特許の質を高めるために - tokugikon.jp · 2014.5.13. no.273 37 tokugikon...

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36 tokugikon 2014.5.13. no.273 抄録 じんざい国際特許事務所  河野 生吾 特許の質を高めるために められる特許の質」についての考察を行い、これを前提と して、今求められる特許の質を高めるために、代理人とし てあるべき姿を考察するとともに、それに伴って特許庁及 び審査管に期待することについて、僭越ではあるが、個人 的意見も含め言及する。 2. 今求められる特許の質について (1)現状の把握 ①日本の特許出願の推移 日本の特許出願件数の推移は、図 1 に示す通りであり、 日本における特許出願の件数は、近年減少傾向にある。特 に、リーマンショック後の 2009 年以降は、その件数が急 激に落ち込んでいる。 1. はじめに 量から質への転換が求められる近年、特許の分野でも同 様に出願件数を争うステージから特許の質を求めるステー ジに移行しつつある。 しかし、一言で「特許の質」と言っても、その意味は一 義的に定まるものではなく、その時の社会情勢や、「特許 の質」を考える者の立場の違いによって、その意味も異な る。例えば、単純な例を挙げれば、特許を商品のアピール ポイントにしているような場合には、その特許が存在して いること自体に大きな意味があるため、無効になり難い特 許が質の高い特許と考える傾向が強くなるだろうし、ライ バル会社への権利行使を視野に入れて取得した特許であれ ば、権利範囲の広い特許が質の高い特許と考える傾向が強 くなるものと思われる。 そこで、今回は、まず現状を把握し、そのなかで「今求 量から質への転換が求められる近年、特許の分野でも同様に出願件数を争うステージから特許の質を 求めるステージに移行しつつあるが、一言で「特許の質」と言っても、その意味は一義的に定まるもので はなく、社会状況や立場の違い等の様々な要因によって、その意味は異なる。このため、まずは「今求め られる特許の質」について考察を行い、この内容を踏まえたうえで、今求められる特許の質を高めるため に、代理人としてあるべき姿を考察するとともに、特許庁及び審査管に期待することについて考える。 図 1 日本の特許出願件数の推移 (出典:特許行政年次報告書2013年度版) (備考)特許出願件数には国内移行したPCT 国際出願を含む。 413,092 423081 427,078 408,674 396,291 391,002 348,596 344,598 342,610 342,796 0 100,000 200,000 300,000 400,000 500,000 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 (件) (年) 特許の質 ~より一層信頼される審査を目指して~

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36tokugikon 2014.5.13. no.273

抄 録

じんざい国際特許事務所  河野 生吾

特許の質を高めるために

められる特許の質」についての考察を行い、これを前提と

して、今求められる特許の質を高めるために、代理人とし

てあるべき姿を考察するとともに、それに伴って特許庁及

び審査管に期待することについて、僭越ではあるが、個人

的意見も含め言及する。

2. 今求められる特許の質について

(1)現状の把握

①日本の特許出願の推移 日本の特許出願件数の推移は、図1に示す通りであり、

日本における特許出願の件数は、近年減少傾向にある。特

に、リーマンショック後の2009年以降は、その件数が急

激に落ち込んでいる。

1. はじめに

 量から質への転換が求められる近年、特許の分野でも同

様に出願件数を争うステージから特許の質を求めるステー

ジに移行しつつある。

 しかし、一言で「特許の質」と言っても、その意味は一

義的に定まるものではなく、その時の社会情勢や、「特許

の質」を考える者の立場の違いによって、その意味も異な

る。例えば、単純な例を挙げれば、特許を商品のアピール

ポイントにしているような場合には、その特許が存在して

いること自体に大きな意味があるため、無効になり難い特

許が質の高い特許と考える傾向が強くなるだろうし、ライ

バル会社への権利行使を視野に入れて取得した特許であれ

ば、権利範囲の広い特許が質の高い特許と考える傾向が強

くなるものと思われる。

 そこで、今回は、まず現状を把握し、そのなかで「今求

 量から質への転換が求められる近年、特許の分野でも同様に出願件数を争うステージから特許の質を求めるステージに移行しつつあるが、一言で「特許の質」と言っても、その意味は一義的に定まるものではなく、社会状況や立場の違い等の様々な要因によって、その意味は異なる。このため、まずは「今求められる特許の質」について考察を行い、この内容を踏まえたうえで、今求められる特許の質を高めるために、代理人としてあるべき姿を考察するとともに、特許庁及び審査管に期待することについて考える。

図 1 日本の特許出願件数の推移(出典:特許行政年次報告書 2013 年度版)

(備考)特許出願件数には国内移行したPCT 国際出願を含む。

413,092 423081 427,078 408,674 396,291 391,002

348,596 344,598 342,610 342,796

0

100,000

200,000

300,000

400,000

500,000

2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012

(件)

(年)

特許の質 ~より一層信頼される審査を目指して~

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③業種別特許出願件数の推移 2012年の出願件数上位300社を対象とした業種別特許

出願件数の推移は、図2に示す通りであり、電気機器(87

社)で、出願件数が大幅に減少している一方で、それ以外

の分野では、ほぼ横ばいか、微減程度であり、全体の特許

出願件数の減少が、電気機器の分野での特許出願件数の落

ち込みに起因している様子がみてとれる。

④審査順番待ち件数及び時間 日本の特許出願における審査順番待ち件数及び期間は、

図3に示す通りであり、近年、審査順番待ちの件数及び期

間が両方とも大幅に減少している。

⑤日本の特許出願における最終処分実績の推移 日本の特許出願における最終処分実績の推移は、表2に

示す通りであり、日本において、全体に占める特許査定の

割合は、近年、増加傾向にある。

②日本の特許出願における内外国人別統計 日本の特許出願における内外国人別の統計は、表1に示

す通りである。国内の出願人の特許出願件数と、外国の出

願人の特許出願件数とを、2003年及び2012年で比較して

みると、国内の出願人の特許出願件数が2割以上減少して

いるのに対して、外国の出願人の特許出願件数は1割程度

増加しており、国内と外国で対照的な結果になっている。

表 1 日本の特許出願における内外国人別統計(出典:特許行政年次報告書 2013 年度版[統計・資料編])

出願件数 登録件数内国 外国 内国 外国

2003 年 362,711 50,381 110,835 11,6762004 年 368,416 54,665 112,527 11,6652005 年 367,960 59,118 111,088 11,8562006 年 347,060 61,614 126,804 14,5952007 年 333,498 62,793 145,040 19,9142008 年 330,110 60,892 151,765 25,1852009 年 295,315 53,281 164,459 28,8902010 年 290,081 54,517 187,237 35,4562011 年 287,580 55,030 197,594 40,7292012 年 287,013 55,783 224,917 49,874

図 2 業種別特許出願件数の推移(出典:特許行政年次報告書 2013 年度版)

12.3 13.0

13.2 12.6

12.0 11.8

10.7

10.4 10.4

9.9

2.8 2.9 3.0 2.9 3.0 3.1

2.4 2.4 2.6 2.8

2.6 2.7 2.8 2.6 2.5 2.6

2.3 2.5 2.4 2.3

1.7 1.8 1.8 2.0 1.9 1.8

1.6 1.7 1.8 2.0

0.2 0.2 0.3 0.2 0.2 0.2 0.2 0.2 0.2 0.2

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

5.0

6.0

4.5

5.5

6.5

7.5

8.5

9.5

10.5

11.5

12.5

13.5

2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012

電気機器(87社) 輸送用機器(35社)化学(49社) 機械(39社)その他製造業(20社) 精密機器(11社)鉄鋼・非鉄金属(16社) 非製造業(18社)繊維・ガラス・土石製品(18社) 大学・研究所・財団等(8社)

出願件数(万件・電気機器のみ)

出願件数(

万件・電気機器以外)

図 3 審査順番待ち件数及び時間(出典:特許行政年次報告書 2013 年度版)

(備考) ・ 審査順番待ち件数には審査請求料の納付繰延制度における    料金未納付のものが含まれていない。   ・審査順番待ち件数は各年度の年度末における値に基づいて    いる。

65

79

8691

85

69

54

42

29

26.2

25.726.7

28.329.3

29.127.3

22.2

16.1

0

5

10

15

20

25

30

35

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012

(万件)

(年度)

審査順番待ち件数 審査順番待ち期間 (月)

表 2 特許出願における最終処分実績の推移(出典:特許行政年次報告書 2013 年度版)

実 績 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 前年比特許査定件数 159,961 178,227 205,652 220,495 254,502 115%拒絶査定件数 154,163 171,396 164,639 138,784 120,896 87%( うち戻し拒絶査定件数) 85,443 105,004 100,951 84,419 70,297 83%FA 後取下げ・放棄件数 4,779 5,169 4,600 5,433 5,566 102%特許査定率 50.2% 50.2% 54.9% 60.5% 66.8% −拒絶査定率 49.8% 49.8% 45.1% 39.5% 33.2% −

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38tokugikon 2014.5.13. no.273

⑦世界の特許出願件数の推移 世界の特許出願件数の推移は、図5に示す通りであり、

リーマンショック後の2009年は減少に転じたものの、そ

の翌年の 2010年には再び増加に転じ、2011年はさらに

増加に転じている。

⑧五大特許庁における特許出願件数の推移 五大特許庁(中国、米国、日本、韓国及び欧州の特許庁)

における特許出願件数は、図6に示す通りであり、日本以

外は、近年増加傾向にあり、特に中国の特許出願件数の増

加には、目を見張るものがある。

⑥�日本の特許庁を受理官庁としたPCT国際出願件数の推移

 日本の特許庁を受理官庁とした PCT国際出願件数の推

移は、図4に示す通りであり、増加の一途をたどっている。

具体的には、2003年において日本の特許庁を受理官庁と

した PCT国際出願件数は 17097件であるのに対して、

2012年において日本の特許庁を受理官庁としたPCT国際

出願件数は42787件に昇り、その差は、2.5倍以上になっ

ている。

図 4  日本の特許庁を受理官庁とした PCT 国際出願件数の推移(出典:特許行政年次報告書 2013 年度版)

図 6 五大特許庁における特許出願件数の推移(出典:特許行政年次報告書 2013 年度版)

図 5 世界の特許出願件数の推移(出典:特許行政年次報告書 2013 年度版)

17,097

19,850

24,290 26,422 26,935

28,027 29,291

31,524

37,974

42,787

0

5,000

10,000

15,000

20,000

25,000

30,000

35,000

40,000

45,000

2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012

(件)

(年)

(資料)JPO 統計資料編 第1 章1.   USPTO USPTO ウェブサイト   EPO EPO Annual Report (European Patent application 参照)   SIPO SIPO ウェブサイト   KIPO 2008 年~ 2011 年:KIPO ウェブサイト   2012 年:KIPO 提供資料(暫定値)

65.3

54.3

34.3

18.514.8

0

10

20

30

40

50

60

70

2008 2009 2010 2011 2012

(万件)

(出願年)

中国 米国 日本 韓国 欧州

89

136

55

78

0

50

100

150

200

250

2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011

(万件)

(出願年)

非居住者による特許出願

居住者による特許出願4割弱が非居住者による出願

214万件

144万件

特許の質 ~より一層信頼される審査を目指して~

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39 tokugikon 2014.5.13. no.273

⑩五大特許庁の審査順番待ち時間 五大特許庁(中国、米国、日本、韓国及び欧州の特許庁)

の審査順番待ち時間は、図8-1に示す通りであり、その傾

向は、各国間で、種々の状況により異なっているが、その

期間自体は、中国の11.4ヶ月、韓国の16.8ヶ月を除けば、

概ね20ヶ月を若干超える程度の期間になっている。

 ただし、日本では、図3に示す通り、その後に審査期間が急

激に短くなり、最近では1年を切る期間まで短縮されている。

⑨USPTO及びEPOにおける特許出願構造 USPTO(米国特許庁)における特許出願構造は図7-1に

示す通りであり、米国の内国人による出願件数は、近年、

全体の出願件数の増加に合わせて増加している。

 また、EPO(欧州特許庁)における特許出願構造は図7-2

に示す通りであり、EPC加盟国の出願人による出願件数

は、近年、横ばいか、或いは微増の傾向になり、少なくと

も減少傾向にはない。

図 7-1 USPTO における特許出願構造(出典:特許行政年次報告書 2013 年度版)

図 7-2 EPO における特許出願構造(出典:特許行政年次報告書 2013 年度版)

(備考)Utility Patent が対象 http://www.uspto.gov/web/offi ces/ac/ido/oeip/taf/us_stat.htm(資料)2002 年~ 2011年:USPTO ウェブサイト  2012 年:USPTO提供資料(暫定値)

18.9 19.0 20.8 22.2 24.1 23.2 22.5 24.2 24.8 27.4

6.0 6.5 7.2 7.7 7.9 8.2 8.2 8.4 8.58.89.3 10.3

11.112.7

13.6 14.2 14.916.4 17.1

18.1

0

10

20

30

40

50

60

2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012

(万件)

(出願年)

外国人(日本人を除く)による出願

日本人による出願

内国人による出願

(備考)EPC 加盟国は各年末時点での加盟国に基づく(資料)EPO Annual Report

5.8 6.1 6.4 6.6 6.8 7.2 6.9 7.5 7.2 7.3

1.9 2.1 2.1 2.2 2.3 2.3 2.0 2.2 2.1 2.34.0 4.2 4.4 4.7 5.0 5.1

4.65.5 5.0 5.3

0

5

10

15

20

2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012

(万件)

(出願年)

EPC加盟国以外(日本人を除く)の出願人による出願

日本人による出願

加盟国の出願人による出願

図 8-1 五大特許庁の審査順番待ち時間(出典:特許行政年次報告書 2013 年度版)

図 8-2 五大特許庁の審査官数の推移(出展:特許行政年次報告書 2013 年度版)

(備考)JPO 及びKIPO は審査請求日から一次審査までの期間。   USPTO 及びEPO は、出願日から一次審査までの期間。   SIPO は実体審査フェーズ移行から一次審査までの期間。   ※実体審査フェーズ移行とは方式審査各種手続等が完了し、    実体審査が開始できる状態のことをさす。(資料)IP5 Statistics Report 2011

22.8

19.0 20.2

21.8

25.1

26.7 28.5 29.1 28.7

25.9

9.9 12.1

15.4

18.5 16.8

11.6 11.4

24.9 25.7 25.9 24.4

23.6

0.0

5.0

10.0

15.0

20.0

25.0

30.0

35.0

2007 2008 2009 2010 2011

(か月)

(年)

EPO審査順番待ち期間JPO審査順番待ち期間KIPO審査順番待ち期間

SIPO審査順番待ち期間USPTO審査順番待ち期間

(備考)JPO の2004 年~2011 年の括弧内は任期付審査官数。(資料)USPTO Annual Report   SIPO A BRIEF INTRODUCTION AND REVIEW 2013 No.1   EPO IP5SR   JPO 統計・資料編 第5 章4.   KIPO Annual Report

3,365 3,365 3,449 3,555 3,689

3,864 3,969 3,966

3,949

1,126 1,243(98) 1,358(196)

1,468(294)

1,567(392)

1,680(490)

1,692(490)

1,703(490)

1,711(490)

1,713(490)

513 558 728 727 660 678 675 712 711

1,178 1,247 1,427

2,046 2,8013,355

3,859 4,062

4,402

5,730

3,535 3,681

4,177

4,779

5,376

5,955 6,143 6,128

6,690

7,831

0

1,000

2,000

3,000

4,000

5,000

6,000

7,000

8,000

2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012

人数(人)

(年)

EPOJPOKIPOSIPOUSPTO

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⑫世界の特許文献の発行件数の推移 世界の特許文献の発行件数の推移は、図10に示す通り

であり、全体として、増加傾向にあるが、これに対して日

本での特許文献の発行件数は減少傾向になり、全体に占め

る日本の特許文献の割合は、1996年が65%であったのに

対して、2011年は18%にまで落ち込んでいる。

(2)現状の分析

①グローバル化の流れ 図1に示す通り、日本特許庁への特許出願件数は、近年、

減少傾向にある。一方、図5及び図6に示す通り、世界の

特許出願件数は、増加の傾向にあるとともに、日本以外の

世界の主要国である中国、米国、韓国及び欧州の特許庁へ

の特許出願の件数は、横ばいか、或いは増加傾向にある。

この点で、日本は、日本以外の主要国と異なる傾向を示し

ている。

 また、表1、図7-1及び図7-2に示す通り、日本国内の

個人や企業が日本に特許出願した件数も近年、減少傾向で

ある。一方、米国及び欧州の特許庁の特許出願構造は、そ

の内国民や加盟国の国民が行った特許件数は、横ばいか、

或いは増加傾向にある。この点でも、日本は、日本以外の

主要国と異なる傾向を示している。

 これに対し、図4に示す通り、日本の特許庁を受理官庁

とするPCT国際出願件数は、近年、急激な増加傾向にある。

 これらの現状からは、日本において、諸外国と比べてグ

ローバル化が進んでいなかった企業等が、急速にグローバ

ル化を進め、外国での特許取得に手間と資金を集中させて

いる様子が見て取れる。

 勿論、長引く不況により、特許関連の予算が絞られてい

るという事情も存在するとは思うが、それにも増して、急速

なグローバル化による外国特許取得の必要性の高まりから、

そこに手間と資金を集中せざるを得ないという事情が存在

するものと推測され、その結果として、日本国内への特許出

 また、五大特許庁(中国、米国、日本、韓国及び欧州の

特許庁)の審査官数の推移は、図8-2に示す通りであり、

米国や中国の特許庁では、急激な増員を行っている。

 これに対し、欧州の特許庁のように処理件数に比べて余

裕のある人員を確保しているわけではない日本の特許庁

が、大幅な審査官の増員を行わずに、審査期間を短縮させ

ていることは、特筆すべき点であると考える。

⑪主要特許庁の特許査定率の推移 主要特許庁(欧州、日本、韓国及び米国の特許庁)の特

許査定率の推移は、図9に示す通りであり、2009年まで

は日本のみが特許査定率が上昇する傾向にあり、その他の

主要国は、下降傾向にあったが、2010年以降は、何れの

主要国も特許査定率が上昇している。

図 9 主要特許庁の特許査定率の推移(出典:特許行政年次報告書 2013 年度版)

(備考)各庁の特許査定率の定義は以下のとおり。(各年における処理件数が対象)・JPO 特許査定件数/(特許査定件数+拒絶査定件数 +審査着手後の取下・放棄件数)・USPTO 2010 年以降特許査定率の算出方法を変更している。  2007年~2009年 特許許可件数/(特許許可件数+放棄件数) 2010 年~ 特許証発行件数/報告年の処理件数・EPO 特許公告件数/(特許公告件数+拒絶査定件数+放棄件数)・KIPO 特許査定件数/(特許査定件数+拒絶査定件数+審査着手後 の取下げ・放棄件数)※ SIPO は特許査定率を公表していない。

50.4

49.5 42.1 42.5 47.4

48.9

50.2 50.2 54.9

60.5

73.6

67.6

60.4 62.7 64.5

48.7 44.0

42.0

61.2

63.3

40

50

60

70

80

2007 2008 2009 2010 2011 (年)

EPO JPOKIPO USPTO

(%)

図 10 世界の特許文献の発行件数の推移(出典:特許行政年次報告書 2013 年度版)

特許の質 ~より一層信頼される審査を目指して~

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41 tokugikon 2014.5.13. no.273

ために、

・世界的に進むグローバル化への対応

・迅速且つ適切な特許権付与の実現

・今後成長が期待できる新たな技術分野への対応

 に絞り、このために代理人である弁理士があるべき姿を

考えるとともに、特許庁及び特許庁審査官の方々に期待す

ることに言及する。

3.今求められる特許の質を高めるために

(1)世界的に進むグローバル化への対応

①代理人としてあるべき姿 世界的に進むグローバル化に対応するために、代理人で

ある弁理士が意識しなければならないことは多岐に亘る

が、ここでは、

・外国への特許出願の可能性の検討

・ 日本国から外国への特許出願を意識した特許出願書類の

作成

・外内の特許出願における翻訳

 に絞って考えてみる。

ⅰ)外国への特許出願の可能性の検討 前提として、出願人であるクライアントに対して、その

発明に関して海外での特許の取得を検討しているか否かを

ヒアリングすることは最も基本的なことであるように思う。

 その時点で、海外での特許取得を希望していることが分

かれば、そのことを考慮しながら日本国内での権利化手続

を進められるし、パリルートで出願するか、PCTルートで

出願するかについても、時間に余裕をもって、クライアン

トに検討してもらうことが可能になる。場合によっては、

いきなり PCT国際出願を行うことも可能であり、クライ

アントにとっても費用的にメリットがある。

 また、その技術分野が、海外で特許を取得する必要があ

る技術分野か否かを代理人自身で考えることも重要であ

る。このような観点を持てば、クライアントに積極的なア

ドバイスを行うことも可能になるためである。例えば、自

動車の技術分野は、海外での特許の取得を検討する必要性

が高い技術分野の1つではないかと思う。

ⅱ)�日本国から外国への特許出願を意識した特許出願書類の作成

 外国への特許出願の可能性がある場合、外国への特許出

願を意識しながら、日本の特許庁に提出する用の特許出願

書類を作成する必要がある。

 具体的には、一般に言われていることではあるが、特殊

な特許用語はできるだけ使わず、翻訳し易い用語を用いる

ことを意識し、文章は主語と述語の関係を明確にして短く

願を、厳選せざるを得ないことが多いのではないかと思う。

 このような現状を踏まえれば、今求められる特許の質を

高めるために、世界的に進むグローバル化に対応すること

は必須であるように思う。

②特許出願の実体審査 早期権利化は、変化のスピードが急速で、商品の移り変

わりも激しい現代において、非常に重要であり、特許の質

を高めることを考えるうえで、重要な要素の1つであると

考えられる。

 この早期権利化を実現すべく、日本の特許庁や審査官の

方々が、限られた人員のなかで、大変な努力をされ、また

それが実現されつつあることは、図3、図8-1及び図8-2

に示す結果から、顕著であり、他の主要国と比較しても、

その実現力は、特筆されるべきものであると思う。

 ただし、審査のスピードを追い求めるあまり、審査の質

が低下し、特許されるべき出願に対して特許が付与されな

いような事態や、逆に、特許されるべきでない出願に対し

て特許が付与されるような事態は避けなければならない。

 以上により、今求められる特許の質を高めるために、迅

速且つ適切な特許権の付与を実現することは非常に重要で

あると考えられる。

③特定の技術分野への対応 様々な技術分野の中には、その時代ごとに注目される流

行の技術分野というものが存在し、過去には、機械分野や、

電気分野や、ソフトウェア分野が注目され、現在は、太陽

電池等のグリーン関連発明やバイオ関連発明などの分野が

注目され、多額の資金を投じて激しい開発競争が行われて

いる。

 現段階での開発状況等は、業種や技術分野ごとに出願動

向を探れば、ある程度の状況を把握することが可能であ

り、その一例は、図2に示す通りである。

 注目度の高い技術分野は、今後に成長が期待できるもの

であり、今後に成長が期待できる分野で利用価値の高い発

明について、特許権を取得できれば、その後の事業展開を

優位に進めることも容易になり、このように利用価値の高

い特許を取得した企業が多くなれば、日本の発展にも大き

く寄与することになる。

 このため、今後に成長が期待できる技術分野について、

開発を促進する政策を国レベルで打ち出す必要があること

は勿論、特許を取得するという観点から、このような技術

分野に対応することも重要であり、これによって、今求め

られる特許の質が高まるのではないかと思料する。

(3)まとめ

 以上の検討結果から、「今求められる特許の質」を高める

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42tokugikon 2014.5.13. no.273

味が不自然なものも数多く存在するが、これは、現行の制

度では、ある程度はやむを得ないものと考えられる。

②特許庁及び特許庁審査官の方々に期待すること 世界的に進むグローバル化に対応するために、国際調和

の取れた特許の制度の構築を、特許庁に期待する。

 各国で法律が異なるため、国際的なハーモナイズは、一

筋縄ではいかないが、国際調和の取れていない制度下にお

いて、日本を第1国出願とした特許出願を行った場合、海

外での特許取得の妨げになる可能性が高くなってしまうの

で、その必要性は高いものと思われる。

 なお、現段階でも、特許制度の国際調和を図る取り組み

は、主要国の間で頻繁に行われており、日本の特許庁にも

この国際調和への取り組みの継続を期待するものである。

 また、世界的に進むグローバル化に対応するために、審

査官の方々に期待することは、審査している特許出願が国

内の出願人によってなされたものである場合、その出願が

海外への特許出願を意識していることを前提として、審査

を行って頂きたいということである。

 例えば、発明の効果が、上述した理由により、請求項1

の発明に関してのみ記載されているような特許出願書類も

あり得るかと思うが、このような場合には、上記したよう

な理由を考慮しながら、審査をして貰えると、出願人及び

その代理人としては、大変助かるかと思う。

(2)迅速且つ適切な特許権付与の実現

①代理人としてあるべき姿 適切な特許権を迅速に取得するためには、審査を迅速且

つ適切に行うことが重要であり、このためには、技術内容

を理解し易いように特許請求の範囲を記載するとともに、

その技術的理解の助けになる図面や明細書を作成すること

が重要であり、特許出願の代理をする弁理士は、このよう

な観点で、特許出願書類を作成する必要がある。

 また、拒絶理由通知を受け取った際に、その拒絶理由の

内容をどのようにとらえるかも、適切な特許権を迅速に取

得するために重要な要素であると考える。

 例えば、通知された拒絶理由が出願人のまったく意図し

ない内容であった場合、そのような拒絶理由が通知された

理由について、客観的に分析し、その分析結果に基づいて、

補正書や意見書により拒絶理由対応を行う場合と、そのよ

うな分析を行わずに、前記拒絶理由対応を行う場合とで

は、その結果が大きく異なる可能性がある。

 このような分析を行えば、特許請求の範囲が発明の技術

内容を理解し易いように記載されていない可能性について

検討することも可能である。そして、その結果、記載に問

題がある可能性が高ければ、発明の技術内容を理解し易い

ように補正を行うことも可能になるし、意見書において、

まとめた方が翻訳し易くなるように思う。

 また、特許請求の範囲の記載(クレームドラフト)にあ

たっては、書き流しよりも、要件列挙の形式で記載した方

が、米国への特許出願や欧州への特許出願を行う際に翻訳

が楽になる他、内的付加と、外的付加は、明確に区別して

記載した方が翻訳を行い易いように思う。英訳にあたっ

て、発明特定事項に含まれることを示す「comprise」や、

内的付加を示す「wherein」を用い易いためである。

 さらに、米国への特許出願を考慮するのであれば、発明

の効果をあまり具体的に記載し過ぎると、権利が限定解釈

される虞があるため、具体的な記載は避け、本質的な効果

を、簡潔且つ分かり易いように記載すべきかと思う。

 これに加えて、請求項が複数存在する場合、請求項1の

効果(独立項が複数存在する場合には、独立項として記載

した複数の発明に共通する効果)を記載すれば十分なよう

に個人的には思う。他の発明の効果は、実施形態等に記載

すれば、審査の際には、理解して貰えるし、中間対応時に、

意見書による反論も可能なためである。

 ちなみに、上記した通り、海外への特許出願を行ううえ

で、留意すべきこれらの事項は、日本の特許庁に提出する

特許出願書類の作成するうえでも重要なことが多いため、

このような事項については、海外への特許出願の可能性が

あるか否かにかかわらず、気を配るべきである。

 なお、日本の企業や個人がPCT国際出願を行う場合に、

日本語以外の言語を用いて書類を作成して出願する場合も

最近はあると聞くが、これは個人的には、あまりお勧めで

きない場合が多いと思う。なぜなら、その言語を日本語以

上に流暢に話して理解している者が明細書を作成するな

ら、それ程問題にはならないが、そうでない場合には、表

現力が乏しくなり、只でさえ難解な表現が多用される特許

出願書類において、そのように乏しい表現力で、書類を作

成しても、質の高い特許の取得を希望することは難しいの

ではないかと考えるからである。

ⅲ)外内の特許出願における翻訳 いわゆる外内案件では、外国語から日本語への翻訳が必

要になるが、この際には、単語が外国と日本語の意味が、

1対1で対応していないことに十分に気を配りながら、翻

訳を行う必要がある。

 例えば、日本語では、二人称の「あなた」には、「貴様」、

「おまえ」、「あなた様」など様々な言い方が存在するが、英

語ではそれらは全て「you」で表現される。この例自体は、

陳腐な例ではあるが、このような事態が、英語から日本語

への翻訳において、頻繁に発生するため、これを意識し、

できるだけ誤解がないような単語を選んで、翻訳作業を進

める必要がある。

 また、外内の特許出願は、誤訳とされることを避けるた

めに、できる限り無難な翻訳を行うので、日本語として意

特許の質 ~より一層信頼される審査を目指して~

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促す必要性も高いが、問題は、そのような技術分野が世間

で騒がれ、注目を浴びるようになった後では、その時期を

逸し、過当競争に陥っている可能性があり、海外企業に先

んじた特許出願を促すことが難しいということである。例

えば、最近の例を挙げれば、太陽電池や LED照明などで

ある。

 このため、世間的に注目を集める前に、今後、注目度が

高まっていくような技術分野を予想し、このようにして予

想された技術分野について、積極的に特許出願を促す措置

を講じていく必要があるように思う。

 なお、このような技術分野の特許出願を審査する際は、

「迅速且つ適切な特許権付与の実現」で記載したようなこ

とがさらに重要になるため、審査において、上記したよう

な対応をさらに積極的に取り入れて頂くことを希望するも

のである。

4. 最後に

 今回は、普段、自分が特許出願書類の作成や拒絶理由の

対応を行っている時のことを思い出しながら、「特許の質」

を高めるためにどのようなことをしていくべきかを考え

て、記載させて頂いた。その内容中には、的外れな内容も

あったかと思うが、自分自身は、このようなテーマについ

て、記事を投稿する機会を頂き、大変勉強になった。

技術内容の理解の助けになるような主張を行うことも可能

であり、これによって、より適切な特許性の判断を行うこ

とが可能になるため、その発明が本来特許されるべきもの

であれば、特許される可能性も高くなる。

 一方、上記のような分析を行わず、ただ単に意味不明な

拒絶理由であると考えてしまった場合、その後の拒絶理由

対応も、拒絶の心証を覆すようなものにはなり得ず、出願

人及びその代理人にとっても満足するような結果を得るこ

とが難しくなる。

 すなわち、代理人としては、拒絶理由と、その拒絶理由

に対する補正書及び意見書等による対応を、審査を適切に

行って貰うことを目的とした審査官の方とのコミュニケー

ションの場と捉え、この前提に基づいて、対応を検討すべ

きである。

 なお、技術分野によっては、発明の把握がし難い技術分

野も存在し、このような技術分野では、特に、このような

対応が必要になってくるものと考える。

②特許庁及び特許庁審査官の方々に期待すること 審査官が審査を行った後、拒絶理由を通知する場合、そ

の技術内容を確認して、特許性が低いと判断したケース

と、その技術内容の把握が困難で、その結果、審査も漠然

とした内容となり、特許性が低いと判断されたケースとで

は、その対応手段も大きく異なるため、この点を、拒絶理

由を通知された出願人にも理解できるように記載して頂く

ことを希望する。

 なお、世界の特許文献に占める日本の特許文献の割合

は、図10を示す通り、大幅に低下しており、このような

現状において、適切な権利付与を行うためには、引用文献

として、外国の文献を用いる必要性は今後高くなってくる

ものと考えられる。

 また、出願人(及び代理人)と、特許庁審査官とが円滑

にコミュニケーションを図れるように、審査官面接などを

さらに充実させて頂くことを、特許庁に対して希望させて

頂きたい。

(3)今後成長が期待できる技術分野への対応

①代理人としてあるべき姿 今後成長が期待できる新たな技術分野に関する発明につ

いて、適切な特許出願書類を作成するためには、技術への

理解力や、既存の技術分野への深い知識が、他の技術分野

にも増して重要になるものと考えられる。

 このため、日頃から、技術的素養を身に付ける努力をす

ることが重要になるものと思われる。

②特許庁及び特許庁審査官の方々に期待すること 今後成長が期待できる技術分野は、積極的に特許出願を

profile河野 生吾(こうの せいご)

最終学歴: 中央大学理工学研究科電気電子情報通信工学博士課程前期修了

勤務先: じんざい国際特許事務所 秋葉原オフィス弁理士登録:2005年12月弁理士登録(登録番号第14148号)日本弁理士会活動歴: 2011年度 日本弁理士会特許第二委員会副委員長 2012年度 日本弁理士会特許第二委員会副委員長 2013年度 日本弁理士会特許第二委員会委員長