特集/組織と危機管理 管理科学としての危機管理 ·...

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特集/組織と危機管理 管理科学としての危機管理 深見 真希(グローバルレジリエンス研究所 所長) アメリカにおいて危機管理という学問を形成し概念化を進め てきたのは,組織論を中心とする管理科学だが,日本ではその ような理論構築はされていない.そこで,アメリカ危機管理の 枠組みを援用して組織の構造と設計の観点から検討すると,危 機管理の実行能力を向上させるならば,現場レベルにおける道 具的組織設計および,政府レベルにおけるラインの創出が必要 であることがわかった. キーワード 危機管理,管理科学,マルチレベル,ライン,組織図 .はじめに:上位概念としての危機管理 日本では「危機管理とはなにかを明確にするこ と は 至 難 の 業」(中 邨,2005)で あ る.浅 野 (2010)は,「危機管理を明確に定義しづらいのは 危機概念が多様化してきていることの裏返し である」と指摘しているが,この傾向は今後も続 くであろう.これは従来の概念が下位概念化して いる状態なので,上位概念を用意して全体を捉え る必要がある. 日本の危機管理議論は,以下の 4 つに大別でき る.Crisis Management(企業危機管理あるいは 警察関係),Risk Management(保険あるいは事 前準備),Disaster Management(土木・国土利 用に関する議論や防災行政),National Security (安全保障にかかわる国際事案)である.このう ち,National Security は管理問題ではないので, 危 機 管 理 議 論 に 上 る の は Crisis Management, Risk Management, Disaster Management となる. そして,これらの上位概念に相当するのが, Emergency Management で あ る.Emergency Management は,「緊 急 事 態 や 災 害 に 取 り 組 む 様々な専門分野の人々と複雑なシステムをマネ ジメントすることに関する科学」と定義され,応 用管理科学 1) に位置づけられる 2) .Crisis Management は Emergency Management を商業 文脈に応用したものをさし 3) ,Risk Management は Emergency Management の 事 前 準 備 に 相 当 し, Disaster Management Emergency Management の自然災害に特化した文脈をさす. Emergency Management のもとでは,災害種 別は問われず,「人命や財産を守るために責任あ る行動が必要となるすべての事変」において, 「いかに責任ある行動をマネジメントするか」と いうことが追究される 4) .本稿で危機管理という ときは,この Emergency Management をさすも のとする 5) .但し,日本には相当する分野がない ため,のちほどおこなう日本への言及を考慮し て,災害管理文脈を優先する. 組織科学 Vol.45 No. 44-1420124

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【査読付き論文】

特集/組織と危機管理

管理科学としての危機管理

深見 真希(グローバルレジリエンス研究所 所長)

アメリカにおいて危機管理という学問を形成し概念化を進め

てきたのは,組織論を中心とする管理科学だが,日本ではその

ような理論構築はされていない.そこで,アメリカ危機管理の

枠組みを援用して組織の構造と設計の観点から検討すると,危

機管理の実行能力を向上させるならば,現場レベルにおける道

具的組織設計および,政府レベルにおけるラインの創出が必要

であることがわかった.

キーワード

危機管理,管理科学,マルチレベル,ライン,組織図

Ⅰ.はじめに:上位概念としての危機管理

日本では「危機管理とはなにかを明確にするこ

とは至難の業」(中邨,2005)である.浅野

(2010)は,「危機管理を明確に定義しづらいのは

�危機�概念が多様化してきていることの裏返し

である」と指摘しているが,この傾向は今後も続

くであろう.これは従来の概念が下位概念化して

いる状態なので,上位概念を用意して全体を捉え

る必要がある.

日本の危機管理議論は,以下の 4 つに大別でき

る.Crisis Management(企業危機管理あるいは

警察関係),Risk Management(保険あるいは事

前準備),Disaster Management(土木・国土利

用に関する議論や防災行政),National Security

(安全保障にかかわる国際事案)である.このう

ち,National Securityは管理問題ではないので,

危機管理議論に上るのは Crisis Management,

RiskManagement, Disaster Managementとなる.

そして,これらの上位概念に相当するのが,

Emergency Management で あ る.Emergency

Management は,「緊急事態や災害に取り組む

様々な専門分野の人々と複雑なシステムをマネ

ジメントすることに関する科学」と定義され,応

用 管 理 科 学1) に 位 置 づ け ら れ る2).Crisis

Managementは Emergency Managementを商業

文脈に応用したものをさし3),Risk Management

は Emergency Management の事前準備に相当

し,Disaster Management は Emergency

Managementの自然災害に特化した文脈をさす.

Emergency Management のもとでは,災害種

別は問われず,「人命や財産を守るために責任あ

る行動が必要となるすべての事変」において,

「いかに責任ある行動をマネジメントするか」と

いうことが追究される4).本稿で危機管理という

ときは,この Emergency Managementをさすも

のとする5).但し,日本には相当する分野がない

ため,のちほどおこなう日本への言及を考慮し

て,災害管理文脈を優先する.

組織科学 Vol.45 No. 4:4-14(2012)

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Ⅱ.危機管理という学問

1.応用管理科学としての危機管理

前述のように,わが国では危機管理という言葉

を国際事案でも使用するが,アメリカでは国際事

案は国家安全保障(National Security),国内事

案を危機管理(Emergency Management)とし

て枠組みが区別される.政治学で議論されるべき

前者と,管理学として議論されるべき後者の違い

である6).これを考慮すれば,アメリカ危機管理

の創始をキューバ危機に求める説7)は,管理学で

議論されるべき危機管理を政治学の土俵にのせる

ものであるから適切ではないことがわかる.以下

では,簡単にアメリカ危機管理の文脈を整理して

おく.

第二次世界大戦後の 1947年,民間防衛プログ

ラム(Civil Defense Program,以下 CDP)が創

られた.民間防衛とは,大戦に従事していた兵隊

を,戦後,国内の治安維持や災害対応などに充て

るもので,危機管理は直接的にはこの CDPに萌

芽している8).つまり,始まりは退役軍人の再雇

用問題であった.以降,1979 年に連邦危機管理

庁(Federal Emergency Management Agency,

以下 FEMA)が創設されるまで,アメリカは

この民間防衛をいかに効率的に「国内」の治安維

持や災害対応に配置すべきか検討し続けた.

この間アメリカは,職能国家化にともなう行政

構造の在り方を模索(村松,1999)した.「大統

領をマネジャーとする概念をともなったアポリテ

ィカル理論の登場は,第 1回フーバー委員会の報

告書が証言するところである.この委員会は,

[合理的な組織構造]を通じて,[経済性と効率

性]を主張するものであった」9)という,政治・

行政二分論の行政構造の追究である.1950 年代

後半から政府組織において組織開発が導入される

(辻,1983)など,行政管理は組織論で議論され

るようになる.それは危機管理行政についても同

じで,1972 年に議会から委任された消防当局で

効果的な危機管理システムの研究開発が開始され

るが10),組織構造と管理システムが主な論点とさ

れた.

1978年,FEMA 設立に関する公聴会が開かれ

た.そこでは,「組織論は,ラインとスタッフ機

能の分離,制限された統制範囲,そして類型にそ

った仕事の分割といったものを求め,(中略)適

切な管理というのは,このような過程を確実なも

のにするための組織体の展開を必要としたのであ

った.省庁に関する主要な研究はどれも,これら

の管理的価値の影響を反映している」ことをふま

え11),最終的に,「危機管理計画における透明度

の低さ,州や地方レベルでのプログラムの重複,

行政区と権限における混乱,政策策定のための大

統領レベル下のアカウンタビリティの欠如,マネ

ジメント改善の必要性」12)を解消するために,

FEMA 創設が決定された.このように FEMA

は,戦後 30 年にわたってくり返し強調された災

害行政管理の効率化への要請13)に応えるため,職

能国家化をめざすカーター改革の一環として創設

された14).アメリカ危機管理が応用管理科学とし

て位置づけられているのは,このような歴史的経

緯による.

2.実務学問としての危機管理⑴ 合意形成のための教育

危機管理は行政の一分野なので,万人のための

合意形成を一応至上の価値としなければならない

(田尾,1998).危機管理の合意形成には,①何が

重要なのか(我々の優先事項は何なのか),②何

が重要なのかを「どのように」知るのか(リスク

評価,業績水準),③どのように成功を測定し,

達成し,維持するのか,④限りある資源のなかで

必要な相殺は何に基づいておこなうべきか,とい

ったことが常に問題になる15)が,その合意形成は

非常に難しい.そこで,公教育の標準化が重視さ

れた.まずは危機管理の実務家たちを対象として

教育を強化することが掲げられ,現場隊員,防災

担当者や行政官,政治家,報道関係者などに,同

じ枠組みの教育を受けさせる.これにより,表象

やメンタルモデルが共有され,合意形成が円滑に

なり,国の政策の方向性がまとまりやすくなる.

これがアメリカ危機管理の考え方である.アメリ

管理科学としての危機管理 5

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カ危機管理の学理は,このために作られた.

⑵ 管理科学フィロソフィ

危機管理のタスクが何かを特定し,その遂行に

必要なコンピテンシーと KSAs を特定し,教育

体系を整え16),教える場所を確保し17),修めた者

の雇用を創出した18).アメリカは,FEMA が旗

ふり役となって国全体でこれをおこなった.教育

開発の過程は,コンピテンシー・ラーニングのア

メリカン・モデル(金井・髙橋,2004)そのもの

であり,より全体的にみれば,国レベルの組織開

発である(深見,2008).

しかし,科学的特徴が強調されるアメリカン・

モデルとはいえ,必ずしも科学的根拠のみがアメ

リカ危機管理を動かしてきたわけではない.第一

に,そもそも危機管理においては成功の定義がむ

ずかしいので,因果関係の証明が不可能である.

第二に,すべての組織で,タスク分析や KSAs

特定を実施するのは不可能なので,推論にもとづ

いた取り組みになる.第三に,学習や教育の効果

は長年を要し,その間に環境も変化するので,厳

密にその効果を測定することは不可能である.

にもかかわらず,なぜ「管理科学的」管理を志

向するのか.Burke(1982)は,ウォーレン・ベ

ニスの言葉19)を引用し,証明が不可能であっても

信じて熱心に実践するさまは,まるで宗教のよう

だと揶揄されるほどで,最終的にはラインマネジ

ャー達がそれを信じて実践するか否かだと述べて

いる.前出の公聴会でも「管理的価値」と言及さ

れているように,「管理科学的」管理を採用する

か否かは,価値観の問題といえる.危機管理の実

務家の多くも,その価値観を支持している20).応

用管理科学としての危機管理は,その有効性を

「信じる」実務家たちの,管理科学フィロソフィ

によって推進されてきたといえよう.

⑶ フィロソフィを支えるマルチレベル・アプロ

ーチ

原則として災害はローカルで発生する.しかし

災害の規模や性質により,その影響は現場レベル

から最終的には国家レベルに至る.「このうちの

ひとつのレベルの要因の影響のみを研究するだけ

では,観察対象に直接あるいは間接的に影響を与

えている文脈の全体像を理解することはできな

い」(牧野,2010)ので,マルチレベル分析によ

る包括的なアプローチが必要となる.

マルチレベルによる議論は,レベルが上がるほ

ど抽象的な内容になりやすい.しかし,公教育を

推進しようと思えば,概念や理論はシンプルに説

明されるほうがよい.つまり,もっとも抽象度の

高い部分を扱う応用管理科学という学問分野は,

教育という点で有効である.そして,このとき,

マルチレベルの最終応用段階としての議論をすれ

ば,下位レベルでの定量的研究結果にもとづき,

根拠と論理の一貫性が確保されているので,単一

レベルでの定性的議論と比べて,そのぶん主観性

が排除されるという利点がある.したがって危機

管理の研究とは,概念整理をしながら,実務や公

を対象とした教育のための理論的枠組みを,マル

チレベルにもとづいて構築していく作業といえ

る.

「これまでの組織研究は,個人,集団,組織の

レベルを常に念頭において考えられてきた」(野

中,1986),「組織は職場集団の集合であり,現場

第一線の作業集団による貢献の集積が組織の成果

である」(桑田・田尾,1998)といわれるように,

もとより組織論はマルチレベル・アプローチであ

って,危機管理研究の中心に据えられるのは当然

のことであろう.

Ⅲ.危機管理の組織設計

アメリカにおける危機管理の理論構築は,組織

論のそれと同じく,組織構造と組織設計の議論に

始まる.危機管理は,対応,復旧,減災,準備の

4 つのフェーズによるマネジメント・サイクルだ

が,これに携わる中心的な組織主体は,2つのシ

ステムに分けられる(図 1).危機管理の正否は,

最終的に対応フェーズで試されることになるが,

この 2つのシステムがそれぞれの能力を発揮し,

うまく接合することにかかっている.

6 組織科学 Vol. 45 No. 4

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1.システム 1:現場レベルの組織設計

システム 1 は現場レベルで展開される組織体

で,実働専門組織を筆頭に当該事案対応に最適な

当局で構成される.図 1では,例として括弧内に

消防を挙げている.ここで問われるのは,危機対

応の実行能力のみである.

いったん災害や危機が発生した以上,損失を最

小限に抑えることが現場の使命となる.ヒューマ

ンエラーが誘発され,二次災害が発生し,損失が

拡大する事態は回避されなければならない.現場

の実行は空間分散(山本,1992)しているので,

「実行組織」(桑田・田尾,1998)で「第一線に対

する権威と指揮命令権を独占する組織の系列」た

るライン組織が崩壊しやすい.したがって,ライ

ン組織の統制が基本となる21).また,ライン組織

はトップから末端まで単一の指揮命令系統によっ

て結ばれた組織である.指揮命令系統は長くなる

と混乱するので,現場レベルのみで完結するよう

に設計されるのが妥当である.

⑴ 道具的組織

実働組織は,いつでも必要なときに使用可能な

道具でなければならないので,平時の構造が緊急

時の対応実行能力に直結する.図 2はアメリカの

消防の組織図22)である.消防救助隊と救急隊のみ

で構成され,火を消し,要救助者を助けだすため

だけの,文字通り道具的組織である.ただし,道

具的組織は組織の外形としては機械的組織なの

で,放っておくと,組織内政治やコンフリクトが

発生し蔓延する.これは,「閉鎖システム的な形

管理科学としての危機管理 7

図 1 アメリカ危機管理システム

システム2

システム1

国(FEMA)

カウンティ合同カウンティ

実働組織の庁(消防庁)

現場

実働組織(消防庁)

現場の隊(消防隊)

出所:筆者作成.

図 2 アメリカ消防組織図

4Firefighter/Paramedics

4Firefighter/Paramedics

4Firefighter/Paramedics

4Firefighter/Paramedics

4Firefighter/Paramedics

4Firefighter/Paramedics

LieutenantStation 1

LieutenantStation 2

LieutenantStation 1

AssistantFire Chief

AdministrativeSecretary

Fire Chief

LieutenantStation 2

LieutenantStation 1

LieutenantStation 2

BattalionChief

“Gold Shift”

BattalionChief

“Red Shift”

BattalionChief

“Black Shift”

出所:http://www.hanoverparkillinois.org/Services/Fire-Department/Organizational-Chart-and-

Staffing.aspx

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においては病的に拡大する傾向」があるので,

「外部的統制力の存在によって過度の政治的な活

動が抑制されると考えられる道具的な形」

(Mintzberg, 1989)をとるのが望ましい.閉鎖シ

ステム化を防ぐ外部統制力としては,たとえば,

アメリカの消防は地域によって,公組織,NPO,

企業とさまざまな経営形態をとり,経営に住民が

参加している.

このように,最適な道具として設計されるこ

と,それが外部統制という形でメンテナンスされ

ることが,実働組織の設計には必要な条件とな

る.

⑵ 機械的システムの即興的実行力

道具的組織のような機械的システムは「計画に

ないタスクを引き受けない」(野田,1990)とし

て,しばしば硬直性が問題になる.しかし,組織

の目標が「損失を最小限におさえる」ことにある

とすれば,「計画にない」というだけで必要なタ

スクを回避するという決定は,この組織目標とコ

ンフリクトを起こすことになる.つまり,計画に

あるかないかということは,組織が「損失を最小

限におさえる」ことを目標とした時点で,所与の

条件からチャレンジ(解決されるべき課題)に変

わる.アメリカは,計画にないタスクにも対応し

うる「即興的実行能力」をラインにもたせること

で,そのチャレンジを引き受けた.即興性(im-

provisation)とは,既存のルーチン対応と新しい

対応の組み合わせによる創造的過程(Leonald

and Howitt, 2007)である.

⑶ 科学的訓練設計

即興性は,優れた状況認識から始まる.状況認

識は「当該状況の本質に関して詳細な理解を発達

させること,その中心要素を理解していること」

(Leonald and Howitt, 2007)で,基本的には個人

のリスク認知問題だが,現場は集団作業であるの

で,集団レベルでこれの共有が維持される必要が

ある.その過程では,多面的なコンティンジェン

シーから収集された情報をマネジメントし調整す

ることが求められる.そこで,現場作業集団が集

団過程に関する非技術技能を発達させられるよう

な訓練開発が注目されるようになった(深見,

2007).非技術技能は,当該集団に期待されるコ

ンピテンシーによって様々であるが,コミュニケ

ーション,ストレスマネジメント,適応能力,対

人関係などに代表される.これらの非技術技能

は,認知心理学,エルゴノミクス,教育学などの

領域を横断する学際的アプローチを援用し,認知

スキル(cognitive skills)として科学的に特定さ

れ,訓練設計され,観察可能な行動によって評価

される(Seamster and Kaemp, 2001).但し,こ

のような科学的訓練設計には,それを反映した

SOPsの作成や教育開発支援など,他のレベルで

の努力も同時に求められる.

2.システム 2:政府レベルの組織設計

システム 2 は,主に調整や計画立案を仕事と

し,その構成主体は自治体と国である.対応フェ

ーズにおいてもそれは変わらず,野田(1990)も

指摘するように,本部体制は情報センターとはな

りえても決定中枢として機能することは実際には

殆どない.したがって,「より現実的という観点

からすれば,応急対応時の組織を,平常時の当該

組織の業務遂行における空間的広がり」(山本,

1992)として捉えられるのは,システム 2も,1

と同様である.しかし,システム 1 が「道具的組

織」としての常時臨戦態勢であったのに対し,シ

ステム 2 では,自治体という「サービス組織」に

おける臨戦態勢とは何かということを考えなけれ

ばならない.

⑴ 自治体の不確実性を抑制する国レベル

自治体は,外部に由来する不確実性をそのまま

内部に取り込まざるをえない組織(サービス組

織)である.ここでの不確実性とは,システム 1

が現場で直面するそれとは異なり,「組織の目的

あるいは組織の成果と,それを実現するために用

いられる手段や手順手続きとの関係が不明確で,

何をどのように行なえば,どのような成果が得ら

れるかを事前に周知できないこと」(田尾,1998)

であるから,目標と方法を明確にする努力が必要

8 組織科学 Vol. 45 No. 4

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になる.危機管理においては,当該地域のリスク

評価をおこない,それに基づいて地域の危機管理

政策を形成していくことになるが,厳しい予算制

限のあるなかで,地方の自治体に方法論の確立か

ら任せることには無理がある.そこで,方法論の

確立に関する研究開発および標準の策定について

は,国による主導が求められることとなる.実

は,FEMAが指揮をとることはない.指揮は実

行概念なので,常に現場に委ねられる.FEMA

の集権力は専ら,「研究,公教育,訓練や国土利

用の公式化,標準の構築」23)で発揮される.この

ように,自治体の不確実性を抑制するための研究

や教育を通じた標準化が,アメリカ危機管理にお

ける中央からの主たる統制である.

⑵ 担当者のプロフェッション化

国が標準を策定しても,自治体が実施しなけれ

ば意味をなさないが,実施を阻んできたのが自治

体担当者のモチベーションの低さであった.その

要因として,「ファーストレスポンダーのほとん

どが大学教育を受けていなかった.学習は経験か

オンザジョブに頼り,適切な能力や基礎力の修得

前に,人事異動がおこなわれていた.多くの政府

職員,特に中央政府職員にとって,危機管理職務

は,第二,第三のキャリアでしかなく,フルタイ

ムのプロフェッショナルでもなければ,そのよう

な価値もないとされていた」ことが挙げられた

(Blanchard, 2009;深見・久本,2011).アメリカ

の地方政府ではファーストレスポンダー出身者を

災害担当に採用することが少なくなかったが,彼

らは,より高位のゼネラリスト型公務員や幹部,

政治家に対してパワーという点で劣っていた.こ

れが統合性を欠く危機管理の原因として批判され

るようになり,プロフェッショナリズムの強化が

図られることとなった(Blanchard, 2007;深見,

2010).前節で述べた学問としての危機管理は,

この危機管理という仕事の地位向上過程に大きく

貢献することになる.

⑶ ライン人事

プロフェッション化は,端的にいえば専門的権

威づけだが,博士号/職業団体/資格では不十分

である.危機管理という仕事が権威をもつために

は,危機管理の現場が尊敬されるようにならなけ

ればならないが,それには現場出身者が権威ある

職位につけるようなキャリア・パスが必要であ

る.アメリカでは,システム 1 の現場生え抜きを

国レベルで登用し,彼らに公教育の開発や国の標

準化に携わらせている.国レベルはシステム 1 に

含まれないが,生え抜きのライン人事が国レベル

まで延長されている24)ことによって,システム 2

の国レベルに対し現場からのフィードバックが可

能になり,現場を反映した政策がトップダウンで

おりていく仕組みである.これにより,実務家の

モチベーションが高まるだけでなく,現場を反映

した実務的な政策が可能になるという利点もあ

る.

Ⅳ.日本危機管理の設計

それでは,日本危機管理については,どのよう

なインプリケーションが得られるであろうか.以

下では,日本の危機管理を災害文脈で考察しなが

ら,組織論からの提言を試みる.

1.現場レベル:道具的組織の設置と科学的訓

アメリカ消防は道具的組織として設計されてい

るが,日本消防(図 3)は,他の役所同様,平時

における事務を仕事とするサービス組織として設

計されている.消防隊は警防課に所属するが,そ

れはサービス組織の下位集団という位置づけであ

り,実働組織のラインとして設計されているわけ

ではない.

危機発生時,自衛隊に頼ってしまうのは,自衛

隊がわが国に存在する唯一の道具的組織だからで

ある.これは,日本に国内事案専門の実働組織が

現存しないことの表れでもある.しかし,自衛隊

頼みの危機管理にはシビリアンコントロールの点

から批判があるほか,組織論的にみても,現場か

ら離れた基地に初動を依頼するのは効率的とはい

えない.浅野(2010)は「[災害時には自衛隊]

管理科学としての危機管理 9

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という固定概念を再検討し,あらたな方策を模索

すべき」と指摘しているが,現場に最も近いレベ

ルにある消防を組織改編し,平時の予防業務を始

めとするサービス組織と緊急時の対応を実行する

消防隊組織をわけ,後者を道具的組織として設計

し,科学的訓練設計によってその質的向上に努め

ることが最善であるように思われる.「中身の充

実にもっと力を入れないと,画一的な,精神的,

形式的な教育では,これからの災害に打ち勝つこ

とは難しい」(高見,2007)と指摘されるように,

わが国の消防では科学的訓練設計がおこなわれて

いない.これは,サービス組織である日本の消防

にとって,実行能力を向上させることよりも,自

治体組織の不確実性を低減することのほうが優先

されるからである.

2.政府レベル:ラインという基本命題⑴ 災害行政のライン化

アメリカではサービス組織における常時臨戦態

勢が問われたが,それはすでに災害行政における

ラインが存在していたからである.日本には災害

行政のライン組織が存在しないので,その設置か

ら考える必要がある.

現在,わが国の災害対策に関する政府組織主体

は,国レベルにおいては中央防災会議,自治体レ

ベルでは都道府県防災会議,市町村防災会議とな

っている.中央防災会議の政府組織における位置

づけを表したのが,図 4,5である.内閣総理大

臣(あるいは防災担当大臣)から政策統括官以下

をラインとした場合,政府組織における中央防災

会議の位置づけは,スタッフになる.内閣総理大

臣の諮問に対し意見具申をおこなうのが中央防災

会議だとされているが,他方,中央防災会議の作

成する防災計画は,最上位計画としてわが国の災

害対策の根幹をなす.しかし,中央防災会議は計

画「実行」のラインではなく,スタッフとして設

計されているので,計画は策定しても,組織構造

上,その実行に責任をもたない.さらに,ライン

トップの内閣総理大臣は,諮問する立場であると

同時に中央防災会議の会長も兼任しており,ライ

ンとスタッフの区分が明確でない.これは他の政

府レベルでも同様で,都道府県防災会議の会長は

知事,市町村防災会議は首長ということになって

いる.ラインとスタッフの区分は確立されていな

いと組織過程が混乱する(桑田・田尾,1998)の

で,日本の災害対策の構造には組織過程の混乱要

因がすでに内在していると考えられる.

日本でも FEMAのような専門組織の創設が検

10 組織科学 Vol. 45 No. 4

図 3 日本消防の組織図

事業計画の策定/人事に関する事務/消防署施設の管理/予算執行/福利厚生/庶務全般

消防活動業務/救急業務/都民や自主防災組織に関する防災訓練指導/消防水利の調査/消防演習や訓練の計画・実施/消防車両管理

事業所の防火・防災管理指導/火災調査/消防広報/立入検査/建物の安全対策指導/危険物施設の許認可

消防署[81 署]

消防出張所[208 所]

消防分署[3分署]

総務課

警防課

予防課

注:日本の消防署の組織構成は,全国的に画一である.

出所:http://www.tfd-saiyo.jp/about/diagram.html

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管理科学としての危機管理 11

図 4 中央防災会議⑴

諮問

答中意見具申

中央防災会議会長:内閣総理大臣委員:防災担当大臣,防災担当大臣以外の全閣僚(17 名以内),指定公共機関の長(4名),学識経験者(4名)

幹事会会長:内閣府大臣政務官顧問:内閣危機管理監副会長:内閣府政策統括官(防災担当)    消防庁次長幹事:各府省庁局長クラス

内閣総理大臣防災担当大臣

専門調査会(中央防災会議の議決により設置)

図 5 中央防災会議⑵

内閣府本府

内閣総理大臣

内閣官房長官

副大臣 大臣政務官

防災担当大臣(特命担当大臣)

内閣官房副長官

事務次官

内閣府審議官

審議官

参事官(防災統括担当)

参事官(防災予防担当)

参事官(災害応急対策担当)

参事官(災害復旧復興担当)

参事官(地震火山対策担当)

企画官

防災通信官

政策統括官(総合企画調整担当)

大臣官房

賞勲局

政策統括官(沖縄対策担当)

政策統括官(防災担当)

政策統括官(科学技術政策担当)

政策統括官(経済財政・経済社会システム担当)

政策統括官(経済財政・運営担当)

沖縄振興局

国民生活局

男女共同参画局

中央防災会議

出所:内閣府ホームページをもとに筆者作成.

出所:内閣府ホームページをもとに筆者作成.

Page 9: 特集/組織と危機管理 管理科学としての危機管理 · カ危機管理の学理は,このために作られた. ⑵ 管理科学フィロソフィ 危機管理のタスクが何かを特定し,その遂行に

討されることがあるが,国以外にも,あらゆる政

府レベルを縦断する定常的な災害専門職を創出

し,計画策定と実行の両方を仕事とする災害行政

のライン組織を形成することであろう.

⑵ 住民のエージェント化

わが国の防災計画では「国民の自己責任が明確

にうたわれているにもかかわらず,防災計画の策

定に国民の代表がくわわっていないのが実状」

(浅野,2010)である.自治体レベルでは防災担

当者や消防士などが地元の理解を得る努力を重ね

ているが,遅々として進まない.

危機管理における住民参加の目的は,合意形成

と,いわゆる自助・共助の KSAs をもつ住民を

増やすことである.これは,住民がクライエント

からエージェントへ主体的に変化しなければ達成

されない.たとえばアメリカにおける住民参加

は,実働組織の下にボランティアの下部組織を設

置し,自らファーストレスポンダーになるように

教育されることで達成されている.ボランティア

の消防士が消防組織のラインに位置づけられるの

が典型であろう25).現在の合衆国消防の長も,

FEMAの長も,最初は地元のボランティアから

始まっている.このように,ライン人事を市民ま

で延長することで,彼らのエージェントへのコミ

ットメントを強め,インセンティブを提供してい

る.

日本にも,行政末端補完機能を果たす地域団体

がある.現存する資源として,これらの勢力を有

効活用すべきだが,彼らがクライエント・サイド

に立っていることが問題である.すでに防災士な

どの動きはあるが,これが国によって標準化さ

れ,ライン人事につながり,エージェントとなる

ことが肝要であるように思われる.

3.組織図の再考

組織図は組織設計と同義であって,とくに公の

アカウンタビリティが求められる組織において

は,組織が実行できる構造であるかどうかは,計

画以前に組織図で評価が可能である.ここで改め

て,日本危機管理の組織図における問題点に言及

しておきたい.

組織図は,「各部の構成と社会的限界,だれに

よって各ポストが担当されているか,従業員の所

属する管理者がだれか,管理者が命令する部下は

だれか」(Fayol, 1918)を示すものである.

つまり,「管理者がだれか」ということが示さ

れなくてはならない.例えばアメリカ消防(図

2)が,Fire Chief(署長)をトップとして,

Assistant Fire Chief(副署長),Battalion Chief

(隊長)と結ばれていくように,アメリカ危機管

理当局の組織図では,少なくとも上位 3層は,管

理者の職位で表されるのが一般的である.

一方,日本当局の組織図では,管理者は明確に

示されない.日本消防(図 3)が,消防署をトッ

プとして総務課に結ばれるように,各部の構成に

よってのみ設計されている.これは,実行に関す

る権限と責任が公式に定められていないこと,つ

まり,ラインが公式に存在しないことを反映して

いる.危機対応の実行力に関してアカウンタビリ

ティを促進するならば,まずは組織図から改善さ

れる必要があるだろう.

Ⅴ.おわりに

本稿で概観してきたように,アメリカにおい

て,危機管理という学問を形成し,概念化を押し

進めてきたのは,組織論を中心とする管理科学で

あった.しかし,認知心理学によって科学的な検

証が進みつつあるとはいえ,国レベルでその有効

性を証明する科学的根拠はない.アメリカ危機管

理を支えているのは,今も昔も,実務家の管理科

学フィロソフィである.

日本の危機管理には,管理科学フィロソフィが

ない.曖昧な構造では,階級による政治ゲームが

組織に広がる(Mintzberg, 1989).田尾(1990)

も,「自治体は,その組織ダイナミックスにおい

てポリティカルであるといっても大方に間違いは

ない.単純な協同関係よりも,ゲーム的な事態を

想定する方が適切といえることも多い」と指摘し

ている.従って,あらゆるレベルで日本の実務家

がもちやすいのは,政治フィロソフィであるとい

12 組織科学 Vol. 45 No. 4

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えよう.だとすれば,政治フィロソフィに動機づ

けられた管理者が,管理科学的管理を選び,これ

までとまるで違う価値観を実行することはあるの

だろうか.いま,日本における危機管理の実行力

も,実務学問としての管理科学的危機管理研究

も,その限界は,ここにあるように思われる.

謝辞

本稿は,筆者が一貫して取り組んできた危機管理に関す

る組織論的考察をまとめたものです.これまで,日本学術

振興会特別研究員奨励費(平成 17年度〜19年度,平成 21

年度〜23 年度),京都大学大学院経済学研究科京都エラス

ムス計画海外派遣プログラム(平成 22 年度,23 年度)の

助成をいただきました.在米研究を支援していただきまし

たジョージ・ワシントン大学(Institute for Crisis,

Disaster and RiskManagement)の Dr. Greg. L. Shaw,調

査協力を賜りました実に多くの日米当局関係者の方々へ,

この場をお借りして,厚く御礼申し上げます.解釈上の誤

りはすべて筆者の責に帰すものです.

1) 広義の Applied Management Science.

2) Emergency Management Glossary of Terms, Institute for

Crisis, Disaster and Risk Management, The George

Washington University,Washington, D. C., January 8, 2009.

3) 法執行の Crisis Managementはまた別の枠組みである.

4) Ibid. 深見(2010).

5) Crisis Managementとの訳し分けについては,Emergency

Management を緊急事態管理と訳すこともできるが,

EmergencyManagementを危機管理,Crisis Management

を企業危機管理(あるいは法執行危機管理)と訳すほう

が,上位−下位概念関係を示すうえで適切であるように思

われる.

6) なお,テロ対策は両者をまたぐグレーゾーンで,国土安全

保障(Homeland Security)という枠組みで議論される.

7) たとえば,「キューバ危機の反省・教訓から生まれた学問

領域又は行政,経営の分析手法「主に国際関係論の分野で

ベルリンの危機やキューバ危機などを主題に,(中略)近

年アメリカで盛んになったもの」(浅野,2010),「キュー

バ危機への対応に代表される核戦争を防止するための国家

の危機管理の考え方」(上田ほか,2003)など.

8) Marks, C. A., Knowledge Systems Necessary for the

Emergency Manager of the 21st Century, Federal

Emergency Management Agency Higher Education

Project, April 29, 2005, pp. 13-15; Ireland, Lee., The NFA-

EMI Story, Lee Ireland, 2008.

9) Committee on Governmental Affairs United States Senate,

Executive Branch Reorganization: An Overview, 95th

Congress 2nd session, Congressional Research Service

Library of Congress, March 1978, pp. 1-5.

10) インシデント・コマンド・システム(ICS).2004 年から

公式に国家標準として採用された.明確なライン組織,統

制範囲,目標管理などを原則とし,「すべてのレベルで効

果的,効率的,協働的にマネジメントをおこなうための,

組織過程,用語,原理原則,概念,ドクトリンをひとつの

セットにしたもの」(Walsh et al., 2005)とされていること

からも,組織論が中心にあったのは明らかである.

11) Hearings, Reorganization Plan No. 3 of 1978, Subcommittee

on Intergovernmental Relations of the Committee on

Governmental Affairs United States Senate, 95th Congress,

2nd Session, June 20 and 21, 1978, p. 1.

12) Ibid, p. 3.

13) 同公聴会の冒頭陳述では,「連邦政府の災害対応と防災活

動は,組織的なオーバーホールを必要とし(中略)しか

し,今に始まったことではありません.連邦の危機管理権

限に端を発する問題は,過去 30 年以上にわたり何度も繰

り返し再編されたり再調整されたりしてきており,それら

を今日的に強調しているに過ぎないのです」と,民間防衛

が発足して以来,一貫して議論されてきたことを証言して

いる(深見,2008).

14) スリーマイル島原子力事故を FEMA創設の契機とする説

(浅野,2010)は誤りである.同事故は 1979年 3月に発生

したが,半年で新省庁は設置できない.当時新制度導入過

程は,議会の承認を受けるまでに 19ヶ月,施行には 3 年

以上かかることが統計的に明らかにされている(Study on

Federal Regulation, Committee on Governmental Affairs

United States Senate, volume Ⅳ, “Delay in the Regulatory

Process,” 95th Congress 1st Session, July 1977, p. Ⅸ).実

際,フォード政権下 1976 年に FEMA の前身 Federal

Emergency Preparedness Agency が で き,1978 年 に

FEMA 設立が決定され,1979年に発足という手順を踏ん

でいる.

15) Emergency Preparedness and Response-some Issues and

Challenges Associated with Major Emergency Incidents,

Testimony Before the Little Hoover Commission, State of

California, GAO, 2006, pp. 4-5.

16) ここで特定されたコンピテンシーや KSAs,理論構築のた

めに援用される学術領域などについては,深見(2008,

2010)に詳しい.

17) 2004 年当時,学部 120,修士 70,博士 8 のプログラムが

全米の大学で展開され,修士課程についてはビジネス・ス

クールが圧倒的に多い.その他デミング賞を受賞した

EMI(FEMAの教育部門)が常時 400以上の科目をそろ

え,2007年当時で 514のレジデント・コースを実施,1万

4565人の学生が学んだ.遠距離学習プログラムは,62コ

ース 280万人以上が受講,フィールド訓練も 2007年だけ

で 2万 4950名の対応職員/ボランティアを訓練した(深

見・久本,2011)

18) あらゆる政府レベルに危機管理者の職位を創出したほか,

ファーストレスポンダーが危機管理コンサルティング会社

や訓練会社を立ち上げたり,大学の危機管理講座の教員と

なったり,企業や大学,医療機関などの危機管理者に転職

したりしている.

19)「こうした価値観の実現によって,究極的には,より人道

的で民主的なシステムの実現が可能になるだけでなく,そ

管理科学としての危機管理 13

Page 11: 特集/組織と危機管理 管理科学としての危機管理 · カ危機管理の学理は,このために作られた. ⑵ 管理科学フィロソフィ 危機管理のタスクが何かを特定し,その遂行に

れがより能率的なシステムの実現にもつながると信じてい

る」(Burke, 1982,p.516-517).

20) 国際危機管理者協会の調査(2005年)では,危機管理職

にある者のうち最終学歴が大学院である人が最多の 39%

を占め(同年 FEMAの調査では 52%),「学術との協働や

官民イニシアチブはあなたの仕事にとって有用ですか?」

という問いに 92%が「YES」と回答している(深見,

2010).

21) アメリカでは,この現場レベルでは,ICSを必ず用いなけ

ればならないとされている.

22) アメリカの消防の組織形態は,各地域の事情に合わせて多

種多様であるが,ここでは基本的な図を用いている.

23) Hearings, Reorganization Plan No. 3 of 1978, Subcommittee

on Intergovernmental Relations of the Committee on

Governmental Affairs United States Senate, 95th Congress,

2nd Session, June 20 and 21, 1978, p. 6.

24) FEMA長官は政治的な理由から任命されることが少なく

なかったが,カトリーナをきっかけに生え抜き人事に転換

した.地方危機管理者のモチベーションは一気に高揚し,

FEMA政策を支持する実務家が増加した.

25) ほかにも,捜索救助を担当する危機対応部隊,引退した看

護士や医師による医療予備隊,警察事務ボランティアなど

がある.

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