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AI 技術を用いた微地形強調図の自動判読による斜面の崩壊地抽出 岡山大学大学院 学生会員 ○﨑田 晃基 岡山大学大学院 正会員 西山 哲 ()開発設計コンサルタント 非会員 菊地 輝行 1. はじめに 近年の気候変動やゲリラ豪雨の影響により,斜面災 害が数多く発生し,道路防災点検においては点検業務 の質や効率が重要となっている.現在の道路斜面の点 検は,専門技術者による図面を利用した判読によって 実施されている.図面には航空写真等が用いられ,判読 は専門の技術者の経験や過去の事例に従い行われる. しかし,現図面は地表の微小な起伏などを正確に表す ことが困難であることが言われており,また,判読に関 しては,判読者によって重要視するポイントが異なる ことが問題である.さらに,深層崩壊の判読に関しては, 崩壊地の抽出に活用できる情報が不十分であることが 示唆されている.このように,現在の点検業務における 図面の精度と判読の偏りの問題を改善し,最適な判読 方法の確立と判読のポイントとなる情報を整理するこ とが重要である.これらの課題に対して,航空レーザ測 量の活用と AI(Artificial intelligence)技術の適応が期待さ れる.上空から計測を行うことができる航空レーザ測 量では,斜面等の広域を対象とした計測に向いており, 計測データの活用方法が多く検討されている.そこで, 本研究では深層崩壊の判読に向け航空レーザ測量デー タに地形解析手法と呼ばれる手法を用いて図面の作成 を行い,この図面に画像に特化した AI 技術を適応する ことで,微地形判読を行い崩壊地の抽出を試みた. 2. 計測手法 2.1 計測手法 本研究で用いた航空レーザ測量は 3 次元レーザ計測手 法の一つの手法であり,航空機に搭載したレーザ測距 儀と自己位置計測のための GNSS(Global Navigation Satellite System) センサー,姿勢制御のための IMU(inertial measurement unit)センサーの 3 つ情報から 計測データは作成される.計測されたデータの例を図 2-1 に示す. 図 2-1 航空レーザ測量データ例 2.2 地形解析手法 図面作成に用いられる微地形解析手法には様々なも のがすでに提案されているが,本研究では以下 2.2.3に 示す微地形強調図を利用し検証を行っている. 2.2.1 ウェーブレット解析図 式 2-1 に示すマザーウェーブレット関数ψ(x, y)と任意 の点の標高値(, ) との畳み込み積分により算出した ウェーブレット係数C(s, a, b)に応じて色の濃淡を変え作 成する.図 2-3 に例を示す.式内のa, bはそれぞれ演算 する任意の点の,座標値であり, sは解析範囲を示すス ケール値である.今回マザーウェーブレット関数とし てメキシカンハット型の関数を利用した.(式 2-2) C(s, a, b) = 1 (, )( , ) −∞ −∞ …式 2-1 ψ(x, y) = (2 − 2 2 )exp {− 1 2 ( 2 + 2 )} …式 2-2 2.2.2 傾斜量図 図 2-2 に示すように着目する点の近傍 9 点を用いて 平面の傾斜量を算出し,この値に応じて色の濃淡を変 えることで,斜面などの勾配を表現した図面作成する. 図 2-3 に例を示す. 図 2-2 傾斜量計算概要図 キーワード 深層崩壊,AI,微地形強調図,航空レーザ測量,斜面防災 連絡先 〒700-8530 岡山市北区津島中 3-1-1 岡山大学 環境理工学部棟 TEL080-7835-0107

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AI 技術を用いた微地形強調図の自動判読による斜面の崩壊地抽出

岡山大学大学院 学生会員 ○﨑田 晃基

岡山大学大学院 正会員 西山 哲

(株)開発設計コンサルタント 非会員 菊地 輝行

1. はじめに

近年の気候変動やゲリラ豪雨の影響により,斜面災

害が数多く発生し,道路防災点検においては点検業務

の質や効率が重要となっている.現在の道路斜面の点

検は,専門技術者による図面を利用した判読によって

実施されている.図面には航空写真等が用いられ,判読

は専門の技術者の経験や過去の事例に従い行われる.

しかし,現図面は地表の微小な起伏などを正確に表す

ことが困難であることが言われており,また,判読に関

しては,判読者によって重要視するポイントが異なる

ことが問題である.さらに,深層崩壊の判読に関しては,

崩壊地の抽出に活用できる情報が不十分であることが

示唆されている.このように,現在の点検業務における

図面の精度と判読の偏りの問題を改善し,最適な判読

方法の確立と判読のポイントとなる情報を整理するこ

とが重要である.これらの課題に対して,航空レーザ測

量の活用と AI(Artificial intelligence)技術の適応が期待さ

れる.上空から計測を行うことができる航空レーザ測

量では,斜面等の広域を対象とした計測に向いており,

計測データの活用方法が多く検討されている.そこで,

本研究では深層崩壊の判読に向け航空レーザ測量デー

タに地形解析手法と呼ばれる手法を用いて図面の作成

を行い,この図面に画像に特化した AI 技術を適応する

ことで,微地形判読を行い崩壊地の抽出を試みた.

2. 計測手法

2.1 計測手法

本研究で用いた航空レーザ測量は 3 次元レーザ計測手

法の一つの手法であり,航空機に搭載したレーザ測距

儀と自己位置計測のための GNSS(Global Navigation

Satellite System) セ ン サ ー , 姿 勢 制 御 の た め の

IMU(inertial measurement unit)センサーの 3 つ情報から

計測データは作成される.計測されたデータの例を図

2-1に示す.

図 2-1 航空レーザ測量データ例

2.2 地形解析手法

図面作成に用いられる微地形解析手法には様々なも

のがすでに提案されているが,本研究では以下 2.2.3に

示す微地形強調図を利用し検証を行っている.

2.2.1 ウェーブレット解析図

式 2-1 に示すマザーウェーブレット関数ψ(x, y)と任意

の点の標高値𝑧(𝑥, 𝑦)との畳み込み積分により算出した

ウェーブレット係数C(s, a, b)に応じて色の濃淡を変え作

成する.図 2-3 に例を示す.式内のa, bはそれぞれ演算

する任意の点の𝑥, 𝑦座標値であり,sは解析範囲を示すス

ケール値である.今回マザーウェーブレット関数とし

てメキシカンハット型の関数を利用した.(式 2-2)

C(s, a, b) = 1

𝑠∫ ∫ 𝑧(𝑥, 𝑦)𝜓(

𝑥−𝑎

𝑠,

𝑦−𝑏

𝑠) 𝑑𝑥 𝑑𝑦

−∞

−∞…式 2-1

ψ(x, y) = (2 − 𝑥2 − 𝑦2)exp {−1

2(𝑥2 + 𝑦2)} …式 2-2

2.2.2 傾斜量図

図 2-2 に示すように着目する点の近傍 9 点を用いて

平面の傾斜量を算出し,この値に応じて色の濃淡を変

えることで,斜面などの勾配を表現した図面作成する.

図 2-3に例を示す.

図 2-2 傾斜量計算概要図

キーワード 深層崩壊,AI,微地形強調図,航空レーザ測量,斜面防災

連絡先 〒700-8530 岡山市北区津島中 3-1-1 岡山大学 環境理工学部棟 TEL080-7835-0107

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図 2-3 傾斜量図(左)とウェーブレット解析図(右)例

2.2.3 微地形強調図

上述の単体の地形解析手法では傾斜や凹凸などそれ

ぞれの手法に特徴があるが微地形の形状全般の表現に

は限度がある.そこでこれら手法の重ね合わせにより

この問題を解決することを考える.上記のウェーブレ

ット解析図と傾斜量図を透過合成し微地形強調図 1)を

利用する.

図 2-4 微地形強調図例

3. AI を利用した崩壊地判読の検証

3.1 検証概要

本研究では崩壊前の微地形強調図から AI による崩壊

地の判読を行い,崩壊前の地形から崩壊地の抽出を行

うことを目的とする.この目的に対して,AI の判読性

能を評価するとともに判読の結果から判読に起因した

微地形の評価を行うことを検証課題とする.解析対象

とした熊野川水系十津川の中流域で平成 23年の台風12

号により 50 か所以上の崩壊が発生している.この個所

は国土地理院により崩壊前後の航空レーザデータが整

備されており,このうち 36 か所のデータを用いて崩壊

前の地形図を人工知能に学習させ抽出を行った.微地

形強調図の作成にはウェーブレット解析図のスケール

値は s=1 で作成した.作成した崩壊前後の微地形強調

図の例を図 3-1 に示す.

図 3-1 崩壊前後の微地形強調図

3.2 解析概要

3.2.1 AI による解析技術

本研究では AI 技術の内,画像分類において顕著な功

績をあげている CNN(Convolutional Neural Network)を用

いて解析をおこなった.この解析フローを図 3-2 に示

す.CNN の流れは畳み込み演算による特徴量の抽出と

抽出された特徴量を元にしたニューラルネットワーク

による推論である.この一連の流れにおいて学習と推

論を行うことで,未知の画像に対し分類を行う.学習過

程においては,用意した多数の画像を元に各ラベルの

画像の特徴を抽出し画像がどのクラスに分類されるか

を学習させる.本研究においては,3.2.2にて後述する

ように図面を正方形のタイル状に分割し,それぞれ崩

壊地または非崩壊地としてラベル付けを行い学習させ

ている.推論過程では,学習の結果を元に未知の推論用

画像のクラス分けを行い,崩壊地か非崩壊地を判断さ

せる.推論の結果は図内の Softmax 関数により分類ラベ

ル k ごとに確率値で得られ,この確率値が最大となる

ラベル k を画像の分類先とする.本研究ではモデルの

組み換えを行い,精度が最も高くなるモデルを最適モ

デルとして採用した.これら AI 解析は SONY 社が開発

したソフトウェア「Neural Network Console」を用いて実

施している.

図 3-2 CNN による解析フロー

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3.2.2 学習フェーズとデータセット

学習フェーズでは人工知能の学習とモデルの探索を

行う.この際データは 36 か所の崩壊地の内 31 か所を

用いて作成した微地形強調図を用いる.AI 解析用の画

像の生成については図 3-3に示す.まず,崩壊地の崩壊

前後の比較により崩壊前の地形における崩壊個所の抽

出を行う.抽出された崩壊個所を 50pix のタイル状に

分割する.最後に,回転と反転処理により,データを 6

倍に増加させる.これら画像の学習においては,CNN内

部の層の個数や層の長さなどのいわゆるハイパーパラ

メータと呼ばれる値によって精度が変化する.そこで,

最適なモデルの探索を実施する.そのため,データの数

を 8 対 2 に分割し前者を訓練用,後者をモデル探索に

おける検証用とした.

3.2.3 評価フェーズとデータセット

上述の学習フェーズ用データにより探索されたモデ

ルを用いて推論を行い,判定結果から崩壊地判読に起

因したと考えられる微地形の検証を行う.検証に用い

たデータは用意した 36 か所のデータセットの内,未使

用の 5 か所を用いた.これらは学習されたデータ同様

50pix に分割し利用する.また,これにより生成された

データセットの枚数を表 3-1 に示す.

図 3-3 AI解析用画像の作成フロー

表 3-1 データセット枚数

データ種類 崩壊地 (枚)

非崩壊地(枚)

合計(枚)

学習 フェーズ

訓練 3,348 4,016 7,364

検証 858 983 1,841

合計 4,206 4,999 9,205

評価フェーズ 249 527 776

3.3 実験結果

3.3.1 学習フェーズ結果

本節では,学習フェーズにおいて探索されたモデルと

そのモデルの精度に関して述べる.学習には,表 3-1の

学習フェーズにおける訓練用データセット 7,364 枚を

用い,モデル探索には検証用データセットの 1,841 枚を

用いる.これらデータセットをモデルを変えながら学

習と検証を繰り返し行い精度が最適となるモデルを最

適なモデルとして決定する.モデル探索における精度

指標としては,図 3-4 に示す再現率を用いる.図左の混

合行列には,各画像に与えられたラベルと AI の分類に

よる結果を崩壊地・非崩壊地の各クラスに対するタイ

ル画像の枚数を TP・FP・FN・TN で表している.この

4 つの欄のに当てはまるタイル画像を元に図右に示し

た 3 つの精度指標を計算することができる.本研究で

は,再現率が崩壊・非崩壊ともに最大値を示したモデル

を最適モデルとして採用した.この最適モデル探索時

の検証用データセットの分類精度を表 3-2 に示す.

図 3-4 クラス分類における混合行列と精度指標

表 3-2 精度検証結果

崩壊地 非崩壊地 推論:崩壊地 TP:688 FP:77 推論:非崩壊

地 FN:170 TN:906

合計 858 983 Recall 80.2% 92.2%

3.3.2 評価フェーズ結果

次に,探索された最適モデルに対して評価フェーズ

による推論を行った結果を表 3-3 に示す.精度指標と

しては,図 3-4に示した再現率,適合率,正解率の 3つ

をそれぞれ算出し表内に表示している.表より,崩壊・

非崩壊ともに 8 割を超える再現率で判読が行われてい

る.また,正解率も同様に 8 割を超えている.しかし適

合率に関しては,AI による推論が崩壊地を示すものに

対しては 78.3%を示しており 8 割を下回った.これは,

3.3.1 にて探索した最適モデルが再現率を最大となる

ように探索を行ったためであることが考えられる.

この推論結果を元に,評価フェーズ画像を用いて判

読に起因したと考えられる微地形の評価を行う.評価

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表 3-3 評価フェーズ用データセットの推論結果

崩壊地 非崩壊地 Precision

推論: 崩壊地 TP:221 FP:61 78.3%

推論: 非崩壊地 FN:28 TN:466 94.3%

Recall 88.8% 88.4% Accuracy:

88.5%

図 3-5 中間層の可視化結果

には,中間層の可視化技術を用いた.この技術は,図 3-

1 においてモデル内に記載された特徴量抽出部分で強

制的に出力を行うものである.この抽出されたタイル

画像を元画像配置に再結合し画像を作成する.結合さ

れた画像に,Softmax 関数から得られる確率値の結果を

赤色でマッピングすることで,崩壊地と判定されたタ

イルの分布状況から微地形の判読を試みる.なお,推論

結果の展開においては,崩壊地への寄与率の高いもの

として崩壊地ラベルとしての出力の確率値が 80%を超

えるものを赤くマッピングしている.これらの結果を

図 3-5 に示す.図 3-5 の左側の列には崩壊が発生した

個所の元画像と専門の技術者による微地形判読のコメ

ントを示しており,右には中間層の可視化と出力のマ

ッピングにより作成された中間層可視化画像が示され

ている.まず,図 3-5の 1 つ目の画像より,図中の小崖

部分が中間層の可視化によりメリハリがつき明確に表

れており,さらに,元画像に示した小崖部分と,不規則

凹凸部分は崩壊地として判定されている.次に図内の 2

つ目の画像より図面の上下にある緩斜面と広い尾根地

形は中間層の可視化により白く表現され,また,崩壊地

としては判定されておらず,これらの微地形は崩壊地

としての要素が少ないことが考えられる.また中央の

小崖は崩壊地として判定されているものの,地形はは

っきりとはしないことがわかる.

4. 結論

本研究では道路防災点検における深層崩壊の崩壊地

点検の効率化のために AI と航空レーザ測量を元に作成

される微地形強調図を用いた検証を行った.航空レー

ザ測量のデータから作成される微地形強調図に AI技術

を適応することで,AI による崩壊地の自動判読を試み

た.また判読の結果から判読性能の評価と判読に起因

した微地形の評価を行った.本研究の成果は,AI と微

地形強調図の利用により再現率並びに正解率が 8 割を

超える精度での崩壊地の判読を行ったことと,その結

果から小崖や不規則凹凸などが判読に起因していた微

地形であることが考察されたことである.これら小崖

や不規則凹凸といった微地形は斜面の重力変形を示唆

する微地形であることが言われており,今後の検証に

より情報の整理を行い,微地形と崩壊現象の関連性を

確認していく必要があることが考えられる.本論文の

はじめにも書いたように深層崩壊の判読において抽出

に活用できる情報が不十分であることから,本研究の

成果のような崩壊現象の根拠の整理を行うことは点検

に効率化においても重要な意味を持つ.

本研究においては図面の作成時のパラメータの設定

やタイル画像の大きさなどは試行的に決定を行い実施

している.そのため,今後の課題としてはこれらパラメ

ータの最適な値の探索を行う必要がある.また,上述し

たように崩壊に関係する微地形の定量化を行っていく

ほか,異なる現場での崩壊地への適応による汎用性の

検証等も今後の課題であると考えている.

本研究で使用した航空レーザデータは,国土地理院

から提供いただきました.貴重なデータを提供いただ

き心より感謝いたします.

参考文献

1)宮下征士,今西将文,宮田真考,西山哲(2017):レーザデータを使

用した微地形強調図による落石発生源抽出の検証,土木学会論文

集 F3(土木情報学)Vol.73, No.2,pp. I_92-I_108.