクトである.任意の離散かつコンパクトな集合は有限である. ///

すなわち,正則経済の均衡は高々有限個である.そして,正則経済ではすべての pが正則な

ので指数 (index)がとれるが,z−1(0) ∩ P が有限なのでそれらの和を考えることができる.前述の通り,vector field z : P → RLのヤコビ行列Dz : RL

++ → RLは ⟨p⟩⊥上の線形変換とみなすことができ,それを表現する行列は座標系(基底)のとり方に依存するが,行列式はそ

れに依存しないので,行列式の符号に (−1)L−1をかけたものを正則均衡 pの指数 (index)と呼

んだのであった26.すなわち,行列Dzは (L− 1)次行列とみなすとして,

index p = (−1)L−1 det(Dz(p))

26正則均衡ならば Dz は全単射なので行列式が 0ということはない.

122 第 6章 一般均衡理論

である.

ところで,総超過供給関数−zを考えると,そのヤコビ行列はD(−z)(p) = −Dz(p)であって,その行列式の値は,行列式の多重線形性より,

det(−Dz(p)) = (−1)L−1 det(Dz(p))

である.すなわち,pの指数とは,総超過供給−zの行列式の符号そのものである.

6.11.4 定理 (指数定理 (index theorem)) 正則経済では,∑p∈z−1(0)∩P

index p = 1.

6.11.5 注意 上記定理の証明はしないが,この含意は次のものである.

• 空なら和は 0なので,少なくとも 1つの均衡が存在することがわかる.

• 和の各項がすべて負なら和も負なので,和が正であることから少なくとも 1つの(正則)

均衡の指数は+1である.

• この和は (+1の均衡の個数)− (−1の均衡の個数)であるから,それが 1ということから,

+1の均衡が−1の均衡よりも 1つだけ多い.

• 均衡が一意なら,その指数は+1である.

• もし任意の均衡の指数が+1ならば,それは一意である(均衡価格 pが具体的に求まらな

くてもDz(p)がわかる場合がある.すると det(Dz(p))がわかるので,それが pに依存し

ないで+1だとすれば,均衡は一意とわかる.ここでは総超過需要の行列式の符号だけで

均衡の一意性がわかることになる).

6.11.2 指数のもう一つの定義

これまでは総超過需要関数 zをもとにして正則均衡の指数を考えてきた.ところで,存在証

明の節では,Ψ(s) = (p · (ωi − xi))i | ((xi)i, p) ∈ E(s)という対応を定義して,これに不動点定理(不等式定理)を適用したのであった.ここではこれに似た関数を定義して,それに対し

て指数を定義しよう.厚生分析 (welfare analysis)では,zよりも,このΨのようなもののほう

が,私的所有を変化させたときにどうなるかが見えていて便利なのである.

以下,任意の iの xiについてヘッセ行列∇2ui(xi)がRL全体で負値定符号であることを仮定

する.

価格均衡の集合E(s)を方程式体系で表して,それに対し陰関数定理を適用し,微分可能性を考

える.((xi)i, p) ∈ RLI++×RL

++が価格均衡であるとは,あるウェイトベクトルλ = (λ1, . . . , λI) ∈RI

++が存在して,次の方程式体系が成立することと同値である:

p− λ1∇u1(x1)⊤ = 0...

p− λI∇uI(xI)⊤ = 0

勾配ベクトル∇ui(xi)⊤と価格ベクトルが同じ向き,

ω −I∑

i=1

xi = 0 実行可能性.

6.11. 正則均衡の性質 123

今後は λを sの代わりに使うことになる.

この方程式体系を満たす ((xi)i, p)は λの連続可微分な関数であることを示したい.((xi)i, p)

はこの体系で λに陰に依存して書かれているが,これを陽に書き直したいので,陰関数定理を

用いる.

方程式体系の左辺は ((xi)i, p)の関数である.((xi)i, p)が λに関して陽に解けることを示すに

は,この関数の ((xi)i, p)に関するヤコビ行列が可逆であれば,陰関数定理が適用でき,したがっ

て ((xi)i, p)は λの連続可微分関数であると結論づけられる.未知数 ((xi)i, p) ∈ RLI++ ×RL

++の

次元も方程式体系の本数も LI + Lで一致しているので,これは見込みがある.

((xi)i, p)に関するヤコビ行列を求める.第 i消費者の 1階条件 p − λi∇ui(xi) = 0の xiに関

する偏微分は−λi∇2ui(xi)で,xj (j = i)に関する偏微分は外部性がないので O(零行列)で

ある.pに関する偏微分は IL(L次単位行列).資源制約式 ω −∑xi = 0の xi偏微分は −IL

で,p偏微分はO. 以上をまとめると,

x1 x2 ··· xI p

第 1 式 −λ1∇2u1(x1) O · · · O IL

第 2 式 O. . .

......

......

. . . O...

第 I 式 O · · · O −λI∇2uI(xI) IL

資源制約 −IL · · · · · · −IL O

と書ける.この各ブロックは L× L行列で,全体は (LI + L)× (LI + L)行列になっている.

これが可逆であるとは,すべての行ベクトルが 1次独立であることに等しい.そこでこの行

列に左から (v⊤1 , . . . , v⊤I , q

⊤)をかけて 0とおくと v1 = · · · = vI = q = 0が成り立つことを示せ

ばよい.xiに関する列は,

v⊤i (−λi∇2ui(xi)) + q⊤(−IL) = 0,

すなわち,

λiv⊤i ∇2ui(xi) + q⊤ = 0 (6.10)

である.また pに関する列は,

v⊤1 IL + · · ·+ v⊤I IL + q⊤O =

I∑i=1

v⊤i = 0. (6.11)

(6.10)に右側から viをかけると,

λiv⊤i ∇2ui(xi)vi + q⊤vi = 0

であり,これのすべての iに関する和をとると,(6.11)とあわせて,

I∑i=1

λiv⊤i ∇2ui(xi)vi + q⊤

(I∑

i=1

vi

)=

I∑i=1

λiv⊤i ∇2ui(xi)vi = 0

がわかる.ところで λi > 0であり,2次形式 v⊤i ∇2ui(xi)viは∇2ui(xi)が負値定符号より 0以

下である.したがって,すべての iについて

λiv⊤i ∇2ui(xi)vi = 0

であり,ふたたび∇2ui(xi)がRL全体で負値定符号であることよりこれは vi = 0でなければな

らない.最後に (6.10)に戻ると vi = 0から q = 0が従う.

124 第 6章 一般均衡理論

6.11.6 注意 ∇2ui(xi)が,勾配ベクトル∇ui(xi)を法線とする超平面 ⟨∇ui(xi)⟩⊥上で負値定符号であると仮定するだけでは不十分である.実際,その際価格均衡 ((xi)i, p)を λの関数として

解くことはできない.2人 2財のケースで,u(x, y) = x12 y

12 で表される共通の効用関数を考え

よ.log x+ log yはこれと同じ選好を表現するが,こちらでは大丈夫でも前者ではうまくいかな

い.すなわち,効用表現 uiの選び方に依存する.

したがって,この仮定のもとで,少なくとも局所的には,λに価格均衡 ((xi)i, p)(強凸性よ

り一意)を対応づける連続可微分写像が存在する.それを ((xi(λ))i, p(λ))と書くことにする.

そこで,

w(λ) =

(1

λip(λ) · (xi(λ)− ωi)

)i=1,...,I

(∈ RI)

と定義する.各要素は,正ならば持っている初期保有 ωiよりも多くを受け取っており,負なら

ば少ないことを意味する.1/λiをかけているのはこの写像を vector fieldにするためである.局

所的な話としてきたが,これは写像 w : RI++ → RI とみなせる.

λがワルラス均衡であることはw(λ) = 0と同値である.総超過需要関数を使って定義したと

きには z(p) = 0がそれであった.

この写像wについても,0次同次性w(tλ) = w(λ)と,ワルラス法則に類似したものλ·w(λ) = 0

が成り立つ.

0次同次性よりwの定義域を λ ∈ RI++ | ∥λ∥ = 1に制限したとき,任意の λに対して,その

像w(λ)はこの多様体の λにおける接空間 ⟨λ⟩⊥に属する(wが vector fieldであるということ).

λが w(λ) = 0を満たすならば,I 次正方行列であるヤコビ行列Dw(λ)は線形変換Dw(λ) :

⟨λ⟩⊥ → ⟨λ⟩⊥と考えることができる.この ⟨λ⟩⊥上の線形変換の行列式が 0でなければこの均衡

を正則といい,行列式の符号 sgn(detDw(λ))をこの正則均衡の指数と呼ぶ27.

6.11.3 2つの定義の関係

均衡を 1つ定めるということは,方程式体系p− λi∇ui(xi) = 0, ∀i,1

λip · (xi − ωi), ∀i,

ω −∑i

xi

(6.12)

を解くということである.超過需要 zによる前述のアプローチは,この 3式のうち上の 2式を

まず効用最大化によって解いてやり,それから第 3式を満たすものを求めるということに等し

い.一方で,いま述べている wのほうは,まず第 1式と第 3式を解いてから,第 2式を求めて

いるのである.

ひとつの均衡に対し,zによる指数と wによる指数を定義したが,この 2つは常に一致する

ということをこれから見る.実際の行列式の値は異なりうるが,符号としての指数は一致する

ということである.

パレート効率的配分の集合は,(I − 1)次元の多様体になる.これはたとえば 2人 100財でも

1次元であり(契約曲線),3人 2財でも 2次元である.効用可能性フロンティアのようなもの

を想像せよ.

27超過需要のときは sgn((−1)L−1 detDz(p))と定義し,(−1)L−1 がかかっていたところが違う.ただしこれは超

過供給 −z として sgn(det(D(−z)(p)))と見られるのであった.

6.11. 正則均衡の性質 125

以下では,すべての iと xiについて∇2ui(xi)は ⟨∇ui(xi)⟩⊥上で負値定符号であることを仮定する.

6.11.7 注意 先に w(λ)を定義したときには,RL 全体で負値定符号であることを仮定したが,

今回は超平面 ⟨∇ui(xi)⟩⊥上だけでよい.⟨∇ui(xi)⟩⊥上での負値定符号は無差別曲線の形状だけで決まる.一方,注意 6.11.6でも触れたように,全体での負値定符号性は効用関数のとり方に

依存する.

パレート効率的配分の集合の性質は無差別曲線(選好関係)だけで決まるはずだから,この

仮定だけで示せるのが望ましいのである.

さらに,この集合は,効用水準のベクトル (ui(xi))iでパラメータ付けできる(LI次元の配分

の集合を考えるときに,I 次元のベクトルで考えられるということ).

配分 x = (xi)iがパレート効率的であるということは,ある (λ, p) ∈ RI++×RL

++が存在して,

方程式体系

...

p− λi∇ui(xi)⊤ = 0...

L× I 本

ω −∑i

xi = 0 L本

1

2(∥p∥2 − 1) = 0 (∥p∥2 = 1, 正規化)

(⋆)

が満たされるということに等しい.そこで,この方程式体系 (⋆)の左辺を (x, λ, p)の写像と見る

とき,もしそのヤコビ行列の階数が LI +L+ 1ならば,陰関数定理により,これを満たすもの

の集合

M = (x, λ, p) | (x, λ, p)は (⋆)を満たす

は I − 1次元の多様体になる(方程式体系 (⋆)の式の本数はLI +L+1で,未知数はLI + I +L

個だから,自由度はその差 I − 1).

ヤコビ行列を求めると,

··· xi ··· ··· λi ··· p

.... . . O

. . . O...

第 i 式 −λi∇2ui(xi) −∇ui(xi)⊤ IL... O

. . . O. . .

...

資源制約 · · · −IL · · · · · · 0 · · · 0

正規化 · · · 0 · · · · · · 0 · · · p⊤

である.行ベクトルが1次独立であることを示そう.ヤコビ行列の左側から (· · · , v⊤i︸︷︷︸

∈RL

, · · · , q⊤︸︷︷︸∈RL

, α︸︷︷︸∈R

)

をかけて 0とおくと,vi = 0, q = 0, α = 0が成り立つことを示せば十分である.xiの列,λiの

列,pの列に関して結果は順に,

−λiv⊤i ∇2ui(xi)− q⊤ = 0, (6.13)

−v⊤i ∇ui(xi)⊤ = 0, (6.14)I∑

i=1

v⊤i + αp⊤ = 0 (6.15)

126 第 6章 一般均衡理論

である.

まず (6.14)と p = λi∇ui(xi)⊤より,vi · p = 0がわかる.これと (6.15)より,

I∑i=1

v⊤i p+ α · 1 = 0

から α = 0が従う.よって (6.15)より

I∑i=1

vi = 0. (6.16)

(6.13)の右側から viをかけて,i = 1, . . . , I にわたる合計をとると,

I∑i=1

(−λiv⊤i ∇2ui(xi)vi

)−

I∑i=1

(q⊤vi

)= 0

だが,(6.16)によって左辺第 2項は 0であるから,結局,

I∑i=1

(−λiv⊤i ∇2ui(xi)vi

)= 0

である.ここで λi > 0であり∇2ui(xi)は ⟨∇ui(xi)⟩⊥上負値定符号であった.そして (6.14)よ

り viは∇ui(xi)と直交であるから,結局,すべての iについて

−λiv⊤i ∇2ui(xi)vi = 0

であって,vi = 0が従う.最後に (6.13)に戻って q = 0である. ///

(x, λ, p) ∈ M は,xさえわかれば (λ, p)は特定できる.なぜならば,p − λi∇ui(xi)⊤ = 0だ

から ∥p∥ = 1ゆえ λi = 1/∥∇ui(xi)∥であり,また p = (1/∥∇u1(x1)∥)∇u1(x1)⊤である(これは第 1消費者でなくてもよい).

次に,効用フロンティアを特徴づけよう.(x, λ, p) ∈ M を 1つとってくると,パレート効率

的配分 x = (xi)iから効用水準のリスト (ui(xi))iが定まる.xを動かしたときの (ui(xi))iの軌

跡が効用フロンティアに一致する.この写像のヤコビ行列を使ってフロンティアを線形近似し

よう.

ヤコビ行列の定義域は,M の (x, λ, p)における接空間 T(x,λ,p)M に制限されている.先の方

程式体系 (⋆)の左辺を φ(x, λ, p)で表すと,

T(x,λ,p)M = KerDφ(x, λ, p)

である.

6.11.8 命題 (x, λ, p) ∈Mとする.(u1, . . . , uI) : RLI++ → RIの微分(ヤコビ行列)をT(x,λ,p)M

に制約したものの値域は ⟨λ⟩⊥に一致する.

命題 6.11.8の略証

6.11. 正則均衡の性質 127

...

vi...

µ

q

∈ T(x,λ,p)M とすると,φ(x, λ, p)

...

vi...

µ

q

=

...

0...

0

0

. これより

I∑i=1

λi∇ui(xi)vi = 0が示され

る.よって値域が ⟨λ⟩⊥の部分集合であることがわかる.逆の包含関係を示すには,⟨λ⟩⊥の任意の点が,適当な viを選ぶことで構成されるということ

を示さなければならない.それには制約されたヤコビ行列の階数が I − 1であって全単射である

ことを示せばよい(T(x,λ,p)M の次元は I − 1であった). ///

本小節の冒頭の式 (6.12)に掲げたように,ワルラス均衡 (x, λ, p) ∈ RLI++×RI

++×RL++とは,

効用最大化・予算制約式・実行可能性を表す方程式体系の解として特徴づけられる.そこで方

程式体系 (6.12)の左辺を順に

φ1i(x, λ, p) = p− λi∇ui(xi)⊤,

φ2i(x, λ, p) =1

λip · (xi − ωi),

φ3(x, λ, p) = ω −I∑

i=1

xi

と書こう.さらに

φ1(x, λ, p) = (φ1i(x, λ, p))i=1,...,I ∈ RLI ,

φ2(x, λ, p) = (φ2i(x, λ, p))i=1,...,I ∈ RI

とまとめて書き,これらを縦に並べて

φ(x, λ, p) =

φ1(x, λ, p)

φ2(x, λ, p)

φ3(x, λ, p)

と書く.すると (x, λ, p)がワルラス均衡であるとは φ(x, λ, p) = 0ということである.

この関数 φのヤコビ行列Dφ(x, λ, p)は,(LI + I +L)次正方行列で,まず直接微分を施すと

··· xi ··· ··· λi ··· p

.... . . O

. . . O...

φ1i −λi∇2ui(xi) −∇ui(xi)⊤ IL... O

. . . O. . .

......

. . . O. . . O

...

φ2i

1

λip⊤ − 1

λ2ip · (xi − ωi)

1

λi(xi − ωi)

... O. . . O

. . ....

φ3 · · · −IL · · · · · · 0 · · · O

である.そして均衡方程式体系にある “= 0”という条件を使うともう少し変形できて,

φ1i(x, λ, p) = 0より1

λip⊤ = ∇ui(xi),

φ2i(x, λ, p) = 0より − 1

λ2ip · (xi − ωi) = 0

128 第 6章 一般均衡理論

だから,結局,

··· xi ··· ··· λi ··· p

.... . . O

. . . O...

φ1i −λi∇2ui(xi) −∇ui(xi)⊤ IL... O

. . . O. . .

......

. . . O. . . O

...

φ2i ∇ui(xi) 01

λi(xi − ωi)

... O. . . O

. . ....

φ3 · · · −IL · · · · · · 0 · · · O

と書き直せる(右列中央ブロックの (1/λi)(xi − ωi)

⊤は一般に 0ではなく,0であるのはいわゆ

る non-trade equilibriumである.これが 0であればこのヤコビ行列全体は歪対称であった).

この各ブロックを A B C

−B⊤ O D

−C⊤ O O

と書き,さらにこの行列全体をEと名づけよう.各ブロックの性質は以下の通り:

• Aはヘッセ行列を対角線上に並べたものだから対称で,∇2ui(xi)が負値定符号より−λi∇2ui(xi)

は正値定符号,したがってA全体も正値定符号になる.

• Bはサイズ LI × I で,各列ベクトルは各成分が正より 1次独立だから,rankB = I.

• C はサイズ LI × Lで,I 行ごとに同一の単位行列 ILを並べた形だから rankC = L.

6.11.9 命題 rankE < LI + I + L, つまり detE = 0である.

命題 6.11.9の証明

E

0λp

=

000

が成立する.実際,

p− λi∇ui(xi)⊤ = 0より, A0 +Bλ+ Cp =(−λ∇ui(xi)⊤ + p

)i= 0,

1

λip · (xi − ωi) = 0より, −B⊤0 +Oλ+Dp =

(1

λi(xi − ωi)

⊤p

)i

= 0,

−C⊤0 +Oλ+Op = 0

である.0 =

0λp

∈ KerEなので,少なくとも 1つ次元が落ちていることがわかる. ///

6.11.10 注意 実は (0, λ⊤, p⊤)E = (0, 0, 0)にもなる.結局,Eは,普通にはRLI+I+L上の線形

変換であるところ,

0λp

の方向は無視できて,⟨0λp

⟩⊥

上で定義された線形変換とみなせる.

6.11. 正則均衡の性質 129

いよいよ本題に戻って,zの定義によるD(−z)(p)と,wの定義によるDw(λ)とから定まる

指数が一致することを見るために,D(−z)(p)とDw(λ)をA,B,C,Dを使って表そう.陰関数

定理による.

すでに見たように,zによる定義では,最初に pを固定して個々人のレベルで効用最大化と予

算制約式から z(p)を導出し,それから pを動かすことで実行可能性をあわせて解く.すなわち,

まず φ1(x, λ, p) = 0,

φ2(x, λ, p) = 0

を解く (x, λ)を任意の p ∈ RL++に対して求めた上で,それをいま仮に f(p) = (fx(p), fλ(p))と

書くことにすると(添字は偏微分でなく x成分,λ成分という意味),これを φ3に代入した

φ3(f(p), p) = 0

を pに関して解くことで,最終的に方程式体系全体 φ(x, λ, p) = 0を解くことになるという段取

りであった.

また,wによる定義では,最初に予算制約を満たしているとは限らない効用最大化と実行可

能性の条件からw(λ)を導出し,それから λを動かすことで予算制約式をあわせて解く.すなわ

ち,λ ∈ RI++を勝手に固定してやって

φ1(x, λ, p) = 0,

φ3(x, λ, p) = 0

を解く (x, p)を g(λ) = (gx(λ), gp(λ))と書くと,これを φ2に代入した

φ2(gx(λ), λ, gp(λ)) = 0

を λに関して解けば,当初の φ(x, λ, p) = 0を解くことになる.

f(p)の微分Df(p)は,陰関数定理により,

Df(p) = −

(D(x,λ)

[φ1

φ2

](f(p), p)

)−1

Dp

[φ1

φ2

](f(p), p)

である.よって,連鎖律より,全微分は

d

dpφ3(f(p), p) = D(x,λ)φ3(f(p), p)Df(p) +Dpφ3(f(p), p)

= −D(x,λ)φ3(f(p), p)

(D(x,λ)

[φ1

φ2

](f(p), p)

)−1

Dp

[φ1

φ2

](f(p), p) +Dpφ3(f(p), p)

= −[−C⊤ O

] [ A B

−B⊤ O

]−1 [C

D

]

=[C⊤ O

] [ A B

−B⊤ O

]−1 [C

D

]

とわかる.これがD(−z)(p)である.なお,逆行列

[A B

−B⊤ O

]−1

が実際に存在することは,ブ

ロック行列Aが正値定符号,Bの階数が rankB = I であることから従う.

130 第 6章 一般均衡理論

一方,g(λ)の微分Dg(λ)は,陰関数定理により,

Dg(λ) = −

(D(x,p)

[φ1

φ3

](gx(λ), λ, gp(λ))

)−1

[φ1

φ3

](gx(λ), λ, gp(λ))

で,その全微分は,

Dw(λ) =d

dλφ2(gx(λ), λ, gp(λ)) (以下引数 (gx(λ), λ, gp(λ))は省略する)

= −D(x,p)φ2(·)

(D(x,p)

[φ1

φ3

](·)

)−1

[φ1

φ3

](·) +Dλφ2(·)

= −[−B⊤ D

] [ A C

−C⊤ O

]−1 [B

O

]+O

=[B⊤ −D

] [ A C

−C⊤ O

]−1 [B

O

]

である.逆行列

[A C

−C⊤ O

]−1

が存在することは,同じくAが正値定符号,Cが rankC = Lで

あることによる.

6.11.11 命題 一般の行列A (N ×N , 可逆), E (N ×K), F (K ×N), G (K ×K)について,[A E

F G

]=

[IN O

FA−1 IK

][A O

O G− FA−1E

][IN A−1E

O IK

].

よって特に,

det

[A E

F G

]= detA× det(G− FA−1E)

である.したがって

[A E

F G

]が可逆ならばG− FA−1Eも可逆で,その逆も成立する.

この命題により,これまでのブロック行列 Aについて,

[A B

−B⊤ O

]は可逆である.なぜな

らば,

det

[A B

−B⊤ O

]= detA× det(B⊤A−1B)

であって,Aが正定値より detA > 0であるのと,Bの各列は 1次独立で,正定値である A−1

をそれにかけているから,det(B⊤A−1B) > 0.

同様にして,det

[A C

−C⊤ O

]> 0である.

6.11.12 補題 S =

[S11 S12

S21 S22

]∈ RN×N(ただし S11 ∈ R(N−1)×(N−1),v =

[v

vN

]∈ RN

(v ∈ RN−1, vN = 0);Sv = 0とする.さらに,

S =[IN – 1 0

]((N−1)×N)

S

(N×N)

[IN – 1

– 1vNv⊤

](N×(N−1))

∈ R(N−1)×(N−1)

6.11. 正則均衡の性質 131

と定義する.このとき,sgn(det S) = sgn(detS11)が成り立つ.

補題 6.11.12の略証

S = S11

(IN−1 +

1

v2Nvv⊤

)を示せば証明完了である.なぜならば,このとき

det S = detS11 × det

(IN−1 +

1

v2Nvv⊤

)であるが,IN−1は正定値,(1/v2N )vv⊤は半正定値なので,その和は正定値で,その行列式は正

なので,符号が一致する. ///

6.11.13 注意 この補題の解釈を考えよう.N 項ベクトル v (vN = 0)が与えられたとき,直

交補空間 ⟨v⟩⊥上のベクトルは,直交性によって最初の (N − 1)成分だけで決まる.実際,t =

(t1, . . . , tN−1, tN )⊤ ∈ ⟨v⟩⊥は,v · t = 0すなわち∑viti = 0によって,tN = (−1/vN )v · tであ

る (t := (t1, . . . , tN−1)⊤).

それゆえ,補題の Sの表式のうち,最初に作用する右端のN × (N − 1)行列

[IN−1

−− 1vNv⊤

]は, t1

...

tN−1

を超平面 ⟨v⟩⊥上に写す変換である.それから S によって変換し,最後に第N 項を落

とすという操作を行っている.

D(−z)(p) =[C⊤ O

] [ A B

−B⊤ O

]−1 [C

D

]の最後の 1行 1列を切り落とすとは,

[C⊤ O

]の

下端の 1行と,

[C

D

]の右端の 1列を切ることに等しい.そこで次の記法を導入しよう:

C(LI×L)

=[

C(LI×(L−1))

∣∣ *(LI×1)

], D

(I×L)=[

D(I×(L−1))

∣∣ *(I×1)

].

こうすれば,所望のD(−z)(p)の左上 (L− 1)× (L− 1)小行列は,

[C⊤ O

] [ A B

−B⊤ O

]−1 [C

D

]

である.

同様に,

B(LI×I)

=[

B(LI×(I−1))

∣∣ *(LI×1)

], D

(I×L)=

[D

]((I − 1)× L)

(1× L)

と書くと,Dw(λ)の左上 (I − 1)× (I − 1)行列は,

[B⊤ −D

] [ A C

−C⊤ O

]−1 [B

O

]

である.

132 第 6章 一般均衡理論

よって以下の等式を示せば十分である:

sgn

det

[C⊤ O] [ A B

−B⊤ O

]−1 [C

D

] = sgn

det

[B⊤ −D] [ A C

−C⊤ O

]−1 [B

O

] .

(6.17)

そこで,

E =

A B C

−B⊤ O D

−C⊤ O O

からそれぞれ 1行 1列を抜いて次のように定義しよう:

E =

A B C

−B⊤ O D

−C⊤ O O

, E =

A B C

−B⊤ O D

−C⊤ O O

.前者は E の最下行と最右列を除いたもの,後者は E のうち中央の行ブロックの最下行と中央

の列ブロックの最右列(あるいは,全体の第 (LI + I)番目の行と列)を除いて得られたもので

ある.

先の命題 6.11.11により,

det E = det

[A B

−B⊤ O

]︸ ︷︷ ︸

>0

det

[C⊤ O] [ A B

−B⊤ O

]−1 [C

D

]だから,この符号は (6.17)の左辺に一致する.同様にして,det Eの符号は (6.17)の右辺に一

致する.したがって,sgn(det E) = sgn(det E)を示せば十分である.

もし正則均衡でないケース,すなわち rankE ≤ LI +L+ I − 2ならば,rank E, rank Eもこ

れ以下であり,E, Eの次数はLI +L+ I − 1なのだから,det E = det E = 0で符号は一致する.

そこで,rankE = LI + L+ I − 1と仮定しよう.以下の補題を使う.

6.11.14 補題 S ∈ RN×N , rankS = N − 1; v, w ∈ RN ; Sv = 0, v⊤S = 0, v · w = 0とする.

このとき,

rank

[S w

w⊤ 0

]= N + 1.

すなわち,カーネルに属さない wで縁取りしてやると,次元が一気に 2つ上がる.

この補題をどう使うかというと,S = E, v =

0λp

とする.Sv = 0, v⊤S = 0を満たしてい

るということは既に見た(命題 6.11.9, 注意 6.11.10).wとしては EとEのため 2つとる必要

がある.

6.11.15 系 S, vは補題 6.11.14のとおりで,w1, w2 ∈ RN は次の条件を満たすとする:任意の

t ∈ [0, 1]に対し,

v · (tw1 + (1− t)w2) = 0.

このとき,

sgn

(det

[S w1

w⊤1 0

])= sgn

(det

[S w2

w⊤2 0

]).

6.12. 正則均衡の一般的分析 133

系 6.11.15の証明 任意の t ∈ [0, 1]に対し,補題 6.11.14により行列[S tw1 + (1− t)w2

(tw1 + (1− t)w2)⊤ 0

]

の rankはN + 1だから,その行列式は 0でない.その行列式は tの連続関数と見られるから,

0でないならば常に正であるか常に負であるかである. ///

w1, w2 ∈ RLI+I+Lとして,w1は第 (LI + I +L)項のみ 1の単位ベクトル,w2は第 (LI + I)

項のみ 1の単位ベクトルをとる.すると

det

[S w1

w⊤1 0

]= −det E, det

[S w2

w⊤2 0

]= − det E

である.そのことは直接に余因子展開すればわかる.まず最右列

[wk

0

]について,それから最

下行 w⊤k によって余因子展開すればよい (k = 1, 2).

そして上の系 6.11.15とあわせると,結局,

sgn(det E) = sgn(det E)

が結論される.これで 2通りの指数が一致することが示された.

最後に transfer paradoxについて一言しておこう.index p = −1という状況は何かというと,

これは需要法則 (law of demand)の逆で,価格が上がると需要が上がるという状況である.指

数定理によれば,たとえば 3個の正則均衡があるときには 1つは (1つだけが)そういう均衡で

あることがわかる.さらに,ここまでに見てきた 2通りの指数の一致ということから,これは

indexλ = −1に等しい.

例として I = 2人とする.λ1が上昇すると w1は低下する.λ∗ = (λ∗1, λ

∗2)をワルラス均衡と

しよう.λ = (λ1, λ2)が λ1 > λ∗1, λ2 < λ∗2のとき,p(λ) · (x1(λ)− ω1) < 0が成り立ってしまっ

ている.

そこでこれを,ω′1 ≪ ω1のようなωの移転で均衡にすることを考える.そのとき新しい (ω′

1, ω′2)

からの均衡が u1(x1(λ∗)) > u1(x1(λ))となってしまう,すなわちすべての初期保有を減らした

にもかかわらず均衡での効用が上がるというのが transfer paradoxである.Balasko (2013)に

よれば,均衡において transfer paradoxが生じる必要十分条件が indexλ = −1である.

6.12 正則均衡の一般的分析

6.12.1 一般的分析

S を正の整数とし,QをRS の開部分集合とする.この小節では,q ∈ Qでパラメータ付け

された純粋交換経済を論じよう.この経済における超過需要関数を z(·, q) : RL++ → RLと書く

ことにして,パラメータ付けされた超過需要関数 (parameterized excess demand function)を

z : RL++ ×Q→ RLと定義しよう.つまり,超過需要関数 zの定義域をパラメータ空間Qを含

むように拡張したのである.

134 第 6章 一般均衡理論

6.12.1 例 すべての消費者の選好関係%i (i = 1, . . . , I)と第 1消費者を除くすべての消費者の

初期保有量 ωi (i = 2, . . . , I)が与えられているとする.このとき,この(純粋交換)経済は,第

1消費者の初期保有量 ω1 ∈ RL++によってパラメータ付けされていることになる.つまり,パ

ラメータ空間QはRL++に等しい.

6.12.2 例 第 1消費者を除くすべての消費者の選好関係%i (i = 2, . . . , I)とすべての消費者の

初期保有量 ωi (i = 1, . . . , I)が与えられているとする.今,第 1消費者の選好関係%1がコブダ

グラス型効用関数 u1(x1) = xa11x1−a21 (ただし,x1 = (x11, x21),a ∈ (0, 1)とする)で表現され

ているとする.このとき,パラメータ空間Qは開区間 (0, 1)に等しい.

6.12.3 定義 パラメータ空間 Qによるパラメータ付けが正則 (regular)であるとは,次の条件

が満たされるときをいう.パラメータ付けされた超過需要関数が連続微分可能であり,さらに

任意の (p, q) ∈ RL++ ×Qに関して,pがパラメータ qの下でワルラス均衡価格ベクトルである

ときに rankDz(p, q) = L− 1が成り立つ.

Dz(p, q) = [Dpz(p, q) Dqz(p, q)]だから,パラメータ空間 Qによるパラメータ付けの正則性

は任意のパラメータ q ∈ Qに関する純粋交換経済の正則性よりも弱い条件である.例 6.12.1と

例 6.12.2はともに正則なパラメータ付けであることが示すことができる.ぜひ確認してみてほ

しい.

練習問題 6.12.1 2財よりなる純粋交換経済のパラメータ付けられた経済の超過需要関数を考

えよう.パラメータの集合は単位区間 (0, 1)であり,q ∈ (0, 1)は,第 1消費者のコブ・ダグラ

ス効用関数

u1(x1) = (x11)1−q(x21)

q

を定めるものとする.ただしここで,x1 = (x11, x21) ∈ R2

+である(第 1消費者の初期保有量と

他の消費者の効用関数と初期保有量は,いずれも qに依存しない).このパラメータ付けが正則

であることを証明せよ.

任意のパラメータ空間Qに対して,Qのほとんどすべての純粋交換経済についてある性質が

成り立つとは,Qの開部分集合であってQ \Q′の測度がゼロであるようなQ′が存在して,そ

の性質がQ′上の任意の純粋交換経済に関して成り立つことをいう28.

次の定理は,パラメータ付けに関する正則性と経済に関する正則性の関係について述べた定

理である.

6.12.4 定理 パラメータ空間Qによるパラメータ付けが正則ならば,Qのほとんどすべての経

済もまた正則である.

6.12.2 比較静学分析

パラメータ空間Qとパラメータ付けされた超過需要関数 z : RL++ ×Q→ RLが与えられてい

るとする.任意の (p, q) ∈ RL−1++ ×Qに対して,z : RL−1

++ ×Q→ RL−1を

z (p, q) = (z1 ((p, 1) , q) , . . . , zL−1 ((p, 1) , q))

28「ほとんどすべて」は測度論の概念である.これらについては解説しないが,きわめて直観的に述べれば「Qのほとんどすべての経済である性質が成り立つ」とは Qからランダムにパラメータ q を選んだときに生成される経済では「普通」その性質が成り立つと考えて問題ない,という意味である.

6.13. Sonnenschein–Mantel–Debreuの定理 135

と定義する.パラメータq∗の下で,(p∗, 1)がワルラス均衡価格ベクトルならば,rankDpz (p∗, q∗) =

L−1が成立する.したがって,陰関数定理より,あるRL−1++ の開部分集合 V とQの開部分集合

Q′と連続微分写像 p : V → Q′が存在して,(p∗, q∗) ∈ V ×Q′が成立し,任意の (p, q) ∈ V ×Q′

に対して (p, 1)が qの正則ワルラス均衡価格ベクトルであるとき,かつそのときに限り,p(q) = p

が成り立つ.陰関数定理より,さらに

Dp(q∗) = −Dpz (p∗, q∗)−1Dq z (p

∗, q∗)

が成立する.

6.13 Sonnenschein–Mantel–Debreuの定理

この節の内容はMWGの第 17章第 E節に相当する.

Sonnenschein–Mantel–Debreuの定理(以下,SMD定理)は,純粋交換経済において,財の

種類以上に消費者がいる (I ≥ L)ならば,RL++のコンパクト部分集合において,命題 6.5.2の

連続性,0次同次性,ワルラス法則以外に,消費者の選好最大化行動の結果として得られる超過

需要関数の性質は存在しないことを保証する定理である.

6.13.1 SMD定理とは

この定理ははじめ Sonnenschein (1972)が問題を提起し,Mantel (1974), Debreu (1974)がそ

の証明を拡張するという方向で議論が進んだ.定理の主張は次である.

6.13.1 定理 関数 z : RL++ → RLが連続性,0次同次性,ワルラス法則を満たすとする29.I ≥ L

ならば,I 人の消費者と L種類の財から構成されるある経済が存在して,その経済の超過需要

関数が任意のコンパクト集合 C ⊂ RL++上で zに一致する.

この定理を標語的に解釈すると,補題の条件を満たすどんな関数をとってきても,それはある

経済の超過需要関数になるということである.もともとは超過需要関数の性質を深く知りたい

という動機から特徴づけに関する研究が始まったため,この観点に立つとこの定理は極めて否

定的である.どんな ad hocな仮定をおいても,それを正当化する経済を構成できるからである.

注意すべきは,ある経済の基礎に関して,ある特定の性質を見たい場合はこの定理は何も言っ

ていないということである.たとえば,この定理が最近のマクロ経済学等を批判するものでは

ない.最近の議論では経済の選好関係が生産技術を特定化し,そこで記述される経済を解析す

ることを目標とするため,経済一般について成立している必要はないのである.

本題の証明に入るまえに,この定理でなぜ消費者の数が問題になるのかを見ておこう.ここ

では,もし I < Lなら,(SMD定理に反して)超過需要関数が連続性,0次同次性,ワルラス法

則以外の性質を持つことを見る.需要関数 xiが連続微分可能であると仮定すると,

Dzi(p) = Si(p, p · ωi)−Dwxi(p, p · ωi)zi(p, p · ωi)⊤ ∈ RL×L

を得る.ただし,Si(p, p · ωi) ∈ RL×L はスルツキー代替行列であり,zi は消費者 iの超過需

要関数である (この記法は命題 6.5.2の記法とは少し異なることに注意されたい).したがって,

Dzi(p)は線型部分空間 v ∈ RL | p · v = zi(p, p · ωi) · v = 0

.

29もし,関数の定義域をはじめからコンパクト集合に制限すれば,下への有界性と境界挙動条件は自明に成り立

つ.このノートではこの場合について証明する.

136 第 6章 一般均衡理論

の上で負値半定符号である.なぜなら,スルツキー代替行列は負値半定符号であり,さらに v

がこの線型部分空間に属するなら,−Dwxi(p, p ·ωi)zi(p, p ·ωi)⊤v = 0だからである.これより,

Dz(p) =∑I

i=1Dzi(p)は線型部分空間

I∩i=1

v ∈ RL | p · v = zi(p, p · ωi) · v = 0

=

v ∈ RL | p · v = z1(p, p · ωi) · v = · · · = zI(p, p · ωi) · v = 0

.

の上で負値半定符号である.もし pが均衡価格ベクトルなら,この線型部分空間の次元はL− I

以下になる30.したがってもし財の種類よりも消費者の数が少なければ,Dz(p)が負値半定符

号になるような価格ベクトルが存在する.

この例からわかるように,たしかに I < Lなら超過需要関数 z(p)は命題 6.5.2の 5性質以外

の性質を持たない.しかし,I ≥ Lなら命題 6.5.2の 5性質以外の性質は一般には成り立たない

ことがわかっている.これが SMD定理である.

これから本題の証明に向かうが,準備のために小節を 2つ用意する.

6.13.2 直交射影

p ∈ RLに対し,それと直交するベクトル全体の空間,

Tp = v ∈ RL : (p, v) = 0

を考える.これはRLの部分空間になる.RLを Tpとその直交補空間 (Tp)⊥とに直和分解した

とき,任意のベクトル x ∈ RLは Tpの元と直交補空間 (Tp)⊥の元との和に一意的に分解できる.

このTpへの直交射影をΠTpで表す.実際にこれを求めてみよう.yのTpへの直交射影ΠTp(y) ∈Tpは,適当な t ∈ Rによって,

ΠTp(y) = y + tp

と書けるはずだが,これが pと直交する,すなわち pとの内積が 0であるという条件を用いると,

ΠTp(y) = y − p · y∥p∥2

p

と表示できる.

e1, . . . , eLをRLの標準基底とする.Tpへの直交射影ΠTp(eℓ)は,

ΠTp(eℓ) = eℓ −p · eℓ∥p∥2

p = eℓ −pℓ

∥p∥2p

を満たす.ただし pℓは pの第 ℓ座標である.

6.13.2 命題 このΠTp(eℓ)は次の最大化問題の解の超過需要関数になっている.

maxx∈RL

−∥x− eℓ∥2

subject to p · x ≤ 0.

30L次元ユークリッド空間のなかで,(I + 1)本の制約がかかっている.このうち z1 · v = 0から zI · v = 0までの I 本のうちの 1本はワルラス法則によって従属するから,独立の方程式は全部で I 本である.

6.13. Sonnenschein–Mantel–Debreuの定理 137

6.13.3 顕示選好の強公理とRichterの定理

SMD定理は顕示選好の強公理を用いることで非常に直感的に証明することが可能である.こ

こで顕示選好の強公理の定義と簡単な性質を挙げ,証明の中心を担う Richterの定理を証明す

る.以後 z : RL++ → RLは p · z(p) ≤ 0を満たす任意の関数とする.

6.13.3 定義 pi · z(pi+1) ≤ 0, i = 1, 2, . . . , N − 1,かつ,pN · z(p1) ≤ 0ならば z(p1) = z(pN )

が成立するとき zが顕示選好の強公理を満たすという.ここでN は任意の自然数である.

強公理が要請しているのは,前の価格のもとで購入可能であるというサイクルが循環してい

ないということである.もしこの関数 zが効用最大化から導出されていれば,選好の推移性よ

り強公理を満たす.つまり,ΠTp(eℓ)は強公理を満たす.逆に強公理を満たす任意の関数はある

効用最大化問題の解として支持されるか,という問題への解答がRichterの定理である.

6.13.4 定理 (Richter (1966)) 関数 zが強公理を満たすとする.このとき効用最大化の解が

zになるような選好と総保有量が存在する.

この定理により SMD定理を部分的にではあるが,簡単に解くことが可能である.SMD定理

では適当な関数 zに対して経済を構成しなくてはならないが,この定理により,うまく強公理

を満たすように経済を作れば十分であるとわかる.

強公理を用いた手法は大変有効であるが,強公理であることを直接示すことが難しい場合が

ある.そのため強公理に類似した概念を導入する.

6.13.5 定義 zが比例的に一対一であるとは,z(p) = z(q)ならば,ある αが存在して,p = αq

が成立することを言う.

この定義から直ちに導かれる補題を導入する.

6.13.6 補題 zが比例的に一対一で,0次同次であるとする.このとき強公理は次と同値である.

pi ·z(pi+1) ≤ 0, i = 1, 2, . . . , N−1,かつ,pN ·z(p1) ≤ 0ならば,あるαが存在して,p1 = αpN

である.

補題6.13.6の証明強公理が満たされているとする.このとき,pi ·z(pi+1) ≤ 0, i = 1, 2, . . . , N−1, かつ,pN · z(p1) ≤ 0ならば,z(p1) = z(pN )である.比例的に一対一なので,αが存在して,

p1 = αpN が成立する.ゆえに示された.

逆に補題の同値条件が満たされているとする.つまり,pi ·z(pi+1) ≤ 0, i = 1, 2, . . . , N−1, か

つ,pN ·z(p1) ≤ 0ならば,あるαが存在して,p1 = αpNである.ゆえにz(p1) = z(αpN ) = z(pN )

である.2つ目の等式は zが 0次同次であることから従う. ///

6.13.7 補題 a : RL++ → R++とする.zが 0次同次であり,補題 6.13.6の条件を満たし,aが

0次同次であるならば,a(p)z(p)は補題 6.13.6の条件を満たし,0次同次である31.

補題 6.13.7の証明 0次同次性は明らかである.pi · a(pi+1)z(pi+1) ≤ 0, i = 1, 2, . . . , N − 1, か

つ,pN · a(p1)z(p1) ≤ 0と仮定する.a(p) > 0より,pi · z(pi+1) ≤ 0, i = 1, 2, . . . , N − 1, かつ,

pN · z(p1) ≤ 0である.ゆえに,ある αが存在して,p1 = αpN である. ///

31強公理を満たすかどうかはわからないことに注意せよ.

138 第 6章 一般均衡理論

練習問題 6.13.1 関数 z : RL++ → RLは顕示選好の強公理を満たすとする(つまり,RL

++内の

任意の有限点列 p1, p2, . . . , pN に対し,もし p1 · z(p2) ≤ 0, p2 · z(p3) ≤ 0, . . . , pN−1 · z(pN ) ≤ 0

かつ pN · z(p1) ≤ 0ならば,z(p1) = z(pN )が成立するとする).関数 a : RL++ → R++は,任

意の p1 ∈ RL++と p2 ∈ RL

++に対し,z(p1) = z(p2)ならば a(p1) = a(p2)を満たすとする.

1. zと aはいずれも 0次同次であることを証明せよ.

2. 関数 az : RL++ → RLを,任意の p ∈ RL

++に対し,az(p) = a(p)z(p)とおくことで定義

すると,azは顕示選好の強公理を満たすことを証明せよ.

練習問題 6.13.2 z : RL++ → RLを超過需要関数とする.

1. もし zが顕示選好の弱公理を満たす(つまり,任意の p ∈ RL++と q ∈ RL

++に対し,もし

p · z(q) ≤ 0かつ q · z(p) ≤ 0ならば,z(p) = z(q)が成立する)ならば,任意の p ∈ RL++

と q ∈ RL++に対し,もし z(p) = 0かつ z(q) = 0ならば,p · z(q) > 0が成立することを

証明せよ.

2. 任意の p ∈ RL++と q ∈ RL

++に対し,もし z(p) = 0かつ z(q) = 0ならば,p · z(q) > 0が

成立すると仮定する.このとき,均衡は高々ひとつ存在することを証明せよ.

6.13.4 SMD定理の証明

数学的な議論の難しさを排除するため,ここでは少し定理の条件を変え再掲する.

6.13.8 定理 (Debreu (1974)) 集合 C をRL++ のコンパクト部分集合とする.このときもし

関数 z : RL++ → RLが連続性,0次同次性,ワルラス法則を満たすならば,I ≥ Lなる I 人の

消費者と L種類の財から構成されるある経済が存在して,その経済の超過需要関数が C 上で z

に一致する.

定理 6.13.8の証明 前章までの内容に沿うようにするため,技術的な問題であるが,mを次の

ように決める.

m = −minp∈C

min1≤ℓ≤L

zℓ(p)

pℓ/∥p∥+ 1

この最小値は zの連続性より従う.すると,任意の p ∈ C に対して次が成立する.

z(p) +m

∥p∥p > 0

これを次のように表すことで関数 alを定めよう.これにより決まる関数を aℓ(p)とおく.す

ると次のように表示できる.

z(p) +m

∥p∥p =

L∑ℓ=1

aℓ(p)eℓ =

a1(p)

a2(p)...

aL(p)

.

6.13. Sonnenschein–Mantel–Debreuの定理 139

左辺が正で,連続,0次同次より,alは正で,連続,0次同次である.ここで両辺の射影をと

る.命題 6.13.2と,zがワルラス法則を満たすことから,ΠTp(z(p)) = z(p),ΠTp((m/∥p∥)p) = 0.

線形性より,射影をとると次の形になる.

z(p) =

L∑ℓ=1

aℓ(p)zℓ(p).

ここで aℓ(p)zℓ(p)は補題 6.13.7より,補題 6.13.6の条件を満たす.もし aℓ(p)zℓ(p)が比例的

に一対一であるならば,強公理を満たしているとわかるが,これは正しい32.Richterの定理よ

り,超過需要関数が aℓ(p)zℓ(p)となる選好が存在する. ///

32この証明は多少面倒な代数的な計算で確かめることができる.各自確かめられたい.

141

関連図書

[1] Balasko, Yves (2013). “The Transfer Problem: A complete characterization,” Theoretical

Economics.

[2] Brown, Donald J. and Jan Werner (1995). “Arbitrage and Existence of Equilibrium in

Infinite Asset Markets,” The Review of Economic Studies 62(1): 101–114.

[3] Debreu, Gerard (1959). Theory of Value, John Wiley, and Sons.

[4] Debreu, Gerard (1974). “Excess demand functions”, Journal of Mathematical Economics

1: 15–21.

[5] Hart, Oliver (1974). “On the Existence of Equilibrium in a Securities Model,” Journal of

Economic Theory 9: 293–311.

[6] Kreps, David M. (2012). Microeconomic Foundations I: Choice and Competitive Markets,

Princeton University Press.

[7] Mantel, Rolf (1974). “On the characterization of aggregate excess demand”, Journal of

Economic Theory 7: 348–353.

[8] Mas-Colell, Andreu, Michael D. Whinston, and Jerry R. Green (1995). Microeconomic

Theory, Oxford University Press.

[9] Sonnenschein, Hugo (1972). “Market Excess Demand Functions”, Econometrica 40: 549–

563.

143

第7章 非協力ゲームの理論

この章の内容は,展開形ゲームに関する節を除いて,MWGの第 7章A節および第 8章A節

に相当する.

7.1 イントロダクション

前章の一般均衡理論と比較して,ゲーム理論の分析手法の特徴は以下のようなものである.

1. 行動や戦略(の変更)が他のプレーヤーの利得や効用にどのような影響を与えるかが明示

されている.他人の行動が自分の利得に関係する.

2. 各プレーヤーの行動の順序や観察可能性が明記されている.これはとくに非協力ゲーム理

論の特徴であり,協力ゲーム理論は詳しく描写しない.一般均衡理論でも取引の順番など

は問題としなかった.

3. 各プレーヤーが他のプレーヤーの戦略(行動)に関していかなる予想をもつかを詳しく分

析する.

7.1.1 例 (複占) プレーヤーは企業 i = 1, 2の 2社とし,それぞれの費用関数を Ciとする.市

場の需要関数をDとする.各企業は生産量 qi (≥ 0)を選ぶ.これがここでの行動である.この

とき,「均衡」においてはどのような q1と q2が選ばれるだろうか.

各企業が生産量を q1と q2にしたとき,市場価格は逆需要関数D−1(q1+ q2)で与えられる.そ

こで企業 iの利潤はD−1(q1 + q2)qi −Ci(qi)である.企業 1の利潤が企業 2の行動(生産量)に

依存し,逆も同様である.この点が上述の第 1点にあたる.

(a) q1と q2が同時に選ばれる場合を想定しよう(クールノー競争).こうしたことが上述の第

2点にあたっている.

企業 1を考える.自社の利潤を最大にするように行動を選ぶのだから,最大化問題,

maxq1

D−1(q1 + qe2)q1 − C1(q1)

の解がとるべき行動である.この式に登場している qe2は,実際に企業 2が選んでいるものでは

なく,企業 1が予想している企業 2の生産量である.

議論を簡単にするため,上の最大化問題の解が一意に存在すると仮定しよう.その解を,

q1 = R1(qe2)

と書くことにする(Rは最適反応 best responseを表す).企業 2も同様に,q2 = R2(qe1)である.

「均衡」においては,両企業とも相手の予想に対しては最適に合理的に行動する,

q1 = R1(qe2), q2 = R2(q

e1)

144 第 7章 非協力ゲームの理論

ということと,その予想は正しい,

q1 = qe1, q2 = qe2

ということを満たすこととする.これはまとめると,

q1 = R1(q2), q2 = R2(q1)

となるが,こう書いたとき裏には合理的期待の仮定があることを忘れてはならない.それをど

う正当化するかが問題となる.

(b) まず q1が選ばれ,企業 2はこれを観察したうえで次に q2が選ばれる場合を考えよう(シュ

タッケルベルク競争).

企業 2は q1を観察しているので,とるべき行動は q2 = R2(q1)である.企業 1はそれを予想

して利潤の最大化を行うので,この場合の最大化問題は,

maxq1

D−1(q1 +R2(q1))q1 − C1(q1)

である.この解になる q1に対して一般には q1 = R1(R2(q1))は成立しない.企業 1が q1を選ぶ

とき,その変更が(企業 2による)q2の選択に影響を及ぼすことを知っているからである.

今の最大化問題ではR2と書いたが,実はここにも期待の要素がある.というのも,企業 2が

R2を使って (合理的に)行動してくるというのは企業 1による予想だから,これは実際には企

業 2の最適反応関数R2そのものではなくて,予想の上のRe2になるはずである.上の定式化で

は,相手の企業 2が本当に合理的に反応してくることを知った上で企業 1は生産量を判断して

いることになるのである.相手が合理的であることを知っているというこの前提については後

述する.

7.2 正規形ゲーム

正規形ゲーム (normal form game, a game in normal form)は,次の 3要素,

1. プレーヤー (主体)の集合 1, 2, . . . , I. これは有限とする.

2. 各プレーヤー iに対し,戦略 (行動)の集合 Si.

3. 各プレーヤー iに対し,利得関数 ui : S1 × S2 × · · · × SI → R.

で定められるものであり,まとめて,

ΓN = (1, . . . , I, (Si)i=1,...,I , (ui)i=1,...,I)

と書く.uiは効用水準と思ってよい.金額とは限らない.また,他のプレーヤーのとる行動に

依存している.今後,戦略集合の直積について,

S = S1 × · · · × SI ,

S−i = S1 × · · ·Si−1 × Si+1 × · · · × SI

という表記をよく行う.またそれらに属する要素を,

si ∈ Si, s−i = (s1, . . . , si−1, si+1, · · · , sI) ∈ S−i,

7.3. ナッシュ均衡 145

s = (si, s−i) = (s1, . . . , sI) ∈ S

と書く.厳密に言うと (si, s−i)と (s1, . . . , sI)とでは成分の順番が異なるので順序対としては異

なるはずだが,これは数学的に同じものと思うのではなくて,とりあえずこのように表記して

も困らないので,ゲーム理論ではこのような表記をよく行うということである.

7.2.1 例 (2企業間の生産高競争) プレーヤーの数は I = 2で,各プレーヤーの戦略集合はS1 =

S2 = R+とする.利得関数はそれぞれ,

u1(s1, s2) = D−1(s1 + s2)− C(s1),

u2(s1, s2) = D−1(s1 + s2)− C(s2)

とする.これは前節で見た 2企業間の生産高競争のようだが,ここでは企業 2のほうもひとつ

の生産高を選ぶという定式化になっている.クールノー競争はこうして表現できるが,シュタッ

ケルベルク競争はこのようには表現できない.なぜならば,シュタッケルベルク競争における

企業 2の戦略とは,企業 1の任意の行動 s1に対して,どの s2を企業 2が選ぶかが特定されなけ

ればならないからである.

シュタッケルベルク競争では企業 2は企業 1の行動を見たうえで生産高を選択できる.した

がって,企業 1の生産量に自社の生産量を対応づける関係が完全に与えられなければならない.

それはひとつの実数ではなく,s1の関数の形である.

7.3 ナッシュ均衡

7.3.1 定義 i ∈ 1, · · · , I, si ∈ Si, s−i ∈ S−iとする.siがs−iに対する最適反応 (best response)

であるとは,任意の ti ∈ Siに対して,

ui(si, s−i) ≥ ui(ti, s−i)

が成り立つことをいう.これはまた,

maxui(ti, s−i)|ti ∈ Si = ui(si, s−i)

とも書ける.

最適反応の集合を,Ri(s−i)と書く.これは空集合であることもある.S−iの各元 s−iに対して

最適反応の集合Ri(s−i) ⊆ Siを与えるこの関係Riは,S−iから Siへの対応 (correspondence)

である.

7.3.2 定義 si, ti ∈ Siとする.tiが siに強支配される (ti is strictly dominated by si) とは,任

意の他のプレーヤーの戦略プロファイル s−i ∈ S−iに対し,

ui(si, s−i) > ui(ti, s−i)

となることをいう.

このとき,任意の s−i ∈ S−iについて,ti /∈ Ri(s−i)である.

Ri(S−i) = Ri(s−i)|s−i ∈ S−i

と書く.そうすると,ti ∈ Siが強支配されていてしたがって決して最適反応になりえない戦略

であることは,ti /∈ Ri(S−i)と同値である.

146 第 7章 非協力ゲームの理論

7.3.3 定義 si, ti ∈ Siとする.tiが siに弱支配される (ti is weakly dominated by si)とは,任

意の他のプレーヤーの戦略プロファイル s−i ∈ S−iに対し,

ui(si, s−i) ≥ ui(ti, s−i)

となり,かつ,ある他のプレーヤーの戦略プロファイル s−i ∈ S−iに対し,

ui(si, s−i) > ui(ti, s−i)

となることをいう.

戦略の強支配と弱支配の関係については,S−iを消費者の集合に見立ててパレート改善のア

ナロジーで考えればよい.

7.3.4 注意 弱支配されていても,Ri(S−i)に属することはある.ただしそのときは,それを弱

支配をしている戦略のほうも Ri(S−i)に入っている.そのことは,利得に関する不等式につい

て,実数の不等号の推移性から従う.

7.3.5 定義 s ∈ S とする.sがナッシュ均衡 (Nash equilibrium)であるとは,任意の iに対し

si ∈ Ri(s−i)であることをいう.

個々のプレーヤーのRiについて定義するかわりに,次のようにまとめて書きかえることもで

きる:

7.3.6 命題 対応R : S Sを,任意の s = (s1, s2, . . . , sI) ∈ Sに対し,

R(s) = R1(s−1)×R2(s−2)× · · · ×RI(s−I)

と定義する.このとき,sがナッシュ均衡であるということと,s ∈ R(s)とは同値である.

どのプレーヤー iをとってきても,他のプレーヤーがその戦略のリスト sに登場している戦

略 s−iを使っている以上,自分が siでないほかの戦略を選ぶインセンティブはない,というこ

とである.

各プレーヤーは自分の利害に従って行動するのだから,自分は相手の戦略を選ぶことはでき

ないので,相手の戦略の部分は所与として行動しなければならないのだが,そうしたとき誰も

戦略を変える誘因がないという状況がナッシュ均衡である.

逆に,こうでなかったとすると均衡とは呼びがたいとも言える.sがナッシュ均衡でないとす

ると,あるプレーヤーが存在して,その人は他のプレーヤーの戦略を所与として自分はほかの

戦略を選びたいと思っている.そうすると,その当初のプロファイルはあまり安定なものとは

思われない.

大きな問題は,各プレーヤーが他のプレーヤーの戦略をどのように予想できるかということ

である.クールノー競争では,同時に生産量を決定しているから,企業 1は企業 2の生産量を実

際に観察することはできなかったが,ここでの一般的な枠組みも事態は同じである.すべての

プレーヤーは同時に戦略を選ぶから,他のプレーヤーがどの戦略をとるかということは予想で

しかない.大げさだが厳密に書けば,上記のことは,si ∈ Ri(se−i), s

e−i = s−iということであっ

て,ある種の合理的期待の仮定が裏に隠れていることになる.

これからまずナッシュ均衡の存在のための十分条件を与え,それから混合戦略概念を紹介し,

それから期待の合理性の概念に戻ってくることにする.

7.4. 均衡の存在定理 147

練習問題 7.3.1 同質財を生産する 2企業間の競争を考えよう.どちらも限界費用は一定値 c > 0

をとるとする.また,需要関数はDで,逆需要関数はD−1で表すとする.いずれの企業とも財

の価格を提示するものとし,2企業が提示する価格が等しいときは,各企業がその価格での需

要量の半分の量を供給するが,そうでなければ低い価格を提示する企業のみがその価格での需

要量をすべて供給すると仮定する.

1. この競争を 2プレーヤーの正規形ゲームとして定式化せよ.

2. このゲームのすべてのナッシュ均衡を求めよ.

3. D−1は連続関数で,D(c) > 0を満たすとき,各プレーヤーの弱支配される戦略と強支配

される戦略をすべて求めよ.

7.4 均衡の存在定理

任意のプレーヤー iに対し,戦略集合 Siは有限次元ユークリッド空間の非空コンパクト凸な

部分集合とする.

戦略集合が非空であることはあたりまえの要請である.コンパクトであることは,その上の

関数である利得関数について最大値がとれるために要請する.有限次元といったが,この次元

はプレーヤーによって異なっていてもかまわない.有限集合だと(1点集合を除いて)凸集合に

ならないからこの仮定は満たされない.したがって,有限個の点があるときには,その凸包を

含むことになる.

利得関数 ui : S→Rは連続とする.最大化問題を解くために少なくとも自分の戦略集合の上

で連続関数であることが必要なのだが,ここで大事なのは,S 上で連続であることを要請して

おり,他のプレーヤーの戦略の上でも連続であることを言っていることになる.これはなぜか

というと,最適反応が連続的に変化することを保証したいからである.

効用関数の準凹性のようなものも保証したい.そこで,任意の s−i ∈ S−iを固定したとき,

ui(·, s−i) : Si → R

が準凹であるとする.このとき ui : S → Rは準凹とは限らない.特にこれから混合戦略という

概念を導入するが,uiが S全体で準凹になることはない.

7.4.1 定理 任意の iについて戦略集合 Siが有限次元ユークリッド空間の非空コンパクト凸部分

集合,利得関数 uiが連続,かつ任意の s−i ∈ S−iに対して ui(·, s−i) : Si → Rが準凹であると

する.このとき,正規形ゲーム ΓN のナッシュ均衡は少なくとも 1つ存在する.

次の証明は,一般均衡理論におけるワルラス均衡の存在証明にも使えるテクニックである.

定理 7.4.1の証明 各 Siについての要請から,Sは有限次元ユークリッド空間の非空コンパクト

凸な部分集合である1.連続性より,最適反応対応 Ri : S−i → Siは非空値をとり2,かつ,Ri

のグラフ (si, s−i)|si ∈ Si, s−i ∈ S−i, si ∈ Ri(s−i)は S の閉部分集合である3.準凹性の仮定

により,任意の s−i ∈ S−iに対しRi(s−i)は凸集合になる.

1その次元は各 Si のそれの合計であり,コンパクト集合の直積なのでコンパクトで,凸集合の直積なので凸であ

る.2任意の si ∈ Si に対し,Ri(s−i) = ∅ということ.実はこの部分は,ui(·, s−i) : Si → Rの連続性があれば十分

である.3この部分で,ui が S 全体で連続であることが必要になる.

148 第 7章 非協力ゲームの理論

対応R : S Sを命題 7.3.6のように定義する:

R(s) = R1(s−1)×R2(s−2)× · · · ×RI(s−I).

ナッシュ均衡の存在は,このように定義した対応Rについて,s ∈ R(s)なる sが存在するとい

うことになる.

ここで,Rは非空(各Riが非空であるから)かつ凸値(各Riの凸性から)で,Riのグラフ

が Sの閉部分集合だったので,Rのグラフは S × Sの閉部分集合である.よって,Rは角谷の

不動点定理の前提条件を満足する.したがって,不動点が存在する.すなわち,s ∈ R(s)なる

s ∈ Sが存在する. ///

さきに,Siは(2点以上の)有限集合であってはいけないと注意した.Siが 2点以上を含む

有限集合のとき,Siは凸でないから,存在定理が適用できないことになる.このとき,いわば

Si上のくじを考え,Siを以下のように拡張することを考える.

7.4.2 定義 ∆(Si)を,Si上の確率分布の集合,すなわち σi : Si → R+|∑

si∈Siσi(si) = 1と

する4.このとき,σi ∈ ∆(Si)を混合戦略 (mixed strategy)という.

いちばんわかりやすいのはじゃんけんの例で,Siを グー,チョキ,パー という 3点集合と

すれば,∆(Si)はそれぞれの手に対して与える確率を定めた確率分布全体の集合である.

∆(Si)は混合戦略の集合であり,Σiと書くことも多い.

戦略の集合を混合戦略に拡張し,確率的に行動を選ぶとしたとして,そのとき利得(効用)は

どうなるのかということは新たに定めねばならない.そこで,uiの定義域を,これまでの

S = S1 × · · · × SI

から,混合戦略集合の直積,

Σ = Σ1 × · · · × ΣI

に,以下のように拡張する.

まず,各 Σiは,純粋戦略の集合 Siを含むと考えられる.というのも,ある戦略に確率 1を

与える(退化した)混合戦略は,純粋戦略そのものと考えられるから,純粋戦略の集合は混合

戦略の集合の部分集合と考えられるのである.だから,定義域を拡張するときには,もともと

の純粋戦略の与える効用水準は変えないように定義しなければならない.

σ = (σ1, . . . , σI) ∈ Σに対し,

ui(σ) =∑s∈S

σ1(s1)σ2(s2) · · ·σI(sI)ui(s1, s2, . . . , sI)

とする.こうするとこれは純粋戦略から得られる効用の期待値として表されている,すなわち

期待効用になっている.

いま,個々のプレーヤーが選ぶ確率分布(混合戦略)にはなんら制約をおいていないが,混

合戦略の組 σ = (σ1, . . . , σI)は,S = S1 × · · · × SI 上の確率分布全体から見るととても特殊

である.混合戦略の組が与える S上の確率分布は,各成分ごとの積の形になっている.つまり,

σ1, . . . , σI はいずれも独立で,戦略の選択の独立性を仮定していることになる.

4前章の不確実性下の意思決定の文脈では,Si が帰結の集合 C であり,くじの集合は Lと書いていた.

7.4. 均衡の存在定理 149

7.4.3 例 I = 2で,S1 = T,B, S2 = L,Rとする.プレーヤー 1の混合戦略として,純粋戦

略 T を確率 2/3, Bを確率 1/3で選ぶものを考える(これを (2/3, 1/3)と書く).また,プレー

ヤー 2の混合戦略として,純粋戦略 Lを確率 3/4, Rを確率 1/4で選ぶものを考える(同様に

(3/4, 1/4)と書く).

純粋戦略集合の直積 S = S1 × S2は 4つの要素をもつ集合 (T,L), (T,R), (B,L), (B,R)だが,上記の混合戦略の組が与える S上の確率分布は以下の表のようになる.

L R

T 1/2 1/6

B 1/4 1/12

このとき,この確率分布表が周辺分布から出たことをいったん忘れて 2× 2の表と見ると,周

辺分布を逆算することで,独立性が確かめられる.

混合戦略のナッシュ均衡では,ランダマイゼーションが相手にも予想されていることになる.

プレーの結果として実際に観察されるのは,ランダマイゼーションそのものでなく,あくまで

実現された純粋行動である.ところが均衡が実現するための予想のなかでは,相手が確率的に

行動するということを認識している.これが混合戦略の大事な点である(と考えるゲーム理論

の研究者もいる).

練習問題 7.4.1

1. 以下の 2人正規形ゲームの純粋戦略ナッシュ均衡と混合戦略ナッシュ均衡をすべて求めよ.

s12 s22

s11 1, 3 1, 3

s21 2, 2 0, 0

2. 以下の 2人正規形ゲームの純粋戦略ナッシュ均衡と混合戦略ナッシュ均衡をすべて求めよ.

s12 s22

s11 2, 2 2, 2

s21 2, 2 2, 2

s31 5, 1 0, 0

s41 0, 0 1, 5

3. 以下の 2人正規形ゲームの純粋戦略ナッシュ均衡をすべて求めよ.

練習問題 7.4.2 2人のプレーヤーより成る正規形ゲームΓN = (1, 2, (∆(S1),∆(S2)), (u1, u2))

を考えよう.ここで,Si = 1, 2, . . . , Niとし(Niは正の整数),∆(Si)は Si上の全ての混合

戦略の集合であるとする.任意の σ1 ∈ Σ1に対し,もし σ1が他のいかなる(混合)戦略によっ

ても強支配されないならば,ある σ2 ∈ Σ2が存在して,σ1は σ2への最適対応であることを証

明せよ(ヒント:任意の n ≤ N1に対して,vn = (u1(n, 1), u1(n, 2), . . . , u1(n,N2)) ∈ RN2 と定

義し,v1, v2, . . . , vN1の凸包に分離超平面定理を適用せよ).

150 第 7章 非協力ゲームの理論

s12 s22 s32 s42

s11 4, 0 4, 0 4, 0 4, 0

s21 4, 0 4, 0 4, 0 4, 0

s31 2, 4 2, 4 6, 2 6, 2

s41 2, 4 2, 4 4, 6 5, 5

練習問題 7.4.3 前問(練習問題 7.4.2)の性質を持たない 3人プレーヤーより成る正規形ゲーム

ΓN = (1, 2, 3, (∆(S1),∆(S2),∆(S3)), (u1, u2, u3))

の例を挙げよ.

練習問題 7.4.4 練習問題 7.4.2と同様の 2人のプレーヤー i = 1, 2より成る正規形ゲーム ΓN =

(1, 2, (∆(S1),∆(S2), (u1, u2))を考えよう.ただしここではさらに,任意の (s1, s2) ∈ S1 × S2

に対し,u1(s1, s2)+u2(s1, s2) = 0が成立すると仮定する.u1を uと書くことにする.u2は−uに一致することに注意せよ.

1. 以下の不等式を証明せよ.

maxσ1∈Σ1

minσ2∈Σ2

u(σ1, σ2) ≤ minσ2∈Σ2

maxσ1∈Σ1

u(σ1, σ2).

(ヒント:まず,任意の (σ1, σ2) ∈ Σ1 ×Σ2に対し,minσ2∈Σ2 u(σ1, σ2) ≤ u(σ1, σ2)が成立

することを示せ)

2. 以下の不等式を証明せよ.

maxσ1∈Σ1

minσ2∈Σ2

u(σ1, σ2) ≥ minσ2∈Σ2

maxσ1∈Σ1

u(σ1, σ2).

(ヒント:任意の σ1 ∈ Σ1に対してminσ2∈Σ2 u(σ1, σ2) = mins2∈S2 u(σ1, s2)が成立するこ

とに注意し,練習問題 7.4.2のヒントと同様の方法で分離超平面定理を適用せよ)

3. 任意の (σ∗1, σ∗2) ∈ Σ1 × Σ2に対し,

minσ2∈Σ2

u(σ∗1, σ2) = maxσ1∈Σ1

minσ2∈Σ2

u(σ1, σ2),

maxσ1∈Σ1

u(σ1, σ∗2) = min

σ2∈Σ2

maxσ1∈Σ1

u(σ1, σ2)

が成立することと,(σ∗1, σ∗2)はナッシュ均衡であることは同値であることを証明せよ.

7.5 合理性の共有知識

ナッシュ均衡概念における,合理的期待の制約の度合いを明らかにすることを考える.ナッ

シュ均衡とは,すべてのプレーヤー iについて si ∈ Ri(s−i)であるような戦略プロファイル s ∈ S

のことだったが,ここに現れる他のプレーヤーの戦略 s−iは,あくまで予想のものである.

すべてのプレーヤーは合理的であり,期待利得が最大になるように戦略を選ぶ.ゲームを解

くうえで大事なのは,すべてのプレーヤーが合理的であることをすべてのプレーヤーは知って

いるということである.

7.5. 合理性の共有知識 151

ゲーム的状況では,他人がとる行動にしたがって自分のとるべき行動も変わるのだから,各

プレーヤーがどんな行動をとるかを予想するときに重要なのは,他のプレーヤーは合理的に行

動しているということを知っているということである.それは,個々のプレーヤーが単に合理

的に行動するということ以上の要求である.

そして,相手がどういう行動をとってくるかを正しく予想するためには,実はそれでも不十

分であって,「すべてのプレーヤーが合理的であることをすべてのプレーヤーは知っている」こ

とを知っているということ,それをまたすべてのプレーヤーが知っているということ,という

ような,無限の連鎖(高階の信念)が必要である.この連鎖が 99回成り立っていても 100回目

が成り立たない場合に,予想が変わってくるという例を作ることができる.

このように,任意のオーダーで「すべてのプレーヤーが合理的である」ことが全員に知られ

ている状況は,合理性の共有知識 (common knowledge of rationality: CKOR)と呼ばれる.

7.5.1 ナッシュ均衡における合理的期待の仮定と,合理性の共有知識

合理性の共有知識の仮定だけから,ナッシュ均衡戦略をとればよいと全員がわかるなら,十

分に合理的なプレーヤーたちはナッシュ均衡戦略をとる.一方で,合理性の共有知識の仮定を

満たす戦略プロファイルが他にも存在するなら,ナッシュ均衡は合理性の共有知識よりも強い

ことを仮定していることがわかる.

実は,合理性の共有知識のみから予想される戦略プロファイルは,ナッシュ均衡ではないも

のも含みうる.ここではこのことを見よう.

s ∈ Sを,合理性の共有知識の状況で生起する戦略プロファイルとする.これはナッシュ均衡

とは限らない.

(1) 各プレーヤーは合理的なのだから,すべてのプレーヤー iについて,

si ∈ Ri(S−i) (= si ∈ Si |ある s−i ∈ S−i に対して si ∈ Ri(s−i))

である.すなわち,合理的なプレーヤーは相手のプレーヤーの戦略のどれかに対しては最適反

応になっているような戦略だけをとるはずである(どんな場合を想定しても最適反応になりえ

ないような戦略は,合理的なプレーヤーに選ばれるはずがない).そこで,S1i = Ri(S−i)と書

こう.またその直積を S1 = S11 × · · · × S1

I と書く.

(2) 各プレーヤーは,他のプレーヤーが全員合理的であり,合理的なプレーヤーならどの戦略

に対しても最適にならないような戦略はとってこないということを予想できる.したがって S1

に属する戦略プロファイルしかとられないということを予想できるのだから,すべてのプレー

ヤー iについて,si ∈ Ri(S1−i)となるはずである.この右辺を S2

i と書く.S1−i ⊆ S−i だから,

S2i = Ri(S

1−i) ⊆ Ri(S−i) = S1

i である.したがってその直積を S2 = S21 × · · · × S2

I と書くと,

S2 ⊆ S1である.

(3) 同様にして,si ∈ Ri(S2−i)となるはずであり,この右辺を S3

i と書くと,S3i ⊆ S2

i である.や

はり直積を S3と書くと,S3 ⊆ S2.

(n) 一般の自然数 nでも,同じように,Sni = Ri(S

n−1−i )で Sn

i ⊆ Sn−1i となる.

s ∈ Sが合理性の共有知識の状況で起こりうるということは,s ∈∩∞

n=0 = S∞と書くことが

できる.

152 第 7章 非協力ゲームの理論

7.5.1 命題

(1) 任意のナッシュ均衡 s ∈ Sに対し,s ∈ S∞である.

(2) nを任意の正整数とする.Sn = Sn+1ならば,Sn = Sn+1 = Sn+2 = · · · が成立する.よって Sn = S∞である.

(3) もしすべての iについて Siが有限集合ならば,ある nが存在して Sn = S∞ = ∅が成立する.

命題 7.5.1の証明 (3)のみ示す.これは (2)の系である.空でないことは,任意の戦略に対して

最適反応は必ず 1つは存在することから従う. ///

練習問題 7.5.1 命題 7.5.1の (1)および (2)を証明せよ.

命題 7.5.1の (1)から,もし ΓN に少なくとも 1つのナッシュ均衡が存在し,かつ S∞が 1点

集合 sならば,sはナッシュ均衡であり,ナッシュ均衡は実はただ 1つのみ存在するというこ

とがわかる.

「ΓN に少なくとも 1つのナッシュ均衡が存在し」という部分の仮定は落とすことができるだ

ろうか.しかし,もしナッシュ均衡が存在しないならば,S∞が 1点集合であってもその元は当

然ナッシュ均衡でない.

7.5.2 例 ナッシュ均衡が存在しないがS∞が 1点集合である例を構成することができる.プレー

ヤーは 2人で,プレーヤー 1の純粋戦略は非負の整数全体,すなわち S1 = 0, 1, 2, . . ., またプレーヤー 2の純粋戦略は S2 = L,Rとする.利得は次の表のように与えられるとする.

L R

0 0, 1 1, 0

1 1/2, 1 1/2, 0

2 2/3, 1 2/3, 0

3 3/4, 1 3/4, 0...

......

n n/(n+ 1), 1 n/(n+ 1), 0...

......

Rは Lに強支配されている.強支配されている戦略は,相手のどんな戦略に対しても,決し

て最適反応になりえないから,S12 = Lである(Lは強支配戦略なので実際にプレーヤー 1の

任意の戦略に対する最適反応である).

プレーヤー 1の戦略を見ると,任意の正の nについて,nよりも大きい n+ 1, n+ 2, . . .に強

支配されているから,1, 2, . . . , n, . . .はどれも S11 に属さない.したがって,S

11 = 0である(0

はプレーヤー 2の戦略Rに対する最適反応になっている).以上より,S1 = S11 ×S1

2 = (0, L)である.ところが (0, L)はナッシュ均衡ではない.

7.5.3 例 (両性の争い) 次のような利得表をもつ両性の争い (battle of the sexes)ゲームを考え

よう.

7.5. 合理性の共有知識 153

L R

T 1, 1 0, 0

B 0, 0 1, 1

このゲームには純粋戦略の範囲で 2つのナッシュ均衡 (T,L), (B,R)がある.プレーヤー 1の

2つの戦略 T およびBは,それぞれ相手の戦略LおよびRに対する最適反応になっているから,

S11 = T,B = S1のままである.同様に,S

12 = L,R = S2である.したがって命題 7.5.1の

(2)から,S∞ = Sが成立する.

7.5.4 例 (マッチングペニー) 次のような利得表をもつマッチングペニー (matching pennies)

ゲームを考えよう.

L R

T 1,−1 −1, 1

B −1, 1 1,−1

このゲームには純粋戦略ナッシュ均衡は存在しないが,どの戦略も相手のどれかの戦略に対

しては最適反応になっているので,前の例と同じく S∞ = Sである.

上の 2つの例の相違点は,相手のどの戦略に対する最適反応であるかという最適反応の連鎖

が異なることである.

両性の争いの例 7.5.3では,プレーヤー 1の戦略 T が最適であるのはプレーヤー 2の戦略 L

に対してであり,その Lが最適であるのは同じ T に対してであった.そこでこの例では (T, L)

がナッシュ均衡になっている.(B,R)についても同様.

マッチングペニーの例 7.5.4では,プレーヤー 1の戦略 T が最適であるのはプレーヤー 2の戦

略 Lに対してだが,その Lが最適であるのは T ではなく Bに対してであり,Bはまた別の R

に対して最適で,そのRが T に対して最適,というようにして 4項のサイクルができ,そうす

ることによってこれらの戦略すべてが S11 , S

12 に残るようになっている.

つまり,後者の例では予想が食い違っており,合理性の共有知識で言うような信念の無限の連

鎖によって正当化できる (合理性の共有知識だけでは排除できない)にもかかわらず,ナッシュ

均衡ではないということが起きている.この点こそが,ナッシュ均衡が人々の期待に関して課

している合理性にほかならない.

7.5.5 例 (クールノーモデル) プレーヤーは2企業で,限界費用一定の費用関数,C1(q) = C2(q) =

cqと,線形の需要関数D(p) = a/b − p/b, ただし a > 0, b > 0とする.価格は負になってもか

まわないものとする.逆需要関数はD−1(q) = a− bq.

競争均衡では,両企業は価格を所与として行動するから,均衡価格は p = c, 均衡生産量は

q1 = q2 = (a− c)/bが成立する.独占では,p = (1/2)a+ (1/2)c, q = (a− c)/2bが成立する.

クールノー解は,反応関数が,

R1(q2) =

a− c

2b− 1

2q2

(q2 ≤

a− c

b

)0

(q2 >

a− c

b

)となり,R2(q1)も同様だから,ナッシュ均衡は q1 = R1(q2), q2 = R2(q1)から導出できて,q1 =

q2 = (a− c)/3b, p = (1/3)a+ (2/3)cであり,これは競争均衡と独占の間である (ちょうど中間

ではない).

154 第 7章 非協力ゲームの理論

以下では,S1 = S2 = R+とする.S = R2+である.S ⊃ S1 ⊃ S2 ⊃ S3 ⊃ · · · となり,部分

集合はすべて真部分集合である.S∞は,前述のナッシュ均衡の 1点集合となる.このことを確

認しよう.

対称なゲームなので,一方のプレーヤーについてだけ考える.まず,いかなる予想について

も決して最適反応になりえない生産量をすべて除外すると,

S1i = Ri(S−i) =

[0,a− c

2b

]である.この右端は独占生産量である.これを [s1, s1]と書くことにする.

次に,相手がこの中から生産量を選ぶとしたときに,最適反応になりえないものを除外すると,

S2i = Ri(S

1−i) =

[a− c

2b− 1

2s1,

a− c

2b− 1

2s1]=

[a− c

4b,a− c

2b

]とわかる.これを [s2, s2]と書くことにする.上端は変わらず下端は S1

i のそれより大きい.

その次は,

S3i = Ri(S

2−i) =

[a− c

4b,3(a− c)

8b

]である.今度は下端が変わらず上端が S2

i のそれより小さい.

一般に,Sni = [sn, sn]として,Sn+1

i を飛ばして,

Sn+2i =

[a− c

4b+

1

4sn,

a− c

4b+

1

4sn]

というように,2回繰りかえすと 2つ前の下限は新しい下限の表示の中に,また上限は上限に

戻ってくる.よって,

sn+2 =a− c

4b+

1

4sn

sn+2 =a− c

4b+

1

4sn

が成立する.

sn < (a − c)/3bならば,いま得た表式から,sn < sn+2 < sn+4 < · · · であって,n → ∞のとき sn → (a − c)/3bが成立する(上に有界な単調増加列は収束し,その極限値は上の漸化式

からただちに求まる).同じく,sn > (a − c)/3bならば,sn > sn+2 > sn+4 > · · · であって,n→ ∞で sn → (a− c)/3bが成立する(snと同様).Sn = [sn, sn]2だから,∩

n

Sn =

(a− c

3b,a− c

3b

)であって,これはナッシュ均衡戦略プロファイルの 1点集合である.

7.6 ベイジアンゲーム

これまで,ΓN = (1, . . . , I, (Si)i, (ui)i)という形で書かれる正規形ゲームを扱ってきたが,この形では扱えないケースも重要である.特に,非対称情報がある不確実性下の意思決定では,

この枠組みは使えない.

たとえば,2人のプレーヤーがいて,プレーヤー 1は優位な情報,プレーヤー 2が観察できな

いような情報をもっているとする.この事実を 2が知っていたとすると,1は獲得した情報に応

7.6. ベイジアンゲーム 155

じて自分の戦略を変えるということが考えられる.情報に応じて他のプレーヤーが戦略を変え,

(情報の内容は知らないにしても)その変えるということを他のプレーヤーが知っているという

場合がある.これをこれまでの枠組みでは描写できないので,これをできるようにするのがベ

イジアンゲームの定式化である.

つけ加えられる新しい要素は,タイプ空間 (Ti)iと,確率評価 (Pi)iである.Tiは,プレーヤー

iだけが入手できる情報の内容の集合であり,Piは,他のプレーヤーの情報に関するプレーヤー

iの確率的評価である.

具体例として,オークションで品物を競り落とそうとしているとき相手の評価する価値額は

いくらであるか,あるいは原油を採掘しようとしているときにその原油の埋蔵量はどれくらい

であるか,というような不確実性下の意思決定を問題とする.

不確実性は,T = T1 × T2 × · · · × TI というように直積集合で書けることを仮定する.

このとき,単純に不確実性があるというだけでなく,非対称情報がある.プレーヤー iは Ti

の実現値だけを観察することができる.t = (t1, t2, . . . , tI) ∈ T と書く.

7.6.1 例 I = 47とする.各県庁所在地にプレーヤーがいて,湿度が私的情報である.すなわ

ち,各プレーヤーは自分が計測した湿度は観測して知っているが,他都道府県の湿度は知らな

いとする.各都道府県の湿度を列挙したものの集合 T で表される不確実性の全容のうち,各プ

レーヤーは自分の県 iの Tiに関する部分のみ知っている.

7.6.2 注意 不確実性が直積で書けるというのは,一見,特殊なケースを扱っているようである

が,それほど特殊ではない.

T に関する情報が与えられるというのは,数学的には,T 上の分割 (partition)を与えるとい

うことである.このとき,Ti とは 1つの分割 Pi を与えることにほかならない.直積 T には,

P1 × · · · × PI が対応する.

より一般に,T, T1, . . . , TI という (I +1)個の集合が与えられ,各 iについて関数 hi : T → Ti

が与えられ,t ∈ T が起きたときに iは tそのものは観察できないが hi(t) ∈ Ti は観察できる

(シグナルだけを観察できる)とする定式化は,先の直積による定式化と実質的に同値というこ

とになる.ただし,T1 × · · · × TI のいくつかの元は決して実現されないこともある.たとえば,

もし I = 2, h1 = h2ならば,生起しうる t ∈ T1 × T2は t1 = t2を満たすものに限られる.

7.6.1 ベイジアンゲームにおける戦略の定義

各プレーヤーは情報を観察しているので,それにもとづいて行動を決める.つまり,行動集

合 Siの要素を,Tiの要素である観察した情報に応じて選ぶことになる.

たとえば,自分の絵画に対する評価額はこれくらいなので,こういう入札をする,というよ

うにである.これは Tiから Siへの写像として定められる.これらの写像の集合を Giで表す.

正規形ゲームのときと同じように,それらの直積をG = G1 × · · · × GI と書き,またG−iで i

以外の直積を表す.

利得関数も,ベイジアンゲームにおけるバージョン,すなわち戦略の集合からひとつ利得水

準を定める Ui : G → Rのようなものを定義したい.ここでベイジアンという意味が関係して

くる.ベイジアンゲームでは,自分のもつ情報に従って利得の期待値を計算するような合理的

な主体を考える.

(1) 各プレーヤー iについて,ti ∈ Tiという私的情報を得たとする.ある他のプレーヤーの観察

t−iの主観的確率分布が存在して,Pi(ti, ·)と書く.tiの実現値は知っているので,それについては確率分布を考えなくてよい.他の人が得た情報 t−iは知らないので,自分の tiを見たあと

156 第 7章 非協力ゲームの理論

に他のプレーヤーの情報について推論をする.自分が受けとったシグナルに応じて他の人の tj

に関する分布を変えてもかまわない.たとえば,ここの原油の採掘でこれだけの埋蔵量がある

だろうという自分の情報が高くなったときには,他の人の予想も高くなっただろうと予想する

ような定式化を許す.

(2) すべてのプレーヤー iに対し,ある効用関数 ui : S × T → Rが存在するとする.これは他

の人のタイプにも依存していてかまわない.

そこで,

Ui : Si ×G−i × Ti → R

を次のように定義する:

Ui(si, g−i, ti) =

∫T−i

ui(si, g−i(t−i), (ti, t−i)) dPi(ti, t−i),

ただし,

g−i(t−i) = (gj(tj))j =i ∈ S−i

であり,iは t−iは知らないので,この計算では,tiで条件づけた主観的確率を用いて期待値を

とる.これは,自分が siをとって,tiを観察しているときに,他のプレーヤーが g−iを使うと

知っているときの期待効用である.

以上で与えた要素の組として,ベイジアンゲームを,

ΓB = (1, . . . , I, (Si)i, (Ti)i, (ui)i, (Pi)i)

として定める.なお,ui, Piをひとつ与えるということは,Uiをひとつ与えるということと同

じである.

7.7 ベイズ・ナッシュ均衡

7.7.1 定義 (最適戦略) タイプ ti ∈ Tiにおいて,si ∈ Siが g−i ∈ G−iに対する最適反応 (best

response)であるとは,すべての ri ∈ Siに対して,

Ui(si, g−i, ti) ≥ Ui(ri, g−i, ti)

となることをいう.

タイプが異なれば最適反応も変わってくることに注意しよう.最適反応の集合を Ri(g−i, ti)

と書くことにする.

7.7.2 定義 (ベイズ・ナッシュ均衡) 戦略プロファイル g ∈ Gがベイズ・ナッシュ均衡 (Bayesian

Nash equilibrium)であるとは,任意の iと任意の ti ∈ Tiに対し,

gi(ti) ∈ Ri(g−i, ti)

が成立することをいう.

7.7. ベイズ・ナッシュ均衡 157

7.7.3 注意 ベイズ・ナッシュ均衡の定義では tiは各プレーヤーがもちうる情報,タイプと考え

ていた.tiに依存してとるべき行動が変わるように書かれている.一方,数学的にはそれとまっ

たく同様に,tiを人の名前と考える,すなわち各プレーヤーの各 tiを 1人のプレーヤーと考え

ることが可能である.つまり,I∪

i=1

(i × Ti)

をプレーヤーの集合と考えることができる.ただし,同じ iに対応する「プレーヤー」は同じuiや

Siをもつとする.(i, ti)の効用関数はUi(·, ti)で与えられる.ただしここで g−iは∪

j =i(j×Tj)に属するプレーヤーがとる行動のプロファイルである.また,iの他のタイプがとる行動には依

存しない.そうするとここでのベイズ・ナッシュ均衡というのはこれまでのナッシュ均衡の特

殊ケースである.この正規形ゲームを,もとのベイジアンゲームのタイプ標準形 (type-normal

form)という.

7.7.1 別の定式化について

文献ではこれと異なる定式化をしていることがあるので,それについて断っておく.

tiに対して,T−i上の確率分布 Pi(ti, ·)をひとつ決める.自分の観察する tiに,自分の観察で

きない値についての確率分布をあてがうというこの操作は,tiで与えられる T−i上の条件付確

率を与える操作と同じである.tiのほうにはプレーヤー i自身は周辺分布をもっていない.た

だ,Ti上に(周辺)分布をひとつ与えることを考えると,T 上の確率分布 Piが決まり,任意の

ti ∈ Tiについて,Pi(ti, ·)は tiが与えられたときの Piの条件付分布に一致する.つまり

Pi(ti, ·) = Pi(·|ti) = Pi,T−i|ti(·)

が成立する.Piの Ti上の周辺分布を Pi,Ti で表し,Ui : G→ Rを次のように定義しよう:

Ui(g) = Ui(gi, g−i) =

∫Ti

Ui(gi(ti), g−i, ti) dPi,Ti(ti).

Uiから導出される最適反応を Riで表す.

7.7.4 命題 gがベイズ・ナッシュ均衡であることは,すべてのプレーヤー iについて gi ∈ Ri(g−i)

が成立することと同値である.

ここで 2段階にわたって定式化をしてみせたのは,各プレーヤーは tiに関する確率評価という

のは本当は抱いていないとしても,形式的にはこの後者のようにも書ける,ということである.

P1, . . . , PI はそれぞれすべて T 上の確率分布である.共通事前確率の仮定 (common prior

assumption)は,P1 = · · · = PI (= P )というものだが,これは各 iが使っている Piは,あるひ

とつの共通の確率 P を条件づけたものにほかならないことを要請する.その共通の P というの

は,誰もまだ私的情報を受けとっていない段階での共通事前分布である.そして私的情報 tiを

知ったプレーヤー iは,その tiを使って P をアップデートして自分のもつ確率評価 Piを得る.

これは,事前の確率的評価は完全に一致しているが,各人が受けとった情報によって,実際

に使う確率的評価が異なる,という立場がとられている.各プレーヤー iは,tiを観察する前は

まったく同一の確率評価を T の各点に与えている.

最適戦略を決めるにあたり,各人が違う確率評価で期待効用を計算しているなら,それは違

う情報を受けとったためである.ここでは情報の違いが唯一の違いである.また,ひとつの確

率分布を考えればよいということは,分析の上でも好都合である.

158 第 7章 非協力ゲームの理論

練習問題 7.7.1 ベイジアンゲームΓB = (1, 2, . . . , I, (Si)i=1,2,...,I , (ui)i=1,2,...,I , (Θi)i=1,2,...,I , F )

を考える.任意の iにたいしてΘi = 0, 1と仮定する.タイプのプロファイル θ = (θ1, θ2, . . . , θI)

が生起する確率を pθと書くことにする.このとき,以下の分布を求めよ.

1. プレーヤー 1のタイプが 1であったときに抱く,プレーヤー 2のタイプの分布.

2. プレーヤー 1のタイプが 1であったときに抱く,プレーヤー 2が抱くプレーヤー 3のタイ

プの分布の分布.

3. プレーヤー 1のタイプが 1であったときに抱く,プレーヤー 2が抱くプレーヤー 1のタイ

プの分布の分布.

練習問題 7.7.2 ランダムな限界費用を持つ 2企業間のクールノー競争を考えよう.逆需要関数

D−1はD−1(q) = 2− qで与えられるとする.限界費用の水準は以下のように決められる.まず,Zを,パラメーター (α, β)のベータ分布に従う確率変数とする.つまり,Zは確率 1で (0, 1)区

間内に値をとり,その区間上での密度関数は

z 7→ Γ(α+ β)

Γ(α)Γ(β)zα−1(1− z)β−1

であるとする(ここで Γはガンマ関数を表す).次に,各 i企業の限界費用は一定であり,その

水準 Ciは確率 Z で 1をとり,確率 1 − Z で 0をとる確率変数とする.Z で条件づけられたと

き,C1と C2は互いに独立であるとする.企業 iは Ciの実現値は知るが,C3−iと Z の実現値

は知らないと仮定する.

1. この状況を,各企業のタイプは限界費用の水準であるベイジアンゲーム ΓB =

(1, 2, (S1, S2), (u1, u2), (Θ1,Θ2), F )として定式化せよ.

2. (1)で導出したベイジアンゲームのベイジアンナッシュ均衡を求めよ.

7.8 ベイズ・ナッシュ均衡の応用例

ベイジアンゲームの重要な応用例として,本節ではオークションの問題を考える.

7.8.1 ファーストプライス・オークション

一番高い値段をつけた入札者が競り落とし,その入札したとおりの値段を支払うようなオー

クションを,ファーストプライス・オークション (first-price auction)という.

入札者 (bidder)がこのゲームのプレーヤーで,その集合を 1, . . . , Iとする.ここでは全員が同時にビッド (支払ってもよい最高額)を提示する.各プレーヤーの行動集合

はビッドの集合で,Si = R+とする.

タイプの集合は,各人が心に抱く評価額の集合であり,Ti = R+とする.

効用関数は,評価額から落札額を差し引いたものになる:

ui(s, t) =

1

J(ti − si)

(si = maxs1, . . . , sIのとき.ただしここで J = |j|sj = maxs1, . . . , sI|

)0 (si < maxs1, . . . , sIのとき)

この効用関数は線形なので,リスク中立性が仮定されていることになる.

7.8. ベイズ・ナッシュ均衡の応用例 159

確率評価Piは,tiには依存しないとする.つまり,自分の評価は他人の評価に影響しないとす

る.これは私的価値の仮定である.そのうえ,(tj)j =iは独立同分布 (i.i.d.)であるとする.例と

して,骨董品の値打ちのような例では,私的価値と考えられる.一方で,冒頭に述べた原油の埋

蔵量の市場価値の問題だと,私的価値とは考えづらい.つまり,ある分布関数 F : R+ → [0, 1]

が存在して,任意の iと任意の ti ∈ R+, t−i ∈ RI−1+ に対し,RI−1

+ 上の確率分布 Pi(ti, ·)が事象 t−i ≤ t−i = (tj)j =i | すべての j = iについて tj ≤ tjに付与する確率は,

∏j =i F (tj)に

等しいとする.

各プレーヤーの戦略は,関数 gi : Ti → Si, すなわち gi : R+ → R+である.

F は微分可能と仮定し,以下のような条件を満たすベイズ・ナッシュ均衡の特徴を探ろう.

1. g1 = · · · = gI , すなわち対称均衡.

2. 各 iに対し,giは狭義単調増加かつ微分可能(ただし,その範囲はR全域である必要は

なく,F のサポート上でよい).

条件から,任意の iと任意の tiに対して,gi(ti)からどんな別の行動 si ∈ Siに変えても期待

効用は上がらない.ここではある tiがあって si = gi(ti)となるような siだけを考える.つまり,

ほかのタイプであったならば提示するであろうようなビッドの額を考える.それは,tiが別の

タイプ tiのふりをしても効用が上がらないということを考えるということである.

プレーヤー iがそうして落札できるのは,すべての j = iについて,gj(tj) ≤ gi(ti)のときであ

る.gは単調増加と仮定したので,それは tj ≤ tiと同値である.これが起こる確率は,(F (ti))I−1

である.

実際に落札できたとすると,落札時に得られる効用は,ti − gi(gi)に等しい.よって,

Ui(gi(ti), g−i, ti) = (F (ti))I−1(ti − gi(ti))

が成立する.giは均衡戦略 (最適反応)なので,ti = tiでこの値は最大化される.

ti = tiが解であるための 1階の必要条件は,任意の iに対し,

(I − 1)(F (ti))I−2F ′(ti)ti = (I − 1)(F (ti))

I−2F ′(ti)gi(ti) + (F (ti))I−1g′i(ti)

=d

dti((F (ti))

I−1gi(ti))

が成立することである.

両辺を積分すると,任意の ti ∈ Tiに対し,

gi(ti) =

∫ ti0 (I − 1)(F (w))I−2F ′(w)w dw + (F (0))I−1gi(0)

(Fi(ti))I−1

が導かれる.F が [t, t]上の一様分布 (0 ≤ t < t <∞)に従うならば,

gi(ti) =

(1− 1

I

)ti +

1

It

が成立する.よってビッドは本当の評価額 tiとありうる評価額の下限 tとの加重平均であり,本

当の評価額より少し下のほうでビッドを述べるのが均衡戦略である.そして,Iが大きい,すな

わち競売に参加している人が多ければ多いほど,正直な申告に近いことがわかる(つまり I → ∞のとき gi(ti) → ti).

160 第 7章 非協力ゲームの理論

7.8.1 注意 giが線形関数であることと,正直申告(giが恒等関数)に近づいていくことはよい

性質である.

一様分布では,2階の必要条件が成立している.他に 1階の必要条件をみたす tiは存在しな

い.実際,ti = tまたは tは最大値を達成しない(つまり,この問題の解は端点解でない)こと

は容易にわかる.よって上の giが実際に最大値を達成する.ゆえに全員がこういう giを提示す

るのはひとつのベイズ・ナッシュ均衡である.

この項を終えるにあたって,視点を変えて,オークションから得られる売り手の期待収益を

考えてみよう.

プレーヤーが皆この giにしたがってビッドをするとき,このうちで一番高いものが落札価格

になる.maxt1, . . . , tI = t(I)と書く(順序統計量).実現する収益は,(1− 1

I

)t(I) +

1

It

である.順序統計量 t(I) の従う分布を HI と書く.期待収益は,上記の収益の HI に関する期

待値, ∫ t

t

((1− 1

I

)w +

1

It

)dHI(w) =

I − 1

I + 1t+

2

I + 1t

である.これは tと tとの加重平均になっており,I が大きくなると tにかかるウェイトが大き

くなり全体は tに近づくことがわかる.

7.8.2 セカンドプライス・オークション

セカンドプライス・オークションのルールでは,一番高いビッドを出した人が落札できると

いうことはファーストプライス・オークションと同じで,唯一の違いは,落札したプレーヤー

が実際に支払う価格は,自分の入札した額ではなくて,2番目に高い人の入札した価格である

ということにある.

この想定は一見奇妙なようだが,イングリッシュ・オークション(価格をつりあげていく通

常のオークション)は実際にはこれと同じようなことをやっている.イングリッシュ・オーク

ションでは,落札価格は最後に残ったライバルがドロップアウトするところの額で決まる.つ

まり,落札価格は勝者の評価額まで上がりきったところではなくて,2番目に高い人の評価で決

まっているのである.

これは経済学的に非常に理にかなっている.ここでは「あなたが落札することで経済にどん

な損失が生じますか」という問いに対する答えは,「あなた」の評価額ではなくて,他の人たち

のなかでの一番高い評価額である.2番目に高い人の評価額を落札者に支払わせるということ

になっている.

7.8.2 命題 任意のプレーヤー iにとって,任意の ti ∈ Tiについて gi(ti) = tiなる「正直申告」

は他のいかなる戦略をも弱支配する.よって全員が正直申告戦略を選ぶのはセカンドプライス・

オークションにおけるベイズ・ナッシュ均衡である.

命題 7.8.2の略証 任意のプレーヤー iの任意のタイプ ti ∈ Tiを考える.tiとは異なってもよい

任意の si ∈ Siをビッドするとする.ほかの人がどんな戦略をとっていようが,正直申告が最善

であるということ,すなわち,他のプレーヤーの任意の戦略の組 g−i ∈ G−iに対して,

Ui(ti, g−i, ti) ≥ Ui(si, g−i, ti)

7.9. 展開形ゲーム 161

となることを示せばよい.このことは,正直入札によって落札できるときにはそれ以上ビッド

を上げるインセンティブがなく,またセカンドプライスだからビッドを下げたところで支払う

金額は変わらないので下げるインセンティブもないことと,正直入札によって落札できないと

きには無理に入札をつりあげても高い価格を支払わされ損をするということでわかる. ///

最後に,セカンドプライス・オークションで売り手が得る期待収益を考えよう.HI−1で,2

番目に高いビッドの従う分布関数を表すことにする.正直申告のベイズ・ナッシュ均衡におけ

る売り手の期待収益は, ∫ t

tw dHI−1(w)

である.

ファーストプライスとセカンドプライスを比べて,どちらのオークションのほうが期待収益

が高いかは,一見してもわからない.まず,分布は,前者のHI のほうが(順序統計量の定義か

ら当然)高いほうに寄っている.ところがファーストプライス・オークションでは申告がやや

tのほうに引っぱられているため,被積分関数は後者のほうが高い.いくつかの条件のもとで,

実はこれらは同じになることが知られている.その結果は収入同値定理 (revenue equivalence

theorem)と呼ばれている.

7.9 展開形ゲーム

これ以降の内容は,MWGの第 7章 C–D節に相当する.

これまでの正規形ゲームでは,各プレーヤーの戦略 siは同時に選ばれると考えていた.同時

にというのは,相手の選択を知らないで選ぶということである.そこで,どうして相手の戦略

を予想することができるのかということで,合理化可能性の話題に触れた.

以下では,全体の戦略そのものは同時に選ぶのだが,戦略を形作る個々の行動は逐次的に選

ばれるという状況を考える.すなわち,各プレーヤーが個々の行動をとる順序を明示的にモデ

ル化しようということである.これが本節以降で扱う展開形ゲーム (extensive-form game)で

ある.

展開形ゲームは常に正規形に書き直すことができる.そうすると,これまでのナッシュ均衡

概念がそのまま適用できることになる.ところが,後述するが,そうすると見失われてしまう

展開形特有の問題があって,そのために均衡概念を見直す必要が生ずる.

7.9.1 例 (シュタッケルベルク競争) 企業 1は製品を 100個作るか 10個作るか決めることがで

きる.それに応じて,すなわち企業 1の生産量を観察したあとで,企業 2は 50個作るか 5個作

るかを決める.利得は適当に決めたものである5.こうした設定は下のような樹形図の形に表す

ことができる.点や枝に付した数字などについては,項を改めて一般の枠組みについての定義

と並行して例示に用いることとする.

5具体的には,例 7.5.5と同様の線形需要D−1(q) = a−bq, 線形費用関数C1(q) = C2(q) = cq(共通)で,a = 10,b = 1/15, c = 8としたもの.

162 第 7章 非協力ゲームの理論

1

(−20,−100)

(100, 5)

(40, 100)

(70, 35)

z

2

x

y

2

x0

100

10

50

5

5

50

7.9.1 展開形ゲームの構成要素

展開形ゲームの一般的な定式化は,以下のような構成要素からなる.

1. 非空部分集合 X . 各点 x ∈ X はノード (結節点)である.これは各プレーヤーが行動を選

ぶタイミングを表している.行動を選ぶためにはそれまでの経緯を知らなければいけない

ので,それまでの経緯も表している.特に x0 ∈ X で書く初期点 (initial node)がただひ

とつ存在する.これはゲームが始まる状況については合意があるということである.

2. 関数 p : X \ x0 → X . ノードは順序づけられなければならず,その順序は,どういう

順番でゲームが展開していくかを表現する.p(x)は xの直前のノードを意味するものと

する.

枝分かれしているときには,pによって同じ点に戻ってくる.ところがある点の直前の点

が 2つ以上あるというのはおかしい.だからこれは関数である.上の例 7.9.1の場合,た

とえば p(x) = p(y) = x0である.

逆像 p−1(x)は,xの直後のノードの集合である.こちらのほうは 1点とは限らない.

直後の点がないような点の全体を T = x ∈ X | p−1(x) = ∅と書き,終点 (terminal

node), すなわちゲームが終わったことを示すノード全体の集合とする.ここに到達する

と利得が確定する.

3. 非空集合A. これは「行動」の集合である.上の例 7.9.1の場合,A = 100, 10, 50, 5である.

4. 関数 α : X \ x0 → A. α(x)は,p(x)から xに移るのに必要な行動を意味する.例では

α(x) = 100である.

5. 非空有限集合 I. これはプレーヤーと自然 (nature) とをあわせた集合である.自然は偶

然的な事象の実現値を決めるとする,仮想的な主体である.たとえば,企業が研究開発に

成功するか失敗するかという偶然的な事柄を,「自然」という架空のプレーヤーの行動と

して記述するのが慣習となっている.プレーヤーを 1から Iの番号,自然を番号 0とする

と,I = 0, 1, . . . , Iと書ける.自然は i0とも書かれる.

6. 関数 ι : X \ T → I. ι(x)は,xで行動をとるプレーヤーである.ι(x) = i0のとき xは意

思決定ノードで,ι(x) = i0のときチャンスノード(自然の行動する手番)である.上の

例 7.9.1の場合,ι(x0) = 1, ι(x) = ι(y) = 2である.

7.9. 展開形ゲーム 163

7. チャンスノードでの確率分布 ρ : ι−1(i0) ×A → [0, 1]. チャンスノードを 1つとって,そ

こにおける「行動」に与えられる確率を表す.ただし,

(a) 任意の (x, a) ∈ ι−1(i0)×Aについて,a /∈ α(p−1(x))ならば,ρ(x, a) = 0.

(b) 確率だから,任意の x ∈ ι−1(i0)について,∑

a∈A ρ(x, a) = 1. なお,この和の範囲

は結局 (a)より∑

a∈α(p−1(x))と同じである.

8. 利得関数 u : (I \ i0) × T → R. これは,任意のプレーヤー i ∈ I \ i0について,ui : T → Rを定めることと同じである.あるいは u : T → RI\i0ともできる.

7.9.2 注意 展開形ゲームの構造は,整合性 (consistency)の条件を満たさなければならない.た

とえば,

• p(x) = yかつp(y) = xということがあってはいけない.もっと一般に,p(x1) = x2, p(x2) =

x3, p(x3) = x1というのもいけない.すなわち,サイクルがあってはならない.

• x = yとする.p(x) = p(y) (= z)ならば,そのそれぞれに至る行動は,α(x) = α(y)でな

ければならない.下の図を参照.

x

y

z

α(x)

α(y)

7.9.3 例 企業 1は参入企業,企業 2は既存企業で,企業 1が参入 (E)すると,企業 2はそれに

対して Fight (F )するか Accommodate (A)するかを決定する.企業 1は参入しない (N)こと

もできる.

x0

w

x

y

z

(1, 3)

(2, 2)

(0, 0)

N

E

A

F

1

2

この例では,たとえば T = w, y, zであり,意思決定ノードでの行動者は ι(x0) = 1, ι(x) = 2,

行動の集合はA = N,E,A, T, また α(x) = Eである.

7.9.4 例 次のように,企業 1にはE1, E2の 2通りの参入のしかたがあるものとする.E2はた

とえば低品質のものを使ってコストを下げて参入するというように解釈できる.

164 第 7章 非協力ゲームの理論

N

E1

E2

A

F

A

F

(1, 3)

(2, 2)

(0, 0)

(2.5, 2)

(0.5, 2.5)

1

2

2

x2

x1

w

y1

z1

y2

z2

x0

展開形ゲームにおける新しい均衡概念をまだ定式化していないが,このゲームで常識的にど

んなことが起こりそうかを考えてみよう.企業 1は,参入しないと利得 1が確定する.一方,E1

で参入すると 2か 0だが,企業 2はそのときAを選択するだろうから,2になる.E2で参入す

ると,企業 2は F を選択するだろうから 0.5になる.こうした先読みをすると,企業 1はおそ

らく最初のE1で参入するだろう.

この議論で大事だったのは,企業 1がE1, E2のどちらで参入してきたのかを,企業 2のほう

が区別できたことである.ただし,低品質かどうかというのは,使ってみないとなかなかわか

らないものである.そこで,E1, E2という 2通りの参入のしかたを他社が区別できないとする

とどうなるかということが問題になる.

企業 1の立場で考えてみよう.仮に企業 2がAを選ぶなら,E1で参入すれば利得 2, E2でい

けば 2.5なので,E2のほうがよい.企業 2が F を選ぶ場合も,やはりE2のほうがよい.つま

り,企業 2が,参入のしかたを区別できず,企業 1の行動に対して個別に対応する行動を選べ

ないとするならば,E2はE1を強支配することになる.

したがって,展開形ゲームを描写するときに,手番とか順序とかを記述するだけでなくて,ど

のノードをプレーヤーが区別できるかできないかを記述する必要がある.どれを区別できるか

で選べる行動が変わってくるからである.そして,各プレーヤーの情報を記述しないと,正確

に均衡を予想できないのである.

こうして,先に触れなかった展開形ゲームの最後の構成要素が導入される.

9. X \ T の分割H. 2つのノード xと yがHの同じ要素に属するとは,xと yを区別できな

いということと解釈する.これを x ∼ yと書く.ゲームツリーでは,区別できないノード

はまとめて点線で結んで表現するのが慣習である.

例7.9.4では,まずX\T = x0, x1, x2であり,区別できる場合にはH = x0, x1, x2,区別できない場合にはH = x0, x1, x2である.

分割を区別することで,各プレーヤーのもっている情報を区別しようというのが,展開形

ゲームの構成要素の最後の部分である.このHを情報分割 (information partition),Hに属する各々の要素を情報集合 (information set)という.

7.9.5 注意 これに関してもやはり整合性の条件をみたしていなければいけない.2つのノード

が区別できない,すなわち x ∼ yとする.そのときは ι(x) = ι(y),すなわちその点で行動するプ

レーヤーが同じでなければいけない.また,とれる行動も同じ,すなわちα(p−1(x)) = α(p−1(y))

でなければならない.

7.9. 展開形ゲーム 165

7.9.2 完全記憶の仮定

情報分割の定め方に関して,分析の上で排除したい状況があるので,それについて断っておく.

7.9.6 例 例として次のようなゲームツリーを考えよう.

1

2

2

1

T

B

N

N

E

E

T

B

T

B

もしこの点線で結ばれた 2点をプレーヤー 1が区別できなかったならば,プレーヤー 1は自分

が最初にとった行動が T だったかBだったか忘れていることになる.完全記憶 (perfect recall)

の仮定は,こういった状況を排除する仮定である.

7.9.7 例 別の例として次のようなゲームツリーを考えよう.この例ではプレーヤー 2は,プレー

ヤー 1から自分の手番に回ってきたのが最初の手番なのか 2回目なのかがわからなくなっている.

1 2 1 2

T T T T

C C C C

(4, 0) (2, 4) (6, 2) (4, 6)

(5, 5)

この講義ノートでは触れないが,完全記憶の形式的な定義にはいろいろの書き方があって,定

義のしかたによっては 2番目の例が排除されないことがある.参考文献では,Krepsは簡単な

バージョン,Myersonはもう少し複雑なバージョンの定義を与えている.

7.9.3 展開形ゲームにおける戦略の定義

展開形ゲームにおける戦略は,各ノードでどの行動をとるかをすべて定めたものである.

i = i0とする.また,x ∈ ι−1(i)(すなわち,プレーヤー iが動く手番), y ∈ p−1(x)(xの直

後の点の 1つ)とする.xから yに行くには行動 α(y) ∈ α(p−1(x))が必要である.

プレーヤー iの意思決定ノードの全体は,ι−1(i)である.それに属する要素x ∈ ι−1(i)に対して

α(p−1(x))の元を対応させるのがここでの戦略である.したがって,戦略は∏

x∈ι−1(i) α(p−1(x))

の要素である.この集合を Siと書くことにする.

7.9.8 注意 自分または他のプレーヤーの行動いかんによっては実際には到達しないノードにつ

いても,そこでどんな行動がとられるかということを記述している.それがないと均衡を特定

できないためである.

166 第 7章 非協力ゲームの理論

やはり S = S1 × · · · × SI と書く.もし ι−1(i0) = ∅ならば,すなわち自然の手番がないならば,1つの戦略プロファイル s ∈ S に対して,終点 x ∈ T が 1つ定まる.一方,自然の手番が

ある場合には,sによって決まるのは,T 上の確率分布である.こうして,終点が 1つ決まれば利得が決まるので,ui(x)を,sがとられたときの iの利得と

思うことができる.このようにして uiは S上で定義されたと考えられる.自然の手番が存在す

る場合は,sがとられたときのこの利得は,sが決める T 上の確率分布による期待利得である.これは戦略プロファイルが決まれば利得が決まるということだから,すると正規形が与えられ

たことになる.これは展開形ゲームの正規形表現と呼ばれる.また,その正規形ゲームにおけ

るナッシュ均衡を,展開形ゲームのナッシュ均衡と呼ぶ.

7.9.9 注意 戦略 siは展開形ゲームが始まる前に選ばれる,つまりプレーヤーはゲームが実際に

始まる前に,このノードにきたらこの行動をとるというプランをすべて考えており,実際には

ゲームが始まると,もともと決めていたプランのとおりに粛々と行動を実行するという,非現

実的な想定になっている.

7.9.10 注意 xをプレーヤー iの意思決定ノードとし,si(x)を xにおいてプレーヤー iがとる

行動とする.Hに従って,x ∼ yならば si(x) = si(y)でなければいけない.これも整合性の要

請である.

7.10 部分ゲーム完全均衡

7.10.1 例 例 7.9.3のゲームを考えよう.ゲームツリーを以下に再掲しておく.

x0

w

x

y

z

(1, 3)

(2, 2)

(0, 0)

N

E

A

F

1

2

このゲームの正規形表現は次のようになる.

A F

N 1, 3 1, 3

E 2, 2 0, 0

この利得表を見ると,ナッシュ均衡は (N,F )と (E,A)の 2つがある.こうして正規形の表し

か与えられていないときには 2つのナッシュ均衡のうちどちらがもっともらしいかわかりにくい

のだが,例 7.9.4で行った「常識的にどんなことが起こりそうか」という分析と同様にして,展

開形ゲームのツリーが与えられているときには,(E,A)のほうがもっともらしいことがわかる.

この点が展開形特有の問題である.相手が本当に参入してきたときにはF は最適反応にはなっ

ていないのである.これは空脅し (empty threat)の問題と言われる.

この問題を解消できるような,展開形ゲームのための新たな均衡概念が必要になる.この方

針を一般化すると,どのようなノードに到達したとしても各プレーヤーはそこから先で最適反

7.10. 部分ゲーム完全均衡 167

応を選ぶべきということが言えそうである.その原則に従うと (N,F )の均衡はおかしいので,

新たな均衡概念ではこれは排除されねばならない.なお,お互いに最適反応を選んでいるとい

うのはナッシュ均衡にほかならないことに注意しよう.そこで部分ゲーム完全均衡という概念

が考えられる.

まず部分ゲームを定義しよう.部分ゲームとは大雑把に言えばあるノードから先の,小さい

展開形ゲームのことである.ただし,完全情報でないゲーム,すなわち情報分割によって 2点

以上を含む情報集合が少なくとも 1つ存在するようなゲームでは,部分ゲームの定義には注意

が必要である.

E1とE2の 2つの参入行動がある例 7.9.4のゲームをふたたび考えよう.プレーヤー 2は 2つ

のノード x1, x2を区別できないとする.情報集合を表す点線を補って修正したゲームツリーを

下に再掲する.

N

E1

E2

A

F

A

F

(1, 3)

(2, 2)

(0, 0)

(2.5, 2)

(0.5, 2.5)

1x1

x2

w

y1

z1

y2

z2

x0

2

これらが区別できるとすると,そこから先はそれぞれ別個の部分ゲームになる.しかし,た

とえば E1から先(ノード x1から始まる部分)だけを部分ゲームと考えてしまうと,これは 2

点を区別できたことになってしまう.というのも,ゲームが始まる時点は全員が知っていなけ

ればならなかったのだが,x1から先を部分ゲームと考えると,特に企業 2にとっても始点が x1

だとわかってしまうことになる.

このことはもちろん形式的にもちゃんと書くことができる:

7.10.2 定義 X の部分ゲーム (subgame)とは,あるノード x ∈ X \ T から先の展開形ゲームであって,次の条件を満たすものである:もしyがその部分ゲームに属する点だとして,z ∈ X , y ∼ z

ならば,zも同じ部分ゲームの点でなければならない.利得や行動その他の要素はもとの展開

形ゲームに準ずる.

7.10.3 定義 展開形ゲームの部分ゲーム完全均衡 (subgame perfect equilibrium)とは,どの

ノードから先に定義される部分ゲームでもナッシュ均衡がプレーされている戦略プロファイル

のことをいう.

7.10.4 注意 部分ゲームが全体ゲームしかないと,部分ゲーム完全均衡はナッシュ均衡に一致

し,均衡の精緻化にならない.これは部分ゲーム完全均衡の欠点のひとつである.

7.10.5 例 例 7.9.7のゲーム(の完全情報版,すなわち前掲のゲームツリーで点線のみ削除した

もの)を考えよう.このゲームの純粋戦略ナッシュ均衡は 4つで,そのうち部分ゲーム完全均

衡はただ 1つである.

168 第 7章 非協力ゲームの理論

部分ゲーム完全均衡は後ろ向き帰納法(バックワードインダクション,backward induction)

によって求めることができる.最後の部分ゲームではプレーヤー 2は T を選ぶ.これを前提する

と,その直前の部分ゲームでは,プレーヤー 1はもしCをとると次に 2は T することがわかっ

ているので,1は T する.その前の部分ゲームでも,もし 2がCをとると 1は T をとることが

わかっているので,2は T をとる.そして一番大きな部分ゲーム(全体ゲーム)でも同様にして

1は T をとることになる.そうして部分ゲーム完全均衡はすべての手番で T をとることになる.

このゲームでは,ナッシュ均衡は多数あるが,どのナッシュ均衡でも最初の手番で T をとら

れて終わることが容易に示される.つまり,もともとのナッシュ均衡が変なものばかりだと,部

分ゲーム完全均衡の概念によって精緻化をしてもあまり意味がないことになる.

練習問題 7.10.1 例 7.9.4の展開形ゲームを考えよう.ゲームツリーは以下に再掲する.

N

E1

E2

A

F

A

F

(1, 3)

(2, 2)

(0, 0)

(2.5, 2)

(0.5, 2.5)

1

2

2

x2

x1

w

y1

z1

y2

z2

x0

1. この展開形ゲームの正規形表現を書け.

2. (1)で得た正規形ゲームの純粋戦略ナッシュ均衡をすべて求めよ.

3. この展開形ゲームの純粋戦略部分ゲーム完全均衡をすべて求めよ.

練習問題 7.10.2 例 7.9.4に不完全情報を入れた展開形ゲームを考えよう.ゲームツリーは以下

に再掲する.

N

E1

E2

A

F

A

F

(1, 3)

(2, 2)

(0, 0)

(2.5, 2)

(0.5, 2.5)

1x1

x2

w

y1

z1

y2

z2

x0

2

1. この展開形ゲームの正規形表現を書け.

7.10. 部分ゲーム完全均衡 169

2. (1)で得た正規形ゲームの純粋戦略ナッシュ均衡と混合戦略ナッシュ均衡をすべて求めよ.

3. この展開形ゲームの純粋戦略部分ゲーム完全均衡と行動戦略 (behavioral strategy)部分

ゲーム完全均衡をすべて求めよ.

練習問題 7.10.3 以下のような,「自然」の手番が最初にある 2人展開形ゲームを考えよう.

自然

(2, 0)

(0, 2)

(0, 2)

(2, 0)

(2, 1)

(1, 2)

(1, 2)

(2, 1)

1

1

2

2

L

R

L

R

L

R

L

R

T

B

T

B

H(確率1

3

)

L(確率2

3

)

1. この展開形ゲームの純粋戦略部分ゲーム完全均衡と行動戦略部分ゲーム完全均衡をすべて

求めよ.

2. この展開形ゲームを表現する正規形ゲームの純粋戦略ナッシュ均衡と混合戦略ナッシュ均

衡をすべて求めよ.

練習問題 7.10.4 正規形ゲーム ΓN = (1, . . . , I, (Si)i=1,...,I , (ui)i=1,...,I)をN 回プレーする展

開形ゲーム ΓEを考えよう.ただし,どのプレーヤーも ΓN の純粋戦略のみを採ることができる

とし,任意の n ≤ N に対し,n回目に各プレーヤーが同時に行動(ΓN の純粋戦略)を決める

とき,(n− 1)回目までのすべてのプレーヤーが採った行動を知っているものとする.ΓE にお

ける各プレーヤーの利得は,各回に ΓN から得られたの利得の合計とする.

もし ΓN がただひとつの純粋戦略ナッシュ均衡 sを持つなら,常に sをプレーする(つまり,

各プレーヤー iは,過去に選択された行動によらずに siを採る)戦略が,ΓE の唯一の純粋戦略

部分ゲーム完全均衡であることを証明せよ.