第34回国際大会~ストックホルム~ 本連盟 参加 · 2013-02-18 ·...

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会場近辺からみた旧市街地 ヨーロッパ ピアノ教育連盟(EPTA) 第34回国際大会~ストックホルム~ 本連盟が提携している世界最高の組織ヨーロッパ ピアノ教育連盟(EPTA)の第 34 回国際大会が 9月 27日(木)から30日(日)まで、スウェーデンのストック ホルム(会場はかつて教会だったというエリック・エリ クソンホール)で開催された。 ヨーロッパのみならず、アメリカ、イスラエル、中国 など 20 か国から、200 人ものピアニスト・教育者らが 参加し、連日プレゼンテーションやコンサート、レセプ ションが開催され、充実した内容であった。 大会のテーマは『世界的ビジョンと伝統-グローバ ルな視点から展望するピアノ演奏をめぐる教育的・音 楽的・社会的・技術的状況』。 各国の代表者が自国の教則本についての紹介、 音楽学習形態の報告など多岐にわたるプレゼンテー ションをおこなった。本連盟(日本)ではヨーロッパでも 進行している”ピアノ離れ”を背景とした”ピアノ教育の 未来”をどう描くか、日本での対応について焦点を当 てた。赤澤立三氏(前副理事長)と加藤一郎氏(教 育セミナー委員長)が日本のピアノ教育の歴史と現 状、今後の展望についてそれぞれプレゼンテーション をおこなった。また、邦人作品の紹介として鶴園紫 磯子氏(国際部副部長)が武満徹、三善晃、一 いち やなぎ とし 諸氏のピアノ曲を、そして筆者も平吉毅州氏の曲 を演奏した。 最終日には場所をスウェーデンの最高音楽大学で ある王立音楽院に移し、各国の代表者による”ピアノ 離れへの危機感、ピアノ教育の未来”についてのパ ネルディスカッションが行われた。日本からは岡田敦子 氏(研究部長)が参加し、大会中のアンケートや客席 からの意見も取り入れながら活発な議論が繰り広げら れ、4日間にわたる大会が締めくくられた。 今回の国際大会参加は、長年スウェーデンでピア ノ教育に携わっていらっしゃる加 その 氏(エステル マルム音楽院院長)を通じて実現したものである。 加勢氏のご厚意により、王立音楽院で主任教授 であるスタッファ・セイヤー氏のレッスンを見学させて いただいた。その後、ストックホルムに隣接するナッカ 市の市庁舎を訪問し、教育文化庁担当者から教育 ビジョン・芸術教育の現状をうかがうことができた。ス ウェーデンは税率が高く、その分福祉が充実している ことで知られているが、同市では、いわゆる“習い事” についても市の文化予算でまかなわれているという。 誠にうらやましい状況である。 (広報部長・田代幸弘) 本連盟 参加 EPTA Conference in Stockholm 2012 12

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会場近辺からみた旧市街地

ヨーロッパ ピアノ教育連盟(EPTA)第34回国際大会~ストックホルム~

本連盟が提携している世界最高の組織ヨーロッパピアノ教育連盟(EPTA)の第34回国際大会が9月27日(木)から30日(日)まで、スウェーデンのストックホルム(会場はかつて教会だったというエリック・エリクソンホール)で開催された。ヨーロッパのみならず、アメリカ、イスラエル、中国など20か国から、200人ものピアニスト・教育者らが参加し、連日プレゼンテーションやコンサート、レセプションが開催され、充実した内容であった。大会のテーマは『世界的ビジョンと伝統-グローバ

ルな視点から展望するピアノ演奏をめぐる教育的・音楽的・社会的・技術的状況』。各国の代表者が自国の教則本についての紹介、

音楽学習形態の報告など多岐にわたるプレゼンテーションをおこなった。本連盟(日本)ではヨーロッパでも進行している”ピアノ離れ”を背景とした”ピアノ教育の未来”をどう描くか、日本での対応について焦点を当てた。赤澤立三氏(前副理事長)と加藤一郎氏(教育セミナー委員長)が日本のピアノ教育の歴史と現状、今後の展望についてそれぞれプレゼンテーションをおこなった。また、邦人作品の紹介として鶴園紫磯子氏(国際部副部長)が武満徹、三善晃、一

いち

柳やなぎ

慧とし

諸氏のピアノ曲を、そして筆者も平吉毅州氏の曲を演奏した。最終日には場所をスウェーデンの最高音楽大学で

ある王立音楽院に移し、各国の代表者による”ピアノ離れへの危機感、ピアノ教育の未来”についてのパネルディスカッションが行われた。日本からは岡田敦子氏(研究部長)が参加し、大会中のアンケートや客席からの意見も取り入れながら活発な議論が繰り広げられ、4日間にわたる大会が締めくくられた。

今回の国際大会参加は、長年スウェーデンでピアノ教育に携わっていらっしゃる加

勢せ

園その

子こ

氏(エステルマルム音楽院院長)を通じて実現したものである。加勢氏のご厚意により、王立音楽院で主任教授

であるスタッファ・セイヤー氏のレッスンを見学させていただいた。その後、ストックホルムに隣接するナッカ市の市庁舎を訪問し、教育文化庁担当者から教育ビジョン・芸術教育の現状をうかがうことができた。スウェーデンは税率が高く、その分福祉が充実していることで知られているが、同市では、いわゆる“習い事”についても市の文化予算でまかなわれているという。誠にうらやましい状況である。

(広報部長・田代幸弘)

本連盟も参加

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プログラム

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レッスンの後に

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エリック・エリクソンホール

王立音楽院

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(1)ピアノ教育の導入期(創始期)

日本にピアノ教育が始まったのは今から約130年前の19世紀末のことです。アメリカ人音楽教師

メーソン(Luther Whiting MASON)によってピアノが10余台持ち込まれてスタートしました。そ

のとき携たずさ

えて来たピアノ教本がドイツの音楽教育家バイエル(Ferdinand.BEYER)が作ったとされ

る「初心者のためのピアノ教本」でした。以来60年余りの間、バイエルが唯一のバイブル的位置づ

けでピアノ教育がなされてきました。その最大の理由は、海外との交通手段が乏しく、ヨーロッパ

各国との交通は船便で早くとも数週間から数ヶ月かかったことが挙げられます。さらにそれまでの

約250年におよぶ間の日本の鎖国政策によって外国の文化はもとより、様々な物資の交易も禁じら

れていたので、市民はあらゆるものが物珍しく大きなカルチャーショックを受けました。ピアノの

音を聴いて黒い箱(アップライトピアノ)のなかに人間が入って音を出しているのではないか、と

本気で疑ったと言うエピソードが伝えられるほどです。

まもなく1900年初頭に日本国内においてまずオルガンの製造が、続いてピアノの製造が始まり

ました。しかし初めの60~70年間は国民のごく一部の富裕層の子女のみがピアノ教育を受ける状

況で、また音楽教育機関も公立の音楽学校が1校、私立の学校が数校設立されたに過ぎません。ま

た指導者として10人余りのドイツ人ピアノ教師やロシア人ピアノ教師らが指導に当たりました。

中には戦前、戦中、戦後を通して数十年も滞日しその後のピアノ教育に多大な影響を与え、日本

のピアノ教育の基礎を築いた人もいます。主に、ドイツ系の指導者が多くレオニード・クロイツ

アー(L.Kreutzer)、レオニード・コハンスキー(L.Kohanssky)等のほか、ロシア人教師レオ・シロ

タ(L.Sirota)等が熱心に指導にあたり、その薫陶を受けた人たちが戦後に多くの逸材を育てるにい

たり、その影響は今もって残っていると言っていいでしょう。

赤 澤 立 三日本におけるピアノ教育の軌跡と現況について

日本のピアノ教育 Piano Teaching in Japan

プレゼンテーション①

EPTA国際大会

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(2)戦後の発展期

1945年第2次世界大戦終結後、経済も徐々に復興の兆きざ

しを見せ、国民の生活もようやく文化的ゆと

りを見せるようになり、音楽教育への関心が高まると共に、音楽の早期教育や専門教育が施ほどこ

されるよ

うになりました。

また、それまでバイエルを中心としたドイツ一辺倒だった傾向から、フランスをはじめアメリカの

新しい教材も紹介されるようになりました。フランスのメトードローズをはじめアメリカのトンプソン、

バスティン、ペース、グローバー、などが移入され普及しました。

1950年頃には日本の音楽家達が本格的な専門教育を目指し「子どものための音楽教室」を開設、や

がて桐朋学園大学音楽学部へと発展する道筋をつくりました。またカワイ、ヤマハの楽器メーカーを

中心に音楽教室が開設され、一般市民の子どもたちもピアノレッスンやソルフェージュを習う生徒が

増え音楽教育が普及しました。

その後音楽教育機関も増えていき、音楽高校、音楽大学の設立も進み公立の音楽高校45校、私立の

音楽高校61校、公立の音楽大学4校、私立の音楽大学30校にも及びました。

1980年には日本国内のピアノの生産台数が年間40万台を突破し、世界一の生産台数を誇ほこ

るに至りま

した。同時に公共放送TVでもピアノ指導法に関する番組が放映され、高い視聴率で全国的に強い関

心が持たれ、ピアノ人口の増加と質的レヴェルアップが図られました。さらにピアノ教材も変化を見

せ、日本人作曲家による教材も普及するようになりました。

台数400,000350,000300,000250,000200,000150,000100,00050,000

0

ピアノ生産台数

1960 1970 1980 1990 2000 2010 年

出典:2011静岡県楽器製造協会

(3)現在の状況

1980年台をピークにピアノ生産台数は減少し、それと比例するようにピアノ学習者も減少しました。

考えられる主な原因としては、中学校進学や高校入学試験のためにレッスンをやめてしまう生徒が多

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EPTA Conference in Stockholm 2012いことが挙げられています。毎年、日本ピアノ教育連盟が主催しているピアノオーディションには毎

年数千人の参加者が集まっていますが、小学生参加者に比べて中学生参加者はほぼ半減しています。

この傾向はこの20年来変わることのない現象です。加えて、ここ20年来は日本の各地で子どもたちを

対象にしたピアノコンクール等が増え、その結果複数回受験する例などが増える現象が各地で生じて

来ました。

現在では少子高齢化が進む中、子どもたちのピアノ学習者は減少傾向にありますが、逆に中高年者

のピアノ学習熱が盛んになってきている面があります。

概して若年層ではJ.S.バッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンなどのウィーン古典派の

みならずフォーレ、ラヴェル、ドビュッシー等のフランスものをはじめ、バルトークなどの現代もの

も良く弾かれ、また中高年齢層にはジャズやポピュラー等が良く弾かれる傾向にあります。

今日は次第に普及してきた邦人作品を紹介する意味で日本ピアノ教育連盟のピアノオーディション

課題曲でもあった平吉毅州作曲の「虹のリズム」からをお聴きください。

(前副理事長 あかざわ りゅうぞう)

加 藤 一 郎

プレゼンテーション②

日本では多くのデータがピアノ学習人口の減少を示しています。しかし、ピアノを熱心に学んでい

る生徒達もまだ相当数おり、そういう人達をどのように育てていくかが、私達に課せられた大きな課

題と言えるでしょう。本講演では主催者からの要望に沿い、幾つかの資料を用いて日本のピアノ教育

の現状を紹介し、IT技術のレッスンへの応用と今後の日本のピアノ教育の展望についてお話します。(尚、

本講演ではピアノ教育を、主に高校生までを対象にした個人の指導者によるピアノ教育と、高等学校

の音楽科及び音楽大学で行われているピアノ教育に分けて扱いましたが、この要旨では誌面の関係で

前者のみを紹介します。)

日本のピアノ教育の現状、ピアノ教育とIT技術、そして今後の展望

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1.日本のピアノ教育の現状

日本の文部科学省は2007年11月に全国の小・中学生の保護者67,512人を対象に「子どもの学校外で

の学習活動に関する実態調査」を行いました。それによると、日本の小学生の72.5%は何らかの「なら

いごと」を行っていることが分かりました。しかし、この14年間で「ならいごと」の内容が変化し、習

字やそろばん、音楽の学習といった日本で古くから行われているお稽けい

古こ

事ごと

が減り、スポーツ関係や舞踏、

英会話が増えてきました。これは健康やグローバル社会を意識したものと考えられます。

また、大手学習塾チェーンを経営するベネッセコーポレーションも2009年3月に3歳から17歳の子

どもを持つ母親15,450人を対象に「学校外教育活動に関する調査」を行いました。それに基づく報告書

「子どものスポーツ・芸術・学習活動」によると、この年齢層の子どもの32.7%が何等かの芸術活動を

行っていることが分かりました(図1)。子どもの芸術活動の大きな特徴として性差があり、女子の活

動率が男子よりも約3倍多いことが分かりました。また、芸術活動のピークは小学校4年生の女子で、

活動率は57.1%にもなっています。この表にはありませんが、全ての芸術活動の中で、「鍵盤楽器」(ピ

アノかエレクトーン)の活動率が男女平均で14.8%と最も高いことから、日本では鍵盤楽器を習う事が

子どもの学校外での最もメジャーな芸術活動であることが分かりました。調査が行われた2009年には、

日本にはこの年齢層の子どもが1,740万人いたことから、日本には鍵盤楽器を習う子どもがこの年齢層

だけでまだ258万人いたことになりますし、その数は現在も大きくは変わっていないと思います。

次に、日本のピアノ教育のシステムについてお話します。この点についてはヨーロッパとは大きく

異なります。日本では、公教育の中でピアノを学べるのは高等学校の音楽科からで、それ以前のピア

ノ教育については、公的なシステムでは全く位置づけが行われていません。ヨーロッパ諸国ではほぼ

全ての市町村に主に子供を対象にした公立の音楽学校があり(大きな町には幾つもあります)、子ども

達は学校が終わった後、そこで音感教育やピアノなどの個々の楽器、アンサンブル、作曲理論などを

図 1 芸術活動の活動率「子どものスポーツ・芸術・学習活動データブック」

(ベネッセコーポレーション 2009)、p.8

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とても安い授業料で学べ、更に大きな音楽学校ではオーケストラや合唱などの体験も出来ます。公立

の音楽学校は日本の学校教育の位置付けとは全く異なり、自由に音楽が学べる学校で、地域の音楽文

化のコミュニティのような役割を持っているわけです。こうした公立の音楽学校が日本には存在しな

いために、個人レッスンと音感教育が上手く連携しなかったり、アンサンブルやオーケストラ、作曲

といった総合的な音楽学習の場が得られないという問題があります。

しかし、日本ではヨーロッパのようなシステム化とは全く別の方法で、個々の指導者による様々な

工夫と情報交換によって、ピアノ教育をより良いものにする努力が払われています。そうした先進的

な指導者の指導法はしばしば雑誌や講座で紹介され、ブログなどでも日常的に情報交換が行われてお

り、こうした工夫や情報交換は、教育をシステム化することよりも、よりクリエイティブな方法でレッ

スンを向上させ、問題を解決する原動力になっているように思います。日本独自の方法は様々なとこ

ろに見られます。例えば、日本には多くのコンクールがありますが、それらの多くは審査員が個々の

参加者に講評を書き、それを審査後に参加者に渡す方法で行われています。これは元々他の国で行わ

れていた方法だと思いますが、日本ではこの方法が90年代には一般的になりました。また、日本では

小さな子どもが体を安定させてピアノが弾け、更にペダルも使えるように、ペダル付きの足台や補助

ペダルが何通りも開発されており、こうしたことは海外では見られません。勿論、これは用い方によっ

てはマイナスも出てきましょうが、全体として見ると大きな教育効果をあげているように思います。

2.ピアノ教育とIT技術

IT技術のピアノ教育への応用に関しては、日本は余り積極的ではないように思います。しかしIT

技術は既に様々なレベルで生活の中に入ってきています。例えば、Youtube等の音楽配信は最近内容

が充実してきており、大演奏家の動画を容易に見たり、余り知られていない曲を容易にチェックする

ことができます。音質は市販されているCDと変わりません。しかし、この「容易」さは危険な面もあ

り、容易さを受け入れたがために、音楽に対する姿勢が安易になっては大変なことになってしまいま

す。また、最近は楽譜のサイトも充実してきており、楽譜をiPadにダウンロードし、それをそのまま

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ピアノの譜面台に置いて用いることもできますし、レッスンの際、そこに書き込みを入れて保存したり、

それを共有することのできるソフトも開発されています。更に、レッスンの中で生徒の演奏をiPadで

録音録画し、生徒に自分の演奏や体の使い方を見せてレッスンに役立てることが簡単にできるように

なりました。一部の指導者達はこの方法を既に用いているようです。勿論、IT技術がどんなに進んでも、

音楽を聴き、判断するのは私達の耳以外にないことは言うまでもありません。

3.日本のピアノ教育の今後の展望

前述したように、日本では少子化が進み、ピアノを習う子どもの割合も減ってきていますが、子ど

もが行う芸術活動で最も人気が高いのは鍵盤楽器を習うことであり、音楽や芸術に対する親の関心も

高いことから(前述したベネッセコーポレーションによる調査の別の項目による)、音楽大学にまで進

むかどうかは別として、ピアノを習う子どもが急激に減ることは余り考えられませんし、また、そう

ならないように努力しなければいけないと思います。

子どもがピアノを習う意味を考えると、やはり音楽を通して精神的な豊かさを得る、ということが

大きな目的としてあげられるのではないかと思います。良質な音楽は人間的な感性を豊かにしてくれるし、

夢を持って生きることの素晴らしさを教えてくれます。しかし、その為には日々の練習や技術を磨く

ことも欠かせません。生徒のモチベーションや問題点は個々に異なるため、指導者は個々の生徒にフ

レキシブルに対応しなければならず、今後はそうしたきめ細かな指導が一層求められるようになるでしょ

う。既に述べたように、日本には公立の音楽学校がない分、個々の指導者の工夫や情報交換が原動力

となってピアノ教育のレベルアップが図られていますが、こうした方法はレッスンの原点にも関わる

ものであり、今後も更に必要になってくると思います。JPTAにはそうした努力を支援していくよう

な役割が求められるでしょう。

また、個人で仕事をすることの多いピアノ指導者が何人かで協力し、テーマを決めて講座や演奏会

を企画することがヨーロッパでは盛んに行われていますが、日本でもこうした企画をレッスンの中に

随時取り入れ、生徒が来るのを待っているだけでなく、ピアノを弾くことの楽しさや音楽の喜びを積

極的に知らせていく姿勢が必要だと思います。アンサンブル体験なども、そうした企画を通して行う

ことができるし、そこで子ども同士のアンサンブル仲間ができれば大変良いことだと思います。

日本のピアノ教育は欧米から取り入れられた後、これまで多くの指導者によって独自の工夫がなさ

れてきました。日本のピアノ教育は今、若干厳しい状況にありますが、そうした英知や努力によって、

今後も力強く進めていけるのではないかと信じています。

(教育セミナー委員長 かとう いちろう)

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岡 田 敦 子

ピアノ教育の未来について About the future of piano teaching

4日間にわたるEPTA国際大会の最終日(9月30日)の午後、場所をエリック・エリクソン・ホー

ルからストックホルム王立音楽院音楽学部のホールに移して、パネルディスカッションが行われた。

スウェーデンからMarianne Jacobs、ドイツからHeribert Koch、アメリカからMayron Tsong、日本

から岡田敦子がパネラーとなり、大会中に取られたアンケートの質問と回答をスクリーンに映しなが

ら、客席からの意見もはさみつつ、活発な議論が繰り広げられた。

設問1「グループレッスンは効果ある指導法だと思いますか?」

【 回 答 】 「はい」97%、「いいえ」3%・適切なレベルであれば効果があるが、そうでなければカオスだ・ある条件下では効果がある

Tsong:グループレッスンはある条件の下では実用的です。プロフェッショナル同士の連弾の練習などでも効果があります。岡田:日本ではヤマハ音楽教室と桐朋学園のこどものための音楽教室で、初心者から中学生くらいまでを対象として行われているグループレッスンが代表的なものです。プロフェッショナルな演奏をめざすには、やはり個人レッスンのほうが適しているでしょう。両所の利点を生かして組み合わせて行うのが効果的だと思います。Jacobs:私の学校では年配の生徒に向けてグループレッスンをしています。他の人と共に学ぶのと個人レッスンではアプローチが異なります。私のクラスでは、誰かが主導権を握るのではなく、みんなで音楽を作っていきます。グループレッスンは「弾き方」の指導には向いていませんが。Koch:グループレッスンは他の人の表現を見聞き出来る良い機会でもあり、そうせざるをえない経済的要因もあるでしょう。しかし、私個人はグループレッスンは意味をなさないと考えています。有効なのはごく稀なケースです。たとえば2人の優秀なピアニストが完全なコンビを組んでいる場合、グループレッスンは成立します。また、アンサンブルの練習が必要な時に2、3人のグループで行うのなら、役に立つでしょう。ただし前提として、全員が上級者で、すべて自分でこなせる人たちでなければなりません。誰かと一緒に音楽を作るのは非常に難しいことですが、そういう条件であれば、グループレッスンを通して、新しいアイデアや相手に対する感謝の心が生まれてきます。

パネルディスカッション

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設問2「あなたのクラスではデジタルピアノを使っていますか?」

【 回 答 】 「はい」5%、「いいえ」93%、「両方使用」2%・残念ながらデジタルピアノを使っています

Koch:どんな音楽のスタイルであれ、本物のピアノを使うべきです。なぜデジタルピアノを使わなければならないのだろうか?デジタルピアノを使う意味はありません。Jacobs:私のクラスはアコースティックの楽器だけを使っています。アコースティックのほうが断然優れています。岡田:私はプロの電子ピアノ奏者を尊敬していますが、自分のピアノの生徒にはアコースティックのピアノの音質、タッチなどを聞き分けられるようになってもらいたいと考えています。Tsong:他に選択の余地がなければ、電子ピアノも受け入れます。Koch:もし完璧なグランドピアノとまったく同じ音が出るのなら、デジタルピアノを使っても良い

(笑)。Tsong:デジタルピアノにはサイレント機能がついており、コンクール前の練習には実用的です。デジタルピアノを個人的に使うことは、家庭や住宅の事情で練習時間が制限されることを解消するメリットがあります。Jacobs:騒音はどこまで受け入れられるでしょうか?たとえばエレキギターやエレキベースは、アコースティックなギターやベースとはまったく別の楽器であり、その騒音は受け入れることができます。しかし、デジタルピアノの騒音は受け入れられません。Tsong:私や私の妹、知人たちなど、自宅で練習するために周囲に大変神経を使った経験があります。防音対策、デジタルピアノなど、テクノロジーに助けられた面は小さくありません。

設問3「生徒はクラシックのレパートリーに興味をもっていますか?」

【 回 答 】 「はい」36%、「いいえ」45%、「両方」19%

岡田:私の生徒たちは全員「クラシック音楽が好き」と言っています。ただし私の前では(笑)。おそらく生徒たちはクラシック音楽にもポピュラー音楽にも興味があり、むしろクラシック以外の音楽のほうに親しんでいるでしょう。しかし、生徒がクラシック以外の音楽に興味を持っているとしても、私が教えるのはクラシック音楽です。Jacobs:私の学校にはプロのクラシック専攻のコースがありますが、教師養成コースではクラシックとそれ以外の音楽の両方を教えられるように指導しています。私自身はどちらのジャンルも聴きます。Koch:私はポップスを教えるのは嫌いです。生徒の希望は聞きますが、彼らは知っている曲を弾きたがる。クラシックには大きな利点があるのに、気づいていない。だからこそ私にはクラシックを教える責任があります。選曲に際しては、生徒にとってだけでなく先生にとっても本当に興味の持てる曲を選ぶべきです。先生は無理強いをする責任もあります。客席から:45%が「いいえ」と答えている現状があります。ある生徒がショパンを知らずにショパン

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の楽譜を持ってきました。公立学校でショパンのことも教えないのかと思うと嘆なげ

かわしい限りです。客席から:教師はクラシック以外のジャンルについても知っておくべきです。生徒からのアイデアは必要です。現状を知る責任があります。客席から:先生のなかにもクラシックを知らない先生がいます。しかし、クラシックから始めればあらゆる音楽に通じると思います。子供たちはじつはクラシック音楽が好きだと思います。

ある時、14歳の男の子がグリーグを素晴らしく弾いたら、クラス全員が集まって「これクラシック?」「知らないな」と話していました。今の時代、簡単にポップミュージックにアクセスできるし誰でもあらゆる音楽を選択できます。従って、クラシックにせよポップスにせよ、先生の責任は質を見出すことです。その曲のクオリティーを指し示す大きな責任があります。

教育の劣化の一例として、たとえば文学の教師で言えば、昔はある本を1冊丸ごと読んだものです。ところが、それが「一部を読む」に代わり、果てには「概要を知っている」「知っている気になっている」と変わってきています。客席から:多くの音楽が存在する現在、教えることについて常に考えつづけることが大切です。私たち教師は大海で魚釣りをしているようなものです。良い魚、つまり素晴らしい才能を釣る努力をしているわけです。また、私は皆さんがそれぞれ良い教師であるとともに、良い音楽家であることを望みます。

設問4「ニューメディアの影響は?」

Tsong:私はフリップカメラ(回転可能なデジタルカメラ、自由度の高い撮影が可能)でレッスンを録画していました。レッスン中にメモを取らず、レッスンに集中できるというメリットがありました。というのは、私が師事していたグルギーシュバック先生はレッスン中に楽譜に書き込むことを嫌がっていましたから。先生は「書く必要はない」と言っていましたが、毎回のレッスンの最初に「質問は?」

「これは覚えていますか?」と確認していました。メモを取ることより、もっと深いレベルでレッスンの内容を消化することが要求されました。Youtubeは敬意を払うべき技術ですが、おそらく彼は反対するでしょう。岡田:私は15歳から25歳くらいまでの生徒に教えていますが、彼らの多くはICレコーダーなどでレッスンを録音していきます。私は録音されるのは好きではありませんが、「やめろ」とも言えないでいます。録音は後で繰り返し聞くことができて便利ですし、録音なしでレッスン内容をすべて記憶しておくことは難しいでしょう。しかし、録音がもっとも良い方法だとは思いません。何かを忘れたなら、自分で練習しながら思い出す努力をしてほしいし、また、忘れた分だけ自分で何か新しいことを試みてほしい。言われたことを効率よくこなしていくよりも、試行錯誤を繰り返すことが有効な練習方法であり、その人の演奏スタイルを作っていくと思うのです。

Youtube はたしかに便利ですが、そこには雑多なものがひしめいており、演奏の質についてのチェックがありません。アーティストの真の演奏を聞いてほしいと思います。生徒がある曲をYoutubeで聞いたというので誰の演奏かと尋ねたところ、「覚えていません、誰かのです」と答えました。誰が正統的な演奏を継承しているか、誰がどういう特徴をもっているか、注意を払わないまま安易に聴いてしまうのは大きな問題です。

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Jacobs:私はレッスンをビデオ録画します。生徒は成長するので、レッスンごとの確認のためにビデオを使っています。録画をみて生徒に気づかせることが目的です。見終わったら削除して、保存はしません。生徒は演奏している時に、自分がどのように弾いているか分かっていないので、それを気づかせるのが目的です。ビデオ再生中には、私は何も言わず生徒本人が楽譜に書き込みをします。先生の役目は生徒と良い関係を保つこと、生徒の能力をベストにもっていくことです。

メディアが役に立ったもうひとつの例は、最終コンサートをアメリカで行った生徒がいて、彼の演奏をビデオで中継してもらったことです。私はスウェーデンで彼の演奏を見ることが出来ました。

私はfacebook は使いませんが、生徒は使うのが好きですから、生徒とのコンタクトをとるのに使う必要が出てくる場合もあります。あるものは役立つが、あるものは危険。しっかり選びましょう。Koch:Jacobs先生の最後のメッセージにいたく同感します。客席から:カナダから来たマリコと言います。現代は技術が非常に溢

あふ

れており、練習に役立つものがあります。スタジオにテレビ画面を設置し、比較的良い音質で再生できる装置があります。2、3台のビデオカメラで演奏者を撮影し、多角的に演奏姿勢を比較することが可能です。フォーカスもでき、すべての年齢層に適用できますし、費用も安価なのでお薦めします。Koch:すべては感じ方です。感じることが唯一の方法です。ビデオは役に立ちますが、自分が感じたことを信じなさいと言いたい。自分の感覚と身体を信じてほしい。客席から:私は朝起きたら鏡の前に立って、自分を見て自分の気分を確かめます。それと同じように、自分の演奏の姿を見ることが大切です。

司会:最後にパネラーに、一言ずつピアノ教育の未来についてお願いします。Tsong:33か国が集まった本大会は素晴らしいものでした。この事実が物語っています。未来は明るい。岡田:未来を前向きに捉えています。演奏は芸術ですから。Jacobs:ピアノが消えることはありません。そして、私たちは若い先生たちの問題に耳を傾け、良き理解者となるようにしましょう。Koch:これからも議論を楽しんで続けていきましょう。

(研究部長 おかだ あつこ)