戦略的イノベーションを支えるSuSIの概要および -...

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NTT技術ジャーナル 2018.8 21 NTTのグローバルR&D活動 はじめに SuSI(Supported Smart Innovation) は,everisの顧客に新たな価値を提供 する戦略組織として2014年に発足し ました.この部門のミッションは,複 数のビジネスユニットやセクターにま たがってイノベーションを推進し, everisのビジネスを変革することです 図1 ).また,NTTデータとともに イノベーションハブなどの革新的な R&D活動に注力しており,日本やその 他欧州諸国と緊密に連携しています. everisのイノベーションの領域 everisでは, 3 つの領域にまたがる イノベーション戦略を追求していま す.第一領域では,everisのセクター とクロスエリアが,既存の技術,マー ケットにおける生産プロセスの改善, 拡張,コスト削減をリードしています. SuSIが統率する第二領域では,既存 の技術,マーケットを探索しつつも, 第一領域とは異なり,コア市場におけ る次世代製品およびアセット開発に重 点を置いて活動を展開しています.第 三領域は,nextGenが先導する破壊的 イノベーションにあたります(図2 ). つまり,第一領域では既存の技術を ベースとした新たなニーズを特定し, グローバル イノベーション R&D SOC TEC セクター 図 1  everisのマトリックス組織図 新市場 新市場の探究 新市場の探究 近接する 成長市場 近接する 成長市場 改善, 拡張, バリエーション, コスト削減 everisが 現在使用している 既存技術 everisが 使用していない 既存技術 技術知識 コア市場向けの 次世代製品 コア市場向けの 次世代製品 最新技術 最新技術を 使用した探索 最新技術を 使用した探索 everisが サービスを 提供していない 既存市場 everisが 現在サービスを 提供している 既存の市場 図 2  イノベーションの領域 戦略的イノベーションを支えるSuSIの概要および 活動 2014年にNTTデータグループに参加したeverisは,スペインに本社を構 え,ビジネス的・戦略的なソリューション,アプリケーション開発および 保守,アウトソーシングサービスを提供し,欧州,北米,中南米の16カ国 に 1 万9000人の専門家を有しています.本稿では,everisのイノベーショ ン戦略をリードするSuSI(Supported Smart Innovation)という組織の概要, および取り組みについて紹介します. Carlos Galve everis

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NTT技術ジャーナル 2018.8 21

特集

NTTのグローバルR&D活動

は じ め に

SuSI(Supported Smart Innovation)は,everisの顧客に新たな価値を提供する戦略組織として2014年に発足しました.この部門のミッションは,複数のビジネスユニットやセクターにまたがってイノベーションを推進し,everisのビジネスを変革することです

(図 1 ).また,NTTデータとともにイノベーションハブなどの革新的なR&D活動に注力しており,日本やその他欧州諸国と緊密に連携しています.

everisのイノベーションの領域

everisでは, 3 つの領域にまたがる

イノベーション戦略を追求しています.第一領域では,everisのセクターとクロスエリアが,既存の技術,マーケットにおける生産プロセスの改善,拡張,コスト削減をリードしています.SuSIが統率する第二領域では, 既存の技術,マーケットを探索しつつも,

第一領域とは異なり,コア市場における次世代製品およびアセット開発に重点を置いて活動を展開しています.第三領域は,nextGenが先導する破壊的イノベーションにあたります(図 2 ).

つまり,第一領域では既存の技術をベースとした新たなニーズを特定し,

グローバル イノベーション R&D

SOC

TEC

セクター

図 1  everisのマトリックス組織図

市場知識

新市場 新市場の探究新市場の探究

近接する成長市場近接する成長市場

改善,拡張,バリエーション,コスト削減

everisが現在使用している既存技術

everisが使用していない既存技術

技術知識

コア市場向けの次世代製品コア市場向けの次世代製品

最新技術

最新技術を使用した探索最新技術を使用した探索

everisがサービスを

提供していない既存市場

everisが現在サービスを提供している既存の市場

第一領域

第二

領域

第三

領域

図 2  イノベーションの領域

戦略的イノベーションを支えるSuSIの概要および活動

2014年にNTTデータグループに参加したeverisは,スペインに本社を構え,ビジネス的・戦略的なソリューション,アプリケーション開発および保守,アウトソーシングサービスを提供し,欧州,北米,中南米の16カ国に 1 万9000人の専門家を有しています.本稿では,everisのイノベーション戦略をリードするSuSI(Supported Smart Innovation)という組織の概要,および取り組みについて紹介します.

Carlos Galve

everis

NTT技術ジャーナル 2018.822

NTTのグローバルR&D活動

第二領域では中期的なイノベーションビジネスのニーズを解決するために革新を行い,第三領域では長期的な破壊的イノベーションを追求しているといえます.ただし,第三領域の活動が成熟レベルに達すると,その活動は第二領域へ戻り,新しいイノベーションのユースケースが開発され,そして,最終的に第一領域へ戻ったイノベーションは,ビジネスセクターのオファーバリューを進化させることになります.

これらの活動を通して獲得した知識は,異なる領域間で継続的に転送さ

れ,相互にフィードバックが行われています.

SuSIの活動:戦略的イノベーション

SuSIが確立する戦略的イノベーションの枠組み(図 3 )は,主な 3本柱に基づいています.最初の柱,「戦略的イノベーション」は,イノベーションの体系的プロセスとイノベーションDNAの創出を企業に導入することを目的としています. 2 番目の「資金調達」は,イノベーションに必要な外部からの資金調達のための情報を提供し

サポートすることで,競争の激しい資金調達を支援します. 3 番目の「収益化」は,R+D+I に関連する税金控除の手続きをサポートし,アセットへの投資と知的財産の生成を管理します.

「資金調達」と「収益化」はイノベーション戦略を強力にサポートします.「戦略的イノベーション」は,市場

調査から始まり,アイデアの生成と評価,アイデアのプロジェクト化,将来の製品 ・ サービスポートフォリオとしての検討,および結果の評価とモニタリングに至るまでのイノベーションプ

観察1

アイデアとプロジェクトの特定と生成

マーケティングとコミュニケーション

革新的DNAの生成 ‒ Innovation School

アイデア

+トレンドの「強化」

アイデア

1

2

4

n

開発アイデア(短期的および長期的)

競合企業

市場企業

ROI

生産性

市場

製品

プロジェクト

コミュニケーション

資産Web

社内

メーカー

クライアント

分析

NTTデータ

スタートアップ

セクター

大学

フォーラムとブログ

UP②date オープンチャレンジ

TRENDNOLOGY エコノミクスおよび財政的なフォローアップ

手法(デザイン思考,リーンスタートアップ,およびアジャイル)

eAssets資産ツール

アクセラレータサービス製品

知識

提携

(市場に近いアイデア)

長期的R&D向けのアイデア

2

開発へ向けたアイデアの評価と選定3

アイデアのプロジェクト・アセット化4

結果の評価およびモニタリング5

図 3  戦略的イノベーション

NTT技術ジャーナル 2018.8 23

特集

ロセスを確立しています.具体的には,第 1 ステージ(観察)

は,Gartner, Ovumなどのトップクラスのアナリストによる洞察とリポートを基にビジネスユニット(BU)に具体的な情報を提供する「リサーチサービス」 や,BUおよびクロスユニット向けに,そのユニットに影響し得る技術やイノベーションの最新かつ短期的な 情 報 を 提 供 す る ツ ー ル で あ る

「Up2Date」などによって構成されています.Up2Dateは,数百に及ぶ情報源をスキャンし,将来の技術 ・ イノベーショントレンドを予測することで,効率性および成果の開発を飛躍的に向上させるツールです.さらに,もっ

とも信頼のおける情報源(Up2Date,研究者の知見,科学論文)に基づき独自の見解を示すための新しいツール,

「Trendnology」を開発中です.このツールでは,技術,ビジネスインパクト,everisが直面している社会的課題を 3 つの軸のマトリックスとして示し,社内外の専門家の意見を活用しています.このイニシアティブにより,極めて近い将来のイノベーションと,長期にわたる研究のギャップを縮め,NTT DATA Technology Foresightの年次報告書をサポートすることができます(図 4 ).これらのイニシアティブは,投資の妥当性評価や,技術エリア ・ ビジネスエリアの規模決定に役立

つツールとしても使用される予定です.第 2 ステージと第 3 ステージ(「ア

イデアとプロジェクトの特定と生成」とその「評価」)では,BUとともにHackathon(2017年11月 第 1 回NTT DATA Global Hackathon開催),オープンチャレンジなどのイニシアティブを推進し,セクターが次に取り組むべき課題としてふさわしいアイデアの収集,選出を行っています.これらのアイデアはアセット開発の卵としても記録されます.

次のステージ(「アイデアのプロジェクト ・ アセット化」)では,選出されたアイデアチームに対し,専門家によるコーチング ・ メンタリングが開始されます.デザイン思考,バリュープロポジションやビジネスモデルキャンバスなどの国際的なイノベーション手法を用いてアイデアの開発を行い,その後,最初の洞察を得る過程をリーンスタートアップを用いてサポートします.

最後のステージでは,オープンチャレンジの結果をBUが確認し,アイデアはeASSETSという新たなレベルの技 術 イ ン キ ュ ベ ー タ に 進 み ま す

(図 5 ).この技術インキュベータは,市場性

を備えたアセット開発のため,全社の取り組みに伴走し,すべてのアセットライフサイクル管理に取り組む目的で生み出されました.アイデアの評価から始まるこのプロセスは,次の 4 つの重要な柱で構成されています.①ア

図 4  NTT DATA Technology Foresight

NTT技術ジャーナル 2018.824

NTTのグローバルR&D活動

セットライフサイクル全体に対応する具体的なアプローチ手法,②具体的な開発ツール(Altemista,後述のCADなど),③アセット開発専門の技術チーム,④プロジェクト思考からプロダクト思考へ,社員の考え方をより革新的に,挑戦的に変えていく社内文化形成です.

everisの知識を凝縮し,顧客や市場に魅力的な製品を届けるという企業理念と,アセットの育成 ・ 成熟化およびインキュベーションプロセスを支援するeASSETS専門チーム,そしてクラ

イアントマネージャー,アウトソーシング,BPO,アジャイル,アイデアの各チームの助けを得て,この手法は非常に多くの成果をあげています.

その他,「Innovation School-Inncub3」やThe Wallといったクロスイニシアティブでは,革新的なDNAの生成とイノベータの活発なコミュニティの形成に重点を置いています.Inncub3ではeveris University (社内教育プログラム)と連携した実践的なイノベーションスキルのトレーニングを提供しており,これらの活動は,BU内に派

遣されたイノベーション「アンバサダー」からもサポートされています.一方の The Wall は, innCub3rsコミュニティ(everis社内のイノベータとして特定された人々)へ向けた月間ニュースレターで,イノベーションや独創性に関するニュース,ワークショップ ・ コース ・ 講演などへの招待,ビデオ,記事などのお勧め情報が発信されています.

最後に,開発に必要な「資金調達」と「収益化」チームの活動について紹介します.「資金調達」チームは,ビ

TRL3

IRL1 IRL4 IRL5 IRL6 IRL7 IRL8 IRL9

アイデア プロトタイプ

評価

再評価 開始

製品コンセプト

開始 バックログ

スクラム

アジャイル

スクラム

MVP SprintMVP

バックログ

Sptint

フィードバック 開発

MMPAccelerator

アウトソーシング

BPO

マーケットプレイス

フィードバック 開発

スケッチ

構築

フィードバック

課題

ステージ ゲート ステージ ゲート ステージ ゲート ステージ

TRL4 ……

……

TRL8 TRL9

2 3

4

50アイデアの

生成 概念化 調査

構築

開発商品化1

23

図 5  everisの資産(eASSETS)

NTT技術ジャーナル 2018.8 25

特集

ジネスユニットとセクターに向け,外部の資金提供に関する情報共有,サポートを行い,競争の激しい資金獲得をサポートします.参加条件の非常に厳しいEUの研究開発公募へ毎年参加している点は,特筆に値するでしょう.この競争は極めて激しいものですが,everisでは毎年150万ユーロを上回る資金を獲得しています.「収益化」チームは,生成されたア

セットに関するR+D+I税額控除の手続きを行います.この活動により,2017年度は約50万ユーロの税金控除を達成しました.また,このチームはビジネスユニットの事業計画書作成を支援し,商品化後の動向を観察します.このようにして,everisでは開発投資とIP生成を管理しています.

SuSIにおけるアセット開発

SuSIでは,横断的かつ企業の中核戦略を構成するアセットを特定し,開発します.前述のUp2Date,Trendnology,eASSETSのほかにも,everisKnowlerおよびCognitive Assisted Development

(CAD)を開発しています.■everisKnowler

everisでは,もっとも貴重な資産は社員の知識であると考えています.異なるセクターやオフィス間で経験や知識を共有することは非常に難しい課題ですが,プロジェクトや社員のスキルに関する知識が共有されることで,プロジェクト管理能力,人材配置,ソリューションの質,さらには文書作成

時間の短縮など,会社のさまざまな要素が向上するという事実を踏まえ,everisは早急な解決策が必要であると考えました.2017年より開発が始まったeverisKnowlerは,「聞かれなくても,適切な知識を適切なタイミングで適切な人物へ届ける(the right know-ledge to the right people at the right moment without asking)」ことを目的としています.このシステムでは, 企業のすべての資料から,T2Kプロセスによって構造化 ・ 非構造化情報を抽出し,重要情報をトリプレットに格納します.このトリプレットにより,自然言語(多言語)によるセマンティック検索が可能となり,社内のすべての情報(知識)が関連付けられます.また,everisKnowlerは各ユーザの検索履歴を分析することができ,頻繁に行われている業務内容,これまでの参加プロジェクト,他社員との関係,メール,文書などを記憶し,これらの情報を基にユーザに有益な情報提供を行うことが可能です.everisKnowler は,2018年度はeveris内の複数セクターでパイロット試験を実施し,近い将来,社全体のイントラネットとして展開される予定です.また,NTTデータの知識管理チームとも連携しており,日本での everisKnowler の実施可能性も調査しています.■CAD

CADは,迅速なソフトウェア開発という社会の巨大なニーズにこたえるために非常に重要かつ革新的な試みで

す(図 6 ).2021年までに,アプリ開発に対す

る市場の需要は,IT側の提供能力よりも 5 倍以上早く拡大すると予測されています.ITプロフェッショナルの人材確保は困難になっており,バックログITを削減するために,ITのプロとしてのスキルのない新しいステークホルダ,「市民デベロッパー」が出現しています.彼らは企業に認可されたIT開発環境と実行時環境を使用して新しいビジネスアプリケーションを作成しており,これらの活動支援のため,ローコードプラットフォームと呼ばれる一連のプラットフォームが普及するようになりました.

これらのプラットフォームは,アプリケーション開発のための製品もしくはクラウドサービスとして定義されており,プログラミングではなく,視覚的および宣言型の手法を採用しています.顧客はこのような製品 ・ クラウドサービスを低価格もしくは無料で,わずかな研修時間(もしくは研修なし)で利用開始できます.使用料はプラットフォームのビジネス価値に比例して増加します.

一方,ビジネスの現場では,以下の要件を満たす継続的な価値提供が求められます.

① 迅速な構築が可能② シームレスで継続的な展開が可能③ 変更が容易 ④ バグ修正が不要IT企業がこのバイモーダルITアプ

NTT技術ジャーナル 2018.826

NTTのグローバルR&D活動

ローチを行っていない場合,顧客はシャドーIT(IT部門以外で開発されたソリューション)を適用し,そしてIT組織が所有または制御していないデバイス,ソフトウェア,およびサービスを得ることになります.

CAD構想は,顧客のシャドーITを回避し,生産性の高い継続的なビジネスバリューデリバリモデルを実現するために,ソフトウェア開発の変換プロセスを主導することをめざしています.CADでは,認知型ツールによってサポートされたITの方法論的アプローチを促進し,完全なE2E開発ライフサイクルをサポートして,クラウドネイティブソリューションの開発を向上させます.2018年,このアセットの協同開発の実現性を検討するため,

NTTデータの生産技術部との連携が始まっています.

everisイノベーションの発信地,サラゴサオフィス

SuSIは,2009年の開所以来,私が所長を務めるeveris Aragón(サラゴサ)を拠点としています.このオフィスは,SuSIのアセット開発本拠地であるほか,人工知能プラットフォームであるeverisMoriartyw開 発 を 包 括 す るAI CoE,Altemista開 発 に 取 り 組 むdevOpsチーム,デジタルエクスペリエンスおよびアーキテクチャ部門の本拠地でもあります.everis Aragónの運用規模は年々拡大しており,2017年度はイノベーションイニシアティブにより1000万ユーロの売上高を達成,

前年比30〜40%の売上増加となりました.2018年度は1200万ユーロの売上予測がされています.現在の社員は265名ですが,本年度内に,さらに80名が加わる見通しです.

Carlos Galve

everisのイノベーションを主導するだけでなく,NTTデータとイノベーションに関する連携を進められることを,大変光栄に思っています.グループ全体の連携をより強固なものにできるよう,これからも尽力していきます.

◆問い合わせ先NTTデータ 技術革新統括本部 企画部 グローバル戦略担当

TEL 050-5546-9454E-mail tig_globalstrategy kits.nttdata.co.jp

再利用と製品ベースの開発

高品質かつ効率的な開発

ビジネス価値主導の開発

認識型デリバリモデルとツール

図 6  CAD構想