第5章核反応による核種の放射化 - University of the...

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第5章 核反応による核種の放射化 (A)核反応断面積 (B)中性子放射化 核反応(Nuclear reaction) 原子核反応ともいい、原子核相互または原子核と中性子や陽子などの素粒子 との衝突によって生ずる現象の総称。核分裂や核融合も核反応の一種である。 核反応(核分裂)で発生する大量のエネルギーを利用して原子力発電を行った り、反応生成物である放射性ラジオアイソトープからの放射線を利用したりす る。 (C)核分裂 (D)原子力施設の事故例 1919年ラザフォードは,窒素原子核にα 線を当てると窒素の原子核破壊が起こり, 陽子が放出されることを確認した。軽い元 素であるホウ素,窒素,フッ素,ネオン, ナトリウム,マグネシウム,アルミニウ ム,ケイ素,リン,硫黄,塩素について も,α線を当てると陽子を放出する現象を 確認した。 (1871-1937) Ernest Rutherford アーネスト・ラザフォードと彼が作った原子核破壊装置 窒素ガス この中で軽い原子核がα 粒子によって破壊された S α線 陽子線 閃光板 顕微鏡 アーネスト・ラザフォードと彼が作った原子核破壊装置 31

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第5章 核反応による核種の放射化

(A)核反応断面積

(B)中性子放射化

核反応(Nuclear reaction)原子核反応ともいい、原子核相互または原子核と中性子や陽子などの素粒子との衝突によって生ずる現象の総称。核分裂や核融合も核反応の一種である。

核反応(核分裂)で発生する大量のエネルギーを利用して原子力発電を行ったり、反応生成物である放射性ラジオアイソトープからの放射線を利用したりする。

(C)核分裂(D)原子力施設の事故例

1919年ラザフォードは,窒素原子核にα線を当てると窒素の原子核破壊が起こり,陽子が放出されることを確認した。軽い元素であるホウ素,窒素,フッ素,ネオン,ナトリウム,マグネシウム,アルミニウム,ケイ素,リン,硫黄,塩素についても,α線を当てると陽子を放出する現象を確認した。

(1871-1937)Ernest Rutherford

アーネスト・ラザフォードと彼が作った原子核破壊装置

窒素ガス

この中で軽い原子核がα粒子によって破壊された

S

α線

陽子線

閃光板

顕微鏡

アーネスト・ラザフォードと彼が作った原子核破壊装置 31

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厚さ S

厚さ dS

入射粒子フルエンス 透過粒子フルエンス

断面積の定義

I 0 I = I 0 − dI

放射化断面積 σ(Cross section) 一個の粒子が単位体積中,一個の粒子に衝突し て,単位時間に起こりうる核反応の確率 

(A) 核反応断面積

I0 :n :N :

(barn)

N =

1b = 10-24 cm2

照射時間と飽和係数

N1:

N2:

σ:

I0:

N2=

t:

(B) 中性子放射化

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上式の(1─ e-λ2t)の項は飽和係数と呼ばれ、照射時間が半減期の5倍以上になるとほぼ1に近くなる。

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即発γ線

原子炉中性子

標的核種 安定核種

(基底状態)

中性子過剰不安定核種

(励起状態)

ガンマ線 測定器

(壊変)

放射化分析の概念図

放 射 化 分 析

発 光 分 光 分 析

原 子 吸 光 分 析

電 気 分 析

吸 光 光 度 分 析

容 量 分 析

重 量 分 析

100110- 2

10- 4

10- 6

濃度(%)

種々の定量分析法の有用な濃度範囲

出典:浜口博(編)、超微量成分分析 1、トレースアナリシスに用いられる方法、産業図書、p29(1970)

濃度は資料中の濃度、10 %=1ppm-4

分析法の濃度範囲

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法科学における対称物件と放射化分析で検出できる元素

対称物件 元  素ハンダ弾丸ステンレス黄鋼鉄

硫黄自動車塗膜 (白色)      (赤色)      (青色)      (黄色)プラスチックガラス自動車タイヤ覚醒剤大麻あへん

偽造通貨朱肉印刷インクマッチ

Sn,Sb,As,Cu,Ag,AuSb,As,Cu,AgMn,Cu,Ni,Cr,Mo,Co,FeCu,ZnFe,Mn,Cu,As,Sb,Cr,WSn,Sb,As,Cu

Na,Cu,Mn,Ba,Ca,Co,Zn,Fe,Sm,La,Ti,Ta,W,MoK,Na,Cr,Sb,Br,La,Ta,Zn,Fe,Sr,Sc

Na,Hg,Cd,Mo,Cr,Ba,Sb,As

Mn,V,Al,Se,Te,As,Sb,Br,Na,Zn,FeTi,W,Ta,Zn,Cu,Sc,As,SbBr,Mo,Cr,Sb,Fe,Ti,Ba,Ta,ZnBr,Cr,Sb,Ti,Ba,Ta,As,SuBr,Cr,Sb,Fe,Ti,Ba,AsSm,Eu,Cr,Au,La,Cu,Br,As,Sb,Ga,Sc,Ca,Na,K,Fe,Ta,ThAl,As,Ba,Ca,Co,Cr,Cs,Eu,Fe,Hf,La,Lu,Mg,Mn,Na,Rb,Sb,Sm,SrTi,Zn,Mg,Mn,Cl,Al,Ca,Cu,Na,V,SNa,Br,I,Pb,BaSm,Sc,Th,Cr,Br,Au,As,Sb,Mn,Zn,Na,K,LaNa,K,Cu,Mn,Br,Sb,As,Sc,Fe,Rb,Zn,Au,Se,Hg

放射化分析の元素

中性子照射施設

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兵庫県佐用郡三日月町三原323-3

スプリング8

財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)

スプリング8

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ほぼ光速で直進する電子が、その進行方向を磁石などによって変えられた際に発生する電磁波を放射光と呼び、1947年に電子シンクロトロン(電子加速器)で初めて観測されました。放射光は、電子のエネルギーが高いほど指向性の良い明るい光となり、また、電子のエネルギーが高く進む方向の変化が大きいほど、X線などの短い波長の光を含むようになります。電子は負の電荷をもっているためその周りに電場をつくっていますが、これは仮想の光子を雲のようにまとっていると考えられます。高エネルギーの電子が磁場で曲げられると仮想の光子が振り落とされて現実の光子となって放出されます。これが放射光です。

放射光を利用すれば● 物質の種類や構造、性質を詳しく知ることができます。● それらの様々な環境下での様子や時間変化の様子を詳しく知ることができます。● 化学反応や物質変化の起動力として用いることができます。

財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)

放射光とは

正電荷イオンの核反応

荷電粒子 記号 核反応の例

陽子二重陽子三重陽子

pdt

11B (p, n) 11C, 18O (p, n) 18F12C (d, n) 13N16O (t, n) 18F

α粒子

3Heα

27Al (3He, 2p) 28Al40Ar (α, p) 43K

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(C)核分裂

中性子

235U核分裂

核分裂

中性子 中性子

235U

核分裂片の収率

核分裂で生成される核分裂生成物は1種類ではなく、様々な核種が生成される。これは、核分裂過程が確率過程であることを示している。核分裂でエネルギーが発生するのは、反応前の原子核の結合エネルギーと核分裂で生成される原子核の結合エネルギーの違いによる(すなわち、反応前の原子核と中性子の質量の和と核分裂生成物の質量の和に違いがあるためである)。

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転 換 工 程

濃縮UF6と純水を反応させた水溶液にアンモニア水を加え、沈殿・ろ過・乾燥した後、焙焼・還元の工程を経てUO2粉末を作る。

ペレット成型工程

UO2粉末を顆粒状にしてロータリープレスで成型した後、1700度以上の高温で焼結したものを研削しUO2ペレットを作る。

燃料棒組立工程

UO2ペレットを燃料被覆管に挿入し、片側にスプリングを入れ両端に端栓を溶接密封して燃料棒を作る。

濃縮UF6シリンダ

ペレット

約8mm

約10mm

燃料棒

スプリング

燃料集合体

制御棒

支持格子

燃料被覆管(ジルコニウム合金)

ペレット

下部ノズル

燃料棒

燃料集合体組立工程

支持格子に燃料棒を組み込み、燃料集合体を完成させる。

上部ノズル

(注)PWRの場合

ウラン燃料加工工程

出典:資源エネルギー庁「原子力2010」他

BWRのセルの水平断面図。四体の燃料集合体と十字の制御棒が装荷されている。

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(冷却材再循環系)

核燃料

ポンプ

制御棒

圧力容器

(蒸気)

排気筒

ポンプ

非常用フィルタ

主蒸気管

(水)(海水)

発電器

復水器

格納容器

タービン

コンクリート壁

隔離弁

水(減速材,冷却剤)

サプレッションプール(水)

原子炉建屋

沸騰水型原子炉

水(減速材,冷却剤)

非常用フィルタ

(一次冷却水)

核燃料ポンプ

制御棒

圧力容器 加圧器 蒸気発生器主蒸気管

格納容器

(蒸気)

(水)

ポンプ

(海水)

タービン 発電器

コンクリート壁排気筒

循環器

加圧水型原子炉

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九州電力川内発電所1・2号

九州電力玄海発電所1~4号

四国電力伊方発電所1~3号

中国電力上関発電所1・2号(工事中断)

中国電力島根発電所1・2号・3号(工事中断)

関西電力高浜発電所1~4号

関西電力大飯発電所1~4号

関西電力美浜発電所1~3号

日本原子力研究開発機構もんじゅ

日本原子力発電敦賀発電所1・2号

北陸電力志賀発電所1・2号

東京電力柏崎刈羽発電所1~7号

中部電力浜岡発電所1・2号(廃止措置)3~5号6号(着工準備)

日本原子力発電東海発電所(廃止措置)東海第二発電所

東京電力福島第二発電所1~4号

東京電力福島第一発電所1~4号(廃止措置)5・6号

東北電力浪江・小高発電所(建設中止)

東北電力女川発電所1~3号

東北電力東通発電所1号,2号(着工準備)

電源開発大間発電所1号(着工準備)

北海道電力泊発電所1~3号

※ 福島第一1〜4号機は,2011 年3 月11 日の東北地方太平洋沖地震に伴う事故のため,2011年5月20日で営業運転を終了し,2012年4月19日に廃止となった。また,福島第一 7号機及び8号機は東京電力が2011年5月20日に計画中止を発表している

日本における原子力発電所の立地状況

(D)原子力施設の事故例

1 スリーマイルアイランド

2 チェルノブイリ

3 福島第一発電所

4 JCO

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1 スリーマイルアイランド1979年3月28日,東部ペンシルバニア州にあるスリーマイル島(TMI)の原子力発電所で起きた。原子炉の炉心部分が冷却水不足のために熔解した。

スリーマイルアイラント原子力発電所事故の概要

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2 チェルノブイリ発電所

事故直前 事故後

1986年4月26日、旧ソ連のウクライナ共和国で運転されていたチェルノブイリ原子力発電所4号炉で事故が起こった。原子炉の設計が不十分であったこと,運転員の規則違反などが重なって原子炉が制御不能に陥り、原子炉が爆発し全壊した。さらに、原子炉の制御に引火しやすい黒鉛が使われていたために火災が起き、火災の上昇気流で原子炉内にあった大量の放射性物質が広範囲に飛散した。

鉄板で覆われ,シェルターと呼ばれている

チェルノブイリ原子力発電所

← チェルノブイリ発電所

500km

300km

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3 福島第一発電所想定高さを大幅に上回る津波で安全上重要な設備が被災し,津波対策が不十分であった。地震による鉄塔の地崩れ等により,外部電源をすべて喪失し,外部電源対策が不十分であった。非常用電源や海水ポンプなどの炉心冷却機能が津波によって一斉に喪失した。著しい炉心,格納容器,水蒸気爆発による原子建屋の損傷などの進展を止めることができず,大規模な放射性物質の放出に至った。

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事故時の状況

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汚染の比較

4 JCO

沈殿槽内で臨界反応が発生しました。臨界反応によって発生した透過力の強いガンマ線と中性子線の一部が建物の壁を透過し周辺環境に達しました。

JCOの事故(1999/9/30)では,沈殿槽で臨界反応が生じた結果,発生した放射線のうち透過力の大きい中性子線とガンマ線が建物の壁を透過して周辺環境に達しました。しかしながら,チェルノブイリの事故と異なり,核分裂の規模が小さく(発生した熱量は大きく見積もっても約20kW時程度)容器や建物が破壊されることはなかったため,核分裂で発生した放射性物質の殆どは内部に閉じ込められました。放射性物質のうち希ガスやヨウ素は,一部大気中に放出されましたが,それらによる環境への影響は充分に小さく,周辺への影響は殆どは透過した中性子線とガンマ線による被曝と評価されています。

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原発事故の比較

福島第1原発事故 チェルノブイリ原発事故 スリーマイル島原発事故事故発生日時 2011年3月11日 1986年4月26日 1979年3月28日国際原子力事象評価尺度 レベル7 レベル7 レベル5

原子炉の型 沸騰水型軽水炉(圧力容器と格納容器の二重防壁)

黒鉛減速沸騰軽水圧力管型原子炉(格納容器なし)

加圧水型軽水炉(格納容器あり)

事故炉数 1~4号機(全6原子炉) 4号機(全4原子炉) 2号機(全3原子炉)

事故炉の電気出力 1号機・46万kW2~4号機・78.4万kW 100万kW 96万kW

事故が発生した原子炉の営業開始日時

1971年3月(1号機)~1978年10月(4号機) 1984年3月 1978年12月

発生状況と経過 地震と津波による破壊で冷却機能を喪失

試験運転中の原子炉が暴走し、爆発。大量の放射性物質が拡散

故障と人為的ミスが重なり、冷却材が流出。45%の炉心に溶融が発生

対応 水や真水などの注入などで冷却に努める

コンクリート製の「石棺」で完全封鎖。1~3号炉はその後も稼働を続け、1991年に2号炉で火災が発生し、運転停止。1号炉は1996年、3号炉は2000年に退役した

冷却材のポンプが稼働し、収束に向かう。その後、1984年に圧力容器を開封。1990年に燃料の取り出し。1993年に汚染物質の撤去が行われ廃炉に。建屋は現存

放射性物質放出量 37万~63万テラベクレル(ヨウ素131等価)

520万テラベクレル(ヨウ素131等価)

希ガス9万3,000テラベクレルヨウ素0.56テラベクトル

避難者人数 8万8,700人 30km圏内の約11万6,000人 24km圏内の約20万人(推定)事故死亡者数 0人 33人 0人

1 断面積は核反応において,どんな意味を持つか説明せよ。

2 55Mnのα,2n反応,59Coのn,2n反応,56Feのd,n反応,58Niのn,α反応による生成核の核反応を示せ。

確認問題

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